お前ら人間じゃねぇ! (四季織)
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プロローグ

 今更のヒロアカ二次創作。

 設定やら性格やらつたない部分があったら申し訳ありません。


 簡潔に行こう。

 

 転生した。

 

 しかも流行りの? TS転生だ。

 人生に絶望するほど悲惨でもなく、しかし人生を楽しんでいるというほど恵まれていたわけではなかった俺は一切のためらいなくその事実を受け入れることができた。

 主にPCの中にやり残したものがないでもないが、人生再出発の対価と思えば安いものだ。

 転生特典とでもいうのだろうか、幸いなことに容姿にも恵まれていたのもその一助となっているだろう。

 白髪に黒目。細く長い手足。うーむ、テンプレ美少女。

 まぁ身長と胸部、その他女性的魅力足りえる部分の発育が著しく悪いが別に男からモテたいという意識が芽生えることは今のところないので別段困っていない。

 第二次成長期を迎えずに成長を終えてしまったのかと今世の両親から心配されるほどにちんちくりんな体だが、女性受けがいいので精神的に男性である身からすれば役得といってもいい。

 男性的な欲求も同時にないので言うほどではないが。

 幼少期はぼんやりとした、まるで夢の中にいるような感覚だった。

 覚醒するまでの期間に女性の体である事実を精神が受け入れたのだろうか。

 

 と、語りはしたが正直女性であるという事実はこの世界がどこであるかを認識したと同時にあまり関係なくなった。

 4歳の誕生日、今世の両親から出たセリフ。

 

(ひじり)ももう4歳、早いものだ。そろそろ個性が発現する年か。どんなものになるか楽しみだなぁ」

 

 厳密にいえば夢の中で第二の人生を歩んでいるような状態から覚醒したのはこの時だっただろう。

 個性。

 言葉通りならば他の人と違う人特有の性質・性格・特性を指す言葉だ。

 だがどうだろう。どう考えても父のセリフはそういった意味の言葉として用いられたようには聞こえなかった。

 

「こせい……?」

 

 たずねるように発したそのセリフは、体が幼いせいか精神が成人でもしたっ足らずになった。

 声も悪くない、今世の恵まれ具合はなかなかどうして素晴らしいようだ。

 

「ええ、聖はママ似だから個性もママに似るかしらね」

 

「おいおい個性までママに似てしまったらパパ泣いちゃうよ。聖、個性はパパのほうが強いぞ。【屈強】! けがも病気も心配なしな便利な個性だぞ!」

 

「聖は女の子なのよ? そんな暑苦しい個性よりママのほうがいいわ。【飛行】、聖は可愛いから妖精みたいになるはずよ」

 

 そんなことを考えているだろうとは思いもよらないであろう両親が俺を見つめながら盛り上がる。

 ラブラブだな、妬ましい。

 子を持つ親がいまだに厨二病か。

 そんなことも思うよりも先、覚醒した精神から前世の記憶が引っ張り出された。

 

 僕のヒーローアカデミア。

 

 超常の力が個性として認識されるほどに世界に広まった世界で、ヒーローを目指す少年の成長を描くコミック作品。

 その事実を認識した瞬間、全身がびりびりと震えた。

 武者震い、そんなものを生まれ変わって幼女の体で初めて体験するとは思わなかった。

 どうりで白い髪にツッコミが入らないはずだ。

 ヒーロー。

 ヒーローだ。

 前世はお世辞にも目立つ人間ではなかった。

 運にも才能にも、何より性格的に多くの他者から認められる努力というものができなかった。

 だがこの世界ならば。

 転生し恵まれた容姿を得ている今、個性も恵まれたものであることは確実だろう。

 転生ってそういうものだろう?

 

 かくして俺は個性を得た。

 

 個性【聖剣】。

 

 圧倒的な破壊も、圧倒的な救済も、万能感を得るには十分すぎる個性。

 綿密に読んだわけではないあの作品の登場人物を一人一人思い浮かべて、そのどれをも圧倒できると確信できる力。

 前世以上に生まれと才能が人生を決定づけるこの世界で、類まれなる力を得たという事実。

 笑いが止まらない。

 齢4つの少女が浮かべるものとしては異様すぎるその様子に、困惑を通り越し恐怖すら浮かべる両親を振り切り空へと翔け上がる。

 雲すら眼下に収め、改めて圧倒的な力を得たのだと再認識し来る将来の自分を夢想する。

 ヴィランになるつもりなど毛頭ない。

 ヒーローになろう。

 英雄に。

 オールフォーワン、死柄木、脳無、ハイエンド、ヤクザに10万を超える異能解放軍。

 英雄譚を飾るに十分な敵はたくさんいる。

 世界として存在する時点でより様々な敵や事件があることだろう。

 そのすべてを屠ってやる。

 蹂躙し、討滅し、消し潰す。

 そしてヒーローになる。

 

「あぁ~あ…………」

 

 月を見上げ、それを両断するように剣を掲げる。

 月の光ではない明らかに自ら青く発光している剣にうつる少女はその整った顔を醜くゆがめて笑っていた。

 ああ、美少女は得だな。こんな汚いこと考え汚く笑っても絵になる。

 

蒼軌(あおき)(ひじり)だ。俺は、蒼軌聖。この体、この世界、この力で生きていこう」

 

 そして再び月を見上げながら、その月を切り落とさんばかりに力を振りぬいて()は笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんてこと、思っていた時期が私にもありました」

 

 高いビルの上。

 一見余裕をもって眼下を見下ろしている少女が一人。

 小学生にすら間違われるが今年で16になる少女は、その幼さに不釣り合いな両刃の美しい剣をだらりと下げながら、困惑し唖然とだらしなくその表情をゆがめていた。

 目の前の光景に、そのあまりにも想定と違う現実に。

 

 一人。

 緑色系の縮毛と顔のそばかす、人当たりのよさそうな少年。

 しかしその体は異様なまでに引き締まっていた。

 障害として立ちはだかるロボットを目にもとまらぬ速さで殴り、蹴り、粉砕し、蹴散らしていく。

 単純な身体能力だけで動き回っているのだろうか、一挙手一投足に暴力的な暴風が発生しあたりの人影が木の葉のように舞っている姿は何の冗談か。

 さらにはその吹き飛んだ人影を瞬時に回収し安全圏へと連れていく作業も同時並行しているのだからもはやギャグの次元である。

 心なしかロボットも逃げ腰のように感じられた。

 一筋の希望、ビルをも飲み込もうかという巨大なロボットの出現。

 吹き飛ばされていた人影たちがいい加減にしてくれと逃げ出す。

 しかし少年はその巨躯を前に一切ひるむ様子を見せず平然ととびかかると、それを一殴り。

 災害すら想起させるその巨大な図体が空を舞い、ビルを粉砕しながらすっ飛んでいく光景は今日日映画ですら見られないド派手で圧倒的な光景だ。

 文字通り圧倒されたのだろう惚けて逃げ遅れた人影らを回収し、ぎこちなく笑う彼はなるほどヒーローとして持つべきものを持っているのだろう。   

 助けられた少年少女らが、その少年へと羨望の瞳を向けていることに。しかし彼は気が付かず、再度その力を前にするにはあまりに頼りないロボットらに襲い掛かっていた。

 

 一人。

 ショートボブにした茶髪、快活な性格を想起させる麗らかな雰囲気の少女。

 その彼女の周囲にはえげつないひしゃげ方をしたロボットが所狭しと転がっていた。

 ふわりふわりと不思議な形で空を舞う少女がひたりひたりとロボットたちに、まるでハイタッチをするかのように軽く手を触れる。

 何をされたのか気が付くこともできず、空を舞う少女を追おうとするロボットたち。

 メキャリ。

 と、金属が無理やり変形させられる嫌な音が響きロボットたちはスクラップと化す。

 ふぅ、とかわいらしくため息をつく彼女にうわぁと言いたげな周囲の雰囲気は伝わっていないのだろうか。

 一応それなりの状況判断能力を持つらしいロボットたちは近距離戦は不可能と悟ったのか遠距離兵装を持ち出した。

 ミサイルである。

 生身の人間相手に本気か? と驚愕したのもつかの間。

 数十を超える過剰な兵器であったはずのそれは、少女へと一矢報いる前に見えない何かに押しつぶされたかのように圧壊し、墜落し、またもやスクラップの山の仲間入りを果たした。

 ロボットは的確に状況を判断した。

 無理だと。

 振り返り撤退を選んだロボットはしかし。

 水平に落ちてきた(・・・・・・・・)少女と見事ハイタッチをかわしたのだった。

 

 一人。

 眼鏡をかけた七三分け、見るからに真面目を地で行く雰囲気の少年。

 その姿をとらえられた人間はいったいこの場に何人いただろうか。

 バン、と何かが破裂する音。

 それが音速の壁を突き破った音だと理解できたのはビルの上に立つ少女だけだっただろう。

 地を駆け回る戦闘機を思わせる少年は、そのスピードだけであればまた一機巨大ロボを粉砕した少年を凌駕するであろうその勢いそのままに辻斬りのごとくロボットたちを蹴り壊していく。

 勢いのあまり蹴っているのかソニックブームで粉砕しているのかいまいち判断に困るところである。

 大地はおろか垂直なビルの壁すら駆け回り、駆けあがり、跳びまわる。

 器用なのか能力なのか、周囲への影響はあまりないのは彼の実力と努力を実感させた。

 そんな彼が唐突に止まるときがある。

 申し訳ない。

 突然目の前に現れた彼にそういわれた人数はすでに15を超える。

 すべてが確認できたわけではなかったが、どうやら走行の過程で制御しきれず飛ばした破片や突風の被害を受けた相手に律義に謝罪しているようだった。

 動きを認識できていない相手からしてみれば何のことやらである。

 

 

 そんな、文字どおり無双といっていい活躍をする彼らを見下ろしながら少女は頭を抱える。

 彼らの顔には見覚えがあった。

 知り合いというわけではない。

 しかし知り合いになるのだと、友人になるのだと昔から知っていた人物たちだった。

 

 緑谷 出久。

 

 麗日 お茶子。

 

 飯田 天哉。

 

 ()が知る物語において最も明確に記憶している登場人物たちだ。

 それぞれの個性すら覚えている。

 OFA、 無重力(ゼログラビティ)、エンジン。

 だが彼らは、記憶にある彼らとあまりにもちがっていた。

 確かに異物の介入によって彼らの在り方が変わるのはあり得る。そういう世界もあるだろうと、彼だからこそ明確に考えられた。

 ――いや俺何もしてねぇし。

 思わず素が出たことも気が付かず、少女は独り言ちる。

 そうしている間にも彼ら彼女らは蹂躙を続けている。

 爆音が、轟音が、異音が響くたび、目の前の光景が現実であことを明確に認識させられる。

 言いたいことはたくさんあった。

 聞きたいこともたくさんあった。

 だが未だ彼らとの接点を持たない今の彼女が口にできる言葉は多くなかった。

 すなわち。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前ら人間じゃねぇ!」

 




読んでくださりありがとうございました。


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第一話

 個性【聖剣】。

 

 名前だけ聞いても意味不明だとよく言われるこの個性は、その実万能を体現したような個性だった。

 発現したのは例の両親の発言により覚醒し、この世界のことについて調べ始めてしばらくしてからだった。

 

 幼児でも世界について簡単に調べられる、インターネットは偉大だ。見知らぬファンタジー世界へと来ていたのならば抜きんでたひらめきやコミュニケーション能力のない俺ではどうにもならなかっただろう。主人公が見ていたオールマイトの動画や個性と人類が歩んできた歴史、その他もろもろこの世界が俺の知るヒロアカの世界だと確証を得るには十分な情報を得ることができた。

 自身の個性はなんだろう、よもや無個性の可能性が、などと考える間もなく至って平均的な時期での発現だった。

 

 発現の仕方は幸か不幸かこれといって特出するイベントや出来事の渦中で、という感じではなかった。

 目が覚めたら部屋のど真ん中に剣が突き刺さっていたのだ。

 困惑したのは言うまでもないだろう。

 クリスマスプレゼントか何かかと両親を呼びに行ったほどだ。クリスマスでもないのに。

 長めのグリップに緩やかなカーブを描く灰色の鍔、刀身は幅広い両刃だ。その剣は刺さっていてなお当時幼子であった身で見上げざるを得ない全長を持ち、当時の俺が持てば大剣のように見えただろう。

 全体的に青、蒼というのだろうか? 俺の名前的に。名は体を表すを地で行くこの世界だ。

 グリップは蒼一色、灰色の鍔や銀色の刀身には同じく蒼い装飾がなされわずかに発光するその様は通りthe聖剣といった見た目。

 

 能力は……一言では言い表せない。

 呼べばどこからともなく現れ、消そうと思えば光となって霧散する。

 俺ならば幼子の当時ですら軽々と振り回すことができ、俺以外ならばどんな力自慢でも引き抜けない。

 能力の大半は現れるたびにたいてい目の前に突き刺さっている剣を抜いた瞬間に発動するものが多い。

 携えた瞬間、光があふれ身を包む。

 

 能力向上――視覚、聴覚、触覚、筋力、瞬発力、持久力、回復力、判断力、その他おおよそ身体能力すべての向上。

 

 光の変形――斬撃として放つ、羽にして空を飛ぶ、壁として展開する、剣の模倣体を生み出し手数を増やすなど変幻自在の変形効果。

 

 耐性獲得――個性の影響、毒物の影響、精神攻撃の影響、数多の害に対する抵抗。

 

 改めてみても盛りすぎな能力だ。

 調べてはみたがこれほど多数の能力を有する聖剣の元ネタを知ることはできていない。

 もうとりあえずエクスカリバーとでも名乗っておこうかとも思ったがありきたりなのでやめた。

 訓練なしにそのどれもが一級の能力を持っていたのだ。当時の俺が親をドン引きさせるのもさもありなん。

 ついでに言えば成長につれ、この身は才にも恵まれていることが分かった。

 勉学への理解はたやすく、運動も未熟な体でありながら聖剣なしに上位に食い込む。

 正直これで慢心するなというほうが無理な話である。

 

 品行方正……とはいかず特出すべき点のない、それでも容姿のおかげで前よりは充実した学生生活を送った。成績によるごり押しでは雄英高校推薦への切符は手に入れることができなかったがまぁいい。

 やはりこの世界で生きていくにあたって、雄英高校に入学を目指すものとして、第一の目立ちポイントといえば一つしかない。

 

 入試試験、実技試験における1位の座だ。

 

 ヘドロ事件における爆豪の救出? いじめっ子は嫌いなので主人公君任せた。

 大きな事件に巻き込まれることもなく生きていたし、別に能動的に巻き込まれに行こうと思えるほど行動派でもない。

 爆豪といえば俺は試験当日まで原作の登場人物たちとの接点を持っていなかった。

 最強の存在であることを確信していたがまだ入学してもいない高校の校訓を実行すべく、さらに向こうへと強化に重点を置いていたためだ。

 それに、一つの世界として存在している時点で作品に関係なくとも人はいる。容姿のおかげで相手から近づいてくるのだから、コミュニケーション能力が低いままでもそれなりの学生生活を送れていたので気にしていなかったのだ。

 

 

 そんなこんなで大きな苦労もなく生きてきた16年。これからもないのだろうと思っていた。

 

 

 雄英高校ヒーロー科一般入試当日。

 もはや慣れてしまった視線が集まる感覚を受け流しつつ、アニメでも漫画で見たものとは段違いな雄英高校の壮大さを生で感じ、嗚呼ようやくここまで来たのだと、今更のように笑みがこぼれた。

 結局育つことのなかった身体で堂々と胸を張りその門をくぐる。

 ふと意識を広げてみたが、しかし鋭敏なはずの感覚に何かが引っかかることはなった。

 残念、事ここに至れば容姿の幼さを原作キャラのだれかが咎めにきて、流れで交流を持てるかと思ったのだが。

 そのまま筆記試験の会場に移り、自身の才を惜しみなく発揮し余裕で攻略。自己採点などやったことのなかった身だったが、この身は深く考えもせず問題を思い出し、知識と照らし合わせ、その結果が問題ないことを示してくれた。

 

『受験生のリスナー! 今日は俺のライブにようこそー! エヴィバディセイヘイ!』

 

 ところ変わってライブ会場。

 否、ヒーロー科実技試験説明会場。

 派手な見た目のDJを思わせるおっさん、ボイスヒーローのプレゼントマイクが拡声器やらマイクやらもなしに会場全体にいきわたるでかい声で記憶の片隅にあったセリフをはく。

 しかし会場はそのテンションと相反するように静まり返っている。

 哀れにも思え助け舟を出したくはあるが、さすがにここで一人大声を返すほど俺もアピールに飢えてはいない。

 

『こいつはシヴィー……、なら受験生のリスナーに実技試験の内容をサクッと説明(プレゼン)するぜ。Are You Ready!?』

 

 声がでかいだけにまた物悲しい。

 その後試験の詳細、各種演習場に分かれ仮想ヴィランであるロボットの掃討を行いそのポイントを稼ぐこと、アンチヒーロー的な行動は控えること、試験内容に直接関係ないギミックの存在などが説明された。

 当然だが救命ポイント等ヒーローたるを示せという説明はなし。

 正直掃討ポイントだけで1位をかっさらう自信はあるが、ここはアピールポイントとして救命も重点的に行うべきだろう。【聖剣】は人助けにも有用であり万能だ。 

 

『俺からは以上だ! 最後にリスナーへ我が校の校訓をプレゼントしよう。かの英雄ナポレオン・ボナパルトは言った! 真の英雄とは人生の不幸を乗り越えていく者と! “さらに向こうへ(PlusUltra)”! それでは皆、良い受難を』

 

 

 

 

 

 おお、と思わず声を漏らしかけて止めた。

 プレゼントマイクは正直特に思い入れのあるキャラクターでもないうえテレビで見る機会もあったのだが、一般人たる未来の同級生たちはそうもいかない。

 試験会場に至ってもなお、この広大な空間で莫大な受験生たちの中から彼ら彼女らの姿を目にするのは至難の業だ。いかに試験当日とはいえ割と派手な演出を必要とする俺の個性を不用意に人探しに使うのははばかられる。

 そんなわけで今まで一切目にすることのなかった主要人物の一人を、ようやくこの目に収めたのだ。

 

「麗日お茶子……だったな。なかなか可愛らしい。さすがメインキャラクター」

 

 俺ほどではないがな!

 ジャージ姿で目の前のでかい入り口をぽかんと見上げている少女を横目に見やりながら独り言ちる。

 彼女がいるということは、だ。

 

「……おかしいな」

 

 いるはずなのだ、ほかにも。

 忘れないようにはしているが、それでも細かい部分まで完ぺきとはいいがたい記憶を探る。

 少なくとも主人公である緑谷出久、そして入学当初で緊張気味だった彼をいい咎める飯田天哉。

 そういえば先ほどのプレゼントマイクの説明の時点で飯田天哉が一人仮想ヴィランについて質問を求めるというくだりがあったはず、それもなかった。会場が違うのだと思っていたが、あれほどの規模の会場を用意しながら入りきらなかったはないだろう。

 ふらふらと歩きながらきょろきょろと見まわすが、人の多さは正直うんざりするほどだ。個性無くして厳密には顔を覚えていない人探しは無理がありそうだ。

 

「君、大丈夫? 緊張しているのかい?」

 

「! …………? ううん、大丈夫です。あなたも同じ受験生なのに心配してくれてありがとうございます」

 

「……っ。い、いや、いいんだ。お互い頑張ろう!」

 

「はい!」

 

 話しかけられた。

 知らん人に。

 いや可愛いからね、ナンパでなくとも声をかけられることは多々ある。前世がなければ俺も傲慢でわがままないやな女になっただろうな、というレベルで容姿のみでちやほやされるのだ。正直慣れているといえる。

 おかげでとっさにこの世界で生きていくうえで心掛けている丁寧な言葉遣いの少女で在れた。いや、敬語以外でこの容姿に釣り合う口調を考えられなかったせいでそうしているだけだが。ので、一人の時は素が出る。

 ふつうこの場面で話しかけてくるのは原作キャラクターではないのか?

 にこりと笑いかけはしたが君のことは忘れさせてもらうよ少年。男を好きになる予定はないんだ。

 

 

 

 

「ハイスタート」

 

 

 

 

 瞬間。

 

「剣よ!」

 

 地を蹴り走り出す。

 知っているというのは重要だ。

 どんなに判断力に優れていようと知っているというアドバンテージにかなうものはない。

 いち早く門を潜り抜けた俺の前に、まるでそこに最初からあったかのように剣が刺さっていた。

 蒼い光を放つ、一目でただの剣ではないと理解できる大きな剣。

 あれは中学三年の夏、ようやくその全長を俺の身長が追い抜くことができたそれを走り抜けながら引き抜く。

 そして力がみなぎる。

 視界が広がり、体に入る力が跳ね上がり、世界が鮮やかになる。

 周囲の状況が手に取るように理解できる。

 いち早く走りこんできた俺の前に立ちはだかるガラクタたち。

 ヴィランとして設定されているからだろう無駄に口汚くこちらを罵りながら迫った来るそれらに向かって、無造作剣を振りぬく。

 光がほとばしり、ガラクタはスクラップへと。

 瞬く間に10を超えるロボを駆逐し、さらに加速する。

 ここからだ。

 ここから始まるのだ。

 

「私が、最強のヒーローに――」

 

 振りかぶった剣が空を切った。

 同時に膨大な風が軽いこの身を吹き飛ばす。

 思考が混乱しかけて、剣の力により安定する。

 とっさに展開した翼が空を叩き姿勢を安定させ、同時に上昇。

 冷静を強制された精神がタダではやられんとばかりに光を槍状に加工・射出しロボを破壊しながら安全圏と思われるビルの屋上に降り立つ。

 何事かと周囲に意識を向けた俺の強化された聴覚が、慌てたような声をとらえる。

 

「す、すみません……!」

 

 情けない、半分裏返ったような少年の声は聞き覚えがあった。

 

 緑谷出久。

 

 この世界の主人公。

 しかしまだ主人公というにはあまりに頼りないはずの状態であるはずの彼が、軽いとはいえ剣によって強化されている俺を吹き飛ばした?

 いきなりOFAを暴発させたというのか。

 

「……どこだ?」

 

 声はすれど姿は見えず。

 あるのは圧倒的な破壊の痕跡のみ。

 大地もビルもロボットも、そのすべてが何か圧倒的な力で粉砕されたかのような痕跡を残している。

 その破壊痕は俺がアピールのつもりで周囲ごと薙ぎ払ったはずの痕跡をけしとばしていた。

 

「まさかほんとに初手で? 俺が飛び出したせいで焦らせすぎたのか……?」

 

 圧倒的な力を手に入れたという自信はある。

 が、俺を除けばこの世界で圧倒的なものとして君臨している力はOFAだ。

 AFOのほうが強くね? とも思わないでもないが、将来的に複数の個性を得ることになっているOFAは決して馬鹿にしてよい力ではない。主人公補正もばかにならない。

 繰り返すがそれはまだ先の話。今はまだ一発撃てば自壊するなんとも頼りない力のはずだ。

 痕跡をたどりその発生源を確認してみるが、そこには走り出すことも忘れて唖然とした様子の受験生たちが棒立ちしているだけだった。手足を粉砕された緑谷出久が転がっていることはない。

 

「…………」

 

 光の翼が空を叩く。

 とりあえず後にしよう。

 剣さえ握っていれば光がこんな状況でも俺の思考をクリアにしてくれる。

 確認は後回し。

 別に敵対して殴り合うわけでもなし。やるべきはロボットの掃討だ、と。

 緑谷出久がOFAを使いこなしていたとして、それがどうしたというのだ。

 空を飛び、斬撃を放ち、常に冷静沈着。剣の加護をもって莫大な力を得た俺の前に立ちふさがるいい好敵手ではないか。

 

「そうとも、最強はこの私――」

 

 メキャリ。

 背後でそんな音が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前ら人間じゃねぇ!」

 

 叫び声はしかし。響き渡る轟音によってかき消された。

 いやいやおかしいって。

 やっと見つけた緑谷出久筋肉ムキムキなんだけど。そのくせ顔が少年のそれだから気持ち悪いんだけど。

 なんだ、オールマイトのマッスルフォームも個性だったっけ?

 もうOFAの中の個性全部使えるんですか??

 てか巨大ヴィラン多くない? 三機目だぞ。三機ともすっ飛ばされてるけど。

 いや、なんですっ飛んでるんだ。たしか腕バキバキになっても顔へこんで倒れこむ程度だったはずだろ。

 

「どうなってんだ一体」

 

 ビルから飛び降りる。

 翼から光が分裂し、光の槍が小型のヴィランたちを粉砕していく。

 剣を振りぬけば劫火のごとく膨れ上がった光がロボットたちを飲み込み消滅させていく。

 すさまじい速度のはずだ。

 だが、緑谷出久は吹っ飛ばした巨大ヴィランによってそのつもりがあるかどうかはともかく、俺がはるか及びもしないスピードでおびただしい数を粉砕している。

 おかしいって。

 緑谷出久はそんな化け物じみてはいなかったはずだぞ。

 しかもあいつだけじゃない。 

 開始前にぽかんと可愛らしいあほづらをさらしていたはずの麗日お茶子。

 無重力どこ行った。

 どう見ても重力操作してるよね。

 つぶしてるし浮いてるし浮かせてるし。

 そんな自由に空飛ぶキャラクターだったっけ? 波動先輩と間違ってない?

 瓦礫を衛星のごとく自らの周りで回転させ、加速したそれをロボットにたたきつけるさまはどう見ても能力漫画の中盤から終盤にかけて現れる強キャラだ。

 

「あなた、大丈夫ですか? ん、怪我をしているんですか。治します、とりあえずこの場は離れたほうがいいですよ」

 

「あ、ああ……。ありがとう。すごい個性だね、君も……。はは、なんだよこれ。こんなエゲツナイやつばっかりなのかよ、雄英……」

 

「彼・彼女らと一緒にされるのは喜んでいいのか拒絶するべきなのか判断しかねるところですけど。さ、治りました。早く」

 

「…………うん」

 

 倒しながら、観察しながら、救助者を見つければ率先して助ける。

 正直殲滅ポイントだけだと足りそうにないと焦りが来ている。

 光が一部けがをした少年に移り回復能力を付与し治療を開始、腰を抜かしているようなので手を貸す……あれ、こいつさっき声かけてきたやつじゃん。

 

「ん」

 

 バン、と空気が破裂する音。

 その空気の衝撃波をとっさに剣で切り裂いた。

 

「――、申し訳ない!!」

 

 一瞬眼鏡姿の少年が頭を下げてきたかと思えばもういない。

 白昼夢かな?

 間近で見るとマジで目にも止まらない。

 

「はは、ははははは……」

 

 ほらぁ、ヒーローを目指すだけあって気のよさそうな彼がなんか変な笑い方してるじゃん。

 

「ありがとう。もう大丈夫だよ。君も早くいくといい。俺みたいなやつが足を引っ張りたくないんだ……行ってくれ」

 

「すみま――ありがとうございます、それじゃあ」

 

 ずるりと光の尾が伸びる。

 人間には本来無い器官を得てバランスを調整。俺は通常なら不可能なレベルの前傾姿勢になって疾走する。

 空に放った鳥、自立行動する疑似生命、式神や使い魔といえるそれらからの視覚情報からまだ敵が多く残る場所を見つけ出し急行する。

 まずい、まずいまずいまずい。

 想定と違いすぎる。

 あいつら一体何なんだ。

 どう考えても俺の知ってる彼らの実力をはるかに凌駕するバケモンだらけだ。

 圧倒的だと思っていた手の中の剣が今や物足りなく感じる。

 

「くそっ」

 

 何度目とも知れない素の汚い言葉で誰ともなく罵りながら、剣が振りぬかれる。

 光の波。

 圧倒的な力。

 圧倒的、なはずだ。

 

「ああああっ――!」

 

 20を超える光剣が背後に出現。それぞれが自立し、ロボを強襲。

 何をされたかも気が付かず、爆散するロボットたち。

 想像していた光景だ。

 想定していた光景だ。

 唖然とする彼方の受験生たちの姿もある。

 

 でも。

 

 だが。

 

 しかし。

 

「なんでっ……だぁ!」

 

 ビルを見下ろす巨大ヴィラン。

 それを飲み込めるような巨大な光。

 聖剣からほとばしる光がその刀身に成り代わり、光は巨大ヴィランを一刀のもとに両断する。

 他者の追従を許さない……はずの、力の奔流。

 

 

 

 

「試験っ、終了ーーー!!!」

 

 

 

 

 

 サイレンとともに響くプレゼントマイクの声。

 俺は思い描いていたそれとは違いすぎる結果への不満を隠しきれず、物言わぬスクラップとなり果てた巨大ヴィランへと剣を突き立てた。



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第二話

正直数字については割と大雑把な感じです
そんなにいるかーい、と思われるかもしれませんが細かいことは気にしない感じでお願いしたいと思います


 ヒーローといわれて真っ先に思い浮かぶ存在は誰だろうか。

 そういわれれば、赤の他人同士であっても声をそろえてこう言うだろう。

 

 オールマイト。

 

 言わずと知れた、人気実力ともにNo.1の絶対的なヒーローにして平和の象徴。

 鍛え抜かれた体躯に常に絶やさぬ力強いほほ笑み。ひとたび目の前に立てばいかなる絶望が目の前に広がっていようと、そこは世界一安全であると確信させるに至る超越者。

 その人気は個性の詳細、本名・年齢不詳と謎多き人物であるという事実をまるで感じさせないものだ。

 ヒーローとしてではない彼はどのような人物なのか。

 その事実を知るものは少ない。

 まずもって街を出歩こうものならば一瞬で発見されるであろうその巨大な体躯やオーラを持ちながら、そのプライベートはあまたの週刊誌や記者などが掴もうとしては失敗している。

 その正体不明さは、あのあまりにヒーローを体現しているといえる振る舞いの一部なのではないかともいわれている。

 今でこそヒーローとは目指し、必死に努力し、鍛え上げ、先達に学び、資格を得て成るものだ。

 しかし本来ヒーローとは元来正体不明なもの。

 それはまだその存在が創作の中のものでしかなかった時代の数多くの物語が示している。

 だからこその正体不明ではないか。 

 などと、すべては想像の域を出ず誰も夢想するオールマイトの正体。

 そんな民衆らがこう聞いたらどう思うだろうか。

 

 彼は無個性の青年でしかなかったのだと。

 

 彼の力は受け継がれてきたものだと。

 

 彼はもう戦える時間が少ないと。

 

 彼には後継者がいるのだと。

 

 彼の後継者はすでに全盛期の彼に追いすがるほどの化け物であると。

 

 そう、聞いたのなら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えー、ではこれが今回の一般入学試験実技における結果なんだけれどね……」

 

 雄英高校ヒーロー科の会議室。

 薄暗く静まったその部屋の上座、そこで小さな体を張りながら静寂に切り込んだ男が一人。

 いや、男というよりも雄。一人というよりも一匹。

 ネズミだ。

 断じて人間とは言えないその存在が、数多のプロヒーローで構成された雄英の教師陣の前で進行を務めていた。

 根津校長。

 個性が社会の一部となった現在においても他に存在が確認されていない、動物に個性が発現し知性を得ためずらしい存在だ。

 過去に人間といろいろあったらいしいが、その人間を今や導く立場にいる彼はしかし、困惑を隠せずそう言った。

 未だ暫定的とはいえ入学が決まった36人の一般入試合格者達。そんな子供たちの実技試験での結果、全教員が驚愕を隠しきれなかったそれが映し出されたスクリーンを眺めて。

 

