暗い魂の乙女 (Ciels)
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 夢を、観た。

 

 

 それはもう、数えきれないくらい遠い記憶。

 

 まだ何も知らなかった頃の、私の遅れた青春。

 

 

 聖職者崩れの迫害者。

 王になり損なった流浪の戦士であり探求者。

 長い眠りから醒めた薪の王。

 そして、夢に囚われた狩人。

 

 長く眠っていたのだろうか。らしくはないが、人とは夢の中で記憶を整理する生き物だ。ならばその事もまた、人らしいではないか。人でない獣など、最早夢すらも見ないのだから。

 

 明るい月の光が網膜を照らす。ゆるりと私は胸に乗る本を取り払い、傍のテーブルに置いて背伸びした。すると揺り籠のような揺り椅子が静かに同期するように揺れる。

 

 白い花が咲き乱れる庭の中、私は一人居眠りとは。未だに私にもそんな少女らしい一面があるとは驚きだ。真、世界とは未知に溢れている。故に飽きないものだろう。

 朝日の代わりに照らされる月の光を浴びながら、不意に誰かが隣にいる事に気がついた。ここではどうも安心し切ってしまうのだろう。

 

 

「お目覚めになったのですね」

 

 

 静かに、ともすれば小川を流れる水のような美しさも兼ね備えた少女の声が耳に入る。そちらを首だけで見て取れば、いつものように可愛らしい長身の彼女はいた。

 うん、と前置きして彼女を手招きすれば、その球体関節の手先を優しく握る。愛らしい手だ。強く握れば壊れてしまいそうなそれは、しかし愛でるためにある。私は彼女の手をそっと自分の頬へと当てた。

 

 しばし、目を閉じる。その間も彼女は甲斐甲斐しく何も言わない。ただその硝子細工の透き通る瞳だけが私を見ている。それでよかった。それが癒しだった。

 

 

「懐かしい、夢を観た」

 

 

 その言葉に、聡明な彼女は言葉を紡いだ。

 

 

「とても安らかに眠っておいででした」

 

 

 頷く私は、全てが愛おしそうに語る。

 

 

「どれも、私の大切な一部だ。甘く、苦く、けれど塩っぱい、そんな記憶」

 

 

 どれもこれも、大変なことばかりだった。けれど全部が楽しく、辛く、私だけのもの。

 

 愛おしい人の血を分けた彼女はゆっくりとしゃがみ込むと、私の頬に自らのひび割れた粘土造りの顔を擦る。その様は娘のようで、愛犬のようで、愛人のようであり、やはり愛しい事には変わりはない。

 甘い記憶は今でも作り続けられている。故に人は止まらない。先を生きていける。それが人に与えられた特権であり呪いなのだ。

 

 

「私も、いつかこの記憶が愛おしく思えるでしょうか」

 

 

 産まれて間もない、人とも言えぬ脳裏の感情を彼女は問う。

 

 

「思えるさ。これからいっぱい、一緒に作っていけば良いのだから」

 

 

 白百合が咲く。神秘の風を受け、揺れ乱れる。

 

 

 今こそ思い返す時なのだ。あの頃の自分を。

 

 あの時代と土地を生きた、私の思い出を。

 

 

 共に生きた彼らと、その遺志を途切れさせないために。

 

 

 

 

 “私達”は、紛う事なく人なのだから。

 

 

 




一話だけ、最初に追加しました。ここまで辿り着くまでに何年かかるかわかりませんがよろしくお願いします。


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ロードラン/Into the Lordran
不死院、オスカー


 人とは、なんと愚かで醜い生き物だろうか。

 

 自らが制御出来ぬ、預かり知らぬ事に目を背け。人は須く安寧を求める。自らの平穏と引き換えに沢山の血と悲しみを齎しながら。自らが無知であり無力である事を理解しようとはせず、ただひたすらに堕落した進化を求める。そんな安らぎなど犬にくれてしまえば良いのに。

 

 陰る火に、人は何もしない。ただぼんやりとその陰りに対する焦りを滲ませるだけ。そうして彼らが選んだのは犠牲。不死と呼ばれる……死なぬ呪いを掛けられた哀れな者達を、かの地へと送る行為。

 人は言う。君は選ばれたのだと。人は言う。不死の使命を果たすのだと。けれど違う。本当は、不死を忌み嫌っているだけなのだ。ただ人とは違う業を背負いし者達を、追いやっただけなのだ。

 

 だから私もまた、こうして追いやられた。神々の地ロードラン、その北にある不死院……と言う名の流刑地に。世界が終わるまで、私はこの不死院の牢獄で待ち続けるのだろうか。何も果たせず、何も出来ず。ただぼんやりと座り込み。

 あぁ、やはり人とは愚かな生き物だ。何が使命だ、何が火を継ぐだ。そう言って貴様らは私から何もかもを奪ったのだ。気味が悪いからと、気持ちが悪いからと。そんな理由で。

 

 だがそんな怒れる感情も、最早どうでも良い。どの道私はここから出られず。数えるのも途方に暮れる程の長い年月はそんな気力すらも湧かせない。

 

 私は不死だ。死なず、ただ亡者になるのを待つだけの、哀れな落とし子なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 考える事を放棄するのは、想像以上に厳しいものだった。一人牢に閉じ込められ、何もする事が出来ぬ私はただ眠るようにぼんやりとしてはいたのだが。それでもどう言う訳か外の不死達のように自我を失う事だけは出来なかった。発狂すらも出来ぬ。ただひたすら、明確な意識だけを持って私は佇んでいるのだ。

 自分でも良く分からないが。柵越しに見える不死達のように、我を失いただ彷徨う事のなんと羨ましい事か。ソウルを求め、ただ蠢く事のなんと美しい事か。

 私は不死としても失敗作なのか。人としての失敗作である不死、そして不死としても不完全であるとは、余程神は私の事が嫌いなのだろう。ただの聖職者であるこの私を嫌うとは。かつての信仰を返してほしいものだ。

 

 数年。いや数十年か。もしかすれば数百年かもしれぬ。最早時間など覚えておらぬ。ただ私はずっと、牢に閉じ込められ終わりを待っているのだから。

 しかし眠る事も許されぬとは、なんとも言葉に出来ぬ苛立ちがある。せめて眠れれば時間などあっという間に過ぎるのに。夢を見れば、例え偽りでも幸せになれるかもしれぬのに。

 

 天井の柵から覗く太陽に手を伸ばす。

 

 あぁ、火は陰り、いつか訪れる闇の世界。そんなものどうでも良い。ただ私は、いつかもう一度あの太陽の陽を浴びたいだけ。優しく、暖かい陽に……

 

 

 

 

 

 

 死体が落ちて来た。

 

 

 それは青天の霹靂。久しく忘れていた驚きの感情を持ち、上を見上げれば誰かが天井の柵を開けてこちらを覗いている。騎士のようだった。それも生まれの良さそうな……兜のせいで顔は見えぬが、それでも瞳はこちらを向いている。

 死体と騎士を交互に見れば、騎士は何も言わずに立ち去る。待ってくれと、縋るように声を出そうにも、ソウルが枯れ果てここに来て声を出すなどしていなかった私の喉は呻き声程度しか上げられぬ。

 

 去ってしまった騎士のいた、天井を見てしばし放心していた。また、私は一人ぼっち孤独になってしまった。懐かしい絶望が、私のソウルを満たしかける。

 

 ふと。騎士が落としたであろう死体を見る。ソウルとは便利なもので、物質をソウル化し自身の中にしまっておけるのだが……何やらこの死体の枯れた身体の中に、ソウルがある。それは物質。私は死体に手を翳すと、そのソウルをもぎ取る。

 これは不死どころか、この世界の生き物であれば大概ができる業である。

 

「あ……あ……」

 

 掠れた声で驚いて見せれば、奪い取ったソウルを具現化させた。鍵だ。見紛う事なき、この牢の鍵が手に現れたのだ。

 久しく失われていた希望が蘇る。あぁ、やはり神は私を見捨ててはいなかったのだろうか。偉大なる薪の王グウィンに感謝しつつ、私は震える手で牢の鍵を開ける。ガチャリと、鍵は正常に作動し、解錠された。

 恐る恐る、扉を開ければ。そこは薄暗い廊下。だが私にとっては何よりも輝いて見える外の世界。

 あぁ、あぁ。これこそ、自由への一歩。神に対する信仰は腐り掛け、おまけにその内容も殆ど忘れてしまったがそれでも良い。今は神に感謝したい気分だった。

 

 石のように重い身体を意気揚々と動かし牢の外へと出る。まるで釈放された罪人が如く、私は外の世界への希望を持ちながら歩けば、それはいた。

 

「ウゥ……」

 

 亡者。ソウルが枯れ果てた不死の成れの果て。いつか来るべき私の姿。

 まるで全身が干上がってしまったような、そんな悍しい姿に、いつも牢屋越しに見ていたはずの私は足を止めてしまう。見た目は私とさほど変わらない。ここに送られた際に一度殺された私も、今では彼らのように化け物じみた見た目なのだから。それでもやはり、これは……悍しい。

 目は虚で、何も考えず、ひたすらに渇きを満たすようにソウルを求める様はゾンビ。故に彼は、近寄った私を見て一目散に駆け寄って来た。

 

 私を殺してソウルを奪うために。

 

 逃げ出した。今は武器も無い。彼らに痛覚はあろうとも、理性は無い。故に躊躇なく殺しにくるし、鈍った思考では痛みも感じ辛いだろうから殴った所でどうにもならない。

 必死に駆け、たどり着いたのは中庭だろうか。大きな扉が行く手に聳える。

 

 だがそれよりも目についたのは……

 

 燃え滓に刺さる焼かれた剣。私はこれを知っている。

 

 篝火。不死の憩い。それはある種、呪いなのかもしれない。

 突き刺さった剣に手を翳せば、魔術や奇跡とも異なった力が剣に宿る。そして、発火。優しく燃えるその薪は、篝火として十分な機能を持っていた。

 先程の亡者はもう追ってはこない。私は冷えた心を暖めるように篝火の傍に座り込む。

 

━━Bonfire Lit━━

 

 優しい篝火が私の醜い顔を照らす。服も心も荒んだ私に唯一残された安らぎ。不死となってから、どうしてか篝火の火がこんなにも暖かみを齎す。久しいものだ。

 

 ともあれ、私は更なる自由を目指す。聖職者が不死の呪いをどうこうする前に自由を目指すなど、とんだ不届き者だがどうでも良い。元より素行は悪い方だった。聖職者になったのも成り行きだから仕方ない。

 不死の呪い故かあまり記憶も定かでないが、親は早くに死に私は孤児院へと引き取られ、そこで無理矢理聖職者にされたのだから本当に私がやりたかったことでは無いのだ。皆とのお祈りも、祈りながら夕飯の事を気にかけていた。不死となり空腹すらも抱かない今となっては懐かしい感情だ。

 

 休憩も早々に、私は目前の大扉に手を掛ける。重く、老朽化のせいか所々ぎこちないが開けられるようだ。声にならぬ声を出し、必死にそれを押せば人が一人通れる程度の隙間が空いた。私は細身の身体を捻じ込み、扉を抜ける。

 

 そこは、室内。大広間。きっと昔はここで何か儀式でもしていたのだろう。そう言えばここに連れられて来た時に、司教から何か宣告された覚えがある。ここはそういう場所なのだろう。どうでも良い。

 

 入るということは、次に為すべきは出るという事。部屋の反対側にはまた大扉。私は少し辟易しながらも扉を目指す。早く自由になりたくて、耳に入っていたはずの何かの呻き声など聞こえず。

 

 目の前に、唐突な暴力が降ってきた。

 

 それはデーモン。人ならざる……そもそもこれは動物ですらなく。ただひたすらに暴力を与えるもの。

 背丈は何倍も大きく、手には家の大黒柱よりも大きく太い槌が握られていて。

 

 私は何も出来ずにそれに引き潰された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不死とはまったく、不便である。死なず、しかし痛みはしっかりと感じるのだから。あの大槌に潰された痛みを思い出し、私は篝火の傍で震えた。

 あのデーモンはここの番人らしい。外に出ようとする不死を尽く粉砕するための暴力装置。自由を前に現れた理不尽は、私の心を潰しにかかる。

 

 だが、諦められぬ。あんなデーモンがいた所で、自由に対する私の心など止められるはずもない。楽天的で身勝手なのが私の取り柄だ。誰も私を止めることなどできるものかよ。

 休憩を終え、私は扉に蔓延る濃霧を抜ける。デーモンは待ち構えている。私を外に出すまいと、殺そうとして。信じられるものは己の拳のみ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 むり。無理だよあんなの。どうしろっていうのさ。もう数十回殺された。大槌でミンチにされ、薙ぎ払われて真っ二つにされ、最終的に遊び出したデーモンに拳で粉砕された。今も濃霧の奥では大槌で肩を叩いて奴は私を待っている。

 私の貧弱な拳は効いていない。当たり前だ、殴る度に岩を殴っている感覚なのだ、そんな皮膚を貫くなんて無理に決まっている。どうすれば良いのだ。

 

 そう言えば。戦いに夢中になっていたからあまり気にしてはいなかったが、よく考えれば横の影に小さな通路があった。デーモンは大扉を守っているようだから、きっとあそこは抜け道では無いのかもしれないが……それでも何も無いよりマシだ。武器くらいはあるかもしれない。

 

 何度目かも分からぬ。しかしそれでも不思議と心は折れなかった。正面がダメならば、裏から。私は闘志を再び篝火で燃えさせると、濃霧へと入る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 背後で大槌が地面を叩いた。あと数秒遅ければ、また私は挽肉にされていたに違いない。だが私はやり遂げた!あのデーモンを躱し、横の通路へと滑り込んでみせたのだ!

 大槌が地面を打ち付けた衝撃で通路の柵が降りる……あの巨体では追ってこられないだろうし何より柵が邪魔だ。あのデーモンは施設を壊す事を良しとしないらしく、悔しそうに柵越しに私を睨んでいる。そんな彼に、私は馬鹿にしたようなジェスチャーを贈った。ざまあみなさいなデーモンが。

 

 ともあれ、このままでは何もできないので先へ進む。都合良く篝火があったのでそこで一息ついてから。どうやら不死は死ぬと最後に休憩した篝火で生き返るらしいから、しばらくあいつと戦わなくて済みそうだ。

 

 また通路があったのでそこへ進むと、通路の奥に亡者が見えた。何をしているのか、私に何かを向けて……あれは、弓?

 

 スパァン! と、私の腕が射抜かれる。あの亡者が放った矢だ!

 

「いったッ! ちょっと痛……」

 

 叫ぶ私にあの亡者がもう一撃矢を放つ。

 

「だから痛いってッ!」

 

 今度は右脚に矢が刺さる。激昂する私を嘲笑うかのように、あの亡者はまた矢を放つ。堪らず私は物陰に隠れた。なんだあのクソ野郎は。

 一先ず突き刺さった矢を抜く。痛いが、何故か行動に支障は無いようだ……これも不死の特権なのだろうか。普通の人間ならば足を射抜かれれば歩くことすらもままならないだろうに。

 

 だがどうでも良い、今の私はあの亡者に対する怒りで一杯だった。こちらも早く武器を見つけ、あの鷹の目を気取る亡者に一泡吹かせてやりたい……と、その時。良いものを見つけた。捨てられた死体が何かのソウルを抱いている。それは盾。双頭の鳥が描かれた木盾だ。

 しめた。これならば射抜かれずに済む。所詮木盾だから当てにしすぎるのは良く無いが、無いよりマシ。私は盾を物質化し、握り部分を左手に嵌める。そして勢い良く走る。

 

 亡者はまた来たなこの馬鹿、と言わんばかりに矢を放つがそれがどうした。私の盾が矢を防ぐ。まぁ、弾けずに深々と矢が刺さって貫通しているせいで左腕も無事では無いが……

 

 運よく、武器も落ちていた。メイス、聖職者がよく用いる槌だ。

 

「オラァ!」

 

 怒号をあげて亡者へと迫り、メイスを頭目掛けて振り下ろす。唖然とした亡者は、表情を変える事なく頭をカチ割られその場に崩れた。雑魚が。近寄られれば何もできないだろう。

 亡者のソウルを吸収すると、彼が持っていた何かも自ずと私のものになる。どうやらタリスマンのようだった。

 タリスマンとは、神の奇跡をなすための触媒だ。我々聖職者はこの触媒を基に神の奇跡を読み上げ、再現する。それは回復だったり何だったりと色々あるが……一先ず、唯一覚えている「回復」という奇跡を行う。

 一言一句間違わずにそれを頭の中で読み上げれば、私の身体を光が覆い全身の傷を癒した。覚えてて良かった回復。

 

 さて、頼もしい武器も手に入れ先へ進むと、そこは二階部分。先程の中庭も良く見える。三階へと続く階段と、二階にもまた扉があるが……扉を開ければ中庭に繋がっているだけ。仕方なく階段を登れば、三階から鉄球が降ってくる。ふざけるな。

 

 

 

 

 

 

 

 その騎士は、死に瀕していた。不死となり、使命を果たさんとすべくこの地にやって来たは良いが、まさかこんな序盤も序盤、最序盤の亡者共に苦戦を強いられるとは。

 着込んだ上質な鎧は容易く射抜かれ、亡者が振るう剣は彼の肉を斬り裂いた。一人一人は大したこともないが、それに囲まれればいかに歴戦の勇士とて無傷では済まないのが常だ。

 

 何とか逃れた先で、彼は倒れ込み息も絶え絶えといった様子でただひたすら死を待つ。不死人とは死なず、しかし死ねば死ぬ度に亡者へと近づいていく。そしてその度合いは、自らのソウルを感じればわかるものだ。

 きっと此度死ねば、彼もまた亡者と成り果てるに違いない。

 

「こんな……所で、使命も果たせず死ぬとは……」

 

 あるのは後悔と、懺悔の念。若い騎士はここで死ぬのだと死神も微笑む。何も出来ず、何も残せず。ただたまたま見つけた何かを持っている不死の死体も開けた柵から落とし。

 

 

 

 だから彼、騎士オスカーにしてみればこの出会いは正しく奇跡。壁を打ち砕いた鉄球と共にやってきた不死は、その痛みに悶えて地面を転がると彼に気が付いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うごぉおおお……!」

 

 聖職者にあんなアスレチックな鉄球避けれるわけない。まるで大きな転がる雪だるまに巻き込まれたように私は鉄球に轢かれ、回転に巻き込まれて背後の壁をぶち破った。回復してなければ死んでいたに違いない。死ぬほど痛いが……むしろこれで死なないのか。

 しばらくその場にのたうち回り、痛みもそこそこに立ち上がれば視線に気が付く。亡者か。

 

 メイスを振り上げその視線ごと粉砕しようとして、ようやく私はその姿を見た。

 

 それは、私に希望を齎らした騎士だった。どういう訳か傷付き、今にも死んでしまいそうな騎士が、息を切らして私を見ている。

 

 

 

 

 

 

 

 殺されるかと思った。メイスを振り上げた亡者は、しかしハッとしたように彼を見つめると手を下ろす。そしてじっくりとオスカーを眺めた。

 どうやら彼、または彼女は亡者では無いようだ。理性があり、姿こそしわくちゃババァを更に不健康にしたような形だがそれでも完全に終っちゃいない。

 

「おお、君は……亡者じゃないんだな……良かった」

 

 オスカーはその不死に、声をかける。よく通る、聞くだけで好青年と分かる声。その声を聞くと不死は一瞬怯えたように下がる。亡者しかいない不死院で、こんなに装備を固めた者がいれば驚きもするだろう。

 

「私はもうダメだ……もうすぐ死ぬ。死ねばもう正気を保てない。だから君に願いがある」

 

 何を思ったのか。だがその騎士は死ぬだけでは終われないのだろう。

 

「同じ不死の身だ……観念して聞いてくれよ」

 

 その不死はじっと聞いている。懐から何かを取り出して。

 

「恥ずかしい話だが……願いは、私の使命だ……それを、見ず知らずの君に託したい」

 

 その間も不死は何かをしていた。聞いてはいるのだろう、顔はこちらを向いている。

 

「私の家に、伝わっている……不死とは、使命の印である……」

 

 一瞬不死が何かを考えるように上を向く。

 

「その印、現れし者は……不死院から古い王たちの地に至り……」

 

 何かを思い出したのか、俯く。まるで祈るように。

 

「目覚ましの鐘を鳴らし……不死の使命を知れ……聞いてるかい?」

 

 思わず問いかけると、不死は頷いた。そしてまた俯く。

 

「……よく聞いてくれた……これで、希望を持って、死ねるよ……」

 

 これで自らの使命は託せた。心残りは、無いと言えば嘘になるが。

 

「ああ、それと……これも君に託しておくよ」

 

 そう言ってオスカーは瓶を取り出す。不思議な、何か橙の液体が入ったそれを、祈る不死に手渡した。

 

「不死の宝……エスト瓶だ……それとこれも」

 

 続いて鍵を手渡す。それはこの先の鍵を開け、不死院を出るためのもの。

 

「じゃあ、もうさよならだ……死んだ後に君を傷つけたく……」

 

 刹那、不死が何かを掲げた。それに見覚えのないオスカーではない。それは確かに、タリスマン。するとオスカーの身体を光が包む。

 奇跡、回復。傷ついた者の身体を癒す神の物語の再現。唖然とするオスカーは、次第に生きる気力が湧いた。先程まで俯いていたのは、彼を治そうと祈りを捧げていたに違いなかった。

 

「君は……聖職者なのか?」

 

 最早傷はない。だが対してボロボロな不死は貰えるものはしっかりと貰うと彼に背を向けて立ち去ろうとする。

 

「待て! 待ってくれ! 僕は君に使命を……」

 

 縋るように言うオスカーに、不死は言う。

 

「自分でやって。私、そういうのに興味無いし」

 

 不死になり、しゃがれて掠れても分かる麗しい声。それでもって彼の願いを否定した。オスカーは立ち上がり、それでも言う。

 

「じゃあせめてエスト瓶は返してくれ!」

 

「嫌」

 

 それだけ告げると彼女は立ち去る。一人残されたオスカーはしばし彼女が居た空虚を見詰めると呟いた。

 

「聖女……いや、盗賊……? なんだ彼女は……」

 

 あまりにも身勝手。否、それは彼の願いを聞かなかっただけに過ぎない。その願いもまた身勝手なものだ。しかしそれ以上に、恩はある。死ぬ定めである彼を救ったのも、彼女なのだ。

 オスカーはしばし考え、悩み、傍に落とした剣と盾を拾い上げる。すると彼女を追う。まるで新しく目的ができたように。

 

 本来それは、あり得ぬ物語。死ぬはずだった者は生き延び、そして使命を継がぬ者は彼の地へと向かい。

 

 暗い魂は動く。



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祭祀場、心折れた騎士

言うまでもなくオスカーさん生存ルートです。そしてそうなった場合、皆さんは言うまでもなく結末が分かるはずです。


 

 

 死にかけの辛気臭い騎士を助けたら変なお願いをされた代わりに色々貰えた。どうやら生まれの良い騎士だったらしく、着ていた鎧は上質なもので剣と盾もそんじょそこらの兵隊が持っていいものでも無い。あれはアストラの国のものだろう。

 貴族の国アストラ。聞こえは良いが、個人的にはあまり好きでは無い。修行の旅と偽って世界を放浪していた身からすれば、どうにもお人好しが多く肌に合わなかった。本当に貴い者だか知らないが、そんな夢物語が横行しているような国だ、大方あの坊ちゃんもそんな話に騙されてここまで来たのだろう。

 物語に出てくる綺麗な使命など、ありはしないのに。

 

 エスト瓶を口につけ、ガブ飲みする。味は何とも言えないが、効き目は抜群のようだ。見る見るうちに鉄球によってズタボロにされた傷が癒えていく。本当ならばあの奇跡は私に使う予定だったが……これでチャラだろう。

 俗世に塗れ世界に絶望した聖職者であるこの私にも、少しくらいの良心は残っていたようだ。一瞬奇跡の文言を忘れかけたが。しかし喋れるほどに回復したは良いが、酷い声だ。どうにか元に戻らないものか。

 

 階段を登り貰った鍵で扉を開ければ亡者達が私の行手を阻んだ。折れた直剣を振り回し迫る彼らを撲殺する。あのデーモンに比べれば、このくらいの亡者は朝飯前だ。

 一通り亡者共を殺しきった後、また濃霧が掛かっている。どうやら先程デーモンと戦った広場へと繋がっているようだが……ここはその上階か。

 とてもとても行きたく無いが、どうやらあのデーモンをどうにかしないと自由は手に入れられないようだ。それならば腹を括ろう。

 

 濃霧を抜ければやはりそこはあのデーモンがいる広間で。悔しそうにあのデーモンは私を見上げている。あの背丈でもこちらには届くまい。私は馬鹿にしたようなジェスチャーで彼を煽る。

 

「バーカ」

 

 我ながら口が悪い。だがそれに激昂したのかデーモンは勢いよく跳躍した。その跳躍力は凄まじく、一瞬で私の目線にデーモンの大槌が迫る。

 叫ぶ間もなく、大槌は私が立っていた床を打ち壊した。同時に空中に身を投げ出される。数十メートル下の床に身体を打ち付けられると、すぐ目の前でデーモンが笑っていた。いや、表情は分からぬが。きっと笑っているに違いない。

 すぐさま私を挽肉にしようと振りかぶる槌を、私は転がって避けた。床を伝わる振動が私の脳を揺らすがそうは言ってられぬ。起き上がると、急いで私はデーモンの太い足にメイスを打ち付けた。

 

 まるで痛がるような素振りを見せるデーモンに、私は勝機を見出す。これならば勝てるかも知れない。死んでもまた挑めば良い。死ぬ程痛いが。

 距離を取ると私は息を整えてデーモンと対峙する。どうやら彼の闘志にも火がついたようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オスカーはあの聖職者の女不死を追っていた。彼女がここを出ようとしているのはわかっているから、階段を登り濃霧が出ているフロアまではあっさりとやって来る。

 道中の敵は尽く粉砕されているところを見るに、あの聖職者は見た目によらず随分と好戦的なのだろう。それに戦い慣れている。死体のほとんどが急所を叩かれている。

 それにしても、先程から地鳴りが凄い。まるで何かを打ちつけるような音と衝撃がオスカーの足を揺さ振る。もしかすると、ここの番人であるデーモンと彼女が戦っているかも知れない。そうなれば一大事だ。あのデーモンは恐ろしく、そして容赦無い。あんな乙女はすぐに殺されてしまうだろう。騎士として、彼女を守らねば。

 

 そんな勇ましさと清らかさを抱きながら青年騎士は濃霧を潜る。そして、落下した。

 

「うおぁああ!?」

 

 あると思っていた足場は崩されているのだから仕方ない。オスカーは叫びながら眼下を見る。そこにはデーモンが無防備に頭を曝け出していた。

 それは騎士としての能力か。すぐ様正気に戻り、オスカーは剣をデーモンの脳天に突き立てる。剣は鈍では無いはずだが、それでも中腹ほどしか刺さらない。それで良い。それだけで、デーモンはあり得ないほどに悶えたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 突然降って来たあの騎士が、デーモンの脳天を剣で突き刺した。それなりに善戦していた身とすればこれまでに無いくらいのアシストだ。あの騎士も辛気臭い割にやるものだ。

 頭を突き刺されたデーモンは堪らず片膝をついて蹲る。その間にもあの騎士は剣を脳天に突き刺し捻っていた。これはチャンスだ。今ならばあのデーモンの顔面にメイスをぶつけられる。

 

 私は全力で走り込み、その勢いでもってデーモンの鼻っ面をメイスで打ちつける。デーモンも鼻血は出すらしく、あの悍しい顔から大量に出血する。おまけに脳震盪を起こしたらしく、フラフラと頭を揺らせば騎士が耐えられず剣ごと落下した。

 

「ぐあ!」

 

 無様だが、良い行いだ。これならば神も喜ぶだろう。何の神が喜ぶかは知らぬが。

 蹲るデーモンの頭をタコ殴りにする。まるで太鼓を叩くが如く、それでいて全力の殺意を持って。聖職者だが牙を向けてくる相手に容赦はしない。ただひたすらに殺すべく殴る。

 どんな生き物も、頭は弱点だ。デーモンでも変わらない。気がつけば私をあれだけ殺したデーモンは倒れ、今度こそ死んでみせた。呆気ない、それでいてスカッとする死に方だ。これぞ神の怒り。デーモンは神によって殺される。

 

━━Victory Achieved━━

 

 

 さて、憎きデーモンは消え去りそのソウルを私とその協力者である騎士に吸収された。私はよろめき立ち上がろうとする騎士に手を伸ばす。彼は驚いたように私の顔を見つめていた。そんなにこのしわくちゃな顔が悍しいのだろうか……そんな風に思って、差し出した手を引っ込めようとすれば、彼は慌ててその手を取った。

 グイッと引き寄せれば、彼は何とも言い出し辛そうな感じで咳払いをした挙句言う。

 

「その……無事で良かった」

 

 騎士らしい物言いだ。それも善人の。

 

「そう。じゃ、またね」

 

 礼も言わずに立ち去ろうとすれば、彼は慌てた様子で私の肩を掴む。金属の手甲が肩に食い込んで痛い。

 

「待ってくれ!」

 

「エスト瓶なら……」

 

「いや、それはもう良い。君が使ってくれ……君は、これからどうするんだ?」

 

 そう問われ、私はふと考えた。確かに自由は手に入れた。だがこれからの事はまったく考えていなかった。あまりにも外に出れる事が嬉しすぎたのだろう。もし今故郷や他の国々へ行こうものならば、きっとまた牢屋行きだ。それ程までに不死という存在は禁忌されているのだから。

 考え込む私に、かの騎士は言う。

 

「もし良ければだが……共にロードランの地へと行かないか?」

 

「不死の使命を果たしに? ハッ、冗談。そんなもの、きっとどこかの誰かが適当に言った夢物語よ。あんたみたいなのを騙すためのね」

 

 さも当然のように私は嘲笑う。それでも彼は言った。

 

「それでも良い。だが、君に行く宛は無いのだろう。それならばここで考え込むよりも一歩進む方が良いのでは無いか?例え使命が嘘でも……何もせず、亡者になるよりは」

 

 確かに。その通りだった。どうせこのまま世界が終わるまで腐っているよりは、それなりに嘘でも目的があった方が刺激があるといったものだ。呆け老人にならないための秘策は刺激であると、聞いたこともある。

 私はしばらく考え、そして皺くちゃの顔を彼に向けた。兜から覗く彼の目は青く、そして輝いている。絶望を知らぬ目だ。そんな好青年を……知らぬ間に亡者にしてしまうのも、後味が悪い。

 

「……使命はどうでも良いわ。でも、そうね。良いじゃない。乗ってやるわよ」

 

 これは、そう。気紛れだ。どうせ何もやる事がないのだ、観光がてら旅がてら、神々の地へと赴くのも悪くはない。

 私の言葉を聞いた彼は、嬉しそうにそうか、と言って兜を取る。別に期待していた訳ではない。それでも。

 

 私の荒んだ心を射止めるくらいには、彼の顔は素晴らしく。思わず見惚れてしまった。

 

「僕はアストラのオスカー」

 

 青い目に、ブロンドのオールバック。一体いくつもの女性が彼に惚れて来たのだろう。今まさに私もその一人になる所だった。

 

「せっかく共に旅をするのだ、君の名を聞かせてもらえないだろうか?」

 

 若く、きっとまだ成人になったばかりの笑顔は汚れきった私の心を震えさせる。

 

「……リリィ」

 

「リリィ……白百合か、良い名だ」

 

 同時に、自身の醜い顔がとんでも無く恥ずかしい。釣り合わない皺くちゃの顔を隠すように背を向けると、何を勘違いしたのか彼は兜を被り直し、先へ進む。

 私は俯き、フードを被ると重い足取りで彼を追う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鴉に持っていかれる宝石の気持ちが良く分かった。人は昔から大空を飛ぶ事を夢見ているが、哀れかな、そんなもの気持ちの良い物ではない。いつ落ちるかも分からぬ恐怖と鴉の脚で掴まれる痛みに耐え、錯乱しながら私達は空を旅した。

 不死院から出た不死はかのロードランへと到る資格を得るとは聞いていたが、その方法がこれか。一体どこの誰が大鴉を用いて輸送するなんて考えついたのだ。神か、神なのか。やはり神とは野蛮だ。

 

 オスカーは男の子らしく終始興奮していたが、その横で私は絶叫していた。ロードランへと辿り着いた時には既に声は枯れ果て、楽しかったと言っていたオスカーに掛ける言葉すら出てこない。

 

 火継ぎの祭祀場。オスカー曰く、ここはロードランにやって来た不死が最初に辿り着く場所だそうだ。それにしては寂れ、建物は朽ち果てあるのは篝火とそれを見てぼんやり座る素性の知れぬ騎士くらいだ。

 

「ようやく……僕達はやって来たんだな」

 

 感動するようにオスカーは呟く。その横で、私は掴まれていた肩をほぐす様に腕を回した。掴まれていたせいで痛いのだ。

 

「よく楽しめるね、男って単純」

 

「そうかな。そうかもしれない」

 

 本当は知っている。不死など、なりたくてなる物ではないのだから。ただダークリングが現れ、その業と罪を身に知らされ、辛く重い未来を与えられるのだ。だからこうやって感動に打ち震えたり、楽しいと思える事は何よりも大切な事なのだろう。それは正しく、人であると言う事なのかもしれぬ。

 けれど私はやはり、そんなに素直で器用な人間ではない。だからこうして感動に打ち震える事もなければ困難を楽しむ事もできはしないのだ。

 

 

 

「よう、あんたら。新しい奴らは久しぶりだ」

 

 オスカーとは異なり、えらく実用的な衣装に身を包む男は隣の上級騎士が声をかけるとそう言った。だが歓迎の言葉とは裏腹にその男の瞳は酷く濁り、そして表情は皮肉に満ちている。

 それからの会話で、この男の事がよーく分かった。

 

「どうせあれだろ?不死の使命がなんだとか、そんなんで来たんだろ?呪われた時点で終わってんのによ。不死院でじっとしてりゃ楽なもんを……ご苦労なこった」

 

 つらつらと喋る男に、しかし私は何も思わなかった。きっとこの男はその使命とやらを果たす前に心が折れてしまったのだろうから。そんな人間に構っていられるほど私の神は心優しくはない。嫌いの反対は無関心であるとは、よく言った物だ。

 だがオスカーは。若く、そして純粋な彼は違う。兜越しにもムッとしているのが分かる。彼が一歩前に踏み出したのを見て、私はその金属製の肩を掴んだ。それでもまだ彼の怒りは治らないようで……言葉だけで目の前の心折れた騎士に挑む。

 

「例えそうであろうとも、僕はここで終わるつもりはない」

 

 それが彼なりの反抗だった。だが騎士はそんなオスカーの瞳を兜越しに見れば、鼻で笑った。それはある種、自虐的な物でもあるに違いない。

 

「そうかい、まぁどうでも良いさ。だがそうだな、そんなお前達に暇だから教えてやるよ」

 

 頼んでもいない。だが彼はやけに詳しく、その使命に必要な事を私達に語る。

 

 曰く、使命とは鐘を鳴らす事。

 曰く、その鐘は二つあり、一つはこの祭祀場の真上にある不死教会の鐘楼に。もう一つはこの地下深くの底にある病み村の古い遺跡に。両方鳴らせば何かが起きるのだと。

 それはある種、御伽噺のような物だが。それでもオスカーは真剣に聞いていた。

 

「少なくとも俺はその先の話は聞いた事はねぇがな……まぁいい。さぁ行けよ。その為に来たのだろう?この呪われた不死の地に」

 

 乾いた笑いが木霊する。私達は、もうその場を後にした。ここですべき事は今は無いだろうから。

 だが、忘れてはいけない。あの騎士は、あの姿は。きっと私達の未来の姿になり得るのだから。特に、この上級騎士は。

 

 

 

 

 祭祀場の裏に行けば、その男はいた。分かりやすい虚構の笑みをこちらに浮かべるそのボブヘアーの男は、こちらを見ると不自然なまでに丁寧に対応してみせる。

 

「やぁ、どうも。初めまして、ですな」

 

 その声にオスカーもまた礼儀正しく一礼して返答する。対して私は一歩引き、じっとその男の動向を見守っていた。

 この男からする臭い。それは私に近しい物だ。神など信じておらず、穏やかな物言いの裏には何かどす黒いものを抱えている……いくら私でもそうはなれない。せいぜいがセコくあるくらいだから。

 

 どうやら彼はソルロンドの者らしく、名前をペトルスと言うらしい。そして待ち人を待っているのだとも。

 

「御用が無ければ、お互い関わらない方が良いでしょう……」

 

 実にその通りだと、私は思う。今はまだなりを潜めてはいるが、彼はきっと悪人だから。ただの悪人ならまだ良い、こいつは口先で相手を油断させるような不死に違いないと私の直感が警鐘を鳴らしている。

 特にこの、世間知らずであろうオスカーには彼に近づいて欲しくは無い。

 

「あぁ、でも。お連れの貴女。人間性をお持ちなら、早く亡者から復活した方が良いでしょうね……」

 

 だが。その男、ペトルスは唐突に私を見てそんな事を言った。

 

「復活?」

 

「あぁ、あなた方は不死となって間も無いのですかな。篝火に触れ、人間性を捧げてみなされ。そうすればその醜い……おっと、失礼。その亡者姿も元に戻りましょう」

 

 それは実に、驚きだった。まさかこの皺くちゃな身体から元の人らしい身体に戻れるのか。人間性ならば持ち合わせている、先程撲殺したデーモンが落としたのだから。私はオスカーと互いに顔を見合わせた。

 とにかくオスカーが礼を言い、奴から遠ざかると私は篝火に人間性を翳す。

 薄らとだが。その半透明な人間性に、懐かしい顔がぼんやりと浮かんだ。

 

 私の、本来の顔だ。

 

 燃えた人間性を握り、それを吸収すれば何ということか。私の中に人間性が巡り見る見るうちに若返る。否、元の人へと還っていく。

 

 灰のような銀髪。白い肌。その性格とは真逆である人形のような顔立ち。そして翡翠の瞳。懐かしき我が麗しの美貌が手鏡に映る。

 震えた。不死となり殺されてからはずっと皺くちゃのままだったから。もう二度と、あの頃のような自慢の肌と瞳に逢えないと思っていたから。

 女にとって美とは望むべきもの。それこそオスカーにとっての不死の使命と同様に。私はつい嬉しくて隣の騎士に笑みを向ける。

 

「聖女だ……あ、いや! 何でも無い。それが君の本来の顔なのか」

 

 見惚れていた坊やは、すぐに取り繕う。まぁ無理もない。これでも昔は村の男どもに求婚されまくったものだ。ヤンチャだった私はそれを全て蹴って修行の旅に出たのだが……あの頃が懐かしい。村中の女に恨みを抱かれたものだ。だから不死になったのだろうか。

 

 

 

 

 私の復活の儀も程々に、城下不死教区へと向かう。あのペトルスのそばにあった昇降機はどうやら最上階で止まっているらしく使い物にならなかった。あれがあれば一気に教会まで行けるのだが、仕方あるまい。地道に町を抜けて行くしかなさそうだ。

 それにしても、やはりというべきかこの地には不死が溢れ返っている。それも亡者が。祭祀場を出た途端に亡者達が歓迎するかの如く襲い掛かり、私とオスカーはそれを粉砕して行く。一人ならば苦戦したに違い無いが、二人ならば心強いのは確かだ。それにこの騎士様は意外と腕も良い。きっと剣術を学んできたのだろう。それが貴族とやらの嗜みだからか。

 

 下水を登り、町に入ればそこはある種の迷路のようで。高低差のある建物を出たり入ったりしながら先へと進む。道中亡者がいたのは最早お約束だ。

 さて、どうやらある程度町の上に来たようだ。そしてこの町は、既に町では無い。廃墟に近い。当たり前だ、いつか亡者になる定めの不死がこれだけ寄り添えばそうもなる。故に今では建物や道路は手入れされず、所々崩れている。落下死の危険性は捨てきれない場所だ。

 

「なんだ……危ない!」

 

 そんな考察をしていれば、唐突にオスカーが叫んで私を抱きしめながら転がった。何をする、と非難する前にどこからか飛んできた赤い飛竜が先程まで私がいた場所に轟音を発てながら着地し、また飛び去る。

 もう少しであの足指に踏みつけられて死ぬところだった。

 

「何なのよあれ!」

 

「飛竜だ……まさかあんなのがいるなんて」

 

「これも不死の使命なの? 最悪だね」

 

 そうとしか言いようが無い。これから先、もしかするとあんな物と戦わなければならないのだろうか。そうなればまたあのデーモン戦のように何回も死ぬ羽目になる。死ねば、亡者に近付く。今思えば、あの時によく亡者にならずに済んだ。昔から運は良い方だったが……いや、不死になったのだから運は悪い。きっと悪運が良いのだ。

 篝火を見つけ、しばし休憩をする。亡者から奪ったソウルを糧に、私は自身を強化してみせる。これぞソウルの業。集めたソウルを自らに蓄え、人を超える。と言っても、こんな事をしたのは初めてだったが。ロードランの外ではこの行為はある種禁忌だ。他人を殺して奪ったものを自らのものとすれば、誰だってそう思うに違いない。

 そしてそれを平然とやってしまうくらいには、この地は危険だった。

 

「君は何にソウルを使ったんだ?」

 

「体力と技量」

 

「そうか、僕は筋力と信仰に……待て、君は聖職者だろう。なぜ信仰にソウルを捧げないのだ?」

 

 その言葉に、私は訝しんだ目を向けた。

 

「私が神を信仰しているように見える?」

 

「いや、まったく」

 

 怒りが溢れそうになるが、きっとこの男は悪気はないのだろう。相手にするだけ労力の無駄だ。

 

「なんで貴方は聖職者でもないのに信仰に?」

 

「神を信じているからね」

 

 あ、そう。それだけ言って私はエスト瓶を飲んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 亡者共の妨害を打ち破り何やら塔のような場所へと来れば、私達は上を目指す。下に降りても目的の場所からは遠ざかってしまうから当然だし、何より何がいるか分からない所に行きたくもない。

 結晶に包まれた蜥蜴を狩り、よく分からないが貴重そうな石を回収すれば外へ出ようと濃霧を潜る。この濃霧は一体何なのだろうか。不死院にもあったが……まさか強敵が出る予兆ではあるまいな。

 

 霧から出れば背後の上には弩を持った亡者兵士が私達を射抜こうとしていたのでさくっと殺す。そうして頂上の通路を渡って行く。

 なんと景色の良い事か。いくらか旅はして来た身だが、それでもこれほどの景色は中々見れぬものだ。しばし私はその光景に目を奪われ、オスカーが先行している事にも気付かずに辺りを見渡す。

 

 絶景が好きだ。人の業や使命など、どうでも良くなるくらいに壮大な景色が好きだ。その間、頭に纏わり付くものを忘れる事が出来るから。

 旅に出て、私はその事に気がついた。だから平穏であろうとも村にはほとんど帰る事をしなかった。あの瞬間は、私は素の私でいられた。聖職者として旅していたが、それでも私は私だった。

 

 不死になるまでは。

 

 

「そんなに気に入ったのかい、その景色が」

 

 その問いに私は珍しく素直に答えた。

 

「そうだね……この景色は、好きだよ」

 

 そんな、素直に答えた私がそんなに珍しかったのか、オスカーはあっけらかんとしていた。まぁ良い。いつかその使命とやらが終わったら、またこういう景色を求めて旅をするのも良いかもしれない。きっとまだこの地にも絶景はあるはずだ。

