鋼鉄は泡沫の幻想に坐す (柴猫)
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壱章 鎮座する鋼の翼


 

龍が支配する世界の少し特殊な場所。

人からは新大陸、その地を調査する人からは龍結晶の地と呼ばれる。

 

 

王たる強欲な者が古龍のエネルギーを吸い込み誕生した、美しく、歪なこの大地。

その美しさに惹かれてか、数多くの竜たちがここに訪れる。

 

 

モンスター、神も仏も物の怪もいないこの世界の、強大にして、畏れられる支配者たち。

彼らは生きるための糧を食らい、それでいて必要以上の欲はなく、今を生きる。

今日も己が足掻くため、他の竜たちと争うのだ。

 

 

 

 

 

天を我が物とするかのように生える、巨大な龍結晶。

それに隣接する柱の奇岩の山の頂上に、それはいた。

 

 

鋼だ。全身が鋼で覆われている。だが、決して人が作った偶像などではなく、生きる生物だ。他のモンスターとはかなり異なるが。

四足で地に座り、その体の何倍にも思える翼。そして、頭部から後方へかけて伸びる剛角は言いもしれぬ力を感じさせる。

 

 

鋼龍 クシャルダオラ

人間からそう呼ばれる、竜の力を、常識を、寿命を超越した次元の、古龍種に分類されるモンスター。

 

かの龍は、唇を尖らせて―――全身が鋼なので尖らせはできないのだが―――下の大地を見ていた。

 

 

 

 

大剣の如き尻尾を持つ斬竜と、大岩を砕く拳と粘菌を持つ砕竜が各々の縄張りを巡って死闘を繰り広げている。

 

火炎をまとう危険な車輪の爆槌竜と、マグマを水のように泳ぐ溶岩竜が熱き争いを演じている。

 

 

彼らの戦いは何度も見てきた。何代にも渡って争う彼らには、遥か下の者であっても思うところがあった。だが、今の鋼龍の意識はあまりそちらには向けられていない。

 

 

 

 

岩奬の海のちょうど真ん中に浮かぶ孤島のような場所。

炎そのものを具現化したかのような姿の、古龍の番。

 

周囲の溶岩の赤よりも更に濃い色に、鬣と角は王冠のよう。

 

対して気品あふれる青に体を染める、だがその熱量は溶岩の海を蒸発させるかのよう。

 

炎王龍と炎妃龍。彼らもまた、この地に生きるもの達を睥睨するかのように佇んでいた。王が闘技場の殺し合いを楽しむような感じ。

 

 

龍結晶に一番近い所では、世にも稀なる金と銀の飛竜が巣を作っていた。下手な古龍種ならば追い返してしまうような殺気を放っている。雌が孕んだのだろうか、鋼龍と炎龍の番の動向に目を光らせている。

 

 

 

ここも随分にぎやかになったものだ。彼女は胸中で呟いた。

 

 

覚えていないほど遥か前には私と、今はどこかへと飛び立った古を喰らう龍しかいなかった。双方で死闘を繰り返し、龍結晶が成長してからは炎王龍とが来てそれとも戦った。時には滅尽と三つ巴の死闘になったこともある。

 

やがて竜たちもここへ来て、古龍の影響を耐え忍びながらこの地で命を繋いできた。

 

少し前には二足で立つ人間たちがここへ来た。そのうちの一匹はあの古龍の王とも呼べる赤子を討ち取ったのだ。それを認識したときは、生まれて一番に驚いた。今でも忘れていない。最近はめっきり姿を見せなくなったが、人間がやってくる前のこの地こそありのままの姿であり、大したことではない。

 

 

 

悪いこととは微塵も思っていない。生命が繁栄することは、我々にとっても益がある。闘争を繰り返し、より強くなることは生物として当然。

 

だがどうしても思うのだ、静かに暮らしたいと。

子は十分に成長して飛び立った。鋼龍の雌としての責務は全うしただろう。

生まれてからはずっとここにいた。外に興味はあったが、それでも縄張りを守り、長い年月に渡って番を待った。

 

 

 

なら、少しくらい自分の欲に従ってもよいのではないか。

 

 

 

鋼の翼が動く。それだけで辺りの小石が吹き飛ばされる。

極めて重い鉄鋼の体が、見る見るうちに天へと上っていく。

 

行先は分からない。だが世界は広大だ。きっと、ここより静かで、綺麗で、見たこともない場所はあるだろう。

 

空飛ぶ鋼は龍結晶を飛び越え、遠い空へと去っていく。

縄張りを巡る争いをしていた竜たちはその姿を注視して、すぐに戦いを再開した。

 

空を飛ぶ青い王者は進路を変え、紅蓮に染まる危険な爆発物は場所が空いたと、かの竜が座っていた場所にマーキングをした。

 

二組の番は脅威が減ったのに息を吐いた。炎の帝王は、別れを告げるように吠えた。

 

 

やがて鋼は長年の縄張りを名残惜しそうに振り返り、凄まじい速度で飛んで行った。

 

遠く、遠く、更に遠くへ

 

 

 

 

遥か幻想の地へ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新緑が生い茂るとある神社。

お世辞にも大きくはないが、この地に住まうものにとっては極めて重要な場所。

 

博麗神社。妖怪神社だの貧乏神社だの色々と可哀想なあだ名で呼ばれる神社の縁側で、一人の少女がお茶を啜っていた。

由緒正しい巫女装束―――脇が空いているのが不思議だが―――を身に着け、黒髪を頭のリボンで結んでいる。

 

名は博麗霊夢。幻想郷という、忘れ去られた者たちの楽園の守護者。

今の姿からは想像し難いが、異変の際には道行く妖怪たちを蹴散らす、妖怪の恐れる人間である。

 

 

 

そんな穏やかな空気流れる博麗神社に、何かが飛んで来ていた。

 

大きな帽子の魔法使いの格好で、箒にまたがり空を飛ぶ姿は絵にかいたような魔女。風で金髪が揺れるが、少女自身は気にしていない。

 

霧雨魔理沙。霊夢と同じ人間であり、職業としての魔法使いである。

彼女もまた、異変解決の要であり、中々に波乱の人生を歩んできた強かな少女だ。

 

 

魔理沙は霊夢の目の前に勢いよく着地する。風で埃が舞い散る。

 

「人がお茶啜ってる時に、そんな勢いよく来ないでくれる?」

 

「いいじゃないか、いつも啜ってるようなもんだろ。一回二回で文句言うなよ」

 

この軽口の応酬も、二人にとっては日常である。魔理沙は箒を縁側に掛け、茶の間に出ていたお茶を取り、霊夢と同じように縁側に座った。無論、使っているのは神社のものだ。

霊夢もいつもの泥棒には、若干迷惑そうな視線を一瞬送っただけで済ませた。

 

「それで、今日は何の用?」

 

「ああ、前のオカルトボール騒ぎのさ。」

 

魔理沙のいうオカルトボール騒ぎというのは、少し前に起きた幻想郷の異変である。とある超能力者の女子高生が幻想郷の結界の破壊を計った異変。異変は霊夢によって解決され、首謀者は今では夢の中でのみ幻想郷に来ている。

 

「月の都のオカルトボールのことね」

 

「そうだ、董子に聞いてきたんだが、本人は全く知らなかったらしい。いつの間にかあったって」

 

「用意しすぎて、自分でも忘れてたみたいな所じゃない?」

 

「そうかなー……あいつ割と頭良いし、その可能性はないと思うんだよな~」

 

博麗霊夢は基本的に面倒くさがりな性格だ。ろくに修行もせず、何かあれば人を(あるいは妖怪を)使って楽をしようとする。巫女としてはどうなのかというところだが、実力が高いのであまり問題には発展しない。

対して腐れ縁の魔理沙はというと、疑問に思ったことは徹底的に追及する。魔法に対しての努力は惜しまない努力家。…少し手段を選ばないところがあるが。

 

「何にせよ、面倒ごとはもう起きないでほしいわ」

 

「何言ってるんだよ、これはもう面白いことが起きるに決まってるだろ」

 

両者の意見は割れたようだ。これもいつもの事だが。

 

すると、空に暗雲がかかり始めた。青色の空が、見る見るうちに暗い灰色へと染まっていく。

 

「こりゃ一雨きそうだな」

 

魔理沙が引き戸を閉める。ここで雨を凌ぐようだ。霊夢は茶の間に退避する。

 

 

 

魔理沙の予報は当たったらしく、しばらくしない内に土砂降りの雨が降ってきた。雨粒が木の屋根を激しく叩く。

 

「この時期にこんな大雨が来るとはな」

 

「面倒ね」

 

小一時間が過ぎても、雨音は止まない。どころか余計に強くなっている。

 

「おい、長くないか?」

 

「おかしいわね……秋雨にしては時期が早いけど」

 

そんなことをぼやいていると、雨音が突然、フッと途切れた。

 

「お、止んだか」

 

魔理沙が勢いよく引き戸を開けた。

 

瞬間、神社の茶の間に煌々と太陽の光が差し込んできた。沈みゆく太陽が最後の力を振り絞った陽光は、二人の少女の目を眩ませた。

 

「おい、これはおかしいだろ!何であそこまで土砂降りだったのに」

 

驚き、声を上げる魔理沙。一方の霊夢は考え込んで

 

「妖精か何かかしら。いやでも、あそこまで土砂降りの雨は妖精じゃ無理よね」

 

 

突如、二人に風が吹いた。室内であるというのに竜巻の如く二人の間を駆け抜ける。

妖怪と多く戦ってきた彼女たちは、これは普通ではないことを、文字通り肌で感じ取った。

 

「今度は何だよ!」

 

二人は急いで外に出て、辺りを見回す。一見、何も見えないが……

 

「上!」

 

霊夢の指差した先は空。

 

 

大きな翼を羽ばたかせ、日の光に当てられたそれは鈍い金属光沢を放っていた。

二人が見上げるうちに、その者は遥か遠くへと飛び去って行った。

 

 

 

幻想郷に新たな風が吹いた。

 

 




どうしても書きたかった。後悔はしていない。
こちらは本当に書きたくなったら書きます。伝記のほうを優先で行きますので、


ではまたいつか


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クシャルダオラは飛び続けた。

 

晴れを越え、雨を越え、嵐を越え、

そして、目の前の嵐を吹き飛ばした。

 

 

 

そこには緑があった。

見渡す限り、緑の大地。所々、湖が見える。

私の暮らした龍結晶の地にはこんな自然豊かな場所はなかった。あるとしてもわずかな草木と、濁った海があるだけ。こんな場所があることは、私の夫の話でしか出てこなかった。

 

ああ、長い旅をして正解だった。

クシャルダオラはこれまでにない昂揚を覚えた。生まれた時から一歩も出てこなかった大地からの、初めての旅。

もしこの状況を誰かが見ていたのなら、まるで見たこともない物を見てはしゃぐ子供のようだと言っただろう。

 

 

少し興奮を抑えたクシャルダオラは、目を据えて周囲を見回した。

ここは彼女にとって未知の地。どんな地形なのか、どんな存在がいるのか全く分からない。だからこそ、興奮もほどほどにして観察しなければならない。

今彼女は、この地―――幻想郷―――の高空域を滞空しているため、すぐさま襲われることはないだろう。それでも、警戒はしていく。

 

鋼龍のような飛行能力に秀でた生物というのは目がいい。古龍であれ、飛竜であれ、か弱き鷹であれ、これは例外でない。

目を凝らせば、幻想郷がどういう場所なのかは何となく分かるのだ。

 

 

まず、最初にチラッと見た通り水源が多い。樹木がこれだけ多くても、これなら十分に根を伸ばせる。その中でも特に大きい湖のほとりに、何かがあった。

石で造られているのは分かるのだが……紅い。血をぶちまけたかのような色だ。何かが意図して作ったのは分かるが、威嚇のためであっても少々近づく気が失せる。

 

視点を下方にずらすと、森ではないものが見える。木で作られた、自然物ではないもの。それが集まっていて、そこそこな広さになっている。

更に目を凝らすと、蠢く生き物が見えた。ひらひらとした、皮と呼ぶには余りにも貧弱なもの、それを纏って二足で立っている。人間か。まあ、あまり気にするようなモノでもないが、一応覚えておく。

 

見たことない植物が群生している森があった。森を構成する木は、樹の葉と比べると色が薄く、幹も細い。風に煽られ揺れている。一本一本確かな違いがある樹木に比べると、幹が余りにもまっすぐ立っているので分かりづらい。

それと人間の巣を隔てた方向には山がある。その中にも生き物はいるが……速い。風に乗った空の王の速さと遜色ない。そこまで大きくはないが、ここからでは遠すぎるので生物の詳細が分からない。強いて言うならば……人間に似ている?だが、人間はあそこまで速く動けたか?

 

その山の中腹にも紅い石の湖程ではないが、湖がある。そこには柱のようなものが百本以上刺さっていたのだ。水源が重要なのは分かるが、湖はこんなにあるのにああも過剰に縄張りの誇示をするのはどういうことだ?

そして衝撃なのが、少し離れた場所にある建造物。他の建造物と違い、なんと宙に浮いているのだ。私がいる高さに比べると少々低い。いや、そんなことはいい。翼もないのに空に浮く生き物もいない。まして建造物が空を飛ぶなど、有り得ない。

 

 

クシャルダオラは少々おっかなびっくりといった飛び方で宙飛ぶ建物―――輝針城―――に近づいていく。

近くを飛行してみても、生き物の気配は何も感じない。当然といえば当然だ。こんな奇怪な場所に留まるのは、せいぜい休憩する小鳥程度だ。

危険はないことが分かり、私は再び周囲の環境を見る。昔の私なら気に入った場所は嵐でその地の竜を全て吹き飛ばしていただろうが、今は静かな場所に来たのだ。私から騒がしくする必要はない。

森の中に、少し開けた場所があった。周りには建造物は見られない。そこそこの広さだから、翼を伸ばすのにも支障はなさそうだ。

 

幻想郷の奥深くに鋼の翼が舞い降りる。

 

 

 

 

 

 

幻想郷の端の博麗神社。僅か数刻前には魔理沙と霊夢の二人しかいない場所には、三人目の人影がいた。

 

「で?何よ。私の妖怪退治を邪魔するつもりで来たなら、アンタも倒すけど」

 

「妖怪退治?ふふ、あれは妖怪じゃないわよ。性質においては、全くの別物ね」

 

博麗神社の参道の中央に立つ紫色の衣服を身にまとった妙齢の女性。金髪に、ドアノブカバーに似たような帽子を被る。

八雲紫。幻想郷の維持と創造に大きく関わる大妖怪。彼女は今、異変解決者二人を通せんぼするような形で話していた。

 

「妖怪じゃない?でもあいつは嵐を操ってきたぞ。そんなこと妖怪か神様しかできないだろ」

 

「あら、あなたは妖気か神の気配をあの〝りゅう〟から感じたの?」

 

紫にそう言われ口ごもる魔理沙に代わり、霊夢が再び口を開く。

 

「あれ龍なの?だったら……いや、確かに……だとしたら、あれは何なのよ」

 

霊夢の質問に、紫は口に扇子を当てて言った。

 

「外の世界から入ってきたのは当たり。でも、あれは外の世界の存在ではない」

 

首をかしげる二人に紫は寺子屋の先生が答えを言うように

 

「外の世界とは違う時間軸に存在するもの。そこから境界を越えてやってきたのよ」

 

「!それって異世界ってやつか!」

 

「そうね」

 

「だとしたら、どうしてそれが私の仕事を邪魔する理由になるわけ?」「私〝達〟だろ」

 

「なるわ」

 

霊夢の質問に即答した紫。

 

「あれを討伐するのなら、百年前の龍神の災いと同じ被害が出るわ」

 

「龍神と同じ!?そんな力があるっていうの?」

 

「ええ」

 

「でも、妖怪でも神様でもないんだろ?どうやってあいつはそんな力を使えるんだよ」

 

魔理沙の質問に対して紫は扇子を閉じた。

 

「答え合わせはここで終わり。これからは自分で考えなさい。そうでないと、あれと同じ土俵にすら立てないわよ」

 

「ちょっと、それってどういう」

 

霊夢の言葉が終わらないうちに、紫はスキマの中に消えていった。

 

「なんなんだよ……」

 

 

魔理沙の愚痴は虚空に消えていった。

 

 

 

 

 

 

妖怪すらも寄り付かない森の奥。

といっても、ここが別に過酷というわけではない。

 

何もないのだ。ごつごつとした岩場があるだけであり、珍しい花が咲いているわけでも、高い妖力を持つ奇岩があるわけでもなく、何もない。特徴が無さ過ぎて、妖精すらもいない。

おまけに周囲は高い広葉樹に覆われており、空からだと見つけにくいことこの上ない。何もない秘境、まさにそういった場所だ。

 

そんな限りなく面白みのない場所に、鋼の翼が降り立った。

クシャルダオラは辺りをキョロキョロと見回して、生き物が見えないことを確認した。

乱立する岩の中で、ひときわ大きい岩があった。クシャルダオラの全長よりも高く、形は洞窟などにある石筍に近いものだ。

 

彼女はその巨岩を見る。当然、岩は身じろぎもしない。

 

 

彼女は大きく息を吸う。

 

 

吐く。

 

 

生き物としてごく当たり前の動作に、巨岩は根元を残して砕け散る。微細な塵が葉を抉り、幹にねじ込んだ。

 

かつての巨岩は、丸テーブルのような形へと造形されていた。

彼女は満足そうに喉を鳴らし、その丸テーブルに乗る。荒々しい凹凸が鋼龍の甲殻に刺さるが、逆に凹凸のほうが押しつぶされていった。

彼女は後ろ足を折り曲げ、岩に座った。彼女が座ると、何の変わりもない平石も高貴なものが座るもののように感じられる。

 

既に日は落ちかけ、空の多くを暗闇が支配していた。人の時間は終わり、妖怪の時間が訪れる。

しかし彼女は、噴煙のない空の移り変わりを楽しんでいた。

 

間もなく日は完全に落ち、太陽に隠されていた星々が空に瞬く。月光が黒鋼の躰に降り注ぎ、反射し、美しい光を放っていた。

 

 

そこから数時間が経ち、クシャルダオラは欠伸をする。眠気に従い、鋼龍は目を閉じた。




調子がいいので連続で書いちゃいました。


ではまたいつか


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いつも通りの朝が来る。明けの光が、幻想郷をまばゆく照らす。

 

だが頬に感じる鋭い風は、一週間経っても勢いが衰えない。

 

博麗神社

私は朝の支度を終え、境内を掃いていた。

いつもより落ち葉の数が多いが、奴の仕業だろう。仕事が面倒になってしょうがない。とりあえずアイツが何なのか分かったら、一回はしばく。

 

あの〝りゅう〟が来てから、私たちはいつもみたいな弾幕勝負を仕掛ける前に、奴の情報を集めることにした。紫があんな態度を取るときは、大抵言葉通りに従っておけばいいから。

といっても、情報に関しては魔理沙のほうに丸投げだ。「心当たりがある」と言って、もう一週間会ってない。

私はとりあえずアイツの動向を監視しておくことに。そもそもの仕事がこれだからね。

 

一週間前に「とりあえず敵の姿だけは見ておこう」と同意したので、奴を追った。想像以上にスピードが速く、夜になってようやく見つけたのだ。

 

 

全身が鍛え上げられた鋼に覆われた、私も見たことのない異質な姿。全体の姿としては西洋の竜に酷似していたが、それとは確実に違うと本能が察した。

西のことには私より詳しそうな魔理沙に聞くと、「鋼の竜なんて本じゃ見たことない」、全部借り物の本を熟読した限りではそうらしい。

私達が来たときは寝ていたのだが、それでも近づくにつれ風が増していった。冬一番より強い風だった。寝ている時でもここまでの風を起こせるのなら、天狗より強いと感じた。

見ただけだが、紫の言っていることは分かった。

 

こいつは、妖怪でも神様でも、まして幻想郷の龍でもない。

 

 

もっと古い〝なにか〟だ、と。

 

 

それからもう一度一人で奴を見に行ったのだが、顔の見たことある天狗が奴を監視してた。近づくといきなり攻撃を仕掛けてきたので、〝仕方なく〟応戦。吐かせたところ、そいつの上司から監視を命令されたらしい。天狗もかなりピリピリしているようだ。まあ、暴れたら退治するだけだけど。

 

 

遠くから黒い塊がこっちに突っ込んでくる。何回も見たものだが、今回ばかりは注視せざるを得ない。

 

「よう、一週間ぶりだな。そっちはどうだった?」

 

魔理沙は箒から地面に降りる。

 

「別に、結界も調べたけど何も異常はなかったわ」

 

「え?あんな奴が来たのに?」

 

「そうなのよ、来る前と全然変わってなくて、いっそ不気味だったわ」

 

「紫の仕業か……?まあいい、とにかくこれを見てくれ」

 

そう言うと魔理沙は自信ありげに、帽子の中から一冊の本を取り出した。かなり古いものに見えるが、頑丈なのか本としての形を保っている。日本語ではあるが、その書体はどの文字とも似ていない。

 

「また紅魔館からの借り物?」

 

「人聞きの悪いこと言うなよ。前に森の奥までキノコを取りに行ったんだ。その時に、こんな本が落ちてたなって」

 

「じゃあ、その時持ち帰ればよかったのに」

 

「それがな、見たことないキノコが山ほど取れてたから、ちょっと持ち帰れなかったんだよ。改めて探そうにも、そこまでの道を忘れててな……」

 

ふーんと返事をし、本題に移る。

 

「その本がどうかしたの?」

 

「とりあえず、見てみろよ」

 

そういって魔理沙は本を開いて見せてきた。〝王立古生物書士隊 編纂記録書 シキ国語版〟と書かれている。

 

「王立……どこの?」

 

「知らん。でもこの本に私が手に入れたキノコの事が載ってたんだ。異世界からアイツが来たなら、同じ異世界からのモノが来てるのは不思議じゃないだろ」

 

「確かに」

 

 

縁側に座り、本を広げる。

魔理沙の言う通り、異世界のモノがわんさか載っていた。文化圏の違う人々の暮らし、彼らの技術、そして、植物やキノコ云々。どれもにわかには信じられないものばかりで、結構面白かった。

 

そして、ページをめくり続けると〝モンスターの生態〟という箇所に着いた。

ページの最初には赤い甲殻に覆われた、雄大な翼を持つ生物の絵が描かれていた。名前はリオレウスというらしい。その後も、見たことない生物が出てくる。

 

そのままページをめくり続けると、これまでとはかなり意匠の違うページの見出し。

 

「〝古龍種〟……?」

 

胸の内にざわめきが起こるのを感じ、魔理沙はページをめくった。

まずは見出しが続く。

 

 

『古龍とはなにか。古龍観測所が設立されて以降、多くの人々がその解を導き出そうと調査してきた。

しかしながら、あの竜人族でさえ真実の欠片すら掴めていないのだ。我らが唯一共通して言えるのは、〝存在そのものが天災である〟ということ。

食事、繁殖、縄張りの巡回、果てはただの歩行……それだけで、国の機能を停止、もしくは滅亡させうるもの。実在する神、といっても過言ではない。太古の人々が神として崇めるのも至極当然である。妖怪や超常現象のすべからくが古龍の仕業なのは、民俗学を専攻していないものでも理解は容易であろう。

編纂者としてこれ以上の私事は避ける。まだまだ未確認の生態も数多くあるが、分かっている限りの情報をここに記す』

 

二人ともその誰かさんの私言をしっかりと読み、ページをめくる。

 

「「あった!」」

 

指差した先には間違いなく、今幻想郷に居座る龍の姿が、

 

 

鋼龍 クシャルダオラと名づけられた古龍がいた。

 

 

 

 

 

 

 

異変解決者があの世界に関する情報を手に入れる数日前、

 

クシャルダオラは寝床にいた。

ここ数日の間、彼女はその場から動いてなかった。身じろぎもせずに数時間以上経つのも珍しくなく、監視している天狗がこっくりこっくりとうたた寝してしまうほど。

彼女自身は意識していないが、生まれた土地に数百年以上閉じこもっていた癖が抜けていないのだろう。下手に動いてしまうといつ滅尽龍に首を狙われるか分からないのだ。

誰も気にしていないが、普通クシャルダオラが飛来した土地が、ここまで〝静か〟なのもそれが原因かもしれない。

そしてそういうように動いている―――物理的には動いていないが―――ということは、彼女も分かっているということだ。

 

 

この地には油断ならない強敵がいる、と。

なぜそう感じるようになったのか。それは、見られているのが分かっているから。

今現在、監視を続ける天狗の存在も彼女は分かっている。そして、それ以外の存在が同様な動きをしているのも同様にだ。追い払おうと動くと、そいつらは即座に逃げていく。自分では敵わないと分かっている証拠だ。

それらに加えて、妙な力を感じるのだ。龍の力のような暴力的なものではない、さらにぬめりとした、お世辞にも心地よくないもの。

移動しようと思えばいつでもできるのだが、彼女はそうしない。人間的に例えるのなら、プライド、だろうか。暴風雨を司り、あらゆる障害を文字通り吹き飛ばしてきた古龍としての自負が、彼女をこの地へ据わらせていたのだ。

来るならいつでもかかってこい、という感じだろうか。

 

 

ガサッ

風による葉の擦れとは違う音が聞こえた。音の聞こえたほうには、奇妙な奴がいた。

 

姿かたちはほぼ人間だ。鎧を着た狩人に比べると、小さいから子供だろうか。

だがそれと異なるのは、翼が生えている。人間は翼を持たないはず。夫からも、翼の生えた人間の話は聞いたことがない。

翼人間は明らかに恐れた様子でこちらを見ている。他と同じような監視かとも思ったが、自分から姿をあらわすなど阿呆なことをする理由が分からない。そのまま立ち竦んだように動かないのを見て、私は一歩足を踏み出す。

翼人間は体を震わせるが、飛んで逃げようとはしない。そのまま近づいていく。よく見ると、背に生える翼は思ったより薄く、羽に近いようなものだった。飛んで逃げようとしないのではなく、できないのか。

 

私と羽人間は互いの顔を見合わせる。足の一掻きで散ってしまう脆いものは、相変わらず私を見ていた。

ただ、顔からは恐怖の感情が薄れ、代わりに畏怖しているかのように感じられた。同時に私も、そいつの力のようなものを感じた。それは私に向けられた妖しい力ではなく、純粋な、我々と近いもの。

 

少女は私の頬に手をつける。

私も少女の顔に頬ずりをした。

 

 

 

異郷の世界に来て初めて、クシャルダオラは心が鎮まるのを感じた。




ちなみにクシャルダオラに霊夢と魔理沙がそのまま戦ってた場合、霊夢の弾幕は多分クシャルダオラの風に押し負けると思います。バランス型が祟って威力不足。夢想転生で攻撃は受けないけど、こっちの攻撃も通らないジリ貧に。魔理沙なら風の鎧は押しのけられるけど満足なダメージは与えられなさそう。
というかクシャは弾幕ごっこ知らないから血みどろの戦いになりますね。幻想郷の勢力全員で討伐しようとされればクシャも死ぬでしょう。
被害も前代未聞になると思いますが。


ではまたいつか




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日が出て沈んでを7回ほど繰り返した。

 

相変わらずこの地は澄んでいて、竜の咆哮も足音も聞こえない。風も葉のにおいを連れてきて、空は常に青を広げている。

監視者の気配は変わらずだが、それを除けばとても住みやすい土地だ。ここに来てから戦いは一度もない。時折、故郷のことを思い出しもするが、やはり私はここがお気に入りらしい。

 

ただ、変わったことが一つある。

 

それは目の前で遊ぶ羽の生えた人間。

数日前に一人やってきてから、日を追うごとにどんどん増えて来たのだ。今はもう五十を超えている。どうやらこいつらは、私の力のおこぼれを得たいようだ。今もいくつかが私の甲殻を触ったりしている。角を触ろうとする奴もいたが、さすがに拒んだ。

 

ここまで増えるとうっとうしく感じていくと思ったが、不思議とそんな気は起きなかった。そして共に触れ合って分かったのだが、羽人間たちはなんと我々と同じような能力を使うのだ。つぼみすら成っていない花を数分で咲かせたり、未熟な果実を熟れさせたりできる。あの冥灯龍を討った狩人でさえこんな能力は使わなかったはずだから、初めて見たときは少し驚いた。この羽人間たちは私たちと近しい存在なのだと改めて感じた。追い払う気が起きないのはそれなのかも、とも。

ただ、それらの現象も数人が頑張ってようやく発現できるレベルで、風を起こせるという羽人間も、起こせる風は生まれたての同種にすら劣る。あまりにも弱すぎる。故郷の翼竜にすらボコボコにされそうだ。まあ、ここには翼竜はおろか草食もいないのだが。

 

ともかく眼前で遊んでいるものと、私のエネルギーを積極的に得ようとする二つに分類される羽人間たち。私はそれらをただ見ているだけ。

 

平和だ。しかし、それは長く続いていくと彼女は思わなかった。

のんびりとした空気は、ある日突然予兆もなしに消し飛ばされてしまう。故郷での経験が、そう語っている。そして壊しかねない者の存在は分かっている。本来なら即座に叩くべきなのだ。だが、それは自身の力を過信した者が行うもの。そうやって来た古龍や強大な竜が、次々と散っていったのも、彼女は見て来たのだ。

鋼龍という種は、もともと防御に優れた龍である。こちらから仕掛ける必要はない。仕掛けてきたら、それに値する風を返してやればいい。この当たり前のことに気づくのに、私は千年かかった。

 

 

これらの理由から、鋼龍は動かなかった。ただただ妖精と戯れているだけと、幻想郷の面々は認識していた。

だがはっきり言うが、彼女らはなにも彼女を分かっていなかった。全身が鋼鉄である、それだけ。風を操る能力も、嵐を呼ぶだけなのか、それとも別の使い方が出来るのか、それも分からなかった、未知の存在。この一週間、彼女らはとても逡巡していたであろう。

唯一、異変解決者の二人だけは、魔法使いの持ってきた本により、文面だけではあるがかの存在を知ることができたが。

 

 

 

 

しかしそれも今夜、皆はいやでも思い知らされることになる。

 

 

 

 

―――

日が沈み、幻想郷は妖怪の時間になった。妖精たちはそれを恐れたのかすぐに帰っていった。

最も、鋼龍にとっては妖怪など、奇面族や翼竜と同じく目するほどでもない存在たちだ。そこらを跋扈してる奴らならの話だが。

 

彼女は上を見ていた。そこには漆黒の天と、それにまばゆく星々があった。

夜空とは、噴煙がないだけでこうも美しくなるものなのか。初めて来たときもそうだが、全く飽きる気配はない。ここに住む人間は、もしやこの空を見たくてここに住んでいるのか?行動範囲が狭かったとはいえ、龍である私が見とれてしまうのだから、あながち間違いではないかもしれない。だとすると、この地以外の場所はずっと煙が出ているのだろうか。

 

そんなことを考えながら眺めていると、彼女の目におかしなモノが映り込んだ。

一言で言い表すのなら、空を飛ぶ金属光沢の蜘蛛、だろう。羽も無いのに飛んでいるのは疑問だが、生き物ですらない城が飛んでいるのだから、もはや突っ込むようなことではないのだろう。それは夜空を横切るように移動して、この地で最も高い山―――妖怪の山―――に姿を消した。

 

座っていたクシャルダオラは四足で地面を捉え、先ほどの未確認飛行物体の方向を向いた。その目に映っていたのは、興味。

飛行する生物は重く硬い甲殻を持つことは余りない。火竜などは空気抵抗を減らせるような作りであって、地に生きる獣竜と比べると、甲殻は脆い。脆いといってもあくまでそういう進化をした竜と比較すればであり、人から取ってみれば鉄なんかよりよっぽど丈夫なのは共通である。無論、一般の生物ならの話だが。だが、あの蜘蛛はそういった認識を無視したものなのだ。それは興味を惹かれるのもむべなるかな、といったところだ。

しかし、クシャルダオラが関心を向けたのは、そんな人間が頭を捻って考えるようなことでもない。

 

舌なめずりをして、クシャルダオラは翼を振った。

地が震える。未曽有の力の奔流が、空気にのって幻想郷を流れる。不動と思われていた鋼は、しかし生き物であって、不変など有り得ない話だったのだ。

狙いは鉄の蜘蛛。

 

 

久しぶりの、〝鉄狩り〟だ

 

 

 

―――

人も訪れぬ地、妖怪の山。

名の通り、人を食らう妖怪たちが住まう山。妖だけでなく、神々の住まいでもあるこの地は、かつて鬼たちが支配していたが、鬼達はどこかへと姿を消し、今は天狗たちが支配している。

妖怪という種は、総じてプライドの高い者どもであるが、天狗はその中でも非常に高い部類に入る。その為、人間であれ、それ以外であれ、矢鱈に縄張りに入ることを嫌う。故に、山にはおいそれと入れないものである。

 

 

だが、そんな山に侵入者がのこのこと入ってきたのである。

頭に兎の耳を生やした者たち。一見すれば兎の妖怪と思われるが、竹林の妖怪兎とは違い、ほとんどがぴったりとした制服を着用している。無論、中には違う服装の者もいるが。

 

玉兎。地上の兎ではなく、夜空に浮かぶ月に住む兎。

月と聞いて普通は、雅なもの、という認識があるだろう。だが、月の真実はそれだけではない。

彼女ら玉兎は、月の民の部下のような立ち位置のものである。そして月の民は地上など比べ物にならないほど、文字通り上をいく種族である。知能、技術、戦闘……どれを取っても、無類なのである。もし、月と地上が全面戦争を行うのなら、地上は命なき浄土になるのは必然であろう。

天狗たちが玉兎を攻撃しないのは、それもあるからだろう。それに玉兎はかまけていたのだ。

 

月に住む民は高慢で高貴なのだが、玉兎はあまり責任感がなく、気まぐれなのである。地上の妖怪たちが、月の力を恐れて自分たちに攻撃しないのをいいことに、機械に仕事を任せ、怠けていた。その様子は遠足にでも来たかのような光景である。

そんな機械、探査船が行っているのは、地上の浄化……という名の環境破壊である。

探査船が地面の草に光を当てると、その草は一瞬で枯れ、枯れ葉すら残さず消えた。木に対しても同様で、文字通り根こそぎ枯れる。

傍から見れば何をしているのか、と思うだろう。しかし月の文化は地上を置き去りにしたもので、地に住む者どもは分からないのはもはや当然である。

 

 

彼女らからしてみれば、楽なものである。じゃんけんで負けて地上に来たけど、以外と楽な仕事じゃん、そんな感情であった。ある玉兎は食べながら他の仲間と雑談したり、違う者はコーヒーと思しきものを飲みながら読書したりと。まあ、天狗の縄張りでよくそんなのんびりできるなと思うものであった。しかし月は不変の存在であり、そこに住む者もまた、無限の安寧に浸っていたのだ。

 

ああ、今回は楽な仕事だな。口うるさい上司もいないし、穢れさえ気にしなければ割と良いかも……

 

 

 

 

 

 

 

夜空から、鋼が降ってきた。

正確に言うのなら、鋼龍が月の探査船に墜落した、だろう。地上を涸らしていた鉄の蜘蛛は、龍の一撃の前にあっけなくひしゃげて、沈黙した。

突然の襲撃に玉兎たちが驚き、慌てて武器を取る。しかし、余りにも遅すぎた。

クシャルダオラは大きく翼を振った。飛行ではなく、周りの人間を吹き飛ばすためのもの。それの前に立っていられた玉兎はいなかった。

吹き飛ばされながらも、立ちあがった玉兎たちが見たのは、古龍。それも、冥灯龍のエネルギーを取り込み、寿命を超越した歴戦王のクシャルダオラだったのだ。

玉兎たちが真っ先に取った行動は、逃亡。あんな穢れまみれの奴の前に立っていたくなかった。そして何よりも、自分たちの本能が、あれに逆らうな、と全力で警鐘を鳴らしていたのだ。

 

逃亡していく玉兎の背中を見やり、クシャルダオラは〝獲物〟を掴み、そのまま寝床へ飛び去っていった。

 

 

彼女からしてみれば、能力も使わない非常に容易い狩りであった。

 

 

 

「どうして月の兎が……?それに、あのドラゴン……」

 

その様子を見ていた緑髪の巫女は、自身の仕える神社ではなく、もう一つの神社へとすっ飛んでいった。

 

 

 

これが、幻想郷の創造以来の大異変の予兆なのは、この時点ではまだ誰も知らない。




妖精「わー凄い生命力!遊び放題だー」

玉兎「え、何なんあの生命力…穢れまくってるやん!こんなんと関われるか!」
こんな感じです。


ではまたいつか


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弐章 クシャルダオラと妖怪たち


霧雨魔理沙と博麗霊夢は神社にいた。

いや、この二人が神社にいることは日常の風景なのだが、二人とも今は異変解決モード(by霊夢)の顔をしていた。

 

そして今日は、もう二人が博麗神社にいた。

一人は緑色の髪の毛をカエルのカチューシャでまとめた、霊夢と似たデザインの巫女装束の少女。

もう一人は、桃色の髪に赤い前掛けを着用した少女。右腕は包帯を巻いており、今のこの四人の中では一番年上に見える。

 

巫女の少女は東風谷早苗。もう一人は、茨華扇。

東風谷早苗は、外の世界からやってきた現人神であり、茨華扇は妖怪の山に屋敷を構える仙人である。

この二人もよく博麗神社に来る面子なのだが、今は少々表情が硬い。

 

「月の都に行ってくる直前でそんなことが起きてたのね。早く言いなさいよ」

 

「仕方ないじゃないですか!月の民が攻めてきてるって言ったら霊夢さんも魔理沙さんもすぐに行っちゃいましたし、その次に優曇華さんが来て、「月の都に行こう」って、どう見ても話が早すぎなんですよ」

 

「異変解決はスピードが大事だぜ。そういうお前も、人類史上二回目の月面探索だー!、っとか言ってたじゃないか」

 

「それはテンション上がるに決まってるじゃないですか!」

 

どうやら異変解決の宴も終わってさあ日常の再開、といったところで早苗が突然、「あの龍が月の探査船を襲った」と言ったらしく、それを二人が詳しく聞いていたところらしい。茨華扇は偶然立ち寄っただけ、というかここで初めて鋼の龍の存在に気付いたという。

 

「というか華扇は知らなかったの?あんたなら知ってそうだったけど」

 

「二週間くらい前にペット達が急に騒ぎ出して、一部の子が逃げて行ったりして大変だったのよ。今思うと、その鋼の龍が来たからだったのかしらね」

 

「だろうな。古龍が来ると、その周辺の生物は全て姿を消すらしいからな。きっとお前んとこのペットもクシャルダオラにビビッてたんだろ」

 

魔理沙の応答に、華扇と早苗は口を開けた。霊夢の方は呑気に煎餅を食べている。

 

「魔理沙さん……?どうしてそんなに詳しいんですか?あとさっき名前も……」

 

「ん?私はアイツと同じ異世界から漂着してきた本を拾ったんだ。アイツの事も載ってたからな。ちなみに私のものだからな、あげないぜ?」

 

魔理沙は帽子の中から奇妙な書体の本を取り出す。それを見て華扇は声を上げる。

 

「ちょっと!今幻想郷の皆が喉から手が出るほど欲しがってるものじゃない!」

 

「だから、これはあげないぞ!こいつはまだまだ有用なんだ!」

 

「そんなことしてないで、鈴奈庵でそれ写せばいいじゃない」

 

ああそうかと、魔理沙が手を打った。

 

「最初に手に入れた時からそうしなさいよ……それで、クシャルダオラ?だったかしら。それはどういうものなの?」

 

「えーとだな……」

 

魔理沙はペラペラとページをめくり、クシャルダオラの項を探す。

 

 

「あったあった。

鋼龍 クシャルダオラ

古龍目 鋼龍亜目 クシャナ科

 

鋼の甲殻に身を包む大型の古龍種。古龍の中では比較的生態に関する調査が進んでいるが、未だに謎の多い種でもある。全身の鋼の外骨格は肉や骨と一体化しており、これにより鉄鋼に身を包みながら自由に動くことが出来る。」

 

「……なんか、思ってたよりちゃんと生物らしい区分けがされてますね」

 

「だよな。私もちょっと驚いた」

 

どうみても超自然的な存在に生物学上の亜目までつけるとは。こっちはそこらへんは大分適当なのに。

 

「アイツが初めて来たときにね、紫が邪魔して来たのよ」

 

「え?紫さんが?」

 

華扇の疑問に霊夢は首を縦に振る。

 

「なんか、自分で調べてこい、って言って、消えたの」

 

「そう、なんかあのままだと勝ち目はないぞ、って感じで」

 

二人のその言葉に、早苗と華扇は頭を捻る。

八雲紫は非常に頭の切れる妖怪である。彼女であれば、幻想郷の壊滅を招きかねない存在をみすみす入れたりはしないだろう。なぜなら、彼女は幻想郷をこの上なく愛しているから。そんな彼女が、あの古龍を幻想郷に入れた。どうやって結界の中に入れたのは分からないが、そこに彼女の意思があったことは明白。では、その理由は?

 

「とにかく!」

 

思考の波に沈んでいた博麗神社に、霊夢の声が響いた。

 

「考えててもしょうがないから、アイツに会いに行きましょう」

 

「えええ!?霊夢さん、本気ですか!?」

 

「本気よ。その本に書いてあったのよ。『古龍にとって他の生物は一瞥するだけで追い払えるほどの存在でしかないから、縄張りに人間が入ってきても襲い掛かっては来ない』って」

 

「『ただし繁殖期や脱皮などの気が立っている時ではその限りではない』、とも書いてなかったか?」

 

魔理沙の一言に霊夢は少し勢いを無くすも、すぐに取り戻し

 

「ええい!そうなったら華扇が説得すればいいのよ」「私!?」

 

「だってあんた龍の子供に指示できるんでしょ。それくらい出来るはずじゃない」

 

「……異世界の生物と話したことはないんだけど」

 

「いいから行くわよ!」

 

そう言って、霊夢はすぐに飛んで行ってしまった。「ちょっと霊夢さん!?」と言って早苗も追いかけていく。

 

「……どうする?お前もいくか?」

 

「仕方ないわね……あの龍が動物の範疇にあることを願いましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

霊夢と魔理沙、それに早苗と華扇の四人組は鋼龍の巣へと向かって行く。道中に妖精が出て来たが、彼女らに取ってそれは障害にすらならなかった。

近づくにつれ風の勢いは強くなっていく。それに比例するように妖精の数も多くなっていくが、四人は危なげもなくそれらを落としていった。

やがて、襲ってくる妖精の群れが不意に消えた。四人は地に降り、目的地へ徒歩で向かっていく。

 

 

森の木々が途切れた先には、奇岩の並ぶ草原が広がっていた。そしてそこには所狭しと大量の妖精が遊んでいる。

 

「……多くない?」「だな」「多いですね」「ええ」

 

四人が足を進めると、妖精たちはその場を退いていく。能天気な妖精でも、異変解決のできる実力者には迂闊に近寄らないのだろう。

進んでいくと、彼女らの視界に鉄くずが映った。正確には玉兎達の乗ってきた探査船だが、操縦席部分はひしゃげ、六本足も根元から折れており、使えないのは明白だった。今は妖精たちのおもちゃである。

 

そして、この光景を生み出している元凶の姿が見えた。

巨大な鉄の彫像、それに命が宿ったかのような存在。躰を覆う鉄はただの鉄なんかではなく、玉鋼か何かかと思わせる最上級の金属のよう。翼も鋼に覆われているが、同時に飛ぶためのしなやかさも併せ持っている。冠の如き角は、妖力の類とも違うような超常的な力を生み出しているようにも感ぜられた。

 

茫然としている華扇の袖を、霊夢は引っ張った。「行け」と言っているのである。またこの子は……と思いつつも、華扇はクシャルダオラに近づいていった。

クシャルダオラも華扇と後ろの三人に視線を向けているが、敵意は感じられない。近づいてくる華扇のほうに、目を向ける。

 

華扇は鋼龍の周囲に飛ぶ妖精たちをどけながら、彼女に近づいていった。そして、

 

『ちょっといいかしら』

 

そう、クシャルダオラに言葉を送った。

鋼龍はすぐに辺りを見回し、声の主が目の前の人間であることを悟る。

座っていた彼女は立ち上がり、華扇に向き直る。それに後ろの霊夢たちは構えるが、彼女は意識していない。

 

そして、10分ほど華扇と鋼龍の会話が終わると、彼女は笑顔で振り返ったのだ。その顔に唖然とする霊夢たちに、華扇はこう言った。

 

 

「大丈夫、どうやら私たちが思っていたよりよっぽど生き物らしかったようだわ」

 

 

 

 

その後、博麗神社にて華扇は、クシャルダオラがここに来た理由を三人に話した。

 

曰く、彼女―――クシャルダオラの性別が雌だったことより―――は生まれてからずっと同じ場所で過ごしてきて、自分の命を脅かしかねない龍と戦い続け、凝縮された龍のエネルギーを取り込み、他の個体より大分長生きしたこと。長らく番を待っていて、ようやく自分のお眼鏡に適う雄を見つけ、彼から色々なバイオームについて聞かされて興味がわき、産んだ子供が巣立ちしたので番の話に聞いた場所を探していって、ここに来たという。

色々ツッコミどころはあるが、別に強く縄張りにしたいからとかそういう理由ではなかったようだ。

 

また華扇はクシャルダオラの様子について、

『強い凶暴性は感じない。こちらから手を出さなければ大丈夫だろう』

と言った。数々の動物を飼っている華扇が言うのだから、間違いないだろう。

 

それを聞いた早苗は、自分の仕える神様たちに伝えると言って、帰っていった。

残った三人は、クシャルダオラの情報を広めるために動いていくとのことで一致した。

 

 




鋼龍と交流!


すいません(´;ω;`)

ではまたいつか


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数日前、変な奴らがここに来た。

羽人間ではなく、正真正銘の人間だ。ただ、私の知っている人間とは少し違っていた。

 

奴らは四人で来た。故郷に来た人間たちも、竜を狩るときは必ず四人以下だったのを思い出したが、奴らのように分厚い鎧も、鋭い得物も持っていなかったから、そこまで気にはしていなかったが。

ただ、そのうちの一人が私に話しかけて来たのだ。驚いた。種族もまるで違う生物が互いに話し合えるなどどんな幻想かと思っていたが、やはりここは静かな割に故郷とは様々なことが違うようだ。

 

その人間はまず最初に、『私たちはあなたと争う気はない』と言った。同種ではないのでどこまで信頼できるか知らないが、そう言ってくれるなら多少はましになる。

次にそいつは、私に質問をしてきた。どこから来たのかとか、どうしてここに来たのか、など。私は『故郷が騒がしくなってきたから、争いたくなくてここに来た』と言ったのだ。そうだ、あと、『どうやってケッカイを超えて来たの?』とも聞かれたな。私はケッカイというものがよく分からなかったから逆にそいつに質問したら、ついでにここがどういうところなのかを教えてくれたな。

 

 

幻想郷

博麗大結界というもので覆われた場所。

ここを住みかとしているのは妖怪、という人間を主食とする生き物だという。種や個体によって強さが大きく異なるらしく、中には古龍のような力を使う奴もいるらしい。極力相手したくはないが、曰くそいつらが私のことを酷く気にしているようなのだ。古龍の力は周囲の生物に大きく影響するのはここでも変わらないらしい。

肝心の結界とやらだが……よく分からなかった。結界の外で人間に忘れられたものが、ここに来ると言っていたのだが、なぜ人間限定なのだろう?妖怪はただ人間を捕食する生物なら、忘れられようがこんな場所を作る必要はないはず。そもそも捕食者ならば、忘れられることなぞ無いのになぜだろうか?

 

人間の話が終わったから、今度は私から話しかけたのだ。『私を見張っている奴らをどうにかしてくれないか』とな。するとそいつはこう言った、

 

『すぐには厳しいけど、そいつらを連れてきて直接話をすれば、監視をやめてくれるかもしれない。もちろん、攻撃は一切しないことを約束するわ』。

初めて聞いた時は訝しんだが、この人間は悪そうではないし、そいつの言葉に従うことにした。

 

 

 

そして今日、その見張っている奴の親玉が私の寝床に来たのだ。

 

「ふーん、こいつがクシャルダオラねえ。魔力とか妖力とか一切感じないのが不気味だわ」

 

私を見上げながらぶつぶつと喋っている人間、というか羽人間か。背格好は妖精―――この呼び方も先の人間に教えてもらった―――とほぼ同じなのだが、翼の形は飛竜のそれに酷似していて、発するオーラも妖精のような無垢なものでなく、妖しい力だ。

 

レミリア……どうたらこうたらとか言う妖怪の近くには、私と話せる人間―――華扇という名前―――も傍らにおり、レミリアの子分らしい人間も二人いる。くすんだイバラ結晶のような髪のものと、ダブッとした皮をまとう余り強くなさそうなやつ。

 

「一体どうやってこんな力持っているのかしら。私が持ってた本のどれにも似たようなものがないわね」

 

「異世界の存在ならば、本に載っていないのは当然では?」

 

「違うわよ。こういうことは過去にも何度かあったから、それに関する記述も当然残っているわ」

 

「ですけど、それでも無いんですよね?」

 

「………」

 

「どうでもいいわよ」

 

後ろ二人の会話にレミリアは口を出し、私の方に向きなおった。

 

「本の知識がないのなら、私がこいつの運命を見ればいいのよ」

 

後ろ二人はそれに黙り、華扇の体は少し強張る。レミリアは私の方をじっと見る。当然私に何ら異常は無い。

しばらくして、レミリアは目を外し、後ろ二人の方に歩いていった。

 

「さ、もう十分よ。帰りましょ」

 

「え、もういいの?」

 

「ええ、私はあなたみたいに動物と話せはしないけど、情報を得ることならば、運命を見れれば十分でしょ?」

 

そう言って、三人はすぐに帰っていった。華扇は胸をなでおろし、私は話しかける。

 

『本当に攻撃してこなかった』

 

『ええ、あの吸血鬼は意外とわがままだから、ちょっと焦ったけど、この調子なら他の奴らとも大丈夫そうね』

 

『それは安心した。

ところで、なぜ奴はあんなに自分の名前を私に憶えさせようとしたのだ?』

 

『……あはは』

 

 

 

 

レミ……なんたらが来てから数日後に、今度は別の奴らが来た。

 

「茨華扇、こいつは何と言っている?」

 

「『ずいぶん変わったエリマキだな』ですって」

 

「あははは!エリマキって、確かに見えなくも無いわ!」

 

「諏訪子さま、笑いすぎですよ!」

 

「諏訪子、おまえあとで覚えていろよ……」

 

三人。一人は、前に来た緑と白の人間。もう一人は赤と紫で、背中にエリマキみたいな奴を背負っている。最後の奴は三人の中で一番小さく、頭に何かの生き物―――カエルだろうか―――を象ったものを被っている。奇面族の亜種だろうか。

 

「神でも妖怪でもない……古龍というのか?お前はどうしてそんな力を使えるのだ?」

 

赤エリマキが何か言うと、華扇が同じような意味の語で問いかけてくる。

 

『どうして……成長と戦闘でここまで上手く使えるようになったが、風を生むだけなら生まれた時から出来たぞ』

 

再び華扇が翻訳する。

 

「成程、種族として元から違うというわけか……」

 

「ってことはさ、若い時は力を上手く使えられないってこと?」

 

今度はカエル頭の人間が話しかけて来た。

 

『若い奴は無意識に風を放出しまくる。そこらの領域が嵐になるのだ。普通の竜相手なら威嚇として機能するが、古龍や異常な化けもの相手だと自分の居場所をさらけ出しているようなものだからな。特に私の故郷はそういう奴が多いから、若い頃は苦労したよ』

 

華扇が翻訳して伝えると、三人はしばらく内輪で話し合った。そして赤エリマキがこちらに向き直った。

 

「そうだな……お前は天候を操れるようだが、ここに住みたいのならその能力は使わないでほしい。私の力も似たようなものだが、お前と違って正しく使わないといけない。お前が容易に天候を変えてしまうのは、私達の力……人間からの信仰を揺るがすものだからな」

 

華扇の翻訳を介して話し合う。

 

『人間からのシンコウ?お前たちはそれを餌にしているのか?』

 

「餌とは違うな。だが、私たちにとってはそれよりも重要だ。それがないと、私たちの力は弱くなってしまう。お前で例えるのなら、風や天候を操れなくなるようなものさ」

 

『何だと?それは困るな』

 

「そうだろう?それを得るためには、勝手に自然現象を起こされては困るのさ。だから、大人しくしてほしい。お前からしても、嵐を起こさなければ他の奴らから目をつけられないしな。静かに暮らしたいのならそれが賢いと思うが」

 

『確かにな。そうしよう。だが、私を襲ってくる奴らがいたら、多少の嵐は起きると思うぞ?』

 

「襲ってくる奴はいないと思うが……それにしても人里から離れてやってくれ」

 

互いに了承しあうと、三人は飛び立っていった。

 

 

『奴らも妖怪なのか?』

 

『いいえ、彼らは神と言って、基本的には人間の味方よ。人に祀られることであなたみたいな力を使えるのよ』

 

『人間に?奴らにそんな力があるのなら、カミとやらをまつる必要はないのではないか』

 

『いや、むしろその逆……自分たちではどうしようもできないから、信仰に頼る必要があるのよ。幻想郷はその原理で成り立っているようなものだからね』

 

『………………?』

 

 

やはりここは不思議な場所だな、とつくづくそう思った。




名前覚えてくれない、変な名前で覚える
古龍と言っても所詮生き物だし、ねえ?

ではまたいつか


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東方新作来ましたね!
なにやら龍に関する言葉が出てたので、幻想郷の龍に関して何か判明するのかも……?
モンハンもRISEが来ますし、これからも退屈しなさそうです……!


その後、クシャルダオラの元には多くの人妖が訪れた。

 

興味本位で訪れる者どもも多くいたが、幻想郷の実力者達は翻訳者に頼り、出来る限り多くの情報を得ようとした。

既に人里の貸本屋で製本された、かの世界に関する書物も行き渡り、実力者達の鋼龍への警戒度は低くなっていった。

 

だが、まだ完全に警戒を解くわけにもいかない。

一部の者たちは、魔法使いが拾ってきた本に書かれたクシャルダオラと、幻想郷に今いるクシャルダオラに、かなりの差異があることに気がついていた。もしかしたら、今私たちが目にしている鋼龍は、一般的なそれではないのかもしれない。そもそも生態系を超越した古龍に普通、異常の線引きをするのもいささかおかしな話だが、妖怪たちも普通の生態系からは外れている存在。彼らに関してより細かい違いを気にするのも、〝ここでは〟おかしなことではないのだ。

 

 

 

 

 

 

博麗神社

普段から多くの人妖がたむろする、妖怪寄り合い所とも呼ばれてしまうような場所だが、今日は特にその数が多かった。

 

紅魔館の吸血鬼、妖怪の山の天狗に、神様。命蓮寺の僧侶たちに、霊廟の仙人。珍しいところでは、どこの勢力にも属していない鬼などの姿もあった。

 

「ちょっと、ここは妖怪のたまり場じゃないのよ」

 

「硬いこと言わないでちょうだいよ、霊夢」

 

「そうだな、私たちのような仙人もいるんだから、十把一絡げに妖怪扱いされるのは困るな」

 

「人外の集まりには変わりないじゃない」

 

「話が終わればすぐに帰りますから、我慢してくださいよ。それに、もしかしたらこの問題は、幻想郷全体に関わるかもしれないのですよ?」

 

霊夢の苦言に対し、レミリア、神子、白蓮は許してくれるように言う。家主の許可を得ずに勝手に集合時間を決めて集まってくるのもどうかと思うが、まあ、ここでは日常茶飯事なのだろう。霊夢もそれ以上は何も言わなかった。

 

本来顔を滅多に会わせないはずの幻想郷の実力者達が何故、こうも一同に会しているのか。

言うまでもなく、あのクシャルダオラのことについてである。

 

「まあ、さては何より有意義な情報収集をしましょうよ。皆さんもそのためにここに来たのでしょう?」

 

「あら、それならあなた達から言うべきなんじゃない?アイツが来た時に一番早く動いたのは天狗でしょう?いい情報を持ってると思うけど」

 

「見ただけでは何なのか分かりませんよ。運命を見れるあなたなら、たかが二週間ほどの観察よりよっぽど情報を持っているでしょうに」

 

しかし、そこは幻想郷。一癖も二癖もある者どもが集っているのだから、そう簡単に話は進まない。

この状況を手早く終わらせたのは、山の仙人 茨華扇だった。

 

「よしなさい、私が一体何のためにあの龍とあなたたちの翻訳をしてきたのか」

 

「まあ、そうだな。早く情報交換をしよう。我々も暇では無いだろう?」

 

八坂神奈子も同調し、ひとまず場の空気は落ち着いたようだ。

 

「では、我々天狗から……

一週間程前に月の民の探査船を襲って以来は、基本的に移動はしませんでした。日を追うごとに妖精の数も増えていましたが……クシャルダオラが妖精に危害を加える様子も見られませんでした」

 

「私たちが見たときは百匹以上いたぞ?あんなに大勢いて、よくうっとうしく感じてないんだな」

 

「彼女自身は妖精には敵意は抱いてないようだったわ。理由は彼女もよく分かっていないようだったけど」

 

射命丸文の報告に、魔理沙と華扇が付け足すと、次にレミリアが口を開く。

 

「あいつの辿ってきた運命は、かなり凄かったわよ。光り輝く巨大結晶みたいなのが見えて、あいつはそれに魅入られてたようね。それを守るために何百年以上、戦い続けたようね」

 

「何百年もの闘争を生き延びた、歴戦の王といったところか?ただ能力の強大さだけが取り柄では、無いようだな」

 

「それと、戦ってきた運命の中に興味深い奴がいたわね」

 

「興味深い、ですか?」

 

白蓮の質問に、レミリアは少し考え込むように答えた。

 

「そう……全身に棘が生えてて、頭に巨大な双角みたいなのが生えた、悪魔みたいな奴。あれも古龍なのかしら、何百回とクシャルダオラと戦ってるのが見えたわ」

 

「全身に棘……頭に巨大な角……?」

 

「どうしたの、文」

 

「いえ、なんでもありません、続けてください」

 

と、ここで話し合いに新たな者が出て来た。

 

「あー、ちょっといい?」

 

「何よ萃香。あんたそいつのこと知ってるの?」

 

萃香と呼ばれた少女は、およそその容姿には似合わない酒瓶を傾けて、話し始めた。

 

「多分、そいつ直接見たことある」

 

「ええ!?」

 

「というか、戦ったこともある」

 

「はあ!?」

 

「え、ちょっと、良いんですか萃香さん?」

 

「別にいいじゃん、お前らも〝五百年前のあの時〟と同じこと起こしたくないだろ?だったら、ここで腹割って話した方がいいじゃん」

 

萃香の言葉に文は引き下がったが、他の者はちんぷんかんぷんといった様子である。

 

「その様子を見る限り、お前たち鬼が山にいたころに起きたんだな。五百年前のあの時とは?」

 

「ああ」

 

「そして、それはあんたたちが外部に漏らしたくないことでもある……そうよね、天狗?」

 

神子とレミリアの疑問に、萃香と文は肯定した。

 

「ねー、私たちその事知らないんだけど」

 

「私もです。文さん、五百年前にその龍と何があったんですか?」

 

諏訪子と早苗の言葉に文は意を決したように口を開いた。

 

 

 

「……まだ、萃香さん方が山を統治していた頃です。いつもの日常にアイツは来たんです。

レミリアさんのおっしゃる通りの風貌の、まさに悪魔。いや、それ以上に恐ろしい存在でした。そいつは、妖怪の山を悉く壊してきたのです。

当時妖怪の山にいた格の高い妖怪や、鬼の皆さんもそいつを討伐しようとしたのです。ですが…………

誰一人、生き延びることはありませんでした」

 

 

最後の方は文の肩が僅かに震えていた。その様子から、聞いていた者たちもこれはただ事ではないことを確信した。

 

「酷いもんだったよ。殺された奴らは針山地獄の罪人みたいだった。あたし達もアイツを殺そうとしたが、相当に手強かった」

 

「山の四天王であるあんたが苦戦するなんて相当だったようね」

 

「……お前に言われるとなんか腹立つな。まあいい、それで妖怪の山だけじゃ解決できそうにないから、他の奴らの力も借りて、何とか討伐出来たってわけさ。まさか、新顔の龍のライバルだったとはねえ」

 

「それでは、天狗たちが隠したがるのも無理は無いな」

 

そして天狗の話からもう一つ、新たな事実が浮かんできた。

 

「あの世界から来たモンスターは、クシャルダオラが初めてじゃない……」

 

霊夢が呟き、他の者たちも話し始める。

 

「それで、他に何か異常はあったのか?」

 

「いいえ。あいつ以外に何か未知の存在が来たことは確認されていないです」

 

「その襲ってきたやつが、クシャルダオラの奴と戦ってたやつと同じ、ってことは分からないけれど……もしかして、クシャルダオラの住んでた地が、何か特殊なのかしら?」

 

「可能性は捨てきれないわね。彼女に話しかけてみたのだけど、彼女の故郷は古龍の生体エネルギーが収束した場所、と言ってたわ」

 

「その古龍の生体エネルギーって何なのですか?」

 

「聞いてみたけど、彼女曰く『始まりの力』としか分からなくて……」

 

「……聞くだけ無駄だったわね」

 

話し合う彼女らに、豊聡耳神子が話の流れを割るように入った。

 

「ひとまず、私が聞いた限りでは奴にここを攻撃する欲はなかった。まるで隠居しに来た嫗のようさ。彼女を無理に幻想郷から追い出す必要は無い、ということでいいかな」

 

全会一致というわけでも無かったが、神子自身の能力と、もしくは才能ゆえか、異端者だらけの会合はひとまず無事に終わりを告げた。

 

 

 

 

 

その頃クシャルダオラは

 

『ZZZ…』

 

いびきをかいて昼寝していた。




ネルギガンテですが、歴戦個体です。頭も結構回っていましたが、妖怪の頭脳戦には勝てず、死亡。
あと魔理沙の編纂書ですが、古いものなので新大陸のモンスターや載ってないモンスターも多いです。


ではまたいつか


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光が見える。

 

たかい、たかい塔の上。

 

私はただそこへ身を任せるがままに飛んで行った。

 

天はただ青を下ろし、大地は白に包まれている。

 

ようやく頂上が見える位置まで達すると、誰かが座っていた。

 

私はその子へ近づいていく。それとともに視界が端から白く染まっていく。

 

あと少し……あと少し……手を伸ばし、その子の肩へ触れようとして―――

 

 

 

―慌てないの 焦らない 時はいずれ―

 

 

 

 

 

「………………ん」

 

布団をはがして、体を伸ばす。それと同時に欠伸。

障子を開け放つと、部屋の中に朝日が差し込んで来る。どこかで朝を喜ぶ鳥の鳴き声が聞こえた。朝日を浴びて、もう一度体をうんと伸ばす。

博麗神社にいつもの朝が、いつも通りやってきた。

 

着替えを済ませ、朝ごはんもいただき、食器を片付ける。いつもは結構騒がしい博麗神社だが、朝は本当に静かだ。いや朝に誰かが居ても困るのだが、来る奴もいないこともないのが幻想郷である。

 

ほうき片手に境内へ出て、落ち葉を掃除する。もう秋も間近に迫って来たからか、落ち葉の数も多くなってきた気がする。あの鋼龍の影響もあるのかも知れないが、最近は大人しくなってきたようだ。やっぱり監視されていたのが落ち着かなかったのか、まあ私も天狗に尾行まがいの事はたびたびされてるから、気持ちは多少分かる。

 

あの後、華扇の助言から、クシャルダオラの監視を外すことになった。一部の奴ら、特に山の勢力は否定的だったけど、神子やレミリア達の方は自分たちの能力もあってか反対はしなかった。まあ、あいつらもあいつらで未知の力に興味があるのだろう。

監視を止めた効果は予想以上に大きく、以前はここまで風が吹いていたのだが、今はもうそよ風レベルだ。それぞれの思惑はあるのだろうが、まあ私としては面倒ごとさえ起きなければ良い。

 

「こんにちは」

 

…そう思っていた矢先に、八雲紫はスキマから顔を出してきた。

 

「面倒ごとさえ起きなければ良いと思っていたのに」

 

「あらあらずいぶんやさぐれてるわね。何かあったの?」

 

「……いちいち言わないわよ」

 

わざとらしい顔で質問してくる紫を一蹴し、掃除を続ける。

 

「そういえば、あの古龍も大人しくなったわね」

 

「クシャルダオラでしょ?別にここを支配しようなんて思ってないらしいから、放置することにしたわ」

 

「それは博麗の巫女としてどうなの?」

 

「私が戦うのは異変を起こしたやつ。今回のは異変っていうより騒動よ。私が出ばる幕じゃないわ」

 

「…そう。まあ、いいでしょう」

 

紫は扇子を口元に当て、幻想郷を眺める。それを見て、ふと疑問に思ったことをぶつけてみる。

 

「ねえ、どうしてあいつを幻想郷に入れたの?」

 

「どうしてって?」

 

「だっておかしいじゃない。あんたが幻想入りしていない存在をここに入れるなんて、何かあるんでしょ」

 

扇子を口元から外し、紫は答えた。

 

「古龍はどういう存在だと思う?」

 

質問に質問で返され若干不服に感じたものの、今は答えを知りたい欲の方が勝った。

 

「どうって……神様や妖怪みたいに人間の恐れや信仰を必要としないし、動物みたいに他の生き物を食べようとしないし、意にもかけない。なのに、力は一級の神様と同等……こんな感じかしら」

 

紫は僅かな微笑を浮かべた。それは……子供をほめる時の親のそれに少し似ていた。

 

「間違いではないわね。あくまであれを幻想郷に当てはめるなら、だけど」

 

「じゃあなんなのよ」

 

「結界が対象とするのは生物、及びそれらに付随する道具。それは分かってるわよね」

 

頷き、紫の話を聞く。

 

「でも、古龍は違う。あれらは私たちが定めた生き物とは、根本から何もかもが異なっている。生と死の概念は共通のようだけどね」

 

「……つまり結界が定める生物の理に当てはまっていないから、結界でも防ぎきれない?」

 

「理由の一つはね」

 

紫は指を二本立て、不可解な微笑を顔に浮かべた。

 

「もう一つ、こっちの方が重要ね。〝古龍は天災そのものである〟そう本に書いてあったでしょ?」

 

「なんで知ってるのよ……」

 

「結界が防ぐ対象に、自然現象はないのよ。天災の象徴、自然そのものであり、自然の一部である古龍にとって結界なんて意味はないの」

 

集めた落ち葉が風にあおられ派手に境内を舞う。その一枚が私の靴に引っかかり、カサカサと音をたてる。

 

「ちょっと待って、そもそもあいつは異世界の存在。異なる世界同士が交わることはたまにあるけど、さすがにあのクシャルダオラはそんな力持ってないはず。なんでここに来たのよ」

 

またしても紫は扇子を口元に当て、クスクスと笑った。

 

「あの世界はね、特殊なのよ」

 

「え?」

 

「古い時代からあの世界は多くの異世界と交わって来たの。言うならば、あの世界は次元の波に飲まれながら存続してきた、って言ったほうがいいかしら。当然、私たちが生きてるこの世界ともね」

 

紫は扇子を畳んだ。

 

「何百年位前かしらね。西の人間たちが海を征していた時代に、あっちの世界からモンスターが流入して来たの。多くは遠く離れた島に住みついたのだけれど、一頭はこの国まで飛んできた……」

 

「それが、妖怪の山を襲った奴?」

 

「まあそうね。あちらの世界では、ネルギガンテと呼ばれたものよ」

 

ネルギガンテ。名だたる山の妖怪達を殺しまわった、クシャルダオラと同じ古龍。レミリアの話ではあのクシャルダオラと戦い続ける姿が見えたらしく、極めて高い凶暴性と強さを持つことは間違いないだろう。

 

「そんなわけだから、あの世界からモンスターの流入を止めるのは厳しいし、古龍に関しては言わずもがな。だったら、あいつらの力を利用するのが得じゃないかしら?」

 

「う、うーん」

 

「あら、時間ね。それじゃ、私は戻るわ」

 

そう言って紫の姿はスキマに消えて行ってしまった。

疑問はまだ残っているものの、これ以上詮索してもあいつは素直に答えてくれないだろう。まあ、理由は聞けたからそれでいい。

 

靴に挟まった若緑色の落ち葉は、風にあおられどこかへ消える。

私は鳥居の中の幻想郷を眺める。

 

あれほどの超常的存在がいながら、あの世界の人々は生き抜いてきている。本にはそういったモンスターを〝狩る〟ハンターという存在が記されていた。

彼らはどう思いながら、自分たちの世界で暮らしているのだろう。妖怪と違ってモンスターは生き物だ。祈るだけでは決して生き延びられない。それでありながら、彼らはそれと共存している。

 

 

なかなか、世界は広いものなのだなと。柄にもなくそう思ってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今、一頭の妖怪が食われた(・・・・)

敵との差も図れなかった哀れな妖怪は、今は捕食者の胃袋に収めらていた。

 

捕食者は口についた血を舐め、満足そうに鼻息を吹く。日も斑にしか射さない深い森の中で、それは余りにも異質であった。ここにいてはいけない存在かのように見える。

 

すると捕食者はある方向へと向き直った。

鈍いものなら気付きすらしないが、それには分かっていた。

風に運ばれた、鉄の匂い。それを嗅いだ捕食者は、目を開き、警戒していた。

分かっているのだろう。今の自分では返りうちに合うだけというのが、少なくとも今喰われた妖怪よりかは。

 

捕食者はまたどこかへと足を運ぶ。どこに行くかはそれ自身も分からない。

 

 

ただ、獲物を求めるその鋭い眼光から、おのずとそれが求める者が何かは分かるだろう。

 

彷徨うように歩を進める狩人は、やがて森の闇へと消えていった。




紫の言ってた島云々は、MGSPWとのコラボのことです。
それと、誤字報告ありがとうございます。気になる誤字がありましたら、報告お願いします。

ではまたいつか


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参章 破滅の鐘を鳴らしたのは彼女か?


やる気が止まらん……あこれ後になって一年以上投稿しなくなるパターンや。


華扇とやらの言う通り、あれから視線を感じることは無くなった。

代わりに人間……いや、それらと見てくれは似ているが違う、妖怪という奴らが私に会いに来るようになった。一部違うやつらもいるらしいが、少なくとも私が見た故郷の狩人とは、全く違う力を有しているのは分かった。硬い鎧も、鋭い獲物も持ってはいないが、純粋な身体能力は彼らよりも高く、古龍のような不可思議な力を扱える。そんな奴らがここには大勢いる。

全くもって強さを推し量ることはできない。私がこれまでに見た人間、夫から聞いた人間の特徴と全く合致していない。

油断ならないところに来てしまったが、私に移住する心づもりは全くない。華扇のような信頼できる奴らもいるし、ここの環境は大変に気に入っている。

 

それは目の前で遊んでいる妖精も含めて、である。

胸部のあたりを触っている妖精の頭をツン、と軽くつつく。妖精は少し驚くが、むしろ私の前足に抱き着いてきた。前足を持ち上げ、妖精はうれしそうな顔をする。それを見ていた他の妖精たちも前足にひっついてくる。重さなどあってないようなものだが、もう掴めるような場所はない。一匹の首元を口で掴み、持ち上げてやるとこれもまたきゃっきゃと声をあげる。

 

当初は触ってきていても無視したのだが、触れ合っているうちに何だかかわいく見えてきてしまい、こうして遊んでやることも増えた。監視の目が緩くなったからか、それとも子を育てていた時の母性がまた芽生えてしまったのか。とにかく私にとっても楽しいことには変わりなく、故郷に居た時とは打って変わって非常にリラックスしている。

 

「あ、いた!」

 

聞き覚えのある声が聞こえ、その方向を見てみると、そこには水色の妖精がいた。

妖怪たちが来ていたのと同じ頃に、私に会いに来た妖精だ。氷の力を有している妖精で、他の奴らと比べると桁違いに強い力を持っている……あくまで妖精の中でだが。しかも華扇に聞いたのだが、妖精達はここの力関係では最も弱い種族だという。そんな奴らの中での規格外なので、私からすれば他の妖精と変わりは全くない。

 

「何してるの大ちゃん?」

 

「えへへ~、チルノちゃんもやってみる?」

 

「やる!」

 

私の口に咥えられていた妖精が離れると、今度は氷妖精が口の方に来る。

 

「ねえ!さっきのあたいにもやって!」

 

そう言うと、氷妖精は私の顔の周りを飛び始める。さっきまで泥遊びをしてきたのか、ほこりが鼻に入ってくる。

くしゅん、と軽いくしゃみ。それだけで頭の周りを飛んでいた氷妖精は派手に吹っ飛ぶ。

 

「のわぁぁぁ!!?」

 

「チルノちゃん!?」

 

そのまま木の幹に激突し、動かない。頭を打ったのだろうか。ほどなくして立ち上がり、一言。

 

「違うよ!あたいは大ちゃんのやってた奴をやりたいの!」

 

他の妖精たちは笑い出し、不思議と私も心地よい感覚になる。

 

 

やはり、ここは良いところだな。もっと早くここに来ていればな。

 

 

 

 

 

 

 

 

暴風を操る古龍と幻想郷最弱の種族が遊んでいる所、霧の湖のほとりに建つ深紅の洋館。

 

紅魔館

幻想郷から見るとつい最近現れた場所。過去に幻想郷を侵略しようとしたレミリア・スカーレットが主の館であり、多くのメイド妖精や実力ある者たちが住んでいる館でもある。

幻想郷の中でも有力な勢力ではあるが、唯一彼女らが胸を張れない、いや恐れているとも言える存在が、この館に住んでいるのだ。

 

内装まで真っ赤な紅魔館の、入り組んだ通路の突き当りの螺旋階段。ゆらゆらと揺らめく蝋燭の炎の中を進んでいくと、扉が見える。何度か破壊されたような痕跡が残されている扉には、この館にあるような高貴さは感じられない。

 

部屋の中には、一人の少女がベッドで本を読んでいた。

少女、といっても背中に生えた歪な翼を見れば、人間でないことは一目で分かる。室内だというのに、金髪の上に館の主と同じ帽子をかぶっている。

 

フランドール・スカーレット

この紅魔館の主であるレミリア・スカーレットの妹である。本来ならもっと明るい―――吸血鬼に太陽光はよろしくないのだが―――部屋であってもおかしくは無いのに、こんなある種牢屋ともいえるような部屋に住んでいるのは、彼女の気性、そしてそれを致命的なものにする能力のせいであろう。

 

そんなフランが読んでいる本は、異世界のモンスターのことが書かれた本だった。

驚くことに彼女は四百年近くこの場所で隔離されているのだ。出ればいいではないかと事情を知らないものなら言うであろう。確かに彼女の能力があればどんなに強固な結界であれ〝壊す〟ことは容易い。しかしそれによって引き起こされるであろう被害は、計り知れない。それを館の住人、そして何よりフラン自身が理解しているため外へ出ることは無い。

そして、そんなフランが趣味としているのは読書。静かに過ごすにはこれが最適解であり、かつ常識を学ぶ機会にもなる。まあ、他者と接していない時点で常識を言えるのかは疑問ではあるが。そしてそれを四百年続けているため、ほとんどの物は読んでしまったのだが、今日は新しい本が来たのでそれを読んでいるところである。

 

パタンと、フランは本を閉じ、物思いに耽るようになる。

 

「古龍……ねえ」

 

現在、幻想郷に鋼龍という存在が来ていることはフランも聞いている。曰く、魔力の類を持っていないにも関わらず、幻想郷全域を包む暴風を発生させるほどの力を持っている。自分の姉も、食客みたいな魔法使いもそいつを気にしていて、その力の根源を探っているらしい。

だが、フランにとってはほぼどうでもいいことだった。万物には弱点の〝目〟がある。それを無理やり握りつぶせる彼女の能力があれば、どんな存在であれさしたる脅威ではない。古龍とやらがどんな強さを持っているのかは彼女は勿論、幻想郷の住民も正確に把握できていないが、かといってフランの興味を引くようなものでもない。

 

ベッドに横になり、彼女はまた何年とも知れぬ暇をもてあそぶことになる

 

 

 

 

ガシャン!!

 

途端そんな音が聞こえ、フランは体を起こした。

音がしたのは、扉からだ。誰か来たのかと一瞬思ったが、この館にそんな荒々しいドアの開け方をする者はいない。じゃあ客人か?しかし、扉の開け方からして友好的ではないのは伝わってくる。

同時に流れ出す妖気も、フランの肌に触れた。ずいぶん隠し方が下手くそな、下級の妖怪と同じようなものだ。目をつぶせばそれで終わるだろうか。フランはそんな風に考えていた。

 

もともとボロボロで、閉じ込める気のない扉は荒々しく開けられ、開けた張本人がのそのそと入ってきた。

 

ヒグマを超える黒い獣のようなものが、地面に四本の足をつけ歩いてくる。全身に棘が生えたそれは、驚くことに翼を持っており、また野太い双角も有していた。

 

なんだろう、この妖怪。一瞬フランはそんなことを思ったが、すぐに手を開いた。

どうせ話もできない。何の妖怪だか判明したところで、その場しのぎの退屈にしかならない。これまでの自身の経験から、フランは対象の目を探し、握りつぶそうとした。

 

 

だが、目を探そうとした所で、フランは生まれて数える程しか味あわなかった〝驚愕〟に見舞われた。

 

 

 

その妖怪には、握りつぶせる目が1000を超えていたのだ。

 

 

あり得ない。妖怪ですら数個以上、神であれば百個程度しか見たことのない目を、こんな奴が千個も持っているだなんて。予想だにしない出来事にフランはしばし困惑した。

 

だが、その獣妖怪から放たれる、これまた異常なほどの殺気を浴び、フランは困惑から立ち直った。

もうだいぶ昔、私がしたことを姉に烈火の如く叱られた時も、こんな殺気を感じた。しかし姉の怒気から感じた愛の欠片を、こいつからは一切感じない。

 

ただ、目の前の存在を、狩る、という気配のみだ。

 

 

フランの口元に、不気味なまでの笑みが張り付いた。

 

この獣は、フランの興味を引いてしまった(・・・・・・・)のだ。

 

しかし、獣妖怪はそれに臆すことはなく、フランに襲い掛かった。

 

 

 

 

 

陽光が届かぬ暗闇の中で、二つの狂気は相対する。




ママクシャぁ……なんて言ってる場合じゃねえ。

ではまたいつか


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魔法の森のとある一軒家。

何のものか分からないガラクタが大量に置いてあるその家を見ると、家主の性格が不安に思えてくる。

 

そんな家の中で、何やら熱心に作業をしている少女がいた。

霧雨魔理沙である。腐れ縁の霊夢とは正反対とも言える努力家な彼女は、現在魔法の研究をしていた。親元を飛び出してきてまで魔法の研究をしたかったのだろう。一般的には、その姿勢は評価されるべきだろう。もっとも、彼女を知っている者は手癖の悪さからそれを褒めることはないし、彼女もそういうのは求めていない。

 

魔理沙は今、怪しい液体を作っていた。複数の毒キノコが平然と置かれている中に、明らかに大きなキノコがあった。

鋼龍がいた世界のキノコだ。アオキノコ、毒テングダケ、ニトロダケ、マンドラゴラ。アオキノコを除いては、扱いに注意が必要なものばかりだ。しかし、魔法使いに必要なのはこういうキノコなので、致し方ない部分もあるのだが。

元の世界ではハンターが利用するキノコであり、重用されている。アオキノコは回復薬に、毒テングダケは毒煙玉に、ニトロダケは爆弾に、マンドラゴラは秘薬に、と。あの世界で多く使われているものなのだから、魔法使いにとっても使えるはずだ!…という魔理沙の持論である。異世界のものなのだから、暴論に聞こえなくもないが、彼女の表情を見る限り、あながち間違いではなかったようだ。

 

本を見ながら、慎重に液体をかき混ぜる。あちらの書士隊とやらが書いてくれた本と、こちらの魔導書を見比べながら、液体を混ぜ続ける。その姿はおとぎ話に出てくる魔女の姿そのものであった。

しかし魔理沙はすぐに悩み始め、かき混ぜる手を止めてしまった。やはり情報の少ない異世界のものを使用するのは無理があったか。

だが、魔理沙はここで易々とあきらめる少女ではない。情報が無ければ集めればいいのだ。

 

魔理沙は玄関の扉を開け放ち、箒にまたがって空を飛んだ。

 

 

目的地は紅魔館。紫色の魔女の図書館だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

フランは振り下ろされた凶悪な爪を寸でのところで避け、怪物の腹に足蹴を食らわせる。

怪物は怯むも、すぐに頭を振り上げ頭突きをかます。しかしそれも大きく距離を取られて躱された。

 

距離を取ったフランは手を握りしめる。怪物は怯み、生えている棘が一本、根元から破壊された。

が、その棘は僅か数秒の間に鋭い棘へと成長する。怪物は変わらずフランに対して並々ならぬ殺意を注ぐ。

 

最初に、フランは千個の目を手当たり次第に潰した。百個くらい潰したところで、破壊した棘がさらに太く、長く、鋭い形状へ進化するのを見て、即座に破壊の力による攻撃を中断した。妖怪ならば時間をおけば目は再生するが、こいつはそのスピードが段違いだ。

おまけにこいつは棘が生えた部位を荒々しく使って攻撃し、その棘をバラまいて私を攻め立ててくる。素の攻撃はそこまで速くないからと油断していたら、まんまとその戦法にかかってしまい、ダメージを貰ってしまった。といってもかすり傷程度で、戦闘に大きな支障は無い。

対して怪物は、何度か攻撃を入れているのに動きが鈍ることは無く、むしろ攻撃された怒りからか、より素早くなっている気がする。仕掛けてきたのはそっちなのに、なんて礼儀のなってないやつだ。

 

怪物は四肢に力を入れる。それを見てフランは即座に前方へ回避。部屋の天井を掠めて飛びあがった巨体は、部屋の床を軽々と貫いた。

タフさもそうだが、こいつの特徴は馬鹿げた攻撃力だ。圧倒的膂力と、生えた棘から繰り出される攻撃は、強大な妖怪である吸血鬼とはいえ、まともに食らえば命に関わるものであった。吸血鬼として幼い彼女からすれば、当たり所によっては即死もありえそうだった。

 

怪物の弱点の目さえ潰せればそれだけで良いのだが、やたらに目をつぶしたところで奴の戦闘力を強化するだけ。何より、そんな決着はつまらない。

なるべく長くしないと、暇つぶしにならない。この退屈から目を覚まさせてくれる戦いにならない!あの巫女が来た時のような感覚を、もう一度味わいたいのだ。

 

冷静に分析しているように見えて、狂気的な考えを崩さないフランドール。これが彼女の恐ろしいところだろう。

 

ここまで争えば館の誰かが気づきそうなものなのだが、意図したかのように状況が悪い。

 

今日は雲一つない晴天であり、吸血鬼は本来寝る時間であるので、レミリアは自室で深い眠りについている。フランもそのはずなのだが、彼女の部屋は日光が射さず、夜なのか昼なのかも分からないのだ。掛け時計はすでに壊してしまった。

ここのメイド長も、今は買い出しに出かけており、館を留守にしていた。

パチュリーも図書館で熱心に何かを研究しており、遠く離れたフランの状況を察知できる状態ではなかった。

門番の美鈴は、太陽の光が気持ちいいのかウトウト……当然気づけるはずもない。

妖精メイドや小悪魔は、なんか揺れているな?とは気にしつつも、片や暢気な性格の妖精、片や主人の研究の手伝いに駆り出されているので、結局誰も異変を察知できなかった。

 

すぐ下で、狂気の悪魔と未知の怪物が争っていることなど。

 

 

 

ただそれは、ある部外者の来訪によって明るみに出ることになるのだが。

 

 

 

 

 

 

 

魔理沙はそこそこの速さで紅魔館に向かっていた。もっとスピードは出せるのだが、異変でもないので速くする必要は無いと判断。風を感じながら紅魔館を目指す。

 

すると、森の一角でやけに妖精が集まっているのを見かける。恐らくクシャルダオラの周りに集まっているのだろう。変に刺激して幻想郷がメチャクチャになるのではと思ったのだが、華扇が言うにあの龍は妖精たちを遊び相手だと思っているらしい。異世界の、それも正体が分かっていない存在と打ち解けられるとは、大いに疑問に残る。

今進めている研究が終わったら、そっちも調べてみるか。と、考えつつ、魔理沙は目的地へ飛ぶ。

 

数分も経たないうちに目的地が見えてきた。湖のほとりに建つ悪趣味な洋館、紅魔館だ。

 

「ZZZ……うん?げっ、魔理沙さん!」

 

「よう、お勤めご苦労さん」

 

嫌味ったらしく返すと、美鈴はより気まずい表情になる。

 

「何しに来たんですか?まあ、だいたい分かってはいますけど」

 

「話が早くて助かるぜ。そこ通してくれよ」

 

「お断りします。泥棒を簡単に通しては門番の名折れです!」

 

「……だとしたらその名前、もう何十回と折れてるぞ、多分」

 

美鈴は独特の拳法を構え、魔理沙も戦闘態勢に入る。

 

「ま、力づくで通るだけだけどな」

 

「今日は通しません!」

 

二人が弾幕を飛ばそうとした、その時

 

 

 

グルォォォォォォォォォ!!!