「まさか100ポイント超えがこんなに……過去にあったか、こんなこと」

 

 教師陣全員の同意したであろうその言葉をはいたのは誰だったか。

 皆が皆、自分が発したのではないかと錯覚を覚えた。

 それほどまでにスクリーンに映し出されたその結果は異様といえた。

 

「とりあえず目を引くのは1位の彼……緑谷出久か、聞かない名だな」

 

「ヒーロー育成に幼いころから力を入れている学校出身、というわけではないようです」

 

「嘘でしょう? 241ポイント、唯一の200ポイント超にして2位との差すら圧倒的な彼が?」

 

 そう、今回の試験において例年まず見ることのない3桁の大台に乗った生徒の数はまさかの14人。

 その中で唯一200ポイントを超え、それも2位との差は驚愕の42ポイント。

 例年であればその数字は試験上位に位置する生徒のポイントそのものの数字である。

 しかも。

 

「ヴィランロボの破壊だけで200だからな、映像を見たが……いや見たが見えなかったというか」

 

「彼の獲得ポイントを確認するだけでほかの生徒の何倍もの時間がかかりましたよ。数えていた先生方はみんな目が真っ赤になってました」

 

「……いい目薬の差し入れでもしておくか」

 

 恐るべきはその戦闘能力だろう。

 ヴィランロボの破壊、それ自体は正直なところ大して難易度は高くはない。

 戦闘時の判断能力やその他複合的な面での採点をするため、あのロボットたちは見た目ほど強くはない。

 それこそ無個性であっても鍛えていれば素手で倒してしまえるほどには、だ。

 ゆえによほど機動力に難があるか、同じ会場にとんでもない才能の持ち主がいなければ雄英を受けると決意した子供たちの中で0ポイントというのはほぼないといえるほどに弱い。

 見てくれで逃げ慌てるようであれば論外、討伐数が片手で足りる程度ならばよほどのことがなければ採点する価値もないと切り捨てられる。

 そんなか弱いロボットであるとはいえである。

 最高ポイントである3ポイントヴィランだけを倒したとしても70近い討伐数を求められるその数字。

 10分という短い時間で、どこにいるかもわからないロボットたちをその数倒しつくすというのは数いるプロヒーローの中でも上位に位置するものでなければ難しいだろう。

 この雄英に勤めるプロたちの中にもそうはいないレベルである。

 

「とはいえこれは試験という安全がある程度他者によって確証されているからこその数字、というのもあるでしょう。レスキューポイントが示す通り彼は他者を助けるという行為も率先して行ってはいましたが、その助ける相手も自分で作り出しているようではヒーローとして論外でもある。破壊したビルの数を見ましたか? あれではヴィランよりよほど厄介だ」

 

「そうだな、この莫大なポイントも仮想ヴィランで巻き込んで……いや、本来邪魔と混乱を生み出すために設置されたはずのあのバカでかい金属の塊を行動不能どころか殴り飛ばして射出できる力というのは評価されるべきともいえるが」

 

「あれほどの力を持ちながら名を知られていない? いや、だからこそ今まで大手を振っての使う場がなかったとでも?」

 

「個性の制御ができない生徒は例年数多くいます。しかしこれほどとは……」

 

 本来手を出すだけでも一定の教師の注目集めるレベルである巨大ヴィラン。

 それが殴られただけでビルを巻き込み小型ロボを巻き込み吹き飛ぶさまは、あらゆる現場で経験を積んできた彼らプロヒーローをして驚愕を禁じ得ない。

 しかしどうだろうか、彼の行動には突発的であると言わざるを得ない場面が多数ある。

 

「これが最初の一撃、ここです。この場面。不意打ちの開始宣言に真っ先に反応したこの少女を追い越したこの場面」

 

「ああ、これは危なかったな。彼女が空中で姿勢を正すすべをもっていなければ雄英側としても大惨事を避けられたかどうか」

 

「危うく彼女に大けがを負わせるところだったとはいえ、この慌てよう。まるで自分の力をなにも理解せず……いや、いきなりばかげた力を与えられたかのようだ」

 

「よくよくみればこれ、謝ってるんですよね。彼」

 

「謝ればいいというものではないが……」

 

「その後は吹き飛ばしつつもきちんと救助しているが、制御できずに力で無理やり解決しているにすぎない。確かに自分の力を初めて使ったようなありさまだな。この少年は危うい」

 

 危うい。

 そんな評価が最難関を誇るこの雄英の試験において1位を取った子供へと送られている。

 根津校長がいつものテンションを維持できないのも当然といえた。

 素晴らしい力を持った子供の存在。しかもヒーローを目指してこの雄英の門をたたいている。いいことではあるのだ。しかし物事には限度というものが存在する。

 だがそれだけならばまだいい。

 この個性社会。とてつもない力を秘めた個の存在は決して珍しくはない。

 抜きんでた才と個性を持った生徒を持つ覚悟も、それを導いていく立場であるという自覚もある。優れた能力と膨大な経験によって培われたプロヒーローとしてのプライドが、その自信を下支えしていた。

 

「まぁまぁ、みんな彼について思うところはたくさんあるだろう。しかし問題は彼だけでないということさ」

 

 おいおいそんな苦虫を噛み潰したような顔をするもんじゃないよ、と。

 のどまで出かかった言葉を根津校長は飲み込んだ。

 そう、彼だけではないのだ。

 1人であれば、せめて雄英も大見えをきって校外にまで宣伝しているビッグ3よろしく3人程度であればいい。

 しかしそうではないのだ。

 彼らは改めて、100ポイント超えという快挙をなした上位14人を確認しようとその名前を拡大する。

 

 1---緑谷出久 ・VILLAN-201P RESCUE-40P TOTAL-241P

 2---爆豪勝己 ・VILLAN-199P RESCUE-0P  TOTAL-199P

 3---常闇踏陰 ・VILLAN-176P RESCUE-10P TOTAL-186P

 4---上鳴電気 ・VILLAN-179P RESCUE-5P  TOTAL-184P

 5---尾白猿夫 ・VILLAN-140P RESCUE-30P TOTAL-170P

 6---青山優雅 ・VILLAN-160P RESCUE-0P  TOTAL-160P

 7---飯田天哉 ・VILLAN-154P RESCUE-5P  TOTAL-159P

 8---蒼軌 聖 ・VILLAN-100P RESCUE-55P  TOTAL-155P

 9---耳郎響香 ・VILLAN-124P RESCUE-20P  TOTAL-144P

 10--砂藤力道 ・VILLAN-143P RESCUE-0P  TOTAL-143P

 11--葉隠 透 ・VILLAN-52P  RESCUE-80P  TOTAL-132P

 12--麗日お茶子・VILLAN-90P  RESCUE-35P  TOTAL-125P

 13--物間寧人 ・VILLAN-107P RESCUE-10P  TOTAL-117P

 14--障子目蔵 ・VILLAN-71P  RESCUE-30P  TOTAL-101P

 

 ずらりと並ぶ3桁の数字。

 何かの間違いではないのかと思い、何度も数えなおした結果であるのだからデータには万に一つの間違いもない。

 しかも、100を超えていないというだけで定員ぎりぎりまで例年を上回る数字は続いているのだ。

 

「こんなに攻撃的なポイントが並ぶことあるか? 戦闘面を試すという名目を押し出した試験とはいえ」

 

「レスキューポイント0が3人入っているのは何とも……」

 

「攻撃能力が強すぎて救助者が出ない、という場面も数多く見られたわね。周囲を派手に巻き込んだ子も多いけど、助ける相手が出る前に解決する、理想ではあるわね」

 

「どこか数人で一会場のロボが独占されて狩りつくされた会場があるってマジかよ」

 

「ああ、会場Bです。1位と7位と8位と12位と14位の5人で98%のロボットを破壊しています」

 

「1位……緑谷出久のいた会場か。例年より多めに配置された巨大ヴィランが唯一全滅した会場。上位に食い込んだ面子がB会場に集まりすぎだ、ほかの受験生たちが不憫でならない」

 

「そういえばレスキューポイントが一番多いのもこの会場ね。ヒーローとしてやらなきゃ、というより助けないとやばいと思わせたのかしらね。緑谷出久……恐ろしい子」

 

「ヒーローを目指す子供にそんなことをいうもんじゃない。だが、おかげで彼らの個性は攻守救命すべてにおいて判断力さえ伴えば圧倒的な力であると一目で確認できた」

 

「そうだな、数字だけ見ればヒーローとして求められる人を助けるという行為を軽視しているようにも見えなくはないが、映像を見ればそうではないことは一目瞭然だ」

 

「先の緑谷出久を抜いた4人、彼ら彼女らが別々の会場にいればもっと上も狙えただろう。数少ないロボを力技や個性を生かして見つけ出し根こそぎ倒したり、同時に救助もこなす子までいるんだ」

 

「やむを得ないという考えもあっただろうが、ポイントに固執せず率先して救助も行った彼女らも順位に固執しない評価の対象足りえるんじゃないか? たとえば蒼軌聖、この子だ。緑谷出久ほどではないが巨大ロボ相手に圧倒できるほどの火力と、怪我をした受験生をその場で治療できる攻守ともに優れた個性。場が場であれば1位は彼女だったんじゃないか?」

 

「それはどうでしょう。一緒の会場でなければ、というのは正直上位30人ほど全員に言える。強すぎるが故の奪い合いがこれほど苛烈だった年も過去にないでしょう。それに、後半の映像を見るとどうにも彼女はレスキューポイントがあると確信しているからこそレスキューを重点に置いたような雰囲気がある。巨大ヴィランを屠りながら物足りないというのは驚愕ですが、最後にイラ立ちを隠さずものに当たっているのもあまりいい姿ではない」

 

「それはそれで判断力があるといえなくもないか。ものに当たるのも、ここにきて自分より上の存在を見た子供たちにはよくある姿だ。すさまじい子供が多いせいで細かい部分に少し厳しすぎるんじゃないか?」

 

 そのほかにも長く長く、嵐のように交わされる考察や評価。

 強力なだけでなく、問題点が明確な子供たちも多い。癖が強い、で済まされない子も多い。

 こんなありさまで入学を認めていいものか?

 強大すぎる存在が一挙に現れた現実のせいで、そんな不安が皆の心の内にはあったのだ。

 

 

「みんなはプロのヒーローだ。だからこそヒーローとして思うところもたくさんあるだろうね。そんな彼たち彼女たちが一つ学年の生徒として集まったとして、僕でさえざっと考えただけで問題も課題も山積みさ」

 

 

 根津校長は静かな声で言った。

 しかしだ。

 しかし、だからこその雄英。だからこそここを目指したのだともいえる。

 強いからこそ、圧倒的だからこそ、そんな自分を導いてくれると信じて雄英を受けたのだと。

 ならばどうするべきか。

 決まっている。

 一人の大人として。

 一人の教師として。

 そして何より、ヒーローとして。

 

 

「だからこそ、僕たちが導いてあげようじゃないか。僕は今回の一般入試36名、推薦入学4名、計40名。そのすべての子供たちの入学に異論はないよ」

 

 

 とん、と小さな手で己の胸元を叩き、根津は宣言する。

 すでにばからしいほどに繰り返された議論。結局、明確な答えが出ることはなかった。

 そんな中で校長である根津がこう言えば反対意見を言うのも憚られるというものだ。

 ヒーローも、教育も所詮出たとこ勝負でしかないのだ。

 ならばその世界に長くいる自分たちの培ってきたものを、そしてそのトップたる根津の言葉を信じるべきだろう。

 問題のあると思われる生徒も多いが、結局彼ら彼女らを合格者から除外することはなく。

 強大な力を持つ子供たちを導く覚悟を、雄英教師たちは固めた。

 

「ブラドキング、管赤慈郎。イレイザー・ヘッド、相澤消太」

 

 根津は意識して、今年の1年の担任を務める二人のヒーローの、そして教師の名を呼んだ。

 

「全力でバックアップするが、生徒たちと一番多く接し頼られるであろう教師は君たちだ。一番の覚悟をもってその職務に当たってもらいたい」

 

 その言葉に、管赤慈郎は力強く、相澤消太は静かに、しかしともに覚悟をもった表情でうなずいたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人気ナンバーワンヒーローオールマイト。

 

 彼の職業はほかならぬヒーローである。

 詳細不明の権化たる彼ではあるが、そこだけは誰もが知っている事実である。

 しかしそんな彼の職業が近日変化することを、いまだ知る人間はそう居ない。

 変化というよりは追加だろうか、ヒーローであること自体は変わらないのだから。

 

 雄英高校の教師。

 

 ヒーローとして、ヒーローだからこそのもう一つの職業。

 根津によってその立場を斡旋された彼は、様々な思いから葛藤しつつもその申し出を受け入れたのだ。

 教師としてやるべきは多い。多すぎてさしものオールマイトとはいえ頭を抱える日々を過ごしたものだ。

 しかし頭を悩ませる要因は教師になるための勉強だけではなく、より知る者の少ない極秘の要素もあった。

 

 OFAの継承。

 

 その候補を見つけたのはとある事件のさなかだった。

 一度の邂逅はお世辞にもいいものとは言えなかった。

 限られた人物にしか知られていない秘密を不可抗力によって知られてしまった。

 自らの身に起こったことを、口止めを兼ねて話すさなかでオールマイトは彼に対してこういった。

 

 プロの仕事はいつも命がけ、力がなくても成り立つとはとてもじゃないが口にできない。

 

 無個性でもヒーローになれるかと、そう問うてきた彼に対してだ。

 やってしまったと思った時にはもう遅かった。

 立ち去る自分を引き留めた時に感じた彼の力強さ、中学生の制服をまといながら鍛え抜かれていると確信できる肉体と立ち振る舞い。彼の努力の証。

 間違ったことは言っていないつもりだった。

 だが言い方があるだろうと。

 努力を汲んだ発言をするべきだっただろうと、後悔した。

 

 二度目の邂逅はすぐだった。

 そしてオールマイトに、八木俊典という男に一つの決心をさせた。

 

 並みのプロヒーローですら手を出しがたい光景を前に、一切のためらいなく飛び出した無個性(・・・)の少年。

 焼かれ、打たれ、吹き飛ばされて。

 力を持たない身でありながらあきらめず努力を重ねそれでも届かないとわかっていながら。それでも助けを求める人を助けるためにと無我夢中で体と命を張るその姿に。

 その在り方に。

 八木俊典は心を動かされたのだった。

 

 もちろんその場のそれだけで決めたわけではなかった。

 その後の交流。

 必要なハードルの提示と見極め。

 そのすべてを経て、八木俊典は決めたのだ。

 彼を、緑谷出久を己の後継者として育てていこう、見守り託していこうと。

 

 教師として初の大仕事。

 オールマイトにとってのそれは、今年の受験生たちへと送られる合格通知にメッセージを封入することだった。

 次々に告げられる名前。

 その中に己が後継として見初めた彼の名があることを、オールマイトは特に心配することもなく確信していた。

 力の譲渡はぎりぎりだった。

 もう少し早く渡してもいいかと思っていたのだが、彼自身がそれを認めなかったのだ。

 ただでさえ鍛えられていた体。オールマイト指導の元、より洗礼された肉体へと成長した彼の実力はほかならぬオールマイト本人をして期待以上であると太鼓判を押すほどだった。

 たとえ力への理解が薄くとも、彼ならばきっと大丈夫だと。

 

 だからこそ、オールマイトは緑谷出久の名前が合格者の中にあることに驚くことはなかった。

 

 その詳細を聞くまでは。

 

 実技試験1位。

 2との差は目を見張るような数字。

 しかも映像として見せられたそれはオールマイトをして目をむくほどで。

 

 

「まじでか緑谷少年」

 

 

 いつもの筋骨隆々な大男ではない、骸骨のように痩せ細った一人の男。

 撮影を一時中断してまで人目につかない場所に赴き、オールマイトは一人そうつぶやいたのだった。



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第三話

あけましておめでとうございます

お正月はいかがお過ごしでしょうか

私はソシャゲのイベントで暇をつぶす日々です

パニグレはいいぞ(唐突


『それでは蒼軌少女! 君に学び舎で会える日を楽しみにしているよ!』

 

 プツンと余韻もなく途切れた映像。

 一人きりの部屋の中、繰り返し再生していたそれを放り捨てベットに寝転がる。

 試験から二週間と少し、ようやく送られてきた雄英からの通知。

 その中に封入されていたのはNo.1ヒーローたるオールマイト直々の合格メッセージだった。

 

『おめでとう聖! お前はすごい子だと常々思っていたが、まさか雄英に合格するとはな。お父さんも鼻が高いぞ』

 

『うんうん、あなたは自慢の娘よ聖。本当におめでとう!』

 

『……ありがとう! お父さん、お母さん』

 

 いい年こいた大人が無邪気のように声を上げ、母に至ってはこれでもかといわんばかりに抱きしめてくる。

 ぎりぎりで不満げな声を出さずに済んだ俺をしつこいくらいに称賛し、普段はまずいかない豪華な店での食事にも行き盛大にお祝いしてもらった。中学の友人に連絡すれば、鳴りやまない通知に目を回した。

 

 幸せだったはずのその瞬間を思い返しながら、しかし俺の顔はしかめっ面から変わらない。

 

 目を見張るような倍率である雄英の狭き門。そのごくごくわずかな席を得たという事実は、実際のところそれほど俺の心を動かすものではなかった。

 試験など受かって当然どころか障害の一つとしてすら考えていたものではない。

 ただのアピールショーでしかなかったはずなのだ。

 

 10分という短い時間で廃墟と化した風景。

 

 圧倒的な力の差を見せつけられ何もできないまま終わり、茫然自失状態の膨大な数の受験生たち。

 

 俺が圧倒的で派手な力を示し作るはずだったその光景は、しかしある意味然るべき姿であるといえるこの世界の主人公、緑谷出久によって作り上げられたのだ。

 個性によって冷静さを欠くことがなかったにもかかわらず、俺は未だにあの光景が夢か何かだったのではないかと考えてしまう。

 試験の後、称賛するふりをして緑谷出久含めほか2名の誰かに接触するつもりだったのだが、試験会場のあまりの様にそんな雰囲気でもなく、結局交流を持つことはかなわなかった。

 だからもしかしたら。

 実はあの3人は原作の登場人物の3人ではなく、時間がずれていて実は彼らの次の世代であり、俺は原作キャラたちの子供の時間軸にきていたりするのではないか。

 オールマイトが現役である時点でありえない、そんな考えまで浮かんでいた。

 親に祝われ、友に祝われ、学校で表彰までされて。

 それでもなお一時として心の靄が晴れる時間はなかった。

 今世は不自由なく生きてきたせいだろう、想定外のことが起きるだけでここまで不快になってしまうとは。

 

「俺が最強じゃ、ないのか」

 

 原作では実技試験上位者の名前はオールマイトがレスキューポイントの存在と共に教えてくれていたはずだが、届いた映像や資料の中にそういった情報はなかった。

 だから厳密には1番かそうでないかはわからないが、まぁあのバカげた破壊を上回ったとは思えない。

 ビルをぶち壊し街を破壊する行為はヒーローに求められる姿ではないだろうが、雄英の方針は火力重視、細かいことは気にしない。

 さらには飯田天哉。彼のせいであまり多く倒せなかったというのもある。

 レスキューはそれなりに稼げただろうが、甘く見積もっても1位を、それも圧倒的なポイントを稼げたとはいいがたい。

 

「……剣よ」

 

 呼びかければ、瞬きの間に剣が目の前に現れる。

 突き刺さっていながら床を傷つけてはないそれを引き抜き、側面を額に当てる。

 光が染み渡り精神が静かになる。

 まるで依存だ、わずかな精神不和でこうも個性に頼っていては話にならない。

 静かな思考の波の中、浮かび上がる一つの疑問。

 

 彼らだけなのだろうか。

 

 ほかの受験生はああではなかった。見るからに未熟で脆弱なその他大勢には圧倒できただろう。

 強大な力を持っていたのは原作キャラクターであるあの三人だけだ。

 だが、自分のいた会場すべてはもちろんほかの会場まで目を広げられたわけではないので正確にはわからない。

 しかしその共通点を持った彼らが総じて大きな力を持っていたのだ、ほかの面子もそうである可能性は高い。

 

「高校生活は、今までのようにはいかないかもしれないな……」

 

 華々しいデビューを夢想していた二回目の青春への不安は、さすがの聖剣も消してくれることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わかっちゃいたけどドアがでかい」

 

 思うことはたくさんあれど、時間は進む。

 あっという間に迎えた入学当日。

 でかすぎる1-Aの文字が刻まれた扉を前にお約束のリアクションを取っておく。

 身長139にはイヤーきついです。首が痛い。見上げる必要はないんだが。

 とりあえず確認すべきはクラスメイトの顔だ。

 見かけた3人だけであれだけパワーバランスが違うのだ、下手すればクラスメイトがすでに違う可能性がある。そもそも俺が受かった時点で誰かしらの脱落が決定している。

 可能性として高いのは峰田実か青山優雅あたりか、峰田実のほうは女性の身である故の願望もあるが……。

 さすがにそのあたりはどうにもならない、幸いヒーローを志す者ばかりのクラス、仲良くなることはむずかしくないだろう。

 意を決し、その巨大なドアへと手を伸ばそうと――

 

 

「こんなところで何してるんだ、あんた。学校見学に来た小学生?」

 

 

 けだるげな低い声。

 想定したどんな声とも違うその声に、とっさに振り向く。

 この世界では割と当たり前な奇抜な髪色である紫色の立った髪。目元には濃い隈と陰のある表情。

 おいおい……いきなりイレギュラーか?

 

「小学生とは失礼な。こう見えても私はこの雄英高校ヒーロー科に合格したエリートなのですよ?」

 

「はっ、奇遇だな。俺もなんだ」

 

「それはそれは。本当に奇遇ですね。もしかして目的地も同じだったりするんじゃないですか?」

 

「だろうな。だからさっさと入ってくれると嬉しんだが」

 

 まじかよ、普通科じゃなくてヒーロー科の教室(ここ)にか?

 目の前に立つその男子生徒、自己紹介をせずともその名前は知っている。

 心操人使。

 声をかけ、答えさせるだけで相手を操る洗脳とかいうぶっ飛んだ個性を持ったキャラクター。

 様々な制限がありながら、その凶悪さは初見だったり突発的な状況下であれば無類の強さを誇る個性を持つ彼はしかし、火力重視な個性ばかりが有利な実技試験において芳しい成績を収められず普通科に通う生徒であるはずだ。

 そんな彼がヒーロー科に? あるとは思っていたがいきなりのイレギュラーに早くも剣を取り出したい衝動に駆られる。

 

「すいません、どうも緊張しちゃって。ついにここまで来たんだなぁって」

 

「そうかい」

 

「同じクラスということはこれから3年間一緒ですね。私は蒼軌聖といいます、よろしくお願いします」

 

「……心操人使だ。よろしく。とりあえず教室に入れてくれないか」

 

 あ、不愛想すぎて会話が続かないタイプだこれ。

 いや出入り口でだらだらするのはよくないけども。

 無言で扉を開けば、彼は早々に教室へと入っていった。

 なんでこう、情報収集の機会に恵まれないのか。容姿パワーが効かないのも地味にショックだ。

 まぁ1-Aである以上個性について知る機会はすぐに来る。後回しにしても問題ないだろう。

 

 

「あー! 女子! ようやく女の子来てくれた―!」

 

 

 ファーストコンタクトに失敗しとぼとぼと教室に入る俺に、一転高い大声がかかる。

 その声の主を確認し、俺はようやく安堵が心に宿るのを感じた。

 狭い教室の中、机の間を器用にすり抜けながら声の主は俺の手を取る。

 

「よかったー、全然女の子来ないからもしかしたら女子いないんじゃないかって不安だったんだー。白い髪! 小さい! 可愛い! 私芦戸三奈! 名前なんて言うの!?」

 

「おおう、怒涛……。私は蒼軌聖です、よろしくお願いします。私も女の子がいてくれてうれしいです」

 

「わっ、声もかわいい! ひじりちゃん? でいいよね、よろしくね! 私も三奈でいいよ!」

 

「はい、三奈ちゃん!」

 

 三奈ちゃんって言われちゃったー、とハイテンションに騒ぐ女子。明るいピンクの髪にピンクの肌、色が反転した目に2本の黄色い触角。見たまま、聞いたまま、芦戸三奈その人だ。

 ようやく違和感なく、知っている通りのキャラクターとの接触に思わずこちらまでテンションが高くなる。

 ああ、初対面なのに知っている通りというだけでこの安心感……。彼女とは仲良くやっていけそうだ。

 

「おー、よかったな芦戸。女子仲間出来て」

 

「本当、よかったよー。一安心! あっ、聖ちゃん、紹介するね。来て来て!」

 

 遠くからかかった声に、私の手を取ったままだった三奈がぐいぐいと一人の少年のもとへと俺を連れていく。

 朱色に近い赤色の瞳と逆立った真っ赤な髪。これまた見覚えのある容姿に安堵の感情が一層広がった。

 

「聖ちゃん、こちら高校デビューマンこと切島鋭児郎だよ!」

 

「おうっ、俺は切島鋭児郎。よろしくな、蒼軌! ……って、余計なこと言うなよ芦戸!」

 

「よろしくお願いします、切島君。デビューマンですか、一体どのような?」

 

「たとえばねー、この角っぽい髪形とか~」

 

「やめろ芦戸!」

 

 切島鋭児郎、熱血漢の明るいクラスのムードメーカーになる予定のキャラクターだ。

 立て続けに現れる想像していた通りの姿性格で仮想の人物から級友になった彼女らに、久々に心からの笑顔がこぼれる。

 あと切芦カップリングいいよね、俺は好きだよ。

 

 そのまま彼女らと他愛のない会話を続けつつ、周囲にも気を配ることは忘れない。

 数人しかいなかった教室には、そう時間もかからず続々と生徒が集まってきた。

 さすがの三奈も来る人来る人すべてに声をかけることはしなかったので軽い挨拶以外は会話の輪に人が増えることはなかったが、特徴の権化たる1-Aの面子、一目見れば見知った人物かそうでないかくらいはすぐに分かった。

 続々とそろっていくクラスメイト。

 その中にはすでに例の飯田天哉の姿もあった。

 

「机に足をかけるな! 雄英の先輩方や机の制作者方に申し訳ないと思わないのか!?」

 

「思わねーよ!!!てめーどこ中だよ端役が!!」

 

 緑谷出久と共に俺の予定をぶち壊してくれた彼は、おおよそそうとは思えない想像通りの姿で爆豪勝己との言い合いを繰り広げていた。生で見ると割と真面目にヒーローを志してる人間には見えないな、爆豪勝己。

 やれやれと心の中で首を振り、そのまま視線を滑らせ人数を確認する。あれ、麗日お茶子がもういる? タイミングもちがっているのか。

 現在教室にそろっている面子は19名。いないのは緑谷出久、そして峰田実と瀬呂範太。

 まさか緑谷出久が落ちたとは考えづらい、入りきれなかったのは峰田実と瀬呂範太か……どう受かったのか想像できないランキング上位(俺個人の)の峰田実はともかく、瀬呂範太はああ見えてかなり有能な人物であったはずだが。

 そんなことを考えた瞬間、噂をすればなんとやら。教室の扉がまた開かれた。

 

「――っ、テメェ……」

 

 入ってきたその人物が声を上げるよりも先に反応したのは、爆豪勝己だった。

 

「かっちゃん……受かったんだね、おめでとう」

 

「当然だろうが。ンなことよりてめぇだ、どんなトリックを使いやがった。いくらテメェでも雄英に受かるなんざできるわけがねぇ」

 

「僕なんかが(・・・・)、とは言わないんだね。ありがとう、かっちゃん」

 

「ッチ、うぜぇ……」

 

 ええ、何その空気。

 爆豪勝己の声音に含まれた緑谷出久への態度、決して友好的ではないがあの見下しきったものでもない雰囲気。

 どちらかというと中盤、緑谷出久との差が縮まってきて怒りながらもその事実を受け止めている自分に困惑している状態を感じさせる。

 すでに緑谷出久の実力を爆豪勝己が認めてる?

 いや、確かにぱっと見の見た目で一番大きな変化があるのは緑谷出久だ。

 筋骨隆々、身長も爆豪勝己とそう変わらない。

 無個性であることに悲観し、雄英を受けるといいながら筋トレ一つしていなかった貧弱な姿ではない。

 あの図体は1年やそこらでできるものじゃない、相当な努力を昔からしてきたのだろう。

 そんな努力をしていたからこそ、彼らの関係性にも何かしらの変化があったのだろうか。

 

「あ、君は……!」

 

 緑谷出久と目があう。

 入学当日ということで浮足立つ教室内でなんか意味深なやり取りをしていた彼らの様子に、三奈が興味を示しひそひそと俺と切島に内緒話などするものだから、思わず明確に目を向けてしまったせいだ。

 爆豪勝己との短くも明確に分けありげなやり取りを終えた緑谷出久が、そのでかい図体でずんずんとこちらによって来る。

 いや怖いな、筋骨隆々のそばかす男怖い。

 

「君、あの時の子だよね。僕が吹き飛ばしちゃった……」

 

「……ああ、あなたあの時の暴風の発生主ですか。さすが移動するだけで私を吹き飛ばすほどの力強さを持つだけあって合格したんですね。おめでとうございます」

 

「うっ、ご、ごめん。あの時は僕も無我夢中で……。本当にごめん、けがはなかった?」

 

「ええ、おかげさまで。無事に入学することができました」

 

「……ほんとうにごめんなさい……」

 

「かまいませんって、お互いの合格を祝福しようじゃないですか」

 

 少し意地の悪い返しになったのは仕方がないだろう。彼以上がいるとは思いたくないが、すくなくとも1位の座を奪われた相手だ。

 しかし、思ったより落ち着いた雰囲気だ。初期は麗日お茶子なんかと話すだけでも挙動不審だったはずだが。

 筋肉のおかげかな?

