DJ少女達との日々 (変わり者)
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ROAD TO D4FES.
Dで始まる新世界
とノアさんが言ってました。
日常系オリ主物です。よろしくお願いします。
4月7日、昼。明日から高校二年生だというのに、今やっと部屋の片付けが終わった。サボり?いや、違うのだ。そうではない。魅力的すぎる物がたくさん出てくるのが悪いのだ。
今日は祝いの日で、陽葉学園に近い普通のどこにでもあるアパート。その角部屋に一人暮らしをすることになった。狭い部屋ではあるものの、一人ではこのぐらいが心地いい。そこまで古くもない、床や壁の木の色も綺麗なままだ。流石に新築特有の匂いはしなかったけれど、若いうちの引っ越しはテンションが上がる。ついつい声を出したくなるものだ。
「やったぞぉおおお!!! 今日から一人暮らしだ! 叫べる! 自由だ!」
やっとの思いで実家から解放された少年、
そんな彼は一人という空間に気持ちが昂っていた。はしゃいだっていいじゃない。彼もまた人間なのですから。
近隣に住んでる人にうるさい! と言われる前に声を抑える。この日のためにパーティの準備もしてある。特別豪華なものではない。
「まず気合いだろ? 飾り付けは面倒だったのでやっていない、パーティの参加者は呼んである、食事……はデリバリー頼んでおいて……もうそれでいいか」
この男、実に適当である。実際、飾り付けは片付けたばかりの部屋を汚すことになるし、言葉の通り単純に面倒だった。参加者が来るまで暇だったので、何か良いものでも届いていないかな?などの淡い期待を抱いて開けた。
「あれ、このチラシ……」
新しく人が住むとなると、必ずと言っていいほどここぞとばかり色んなものが回ってくる。颯の家にももちろん届いており、三枚のチラシがポストの中にあった。
「えーっと……超銀河、新しい宇宙を作り出そう……? ……なにこれ、宗教?」
魂でぶつかり合える仲間と共に、そういうコンセプトの元で募集された、アイドルのオーディションみたいだ。入れるところを間違っていないか?
「もう一つは……ホテル内のクラブハウス新設に伴いコンテスト優勝者を専属DJとして採用……常夏島のリゾートホテルゥ!?」
実に大きな話だ。こんなのに挑戦する物好きはいるだろうか。少なくとも自分はやらない。うん、やれない。
「最後は……ALTER-EGOか。これは椿さんに渡した方がいいのかな……あの人も狭い世間で足踏みしてるような器じゃないだろうし」
きっとあの人は、
「全部俺には無縁な話だな」
興味を失くした颯はまとめて机の上に放置して、そのまま新しいベッドに身体を預けた。いつか関わることも知らないで……。
♤♡♢♧
ピンポーンと初めて押されるチャイムの音が新鮮だ。
「はーい」
来た来たと扉を開けると4人の少女達がそこにはいた。私服姿の至って普通の彼女達が、時には圧倒的人気と実力を誇るのだ。とてもピーキーである。
「やあ、調子どう?」
「よーっす、端の部屋取れるなんてラッキーだったな」
「なかなかいいところじゃん!」
「ハヤテ、こんにちはぁ〜」
腐れ縁とは言いつつも実際はそんな事はなく、この心地良い関係性を颯がそう例えているだけだ。
四人を中に入れる。引っ越してきたばかりの男子高校生が女子高校生四人を家に連れ込む……側から見たら凄い状況だった。学園人気1位のピキピキをもてなすにはあんまり褒められたものではなかった。
各々に落ち着くように座る。出すお茶も用意してないことに今更ながら気がついた。気を使えない男!
「ね、颯。荷解きやっちゃおうか?」
「荷物は後で適当にやっておくよ」
気持ちは嬉しいがとやんわりと断る颯。由香がいいよいいよトレーニングになるからと気を使ってくれる。しかし手伝わせに来たわけではないから複雑な気持ちだ。由香は心優しい少女だ。いくら断ったところで気になって仕方ないのだろう。
「後で手伝ってくれると助かる」
「うん、もちろん!」
「いつも頼ってごめん、由香」
意図せず出たごめんの言葉に由香が一瞬、驚いた顔をする。その後すぐいつもの明るい由香に戻ると、颯に指摘する。
「気にしないで、そこは素直にありがとうでいいのよ」
片目を閉じてウィンクする。響子の見守るような表情と、来たばかりでも我が城のように落ち着いてスマホを見ているしのぶ。少し気恥ずかしさがあった。
「ふふっそうだぁハヤテ、眼鏡はどう?」
「ああ、うん。調子良いよ。ありがとう絵空」
「いえいえ! 他でもないあなたの頼みですから!」
絵空は意外にもお嬢様だ。特殊な環境にいるからこそ特殊な颯に合った眼鏡は、彼女だから用意できたのだ。
「しかし最近の技術は凄いな。ちゃんと色が見えるよ」
「それはもちろん、清水家がスポンサーとして開発費を出した特別製ですよ♪」
日向颯は視界に色がない。彼の目から見る光景は、由香の持っている古いカメラで撮ったような景色だった。颯の灰色の瞳に落ち着いた眼鏡はよく似合っている。
「また君はとんでもないことをする……」
「お世話になった人のために、出来ることをしているだけですよ?」
それを言われたら何も言い返せない。颯がもう一度お礼を言うと、絵空はいつもの笑顔でハートマークを作る。
「それにしても何もない部屋だねー」
「DJ機材やネット環境ぐらいは整えても良かったんじゃない?」
「……それも後でやるよ」
荷解き中の由香とWi-Fiがないことを気にするしのぶの言葉に全員が部屋を見回す。改めて何もない部屋だ。
「どうせなら、部屋全体を改装して……豪華な家具もたくさん置いちゃう!」
「いやいや絵空、流石にそれはないでしょ」
絵空の何とも言えないスケールの計画には響子も反対した。颯も追加で反対する。だって嫌だもん。絵空に一任すると、よくわからない置き物や明らかに一人用ではない家具を買いそうで怖かった。
「そんなことより、颯。お前に頼みたい事があるんだ」
「頼みたい事……? どうしたんだ、しのぶ。改まって」
しのぶが会話を途切らせてでもこんなことを言うって事は何か困っているのだ。聞かないわけにはいかない。
「しのぶが新しい曲作ったんだけど、ノリのいい曲調だから颯にコールを作って欲しいんだって」
響子が説明をしてくれた。PeakyP-keyは定期的にライブを開催している。人気があればもちろんファンもいる。そのファンや観客達のためにも時には客視点としてアドバイスや提案をするのだ。
「お、やるじゃんニンジャ」
「アタシはクノイチだ!」
しのぶがぐっと拳に力を入れて訂正する。なんとも可愛らしい。
「あはは、このいじりも最近では恒例だね」
いつでも楽しそうな由香。その明るい性格はピキピキのムードーメーカーと言っても過言ではない。
「しのぶとハヤテ、なんだか仲良さそうで妬けちゃうなぁ〜」
絵空はたまに本気で言っているのかわからない時がある。昔からだ。
「よっし、早速考えてみるか」
颯は気持ちを前向きに持っていき、今日の作戦会議を始める____。
「俺たちで協力して舞台みたいに踊るってこと?」
「それそれ〜きっと私達のラブリー友情パワーなら、更なるパフォーマンスが出来ると思わない?」
「それは……」
緊張の一瞬。みんなが颯の言葉を待っている。
「「「「…………」」」」
静けさの中、颯がカッと目を見開いた。
「…………アリだな」
「やったぁ〜!」
「おー!」
「悪くない」
にやりと肯定する颯に喜ぶ絵空、嬉しそうにする由香に悪くないと意外と好感触な響子。
「マジかよ……こいつら」
一部始終を見てガッカリするしのぶであった。やるやらないは別として面白そうではある。現実的に考えたら、颯はメンバーというよりサポートの立ち位置にいるため、絵空が変なことをしなければ十中八九参加しない。
♤♡♢♧
そうして盛り上がってきたPeakyP-keyは、新しい家でたまには昔話でもという響子の提案で中等部時代の話を始めた。出会いのきっかけというべきか、颯がみんなと出会ったのは陽葉の中等部時代。まだPeaky P-keyが揃っておらず、活動もしていなかった時期だ。
「正直、あの出会いは運命だったよね颯」
「運命は言い過ぎじゃない?」
中等部時代の話、響子はこの手の話になると毎回思い出を美化して話す。まるで颯が英雄みたいに盛る時がある。それに響子の事を一番気に入ってるしのぶはその話に便乗する。
「いや実際運命だったろ、お前がいたからPeakyP-keyは人気が増したし、パフォーマンスの幅が広がった」
「それは俺じゃなくてみんなが」
「そういう謙虚なところも好きですよ♪」
手で両頬を抑える絵空。好きなら最後まで喋らせて欲しい。
「運動面は酷かったけどねぇー、あの時の颯は面白かったなぁ」
「あの時の由香も面白いぐらいはしゃいでたけどね……」
「ふふっ、絵空より体力なかったもんね」
「あーーー! そういえばそうだった! いやぁ、一番身長あるくせに情けなかったよなー」
「可愛いぃ〜」
「ま、まあね……」
誰にだって不得意な事はある。笑わないで欲しい。恥ずかしすぎる颯はついに無の境地に達しそうになった。
その後ピーキーな少女達は語り尽くした。未来は予想出来ても誰にもわからないのだ。だったら過去を思い返すのだって悪くないだろう。
月も顔を覗かせるいい時間になり、話を切り上げみんなを帰した。手伝ってもらった事もあり、大分荷物が片付いた。それでも少し残った荷物があったので、それを整理して今日は寝床に潜ったのだった。
これは、とある一人の少年とDJ少女達との成長物語である。
今日はとっても楽しかったね。明日はもっと楽しくなるよね、傳之丞(しのぶの祖父)
【プロフィール】
主人公 日向颯
陽葉学園2年
身長175cm
家族構成 父 母 兄
特技 暗記
趣味 ディグッター
主人公である日向颯は陽葉学園に在学している優等生。灰色の瞳にかけている眼鏡に、黒い髪が特徴的。表情筋が死んでいるかのように顔からは感情が読み取りづらい。が付き合いの長い友人には割とわかりやすい。8年前、精神的なショックにより色盲になるも、清水絵空から色盲用眼鏡を貰い色が見えるようになる。
愛本りんくと大鳴門むにと幼馴染だが、その事を忘れてしまっている。記憶の中にもやがかかったように思い出せない。
兄が昔DJをやっていたが、今はあまり仲が良くない。
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はじまりのメロディ
主人公にとって思い入れのある回想の部分を一人称にして懐かしむように表現したかったのですが、難しいものですね。
あの日見たDJに憧れた。その時確かに自分の中で心が動いた気がした。
いつものように手を引っ張ってくれるリボンの君と、僕。その後ろを僕のもう片方の手を握ってついてきてくれる絵が好きな君と、何か変わった事もなく遊んでいた。
変わった事がなかったというのは毎日3人で集まって遊んでいるという事だ。しかしその日、確実に僕らの中で大きく世界が変わった。
確かその日は珍しく遠出しようなんて元気に言うから、幼い頃の僕は賛成してあげた。けど弱気な君は、うさぎの絵を描いてる途中で少し嫌がっていたよね。僕の方が少しお兄さんだから、喧嘩しちゃった時は慰めたりもしていたな。そういう僕も久しぶりの冒険でワクワクしていたから、何も考えず賛成していた。そこは少し反省。
しばらく3人で歩いて行くと、普段聞かないような音楽が流れてきた。思わず僕たちは足を止めて音を探ったんだった。僕たちは子どもらしく、それでこそキャンプでしか立ち入らないような山で遊んでいたから生い茂る木々を避けながら徐々に音に近づいていった。光が差し込む方に歩いて行くと、やがて山の下を見下ろせるような位置に着くことが出来た。
そこから眺められる人混みと台の上にいる盛り上がってる人。正直昔の僕たちは曲で楽しむ事しか出来なかった。だがそれが音楽の本質なのかもしれない。
ふと金色の君を見たら、まるで漫画やアニメのように目を輝かせていたね。だから僕はドキドキしながら言ったんだ。
幼馴染と誓いを立てた。「いつかあんなステージやろうね」って。そうしたら2人とも「うん!」って言ってくれた。喜んでくれた。
あの輝きの更にその向こうを知りたくて、僕たちは進み続けた。ごっこ遊びしたり、それこそ普段買わないようなCDをおねだりしてみたり。
時が過ぎ、公園で遊んでいた僕らはリボンの君と会えなくなる事になった。当然僕らは泣いた。「もうこれでおしまいなんだ」と喚いた。
明るい君は涙目になりながらも笑った。「そんなことないよ! 大きくなったらステージで会おう!」その言葉を聞いて、一瞬でも諦めた自分が情けなくなって、必死に涙を堪えた。僕と可愛らしい君は手を繋ぎながら見えなくなるまで手を振った。さよならじゃなくて、またね。
そんな僕らはいつ頃からか、みんな離れ離れなっていった。
数年後……。そして俺は大きくなるにつれ、現実はそんな単純じゃない事を理解した。
♤♡♢♧
そこから何年経ったのか、
退屈なホームルーム、呆けた顔して窓の外を眺めていた。今日特別変わる事ない黒い雲。かなり懐かしい記憶を思い出して眼鏡をかけるのも忘れていた。
思い出がどんな色をしてるのか……。