 

 

獣のような、龍のような、荒々しい咆哮が、小さいが確かに聞こえた。しかも、館の中から。

 

「な、なんだ?」

 

「館の中から……何が起きている……?」

 

美鈴は身をひるがえし、館の中へと走り出す。門番の居なくなった門の前に取り残された魔理沙は、しばし逡巡した後、美鈴の後をついていった。

 

 

 

 

 

「パチュリー様!」

 

美鈴は図書館の扉を開け、図書館の主の名前を叫ぶ。

 

「美鈴?用事なら後にして、今忙しいの」

 

美鈴がパチュリーの元へ近づくと、何やら複雑な魔方陣が床に描かれていた。パチュリーは魔導書を机の上に広げ、何かの術式を作っているようだった。

 

「火急の要件です!館の方で獣の声がしたんです!」

 

「獣の?また寝ぼけてたんじゃないの」

 

「確かに聞こえたんですよ!」

 

「おお?面白そうなことしてるな」

 

美鈴の後をつけてきた魔理沙が、パチュリーの魔方陣を見て一言。

 

「あんたまで……確かにこれは急を要するわね」

 

そういうと、パチュリーは攻撃用の魔方陣を魔理沙の方へ向ける。

 

「おいおい、物騒だな」

 

「こうさせたのはあなたでしょう。もう二度とうちの本を盗めないようにしてあげる」

 

魔理沙とパチュリーが戦闘態勢をとり、弾幕ごっこを始める。

 

「で、ですからパチュリー様!」

 

美鈴が困り果てた声色でパチュリーに声をかけた。

 

 

 

そして図書館の床が崩壊した。

 

「「「!??」」」

 

三人は後ろへ飛び、崩壊の余波を免れる。図書館の床に大きく空いた穴から飛び出してきたのは、

 

「妹様!?」

 

なぜか傷を負っているフランと

 

「なんだこいつ!?」

 

そのフランを追って出てきた黒い怪物だった。

 



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本格的に戦闘です。



何だ、この妖怪は。目の前に現れた棘だらけの怪物に、魔理沙はそう思った。

 

妖気が出ているから、妖怪であることは分かる。ただ、あまり知識が豊富でない魔理沙でも、こんな妖怪は見たことがない。

東洋の龍にも似た骨格だが、その禍々しさから、それと同じ種とは言い難かった。魔王と言ったほうがまだ近そうだ。

それに、この殺気。本能を直接噛みつかれるような感覚には、弾幕ごっこではない本気を感じた。

 

パチュリーと美鈴は傷ついたフランを守るように立つ。怪物は二人を邪魔者と見たか、前足を振り上げ、美鈴を叩き潰そうとする。美鈴はそれを避け、床にめり込んだ怪物の前足に、妖力を込めた蹴りを放つ。

前足に生えた棘が折れるが、怪物は怯むことなく再度攻撃を仕掛けようとする。そこにパチュリーの魔法弾が襲い掛かる。私も星形の弾幕を打ち、怪物の右翼の棘を破壊する。

 

怪物は翼を広げ、図書館の上空へ退避する。獲物を見定めるように、こちらを睨みつける。

その動作の間に、左腕と右翼の棘が、白く、しかし破壊前よりも鋭く再生していった。

 

「再生ですか……」

 

「厄介ね」

 

怪物は上からパチュリーに対して攻撃を仕掛ける。パチュリーはそれを飛んで回避する。だが、空へ逃げたパチュリーに飛びかかりの追撃。パジャマみたいな服の裾がちぎれる。

 

「ちっ……」

 

彼女にしては珍しい舌打ちをつくと、再び魔法による攻撃。しかし、先ほどとは魔方陣の数が多い。地面に着地した怪物の背中を、殺すための弾幕が襲ってくる。

右翼の白い棘が破壊され、怪物がその場に悶える。

 

「チャンスだぜ!」

 

二つの魔法が怪物の全身を襲い、拳と蹴りが頭を乱打する。怪物は大きく美鈴を弾き飛ばし、態勢を立て直す。

 

相当に攻撃されたことからか、遂に怪物の怒りが頂点に達した。

 

 

ゴルルルルァァァァァァァァ!!!

 

 

紅魔館全体を震わす程の咆哮。三人はその場で動けなくなり、怪物の殺気がもろに伝わってくる。

怪物は美鈴に狙いを定め、右腕を思い切り叩き付ける。床を貫き、その下の地面が見えるほどの凄まじいパワー。鬼も顔負けの威力に加え、叩き付けた衝撃によって棘が大きくバラまかれ、美鈴の体を貫く。

 

美鈴は大きく吹き飛ばされ、図書館の壁に激突する。美鈴にとどめを刺そうと、怪物が大きく飛びあがった。

しかしそれはパチュリーが放った、水の弾幕に遮られた。着地に失敗し、本棚にガシャーンと墜落する。

 

「小悪魔!」

 

パチュリーが叫ぶと、倒れた本棚の隅に隠れていた小悪魔が飛び出し、美鈴を抱きかかえ、逃げる。その顔は今にも泣きだしそうであり、相当あの怪物を怖がっていたのが分かる。

 

「パ、パチュリー様ぁ……」

 

「はいはい、あんたは美鈴と妹様の手当をしてて」

 

私とパチュリーは怪物の前に立った。怪物は怒りのままに私たちを睨む。

 

 

強い。普通の妖怪ならさっきの集中砲火でくたばってるはずだが、こいつはそれで怯まない。むしろ、受けた傷を再生し、それをそのまま攻撃に転用してくるという厄介な性質。加えて、かなりの攻撃を受けても撤退しない獰猛さ。

しかし、ここで疑問が残る。こいつはなぜ紅魔館に忍び込んだんだ?ここの主の怒りを買うことは当然ながら、妖怪は同族の妖怪を襲っても何のメリットもないはず。にもかかわらず、忍び込むような真似をしてまでフランを襲った。何かの復讐だろうか?だが見た限り、知能はせいぜい野良妖怪程度だろう。そんな人間的な感情云々はあまり関係なさそうに見える。そもそも5メートルもある巨体がどうやって忍び込んだのか。

 

怪物は再び雄たけびをあげ、次は私に牙を剥く。考える時間は無いと悟り、ポケットからミニ八卦炉を取り出し、怪物を迎え撃つ。

 

 

だが、私たちの後ろから飛来した影が、怪物へと迫っていった。フランだ。

 

「妹様!」

 

小悪魔の呼びかけに、フランは答えない。僅かに見えた横顔には、狂った笑みを浮かべていた。

フランは怪物の頭に思いっきり激突する。頭を揺らす怪物に、フランは実体化させたレーヴァテインを怪物の角へと突き刺す。怪物はフランを振り払おうと激しく頭を揺すり、地面に叩き付ける。

だが、そこで怪物が大きく怯んだ。フランが魔力の大弾を至近距離で放ったのだ。続けてフランは破壊の力を使い、怪物の角を片方へし折った。

 

このまま押し切れるかと思ったが、怪物は即座に態勢を立て直し、フランを思いっきりぶん殴った。小柄な体が毬のように跳ね、本棚に激突して、そのまま動かなくなった。

 

「まずい……!」

 

パチュリーは怪物の気を逸らそうと弾幕を放つが、それらを無視しながら怪物はフランへと近づいていく。手を振り上げ、気絶した吸血鬼にとどめを刺さんとする。

 

 

 

しかしまたしても、小柄な影が怪物の腕を穿った。怯んだ怪物に、容赦のない攻撃魔法が襲う。

 

 

怪物が大きく転がっていくのを、レミリア・スカーレットは冷徹に見ていた。

 

「パチェ、状況を説明して」

 

「私たちが図書館にいたら、床を突き破ってこいつが出てきたのよ。既にフランは負傷していて、私たちで応戦していたところ」

 

レミリアは、小悪魔の手当てを受けている美鈴を見ると、そのまま怪物を睨む。震えかけるほどの恐ろしい殺気だ。

だが、起き上がった怪物もそれと同じくらいの殺気を放つ。

 

家族を傷つけられた怒り。獲物を仕留め損なった怒り。

理由は違えど、それはこの場にいる全員が息を飲むくらい、凄まじいものだった。

 

先手を取ったのは怪物。筋肉を生かした突進で、レミリアに迫る。

レミリアはグングニルを手に取り、怪物の突進を躱し、その背中に槍を突き刺した。怪物は僅かに悶えるが、翼を乱暴に広げ、レミリアを落とそうとするが、レミリアは即座に手を放し、遠距離からの魔法で攻撃された。

怪物はレミリアから目を外し、まだ意識が朦朧としているフランに、今度こそとどめを刺そうとした。

 

私は溜めていた魔力を一気に解放し、八卦炉からマスタースパークを放った。怪物は大きく怯み、壁に押し付けられる。

 

「貸し一つな」

 

「ぼさっとしてないで、とっとと攻撃しなさい」

 

パチュリーは魔方陣を展開し、更なる追撃を。レミリアも赤黒い弾幕を放ち、怪物の体力を削っていく。

それでも怪物は倒れない。横にステップして攻撃魔法の波から逃れ、近くのレミリアを殺そうと前足を振り下ろす。叩き付けを躱したレミリアだが、地面に叩き付けられ射出された棘が、レミリアの足に食い込んだ。

痛みに顔を顰めるレミリアに、怪物が更なる追撃を加えようとする。

 

突如として現れたナイフの群れが、怪物を襲った。不意の攻撃に、怪物はただ怯むことしか許されなかった。

隙が生まれた怪物のどてっ腹に、レミリアのグングニルが突き刺さった。こんなことできるのはこの館に一人しかいない。

 

「遅いわよ、咲夜」

 

「申し訳ありません」

 

紅魔館のメイド長―――十六夜咲夜はレミリアに謝った。

 

「まあ、今はこの五月蠅い獣を処分しましょ」

 

私たちは、それぞれの獲物を広げ、怪物にとどめを刺そうとする。

いつの間にか形勢が不利になっていたことに、怪物は恨めしく睨みつける。隙のない布陣に怪物は攻めあぐねる。

 

怪物の腹と背中からは血が流れ、その他にも大小多くの傷がついていた。いくらタフといえど、ここまで攻めればもう勝負は着いたも同然……

 

そう油断していた時だった。

 

 

怪物が雄たけびをあげた。だが、先ほどの咆哮とは何かが違う。やばい、これは非常にまずい。何の確証もなく、本能がそう告げているのだ。

 

 

怪物が宙に飛び、態勢を整え、こっちへ向かってくる。それに全員が即座に退避する。

 

 

 

 

直後、私の後ろで棘が爆ぜた。白い棘の氾濫が、私の体を掠めていった。それは館の壁すら突き破った。

 

 

 

「いって……」

 

痛みを我慢して向き直るが、怪物の姿は既に無かった。

 

 

 

その後、フランと美鈴の治療が最優先で進められ、ついでに私も治してもらった。

 

流石に本は盗らなかった。




私戦闘シーン書くの下手くそだな……

ではまたいつか


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木枯らしが吹く時期がやってきた。

赤く色づいた木の葉は既に境内に積もっている。これが全部雪に変わるのは、もうすぐだろう。

 

 

 

今年は異変続きの年だった。

月から侵略されて月へカチコミに行ったら、なぜか月を救う羽目になって、頭のおかしい神様と弾幕ごっこしたり。今は一応収まってはいるが、完全に解決したわけじゃない。そもそも幻想郷だけでの問題ではなかったのだ。私が経験した異変の中でも、最も大きな異変だった。

 

これだけでも十分なのに、もう一つの異変が起きたのだ。

異変というには物足りないかもしれないが、まあそう言っても過言ではないと私は思う。

 

異世界からの生物の流入。天界とか地獄とか、そういう異界ではなくて、本当の異世界。もう一つの私たちの世界のような場所から、次元を超えてやってきたのだ。

ただの生き物なら異変とは呼べないかも知れない。だが、そいつは私たちの常識では、捉えきれない存在だった。

 

 

古龍

自然の一部でもあり、自然そのものでもある超常的な存在。元の世界ではそう呼ばれ、ただ存在するだけ(・・・・・・)で、国単位の規模の災害を覆す生物達。龍と名についているが、幻想郷の龍とは性質が全く違う。

あの世界では魔法的な文化より、科学的な文化の方が発達しているらしく、モンスターと呼ばれる強大な生物と渡り合う技術を作ってきたという。幻想郷から見ても結構優れた技術を持っているのには違いないが、古龍の正体に関しては一切が不明という。

当然、あちらで解明されてない存在を、ここで解明できるわけもない。

 

 

幻想入りしたのは、クシャルダオラという龍。鋼龍の異称の通り、鋼の外殻に身を包み、一帯を嵐に包む力を持つ、強大な龍。

最初は、幻想郷の住民全員が警戒していた。特に、異変で現れた月の探査船を、上空からの急襲一発で破壊した事は、かの龍が極めて強い力の持ち主であることを証明したことにもなった。

 

幻想郷全体がピリピリしている状況を変えたのは、山の仙人だった。

彼女は鋼龍の意思を聞き、攻撃の意思がなく、むしろこの地を気に入っていることが分かった。

その後、茨華扇の仲介であの龍と接触した面々は、『この龍は、今すぐ追い出すほどの危険性はない』とした。その時勝手に神社に上がられて、ちょっと気に入らなかったけど。

 

何はともあれ、特に大きな問題もなくこうして年の暮を感じるようになった。今年は色々あったけど、いつも通りの一年の終わりを迎えることができるだろう。

 

 

そう考えていたからだろう。

 

 

 

魔理沙が謎の妖怪に襲われて、怪我を負ったと聞いた時、私はひどく動揺した。

 

 

 

 

幸いにも魔理沙のけがはそこまで重くなく、すぐに話すこともできたのでひとまず安心した。

そして、魔理沙から事の顛末を聞いたのだ。

 

紅魔館へ本を借りに(盗みに)行こうと着いたら、館の中から獣みたいな雄たけびが聞こえて、図書館に行ったら床からその声の主が現れた。

そいつは悪魔を獣の形にしたような姿で、背には強靭な翼を持ち、頭に巨大な双角を有していたという。見たことは無かったが、あふれ出る妖気から妖怪なのは分かったらしい。

驚くべきことにその妖怪はフランを襲っていたらしく、魔理沙は紅魔館の連中と一緒にその妖怪と戦ったらしい。そいつは館の壁をぶち破って逃走し、現在は行方不明という。

 

紅魔館は図書館が大きく破壊され、襲撃時にパチュリーが進めていた研究はおじゃんになったらしい。かなり機嫌が悪かったようで、本を盗んだらこれはヤバいなと、魔理沙は本を盗らなかったらしい。そもそも最初から盗る事自体が間違っているのだが。

だが深刻なのは悪魔の妹の方で、見るも酷い怪我を負っていたらしい。館の主はその獣の行方を血眼で探しているらしい。

 

 

 

「……というわけさ」

 

「うーん、悪魔みたいな獣で、再生力がずば抜けて高くて、再生した棘を飛ばして攻撃するか。あいにく私はそんな妖怪知らないわね」

 

「そうか……霊夢なら知ってると思ったんだけどな」

 

日差しが暖かい神社の縁側で茶を飲みながら、私は魔理沙と話していた。

魔理沙は既にケガなど無かったような、いつも通りの感じである。魔理沙はそこまで妖怪の知識に精通しているとは言い難いから、妖怪退治の専門家に聞きに来たんだろう。ただ、知らないものは知らないので、魔理沙の疑問には答えることが出来ない。

 

「悪魔っぽい見た目なら、西洋の妖怪とか?だったら、紅魔館の連中の方が知ってそうだけど」

 

「それがあいつらも見たことないってさ。パチュリーでも知らないんだから、あいつらが知ってるはずないだろ」

 

そうねえ、とお茶を啜る。

私がこれだけ暢気なのは、狙われたのが妖怪である、という事実があるからだろう。人里や幻想郷自体に危害を加えかねないのなら、余りこちらから動く必要はないだろう。ただ、まがりなりにもかなりの強さを誇る吸血鬼とタメを張れる実力の持ち主ならば、警戒する必要はあるが。

 

 

「また異変かしらね……」

 

 

私がそう呟いたのと、目の前に不気味な空間へのスキマが現れた。

八雲紫はいつにもない深刻そうな表情だった。

 

「あんたか。何か用?」

 

「霊夢、あなた紅魔館の襲撃を知ってる?」

 

「え、ええ」

 

「なら、話は早いわ」

 

そういうと、紫は不遜にも神社の中へと入っていった。

 

「何してるの、こっちで詳しく話しましょ」

 

何してるもどうも、ここは私の家でもあるのだが。

 

 

 

光源の乏しい居間のちゃぶ台に座ると、紫はまくしたてるように口を開いた。

 

「霊夢、魔理沙が戦ったあの半妖(・・)を討伐しなさい」

 

「何よいきなり藪から棒に……待って、半妖?魔理沙が戦った奴が、半妖なの?」

 

紫はコクりと頷き、話を進める。

 

 

「あれは、五百年前に現れたネルギガンテの子孫よ」

 

「ええ!?そいつがそうなの!?」

 

「お、おいおい、何だよネルギガンテって」

 

「ああ、あんたにまだ言ってなかったわね。五百年前に妖怪の山を襲撃した奴よ」

 

なに!?と驚く魔理沙を置いて、紫は話し続ける。

 

「盲点だったわ…あの古龍の繁殖力は桁違いだったのに……」

 

「え?五百年前にはネルギガンテは一頭しかいなかったんでしょ。繁殖なんて出来るはずが……」

 

普通の生物ならね(・・・・・・・・)

ネルギガンテは、棘を生殖に利用する。仕留めた獲物に棘を刺して、その養分を吸収し、繁殖を行う。番という存在もいらないし、性別の境界も無いのよ」

 

私と魔理沙は、ネルギガンテという古龍の驚くべきその生態に唖然とした。

 

「処理し損ねた妖怪の死体から生まれてきた可能性があるわね。放っておけば、被害が拡大しかねない」

 

「なあ、ネルギガンテはなんで吸血鬼を襲ったんだ?古龍とは言え、半妖だろ。同種を襲って何になるんだよ」

 

「分からなかったの?ネルギガンテは元々、古龍を食らう古龍。半妖になって、妖怪も積極的な捕食対象になったのよ」

 

「妖怪を喰らう妖怪だと……?」

 

幻想郷では、妖怪同士が争うことはあるにはあるが、命のやり取りをすることはない。大抵が、弾幕ごっこで済むいざこざだ。それが命を奪う〝狩り〟となると、紫も妖怪として黙っているわけにはいかないのだろう。

 

「正確に言えばネルギガンテは、自分を除いたほぼ全ての生物が捕食対象。当然、人間も入ってるわ」

 

「………………」

 

「良い?これを人妖問わず伝えて。人里にも知らせなさい。そして、見つけ次第討伐するように」

 

 

それだけ言って、紫は即座にスキマに消えた。

 

「……どう思う?」

 

「あいつの表情からして、質の悪い嘘ではないわ。人里に危害を加えるのなら、半妖だろうが退治するまでよ」

 

「だと言うと思ったぜ。私もやられっぱなしは御免だからな」

 

私と魔理沙はすぐに調査に乗り出した。

 

 

 

秋雨の暗雲が、はるか遠くからやってくるのが見えた。




はい、ネルギガンテです。
何か妖怪になっちゃってます。若干頭も良くなってますが、まあさじ加減程度ですね。あと小さい。大体アプトノスと同じくらいです。
次章からはちょっとのんびりとしていきます。あんまり戦闘ばっかりは、飽きるでしょうし、そもそも私が書くの下手くそなのでね。もうちょっと研究したいと思います。

ではまたいつか


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勇章 鋼飛ぶ幻想郷


章挿入忘れてしまいました……
というか、4って勇と書くんですね


幻想郷には、妖精という種族が存在する。

自然が持つ純粋な生命力の権化のような存在であり、幽霊を除けば、幻想郷では最も数は多く、軽く散策してみれば、確実に一匹二匹は見かけるもの。

 

種としてはイタズラ好きで、後先考えないような行動原理である。それが祟って妖怪や人間にやられることも多くあるが、前述の通り、彼女らは自然の一部のようなもので、季節をまたげば、元通りに復活する。妖精たちはこれを、〈一回休み〉と言っている。

他の種族からすれば、弱いくせにちょっかいばっかりかけて来て、駆除しようとしてもすぐに蘇る地味に鬱陶しいものである。

 

 

さて、そんな妖精にも一部別格の強者が存在する。普通に比べて頭が回り、強さも人間程度を上回る。そういう個体は区別して、〝大妖精〟と呼ばれ、各々が自分だけの名前を持つ(例外もいるにはいる)。

まあ、それなりの実力者からすると普通の妖精とどっこいどっこいな印象で、あまり注目はされないのだが。しかし、そんなこと彼女らには関係ない。イタズラして、他の娯楽も嗜み、それで毎日が楽しければいいのだ。

 

 

 

 

 

 

博麗神社の裏手。

一面雪に覆われた花のない桜の森に、ポツンと巨木が立っていた。

冬なのに落葉していないのは、照葉樹ならではの特徴。蔦に覆われたそれは、根を下ろしてからかなりの年数が立っているのが分かる。

だが、幹の少し高いところに窓があったり、地面と同じ高さに扉があったりするのは、どう見ても人が住んでいるのでは…と思わせる。

 

まあ、住んでいるのは人ではないのだが。

 

「雪だーーーー!!そして寒い!」

 

扉を勢い良く開け、幹の中から飛び出してきたのはクレヨンのオレンジ色みたいな髪の妖精。陽光の妖精、サニーミルクだ。庭(?)に積もった雪の中で、ごろごろと転がり、遊んでいる。

 

「ちょっとサニー、扉壊す気?」

 

「いいじゃない、壊れたら直すだけだし」

 

後から二匹の妖精が出てくる。金髪の方がルナチャイルド、艶のある黒髪がスターサファイア。

彼女らはこの巨木を家にしている大妖精たちだ。三人そろって〝光の三妖精〟

何て格好つけているが、実力は並程度。大妖精が三匹集まったところで、妖精は妖精である。悲しいかな。

ただ、彼女らの能力は結構厄介なもので、博麗の巫女は結構悩まされている(主にイタズラ)。そういう意味では、大妖精らしいといえるのかもしれない。

 

「こんなに積もるのは久しぶりね。色々遊べそうだわ」

 

「サニー、今日は雪遊びより重要な予定が入ってるの覚えてる?」

 

ルナの言葉にキョトンとするサニー。そこにスターが、

 

「今日こそあの龍に会いに行くのよ」

 

「ああ、そうだった!」

 

サニーミルクはポンと手を打ち、ルナは毎度の様子に呆れている。

 

 

夏の終わり頃、外からクシャルダオラが現れた。

あの龍は博麗神社のすぐそばから来たらしく、神社のすぐ近くに住んでいる彼女らなら、霊夢や魔理沙と同じく、即座に異変に気付いていただろう。

だがちょうどその時、彼女らは夜雀の屋台に出かけていたのだ。当然その後何かおかしいとは気づけたものの、妙に妖精たちが集まる場所には、既に妖怪が異変を調査していて、なかなか行きにくかった。

こりゃダメだ、と早々に諦めて過ごしていたら、何かがやって来たということすら忘れてしまった。まあ、妖精らしいといえばらしいのだが。

そして、外界から現れた存在というのが見たことない龍であること。そしてそれが極めて高い生命力に満ち溢れているということを氷の妖精から聞いたのは、つい先日。

 

「そうとなれば、早く行くわよ!」

 

「誰のせいだと思ってるんだか」

 

 

ルナのぼやきにスターが笑い、三人は目的地へ飛んで行った。

 

 

 

 

 

 

何だこれは。空から降った氷が、地面を純白に変えている。

私の縄張りは、龍結晶のそれよりも白く塗られていた。これが夫の言っていた、雪というやつか。気温が低い時に雨が降ると、雨粒が凍ったまま地上に降るという。

 

溶岩煮えたぎる地に住んでいた私でも、氷そのものは見たことがある。

 

氷というものを初めて見たのはかなり昔、氷の鎧をまとった龍がやってきた時だった。止めどなくマグマが溢れていた龍結晶の地を、私に寒いと思わせるような気温にまで下げた力。その者の氷は、今私の周りで妖精が遊んでいるような優しい雪ではなく、あらゆる命を凍らせる、文字通り冷酷無慈悲なものだった。

若く闘争心に溢れていた私は、そいつを追い出そうと排撃を試みたが、しなやかでありながらこれ以上ない鋭さのある攻撃にやられ、悔しい思いをしながら立ち去ったのは、今も覚えている。

 

とはいえ、そんな出来事も既に過ぎた話。

こうして妖精と触れ合っている今は、かつての地のように常に神経を張り詰めていた頃では考えられなかっただろう。妖精の間では、雪で玉を作り、互いに投げ合うじゃれあいが流行っているらしい。

 

ただ、雪は雨と違って積もりやすく、私の常に動かない過ごし方だと非常に鬱陶しい。羽ばたけばすぐに落ちるのだが、いかんせん量が多く、根本的な解決策にはならない。かといって、風の能力を使ってそもそも雪を降らせないようにすると、今度は妖怪たちがうるさい。たがたが雪で巣を住みにくくしてしまうのは非常に面倒だ。

 

正直雪を使って遊ぶのもいいのだが、妖精が相手だと貧弱すぎて遊びにすらならん。独りで遊ぶもいいが、何だか空しくなってくるので気は進まない。

故郷では見られないものなのだ。せっかくなら、有意義に利用したい。

 

 

私が楽しめるかつ、妖怪たちに目をつけられない方法……

 

 

ああ、そうだ。

これほど多くの雪が積もっているのなら、この幻想郷にも何か変化があるはず。

常に龍結晶以外は枯れたような風貌の故郷とは違い、ここはこうして大きな変化がある。

それを観るのもいいだろう。それだけなら、妖怪たちも気にはしないだろう。

 

だが何の兆候もなく行ってしまうと、流石に警戒されるだろう。

ならば、華扇に聞いてみよう。あの人間が許すのなら、安心できる。

 

 

そのため私は翼を広げ、空へ浮く。風圧で、遊んでいた妖精たちの何匹がこけるが、大丈夫だろう。再生力だけは破滅の龍より高いし。

 

確か、ここで一番高い山の麓に住んでいると言っていたな。一番といっても、ここには目立った山は一つしかないから迷う心配はない。

 

 

 

 

妖怪たちが巣食う山へ、私は翼を羽ばたかせた。

 

 

 

 

 

 

しばらくしてから、クシャルダオラの寝床に三人の妖精が姿を現した。

 

「遊びに来てやったわ!……って、どこにもいないじゃない!ルナが道間違えたんじゃないの?」

 

「いやいや、ここであってるはずよ」

 

森の開けた一角の隅で言い争う二人を置いて、スターはそこで遊んでいた妖精に話を聞く。

 

「え、どこかに飛んで行っちゃったの?」

 

「「なに!?」」

 

ほっぺたをつねり合っていたサニーとルナが、妖精の元に集まる。

話を聞くと、彼女らは雪合戦をして遊んでいたのだが、突然クシャルダオラが、妖怪の山のほうへ飛んで行ってしまったのだという。

 

「うぅぅ、せっかく遊びに来たのに、これじゃ骨折り損のくたびれ儲けじゃない!」

 

「しかも、行き先が山って……」

 

「取りあえず行ってみる?」

 

「ちょ、スター本気!?」

 

「大丈夫よ。今年の冬は特段寒いから、もしかしたら妖怪たちも寒さにやられて、お酒を呑んでいるかもよ」

 

スターの発言に二人はしばらく黙っていたが、すぐに納得したように顔をほころばせる。

 

「そうか!長年過ごしてきた私たちですら、格段に寒く感じるんだから、妖怪たちが暖かくなりたいのも分かるわ!」

 

「いたとしても、私たちの能力で隠れ続けられるかもね。この大雪だし」

 

「でしょ?」

 

そう結論づけた三妖精たちは、意気揚々と妖怪の山へ飛んで行った。他の妖精たちが止めようとしたが、彼女らの耳には届かなかったらしい。

 

 

 

ちなみにまた数分後、鋼龍の寝床にチルノが現れ、クシャルダオラの行き先を聞いて、また飛び出してしまった。

 

 

 

果たしてどうなるのだろうか。まあ、どうにもならないだろう。

 

 

全ては、自然のみぞ知るのだから。

 




ほのぼの……?

ではまたいつか


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夢の炭鉱ですか……ふむ


河童が作った薪ストーブが赤い炎を上げて、家の中を暖かくしてくれる。窓の外を見てみれば、ただでさえ真っ白で分厚い雪の大地に小雪が降り注ぎ、ため息を吐きたくなる。

 

私は秋 静葉。寂しさと終焉の象徴、八百万の神様の一柱だ。

妹の穣子と一緒に神力で構成……ちょっと木材の力を借りたけど、姉妹二人で作ったお世辞にも大きいとは言えないこの家屋に住んでいる。

私たちは秋の神様であり、私が紅葉、妹が豊穣を司っている。ちなみに穣子は今布団で寝ている。雪雲に隠された太陽もだいぶ上がってきた時間なのだが、この季節ならそうしたいのも分かる。

 

 

 

先ほどの通り、私たち姉妹は秋の象徴。そして秋が終われば、当然冬がやってくる。この時期になると、秋の神様である私たちは何もやることがなくなるのだ。まだ春や夏なら暖かいし、宴も結構開かれるので心持ちがいいのだが、冬はそれらが全て無いのだ。神様としてこう言ってしまうのはいけないのだが、正直やってやれない。

そんな季節なのに私が朝早く起きて憂鬱な雪景色を見ているのは、悲しいことにこれ以外やることがないからだ。穣子は豊穣の神様として秋はとても忙しいから、その精神的な疲れもあるのだから、起きてこないのだろう。

 

そう考えると自嘲の笑みが自然と零れてしまうが、まあ紅葉なんかの神様より豊穣の神様の方が民衆からの信仰は厚いのは当然よね。

こんな悲観的な性格でも私が〝存在できる〟のは、紅葉を楽しんでくれる一部の人間や、紅葉狩りで一杯やることの多い妖怪からの信仰、そしてなにより妹の存在からだろう。家族だが、どこかライバルのような彼女がいなければ、私も消滅していたのかも知れない。

 

 

しとしとと静かに山に降り注ぐ雪景色。呆れたくなるほど綺麗な光景に再びため息をつく。

 

 

 

 

 

だが突如として現れた巨大な黒い影が、窓の外の雪景色を覆った。

 

「……!??」

 

混乱覚めやらない私は急いでその影の正体を確認しようと窓に近づく。

影の正体は鋼。

鉄の翼を滑らかにはためかせ、辺りを見回す龍は記憶に新しい姿だった。

 

 

クシャルダオラ。

異世界からやってきたという存在。現れただけで国一つを滅ぼしうる力は、まさに生ける天災。神様の最底辺みたいな私とは正反対の強さ。山の仙人が言うに、幻想郷を気に入って定住したという。守矢の二柱がコンタクトを取ったのは聞いていたが、まさかこの目で見れるとは。

 

当のクシャルダオラは、飛びながら周りをきょろきょろしている。何かを探しているのか?

でも、聞いた話あの龍は自分の住処から出てくる事なんて滅多にないらしい。確かに私の知り合いにもあの龍をみたという人はかなり少なかったし、あの龍を詳しく知っている人なんていなかった。

 

 

……いや、一人だけいる。当の仙人、茨木華扇。彼女の能力なら、幻想郷一、かの龍に関して知っているといっていいだろう。

もしかして、クシャルダオラは彼女を探しに来た?確証はないが、山に来てまで探しに来るのはそうとしか思えない。

出来るだけ関わりたくはないのだが、ここに来て暴れられても困るし……

 

「あっ……」

 

迷っているうちにクシャルダオラはこの家に気付いたのか、こっちに近寄ってくる。鋼に覆われた巨体が迫る様子は目上の神様と接するのとは違う迫力を感じさせるが、ここにはあの龍が探している人はいないことを知らせないと。

 

私は窓を開けてクシャルダオラに自分の存在を知らせる。開け放たれた窓から雪が家の中に遠慮なしに入ってくるが、それは後回しだ。

こちらに気づいたクシャルダオラが地面に降りる。とてつもなく重いのだろう、着地の振動が家越しに響いてくる。

 

 

眼前まで迫った龍の目を気合で直視しながら、変にビビらないように話しかける。

 

「えと、初めまして……何しに来たの?」

 

そうまで言って、この龍はあくまで動物なのである、と誰かが言っていたのを思い出した。そうなら私の言葉が通じるはずがない。たまにしか見ない幻想郷の龍はみな意思疎通が出来るから、うっかり失念していた。

変わらずクシャルダオラはこちらの様子をまじまじと見ている。ここまで来たら後には戻れないと思い、言葉を続ける。

 

「ええっと、あの仙人に会いたいのよね?だったら、神社に行ってみるといいわ。山じゃないほうの」

 

しかし、残念かな。ここまで言ってもあの龍は不思議そうにこちらを見つめ続けるだけで、言いたいことは伝わってなかったようだ。

窓を閉めて、他を当たってもらうか?いやここまでやって急に閉めたら怒り出すかもしれない。そうなったらもう取り返しがつかなくなる。かといってこのまま意思疎通を続けても向こうに通じるとは思えない。

 

 

どうしようかと途方に暮れる私と龍の元に、またしても黒い影がやってきた。

 

「あややや、これはこれは……」

 

特徴的な口癖をつきながら現れたのは天狗の射命丸。新聞を売りに行った帰りか知らないが、今の状況には誰でもいい。

 

「静葉さんじゃないですか。どうしてこの龍と?」

 

「ブンヤの……よく分からないけど、家の目の前に来て何か探してそうだったから声をかけたの。でも、上手く意思疎通出来なくて」

 

「まあ、この龍は幻想郷の龍とは違って他生物とコミュニケーション出来ませんし、彼女と話したいのなら山の仙人殿か、地底のさとり妖怪ぐらいでしょうね」

 

「そう、そうよ!この龍、多分仙人を探しに来たんだと思うわ。そうじゃないと、この山にまで来ないと思うし」

 

確かに……と腕を組みながら考え込む射命丸。龍の方は射命丸を初めて見るのか、彼女を見ている。理由ははっきりと言えないが、私は胸中でほっと息を吐いた。

 

「あの仙人なら、たぶん博麗神社にいると思いますよ。そちらに行ったらどうです?」

 

「……でもこの龍、博麗神社の場所を知ってるのかしら」

 

二人してクシャルダオラを見るが、どこか暢気そうな雰囲気を感じるに、恐らく博麗神社の場所を知らないのだろう。

 

「……わかりました。私がこの龍を案内しますよ」

 

「え、本当?大丈夫なの」

 

「私もこの龍には少々興味がありますからね。それとも、あなたが道案内しますか?」

 

「い、いやいや結構よ。遠慮しておくわ」

 

天狗の視線が少々心に来るが、仕方ない。私のような神様では、未知の龍を道案内するなんて荷が重いにもほどがある。

 

「それでは、鋼龍でしたっけ?私に付いて来てください」

 

手招きをする射命丸を、クシャルダオラは少々訝しむように見ていたが、射命丸が僅かずつ遠ざかっていくのに追随し、やがて空を飛んで行った。

 

 

 

 

冬の季節はやっぱり嫌いだ。寝ぼけている妹が起きてくるのを見ながら、私はつくづくそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに秋姉妹の住居から少し離れたところでは

 

「ちょっと!目当てのドラゴンが天狗に付いて行っちゃったじゃない!」

 

「これは予想してなかったわ。どうしようかしら」

 

「……日を改めて出直す?」

 

「いや、ここまで来て退くは妖精にあらず!尾行して行くわよ!」

 

「え~~やめたほうが良いわよ。天狗がいるのよ?」

 

「それがなんぼのもんじゃぁ!これ以上寒くなって凍死する前にさっさと行くわよ!」

 

三妖精たちが付いていくか否かで騒いでいた。なお、サニーミルクとルナチャイルドの能力で姿と音は消しているため、秋姉妹にはばれていない。

 

 

 

ついでに付いていったチルノはというと…

 

「こらー!待てー!」

 

最近幻想入りしたツルを追っかけまわしていた。自分がなぜここまで来たのかはもう忘れている様子である。




相変わらずの妖精たち。

ではまたいつか


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霜月の寒々しい空を、いつものように飛んでいく。私としてはごく普通の日常のはずなのだが、後ろから追随する重厚な気配が、心落ち着かないものにする。

 

 

 

烏天狗 射命丸文は後ろに鋼龍 クシャルダオラを連れて、神社へと向かっていた。

もしこれを遠くから見ているものがいたら、あの天狗は鋼龍に追いかけられてるのか、と思うことだろう。別にどこの馬の骨が見ていても構わないのだが、あの妄想新聞ヤローに見られるのは誠に遺憾だ。

 

それにこれは私の個人的な新聞のネタ探しではなく、天狗としての調査である。

 

〈かの龍に関する更に詳しい情報を得よ〉、との上司からの命令である。あくまで可能な限りでのことなので楽な仕事のはずなのだが、私自身、というかどの天狗でもこの龍に関わりたくはないだろう。

理由なんて分かりきっている。無論こいつが強いこともあるのだが、風の能力が最たる理由だろう。当たり前だが天狗は風を操る。それは扇を用いれば大木を根こそぎ倒せるほどの威力であり、人間が天狗を恐れる最たる理由にもなっている。

 

だがこの龍が起こす風は、少なくとも天狗が操る風の領域を遥かに超えているだろう。もちろん実際に見た者は幻想郷にはいないため、魔法使いの持ってきた本の記述を見る限りの未確定情報だ。我々が言えることではないが、かなり現実離れした記述には笑い話か何かか?と思ってしまった。が、同時にあの龍ならありうるとも思ったのだ。

 

 

 

妖怪は人の恐れを糧に生きるもの。

もしこの龍の存在が人間たちに広まり、その力の強大さが知らしめられれば、天狗の立場が危うくなる。消滅まではいかないかもしれないが、確実に力は弱くなってしまうだろう。だから天狗はこの龍を非常に危険視しているのだ。

それもあってか、現在この龍の存在は人里の人間たちには伝えられていない。混乱を招くためだの色々言われているが、結局は妖怪たちの力を維持するのが真の理由だ。間違って信仰なんかされたら、それこそ幻想郷の妖怪が絶滅しかねない。

 

 

 

 

人里を避け、目の前に古臭い神社が見えた。

 

「見えましたよ」

 

社交辞令みたいな言葉で、私は平静を保とうとする。私の声に反応したのか知らないが、鋼龍は首をもたげ目の前の神社を見据えた。

 

 

雪かきされてない境内に降り立つ。外に人影は見えず、頭に悪い状況が閃いてしまう。どうかここにいてほしい…と願っていると、後ろで雪が派手に舞った。

 

「わぷっ」

 

少し高い場所から着地したのだろうか、ドシーンという着地音が神社に響く。

数秒経って、神社からドタバタと足音が聞こえてくる。どうやら少なくとも、龍との非常に気まずい時間を送る羽目にはならなさそうだ。

 

「なんなのよ、この寒い時期に……って!」

 

「ブンヤの奴に……クシャルダオラ!?」

 

最初に現れたのは博麗の巫女と魔法使い。少し遅れて、後ろからようやく目的の人物が現れる。

 

「ああ、やっぱりここにいた」

 

「ちょっとあなた、なんで彼女をここに連れてきたの?」

 

彼女、なるほどこのクシャルダオラは雌だったのか。後で上司にでも伝えておこう。

 

「あややや、私が連れてきたわけではないのですよ」

 

「じゃあ、何でここに連れてきたのよ。理由のいかんによっては……」

 

「いやいや!そんな腹積もりありませんって、霊夢さん!」

 

そこで私はなぜ鋼龍を博麗神社に連れてきたのかを、こればっかりは隠し通さず話した。

 

 

「…………それでわざわざ山にまで来るのは、あなたを探していたからではと思いまして。山で待たせて騒ぎになるのも嫌ですので、華扇さんならここにいるだろうと思い、連れてきた次第ですよ」

 

「あらそうだったの。それはどうも」

 

「どうもじゃないわよ!家主のこっちは迷惑かかってんのよ」

 

「いいじゃないか、どうせ来なくてもぐうたらしてただろ」

 

魔理沙の小言に霊夢はキッと睨むが、当の本人はどこ吹く風と言わんばかりである。

 

「そう……え?何?」

 

華扇はクシャルダオラがなぜここに来たのかを聞いている。

 

もし……万が一この仙人が妖怪に対して本格的に敵対したら、この龍もそれに味方するのだろうか。完全に私の妄想であるが、だが可能性はある。無論それを妖怪の賢者は黙っていないだろう。だとすれば、あのスキマ妖怪は何を以てこの龍を幻想郷に招いたのか。自分たちの側に近づけるため?だったら無理やり式にでもしてしまえばいいはず。なぜ、わざわざ異世界からそのままここへ送り込んだ?

 

答えの出ない問いを繰り返していると、華扇は話を終えたらしく、我々に訳を説明した。

 

 

 

「暇になったからここを飛んで回りたいって、そんな理由……」

 

華扇の口から鋼龍の謎の行動の理由を聞いた霊夢は、頭を抱えるように口を開いた。

 

「この子も生き物だし、人間程ではないけれど頭はとてもいいからね。そう思うのも自然なんだけど」

 

「ただ、こいつが自由に飛び回れるかというと……」

 

 

クシャルダオラはここに来てまだ日が浅い。その強大な力から警戒する者は、多くいる。

それに彼女は神様とは違い、生き物。何をしでかすか分からないという不確実な懸念もあるのだ。

 

それを分かってだろう、三人は頭を抱えてしまう。悩みぬいた結論が出たのか、華扇は鋼龍に体を向けた。

 

「……ごめんね。まだあなたを信用していない者も多くいるの。観光はまた今度にしてくれるかしら?」

 

そう言われると、クシャルダオラは口を僅かに曲げた。見てくれほぼ変化がないが、やはりそれが不満なのだろう。

 

「その代わりといってはなんだけど、私の家に来る?あそこなら、誰もとやかく言わないわ」

 

なるほどそれがあったか。と魔理沙と霊夢は、揃って頷いた。茨木華扇に限らず、仙人は自分たちの哲学で開くことの出来る仙界を持っている。自分の思うとおりに気候などを変えることが出来るし、侵入者が入ることもない。

クシャルダオラもそれに賛成したのか、首を縦に振った。その動作も、華扇が教えたのだろうか。

 

「それじゃあ、いらっしゃい」

 

華扇はあえて空を飛ばず、徒歩で向かっていった。

 

 

 

「はあ、何はともあれ厄介ごとにならなくて良かったわ」

 

「むう、もっと何か面白いことが起きると思ったんですけど」

 

「いや何か起きても困るだろ」

 

残された三人がリラックスしてそう呟く。

 

その後、文は新聞の編集に帰っていき、魔理沙も魔法の研究のために帰っていった。

霊夢も神社に入り、暖かいお茶を一飲みして息を吐いた。

 

 

 

 

 

「はあ…妖怪の山にまで近寄って、またどっか行ったと思ったら、まさか神社に来るなんて……」

 

「果報は寝て待てって言うのは、ほんとだったのね……」

 

「……どうする?また追う?」

 

「いや……もう帰ろ」

 

そうね、とルナとスターが返し、光の三妖精は神社の裏手の家に帰っていった。

 

 

骨折り損のくたびれ儲けとはこのことである。

 

 

 

 

 

 

 

 

『まだ、ここを十分に回れないのか…』

 

独り言を呟くクシャルダオラに、華扇は笑みを浮かべて言う。

 

「そうね、こればっかりは複雑だから私一人の力でも厳しいし……

でも、私に相談しに来てくれたのはとても良いことよ。出来ることなら何でも協力するから、遠慮なく言ってね」

 

『そうか、〝感謝〟というやつだな』

 

鋼龍は笑い―――傍から見ると牙を剥いているようでかなり怖い―――、華扇も笑みを深める。

 

『ところで、お前の巣はどこにあるのだ?山の麓に来たが、別の奴の巣しか見かけなかったぞ』

 

「ああ、私の家はちょっと特殊だから、道順を憶えていないと絶対に辿り着けないの」

 

『そうなのか、敵に襲われなさそうで羨ましいな』

 

「いやいや、私たち仙人に天敵はいるのよ」

 

クシャルダオラは疑問に思い、華扇に問いかける。

 

『それは、どんな奴なのだ?』

 

「うーん、〝死神〟って言うの。輪廻……分かりやすく言うと、寿命を超えてまで生きようとする存在を狩りにくるようなものよ」

 

『そうか、随分恐ろしそうな奴らだな』

 

「まあ、私はそんな奴らに殺されたりはしないけどね?」

 

互いに笑いあいながら、歩いていく仙人と古龍はどちらも楽しそうだった。




やばいRISEたのしすぎる
というわけでちょっと投稿頻度下がるかもです。

ではまたいつか


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結局この地を回ることは出来なかった。

山の麓に行ったら、どぎつい赤色の服の人間と足が寒そうな翼人間に会った。どちらも華扇のように話すことは出来なかったが、翼人間がこちらに手を振ってきた。華扇に習ったのだが、あの仕草は〝ついてこい〟という意味らしい。なので私は取りあえずその翼人間に付いていった。

 

 

もっと速くしてくれないかと思いつつも後をつけていくと、木で組まれた私の体高程あるものに付いた。人間の巣であることは分かったのだが、赤い色の変な木組があるのが不思議で、これも自分の縄張りを強調するものなのかと思った。ここの奴らはどうにも自己顕示が強いらしい。

近くに来ると華扇の匂いがしたので、私はわざと派手に着地しておびき出した。ついでに二人の人間が出てきて、私が華扇にここを観て回りたいと言うと、しばらく話し合った後に、それは出来ないと言われた。

華扇が言うのならまだしも、私と碌な面識のない人間が私の観光を拒否するのに、私は少し腹を立てたが、代わりに華扇が自分の巣に案内してくれるという。

 

 

来る前まではそこまで期待していなかったのだが、華扇の巣は非常に凄いものだった。

外はかなりの雪が積もっていたのに、彼女の巣はそれがなかった。非常に過ごしやすい場所に、私は少々驚いた。

古龍が巣を作る時にもその種に応じた環境が作られるのは常識だが、華扇のそれはとにかく細かかったのだ。風土に合わせた食物を作れる環境を緻密に作れるのは、古龍には出来ない所業。華扇の能力、そして「こういうものを作れる存在は他にもいる」という幻想郷の常識には、やはり大きく驚かせられた。

 

また華扇はそれ以外にも、多くの動物たちを自分の巣に住まわせていた。脆弱そうなそこらへんの獣から、見たことない稀有な獣なども、それぞれが争うことなく平和に暮らしていたのだ。興味深かったのはこの地に住む龍の幼体で、翼を持たないのに宙を飛んでいる姿は、夫から聞いた嵐の龍を思い出させた。

まあ、あそこに来た時は結構なパニック状態だった。私の姿に一目散に逃げだしたり、変わり種は私に向って威嚇したりと。華扇がそれを落ち着かせるのにかなり疲弊していた。古龍はこれが日常だから、別に気にも留めていないが。

 

そして帰り際、こんなことを華扇から言われた。

 

 

「あと少しもすれば、幻想郷で最も美しい季節がやってくるわよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今、私の目の前は桃色で覆い尽くされていた。

見渡す限り、桃色の海。故郷のヒカリゴケのように自分から発光するような目立つものでも無いのに、ここまで綺麗と思わせるのは木と言えど驚嘆してしまう。

 

翼をはためかせ、風を生み出す。天を我が物とするかのように大量の花が飛び、妖精たちはその光景にはしゃいでいる。

桜、だったか。厳しい冬を乗り越え、暖かくなると一斉に開花して実を結ぶ。そんな生態を持っている植物は故郷にもあったが、目の前の光景を埋めつくすような生命に溢れた咲き方はせず、か細いものであった。

 

この光景ばかりは私のみならず人間や妖怪たちも感嘆するようで、〝花見〟というものをして、豪華な飲み食いをするらしい。大物を捕ったときと同じような感覚だろう。気持ちは分かる。

 

前に行った赤い木組のある人の巣―――博麗神社―――では特に大勢集まるらしく、人間妖怪が入り混じっているらしい。

そういえば妖怪は人間を食う捕食者なのに、どうして同じところで飲み食いするのだろうか?例えるなら、轟竜と岩賊竜が一緒に同じ食べ物を食べるようなものだろう。異様な光景と言わざるを得ないが、ここにはここのルールがあるのだから、別の場所から来た私がとやかく言うことではないだろう。こっちに不都合が無ければそれでいい。

 

 

「おお、ここにいたのか」

 

桜を見ながらのんびりしていると、そんな声が聞こえ、振り返る。

そこにいたのは妖精だ。気配で分かる。ただ、そいつはあまり見ない格好だった。

 

変な頭に、半分青で半分赤の模様が入った皮を着た妖精。そいつは私を興味深そうに眺める。私も同じようにそいつを見る。

 

「うーん、ご主人様から話半分には聞いていたけど」

 

するとそいつは私の甲殻に抱き着いてきて、触感を確かめるように触って言う。

 

「すごい生命力ねあんた!地上でもこんな生命力に溢れている奴は他にいないわよ」

 

何か興奮しながらそいつが言ってくるが、当然何を言ってるのかは分からない。私はそいつの変な頭を鼻先でつつく。

 

「ちょ、やめろ、くすぐったい!」

 

 

しばらく経って、別の妖精たちが食い物を持ってきて私の巣で飲み食いし始めた。ここでやるのか…と思ったが、嫌な気分はしないし、ついでにそいつらの食べ物も貰えたのでこちらも良い気分にさせてもらった。量は余りにも少なかったが。

 

 

 

その喧騒は、竜どもの咆哮と違って、心地よいものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

博麗神社に桜が咲き、そして宴の喧しい響きがこだまする。

 

去年は色々あったけれど、こうして豪華な食べ物を飲み食い出来るのはいつもの事。参加者はほぼ妖怪だらけだが、まあ今回は無礼講である。余程のことが無い限り咎めはしない。

 

「おーい霊夢、飲んでるかぁ?」

 

「魔理沙……ってあんた酒臭いわよ!」

 

「いいじゃないか別にぃ。みんなそんなもんだろ?」

 

「今は特によ!顔洗ってきなさい」

 

へーい、と言いながら魔理沙があちらへ行く。また酔った勢いで魔法をぶっ放されては困るが、まあこれだけ参加者がいるし、誰かが止めてくれるだろう。

 

お猪口に注がれたそこそこの日本酒を味わいながら、山菜のてんぷらを口に運ぶ。

ふと、残った日本酒の上に桜の花びらが浮かぶ。それを見て縁起が良いと思ったのなら、そのまま勢いよく飲み干す。

 

 

 

あの鋼龍に関する近況は、華扇からこまめに聞いている。

秋の頃に動きがあると聞いた時には一目散に見に行ったのだが、栗をそのまま食べようとしてのどに針が刺さっていたという何とも間抜けな珍事であり、聞いた時にはげんなりさせられた。本にはクシャルダオラは鋼を食うと言っていたが、未だ月の探査船の残骸は形を残していて、華扇の話だと「彼女らは基本的には、生きるために食をほとんど取らない」という。どうやらクシャルダオラは甲殻の補強の為に鉄を摂取しているというのだ。これ以上硬くしてどうするのか。

じゃあなぜ食事をしなくても生きていけるのかは、『いにしへの竜が持つ始まりの力があるから(原文ママ)』という相変わらず分からないものだった。古龍の力の根源らしいが、分からないのなら放っておく。重要なのは古龍への対処の仕方だ。それさえ分かればいい。

 

しかし肝心のそれも未だ分かっていないのだ。編纂書には、毒を打つとまとう風が弱くなるとか、角が能力の制御に深く関わっている、というのはあるのだが同時に「それらを持ってしても、クシャルダオラに吹き飛ばされる狩人の数は人知れない」とも記されていた。要するに、これさえあれば絶対撃退出来るというものが無いのだ。

上位の妖怪や神様だと明確な弱点が無い奴も結構いる。ただそれらとあの古龍の違いは、精神的な存在か肉体的な生物かだ。

クマやイノシシなんかに魔除けは効かないし、恐らくあれもそうなのだろう。その場合、魔を封じることに特化した巫女である私はどうすればいいのか……

 

 

 

「ま、何とかなるでしょ!」

 

もう一度酒を注ぎ直そうと一升瓶を手に取ろうとして、ふと視界の端に誰かが映った。

 

(……ん?)

 

ここからかなり離れた花見の席、その近くに彷徨とした様子の誰かがいた。鬼やら天狗やら河童やらが視界を通るのでよく見えない。

 

 

人っぽい……白い……少女?

 

「ああ霊夢さん~」

 

頭の中で掴めそうだった既視感は、しかしそこで霞のように消えていった。

頬がかなり赤らんでいる早苗が、一升瓶片手にお酒を進めてくる。

 

「ちょ、近い近い」

 

「えへへ~~」

 

 

 

今年の宴会は、私の中で妙な残滓を引いて終わっていった。




どこなの……



約束が……



結ぶ……





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泡沫の郷、百竜が踏みならさん


始まりとは、なにもひとつだけなのか


(RISEのネタバレあります)


幻想郷には多くの妖怪が住んでいる。

鬼、天狗、河童などの外界でも良く知られているというものから、種族不明の妖怪まで、その数は数えられないほどである。昔はもっと多かったのだが、科学の発展により多くの魑魅魍魎が消滅し、そして幻想郷へと居を移した。

 

そして、特徴の違う妖怪たちがひとところに集まれば何が起きるか。

 

 

 

まあはっきり言うと、諍い。

大抵の妖怪と言うのは自尊心が強い。人間の上に立つという自負があってこその妖怪なのだから、当然といえば当然である。しかしそのプライドは、時に面倒な争いを起こすことになる。

ただ人間が襲われたのならまだいい。問題は妖怪同士の争い、もしくは神と妖怪など。双方人間よりも遥かに強く、周囲への影響力も高いため人間と妖怪のそれよりも、もっと質の悪いものになる。

悪化すると戦争レベルにまでも発展し、余りにもやりすぎてしまうようなことも往々にしてある。人間同士の戦争ですらそれが顕著なのだ。個々の力がより強い妖怪など、想像したくも無い。過去に西洋の妖怪が幻想郷に侵攻してきた事件も、その一例と言えるだろう。

 

だからこそ幻想郷にはスペルカードルールが制定され、どうしても発生を未然に防ぐ事が極めて難しい問題やそれらに雌雄をつける争いを、可能な限り穏便に済ませようとしている。幸い、ルールの一つに派手さや美しさなどが散りばめられている決闘は、自尊心のお高い妖怪どもの気性にはあっていたらしく、現在では人間の里を除いてほぼ取り入れられている。

 

 

しかしそこまで対策をしたとしても、少し血生臭い問題や不穏な事件は起きる。

 

 

 

 

 

「地鳴り?」

 

「ああそうだ、このところ里山で地鳴りが頻発しているらしい」

 

いつものように神社で話している霊夢と魔理沙だが、魔理沙は里山で起きている怪現象について霊夢に知らせに来たらしい。

 

人里にはそこそこな規模の人間が生活している。そしてそれらの人間の生活を支えているのが、里の近くにある里山だ。妖怪の山に比べたらなだらかな丘みたいなものだが、土壌は良く、立地もかなり良いため、里の人々にとって無くてはならない存在である。

 

「農家の話によると、農作業をしているときに、地面が揺れているのを感じたらしい。最初は気のせいかと思ってたが、他の仕事仲間も同じ揺れを感じたってさ」

 

「そうなの…他に何かあった?」

 

「ああ、山の奥にまで行っている猟師なんだが、昨日狩場の目印にしていたはずはずの大樹が折れていたらしい。クマが壊せるものでもないし、これはおかしいとその日はすぐに引き返したんだとさ」

 

里山には野良妖怪の侵入を防ぐための結界が張ってある。里自体に掛けられている結界と比べるとその効果は低いが、野良妖怪の侵入を防ぐためには十分すぎる。

それに妖怪たちは人間を食うことが主義。人の作った作物なんて口にはしないだろうし、そもそも作物に被害を出せば人の数が減ってしまい、彼らの腹も満たせなくなる。

そう思っていた霊夢は、これまで里山にはあまり関心を抱いていなかった。

 

「……妖怪の線は薄いかなあ」

 

「そうか?そんな奇妙な事件起こすやつ、私は妖怪しか思い浮かばないんだが」

 

「妖怪の中にも果物や米を食べる妖怪はいるけど、あくまでそれは自己の存在の安定化のため。そうやって力をつけていって、最終的に人を襲うのよ」

 

「おう……」

 

「それに地鳴りを起こすなんて、それこそわけが分からないわ。地鳴りを起こせるほど力があるなら、人を襲うはず。それなのに……」

 

妖精のイタズラにしては規模が大きいし、何より凝りすぎている。妖怪として見てみても、行動の真意が全く分からない。

 

「もしかして……」

 

魔理沙の呟きに、どうしたのと言って続きを促す霊夢。

 

「まさかまたあっちからモンスターが来たんじゃないか?」

 

モンスター

現在幻想郷を気にいって居座った古龍の世界。そこに住まう強大な存在たちの総称。

霊夢は地鳴りの犯人がそれらの中の種類かもしれないと思い、しかし途中で首を横に振った。

 

「それこそないわ。紫から聞いたけど、あっちのモンスターが結界を超えて来れるはずはないって」

 

「どうしてだ?」

 

「モンスターは妖怪とは違って、精神的なものに依拠しない。つまり人から忘れられることは無いのよ。人間の常識を隔てる結界を、なまじあちらの世界の住人が当たり前と思っている存在は、たとえ異世界であっても例外じゃない。古龍を除いてだけど」

 

「じゃあそれだ。古龍だよ。クシャルダオラみたいな奴なら、ここに来れるんだろ?」

 

「だとしたら、被害はもっと大きなものになるはずじゃない?少なくとも、里山だけの影響じゃ収まらなくないかしら」

 

確かに……と魔理沙は腕を組んで悩み始め、再び地鳴りの犯人捜しは振り出しに戻ってしまった。

 

「……考えてても仕方ないし、里山を調べてみましょ」

 

「そうだな、それがいい」

 

 

 

 

 

 

 

里の農家と猟師にもう一度詳しく話を聞き、私たちは畑へやってきた。

青々とした稲が一面を埋め尽くし、これから来る夏へ向けて成長の準備を始めている。

 

聞いた話、あれから何度か地震は起きているらしく、農家たちの間では不安が拡がっているという。だから私たちも原因が何かないか集中して探していたのだが…

 

「魔理沙ー、何かあった?」

 

「いや、なにも」

 

目ぼしいものは見つからず、妖気の反応もない。ゲンゴロウやミズカマキリなどが見られるだけで、特に動物たちの様子も変わりない。

 

「うーん、なんか妙ね。一応お札は貼っておきましょうか」

 

「じゃあ次は山の奥だな」

 

 

 

ブナや杉が生い茂る里山の森。少しずつ蒸し暑くなってきたこの時期には、森の空気がより涼しく感じられる。今はそれをじっくりと味わえなさそうだけれど。

 

猟師曰く、その日の森は行く先々で泥が飛散していたらしく、イノシシが泥浴びした量にしては多かったという。本人もその道三十年のベテランであるため、その異変にすぐ気づいたらしい。すぐに引き返してくれたのは良い判断だ。

 

そうして森を歩いて十数分、私たちは大樹のもとへ到着した。

 

猟師の話通り、直径数メートルはあったであろう巨木が、今は根元を残して折られていた。無理やり力を入れて折ったかのような跡は、人間の仕業ではないことを明確に示していた。

 

「ふむ、もう乾いているけど、泥が多いな」

 

魔理沙の言う通り、折れた大樹と根元周辺には、黒いシミのようなものが残されていた。それも大量に。

 

「泥田坊かしらね」

 

「それって、あれか。田を返せーっていう妖怪だろ?」

 

「うん、といっても私も実際に見たことは無いんだけどね」

 

とりあえず怪しい妖怪の目星はついたので、私たちはそいつの住処である泥沼を探そうとした。人の田んぼにはいないから、大方この里山の廃棄された田んぼに住み着いているだろう。

 

そう思って一歩を踏み出そうとしたとき、

 

 

 

大地が揺れた。

 

「きゃっ!?」

 

「何だ何だ!?」

 

思わず手をついてしまうほどの大きな揺れ。木々が大きく梢を揺らし、鳥たちがその場から飛び立っていく。

だが揺れは十秒も経たずに小さくなり、そして元の森の静寂が戻った。

 

「……今のは」

 

「またあの不良天人かしら…はあ、面倒なことを」

 

そう悪態を吐いたところで、しかしまた、揺れ始める。

 

「またかよ!」

 

しかし先ほどと比べてそこまで揺れていない、振動は感じるが立っていられないほどではなく、大したことでもない。

 

 

 

目前に突如として泥の壁が迫ってくるまでは

 

「「……っ!?」」

 

驚きながらも私と魔理沙は浮遊で後退し、迫る泥壁を回避した。泥壁は波となって地面の草木を飲みこんでいく。絡めとられていれば、なすすべなく溺れていただろう。

 

すっかり泥の海となった地面から、そいつはゆったりと這い出てきた。

 

 

大きい。縦に長いナマズのようなそいつは、優に三十メートルは超えていそうな巨体である。だがナマズと違って、前足には鋭い鉤爪がついており、体中を鈍色の甲殻が覆っている。

そして最も目を引くのは、尻尾。エビの尻尾のようであるが、大きさは先ほどの大樹の切り株と同じ。

 

「なんだ!?このナマズ!」

 

「知らないわよ!でも、倒せないといけないわね」

 

私はお祓い棒を、魔理沙はミニ八卦炉を取り出し、目の前の妖怪もどきへとそれらを向ける。

 

 

巨大ナマズは宙に浮く私たちへ尻尾を向けて、戦闘態勢へ入る。

 

 

 




というわけでオロミドロです。この子強くないですか……?

ではまたいつか


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ああ、私の縄張りが壊される。

 

泥沼は地盤ごと崩れ、私も死にかけた。余りにも巨大な影が、縄張りだけでなくその周辺すら覆い、跡形もなく消し去った。

 

 

いやだ。死にたくない。逃げて、逃げて、逃げまくった。妙な感じも無理やり無視して、とにかくあの〝龍〟から離れた。

 

 

 

でも、あいつはまだ追ってくる。

 

見たことない生き物ばかりの地に逃げても、まだ私を殺そうとしてくる。なぜ。私は奴の癇癪に触るようなことをしたか?

 

ならばまた逃げねばならない。戦うなんて以ての外だ。

 

 

 

だから、私は常に宙に浮く小さな外敵を泥に沈め殺してやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

巨大ナマズは尻尾をこちらへ叩きつける。私たちはそれぞれ左右に逃れてそれを避ける。尻尾に付着した泥がそこらへ飛び散る。

 

先制攻撃した相手を見過ごすほど、私も素人ではない。お札を構えてそいつへ投げつける。

しかし水分に富んだ泥が札の勢いを急速に弱らせ、湿っていく。

 

「これでも食らえ!」

 

魔理沙が星形弾を撃ち、ナマズもどきの胴へ走る。炎をまとった弾幕はナマズに一定の効果を示す。

 

巨大ナマズはこちらを本格的に敵視したのか、より眼光を強める。そして地面に潜り込み、半身を出した状態で地中から尻尾を思い切り叩きつける!

 

息を吸い、横へと再び回避。札では効果が薄いので、今度は針を頭部へ投げる。だがナマズもどきは長い首を使ってそれを回避し、今度はあしらうように尻尾を振る。

 

そいつにとっては小技だろうが、巨大な尻尾の一撃は人間にとってはオーバーキルも甚だしい。

多少の防御用結界を貼ったうえで横へ移動。尻尾が結界に当たり、結界が障子のように打ち破られる。

 

「くっ……!」

 

 

流れが悪いと悟り、そいつの攻撃が届かないであろう上へ退避。魔理沙も牽制用の魔法でナマズもどきの動きを止める。

 

「霊夢、大丈夫か!?」

 

「私は平気。それより、」

 

巨大ナマズは自動攻撃型の魔法陣に対して肉弾攻撃を当てている。魔法弾幕も食らってはいるのだが、予想以上に硬く、効果は薄い。

 

「あれ、火の魔法じゃないの!?」

 

「無茶言うなよ。アリスじゃないんだから、私は自動攻撃できる手段っていったらこれが限度だぜ」

 

「そう、なら魔理沙は火の魔法であいつに攻撃して。私の巫術だと効果が薄い。先陣をやるから、魔理沙はその後に攻撃して」

 

「ああ、飛びっきりに威力の高いのでいくぜ!」

 

そして私はナマズもどきへ急降下。魔法陣はすでに消え、奴の眼中には私が入っている。空中の敵に対しても、ナマズもどきの攻撃手段は変わらず尻尾が主軸のようだ。体をひねって尻尾を回し、こちらへ突くように仕掛けてくる。

 

だが遅い。あれより速い弾幕なら何度も経験してる。おまけに、回避先も分かりやすい。

私は突かれる尻尾の下へ潜り込み、頭部に向けて針を投げる。あまり有効ではないが、多少のダメージにはなるはずだ。

 

突いた姿勢のせいで、先ほどのように回避できず、頭部に針が飛来する。針は刺さりもしなかったが、奴の注意は引けたようだ。体をこちらへ向けて私を狙う。

 

「食らえ!〝ノンディレクショナルレーザー〟!」

 

弾幕ごっこでもよく使う魔理沙の魔法。しかしそれのように手加減した威力ではなく、木々を焼く熱量を持った本気の攻撃魔法である。

 

ナマズはそれをもろに食らってしまい、木に思いっきり突っ込む。

 

「よし!」

 

「やったか!?」

 

 

だが、巨大ナマズは生きている。無傷ではなく、それどころか結構な火傷を負っている。それでも、ナマズはこちらを見据え咆哮した。

思わず周囲の木が揺れるほどの大音量に、私と魔理沙は耳を塞がざるをえない。

 

ナマズもどきはそれを見て、魔理沙へ体をくねらせた突進をかます。魔理沙は急いで横に避けるが、突進と共に飛び散る黄金色の泥に当たる。

 

「いたっ!!?」

 

魔理沙の反応は明らかに泥に当たったようなもではなかった。見ると、泥を振り払った腕は赤く溶けたかのようなひどい傷を負っていた。

 

「魔理沙!!」

 

友人の傷に注意を引かれたのを、巨大ナマズは好機と見たか、私に向けて鉤爪を振り上げる。私はそれをすんでで避け、側頭部へ思いっきり蹴りを入れる。

 

霊力も込めたかなり強い蹴りのはずだが、怪物は煩わしそうに頭を振り、私を跳ね除け、直後、地面に沈んだ。

 

「え!?」

 

おかしい。ここは泥沼ではなく立派な地面だ。そこを水に潜るようにするなんて、あの巨体ではなおさら出来ないはず。

いや、魔理沙の傷跡、あれは恐らく酸性の液体による膿。だとすれば……

 

 

「っ!!?」

 

突如として巨大ナマズは地面からこちらに飛びあがり、私へ突進してくる。思考を巡らせていた私はそれを避けきれず、茶色い泥の塊が体を打つ。

 

妖怪の打撃とほぼ変わらない威力に、私は地面へ叩きつけられる。幸いにも焼けるような痛みは無い。だが地上に巨大ナマズの姿はなかった。どこに行ったと考える私に、上から声がした。

 

「下だ、霊夢!早く上がってこい!」

 

魔理沙の声に私は素早く浮遊する。

 

刹那、私がいた地面からナマズが勢いよく飛び出してきた。私はそいつの攻撃に合わせて防御結界を貼ったが、小技の尻尾振りとはまるで攻撃力の違う急襲に、結界は成すすべなく破れ、私は大きく吹っ飛ばされる。

 

 

視界が大きく揺らぎ、状況把握などままならなかったが、湧いて出てきたかのような勘が、私の足を木の幹へ動かした。

私は杉の木を踏んで着地したが、ダメージは大きく、すぐにふらついて浮遊できなくなってしまう。

 

「霊夢!」

 

私の腕が掴まれ、私は変な体勢で宙づりになる。

 

「……まり…さ」

 

「しゃべるな。今は退こう!」

 

魔理沙は巨大ナマズをにらみつけ、撤退のチャンスを窺っているようだ。だが霞む視界にはあの巨大ナマズの殺意がひしひしと感じられた。どう見ても、逃走を見逃してくれるようではない。

 

私の体は悔しいことに、先の一撃ですでに立てるかどうかも怪しい状態だった。こうは思いたくないが、この時ばかりは妖怪の頑丈な肉体が羨ましい。

魔理沙も腕に傷を負い、私を掴みながら戦って時間を稼ぐのは厳しいだろう。あの泥ナマズに蹂躙されてしまうのは、想像に難くない。

 

魔理沙だけでも逃げて、そう口にしようとした、その時

 

 

 

 

 

 

 

再び大地が揺れた。

 

宙にいる私たちには、まさしく地が揺れているように見えた。枝は折れ地面に落ちて、落ち葉の地面をより激しく叩く。

泥ナマズはその振動に、ある一点を見つめたまま、いや怯えていたというのが正しいだろう。

 

泥ナマズは先ほどの殺気がまるで消え失せたように、脱兎のごとくその場から立ち去って行った。

魔理沙は逃げて行ったのを確認すると、それまで泥ナマズが凝視していた方向へ向いた。

 

 

「……なんだよ…………あれ……」

 

 

魔理沙の視線の先にあったのは、〝山〟だった。

 

いや違う。山にしては形が尖りすぎている。頂点あたりから生えているのは、角のようで、力なく動いているのは咢のようで……

 

 

 

その山はまるで……まるで角の生えた龍の頭部(・・・・・・・・・)だった。

 

巨竜は大地を軋ませながら、地面へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「紫様!」

 

「騒がないで藍。状況は把握してる」

 

主従の間にしばしの沈黙が起こり、藍が口を開く。

 

「……これは、一体どういうことでしょうか?」

 

「その問いはまだ先に取っておきなさい。ただ分かるのは……」

 

紫は扇子を閉じて、剣呑な目つきでスキマの向こうの幻想郷を見た。

 

 

 

 

 

「あの世界からとうとう()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

それも、()()()()




霊夢はかなり頑張りました。
危険度の高い未知のモンスター相手に、相性の悪い霊力を使った方では。


ではまたいつか


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「……あー」

 

やる気の無い声を出して机に突っ伏す。書きかけの原稿用紙が慰めるように頭をなでるが、鬱陶しく思い原稿用紙を丸めて屑籠に放る。

 

 

天狗の里

私は家で新聞を書いていた。しかし見ての通りネタが思い浮かばず、異常気象による妙な暑さにもやられてしまい、書く気が失せてしまったのだ。

どうしよう……明日には原稿を出さないと間に合わないのに。いや別に出さなくたっていいのだが、来月の新聞大会にも向けてここらへんで発行部数を稼いでおきたい。

 

「……仕方ないか」

 

私はカメラといつものネタ帳を持ち、窓から飛翔した。

 

ネタが浮かばない時はとりあえず外に出る。はたてと違って、私は真実を載せる新聞記者だ。そのためには実際に話を聞くのが何よりも良い。少なくとも、インパクトに乏しいネタばかり書くよりかはマシである。

 

 

 

上空まで飛翔し、ひとまず幻想郷を眺めてみる。

まずはどこに行こうか。紅魔館……は今新種の妖怪に襲撃されて気が立っている。前にも取材に行ったが、あれは近寄るべきではない。うん。

なら博麗神社か。あそこに行けば、とりあえずのネタはあるはずだが……まだインパクトが薄い。

 

そうだ、人里。風のうわさで、このところ田畑や里山の方で怪奇現象が発生しているらしい。まだ誰も書いていないから、そこを取材すれば新聞も売れるはず。

 

よし、そうしよう。まずは変装道具を取りに家に戻ろう。そう思って帰ろうとした、

 

 

 

大地が揺れた。

 

「え……!?」

 

空中にいるので揺れは感じなかったが、だからこそ幻想郷全体が大きく揺れ動いているのがよく分かった。天狗たちも突然の地震に慌てふためし、人里の方もかなりのパニックになっている。

 

おかしい。これほどの地震なら竜宮の使いが出てきて、さっさと忠告して帰っていくのだが、そんな話は聞いていないし、そもそも要石があるのだからこんな地震は起きないはず。

 

 

そこまで思考していた私の目に奇妙なものが映った。

 

「何……?」

 

奥深い森林の中に、明らかにおかしいものがあったのだ。天狗の目の良さを生かして、それをじっと見る。

 

細かい輪郭は分からないが、それは色あせた龍の頭部のように見える。かなり離れているはずなのに、なお極めて巨大に見えるそれが、地面から這い出てくるようにして天を向いているのだから、注目しないわけは無い。

 

私はカメラを持ってその頭へ近づこうとして、

 

 

 

刹那、突如上空から刃が飛来した。

 

「きゃっ!?」

 

とっさに回避するも、見るとカメラは引き裂かれたようにずたずたになっていた。

 

 

そして翼をはためかせながら、そいつは私を睨む。

 

全身が金色の鋭い鱗に覆われた巨体。肢体は一見細く見えるものの、筋肉に富んでいるのが見れば分かるほど鍛え上げられ、その体を宙に浮かしている前翼も立派だった。

頭部から生える刀のような鋭い角。尻尾も槍のように尖り、後ろ脚は交差したような一見すると奇怪な形状。しかしそこに生える鱗と爪は、あらゆるものを引き裂けそうな鋭さを持っている。

 

「なんなんですかいきなり…!」

 

私は団扇を構え、目の前に立つそれへ向ける。

 

 

煌めく千の刃は、私めがけて猛然と襲い掛かる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何だ何だ!?」

 

竹林の道中、突然強い揺れに襲われ、私は運んでいた薪を落としてしまった。薪が頭にぶつかるが、不老不死なので命に別条があることは、絶対にない。

 

少し時間が経って、足で立てるほど揺れが収まってきたので、私は周囲を見回す。

 

結構な規模の揺れだったが、迷いの竹林はそれほど変わっている様子はなかった。竹は元より、木は地面にしっかり根を張っているのでそう倒れることはない。それにしても、あの地震は何だったのか。

 

「……ん?」

 

前から何かがやってくる。数は……複数。事が事なので私は手に炎を浮かべ、こちらへと来る者たちの正体を見据えた。

 

 

近づくに連れて、そいつの姿が分かってくる。茶色と碧い羽の毛並みをした丸っこい体が、お世辞にも格好良くない全力疾走で走っていた。その見た目から、私は詰めていた息を吐き、その丸鳥たちは私には目もくれずに横を通過して行く。

 

「……あんなの竹林にいたっけ」

 

自分の千年はある記憶を振り返ってみるが、あんな奴らは見たことない。妖気も無いし、慧音の言っていた外来種とかいう奴らか?