 今はただ、先へ進む。私はようやく前を向く。

 

 そしてオスカーの背後に潜むものに絶句する。

 

 

 

 

 デーモンが、私達の行手の塔の上でこちらを見下ろしていた。

 

 




あけましておめでとうございます。始めといてなんですが、一月の最初から三月の最後まで更新できないかもしれませんのでお願いします


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城下不死教区、ソラール

メインヒロイン登場


 

 

牛頭のデーモン

 

 

 それは牛の頭をした悪魔だった。あの不死院で対峙したデーモンと同じ様に二つの足で巨体を起き上がらせ、手にはある程度の知性を感じさせる大きな槌を握り。

 獰猛な咆哮をあげて飛び降りて来たその牛頭のデーモンは、何倍もの体格と身長を余す事なく誇示すると両手で槌を大きく振り上げて前にいるオスカー目掛けて突進する。彼は言葉にするよりも早く、私の方へと全力で後退して来た。

 

「逃げろっ!」

 

 それからは私もなりふり構わずに全力で走る。やはり鍛えられた若い男というのは足が速い。重い甲冑を着込んでいてもあっという間に私を通り越して行く。いや、直前に強化した持久力が功を奏しているのだろう。

 対して私は、走るのが好きではないし得意でもない。息を切らしながら、それでも足は止めず。ただひたすらに走るが牛頭のデーモンが追いつくのは時間の問題だった。

 

 それに、だ。私達の逃げる先には濃霧が立ち込めている。それも潜れる程優しくはない濃霧が。まるで闘技場にぶち込まれた奴隷騎士のように、私達は戦いを強いられていた。

 奴隷騎士といえば、旅をしている最中に寄った国で見た事がある。もう何処の国か覚えてはいないが、確か不死同士を戦わせ、死なずの死闘を見て楽しむ趣味の悪い貴族の嗜みだった。不死の剣闘士の中で特に目立ったあの赤頭巾の奴隷はボロボロの剣と弩、そして身体で最期まで戦っていたな……なんて考えている場合じゃない。

 

 オスカーが先程通って来た塔の梯子を登る。それは名案だ。上の弓兵は既に殺したし、あの上ならばしばらくデーモンも登っては来れないはず。

 だが、私が梯子を登る頃にはデーモンの大槌は私を挽肉にして壁の一部にしてしまうに違いなかった。

 

「君! 早く登りたまえ!」

 

 反転し、デーモンと真っ向から向かい合う私に梯子を登り切ったオスカーは叫ぶ。私は何も言わず、ただメイスと木盾を構えてデーモンを睨んだ。

 どうやらデーモンとは、ある程度趣きの分かる奴ららしい。牛頭は立ち止まり、挑戦者たる私に手にした大槌を向けて威圧した。そのまま叩き潰せば良いものを、まるで騎士道でもあるかの様に振る舞う。

 

 ここで、私は道中拾った輝く松脂をメイスに素早く塗る。それは黄金松脂と呼ばれる、雷の力を武器に付与するアイテムだ。

 雷とは白教や他の神を信仰する宗教においては特別な意味を持つ。曰く雷とは、神が用いし力。かの大王グウィンはその雷を槍の様にし、古い竜共の鱗を打ち砕いたという。

 

「ダメだ! 君一人じゃ……」

 

「黙ってな!」

 

 叫ぶオスカーに叫び返す。女だと思って見縊られては困る。私はいつだって、立ち塞がる難題は力技で解決して来た。それでも無理ならば逃げるだけ。やってもいないうちに逃げるなど、私のプライドが許さない。

 デーモンはその様子を見て、ようやく突進してくる。わざわざエンチャントするのを待ってくれていたのだろう。そこらの不死より正々堂々としているぞ。

 真っ直ぐに突き刺してくる槌を、斜め前に転がって避ける。直後に石畳に槌が突き刺さると、大きな音と共に石の破片が飛んだ。一撃でも貰えば死ぬに違いない。

 

「オラァ!」

 

 勇しく片手で持ったメイスを牛頭の足に打ち付ける。いくら小さな人間が振るった心許無いメイスであろうとも、神の力が宿る雷の痺れは無視できないらしい。多少なりとも痛がる様子を見せた後、牛頭は槌を高速で薙ぐ様に横へ振るった。

 流石に攻撃の直後であった私は避ける事など出来ぬ。仕方無しに左手の盾でそれを防ぎつつ、後方へと下がって衝撃を殺そうとした。

 

 結論を言おう。こんなチャチな木盾でデーモンの一撃を防ぐべきじゃない。粉砕された木盾はその役目を果たさぬまま、私の身体は宙を舞う。

 

 オスカーの悲痛な声が聞こえた気がした。意識が途切れかける。まるで巨人の拳が突き刺さったようだ。全身を衝撃が襲い、容赦の無い暴力は白い肌を血塗れにして骨を歪めた。

 壁の外に落とされなかったのは幸運だった。私は数十メートルほど吹っ飛ばされた後に石畳を転がり、糸の切れた人形のように私は動けない。当たり前だ、普通なら死んでいる。体力を上げておいて正解だった。上げていなければ即死していたはずだ。

 何とか首だけを動かしデーモンを見れば、まるでご馳走を前にする人間のようにゆっくりとこちらへ迫っていた。趣味の悪さも人並みだ。

 早く立ち上がらなければならない。今の私にはエスト瓶があるから、これを飲んでしまえば傷は癒える。だがそうするには猶予がなさ過ぎる。ここは一度死を覚悟するべきか。

 

 その時。デーモンの後頭部に矢が突き刺さった。地味な攻撃に割と痛がる牛頭が振り返れば、塔の上から弩を放つオスカーが見える。どうやら先程倒した弓兵から奪ったようだ。

 デーモンは私よりもオスカーを優先したのだろう、踵を返して彼の方へと向かっていく。でかしたぞ騎士様よ。

 

「こっちだデーモンめ!」

 

 勇しく彼は塔の下で何もできずにいるデーモンをチクチクと狙撃していく。勇ましいのは良いが、やり方としてはどうなのだろうそれは。

 ともかく、猶予は十分に得られた。折れた骨など無視して立ち上がれば、エスト瓶をソウルから取り出し手にする。あぁ、右手の小指が千切れているな。震える手で中身を飲めば、生きる活力と共に傷が癒える。だが完全では無い。だからタリスマンを取り出し、回復の奇跡を唱えた。

 あれだけ酷かった傷は全て癒えた。これも不死がなせる業。さて、オスカーはどうなったのだろうか。

 

 なんとデーモンが跳躍して塔の上へと登っていた。

 

 圧倒的な地の利は最早無く。より狭い場所でオスカーは牛頭相手に戦わなければならない。

 

「この!」

 

 オスカーは牛頭の足に剣を突き刺すが、まるで岩を斬っているような感覚だ。生物の皮膚としてはあまりにも硬過ぎる。デーモンはそれきり興味を無くしたのだろう、ひたすらに手にする大槌をオスカー目掛けて振るう。彼は紋章の盾でそれを防ごうとするも、デーモンの膂力とはあまりにも強大過ぎる。一撃を防ぎ、二撃目を防いだ所で彼の疲労は溜まりきり、大きく隙を晒してしまった。

 そしてそんな彼を、デーモンは容赦無く掴み上げる。

 

 私はどうするか悩んでいた。今あの場に行ってオスカーに助太刀しても、正直言って狭いしデーモンの皮膚は硬いしで戦力にならない。唯一の戦力たる黄金松脂の効能も、既に切れてしまっている。だがここで何かを待っていてもどうしようもないのは確かで。

 そんな時、デーモンの大きな手がオスカーを掴んだ。そして叫ぶ彼をまるで球技をしているかの如く真上へ放り投げると、大槌を勢い良く振り被って……

 

「ぐあぁああああああ!!!!!!」

 

 そのままオスカーを打ち上げる。それもこちらの方向へ。

 

「ウッソでしょ!」

 

 慌てる私へ吹き飛ばされたオスカーは容赦無く迫り、巻き込まれた私の体ごと背後へと投げ出され石畳へと激突する。なんと無様な事か。デーモンは片手で大槌を肩に担ぎ、もう片方の手で帽子のヒサシよろしく飛んで行った人間達を見つめた。時代が時代なら良い球技選手になっていたに違いないだろう。

 吹き飛ばされた私の上にオスカーが覆い被さる。騎士の鎧は重く、しかしそれ故頑丈だ。それに彼の鎧はかなり高価で上質なものらしく、あれ程の攻撃を受けても多少のへこみしか目立った傷は見られなかった。

 

「うぅ……」

 

 良い鎧で良かったなオスカー、瀕死のようだが。気絶した彼を無理矢理退かすと、痛む身体を無視してエスト瓶を飲む。今の彼は戦力にはならない。やはり私がどうにかしなければならないのだろう。

 そうして立ち上がれば、デーモンはやはりこちらに向かって来ていた。焦り、何か使えるものが無いかを探す。そして、やはり私は悪運が強いらしい。

 

 私は全力でデーモンへと走る。すると奴もまたこちらとの全力の勝負をお望みのようで巨体を揺らし轟音を鳴らしながら走ってくる。

 そんなに勝負好きならさせてやる。お前一人でやってろ、この牛野郎め。

 

 右の、通路の切れ目スレスレに私は走る。少しでもバランスを崩せば壁の下へ落下死していくだろう。しかしデーモンはそんなことにも気がつかない。

 私は急制動をかけてその場に止まった。そしてデーモンを真っ直ぐ見据える。背後には、ただの崖。

 

「ンモォオオオオオ!」

 

 大きな咆哮を上げてデーモンが体当たりをかまそうとしている。それが当たる直前、私は横へと転がった。刹那、デーモンが先程まで私がいた石畳を通過する。それもとんでもなく驚いた顔で。

 これこそ私の作戦、崖落とし。デーモンは私に気を取られ、私の背後の断崖絶壁を見逃していた。そうして奴は止まる事など出来ず、無様に暴れて落ちていく。

 

 断末魔は、やはりデーモンでさえも哀れなものだ。デーモンの情けない咆哮は見えないくらいに下へと落ちると次第に遠ざかり、最後には何も聞こえなくなった。私はどっと身体に降りかかる安堵と疲労を感じれば、それを無視して言ってやる。

 

「ホームインだ、牛野郎! 一人でやってろ!」

 

 叫ばずにはいられなかった。馬鹿にしたようなジェスチャーも忘れずに決めると、その場にへたり込む。まだ鐘を鳴らす以前の問題だが、もう使命を投げ出したい。あの心折れた騎士が言っていた事も今ならよぅく分かる。

 

 

━━Victory Achieved━━

 

 

 

 ガラリ。そんな音がした。

 

 気がつけば、私の座る石畳に亀裂が走っている。マズいと思ったのも束の間、急激に石畳が崩れ出す。これだけ風化や老朽化が進んだ石畳だ、巨体を誇るデーモンが全力疾走すれば崩れもする。

 私は何とか逃げようとするも、運悪くその崩落に巻き込まれる。そして私もデーモンの後を追う寸前、何とか崖っぷちを掴み落下死を免れた。

 

 問題は、片腕だけで登れるほど筋力がない事だ。

 

 必死にぶら下がる私は、何とかならないかと寝ている騎士様に向けて叫ぶ。

 

「オスカーッ! オスカー、あんたいつまで寝てるのさ! 助けなさいよッ!」

 

 何と情けない姿だろう。しかし仕方ないのだ、人はか弱く一人では生きてはいけぬ。そして今まさにその事を身に知らされているのだから。

 もう腕が限界だ。持久力は非力であり、筋力も無く、ただ今は役に立たぬ少しばかりの技量があるだけ。死ぬのは構わないが、それでまた亡者姿に戻るのは嫌だ。あんな干上がった顔など、もう見たくも無い。

 

 

 

 

 

 

「貴公、手を貸そう」

 

 

 

 不意に。私の手を掴む者が現れた。金属製のグローブを見てオスカーが助けてくれたのだと思い、初めて心の底から彼に感謝をする。その腕は私を容易に引き上げてみせた。やはり男は腕っ節が強いに限る。

 生を実感し多少なりとも神に感謝した私はほっとした笑みを引き揚げてくれた男に向ける。向けて、ギョッとした。

 

「貴公、無事か」

 

 それは、私の知るアストラの上級騎士では無かった。バケツ頭の普通の兜に何ら変哲も無い鎧……の胸に描かれたお手製の太陽。彼はどこか父性を感じさせる声色で私の身を案じる。

 私は精一杯警戒しながら、一歩後退り頷いた。それを見て彼は良かった良かった、と言って笑う。何なんだこいつは。

 

 ふと、オスカーの身を案じた自分がいた。もしこいつが見かけだけの悪烈な輩ならばオスカーの身が危ない……が。彼は相変わらず気絶している。おまけにこの太陽の騎士がやったのかは知らないが、仰向けに丁寧に寝かされている。

 

「そんなに怖がる必要はないぞ貴公。俺は何もデーモンのように取って食おうなんて考えてはおらんからな、ハッハッハ」

 

 豪快に笑う彼を見て、どうにも調子が狂う。どうやら本当に悪人ではないらしい。それどころか、かなりの善人だ彼は。だがオスカーとはまた違う……何か寂しさも感じる。まぁどうでもいい。

 

「一先ず、この先に安全な広場がある。貴公のツレも共にそこで休むと良い……何よりも太陽が良く見える」

 

「……太陽?」

 

 太陽なら、目の前の騎士の胸にあるではないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を醒した騎士様と、そしてあの太陽の戦士と共に先へ進めば彼の言っていたように広場があった。傷ついたオスカーにエスト瓶を渡せば、彼はそれをがぶ飲みして中身を空にする。まぁ良い、もとより彼の持ち物だったのだから。

 さて、例の騎士は太陽を眺めれば突然両腕をYの字に掲げて謎のポーズを取り出す。色々な宗教を知っているが、こんな宗教あっただろうか。太陽を崇拝しているようだから、もしかすれば白教の一種なのかもしれない。

 

「今日も太陽は輝いている」

 

 満足そうに彼は言えば、ポーズをやめてこちらへ振り返った。

 

「騎士たるもの、自己紹介せねばな。俺はアストラのソラール。見ての通り太陽の神の信徒だ」

 

 そう言い張る彼は、まさかのオスカーと同郷の者。

 

「私はアストラのオスカー、貴方の同郷の者だ。手助け感謝する」

 

 礼儀正しい一礼の後、オスカーは言ってみせた。だが同郷とは言うものの、恐らく彼とこのソラールという騎士は厳密には同じアストラの者ではないだろう。

 理由は、ソラールから感じる微妙な差異だ。きっと彼は、わずかにズレた世界の住人だ。私の手を取るくらいに近い世界であるものの、それでいて異なる世界にいる。

 ロードランとは神々の地。その地は今や時間と世界が入り乱れているという。きっとそういう事だ。

 

「……リリィ。さっきはありがと」

 

 素っ気なく感謝を述べれば、太陽の騎士ソラールは笑った。

 

「貴公の戦い、最後に見せてもらったぞ。見た目の美しさによらず大胆だな」

 

「どうも」

 

 美人を前にして口説かないのは男としてなっちゃいない。是非とも隣の初心な上級騎士様に太陽騎士の爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。だがきっと、このソラールは口説いているつもりなど無いのだろう。彼から下心は一切感じない。

 

 

 しばらく三人で休憩がてら会話をする。生憎と篝火は無いが、それでも太陽の暖かみを感じながら休むというのも旅の醍醐味というものだ。

 どうやらソラールも例に漏れず不死であり、大王グウィンの生まれたこの地に自らの太陽を探しに来たのだと……よく言っている意味は分からないが、要は聖地巡礼に近いのだろうか。

 

「変人だと思ったか?」

 

 ふと、私の思考を見透かしたように太陽の騎士は言った。

 

「まぁ、そうね。変人ね、ごめんなさい」

 

「ふ、皆同じような事を言うから気にするな」

 

 どうやら慣れっこらしい。オスカーは小声で私に注意したが言いたい事も言えないようでは自分を殺す事になるぞ。

 

 

「この先の橋を渡れば不死教会へと通じる」

 

 別れ際、ソラールは広場の反対にある大きな橋を指差した。確かに方角的に橋を渡れば不死教会だ。つまりもう目と鼻の先……橋の奥には案の定亡者が待ち構えているが。

 だが、と。ソラールは良い事もあれば悪い事もあると語る。

 

「橋を渡ろうとすれば、先ほどから飛び回る飛竜が邪魔をしてくるだろう」

 

 それは、先程目の前に現れた赤い竜の事のようだ。どうやら奴はここいらを徘徊し、橋を渡ろうとする者を焼き殺しているようだ。一体何のためにそんな事をしているのやら。

 そして最後に、彼は私とオスカーにそれぞれ贈り物をしてくれた。私達に白いサインろう石を。そしてオスカーにはもう一つ、オレンジ色の液体の入った瓶を。良かったなオスカー、ようやく君も回復できるぞ。

 

「これは?」

 

 尋ねる私にソラールは語る。

 

「なぁに、貴公らとは妙な縁がありそうだからな。旅の先々で先のような困難が待ち受けるだろう。だから互いに協力しあおうじゃないか」

 

 白いサインろう石。それはズレた世界同士の者を霊として呼び寄せるものだ。このろう石によりサインが描かれた場所には限定的にだが、描いた者を霊体として呼び寄せる事ができる。

 

「この地は時が淀み過ぎている。百年以上前の伝説がいると思えば酷く不安定でいろんなものがズレやがる。俺と貴公らの世界もいつまで繋がっているか分からないからな……貴公らも、いつまでも共に旅ができるとは限らん」

 

 確かにその通りだった。今までは何ら不自由なく互いに干渉をしてきた訳だが……その干渉は、きっとそのうちにズレ出すのだろう。そうなれば、頼るべきものは何も無し。己の力のみで切り拓かなければなるまい。

 このろう石は、どうにもならなくなった時に使うのだ。

 

「何から何まで、貴公には感謝しても仕切れない」

 

「なぁに、困った時はお互い様だ。ウワッハッハッハ」

 

 そうして彼とは別れる事になる。もう暫くソラールは太陽を眺めていたいそうなので、私たち二人は飛竜が来るであろう橋へと向かうのであった。

 



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不死教会、鍛冶屋

 

 

 どういう理屈かは分からない。だが確かにあの太陽の騎士が言っていたように、奴は橋の奥深くに鎮座していた。

 鎮座という表現は語弊があるかもしれない。なぜなら奴……あの憎き赤い飛竜は橋の奥、辿り着くべき不死教会の建物に張り付き、来るであろう侵入者を口から溢れる炎で迎撃すべく待ち構えているのだから。そして奴の眼下には亡者兵士共が防御態勢を確保しているため、例え飛竜がいなかったとしても苦戦することは必須だろう。

 私とオスカーはそれを遠眼鏡で眺めながら策を練る。

 

「無理じゃないか、あれ」

 

 策など、特に思いつかない。たかだか二人でできる事は限られているし、その二人が御世辞にも戦士として強くはない。きっとあの飛竜は先の牛頭のデーモンよりも圧倒的に脅威となるだろう。地に足ついた奴らなら攻撃も当たろうが、飛ばれてはどうにもならない。

 

「ふむ……」

 

 オスカーは腕を組んで何かを考える。案外その格好は様になっているが。

 

「何か良い案があるのか?」

 

 隣の騎士に私が問えば、彼は橋の中腹を指差した。そこは少しばかりの広場となっており、壁を利用すれば例えあの竜があそこから炎を吐いたとしても防御出来る可能性がある。

 

「あそこまで辿り着ければ、例え炎を吐かれても大丈夫だろう」

 

「その次は?」

 

「あそこまで辿り着いてから考えるさ」

 

 私が言うのも何だが、かなり楽観的な意見だった。だがまぁ何もしないよりはマシだ。最悪拾ったクロスボウで嫌がらせくらいはできるかもしれない。それに、いかにドラゴンと言えども共同戦線を張っている亡者諸共燃やし尽くそうとは思わないだろうから。

 私達はある程度の準備をすると、大橋に侵入する事にした。どうせ死んでも蘇るのだから、何度でも実施すべきなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドラゴンには血も涙も無いのか。橋へ侵入した私達は、あっという間にドラゴンに気が付かれて亡者兵士ごと燃やされてしまった。こちらへ勇しく突っ込んでくる亡者など気にせず、飛竜が放った炎のブレスは全てを飲み込んでしまった。

 焼死とは苦しいものだ。痛みだけならまだしも、肺に入り込む炎が息すらも絶えさせ、仮に炎が止み生き延びたとしても肺が焼けてしまっているせいで呼吸が出来ず窒息死する。

 オスカーも私と同様で、むしろ彼の方が酷い。金属製の甲冑は例え炎を直撃していなくても、熱を持ち体内の温度を上昇させ急激な熱中症へと誘う。死んでもいないのに倒れたオスカーごと燃やされた時は温厚な私も彼に苛つかされたが……まぁ仕方ない。

 とっくに数十回の死を迎えた私達の身体は亡者そのものだが、意志だけは捨てていない。かつて不死院でオスカーと出会った時は次に死んだら亡者になってしまうと言っていたが、あれは何だったのだろうか。まぁ良い。

 

 そうして数十回死んで、私達はようやく大橋の中腹へとやってこれた。下手な防御も当たらぬ攻撃も要らない。ただひたすら、私達は走っただけだ。

 

「うわアッツ!」

 

 飛竜が吐いたブレスがすぐ側に迫る。私達の最大の誤算は中腹の広場の壁は防壁として全く役に立たなかったと言う事だが、嬉しい誤算もあった。

 それは中腹には下へと通じる通路があったと言う事だ。これのお陰で炎は届かないでいる。おまけにここは先程休憩した城下不死教区の篝火に繋がっており、私達は一先ずここで一服する事にした。

 

 亡者から生者へと戻り、紙巻きタバコを取り出すとその先端を篝火の炎に擦り付ける。燻るタバコの先端を見て、私は反対側に口を付けて吸い込む。あまり美味くはないタバコだが、久しぶりに摂取した多少のニコチンが私の苦痛を和らげた。

 

「タバコなんて吸っていたのか?」

 

 兜を脱ぎ、今はもう牛頭から手に入れていた人間性で人間状態へと戻ったオスカーが眉を細めた。私はもくもくと口から煙を昇らせれば回答する。

 

「昔ね。不死院に入ってからは火がないから吸っていなかったけど」

 

「趣向品だろう? 聖職者は通常そういったものは嗜まないと聞いたが」

 

 何やら口煩そうなオスカーが常識を語る。

 

「そうかい。普通はそうなんじゃないの? あんたも吸ってみる?」

 

 だから、そんなお坊ちゃんな彼を試そうと私は悪戯心に火を灯して尋ねる。きっと彼の事だから僕はそんなもの要らないとか何とか言うに違いなかった。

 だから、ジッと私を見つめる彼の一言は私を多少なりとも驚かせてみせる。

 

「少し、吸わせてくれ」 

 

 そう言ってこちらに手を伸ばす彼を、しばし私は呆けた顔で見つめた。優等生らしからぬ回答だ。催促する彼に私は吸っていた紙巻きタバコを差し出す。上級騎士の鎧とタバコは何とも似合わぬものだ。

 オスカーは恐る恐る口を付ければ、あっさりとむせた。模範回答のようなむせ方で思わず笑ってしまう。

 

「何とも……これはキツいな」

 

 そう言ってタバコを突き返してくる。そんな彼に私は悠々とタバコを吸う事によって模範例を見せてあげる。

 

「やはり君が吸っているのを見ていた方が良い」

 

「なによ、生臭聖職者と笑うためかしら?」

 

「いや、美人にタバコはよく似合うんだ」

 

 唐突な口説きに私は言葉を失った。白い雪のような肌が赤く染まる感覚に苛まれる。私はフードを深々と被るとしばらく下を俯いて、味のしないタバコを灰にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 飛竜は相変わらず城壁に張り付いて陣取っている。こちらには気がついていないようだ。これは僥倖だ。

 オスカーはそんな赤い奴に向けて弩を放つ。竜狩りには心許無い一撃だが、それでも奴の意識を引きつけるくらいには役に立つものだ。そして案の定あの飛竜はその尾を射抜かれこちらに気がつく。私達が隠れているために奴は索敵の必要があるようで、翼をばたつかせるとあっという間にこの広場へと降り立った。勝負の開始だ。

 

 一気に私達は走り出す。飛竜の足元を抜け、ようやくこちらに気が付いた間抜けな赤いあん畜生を無視し橋を渡り切ろうとする。最早亡者兵士達は炭と化している。脅威は本当に飛竜のみ。

 隣を走るオスカーは道中何かのソウルを拾い上げていたが、そのせいで遅れを取る事はない。牛頭のソウルは彼と、そして私の持久力の糧となったのだから。

 

 飛竜がブレスを放つのと、私達が大橋を渡り切ったのは同時だった。急いでそれらしいレバーを引いて大柵を降ろせば炎は分散し意味を為さない。ようやく私達はあの飛竜を出し抜いてみせたのだ。

 

「はぁ、はぁ! やった!」

 

 隣でオスカーが膝に両手を着いて喜ぶ。その横で私は息を切らしながら丁度運良く目の前に突き刺さっていた剣と灰に点火した。これで良い、これで一息付ける。

 

━━Bonfire Lit━━

 

 めらめらと燃える火は不死に安らぎを齎す。飛竜が吐くものと同じ炎のはずなのに、篝火の火は優しいものだ。腰を下ろし、しばらく揺れる炎を眺めていればオスカーがいつも用いているものよりも一回り大きい剣をソウルより具現化した。先程拾っていたものだろう。

 クレイモア。シンプルだが武器としては最も機能を発揮する形状の大剣だ。横に振るえば多人数相手にも有効な手となるだろうし、突けばその重量も相まって大きな相手にも脅威的な一撃を与えられるだろう。

 

「いつも持っている剣よりもよっぽど騎士らしいわね」

 

 皮肉まじりにそう言えば、オスカーはちょっとだけムッとして反論した。

 

「この剣は我が一族の秘宝だ」

 

 そう言って彼はいつもの直剣を掲げる。確かに強力な祝福が施されたそれは、そこらの鍛冶屋で手に入るような一品ではない。由来は分からないが、それは確かにアストラの国では秘宝級のものなのだろう。そしていかに貴族であろうとも一騎士の彼がそれを持つという事は、餞別の意味があるのだろう……それに気付かぬ彼ではないはずだ。

 そう、と私は興味を見せない。他人の持ち物が欲しくなって奪おうとするほど落ちぶれてはいないし、欲深くもない。それに、そんな思い出の品はその思いを受け継いだ者だけが持てば良いのだ。

 

 

 

 黒騎士、という者達がいる。

 

 かつて大王グウィンが火継ぎに向かった際、その軍勢である騎士達は彼を追い再び織った炎に焼かれたのだという。それ以来彼らの身体は黒く煤け、大王が去った今でもかつての強大な敵……デーモンと闘うためにロードランを彷徨っているのだとか。

 かつて旅をしている中で聞いた事がある。所詮世に蔓延る噂話の類であろうと思ってはいたが……まさかこの目にする時が来るとは。

 

 休憩を終えて篝火から先へ進んだ私達は、横道に何か有益なものが無いかと近場の塔を登る。そこに居たのだ。太陽を眺め、ただ茫然と立ち尽くすその黒騎士が。

 手にする大剣はかつての強大な敵を打ち倒すために不必要なほど巨大であり。そしてやはり彼らは黒く煤け、最早生き物であるかどうかすらも怪しい。鎧に魂が宿っていると言われても不思議ではない。

 

 あまりにもそのソウルは強大。今私達が対峙してもどうにもならないだろう。故に私達は気づかれないようにその場を去る。彼の騎士もまた、今更必要以上の戦いを望むはずもない。

 

「やはり伝承は偽りではなかったか」

 

 階段を降り、オスカーはそんな事を言う。それはそうだろう、火のないところに煙は立たぬのだから。例え虚構が入り混じろうが、その原点は何かしらあるものだ。

 

 

 

 

 デカイ猪や亡者の兵士に行く手を阻まれつつも横道へ逸れ、先へ進んでいく。多少敵が多くともやれない相手ではなかったが、問題は頭の良い亡者が門を閉めてしまった事。仕方なく私達は迂回を余儀なくされたのだ。

 道中には通常の亡者兵士の他に、古い国の騎士達も多く見られた。彼らはバルデルと呼ばれる亡国の騎士達だ。騎士王として名高いレンドルの故国であるバルデルだが、ある時大量の不死を産み出し滅び去ったそうな。どうでも良い歴史の話だが、問題は彼らバルデルの騎士達の練度が亡者と化しても非常に高いのだ。

 金属製の盾を持つオスカーを前衛に彼らの攻撃を受け、その隙に私がメイスで鎧ごと潰していく。彼らの鎧は全身を覆うタイプの物ではなく、最低限の防御のみを想定した軽い鎧だ。故に叩き潰す武器の敵ではない。

 それでもレイピアを持つ亡者騎士には苦戦したが。動きは素早くそれでいて刺剣の持つ一撃は恐ろしいものだ。それすらも叩き潰したが。

 

 そして一つ問題が片付けば新たに問題が出てくる。教会の中に入ろうとした私達はその巨大な姿に思わず怯んだ。

 

 バーニス騎士。大きな身体に重厚で黒い鎧に身を包んだ騎士。手にはクレイモアよりも一段と大きいグレートソードと塔のようなタワーシールド。攻守共に優れた騎士が、上に繋がる階段の近くに陣取っている。

 彼らバーニスの騎士達は一時期最強を謳った騎士団である。彼らも例外無く不死を多く生み、ロードランへと渡ったと聞いていたが……やはり亡者と成り果てていたか。

 目の前にいるバーニス騎士はどうやら祭壇に眠る誰かの遺体を守っているようだが……そんなものはどうでも良い。いかに私達が数で押そうとも、あれをどうにかするのは相当に苦労するだろう。それに近くにはバルデル騎士達も多くいる。

 

 一先ず、私達は近くの篝火を探す事にした。エスト瓶の中身は残り少なく、補充する必要もあるし集めたソウルを使いたい。

 そうしてやって来たのは、教会から少し離れた場所にあった建物。その中に、篝火はあった。

 

 階下からは金槌で鉄を打つような音がひっきりなしに響いている。敵であれば厄介だが、まともな鍛冶屋であれば幸運だろう。

 

 エスト瓶を補充し、その金槌の音の方へと向かえばその人はいた。

 

 鍛え上げられた肉体を惜しみ無く晒し、白髪と白髭を蓄え熱心に鉄を打っている。どうやらまともな者らしく、唐突にやってきた私達をひと睨みすればすぐにその表情を和らげた。まるで酒場の気の良いおっさんのようだ。

 

「よう、あんたらまともみたいだな」

 

 そう言う高齢の鍛冶屋は、話しながらも手を止める事はない。

 

「貴方は、鍛冶屋か?」

 

「ハハ、見ての通りさ。いつ来るかも分からねぇ奴らのためにここでずっと鉄を打ってる。なんだ、あんたらもそのために来たんじゃ無いのか?」

 

 と言う事は、それなりに不死の間では有名なのだろうか。

 

「まぁいいさ。俺はアンドレイ。もし所望ならあんたらの武器を鍛えてやれるぜ」

 

 アンドレイと名乗った鍛冶屋は、自らの手に燃えるようなソウルを握ればそれを熱した武器に零していく。キラキラと光るソウルは武器に触れれば、どういう訳か満遍なく武器を覆っていった。そしてそれを金槌で叩く。一回、二回、三回と叩けば、ソウルは色を無くし武器に染み込んでいった。ロードランではこうして武器を鍛えるのか。

 

「対価は……ソウル?」

 

 私が尋ねれば、アンドレイは頷いて私を指差した。

 

「それと、嬢ちゃんが持つ楔石だ」

 

「楔石……ああ、これね」

 

 そう言って私はソウルから黒くて文字の刻まれた石を取り出す。先程光る蜥蜴を狩った時に手に入れたよく分からない石の数々。拾っておいてよかったが、どうして彼は物質化していないこの石を持っていると分かったのだろうか。アンドレイはその疑問を見透かしていたようで、不敵に笑って言って見せた。

 

「なぁに、こちとら鍛冶屋は長いからな。石を持ってりゃその気配でわかるもんさ」

 

 どうやら職人は凄技を持つらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アンドレイにメイスを、オスカーは直剣とクレイモアを預けて鍛えてもらう。それなりに時間が掛かるらしく、武器も無い私達は一先ず周辺の探索だけをする。

 アンドレイ曰く、この辺りにはセンの古城という不死の試練とも呼ばれる城と黒い森、そして私達が通った不死教区があるらしい。そして黒い森に繋がる道にはよからぬデーモンがいるらしいのでそちらはスルー。今や開かずの門と化しているセンの古城へと向かう。亡者もいないらしく、何か有用な物が無いかだけでも見に行こう。

 

 門はやはり、閉まっている。仕掛けは無く、人の力では開ける事も壊す事もできないだろう。行き止まりのようだ。

 

「……これは、玉葱?」

 

 その門の前で座り込む玉葱のような鎧を見て、オスカーは呟いた。無理も無い、これを初見で有用性のある鎧と言い当てる方が無理がある。

 

「絶対にそれ聞かれないでよ。カタリナの騎士は玉葱と言われる事を嫌うからね」

 

 カタリナの騎士。それは古くからあるとある国の勇猛な騎士達だ。その戦いはまさしく英雄的。しかし心は豪胆にして愉快。人の良い彼らはしばし旅の最中でも出会う事があり、その殆どが善人だ。

 共に戦い酒を飲めば次の日には盟友と化す彼らはしかし、その鎧を蔑まれる事を酷く嫌う。見た目は完全に玉葱にしか見えない重い鎧だが、その傾斜した鎧は相手の剣を受け流し、高い技術でしか作成できないのだそう。

 

「うーむ……うーむ……」

 

 そんな高名なカタリナの騎士は、何やら考えに耽っていた。それも私達に気がつかないくらいには。一体何を考え込んでいるのかは分からないが……彼らは通常そんなに考え込まず、勢いで突き進むものだ。

 と、そんな私達に気がついたのか、玉葱のような兜から覗く瞳が驚愕に開かれ私達を覗いた。

 

「お、おお! すまぬ、考え耽っていた」

 

「はぁ……何をそんなに考え込んでいて?」

 

 思わず相槌を打つ。

 

「私はカタリナのジークマイヤー。実は少し難儀していてな、そこの門がどうしても開かぬのだ」

 

 どうやら彼の目的はセンの古城にあるようだ。しかし考えていても開かぬものは開かないだろうに。

 彼はずっと待っているらしく、ずっと思索に耽っているとの事。一体それ程の時をそうしていたのだろうか。不死となってから時間の概念が薄れていて、常人ならば長く感じる時間も何も思わなくなってしまったが……ロードランにいるという事はきっと彼も不死なのだろう。

 

 ガハハハ、と笑うと彼はまた考え始める。どうやら害も無さそうだし、私達にできる事も無さそうだ。出会いも早々に私達はこの場を後にする。

 

 

 

 

 

 妙な玉葱戦士との出会いを終えアンドレイの下へと戻る。するとこの短時間の内に彼は既に武器を鍛え終えていた。通常ならば考えられぬほどに早いが、それもソウルの業が為せるのだろう。外の鍛冶屋に見せたら邪道と言われそうだが、早くて頑丈になるのならそれに越した事はない。

 楔石の欠片を一つずつ用いて強化されたメイスと直剣、そしてクレイモア。見た目では分からぬが確かに元よりも鋭利に、そして重厚になっている。重さ自体は変わらないのに、一体どういう仕組みなのだろうか。

 

「武器は大切にしてやれよ。あんたらの命を守るもんだからな」

 

 あんたらが亡者になる姿なんて見たく無いぜ、と付け加えたアンドレイは完全に善人だ。漢気があってここまで良い人となれば早々居ないだろう。私としてはもう少し悪意を見せてもらえた方が逆に安心するが……隣の上級騎士はそういうのには慣れていなそうだからね。

 



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不死教会、ロートレク

 

 

 亡者とは基本的には理性の無い獣のようなものだ。それでいて亡者同士には仲間意識でもあるのか、外敵を排除しソウルを貪ろうとしてくるものだ。理屈は分からないが、そういうものなのだ。

 そういう意味で言えば、今まで私達がロードランで対峙してきた亡者達は戦術というものはまるでなかった。配置に関して言えば嫌らしいものもあったが、それは亡者になる前の記憶や習慣がそうさせているのだろう。故に彼らは敵を見つけ次第わらわらと群がってくる。

 

 だがここに来て、私達は初めて戦術というものに苦戦させられていた。強化した武器を携え、バルデル兵とバーニス騎士を各個撃破しようとしていた矢先の事だった。教会内の二階から、唐突に魔術が我々に牙を向いたのだ。

 近接戦ではバーニス騎士を相手にし、その隙に撃ち込まれるソウルの矢は私達を数度死に追いやってみせた。そして苦し紛れにバーニス騎士を打ち倒し、魔術師の姿を初めて見てみれば……

 

 六目。そう、目が六つある。否、それはきっと本物の瞳では無い。魔術師が被る被り物の模様がそう見えるだけ。だがその不気味な見た目の魔術師は、環境を利用し私達に襲いかかってきた。

 こちらには遠距離武器はクロスボウしか無い。おまけに何らかの魔術なのだろう、周辺の亡者共を活性化させる踊りをしてみせ間接的にも私達を苦しませる。直情的なデーモンよりもよっぽど脅威だ。

 おまけにどうやら理性や目的もあるらしく、二階へと侵入した私達に亡者共をけしかけるという知略も行って見せた。通常よりも攻撃的かつ筋力と耐久力の増した亡者共は数で私達を蹂躙しにかかった。

 

 だが悲しいかな、所詮は理性を持たぬ亡者共だ。火炎壺の前にはその全てが無に帰した。最後は奇跡でも魔術でも無く文明の力が勝つ。

 後は一方的に長槍を持つ魔術師……六目の伝導者とでも言えば良いのか。そいつを嬲り殺す。防具のせいで多少時間は掛かったが、それでも二対一だ。数の力には勝てまい。呆気なく六目の伝導者は散っていった。

 

 鐘楼まではあともう少し。だが屋根に出る手前には……やはりと言うべきか濃霧がある。そして濃霧がある場所では大概強敵が出てくると言うものだ。一先ず私達は一度引き返し、亡者共から奪い取ったソウルを自らの糧とする。能力の強化は大切なのだ。

 

 

 

 金ピカの鎧が、そこにはいた。

 

 鐘楼への霧を抜ける前に探索していた私達が出会ったのは、牢屋に閉じ込められた金色の鎧を着た男だった。私の見立てでは、恐らく彼はカリムの騎士なのだろう。盾を携えず、左手には短剣と右手には恐ろしいショーテル……そして特徴的な鎧。これはカリムの騎士に由来するものだ。

 そして、目の前の騎士から発せられるソウルは何やら暗いものである。きっと数人は殺してきたような、そんなものか。それも利己的な理由で……

 

 声を掛けようとしたオスカーを手で制し、私が彼に話し掛ける。幸い牢には鍵が掛かっているし、何か問題があっても攻撃はされない。

 

「ん? 貴公、まだ人だな?」

 

 重く響くような声色が鼓膜を刺激した。声だけで分かる、此奴は危険な男なのだろう。

 

「では話は早い、助けてはくれないか?」

 

 だがそんな男はプライドの高そうな見た目に反してあっさりと私達に助けを乞う。

 

「見ての通り閉じ込められて、どうしようもないんだ」

 

 声色から多少なりとも焦燥感が見て取れた。どうやら困っているのは本当らしい。問題はどうしてこんなところに閉じ込められたのか、だが。

 そしてどうやらこの隣にいる上級騎士様はどこで拾ったのかここの鍵を持っているらしい。悪びれもせずに無垢な彼は鍵を取り出す。この純情坊やめ、これでこの得体の知れない騎士を放っておく事が難しくなったぞ。下手に放置すれば後々復讐されるかもしれないんだぞ。

 

「貴公、カリムの騎士よ。どうしてここに閉じ込められたのかしら?」

 

 私がそう問えば、彼は鼻で笑った。

 

「ほう、貴公……まぁ良い。それなんだが、私も分からぬ。道中出会った輩に唆されてな、貴重な宝があると牢に入ってみれば……この有様よ」

 

 半信半疑だ。この騎士は信用に値しない。だが鍵を目の前に提示してしまった以上、開けないわけにもいかなかった。故に私はオスカーに命じて鍵を開けさせる。いつでも手にしたメイスを振るえるように隠し。

 そうして牢を開けてやれば、彼はまだ座ったまま多少なりとも喜んで見せた。

 

「おう、感謝するぞ貴公ら……私はカリムの騎士であるロートレク。生憎持ち合わせが無くてな、礼は後程……そうさな、この下にある祭祀場でさせてもらおう」

 

 私達の去り際に、彼は一人使命が何たらと呟いて不気味に笑っていた。やはり彼を出してしまったのは誤りだったのかもしれないが……今はとにかく、鐘を鳴らすのが先決だ。後悔ならばその後でも良いだろう。

 それに、自ら騎士と名乗る人物なのだ。それなりに騎士としてのプライドも持ち合わせていると見た。恩を仇で返すような事はすまい。

 

 再び濃霧の前までやってくれば、その手前には見慣れぬサインがあった。白いサインろう石で書かれたそれは、よく見れば知った名前が書かれている。

 太陽の騎士ソラール。ちょっと前に出会ったあの変わり者の善人だった。どうやら彼との世界がズレたらしく、こうして霊体として助けてくれるようだった。

 そしてもう一つのサイン……それは今さっき助けた騎士、カリムのロートレク。と言う事は彼とも世界がズレたか。まぁ良い、使えるものは何でも使うのが私の流儀だ。

 

「ちょっと不気味だったが、やはり助けて良かった」

 

 純情な騎士様はそんな事を言う。だがそれに関しては同意だ。どうせこの先にはデーモンやら何やらがいるのだろうから、人数は多い方が良い。死ぬ確率も下がるものだ。

 両方のサインに触れ、霊体を召喚する。しばらく世界同士の干渉を待てば、それはやって来る。

 

 Y。相変わらず派手なものだ。太陽を賛美するポーズを取りながらソラールはやって来た。白く半透明なのは霊体だからであろう。そして霊体とは、口が利けぬものだ。あの朗らかな笑いも、今の彼は発しない。ただ私達に手を振り、召喚された事を歓迎してみせた。

 オスカーが一礼すれば、その横でもう一人も召喚された。カリムの騎士ロートレクだ。

 金ピカな鎧は白く半透明になったせいで妙に神々しい。彼は無愛想に何もせず、ただ私達が霧に入るのを待っているようだ。

 

 濃霧に入れば、そこには何もいなかった。ただ教会の屋根が広がり、行手には鐘楼があるばかり。石造りのガーゴイルの像が目に付くだけ。

 警戒は緩めず、オスカーを先頭に進んで行く。このまま何も無ければ苦労も減るのだが。

 

 しかし人生とは上手くはいかないようだ。特に不死になるくらいには運が悪い私達には、幸運の女神は微笑まない。突然、石造りのガーゴイルの像が動き出す。一体どういうカラクリなのだろうか、まるで生き物のように咆哮し、飛び、私達の前に立ちはだかったではないか!