今では君の名前も思い出せない。
《 DJ少女達との日常 》
桜舞い散る始業式、太陽が眩しい。
颯は今年から陽葉学園高等部、2年生となる。クラス分けと座席を確認した後、颯は特に何をする訳でもなく帰りのホームルームを待っていた。
「よっ! 颯、今年も同じクラスだな」
濃い金色の髪、制服を少しはだけさした男子生徒が颯に声をかけていた。チャラい見た目ではあるがヤンキーではない。
「奏助、今年も1年よろしく」
「しかし、まあお前ともこれで5年近くか。早えもんだな」
「結局今年も響子達といるだろうしあんまり変わらないとは思うけどね」
「ああ、そっか。あいつら今年1年か」
中等部の時から付き合いのある、ひとつ年下の腐れ縁。ユニット名は
「まあ正直オレにゃピキピキはわからんわ、お前に任せるからな?」
「大丈夫だよ、響子もしのぶも中等部のころより明るくなったというか……由香も絵空もいるし」
PeakyP-keyを一番近くで見てきた颯が安心し切った顔で大丈夫と断言するのだ。奏助は颯の言葉に納得してこの話をやめることにした。
「それもそうだな…… それよりお前ぇ!やっぱ今は
「ああ、えっと……奏助のお姉さんがやってるユニットだっけ?」
「いやいや、姉貴には興味ねーよ。違くて、ALTER-EGOってのはオレが会員になってるクラブハウス。優しそうな緋彩さん! 何より安心感のある葵依さん!」
くぅ〜〜! と実に楽しそうな奏助を見て、お前はその2人の宣伝役か何かかと思ってしまう。でも颯は奏助がクラブハウスの会員になるまで通い詰める生粋のファンということは知っていたし、何よりALTER-EGOは会員制だということもあってDJのレベルは高いと聞いていた。
(確か奏助がハマっているのはお姉さんの影響だった気も……)
でも、だからこそ奏助は実の姉である渚の事は特別何も言わなかった。兄弟だしそんなものだろうか。
「俺は前に一回話を聞いただけで詳しくは知らないなぁ……」
「ええっ!! お前それもったいねーー! オレが今度クラブハウスに誘ってやるから行こうぜぇ、ライブ!」
大袈裟に驚きながらも興奮を抑えられない奏助は、その興奮を共有したいからか颯を誘っている。音楽の趣味が似ている辺りやっぱり兄弟だなと内心微笑ましくもあった。
「PeakyP-keyの手伝いが終わったら行くよ。ぜひ見てみたい」
「はぁ……相変わらずのお人好し馬鹿だな、たまには息抜きに休めばいいのに」
奏助はピキピキの事を知ってはいるが深い関わりがあるわけではない。強いて言えば従姉妹に犬寄しのぶがいることぐらいだ。
「もちろん興味が無いとかそういうわけじゃないんだ。むしろDJに関わってる身として気になっているよ。ただ……」
「ただ?」
奏助は聞き返す。
「響子は他のユニットに興味示すと不機嫌になるし、しのぶは怒って拗ねる。絵空に至っては最悪……」
「さ、最悪……?」
「いや……なんでもない。つまり練習中、話し相手が由香しかいなくなる。しかも筋肉談義」
あー、それはちょっとしんどいなと奏助は苦笑いした。
(何がタチ悪いかってコイツ、ただ口聞いてももらってないだけだと思っている所だ)
どこが最悪なのだろうか。今どき珍しい想いに気づかない鈍感野郎だった。
「許してくれるまで勉強してるけどね」
日向颯は勤勉な学生だ。学力はかなりのもので、もし本気になれば学年上位も狙えなくない。その事にプライドがあるわけでもない上に趣味で勉強してると言い放つ辺り、目的のない勉強に意味などないと思っている奏助には、アホだと本当のアホに思われていた。
「まあ、その……なんだ……死ぬなよ」
「なんで!?」
なんやかんやありつつも、颯達は帰宅する事にした。
♤♡♢♧
多少の持論を交えつつも趣味の話に花を咲かせ、颯と奏助は帰路に就いた。陽葉学園を抜け商店街を通って行くのだ。都会の中心地であるこの街には様々な人で賑わっている。
和菓子、薬局、惣菜、服屋。この街には近くに大きなショッピングビルがあるが、商店街には商店街にしかない良さがある。
商店街を越え、コンビニの前を通り過ぎようした時に奏助が大声を出した。
「ああぁっ!!! そういや今日漫画の最新刊の発売日だった、ちょっと買ってきてもいいか? ついでに夕飯買いたいからAMEZAのコンビニ行きたいんだが……」
「いいよ、そしたら俺はコンビニの前で待ってるから」
「いやぁー本当助かる! マジでお前いいヤツだよ!」
商店街からAMEZAまで中々距離がある。AMEZAとは街の一角に存在する、まるで駅前のような場所だ。映画館やカラオケなど娯楽、息抜きが出来るスポットがある点では、街の真ん中にあるショッピングビルとの大きな違いだろう。
颯も響子によく連れられ、ハンバーガー屋にはよく来ていた。
「んじゃあちょい買って来るわ!」
自称読書家の奏助はよく本を買って帰っている。といっても読むのは雑誌か漫画なのだが。何の本を買うのか、などと駄弁っていたら案外早く着いた。勢いよく買いに行った奏助を見送り、颯は道の真ん中では邪魔になると思い、角を曲がって道の端に避けようと動いた。その時……。
「うわぁぁぁっ!」
「ちょっと! ……大丈夫?」
曲がり角から猛スピードで少女が飛び出してきた。ぶつかりそうになった勢いからかなりの速さで走ってきたようだ。ギリギリぶつかりはしなかったが、反動で少女は尻餅をついてしまった。颯は手を差し伸べ、少女を手を取り立ち上がる。
「ご、ごめんなさい!」
颯が少女を一目見て最初に目を引いたのは金色の髪だ。陽葉学園の制服を着た少女は赤色のリボンをしており、目立っているのに見たこともない姿から今年入ってきた転入生だろうか。
立ち上がった少女はまだ綺麗なままの制服についてしまった汚れを払っている。その様子を見ていると、ふと少女が落としたであろう一つの持ち物がそこにはあった。
颯は少女の代わりに拾い上げる。そこには名前が書いており、陽葉学園の生徒手帳だった。
「はい、これ落としたよ。今度は気をつけてね」
「は、はい! ありがとうございます!」
それでは!と元気よく走っていく少女。
「愛本りんく……どこかで……」
どこかで聞いたことがある気がする。颯はそう感じた。
「わりいわりい! 収穫アリだぜ! よし、帰るか!」
「……あ、ああそうだな」
自動ドアから笑顔で飛び出してきた奏助に颯の思考はかき消された。それでもまあいいかと思った颯達は家に帰ることにした。
♤♡♢♧
「ただいま」
一人暮らしのアパート。それが今の颯の住処だ。一人暮らしではあるが、颯は毎日帰ったらただいまと挨拶をするようにしている。
シーン……と静まり返る暗い部屋に明かりをつける。
「……今日は来てない、か」
颯はとある人に合鍵を渡している。今日は来てないみたいだが、よく自分の帰りを待っているのに珍しいなと考えていた。
由香に夜でもいいから定期的に走れと言われていたので、今日の夜はジョギングに使うことにした。
さっと着替え鍵を閉め、走る。
(走ることを続けてないと体力が落ちてしまう。弱い自分のままじゃあ自分はピキピキのみんなと一緒にいる資格はない)
響子もしのぶも由香も絵空もみんな、自分にはない高いレベルを持っている。颯のその考えはずっと一緒にいたからこその考え方であり、不甲斐ない自分でももがき続ける。
(だから走り続けることはやめない。気持ちだけじゃあついていけない!)
静まり返った暗い夜にひとりの少年は、人知れず足を動かし続けた。
「はぁ……はぁ……」
しばらく走り続け、夜も深まってきただろうか。息を整えながらこのぐらいでいいだろうと今日の記録を日記につけていく。
(そうだ、今日も少し寄り道していこう)
颯には習慣がある。自宅付近に小さな小屋があり、そこで占い師が運勢を占ってくれる。それが習慣だ。
特別な用事がない夜は基本、寄るようにしているのだ。家から近い点に、なかなか当たるものだからつい寄ってしまう。占いも馬鹿には出来ないのだ。それに颯にとって、これは誰にも言ってない自分だけの趣味であり空間だとも言える。
こじんまりとした小屋の前に到着した。扉を開けると雰囲気作りのためか、薄暗いのだ。明かりは小さな電球がある程度。黒いカーテンで部屋全体を覆っているため、外からの明かりはない。
小さめな机の前に、黒いベールで顔を隠し、口元だけ見える人が座っている。颯はその占い師と対面するように座る。
「お久しぶり、颯クン。今日は何かあったの?」
「はい、実は___」
この人が得意なのは夢占いで颯も最近よく見る過去の夢だったり、その日あった出来事を伝えている。
心理学もかじっているとかで、悩みだったりほんの些細なことでも話せたりする。カウンセラー的なオーラも持っているのだ。
「うぅん……そうねー……確かにその今日会った女の子のことは気になるわ」
「ですよね……それに今日もまた夢を見ると思うんです。あと何日続くかわからないですけど……」
「……………」
ベール越しに見えているのかいないのか。それこそわからないが颯は顔をじっと見られていた。言葉や答えこそ無いものの、決して歓迎されていないわけではないようだ。
話し込んでいたらもうそろそろ深夜といってもいい時間帯になりそうだ。颯は明日も学校なのでと切り上げて帰ることにした。
「それではまた来ます」
「ええ、いつでもどうぞ」
颯は軽く挨拶し、小屋を後にした。店じまいをする占い師はボソッと呟いた。
「何か新しい事が始まる季節ね……」
いかがだったでしょうか?まだ全然キャラは出せていませんがもしよろしければ感想をお願い致します。
一人称視点の幼少期颯は僕ですが、高校生颯は俺です。わかりにくくて申し訳ありません。
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ピーキーな思い出(前編)
いつの記憶だろうか。陽葉学園だからそんな前ではないはずだ。
颯は自分の夢の光景を見ていくうちに、その事実に慣れていってしまった。自分の視点のまま過ぎ去る夢。夢は記憶の整理と聞いた事がある。しかし自分に至ってはただの夢を追うだけでしかない。
(中等部の頃の教師。自分はこの状況に覚えがある。今でも鮮明に覚えている。何故ならこの教師の授業といえば……)
颯は状況を整理する。中等部の頃だ。綺麗にまとめてあるノートから顔を上げ右を向く。そこには長い髪を後ろで結んだ、浮かない顔をした少女がいた。席替えして今日隣になったばかりの女の子。名前は山手さんだったと思う。この子とは会話をした事がないし、どんな人かも知らない。
山手さんは一年生で一個年下だ。陽葉学園中等部では特定の教師が全学年合同で授業をすることがある。今まさにその状況だ。
何に悩んでいるか知っている今だからこそ、颯は苦笑いしてしまった。すると見ているのがバレたのか、颯と目を合わせた途端にとても驚いた顔をされてしまった。
一度気になったら、なんだか授業に集中出来なくて話をすることにした。困っているなら……見過ごすわけにはいかないじゃないか。
♤♡♢♧
(初めて日向颯という少年を見た時は、表情の無い勉強ばかりしているつまらない人。そんなイメージだった)
わたしはここ最近、憧れの人にどうすれば届くのか。いつでもそんなことばかり考えていた。それ以外の事を考えていなかった。ふと視線を感じて視線の先を追うと、真面目な学生という印象が一番似合いそうな彼がこちらを優しげな微笑みで見ていた。
……わたし、そんな変な顔してたかな。
ボーッとしていたら授業の終わりを知らせるチャイムが鳴り響いた。あれ? さっき始まらなかった? もしかして自分はそんなに上の空だったのか? と
なんだか変に疲れたなと自分自身に呆れていると、真面目な学生こと日向颯に話しかけられた。
「山手さん、だよね。大丈夫? なんかずっと考えていたみたいだけど」
わたしにとって日向さんの発言は予想外だった。常に勉強ばかりしているこの人の事だから、授業に集中していなかっただろう。とか言われるのかと思っていた。もしかしたらわたしは日向さんの事を誤解していたのかもしれない。
「大丈夫だよ。ありがとう、日向さん」
「そうなのか?もし困った事があったら言ってくれ。年上だからな」
「あはは、優しいね。なら今日一緒に昼食でもどう?」
そこまで言ってからわたしはある事に気付いた。勝手に話を聞いてもらうつもりでいたけど、もしかしたら日向さんには日向さんの用事があるかもしれない。
「あっ! 別に他の用事があるならそっち優先してくれていいよ」
「いや、いいんだ……俺に友達はいないから」
「…………一緒に食べようか」
もしかしたらわたしはいきなり彼の地雷を踏んでしまったかもしれない……。
♤♡♢♧
昼休み、颯達は食堂で昼食をとることにした。この学園は本当に広い。食堂といっても一流企業、もしくは高級ホテルぐらいの広さだ。2階やテラスのような中庭はここにしかないと言っても過言ではないだろう。この設備は中々無い。
颯は辺りを見回す。響子とは先程まで別の授業だったから食堂で合流することになっていた。響子はまだ来てないようだった。いたらすぐにわかるだろう。特に響子は制服を少しアレンジしてるからわかりやすい。
「うーん……」
「ん?」