今度彼女に聞いてみるか。そう思って薪を拾おうと屈んだ時、

 

 

 

さっき鳥もどきが走ってきた方向から、蒼い閃光が走った。

 

そこからゆったりとした動作で、歩みを進めるのはオオカミに似た怪物。

オオカミが余りにも小さく見えるような巨躯。それを蒼と金色の甲殻に包み、白い体毛がバチバチと音を立てている。発達した前足には鋭い鉤爪、頭部には金色の双角。周囲に不可思議な蒼い光を漂わせながら、長い尻尾を揺らして竹林を闊歩する様。

 

それは、まさに王者とも言うべき風格。

 

もう感じるはずの無い死の恐怖が来たかのように、私は炎をまとい、眼前の大狼へ向く。

 

 

 

竹林に、稲妻と無双の狩人の咆哮がほとばしる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

異変はなにも、空と竹林だけに限らなかった。

 

玄武の沢で、何やら少々大きな試作品の試運転をしていた河童。先の大地震により機械が壊れ、げんなりする彼女たちを

 

 

突如、崖から大きな影が降ってきた。

緑色の体色に、甲羅を背負い、カモノハシのようなクチバシをした巨大生物が、河童たちに襲い掛かろうとしていた。

 

「何だこいつ!?」

 

 

 

 

「……あれ何かしら」

 

「あれですか?前から湖に棲んでいた人魚ですよ」

 

「いやそうじゃなくて、それを追っかけてるあのでかい魚は何」

 

『助けてーー!!』

 

 

「……しつこい彼氏…とかではなさそうですね」

 

「いやむしろなんでそう思ったの?」

 

悪魔とそのメイドが湖で、逃げる人魚と、それを追う足のついた巨大魚を館から眺めていた。

 

 

 

 

「うおーー!!走れーー!!」

 

霧の湖では、畔でも逃走劇が繰り広げられていた。

 

妖精たちがチルノを先頭に、背後に張り付く青と黒の斑色の肉食竜から逃げていた。

 

「きゃっ!」

 

「大ちゃん!」

 

緑髪の大妖精が転倒してしまう。すぐそこには、黄色い凶暴な嘴たちが迫っていた。

 

「来い!あたいが相手してやる!」

 

青い肉食竜たちは鋭い牙と爪を見せ、目の前の餌に襲い掛かる。

 

 

 

 

「あらあら、地震の元凶を調べようと出たら、随分な歓迎ね」

 

魔法の森にて、アリス・マーガトロイドの眼前に立ちふさがるのは、くすんだ桃と紫の体色に身を包んだ凶暴そうな二足の獣。それも結構な数である。

 

その中でも非常に体が大きく、立派なエリマキを持つ個体が、天に向かって吠えた。

すると他の小さい奴らが、回り込むように移動した。獲物を取り囲んで逃げ場を失くす、原始的な包囲網。

 

「低級妖怪の群れだと思ったけど、意外に頭がいいのね」

 

アリスも眼前の獣の群れが明らかに妖怪ではないことに気づいたのか、人形を取り出しそれらを複雑な隊列で配置する。

 

「さ、原始的な種族の包囲網と知性ある軍隊、どちらが強いか決めましょうか」

 

 

 

 

「うわちょっと、何なのよ一体!」

 

「もう、食事の邪魔しないでよね」

 

道端の屋台でヤツメウナギを焼いていたミスティアと、それを食べていたリグルが目を向けたのは見たことも無い獣。

 

カバのような口に、全身が桃色の毛で覆われ、手入れしたように伸びる鮮やかなトサカ。珍獣の視線は、屋台の蒲焼に向けられていた。

 

「悪いけど、無賃飲食は許さないからね!」

 

「……ねえ、ミスティア。何か変な匂いしない?」

 

リグルがそう言いかけた時、珍獣の尻から明らかにやばい色の気体が飛び出した。

 

 

 

 

「こっちに来ないでー!!」

 

鈴蘭が咲き誇る花畑で、メディスンは怪鳥に追われていた。

 

深い緑色の羽毛を首に生やし、奇異な色の尻尾と、ぎょろりと飛び出した目玉は、誕生してまだ幼いメディスンには、非常に恐怖であった。

 

しかも先ほどからちょくちょく当てている毒の弾も、怪鳥には効果が無く、お返しと言わんばかりに毒液を吐いてくる。人形ゆえに直接のダメージにはなっていないが、それはそれで精神的な辛さが浮き彫りになるのだ。

 

しばし鈴蘭畑で、人形と怪鳥の追いかけっこが続いた。

 

 




モンハンのモンスター、ついに幻想郷襲来
幻想郷の住民はどう動くのか?次回はそれを書こうと思います

ではまたいつか


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ここは幻想郷のどこか。

 

随分アバウトな言い方と思われるかもしれないが、実際こう言うしかないのだ。そもそもこの場所が地理的に幻想郷内部なのか、それすらもはっきりしてないのだ。ここの主のことを考えると、らしいといえばいいのだが。

 

そんな土地柄だからか、ここに来るものは人妖問わずほとんどいない。人の姿のみ見えないような里には、普段は妖力を持った猫や本物の化け猫が暇そうにたむろしていて、たまにここの主、もしくはその代理が様子を見に来たりするだけである。

 

 

 

だから猫たちが全て姿を消し、数多くの魑魅魍魎が神妙そうな面持ちで来ているのは、極めて異常というべきなのだ。

 

 

 

 

 

 

いずれも人ならざる者どもは、幾つかの境界を越えてある母屋に辿り着いた。外見からは大きな日本家屋にしか見えないそこは、分かるものには分かる異常さを醸し出している。

 

彼女らは家主を探すまでもなく、一匹の化け猫に案内され、ある部屋の一角に連れられた。

 

 

その部屋は、家の外見からすると余りに広すぎるように思える作りだった。まず畳の上にテーブルとイスが置かれている様は、日本文化と西洋文化が奇妙な合致の仕方をしたよう。

 

そしてその奇妙な間の奥には、イスに座りかける賢者とそれに侍る式神が見えた。

 

「どうぞ皆さん、お好きな席にどうぞ」

 

八雲紫は普段と変わりないような妖しい口調だが、この会議の議題を知っている彼女らからすれば、何だ何だと余計に気が締められるものだ。

 

 

 

全てのイスが埋まったところで、八雲紫は改めて口を開く。

 

「今回こうしてあなた方を緊急招集したのは他でもなく、異世界から流入してきたモンスターについて、私から得られる限りの情報と今後の指針について説明するためです。」

 

それは会合に参加した面々が皆知っていることである。というかこんな緊急招集など、余程の大事態でなければ開かれないのだ。

 

「まずは早急に対処すべきモンスターに関して話させていただきますわ」

 

紫はスキマを通して、まとめられた書面を席の参加者に提示する。

表には、極めて写実的にある生物の姿が描かれていた。一見すると泥ナマズみたいな生き物だが、当然こんな生物は幻想郷にも外の世界にも存在しない。

 

「そのモンスターの名はオロミドロ。泥翁竜とも呼ばれ、人里付近で調査をしていた博麗の巫女と魔法使いと戦闘。魔理沙は軽傷、巫女の方は命に別条はありませんが、治療には一週間かかる怪我を負いました」

 

あの博麗の巫女が、と参加者の一部はざわめくが、紫は話を続ける。

 

「…その後泥翁竜は逃走。現在は魔法の森で姿が確認されています。では次に…」

 

参加者たちはページをめくり、二枚目のそれを目にする。

前足を翼として持ち、鋭い逆鱗で全身を覆った、見るからに攻撃的なシルエットのワイバーン。

 

「千刃竜 セルレギオス。極めて好戦的な性格の飛竜であり、天狗の射命丸文が遭遇しました。本人は即座に撤退。多少の傷を負い、その後の千刃竜の行方は不明ですが、はげた鱗が確認されていますので、いずれ見つかることでしょう」

 

そして三ページ目。今度は一見するとオオカミのような生物。金と碧の甲殻が、猛々しくも美しく見える。

 

「迷いの竹林には、雷狼竜 ジンオウガの出現を確認。竹林の案内人が遭遇、案内人は重傷。その後雷狼竜は姿を消し、現在も迷いの竹林に潜んでいると考えられます」

 

会議の参加者たちはモンスターの姿と共に添えられた、そのモンスターの生態についての文もしっかりと目を通していた。

 

 

それから、危険度は下がるものの注意すべきモンスターに関する情報が話された。

 

 

 

どういう因果か、襲った妖怪たちと同じ異名を持つ丸呑み力士。

河童蛙 ヨツミワドウ

 

泳ぐ速度は全速力の馬を抜き去る巨大な足つき怪魚。

水竜 ガノトトス

 

鋭い爪を持ち、群れで襲う肉食竜、ランポス。

 

簒奪者とも呼ばれる、知能の高い肉食竜ジャギィと、それを統率するドスジャギィ。

 

話している間、聞いているもの皆に嫌悪感を走らせた珍獣。

桃毛獣 ババコンガ

 

傍から見るとかなり異形、近寄りがたい怪鳥。

毒妖鳥 プケプケ

 

どのモンスターも未知の存在。分かるのは、これらに対して早急な対策が必要であるということだろう。

 

 

 

 

「……以上で大まかなモンスターの情報は終わりです。なお草食種に関しては、こちらは人間ですら狩れるものですので、これらに関しては基本的に放置とします。農作物などに被害を出した場合、その際は各々の判断で対処していただきますよう」

 

幻想郷にはガーグァやケルビといった小型草食種も侵入しているが、今のところ目立った被害を出している報告はなく、現状放置という形に。

ただ、紫をよく知っているものなら分かるだろうが、彼女は大方危険度の高い大型モンスターを先に処理し、草食種を後でまとめて処理するのだろう。幻想郷にこれほどの異常事態を起こした原因を、野放しにすることはありえないからである。

 

「それと、博麗の巫女や天狗が見たという巨大生物に関しては、目下調査中です。何か情報があれば、協力お願いいたします」

 

それと、未だ正体の掴めていない巨大生物。幻想郷の誰かが起こしたものなのか、それともあれもあちらからのモンスターなのか。最も調査すべき対象とも言える。

 

「では、何か質問のある方は?」

 

最初に手を挙げたのは紅魔館の当主、レミリアだ。

 

「単刀直入に言うけど、紫、あんたこの異変のどこまで知ってるの?」

 

「と、言うと?」

 

「とぼけないでよ。五百年前に古龍とやらの侵入を許しておいて、今度は大型モンスターの流入すら許すなんて、企みとまでは言わないけど、何か考えがあるんでしょう」

 

レミリアの発言に続いて、次に手を挙げたのは神子だった。

 

「私からも加えて問おう。魔理沙殿から貰った本には、彼らの世界にはモンスター以外に人間や亜人のような者どもも多くいると聞いたが、これから幻想郷にそれらが入ってくる可能性はあるのか?」

 

「それはあり得ませんわ。調査の結果から、この異変に結界の異常が関わっていることはない。従って、常識を隔てる博麗大結界は、人類のように固有の文化を持つ者たちには、開かれることはないでしょう」

 

そもそも結界は、動物たちには余り干渉しない。外の世界で数が減少すると幻想郷内に増えてはくるが、そうでなくとも普通に野良犬や野生動物は入ってくる。動物であるモンスターが入ってきても、さしたる影響は無いのは、結界のことを知っているものなら理解できるもの。

 

だがここで、思わぬ人物の手が挙がった。

 

 

「ではなぜ、あの鋼龍を野放しにしている?」

 

声を挙げたのは、周りの者からすると、余りにも古典的な衣装をまとっている妖怪。しかし、顔につけた鼻の長い仮面と、烏の濡れ羽色のように流麗な翼を持っているのは、現妖怪の山の当主であり、天狗の頭領でもある天魔だ。

 

「普通に考えて、あやつが最も怪しいだろう。そもそも奴が来たのは半年前、そして今、奴のいた世界からモンスターが大挙して押し寄せている。どう考えても、奴を真っ先に調べるべきだろう」

 

「あら、天狗の頭領ともあろう方が、随分あの古龍に怯えているようじゃない」

 

「みすみす館を半妖ごときに破壊された当主には言われたくない」

 

天魔と吸血鬼が睨みあう様に、参加者たちはそろってため息をつく。プライドの高い妖怪同士、こういう場所では衝突するのももはや恒例と言うべきか。

 

「落ち着きなさい、お二方。質問に答えましょう」

 

紫は二人を宥めるようにそう言った。

 

「レミリアの質問だけれど、この事態が〝異変〟たるのはモンスターの流入そのものではないのよ」

 

「……?」

 

「〝異変〟なのは、『なぜ多くのモンスターたちが、幻想郷にピンポイントに押し寄せたのか』。外界にも来ているのなら、外界とその世界の問題といえるけど、こうして幻想郷という異界に押し寄せたのは、何か大きな元凶があるはず。それを鎮めるのが、我々の目下の目標。古龍とはいえ、たかが一頭なら問題はないのよ。あのネルギガンテは例外だけど」

 

そして…と、紫は天魔に向く。

 

「あのクシャルダオラが来たのは僥倖よ。事実、あの個体は月の浄化から幻想郷を〝守った〟

おまけに彼女はここを気に入ってくれてる。今回のモンスターの流入が大きな被害に繋がっていないのは、あの龍のおかげとも言えない?」

 

「だが、異変の元凶かどうかはそれでは分からないぞ」

 

「ああ、それに関しては確定してるわ。元の世界で彼女は歴戦王と呼ばれ、本来永い寿命を持つ古龍が、さらに寿命を超越した個体。

でも、それだけでは彼女がこの異変を起こせることは無い。歴戦王は確かに強大無比な存在だけれど、異界の境界を弄れる力は持っていないわ」

 

なおも懐疑的な視線も向ける天魔に、紫は少し言うのをためらうように口を開いた。

 

「……それに、あの世界が原因とする世界線の交錯の原因は、もう既に判明してるのよ」

 

会議の参加者たちが少しざわめく。

 

「ただ、我々だけでは解決できる問題ではないし、あちらの世界も大きく巻き込む可能性があるから、こちらから何か出来ることは無いわ。流入そのものは止められないけど、幻想郷に対する局所的な流入の原因はおそらく別にあると推測するわ」

 

 

 




天魔さんの書き方に非常に苦労しました…一応今の段階では男でも女でも断定されてない、という感じです
随分雑な終わりになってしまいましたが、次章からはかなり動きます

ではまたいつか


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禄章 為すべきこと


「……という結果になったわ」

 

「ふーん」

 

「……あんまり興味なさそうね?」

 

「まあ、余り私がでしゃばるようなものでもないかなって」

 

神社で互いに話し合っていたのは、華扇と霊夢。既に梅雨は終わり、夏の暑さが近づいてくる弊害なのか、霊夢にあまりやる気はなさそうに見えた。

 

だが華扇は、霊夢の無気力さが暑さのせいだけではないだろうと、推測していた。

 

「そういえば、怪我の調子はどう?」

 

「ああ、もう全快よ。永遠亭の薬はよく効くわね」

 

前に霊夢が、オロミドロというモンスターに攻撃され怪我をした事は、幻想郷ではちょっとしたパニックのような自体だった。

霊夢はその年では考えられないほどの修羅場を潜り抜けてきた猛者である。それらはほとんどが人知を超えた妖怪などであり、霊夢の戦闘能力はそこらの野生動物を凌駕しているだろう。

 

 

だが今回は相手が桁違いであった。

 

異世界のモンスターは私が目にしているような動物とは、一線を画すような存在だったのだ。単純な戦闘力やタフネスなら、妖獣などはおろか妖怪すら超えてしまいかねない。

 

 

そしてそれらとモンスターの違いは、魔に属するか否かということ。

鬼だって明確な弱点がある。ただ炒った豆をぶつけるだけで水ぶくれが出来るし、それ系のものは見たくも無い。それぞれの妖怪の弱点さえ知っていれば、対策は非力な一般人ですら可能である。

 

だがモンスターは違う。言い方こそ西洋の妖怪だが、彼らは立派な生き物なのだ。弱点がないことはないが、それを突くのには相応の技術と体力が求められ、とてもじゃないが一般人に太刀打ちなんて出来ない。

ましてや霊夢が遭遇したオロミドロは、モンスターが構成する生態系の中でもほぼ頂点に位置する強大な存在。巫女という魔を封じることに特化した職業では対抗はほぼ不可能だ。よく生きて帰って来てくれた。

 

 

 

霊夢の調子の悪さは、それに起因するのだろう。

これまでとは毛色の違う大きな異変でありながら、モンスター相手に何も出来ないことが。最近彼女の手に負えない異変がまだ続いているのも、それに拍車をかけているのだろう。鬼巫女だの人外扱いされる彼女でも、あくまで普通の少女。精神を病むことだってあるのだ。

 

 

「今回の異変は、魔理沙に手柄を持っていかれそうね」

 

「もしそうなら、異変終わりの宴会は魔理沙の家かしら?」

 

「ええ~?魔法の森は湿度高いし、嫌だなあ」

 

私が出来るのは、こうして冗談を言って彼女の機嫌を少しでも持ち直してもらうこと。

命に関わる重大な怪我より、気持ちの問題の方がよっぽど対処が難しい。

 

「じゃあそうならないように、私も出来ることをしましょうか」

 

「何をするの?」

 

「何って、こんな大きな異変なら幻想郷側にも異常があるはず。とりあえずは、それを調べるつもりよ」

 

じゃあね、と霊夢は飛んでいった。飛び去って行く後姿は、いつもの機嫌を取り戻したように、紅かった。

 

「……私も出来ることから始めましょうか」

 

私は霊夢とは反対方向、あの鋼龍の巣へ足を運んでいく。

 

 

 

 

 

 

私、霧雨魔理沙は今、冥界の白玉楼にいる。

相も変わらずここには幽霊が腐るほどいる。いや幽霊だから腐ることなんてないし、あっても悪霊に堕ちるくらいだが。今の季節はもう冥界の桜は散ってしまい、あの世らしい虚しい光景が広がっているが、春の時期は本当にすごい量の桜が咲く。

とはいえ、今回は桜を見に来たわけじゃない。

 

ここの主か、もしくは庭師に、今回の異変の話を聞きに来たのだ。

 

 

 

「モンスター……ですか?」

 

「ああそうだ。今幻想郷中にどんどん来てるから、何か情報は無いかなってさ」

 

私はちょうど庭の手入れをしていた妖夢と話をしていた。

私は正直、モンスターが冥界に侵入しているとは思ってはいない。何故なら、彼らモンスターは生き物の分際であって、死の世界である冥界にはそもそも来れないだろうから。

 

ここに来た主目的は、白玉楼の主である西行寺幽々子に会うためだ。

彼女は八雲紫と旧知の仲である。どういういきさつで会ったのかは知る由もないが、あいつと友人の間柄なら、間接的にモンスターの異変にも知っているかもしれない。

 

「うーん、私はモンスターについては全く知りませんねえ」

 

「あれ?そうなのか。話くらい聞いてるのかと思ったぞ」

 

「そのモンスターという単語も初耳です。というか、今幽々子様はお留守ですよ」

 

「はあ、本命も空振りか……どこに行ったかとか知ってるか?」

 

「いえ、朝起きたらもういなくて。今日は妙に早起きですねー、とは思いましたけど」

 

自分が仕える主人の行先も知らないのか…まあ、妖夢ならありえるけど。

 

「ありがとよ、それじゃ」

 

 

私は箒にまたがり、現世へと戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 

……何だか最近妙に喧しい。

 

幻想郷に日に日に近づいているという夏の暑さのせいではあるまい。しかとこの耳で、竜の咆哮や足音を拾った。それも、私の知らない竜の音ばかりだ。

なぜだ。幻想郷の結界とやらは、我らいにしえの竜以外の種族は入れないのではなかったのか?新しき竜が移住してきた?餌もそんなになく、気温の変化が結構激しく、妖怪という油断できない輩が大勢棲んでいるこの地にか?

 

正直言って、ここに移住するには無視できないデメリットが多くあるのだぞ。私のような存在であれば、向こうもそうそう手を出さないのだが。この地には、あの龍結晶のように竜を引き寄せるようなものは無いはず。わざわざここに来る理由は無いと思うのだが……

 

森の中から、見慣れた桃色の髪が見えてくる。妖精たちがそれに気づくと、おのずから道を開ける。

 

「久しぶりね。調子はどう?」

 

『華扇か。ああ、まあいつも通りさ』

 

「相も変わらずねえ」

 

『普通に過ごせるのが最も良い状態だからな。

ところで、最近竜がここに来てはいないか?』

 

華扇は少しハッとしたような顔、しかしすぐに呆れるような笑みに変わる。

 

「やっぱり、気づいていたのね」

 

『なめて貰っては困る。これでも竜種の音は多く聞いているからな。なぜ、竜どもはここに来たのだ?』

 

「まだよく分かっていないの。これから、来たモンスターたちにちょっと聞いてみるつもり。あなたも、何か知ってないかしら?」

 

『……心当たりはないな』

 

華扇は残念そうな顔になるが、知らないものは知らない。そもそも私は、結界とやらもよく分かっていないのだ。

 

『ただ、私の故郷と同じような現象が起きているかもしれないな』

 

「あなたのいた故郷と?」

 

『ああ。あの地では、強欲な龍が集めた古龍の力に惹かれて、多くのモンスターが集っていた。マグマも噴き出しているから、棲める奴らは限られていたんだが、それでも多くの竜があそこに来ていた。幻想郷でも同じことが起きていたら、多種多様な竜が来ても不思議ではない』

 

「そうなの……ありがとうね」

 

『ああ』

 

華扇は引き返し、森の奥へと消えていった。後にはもう、妖精の笑い声が残るのみ。

 

私もなにかするべきかな……いや、やめておこう。ここはあくまで妖怪どもが統べる地。今はそいつらに任せておけばいいし、対処がダメであれば私が奪ってしまえばいいのだ。

 

 

そう考えながら、私は深くあくびをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここだ。ああ、間違いない。鼻と胸から肺に流れるエネルギーは妖しい力を持ちながらも、確かに私が求めるそれも秘めていた。警戒せざるを得ないが、こんな空よりはるかにマシではある。

 

 

穢れなど知らないような青空を離れ、遥かなる幻の空へ、それは半ば必然のように引き寄せられていた。

 

 

 

 

天に棲む者どもすら見えぬ、大気圏に不吉なまでの赫い軌跡を残し、やがて西の風が運び去っていく。

 




これからちょっと更新ペースが遅くなるかもです。

ではまたいつか


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元々幻想郷には神仏と関わる場所が、博麗神社くらいしか無かった。何でなのかは知らないが、そもそも一つしか無かった。

 

それが時を経て、外の世界から守矢神社が引っ越してきた。その際博麗神社といざこざがあったが、弾幕で話をつけたらしい。

 

そしてそこの祭神である八坂神奈子は、幻想郷のエネルギー革命を起こそうとし、地底の地獄烏に八咫烏の力を与えた。……ただ力を与えた相手がまずかった。その地獄烏は地上を焦熱地獄に変えようと地上に間欠泉を出現させ、異変解決者の二人に退治された。

 

 

そして、その間欠泉によって封印されていたある妖怪たちが、地上に解き放たれた。解放された彼女らは、ある僧侶の解放を目指した。

 

 

 

 

妖怪に慕われる尼僧。それが、聖白蓮である。

 

元は自分に掛けた不老の術を続けさせるために妖怪を保護していた彼女だが、妖怪たちの悲劇的な話を聞き続けるうちに、彼女は妖怪を本気で救おうと考えるようになった。時の権力に邪魔されて封印されてしまったが、千年の時を経て、幻想郷に復活したのだ。

 

自分の考えは受け入れて貰えなかったが、それでも今は自分の信念に従って動き、妖怪との共存を目指している。

 

 

 

 

 

さて、そんな聖白蓮の運営する寺である命蓮寺で、白蓮は悩んでいた。

 

 

彼女の悩みの種は、言わずもがなモンスターについてである。

 

 

「……うーん、里の近くに色々とモンスターが棲みついてしまっていますねぇ」

 

白蓮は目の前にある報告書を見て、頭を抱える。

これらは命蓮寺の一員であるナズーリンが、子ネズミを使って調べ上げたモンスターの生息域に関する情報である。人里の周辺を重点的に調べ上げられているそれを、入道使いの雲居一輪がつまみあげる。

 

「けるび?とかそういうのは良いんですけれど、問題は肉食の奴らですよね」

 

「そうね。里に住む方々では対処が難しいですから」

 

白蓮が危惧しているのは、肉食竜による里への被害。あちらの世界の村などと違って、幻想郷の人里には簡易的な壁しかなく、それらも主に野良妖怪の侵入を防ぐのが主目的だ。里の自警団だけでは、対処は困難を極めることだろう。

 

 

白蓮は書類を流し目で見ながら、三日前の出来事を思い出す。

 

初めて集会に参加した面々でもある彼女は、八雲紫からモンスターに関する情報を聞いた。にわかには信じ難い話であったが、門徒の妖怪も実際に見たというなら、真面目に取り組まなければならない。

 

そして彼女が先の集会で最も気になったのが、賢者が放ったある一言。

 

 

 

―――異世界同士の交錯の原因は既に判明してるのよ―――

 

判明しているのなら、なぜ彼女はそれを解決しようとしないのか。

 

八雲紫という妖怪が、この幻想郷を深く愛しているのは、新参でもある白蓮でも知っている。過去にはそれで天人と本気で戦ったというのは、知るものぞ知る大きな事件でもあるのだ。

 

そして彼女の性格から察するに、幻想郷に危険を及ぼしかねないものを放っておくのは考えにくい。そうすると、集会の目的である『幻想郷への異常流入を止める』というのは、かなり消極的ではないか。

 

 

 

……考えていても仕方ない。人間や妖怪たちを守るためだ。私に出来ることをやらねばならない。

 

 

「ひとまず、人里の皆さんにこの情報を伝えましょう」

 

「え、いいんですか?天狗とかの奴らが黙っていなと思いますけど」

 

「あくまで小型のモンスターだけよ。大型ともなると、既に大物たちが対処してるでしょう。我々は、人里を守ることに注力しましょう」

 

「……はい!」

 

 

 

こうして命蓮寺は、里に最も近い寺としての務めを果たすことになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法の森

 

私はある一軒家の前に来ていた。

一歩外に出れば油断できない自然が広がっているというのに、その家は妙に小奇麗だった。庭と思しき空間には、ティータイム用のテーブルやイスが立てられ、家主の性格が見えてくる。

 

「おーいアリスー、いるかー?」

 

玄関を開け、中へ入る。そのままリビングへ足を運ぶと、探していた魔法使いの姿があった。

 

「ノックくらいしなさい」

 

「入ってきたんだから、玄関まで来ればいいじゃないか」

 

編み物をしているアリスは、私のことを流し目で見ながら作業を続ける。

だが私は、アリスの陶磁器のような白い肌に、包帯が巻かれているのに気付いた。

 

「ん?お前ケガしてるのか?」

 

「え……ああこれ。前にモンスターとやらの群れに襲われてね。群れのリーダーを殺したはいいんだけど、生意気に掠り傷ををつけられたのよ」

 

「余裕で狩ったみたいな感じだが、結構なケガだな」

 

傷は腕だけでなく、足や頬にも手当の跡があった。恐らく服の下にも、同じくらい多くケガをしているのだろう。

 

「医者に診てもらったら良かったじゃないか」

 

「あんなところに行くより、自分で直したほうがいいわ。それに、色々あるのよ」

 

色々……と悩んでいると、アリスが編んでいる布が、ただの布の模様ではないことに気がついた。

 

「それ……布じゃなくて皮だな?もしかして、そのモンスターの奴か?」

 

「今さら気づいたの?そこらへんに放置して野良妖怪が群がるのも嫌だから、処理したのよ。これはその報酬」

 

「報酬って……あ、模様で思い出した。それはジャギィのものだな」

 

「あれ、ジャギィっていうの?」

 

「ああ。ジャギィの群れのリーダーがドスジャギィ。ジャギィノスって雌もいるんだが、見てないか?」

 

いいえ、とアリスは皮をなめしながら答える。

 

「うーん、魔法の森にまでモンスターは侵入してるのか。分かった、それじゃあな」

 

「次来るときは、モンスターの素材でも持ってきなさい」

 

アリスはそう言って作業を再開し、私は再び空を飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

迷いの竹林

 

昔は高草郡と呼ばれていたこの竹林には、人は滅多に足を踏み入れない。〝迷い〟の名が示しているように、全て同じような竹が生い茂り、目立つような目印がない竹林。幸運の素兎か、竹林の案内人に会わなければ、ここを通って目的地に入るのは難しい。

 

 

 

 

そしてそんな土地に建つ、古の空気を伝える建築様式の館。

人々が永遠亭と呼ぶその館は、竹林の中にあってまるで時が止まったかのような雰囲気を、来たものに伝える。

 

 

その永遠亭にて、医者と呼ばれる人物が一人、イスに腰かけ思案に耽っていた。

 

八意永琳。永遠亭の医師であり、元月の賢者でもある。机には何枚かの紙が置かれており、それは迷いの竹林でのモンスターの分布を示しているものだった。

 

今はもう地上に堕ちた身とはいえ、月の頭脳と言われた彼女の考えすら穢れたわけではない。事実、幻想郷の一重鎮として地位を確立しているのだから、相当なものである。

しかしそれは彼女の目的ではない。それも全て己の仕える姫、蓬莱山輝夜の為なのだ。

 

 

彼女は、幻想郷が本格的にモンスターへの対抗を考える前から、それを考えていた。

 

 

半年前、月の探査船が襲撃された事件。完全浄化用に作られた、月の技術の最新鋭であろう探査船が、鋼龍の一撃で使い物にならなくなった。操縦者が月の民であっても、おそらく結末は変わらなかっただろう。

 

 

あの龍は、異次元すぎる。永琳は表面上は静かな様でいて、内面は焦っていた。

かの龍を研究しようと動こうとしたが、幻想郷の他勢力から上手く動けなかった。幸か不幸か、その龍がおとなしかったため特に焦ることはないと思っていたが、この異常事態が起こってしまったからには、多少強引に動く必要があるだろう。

 

無論、妖怪だろうがモンスターだろうが、姫には傷一つ付けさせはしない。これだけは決して譲れない。

 

 

 

その為には、あのクシャルダオラを詳しく調べなくてはならないだろう。

 

なぜ妖力や神力に頼らずに、ただいるだけで幻想郷全体を覆える風を発することができるのか。

月の存在が一目散に逃げだす、あの莫大な生命エネルギーは何なのか。

 

 

 

蓬莱の知識人は、久方ぶりに掻き立てられる好奇の心に、喜びをあらわにした。

 



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何もない草原に、一本の川が流れる。当たりは常に昏く、幽霊が放つ火の影響もあって、この世のものではないように感じられる。

 

 

 

まあそれもそうだろう。何故ならここは三途の川。死した人間の霊魂が運ばれる場所なのだから。

以前は結界の力が強く、私みたいな生者は入れなかったのだが、春雪異変からは幽冥の結界が薄くなり、割と気軽に来れるようになった。

とはいえ、あまりここには来たくない。魔法の材料になるものがあるのならいざ知らず、まだまだ私は生きてる人間。ここに来るのは早すぎるし、何よりいて居心地の良いところではない。

 

 

じゃあ何で来てるのかって?

 

 

 

 

川岸で幽霊と話してる華胥の亡霊に会うためだ。

 

 

「よう、幽々子」

 

私が名前を呼ぶと、幽霊と戯れていた女性―西行寺幽々子―はこちらに振り返った。美しくも、生きている血色ではない白い柔肌と、優しげな顔が視界に入る。

 

「あら、魔理沙じゃない。珍しいわね、こんなところにいるなんて」

 

「まあな。そういうお前も、三途の川で何してたんだ?」

 

幽々子は先ほどまで話していた霊魂に語りかけると、霊魂はフワフワと上下に動く。会話しているのだろう。

 

「この子は三日前にここに来たの。見たことない青い妖怪達に襲われてね。それはもう、痛かったらしいわ」

 

「おい、それって」

 

「この子を冥土に送ったのはモンスターよ。ランポス?だったかしらね」

 

その名は知っている。編纂書にも書かれていた、小型の肉食竜だろう。鋭い爪をもち、集団で獲物を襲う知能の高いモンスターだ。幻想郷にも来ていたことは知っていたが、既に人を襲っていたとは。

 

「……なんでお前は動かないんだ?」

 

「動くって?」

 

「どうもこうも、モンスターだよ。お前が動けば、あいつらをすぐに殺せるだろ?」

 

西行寺幽々子は、死を操る程度の能力を持っている。生きているものなら問答無用に殺せるような、美しい彼女の見た目に反して凶悪な能力だ。モンスターも生き物であるため、幽々子の能力を以てすれば赤子の手をひねるくらい簡単だろう。

 

「それは出来ないわ」

 

「なんでだよ。お前がもっと早く動いていれば、その幽霊だって死なずに済んだだろ」

 

「……随分命の価値を軽々しく口にするわね」

 

「あー?」

 

幽々子は懐から扇子を取り出し、口元を覆う。その艶姿は妖艶でありながら、どこか底知れない恐ろしさを感じた。

 

「そもそも地上は強いものが生き延び、弱いものがその糧となる弱肉強食の世界。それは命ある所の不変の鉄則。竜の世界は特に顕著だけど、それは幻想郷だって同じよ。少し、システムが違うだけ」

 

妖しい雰囲気に、私は思わず唾を飲む。

 

「私は確かに死を操る亡霊。でも地上の生命を無理やり殺すのは、死の世界の住人としてはタブーなのよ。だからこうして冥界があり、幽霊が地上に溢れないようにしている。違う?」

 

「……それで人妖が多く死んでもか」

 

「これくらいのことは地上がやるべきことよ。亡霊に頼むのは筋違いも甚だしいわ」

 

気づけば辺りの空気はより一層暗くなり、濃厚な死の匂いに包まれていた。幽々子のタブーに触れてしまったのを、今さら後悔する。

 

「……まあ、本音を言えば手を貸すのもやぶさかではないのよ?だからそんなに身構えないで頂戴」

 

先ほどまでの重苦しい空気は晴れ、いつも通りの三途の川の風景に戻った。

 

「最初は私も手を貸すって言ったのよ」

 

「それは紫にか?」

 

「ええ。でもそしたら彼女、急に真剣な顔になって『もうそんなことはしないでほしい』って言われてね。意味はよく分からなかったけど」

 

「……もう?」

 

幽々子は扇子を懐にしまい、いつもの飄々とした雰囲気に戻っていた。

 

「残念だけど仕方ないわよね~、親友の頼みだもの」

 

「……まあ、それならいいぜ」

 

「あーあ。私もあっちのモンスターのお肉食べてみたかったな~」

 

 

一時はどうなる事かと思ったが、幽々子の発言にずっこけるくらいの日常には戻ってこれた事に、私は内心安堵した。

 

 

 

 

 

帰る頃には既に日はもう沈みかけていた。家に着く頃には夜になっているだろうが、そこら辺の妖怪風情なら何も問題はないだろう。

 

……いや、今警戒すべきなのはモンスターの方だった。寺や霊廟、紅魔館や白玉楼の連中に聞いた限り、私が拾ったものに書かれていないモンスターを、奴らは知っているらしい。大方紫の仕業だろう。…何だか私だけ損した気分だ。ついでに、やっぱりあのクシャルダオラは特異な奴だったらしく、何だかすごい量と純度の古龍エネルギーを摂取した、元の世界では歴戦王と呼ばれていたらしい。

 

まあ、何も知らないでいるよりは知っていたほうがいいだろう。これまでの異変みたいに、行き当たりばったりで倒せるような奴らじゃないのは私が一番よく知っている。

あの霊夢があそこまでやられたんだ。もしあのオロミドロと戦い続けていたら、私と霊夢は死んでいただろう。そう思わせるほど、あいつは強かった。弾幕ごっこにはない、確実な死。……あの時私は、それに怯えてしまったのだ。

 

 

そして、直後に地から姿を現した、あの謎の龍。

並々ならぬあの絶対的な存在感。神様や妖怪じゃない、もっと原始的な威圧感。例えるなら、あのクシャルダオラに近いものだ。

 

「……ふふっ」

 

それもそうか。あんな奴らがわんさかいる世界で、王の名を冠する程の実力を持てるのなら、あいつも相当な努力を積んだのだろう。文字通り血反吐を吐くような、幾多の死線を潜り抜けた存在。

 

 

 

そうだな、こんな弱気になるのは私らしくない。

今回の異変では、霊夢は余り活躍できないだろう。というか、出来る限りしないでほしい。もう、あいつのあんなところを見るのは嫌だから。

私が引っ張るんだ。魔法ならば、あいつらにも効く。モンスターのタフネスを突破できるのは、私の火力あってこそ。

 

「よし!」

 

私は速度を上げて、家へ急いだ。

 

まずは研究だ。魔法の火力を上げるのだ。研究材料なら、あっちから来たキノコが沢山ストックしてあるし、必須そうなニトロダケやらは多めにある。香霖の所にも行って、八卦炉を改造してもらうか。あいつは面倒くさがるだろうが、今は緊急事態だ。妖怪用のものでは火力が足りない。

 

 

扉を勢いよく開け、研究室兼私の部屋にこもる。昨日から広げっぱなしの研究に手をつける。

 

組成は何が良いか……ニトロダケにアオキノコを入れて増強させるか?回復用にも使えるらしいし、また補充しないとか……

 

 

 

誰も寄り付かない魔法の森で、私は夜明けまで作業を続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

綺麗な星の光を見ながら、静寂を楽しむのが、ここに来てからの私の楽しみの一つであった。

ただ、最近は竜どもの咆哮もあってか余り楽しめてはいない。煩わしいことだ。もし妖怪どもの目が無ければ、即刻全て吹き飛ばしていた所だ。

 

 

 

……妙に最近気が立つな。たがたが竜どもに趣味を邪魔されたところで怒ることなぞ、若輩者のやることだというのに。いかんいかん、平静を保て。平常でなければ思わぬところで深い痛手を負うのは分かり切っているだろう。

だが、何も出来ないのも少々ストレスだ。華扇は色々面白い話を聞かせてくれるが、最近あまり来ない。竜にかかりきりなのだろう。

私がやれば一瞬だろうが、妖怪どもがやかましいしなあ……もどかしいものだ。

 

まあ、なにかやって気を紛らわせるか。

故郷にいたころは、岩賊竜を転がしたりして遊んでいたのだがな。

 

 

 

そういえば、妖精たちが時々綺麗な弾を当てあうじゃれあいをしていたな。あれも見てみるか。うん。

 

 

とりあえず今は寝るとしよう。




幽々子様はああいう底知れなさなのだと思います。本気で怒ってるように見えて、全く本気じゃないっていう。
そしてクシャが弾幕ごっこに興味を持ち始めたようで……あれ、この小説の主役って誰だったけ?


ではまたいつか。


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幻想郷において唯一の人間の集落、人里。

ただ里と呼ばれるこの集落に決まった名前はない。誰も困らないので固有の名詞を持っていない。幻想郷という風土を見れば、それもむべなるかなではあるが。

 

 

そんな里の一角の、こじんまりとした本屋に客が一人来店する。

 

「いらっしゃ……何だ、阿求か」

 

「ねえ、まだそのいじり、続けるつもり?」

 

店番である本居小鈴と、現稗田家当主の阿求のいつも通りの掛け合い。違うのは、阿求の表情が少し硬いところか。

 

「そうだ、あんたが頼んでた奴だけど」

 

「!何か分かったの?」

 

いつにもなく阿求が興奮して小鈴に近寄る。

 

「一年くらい前かな。魔理沙さんが写本に持ってきた本があるんだけど、そこに載ってる奴らが話題の妖怪たちにそっくりなのよ」

 

小鈴が一冊の本を机から取り出し、適当なページをめくる。めくられたページには、青い鳥竜の姿が描かれていた。

阿求はそれを熱心に見つめる。

 

「間違いないわ、猟師が狩ってきた死体とそっくり……小鈴、魔理沙さんはこの本をなんて?」

 

「ええと、『森に面白そうな偽書が落ちてたから、製本してそこら辺の奴らに売りたいんだ。印税はあげるぜ』って言ってたわね」

 

「それって妖魔本の類?」

 

「いや、原本は普通の本だったけど」

 

阿求が頭を抱え、熟考し始める。

そう、彼女らが調べているのは最近出没したという新種の妖怪。里の住民はそう思っているが、九回の転生を経て妖怪を見てきた阿求は、ただの妖怪騒ぎではないと踏み、こうして独自に調査をしている。

 

「……森で拾ったってことは、付喪神化したのかしら。いや、だとしても数が大きすぎるわね」

 

「それに、目撃されている奴らの中にはこの本に書かれていない奴らもいたから、多分付喪神の可能性は低いんじゃないかしら」

 

小鈴は半ば好奇心で阿求の調査を手伝っている。最初は阿求から反対されたが、こうして有力な情報を持っているあたり、ただのお荷物にはなっていないようだ。

 

「うーん、寺や山の神社で情報が出されてはいるけど、どうにも信用出来ないのよね。小鈴、今度魔理沙さんが来たら詳しく聞いてくれる?あ、でも首は突っ込みすぎないでね」

 

「最後のは余計よ。まあでも今度詳しく聞いてみるわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幻想郷の実力者たちは、モンスターを舐めていた。

 

人間が狩れるのなら、人より上位の存在である妖怪には大した障害ではないと高を括っていたのだろう。

ネルギガンテという例外が侵入してきた事態はあれど、例外すぎるがゆえに大した準備を進めていなかったのだ。

 

 

 

結果として、かなりの妖怪が死んだ。

 

久しぶりに存分に腕が振るえると驕った鼻高天狗は、千の刃に五臓六腑を引き裂かれた。

竹林に住まう古の妖怪たちは、凝り固まった先入観にとらわれ、蒼い雷に打たれた。

野良の妖怪たちも、獣らしい考えで突っ込み、泥寧に沈んだ。あるいは、群れで襲われ生きたまま肉を貪られた。

 

 

人知れず狩られた妖怪や獣たち。

しかし、消えたやつらは弱かった。他者と関われる者が、その利点を捨てて挑めば強大な個に敗れるは半ば必然。それだけの話。

 

 

 

 

だからこそ、もう油断はしない。

 

どんな生態を持っているかは、先に死んだ彼らが身を持って示してくれた。それが何者かの作為的なものであったとしても、遺された情報は有効活用しなければならない。

 

 

そしてそれを活かす準備も、すでに出来ている。

 

 

 

 

 

 

妖怪の山の一角に、多くの天狗が集まっていた。俊敏性を無駄なく活かせるような軽装鎧に身を包み、ただの哨戒任務とかでは決してない雰囲気。

 

「これより我々は天魔様の命より、千刃竜の討伐作戦に赴く!」

 

部隊を率いているのは、射命丸文。いつもの新聞記者としての姿はどこへやら、戦闘用の服装に身を包んだ本気の姿。

 

「かの竜は我らの領地を侵し、挙句に鼻高天狗殿の命すら葬った。これは天狗の支配体制確立以来の由々しき事態である!」

 

射命丸が団扇を掲げ、風を起こした。風は天狗たちの頬を撫で、彼らの顔を引き締めさせる。

 

「我らの力を以て、かの不埒な侵入者に裁きを与えるぞ!」

 

おおおおお!!と、勇ましい掛け声が山に響く。

 

 

 

 

 

 

 

場所は変わって玄武の沢。

 

河童たちの住処には誰もおらず、一頭のヨツミワドウが川底に嘴を突っ込んでいた。好物のウリナマコを求めているのだろう。

 

だがいくら川底に目を凝らしても、好物の緑色のそれは見つからない。彼らが来たと同時にモンスター以外の生物も多く来たのだが、ウリナマコには幻想郷の環境は合わなかったようだ。

大陸を渡ってまでウリナマコを求めた執念は流石というべきか。一向に好物を口に出来ないことが、ヨツミワドウにはストレスとなっていった。

 

 

そんなヨツミワドウの視界に、川岸に積まれた大量のキュウリが目に入った。腹ペコからか、ヨツミワドウの目にはうず高く積まれたウリナマコに見えたのだ。

 

這ってキュウリのもとへ進む。キュウリは目前に迫っている。

 

 

 

 

ヨツミワドウが進んでいた川底が、突如沈んだ。

正確には、仕掛けてあった落とし穴が作動した。突然の異常事態に、ヨツミワドウは暴れてその場を脱しようとする。

 

 

そして暴れる河童蛙の周囲から、河童たちが虚空から出てきたかのように出現した。

 

「今だ!全員総攻撃!」

 

 

光学迷彩を解除した河童たちが握る水鉄砲から高圧縮の水が、ヨツミワドウに襲い掛かる。

 

 

 

 

 

 

「よーし、みんな集まったな!」

 

霧の湖の畔では、チルノを筆頭にして妖精たちが集まっていた。クシャルダオラの周りにいるほど多くはないが、それでも五十は超えているだろうか。

 

「大ちゃんが集めてくれた本に、あのモンスターはらんぽすとかいうらしい。これ以上湖で勝手なことをされたら、あたいたちはろくに遊ぶこともできない!」

 

そう、湖の周辺ではランポスたちが大量に巣を作っていた。今は群れを統率するリーダーがいないのが幸いだが、もしこれ以上に統率の取れた行動をするようになれば、湖周辺の生態系は大きく変わってしまう。

妖精たちは自分の気質に合うところにしか住めない為、湖に住めなくなるのは死活問題なのである。こうして妖精たちが一堂に会しているのも、ある意味異常事態ではあるが。それほどひっ迫しているということなのだろう。

 

「妖精だってやるときはやるんだ!あたい達の力見せてやるぞー!」

 

おー!と妖精たちが手を掲げる。一見かわいらしく見えるが、彼女らの決意はかなり固いものであろう。

 

 

 

なおこの後作戦決めに一時間かかり、ランポスの群れからかかってきたので混戦になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

寺の下に位置する、本来ならば巨大な地下空間のはずの場所は、荘厳な霊廟が並ぶ美しい場所だった。

 

 

 

神霊廟。

高貴な血筋である仙人、豊聡耳神子が居とする場所である。

そのとある一角において、神子の前に侍る者がいた。

 

「布都よ、それは本当なのですね」

 

「はい、確かに」

 

彼女の名は物部布都。尸解仙である仙人である。豊聡耳神子の片腕であり、かつては神子の為に自ら命を投げ捨てた程である。

 

「……あの地震が起きた直後でしょうか。龍脈が異常な活動を見せているのです。本来の脈動の波長が極めて大きなものになり、また龍脈の揺らぎも一定の場所で止まっているような……固定化しているようなのです」

 

布都は風水師でもある。世界に流れるという龍脈の流れから、繁栄するとされる場所を見極める職である。彼女は一週間前の地震から、幻想郷を流れる龍脈の異常に気付き、それを主に申しているのだ。

 

「思えば、あの地震の直後にモンスターたちが湧いて出たように現れた。巨大な龍と思しきものを見たという噂も聞きましたし、龍脈の異常も無関係ではないでしょう」

 

太子は少し考え、布都に命じる。

 

「物部布都。龍脈の異常を調べ上げ、結果を報告しなさい。お前でダメな相手であれば、すぐに戻ってくるように」

 

「はっ」

 

布都はすぐに御前から退出し、龍脈の調査へ出かけた。

 

一人、残された神子は口を開く。

 

 

 

「こんな異常事態であるのに、師匠はどこに行ってるのでしょうか。ま、そのうち戻ってくるとは思いますけど」




次章から本格的に戦闘ですね。待たせてしまい申し訳ないです。

ではまたいつか


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㯃章 単純な殺し合い


5/5追記
章の付け直し。また申し訳ありません。


血よ

 

 

陸に、海に、空に流れる 我々に生と死 時間を与えるもの

 

 

血は一針の隙間なく 世界と我の体を埋め尽くす

 

 

糸にも似た血 食うか食われるか 二足の絆

 

 

血は我らをつなぎ、永遠の恵みを与えん

 

 

 

なべての血は 白き王につながらん

 

 

 

 

 

――――――シュレイド地方のとある小村に伝わる歌

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ごそごそ…がさがさ

 

「うぷっ、流石に埃がすごいな」

 

私は家の倉庫を漁り、目的のものを探していた。毎日整頓していればこうはならないんだが、魔法の研究のほうが最重要だからそんな面倒なことはしない。

それより、あれはどこに放ったけな?無縁塚にあるものにしては状態が良いから拾ってきたんだが。

 

「お」

 

大量の物の山に手を突っ込んで、指先にその感触が伝わってきた。両手でその感触の正体を掴んで引っ張る。

 

出てきたのは、私の顔くらいの大きさの樽。中身はない、ただの木の重さだけが伝わってくる。

普通の奴なら道端に捨ててるだろうが、私の蒐集心は見逃さなかった。

なにより蓋の底に彫られている、『小タル爆弾専用』という字。

 

爆発するために作られたタルなら、存分に使わせてもらおう。今日はかなりの強敵に挑むからな。手段は選ばない。

 

 

 

 

作業も終わり、私は荷物を整理する。

 

まず回復薬。これは古い編纂書に書かれてたのをそのまま調合した。回復系の魔法は得意じゃないから、これは重宝する。

あとは閃光玉やその他諸々……あっちのハンターが使ってるアイテムを作ってみた。念には念を、だ。

 

荷物の確認を済ませたのでバックに詰め込んで背負う。箒にまたがって、待ち合わせ場所に直行!

 

 

 

 

 

 

「よし、一番乗りだ!」

 

「なに言ってるのよ。あんたが一番遅いじゃない」

 

「咲夜にお茶でも用意させておけば良かったわね」

 

人里のはずれの森の中。いつぞやのお稲荷さんの前で、アリスとパチュリーは待っていた。

 

「何言ってるんだよ、風に乗れた一番乗りってやつだぞ」

 

「そんな大荷物でよく風に乗れたわね」

 

「うん?そういうお前らは随分身軽だな」

 

私がバックにしこたま詰め込んでいるのに、アリスは人形の数が多めで、パチュリーは魔導書を二冊多く携帯しているくらいだ。

 

「おかげであなたより速く来れたのよ。雑多な荷物を持つよりも、このほうが良いでしょ?」

 

「いつも図書館に籠ってるからそんなに速く来れないと思ったぜ」

 

「そんなことより、魔理沙。行先は分かってるのよね」

 

「もちろんだ!」私は胸を張って答える。

 

 

「あのモンスター、オロミドロは森の僻地に巣を作ってる。今回は私たちから攻めてやるぜ!」

 

 

 

 

 

 

 

あれから魔理沙は、単独でオロミドロの行方を探っていた。色々な思いはあるだろうが、やはり霊夢の敵討ちという面が強いだろう。

地道に足跡と塗りつけられた泥を追跡し、ついにオロミドロの巣を探り出したのだ。

 

とはいえ、相手は霊夢を倒すほどの実力を持つモンスター。魔理沙一人で倒すのはかなり厳しい。いや、十中八九返り討ちにあうだけだろう。

そこで彼女はオロミドロ討伐に来てくれそうな知り合いに頼んだ。

二人が付いてきた理由は〝魔法研究に役立ちそうだから〟魔道を究める者として、未知の存在には心惹かれるのだろう。

 

 

夏を感じさせる日差しが照り付ける森を飛び、一同はある泥沼へとついた。

いつぞやの大嵐で出来たのだろうか。水面は茶色に濁り、独特の匂いを放っている。

 

「ここ?」

 

「ああそうだ。丸二日追ってようやく突き止めたんだ。褒めても良いんだぜ」

 

「はいはい。でも肝心の奴の姿がないんだけど」

 

アリスの言う通り、泥沼にはなんの生き物の姿も見えなかった。せいぜいハエやカが飛んでいるだけで、鯉一匹も見当たらない。

どういうこと?とアリスとパチュリーは魔理沙を見つめる。

 

「あれ?おかしいな、ここに棲んでいるはずなんだけどな」

 

「見間違えとかかしら。あなたならやらかしそうだけど」

 

「そこまで言うなら、私があいつを引っ張り出してやる!」

 

魔理沙はバッグの中から何かを取り出す。

彼女の手にあったのは、魔法陣が描かれた手持ちの木樽。二人は怪訝そうにそれを見つめるが、正体は魔理沙しか知らない。

 

魔理沙はそれを泥沼に放り込んだ。小タルは水面に落ち波紋を広げる。

 

 

そして、泥沼全体が大きく揺れる。三人は身構え、泥沼の主を待つ。

 

 

 

泥沼から長大な影が飛び出してきた。全身を泥色の甲殻と鱗で覆い、赤いひげと奇妙な尻尾を持つ。オロミドロだ。

その長髭で小タルの着水の振動を感じ取り、出てきたのだろう。衝撃で小タルが大きく跳ねる。

 

その時、小タルに描かれた魔法陣が起動する。連鎖してタルの内側にまでびっしり書かれた魔法陣、そしてタルに入った爆薬が反応。

 

 

 

魔理沙の作った小タル爆弾は、その小ささに見合わない大爆発を引き起こした!

 

その衝撃は遠くいた魔理沙たちにすら届くほど。もっと近いオロミドロはそれ以上に衝撃を受けただろう。飛びだした泥翁竜は地面にのたうち回った。

 

「な、言っただろ」

 

「乱暴ねえ。魔法使いならもっとスマートに出来ないの?」

 

「パチュリー、こいつにそんなの求めたって無駄よ」

 

「おい!そこは褒めるとこだろ!」

 

いつも通りのやり取り。その間にオロミドロは態勢を立て直し、縄張りへの侵入者に向かって咆哮する。

 

「まあ、悪くないノックの仕方だったわよ」

 

「お、じゃあ今度からそうするか」

 

「あなたは人間相手へのノックから勉強しなさい」

 

 

先に仕掛けたのはアリス。魔法の糸で繋がれた人形たちが、オロミドロを襲う。

 

オロミドロは尻尾を振り上げ、泥沼の泥を搔き出す。泥の波に人形たちは押し流され、攻撃は届かなかった。

 

続いて魔理沙とパチュリーが魔法を放つ。事前に魔理沙からオロミドロの生態は聞いている。何が弱点か、もだ。

二人はオロミドロの弱点の火の弾幕を放つ。非実体の魔法弾は泥では簡単には押し流されない。先ほどのようにはいかないだろう。

 

それを見たオロミドロは、泥沼にその全身を沈めた。星形の弾幕と火の魔法が泥沼を激しく打つ。

オロミドロは沼の中を潜航し、三人の後ろへ出て回避した。

 

 

反撃と言わんばかりに泥翁竜が上体を持ち上げ、爪で引っかく。宙に浮いているとはいえ、オロミドロがかなりの大きさであるため、その尖爪は魔理沙とパチュリーに届いた。

二人はそれを回避するが、オロミドロは更に尻尾を振って宙を薙ぐ。パチュリーは少し危なげであったが回避には成功した。

 

初撃に失敗したアリスが、再度人形を使った突撃を行う。その人形は、アリスが仕留めたジャギィの皮で出来た防具と武器を装備していた。

オロミドロは再度泥で押し流そうとするが、別に展開されていた人形の弾幕が妨害する。

 

人形の小隊はオロミドロに直接攻撃を仕掛ける。ただの刃物よりよっぽど鋭いジャギィの武器は、オロミドロの体に確かに傷を与えた。

鬱陶しそうにオロミドロが全身をくねらせ、人形たちを振りほどく。オロミドロも小さい奴らのリーダーがアリスと気づいたのか、アリスに向かって泥を飛ばす。

 

「防御!」

 

アリスの号令に盾を構えた人形たちが術者をかばう。泥は中々の重さであったが、人形たちの盾はそれを防ぎ切った。

 

その隙に魔法陣を展開していたパチュリーが、弾幕を放つ。色彩豊かな属性弾幕がオロミドロを襲う。最も効果を与えていたのは火属性だが、水の弾幕も体表の泥を洗い流し、防御力を低下させる。

 

オロミドロはパチュリーを狙い、宙を翔けながら突進を仕掛ける。長大な体が迫る様子は中々の迫力だが、それに屈するほどパチュリーは若くない。

防御術式で突進を受け流し、アリスのもとへ戻る。そこに魔理沙も合流し、双方再度にらみ合う。

 

「魔理沙、()()は?」

 

「おう、ばっちりだ!」

 

オロミドロは黄金色の液体をほとばしらせ、排除すべき敵へ咆哮する。

 

 

 

凸凹魔法使い三人組も、各々が得意とする魔法を備え、異世界からの侵入者に相対する。




これから忙しくなるので遅くなると思います。ご了承ください


ではまたいつか


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(注)お食事の前後に見ることをお勧めしません


『ゴガァァァァ……zzz……』

 

森のはずれに近い場所で、桃毛の牙獣がいびきを立てて眠っていた。いつぞやに幻想郷へ来たババコンガである。

 

 

一週間前、彼は自分の群れを率いて幻想郷にやってきた。

魔法の森の野良妖怪たちはコンガ達を排撃しようと試み、彼らの群れに襲い掛かった。

 

だがコンガの群れは妖怪たちを退け、そこらへんの野良妖怪たちはすっかり委縮してしまった。その結果、ババコンガ達は実質魔法の森の生態系の上位者となった。

 

この様子は魔法の森に住む者にも知らされたのだが、彼女らは動こうとしなかった。いや、動きたくなかったというのが真実だ。

 

 

コンガというモンスターは温暖湿潤な環境を好む。だからジメジメした魔法の森に縄張りを作った。ここまではいい。

問題は彼らの戦闘スタイル。〝弾幕ごっこ〟という()()()()()()()()があるように、女性の実力者が多い幻想郷において彼らの戦闘スタイルは忌避されて当然と言うべきものであった。あまり具体的には言えないが。

 

その結果、彼らは平和に暮らせていた。何より見たことないキノコが多く生える魔法の森は、コンガ達の食欲を大いに促進した。満足した生活を送る彼らは特に人を襲ったりするわけでもなく、この地に溶け込んでいた。

 

 

そういうわけで、このババコンガは群れを離れて暢気に惰眠を貪っているのだ。

しかし、過酷な野生で培った五感は研ぎ澄まされているらしく

 

 

 

 

 

ドォォォォン……

 

 

という派手な爆発音に、ババコンガは飛び起きた。驚きのあまり尻から茶色の気体が出る。汚い。

 

何事だ、とババコンガは手近な木に登り、辺りを見回した。

すると森のはずれで、派手な光が飛び交っているのが見える。その光と対峙するのは、泥色のモンスター。

 

 

昼寝を邪魔されたからか、はたまた未知のモンスターと鮮やかな光に好奇心をくすぐられたのか。

 

 

 

魔法の森の珍獣はその場へ駆けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、成功だ!」

 

巨大な爆発に呑まれショック状態にあるオロミドロを見て、私はこぶしを握った。

 

 

先ほどアリスとパチュリーがオロミドロの注意を引いている時に、私はバックから()()()()を取り出していた。

 

その正体は前に私が拾った大タルだ。あちらのハンターは狩猟の際にこのどでかいタルにありったけの爆薬を詰めて、モンスターへの有効打にするらしい。

無論、あっちのものをそのまま調合したわけでもない。そもそも魔法の森では、爆薬の材料となるニトロダケと火薬草を満足に入手できない。

 

 

だから、()()()()()()()使()()()()()工夫をした。

さっきの小タル爆弾のように、衝撃に反応する爆破型の魔法陣をタルに書いておいたのだ。霧雨式大タル爆弾、と言っておこうか。

外から大きな衝撃が加われば、中の爆薬が炸裂して、連鎖的にどでかい爆発が起こる、というわけだ。

 

昔、()()()に教わった術式が、今ようやく役に立ったというわけだ。彼女には感謝しないとな。

 

 

 

先ほどの小タルの爆発が霞んで見えるくらいの大爆発に、オロミドロといえど相当堪えたようだ。胴体の甲殻は剥げ、尻尾を除いたほぼ全身に手ひどい傷を負っている。パチュリーとアリスの集中砲火も効いていたのだろう。

 

 

だが、このモンスターはそう簡単にくたばってくれない。身をくねらせながら周囲に泥の波を巻き起こす。

私たちはすぐに後退し、泥の波を回避する。オロミドロの尻尾には、巨大な泥の球が握られていた。

 

オロミドロはその尻尾を思い切り叩きつけてくる。衝撃で泥沼の泥が飛び散り、尾の一撃を回避した私たちに降りかかってくる。

 

「きゃっ!」

 

アリスが大きめの泥塊にあたり、バランスを崩しかける。

 

「アリス、下に落ちるな!」

 

私は叫び、アリスは何とか態勢を立て直す。

 

今、私たちがこうしてオロミドロ相手に優位に立ち回れているのは、あのモンスターが地上戦に特化した種だからだ。前に霊夢が地に降ろされた時も、あっという間にやられてしまった。

制空権を維持して回避に努める。そうでなければこうした小技が死につながる。妖怪だったら耐えられるだろうが、魔法使いは肉体的にはあまり強くないし、そもそも私は人間だ。爪に引っかかれただけで死ぬかもしれない。

 

 

「魔理沙、来る!」

 

パチュリーの声に前を向くと、オロミドロが尻尾を高く掲げ私に向かって振りおろそうとしていた。

とっさに回避するが、叩きつけた尾の振りまわしによる追撃が、私の体を掠った。

 

それだけで私の体は大きく吹き飛ばされ、泥沼に顔から突っ込んだ。

 

「ゲホッ!」

 

「魔理沙!早く!」

 

口の中に入った泥を吐き出し、飛行しようとした私の周りに影がかかった。

 

 

上を見ると、オロミドロの巨体が宙に浮き、尾につけた泥玉が私に迫っていた。

 

 

 

 

文字通り覆いかぶさる死の一撃に、私は身動きが取れなかった。見る見るうちに泥玉が私を砕こうと迫り・・・

 

 

 

 

 

オロミドロの顔面に、茶色い何かがぶつかった。

 

空中でオロミドロがバランスを崩し、私は鼻をつく何かを無視して飛びあがった。私のいた泥地にオロミドロが勢いよく突っ込み、もがいている。

 

 

 

「……うわ、最悪……」

 

アリスが視線を向けた先には、桃毛の猿がいた。

カバのような口に、長い爪。整えられた極彩色のトサカ。

 

ババコンガ。あちらの世界のモンスターで、別名は桃毛獣。

 

珍獣は後ろ足で立ち上がり、両手を大きく広げて威嚇した。奴の尻から茶色の気体が噴き出る。

そして辺りに漂う、強烈な悪臭。割と距離は離れているのに、目が染みそうなくらい臭い。この激臭を初めて嗅ぐパチュリーには、それは地獄だろう。

 

「む、むきゅう……」

 

「ちょ、しっかりしてパチュリー!おならなんかで墜落したら魔法使いの恥よ!」

 

人形に鼻を押さえさせながら、パチュリーを抱き抱えるアリス。私はババコンガに対処できるよう警戒する。が、

 

 

 

泥地にオロミドロの低い咆哮が響く。ババコンガはそれに対し、また威嚇を行う。

 

オロミドロもこの激臭は相当に嫌悪しているのか、標的をババコンガに変え尻尾を叩きつける。着地の失敗で泥玉は既に砕けているが、怒り心頭の攻撃は相当な威力だ。

 

ババコンガはそれを横に飛んで回避し、隙の生じたオロミドロへ向かって突進する。

長い爪を活かした引っかきで、傷だらけの胴体へ攻撃する。よく見ると、私たちがつけた傷に沿って攻撃を行っている。中々賢いようだ。自分よりはるかに大きい敵に攻撃を仕掛けたのは、すでに弱っていると気づいたからか。

 

無論、オロミドロはそれを許さない。ババコンガのそれより頑強な爪を横薙ぎ、接近したババコンガを吹き飛ばそうとする。

しかしババコンガはそれを飛んで回避し、そしてオロミドロの頭に着地した。重そうに首をもたげるオロミドロに、ババコンガは更なる追撃を加える。

 

 

 

オロミドロの頭に座ったようにしたまま、屁をかましたのだ。

 

「うわっ!最低だあいつ!」

 

再度迫る悪臭。襟を口に掲げ、私は悪臭を回避しようとする。離れている私たちでも相当なのだ、直撃したオロミドロにとっては溜まったものではないだろう。敵であるとはいえ、同情せざるを得ない。

 

してやったりと言わんばかりのババコンガを、オロミドロの尻尾が捕らえた。

オロミドロはババコンガを握ったまま泥沼に何度も叩きつける。私の目で見ても明らかに分かる、恨みの籠った攻撃だ。

 

そしてババコンガを大きく振りまわし、投げ飛ばした。もがくババコンガに、なぜだかこちらとしても胸がすく思いだ。

 

 

 

邪魔者を排除したオロミドロは、再び私たちに殺意を向ける。ババコンガの乱入もあり、かなり弱っている様子である。しかし気は抜けない。

 

逃げるババコンガを尻目に、私たちは再び相対する――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突如、泥翁竜に爆炎が降った。

 

「うわっ!?」

 

襲い来る衝撃と熱波に、私たちはすぐさま後退する。炎を頭部に食らったオロミドロは、爆炎の正体を確かめる力も無かったようであった。

 

ふらつくオロミドロに、今度は巨大な影が襲った。

 

 

赤い甲殻に棘の付いた尾。そして何より、雄大な翼が目を引く飛竜。

 

 

 

獲物を仕留めた火竜は、唖然とする私たちを排撃の対象にはしなかった。

 

 

 

空の王者は泥翁竜の死体を持ち上げ、大空へ飛び去って行った。




レウス「このままじゃ今回臭くなりすぎるだろ?感謝しろよ」

オロ「」



…ではまたいつか。


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前々回からお気に入り数が約百人増えた!???
感想も多くいただき、ありがとうございます。これからもよろしくお願いいたします。


妖怪の山のとある一角において

 

 

 

今、一つの命が大地に帰った。

 

日に輝いていた刃鱗は血にぬれ、鋭い刀角は半ばから折れたひどい姿で、千刃竜は地に倒れていた。

 

 

 

 

 

その竜を狩ったのは天狗の一団。しかし彼女らも這う這うの体で座りこんでいた。

 

 

医療班は前線で戦っていた戦闘員の手当てに勤しんでいる。セルレギオスの鱗と爪が引き裂いた皮膚は、妖怪の上位者たる天狗ですら相当に苦しむものだった。防具などは紙のように引き裂かれ、武器も損傷していないものを探すのが困難なほどである。

 

満身創痍の天狗の討伐隊であるが、その中には死者の姿は含まれていなかった。

 

 

 

それには、後衛で支援に当たった烏天狗たちの一助が大きいだろう。

 

セルレギオスの鱗は非常に軽く、打ち出した勢いでかなりの距離を飛翔する。たとえ遠距離にいる相手だろうが、極めて鋭い刃鱗は傷口を抉り、獲物に継続的な激痛を与える。セルレギオスの生存戦略の賜物である。

 

そのことを天魔から聞かされていた烏天狗たちは、ある作戦を思いついた。

 

 

それは、セルレギオスの刃鱗の軽さを利用し、天狗の持つ風を起こす力で無効化するものだった。

 

前衛には大盾を構えた完全防御特化の白狼天狗を配備し、その後ろから遠距離攻撃を仕掛けて討伐する。射命丸を主導に考えられた、この作戦。

失敗があるとするのなら、セルレギオスの爪の鋭さを考慮していなかったことか。白狼天狗の一人が、盾を引き裂かれ後ろ足に捕らわれた時は一団が動揺したが、拘束された白狼天狗は一命を取り留め、討伐は成功したのだ。

 

 

 

 

討伐の成功に、一人の烏天狗が鼻高に喜ぶ。

 

「ははは!我ら天狗の領土に踏み入ったのが運の尽きでしたな」

 

その烏天狗はリーダーである文に向かってそう言ったが、当の本人はなんの反応も示さない。失言だったか、とその天狗が口をふさぐ。

射命丸はセルレギオスの死骸のそばに立ち、まだ状態の良い刃鱗を手に取った。

 

自身の血で汚れた鱗はみすぼらしい様であったが、その切れ味は生きていたころと全く遜色ない鋭さであった。

 

「……そちらの」

 

「はっ、はい!」

 

慢心な烏天狗であったが、己より上の者である射命丸には下らしく応対する。

 

「こやつの遺体を、河童の所に運びなさい」

 

「は?」

 

「この竜の鱗は中々に鋭いものです。加工して我らの装備を増強させるべきでしょう?

この竜を倒したところで、異変は終わっていないのですから」

 

射命丸の命令に、その烏天狗は「御意」と答えて目的地へ向かった。

 

 

 

 

だが振り返ったその顔面に、巨大な何かが激突した。

 

「ぐあ!」

 

 

突然の攻撃。動ける天狗たちは、すぐさまその物体の正体を確かめる。

 

 

 

「……柿?」

 

「上だ!」

 

誰かが言った通り、天狗の一団が安静にしていた森の樹上に、()()()はいた。

 

淡い青色の毛皮に、猿のような顔つき。前足には翼が生え、木を掴んでいるその尻尾は葉団扇のような五本指。

 

 

 

傷ついた天狗の集団に、天狗獣 ビシュテンゴは再び柿を投げつけた。

 

 

 

 

 

 

 

「うわー!撤退撤退ー!」

 

霧の湖の畔で、妖精たちが逃げ惑っていた。

それを追うのは、深緑と赤い顔の肉食獣、マッカォの群れであった。

 

数分前、ランポスたちと激闘を繰り広げていた妖精達。双方一歩も譲らない戦いぶりであった。妖精側は一回休みになったものは数知れず、ランポス側も結構な痛手を負っていた。

 

 

そこに突如マッカォの群れが襲来、手負いのランポスの群れを倒し、今度は妖精たちを追っている。

 

そしてそれを率いているのは、群れのリーダー、跳狗竜 ドスマッカォ。二足で駆けながら妖精達を追い掛け回す。

 

 

 

マッカォの群れの追い掛けは、妖精達が飛んで逃げていき、ひとまずは終わった。

 

 

 

 

 

 

 

そんな騒動が起きている畔とは、湖を隔てて正反対の位置。

 

吸血鬼の当主が、そばにメイドを連れて、のんびりと釣りを行っていた。

湖を隔てた反対の位置では今結構な騒ぎが起きていると言うのに、日傘を咲夜に持たせながら魚がかかるのを待っている空間は、非常にのんびりとした時間が流れていた。

 

しかしレミリアが垂らす釣り針にはカエルが刺さっており、彼女が普通に魚釣りをしているわけではないらしい。

 

 

しばらくしてから、釣り竿に向かって巨大な影が忍び寄ってきた。レミリアと咲夜は顔を引き締め、じっと待つ。

 

影は釣り餌のカエルの前でしばらく止まる。二人は一層気を引き締め、待ちに徹する。

 

 

 

遂に魚影が釣り餌に食らいついた!レミリアはすぐさま折り畳み式のイスから立ち上がり、竿が折れんばかりの勢いで釣り上げようとする。

 

「……ふっ!」

 

呼吸を合わせ、思い切り竿を振り上げた。

 

釣り上げられた水竜 ガノトトスは思い切り地面に激突し、そのまま動かなくなった。

 

「やったわ!」

 

「見事でございます、お嬢様」

 

 

釣り上げたガノトトスを見て、レミリアは外見相応に喜んでいた。

 

 

 

 

 

 

「……ここにもいないのか」

 

薄暗い迷いの竹林の中、藤原妹紅は探し歩いていた。

 

 

捜索の対象は、つい三日前に彼女を襲ったモンスター。ジンオウガである。

 

あの時は未知の妖怪か何かと思って、手製の妖怪退治用の札を使ったのだが、当然ジンオウガには全く効かず。超帯電状態にある猛攻をいきなり受けて、一回殺されてしまった。

永琳から聞いた話、ジンオウガの超帯電状態は外敵に遭遇した時に繰り出す本気モードのようなもので、私が出会った瞬間からその状態なのはおかしい、と言っていた。

その他にも彼女からジンオウガに関する情報は聞き、私自らあいつを倒してやると、今こうして探しているわけだ。

 

知らなかった奴とはいえ、全敗に近い形でやられたのは私のプライドが許さない。何よりも、これからあいつと殺し合いするときにそのことを一々言われるのが、すごい癪に障るだろう。こう想像しているだけでイライラしてくる。

 

そういうわけで意気揚々と竹林の奥に入ったのはいいのだが、肝心の奴の姿がどこにもいない。あいつが共生しているという超電雷光虫も見つからず、普通の雷光虫だけがわさわさいるだけである。

私もここに住んで永くなるが、迷いの竹林を全て網羅しているわけでもない。深く深くと入っていき、だんだん自分のいる場所が分からなくなってきた。

 

 

すると、前方に光が見えてきた。

一瞬ジンオウガか、とも思ったがそれはすぐに違うと分かった。

 

 

 

 

だってその光は、蒼く美しい雷光ではなく、()()()()()()()()()()()だったのだから。

 

妖魔の類が発するような、言うなれば鬼火は、少しずつ私の方へ寄ってくる。

 

しかし、あれは本当に鬼火なのか?

鬼火は通常赤いはず。狐火の方は青。紫色なんて、それこそ作り話でしか読んだことない。

 

私は逃げることなく、全身から赤い炎を吹き出す。竹はそんな簡単には燃えないので、足元の地面が燃えるだけだ。

 

 

赤い霊力の炎は鬼火の方へと、光を灯し、その正体をあらわにしていく。

 

「っ!?」

 

そこに飛び込んできたのは、またしても予想外な光景だった。

 

 

 

紫色の不気味な鬼火を、十文字槍のように展開した尻尾に灯しながら、そいつは闊歩している。紫紺色の鱗と甲殻に覆われた、筋力の発達した肢体。背と前足には黄色の突起に見える部位が立ち並び、名将の兜のような頭部は、あるモンスターを咥えていた。

 

 

そいつは、私が探していた雷狼竜だったのだ。黄金と碧の美しい体は、もはやズタボロに引き裂かれ、その体からは未だに血を流している。

 

 

禍々しい竜の目が、私を捉えた。鬼気迫るような迫力は、並大抵の妖怪を超えてしまうようだ。咥えた雷狼竜の骸を雑に放り、その口からも鬼火のような炎が噴き出した。

 

 

 

怨虎竜 マガイマガドは鬼火と執念を滾らせ、首なしの不死鳥に食らいついた。

 

 




ガノトトスは4Gの個体です。釣り上げただけで死ぬ。

ではまたいつか


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RISE神かよ。あんなの否が応でも燃えてしまう……


本編どうぞ


 

昼の幻想郷。吹き込ませてきた風が葉に当たって、心地よい音を響かせてくる。

妖精たちもいつものように暢気に遊んでおり、数匹が少し深刻そうに会話をしている。まあ、本当に重大な雰囲気ではないからいいか。

 

 

 

幻想郷へ竜どもが押し寄せてきてから、陽が沈んで十回くらいか。

妖怪たちはそれなりに対処できているようで、竜どもの声もかなり聞こえなくなってきた。殺したり、捕獲して元の住処に返しているのだそうな。

 

だが華扇はあまり安心してはいないらしい。

彼女らが確認している限りは、未だ地鳴りの原因は分かっていないという。私の方でも感じ取れたりはしたが、あの位の地震なら何度も経験してきたし、私の近くでは発生していないからな。人間や妖怪たちの巣は結構な被害が出ているらしいが。

 

あと最近、何だか不思議にイライラすることがあったが、ある時から苛立ちはスッと消えてしまった。なぜだろうか?そもそもイラついていた理由すら分からないのだから、考えても仕方ないか。

 

 

昔はそんなこと、考えたこともなかったな。

あの時の私は……自分で言うのも何だが、()()()()()()()()()()()

幼いころから両親をあの滅びの龍に殺されたからか、道行く竜種を片っ端から侵入者として追い払った。あの爆槌や火の怪魚、爆ぜる拳と炎の断剣といった竜は、私が少し落ち着いてきてから来た者たちで、それ以前の竜たちは私が片っ端から殺したり追い出した。

ただその中にも異常な奴らはいて、黄金の牙獣や貪食の顎には特に痛い目を見た。それでも無理してまでそいつらを殺したのだが、振り返ると戦いに狂った阿呆としか言いようがない。命を捨てたら強さも何も価値がなくなる。百歩譲って雄なら、強い子を残すために分かる気はするが、雌である私がそんなことをしていたのはどうかと思うな。

 

それも成長していくにつれ、自分の力が増していくのに比して、私はあまり暴れることはなくなっていった。私の実力に見合うような奴が滅びの竜くらいしかいなかったからかもしれないが、その滅尽龍も飛び去ってからは、力を振るうことが滅多になくなっていった。

 

常に輝いている黄金の牙獣や、忌々しい属性を滾らせる貪食の顎などは襲い掛かってきたが、私はそれらを()()()()()()()()()能力の制御を磨いたりした。

山に住んでいるエリマキの神にはああ言ったが、実を言うと私はあまり暴風を使わずに肉弾戦を主に戦ってきていたので、風の能力が得意ではなかったのだ。そもそも私の目の敵だった滅尽龍にあまり暴風の一打が効いていなかったのもあるか。風で覆うとすぐに奴が飛んできてしまうので、使いずらかったのもあるか。

 

使おうとすると自分の視界まで覆ってしまい、攻撃もまともに当たらない悲惨なものだった。ある意味あの異常な者どものおかげで多少使えるようにはなったが、夫からは、「私たちの眷属でそこまで風を使うのが下手な成体もいないだろう」とか言われてしまった。反論しようもない事実なので何も言えなかったが。

 

 

 

それが今や自然あふれる緑と青の土地で、人間に酷似した信じがたい生物に遭遇して、こうして妖精達が飛び交う光景をのんびりと眺めているのだから、本当に世界というのは底が知れない。私が如何に狭い土地で過ごしてきていたのか、あの龍結晶とはまた違った豊かさを抱えるところがあったなど、昔であれば決して思いもしなかったしそんなことを考える余裕もなかっただろう。

 

 

 

 

 

そうだな……あと数百年か、もっと先か、ずっと早くか。

 

 

骨を埋めるとしたなら、ここが一番・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

ドォォォォン!!