 見た事もない生物の前に私とオスカーは一瞬面食らって怯んでしまった。だが助っ人である二人は。

 

 刹那、雷の矢が飛ぶ。それはソラールが放った奇跡。雷の槍と呼べば良いのだろうか、きっと大王グウィンを信仰する彼だからこそ扱えるであろうその槍は、飛んでいけばこちらへ斧槍を振るおうとしていたガーゴイルを止めるほどの威力を誇った。流石変わり者の騎士、その威力も並々ならぬ。

 そしてロートレクも走り込む。大振りのショーテルを勢い良く叩きつける様は歴戦の勇士。

 

 問題は、石でできた身体に刃が通らない事だ。

 

 カンっという音ともにショーテルが弾かれる。だが少しばかりは効いているようで、ガーゴイルの表面を少しばかり削ってみせた。

 

「剣は通り辛いようだ! 君のメイスが役に立ちそうだぞ!」

 

「同じ事思ってたわ!」

 

 言いながら、私達はガーゴイルに突っ込む。暴れる斧槍を掻い潜り、メイスの重い一撃を脚に打ち込んだ。バキンと鈍い音を発てて表面の皮膚が砕ける。これは良い、一撃でこれなのだから数発頭に打ち込めばあっさり死んでくれるに違いない。

 だがガーゴイルも愚かではない。飛び退けば、距離を取ってリーチの分を生かそうとしてくる。斧槍を掲げ、私達の届かぬ間合いから一気に振り下ろした。

 間一髪それを避ける。屋上の瓦が容易く割られたのを見るに、あれに当たれば死は免れない。

 

「囲むんだ!」

 

 私が叫べば各々が四方からガーゴイルを囲んで行く。いくら大きい巨体でも全方向から攻められれば対処もし辛いはずだ。

 

 

 

 突如、轟音が鳴り響いた。それはガーゴイルの咆哮に酷く似ている。勿論、目の前で囲まれてタコ殴りにされている巨体が叫んだのではない。分からないが、とにかく目の前の脅威に全力で対処していると。

 

 突然身体を襲った衝撃に意識が飛びかける。

 

 何が何だか分からなかった。いきなり何かに弾き飛ばされた。まるで牛頭のデーモンに打ち飛ばされた時のような衝撃。こちらに叫ぶオスカーが何を言っているのかも分からないまま、私は何とか立ち上がり顔をあげた。

 

 ガーゴイルが、もう一体いる。

 

 尻尾が無く、それでいて身軽なガーゴイルが私に迫っていた。何という事だ、敵も複数だったとは思わなかった。勝手に強敵は一体だけだと思い込んだツケが回ったのだ。

 突進してくるガーゴイルを、転がって避ける。身体の痛みは酷いが回復している暇などない。そして三人も私を助ける隙が無いようで、健在である最初のガーゴイルに苦戦していた。何ということか、石造りの生物が炎を吐いているのだ。

 

「クソ……!」

 

 とにかく二体目の薙ぎ払い攻撃を屈んで回避し、メイスを顔面に打ち付ける。どうやら一体目ほどの耐久性は無いらしく、顔面を砕かれたガーゴイルは怯めば両手を地につけてダウンした。

 すかさず両手でメイスを持って脳天を打ち砕く。まさに致命の一撃。メイスはガーゴイルの頭を粉々に砕いてみせた。これで一体。

 

「まだ終わってないぞ!」

 

 倒れたガーゴイルに背を向けて一体目に向かおうとした私に、オスカーは忠告する。私を覆った影に気が付き、背後を振り返れば倒したはずのガーゴイルは立ち上がり、健在だった口を大きく開けて炎を放とうとしていたのだ。

 燃える一撃を覚悟し木盾を構える私を、誰かが突き飛ばす。それはまさかのロートレク。彼は騎士として役目を果たそうと私を命懸けで護ったのだ。

 

 突き飛ばされた私が見たのは炎に呑まれ消滅していくロートレクの霊体。最初に疑った私は自身を恨む。そして多少なりとも申し訳なくなってしまうものだ。いくら死なぬ不死の霊体とは言え。

 

 私は仰向けに寝転びながら火炎壺を取り出し、それをガーゴイルに投げ付ける。炸裂した火薬はとうとうガーゴイルに引導を渡してみせた。流石にもうガーゴイルは起き上がらず、そのままソウルと化して消えていく。何と後味の悪い事か。

 

 最初のガーゴイルもまた、最早騎士二人の前には無力と化していた。ソラールが中距離で雷の槍を放てばオスカーが近接して剣で斬りつける。どちらかに対処すればどちらかがガーゴイルを痛めつけるのだから、やり辛い事この上ないだろう。

 私が向かう頃にはガーゴイルは膝を突き、息も絶え絶えと言った様子だった。止めの一撃を与えるべく、オスカーはクレイモアを左手に召喚し打ち付ける。

 

 砕ける石頭。強化されたクレイモアはその重みも相まって容易く手負いのガーゴイルを屠ってみせた。

 

 

━━Victory Achieved━━

 

 

 最後の最後に、ガーゴイルが暴れるという結末を伴って。

 

 

「ぐあっ!」

 

 

 死に瀕し暴れるガーゴイルの尾がオスカーを打ち付ける。死ぬような攻撃ではなかったが、問題はこの地にある。屋根とは傾斜しているのが常だ。そして鎧とは重く、故に傾斜を転がっていくオスカーは自らを制御できずに落下しかける。

 彼の名を叫び私は転がっていく上級騎士を追う。必死に止まろうとする彼は、しかし重み故に止まらず屋根から転げ落ちた。その刹那に手だけでぶら下がったのは、ある意味根性だろう。

 

「オスカー!」

 

 必死に片手でぶら下がるオスカーに駆け寄り、その手を取ろうとする。背後ではソラールの雷の槍がガーゴイルの核を撃ち破り始末していたが、そんな事気にしている余裕はなかった。

 急いで手を伸ばせば、ズルッと彼の手は瓦から滑り落ちていく。

 

 あと少しだった。指先はほんの少し彼の手甲に触った。でも、掴めなかった。

 

「リリィ! うわああああ!!」

 

 屋根から落ちていくオスカー。不死であるならば死なないが、人間性を補充しなければ死ぬ度に亡者へと近づいて行く。だから私は助けようとしたのだが。

 それすらも叶わず、彼の姿は眼下に消えて行った。空虚を掴む私の手だけが目の前に広がる。強敵を打ち倒し、しかし私にはソウルだけしか残らない。そんなもの、本当は必要ないのに。

 

 しばし私は彼の消えた底を見詰めた。あの下は火継ぎの祭祀場だ。もし運良く生きていれば、あの昇降機で降れば彼を見つけられるだろうか。それともアンドレイの所の篝火で復活しているだろうか。

 それは分からない。背後で申し訳なさそうにしているソラールが役目を果たして消えて行く。

 

 彼の代わりに、鐘を鳴らす。今の私にできることはそれしかない。

 




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狭間の森、斧槍

大変お待たせしました。無事教育を終えて帰ってきましたので再開します。


 

 

 

 時空の歪んだ美しいロードランに鐘の音が響く。目の前で揺れ鳴り響くその大鐘は燻んでいて、それでいて歪みはなく。今まで私達以外に辿り着いた者など居ないのだと物語っているようだ。

 

 事実どうなのだろうか。多少なりとも鐘を鳴らした不死もいたのだろう。だがこの地にやって来た殆どの不死はそのまま人間性を喪い亡者と化し、この地を彷徨っているに違いない。

 さっき、手を掴めずに消えていったオスカーのように死に。それでも諦めなかったかもしれないが。何度も死ぬ内にこの教会にいた騎士の成れの果て達のように、ただ(ソウル)を求めて彷徨うだけの暴力装置と成り果てたのだろう。

 運が良かっただけだ。たまたま私はここに辿り着けただけの不死に過ぎない。私は英雄になるつもりは無いし自惚れてもいない。不死の使命とやらもそこまで乗り気では無い。

 

 だが、それでも。この鐘の音はそんな志半ばで散った彼らへの掠れた心に響くのであれば。そんな聖職者らしい感傷に浸りながら私は骨片を握り潰す。もし世界が運良く同じで彼が死んでいれば、最後に灯した篝火で復活しているかもしれない。もしまた会う事が叶えば、また彼との飽きない旅がやって来るはずだ。

 転送される最中、私はずっと空に浮かぶ太陽を眺めていた。さっき手を貸してくれた太陽騎士のように。ただ眩しいだけの何かを。淡い期待だけを残しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だから、無人の篝火が見えた時には心を決めるしかなかった。最後に私達が使った時から何も変わらない炎の揺らぎは私の孤独な心を煽っているようにも感じられ。だが、元来の私という存在を思い返すと同時に両手で頬を叩いて喝を入れる。

 私はそんなヤワな女じゃ無い。たかが少し一緒に旅をしただけの優男がいなくなったくらいで、何も感じない、そうだろう。今までだってずっと一人で旅をして来たじゃ無いか。牢に打ち込まれてからもずっと一人で心折れず耐え忍んできたじゃ無いか。

 そうだ。私は生臭聖職者。欲に生き、適度に人を助けて神に媚を売る、そんな奴じゃ無いか。

 

 得たソウルを篝火に注ぎ、我が物とする。ひたすらに技量と持久力を増やす。やはり持久力は大切だ。武器を振るにもスタミナは使うし、走り込む時もまた然り。正直メイスを扱うのだから筋力を上げても良かったのだろうが、私としてはどうしても必要以上の筋力を上げたく無かった。少しばかり残った女としての何かがそうさせるのだろうか。可愛らしさなど、今の私には必要がないのに。

 

「連れの事は残念だが……なぁに、亡者になったわけじゃないんだろう?なら心配しなくていいさ」

 

 メイスを金槌で打ちながらアンドレイが私を励ます。私は頷きもせず、ただ背中を壁にもたれ掛けさせ彼の扱う炎を眺めているだけ。

 

「次は病み村か……あそこは除け者が最後に辿り着く場所だ」

 

 蓄えられた知識を持つ鍛冶屋の老人が呟く。私の次の目的地は、このロードランの最底辺にある場所。全てから見捨てられた者達が行き着く吹き溜まりのような場所。神々の土地であろうとも汚点はあるようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その姿のなんと情けない事か。

 

 アストラとは貴族の国である。誇りは高く歴史は長く、人々は自らの人生がこれからも輝かしいものであると疑わず、ただ路地裏に潜む貧困と奴隷達による基盤があってこそという事を忘れている。

 そんな貴族達が着飾るのは最早当たり前で、彼らの着るものは須く金のかかっていそうな物。それは戦地で命を守る為の鎧でさえも上質である。

 

 だがそんな上質で貴いはずの彼は今、これ以上なく哀れで無残で有り体に言えばダサい。不死教会の屋根から落ちた彼。本来ならばそのまま落下死するはずの彼は、あろう事か落下中に大鴉に捕まりそのまま運良く祭祀場まで運ばれて来たのだ。真、貴いとは運の事である。彼は不必要な死を回避し人間性の浪費を防いだのだ。

 問題はその鴉にそっと降ろしてもらえず、まるで投げ出されるように心折れた騎士の前に降り立った事だ。

 

「はっはっは……何かと思えば」

 

 地面に投げ出され全身を強打した若い騎士を笑う。ただ笑い、何もせず心折れた騎士はオスカーが立ち上がるのを見ていた。

 本当は笑いたくなどないはずなのに。彼の役目がそうさせる。違うだろう、と自問自答する彼はそれでも認めたくないのだ。頭上で鳴り響く鐘を鳴らしたのが、こんな若造であるはずがないと。

 心折れるまで、何年と費やし等々折れてしまった彼の人生を否定されているようで。

 

「あの子は……鳴らしたのか」

 

 立ち上がった上級騎士がまず呟いたのは自らの事ではなく、連れの女のことだった。一緒に居た美人だが口と目付きが悪い女。どうやらこの騎士は鳴らしていないらしい。そしてあのいかにも使命など関係なさそうな女が鳴らしたのだとしたら。それこそ、ちっぽけで折れ掛けたプライドを今度こそへし折ってしまいそうだ。

 

 だけれど、なぜだろう。人とは、人間性とは。折れようとすればするほど、どうにかして燃えようとするのだろう。柄にもなく彼の朽ちた戦士としての(ソウル)が鐘の音に疼く。

 

「へぇ……なるほど」

 

 だが、すぐにそんな燻った火も長年の諦観が押し留めてみせた。心折れた騎士は結局立ち上がる事もせずに、しかし若い騎士に声をかける。

 

「その調子でヤバいほうも頼むぜ。ハッハッハ……」

 

 乾いた笑いを、オスカーはバイザーの下で哀れむ。その目つきに気がつかないベテランではないだろう。それでも何も言わないというのは、きっと自分でも自分が哀れだと思っているから。そして彼女が警告した通り、その姿とはいつか来る未来の自分であるかもしれぬ。故にオスカーは、焦るのだろう。焦るように、その場を去る。

 合流するのも良い。だがこのロードランに生きる以上同じ世界である可能性も低い。むしろ今までがおかしかったのだ。あれだけ一緒に死に、しかしずっと同じ空間にいるなどと。会える可能性が低いのであれば、今はきっと使命を優先すべきだ。きっと現実主義である彼女ならそうする……

 

 オスカーなりに考えて、彼は次の目的地である病み村へと向かう事にした。そして心折れた彼に呼び止められる。

 

「おい。お前さん、病み村に行くんだろう?」

 

「そうだが……」

 

 てっきりオスカーは心折れた騎士がまた皮肉でも言うのだと思った。一々それを気にしていられるほど広い心を持たぬオスカーだが、それでも今のチェインメイルを着込んだこの戦士の顔に彼は惹きつけられる。

 くたびれて髭を蓄えただけのはずのその顔は、確かに輝きを戻しつつあったのだ。

 

「なら、直接向かうのはやめておきな。まずは最下層へ行け」

 

 それは先人からの助言である。

 

「病み村はあんな場所だがかなりヤバい場所だ。城下不死教区の下層から最下層に行けるから、道中小汚い婆さんに会え。毒消し用の苔玉やら何やら売ってくれるはずだぜ」

 

 スラスラとこの男は病み村の攻略法を語り出す。オスカーは当初唖然としながらも、その真剣さに応えるべくしっかりと話を聞く。それは継承。いつか来るその時のために。人の遺志とは語り継げるものだ。

 私も時を同じくして病み村へと向かうために行動し。しかし私とオスカーが再会するのは大分先の事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その金ピカの鎧を見た時に、思わずため息が溢れてしまった。別に彼が悪いわけではない。ただ、ここに居たのが探している上級騎士であったならばどれほど安心しただろうか。

 特徴的な金色の鎧に抱かれた彼は祭祀場の篝火よりも一段下の崖側に腰掛けて何かを見ていた。まるでぼうっと、亡者達が虚無を見つめるように。しかし何かに惹かれるように。兜に隠れた視線の先にあるものは……牢だ。

 

「……ああ、貴公か。あの時の礼だ、受け取ると良い」

 

 こちらに気が付いた彼はわざとらしく声を鳴らすと何かを投げ渡してきた。これは、メダルだ。太陽が描かれた記念品……なのだろうか。そのメダルのソウルより残留思念を読み取れば、太陽のメダルというらしい。太陽の戦士がその誇りを称え合うための……待て、それはソラールの事だろう。なぜカリムの騎士がそんなものを持っているのだろうか。

 

「これをどこで?」

 

「不満か?だが人の好意は素直に受け取るものだぞ……クックック」

 

 そういう事を言っていた訳では無いのだが、彼には勘違いされたようだ。それにこの怪しげな笑い……まぁ良い。ガーゴイルの時は世話になったのだから。案外会話が苦手なだけで根は良い奴なのかもしれないし。信用はしないが。

 私はメダルをソウルの内にしまい、彼が注視していた先の牢を一瞥する。そこには誰かがいた。というより、閉じ込められていた。薄暗い牢の中はここからではよく見渡せないが、きっと女性だろう。

 

「哀れなものだよ。使命やらなんやらと、人とはまったく愚かだな。クックック……」

 

「使命? ……まさか、彼女は火防女?」

 

 きっとそれを見て彼も何か思う所があったのだろう。私の質問に目の前の騎士は頷いた。そしてくつくつとまた笑えば暗くしゃがれた声で言う。

 

「まぁ、使命というのであれば互いに等しいのだろうがな……」

 

 使命。私には正直、使命などという堅苦しいものはありはしない。ガーゴイルを倒して鐘を鳴らしたのもやる事が無いし同行していたオスカーがいたからこそやったのだ。もう一つの鐘がある病み村に向かう事だって、ただ私の気紛れに過ぎない。あの心折れた騎士のように呆けて過ごすよりもマシであるというくらい。

 しかし、あんな場所に閉じ込められずっと篝火を守り続けるだけとは。それは最早、使命とは言えぬだろう。呪いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 小ロンド遺跡というものがある。古く、まだ大王グウィンが健在であった時代の話だ。かの大王から小国を任されていた四人の公王は人の身でありながら王のソウルを分け与えられ、国を繁栄させたという。

 曰く、勇猛。曰く、人格者。その公王達は名君と言われるほどの人材であり。しかし彼らの国はある日水底へと全てが沈んだのだ。

 その理由には諸説あるが、ある時彼らは深淵に魅入られ神々の敵と化し、深淵を恐れる神々の怒りを買って水没したのだと。だが彼らは死なず、水底にあろうとも闇の騎士達を従え深淵の時代を待っているのだと言う。

 

 よくある御伽噺の一つだ。最も火の無いところに煙は立たぬ。脚色されようとも事実なのだろう。私の知ったことでは無いが。

 

 火継の祭祀場からエレベーターで下層へと辿り着けば、その小ロンドは確かにあった。最早ソウルが枯れ果て襲う気力すらもない亡者達を尻目に、水没した遺跡を眺める。国の興亡など散々見てきたが、それにしたって国を住人丸ごと水没させるなど神々もイカれた事をするものだ。

 病み村への道はその反対側、飛竜の谷の方向だ。簡単な鍵を持ち前の器用さで外して谷へと進む。

 何とも安全を排除し切ったこの谷は、人ひとり通れるだけの道しかない。一歩足を踏み外せば谷底へ真っ逆さま、また祭祀場の篝火で目覚める事だろう。

 朽ちかけた吊り橋を渡り道を進む。正直進むべき方向は分からない。アンドレイも詳しい場所までは知らないとの事なので、病み村への道は私が見つけなければならないのだ。

 

 そうして進んでいけば、少しだけ開けた場所に出る。しばしの落下死からの解放だったが、問題は次から次へとやってくるものだ。まるで腐り果てたようなドラゴンの大きな死体が転がっているではないか。しかし近付かなければ無害であるようで、そっと通り過ぎようとする私にドラゴンは何もアクションを起こさない。

 しめしめとその場を通り過ぎようとして、私はふとドラゴンの目と鼻の先に何かが置いてあることに気が付いた。もしかすればこの先有用になるかもしれない。近付くのは本意ではないが、取っておいて損はないだろう……

 

「あぁ、やっぱりそうなるのねッ!」

 

 見事、落ちていた遺留品を拾った私に気が付いたドラゴンゾンビが目覚めて暴れ出す。何か瘴気のようなものを撒き散らすそれを背に私は全力で逃げ出す。あんなもの相手にしていられない。オスカーがいれば協力して倒すこともできるかもしれないが、相手は腐ってもドラゴンだ。一人で倒そうとすれば何回死ぬか分からないだろう。

 

 そうして動きの遅いドラゴンゾンビをやり過ごすと、今度は青い飛竜が飛びもせずに道を塞いでいた。それも複数。そいつらは私を見るや否や、口から炎ではなく雷を吐いてくる。ちょっと待て、ドラゴンというのは炎を吐くものでは無いのか。

 雷など、木の盾では防ぎようもない。私は咄嗟に先程拾った竜紋章の盾を取り出して構える。竜紋章というくらいだ、竜からの攻撃に滅法強いのだろう。

 

「い゛ッ!?」

 

 そんなことは無かった。盾を伝って雷が私の身体を痺れさせる。無いよりはマシだった程度のものだ。

 黒焦げにされる前に私は飛竜へと肉薄し、頭をメイスで叩き付けた。だが硬い鱗を持つ飛竜の前に私の攻撃は有効打を与えられない。多少怯んだドラゴンはすぐに体勢を立て直すと、その獰猛な牙で私を食い殺そうと目論む。

 盾でその一撃をいなし、私はまたしても逃げ出す。押してダメなら引いてみるのが一番だ。引いてもこの先にまだ飛竜がいるのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 三回ほど死んだが、とうとう辿り着いた。飛竜共が闊歩する狭い通路を抜けた先にあった洞窟に逃げ込めば、不死の憩いである篝火が徐に置かれていた。どうやら私と同じく飛竜に追いやられた不死がいたようだ。

 何はともあれしばらくその篝火で休息を取る。一体病み村はどこにあるのだろうか。この洞窟の先が病み村なのだろうか。どちらでも良いが、これ以上死ぬと亡者状態から復活するのに人間性が足らなくなるからやめてほしい。どいつもこいつも殺意が高過ぎるのだ。

 

 肌の艶を取り戻し、私は先へと進む。どうやらここは病み村では無いようだ……太陽の陽すらも満足に届かないであろう薄暗い森へと出る。道を間違えたかしら。

 ともあれ拾うものは拾う。先程拾った、オスカーとお揃いの私が嫌いな祝福が施された直剣やまるで役に立たない竜紋章の盾とは違い、今度は有益な物を拾った。その名も草紋の盾。由来はもはや分からぬが、少なからず魔力が込められているらしく持っていると疲れが和らいでいく。これは使える。

 

 良いものを拾ったな、と暗い森の中一人喜んでいたのも束の間、耳が何かの音を捉えた。

 

 ガシャ。ガシャ、ガシャ。

 

 

 

 それは、鎧の音。

 

 上方の崖から聞こえてきた音に、私は少しばかりの希望を見出した。こんな鎧とは無縁の森なのだから、もしかすればオスカーの着ている上級騎士の鎧かもしれない。彼もまた病み村へと向かい私同様迷ってしまったのであればあり得ない話では無い。

 そんな、希望的観測。だからいつも痛い目に遭うんじゃないか。

 

 近付く鎧の音に釣られてみれば、それはいる。

 

 斧槍と盾を持った黒騎士。その(ソウル)の強大さたるや、ガーゴイルやデーモンの比では無い。それは確かに人間からかけ離れた神に連なる者達の一人。火に焼かれ灰となり、それでも尚彼らはロードランに彷徨いデーモンを狩り尽くそうとしている。

 見よ、あの大きな斧槍を。あんなもの、人間相手に使うべき物では無い。自身よりも強大な敵を須く屠るために用いたその武器は、なんと禍々しいものか。それでいて、やはり彼ら大王に仕えし騎士ならではの実用性と美しさがある。

 武器のことは、正直分からぬ。だがそれでもあの誇りと矜持は触れずとも伝わってくる。どうしてか、あれが欲しくなる。

 

 私はゆっくりと近づいてくる死を前に、メイスを構える。死なずとはいえ、ただで死んでやるつもりはさらさらない。

 

「ッ!」

 

 刹那、斧槍が私の胴を両断した。

 

 何も見えなかった。それは、神速。なるほどあのデーモンと刃を交えるだけの事はあるなと、私は急速にやってくる死の感覚に震えながら満足気に考えた。

 なら、何度でも闘ってその動きを捉えてやる。捉えて、殺して、ロードランに棲まう敵に殺されないくらいに強くなってやる。そうすれば、もうあんな思いはしなくて済む。

 自分の弱さを実感しなくて済むのだから。

 

 真っ二つにされた私はほくそ笑みながら顔面に斧槍の切先を突き立てようとする黒騎士を眺めた。そうだ、殺すが良い。だがそれは始まりに過ぎない。しっかりと(ソウル)を回収し、またやって来るのだから。

 

 

 

━━YOU DIED━━

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「その時さ、突然現れた亡者共を俺とユリアで蹴散らして見せたのさ」

 

 目の前の亡者は懐に差した刀を撫でると自らの勇姿を語った。そんな、ある種壊れた情景を上級騎士はへぇ……と少しだけ気持ち悪がりながら相槌して眺める。

 病み村へと向かう為に城下不死街へ再びやって来たオスカー。肝心の下層への向かい方が分からないために来たことのない場所へと足を運べば彼はいた。

 どうやら露店をやっている亡者らしく、口は悪いがしっかりと意識を保って商いをしてくれる。それは良いのだが、ふと彼の持つ刀を褒めたらどうにも気に入られたらしくかれこれ数時間も刀の自慢話やそれに伴う武勇伝を聞かされているのだ。

 まだ何も買っていないのに……

 

「あの、すみません」

 

「ああ? なんだお前、ユリアはやらないぞ。こいつは俺じゃなきゃダメだからな……へへへ」

 

 刀を大事そうに抱え、頬擦りする様は狂気だ。だがそれを非難することはできぬ。きっとそれが彼なりの心の保ち方なのだろうから。だから詮索もしない。しなくても向こうからベラベラ喋るのだが。

 

「ああいえ、そろそろ取引させてくれませんか」

 

「あ? ああ、すまねぇな。誰かにユリアの事を話すことなんてねぇもんだからよ」

 

 そう言えば彼は大きな袋に入った品々を広げていく。品揃えは……中々良い。少なくともオスカーがこの亡者に対する評価を覆す程には。

 とりあえずは消耗品であるクロスボウ用の矢を複数と底無しの木箱、そしてどこかの民家の鍵を買う。この亡者曰く、不死街の下層の民家の鍵らしい。有用な物があるかもしれないとの事なので、とりあえず購入した。まぁ安価だし、もし何も無くても痛手にはならないだろう。

 そして底無しの木箱。どうにも不思議な底が抜けてしまっている木箱だが……彼曰く無制限に何でも入れられる魔法の木箱だという。由来は分からぬが、男というものはそういう不思議に釣られるものだ。

 

 一頻り買い足せば、商人の下を後にする。そして向かうは下層。ここに入口が無いのであれば、思い浮かぶ入口らしき場所は後一箇所しかない。

 オスカーは雲の間から差し込む太陽を一瞥すると一緒にいたはずの不死の事を思い返す。彼女は今どこにいるのだろうか。彼女もまた、使命を果たす為にもう一つの鐘へと向かっているところなのだろうか。

 

 考えても分かるはずもない。今はただ、自らの事だけを考えよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒騎士の回転斬りが迫る。流れるような回転はおよそ重い鎧を着ているとは思えない程美しい。それでいて技とするのだから、一体彼ら黒騎士はどれほどの数の戦いを生き延びてきたのだろう。だがそれでも、最早目に追えぬ速さではない。草紋の盾を目一杯振りかぶり、その回転斬りに合わせる。

 

 すると、どうだろう。黒騎士の必殺の一撃は私の盾に弾かれて黒騎士はバランスを崩したではないか。

 これこそパリィ。オスカーがやっていたものを真似たに過ぎないが、ようやくできるようになった。多少タイミングが合わなかったせいか手が痺れるように痛いが、それすらも無視してよろめく黒騎士の腹にメイスを叩き込む。

 一発。黒騎士は更によろめいたが、それでも倒すには至らない。

 二発目。今度は相手の左膝をメイスで潰しにかかる。いくら神の僕であろうとも関節は弱い。黒騎士はそのまま膝をつき、背の高いせいで狙えなかった顔面を目の前に晒した。

 

「フンッ!」

 

 真上から大きくメイスを振りかぶり、重力と筋力に任せて頭蓋をカチ割る。一瞬大きく黒騎士の身体が震え、そのまま仰向けに倒れた。

 私はそのまま黒騎士に馬乗りになってひたすらにメイスを振るう。泥臭く、聖職者らしい事なんて何一つない。気がつけば黒騎士は動かなくなり、(ソウル)と化して霧散していた。

 

 息を切らしながら私はその場に倒れ込む。ようやく、ようやくだ。数十回死んでようやく黒騎士を倒せた。最初の数回は一回も攻撃できずに死んだ。死んだ回数が二桁に登る頃、ようやくこちらも攻撃する事ができるようになった。それでもあの鎧には歯が立たなかったが。

 そしてまた数十回死んで、ようやくパリィができるようになった。人間、何度も繰り返せばできぬ事なんどあんまりないのだ。

 

「はぁ〜……ふふ」

 

 そして、私は手に入れた戦利品を見て喜ぶ。今までメイスとかいう脳筋っぽい武器ばっかり使っていた私だが、やはり美しい私にはそれなりの武器というものがあるのだ。

 その名も黒騎士の斧槍。(ソウル)の業により私の大きさにリサイズされたそれは、しかし確かに強大な敵を倒すために造られた逸品。黒く煤けていても分かる、この武器は美しい。あの不死院で閉じ込められて何もできなかったからか、最近物欲が酷い。

 

「さて……私に相応しい武器かどうか、試させてもらおうじゃない」

 

 メイスを(ソウル)へとしまい、手に入れた斧槍を右手に持ち……

 

 ガクン、とその重さに驚愕した。それもそのはず、この武器は元々デーモンを討ち滅ぼすために用いられた黒騎士のための武器だ。人よりも大きな黒騎士だからこそ扱えた斧槍……どうして非力な私なんかが使えると思ったのだろう。

 圧倒的筋力不足。両手持ちでさえ満足に扱えぬそれは今の私には扱えないだろう。

 

「ぐぬぬ……はぁ」

 

 仕方ない。次からは筋力も鍛えなければならないだろう。私は斧槍を(ソウル)へと変換してこの森を進む。当初の目的を果たすとしよう……いいと思ったんだけどな、女の子に長い槍っていう組み合わせ。今は亡者だけれど。

 

 

 

 

 

 

 この森は、なんだ。

 

 結晶でできたゴーレムが徘徊し、目についた者を襲い。複数の首を持った奇怪な竜が湖に陣取っている。一体何をどうしたらそんな生き物が生まれるのだろうか。否、そもそも生き物なのだろうか。

 メイスで良かった。硬い結晶のゴーレム相手に剣では通用するかも怪しい。奴らは周辺に結晶を生み出しそれで突き刺してこようとするし、おまけに複数で襲いかかってくる。そして少しでも湖へと近付けばあの竜らしき生物が魔術を放って来る。

 そっと、私は湖方向から離れる事に決めた。別に目的はあいつらじゃないのだ。ならそっとしておこう。

 

 そうして私はこの狭間の森と呼ばれる薄暗い森を探索する。どう考えても病み村があるとは思えないが、仕方あるまい。何かしら有用な物があるはずだ。

 そうして木の根なんかで構成されたよく分からない亜人もどきや石造りの騎士なんかを相手にしたり逃げたりして進めば、いつのまにか私はアンドレイの所にいた。

 

「……お前さん、よくそっちの道からやって来れたな」

 

 ボロボロになった私を見てアンドレイは金槌を叩く手を止めた。

 この鍛冶場に至る直前、とんでもない強敵とぶち当たった。まさかあんな楔石でできたデーモンがいるとは……あれがアンドレイが言っていたデーモンか。知っていたら行かなかったのに。

 エスト瓶の中身は枯れ果て、すぐにでも篝火で休みたい。私はメイスを彼に預けて修理を頼むと、上階の篝火で生者へと戻り横になった。

 

 

 

 

 

「どうも、どうも! 私はオズワルド、見ての通り教戒師さ!」

 

 どうにも怪しい奴がいたものだ。篝火で休息し、今は黒騎士の斧槍をアンドレイに強化して貰っているので今一度不死教会を探索してみれば……ガーゴイルがいたその先、鐘の塔内に怪し気な男がいるではないか。

 カリムの教戒師。罪の女神ベルカを信仰する彼らは、人々に犯した罪の反省と救済を促す存在だ。噂には聞いていたが、まさかロードランで出会うとは。見るからに胡散臭い黒づくめの格好と顔を隠すマスクは、教戒師というよりは詐欺師だ。

 

「免罪の懺悔かな? それとも告罪? ……須く罪は私の領分だよ」

 

 ニカっと口元が笑む教戒師。目だけはバッチリと開きこちらを見ているのだから気持ちが悪い。

 

「いや。罪など、そう簡単に洗い流せるものではないだろう?」

 

「おやおや、それはどうかな。たとえ聖職者であろうとも、罪というものは犯しているものだよ。さて、私は教戒師だが商売もしているからね……罪を犯していないというのであれば、どうだね。ソウルと引き換えに何か欲しいものを手に入れると良いさ」

 

 何とも俗っぽい教戒師だ。

 

 

 

 

 

 

 胡散臭いが、余った(ソウル)で解呪石を購入した。これは呪いと呼ばれる……得体の知れない状態異状を解除するものだ。未だ私は呪いを見た事が無いが、呪われた不死は石と化し、復活してもずっと呪われた状態になってしまうのだという。

 ここは神々の地ロードラン。何が起きても不思議ではない。これが買えただけでも儲けものだ。

 

 アンドレイから斧槍を受け取り、再び森……黒い森の庭を探索する。相変わらず筋力が足りていないせいで扱えないが、それでも私のものだから預けっぱなしにはしない。

 鍛冶屋曰く、どうやら病み村はあの飛竜の谷の分岐点にあったらしい。つまり私は道を間違えたドジっ子というわけだが、それならそれで良い。どうにも好奇心がこの森を探索しろと私の(ソウル)に語るのだ。そうして探索と戦闘に励めば、数個の毒消し用の苔玉を手に入れた。おまけに厳重に閉ざされた扉も見つけたのだ。

 

 ━━お前さんには悪いが、あの先には行かせられねぇな。あそこは容易に入って良い場所じゃねぇ……あそこは、そっとしておくべきなんだ。

 

 アンドレイが言っていた事を思い出す。どうやらこの先は墓所のようだ。墓荒らしは趣味じゃないからどうでも良い。鍵もアンドレイが持っているようだから、もし必要であるのなら彼を説得しなければならないだろう。

 扉をスルーして先へ進むと、やはりまた木の亜神と石造りの騎士が道を塞ぐ。多少筋力を鍛えたおかげでメイスの一撃がよく通る。何ら苦戦もせず(実は一回死にかけた)私は見つけた遺跡へと足を運ばせた。

 

 

 異端の魔女、ビアトリス。いかにも魔女のような格好をしたその霊体は、まるで私を待っていたかのようにサインを出していた。

 協力者がいる事に文句は無い。むしろ戦闘での負担が減るから歓迎する。何が異端なのかは分からないが、召喚された彼女はちょっとだけ恥ずかしそうにしてから帽子を深々と被り不器用そうな一礼をしてみせた。可愛いなぁ。

 

 何はともあれ、先へと進む。遺跡を登れば、案の定白い濃霧が私達を待ち構えていた。なるほど、あの魔女はこの先の強敵に手を貸してくれるためだけにあの場にサインを出していたのか。お人好しなのだろうか。

 濃霧を潜り抜ければ、そこは天井のない一本道の狭い通路。

 

「あれは……鳥?」

 

 思わず、目にした存在に疑問を抱く。

 

 ゆらゆらと浮かぶ大きな鳥。否、蝶。月光を浴びて光るその姿は美しく。しかしその大きさと不自然さに恐怖すらも抱くその姿は。

 

 

 月光蝶。まさにその名が相応しい。

 

 

 ビアトリスが魔術を展開する。いくつかの小さな(ソウル)の球が彼女の周りを浮遊する。あんな魔術があるのか。聖職者のくせに信仰がないせいでろくな奇跡も使えなかったし使う気もない私だが、魔術は中々かっこいいじゃないか。

 さて、それはいいのだが。問題はどうやってあの月光蝶と戦えば良いのだ。ああやって飛ばれては手が出せない。倒さなければ濃霧は晴れないだろうから先へは進めないし……

 

 と、ビアトリスが新たな魔術を展開する。ソウルの矢と呼ばれる初歩的なそれは、青白い光と共に矢となって浮かぶ月光蝶へと突き刺さる。聖職者である私でもその魔術を知っているくらいの初歩的なものだが、やはり見た目と同じく理力も高いようで月光蝶の皮膚を大きく抉った。

 そうなれば月光蝶も私達の存在に気がついたようで、やられっぱなしな訳も無く負けじと魔術を放ってくる。凄まじい速度で発射された緑色の矢は、一度に何発も放たれるせいで避け辛い。盾がなければ貫かれていたかもしれない。

 ビアトリスの周囲に浮かぶ(ソウル)の塊が月光蝶へと迫る。見た目の割に強い魔術だったらしく、浮かぶ月光蝶を大きくよろめかせた。

 

「おお、強いぞビアちゃん」

 

 蚊帳の外の私が彼女の事を鼓舞すれば、その魔女はプイッと顔をそっぽ向けた。やはり恥ずかしがり屋のようだ。

 

「おっと、なんだあれは」

 

 その時だった。月光蝶の口元が光だす。まるで魔力を貯めているような、そんな光景……

 

 刹那、眩い光の束が月光蝶の口から発せられる。それは通路の奥から薙ぎ払うようにこちらへと迫ってきているではないか。まずい、どうやら怒らせたようだ。

 私は黒騎士との戦いで得た経験をもとに、それを横にローリングして避ける。間一髪、転がるのと同時に通り過ぎた光の束を避け切る。危なかった、あんなものに当たってはいくらなんでも死ぬ。

 だが避けた私と違ってビアトリスはそれをモロに食らってしまい、手足を遺して蒸発してしまった。その姿の何と哀れな事か。私を助けようとしてくれる霊体は碌な目に遭わないのか。

 

「よくもビアちゃんを……!」

 

 別に友達だとは思ってもいない。だが快く協力してくれた上に恥ずかしがり屋で可愛い魔女を殺された事を怒らないほど薄情でも無い。

 どうやら月光蝶はあの一撃で疲れ果てたらしく、フラフラと飛べば次第に近付いて通路へと降り立った。今がチャンスだ。

 

 私はすぐさま羽を休める月光蝶に近付きメイスを振り被る。そして勢い良くその芸術品のような頭をかち割った。生々しい音が響き、月光蝶の頭が粉砕される。どうやら筋力を鍛え上げたおかげでたかがメイスでさえも致命の一撃と化したようだ。

 奇声を上げながら霧散する月光蝶。ビアトリスには申し訳ないことをしたが、何はともあれ勝利は勝利だ。美しい事が正義とは限らないのさ。

 

 

━━Victory Achieved━━

 

 

 

 

 

 

 通路の先は行き止まり。やはりこの先は病み村への道を探すために飛竜の谷に戻らなければならないようだ。溜息を吐き、私はすぐ横の遺体を一瞥する。それは良く知る屈強な鍛冶屋の灰と化した遺体……もしかすれば、この遺体は異なる世界のアンドレイなのだろうか。

 手にするのは種火。大事そうに握るその遺体は、死んでもその種火を守り続けていた。

 遺体の手から種火を攫うと、(ソウル)に収納する。別に義理堅くも無いし、ましてや死んでしまった者達に気を遣えるほど出来た人間でもない。

 

 だが、ソウルを得ると言うことは、こう言うことなのだろう。誰かが残したものを受け継ぐこと……柄にも無いわね。

 

 (ソウル)から帰還の骨片を取り出せば、私はそれを砕く。後に残されたのは冷たい灰と化した鍛冶屋の遺体、それだけだ。

 

 




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最下層、呪術と魔術

 

 

 

 

 

 城下不死街下層はまさに掃き溜めだ。上層よりもタチの悪い亡者と(ソウル)に飢えた犬共に溢れ、やって来た者共を殺しにかかる。おまけにどういうわけか同じ亡者を火に焚べ、燃費の良い薪代わりにして余所者を歓迎していないようだ。

 盗賊の存在も、下層の治安の悪さに拍車をかけている。いきなり家々の扉が開いたかと思えば厄介な盗賊共が連携して襲いかかってくるのだ。亡者と化しても尚、他人から奪う事は忘れていないあたり、彼らは職務に忠実なのだろう。こちらからすれば溜まったものではないが。

 

 それらを何とか撃退し、試しに購入した鍵で家々の扉を一軒一軒開けようとしてみれば、彼はいた。

 

「本当に助かった。一時はどうなるかと……」

 

「無事で何よりだよ」

 

 オスカーの目の前にいる魔術師の男、名をヴィンハイムのグリッグスと言う。聞けば誰かにこの民家に閉じ込められ途方に暮れていたそうだ。その誰かとは、言うまでも無いだろう。

 ともあれ誰かを助けられたという事はオスカーにとっては悪いことではない。彼は生粋の善人だから、人助けとあれば喜んでする。使命に影響がなければ。

 

 何やら魔術師にも使命があるようで、祭祀場に戻るとの事だ。正直助けたのだからこの先の探索に少しでもついて来て欲しかったが、文句は言えないだろう。使命は何よりも優先される事だ。それが不死であるのならば特に。一先ず彼には聖職者の女不死と会ったならば自分の事を伝えてほしいと頼んだ。

 そうしてまたもや盗賊と犬の連携をすべて叩き潰せば、濃霧が立ち込めている場所に辿り着いた。きっとこの辺りの主なのだろう。濃霧を発生させるということはそれなりに強大な(ソウル)の持ち主に違いない。そしてそういった輩は大抵何か大切な物を持っている事が多い……らしい。連れだった聖職者がそんな事を言っていた。

 

 意を決して濃霧を潜れば、やはり強敵がいる。山羊頭のデーモン。前に対峙した牛頭のデーモンよりも小さいサイズだが、それでも身体は頑強で両手に握る大鉈は人を殺すのに適している。加えてデーモンの周囲にはまるで配下のように犬が数匹いるではないか。

 複数戦は苦手である。特別な力を持たぬ不死にとっては特に。

 

「クソっ! どうにかして犬からやれないものか……」

 

 迫るデーモンの大鉈を掻い潜れば犬が牙を剥く。犬に集中すればデーモンが回り込んでくる。何とも嫌な組み合わせだ。単体であるならばさほど苦戦はしないだろうに。

 

「犬の方が厄介だな……!」

 

 大鉈の攻撃を盾で受けながら呟く。すばしっこい犬は鈍重な装備のオスカーには脅威である。一先ず近くの階段を登り、その先で一体ずつ相手取る。一体、また一体と犬を排除すればようやくデーモンとの正々堂々とした戦いに持ち込めるのだ。

 デーモンも犬がやられると少し危機を感じたのか、間合いを取ってこちらの出方を伺ってくる。きっとカウンター待ちなのだろう。

 ならばと、オスカーは盾を背負ってクロスボウを取り出す。撃ち出されたボルトは的確にデーモンの胸に突き刺さる。卑怯とは言うまいな、そちらもそちらで複数で挑んできたのだから。

 

 

 

 

 

 

 その後は御山の大将である山羊頭のデーモンをあっさりと屠れば、オスカーはデーモンから奪った鍵を手に更に下層へと向かう。鎧のおかげか(ソウル)の業のお陰か、特に致命的な負傷などもしていないのは幸いだった。

 盗賊をいなし手頃な扉を開けて進めば見覚えのある下水へと出た。火継ぎの祭祀場から不死街へと繋がる下水に違いない。

 予想は当たり、内鍵の掛かった扉を開ければやはり見知った下水道。なるほど、ここに繋がっていたのだなと一人納得すれば薄暗い柵の向こうに亡者がいた。一瞬身構え、しかしその亡者から話し掛けられたならばその疑心も杞憂というもの。亡者━━あの心折れた騎士の語っていた小汚い老婆は言う。

 

「あんたまともかい? ならあたしの苔を買っておくれよ! あんたのソウルが欲しいんだよ!」

 

 何ともまぁがめつい老婆だ。オスカーは剣を納めれば、

 

「病み村はどこに?」

 

 と尋ねる。

 

「なんだいあんた、あの肥溜めに行くのかい? なら尚更苔が必要だよ。ほら、買っておくれよ」

 