颯は先にメニューでも見て待ってようかなと思い、学食のメニューの前へ向かった。しかしその前に、顰めっ面をした女の子がいた。何を頼むか悩んでいるのかと思っていたが、どうやらそういうわけでもなく困っているようだった。
「どうしたの?」
「ッ……別に……」
困っているならば。と声をかけた颯、でも要らぬ世話だったのか驚いた顔をした後にそっぽを向かれた。
「まさか……!」
「な、なんだよ! お前には関係ねーだろ!」
「君お腹空いてるね?」
「……は?」
場所を移して外にある小さなベンチに颯と女の子は座った。女の子の名前は
「でさ! うちのじいちゃんがなんて言ったと思う?」
「え、なんだろう。DJの仕事が来てるからやらないか?」
「お前よくわかったな……! そうなんだよ、曲を作り始めた中学生に仕事なんてやらせるか普通!どんだけ孫が可愛いんだっての」
呆れながらに言っているが、表情が緩々である。話し始めた最初は鬱陶しそうにあしらっていたしのぶも、趣味のDJの話には凄く食いついた。本当、水を得た魚のようだった。
「日向……だっけ? 変なヤツだよな。その天然ぽいとこもそうだけど、何よりDJの知識がなかなかある」
肘を膝の上につきながら、会話の中で自然と試されていたのか。と不敵な笑みと共に聞いてみる。
「なかなかってどのぐらい?」
「アタシの一歩手前ぐらいある」
話しているうちに、犬寄さんがかなりの自信家であることがわかった。DJという共通点を見つけてからは打ち解けるのにそこまで時間はかからなかった。
「そっか。俺も犬寄さんに追いつけるようもう少し努力しなければ」
「おう、しろしろー。ってか犬寄さんとか堅苦しいっての。そういうの苦手」
「じゃあ何て呼べばいい?」
「普通にしのぶでいいよ。お前とは対等でいたいからちゃんもさんも無しだ。その代わりアタシは颯と呼ぶ」
これでいいだろう? と話しながら手の平を空に向けるように腕を出す。その姿はステージで見たら宛らDJだろう。
「わかった。よろしくしのぶ」
「ああ。そうだ颯、連絡先交換しよう。お前には完成した曲を一番最初に聞かせてやる」
「え、いいのか?」
「今日話した感じいい意見をくれそうだからな。言っとくけど、アタシの曲パクんなよ?」
「しないってか俺には出来ないって」
「わかってるよ」
いくつかやり取りを繰り返し、颯はしのぶと連絡先を交換した。アタシもう行くからと言ってしのぶはとっとと行ってしまった。
(何か忘れているような気も…………)
「……あっ!山手さん!」
颯はしのぶとのDJ談義に夢中になってしまって時間を忘れていた。気が付けば昼休みも半分は過ぎてしまっている。急いで食堂へ戻った。
♤♡♢♧
「山手さん! 遅れてごめん!」
いきなり戻ってきていきなり謝られた響子は颯の行動に小さく口を開けて驚いてしまっていた。それもそのはず、響子も今来たばかりで謝ろうと思っていたところだったからだ。
「謝らなくてもいいよ、わたしも今来たところだからさ」
「なんて優しい……!」
「いや、本当だよ?」
面白い人だな、と響子は微笑んでしまった。
響子達は遅めの昼食をとりながら座って話をした。響子は自分には好きな作曲家がいて、リミックスも上手いということ。自分自身も素人ながら曲を作り始めていること。いつかはその人に認められて一緒に活動してみたいということ。
「なるほどなぁ……」
「実際さ、良かったでしょ?今の曲」
颯は響子の音楽プレイヤーから曲を聞くため、片方のイヤホンを貸してもらって聞いていた。
「うん、なんというか……荒々しい盛り上がりの曲の中、見事にみんながついて来れるように編曲されている」
「そうなんだ。それでつい最近気がついたんだけど、この曲を作った人。ここの学校なんだ」
「陽葉に?」
陽葉学園に在学しているということは、颯達と年はあまり変わらない。元からDJ活動が盛んな学校ではあるものの、ここまでハイレベルな曲を作れる人はそうはいない。
「素晴らしい才能の持ち主かも」
「わたし、今日その人に会って一緒に組んでください! って言ったよ」
「見つけたんだ、それで?」
「断られた。もちろん最初から全て上手くいく、なんて思ってなかったし、実力の低いわたしと組んでくれる理由なんてなかったしね」
その人がどんな人か知らないけれど、確かにいきなり組めと言われても頼み込まれたら困るだろうな。と颯は響子の真っ直ぐさに感心しながらも残念な気持ちになった。
「山手さんはどうしたい?」
暗い顔になってしまった問いかけてみる。颯の想像通りの人ならここで諦めないはずだ。
「一緒にDJ活動出来るまで諦めない、かな」
「そっか……なら俺も協力するよ」
この人なら間違いない。きっとどこまでも突き抜けて進んでみせる。その意思が明確だった。自分に足りないモノを持っている気がしたのだ。
「えっ……それは嬉しいけど……どうして?」
「それは……
『はやてくん! 好きです! これ受け取って貰えますか……?』
「……山手さんとその人のチームが最長点に行くところが観たいからかな。俺で良ければ協力したい」
あながち間違いではない。嘘偽りない本当の気持ちだった。変な考えが頭をよぎったがさっさと消してしまった。
「協力って……日向さん、DJ出来るの?」
「今は出来ない! だから俺はダンスを頑張る!」
目を見開きながら意外そうに颯に聞く響子。響子が絶対に諦めないように、颯も何も出来ないからと諦めたくなかったのだ。
「DJが上手くないからって協力出来ないことはないはず! ……多分」
気迫と気合いだけは十分な颯である。
「手伝ってくれるなら嬉しいよ、むしろ歓迎」
「よし、とりあえず踊ってみるから見ててくれ!」
決して足手纏いにはならないことを証明するために、颯は立ち上がり、曲もないまま勢いで踊りを見せた。
踊ること数分後……
「ぜぇ……ぜぇ……どうだ……」
「おお、即興で踊ったにしては動き自体に変なところはないよ。悪くないね。ただ……」
「はぁ……はぁ……そう……だろう!?」
「あまりにも体力が無さすぎる」
運動をしない男、虫の息である。響子は運動は苦手ではないうえに、何度かDJとしてステージに上がっている。運動不足の颯とじゃあえらい違いである。仮にどっちがダンサー? と聞かれても答えは一目瞭然だ。
「数分踊ってこれじゃあ……しかも顔も常に辛そうだったし、ステージで披露したらお客さん逃げちゃうね」
「それは……それで、はぁ……面白くないか?」
「わたしは嫌いじゃないけどね」
呼吸を整え、苦笑いした響子から水を貰って飲み干す。ここまで身体が衰えているとは思っていなかった。
「これは鍛えないといけないな」
「せめて一曲分は踊れるといいかな、日向さんがステージに出れるかわからないけど運動するのは大事だからね」
颯の今後の方針を決めた所で、昼休みを終わりを告げるチャイムが鳴る。
「おっと、もう終わりだね」
「食後の運動には丁度良かった」
「言うねぇ、なら次はもっとハードなやつでも……」
「やめてください死んでしまいます!」
笑い合いながら颯達は教室に戻る。今日はなかなか濃い昼休みだったなぁと考えに耽っているとそんな颯をよそに響子はさっさと行ってしまう。
「ほら、たまにはダッシュで移動ってのも悪くないんじゃない!」
「え、ちょっと! はや……」
今の颯は小柄な女の子にも勝てなかった。置いてかれてどんどん小さく見える響子を見て情け無さが笑えてきた。
「協力するもう一つの理由か。DJに対する罪滅ぼし……かなぁ」
自分自身を嘲笑するようにボソッと呟いたその一言は、誰の耳にも届く事はなかった。
♤♡♢♧
「すみません、初めてなんですけど行けますか?」
響子に協力すると伝えて数日後。あれから休日となり、颯はここから近いジムに行くことにした。最初はジムは甘えかなとも思ったのだが、プロの意見をしっかり取り入れて運動すれば効果も高まり、やる気が起きると思って来てみた。決して手抜きではない。手抜きではないのだ。
「はーい! あれ、そのジャージ……」
(どこか服装がおかしかったのだろうか。陽葉学園指定の青いジャージのまま来てしまった。もしかしてジムって家からジャージで来るもんじゃない!?)
「ああぁ……由香ぁー! 由香ぁーー!!!」
「えっ?」
颯の服装を見た鍛えられた女性は、突然由香という名前を叫び始めた。奥から外国人? の女性が現れた。
あれから数十分後。どうやら外国人風の女性の名前は
「だから中学生の由香さんが来てくれたってわけか」
「あはは、早とちりもいいところだよね。でもせっかく出会えた訳だし、私がトレーニング見てあげるよ!」
「え、いいの? 自分で言うのもなんだけど、俺本当に初心者だよ」
「いいよ! いいよ! 友達なら私が見てあげないとだし! ……えっと、名前は?」
なんとフランクで付き合いやすい人なのだろう。友人だという勘違いですら前向きに考えてくれているみたいだった。名前も知らない友人とは変な話ではあるが。
「日向颯です、よろしくお願いします由香さん」
「おーけぃ! 颯! 早速だけどこれが初心者用の筋トレメニューだよ!」
「はい! ……はい?」
にっこり笑顔が素敵だなと颯は思ったのだった。手元の紙を見るまでは……。
「き、キツ………」
「いい感じよ! 颯、もっともっと! そう! あと少し!」
「これなんて拷問……???」
明らかに初心者用のメニューではなかった。否、颯のハードルが低すぎたのも原因の一つだろう。そんな颯も構わず、由香はどんどんスピードアップを促す声かけをしている。美人に応援されてやる気は出るものの、身体に限界が来ていた。
「……終わったッ! ふぅ……いい運動をしたぜ。今日はこのぐらいで……」
「よくやったじゃない! 颯! ワンセット終了よ!」
「は、え?」
現実は甘くない。非情なのだ。むしろ、少しの筋トレで体力ついた気でいる颯が問題なのだが。
「同じのをあと20回を3セット!」
「嫌だぁぁぁあああ!!!」
「ゆっくりでいいからね!ちょっとカメラとってくる〜」
「撮るなぁぁ!!! 死にたくなぁぁぁあい!!!」
※この程度で人間は死にません
颯がこの後筋肉痛になったのは言うまでもない。ここで逃げても由香とは同じ学校なので颯は考えるのをやめた。それと由香とは友達になれました。
響子の手伝いをするかどうかの時に聞こえた声は、今までDJの事を自然と避けていた颯が、DJに興味を持つきっかけとなった幼馴染の印象的な所を思い出したと思っていただけると嬉しいです。
もし宜しければ評価と感想をよろしくお願い致します。
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孤高の歌姫を添えて
申し訳ありません。
歌に関してはピーキーですから……。
木々から落ち葉が冷たい風で飛んでくるこの季節。陽葉学園の学生達は衣替えにも慣れ、次第に冬に適応していく。休日、響子は今もどこかで自分を磨いている。
日向颯は平日は由香の元へ体力面を鍛えに、休日はもっぱら歌やダンス、DJなどの技術面に力を注いでいた。
「くっ……仕方ない、今日は外で練習するしかない」
颯は自分の財布の中身を見る。まるで盗難にでもあったかのように現金がない。年下の小学生でももっと持っているだろう。
何故ここまで所持金がないのか? それはここ最近の颯の練習方法のせいだ。まずは歌を練習しようと思った颯は近場のカラオケやレッスン場を借りまくっていた。中学生のお小遣いでそんなことをしていたら、大体察しが付く。
「はぁ……結局それほど得られるものはなかったし」
公園で一人呟く切なさに心折れそうになる。それもそのはず、音楽の授業でしか学んだことがない子どもが、ネットで得た付け焼き刃の知識で歌が上手くなるだろうか。
答えは否、ただの趣味の延長線に過ぎない。プロならアップ程度の内容だ。
「歌には歌のコーチが必要……」
例え自分が陽の光を浴びることがなくても、響子には少しでも力が必要だ。下らない成長しか出来ない自分が、颯は情けなかった。
「迷惑になるけどここで独学のまま続けるかそれとも優秀で知識や経験に長けたコーチに見てもらうか」
打つ手なしという現状もまた事実だった。このまま進んでも響子との差は開くばかり。いっそのこと誰かに教えを乞うしか……。
「ん?」
歌声が聞こえる。そういえばここは教会の近くの公園だった。あの教会には聖歌隊がいる……。歌……聖歌隊……。
「……そうだこれだ!!!」
颯は急いで教会へ向かった。このピンチをチャンス変えてくれる人がいる事を信じて。
♤♡♢♧
「すみません! 今の歌声……あっ」
思いっきり扉を開けた颯は、まるで結婚式で待ったをかける人ぐらいに注目を浴びていた。聖なる歌声を高い天井まで響かせる聖歌隊の中、一人だけ異質な黒髪の少女に目がいった。
「えっ!? だ、誰ですか!?」
驚かれるもここで怯んではいけないと思い、聞き返す。
「すみません、今の歌を聴いた通りすがりです! その歌声の人に聞きたいことが……!」
聖歌隊の人達は一斉に黒髪の高校生に振り返る。どうやらこの人で間違いないようだ。
「え!? えっと……その、ごめんなさい!」
「あっ……」
制服を着た高校生は耐えきれなくなってしまったのか、入り口にいた颯の横を走って通り過ぎてしまった。
(間違いない、この人だ……俺に足りないものをこの人は持っている!)