 

 

大地が激しく震え上がった。木々は大きく揺れ、枯れかけたものはあっけなく大地に倒れ伏す。

 

地面で遊んでいた妖精達が慌てふためきパニックを起こす。かなりの地震に、私も腰を上げて辺りの状況を見回した。

翼をはためかせて、妖精達を落ち着かせようとする。

 

 

『みんなー!あれみて!』

 

一匹がそう叫び、他の妖精たちがある一点を見つめた。言葉の意味は分からなかったが、周りの奴らにつられて私もその方向を見る。

 

 

 

 

そこにいたのは

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その事態が起こる少し前。

 

霊夢は神社の中で、熱心に何かを書いていた。普段ボーっとしていることの多い彼女が、何か懸命に物事に取り組むと言うのは珍しいことであり、彼女を知っているものなら思わず何かあったのか、疑問に思ってしまうだろう。

 

 

それは彼女と最も繋がりの深い魔法使いも同様で、

 

 

 

「何してんだ?」

 

いつもながら勝手に入ってきた魔理沙がそう言った。

霊夢は当たり前すぎるのか、勝手に入ってきたことには何も言わず。

 

「あら魔理沙。いたのね」

 

「少し前からな。で、そんな熱心に何をしてるんだ?」

 

魔理沙は霊夢の書いていた物を手に取った。

 

それは普段、彼女が愛用しているお札。妖怪退治や異変解決の時にも使用している飛び道具。

霊夢はまだ空白のそれに、見慣れない文字を書いていたのだ。もとより普通のお札のものも訳の分からない書体なのだが、魔理沙にはそれが何らかの術式なのではないのかと感づいた。

 

「これって……何かの術式かなんかか?」

 

「魔理沙は分かるの?」

 

「何言ってんだよ、私は魔法使いだぜ?これくらい楽勝さ。で、何の魔法だそれ?」

 

魔理沙の問いかけに霊夢が答える。

 

「これね、華扇が教えてくれたんだけど、あっちの魔法みたいなものらしいわよ」

 

「あっちって、モンスターの方のだよな」

 

「ええ。きめんぞく?っていう奴らが使ってるらしくて、華扇に教わって今書いてるの」

 

「ふーん……」

 

霊夢は再び机に向かい、お札を書き始める。

 

 

 

「あんたとかがモンスターに対峙してるのに、私だけ何もしてないってのはおかしいじゃない。仮にも異変解決者で、かなりの規模の異変なのにさ」

 

魔理沙はそれを黙って聞く。

 

「それで私も調べてみたんだけど、何も分からなくて。だから、何かモンスターに対抗できるような物が出来ないかなって考えて、そしたら華扇からこれを教わったのよ。

私は博麗の巫女よ。巫女だけど、無駄な殺生もするわ。この異変を解決するためなら、ね」

 

魔理沙はそんな霊夢の顔を黙って見ていた。その瞳はどこか遠くを見るようであったが、見つめられている本人はそれに気づいてはいなかった。

 

「へへ、そうか。なら、私が色々伝授してやるよ」

 

「ええ…あんたの魔法みたいな威力は望んでないわよ」

 

「何言ってんだ、モンスターのタフネスは相当なんだぞ。むしろあれよりもっと高い火力が欲しいくらいだぜ」

 

 

 

 

 

そして日が中天を過ぎたころ、

 

およそ数は百枚以上か、魔理沙の改良もあってか、出来上がりは上々である。

二人も地味な作業に、肩や首を回してコリをほぐす。お札が消耗品であることを考えるともう少し欲しいが、流石にこれ以上続けるのは精神的に厳しい。

 

「ありがとね、協力してくれて」

 

「いいんだよ、そんな水臭いこと」

 

二人は笑いあい、神社にはいつもの平和な空気が流れる。

幼いころからの腐れ縁とはいえ、やはり並々ならない情で繋がっていることを感じさせるようである。

 

縁側の景色はいつもの美しい幻想郷で、落ち着いた空気を運んでくる。

 

 

 

 

 

だが、地が大きく震えだし、その空気も消えていった。

 

「!?これは!」

 

「ああ、間違いない!」

 

霊夢は書いたお札をすぐさま懐にしまって飛び、魔理沙も箒にまたがって上空へ赴く。

 

 

そして二人の視界に、巨大な龍の頭部が大地を歩いているのが見えた。それが揺れるたびに大地も震えている。鳥たちが驚いて空へと飛び去り、心なしか遠くからモンスターの怯えた咆哮も聞こえてくる。

 

「こんな早くにこれを試すことになるとはね!」

 

「ああ、まったくだ。見せてやろうぜ!」

 

 

 

 

紅と黒い影が空を翔け、陸を揺らす巨竜へと進んでいった。




多分これから投稿ペースが大きく乱れると思います。
なるべく書けるようにしますので、気ままにお待ちください。

ではまたいつか。


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捌章 吹き荒ぶ幻想郷


「もう、本当にタイミングの悪いこと」

 

 

まるで生き物のように大きく揺れ動いている細長い洞窟の中、一人の女性が青い白いひかりを纏い、洞窟を小走りしていた。

 

青い髪を後頭部で輪にし、羽衣をまとった姿は天女のよう。見た目だけで判断するなら、なぜこんな地の底にいるのかが不思議なくらいである。

 

 

 

霍 青娥。目的のために手段を選ばないその性格から邪仙と呼ばれ、ずっと地上に残っている仙人。地獄からも追われる身であるが、それでも彼女は未だに地上で生き残り、非道なふるまいを続けているという。

頭につけた簪を抜き取り、すぐそばの壁へと押し当てる。

 

「まあ、良しとしましょうか。良いものを見つけましたし」

 

青娥の手に収まっているのは、美しい輝きを放つ結晶。質屋に出せば間違いなく高値がつくような、美しい玉石。

ただ、彼女はこの結晶がただの宝石ではないことを見抜いていた。

 

 

「ここまで純度の高い石桜……どう使いましょうか?」

 

艶やかでありながら、背筋を粟立たせてしまうような笑みを浮かべ、青娥は穴の空いた壁に入っていった。

 

 

 

 

穴が無くなってからしばらくして、小さな洞窟は完全に崩落した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幻想郷を襲った、二度目の大地震。

 

霊夢と魔理沙は空を翔け、遠方に見える竜の頭のようなものを目指している。

今飛んでいる間も龍は動き続けており、そのたびに地が震えているのが分かる。

 

幻想郷に在来の龍か。いや、龍は相当の巨体を持っているが、皆あそこまで巨大ではない。東洋の龍は蛇が成長したものであり、細長い体つきをしているのだ。

 

では西洋の龍がやってきた可能性は、恐らく最初からない。

ここはあくまで龍神様の統治する地域。西洋からの竜が来たとなれば、龍神が黙っていない。

 

 

今までの状況から見て、考えられるのは一つだけ。

 

 

 

「あれも、古龍なのかしら」

 

「多分そうだろうぜ。頭だけであのデカさなんだ、胴体も入れたら相当なものだろうな」

 

魔理沙と霊夢はそう言いながら、高速で空を飛行する。二人ともかなりのスピードが出ているが、それほど本気なのだろう。そのとんでもない速度に、鳥たちも驚いているようだ。

 

「早くどうにかしないとね……!」

 

そうだな、と魔理沙が頷き、更に速度を上げた。

 

 

 

しかしその矢先、巨龍が動きを止めた。山すら飲み込んでしまいそうな咢が開かれ、口内の闇があらわになる。

 

次に、口から黄色い液体があふれ出てくる。地面に落ちた巨大な滴が、木々を根こそぎ溶かし、地面に大きな穴をあけていく。

二人はその様子を見て急停止し、霊夢は防御用の術式を作り出す。

 

「あいつ何をする気…?」

 

次第に龍の口内は黄色の液体で満たされ、明らかにまずい雰囲気を漂わせている。

 

 

そして龍が、口を閉じる。

 

 

 

 

 

次の瞬間、開けられた咢から超巨大なブレスが放たれた。

 

 

「避けて!」

 

生来の勘が警鐘を鳴らしたのか、霊夢は展開していた防御術式を捨て、上空へ避難した。魔理沙も一歩遅れて追随する。

 

最初からブレスは霊夢たちを狙っていなかったようで、眼下の森の一角に着弾した。

 

 

 

着弾した地点から、大規模な爆発が森一帯を襲う。爆風は高度を高く維持していた二人にも襲い掛かり、周囲の木々を跡形もなく消し飛ばした。

 

 

 

 

未だ彼女たちが見たことのない、森にぽっかりとあいたクレーター。魔理沙のマスタースパークを鼻で笑うような超威力に、二人は唖然とする他なかった。

 

ブレスを打ち終わった龍は、口の隙間から硫黄色の煙を残しながら地に沈んでいく。

 

「おい、あいつが逃げるぞ!」

 

二人は龍のもとへ急ぐも、時すでに遅く、龍は大地へと沈んでいってしまった。

 

霊夢と魔理沙は歯がゆい思いで地面を睨んでいたが、地面が次々と隆起を起こしながら西の方へと向かって行くのが見えた。

 

「そっちね!」

 

異変解決者たちは再度急加速し、地の下の巨龍を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

地中を潜航する巨龍の後を追跡する二人。巨龍もかなりの速さで潜航しているらしく、少し速度を緩めれば逃がしてしまうだろう。

あの威力のブレスを放つ存在をこれ以上野放しにすれば、どれほどの被害につながるのか。少なくとも、直接的な被害では類を見ないことになるのは、火を見るよりも明らかだ。

 

魔理沙は地面に向かって魔法を放ち、巨龍を引きずり出そうとしているが、隆起した地面を貫通して直接ダメージを与えるのは、ここまで高速で移動しながらだと困難。

 

 

 

 

そして最悪の光景が、霊夢の目の前に広がっていた。

 

「!まずい……!」

 

巨龍の進行方向には、人里が位置していたのだ。このまま行けば、巨龍は地下から人里に被害を与えてしまうだろう。

いや、被害どころではなく、最悪それだけで里が再生不可能な状態になる可能性もある。

 

「おい霊夢!早くこいつを止めないと!」

 

「そんなこと分かってるわよ!でも、どうすれば……」

 

二人が悩む間にも、地面の大波は里へと迫っていく。

 

「里の皆に避難するように言ってくる!霊夢は何とか足止めしてくれ」

 

「無理よ!あいつのスピードから見れば、避難する前に里が呑まれるわ!」

 

「言わないよりマシだ!それとも、あいつをこの場で止められるのかよ!?」

 

地面の隆起の異常に、ようやく人里の住人も気づいたようだ。慌てて逃げようとするが、もう間に合わない。

 

 

 

 

 

 

 

突如として、大地から岩の大壁が出現し、地の下の巨龍が激突した音が響いた。

 

「な……」

 

パニックになる里の住人の姿を尻目に、霊夢と魔理沙は大壁の上に立つ者を見る。

 

 

 

 

「やあやあ、元気そうだね二人とも」

 

壁の上に立っていたのは、特徴的な帽子を被った小柄な少女。だが二人は、彼女の正体が外見ほど穏やかではないことを、弾幕を通して知っている。

 

「諏訪子じゃない!あんたどうして」

 

「いやいや、あんなバカでかいやつに気づかない方がおかしいでしょ。里が潰れたら困るし、ちょっくら参上した次第よ」

 

諏訪子はいつも通りの態度で霊夢と接している。こんな異常事態でも落ち着いているのは、土着神の頂点たる力の表れか。

 

 

巨龍の進行を止めた祟り神に続いて、続々と多くの者たちが参上する。

 

守矢神社の一柱に現人神。命蓮寺の面々に、天狗や河童といった山の妖怪たち。全部数えればかなりの数になるだろう。中には紅魔館のメイド長や、冥界の庭師の姿も見えた。

 

「ん?天狗や命蓮寺の奴らは分かるが、なんでお前らが来てるんだ?」

 

「本来ならばお嬢様が来る予定だったのだけれど、今は昼でしょ?だから代理で私が来たの」

 

「お前んとこの主は難儀だなぁ」

 

魔理沙が咲夜と話していると、そばから妖夢も話に加わる。

 

「咲夜さんもそうなんですか」

 

「あれ、あんたもいたの」

 

「ええ。幽々子様から『地上で珍しい食材を持ってきて』、と言われたので降りてきたら、何だか騒がしかったので付いてきたんです」

 

相変わらずの無茶ぶりに振り回されているようだが、本人達は特に気にしていない様子だ。元からこんな調子であるので、特に突っ込むようなことでもないが。

 

四人が話している中で、それに口をはさむ者が出てきた。

 

「皆さん気が緩みすぎですよ……もう少し真剣になりましょうよ」

 

「ふふ、確かに気を緩めすぎではあるかな」

 

早苗の呆れに、神奈子も同調する。

 

それに比べて天狗たちは整然と隊列を組み、巨龍への攻撃準備を整わせている。隊を管理する射命丸も、千刃竜の時よりも心なしか気が張りつめている気がする。

 

命蓮寺の妖怪たちも同じく気を引き締めており、遅れて人里の方から一輪が飛んで来た。決して遅刻なぞではなく、住人に対し避難勧告をしていたのだろう。見てみれば、人々が全力で里の反対側へ走っているのが分かる。

 

 

「……全員、そろそろ奴が出てくるよ」

 

諏訪子の言葉に、それまで話していた彼女らも戦闘の準備を一瞬で整える。

 

 

 

そして諏訪子の言葉通り、巨大な頭が地から出てきた。山とも見まがう巨頭に、全員が驚きの声を上げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが彼女らは、再度驚かされることになる。

 

 

巨龍の頭のそばから、鈍い青色の柱のような物が四本飛び出してきたのだ。それは途中で折れ曲がり、まるで足のように地面についていた。頭部は地面から這い出てくるように見えるが、あるはずの首は一向に見えない。

 

代わりに再び、二本の柱が出てくる。先ほどのとは違い、先端は二股に分かれていた。

 

 

 

遂に正体を現した巨大龍は、しかし龍ではなかった。

 

その正体は、()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

砦蟹 シェンガオレンであった。

 

 

 




最近蟹食べてないな……

ではまたいつか


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「うそだろ……」

 

隣の魔理沙がそう呟き、呆然としている。他の妖怪たちも、同じように固まっている。

 

 

それもそのはず、私たちが巨大な古龍だと思っていたのは、とんでもないサイズの蟹だったのだから。

 

海のない幻想郷でも、サワガニくらいは見かけたことあるし、華扇やレミリア達が外の世界から大きな蟹を持ってきたことはある。

 

 

 

ただ、これは蟹がどうとかいう次元ではない。

 

もはや砦そのものが動いているかのような威迫、そして重量。一歩踏み進めるだけで小枝のように木々がへし折れ、小規模な地震を起こす。

 

 

まさに生きる天災。私たちに止められるのかどうかも分からない。

 

 

 

でも、やるしかない。

私はあのモンスターを良く知らないけど、それでも倒すことはできるはず。今までだってそうやってきた。

 

大丈夫、自信を持て。私は博麗の巫女だ。

 

 

「魔理沙、行くわよ!」

 

「!ああ、任せとけ!」

 

私と魔理沙は巨大蟹に射程距離まで近づく。

 

「!巫女が動いた。総員攻撃開始!」

 

射命丸が天狗の部隊に指示を飛ばし、妖術による攻撃が蟹に襲い掛かる。

 

「よーし、私たちもやるよ!」

 

河童たちは地上から、見慣れない大砲を用いて攻撃する。恐らく河童蛙の嘴を用いた新兵器だろう。

 

「私たちも行きますよ!」

 

寺の連中も各々の武器を用いて攻撃を始める。山の三柱も乾坤と奇跡の力を振るい、庭師とメイドも巨大な脚に刃を向けた。

 

岩壁の破壊に集中している巨大蟹に、魔力的な攻撃の嵐が襲い掛かる。

 

元々の巨体も合わさってか、外れた攻撃は無かった。辺りにもうもうと地煙が漂う。

 

 

「よし、やったか?」

 

アンカーを飛ばしていた村紗が、攻撃の当たり具合を見てそう言う。確かにあの規模の攻撃をまともに食らえば、如何な大妖怪であれ再起不能に陥るだろう。それくらい本気の威力だったのだ。

 

 

 

 

「……いや」

 

土煙から、青銅の脚が大地を抉る。

 

 

巨大蟹は、全くの無傷だった。青銅色の外殻はなんら変わりないように鈍く輝いており、朽ちているように見えたヤドの頭骨も同様で、表面のコケを削ぎ落とすのが精一杯だった。

 

「……割と強く撃ったつもりなのだが……」

 

「防壁も、もうあと一撃でダメか」

 

加えて、そいつは私たちに対して反撃の姿勢を見せておらず、未だ壁を破壊することに専念している。その岩壁もそこかしこにひびが入り、あと一撃で粉砕されるのは明らかだ。

 

 

 

だが何も攻撃が入らなかったからといって、それで諦めるほど私たちもバカじゃない。他の奴らもそう。これで万策尽きるほど、幻想郷の者たちは浅くはない。

 

「作戦変更だ!諏訪子はもう一度壁を作れ。なるべく頑丈にな。早苗は後方から援護を頼む」

 

「あいよ」「了解です!」と、守矢の神々は流石のチームワークを発揮する。

しかしそれなら、山の妖怪たちも劣ってはいない。

 

「天狗隊は奴の上に回れ。風で奴の進行を妨害しろ!河童たちは引き続き奴の脚を、なるべく関節を狙え」

 

天狗の顔をあらわにした射命丸が、迅速な判断を下し、指令を出す。

 

「よーし、私もちょっと試したいものがあるんだ!」

 

魔理沙もそう言って、前方に飛び出していった。

 

 

彼女らが一斉に行動を始めたと同時に、巨大蟹の前方にモクモクと雲が膨れ上がった。それは徐々に人の形を成していき、巨大蟹は不思議そうにその様子を見つめる。

 

見越し入道の雲山と、それを扱う一輪が共に巨大蟹に立ちふさがる。

 

「私と雲山があいつの注意を引く!姐さんたちはその隙を突いてください!」

 

一輪の作戦に、寺の妖怪たちは一斉に攻撃を始める。

その中で最も早く先手を打ったのは、聖白蓮だった。肉体強化魔法をフルに活用し、巨大蟹の胴体へ一気に迫る。

 

「セイッ!!」

 

振りぬかれた拳は蟹の甲殻を叩き、その衝撃を内部まで届かせた。巨大蟹が少し動きを止めたが、即座に攻撃してきた白蓮を押しつぶそうと左前足を上げた。

それを阻止すべく、蟹の体高とほぼ同じにまで巨大化した雲山が左前脚を持ち上げる。不安定な態勢の巨大蟹が、雲山をどかそうともがく。だが雲の体である雲山に対して、鋏による物理攻撃はほとんど効いていない。

 

 

その隙を狙って、左後脚に何百もの御柱が命中する。御柱の当たった部位が真っ赤に腫れ上がったかのような色へ変色した。

そしてその脚が力なく地面につく。前へ押し込む雲山と白蓮に、巨大蟹は右の脚で抵抗する。

 

「撃てー!」

 

踏ん張り続ける右前脚の関節に、水弾が撃ち込まれた。河童の技術力か、または素材となった河童蛙のおかげか、威力の高い砲弾を食らった右前脚の踏ん張りが弱くなる。

 

「押せー!」

 

上空から援護していた天狗たちが右前脚に張り付き、左のそれと同じように持ち上げる。妖怪の上位者たる天狗のパワーも相まって、巨大蟹はバンザイをしているかのような格好に陥る。

 

 

残すは右の後ろ脚。

 

「よっしゃ行くぜ!」

 

それを予期していたのか、魔理沙が後ろ脚へ得意のマスタースパークを放った。手加減なしの、山の表面を焼き払うほどの火力を、右後脚に集中させる。

魔力が尽き、白煙を上げる脚。だがそれでも巨大蟹は脚を崩そうとしない。充血しようがそれを我慢して、必死に押し込まれないように踏ん張る。

 

「ちっくしょう!いけると思ったんだがな」

 

「いいえ、上出来よ魔理沙」

 

渾身の魔法を使った魔理沙に私はそう呼びかけ、あらかじめ()()()()()()()()()を降ろす。

 

「〝天石門別命(あまのいわとわけのみこと)〟」

 

左前脚が位置する地面に穴が開き、蟹の脚がそれに嵌まる。

 

「お願いです、ミシャグジ様!」

 

早苗がそう祈祷すると、大地から岩塊で構成された大蛇が現れた。諏訪の祟り神は蟹の前足に絡み付き、天石門別命の作った穴から出れないように拘束する。

 

巨大蟹は妖怪たちの力に押し負け、地面にひっくり返された。無防備な胴体が露わになり、蟹は必死に脚をバタつかせもがく。

 

「今だ、総攻撃!」

 

 

弱点をむき出しにした蟹へ、私たちは一斉に攻撃を仕掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シェンガオレンの放った酸弾によって、破壊された森の一角。

その威力は地面ごと森を消し去り、直撃しなかった木々も無残な姿になってしまった。

 

 

そんな惨状に、いち早く駆け付けた存在がいた。

 

 

その様子を見ていた妖精、そしてクシャルダオラである。

ただの頭骨となった巨龍の頭蓋から放たれた酸弾は、彼女の縄張りを大きく外れた場所に着弾した。彼女の縄張りで遊んでいた妖精達は非常に怯えていたが、彼女自身は特に動ずることは無かった。

 

爆発が起きてからしばらくして、数匹の妖精達が興味を示して着弾場所へ向かった。他の妖精達も羊の群れのようにそれにつられ、ついに彼女も追ってきた、というわけである。鋼龍にとって、自身を動かすのは大規模な爆発よりも、妖精の動向であるようだ。

 

 

目の前に広がる光景は、さしものクシャルダオラにも衝撃的であった。

 

酸弾の破片が付着した木々は奇怪な形状へと成り変わり、多くの物体を溶かしたような異臭が彼女らの鼻腔をつく。

大きく抉れた土壌は、もはや再生不能なのは明らかであった。スケールこそ大きくかけ離れているが、泥翁竜の液体と同じように、ここは死の大地へと変わってしまったのだ。

 

クシャルダオラは地面を爪で引っかき、手に乗ったグチャグチャの土を眺める。かなりひどい匂いがする。予測するに、地面に含まれていた有機物すらも溶かし尽くしてしまったようだ。

彼女はそれを地面に投げつける。ふと、自分の腕を見てみると、僅かではあるが表面が溶けていた。

 

 

クシャルダオラは向き直り、遠方で再び放たれた酸弾を目にする。

 

それを見て、彼女の胸中にふつふつと何かが沸き上がる。この幻想郷に来て彼女が初めて抱き、かつての故郷で若き日の彼女が日常的に振りまいていたもの。

 

 

 

 

鋼鉄は天へ叫んだ。金属音交じりの咆哮に、空は隠れるように暗雲へ消えた。

程なくして暴風雨が幻想郷へ襲い掛かり、妖精達が目をつぶる。

 

王は天へ舞い昇り、烈風の鎧を身に纏った。雨粒がそれを避けるように落ちる場所を変える。

 

 

 

 

 

 

鋼鉄と暴風の王は、己が領域を侵す不埒者へ鉄槌を下すべく、黒雲を走った。

 




早苗のミシャグジ様降ろし。一応設定見る限り早苗も諏訪子の血を引いてるから出来そうなんですけどね。ただ本人とは雲泥の差ですけど。

ではまたいつか。


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巨大蟹の胴体に、数え切れないほどの傷が走る。御柱と岩塊が甲殻を叩き、風刃と金属の刃が露出した関節部分を斬る。比較的柔らかい部分の甲殻を拳が砕き、星の魔法、それと燃えるお札が肉を焼く。

 

 

 

 

 

ギギシャァァァァァ!!

 

巨大蟹がヤドの頭骨を振るわせながら、横へもんどりうちながら体勢を立て直した。私たちは即座に後退し、巨大蟹を再び見据える。

 

かたにくや脚のつなぎ目から青い血がだらだらと流れる。心なしか足取りが重くなっているように思う。どうやら総攻撃は十分に効いていたようだ。

しかし、手放しに喜んではいられない。口の部分からは激しく泡が吹き出ており、鉄柱のような鋏を大きく掲げている。感情のない目からつかみ取るのは難しいが、本気で私たちを敵視しているのは間違いないだろう。

 

 

巨大蟹は大きく脚を踏み鳴らし、鋏をこちらに向かって振りまくる。雑な狙いだが、当たれば一撃でくたばるのは一目瞭然。皆回避や防御に徹している。咲夜は瞬間移動を駆使して、的確に避けつつ投げナイフの反撃を行ってはいるが、金属よりも硬い蟹の甲殻には全くダメージを与えられていない。

 

蟹の方も振り回すばかりでは埒が明かないと分かったか、こちらに対して横向きになりつつ脚を大きく上げた。

そして勢いよく振り降ろす。傷ついているとは思えないほどにまで体重が籠った一撃。正面にいた天狗と河童たちが余波に巻き込まれ、大きく吹き飛ばされてしまう。

 

「全員一か所に留まるな!散開しろ!」

 

一撃で戦闘続行が出来なくなった妖怪たちを見て、神奈子がそう叫ぶ。諏訪子が十数匹のミシャグジを呼び出し、巨大蟹へ攻撃させる。

散開する私たちに対して巨大蟹は鋏で地面をつかみ取り、大岩を持ち上げる。そうしてそれらを私たちに投げつけた。寺の連中が何発か当たってしまい、地面へと落ちる。

 

「ナズーリン!星!」

 

白蓮が落ちてゆく弟子たちへ駆けつける。

 

巨大蟹は自身に纏わりつくミシャグジを鋏で握りつぶす。破片がばらばらと土に還り、巨大蟹が歩みを進めれば、その破片も小石へと砕ける。

ガチガチと鋏で空を断ちながら、蟹は私たちへ突進する。私は近づいてくる奴の目に、火属性のお札を投げた。

 

元々私のお札は相手を追いかける追尾性能を持たせたものだ。精神的な攻撃に弱い妖怪たちを退治するために作ったもので、なまじ動物の形質が強いあちらのモンスターには全く効果はない。

だが、あちらの世界に存在するという魔法モドキを利用した札はそうはいかない。妖怪退治用に使うには威力が高すぎるが、モンスターにダメージを与えるなら十分な効果を発揮する。これほどの魔法を、書いただけで扱えるなんて、どんな魔法使いが考案したんだろう。本職ではないものの、興味はある。

とはいえただ闇雲に撃っても、モンスターを倒すことは出来ない。彼らにも属性がよく効く部位と効かないところがある。札は消耗品だから、無駄遣いは出来ない。

 

 

弱点の目に撃った火のお札は命中し、巨大蟹の目からジュウッッ!という音が耳に届いた。蟹はその痛みに悶え、辺りを問答無用に鋏で攻撃する。だが片目が潰れた影響か、これまで多くの弾幕を避けてきた私たちにとっては、避けれない訳はなかった。

 

とりあえず巨大蟹の攻撃範囲から離れ、近づいてきた神奈子と早苗と話しかける。

 

 

「これからどうする?あいつ、かなり頭にきてるぞ」

 

「……私と諏訪子で攻撃しても、満足なダメージは通らないだろう。もう一度奴をひっくり返すしかない。それには……」

 

「山の妖怪が必要と、でもあいつら大丈夫なの?」

 

私は、森の一角に身を隠して治療している天狗と河童たちを見る。中には結構な重傷を負っている奴もいて、この場での戦闘復帰は難しいと見える負傷者もいた。

 

「あの蟹が里に侵入したら、とんでもない事態になる。天魔も増援の派遣は惜しまないだろうな。だが、出来るだけ数が欲しい」

 

「つまり、山の妖怪たちの回復を待って、もう一度攻撃を仕掛ける。という作戦ですね!」

 

早苗の言葉に神奈子をは首を縦に振る。

 

「今戦えるのは私と諏訪子、霊夢に魔理沙、メイドに庭師、入道尼僧に船幽霊くらいか。早苗には妖怪たちの回復を頼みたい。出来るか」

 

「はい、任せてください!」

 

「うむ、頼もしい」

 

巨大蟹討伐への具体的な作戦が固まり、私たちはそれぞれの役割を全うすべく動き始める。

 

 

 

 

そう意思を決めた時、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴルルルァァァァァァァァ!!

 

 

 

今までに、私が聞いたことないような荒々しい咆哮が耳を劈いた。それに伴って、天狗や河童の悲鳴が聞こえる。

 

「何!?」

 

私たちは慌てふためく山の妖怪たちを追い回す、黒い影を見た。

 

「まさか……!」「クソッ、マジかよ!」

 

咲夜の姿が消え、魔理沙が猛スピードで森に向かう。

 

私はすぐさま魔理沙の後を追う。後に妖夢が追随し、遅れて早苗がついてくる。

 

 

 

森の奥から現れた黒い影が、その姿形が詳細になる。

 

 

黒い鱗と甲殻、鋭い棘に身を包んだ、筋肉の発達した強靭な肢体。前足には鋭い爪を持ち、頭部には悪魔のような大角を戴くが、右の角は再生途中で根元から折られたような傷が残っている。

 

 

 

 

魔王のようなその風貌に、私は見覚えがあった。人里に出された張り紙に、よく似た妖怪を見たのだ。半妖でありながら妖怪を食らう妖怪であり、古龍を血を引く者。

 

「ネルギガンテ!」

 

咲夜と魔理沙は即座に弾幕を放ち、ネルギガンテはそれを横っ飛びで躱す。

 

「ネルギガンテ!?里に張り出されてたあの!?」

 

「この気配は……!」

 

早苗に妖夢も、目の前のこいつが本能的にやばいと感じたのか。大幣と楼観剣を構え、回避したネルギガンテに攻撃を飛ばす。

だが、ネルギガンテはこれを真正面から体当たりで相殺。その勢いのまま二人へ突っ込む。

 

「わわわ!」

 

「早苗!」

 

体当たりで突っ込んでくるとは思わなかったのか、早苗の動きが遅れた。私は早苗を抱きかかえて、振るわれる翼から逃げる。

 

「あ、ありがとうございます霊夢さん……」

 

「ったく、気をつけなさいよ」

 

妖夢は攻撃を仕掛け終えたネルギガンテに楼観剣を振るう。幽霊十匹分の殺傷力とかいうよく分からない謳い文句の刀は、確かにネルギガンテに傷をつけられていた。

 

しかし、斬られたはずの棘がものの数秒と経たずに野太く、そして鋭く再生したのだ。初めて見る私たちは驚きを隠せない。

 

「気をつけろお前ら!そいつは再生すればするほど強くなる!」

 

ネルギガンテが反撃として、左手を地面に叩きつける。妖夢は手の一撃を回避したが、左腕に生えそろった白い棘が叩きつけられた瞬間破砕し、妖夢を襲う。

 

「くぅっ!」

 

何本かの棘が体を掠め、小柄な妖夢の体を弾き飛ばす。

その威力に恐恐とする私たち。早苗は妖夢の支援に周り、残りの三人はネルギガンテに立ちはだかる。

 

「魔理沙、こいつの対抗策とかある?」

 

「どうだろうな……防御もパワーも桁違いだからな。遠距離攻撃は出来ないから、遠くから弾幕で牽制するくらいか……」

 

「現状、それくらいしかないわね」

 

私たちはその考えに至り、ネルギガンテから少しづつ距離を取る。奴の眼光は鋭く私たちを睨み、気を抜けばふらついてしまいそうだ。

 

 

 

しかし突然、ネルギガンテが私たちの右へ猛然と走り抜けた。その視線の先には、未だ大きく距離を取れていない妖怪たちの姿が。

 

「まずい!」

 

「あいつ、ずっと妖怪たちを目につけていたのね……!」

 

咲夜が急接近してナイフをネルギガンテに投げるが、そいつは一切怯まない。妖怪たちとの距離は瞬く間に縮まり、遂にその魔の手が振りかざされる。

 

「嫌ぁぁ!!」

 

狙われた哨戒の白狼天狗が声を上げる。ネルギガンテは無慈悲に獲物を狩るようにその手を振り降ろそうとした。

 

 

 

 

 

 

 

しかしそれは叶わず、謎の異空間から放たれたレーザーによって怪物は吹き飛ばされた。

 

「……紫!」

 

スキマから現れた賢者、八雲紫は、かつて不良天人へ向けた感情を目の前の怪物へと向ける。

 

「ようやく姿を現してくれたわね醜い妖怪。あなたの存在は今、ここで消える」

 

紫は空間に多くのスキマを開け、滅尽龍へ攻撃の体勢を整える。ネルギガンテも紫の怒気をものともせず、かの大妖怪を殺さんと咆哮する。

 

巨大蟹から放たれたブレスが、森を大きく揺れ動かす。山の二柱に、寺の妖怪たちが懸命にその注意を引き続ける。

 

 

それを合図とするように、紫が攻撃を仕掛ける。殺意の籠った弾幕を、空へ飛んで躱すネルギガンテ。そのまま紫へ突撃するが、あえなく躱される。

またもネルギガンテは紫へ飛びかかる。右手に生えた棘をばらまき、回避する紫を貫かんとする。紫はバラバラに飛んでくるそれらの棘を一本残らずスキマへと送り、さらにスキマから先ほどの棘が放たれ、逆にネルギガンテにダメージを与える。

 

紫の境界を操る能力に翻弄され続けるネルギガンテ。しかしその戦意が切れることはなく、むしろ怒りを燃やして紫へ立ち直る。

 

 

 

 

 

このまま紫優勢で続くと思われた戦いは、突如として終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幻想郷が一瞬で嵐に巻き込まれ、暴風が私たちを襲う。今まで感じたことのない風に、私たちは吹き飛ばされないよう必死に耐える。

 

 

あれほどまでに闘志を滾らせていたネルギガンテが、何かに怯えるように即座に立ち去った。

 

「!待ちなさい!」

 

紫が背を向けたネルギガンテに弾幕を放とうとするが、刹那

 

 

 

 

 

 

ゴアァァァァァァァァァァ!!!

 

 

 

鋼を激しく叩いたような声が、私たちの耳に響く。暴風雨の中、私は雨が降り注ぐ上空へ目を向ける。

 

「…………あれは……!」

 

 

 

 

 

視線の先には、黒風を身に纏う鋼の古龍が空中に鎮座するように重々しい威圧感を放っていた。

 

 




ようやっとクシャが本気出してくれた…次回は気合入れて作るつもりです。

ではまたいつか。


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まさか開会式で英雄の証流すとは思いもしなかった…


晴れ渡っていた空が暗闇へと塗りつぶされ、地上を暴風と豪雨が嬲る。地に足をつける生き物は吹き飛ばされぬよう踏ん張り、黒き滅尽はその威風に恐れおののき姿を消した。

 

上空から地上を睨むクシャルダオラ。その姿はこの幻想郷へ現れた時を想起させるが、しかしその体に纏うのは、あらゆるものを近づけさせない暴風の鎧。瞳も新天地へ胸を高鳴らしていたあの目ではなく、ただ外敵を排除せんという鋼のように無慈悲な殺意に満ちていた。

 

 

やはり、そうだったか。

華扇からの情報では、あれは幼いころに親を亡くした独り子。そこから死に物狂いの努力を重ね、妖怪や神も迂闊に近づけぬ王となってこの幻想郷へ舞い降りた。

彼女自身理解などしていないが、異世界へ来てもあの龍は動こうとしなかった。普通、自分の常識がことごとく通用しない異郷に来れば誰だって困惑するものだが、あの古龍は驚きこそすれ攻撃を仕掛けては来なかった。むしろこの幻想郷の美しさを楽しんですらいた。

 

その不動の自信はどこから来るのか。

単に温厚な性格であったなんて思慮の浅い思考をしていたのは、人か、もしくは自身の領域を侵されることを恐れている天狗くらいだろう。あれらが少々調子に乗ってき始めているのは分かっている。だからあえてあの神助の風翔を()()()のだ。まさかあそこまで何もしないとは思わなかったが。本来自分が持つべき領域よりも遥かに狭い場所でずっと暮らしているなんて、秘めたるプライドは高い鋼龍が、そんな暮らしをするなんて予想外だった。

 

 

だが、そういった誤算から得たものはある。

一つに、あの龍は常に自身の力に比肩する、もしくはそれをも超えかねない強者と戦い続けた。だから必要以上に縄張りを広げるのはむしろ悪手であったし、風を操る能力も今のように規模こそ桁違いだが、精密さはない。それでは他の古龍と争うのは不利であるし、勝ったとしてもケガの回復に長い時間をかけねばならない。常に支配者が入れ替わり立ち代わりの龍結晶の地では、そうした時間の間にすぐに他種の生き物が縄張りを奪ってしまい、まさしく鋼折り損のくたびれ儲けである。

 

 

そして、王と君臨したあの古龍は普段は全く動かないようになった。ただ、一つ例外がある。

 

 

 

自身が気に入ったテリトリーを荒らされること。かの龍が治める領域は決して広くはないが、逆に己が手中にある地で狼藉を働かされれば、その賊にかける情けは塵ほどもない。

 

 

 

 

 

たとえそれが老山龍に匹敵する砦蟹であろうと、だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

突如として現れた古龍に、威嚇を行う砦蟹。

鋼龍はそれをしばし見やり、そして勢いよく突っ込む。

 

高空からの超速度の突進は、大きく体格の離れているシェンガオレンを後退させた。かなりの体格差があるうえで、超大型モンスターを怯ませた光景に、周囲に衝撃が走る。

クシャルダオラは鋏に噛みつき、飛行しながら引っ張り続ける。自身の体長より大きな鋏を、噛みちぎろうとしているのだ。シェンガオレンももう一方の鋏でクシャルダオラを引きはがそうとするが、暴風の鎧がそれを妨げる。

鋼龍は鋏の先端をもごうとする。砦蟹が痛みに悶え、関節からは血が勢いよく吹き出る。

 

するとクシャルダオラは突然牙を放し、飛んだ。そのままの勢いで、再び鋏へ突っ込む。猛然と突っ込む鋼の龍に、シェンガオレンは再び鋏で防御する。クシャルダオラはそれを見て、肉が露出している右の鋏へと方向を変えた。周囲に鈍い金属音が響き渡り、巨大な鋏が地面に落ちた。

 

 

「嘘でしょ……」

 

 

となりで嵐に耐える霊夢が、驚きと呆れが混じったような呟きを漏らす。きっと砦のような巨大蟹を、三倍くらいの体格差があるクシャルダオラが圧倒するという信じがたい光景を、彼女は心のどこかで想像していたのだろう。そう霊夢に思わせるほどの貫録を、彼女は持っている。

いや、彼女だけではない。魔理沙も妖夢も紅魔館のメイドも、寺の妖怪たちや山の妖怪、特に天狗はこれを見てはっきりと分かっただろう。

 

 

 

このモンスターは、ただ文献に語られているような古龍とは違う。

 

 

 

 

鋼鉄の冠を戴く、鋼龍クシャルダオラという種の王である、ということを

 

 

 

 

 

 

 

自身の武器でもある鋏を千切られたシェンガオレンは、本格的に命の危機を感じ、クシャルダオラから距離を取り始める。それをあの王が見過ごすはずもなく、三度目の滑空突進を仕掛ける。

砦蟹が選んだのは防御ではなく、地中に潜ることによる回避。片方が折れた鋏で懸命に地面を掘り進め、自身の体を入り込ませる。滑空は砦蟹が背負う老山龍のヤドに当たった。超大型古龍の頭骨は一回の突進では動ぜず、そのまま地面へと沈んでいく。

 

クシャルダオラは辺りを見回し、砦蟹の姿を捉えようとする。一瞬目が合ったが、すぐに視線を外す。今のところ敵とは見なされてはいないらしい。一部の者たちは目が合って驚いていたようだけど、あの子たちは()()気づいていないのかしら。

 

巨大龍の頭が、一里ほど離れた場所に出現した。口内からは酸性の液体があふれ出ており、触れた物体を瞬く間に溶かしていく。

シェンガオレンの大技である、酸性ブレス。森の一角を消し飛ばすほどの威力を持った恐ろしいものだ。霊夢たちはその威力を目の当たりにしているからか、阻止しようとシェンガオレンへ飛行する。

それらを私はスキマを使って襟を掴み、こちらへ引き寄せる。突然のことに二人は抗議するけれど、それは聞いていない。

 

「いいから、黙って見ておきなさい。あの王の戦いに横やりを入れるほうが、むしろ愚かよ」

 

彼女達の襟をそっと放し、飛翔するクシャルダオラを見る。

 

 

「せっかくだから見ておくといいわ。こんなことそう起きるものではないから」

 

「……紫、あんたこれも頭にあったの?」

 

霊夢からの質問。たしかに古龍ならまだしも、砦蟹が来るの予想外ね。でも()()()()()()()()()()()()を予期していないわけではなかった。まあ、今言うべきことでもないわ。

 

 

「ふふ、王っていうのはね、普段いかに冷静沈着に見えても、自分の気に入ることを妨害されるのは嫌なものよ」

 

 

老山龍の頭蓋の虚ろな眼窩が、クシャルダオラへと視線を合わせる。口を大きく開き、ついにそのブレスを撃ち放った。クシャルダオラはそれを見ても回避しようとはせず、息を大きく吸い込んだ。

 

 

 

そして、吐く。

 

そうと意識するだけでも岩を木っ端みじんに砕くブレスが、それとは比べ物にならないほどの空気を取り込まれて発せられればどうなるか。

 

 

鋼龍の放った本気のブレスと砦蟹の放った酸性ブレスは、しばし拮抗し、辺りに酸液がまき散らされる結果となった。暴風の塊はそれでも消えず、老山龍のヤドに激突する。ブレスを撃つために維持していた体勢を崩され、シェンガオレンは前のめりに転けてしまう。

 

 

 

 

 

それを見たクシャルダオラは、突如天に向かって高らかに吠えた。その次にはどんどん上空へと高度を上げていく。あっという間にその姿が点へと小さくなってしまった。

 

「奴め、逃げる気か!?」

 

そんなわけないでしょう。

 

 

 

王は上空から踏みつぶすべき敵へ狙いを定め、そして一気に直滑降する!

鋼の重量と、能力によって空気抵抗を極限まで小さくしたプレス攻撃。

攻撃方法自体は以前月の探査船を襲撃した時と同じだが、威力が違いすぎるのは見なくても分かる。私たちのように技巧的とは言い難いけれど、だからといって劣るかと言われれば決してそうではない。

 

ようやく起き上がったシェンガオレンは辺りの状況がどうなったか確認しているところだ。しかし気づいた時には、もう遅い。

 

 

 

 

 

砦蟹の頭頂部へ王の後ろ脚が激突する。

刹那、衝撃で辺りに一層強い突風が吹き、周囲の木々を根こそぎ吹き飛ばした。あまりの衝撃に大地すら耐えられず、土煙がもうもうと吹き荒れる。大きくまき散らされた突風に、分厚い暗雲すら吹き飛ばされた。この場に居合わせたものも例外ではなく、仲間同士で掴み合い吹き飛ばされないよう踏ん張っている。

 

 

 

 

 

土煙が晴れたころには、辺りに肉片が飛び散る惨状。既に霊夢たちが傷つけた関節の接合部も外れ、唯一原型を留めているのは老山龍の頭骨だけであった。

 

その中央にいるクシャルダオラは勝利を歓ぶように、それまでの悪天候が嘘のように消え去った青空へと吠えた。

 

 

 

彼女は私たちを一瞥し、そして滑らかに翼を羽ばたかせ飛び去っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

その後ろ姿に傲りは一切なく、ただ悠然と飛翔するばかりだった。



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玖章 軋み出す、古の郷


 

 

 

陽光の届かぬ死の世界で、動くものといえば幽霊くらいであろう。亡者の気質の塊は、不規則な動きで冥土を飛び交っている。彼らの現世では人口増加で食料が足りず、未だ多くの魂が冥界へとやってくるのだろう。彼らを裁く是非曲局庁も相当な負担であろうが、当の霊魂たちは全く気にしていない。

 

 

今日もまた、時の止まった死の世界で無為な時間を過ごすのみ…………

 

 

 

――――――――――。

 

 

 

ふと一つの霊魂が、地平線の向こうが妙に明るいのに気づく。

 

 

とても大きな光であった。現世の太陽に決して劣ってはいない光が、冥い空を静かに照らしていた。

 

 

 

その光に魅入られた魂たちは、一つ二つ四つと、まるで宵の百鬼の行脚のように列を成し、迷いなく真っすぐ光へ向かっていく。

 

 

 

 

死の存在が再び終息した時、一体彼らは何になるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幻想郷は今日も晴天である。

 

外の世界ではやれ異常気象だの温暖化だの何だのが叫ばれている中で、ここはそういう類の喧騒からも隔絶されているようだ。燕の雛も巣立ちして、風を切る感触にはしゃいでいるよう。

既に旧暦の睦月。しばらくすれば、けたたましい蝉の鳴き声が聞こえてくる時期。

 

 

 

霧雨魔理沙はいつものように神社へ向かっていた。黒帽子の中から、金髪が風を受けてたなびく。

 

数分としない内に境内へと降り立ち、勝手知ったる神社の中へ入る。

 

「おーい、華扇はいるかー?」

 

「居るわよー」

 

魔理沙は居間へと足を運び、探していた人物と、太陽も中天に差し掛かるのに横になっている神社の巫女に会った。

 

「おいおい霊夢、まだ昼にもなってないぜ。いつも以上の怠けっぷりだな」

 

「……魔理沙?」

 

霊夢のしょぼしょぼした眼と、魔理沙のシャキッとした瞳が合う。長年の付き合いからか、魔理沙は霊夢の様子に違和感を覚えた。

 

「なんだか耳鳴りが激しくてね、そのせいでよく眠れていないらしいの」

 

「そうなのか。何か心当たりはあるか?」

 

魔理沙の問いかけに、霊夢は少し考えるように視線を天井に向けた。

 

「うーん……一週間位前からかしら。夜になると耳がキーンって喧しいのよ」

 

「一週間……ああ、なるほどな」

 

魔理沙は霊夢の耳鳴りの原因を悟ってしまったようだ。

 

 

 

幻想郷を震わせた巨大蟹、シェンガオレン。60メートル級の超大型古龍、ラオシャンロンに比肩する危険度を持つ甲殻種。

そのラオシャンロンの頭骨をヤドにしており、発見当初は〝謎の龍〟なんて呼ばれていたそうだ。正体は竜ですらない蟹だったわけだが、それが分かった当時のハンターたちはさぞ仰天しただろう。現に魔理沙や霊夢を含めた面々は、その瞬間を実際に体験しているのだから。

 

侵攻するシェンガオレンが人里を踏みつぶしてしまうところで、山の妖怪たちやその場に居合わせた者たちと交戦。最初は優勢だったものの、シェンガオレンの巨体から繰り出される重い一撃と周囲の大地を根こそぎ溶かし尽くす酸弾に押され、さらに妖怪を食らう半妖半古龍のネルギガンテまで乱入し、あわや壊滅の二文字が見えるところだった。

 

 

 

 

そんな場の状況を文字通り全てひっくり返してしまったのが、あのクシャルダオラ。

あろうことか自身の三倍はでかいシェンガオレンに真正面から立ち向かい、硬い甲殻や恐るべき酸弾ブレスをも正面から撥ね退けた。

極めつけに、高空から黒い暴風―――龍風圧―――を纏った滑空攻撃。魔理沙達の攻撃が霞んで見えるほどの超威力。それは砦蟹を頭から粉砕するだけにとどまらず、その周辺の森をも更地に変えてしまうほどであった。ちなみに現在は山の祟り神が更地を元の森に修復し、さらに砦蟹のブレスが着弾した箇所も、現在復興が進められているようだ。

 

 

 

あの王の一撃の破壊力は音となっても耳に響き渡るのだから、それが霊夢の耳に残響して耳鳴りがひどいのだろう。一週間経ってもというのが少し気になるが、時間がたてばすぐに治るだろう。

 

 

「まあ、それは置いておいてだ。最近気になることがあってな」

 

「モンスターのこと?」

 

「まあそれもあるが、最近幽霊が活発に動いているのを知ってるか?」

 

魔理沙の問いかけに答えたのは質問された華扇ではなく、畳から起き上がった霊夢だった。

 

「幽霊?それなら神社にも結構来るわよ」

 

「ホントか?」

 

「うん、昼間はいないんだけど夜になるとわらわらと集まってくるのよ。おかげで寝てるときに寒いったらありゃしないわ」

 

「霊夢のところにもか……華扇のところはどうだ?」

 

華扇はキョトンとした顔で首を横に振った。

 

「そもそも私は仙人よ?幽霊なんて死の存在を、家に入れる訳ないじゃない」

 

「そうか、まあそうだよな。だとすると一体……」

 

「ちょっと魔理沙、あんたの質問の意図が分からないんだけど。説明してもらえる?」

 

霊夢が魔理沙に質問を逆に投げ返すと、思考をまとめていた魔理沙は口を開いた。

 

「ああ、すまん。なんだかここ最近、妙に幽霊の数が増えていてさ。私の家にも、同業者の所にも結構来てるんだよ」

 

霊夢の脳裏で大量に湧く幽霊を追い払っている人形遣いの姿がよぎる。まあ、彼女であれば幽霊何ぞ苦戦はしないだろうから、差しあたって問題はないだろう。

 

「幽霊の増殖は魔法の森だけかと思ってたんだが、どうもそうじゃないらしい。幻想郷中で幽霊が大量に湧いてでてるらしいんだ。霧の湖も妖怪の山も迷いの竹林も、人里にまで来てるんだよ」

 

「里にまで来てるの?」

 

「ああ。でもおかしいよな。夏が本番になって皆が怪談話を始めて増えるのが普通だが、暑くなってきたとはいえまだ梅雨も来てない。数も例年に比べると異常なほど多い。しかも、発見されてる幽霊は妙に攻撃的らしいんだ」

 

「うん?」

 

霊夢は膝を組んで顎に手を当てる。

 

「思えば除霊の依頼が結構来ていたような気が……」

 

「あなたが休んでいたから、全部山の巫女が持っていったわよ」

 

「な!くそう、油断も隙もないわね……」

 

霊夢が頭を掻いて悔しがっていると、今度は華扇が魔理沙へ聞いた。

 

「最近の異常気象のせいじゃないかしら?季節の魔力が狂い始めているから、幽霊が触発されて出てくるようになったんじゃない?」

 

「……うーん、確かにそれもあり得るけどなー。だとしたらもっと段階的に増えるべきじゃないか?お前の言う異常気象は、割と前から起きていただろう?」

 

二人が頭を悩ませている中、霊夢が立ち上がった。

 

「そんな異変の元凶なんて、今考えても分からないんだから。とりあえず、幽霊を追い払うのが先じゃない?」

 

「まあ、それも一里あるけど……じゃあ元凶はどうやって突き止めるのよ?」

 

霊夢はお祓い棒を取り出して、居丈高に言い放った。

 

 

「それは……まあ退治し続けてれば分かるでしょ」

 

相変わらずの霊夢の通常運転に、二人は何も言うことはなかった。実際に、彼女の発言はある意味で正しい対応なのだから。

 

三人は神社から境内に出る。初夏の空気を感じさせるような陽光が、彼女らに降り注ぐ。目にも容赦なくかかってくる日の光に、霊夢は手でそれを遮った。

 

 

 

 

目に入ってくる光が少なくなったことで、彼女の視界は遠くの青空に煌めく影を捉えた。

 

それは自ら光っているのではなく、太陽の光に反射して光っているようだ。鏡や水の反射とは違う、独特の鋭さを持つ反射光に、霊夢は見覚えがあった。

 

あの時は太陽が西に沈む直前であったが、一年経った今でもはっきり覚えている。幻想郷へやってきた、暴風を従える鋼の王。

 

「ねえ、二人とも。あれ見て」

 

魔理沙と華扇が、霊夢の指さす先を見やる。

 

「……え、なんで!?静かにしておくように言ってあったのに!」

 

「おいおい、しかも結構な速度で飛んでるじゃないか」

 

そう三人が見ているうちにも、鋼龍は天狗を置いていくようなスピードで飛行している。明らかにいつもののんびりした飛行ではない、かなりの速度が出ているのが遠目でも分かる。

 

「ひとまず行きましょう!何が起こったのか確かめないと」

 

「はあ……ほんっとに迷惑しかかけない奴ね!」

 

「まあ、落ち着けって。言いたくなるのは分かるけどさ」

 

三人は空へと翔けだし、遠方の鉄の輝きへ急いだ。

 

 

 

 

 

 

 




前回クシャが出したオリジナル技を説明し忘れていたので補足。


急降下メテオダイブ
・幻想郷の王クシャの最大技。龍風圧を纏い、高空へ飛翔。そこから相手へ急降下し攻撃する(鋼龍式降竜とか言わない)。着地時に龍風圧を全解放した突風を巻き起こす。
・自身の鋼の甲殻の硬さと重量を活かした本体のライダーキックは、撃龍槍五本の威力に匹敵する。並の古龍では即死。超大型モンスターも、急所に当たれば言わずもがな。
・ただしかなりの高さまで飛翔しないといけないので、予備動作が非常に長い。ついでに避けられると反動もあって非常に大きな隙を晒してしまう。素早いモンスター相手だとほとんど当たらない。地中へ隠れることのできるモンスターも同様。



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「……なるほど。幽霊達が活発になっているのは、そういうことだったのね」

 

「ええ。そして残念だけど、もう猶予はあまり残されていないわ」

 

常闇の世界に建つ楼閣で、二人の女性―――八雲紫と西行寺幽々子が話し合っていた。そこにいつものような談笑は無く、ただ淡々と話が続く。

 

「前に私からあなたにモンスターへの干渉は控えるように言った手前、頼みにくいのだけれど……」

 

「分かってるわよ。紫の能力だけじゃ、厳しいものね。大丈夫、そういうことなら専門よ」

 

「……ありがとうね、幽々子」

 

紫は申し訳なさそうに礼を言う。幽々子はそれにいつもの微笑で応じた。いつもの空気が流れ出すのを、紫が扇子を閉じたことでその空気は虚空に消える。

 

「出立は今日の日暮れ。それまでに準備をお願いできるかしら」

 

「構わないけれど、紫はどうするの?」

 

紫の背後からスキマが開き、焦点の合っていない無数の目が外界を覗く。

 

 

 

 

「野暮用ができたのよ。それも急ぎのね」

 

 

紫は忽然と姿を消し、後には彼女が飲み干していない湯呑の湯気が僅かに揺れるのみであった。

 

 

「もう、止められないのね。この流れは」

 

幽々子は冥界の空へと昇ろうとしてすぐさまに消えた湯気を眺めながら、そう独りごちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

私の体を照らす太陽は、純白の雲に隠されてもなお、その光は私の目へ届く。噴煙に比べれば葉っぱのように薄いあの雲も、いずれは空を覆い尽くす巨大な嵐となって雨を生む母となるのだろう。

私も昔はあの雲のように色々と薄っぺらかったであろう。甲殻も筋肉も、私の精神とやらも。それが今やあの山のような生き物を倒せるようになるとは、私も大きくなったものである。

 

 

 

しかし縄張りに入ってきた狼藉者を木っ端みじんにしたやったのはいいが、あれからまた監視されるようになってしまった。カッとなって本気で力を解放したのがまずかったか。どうにもここの奴らは見た目と違って警戒心が高いらしい。それは必然と言うべきか、まあ小さい生物は大抵そうなので構わないのだが、しかし私に敵対心がないことは華扇を通じても中々分かってもらえない。種族の壁とは、地面とあの雲のように離れているのかもしれない。

私としてもそろそろ色々な場所を巡って行きたいのだが、当の華扇から「しばらく留まっていてほしい」と頼まれるのはどうも……予想外だった。華扇からすれば私がここの奴らにとって目の敵になるのを阻止しようとしてくれているのは、人の言う〝感謝〟に値するのだろう。だがその行動も全て納得できるかというと言い難いところもあり……

 

 

そんな風に頭を抱えている―――私の骨格からしてそんなこと絶対無理なのだが―――と、一匹の妖精が私に近寄ってきた。こいつはよく私のエネルギーを積極的に得ようとしてくる一匹で、最初に会った奴でもある。そいつの頭をつっついてやると、幸せそうに顔を綻ばせる。

 

縄張りの侵入者を殺す時にかなりの勢いで吹っ飛ばしてしまったからか、妖精たちはしばらく寄ってこなくなってしまった。

その時は非常にショックであった。こうも気分が落ち込んだのは、若いころに遊び相手にしていた岩賊竜を誤って踏みつぶして殺してしまった時以来だった。なんであろうか、胸の辺りが私の甲殻より重くなるような非常に嫌な感覚である。その後、私から彼女らに慎重に近寄って行って謝ろうとした。こう、あれだ、頭を上下に振る人間風の謝罪。あれを行ったのだ。

 

どうやらそれは妖精達にも通じたらしく、今はいつもと変わらない数の妖精達が私の巣で遊んでいる。それにしても、人間(と妖怪)はかなり多くのジャスチャーを持っているようだ。それに言葉という、彼らの使う複雑な鳴き声が加われば、相当高度なコミュニケーションが出来るのであろう。故郷にいた奇面族と遜色ない、いや奴らの生活や扱う道具を聞く限り、それ以上かもしれない。

 

 

だが奴らの力を持ってしても、幻想郷に竜が入ってくるのは抑えられていないようだ。依然として竜たちはここに住み着いているし、前に妖怪の群れが赤い顔の鳥竜の群れと戦っているのを見たのだ。結果、妖怪の群れ共は負けた。見る限り木っ端な妖怪の群れで、妙な力も扱えていなかったが、それでもたかが鳥竜に負けるのは弱すぎやしないだろうか。

赤顔の群れが湖周辺に陣取ってから、氷の妖精がよくこちらに来るようになった。住処を圧迫されて避難してきたのだろう。よくそやつらの文句を言っていたのも覚えている。

 

別に私が出れば一瞬で終わるのだが、かといってそんな雑魚相手に私が出るほどでもないだろう。それにあそこの畔には、紅い悪魔がいる。名前は……れ、レプリカ?そんな名前だった気がする。もしだったら奴らが退治してくれるだろう。前に巨大な魚竜を仕留めていたから、鳥竜の群れくらい造作もないとは思う。

 

別に私としては、ここに竜が棲みつこうが対して気にはしない。煩すぎるのは勘弁だが、しかし少しくらい音があるくらいがちょうどいい。何もない土地など、全く面白みもないからな。

妖怪からすれば自分たちの住処を荒らされたくないだろうが、奴らももう少し寛容であってよいのではないか。竜も悪い影響ばかり引き起こすわけではない。旨いやつもいるし、ついでに甲殻の補強もできるやつもいるのだ。ああ、久しぶりに溶岩竜が食いたくなってきた。前に仕留めた蜘蛛は甲殻こそ硬く、食べ応えはあるのだが味がない。保存はかなり効くようだから、脱皮の時のために取っておこうか。

ともあれ、他の場所から来た竜たちに、こうも騒ぐ必要があるのか甚だ疑問に思う。こやつらであれば、前もって竜たちの情報を手に入れることも出来たのではないか。確か人間はそうして竜へ対抗するのだと、夫から聞いたことがある。だがそれを有りにしたとしても、

 

 

住んでいる場所が違かろうが、大いなる力を持っていようが、結局皆同じ命であることに変わりはしないのに。

 

 

 

 

そんなことを思考しながら妖精の頭を撫でていると、不意に空中が裂けた。私は撫でるのを止め、広がる裂け目を凝視する。

そこから出てきたのは無数の目。意志がこもった竜のものとは違う、人の目だ。それらが無数に蠢いている様に、怯えた妖精は私の体に隠れた。他に遊んでいた妖精も素早く木々に隠れる。

 

 

『ごきげんよう、妖精の王様』

 

次に驚くことに、そこから人間が出てきた。金色の長い髪で、華扇のそれと似た、よりふっさりとした服。手に小さな棒を持ち、他の奴らとは違う怪しい目つきが私と合う。

 

『妖怪?』

 

『あら、一目見ただけで分かるなんて。あなたもこちら側に入りたいのかしら』

 

『?普通に分かるだろう。他の奴らと違って、お前らは纏う空気が決定的に違うからな』

 

『あら、そう』

 

突然出てきたのに妙に落ち着いている妖怪。おまけに私と何ら変わりなく話している。ただ、華扇のように自然な感じとは言えないな。きっとこれも奴らの使う妖術、とかだろう。

 

『まあ、ここで無駄な時間を過ごすつもりはないしね』

 

『ならなぜお前は出てきた?』

 

『では問題。あなたは今の幻想郷をどう思うかしら』

 

 

……なんだ、こいつ。

他の妖怪とは違う。前に二本の角の小さな妖怪と会ったが、あれに近い異常さ。それに気づいた私は座るのを止め、立ち上がって向き直る。

 

『手短に言え。お前は私と話がしたいのか』

 

『いえ全く?初対面だし特に話すことはない。強いて言えば』

 

『協力、とやらか?』

 

何となくで聞いた言葉に、謎の妖怪は棒をまるで翼のように開き、口元に当てた。そんな使い方が出来るのか、あの棒。

 

『正解よ。であれば話は早いわ。私についてきて頂戴』

 

『……少々いきなりすぎないか。私は華扇に』

 

『ここで静かにしてて、って?逆よ。今あなたを動かさないで、誰を動かすというのよ』

 

 

 

正直言って、全く信用できない。だが、なんであろうな。どうもこいつの言う通りにしなければ、いや()()()()()()()()()()気がするのだ。私の内から湧き上がるこの感情は何だ?何なのだ?

 

 

 

 

足元の妖精が、怪訝な顔で私の目を見てくる。

一つ、私は息をつき彼女の髪を揺らした。

 

 

〈とりあえず動いたらいい。あとの事はあとで考えろ〉

 

 

 

『分かった』

 

『…本当に?』

 

『ついて来いと言ったのはお前だろう。なぜお前が疑問に思うのだ』

 

目の前の妖怪は安堵したように息を吐くと、広がっていた目の裂け目を閉じた。

 

『礼を言うわ。それでは、私について来て』

 

 

 

 

私は静かに翼をはためかせ、飛翔した。眼下の妖精が手を振っているのを、私は見えなくなるまで見続けた。



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「……ようやく動き出したか」

微かに焼ける空を翔ける鋼。そしてそれを導く人のようなもの。

 

 

私は座禅を組んで瞼を閉じ、両手を握りしめ、周囲に流れる幻想郷の〝気〟を()()()

暴れる幽霊に逃げる民草、それらの対処に追われる実力者たち。聞いただけでは分からないが、確実にあの尼僧もいるだろう。舎弟が傷を負ったばかりだと言うのに、結構なことだ。しかしそんな雑念は切り捨てる。

 

更に遠く、中有の道を越えて冥界。現世よりも更に激しく音を立てながら、全ての霊魂が列を成して移動する。

 

 

 

 

ドクン、ドクン

 

 

定期的な波、いや振動が聴こえてくる。まるで心臓が拍動するように、幽かな、だがしっかりとした力強さを持つ音。

 

 

ドクン、ドクン

 

 

それは龍脈を伝わって、幻想郷を揺らしている。先の巨大蟹異変のような荒々しさはなく、しかしそれがまた一層の恐ろしさを響かせてくる。

 

 

ドクン、ドクン

 

 

()()()が待ちきれないように、それは脈動を強めていく。そう、それは……

 

 

ドクン!!

 

 

 

 

「…っはぁ!」

 

肺に詰まっていた息が突如として逃げていく悪寒に、少し近くで聴きすぎたことを痛感した。危なかった。あと少しでも近づきすぎていたら、心を持っていかれるところだった。

 

両手に収まる、小さな青白い結晶。青蛾から拝借してきた石桜……いや()()()()()()()は、淡い虹色の輝きを放っている。

布都と屠自古にかなり反対を受けたが、やはり私の予測は合っていたようだ。

 

これまでの竜の侵攻。存在が自然そのものである古龍でもない奴らが、一体どうやって結界を超えてきたのか。そしてなぜ、元凶の姿すら分からなかったのか。

 

 

なるほど……確かにそれなら、結界を薄くすることも、モンスター共をこの地に引き寄せることも可能だ。隠れていた理由は未だ分からないが、巫女が出ればそれも直に分かること。

 

「ふむ……ならばこちらも出れるように準備しておくか」

 

私は空を飛び、神霊廟へと急いだ。

 

 

 

 

 

古龍の石桜を通した元凶への干渉と、湧き出る思考の整理に、私は気をすり減らしていたのだろう。

 

 

飛行する私を影から睨む黒い影がいたことに、私はついぞ気づかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

妖怪―――八雲紫というらしい―――に連れられ、上空へと高度を上げた私が見たのは、宙に浮かぶ巨大な石のような壁。周りには石の棒が土台もないのに突き出ていて、まるでこの先に何かが居るということを示しているようだ。

 

『驚いた?』

 

紫の何かを含んだ質問に、そこに含まれた意図は分からないものの、私は答えた。

 

『もう慣れてしまった。幻想郷では、これが普通なのだろう』

 

『そう。…すっかりここの住民ね』

 

紫が壁の前に立ち、何かを呟く。その声は私には聞き取れず、ただその言葉が綴られるにつれてが壁が中央から切られたように開いていくのを、ただ私は好奇心に従って見ていた。

 

 

 

壁の中から見えた光景は、背の低い草が生い茂る、何もない平原。夫から聞いた話にも、こんな光景があったような気がする。

 

 

そして遥か遠くに、青い夕焼けが見えた。夕焼け自体は故郷でも幻想郷でも見たことは数えきれない程にある。しかし、この青い夕焼けは、その二つとも大きく異なっていた。日が沈んで空が闇に塗りつぶされる兆しではなく、何かの到来を知らせるようなどうしようもない予感を感じさせた。

 

 

私たちはそこへと踏み入り、光源へと向かっていく。光が強くなっていくにつれて、ある匂いが私の鼻をついた。

忘れる訳もない。私の故郷、龍結晶の匂いだ。遥か遠くにあるはずの故郷の匂いが、どうしてこんなに近くで感じるのだろうか。そんなことを知っていたように、紫が話し始めた。

 

『二年前、私は()()()から幻想郷のエネルギー、龍脈の流れに何かの異常があると聞いた。協同して調べたが、具体的な異常も原因も分からず、被害も確認されなかった』

 

独り言なのかどうか、紫は上の空な様子で上を見ていた。

 

『それから一年経って、あなたがやってきた。正確には呼び寄せた、とも言えるけど。でも自然と、あなたはこの地に順応していった』

 

星々のない暗闇を焼き尽くすように、夕日は、いや、いにしへの竜の命の欠片は輝いていた。私の目にもそれが眩しいほどに近づいている。

 

 

『そして、原因不明のモンスターの流入。思えば、あの時からこの大異変は始まっていたのね』

 

紫が飛ぶのを止めて、眼前に広がる景色をただ、見つめていた。

 

 

 

 

 

どこまでも暗い草原に、夕日のように輝き聳え建つ、巨大な龍結晶。

噴き出す溶岩と噴煙、丸い棒のような形状をした奇岩の大地が、一歩進めばすぐに入れるほど近くにあった。

目を凝らしてみれば、蒼い飛竜と紅蓮に滾る危険な竜が落ち着きなく空を飛び回り、地上では鉄拳と大剣の尾を持つ竜たちが、縄張りを放り捨てて逃げているところだった。他にも多くの竜は狂乱したように荒れ狂い、あの金と銀の番は、逃げ道に蔓延る竜たちに片っ端からブレスを乱射していた。

そして龍結晶の輝きに隠れつつも、青と赤の炎が轟々と燃え盛っていた。かの龍がこれほどの炎を放つのも、そう記憶に多いことではない。

 

 

私は目の前で起きていることに、驚くほかなかった。あれほど飛んで離れてきたはずの故郷が、今眼前に広がり、しかもその龍結晶が尋常ではないほどの光を放っているのだ。

 

『これは、いったい……』

 

『龍結晶の地。それが冥界、並びに幻想郷へと入り込んで来ている。それに、ほら』

 

紫が棒で龍結晶の根本を指す。

同じ白で見えにくいが、白いうねうねした何かが蠢いているのが分かった。それらも竜と同じように激しく動いているが、どうも動き方がそれらとは違うような気がする。

 

『あれは何だ?』

 

『幽霊。本来なら冥界に居るはずなのに。薄くなった境界を通って、誘き寄せられたのね』

 

『あ、ああ。紫よ、何が起きているのだ?なぜ故郷がこんなに近くにある?龍結晶があれほどにまで輝いているのは、生まれてから一度と見たことない。どういうことなのだ?』

 

奴の目には余りにも多くのものがぐるぐると渦巻いていて、何を考えているのかは分からなかったが、答えないという意志は無かったらしい。

 

 

『分かりやすく言うならば、地震のメカニズムと同じ。断層に溜まる大地のエネルギーのように、墓には幽霊のエネルギーが、市場には財産のエネルギーが、忌み地には多くの厄が。集まりすぎればそれは狂気となって発散され、周辺に大きな影響を及ぼす。でもそこには必ずそのエネルギーを発散させる逃げ道がある。要石に、死神や貧乏神、厄神のような、ね』

 

 

『でも、ここは違った。エネルギーの逃げ場がほとんどない場所を創り出し、それを貪り続けた()()が息絶えれば、益々あの地のエネルギーは不安定になっていくのは必至。まして極限にまで成長した古龍たちの膨大なエネルギーを集約すれば、空間的次元に歪みが生じ、異空間との境界が不安定な状態に陥る。

最悪なことにそんな不安定な土地と、幻想郷と繋がってしまった。まるで半ばこうなるよう仕組まれていたように、運命的に』

 

あの地から竜たちの悲鳴がこちらにも届いてくる。炎国の王たちも、錯乱したように暴れくるっている。痛いくらいの光に当てられ、自分が何をしているのかすら分かっていないのだろう。もし私があの地にとどまり続けていれば、ああなっていたのだろうか。

 

『彼らも被害者よ。徐々に、しかし着実に強くなる狂気に、気づかぬうちに蝕まれた結果があの惨状。

そして今、幻想郷にもあの狂気が押し寄せてきているのよ。古から生きる者たちの純粋な生命力が作り出す狂気と、それに当てられた屈強なモンスターたちが押し寄せれば、どうなってしまうか』

 

昔は見とれることもあった龍結晶に、今の私はただただうっとうしいとしか感じなかった。あの荘厳とした静けさはどこに行ったのだろうか。少し悲しかった。

 

 

「だから『私は何をすればいい』……っ?」

 

紫の渦巻く瞳に、一筋に輝く瞳が写った。

 

 

 

 

 

『この狂った最悪な生態系を幻想郷に持ち込ませぬために、

 

私は何をしたらいい』

 

 

紫は少し唖然としていたが、私の顔を見てクスッと笑った。何か私の顔に付いていたか?

 

『あなたを説得させる言い訳も考えておいたのに。本当、古龍というのは、私の予想を超えてくるわね』

 

首を下げた私の顎に、紫の細い手が当てられる。私の腕と比べれば枯れ木のように細く、しかし確かな熱と決意を持った力が伝わってくる。

 

『今夜、私たちの切り札で異変の元凶を叩く。あなたには、あそこで暴れている彼らを鎮めてほしい。いい?これはあなたにしか出来ないことよ』

 

私の鼻先に紫の額が当たった。

 

 

 

『さあ、行きましょう。我々の愛する幻想郷を守るために』

 

 

 

私は大きく天へ吠え、翼を広げる。

裂け目へと消えた紫がいた地面に、突風の如き羽ばたきが生じた。

 

 

 

 

もはや地獄と化した故郷に飛び込んだ私の鼻に、懐かしい濃い命の匂いが満たされた。



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来るぞ……来るぞ……


陽は中天からずり落ち、地平線の彼方へと吸い込まれようとしている中、私は神社の拝殿の中で瞑想していた。

 

 

クシャルダオラを追おうとして、余りにも多い幽霊たちを片っ端から掃除していると、突然紫が現れて、この異変の事実を私たちに告げた。

 

 

冥界とあの龍の故郷である、龍結晶の地が繋がり始めていること。モンスターの流入や、今起きている幽霊の暴走も全てそれが引き起こしているということ。このままでは、質量的に軽い幻想郷の方があちらの世界に呑まれてしまい、大変なことになると。

そしてその解決策として、まずあのクシャルダオラを龍結晶の地に送り込み、かの地で暴れるモンスターたちを一時的に鎮める。次に私と魔理沙、妖夢、そして紫と幽々子が出立し、異変の元凶を取り除く。

 

 

既にクシャルダオラは龍結晶の地に赴かせており、後は紫の用意する策の完成を待つだけ。その準備には少し時間をかける必要があり、日暮れまでに準備をしておくこと。それだけ言って、紫はさっさと帰ってしまった。

唐突すぎる出来事にしばらく呆然としていたが、話しているときの紫の表情はこれまでに見たことないほどに真剣であり、少なくとも嘘ではないとは思った。

華扇は幻想郷にいるモンスターを鎮めるのに専念すると言い、魔理沙の方も何やら秘密兵器があると言って行ってしまい、私も神社に帰り、対モンスター用の属性お札やらなんやらをあるだけ全部用意して、夕暮れを待っていた。

 

 

急過ぎる最終決戦。いつもみたいに妖怪たちと戦ってからとか、そんな前哨戦もない。……しかし思えば、モンスターたちの流入も、その前のクシャルダオラの降臨も突然だった。あの世界の移り変わりが早すぎるのか、それとも幻想郷がのんびりしすぎなのか。恐らく後者だろう。

 

目まぐるしく変わってしまった幻想郷が、今夜、その変動の流れに終止符を打つ。

 

 

 

 

 

 

 

「紫の奴め……既に元凶は知っていたのか」

 

妖怪の山の山頂。禅宗様の風式がどこか漂う大屋敷に、天狗の棟梁たる天魔が大急ぎで出ていく九尾の式神の背中を目で追いながら、声の奥に悔しさを滲ませる声で呟いた。

しかし恨めしさの感情を籠らせた視線はさっさと瞳から消し、差し出された書状を睨みながら思考を巡らせる。

 

天狗としてどう対応するのか。奴がこんな文書を送りつけるのは、さっさと決断しろとでも言いたいのだろう。あの妖怪は昔からそんな態度だ。この不遜な態度に今更憤慨する気も起きないし、そもそも今はそんな状況ではない。

だが聞くところによれば、その龍結晶の地の竜どもはとんでもなく強いという。竹林に住みついた鬼気の餓竜と同等か、それ以上の強者がひしめく土地。あの鋼の王にすら襲い掛かるほどにまで凶暴で、実力も兼ね備えたモンスターの巣窟。そしてそれら全てが例外なく、我を恐れて暴れ回っているという。そんな危険極まる修羅場に、部下たちを行かせるなど気が気でない。

かといって幻想郷のみの治安維持に専念するだけというのも、幻想郷の一勢力としての天狗としては不満もあるだろう。プライドの高い鼻高なんかはそう言うに違いあるまい。

 

さて、どうしたものか……

 

 

 

「……飯綱丸よ。おるか」

 

私がそう言うと、館の中に疾風が駆け巡り、目の前に一人の烏天狗が侍っていた。紺を基調とした服装に、流麗な翼と烏の濡れ羽色のような髪を湛えた、美女も多い天狗の中でも際立って見える烏天狗の大将。

 

「お呼びでしょうか、天魔様」

 

「うむ、お前に少し頼みたいことがある」

 

私は飯綱丸にこれまでにあったこと、そして私が考えたことを話した。

 

 

「………………そのためお前に隊を率いて、龍結晶の地とやらに出動してもらいたい」

 

「良いのですか?あのスキマ妖怪の言う通りに動いて」

 

私は長年使いこんだ葉団扇を、飯綱丸に向ける。

 

「良い良い。確かお前は、大蜈蚣の妖怪と親しいと聞いたぞ」

 

私の問いは完全に予想外だったのか。飯綱丸も、普段は滅多に見せない驚愕の表情を取った。

 

「まさか、あいつを出すと言うのですか」

 

「ああ。我々はモンスターに関してはほぼ無知だ。そんな状態で、特に強いモンスターの巣窟に行けば自殺も同じ。

ただ分かっていることはある。こちらの世界の常識も、あちらにも通用するということ。龍殺しの大蜈蚣が居れば、経験の差を埋めるのに役に立つだろう。少数精鋭、速さを重視して隊を組んだ方が良いであろう。モンスターの戦闘は…あまり重視せんでもお前の親友が食ってくれるか」

 

「……まったく、あなたには一生敵いそうにない」

 

「ふふ、夜伽であればそうもいかんかもな?」

 

「御冗談はおやめ下さい」

 

「おお怖い怖い。そんな目で睨むな」

 

そんなやり取りをしている間に、急ぎ筆で任務内容を書いた文を飯綱丸に渡す。

 

「これがお前に頼みたいことだ。いいか、隊の誰も死なせるな」

 

御意、の一言の余韻が消えぬうちに、既に彼女の姿は無かった。

 

 

 

天魔は遂にきたる逢魔が時を、一点の曇りない目つきで見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

紅魔館の内部では、レミリアがいつになく歯を見せて笑っていた。

 

「ははは!成程ね、そういうことだったの」

 

「へー、あのスキマ妖怪も馬鹿みたいに愚直ね。こんなんで異変を解決できるのかしら」

 

「フラン、その言い方はちょっと違うわね」

 

不思議そうに小首を傾げるフランに、レミリアは茜色に染まった西の空を見て言った。

 

「あいつはね、そもそも()()()()()()()()()()()()()()()()()。ただ今の騒がしい幻想郷を静かにさせるだけなのよ」

 

「?」

 

「まあ、あいつの行動か、幻想郷の様子を見ていれば、おのずと分かるんじゃないかしら」

 

それより、とレミリアは既に消えゆく太陽の光を背に、フランの耳のそばで囁いた。

 

「今夜は忙しくなるわよ、フラン」

 

姉の言葉に悪魔の妹はニヤリと笑みを浮かべた。

 

 

 

悪魔の館に、二つの哄笑がこだました。

 

 

 

 

 

 

 

幻想郷の一部の住民たちに、八雲紫からの伝書が届いた。

元凶の正体に、あるものは予想外な反応を、またあるものはどこか脳裏に浮かんでいた妄想が、現実のものであることに再び慄く。

 

 

 

 

時を同じくして、博麗神社の拝殿内に一人の女性が音もなく現れた。

 

「準備は出来たかしら?」

 

いつもの人をからかうような問いかけ。しかしその声の奥底には、どこか揺れ動くものを感じた。

私は彼女を真っすぐ見て、瞑想で凝った肩を軽く回した。

 

「ええ、さっさと終わらせちゃいましょ」

 

私はいつも通り、異変を解決するだけ。

 

それが博麗の巫女としての、数少ない大仕事。

 

「今回は、いつもよりちょっと派手に、異変を解決する。それだけよ」

 

紫はそんな私を見て、いつもみたいに笑って、スキマを開いた。

 

 

「そう。あなたはそれでいいのよ、霊夢」

 

 

 

 

紫のスキマを越えると、冥界に出た。その名が示す通り、一つの星もない暗い空が辺りを支配していた。

しかし、本来なら冥界に溢れるほど蠢いている幽霊の姿は、今は一つとなかった。ただ辺りを静寂が支配する、普段ではありえない光景が、そこにあった。

 

「冥界の幽霊たちは皆例外なく、巨大龍結晶へと向かっているわ。それで閻魔たちは大忙しだけど、そのおかげでようやく元凶の居場所を突き止められたの」

 

背後の白玉楼から華胥の亡霊が現れる。主のすぐそばには、見慣れない太刀を持った妖夢も付いて来ていた。

 

「ん?あんた見慣れない物担いできてるわね」

 

そのことを指摘すると、妖夢は少々困ったような表情で答えた。

 

「紫様が用意して下さったものらしいです。何でもあちらの世界の太刀なのだとか」

 

「……にしては大きすぎないかしら、それ」

 

「モンスター相手なら、あれ位でないと効果がないのよ。大丈夫、妖夢に合わせて軽い物を用意したから」

 

口を挟んできた紫に、妖夢は頭を下げて礼を言った。

 

「お、もう皆準備万端らしいな」

 

声のした方を見上げると、昏い空に荷物を背負った白黒の魔法使いが箒にまたがっていた。魔理沙は地面に着地して、違和感無く会話の輪に入った。

 

「結構飛ばしてきたのに、お前もかなり早く来てたんだな」

 

「え?今来たばっかよ」

 

「何?」

 

「あー、私は紫に連れられてきたから」

 

私の発言に、魔理沙は悔しそうに紫を睨むが、当の紫は扇子で口元を隠してにやついている。

 

「全く、負けず嫌いは相変わらずね」

 

紫がそう言うと、昏い空に明かりが差した。

 

 

 

 

西の方角、そこから地平線全てが煌めく色に染まっている、荘厳な青い夕焼け。

地平線には虹色に輝く結晶で出来た巨塔が聳え建っており、その後ろから黒々とした噴煙が、空を隈なく塗りつぶす。

黒雲に結晶から発せられる光が当たり、より一層不気味なまでに神々しい光が強くなる。

 

「……あれが、異変の元凶」

 

「ええ、そうよ」

 

「何かこう、すごいエネルギーを感じます……」

 

その光景に先ほどの空気は消え、とてつもないエネルギーの流れを、私は肌で感じた。

 

「時間は無いわ、すぐに発ちましょう

 

目指すは収束の地。そこが全ての異変の源よ」

 

 

 

五人は冥く輝く夕焼けへと飛翔する。五人全員が例外なく、一切の余念も無かった。

 

 

 

 

 

 

噴煙に染まる曇黒の空に、赫い光が迸ったような気がした。



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拾章 それは新生の鼓動たらん


冥界から流れる小川に沿って、私たちは飛び続ける。無言の空間に、ただ水が流れる音のみが反響する。

静寂の帳を降ろしていた夜空は煌々と輝きを放ち、まるで昼のような青い光が周囲に満ちる。その中心となっている巨大龍結晶は、まるで私たちを飲み込もうとしているかのように、その輝きを更に強くする。

 

 

 

 

そして何の予兆も無く、辺りの風景が変わる。

 

漠然と広がっていた草原は消え、すぐ目の前に結晶の壁が押しつぶすように私たちを包み込む。天上の僅かな隙間から届く光を龍結晶が乱反射し、一帯はどんな王族にも手に入らぬ荘厳この上ない景色へと変貌した。

 

「わぁ……」

 

「こいつは……たまげたな」

 

圧倒される私たちに対し、紫と幽々子は目を移らせることなく真っすぐ進む。眼下を流れるこれ以上なく碧い河川に気を取られないようにしつつも、私は二人に付いていく。

 

 

徐々に龍結晶の密度が濃くなり、注意して飛ばなければ結晶に引き裂かれてしまいそうなまでに狭くなりつつあった時、紫が地に足をつけた。

 

「この先よ」

 

幽々子も飛行を止め、人と同じように足を運ぶ。私たちも降り立ち、紫の後を付いていく。

 

 

 

体を押し込ませながら龍結晶のすき間を縫ってものの一分も経たぬうちに、私たちは開けた場所へと出てきた。

 

「あ……」

 

私の口から無意識に声が溢れる。

 

 

 

 

見上げるような巨体を、地に臥せる龍。透き通るような青い皮膚からは、溢れんばかりの霊光が溢れ出す。あの鋼龍の巨体すら覆えてしまいそうな巨大な幽翼、魚の鰭のような尻尾、そして頭部に生える一分の歪みすらない黒い角。

いっそ禍々しく思えるほど雄大で、今にも動き出しそうな存在。そして、幻想郷とこの龍の世界を繋いだ、元凶。

 

「……ゼノ・ジーヴァ」

 

紫が畏れを抱かずにはいられない、とでも言うようにそう呟いた。隣に立つ幽々子は眩しそうに両目を瞬かせる。

 

「全員、始めるわよ」

 

冥灯龍に群がる幽霊を払い除け、紫は五十以上にもなるスキマを開いた。

スキマはゼノ・ジーヴァを円状に取り囲み、裂け目から無数の目が覗くそれは、複雑怪奇な術式がこれでもかと書かれた札へと変化する。

そして地面に張られた札同士を繋ぐように注連縄が出現し、ゼノ・ジーヴァを囲んだ。ここまで来て、私は紫の目的を理解したような気がした。

 

「それで、封印するの?」

 

「いいえ、この龍を()()()殺すのよ」

 

紫は術式の発動を着々と進めながら言う。

 

「ただこいつを消滅させるだけでは、この異変は解決しない。解決するには、この龍に吸い込まれた龍脈と幽霊のエネルギーを完全に除去しなければならない。この結界でゼノ・ジーヴァの龍脈への干渉を止め、次にスキマで取り込まれたエネルギーを除去する。幽霊たちの方は幽々子に任せるわ」

 

「分かったわ」

 

妖夢が何を言っているのか分からない、という表情で自分の主に尋ねた。

 

「幽々子様。この龍は、生きているのですか?」

 

すると幽々子の方も、答えに迷うように指をあごに当てた。

 

「うーん、死んでいるけども生きている、かしら?」

 

「?」

 

「この龍は、既にこの世界のハンターに討伐されているのよ。でも、そもそも古龍種は少なくとも人の手で完全な絶命をすることは出来ない。人間たちが倒したと言って意気揚々と帰り、その後また立ちあがって人目に付かないところでゆっくりと体力を回復させていくの。ただ、この竜は起き上がるだけの体力を回復する前に、何らかの要因で大きなダメージを受け、再生も許されずに亡くなった」

 

「ん、じゃあ結局こいつは死んでいるってことじゃないか」

 

魔理沙が口を挟むと、幽々子は首を横に振った。

 

「確かにこの龍は命を落とした。でも、未だ魂は体に残ってる」

 

「え?いやいや、死んだら魂は身体から離れるだろ。なんでこいつはまだ自分の身体に執着してるんだよ?」

 

「冥界の幽霊たちがこの光に集まってきたように、この龍の魂も導かれたのよ。()()()()()()()()()()()()()()、ね。いえ……これが今まで集めてきた老齢の古龍の光かしら?まあ、自分の身体に執着したゼノ・ジーヴァの霊魂は、復活の為に魂魄をかき集める必要があった。そしてその時ちょうど、幻想郷の龍脈がこの地へ伸びてきた。

後は龍脈から幻想郷へと干渉し、この世界との境界を薄くした。そして冥界へと穴を開け、幽霊たちを呼び寄せた。そしてその力で、この龍は再び息を吹き返そうとしているのよ」

 

「うーん、スケールが桁違い過ぎるな……」

 

魔理沙のぼやきに、私と妖夢は同意せざるを得ない。蘇生の為に異世界(幻想郷)の力を利用するとは。この世界のモンスター、とりわけ古龍は色々と大きすぎるというか、何というか。

紫と幽々子は冥灯龍のそばに立ち、両手を合わせる。

 

「ねえ、私たちはどうすればいいのよ」

 

「そうねえ~、私たちがこれに専念している間、周りの警戒をお願いするわ。しっかりね、妖夢」

 

「はい!」

 

妖夢は真面目に返事をする。その様子を見ていた紫も、私に言う。

 

「この式は繊細だからね。邪魔が入らないように、頼むわよ」

 

「はいはい、分かったわよ」「おう、任せとけって!」

 

 

紫と幽々子が、術式を唱え始める。

それに呼応して死の結界は緩やかに紫色の光を放ち、ゼノ・ジーヴァの肢体を覆い尽くす。周囲に漂っていた霊魂が突然不規則に動き始め、一部は二人に攻撃を始める。

 

 

それらの動きを見せ始めた霊魂を、片っ端から退治する。全員この程度のことは朝飯前で、特に危なげも無く処理していく。

徐々に数が多くなっていくが、それも問題ない。妖夢が近づく幽霊を斬りまくり、魔理沙の超火力の魔法が火を噴き、私のお札で幽霊たちは即無力化されていく。

 

 

一段落が付いたところで、遠くからあの咆哮が聞こえた。この鋼が激しくすれるような咆哮は、間違いなく、クシャルダオラだ。今私たちが幽霊の処理で済んでいるのも、あの龍がたった一頭で龍結晶の地のモンスターを足止めしてくれているおかげだ。龍結晶の地のモンスターは幻想郷に流入してきたモンスター達とは格違いと聞いたが、そんな奴らをまとめて足止めできる鋼龍の王の力は本当に凄いの一言で表せない。

 

私は、見たことないほどの集中力で唱え続ける紫の背中を見る。

やっぱりあいつは、最初からあの龍の王の力を利用する腹積もりだったのだろう。そうに違いない。

あの龍の力を使えば、幻想郷の危機を乗り越えることは可能だろう。事実、あの龍が来たのは月の民が侵攻してくるほんの数週間位前だった。幻想郷のことになると躍起になる彼女だ。天邪鬼の反逆やオカルトボールの所で対抗策を出したかったのだろう。およそ地上に敵うような奴らがそうおらず、かつ月の民を遠ざけるような巨大な生命力を有した存在。それがあの歴戦王クシャルダオラだったのだ。

まあ、実際今こうして幻想郷の守護に協力してくれるのは、私の仕事も減って良いのだが。どうなるか分からないものである。

 

 

 

 

そうして思考を張り巡らせていた時、咆哮が耳を叩く。クシャルダオラのものではない。しかしどこかで聞いたことがあるような咆哮。

私はすぐさま上を見た。そして、上空に羽ばたく存在と視線が交錯する。

 

燃え盛る火のような甲殻に黒いラインが走る。バランスを取るためであろう尻尾には、余分に生えたにしては過剰な殺傷力を持つ鋭い棘。強靭な足にはこれも鋭い毒爪が生え揃う。

その竜を象徴する翼は、天狗のそれとは比べ物にならないくらい雄大な、王が携えるべき外套のごとし。

 

 

 

火竜 リオレウス

 

この世界に生きるあまねく竜種を代表すると言っていい、天空の王者だ。彼の竜は口元に炎を滾らせ、大地を焼き立たせるような火球を放った。

 

 

初見の私と妖夢はこれを龍結晶に隠れてやり過ごし、降り立った火竜と対峙する。

リオレウスは真っ直ぐにこちらを睨み、私たち三人の後ろで冥灯龍の消滅を行っている二人には注意はいっていない。

 

「たとえ竜であっても、ただ斬るだけです!」

 

妖夢の気合いに、リオレウスは鼓膜を叩きつけるような咆哮を浴びせる。

 

 

 

 

 

狩るか、狩られるか。いま、この世界では最も見られるような戦いが火を切った。

 




さぁて戦闘シーンだ。指が武者震いを起こしてるぜ……


ではまたいつか


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まぶしい。

 

めがみえないくらいに、じぶんがなにをみているのかも、もうわからない。

 

 

でも、そのひかりをうけいれなきゃ。なんとしても。かならず。だってそうすれば……

 

 

あれ。

 

 

 

 

ぼくはなんのためにこんなあかるいひかりをもとめてるんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

爆発が大気を焼き、地面を抉る。

 

それによってほぼ消えかけた残火が、今度は青々として地に満ちる。

 

私は息を吐き、その火を消し飛ばす。紅蓮と青炎が突っ込むのを、空中へと逃げる。

 

 

 

目の前に立ちふさがる炎の龍の番は、異常なまでに目を爛々と燃やして私に吠える。負けじと私も咆哮する。そうでもしなければ、私もああなってしまいそうだった。

奴らだけではなく、その後ろにはやたらに暴れまわる竜種が阿鼻叫喚というような戦闘を飽きもせず繰り返していた。

 

ここの竜たちは、皆このような有様だった。眼球が歪な光を放ち、ところかまわず暴れ回る。自分の傷などまるで関係なしの、これまでに見たことないような惨劇だった。

ハァと、奴らにも気づかないようなため息が自然と出る。それは目の前のかつての賢王の暴走に走った姿と、昔の私もこれに近かったのかという二つへ向けられたものだった。

 

紫の言っていたことは正しかった。

こんな奴らが一頭でも幻想郷に侵入してしまえば、あの綺麗な森や湖は醜くかれてしまうだろう。ここまで近づいてようやく分かったが、この狂気の原因は絶対にあの冥灯龍だ。死骸がどうしてここまで命を狂わせられるのかは良く分からないが、そんな事はどうでもいい。

 

 

今は目の前の敵を殲滅するだけだ。

翼を広げ、角に力を注ぎ込む。光に狂う暴虐を、更に秩序のない嵐が包み込む。

 

 

 

『貴様らまとめてかかって来い!一頭残らず吹き飛ばしてくれる!』

 

 

ゴアアアアァァァァァ!!!!