 筋肉はすべてを解決するっていうし。

 

「ありがとう。これからよろしくね」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

 そう言って去っていく彼を見送り、何かあったの? と聞いてくる三奈へと向き直り軽く事情を説明してやる。

 とりあえず顔は覚えられているようだが、あの落ち着きよう、簡単にオールマイトの秘密を共有する仲にはなれなさそうだ。のちの行動にも響くので知らないままにするかどうかはいまだ決めかねているが、難しいようなら諦めるのもかまわない。

 二人の邂逅にあのばかげた力の秘密があるかもしれないが、今のところは彼が鍛えまくったからくそ強いのだとでも思っておくことにしよう。

 願わくば、彼のトレーニング方法を学んで自身の強化に転用できればいいのだが。まさか筋トレだけではないだろう。

 

 

 

「お友達ごっこがしたいなら余所へ行け。ここはヒーロー科だぞ」

 

 

 

 所々でできた輪で繰り広げられていた会話。

 ざわざわと騒がしかった教室に響いた静かな声に、その騒がしさはぴたりとやんだ。

 いや、有能かよ。

 8秒かかってないじゃん。

 

「まぁまぁ、人の話は聞けるようだな。担任の相澤消太だ。よろしくね」

 

 芋虫スタイルではいってくる、と思いきや普通に歩いて入ってきた。

 とはいえだらしない恰好は予想と違わず、背後で三奈が「担任、あれで……?」とか小さくつぶやいている。やめとけ耳いいだろうから。

 

「早速だが、体操服着てグラウンドに出ろ」

 

 唐突すぎるその発言にはさすがに驚かされたのか、わずかにざわつく教室。

 多少の予想外はあったが、よかった、ここは特に変わらず予定通りのようだ。

 個性把握テスト。

 2つ目のアピールポイントとして幼いころから注視していたイベントだが、あの入試試験からは目的が変わっていたイベント。

 すなわち、クラスメイトの個性把握。

 あのばかげた力を持っているのが果たしてあの3人だけなのか、それともクラスメイト全員なのか。そうだとすれば、一体どのような力をもっているのか。

 そして、果たしてそれは俺にとってどの程度のものなのか。

 別段彼らと敵対するわけではないが、その力の差は今後に大きな影響をもたらすはずだ。

 

 このイベントで少しでも見極めさせてもらおう。

 未だ事態を飲み込めていないクラスメイトをしり目に、俺は一人こぶしを握り締めた。




ご感想等ありがとうございます
とても励みになります


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第四話


緑谷オリジン

最初にちょこっとやって個性把握テストに入る予定だったのですが少し長くなりました

先達の緑谷強化ものの過去と比べると少し弱いかもしれませんがあと38人いるし多少はね

全員のオリジン? 勘弁してくださいオナシャス



 緑谷出久という少年の人生の始まりは、はた目から見れば悲惨というほかないものだった。

 

 彼個人の気質としては、時代が時代であれば多くの人に感謝されるよき人になるであろうという予感を感じさせるそんな少年だ。人を助けることに疑問を感じず、その行為は裏の感情もないまま行われる。

 助けることを当然に行える人間は、多くの人から感謝され、また助けてもらえる素晴らしい人生を歩むものだ。

 そんな気質を生まれ持つ彼は、しかしこの時代においては必須ともいえるものを持っていなかった。

 

 個性。

 

 ある時からこの世界を良くも悪くも侵食しだしたその力は、この現代においてはあって当然ともいえるような力。あることが異常である時代から、ないことが軽視される時代へと移り変わった今に生まれたことが、彼の最初の不幸だといえるだろう。

 だが彼は気質として善人という前提以上に、それをより一層明確なものへと昇華していた要因もこの時代特有のものといえた。

 

 ヒーローという存在が現実のものとして在る時代。

 

 そんな中でも彼が幼いなりに気が遠くなるほど見直した一人のヒーロー、オールマイト。

 

 彼が絶望的な状況から多くの人間を笑顔で助け出す姿は、この世界の多くの子供同様緑谷出久にも多大な影響を与えるに十分なものだった。

 

『本来なら4歳までに、両親のどちらか…あるいは複合的個性が発現するんだけどね。まれに全く違う性質を持つこともあるけど。昔、超常黎明期に一つの研究結果が発表されてね、足の小指に関節があるかないかって流行ったの。出久君には関節が2つある。この世代じゃ珍しい、なんの個性も持ってない型だよ』

 

 個性を持ち、そんな英雄になることを夢見るどこにでもいる少年。

 

『諦めたほうがいいね』

 

 夢を持ちながら周りに対していささか個性の出が遅い緑谷出久を心配した母が連れて行った病院で言われたのは、目指すことはおろか思い描くことすらできなくする宣告だった。

 能力・効果などひき起こされる現象は千差万別、いまだそれの存在そのものが謎に包まれている部分が多い個性という力の存在は、わかりづらいものが存在している事実があるとしてもあらゆる積み重ねの上で成り立つ医者という存在にかかればたいていどんなものか知らせてもらえる。

 もぐりでもなければ最低限どんなものであるか、がわかるのだ。

 あるかないかの判断など疑う由もない。

 

 彼が絶望したのは言うまでもないだろう。

 

 夢の希望にあふれていたはずの動画を、暗い部屋の中で何度も無心に見返す。

 

 その行為が無意味であるとしても、緑谷出久にはそれしか現実から目を背ける手立てがなかった。

 

『僕も…なれるかなぁ…』

 

 憧れの存在を何度目にしていても止まらない涙をためた瞳で、母へと尋ねる。

 

『…………』

 

 母は何も言わず緑谷出久を抱きしめてくれたが、そんなものが何かの慰めになることはなかった。

 

 それからの彼は空っぽになってしまった。

 

 その有様はいじめっ子である幼馴染をしていじめの対象にすることをためらわれるほどで。

 異様な雰囲気の彼のそばによるものはだんだんと遠のき、いまだ小学生にもなっていない子供の身で自殺でもするんじゃないかというありさまだった。

 もちろん彼にそんなつもりはなく、ただただ空虚な絶望に精神が追い付かなかっただけなのだが。

 

『デク、お前最近変だぞ! なんでそんな顔ばっかりしてんだ!』

 

 見かねたのだろう幼馴染の声。

 そんな声にももちろん彼は反応を返さなかった。

 かっちゃん、と呼び慕っていた身近な憧れの対象。

 

『お前はデクだろう!? 無個性だからなんだよ、今までと何にも変わらないじゃねぇか!』

 

 それは、彼にとっては不器用な慰めのつもりだったのだろうか。

 

『ああ……あああああああぁああああーーー!』

 

 しかしその一言は緑谷出久の空虚な、いや、ただただ気づいていなかっただけのあふれようとしていた感情を爆発させるには十分なものだった。

 気弱な緑谷出久が振るった感情に任せた最初の暴力は、幼馴染へとむけられた。

 幼い故の遠慮のない暴力は、それでもすでに個性を発現させて久しい幼馴染へと大きなけがを負わせるには至らなかった。しかし、その必死の形相で傷だらけになりながらも殴りかかってくる姿は恐怖を感じさせるには十分で。

 ヒーローになりたいのだと。

 ヒーローを目指したいのだと。

 そんなことを無茶苦茶に叫びながらあたりもしない拳を振るう。

 

『くっそ……デクのくせに。無個性がヒーローになれるかよ』

 

 わずかな打ち身のみで大きな怪我無し。しかも目の前にはやりすぎともいえるありさまな緑谷出久。

 それでも爆豪勝己は初めて負かされたといわんばかりに、ぼろぼろの彼の前から逃げるように立ち去ったのだ。

 痛みで動かない体のままどれだけそうしていただろう。

 大の字で寝転がっていた緑谷出久は暗くなってきた空にせかされるように帰路についた。

 傷だらけで帰ってきた緑谷出久に、母は何も言わなかった。

 何も言ってくれないのか、緑谷出久は幼いながらのそんな母に失望していたのかもしれない。彼もまた、何かを母に求めることはしなかった。

 

 そのまま、時間が傷をいやしてくれるのを待つしかないのだと考えていた時だった。

 母の沈黙に意味があったのだと知るときが来たのは。

 

『出久、これ、みてくれる?』

 

 絶望的な宣告から2週間がたたない程度の時間が過ぎたころ、いつものように暗い部屋でオールマイトの姿をただ眺めていた緑谷出久に母が差し出したのは一冊の手帳だった。

 決してページ数の多いわけではない、女性らしい小さなそれ。

 気力をなくしていた彼は、言われるがままにそのページをめくる。

 めくって、進むにつれ。

 その眼には、いつしかぶりの光が宿った。

 

『おかあさん……これ……』

 

『うん、お母さんあんまりこういうの得意じゃないからうまく書けてるかはわからないんだけどね』

 

 その小さなページに書かれ、まとめられていたのはヒーローの情報だった。

 名前や技、出生や活動地域などバラバラな情報が五十音順ですらなく雑多にまとめられている。

 今までならばその手作りのヒーロー辞典に大喜びしたことだろう

 だが今は。

 うれしいが、なぜ今そんなものを渡してくるか。

 慰めにしては酷なそれを送られた意味が分からず母を見やる。

 

『出久、ごめんね。いままでお母さん何も言ってあげられなくて。出久が真剣に悩んでることに無責任なことは言いたくなかったの』

 

『むせきにん……?』

 

『うん。無個性でもヒーローになれるかどうか。お母さんあんまりヒーローのことには詳しくないから時間かかっちゃった』

 

 再び手帳に目を落とす。

 よくよく見ればお世辞にもわかりやすいとは言えないそれには共通点があった。

 状況がそろわなければほぼ無個性と変わらない個性を持ったか弱いヒーローたちであるということだ。

 皆が皆、個性に頼り切ったヒーローではない。

 

『世の中にはいろんなヒーローがいるんだって、初めて知ったよ。みんながみんな、オールマイトみたいなすごいヒーローばっかりじゃないんだって』

 

『すごいひーろーばかりじゃ、ない……』

 

『うん、個性を持ってるからって、個性だけでヒーローになってるわけじゃない。みんないろんな努力をしてる』

 

『…………』

 

『だからね、出久。あの時聞かれたことに今なら答えられる』

 

 

 

 

 ――出久だって、ヒーローになれるよ。

 

 

 

 

 緑谷出久の人生の分岐点は、きっとこの時だった。

 それからの彼はまた、人が変わったように努力を始めた。

 きっかけを作った母本人が選択を間違えたのではないかというほどに。

 年不相応に体づくりへの知識を収集し、母がまとめたものとは比べ物にならないような自作のヒーロー辞典も何冊も作った。

 それだけではない、幼馴染との関係も変わった。

 

『この前はごめんなさい、かっちゃん。いきなり殴りかかって』

 

『それは俺への嫌味かデク』

 

『そ、そういうつもりじゃ……』

 

『っち、俺もいい過ぎた! 悪かった!』

 

 しょうがなく謝ってるんだというさまを隠しもしない幼馴染に乾いた笑いを返しつつ、それでもと緑谷出久いう。

 

『いいよ、かっちゃん。でもね、あの言葉だけは許せない』

 

『あ?』

 

『無個性じゃヒーローになれないっていうあの言葉だけは』

 

『何言ってやがる、それは当たり前の――』

 

『じゃあ見ててよ』

 

 遮って、云う。

 

『僕は絶対ヒーローになる。ヒーローになるまで、僕を見ててほしい』

 

『――っ! できるわけねぇだろ、ヒーロー馬鹿にすんな』

 

『ううん、僕はあきらめない』

 

『勝手にしやがれ! ヒーローになるのは俺だ! デクなんか足元にも及ばない最強のヒーローになるんだ!』

 

『じゃあ、勝負だね』

 

『勝負になんかなるか! お前はデクだ、無個性の雑魚なんだからな!』

 

 今までであれば泣いてしまったであろうその鋭い言葉に動じることはなかった。

 母の言葉は、それほどまでに確かな力となっていた。

 幼馴染の心情は知らないが、緑谷出久にとっての彼はその日からあこがれだけでなく、乗り越えるべきライバルとなったのだ。

 相変わらず口の悪い幼馴染をしり目に、努力を怠る日はなかった。

 体力をつけ、戦い方を学び、健康にも気を使い体をつくる。

 中学に入るころには目に見えて体が出来上がってきていた彼に幼馴染が焦り始めたのは言うまでもない。その後の行動については、悪がらみが減り、彼もまた体が引き締まりだしたことから大体は察せられる。

 無個性であるという事実は変わらない。

 鍛え上げた肉体を前にお前なら並みのヒーローよか強いだろ、と冗談めかして言われることはあっても、心からヒーローになれるといってくれる人は母以外居ない。

 それでも緑谷出久はあきらめず努力を続けた。

 同級生からドン引きされるほどになった肉体、今ならば昔と違い幼馴染を殴り倒せるのではとアホなことを考えることもしばしば。

 

 

 そんな時だった、二度目の人生の分岐点に差し掛かったのは。

 

 

 出会いは偶然だった。

 人生初のヴィランに襲われるという出来事。ヘドロを思わせる個体で液体じみた体を持つその相手に、とっさに対応しようとしたがしかし、鍛えられた肉体は何ら有効打を与えられず。

 都合のいい傀儡とされるその刹那。

 

『おーる、まいと……』

 

『いや~悪かった。ヴィラン退治に巻き込んでしまった。いつもはこんなミスしないのだが、オフだったのと慣れない土地で浮かれちゃったかなぁ! Ahaha!』

 

 暴風と共に現れた画面の向こうの存在。

 今なお見続けているあの姿、あの笑顔。オールマイトとの邂逅だ。

 あまりに唐突だったため興奮のままに喋りかけとりあえずとサインをもらった。

 よくよく考えれば人生でそうはない経験を前にそれはないだろうと思わせる暴挙だ。

 

『じゃ! 液晶越しに、また会おう!』

 

 そんな様子だったからだろう、オールマイトはその力強い笑みのまますぐにでも目の前から消えようとしていた。

 咄嗟だった。

 咄嗟に、その腕をつかんでいた。

 思わず渾身の力を込めてしまったが、オールマイトにとって大した力ではないのか特に痛がる様子もなく、しかし驚いたように跳躍しようとしていた体勢から元に戻る。

 

『こらこら、熱狂が過ぎるぞ。プロは常にヴィランか時間との戦いだ、放しなさい』

 

『す、すいません。でも一つだけ、一つだけあなたに聞きたいことがあるんです』

 

『聞こう。だが一つだけだぞ』

 

 焦りを感じる声に申し訳なさを感じつつ、それでもこれだけは彼の口から直接聞いておきたい。

 そんな思いで緑谷出久は口を開く。

 

『個性のない人間でも努力をすればヒーローになれますか』

 

 すぐには答えは返ってこなかった。

 言ってから、プロの中のプロ、誰よりもヒーローとして過酷な現場を目にしてきたオールマイトにこの質問は場合によっては不快に思われるのではないかと思い直した。

 そのせいで、いろいろと言い訳じみた言葉を重ねてしまう。

 決意をするためだった。

 なれるといってもらえるとは思っていないくせに、それでも聞かないわけにはいかなかった。

 オールマイトにそういってもらえなくても揺らがないのだと、そう自分に確信を持つために。

 

『…………え?』

 

 しかしオールマイトのいた場所を取り巻く煙幕に、そして、中から現れた人物に、緑谷出久は言葉を失った。

 言い訳をしていた間にいなくなっていたのかと思うほど、その人物は人通りのない裏路地にいそうな怪しい見た目の人物だった。

 病的なやせ方をした、まるで憔悴しきった薬物中毒者。

 それがあのオールマイトの真の姿だった。

 口外しないことを前提に、オールマイトは緑谷出久へと語る。

 5年前敵の襲撃で負った傷。呼吸器官半壊胃袋全摘。度重なる手術と後遺症で憔悴し、それでも人々を笑顔で救い出す平和の象徴は決して悪に屈しないのだと、普段の自分が見せるそれはただ強がっている姿だと。

 さらされたその傷にまた言葉を失う。

 

 ヒーローを目指し、ヴィランと戦う。

 

 その事実がもたらす一つの結末に。

 

 どこか楽観視していた現実。

 それを、ほかならぬオールマイトから知らされたのだ。

 

『プロはいつだって命懸けだよ。個性がなくとも成り立つとはとてもじゃないが口にできないね』

 

 そう言って、オールマイトは去っていった。

 人が通りかかり無理にあの力強い姿に戻って去っていった彼は、真実を知ったからこそどこまでもつらそうに見えた。

 揺らがないための質問をしたはずだった。

 しかし、そんな決意をたやすく塗りつぶす現実。

 あのオールマイトですら、あれほどのけがを負うような相手がいる。

 人を助けることに憧れるなら警察官って手もある、というオールマイトの言葉が反芻される。

 緑谷出久のあり方は母が支えてくれたものだ。

 ここまで来て諦めるのは、そんな母への裏切りではないか。

 同時に緑谷出久が、息子があんな風になってしまうことを母が望むだろうか。

 ぐらりぐらりと、揺らがなかったはずの心が揺れる。

 無意味に遠回りをして帰り道をたどる。

 自分のあり方。

 これからの自分は、どうあるべきなのか。

 

 混迷を極めた思考から引き揚げられたのは、響いてきた爆発音だった。

 

 聞き覚えのある音だった。

 記憶の中にある物よりだいぶ強烈なそれに嫌な予感を覚えつつ、それでも切り替わった思考が音の方向へと足を向けさせる。

 そこにいたのは幼馴染だった。

 しかし彼がヴィランとなって町を破壊しているのではない。

 緑谷出久がさっき襲われ、オールマイトによって捕縛されたはずのヘドロヴィラン。それが爆豪勝己にまとわりついていた。その光景が遠くからでもわかる。

 なぜ、と思い。

 すぐに自分のせいだと気づく。

 ただでさえ制限のあるオールマイトの活動時間。

 その阻害をしたのはほかならぬ緑谷出久自身だ。

 望まぬ力み直しはオールマイトに不要な負荷をかけたのだろう、どこかで解放されてしまったのだ。

 引き起こされる破壊は抵抗する爆豪勝己の個性だ。

 並みのヒーローが介入をためらうその光景に、こんな時でありながらやはりあんなでも彼は自分のあこがれだと再認識する。

 彼のような人間がヒーローにふさわしいのだと。

 あの様子ならそのうち自分でヘドロヴィランを吹き飛ばし助かるだろうと。

 自分はやはり、ヒーローを目指すべきではなかったのかもしれないと。

 そう思った。

 

『あ……』

 

 しかし見てしまった。

 人ごみの最後尾、そこまで近づいて。

 爆豪勝己のその瞳を見て。

 

『あ、君――まて、止まれ!』

 

 人垣の最後尾で止まるはずだったはずの足は、勢いを増してその中を駆け抜けた。

 ヴィランと戦えば、怪我をする。下手をすれば命を失う。

 それを見せつけられたはずだった。

 それでも緑谷出久は止まらなかった。

 オールマイトの邪魔をしてしまった罪悪感からではない。

 ただ、そうするべきだと思ったから。

 

 結局事態を解決したのはオールマイトだった。

 緑谷出久はただ怪我を負い、あまたのヒーローたちに迷惑をかけただけ。

 

『俺は……てめェに救けを求めてなんかねえぞ。助けられてもねえ! 一人でやれたんだ、無個性の出来損ないが見下すんじゃねえぞ……。いくら鍛えようが、お前が俺にかなうもんなんか何もねぇはずだろ……?』

 

 助けに向かったはずの幼馴染からはそんな言葉を浴びせられる。

 だが、緑谷出久の眼には確かな決意があった。

 先ほどまでの迷いはもうなかった。

 

『そうだよかっちゃん。僕は何もしてない、何もできなかった。全部オールマイトのおかげさ』

 

『っち、わかってんじゃねぇか。ようやく目が覚めたか』

 

『覚めたよ』

 

『……そうかよ。結局その程度がお前なんだ、無個性がいらん夢見んじゃねぇ』

 

『違うよ。覚めたのは迷いのほうだ。僕はヒーローになる。どんなにつらくても険しくても、そうするべきだと思ったから』

 

『ああ!? なめてんのかぁ!? 無個性じゃ何もできねぇってわかったろ、いい加減にしやがれ!』

 

『ごめんね。もう決めた、改めて、そう決めたんだ。もう揺らがないよ』

 

『――! 勝手にしやがれ、くそが!』

 

 去っていく幼馴染を見送りながら、緑谷出久はそれでも笑った。

 そう、決めたのだ。

 死ぬかもしれない、一生物の怪我を負うかもしれない。

 感謝されるだけがヒーローじゃない。人を救うには責任もいる。

 だからこそもう揺らがない、今まで以上の努力を重ね、胸を張ってヒーローを目指すのだ。

 あの時の母の言葉を改めて胸に刻む。

 自身の身を案じて言ってくれたであろうオールマイトの言葉は、裏切ることになるだろう。

 

『すいませんオールマイト。けれど、僕はそれでもヒーローになりたいです。そう、ありたいんだ』

 

 助けを願う人を見たら、助けたい。

 それができる人間になりたい。

 何もできなかったけれど、それができるように努力をあきらめることは、もうしない。

 

『それはいいことを聞いたよ。緑谷少年』

 

 帰ってくるはずのなかった返答に驚いて振り向けば、がりがりにやせ細った姿のオールマイトがそこにいた。

 

『君に言ってしまった言葉を後悔していた。努力しているのだと一目でわかる君に、あんな無責任な言葉をかけるべきではなかった。私は一人の少年の人生を台無しにしてしまったのではないか、とね』

 

『いいえ、オールマイトは何も間違っていません。努力すれば報われる、そんなことは夢物語だとわかっています。だからこれは只のわがままなんです』

 

『そんなことはないさ、ただのわがままであの現場に飛び込もうとはふつう思わない』

 

『あれは……考えるより先に体が動いていたといいますか、そうするべきだと思ったといいますか』

 

『……ほう』

 

 うまくあの時の感情を表現できない緑谷出久に、何かを感じたようにオールマイトの瞳が鋭くなる。

 今度こそオールマイトに何か失礼なことを言ってしまったかと体を縮こまらせ。

 

『君なら私の〝力〟受け継ぐに値するかもしれない』

 

『え?』

 

 続く言葉に、間抜けな声を返した。

 

 様々なことを教えられた。

 オールマイトの個性が引き継がれてきたものなのだと。

 自身の怪我もあり後継者を探していたことを。

 この時代においてそれだけで絶望しかねない無個性という事実に負けず、努力を続けてきた身の上。そして多くのトップヒーローが身に覚えるという、考えるより先に体が動いていたという経験をした事実。

 だからこその提案だと。

 

『君の努力の証、器は十分だろう。君はヒーローになれる』

 

『…………』

 

 あの日母が言ってくれたことと同じ言葉に、しかし即答はできなかった。

 光栄なことだ。

 受け継がれてきた力の後継に見初めてくれた。

 だが自分がその力を受け継いでもいいのか。

 努力はしてきた、が、無個性でもヒーローになれるという決意への裏切りになるんじゃないか。

 先ほどまでとはまた違う葛藤、傲慢とさえ思えるその思いを口に出すのははばかられ。

 

『オールマイト、見極めてくれますか』

 

 だから、彼はハードルを求めた。

 短い時間とはいえ、オールマイトがそうだと言ってくれた言葉を信じないわけではない。

 これはけじめだ。

 この出会いを運命だと思い、受け入れる決意をするために。

 

『もちろんだとも、見極めさせてもらうよ。君が後継者足りえるかをね』

 

『はい、よろしくお願いします!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「SMAAAAAASH!!!」

 

 結局最後の一瞬まで、それこそ試験当日の朝まで踏ん切りがつくことはなかった。

 様々な試練を言い渡され、それを乗り越えて。

 本当にふさわしいのかと思わない日は1日たりとなかった。

 それでも最後は自分の意志で受け継ぐのだと決めた。

 その覚悟と決意をもって、ただのヒーローではない、オールマイトの後継者にふさわしいといってもらえるヒーローを目指すのだ。

 

「測定不能、加減しろ緑谷。これじゃ何も参考にならん」

 

 しかし少しやりすぎたのではないだろうか。

 

「やっぱり人間じゃないですよね緑谷君」

 

 蒼い光の後ろ、壁のように展開されたどこか見覚えのあるそれの後ろから耳あたりのいい少女の声が聞こえた。

 あたりを見渡せば、まず後方は思い切りえぐれていた。

 ボールを投げる拍子に踏ん張った足もとには地割れのようなヒビが入っている。

 そんな破壊から彼女、聖と名乗った大きな剣を携えた少女の個性は皆を守っているらしかった。

 また、周りに被害を出してしまった。

 

「ご、ごめんなさい先生、蒼軌さん、みんな……」

 

 オールマイト、僕はまだ、鍛錬が足りないようです。




バーが赤い! お気に入りが10倍くらいになってる! 感想たくさん!

本当に励みになります、ありがとうございます

誤字報告もありがたいです、気を付けてはいるのですがなかなか失くせません

次回から徐々にみんなの個性がどうなっているかわかっていく予定です



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第五話

かつてクラスメイト全員の投擲姿とそれへのリアクションを求められたヒロアカ二次創作があっただろうか

今回のお話はボールに対する謎の信頼の上で成り立っています


 いやー、やっぱり人間じゃないわ緑谷出久。

 先生の話聞いてた? これから個性把握テストを行うって言ってたよね? いきなり測定不能だしちゃ何も把握できやしないでしょうが。

 

「て、て、て、てめぇぇえええデクぁあああああーーーーー!!!」

 

 爆豪勝己が叫ぶ。

 知ってた。

 入学当日に言い渡された個性把握テストを行うという事実。

 普通ならば体育館なりにいき入学式を行うはずの今日、われら1-Aは雄英特有のバカでかいグランドで体操服に身を包んでいた。

 相澤消太、1-Aの担任にしてプロヒーロー。合理的な思考で時間を無駄に使わないことを求めるある意味渋い男。

 そんな彼が担任になったのが運の尽き。

 これから3年間、彼によって1-Aの生徒たちは地獄を見ることになる。

 かと言われればそんなことはなく、クリスマスを迎えるころにはエリちゃんという少女を迎えクリスマスパーティを開けるほどに青春を謳歌できる。

 除籍指導回数は通算154回、昨年度は1クラス全員を除籍処分にしたやばい奴というのが最初期の設定だったが、作品が進むにつれそれだけの人物ではないことが明かされる。

 しかし今現在は交流も深くない相手、下手なこと言うと普通に除籍処分を言い渡されかねないので大人しく、しかしヒーローとしての姿を見せなければならない。

 その考えを実行するうえで、個性を使った体力テストの先発に緑谷が選ばれたのは僥倖だった。

 早速クラスメイトを守るというアピールができたのだ。

 しかし、僥倖? いや、その前のセリフ。

 

『実技入試成績のトップは緑谷だったな。中学のときソフトボール投げ何メートルだった?』

 

 これには、わかっていたこととはいえ心をえぐられた。

 やっぱりあいつが1位、か。

 わかっちゃいた、わかっちゃいたが……そうかぁ、俺は1位じゃないのかぁ……。

 まぁ一瞬で見えなくなったボールとあたりに散見する被害を見せられれば認めざるを得ない。

 万能の化身たる俺の聖剣。

 その強化対象を腕力に集中運用したとしてもああはならない。

 咄嗟に同級生らを守れたのも薄々こうなるであろうことを想定していたからだ。

 

「守ってくれてありがと聖ちゃん。話には聞いてたけど、緑谷ってほんとやばいんだね」

 

「やばいですよ。あれはもう人間じゃない」

 

「人間じゃないって……いやまぁ、うん」

 

 おお、同意してくれるのか三奈ちゃん。俺はもう君に惚れそうだよ。もっとよしよししてくれていいんだよ。

 ざわざわと騒がしいクラスメイト。

 ああ、もしかしてやばいのはあの3人だけ? そうだと俺はもう安心できるんだけど。

 

「下がれ爆豪、まだ説明の途中だ」

 

「ンーーー!!! ヴグーーー!!!」

 

 そして簀巻きにされる爆豪。

 あっけなく捕まるその姿に安堵しかけ、いやいやわれらが担任の個性を忘れてはいけないと思いなおす。

 

 【抹消】

 

 一目見るだけで瞬きをしない限り相手の個性を消すというこれまたとんでも個性。

 俺の【聖剣】には個性の効果に抵抗(レジスト)する力があるが、あの個性相手でも発動するかは疑問が残る。

 そう考えるとあの緑谷ですら無効化できるのだから改めてチートな個性だと思わされる。

 ラスボスに善戦していたのもあの個性ありきだったし。

 

「あと蒼軌、いい判断だ」

 

「ありがとうございます」

 

 いいぞー、そんな人からの高評価。

 好感度アップだ。

 

「測定不能ってなんだ……」

 

「思い出した、どっかで見たことあると思ったら! 同じ試験会場で会場ごとでっかいロボットぶっ壊してた人や!」

 

「筋肉ムキムキだから増強系だとは思ってたけど……オールマイトかよ」

 

「それな、オールマイト思った。投げただけであんなになる?」

 

「圧倒されてる場合じゃない、俺たちもあれくらいやらなきゃってことだろ」

 

「えー、無理無理私増強系じゃないし」

 

「この種目でなくてもいい、あの男を先鋒に立たせた判断。何かしらを示せということだろう」

 

「つまり僕のまばゆさを見せつければいいんだね☆」

 

「なんかキャラ濃い奴いるんだけど」

 

 騒がしさに意識を向ければ、さすがは入学できた面子、あれだけの力を見せられても試験中に見たような茫然とした様子の者は一人もいない。

 まじで? 俺でも割と力の差を見せつけれられてナイーブになったんだけど。

 

「さて、まぁ参考にはならなかったがわかっただろう。今からお前たちにやってもらうのはこういうことだ」

 

 どうにか大人しくなったらしい爆豪勝己を追い返した先生が、改めて生徒全員のほうを向き直る。

 

「お前たちの個性は入試の映像と一緒にある程度どんなものか見せてもらった。鍛えてきたやつもいるし、強力なだけのものをただぶっ放してるやつ、すでにほぼ使いこなしてるやつもいる。正直個性使用禁止の体力テストを基にしたこれで測りきれるとは思ってないが、まぁ昔から知ってる基準の中で振るえば自他の個性がどんなものかわかりやすいだろう」

 

 緑谷がその言葉にびくりと肩を震わせていた。

 お前あの有様見せつけといて自分がぶっ放してるだけのやつ区分だと思ってるのか?

 どちらかといえば鍛えてきたやつの極致だろ。

 

「このテストで最低限自分を知り、相手を知れ。これから3年間雄英は全力で君達に苦難を与え続ける。更に向こうへ…PlusUltraさ」

 

 先生らしい最低限の言葉でそう締めくくる。

 その言葉にあれ、と思う。

 例の発破がない。

 浮足立った1-Aの面子に全力を出させるため、気を引き締めさせるため言うはずの除籍処分の存在。

 ほかならぬ先生自身が圧倒されて言い忘れてしまったのか?

