為らず者の旅路 (誠家)
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第1幕 幸福と崩壊

昔々、戦乱の世。

ある所に。

月の輪村という集落がございました。

その村の者達は、稲作などをしながら生活し、どのような仕事のものであっても仲が良く、領主であっても、それは変わらなかったそうな…




月ノ輪城。

 

それは、月ノ輪村を代々治める月島家の城。

この村は代々、《お人好しの村》として有名であったーー。

 

 

「上様、おはようございます。」

 

ペコりと。

艶やかな着物を着た女性が、一人の男性に頭を下げる。その女性に男性は、少し欠伸をすると、優しい笑みを浮かべた。

 

「ん、おはよう。今日も相変わらず綺麗だね、梅。」

「ありがたきお言葉、光栄でございます。お食事の準備が整っております故、お着替えをなされてお越しくださいませ。」

「はーい、ありがとうね。」

 

男性が笑顔で手を振り、そう返すと女性はもう一度頭を下げて、部屋を後にした。

男性は伸びをしてから、ため息をついた。

 

「…さて、起きようか。」

 

 

男性の名は、月島宗玄(そうげん)

月島家第4代当主であり、月ノ輪村の領主である。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

宗玄は単身艶やかな廊下を歩き、一際目立つ襖を開ける。

そしてその瞬間、中にいた子供達が嬉しそうな声を上げる。

 

「あ、うえさま!」

「ハッハッハ。虎影は相変わらず元気がいいのぉ。」

「こら、虎影!上様、申し訳ございません…!」

「よいよい。元気が良いのは良い事じゃ。」

 

子供の1人が宗玄に抱きつき、女中がそれを慌てて叱咤する。

だが、宗玄はそれを笑いながら制すると、虎影の頭を撫でて「ほれ、怒られる前に座りなさい」と宥めると、虎影は笑顔で戻っていく。

宗玄はそれに微笑みながら玉座に座ると、彼の前に座る部下達を一瞥してから、笑いかけた。

 

「さ、皆の者。召し上がれ。」

 

「「「「上様、いただきます。」」」」

 

宗玄の言葉と共に、部下達は一斉に頭を宗玄に下げる。それに、宗玄も笑顔で頷いた。

 

 

これが、月ノ輪城での《普通》。

宗玄は特に、部下との格差を嫌う。

「皆がいるから、私の地位は意味がある」とは、彼の言葉。

故に彼の中では部下は下ではなく、共に歩む《仲間》。そこには年齢や性別などは関係なく、彼は分け隔てなく接する。

だからこそ、食事も決まった時に、平等な献立を彼らは共に摂る。

それは正しく、《異様》であった。

 

 

「虎影、寧々。今日はどんな事をするのかな?」

 

宗玄が茶碗を置いて、子供たちに問うた。

それに、虎影が嬉嬉として話し始める。

 

「はい!今日はお山の中でけんじゅつのおけいこです!んーと、あとはぁ…」

「こら、虎影。口に物を入れたまま喋らない!上様、私からお話させていただきます。」

「おお、寧々。よろしく頼むぞ。」

 

寧々と言われた少女は「はい」と頷くと姿勢を正して話し始めた。

 

「本日は裏山にお住みになっている源鹿(げんかく)様より剣術の稽古をしてもらう予定となっております。その後は城内で座学を行います。」

「ん、そうか。励みなさい。」

「ハッ。」

「がんばります!」

 

宗玄の言葉に寧々と虎影は返事をする。

それに宗玄も優しい笑みで返した。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「宗玄様、入ります。」

「ん、どうぞー。」

 

宗玄の私室に、側近である《道命》が襖を開けて入室する。

 

「宗玄様、隣領の領主から文が届いております。拝見なさいますか?」

「ん、貰うよ。ありがとう。」

「はい。どうぞ。」

 

宗玄は道命から巻物を貰い、目を通し始める。

 