 どうやら何が何でも買わせたいらしい。どちらにせよ苔は買うつもりであったから、オスカーは仕方なくこの会話の一方通行を行う老婆の商売に応じる。

 買うのはもちろん老婆の言う苔玉。紫毒の苔玉と呼ばれるそれは毒を打ち消す薬草のようなものだが……これを食すのは勇気がいる。綺麗な花が生えているものもあるが、それはより強い効力を持った猛毒を解毒するのに必要なのだそう。

 そして老婆曰く病み村には猛毒を扱う者達も多くいるのだとか。なんと恐ろしいことか。

 

 老婆との商売を終え、オスカーは先へと進む。例え死んでも祭祀場から最下層への道が拓けた今、苦労も少ない。そうしてデーモンから奪った鍵が合う扉を見つければ、彼はこの城下不死街の最下層へと足を踏み入れる。

 

 最初に感じたものは、酷い腐臭と血の匂い。まるで臓物がそのあたりにぶちまけられてるのではないかと思うほどに臭う室内は、しかし正しく最下層である。

 最下層とは単純に、城下不死街の下水や死体の捨て場を指している。そこが病み村に繋がると言うのだから、かの村は一体どれほど腐れ切っているのだろうか。

 狭い室内で亡者や犬を屠りながら進めば、それは唐突にやって来た。大きな躯体を持った亡者……まるで解体人のようなその敵は、オスカーを見つけるや否や手にする大きな肉断ち包丁で迫り来る。

 彼も武器をクレイモアへと切り替えれば、解体人の一撃を避けつつ大剣をふくよかな腹へと突き立てる。

 なんて事はない。ただ大きくて体力が多少あるだけで、鈍重で頭も良い訳ではない。ならば筋力と適度な持久力を持ったオスカーの敵ではないのだ。

 

 そうして敵を滅すれば、大樽が大量に置かれている部屋へと辿り着いた。先の部屋とは比べ物にならぬほどの腐臭。その中で、声が聞こえる。

 

「おい、おいあんた……」

 

 最初は幻聴かと思った。不死となり戦い続けて来たのだ、疲れからか幻聴まで聴こえるようになってしまったかと自嘲気味にその不気味な部屋を後にしようとしたのだが。

 

「待ってくれ、頼む……こっちだよ」

 

 懇願する声に立ち止まり目を凝らせば、部屋の最奥の樽から頭だけが見えるではないか。それは紛れもなく人だった。

 

「君は……一体どうしてそんなところに?」

 

「好き好んで居るんじゃないさ、なぁ頼むよ……! 死ねねぇのに生きたまま食われるなんざ堪ったもんじゃない、助けてくれ……!」

 

 どうやらあの解体人達に捕まってしまった哀れな不死のようだ。これが連れの聖職者ならば躊躇ったかもしれないが、幸いこの上級騎士はお人好しだ。ならば助けない道理も無い。

 邪魔な樽をクレイモアで叩き潰し、時折中身の得体の知れないものを鎧に浴びながら捕まっている男の下へ辿り着けば、慎重に彼が入れられている樽を破壊する。なんというサイズ感だろうか、よくもまぁこんな人がすっぽりと入る樽があるものだ。

 

「助かったよ……おかげであいつらに食われずに済んだ」

 

 どうにも珍妙だが実用的な服装に身を包む男は、見ただけで呪術師であると理解できる。特段オスカーは異端であるとされる呪術に思う所は無いが、それでも生の呪術師を見るのは初めてだ。

 

「俺は大沼のラレンティウス。助かったぜ、この借りは必ず返すよ」

 

「それはいいが……しかし君も大変だな、あんな奴らに捕まるなんて」

 

 そう同情すれば彼は自嘲気味に笑ってみせた。

 

「まったくだね。生きたまま料理しようなんざ……ここの亡者共はイカれてる」

 

 しばらく情報を交換し、呪術師は一度祭祀場に戻るとの事なのでオスカーは再び探索を進める。どうやらこの遥か先に病み村の入り口があるようだが、大分困難な道のりだそうだ。もちろん彼にも聖職者の女不死と出会ったのであれば自身の事を知らせて欲しいと頼んである。

 そうして調理場のような解体場を漁れば、鍛冶用の種火を入手する。ここを出たのであればアンドレイに渡せるだろう。

 肉食のスライムやネズミを掻い潜り、とうとうオスカーは下水らしい場所へ出ることができた。城下不死街のそれとは異なりこの下水はかなり大規模なものだ。恐らくロードラン全体の居住区の下水が流れ込んでいるのだろう。そしてその汚水が行き着く先は……言わずもがな。

 

「どこにでもいるのだな、虐げられる人々というのは……」

 

 見つけた篝火に座り、彼は一人呟く。いかに貴族の国として名高いアストラと言えども綺麗事だらけではない。貴族がいると言うことは奴隷がいる。金持ちがいれば貧困に喘ぐ人々がいる。確かにオスカーは世間知らずの坊ちゃんかもしれないが。そんな彼でも見て来たものがある。知っていることがある。

 このロードランは、そんな世界の縮図。華やかな神々がいたこの地は、言い換えれば神々のために人々が犠牲になる場所。なんと世界とは悲劇に満ち溢れていることか。

 

 

 いいや、ダメだ。こんなネガティブな考えになっていては。自分には、それを差し置いてでも成し遂げなければならない使命がある。その使命が一体どんな意味を持つのかも分からぬが、それでも不死となり追放されたとしても。

 むしろ、そうなってしまったからこそこの使命に縋らなければなるまい。でなければいつか自分も理性なき亡者のようになってしまうだろう。

 

 休憩を終えオスカーは下水道の探索を再開する。汚水で濡れて不快な足元を気にもせず、鼠を屠り奇怪な煙を吐く大目玉を持つ蜥蜴のような生き物を斬り殺す。まさかこの蜥蜴のような生き物が呪いを振りまいているなどと、彼が思うはずもない。

 

 その時だった。不意に脳が揺れる感覚。それは自らの世界に他世界の者がやって来るサイン。

 

 

━━闇霊 トゲの騎士カーク に侵入されました!━━

 

 

 そんな楔文字が脳裏に浮かぶ。初めての事だった。明確な殺意を持ち、この上級騎士を屠る為に誰かがやって来るなど。

 そうして通路の奥から禍々しい程の赤黒い光に包まれた霊体がやってくる。なるほど、トゲの騎士と称される程のことはある。鎧から盾、そして剣までトゲのような意匠があり、事実あれは戦闘にも使われるのだろう。戦士としての直感が、出血を予期させる。

 

 オスカーは気高いアストラの直剣と紋章の盾を手に侵入者と対峙する。ここで撃退しなければあの闇霊は死ぬまで追って来ることだろう。別に一度の死は気にすることではないが、それでも騎士として戦いに負けるようなことは許される事ではない。それは意地だ。

 

 一直線に闇霊はオスカーに向け走り込む。そしてその禍々しい直剣を振り上げてみせる。

 

「っ!」

 

 間一髪その攻撃を避ければ、オスカーは闇霊の側面へ回り込んで剣を振るう。ガンっという金属が弾け合う音が響く。オスカーの反撃は刺々しい盾により弾かれたのだ。

 一度互いに距離を置き、出方を窺う。侵入するだけあって対人戦は慣れているのだろう、トゲの騎士はじっとこちらの隙を狙っているようにも見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 正直神聖な武器を作るつもりなどありはしない。ただ拾ってしまった種火がたまたま神聖なものだっただけだ。仮にこの場で神聖な武器を作ったとしても、自身が持つ信仰では大した威力にはならないだろう。どうせ私は名前だけの聖職者だ。今更神に祈る事なんてありはしないのだ。

 聖職の種火をアンドレイに預け、月光蝶から得たソウルを全て筋力に注げばようやく黒騎士の斧槍が両手で扱えるようになる。しかし何とも大きくて重い武器だ、片手では未だ保持するのがやっとでまともに扱えないだろう。

 

 一先ずは不死教会の敵を殲滅してみることにした。重く長い斧槍相手ではいかにバーニス騎士であろうと攻撃は届かない。一方的に突いたり叩いたりを繰り返し蹂躙すれば、呆気なく大きな騎士様は死んでみせた。どうやらバーニス騎士は祭壇に斃れた火防女の魂を眺めていたようだった。理性無き亡者が何を思いそれを見ていたのかは今ではもう分からないが、今ではその魂も私の手にある。

 ある種、これは略奪だが……いつまでも放置されているよりは良いんじゃ無いだろうか。少なくともその遺志は私に継承されるのだから。それに実用的な事を言ってしまえば、これでエスト瓶の効果を増大させられるはずだ。

 一体エスト瓶の材料が何なのかは知らないし知りたくもない。しかし一つ重要なのはエスト瓶があれば死から遠ざかると言う事。今はそれだけで良い。

 

 教会の敵を殺し終え、祭祀場に帰れば寂しいはずの祭祀場は賑やかなことになっていた。エレベーターを降りて直ぐ、何やら聖職者らしき一団がいるではないか。

 あのペトルスとかいうキノコ頭に話しかけてみれば、どうやら此奴らが彼の待ち人だったようだ。いかにも話しかけないでくださいと言わんばかりの聖女様とその付き人達。まぁ良い。同じ聖職者とは言え、彼らはしっかりと信仰を抱いているようだから。好きにすれば良いのだ。

 

「おい、あんたもしかして聖職者か?」

 

 ふと、呪術師のような見た目の男に話しかけられる。こんな奴さっきまでいなかったのにどこから来たのやら。

 

「残念だけど懺悔は聞いてやれないよ」

 

 警戒しつつそう突き放してやれば、男は笑う。

 

「ああ、やっぱり。その太々しさ、あの騎士の連れだな」

 

「オスカーを知ってるの?」

 

 思わず私は男に迫る。少しばかり驚いた男は、しかし私の美しさに見惚れたのか口許を綻ばせた。男というのはどうしてこうも……

 

「ああ。ついさっき助けられてな。奴さん、今頃最下層から病み村に向かってる最中だよ」

 

 私は内心安心した。やはりオスカーは亡者にならず、病み村へと向かっていたらしい。世界線はどうなっているのかは分からないが、この男に干渉できると言うことは同じ世界か近い世界にいるはずだ。合流できる可能性もある。

 一先ず私は男から距離を取り、話に興じる。少しばかり彼の持つ火に興味を持ったのだ。

 

「あんた、呪術師?」

 

「ん? ああ、そうだぜ。なんだ、あんた呪術は気色悪い口か?まぁ聖職者だしな……」

 

「いや。むしろ奇跡の方が気色が悪いわ」

 

「え、あぁ、そうか……珍しいな、聖職者なのに」

 

 その偏見はどうかと思うが、まぁ確かに聖職者なのに一つしか奇跡を覚えていないのはおかしいかもしれない。と、目の前の呪術師が何かを閃いたかのように語り出す。

 

「そうだ、ここで会ったのも何かの縁だ。何より奴さんの知り合いだしな。どうだ、あんたも呪術を学ばないか?」

 

 願ってもない提案だった。今の所物理的な手段しか攻撃方法がない私にとって呪術は魅力的だ。聞けば呪術は魔術のように才能が無くとも扱えるそうだし、相手は勝手に教える気満々だし、悪くない。

 しかし呪術か……本来異端とされるその業は、私達聖職者が扱うべきではない。でも、そんなよく分からない掟など犬にでも食わせれば良い。

 

「ソウルならあるわ。全部教えて」

 

「ほう! やる気だな。俺はラレンティウスってんだ。あんたは俺の教え子第一号だから、特別に御師匠って呼ばせてやるよ」

 

「ぶっ殺すわよ」

 

 調子の良い男だ。だが、悪い気はしない。先生など、気味の悪い聖職者しかいなかったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 正直、六目の伝導者にとってこの最下層は最悪の勤務地に他ならなかった。

 流れる下水がそばにあり、汚らしい鼠共が流れてくる死体を漁るような場所だ。臭いは凄いし汚いし、歩くだけで長い丈の衣装は汚れるというもの。それに仕事といってもただこの高台から下の階にたまに現れる「竜」を眺めてその行動を記録するだけ。いくら尊敬する主人からの命であろうとも鬱になる。

 

 ふと、チュチュっと鼠の一匹が彼の足元にやって来る。背の高い伝導者はしゃがみ込み、これまた大きな鼠に餌代わりの苔玉をやる。それを嬉しそうに食べる鼠……別に伝導者は飼っているつもりはないが、いつからかここの鼠達にも懐かれてしまった。今ではこの餌やりが彼の日課の一部と化している。汚らしくとも愛らしいものはあるものだな、と考えつつも何か真新しい発見でも無いものかとも思ってしまう。

 

 ならば喜ぶが良い。その真新しいなにかはすぐそこにあるのだから。

 

 完全に無警戒だった伝導者は突如として転がって来た何かに弾き飛ばされた。声を上げる間もなく、彼は眼下に広がる竜の住処と化した下水に投げ出され、落下していく。彼が最期に見たもの、それは闇霊のトゲの騎士が無様に転がされ、上級騎士の鎧を着た不死がそれに剣を突き刺す瞬間だった。

 そして、伝導者はとうとう真新しい発見をするのだ。死という、最期に成し得る発見を。それは不死の誰もが忌み嫌う落下死だが。

 

 

 

 

 蹴り飛ばしたトゲの騎士が倒れれば、すぐにオスカーはその胴にアストラの直剣を突き刺した。いかに鎧と言えども楔石で強化された剣の刺突は耐えられまい。案の定、オスカーを苦しめたトゲの騎士は返り討ちに遭い赤い(ソウル)と共に霧散していく。

 

━━Invader Banished━━

 

 強敵だったが、何とか倒した。やはり道中殆ど死なず、かつ余った(ソウル)を筋力と体力、そして持久力に注いだおかげだろう。やはり力こそ正義だ。

 さて、何やら鼠が騒いでいるが駆除して階段を下る。何やらあのトゲの騎士を蹴飛ばした時に下に落ちた気がしたが何だったのだろうか。まぁ良い。

 

 見晴らしの良い場所から階段を降りれば、何やら見慣れたサインがある。これはあの太陽の騎士ソラールと金ピカ鎧のロートレクのサインだ。彼らもまた異なる世界の同じ場所で使命に勤しんでいるのだろうか。

 有り難くそのサインに触れ、二人を召喚する。そして現れるのはあの太陽賛美のポーズをしたソラールと、どこか太々しいロートレク。霊体になるとソラールの方が金ピカ具合が増す。

 彼らに敬意を表し一礼すれば、階段を更に下る。するとあるのはやはり……濃霧。やはり彼らは強敵を前にサインを出していたようだ。親切なことだ。

 

「よし……では、行こうか二人とも」

 

 鬼が出るか蛇が出るか。三人は霧を潜る。まさかとんでもない生物が出てくるとも知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 手の内で燻る火を目の前に投げる。ぼうっという音と共に、生み出した炎はしっかりと球体と化して壁に激突した。まるで球技をしているような、しかしそれでいてこの火の球は命を燃やすための業だ。

 

「おお! もうそこまで覚えたか、飲み込みが早いな……まぁソウルをふんだんに注ぎ込んだからな」

 

 隣でラレンティウスが手を鳴らして賞賛する。未だ呪術の火は私の手の中で燻り更に燃えるその時を待っているようだ。これは凄いものだ、思わず見惚れてしまう。

 そんな私にラレンティウスは賞賛も程々に警告する。それは呪術師ならば誰もが知っている事であり、誰も抗えない事。

 

「呪術ってのは、つまるところ火の業だ」

 

 警句と言っても良い。気の良い男は真剣な面持ちでそれを語る。それだけ彼にとってこの呪術というものは真剣になるものなのだ。

 

「火を織し、利用する原初の命の業だ。だから呪術師は自然であろうとする」

 

 思い返すように彼は自らの手に生んだ火を眺める。まるで不死が篝火の炎に憧憬を見出すように。

 

「俺のいた大沼もそういう場所だった。いつかあんたにもわかってもらえるさ……だから、そうだな。火を恐れろよ。かつて呪術の祖であるイザリスは、自らが生んだ炎に飲まれてしまったんだからな」

 

 炎とは。人とは、炎を操っているのではない。ただ利用しているだけ。その恩恵を得ているに過ぎない。それを克服し、我が物とするなどもっての外。この警句はそういう事なのだろうか。

 

 

 

 

 さて、彼から呪術を学んだところでもう一人話すべき人物を見つけてしまった。祭祀場の裏にひっそりといる魔術師だ。まるで見つけて欲しくないとばかりにおかしなところにいるものだ、この魔術師は。

 どうやら彼もオスカーに助けてもらった口らしい。ラレンティウスと同じような反応をされて笑われた。あいつはいったいどういう紹介をしたんだ、まったく。ともあれ、魔術は私も使ってみたい。最初は素質がないと言われて教えてもらえなかったので篝火で理力を上げてから再び門を叩いたのだ。

 

「そう、頭の中でスクロールの内容を唱えて……」

 

 だが呪術とは異なり魔術とは扱いが別の意味で難しい。呪術が直感で為す業であるのならば、魔術は論理と知識で織りなす業だ。なるほど、魔術師は素質がないとなれないと聞いていた理由がよく分かる。

 貰った杖を掲げて集中し、頭の中で詠唱する。言葉に出しても良いらしいが、それだと邪念が混じるとのことだ。そしてようやく私の杖からソウルの光が漏れ出し、矢となって手近の壺を砕く。

 

「ふむ、悪くない。初心者でここまでできれば上出来だ」

 

「効率が悪いわね」

 

「慣れればそうでもなくなるよ」

 

 魔術の鍛錬を終えて彼と会話をすれば、あの聖職者一同の話題に。

 

「どうやらペトルス殿曰く彼らは注ぎ火を求めて地下墓地に向かうらしい」

 

「注ぎ火?」

 

「なんでも篝火を育てる術だとか……同じ聖職者でも知らないのだな」

 

「悪かったわね不真面目で」

 

 何度目かも分からない聖職者のくだりを終え、私は篝火でしばし休息をする。休憩がてらちらりとあの聖職者の一団を一瞥すれば、あの聖女様は相変わらず祈りを唱えていた。

 何とも健気な事だ。不死となり、追放にも等しい使命を与えられたにも関わらず、ああも真摯に神に祈りを捧げられるとは。祈ったところで不死から戻れる訳でもないのに。ああ、聖職者のああいうところが嫌いなのだ。何をしてくれるでもない神に祈りと人生を捧げ、何を為すでもなく死んでいく。

 私は聖職者だが、なりたくてなった訳じゃない。だから、絶対彼女とは分かり合えないだろう。神など……本当の意味での神などいないのだ。

 

 ……嫉妬しているのか、年甲斐もなく。腹立たしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……って思ったんだけど、どう思う?」

 

 あの聖女様を見て思った事を、下にいる火防女に話す。彼女は相変わらず牢の中で俯いたまま何も語らないが、それで良い。別に会話をしたい訳ではないのだから。ただ、鬱憤を吐き出しているだけだ。相手からしたら迷惑この上ないが。

 話しかけて何だが、何も反応を示さない彼女に私はため息を吐いてしまった。そして(ソウル)から火防女の魂を取り出せば、柵の隙間から彼女に手渡す。痩せ細った彼女の手は今にも朽ち果ててしまいそうだが、それでも白く魅惑的だ。

 

 ……女が女に魅惑的、か。別にそういう趣味がある訳でもあるまいに。だが、どうしてかこの火防女には惹かれる何かがある。それは不死として、火に焦がれる運命を背負っているからか。

 エスト瓶を増幅して貰えば、私はこの場を去ろうとして。不意に金ピカ鎧から話しかけられた。

 

「……貴公、おかしな事をするものだ」

 

「うっさい金ピカ」

 

「き……」

 

 金ピカと言われて黙るロートレク。だが彼はその衝撃と怒りを抑えて語る。

 

「まぁ良い。それはそうと貴公、あの騎士は最下層を抜けて病み村へと向かったぞ」

 

 足を止めて、私はロートレクに向き直る。

 

「……どうしてわかるの?」

 

「召喚されて共に戦ったからな」

 

 どうやら彼はまたサインを出していたらしい。なるほど、となるとあの上級騎士様は少しズレた世界にいるのだろうか。

 私も病み村に向かわなくては。会えずとも、痕跡を探すくらいはできるはずだ。

 

 



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病み村、人食い

表紙を描きました。目次の概要から見れます。


 

 

 

 

 

 これは果たして、自然の先の進化であるのだろうか。若き上級騎士は下水に現れた異形の存在に恐怖する前にそんな疑問を抱く。

 三人で濃霧を潜り、遥か下層から現れた異形のドラゴン。腹は割れ、そこからは悍しい牙が姿を現し、まるで口を使う事なく直接獲物を食い尽くそうとする様は貪食の証。されど顔は紛れも無く竜のもの。だが貪り果てた先に太り過ぎたのか、その竜は翼も虚しく飛べやしない。今ではただの大きな大きな蜥蜴と化している。

 あまりにも常識離れしたその光景にオスカーは一瞬呆けるも、駆け出した二人の騎士を見て現実に戻る。右手にクレイモアを、左手にアストラの直剣を握れば彼もまた戦士として足を動かした。こんな大きさのものに盾など意味を成さないだろう。故の二刀流。

 

 ドラゴンの動きは何ともゆったりとしていて、しかし一撃は必殺たり得る質量を持つ。連携し、攻撃し、回避していけばその竜は尻尾を斬り落とされた挙句あっさりと……否、その生命力のせいで時間はかかったが、労せずに倒す事ができた。そして幸運な事に、竜の(ソウル)より得たのは病み村への鍵。きっと何も分からずに飲み込んでしまったに違いない。

 二人から餞別に太陽のメダルを貰えば、彼はまた進む。今度は目的の地、病み村へと。

 

 

「やぁ、こんにちは」

 

 

 どうにも珍妙な男だった。病み村へと到る通路へとやって来れば、どうしてかこんな掃き溜めで商売をしている輩がいるではないか。

 身につけている衣装や鎧は全てが奇妙で、しかしどこか趣きがある。そんな男はオスカーを見ると友好的に話しかけてきたのだ。名を、ゼナのドーナルと言うらしい。

 

「どうして貴公はこんな所に?」

 

 商売そっちのけでそう尋ねれば、彼は特に悩まずに語る。

 

「だって、こういうところの方が面白いものがありそうじゃないか」

 

 確かにそれは一理ある。男とはどうしてか冒険をしたくなるものだ。そして冒険の先にあるのは自らが望もうが望まいが宝であるのだから。オスカーはそんな男心を擽る珍品売りと取引をする事にした。

 身なりの割に売っているのは何とも普通であったが、気になるものもいくつかある。一つは黄金松脂。武器に塗ると雷の力を付与する優れものだ。

 

「良いものに目をつけたね」

 

 珍品売りが上級騎士を讃える。事実、雷の力というのは大王グウィンと関わりが深い上にどんな生き物であろうとも弱点たり得る。一体何からこんな松脂が取れるのかは分からないが、今後の戦いを見据えていくらか購入する。

 そしてもう一つ、オスカーが気になる売り物があった。それは、何らおかしなところは見当たらないペンダント。並べられた品々の中から、妙な存在感を発するそれを手にすれば、ドーナルは口を鳴らした。

 

「へぇ……君にもそいつの価値がわかるんだね」

 

「と、言うと?」

 

 座していた珍品売りが立ち上がり、オスカーの手にするペンダントの蓋を開く。そこには何も映ってはいない。ただ白く、無が有るのみ。

 

「このペンダントはね、持つものによって絵柄が変わるんだ」

 

 曰く、それは(ソウル)の業であるという。持ち主の(ソウル)に反応し、欲するものや大切なものが描かれるのだという。特段こういった品物に興味のあるオスカーではない。だがどうしてか、奇妙な魅力がこのペンダントにはある。

 ドーナルはオスカーに念を込めてみろと促す。言われるがままに、オスカーは雑念混じりの(ソウル)をペンダントに通わせるのだ。

 

 そうして現れた絵とは。

 

「……まさか、君とはね」

 

 今は逸れてしまった、あの現実主義で太々しく獰猛で、しかし案外面倒見の良い聖職者の少女が映っている。いつもは見せないような、柔らかな笑みを浮かべたその少女は、絶望と現実とは程遠いくらいだが。

 オスカーは兜の内で同じく微笑むとそれを買い取る決意をするのだ。

 

 ……こんなもの、あの娘には見せられないな。

 自嘲気味に笑い、しかし内に秘めたその想いを捨てる事なく。オスカーにとってあの不死は確かに希望なのだ。いかに本人があーだこーだ言おうとも、それは変わらない。

 

 

 

 

 

 

 

 ━━とんでも無い所だ、ここは。病み村に入って最初の印象は今述べた通り。

 

 病み村へと侵入した私はすぐ様住民の亡者共から手厚い歓迎を受けた。糞を投げ、毒の吹き矢を放ち、大柄な亡者をけしかけられ。飛竜の谷から入ってすぐに私は帰りたい気持ちで一杯。服はもう糞まみれだし、毒に侵されるし、大柄亡者の一撃はとんでもなく重いし。

 それでも、彼らをいなして通路を通り抜けられたのは斧槍の役割が大きい。これがなければろくに戦えなかったに違いない。突いてよし、斬ってよしと使い勝手の良い斧槍は重いが優秀だ。これこそ私の求めていた武器だ。

 

 そうして通路を通り抜ければ、今私がいる場所が病み村の上層である事を知る。眼下には病み村の禍々しい沼が広がり、そこへ降り立つためのエレベーターもある。できれば降りたくは無い。どう見てもあの沼に入る必要があるだろうし、入ったら毒にもなるに違いない。やだなぁ、あのどんどんと身体の芯が冷えていく感覚。まるで死をゆっくりと味わっているような感じなのだ。

 しかし立ち止まっていても仕方ない。早いところ二つ目の鐘を鳴らして祭祀場へ戻ろう。こりゃ戻るのも一苦労だろうが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここは最悪だ。すべてが不潔。まるで肥溜めの中に入った気分だ。

 エレベーターに乗っていたら亡者が吹き矢を放ってきたので堪らず途中下車してしまったのが運の尽き、仕方なく道なりに進んだ私であったが……何なのだ、この村は。そもそも村としての体を成していない。人が住めそうな場所も無ければ、あるのは亡者と気持ちの悪い虫の数々。

 確かに病んでいる。村ではないのだ。ここは追放された者達が、最後に行き着いただけの場所。ただ寄り添うためだけの場所。亡者は眠らず、寝床を必要としない。故の構造。ただ獲物が現れれば殺しに行く。それだけ。何を守っているのかは知らないが……何なのだ、この場所は。おまけに拾った奇跡の書は信仰が足りないせいで使えない。

 

 塔のような場所へと入り、しばらく身を隠してから探索を進める。本当にこっちで合っているのかすらも分からない。

 そして現れるわけのわからない巨大な虫。初めは無視しようかとも思ったのだが、何やら虫の近くに呪術の火を感じた。仕方なくチクチクと虫の攻撃範囲外から斧槍を突き刺していれば何とか虫を対峙する。

 手に入れたのは内なる大力と呼ばれる呪術だ。残留した(ソウル)から読み取るに、どうやら一時的に筋力と持久力を高める呪術のようだ……命と引き換えに、だが。ここぞという時の切り札というわけか。

 とにかく先へ進む。本当に目的地へと進んでいるのかは分からないが。梯子を降り、ようやく沼地へと辿り着けば今度は馬鹿でかい蚊のような虫とそもそも虫なのかもわからない生物に追いかけられる。

 

 仕方なく沼地を来た方向と逆走し、篝火が無いかを探索する。今死んでしまったら、また祭祀場からやり直しだ。今は一刻も早く篝火を見つけ拠点を作らなくてはならない。

 そしてやはり、下の沼地は人には毒となり得る成分で構成されているらしく、浸かれば浸かるほど命の灯火が小さくなっていく。事前に黒い森の庭で苔玉を集めておいてよかった。あの回り道は案外正解だったのかもしれない。

 

 そうして探索していればようやく篝火を見つける。そこは先程通った塔の最下層なのだろう、通路というかトンネルのように人の手が入った割と立派な場所だった。ここならば虫も来ないし、毒とも無縁だ。エスト瓶を補充し、しばらく休めば進む覚悟もできるというものだ。

 

 ふと、出発の間際にオスカーの事を思い返す。彼もまた私と同じくこの病み村に足を踏み入れているようだが、それにしては痕跡が何も無い。やはり彼は異なる世界にいるのだろう。そうなれば、最早合流は後回しになる。今は一刻も早く鐘を鳴らさなくては……

 

 

 そこで。途端に我に帰る。なぜ私は他人の使命をこうもやり遂げようと必死になっているのだろうか。オスカーと別れてしまった今、私にそこまでする理由は無いだろうに。心ではそう思っていても、どうしてか身体は動いてしまうあたり、どうにもオスカーに毒されたというべきか。

 ここロードランは時空が歪んでいるせいで時間の経過がよくわからなくなるが、それでも彼と一緒にいたのは数日程度だ。長い人生の中で、たった少しの時間しか一緒にいなかった彼との使命を……

 

 あぁ、なるほど。惚れた弱みという奴だろうか。

 

 自嘲気味に、私は一人くつくつと笑う。こんな長いこと閉じ込められていたババァが何を若造に惚れているのだという嘲りと、惚れてしまったのだから仕方ないという諦め。

 何にせよ、理由が欲しかったに違いない。きっと本当は惚れてなどいない。ただ顔が良く、それ以上に穢れの無い魂が羨ましかっただけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、オスカーもまた病み村の手厚い洗礼を受けている最中だった。

 正攻法で最下層より病み村へ侵入したオスカーは待ち受けていた忌人や虫共の猛攻に遭いながらも辛くも先へと進んでいる。ここまで死なずに来れたのはあの老婆の亡者から購入した苔玉のおかげに違いなかった。

 それにしても、ここは酷い有様で。アストラのスラムが羨ましく思えるほどの陰鬱さと殺意が常に振ってかかる。今頃彼が密かに羨む聖職者もこの地で戦っているのだろうか。

 

 病み村の上層で見つけた篝火で休憩しつつ、そんな事を考える。ふとあの珍品売りから買い取ったペンダントを(ソウル)から取り出す。カチリと蓋を開ければ、やはりそこに映るのはあの聖職者の笑顔。

 いくらこの病み村が陰鬱で人々から命と(ソウル)を奪おうとも、この笑みを見るだけで浄化される。あぁ、あの子は歳上なのかもしれないが、せっかく可愛らしい顔をしているのだからもっと微笑めば良いのに。

 ……否、それができないほど、何かを経験してきたのかもしれない。ああやって強情で、不満ばかり垂らすのもその経験から来る防衛本能なのかもしれない。

 

 オスカーはペンダントの蓋を閉じると、繋げられた鎖を首に掛ける。正直な話、(ソウル)の内にしまっておけば無くす心配も無いのにそうするということは。

 オスカーにとっての依存が、このペンダントであるというだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

━━闇霊 人食いミルドレッド に侵入されました!━━

 

 

 目の前の半裸の女は、何というか強烈な印象だ。赤黒い光に身を包んだ闇霊━━名を人食いミルドレッドという━━は、篝火で休憩を終えた私を殺すべく唐突にこの世界に侵入してきた。

 毒まみれの病み村においてボロ切れのような下着を纏い、頭にはずた袋を被り、手には何を料理するのか馬鹿でかい包丁。盾は見窄らしい木端の盾……名前からして私を料理する気なのか。死ねば(ソウル)へと霧散して復活するにも関わらず。

 

 足を取られる毒沼であろうとも平然と走り、包丁を掲げて走ってくるその姿はまさに狂気そのものだが……おっちょこちょいなのか何なのか、私が遠距離でソウルの矢を放てばこの闇霊はあっという間に死んでみせた。一体何をしに来たんだ。

 それにしても随分と魅惑的な身体をしていたな。太らない体質の私ではあの男を魅了するような胸や尻を再現するのは難しいだろう。栄養の乏しい病み村において、いかに不死であろうともああも身体を作れるのは素晴らしい。私は何を言っているんだ。

 

 何はともあれ、私は先へと進む。相変わらずの毒沼地帯と巨漢亡者が岩を投げてくるが、一回死んだくらいで済んでよかった。

 そうして毒沼を抜け、ようやく陸地……では無い。何やら得体の知れない白い糸のようなもので練り上げられた床が蔓延る通路へと侵入した。これは蜘蛛の糸……? それにしては随分と量が多いし太い。仮に蜘蛛だとすればとんでもなく巨大だろう。なるほど、ここを支配している強敵は醜い蜘蛛だな。正体見たり。

 

 通路を進めば案の定白い濃霧が待ち構えており、その横には誰かの召喚サインが描かれている。もしやオスカーだろうか。

 そのサインに触れ召喚を実施すれば……

 

 

 

 霊体 人食いミルドレッド を召喚しました。

 

 

 

 サインから悠々と現れたのはなんと先程撃退した人食いミルドレッドだ。相変わらず痴女みたいな格好で現れた彼女は、先程闇霊として現れた時とは打って変わってフレンドリーに手を振っている。私はその変化に少しだけ気味悪さを感じながらもぎこちない一礼をしてみせるのだが……

 何というか、目の前の霊体は本当に良い身体をしている。一見すれば太っているようにも見えるかもしれないが、男というのはどうもこれくらいの方が魅力を感じるのだと誰かが言っていた。それに胸も大きい。大きさでは勝てないのは分かっていたので落ち込む事などしないが、それでもやはりこの胸は見ていて何というか……うぅむ。

 

 じっと、私は霧を抜けるのもそっちのけでミルドレッドの身体を眺める。元々そっちの気は無いが、それでもこうまで完成された母性を見せられては見ないわけにはいかないだろう。

 と、何やら見られているミルドレッドがモジモジと身体をくねらせる。なんだ、恥ずかしいのかそんな格好をしておいて。

 

「いい身体しちゃってまぁ」

 

 まるでエロ親父のような発言をしながら私はニヤニヤと顔を綻ばせて彼女の剥き出しの腹を指で突く。これにはミルドレッドも少し怒ったのか、プイッと顔を背けて濃霧へと入っていってしまった。少し悪戯が過ぎたか。

 

 慌てて私も濃霧を潜れば、そこは広場のような所だった。まるで今から戦いますと言わんばかりの丁度良い広さだ……奥には先へ進めそうな階段があり、周辺は相変わらず蜘蛛の糸や土ではない肉肉しい何かによって作られた壁が見える。

 私とミルドレッドはしばしその空間を警戒しながら観察する。いつ敵が出てきてもおかしくはない。

 

 

 その時だった。

 

 ドシン、ドシンと。何か巨大なものの足音が遠くからする。その振動は姿が見えないにも関わらず、私たちの身体を震わせるほどの威圧感。どうやらここの主が出てきたようだった。

 右手に斧槍を、左手に草紋の盾を。すぐに杖を取り出せるように(ソウル)の表層に仕込んでおく。

 

 

 それは、確かに蜘蛛である。禍々しく、まるで呪術の火を思わせる赤き躯体は恐ろしい生物である事は変わりない。節足動物特有の複数の足が生み出す足音は、紛れも無く主と言って過言ではないくらい。いったいどうすればあんな邪悪な生き物が生まれるのだろうと思う。

 だが、それよりも。その上に……蜘蛛の上に、人がいる。遠目に見たらその光景は、蜘蛛を使役しているのかとも思った。まるで馬に乗る騎士のように。

 

 けれど違うのだ。あれは、そういうのではない。美人が、とんでもなく美しい誰かが、その上半身を余す事なく見せつけている赤毛の女の下半身が、正しくあの蜘蛛であるのだ。

 蜘蛛人と言ってもいいその女は、混沌の魔女クラーグ。私の知らないその魔女は、呪術の祖の娘。即ち混沌の娘である。

 

 混沌の魔女は私達を見るや否や、少しばかり驚いたような表情を浮かべ、すぐに口許を緩めた。まるで獲物を前に舌舐めずりをする肉食動物のように。残忍さ、凶悪さがこれでもかと伝わってくる。

 今から殺してやるぞと言わんばかりの彼女の(ソウル)が離れていても伝わってくる。

 

 ドシドシとこちらへ走り込む混沌の魔女。それに呼応するようにミルドレッドが走り出した。

 良く見れば混沌の魔女はその手に何か刀のようなものを持っている。刀というわりには禍々しいそれは、まるで呪術を宿しているかのように燻っていた。

 

 あの魔女に見惚れていたせいで出遅れた。ミルドレッドが肉斬り包丁を掲げて勇猛に前へと出る。それを見てすぐに呪術の炎を手に燻らせれば、私はあの女目掛けて火球を投げつける……が。

 

「ッ……」

 

 一瞬驚いたのかあの魔女は動きを止めたが、まるで効いていないと言ったようにほくそ笑んで見せた。ダメだ、呪術では奴の方が上らしい。ならばと私は杖を取り出し頭の中でスクロールを詠唱する。

 ミルドレッドが勇猛果敢に斬りかかるも、あの蜘蛛の下半身には効き目が薄いらしい。まるで鋼を打ちつけたように人斬り包丁は弾かれる。隙を晒したミルドレッドを、魔女の波動が吹き飛ばした。

 

「ミルドレッドッ!」

 

 転がる彼女の名を叫び、私のソウルの矢が魔女に飛んでいく。だが魔女はそれを刀で薙ぎ払えば、今度は私に向かって攻撃をしてくる。

 それは、溶岩。だがただの溶岩ではない。呪術師の端くれとして分かる。あれは呪術の一つ。絶え間ない呪術の溶岩は私を飲み干さんとまるで水のように迫り来る。

 ローリングして何とかそれをかわせば、今度は魔女自らがこちらに乗り込んで刀を振おうとしているではないか。盾を構え一撃を受けようとするも、熱はかき消せない。盾ごしに燃えるような熱さが伝わってくる……この熱は魂を喰らうのか。

 

 突然、魔女の躯体が衝撃に揺らぎ盾を焼かんとしていた刀が離れる。何が起きたかと思えば、なんとミルドレッドが溶岩の中を突っ切って背後からの一撃を与えていたのだ。

 足は溶岩のせいで爛れ、立っているのもやっとなはずなのに。久しく自らを呼んでくれた者のためにその身を犠牲に立ち向かう。

 

「ッ!」

 

 魔女は怒ったように振り返りながらミルドレッドを刀で斬り付ける。剥き出しの肌が、魔女の刀によって引き裂かれた。

 会って間もない……それどころか最初は敵であったはずの人食いだが、それでも彼女は協力してくれた不死だ。不死は死なず、ただ人間性を消耗するのみ。だが、それでも。

 

 見知った者を、ましてやあんなに恥ずかしそうに身体をくねらせ人間らしいことをしていた者を傷つけられる事など、見過ごせるほど落ちぶれてはいない。

 

 こちらに背を向けた魔女に、私は渾身の回転斬りを放つ。両手で保持された斧槍はとても重く、かつ生み出される遠心力は並の亡者であるならば両断するほどだ。

 私の一撃は魔女の下半身、蜘蛛の足を一本斬り落としてみせた。ガタン、とバランスを崩し倒れる魔女。彼女の尾は飛び乗るのに丁度良い。一気に彼女の下半身に飛び乗れば、驚いた様子の魔女が上半身を振り返らせて私を綺麗な瞳で見据えていた。

 

「うらぁああッ!」

 

 飛びかかり、重い斧槍の一撃を叩き込む。だが魔女はすんでの所で斧槍の長い柄を掴み、刃が当たるのを防いで見せた。

 

「ッッッ!」

 

 そうなれば彼女も逆の手で刀を突き刺そうとしてくるのは目に見えていた。私は彼女の腕を左手で押さえて拮抗する。

 

「このッ……!」

 

「……!」

 

 魔女が唸る。きっと向こうも同じような事を言っているのだろう。

 そしてこうまでして、ようやく彼女の美しい身体が見えるというものだ。興奮し、殺意に満ちた私だが何故だか恐ろしく冷静になっているのも事実。

 その長い髪は燃えるように赤く、後ろで束ねる事で戦いにも邪魔にならず女性のエネルギッシュさをも表現している。加えてそれなりに手入れもしているようで、艶やかさも見て取れる。羨ましいとも思うくらいに。

 肌もきめ細かく、一瞬彼女が魔物であることすらも忘れるほど白い。一体何をしたらこんなに美しく瑞々しい肌になるのだろうか。

 顔もまた、精巧な人形のようだ。整ったパーツは正に神の逸品。男であるならば魅了されるに違いない……オスカーがいなくて良かった。

 そして何より、胸。大きい。病み村の女性は皆大きいのか。彼女も例に漏れず、一糸纏わぬ大胆な女性だ。

 

「……何を、見てる」

 

「え?」

 

 喋った。驚いた。先程まで唸り声以外発さなかった魔女が、急に言葉を発したのだ。私は一瞬呆気に取られ、その隙に彼女が私を押し返す。

 まずい、と思ったのも束の間、魔女は刀を大きく振り上げた。迫る死の予感。盾は(ソウル)の表面に収めてしまっている。自身が斬られる想像と共に目を瞑る。

 

「……!」

 

 だが、いつまで経っても刀が振り下ろされない。不思議に思い目を見開けば。

 

「グ……! この、人食いが……!」

 

「ミルドレッド!」

 

 ミルドレッドが刀に覆い被さりその一撃を止めていたのだ。自らがその熱い刃に突き刺されているのも気にも止めず……彼女の献身は、正しく私の命に繋がる。我に帰り、私は斧槍を掲げて一気に魔女の胸に突き立てる。魔物に相応しくない血が、彼女の胸から噴き出て私の顔に飛び散った。

 だがまだ命はある。死んではいない。ならば殺し切るのみ。

 

「ぐ、うぐぅうう!」

 

 苦しみこちらを睨む魔女を無視し、思い切り斧槍を捻る。そして一気に引き抜けば今までとは比べ物にならないほどの血が噴き出た。

 とうとう諦めたかのように魔女の身体から力が抜ける。光を失いかけた硝子細工のような瞳が天を仰いだのを見逃さなかった。トドメと言わんばかりに私は斧槍を一回転させその勢いのまま首を刎ねに行く。これで終わり。

 

「グロアーナ……」

 

 刹那。彼女が誰かの名を呼んだ。その声が脳にこびりつくくらいには、その声が含む惜別の念が込められていて。

 私は無慈悲に、そして一気に、魔女の首を刎ねた。

 

 

 

━━Victory Achieved━━

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 沼地を抜けて開けた場所にやってきてみれば、想像していた強敵はいなかった。思い返せば濃霧もありはしないから、この上級騎士が戦うべき相手は今はいないのだろう。

 階段を登り、何かの遺跡へとやって来る。そしてそこには、彼が求めていたもの……大きな使命の鐘がその存在を示すように吊るされていた。

 オスカーはようやく自分が鐘を鳴らせる事に深い感動を覚える。教会の鐘は結局連れだった聖職者の少女が鳴らしてくれたわけで、彼は今の所何かをしたわけではないのだ。つまり多少なりとも自分の存在意義を証明できた。

 

 鐘を鳴らすためのレバーを見つければ、彼は意気揚々とそれに手を掛ける。すると、どうだろう。彼は見たのだ。

 稀に霊体のような存在が見えることがある。それは近い世界において誰かがその場にいるということ。召喚した霊体よりも薄いそれは、干渉することはできないが、造形はわかるものだ。

 そしてオスカーが見たものとは、同じくレバーを引こうとする聖職者の少女。紛れもない、彼の連れだ。

 

 彼女もまた、使命を果たしたのだ。その事にオスカーはある種の安堵と満足感を得ながらレバーを引く。すると、やはり大鐘はけたたましくその音色をロードラン中に響かせるのだ。