一週間後、颯は公園で歌うま高校生を待ち続けた。約束もない、確証もない。もしかしたらもう来ないかも知れない。それでも根気で待ち続けた。そしてある日……。
(いたっ……!)
高校生が近くを通った。もうこの機会を逃したら次はない。
「あ、えっと……
「え……? あなたは……!? どうして名前を?」
向こうからしたら当然の疑問だ。この前あった変人が今度は名前を言ってきたのだから。
「教会の方たちから聞きました。勝手なことをしてすみません」
警戒させないようにも事実を述べていく。颯はこの人から教わりたいのだ。この人からは自分と似たものを感じるのだ。
「あっ、俺は日向颯って言います。ごく普通のその辺にいる中学生です」
「ごく普通の中学生が、いきなり教会に突撃してくる?」
颯の発言に椿はおかしな子と自然な笑みが溢れる。
「それより日向くんは公園で練習を?」
「颯で呼び捨てで良いですよ。俺はあんまり歌上手く無いので……練習にも手を抜かないで独学で色々試してるんです」
暖かい日差しの中、颯と椿の間の緊張が解け始める。
「でも独学には限界があって、俺も自分自身に何が足りないのかわからずじまいでスキルアップ出来ないんです。何かが足りない気がして……」
「歌の、練習を……?」
「はい、それで試行錯誤の末、迷っていたその時青柳さんの声が聞こえて……」
事の経緯を話している彼は本気で悩んでいるように見えた。だからこそ椿は自分には向いていないし、荷が重いと思っていた。自分にのしかかるプレッシャーに耐えきれそうにないのに、他の人の期待なぞに応えられないと考えていた。
「……はっきり言って私に教えるのは無理です。大体、男性と女性じゃ……きっと歌い方も違うと思うし……とにかく! 本当ごめんなさい!」
頭を下げて断る椿に、颯はもう無理なのかなと内心諦めた気持ちだった。それでも平静を装っている。
「それじゃ、また……」
そんなに悲しそうな顔をしていたのか、椿も居づらくなってしまって離れていってしまう。今も何処かで山手さんは曲を作っているのだろうか……。自分の不甲斐なさばかりが頭をよぎっている。
自分は出来損ないではないのか____。
ゾワリ、ゾワリと差が広がっていくのを感じる。このままでいいのだろうか。
……いや、むしろそのような考え方をしている時点で追いつく事は出来ないではないか。
(……山手さんは一度だって諦めていないんだ……俺だけ諦めるわけにはいかない!)
♤♡♢♧
薄暗い霧の中、今にも大雨が降りそうな雲が空を隠し始めた。
「今日は良いことなかったな……」
あれから数日経った。椿の前に颯という少年が現れる事はなかった。幸運だとも感じていた。何故なら縛られる事なく練習に集中出来るからだ。椿は自分の思った通り、自身の歌に集中出来ていた。
練習後の帰り道、椿の顔は晴れない。学校で聞こえた言葉が頭から離れないからだ。今まで信じて疑わなかった自分の歌。自分の存在意義がわからなくなり、自分自身に問い続けている。
例えこんな大雨が降って濡れていたとしても、何も感じれない程に弱っていた。
無意識のうちに歩いていく椿の前に突然、人が出てきて椿が濡れないように傘で雨を防いだ。
「雨、凄いですね」
「えっ……? 颯……?」
それは一瞬の事で、誰と判断する事も遅れ、今更雨が降っている事に気がついた。
「びっくりしましたよ。学校の帰りにカラオケでも行こうとしたら青柳さん、雨に濡れながら歩いてるんですもん」
「本当だ……びしょ濡れだし髪もぐしゃぐしゃ……」
まるで今雨降っていることを知ったような口ぶりの椿をつい心配してしまう。今の椿を例えるならキンセンカの花のように見えた。可憐であるも、悲しいエピソードや花言葉ばかりの切ない花だ。
「この辺は俺の家に近いので雨が止むまで雨宿りしてってくださいよ」
「そんな……悪いわ。私の不注意なのに。それに用事があったんでしょう?」
「カラオケぐらいいつでも行けます。このまま傘もささず不注意な青柳さんを放っておけっていうんですか? 遅かれ早かれ青柳さんが風邪を引くのが目に見えてます。こういう時は人に甘えてください」
颯の純粋な親愛の眼差しとと熱意の籠った意気込みに椿は先程学校で言われた事、それに対する客観的に見た持論が頭をよぎる。
『青柳さん、頑張ってはいるんだけど……このままだと結果は出ないですよねぇ……』
『ええ、本当。応援してあげたいのは山々なんですけど、本人があんな感じじゃあ、ねえ?』
(どんなに頑張っても結果が出なければ要らない……)
『歌は上手い。ただ……それだけじゃあ青柳も可哀想だよ』
歌に賭けた高校生活。椿は決して下手ではなくとも、その努力が他の人に認められることはなかった。だからたまに呼ばれる聖歌隊が好きだった。ここでは誰に気を使うことなく自由に歌が歌えたからだ。
「…………」
椿は黙りこくってしまう。どうするべきか。どうしたいか。次第に雨は弱まり、しっとりした空気を吸う二人。
「あの……青柳さん? 大丈夫ですか?」
「……ねえ、颯。あなたはもし私に教わったとして上手くいかなかったら?」
この前より真剣な眼差しで颯を見据える椿。心なしか、冷たい風が吹き抜け凍えてくる。椿にとってもこれは賭けなのだ。もしこの少年に自分の持つ、歌の全てを教えてあげられれば、少しは救われるのではないか。椿は本当に颯がついてこれるのか。
「それどころか、貴重な時間を無駄にしてしまうかもしれない」
(もしあなたが私にあるものを知ってるというのなら、私でもあなたのように歌を楽しむ人の力になれるなら。私は……)
「俺は、歌が上手くなりたいんです……! 俺のせいで大事な人達に恥かかせたくないんです! だから俺に歌を教えてくれませんか! お願いします! 青柳さんじゃないとダメなんです!」
颯は必死になって言いながら思った。きっと椿さんにとって断る理由はいくらでもある。
「あなたじゃないと俺は前に進めない! 勝手な都合を押し付けてるのはわかってます! それでも椿さんと歌を歌いたい!」
「わかった! わかったから……あなた声大きすぎ……」
颯の熱狂的なアプローチに椿は顔を赤くし、手で隠そうとしていた。それもそのはず、椿は今の今まで誰かにここまで求められた事が無かった。今日また声をかけられた時、断ろうと当たり前の様に考えていたはずだった。
「それじゃあっ……!!!」
「私で良ければ颯の足りない所を伸ばしてあげる」
「本当ですか!?」
「その代わり! 私の歌もあなたに支えて欲しいの。師弟として互いに足りない所を伸ばしていきましょう。いつかどこかで歌えるのを願ってね」
降り続いた雨がほんの少しばかり止んだ気がした。
「全く……あなたを見てるとあの子を思い出すわ……」
諦めの悪さ、諦めない事の重要さ。この1ヶ月間。颯は椿を見放さなかった。その活動的な部分は椿が小学生の時に出会った少女に似ていた。
「本当に風邪を引かないうちに、一回うちで暖まりません? なんか俺も寒くなってきちゃって……」
「そこまで言うなら、甘えようかしら……」
♤♡♢♧
「ここが俺の実家です。さ、中に入って」
「お、おじゃまします……」
颯と椿は雨が止むまで颯の実家で休憩する事にした。椿は他の人の家に入ること自体の経験が少ないので緊張しまくっていた。
「あ、兄さん……」
「……フン、お前はそうやって普通に学生してろ。そうするだけでいい」
今から仕事に行くであろう颯の兄は颯に振り返りもせずに玄関から出てってしまった。仏頂面で不機嫌そうな外見から人が寄り付かないのも納得出来るだろう。颯にとっては見慣れた光景で相変わらずだった。
「何?あれ……」
「気にしないでください、兄はいつもあんな感じなんです。それより先にお風呂入って暖まってくださいね」
颯は服を着替えるために自室へ、椿は浴室へと向かった。数十分ぐらいした頃か。暗い顔をして雨に濡れた椿はすっかり元通りの美人に戻った。風呂上がりで颯の服を着た椿はリビングの椅子に縮まるように腰を掛けた。リビングでは颯が必死にドライヤーで椿の制服を乾かしていた。
「あ、青柳さん。すみません俺の服しかなくて……制服乾くまで我慢してください」
「ええ、制服は別にいいのだけど……」
「……? 本当はクリーニングに出したかったんですけどね。代用出来る服が無いので」
「そうね……。ところでその、颯……この服ちょっと大きくて……合わないんじゃ……」
男物の服装は来たことない椿は、大きめのシャツと緩めのズボンに慣れずにいた。
「そ、そんなモジモジしないでくださいよ!? そうだ! ずっと見てるのもアレですし、映画でも見ましょう!」
「……!? これ、有名どころからマイナーなやつまで……こんなたくさんの洋画」
「あ、興味あります? 良かった」
颯が時間潰しに用意したのは海外の映画ばかり。その積み重なったパッケージ達は椿にとっては興味の惹かれるものばかりだった。
「どうしてこんな洋画ばかりあるの?」
「昔、幼馴染が海外に行っちゃったんです。ティオティオ島って場所に。それでもしいつ帰ってきてもいいように、俺も英語学びたくて……あ、くだらないって笑わないでくださいね?」
「笑わないわよ……。幼馴染が海外に……そうなの。でも洋画とは颯と趣味が合いそう」
いつ帰ってくるかもわからないですけどね、手紙もやめちゃったしとだけ伝えてこの話は終わった。そこからはしばらく椿と映画を鑑賞していた。
「……雨の音しなくなった」
「分かるんですか?」
「まあ、耳はいいから」
「流石青柳さん」
「名前でいいわ、私だけ颯なのも変だし」
「わかりました」
椿は帰る準備を進める。映画を一つ見終わる頃には制服も乾いていた。帰る前に颯は椿と連絡先を交換し、見送ろうとした。
「明日からは歌の指導するわ、連絡無視しないでよ」
「そんなことしませんよ。椿さん、本当にありがとうございます」
「……ええ」
日向家の扉を開けて雨が止んでいるうちに帰ってしまおう。椿は足早に去っていった。
「お礼が言いたいのはこっちよ、ありがとう颯。私が腐る前に助けてくれて」
少しだけ出てきた家を見つめた後、また自宅へと歩みを進めた。
キンセンカ。花言葉は寂しい、悲嘆等。
キンセンカの別名、カレンデュラ。カレンデュラはラテン語で1ヶ月という意味。颯は椿に1ヶ月間かけて出会い、歌を教わった。
今でもその関係は続いています。
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ピーキーな思い出(後編)
それではどうぞ!
21/2/1追記、プロローグの後書きに主人公の設定を載せました。
椿から指導を受けて数週間が経った。寒い冬が本格的にやってきた感じだ。冬休みに入り、かなりの時間を得ることが出来た。ジムに通っては故障、休んで、ジム通って寝る。その繰り返しを続けていたら流石の颯も少しはまともになったと思う。付きっきりで見てくれてた由香には頭があがらない。ダンサー並みの体力がついていなくても、自信がついたなら儲けものだ。
全身に湿布を貼った颯が身体を労りつつ陽葉学園へ登校すると、大きな黒いリムジンが校門前に泊まっているのが見えた。中からはいかにもお嬢様であろう少女が降りて来た。
近くにいた女子生徒の話し声が聞こえる。
「ねえ、見てアレ。噂の
「いいなぁ、あんなに可愛くてお金持ちなんでしょ?才能あるのに暇を持て余してるんだろうなぁ」
(清水のお嬢様……? 清水ってあの?)