「ねえ、道命君。」

「はっ。如何なさいましたか。」

「いやぁさ。寧々ちゃんと虎影君、もう何歳だったかなって。」

「寧々は先日14に。虎影ももうすぐ9となります。」

「そっかぁ。…いやね、なんか唐突にあの子達と会った時を思い出しちゃって。」

 

そう。虎影と寧々は、宗玄の息子という訳では無い。2人はかつて、宗玄が拾ってきた《孤児》である。

 

「懐かしいなぁ。寧々ちゃんが赤ん坊の虎影君を抱いててね。『これは見捨てられない』と思ったものだよ。」

「2人を連れて帰った瞬間、皆から反対されましたが…」

「まぁね。けど、君はそうじゃないだろ?」

「ええ。…私も、同じですから。」

「だねぇ。」

 

「…そんな可愛い子供達に、面倒事を押し付ける訳にはいかないねぇ。」

「…はい。」

「…ついてこれる?」

「助けてもらったあの時から、私の命は貴方のものです。」

「野郎の命なんていらないよぉ。それなら梅辺りの命が欲しいなぁ。」

「人の家内を取ろうとなさらないでください。」

「やだなぁ、冗談だよ。」

 

そう言って、2人は笑いあった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「あー、疲れたあ!」

「こら、虎影!汚いから土の上に寝転がるのはやめなさい!」

 

月ノ輪城の裏山の中。

そこにある小屋の前で2人は木刀を持ち、稽古に励む。

 

「寧々。自分の稽古に集中なさい。」

「でも、大爺様…」

「構わん。剣術は、自身の間隔で掴んで行けば良い。」

「そーだよ、寧々。」

「もう、調子に乗らないの!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「お、寧々ちゃんにとら坊。大爺様からの稽古の帰りかい?」

「幹彦さん。畑仕事お疲れ様です。」

「幹彦おじさんこんにちはー!」

「ハハハッ、相変わらずとら坊は元気だねぇ!」

 

「寧々ちゃん、虎影君お疲れ様。これ、ウチのお団子どうぞ。」

「あ、ありがとうございます…」

「志麻おばちゃんの団子すきー!」

「ホッホッホ。ありがとうねぇ、虎影君。」

 

「あ、虎影!お前また大根早抜き対決しようぜ!」

「望むところだよ、甚平!今度は負けねぇぞ!」

「へ、言ってろ!」

 

「奏花ちゃん、こんにちは。お兄ちゃん、相変わらず元気いいわね。」

「こんにちは、寧々ちゃん。…虎影君も、負けてないよ。」

「…そうね。」

 

 

「…なぁ、寧々。」

「ん?どうしたの?」

「俺、村の皆大好きだ。」

「…うん、私も。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

夜。

寧々と虎影は城の縁側で月を眺める。

 

「2人共、お茶菓子はいるかい?」

「いるー!」

「ハイハイ。虎影は相変わらず元気いっぱいね。」

「すみません、ありがとうございます。茜さん。」

「茜おばさん、ありがとー!」

「良いのよ、それじゃおやすみなさい。」

「はい。おやすみなさい。」

 

女中と寧々は挨拶を交わす。

虎影は貰ったお茶菓子を頬張った。

 

「んまいっ!」

「まったく、食い意地は張ってるわよねぇ。」

 

呆れたような寧々の声。

それに、廊下を歩く足音が重なる。

 

「2人とも、おつかれさん。隣いいかい?」

「う、上様!どうぞ…」

「あー、うえさまー!」

 

宗玄は「寧々、座って」と促すと、自身も虎影の隣に腰を下ろした。

寧々は茶を注ぐと、宗玄に差し出す。

 