 オスカーは満足気に鐘が揺れる姿をしばし眺める。これで良い。これで自分は使命を果たしたのだ。これから先、どうなるかは分からないが。それでも一歩進めたのだ。

 

 

 しかし、どうしてだろう。

 

 

 霊体として見えた少女の表情は、どうしてか暗く。

 

 

 けれどもオスカーはそれを心の奥底に留めて祭祀場へと戻る事にした。今はまず、次の目的を得なくてはならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鐘が鳴り、地底から大きな音色が鳴り響く。その音の何とも勇ましいものか。

 だがそんなもの、今は気休めにもならぬ。私の心はまたしても協力者を死なせてしまった罪悪感と、言い得ぬ蟠りに支配されているのだから。

 

 あの魔女、混沌の魔女が最後に見せた顔。あれは誰かを思い、後悔のうちに死んでいったものが見せるものだ。あんな顔、デーモンや亡者ができるはずもない。美しく儚いその顔は、残した(ソウル)と共に私の中に留まっているが。ある種それは呪いだ。

 ……グロアーナ。彼女は最後にそう言ってみせた。彼女がなぜここに居たのかは知らないが。まさか不死の試練のためにわざわざ死ぬのを待っていたとは思えない。

 まるで誰かを守っていたのではないかと思えるほどに、彼女の炎は燃えたぎっていた。もしかしたら、私はとんでもないことをしてしまったのではないか。

 

 私は頭を左右に振ってそれを否定する。それがなんだ。自分が生き延びるためなのだ。向かってきたのは相手の方だ。ミルドレッドを殺したのも相手だ。自分を正当化し、私は骨片を砕く。

 何も考えたくない。何も、何も。使命のこともすべて。嫌な気持ちだけが残る。

 

 しかし私は知らなんだ。この先にはもっと、私を苦しめる記憶が待っているのだと。



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Accursed Souls
祭祀場、世界蛇


感想等お待ちしております。


 

 

 

 

 その臭いのなんと凄まじい事か。まるで肥溜めの中に鼻を突っ込んだかのような悪臭が祭祀場を覆っていた。その臭いに私も思わず顔を歪めて鼻を摘む。

 鐘を鳴らした後、私は病み村を登って祭祀場へと戻ってきていた。そして複雑な想いを抱きながら篝火で休もうとすれば、その想いすらどこかへ吹き飛ぶくらいのキツい臭いが鼻をつく。どうやらそれは心折れた騎士も同じようで、普段あれだけ捻くれてこちらを嘲笑っているくせに今では臭いにやられているのかえずいている。

 ラレンティウスは臭いに耐性があるのかいつも通り呪術の火を弄び、魔術師グリッグスは適度に手で風を扇いで臭いを消そうと頑張っている。

 

「クソ、ここまで臭いやがる……」

 

 なぜか火の灯っていない篝火に悪戦苦闘している私の耳に、心折れた騎士の声が入る。

 

「なんなの、この臭い?」

 

 私が問い掛ければ、彼は無言で祭祀場後方を親指で差した。どうやら何かあるらしい。そして時折聞こえるいびきのような音も無関係ではないのだろう。

 何にしても、篝火が点かなければ休めもしない。一体何が起きたのだろうか。一先ず私は彼が指差した方へと足を進める。その間ももちろん鼻を塞いで。

 

 それは、一体何なのだろうか。

 

 まるで竜のなり損ないのような何か大きな頭が、溜池だったはずの場所から頭を出して寝ているのだ。そして臭いの元はどうやらこの化け物の口臭らしい。

 この化け物、溜池の水と床をどこにやったのか知らないが、あまりにも長すぎる首が伸びた大穴は底が見えない。私は戦う事も視野に入れて、試しに話しかけてみる。

 

「ねぇ、ちょっと」

 

「グゴォおおお……」

 

 しかしこの化け物はちっとも起きやしない。あまりにもうるさいのに加えて臭いので、ちょっとイラッとした私は気持ちよさそうに眠る化け物の頭を足先で小突く。

 

「うぉ!」

 

 驚いたように大きくて朱色の瞳を開けば、その化け物はパチクリと瞼を動かして私を見据えた。その威圧感に思わず盾を構える。

 

「おお、お主か! 目覚ましの鐘を鳴らしたのは!」

 

 なんと威厳のある喋り方なのだろう。そして流暢だ。その化け物は見た目に反してかなり知性的なようだった。敵対心も見られないが、私はそれでも身構えてしまう。

 化け物はそんな私を無視して話し始める。まるでこっちの思惑などどうでもいいというように。

 

「わしは世界の蛇、王の探索者フラムト。大王グウィンの親友じゃ」

 

 その臭い口から語られたのはとんでもない経歴だ。大王グウィンの親友だと? かの大王が火継に旅立ったのだってもう何百年も前の話だ。それなのに、この自らを蛇と名乗った者は親友だと言う。一体何年生きているのだろうか……いや、不死だって寿命などとうに無いではないか。事実、私だってあの不死院で何十年も過ごしていたにも関わらず若いままだ。

 小さな事を考えるのは悪い癖だ。今はとにかく、この世界蛇の話を聞こうではないか。

 

「目覚ましの鐘を鳴らした不死の勇者よ」

 

「え、あれ目覚ましだったの?」

 

 思わず突っ込んでしまった。私達は今までこの蛇の目を覚ますために翻弄されていたようだ。その事に僅かな怒りがないわけでもない。だって何回も死んだし。

 しかし次に蛇が語った事柄で、その怒りも無理矢理に捩じ伏せられる。

 

「お主の使命は……大王グウィンを継ぐ事じゃ」

 

 大王グウィンを、継ぐ。それは即ち、最初の火を継げと言っているのだろうかこの蛇は。たかが聖職者の一不死たるこの私が?なんの力も無く、汚らしく生きてきたこの私が? 何を言うか。私にそんな資格などありはしない。

 フラムトはそのまま話を続ける。

 

「かの王を継ぎ、再び火を熾し、闇をはらい不死の徴をはらうことじゃ」

 

 火は陰り、不死が生まれる。その事は知っているし常識だ。つまりもし私が火を継げば人は不死の呪縛から逃れられるのだろうか。

 

「そのためにはまず、王都アノール・ロンドで王の器を手に入れねばならぬ」

 

 王都アノール・ロンド。神話として聞いたことがある。かつて大王グウィンが築いた王国、その中心。即ちロードランで一番の都だ。その都は美しく、神々が棲まう場所とも。そして只人では行く事も叶わぬと。

 そんな場所に行けと言うのか、この蛇は。一体何回死ねば良いのだ。

 

 だが、それよりも。その使命とやらを遂行するつもりは私にはない。そういう大層な事はあのオスカーにでもやらせれば良い。きっと彼も並行する世界で病み村の鐘を鳴らしているのだろうから。私には身の丈に合わぬ話だ。

 しばらく私は瞳を伏せて考えるふりをする。あっさり嫌と言って仕舞えばきっと食い気味に考え直せと言ってくるに違いない。

 

「……残念だけれど、私に火を継ぐつもりはないわ」

 

 恐らく、面食らったのだろう。まさか鐘を鳴らしておいてまで断られるとは思ってもいないようだった。あんぐりと口を開けるフラムトは、ふと我に帰ったかのように言う。

 

「なんと……驚きじゃ。だが、まぁそうかもしれん。使命の不死は一人。お主が違ったというだけのことじゃ……好きにすると良い」

 

 案外あっさりとこの蛇は私の拒否を受け入れてみせた。予想ではもっと食い下がってくると思っていたのだが。どうやら火は陰っても、そこまで急ぐ事ではないらしい。

 

「だが折角目覚ましの鐘を鳴らしたのじゃ、わしはしばらくここにいる。心変わりしたら声をかけるが良い」

 

 とのこと。ならば好きにさせてもらう。

 

「……私の他に、もう一人使命を為そうとしている男がいるわ」

 

「うん? そうなのか……心得た」

 

 ならば、使命に必死になっている彼に火を継いで貰えば良い。彼ならばそういうのにピッタリだろうから。気高く、(ソウル)が綺麗な彼であれば火を継ぐ事も快諾するだろう。それに条件もほぼこなしているだろうし。

 私は世界蛇に背中を向けると祭祀場の火の消えた篝火へと歩き出す。少し確かめておきたい事があったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 何と奇怪な生物がいる事か。オスカーは湖に沈み暴れる多頭の竜を見て、そんな事を考える。

 ヒュドラ。それは伝承の生き物だ。竜種としては珍しく湖を好み、近付く者を一切寄せ付けぬほどの大きさと独特の魔術を扱うその姿は、正に王者。しかしそんな王者も、オスカーの涵養された剣技の前では役に立たなかったようだ。彼のクレイモアによって全ての頭を切り落とされたヒュドラは、湖の底に沈む前にその(ソウル)をオスカーへと献上してみせたのだ。

 

「結晶のゴーレムといい……ロードランはやはり常識が通用しないな」

 

 エスト瓶を飲み一息入れながら彼は呟く。彼は今、正直な話道に迷っていた。

 病み村の鐘を彼もまた鳴らし、そこを立ち去れば。私が侵入した経路で上層へと向かったのだが、それが良くなかった。初めての道という事もあり、彼もまたいつかの私のように飛竜の谷を抜け狭間の森と呼ばれる薄暗い森に迷い込んでいた。幸いだったのは、(ソウル)の業で鍛えた彼の剣技と筋力がここの敵を上回っていたという事だろう。

 迷ってしまったのであれば仕方ないと、もっともな理由を付けてこの森を探索する。本音を言えば冒険心があったに違いない。初めての場所とは、男心を擽るものだ。それが神々の地であるならば尚更。

 

 湖の浅瀬を歩き、彼は見つけた小道へと進む。彼の冒険者としての感が何かあると告げていたからだろうか。

 そして見つけたのは行き止まりにいる黄金のクリスタルゴーレム。それはオスカーを見つけるや否や例に漏れず襲いかかってくる。

 

 ゴーレムの拳は恐ろしい。硬く光るその拳は、その巨体も相まって打ちつけたものを粉砕する。

 だが当たらなければどうということは無いのは全てに共通することだ。オスカーは迫るパンチをローリングで避け、避けきれないものだけを盾で防ぎ一進一退の攻防を続ける。

 稀に周囲に結晶を這わせる危ない魔術も使うのだが、この上級騎士相手にそんな暇は無かったのだろう。例え黄金であろうとも、ゴーレムは彼の剣の錆と化すだろう。

 

「……なんだ?」

 

 だが、不意に。ゴーレムの肩から伸びる結晶の中に何かが潜んでいる事に気がついた。それは一見、少女のように見える。もしや捕えられたのかと思い、オスカーはその正義感を爆発させてゴーレムを圧倒する。

 そしてクレイモアの重い一撃がゴーレムを砕けば、黄金の結晶が舞った。現れるのは、白いドレスに身を包んだ少女。

 

 それはまるで、絵画のよう。儚く、いかにもお姫様といった美しさに心を奪われなかったと言われれば嘘になる。

 ゴーレムから解放され何が何だかわからぬと言った様子の少女に、オスカーはバイザーの下から暫し見惚れていた。

 

「……貴方が、助けてくれたのですね」

 

 儚い顔でそう感謝を述べる少女。オスカーはハッとして慌てて頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 牢の中で、血に溢れ項垂れる火防女を見据える。

 

 篝火の炎とは、火防女が身を捧げて守り不死の遺骨を焚べてようやく燻る神秘である。その火防女が死んでしまえばその場の篝火は消え去る事だろう。道中にあった篝火は、実は祭祀場のものと較べれば炎が弱い。辛うじて燻る遺骨が燃えているに過ぎないのだ。

 

 祭祀場の篝火は、まるでここに迷い込んだ不死を慰めるように燃え盛っていた。絶望し、しかし死ねぬ不死を労うように。

 篝火の炎は、その火防女の魂が反映されているのかもしれない。無口であった火防女は、しかしその心の内では私達不死を憐んでいたのだろう。見た目の見窄らしさとは裏腹に、何と清い心の持ち主なのだろう。

 

 そしていつでも、そういう者を殺すのは人の役割だ。

 

 私は彼女の上衣に羽織られているショール(マントのような羽織物)を手にすると背後にいたであろう者の名残を見つめる。

 

 カリムのロートレク。あの金ピカ鎧の怪しい騎士は、火防女を殺してみせた。そして祭祀場の篝火を、不死の安らぎすらも奪って見せたのだ。

 彼女に残されていた(ソウル)の名残が、私にその光景を幻視させた。そのショーテルで柵の内の火防女を殺す、その姿を。

 

 新たにやる事ができた瞬間だった。別にこの火防女と親しくしていた訳ではない。ただ一方的に話しかけ、無視されていた程度の間柄だ。

 だが、彼女の温もりを知ってしまったのだ。優しく、寒く、それでいて暖かい彼女の(ソウル)の名残は清らかで。私の中にわずかに残る精神的な意味での人間性が蛮行を許すなと語りかける。例え何か偉大な使命が奴にあろうとも。

 

 私は善人ではない。だが、義憤に駆られる事もある。

 

 最早亡骸と化した聖女の白い腕を、柵越しに触る。滴る血が、まだ死んで間もない事を物語っていた。……向かった先は分かっている。それもまた、彼女の(ソウル)の名残から読み取れたのだ。

 神の都、アノール・ロンド。次に向かうべき場所だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その少女は、ウーラシールの宵闇と名乗った。もちろんそれが真名であるなどとは思わない。だが王族には良くある事だ。貴族として、位の高い者達と関わったことのある上級騎士は何も追求しなかった。

 二人は一度、ヒュドラと対峙した陸地へと足を運び話に興じる事にした。それは少しばかりの下心もあったのだろう。不死となっても尚、人とは罪深い。

 

 そして話していくうちに、彼女はこの時代とは異なる、古い時代の人間であると理解した。流石ロードラン、かつてソラールが言っていたようにやはりここの時空は捩れ曲がっている。それ故に、こうした出会いもあるのだ。幸か不幸か分からぬが。

 

 そして同じ時空に留まるという事は容易くはない。故に彼女は語る。

 

「このまま消えてしまう前に、一つだけ聞かせてください」

 

 透き通るような声だった。如何な楽器であろうともこんな綺麗な音色は出せまい。

 

「私の故郷、ウーラシールは古い魔術の地です。その知識を、宜しければ恩人たる貴方のお役に立てたいのですが……」

 

 願ってもいない提案だった。こうして何かしらの縁を作っておけば、また会った時にでも話しかける接点ができるというもの。例え世界が離れても、繋がりがあるというのは孤独な不死には有難いものだ。

 

「もちろん、僕なんかで良ければ」

 

 快諾すれば、宵闇はくすりと可愛らしく笑い彼に古い魔術を教える。今日ほど魔術の素質があって良かったと思った日はない。

 

 覚えられる魔術を一通り教えて貰えば、時間切れが迫っているようだった。

 

「必要でしたら、ここにサインを書いておきますので……また召喚してください」

 

「そうするよ。色々とありがとう、宵闇」

 

 感謝を述べれば宵闇の姿が陽炎が如く揺らいでいく。と、その時。宵闇がスッと彼に近寄れば、その鉄で出来た兜の側面に唇を近づける。

 あまりの唐突さに彼は動けず、可憐な少女の口づけを許した。肌にされた訳ではない。しかし騎士として、命や剣と同じく大切な鎧に、美しい者の口付けを施されれば喜ばないはずがない。

 

「え、あ!」

 

「ふふ……ほんの、御礼です。それでは、騎士様……」

 

 悪戯っ子のように微笑む少女に、オスカーは完全に惚れたのだろう。消えていく彼女を見据えながら、彼はしばらく口付けを施された部分を触っていた。なんと初心なのだろうか。妬けるくらいに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その少し前。丁度、私が病み村で鐘を鳴らした時刻。センの古城と呼ばれる不死教会近くの古城にいた玉葱頭の騎士、ジークマイヤーは轟音で目が覚めた。

 開かぬ門をどうするかと考えに考え、答えが出ずにずっと唸っていた彼だが気がつかぬ内に夢の中へと赴いていたらしい。おぉ、と轟音と共に迫る振動に驚いて振り返れば、なんとあれだけうんともすんとも言わなかった古城の門が開いているではないか。

 

 ジークマイヤーはのっそりと立ち上がり、すっかり開いている門を前に歓喜する。果報は寝て待てと言うが、まさか本当に実現するとは思わなんだ。

 玉葱頭の兜をしっかりと被り直し、右手にツヴァイヘンダーと左手にピアスシールドをしっかりと握ると彼は柄にもなく深呼吸して一歩を踏みしめようとする。

 

 

「おお……これがかの試練、センの古城か」

 

 

 唐突に、彼の真横から聞き覚えのない声が響く。大らかな、それでいて安心感のある声だった。驚いてそちらを振り返れば、いつの間にか何やら珍妙な鎧に身を包んだ男がいるではないか。

 胸に描かれた太陽のシンボル。盾にも同じく太陽が描かれているが、きっとあれは自らが描いたのであろう。とても芸術的とは言えぬが、しかし彼の太陽への渇望を見て取れるその様にしばしジークマイヤーは圧倒された。

 

「……おお、気がつかなかった。貴公もまともな不死だな」

 

 その男も、ここでようやくジークマイヤーの存在に気がついたようだった。そして突然の出現にやや身構えるジークマイヤーに対しても彼はその太陽のように大きな心を変える事はない。ただ、いつものように話しかけているのだ。

 カタリナの騎士はしばし唖然としていたが、何やら波長が合うのかいつもの気分を取り戻して口を開く。

 

「そうとも。ここで門が開くのを待っていたのだが……ようやく開いた。貴公もセンの古城に?」

 

 その問いに太陽の騎士、ソラールは頷いて答える。

 

「この試練を抜け、俺は自分の太陽を探すんだ」

 

 その姿のなんと輝かしいことか。そして探すという点では、ジークマイヤーの目的とも合致している。最も、このカタリナ騎士の探し物とは目の前の太陽の騎士とは異なり暗く重いものなのだが。

 それでも、こうも陰気なロードランにおいて太陽のような男は気持ちが良い。

 

「ほう、自分の太陽か……うむ! それは良い。これも何かの縁だ。貴公、良ければ共に協力してこの古城を抜けようではないか」

 

 その提案に、ソラールはバケツ頭の兜の下で少しばかり驚いたような様子を見せた。

 

「それは良い。俺も丁度サインを探そうと思っていたところだ。俺の名はアストラのソラール。貴公の名は?」

 

 名を問われ、カタリナの騎士は胸を張って答える。

 

「私はカタリナのジークマイヤー。では参ろうか、ソラール殿。騎士に必要以上の言葉は不要……と言いたいが、いかんせん私は話好きでな。道中も飽きさせないように心掛けよう」

 

「ハッハッハッハ。それは良い。俺も喋るのは得意さ」

 

 そうして彼らは私たちの知らぬ所で妙な友情を芽生えさせ、古城に足を踏み入れる。例え、彼らの旅路の終着点が救いのないものだとしても、少なくとも今は一人ではない。不死とは時に孤独であり、しかしこうして友と在る事だってあるのだ。

 




駆け足にしないとソウルズボーン完結させるのに何年かかるかわからないんです


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センの古城、鉄球と騎士共

お待たせしました


 

 

 確かに、その門は開いていた。不死教会からアンドレイの火事場の方へ進んですぐ隣、前にオスカーと共に調査した大きな門。

 前に来た時はまるでそれが自然であるという様に不動の門と化していたが、今では鐘が鳴ったこともあり綺麗さっぱり阻む物はない。中は暗く、外の光とのコントラストのせいで何も見えないが、きっと今までと同じように一筋縄ではいかないだろう。

 そういえばあの玉葱ことカタリナの騎士はどこへ行ったのだろうか。行動すらもせず唸って考え悩んでいたが、門が開いたことで彼もこの古城に挑んでいるのだろうか。私には関係のない事だが。

 

 兎にも角にも、この物々しい雰囲気を放つ古城へと足を踏み入れる。敵の姿は今の所無いが……何やら人ならざる者の呼吸音が響いてくる。それも一つではない。どうやらまた傷だらけになりそうだ。

 警戒し、一歩一歩を踏み締め進もうとする。その時だった。踏んだ床に妙な感触があった。まるで森の中で動物の糞を踏んでしまったような感覚……私は身構える。もしかすると罠を踏んでしまったかもしれない。

 

「っ!」

 

 突如、正面の闇から矢が飛んでくる。胸へと寸分違わず飛んで来た矢をギリギリ転がって避けると、さっきまで踏んでいた床が盛り上がった。どうやら矢の罠だったようだ。避けなければ胸を貫かれていたに違いない。

 いきなり手厚い歓迎だ。不死の試練と言われるだけはある……いや、些か直球過ぎはしないか。

 

 そしてある程度の矢が放たれた後、それは姿を現した。

 キシャーっという分かりやすい威嚇と共に現れたのは蛇の頭を持つ……蛇人? と言えばいいだろうか。それなりに知性はあるらしく、手にはボロボロの大鉈と粗末な盾を持っている。そんな多少人間よりも大きいであろう化け物が二体も現れた。まるで罠に掛かるのを待っていたかのような登場だ。私は斧槍を両手で構えて対処する。

 戦いらしい戦いではない。戦術を持ち合わせているわけでもない。ただ彼らはその膂力と凶暴性を持って襲いかかってくるだけだ。亡者となんら変わりない。

 

 斧槍を脇で抱えて体ごと大きくスイングする。くるくるとコマが回るように、目が回ることも気にせず私は回る。ブンブンと音を発して回るその様は、滑稽であるが平面上の複数人相手の戦いにおいては有効だった。コマの一番外、斧槍の刃が的確に蛇人を巻き込んでいく。

 二回転くらいした所で、疲れが溜まる。だが相手からしてみたら私の戦法は予想外だったらしく、盾で防ぐまもないその連撃を避ける事は叶わず多少の傷を負わせることには成功していた。どうやら鱗のせいで普通の亡者共よりは硬いようだ。

 二体が怯んだ隙に、私は手近の蛇人の腹に斧槍を突き立てる。流石の鱗も黒騎士の斧槍の前には無力だ。呆気なく人と同じような血を噴き出せば、蛇人はその場にすっ倒れた。

 

 もう一体はその隙に体勢を立て直したようで、牙を晒しながら大鉈を振り上げ迫る。確かに大きな鉈で、いかに刃毀れしていようともまともにその一撃を受ければ私のような鎧も装備していない人間は頭をかち割られるだろう。それに盾で受けるにも膂力の違いで押し切られるに違いない。

 だが、それがどうした。

 

「ふんっ!」

 

 ならば弾けば良い。大振りかつ分かりやすい一撃は、黒騎士の極められた一撃には遠く及ばない。あっさりと草紋の盾で必殺の一撃を弾かれた蛇人は驚いたように口を開けて私を見据えていた。

 正確には、斧槍を自らに突き立てようとしている私を。斧槍の鋒が無防備な蛇人の腹を貫く。そのまま強引に足で押しながら斧槍を引き抜けば、蛇人は血を噴き出してぶっ倒れた。

 

「……案外強くなっているものね」

 

 どうやら今までの苦難は無駄ではなかったらしい。不死院のデーモン相手に殺されまくっていた頃の私ではないのだ。

 そう自惚れ、私は意気揚々に暗い古城を進んでいく。そして思い知らされるのだ。どうしてここが試練等と呼ばれているのかを。案の定私はギロチンのようなペンデュラムと待ち受ける魔術師蛇人に数回叩き落とされ死んだのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 その魔術師は小さな檻の中で困り果てていた。不死となり魔術の極地をこの目で確かめようとロードランに辿り着き、たまたま古城の門が開いたので誘われるがまま入り込んだのは良いのだが。好奇心は猫をも殺すとはよく言ったものだ。何か有用かつ見たことのないソウルの業を探していれば、いつのまにか檻に閉じ込められていたのだ。

 見た目に相応しい経歴の魔術師、ビッグハットのローガンは一人小さな牢の中で思索する。どうにかならぬかと考えるが、この牢の中では杖を振るうスペースすらもない。仮に魔術を行使できたとしても、鉄格子にぶち当たり離散したソウルが彼すらも襲うに違いなかった。

 賢者と呼ばれソウルの業に長けているからこそ、どうにもならぬ。手先が器用であるのならば針金やら何やらで開けられたのだろうが、生憎と彼はそういった俗世的な事を嫌う。彼の仕事は思索し、ソウルの真髄を探究すること。コソ泥とは違う。

 故に、とりあえずどうにもならない彼はこの場において思索に耽る。目を閉じ、しかし眠る訳ではない。

 

 そんな折。突如この牢獄の奥から轟音が響いた。思索を邪魔され瞳をそちらに動かしてみれば、何やら壁の一部が破壊され蛇人と見知らぬ人間が揉みくちゃになっているではないか。

 人間は見れば小娘で、彼女は強引に蛇人からマウントを取り不釣り合いなほど長い斧槍を相手の首元に突き立てている。ここからでもわかるほどの白い肌が、蛇人の血で赤く染まれば決着はついた。動かなくなった蛇人を通路から奈落の底に蹴落とせば、彼女は疲れたように息を切らしていた。

 しめた、と思う。もしかすれば……今まで出会った亡者共のように狂っていなければ、彼をこの小さな牢から救ってくれるかもしれない。無論それは無償だが、それだけの価値があるのだとローガンは自負している。

 だから彼は、尊大な態度で彼女がやってくるのを待つ。彼から助けてくれなんて叫ばない。そんな事は賢者のする事ではない。彼は偉大なビックハットのローガンなのだから。そんな彼を目すれば、誰だって助けてくれるだろう? ……冗談だ、そこまで耄碌していなければ自惚れてもいない。

 

 

 

 

 

 

 

 「死ね! 死ねッ!」

 

 倒れ込みながら私は小柄で器用な身体を上手く用いて蛇人の上へと座り込む。蛇人はかなり抵抗していたが、それでも私の手を止めるには至らなかった。

 凄い形相だったのかもしれない、私はいつになく殺意を向けて手にする斧槍を振り下ろした。最初は喉に、次に口に、最後に脳天に。オーバーキルと言われればそうかもしれないが、私はか弱い女の子だ。ちょっとソウルの業で強化され、黒騎士と呼ばれた神に近い存在が持っていた斧槍を手にしただけの聖職者だ。だから仕方ないじゃないか。

 蛇人は悲鳴を上げながらその(ソウル)を私に献上すると、ぱったりと動かなくなった。その一連の動きに疲れ果てた私は邪魔な蛇人の死体を通路から蹴落とし、しばらく座り込んで息を整える。

 相変わらず味は最悪だが、戦いの後のエスト瓶は身体に効く。

 

 この古城は殺意が高過ぎる。狭い一本橋にギロチンペンデュラム。そしてそれを躱しても魔術を扱う蛇人が待ち受けているとなれば、死にもする。死ぬ度に亡者から人間へと復活していたせいで人間性が底を尽きそうだ。せっかくドブネズミを狩って集めたのに。というかなぜドブネズミが人間性を落とすのだ。

 今だって、居眠りしていた蛇人を起こさないようにそっと抜けるつもりが自分のクシャミで起きてしまったせいで戦いになってしまった。その最中脆い壁を壊して挙句組付き合いになるとは思わなかったが。

 

 休憩も程々に先へ進もうとしたのだが。どうにも、視線を感じた。殺意ではない。何かと思い何やら人が一人入りそうな檻の数々を眺めていると。

 いかにも魔術師みたいな大きな帽子の爺さんがこちらを見ていた。それも何をしている、早く助け給えみたいな目で。

 

「……」

 

 思わず牢に閉じ込められている老人の前まで来てみれば、彼は態とらしく言う。

 

「貴公、まともな人間とは、珍しい事もあるものだ」

 

 それには同意する。どこもかしこも亡者だらけだ。

 

「私はビッグハットローガン。見ての通り囚われの身でな……貴公、解放してくれぬか」

 

 そういえば、私に魔術を教えてくれたグリッグスがそんな名前を言っていた。確か師匠だったか。

 

「只の老人故に碌な礼など出来ぬが……私の知識、魔術ならば教授できよう」

 

「ふむ……それはこちらとしても有難いわね」

 

 今の所魔術を使うよりも斧槍で殴った方が速い。グリッグス曰く偉大な魔術師らしいから、強力な魔術も使えるのだろう。

 

「ここは退屈すぎてな……もう飽き飽きなのだよ」

 

 それもそうだろう。私だってもし不死院の牢がこんな小さな物だったらとっくに亡者と化していたに違いないから。

 私は針金と拾った金具を用いて牢の鍵を弄る。どうやら簡易的な錠のようだ、苦労もせずに開けられた。手先が器用なのは良い事だ。色々と。

 ビッグハットのローガンは鉄格子に帽子を幾度かぶつけながら牢から出てくると、ふぅっと一息ついて言った。

 

「ありがとう、助かった。さて、このまま旅を続けるのも良いのだが……」

 

「まずは魔術を教えて欲しいけれど」

 

「しかしここはかの古城だ。いつ何時襲われるかも分からぬよ。……そうだな、諸々記する時間も必要だし、一旦祭祀場に帰る事にする。貴公、そこで魔術を教授しようぞ」

 

 悪くはない。確かに魔術を身につけるには適度な時間と場所を要する。問題は、この古城を制覇した後に私が祭祀場まで帰れるか分からない事だ。

 それに見た所礼儀を忘れるような輩でもないようだから、急ぎでなくとも彼が居なくなることはないだろう。今はまずこの古城の試練とやらを打ち破らなくては。私は老師に一先ずの別れを告げると先へと急ぐ。一刻も早くこんな場所抜けたい。少なくとも篝火は見つけなければエスト瓶も補充できないし。

 

 

 転がる大きな鉄球に潰される蛇人を見て、所詮は彼らも神の駒程度なのだと呆れる。蛇は竜の末裔だというが、それにしてはあんまりな扱いだ。

 そもそも一体神はどういう心境でこんなビックリハウスみたいな罠と仕掛けをこの古城に施したのだろうか。試練とは名ばかりで、実はかのアノール・ロンドで神々はこの光景を酒の肴にして楽しんでいるのではないだろうか。愚かに試練に挑んだ不死達が無惨に殺されるその姿を。何とも悪趣味だが、元より神と人とでは価値観が異なるのだろう。

 

 嫌らしい罠だ。丁度鉄球が一つ通れるだけの幅の坂の上には、鉄球を打ち出す仕掛けがあるようだ。その途中には横道があり、城内へと繋がっているのを見ると順路なのだろうが……少しばかり厳しいか。

 

 仕方がないので坂の下から調査をすることにする。もしかすれば鉄球に押し潰された不死の亡骸が何か有益な物を持っているかもしれないし。

 迫る鉄球を背に坂を全力で駆け降り、運良く見つけた通路に入る。そこで懐かし……くはないが、見知った者達を見つけた。

 

「う〜む……う〜む……」

 

「せめてもう少し間隔が短ければなぁ……」

 

 玉葱頭の甲冑に、太陽のシンボルが描かれた鎧。いつだったか出会ったカタリナの騎士ジークマイヤーと太陽の騎士ソラールだ。不思議なコンビだが、珍しい巡り合わせもあったものだ。彼らもやはりこの古城に挑んでいたか。

 心の荒んだロードランで見知った者達に出会うというのはある種の癒しだ。それが味方であればだが。

 

「難儀しているようね、二人とも」

 

 話しかければ思索していた二人はハッとしてこちらを見る。

 

「おお、貴公はいつぞやの……再び見えるとは、驚いたぞ」

 

「貴公もやはり旅を続けていたのだな。最下層であの騎士しかいなかった時はどうしたものかと心配したが……杞憂で良かった」

 

 どうやらソラールは最下層でオスカーと出会っているらしい。もしかしたら霊体として彼を支援したのだろうか。

 

「ソラール殿とも旧知の仲か、それは良い……まぁ、難儀していると言えば、その通りだ」

 

「うむ。どうもあの鉄球がな……俺はあまりスタミナがある方じゃないし、そもそも意外とこの鎧も重くてな」

 

「私も、その、なんだ。何となく太っているだろう?早くてな、あの鉄球……」

 

 なるほど、やはり彼らもあの鉄球に困っているようだ。私も同様だが、少なくとも彼らよりは機動力もスタミナもあるだろう。重いのは斧槍だけだし、スタミナだって(ソウル)を捧げて強化した。

 私は彼らの横の岩に腰掛けると、坂の上にある塔を指差す。

 

「どうやらあの塔から鉄球は来ているようだわ」

 

「うむ。だが、そこまで辿り着けぬのだ。どうしたものか」

 

 私はここぞとばかりに自分を指差す。

 

「私が止めてきてあげる」

 

「なんと! しかし……」

 

 どうやら彼らは何か勘違いしているようだ。私が無償でやるわけが無いだろう。

 

「てことで、人間性くれるかしら。ちょっと残りが心許なくてね。安いもんでしょ?」

 

 そう提案すれば、二人はしばらくキョトンと私を見つめたのちに笑った。

 

「はっはっは! これは良い、聖職者が見返りを求めるとは……実に人間らしい」

 

「うむ、うむ。不死でなかったらきっと良い女房になったに違いない」

 

 遠回しにバカにされているような気がするがまぁ良い。ちょっとした賭けだが、彼らも私に頼らざるを得ないだろう。見知らぬ輩であれば人間性を持ち逃げする可能性もあるが、生憎私は見知った人間。まともでないロードランにおいては見知った人間に対する信頼も自然と上がるものだ。

 私が手を差し出せば、二人はそれぞれ一つずつ人間性を差し出してきた。気前の良い男達だ、世の中の男が皆これほど気前が良ければ良いのだが。

 

 二人が見守る中、私は転がる鉄球の横でタイミングを測る。一つ、二つ、三つ。目の前を鉄球とそれに轢かれた蛇人が転がっていく。こいつらほんと学習しないな。

 そして四つ目の鉄球が目の前を通過した時。私は全力で坂を駆け登っていく。背後ではソラールとジークマイヤーが声援を贈るが、ぶっちゃけそれどころではない。

 塔から鉄塔が転がってくる。急いで横の通路に入り込めば、先程まで走っていた坂道が鉄球に踏み潰された。そしてまた私は走り出す。

 二回目の鉄球が迫り、今度は順路に繋がる通路へと駆け込んだ。本当ならもうこのまま鉄球を放っておいて先へ進みたいが、報酬はもう貰ってしまっている。覚悟を決めて塔へと走り出す。

 

 ガコン、という装填の音。それは息を切らした私が塔へと入り込んだのと同時。

 入ってすぐ横へローリングすれば直後に今まで私が立っていた場所に鉄球が放たれた。少しでも躊躇すれば私も蛇人達同様にペシャンコにされていただろう。

 

「ハァ、ハァ……! よし!」

 

 息を整えて鉄球を乗せた台を調べる。明からさまなレバーが台に取り付けられているのを見るに、恐らく鉄球の方向を操作できるのだろう。

 硬いレバーだが、思い切り力を入れれば何とか動いてくれた。有難い事に方向を変えている最中は鉄球が射出されないらしい。レバーを切り替えれば、鉄球はあらぬ方へと向かって射出された。これで良し。

 

 塔から出て二人に合図を送ろうとして、姿が見えない事に気がついた。もしかして礼もなしに進んでしまったのだろうか彼らは。

 

「……ああ、世界が、ね」

 

 しかしそんな醜い理由では無いらしい。どうやら私の世界と彼らの世界が再び分たれたようだ。よく目を凝らせば白く薄れた霊体が二つ手を振っていた。これで私も先へ進める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界蛇から新たな使命を与えられた。オスカーが伝承として聞いていた不死の使命は、本来の使命に対するある種の試練だったと言うことだ。

 どこかの聖職者の少女と違って彼はフラムトからの使命を否定することはしなかった。むしろ快諾した。こんな不死にもなし得る事があるのだと、逆に歓喜したくらいだ。疑うこともせず、ただ純粋であり続けた騎士は勇ましくセンの古城へと足を踏み入れる。

 

 確かに王都へ向かうための試練と言われるだけある。張り巡らされたトラップと敵の数々はそれはもう殺意に満ち溢れていたが、やはりオスカーは英雄足り得る素質の持ち主なのだろう。窮地に陥る事はあれど死なずに数々の罠を潜り抜けた彼の才能は天賦のものだ。

 城の内部は呆気なく制覇した。階段を登り、彼はようやく篝火の燃える音を耳にした。パチパチと優しく燃える音だ。

 

 ようやく休めると、彼は疲れた足腰を動かして音のほうへと向かう。どうやら崖っぷちを降りた所にあるようだ。

 

 ドスン、と鎧のまま飛び降りれば、彼は直ぐに振り返って篝火を目した。丁度そこには、篝火で休んでいたであろう聖職者の少女が驚いたように目を見開いて彼を眺めているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 殺意マシマシの罠を抜けてようやく見つけた篝火で休む。なんだってこんなレンガの崖を飛び降りた場所に篝火があるのだろうか、誰かが残したメッセージが無ければ見つけられなかったに違いない。

 しばらく私は硬いレンガの上に座り込んで篝火の炎を見詰めた。ボウボウと燃える篝火の炎は優しい。祭祀場でこの優しさを守っていた火防女を思い出す。

 

 別に何か親交があったわけじゃない。声も聞いたこともないし、目も合った事もない。

 それでも一人の不死として、あの篝火に救われていたのは確かだ。それはあの心折れた騎士もそうだし、きっと裏切り者のロートレクだって同じだったろう。

 

 不死が憩いとする篝火に焚べられるのはただの木片ではない。これは不死のために身を捧げた者達の遺骨なのだ。生きながらにして燃え、そして死して尚も焼かれる。(ソウル)も全て捧げて。そんな物達を、火防女と言うのだ。

 

 祭祀場の篝火は一際大きい。それは単に、身を投げた聖人とは異なる火防女がその火を絶やさず守っているからに他ならない。

 その身が朽ち、(ソウル)すらも消え果てるまでその使命は続いて行く。故に、火防女は救われない。私はあの陰鬱な火防女に、救いを見出していたのかもしれない。だから、こんなにも仇に拘ってしなくても良い試練に挑むのだろうか。

 

 

 不意に影が篝火に差し込んだ。上を見上げるまでもなく、その影の主は現れた。

 

 ドシン、と重い甲冑を身につけた上級騎士。それは私をこのロードランに連れてきた張本人。

 

 探していた、アストラのオスカーだった。

 

 

 目を見開いて、驚いたまま彼を見詰めていた。思う事は色々あったが、どうしてこんな登場の仕方をするのだと問いたかった。新しい罠かと思ってしまった。

 

「おわ!? 驚いた、まさか君がここにいるとは!」

 

「私の台詞よ」

 

 あからさまに驚くオスカーに私はいつもの調子を取り戻して言い放つ。

 一先ず彼は篝火に触れ、エスト瓶を補充すれば今まであった事を聞いてもいないのに語り出した。最下層の事や、病み村の事など……

 

「それでフラムト殿から使命を託されてね。まさか君も試練に挑んでいるとは思ってなかったが」

 

「私はあの蛇の使命を果たしに来たんじゃないわ」

 

 バッサリとあの胡散臭い蛇の使命を切り捨てる。

 

「だが君もまた、僕と同じ様にここにいる。……それが嬉しくてね」

 

「優男」

 

 よくもこう臭い言葉を出せるものだ。悪い気はしないが。

 




拙いながらも表紙を描かせていただきました。よろしければご覧ください。目次に載せてあります。


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センの古城、アイアンゴーレム

 

 

 神が巨人すらも従属させていたというのは割と有名な話であるが、まさかその活用方法がセンの古城の試練に用いられているとは思わなんだ。

 散々私達を苦しめた鉄球や空から降り注ぐ大火炎壺の数々。一体どうやって操作やら装填をしているのだろうと思っていたのだが、どうやら屋上に潜む巨人達が汗水垂らして働いていたらしい。きっと無給なのだろう、哀れだがそれで罠の数々を許せるほど心は広くない。

 とりあえず鉄球を装填していた巨人は私とオスカーで成敗した。巨体は動かすだけでも相当なエネルギーを使うらしく、大振りの肉体攻撃を何度か空振りさせればあっという間に膝をついて疲れていた。まったく神とは冷酷なものだ。

 

 屋上からでも見えるのだが、センの古城屋上の最奥には何やら巨人よりも大きな騎士もどきが鎮座しており、やってくる不死を試そうとしているのが見てとれた。一先ず我々は順路を外れ、崩れた橋を飛び越えて離れの塔にやって来る。

 

「あ、なんだ? なんだ? お前ら」

 

 そこには未だ亡者になっていない不死がいた。バーニス騎士の防具を纏い、傍には大きなグレートソードと塔の様なタワーシールドを壁に立てかけているその男は、話を聞くにセンの古城にて心を折られたらしい。むしろよくここまで来て心が折れたな。

 祭祀場にいるあの騎士を連想させるようなネガティブ思考かつやる気のなさだが、どうやら未だ闘志の尽きぬ我々に商売という形で協力してくれるらしい。彼の戯言を聞き流しながら取引をする。どうやらここで100年も燻っているようだ。

 

「じゃあ、せいぜい足掻くんだな。俺もそうだった、どうせだめなものを……」

 

「うっせ」

 

 複雑そうな雰囲気のオスカーを引き連れて離れの塔を出る。ああいう奴の話は聞くべきではない。生き残りたいならね。

 

 

 そうしてようやく私達はこの古城の主がいるであろうエリアへと繋がる濃霧を前にする。しかし相手はあの大鎧か……オスカーのクレイモアは重いが、それでも硬すぎる相手に対しては有用ではないだろう。

 かくいう私の斧槍だって、人間が持つから重いのであってあんなデカブツ相手では歯が立たないかもしれない。そこはデーモンを相手にした黒騎士を信じるか。

 

「準備はいいかい?」

 

 ふと、オスカーが濃霧に手をかけそんな事を言ってきた。まさかあの若き世間知らずの上級騎士が私を気遣ってくるとは。きっと、ガーゴイルとの闘いで別れた後に色々経験したのだろう。

 私は皮肉混じりに鼻で笑い、言葉を返す。

 

「百年早いよ」

 

 そんな私の回答に、オスカーは笑って、そうだな、とだけ言ってみせた。なんだ、見ない間にちょっとは逞しくなったじゃないか。闘いでもそうであれば良いのだが。

 

 濃霧を潜り、平坦な橋を進んでいく。まだあの鉄の塊とは距離があるにも関わらず、存在するだけで威圧するような重厚感は心理に来るものだ。今はまだ動きがないが、どうせ進めば動き出すのだろう?