 

「出席番号で行く。蒼軌、お前からだ」

 

「あ、はい」

 

「聖ちゃん頑張って! でも頑張りすぎないで! すぐに私だから!」

 

「ええ……」

 

 ぶんぶんと、今生の別れかといわせるほどに手を取って上下に振りたくられながら三奈ちゃんに送り出される。

 そうだ、先生の心配をしている場合じゃない。

 あおき、なんて名前だからなんかあるたびに今度から真っ先に指標にされるのは俺なのだ。

 これも前までなら少し加減してやるかー、なんて軽く考えられていたものだがそうもいかない。

 全力でやるしかない。

 

「【能力向上:指定・筋力】」

 

 指定された円の中に入り、強化先に光を一極集中する。

 回復も精神安定も聴力視覚等のほかの強化対象を一切無視してパワーに全振りする。

 おおよそ在学中に使う予定のなかった特化。

 

「本当、想定外だらけです――」

 

 そしてボールを思い切り。

 

「っね!」

 

 聖剣で打った。

 

「打ったあああああーーー!?」

 

「おいボール投げでボール打ったぞ! ありなのかあれ!」

 

「あり」

 

「やったぁ」

 

「というかあの剣なに!? いいものっぽいけどそんなバットみたいに使っていいの!?」

 

「投げてないじゃん!」

 

「あんな小さい子すら何でもありかよ……」

 

「素晴らしいフォームだったな」

 

「そこ?」

 

 割と何でもありなのだ、八百万が原作で好き放題してたらしいし。

 

「測定距離外、お前もか蒼軌」

 

「いやぁー、ボールなくなりそうですね」

 

「…………」

 

 さっき上げたはずの好感度が下がった音が聞こえる。

 これは話題をそらすしかない。

 

「ところで先生、測定距離外? 測定不能と何が違うんです?」

 

「測定不能は文字通り様々な要因で移動過程や結果すらわからない状態。測定距離外は反応を探れる範囲を超過して確認が取れない状態。どっちにしろ得点としてはマックス超えだ」

 

 はえー。

 測定できないと、できたけど技術的に到達距離が観測できない。一応度肝を抜ける数値ではあるけど圧倒的かつ1番かといわれればそうではないだろう。

 というか特化強化やばい。

 やるつもりなかったから反動がもろに来て両腕と体がすこぶる痛い。聖剣、早く治して。

 

「嘘つき! 聖ちゃんはサポート系だと思ったのに!」

 

「申し訳ない」

 

 肩を掴んで揺さぶられる。やめてまだ体痛いの。

 だがまぁとりあえず負けず劣らずの結果は出せただろう。数字はないが。

 問題はこれからだ。

 知っている3人を除いた16人がどのような個性を持っているのか。

 ついにそれを知るときが来たのだ。

 願わくば、これ以上想定外が起きることは勘弁してほしい。

 

 

 

 

 

2.青山優雅

 

「きらめき☆」

 

 過剰なまでの仕草、どこか芝居ががったフォームから繰り出されたのは一筋の光だった。

 手のひらから射出されたその光は一直線にボールを押し出し、10を数えるころにはボールは遥かかなたへと消えていた。

 その光景を見届けた彼はどうだといわんばかりの自信に満ちた顔で、また過剰な仕草で担任を振り返る。

 体のいたるところから無駄にレーザーを放出、屈折させ、セルフパフォーマンスも忘れない。

 

「5021.4m」

 

「僕の美しい個性、どう☆」

 

「数字出た!」

 

「けどまた投げてない!」

 

「初めて数字出たけどそれでもやばい!」

 

「5キロ! あの一瞬で!?」

 

 フフフ、と満足げにうなずきながら、彼は文字通り優雅に戻っていった。

 なおその姿に彼の求めていた反応が返ってくることはなかった。

 

 

3.芦戸三奈

 

「とぉりゃぁあああーーー!」

 

 直前まで先ほど記録できない記録を出した少女に抗議していた彼女は、男らしい掛け声とともにボールを投げる。

 初めてまともに投げてもらえたボールの歓喜の声はしかし、結果につながることはなく。

 今までの圧倒的な光景とは違い、あるべき姿ともいえる白線で距離を示された範囲の中へと吸い込まれていき。

 

「40m」

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛ーーー! 聖ちゃんーーー! 切島ーーー!」

 

「ぐえぁ……よ、よしよし」

 

「いや十分だろ。女子で40ってかなりだと思うぞ」

 

「測定不能が欲しいのぉ!」

 

「そんな無茶な」

 

 自身より頭一つ分小さい少女にタックルを決めながら泣くように彼女は戻っていった。

 本来ならば平均をはるかに上回る結果も、最初の3人のせいで彼女の慰めにはならなかった。

 

 

4.蛙吹梅雨

 

「ケロっ!」

 

 カエルを思わせる容姿、そして個性ゆえかヒーローを目指すうえでのキャラクターなのかカエルっぽい口調(?)の女子。

 先ほど投げてもらえて泣いて喜んでいたボールは一転またもやまともに使われることはなく。

 ドロップキックじみた両足蹴りでまたもや空の彼方に消えることとなった。

 

「1416.5m」

 

「蹴った!」

 

「またボール見えなくなった!」

 

「40mああああーーー!」

 

「落ち着け芦戸!」

 

 ケロ、とまた一鳴き。

 満足のいく結果だったらしい少女は笑顔を浮かべながら戻っていった。

 

 

5.飯田天哉

 

「おおっ!」

 

 白髪の少女が警戒した視線を向けているとはつゆ知らず、眼鏡をかけた真面目そうな少年は気合の入った声を上げる。

 まただよ、といい加減慣れてしまったボールはまたも、だがさきよりも莫大な力で蹴り飛ばされる。

 一瞬ボールがはじけたのではと心配になるような破裂音が響き、しかしそうではないとすぐにわかる。

 

「測定距離外」

 

「数字さん! 消えないで数字さん!」

 

「また消えたのか……数字(やつ)にこの戦いは厳しいのかもしれない」

 

「ブツブツブツブ……」

 

「三奈ちゃん!」

 

 ぃよし、とガッツポーズ。

 すぐに気が付いたように礼儀正しく教師へ礼を述べ、彼は戻っていった。

 

6.麗日お茶子

 

「えい!」

 

 今度は特に気にしていないらしい白髪の少女をしり目に、可愛らしく軽くボールを放った麗らかな少女。

 目の前で落ちるんじゃないかと思われるような放り方だったにも関わらず、ボールは一向に重力には従わず。

 一言二言少女と声をかわすと、担任はうんざりしたようにため息をついた。

 

「無限」

 

「新しい概念きた」

 

「今までとはまた違った空恐ろしさを感じさせる言葉きた」

 

「風船みたいになってるのに風に大きく左右されてない……どうなってるの、あれ?」

 

「あ、私の個性はね――」

 

 今までにない記録の出かたに興味を持ったらしい筋骨隆々の少年の質問に快く答えながら、少女は戻っていった。

 

 

7.尾白猿夫

 

「はっ!」

 

 3本の尾を腰からはやした少年。

 緑谷出久ほどではないが鍛えられた体をした彼は、しかし尾でボールを打ち据えた。

 3本をまとめて丸太のようなサイズになったそれをすさまじい勢いでたたきつけられたボールは当たり前のように見えなくなる。

 

「4101.3m」

 

「なんかもう普通だな」

 

「うん、なんか慣れてきた」

 

「ええ酷い。もうちょっとこう、うわー! とかすげー! とかさ」

 

「悪い。やっぱ普通だわ」

 

 今までとは違った反応を示すクラスメイト。順番に恵まれなかったのだ。

 抗議の声を上げながら、次はなんとか6本までならいけるか、などとつぶやきながら少年は戻っていった。

 

 

8.上鳴電気

 

「おっしゃあ! 見とけよ俺の投擲を!」

 

 今までさんざんツッコミを入れていた稲妻模様のメッシュの入った金髪をしたチャラそうな少年。

 小物臭の漂う彼はしかし、その投擲をもって評価を覆すこととなる。

 バチり、と漏電した電気のような音。

 その姿が一瞬ブレる。まるで投げる前と投げた後の姿を、わずかな時間の隙間にあるはずの動作を切り取ったかのような、一瞬の挙動。

 

「測定不能」

 

「え、なに? 投げた?」

 

「見えた?」

 

「ううん、見えへんかった」

 

「なんだよ、見とけって言ったじゃねぇか」

 

 言いながら、その反応が欲しかったというように得意げな笑みを浮かべる。

 詳細を訪ねるクラスメイトに勿体ぶりながら、彼は戻っていった。

 

 

9.切島鋭児郎

 

「おォりゃあああぁーーー!!!」

 

 気合十分。男らしい掛け声とともに力強く投擲されるボール。

 ボール投げの姿として、これ以上ない正しい姿。

 されどその気合とは裏腹に増強個性を持たない者でもそのボールの軌跡を追うことはたやすく。

 

「76m」

 

「ぐはぁあー!」

 

「き、切島くーん!」

 

「切島ぁ! 信じてたよぉ!」

 

「そんな信頼は嫌だー!」

 

 崩れ落ちた彼は白い少女とピンクの少女に肩を貸され、ズルズルと引きずられながら戻っていった。

 入学当日にして両手に花。そんなうらやましい姿に、しかし恨み言を言う者はいなかった。

 

 

10.口田甲司

 

「【頼みましたよ、翼を持ちし者たちよ】」

 

 岩石のような頭が特徴的で大柄な、それでいて意外とか細い声で話す少年。

 彼が投擲の前に何事かつぶやくと、少なくとも視界の届く範囲にはいなかったはずの数十を超える種類を問わない多くの鳥たちがどこからともなく現れた。

 ペットに餌をやるような気軽さで投げられたそれを鳥たちは掴み上げ、そのまま空の彼方へと持ち去っていった。

 

「測定距離外」

 

「ボール持ってかれたぞ」

 

「え、あれありなの? そういう個性ってこと?」

 

「あんまり見たことない鳥もいたけどどこから来たんだ……」

 

 照れたようにそんな評価を受け取る彼は、やはり体格にふさわしくない気弱さを感じさせ。

 称賛の言葉にとんでもないと恐縮しながら戻っていった。

 

 

11.砂藤力道

 

「ヴォオオオオオオオーーー!!!」

 

 これまた大柄な少年だった。だった、のだ。

 そんな彼が角砂糖を口に放り込んだ瞬間、まるで風船に空気を送ったかのようにその体が膨れ上がった。

 おおよそ2.5倍程度まで膨張した彼は、手に対してあまりに小さくなったそれを乱雑に投擲する。

 あまりの風圧に、白い少女がまた壁を展開することになった。

 

「測定距離外」

 

「で、でけぇ! マウントレディみたいにじゃなくて筋肉がでけぇ!」

 

「膨れ上がった! 筋肉がやばい!」

 

「怖い! 筋肉の塊怖い!」

 

「筋肉以外なんかないのか!?」

 

 フゥー、フゥー、とまるで化け物のような野太い呼吸音で精神統一でもしたのか、縮んでいく肉体。

 筋肉筋肉連呼する同級生に抗議の声を上げながら彼は戻っていった。

 

 

12.障子目蔵

 

「…………っ!」

 

 今までの男子たちと違い決して大声を出すわけでもなく、彼は投擲した。

 六対の腕、否うち4本は触手だろうか。その一つの手のひらから腕が生え、さらにそこから腕が生え、それを繰り返し鞭のようにしならせたその長大な腕をもって。

 明らかに円を飛び出していたが、当然指摘はされず。

 

「7012.5m」

 

「腕から腕が伸びてまたそこから腕が伸びてる」

 

「すげぇ個性だな、腕以外も生やせたりするんじゃねぇか」

 

「【できるぞ】」

 

「うお、口か!? すげぇけど少し怖」

 

「【…………】」

 

 クールな雰囲気の彼はしかし、そんな遠慮のない言葉に傷ついたのか、腕と触手を少々しょんぼりと下す。

 慌てて謝るクラスメイトにやっぱりクールに気にしていないと返しながら彼は戻っていった。

 

 

13.耳郎響香

 

「耳押さえてたほうがいいよ」

 

 そんな助言をクラスメイトへとした少女は、聞き届けられたのを確認し投擲する。

 ズン、と耳をふさいでいても響く重低音。

 物理的な衝撃を発生させたであろうその音は、細身の少女のどこから発せられたのかはわからない。

 

「1248.3m」

 

「あんましのびないかー」

 

「え!? なに!?」

 

「なんか言ったか!?」

 

「何か喋ってる!? きこえなーい!!」

 

 展開されていた蒼い壁はあまり意味を成したとは言えないだろう。

 阿鼻叫喚のクラスメイトに頭を下げつつ、彼女は戻っていった。

 

14.心操人使

 

「【全力を出せ】」

 

 ハイテンションなクラスメイトの影、若者らしい活力を感じさせない気だるげな少年がぼそりとつぶやく。

 誰かに命令するような口調のそれは、しかし誰に聞き取られるでもなく。

 気だるげな表情のまま、しかしやる気がないわけでもなく全力での投擲を行った。

 

「189m」

 

「常識範囲内仲間!」

 

「仲間ー!」

 

「…………おう」

 

「暗い! もっと元気に!」

 

「お、おう」

 

「常識……? 常識が崩れているのでは?」

 

「「うるさい!」」

 

 ものすごい勢いで距離を詰めてきた赤とピンクに困惑した様子を見せる。

 人を寄せ付けないようで、実のところは無愛想というほどではない少年は二人に背を叩かれながら戻っていった。

 

 

15.常闇踏陰

 

「やるぞ」

【了解シタ、ワガ主ヨ】

 

 カラスなどの鳥類を思わせる頭を持った比較的小柄な少年。

 そんな彼の影、普通の影に比べて一層暗いそこから現れたのは漆黒の巨躯だった。

 威厳を感じさせる低い声。不定形な映像のような姿はしかし、見るものをそれだけで威圧するような凶悪な雰囲気をまとっている。

 影が少年へとまとわりつき、一つになった彼らは目にもとまらぬ速さで投擲を行った。

 蒼い壁は以下省略。

 

「測定不能」

 

「す、すごい! 意志を持った個性なんて初めて見たよ!」

 

「しかもかっけー! 声がかっけー! 登場の仕方がかっけー!」

 

「うちのクラス勇者と魔王が共存してるってこと?」

 

「まさか勇者って私です?」

 

【魔王ナドト、我ハ主ノ従順ナル僕ダ】

 

「「「か、かっこいい!」」」

 

 自分より自分の個性がクラスメイトに褒められる、少々複雑な気持ちなのだろう。

 それでもいやな気持ではないと影を従えた少年はクールに戻っていった。

 

 

16.轟焦凍

 

「飛べ」

 

 端正な顔立ちの少年で、オッドアイに右が白髪、左が赤髪になっているイケメンを体現したような少年。

 パキリと瞬間的に形作った氷の鳥。

 それだけで芸術作品ともいえるような美しい鳥は、それが氷だというのを忘れさせるほど滑らかな動作で先ほどの鳥のようにボールを掴むと空へと消えていった。

 

「測定距離外」

 

「個性の使い方までイケメンかよぉ!」

 

「最低限の力でサクッとやってる感じが気に食わないのに嫌味っぽくない! さすがイケメン!」

 

「イケメンてなんだ」

 

 ポカンとした表情で問う彼に、イケメンで天然とか無敵かよと、男性陣の一部から抗議の声が上がる。

 それでも彼にとってそれは理解の範囲外であり、首を傾げ再度問い直しながら戻っていった。

 

 

17.葉隠透

 

「ええーい!」

 

 特徴的な面子の多いA組において最も目を引く一人の少女。目を引くが、その姿を捉えられるものはいない。

 その一切が透明な姿。いわゆる透明人間である少女の注目の一投。

 投擲されたボール。一瞬で見えなくなったそれに、見慣れたはずのその光景に、今まで一切感情を見せなかった担任が初めて記録以外の言葉を口にした。

 

「葉隠、ボールは」

 

「投げました!」

 

「投げたんだな?」

 

「はい! ちゃんと投げました(・・・・・)!」

 

「……測定不能」

 

「測定不能!? 透明なうえ測定不能たたき出すってまじか!」

 

「でも先生の質問はあれ、なんでだろう」

 

「それだけ特殊な個性ってことかもね」

 

 どこかしてやったりな少女は、透明ゆえにその表情を悟られることなく戻っていった。

 何が起きたのか理解していたのは、その個性について理解のある相澤ただ一人だった。

 

 

18.爆轟勝己

 

「ふざけやがってぇ……死ねぇ!!!」

 

 お前本当にヒーロー志望なのかと問いただしたくなるありさまで膨大な熱量と共にボールを投擲する少年。

 もはや恒例となった蒼い壁の防御の元、クラスメイトへの配慮を度外視した全力の爆発。

 むしろギャラリーは離れればいいだけなのだが、数字が意味をなさない以上過程を楽しんでいる彼ら彼女らにその忠告は届かないだろう。

 緑谷を超える被害をあたりにまき散らしながら、それでも飛んでいくボールの相変わらずの頑丈さには目をみはるばかりである。

 

「測定距離外」

 

「くそがぁ!」

 

「測定距離外でくそってなんだ」

 

「プライド高そうだし1番になりたかったとか? 何をもって1番なのかもうわかんねぇけど」

 

「なんか言ったかクソモブどもがぁ!」

 

「お前本当にヒーロー目指してんの!?」

 

「かっちゃん、そんなふうに言うのはよくないよ」

 

「元凶らしいあなたがそれを言うのはアウトなのでは……」

 

 すさまじい形相で飛びかかろうとして、またも担任により捕縛される。

 この短時間で2度も担任に捕縛される。その姿にはさすがのクラスメイト達もひきつった表情を浮かべるほかなかった。

 

 

19.緑谷出久

 

「最初の記録でいいな、省略」

 

「あ、はい」

 

 

20.八百万百

 

「蒼軌さん、でよろしかったでしょうか。よろしくおねがいしますわ」

 

 初めて自ら周囲への防御を頼んできたやたら発育のいい少女。

 自分の役割に今更疑問を持ち出したらしい白い少女はしかし、次の瞬間彼女が創り出したそれに気合を入れて防壁を張り巡らせた。

 さすがのクラスメイト達もそのすさまじい物体を前に白い少女をぐいぐいと前に押し出し逃走する。

 そして。

 

「測定距離外だ、やめろ八百万」

 

「なぜですの? (わたくし)まだ何もしていませんわ!」

 

「そんなものこんな場所でぶっ放すつもりか。冗談じゃない。蒼軌も万能じゃないぞ」

 

「いえ、いけます先生。私は万能であるはずです」

 

「いらん意地をはるな」

 

 彼女が創り出したのは戦艦の主砲を思わせる超巨大な砲塔。

 明らかに彼女の体積を超過したその物質が当然のように彼女から飛び出してくる様はもはや狂気であった。

 納得いかない、という様子でぷりぷりと怒る彼女を愛らしいといえるものはこの場にいなかった。

 

 

 

 

 

 

 個性把握テスト。

 未だ始まったばかりであったはずのそれは、早くも二人の人間に人外魔境の異世界に足を踏み入れたのではないかと錯覚させるには十分で。

 教師と生徒であるはずの。

 全く違う目標と目的を持つはずの二人の心は、人知れず同じことを考えたのだった。

 

 

 

「「こいつら全員人間じゃない」」




ツッコミを入れてるのはほぼ上鳴と切島と芦戸と主人公

彼らの動かしやすさは異常ですね、これからも頼っていきます


小麦粉20000様、jaiq様、白よもぎ様、匿名鬼謀様

太陽のガリ茶様、雑魚な魚の極み様、たまごん様

クオーレっと様、見習い様、ししとー様

誤字報告等ありがとうございます、確認しきれない誤字の報告本当に助かっています


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第六話

日刊ランキング1位!? こんなことあるぅ!?(汚い高音

皆様のおかげです、本当にうれしいです!

自分の書いたものが評価され、多くの人から感想をいただけることがこんなにうれしいとは……

面白いと思った書いたものが面白いと思ってもらえる、素晴らしいことですね


 最悪だ、最悪の想定が当たってしまった。

 試験で見たあの3人だけじゃない。

 クラスメイト全員バケモンじみた個性をもってやがる。

 負けず劣らずの結果出せたなぁ、なんておもってたらポンポンと同じような結果が飛び出してくるのだからたまらない。

 何度バリアを張ったんだろうか。

 俺の求めていた視線は敵わないという絶望と称賛、しかしそれでも諦めないと負けん気のこもった視線であって、守ってくれてありがとうという気楽なそれではなかったはずなんだが。

 いい子だねーよしよしとでも言いたげな、今までさんざん友や教師、その他大勢から向けられていたその視線に甘んじていたのはそれが楽であるという事実もあるがそれ以上に。

 そんな容姿と性格でありながら個性が万能で圧倒的であるという事実にギャップを持たせるためのはずだ。

 幼く見える少女がでかい剣を持つだけでロマンがある。そのうえで強かったらさらに際立つだろう。

 そんな反応が欲しかっただけのはずなのにどいつもこいつも……。

 いや、何人かそうでもないのがいるけどもう確定だろう。ボールを吹っ飛ばすという行為に対して生かし方がなかっただけでもう確実に全員人間やめてる。

 

「気合が足りないんだ、蒼軌、ちょっと殴ってくれ!」

 

「はい」

 

「ありが――お前、それあっぶ……!」

 

 二回目の測定を前にそういわれたので、遠慮なく切島を聖剣の腹でぶっ叩いてやったがもう硬さが尋常じゃなかったもんね。

 強化しきったさっきほどではないとはいえそれなりの力でぶっ叩いたはずなのにびくともしない。というか硬化してた? 不意打ちだったししてなかったはずなんだけど、反応が人間やめてるのか?

 硬いというか固定されてるかのようにびくともしない。

 こちらが弾き飛ばされたので気合が入ったのかは知らん。

 何びっくりしてんだ、容姿そのままに可愛らしくビンタでもしてもらえると思ったか謎物質め。

 

「うぇええええん……」

 

 結局二投目も結果が伸びることのなかった三奈ちゃんはすっかり俺に頭をうずめている。

 彼女の個性もおおよそボール投げに役立つものではないが、その真価を発揮する場を用意されたのならばどうなるかわからない。まさか聖剣溶かされちゃうとか? 勘弁してくれ。

 包容力のある胸でなくてすまんな、固いだろう。切島ほどではないだろうが。

 というか角刺さってる角刺さってるまじで痛い。少なくとも俺の肋骨よりその角は堅かった。

 

「だからお前は免除するといったろう」

 

「納得いきませんわ! 何もせず結果を得るなんてヒーローとしてあり得ないことですもの!」

 

「先生! やらせてあげてください! 私頑張りますから! みんなを……守って見せます!」

 

「蒼軌さん……!」

 

「八百万さん!」

 

 チラッ。

 

「感動シーンっぽい言い回しをしてもだめだ。次、立ち幅跳び。準備」

 

 哀れ八百万。

 私の必死の説得もむなしく彼女は二投目もボールに触れることすらなかった。

 彼女も彼女でとくにおかしい。

 どうすんだあのでかい砲塔。質量保存の法則どこ行った。

 

 もう決定したのだ、全員おかしいのだと。

 あの青山が体中からレーザー出して、それどころかアニメや漫画のレーザー兵器よろしく自由自在に操った時点で察したと言ってもいい。

 もはや俺にできたのは先生への好感度稼ぎとツッコミだけだったのだ。

 テンションがおかしくなっているのがわかる。

 なにが八百万さん! だよ。あほかよ俺は賑やかしキャラじゃないぞ。

 おいこら聖剣仕事しろ。精神を平静にするんだ。今が問題ない精神状態だとでも?

 よしよし、落ち着いてきた。

 クラスメイトが強い。

 それはもう認めよう、認めざるを得ない事実だ。それが気に食わないほど、俺も子供ではない。

 だから見極めるのだ。

 この力をどう生かしどう工夫すれば彼ら彼女らに圧倒的な差をつけ、最強に成れるのかを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2.立ち幅跳び

 

 測定不能(時間中いくらでも飛び続けるため)

 蒼軌聖、青山優雅、麗日お茶子、口田甲司、常闇踏陰、轟焦凍、爆豪勝己、八百万百。

 

「聖ちゃんーーー! 私もつれてって! 私に翼をください!」

 

「申し訳ない」

 

 

「フフ☆ 美しい翼だね、でも僕のほうがもっと美しいよ! どうだいこの輝く翼☆」

 

「地面削れてる! あぶねぇよ!」

 

 

「自分まで浮かせられるんだね、すごいなぁ」

 

「えへへ、昔は気持ち悪くなることも多かったんやけどね」

 

 

「鳥に運ばれてる! 爪刺さらない?」

 

だいじょうぶ!

 

 

「堕天使の翼を」

【了解シタ】

 

「黒い翼! かっこいい! けど名前はあれだね」

 

 

「氷の翼! いや羽はやせるやつ多すぎかよ!」

 

「割と調整が難しいんだがな」

 

 

「あの形相で延々と爆発しながら飛んでるの少し面白いよな」

 

「ア‶ア‶!?」

 

 

「ジェットパックですわ!」

 

「さっきも思ったけど何でも作れるのかあいつ」

 

 

 測定距離外(グラウンドを飛び出すため)

 飯田天哉、上鳴電気、砂藤力道、緑谷出久。

 

「省略」

 

「「「「そんな!」」」」

 

 

3.50m走

 

 測定不能。

 飯田天哉、上鳴電気、緑谷出久。

 

「あの3人速すぎだろ……」

 

「速さといえばボ――俺だ。俺が一番速かったといえるんじゃないか」

 

「いやいや俺が最速でしょ! 雷よ!?」

 

「蒼軌さん、その……またバリア張らせてごめん」

 

 

 1秒未満。

 蒼軌聖、青山優雅、砂藤力道、常闇踏陰、轟焦凍、八百万百。

 

「かまいませんよ。ええ、ほかの方を死にかけさせるわけにはいきませんからね」

 

「美しくないね☆」

 

「筋肉コールするのやめろ!」

 

「少し遅かったな」

【日ノ光サエナケレバ】

 

「まだまだだな」

 

「リニアモーターですわ!」

 

 

4.持久走(20mシャトルラン)

 

 測定未終了(シャトルランの音源は247回。280を超えた時点で終了)

 蒼軌聖、麗日お茶子、尾白猿夫、切島鋭児郎、砂藤力道、常闇踏陰、轟焦凍、爆豪勝己、緑谷出久、八百万百。

 

「飛んでるやつと跳んでるやつばっかりじゃねぇか! 走れよ!」

 

「ワイヤー張るのはありなの!? 序盤なんか設置してるなって思ったけども!」

 

「切島はよく頑張った! お前すげぇよ……!」

 

「ガハッ――ゴホッ――おえぇええ……――」

 

「切島君落ち着いて! これ! 酸素! あとついでに効果あるかわからないですけどやるだけ私の個性で治してみますから! ほら膝枕!」

 

「っく、彼とスピード対決などしなければ……!」

 

「俺だって! 先生すんませんちょっと充電しにいってきます!」

 

 

5.握力

 

 機器破壊。

 上鳴電気、砂藤力道、常闇踏陰、葉隠透、緑谷出久。

 

「やると思った」

 

「上鳴と葉隠。お前たちは変にいじろうとして壊した感じだな。測りなおせ」

 

「「はい……」」

 

 

 1000kg超え。

 蒼軌聖、尾白猿夫、障子目蔵、轟焦凍、八百万百。

 

「蒼軌お前! その見た目で! いやボール打った感じ的にわからんでもないけど!」

 

「握力……尾力の間違いじゃ?」

 

「氷で押し出したり万力使ったりはありなのか……いやもう今さらか」

 

 

6.反復横跳び

 

 測定不能(数えられなかったため)

 飯田天哉、上鳴電気、葉隠透、緑谷出久。

 

「今度こそ俺だ!」

 

「いいや俺だね!」

 

「葉隠……」

 

「ちゃんとやりました! 見えなかったですか?」

 

「ええ……ありなのかそれ」

 

「服まで消したからな、確かに言ったもん勝ち……いや、どうなんだ」

 

「蒼軌さん……本当に……本当に……」

 

「いやかまいませんって」

 

 

7.上体起こし

 

 測定不能。

 上鳴電気、緑谷出久。

 

「しゃあ! 俺が最速!!」

 

「緑谷の爆風に耐えるために蒼軌が完全防備だったのめっちゃ笑ったんだけど」

 

「固定するために剣突き刺したの緑谷に刺すかと思ったもんな」

 

「あ、あおき……さん……」

 

 

 100回超え(50を超えれば一級のアスリートレベル)

 蒼軌聖、尾白猿夫、砂藤力道、常闇踏陰、葉隠透、爆豪勝己。

 

「微妙に蒼軌もやばいよな」

 

「わかる。緑谷と砂藤と爆豪の押さえ役に駆り出されるだけのことはあるよな」

 

「すさまじい爆風と筋肉と爆発に耐えるのすごい」

 

 

8.長座体前屈

 

 備考、特になし。

 体の一部を延長する、個性で押し出すなどで記録を伸ばしたとしても柔らかさを見るこの種目においてそれはあまり意味をなさないため。

 

「私体柔らかいんだ! 見て! ほら! 立ったまま足を首の後ろに回せるんだよ!? ほらぁ!」

 

「素晴らしいですね! さすが三奈ちゃんですよ! 本当にすごい! 体の柔らかさは怪我の防止や思いもよらない攻撃につなげたり本当に様々な利点があって本当に大切なことですからね!」

 

「蒼軌もさっき結構グネグネとぉーー!? あぶねぇ! やめろ! 嘘嘘! すげぇな芦戸は! うん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無理だこれ。

 

 いや、わかってたとしても彼らの圧倒的なさまを見せつけられるのはつらかった。

 圧倒的でないまでもかなり強化された結果を出していた面子ばかりだった。

 地力が高めであるために、圧倒の程度がそれほどでもなくなってしまうのだ。抜きんでた結果に名前を連ねなかったとしてもやばかったのは耳郎響香や心操人使だろうか。

 耳郎響香の音という力は俺の壁でも今のところそこまで軽減できないし物理的な影響を素で行っている。心操人使は洗脳があるくせに明らかに身体能力が高すぎる。

 

 俺が他に抜きんでてやったことといえばなんだ?

 

 一部の力こそ力といわんばかりのあほどもによる周囲への被害拡大防止と救命とメンタルケアだ。

 それはヒーローとして正しい姿だろう。これでこそヒーロー。

 

 だが俺がやりたかったのはこんな事じゃない。

 

 余計な事させた筆頭、力こそ力代表緑谷出久。お前いい加減にしろよしまいにゃ刺すぞまじで。

 俺がやりたかったのは絶対的な力、能力、実力をもって他を圧倒し称えられることだ。

 雄英じゃないヒーロー科のある高校ならもっと容易かっただろうが、そうではない。

 素晴らしい才能たちが集まるここで圧倒するからこそ俺の名声は高く広く広まるはずだったのだ。

 しかしいざ入学してみればこのありさま。

 

「蒼軌、そっちはまとまったか」

 

「はい、多分これで問題ないと思います」

 

 先生に今までの結果の集計の手伝いを頼まれている。数字として出ていない項目が多すぎて機械でぱっと出なかったらしい。

 

 この俺が雑用係か?

 

 嘘だろう?

 

 【聖剣】の能力一から語りなおそうか?

 

 知能向上効果もあるから情報精査にもばっちり対応してるんだぜ?

 

 万能だろ?

 

「じゃあ、とりあえずこれが今回の順位だ」

 

1.緑谷出久  11.爆豪勝己

2.上鳴電気  12.麗日お茶子

3.飯田天哉  13.障子目蔵

4.常闇踏陰  14.青山優雅

5.蒼軌聖   15.口田甲司

6.砂藤力道  16.耳郎響香

7.轟焦凍   17.蛙吹梅雨 

8.八百万百  18.心操人使

9.葉隠透   19.切島鋭児郎   

10.尾白猿夫  20.芦戸三奈

 

「順位だが、ほぼ誤差みたいなやつも多いしあくまでこの枠組みの中での結果だ。実力とは違うことを忘れるな」

 

 それは俺の背中に張り付いて離れない彼女のことを見て言ってるのか?

 優しいじゃないか。先生も想定と違った口か?

 除籍ちらつかせて底をはかるつもりがどいつもこいつも見上げさせられてばかりだったしね。

 

「今回は便利なやつがいたからよかったが今後もそうとは限らない。力の限り暴れて、見てはしゃいでいればいいなんて思ってないだろうな? 問題点、課題に改善点。思いついたものを明日までにまとめてこい」

 

 便利なやつっていうな! 最強の万能個性持ちを便利扱いするんじゃねぇ!