「ありがとう、寧々。…それにしても、今日は月がよく見えるね。気温もいい感じに涼しくてお茶も美味しい。」

「そうですね。とても美味しいです。…上様、お茶菓子はいかがですか?」

「ああ、いいよ。私はもう食べたから。それは寧々が食べなさい。…それと、これは私からの贈り物だ。」

「…ありがとうございます。」

「わっ、なにこれ!」

「簪だ。寧々、おいで。つけてあげよう。」

「はい。」

「あー、ずるい!」

「ハッハッハ。後で虎影にもやってあげるよ。」

 

「うえさま!今日もお仕事おつかれさまでした!!」

「お、労ってくれるのかい?虎影は優しいねえ。虎影も、お稽古は大変だったんじゃないかい?」

「えッ…とー…」

「上様、虎影はサボってたので褒めないでくださいね。」

「おや、そうなのか。」

 

寧々に告げ口されたことで、虎影はしゅーんと小さくなり「ごめんなさい…」と謝罪を口にした。

だが、宗玄は怒りもせずに頭を撫でた。

 

「虎影は、剣を握るのは嫌いかい?」

「…きらいなんじゃない。ただ、けんを振る理由が分からないんです。」

「ほう…というと?」

「だって、この村は皆優しくて、皆楽しそうに暮らしてる。なのに、人を傷つけちゃうかもしれないことを習っている理由はないんじゃないかなって、思うんです。俺、優しい皆を傷付けたくない。」

 

クシャッ

 

「虎影は優しい子だね。…確かに、この村は皆いい人ばかりだ。そんな人々の長になれて私はとても嬉しい。」

「上様…」

「…けどね、世には、それこそ他の村の者と戦わなければならないことがある。そんな時に備えて、私達は牙を研がなければならない。」

「皆仲良くすることはできないの?」

 

宗玄の言葉に、虎影は聞き返した。

それには、宗玄も悲しそうに微笑んだ。

 

「…本当は、私もそうしたいんだけどね。」

「……」

「?」

 

その言葉の真意は、虎影には分からない。

だが、いつも優しい城主の、何処か決意を固めたような声に、少しだけ身震いがした。

 

美しい月を、一筋の雲が、覆い隠した。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

1週間後。

 

その日も、寧々と虎影は裏山での稽古の日だった。いつもより少し早く送り出されたくらいで、あとは特になんて事ない、いつもの1日だった。

…いや、なるはずだった。

 

「あー、今日も爺ちゃんのとこでお稽古かぁ…また《きんにくつう》になっちゃうよ。」

 

そんなことをボヤきながら、虎影は山道を歩いていた。

…すると。

 

トンッ

 

「…ぇ…?」

 

後ろからの首元への衝撃の直後、彼の意識は刈り取られた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「……」

 

シュッ

 

「…寧々、行くのか?」

「…ええ。大爺様、虎影をよろしくお願いします。」

「…虎影は、連れていかんでいいのか?」

「…この子は、優しすぎます。それに…」

 

「この子は私の大切な、弟ですから。」

 

「…死ぬでないぞ。」

「…いってきます。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

その後、虎影はすぐに目を覚ました。

そこは源鹿の小屋の中であった。

寝起きの虎影は源鹿から「しばらくはここにいろ」と言われ、少し疑問に思いながらもそれを承諾した。

 

1日目。

虎影は先日の復習をした。

その後はゆっくりしてから、飯を食べて寝た。

源鹿の剣術指導は緩く、基本は教えてくれるがそこからは本当に自分の鍛錬次第だ。

 

2日目。

源鹿から少しの指導が入り、それを念頭に置いて鍛錬をした。

その後、飯を食べて寝た。

だが、水を汲みに行くときに「あまり遠くへは行くな」と言われた。

何故だろう。

 

…3日目。

今日も復習の鍛錬をしてから寝た。

そろそろ村の皆が気になる。

 

…4日目。

村に帰ってもいいかと聞いたが、「まだダメだ」と言われた。

早く城主様や寧々や女中さん達に会いたくなった。

 

 

……5日目。

特に何もなかった。

 

……6日目。

特に何もなかった。

 

……7日目。

……8日目。

………………………………………

………………………

…………

 

 

「ハッ…ハッ…ハッ…。」

 

13日目。

 

虎影は小屋を出た。

早く、早く村の皆に会いたい。

その一心で足を動かした。

 

道中、自分が勝手に帰ってくればどういう反応をされるか考えた。

怒られる?喜ばれるかも。

それは、どちらでも良かった。

ただ、皆に会いたかったのだ。

 

…だが。

 

ガッ!