 

 

 

咆哮と咆哮が鬩ぎ合い、容赦なき大乱闘が幕を開ける。

 

 

 

 

 

 

 

空に羽ばたくリオレウスは、毒爪で私を引き裂こうと滑空してくる。

その恐ろしいスピードの攻撃に、スカートの裾が千切れる。距離を取ろうとする私に、火竜はその異名に相応しい超高温のブレスをお見舞いする。

 

「霊夢さん!」

 

私は今度もそれを寸でのところで躱す。直接は当たっていないはずなのに、熱は私の頬を乱暴に撫で、右の髪結いを塵にしていった。

 

「そこまでだこの飛竜!」

 

魔理沙の八卦炉から光が直線状に溢れ出す。星の光のようなレーザーはリオレウスに命中……すると思われたが、空の王者は横へとスラロームしながらそれを躱した。攻撃してきた魔理沙には目もくれず、再び私を睨む。

 

 

今度は滑空しての突進。あの巨体が迫る様子はかなりの迫力だが、地底の地獄烏の弾幕に比べればなんてことは無い。

私はそれを飛び越すように回避し、そいつの背中を掴む。巫術によって現れた注連縄がリオレウスの胴体を回り込んで繋ぎ、固定する。リオレウスは私を振り落とそうとするが、腰に巻かれた注連縄がそうさせない。零距離の背中に属性お札を連射する。

 

「妖夢、参ります!」

 

空に飛んできた妖夢が、背中の私に気を取られているリオレウスの正面に位置した。妖夢は矢継ぎ早に剣戟を繰り出し、リオレウスの甲殻に傷を付けていく。

だがその連続攻撃も、空中で暴れる火竜の翼が起こす風圧によって押し戻されてしまう。これ以上はまずいと判断し、注連縄を切って地面に着地する。

 

私の視界が、赤で染まった。正体はリオレウスが放ったブレス。回避不可能の一撃に一閃の煌めきが走った。火球は半球状に切断され、後ろの龍結晶に直撃する。

 

「大丈夫!?」

 

「ええ、助かったわ妖夢」

 

火竜は地上へと着地し、私たち三人に吠える。

 

 

後方では、紫と幽々子が黙々と冥灯龍を死に追いやろうと術を唱え続けている。直接視認していなくとも、その肢体から煌々と光が強まっていくのが分かる。

どうしてかは知らないが、火竜は特に私を狙って攻撃してきている。連撃を避け続けるのは容易ではないが、注意をこちらに向けてくれるのは好都合だ。そこを狙って二人が攻めてくれれば、リオレウスに痛打を与えられるはず。

 

「二人とも、私があいつの注意を引くから、その隙に大技を撃って」

 

「おい霊夢、お前は大丈夫なのか?」

 

「平気、まだ防御用の結界は残ってる。いいから、頼むわよ!」

 

 

 

霊夢はそう言ってリオレウスの懐へと突っ込む。魔理沙は覚悟を決め、()()()()()()()()()()()した。

 

最大限警戒すべき敵が眼前へと迫って来るリオレウスは、飛翔しつつ脚の爪を開いて霊夢を掴もうとする。霊夢はそれを避けて下から回り込もうとする。狙いは先ほども狙った背中への攻撃。背部はリオレウスの攻撃が届かずに唯一攻撃できる部位だ。その分背中の甲殻は堅牢だが、属性を主体に置いた霊夢の攻撃方法ならばある程度のダメージは狙えるだろう。

だがリオレウスも先ほどの属性お札の痛みを忘れたわけではない。尻尾を振って霊夢を引き剥がそうとする。当たりはしなかったが、霊夢の勢いが落ちる。

 

その隙を付いて火竜は上空へと移動し、再びブレスでの迎撃を狙う。火球の雨に霊夢は逃げるしかなく、徐々に追い詰められていく。

 

 

しかしリオレウスは霊夢の排除に集中しすぎた。死角を通ってきた魔理沙が自分の頭上に気づいたのは、構えられた八卦炉から茶色の物体が顔にかかってきた時だった。

 

霊夢と魔理沙が苦しめられた、オロミドロの素材を使って魔理沙とパチュリーが作った泥粘土発射装置だ。まさかこの火竜も、同族が仕留めた竜の素材で追い込まれるとは思っていなかっただろう。ただの泥遊びの類と思うなかれ、かなり強い粘度の泥が人の顔ほどの大きさでまとめられ、八卦炉の火力で発射される。小型の鳥竜であれば軽く吹き飛ばせる威力は、魔理沙本来の得意属性が水であることも加味されているのだろう。

それが顔面に直撃すれば、いくら空の王者とて態勢を崩しかけてしまう。振り落とそうと頭を振るが、泥は中々落ちてくれない。

 

 

泥が落ちた右目から見えたのは、身の丈を超える長さの太刀を振るいあげる妖夢の姿だった。渾身の霊力を鉄刀に籠め、火竜の頭部へ斬りかかる。

八雲紫が自身の術を使い霊力との親和性を持たせた鉄刀は、本来の限界を超え、リオレウスの頭部の甲殻を斬り、その右目をも切り裂いた。切り口から血が勢いよく溢れ、凄まじい激痛が顔を走り、火竜はのけざらざるを得ない。

 

 

 

だがそれは、飛竜の王たる彼の怒りを買う行為であった。痛みを激怒が塗りつぶし、口腔からその怒りが形を得たように火球が発射された。

油断していた妖夢の身体が炎に包まれる。黒煙から墜落する庭師の手から、半ばから刀身が折れた得物が一足早く落ちて行った。

 

 

「「妖夢!!」」

 

二人の悲鳴に、幽々子は既に死者となった自分の背中に、身も凍る寒気が広がったのを感じた。しかしここで作業を切らすわけにもいかない。既にかの龍の魂へと干渉し、取り込まれた霊魂の除去に当たっていたからだ。中断すれば、冥灯龍の魂から無作為に霊魂が溢れ出してしまう。

龍脈のエネルギーの除去に専念していた紫は、隣から大きく軋んだ歯ぎしりが聞こえたのを、黙って作業を続けた。

 

 

そんな幽々子の逡巡を無視するように、リオレウスは急下降した。彼は怒り心頭でありながらも、自分が殺そうとした人間が虫の息ながら生きているのに勘付いていた。あの鉄の爪で、直撃を避けたのだろう。人間ながら感心するが、自身の右目を奪った贖罪からは逃れらないと、猛然と降下する。魔理沙と霊夢が止めようと追尾するが、重力に乗った飛竜の巨体を止められるはずもない。

 

彼我の距離、数メートル。毒爪が黒焦げになった妖夢の体に突き立てられる、

 

 

 

 

その間に割って入るように、雷がリオレウスの体を突き抜けた。

 

弱点である電撃を受けた火竜は制御を失い、龍結晶に突っ込む。そして力尽きた妖夢が地面へと激突する寸前で、宙に浮かぶ船が彼女を運んで行った。

 

 

「おらぁ!その程度か空の王者!」

 

「庭師よ、意識はあるか?安全な所に運ぶぞ」

 

 

 

参戦してきたのは、雷を纏ってリオレウスに啖呵を切る蘇我屠自古と、自身の船に妖夢を乗せる物部布都だ。二人の存在に気付いた魔理沙が、屠自古に問いかける。

 

「おい、何でお前らがいるんだ?」

 

「ん?ああ、お前か。布都の奴に案内されたらここに着いたんだ。近づくなり爆音が激しかったから、急ぎ参上した次第だ」

 

「あれ、あんたの主は知ってるの?」

 

「知ってるも何も、我は太子様の命で随行したのだ」

 

痛みに呻くリオレウスの眼前に、光り輝く剣をかざす聖徳王の姿が見えた。

 

 

 

「悔い改めよ!空の暴君!」

 

神子が振るった剣は火竜の頸を切り裂いた。鮮血が溢れ出し、意識を失った天空の王者は、無残な姿で地表へ堕ちていった。

 

 

「さて、状況を教えてもらおうか?霊夢」

 

 

 




妖夢ちゃんを焼いたリオレウスは龍結晶の地のレウスです。他の奴らに攻撃されて元凶の所に追いやられました。


ではまたいつか


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ちょっとだけ長いです


霊夢たち一行が異変の元凶の完全終息に奮起する中、龍結晶の地、暴嵐が支配する上空をある一団が翔ける。

迷いなく柱状節理の岩々の間を縫うように飛んでいく様は、彼女らが極めて統率が取れていることを示すもの。彼女らはかつての王の寝床へと着き、一つの影が手で制す。

 

 

「ここで一旦様子を探る。全員止まれ」

 

天魔から派遣された、飯綱丸率いる烏天狗の実動部隊。二十人程の少数精鋭で構成された隊には、実力の高い射命丸文に、情報収集員として姫海棠はたての姿も見える。

隊の全員が淀みない動きで索敵、測量の機材を用意しようとするが、鉄を叩くような咆哮が彼女らの耳を叩き、手を止めた。

 

 

 

 

彼女らの視界に入ってきたのは、あのクシャルダオラが五頭ものモンスターと対峙する場面だった。

その相手は古龍の中でも指折りの凶暴性を持つ炎龍。しかも番だ。彼らが相手では、竜はおろか古龍すら苦戦を強いられるだろう。おまけにその場には、飛竜が三頭乱入している。

眼を奪われるような世にも珍しい金と銀の体色を持つ二頭の火竜。こちらもまた番だ。単独だが、臨界寸前のような甲殻に紫色に輝く爆鱗を垂らす竜。天狗たちも知らない希少種に特殊個体だ。

 

しかしあの歴戦王はその五頭を前にしても、逃げようとはしない。

 

 

炎王龍が王の首に噛みつこうとする。彼女はそれを横に避け、逆に炎王龍のたてがみに噛みついた。鋼を噛み砕くほどの咬力が、炎王龍の首を固く締め付ける。彼女の口内も相当な高熱が襲っているに違いないだろうに、熱がる素振りは一切見せない。

番の危機に炎妃龍が滑空してクシャルダオラを押しのける。追撃しようと飛行を維持しながら、炎を吐き出す。

だがクシャルダオラは横へと飛びのいてこれを躱す。放射中で隙だらけの炎妃龍の腹にリオレイアさながらのサマーソルトを放った。飛竜を一撃で絶命させるほどの威力を食らい、炎妃龍は墜落するほかない。

 

束の間、クシャルダオラと同じ土俵へと進み出た銀火竜が飛びついた。組み付く銀火竜を、番の金火竜が地上からのブレスで援護する。

銀火竜が王の背中へと爪を突き立てた。とてつもない硬度を持つ鋼の甲殻に、浅いが確実な傷がつく。クシャルダオラもこれは看過できぬ状況。

彼女は銀火竜を乗せたままそのまま一回転し、位置関係が逆転した銀火竜を拘束する。次に彼女は銀火竜の首元を牙でしっかりと押さえつけながら、そのまま地上の金火竜へと突撃する!金火竜もこれは予想外だったのか、ブレスを撃ちそこね判断が遅れる。金銀夫妻はそのままもみくちゃになりながら地面を擦って壁に激突し、衝撃によるショックにしばらく動きを止めた。

 

しかし追撃は出来なかった。上空から大量の紫色のような爆弾が雨のように降り注ぐ。炎龍といった強大な古龍でさえ、直撃を避ける程の威力の爆鱗だ。これもまた想定外の奇襲に、クシャルダオラは爆鱗の爆発を受けてしまう。直撃こそしなかったが、甲殻に小さい亀裂が走る。

 

 

五対一という絶望的に不利な状況に、決して引くことのないその背中は、龍結晶の光を受けて煌びやかに耀き、彼女らの目に焼き付いた。

 

 

「なんて戦い……」

 

「これは……天魔様が私たちを派遣した理由がよく分かる」

 

古龍と、それに比肩する飛竜の凄まじい激闘に、飯綱丸たちは驚嘆するほかない。しかし彼女らとて上位の妖怪である天狗。すぐに情報収集と作戦の組み立てに取り掛かる。

 

「典、何か分かるか?」

 

飯綱丸が懐から一本の竹筒を取り出すと、中から一匹の狐が出てきた。

管牧典、飯綱丸の使役する管狐である。中から出てくるなり典は気分を悪くしたような顔で主人に言う。

 

「うぇ……この匂いは、何かの狂いのエネルギーですね……地底の瘴気とは違うような……私の煙に混じってきて、吐き気がします」

 

「ふむ、他には?」

 

「ケホッ、そうですね……この狂気は伝染性は弱いようです。おそらくかなり高純度であるのかと。あの光ってる結晶体に近寄りすぎなければ大丈夫だと思われます」

 

「分かった、もう戻って良いぞ」

 

その言葉を聞いた典はすぐに竹筒に戻った。

 

「なぁ~龍。まだ食えないのか?」

 

「もう少し待っていろ、百々世。ここからどうやって動くか……」

 

「いいけどよぉ、俺まだ晩飯食ってないんだよ。腹減った……」

 

この場に待機する天狗たちの中で一人だけ、天狗ではない妖怪がいた。

色あせた灰色の髪を無造作に伸ばした、天狗とは異なる魔力を纏った妖怪。

 

姫虫百々世。大蜈蚣であり、強大な龍をも食らう大妖怪だ。飯綱丸の親友であり、今回の作戦に適した、言うなれば一番槍の役割だ。彼女からしても多くの竜を食らえるのならと、飯綱丸、もとい天魔の推薦に乗ったわけである。

胡坐をかいて腹をさすっている様子からはその強さが分かりにくいが、これは強者の余裕という奴だろう。飯綱丸以外の天狗は彼女と目も合わせようとしない。自分たちの上司が連れてきたとはいえ、溢れ出す負の魔力の根源に近づこうとするものはいないだろう。だからこそ、百々世は暇を持て余していたのだ。

そこらへんの美味そうな結晶でも齧ってるか、そう思って百々世が後ろを向くと、彼女は目を開かざるを得なかった。

 

 

「うおわぁ!?何だこいつら!?」

 

その声に天狗たちは素早く反応し、作業を中断して即座に警戒する。そして大蜈蚣の視線へと顔を向けると、

 

「……ん?」

 

「なにこれ?」

 

 

 

そこにいたのは、モンスターだった。

 

一言で言うのならば、でっぷりと太ったトカゲであろう。体の下側と上面とで色合いがかなり異なり、何よりも目を引くのがその顎。自身の頭よりも巨大な、まるでスコップを何重にも溶かし合わせたような大顎を持つ顔が、彼女たちに向けられていた。

 

 

しかし驚くべきはそれだけでは無かった。岩賊竜のその背中には、珍妙な赤い仮面の奴らが三匹立っていたのである。大きさは子供くらいで、皮膚の色は少し褪せたような緑。石を粗く削った短剣を腰につけており、天狗たちを興味深そうに見つている。そのうち一匹が、声を発した。

 

『ホギャー!ホッ、ギャッギャッ』

 

「……何を言っているんだ?」

 

「さあ……」

 

当然、言葉が通じるはずもない。奇面族(ガジャブー)達は言葉を続ける。

 

『!ゥォフォ?ギャカバボーコ?』

 

「あー……何を言っているのかさっぱりなのだが」

 

ガジャブー達は天狗たちの足元を見て、まるで何かが足りないことを追及しているようだが、具体的には何も分からない。そのカエルみたいなモンスターを、どうやって手懐けたのか聞いてみたいが、これでは時間の無駄にしかならないだろう。

 

 

双方の意思疎通が難航していると、風が突如として猛烈に靡く。強風を扱いなれている天狗ですら足をふらつかせる様な暴風だ。だがそれだけでなく、真夏のそれを超えるような熱波も同時に肌を撫でた。

 

 

彼女らが振り返ると、そこには猛々しい炎を纏う炎龍の番の姿が目に飛び込んできた。先ほどでも陽炎が発生する程の熱量だったのに、それすらも超える熱さ。

温度上昇の原因はそれだけではなかった。金と銀の飛竜が今にもその身を包む金銀を溶かしてしまう位の劫火を、顔と首に留めているのだ。紅蓮滾る爆鱗竜のそれと同じ火もまた、辺りの空気をかつての灼熱地獄を彷彿とさせる温度へと変えていた。

怒りに燃える異様なまでの光を放つ目を歴戦王クシャルダオラへと向け、まさに焼き尽くそうとする程の殺意が嵐に乗ってこちらへと流れるような錯覚を、その場にいた皆が全身で感じ取った。

 

 

 

 

 

 

ホゴォォォォォ…

 

突然ドドガマルが明後日の方向へと吠えた。天狗たちはあの殺気に気をおかしくしたかと身構えるが、ガジャブー達は違った。長年共に寄り添ってきたトモダチは、何かの襲来を感じたのだと、奇面族は空を見上げた。

それを見た飯綱丸が共に空を見上げると、彼女はその異常性に口を覆った。大天狗としての視力が、その姿形をくっきりと目に焼き付けた。

 

 

 

黒銀の甲殻と鋭いシルエットを持つ、四本足のハヤブサのような姿。三本の筒を組み合わせた様な、異形の翼から赫赫とした炎のような物質を放射しながら飛行する様は、あたかも災厄の兆したる赫き彗星。それが遥か遠くから、見る見るうちに距離を縮めて来ているのだ。

 

「!!総員戦闘態勢!」

 

副隊長の射命丸がそう叫ぶ。彗星は熾烈極まる龍の戦いを空から追い抜き、天狗隊と奇面族達とに最も接近した。

 

 

彼女らが見たのは、まさに銀翼の凶星ともいえる、恐ろしい気配。天狗の源流たる彗星の体現者に、彼女らは深い畏れを抱かざるを得なかった。

 

赫い彗星は彼女らを一瞥もすることなく、ただ真っ直ぐに巨大龍結晶へと向かっていった。

 

 

「……どうしましょう飯綱丸様。このままでは……!」

 

「ああ、あれほどの強大さ。間違いなく博麗の巫女では力足らずだ」

 

「援護に向かいますか?」

 

飯綱丸が逡巡していると、遠くから甲高い叫び声が彼女らの耳を叩いた。

 

 

 

見れば、鋼龍が炎王龍の爆破に吹き飛ばされ、痛みにもがいていたのだ。そのすきに炎妃龍が極熱の熱風を放つ。ひび割れた甲殻から直接肉を炙られる激痛が、王を襲う。

空中へと逃げ反撃しようと息を吸うが、上空から銀火竜の劫炎がクシャルダオラの翼に直撃した。大きくバランスを崩した鋼龍に地上からの金火竜の爆炎が襲い掛かる。

遂に王は地へと叩きつけられ、その隙を逃すまいと金火竜が距離を詰める。起き上がろうとするクシャルダオラだが、猛毒が染み出る金の棘を持つサマーソルトが彼女の首を据え、岩壁に激突する。彼女の姿は見るにたえだえで、全身の甲殻が熱で逆向け、暴風を喚ぶ角も片方が根元から折られていた。

 

いくら歴戦王と畏れらていても、相手方も歴戦の猛者であり、何より彼女らは自身の生来の能力をより屈強なものとすることに成功している。風を操る能力を捨てたあの鋼龍では、いくらなんでも自身の身一つでは防ぎようがないのだ。

 

 

しかしどうする。このままでは鋼龍は間違いなく死ぬ。そうなれば奴らが巫女たちの元に乱入し、異変の解決作戦は水の泡だ。かといって先ほどの古龍も相当な脅威、野放しには出来ない。巫女たちが対処できる確立は相当低い。

 

防衛ラインを限界まで下げるか、それともここであいつに加勢して時間を稼ぐか。だが加勢したとしても、勝算はほとんどない。奴と共倒れする可能性の方が高い。ともすれば、賢者と巫女と合流し、徹底して防戦するか。こちらの方が味方を失うリスクは低い。彼女の知性はこちらに傾き始めていたが、天狗という種族のプライドと得体の知れない心に巣食う何かが、飯綱丸を悩ませていた。

 

 

 

『ギャー!ギャー!』

 

そこに奇面族の声が響く。彼らは自らの身の丈程はある剣を掲げながら、激しく鼓舞するように踊っている。気でもおかしくしたのかと思考が働いたと同時に、その踊りに彼女たちの胸の中のものが鼓動を強めていく。岩賊竜も呼応するように吠え、周囲から新たな奇面族が湧いて出てくる。

 

一際大きな燃える仮面を着けたキングガジャブーが、彼女らの前に躍り出て、激しく踊りだす。

 

 

『ヴー、ヴー!』

 

剣を下方―――手負いの鋼龍へとにじり寄る狂った竜たちに向け、飯綱丸の目だけをじっと見つめる。その視線に詰まった決意に、飯綱丸は鼻で笑った。

 

 

「全員、聞け。今からここを移動する。場所は……」

 

 

彼女の意見を聞いた天狗たちは皆驚きの声を上げた。

 

「ちょ、飯綱丸様。それはリスクが高いのでは……」

 

「安心しろ射命丸、手立てはある。他に異論のあるものは」

 

その場にしばしの沈黙。のち威勢のいい声が響く。

 

「いいじゃないか!それ、これにいちゃもんつけれる奴がどこにいるんだ?」

 

射命丸の肩を掴んで、豪快に彼女の体を揺らす。

 

「……承知しました。命令通り派手に行きましょうよ、派手に!」

 

「ふふ。全員、それでいいな」

 

あるものは未だ状況が飲み込みきれておらず、またあるものは不安そうな顔をしつつも、力強い頷きは皆同じだった。

 

 

 

「よし、始めるぞ!」



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「……なるほどな。どおりで幻想郷の氣の流れがおかしいと思ったよ」

 

神子は火竜の返り血を手巾で拭いながら、霊夢の答えに相槌を打った。

 

 

豊聡耳神子は仙人ということもあり、自然の生命エネルギーといった分野に精通している。元々やんごとなき血筋で、その中でも千年に一度クラスの天才なのだから当然と言うべきか。

 

霊夢の話から聞くに、眼下で眩い霊光を放つあの古龍が元凶という。冥界の亡霊と境界の賢者があれほどまで完成された死の術を使っても、それに耐え、あまつさえ甦ろうとしている。

この新大陸という広大な大地を潤す、死を目前とした古龍の力。その凝縮された神威そのものたる、ゼノ・ジーヴァという存在。

 

 

古龍とは本当に、なんと巨大なのだろうか。彼らの声をより深く聴けば、昔の私の答えも、もしかしたら見つかるのだろうか。

……いや、既に死を超えた超人となったこの身でそれを知ろうと、何が変わるわけでもないか。

 

「妖夢は大丈夫なの?」

 

「心配ないだろう。布都が安全な所で治療している」

 

「そう……ならいいけど」

 

「死なせはせん。私たちといえど、彼女の主の恨みを買いたくはないからな」

 

自虐的に笑う神子に、二人はまったくもってその通りと、首を縦に振った。

 

その時、冥灯龍はますますその命の輝きを強め、術式の陣が耐えかねるように震えだす。周囲に反射した光が満ち溢れ、より一層と神々しさを増していく。光にあてられた火竜の死骸すら優美に見えるような冥光に、幽々子は眼を覆った。

 

「ま、眩しい……」

 

「これは……藍と橙も連れてきたほうが良かったかしら……!」

 

苦しそうに呟く幽々子と紫。見るとゼノ・ジーヴァの胸部から、仄かな赤い光が見え隠れしてきている。ドクン、ドクンと一定のリズムを持って、光は強弱を繰り返していく。

 

「……これはまずいな。二人とも、来い」

 

「そうなのか?霊夢!私たちも行くぞ……霊夢?」

 

霊夢は空を見上げるばかりで、魔理沙の言葉は届いていない。急ぐ魔理沙は霊夢の元へ駆け寄り、引っ張っていこうとした。

 

 

 

「魔理沙避けて!!」

 

 

その直後、魔理沙の視界は光に呑まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あつい……体が燃えあがりそうだ……

敵が来ている。わたしは四本の足で立とうとする。立てない。また立とうとする。ようやく、足に力が入らないのに気づいた。

 

歩みを進める炎の王。辺りに粉塵が立ち込め、わたしの体に纏いつく。牙を鳴らせば、わたしは木っ端みじんになるだろう。だが、それをふり払う風をおこすことは、今のわたしには無理だ。

 

 

思い返せば、不思議な晩年だった。しずかな土地で、ちいさな仲間たちと過ごした日々は、なぜかここで過ごしてきた時間よりも長かったような。色々不便だったが、それなりに充足した日々だった。あの地を見ながら死ねないのが唯一の心残りだが、いまさらどうしようと……

 

青い炎と青白い爆炎が周囲に炸裂し、黒い地面を炭へと変えていく。

 

 

 

……いや。

 

私はそんな不満を残して死ねるのか?まだ見ていない森、川、湖、そして人妖の営み。まだ見たりない。

 

全然、足りない。もっと、あの世界を自分の目で確かめきれていない。現を捨てて幻に魅せられたのなら、最期までそれに魅せられたい。

 

 

足が動き出す。わたしの体が、生まれて初めて立った時のように、少しずつ持ち上がる。奴の顔を正面に捉え、私は吠えた。

 

掠れた咆哮に、炎王は僅かにのけ反った。しかしかの龍がその程度で闘気を弱めることがないのは、私自身よく知っていた。

辺りに舞う粉塵が、より濃さをます。爆炎の濃霧に、未だ狂いに囚われた瞳が光った。

 

 

 

その直後、辺り一帯を神風が吹き抜けた。粉塵は風に逆らえず、霧散して消える。

 

それだけではなく、奥で戦闘していた竜と炎妃龍の背中に見覚えのある岩が命中した。固められた岩は爆発し、彼らを怯ませる。己の妻の身の危険に、炎王龍は崖へと向き直り、爆炎の如き怒りの咆哮を轟かせた。

 

今だ。私は奴の後ろ脚に噛みつき、骨を砕こうとする。鋭い痛みに怯みながらも、再び粉塵を舞わせ爆破しようとする。

 

 

 

「攻撃ー!!」

 

炎王龍の肢体に突風をまとめた様な弾が何発も命中する。私の目で見ても中々の威力に、炎王龍は私を振りほどきつつ飛びのき、乱入者たちを睨みつける。

 

見かけは人間だが、背中には鳥の羽を生やしている。手には小さい翼のようなものを持っており、頭には角としては使い物にならないようなやつを被っている。

 

 

あれは確か、天狗だ。紫からの増援だろうか。一番奥に飛ぶ、青い天狗が言い放つ。

 

「烏天狗遊撃隊隊長、飯綱丸龍だ!天魔様の命により異変解決の援護、つまり、鋼龍クシャルダオラ!お前の助太刀に参った!」

 

何を言っているのかはサッパリだが、もしかして助けに来てくれたのだろうか。めぐむは手に持った羽で崖上を指さす。そこにいたのは、あのお気に入りの岩賊竜だった。周囲には奇面族が立ち並び、一匹が炎を頭に燃やしながら、激しく舞う。

 

『ホギャー!ホギャー!!』

 

「お前はそのまま攻撃に専念しろ!他の奴らは我々が足止めする!」

 

天狗たちは金銀の火竜に金色の刃のようなものを投げた。翼に当たったそれは炸裂し、竜達の翼に傷をつける。自身の生命線でもある翼を攻撃された火竜たちは、天狗たちへと攻撃し始める。

 

 

ヴォォォォォォォ!

 

重い風切り音を響かせ、紅蓮の爆鱗竜は崖上の岩賊竜と奇面族に空襲を仕掛けた。

低空飛行する爆鱗竜の眼前へ、奇面族が何かを投げた。天狗の投げた刃と同じくそれも炸裂したが、破裂したのは閃光を放つ虫だった。爆鱗竜は体勢を崩して地面へと落ち、そこに岩賊竜のブレスと爆弾が爆発する。

 

 

なるほど、彼らが奴らを相手するなら、必然的に私はこの炎王龍と対峙することになる。だがそれだけでもかなり違う。

私はこいつとはかなりの数の戦いを演じている。力の強さも、攻撃の癖も、良く知っている。満身創痍のこの体でもまだ戦えるはずだ。

 

その考えを否定するように、炎王の傍らに妃が並び立った。彼女もまた鋭い目つきでこちらを睨み、飛びかかってくる!

 

それを横っ飛びで回避する寸前で、炎妃龍の背中に何者かが飛び乗った。突然の出来事に、炎妃龍は空中で暴れる。

 

「おっと、こいつは俺の獲物だ!」

 

乗っているのは、人間。だが、気配からして妖怪か。見たこともないが、激しく暴れる炎妃龍から振り落とされることなく、背中を切り刻む。

 

それを見た炎王が番を助けるべく飛翔する。狂っていながらも、その夫婦仲は健在らしい。私はその尻尾に噛みつき、離陸を阻む。この鋼の重量を尻尾で引っ張り上げるのはいかに歴戦の炎王とはいえ不可能。私は顎の力を更に強め、炎王を地面に叩きつける。

 

炎王龍も標的を変え、私と対面する。周囲の大気は陽炎に包まれ、その赤い体には灼熱の炎が迸った。己の力を全解放した本気の姿。私はそれを見据えながらかの龍と睨み合う。

 

 

先手は炎王龍。全てを焼き尽くす灼炎を纏った突進によって、地面を炭が舞う。

その姿が眼前に迫った瞬間、私は回避する。勢いを殺すために生じた一瞬の隙に、私はその翼膜を噛みちぎった。口の中が溶岩のように煮えたぎるが、私の体の冷気の力がそれを中和してくれる。右の翼を大きく損傷した炎王龍はもがくが、すぐさまこちらへブレスを吐く。

 

かの龍の正面の物体全てを燃やし尽くすブレスを、私は真正面から受け止める。体の中から焼かれそうな熱量を、氷の妖精のように全身から冷気を吹き出すように力を籠めて耐える。このブレスは範囲こそ脅威だが、後隙が大きい。これを耐えさえすれば、反撃を確実に叩きこめる。

ブレスを吐き終わった時、私は後ろ足で立ち上がってかの龍に圧し掛かった。大きく暴れて私を引き剥がそうとするが、翼爪に噛みつき体勢を固定して抗う。重さも相まって炎王龍の暴れ方が少し弱まる。

 

その隙をついて私は空を飛んだ。火竜のブレスは飛んでこない。炎妃龍の妨害もない。今そいつらは妖怪(仲間)たちとの戦闘にかかりきりだ。こちらに意識を向ける余裕は無かった。

その隙を利用し、私はかの龍の背中へ蹴りを食らわせる。反撃の引っ掻きを躱しながら、一発、更に一発、追撃に一発。翼を噛みちぎられ、飛行がままならない炎王龍の尖角へ、着地の勢いを利用した渾身の飛び蹴りを食らわせた。

 

足裏に凄まじい熱量を感じながら、同時にボキリと何かが折れる音がしたのを、私の耳は拾い上げた。

降り立って見れば、かの龍の角は折れ、身にまとう炎もその勢いが半減しているのが分かった。

 

 

ガアアァァァァァァ!!!

 

 

 

怒りに満ちた咆哮に、私は怯むことなく突っ込んだ。

 

 

ふと、脳裏に妖精たちとの日々が走り、私の足に一層力が入った。




紅霧異変起こしそうな新古龍よりギザミの復活の方が嬉しかった。

ではまたいつか


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彼を呼ぶ星の光は赫か、蒼か

『そろそろだ』 『ときはきた』 『みえるか』 『あつい』

 

 

 

 

 

 

『ねをあげるな』 『むろん』 『おちてこないほし』 『あれがおまえのねがい』

 

 

 

 

 

 

 

『『『『そしてわれらすべてのねがい』』』』

 

 

 

 

 

『きたいしている。くろきやよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

収束の地と名付けられたその龍の産屋に、一条の星が舞い降りた。欠けた龍結晶の粉塵が彼女らの視界を蒼い霧で覆い尽くす。

ただ一人その襲撃を勘で察知した霊夢は、親友を庇って倒れ伏していた。その親友の魔理沙も、眉一つ動かさなかった。

 

「ケホッ、何が起きた!?」

 

「霧でよく分かりません……おーい、お前ら!生きてるなら返事しろ!」

 

屠自古の大声に、二人は沈黙を保ったまま。嫌な予感がした屠自古は、二人のそばへと近寄った。だが、離れて霧を注視していた神子の眼が、中に何かの巨影を捉えた。

 

「屠自古!」

 

そう叫んだ直後、屠自古の霊体が巨大な槍に薙ぎ払われた。

 

「ガッ」

 

払われた勢いで結晶の壁へと激突し、屠自古もまた倒れ伏した。

 

「く……おのれ!!」

 

神子は腰の剣を抜きはらい、十七条の光線を霧へと放った。当てる気はない、ただ相手への威嚇に過ぎない弾幕。それに応えるように、巨影は中空へと静止して聖徳王を睨みつけた。

 

 

 

黒銀の甲殻に覆われた流線的な体躯。ただただ空気抵抗を減らすことに特化した矢のような頭部。矢羽のような、または彗星の尾のような尻尾。しかし一際眼を引くのは、三つの爪のようなものを集めた様な翼。その先端から赫い炎を噴き出してホバリングするという、異様すぎる姿。

 

 

天彗龍 バルファルク

絶望と災厄の化身、銀翼の凶星と恐れられる古龍はこちらへ敵意を向ける小さな生物を叩き潰さんと突進した。

異常なのはその速度。瞬時に音速に到達できる暴力的な加速力が神子の体を弾き飛ばした。直撃はしていない。突進の余波のみだ。

 

「……!」

 

十メートルもの距離を毬のように転がりながらも何とか着地できた神子は、即座に反撃としてレーザーを放つ。それに対し天彗龍は翼を盾のように展開した。音速に達する程の速さを生む槍翼の硬度は、彼女の手加減なしの弾幕を容易く受け止めた。

 

次にバルファルクは噴気孔を神子へと向け、赫いエネルギー弾を六発まとめて神子へと発射した。彼女は弾の軌道を予測して天彗龍の懐へと距離を詰める。走りながら自身の霊力を高め、佩いた剣を刹那の内に引き抜いた!

 

バルファルクは自身の眼前に迫る一閃を、その前足で迎え撃った。人間離れした抜刀術と、無数の平穏を切り裂いた災厄の爪の一撃が拮抗する。だがその鍔迫り合いは呆気なく終わり、神子の体が大きく吹き飛ばされる結果となった。

 

 

神子は頭から地面へと激突し、先ほどのような着地は出来なかった。頭から流れる血が視界を真っ赤に塗り、立つことは出来たがそれもおぼつかなかった。

絶対的不利な状況の中、それでも聖徳王はかの龍から視線だけは外さなかった。視線を切れば、バルファルクはこちらに突撃してくるだろう。脳震盪を起こしたこの体では、今度は避けきれない。

 

今はただ、出来る限り時間を稼ぐことに専念する。もう少しでゼノ・ジーヴァの完全終息が出来るはず。そうなれば後は奴のスキマで撤退すればよい。

 

 

 

 

 

ドクン!

 

 

 

遮るものがなくなった彼女の耳は、大気が大きくうねるほどの鼓動を嫌でも鮮明にふらつく脳へと送った。睨み合うバルファルクの視線が、仄紅く脈動する冥灯龍へと向いた。

 

神子が行動するよりも速く、天彗龍の翼から赫い龍気が噴き出した。その反動と走り出した勢いとが相乗された突進が紫と幽々子へと迫る。

 

「あと三十秒稼いで!」

 

一瞬だけ視線をバルファルクへと向けた紫が、片手をかざして龍の進行方向へスキマを作った。ただの突進であればこれほど有用な手段もない。術の行使で相当な疲労がかかっていてもなお、有効打を見つけ出すのはさすが妖怪の賢者だ。

 

 

だが、天彗龍も馬鹿ではなかった。無数の目が蠢くおどろおどろしい空間に、誰が好き好んで入るだろうか。バルファルクは翼を下方向へと向けて上へと逃がれる。残存した龍気が、空しく残されたスキマを歪めた。

上から俯瞰しようする天彗龍へ、なんと皿が突っ込んできた。殆どはその甲殻を前に割れるが、一皿が頭へと勢いよく直撃した。翼の構造上精密なホバリングが得意でない天彗龍は、一度地面へ降り立った。

 

「太子様!ご無事ですか!?」

 

「ああ……大丈夫だ」

 

「頭の怪我が…浅くはありませんぞ」

 

「構わん。今は目の前の古龍に集中しろ」

 

バルファルクは甲高い咆哮を轟かせ、外敵を殲滅せんとする。

 

「我々だけで出来るでしょうか……」

 

「二人があの龍を殺してくれれば、ここに留まる理由はない。奴の注意を引くことに専念しろ」

 

「御意!」

 

構える二人の仙人に、バルファルクは右翼を引いて勢いよく突き出した。射出された槍翼が、彼女らのすぐ横を掠める。間髪入れずにもう一方の翼での攻撃も躱す。

 

天彗龍は翼の噴射口を前へと向けつつ、前足で神子を引っ掻く。遠のいた彼女へ翼を叩きつけるが、即座に横へと飛ばれ避けられる。

 

そこへ布都の術が炸裂する。火を乗せた皿が次々とバルファルクへ着弾する。ステップで距離を取り、尚も迫る火皿を龍気弾で叩き落とす。

バルファルクは後ろ足で立ち上がり、翼を下に向けて龍気を溜め、直下の地面を爆破する。接近を試みていた神子が吹き飛ばされたのを見て、もう一度、今度は神子へ向ける。

 

「太子様!」

 

布都が叫ぶが、もう間に合わない。天彗龍の槍翼が赫く染まり、彼女の体がその光に包まれる

 

 

 

 

その直前、突如としてバルファルクの胸部が爆発した。

 

「なぬ!?」

 

天彗龍自身も、突然の龍気の暴発に困惑しているようにもがく。

 

 

 

「いったーい!もう何なのよこれぇ……」

 

声の主は紅魔館の主の妹、フランだった。館の主もメイドも、二人の元に降り立った。

 

「あら、厩戸王ともあろう方が随分なやられようね」

 

「全く、君も変わらないね。まさか援護に?」

 

「まあ、そんな感じね。感謝しなさいよ」

 

そんなやりとりをしているレミリアの元に、フランが自身の手を見せる。見るも無残に紅く腫れあがった右手は、なぜか天彗龍の龍気の色と酷似していた。

 

「咲夜ー。あいつの眼を壊したら、こんな火傷しちゃったんだけど」

 

「あら、これはひどいお怪我ですね。すぐに包帯を」

 

そんなやり取りの中で、レミリアはバルファルクを睨んでいた。当の古龍はピクリとも動かない。フランによって急所を破壊された物を警戒する必要は本来ないのだが、彼女の脳裏には千本の目を持ったあの半妖の姿がちらついていたのだ。

咲夜がフランの包帯を巻き終わると、辺りに満ちていた光が帳を下ろされたように暗くなっていった。ものの数秒で辺りは三日月の夜のような暗さになった。

 

見れば冥灯龍の体は色が抜けた様に青白く変色しており、物言わぬ死体と化したのは一目瞭然であった。張られていた陣が跡形もなく霧散し、幽々子が地面へと手をついた。やりきった言葉も言えぬほどに疲労した幽々子の腕を、紫が手に取った。

 

「冥灯龍、沈黙したわ!急いで戻るわよ」

 

「あら、もう?」

 

「えー、もっと遊びたいのに」

 

「少し出るのが遅かったかしら。まあ、フランも怪我してるから上手くは遊べないでしょ。今日は我慢しなさい」

 

不満をこぼしながらも、フランは紫のスキマへと向かっていく。布都は屠自古を抱え、咲夜は霊夢と魔理沙を立たせる。

 

「……うぅ」

 

「あら魔理沙。気が付いたのね」

 

「……れいむは……」

 

「まだ意識は戻ってないけど、息はしてるわ」

 

そうか……と再び魔理沙は目を閉じた。それを見て神子は、霊夢はどうやって天彗龍の奇襲を回避したのか甚だ疑問に思った。もし天彗龍が神子達を狙っていれば、彼女らは五体満足で済まなかっただろう。

 

ともあれ、早く怪我人の治療をしなければならない。紫のスキマへと急ぐ。

 

 

 

 

 

しかしスキマに一番に着いたのは、この中の誰でもなかった。背後から突撃してきた銀翼の彗星が、スキマごと大気を切り裂いたのだ。

 

風圧にさらわれそうになりながら彼女らが見たのは、胸部から鮮血と龍気を排出しながらこちらを睨みつけるバルファルクの異様な姿だった。

全身のほとんどが赫い龍気に染まり、その色は目が全く見えなくなるほどにまで濃い。

 

「うっそ……心臓の目を握りつぶしたはずなのに」

 

「厄介ね……仕方ない。飛んで冥界へ戻るわよ。対策はそれから!」

 

レミリアがその手に槍を生成し、フランも左手に剣を掲げる。

 

「フラン、あなたは下がってなさい。咲夜」

 

「はっ」

 

「えー。分かったわよ」

 

フランのレーヴァテインが消滅し、レミリアが神速の如き速度で迫る。バルファルクもそれを翼で突き刺さんと構える。

だが何の予兆もなく咲夜がその眼へと銀のナイフを投げた。片目の視力を失い怯む天彗龍の胸部にレミリアのグングニルが突き刺さる。

 

「姑息な手段で悪いわね。発酵させてる紅茶の味が落ちないうちにお暇させていただくわ」

 

レミリアはそう置き文句を残し、全員と共に幻想郷へと飛んだ。

 

 

 

 

冥灯龍と火竜の死体と共に残されたバルファルクに、彼女の残した言葉の意味は分からなかった。ただそこに秘められた嘲りの感情だけは分かった。

それと同時に彼の胸の中で怒りが湧きあがり、それは胸から溢れ出る龍気と鋭い咆哮となって外界へと放出された。噴出する龍気はグングニルを歪な形で押し出し、天彗龍の爪に中ほどから折られた。

 

 

翼を先ほどの比ではないほど赫赫と染め上げ、逃げる幻の存在たち一行へと迫る。と災厄の象徴は、まさしく〝奇しき赫耀〟であった。

 

「!まずい!」

 

奇しき赫耀はまず自身の視界を奪った犯人である咲夜へ突進を仕掛ける。霊夢と魔理沙を背負っていた咲夜は避けきれずに墜ちてしまう。

 

「咲夜!」

 

おぶっていた霊夢や魔理沙も宙に放り出され、眼下の龍結晶へと落ちて行く。奇しき赫耀は次にレミリアと近くの紫と幽々子へと身体を真っ赤に染め上げて襲撃する。

 

幽々子をおぶっていた紫は疲労から反応が遅れ、スキマは期待できそうにない。魔法陣を展開するレミリアの元へと、暴走した天彗龍が迫りくる。

 

 

 

 

しかし、奇しき赫耀が彼女を光に包むことは無かった。

 

 

 

 

 

 

その脳天を鋼鉄の脚が蹴り落としたからである。

衝撃に昏倒するバルファルクは制御を失った飛行機のように、イバラ龍結晶群へと墜落していった。

 

 

 

『危ないところだったな、紫』

 

全身が打ち損じた鉄のような傷を負った歴戦王クシャルダオラが、驚く二人に向かってそう言った。

 

 

「あややや、霊夢さん方がこんなひどいケガを」

 

「私たちもどっこいどっこいでしょ……」

 

落ちて行った霊夢たちを文、はたて、そして彼女ら全員には面識のない青い装束の天狗が腕で抱えていた。

 

「……ひとまず、まずは帰ってから状況を整理しようか」

 

屠自古と妖夢を乗せた布都の船の上で、神子がそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おのれ、あの羽人間め……よくも私をここまで傷つけたな……絶対にバラバラに引き裂いてやる……

だが、なぜあの風の龍が奴らを庇ったのだ?人間など取るに足らん脆い種族なのに、そこらの飛竜よりも弱い奴らなのに、いにしえの竜ともあろう奴がかばう価値などないはず。

 

 

だが私の復讐の邪魔をしたからにはただでは生かさん。絶対に奴も殺して、

 

 

 

 

その瞬間、立ち上がろうとした私の頭を何かが押さえつけた。

 

『いたイ!ハなせ!』

 

私は吠え、その正体を睨みつける。

前に見たことある奴だった。古き存在でありながら、同じいにしえの竜を好んで食らう、全てを滅する古龍。

 

『……オマエはなんダ?』

 

普通のそれより小さい体なのに、感じたことのない異様な力を持つそれの言葉が、はっきりと聞こえたのは幻聴だったのだろう。

 

 

 

 

『オレは、ようかいだ』

 

それが私の耳に届いた最期の音だった。




……よし、大分急ぎ足ですがこれで冥灯龍異変は終了です!



あともう少し続きます。ではまたいつか


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壱拾壱章 語られぬ異変、暴かれる神秘


惹かれゆく淡い灯が立ち消え、霊たちは何事も無かったかのように冥界へと帰って行った。

とんでもない数の霊を捌いていた者たちは息を吐き出し、その場にへたり込んだ。

 

 

 

 

 

もう、終わったんだ。

 

 

まさしくその通り。

元凶は短かったその生を今度こそ全うし、大地へ還った。もう、幻想郷が竜たちの災禍に飲まれることは無い。

以前と全く同じ、という訳でもあるまいが、それはこれまでの異変でも同じだ。とにかく平和が戻ってくる。その事実のみで十分である。

 

 

 

だからといって、これでめでたしめでたしとはならないのも、またこの世の趨勢か。

 

幻想郷の者たちは、その事後処理に追われていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふう……これで最後かな」

 

季節外れの彼岸花が咲き乱れる、彼岸の岸。小野塚小町は薄汚れた船から出ていく数体の霊魂を見送って、溜まった疲れとともにそう呟いた。

 

「あ~しんどいなぁ。話する暇もありゃしないよ」

 

人里では霊魂暴走事件、いや、正確には冥灯龍異変と呼ぶべき異常は、現在進行形で収束しつつある。かの古龍が放つ幽界の灯は立ち消え、殆どの霊魂は正気に戻った。あれに近づきすぎた霊魂たちは未だ暴れているが、死神仲間や現世の彼女らが何とかやってくれているだろう。

小町の仕事は戻ってきた霊魂たちを彼岸へ回収すること。ほぼ全ての霊魂は戻ってきているため、この調子なら心配ないだろう。

 

「さーてと、少しサボりでもしようk」

 

「小町?」

 

そこらへんの岩に寝そべろうとした小町に、声がかけられた。恐る恐るといった調子で振り向くと、少し視線を下に下げたところに、自分の上司の姿があった。

 

「え、映姫さま!?もう戻られたので!?」

 

「ええ。急務だったので手早く終わらせてきました。それより、冥界含め死後の世界全土が引っくり返るほどの騒ぎの中、あなたは暢気に怠慢するのですか?」

 

「いえいえそんなとんでもない!ただ、チョーット腰を下ろそうかなとしていたところで……」

 

どこの世界でも、上の者と下の者の立場は変わらない事を証明するかのようなやり取りを交わす二人。映姫はジーッと小町を見ていたが、やがて視線を外し、小町は胸をなで下ろした。

 

「今回の異変は、幻想郷の地理と狩猟世界とを繋ぐ異変の中で冥界の土地が利用された異変であり、同様の事例が再び起きないよう、幽冥界全体で再発防止に取り組む。……とのことです」

 

「は、はぁ」

 

「八雲紫と西行寺幽々子、それに伴う幻想郷の人妖たちの独断行動については、不問とするそうです」

 

「……まぁ、我々からしたらそれくらいしか言えないですよね。

所で、その狩猟世界ってのは?」

 

彼女らしくもなく、映姫の目が少し泳いだ。小町はそれには気づかずに、鎌を杖代わりにして映姫の返答を待った。

 

「……モンスター、と呼ばれる強大な獣たちが跋扈する世界。人間も原始的な暮らしを営んでいるが、一部の技術はこちらを凌ぐほどである、と聞きました」

 

「へぇ」

 

「〝狩るか、狩られるか〟それがあの世界のルールらしいです。体系化された魔術の類も一切なく、天界や地獄といった機関も確認できないようです」

 

「さらっと衝撃的な言葉を聞いた気がしますが……どうして閻魔様たちはそんなにあの世界に詳しいので?」

 

今度は小町でも分かるほど映姫の目線が不安定になった。まずいことを聞いたか、と思ったが映姫はちゃんと口を開いて答えた。

 

 

「その、聞いたのですよ。現地の情報に詳しいお方から」

 

「……それって誰なんですか?」

 

 

 

「…ヘカーティア・ラピスラズリ様からです」

 

 

「……ほへぇ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かなづちが釘と木材を打つ音が、通りにこだまする。どこか疲れた様な表情を浮かべる住人たちは、しかし力強く、壊れた家屋や道具の修理に勤しんでいた。

 

 

人里

白昼堂々突然やってきた幽霊たちの暴走に、一時は騒然とした里だったが、寺の住職さん方の援護に助けられ、反撃を開始。それでも暴れ続けていた幽霊たちが、不意に正気に戻ったようになり、そのまま消えていってしまった。

何はともあれ幽霊たちの襲撃を乗り越えた住人たちは、これも命蓮寺の協力を得て現在復興に取り組んでいる。

 

 

そんな風景の一角に、僧侶の聖白蓮と話をする青い髪の女性がいた。

 

「……そうでしたか。幻想郷でそんな大きなことに発展していたとは」

 

「すいません、私たちも紫殿の文で先ほど知ったばかりで」

 

「いや、貴方たちの応援あってこそだよ。流石にあの数の幽霊は厳しくてね。妖怪なら自警団でもある程度は対処できるのだが、幽霊相手だと難しいところがあってね」

 

「いいえ、慧音さんの適切な避難指示あってこそですよ」

 

白澤との半妖である上白沢慧音は、聖の言葉に礼を言いつつもすぐに対策を話し合った。

 

「そうか……異変の原因を考えると、優先すべきは幽霊対策ではなく、モンスターへの対抗手段の確立か」

 

「そうなりますね。もう、人々に対して彼らを外来種と説明するのも限界があります。猟師の方々などは既に気が付き始めているようですから」

 

「それに一部の勘が鋭い人にもね。無用な混乱を生まないための措置だったが、もう潮時だろう。山の神や霊廟の仙人ともかけあってくれるかな」

 

「ええ、分かりました。といっても、彼女たちは既に気づいていると思いますが」

 

 

 

 

そんなやり取りを交わしている彼女らを、人混みの向こうから覗く視線があった。

 

「……なるほど、そういうことだったのね」

 

地味な色合いの外套を纏う少女は、稗田阿求だった。彼女は現在起こっている外来種騒ぎに違和感を感じ、小鈴と共に調査を行っていたのだ。たまたま通りで見かけた白蓮を尾行していたところに、先の話を聞いた次第である。

 

あの外来種たちは、モンスターというのか。恐らく少し前に襲来したあの謎の巨龍もそうだろう。あれほどの存在が幻想郷に多く来ていると公にすれば里は恐慌状態に陥るだろう。それを防ぐために里の人々に隠していたのは分かるが、なぜ自分にだけそのことを教えてもらわなかったのかが腑に落ちない。いや、もしかしたらその余裕がないほどに切羽詰まっていたのだろうか。今の彼女たちの話では分からないが、何か異常が起きていたのは違いない。

 

更に詳しく情報を知りたいが、ここで姿を明かす必要もないだろう。少し遠いが、博麗神社に行って巫女に話を聞こう。これほどの異変であるのならば、彼女が知らないはずはないだろう。最近留守にしていることが多いと聞くが、正確な情報を手に入れるためには可能な限り急いだほうがいい。九代に渡って転生を繰り返した私の、これ以上ないくらい正確な経験則だ。

 

 

そうして歩き出した阿求の耳に、再び二人の会話が入ってきた。

 

「そういえば、あの古龍(・・・・)はどうなんだ?何やら今回の異変解決に尽力したとか」

 

「ああ、それですか?さぁ詳しくは何とも……里の防備に必死だったので」

 

「まあ、そうだな。寺には妖精もいないから、彼女(・・)の噂も入りづらいだろう。時間を取らせてすまない」

 

「いえいえ」

 

 

 

古龍。その単語を聞いて自然と阿求の足が止まった。彼女の受け継がれてきた記憶の上澄みに、それは刻まれていたからである。

 

小鈴が魔理沙さんから受け取った奇妙な本に記されてあった、生物の総称。天災にも等しいほどの力を無意識に放出し、現れただけで国を閉ざし、消してしまうような、太古から語り継がれている伝説。余りに現実離れしすぎていた内容だったため、阿求も小鈴もまともに扱っていなかった。

 

だが先ほどの話を聞く限り、慧音はそれが当たり前にいるかのような口ぶりだったし、聖もそれに疑問を覚えていないようだった。

 

 

まさか、あの荒唐無稽にもほどがあるようなでたらめな存在が、幻想郷にいる?なぜ?

 

 

 

 

私が知らない間に、幻想郷はどこまで変わったというの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

妖怪の山の頂にほど近い場所に立つ屋敷。日の高さの割には余り光の入らないその中で、二人の天狗が向かい合って話していた。

 

「……ご苦労であったな、飯綱丸よ。見事な働きであったな」

 

「そのように褒められることではありません。私が少し無茶な判断を下したばかりに、隊に無駄な傷を負わせてしまったのは事実で……」

 

「謙遜するな。お前が一番知っているだろうが、あの危険極まる龍結晶の地へと事前情報もなしに向かって全員生還。しかも現地で言葉も通じぬ原住民を味方につけるとは。そこらの大天狗にできる技ではない」

 

「……ありがとうございます」

 

天魔は飯綱丸の目を見て、いたずらにこう言った。

 

「あの鋼龍を助けたことで咎められると思っていたのだろう?」

 

さとり妖怪を前にしたように心を見透かされた龍は目を見開いた。

 

「案ずるな。既にあの龍の放逐は私の重要事項ではない。いい利用方法を思いついてな。死んだら死んだでそれまでと思っておったが」

 

「……あなたの考えには毎度驚嘆させられる」

 

ふふふ、と機嫌よく笑いながら天魔は飯綱丸の報告書を手に取った。

 

「ともあれ、お前も疲労困憊であろう。明日からしばし暇を出すから、休息すると良い。隊の天狗たちにも同様にな」

 

「お心遣いに感謝いたします。では」

 

飯綱丸は翼を広げて屋敷から飛び去った。

しばらくして天魔は廊下を通って縁側へと出て、青空の元に広がる妖怪の山を観た。

 

 

幻想郷の中でも特に恵まれた土地は、青々と茂り、妖怪でも感嘆するほどの壮観な光景を見せている。未だ計画段階だが、山の中に存在するという〝あの鉱物〟をはじめ多くの資源もまた、存在するのだ。

 

「ふふ……あの龍の存在があれば、我らがこの山全てを掌握することも夢ではあるまい」

 

その欲望を孕んだ独り言は、季節外れの秋風が払ってくれる

 

 

 

 

はずだったが、

 

 

「……!何奴!」

 

突如より背後から異様な気配を感じ、数瞬も待たずに天魔は振り返った。

 

しかしそこにはただ屋敷の廊下が広がるのみで、怪しいものの影は一切なかった。

葉団扇を構えたままに、天魔はその場から風のようにいなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「危ない危ない。勘は衰えていないようだな」

 

艶めかしい、だが何か底知れないものを帯びた女性の声が響く。

 

「全く。せっかく奴と与してストッパーを用意してやったのに、懲りずに逆に利用しようとするとは。悪知恵の働きすぎるものだ」

 

トントンと、座る椅子の肘掛けを指先で叩く。

 

「これ以上調子に乗らせないように、一つ大きく出るか。巫女には悪いが仕方ない。害獣駆除も急いでやらないといけないからな」

 

 

 

 

 

今再び、異変の扉が開かれんとしていた。




ああああああ!!!また章挿入忘れたーー!!


すいません本当に……


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剛欲異聞ネタバレ見ました。いやー、なるほど。そう来ましたか……



昼の紅魔館の一室。包帯が解かれたフランドールの右手を、パチュリーが手に取る。

 

「まだ痛む?」

 

「うん。動かしても痛みが出てくる」

 

その様子を、傍らでレミリアが見ていた。フランの右手はひどく焼けただれたような傷が残っており、人の目では見えない様な小さな静電気、または炎のようにも見えるエネルギー体が、触られるたびに迸る。

 

「どう?」

 

「……明らかに再生が遅くなっているわね。魔法的な処置をしても、効果が殆どかき消えてしまう。原始的だけど薬草治療でごまかすしかないわね。これって、乱入してきた古龍の目を潰したらこうなったのよね?」

 

「ええ、たしかバルファルクとかいう名前だったはずよ。そいつの、なんか、こう、胸の器官を壊したら火傷しちゃって」

 

うーん、とパチュリーはあごに手を当てて悩む。

 

「……確か、バルファルクはエネルギーを胸部で生成するから……フランが破壊したのはそちらかしら」

 

「壊した後にまた追いかけてきたけど?しかも、もっと赤黒くなってきて」

 

「きっと他にも生成器官があるのよ、予測だけど。でも、確信が持てたわ。これは龍属性による火傷ね」

 

「「龍属性?」」

 

二人の吸血鬼が姉妹そろって首をかしげると、パチュリーはモンスターの編纂書を持ってきて、あるページを開いた。

 

「こっちの世界に五行や三精、といった属性があるように、あちらにも同じ属性があるのよ。火、水、氷、雷。そして龍。

自然界における属性には、良くも悪くも特徴がはっきり分かれているのよ。それらが互いに相生、相剋の二つの面を持って循環することで、自然界は正しい循環を送れる。レミィ、聞いてる?」

 

「え?あ、もちろんよ。分かり切ってる説明だからね」

 

フランがジト目でレミリアに視線を送り、パチュリーは一つため息をつく。

 

「……まあ、いいけど。これらが属性の持つ役割というわけ。たとえどんな世界であっても、それは変わらない。

でも、この龍属性だけは違う。本来の属性の役割を全てかき消す……自然を冒涜する科学理論でも、こうはならない」

 

龍属性に侵されたフランの右手を優しく取りながら、そう言う。

 

「もっと気になるのは、古龍との関係。彼らの血にはこのエネルギーが秘められている」

 

「……それって?」

 

「自然の化身である彼らにとって、このエネルギーは毒よ。彼らの持つ能力と反発しあってしまうもの。最悪の場合は力の暴走につながるかもしれない。貴方たちが見たその古龍もそうなんじゃないかしら」

 

二人の脳裏に、復讐へ狂い、文字通り突然変異したあのバルファルクの姿が浮かぶ。あふれ出す自らの龍気に侵された黒い姿には、強大な吸血鬼である二人でさえ恐ろしさを感じないではいられなかった。

禍々しい火傷の痕を、フランは心配そうに見つめた。

 

「……治るの?この手」

 

「そんなに不安にならなくてもいいわよ。治療方法はあちらの世界で既に確立されてるわ。魔法の森に行けば、材料が手に入ると思うけど」

 

「美鈴に行かせましょうか。まだ咲夜には無理は頼めないしね」

 

三人はそう言って図書館から出た。

 

 

 

どかーん!!

 

「えっ!?」

 

フランが驚きの声を上げる。その理由は彼女たちの目の前にあった。

 

 

 

紅魔館に勤めている妖精メイドたちが、仕事を放棄して物を投げたり、弾幕を飛ばしあったりして遊んでいるのだ。その様子は遊びと言うには余りにも派手すぎるというか、半ば暴走に近い状態であった。

 

「お嬢様!?申し訳ありません、すぐに落ち着かせますので」

 

「いや、いいわ。私が直々にお仕置きしてあげる」

 

そう言ってレミリアは四方八方を飛び回る妖精の群れへと突っ込んでいった。

 

「これが龍属性の暴走ってやつなの?」

 

「……いや」

 

パチュリーは無差別に弾幕を放つ妖精たちの背中を見ながら、ある推論を打ち立てた。

 

 

 

 

 

「きっとこれは、いつもの(・・・・)めんどくさい奴の仕業ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

所変わって神霊廟。床で眠る屠自古の傍に、神子は神妙な面持ちで座っている。そこに新しいお湯を持ってきた布都が入ってきた。

 

「太子様。まだ完全に治ったわけではないのですから、床で安静にしていてください」

 

「心配するな。布都のお陰で大方治ってきたところだよ。それより、屠自古の方は大丈夫なのか?」

 

その場から動こうとしない自分の主に、布都は洗いざらい屠自古の病状を話した。

 

「結論から言いますと、かなり危険ですな。何か、毒?のようなものに侵されている様なのです。我が仙術を持ってしても、如何ともしがたいです。一応竹林の医者には来るように言っていますが、あの二人の治療にかかりきりでして、すぐには来れそうもない、と」

 

「……そうか」

 

神子は屠自古の頬へと手を添える。亡霊となった体からは冷たさと、あるはずのない僅かな熱も感じる。

バルファルク。大気中から酸素を取り込み、龍気という未知のエネルギーを吐き出す彗星の古龍。霊体である屠自古に攻撃を当てるなど、霊力などを用いなければ不可能なはず。加えて布都の龍脈術も効果を示さない。もしかしたら、彼女はこのまま成仏してしまうのではないか。

 

いや、それだけは駄目だ。私の願いに亡霊となってもついてきてくれる彼女を、このまま死なせるわけには行かない。共に天人へと至るのだ。必ず。何か、なにか治療法はないのだろうか。この自然の秩序に反する力を排除できる方法は……

 

 

 

「ハーイ、神子様!」

 

「痛っっ!!」

 

いきなり背中を勢いよく叩かれ、傷に重く響く痛みに神子は悶絶する。

床に空いた穴から神子の背中をビンタしたのは、霍青蛾。彼女が穴から出てくるのに続いて、口に袋を咥えたキョンシーも現れる。

 

「登れないー、持ち上げてくれー」

 

「ああ、ああ、分かった分かった」

 

宮古芳香は布都に引っ張り上げられて、咥えた袋は青蛾にひょいと取られた。

 

「良い子ね芳香ちゃん。あとでお肉あげるからねー」

 

「わーい、やったーー」

 

「ちょ待て待て青蛾殿。いきなり床に穴を開けて入るのはいくらなんでも」

 

「まあまあ物部氏。落ち着いてください」

 

青蛾は袋の口を開き、中から青い粉末状のものを取り出した。

 

「?それはなんじゃ?」

 

「治療薬ですよ。龍属性やられへの」

 

床に転がる神子の口の中へ、青蛾はその粉末を押し込んだ。

 

「むぐっ!?」

 

「大丈夫ですよ神子様。すぐに良くなります」

 

突然喉元へと迫った異物を、時間をかけながらも神子は飲みこんだ。途端、口を抑えてえずく。

 

 

「!!!!苦い……とてつもなく苦い!!」

 

「ええ、ええそうでしょう。にが虫の成分を濃縮して作ったのですからね」

 

「こうかは私でじっしょー済みだ」

 

「虫!?お主、太子様のお口にそんなものを!」

 

慌てないでくださいと言ったでしょうと、青蛾は屠自古の元へと近づき、粉末を布都の持って来たお湯へと混ぜる。

 

「古龍とは、とても素晴らしい生物ですよ。私たちの叡智を持ってしても不可能なほどの広範囲に及ぶ力、悠久にも等しいような生命力、獣には決して辿り着くことのできない知能。果たしてこれほどまでの力の根源は何なのか。

それは、この美しい結晶が全て語ってくれるでしょう」

 

青蛾は金剛に似た輝きを放つ、龍結晶を神子へと差し出した。

 

「けほっ。…それで、その正体はなんなのだ?」

 

「恐らくですが、彼らは自然の力を抑止しているのです。この龍属性エネルギーによって。お耳にしたことは?」

 

「確か、あちらの本に書いてあったな。文面には正体不明のエネルギーとあったが」

 

「そうです。龍属性は他の属性の力を封印します。炎や冷気といった五行的なものから、毒性のものに至るまで幅広く。古龍種はこの龍属性を用いて、自然界に存在する属性エネルギーを自らの体に留め、龍属性の出力を調整することでそれを放出する……これが彼らの能力のメカニズムでしょう」

 

布都が神子にお湯を差し出し、彼女はそれを一息に飲み干す。大部分の苦みは押し流され、未だ喉にこびりつく残留感を感じながらも、神子は青蛾の話に耳を傾ける。

 

「……神子様たちが戦ったその古龍は、龍属性に特化した進化を遂げた種なのでしょうね。龍属性として発露しなくても、その龍の一撃に龍の力が込められているのは明らか。ただ、霊体に直接攻撃したのではなく、屠自古殿の雷のエネルギーに反応した。そして屠自古殿自身にも傷を負わせた、正確に言えばこういうことになります」

 

今度はゆっくりと、屠自古の口へと薬剤を飲ませる。

 

「これはウチケシの実という、あらゆる属性やられを治すことの出来る実です。今の屠自古殿は、内包する雷の力が龍属性に侵され、それによる不安定化によって目を覚まさないのです。それをにが虫の増強作用を使って調合すれば……」

 

それまで本当に死体のように寝ていた屠自古が、勢いよく起き上がった。

 

「にっ!がーーーー!!!」

 

「おー。とじこ、お帰りだぞ」

 

「なんだこれ……って青蛾!お前の仕業か!」

 

「……ぜ、全快しておる」

 

ものの数秒でいつも通りに雷を落とせるまでに回復した屠自古は、神子を見て一時の激情を抑えた。

 

「た、太子様。お怪我は大丈夫なのですか」

 

「全く、心配させおって。私ならこの通りだ。青蛾殿に感謝しなさい。彼女の薬のお陰で我らは助かったのだから」

 

「え?こやつが我らを?」

 

「もー、信用されてないですわ」

 

「そうだぞ屠自古!青蛾殿が帰ってくるまで我がしっかり看病しておったのだからな。むしろ我に感謝すべきだぞ」

 

「いやお前に礼を言うのはもっと嫌だ」「何っ!?」

 

屠自古と布都がいつもの喧嘩を繰り広げ、青蛾と芳香はそれを煽る。いつも通りの日常の再来に、廟の主は幸せにほほ笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ああ、ご無事でよかった。あの邪仙も少しは丸くなったか」

 

その光景を、扉から見ていた人物は安堵の息を吐いた。

 

「懐かしいな。あの二人も、あやつも全く変わらないし、物分かりの悪い侍従もいる。本当に、あのお方の周りは全く変わらないなぁ」

 

かつての自分、いや彼女を形成している一部分であった時にはなかった膨らみの底を見て、今度はどうしようもない無力感を孕んだため息をついた。

 

「「お師匠様ー」」

 

覗いていた扉は閉じられる。師匠と呼んだ二人の前には、威風堂々たる御姿があった。

 

「準備は済んだか」

 

「はい。いつでも踊れます」

 

緑色の服を着た少女の答えを聞き、二人に告げた。

 

 

 

 

 

 

「よろしい。舞、里乃。幻想郷全ての者の背中に、お前たちの乱舞を届けてこい!」

 

 

閉められていた扉が一斉に開かれ、名前を呼ばれた二人は踊り狂う。

 

 

 

その様子を尊大に睥睨する神の名は、魔多羅隠岐奈。

 

彼女の力はほどなく、幻想郷に轟き渡るだろう。




ほんの少し原作の流れを変えさせてもらいました。

ではまたいつか


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妖怪の山の麓にて、白狼天狗たちは熱戦を繰り広げていた。

 

「回転攻撃だ、注意しろ!」

 

隊長の犬走椛が叫ぶと、巨大なハンマーのようなものが立ち木を次々と薙ぎ払っていく。白狼天狗たちはそれを安全圏まで退いて躱し、回転を終えたモンスターと睨み合う。

 

 

 

苔の生い茂った甲殻に、大きな黄色い角。小山にも例えられる巨体を屈強な後ろ足で支え、背中のコブからは怒りを露わにするように蒸気を立ち昇らせている。

 

尾槌竜 ドボルベルク

 

森の生態系の中では頂点に位置するモンスターであるが、その体には何条もの傷が走っており、荒い鼻息からは怒りの中に消耗も見える。

それでも瀕死の獣竜は暴れ、目の前の天狗たちを吹っ飛ばしてきた。だが彼女らが遠距離戦へ切り替えると、戦況はドボルベルクの不利に傾いた。直接的な遠距離攻撃手段を持たないため、疾風の斬撃などの弾幕は彼の体力を大きく削いだ。

 

 

加えて、この場には対モンスター相手の専門家がいる。外から来たモンスターを捕獲して送り返すという役割に奔走する、山の仙人。

 

「今よ、務光!」

 

茨木華扇の指示に従って、イタチのような生き物が雷光を纏ってドボルベルクへと駆けていく。

苛立つドボルベルクは角を地面に突き立て押しつぶそうとするが、務光の小さな体は攻撃をすり抜け、あっという間にドボルベルクの背中へと登りきる。

務光は大きく体を震わせると、その小さな体からは想像しがたい電気が溢れ、ドボルベルクの体を流れる。既に破壊された無防備なコブの傷に響き渡り、尾槌竜の動きが一瞬だけ止まった。

 

「麻酔玉!」

 

間髪入れずに白狼天狗たちが赤い玉をドボルベルクへ投げつける。大気中へ放たれた麻酔成分は尾槌竜の傷から、あるいは酸素に飢えている肺へと侵入する。

 

 

 

ドボルベルクの巨体を支える後ろ脚から全身へと力が抜け、巨大な獣竜は横たわる。やがて麻酔は脳まで届き、尾槌竜は沈黙した。

完全に眠った尾槌竜を見て、華扇は懐からいくつかの札を取り出し、それをドボルベルクの体に張り付けていく。

 

「……帰りなさい。あなたのいるべき場所に」

 

しばらくすると眠るドボルベルクの地面にスキマが出現し、ドボルベルクを呑みこんでいった。

 

「送還完了だ。全員よくやった!」

 

厳しい戦いの終わりに、白狼天狗たちは歓喜の声を上げた。務光も華扇の体へとよじ登り、顔をすり寄せる。

 

「貴方もお疲れ様」

 

華扇は雷獣のあごをかいてやり、務光はくすぐったそうに尻尾を振る。そこに椛が近寄り、歌扇に話しかける。

 

「ありがとうございます。あなたの判断のお陰で、大した負傷者も出ませんでした」

 

「いいのよ。仕事柄、私はあいつからモンスターの情報を少し多く仕入れているだけよだから」

 

「そういうことですか。あの賢者殿も、少しは我々に情報を多く提供してくれればいいのに」

 

「元凶探しに多忙だったからね。でも、これからは貴方たちにも情報が行き届くようになると思うけど。最低限のね」

 

椛は華扇を気持ちにらみながら、「だといいですね」と答えた。他の白狼天狗たちが先に帰るなか、椛は華扇と話を続ける。

 

「ここのところ、モンスターの数は着々と減ってきている。もうひと踏ん張りすれば、以前と同じように戻れると思うわ。山の近況はどうなの?」

 

「こちらはまあ、捕獲したモンスターを賢者の式に送りつづけて、結構な種類を駆除できました。……ただ唯一、あの天狗獣だけは苦戦して。あくどい悪戯でこちらをおちょくってきて、用が済んだらとっとと逃げる。全くどっかの烏天狗の記者みたいですよ」

 

「それはまあ、災難ね」

 

「本当に。少し前に烏たちと組んで戦ったんですが、一丁前に実力も高かったんですよ。今も捕獲は出来てませんね」

 

椛が悔しそうに愚痴を漏らすのを、務光は背中をかきながら華扇の腕に収まる。

 

「山のビシュテンゴに、魔法の森のババコンガ。無名の丘のプケプケと、霧の湖のドスマッカォ及びその群れ。そしてその他諸々……

まだ残ってるモンスターの中で特に警戒すべきなのは、未だに居場所の分からないリオレウスに、竹林のマガイマガドね」

 

「火竜はともかく、竹林の怨虎竜はどうするんです?あそこは病気やケガをした人間も通るでしょう」

 

「そうなのよねぇ。あそこの医者たちも患者が来れないのは看過しないでしょうし、何かマガイマガドが人間を襲えない様な仕掛けでもあるんじゃない?」

 

「……流石は元月の民ですか」

 

これから夏を告げるにしては妙にぬるい風が辺りに吹き、眠りかけていた務光は辺りを見回した。

 

「あ。そういえばあなたに聞きたいことがあったんでした」

 

「何?貴方たちが必要な情報なら、既に全部伝えてあると思うけど」

 

「いいえ。これは私の個人的な質問です。無論、他言無用にします。答えてくれますか」

 

「……いいわ。それで、あなたの聞きたいことって?」

 

椛がいつになく神妙な面持ちになり、華扇の背筋が少し伸びる。青々とした森の緑が、乾いた葉擦れの音を出した。

 

 

 

 

 

「あの……怪物は、ネルギガンテは今どこに」

 

椛の脳裏に、二つの巨角を携えた黒い龍の姿が揺れる。

ネルギガンテの存在は、一応椛もあの事件を経験してはいる。当時はまだまだ下っ端だったため彼女は駆り出されなかったが、先に直接相対した時のあの威迫は、当時を生き残った上席たちが皆そろって口を噤んだ意味を椛の本能に植え付けた。

あの時賢者が介入していなければ、椛は五百年前の犠牲者たちのように棘だらけの死体となっていたかもしれない。それを考えると、眠ろうにも眠れなくなるのだ。

 

人が妖怪を恐れるような椛の恐怖する様子に、華扇は内心驚いていた。しばし彼女は思案に耽りつつ、椛の質問に答えた。

 

「今は、何も。五百年間どこで潜伏していたのか。今、幻想郷にいるのかどうかすらも分からないの。」

 

「そう、ですか。なら、いいです」

 

椛は背を向けて、帰還しようと足に力を入れかけた、その瞬間。

 

 

 

 

 

 

目の前の空間が、くれないの紅葉で埋まり切った。

 

「なっ……なんだ?何が起きている!?」

 

「これは……」

 

森の装いだけでなく、二人の肌をなでる山風は秋風へと変わり果て、地面を見ればコスモスが見事な花弁を広げている。

 

「異常事態発生!動ける者は直ちに集まれ!」

 

忙しく動き回る椛に対し、茨木華扇はその場から動かず、ただ思考を巡らせていた。周囲の環境のあまりにも突然すぎる変貌に、務光は不安そうに華扇の体へと身を寄せた。

 

 

 

「やっぱり……そういうことなのね」

 

今までの予感が的中してしまったことに、歌扇は顔を僅かに暗くした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……んぅ…」

 

「あ!藍さまー、妖夢が起きました!」

 

「橙ちゃん……?」

 

ボーっとする頭に、数人の足音が聞こえる。

 

「妖夢!?大丈夫?痛いところはない?」

 

目を見合わせるや否や、彼女の主人である幽々子は急いで妖夢に近寄り病状を聞いた。いつも飄々とした様子を崩さない幽々子の姿を見てきた妖夢にとって、今の彼女はとても見慣れなかった。それでもすぐに返事をして

 

「幽々子様……はい、今は何とも…」

 

そこまで来てようやく、妖夢はなぜ自分が布団に横たわっているのかを知った。

 

 

 

冥い命の灯を放つ龍を消すべく、自身の主とその友人、そして異変解決者が赴いたのだ。妖夢は彼女らを援護しているとき、乱入してきたリオレウスを相手取った。霊夢と魔理沙の二人の支援もあって何とか……というところで火竜の炎が眼前に迫り、それを紫様から賜った鉄刀を使って防御しようとしたところで、妖夢の記憶は途切れている。

 

そこまで考えが至ったところに、幽々子が心から安堵した表情で言った。

 

「大丈夫よ。あなたのお陰で、あの龍はもう息絶えたから」

 

「そう……でしたか」

 

「妖夢がリオレウスのブレスに撃墜されたところを、霊廟の仙人が救助に来てくれてな。吸血鬼たちに、天狗やあの鋼の龍も駆けつけてきて、異変の収束に至ったというところだ」

 

詳細を詳しく教えてくれた藍に感謝し、妖夢は幽々子に向き直ろうとしたところで、庭の外の風景が目に留まった。

 

「え?あ、あれ?雪…?」

 

彼女が丹精込めて作った庭の枯山水は雪化粧に染まっており、桜も今は純白の花を咲かせている。

まさか夏初めの異変から冬真っただ中まで昏睡していたのか。

そんな妖夢の考えを払拭したのは、先ほどからずっとしんしんと降り積もる雪を見ていた紫だった。

 

「これはね、私の知り合いが起こしてる異変よ。もちろん、一応正式な、ね」

 

「い、異変?幽々子様、私が寝ていたのは幾日でしたか?」

 

「えーと、三日だったかしら」

 

妖夢が目の前の現象に唖然としていると、再び紫が口を開く。

 

「はぁ……少しは頻度を考えたらいいのに、あいつってばせっかちねぇ」

 

「仕方ないでしょう、今回ばかりは。流れ込んだ地脈エネルギーを吐き出させることが出来るのはあの方しかおりませんし、あの御方であれば、たとえ解決者がいなかったとしても引き際をわきまえてくれますでしょう」

 

「そういう問題じゃないのよね~」

 

藍と紫の会話に、妖夢は違和感を覚え、新しい包帯を持って来た橙にその事を質問した。

 

「ねぇ、橙ちゃん。解決者がいなかったとしても、ってどういう意味?」

 

「あー……それはね、普段異変解決してるあの二人が、今動けない状態なんだ」

 

「え?」

 

「妖夢が力尽きた後にね、天彗龍っていう古龍まで来ちゃったんだよ。霊夢と魔理沙はその奇襲を受けて、意識不明の重体なんだ。今は永遠亭で安静にしてるけど、目を覚ますかどうかは……その……」

 

妖夢が絶句していると、その後ろに藍が寄ってきた。

 

「妖夢のほうは風水師の応急手当もあったから、火球を浴びても命の危機には至らなかったんだ。ただ、あの二人は古龍の超速度の突撃を食らってしまっている。五体満足だっただけで奇跡の領域だ。回復の見込みは……残念ながらかなり薄いと言わざるをえない」

 

「そんな……あの二人が……信じられない」

 

冬が続いた異変の真っただ中だろうか、妖夢は霊夢や魔理沙と手を合わせている。当時でもかなりの強さを誇っていたあの二人が、こんな死に方を迎えるかもしれないなどとは夢にも思っていなかった。

 

「紫様、二人を治すことは出来るのでしょうか?」

 

「可能ではあるけれど、妖怪である私たちが彼女らの治療をするわけにもいかない。そうでもしてしまったら、彼女らはこちら側に付かざるを得なくなってしまうもの」

 

長いため息を吐くように言葉を紡ぎながら、紫は庭の銀世界へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうにかして()()()()()()を抑え込まないと……」

 

 

その呟きを拾った者は、この場にはいなかった。

 




ドボル「俺の出番あれだけ?」

百々世に食べられなかっただけマシ。


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サンブレイクまだ……?