 えー! と抗議の声が上がるが正直先生に同感だ。

 力の限り振り回せばいいってもんじゃない。だからこそ強い奴もいるが、普段からそうであっていいわけではない。

 あくまで当たり前に、普段から被害を出さずに物事を終息させるのがヒーローだ。

 今後も便利屋扱いされてもたまらない。

 彼らが加減を覚えている間に、俺はこの雄英の設備を使って自己強化に努めなきゃならない。

 強化するための努力をしてこなかったわけではないが、今日一日でそのすべてが足りなかったのだと思い知らされた。少しでも早く、万能でありながらすべてがメインでその力を持つ彼らより強くなるように。

 やいのやいのといろいろ言いたいことがあるらしいクラスメイトにしかし、合理的な彼が譲歩のような何かをするはずもなく。

 

「じゃ、今日はもう終わりだ。各自教室に戻って帰れ。明日から本格的な授業開始になる。机の上にプリントがあるから詳細にしっかり目を通しておけ」

 

 そう、冷たく言い放った。

 デェ……クゥ……!!! とかいう声が聞こえた気がするが俺の知ったこっちゃねぇ。

 引きずられていく暴風発生装置のことなど、俺のサポートするところではない。

 

 

 彼らを筆頭に、ぽつりぽつりとクラスメイト達が教室へと戻っていく。

 初日にして課題を出されたのだ、さっさと帰ってやること終わらせて明日に備えるのだろう。

 だが俺は違う。

 そんな悠長なことしてる時間はない。

 

「ああ、あと蒼軌。こっちにこい」

 

「なんですか? 何でもしますよ」

 

 ちょうどよかった。先生に呼ばれたのでこれ幸いとばかりにそちらに足を向ける。

 雑用でも何でもいい、それをネタに施設の使用許可と、あわよくばご教授ねがうとしよう。

 

「これを片付ける。できるか」

 

「つまり私に運べと」

 

 先生が指示したのはどこぞのオッパイが作り上げたどでかい砲塔。

 残ってたのか……、いや、ギャグアニメでもあるまい残るに決まってるんだが。

 おいオッパイ。どこ行ったオッパイ。

 いねぇ! 帰ったのかあのど天然オッパイ!

 

「運ぶ……運べるのか。いや、壊してもいいしどっちでもいい」

 

 運べますとも万能だからね!

 まぁ俺以外にも担ぎ上げて持っていけそうなやついっぱいいるけどなぁ!

 

「あ、じゃあ私がやります先生」

 

「え?」

 

 聖剣を引き抜きやってやるさと気合を入れた俺の動きを止めたのは、三奈ちゃんだった。

 背中にへばりついたままだったの忘れていた。

 いつまでへばりついてるつもりだったんだ。初対面だぞ? 距離感どこ行った。

 

「聖ちゃんは今日頑張ったからこれくらい私がやるよ」

 

「私は全然平気ですが……」

 

「いいからいいから」

 

 いうと彼女はそっとそれに手を触れる。

 そう時間もかけず作り上げられたそれは、それでも巨大な弾を打ち出すに十分な強度をもった頑強な鉄塊のはずだ。

 彼女が何をするつもりなのか、嫌な予感がしつつもそれを見守る。

 

「えい!」

 

 バシャ、と。

 まるでパソコンのペイントツールで黒一色のそれに消しゴムをかけたかの如く。

 彼女が手を滑らせたところが消し飛んだように消滅する。

 その断面はとてもじゃないが溶かされたとは言えない滑らかな断面をしていて。彼女が手を振るうたび、もともとそういう形のオブジェだったのではないかと思えた。

 唖然とする俺に気が付くことなく、あっという間に砲塔を消し飛ばした彼女はふうとため息を一つ。

 

「終わりました」

 

「……ああ、助かった。気をつけて帰れよ」

 

 先生、気持ちはわかる。

 

「はーい! 聖ちゃん、一緒に帰ろう? ついでに課題手伝って! 課題だらけだよぉ!」

 

「ははは……そうですね。手伝いますよ。雄英の近くに、いい喫茶店があるらしいんです。そこで……そこで、お茶でもしながらゆっくりと、うん。ゆっくりとくつろぎながら、課題に取り組むとしましょう」

 

「やったぁ! とと、先生に聞かれちゃったかな」

 

「大丈夫ですよ、先生も今日くらいは……大目に、見てくれることでしょう」

 

「んー、やっぱり聖ちゃん疲れてる? そりゃそっか、引っ付いてばっかりだったし今度は私が運んだげる!」

 

 俺はどこかで期待していたのかもしれない。

 彼女は俺の知っている彼女なのだと。

 原作の、あの微妙に使いづらい酸とかいうよく考えると意味不明な個性で、ただ元気いっぱいな少女なのだと。

 雰囲気でわかる。

 あれは俺の剣すら消せる力だ。

 別に一点ものではないが、それでも物理的な損傷とは無縁だと思っていた俺の剣を。

 テストの間中嘆いていた彼女もまた、普通ではないクラスメイトの一人だったのだ。

 

 彼女に抱っこされるように持ち上げられながら、俺は教室へと連れられて行く。

 そうだな、今日はもういいや。

 帰ろう。

 新しくできた友達と、おいしいケーキでもつまんでリフレッシュしよう。

 そして明日から頑張るのだ。

 この現実との戦いを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「や、相澤君」

 

「……こんなところで何してるんですか」

 

「見てたのさ、未来のヒーローたちを」

 

「未来のヒーローたち、ですか」

 

 校庭から自らが受け持った生徒たちの姿が消えた頃。まとめられたデータを手に教員室に戻ろうと足を進めていた相澤に、似合わない黄色のスーツに身を包んだ大男が声をかけた。

 自らの生徒たちとは明らかに違う年季の入った肉体を持ったその男は、誰もがその名前を知っている最高のヒーローことオールマイトだった。

 目の前に現れたならばそれだけで一生分の運を使い果たしたと歓喜される彼の姿に、これから毎日顔を合わせるのだと知っていた相澤が表情を変えることはなかった。

 

「どうだった、新しい生徒たちは。私はまだ教師としてはひよっこでね、君に何か学べればと思ったんだが」

 

「見てたんでしょう。なら、俺が言いたいことわかりますよね」

 

「見てたさ。見てたからこそ……彼ら私が受け持つ生徒でもあるんだろう? 何かこう、ね?」

 

 巨躯の男が可愛らしく察してとでも言いたげに首をかしげる姿にわずかに眉を顰め、しかし相澤はそれも仕方がないと思いなおす。

 教師としてひよっこ。

 素晴らしいヒーローである彼は、だからと言って教える立場としても一流とはいいがたい。

 それは今日までの交流で知っていることだ。

 感覚的な感性が強すぎる彼は、教えるべきことを言葉として、目に見え他者に共有できる形として示すことをすこぶる苦手としている。

 そんな彼が今までの生徒たちの様子を観察していたのなら、たしかに相澤に助けを求めてくるのも道理だろう。

 

「正直俺もどうしていいかすぐには思いつきませんね。可能性のないものなら切り捨てればいい、あるのならばそれを開花させるために助けてやればいい。だがあいつらはそうじゃない。可能性と心とが乖離しすぎています。お互いの力を見て、自分もそうだからなのか単純にすごいとしか思っていない。その力が持つ意味も、もたらす物も、あいつらは全然理解できていない。本当にただヒーローを目指しているだけのガキなんですよ。単純に今までのように教えるわけにはいかない。心と共に成長するはずの力が、すでにそこいらのヒーロー数十人分を超越している。心と力のバランスが悪すぎる。少しでも導き方を間違えれば……きっと恐ろしいことになる」

 

「お、おお……なるほど、そう、だね」

 

 理解できていないのだろうが、相澤にそんなことは関係なかった。

 それは自分自身に言い聞かせるものだったのだから。

 危うい。

 誰が言ったのだったか。

 緑谷だけではない、全員がそうなのだ。

 一人一人としっかりと向き合い、確実にヒーローとならせるためにこれほどの規模の学校でありながら1クラス20人しかいない生徒。しかしその20人全員が可能性の塊なのだ。すぐに答えを出せないのは当たり前といえる。

 寝ぐせだらけの髪を掻きむしる。

 とりあえず万が一に備えて目薬の予備だけは無くさないでおこうと薬局に行く予定を頭の中で追加する。

 

「何かないかい? 一つだけでもいい、君や彼らの邪魔だけはしたくないんだ」

 

 偉大なヒーローであるあなたが何をそんな情けない。

 そうは口に出さず、相澤はそれならばとタブレットに一人の生徒を表示しオールマイトへと突きつける。

 

「彼女は?」

 

「蒼軌聖。こいつを頼ればいいでしょう。馬鹿げた力の持ち主ばかりのあいつらの中で、比較的自らの力と周りの力への理解があります。同級生による言葉は教師とはまた違ったものを持っています。それにあいつらの中で最も状況対応能力が高い。個性も、性格も。雑用でも頼みながら交流を深めておくのがおすすめですよ」

 

「蒼軌聖……ああ、彼女か。入試試験の映像は見たよ。わかった、相澤君のすすめだ。そうしよう」

 

 うんうんとうなずくオールマイトに、軽く会釈して相澤は再び足を進める。

 ひとまずはそれがいいだろう。

 とりあえずは彼女に潤滑油として働いてもらう、その中で一日でも早く見つけるのだ。

 

 彼らの導き方を。




着々と主人公の扱いが偏っていく



皆様の感想、本当に楽しく読ませもらっています

最近は感想の頻度が多くてずっとパソコンとにらめっこしています、すっごく楽しい

仕事に行きたくない……このままずっと毎日書いていたい……

明日からは少しペースが落ちます

これからも応援よろしくお願いします!


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第七話

主人公たちの放課後




「テメェデク……、何か言うことあるよなぁあ? ああ?」

 

「か、かっちゃん、熱い……あちち、熱いって!」

 

 校舎裏。人気のないそこで、不良に絡まれる気弱な少年の姿があった。

 と、声だけを聴いたのならば思われるかもしれないが、実際はそうでなく、からんでいる側とからまれている側がどっちがどっちなのか一目でわからない見た目をしていた。

 目つきと口がすこぶる悪い少年と、筋骨隆々で熊くらいならば素手で殴り殺せそうな少年。

 このエリートばかりが集まる雄英というエリート校でそんな不良漫画のようなやり取りをしているのは、何を隠そう今日入学したばかりの爆豪勝己と緑谷出久であった。

 原因は言うまでもない、先の個性把握テストだろう。

 爆豪勝己は騒がしくはしゃいでいた一部の生徒たちをしり目に終始すこぶる機嫌が悪いままだった。

 こう見えてみみっちい性格である彼は数回危ない場面がありながらそれでもテスト終了まで本格的な行動には移さなかったのだが、教師が終了を告げたのだからもう構うものはないと、終了したその瞬間にイラ立ちの原因である幼馴染を引きずってこうして人気のない場所まで来たのだ。

 

「どういうことだぁ? なんでおめェがあんな馬鹿力持ってんだ? いくらそんななりしててもあれはおかしいよなぁ? えぇ?」

 

「それはその、話せば長い……いや、話しづらいというか……」

 

 手のひらを小刻みに爆発させながら脅しをかける爆豪に、しかし緑谷は申し訳なさそうに目をそらす。

 体は飛躍的にバカでかくなっていったくせにこうした性格は昔から何も変わらない。

 その事実に、またイラ立ちが募り、手のひらの爆発が少々シャレにならないレベルになる。

 

「いつからだ」

 

「え?」

 

「いつからだって聞いてんだよクソナード!」

 

 引き締まった肉体を持つ彼には似合わない罵声を浴びせながら一段と大きな爆発が緑谷を襲う。

 こんな感じ、懐かしいなぁなんて場違いな現実逃避をしながら緑谷は思考をめぐらす。

 爆豪の言いたいことはわかっているのだ。

 いつから個性を持っていたのだと。

 いつからその事実を隠していたのだと。

 なぜそれを早く言わなかったのだと。

 個性の発現は、わかりづらすぎて気が付かなかった、という事例を除けば総じて4歳あたりまでに限定されている。

 鍛えまくっていた緑谷が己の増強個性に気が付かなかったなど、まずありえない。

 どう説明したものか、と思う。

 遅咲きの個性だとそういうしかないのだが。

 オールマイトから託された個性【OFA】。

 その事実を彼に明かすわけにはいかない。

 受け継いだ者の責任として、託された者の責務として、この事実は自分一人で死ぬまで抱えていくものだ。

 こればかりはこのどう脅されても話すわけにはいかない。

 髪の毛の焦げた匂いを感じつつどうしたものかと思考する。

 それでも彼が気に入る言葉など、思いつくはずもない。

 

「ごめんかっちゃん、情けなかったんだ」

 

「……はぁ?」

 

 だから、緑谷出久は言い訳をした。

 

「僕は君に昔言った、約束した。無個性でもヒーローになるって、その姿を見ててほしいって。でも結局、僕は個性を得てしまった。あれだけ努力をしたけど、結局個性の力でヒーローになるための第一歩を踏み出しちゃったんだ。だから、かっちゃんに言うのが恥ずかしかった」

 

 言い訳だったが、それはいまだ彼の心に燻っている思いだった。

 無個性であることにこだわりを持っていたわけではない。

 無個性のヒーローという称号が欲しかったわけではない。

 無個性でも努力していた自分の姿に酔っているわけでもない。

 それでも、この力がほかならぬオールマイトに認めてもらって託されたものだとしても。

 幼馴染である彼に約束したあの日の言葉を裏切ってしまったことに変わりはない。

 何が正しいのかはわからない。

 少なくともほかならぬ母は祝ってくれた。涙を流し喜んでくれた。

 けれどその事実にどうしても胸のしこりが取れないのだ。

 

「下らねぇこと言ってんじゃねぇぞ」

 

「え?」

 

 困惑する間もなく、胸ぐらをつかみあげられそのまま持ち上げられる。

 見た目通りの体重である緑谷を、片手でだ。

 

「テメェがどんな考えを持ってようが関係ねぇ! 無個性でヒーローになる? 個性を持ってしまったことが恥ずかしい? バカなこと言ってんじゃねぇぞ! そんなことはなぁ、俺にはどうでもいいんだ。お前が持ってるんならそれはお前のもんだ、お前の力だ!」

 

「……!」

 

 彼は続ける。

 

「得てしまっただぁ……? 無個性の分際で散々鍛えて俺に大口叩いたんだろうが! 持ってんなら使え、持ったんなら全力で使え! 使いこなせ! 使いこなして俺の目の前で言ってみろ、ヒーローになるってなぁ! そういう身の程知らずなのがテメェだろうが! そんなお前を、俺がぶっ潰してやんだよ!」

 

 ああ、やっぱりと。

 やっぱり彼は自分のあこがれだと。

 自分の迷いなど彼には関係ないのだ。

 迷う必要すらなかったのだと、そう思わせてくれる。

 どんな道程を経ていたとしても、手にした以上これは自分の力なのだ。

 自分の力にしていかなければならないのだ。

 そんな当たり前のことに、何を悩んでいたのだろうか。

 

「ごめん、かっちゃん」

 

「謝るんじゃねぇ! この期に及んでまだ俺を見下すのか!? たまたまお前に都合のいい舞台で1位になったからって調子乗ってんのか!?」

 

「そ、そうじゃないよ。そういうわけじゃなくて、僕の迷いをバカなことって言ってくれてありがとうってことで……」

 

「あぁ!? 意味わかんねぇついに頭まで筋肉だらけになったかこの筋肉ダルマが!」

 

「ひ、酷い! 僕が持ってるならそれは僕の素晴らしい力だって!」

 

「言ってねぇ!!!」

 

 言葉の勢いのまま緑谷を投げ飛ばし爆豪は荒い息を吐く。

 危なげなく猫のようにその巨体を丸めて着地した緑谷にこれでもかと顔をゆがめつつ、忌々し気に背を向ける。

 

「次は俺が勝つ。自分だけが強くなったと勘違いしてるんじゃねぇぞ」

 

 そう吐き捨てて、爆豪勝己は去っていった。

 残された緑谷は乱れた体操着を直しつつ、立ち上がる。

 そこにはもう、迷いはなかった。

 

「僕だって負けないよ。僕は、オールマイトに託されたんだ。だから、負けるわけにはいかない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 芦戸三奈にとって、今日は怒涛の1日だった。

 正確には半日だが。

 入学早々開催された個性把握テストは散々の結果だった。

 入試のテストではそれなりの活躍ができたと自負しているが、今日のそれは自分が活躍できるような項目がほぼないといってもよかったのだ。

 しかしそれは言い訳だろう、ヒーローを目指す以上いかなる状況でも万全のパフォーマンスを求められるのは当然のことだ。

 課題は山積、初日からナイーブな気持になってしまったのは言うまでもないだろう。

 

 しかしそれだけだったわけではない。

 

 新しい友達ができたのだ。

 

 その少女は、白く長い髪に、黒く大きな瞳をしていて。胸や背はけして大きくないが、小さいなりにバランスよく整った容姿はお人形を思わせる愛らしいものだった。そんな彼女が雄英の制服を着て同じ教室に入ってきたときは、思わず必要以上のテンションで詰め寄ってしまったほどだ。

 見た目に反して丁寧で落ち着いた話し方をする彼女は、それでいて個性まで素晴らしいものを持っていた。

 どこからともなく現れる剣を手に取り様々な力を披露する様は物語の中の騎士のようで。

 幼い姿をしているにもかかわらずその凛々しさには同性であっても目を奪われた。

 テストの間、クラスメイトのサポートを積極的に行っていた姿もそんなイメージの一助となっているだろう。

 妙なテンションでパーソナルスペースを侵食する様子にも嫌な顔一つせず、むしろ最後までフォローしてくれたことには感謝しかなかった。

 一緒に騒ぎ、笑い、ハグもしたし、頭を撫でたし撫でられた。

 

 我ながらよくもまぁ半日でここまでスキンシップを重ねたものだとあきれてしまう。

 

 それについては、彼女の今までの学生生活が関係しているといえるだろう。

 

 芦戸三奈という少女はいつも元気でテンションが高く、明るいクラスのムードメーカーであり、当然友達も多い。今日ほどのものはそうそうないが、出会ってすぐ誰かと仲良くなることも少なくない。

 しかしながらことスキンシップに関しては手をつなぐ、それだけでも遠慮されがちだった。

 芦戸三奈について少し詳しく知れば仕方ないことだともいえる。

 彼女の、個性。使い方によっては触れたものを問答無用で消し飛ばすすさまじい個性だ。

 その制御を失ったことは一度としてない。

 それでも、その個性は圧倒的なものだ。

 圧倒的な個性を持つということはうらやましがられる反面、恐れも抱かれる。彼女の性格から彼女自身が何かしら嫌な思いをすることはなかったが、そう言った暗黙の了解のような拒否感を日常的に感じていたのは否定しきれない。

 そういった日常の反動か、雄英に入学したのだという高揚感そのままに急速に仲良くなった彼女へと、よくよく考えればやりすぎではないかと思えるスキンシップを繰り返していた。

 

 その後悔は1日目を終え、聖おすすめの喫茶店でケーキを食べ一息ついたころに急速にやってきた。

 体型に反して大皿いっぱいのケーキをちまちまと一定のペースで口に運ぶその姿は小動物を思わせ和む反面、そんな彼女に同性とはいえあれほど馴れ馴れしくベタベタしたのは聊かやりすぎな行いだったのでは、と。

 ケーキを口に運ぶことをやめないまま先生から出された課題を手伝ってくれる少女の思考はわからない。

 ここに来るまでは何か考えているような疲れきったような、そんな顔をしていたが、ケーキを食べつくし課題も一息ついたころには何にも考えてなさそうなキョトンとした無表情だった。

 

 その表情のまま何も思っていないことはないだろう。

 

 芦戸三奈のやらかしはもう一つあるのだ。

 

 強力な個性の、よりにもよって一番凶悪な面を最初に彼女に見せてしまったのだ。

 

 個性把握テストで散々桁違いな個性を見た反動だろう、疲れた様子の聖の助けになるならと何も考えず最大出力の個性で見上げるような鉄塊を消し飛ばして見せたのだ。

 思い返せばその時の聖の表情は少しこわばっていたようにも思う。

 疲れているのだろうと思っていたが、思いたかったのではと今は感じる。

 課題について必要以上に質問を繰り返してしまったのも、その不安を紛らわすためだったともいえた。

 芦戸三奈は誰かと楽しみを共有するのが好きな少女だ。

 そして感情の共有というのは手をつなぐという軽いスキンシップだけでも飛躍的により強固なものとなる。

 聖は圧倒的な力をもった少女だ。

 しかし、だからと言って芦戸三奈の力がもたらすあの強烈なイメージは薄れないだろう。

 これでまた、雄英での3年間もあの言いようのない不安を感じさせる無言の拒否感が友達から向けられたら。

 ぶんぶんと頭を振るってその考えを振り払う。

 あのすさまじい力を持ったクラスメイト達に限って、そして目の前のこの少女に限って、そんなことは決してないはずだと。

 そんな考えは。

 しかしながら、当の彼女にしてみれば気にしてすらいなかったらしい。

 

「どうしたんですか、三奈ちゃん」

 

 気が付けば目の前に、こちらに手を差し出している白い少女がいた。

 

「ショッピングもしたいんですよね? 課題はひと段落したとはいえ、夕方までには帰れるようにしないと」

 

 そういえばそんな話もしたな、と。暗い思考からの切り替えに手間取っている間に。

 1tもの握力を発揮したとは思えない非力さを感じさせる小さな両手で、当たり前のように片手を包み込まれた。あまりに自然な動作に、あれほどくっついておきながら今さらドキリとしてしまう。

 そのままグイ―っと体重をかけて引っ張られ、椅子から立たせられる。 

 

「さぁ、行きましょう。今は嫌なことはぜーーーんぶ忘れて楽しいショッピングです。面倒ごとも、考え事も、やるべきことも、明日の自分に任せてレッツエンジョイ」

 

 その、何も考えていなさそうな能天気な声に。

 話したわけでもなし、彼女にその気はないのだろうが、元気づけられたような気がして。

 

「うん、行こう!」

 

 芦戸三奈は少女の背中に勢いよく飛びついた。

 歩きづらいのですが、と言いながらもそのまま芦戸を引きずって平然と歩いていく聖。

 何も考えていなくても、何も考えていないふりをしてくれているのだとしても。

 ただ当然のように自分の手を取ってくれた。

 それだけで、今は満足だった。

 

 

 と、そのままいい感じに終わればよかったのだが。

 

「聖ちゃん考え直して! それだけは絶対にダメだよ! 人として道を踏み外してるレベルだよ!」

 

「そんなことはありません、これは必要なことです!」

 

 手を取られてドキリとしたのは夢か幻か。

 ショッピングモールの一角。

 先ほどまで楽しくおしゃべりをしながら行く当てもなく、それでも和気あいあいとしていたはずの空気は今やひどく騒がしかった。

 何かを手に取ってレジへと向かっている聖を芦戸三奈が渾身の力で引き留めている。

 剣を持っていない彼女は比較的非力らしく、迫真の声とは裏腹にぐいぐいと引き戻されている姿はおもちゃをねだる子供が母親に連れ戻されているようで。

 

「おかしいよ聖ちゃん! 聖ちゃんにそんなものは必要ないって!」

 

「いいえ、必要です! 目に入った瞬間天啓を得ました。これからの私に足りないのはこれだと!」

 

「絶対必要ないよ! そんな――」

 

 しかし彼女らが言い争っている理由はおもちゃなどではなかった。

 聖が持っているのは大きな袋だった。

 筋骨隆々の男が無駄にテカらせた筋肉を見せびらかすようにポージングを決めている姿がプリントされたそれはいわゆる。

 

「そんな、プロテインなんて!」

 

「いるんです! 私が最強のヒーローになるために足りないもの、それは筋肉です!」

 

「違うと思う! もっと違うところを伸ばすべきだよ! むしろそこだけは伸ばしちゃだめだって!」

 

「どうしてですか! 最も手っ取り早く確実な強さへの道はこれしかないでしょう!」

 

「間違ってはないけど間違ってるよ! 緑谷みたいになった聖ちゃんなんて嫌だよ! 見た目もヒーローを目指すうえで大事だと思う!」

 

 何を血迷ったのか唐突に筋肉を求めだした聖。

 芦戸三奈は思う。

 何も考えていない人などいないのだと。

 人はだれしも、何かに悩んでいるのだと。

 

「ふぐぐ……!」

 

「絶対行かせないからね!」

 

 しかし、その悩みの解決方法が筋肉(プロテイン)だというのなら見過ごすわけにはいかない。

 先ほどまでの悩みはどこへやら。

 芦戸三奈は遠慮なく聖を羽交い絞めにしながら、彼女の悩みを解決させまいと奮闘するのだった。



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第八話

「蒼軌さん、見た目通りといえば見た目通りですけど……それだけで足りるんですの?」

 

 雄英高校入学二日目。

 昨日は初っ端から化け物カーニバルである意味雄英らしいといえる規格外の初日だったのに対し、二日目の今日は今のところいたって普通の学校生活を送っていた。

 登校した瞬間出会い頭に三奈ちゃんにタックルをくらわされ吹っ飛んだ以外は何事もない午前中だった。

 当然だが特に当たり障りないテンションで授業を行うプレゼントマイクには知っていたこととはいえ違和感があったが、いくら彼でも年中あのメディア向けのテンションで居ることは厳しいだろう。

 それにしても勉学への不安のない学生生活のなんと楽なことか。

 昨日は少々自身に自信を持てなかった初日であったが、こうした地味な場面でちょくちょく自らの恵まれ具合を思い出す。初日とはいえ雄英ヒーロー科、勉学もそれなりのレベルを求められたが、特に苦労する場面はなかった。

 

「ええ。まぁ普段はもう少し食べるんですけどね、今日はちょっとおなかが……」

 

 そんなこんなで迎えた昼食の時間。

 せっかく雄英に来たのだからランチラッシュが振舞ってくれる料理を食べよう、と三奈ちゃんに誘われ学食に来ている。

 最初はそこに切島を加え3人の予定だったが、教室を出る直前に意外な人物から声をかけられた。

 八百万百。

 昨日ふざけた身体能力を持った化け物だらけの体力テストの中、増強系の個性を持たずに一桁台に食い込んだ推薦入学者。

 地味に俺を含めほか二人より身長が大きく、口調の端々から漏れ出すお嬢様オーラからか近づくものも無く午前中クラスメイト達と話している様子のなかった彼女が1-A屈指のやかましさを持つ二人のいるこのグループに声をかけてくるのは意外だった。

 俺? 俺はどう見ても小さくて可愛らしいマスコット枠だろう。

 物語としてみていた時のクラス内での友好関係などは詳しくないが、イメージではないのは確かだ。

 だがそんな彼女の次の一言で声をかけてきた理由に、

 

 ――昨日創造して放置してしまった物を片付けてくれたのがお二人だと聞きまして。

 

 なるほど、と。納得がいった。

 謝罪と感謝を受け取り、こちらもほとんど三奈ちゃんがやったのだと説明した。

 ど天然オッパイとか言って申し訳ねぇ、普通に常識あったわ。

 そういえば昨日三奈ちゃんと午後に青春するに至った経緯はそれが始まりだったな。

 そのままどうせならと昼食に誘い、今に至っている。

 

「へー、蒼軌は環境の変化で体調を崩すタイプか」

 

「いえ、食べすぎですね。昨日ケーキをたらふくおなかに詰め込みまして」

 

「聖ちゃん大食いじゃなかったの?」

 

「普通に小食ですね。あと甘いものも特に好きじゃないです」

 

「ならなぜそんな無茶なことをしたんですの?」

 

「体づくりを本格的にしなきゃなって」

 

 本当のところは只のやけ食いだったのだが。

 

「あれだけの個性持っててさらに鍛えるとは漢だな!」

 

「余計なこと言っちゃだめだよ! 昨日危うくムキムキになりかけたんだから!」

 

「何があったんだ……?」

 

 いやあれは正気じゃなかったというか。

 よくよく考えればこの容姿でその選択はないだろうと思うのだが、なぜだか知らんがあの時はこれだ! って思ったね。

 あの時羽交い絞めにして引きずり戻してくれた三奈ちゃんには感謝しかない。

 俺の目の前にあるのはおにぎりセットだった。

 本来は麺類などと一緒に頼むようなサイドメニューなのだが、今の俺にはこれで十分だ。

 バランスの取れたサラダなどを含めた鮭定食の三奈ちゃん、かつ丼とラーメンとでかいあんパンを頼んだ切島に比べれば確かに八百万の心配もわからなくはない。彼女自身は学食を利用する予定がなかったとのことで、三奈ちゃんと同じものを頼んでいた。個性の影響か量は多めなのでなおさらだ。

 そういえば切島は入学2日目にして女子3人と昼食を共にしているのか、リア充だな。

 

「蒼軌さんの個性は昨日拝見しましたが……とにかくいろいろできる、ということくらいしか分かりませんでしたわ。どのような個性ですの?」

 

「八百万さんにだけは言われたくないセリフですね」

 

「そうだよ! 八百万……さんの個性もいろいろ作っててすごかった!」

 

「さん、はいりませんわ。どうぞ気楽に呼んでください」

 

「じゃあヤオモモだ!」

 

「や、ヤオモモ……?」

 

 いや早いなあだ名付くの。

 さすがコミュニケーション能力お化け。

 

「二人の個性は派手だもんなぁ、うらやましいぜ」

 

「うんうん! でもすごすぎていまいちピンとこないっていうか……、実際のところどんな個性なの?」

 

「「…………」」

 

 八百万と目を見合わせる。

 【聖剣】はネタバレしたところで優位性を欠くものではないので説明してもいいが、せっかくの機会なのでここは彼女の個性の詳細を聞いておきたい。

 アイコンタクトでお先にどうぞ、と送る。

 そうですか、と八百万は咳ばらいを一つ。食事の手を止め、説明する体制になった。

 さすが感動シーンごっこをした仲だ、理解が早くて助かる。

 

「では私から。私の個性は【創造】、文字通りあらゆる物を創り出す事ができる個性ですわ」

 

「すっご! 何でもって、何でも!? 最強じゃん!」

 

「すさまじいですね。どう見ても身体の体積を無視したものを結構な早さで作り出してましたし」

 

「そうですわね、一度作ったことがあるものでしたらすぐに取り出せますし、数や量も無限に作り出せるというわけではありませんけれど、作成時に特に不自由したことはありませんわ」

 

「で、デメリットはないんですか?」

 

「もちろん制限はあります。生き物は無理ですし、作成するには対象物の分子構造まで理解する必要がありますから」

 

「それだけですか……質量はいったいどこから?」

 

「わかりませんわ」

 

 わかりませんってあんた。

 いや俺の聖剣だってどこから出てきてるのか光は何でできてるのかわからんけども。

 ほぼ彼女に与えられていた弱点と呼べるすべてがなくなっている。

 生物まで作り出せるとか見ただけで作れるとか言い出したらどうしようかと思ったがさすがにそれはないらしい。

 俺やらエリちゃん然り物理現象に喧嘩売る個性がないわけではないが、強すぎるだろう。

 彼女自身の知識量がどれほどかはわからないが、場合によっては万能の称号をかっさらわれかねない。

 やけにためらいなく話すと思ったら、俺と同じ詳細を聞いても欠点が明確でないタイプになっていたのか。

 

「創造かぁ……蒼軌もそっち系の個性なのか? たしかテスト中どこからか剣出してたよな」

 