 

「うお…!?」

 

道中、転がっていた何かに虎影は躓いた。

それは、柔らかかった。

 

「つぅ…なんだよ…」

 

虎影は膝を抑えながら、転がっていた物をみて、そして、

 

戦慄した。

 

「…………………………………………志麻おばさん。」

 

それは、団子屋を営む女性の姿。

虎影は、歩み寄ろうとした。

だが、気付く。

 

倒れる彼女の上に集る、ハエ。

漂う腐敗臭。

 

「ぁ……」

 

虎影は後ずさり…

 

ガッ

 

背中が、もう一度何かに当たる。

慌てて振り向くと、そこにも倒れ込む、人の姿。

その人物にも、見覚えがあった。

 

「…幹彦おじさん…」

 

…そして、彼も死んでいた。

 

幹彦の背中に刻まれた、刀傷。

それに、虎影は凄まじい不安感を覚えた。

 

「…ッ…!」

 

2人を置いて、彼は走り出した。

山から村までの距離が、果てしなく遠く感じる。

いつもは寧々と通る一本道。

なんて事ない距離のはずだ。

だが、遠い。凄まじく。

 

「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハ…!!」

 

途中、草鞋がちぎれる。

だが、そんなものは関係なかった。

脱ぎ捨てて彼はそのまま走る。

足が切れようと、どれだけ痛かろうと関係なかった。

ただひたすら、目的地へと急いだ。

 

そして近付く、目的地。

 

ーーそれと同時に強くなる、鼻をつく臭い。

 

「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハ…!」

 

虎影は、森を抜けた。

そこは、誰もが笑う、彼の大好きな村。

 

 

 

 

 

 

 

 

…そのはずだった。

 

 

 

 

 

 

彼が見たのは、緑と笑顔が広がる村ではなく…

 

 

 

灰と異臭の漂う、焼け野原だった。

 

 

 

「……………………………」

 

 

彼は、ゆっくりと焼け野原に降りる。

それと同時に感じる、生暖かい地面。

黒くなる足。

だが、それも気にせず、彼は歩く。

 

そこには、美しい田んぼも、各々の家も、木々さえもなかった。

 

あるのは、黒い何かと灰だけ。

 

そして…

 

「…………………………」

 

彼は、そこに辿り着く。

それは、彼も住んでいた、巨大な城。

月ノ輪城は、しかし…

 

その荘厳な姿は、変わり果てていた。

むき出しの骨組み。崩れた屋根、門。焼け焦げる壁。

 

「…………………………………」

 

彼は、中に入る。

相変わらず広がる、死の匂いと灰。

 

彼は、給仕場所へとたどり着く。

そこには、かつての面影はない。

あるのは、焼け焦げたかまどや鍋たち。

そして…

 

「…これ…」

 

虎影は、焼け残った着物を見つけた。

白く、何処か清楚なそれは…

 

「…茜おばさん…」

 

 

 

 

虎影は、外に出る。

向かうは、村の入り口。

そこは特に酷く、焼け残った建物にも切り傷が残っていた。

そして、不規則に並ぶ、焼け焦げた丸太達。

 

「………………」

 

その中、灰の中にキラリと輝く何か。

虎影はそれを、一心不乱に掘りだす。

…そして、それを見つけた…

 

「………………」

 