 あの巨体の背後には大きな石造の門が見えているから、きっとあそこがアノール・ロンドへと繋がる道なのだろう。忌々しい試練とももうおさらばだ。

 

 そしてやはり、奴は動き出した。ゆっくりと、しかし力強い動きで斧を握るその姿はまるでバーニス騎士。念のため左手には杖を握る。転がしでもしない限り近接武器では足にしか攻撃できないだろうから。

 

「来るぞ!」

 

 オスカーが警告するのと同時に、遠くに居るその巨体……アイアンゴーレムは斧を振り上げた。積み上げてきた経験が警鐘を鳴らす。そしてそれは、正しいものだ。空を斬った斧から目に見えるほどの風圧が放たれる。私は軽快に、オスカーは鈍重に転がってその剣圧をなんとか回避する。

 なんという力だろう。まさか斧を振っただけであんな刃のような風が巻き起こるとは。しかし今ので分かった。あのゴーレムは巨人と同じく動きが鈍い。

 

 転がり終えて、私はソウルの矢を大きな頭目掛けて放つ。杖から放たれる青白い一筋の矢は、しかしゴーレムの兜に弾かれる。今の私の理力ではあの兜を貫けないか。

 

 オスカーがクレイモアを両手で担いで走り込む。ガシャガシャと鎧を揺らしながら一気に足元へと入り込み、彼はクレイモアを振り下ろした。アンドレイによって鍛え上げられた大剣は、アイアンゴーレムの足甲をへこませるほどの威力だ。たまらずゴーレムは足を振り上げてオスカー目掛け振り下ろす。

 颯爽とオスカーがそれを回避すれば、彼に気を取られているゴーレムの逆足に、今度は私が斧槍を振り下ろした。

 

「硬っ!」

 

 ガンっと弾かれた斧槍は、しかし刃毀れなどしない。古くデーモンを屠って来た伝統のある武器は、しっかりとゴーレムにダメージを与えているようだ。良かった、足手纏いにはならなそうだ。

 ゴーレムが斧を私目掛けて振り下ろそうとしているが見えたので、一度下がる。どうやらそれなりに知能があるらしく、アイアンゴーレムは私とオスカー両方を警戒するように斧を構え出した。

 

「武器が通じるようで良かった」

 

 軽口を叩いたかと思えば、オスカーは再び直線的に走り出す。

 

「僕が奴を引きつける! 君はその隙に!」

 

「へぇ、やるじゃない!」

 

 ガーゴイル相手に苦戦していた時とは別人だ。もしかすれば、今のあの騎士様は私よりもずっと強いのかもしれない。

 

 盾を構えゴーレムの真正面に陣取るオスカーは、ゴーレムの斧を回避するとおちょくるようにクレイモアを振るう。今がチャンスかもしれない。

 そっと走り出し、大きく迂回するようにゴーレムの側面に回り込む。目はないから分からないが、きっと兜の視界は広くはない。奴の視界外から、私は飛ぶように跳躍し斧槍と身体の重さを伝えるように武器を振るう。渾身の一撃だ。

 想定外の攻撃だったのか、ゴーレムの身体が一瞬揺らいだ。意外と足元が弱いのかもしれないが……考えてみれば、あれだけ大きな身体を二本の足だけで支えているのだから納得だ。

 

 もう一発斧槍の回転切りをぶち当てれば、ようやくゴーレムの注意を引いたようだ。苦し紛れに私目掛けて斧を振るうも、軽量な私にそんな鈍い攻撃は当たるはずもない。

 

「こっちの足も貰った!」

 

 勇ましくオスカーが叫べば、反対側の足にクレイモアの一撃を叩き込む。するとあろう事かアイアンゴーレムは後ろに倒れ込んでしまった。

 

「今だッ!」

 

 そうオスカーが叫ぶよりも先に、私は仰向けのアイアンゴーレムの身体に飛び乗る。そしてブンブンと掲げる様に斧槍を振り回して勢いを付けると、奴の首元の鎧の繋ぎ目を薙ぎ払う。生命体ではないようだが、それでも私の一撃が致命傷となったのは確かなようだ。

 だが流石不死の試練、ゴーレムはそれでも息の根を止めずに左手で私を掴んで見せた。

 

「うぐっ!?」

 

「リリィ!」

 

 万力のような握力。身体の骨と内臓が音を上げて軋む。オスカーが助けに入ろうとしているが、その頃には私の身体はゴーレムによって放り投げられてしまった。

 幸い橋から落下せずにいられたが、それでもすぐに立ち上がれなくなるくらいには身体に深刻なダメージを受けてしまう。オスカーが攻撃しようとした矢先、ゴーレムは立ち上がり、クレイモアは分厚い鎧に阻まれた。

 

「危ない、避けろ!」

 

 倒れたままエスト瓶を取り出そうとしている私に、オスカーが叫ぶ。痛む首だけを動かしゴーレムを見れば、奴は斧を振り上げていた。距離はある、きっと剣圧で今度こそ私を殺そうとしているに違いない。

 焦り、状況判断に迷う。立って逃げるべきかエスト瓶を飲んでからギリギリ逃げるべきか。そんな葛藤は隙にしかならない。

 

 放たれる剣圧に、私は死を覚悟した。死ぬのは構わないが、仮に死んでしまったらまたオスカーとまた離れ離れになってしまうかもしれない。つまり私は一人で戦うことを強いられる。そうなってしまったら、果たして私は奴を倒せるだろうか?倒せなければ、挑み続けるしかない。だが、そのうち心が折れるかもしれない。

 

 あの騎士のように。

 

 

 誰かが、私の横を駆けた。黒い影、それは私の前に立ちはだかると塔のようなシールドで難なく剣圧を受け切る。それはまるで、岩のような騎士。

 

 

 

 先程まで、心折れて燻っていたバーニス騎士だった。

 

 

「早く立ち上がれ!」

 

 振り返りもせずにそう叫ぶ騎士。斧槍を杖代わりに立ち上がり、エスト瓶を飲む。

 

「フン……言ったろう、お前らでは無理だと」

 

「その割には良い所で現れるじゃない。……助かったわ」

 

 礼を告げ、一人ゴーレムを相手取るオスカーに加勢する。だが転ばされたのが余程応えたのか、奴は慎重に、私達を追い払うように斧を奮っているせいで近付けない。

 だが、バーニス騎士はそれをものともせず盾で受けながら進んで行く。けれどそれも、長くは続かなそうだ。何度も斧を盾受けしている内に彼の身体は段々と後ろへと後退していくのが見て取れた。

 

「は、早く!」

 

 焦るバーニス騎士の言葉で私達は我に帰った。盾となる彼を追い越し、斬撃の合間を縫って二人で左右の足元へと滑り込む。

 そして渾身の力で足を攻撃する間際、なんとバーニス騎士がゴーレムに掴まれている事に気が付いた。悲鳴をあげる騎士を助けるには、早くこいつを殺さなければならない。

 

 足に私達の攻撃が当たるのと、バーニス騎士が投げられるのは同時だった。まるでボールのように投げられたバーニス騎士は、門を軽く通り越して消えていく。投げた張本人であるアイアンゴーレムは投げた直後という事もあり簡単に体勢を崩してみせた。

 そして、尻餅を着こうにも背後は崖。ごろんと転がり落下していくゴーレムは、そのまま地上へと打ち付けられると遠目でも分かるほどバラバラになってその(ソウル)を私達に献上した。

 

 

━━Victory Achieved━━

 

 

「クソ、後味の悪い……」

 

 オスカーが悪態を吐く。その通りだった。颯爽と現れ私の命を救った張本人は、きっと死んだに違いない。それも全て、自分の力を過信した私のせいだ。

 

「……行きましょう。もう、終わってしまった事だもの」

 

 だが、立ち止まれないのだ。立ち止まるにはもう人間性を磨耗し過ぎたのだから。謝りもしない。謝る人もいないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 門は、どうしようもない程に閉ざされていた。老朽化のせいか動く気配は無い。ようやくアイアンゴーレムを倒したのに、これではあんまりだろう。

 一先ず私達は橋の広場で考える。まさか私がジークマイヤーのように悩む日が来るとは。即断が私の良いところなのに、選択肢すらないとは思わなかった。

 

「ふむ……一度戻ってフラムト殿の判断を仰ぐか」

 

「逆戻りするわけ?祭祀場までに何回死ぬのよ」

 

「いや、いけるだろう? 確かに古城の罠は恐ろしかったが死なずに来れたぞ」

 

「……あっそ」

 

 腹が立つ。この上級騎士様はかなり運が良いらしい。私なんて人間性なくなりそうなくらい死んだのに。

 

 そんな風に二人して途方に暮れていれば、不意に何かの音がした。それはまるで、鳥の羽音のよう。しかし鳥にしては随分と大きな音だし、何よりも段々と近付いているようにも思えた。

 何かしらと二人して上を見上げた瞬間、その音の主達は唐突に姿を現した。

 

 それは、小さなデーモン。俗に言うレッサーデーモンと呼ばれる、人間大の魔物だった。それらが私たちを囲うように降り立ったのだ。

 

「敵か!?」

 

 瞬時に背中合わせで構える私達を他所に、レッサーデーモンは武器こそ持ってはいるものの何もしてこない。それどころか、何やらヒソヒソと互いで話しているではないか。彼らにも独自の言語があるようだ。

 と、そんな時。また新たなレッサーデーモンが現れた。そいつらは私達の目の前、すぐ触れる位置に降り立つと私達の身体を掴む。

 

「離しなさいよ! このッ! 離せ!」

 

 いきなりのセクハラに、目の前のレッサーデーモンの股間を蹴り上げる。するとどうやらかなり痛かったのかその場で蹲ってしまった。

 しかし左右にいたデーモンが慌てて私を抱えながら浮遊し始める。もしかして落下死させるつもりだろうか。それにしては回りくどい。

 

「待て! もしかしたら彼らは神々の使者かもしれない!」

 

「デーモンなのに!?」

 

 同じように浮遊させられる彼曰く、どうやら一部のデーモンはアノール・ロンドで使役させられていたらしい。つまり、このデーモン共は私達をかの都へと運ぼうとしているのか。

 先程蹴り上げたデーモンが少し怒ったように私の背中を抱き上げるも、そこは仕事人らしくちゃんと私を輸送してくれた。

 

 しばらく飛んでいただろう。まさかこんな風に飛ぶ日が来るとは……とも思ったが、よく考えれば祭祀場に来るときにあの化けガラスに運ばれていたな。オスカーは相変わらず楽しそうだ。

 

 そして見えてくるのは、何とも感想に出来ぬ光景。今までの朽ちたロードランは何だったのかと思う程、美しい黄金の都。

 

 神々が住まう王都、アノール・ロンドである。

 



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アノール・ロンド、高所と

 

 

 

 

 王都、アノール・ロンド。それは神々が住まうと言われた伝承上の都。伝承上というのは実際に見て帰ってきた者がいないからである。そもそもロードランに足を踏み入れるような輩は不死か、自殺願望を持っているかに限られているだろうから。

 曰く、それは黄金で彩られているのだという。はたまた太陽が沈むことのない都市としても名を馳せている。結局の所聖職者共の偏見と願望が詰め込まれた噂話に過ぎない。

 

 だがその噂も、自身の目で見てしまえば全てが本当だったのだと考えさせられた。太陽が輝き都を照らし、そしてその光で確かに黄金に輝いている。言葉とは難しい者だな、と。

 

 神々に使役されたデーモン共がようやく私達を降ろす。そこはアノール・ロンドの最果てとも呼べる場所で、高台にある変哲もない通路でありながらもその全てが美しい。外の世界の王城でもここまで整備はされていない。

 降り立った私達はしばらくその場でアノール・ロンドを見渡す。絶景という言葉が良く似合う。長く旅をしていた私でもこんな光景は見た事もない。

 

 そんな中で、オスカーはふと口を開いた。

 

「凄い……こんな美しい場所が、このロードランにあったとは」

 

 きっと、貴族の国として名高いアストラでさえこのような景色は見られまい。だがそれは、富を持つという事の罪深さも同時に体感させられた。豊な者がいるならば貧しい者も必ず存在するのだから。丁度、彼の故郷であるアストラのように。きっとあのデーモンや巨人はその被害者なのだ。

 そんな、急激に冷めた感情を内に留める。今ここでそれを言うのは無粋だろう。私達はただ、試練を乗り越えた不死としてこの光景を楽しめば良いのだから。それが長く生きるための秘訣。

 

 階段を降りて先へ進む。だが試練を経た私達の前に立ちはだかるのはまた試練だ。金色の鎧と武具に身を固めた巨人が、丁度行手を阻んでいたのだ。

 その威圧感は古城で働いていた巨人の比では無い。訓練され、精鋭としての誇りを持つ確かな意志を感じたのだから。大きなハルバートは、人間にとっては長大なはずの斧槍ですら短く思えるほどの長さ。それを振るう速度は遅いが、脅威である事は間違いなかった。

 

 それらを二人で辛くも退ければ、広い通路に出る。かなりの高低差であるアノール・ロンドは神々にとっても昇降機が必要なほどのものらしく、ポッカリ空いた目の前の穴から階下を見通せば、落下死は免れない程の下に昇降機らしい足場が見えた。それにしては綺麗すぎるが。とんでもない技術力だな。

 だがまずは先へ進むよりも、篝火を見つける事が最優先だ。そもそも神々の都に不死の憩いである篝火があるのかも謎だが、今のエスト瓶の量や疲労を考えても休む場所が必要だった。どうやらオスカーもあの世界蛇にエスト瓶を貰えたらしい、良かったね。

 

 そして丁度良いところに、篝火というものはあった。

 

 それは昇降機とは真反対に位置する部屋で、階段を降りれば微かに燈る篝火が、大理石の床に不自然にも施されている。ある種罰当たりというか、もったいないというか。篝火の炎は普通の火では無いから燃え移る事はないのだが、それでもこんな一室に篝火があるというのは何とも奇妙だ。

 そしてその横には、壁に寄り掛かり篝火の炎を見つめる一人の騎士がいる。見慣れぬ鎧を身に纏っており、真鍮であろう鎧は炎の光を反射して黄金に輝いており、兜の頭頂部にはメロンのヘタのような装飾がある。

 

 その騎士は私達の存在に気がつけば、冷静に声を発した。

 

「ほう……巡礼者とは久しいな。それも、二人とは」

 

 凛々しい女性の声だった。その声はどこか闇を孕んだ危険性を感じる。だが少なくとも敵意は無いようだった。

 

「棄てられたアノール・ロンドへようこそ。不死の勇者達よ」

 

「棄てられた? ここに神々はいないのか?」

 

 オスカーの問いに金色の騎士は答える。

 

「いいや。だが、既にほとんどの神々はここを旅立ったよ。貴公らの目当てはこの先にいるが」

 

 確かに、世界中に僅かな神々がいる。それらは独自の国や文化を作り出し、人間達に崇められている。そのどれもが自分勝手で胡散臭いが。白教然り。そもそも最初の火を見出した大王グウィンが主神ではなく、伝承にしか残らないロイドが主神というのもおかしいだろう。

 それはともかく、私達は篝火に強く火を灯す。どうやら彼女はここの火防女らしく、時折訪れる不死の勇者を導く役割をしているとの事だ。戦う火防女か、中々どうして凛々しいものか。

 ……何だか最近女性に対して凄く魅力を感じる自分を疑う。不死院で長く幽閉されたせいで性癖が変わったか。

 

 しばらくその篝火で休み、そして得た(ソウル)を自らの糧として私達は先へ進む事に決めた。相変わらず私は技量と持久力に特化しているが、次に篝火を見つけたら理力にも(ソウル)を振るべきだろう。良い加減豆鉄砲のソウルの矢はうんざりだ。

 しかし柵のない昇降機とは怖いものだ。うっかり足を踏み外せば死ぬだろうこんなの。どうするんだ、神が落ち死んだら。まぁ神々が落下死するなんて聞いた事ないが。

 

 昇降機を降り、私達は大橋に出た。だがどう言う訳か道が綺麗に途切れてしまっている。遥か上方には通路と思わしき交差点のようなものがあり、きっとあれが昇降機のように動く事で道ができるのだろう。

 だが近くのレバーはうんともすんとも動かず、途方に暮れてしまう。

 

「どうやら別の道を探さないといけないみたいだな」

 

「試練はまだ終わってないみたいだね……先が思いやられるわ」

 

 悪態を吐きながらも元来た道を戻ろうとすれば、唐突に空から何かがやって来る。勢い良く現れ咆哮を上げるそれは、見覚えがある。ガーゴイルだ。

 着地と同時に手にする斧を振り回すその石造りの獣は、確実に敵だ。攻撃を避けてすぐさま反撃に掛かる。

 

「引きつけて!」

 

 そう叫ぶよりも前にオスカーは前進していた。強化された盾を構え、ガーゴイルの重い一撃を耐え忍ぶオスカーを背後にガーゴイルの尻尾を斧槍で斬り落とす。ふむ、斬り落とした尻尾は斧として使えそうだが……私向けじゃないな。

 尻尾を斬られて悶えるガーゴイルの頭を、クレイモアが砕けばあれだけ教会で猛威を奮っていた神の創造物は動かなくなった。まさか剣で石を砕くとは。いや、私も斧槍で斬り落としているのだが。

 

「さて、道を探そう」

 

 今の戦闘など意に介さずにスタスタと昇降機へと戻っていくオスカーを、私は引き止めた。何も道とは舗装された場所だけじゃない。

 

「あそこから入れそうね」

 

 私が指差すのは、橋の真横にある建物。ざっと全体を見るにあの交差点へと繋がっているようだ。橋と建物の間には道は無い。ただ遥か下に森が見えるだけだが……細い屋根が、互いに間隔を空けて橋と繋がっているのだ。そこを伝えば建物へと侵入できそうだ。

 だがオスカーは首を横に振った。

 

「冗談だろう?」

 

「いつでも大真面目よ。さ、行くわよ。ほら、早く来なさい!」

 

 先に屋根へと降り立ち進む。人が一人通れるだけの幅はある。瓦のせいで滑りそうだが、滑らなければ良いだけだ。滑ったら運がなかったと篝火からやり直せば良い。近くてよかった。

 鎧のせいでバランスの悪いらしいオスカーは、足を震わせながらゆっくりと亀のように屋根を歩く。そんな姿を見た私はため息を吐きながら助言した。

 

「下手に怖がると落ちるわよ。私の背中だけ見ておきな、騎士様」

 

「そうは言っても……クソっ」

 

 そう言えば、オスカーは幸運にも高所から落ちて死んでいないらしい。そりゃそうか、不死と言えども落下死した事が無ければ怖いだろう。私も初めての落下死の直前は恐ろしかったし。そういうものだ。

 

 ようやく屋根を渡り終えれば、運良く建物の窓が何者かに破り割られていた。不敬な奴も居た者だが、役に立ってくれたので感謝する。未だに震える足を手で押さえるオスカーの尻を蹴り上げながら、私達は建物の内部に侵入した。

 しかしどう言うわけかこのアノール・ロンドというのは住み辛さ世界一でも目指しているのかまともな道が無いらしい。あるのは屋根裏の梁に繋がる梯子があるだけ……これは何だ、梁を渡っていけと言う事だろうか。

 加えて何やら建物内には白装束の集団がいて私達を見るや否や襲いかかってくる。一先ずこのフロアにいるそいつらを蹴散らす。盾を持っていないし、手にしている曲剣にリーチはあまり無いから助かる。おまけにその曲剣も手に入った。

 

「ここを渡れなんて言わないよな?」

 

 目の前に伸びる狭い梁を見てオスカーは尋ねてきた。さっきの屋根と違って梁の距離は長い。おまけに梁を渡る輩を警戒しているのか、白装束の連中が所々で警戒している。落下死を恐れながら奴等とも戦わなくてはならないのはリスキーだ。

 少し悩み、私は先行することを選ぶ。ビビりな彼を渡らせるにはそうするしかないだろう。

 

「ちょっとここで待ってなさい。私があいつらを蹴散らすわ」

 

「何!? そんなこと……いや、まぁ、お願いしようかな……」

 

 騎士のプライドは高所には勝てない。仕方なく私は梁を進んで行く。人一人がようやく通れる場所だが歩けない程では無い。

 

 案の定、白装束の連中は近付くと襲って来た。こいつら巧みに投げナイフなんて投げて来るせいでこちとら盾が必須だ。草紋の盾はあくまで副効果がメインであり、あまり盾本来の頑強さは無いがそれでも小さなナイフを弾くくらいはできる。

 だがここでは斧槍本来の威力と私の機動力を生かすのは難しい。転がろうものなら下に真っ逆さまだし、斧槍を振るおうにも足場のせいで大胆な事はできない。それでも突き刺せば何とかリーチくらいは活かせるものだ。こいつらの生命力は高い方では無いから、あっさりと死んでくれる。

 

 シャンデリアを吊るす鎖ごと白装束を切り裂いたり、邪魔する輩を蹴落としたりしていれば梁の上には私と足の竦んだオスカーしか残っていなかった。

 

「片付いたわよ! 早く来なさい!」

 

「分かってる、分かってるんだ……」

 

 ゆっくりと、時折下を見て震えるオスカーに檄を飛ばす。まったく騎士なんだからもうちょっとシャキッとしなさいな。

 

 ようやく地獄の梁渡りを終えれば、私とオスカーは先程見えていた交差点かつ大昇降機の最下層へと辿り着いた。柱の周りを廻る螺旋階段を登れば、レバーへと辿り着く。

 

「ほら、あんたの代わりに奴らを片付けたんだから少しは働きなさい」

 

 そう命じてオスカーにレバーを押させる。どうやらかなり渋いようで、筋力をそれなりに強化している彼でも一苦労だ。私は華奢なんだ。

 レバーが回れば、グルグルとこの交差点が回りながら上昇していく。しかしまぁ神々は目が回らないのだろうか。こんなの来客に乗らせたら苦情が来そうだが。上昇し終われば、ようやく大橋が繋がる。手間のかかる装置である。

 

 交差点を過ぎて先へ進めば、馬鹿でかい階段が私達を待っている。別に登るくらいワケ無いが、アノール・ロンドは登ったり降りたりするのが好きだな。どうやらこの階段は本城に繋がっているらしく、一際大きくて豪華そうな門が見える。

 そしてそれを守る者もいる。さっきいた巨人騎士だ。だが私達の逃げ道を塞ぐようにガーゴイルも背後から現れた。

 

「君は巨人達を! ガーゴイルは引き受けた!」

 

「面倒ね……」

 

 と言うわけで巨人の騎士を相手取る。二人も相手にするのは骨が折れそうだが、こいつらは幸い動きが遅い。左右から振われるハルバートを掻い潜り、まずは一体目の巨人の足を狩る。斧槍で斬りつけ、しかし一撃では倒せない。ならばと背後に周り尻を突き上げる。

 巨人も人も、尻を抉られるのは痛いらしい。悶えて倒れ込む巨人騎士をそのまま屠れば残すは一体。私は斧槍から先程手に入れた曲剣、絵画守りの曲刀へと素早く切り替えた。

 曲刀はリーチと攻撃力が短いものの、鋭く幅広い刃のおかげで大出血を強いる。鈍い巨人の周囲を旋回しながら踊るように斬りつけてやれば、何か太い血管を斬り裂いたのか裂いた傷口から血が噴き出た。

 出血で片膝を付く巨人の首元を絵画守りの曲刀で裂けば、戦闘は終わった。オスカーの方を見れば彼もガーゴイルの頭をかち割っている。

 

「君が敵じゃなくて良かったよ」

 

 そんな事を言うオスカーだが、それはこちらも同じ事。戦闘における彼には隙が少ない。筋力と生命力をメインに強化され、大剣と直剣、そして盾で大抵の敵に適応する様は上質な戦い方だろう。反して私は持ち前の機動力と技量に特化させた戦い方を得意とし、基本短期決戦型だ。戦いが長引けば長引く程に苦戦を強いられるだろうが、そこは斧槍の威力で補強している。

 仮に彼が亡者と化したら勝てる保証などどこにもないだろう。それ程までにこの上級騎士は、実は戦闘力が高いのだ。ビビりなだけで。

 

 我々には知る由も無いが、神々曰く渡りの凍て地という場所がある。それは門を横へ通り過ぎ、別棟へと向かう細い通路の事を指す。

 とある神曰く、そこは常に死と隣り合わせ。梁渡りと同様狭く落下死のある危険な通路と、侵入者を拒む様な敵の配置がここを作らせた神すらも恐れさせた。

 先程は運送業者と化していたレッサーデーモンは敵となり襲いかかり、槍から放たれる雷の矢で例え逃げられても攻撃する。

 

 そして、それを抜けても神々の兵である銀騎士と呼ばれる強者達が、竜狩り用の弓で持って侵入者を奈落の底に叩き落とすのだ。隙を生じぬ二段構えとはまさにこのこと。

 

 あの門が固く閉ざされているせいで私達はこの渡りの凍て地を進まざるを得なかった。やっとこさ素早いレッサーデーモンを処理したと思ったら、あり得ないくらい正確な大矢がどこからともなく飛んでくるのだ。まるで綺麗なセンの古城と化したこの地で、私とオスカーは進むに進めない状況に陥っていた。

 

「矢っていうより槍ね、これは」

 

 すぐ横を通り過ぎた矢を見て私は呟いた。またしても落下死の危険性がある狭い通路、その途中に伸びる尖塔を盾に矢をやり過ごす。

 

「かつて朽ちぬ古竜に対抗するために尋常ならざる弓を用いていたとは聞いていたが……まさかこれほど大きいとは」

 

 竜狩り。それは神々の古い戦いだ。原初の火が熾り神々が竜の殆どを駆逐しても尚、竜狩りというものは行われていたそうだ。まさかそれを転用してこんな落下死装置を作り上げるとは思ってもいなかったが。

 ちらりと顔だけ覗かせて矢の飛んできた方を見てみれば、銀の鎧を輝かせた騎士がこちらに馬鹿でかい弓を向けていた。顔を引っ込めた途端に矢が通り過ぎる。

 

「ふぅ……でも突破しないとにっちもさっちもいかないわね」

 

「ああ……ここはまだ足場が梁よりも広いから臆することはないが……」

 

 基準が分からないが、オスカー曰くここの狭さならば怖く無いらしい。それを聞いて安心した、流石に黒騎士レベルの敵を複数駆逐するのは無理だ。先行する必要は無さそうだ。

 

「次の矢が通り過ぎたら一気に走るわよ。私が先頭」

 

「心得た」

 

 頼もしい上級騎士様と矢を待つ。頭が良いのか悪いのか、左右から放たれる矢はほぼ同時だ。時間差で打って来ているのならばもっと面倒だったろうに。

 そして矢が二本、すぐ横を通り抜けて私達は一気に走り出した。やはりオスカーよりも私の方が足が速い、私の背後を走るオスカーとの距離が離れていく。

 

「左の奴を殺りなさい!」

 

 大矢が掠める中で叫ぶ。彼の返事を聞く事もせずに私は辿り着いた白の壁際で一気に右へと突っ走った。きっとオスカーならうまくやれるはずだ。

 銀騎士は素早く弓から手を離して腰の剣を抜刀する。王の薪に同行しなかった心弱き連中だ、きっと黒騎士よりは弱いはず。

 

 狭い通路とも呼べぬ場所で、私はそのリーチを活かした飛び斬りをする。大振りな一撃は、しかし銀騎士の上質な盾で防がれた。腐っても神の騎士か。

 盾で防ぎながら剣を突き立てようとする銀騎士を見て、私は瞬時に背中の草紋の盾を振るった。

 

 完璧なパリィ。ガンっと剣を弾かれた銀騎士はやや体勢を崩し、すかさず私は斧槍の柄でその脇腹を殴った。

 いかに背の高く重い彼らでも、斧槍ほどの重量があればよろめかせるには十分だ。そのままバランスの悪そうな銀騎士を蹴る。

 呆気なく落下する銀騎士を見て、私はホッとした。黒騎士相手に何度も死んでパリィを学んでおいて良かった。あの死が私を強くさせたのだ。

 

「機転が効くな、君は」

 

 オスカーはといえば、銀騎士を剣技のみで屠ったらしい。この狭い場所で斬り合い無傷とは恐れ入る。だがこれでようやく本城に侵入できそうだ。

 



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アノール・ロンド、ソラールとジークマイヤー

 

 

 渡りの凍て地と呼ばれる場所を抜け、本城に侵入すればそこは来客用のフロアだったらしい。神々は通常の人間と比較すれば大柄な傾向にあるらしいが、ここにある扉や廊下はどれも我々が扱うのに適している。

 そうして探索がてら一番手前の扉を開けてみれば、そこには質素かつ金のかかっていそうな客室にそぐわぬ篝火が、いつもの螺旋剣と共に燃え盛っていて。

 その横には不死人らしく休息をしているソラールがいた。彼らもまた不死の試練を乗り越えたらしい。お人好しの変人同士気が合うのだろうか。気になったのは彼の傍にジークマイヤーがいない事だ。

 

「ソラール殿、貴公もここにいらしていたか!」

 

 そういえばオスカーはソラールがセンの古城に居た事を知らなかった。太陽の戦士は我々に気がつくと、いつものように笑う。

 

「おお、貴公らもアノール・ロンドに辿り着いたか! 合流できたようで何よりだ」

 

 そう言えば、私とオスカーのセットで彼に会うのは久しぶりか。と、ソラールはふと私を見て感謝をする。

 

「それと貴公、あの時は助かった。世界が再び分たれてしまって碌な礼も言えんかったが、ジークマイヤー殿の分も含めて礼をしよう。受け取ってくれ」

 

 立ち上がり、(ソウル)から取り出されるのは太陽のメダル。正直私にしてみたら記念品以外の何物でもないが、不死という性質なのだろう、変な収集欲が湧いているために変な気もしない。金ピカの裏切り者から貰った時はモヤっとしたが。

 それを受け取ると、私は改めて先程の疑問を投げ掛ける。

 

「あのカタリナの騎士はどうしたの?」

 

 そう尋ねると彼は何ら困った様子を見せずに語った。

 

「ああ、ジークマイヤー殿なら少し一人で探索をするらしい。彼も腕っ節は強いから、そこらの銀騎士共に遅れを取ることはないだろうさ」

 

 だが彼はそう言った後、自らの言葉に疑念を抱く事になる。

 

「しかしそれにしては遅いな。もしや道にでも迷ったのだろうか……ふむ」

 

 有り得そうな話だ。あの騎士はどこか抜けているから、初めての地で迷うなんてことは十分に可能性として考慮すべきだろう。

 私は少し悩んだが、隣のオスカーはいつも通りのお人好しを発動してみせた。彼はあぁ、それならと言えば提案をする。

 

「我々も先を急ぐ身、ついでと言っては何ですが彼を探してみましょう」

 

 やっぱりこうなったか。一人ならきっと頑張ってね、で終わっていたに違いない。ちょっとばかりのため息を吐いてから、私も渋々頷いた。

 

「なら私も……」

 

「ジークマイヤーがここに戻ってきた時のためにあんたは居た方が良いわよ」

 

 すれ違いになっても困る。ソラールはやはり申し訳ないのだろう、彼らしくもなく言葉に困っている様にも見えたが、最後には私達の提案に折れた。

 

「素直に貴公らの提案に乗ろう。すまないが、よろしく頼んだぞ」

 

 頼まれた矢先で申し訳ないが、エスト瓶だけは補充させてもらう。一回程度しか飲んでいないが貧乏性でね、私は。ついでに(ソウル)を強化しておこう。

 

 

 

 

 

 休息を済ませて廊下を進めば、やはり銀騎士が行く手を阻む。だがいかに優秀な一人の兵であろうとも数の暴力には敵わぬ。オスカーが前衛に、私が魔術と呪術で支援すれば呆気なく打ち倒された。

 フロアの中央には螺旋階段があるものの、まずは手近の部屋を調べることにする。神の都、それも本城なのだから何かしら特別な物があるに違いない。ついでにジークマイヤーを見つけられれば儲けものだ。

 

 邪魔な銀騎士を倒し、とある一室を調べる。何も無さそうだが……それにしては薄寒い。窓も無いのに風が抜けているのだ。

 がめつく部屋を調査し回る私の背後で、ふとオスカーは何か笑った。

 

「やはり君は、聖職者だな」

 

「は? 何がよ」

 

 言っている意味が分からない。そりゃそうだろう、いくら欲深くとも私の職業は元聖職者なのだから。今はただの可愛い女の子だが。

 

「何だかんだと言っても、しっかり皆を助けようとするじゃないか」

 

 その言葉で、私は思わず手を止めて振り返った。何だかこの若造に私の事を言われるのがこそばゆい。

 

「あのね、私はただ知り合いが私の知らない所で死んだりするのが嫌なだけ。気分悪いでしょそんなの」

 

「だがそれすらもできないのが人間だ。恥ずかしがる事は何も無い、君は僕の誇りだよ」

 

 まるで恋人に言うような台詞に私は思わず顔を赤らめた。今まで私に甘い言葉を用いて言い寄ってきた男なんて腐るほどいたが、彼は心の底からこの言葉を言っているのだ。

 きっと、このバイザーの下の顔はいつものような端正な笑みなのだろう。それを想像して私の顔はもっともっと茹で蛸のように赤くなる。そんな自分が恥ずかしくてフードを深々と被り顔を隠してそっぽ向く。

 

「いいから!あんたもさっさと部屋を調べなさいよ!」

 

 こんな若造に何をムキになっているのだ私は。自分らしくない、子供も産めぬ不死だろうに。

 ソラールのように笑うオスカーには腹が立ったが、二人で部屋を調べるとそれを見つけた。部屋にあった暖炉が何か不自然だったのだ。

 暖炉なのに、煙が上に抜けるダクトが無い。それに妙だ、使われた形跡すらも無いし極めつけは暖炉の壁から風が吹いているのだ。

 

「ははあ、隠し扉ね」

 

 したり顔で私は暖炉の壁を蹴りつける。するとどうだろう、まるで幻のように壁は消え去り、出て来たのは下に繋がる通路だ。光が無い為に真っ暗闇だが、探索できないほどではない。

 私達は警戒しながら暖炉の先へと進んでいく。こうまでして隠しているのだから何かあるに違いないだろう。

 

 そして案の定、隠すように宝箱が置かれている。敵もいないようだし良い事だらけだ。やはり丹念に探索しておいて良かった。

 

「やったやった、お宝よ!」

 

「うーむ、やはり聖職者らしく無いかもしれないな」

 

 苦笑いするオスカーを尻目に私は並んだ宝箱を開ける。そこに入っていたのは……岩?なんだこれは。

 

「何だいそれ」

 

「さぁ。鎧みたいね……岩のようなハベルを模した鎧かしら」

 

 岩のようなハベル。それは神話に登場する大王グウィンの戦友だ。彼は敵の猛攻にも引かず、ただ進み続け手にする大鎚ですべてを粉砕したという。

 きっとこの鎧はハベルの信奉者達が用いていたと言われている鎧だろう。そう言えば不死街にも一人いたな、動きは遅いからスルーしたが。

 その横にもハベルが用いたと言われる大鎚、朽ちぬ古竜の牙をそのまま武器にしたという武器、大竜牙が宝箱に入っていた。ううむ、防御力と攻撃力は確かに凄そうだが、機動性を阻害するだろう。

 

「あげる。いらないわ」

 

「……まぁ、貰えるなら」

 

 何だかちょっと不服そうなオスカーに見つけた装備を渡す。そもそもこれを扱うには人を超えたとてつもない膂力がいるだろうから、実戦向きではないだろう。

 何だかがっかりした気分だ。気を取り直して、少し離れた位置にある宝箱の中身を調べに行こう。もう良い加減ハベルのものは出てこないだろう。

 足早に宝箱の前に行き、蓋に手を掛ける。何だか妙に宝箱がしっとりしているが、まぁこんなカビ臭い場所に置かれているのだから仕方ないだろう。

 

「さて、こっちには何が」

 

 刹那、開けてもいないのに宝箱が勝手に開いた。中身は宝などではない、びっしりと悍しい牙を備えた口が、私を飲み込まんとしているのだ。

 突然の事に固まる。珍しい宝箱の罠であるミミックに違いなかった。そしてそれが私の頭に齧り付く瞬間、オスカーのクレイモアがミミックを斬り飛ばした。

 

「無事かっ!」

 

 目を見開いて心臓を素早く鼓動させる私はただ頷いて、心の底からオスカーに感謝した。あと一瞬でも遅ければ私はあの怪物に頭を食いちぎられていただろうから。

 吹き飛ばされたミミックから人間のような胴体が生える。なんて悍しいのだろう、人よりも遥かに高いその背丈は、単なる化け物だ。欲深い人間を食い殺せなかったせいかやけに苛立っているようにも思えた。

 

 ミミックが勢い良く跳躍する。そして見せるのはまるで武術の達人のような回転蹴り。私達はそれを転がって避けると、反撃に移った。

 オスカーがクレイモアを細い足に叩き込み、その背後から私の斧槍が胴を貫く。それでも暴れれば、私は強引に胴体に突き刺した斧槍を抉って引き裂いた。

 

 耳をつんざくような咆哮と共にミミックが倒れる。どうやらあまり体力は高くはないらしい。宝箱ごとミミックが霧散すれば、そこに置かれていたのは大きな木切れ……粗暴な武器であるクラブだ。

 

「はぁ、はぁ……心臓止まるかと思ったわ」

 

「欲は身を滅ぼすな……怪我は無いかい?」

 

「おかげさまでね。……助かったわ」

 

 どういたしまして、とオスカーが呆れたように言う。あんな危ない経験をして手に入れたのは、少しおかしな力を宿したクラブだけとは。私の運は悪いようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな経験もあり、私達の警戒の度はより一層増す事になる。まるで待ち伏せのように佇む銀騎士どもを須く屠り、本城をあっちこっちと探していればようやく彼はいたのだ。

 部屋の前でうーん、うーんと悩むタマネギ頭の騎士は間違い無くカタリナのジークマイヤー。彼は近寄る私たちに気がつく事なく一人呟く。

 

「うーむ……むむむ……どうしたものか」

 

 相変わらずマイペースな男だ。そんな彼に私は話しかける。オスカーはそこまで面識があるわけじゃないし、会ったのも一回きりだから。

 

「また悩んでいるようね」

 

 私がそう問い掛ければ、ジークマイヤーはようやくこちらに気が付いたようで驚いた様子を見せる。これが敵だったらどうするつもりなのだろうか。

 

「お、おお!貴公か! うむ、恐らく貴公と同じ状況よ。銀の騎士達から逃れてきたのだろう」

 

 どうやら何か勘違いしているようだ。道中の敵は全て狩った。二人もいれば銀騎士など恐るるに足らないのだ。私が訂正しようとすれば、ジークマイヤーは何かを汲み取ってゴツい手甲をした手で制した。

 

「うむ、うむ。恥じる事はない。私も同じだ、無謀は阿呆の仕業だからな!」

 

「いや……まぁいいや」

 

 いいのか、と背後のオスカーが困惑する。話が進まないのだ。

 どうやらジークマイヤーは一人探索している所を銀騎士達に追い立てられ、ここに逃げ込んだそうだ。だがそこはある種の袋小路、目の前の扉の先には複数の銀騎士が待ち受けているそうだ。突入されない辺り、持ち場以外の場所は銀騎士の仕事ではないのだろうか。職務怠慢だ。

 

「なら、私達でとっとと突破しちゃいましょう」

 

 さも当然のように提案すれば、ジークマイヤーは難色を示す。

 

「うーむ、だが如何に不死と言えども女子の力を借りるのは……いやそれも差別というべきか……うーむ」

 

「面倒ねあんた」

 

 もう良い、彼が行かぬのならば私達が先に攻め込んでしまおう。私はジークマイヤーを横目に勢い良く正面のドアを蹴り破る。神の都がなんだ、立ち塞がるのであれば全員斬り伏せる。できるなら。

 ダイナミックエントリーに銀騎士も驚いたのか、銀の鎧をびくりと動かして剣を抜こうとしていた。だがその前に、手近な銀騎士の胴を貫いて壁にぶち当てる。

 

「オスカーっ!」

 

「もうやってるさ!」

 

 突き刺されて苦しむ銀騎士から背後へと目をやれば、既にオスカーも二体の銀騎士を相手に剣技を披露していた。大振りのクレイモアではなくアストラの直剣を選ぶのは室内では優れた戦術だ。

 私は斧槍を突き刺したまま左手に絵画守りの曲刀を召喚し、一気に相手の首を切り裂く。神の軍勢といえども血は流れる、想定以上の苦しみを味わうことになった銀騎士は断末魔をあげてその場に倒れ込んだ。鎧を貫き壁に突き刺さった斧槍を抜けば、オスカーに加勢する。

 

「なんと豪気な……このカタリナのジークマイヤー、助けられてばかりではいられぬ! うぉりゃああああああ!!!!!!」

 

 私達に触発されたジークマイヤーがクレイモアよりも大柄なツヴァイヘンダーを振り上げながら突貫していく。そして私達の横をすり抜ければ、勢い良く銀騎士を盾ごと斬り潰した。その出来事に最後の銀騎士もギョッとしたのか固まっている。

 隙だらけの銀騎士の兜に、オスカーの直剣が突き刺さる。バイザーの隙間を狙った巧みな技だ。即死だったらしく、銀騎士はその場に崩れ落ちるように倒れる。

 

 綺麗だったはずの客室は、一瞬で血みどろの事件現場に変わってしまった。これは掃除が大変そうだ。

 

「はぁ、はぁ……無茶をするものだ、貴公ら」

 

 息を切らすジークマイヤー。あまり持久力はないのだろう。

 

「だが助かった。これでソラール殿と合流できるというもの。礼を言おう。センの古城の分も含めてな」

 

 タマネギ頭の騎士は私に何かの指輪を渡す。謝礼のつもりだろう。だがそんな彼にも思うところはあったらしい。

 

「だがな、貴公らが心配で言うが、あまり豪気なのも考えものだぞ。無事だから良かったものの、私の策を待つ事もできたのだからな」

 

 どうやらオスカーも同じ事を考えていたらしく、うんうんと私の横で頷いていたので肘で小突いた。

 

「考えるよりも叩き伏せた方が早いしベストでしょ。さ、早くソラールと合流しなさいな……もう私達とも長くいられないでしょう?」

 

 私の言葉通りだろう。既にジークマイヤーの姿が霊体の如く薄れている。きっと世界が再び分たれようとしているのだ。幸い私とオスカーはまだしっかりと繋がっているようだが、いつ途切れるかも分からない。だからこうして、分たれないように一緒に行動しているのだが……なるほど、目の前にいてもこうして分たれる事があるのか。

 

 ジークマイヤーはうむ、と頷けば奥の扉に手を掛けて立ち止まった。

 

「今度、時間がある時にでも特製の酒をご馳走しよう。では、太陽あれ(Long may the sun shine)!」

 

 そう、大声で景気付けるジークマイヤー。ふむ、酒か。不死となってからは一切飲んでいないから少し楽しみでもある。だが不死人は酔えるのだろうか。どちらかと言えば(ソウル)に酔うものだろう……ま、貰えるならば良いのだが。

 




次はオンスタとスモウに行ければいいなぁ


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アノール・ロンド、巨人の鍛冶屋

 

 

 

 ソラール達と別れて客間の通路を抜ければ広い通路にやって来た。どうやらここは神々のサイズにも合うように設計されているようで、左右にある小さな通路を除けばどこもかしこも広い。きっと正面玄関になっている門は、先程私達が開こうとして開けられなかった門だろう。

 ちらりと通路からその広間を除けば、何やら最奥には霧がかかっている。その霧を守るように巨人騎士達が立ちはだかっているのを見るに……なるほど、この城の主がいるようだ。

 

 だが目に見える物だけが全てではない。それは唐突に、視覚外からやってくるものだ。渡りの凍て地にて私達を苦しめた銀騎士の大矢。それがどこからともなく私達に降り注いできたのだ。

 城内にも弓兵を配置する辺り、神々もこの本城の広さにおけるデメリットを理解しているのだろう。これだけ広ければ剣を備えた兵だけでは警備しきれまい。

 

 そんな窮地ではあるが、何やらオスカーには策があるらしく慌てず私に何かの紙切れを渡してきた。

 それは魔術の文言が書かれた紙巻、つまりはスクロールだった。どうして彼がそんな物を持っているのかは知らないが、確かにこれは使えそうだ。

 

 魔術師の杖を触媒にし、私はオスカーから貰ったスクロールの内容を頭の中で唱える。するとどうだろうか、たちまち私の身体は透けて遠目には全く映らないくらいの透明人間になってしまった。

 魔術、見えない体。古い亡国の魔術であるそれは、自らの光を屈折させ消失回避にうっすらと見える程度で姿を隠す。それはヴィンハイムの魔術師達が知らぬ、神秘のような魔術。

 

「よくこんなスクロールを持ってたわね」

 

 そう尋ねればオスカーは少しだけ言い淀んでから答えた。

 

「ああ、まぁ、冒険の賜物さ」

 

 深くは詮索しない。今はまず銀騎士達を葬らなければ。

 

 

 如何に神族の兵士と言えども見えない相手というのは非常にやり辛いものがあるようだ。

 大弓を携えて今か今かと待ち構える彼らの背後から、私の斧槍が胴を貫いた。それを数回繰り返せば……なんて事は無い、大弓銀騎士達は須く聖職者の不死に惨殺されたのだ。これは良い、戦略にも幅が出る。あまり魔術が得意ではないオスカーの代わりに有効活用してやろう。

 

 そうして、一先ず私達は濃霧へと向かわずに寄り道をする。もしかすればこの先にあの裏切り者がいるかもしれないだろう?