清水家といえば知る人ぞ知る一家だ。時には大企業として、時にはスポンサーとして。更にはライブ会場まで貸し切っちゃう大富豪と噂だ。
自分には無縁な存在だなとお嬢様を眺めていると後ろから肩を叩かれた。
「はろー! 颯、今日もいい鍛え日和ね!」
「叩かれたとこめちゃくちゃ痛いんですけど!!!?」
「いい感じに仕上がって来てるのよ、学校まで後少し!」
「引っ張らなくてもいけますって、由香さん」
気付いたら由香とかなり仲良くなっていた。颯にとっては数少ない友人になる。その友人こと由香は腕を引っ張って颯を学校まで連れて行こうをする。しかし急に止まってしまった。身体が痛い。悲鳴をあげている。
「なんせんすよ、颯。同じ学校で年上なんだから由香、で呼び捨てでいいのよ」
「わかったからやめて由香腕ちぎれちゃう」
由香と颯は校内に入っていき、騒がしい一日がスタートした……。
陽葉学園、中等部。教室内は賑やかな声で溢れかえっている。
「そういえば日向さん、しっかり運動してくれ…た……みたいだね」
「はい……しました……」
今日も今日とて合同授業。授業中にあの颯が机に突っ伏しているのだ。響子はこれは無理したなと最早慰めることしか出来ない。
「ちょっと今日は……お願い休ませて」
「はいはい」
どう動いたらそうなるのか興味があった響子も弱々しい颯を前に、放っておいてあげる事を選んだ。
昼休みになっても変わる事はなく、響子は颯の分の昼食でも買ってきてあげることにした。
「ええと……こんなことなら颯に連絡先聞いておくんだったなぁ」
「ん?」
昼食を買いに行くその道中に、派手な少女が颯と日向の名前を口にしていたのを見かけた。
「ねえ、ちょっといいかな」
「はい?」
もしかしたら面白い話でも聞けるかも、と響子は声をかけてみることにした。
♤♡♢♧
「まだ痛い……やっぱり筋肉がまだ慣れていないんだなぁ」
一人で痛みを気にしていると、携帯のバイブレーションが振動する。
「しのぶ?」
珍しくしのぶから曲以外のメッセージが来ていた。普段なら未完成のフレーズや完成した曲について嬉しそうにメッセージが来る。しかし、今日はしっかりとした文字で文章が書かれていた。
【しのぶ】
[そういや颯には言ってなかったけど、アタシ、ユニットを組む事になった。もしかしたら曲調とか変わるかもしんないけどさ、いつも通り的確な答えを言ってくれると助かる]
(しのぶがユニットを組むことになったのか……)
「[うん、わかった。ユニット頑張ってね]と」
颯はスマホで打つ言葉をそのまま声に出しながら送信した。気がつけば響子やしのぶと出会って大分時間が経ったんだと正直びっくりしている。
(響子もしのぶも着実に前へと進んでいる。自分だけ立ち止まってられない)
「……でも寝ることも進むために必要だよね」
颯はとにかく筋肉痛を治したかったので、もう少しだけ寝ることにした。やる気がまさにピーキーである。
買い物から帰ってきた響子に起こされた颯は体を起こすと両手を上げ、手を広げた由香の笑みを見た。響子の帰りを寝ながら待っていた颯は仲良く話をしながら帰ってきた由香と響子に何が何だかわからなかった。
「なんで由香がここに?」
「日向さんを探してたよ。一緒にご飯食べたかったみたいだから誘って来ちゃった」
「なるほど」
いつの間にか響子は由香に今までの経緯を話していた。DJ活動の話だろう。
「だから颯がウチに来てくれんだね」
「へぇ……名前で呼んでるんだ。わたし達も名前で呼び合おうよ、颯」
仲が深まる感じが嬉しいのか、それとも由香と呼び合ってるのが気になったのか、名前呼びを提案する響子。特に断る理由もないので颯は二つ返事で了解する。
「それで由香、さっきの話だけど」
「あ、うん! 面白そう!」
「……? 何の話?」
颯は由香は写真が趣味だという話を聞いてすぐピンときた。響子は由香をVJとして誘うつもりだ。そういえば確かに由香は自身の筋肉も写真に撮っていた。
「なるほど、確かに由香が来てくれれば効率のいい体の動かし方がわかるかもしれない」
「だよね、由香がいてくれればわたし達のユニットも盛り上がる事間違いなしだ」
「筋トレのメニューと写真なら任せて!」
「ふふ、頼もしいね」
(……ユニット?)
これで万事解決……かと思いきや、響子の口からユニットと聞こえた。そんな話は初耳だ。
「ああ、颯に話したかったんだ。ユニットの話」
顔に出ていたのか、響子は颯が由香と運動している間に起こったことを話してくれた。響子はどうにか認めてもらいたくて毎日のように曲を作っていた。それこそ一曲や二曲だけではなく、ボツにしたのも含めれば両手では数えきれないだろう。断られ続けてもまだ諦めず、響子は自分で作った曲でライブをすることにした。
しかし、結論からいってライブは失敗。響子の曲はピーキーすぎて客が誰一人としてついてこれなかった。落ち込んでいる響子に観客の一人が話しかけたのだとか。
それがたまたま尊敬して憧れだった人で、響子と組んでくれることになったらしい。その後はクリスマスパーティをして打ち解け、親睦を深めたみたいだ。何故俺は呼ばれなかったのか、と一瞬でも無粋な事を考えた自分を颯は殴りたくなった。
「へぇ、良かったじゃないか」
「ふふ、颯のおかげだね」
「え? いや、俺は何も……協力しようとして結局体痛めてただけだし……」
何故自分が? と素直に疑問だった。
「そんなことないよ、颯が協力するって言ってくれたからわたしも諦めてられないなって思ったし、由香にも会えた」
「そうよ、颯。もっと自分に自信を持たないと! 何事にも気持ちが大事よ!」
「本当、そういう根性論の話は鍛えてる時だけにしてくれ……」
最近の由香は積極的に颯が運動してくれるのが嬉しくて、筋肉の話ばかりする。これを食べた方がいい、寝る前は……などアドバイスをくれるのだ。朝昼晩よく飽きないなと颯は少しうんざりしていた。もちろん、自分のために言ってくれているのをわかっているから特に言及することはしなかった。
(ユニットか……しのぶもそんなこと言ってたな……)
「よし、とにかくこれでわたしたちのユニットは4人になったわけだね」
「何が4人?」
颯は左手で人の数を、右手で今いる人を指差して数える。
「響子、由香、誘った人」
「あと颯」
「俺ぇ!?」
「え、まさかあれだけ付き合ってくれたのにいざ組むとなったら断るつもり?」
「そりゃ嫌ではないけど驚きはするよ」
「からかっただけだよ」
にやけた顔が止まらない響子。ユニットを組めたからか、自信がついたからか。響子自身に気持ちの余裕が出来たのだ。
「ひどいわ、颯。私たち一緒に熱い夜を過ごしたじゃない……」
「えっ……颯?」
「いや! 確かにランニングって意味では過ごしたけど!!?」
響子の悪ノリのせいで由香までノッてきた。これは自分の立ち位置がツッコミになるのかと颯はこれからが心配になる。ノるのはフロアだけにしてほしい。
賑やかな昼は学年一真面目な男、最近話題のDJ、筋肉質のハーフという謎すぎる組み合わせで過ぎてった。なんだこの組み合わせは。
♤♡♢♧
「え、えええええええっ!!!?」
「はぁああああああっっ!!!?」
「紹介するね、この人は犬寄しのぶっていうんだ」
授業と授業の間の少ない休み時間。颯は響子に呼ばれて、響子が頼み込んだユニットのメンバーに会う。あまりに少ない時間のために由香は呼んでいない。また放課後に集合して、初のユニットミーティングをやる事になっていた。由香もそこで合流する。
「いやいや俺らこんな大声出してんじゃん!? 明らかに何かあるじゃん!? 何普通に紹介しようとしてんの!?」
「てか颯お前か!? 響子にアタシのこと紹介したの!」
「はぁ!? 知らないって! いや正確には知ってはいたけどしのぶだと思ってなかったんだよ!」
「なんだ、二人とも知り合いなんだ。それにしても颯は凄いね。DJしのびんとも知り合いだったなんて」
背の低いしのぶに胸ぐらを掴まれて、膝を折り曲げた格好をした颯に、その颯を感心する響子。奇妙な巡り合わせをしている三人は仲が良いといえば聞こえは良いが、側から見たらただの変人達である。
「というか響子もしのぶも落ち着いてくれ! 俺は聞きたいことがあるんだよ!」
必死の思いで伝えると、しのぶは手を離し、響子はパーカーのポケットに手を入れた。紫色のネクタイを整えながら颯は話し始める。
「陽葉のDJユニットってことは、結構本格的になるだろう。適当に上級生のパフォーマンスを見てきたんだ。中等部はそうでもないが高等部は遊びではなかったな。曲、衣装、演出、踊り、歌。どれをとってもレベルが高い」
「颯は研究熱心だよね。それでどうだった?」
颯もただ単に遊んでいたわけではない。歌と体力作り、DJについての研究を両立していたのだ。その話に相槌をうつ響子。しのぶはじっと颯を見つめて黙っている。
「まぁ……そんな面白くなかったな」
「へえ、どうして?」
「しのぶの曲の方が何千倍も好きだからなんか物足りないんだよな」
「ああー、それわかる」
「な、なんだよ颯も響子も二人して……!」
顔を赤くするしのぶを可愛い可愛いとイジりたい気持ちでいっぱいだが、それよりも先に確かめたい事があった。
「ところで響子、しのぶ。お前らは衣装とか作れるか?」
「うん、無理」
「出来ると思う?」
「だよねぇ……」
そういう面でも颯は新メンバーに賭けていた。しかししのぶだとは思わなかった。しのぶは良い意味でも悪い意味でもDJ特化なのだ。
「この話は放課後由香にも聞いておくよ、そろそろ良い時間だし解散しておこう」
「うん、そうだね」
「りょーかいー」
その場で唸ってても仕方ないと判断した颯達は、一旦解散して放課後会うことにした。響子は今までのこともあって颯といつでも連絡を取れるようにしておいた。
時が過ぎるのは早いもので、もう放課後だ。下校する生徒や部活に打ち込む者。DJの練習室へ移動する生徒も見えた。颯はキングオブ真面目人間なので休憩していた分の板書をひたすらノートに写していた。響子達は先に行くと言っていたので颯一人だけだった。
「ん……やばい熱中してた、遅くならないうちに行かないと。えーっと、響子が送ってきた場所はAMEZA?」
AMEZAにあるハンバーガー屋。ここで会議をするのかと思うと急にお腹が空いてきた。
由香の前で食べたら怒られるかなぁなんて考えながら颯は階段を降り、昇降口を出る。
「ん?……人の声、下か?」
陽葉学園は広く、2階の方からでも帰れるようになっている。しかし颯は立ち止まって下を見た。何故なら今は中庭に人の声などしないはずだからだ。
「お嬢様ってなんなのっ!? どう演じたらいいの!? もう……わからない……! みんな勝手に期待して、失敗したら失望される。清水の一人娘だから!? 私がろくでなしだから!?」
「ああ、わかるぜその気持ち。今の世の中に怒ってるんだろう。うんうん」
「っ!? 誰! 通報しますよ!?」
「待って待って俺生徒! 普通の生徒ですから!!!」
「……今の聞いてました?」
颯はこの耳で聞いた。清水の一人娘、と。今朝見た少女と同じ清水絵空だろう。
「聞く気はなかったんだけど……」
「〜〜〜ッ! ど、どうするんですか?」
「え?」
「私をどうするつもりなんですか!?」
何このエ○同人みたいな展開。彼女はなかなか魅力的ではあるが、さすがに弱みを握ったぜへっへっへ……と颯はそんな外道ではない。絵空は日々誰かと交渉していくうちに、こんなにも用心深い性格になってしまったのだ。
「いやいやどうもしないよ!? 清水絵空さんだよね。ごきげんよう、日向颯です」
「ご、ごきげんよう……どうしてお嬢様みたいな挨拶……?」
「君にとってはこっちが主流じゃないの?」
この人は天然なのかと絵空は調子が狂いそうになる。清水家の娘である私の弱みなんてたくさんの人が欲しがるだろう。だからそんな事が起きないようにバレないよう完璧に演じてきた。絵空はたくさんの人に狙われる絶好の鴨なのだ。
「あ、あはは……」
「元気ないね、出会ったのも何かの縁だし俺で良ければ話を聞くよ」
「別にいいです、どうせ私が清水の人間だからでしょう」
「俺は清水じゃなくて絵空に話しているんだけどね。そうだなぁ……あっ! 突然だけど、俺には兄貴がいる」
「え……?」
「数年前、D4FESっていうDJの……凄いイベントがあったのを知ってるかな、兄貴はそれに出たんだ。兄貴は才能ある人だったからいつも比較されていたなー。大変だったよ」
ここまでの天然を絵空は見たことがなかった。それともこれも計算されているのか。突然自分の家族の話を、会ったばかりの人間にするだろうか。
「…………」
「俺にも君のどうしようもできない環境はわかる。理解できる。共感もできる」
ああ、やっとわかった。絵空は理解した。この人はとてつもなく優しいのだ。嘘偽りない気持ちのいい言葉。こんなに嬉しい言葉はいつぶりだろうか。
「大体さ、君自身が敬えって言ってるならわかるんだけどお嬢様だからこうするべき。こうあるべきなんて固定概念は捨て去るべきだ」
「ありのままの自分でいてもいいってこと……?」
「うん、そんなの狭い世界に自分を閉じ込めるだけ。だから日向が清水に話してるんじゃないんだよ、颯は絵空に話しかけてる。この意味、わかってもらえないかな……?」
不思議な人。絵空の印象は変わらない。だが決して悪い人間じゃない。人を騙したりする人種じゃないんだ。
「今ちょうど君みたいなラブリーな人を探していたしね」
「え? らぶ……?」
「ラブリーだろ?可愛く堂々としてればいい。だからもう俺相手に猫をかぶらなくていい。達観するにしても気を抜ける仲間が必要なんだ」
「ふふ、ラブリーってもう……あなたは言葉のチョイスがいちいち面白いです♪」
やっと笑ってくれた。そんな絵空の笑顔に颯はドキリとしてしまう。
「そうそう。どんな人生でも、どんな境遇だろうと、仲間と元気に笑ってりゃなんとかなるものさ」
「わ、私は……」
「絵空、これは君が受け入れてくれる前提で話すね。俺はここらで一発大きく出る。DJユニットさ。人生楽しまないと! な?」
「あ、あの……こんな私でも連れて行ってくれるんですか? 思いっきり楽しんでも良いんですか?」
「もちろん」
絵空の心は迷っていた。何度雪をすくっても降り注いで積もっていくみたいに。
(不安でしかない、きっと両親は許してくれない。一人なら。でも私も自分で動いてみたい! この人の力になりたい! なんでも楽しまなきゃ……絵空じゃない!)