それは、簪だった。

彼の長い髪にも、同じものがつけられている。

…それは、寧々のものだった。

そして、その横に落ちる、もう1つの長物。

 

「……」

 

虎影はそれを、恐る恐る持ち上げ…そして…

 

 

「…………ァ…………」

 

 

それを見て、絶望した。

それは、自身の尊敬する、愛する…

 

城主の愛刀だった。

 

そして、否応なく分かってしまう。

それの落ちていた、焼け野原である意味を。

 

「…ァ………アァ……ァ……」

 

彼は、感じてしまう。

なぜ、この灰が温かく、そして…

 

この灰の、主な()()を。

 

「ァ…ァア…」

 

それにより…

 

 

 

「ァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

 

虎影は、壊れるように喚いた。

溢れ出す無数の雫に視界が歪む。

 

何故、自分がしばらく源鹿の小屋に居させられたのか、あの時の宗玄の言葉の真意。

その全てを彼は察した。

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

涙はかれない。

喉も潰れない。

そして、後悔も絶えない。

もっと、自身が強ければ、もっと、頼られる程に強ければ。

そんな思いが頭によぎった。

 

彼の無限の叫びは、灰色の空に響き渡った。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「お、なんだ。生き残りがいるじゃねえか。」

 

彼の耳に届く、見知らぬ男の声。

彼は視線をあげて、その男を見た。

男は鎧をつけて、随分と高そうな刀を腰に下げている。そして、その体にこびりつく無数の血痕。

 

「なんだよ。ガキか。…ん?いや待て!あの刀はここの城主のもんじゃねえか!?」

「ヒイャッハ!それなら高値で売れるじゃねえか!?儲けもんだぜ!」

 

金切り声を響かせながら、男は虎影に近づく。男は手を伸ばし…

 

 

 

そして、次の瞬間には、その手は地に落ちる。

 

 

「ヒギャアアアアアアアアアアア!?」

 

男はのたうち回り、そして…

 

「ァァァアアア!」

「ギイヤァッ!?」

 

虎影の持つ刀に、胸を貫かれた。

そして、男は動かなくなる。

 

「こ、こいつ…!」

 

もう1人の男は刀を構える。

…だが、虎影は、そんなことは構わない。

 

 

 

 

『…コイツらが、殺した。』

 

『…俺らの村を、潰した。』

 

 

 

 

 

「………………殺す。」

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

雨が降る。

 

匂いを。

灰を。

…そして血を。

 

全てを洗い流すように、降り続く。

 

 

「…………」

 

 

だが、虎影の中の蟠りと後悔だけは消えない。

…そして、それはやがて。

 

 

《復讐心》へと、姿を変えた。

 

 

 

「………………」

 

やがて、源鹿が虎影の背後に現れた。

傘をさしたまま彼は虎影に近づく。

 

「……爺ちゃん。」

 

声をかけられ、源鹿は足を止めた。

虎影は両手の簪と刀を、握り締めた。

 

 

 

「俺に、《戦い方》を教えてくれ。」

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

これからお聞かせ給うのは、とある少年の物語でございます。

悪人を憎み、国を憎み、この世を憎んだ、たった1人の復讐劇。

 

 

彼が、どのような結末を迎えるのか。

 

ーーそれは、まだ誰にも分かりませぬ。

 




日常とは、変わりゆくものである。


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第2幕 別れ

月ノ輪村。

それは、《月島家》が代々治めてきた領地村でございます。人々が笑い、仲の良く時を過ごしていた平和な村でございました。

…しかしとある日、周りを囲む3つの村から同時攻撃を受け、壊滅。
月島家の当時の城主・宗玄は身柄を拘束され、打首を執行。さらし首に処されました。
他にも、村人のほとんどは皆殺し。若い女は売り飛ばされ、男は労働力としてそれぞれの地方に飛ばされたのです。

そんな中、宗玄の指示によりたった1人、生き残った少年がいました。
その者の名は、《虎影》。

月ノ輪村、たった1人の生き残りであり、この作品の主人公にございます。



カァンッ!