 だが実際居たのは巨人だった。それも鍛冶屋。最初こそセンの古城と同じように敵かとも思ったが、私達を見た巨人は拙い言葉で手を止める事なく話しかけてきた。

 

「あんたら、誰? 武器、鍛えるのか?」

 

 カンカンと、力強いアンドレイとは異なる繊細な手付き。どうやら私達をここの兵か何かと勘違いしているのだろうか。

 

 巨人の鍛冶屋は確かに腕が良いらしい。きっとあのアンドレイよりも、鍛冶屋としての腕は勝るのだろう。試しに斧槍とオスカーのアストラの直剣を預けてみれば、アンドレイよりも素早く彼は武器を強化してみせた。どうやら黒騎士の斧槍に見覚えがあるらしく、一口二口何か懐かしさを口ずさめば、彼は黙々と作業をする。

 鍛冶の音は嫌いではない。静寂の中に広がる金槌の音。それは森の中の風の音のように心地が良い。案外私は鍛治なんか向いているんじゃなかろうか。

 

 しばらく私とオスカーは巨人の鍛冶屋のそばで強化を待つ。今はオスカーのクレイモアを強化してもらっている所だ。

 オスカーは不死となっても眠る事ができるようで、まるでジークマイヤーのように船を漕いでいる。なんで私は眠れないのか不思議だが、眠らなくても疲れは溜まらず頭も鈍らないのだから、それで良いではないか。

 

 

 その時だった。不意に鍛冶屋の開いた大扉から誰かがやって来る。

 

「頼もう! 頼も〜う!」

 

 老人のようで若人のような、なんとも言えぬ声色が響いた。咄嗟に私とオスカーは手持ちの武器を構えて声の主を見据える。

 

「うん? なんだ、今日は先客が居たか」

 

 それは、銀騎士。アノール・ロンドに来てから何度も目にしている銀騎士の鎧に、しかし担ぐ獲物は銀騎士のスマートな鎧に不釣り合いな程に大きな大槌。それは銀騎士の武器と言うよりも、むしろ黒騎士の意匠を深く感じる。

 初めて銀騎士が喋る所を見た。武具を構える私達を見ても敵対する様子を見せないその銀騎士は、一直線に作業をする巨人の鍛冶屋の下へと向かう。

 

「あんた、また来た」

 

 巨人鍛冶屋がそう言うと、銀騎士は獲物の大槌を肩から下ろす。

 

「うむ。良い楔石が手に入ってな、折角なんで凱旋がてら鍛えて貰おうと思ったのよ」

 

 何やら私達そっちのけで話が進んでいく。

 

「今、私達が武器を鍛えてもらっているのだけれど」

 

 銀騎士相手にも私は割って入る。話が通じればそれで良し、通じなければ斧槍を通す。銀騎士はうん?と言って私をまじまじと見詰めれば、先程の豪快な口調とは打って変わって静かに語る。

 

「……貴公、不死か」

 

 静けさとは、不吉の前触れでもある。しんと静まり語りかけるその銀騎士から溢れる威圧感は、前に対峙した黒騎士を遥かに超えている。

 武器すら構えず、ただ話すだけでここまで威圧するなど並みの者が出来るはずも無い。こっちから話しかけておいて、私は黙り込んでしまった。じっとただ、バイザーから僅かに見える赤い瞳と視線を交わす。

 

「……だったら何だと言うのだ」

 

 そんな私と銀騎士の間に、オスカーが入り込む。正直言えば助かったし、この時のオスカーはいつもよりもかっこよく思えた。この上級騎士様はやる時はとことんやる。

 銀騎士とオスカーはしばらく睨み合う。睨み合うと言うのは、こちらの一方的な思い込みかもしれない。だって相手は神族で、私達は人間なのだから。一々下々の者相手に無駄な敵意を向けるほど、神は暇ではない。

 

「……ふむ、貴公。良い薪だ」

 

「なに?」

 

 不意に銀騎士がそんな事を言った。

 

「大王の器足り得る、良い瞳をしている。それに若い。良い騎士なのだろうな、貴公は。信ずる主人とともに死ねる程、潔い」

 

 それはオスカーに対する賞賛だった。そして自らに対する皮肉でもあるのだろうか。

 

「そして貴公もまた、実に人らしい。良い人間性だ。灰とは、そのようなものなのだろうな」

 

 彼の視線が私を捉えた。言っている意味は分からないが、どうやら褒めてもらえているらしい。

 

「あいや、すまんかった。どうも私はせっかちでな。ちょいとばかり熱が入ると周りが見えなくなるものよ」

 

 先程までの威圧感が消え、銀騎士は頭を下げる。喋るというだけでも珍しいのに、どうやらこの銀騎士は礼儀というものを分かっているらしい。彼は当初の豪快さを取り戻せばバンバンとオスカーの肩を叩き笑った。

 

「うむ、うむ! 若い騎士は大切にせねばならんからの!どれ、私はしばしここで待つことにしよう。ああいや、皆までいうな、これでも異端と呼ばれた銀騎士。生温い他の銀騎士とは異なりどこでも寝られる戦士よ」

 

「え?」

 

 私達の言葉が重なる。一方的に会話を進めた銀騎士は、部屋の角っこに腰を据えるとそのまま居眠りし出した。なんだ、ジークマイヤーと話しているのか私は。

 静かな鍛冶場に豪快ないびきが重なる。はぁ、と溜息を吐く巨人鍛冶屋はクレイモアの強化を終えるとオスカーにそれを手渡して言った。

 

「終わった。俺、仕事できたから。ばいばい」

 

 言い終わり、巨人鍛冶屋が銀騎士の獲物を握る。まるで鉄塊のようなそれに、私の斧槍と同じく光る楔石を重ねて加熱させた。

 なんだかよく分からないが、どうやら話せる銀騎士もいるようだ。疲れるから積極的に話したくはないが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 手に入れた時の斧槍も、それはそれは強力な武器だった。一度振るえば不死はもちろん大抵の相手を薙ぎ払える重量。そして生半可な盾などそれごと切り捨てられる鋭さ。

 ああ、私の選択は間違っていなかった。何度も死んだが黒騎士から奪った斧槍は、今では光る特別な楔石に強化され神の武器に近づいていた。

 濃霧を守る巨人騎士でさえも敵ではない。流石に大楯は斬り伏せられないが、鎧すらも貫く一撃は容易に魂を狩り取る。あっという間に私達が巨人の兵士を屠れば、濃霧はあっさりと目の前にあった。

 濃霧に手をかけるオスカーが言う。

 

「神の都アノール・ロンド。そこを守るは神か、それとも……」

 

「御託はいいわ。さっさと行きましょう」

 

「風情が無いなぁ君は」

 

 こんな物騒な場所で風情も何もない。楽しむのは景色だけで十分だ。

 そんな、しかし実際はきっと緊張を隠すためのやり取りをしてから濃霧に挑む。だがその直前、不意にパンツのポケットが震えた。はて、ポケットに何か入れていただろうか。小物は総じて(ソウル)に収納しているはずだが。

 

 手をポケットに入れてみれば、確かに何かがある。それは球体。取り出せば、何とも気味の悪い……真っ黒で瞳のあるオーブだった。

 うわっ、と気味悪がるもすぐにそのオーブの(ソウル)を読み取り意図を理解する。自分の瞳の奥に暗い炎が宿った。

 

「どうしたんだい?」

 

 突然ポケットに手を突っ込んで立ち止まる私を見て不思議がるオスカーに、なんでもないとだけ告げてから、そのオーブを(ソウル)へとしまう。

 なるほど。どうやら目的のものもここにいるようだ。それは良い、早くここの主を倒して奴も殺しに行こう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人とは恐ろしいものだ。

 

 自らの内に潜むものに目を背け続け、しかしいざそれが発現すれば神にすら手が負えなくなる。それをどうにかできるのは、同じ人間だけとは何と面倒な事か。

 闇とは、全ての生命への冒涜に他ならない。遍く光を覆い醜く変質させる闇とは、まさに猛毒よ。神すらも喰らうであろう闇を押さえ込むため自らを薪として捧げた彼の主は、やはり正しいのだろう。

 

 階下に目をやれば、配下の処刑人はいつものように大槌を撫でていた。

 神族ではなく、しかし人間ですらないその処刑人は残酷だ。姿を全て覆い隠すその黄金の鎧は大きく、そして醜く。圧倒的な力でもって大槌を振るい敵対者をすり潰す。奴はそれを楽しんでいるようだ。

 

 正直、彼はその処刑人を好んではいない。それでもこうしてこの王座を守護する者として協力しているのは、単に処刑人の忠誠心が極めて高いからだ。

 神でも無いのに神族よりも神に殉じるその精神は、彼からしてみても目を見張るものがある。例え彼らが守るものが偽りだと知っても、きっとあの処刑人は躊躇わないだろう。

 神の嘘のために、ひたすら戦い続けるだろう。そんな事、己が出来るだろうか。既に王は去り、しかし聖堂を守るために試練となるも忠誠は揺らぎ。

 

 処刑人を、少しばかり羨ましくも思う。

 

 本当に崇拝するべき上司は、もういない。彼が憧れ、共に戦った本当の戦士は、その父グウィン王により追放された。ありもしない罪のために、しかし不満を述べることもなく。

 

 その御方が去った日、彼は竜に乗って飛び去ろうとする戦士を止めようとした。竜に手をかけ、必死に懇願したのだ。それでも、その戦士は止まらなかった。

 

 ━━なすべき事を、なすのだ。

 

 ただ、それだけ述べて。その一言で彼を無理矢理納得させ。

 だからこうして、彼もなすべき事をなすだけだと、自らに言い聞かせる。今日もまた、珍しい不死達が薪になろうとやって来ているようだ。哀れだ。偽りを延命させるためだけの捨て駒だと言うのに。全てはあの末男の欲の先だというのに。

 

 だが、それでも。

 

 なすべき事のために、彼は槍を握る。

 

 獅子を象った鎧の下から、不死の男女を見詰め。

 

 竜狩りオーンスタインは、ただ目を背け立ち向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 竜狩りオーンスタイン。それは古く、グウィン王に仕えた騎士の中でも最も優秀だとされている四騎士の一柱。神と古竜との戦いで、手にする槍と与えられた雷を用い竜を屠ったと言われる伝説。

 その神に最も近いであろう存在は、太っちょの処刑人スモウの横へと降り立つと私達に槍の鋒を向けた。

 

 とうとうデーモンとの相手から神を相手にすることになるとは。聖職者としてこれほど背信的な行為は無いだろう。我々の役割とは神々に仕え、その物語を民に伝える事なのに。きっと外の司祭達が見たら発狂するに違いない。

 

 だがそれが何の問題だ。立ち塞がるのであれば殺すだけだ。私はもう聖職者では無いし、そもそも信心深い方でも無い。神に信仰を捧げていないせいで扱える奇跡は回復だけだし、そもそもその僅かな信仰も奇跡という信仰の効果に対するものだ。だから私は、神なんて多少強い相手くらいにしか思っていない。

 問題は、その神々が須く強敵だと言う事だろうが。

 

 竜狩りは一直線に、物理法則を無視したかのようにこちらへ突っ込んでくる。長方形の大聖堂の端から端、百歩はあるだろう距離を一瞬で詰めた竜狩りは、真っ先にオスカーへと槍を突き刺す。

 

「くっ!」

 

 それを間一髪回避すると、オスカーと私は分断された。

 

「君はあの処刑人を!」

 

 幸い竜狩りはオスカーを相手する気満々で、のっそのっそと歩いて来る太っちょの処刑人も私に向かっている。二対二と思いきや、一対一の戦闘になるとは。しかも神族相手に。

 分厚い装甲を持ちそうな処刑人は、少し離れた位置から大きなハンマーを床に打ち付ければそのまま突っ込んできた。あれに轢かれたら私の体力では持たないだろう。故にぶつかる直前、私は横へとローリングしその轢殺から逃れる。

 

 大聖堂の綺麗で荘厳な柱すらも砕くその姿は、猛牛だ。自身の攻撃が回避され、しかし隙なく振り返りながら振るうハンマーは即死級の威力だ。互いに長い獲物同士、リーチによる優位性は無い。だが速度では私に大きく分がある。

 ハンマーを空振らせて、即座に斧槍の縦切りを叩き込む。硬い鎧は、しかしデーモンを相手にするために作られた斧槍により傷つけられた。

 

「……!」

 

 これには処刑人も驚いたらしい。警戒するように、じわりじわりとこちらへ詰め寄る処刑人は、見た目とは裏腹に頭が良いらしい。

 

 だがそんな事どうでも良い。早く殺し、私は見つけた手掛かりを手繰りたくて仕方ないのだ。

 ちらりとオスカーを見れば、素早い槍捌きに苦戦はしているものの実力は拮抗していた。防げない一撃は確実に盾で受け、攻撃の合間を縫ってクレイモアを叩き込んでいる。恐ろしい優男だ、四騎士相手にも屈せず戦い続けるとは。

 

 スモウの大振りの中段振りをバックステップで回避する。私はといえば、ただ反撃するのではなく相手の攻撃を見極めていた。

 ロードランでの戦いの経験で、分かった事がある。デーモンにせよ神族にせよ、得意な振り方、技というものはあるものだ。そしてその攻撃とは今まで実戦で通じ、自らの糧となっている。相手を屠る自信となっている。ならばそれを用いて戦うのは必然。

 

 私は戦士ではない。だからそういう型なんてものは知らないし、今扱っている斧槍だって読み取った黒騎士の(ソウル)から得た使い方と、私の個性を併せた使い方をしている。

 そして人とは、学習する生き物だ。一度見た事を忘れることはあれど、命の掛かった戦いで二度三度見たものを忘れる程愚かではない。

 相手の引き出しを確かめ、必殺の一撃と言わんまでも確実に攻撃する。それが私の戦い方だ。

 

 スモウのハンマーが、またしても私の胴を捉えるために振われる。それは今まさに見た中段振り。

 まるでバレリーナが如く、私は回転しながらしゃがみ込む。すると頭上をハンマーが掠めた。そして回転とは勢い。回転を止めず立ち上がり、そのまま斧槍を薙ぎ払う。

 回避回転薙ぎとでも言えば良いか。それは容易にスモウの片膝を切り裂いた。

 

「……〜!」

 

 たまらずスモウはその場に膝を付く。あれだけの重量がありそうな体だ、弱点は膝に違いなかった。

 回転を止めない私はそのまま斧槍を縦に振るう。重い斧槍の兜割りは、確かに大柄なスモウに届いたようでたまらず彼は尻餅をついた。

 

 致命の一撃。すかさず胴に飛び乗り、素早くスモウの喉元を斧槍で突き刺す。容赦などない。アイアンゴーレムではこの一撃が遅かったせいで手痛い反撃を喰らってしまった。

 だが神族の生命力を侮ってはいけない。確かに斧槍はスモウの喉元を貫いたが、それでも処刑人は暴れて私を遠ざける。

 喉元から出血するスモウはすぐに立ち上がれば、悔しそうにこちらを兜越しに睨んだような気がした。どうやら人間を甘く見ていたらしい。

 

 

 

 オーンスタインはと言えば、相方の処刑人がまさかの一撃を貰った事に驚きを隠せなかった。

 如何に卑下する者とは言え、あの処刑人は最強の狼騎士が抜けた後の四騎士に迎え入れるか否かと審議された程に強力な者だった。それなのに如何に黒騎士の武具を持ち、不死ではあるが人間の小娘如きにこうも容易く弄ばれるとは何たる醜態。

 しかしそれも頷ける。竜狩りが戦うこの特徴のない騎士もまた、想像していたよりも遥かに強い。かつて竜を屠った槍捌きでさえ見切られ盾で受け、そして躱していく。ああ、やはり人間は恐ろしい。闇とは変化の象徴だ。

 

 そしてその隙を逃す程、甘くもない。相手の上級騎士は、竜狩りの一瞬の停止の内に武器を切り替えた。それは直剣だが、祝福が施された上質なもの。そして人間と巨人の鍛冶に鍛えられ、今では銀騎士すらも容易く屠る。

 素早い直剣の振りをオーンスタインは避けきれなかった。鎧を貫く程でも無く、しかし確かに響く連撃にすかさず竜狩りは身を引く。

 

「手加減など、するものではないぞ竜狩りよ」

 

 近付いてくる上級騎士が呟く。だが仕方ないのだ。この戦いに意味を持てない竜狩りでは。犬にでも食わせておけば良い使命や真に仕えるべき主君のいない騎士では、誇りを持てるわけがない。

 

 竜狩りは誉れというものを見失っていた。ああも手傷を負いながら奮闘している処刑人と自分を見比べて、とうとうそんなにも落ちぶれたのかと自覚させられる。

 

 ━━なすべき事を、なすのだ。

 

 迷いとは、呪いのようなものだ。

 

 友達を深淵により失い、敬愛する戦士と使命すらも失った竜狩りは自嘲気味に笑った。

 

 




心折れたオンスタくん


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大聖堂、竜狩りの騎士

 

 

 人の闇を、垣間見た。

 

 銀騎士は打ち付ける金槌の音を聞きながら静かに思索する。部屋の隅で眠る素振りを見せながら、しかしその実は瞑想に耽っているという矛盾は、銀騎士の中でも異端と言われた彼ならば何ということは無い。

 人の本質。それを理解できるほど人の世は甘く無い。神々は須く人々に偽りの役目と呪いを与え、しかしそれが当たり前であるのだとかの小王の末裔達は疑問すらも抱かない。抱いたとしても無駄だ。異を唱えるには既に遅すぎるのだ。

 

 あの二人の不死。まだ若く、しかし勇猛であろう彼らは真実を知ったらどう思うのだろうか。

 特にあの女は。その内に、薪以上の何かを抱えた過酷な使命を背負った彼女は。果たして神々が思い描いた通りの行動をするのだろうか。

 

 やはりつくづく人間とは面白い。最早進歩のない神々や、その下に媚びへつらう人々には無い進化がある。そしてそれこそ闇の本質。光の住人でありながら闇を好むなど、銀騎士多しと言えども彼くらいだろう。

 あるいは、盟友であるあの岩のような騎士も同じ事を思っただろうか。最早姿すら無い、伝承と化した彼も。この銀騎士と同じく人を好んだのだろうか。

 

「武器、鍛えた」

 

 ふと、瞑想に耽る彼の目の前に巨人の鍛冶屋が大槌を差し出した。ふむ、と頷きそれを手に取れば銀騎士はその大槌を背負う。

 

「良い、良い。私の武器など鍛えられるのは限られているからな、助かるぞ」

 

「あんたの武器、重いから嫌いだ」

 

 そんなクレームに銀騎士は笑った。自らよりも巨大な膂力と身体を誇るのによく言ったものだ。

 彼は不死の二人が登っていった階段を目にすると、足をそちらに向ける。少しやる事ができたようだ。何をするにも、気紛れというのは長い人生を楽しむのであれば必要なのだ。

 そしてそんな彼を訝しむように、巨人は問いかけた。

 

「あんた、どこいく?」

 

 いつもならすぐにこの城から去るのに、という言葉は会話が苦手な巨人の口からは語られず。しかし長い付き合いの銀騎士ならばその意図も分かるもの。うん、と口にして彼は答える。

 

「腑抜けた騎士に喝を入れるのよ」

 

 大笑いは、やはり豪快な彼に似合う。巨人の鍛冶屋は特に追及することもせずに作業を続けた。

 

 友よ。もし、自らの使命に疑問を持ってしまったのならば。その時は、使命など捨ててしまえ。使命とは呪いなのだから。呪いとは、神々には似合わぬよ。故にあの御方は自らの地位を捨ててでも旅立ったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スモウの一撃を回避する。大振りの振り下ろしは私のような華奢な身体ならば一撃で灰に帰せるものだ。だが如何なる竜の息吹や神の雷であろうとも、当たらなければどうという事はない。

 確かに彼は強い。きっと少し前の私であるならば手も足も出なかったに違いないのだから。それこそ私を守ったバーニス騎士のように、殺されまくってずっと燻っていたかもしれない。

 

 だが、私とオスカーは。最早別人と言える程に鍛え過ぎた。得た(ソウル)を無駄にせず、全てを最適化した。技量と持久に注ぎ込んだ私のスタミナは底知れず。攻撃をした後の回避にも余裕があるくらい。オスカーの筋力と体力に重きを置いた力もあの竜狩りオーンスタインと対等以上に戦える。

 人とは、可能性の生き物であると聞いた事がある。英雄が魔物や竜を倒すように。私達にも、同じ事ができるのだ。

 

 跳躍し、振り下ろされたハンマーの上に乗る。今までそんな事をしてくる奴などいなかったのだろうか、型破りな私の戦い方にスモウは困惑しているようにも見えた。

 飛びかかり、斧槍の横薙ぎをスモウの首元に振るう。デーモンすら屠る斧槍は、金色の鎧を切り裂いた。神であろうと人であろうと血は出るものだ。暴れて喉元を抑えるスモウから距離を取り、観察する。

 最早、彼は敵ではない。

 

 苦しむスモウに駆け寄る。苦し紛れの横振りは、しかし懐に入り込んだ私に当たる事はなく。

 渾身の一撃を、彼の腹に突き刺した。それは致命の一撃。

 

 仲間の危機にオスカーを相手にしていたオーンスタインが割り込む。突然の横槍を後方にローリングして回避すれば、私の横にオスカーが並んだ。

 

「君に先を越されたようだな」

 

 不敵に、しかし獰猛に笑うオスカーが言ったのと、スモウがオーンスタインに手を伸ばしたのは同時だった。

 処刑人はしばらく無言で竜狩りの手甲を掴めば、事切れる。ぐったりとして動かなくなったスモウから(ソウル)が溢れ落ちそうになったのだ。つまり、死んだのだ。神が物理的に死ぬとは考え難いが。

 オーンスタインはその光景を、しばらく唖然と眺めていた。やはり神と言えども同族の死に何かを覚えるのだろうか。

 

 しかしどうした事か、未だ健全に身構える私達とは打って変わって竜狩りは戦意を多少消失しているようだった。かつて竜との戦いにおいて犠牲はあっただろうに。彼がその度にああも嘆いていたとは考え難い。

 あるいは、死を嘆いているのではないのかもしれない。私達が知らぬ何かを、彼も抱いているのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 別に、処刑人と仲が良かった訳ではない。余りある残虐性に手を焼いて、神々に彼を排除するように願った事もあるくらいだ。彼と共にこの大聖堂を守れと勅命を受けた時は感情をぐっと抑えるのに必死だった。

 でも、彼は思っていた以上に信心深かった。神と仇なす存在であるというのにも関わらず、こうも神のために身を捧げる者を他に知らないくらいに。例え敵が自らの丈に合わぬものであろうとも、それこそかつて逃した黒竜相手であろうとも、彼は最期まで神のために戦うであろうと。

 

 対して、自分は前に思ったように無力に尽きる。かつての竜のような血を滾らせる強敵も、信じた者もいない。誰も知らぬ偽りの使命に身を奴し、ただ門番にまで成り下がった四騎士の長。そんなものに愛着などありはしなかった。

 

 目の前で処刑人が死んでいく。歪な身体が竜狩りの手甲を掴んだ。まるで意志を託すかのように。彼は神ではないから、きっとこのまま朽ち果てるだけの存在だ。彼の存在はすべてが遅過ぎた。かの大王が火継ぎに向かったその後で、彼は処刑人として命を受けたのだから碌な信仰を受けられなかったのだろう。

 

 そんな目で見ないでくれ。違うんだ。最早貴公が信ずるものなど、ありはしないのに。

 

 

 

 

「ならば、どうする竜狩りよ」

 

 

 

 

 威厳のある、聞き知った声が聖堂に響いた。これには竜狩りだけではなく不死達も振り返り警戒する。

 それは銀騎士だった。このアノール・ロンドに何処にでも居る銀騎士の鎧に、手にするのは一振りの大槌。嫌でもわかる。それは異端として知られ、神々ですら制御の効かぬ風雲児。かつて岩のようなハベルと親交を結び竜狩りにおいて多大な戦果を挙げるもその異端さから碌な褒賞も得られなかった騎士。

 

「貴公は……」

 

 不死の騎士が驚いたように声を出す。だがその銀騎士は彼らを通り越し、まっすぐに自分の下へと歩み寄ってきた。

 

「自らの使命に嘆き、ただありもしないものに縋るなど愚の骨頂よ」

 

 そんな彼に、竜狩りはこの場で初めて口を開いて反論した。

 

「貴公には分からぬ。放浪し、好き放題している貴公には」

 

 低く、ドスのきいた声にも格下の銀騎士は怯まない。だが銀騎士の(ソウル)からある種の怒りを感じた。きっとそれは、竜狩りに対する失望なのだろう。

 

「分からぬさ。貴公と私とでは立場も生き様も違うのだから。そしてそれは、あの御方も同じ事よ。聡い貴公なら分かっているのだろう?」

 

 今度は反論できなかった。ただ彼は、その銀騎士の説教に耳を傾けることしかできない。

 銀騎士は不意に背後の不死を指差す。

 

「この不死の勇者達も同じことよ。それぞれ異なる使命と想いを抱き、貴公らと対峙しているのだ。全てが同じ者など、それこそ亡者よ。あの御方は果たしてそんな安っぽい神だったか?否、あの御方こそ戦士。己が目的を戦いの中で探し、自らを信じたのだ」

 

 脳裏に姿が浮かぶ。竜に乗り、神々しい雷を身に纏った戦神を。

 

「貴公、竜狩りの騎士よ。使命など、デーモンにでも食わせておけ。貴公は少し神経質過ぎる。この処刑人のように信じられぬのであれば、それで良し。貴公は貴公のなすべき事を成せば良いではないか」

 

 使命とは、呪いのようなものである。かつて友であり四騎士であった騎士が言っていた。あの時の竜狩りにはその意味が分からなかったが。今ならば理解できるかもしれない。

 そうなのだろう。彼は使命に縛られ過ぎていたのだろう。だが、使命あってこその騎士であることも確かだ。故にその二つの間で竜狩りは揺れ動く。

 

「後は貴公次第だ。無様に倒されるのか、その者の意志を継ぐのかを選ぶが良いさ」

 

 それだけ言えば、銀騎士は立ち去る。マイペースにスタスタと立ち去ろうとして、不死達に声をかけた。

 

「我が友が失礼したな。貴公らも悩まず励めよ」

 

 いや、悩む事も成長なのかもしれぬな、と銀騎士は笑えば濃霧から大聖堂を立ち去る。

 スモウの意志。それは神々の大聖堂を護る事。それは即ち、侵入者を迎撃することだ。戦いだ。

 

 ああ、と竜狩りは何かに気がついたのだ。なるほど、いつからか最も単純で重要な事を忘れていた。戦いとは相手に関わらず己の全てをぶつけるものだろう。使命とはその後に着いてくるのだ。そんな単純な事だろう。

 スモウはきっと、信心深い訳ではなかったのかもしれない。彼は神々を理由に、戦いを楽しんでいたのかもしれない。それは神々にしてみれば野蛮ではあるのだが。戦士としてはこれ以上ない程の理由なのだ。

 

 竜狩りは槍の鋒をスモウの亡骸に向ける。

 

 良いだろう。たかが処刑人と蔑んでいたが、貴公は戦士だよ。

 

 雷を宿した槍は、スモウの身体を貫いて(ソウル)を吸収する。自らに流れ込む凶暴な血が、竜狩りをかつての姿に戻す。それは竜狩りが、本当の意味で輝いていた時の姿だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然現れた銀騎士が竜狩りに何か言って立ち去ったかと思えば、今度は唐突に竜狩りが処刑人の死体を槍で突き刺した。

 突き刺した槍は放電し、スモウの身体を(ソウル)ごと吸収しているかのようにも見える。仲間の亡骸を自らの糧にするとは何たる冒涜だろうとも思ったが、それは我々不死とて同じことだ。私達だって殺した相手の(ソウル)を根こそぎ奪っているのだから。

 

「一筋縄ではいかないようだな」

 

 オスカーの言う通り、竜狩りオーンスタインの身体に変化が起こる。吸収した莫大な(ソウル)は神族の身体にも余るようで、完全に吸収し切った竜狩りの身体は放電しながら巨大化した。

 神々とは人ならざるものだ。その身は大きく偉大。もしかすれば、あの姿こそ彼の本来の姿なのかもしれない。ともあれ竜狩りは、力を得たのだ。アイアンゴーレムなど霞むような(ソウル)を感じる。

 

 そしてその(ソウル)を渇望するのは悪い事だろうか?

 

 

 竜狩りの咆哮が大聖堂を突き抜ける。身体を抜け、(ソウル)すらも揺さ振る叫びは獣。否、まだ見ぬ竜に近いのだろう。かつて数多の竜を屠り、その(ソウル)の数々を得た竜狩りは、いつしか竜に近しい存在にもなっていたようだ。

 私達が再度身構えれば巨大な竜狩りは跳躍し、大槍を大きく引く。それは突き刺しの構え。

 

 内なる(ソウル)が警鐘を鳴らせば、自然と身体は横へと転がっていた。刹那、眩い雷矢が私達の間を駆け巡る。それは伝承通りの神々の雷。かつてグウィン大王が用いたとされる物の再現だろう。

 

「面倒ね」

 

 呟きながら私は竜狩りの次の動作を窺う。着地するや否や、竜狩りはオスカーに向け神速の突撃を見せた。間一髪それを回避する上級騎士は、しかし反撃の暇を見出せない。あの巨体で、あまりにも早過ぎる。

 ならばと私は魔術師の杖を取り出す。脳裏で唱えるのはソウルの矢。気休め程度にしかならないだろうが、反撃の機会させ掴めれば良い。

 

 青白いソウルの矢はオーンスタインに届く直前、槍に打ち消された。あまりにも弱い一撃だが、それで良い。私の目的はオスカーに攻撃の機会を与える事なのだから。

 一瞬こちらに気を取られたオーンスタインの膝下に、オスカーのアストラの直剣が刺さる。祝福されたその剣は、しかし有効な一撃にはならず。あっさりと剣を蹴り返されるとパキンと折れてしまったではないか。

 

「馬鹿な!」

 

 騎士としての誇りを折られた上級騎士の動きが止まる。そしてそれを見逃す程竜狩りは甘くない。即座に槍を振るい、オスカーを弾き飛ばせば重い甲冑ごと彼はすっ飛んでいくのだ。

 

「オスカー!」

 

 彼の名を呼び走り出す。未だ死なずとは言えどもオスカーが受けたダメージは大きい。甲冑ごと肉を切り裂かれたオスカーは夥しい血を噴き出しながら立ち上がろうともがいているのだ。

 私が助けなければならない。

 

 追撃をするオーンスタインの間に割り込めば、案外あっさりと彼の注意を引くことができた。当初の目標であるオスカーから私へと攻撃の対象を移せば、竜狩りは槍を突き刺そうと構える。一か八か、やるしかない。

 槍が突き刺される瞬間、私は斧槍を大きく振るう。グルングルンと回転させて勢いをつければ、その重みも相まって黒騎士の斧槍に破壊的な力が生まれるのだ。

 

 そして、その回転と突きを合わせ。

 

 思い切り斧槍の鋒と槍の先端を打ち合わせた。

 

「ッ!」

 

 手に強い衝撃と痺れが伝わると同時に竜狩りが驚く。パリィが得意な私ならではの機転だろう。まさか斧槍で大槍をパリィするなどと。まさか成功するとは思ってもいなかったが。

 

「早く回復してッ!」

 

 私が叫ぶと、ハッとしたオスカーはエスト瓶の中身をがぶ飲みして瞬間的に傷を癒す。不死の良い所だ。だがそんな光景を待ってくれる相手でも無い。

 パリィから体勢を立て直した竜狩りは、まるでスモウのように両足を上げながら跳躍する。(ソウル)を受け継いだと言うことは、言い換えれば技を受け継いだと言っても過言ではない。あれはスモウのヒップドロップだ。

 私はバックステップで距離を取る。あの攻撃は、要は真下にいなければ当たることは無い。そして落下した竜狩りに攻撃を加えられるよう斧槍を大きく振り被る……

 

 

 

 竜狩りが着地すると同時に、辺り一面に電撃が走った。大理石の柱も打ち砕くその雷撃は、近くで攻撃寸前だった私を容易に飲み込んでいく。

 

「が、あああああああ!!!!!!」

 

 身体の内側を電撃が破壊する。内臓が弾ける感覚の後に意識が飛びかける。

 

「リリィッ!」

 

 雷撃を免れたオスカーが私の名前を叫び、しかしそれで私も意識を保てた。私のカッコ悪い姿をこれ以上見せるわけにはいかない。そんな理由だったはずだ。

 震える膝に喝を入れて踏ん張る。常人ならば死んでいてもおかしくない傷だった。私の白い聖職者の服も所々焦げてしまっている。不死の頑丈さに感謝すべきだろう。

 

 勝機と見たのか、竜狩りは今度こそ私を仕留めるべく槍を引き、突き刺しを見舞おうとしてくる。だが、それが何だと言うのか。

 

 今度は斧槍を回転させる事もせず。死に瀕して研ぎ澄まされた感覚のみを用い、それを行う。

 あっさりと、まるで亡者の剣を弾くが如く。斧槍を用いて竜狩りの槍を払う。完璧で完全な斧槍パリィ。奴は一つ忘れているのだ。人間とは、少ない寿命の中で成長できるものだということを。

 竜狩りは今度こそ、完全に体勢を崩された。そして与えるは致命の一撃。

 

「オスカァアアアアッ!」

 

 背後の上級騎士の名を叫べば、彼はすでに応えていた。私を瞬時に通りすぎ、折れた直剣からクレイモアへと切り替えれば膝を付く竜狩りの騎士へと肉薄する。

 一気に跳躍し、縦に回転する様はまるで神話の深淵歩きが如く。上級騎士の名も無き大剣は、竜狩りの首を深く抉った。そしてそれが、此度の戦いの勝敗を決するのだ。

 

 首を半分ほど狩り取られた竜狩りは、そのままうつ伏せに倒れ込むと霧散する。兜越しでは分からぬというのに、どうにも満足したように見えたのはダメージによる幻覚だろうか。それを見届けた私は力尽きその場に倒れ込み、天井を仰ぎ見た。

 

 

━━Victory Achieved━━

 

 

「無茶をするな、君は」

 

 私を抱き抱えるオスカーが私の腰にあるエスト瓶を取り出しながら言う。

 

「良い案だと思ったんだけどね……死ななかったのが奇跡だわ」

 

 言い終わると、オスカーがエスト瓶を私に飲ませる。結局カッコ悪いところを見せてしまったが、何にせよ勝てたのだから結果オーライだろう。

 エストの暖かさが身体を癒す。身体に染み渡るというのはこう言うことを言うのだろう。

 

 その後、しばらく私とオスカーは崩れた大聖堂で休息を取る事にした。後はあの火防女の騎士が言っていた人物に会えば良いのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 竜狩りは敗れ、しかし別の世界の大聖堂で目覚めた。何て事はない、彼は神の一族に列する者なのだから信仰が失われない限り死ぬ事はないのだ。竜狩りを崇拝する人間など沢山いる。

 だがやはり、スモウはいない。彼に集まる信仰は無いし、神でもなければ当然の事だろう。例え世界が変われど、近い世界での出来事なのだから反映されるのは当然だ。

 まさか神々である自分があんな処刑人と異端の銀騎士に気付かされるとは、やはり自身は騎士としても戦士としてもまだまだなのだなと実感させられた。だが同時に、彼を縛る何かが消え去った。聖堂の騎士、神の僕。しかし彼は戦士なのだ。ならば、戦いを楽しめばよい。全身全霊をかけて。そこに神々の政治的な思惑など関係がないのだから。たったそれだけのこと。

 

 だから彼は、槍を取る。新たにやってきた自身が崇拝する者を崇める騎士と、何やら重い使命を背負った玉葱頭の騎士と戦うために。

 だって、戦士の本懐は戦いで死ぬことだろう?

 




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復讐、魂を

 

 

 太陽の光の王女。その存在は今もなお大王グウィンと共に人の世にも語り継がれている神聖なる存在。大王グウィンの娘である彼女は、その美しさ故に沢山の神々に言い寄られるもその尽くを持ち前の慈悲と巧みな言葉で躱し、いつしか自らが真に伴侶と認めた火の神の下へ嫁いだとされる。そしてロードランの神々の末路とは打って変わって、幸せに暮らし尊い子らをもうけたと。

 そんな、ある種伝説に謳われる神が目の前にいる。

 

 竜狩りと処刑人の試練を乗り越え大聖堂の最上階へとやって来た私達。不自然に設置された篝火でしばしの休息を得た後、一際目立つ大扉を二人で開ける。

 

 太陽の恵み。ある者は、それは母性だと言う。または女性的なのだと。故に大王グウィンは炎の力では無く雷を操っていたのだと。

 なるほど、と。その女性を見た時に納得できた。神々の例に漏れずに全てが大らかな女性が、ゆったりと祭壇に腰掛けてこちらに笑みを向けていたのだ。女としての敗北を、その豊満な胸部を見て悟る。比べるのも烏滸がましいくらいのものだ。あれはなるほど、そりゃ母性という言葉で濁したくもなるな聖職者共め。

 

 太陽の光の王女グウィネヴィア。かつて尊い子らを産んだとされる神がそこにはいたのだ。

 

「ああ、ああ、何てことだ……」

 

 その存在感と圧倒的な神性に信仰深いオスカーが負けている。生憎と私は信心深い方じゃ無いから何とも無いが、別の意味で負けてるよ。

 

「よく参りました。試練を超えた、不死の英雄よ。さぁ、私の側に……」

 

 魂を震わせるような声色で王女は語りかける。例え如何なる楽器であろうとも敵わないであろう彼女の美声は、確かに神々が惚れるに相応しい。

 私とオスカーは恐る恐る王女の前まで進む。隣の上級騎士様は見た事もないくらいに背筋を伸ばし、まるで王の親衛隊が如く不自然なくらい正しく歩く。見ていて笑えるな。

 オスカーが跪いたのを見て、私も合わせて何となく跪いた。確かに友好的な神々の前で跪かないのはまずいだろう。敵だったら即座に殺すのだが。

 

 すると王女はにっこりと微笑み、口を開いた。

 

「不死の英雄達よ。私の名はグウィネヴィア。大王グウィンの娘、太陽の光の王女です」

 

 やはりそれは伝承通りの神だった。しかし何とも悩ましい身体をしている。大体の男はきっとはだけた胸に視線が行ってしまうのだろうが、私としては腰回りのラインに目が行ってしまう。尊い子らを産んだだけはある、良い大きさの尻だ。なんで私はこんな変態親父みたいな感想を抱いているのだろう。

 ともあれ、話を聞いているとどうやら彼女は父である大王が火継に向かって以来、私達のような試練を経た不死を待っていたようだ。

 すると彼女は背後に置かれている何かをゴソゴソと漁り、私達の前にどんっと置いた。

 

「さぁ、あなた方に、王の器を授けましょう」

 

 そこにあるのは黄金の器。それも神々のサイズである故に巨大だ。(ソウル)の業によりあらゆるものを携行できるからこそ持っていける代物だ。しかしまぁ、随分と適当な場所に置いてあったな。一瞬見えたが背後にちらりと隠れている毛布の中から出てきたぞ。きっと王女が日頃飲み物を飲む際に用いていたに違いない。

 

「一つしかありませんが」

 

 不意に私は疑問を呈した。英雄達と言っているのに取り出したのは一つだけだ。だが王女は少し困ったように笑い、言う。

 

「その、ごめんなさいね。今一つしか無くて」

 

「はぁ……」

 

 そんな在庫切れみたいに言って良いのだろうか。だがまぁ良いだろう。どうせ使命とやらはオスカーが成すのだから。私はさながら犬の飼い主のように首を動かしてオスカーに器を受け取るように促す。オスカーはせっせと器に触れてそれを(ソウル)へと還した。

 そんな姿を見て、王女はくすくすと笑う。

 

「仲睦まじいのね。私も夫との日々を思い出します」

 

 何か勘違いをなされているようで、うんざりする私とは対照的にオスカーは何故か照れている。

 

「私達そう言うのじゃないんで」

 

「あら? そうなのですね……ふふ」

 

 不敬だぞ、と焦るオスカーだがそんな事関係ないとばかりに王女はまた表情を引き締めて語り出した。それは使命について。

 

「お願いです。大王グウィンの後継として、世界の火を継いでください。そうすれば人の世の夜も終わり、不死の現れもなくなるでしょう」

 

 不死の呪い。それは火の陰りと共に現れた。人の世を混乱と恐怖に陥れた闇は、しかし思えば随分と前からあったようにも思う。少なくとも、私が何十年もあの不死院に幽閉されていたのだ。陰ったとは言えども時間は残されているのだろう。

 そもそも、不死の呪いとは何なのだろう。人にしか現れぬ刻印、ダークリング。それが身体に現れた者が不死となる。だが何か引っかかる。

 かつて大王グウィンが初まりの火を見出した時、人の祖となる名もなき小人がいたという。火が見出される前からいるとなれば、その人物も不死なのだろう。であるならば……人とは、全てが不死なのか?