「あ、そうそう。一番気になってた、ずっと剣握ってたよね」

 

 おっと、もう俺のターンか。

 もう少しヤオモモの個性について知りたかったが、まぁいい強化しなきゃならん理由が増えただけだ。

 

「いいえ、創造とは違います。私の個性は【聖剣】。剣の召喚は付属的なものと言いますか」

 

「聖剣……? 見た目通りではありますけれど」

 

「それだけじゃわかんないね」

 

「よく言われます」

 

 幾度となく帰ってきたその反応は、もはやお約束ともいえる。

 そして次の反応もまたお約束といえた。

 剣を持つことで得られる効果、その説明を続けていく間、彼女らの表情は何とも言えないものになっていくのだ。

 

「何でもありかよ」

 

 率直な反応どうも切島。

 

「一体いくつの効果がありますの……、1つの個性がそれほど多岐の能力を保有しているなんて聞いたことがありませんわ」

 

「いろいろしてるとは思ったけど、すごい個性なんだね!」

 

 欲しかった反応、求めていた反応ではあるが……。

 正直あまり心が躍らない。

 なにせ俺以上がゴロゴロいるクラスだ。そしてその中でも同じ万能たり得る個性である創造を持つ八百万と、不可侵だと思われた俺の剣を破壊しうる三奈ちゃん、そして多分想像を絶するほどに硬い切島。

 今はうれしいというよりどうしたら彼女らを圧倒できるかで頭がいっぱいだった。

 

「ありがとうございます。まぁ弱点もありますけどね」

 

「どんな?」

 

「秘密です。それよりいいんですか、時間」

 

 と、そこまで口にして。

 俺の一言に思ったより時間がたっていたことに気が付いたようで、慌てたように食事を再開する3人。

 俺はおにぎりなので、お茶で流し込んでみんなが食べ終わるのを待つ。

 別に時間ギリギリというわけではない。

 それでも、少し早めに食事を終えておかねばならない理由があるのだ。

 なにせ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わーたーしーがー! 普通にドアから来た!」

 

 午後。

 静まり返っていた教室にそんな声が響いた。

 響いた瞬間、静寂は驚愕と歓喜の声に変る。

 当然だろう、原因が彼の到来を今か今かと待っていたせいなのだ。

 オールマイト。

 No.1ヒーローにして平和の象徴。そんじょそこらの芸能人など足元にも及ばない超有名人にして、ヒーローを目指す人間のあこがれにして目指す場所。

 

「すげぇや! 本当に先生やってるんだな!」

 

「あれシルバーエイジのコスチュームね」

 

「画風違い過ぎて鳥肌が…」

 

 カラフルな色合いでその鍛え抜かれた肉体を強調するスーツとたなびくマント。

 ヒーローの到達点がこれでもかというほどヒーローらしい衣服に身を包んだ姿は、俺でもが心躍る。

 こればかりはどんな個性を持っていても変わらないのか、クラス全体のざわめきは想像通りだった。

 あの心操ですら普段眠そうで不機嫌そうな顔に笑顔を浮かべているくらいだ。

 画風が違う画風が違うといわれていたが、こうして実物を目にすると確かに彼の姿はそうとしか表現できないものがある。

 とてもじゃないがこれで服の下はあのえぐい傷跡が刻まれているとは思えない。

 

「私の担当はヒーロー基礎学。ヒーローの素地を作るためさまざまな訓練を行う科目だ」

 

 派手で仰々しい動作は、しかしその威圧感と存在感に後押しされるように1つ1つが美しくかっこよく見える。

 割と情けない姿をすることも知っているが、やはりNo.1。

 未来のヒーローである雄英の生徒を前に、ヒーローとはこうあるべきというものを見せてくれる。

 

「早速だが今日はこれ! 戦闘訓練!」

 

 ざわめきが一層大きくなる。

 ここからは見えないが、ヴィラン顔で笑う爆豪の顔が目に浮かぶようだ。

 かくいう俺も、今回こそはと気合を入れる。

 さんざん困惑させられてばかりだったが、ケーキのやけ食いからの夜は精神統一も行った。

 

 初めての戦闘訓練。

 

 これもまた、昔からアピールの場として考えていた場だが今はそんな考えを持つことはできない。

 俺もまた学び鍛え成長を目指す1生徒としてこの授業に向かうのだ。

 

「そしてそいつに伴ってぇ……こちら! 入学前に送ってもらった個性届と要望に沿ってあつらえた、戦闘服(コスチューム)!」

 

 おおお! とさらにクラス内のざわめきレベルが一段階上がる。

 オールマイトが手元のスイッチを操作すれば一部色が変わっていた教室の壁がせり出し、数字の振られたケースが20個現れる。

 無駄に凝った演出。

 とはいえただのかっこつけではなく、一応ヒーローが纏うコスチュームはデザインがどうであれそれなりのお金と技術がつぎ込まれた高級品だ。学生の身では自分の判断で着ることは許可されず、その収納場所が厳重になるのも仕方のないもの。

 俺はせっかくだからと割と凝ったデザインで頼んだが、一体どんな仕上がりになっていることやら。

 順に呼ばれ、それぞれが自分の出席番号の書かれたケースを手にすれば、それを開け身にまとう瞬間が待ちきれないとばかりに皆ケースを大事そうに抱える。

 

「みんな間違えずに持ったな? 着替えたら順次、グラウンド・βに集まるんだ!」

 

 

 

 

 ところ変わって更衣室。ケースを開きコスチュームを取り出す。

 いくつになっても自分専用という響きはいいものだ。

 肉体に引っ張られているのか肉体通りの生活に準じているせいか、そこまで肉体と実年齢が乖離している自覚はないが。

 肉体と乖離しているといえば、そう言えば俺は元男だということを最近よく失念する。

 最初こそ異性の肉体にいろいろ思うところはあったし、自分の新しい体をいろいろ観察はしたが……覚醒した時点で4年間は女性として生きていたせいか、肉体が幼かったせいか小学生半ばに差し掛かるころには何も感じなくなっていた。

 TSにありがちなイベントをほぼ体験しなかったといってもいい。

 もったいないと思うべきか、欲望が強すぎて変な方向へと人生踏み間違えなくてよかったと思うべきか。

 そんなわけで、今の状況にも特に何の疑問なく順応している。

 クラスメイトの女子たちと同じ更衣室で着替えているという状況に。

 

 ちらりと目を向ければ、今ばかりは俺に目を向けもせず自分のコスチュームをいろいろと観察している三奈ちゃんがいた。下着姿のまま観察を始めるのはいかがなものと思う。

 まだら模様のコンビネゾンにファー付きのベスト。コスチュームというには割とラフな格好だが、個性の能力的に何を着ていてもあまり変わらないのだろう。

 

 隣にはすでに半分着終わっている麗日お茶子。パツパツスーツんなった、とは彼女の言だが、なるほど確かにあれはパツパツスーツだ。何を思ってどうデザインしたのだろうか。重力を操る次元にいる彼女だが、デザインセンスは特に変化しなかったらしい。

 

 まぁさらにその横、ヤオモモに比べればかわいいものだろう。

 超露出過多といえる真っ赤なハイレグレオタード、前面にへそ下まで腕二本は入りそうなほどにがっつり露出しており生で見るとなかなか……。こう、欲望とは別の意味で目のやり場に困る。スタイルが崩れたら一瞬で着られなくなるので自分を律する意味ではあり、と言えるのでは? うん。

 

 変わって蛙吹梅雨。

 緑を基調とした水中戦想定のボディスーツに、大き目のグローブとゴーグル。一転これでもかと露出を抑えたコスチュームにはもはや安心感すら覚える。まだ交流はないが、そのうちは彼女とも仲良くなりたいものだ。

 

 そして地味に気になっていた葉隠透。把握テストでのやり取りから見るに全裸にならずとも透明になれる、自分以外の物も透明にできるらしい彼女は思い切りコスチュームが変わっていた。

 黒を基調としたまるでスパイ映画の女スパイが着ているような真っ黒い全身スーツ。足には頑丈そうなブーツをはいており、腰には細々とした何か……スタンガンやらなんやら非殺傷の鎮圧を目的とした武器らしきものが並んでいる。素っ裸に手袋と靴とかいう正気を疑うそれではない。制服の形で知ってはいたが、意外といいスタイルをしている彼女には似合っている。

 スタイリッシュなその格好は人気が出そうだ。

 少しだけ残念な気もするが。

 しかし頭部分が何もないのでこう、スパイ以外の何物でもない恰好をしているのにバイクに乗って鎌とか振り回してそうなイメージが。なんていったかなぁ、あの作品は。

 

 なんかボディースーツ率高くない?

 今更ながら、知っていたとはいえそう思う。

 プロでも割とボディスーツ着用率高いんだよなぁ女性ヒーロー。

 

 そんな流れに真っ向から逆らう俺のコスチュームはいわゆる騎士をイメージしたものだ。

 【聖剣】なんて個性を持った時点でボディスーツは合わないだろう。着たくはないが。

 いわゆる女騎士風ではあるが、くっ殺を思わせる守りたいのか襲われたいのかわからない肌を露出しつつ胸元だけ鎧を着ているようなばかげた格好ではない。誰があんな格好して戦うか。見るならともかく自分で着るのはごめん被る。

 バトルドレスとでもいうのだろうか。お姫様のドレスを思わせる真っ白なドレスでありながら戦闘服を意識したデザイン。ロングスカートではあるが、その下はきっちり着ているし露出もない。腰回りに無駄に垂れ下がった無骨なベルトがいいアクセントになっている。

 とはいえすべてのベルトが飾りというわけではなく、うまい具合に重ね合わせると聖剣が収まるようになっている。後ろ腰に斜めに納刀する感じだ。

 そこに防具として足に股当、脛当、鉄靴を。腕に手甲を。胸部に胸当を。それぞれ装備している。いずれも漆黒に着色され、白いドレスとのモノクロのコントラストが大変俺好みだ。

 好みもあるが、これは俺の白い髪と黒い目にちなんだカラーリングだ。イメージカラーの確立はヒーローとして活躍するうえでいろいろと役立つ。

 グッズとかアイテムとか。

 気が早い? こちとら12年前から高校生活のことをメインに考えてきたんだ、ヒーローになった後も考えているのは当然だ。

 そして最後に大きめの黒のリボンで髪をポニーテイルにまとめれば俺のヒーローとしての姿は完成する。

 

 いやぁ、とはいえケースにぎっしり詰められた各種パーツ。着るのは一苦労だな。

 もう少しシンプルなデザインも考える必要があるだろうか。

 そう例えば最後の一人、耳郎響香のような――

 

「!? な、なんでしょうか、耳郎、さん……?」

 

 びっくりした。

 あのシンプルイズベストと言わんばかりのコスチュームを見ようと耳郎響香に目を向けようとしたら、その彼女が目の前に立っていたのだ。

 女子高生として一般的な身長である彼女だが、俺からすれば見上げる形になる。

 目つきが鋭いほうなのはしっているが、割と怖い……いや、真剣な目で見降ろされると威圧感がある。いくら着替え途中のスポブラ姿とはいえ、だ。

 

「…………」

 

「えっと……?」

 

 まさか俺の視線に邪なものが混ざっていたとでも言いたいのだろうか、無言で見つめられる。

 まさかそんなことはあるまい。

 こちらもキャミソールと下着というあれな姿なので何か用なら早く言ってもらいたいものだが。

 

「わかる」

 

「……はい?」

 

 ポン、と肩に手を置かれる。

 何がわかるというのか。

 俺には全然わからない。

 

「大丈夫、ウチらだってこれからだよ。ウチらにだってああなる未来があるはず」

 

「…………」

 

 視線が下に。

 小学生時代から使っている少しよれたキャミソール……の下。

 そこだけ切り抜けば男子小学生と見分けがつかないだろうといわれた経験もある俺の絶壁に彼女の目が移り、次に俺がさっきしていたようにこっそりとほかの女子たちを見渡す。

 なるほどね。

 俺が自分の貧相な体と高校生になったばっかりにしては発育のいい同級生を見比べて嘆いていたと思ったわけだ。

 それで、わかる、と。

 なるほど確かに耳郎響香という少女は俺ほどではないが女性的魅力に乏しい体をしている。本来俺はいないはずなので、彼女の味方はこのクラスにはいないはずだったのだ。

 気にしていると思われる場面の描写も覚えがある。

 そんなところに彼女よりさらに成長の乏しい体を持つ俺がいれば声をかけてくるのも道理というもの。

 

「そうですね、我々の未来は無限大です」

 

「……! そうだよね、無限大だよね! あんたとは仲良くなれそう!」

 

「はい。仲良くしましょう、今後とも、末永く」

 

「うん! あ、ウチ耳郎響香。好きに呼んでくれていいよ」

 

「蒼軌聖です。聖と呼んでください、響香ちゃん」

 

 がしりと握手を交わす。

 なんという友情の結び方だろうか。

 別段俺は自身の体に劣等感を抱いたことはないが、彼女がそれを求めてくるというなら断ることもなし。

 新たな友達と今後の健闘を祈りあう。

 ついでに今度服でも一緒に見に行こうといわれた。

 ヒーロー科のみんなはコミュニケーション能力がずば抜けてるわ、すごい勢いで距離詰めてくる。

 まぁ仲良くなれたことには変わりないのだ。

 多分響香ちゃんもぶっ飛んだ個性の持ち主ではあるのだろうが、胸の大きさ一つ、同志の一人でああもうれしそうな笑顔を浮かべる姿は可愛らしい少女そのものだ。

 

 新しい友も得たことだ、より気合を入れて戦闘訓練に臨むとしよう。

 そうして、俺はパズルじみたコスチュームを引っ張り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「聖、アンタこれ次回から自分で着れる?」

 

「た、多分」

 

「……ま、しばらくはウチが手伝ってあげるよ」

 

 悲しいかな。

 結局着れなかったので新しい友達に早速手伝いを依頼することになった。




TS要素を生かしきれてない感

主人公のコスチュームイメージできましたかね?

くっ殺女騎士に対していろいろ言わせましたが、くっ殺を愛してやまない方がいたら申し訳ない

ご感想はすべて読ませてもらっています
なるほどと思うものや思わず笑ってしまうものまでいろんな感想があってとても楽しませていただいています
平日は返している余裕がなく最近は滞っていますが、時を見て返していこうと思っていますので今後ともいただけたらうれしいです

ここで一言言わせていただけるなら、みんな筋肉好きだなって


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第九話

今までノリで書いていたのですがいろいろ先の展開を考え出したらすさまじい急ブレーキがかかってしまいました

のんびりとではありますが続けていこうとは思っていますのでこれからも読んでいただければ幸いです


 グラウンド・β。

 入学試験でも使われた、所狭しとビルが立ち並ぶ街を一つ切り取ってきたかのような、雄英にいかに金がかかっているかを実感させられる施設の一つ。

 ここに訪れるのは2度目だが、やはり圧巻だ。

 

「聖ちゃんコスチュームかっこいい!」

 

「ありがとうございます、三奈ちゃんもコスチューム似合ってますね」

 

「聖剣使いの聖さんにはぴったりですわね」

 

「ヤオモモは……、素肌から創造物が排出する関係とはいえなかなか攻めてますね」

 

「ねー。ヤオモモセクシー!」

 

「そうでしょうか? これでも提出したものより布が多いのですけど」

 

 着替え終えビルに見降ろされながらほかのクラスメイトを待っている間やることと言えば、コスチュームをまとったクラスメイト同士でのお披露目会だろう。 

 響香ちゃん協力のもと纏ったコスチュームの出来は、見た目に関しては問題なく満足のいくものだった。

 イメージ通りの可愛らしさとかっこよさを両立した想像通りの女騎士の風貌。

 機能性にしても、鎧部分は個性で強化できるので軽めの材質と注文しておいたが、叩いた感じ強度と軽さを両立した謎物質でできている。

 

 が、実際に手元に来て、着てみて、やはり想像と現実とは違うものだと痛感させられる。

 

 パンツなんぞ見せるつもりはねぇと着こんだスカート下のスパッツとズボンの中間のような衣類……なんというのかあまり思いつかないそれと鎧。努力はしてくれているようだが、着脱のしづらさは否めない。最初はここにマントもつけようかと迷っていたが、やめておいてよかった。

 まぁ、ロマンを追求しすぎた結果といえる。

 ボディスーツバカにして悪かった、着用者が多いのはそれなりの理由があるということだ。オールマイトやエンデヴァーもそうだし。考えてみれば手入れや破損時の修繕費はもちろん、下世話な話をすればトイレの時の着脱など、着て構えをとった瞬間だけを考えてデザインするものではないのだ。

 解決策としては鎧をあきらめるかシンプルなデザインへの変更か、あるいは開き直ってとことんロマンを追求すべく聖剣でコスチュームを操ってどこぞの鉄男みたくガチャガチャと着脱できるように練習するか。

 ……練習かな。

 こう、うまい感じに光で包んで持ち上げればできる気がする。

 今回は手伝ってもらったが、やってもらった感じ理解さえすればサクサクと着れそうなものではある。プロが作ってくれたのだ、その辺は考えてくれているだろう。

 

 続々と集まるクラスメイト。

 男性陣のコスチュームは何か変更があるかと思ったが、それほど見覚えのないコスチュームをまとっているものは少なかった。

 青山優雅が全身からレーザー出せるようになったせいか鎧のレンズがなくなり、緑谷出久がうさ耳フードをかぶっていないくらいだろうか。

 機能としての変更はあるかもしれないが、さすがに見ただけではわからない。

 

「格好から入るってのも大切なことだぜ少年少女、かっこいいじゃないか、みんな!」

 

 そろったクラスメイトにオールマイトからそんな言葉がかかる。

 コスチュームは皆自分でデザインし考えたものを着用しているのだから、かのオールマイトからそう言われればこれ以上うれしいことはないだろう。

 

「さ、みんなコスチュームを着て気合が入ったところで戦闘訓練のお時間だ、が」

 

 が?

 一度言葉を切るオールマイト。

 そのままそっぽ向いたかと思うと、ビルの陰から意外な人物が現れた。

 

 セメントス。

 

 本名は忘れたが、例にもれずプロヒーローでありながら雄英教師。数少ないオールマイトの正体を知る人物で、直方体の顔をした大柄な体格は文字通りセメントで作られた人形が動いているかのようだ。

 彼の活躍はもう少し先のはずだがなぜここに。

 

「紹介しよう、セメントス先生だ。今日は彼にも授業を手伝ってもらう」

 

「やあ、みんな。俺のことは知っているかな? オールマイトとの初授業にお邪魔させてもらうのは忍びないけど、その彼からの頼みだからね。勘弁してほしい」

 

 勘弁も何もないだろう、と。

 特に不満を漏らす生徒もなく、先を促すような沈黙が場に満ちる。

 言われるまでもなく、俺は何となく彼がここにいる理由を察した。

 自分のこれからやコスチュームで気を取られていたが、よくよく考えればこのクラスでよく初っ端戦闘訓練の許可が下りたものだ。

 身体能力の暴力複数人や、まだみんな知らないだろうが一番やばい三奈ちゃん。

 そんな面子でいきなり戦闘訓練?

 死人が出るのでは?

 いや、ほかならぬオールマイトが来るどころかいるのだから問題ないともいえるのか。

 

「今日は市街地演習などではなく、屋内におけるヴィランとの戦闘を想定したものだ」

 

 オールマイトの説明が始まる。

 これといった大きな変更はなく感じた。

 前提としてヴィランとの戦闘は派手な屋外戦より室内で潜んでいるものとの戦闘が多いということ。

 それを踏まえ、行うのは2対2のヒーローとヴィランに分かれたチーム戦。

 ヴィランの隠し持つ核を奪取するか二人とも確保及び戦闘不能でヒーローの勝利。

 ヒーローを確保する、または核を守り切ることでヴィラン側の勝利。

 違うのはヒーローヴィランともに捕獲テープでの戦闘不能判定があることくらいだった。ヴィラン側にも捕獲テープが支給されるのはセメントス先生しかり、そういうことなのだろうか。

 

「今回は相手がロボではないこと、屋内であることがみそだ」

 

 そこまで言って、オールマイトの声音が今までの物から真剣なものに変わる。

 

「みんなは昨日、相澤先生が行った個性把握テストで素晴らしい力を示してくれたみたいだね。私も詳細を聞いたが、さすがだ。私もOBとして素晴らしい力を持った君たちがヒーローを目指して雄英に来てくれたこと、本当にうれしく思う」

 

 歓喜の声が上がる。

 が、それを遮ってオールマイトは続ける。

 

「しかし、だ。その素晴らしい力は、同時に大きな危険もはらんでいることを忘れてはいけない。そうさな……蒼軌少女」

 

「はい」

 

「君は昨日、いろんな種目で目を見張る力を示してくれたそうだが……その力を何も考えずヴィラン退治に用いればどうなると思う?」

 

「容易く殺してしまうと思います」

 

 おおよそ来ると思っていた質問。

 だからこそ、あえて最も強い言葉で返答する。

 殺す、というセリフに周囲の雰囲気が変わったのを感じる。

 まさか考えていなかったわけではないだろうが、今までロボットを壊したり力の限り使えばいい状況ばかりを経てここに立っているのだから、改めて言葉にされると思うところがあるということか。

 雄英のやり方が欠陥だということはできないだろう。

 どう考えてもこの世界の平均から逸脱した俺をして力不足を感じるクラスメイト。それが19人そろっていきなり入学してくるなど誰が想定できるか。

 本来ならこの授業の後にこの問答があるはずだが、みんなの強さは個性把握テストだけでもそんな危惧を抱かせるに十分なものだ。

 ここで活躍しようと考えていた手前、俺は都合のいい個性の力をフル活用し殺傷力を抑えた攻撃を多数考えている。コントロール次第では豆腐に聖剣をフルスイングしても任意の場所で刃を止めたり、表面だけの破壊でとどめられるほどに。

 同じように非殺傷を考慮しているクラスメイトもいるだろう。

 葉隠透のようにもとから破壊力とは別方向に吹っ飛んでいる個性持ちもいる。

 しかし、みんながみんなそうではないだろう。

 

「そうだ。ならばなぜ戦闘訓練からと思うだろうが、だからこそ、と私は言わせてもらう。このオールマイト(わたし)とセメントス先生が全力でバックアップする。まずはヴィランに、人に向けて個性を使うということの意味と難しさを身をもって体験し、覚えてほしい」

 

「うん。俺の個性は知っているかな? 【セメント】、今日みんなが訓練の場とするここは俺の力が最も発揮できる場だ。もちろん、事前に派手な破壊行為につながる行動――ビルを倒壊させるとかは禁止させてもらうが、必要以上に力を使うなとは言わない。そのうえでどう行動し、どう相手を無力化するかを考える。大変だろうけど、それを求められるのがヒーローというものさ」

 

 なるほど。

 雄英は緑谷が四肢骨折という大けがを負ってもその日のうちに治せるほどの力を持つリカバリーガールの存在もあり、割と無茶な課題を平然と出してくる傾向がある。

 巨大ヴィランだって下手すれば死人が出るものだ。

 そんな考えで無謀にもこれも試練だPlusUltra! と無茶苦茶な結論に至ったかと思ったがさすがにそんなことはなく。

 言って聞かせるよりも自分で経験し、体で覚えることで早々に理解させようということらしい。

 ほかならぬオールマイトの存在がこの無謀ともいえる戦闘訓練の開催に一役買っているのだろう。

 それに、すさまじい個性の持ち主どうしなら多少は力加減のミスもなんとかなる……か? 少なくとも一般的なヒーローなどよりは何とかなりそうではある。

 いろんな考えが交差しているのか、ざわつくもののこれといった意見は出てこない。

 

「いろいろ言ってすまなかったね。でも大丈夫! 私がいる! 全力で悩みたまえ!」

 

 励ましにしては雑だったが、そこはほかならぬオールマイト。

 それだけで多少みんなの雰囲気はましになった。

 たとえ今までのセリフがカンペをチラチラ見ていたとしても、だ。

 

「さぁ、チーム分けだ! チームを組んだ相手ともいろいろと相談してみるといい」

 

 

 

 

 

 

 

 

「よろしくお願いします」

 

「ああ、よろしく」

 

 俺のパートナーはまさかの心操人使だった。

 一応初日に少しだけ会話を交わした仲ではあるが、ベストコミュニケーションだったとはいいがたい。

 原作では普通科所属であった彼はコスチュームというものを持っていなかったが、今は違う。

 イメージとしては相澤先生が近いだろうか? 厳密にはそれほど似ているわけではないが、黒を基調としたシンプルなデザインと口元を覆っている姿がイレイザーヘッドの姿を浮かばせる。

 彼の場合下手に目立つわけにもいかないので、ヒーロー科に属した影響で相澤先生に個人的な師事を受ける予定はなくなっても、はからずしも似たような格好になったというところだろうか。

 師事を仰いでいるわけではないので捕縛布を巻いてはいないが、コスチュームを作るうえでいろいろ考えた結果なのかすでにあのマスク、ペルソナコード? だったか、も装備している。

 声を発して発動する個性だ、雄英で教えられなくても思いつくのは当然といえよう。

 

「前は悪かった」

 

「はい?」

 

 観察しつつ、どう作戦を相談したものかと考えていたらいきなり謝罪を受けた。

 八百万にしろよく謝罪を受ける日だ。

 気だるげな瞳、しかしどこか気まずそうなそれに、すぐさまその理由は思い当たった。

 

「小学生がどうのっていうやつですか?」

 

「ああ、女子にあの言い方はなかったと思ってな。容姿をバカにするようなあれはさすがに、な」

 

「気にしていませんよ。ああいった遠慮のない物言いはあまり経験がなかったのでむしろ新鮮でした」

 

 整った容姿にはデメリットもある。

 自衛手段には事欠かなかったので直接的な被害にあったことこそないが、こう、何とも言えない不快な雰囲気で近づいてくる輩は少なからずいるのだ。

 不快でなくても子ども扱いされることが多かった身、そこに遠慮のない言葉を浴びせたのが彼だ。

 人間結局ないものねだりなのだろう、自分に興味を必要以上に示さない人間というのも時には欲しくなるのだ。

 

「よかった。怒り心頭で作戦会議もできなかったらどうしようかと思ったからな」

 

「ご安心を、そうそう感情的になることはありませんよ」

 

 今は剣もあるしな。

 

「さて、作戦会議でしたか。何せ一回目ですからね、どんな感じでやったものでしょう」

 

「とりあえず、あんたもう何人かと仲良くなってただろう。相手の個性、わからないか」

 

「ふむ。葉隠透さんと、砂藤力道くん……あいにくどちらとも交流はないですね」

 

 戦闘訓練第一回、まさかの蒼軌聖・心操人使VS葉隠透・砂藤力道。こちらがヒーローだ。

 俺と心操というイレギュラーが固まったのでほかの面子や対戦相手はそのままかと思いきやそうではなかった。いや、厳密な組み合わせは覚えていないが、第一回がこの組み合わせである時点で今後も無茶苦茶だろう。緑谷と爆豪が敵対するかどうかも怪しい。

 それはともかく対戦相手の二人だが、一応単純強化されている感じなのでわからないではない、が。

 

「把握テストでの様子を見る限り、怖いのは葉隠透さんですかね。服やボールを透明にしていましたし、捕獲テープや核そのものを消されたらそれだけで厄介です」

 

「そうか? 砂藤力道? だったか、あのバカ力のほうが……あんたも似たようなもんだったな」

 

「おや、さっき謝ったばかりなのにもう同じ過ちですか」

 

「褒めてるんだよ」

 

 砂藤力道はいいのだ、バカ力だが、それは対応できる。見た感じ砂糖は必要なままのようだし、純粋な身体能力強化なら聖剣が負けているとは思えない。

 問題はデメリットが消えたせいでばかげた強化をされているらしい葉隠透だ。

 自分以外も透明にするとかそれはだめだろう。どう対応しろってんだ。小麦粉でもぶち撒きながら戦えというのか。あいにくそんなピンポイントな物資は持ってないぞ。

 それにパートナーが厄介だ。敵も、味方も。

 ビルを破壊しないように、とくぎを刺されたのでまさか全力で殴りかかっては来ないだろうが、砂藤力道が大暴れしながら向かってくる隙に葉隠透に隠密キル(捕縛テープ)されるのが一番怖い。

 俺一人ならば個性で自分を天井に固定して立っていればいいが、決して機動力があるとは言えない心操人使を守る必要もある。

 身体能力が増強なしにしては高いようだが、砂藤力道にしてみればないも同然。

 ヒーローとしても友人になるクラスメイトとしても、守りもせず彼に早々に脱落してもらって一人でやるというのはよろしくないだろう。

 

「そうなるとこちらの個性をどう生かすかですね」

 

「ああ。あんたの個性は……なんだ。増強系、でいいのか」

 

「万能です」

 

「は?」

 

 胸を張って説明してやる。

 予想通り表情が曇っていく様は、昼に体験したとはいえ、多少気分がいいものだ。

 

「……えげつないな」

 

「そうでしょうそうでしょう。私の聖剣は万能ですよ」

 

「万能なら葉隠透も怖くないんじゃないか? 全部あんたに任せるよ」

 

「――まぁ万能とはいえまだ対人は経験不足です。慢心はよくありません、うん」

 

 聖剣探ったら透明看破とかサーモグラフィとかないだろうか。

 隠された力、みたいな。

 感覚を強化すればいけないこともないだろうが、完全不可視を増産できるかもしれない相手はさすがにね。

 

「そんなわけであなたにも大いに活躍していただきましょう。心操君、あなたの個性は?」

 

「………」

 

「………」

 

 気持ちはわかる、わかるが言ってくれないと反応できない。

 時間もない、あえて気が付かないふりをして先を促す。

 

「どうかしたんですか?」

 

「俺の個性は……【洗脳】だ。あんたや、ほかのクラスメイトみたいにいいもんじゃない」

 

 言いづらそうに、目をそらしながら彼は言う。

 予想はしていたが、ヒーロー科に入れるほどには強化されているらしい彼は当然、そのいわれのない悪意も変わりなく向けられているらしい。

 

「洗脳ですか、てっきり増強系かと思っていましたけど」

 

「自分を洗脳したんだ。人間は普段から全力を出しているわけじゃないって話聞いたことないか。あれを無理やり引き出しているんだ」

 

「そんな使い方ができるんですか? すごいじゃないですか」

 

「……洗脳だぞ」

 

 嫌味のように聞こえたのだろうか。

 彼は呆れたように、なにをいってるんだと皮肉った笑みを浮かべる。

 

「相手を操って、好きにできる。それが洗脳だ。よく言われるよ、悪いことし放題だなって。ヴィランみたいな個性だなって」

 

「それは何とも想像力のない発言ですね。むしろ誰よりもヒーロー向きといえるのでは」

 

「はっ、何言ってんだ。ヒーロー向き? あんたに俺の何が――」

 

「だってあなたはヒーローを目指しているから雄英(ここ)にいるんでしょう?」

 

 彼の過去や人柄を知っているからの発言ともいえるが、しかしご機嫌取りのための言葉ではない。

 

「正直なところ個性にヒーローもヴィランもないんですよ。私の聖剣だって見方によっては人間を切り伏せられる刃物をどこからでも取り出せて、光だって人知れず人間の体内に侵入させて内臓ぐちゃぐちゃに引っ掻き回せます。盗みから猟奇殺人まで遠隔で、証拠も残さず行えるヴィラン向きの個性ともいえます」