 

とある山の中、乾いた音が鳴り響く。

その音の源は、小屋の前にいた1人の青年。

彼は斧を片手に、切り株の上に思いっきり振り下ろす。

その度に、上に置かれた丸太が割れて薪が出来上がる。

 

彼こそ、月ノ輪村の生き残りであり、

 

「……ッ!」

カァンッ

 

最強の忍者《杉田源鹿》の一番弟子にございます。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「爺ちゃん、薪割り終わったぞ。」

「……おう、おつかれさん。」

 

虎影が小屋に入ると、そこにいた御歳80の老人は素っ気ない労いの言葉をかけた。

 

「また壺作り?今度は割れねえやつ作ってくれよな。」

「……いつも割れん。」

「いや、この前酒入れたら滅茶苦茶漏れてたし。」

 

 

この老人。

名を杉田源鹿。

かつて、最強と謳われた武将・創美(そうみ)燕青(えんせい)の懐刀であった、杉田流忍術・指揮官であり、最強の忍者でありました。

しかし、燕青軍の壊滅と共に、杉田流忍術もその姿を追われ、散り散りとなってしまいます。

それにより、源鹿は命からがら逃げ延びていたところ、かつての月島家当主であり、宗玄の親である光玄(こうげん)に命を救われ、今その時まで、月島家に忠誠を誓っていたのです。

 

 

「……虎影。」

「ん?」

「……今宵、出るのか?」

「…ああ。そうだな。」

 

とても短い言葉で紡がれた、その会話はしかし、その語数以上の意味と決意を含んでいた。

 

「…少し、話がある。…出る前に少し話そう。」

「…分かった。」

 

もう一度短い会話を交わして、虎影は小屋から出た。

青い空を、灰色の雲が覆い始めていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

夜。

虎影の作った飯を、2人で共に食べる。

最近は源鹿もほとんど食べないようになっていた。だが、虎影が作った飯は、ほんの一口であっても食べていた。

 

「…」

ズズズッ

 

虎影は味噌汁の最後の一口を啜ると、箸と共に茶碗を置いた。そして合掌してから、2人のそれぞれの食器を水場へと持っていった。

ちなみに、これらの食器も源鹿の手製であった。

 

虎影が畳へと戻ると、そこには静かに座る源鹿の姿。目線とオーラが「座りなさい」と呼びかけていた。

虎影は大人しく彼の前に座った。

 

「…あれから、もう何年だろう。」

 

その言葉に、虎影は苦笑した。

もし本当だとしたら、源鹿は随分と老いが来ているようだ。

 

「…あれから、もう8年だな。」

「ああ…そうだったな。…お前が初めて人を殺し、そして…儂の弟子になってから。」

「…ああ。」

 

あの時の感触は、未だに残っていた。

一心不乱に振り回した刀。切られる右手と心臓。人の体を貫く感覚。そして、2人目の男につけられた、右目の下の切り傷。

今でも、鮮明に覚えている。

 

「…あの時儂は、宗玄様のお達しによりお前を匿うように言われていた。」

「俺が弱かったからだろ。」

「違う。…あの方は、お前は…お前と寧々だけは何としても生きさせよと命ぜられた。…だが、儂は寧々を止められんかった。…忠誠を誓っていた者として、失格だ。」

 

それは、何処か懺悔のようにも聞こえるが、虎影は大人しくそれを聞き、そして後悔の念を募らせた。

 

「…あの方は、お前の優しい心に希望を抱いていた。『いずれは、虎影がこの世を平和に導いてくれるだろう』と…そんなことを希望に満ちた目で言っておられた。…それは、儂も同じじゃ。」