この時、絵空の心の中に一生消えない決意の力が湧き出てきた。まるで自分自身の殻を破ったかのよう。
「じゃあ……私、入りたい……! ハヤテの心を知ってみたいかも……!」
「うん。……え? 俺?」
♤♡♢♧
「わぁ〜私ハンバーガー屋さん初めてかもぉ♪」
「あの……絵空さん」
「んー? なぁに?」
「なんで先程からずっと俺らは腕を組んでいるんでしょうか?」
「うふふ、さぁ、なんででしょ〜う」
颯はあの後学校からAMEZAまでずっと絵空に半分抱きつかれるような形で腕を組まれている。その頃にはもう絵空は元気いっぱいという感じで颯としては複雑な気分だった。
「いらっしゃいませ〜」
「あれ、あの子颯の彼女?」
「はっ!? 颯に女がいるなんて聞いてない!?」
「え? ああ! あの子、絵空ちゃんだよ。ほらいつも学校の!」
「ああ、リムジンの子」
自動ドアが開き、店員の声に反応した三人組が三者三様の反応をした。響子、しのぶ、由香の順に反応した。
「あの子達?」
「そう、ああ! 絵空、もういい加減腕組みやめない?」
「い〜やぁ」
颯が腕を振り、絵空ごと振り解こうとしても、絵空はその度ガッチリとくっつき直す。
「響子! しのぶ! 由香! 誰でもいいから助けてくれ!!!」
「キョーコにしのぶに由香ね! バッチリ!」
「嘘つけ!」
明らかに響子達以外の視線も集めてしまって、羞恥心で死んでしまいそうだった。
「また凄い子連れてきたね……」
「颯の友人だしみんな凄いだろ、色んな意味で」
「でもあの子って親しみやすいのね、気が合いそうかも」
今更だけど颯は何も言わずに絵空を連れてきたことを少し後悔していたが、絵空が馴染めそうで自分まで嬉しくなった。
♤♡♢♧
「ハンバーガー屋のチョイスよ、ラブリーだろ?」
「ええ、とってもラブリー!」
「何いってんのコイツら……」
絵空に楽しく生きることを教えるために、常にハイテンションでいたら、いつの間にか海外の通販番組みたいになっていた。
「いいね! 響子! この店選ぶとは流石わかってるぅ!」
「あ、ありがと?……ここチェーン店だけどね」
「流石はしのぶだ! 可愛い! 100ラブリーポイントを差し上げちゃう!」
「うわぁ……」
「由香! お前はなんでも似合うな! ハンバーガーも本場のに見えるぞ!」
「ふふ、もっとほめて〜!」
今日のミーティングはなかなかノッてきたなとドヤ顔を決めて立ち尽くす颯。
「あの……お客様、大変申し訳ありませんが他のお客様の迷惑になりますのでお静かに願えますか?」
「あ、ハイ……」
しょんぼり座る颯、迷惑そうに帰る店員。マイナス50ラブリーポイント……。
「……ッ……ふ、ふふっ……あははははっ!」
爆笑する絵空に一同にも笑みが溢れる。そんなこんなでそろそろ閉店だし帰る準備でもしようと自然に手が動いた時、全員が同時に思った。
今日、ふざけてしかいねえと。急に焦った颯の顔を絵空が覗き込むと察した絵空はこういい放った。
「あー、大丈夫大丈夫! その辺はぜ〜んぶ私がなんとかするから!」
「絵空、凄いね」
「じゃあどーっんと任せちゃうね!」
颯はこの人には叶わないなと思った。自分はとんでもない人を連れてきてしまったのでは……。
「もう帰りたい……颯のせいで疲れた」
第一回ユニットミーティング、ではなく親睦会はこのような結果で幕を閉じた。響子と由香はノリノリだったが、しのぶは今すぐ帰りたいと思っていた。しかし、五人にとってこれが大事な思い出になったのは言うまでもないだろう。
颯は帰宅後、スマホの画面を覗いていた。ピーキーな人達のグループで会話しながらベッドで寝そべっていた。
【由香】
[そういえばリーダーとか決めてるの?]
【しのぶ】
[昨日今日決まったユニットだしいないだろ]
【絵空】
[改めて、よろしくお願いしますね]
【颯】
[もっと気楽で良い]
【絵空】
[やーん♡ハヤテ優しいぃ〜]
【しのぶ】
[なんで颯だけそんな砕けた口調なんだ……]
【響子】
[それにしてもリーダーどうしようね]
【颯】
[みんなは誰がいいと思う?]
[それはもちろん___]
数年後、山手響子をリーダーとしたPeakyP-keyは陽葉学園人気No.1のユニットになっていた。そのユニットの後ろでどんな人物がいるか多くは語られてはいないが、一人の少年が奮闘した噂が、陽葉学園では流れていた……。
「響子、なんだよその帽子。というか、全体的にみんなアクセサリー増やした?」
「清水プロデュースだよぉ〜」
「イケてるね〜このサングラス」
「そろそろ時間だぞ」
「よし、行くよ!
皆様いかがお過ごしでしょうか。現在、グルミクはモンハンコラボが終わりそうですね。作者は全然引けませんでした。引けませんでしたよ!!!愛って…………なんなんでしょうね。まあそんな事はさておき、次回もよろしくお願いします!
☆10 たく丸様 ちぇーろ様 でっひーー様 KasuZakoYowai様 かみせん様
☆9 蛇にゃん様 アーヴェスト様 とっかず様
むら₂₄_(๑˃̵ᴗ˂̵)و♥♥♥様 オルバック様 ゆゆん様
☆6 わけみたま様
評価ありがとうございます!お気に入りや感想も励みにさせていただいてます。本当にありがとうございます!
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唯一無二の存在
時系列が高校生に戻って参りましたので、かなり慌ただしい日常が戻ってきます。
可愛いぬいぐるみの飾られたキュートでメルヘンチックな少女の部屋から、液晶画面にコツ、コツ……とペンで何かを描く音が響いていた。集中出来るからか真っ暗な部屋の中、モニターと液晶の光だけで描き進める。
「はい! 今日のイラスト投稿完了〜!」
今日の仕事の終え、機嫌を良くした絵師、おんりー先生はSNSのディグッターに作品をアップして、軽く体を伸ばした。するとすぐに多くの反応があり、うんうんと頷きながら眺めていく。
「休憩したら軽くエゴサでもしようかしらねぇ……」
お菓子や飲み物を取りに行き、早速袋を開けて口の中にお菓子を放り込みながら、もう一度ディグッターにのめり込む。
その途中、オススメの人が出る欄が目に入る。ディグッターやSNSにありがちの人脈を広げるためのアレだ。
このむにちゃんにオススメするんだから優秀な人なんでしょうね。そう思いながら気まぐれに一人のプロフィールを開いてみた。
「なっ……!?」
日向颯。その名前には見覚えがあった。だからこそ
「有名人気取り? ふん……」
こうなったらとことん調べてやろうじゃないの。コイツについて聞きたいことがたくさんあるわ……心でそう奮起して、むにはとりあえず誰をフォローをしているかを調べた。
「Peaky P-keyって……陽葉の超人気ユニットじゃない!? しかも全員にフォロバされてるし!?」
後は燐舞曲という名前が見えたが、むにはまだDJについて詳しいわけではないのでわからなかった。
「陽葉なら……今は二年生よね、教室で待ち伏せ……はダメね。きっと逃げられる」
接触するにはどうしたものか。この日向颯が本当に自分の知っているあの颯なら。会えるならそれだけで嬉しい。
何故なら大鳴門むには日向颯に……
数年前、フラれたから。
♤♡♢♧
暖かい日差しと少し冷たい風に乗って花びら舞う春。日向颯はカーテンの隙間から入ってくる日光に照らされて目が覚める。なんだか長い夢を見ていた気がする。
「寝覚めの悪い俺にしては良い夢を見たな」
身体を起こし、部屋の中を見る。整理した荷物の中には大切で思い入れのある物ももちろんあり、飾ってあるのは二つの写真立て。それとトロフィーと綺麗な貝殻の入った瓶だった。
「懐かしい……」
一つ目の写真はPeaky P-key、通称ピキピキの四人が初めて行ったオーディションで優勝した時に五人で撮った写真だ。みんな輝いている。いつもトロフィーはしのぶの家に置く事が多いが、どうしてもこれだけは颯に持っていて欲しいみたいだった。
そして横に置いてあるのがそのトロフィーだ。少しでも役に立てたなら良かったと颯は今でも誇りに思う。
もう一つは幼馴染二人と颯、三人で海辺に行った時に撮った写真だ。その写真の横には貝殻のたくさん入った瓶が置いてある。
「あれ……なんで俺、こんなの持ってきだんだろう」
颯は実家から一人暮らしを始める時、何故かこれだけは手放せないと思った。これを捨ててしまったら、自分は何か失くしてしまう気がしてならなかったのだ。
瓶を開けて手に一つとってみる。特になんてことのないよくある貝殻。
「……りんくちゃん」
そう呟く。その名前を口にした。それでも全く思い出せない。思い出せていない。もどかしさで頭が痛くなりそうだ。
「……俺今、なんて…………やばっ! もう時間だ!」
颯は貝殻を元に戻し、陽葉指定の鞄を肩にかけ、いつものように陽葉学園に登校するのだった。
♤♡♢♧
陽葉学園は今日もとても騒がしい。高校生二年生が始まって少し経った。その頃にはクラスメイトも話に花を咲かせ、会話に夢中になっている。その中でも……颯はクラスメイトで話相手など奏助ぐらいしかいない。その奏助もサボりぐせが凄く、何日も学校にいないのはよくある。そんな時、颯はいつも暇潰しに校内を散策していた。
誰もいない音楽室、一人ピアノを弾く。開いた窓から春を感じる涼しい風と、昼時の賑やかな声が聞こえる。スマホで楽譜を適当に調べて楽譜の代わりに置いた。初心者用から弾きやすいのを探して手を慣れさせる。一通り準備が終わったら、誰に聞かせるわけでもない演奏が始まる。
「____……ふぅ、ピアノもいつか役に立つ時が来るかもしれないからな」
「そうですよね」
「うん……うん? 君は?」
「
「あ、どうもご丁寧に……日向颯です」
ピアノに熱中していたら気付かぬうちに横に、大和撫子の四文字が似合う清楚な女子生徒がいた。赤リボンから見て後輩なのだろう。
「どうして君はここに?」
「私もこの音楽室をよく利用させてもらってます。今日も近くを通ったらたまたま颯さんが」
「なるほど、これはちょっと俺が恥ずかしいやつだ」
くすくすと可愛い笑いをする麗を見て颯もまあいいかなと和んだ。
「珍しいですよね、音楽室でピアノを弾いているなんて」
「ああ、そうだよね。陽葉にいるんだからDJやれって話だよね」
「いえ! そういうわけじゃないんです。陽葉学園に在籍いる方でも、DJをやらない生徒はたくさんいますから」
麗の言う通りだ。陽葉にはDJユニットが数多くいるが、あくまで活動が盛んなだけでほとんど普通の学校だ。大きさは普通じゃないかもしれないけど。オーディエンスに徹する生徒だっているのだ。
「ふふ、実は私、颯さんの事を絵空さんから聞いていたんです」
「絵空が? 麗ちゃん、絵空と知り合いなんだ」
「はい、絵空さんとは昔からのお付き合いで、最近は颯さんの事ばかり話してますよ」
「何やってんだ絵空……」
絵空の事を信用していないわけではないけれど、何か変な事を言っていないか時々不安になる。ふと時計を見て時間を確認すると、時刻は12時半を過ぎていた。
「そういえば話は変わるけど、昼は食べた?」
「お昼ですか? 一足先にいただきましたよ」
両手を合わし微笑みながら答える麗。なんだかそのひとつひとつのやりとりが心地よくって仕方ない。
「じゃあちょっと昼休み終わる前に食べたいから食べながら話していい?」
「もちろんです、どうぞゆっくりお食べになってください」
「ありがとう」
ゆっくりと食事を開始し、二人だけの空間が出来ている。麗はただただ颯を見るばかりだ。食べずらいよと言うと、ボーッとしていたようで恥ずかしがりながらもすぐに目を移した。
「昔からピアノをやっていて、たまに弾きたくなるんだ。陽葉の子は最近の子が多いからピアノなんてダサいと思ってるかもしれないけど、俺はそうは思わない」
「まあ、素敵なお考えをお持ちなのですね」
颯の持論に、麗は感心したようだ。互いに笑顔を少し見せ合う。そのまま颯は喋りを続ける。
「うちの親が厳しい人でね、DJをやりたいって言っても無理やりピアノを習わされていたよ。今となっちゃ当時はこれが良かったのかもしれないけどね」
「颯さんも家族のひいたレールに乗ってたんですね……私もたくさんの習い事をさせてもらっていました」
「よくある話さ」