 

 前々から思っていたことだし、何より彼がヒーローを目指している時点で当然の考えだ。

 

「相手を好き放題できる洗脳? つまり私がいくら剣を振り回しても倒せないかもしれない強力なヴィランを一瞬で無力化することもできる、今回で言えば周りへの被害ゼロで相手を圧倒できる――ヒーローに求められる、被害を出さず迅速にヴィランを無力化できる素晴らしい個性じゃないですか」

 

 最後まで彼から目を離さずに言い切った。

 ヒーロー向きだ、といった時彼は鋭い目でこちらをにらんできた。

 さんざん悪意のある言葉を向けられて生きてきて、クラスメイトとはいえ初対面と言って差し支えない人間にあっさりヒーロー向きだなんて言われてもばかにされていると思うのは当然だ。

 ごまかすようにまくしたてたはいいが、さて、なんとまとめたものか。

 

「つまり……ヴィラン向きだヒーロー向きだなんて所詮は他人の評価。雄英に入学したエリート、その言葉に俺もだと心操君言ったじゃないですか。目指しているのなら――実力で実績で、在り方で結果で、私たちがなんであるかを示してやろうではないですか」

 

「…………」

 

 努めて何でもないように言う俺を見る心操の目からは、少なくとも怒りは薄れたように見える。

 どうだ、やらかしたか、やったか。

 ごまかすように、ね? と首傾げてみせると、ようやく彼はため息をはいて口を開いた。

 

「さすがは雄英、か。あんたみたいに洗脳と聞いて真っ先にヒーローとしての有効活用方法を考えるやつなんて初めてだよ」

 

「他人の考え方なんてそんなものですよ。場所によって変わるものです」

 

「そうなのかもな。それに、実力で俺が何を目指しているのか示してやるって考えは……悪くない」

 

 どうやら険悪な雰囲気になるのは避けられたようだ。

 本来なら緑谷との戦いの末、その思いと頑張りが普通科のクラスメイトとプロヒーロー等に伝わり認められることで改めてヒーローになるという決意を固めていたはず。

 俺の言葉など大したものではないだろうが、少なくとも変な方向に歪ませてしまうことがなくてよかった。

 

「とりあえずはこの訓練で勝つのが第一目標だな。俺の個性も詳しく話す、勝つぞ」

 

「ええ、もとよりそのつもりです」

 

 気だるげな瞳に闘志が宿る。

 今までと違ったやる気に満ちた表情でシニカルに笑う彼に、頼むから攻略法の思いつかないとんでも個性であらないでくれと祈りつつ、俺は洗脳の詳細説明を促した。




心操君について変更があります
ここで書くのはあれかと思ったので活動報告のほうで書かせていただいていますので良ければ読んでいただけたら幸いです


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第十話

2月1日21時 加筆しました


「うーむ、想定していたとはいえ……やっかいですね」

 

 戦闘訓練開始、というオールマイトの声と共に事前に召喚し腰に差しておいた聖剣を逆手に構え発現した光を分裂。50cmほどの球体状の光が7つ、次の瞬間には鳥の姿になってビルの中へと窓の隙間から入り込んでいく。

 瞼を閉じてビルの中を高速で飛翔する鳥たちと視界を共有し、突入前に位置を確認しておこうという魂胆だった。だったのだが……。

 

「いないのか」

 

「すべての部屋を調べたわけではないですけど、地図で見た限りの核を配置できそうな部屋はすべてもぬけの殻です。ランダムに飛ばしてる鳥も二人の姿を捉えていません。物どころか人すら透明にするようですね」

 

「……嫌な予想は当たったというわけか」

 

 ヒーローの敗北判定の一つ、タイムアップまでの時間はそう多くない。

 行動しながらも操ることのできる限界である3羽まで鳥の数を減らし、遠隔での位置把握は早々に切り上げた。

 見えないだけなのだ、接触すればわかるかもしれないが大部屋を隅々まで調べるのも大変だし小部屋に押し込まれている可能性も考えたら短時間ではやっていられない。

 動き回る対象などさらに非現実的だ。

 葉隠透が厄介すぎる。

 自分や無機物を透明にしてくるのは予想していたがまさか他人まで透明にできるとは思わなかった。

 遠隔で操る俺の鳥の索敵能力はそれに集中しさえすれば相当なものである。

 火災現場に危険地域に水中、視覚聴覚振動、ありとあらゆる状況と現場を網羅できる自負はある。

 変幻自在に姿を変える光の使い方としては戦闘方面の次に気合を入れて鍛えたのだ。

 それがいともたやすく攻略されてしまった。

 もっと時間をかけ集中すれば行けるかもしれないが、今回に限っては時間が足りなさすぎる。

 

「となるともう正面突破しかないですね。見えないものに触れるまでこの大きなビルの部屋一つ一つをこの小さな鳥でしらみつぶしは厳しい」

 

「もっと大きな物は作れないのか? 面で攻めればそれなりのサイズがある核の位置くらいわかるだろ」

 

「遠隔では難しいんですよ。周囲にならもっと強力で大きな物も作れますよ」

 

 言って、剣で地面を叩く。

 和紙にたっぷりの墨汁を垂らしたように光が地面に広がり、水たまりのようになったそこから這い出すように大型のオオカミが二匹姿を現す。

 光で形作られた半透明な蒼いそれは、しかし本物のオオカミのように低いうなり声をあげている。

 鳥での索敵、オオカミによる数の優位の確保、肉体強化やサブ武装の形成。どれも光を変形させて行うものだが当然それぞれ勝手が違う。

 実践を積んで物足りない部分を伸ばす予定はあったが、とりあえず遠隔操作と索敵の強化が最重要課題になった。

 

「……万能、ね。実際にこうして見せられると馬鹿にもできないな」

 

「ふふん」

 

「まぁ、俺はあんたをすぐにでも無力化できるが」

 

「それは頼もしい。事前索敵が出来なかった以上、期待してますよ」

 

「なっ、おま――!」

 

 心をえぐるセリフをさらっというもんじゃない。一応抵抗できるというのに。

 上げて落としてきたことの逆恨みとして、意外と鍛えているらしいその身体に腕をまわし腰に抱えると、オオカミたちを先行させ同時に跳躍。

 ビルの中腹、鳥によって中から解放した扉へと体を滑り込ませた。

 

「いきなり――」

 

「お静かに願います」

 

 抗議の声を上げようとした心操の口を光でふさぎ、周囲を見渡す。

 どこから侵入するかは悩んだが、俺が飛べることはあちらも知っている。

 上から来ても下から来ても不意打ちにはならないし、安直に最上階に核を配置しているとも思えない。

 なのでとりあえずど真ん中を選択したわけだが。

 静かなものだった。

 雑然と置かれた小道具のほかには特に物品のない、まさに訓練用といったありさまの閑散とした空間。

 さて、ここからはどちらが先に不意を打てるかの勝負だ。

 索敵をつぶされたこちらと、索敵能力の乏しいあちら。

 訓練内容的にあちらが有利――。

 

「なぁに、逆境こそヒーローの真価が問われるものです。都合がいいとも言えますね」

 

「…………!」

 

「ん? ああ、口をふさいだままでしたね。でもそのまま口を閉じていてください、先ずは私のターンです」

 

 言っては悪いが移動能力の乏しい彼に合わせる余裕はないので、抱えたまま心操ごと光で体を包む。痛みを伴うほどの渾身の力を籠めずとも彼を俺に固定し、加速や減速時の衝撃吸収や、風圧による呼吸不全を防ぐための処置だ。ついでに音を外に漏らさず足音も抑制する。

 左手に逆手の聖剣、右手に心操。近接武器と遠距離武器を持った最強の布陣だ。

 両手がふさがっているが、剣を持った俺に手で相手の攻撃をどうこうするという必要は全くない。

 

「さぁ、悪い子(ヴィラン)を探し出して懲らしめてやりましょう」

 

 遠隔での索敵ができないといった。

 が。

 その場に自分がいるのならば話は違ってくる。

 剣で地面を叩く。

 反響する金属音。

 同時に膨れ上がった光は薄暗いビルの中にあふれかえる。

 水没した建物の中に大量の水が流れ込むように、光が通路と部屋の中に満ちていく。

 ドラム缶、ガラスの破片、鉄パイプ、角材、段ボール、砕けたコンクリート片。

 廃ビルにありそうな物品の存在が、光を伝わり情報として思い浮かぶ。

 自らを中心とした広域索敵。

 こう、SF映画である近未来の高性能レーダーが未知のエリアを瞬時にスキャンする姿をイメージして編み出した方法だが、隠密性を犠牲にし自分を中心に据えている分即時の把握が可能だ。

 一回目、反応なし。

 上階に移動、二回目、反応なし。

 上階に移動、三回目……反応あり。

 

「最上階に配置していたんですか、もう少し粘れば鳥でも見つけられてましたね」

 

 最上階の窓のない中心部の少し広めの部屋。先ほど鳥で索敵した際にぐるりとまわらせ、何もないと判断したはずの部屋だった。実際、今こうして入り口から肉眼で眺めても見えない。

 透明な物質、と聞いて真っ先に思い浮かぶのはガラスや水だろう。

 それらでも細かいものならばともかく、それなりのサイズともなればそこに『ある』ということはわかる。

 が、今この場にあるはずの核。2メートル近いはずのサイズであるはずのそれは確かにここにあるのだと聖剣が教えてくれているが、そうでなければ目の前にしても気が付くことができない。

 

「この狭いビルをとんでもない速度で走らないでくれ……風景と体に来る感覚が違って少し酔った」

 

「酔った? ふむ、衝撃を消しすぎるのも考え物ということですか。次回までに改善しておきましょう」

 

「次は自分で走ることにするよ。で、ほんとにここにあるのか」

 

「ええ、中央の……ほら、そこです。素晴らしいステルスですよね」

 

 目的に到着したのならとじたばた暴れ離れたがる心操を下ろし、核の位置を指さしてやる。

 この俺に担がれて頬一つ染めやしない、もしかして人間不信なのか?

 

「じゃあ確保して俺たちの勝利か」

 

「そうなりますね。二人の気配はここにないですし、少々あっけない決着ですが見逃す手もないでしょう。これほどの完璧な隠ぺいを見破った、それだけで結構なものでは?」

 

「あれだけ俺の個性褒めておいて活躍の場を用意しないのはどうなんだ」

 

「なに、まだ初授業ですよ。今後いくらでも機会がありますって。今回は何事もなかっただけで」

 

 戦闘が行えなかったのは俺としても少々思うところがないでもない。

 完全透明化されたものを開始2分と立たず見つけたのだ、ある意味圧倒したともいえなくないが、やはりこんな戦闘向けの個性なのだ。砂藤力道とは殴り合ってみたかったものだ。

 肩をすくめながら足を踏み出す、1秒もしないうちに見えない核に触れ、こちらの勝利が宣言されるだろう。

 そう、思った瞬間だった。

 

「は?」

 

 聖剣の能力の一つに、精神に作用するものがある。

 安定させ、冷静さ平静さを保ち、決して狼狽えることがない。言うなれば自らに起こった突発的な事態を、ハラハラドキドキの映像作品をみているようにとらえている状況、という感覚が近いだろうか。

 常に俯瞰的な思考で居られるというのは戦闘を行ううえでこれ以上ないアドバンテージだろう。

 

 にもかかわらず、俺は行動に移すまで一瞬動くのが遅れてしまった。

 

 バチり、という音と共に小さいうめき声をあげながら脱力する心操。

 右手首に巻き付けられようとしている白い確保テープ。

 余裕は感じていたが油断していたわけではない。

 核を把握し続けるためと透明になっている二人への警戒として半径3メートルの短距離索敵フィールドは展開し続けていた。

 短距離索敵、広域索敵、鳥による遠距離索敵の順で精度が落ちるので、つまるところ一番精度の高い索敵……それこそ蚊の一匹でも即時反応できるはずのその領域内。

 

 そこに、つい瞬きする前までいなかったはずの葉隠透がいた。

 文字通り目と鼻の先に。

 あまりにも想定外の現れ方に、動じないはずの精神が揺さぶられたのだ。

 

 光で刃を覆い切れ味をゼロにした聖剣で葉隠透の足を払う。

 危うくまかれようとしていたテープは間一髪体勢を崩した彼女とともに外れ、その隙に地面とキスする寸前だった心操を回収し飛びのく。

 体をひねり上下を逆転、天井に足から着地しその場に光で体を固定する。

 不意を打たれてから1秒もかからなかった攻防。

 勝利を掴んでいるはずだった1秒後は、勝利どころか敗北に片足を突っ込む状況だった。

 

「いたた~……まさか避けられるなんて思わなかったー」

 

 すっ転ばせるつもりで払ったはずだったが、器用に受け身をとったのかしゃがみ姿勢でこちらを見上てくる。

 もちろん光による感知でそうしているのだとわかるのだが、領域の中にいるというのに気を抜けばすぐに見失いそうなほどにその姿を捉えるのは難しい。

 ただ透明になっているだけじゃないのか?

 

「驚きましたよ。まさか透明化だけでなく瞬間移動もできるとは思いませんでした」

 

「瞬間移動? 違うよ、隠れてただけだよ」

 

「透明なくらいで私の感知を避けられるとは思えません、何か見えなくなる以外のトリックがありますね?」

 

「トリックなんてそんな難しいものはないよ、ただ……」

 

 また、消える。

 そこにいるのだと確信し集中していたにもかかわらず、絶対的な感知能力を誇る聖剣の領域内から。

 姿が。

 音が。

 気配が。

 空気の揺らぎすらも。

 その存在が、完全に掻き消える。

 

 

「隠れていただけだよ」

 

 

 声と共に、その姿をまたとらえることができた。

 バチリ、と、また音がした。

 心操を気絶させた強力なスタンガンだろう。

 それが、俺の左肩に押し当てられていた。

 想定ではあるが、戦車の主砲すら耐えうるはずの常時零距離展開している光の防御の内側で。

 

「恐ろしいですね」

 

「え、なんで意識が――!?」

 

 人一人が気絶するほどの電流を浴びせられたのだ、遠慮することはないだろう。

 今度は足ではなくわき腹を聖剣でぶっ叩いてやる。

 さすがに驚愕したのか受け身を取り切れずにしりもちをつく葉隠透。

 いや、天井から叩き落されて尻もちで済んでいる時点で相当な体術の使い手ではあるのだろうが。

 

 たった今電撃を浴びせかけられた左肩側。

 そこには何かかが刺さったような跡があった。

 腰にこまごまと装備していた道具の一つだろう。某蝙蝠姿のダークヒーローが多用しているグラップルガンのようなもので天井にいる俺に接近して近距離攻撃を仕掛けてくるとは恐れ入る。

 

 まぁ、恐ろしいのはその身体能力でも武装でもなく、天井にグラップルガンが刺さり着地し俺に攻撃を仕掛ける、という動作を一切感知させないまま行ったその個性だ。

 消えてから攻撃までにかかった時間、およびそのような道具を使っていることから彼女は本当に透明であることが個性のすべてなのだろう。身体能力の高さは鍛えた常人の域を出ない。

 

「防御の奥でも効かないの!? 光に触れなければいけるかと思ったのに!」

 

「別に光がすべてではないですよ。とはいえ……素通りとは。隠れる、という言葉。考えるより多くの意味が含まれてそうですね」

 

「うん、そうだよ。私の個性は【透明】。本気の私は誰も見つけられない。私はすべてから隠れられるの、すべてを隠せるの。私の体臭、体重、体温。私以外の匂い、重さ、温度。そしてそこにいるという事実すらも隠してしまえば――!」

 

 言って、彼女は地面に手をついた。

 まるでもとからなかったように、次の瞬間にはコンクリートの床が掻き消える。

 透けて見える一階層下の床。

 視界の端に移ったのは色を取り戻すように何もない空間からにじみ出てくる黄色い巨躯。

 

「ヴォオオオアアアアアァァアーーー!!!」

 

 そこにあるはずの地面を素通りして、砂藤力道が殴りかかってきた。

 

「そこにいるなんて、あるなんて。世界だって気が付かない」

 

 空気の壁すら突破せんばかりの巨大な拳を何とか受け止める。

 受け止めはしたが、その膂力は予想以上のもので。体にまとわせたものと接地している足元に二重に展開した衝撃吸収用の光の膜があるにもかかわらず、わずかに天井にひびが入った。

 心操を抱えているため力んで踏ん張ることもできず、続く二撃目のはたき落としで地面へと叩き落される。

 先ほど消えたはずの地面に、だ。

 消滅させたわけではなく文字通りそこにあるという事実を一時的に透明にしただけらしい。

 すこぶる応用性のありそうな個性だ、つくづく恐ろしい。

 そんなことを考えながらノーモーションで飛びのけば、再びスパークの音。

 当然、感知などできなかった。

 

「そう何度も遠慮なくスタンガンを向けないでください。痛くないわけではないんですよ?」

 

「むー! すばしっこい! 砂藤君!」

 

「応とも! 力はこっちのが勝ってる、すぐに捕まえてやるぜ。葉隠は遊撃頼む!」

 

「こんなか弱い少女に二人掛かりなんて酷いですね」

 

「俺の初撃防いどいてよく言うぜ!」

 

「今の私たちはヴィランだからね! 遠慮なんてしないよ!」

 

 巨躯が迫る。

 勘弁してくれ、サシならともかく心操を抱えてるんだぞこっちは。

 俺とオールマイトの話を聞いていたのか忘れているのか、遠慮のないラッシュをギリギリでかいくぐる。

 先ほどバリアの耐久性能を戦車の砲弾なら耐えられると考えたが、マシンガンかと言いたくなるような応酬にまで対応できているかははなはだ怪しいところだ。

 護衛として連れていたオオカミを仕向けてはみたが、一撃で消し飛んでしまった。

 もはや索敵など意味はないだろう、飛ばしていた鳥を解除して目の前の戦闘に集中する。

 が、それでも。

 

「おしい!」

 

「恐ろしい」

 

 攻撃の合間、絶妙な不意を衝くタイミングでテープやらスタンガンやらを差し向けてくる葉隠は捉えられない。

 幸いなのは完全ステルスのままでは攻撃すらできないのだろう、攻撃をするその刹那だけはそこにあることを認識することができることだ。見えはしないが、零距離ならば感知して刹那で回避はできる。

 

「オオオオオオオ!!!」

 

 しかしそれもどこまで持つか。

 今の砂藤力道は先日見た姿よりは小さい。室内戦闘であるからだろうか、自在に大きさを変えられるというのはマウントレディなどと違いこういった融通が利いて便利そうだ。

 そんな彼だが、殴り合うともなれば多少大きいだけでも圧迫感と威圧感がとんでもない。

 腕を振るうたびに起こる風圧と音は、物理的脅威であると同時に葉隠への警戒に支障が出る。

 砂藤が暴れ、葉隠が隙を突く。

 単純明快な戦法だが、ただそれだけでこれ以上ないコンビネーションアタックが完成していた。

 

「やるな、蒼軌! 俺とこれだけ殴り合えるやつがいるなんて思いもしなかったぞ!」

 

「殴り合うというか私が一方的に殴られているんですけど?」

 

 連打、連打、連打。

 決して体術の類を習っていない素人の動きではなく、体の動かし方を知った上での圧倒的な力任せの暴力。

 さすがに殴殺するつもりではないのだろう理性は感じるが、それでもこちらの顔よりでかい拳が一撃必殺の威力で雨のように降ってくる様は辟易とさせられる。

 隙を見て斬撃を放ち、光剣を穿ち、周し蹴りを叩きこんではいるが、見た目通りの筋肉の鎧はまるで硬質ゴム。ダメージが入っている気がしない。ボディスーツしか着てないくせに生身の肉体が俺の鎧並みに頑丈なのだから笑ってしまう。

 殴り合っていると見えるのは形だけだ。

 

「ヴォアアアーーー!」

 

「はぁっ!」

 

 鉄靴に包まれた足と、生身の拳が激突したとは思えない轟音。

 かてぇ、切島とはまた違った硬さだがこちらもこちらでかてぇ。

 そして力が強い。

 回避以外の受けざるを得ない状況の場合、一瞬だけ索敵すら放棄してパワー特化に切り替えているがそれでも押し負ける。普段使っている全体的な強化では数発貰えばアウトだろう。

 この一瞬を突かれるとまずい。

 壁がぶち抜かれる。

 大規模な破壊は禁止されているが、あちらはヴィラン。多少の破壊は許される立場だ。

 ヒーロー側であるこちらはビルの破損にも気を使わなければならず、事実先ほどからのラッシュ中もできるだけ破壊を抑えようと広域に防御を広げていたが、ここは少し狭い。

 破壊されたのではない、破壊させたのだ。不可抗力ですよーと言い訳しながら戦闘エリアを広げたのだ。

 核からは遠ざかってしまうが、仕方がない。

 

「逃げられないよー!」

 

 今は葉隠の回避に使える空間の確保が重要だ。

 彼女は彼女で暗殺術でも習っているのか隙のつき方や回避しづらい攻撃の仕方が妙にうまい。

 今世の体の才能を生かし俺もそれなりに体術は学んだ身だが、それでも正直葉隠のほうが上手だ。

 まったく、なんで称賛を得る場の一つでしかなかった戦闘訓練でこんなギリギリの戦いをしているのだろうか。個性が強いだけではなくそれなりの戦闘能力も備えているとか、この世界に一体何があったというのか。

 思っていたのと違う。

 俺が求めていたのはこんなんじゃない。

 俺は最強で、A組のクラスメイトですら俺の前では一般人のような反応をするはずで。

 

「まったく、本当に、厄介ですね」

 

 だが、何だろうか。

 不思議と、嫌ではないのだ。

 俺は称賛が欲しかったはずなのに、こうしてギリギリの戦いをしている今が不快ではない。

 自分の力を出し切ってなお壊せない壁。

 それが最低でもクラスメイト全員分、19人もいるというのに。

 圧倒し、勝利し、羨望されたかったはずなのに。

  

「砂藤君殴らないで捕まえて! テープまいちゃえば勝ちだよ!」

 

「おっと、それもそうだな! 対等に殴り合えるのが楽しくて忘れてたぜ」

 

「楽しい……」

 

 楽しい?

 ……楽しい、のか。

 俺は今のこの状況が、楽しいのか?

 

「捕まえ――!」

 

「おしい! というか避け方かっこいいね! 体操選手みたい!」

 

「敵を褒めてる場合か!」

 

「えへへ~。でもほんとだね、楽しい! 私追いかけっこでこんなに捕まえられなかったの初めて!」

 

 楽しい、楽しい、楽しい。

 そうだ、楽しいのだ。

 昨日の把握テストで彼ら彼女らが強いとわかった時から感じていた違和感。

 俺以上がいるという事実は不快であるはずなのに、現実逃避すらしたはずなのに。

 彼らを罵倒するでもなく、俺は自分を鍛えようとしていた。

 対等な相手と互いを高めあう。

 そんな経験が、前世含め今までの人生で一度でもあっただろうか?

 

「こんな弱弱しい少女を追い詰めながら楽しい楽しいと……そこまでヴィランになりきらなくてもいいんですよ?」

 

「弱弱しい……?」

 

「俺と殴り合えるやつが弱弱しい?」

 

 葉隠の不意打ち。

 砂藤の圧倒的膂力から繰り出される殴打。

 どちらも一瞬でも気を抜けば次の瞬間負けてしまうだろう。

 こんな序盤で。

 個性把握テストとはわけが違う、明確なぶつかり合いで。

 プロになるまで、在学中相対する強大なヴィランにすらするつもりのなかった敗北が、目の前で手招きをしている。

 にもかかわらず、俺はいつの間にか笑っていた。

 

「ひどいですねー。でもまぁ、楽しい……そうですね、否定はしませんよ。力をぶつけてお互いを高めあう、それがこんなにも楽しいだなんて、初めて知りました」

 

 跳躍。

 部屋の壁ギリギリまで距離をとりコンマ数秒の時間を稼ぐ。

 砂藤が迫るまでのその刹那、光が増幅する。

 大上段から振り下ろされた聖剣から、先ほどとは比べ物にならない強大な斬撃が放たれる。

 加減はした、したがそれは大抵のヴィランならそれだけで倒せるはずの一撃。

 

「うお! 少し痛かったぜ。そんなことができるんなら、こっちだって!」

 

 しかしそれは当たり前のように葉隠を捉えることも、砂藤に傷を負わせることもなく破壊される。ワンパンかよ、傷つくな。

 見慣れてきたその巨躯は、にやりと笑いながら追加であろう角砂糖を放り込んだ砂藤からの威圧感がさらに増す。

 

「おー、じゃあ私も本気出しちゃうもんね! 今度は今までとは違うよ~!」

 

 連続する消失と出現に、そろそろその存在を掴めそうだと思っていた葉隠はより薄らぎ、いたのだという事実すら忘れそうになる。

 

 猛攻。

 

 先ほどとは比べ物にならない、薄氷の上を渡るような緊張感。

 平静なはずの精神が薄く薄く張りつめていくような感覚。

 殴打はより重く、不意打ちはより狡猾に。

 肉体がきしみ、脳が熱を持つ。

 ああ、勝てない。

 多分負けるだろう。

 俺はこんなところで、経験することがなかったはずの敗北を知るのだ。

 主人公の緑谷ですらない、彼女たちによって。

 だが、悪くない。

 圧倒するよりも楽しいかもしれないことを、俺は見つけたのだ。

 

『蒼軌少女、確保判定!』

 

 オールマイトからの通信。

 鷲掴みにされ、動けなくなった俺の手に、今度こそ確保テープが巻かれたのだ。

 

「よっしゃあー! 俺たちの勝ちだ!」

 

「やったー!」

 

 歓喜の声を上げる二人。

 負けてしまった。ルール上の確保テープによる敗北とはいえ、心操を抱えていたとはいえ。

 そんな言い訳が通用しないほどに、明確な敗北。

 だが、俺の心に不快感はなかった。

 

「おめでとうございます、二人とも。負けましたよ、素晴らしいコンビネーションでした」

 

「ありがとう。でも蒼軌さんもすごかった! 人一人守りながらこんなに粘られるなんて思わなかったよ!」

 

「そうだなぁ、最初の不意打ちで一網打尽にする予定だったのになぁ」

 

『あー砂藤少年、葉隠少女。まだ勝ちではないぞ。心操少年も確保しないとヴィランチームは完全に勝利したわけではない』

 

「「あ」」

 

 そういえばそうだった、と二人は笑う。

 俺を地面に下ろしながら砂藤が自分の分の確保テープを差し出し、受け取った葉隠がそれを心操の腕に――。

 

 

 

 

「【個性を止めてその場から動くな】」

 

 

 

 

 強制力を持った声が響いた。

 びくり、と。

 先ほどまで朗らかな雰囲気で勝利を確信していた二人は動きを止める。

 同時に砂藤が収縮し、葉隠が解除できないらしい自身の透明化以外を解除したのか見えなかった核の姿が遠目に確認できた。

 

「……悪かった、迷惑かけたみたいだな」

 

「なに、遅れてきたヒーローみたいでかっこいいですよ、心操君」

 

「――ッ。終始自分より小さな女の子に抱えられてた男がかっこいいもんかよ」

 

「おや、照れました?」

 

「うるさい」

 

 先ほどもそうしたように、彼は俺の手を振り払うように抱えられた状態から脱出した。

 抱えられるよりかっこいいといわれるほうが照れるとは、どこが琴線にふれるのやら。

 

 抱えながら行っていた治療。

 気絶を回復させるのは未経験だったが、そこは万能個性。なんとなくでできそうだったので、戦闘しながら少しづつ進めていたのがぎりぎりで間に合ったようだった。

 だった、というのは俺は正直もう負けたつもりだったので予想外の事態だったのだ。土壇場で目を覚まして一発逆転、俺が言った俺の敵わない相手を無力化するを有言実行するとは思わなかった。

 

「「…………」」

 

 微動だにしない二人。

 

 心操の個性【洗脳】。

 強化されていたその個性の力たるや、この二人も恐ろしいが、彼が一番すさまじいかもしれない。

 声をかけ返事をさせることによってでしか発動しなかったはずの個性は、当然のようにそれだけではなくなっていた。

 手段其の一、発声による行動強制。文字通り大声で意識して命令することで相手の行動を縛れるものだ。認識されていようといまいと関係なく声をかけるだけで行動を縛れるらしい。不意打ちのほうが縛りやすく、認識されていると相手によっては抵抗される上単純な行動しかしばれないらしいが、それでも声をかけるだけでいいのは強力だろう。一度に多くの人間の行動を縛れるのはこれ以上ない利点だ。

 手段其の二、返答させることによる催眠状態化。これは知っていた通りの能力だった。催眠状態になった相手には声掛けだけより多くの行動を強制することができ、さらには相当の力でどつかれない限り解けることもないらしい。手間はかかるがやろうと思えばこちらも多くの人間を縛れる。ちなみに声掛けで無理やり返事させるのは意味がないとか。自分の意志で返事させることがキーらしい。

 手段其の三、接触による完全支配。これが一番恐ろしい。文字通り、触れることでほぼ個人を自由にできるといっても過言ではないらしい。催眠状態ではできない綿密な命令や個性を使用させることもできるし、たとえ大けがを負わされてもその支配が解けることはない。知っていることを正直に話せ、みたいなこともできるというのだから無敵といっても過言ではない。さすがにこれは人数が頑張っても二人、縛れる時間も10分程度と短いらしいが、しまいには記憶にすら介入できるというのだからデメリットにすらなっていない。

 

 確保テープを巻かれる寸前、葉隠が触れた瞬間に同時に砂藤にも接触し、完全支配下に置いたらしい。

 通信用のイヤホンからオールマイトの困惑が伝わってくる。

 なんでだ、アンタは個性知ってるはずだろ。

 そんなことは気にも留めず、心操は小走りにぶち抜かれた壁を越えて姿を現した核に手を触れた。

 

『ひ、ヒーローチームWIN!』

 

 砂藤から降ろされ床に座った姿のまま、どこか他人事のようにオールマイトの宣言を聞く。

 個人的な敗北はともかく、チームとしては勝てたようだ。

 本当なら不敵な笑みでも浮かべて相手チームに謙遜の言葉でも投げかけている予定だったんだが……まぁいいさ。

 

「まったく、おいしいところを持っていきましたね心操君」

 

「なにいってるんだ。全部あんたが耐えてくれたおかげだろう」

 

 戻ってきた心操におつかれと声をかければ、複雑な表情で彼は肩をすくめる。

 まぁ男の子としては女の子に終始抱えられてばかりだったというのは来るものがあるのだろう、俺だったら恥ずかしいね。

 

「つまり私たちどちらが欠けても得られなかった勝利である、ということですね。ナイスチームワーク、私たちはベストパートナーです」

 

「あんたのそういうとこ、ほんとヒーローって感じだな」

 

「心操君こそ、さっきも言いましたが実にヒーローしてましたよ。有言実行、私がくしくも敗北した相手を一瞬で無力化するなんて」

 

「それは漁夫の利みたいなものだろ。実力で在り方を示す、は実行できなかった」

 

「そうだとしても、あの時のあなたは確かに私にとってのヒーローでしたよ」

 

「――そうか」

 

 おや、うれしそうだ。珍しくうっすらと笑みを浮かべている……ように見える。

 戦闘前は初対面の相手に無責任にヒーローだといわれるのは嫌そうだったのに。

 戦いの中で友情を深めた、ということでいいのか? 