「…買い被りすぎだよ。俺の育ての親は2人ともさ。」

「…いや、買い被ってなどはおらぬ。…儂は、今でも信じておる。…宗玄様と、村の皆、そして寧々が生かしたお前が必ずこの世を平和に導いてくれると。」

 

冗談など1つも含んでいないような調子で断言されて、それにも虎影は苦笑してしまう。

 

『本当に、この2人は…』

 

こそばゆくも、有難かった。

そこまで、信じてくれることが。

そして、申し訳なかった。

そのようなことは、正直どうでもよかったから。

 

俺の中にあるのは、たった1つ。

 

《復讐》だけだ。

 

「…そして、寧々も言っておったぞ。お前は『大切な弟だ』と。…あの二人に恥じぬように、生きろ。最期までな。」

「…分かってるよ。」

 

源鹿は虎影の返事に頷くと、背後の棚から木製の箱を取りだした。

 

「…儂からは、これで最後だ。この中に、お前用の飛び道具や火薬を用意してある。」

「悪ぃな。ここまでしてもらって。」

「…なに、大事な弟子の門出なんだ。やらせてくれ。」

 

 

「…なあ、()()

 

 

「…え?」

 

力ない声で、そう呼んだ。

虎影は思わずそれに振り向き、そしてそこにあったのは…

 

力なく項垂れる、源鹿の姿だった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

日が落ちて、雲から漏れる月明かりが照らす夜の中。

 

虎影の前にあるのは、少しだけ大きめの石と小さな石達で作られた墓標。

そこは、山の中故簡単には見つからないだろう。

 

「まったく…大事な弟子の門出じゃなかったのかよ。ぽっくりと逝きやがって…」

 

そう苦笑しながら、彼は麓で摘んできた三本の花を添えた。

そして、線香も炊き合掌。

 

思えば、かつて源鹿の過去を聞いたことがあった。

杉田流忍術の者達は散り散りになり、その中にはかつての源鹿の嫁や息子達もいたようだ。

確か、その中の一人の息子の名が《源海》。

 

「…最期の最期に、息子の幻覚でも見たのかね。」

 

それは分からない。

だが、そうあって欲しいと少し願う。

彼は、これまで怒涛の人生を送ってきたのだから。最期くらいは、幸せで会って欲しいと。

涙は流れない。

そんなものは、8年前にとうに枯れた。

だから、彼に出来るのは弔うことだけだった。

 

「……」

 

顔を上げて、虎影は墓を離れる。

別れの挨拶はほどほどで良い。

長引けば長引くほど未練が残る。

そう、源鹿に教わったから。

 

虎影は自分の荷物を小屋から持ち出して、そして小屋へと火をつけた。

すぐに燃え広がり、赤い炎は小屋を侵食していく。

 

「……」

 

これは、源鹿からの頼みだった。

「儂が死ねば、お前が小屋を出る時に燃やしてくれ」と。その時は軽く返事をしたが、思えば、あの時既に悟っていたのかもしれない。

自身の死期を。

 

「…ったく、やっぱり敵わねえなぁ。」

 

虎影はそう言って笑い、燃え広がり続ける炎を見守る。

崩れていく小屋。

…それを見て、少しだけ込み上げるもの。

それは、これまでの8年間では無い。

 

その前。

…共に住んでいた少女と城から通った数年間。今でも、鮮明に覚えている。

 

だが、それが《物》に変わる直前に押しとどめ、ゆっくりと息を吐いた。

 

もう、涙は流さない。

 

それを流す時は、全てが終わった時だけ。

彼は瞬時に、その思いを《憎しみ》へと変える。

 

 

 

やがて炎は、小屋の全てをのみこみ、そして崩れていく。それを見て、彼は荷物を背負い歩き出す。

もう、気にするようなことは何もない。

あるのは心の中にある憎悪だけ。

 

あの日拾った刀と、源鹿から貰った忍道具を身にまとい、虎影は歩き始めた。

 

 