麗の許しを得た所で、今日は適当に買ったパンを口に運ぶ。絵空といる時は凄く騒がしく、楽しい時間だ。それとは反対に、麗と過ごす時間は落ち着いていて、会ったばかりだというのに謎の安心感を得られる。麗自身の包容力なのだろうか。
そろそろちゃんとした食事を摂りたいなと考えていると、麗に声をかけられる。
「あの、もし良ければ一緒にピアノを弾きませんか?」
またも両手を合わせて、提案なのか頼み事なのか。麗は颯の腕を見込んだようだ。
「いいね。二人だけのコンサートだ」
「はい!」
そのまま二人はしばらく連弾を楽しんだ。昼の終わりを告げるチャイムにも気づかないまま。
♤♡♢♧
昼休みが終わり、放課後になる。自然といつもメンバーが集まっていた。
相変わらずしのぶはゲームばかりしているし、由香も話題のスマホゲームを始めたらしい。絵空は面白いことがないかよく観察しているし、響子はそんなみんなを見守っている。しかしずっと見ているわけにもいかず、颯は立ち上がる。
「俺、そろそろ帰るわ」
「あれ、今日はやけに早いね。用事?」
「いや、今日からバイトだから」
「あー! ディグッターで言ってたやつ?」
響子との会話にさっきまでスマホをいじってたはずの由香が入る。そもそも颯はディグッターに関しては全く興味がなかったのだ。やり始めたのはピキピキの活動を見るため、みんなに誘われたのが大きな理由だ。適当に投稿しては爆速で身内から評価が来る。なんだあのラブリー担当。
あとはたまにニュースを見るくらいか。
「そうそう、喫茶バイナル。時給いいし、オシャレだし、何より面白そう」
「いいね、何事も挑戦だ」
「もうハヤテ! 私に言ってくれればお金ぐらい渡してあげるのに」
話を聞いていた絵空は腰に手を当て少しムッとしていた。数秒考えてみて、絵空が困ったら助けるのにという意味で言ったことに気づく。直球すぎて何言ってんだろうと思ってしまった。
「え、マジで? いくらくれるの?」
「そうね〜……とりあえず何億ぐらい欲しい?」
「ごめんやっぱいらない」
「あ、カードの方が良かった?」
「違うそうじゃない」
ダメだった。普通友達同士での貸し借りに万ですらかなり躊躇うのに億とか言ってきやがった。
「えーー?」
「えーー? じゃなくて……絵空、お前を大切に思ってるからこそ言うぞ」
「嬉しいわぁ〜」
本当に聞いているのかこのお嬢様は。確かにピンチに陥った時に何もしてくれないのは、中等部時代からの友情としては悲しい限りだ。でもだからといってこれはやりすぎだ。
「友達にお金貸す時に国家予算レベルで出さないでくれ」
「ハヤテぇ……わかったわ、あなたがそこまで真剣に言うなら考えてみるわ」
「そうそう、是非そうして。それじゃー」
「ん、いってらー」
しのぶがやっとこさ口を開いた。挨拶だけで気持ちが分かり合える辺りに信頼を感じる。
絵空に伝えることだけ伝えると、鞄に荷物を詰めてそそくさと颯は出て行ってしまった。絵空には困ったものだ。Peaky P-keyみんなでいる時は、まだ響子やしのぶの抑え……言わばストッパーがいるため、絵空もそこまで大きな事はしないのだけど。(それでも平気でリムジンや飛行機を呼ぼうとする)
颯一人の時は彼女を抑えられる気がしない。先程ももし颯が本気で肯定したら、本当に颯が一生働かなくてもいいぐらいの金額をポンっと出しただろう。
「うん、絵空にはより一層注意しよう」
絵空に負けないための教訓を得た、これでよし。そんなことを考えながら歩いていると何やら変な二人組がいた。
「離してください!」
「うるせぇな! 黙ってついてこい」
校門前で1人の少女ととても学園関係者には見えない男性が言い争っている。険悪な雰囲気であった。
「どんな関係か知りませんがそろそろいい加減にした方がいいですよ」
近づいて声かける。少女の方は腕を掴まれて今にも連れ去られそうだった。声をかけても無視をされる。少女が必死にアイコンタクトで助けを求めているのがわかる。
「どけっ! このガキ!」
「うわ!」
間に入ろうとしたところ、中年の男に弾き飛ばれされて尻餅をついた。その反動で眼鏡が遠くへ飛ぶ。
「あはは……困ったな。法律って知ってますか?」
「なんだと……?」
すぐさま立ち上がり、男に睨みを効かせる。
「相手の合意のないのはダメです。しかもわざわざ学園にまで……。あくまで提案やお願いなんですよ。決まってるんです、最近では親族を騙して無理やり従わせるグレーゾーン寄りのブラックもあるみたいですが」
「ククク……そんな法律にビビるとでも? この私を誰だと思っているんだ」
「知らないです。誰でもいいので気色悪い手を離してあげてください」
颯はこのおっさんが誰だとか心底どうでもよかったのでさっさと受け流した。というか今でもこんな事言う人がいるんだ。逆に感心した。
「馬鹿が、そう簡単に離せるか。この
「そうですか、残念です。校門前での騒ぎ、映りに映った監視カメラ、多数の目撃者、放課後の大胆な犯行だとしても無理というなら仕方ないです」
このまま耐えれば大丈夫。そう確信があった。
「引き抜きだかスカウトだか知らないですけど彼女は合意してないみたいですけど。合意してないのに連れて行くなんてただの誘拐です。とりあえずその手を離してください。ちょっと変態っぽいです」
「平民のガキが……。大手プロダクション社長の私に指図するというのかね?」
颯は無理やり中年の男が掴んでいた手を引き離す。それと同時に女の子は颯の後ろに隠れる。こういう大人って自分勝手だから聞いてもいないのにベラベラと喋る。
「どういうつもりだ、ガキ。まさかそんな小娘一人のために邪魔をし続けるつもりか?」
「いえ、そういうわけでは。スカウトはどうぞお好きに、でもやり方が気に食わない。あなたが本当に偉くて凄い人なら筋ぐらい通しましょうよ、まあ……時間切れなんですけど……」
さすがに時間をかけ過ぎたか、それともこの時を待っていたのか。騒ぎが大きくなっていた。生徒だけでなく、人が集まり、教師陣も走ってくるのが見える。
「現行犯じゃ無実を証明する方が難しい」
「なんだと……!? ヒーローのつもりか! くだらんプライドで人生を台無しにすることだってあるんだぞ……!」
「おーい!! 日向! 出雲! 大丈夫かー!?」
タイミング良く、教師が校門へ走って駆けつけてくる。流石に校門前で長時間知らない人と生徒の接触があるのはおかしい。颯が御託を並べて時間を稼いでいたのはこうなることを予想していたからか。
「貴様、ネビュラプロダクションの者だな……? その顔覚えたぞ!」
このままだとまずいと思ったのか、中年の男は悪態をつきながら走っていった。なんともスッとした気分だ。
「先生! こっちです! ……よく見ていなかったけど、君って一年生? 知らなかったからさ」
「……? あ、ありがとうございます」
咲姫は違和感を感じた。今の今まで咲姫を誰か気付いていなかったみたいだった。リボンの色を見たら何年生かわかると思うのだけど……。眼鏡をかけてから認識したように思えた。咲姫の中で何か引っかかるような気持ちにさせられた。
「あ、あの……お礼を」
「そんなつもりはないから気にしないで。君ももう帰ろう、人目が集まってきた」
これ以上言っても引き下がらないならさっさと逃げよう。颯は話しながら決断を下した。
「えっ……! で、でも」
「あ、ごめんバイトだ。それじゃ!」
居づらくなった颯は後のことは教師達に任せ、人の合間をすり抜けて走って行ってしまった。
「私だけがわかる。あの人は……私が求めていた人だ」
もしかしたら私は、あの人を感じるためにこっちへ来たのかもしれない。私にとてもよく似ている。咲姫はそう感じていた。あの人が発する音を、色で見て尚更必要な存在だと強く思えた。遠くへ小さくなっていく颯をただ……ずっと見つめていた。
「……ネビュラプロダクションの者だな? 確かにそう言ってたよな……。どうでもいいか」
男の言ってた事を特に気にも留めず、ひたすら学園から離れていった。
♤♡♢♧
学園から少し歩くが陽葉の生徒も多く見られる小洒落た喫茶店。その店の前に颯はいた。思い切って扉を開ける。
「こんにちは! 今日からここで働かせてもらう日向颯です!」
「ああ、君か! よく来たね」
「いらっしゃい、待ってたわよ!」
「お世話になります」
喫茶店の扉を開くと、ベルの音と共にマスターの
店の奥に入ると、この店のイメージである落ち着いた茶色のエプロンを、ホワイトシャツの上から着る。
「よし! 頑張るぞ!」
「ちょっと……アンタ!」
「はい?……げっ……」
まさか、嘘だろと。冗談であってくれと。颯は驚愕していた。なんでここに……大鳴門むにがいるんだ。
「……こんにちは! いらっしゃいませ! お客様、今日はどういったご用件で?」
「営業スマイルやめなさいよ! アンタいまげって言ったじゃない!!!」
「むにちゃん……なんで……」
「ずっと探してたんだから、本当に」
むにの真剣な声色に何故か颯はちゃんと視線を合わせる事ができない。
「そ、それは……」
逃げたい。逃げ出したい、あの時のように。無意識に足を動かして身体を引いていた。
「待ちなさいよ!? さすがに仕事中は逃げられないわよね……!」
全くむにの目を見ない颯は困惑と焦りが隠せないでいた。
「愛莉さん! ヘルプをお願いします!!!」
「なっ……!?」
綺麗に手を挙げ、必殺、『新人だけに許された助けを多用』を使う。呼ばれた愛莉はすぐさま颯に近寄ろうとするがむにの激しいボディランゲージに何かを察し、素敵な笑顔で帰っていった。
「愛莉さぁん……この客なんとかしてください」
「ふん……これでゆっくり話せるわね」
エプロンを掴まれる。小柄の彼女の力はそこまで強くはない。ところでマスター、変な曲流してないで助けてください。
「聞きたいこと、たくさんあるの……何してたかとか……」
「……とりあえず、ご注文は?」
やっと出会えて複雑な表情をするむにに、颯は諭すことを優先しようと決めた。注文を尋ねると、むには顔を顰めた。颯も覗くと、コーヒーの欄を見ていた。ああ、そういえばと思い出す。
「甘いのがいいんだっけ、メニューのもっと下のほうだよ」
気遣って言うとちょっと悲しげに言葉を発した。
「覚えててくれたの?」
「うっすらと……だけど」
そう返すとむには視線を颯から外し、下を向いて嬉しそうか恥ずかしそうか。頬を緩めていた。
「偏食なのは今に始まったことじゃないでしょ」
「うん……そうね、わかってるじゃない」
少し間を置き、むにが好きそうな飲み物を選んでくる。前に研修を受けてたからある程度の機械の動かし方やコーヒーの淹れ方。何がどこにあるかはわかっていた。
「オレンジジュースでいい? あとこれ飲んだら帰ってね」
「いやよ! 話したいこといっぱいあるんだから!」
話したいの一点張りのむに。無理もない、颯は何年も会ってない幼馴染なのだ。積もる話もたくさんあるだろう。
「仕事中だしダメだよ。今日が初日だから失敗出来ない。明日、陽葉でいい? 俺が一年の教室向かうから」
「……絶対よ! か・な・ら・ず! 来るんだからね!」
勢いよく言われる。そんなに信用ないのか。悲しい。
「そんなに心配ならこれからもバイナルに来るといいよ」
「ほ、本当……? いいの?」
「良いも悪いも大切なお客さんだし……」
「じゃあ……これからも……来るわね」
「うん」
明日、ちゃんとした話をしよう。そう納得させて、むには注文した飲み物を飲み干して帰った。しかし初出勤はずっと頭がぼんやりしていた。集中出来ないまま仕事を覚えてはこなしていた。
♤♡♢♧
「今日の颯クンの運勢を占ってあげるわ」
暗いカーテンで仕切られたこの部屋は相変わらずどんな気分で居ればいいのかわからない。
「君は過去のしがらみのせいで昔の友人をひどく傷つけてしまうわ」
「…………」
「でもね、予言は絶対ではないの。あなた自身の行動で運命は変えられる。些細なことでも変わる未来はあるの」
ずっと聞いていた。耳から頭に残るように言葉を聞いてた。静かに暗い部屋の中で座っていた。今度は逃げないように。颯は心に誓った。
☆10 ならやサブ様
☆9 咲野皐月様 nbar様 ドスメラルー様 海龍のビルゲニア様
☆8 ディザスターレオ様
評価ありがとうございます!