 

「さぁ、帰りましょう。講評があるらしいですからね」

 

「ああ、とりあえず二人の洗脳を解くか」

 

「その前にやることがあるのではないですか?」

 

「ん?」

 

 本気でわからないといったような声を上げる心操。

 嘘だろお前、ヒーローとしてはともかく紳士としてはまだまだだな。

 あまりにキョトンとした様子なので仕方ない、と手を伸ばす。

 

「…………」

 

「あれ、まだ分かりませんか?」

 

「いや……わかった……が……」

 

「歯切れが悪いですね? ああ、そうですね、これは失礼」

 

 何をしたらいいか分かった割に行動に移そうとしない心操。

 その様子に俺は手甲を外し、改めて素手で手を伸ばす。

 

「これでいいでしょう。さ、疲れ果てて座り込んだレディーに手を貸してください。功労者は敬うべきですよ」

 

「別に手甲が痛そうだと思ったわけじゃ……、はぁ……。これじゃ俺のほうがバカみたいだ」

 

「なにがです?」

 

「なにがって。そう言えばあんたは最初からそうだったな。俺を二度も抱え、さらにはわざわざ素手で俺に手を差し出す? ここまで無警戒なやつは初めてだよ」

 

 呆れたようなその言葉に、ようやく今までの彼の反応に納得がいった。

 やけに離れたがると思っていたがなるほど触られることになれていなかったのだ。女だからとかそんなことは関係なくただ他者と触れ合うことそのものに。

 心操の過去、ただでさえ避けられていた彼は強化された個性のせいでさらに避けられていたのかもしれない。

 照れてるのかとか茶化してすまんかった。

 知っているとか関係なくまったく気にしていなかった。

 

「無警戒とは失敬な。これは信頼というんですよ。共に戦い勝利を収めた仲ではないですか。ほら、さっさと手を取ってくださいヒーロー(・・・・)

 

「……わかったよ、蒼軌(・・)

 

 だが、そもそも気にする必要がないのだ、そんなことは。

 彼はヒーローを目指している。

 ならば信じよう、信頼しよう。

 人生の先輩だから実感として知っているこれは、言葉では伝えづらいが。

 そんな相手が一人でもいるというのは、多感なこの時期にとてもありがたいことであるはずだ。

 彼もまた大切な共に高めあう一人の友人でありライバルだ。

 俺がそうなれるならばなってやろうじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っぐ、小さい割に意外と重いな」

 

「失礼な! 鎧と剣の重みですよ!」

 

「あの大男と殴り合ったんだろ? 実は筋肉質だったりするのか」

 

「話聞いてます?」

 

 冗談だと笑う彼の背中をぶっ叩いてやる。 

 ついでに女として生きてきた経験を生かして男としての在り方も教えたほうがいいかもしれない。

 




ついに明かされる葉隠さんの個性! 何これくそ強い……誰が勝てるの?
ついに明かされる心操くんの個性! 何これくそ強い……誰が勝てるの?
砂藤くんもくそ強いです、主人公もそれなりに殴り合えるので地味目ですが原作緑谷君とタメ張れるレベルで彼は強いのです



2月1日21時 加筆しました
加筆というか最後書ききってないやつを間違えて投稿したといいますか
わりと気合入れた心操とのやり取りまるまる抜けててびっくりしましたよ
深夜に書いてると妙なミスをしていけませんね、今後はきちんと確認します


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第十一話

流れが変わるほどではないですが、前話の最後の方少し加筆しましたのでよろしければ読んだいただけると嬉しいです



「まぁ、MVPは蒼軌少女だな」

 

「おや」

 

 訓練終了後、講評タイムで真っ先に上がった自分の名前に思わず声が出た。

 一番は心操だと思っていた。追い詰められて負けだと思ったその瞬間、最後の最後で逆転勝利。オールマイト含めヒーローならば、ヒーローを目指しているならば一度はやってみたいランキング上位の勝利だっだだろう。

 その辺ノリで教鞭をとる傾向があるのがオールマイトだ。

 とるつもりでの行動はもちろんしていたが、敗北したため2番手あたりになると思っていたが。

 

「明確に押し切られて敗北した私がMVPというのはいかがなものかと」

 

「なに、それを考慮しても素晴らしいものだったよ。そうだな……わかる人!」

 

「はいはいはーーーい!」

 

 頭の上で響く声。帰還と同時に飛びついて褒め称えてくれた三奈ちゃんの声だ。

 いろいろ酷使した体に後ろから抱きしめるようにしたままその大声は結構響くんだが。

 

「はい、芦戸少女!」

 

「はい! 意識を失った仲間を最後まで見捨てずに守ったまま二人からの攻撃に耐えてた!」

 

「うむ、そうだ。どんな場面でも他者を見捨てず諦めない、今回は特にそのおかげで最終的な勝利を掴んだともいえる。ヒーローとして他者を守るというのは口で言うのはたやすいが実際に行動として行うのは難しい、あれだけの猛攻の中それを実行した蒼軌少女の行動は称賛されるべきことだ」

 

「はい、先生」

 

「はい八百万少女」

 

「砂藤さんが遠慮なく暴れていましたのにビルへの被害があれほど少なく抑えきったというのは快挙といえるのではないかと。周囲への被害を最小限にとどめる、ヒーローとして見習うべきだと思いました」

 

「そのとおり。今回は廃ビルという設定ではあったが、室内戦闘がそう都合よく人気のない場所で起きることは多くない。強力な力を持ったヴィラン相手に被害を小さく済ませるというのは難しいことだ」

 

 交流を持っている二人の少女から続けて俺を褒める言葉が紡がれる。

 だが、打算ありきでの行動を褒められるのは複雑だ……。

 今回の戦い、まったく余裕はなかった。だから本来ならば目の前の二人に集中して戦闘すれば心操が起きるまで時間を稼げていれば、個人的な敗北もせずに済んだかもしれない。

 しかし精神が落ち着いているばかりにその時だけでなく終わった後のこと、つまるところまさに今彼女たちが指摘してくれたことを見てもらおうと行動してしまったのだ。

 訓練であるという甘えから、別に死ぬわけではないという考えから勝利よりものちの評価を優先した結果。

 ヒーローとしての行動であるのも事実だが、ヴィランチームの二人に失礼な戦い方だったかもしれない。

 

「もちろん個性を生かした不意討ち作戦を立案した葉隠少女、様々な手段を持つ蒼軌少女を抑え込んだ砂藤少年、そして最後の最後で不意討ちし返しみごと勝利を掴んだ心操少年。様々な学びのある、初めての対人戦闘訓練とは思えない素晴らしいものだった、全員拍手!」

 

 称賛の声と共に拍手が送られる。

 俺と同じく喜んでいいのか微妙なところであろう心操が面白い顔をしているが、まぁ助けはいるまい。

 というか助ける気力がない。

 二人とのスリリングな戦闘は今後の課題を明確にするとともにいい気づきを得られた体験ではあったが、いかんせんスリリングすぎた。

 何不自由なく生きてきた今世において珍しい全力稼働に少々気疲れを感じていた。

 俺を抱える三奈ちゃんの出番は最後らしい、しばらく見た目通りのその双丘で休ませてもらおう。

 

「制限時間が少し余って終わったから折角だ。MVPの蒼軌少女、今回の戦闘で気になった場面はあったかな? 不可視の核を発見や最初の不意討ちを避けた索敵能力、初めての戦闘訓練とは思えない素晴らしい判断力だった。そんな君からなにかこの後の訓練に赴くクラスメイトらになにかアドバイスはあるかい?」

 

 そう思っていたらオールマイトから名指しで意見を求められた。

 なぜ期待を込めたような眼をしているのか。

 No.1たるあなたより俺のアドバイスが優れているわけないだろうに。

 優れた成果を上げたように見えるのも聖剣による精神安定によるところが大きい。

 そういえば最初も俺に意見を求めてきたような?

 まさかオールマイト、あなたまで俺に面倒ごと任せようとしているんじゃなかろうな。

 教師として未熟であることを俺は知っているが、俺は頼りにされるほど発想力があるわけではない。頭も身体能力も個性も見た目も優れているが、中身は別段変わったわけではないのでその辺の才能は補強されていないのだ。

 そんなわけで無駄に集まった視線の期待に応えられるような答えなど持つはずもない。

 

「特別これといったものは思いつきませんが、しいて言うならオールマイト。片方のチームに優位性を与えるような行為は避けるべきかと」

 

「んん? わ、私にアドバイスかい? どういうことかな?」

 

「私たちヒーローチームが勝利できたのは心操君の実力はもちろんですが、最後の通信。あれでヴィランチームがメタ的な理由で油断し完ぺきな不意討ちとなった感じもありましたから。葉隠さんたちの実力も実際に戦った私にすれば、もしかしたらあそこからでも反応できたかもしれないと思わせるものでしたし」

 

「――あ」

 

 うーむこのひよっこ教師。

 今更気が付いたとばかりに間の抜けた声を出すその姿に、クラスメイト達も今更……葉隠さんたちすらも今更気が付いたとでもいうように納得した様子が広がっていく。

 オールマイトは素晴らしい、そしてすさまじいヒーローだ。

 その一言一言に有無を言わせない力がある彼の言葉は、良くも悪くも周りの人間に深く考えることをやめさせる節がある。

 

【私が来た】

 

 オールマイトの代表的なセリフであると同時に、彼を象徴する言葉。

 彼が来たからもう安心だ、彼がこの言葉を言ったのだからもう安心だ。

 オールマイトの言葉に間違いなどない。

 そう思わせてしまう。

 当然そう思わせるにたる実績と能力を兼ね備えた素晴らしいヒーローであるのだから改善してほしいなどというつもりは毛頭ないのだが、教育の場においてビギナーである今のオールマイトは割と細かなところでミスをすることもある。

 

「オールマイト先生ー!」

 

「いや、すまなかった葉隠少女砂藤少年! そうだな、私が必要ないことを口走ってしまえば君たちの学びを邪魔してしまいかねない。今後気を付けるよ」

 

 葉隠らが責めるように詰め寄る。

 クラスメイトへのアドバイスが思いつかなかったので細かい部分に突っ込んでごまかしただけだったが、違和感のないアドバイスにはなったんじゃないだろうか。

 

「私もまだまだ教師としては未熟ということだ。蒼軌少女はよく見ているな。……時にその観察力、少しだけ私に貸してくれるつもりはないかい?」

 

「はい?」

 

 そう言って。

 力強い笑みに、どこかいたずらっぽいものを交えた表情のオールマイトが俺の肩にポンと、手を置いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「セメントス先生、配置完了しました」

 

「ん、ありがとう。いや、悪いね手伝ってもらうことになって。あれだけの戦闘直後で疲れもあるだろうに」

 

「平気です。むしろほかのクラスメイトの戦闘を近くで観察できる機会を得られて僥倖です」

 

 一回目の戦闘訓練を心操と共に勝利で収めた俺は、セメントス先生と共に複数のカメラ映像を映し出すモニターを前に、聖剣をひっさげ先ほどまでその中で戦っていた訓練用のビルを見下ろしていた。

 我ながら大柄なセメントス先生と並んで立つ姿は割と絵になっていると思う。

 役割がクラスメイトのやりすぎ防止役でなければ、だが。

 俺は今頃三奈ちゃんの双丘に頭を預けてモニタールームでクラスメイトらと続く戦闘を傍観者として眺めているはずでは?

 なんでいざというとき止める役割としてオールマイトよりさらに使用されるビルの近くに待機しているセメントス先生と肩を並べているんだ。しかもモニターごしの監視だけではなく個性によって生み出した偵察用の鳥を10羽、各階層に一羽ずつと外にそれぞれ散らせて配置している。

 索敵に集中している際の視界はそれぞれの鳥の視界が自分の視界のすみっこにモニター状に並んでいる、という形だ。これもまたSF映画のハイテク技術チックな様相をしている。俺の視界の中にしかないのでほかの人に見せることができないのが欠点だが。

 聖剣の光を何らかの形にする際必要とされるのはイメージ力であるため、便利な能力と言われてイメージしやすいSF技術が原型になっている。

 しかし、どうしてこうなった。

 いや、俺が余計なことを言ったからだが。

 

「あれだけの鳥一つ一つが君と視界を共有しているんだろう? 実際に見せてもらうと本当にすごい個性だね」

 

「恐縮です。まぁさっきの一戦で力足らずを実感させられましたが」

 

「そうかい? 試合は見事なものだった。完全に不可視化された核を即座に発見できるとは思わなかったし、不意討ちへの対処も完ぺきだったじゃないか。砂藤君が君に殴りかかった時は正直止めようか迷ったんだけどね、終始安定した戦い方は素晴らしかったよ」

 

「ありがとうございます。ですが私だけがすごいわけではないですよ、砂藤君もああ見えて割と考えて殴ってたみたいですから。そうでなければ今頃私は壁の染みになっていたでしょうね」

 

「それはさすがに教師という立場的に笑えないなぁ」

 

 巨躯に似合わないのほほんとした顔でのんびり話す様子は、オールマイトと違って教えるものとしての余裕を感じさせる。やはり経験というものは積み重ねるしかないものということだろう。

 

「そろそろ次のチームの戦闘開始だ。おしゃべりはここまでにして、頼んだよ」

 

「はい。任されたからには全力でこなして見せましょう」

 

 セメントス先生が地面に手をつき、いつでも戦いに介入できる形をとる。

 俺の役割は監視カメラが破壊や視界不良などで情報が入ってこなくなった場合の情報伝達や、介入の補助。近接ほどの強度はないが、遠隔でも鳥という遠隔操作している光を変形させてバリアを張れるのだ。

 つまりセメントス先生より仕事が一つ多い。なんでや。

 

 次のチームはヴィランが耳郎響香・上鳴電気、ヒーローが口田甲司・蛙吹梅雨。

 一回目の戦いと違ってパワータイプの少ないチーム、あまり大規模な破壊は起きそうにないが油断はできない。

 やらかしそうなのは上鳴あたりだろうか。

 電気系の能力を持つ人物として不遇であったはずの彼は、いまや緑谷に次ぐこのクラスのナンバー2である。高速移動やそれに伴う肉体能力の向上。握力測定で機器をバグらせようとしていた辺り、身体能力強化に特化したというわけではなさそうなのでシャレにならない電圧で相手に致命的な一撃を与える可能性は十分にある。

 その場合俺ですら反応が間に合うかは不安なところだが……まぁ何とかしよう。

 

『それでは――スタート!』

 

 オールマイトの宣言。

 最初に動いたのは口田だった。

 第一戦の俺の動きを見ていたからだろう、まずは潜入前の索敵をするらしく何事かつぶやいたように見えた次の瞬間には30を超える様々な種類の鳥類がどこからかやってきてビルの周りを旋回し始める。

 俺のようにマニュアルで操っているのではなく、ある程度鳥類自身の判断で動かしているのか彼がその数を操ることに難儀している様子はない。

 とはいえヴィランの二人もばかではない。監視役として全貌を把握しているので知っていることだが、当然核が外から確認できる位置に置かれていることはないし、二人も窓際を避けて潜伏している。

 今回は核も人も透明化されていないが、鳥は普通の鳥なので締め切られたビルの内部に入り込むことはできないので結果としては俺の時と同じ事前に情報を得られないというものになった。

 と、ヴィランの二人は思ったかもしれない。

 

見つけた。5階の中央の部屋に核と耳郎さん、2階に上鳴君

 

 彼は難なく二人の位置をぴたりと言い当てて見せた。

 鳥はどう見てもビルの内部に侵入できていないにもかかわらず、だ。

 

『上鳴! ウチら見つかってる、警戒して!』

 

『ウェ!? なんで――いや、あいつ虫も操れるのか! なんか細かいのがうじゃうじゃいる!』

 

『え……! うわ、いやぁーー! この数はさすがに無理ぃ!!!』

 

 しかしヴィランチームも負けてはいない。

 耳の良さが尋常ではないらしい耳郎が口田の至近距離でも聞こえるか聞こえないかの声をあっさりと聞き取り、即座に情報を共有。情報が来た瞬間に上鳴はぱりぱりと何かを探るようにわずかに放電したかと思えば、次の瞬間には灰色のビルに紛れていた細かな虫たちを把握した。

 

『ケロ、了解したわ。じゃあ私が上から……』

 

まって! 場所を特定したことを知られてる……? 虫たちの存在も

 

『あら。あっちも索敵能力に長けた個性を持っているというわけね、どうしましょう。隠密行動が封じられているとなると、あの……上鳴ちゃん、だったかしら? のスピードはかなりの脅威になるわ』

 

…………

 

 彼は答えなかった。

 同時に口元に人差し指を立て、蛙吹も即座に理解したらしく口元を覆って理解を示す。

 耳郎が音によって把握していることを察したのだろうか、すさまじい情報伝達速度だ。

 どうやら鳥はブラフ、虫での索敵をメインにしているようだが、虫にそこまで高度な情報伝達が可能なのか? もしくは見聞きしたものを直接認識できる? いや、それはないだろう。そうだとしたら彼の脳の処理能力は只でさえ優れた俺の頭脳を聖剣で強化した際のものよりなお上回るということになる。

 よくよく見れば複数の鳥や虫が彼の周りをせわしなく行き来している。多分バケツリレーの要領で情報を伝え聞いているのだろう。莫大な数を一度に操れる彼だからこその力技だ。

 

『核の部屋はそっちでどうにかしてくれ! ほかの階層は俺が電撃で焼き払うけど核のある場所はそうはできないからな!』

 

『わかった! ……声で操ってる? 何言ってるかわかんないけど、虫語? でも音なら』

 

 そんなことを観察している間に、上鳴が猛スピードでビルの内部を駆け回り、同時に放電しながらバチりバチりとあのコンビニの前にある誘蛾灯のような音を発しながら虫を焼き殺していく。

 細かな虫を的確に焼いていくのは見事ではあるが、操られ焼き殺され、いつも町のどこかである光景とはいえ聊かむごい。

 あと監視カメラに飛び火しそうなのを防ぐのが地味に大変。

 耳郎は……なんだ、鳥からの音が把握できなくなった。音を消したのか? 虫たちの動きが鈍くなる。

 継続的に指示を出していたのか? 俺にすら聞こえない未知の音域の言語による支配。そういえばもごもごと口田の口が動いているようにも見える。口元覆ってるからわかりづらいが。

 

虫たちの声が

 

『ケロ』

 

 内部把握できていない蛙吹もすさまじい速度でビルを駆け巡るスパークで察したのだろう。

 さて、正直上鳴一人でもどうにもならなそうだが。

 

これは少しやりたくなかったんだけど……

 

『ケロ……ケロ!?』

 

 人間の言語を失いつつある蛙吹が思わずといったように声を上げる。

 同時に俺とセメントス先生も少し後ずさった。

 黒い雲と黒い地面がビルへと近づいていた。

 そうとしか見えないほどの膨大な虫たち。

 いや、確かにできるのであればそれが彼にとって最強の手段だろう。

 虫嫌いじゃなかったっけ? いや今更驚かんが。

 

『ぎゃあああああああああーーー!!!』

 

 響香ちゃんから女の子としてどうなのという感じの悲鳴が聞こえてくる。

 索敵からつぶそうというのだろう、彼女のいる場所へとそれらは殺到していった。

 音が回復したのでもはや個性を使う余裕すらないと見える。

 いやむごい。

 一定の距離で止まり彼女自身へとまとわりつかせることはしていないし、有害な虫などもいないようだがそれでもこれは再起不能レベルでは?

 

「止めますか?」

 

「んん、一応直接かじらせるとかむごいことはしてないんだよね? 今の彼女はヴィラン役だけど、ヒーローとして活動していると規模は違えどこういった生理的な嫌悪感をあおるような攻撃をしてくるヴィランがいないわけじゃないからなぁ。水を操るときに下水を使うとか、風を操るときに虫や生ごみを巻き込んでくるとか。監視カメラだと視辛いな、蒼軌さんから見てどうだい? まずそうなら引っ張り出してきてほしいんだけど」

 

「私も女の子なんですけど?」

 

「バリアがあるじゃないか」

 

「……評価してくれているのだと受け取っておきましょう。まぁ反撃しているようだし大丈夫、ですかね。注視しておきます」

 

 決して突入するのが嫌なわけじゃない。悲鳴を上げてはいるが割と応戦していて、共振かなんかしているのか虫が爆散している。悲鳴を上げつつも言うほど死にそうな様子はない、ガンバ響香ちゃん。

 

少し呼びすぎちゃった。蛙吹さん、虫は……

 

『平気よ。さすがにあの量が自分に来たらと思うと少し怖いけれど』

 

じゃあ案内するから時間を稼いでるうちに上鳴君だけでも確保テープで捕まえられる?

 

『わかったわ。案内してちょうだい』

 

 しかし攻撃に転じているということは索敵がおろそかになるということ。

 口田の指示のもと、蛙吹がビル内部へと侵入する。当然のように保護色をすでに使っていて、薄暗いビルの中ではバカにできないレベルの迷彩能力を誇っている。

 上鳴がばかげているだけで彼女の機動力も決して馬鹿にできるものではない。壁や天井に張り付き、高速で移動しながらも器用に隠密移動する様は蛙というより蜘蛛のようだ。

 ほんの数十秒でビル中を駆け回った上鳴は、しかしそれほど疲れた様子もなく2階部分で何やら電池をもてあそんでいた。手遊びに興じているわけではないだろう。そういえば把握テストの際も何やら充電してくる、などと言っていた記憶がある。外部電力を体内で増幅して様々な能力を行使している、といったところだろうか。

 窓をできるだけ避けて移動していた弊害だろう、いまだ上階の異変には気が付いていない様子で、今からかたづけ終わったという節の報告と状況の確認をしようと通信をする、といったその瞬間。

 

『――!』

 

『残念だったな!』

 

 口田による誘導と保護色と隠密移動で完全に不意を突いたはずだった蛙吹、まさにテープを巻きつけようとしたであろう彼女はそれを巻ききる前に崩れ落ちた。

 正確には瞬間的に彼女の背後へと回り込み、軽く背中を押すように電気を流したようだ。

 余裕を見せるつもりなのか、倒れこむ蛙吹を支えるように抱える様子が何とも。実力があるがゆえに割と調子乗ってる感がある。

 

「うかつだね」

 

「仕方ないともいえるのでは? その可能性を考えていたとしても彼と真正面から戦うのはヒーローチームには――」

 

「いや、うかつなのは上鳴君のほうさ」

 

「ふむ?」

 

 何らかの手段で隠密を見破った上鳴のカウンター放電。危惧していたような規格外の電圧を浴びせる、ということはなく動けなくなる程度の放電だったらしく、蛙吹にはいまだ意識がある。

 とはいえヴィランチームにも確保テープが配布されている今回の戦闘訓練、上鳴の勝利はもはや不動のものとも思えるが、セメントス先生の評価は違うらしい。

 

『気づいてたさ背後にいることくらい! 人間にだって電気が流れてるんだぜ、それを感じ取ることくらい俺には造作も――』

 

 得意げに語りだした上鳴が突然その動きを止めたかと思うと、蛙吹同様その場に倒れこんだ。

 まさか自分で感電したわけではあるまい、しかし彼はまるで電気に当てられたかのように痙攣している。

 

『支えてくれたのは感謝するわ。でも、不用意に触れると危ない蛙も世の中にはいるのよ』

 

 かなり加減したらしく、すぐに動けるようになった蛙吹が倒れこんだ上鳴へとテープを巻き付ける。

 オールマイトの確保判定宣言を聞きながら隅っこに転がされる彼は、制御できているおかげで見ることはないだろうと思っていたウェーイ顔をクラスメイトらにさらすのだった。

 強キャラであることは間違いないはずなのにこうもあっさり捕まるとは。

 放電と高速移動しか見れなかった。電気属性として当然ともいえる強さを得た彼の力は少しでも多く見ておきたかったのだが。

 しかし、触れてはいけない蛙、ね。

 

「……毒ですか」

 

「正解。彼女は身体能力も高いけどその本当の強さは分泌している毒にある」

 

「回収しますか? 毒でしょう、危険なのでは?」

 

「はは、大丈夫さ。彼女は自分の毒を使うにあたってしっかり学び、制限付きで使ってもいいとされる資格を取得しているからね」

 

 脚力などの基礎的な力が強化されただけかと思っていたが、なるほどそういう方向に行ったか。数秒触れただけで行動不能になるレベルの毒とは恐れ入る。

 上鳴が慢心せず遠距離攻撃で仕留めていればこうはならなかったものを。

 心操しかり触れただけで即時に無力化できる個性があることも警戒するべきだろうに。

 特に上鳴は自分自身も触れただけで無力化できる個性持ちの一人でもあるのだから。

 

 蛙吹はそのまますさまじい勢いで駆け上がる。

 妨害されていてもいなくても隠密はあまり意味がないのだから当然の行動だ。

 たどり着く5階、核のある部屋の前。

 未だに虫に苦戦している響香ちゃんは、しかしその存在に気が付いたようだった。

 オールマイトの確保宣言は全員に通知されるのだから当然か。

 

『そこ!』

 

 音の衝撃波を、ぎりぎりで蛙吹は回避した。

 しかしその大爆音は少なからずダメージを与えたようで、その足運びは僅かに安定性を欠く。

 やけくそだといわんばかりに虫の壁を衝撃波でこじ開けながら響香ちゃんが部屋から飛び出してくる。

 声、というか音によって生物を操る口田と音そのものをかなりの次元で操る響香ちゃんの相性は最悪だ。

 故に蛙吹を捕まえてしまう必要がある。行動を阻害した一瞬を逃さないように追撃に出たようだ。

 

『ケロッ』

 

『当たらないよ!』

 

 咄嗟に伸ばされた舌攻撃を衝撃波で弾き飛ばす。先ほどと違いコスチュームの装備を介したそれは、人体に悪影響を与えないレベルの音量に軽減されていながらも明確な指向性を持たせているらしく、的確に届かない方向へと舌は逸れていった。

 反応するのか、すごいな。

 不安定とはいえ蛙吹の動きはいまだ立体的だ。そこに不意討ちの舌攻撃が加わったにもかかわらず彼女は視線をやることもなかった。

 これはよくあるソナー的な空間把握もしている感じか。

 身体能力自体はこのA組だと見劣りするものだが、それを補って余りある音による広域攻撃と把握能力。

 狭いビルの中、蛙吹が追い詰められるのは時間の問題だった。

 

『蛙吹少女、確保判定!』

 

 残り時間3分。

 未だビルの外で索敵に徹していた口田には絶望的な通達が下る。

 

っく

 

 彼自身本人は決して戦闘向きでないことはわかっているのだろう。

 それでも、と彼は鳥と虫を呼び寄せ走り出す。

 再び虫でかく乱し鳥に持ち上げてもらって5階に直接行けばいい気がするが。虫がもうそれほど呼べる範囲にいないのか、焦ってその選択肢を忘れているのか。

 

見つからない! いや、虫たちからの声が聞こ――! ――――!? ――!

 

 3階に差し掛かった口田は異変に気が付いたようだが、すでに時遅し。

 消音領域に入り込んでしまった彼の周りから生き物たちが霧散する。

 そんな彼を見つめる影。

 薄暗い天井の隅にプラグで体を固定した響香ちゃんだ。

 そのプラグってそんなに頑丈なんだ。プラグというか首が頑丈なのか?

 

『――――!』

 

 無音からの大爆音。

 無音なので聞こえなかったが口の動きを見るに虫をけしかけられた恨みがどうのと言っていたようだ。

 吹っ飛ぶ口田。

 しこたま背中を叩きつけせき込むが、次の瞬間また音が消える。

 音が消える、と簡単に言うが完全な無音というものは想像以上に人間の周囲を把握する力を奪う。

 よく気配がどうのというが、あれは空気の揺らぎなどをなんとなく音として感じ取っているものだといわれている。

 耳栓をして戦ったとしてもまず経験することのできない無音の世界。

 自分の発する音、声や呼吸音、衣擦れや何かに触れた際特有の音、心音ですら聞こえない。

 そんな世界はどんなものだろうか。

 かなりの恐怖を伴うものなのではないだろうか。

 特に彼はほかの生物たちによって感覚を拡張していた身だ。それらが一挙に失われる喪失感は、同じく個性で感覚を拡張することの多い俺にはそれなりに想像できる。

 

 どこに行こうというのか、へたりこんだまま後ずさり過剰とも思える怯え方を見せる口田。

 そんな彼を再びプラグで体を持ち上げ天井から見下ろす響香ちゃん。

 まるでホラゲーを俯瞰的な視点で見ているようだ。

 虫の恨みがあるからか、それとも体格に見合った腕力を誇る口田を警戒しているのかなかなかとどめ(確保テープ)をさしに行かない響香ちゃん。

 

 しかし決着はついた。

 残り十秒。

 最後の一撃はただの手を叩いた音だった。

 一分にも満たない時間だが完全な無音の世界に取り残されていた口田は、それだけで短い悲鳴を上げて気絶してしまった。

 

『ヴィランチームWIN!』

 

 オールマイトの宣言に、セメントス先生が少しだけ息を吐く。

 俺との会話をしながらも当然気を張っていたらしい。

 

「さて、手間だけど講評には蒼軌さんも参加しないといけないからね。先に行っていいよ、彼らは俺が連れて行こう」

 

「何をおっしゃいます。ついでですから私が連れていきますよ。解毒と気絶からの復帰、私の出番でしょう」

 

「君は本当にいろいろできるなあ。じゃあお願いしようかな。さらについでにあの虫の死骸だらけのビルの片付けも手伝ってくれると――」

 

「治療には結構時間がかかるんですよねー、いやー、本当に申し訳ないんですけどねー、いやー」

 

「わかった、俺が何とかしておくよ」

 

 よっし押し付けた。

 などとは口に出さず、代わりに舌を出してごまかし、鳥を解除。羽を展開しビルの間を一気に飛び越える。

 未だ動けないらしい上鳴と気絶した口田を回収。体格差がひどいので光で腕部を拡大し持ち上げた。

 そのままオールマイトの元まで行く間に、虫の破片が付いてないかと俺の胸当をガチャガチャ揺らす響香ちゃんの相手をする。ええい胸当ての横から手を差し込むんじゃない、どさくさ紛れに微妙な隙間を確認するような手つきをやめろ。

 

 背後ではコンクリのビルが生き物のようにうごめいている。

 まぁ死骸程度で済んでよかった。

 今後もこんな感じに被害がないといいのだが。

 両手がふさがっているのをいいことに、鎧で盛るのは新しいねなどと見当違いの推測をする響香ちゃんと後ろでケロケロ笑う蛙吹。

 二人の笑顔を見ながら現実逃避をする。

 そう、この後に控えているのは大抵大規模破壊を引き起こしかねないやつらばかりであるという現実から。




口田むっちゃ喋るやん

電気やら音やら毒やらわりとツッコミどころがあるとは思いますが細かいことは気にしない感じで書いてますのでまぁそんなもんやろって思いながら読んでいただければ

前話には70もの感想をいただけて本当にうれしかったです。どんどん増えていくのでうれしくて1時間ごとにスマホでアクセスしてまで確認してました。本当にモチベーションが上がります
誤字報告もありがとうございます、こちらもたくさんいただいてます。読んで確認して報告してくださるのはうれしい反面、自分の誤字の多さには頭を悩ませるばかりです

これからもよろしくお願いします


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