幻想郷の四季が狂った。

本来の季節は初夏が来ようとしているところなのに、里や太陽の畑は例年以上の猛暑。博麗神社は桜の海。妖怪の山は紅葉の畳。魔法の森は銀世界。

 

 

誰がどう見ても、明確な異変だった。直接的な被害こそまだ出ていないが、精霊や妖精に妖怪の活発化と、何かの意思が蠢いているのは明白であった。早く異変の収束を願う者たちは、そこで異変とは違う異常に気付いた。

 

 

 

 

普通ならば異変にはすぐに出てくるはずの博麗の巫女が、一週間経っても現れない。彼女とよく行動を共にする魔法使いも同様であった。神社に確認しに行った稗阿礼の子自身が、彼女たちの姿を見れなかったというのも、里では話の種になっていた。

 

ならば他に異変を解決できる者は、と待ってみるも出てこない。

それもそのはず、何せ彼女らはつい先日までモンスターたちと戦っていたのだから、すぐに異変解決に赴けるほど余裕な者はいない。

 

 

異変解決への光明が見えない、原因もまるで分からない不安な状態が続く中

 

 

 

 

 

 

 

「いやっほーーーい!!」

 

馬鹿騒ぎをしている妖精が一匹いた。いつにもまして元気百倍!といった感じのチルノは、夏の若葉に冷気を当てて凍らせる。付近のうだるような暑さが葉についた氷を溶かし、水となって地面に滴る。

 

「いやー、やっぱ夏はこうでなくちゃな」

 

カンカン照りの太陽と凍り付いた森の木々を見て、満足げに鼻を鳴らすチルノ。葉に付いた霜に反射した光が、浅黒く染まったチルノの肌に届く。

 

「……それになんだかすごい力が湧いてくるぞ!今なら幻想郷も支配できそうだ!」

 

普段からサイキョーサイキョーと豪語しているチルノだが、今のチルノは普段以上に色々と漲っているようだ。

 

「よし、そうと決まれば早速出発だー!」

 

 

 

 

 

そしてチルノは幻想郷を飛び続ける。行く先々で精霊や同族たちを蹴散らすその様は、日焼けした様な肌もあいまって猪のよう。発揮する冷気の力も、急に寒くなって飛び出してきた雪女が驚くくらいには冷たかった。

確かにチルノは、妖精の中ではずば抜けて力がある。過酷な地獄の妖精であるクラウンピースとタメを張れるくらいには強い。氷という、一見生命力とは縁のないものだが、その分競合相手が少ないためこれほど強いのだ。

 

 

ただ強いとは言えど、あくまで妖精の範疇でだ。幻想郷全体から見れば下級妖怪ほどのレベル。それなのに、今のチルノは余りにも強い。いや、()()()()。特に何か急に強くなるようなマジックアイテムを使ったわけでもないのにこれだ。端的に表すのなら、暴走が最もしっくり来るだろう。

要は、チルノもまた異変の影響を強く受けたに過ぎないのだ。

 

 

 

 

そんなことは露とも知らず、チルノは妖精の群れへと勝負を仕掛ける。妙に必死な妖精の説得もむなしく、チルノは奥へ奥へと進んでいく。その後も妖精の群れが異常なくらいの大群でチルノを止めようとするが、今の彼女に止まるという思考はなかった。

 

かつて襲ってきたランポスの群れよりも苛烈な攻撃を退け、チルノが森の奥へと進んでいこうとした、その時。

 

 

 

 

 

 

チルノの猛進は、突風によって防がれた。木々の枝が折られるほどの強風に、小柄な体が地面に落ちる。

 

「いてっ!」

 

氷をばらまいて衝撃を緩衝し、なんとか着地できたチルノ。

 

しかし直後、異様な気配が周囲に広がる。

チルノはこの感覚に覚えがあった。それは、とても強い妖怪と会った時の感覚。目の前のものを鬱陶しいと不快がる感情。違いは、それらを凌ぐ重圧が今のチルノの身に圧し掛かってきていること。

 

森の奥から、巨大な影が歩いてくる。

 

 

 

ギシッギシッ

 

それが徐々に近づいてくるたびに、葉擦れの音より不快な、重い金属音が響く。同時に、小さな氷精の体が震え始める。寒さのせいではない。

 

 

葉の間から差し込む太陽の光が、少しずつ、その正体を暴いていく。

 

 

 

赤茶色に錆びた金属の甲殻。何条もの傷が走ったその様は、ボロボロになった車の外装のよう。体を覆うように広い翼も色は抜け、翼膜には穴が何か所も空いている。頭部に戴く角は半分以上が折れ、根元から折られた右角の根本は大樹のこぶのように潰れていた。

 

「あれ?クシャも日焼けしたのか?」

 

自分たちがよく遊んでもらっている相手だと分かり、チルノはいつもの調子で声をかけた。名前を呼ばれた鋼龍は、どことなくぎこちない動きで首を回し、チルノを見た。

 

「いつもと目が違う。」心からそう感じる様なクシャルダオラの視線を直に浴び、チルノの腰が引けた。

 

 

 

 

『……氷のか。何しに来た』

 

 

突然、チルノの耳に声が届いた。いつも通わせる〝声〟とは違う、〝振動〟と言ったほうがいいような響きだった。

 

「え?クシャ、いつの間に言葉を覚えたんだ!?」

 

『……そんなことはどうでもいいだろう。で、用は?』

 

〝振動〟は明らかに不機嫌なのが分かるほど、歪を孕んでいた。少し頭の足りないチルノでも、今の彼女を決して刺激してはいけないのは身に染みて分かった。さっきの妖精たちはこれを恐れていたんだとも、同時に思った。

 

「あ、ええと。なんか力が湧いてきたから、いっちょ幻想郷中の奴らを一泡吹かせようと思って」

 

『それで、私のところに来たのか?』

 

「ち、違うんだ!少し道に迷っただけで……ほら、ここの妖精達がいないからさ。いつものお前の寝床だって分からなくて、つい……」

 

先ほどまでの勢いはどこに消えたのか。王の圧倒的な威圧に、小さな妖精は今にも立ち崩れそうだった。

思わず後ずさりしたチルノが、足を引っかけてこけた。見れば、以前クシャルダオラが捕ってきた月の探査船が、原型をとどめないほどに食われ、配線やら何やらが散乱していた。

 

だが錆びたクシャルダオラはチルノと向き合い、さきほどよりも少し落ち着いた〝振動〟の調子で話しかけた。

 

『あいつらには今出ていってもらっている。私が脱皮をするのでな』

 

「だ……だっぴ?」

 

『そうだ。異変解決、とスキマ妖怪は言っていたかな。妖怪たちと組んで故郷の猛者どもと戦っていたら、結構な傷を負ってな。時期もちょうどだから、いっそ脱皮の準備を進めているわけだ』

 

「へぇ~。クシャって虫みたいなことするんだな」

 

『間違ってはいないな』と、錆びた鋼龍の口から発せられた吐息が、チルノの耳を震わせる。

 

『こうなるとかなり動きづらくなるし、柔らかい内側の甲殻に擦れて痛いのだ。脱皮中など隙でしかないから、とてつもなくイライラしてしょうがない。苛立って見たものすべてに攻撃してしまうかもしれんから、彼女らには避難させているのだ』

 

「………………ん?それってあたいも逃げたほうがいい?」

 

『体ごと砕かれてズタズタにされたくなかったら、すぐに』

 

チルノはすぐに離陸し、空へと飛んでいく。そのすんでに、『氷の』とクシャルダオラが呼んだ。

 

「氷のじゃないよ!あたいにはチルノって名前があるんだい」

 

『……そうか、チルノだな。覚えておく』

 

「おう!じゃあなー!」

 

チルノは夏の空へと翔けていき、その青い髪は空に溶けこんでいった。錆びたクシャルダオラは、石畳の上に座る。

 

 

痛みに耐えながらも体をくねらせて、硬くなった古い外殻を剥がそうとしながら、彼女は思った。

 

『(……妙に背中が痒いな。あの紅蓮の飛竜に上から爆撃されたのがきたか?)』

 

 

背中の異物感は無視に努め、錆びた王は脱皮に集中する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もし、目の前に自分が最も欲しいものが山のようにあったら、どうする?

 

当然、貪るに決まっているだろう。罠と警戒していく者も、結局は獣のようにそれへと群がる。どんな生き物も、決して欲には逆らえないのだから。

 

 

 

 

なら、目の前にいる黒い龍も、そんな生き物の内の一つだろう。

 

筋骨隆々とした黒い体を棘で覆う、側頭部からは巨大な角を生やした魔物。生物学的に言うならば、古龍目 滅龍亜目 ネルギガンテ科に属するモンスター、滅尽龍 ネルギガンテと答えるのが正解のように見える。

 

 

ただ、それでは部分点にとどまる回答だ。

 

確かにもとはそうだったろう。でも彼はもう古龍であることを捨てたのだ、自分から。代わりに生命として不合理な存在である妖怪を喰らうことで腹を満たす、それが妖怪 ネルギガンテとしての彼の本当の姿。

 

 

 

だから今彼がやっている行為は、決して彼の腹を満たすものではない。

 

時が止まっていたように静かに死んでいた冥灯龍の亡骸に、嬲るように荒々しく牙を突き立てては咀嚼し、喉を通して体へと吸収していく。既に暴走した天彗龍を骨も残さず平らげた後だというのに、腹に入れるペースはむしろどんどん速くなっている。

彼の舌はひたすら、苦い、まずい、味は最悪だ!と脳内へと訴えていた。でも彼の理性はそれを拒否し、赤い血がべったりとついた青い肉を体内へと送っていく。その目は腹を満たして満足した獣のそれではなく、上へ上へと上がりつつある力に、己の野心が褒めている欲望のそれだった。

 

 

 

しばらくして、そこに冥灯龍はいなくなった。いや、そこにいたという証拠を示すものがなくなったと言った方が正確だ。

 

ただ一頭、蠢いているのは、先ほどよりも黒みを増した姿の()()。静かなる地脈の収束地を脅かすような、凶悪な棘が全身からあふれ出していた。

 

 

 

 

 

 

咆哮。それは言葉で表すのも憚られるほどに残虐な笑い声。もしくは、自分の獲物へ己の力を知らしめる喇叭。

 

 

そう、それでいい。

 

飛び立つ先はここではない世界。忘れられた最後の桃源郷。あれはそれを己の糧として絞りつくそうとする。確実に、どんな困難に出くわしても。

それが本能だから。

 

 

 

だから、急ぎましょ。あなたの道を閉ざしたくないなら、ね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

——————————————

 

命がもたらす喧騒から隔絶されたような静寂に包まれる竹林。白く控えめな花が咲き誇るのは、六十年に一度だけの彼らの祝宴。

 

 

外はこんなにも綺麗なのに、全く目を開ける気配のない人間が二人。黒髪と金髪の少女は、絶対安静の中で寝ていた。この亭の主治医は症状の解明。彼女のペットである元月の兎は薬の材料の調達に幻想郷中を走り回されていた。

 

外の風が彼女らの髪を撫でる。

永遠亭は沈黙したように歪みの音も聞こえず、二人が生きていることを示す小さな呼吸のみが響く。

 

 

 

 

 

 

音もなく、少女が現れた。白い無地のワンピースを着た、普通の少女。

 

パタ、パタ

裸足が木の床を歩き、二人の顔へと近づく。少女は二人の顔をまじまじと見つめ、なよやかな指で霊夢の口元を開けた。

 

 

 

少女も口を開け、そこから滴る一滴の鮮血を霊夢の喉へ注ぐ。同様に魔理沙にも口移しを行い、優しく口を閉じさせる。

 

 

 

眠る二人の顔を見ながら、白い少女は部屋から出て行った。

 

 

 

 

この時点で、これを知る人は誰もいなかった。



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12章 交わりはより深く


新章に入ったので、題を漢数字から普通の数字に変えました。あと遅れてすいません。


博麗神社

 

桜色の海はほぼ枯れて落ち、木々は秋の到来へと備えるため葉を赤くしていた。

 

「おーっす!霊夢はいるかー?」

 

そんな神社に声を張って一人の少女が現れた。

 

 

小柄な体格には似合わない大きな二本の角に、円や四角、三角錐のついた特徴的な鎖を巻いているのは、かつて鬼の総大将と呼ばれた伊吹萃香である。

 

萃香は張戸を開けて神社に土足で入り込もうとすると、そこに鋭い声が響く。

 

「ちょっと、駄目ですよ!土足で入らないでください」

 

宴会用のシートを広げていた少女が、萃香を注意した。

 

 

深緑色の髪から小ぶりな角が生え、腰の辺りには犬に似た尻尾を生やしている。妖怪と同じく人外の存在であるが、それらとは違う神聖な力を持っている。

 

高麗野あうん

寺社仏閣で見かける狛犬。その神霊が今回の異変で受肉した、神獣である。

 

「えー、別にいいだろ?それくらい」

 

「はぁ。霊夢さんはまだ帰ってきてませんよ。少し永遠亭で療養してから戻ってくるそうです」

 

「おお、そうか。全くあいつらもあんな面白いことやるなら、私にもひと声かけてくりゃいいのに」

 

「あの時はそれどころじゃなかったことくらい、萃香さんでも分かってるはずですよね?」

 

あうんが萃香を少し睨むと、「冗談冗談」と瓢箪の中身を呷る。

 

「しかし、霊夢も魔理沙もいないから、誰が解決するんだと思ってたが……まさか、ねぇ」

 

「ああ、それは私も驚きましたよ。てっきり守矢神社の早苗さんが出てくるものだと思ってましたので」

 

あうんと萃香は目を合わせ、既に収束しつつある四季異変の経過を思い出していた。

 

「……まあ、霊夢さんが帰ってくる頃には準備も終わるでしょうし、先に呑んでていいですよ」

 

「お、気が利くじゃないか」

 

「言っても手伝ってくれないでしょうし。ただ、邪魔はしないでくださいよ」

 

萃香は神社の屋根へと登り、散りゆく桜を眺めながら一口酒を呷った。

 

 

 

「あの怪我から突然回復だなんて、一体全体なにが起きたんだろうねぇ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人里

大方の復興作業が終わり、汗を拭った彼らは手元に握られた新聞に目線を落としていた。そこには四季異変の情報も書いてはあるが、人々の興味を奪っているのはそちらよりも厚く印刷された新聞の方だった。

 

「『幻想郷を襲ったモンスターの災禍!その全貌とは!?』ってさ。どうして今更こんな記事を書いたのかしら」

 

ソファに腰かけながら、小鈴は定期契約を結んでいる文の新聞を開いた。

 

「流石にもう隠せなくなったからよ。妖怪たちの予測よりもモンスターの流入する量が多かったからね。猟師とか、その道の人からすれば、モンスターを外来種に説明するほうがうさん臭く見えるものよ」

 

「ふーん」

 

向かって座る阿求が緑茶をすすりながら、冷静に分析していく。

 

「なんでそう分かるの?」

 

「一に、モンスターたちの生命力が高すぎるのが原因ね。猟銃を撃っても全然弱らないし、逃げる速さもケルビと鹿では兎と亀。陸続きの外の世界の動物としては、おかしすぎるのよ」

 

「はー、なるほどね」

 

「あとは、能力。前に目撃されたイャンクックってモンスターなんて、口から火の玉を吐いたり出来るのよ?あれじゃ立派な妖怪よ。……あれであっちの生態系では下位に属するっていうのが信じられないわ」

 

大きなため息を吐き、阿求は出された緑茶を一息に飲み干した。小鈴にとっては少し苦かったのか、ズ、とだけ飲んで喉を冷やす。

小鈴は新聞をめくり、そこに書かれた記事に目を落とした。阿求もそれを覗く。

 

「あぁ、霊夢さんたち無事だったんだ。今日の宴会で顔を出すって」

 

「あら、前に行った時はいなかったのに」

 

「いいじゃない、二人とも回復したんだし。そうだ、快気祝いに何か持っていこうかしら」

 

小鈴がそう言うと、阿求はハッとしたような顔になったかと思えば、すぐに思案に耽った。考えがまとまったのか、立ちあがって小鈴に言う。

 

「それならいいお酒手に入れたから、それを持っていきましょうか。ついでに色々聞き出したいこともあるし」

 

「あんたにとってはそっちが本音でしょ……」

 

親友の考えを悟った小鈴は何とも言えない呆れと、阿求のそれに同調している自分の好奇心と共にそう答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幻想郷と一言に言っても、少し歩いてみれば、その顔はすぐに変わってしまう。

東端の博麗神社から道なりに進めば、命蓮寺や神霊廟、賢者によって安全が約束された人里に行き着く。運よく妖怪から逃げおおせた外来人は、砂上のオアシスのようなこの地に辿り着き、巫女の手で外の世界へ送り出されるか、外に生きがいを見いだせない者はここで一生を過ごす。

 

 

その里から少し離れれば、迷い込めば二度と抜け出せない迷いの竹林が広がる。厳密にはそこの案内人に頼めば、奥にある永遠亭で高度な治療を受けられる。人里からは割と親身な異郷といえるか。ただ最近はかなり危険度の高いマガイマガドの存在もあり、里の間では重い病や怪我をしないように注意がなされている。

 

 

竹林と里を挟んだ向かい側には、雲にも届くほどの高さまでそびえる妖怪の山がある。最近は守矢神社のロープウェイのお陰で一般人の往来もあるが、それは広大な山のほんの一部分に限っての話であり、妖怪にとっての聖域であることは今も変わっていないだろう。……ビシュテンゴが柿を礫に勝手次第を繰り返しているのが問題になっているが。

 

 

山の麓から少し歩けば、小高い丘に行き着く。太陽の花畑である。山の上の神社に参拝する人間がいる妖怪の山に対して、こちらは奥へと入るものはかなり少ない。花畑は四季のフラワーマスターと称される大妖怪お気に入りの場所であり、奥地は捨て子の埋葬地であったことと危険な毒人形がいるのが大きな理由だろう。プリズムリバー楽団のライブがあれば活気に溢れるが、肝心のライブがプケプケの注意を引くかもしれないということで中止が検討されている。

 

 

それらから少し離れると、年中深い霧に覆われた湖がある。霧の湖は、太陽の畑よりもより人の往来が乏しい。単純に里から離れているのもあるが、視界が悪いため妖怪の襲撃や妖精の悪戯に遭いやすいのと、畔に建つ悪魔の館があるのが最大の理由だろう。ただしそのお陰か、ここにはマッカォの影がちらつくだけで、大型のモンスターは見られない。

 

 

日の光もまばらな深い森が生い茂る。魔法の森は幻想郷で最も人や妖怪の手が入らない地である。この地に生息する特殊なキノコの胞子によって、人のみならず妖怪も幻惑されてしまうためだ。ここに住んでいるのは魔法使いと僅かな妖怪だけだろう。

しかしババコンガという色々と最悪なモンスターが移り住んでしまったことで、ここの妖怪はせっせと逃げてしまった。元々好き好んでいたわけではないのだろう。ただ魔法使いの場合はそうもいかない。特に自身の魔法に森のキノコが欠かせない魔理沙は、人形遣いや魔法地蔵と力を合わせて駆除に取り組んでいる。成果は……あまり芳しくないとのことだ。

 

 

 

かの古龍が住んでいるのは、そういった地名のついた場所からは大きく離れた場所。具体的には、山や竹林から見て北の方角。里から歩いていくと半日以上はかかる森の中だ。

といっても、妖精の生息が比較的多いというだけで目ぼしいものは無い。人の存在もなければ組織立った妖怪の手も入らない。気にするまでもないような野良妖怪程度しかいないような場所だったのだ。

あの龍が降り立つまでは。

 

そういう意味では、彼女が幻想郷の面々からいきなり敵視されるようでない理由にもなったのだろう。もしくは彼女の本能が、そうした無益な争いから避けようとこの地へと導いたのか、彼女自身も分からない。

今、彼女がこうして妖精たちと戯れる余裕があるのなら、こんな議論はなんの意味も成さないだろう。

 

 

 

 

 

 

耳に入るような風が気持ちいい。錆びている時は動きにくくて、自分の甲殻の軋む音がうんざりするほど流れる。耳をつんざくような音も、私にとっては大きなストレスだ。

出て行った妖精たちは既に戻っており、いつもと同じように遊びまわっている。私の体に触ってくる者も多くなり、背中で遊んでる者も出てきた。重さなど無いに等しいが、しつこすぎるのはゆすって落とすようにしている。

 

 

「そこで、あたいが背中ヤローにドカンと一発アイシクルフォールを決めてやったのさ!これにはあいつも吹き飛ばされるままに!」

 

朽ちた私の脱皮殻の上に立って自慢げに話し、その下で耳を傾ける妖精に囲まれたチルノ。肌は未だ浅黒く染まっているが、私のように錆びているわけではないようだ。羨ましい限りである。

話の内容を聞く限り、私と会った後に幻想郷中を飛び回って戦っていると、雪が積もった森で……地蔵?だったかそんな奴と鉢合わせしたらしい。戦っているとそいつの背中に扉———どういうものかはよく知らない———があって、そいつに引きこまれたと思ったら、そこは同じ扉が並ぶ妙な空間だったらしい。

そこで変な動きの人間二人と、その奥にいた金髪の、なんか、そう、すごい奴と戦ったらしい。チルノの発言ではこれくらいしか理解できなかった。

 

 

脱皮しているときは気に留めていなかったが、妖精たちの言葉が分かるようになったのだ。今でもチルノの話を聞いている妖精が、「えー、ホントなの?」「やっぱりチルノはすごいや」「きっといつものほら話だよ」「……ZZZ……もう食べられない……」とかそう言っているのが、意味としてはっきり分かる。

どうしてこうなったのか、心当たりはまるでない。故郷に戻って、凶暴化したあの強者たちを退けただけなのだが。

昔、夫から竜と心を通わす人間がいるという話は聞いたことがあるが、どうもそれとは違う気がする。幻想郷では、異種族と会話ができる奴らの方が多い。

 

まあ、いいか。

特にあって困るものでもないし、華扇や紫にでも聞けば分かるだろう。

 

 

遠くから、目立つ服を着た妖精が向かってくる。右手に持つ松明の光が激しく揺れながら、私の近くで止まった。

 

「ふう、いたいた。……なんか前より数が多いような」

 

『お?変な恰好の妖精か。久しぶりだな』

 

「え?しゃ、喋ったー!?」

 

変な皮をまとった妖精が驚いてこける。ああ、こいつと最後に会ったのは割と前だった。その時の私は喋れなかったから、驚くのも当たり前か。

声に反応したのか、自信ありげに話していたチルノが錆びた鉄塊から降りてきた。

 

「あ、ピースじゃん。お前がここに来るなんて珍しいな」

 

「わっ、チルノ。まだ日焼けしてたのか。そ、それよりこいつって喋れたのか?あたい聞いたことないぞ」

 

「うん。あたいも昨日初めて話したからな」

 

「ええっ!?」

 

ピースと呼ばれた変な皮の奴とチルノが話している。

 

「な、なんで?」

 

「そんなのあたいも知らないぞ。クシャに聞いてみたらどうだ?」

 

「え。……いいのか?」

 

『私も原因は分からんぞ。華扇か紫あたりなら分かると思うが』

 

そのピースという妖精に話すと、少し怯えた様子を見せたが、すぐに落ち着いたようだ。前から思っていたが、どうもこいつは普通の妖精とは違う雰囲気がする。こう冷静なところも、考えをまとめるのが早いことも。

 

「……まあ、いいんだそれは。霊夢が呼んでたぞ。今回の異変解決でチルノとあんたが呼ばれたから、来いってさ」

 

「え、あたいもか?」

 

「前のモンスター異変と今回の四季異変の解決祝いをまとめてやるっぽいぞ。始めるのは今夜からだけど、先に鬼が酒飲んでる」

 

「おお、そうか。そんなにあたいの武勇伝を聞きたいなら、行ってやるか!」

 

そういうとチルノはすぐに飛んで行った。

 

「あんた……クシャも行く?」

 

『どこにだ?』

 

「神社だよ、博麗神社。山じゃないほうの神社だ」

 

ああ、あそこか。赤白の人間の巣だな。そこまで広くない場所だ。去年も思ったが、あそこに妖怪が大勢来るのか?…確かに興味はあるな。

 

『こいつらとじゃれたら、行く』

 

「うし、分かった。伝えとくよ」

 

ピースも羽を羽ばたかせて飛んで行った。

 

 

 

宴会とは、そんなに楽しいものなのだろうか?




おそらく次回の投稿が更に遅れると思います。なにとぞ、気長にお待ちください。

それでは皆さん、よいお年を。


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動物はお酒を飲めるのでしょうか?


日暮れ。古くは逢魔が時、この世の者ならざる魔の存在に遭遇しやすい時の意味だ。

太陽が沈み、夜が降りてくる境界の時間帯。人間は月と星が玲瓏に照らしてくれる夜よりも、どっちつかずで捉えようのない夕暮れを、全てを照らす希望の太陽が消え落ちるその瞬間の絶望を、なによりも恐れたのだろう。

 

 

 

 

 

 

そんな恐れられるはずの黄昏の夕空の中、賑やかな喧騒がこだまする。

 

「うえーい!飲め飲めーー!」

 

明らかにサイズ感がおかしい一升瓶を、一気に飲み干した萃香がそう叫ぶ。「おおー!」とひしめく妖怪たちが応える。

 

 

「ほんっと、参っちゃうわ」

 

空になった大樽の上で、日焼けしたチルノが三馬鹿トリオ相手に異変の武勇伝を聞かせている。

私が寝過ごした四季異変は、チルノによって解決された。蝶みたいな妖精からその話を聞いた時はウソだと思ったが、そいつ曰くチルノもまた異変によって暴走していて、日焼けはその影響だという。一度は元凶に嵌められて追い出されたが、蝶の妖精がチルノをサポートして元凶と真正面から戦えるようにしたらしい。

妖精にしては妙に賢い……まあ、どうでもいいか。今はそんな深く考えているのも気怠い。

 

体の奥底に残る微かな疲労の残滓と共に、私は大きくため息を吐いた。

 

 

「いつものお前らしくないな。私たちの快気祝いも兼ねてるんだから、復活した証見せないと本格的にこの神社乗っ取られるぜ?」

 

隣でほんの少し顔を赤らめている魔理沙が、そう言って私を小突いた。お猪口に残った酒を呷り、ふぅと一息。

 

 

 

冥灯龍の魂を消滅させようとしていた私たちを襲ったのは、古龍種のバルファルクというモンスターだったらしい。彼もまた、リオレウスと同じく冥灯龍の灯に惑わされたらしい。

その時は私は嫌な勘に従って魔理沙に抱き着き、間に合わないとは思いつつも夢想天生を発動させようとした所で、記憶は永遠亭の病室で目覚めるところに繋がっている。

私たちが離脱した後の状況は、神子たちがバルファルクを抑え、レミリア達が応援に来た所で冥灯龍の完全死が終了。倒したはずのバルファルクが奇しき赫耀となって復活したけど、暴走する龍結晶の地のモンスターを抑えてくれていたクシャルダオラと天狗たちの援護もあって、五体満足で幻想郷に帰還出来た次第だ。

 

そうして幻想郷に帰還。天狗たちはすぐに妖怪の山へ戻り、私と魔理沙は永遠亭へ入院。一向に回復はしなかったけれど、三日目に突然快復して、こうして宴会を催せるようになった。

 

ちなみに私たちより先にやられた妖夢は無事だったとのこと。援護に来た他の連中も決して軽くはない怪我だったが、命に大事はなかったようで、境内で酒を片手にはしゃいでいる。

 

 

 

「…それもそうね。じゃ」

 

「乾杯、っと」

 

盃を互いにぶつけ、カチンと小気味のいい音が喧騒の中に静かに響いた。

 

 

 

「あ、レイムっち。お久ー!」

 

妙な言葉遣いの声によって、乾杯の余韻はかき消される。「レイムっち」なんて珍妙な呼び方で私を呼ぶのは一人しかいない。

 

「お、董子じゃないか。久しぶりだな」

 

「マリサっちも久しぶりー!そうなのよー、期末試験に外部のやつもあってさ。教師とか親の目もあるから迂闊に寝れなくて……」

 

外の世界の制服を着た私たちと同じくらいの女の子が、風呂敷に座っていた。片手には小さいが並々注がれたお猪口を持っていて、彼女もずいぶんこっちに慣れたものだと感嘆する。

 

宇佐見董子

前に博麗大結界をオカルトボールという道具で壊そうとした、結構なお騒がせ者の超能力者である。今は寝ている間だけ幻想郷に来れるということで、時折宴会にも顔を出すようにはなっている。

 

「ねえ、なんか異変あったんでしょ?」

 

「唐突ねえ」

 

「春でもないのにこんな大宴会してるなんて、十中八九なんかあったからに決まってるでしょ」

 

「はぁー。変なところで鋭くなってきたわね」

 

枯れそびれた桜の花びらが一つ、縁側から風に乗って再び空へ舞い上がった。

 

 

 