影が落ちる彼の着物の中。

懐に仕舞われた2つの金色の光が、月明かりに煌めいた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

山道の中。

1つの馬車が停まっている。

…その馬車は、所々が壊れ、そして…

 

馬と人の死体が重なっていた。

 

「ヒィッ!お情けを!お助け下さい!」

 

年配の女が叫ぶが、次の瞬間には半裸の男達に首を切り裂かれる。

飛び散る鮮血。

 

「さて、それじゃ…」

 

野盗の男達は金品を詰め込む。

そんな中、二人の男が道の脇で震える3人の娘に目を向けた。彼女達はまるで何かを守るように震えている。

 

「お嬢ちゃん、運が悪かったねー。ここは俺らの支配下だからさ、通ったヤツらは全員皆殺しって決まってんのよ。まぁ、でも…」

 

グイッ

 

「俺らの女になるってんなら助けてやらんこともねぇぜ?」

 

男の言葉に、しかし少女の1人は睨み返した。

その様子がきに入らなかったのか。

男はその少女に真っ先に襲いかかった。

 

「皆!逃げて!」

 

襲われる少女は叫ぶと、男に体当たりをして転ばせる。二人の少女はそれに応えて走り出した。そして、片方の少女は1人の少年の手を引いていた。

 

だが、すぐにもう3人が少女達を追い始めた。

軽装の野盗と、着物の少女達と少年。

そのスピードの差は歴然であった。

すぐさま男達は少女に追いつき、刀で彼女達の体を貫く。そして、少女達はピクリとも動かなくなった。

 

「チッ…手間掛けさせやがって…」

「ア?おい、このガキまだ生きてやがるぜ?」

「お、本当だ。10歳くらいか?まだ若いのに残念だねぇ。」

 

そう言うと男達は下品な笑い声を上げた。

少年はそれを見つつも、すぐに足元に転がる少女達の死体に意識を移した。

 

「…おねぇ、さん…?」

 

揺らしても、反応は返ってこない。

その様子に気付くことなく、男達は刀を振り上げた。

 

 

風が、変わる。

 

 

気づくと、男達の三丈程先に人が立っていた。男達はそれを何処か不思議そうな目で見つめていたが、だが、彼らの領域に入ったことは変わりない。

4人のうち3人がその人物に襲いかかった。

 

「おう、安心しなガキ。お前はすぐに俺が…ッ!?」

 

そこから先は、話されることは無かった。

何者かが、野盗の顔を掴み喋れないようにしている。野盗はもがくが、その様子にその人物はため息をついた。

 

「…これだからクズ共は…」

 

野盗は刀を謎の人物に撃ち込むが、すぐにその刀は弾かれ、そしてその人物の刀で胸を貫かれた。そして、ピクリとも動かなくなる。

少年は、その人物を見上げた後、先程まで彼の立っていたところを見つめる。

月明かりに照らされて、寝転がる3つの人影が見て取れた。

 

「追い剥ぎか?それとも野盗か…。どちらにしろ、運が悪かったな。少年。」

 

その人物は、男だった。

声変わりした低い声。

そして、その男性の姿は少年にとって、とても神々しく見えた。

 

「ま、ひとまず次の町までは送り届けてやるから、そっからは自分で生きろ。分かったな。」

 

「う、うん…」

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

俺は、殺れる。

 

国も、平安も知らない。

 

 

俺は、俺の為すべき復讐(こと)を為す。

 

敵は斬る。

 

 

…ただ、それだけだーー。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

人を殺す。

 

それは存外、簡単なことではございませぬ。

たとえ憎しみを持とうとも、人の理性がそれを止めるもの。

 

 

…つまり、今の虎影は、憎しみが理性を上回ったということ。

 

 

もう、彼を止められる者は誰もいないのであります。

 

 

…いま、この状況においてはーー。

 

 

 




1丈が大体3メートルなんで、三丈は大体9メートルっすね。

それではまた次回。


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