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転校してきた同級生は偶像
いつもの占い小屋からの帰宅して、颯は自宅のアパートの扉の前で異変に気付いた。
「あれ、鍵開いてる」
空き巣かな、とも考えたがいつもの様に合鍵で入ってきているなら、心当たりは1人しかいなかったので平常心を保つ。ほんの少しだけ自然と笑みが出る。
「ただいま」
一言だけ言って自分の家に入っていく。返事はない。ただ明かりはついていることから誰かがいることは確かだ。……とは言ってもだらけていて聞こえてないのが大体検討つく。
「椿さん……何してんスか」
「は、颯!? 帰っているなら言って!?」
「言いましたよ!」
家に帰ると椿がソファーでくつろいでいた。なんとも無防備な姿で。大学生となった椿は、当たり前だが高校生の時より大人びて、歌に関しても少し落ち着いてきた。この人、数年の付き合いの自分には話しやすい人だけど……本当に大学生として大丈夫なのかと心配になる。
颯はふぅ、とため息をついてから椿と同じソファーに座る。
「んで……今日もいなかったんです?」
「ご想像通り、誰も来る気配なんてないわ」
椿は連絡すらもない両親に悪態を吐きながらも、もう慣れたようにそのまま項垂れた。颯もこの話は不味いかと気を遣って近況を聞き出す。
「そういえば最近、ALTER-EGOでユニットに入ったって本当ですか?」
「ええ、燐舞曲ってユニットよ」
「凄いじゃないですか」
「凄いじゃないですか、じゃないわよ! あなたが言ったんじゃない!」
「え!? 俺なんか言ってました!?」
急にキレ気味になる椿に覚えがないとでも言いたげに驚く颯の前に、椿は黒い上着のポケットの中から少し皺くちゃになった紙切れを突き出した。
「このチラシ! あなたが送ってきたんじゃない、私に!」
「ええっ!? これずっと持ってたんですか!? 全然反応ないからてっきり捨てたものだと……」
「うっ……それは……私も忙しかったのよ、その……」
「燐舞曲の皆さんとの活動で?」
話を聞けばここ数日間。
偶然のようで運命のように出会った。クラブハウス、ALTER-EGO専属DJ三宅葵依を筆頭に、思ったことをちゃんと言ってくれる月見山渚。慈愛と包容力でメンバーを支えてくれる矢野緋彩。それにALTER-EGOの方々に出会えて椿自身も成長し、向き合うことが出来たと嬉しそうに今までの出来事を語っている。なんだか明るい表情が増えた気がする。
「昔の颯みたいだった」
「あのクールな葵依さんが? 想像つかないです」
「会ったことあるの?」
「まさか、見たことあるだけですよ。動画で何回か。ファンからの人気もあって、その時の対応も素晴らしかった。あれは人気出ますね」
どこぞの熱心なALTER-EGO通いのファンとは違い颯は三宅葵依という人物について詳しいわけではない。話を聞いてるうちに興味が湧き、動画を見て今に至る訳だ。
それにしてもしばらく会わなかった間に、ここまで椿に変化があるとは思わなかった。
「何かあったならメッセージくれたらよかったのに」
「だって……私こういうのあんまり使ったことないから、送っていいのかなって思って……」
「乙女か」
「乙女よ!」
椿が珍しいツッコミをする。相変わらずコミュニケーションに関しては奥手なのか。
そうしてる間にも颯は軽い食事を作っている。もちろん椿の分もある。たまにこうして来る時は食事を出してあげている。何故ならこの人、人が自炊した夕飯を食事している目の前で、コンビニ弁当を食べようとしてくる。なんとも情けない大学生、青柳椿の姿が居た堪れなくなる……。
「あなたいつもワンパターンよね」
「文句言うなら自分で作ってくださいよ」
かなりの頻度で飯を食べさせてもらっているくせに、文句を言う椿。少しムカっとした颯をよそに話を変えてくる。
「あ、そういえば……颯に聞きたかったのだけど、どうしてあなたはDJをしているの?」
「え? そうですね……元を辿れば……結局は幼馴染みとD4FESかもしれないですね」
「D4FES……」
良い意味でも悪い意味でも人生のターニングポイントは、8年前のあそこだろう。今でも景色だけは鮮明に覚えている。DJの一大イベントなだけあって、フェスらしく。子どもから大人まで大勢の人が見に来ていた。
(俺も……幼馴染みと……)
「……D4FESに行ったことあるのね、意外だったわ」
「行くつもりはなかったんですけど、幼馴染みと……たまたま」
いつになったら帰ってくるの? あなたの幼馴染みは。よく想ってられるわと言葉だけなら冷たく言い放つ様に聞こえるが、颯に気を使いながら言っていた。椿ならそうするって颯にはわかっていた。
「常に一緒にいるから仲良しってわけではないですよ。心で繋がっているなら互いを想い合えるものです」
「……10年近く、幼馴染を待ってる颯が言うからこそ重みがあるわね」
「その一人に会いましたよ」
バイナルでの出来事を話すと、椿は一瞬目を開けて驚いたが、すぐに安心した顔になる。
「そう」
「詳しく聞かないんです?」
「あなたの顔を見ればわかるもの」
椿はそう言うが、自分自身の事のように嬉しそうだった。他人のことを自分のように喜んでくれる椿を、その綺麗な顔を見て颯もなんだか誇らしくなった。
♤♡♢♧
翌日、颯はむにとの約束通り一年生クラスの教室がある階層にいた。
「どこのクラスにもいないな……」
しかし、どこのクラスを探しても肝心のむにの姿はない。先程から下級生の視線がとてつもなく気恥ずかしい。
「あれ、もしかして颯先輩ですか?」
一年生の教室を覗き込む颯に声をかける後輩はそう多くない。声の方へ振り向くと、金色のメッシュを入れた髪色の女の子がいた。
「あ、
「はい! 颯さんはどうして一年の教室に?」
「知り合いを探してるんだ。兎みたいな小動物な女の子」
「小動物……?」
何とも言えない特徴を教えられ、頭の上にハテナマークが浮かんでるのがわかりやすい。
「見た感じ教室にはいなさそうだし出直す事にするよ」
「そうですか? もしそれっぽい人いたら教えますね!」
「うん、ありがとう」
「ところでDJにハマったらしいね、どう? 楽しい?」
「それはもちろん! 元々、DJには興味あったんですけど、颯さんがやっていて更にやりたくなりましたよ」
ビシッと決める真秀。颯は元々由香と運動して鍛えている傍ら、その腕を見込まれいろんな部活の助っ人として頼れることも少なくなかった。だからこそ運動部の友人も出来たのだ。真秀も例外ではなく、こうやって気軽に話し合えるまでは打ち解けている。
「そうなんだ、真秀ちゃんならきっと上手くやれるよ」
「はい!……あ、あの! もし私が本格的にDJ始めるってなったら、颯さん……教えてくれますか?」
それは颯にとっては意外な提案だった。
「え、いや……教えてあげたいけどその時になってみないとわからないかなー。今はピキピキの仕事もあるし」
真秀の申し出は颯直々のサポートだった。真秀からしてみれば、自分の目標である陽葉学園の昼の放送、リミックスコンテストはしのぶがここ何度か一位を取っていた。何回目かは数えてないけど。
「そう……ですよね。わかりました」
颯は真秀がDJに深く興味を持ってくれたことは嬉しかったけれど、今、自分が人に教えられるほどの余裕がなかった。
「ごめんね。まださ、高校生活始まったばかりだと思うし、焦ることはないよ。それにここ最近の流行だと4人ぐらいのユニットが人気だから、真秀ちゃんも組んでみたらどうかな?」
「ユニット…………ですか、考えてみます!」
「うん、まあ教えるって件も期待しててよ。繋ぐのがDJの役目だからね」
後輩に格好悪いところは見せられないねと勢いよく言ったはいいものの、問題は何一つして解決していない。昨日の様子ならむにはバイナルに来るだろう。
「……うん?」
「どうしたんですか?」
違和感を感じ、辺りを見回す颯に真秀が心配する。
「……なんでもない。勘違いかも」
「ならよかったです」
颯はそのまま真秀に別れを告げ、自分の教室へと戻っていく。その背中を遠くからぴょこっと柱から一人の少女が顔を覗かせていた。咲姫だ。
そう、颯の感じた違和感の正体とは咲姫の視線だったのだ。
♤♡♢♧
教室に戻った颯はいつもとは違うざわめきに、少し疲れていた。何故なら今日は自分の学年に三人も転校生が来ていたからだ。
個人的に転校してきた三人には凄く興味があった。
DJのライブならまだしも、日常生活で騒がしいのはごめんだ。颯はまだ時間がある事を確認すると、中庭に出ることにした。
陽葉学園名物、硬い椅子にでも座ろうとしたら先客がいた。まさにターゲットだった。
「新島。新島って確か前の学校では陸上部だったよな。体力がつく走り方を教えてくれないか?」
新島衣舞紀。食事をしているお姉さん気質の女の子。颯の予想が外れてなければ、彼女は一部の界隈では有名人だったはずだ。
「あ、日向。なんでそのことを?」
「そりゃあ新島衣舞紀といえば中学時代に伝説を作り上げた、利根川中のエースだ。陸上に詳しくない俺でも知ってるよ」
衣舞紀はそこで食べる手を止めて、不敵な笑みで颯を見据えた。
「あら、奇遇ね。私もあなたのこと知ってるのよ。日向颯。動画でね」
「動画?」
颯が聞き返すと、衣舞紀は制服からスマホを取り出し、動画投稿サイトを見せてきた。
「これ、あなたでしょ?」
そこにはPeaky P-keyのライブ映像や、裏方にもバッチリ颯が映っていた。VJ講座以外にこんなの投稿しているなんて聞いていない。えそらん、許すまじ。
「あーーー……うん」
「やっぱり! 気になっていたのよ! この身体!」
「……えっ?」
(もしかして……もしかするけど、新島って由香タイプなんじゃ……)
聞き間違いかと疑うがそんなわけもなく、颯の思惑も知らずに、心なしか目をキラキラと輝かせてる衣舞紀は話を進める。
「そして陽葉で今再びあなたを見た時、確信したわ。あなたは普通じゃないって! その裏は努力の積み重ねがある」
「いやそんなことは……」
「これでも人がどのようなパフォーマンス出来るかはわかってるつもりよ」
自信満々な衣舞紀のその顔は、かなりの信頼を寄せられそうだった。やはりあのオーディションの合格者だけはあるのだろうか。
「私の筋トレメニュー、試してみない?」
「え、いや……俺は新島と話したかっただけ……」
「話したいならやってみてからってのはどう?」
突然急にノリノリになる衣舞紀に颯は自分の中のクールなイメージが崩れてきた。見るからに運動好きな彼女は中身も熱血のようだ。
(多分アレだな……新島は同じ趣味の人が現れたら勝手に盛り上がっちゃう人だな……)
「じゃあ、少しだけ」
「よし、乗ってきたわね!」
別に乗ったわけじゃない。乗ったわけじゃないぞ。と颯は心に言い聞かせていた。
あれから数十分後。颯は衣舞紀のメニューを一通りこなしていた。途中までなかなかハイペースで順調ではあったが……。運動経験の差か、颯は明らかに衣舞紀よりバテてきていた。そんな颯を見てか、衣舞紀は何故かしんみりとしながら声をかけた。
「それじゃあそろそろ終わりに……」
「いや、まだだ」
「えっ……?」
「こんなものじゃない。新島、もう少し付きあってくれない?」
颯は自分がここまでだと決められた事実に、負けず嫌いな部分が出てきた。衣舞紀は衣舞紀で、過去からの教訓を得て無理やり付き合わせないことにしたのに、颯の諦めの悪さに逆に燃え上がってきた。
「おっ……ふふっ、えー? 日向から何もお礼がないのはなぁー」
颯の発言を聞いて、衣舞紀は目を丸くして颯を見ていたが、途端にハッとした顔をした。
「何? じゃあ今度一つだけお願いを聞こう」
「あはは、嘘だよ嘘!冗談」
衣舞紀はお手上げだよと陽気に笑ってみせた。颯は衣舞紀が冗談なんて言うと思っていなくて、面食らってしまった。
「それで話って何かな?」
「効率的な身体の動かし方。あと新島のこと知りたい」
「うんうん、まさか日向が走りに興味を持ってくれるのは予想外だったよ。私の知識だよね、もちろんいいよ」
「ありがとう、新島は優しいな。借りを作る」
言いながら衣舞紀はベンチに座る。横にスペースがあり、颯はそこに座る。いいよいいよと衣舞紀は言うが、そうもいかないのだ。
「でも何かは言ってくれよ、気が済まないからさ」
「うーん、ならあなたのオススメのジムとかないかしら」
「あるよ」
「そ、即答ね」
それならまさにオススメがと颯は由香の実家を紹介する。思えば衣舞紀は転校してきたばかりでこの街のこと詳しくないだろう。今度紹介してもいいかもしれない。
「今度ちゃんと紹介するよ」
「本当? ありがとう」
衣舞紀はじっくりと颯の身体を見回した後に腕をふにふにと触り始めた。
「あなたの場合、肉体面や運動神経よりも意識して生活しているかどうかの精神的な話になりそうね」
「せ、生活?」
思っていたのと違う返答がきてびっくりしてしまった。そんな颯を気にしないで答え続ける衣舞紀。
「そうねぇ……健康な体作りには食生活が大事なんだけど……日向はいつもお昼は何を食べているの?」
「コンビニ飯だけど」
一瞬衣舞紀と颯の時間が止まった気がした。
「夜は……?」
「カップ麺」
ぶっきらぼうに答えてると衣舞紀が呆れてしまっている。
「もう、ダメよ。栄養が偏っちゃうじゃない」
「そうは言ってもバイトもあって家事なんてとても……」
とても出来ない。颯としてはよく颯の家に滞在している椿に、せめて少しだけでもやってほしいのだが、全くもって期待できない。何故だ。怒りがふつふつと湧いてきそうだ。
「こう見えて、私。料理作れるのよ」
「たしかに新島はデキる女性って感じだ」
「あら、嬉しい。なら頑張っちゃおうかな」
ぐっと腕をまくり力を入れている。契約成立ねと。一体彼女が何に張り切っているのか理解が追いつかない。
「頑張る? 何を?」
「これからお昼は一緒に食べましょう、あなたの分も作ってあげるから!」
「ほ、本気?」
「大丈夫! 一人も二人もそんな変わらないわ」
衣舞紀はいくら言っても聞かなそうなので颯は放置することにした。
「そうか……まあ、程々にな? 助かるけどさ」
「期待してていいわよ!」
「例えば……本とか?日向は勉強好きなイメージがあるし、そういう覚え方ならわかりやすいんじゃない?」
「本か……読者は好きだぞ。わかった、ありがとう。帰りに本屋で探してみる」
「ええ!」
そういって颯は衣舞紀と別れたのだった。颯が開いた携帯には、新島衣舞紀という新たな繋がりを残して……。
次回、天然キュートとかわいい好き
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