 

~~~

 

「え、それホント?」

 

「あんたから聞いてきたんでしょ。事実よ、事実。どっかのガセネタ新聞と同じにしないでよね」

 

董子があまりにもしつこく聞いてくるので、酔いもあってか私は先の二つの異変の大まかな概要を語った。魔理沙はどこからか取ってきた枝豆をつまみに私の話に相槌を打ったり、なかなか減らない董子のお猪口を本人に減らさせたり、だ。外の世界では〝あるはら〟というらしいが、ここは幻想郷である。

 

「異世界の生き物が侵入してきて、続いて四季がおかしくなる異変かー……あー、私も見たかったなー」

 

「暢気なもんね。四季異変はともかく、モンスターの騒動は結構大変だったわ。お祓いも弾幕も、これまでの常識が、まるで通用しなかった」

 

「本気で死んじゃうかもしれなかったのに、全然平気なんだね……」

 

「これくらいでへばってちゃ、異変解決なんて出来ないわよ。あんたが異変解決出来るのは随分先になりそうね」

 

むぐぐ……と悔しそうに歯ぎしりする董子を見て、魔理沙がお酒をぐいっと飲む。火照った頬に篝火の光が差し、生き生きとした生命力を感じる。

 

魔理沙は私とは正反対に、目覚めて以降いっそうやる気が溢れている。まんまとバルファルクの襲撃を受けてしまったことが悔しいのかと聞くと、「それもあるが、モンスターの力に興味が沸いてきたんだ!」と病室で言っていた。次元にすら干渉するほどの古龍のエネルギーだけでなく、そんな存在がいる中で生きている普通のモンスターたちにも、魔理沙は関心を寄せているらしい。

あんな目にあっても、よくそこまで熱意を高められるものだ。私は正直もうこりごりだというのに。

 

そう思いながら魔理沙を見ていると、その陰に見覚えのある二人が私の視界に入った。

 

「あら、小鈴に阿求?」

 

「お元気そうで何よりです。霊夢さん、魔理沙さん」

 

「これ、快気祝いのお酒です。阿求の家の秘蔵品なんですって!」

 

「そうなの。じゃ、もらっておくわ」

 

小鈴から受け渡された酒瓶の栓を開けると、濃縮された酒のにおいが鼻をつく。隣にいた董子が「うわ……度数やばそう」と鼻をつまむ。病み上がりの体にはこれくらいがいいと思うのだが、やはり彼女もまだまだ〝げんだいじん〟か。

 

「せっかくだし、飲んでいったらどう?」

 

「いいんですか?ではお言葉に甘えて」

 

小鈴は懐からお猪口とつまみを取り出す。この娘、最初からここで飲むつもりだったらしい。

前に彼女が妖魔化して以降、こちら側に引きこんでからはここでの宴会に顔を見せることはそう珍しくなくなった。狸の頭領や天狗と会話しているのは見たことあるが、今回はどちらも欠席している。

 

「あんたも飲む?」

 

「遠慮しておきます。ところで霊夢さん、さっきの話、もう少し聞かせていただけませんか?」

 

ジト目で阿求がこちらを覗きこんでくる。あ……そういえば阿求には詳細はおろかうわべの事も教えていなかった、と思い出す。

 

「この際四季異変は構いません。ですが、モンスターの流入に関しては詳しく聞かせていただきますよ。飛竜などの強大なモンスターに、人里を襲った巨大蟹。時空の境界を歪めるほどのエネルギーを持った龍」

 

「べ、別にいいじゃないの。もう終わったんだし」

 

「終わってしまったからですよ!慧音先生も聖白蓮も『詳しいことは異変を解決した人に聞いてください』の一点張り。聞こうと思ったら、肝心の霊夢さんが神社にいない。里の皆さんから色々聞かれても、何も答えられないこの歯がゆさ。分かりますか!?」

 

阿求は声を張り上げて私に詰め寄ってくる。「なんかテンション高くない?」「いろいろ溜まってるんですよ。仕事疲れとか……」と後ろでひそひそと董子と阿求が言葉を交わす。確かに詰め寄ってくる阿求の目元にはくまが出ていて、疲れていたのは見て取れる。

 

「まあまあ、阿求もその辺にしてやれよ。澄まし顔だが、こいつだって疲れてるんだ。私に聞けよ、色々英雄譚も追加でつけとくぜ」

 

返答に困る私に、魔理沙が助け船を出してくれた。持つべきものは友人と誰かが言ってたが、本当だった。

 

「……少し信憑性が欠けるところですね」

 

「おいおい、信頼されてないな」

 

「霊夢さんの方がまだいいんですよ。ウソをついたときにすぐ分かりますし」「ああ?」

 

私の様子を見てケラケラと笑う魔理沙。前言撤回、顔も知らない先人の言葉はほいほいと信じてはいけない。

 

 

 

そんな賑やかな騒ぎの中に、風が飛び込んできた。

秋一番にしては妙に冷たい風が頬を撫で、火照った体を冷ましていく。

 

私は魔理沙と視線を合わせた。私も彼女も、この風を以前感じたことがあるから。誰が呼んだか知らないが、()()()も呼ばれてきたということか。

 

 

 

 

 

「あ、主役の登場よ!」

 

おつまみに手を出していたスターサファイアが空に羽ばたく鋼を指さした。

 

鋼は重力に従って、落ちてくる。だが自由落下ではなく、明確に神社へと向かって来ている。宴会の面々からどよめきが起きた。

 

「ちょ!突っ込んでくる!」

 

「大丈夫だって。小鈴もそんな逃げなくていいぜ」

 

お酒を持ったまま逃げようとする小鈴の首根っこを、魔理沙が掴んで引き留める。

 

 

地面に接触するその寸前、鋼はその翼を力強くはためかせ静止する。滑空が急停止されたことによって行き場をなくした力は突風となって辺りに吹き、若葉の茂る桜の木々を激しく揺さぶった。風呂敷に広げていた料理のいくつかが倒れ、地面にバラまかれた。

 

「これが、古龍……」

 

 

 

鋼の古龍、クシャルダオラは数度羽ばたいた後、飲んでいる妖怪たちから少し離れた場所に座る。

鎮座する姿から発せられる威容は、一年前と変わっていない。脱皮したらしいその外殻は酸化した鉄の黒さではなく、まるでかの地の龍結晶を思わせるようなまばゆい白銀の光沢を帯びている。かなりの手負いと聞いていたが、そう思わせる傷は、右の角がコブ状になっている以外、ほとんど見られない。

 

「よお!」

 

『……』

 

酔った勢いで魔理沙がクシャルダオラに話しかけるが、魔理沙の方を見ただけで特に反応は無い。チルノたちが場所を変え、いつものあいつの巣と同じようにクシャルダオラを取り囲むように配置しなおす。それを見て、妖怪たちも酒盛りを再開する。

 

「おお、クシャもあたいのぶゆうでんを聞きに来たのか!?」

 

『……』

 

「そうか、やっぱりそうだよな!」

 

「なわけないだろ。あたいが呼びにいったじゃないか」

 

どうやら彼女を呼んだのはクラウンピースだったようだ。あんなでかい奴を呼ぶなら一言くらい入れてほしい。後でそこらへんの文句は言わせてもらうことにしよう。

 

「霊夢さん、あのモンスターって妖精と喋れるんですか?」

 

妖精たちと戯れるクシャルダオラを見て、阿求が質問してきた。

 

「いや、多分あいつが酔った勢いで一方的に話してるだけでしょ。喋れるのは、華扇あたりくらいだったと思うけど」

 

小鈴と董子はクシャルダオラに近づき、さらっと妖精たちの輪に入ろうとしている。

 

「あら、そこの人間さん。よかったら触ってみる?」

 

「え?か、噛みついたりしない?」

 

「撫でるくらいなら平気よ。でも、角に触るのはよしておいた方がいいわ」

 

「サニーは前に調子に乗って吹き飛ばされたからね」

 

言うなし!とルナチャイルドに怒声が飛ぶ。小鈴と董子は顔を見合わせ、恐る恐るといった感じで触る。

 

「冷たっ!?氷点下いくつなのよこれぇ」

 

「ふわぁぁ、夏なのに霜焼けしそう……」

 

「そう?確かにひんやりとはするけど、夏場とか意外と心地いいわよ」

 

「妖精たちの新しい避暑地候補よ。ね?」

 

スターサファイアがクシャルダオラにそう言うと、当の古龍は複雑な顔になる。まるで会話が成立しているみたい。

 

「霊夢さん、あれ絶対喋ってますって!会話していますよ!」

 

「だーかーらー、そう見えるだけでしょ。一年くらい前からずっと監視してきたけど、こっちの龍と違うから、動物と話せるような奴じゃないと話はできないわよ」

 

「……一年?では、一年間ずーーーっと私に黙っていたわけですか?」

 

しまった、うっかり口を滑らせてしまった。阿求はすごい恨めしそうな視線で私を見てるし、魔理沙は笑って酒を飲んでるし、どうしよう。

 

 

 

 

「楽しそうね。私も混ぜてもらえるかしら」

 

聞き覚えのない声に振り向くと、一人の女性がいた。橙色の道士のような格好に、北斗七星を書いた前掛けを着ている。ただの参加者、というわけではなさそうだ。

 

「誰よあんた」

 

「ああ、直接会ったのはこれが初めてかしら。博麗の巫女に、御阿礼の子」

 

あまりにも自然体で、当たり前かのように私たちが誰かを言い当ててくる。阿求は少し身じろぎする。

 

「名前を聞いたつもりだったけど、耳がつまってるのかしら?」

 

「聴覚には自信がある方よ。こっちの耳と、あと帽子のこれ」

 

「下らない洒落はやめなさい。どっかの胡散臭い妖怪から耳にカビが生えるほど聞いてんのよ」

 

「あら、それは大変。耳鼻科の予約を二名入れておかないと」

 

人を煽るようなこの話し方。こういうやつは大体ろくでもない、古い妖怪の特徴。または神か。

 

「……あの、あなたは何者ですか?」

 

「神。もしくは四季異変の首謀者。あるいは幻想郷を創った賢者か。…他にも多くの名を持っているけどね」

 

そいつは私たちから視線を外し、妖精たちの方を見た。鋼の王は、確かめるような視線をその神に向けた。

 

 

 

 

「私は摩多羅隠岐奈。後戸に住まう秘神であるぞ」

 




……ちょっと長くしすぎたかな。

お久しぶりです。まずは二か月も空けてしまい、本小説を待ってくださっていた皆さまに謝罪を。これからは以前のペースでのんびりと投稿していく予定です。



3G楽しい


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満足できるものが中々仕上がらなくて…今度はなるべく早めに出します


紅白の人間の巣に入る時から、妙な気配を感じていた。決して妖怪の視線ではない。それよりも深く、大きい。

この場ではっきりと見えるのにも関わらず、捉えきれないほど巨大な力。なぜか周りの奴らはそれに気づかず、酒とやらを飲んで暢気にはしゃいでいる。

 

紫の毛ともまた違う褪せた黄金。もしくは森が真っ赤に染まった時の、整然とそろった草の波の色か。壁に囲まれた巣に住む人間はこぞってそれを刈っていたが、これにはそんな事出来そうもない。

煮えたぎる溶岩の光を表すような、だがどこか暗い色の皮。木を糧に燃える炎や、小さくなった太陽の光では、その深い目を照らすにはあまりにも心もとなかった。

 

 

「あー!!お前はあの時の!」

 

さっきまで自慢をしていたチルノが、目の前の奴を指さして叫んだ。三妖精と二人の人間もそろってそいつを見る。

 

「もしかしてこの人が……」

 

「い、異変の元凶……!?」

 

「この煮物やわらかーい」

 

スターだけ場違いな事を言った気がするが、ニモノとは何だろう。ケモノの亜種だろうか。

 

「おやおや、元気そうね、氷精。まだ夏の魔力が抜けきってないようだけど」

 

 

 

「……誰だお前?」

 

チルノの発言にその場の奴らがこける。地鳴りだろうか。私は重いので地鳴り程度ではびくともしないが、妖怪連中は軽いので揺れてしまうのだろう。

 

「いや戦ったでしょ。後戸の戦い覚えてない?今あなた聞いてるこっちが恥ずかしいくらい自慢してたでしょ」

 

「あたいが戦ったのは椅子に座ってる奴と、髪がブワァーってなってる奴だぞ」

 

「それだよ、それ!なんで別々で覚えるかなぁ!?」

 

「だってお前そいつらと全然喋り方違うじゃんか!」

 

焼けた皮のチルノがそう叫ぶと、隠岐奈とかいう奴は大きくため息を吐いた。

 

 

 

「……これで分かるか?暴走した妖精」

 

 

まただ。私を見ていた時。私たちの中に入ってきた時。そして今。

こいつは性質をコロコロ変えるのだ。今の態度は前に来たエリマキに近い。さっきの紫のような雰囲気は、どこ吹く風のように消えてしまった。

 

「ああ!」

 

「ようやく分かったようだな。お前との話は後にするつもりだから」

 

さて。と声を続けながら、隠岐奈は妖精ではなく私を、そして人間たちに向き直った。

 

「ごきげんよう、人の身の者たち。そして古龍クシャルダオラよ。楽しんでいるようだね」

 

私の甲殻を触っていた一人の人間が後ずさりする。チリンチリンと、小ぶりな丸い角から音が出ている。一体どんな造りをしているのだろうか。

 

「おー。お前か、四季異変の首謀者ってのは」

 

「その通りだ。知っていたのか」

 

「見舞いに来た人形使いから聞いたんだよ。紫みたいな奴がもう一人出たってさ」

 

「あんな奴と一緒にされては困るぞ。私は裏で、常に、幻想郷の秩序を守り、観察しているのだ。熊みたいに冬眠して仕事を式に放っている怠け者とは違……モゴッ」

 

何もない場所から草を固めたようなものが隠岐奈の口に押し込まれた。においからおそらく紫だろう。一瞬だけ見えた手が、また一瞬で消える。

 

「紫ぃ、もうちょっと押し込んどきなさいよ。うるさいのが静かになりそうだったのに」

 

「ごほっ、おい。まだまだ言うべきことがあるんだ。これくらいで喧しいといわれては敵わないな」

 

隠岐奈が草の塊を見て、「麦飯……あいつめ」と言いながら塊を後へ放り投げる。背後から木の壁が現れると、それは中心から真っ二つに割れ、塊が飲み込まれた。そしてそれは元に戻り、木の壁も消えた。

 

「い、今のはなんですか?」

 

鳴る丸角の人間が後ずさる。私には積極的に寄ってきたのに、あれくらいで怯えるのか?ただそれよりも、動くたびに丸角から音が出るのがどうも気になる。

 

「後戸。私の世界への入り口だ。この扉を幻想郷中のあらゆる存在の背中から開き、潜在能力を一斉に開放する。そうして暴走した妖精たちが季節を狂わしたのが、お前達の言う四季異変ということだ」

 

「なんでそんな事したのよ。あんただってモンスターの異変があったことくらい知ってたでしょ」

 

「無論。…あそこで踊ってる二人の後継を見つけたくてね。潜在能力を解放させて、良さげな奴がいないか試していたのさ」

 

「呆れた……そんなこともっと後にしなさいよ。お陰で私の手柄があんな奴に取られたじゃないの」

 

 

 

「お前の回復を暢気に待っていれば、今頃幻想郷はモンスターの巣窟になっていだろうな」

 

 

レミ……なんだかの近くで激しく踊る二人の人間が、会った覚えのある耳の長い人間に絡んで踊りを促している。緑色の白い鰭が割って入り、緑と赤の二人を電撃で追い払う。確か妖精から電気ウナギという魚がいることを聞いていたが、まさか妖怪になって地上に上がってくるとは。

電撃の恐怖は嫌というほど身に染みている私は、少し身じろぐ。他の奴らも同じなのだろうか、固まったように動かない。……いや、揃って木の段に座っている隠岐奈の方を見ている。どうやら違ったらしい。

 

「……どういうこと?」

 

「言葉通りさ。私が後戸を開かなければ、龍結晶の地から狂乱した竜の群れに幻想郷は蹂躙されていた。それだけさ」

 

「ゼノ・ジーヴァはあの二人が殺したわ。そんなことしなくたって、結界を張りなおせば済む話だったんじゃないの」

 

「分かってないな。お前はあの地で何を見たんだ?」

 

隠岐奈が紅白を見ると、紅白は何か思い込むように下を向いた。紅白の足元を見てみるが、光るトカゲがいるわけでも、奇面族が騒いでいるわけでは無かった。

 

「冥灯龍が保有するエネルギーは、私の想像するところを遥かに超えていた。狩猟世界のモンスターたちが侵入してきたほんの数日程度で、奴の幽界の火は既にこの地の龍脈を焼いてしまっていた」

 

「それがどう関係するのよ」

 

「幽界の火を通じて、新大陸に流れる地脈が幻想郷へと繋がってしまったのだ。つまるところ、幻想郷と新大陸の連結。結界を張りなおした所で、あちらからモンスターが来るのは避けられないだろう」

 

「はぁ!?何よそれ、初めて聞いたわよ!?」

 

紅白が何か叫び、周りの奴らも少しざわついている。耳の長い人間も、こちらに振り返った。耳の長さは伊達ではないということか。

 

「まぁ落ち着け、ここからが本題だ。

既に幻想郷に定着してしまったモンスターだが……現時点ではそのまま放置することにした。追い払っても追い払ってもやってくるのなら、送還することに意味はない。労力の無駄だからな」

 

「そんな大きなことを、あんたの独断で決めたってわけ?」

 

「他の奴らと話をして決めた結果だ。龍脈の浄化が終わるまでの暫定的な処置に過ぎん。幻想郷の賢者として、このような異常事態を続けさせるわけにはいかない。無論、浄化が終わればモンスター共にはとっとと出てってもらう」

 

紅白は難しい顔になって俯く。また下を見るが、木の段の下には地面があるのみだ。ううむ、紅白の習性はかなり謎である。

今度は白黒が隠岐奈に話しかける。

 

「ちょっと質問するぞ。さっきのお前の話でいうと、龍脈の浄化が終わるまでは幻想郷にやってきたモンスターについては無視、ってことだよな。なら、新しく来るモンスターはどうするんだ?新大陸の奴らはかなり強いって聞いたぜ?」

 

「ん?なんだそんなことか。それなら既に方法はあるぞ。私がいちいち後戸を開くまでもない、非常に楽な方法がな」

 

 

すると隠岐奈が私を指さした。

 

「……そいつを使うの?」

 

「左様。モンスター達は古龍の存在を恐れる。この鋼龍に幻想郷中を飛び回らせ、こやつの存在を顕示する。仮に奴らがここに来たとしても、古龍の縄張りと思ってすぐに逃げ去る。こやつにとっても難しいことではない。ただ活動の痕跡を残せばいいだけだからな」

 

隠岐奈がそう言うと、他の五人も静かになる。ところで私を指さしたのは何故だろうか。人に向けて指を指すのはシツレイにあたると、以前華扇が言っていたのを思い出すが、私は人ではないし意味を解せない。

深く考えていると頭に花が咲いている紫髪の人の子が声を上げた。

 

「む、無茶言わないでくださいよ!こんな大きな龍を里の近くでうろつかせたら、住民全員がパニックになりますよ!他のところは大丈夫かもしれませんが……」

 

「他にいい案があるのか?御阿礼の子よ」

 

「……」

 

「我ら賢者達が考えぬいた末に出した結論だ、別の妙案が急に降って出てくるとは思っておらん。まぁ、人里のみを監視するならば鋼龍に頼らずとも充分だろう」

 

花咲き人間は複雑な面持ちであった。何か納得しているようでもあるし、警戒を崩していないようでもある。あの人間は何の感情を持ってあの顔なのだろう。

 

そうだ、私の首にぶら下がっている派手な皮の妖精に聞けば分かるかもしれん。名前は……ええと確か、

 

『ピース?』

 

「ん?どうしたんだクシャ」

 

『隠岐奈たちはいったい何を話しているのだ?』

 

「んぇ?あたいもよく聞いてなかったから分からないけど、なんかクシャを幻想郷に飛び回らせるって言ってたような……」

 

ピースの発言に、私は一瞬呼吸を止めてしまった。

 

『本当か?!』

 

「おっとっと……急に首振るなよ!びっくりしただろ!」

 

それを見ていたサニー、ルナ、スターとチルノが寄ってきた。

 

「二人揃ってどうしたのよ」

 

「サニー、今さっきの神様たちの話って、こいつが幻想郷を自由に飛び回っていいって話だったっけ?」

 

ピースがそう言うと、四匹は顔を合わせた。

 

「言ってたわよね、自由に飛び回らせていいって」

 

「そんな適当だったっけ。自由に、とまでは言ってなかったんじゃない?」

 

「クシャの存在を示すとかなんとかが目的だ、じゃなかったかしら」

 

「サニーの言う通りだぞ。背中ヤローがそう言ってた」

 

チルノがそう言うのを聞いて、私はチルノに顔を近づけた。ピースが対応出来ずに石畳に落ち、「あだっ」という声が聞こえた。

 

『本当か、本当なのかチルノ?』

 

「そ、そうだよ!あたいの耳は正しいんだ。聞き間違いなんかじゃないぞ、ホントだぞ!」

 

 

そうか……そうか!

うれしい。今まで行きたくても華扇に止められて行けなかった所にも、自由に行くことが出来るのか!先の熱戦のケガと引き換えても十分なものだ!更に綺麗な花や水、土地や人の巣も見れるのか!想像するだけでなんだか見たような気分になる。何故だが知らないが、目から水が流れそうな感覚になる。

 

 

 

私は喜びを示すため、歯に力を込めた。周囲に音が響き渡り、木々を揺らす。

 

「「ぎゃああああああ!!耳がっ、耳がああああああ!」」

 

「おい、ルナ!!早く音を消せ!」

 

「無理言うんじゃないわよ!この手を離したら鼓膜が吹き飛ぶわ!」

 

「あ、彼岸、花の畑が、見えて、きたかも……」

 

丸く足跡を残すように早めに歩いていると、隠岐奈と人間たちの姿が見えた。

 

「う、うるさっ!!ちょ、誰かあいつ止めなさい!」

 

「これは……歯軋りか?にしても大きすぎるぜ!!」

 

「痛い痛い痛い!何このデスボイス!?ジャイ〇ンもびっくりよ!?」

 

「阿求!しっかりしなさい、阿求ー-!」

 

蟹のように泡を吹いて倒れている花咲き人間の裏で、隠岐奈も触発されたのか大声を張り上げた。

 

 

 

 

 

「誰かさっさとこいつを黙らせろぉぉぉぉ!!」




黒板にチョークこすりつけて不協和音流したことある人、挙手。


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ジエンあたりにやらせたら有効そう。


「あ~……まだ頭がガンガンするぜ。阿求大丈夫か?」

 

「もう、いや……」

 

「これは、ダメそうですね」

 

青ざめた顔で縁側に横になる阿求は、小鈴が持ってきた水を一息に飲み干す。

 

辺りは物が散乱する惨状だが、いつもの調子で紅茶を嗜むレミリアが言う。

 

「全く、これしきで慌てるなんて余裕のない奴らばっかりね」

 

「そんなこと言うなら、お前も呑気にしてないで手伝えよ」

 

「私は紅魔館の主よ?そういうことはあなたみたいなのがすることじゃなくって」

 

「そうよ。お姉様は胃の中身でこれ以上咲夜の仕事増やさないようにしてるのよ。ほんと、尊敬するわ」

 

フランの一言にレミリアは釘を差す。吸血鬼とはいえど、あんな歯軋り聞かされて無事ではいられないだろう。確実に。事実、隠しているつもりだろうが、レミリアの顔は青ざめている。後ろで散乱した物を片付ける咲夜も、いつもよりペースが落ちているように見える。

 

「そういやフランはなんで無事だったんだ?」

 

「決まってるじゃない。私の耳に入る雑音を全て破壊しただけよ。()()()の棘を全部壊すよりかは、簡単だったわ」

 

そう言ってフランはそばにあった焼酎を飲み干す。確かそれは萃香の奴だった気がするが、まあ言わなくてもいいだろう。あいつは無限に酒の出る瓢箪を持ってるんだし。

 

 

「全く、それにしてもなんだってあんな歯軋り鳴らしたんだよ。なあ」

 

そういって私はあいつの翼爪をつつく。鋼に纏った鋭い冷気が、火照った体にまで浸透してくる。当の本龍は反応を見せるが、動きがぎこちない。

 

 

 

 

 

 

私と阿求、紅魔館の連中と妖精どもに囲まれたクシャルダオラは、()()()()()()()()()()()姿()()()()()()()

 

 

 

このような状況になった理由は、少し時を遡る。

 

 

一年以上自由な外出を許されなかったクシャルダオラは、摩多羅隠岐奈のモンスター侵攻阻止作戦で実質的に幻想郷内の移動を許可された。それを妖精が拡大解釈してこいつに伝えてしまったのだろう。

よほどこの地が気に入っていたクシャルダオラはかなり興奮してしまったのだ。外の世界の絵文字という奴で表すと、〝(∩´∀`)∩ワーイ〟という奴だろうが、古龍のそれは桁が違った。突風による物の散乱や、大音量の歯軋りで宴会は一時中断せざるを得なかった程だから。

 

そこで隠岐奈が後戸を開いて鋼龍を小型化。歯軋りを小さくさせ、ルナチャイルドの能力で完全消音。言葉の通じる妖精たちが落ち着かせ、宴会再開に至ったというわけだ。

ただクシャルダオラからすれば、いきなり私たちが巨大化したように見えるわけで、しきりに辺りを見渡して警戒している。一応サニーたちが近くにいるから、目立った行動は起こしていないが。

 

「前に大妖精から聞いたんだけど、クシャは機嫌が良くなると歯軋りを起こすのよ。痒い所を掻かれたりとかで今まで起こしてたらしいわ」

 

「それで今回のはよっぽど嬉しくてこの被害、か。洒落にならんぜ」

 

そうぼやきながら私はお猪口の中身を飲み干し、妖精に囲まれている鋼龍を見た。

サイズとしては兎か柴犬くらいだが、巨大な翼のせいで印象は大きく異なる。精巧に作られた彫像、本当に意思を持っているかのような。…実際生きているのだが。

 

思えば、これほど間近でこの龍を観察したことはなかった。後ろで咲夜が吸血鬼姉妹にワインを注ぎ、起きた阿求が紙と筆で何かを書きなぐっていたが、鋼龍の体に釘付けになっている私の眼には残らなかった。

 

彫像のように見えるといったが、注視してみるとガラリとその印象が変わる。

無駄なく研ぎ澄まされた外殻は、一流の細工師がノミで慎重に削っていった、という跡ではない。激しく打ちつけられ、砕かれ、裂かれていった末にたどり着いたような、暴力的な爪痕が確かに残っているのだ。

そう確信できるのは、鋼の体を支えているであろう筋肉にあった。直視することは叶わないが、鋼鉄の鎧を着ながら蝶のように軽やかに空を飛ぶことを可能にしているのは、流麗な見た目に隠された、鬼とはまた違うベクトルで強靭な筋肉であろう。力としてはただの人間の私からすれば、決して到達しえない次元だ。

 

三妖精とチルノにピースがクシャの体を持ち上げようとするが、彼女の体は毛ほども動かなかった。見た目はああなっても、重量は変わってないらしい。

 

四肢に生える剛爪と姿勢を司る尾は、鱗や甲殻とは違う鍛錬を重ねられていた。

爪は砥石ではなく、裂いてきた獲物の肉や骨で研がれていったのか鉄のにおいが強く、犠牲者の血で淡く染まった色合いが生気を放つ。対して尾の形状は筒のように整っているが、全力で振るわれれば如何なる物体も粉砕するような破壊力が浮き出ていて、編纂書にあった記述を想起させた。

最も視界を占める巨大な翼はとても薄く、どんな鍛冶職人でもこれほどの薄さに鉄を延ばすことは不可能に見える。それでいてこの巨体を宙へ持ち上げる強度も兼ね備えるとなれば、もはや素材を見つけることさえ無理だろう。

 

ぜぇぜぇと息を吐く妖精に囲まれるクシャルダオラが、こちらに向き直った。視線に気づいたのだろう。

 

真っ先に、未だ健在の左の角に視線を向けた。

嵐を呼び、暴風を身に纏い、何者も近寄らせぬ孤高の力を生み出す器官。目の前の龍が竜巻を起こした所は見たことないが、その力を感じた本能に従えば、確実にそれを起こすことは出来よう。“その力”の本質は、魔法的でないのは確かだ。パチュリーは古龍の能力を、自然現象の力を龍属性で抑え込み、必要に応じて放出するのだという仮説を立てていた。

私はどうも違うと思う。確証は無いし、パチュリーの説への対案も出ていないが、それは今から出すつもりだ。こいつをもっと研究すれば、何かが明らかになるはずだ。

 

ふと、こいつの右角に目が吸い寄せられた。爆発によって粉砕され、掘り出されたばかりの鉱石のような形状に変じてしまっている。

 

ただ、何故だろう。なにか残念なこの角に、なにか大きな力が眠っているような気がする。それとも角を再生するために、ただエネルギーを集めているだけなのか。

 

 

ツン

 

「冷てっ」

 

まじまじと見ているのが気になったのか、クシャルダオラがお猪口を持つ手を鼻でつついた。先ほどの仕返しだろうか。

その碧い視線はすでに私の目から外れ、月を写す酒の水面に吸い寄せられているようだった。

 

 

 

……そういえば、あっちの狩猟世界には竜も酔わせる酒があると書いてあったが、古龍に酒を飲ませたらどうなるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ大丈夫なの?」

 

「お前は心配性だな。案ずるな、大きさを変えた以外は何一つ変わっとらん」

 

魔理沙と絡んでいる小型化したクシャルダオラ。まさか隠岐奈が大きさまで操作できるとは思わなかった。生命力の操作だけなら、まだ良かったのに。

 

「魔理沙さんとあの古龍、仲が良さそうですね」

 

「そう?魔理沙の方が一方的にじゃれてるだけじゃない」

 

「首元やのどを触れているじゃないですか。妖精でも初めての個体にはあそこまで触らせませんし、クシャルダオラの方からも鼻先を付けたりしてるじゃないですか。妖精以外であそこまで触れ合えているのは、山の仙人様を除けば初めて見ましたよ」

 

「あんた、ずいぶんあいつのこと見てたのね」

 

隣でお酒を飲んでいる緑髪の神獣。高麗野あうんというらしく、四季異変の際に隠岐奈の力で肉体を得た、石像の心霊らしい。神社を留守にしている間いろいろやってくれていたっぽく、なかなか都合のいい…もといまともな奴だ。

そういえば華扇は宴には来ていない。飲み食いするのは結構好きだったと思うが、モンスターへの対処法も決まったのに何をしているんだろう?

 

「イエーイ!……うぅ、腕が痛い」

 

「大丈夫?まだ完治してないんじゃない?」

 

「いや、布都っていう仙人さんがいろいろやってくれたから大丈夫だと思うよ?医者にも見せてないし」

 

「意外とあいつ器用なのね……」

 

お爺さんみたいな変な口調で少し抜けてるだけの奴だと思っていたが、幻想郷一の風水師と名乗るだけはあるらしい。あいつ以外の風水師に会ったことないけど。

ちなみに布都は緑の怨霊と料理を取り合っている。あ、横から幽々子が掠め取った。

 

「んふ~、ガーグァの卵焼きおいしいー」

 

「あああ!!それは我が狙っておったものだぞ!」

 

「私の皿から横取りしようとした奴が何言ってんだ!一発でかいのいっとくかぁ、ええ!?」

 

もうすっかり元通りだ。屠自古なんて天彗龍に腹を抉られたとか言われてたのに、全身に稲妻を滾らせる様からは、怪我人とは思えない。

 

「まったく、騒がしい限りだ」

 

そんな自分の部下二人を見ながら、神子は高そうな酒器に注がれたお酒を口へ含んだ。

 

「そういえば、屠自古って怨霊なのにどうして天彗龍の攻撃を受けたの?」

 

「んん、それか。青蛾が言うところに、属性との反発作用というらしいが、どうも腑に落ちなくてな。そもそも龍属性が何なのかすらはっきりと分かっていないのもなぁ」

 

華扇が教えてくれた、書くだけで属性攻撃を使用できるという呪法。その中には龍属性の印の書き方もあったが、めちゃくちゃ難しかった。他の属性印は若干勢いだけで書けたのに、龍属性だけやたらと書きにくくて断念した気がする。今思えば練習しといた方が良かったかも。

 

 

「龍を蝕む毒。

 昔から狩猟世界ではそうして、古代の龍たちへ対抗する手段の一つとして使われてきていたらしい。古い地質からとれる鉱石や、龍の遺物から抽出できるようだが、なぜそれらから抽出できるのかや、正体が何なのかはあちらでも分かっていないようだね」

 

「詳しいようですね、摩多羅神」

 

「当然だよ。私は幻想郷の生命力などを管理しているのだからね。得体の知れない世界から、得体の知れない属性が流れてくれば調べるべきだろう」

 

「なるほど……もう少し詳細を聞いてもいいだろうか」

 

隠岐奈は快諾し、神子と二人で何やら小難しい話し合いの世界に入ってしまった。未知の属性の概要を説明する隠岐奈と、それを真剣に聞き、時折考えを巡らせている神子。会ったばかりの二人だというのに、その関係は昔からの知人のようだ。

 

空になったお猪口に酒を注ごうと一升瓶を手に取ろうとした私の視界に、誰かがいた。

 

 

 

 

 

 

 

白い。何の刺繡も色も汚れもない、純白の服装。ワンピースという外の世界の服だったか、それ一枚のみを身に着けた少女だった。

 

見たことない、いや、以前見かけたことを思い出した。確か去年、春の宴にいた白い女の子。恐らく同じ子のはず。

 

「ねぇ、あんた」

 

何をすることもなくただ立っているだけのその子に、私は声をかけた。妖怪っぽくはない。多分、迷い込んで右往左往しているのだろう。そう思っての行動だった。

 

 

声に気づいたのか、少女がゆっくりと振り向く。無垢な黒髪が少しだけ揺れた。

 

 

 

その子の瞳が、私の視線と交錯する。

 

 

 

 

 

直前、

 

 

 

眼前に突風が吹いた。

 

 

「きゃっ!?」

 

その子は風に消えていった。暴風が吹いてきた先に目をやると、風のブレスを吐いたクシャルダオラがいた。

 

「おいおい、よせってあぶねえだろ!!」

 

「どうしたのだ?」

 

「いや。こいつ酒に興味があったから飲ませたら、くしゃみが止まらなくなって」

 

「……全く、魔法使いの好奇心とは怖いものだな!」

 

隠岐奈が駆け寄り、クシャを取り押さえる。鋼龍のブレスの威力を知っている皆は、彼女の鼻を押さえようとする。

 

「霊夢さん、大丈夫ですか!?」

 

「わ、私は平気。けど」

 

「よかったぁ~、霊夢さんまた永遠亭で治療するはめになるところでしたよ?()()()当たらなくてよかったです!」

 

「……誰にも?」

 

 

 

地面に刻まれたブレスの軌道上には、何もなかった。文字通り、削られた石畳には血も布もなかった。

 

「……じゃあ、あの子は……」

 

 

 

 

 

私の疑いはかすかな呟きとして、宴の喧騒に掻き消えた。




お酒は飲んでも飲まれるな

ではまた


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13章 花龍風月 


やべぇサンブレイク間近なのにSEK〇ROにはまりそう(既にハマってる)

*2022年6月9日一部修正


……頭が痛い。

 

宴会というのはまあそれなりに楽しかったが、ひと眠りした後のこの変な頭痛は嫌いだ。いや、これより痛い思いは数えきれないくらいには経験してきたが、この〝フツカヨイ〟というのはどうにも不快感の方が強く、中々面倒なものである。

酒を飲んだ直後はくしゃみが止まらなくてたまらなかった。鼻の奥のむず痒さが止まらなくなる、病気にでもなったかのような感覚だ。妖怪どもはよくこれを飲んでいられる。隠岐奈たちがなんとかしてくれたから良かったが、あのままであれば喉が枯れていたと思う。

 

ちなみに隠岐奈に小さくさせられたことだが、私自身が念じればいつでもあの大きさになれるらしい。何か良いことがあるのかと思ったが、「大きすぎると妖怪などど関わるときに不都合が起きやすいから」らしい。正直何を言っているのか分からなかったが、隠岐奈は紫や華扇と同じくらい頭が良いから、とりあえず聞いとけばいいだろう。

 

 

まあ、本当に色々な奴らが入り混じっているなとは改めて思った。

人間に鬼に河童。吸血鬼に亡霊、そして仙人と。頭がこんがらがりそうな位に種族の数が多い。以前はここまで種族の差など考えたことがない。ただ、強いかそうではないかが、区別する条件だった。

ふむ……確か鬼が酒と力で、河童は道具と頭の良さだったか。吸血鬼は弱点と利点がそれぞれ多く、亡霊は少しひんやりとしていて殴れない。仙人が元人間で、確か人の寿命を超えたものだとか。華扇も仙人だったらしい。意外だった。

 

特徴が多すぎていまいち覚えきれてないが、まあそんなところだろう。ただ〝タイシ〟とやらは私の力に興味があるらしく、時が来たらじっくりと話したいと言っていた、ような気がする。

まあ、幻想郷は広くないから、そのうち出くわすことだろう。

 

 

 

横になっていた体を起き上がらせ立ち上がる。私の体にかけていたり乗っていた妖精たちはずり落ちる。

 

「うお!?急にどうしたんだ、クシャ?」

 

氷…いや名前は確かチルノだったか。普通の妖精には名前はついていないが、力の強い奴は名前がついているらしい。名前なんてつけなくてもいらないような気がするが。

 

『少し出かけてくる』

 

「なんでだよー?あたいはまだまだ遊び足りないぞ」

 

「チルノちゃん、昨日隠岐奈って神様が言ってたことじゃない?」

 

大妖精がそう言うと、チルノはしばらく唸り、ポンと手を叩いた。

 

「あ、そっか。あいつらが来ないように〝ぱとろーる〟するんだよな!」

 

『?ぱとろーる?なんだそれは』

 

「……確かなんだったっけ。悪い奴が入ってこないようにすることって菫子が言ってたよーな」

 

「それって巡回っていうのじゃない?山の天狗さんたちがいつもやってるっていう」

 

それだ!とチルノは大妖精に言う。チルノは妖精の中では力が強いが、物覚えが得意でない。妖精は大体そうだが。よく一緒にいる大妖精は覚えることが得意で、他の妖精に比べて頭が良い。いたずらをよくするのは他の妖精とは変わらんが。

 

『まあ、そういうことだ。別についてきたいなら来ていいぞ』

 

「お、そうか。じゃああたいもそうする」

 

「チルノちゃん……でも、クシャはどこに行くつもりなの?」

 

『ん?前から行きたいと思っていた場所だ』

 

二人がきょとんとしている間、私のその場所の名前を思い出そうと頭を回転させる。……宴で誰かが言ってたような気がするが、どうやって頭を回転させるのか、そもそも回ったら頭が良くなるのか。聞いてみたが納得できる答えは無かった。記憶にないのが証拠である。

 

 

だが効果はあったようで、この幻想郷に初めて来た時から印象に残る不思議な場所の名前は、思い出してきた。

 

『年中花が咲いている場所でな、冬に山に出向いた時にも小さな花たちが咲いていた場所だ』

 

「「え」」

 

チルノと大妖精は顔を見合わせ、なぜか怯えたように口を引きつらせていた。

 

 

 

 

『分からんか?太陽の花畑だ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

晴れ渡る青空のもと、鋼鉄が羽ばたいていた。

 

独特な音を軋ませながら、かの龍が目指す場所は太陽の花畑。

クシャルダオラと遊び足りない妖精たちは彼女についていこうとしたものもいたが、行き先を聞いた途端、全員行くのを辞めてしまった。彼女のみがただ、盛りも過ぎた花畑へ向かっている。

 

宴会で摩多羅隠岐奈から伝えられた言葉は、『幻想郷に鋼の龍の痕跡を残し、モンスターの流入及び活動を抑えよ』だ。しかし彼女はこの言葉をほとんど忘れてしまっている。

 

 

理由は単純。その目的は彼女が()()()()()()()()()()()()()()()()()()ものだから。

古龍という存在は、極めて強大な力を持っている。それは自然災害として、もしくは生物たちの本能に直接働きかける。モンスターという妖怪に匹敵する力を持つものたちは、風をまとう龍である彼女の遠く及ばないようなその力の強大さを、容易に感じ取れるのだ。彼女が自由な外出を許可される前までも、その気配がモンスターの活動を抑えていたことに一定の効果があったことは、知るものであれば誰しもが知る周知の事実であろう。

唯一の例外としては、古龍に匹敵する力を持つシェンガオレン。かの蟹は彼女の領域に対して酸弾を放つ愚行を行ったが、その末路はみなご存知の通り。存在そのものが天災である鋼龍の、その中の王とさえ呼ばれる力を持つ彼女にとっては、そこいらの古龍級、または古龍そのものなど、決して苦戦するようなものではない。

 

強すぎるゆえにあちらから勝手に避けるため、結界を張ったりするような複雑な操作はいらないというわけだ。

 

 

 

 

巣より羽ばたいて十分と経たず、彼女は太陽の花畑へ降り立った。

あれほどけたたましく鳴いていた蝉も地に落ち、夏の日差しを享受していた向日葵たちは力なく俯いていた。

 

旺盛とした輝かしさは、色褪せた茶色の枯れ野に変わっていた。こんな色のない場所を訪れる物好きは、変わり者の妖怪でもいないと言っていいだろう。

そんな場所に降り立ったのは、あらゆる意味で異質な鋼鉄の龍。圧倒的な重量から来る羽ばたきの風圧は、既に命無き草花を塵にしていった。

 

花畑に不自然と描かれた線状の道に着地し、クシャルダオラは道に沿って歩き始める。

うっかり踏みつぶした蝉の死骸をまじまじと見つめ、目を背けるように地面の一点を見つめる向日葵を興味深そうに匂いを嗅ぐ。

 

彼女なりに花畑を楽しんでいると、妙なものを踏みつぶした感覚が足の裏から伝わってきた。

 

俯いてみると、黄色い虫の群れが蔓延っていた。発達した後ろ脚に挟まれた腹部はでっぷりと太り、大あごをしきりに動かしながら鋼龍の周りを歩いていた。彼女が踏みつぶしたのはそのうちの一匹で、熟成されたアオキノコが腹から飛び出した痛ましい姿だった。なれど他の群れの個体は目に入っていないように、ただ歩みを進めるのみだった。

そうであるなら、虫一匹の殺害に古龍が気をかける必要はない。運の悪いオルタロスの死骸から目を離し、花畑観光を再開する。

 

 

 

が、彼女は虫を踏みつける数秒前に自分のいた場所に戻った。羽ばたきで数匹のオルタロスがひっくり返る。

妙な行動を取ったのは古龍だけではなかった。一直線にどこかへ向かて行っていたオルタロスたちも、クシャルダオラの方へ向かう。

オルタロスたちは鋼龍を避けるようにして、どこかへ行ってしまう。彼女は虫とは真反対から視線を逸らさなかった。鋼の翼が起こした重い風圧から抜け出せたオルタロスも、群れへ追いつこうとワシャワシャとしきりに足を動かしていった。

 

 

最後の一匹はキノコを蓄えられなかったのか腹が膨れておらず、起き上がるのに難儀していた。ようやく起き上がれた虫は、鋼龍の方へと向き直った。

 

 

 

いや、()()()()()()()()()に背を向けてしまったのだ。

 

甲虫は胸を貫かれ、地平線に消えていく仲間たちの背中を見ていた。やがて意識も風前の灯火となったところで大きく飛ばされた。

 

 

 

 

暗緑色の体液が滴る日傘を地面に立て、一人の女が歴戦王の古龍に向き合った。

 

「初めまして」

 

 

女は己のはるか上の視線から見下ろす蒼い瞳へ、普通に挨拶を交わした。並大抵の人妖が裸足で逃げ出す、普通の挨拶を。

生えたばかりの草の色の髪。赤いベストに同色のスカート。そしてそれらよりも紅い瞳。ちょうど、クシャルダオラとは正反対の色をしている。

 

 

風見幽香 四季のフラワーマスターと言われる花妖怪。

花妖怪なんて種族がいるのか。妖怪に詳しいものならそう言うだろう。

答えはどうだ?「目の前にいるじゃない」。その一言で終わる。彼女に限らず妖怪とはそういうものだ。そうであるのだが、やはり彼女はそういう中でも異質なのだ。

 

花妖怪という一見無害そうな響きに反し、大妖怪と恐れられる彼女の強さもまたその異質さをより高めている。

彼女に挑んだ馬鹿者は数知れず、帰った者は一人もいない。

 

それが花畑に来る者の数の少なさを物語る、最大の理由だった。人妖はなるべく幽香に遭遇しないように花畑へ出向き、出くわした場合は差し障りない挨拶をして、立ち去る。礼儀のない低能の妖と違い、彼女は紳士的だ。

その生存方法も彼女の機嫌次第という、かなり不安定なものであるが。

 

 

風見幽香の挨拶から数刻がたち、鋼龍が動いた。

 

一時羽ばたき、空に浮き、また地へと足をつけた。

 

その時にはもう、彼女は幽香の腰あたりの高さまでに小さくなっていた。

 

 

そして幽香に向けて首を下げた。

 

「……言葉の通じない奴かと思っていたけど、そうでもないみたいね」

 

対する幽香の反応はひどくそっけないものだった。眼前で突然に小さくなったことに、少し毒気を抜かれたのかもしれない。

 

「花の最期を看取りにでも来たのかしら?」

 

幽香は柴犬のサイズと化したクシャルダオラにそう聞いた。だが彼女は反応しない。辺りをしきりに見回しているだけだ。

何かを見つけたらしい、クシャルダオラは花畑へ突っ込んでいった。

 

「……」

 

程なく彼女は再び遊歩道に現れた。妖精を咥えて。

 

「うぇぇ!?ちょ、待って!隠れてたのは謝るからさ~」

 

「あら、蝶の妖精。まだ冬眠してなかったのね」

 

「うひぃ!は、花の妖怪さん……」

 

空色の髪に蝶の幼虫に似た角を持っている、綺麗な羽の妖精。エタニティラルバは鋼龍によって風見幽香の前に連れ出されていた。別に幽香は妖精を取ってこいなんて犬遊びをしたつもりはない。

 

「え、通訳を頼まれてほしい?いいけど……変なこと言わないでね」

 

鋼龍は、エタニティラルバを傍にしてようやく幽香に向き合った。妖精は咳を一払いし、緊張した表情で幽香に話しかけた。

 

『お前はここの主か?』

 

なるほどそういうことか、と幽香は得心した。

 

「主?そんな大層なものじゃない。ただここが気に入ってるだけよ」

 

クシャルダオラのそばにいたラルバが、突如として話し方を変え幽香に語り掛けた。話し方はいつもの弱い妖精のそれではなく、貫禄のある話し方。それとこの小さくなった古龍の雰囲気は、この上なく整合が取れていた。

 

「さっき言葉が通じないのに挨拶し返したわね。誰に仕込まれたのかしら」

 

蝶の妖精はクシャルダオラに向かってその言葉を反復し、再び幽香に言う。

 

『華扇が言っていた。相手が首を下げたら自分も首を下げ返して、だったか。やったのは初めてだが』

 

「そう」

 

目の前のモンスターとやらが、ある程度の礼儀を踏まえている。古龍が、下級妖怪に毛が生えた程度の知能を持つ他のモンスターとは違うことを、幽香は知った。

 

「いいわ、ちょうど暇だったのよ」

 

そう言うと幽香は踵を返して歩き始めた。

 

 

 

「ついてきなさい。良いところを教えてあげる」

 

幽香に黙ってついて行くクシャルダオラを、エタニティラルバは非常に嫌な予感を感じながらも、しぶしぶ後を追いかけた。




モンスターの特濃よこせこら


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気まぐれ幽香さん


枯れた花々の中をなんの迷いもなく進み続ける風見幽香。そしてその後を追うクシャルダオラとエタニティラルバ。

 

傍から見ればどういう状況かわけを聞かれるだろうが、生憎枯れかけの花畑には人っ子一人としていない。仮にいたとしても、あえて幽香に話しかけようとする者は幻想郷広しといえどごくわずかだろう。

 

辺りの景色を気にしながら歩くクシャルダオラに、隣を歩くラルバが話しかけた。

 

「ねぇ、なんでこの時期に花畑に来たの?」

 

『いま来てはいけなかったのか?』

 

「別にそういうわけじゃないけど……この時期になると、夏の花はもう枯れてるし。秋の花だってまだ咲いてないよ?」

 

『そういうのを見に来たのではない。ただ、あれほど多くの花が濃い土色になって死んでいく様子を、じっくりと見たかっただけだ。故郷では、草木は腐りかけたころにはすぐに燃え尽きてしまうからな』

 

……随分と変な理由だな、ラルバは心中でそう思ったが先ほどのように翻訳はしなかった。

 

 

風見幽香は花を愛する妖怪。花に対して誠実な対応を取るものには、殺気立って襲ってきたりはしない。現に妖精たちが花畑で暮らせているのがその証。自然の生命力の権化である妖精の存在は、美しく元気な花を咲かせるのに必要不可欠だから。

 

しかしだからこそ、幽香の前で花を話題に出すのはタブーとされている。彼女の前で花について語らうのならば、花に対する深い教養が必須なのだ。取ってつけた知恵で花を語れば、その後殺されはせずとも確実に痛い目に合うのは妖精にだって分かる。

事実、花を愛していると嘘をつき、幽香を討とうとした哀れな奴がいた。完璧な不意打ちだったと、幽香は記憶している。

 

だが、花は邪悪な心に敏感だ。花に対する敬意の無い輩に、風見幽香が遅れを取るなどあり得ないこと。殺気を隠すことには長けていたようだが、それだけだった。間抜け面に妖力弾をぶち込んで、それで消し炭にしておしまい、だ。

 

そんな花への扱いに敏感な風見幽香の前で、枯れ行く花に関して言及するのは、あまりにもハードルが高すぎる。

花が落ちる様子を、よく人は美しいというが、彼女とそれに関して語らうのは、歌聖の領域に至って初めて可能なことであろう。

 

 

傍目には綺麗かもしれないが、現実にはただ花の死体がバラバラに砕けるさまなのだから。

 

確実に厄介なことになると思ったエタニティラルバは、それを言うことはなかった。

 

 

 

ただただ歩き続けること30分。

最初の場所と比べて視界を占有する茶色が多くなってきた。砂漠を練り歩いているような変わり映えのない景色に、ラルバは既に飽きていた。だが飽きた、なんてこの妖怪の前で言えるものか。真意は不明だが、花畑の案内を自ら買ってくれたのだから、無礼を働けば即ピチューンである。陽気な被弾音が鳴る弾幕なら、の話だが。

知らぬ間にさっと離れることも考えたが、相手が幽香と考えるとなかなか勇気が出なかった。

 

 

心の中でため息をついたその時、彼女の前を歩いていたクシャルダオラが歩みを止めた。右手の枯れた向日葵林を見つめ、そのまま中へ入っていった。

 

「え!?ちょっと!」

 

慌ててクシャルダオラの後を追うが、疾走速度があまりに速く追いつけない。

鋼龍の通った跡には根元から綺麗にへし折られた向日葵が累々と積み重なっており、幸いにも彼女を見失うことは無かった。

 

 

ある程度奥まった場所に来たところでクシャルダオラは足を止めた。

 

「ちょっとクシャー、急にどうしたのさ?」

 

ラルバが彼女と同じ視線を見ると、そこには一輪の花が咲いていた。

 

 

こうべを垂れるように積み重なった、枯れた向日葵のドーム。程よい暗さは残暑を凌ぐのにちょうどいい涼しさだ。

そしてその向日葵たちに守られるようにして咲く、暗い桃色の花。沈みかけた太陽のような形の花弁が五枚に重なり、その花を支える茎と葉っぱは夜空のような紫色。

花弁が放つ香りは眠たくなるような心地の良い匂いを放っており、一本取って冬眠場所に持っていきたいくらいだった。

 

「気づいたのね」

 

一人と一匹が後ろを振り返ると、そこには風見幽香がいた。いつのまにか鋼龍が踏み倒した向日葵たちはきれいさっぱりいなくなっていた。

 

「え?気づいたって、どういうこと?」

 

「こいつが本当に花を思いやれるのかどうか、ね。ただの散歩なら、この子に気づくはずがない」

 

この子、とは向日葵のドームに咲くこのいい匂いのする花だろうか。ラルバも集中力が切れていたのはあるが、道から逸れたこんな場所に咲く小さな花など、全く分からなかった。

 

幽香の耳にも、古龍種という強大な力を持つ存在のことは耳に入っているだろう。こんな意地の悪いいたずらを仕掛けたのは、古龍の力を見極める為でもあったのかもしれない。

真意は本人に聞かないかぎり分からないだろうが、ラルバもクシャも疑問には思わなかった。

 

「この花はなんて名前なの?」

 

「落陽草の花。陽の光に弱くてね、暗がりでしか花を開けないの」

 

「へー、こんな狭い場所じゃ種が出来なさそうだけど」

 

「そうね、恥ずかしがりなのかもしれないわ」

 

ラルバと幽香の会話が耳に入っていないように、クシャルダオラは花に見入っていた。

 

「あなた、この花気に入ったの?」

 

『…………』

 

「…クシャ?」

 

『この匂い……どこかで嗅いだことがある』

 

向日葵のドーム内に体を押し込み、花の雄しべとおぼしき部分に鼻をつける。

 

『いつだったか……奴と取っ組み合って傷だらけのときに、これのような匂いがした』

 

「?」

 

『……だが、故郷にこんな花は咲いていなかった。……それに、なんだか……〝薄い〟」

 

ラルバも入りきらないようなドームに、鋼龍は小さくなった体を更に押し込む。だが、茶色にもろくなった茎が耐えきれるはずもなく、ドームが崩れ始める。

隙間から陽光が差し込み、桃色の花が眩く照らされた。「あ」とようやく声が出たのはようやくそうなってからだ。

 

 

その時、落陽草の花は即座につぼみを閉じ、陽の光を避けた。枯れ切った向日葵たちが一瞬で粉となって消え、大地に落ちる。

 

「お疲れ様。また、来年会いましょう」

 

一連の現象を起こしていたのは、先ほどまで後ろで様子を見ていた幽香だった。ラルバの頭に、クシャの行動に風見幽香が怒っているのではないかという嫌な予測が立ってしまい、固まったままゴクリと唾を飲んだ。

 

「お前……」

 

幽香が座り込み、鋼龍と目を合わせる。幽香よりも小さくなっているクシャルダオラからすればかなりの重圧感を感じるはず。しかし底の見えない深紅色の瞳に見つめられながら、彼女は少しも動かなかった。

 

 

「……儚いものにとっては、本物の光は眩しすぎる。

 それに対して、あなたはずかずかと躊躇なく踏み入った。ただ、美しいものを愛でる為だけに」

 

フフフ。風見幽香の妖艶な笑い声が耳に入る。

 

 

「なるほど。どうりでこんな辺境に足を踏み入れるわけね」

 

そう言うと幽香はふわりと飛び上がり、どこかへと飛んで行ってしまった。

 

「た、助かった……?」

 

連帯責任だの言いがかりをつけられて自分も処されるのではと案じていたエタニティラルバは、ホッと胸を撫でおろした。

 

 

 

鋼の古龍はただ、赤と緑の花が散っていった方向をじっと見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー、しんどかった」

 

頭の上で仰向けになりながら、初対面の蝶の妖精-エタニティラルバ-は大きく息をついた。

 

「おかげでようやく羽が伸ばせるよー」

 

『そんなに縮こまるほどか?』

 

「縮こまるよそりゃ。秋を通り過ぎて冬眠するところだったわ」

 

『一回休みとかいうやつか』

 

妖精は死んでも蘇る。

……本当によくわからないが、死んでも帰ってくるのだ。古龍でさえ、完全に死ねば生き返れないというのに。

もしくはそれも、力が弱い代わりに生存力に振った、妖精たちなりの生存戦略なのかもしれない。

 

「かもしれないねー、あの花妖怪には賢者も迂闊に近寄らないもの」

 

ケンジャが何ものかは知らないが、そこら辺の妖怪のことだろう。一理ある。

 

『悪かったな。話せるやつを連れてくるつもりだったが、誰も来ようとしなかったのだ』

 

「……そりゃ誰も来ないでしょ。今日はたまたま機嫌が良かったみたいだけど、幽香はこの時期誰とも話そうとしないんだから」

 

小鳥がラルバの頭の上を飛んで行く。膨れた腹は黄色い燐光を放っていて、前に垣間見たヒマワリのようだった。

 

「それよりさ、せっかくここに来たくれたんでしょ?一緒に遊ぼうよ」

 

『いいぞ。何をする?』

 

「うーん、そうだなぁ……花探しなんてどう?私の言う色と同じ花を早く見つけたほうが勝ちってルール」

 

『それはさっきの妖怪に咎められるのではなかろうか』

 

ラルバは少し考え、轟竜に睨まれた腐肉漁り鳥のごとき顔つきになった。

 

『私は構わんぞ。先の花のようないいものが見つかるかもしれん』

 

「いや、やっぱり気が変わったからいい」

 

『本当か?だが』

 

「いいの」

 

怯えているのに妙にしっかりと反応を返してきた。妖精というか、虫のように愚直だなと感じる。

とはいえラルバは別の遊びを考えていたようではないらしく、顎に手を当てて唸り始める。人型の奴の習性なのだろうか、ほかの妖精たちも華扇も紅白や緑白も、紫のような頭の良い奴まで、深く考えるときはいつもこの姿勢を取っている。

賢い者もそうでない奴も、変なところで似ているものである。

 

そんな風に考えながら頭に乗るラルバ、の上を通っていく丸い小鳥たちを見ていく。

今度は緑。故郷では僅かにしか無く、この幻想郷では陸を覆いつくすほどに生えている色。ラルバと似たような色の小鳥は、同色の蝶の妖精には目もくれずどこかへ去っていった。

 

 

それと同時に、遠くから風切り音が耳に入ってきた。

ただまっすぐにこちらへと突っ込んでくるこの音は、飛竜のそれと比べてとても小さい虫のようなものだった。

 

花畑に入ってきたのは、見覚えのある白黒。私がここに来たばかりの時もあれと華扇は私の巣によく来ていたが、最近はあの色を見ることが多くなった。

 

擬態としては失敗しているような黄色の毛を靡かせながら、白黒は折れた枝に乗って私の前で止まった。

 

「おお、こんなところにいたのか。探したぜ、クシャルダオラ」

 

「あ、いつぞやの魔法使いだ」

 

「なんだ?妖精の次は頭にちょうちょを乗せはじめたのか」

 

「私蝶じゃなくて妖精よ。いや、蝶でもあるけど」

 

白黒は私と同じ目線まで高度を下げ、私の目を見入る。

 

「よう、元気にしてるか?」

 

『ああ。普通さ』

 

「…やっぱ慣れないな、この喋り方。直接私らと話せた方がよくないか?」

 

『今のままでいい。お前たちの言葉は面倒くさいのだ』

 

同じ音で全く違う意味になったり、音を意味する記号がやたら複雑だったり。妖精の書く字でさえまるで意味を解せないのだ、私にとっては。

 

「振動で会話するお前も相変わらずだと思うけどな……唸り声にしか聞こえないんだけどなぁ」

 

「……多分、私たちはクシャと種族的に近いんだと思うよ」

 

「種族的に?お前らと古龍がか?」

 

「妖精は自然に宿る生命力の具現。自然のものにしか宿らないけど、性質としては神様とかと似てるしね。だけど古龍は自然現象そのもの。私たちが宿るべきもので、クシャもある意味では妖精のようなもの。それにこの子自体が巨大な生命力を持っているから、妖精との相性はこれ以上ないくらい良いのよ。だから他の種族には雑音にしか聞こえなくても、妖精にとっては川のせせらぎ、葉の擦れる音、虫の鳴き声と同じ。

 私たちにとっては心地よい〝歌〟の一つなのよ」

 

 

私のものではないそよ風が花畑に吹いて、枯れかけた花々を倒していった。白黒はラルバに何やら話しかけているが、何を言っているのかは分からない。ラルバの言葉から察するに、おおかた私のことだろう。

 

 

そよ風の吹いてくる方向に私は少しづつ歩いていく。私の歩きに合わせて、白黒は枯れ枝を生やした茶色の棒に乗って、少々無理な姿勢で私の隣について来た。

 

 

 

 

古龍の頭に乗る蝶は、傍らの星と語らっていた。




疾替え全然使えなーい!
この過去作勢に早くフルバレットファイアを撃たせておくれ……


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死ぬ気でMR100まであげてやっと怨嗟マガドを狩りましたよ
めっちゃカッコいいし鬼強かった。出したいなぁ…でも難しいなぁ…

今更気づいたけどせっかく日常編だからここからネタ多めでいいですよね?


ラルバの道案内で花畑から少し離れた所に来た。

地面は枯れかけた花ではなく、緑色の原っぱに変わっている。丘のここからはよく幻想郷が見え、私の巣も見える。

 

「知り合いの魔法使いがな、古龍は龍属性エネルギーを使って自然の力を体内に無理やり押し込めて能力を行使してるって仮説を立ててたんだがな、妖精としてはどう思う?」

 

「外れって感じかな?私が見た感じだけど、風そのものを生み出してるっぽいね。体の中で風を生んで、角を使って制御してるって感じかな」

 

「なるほどな……パチュリーの仮説はハズレってわけだ。てなると、角をどういうふうに使って風を制御してるんだ?」

 

「さぁ、そこまでは知らないわ」

 

白黒の言葉にラルバは疲れたような声で答えているが、金髪から覗く口は吊り上がっている。何がそんなに面白いのかはさっぱりだが。

 

「あれ?いつもならここで騒霊たちが騒いでるのに、今日はいないみたい」

 

私の頭に立って周囲を見渡すラルバ。

 

「ま、あいつらだって年中演奏してるわけじゃないだろ。それより、さっきの話の続き聞かせてくれよ」

 

「えー、私もう飽きたんだけど」

 

「いいじゃないか。お前ら毎日遊んでるんだろ?その様子でもいいから知りたいんだよ」

 

「私、この龍とあったのは今日が初めてよ」

 

「いいからどんな些細なことでも……え?」

 

白黒が私とラルバを見る。虫でもついているだろうか。

 

「お前ら初対面でそんなに仲がいいのか……」

 

白黒が大きく息を吐きながら言葉を呟いた。白黒は頭から外れかけた帽子をかけ直す。

あっちから一方的に話しかけられるのも飽きてきたころだ、今度は私から話しかけてみるとしよう。やられたらやり返すの原理、と紫が言っていたような気がする。

 

『白黒、お前は弾幕ごっことかいうのが出来るのだよな』

 

「……え?ああ、出来るぞ。人並み以上にな」

 

白黒……?小さな声でそうぼやいていたのも聞こえたが、会話はすぐにまた始まった。

 

「そうかそうか。私の弾幕が見たいのか。いいぜ見せてやる!」

 

会話はすぐに終わった。

 

白黒を中心に、奇妙な形をした弾が四方八方に飛び散る。よく見ると一つ一つ色が微妙に異なり、まるで星空のようである。円形に広がる弾幕を前にしてラルバは私の翼の影に隠れた。

程なくして白黒の弾幕は私にも当たり始めるが、全く痛くない。妖精の放つそれに比べれば衝撃はあるが、私の重さを増した甲殻の前では、塵が当たったような感覚だ。

 

「ちょ、クシャがやめてって言ってる!」

 

「あれ、そうなのか」

 

ラルバがそう言うと、白黒の周りに浮かんでいた模様が消えて色彩の激しい弾幕は霧散した。

私はやめろとは言わなかったのだが、ラルバは私を見ることなく白黒に叫んだ。

 

「ちょっと!質問しただけなのに急に弾幕ぶっ放すとかどういうつもり!?」

 

「いいじゃないか別に。弾幕と聞いたら即撃つのが私の信条だぜ?」

 

「捨てなさいよそんな信条……前に撃ち合った時もそうだけど、小技の癖にあなたの弾幕は威力が高すぎるのよ」

 

あれで高い威力なのか……翼竜の引っかきでももっと威力があるはずだが。

いや、しかしこれが弾幕ごっこなのだろう。あの派手な色の弾幕は、攻撃が来ていると分かりやすい。あれに当たると負け扱いで、先に弾を相手にぶつけた方が勝ち……頭のいい奴らが考えたものらしくない、分かりやすい遊びである。

私でも分かるくらいだから、頭のいい奴らにとってはもっと簡単だろう。

 

「弾幕はパワーだよ、パワー。ちんけでちっこい弾幕よりも、でかくて派手な方がいいだろ?」

 

「限度ってものがあるでしょ……」

 

「やれやれ、頭も体も小さい奴には弾幕の流儀ってやつは分からんのか」

 

「なんだとー!あんただって知り合いの魔法使いの中で一番絶壁で小さい癖に!」

 

「んだとぉ!?よーし、そこに立て。本気の弾幕で地面ごと真っ平にしてやる!」

 

ラルバと白黒が急に喧嘩を始めた。妖精同士で急に喧嘩が起きるのはよくあるが、人間も突発的に起こすのだな。

 

白黒が六角形の、木の色の、中身がくりぬかれた、その中に白黒の円が入った、……小さいなんかを取り出す。一回爪でひっかいたら粉々に砕けそうである。

 

ラルバも翼からムズムズするものをまき散らせて戦いに入る。

……なに?まずい、その粉はダメだ。なめてかかったら全身の殻が砕かれて火だるまになる。

 

『よせ、ラルバ。その粉を引っ込めろ』

 

「なんで?売られた喧嘩は買うのが妖精の流儀よ!」

 

『爆発するぞ』

 

「うぇ!?ばくはつ!?」

 

「何そっちでごちゃごちゃ喋ってんだ!とっくに私の堪忍袋は切れてるぞ!」

 

白黒が手に握った、六角形の、木でできた、白と黒の玉の……なんかから火が出てくる。

まずいそっちだったか。急いでラルバの羽を噛んで、上空に逃げる。

 

白黒は何やら大声を張り上げて、六角形の……筒から炎を放つ。

 

 

 

ドカーン!と派手な音が草原に響き渡った。

上昇をやめて地上を見てみれば、さっきまでいた地面が黒く焦げていた。炎王龍ほどではなく、岩賊竜のブレス程度の、さして避ける必要の無かった爆発だった。これならば避ける必要もなかっただろうが、警戒するに越したことは無い。爆発というのが非常に危険であるのは、幼体の頃からこの身に叩き込まれた教訓だからな。

 

「ひ、卑怯者め……」

 

煙の中から白黒が立ち上がろうとして、しかし力尽きて倒れた。前足をピクピク動かしているので、気絶しているだけだろう。

 

 

「ふ、ふふん。よ、妖精をなめると痛い目に合うのよ!」

 

ラルバがそう言うので咥えている羽を舐めてみると、ラルバはあまり聞いたことのない鳴き声を出しながら地上に落ちていった。

 

 

 

ラルバは物知りな妖精だ。今度からは妖精たちをなめないようにしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……随分と派手にやりあったのね、あなたたち」

 

呆れているような口調で言ったのは、黒っぽい頭から二股に分かれた変な角の奴だ。…いや、私も右の角が欠けているし、他の奴をどうこうは言えないか。妙に治りが遅い気がするが、別に気にはならない。暴風を操らなければならないような敵は、ここにはいないからな。

 

「文句ならそこのちょうちょに言ってくれ。こいつ鱗粉をばらまきやがって私の周りで粉塵爆発を起こしやがった。妖精のイタズラの癖に過剰火力なんだよ」

 

「それってあなたが言えることかなー?えいっ」

 

「いっって!?……な、なあメルラン。治療してくれるのは嬉しいぞ。嬉しいんだが……お前その包帯の山はなんだ?」

 

「え?ほら、一人で音合わせしてる時に人間とかが寄って来たときにさー、気づいたらその場で大乱闘が発生しちゃうのよ?それで怪我した人たちの治療に持ち歩いてるのー。大体見えないところまで吹っ飛ばされてて、まいっかってなるんだけどね?今回は役に立っちゃったわね、明日はライブ休もうかなー」

 

明るい色の頭の、球体から小さい角の生えた幽霊が手に白く長い皮のようなものを巻き付けながら、白黒の周りを回っている。

私は当然人間達の言葉は分からないが、魔理沙が理解不能といった表情であるのは分かる。あれか、にほんごとエイゴの違いというやつか?おそらくだが、それに近いような気がする。

 

「……ねえ、キーボードの騒霊さん。あの人はなにを言ってるの?」

 

「んー?ああ、あれはいいんだよ、気にしなくて。メル姉はいつもあんな感じだから」

 

「魔理沙がなんかミイラにされかけてるけど、あれは?」

 

「あれもいつも通り。むしろあれするためにソロ練習やってるまであるよ。あなたもあんなイタズラはしないようにね」

 

「……クシャはあれやりたい?」

 

『なぜ私に聞くのだ』

 

獲物をぐるぐる巻きにして食べるのは蜘蛛だけである。そこまでして肉は欲しくない。鉄のお供として時々でよい。

ラルバと話していた、赤い頭に魔理沙の弾幕に似たものを乗っけている奴が、私と同じ目線で話しかけてきた。

 

「それにしてもこれが古龍種かー。思ってたより小さいのね」

 

「私たちの家の二階に届くくらいって聞いたのに、リリカと背丈が同じって……私また騙された?」

 

黒い奴が赤い奴に寄ってきて、私より少し高い目線から私を見下ろす。

 

ラルバが粉塵爆発を起こした後、爆音に驚いたのか突然こいつらが出てきたからすぐに小さくなった。

小さい奴はそこまで警戒されない。それは人間や妖怪相手でも同じらしく、初めて会う奴らには小さいままで接触しろと隠岐奈に言われたことを、花の妖怪に会ったときに思い出したのだ。

あれとは大きいままで会ってしまったが、出会いがしらには襲ってこなかった。それを見て私は心配事が一つ減ったのだ。

 

あれはかなり強い。もし奴と真正面から殴り合っていたら、撃退はできたであろうが残っていた角は確実に折られる。そういう直感があったのだ。あれは縄張り意識みたいなものが高いが、縄張りを荒らさなければ殺気立って襲ってはこないだろう。縄張りの外で会おうが即座に攻撃してくる金獅子にも見習ってほしい生存方法である。

 

「バイオリンのお姉さんは騙されてないわ。今のクシャはわざと小さくなってるのよ。大きいままだと私たちと話しにくくなるから」

 

「え?古龍種ってそんな雲入道みたいなことできるの?」

 

「小さくなれるようになったのは、偉そうな神様がクシャにそういう能力をあげたんだって」

 

「……随分変わった趣味をお持ちの神様もいるのね」

 

 

 

その後、爆発から逃げるときに思ったより噛んでいたラルバの羽を舐めて整える。きれいな羽だ。あの冥灯龍ほどではないが、にが虫や不死虫に比べればかなり鮮やかだ。

白黒と幽霊三人はやかましく喋っているが、ラルバ曰くあの幽霊たちは騒霊という普通の幽霊よりうるさい奴ららしい。納得である。

 

 

羽の手入れを終えたその時、空から何かが降ってきたので、私は首を曲げて躱した。

 

「うぅ……」

 

「うわ!鈴蘭の妖怪人形だ!」

 

ラルバがそう言ったのは、空から飛んできた赤と黒のちっこい奴。毒気が抜けたようにのびており、表面がねばねばとしている。

すると、幽霊たちが何かに気づいたように空へ飛びあがった。奴らがいた場所に、緑色のギョロ目が翼をはばたかせて飛びおりた。

 

「おお、こいつが噂に聞いたプケプケか!」

 

「そうよ!そして私たちのライブを邪魔するお邪魔虫!」

 

白い布に巻かれた白黒……今はもう真っ白か、が先の六角形の円柱を構えるが、ギョロ目はそちらには目を向けず、そこで倒れているちっこい奴に視線を向ける。

 

 

口腔から吐き出された紫色のブレスが、小さな妖怪にめがけて飛翔する。

その軌道上には、妖怪に近寄っていたラルバがいた。

 

「わわ!」

 

毒のブレスは液状。飛翔中にあまり飛び散っていない、固められた毒塊だ。

私は自慢の翼を勢いよく振り上げつつ角に力をこめ、突風を巻き起こす。毒塊はバラバラに飛び散り、辺りの草が紫色に濡れる。右角が無く、体が小さくともあの程度の速さの物体なら弾ける。

突然ブレスが霧散したことに驚いているギョロ目に対し、地面を駆けて迫る。私の奇襲に慌てたのか奴は口を開けて毒々しい色の舌を突き出してきた。

遅い。舌を掠めるように少し横にずれ、そのまま奴の首根っこに噛みつく。もちゃもちゃとした緑の羽が口の中に絡みつくが、離す選択肢などない。

 

 

 

妖精は死んでも蘇る。人間や妖怪相手に無謀ないたずらを仕掛けて殺されたという話は何度も聞いた。妖精たちは死ぬことを真面目に考えていないし、イタズラの領域を超えた喧嘩を売るような真似をしでかした妖精のほうが悪い。

妖精と話せるようになってから、仇とやらを討ってくれと言われたことがあるが、そんなものに何の意味がある。

 

このギョロ目はあの妖怪をいじめて遊んでいたのだろう。そこにもう一匹遊べそうなやつが出てきたからまとめていじめようと攻撃をした。強い奴はその力を見せるため、弱い奴をいたぶるように攻撃する。故郷で積み上げた経験則の一つだ。それ自身は否定しない。昔の私もよくやっていたことだ。

 

だがこいつの場合、私と波長の合う妖精を目の前で、反撃でもなく一方的に攻撃したのが悪かった。

 

 

 

奴の首に牙を食い込ませ、勢いよく持ち上げる。小さくなっていても筋肉などは元の姿と同じと隠岐奈は言っていた。本来の私の背丈よりかなり小さいこいつの体を持ち上げるのに、何ら苦労はないだろう。

空いている鼻から毒気混じりの空気を吸い込む。肺の中身が空気で満たされたので、もがくギョロ目を空へと放る。

 

 

羽ばたく隙も与えずに口からブレスを放ち、ギョロ目を空の彼方へと吹き飛ばした。

見る見るうちにギョロ目は黒い点となり、やがて遠くの森へ落ちていった。

 

 

「……これがほんとの上昇気流だったのね……」

 

後ろで黒い奴がそう言ったのが聞こえた。意味は分からん。




*プケプケ君は生きてます。奇跡的に。もう二度と空飛べなくなったけど。
ちなみにクシャがミニ八卦炉を言うときのセリフ。分かる人います?
ヒント:FPS解説の人


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サンブレイクもいいけどダークソウルもちょっと興味あるなと思うこの頃。


枯れたひまわり畑は、夏の終わりを告げる兆し。やかましかった蝉たちも、今は他の動物たちの腹の中。その動物たちの中には、異世界の生物もかなり混じっているのだろうか。

 

だからといって、人間たちがすぐに元気になる、というわけでもない。

外の世界では地球温暖化だがなんだかの影響で、夏の暑さがかなり厳しくなっている。外の世界のあらゆる常識を否定する博麗大結界も、猛暑を妨げるほどには出来ていない。

実際、外の暑さで幻想入りしてきた花たちもよく見かける。彼女達が花を咲かせる場所が奪われるのは憂うべきことだが、幻想郷で花が多く咲き乱れるにしたがって私の力が強くなっていくのを感じると、どうしようもなくやるせなくなる。ここ最近は狩猟世界という未知の異世界からも花がやってきているので、この思いに沈む時間も多くなってきている。

 

 

例え異世界からの異物と決められても、花は花。

私にとって花は愛すべき存在。そこにどこからやってきたか、なんてつまらない壁はない。例え平行世界の植物たちの花であっても、私は愛そう。

 

花は魂のひと時のゆりかご。それを愛することによって、私は妖怪としてこの世に存在し続けてきた。花の持つ魔性の魅力、狂気といっても差し支えないかもしれない。

 

 

 

 

あばら家となった向日葵の傘の中で、一本の花が寂しく枯れていた。

今はこの子が悠々と咲き誇るに適した夜であるのに、夜に染まっていた茎にはもうなんの光沢も残っていない。明るさと暗さを兼ね備えたまさに桃色の星ともいうべき大輪の花は、少し指を触れるだけで地面へと堕ちた。

陽の光が花弁に少しでも直射してしまうと、そこから茎、葉、根までもが瞬く間に枯れてしまう。あまりにも繊細すぎる特徴が、落陽草の花の希少価値を高める一因でもある。

夜にこの子が放つかぐわしくも儚げな香りは、ここ最近の私の癒しでもあった。減りゆく花の将来への悲観も、この香ばしさで体すべてを満たしている間は忘れることが出来た。

 

でも枯れてしまった以上、もうあの匂いを味わうことは難しい。落陽草自体なら幻想郷を探せばたくさんあるだろうが、花をつけるのはごくごく一部の個体のみ。

それに口うるさい賢者どもがあちらからの文物の流入を制限しているのもあって、花そのものを入手するのも難しい。

 

 

こめかみを押さえながら、しばし考える。

こんなことをした輩は当然、昼間の古龍だ。悪意なしに花を傷つけたのなら睨みつける程度で済ませるが、今回の花は私のお気に入り。徹底的に虐めてやるのが花の妖怪としてのプライドであり、我儘でもある。

でもあいつの力を見る限り、そう簡単に復讐は決められないだろう。風を操る力はともかく、あの鋼の肉体の強靭さは鬼を超える。接近戦での勝ち筋は薄い。かといって遠距離戦に持ち込んでも、龍の頭蓋骨を背負った巨大蟹を吹き飛ばした風弾を撃たれては花畑が危ない。

 

……面倒ね。胡散臭い妖怪どもが〝幻想郷の守護者〟に仕立て上げるだけはある。外からのみならず、()()()()もってこと?

 

「腹立たしい……」

 

ひとまず枯れてしまった花たちを土に還して、落陽草の花の遺骸を片手で包む。

花畑の向こうでは残暑の鬱憤を晴らすためか、派手な光の下で幽霊たちのライブが行われている。別にここは私の居住地でも何でもないからライブなど好き勝手にやってもらっていいのだが、今日ばかりは少しイライラが刺激される。後で楽団と遊ばせてもらおうかしら。

 

「……ん?」

 

ふと手の中の枯れた花を見てみると、微かな温かみを感じる。

右手を開き、桃色の花弁の中を手探ると、

 

「まぁ、これは」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花畑のはずれ、既に枯れてしぼんだ向日葵たちとはまるで正反対の音楽が、私の体を揺らす。

 

「いやー、久々のライブもいいもんだな!」

 

人里からやってきた多くの楽団ファンのテンションは、少し前の夏の暑さを思い出させるほどに過熱していた。

夏と言えばプリズムリバーのライブ。この人気ならそのうち春告精(リリーホワイト)のように夏の季語になりそうだ。

 

「何度か廃洋館にいたずらしに行ったけど、ここまで騒がしくは無かったなー」

 

「あたいはこの位のほうがいいけどな。特にメルランの演奏は癖になるぞ、なあお前ら!」

 

「それより、プリズムリバー三姉妹ってあそこの廃洋館が家だったのね。今度お邪魔しましょうよ、サニー」

 

「お、あいさつ代わりのイタズラね?もちろん!……ところでルナは何してるの?」

 

「……え、ごめん。ライブの音がうるさくて音を消してたわ。で、なんか言ったかしら?」

 

ただ余計な奴が六匹ついてきちまったのは誤算だったが。まあ、四匹くらいいてもいなくても同じだろう。

 

 

クシャルダオラがプケプケを吹っ飛ばした後、のびていたメディスンが起きたので事情を聞いた。曰くプケプケは花畑を我が物顔で闊歩していたらしく、プリズムリバーのライブに加えてメディスンも攻撃されていたらしい。

そんな蛮行ここを気に入っている幽香が許さないのでは、と思ったが幽香はプケプケを攻撃することは無く、プケプケも幽香を見るなり即座に逃げてしまうため、メディスンはいいようにいじめられていたらしい。

 

まあ、その毒妖鳥はクシャルダオラの目の前でエタニティラルバを攻撃してしまい、鋼龍の怒りを買ってお星さまになっちまったわけだが。

ライブの邪魔者を吹っ飛ばしてくれた礼だと、私たちは久しぶりのライブに無料で招待された、という次第だ。

 

「お、ラルバにクシャもいるじゃないか。こんなところで何してるんだ?」「チルノちゃん、さっきからずっといたよ?」

 

「二人とも久しぶりー。あれ?皆も招待されたっけ」

 

「いいえ?クシャを探しに行ったらこんなライブの特等席にいるから、姿を隠してここまで来たのよ。そういやチルノは?あんた、湖にもいなかった気がするけど」

 

「あたいたちはクシャの家でずっと帰りを待ってたんだ。でも、夜になっても帰ってこなかったから迎えに来たんだぞ」

 

横になっているクシャルダオラの背中に乗ったチルノは、どこか周りを気にしているように見える。

 

「あーなるほどな。幽香がいるからビビッてたんだな?」

 

「なんだとー!?サイキョ-のあたいが怖気づくわけないだろ!」

 

「そういえばチルノ、前に日焼けしてるときに私と戦ったあと、幽香に喧嘩を売ってコテンパンにされてたよね」「うぐぅ!?」

 

痛いところを突かれたチルノが呻きながら、鋼龍の背中から転げ落ちる。こんだけ傍で騒がしいのに、こいつはプリズムリバー三姉妹と、ドラムの付喪神をじっと見つめている。大した集中力だ。

 

「……触っても平気なの?」

 

「ああ、体を触るくらいなら平気だぜ。ただ翼とか角はやめた方が良いぜ。そうだろサニー?」「そうね」

 

「ほんとに体全部が鉄……これ本当に生き物なのかしら。中に妖精が入ってて動かしてるとかじゃないわよね」

 

「お前それ自分のこと言えないだろ」

 

確かにクシャルダオラの姿形は生きた鋼と呼んでも差し支えないが、幻想郷だと道具が動いたり喋ったりするのは割とよくあることだ。目の前の毒人形もだし、プリズムリバー三姉妹はどうか知らんが、小槌の影響で動き始めた楽器の付喪神たちに、知り合いの地蔵もだ。後は小傘もか。

渡しの死神から聞いたことがあるが、あの説教臭い閻魔も元は地蔵だったらしい。信じられない話だけどな、元が同じでああも違いが出るなんて。

 

 

 

「探したわ、こんなところにいたのね」「「「「「「「うわぁ!?」」」」」」」

 

聞き覚えのある声に振り返れば、そこに知り合いが立っていた。

 

「……珍しいな。お前がわざわざライブを見に来るなんて」

 

「そうかしら。近くでこんな騒々しい音楽が鳴っていたら、誰でも寄ってくるんじゃない?」

 

そう言って幽香はステージ上を覗いた。三姉妹は演奏に集中してるのか笑顔だが、ドラムを叩いていた雷鼓だけが視線に気づき、こっちに向かって目を細める。小槌の魔力に気づいたことといい、あいつは第六感みたいなのが強いような気がする。霊夢に比べれば可愛いもんだが。

 

「何よりも楽しそうなこと。私もお邪魔させてもらおうかしら」

 

「おいおい、これはライブだぜ。ただの馬鹿騒ぎじゃないんだぞ」

 

「花でも咲かせればいいわ。

 音の持つ魅力と花の持つ魅力は同質だもの、見分けのつかない奴らにはそれで充分よ」

 

嘲笑するような感情を含めた微笑みに、後ろの幼女たちは抱き合いながら怯えている。

かくいうわたしも内心びくびくしてる。師匠と共に初めて会った時からずいぶん経ったはずだが、こいつが出す、魅かれるようでありながら圧倒的な威圧感はどうにも慣れない。

食虫植物に誘われた虫も、こんな感覚なのだろうか。

 

「まあ、ライブになんか興味はないわ。私が用があるのは、そこで見入ってる鉄塊よ」

 

いつもと変わらないさりげない幽香の侮辱に対して、クシャルダオラはなんら反応を示さない。

それを見た幽香は、怯えている七人を無視してクシャルダオラのすぐそばに立った。観客に気づかないように小型化している鋼龍と、背の高い幽香が並ぶ様子はどこか不気味というか絵になるというような。

とにかくいつ戦闘が起きても撤退できるように、私は箒を手に取った。

 

 

幽香はクシャルダオラの体に手を当て、鱗を一枚ずつなぞっていく。ここで初めてクシャルダオラが視線を幽香に向けた。

氷のエネルギーを秘める鋼龍の鱗はチルノの体温よりも冷たいはずだが、幽香はそれを感じている様子はない。

私含めた八人が訝しんでいると、落とし物が見つかったようにある鱗の一枚に手を置いた。何度かそれをなぞり、正確な位置を確かめているようだ。

 

「なぁ、何を探してるんだ」

 

「いいから黙ってなさい」

 

幽香はその鱗へ指をはじくように当てた。

 

 

  リィィィィン……

 

澄んだ鈴の音が私たちの耳に響く。音量自体は非常に小さいものであるはずなのに、一瞬ライブのざわめきが消えたように感じたのは錯覚だったのだろうか。

クシャルダオラは握られた幽香の手をじっと見ていたが、彼女がその中身をポケットに入れると視線を外し、ライブへ戻ってしまった。

 

「ふふ、あなたには感謝しないといけないわね」

 

「おいおい、今何をしたんだ?」

 

「何って……これに付いてた花粉を振り落としたのよ。凍ったままくっついてたから、ちょっと力を込めただけ。

 こんな音が鳴るのは想定外だったけれど」

 

幽香はポケットに人差し指を入れ、目を凝らしてようやく見えるような桃色の花粉を取り出した。

 

「あれ、それって落陽草の花の花粉じゃない?」

 

「妖精の癖にカンがいいわね」

 

感心したようにラルバを一瞥して、鋼龍と顔を合わせる。

 

「鳥でも虫でもないのに媒介者になれるなんて。あなた、よっぽど花に好かれてるのね」

 

『そうか?妖精のほうが好かれるし好きでもあるが』

 

幽香の言葉をラルバがクシャルダオラに言い、クシャルダオラの口の動きに合わせてラルバが物を言う。

何度見ても不自然さの拭えない光景だが、妙な違和感も感じる。

 

エタニティラルバという妖精は、あんなに威厳があったか?巣へ何度か会いに行くときにチルノやサニーたち他の妖精が訳してくれることはあったが、こいつだけ貫禄が重いというか。適当に訳してくることが多い他の妖精たちとは、何かが違う。

 

 

 

神と言われても不自然じゃないくらい、威風に満ちている。そんな印象が伝わってくるのだ。

 

 

『お前を見ていると、前にどこかで会ったような気がする』

 

「引きこもってた時に見かけたのでしょ」

 

『違う。故郷にいたときだ。幼体の頃、お前みたいに花の匂いがする奴と会った気がする。背が低くて、黒かった。お前よりもひ弱で、殺気立ってなくて頭が良さそうで「わー!違う違う!今のはクシャが言ったんだって!」』

 

首根っこを掴まれたラルバが必死にもがくが、幽香は冷や汗が出るくらいににこやかな表情でラルバをビームで消し飛ばした。

 

「ぎゃあああああ!!」「「「「「「ラルバー-!!」」」」」」

 

 

 

…やっぱり気のせいだったか。鋼龍と視線を合わせながら私はそう思った。




その後ライブは怒れる花妖怪と雷様との喧嘩で中止になったとさ。
夏だというのに中々忙しい、もっと書きたいんですけどねー。現実は甘くない。
護石の排出率も甘くない。


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14章 月を肴に昔語りを


今回から永遠亭回です。


 

 

--ガァァァァァァ!!

 

--ギュァァァァァ!!

 

「ひぃぃぃぃぃぃ!!」

 

背後で生じた爆風に体を攫われ、草むらに顔面から激突する。すぐに、痛みを感じる間もなく鼻をつく瘴気が辺りに満ち、知識と本能に従って脇目も降らずに全力で走る。

さきほどまで転がっていた場所は爆炎に呑まれ、人骨と同じ強度の竹が根元から折れた。支えを失った幹は風と重力に従って私の方に迫ってくる。

 

「なんでこっちなのぉぉぉ!??」

 

恨み言を吐きながら、死臭を纏う竹たちをひらりひらりと躱していく。

息も絶え絶えになりながらだったが、これ以上折れてくる竹がないことが分かると、一息。

 

 

 

直後、先の爆風を上回る猛烈な突風が再び襲い掛かる。

 

「ピョーーーン!!?」

 

自分でも意味が分からない叫びをあげてしまったが、空中で体勢を立て直し、近くにあった太めの竹を掴む。

奴らから隠れるように竹の幹に隠れるが、小柄な私を覆ってくれていた竹は背丈ギリギリを残して吹っ飛んでいった。

 

 

「れいせー-ん!!早く戻ってきてよー--!!」

 

 

人畜無害な竹林の兎、因幡てゐは腹の底から声を出したが、すぐそばで巻き起こった爆発と突風にかき消された。

 

 

 

平和な竹林に突如として襲来し、永夜異変ぶりにお師匠様の手を煩わせた害獣、マガイマガド。

これまたついさっき飛来し、あのお師匠様の興味を非常に惹かせる古龍、クシャルダオラ。

 

周囲のことなど知ったことかと言わんばかりの激戦を繰り広げる二頭の覇気は、かなり距離が開いているはずの私にビリビリと響いてくる。

 

「うぅ……どうしてこんなことになったのよ……」

 

 

 

 

 

事の発端は、数十分前に遡る。

優雅に空を飛んでいるクシャルダオラに声をかけたのが始まり。正確には、そこらへんで遊んでた妖精に飴を渡して呼んで来いと言ったらホントに来てしまった、の言い方が正しい。

話に勝るのは、その威圧感。私もそれなりに強者に対面したことはあるが、獣としての本能がここまで警鐘を鳴らしたのは初めてのことだった。

こんな簡単に来るとは思っていなかったので正直心の準備不足だったが、こいつは私みたいに顔色を窺うことは出来ていなかったらしく、平静を装いながら永遠亭に案内しようとした。

 

 

そこにあの怨虎竜の急襲である。鬼火という摩訶不思議なガスの爆発で加速した体当たりはクシャルダオラに直撃した。

だがクシャルダオラは死んでいなかった。尻尾で思い切りぶん殴って反撃に転じると、そこからはもう大乱闘。ちなみに通訳の妖精たちはマガイマガドの奇襲によって死んだ。そのうち蘇るだろうから真っ先に見捨てたけど。

 

 

見たことがない量の鬼火を全身に纏わせるマガイマガドが、鋼の龍に吠え掛かる。

 

 

 

そもそもなぜあいつがここにいるんだ。

怨虎竜という種族は極めて凶暴で危険なモンスターだ。そのうえ大食漢で、多くの竜が恐慌して群れを成している中に乱入して、モンスター達をかっくらうという恐れ知らず。

鈴仙の作った狂気の檻に押し込める際にもだいぶ苦労し、お師匠様が直々に出向いてようやっと檻入れに成功したのだ。

 

わざわざ私がこいつを出迎えに来たのも、いつの間にか壊れていた檻の修復に鈴仙が駆り出されていたからだ。ついでにマガイマガドの捕獲も鈴仙がやってくれるはずだったのに、まさかこっちに来るなんて思ってもみなかった。

 

 

主武装たる槍のような尾を展開し、十文字槍として古龍の胴を貫こうと突撃する。あの巨体に速度、当たれば無事では済まないはず。

だがクシャルダオラは避ける素振りを見せなかった。突き出された尻尾をそのアギトで掴んだのだ。引き抜こうとするマガイマガドだが、クシャルダオラに一本背負いのように地面に叩きつけられ、ブチッ!という嫌な音とともに大きく投げ飛ばされてしまう。

鉄の口から怨虎竜の槍尾が吐き出され、私の近くの地面に突き刺さる。

 

かなりのダメージを負っているはずのマガイマガドが、腹の底から怨みを吐き出すような、唸る咆哮を響かせる。

 

 

 

紫煙がかの竜の全身を包んだ、と思った時には、鮮やかな色となった鬼火がマガイマガドの全身を覆っていた。

 

爆発で急加速した餓竜の腕刃が、鋼の竜の首を刎ねんと振るわれる。流石の反射神経か、古龍はそれを後ろに飛んで避ける。

だがそこに怨虎竜の追撃。飛翔したクシャルダオラに飛び掛かり、地上へ落とさんと飛び乗る。

想定外の行動に、クシャルダオラは慌てながらも虎を振り落とした……ように見えた。

 

バシュン!

爆発音とともにマガイマガドの巨体が空へと舞い上がり、再び鋼龍に組み付いた。

 

 

マガイマガドが操る鬼火は、釣瓶落としの操るそれではなく、仕留めた獲物を骨ごと食らって濃縮した可燃性ガスの一種だ。

攻撃と同時に鬼火をまき散らすことで時間差攻撃に利用したり、獲物に直接纏わせることで攻撃と共に爆発させ確実に致命傷を負わせるなど。ただでさえその有り余る身体能力を持っているのに、そこに鬼火を使った多彩な攻めまで可能なのだから、やたらと賢者が動向を気にしていたのも納得である。

そして鬼火の利用方法の極致ともいえるのが、空中で爆裂させることにより生じた爆風で空を飛ぶという荒業。比喩でも何でもなくその巨体が空中を飛び回るのだ。檻入れの際にも、この技を使って師匠の右腕を嚙み千切って地に叩き落とし、地上にいた私と鈴仙が巻き添えを食らった。あの威力は、人間であれば確実に即死級、オーバーキルも良いところだ。

 

 

その技を今実際に受けているクシャルダオラは、振り落としては再び追いつかれ、また地に落としては取っ組み合いに発展する。不意の急襲を何度食らっても落ちる気配のない飛行能力は天狗を超えているが、それに何度も突撃を繰り返すマガイマガドもしつこいに程がある。

 

十回以上繰り返された攻防の末、怨虎竜の執念が鋼龍を捉えた。

凸凹が目立つ右の側頭部に爪を引っかけ、天空にあるまじき鋼鉄を地へ引きずり落そうと、マウントポジションを取って大地に激突しようとする。

 

それも私に向かって

 

 

 

「え?……はぁぁぁぁぁ!!?」

 

もはやこの距離では逃げ切れない。叩きつけられた鉄塊の下敷きになって押しつぶされるなんて、そんな兎らしくない最期は送りたくない。

せめて全身粉微塵は免れようと、妖力の壁を生成し、せめてもの悪あがきを試みようとした。

 

だが。

 

激突の直前、クシャルダオラが後ろ脚を使いマガイマガドを浮かした。

そこから鉄の体とは思えないほどきれいに体を捻り、一瞬のうちに立ち位置が逆転したのだ。

 

激突、そして轟音。

 

 

 

クシャルダオラの全体重がかかった蹴りに、哀れ怨虎竜は地面に埋まりもがいていた。

鬼火の誘爆もあってか、全身の鱗や甲殻がはげ、ところどころから肉がはみ出ている中々にショッキングな惨状だった。

 

 

なおも脱出しようと動く落ち武者に、鋼鉄の古龍は静かに歩み寄る。

 

激しくもがいていたマガイマガドだったが、眉間を赤い光線が貫いたかと思うと、突然糸が切れたように動かなくなった。

 

「はー、やっと見つけたわ!」

 

 

疲労困憊とした声で、元月の兎は額の汗を拭った。

 

 

 

 

 

 

 

 

姫様の趣味か、もしくは師匠の手慰みだろうか、永遠亭は多種多様な庭園が混在している。芸術の類は全く知らない鈴仙だが、白玉楼の庭師がわざわざ視察に来るほどには美しいらしい。師匠の才を持ってすれば、きっとどんな文化遺産も裸足で逃げ出す作品が出来上がるのだろう。

だが芸術の世界には変人も多くいる。もし師匠がそちらにのめり込んでいたら、元の頭脳も相まって会話すら成立しなかったかもしれない。

 

植えられた松の木が大きく揺れ松ぼっくりが散乱している様子に、私の思考は現実に引き戻される。

 

「あぁっ!ちょっと待ってそれ揺らさないで!」

 

慌てて鋼龍を松から引きはがそうとするが、全力で引っ張ってもうんともすんとも言わない。

玉兎兵としてそれなりに鍛錬は積んだはず。筋力だって並の妖怪に比べれば高いはずなのだけれど。

 

てゐの治療に向かった師匠は、後でクシャルダオラにたっぷり聞きたいことを聞くのだろう。その準備として、私はこの龍と波長を合わせなければならない。

松ぼっくりを食べている古龍に視線を合わせて、波長の同期、チューニングを行う。

 

全ての生き物には波長がある。短気な者は短く、穏やかな者は長い。前者は妖精に、後者は長く生きた大妖怪に当てはまりやすい。

妖精と会話が出来るのだから短いのか、果ては古の龍と言われるだけあって長いのか。

 

この龍は後者に属するようだった。だが波長の長さがとんでもない。

あの花妖怪にせま……いや明らかにその3倍以上はある。ここまで波長の周期が長い物体が存在したのか。私は内心驚きつつも、波長を合わせようと意識を集中させる。

 

余すことなく松ぼっくりを噛み砕いた鋼龍が、私と目を合わせた。

蒼かった。地上から見える空のような、どこまでも見られているような色合いだった。

 

「……きれいな瞳」

 

今まで合わせたことがないほどにまで波長を引き延ばし、徐々に波が重なり合う。

 

 

『聞こえるかしら?』

 

『……ああ、聞こえる』

 

『良かった、チューニングはオッケー。あとは師匠が来るまでちょっと待ってて』

 

三日月の控えめな月光が庭を包み込む。

 

『話せるのだったら、最初からお前が来てくれれば良かったのだが』

 

『私の能力はあなたの言葉が分かるまでに時間がかかるの。あなたが倒した竜のことを追ってたから、迎えはあいつに任せたの』

 

『あのちっこい奴は、お前の部下か?』

 

『え?うーん……どうなのかしら。地上の兎たちをまとめているのは実質的にはてゐだしなぁ』

 

『あれよりお前の方が強いだろう?群れをまとめるなら一番強いお前かと思ったが』

 

龍の体は光を反射し、虹色がかかったような輝きを帯びる。生々しい生気を孕んだ光沢が、私の視界に広がっていく。

 

『私はもともと一兵卒みたいなものだから、誰かに命令するのは苦手なのよ。命令されるのは得意だけど』

 

『イチヘイソツ?お前の名前はイチヘイソツなのか?』

 

『違う違う。私はただの月の兵士ってことよ。元、だけど。この際だから名前を言っておくけど、私は鈴仙・優曇華院・イナバよ。覚えた?』

 

クシャルダオラは私の目を見る。サファイアのような輝きが、赤く輝いているはずの私の瞳をまっすぐ射抜いてくる。

 

『月?』

 

『あなた月も知らないの?ほら、今あそこで光っている大きな丸……あー、一応聞くけど三日月は分かる?』

 

『〝星の友〟のことか?』

 

『……え、なんて?』

 

急に飛び出した未知の単語に、思わず聞き返してしまう。

 

『ここからは見えないが、私の故郷で青い星がある。しかるべき時が来ると、全ての生き物はあの星を目印に何かを目指すらしい。

 日によって形を変えるのは、皆を導き疲れている青い星を笑わせるため、だったかな』

 

『……ふふっ。ずいぶんロマンチックな話ね。それで?モンスターたちは青い星を頼りに何を目指すのかしら』

 

『さあな。私にその時が来たことは無いからな』

 

余りにも突拍子のない与太話に、私は笑い飛ばした。文字通りの堅物である―あくまで私の第一印象だが―この古龍から聞けるような話とは予想外も予想外すぎたのだから、仕方あるまい。

 

『そのお話って、誰から聞いたの?あなたの親からかしら』

 

『夫からだ。親とはまともに話す前に食われた』

 

『え……だれに?』

 

『尽くを滅ぼす龍だ。お前たちの言葉では、ネルギガンテというのだったか』

 

ネルギガンテ。私が地上に落ちる前に幻想郷に現れ、妖怪の山を中心に暴れまわった古龍種。

当時の賢者たちが総出で当たるほどの騒動だった、とてゐから冗談交じりに聞かされたことがある。

嫌なことを聞いてしまったか。不快に思わせては師匠の聞き取り調査に支障を出してしまう可能性がある。私は笑いを抑え、手振りで分かりやすく謝意を示した。

 

『ご、ごめんなさい。その、悪気はなかったの』

 

『なぜ、謝る?』

 

「……え?」

 

『私の親は、私を育てている隙を突かれて死んだ。当然だろう、子育てだからで、他のことが楽にはならない。

私を生んだ親が死んだのは、油断していたからだ。両親の死体が奴の腹を満たしてくれたおかげで、私は生き残れたのだがな』

 

再び想像もしなかった返答に、私はしばらく絶句するしかなかった。

 

 

どう反応したらよいのか分からなくなった私の後ろから、艶やかな声が届いた。

 

「一人でなにしてるの、イナバ?」

 

「ふぅわっ!?ひ、姫様…」

 

振り返った先にいたのは、世にも美しい少女。師匠の仕える主であり、私の主人(ペット的には)でもある。

 

 

「あらあら。もしかして銅像を買ったの?意外ねぇ、イナバにそんな趣味があったなんて」

 

この世の異性全てを射止める姫の視線が、鉄の彫像の青い瞳に反射した。




思ったより9月が立て込んでまして、すいません。
ちょっと投稿ペースが遅くなるかもしれないです。ご承知おきください。


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ちょっとどころかなぜこんなにも忙しいのか……
でもプロットはだいぶ形が固まってきたので、来年は一定のペースを保ちたい。
初詣気合いれるか……

今回会話多めです。


鈴仙と話していたクシャルダオラは、見目麗しい少女がいつの間にか後ろに立っているのを見据えていた。

絶世の美女、蓬莱山輝夜はそんな視線を受けながらも遠慮なく、この上なく優雅に歩み寄る。

 

「……あら、この子生きてるじゃない。付喪神を買ってきたの?」

 

「え、ええと……」

 

鈴仙がしどろもどろな態度なのには訳がある。

最も穢れた存在である蓬莱人に自ら進んでなるほど、この姫は好奇心が強い。常識の通じない古龍がいることを彼女が知れば、絶対に抜け出して会いに行くだろう。従者である永琳はそう考え、鈴仙やてゐに口外することを禁じていたのである。

 

『イチヘイソツ、こいつは誰だ』

 

『こいつ!?仮にも姫様なんだからもうちょっと……待って私のことなんて言った?』

 

『イチヘイソツ』

 

『うん、違う』

 

波長を用いて声を出さずに会話する二人に、輝夜はキョトンとしている。

 

 

 

「こんなところにいらっしゃったのですね、姫様」

 

「あら永琳」

 

いつの間にか輝夜の後ろに立っていたのは、赤と青で半分に分かれた模様の服を着た女性だった。先ほどてゐを渡した時に会っていたが、既に治療は完了したようだ。

 

「永琳ってば相変わらず意地悪ね。こんなに面白そうな妖怪がいるのに、一言くらい教えてくれてもいいじゃない」

 

「教えていたら、抜け出してでも会いに行くのでは?」

 

「?ええ、もちろん。最近やることが無くて退屈してるのよ」

 

「それ抜きにしても十分退屈しませんでしたけどね……」

 

長らく姿を見せていなかった仙霊が地獄の女神と手を組んで月に攻め込んできたのだから、最近は十分忙しかった方である。永琳はそう感じていたが、何も関われなかった姫としては、未だ退屈は続いているのだろう。

まさしく輝夜もその通りであり、久しぶりに非日常がやってきたことに少し興奮しているのだ。

 

「それで?この子はいったいなんなのかしら。普通の妖怪とは明らかに違うようだけれど」

 

もはや姫の好奇心を止められないと悟った永琳は息をついた。

 

「……この子は私たちとは違う次元から来た存在です。既に一年前には来ていました」

 

「あらそうだったの。早めに会えて正解だったわ」

 

「ええ。あと十年は隠し通したかったです」

 

微笑みをたたえる輝夜の視線に、永琳は参ったと言わんばかりに、蚊帳の外だった鈴仙に指示をする。

 

「鈴仙、姫様とその子の波長を合わせてあげて」

 

「え?は、はい。分かりました」

 

失礼します。と輝夜に人差し指を向け、師匠と比べれば些か短すぎる波長を古龍のそれに合わせていく。

 

 

『……なんか気持ち悪いな、お前』

 

『開口一番にそれはないじゃない!これでも殿方には好かれていたのよ?』

 

『お前に……人間の雄の気が知れん』

 

『おほほほ。永琳ちょっとこいつしばいてもいい?』

 

「育ちが知れますよ姫様」

 

早くも一触即発となった状況に、合わせなかった方が良かったのかな…、と後悔の念が起き上がってくる。

師匠は「鈴仙」と短く呼びかけ、師匠の波長を重ね合わせる。

 

『今日はわざわざ来てくれてありがとうね。早速だけれど、いろいろ話を聞かせてくれるかしら』

 

『お前も……さっきそいつと話したが』

 

『あら、そうだったの。じゃあそれ以外の事を聞いてもいい?優曇華には後で聞いておくから』

 

頬を膨らませている輝夜とは正反対に、永琳はスムーズに本題へと話を持っていく。

クシャルダオラは表情こそ変わらない―鋼だから表情筋なんてそもそもないのだが―が、目の前の二人に対して引き気味である。

 

『…そうねぇ』

 

その様子を見た永琳は懐に手を入れ、何やら白い金属を取り出した。

 

『せっかく来てくれたんだから、おもてなしの一つくらいはしないとね』

 

『!それは鉄の蜘蛛の甲殻か?』

 

『そうよ。良かったら食べる?』

 

彼女は永琳が差し出した金属片をしきりに嗅いだ。

鈴仙やてゐと違い、彼女が永琳と会ったのは今回が初めて。親交は深くなく、ゆえに毒が仕込まれていないかを勘繰るのは普通の反応だろう。

最も、恐れるゆえに最初から毒殺を仕込むほど永琳は愚かではない。妙な匂いは感じず、口でとって咀嚼を始める。

 

『……それおいしいの?』

 

『良い鉄をたくさん取らなければ生き残ることは出来ん。欲を言えばもっと濃い味付けがいいな』

 

金属に濃い薄いがあるのか。この場にいる全員がそう思ったが、それを言い出すといつまで経っても始まらないので心の中でのみ思うことに留める。

ノートとペンを取り出した永琳が座布団に座り込み、輝夜も鈴仙の用意した座布団に正座する。「お茶を用意しておきます」と鈴仙が出ていったのを、クシャルダオラは見ていた。

 

『あいつがいなくなったら私の言葉が分からなくなるんじゃないか』

 

『それは平気よ。私の能力で私たちの波長とやらを〝永遠〟に続くようにしたから。むしろこのままずっとの方が良いかもね、何かと便利だし』

 

『むず痒くてたまらないからやめろ』

 

『んもう、相変わらずそっけないわねぇ』

 

もはや幻想郷の住民の異次元の能力には驚かなくなったクシャルダオラの様子も、永琳は記述していく。

 

『じゃあ、質問させてもらうわね。普段はどんな生活をしているの?』

 

『ふむ。いつもは巣で妖精と遊んでいるが、気分が乗ったら遠くに出かけるな』

 

『遠出するときは大体どれくらいの頻度かしら』

 

『日が昇るのが十回に一回くらいだな』

 

『意外と巣での生活が大半、と。ちなみにどこに行ったことがあるのかしら』

 

『……華扇の巣には何度か行ったことがある。あとは紅白の巣にも。他は…………チルノの住処あたりか?あ、この前は花畑に行ったな』

 

妖怪の山、博麗神社、霧の湖、太陽の花畑に、今いる迷いの竹林。一年前と比べると、かなりの速さで進出を開始していることが分かる。これを脅威と取るか、純粋に順応性の高さに驚くべきか。

永琳の質問が途切れたのが分かると、滑り込むように輝夜が口を開いた。

 

『ねえねえ。あなた契りを結んだ相手とかはいるの?』

 

『チギリ?なんだそれは』

 

『…こんなことも分からないの?結婚した相手はいるの?って聞いてるの』

 

『それならそうと言え』

 

『あなたの方がそれくらい知っておきなさいよ。人間たちの常識よ、じょーしき』

 

『意味が分からん…それで、ケッコンとはなんだ』

 

ガクンとうなだれる輝夜の前に、鈴仙がお茶を「どうぞ」と差し出す。風味の良い湯気を出すそれを永琳の前にも置く。

 

『さっきから何を話されていたんです?』

 

『聞いてよイナバ―。こいつったら失礼なだけじゃなくて趣も分からないのよ』

 

『……それは当然のことでは?』

 

『優曇華の言う通りですよ、姫様。その龍は賢いですが、地上一般の龍ではないですから。どちらかと言えば、獣ですね』

 

『あらそうなの?』

 

ああ、とクシャルダオラは短く応える。

 

『そういえば名前を聞いていなかったわね。私は蓬莱山輝夜。あなた、名前はあるの?』

 

『?ない。だが人間は私をクシャルダオラと言うな。私を呼ぶならそう呼べ』

 

『ふーん、なるほど。じゃあ短いからクシャって呼ぶわね』

 

『その呼び方は妖精にしか呼ばせん。やめろ』『なんでよ!』

 

また怒り出した輝夜を横目に、永琳の質問は続く。

 

『はいはい、続けるわよ。次はあなたの能力についてなのだけど、風を操れるというのはどの程度なのかしら』

 

『私は風の扱い方を親から教わらなかったからな……同族の中では相当下手だと思うぞ』

 

『あなたがここにやってきた時は嵐が吹いていたけど、あれはあなたが起こしたの?』

 

『私は無用に風を起こさない。そうしないといつ襲われるか分からなかったからな。まあ、それでも自然に出来ていたのを吹き飛ばすくらいは出来る。もっとも、角が折れていてはもう出来そうにないがな』

 

あちらの世界の文献に〝一部の古龍の角は彼らの特殊能力と深く関係している〟と記されていたが、本人(龍)から聞けた以上事実であることは証明できた。

まさか自分から折り取って検証なんてすれば―不可能ではないだろうが―色々とリスクが高い。非干渉を貫いたあの騒動が、巡り巡って自分たちの利になっているのは本当に幸運である。

 

永琳は心中で呟きながら、白紙のノートにペンを走らせていく。

その様子を横目で見ていた鈴仙が、控えめに手を挙げた。

 

「あの、師匠。私からも質問していいですか?」

 

「あら、いいわよ」

 

『ねえ、さっきの話の続きを聞きたいんだけど』

 

飽き始めたのか横になり始めたクシャルダオラに、鈴仙は呼びかけた。

 

『なんだイチヘイソツ』

 

『またあんた……!これ以上私に変な名前をつけないでくれる!?』

 

『え……もしかしてイナバじゃ嫌だったの…?』『え?』

 

『ああそうだったのね……ごめんね、今まで気づいてあげれなくて……』

 

輝夜はおろおろと目を袖で覆い、泣いているような微かな嗚咽を漏らす。横になりがらもクシャルダオラは輝夜の方に顔を向け、永琳は何かを思いついたように目を開いた。

 

『泣かないでください姫様……鈴仙に優曇華院なんて長いミドルネームをつけた私の方が、彼女の心を傷つけていたというのに……今の今まで気づかなかったことの、なんと愚かな……』『お師匠様まで!?』

 

『…………ああ、そういう』

 

『永琳は悪くないわ……地上の兎たちと同じ感覚でイナバなんて無責任な名づけをした私の気配りの下手さ……ああ、なんて愚かな女』

 

『姫様に責められる道理なんて微塵もありません!……ただ私が好きな地上の花の名前をどうしたも入れたかったばかりに……ごめんね鈴仙……』『ごめんなさいね……』

 

『うぇぇぇえぇぇ!??お、お二人とも頭を下げないでください!姫様の名づけも素敵ですし、お師匠様の考えてくださった名前も私なんかには勿体ないくらい素敵ですから!ですから、どうか!!』

 

パニック状態に陥り所々会話が聞こえなくなるくらい謝罪の言葉を述べる鈴仙と、既にウソ泣きを辞めている輝夜と永琳が意地らしい笑みを浮かべている場面に、クシャルダオラはブフゥーとため息をついた。

なるほど、これがチルノの言っていた三文芝居か。時々紅魔館の吸血鬼がああなると言っていたが、なるほど確かに見てられない。

 

『……ごほん。それはともかく、さっき質問しようとしてたんじゃなかったかしら』

 

『あ、そうでした。

 クシャルダオラ、あなた子供の頃に親を殺されたって言ってたわよね』

 

『ん?ああ言っていたような気がするな』

 

『あら、割と悲惨な幼少期を送ってたのね』

 

永琳は再びノートを取り始め、輝夜はのんきにお茶を啜る。

 

『あの後、あなたはどうやって生き延びてきたの?いくらあなたが強いからって、龍結晶の地のモンスターはすごい強いんでしょ?』

 

むくりと、鋼の体を起こしクシャルダオラはその場にいる三人と、目を合わせる。青々とした眼光は、顔を合わせている鈴仙よりも、後ろにいる輝夜と永琳にこそより深く差し込んだ。

 

数秒後、彼女は、続いた静寂に紛れるほど小さく息を、永く深く吸った。

 

 

 

『昔は、あの龍結晶もそこまで大きくはなかった。溶岩ばかりがあふれ出ててな、よく火傷したものだった。生き物もほとんどいないようなところだったな』

 

『それで、貴方は生き延びることが出来たの?』

 

『いや。滅ぼす龍がしつこくてな。あの時の私では手も足も出なかった。逃げることしか出来ず、数えきれないくらいには死にかけた』

 

彼女はそこで振り返り、薄い三日月を見た。鈴仙には見慣れた光景だ。

永く生きた存在が、積み重なった記憶の層から、無心に思い出を掘り進めているときの表情。

 

『……あなたも、そんな顔するのね』

 

懐かしむような輝夜の声色に、彼女は一瞬だけ振り返り、話を続ける。

 

『ああ。こうして過去を振り返ることなぞ、故郷ではそんな暇は無かったな』

 

『永く生きるには、過去を振り返ることも大切よ。時の流れっていうのは、あるべき自分も流していってしまうわ』

 

『ずいぶん詳しいな』

 

『これでもあなたより長生きしてるからね』

 

『……お前らの妙な雰囲気はそういうことか』

 

抱えていたしこりが取れたのか、流暢に彼女は再び語り始める。

 

『とにかく鉱石を食べるところから始めた。奴の攻撃を受け止めるには、もっと重く硬くならなければならなかった。

 大きくなるにつれて、自然と私の周りに風が集まるようになった。そいつは嵐を呼び奴を呼び寄せてしまってな、抑制するには骨が折れた。この力のせいで何度死にかけたことか』

 

『風の能力って、応用次第じゃ色々使い道がありそうだけれど?』

 

『それは私も考えた。結局、ブレスの威力を上げる方が簡単なことに気付いてな。足りないものは自分の体で補うことにした』

 

『力任せというか……でも、実際それが正しかったのかもね』

 

永琳の納得した声に、彼女も頷く。

 

『重さと硬さ、ただひたすらにそれを得るために私は生き続けた。あの龍結晶が大きくなってからはあいつ以外にも多くの竜がやってきたが、あの時の私にとっては強さを得るための踏み台でしかなかった。

 片っ端からそれらを狩り続けた。巨大な奴も小さい奴も、私と同じだった子供も、全てな。何匹狩ったか、もう覚えていない』

 

重い沈黙が三人にのしかかり、鈴仙は肩を震わせた。蛇に睨まれた蛙のように。

 

 

 

 

『そんなことを繰り返していた時だったな。初めて人間にあったのは』




今年最後の小説がこんな締まらないものでいいのでしょうか?


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ますます長文になっていく…素直に喜んでいいんでしょうか?



人の手の入らぬ未開の土地の、更に深部。

 

柱の如き奇形の岩が林立し、もはやどこに足場があるのかさえ分からない程、僅かな隙間に押し込まれた熱水と溶岩。活発な火山性地震により幾度となく津波が岩を削り取り、空を灰に埋めるほどの火が噴けば、地形は一瞬にして原型をとどめぬほどに変わり果てる。

人はとても生き物の住めぬ地である、と言葉にするであろう大地には、だが確かに命が果敢に生きていた。

 

 

龍結晶の地。遥か先の未来で人がそう呼ぶであろう大地には、光沢の薄い大きめの結晶が天へと伸びているばかり。

 

今はまだ、龍にとってさえ過酷な土地でしかない。

 

 

 

 

 

絶壁の中腹に、まるで何者かの悪戯のように小さな穴が開いていた。足を滑らせれば溶岩の海に沈むここは、空を飛べる飛竜にとっては渡りに船のような営巣地である。そうであった。

 

 

 

既に内部は血の海であった。

 

世界を代表する飛竜の番は、物言わぬ死体となって転がっていた。鋭い爪牙は見る影もなく粉々にされ、象徴たる翼は根元から無く、代わりにとめどなく血を吹き出していた。雌は卵巣ごと腹を食いちぎられ、雄はあらぬ方向に首がズレていた。

 

無残な死体の傍で、ガリッガリッという無機質な異音が洞窟にこだましていた。

 

火竜の親たちが文字通り命をかけて守った卵が、グラスを落としたような音を立てて割れた。

内部から漏れ出す黄金の液体に包まれて、まだ色もついていない小さな竜が出てきた。もうすぐ生まれる頃合いだったのだろう。容赦なく目を灼く光が何なのか、出来上がっていない瞼を開こうとして、

 

すぐに暗闇に包まれた。

 

冷たく硬い、およそ生物の体温を持っていない何かが、幼体に凄まじい圧力を加え、その体はそうなった。

己を守っていた殻と共に、暗闇の更に奥深くに赤ん坊の意識は消えた。

 

 

その子の弟妹も同じ末路を辿ったのち、火竜の死体にそれは食らいついた。

 

それは熱を失った飛竜たちと比べても、余りに生き物らしさが見当たらなかった。

洞窟の入り口から吹き込んでくる熱風が、それの体を容赦なくぶつかってくる。それに応じてその色はみるみる赤みを帯び、地にこびりついた血が肉が焼ける音を立てて蒸発した。

それからも、至る所から血を吹き出していた。赤みを帯びた殻に血が伝い、その金属質な匂いをより一層強めていく。雌火竜の毒棘が刺さった箇所からはより多く、それの鼻先へと染み込んでいったが、まるで意に介していないように夫の首を弄ぶ。

 

完全に喉を焼き尽くしたであろう焦げ跡に鉄の牙を入れ、ねじり切った。断面から焦げ臭い血を全身に浴びたそれの眼は、血の色に染まることなく開かれていた。

既にほぼ血を流していたのだろう。焼けた鉄の匂いを放つ濁流は数秒で止まり、一本の白い管が現れた。引っこ抜くように食らいつくと、伴って内臓も飛び出てきた。

 

 

 

もはや甲殻に肉がこびりついただけの二頭の骸は、無造作に眼科の溶岩に落とされた。火耐性の高い鱗たちはなおも誇りを失わないように浮かんでいたが、それも程なくして火の海に吞み込まれた。

 

 

その光景を洞窟から、鉄の彫像が見下ろしていた。

およそ生命とは思えぬ体、体温、そしてその威容。瞳もまた、生き物にあるべき瞳孔は存在せず、灼熱の光を受けてなお無機質な薄い青色の光だけを反射している。

 

 

元から自然のものとしては異質なのだ。それはあるべき養いを奪われ、殊更に異物感を増していた。

 

鋼龍 クシャルダオラ

 

 

かの怪物(モンスター)は、踵を返して洞窟の中に消えた。

 

しばらくして、食べ損ねた幼体の首が投げ込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

陽が沈んで、また昇ってきた頃。鉄臭い龍は歩みを進めていた。

火竜たちにやられた傷は全て癒えている。まだ亜成体の段階であるというのに、再生力は既に並みの飛竜を超えている。だがその周囲には、生臭さを孕んだ冷たい金属臭が漂っている。

昨夜の惨状を、この龍は何度も起こしてきた。この異臭はその証であろう。

 

歩みを進める先は、彼女が手ずから掘り当てた鉱脈だ。マカライト鉱石はもちろん、より硬いドラグライト鉱石にカブレライト鉱石、ライトクリスタルまでもが存在する夢のような場所。もちろん目を付けた鉱石食らいどもは既にミンチになっている。

かの龍を相手取るにはまだまだ硬くはないが、それでも貴重な鉱石であるのは間違いない。根こそぎ己の鱗としてやる。

再び尽くを滅ぼす龍への復讐を昂らせたところで、水晶の如き瞳に何かが写った。

 

 

 

ボロボロの状態で硬い地面に横たわるそれは、鉄臭い龍にとって、見たこともない生物だった。

全体的に黒で覆われた薄い皮を羽織った、脆弱な存在。破れた被りものの皮から覗く本当の皮は、これまた薄く、鱗すら生えていなかった。

後ろ足には硬めの爪のようなものを履き、前足は指がとても長く、それでいて細かった。これでは竜の皮を剥ぐどころか、こいつ自身の指がちぎれるだろう。全体的に見ると、最近見かけるようになった赤肌の奇面を縦に大きくしたような体つきだった。

 

頭の近くに丸いものが転がっているものを無視して、それはまじまじと覗く。

角が生えているわけでもないが、頭部だけが妙に毛が多い。埃をかぶったわけでもない、生来からその色であっただろう茶色と、自分の鱗と同じ色を持つ黒。それが合わさったような、龍からすれば中途半端な色合いだった。

鼻は低く、耳も小さい。口はブレスを履けるような硬い皮膚にも包まれておらず、顎も小さかった。匂いを嗅いでも、毒の匂いすらしなかった。

 

どう見ても戦えもしないような奴が、なぜこんな場所に倒れているんだ?彼女は生まれて初めて〝疑問〟を覚えた。

だが龍にとって、そんな疑問は今はどうでもよかった。もうお気に入りの餌場は見えているし、背後を襲ってきたとしてもなんら問題は無い。

 

弱肉強食の世界で、あんな奴が生き延びれるのだな。その時点で彼女が抱いたのは、その程度の感想だけだった。

 

 

 

 

 

---

 

腹が満たされるまで鉱石を食らい巣へ戻ろうとしたとき、そいつは既に起き上がっていた。

近くに転がっていた丸い何かを頭に被り、足首をしきりに撫でている。ここの崖上から落ちたのか?よく生きていたものである。呻きながらも複雑な音を使い分けながら鳴くそいつは、およそ助けを求める呼び声には聞こえなかった。

一歩進むと、そいつは私に気付いたのだろう。目を開き警戒しながらも、立ち上がれないのかそれだけの動きに留まった。

 

考える。一番安全なのはこいつを殺すことだが、こんな貧弱な奴を殺しても大した旨みはない。あの程度の高さで骨が折れているのを見ると、本当に脆弱だ。食らって逆に脆くなるかもしれん。

…放っておくか。どのみち腐肉漁り鳥か翼竜に襲われて食われているだろう。私の上に飛んでいる腐肉漁りはこいつに群がりつつある。抵抗できる力は、こいつにはない。

 

 

 

日が陰ってきた頃。胃の中身が空になって新しく食えるようになり、私は奴を警戒しながら餌場に戻ってきた。ああ、本当に煩わしい。もっと食いまくれば、こんな行動もせずに済むだろう。我慢の時だ。

 

気付くと、餌場の近くにあの脆い白肌が寄りかかっていた。不思議なことに、腐肉漁りは奴の上の岩場に陣取ってはいるが、襲いかかる様子はない。

妙だとは思いつつも、それ以上はない。いつも通り鉱石を食べまくる。ここを餌場にしてからずいぶん経つが、まだまだ良質な鉱石は底を尽きそうにはない。

視線を感じ、振り返ってみると、白肌は私の食べる様子をじっと見ていた。睨みを利かせればすぐに視線を外すが、夢中になっているといつの間にか凝視している。鉱石を食う奴は多くは無いが、そんなに見るほどのものか?

 

 

 

再び日が上がってきた時、奴はまだいた。小さな四角形の、薄い白の何かに黒をなぞっている。見た目も貧弱なら、訳の分からない習性まで持っているのか。白肌の視線の先には腐肉漁り鳥ではなく、薄くなった宙に浮く岩がある。夜が来るたび欠けたり戻ったりする不思議な岩だ。飛んで行って食ってみようとしたことがあるが、予想以上に距離があって諦めたのだ。

 

そいつは私を見ると、何か鳴いた。意味も分からず、私は食事を始める。

 

 

 

またこいつか。

餌場への道が妙にへこんでいると思えば、あの回転する鉱石食らいがいた。雌へのアピールだのなんだのは知らん。私の餌場を奪おうとした時点で殺す。それだけだ。

 

一つ見せしめに餌場の前に置いておくか。こうすれば、同族の奴らも怯えて近づくまい。白肌の視線がいつもと違うように見えたが、どうでもいい。ついでに随分と痩せているように見えた。腹でも減っているのか。

 

 

 

空の向こうが溶岩よりも淡い色に染まる。私は再び餌場に現れたが、すでに回転する竜はほとんど肉が無かった。奴らが食い尽くしたのだろう。現に鬱陶しいほど飛んでいた群れは、満足したのか一匹もいなくなっている。

 

そのそばで奴が何かの肉を置いていた。置かれた肉のそばには熱を放つ鉱石がある。あれはマグマの近くにしかない珍しいものだが、熱を放ち続けるあれは私の甲殻には合わない。おそらく鉱石食らいが身に着けていたものだろう。しかし、なぜそれをわざわざ焼くのか。そのままかぶりつけばいいものを。…私も肉そのものを食うことはないから、一概には言えない、のか?

 

汁を垂らす焦げたとも言えない肉を持ちながら、そいつは私に鳴いた。この肉は渡さないとでも言いたいのか。

私は骨と甲殻しか残していない回転竜に食らいつく。中々に濃い味だ。歯応えもかなり硬い。とても良い味だ。少し前に食らった飛竜の番も中々だったが、良質な鉱石を食っているこれは私好みの味だ。

ふと、あいつも肉にかじりついていた。苦労してようやく食いちぎると、明らかに満足そうな顔と鳴き声をする。

 

脆弱な癖に危機感の足りない奴だな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

油断した。

 

鉱脈を食い尽くし、再び奴に挑んだ。前までとは違う、そう思っていた。それなのにまた負けた。努力して得た甲殻も、見るも無残な姿だった。

奴の動きは変わっていない。白い棘をへし折れば隙をさらすことも分かっていた。どんな攻撃にも耐えられるように硬く重くなってきたのに、奴が翼を持ち上げたのを境にして私の牙は砕かれた。

 

勝てないか。奴にはもう勝てないのか。いや、思えば分かることだった。奴は私の親を二匹相手にして勝ったのだ。未だ親の面影しか見えない私の体では、勝利など無理に決まっている。

初めから、叶うわけがない。精通した狩り方と、強靭な肉体。いずれも私は持っていないが、あいつは持っている。

 

逃げればいい。そうだ逃げてしまえばいいんだ。構ってやる義理なんてない。どこか別の所に引っ越してしまおう。飛行もまだまだ下手だが、ぶつけながらでも遠くに行ければそれでいい。

 

外敵から逃げるべく飛び立ち、熱風にバランスを崩しながらも、遠くに見える岩の壁を目指して高く舞い上がる。

 

 

 

ふと、視界に白くて黒い影が見えた。

 

既に食い尽くした餌場の近くで、あいつが三匹の翼竜に襲われていた。翼竜は奴の周りを旋回しながら一匹ずつ攻撃を仕掛けている。私からすればなまくらな爪牙も、奴の柔い皮を裂くには十分だろう。対して奴は周りの小石を投げて奴らに当てようとするが、翼竜どもも馬鹿ではない。石が当たらない高度にまで上がり、一匹があいつの後ろに回ってついばもうとする。

だがあいつはそこで淡く光る苔を翼竜の顔面に投げつける。視界を潰された一匹が制御不能で岩壁に激突し、奴に覆いかぶさる。奴の体を覆い隠す翼竜を払いのけ、二本の足で立ちながら奴は逃げていく。

残り二匹が逃げる奴を追いかける。翼竜は飛行の速さはそこそこだが、それ以上に奴が遅い。足の運び方がまるで赤子のようだが、あの怪我が治りきっていなかったのだろう。すぐに距離は詰められる。

飛んでいる一匹がそのまま奴に押しかかる。倒れた奴の体に噛み付くと、か弱い悲鳴が私の耳に届いた。

執拗に噛み続ける翼竜に奴は成すすべなく食われる。そんな私の予測を、白肌は骨と思しきものを翼に突き刺して裏切った。突然の痛みに驚いた翼竜は馬鹿なことに牙を離し、その隙を突いて蹴りで翼竜を跳ねのける。仰向けになった翼竜は骨の突き刺さった翼が仇になり起き上がれそうにない。

 

その様子を見ていた最後の一匹が、白肌に襲い掛かる。翼竜は奴の真上に陣取って爪で攻撃する。白肌も前足を用いて振りほどこうとするが、下手に上を向けば顔面に傷を負うからか、狙いは定まっていない。むしろ爪の軌道に入って前足を傷つける羽目になる。

傷が入ったと見た翼竜は再び旋回し、奴を上空から監視する。死に、もんどりうっている二匹とは違う、中々のやり手だ。未知の獲物である白肌をどうすれば二匹のようにならずに狩れるかを考えている。何故だか私はそれが妙に悔しかった。

旋回する翼竜から目を離さないように近場の石を持ち、いつでも投げられるようにする。翼竜が上からそれを見ながら、しばしその状態が続いた。

 

だが旋回していた翼竜が、奴の顔に向かって何かを吐き出した。

予想しない攻撃に白肌は顔にそれを食らい、高い悲鳴が耳にこだました。硬い甲殻を持つ獲物も食えるように、あの翼竜どもは胃液の量が多い。時にはそれを攻撃に転用するのだ。そこらへんの石なら音を立てて溶けるほどだ。薄い皮一枚の白肌の顔など簡単に溶ける。

顔を抑えて呻く白肌に、翼竜は爪で押さえつける。食い込む爪に白肌はさらに大きな悲鳴をあげ、何も持っていない手で払いのけようとするが、喉をついばまれ悶絶する。

確実なその隙をついて翼竜が首元に食らいつく。白肌は必死に払いぬけようとするが、固く嚙みついた翼竜を払いのけられない。

もはや死ぬしかない。圧倒的な力の差があるのに、白肌の眼は諦めていない。捕食者と被食者、その関係にさえなまくらな牙を剥くような、強い目。それが私を射抜いたような気がして、何かが震えたような気がした。

 

白肌は翼竜の嘴から手を外す。そして纏った布の中から薄い何かを取り出し、それを翼竜の目に向けるとそれは光を発し、目を眩ませる。

何が起こったのか分からず悶える翼竜の首筋に、白肌は噛みついた。貧弱な顎とはいえ、柔らかい皮膚を狙ったからか血が噴き出す。これまでにないほどに暴れまくる翼竜を奴は、決して離さない。翼で引っかかれようが腹を蹴られようとも、奴の眼は微塵も曇らない。

 

 

 

やがて大量の血を流しながら、翼竜は動かなくなった。

どちらの血だったのか分からない程に赤く染まった白肌は、こちらを呆然と見上げていた。

 

白肌が殺した翼竜の死体を見る。

あんな小さな奴が、自分よりも強いであろう翼竜を狩った。油断できない強者と認めなければならないのに、白肌の目は水のように澄んでいた。

私は奴の目の前に降り立ち、顔を近づけた。既に満身創痍の白肌を嚙み殺すことは簡単だ。

 

だがあの奴も、絶好の餌であった私を見逃した。

 

ならば私もそれに倣おう。私は被食者ではなく、奴と同じ土俵に立つものなのだ。

 

翼を広げ、私は溶岩近くの鉱脈へ降りる。好き嫌いなどしている場合ではない。奴を食らうために、もっと重く、硬く、そして強くなってやる。

 

 

 

 

 

風の音に混じって、高い声が私にかけられたような気がした。




ロードランからロスリック、時々エルガドにとんぼ返りしながら、現在は狭間の地にいる作者です。

いずれタンジアに出張予定。長くはならない……と信じたい。


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マレニアよ
フリーデ見習え
駄目リゲイン


『……それで、その後はどうなったの?』

 

『どうなったのかは知らん。ただ奇面族の奴らとよく一緒だったから、野垂れ死んではいないだろう』

 

クシャルダオラの話が終わったのは、既に月も天頂へ登り切った頃だった。貴重な情報を書き込みつつ、慣れないだろう長話を終えた彼女を労う。

 

『お疲れ様。いろいろ話を聞かせてもらってありがとうね。これは貰っておいて』

 

月で製造された人工インゴットをクシャルダオラに渡すと、彼女はじっくりと匂いを嗅いでから咀嚼する。

天然物の鉱物が極めて少ない月では、銃器などの製造には隕石を加工したインゴットを用いている。昔は金山彦命が一柱でやっていたのだが、緩やかな人口増加に伴って量産品はそうした〝妥協案〟によって作られている。

 

『……粗いな』

 

『やっぱり……あなたの故郷の鉱石には敵わないわね。これでも地上の鉱石よりは硬いのだけれど』

 

『別に食わなくてもいいのだが、落ち着かなくてな。そこらへんの鉱石では柔らかすぎて食っている気がしないしな』

 

すっかり寝息を立てた輝夜を起こさないように、鈴仙を連れて庭に出る。

 

 キキャァ

 

「またね」

 

鋼の翼を羽ばたかせ、古龍ははるか彼方へ飛び立っていった。

 

「ふぅ……」

 

「鈴仙も疲れたでしょう。今日はゆっくり休みなさい」

 

「は、はい」

 

額を押さえ、覚束ない足取りで屋敷へと戻っていく。古龍の波長という慣れないものを弄ったからか、鈴仙の疲労は思ったより溜まっていたようだ。それに随分と話し込んでしまった。明日は代わりにてゐを行かせようか。

体をほぐしながら、眠りこけてしまった姫に毛布をかける。蓬莱人となってから風邪とは無縁とはいえ、寒さなどは普通に応えるのだ。

 

 

 

 

 

「いい加減に出てきたら?」

 

 

虚空へ睨みを利かせると、予想以上にすんなりと盗み聞きの犯人は出てきた。

 

「妖怪の賢者ともいわれる貴方が、随分と趣味の悪いことをするのね」

 

八雲紫は何も答えない。だが視線だけは言いようのない感情が渦巻いている。

 

「別に私は貴方の気に障ることはしていないと思うけれど?」

 

「………………」

 

「…まあ、いいわ。彼女たちのことについて聞きたいんでしょ?」

 

肯定するように、スキマから扇子を取り出して口元を隠す。

 

「結論から言えば、彼女たちの急回復……いえ〝蘇生〟に関してははっきりとした原因は不明よ。ただ、あなたがくれたサンプルから、少しだけ正体には迫れたわ」

 

箪笥から彼女たちのカルテを取り出す。

 

「古龍の血。霊夢と魔理沙が蘇ったあと、血を調べてみた結果、彼女たちの血中には古龍の血と類似する成分が発見されたわ。異常な再生はこの血によるものだと推測。天彗龍の龍氣によるものかとも調べてみたけど、少なくとも関連性は無いわね。どこかの誰かが私の治療を妨害した、とも取れるけど――」

 

目を細めて紫を見つめ、彼女が微動だにしないことを確認する。

 

「まあ、だとしても不明点が多すぎるわね。どこの誰が、何のためにわざわざ古龍の力を使って二人を生かしたのかは分からずじまい。これが現時点で出せる証拠」

 

お役に立てばいいのだけれど。そう彼女に囁き、私は資料を渡す。

 

「協力感謝いたしますわ」

 

「構わないわ。こちらとしても、これから〝資料提供〟をよろしく」

 

ぶっきらぼうな態度は変わらず、紫はスキマを開く。その真意は最後まで隠し通し、ただスキマは閉じていった。

 

「……何だったのかしらね」

 

「あの妖怪の態度?」

 

ふと振り向くと、冷たくなったお茶を飲む輝夜が座敷にかけていた。

 

「気にはなりますけど、こちらにとっては大した問題ではありませんから」

 

「……」

 

「姫様?」

 

「……そうね。覗き魔たちもいないし、ここで話しておくわ」

 

能力を使ったのだろう。輝夜の目はこの上ない宝玉のように輝いていたが、それに影を与えるような不安も見て取れた。

 

「二人が快復する前の日だったかしら。妙な気配……というか勘?よく分からないけど、そういうのを感じたのよ」

 

「もう少し具体的に言えますか?」

 

「そうねぇ、あえて言うのなら……〝無〟かしら。でも、完全な虚無でもない、こう……分からないわね。永琳が感じてれば分かったんじゃないかしら」

 

「そうは言われましても、いくら頑張っても過去は変えられませんし」

 

笑いながら、姫に続きを促す。

 

「それで、その〝無〟が二人の部屋に行ったと思ったら、次の瞬間には消えてたのよ。幽霊かと思ったけど、それにしては薄いというか、穢れが無さすぎるというか――」

 

「分かりました。十中八九、それが霊夢たちを蘇生させた張本人でしょうね」

 

「それで?私の証言から目的は分かるかしら」

 

「ええ、全く持って分かりません」

 

これ以上ないほど〝にっこり〟とした笑みを浮かべた永琳の降参宣言に、輝夜はちゃぶ台に額をぶつける。

 

「もー、いつもの名探偵永琳はどこに行ったのよー」

 

「探偵を名乗った覚えはありませんよ?そもそも、証拠が乏しすぎる現状では予測をつけることも困難です。いくつか仮説はたちますが……」

 

「じゃあ、それを聞かせて頂戴」

 

老若男女問わず全ての存在を魅了する笑みを浮かべた姫に、私はため息をついた。

そもそも輝夜は一連の事件の犯人が誰であれどうでもよい。真実には興味こそあれ、それは彼女にとって暇つぶしでしかない。そして暇つぶしが出来るのなら、永琳の大胆な仮説でもいいのだ。永遠を生きる二人にとっての、いつものことである。

 

「分かりました。では、私からも質問させていただいてよろしいでしょうか?」

 

「え?私、仮説なんて思い浮かばないわよ?」

 

「いえ、それではありません」

 

キョトンとする輝夜に、永琳は視線を合わせる。

 

「二人が退院した翌日。私の記憶が正しければ、寺子屋で昔話の読み聞かせがありましたよね?」

 

その言葉を聞いた輝夜はビクリと肩を震わせ、額から脂汗が滝のように流れる。

 

「鈴仙が苦労してましたよ?楽しみにしていた子供たちにせがまれ、教師の半妖からも苦言を言われたと。おまけに怨虎竜の捕獲にも駆り出される始末」

 

「た、たしかに読み聞かせを忘れていたのは悪かったわ。でも、鈴仙の負担が増えたのって永琳の指示でしょ?え、永琳って意地悪ね~。無実の姫様に罪を被せて――」

 

「怨虎竜が出た場所で火災と弾幕の痕跡がありました。大方道すがら妹紅と出会って喧嘩していたのでしょう?それで永遠亭に戻ってきた。どうです?他称名探偵の私の推理は?」

 

・・・

 

 

 

「…たまには猫とじゃれ合うのもいいと思うの!」

 

「それでは今夜は寝かしませんから」

 

夜の竹林に乙女の叫びが木霊した。

 

 

――――――

 

「クシャー。朝だぞ、起きろー!」

 

チルノの大声に、妙に重くなった瞼を開ける。

どうやら随分と寝ていたようだ。すでに太陽は山からだいぶ離れており、朝という時間帯はもう過ぎたのだと分かる。目の前には頬を膨らませたチルノだけでなく、サニーたちもいた。

 

「クシャも寝坊?分かるわ、その気持ち。涼しくなってくるこの季節って、中々お布団から出れないのよね」

 

「サニーの寝坊は今に始まったことじゃないでしょ。まあ、なんか無性にだるくなるのは私もだけど」

 

サニーとルナが寝坊について話している。なるほど、私は〝寝坊〟したのか。また一つ覚えた。

 

「最近クシャ寝る時間が長くなってきてるぞ」

 

『あー……あっちで暴れてきたのが来てるのか?いや、それにしても遅いな』

 

「年のせいかしら。クシャって何歳なの?」

 

『歳……数えたことが無いから分からんな』

 

スターの返事に適当に返しをうつ。しかしながら最近妙に体が重い。病にかかった感触は無く、戦いで負った古傷が痛むわけでもない。ただなぜか知らないが、だるいという感覚が根強く体に押しかかってくる。

 

「もしかして……クシャも寿命が近いんじゃないの?」

 

「「え!?」」

 

「何言ってるんだスター!昨日までクシャは元気だったぞ!きっと疲れてるだけだ!」

 

「私に怒らないでよ!それに、クシャみたいな古龍ってすごい寿命が長いって、本で読んだことあるわ」

 

「な、なーんだ。それならまだまだ遊べるのね」

 

「そうよ!まだクシャと一緒にイタズラしてないもん。来年の花見対策で派手にやりましょうよ!」

 

頼りないような粘ついた重さに耐え、私は起き上がる。チルノたちの目は楽しそうだが、どうにも底からではないように見えた。

 

『いつ死ぬかなぞ私には分からん。あと一回陽が登ったら死ぬかもしれんし、強い龍か竜に襲われて死ぬかもしれん』

 

「そ、そんなことあるわけないわよ。クシャが見張りをしているんだから、他のモンスターが来たりなんてしない――」

 

『生きている以上、絶対などありえん。いつかは死ぬ。古いも新しいも、強いも弱いも関係なくな』

 

そんな〝当たり前のこと〟を言うと、なぜかチルノたちは黙りこくる。遊んでいた周りの妖精たちも、不安げな顔をしている。こやつらはしばらく経てば復活するから、死ぬことを理解していないのか。

いや、会ってそこまで経っていないはずなのに、私のことを心配してくれているのか。むず痒くなるが、しかし常識は変えられない。生きている以上、いつか死ぬのは当然なのだから。

 

「……私、そういえば本で読んだことがあるわ。外の世界では、〝しゅうかつ〟をするんだって」

 

「シューカツ?シュークリームとかつ丼のミックスみたいなもんか?」

 

「違うわよ。ルナが言ってるのは終活。人間がおじいちゃんおばあちゃん位になると、死ぬことを前提にして生活するってこと。例えば、死ぬまでにやりたいことをする、とか」

 

「それってクシャみたいに言うと、いつもと変わらなくない?」

 

 

 

「……いや、そうか。そういうことか!」

 

チルノが大声を出して興奮し、ルナが驚いてこける。

 

「ならクシャは私たちともっと遊ばなきゃいけないってことだ!」

 

「は、鼻が……」

 

「ほら、起きなさいルナ。で、何がどうなってその答えになるの?」

 

サニーの疑問に、チルノは自信満々に答える。

 

「いつかクシャと遊べなくなるなら、今のうちにいっぱい遊ぶってことだ!死神から聞いたことがあるぞ。『未練を残して死ぬと亡霊とか怨霊になりやすい』って。きっとシューカツってのはそういうことだろ!」

 

チルノの大声に辺りは静まり返ったと思えば、わぁと声が再び響く。

 

「なるほど!それならクシャともっと遊べるってことよね!よーし、じゃあ早速遊びたいことリストを書きましょう!」

 

「……え、まってそれって何も解決してないんじゃ……?」

 

「はいはーい!じゃあ、クシャと一緒に紅魔館の仲間たちと掃除のお手伝い(いたずら)しましょ!」

 

「ちょ、スターあのメイドに刺されたいの!?」

 

妖精が皆集まって楽しそうに笑い合う。何故だかそれが太陽よりも眩しく、だが目を離せずにはいられないように見入った。はっきりと分かるのは、さっきと違って心の底から楽しそうにしていることだ。

妖精は私たちと違って弱く脆く、せいぜいが周りの環境に依存した不死性しか持っていない。だが、その実は私のような、古き竜たちと根源を一つにしている。

…気のせいだろうか。この関係はまるで……そう。新しい竜によく見える、同じ種が長い年月を経つにつれ、まるで別の姿に変わっていく羨ましい現象。

 

 

 

進化。弱き妖精のただ一つ持つ古き権能であります、王たる黒鉄よ。

 

 

誰かに声をかけられたような気がして、森の奥に目を向けたが、そこには誰もいなかった。

華扇……ではない、確実に。そうなると紫か。あれも何を考えているか分からんが、この程度のイタズラは幻想郷では普通、と言っているのか?

 

まあ、誰でもいいか。彼女たちの言う『しゅうかつ』に付き合っていこう。一人で回るより妖精たちがいた方が群れの力で行ける場所も多いはずだ。

それに、その方が楽しい。きっとな。

 

 

 

 

 

「ねぇねぇ、クシャはどんな遊びがいいかしら?」

 

『そうだな……弾幕ごっこはしてみたい』

 

「オッケー。花見対策に雪合戦、紅魔館突撃も入れてっと」

 

「え、結局それ採用したの!?」




ゆえ里帰り
タンジアたのちぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!(字余り)

追記:久しぶりに推薦見たら推薦に入ってました。確認遅れてすいません。そして推薦者様、ありがとうございます。


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15章 眼光‐The Hunted-


サンブレイクのアプデが待ち切れなくて風神録買っちゃいました。


鬱蒼と木々が生い茂る森の中、歩みを進める一団がいた。

なめした毛皮を羽織り、自然の中に紛れる格好をした漁師たちだ。彼らは猟銃を手に握りしめ、額から流れる脂汗を拭いもせずに木々を進む。

 

そんな時間が続いて小一時間。

猟師たちの長が停止の合図をし、地面に転がる何かを調べる。

 

それはまだ新しい人の死体だった。

遺体は大勢に食い散らかされたように肉片が散乱しており、露出した骨は折れていた。余りの惨状にある者は吐き、亡くなった者と親しかった者は怒りをあらわにする。

混乱し始めた状況を、長は響き渡らないようで芯の硬い声で一喝し、緊迫した静寂が再び訪れる。

 

長の隣から出てきたのは、いかにも魔女といった風貌をした少女だ。彼女は遺体に対して不思議な道具を使用したかと思えば、神妙な面持ちに変わる。

どうだ。長の質問に少女は答えた。

 

「この遺体からは妖気を感じない。おそらく獣の仕業だな」

 

金髪をかき上げたその顔には、漁師たちとは違う冷や汗がこぼれていた。

瞳に映るのは、もはや生気のない暗く濁った紅だった。

 

 

 

 

 

幻想郷の東端、博麗神社。

霊夢は境内に散り始めた落ち葉を掃いていた。最も掃除は既に終わり、今は取り残した落ち葉を外に掃いている。

これから秋が深まっていけば落ち葉はどんどん落ちてくる。おまけに秋だからなんだのと呼んでもいない客が大勢来るのだから、たまったものではない。まあ、お土産代わりに食べ物が来るのは嬉しいが。その調子で賽銭も入れてはくれないだろうか。

 

「さーて、と。掃除も終わり!」

 

箒を立てかけて、縁側に置いてあった煎餅を手に一休み。重労働の後はやはりこれである。

近頃は妖怪退治の依頼もなく、平和な日常が続いている。変化としては、時折鈴仙が経過観察と言ってよく神社に来るようになったくらいだ。

これ以上ないほどに退屈で平和な時間を過ごしていると、鳥居を潜る誰かの影が見えた。期待半分で見てみれば、それは良く見知った顔だった。

 

「霊夢さーん、いますか?」

 

障子を開けてやれば、私と似た巫女服の早苗がいた。そしてもはやいつものこと、早苗もちゃぶ台に座る。

 

「あ、いたいた」

 

「いたいたって何よ。私の神社なんだから、普通いるに決まってるでしょ」

 

「いやー、最近留守が多かったじゃないですか。なんか新鮮だな、って」

 

「……私がいない間になんかしてないわよね?」

 

「し、してませんよ?」

 

「あんたんところの分社が妙に綺麗になってるんだけど。建て替えた?」

 

沈黙の時間、早苗は目を逸らし続け、流し目で兜みたいなデザインが加わった守矢神社の分社を見た。

私が入院してる時に、家主の許可も得ずに改修したのだろう。それに気づかないほど馬鹿だと思われてるのだろうか。いや気づいたのは今日掃除している時にだけれど。本当に商売上手というか、商魂たくましい。神社だけど。

そういえば退院祝いに高級なお酒と茶葉を神奈子から貰ったっけ。思い出すと同時に鬱憤はため息となって流れていった。

 

「まあいいわ。で、なんか用があってきたんでしょ?」

 

「流石霊夢さん!話が早くて助かります!」

 

ほら来た。ずいずいと顔を近づけてくる早苗をあしらい、ちゃぶ台に座る。早苗の前にはちゃっかりお茶が用意されていた。自分でよそったな、こいつ。

 

「実は、ここ最近参拝客の方々が少なくなっているんですよ」

 

「……それを曲がりなりにも私に言う訳?」

 

頭痛がしてきた。そっちの参拝客が減るなら私の所に流れてくるわけで、いいこと尽くしではないか。表面上は守矢神社と博麗神社はライバル関係にあるはずだが。

 

「言いたくなりますよ。せっかく作ったロープウェイが、あの天狗みたいなお猿さんにイタズラされまくってるんですよ!護衛の天狗さんが返り討ちにされちゃいましたし、しかも本格的に追おうとしたら逃げちゃいますし、何か煽ってきますし、煽ってきますし!

……それで、そうなると運行をやめるしかないじゃないですか」

 

「…そうね」

 

「守矢神社って妖怪の山の奥地にあるわけじゃないですか」

 

「はぁ」

 

「結果、神社から参拝客が誰一人としていなくなっちゃったんですよ!」

 

「それは良かったわね」

 

「うそぉ!?そこは形だけでも哀れみを覚えるところじゃないんですか!?」

 

少なくとも私の知ったことではない。ぬるくなってきたお茶を一思いに喉に流し込み、早苗の話が再び始まる。

 

「……こほん。で、霊夢さんに協力をお願いしたいわけなんですよ。」

 

「なんでうちがあんたの所の手伝いに――」

 

「手伝いなんかじゃありません!守矢神社は博麗神社と同盟を結びたいんですよ!」

 

ちゃぶ台を叩き顔を近づける早苗のあまりの勢いに、私は押されるほかない。

 

「ビシュテンゴの討伐とロープウェイの修理を待っている間、神奈子様と諏訪子様の分霊を博麗神社に移していただきます。布教活動も今まで通りやらせていただきます。そうすれば、博麗神社にも参拝客が多く来てくれます。いい案だとおもいません?」

 

「うーん……だとしてもねぇ」

 

「プライバシーの問題なら大丈夫です。私たちはロープウェイが無くても神社に行けますので」

 

「いや、私が聞きたいのはそうじゃなくて――」

 

「ではお賽銭などの収入を折半する案ではどうでしょう」

 

「分かったわ。協力してあげる」

 

がっちりと握手を行い、ここに守矢神社の引っ越し計画は決定した。お賽銭につられた?これは即断即決というのだ。

 

「……はぁ、それにしても最近物騒だと思いません?」

 

「あー、確かに里の外に出た人がよく怪我をして帰ってくることが多くなったってよく聞くわね」

 

「私たちの神社にも、そういった願い事が多くなったって神奈子様がぼやいてました。やっぱりモンスターの仕業なんですかね」

 

「十中八九そうでしょうね。代わりに妖怪の被害が少なくなって、こっちとしちゃ大損よ」

 

交渉まがいの取引が終われば、こうして互いの近況を話し出す。まあ肩肘張って話し合うのはあまり好きじゃないし、柄でもないのだけれど。ほぼ同い年のはずの早苗の方が交渉事が上手いのは……多分神奈子の入れ知恵だろう。子煩悩なことで。

 

「それは嬉しがるべきじゃ……それに、里だけじゃなくて山にも結構被害が出てるんですよ」

 

「へえ、そうなの?天狗や河童が上手くやっていると思ってたけど、意外とあいつらもポンコツなのね」

 

「山の妖怪さんたちはうまくやっている方ですよ。むしろモンスター側の順応がすごすぎるんです。こないだもプケプケっていう花畑にいたモンスターが山の麓まで来てたって聞きましたし」

 

「それ、確かクシャルダオラがぶっ飛ばした奴じゃない?翼が折れてなかった?」

 

「よ、よく知ってますね」

 

「魔理沙に聞いたのよ。聞いてもないのにクシャルダオラか、たまにババコンガの話ばっかよ」

 

注いだお茶を飲み、足を崩す。最近の魔理沙は随分とモンスター、ことに古龍のことに熱を注いでる。今じゃ華扇よりもクシャルダオラに会っているそうな。もともと魔理沙は妖精と良好な関係で、よく会えるのもそれが功を奏しているんでしょう。まさかそんなところで妖精に好かれる体質がそんなところで役に立っているとは、本人も思っていなかっただろう。

 

「……山の方にもあの古龍が来てくれたら、少しは良くなるんでしょうか」

 

「どうでしょうねぇ。そんなこと天狗がまず認めないし、神奈子も嫌がるんじゃない?諏訪子はどうか知らないけど」

 

早苗は湯気の出なくなったお茶を飲み切り、顔が曇る。

 

「神奈子様から言われたんです。『早苗の風祝としての力が強くなれば、鋼龍の存在はむしろ歓迎するんだけどね』」

 

「それ、どういう意味?」

 

「よく分かりません。でも、私はまだまだ力不足ってことですよ。何物も近寄らせない暴風の鎧を、要は私が治められればいいってことですよ」

 

まあ、全然届きそうにありませんけど。自嘲する早苗の話を聞き、勝手に思考が動き出す。

クシャルダオラは龍結晶の地で強豪のモンスター達相手に戦いを繰り広げた後、右の角を折られて風の能力は万全には使えなくなっている。加えてあいつは嵐に舞う黒い影と呼ばれる古龍種の癖に、風の扱いが下手だと華扇から聞いたことがあるような気がする。

そんな奴の風の鎧なんてたかが知れてるだろうし、何なら今の早苗でも鎮めることは十分に可能じゃなかろうか。

 

まあ、よその事情にあまり深く食い込むのもあれだ。幻想郷に喧嘩を売るつもりなら話は別だが、今は要注意といったところだろう。

 

「早苗はクシャルダオラをどう思ってるの?」

 

「うーん、どうでしょう。私はあのドラゴンにあまり会ってませんから。あ、でも嫌いというわけじゃありませんよ?なんか、絵にかいたクールな性格って感じです」

 

「なるほどね……」

 

早苗の感想を聞き、お茶を啜る。確かに早苗の目を見るに、あれに対して悪印象は抱いていないようだ。

抱いてる感情としては、私も早苗に近い。地脈の収束地へ向かった時の防衛で大助かりした事実もあるが、なにより彼女の接し方が大きい。他とは隔絶していながらも、来るものを拒まないあの姿勢には畏敬を覚えさえすれ、恐れは生まれない。

 

それどころか、妙に親しい気がするのだ。私の奥深く……ずっとずっとその先で――

 

 

 

「おい!霊夢いるか!」

 

沈んでいく私の思考を揺さぶったのは、襖がピシャリと開けられる音と同時に聞こえた魔理沙の声だった。

 

「あ、魔理沙さんお邪魔してます。そんなに血相変えてどうしたんです?」

 

「......早苗もいたのか。ついでだ、お前もよく聞いとけ」

 

座布団に座ることもなく、息を整える時間もなしに魔理沙は口を開いた。

 

 

 

「―――里の人間がモンスターに殺された」

 

 

魔理沙の言葉が一言一句、自分と早苗が息を吞む音が、妙にはっきりと聞こえた。さっきまでの空気が一瞬で消え、私は魔理沙に問いかける。

 

「……殺された人は?」

 

「山菜取りの人だ。死体は囲まれて殴打されたみたいな潰れ方をしてた」

 

「モンスターに殺されたって言ってたけど、証拠はあるの?」

 

「死体が中途半端に残されてた。人食いの妖怪なら骨も残さず食うはず。その証拠に妖気も確認できなかった」

 

二人の会話に取り残された早苗はただ呆然と、霊夢が特注のお札や針を用意しているのを見ていた。

 

「私の予測になるが……やったのはマッカォの群れだ。湖からやってきたんだろう。てっきり華扇あたりが戻しているのかと思ってたが……」

 

「今ぼやいてもどうにもならないわ。とにかく行きましょう」

 

「わ、私は神奈子様たちに報告してきます!」

 

我を取り戻した早苗が彗星のごとき猛スピードで自分の神社へ飛んでいく。

 

「で、どうするんだ?いつもの妖怪退治とは勝手が違うぞ」

 

「どうもこうもないわ。片っ端から片付けて、リーダーのドスマッカォを誘き出して仕留める」

 

炎のような赤文字が書かれたお札を手に、霊夢は出立する。

 

「……ったく、あいつはいつもああだな」

 

未知の獣もどきが相手でも変わらない霊夢の姿に、魔理沙は苦笑するしかない。

 

「さて、私は私で確実な方法を取りに行くか」

 

軽い口調でうそぶきつつも、魔理沙の瞳からは遊びのそれは排されていた。先行する紅白色を追い抜かすような加速で旅立っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「霊夢さーん!いませんかー?」

 

神社が無人になって数刻の後、サニーたち光の三妖精と地獄の妖精が家主の名を呼んでいた。

 

『あの紅白はよく出かけるのか?』

 

「ううん。いつもはお茶を飲んでるかおせんべい食べてるか、たまに掃除しているくらいで、たいていいるはずなんだけどな」

 

『ずいぶん陽気なのだな。あの蟹を仕留めた時は私をしっかり見ていたのだが』

 

「霊夢さんはね、普段と妖怪退治の時で全然違うんだ。クシャもここの軒下に住んでみろ。あの怠けっぷりは仕事押し付けられたご主人様よりひどいぞ」

 

そして彼女らに連れられて、巨大な龍が境内に飛来する。威風堂々とした覇気を感じざるを得ない、歴戦王たる鋼龍だ。彼女はその優れた目で辺りを見回し、何かを探している。

スターはクシャルダオラの頭に乗り、耳を澄ませるように意識を尖らせる。

 

『スター、見つけたか?』

 

「いや、この辺りにはいないわね。どうやらお出かけしてるみたい」

 

そうか。そう鳴いてクシャルダオラは瞼を少し狭める。余人には分かりにくいが、これで落ち込んでいるのだ。

 

「仕方ないわ、ここで待ってましょう。流石にクシャは里には入れないでしょうし」

 

『小さくなれば行けるのではないか?』

 

「ばれたらどんな事されるかわからないわよ……ここで待つのが良いと思うわ」

 

「早く帰ってくれよ、霊夢さん。あたいは待つのが嫌いなんだ」

 

飲みかけのお茶のある客間に入る三人。

だがクシャルダオラは体を小さくさせず、空の一点を見つめている。

 

「クシャ?早く入りましょうよ」

 

『……スター。あれが見えるか』

 

クシャルダオラの言うとおりに視線を合わせると、雲間から何かが見え隠れしているのが見えたが、あまりにも遠すぎてスターの目では捉えられなかった。

 

 

 

『やはり、帰ってくるか。華扇たちは上手く出来なかったようだな』

 

クシャルダオラの独り言は、家主のいない神社に響いた。




今章は人里メインのお話。王クシャもだいぶ幻想郷には慣れてきたので、人間(妖怪)視点から見たモンスターについて書いてきます。



そしてモンスターの脅威を分かりやすく語ってくれるお方が帰還したようです。まあ空中戦出来るなら大丈夫でしょう!()


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寒暖差激しすぎないです?おてんとさん?


人里の外れ。

中々見ないであろう行列を成した人々が、一様に厳かな、しかし暗い顔をして練り歩いていた。

行列の中ほどには飾り付けられた棺桶が運ばれており、傍らには遺族と思しき女性や子供がとめどない涙を流している。

 

「……近いうちに出るとは思っていたが、思ったより早かったな」

 

道端に生えた木に寄りかかりながら、私…赤蛮奇は重いため息をついた。

 

「被害者は山菜取りだったんじゃろう。誠実で、ご近所さんからの評判も良かった。惜しい人を亡くしたものじゃわい」

 

「ふーん。たかが人間一人に詳しいね」

 

「そらそうじゃろ。気前のいい常連さんじゃったんだからな」

 

ふぉっふぉっふぉっと見た目にそぐわない婆くさい笑い声を出した少女…二ツ岩マミゾウは煙管を取り出すと、大きく吸った。

 

「ルールを知らない妖怪に殺されたのなら、巫女が退治すれば丸く収まる。それでごまかせればよかったんだがな」

 

「まったくじゃ。霧の湖から出てきた肉食竜に殺されたとなっては、今までの妖怪退治とはセオリーが違ってくる。人の恐れを必要とせず、それでいて下手な妖怪よりも強い。モンスターの存在は、幻想郷の人と妖怪のバランスに、どてっぱらから横やりを入れるようなもんじゃよ」

 

どこか遠くを見る目をしながらマミゾウは煙管を吹かす。

 

「人間からしてみれば扱いは妖怪と変わらんじゃろう。じゃがこれまでの守り方は通用せん。霊験や術式など、奴らからしてみれば小細工となんら変わらん」

 

「逆に妖怪から見れば、モンスターは新たに人の恐れの対象となり、自分たちが忘れられかねなくなる、か。私みたいな奴はそこまで気にはならんが、あんたらみたいな大物にとっちゃ死活問題となるわけだ」

 

「ほっほっほっ。儂はそこまで大物でもないわい。しがない狸の一匹さ」

 

嘘つけ。その意味もかねてジト目で睨むと、狸は困ったように笑う。

 

「こうなるのが分かってなかったわけじゃないんだろう?お偉いさん方はどうして対策を取らなかったんだ?」

 

「いや、策はとっておったよ。古龍クシャルダオラに幻想郷を巡回させて、モンスターたちの動きを制限しようとな。まあ、彼奴ららしからぬ不確定な対策でもあったがな。それも人里、及び妖怪の山には立ち入らぬという内容のものじゃがの」

 

「やる気あるの、それ?山はともかくとして、里は幻想郷にとって心臓みたいなもんでしょう?そこをおろそかにしちゃあまずいじゃない。もっと里のことを思ってやりなさいよ」

 

「里に隠れ住んどる妖怪のお前さんが言うのか……」

 

聞かなかったふりをして首を一回転させる。マミゾウはいつの間に足元にやってきた狸を撫でながら、耳をそばだてる。

 

「山菜取りを仕留めたのはマッカォとかいう跳狗竜じゃ。群れの数から察するにボスであるドスマッカォも確実におるじゃろう。しかし奴らは霧の湖を巣にしとったはずだが」

 

「それなら姫……知り合いに聞いた話だけど、その古龍が氷精のかまくらによくやってくるって言ってたわよ。それで逃げて来たんじゃないかしら」

 

「……ふむ。やはり人任せ、いや龍任せはよくないという事かの。裏目に出るとはまさにこのことじゃわい」

 

マミゾウも大きくため息をつくと、空を紅白色が駆けていくのが、二人の視界に映った。

 

「やっぱり巫女も動くか。人と妖、おまけにモンスターの調停者もやらなきゃならないとは、随分な過重労働じゃないか。ええ」

 

同意を求めて振り返ると、そこには葉っぱ一枚だけが舞うのみで、先ほど話していた化け狸の姿は無かった。

 

「……里も随分と騒がしくなるなぁ」

 

どうかこれ以上面倒なことになりませんように。心の中で祈りながら、私はそそくさとその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

神社から霊夢と離れ、魔理沙は人里を歩いていた。

客を呼び込む商売人に、走り回って遊ぶ子供たち。誰が見てもいつもと変わらない日常の風景に、微かな違和感を覚える。

 

(妙だな。里から死人が出たっていうのに、噂にすらなっていない)

 

妖怪に化かされたとかいう噂は―恐れを得るための妖怪側の事情もあるが―あっという間に広がるが、そもそもとして人間は噂好きな生き物だ。まして人死にが出たともなれば、どこかから話は出てくるものだと思っていたが、いくら聞き込みと聞き耳を立ててもそれらしい噂はまるで出なかった。

 

(となると誰かが情報を操作しているってことになるが――)

 

それらしい人物がいそうな場所に足を運ぶと、案の定寺子屋で子どもたちを送り出す慧音の姿が見えた。

 

「む、魔理沙か。ここに来るとは珍しいな」

 

「ああ。そっちこそお疲れさん。で、少し話を聞きたいんだがいいか?」

 

その言葉を聞いて慧音は全てを察したのだろう。寺子屋の裏に私を連れ、重い口を開いた。

 

「――確かに彼の死亡は発見者以外には漏らさないように徹底させている。だが私の独断ではない。マッカォたちを討伐してから、彼の死を公表する。そこからモンスターへの対策を本格的に始めるつもりだ。……稗田家や諸々の重役は承知済みだし、命蓮寺や神霊廟の人たちにも伝えている。念のため守矢神社にも伝えに行こうかと思っていたんだが」

 

「それに関しては問題ないぜ。居合わせてた早苗も話を聞いたからな。今頃二柱が対策を練っているだろうよ」

 

「……すまない。私がもっと早く手を打っていれば……」

 

「こんな事態に初見で上手く対処しろってのが難題だぜ。慧音はよくやった方だと思うぞ」

 

「だが、死人が出ることは避けられたはずだ!護衛を付けていれば、少なくとも彼は死ななかったはず。そのうえ彼の死を利用しなければならないなど……」

 

責める慧音に、魔理沙は黙り込むしか出来なかった。

 

「ああ、すまない。魔理沙に当たることじゃなかった」

 

「気にしてないからいいさ。霊夢はもう動いてるからな。すぐに終わる」

 

私は箒にまたがって空へと浮かび上がる。

 

「それに、あいつにばっかいいとこ取らせちゃかっこつかない!これからモンスター退治は私に相談しろよ!」

 

人里から彗星が瞬き、遠慮なく巻き起こる突風に慧音は顔を顰めながらも、やがて笑みを浮かべる。

 

「まったく……霊夢に負担をかけたくないなら、そうと言えばいいのにな」

 

慧音は人里の子ども全てに教鞭を取っている。幼い魔理沙や霊夢の教師をしたのも慧音だ。ゆえに二人の関係が如何なるものかは知っており、それが今でも続いていることも、手に取るように分かるのだ。

 

空の彼方へすっ飛んでいった、大きな背中を眩しそうに見つめながら、慧音はその場を後にした。

 

 

 

 

雲一つない里の天上に、火が猛っているのには気づかなかった。

 

 

 

 

 

 

陽光と葉陰が入り乱れる森に、けたたましい鳴き声と紅い火花が散っていた。

 

何匹目かのマッカォが顔面に火を浴び、もんどりうちながらも息絶える。仲間たちはそんな逃げ腰を無視し、目の前の外敵を排除せんと吠え掛かる。

 

鋭い牙をこれでもかと見せつけるマッカォの群れに、霊夢は怯むことなく針を投げる。何匹かに命中したそれは、刺さると同時に雷光を帯び、鱗を貫通して直接痛みを与え、痙攣する。針を避けたうちの三匹が、霊夢を仕留めようと駆ける。

一匹目の体当たりを悠然と躱し、続く二匹目の蹴りも飛んで避ける。重力に従う霊夢の体に、三匹目が振り放った尻尾が迫る、が霊夢はそこで飛行し、空振りしたマッカォの派手な顔面に針を刺し、電気を炸裂させる。

 

博麗霊夢は妖怪退治を生業とする巫女であり、彼女の霊術は妖怪に対して決定的な有効打を与えられるが、純粋な肉体のみを持つモンスターに霊力は相性が悪い。ただの猪に護符を構えたところでなんら効果が無いように、だ。

だがしかし、それが霊夢の全てではない。あらゆる法則を無視して空に浮く力に、巫女としての実力も―普段の生活からかすみがちだが―相応に高い。

華扇に教わった獣人族の印だけでなく、巫女としてそこに神の力を込めることで、先の戦いに比べて霊夢の対モンスターへの武器性能はかなり向上している。

これもまた、霊夢の天性の才能がゆえに成せる柔軟性の賜物であろうか。

何より博麗の巫女に敗北は許されない。モンスターが相手では話は違うだろう。そう言っても誰も反論しないはずだが、霊夢はモンスター相手でも負けたくは無かった。

 

空中へと浮き、陰陽玉と札を構える霊夢の姿に、マッカォたちは威圧されたのかじりじりと後退していく。

無論霊夢は彼らを逃がすことなく殺すつもりで、逃亡しようものなら空から弾幕の雨で火炙りにする。里の人間を殺した以上、彼らにかけられる慈悲はもう無い。

 

霊夢の蹂躙が始まろうとしたとき、森の奥から野太く大きな咆哮が木霊し、全ての視線が集まる。

姿かたちこそマッカォと大差ないが、冠のような鶏冠は艶やかに輝いており、顔の赤みも他と比べてあまりに鮮やかだ。

何より目を引くのはその大きさ。人の腰ほどの高さだったマッカォたちと違い、そのままでも人の頭を噛み砕けるように大きい。

 

 

マッカォたちのリーダー、跳狗竜 ドスマッカォ。

 

 

『ボヮァァァァ!!』

 

「……やっと出てきたわね」

 

より険しい顔になった霊夢が、陰陽玉と札を射出体勢に入る。ドスマッカォは冠羽を激しく揺らして叫び、荒れ狂う。

 

 

先手を取ったのは霊夢。空中から燃える札と雷光迸る針を同時に撃つ。ドスマッカォは迷わず突撃する。雷針は無視し、炎札を優先的に避ける。マッカォたちはまだ小型の範疇だったから効いたものの、そもそもマッカォという種は雷撃には耐性がある。針程度では怯みすらしない。

一旦距離を取った霊夢が、今度は陰陽玉からも青い炎札を放つ。発射されたそれはドスマッカォを追うように迫る。意思を持っているかのような札の動きに、ドスマッカォは反応できずに焼かれてしまう。

怯んだ跳狗竜に霊夢はお祓い棒による連打を叩きこむ。命中するたびに炎を放つそれは弾幕以上のダメージをドスマッカォに与える。

 

が、霊夢の攻撃は突如背中を叩かれた衝撃により吹き飛ばされた。見ると子分のマッカォたちが激しく吠えながら襲い掛かってくる。

およそ味方のことも考えない、群れた悪漢のような波状攻撃に霊夢は回避せざるを得ない。全ての攻撃を木の葉のように回避する霊夢に、猛攻から立ち直ったドスマッカォが駆ける。

ジャブ、尻尾ぶん回し、タックル。まさにアウトローの如き攻撃に、霊夢は徐々に追い詰められていく。飛行できれば再び形勢は逆転するが、ドスマッカォの猛攻がそうさせない。

 

無理に飛ぶのではなく、まずは痛手を与える! 頭部を狙ったジャブをギリギリの股抜けで後ろに回り込み。燃えるお祓い棒を足に叩きつける。熱を伴った痛みを感じたドスマッカォは、後ろも見ずに乱雑に尻尾を叩きつける。躱しきった霊夢だが、舞い散る砂埃に空を飛んで退避する。

 

そして呼吸を整えようとした霊夢に、とてつもない速さの蹴りが放たれた。

 

「……っ!?」

 

慌てて回避した霊夢だがオプションの陰陽玉に蹴りが直撃し、粉々に粉砕される。

 

陰陽玉を破壊したドスマッカォはくるりと―尻尾で立って霊夢に向き直る。

これがドスマッカォの最大の特徴、発達した棘と衝撃を吸収する肉球のついた尻尾は、ドスマッカォの全体重を支えるに足る。

そこから放たれる渾身の飛び蹴りは、あの轟竜の突進を一時とはいえ抜くほど。まともな防具を付けていない霊夢など、一撃で粉砕されるであろう。

事実霊夢は先の飛び蹴りを目に収めることが出来なかった。それを回避できたのは彼女の第六感、いうなれば勘だ。思えば銀翼の凶星の襲撃も勘で察知した霊夢だ。未知の攻撃への対処能力はずば抜けている。

 

とはいえ陰陽玉を失った霊夢に、遠距離戦の効果はかなり薄くなってしまった。必然として近距離で戦わなければならいものの、それはドスマッカォたちの距離。ボスと群れの波状攻撃は、一発でも食らえば袋叩きにされておしまいだろう。

陰陽玉を破壊した手ごたえからか、ドスマッカォは尻尾で立ったままじりじりと距離を詰めてくる。マッカォたちもボスの反撃で昂ったのか、一斉に突っ込んでくる。

 

「一か八か、ねっ!」

 

残り全てのお札を構え、波として襲ってくるマッカォの群れを迎え撃つ。その時。

 

 

ギィィィィィン!!

 

 

『ギャウ!?』

 

鼓膜をつんざく高音が森に響き、衝撃でドスマッカォが姿勢を崩して転倒する。マッカォたちも突然の異音に驚き、動きを止めた。

そして彼らの頭上に真っ赤に染まった木の実が落ちてくる。

 

「おりゃあ!私特性のニトロダケ拡散爆弾だ!貰っとけ!」

 

地面に、あるいはマッカォに落ちた実はその大きさに見合わない爆発を起こし、マッカォたちを焼き払っていく。

 

「よう、苦戦してるじゃないか」

 

「誰のせいだと思ってんのよ、誰の」

 

箒に跨った相棒―霧雨魔理沙はニカッと笑い、手の中の瓶を弄ぶ。

新たな乱入者に、マッカォたちは気圧されたように後退していく。先の魔理沙の爆撃で、半数ほどのマッカォは焼け焦げており、生き残りにも重度の火傷が目立つ。

すると群れの内の一頭が逃走し、それに率いられるように一斉に逃げていく。

 

「なっ!?まだ親玉が残ってるでしょ!?」

 

「なんだ、霊夢。マッカォは統率力が弱いから、ピンチになると勝手に逃げだすんだ。ドスマッカォを置いてな」

 

「追いかけないと。じゃなきゃまた被害者が出るわ」

 

空を飛んで追いかけようとした霊夢の前に、ドスマッカォが立ちふさがる。

 

『ボギャァァァァ!!』

 

後退した霊夢は魔理沙と並び、札とミニ八卦炉が構えられる。

 

「なるべく早く片付けるわよ」「ああ」

 

鼻息を荒く牙を剥く跳狗竜と異変解決者二人が向き合い、再び狩りが始まる―――

 

 

 

そうして高まっていた緊張の糸は、爆炎に焼き尽くされた。

 

「「なっ!!?」」

 

咄嗟のことに二人は下がり、周囲を見渡すも、何もいない。

突然降って出た炎に右往左往するドスマッカォは、耐えきれないとばかりに背を向け、

 

 

 

業火に身を包まれた。

 

「な、なんなんだよ!」

 

ドスマッカォに直撃したのは、火球。辛うじて見えたそれから、二人は空を見上げ、

 

 

 

 

 

雄大な翼を持って飛行する、赤い飛竜の姿を見る。

 

二人は知っている。地脈の収束地にて激戦を繰り広げた、空の王者。

 

 

 

「「リオレウス!」」

 

『ヴェェァァァァァ!!』

 

名を呼ぶ声に応じるかのように、飛竜の王は木々を揺らして吠えた。




レウス「乱入と前座扱い?辞表は叩きつけてきた」



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我慢もここまでと暴れるレウス君。まあこれまでの扱いがひどすぎたからね。仕方ないね。


そして堪忍袋の緒が切れているのは彼だけじゃないそうですよ…


蒼天に穴を空けたような、燃え盛る炎。

それは里を抜けると急降下して火球を放ち、森の緑に紛れて消えた。

 

「あわわわ……あれってリオレウスじゃない?」

 

「前に魔理沙さんが言ってたモンスターだっけ?でも、仲間たちに聞いても見てないって……」

 

「嘘よ。仲間たちはともかく、あれだけ大きいなら私の眼に入るはずよ」

 

「おいおい。それよりどうするんだよ?あんなクレイジーな炎をバンバン吐くやつ、放っておくわけないだろ?」

 

「え、行くの!?やめとなさいって丸焦げになって死ぬわよ!」

 

突如飛来した飛竜の王に、慌てふためく四匹の妖精たち。

そしてそれを窘めるような、重い落ち着いた声が彼女らの下から聞こえる。

 

『……なるほどな。外ではお前の腹は満たせんかったか』

 

「?それってどういうこと?」

 

『お前らは気づいていなかったのか?』

 

小さい王の問いかけに、四人は頭を捻るばかり。無理もない、独り言ちて言葉を紡ぐ。

 

『まあいいか。ともかくあれは放っておいていいだろう』

 

「え、いいの!?」

 

『あれが狙っているのは人間ではない。大方あの赤顔を狩りに来たのだ。人間たちの巣は眼中になかろう』

 

そう言って踵を返そうとした鋼龍の視界に、彼女の見知った顔が現れる。

 

茨木華扇。顔を見るのは随分久しい。だが明らかにこちらに会いに来たわけではなく、険しい目をして人間たちの巣へ向かっていく。

 

「あ。あの人って神社によく来る仙人じゃない?」

 

『そうだな。よし、追うぞ』

 

そう言って華扇を見て、重く小さい体ながら脱兎の如く走っていく。

 

「えええ!?ちょっと待って!」「急すぎるぞクシャ!」

 

サニーとピースが駆けだし、スターもそれに続く。

 

「ちょ、待って…プギャ!」

 

石ころに足を取られたルナも、人にばれることなど無視し、飛んで彼女らを追う。

 

 

 

そして緑を焼き尽くす火が、彼女の目をこれでもかと覆った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『グルァァァァァァァ!!!』

 

吠えたリオレウスが口に炎を迸らせ、火球を放つ。

霊夢と魔理沙はそれぞれ反対方向に避け、各々の獲物を構える。

 

「私が引き付ける!魔理沙は隙を見て撃って!」

 

「分かった!あいつの攻撃に一発も当たるんじゃないぞ!」

 

空を飛ぶ巫女はリオレウスへと突っ込む。

人でありながら空を飛び、あまつさえ己に突っ込むという信じられない行動に、しかしリオレウスは冷静だった。爪を開き、霊夢を掴もうとする。

それは想定内。急制動をかけて上へ飛び、雷針を頭部へ放つ。火竜と目が合う。敵意をむき出しにしながらも、先の跳狗竜とは違う感情も混じっていた、ように見えた。

弱点をつく雷針を、リオレウスは急降下で避ける。そして下へと回り込み、霊夢を噛み砕かんと牙を剥く。回避した霊夢だが、巨体の巻き起こす暴風に阻まれ、弾き飛ばされる。

太陽を背にしたリオレウスは霊夢に向かって火球を放つ。避けた霊夢にもう一発。その回避先にも更に一発。

裾を焦がしながらも霊夢は健在だった。いつの間に神の力を借りたのか、お祓い棒には雷が迸っていた。火球の迎撃を躱し、お祓い棒を振り上げる。

 

だが、リオレウスが翼を一瞬だけ畳むと、火竜の後光の如く陽光が霊夢の眼を灼く。勘に従い、霊夢は結界を貼った。

直後、衝撃。視界の回復した霊夢は自分が地上に弾かれている光景を見、枝を掴んで回転して衝撃を殺し、地面に着地した。

 

「霊夢!」

 

「私は大丈夫。それよりあいつから目を離さないで!」

 

駆けつけてきた魔理沙は、リオレウスが自分たちを回って飛びながら、突撃する瞬間を待っているようだった。魔理沙は記憶から、編纂書に書かれていた火竜の大技であることを見抜く。

 

「あいつ、前に私たちが戦ったやつより強い。頭も回るわ」

 

予想を外したはずの攻撃への対処、弱点となる雷への警戒、あまつさえ太陽を背にする優位性を熟知している。少なくとも収束地で戦った個体よりも冷静で、かつ攻撃や戦法は極めて効率的だ。以前の戦法では通用しない。

 

「じゃあどうする?」

 

空を舞う炎が、少しずつ地上に近づいていく。

妖夢がいてくれれば前線を任せられたのだが、無いものねだりをしても何にもならない。

 

「森の中に陽動する。それしかないわ」

 

「だ、大丈夫かよ霊夢?下手したらお前が――」

 

「心配しなくてもいいわよ。なんだか今日は調子がいいの」

 

好機と見たリオレウスが、木々をへし折りながら突っ込む!

 

「分かった。でかいの準備しとくから、それまで耐えてくれよ!」

 

「あんたこそ気取られないようにね!」

 

木々をなぎ倒してもなお止まらないリオレウスだったが、いきなり急制動をかけると外敵へ回り込む。

回り込んだのは――黒と白の金毛の人間。

 

「うおゎ!?」

 

猛毒滴る爪の一閃が眼前を通り過ぎ、リオレウスの股を縫うように森へ逃げ込む。

リオレウスは魔理沙へと飛びだし、木々を掠めてぴったりとついて行く。

 

「魔理沙!」

 

霊夢もリオレウスの後を追うが、相当な速さだ。針は当たらないし札もこの距離では蚊の一撃に等しい。

魔理沙とリオレウスの距離は見る見るうちに縮まっていく。箒を全速力で飛ばし木々を縫うようにジグザグに飛ぶが、背後から感じる視線は一瞬たりとも外れない。

魔理沙はスカートから魔法瓶をまき散らし、鮮やかな光が森中に反射する。こりゃたまらんと火竜は上昇して光の群れから距離を取る。

そちらが遠距離ならばと、リオレウスは火球を放つ。凝縮された業火は木々の天井など容易く貫き、地面を破壊する。だが火球は直撃することはなく、天から降る火球すらも黒白の人間を仕留めきれない。

 

複雑な森の中で火球を避ける魔理沙の姿に、空の王は喉を鳴らした。

 

惜しいが、これ以上は時間をかけていられない。

リオレウスは喉に大量の炎を溜め、魔理沙に横付けするように背後からずれる。

 

王者のアギトから放たれたのは火の渦。木々を一瞬で炭に変える暴力的な熱が魔理沙を襲う。

 

「う、うぁぁぁぁ!!」

 

箒に火が付き、もんどりうって魔理沙は地面に転がる。

もはや灼熱地獄と化した森の中で、魔理沙はなんとか飛びかけた意識を連れ戻す。

 

 

 

そして視界を埋め尽くす赤が、小柄な少女を吹き飛ばした。

 

「がっ……!」

 

仰向けに地面に転がる魔理沙に、リオレウスは野太くも鋭く響く咆哮を上げる。

容赦ない炎熱が辺りを覆いつくす中、その飛竜は意にも介さず火の粉を振り上げ、これでもかと勝利したことを示す。

 

「魔理沙っ!!」

 

霊夢は倒れる魔理沙のそばに降り立ち、抱きかかえる。

脈はある。ひどい出血もない。おかしい。炎の檻に閉じ込められたあの状態ならば、この歴戦の飛竜は魔理沙を――殺せたはずだ。なのになぜ気を失わせる程度で済ませている?

困惑が渦巻く中、霊夢はリオレウスと目を合わせる。

 

 

火が目を灼く。頭の奥から紅が視界を覆う。

 

 

 

―そう。それでいいのです。さあ、もっと深く!―

 

 

誰かの――少なくとも男の声が頭の中に残響する。頭を抑えながらも、急襲に対応できるように目は合わせ続ける。

絶対に魔理沙は守る。この前の泥翁竜の時の借りがまだなのだ。いや、そんな俗物的な関係では、断じてない。

 

瞳の奥から誰かが話しかけてくる。

構うな!今は目の前の竜に対処しろ。寸分の動きも捉えろ!

 

 

 

リオレウスが足を半歩下げる。

 

雄大な翼が熱を押し下げ、空の王は火の幕の奥へと下がっていった。

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

息が上手くできない。先ほどから頭痛と目の痛みがどんどん鋭くなっている。早く、この火から逃れなければ。

 

「うぐぅ……!?」

 

だが足が言うことを聞かない。地面に突いた両手が、土が、上手く見えない。なんで。力を使いすぎたわけでもないのに。

 

「が、ォォォ……」

 

自分のものとは思えない、潰れた声が喉から出てくる。胃から何かがせりあがってくる。

視界が、瞼を開けているはずの瞳から色が消えていく。

 

 

 

 

 

―そんなに来たいの?……いいわよ。いつでも迎えに行ってあげる―

 

 

 

 

炎上網に囲われた霊夢の意識は、親友の横で深く落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カンカンカンカン!

けたたましい半鐘の音が、だがそれ以上の騒乱の声にかき消されていく。

 

「慌てるな!女子供は里山の方へ逃げろ!誰かご老人がたの避難を助けてあげてくれ!それ以外は消火の用意を!」

 

慧音はあらん限りの声を振り絞り、逃げ惑う住民たちに指示を出していく。自警団の面々が避難誘導を行い、若者や壮年の男たちが大量の水桶と火消し道具を持って山火事の方へ向かう。

 

「慧音!」

 

振り返ると妹紅が駆けつけてくれていた。この騒ぎだ。里の外までも響いていたのだろう。

 

「妹紅か!すまない、手を貸してくれないか」

 

「元からそのつもりさ。つっても、私じゃ火を消すのは無理だが……」

 

「ああ、それなんだが。あの山火事は自然に起きたものじゃない。火竜リオレウスの仕業だ」

 

「リオレウス?そいつってもう幻想郷から出てったんじゃなかったのか」

 

「ずっと居場所が分からなかったから、いない可能性が高かったというだけだ。……しかしなぜ突然現れたんだ?」

 

妹紅の視界に、仙人と尼僧が部下を引き連れて火元へ向かっていくのが入った。いつぞやの異変よりも大所帯だ。感覚としては捉えにくいが、いつもの異変よりも大事なのだろう。

 

『ボギャァァァァ!!』

 

「うお!?」

 

小屋を破壊して現れたのは、ドスマッカォ。

それを見た慧音が即座に攻撃しようと構えるが、妹紅は肩を引っ張って連れ戻す。

 

「妹紅!?」

 

「待て慧音!そいつ様子がおかしい」

 

よく見てみれば、全身が激しい火傷でボロボロになっている。血反吐が混じりながらも吠え掛かるが、足取りも覚束ないさまは虚勢以上の効果は無い。

 

威嚇に怯まない相手と知ったか、ドスマッカォは勢いよく走り出す。その先には――

 

「っ!皆が危ない!」

 

二人は急いで走り出し、ドスマッカォを追う。

角を曲がり、焼け焦げた姿を認識するも追いつけない。手負いの獣に油断するなとは誰が言ったか。目の前には避難する集団がいる。

 

「全員走れーー!!」

 

喉が千切れるほどの大声はなんとか届いたが、もう遅すぎた。振り返った子供たちに、ドスマッカォが飛び掛かろうとする。

 

「させるか!」

 

妹紅が全身に炎を纏わせ突撃するが、恐怖に固まる子供たちにドスマッカォが攻撃を外すことは無く。

 

そのまま前足で頭蓋を砕くさまを、二人が幻視した。

 

 

 

 

 

そしてその幻は、天から降った炎に焼かれた。

 

「なんだ!?」

 

急制動をかけて止まった妹紅は、上を見上げる。

 

炭となって燃え、黒煙を上げる狗竜の遺骸に、ゆっくりと降り立つそれは、王者の風格。

地を踏みしめた天空の王者は咆哮を上げ、己の存在を誇示する。

 

『グルァァァァァァァ!!』

 

 

 

里の住民たちは恐慌の波に飲まれ叫びだすが、リオレウスが振り返って一瞥すれば、皆震えあがって静寂となる。

妹紅と慧音の上を、命蓮寺と神霊廟の面々が飛び越し、リオレウスを囲む。

 

「お前と会うのは久しぶりだな、空の王者よ。今度も私が直々にお前を地に下してやろう。跪け!」

 

「ここまで来たのなら、もう後戻りはできませんよ。モンスター」

 

囲まれたリオレウスだったが、その視線をちらりと上に向け、蒼天に浮かぶ複数の黒点を見据える。

 

「天狗……」

 

上を天狗、前方を仙人、後方は寺の連中、地上は妹紅と慧音が住民たちを守る位置で構える。

囲まれたリオレウスは滞空し続ける。目前の仙人を睨み続けながらも、周りへも目を配らせて隙を作らない。

だが、それでも攻撃は仕掛けない。ただじっと、睨み続けるだけだ。

そしてこの場の面々も、里の住民への被害を考慮して何も手が出せなかった。すぐに逃げてくれるのが一番なのだが、先の咆哮でほとんどが腰を抜かしていた。

膠着したこの状況。皆の緊張の糸でがんじがらめにされた空間。

 

 

 

そこに、場違いな妖精が一匹、通り過ぎる。

 

 

真っ先に反応を示したのはリオレウスだった。いきなり飛び上がってなぜか虚空に吠え掛かる。当然そこには誰も立っていない。

 

「……何をしている?」

 

火竜か、妖精に向けた言葉だろうか。

一匹だけだった妖精に、二匹四匹、一気に十匹と数がどんどん増えていく。

 

「ちょ、待て待て待て!」

 

「多すぎますよこの数は……どこから湧いて来たのです……?」

 

雲山を巨大化させた一輪の威嚇にも怯まず、明らかに異常な妖精の動向に星は訝しむ。

里の空半分を覆う妖精たちが右往左往に飛び回る様に、答えを出せるものはおらず。

 

ただ上空で旋回し、地上を見ていた文たち烏天狗だけは、その違和感に気付く。

 

「ねえ、文。あいつら」

 

「流石にはたてでも気づきますよね。

 あの妖精の群れ、風を巻いて嵐を作っています……!」

 

ちょうど台風の目のように、里の住民も含めて円を作る妖精たち。その動きはいつもの無秩序なものではなく、綺麗に統率されている。

 

ならばこれは、誰かを迎えるための準備なのだろう。

 

 

 

陽光を受け、天から煌びやかな何かが落ちてくる。

 

鉄塊と呼ぶにはあまりにも生々しい光沢が、妖精嵐の中で燦燦と輝く。

 

 

 

 

 

折れた右角と右目に包帯を巻いた、しかしこれでもかと王威を放つ龍。

空の王でさえも、奴隷の如くひれ伏してしまうほど、あまりにも煌びやかで、暴力的だった。

 

 

 

『ゴァァァァァァァァァァァァ!!』

 

 

 

突然の謁見に火竜は振り向き、そのまま急いで空へと飛び去った。

 

それを見届けた鋼の王は迷うことなく、天へと昇って行った。後を追う妖精たちで姿が隠されたのち、古龍の姿はどこにも見えなかった。

 

幻ではないだろう。

だって、その姿はあまりにも硬く、重く、人々の脳裏に刻まれてしまったのだから。

 

 

 




歴戦王の中でクシャが一番綺麗だと思います

ではまたいつか


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特殊タグつけるの楽しいな…(ここで活動して五年以上経つ奴のセリフ)


「ふぅ、危ない危ない。里の外に出てて正解だった」

 

偵察用に出した首を回収しながら、赤蛮奇は屋根上から里の様子を見た。

大通りで煙が上がっているが、家が燃えている様子は無し。古い倉庫が壊れているだけだ。死人が出た騒ぎもない。かなりヤバめの襲撃だったが、結果は拍子抜けするほど平和だった。

 

「にしても、あれが……」

 

思い返しただけでも全身が鉛になったように動かなくなる、あの姿。

百年前、博麗大結界が出来てすぐに現れた全てに畏怖される幻想郷の最高神、龍神さま。それを想起させた。

今分かった。なぜ賢者たちはモンスターを、あの龍を力づくにでも押さえなかったのか。

 

簡単な話だ。古龍は神や大妖とは違う。その一挙一動でさえ大きな影響を及ぼす。誇張抜きに、でだ。そんなのを自由に歩かせれば、何が起きるかなんて分かったもんじゃない。

さっきのように救ってくれもするだろう。だが、同じくらい里を滅ぼすのも容易だという事だ。襲ってきたのが火竜ではなくあの龍だったら里は一瞬で壊滅していた。そう言い切れる確信がある。

 

 

 

通りの方で人の喧騒が聞こえてきたのにハッと顔を上げ、首を一つ取り出す。桶を被せたそれは路地を通って近づいた。

里の住民たちが喚くには、皆そろってあの鉄の竜はなんだという文言。火竜に睨まれたことなどとっくに忘れていそうな様だった。無理もない。人間は自分たちよりも上位の存在に対してはひ弱だ。そしてそれを和らげるためには、ある程度の正確な情報が有用だ。

稗田家の出している情報には古龍は載っていなかったため正体が気づかれることは無かろうが、だとすると新しく取り繕う必要がある。寺と仙人連中がそれを考えているかどうかだが。果たして。

 

「皆さん!心配することはありませんよ!」

 

場に似つかわしくない元気にあふれた声を上から響かせたのは、緑の方の巫女だった。住民たちの前に降り立つと彼らの質問に答えた。

 

「先ほどの竜は霊夢さ……博麗の巫女さんが呼んだ、天目一箇神という神様の化身です。リオレウスの襲来を察知した巫女さんが、急慌てで呼ばれたのです!」

 

うん?聞いたことのない神様の名前が出た。風祝はまくしたてるように喋る。

いわく、その神は一つ目の龍の姿を取るらしく、先ほど出たのは巫女に呼ばれて火竜を追い払うためだそうだ。確かに姿としては合致するし、神様にすれば正体がバレる心配もない。

 

ならば妖精はどう説明するのか。それは里の住民も疑問に思ったらしく、一人が手をあげて質問すると、風祝は答えに戸惑う様子を見せた。

 

「そいつはあの神様の神威に魅かれたんじゃないかい?ほら、百年前にも龍神様が降臨した時に妖精たちが騒がしくなったじゃないか……と、縁起に書いておったぞ」

 

口をはさんだのは群衆に紛れていたあの化け狸だ。風祝や蓬莱人以外は目を細めるが、当の本人はひらひらと手を振って応じるばかり。「まあ、単に面白そうだからついて来たのかもしれんな!妖精じゃしその方があってるのかもしれん」老獪に笑いながらどこかへ去っていく。

 

「……どおりで嫌がられるわけだ」

 

私も家へ帰ろう。首を戻して帰り道を歩いていく。

 

たまには面倒ごとに突っ込んでみるのも面白いとは言うが、私にとってはこれくらいが限界か。

 

にしても、あの古龍は何で今わざわざ姿を現したのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

緩やかな四季の穏やかさに瞼を閉じながら、妖精たちと寝転がる。植物が成長するのに適した地面は巣とは違う寝心地で気持ちが良い。

 

「―――それで?あやつを駆り出したのにどうやって収集をつける?」

 

「あの子の存在を恐れているのは天狗くらいよ。あの子自身はやたらに暴れる鬼じゃないわ。天狗の敵であるあなたなら、抑えるのも容易じゃなくて?」

 

「そういうことではない。私が出張っては他の勢力とも厄介な問題になる。今回の事態が急であったのは分かる。ならば私かそいつに連絡すればいい。火竜を追いやるチャンスであったというのに、わざわざあれを出す必要はなかっただろう」

 

「はいはい。いがみ合うのはそこまでにしておきなさい。まあ、隠岐奈の言い分も分かるけど、あれが緊急事態だったのも事実。どちらが悪いとかもないわ」

 

喧嘩しかけそうな華扇と隠岐奈を紫が仲裁し、また難しい話を始める。

 

「……ねえ、私たちすんごいところに来ちゃったんじゃない?」

 

「あたいもそう思う」

 

「あ、立派な桃があるじゃない。一つ貰おうかしら」

 

「やめときなさいスター。ここは多分イタズラしちゃいけないところだわ」

 

華扇は食い物一つくらいで怒ることは無いと思うが。というか仙人は霞を食うとか聞いたような気がする。……ならなぜあれほど饅頭とやらを買おうとするのだろう?

まあ私も鉱石や地脈のエネルギーだけでは飽きることもなるし、きっと華扇は味に飽きやすい方なのだろう。

 

「……そうだな。あれほど忠告されていた鋼の王を堂々と人里に呼んだのだ。なにか対応があってのことだろう?」

 

「それなら、山の方と話をつけて別の神様に偽装してもらったわ。この子の正体がバレることは無い」

 

「まあ、それはいいのよ。今回の本題はリオレウスをどうするのか。

 あの飛竜は幻想郷から元の世界に帰ったはずだと予測していたのに、なぜか再び戻ってきた。

 火竜はあちらの生態系においては頂点に立つ存在。放っておけば、神や妖怪への畏れの減少にもつながりかねないわ」

 

「そちらが世界の境界をいじって火竜を送ればいいじゃないの?」

 

「前にも言ったが、あちらの世界との境界を無暗には開けん。またシェンガオレンのような生物が、下手をすれば超大型古龍が出るかもしれんのだ」

 

「確率としては低いんじゃなくて?そもそも古龍種そのものが希少種でしょう」

 

「ゼノ・ジーヴァの例を見なさいな。あの規模になるのは例外中の例外とはいえ、古龍のエネルギーは境界を歪めかねないほど強大な力なの。万が一でも起きたら今度こそ取り返しがつかなくなる。前の捕獲作戦だって、まだ元の生息域と繋がっているモンスターに限定して行ったのよ」

 

しばし誰もものを言わなくなると、華扇は我慢が効かなくなったように私の方を見た。

 

「……お願い!何とかして!」

 

『そこで私なのか?』

 

「おいこいつ逃げたぞ」「ほんと詰めが甘いのよねぇ」

 

ふーむ。華扇が頼んでくるのは驚いたが、だが、まあいいだろう。

なんだか私だけ仲間外れにされているようで少しムッとしていたところだ。文字なんかは苦手だが、奴らの習性ならうまく出来る自信はある。

 

『ならば奴らをどこに住ませるかだな。山辺りが良いと思うが……』

 

「ちょ、ちょっと待って。あのね、私たちが今話しているのは、リオレウスの脅威をどうやって幻想郷から排除するかで話していたの。あの飛竜を住ませたら、また今回みたいに人里を襲うかもしれない」

 

「それに、リオレウスが住めるこの山は天狗どもの領域だ。奴らをのさぼらせないためのはこの私のすべきことでもあるが、火竜を使うのは過介入だ。基本的には強制的にお前の故郷に送るか、ここで討伐するかで議論しているのだぞ」

 

紫と隠岐奈が話してきた。が、少し違和感が過ぎるのでそれを伝える。

 

『紫。多分あいつはもう人間どもの巣には来ないぞ。多分あの赤顔を殺しに来ただけだ』

 

「……なぜそう言い切れるの?」

 

『あれは人間と戦い合った経験がある。私の夫も人間と殺し合いをしてきたから聞いたことがある。人間は目につくやつらだけを殺し尽くしても、またどこからやって来て復讐しに来る。しかもかなり強い奴ばかりがな。人と戦い合ったのなら、人の仲間意識の危険も分かっているはずだ』

 

「なるほど。確かに筋は通っているわね。次、隠岐奈」

 

「なぜお前が勝手に場を仕切る……ともかく、クシャルダオラ。そもそも幻想郷にあ奴が住める余地はない。こちらから場を提供するわけないだろう」

 

『提供すべきだ。最近妖精から聞くぞ?草食いが増えすぎて住処を追われたとか。お前たちは火竜とかに目を向けすぎだが、草食いも油断はしてはいけないぞ。あ奴らだって我らと同じ世界で生きているのだから』

 

しばらくサニーたちの遊んでいる声だけが聞こえる。

 

「確かに筋は通ってるわね。彼らを全員送り出すのにはまだ時間が必要、かといって放置していると幻想郷の生態系が破壊されて大混乱を招きかねない……」

 

紫と隠岐奈がそろって考え、そして口を開いた。

 

「いいわ。一時的な措置としてあの火竜を受け入れましょう」

 

「それしかなかろうな。だが、二度と今回のような事態は引き起こすなよ」

 

華扇が力を込めて拳を握り、私に抱き着く。

 

「よくやったわクシャルダオラ!そうと決まれば早速行くわよ!」

 

『華扇?おいどこに行くつもりだ?』

 

家から勢いよく飛び出る華扇を私は追いかける。

 

「あれ、え?クシャ!?」「待ってー!」

 

 

 

 

 

「……あれも随分分かってきたじゃないか」

 

「なんだかそのうち名実ともに賢者になりそうね。あのコンビ」

 

ため息交じりで会話する紫と隠岐奈。この二人が素で過ごす時はだいたいこんな落ち着いた雰囲気である。

 

「この調子ならば、お前の言う()()()()()とやらは避けられそうか?」

 

「……そうね」

 

すっかり温くなったお茶を飲み干し、スキマをいじる。

 

「でもね」

 

扇子を取り出し、口元を隠しながらどこか遠い目で言葉を紡ぐ。

 

 

 

「自然というのは、思い通りには行かないものよ。良くも悪くも、ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法の森

ガラクタが山となって積み重なる古びた家に、魔理沙は寝込んでいた。

 

(……もう痛みが引いてる)

 

リオレウスの滑空火炎放射は服の表面をあぶるだけで済み、追撃の蹴りも肉を引き裂かずに吹っ飛ばされただけだった。そのためそこまで深いけがはしておらず、自作の薬で療養しているところだった。もちろん素材はあちらの薬草で作った。というかハチミツまで栄養価が高すぎる。

 

「ふぅー」

 

ゆっくり呼吸すると、じわりと全身が熱くなるが、動けないレベルじゃない。

 

(……霊夢は大丈夫かな)

 

私を庇ったあと、霊夢は気を失ってまた永遠亭に運ばれたらしい。目立った傷はないらしいが、念のためということだ。あいつがこんな短期間で何度も入院するなんて予想だにしていなかった。やっぱり妖怪退治の専門家に、モンスターの狩猟なんて任せるべきじゃない。

 

(強かったな、あのリオレウス)

 

以前張り合ったことがあったからなんて慢心していたのが仇になった。身体の強靭さに加え高い知能もあるとなれば妖怪以上に脅威になる。

 

「……よし!」

 

頬をパチンと叩いて気合を入れ直す。考えることも大事だが、気持ちまで暗くするのはダメだ。

 

いつも服装に着替え、私は家を飛び出す。

 

 

 

 

 

魔法の森で霊夢の差し入れになるようなものを探すことにした。やっぱり栄養ってのは大事だからな。

 

「これは……アオキノコ、特産キノコ」

 

差し入れはキノコ。そろそろ秋もやってくる時期だから、キノコはより上手くなっている時期だ。出来るだけ滋養のつきそうなキノコを探していると、不意に声が聞こえた。

 

 

 

ー!~ーー~-----~!!ー~~~~~ーー・・・

 

「なんだこの歌……?」

 

言葉そのものの意味はまるで分からない。

音源に近づいていっても、方言とかではなさそうだ。ただ、この歌は……なにかを讃えているのか。あてのない直感だが、そんな風に聞こえた。

 

やがて焚火の光が見えた。そしてその前に、男が一人佇んでいた。

禍々しい邪気みたいなのは感じなかったが、念のため八卦炉を用意しながら近づいていくと男が振り返った。

 

「ん?おお、こんなところで人に会えるとは」

 

「おっさん、こんなところで何してるんだ?良い子はもう帰る時間だぜ?」

 

私の返しに男ははっはっはと笑い、持っていた楽器をそばに置く。

 

「面白い娘だ。君は近くに住んでいるのかい?」

 

「ああ。見たところおっさん外来人だろ。もう暗いし、うちに泊まっていくか?」

 

「こらこら、良い年の女の子が気軽にそう言っちゃいけないよ。良ければこの近くに村があるか教えてもらえないかな?」

 

幻想入りしたばかりなのに随分慣れている。普通はもっと慌てているはずなのだが。

 

「……あぁ。私は吟遊詩人でね。旅には慣れているのさ」

 

「え?外の世界にまだそんな奴いるのか。もうとっくに絶滅したって聞いたけどな」

 

「ふふふ。人はそんなに脆くはない。私はこの職に誇りを持っている。やめるつもりは毛頭ないよ」

 

飄々とした男の態度に違和感を覚えつつも、とりあえず人里の場所を教える。

 

「思ったより近くにあったのだな……感謝するよ。お礼に一曲いかがかね」

 

「うーん……まあ、聞いておくか。絶滅危惧種の演奏なんてそう聞けるもんじゃないしな」

 

軽く笑った男は瘦せ細った琴のような楽器を構えると、静かに歌い出した。

 

 

 

 

 

地よ震えよ 森よ灰と化せ

 

卑小の命は日のごとく失せ

 

古き眷属はみな隠れよ

 

喉あらば叫べ 耳あらば聞け 心あらば祈れ

 

天と地とを覆い尽くすかの者たちの名を

 

 

 

ミラボレアス! ミラボレアス!

 

 

 

 

そして拝謁するのだ

 

我らが祖に

 

 

 

 

 

「……さて、私は行かせてもらうよ。君もどうか気を付けて」

 

「え、あ、ああ……」

 

呆然とする私を尻目に、あいつは里の方向へ消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

落とし子とて、気に病む必要はない。君もきっと、あの方に見初められているのさ

 

ただ私の視界には、詩人の赤衣だけがずっと残り続けていた。



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登場人物紹介+α

自分が最近忙しくて小説の内容を忘れかけそう&読者さんもあんまり分からない箇所があると思いましたので今更過ぎる主人公紹介みたいな、この小説の世界観説明みたいなもの。(後者は表現できない私の技術不足です。すいません。)

作者の思い出し作業みたいなものですので、読まなくても全然結構です。読者の皆さんにも分かりやすく書くつもりですが、勢いが半分を占めているので期待はしないでください。

後書きに重大な報告があります。ご覧ください。


クシャルダオラ(歴戦王個体)性別:雌 年齢:約10000歳

 

夫の語った現大陸の話を確かめるため、龍結晶の地に飽きて縄張りを変えようと現大陸に渡ったつもりが気づかないうちに異世界を渡っていた鋼龍。

紫らの説明でここが現大陸ではないことは分かっているが、見たことないものだらけで楽しいので気にしていない。

 

性格は基本的に穏やか。弾幕ごっこ程度の攻撃なら敵対もしない(硬すぎて攻撃ということにすらならないから)。前述のことから好奇心も旺盛で、当初は見るもの聞くものすべてが新鮮でたまらなかった。今は静かだが、興味自体は消えていない。種族柄頭がよく、経験も豊富なため人の言葉はすぐに分かる。凡そ10歳児くらいの知能。

腐っても古龍種なため人間は言うまでもなく妖怪とも違う思想を持っている。弱肉強食、死んだらそれまでの奴だったというだけ。自分は自分、他人は他人。ただし全面的に冷酷なわけではない。身に染みて分かっているのは妖精翻訳なしで会話できる人(三賢者と妖精全員)のみ。

特殊なのは自然を愛する人間性溢れる情緒を備えている点。これに関しては物語の根幹に触れるのでここでは書かない。

基本的に食事は取らないが、誰かが持ってくるものは好き嫌いせず食べる。どちらかと言えば草食より。鉱物を取りたいが、幻想郷ではあまり質のいい鉱物が取れないのがちょっと不満。

 

今でこそ強者の余裕に溢れているが、昔はラージャン並みに凶暴で見るもの全てに攻撃を仕掛けていた。幼いころに親をネルギガンテに殺され、親の愛情というものを知らずに育ったためである(ライゼクスと同じ)。なのでいざ本気で戦うとなればどんなに親しい奴でも躊躇なく殺す。仮に妖精以外で一番親しい華扇でも例外ではない。

代わりに龍結晶の地で他のモンスターの戦法をまね、自分なりに磨き上げた結果、戦いが非常に上手。鍛えたおかげか通常の二倍くらい動きが速い。正面限定なら賢者並みに強いが、風纏いが下手くそなため能力を使われると不利。

ゲームに落とし込むと、風纏いの範囲はRISE。竜巻は使えない。肉質はWORLD以前。行動速度が速い。他のモンスターの動きをすごい使ってくる。

 

とはいえ彼女は最初から戦いに来たわけではないことが華扇によって分かっていたので、幻想郷側とガチンコで勝負することがなく、戦闘経験が役に立つことはない(今のところは)。

彼女からしても幻想郷の奴らはめちゃくちゃ強いというか厄介なため極力戦いたくはない。

むしろ話してて様々なことが聞けるため悪い印象は持っていない。相手からの印象はそうとは限らないが、少なくとも彼女自身はガジャブー感覚で接している。

弾幕ごっこは幻想郷内での縄張り争いと捉えている。いつかは習得してみたいと思っているが、面倒なのと戦う必要が無いため見る専である。

 

妖精との関係は同種同士のそれに近い感覚。幻想入りしてからは妖精と過ごしている時間が一番長く、幼少期からずっと孤独だった彼女は今、失われた青春を謳歌している。幻想郷についての最低限の下地も、妖精から習ったもの。

 

ゼノ・ジーヴァの異変以降は幻想郷を守った功績が認められ、人里以外なら許可なしで自由に散策できるようになった。表向きはモンスターの流入を防ぐためだが、本人にとっては物見遊山である。片角が折れる怪我を負ったが、風を操る能力はそもそも使わないし、幻想郷で戦う機会は殆どないため気にしていない。

それに伴い、彼女の幻想郷を愛する心も深くなっている。

 

 

・現時点の関係

幻想郷の住民で最も信頼しているのは妖精たち。特定の個体に入れ込んでいるわけではなく、種族として見て安心している。完全に無防備な姿を見せるのは彼女らの前だけ。

次に華扇。クシャルダオラのお目付け役の立ち回りをしていたが、安全だと分かり今は会う頻度が減った。

続くのが紫。たまに会うくらいなのだが、どうも彼女は紫のことが気になっている。理由はクシャ自身分かっていない。

隠岐奈は僅かに警戒している。人妖と接しやすい極小形態にしてくれたことには感謝しているが、なぜか隠岐奈の方が警戒しており、彼女もそれに応じているだけ。紫よりは頻繁に会い、普通に会話している。

最後は魔理沙。たまに遊びに来ては色々なことを聞きたがる。理由は分からないが、頻度が多いため普通に親しい。ちなみに名乗られた覚えが無いため、名前が〝白黒〟だと思っている。通訳の妖精たちは「なんで名前を呼ばないんだろう」と不思議に思っている。

ちなみに他の奴らはあまり覚えていないため、どれもこれも五十歩百歩の関係性(名前も覚えていない)。

 

・モンスターに関して

基本幻想郷側はモンスターを拒絶する姿勢を見せている。

幻想郷と新大陸(龍結晶の地)がゼノのせいで繋がってしまったため、スキマや後戸で追放してもまたどこからともなくやって来てしまう。現状はクシャルダオラの恐怖を渡らしめることで拡大を防いでいる。ちなみに新大陸と繋がったからといって流入してくるモンスターは新大陸に限らない。新大陸を流れる地脈は、モンハン世界と幻想郷を繋ぐ扉のような役割にすぎない。

草食種に限っては駆除の甲斐なく定着し始めてしまっている。賢者が最も頭を悩ましているのはこれで、草食種の増加によって幻想郷の植物バランスが崩れたり、肉食モンスターを呼び寄せてしまいかねない。が、繁殖力も高いし何より数が多くていかんせん捌き切れていない。

大型モンスターは基本的に管理下にあり、上手く制御できている。一体だけ所在不明のリオレウスが見つかっておらず、完璧とは言えないが。




活動報告にも書きましたが、この小説の進退に関してのご意見を皆さんから聞きたいと思います。
一月終わりくらいまでアンケートを行います。その集計の結果を参考にして、この小説をこれからどうするのかを決めようと思います。
皆さんの投票を待っております。

追記:アンケート終了いたしました。これから連載を続けていきますが、活動報告の通りかなり遅くなると思います。気長にお待ちください。またアンケートへのご協力ありがとうございました。


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