 

 考えてはならない。不死とは悲劇でしかないのだから。便利な体ではあるも(ソウル)と人間性が枯渇すれば亡者となってしまうのだから。そんなものが人の姿だとは考えたくもない。

 

「それは、英雄たる貴方達でさえ辛く、厳しい試練となるでしょう。ですが私達はもう、火の明るさを知り、熱を知り、生命の営みを知っています」

 

 

 ━━もう、世界の火を失えば。残るのは冷たい暗闇と、恐ればかりなのです。

 

 

 火の時代を憂う王女の間を去れば、私とオスカーは再度大聖堂の篝火を囲う。どうやら王の器の恩恵で、ロードラン中の篝火が繋がりを取り戻したらしい。原理は分からないが、篝火から篝火へと転送ができるようになった。便利なものだ。

 そんな風に思いながら不意に静か過ぎるオスカーを眺める。

 

「ああ……女神だ……」

 

 いや、呟いてはいたらしい。しかし男というのはどいつもこいつも鼻の下を伸ばしまくりやがって。

 

「オスカー。おい、オスカー」

 

 少しだけ刺々しく、私は彼に語り掛ける。

 

「……うん、呼んだかい?」

 

「……いや。何でもないわ」

 

 いつまでもそんな調子のオスカーに、酷く腹が立った。これじゃまるで美による洗脳だ。そんなに大きい胸が好きならどうぞ使命とやらに尽力してくださいな。

 私は徐に立ち上がり、篝火に背を向ける。今はこの脳内花畑の上級騎士様に構っているよりもやらなければならないことがあるのだ。

 

「どこへ行くんだ?」

 

 そんな風に呼び止める彼に私は振り返りもせずに言う。

 

「野暮用よ。ここからは別行動にしましょう。そっちの方が効率が良いでしょうし」

 

 その、少しばかり意地悪な提案にオスカーは少し呆けたように答える。

 

「あ、ああ。そうだな。一先ず祭祀場に戻るとするよ。世界も別たれるかもしれないし……まずはかの英雄アルトリウスを探すよ」

 

 別に、構って欲しいわけじゃなかった。でもこんなにもあっさりと別行動を許してしまう彼に、怒りを抱かない訳じゃない。女々しい嫉妬なのだろう。それを分かっているのに私は意地を張って何も言わずに昇降機に足をかけた。

 そうだ。私はあの騎士とそういう関係じゃないのだ。ただの戦友。それだけじゃないか。嫉妬などするものではない。不死にそんなもの似合わないのだから。そう自分に言い聞かせ、気持ちに蓋をする。表情を不満と怒りに歪ませながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 怒りとは炎のようなものだ。一度燃え上がれば手に負えぬ、それでも消そうとするのならば対価が必要なのだ。

 憎しみが殺意を生み、人の(ソウル)を求めるように。確執が社会を殺すように。燃え盛る炎と呪いは誰かにぶつける事でしか移すことはできない。それはいつの世も変わらないだろう。

 ならば私は、今の怒りと前の憎しみを彼にぶつければ良いのだ。例えそれが褒められる行いでは無いにせよ。綺麗事など、馬鹿にも言える。

 

 私の姿を見たその騎士は、大理石の上に徐に立ち上がれば笑う。

 

「ククク……貴公か」

 

 カリムのロートレク。火防女を殺した不死の敵。いつのまにか私に齎された黒い瞳のオーブが導いた復讐の証は、両手のショーテルを遊ぶように回せば囀った。その背後に二人の白霊を侍らせながら。

 

「あの若造に比べ多少は賢いかと思ったが……そうでもなかったようだな」

 

 青く輝く私は一歳言葉を口にする事なく、ただ斧槍を携えて騎士に向けて歩く。今の私は復讐霊。火防女を殺した不届き者を滅するべく霊体として侵入したに過ぎない。故に言葉は不要。

 

「哀れだよ。炎に向かう蛾のようだ……なぁ、そう思うだろう? あんた達!」

 

 その言葉を皮切りに、三人が私に向け走る。一人は魔術師、もう一人は槍兵。アノール・ロンドでこうして白霊としていると言うことは、それなりに腕はあるのだろう。だが、どうやら竜狩りと処刑人は倒していないらしい。所詮その程度の輩。

 後衛の魔術師のソウルの矢を走りながら避ける。竜狩りの雷と比較すれば生温い。柱に隠れつつ足は止めず、ただ彼らを殺すために計算する。

 

 先陣を切るロートレクは、柱から飛び出した私目掛けてショーテルを振るった。鎌のような形状の剣は盾を掻い潜り相手を殺傷させると共に、その裂傷故に出血を強いるものだ。しかしそれも当たらなければ良いだけ。ローリングし、その一撃を回避すれば次に槍兵がその鋒をこちらに向けていた。

 

 咄嗟に斧槍でパリィする。竜狩りの槍ほど長くなく、そして重くもなく。軽いその槍はあっさりと弾かれ、きっと自慢の一撃だったのだろう、槍兵は驚いた顔をしていた。

 だが最初は槍兵ではない。貴様だ、魔術師。

 

 よろける槍兵を無視して魔術師へと肉薄する。どうやら近接戦を他人に任せていた純粋な魔術師らしく、接近する私に対し有効な手段が無いらしい。慌てるようにソウルの矢を放つも、横にステップすればあっさり避けられる。

 それでも盾で攻撃を防ごうとしていたので、私は多少なりとも鍛えた筋力を用いて蹴りを放つ。盾崩し、その技。

 

 盾を剥がされよろめく魔術師の腹に斧槍の柄を思い切り突き付ける。重く重厚な柄は魔術師の身体をくの字に折り曲げて見せた。

 そしてガラ空きの頭部に斧槍の横薙ぎを叩き込んだ。それだけで魔術師は首を地面に落とし(ソウル)の霧と化した。

 

「ほう……どうやらここまで追ってこれたのは運だけじゃ無いようだ」

 

 そう警戒するロートレク。見れば左手のショーテルを独特な形のダガーに切り替えている。あれはパリングダガーだ。奴も技量が高いのか。

 

 警戒するロートレクと裏腹に、好戦的な槍兵が突っ込んでくる。盾を構えつつ槍を構えた攻守一体。だがそんなもの亡者相手に沢山いた。

 多少なりとも警戒しているのか、大振りな攻撃はしてこない。チクチクと槍を突き刺してくるだけだ。

 盾でそれをいなせば、一気に相手の左側に潜り込む。大楯の弱点は視界の狭さだ。それはバーニス騎士との共通点。

 槍兵は視界から私が外れたことで焦ったように振り返るも、時すでに遅し。左側の盾よりも内側に潜り込んだ私は長い斧槍を使えず、しかしタックルによって槍兵を突き飛ばす。倒れ込む槍兵の腹に、そのまま斧槍を突き立てた。

 

 だが不死とはその生命力が異常である。死なぬ限り、只人とは異なり戦えるものだ。

 暴れる槍兵。私は突き立てた斧槍をそいつの頭へと振り抜いた。腹から頭をかっ裂かれ、とうとう槍兵は息絶える。浴びた返り血は、私の青く光る身体を真っ赤に染めた。

 

「貴公……」

 

 仲間を減らされた怒り故か、ロートレクの声色が低くなる。私は斧槍を頭上で回すと距離を取るために振り下ろした。

 私達の間で抉れる大理石。しかしそれを見ても臆することはない。

 

「聖職者だなんだと言っても、本質は人殺しのそれじゃないか。ククク……あのペトルスと何ら変わりない」

 

 ふと、ロートレクがそんな事を言う。その言葉の意味が分からない。確かにペトルスは胡散臭いが、それが何だと言うのだ。

 

「気がついていないか。ふん、上等なフリをしやがって、あの野郎はお前と同じ下衆野郎だってことさ」

 

 言い終わるや否や、ロートレクはステップでこちらに接近し回転しながらショーテルを振るう。それをローリングで躱せばすかさず回転斬りを決めた。

 

「おっと。フン、貴様らのような輩を見ていると虫唾が走る。何も気づいていないのだ、お前らは。自分がどれだけ醜いのかを」

 

 口調がいつもよりも厳しい。何かに怒りを覚えているのだろうか。それはきっと、彼が個人的に抱えているものだ。私には関係が無い。

 醜かろうと、私はお前を殺すのだから。殺せばもう関係が無い。不死だろうと狩り取ってやる。

 

 斧槍を脇に抱えて突進する。そのまま突き刺しはしない。突きをフェイントにし、素早く横へ回転して斧槍を薙ぐ。だが、ロートレクは慌てなかった。

 バンっとパリングダガーの刃先を斧槍に絡ませれば、あっさりとパリィして見せたのだ。ニヤリと兜の下の顔が笑みに歪む。

 

「哀れだな、さっさと火継に向かえば良いものを」

 

 迫るショーテル。私の首を刈り取ろうとするその刃は、しかし想定していた。しゃがみ込み、クルリと回って突き上げるようにロートレクの横腹を蹴り上げれば彼の体勢が崩れたのだ。

 

 パリィなど、私が最も得意とする技だ。それを理解していない筈が無かろうに。

 

「ぐっ!」

 

 よろけて背を向けるロートレクの背に斧槍を突き立てる。金で鍍金されたその鎧は大穴を穿つと胸から斧槍を血とともに生やした。

 それでももがくロートレクから斧槍を引き抜けば、左手で彼のパリングダガーを奪い取り首を抉る。そして聞こえもしないのに耳元で囁いてみせた。

 

 ━━裏切り者。

 

 そのまま蹴り伏せれば、最早勝敗は決した。血を流し倒れるロートレクの身体が霧と化していく。

 

「馬鹿な、この俺が……」

 

 

━━Target was destroyed━━

 

 

 それだけ呟けば彼はとうとう霧散し死に果てる。彼の穢れた(ソウル)を得た感触と共に、奪われた火防女の魂が流れ込んだのも感じた。

 一度共闘し、その時のままならば忘れるはずもない。ショーテルの振り、動きの癖。不死とは弱く、しかし戦いの中で学ぶものだろう? 絶対的な自信とは慢心に他ならぬ。二度も同じ技が通じるとは思うなかれ。そしてそのパリィもまた、精通しているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 復讐を終えて火継の祭祀場に戻り、私は死んでしまった火防女の身体に触れる。時の淀みとは即ち停滞でもある。故に死体は腐らず、ただ死んだ時と同じように血も暖かい。

 そんな、穢れても美しい身体に奪い返した魂を注ぎ込んだ。死を無かった事にするなど、聖職者に在らず。しかし死んでも死ねない因果から外れた者がそれをするというのは、果たしていけない事だろうか。惜別の涙など、それこそ偽りの生でしか無いのだから。

 

 煤で穢れたローブに身を包む死体は、しかし息を吹き返したかのように動き出す。咳き込む火防女はその出来事に何が起きたか分からぬといった様子だったが、柵越しの私を見て理解したのだろう。俯いた美しい顔で言うのだ。

 

「あ、ありがとう、ございました」

 

 思っていた以上に、か細く儚い声だった。

 

「私は……アストラのアナスタシア。……貴女のお陰で火防女の任を、続ける事ができます」

 

 そして、感謝の次には自らの使命。どうしてアストラの人間というのはこうも使命に忠実なのだろうか。

 

「そして……穢れた声をお聞かせしたことを、お許しください」

 

 彼女は。謝った。そんなつもりはなかったのに。ただ火防女であるというだけで。命を捧げ、永遠に繋がれているというのにも関わらず、それでも彼女は穢れているのだという。

 私は彼女の骨のように痩せ細った手を取る。そしてそれを、頬に擦り付けた。

 

「……何を」

 

 訝しむアナスタシアに、私は同情していたのだろうか。それとも違う心を抱いたのだろうか。ともあれ、その言葉とは裏腹な穢れなき心に惹かれたに違いない

 

「私が貴女を生き返らせたのは、迷惑だった?」

 

 そう尋ねれば、彼女はしばらく間を置いて答える。

 

「……いえ。……すみません、私は汚れ、声も、そして触れるべきでも無いのです」

 

 ですから、もう。と。でもその手を離せない理由があった。

 

「一人の聖職者だった私から、貴女に言葉を贈りましょう」

 

 私の方が余程穢れている。殺して復讐を果たし蘇生させたにも関わらず、聖職者としてのちっぽけな一部の心が彼女を庇護しようとしているのだから。エゴの塊だよ。

 それでも、孤独な彼女の救いなれるのであれば、それでもいいかもしれない。それは付き合いのあるオスカーにも見せたことの無い私の一面。

 

「例え貴女が穢れていても、私は貴女が美しいと思う。だから、自分を卑下しないで。貴女の優しさは、その火に触れた私が一番知っているのだから」

 

 ……遠く、時間の流れた今だからこそ、思える。きっとあれは告白なのだろう。案外私にもオスカーのようなジゴロの一面があったに違いない。

 私の一言を聞いた彼女は、何も言わなかった。頬に煤をつけた私は、そっと彼女の手を離して彼女の瞳を見据える。震える火防女を見て、私は立ち上がった。

 

「また、来るわよ。貴女に話しかけるの、意外と楽しんだから」

 

 照れ隠しにそんな事を言えば、私は足早にその場を去る。言っていて、恥ずかしくなってきた。何が一聖職者だ。都合のいい時だけ聖職者になるとは。

 

 だが、火防女はそれでも救われたのだろう。彼女は檻の中でしばらく触れた手を撫でる。そしてその白く煤けた頬を赤らめるのだ。例えそれが一時の憩いであったとしても。

 ならばそれでいいではないか。

 

 

 

 

 




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Four Great Souls
小ロンド、封印


また三ヶ月ほど更新が難しくなります


 

 

 城下不死街にある教会、その離れの塔ではいつものように金槌を打ち付ける音が響く。

 甲高く力強い音は鍛冶の現れ。鍛治とは武器に命を吹き込む事に他ならぬ。武器とは正しく戦士の命である。武器があり、戦士の力量があってこそ輝くそれは生命線。鈍では並の相手にも苦戦を強いられ、かと言ってあまりにも殺し過ぎる刀剣では足りぬ技量故自らを傷つける事もあり得る。

 何事にもバランスというものが必要なのだ。そして武器を調整するのはいつの世も鍛冶屋というわけだ。

 

 アンドレイは折れた直剣を渡され、難しそうに唸った。いかに武器を鍛え、調整する彼でさえも折れて使い物にならなくなってしまった剣はどうする事もできない。

 

「あぁ……お前さん、これは俺じゃ無理だぜ。いや、きっとどんな鍛冶屋でもこれは無理だ……折れて役目を終えてしまった剣ってのは、どう修理しようが元には戻らない。むしろ継ぎ合わせて使おうものならもっと酷い目に合うのさ」

 

 隣で頭を抱える上級騎士に向け、しかしアンドレイは正直な事を告げる。

 折れた直剣。即ち壊れたアストラの直剣とは、オスカーの騎士の誇りだ。不死となり追い出されたと言えども彼は自らの故郷であるアストラに対しては人一倍の誇りを抱いている。おまけに家宝となれば尚更折ってしまった事に対し自責の念を感じているに違いない。例え相手が神であったとしても。

 

「そうか……もう、使命を終えてしまったんだな、この剣は」

 

 無理矢理自分に言い聞かせるように若き騎士は言った。そんな悲しい顔……兜に隠れてはいるが、人の良いアンドレイとしては見たくはない。何とかしてやれないかと考える。考え、しばらく静寂がこの鍛冶場を支配した。

 そして膨大な人生の中で知り得た知識を手繰り寄せる。

 

「……なぁ、もしかしたら何とかなるかもしれん」

 

「本当か?」

 

 呟くようにアンドレイは語る。その言葉に食いつくのは当たり前だった。鍛冶屋は頷き、唯一できるであろう事を若人に告げる。

 

「お前さん、アノール・ロンドには行ったんだろう? そこに巨人のぶっきらぼうな鍛冶屋がいただろう」

 

 確かに、いた。それどころか武器を強化してもらってもいる。確かに彼は言葉が苦手で、それを補って余りある程の技量で武器を鍛えていた。それに彼は神の都の鍛冶屋なのだから、もしかすれば神秘的な術でこの剣を治せるのかもしれない。

 だがどうしてそれをアンドレイが知っているのだろうと疑問も抱くが、今は特別重要では無いのだ。

 

「あいつなら何とかなるかもしれねぇな。武器に強力な(ソウル)を与え、武器を生まれ変わらせる……そんな噂を聞いた事があるが。まぁアノール・ロンドにいるくらいだ、出来ても不思議じゃねぇさ」

 

 だがな、とアンドレイは付け加え。

 

「武器っていうのは、そう易々と生まれ変わらせるもんじゃねぇって思うぜ。武器には主人と共に歩んできた歴史がある……生まれ変わるっていうのは、それら全部を無かった事にする事に他ならねぇんだからな」

 

 だから。きっと彼は、変質させこそすれど未来でも武器を生まれ変わらせることはしないのだろう。それだけ彼の武器に対する愛情は深い。

 オスカーはしばらく悩むように立ち尽くす。生まれ変わるということは、即ち異なる武器になるという事。そこにきっと、アストラの誇りは無いのかもしれない。誇りと血筋を重んじる貴族にとっては重大な事柄だ。だがそれでも、立ち止まっている訳にはいかないのだ。

 火を継ぐために。使命を果たすために。悲劇を繰り返さないために。

 

「……ま、最終的にはお前さん次第だぜ。これがあの嬢ちゃんなら何も悩まなかったんだろうが」

 

 使えりゃなんでも良さそうだからなあの子は、とアンドレイが笑う。確かに例の聖職者が重視するのは武器の血統とか誇りとかよりも強さと扱い易さだ。斧槍はその最たる例。

 オスカーは折れた直剣を鞘に納めれば、アンドレイに礼を告げてその場を立ち去る。火継の他にやる事ができた。強大な(ソウル)、それも剣を扱う者を見つけなければならない。一先ずはあの世界蛇の元へ報告しに行こう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小ロンド。前にも説明した通り、そこはかつて深淵に魅了された小人の公王達が繁栄させた小国だ。今では封をされたように水で満たされ、その殆どが仄暗い水の底に沈んでしまっている。

 四つの王の(ソウル)。かつてグウィンが親しい者達に分け与えたそれは、火継に必要であるらしい。となれば、その偉大な(ソウル)を持つ公王にも死んでもらう必要があるわけで。私はこの、亡霊だらけの遺跡へと足を運ぶ必要がある。

 

「はぁ……気に入ってたんだけどな、この場所」

 

 祭祀場の篝火で休息を取る私の耳に、ふとそんな言葉が入る。それは心折れた騎士。彼は鼻を塞ぎながら立ち上がる。

 初めて彼が立つ所を見た気がする。どこかへ行くのだろうか。ここを気に入っていたらしいあの騎士が?

 

「珍しいわね、あんたがここを離れるなんて」

 

「人をそんな風に言うなよ……まぁ、なんだ。ここはあの蛇のせいで臭くて煩いしな。ちょっとばかり、俺も頑張ってみようかなって……それだけさ」

 

 驚いた。まさかあれだけ使命に対してあーでもないこーでもないと文句を垂れていたのに。人とは変わるものだ。そんな私の表情を見たせいか、彼はやめてくれ、と首を横に振った。

 

「そんなに俺が何かするのがおかしいか?クソ、舐められたもんだぜ……」

 

「そりゃあんた、誰だってそう思うわよ」

 

 そうかい、と彼は不貞腐れたようにこの場を立ち去る。どうやらその方角からして祭祀場を降りて小ロンドに行くようだ。私もこの後ローガンに魔術を教えてもらったら行くつもりだから、そのうち会うかもしれない。

 その後休息を終えて私は大きな帽子を被る賢者様の下へ向かう。どういう訳か嬉しそうな表情を浮かべるグリッグスは師から離れた場所にいるが、特に何も抱かずに私はビッグハット・ローガン、その人の思索を中断させた。

 

「ほら、約束通り魔術を教えてくださいな」

 

「うん? おお、貴公か。待っていたぞ。約束だからな、魔術を教授しようじゃないか」

 

 そうして私は、ようやくロードランにおいて実用的な魔術を学ぶ事になる。魔術を学ぶということは、即ちスクロールを自らに適応させるということだ。それには相応の(ソウル)が必要となる。生憎アノール・ロンドの連中は総じて落とす(ソウル)の量が多かったから、金欠にはならないだろう。

 それでも全てをこの身にできない辺り、やはり魔術というのは奥が深く値段が高い。仕方のないことか。

 ソウルの矢の上位互換であるソウルの太矢や強いソウルの太矢、そして彼を代表するような魔術であるソウルの槍を覚えられたのは大きい収穫だ。

 

 試しに近場の壺目掛けてソウルの槍を放てば、強力かつ大きな青白い光は壺を尽く粉砕し、それでも止まる事はなかった。これは使える、今までのソウルの矢が弱過ぎたのだ。

 

「ふむ、貴公は見所があるな。恐らく知識に対する欲求が深いのだろう。理力とは、即ち叡智に対する欲なのだからな」

 

 何やら小難しい事を言うが、分からないでもない。確かに私は知らない世界を見たくて旅をしていた事もあるし、奇跡を学ぶのは苦痛でしかなかったが勉強は嫌いじゃなかった。ただ神々の虚飾混じりの物語を勉強と言うのかは微妙だが。

 

 強力な魔術を覚え、今度こそ私は小ロンド遺跡へと向かう。魔術も呪術もそれなりに覚えられた事だし、斧槍は強いからそれなりに戦えるだろう。

 相変わらず(ソウル)の少ない攻撃する気もない亡者達が項垂れているが、それらを放置して小ロンドへの桟橋を渡ろうとする。

 

 

 そこで、正面から何かやって来た。

 

 

 最初は生きの良い亡者かと思った。剣を抜いていたし、それなりに殺意を感じたから私も斧槍を構えたのだ。構えてから、薄暗い景色の中でもようやく相手をはっきりと視認できる位置まで互いが近寄った時の事だった。

 その亡者が、私の知っている誰かであったことに気付いたのだ。

 

 心折れた騎士。それは先程までの血の通った生者とは打って変わり、死んでしまったのか亡者らしい顔でこちらを睨む。いつものような悲観的な皮肉では無く、口にするのは唸り声だけ。

 ああ、そうか。結局は彼もまた、この神の地に敗れてしまったのだ。今度こそ、完膚なきまでに。(ソウル)を根こそぎ持っていかれて。

 

「……別に、あんたのこと好きでも嫌いでも無かったんだけどね」

 

 そんな呟きも、彼の耳には届かない。ただ剣を振るう一人の亡者。その一撃をあっさりと、私は盾でパリィすれば。

 

「それでも、知り合いがこうなっちゃうのは、やるせないよね」

 

 脳裏に浮かぶのは私を助けたバーニス騎士。そして目の前の騎士もまた、その内の一人として加わるのだ。

 斧槍を胸に突き立てられ、チェインメイルごと胸を穿たれた亡者はあっさりと死んでいく。こんなはずじゃなかったはずだ。心折れたとはいえ、こんな風にあっけなく死んで良い奴じゃなかった筈なのだ。

 だって彼もまた、敗れたとはいえ使命に挑んだ英雄なのだから。私達と同じ哀れな不死の一人なのだから。

 

 情けはかけない。そんな事をすれば、次にこうなるのは私かもしれないのだから。

 

 斧槍を引き抜き、大した(ソウル)も持たぬ亡者は霧散していく。私はただ、その場でしばらく立ち尽くし。改めて小ロンドへと向かう。今はただ、やるべき事をするだけなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぼとりと、世界蛇が甲冑を吐き出した。否、一人の騎士をその場に到着させたのだ。

 それはアストラのオスカー。王の器を入手した事を世界蛇フラムトに報告した彼は、感極まった彼を宥めれば王の器を納めるべき場所へと案内すると言い出したフラムトに咥えられ、地下深くの祭祀場へとやって来たのだ。まさか涎まみれになってまで来るとは思っていなかったが。あまり臭いなどを気にしない彼でさえも世界蛇の口臭はキツい。オエッとえづきながらも立ち上がれば、そこには大扉があった。

 

 火継の祭祀場、その最奥。即ち最初の火の炉。伝承に聞いていた場所に通じる扉が、そこにはある。

 

「ここは大王グウィンの後継を迎える神域じゃ。さぁ、その台に王の器を置くが良い」

 

 感動もそこそこに、オスカーは言われた通り(ソウル)から王の器を取り出して両手を使って岩で出来たような台に乗せる。

 すると、どうだろう。器の内に火が灯ったかと思えばその光が収束し、遥か頭上へと高々に伸びていく。それが収束したのと同じ頃、フラムトが臭い口を開いた。

 

「うむ、よろしい。ではわし、フラムトが王の器であるお主に、探索者として次の使命を与えよう」

 

 重複になるが、それはやはり分け与えられた王の(ソウル)を回収せよとの命だった。

 初まりの火を共に見出した者達。即ちイザリスの魔女、最初の死者であり墓王ニト、王の(ソウル)を分け与えられた四人の公王、そして古竜の裏切り者であり大王の盟友である白竜シース。

 それは、きっと今までに戦ってきた者達よりも更に強者であろう。

 だがやらねばなるまい。彼の不死としての使命を成就するために。それこそ火を継ぐということ。

 

「では、地上に戻ろうか。やる事が沢山あるぞ!」

 

 そう言えば、フラムトは嫌がるオスカーをまた咥えて地上へと戻る。しかしこれで道は開かれた。これで良い、これで私も、偉大なる(ソウル)へと足を運ぶ事が出来る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ダークレイスとは人と、(ソウル)で生きる全ての敵。そして公王とはそれの主じゃ」

 

 目の前の、赤いローブを着た老人が語る。彼と私は小ロンドにあるとある廃墟の屋上から、その水門を眺めていた。

 

「ダークレイス……(ソウル)を貪る者達。聞いた事があるわ。伝承でね」

 

 白教にもその言い伝えはある。かつての英雄アルトリウスは曰くダークレイスを狩る狩人だったそうだ。酷く(ソウル)に飢え、しかし亡者のように愚かではないダークレイス共は非常に厄介であったそうだが。

 そう答えれば、彼はうむと頷いた。

 

「わしは公王ごとこの小ロンドを封印しておる。ここは奴らを生み、ただそれを封じる為に滅びたのじゃ……」

 

「無垢な民衆を犠牲にしてまで、ね。神々のしそうな事だわ」

 

 皮肉混じりにそう言えば、彼は何か驚いたように言った。

 

「お前さん聖職者であろうに……まぁ良い。たまにはそういうのも良かろうて。それに王の器の資格もあるようじゃしの」

 

「分かるの?持ってないのに」

 

 そう尋ねれば彼は老人らしく笑う。

 

「これでも長く生きておってな。お前さん、王女に会ったのだろう?ならば目的もわかるわい……わしの封印しとる公王に用があるのじゃろう」

 

 その通りだ。オスカーとどれだけ世界が隔てられているのかは分からないが、効率良く彼が火を継ぐためには公王には死んでもらわないとならない。

 すると老人……癒し手イングウァードは懐から古びた鍵を取り出した。

 

「これが封印の鍵じゃ。くれてやる」

 

 手渡されたそれは、水門に繋がる鍵のようだ。それは助かる。何にせよ水をどうにかしないと、水に嫌われた不死では公王に辿り着く事もできないだろうから。

 不死とは水に浮く事は無い。水に浮くのは生者である証。呪いは秘匿されるべきで、故に全てを覆い隠す水は不死を沈めるのだろう。そんな事を、昔習った。

 

「四人の公王はこの遺跡の最深部におる。この鍵で封印を解き、水門を開いて進むが良い」

 

 有り難く、私は鍵を(ソウル)に仕舞い込む。だが、とイングウァードは忠告する。

 

「一つだけ忠告じゃ」

 

 曰く、公王は深淵と呼ばれる深い闇に住んでいるらしい。そしてそこは尋常な者が辿り着ける場所では無いらしく。例え辿り着いたとしても、どう足掻いても死を待つしかないのだそうだ。そんな所行けないじゃないか。

 

「どうやって行けばいいのかしら」

 

「ふむ……遥か昔、騎士アルトリウスだけが深淵を歩いたという。彼を探し、力を借りれば……或いは、深淵に入れるかもしれんぞ」

 

「でも、騎士アルトリウスはもういないんでしょう?」

 

「うむ……封印しといてなんだが、わしもそれくらいしか助言できんよ」

 

 彼はあくまで守り手だ。公王をどうにかするとは考えなかったのだろう。とにかく今のままではどうしようもないので、少し彼から買い物をして小ロンドを去る。呪いに対する品物を主に買った。何だってここの幽霊はこっちの攻撃が当たらないんだ。道中の亡霊共は全て無視した。

 しかしアルトリウスを探すのが先か。王女グウィネヴィアにでも聞けば良いだろうか。私の苦労は絶えることは無さそうだ。

 



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公爵の書庫、結晶

時間が取れたので短いですが投稿します。


 

 

 英雄アルトリウス。古くグウィン王に仕えた四騎士の中で最も勇猛であったと言われる、別名深淵歩き。彼は魂を貪る深淵に対しても一切怯まず、ただ狩りを成したのだという。勇猛とは正に彼のためにあるような言葉なのだと、聖職者達は口を揃えて言う。事実、そうなのだろう。身をもってこのロードランを歩いているから分かるが、あのオーンスタインにしたってとてつもない力を持っていたのだから。それよりも強いとなれば、会っていなくとも強いのだと分かる。

 そんな彼の伝説も、ある時を境にパッタリと途絶えている。かつてウーラシールという亡国に深淵が蔓延ったとき、彼は身を挺して深淵を退けたのだとか。それ以来見たものは居らず、彼がどうなったのかは想像に難く無い。

 

「ごめんなさいね……私も彼と会ったことはほとんどないの。あの人、常にどこかの戦場で闘っていたから……」

 

 跪く私に、王女は困った様に謝る。私はそれを、淡々と聞いていた。神に対する忠義などありはしない。だからこそ、質問も容易にできる。

 

「大王直属であったならば謁見の機会もそれなりにあったはずでは?」

 

「そうね……でも、大抵は四騎士の長である竜狩りが纏めて報告をしていたわ。グウィン王も武闘派だったから、配下の者が戦場で暴れているとなればあまり気にしないのよ」

 

 そんなものなのか。だがそれでは困ったな、彼の逸話にある深淵歩きを求めているのに、痕跡すら見つからないとなれば……王の(ソウル)を回収できない。そうなれば火継ぎどころではなくなるだろう。

 考える私を見かねてか、王女は少し悩んだように唸った。その間もしっかりと豊満な胸元が揺れている。うむむ、最近女性を見るとムラッとしてくる。単純に母性に飢えているのだろうか。

 

「もう封印は解けているはずだから……そうね、公爵の書庫に向かってはどうかしら?あそこなら、かの白竜が残した文献に有益な何かがあるかもしれないわね」

 

 白竜シース。それは古い神と竜の戦いにおいて、唯一竜を裏切ったとされる鱗を持たぬ白い竜だ。鱗を持たぬが故にシースは嫉妬し、竜の不死性の所以である鱗の秘密を大王に密告したのだという。

 その功績故に竜でありながら王より公爵の地位を与えられ、何やら研究に没頭していたと聞く。彼、又は彼女は同時に魔術の祖でもある。彼が産み出した魔術が人に広がり、今の魔術院がある。なるほど、かの白竜ならば深淵を歩く魔術くらい生み出していそうなものだ。

 

 しかし王女は、ただ、と注意を促した。

 

「かの白竜は、研究に没頭するあまりに狂ってしまった。だから貴女、不死の英雄よ。向かわれるのであれば、心してお行きなさい……」

 

 それならばもう、飽きるくらいに体験している。元より神の国に、まともなものなどありはしないのだから。

 

 

 

 

 

 アノール・ロンドの最初の篝火に転送すれば、相変わらず真鍮の鎧に身を包んだ火防女が私を出迎えてくれる。私は一先ず彼女の横に同じように壁に持たれかけると、会話をする事にした。可憐で強い女性と話すのも悪くは無いからだ。

 

「ほう、貴公……公爵の書庫に向かうのか」

 

「そう。ちょっと探し物をしていてね」

 

 そう告げれば、ふむ、と彼女は何かを思案する。その姿のなんと様になることか。鎧越しでも彼女の美しさを容易に想像できるというものだ。

 

「ならば貴公、気をつけろよ。今や書庫は、狂気に満ち、得体の知れぬ者どもの牢と化しているのだから」

 

 曰く、白竜シースは朽ちぬ竜の鱗を探究し狂ったのだという。そのあまりの啓蒙に、まさか古竜である自らが狂うなどと、誰が思っただろうか。大王にしたってそんな事思うはずもない。

 狂った彼は、それでも探求を止めず。人を攫い、非道な探求をし、気がつけば書庫は異形渦巻く牢と化した。今から足を踏み入れるのは、そんな悍しい場所なのだ。

 

「狂っているのはどこも同じよ」

 

「それでもだ。貴公にはあの騎士とは違った見所がある故に……私としても狂ってほしくはないさ」

 

「あら、口説いているのかしら?」

 

 くすりと微笑む私に暗月の女騎士もまた笑う。

 

「ふっ……貴公との火遊びもまた、楽しそうだ」

 

「本気にしちゃうわよ? ふふ……じゃあ、またね」

 

 互いに濃い人生だからか、こうして同性であろうとも躊躇いが無くなるのだろう。それにしたって最近の私は同性に対して理性が効かないが。これも不死になって幽閉されていた故だろうか。

 まぁ良い、今は公爵の書庫に向かうことを優先しよう。彼女とはそれからでも遅くはない。

 

 

 

 

 公爵の書庫への道はアノール・ロンドの最初の篝火を出てすぐの所にある。

 相変わらず巨人騎士達が道を塞ぐように襲いかかってくるが、今の私には然程驚異にはならない。それらを退け、林道のような場所を抜ければそこはすぐに見つかった。普通の石造の門があり、中は長い通路となっている。

 どうやら不死教会手前に居たあのデカい猪も公爵の書庫産らしく、全身を鎧で固めたアーマードタスクとでも呼べば良い猪が突貫してくる。だが直線的な動き故、機動力で勝る私の敵ではなかった。時間は掛かったがそれでも無傷で倒せば、玄関口に出る。

 

 白竜の息吹とは、結晶を生み出す。伝承にそうあるように、この書庫を守る兵隊達も身体のあちこちから結晶が飛び出ていた。きっと彼らも白竜に身体を弄られたに違いない。

 元は不死人であるそれらは鎧に加えて結晶で身を守られているせいか無駄に硬い。斧槍よりもメイスの方が打撃力がありそうだが、生憎と私のメイスは最近鍛えていないせいで威力不足だ。

 

「嫌な場所……」

 

 それに加え、頭痛も酷い。何やら誰かの声も聞こえてくる。得体の知れない者がいる場所に長居するのは良く無いだろう。

 よく分からない結晶でできたゴーレムを打ち倒しておかしなペンダントを拾うと、玄関の大昇降機を起動して上層へと向かう。そして目にしたのは膨大な量の書物と棚、そして敵。まるで侵入者が来ることを予想した配置だ。

 

 結晶化した兵士達が剣と弓を手に襲いかかってくれば、私も物陰に隠れながら対応せざるを得ない。複数を相手にするのはいくら強くなったとはいえ手厳しい。元より只人である私には一対一がせいぜいなのだ。おまけに彼らを指揮しているのか教会にいた六目の伝導者もいるではないか。奴め、白竜の回し者か。

 一体ずつ丁寧に処理すれば、私も無傷ではいられなかった。数回エスト瓶を飲み傷を癒した私は死体だらけになった書庫で書物を漁る。

 数時間、いや数日そうしていたに違いない、時間の概念が薄れたこの地で気にしても仕方がないが、それでも疲労が溜まった私はある程度流し読みして近くの椅子に腰掛ける事にした。

 

「ふぅ……」

 

 足を組み、休憩する。どうやらこのフロアにある本は全てありきたりな伝承や魔術を纏めたものらしい。アルトリウスの伝承もあるにはあったが、私が求めている情報は無さそうだ。

 それにしても、白竜はかなりマメなのかしっかりと本棚が整頓されている。おかげで本を探すのが楽だった。

 

 しばらくそこで休憩した後、私はさらに上層へと向かう事にした。ご親切に大きな昇降機が奥にあったし、まさかかの偉大な魔術の祖の所有する書物がこれだけなはずがあるまい。

 おもむろに昇降機のレバーを引けば、柵がしっかりと上がって昇降機が上り出す。白竜もこの昇降機を使っていたのだろうか。やはり飛ぶよりも便利なのだろうな。技術というのは有難いものだ。

 

 長く駆け上がる昇降機で暇を持て余していれば、ふと目に異なる階が入り込む。どうやら昇降機では行けない場所もあるようだ。アノール・ロンドといい、向かうのが面倒な場所が多くないか。

 

 昇降機で辿り着いた階は……なんと言うか異質な場所だ。結晶は先の兵士達で見慣れたが、それでも驚いてしまった。昇降機より先、フロア一面に侵食するように結晶が蔓延っているではないか。おまけにこのフロアに本はなく、あるのは狭い通路だけだ。

 とんでもない場所だな、なんて簡単に思いつつ、私は先へと進む。すると、前方から結晶だらけの亡者がやって来た。

 

 最早元の姿も分からぬ程に結晶塗れなその騎士は、手にする盾や剣すらも結晶と化してしまっている。だが動きは外の亡者共と変わらない。いつものようにパリィして斧槍を突き立ててやれば、多少硬かったがあっさりと死んでくれた。最早斧槍が強いのか私が強いのか分からないな。

 警戒しながら通路を進めば、今度は濃霧にぶち当たる。どうやら強大な(ソウル)の持ち主がいるようで、目にしていないにも関わらず空気がざわついている。もしや例の白竜でもいるのではないだろうか。

 

 意を決して霧を潜る。目に入るは夥しい結晶と本棚の数々、そして。

 

 

「白竜、シース」

 

 

 背を向けた鱗の無い白竜が、充血した目を向けこちらを振り返った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「コレ、無理。(ソウル)無い」

 

 

 巨人の鍛冶屋が無慈悲にもそう告げる。上級騎士装備に身を包んだオスカーはそうか、と残念そうに言って折れた直剣を(ソウル)へと仕舞い込めば途方に暮れたようにため息を吐いた。

 アンドレイが言っていたように、巨人の鍛冶屋は確かに強大な(ソウル)を武器へと変換できる技術を持っていた。持っていたのだが、流石に適合した(ソウル)が無ければ武器は生み出せない。そしてそれを持っていないとなれば、できる事は何もなかった。

 

「どうしたものかな……それなりに強大な相手を打ち破ってきたと思っていたのだが」

 

 しかし思えばロードランで対峙した強大な相手は彼のように直剣を扱う者など無に等しかった。どれもこれも大きな武器だったり、そもそも肉弾戦だったり。かの四騎士の長オーンスタインも槍だったわけで。

 

「あれなら、合うかも」

 

 と、そんな騎士様に巨人の鍛冶屋は提案する。

 

「あれ?」

 

「アルトリウスの……相棒」

 

 巨人の脳裏に浮かぶのは、偉大な騎士の友である人外。その人外は主人が消えた後、彼の持っていた剣を受け継いでいた。決して直剣ではないが、それでも一番近いはずだ。

 

「英雄アルトリウスに相棒が?」

 

 鍛冶屋は頷く。

 

「どこいる、知らない。でも、(ソウル)大きい」

 

 なるほど、とオスカーは思案する。だがかの英雄の相棒の(ソウル)を奪うなど、冒涜では無いだろうか。そもそもそんな強大な相手を倒せるだろうか。ましてや自分一人で。

 様々な想いを汲み取ってか、しかし巨人の鍛冶屋は言うのだ。

 

「竜に挑むは、騎士の誉れ」

 

「……」

 

「昔、じっちゃん、言ってた」

 

 口下手な彼なりにオスカーを気遣っているらしい。またもや騎士は考える。そして後悔した。確かにそうだ。強大な相手に挑んでこそ、騎士として大成するものだ。怖気付いている場合ではない。

 うん、と彼は頷いて巨人の鍛冶屋に礼を言う。

 

「ありがとう、その通りだ」

 

 ならばやる事は分かった。一先ずその英雄の相棒とやらを見つける事だろう。そして自らの分身である直剣を蘇らせるのだ。

 




エルデンリング楽しみ


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公爵の書庫、白竜

8月中にダクソ1を終わらせたいけど無理です


 

 

 人とは何に対しても無力なものだ。

 

 火に憧れるも近付けば焼かれ、渇きを潤す為に水辺に寄りすぎれば溺れ死に。何をしようにも適量というものを求められる。

 だからこそ大沼の呪術師達は警句するのだろう。火を恐れよと。自惚れ、扱い切れると思ったものこそ危ういのだ。いつかその慢心は自らを焦がし(ソウル)すらも灰となる。故に人とは弱い生き物なのだと。

 

 それは呪いに対しても同じこと。

 人は成長し学ぶ生き物だ。火を克服するために我々は直接触れることはしない。水に溺れないために水盆を用いる。そうする事で営んでいく。

 だが呪いとは。呪いだけは、どうする事も出来ぬのだ。ただ呪われ、死に、不死人であるならば呪われ続ける。不可思議かつ不気味な呪いとは未知の領域。人の内にあり、しかし害をもたらすもの。人間性のようなものだ。

 

 

 

 

 その白竜は、静かに何かを瞑想しているようにも見えた。姿こそ違えどその姿は学者そのもので、竜の表情など分かるはずもないのにどこか聡明さが伺える。

 その姿にしばし私は見惚れてしまっていた。噂通り、鱗の無い白竜の皮膚はどこか歪だが、それでも背の翼は結晶のような輝きを放ちどこか神秘を感じるのだ。

 

 だが、そんな静寂も長くは続かない。白竜は私の存在に気が付いたのか長い首を動かして振り返るとその鋭い瞳で私を睨みつけた。

 白くも充血した瞳は、彼の狂気を表すかのよう。身の内にある何かがぞわりと震えるが、必死にそれを押し殺して斧槍を構えた。相手が何であろうとも打ち倒すしか道はない。それこそ不死らしい。

 

 白竜が咆哮を上げれば、大書庫の空気が震えた。鼓膜の奥を揺らす音量。だがそれだけではない。あの咆哮にはまた異なる脅威もあるに違いなかった。

 まるで木の根っこのような複数の尾が動き、飛ぶ事もなく彼の白竜はこちらを振り向く。そしてそれが合図。

 

 私は声も発さずに鈍重な白竜に肉薄する。この部屋は竜と戦うと狭いが、その分私の素早さを活かせるだろう。一秒も経たぬ内に私は白竜の足元へと到達し、デーモンを屠るための斧槍を振り下ろす。

 肉を斬る感触。だがいくら重く鋭い刃を持つ斧槍と言っても竜相手では不足だったようで、いつものように両断する事は叶わぬ。しかし確かな手応えはあった。血が噴き出て、白竜がしばらく悶えるほどには。

 

 子供のように暴れる白竜から距離を置き、一度観察する。強大な相手と戦う事において観察は大切だ。こちらは手数を重ねて相手を倒すのに対して彼らはただ一撃を与えれば不死に対し致命傷を与えられるのだから。

 観察し、隙を探り、何度も攻撃する。そうしてこそ活路が開ける。

 

 だが、どうした事だろうか。白竜がしばらくその場で暴れたかと思えばあれだけ深かった傷など何処にもないではないか。

 

「回復は不死の特権だと思っていたけれど」

 

 少しばかり悔しがり、私は魔術師の杖を構える。それならば近付かずに攻撃してみようではないか。脳裏で詠唱するはソウルの槍。ビッグハット・ローガンに授かりし叡智の結晶。

 それはソウルの矢とは比べ物にならない程の太さと光量を含んだ一閃。オーンスタイン戦の時であれば、確実に致命傷を与えられていたであろうほどの威力だ。

 魔術とは理力の爆発に近い。それを自らの理性で制御する事で成り立つのだ。しかしそれらを全て……自らの内に流れる(ソウル)を必要量魔術に変換する事はできない。

 例えば火が生まれれば、熱が起こる。熱とはエネルギーの放出に他ならない。人が得られる恩恵とはごく僅か。運動エネルギーや熱エネルギーを全て余す事なく利用はできないだろう?魔術についても同じことが言える。

 ソウルの矢やソウルの槍は、元を辿れば全てが同じなのだろう。だがエネルギー効率の兼ね合いで大なり小なり無駄が生じる。ソウルの矢を打ち出す際にエネルギーの無駄を抑えれば強いソウルの矢になるし、もっと絞ればソウルの槍と化す。

 

 何を言いたいかと言えば、ソウルの槍を撃ち出せるほどの魔術師はそうそういるものではなく、ソウルの業によって理力の極まりかけている私の槍はビッグハット・ローガンほどではないにせよ強いものだ。それこそ不死院のデーモンくらいならば一撃で屠れるほど。

 

 

 それを、白竜はどこ吹く風とばかりに受けてみせた。槍を受けた肌は一切傷付かず、ただ彼の白竜はこちらにその凶悪な面を向けて咆哮する。

 

 魔術の祖。それは単なる魔術の発見者ではない。自ら生み出し、解析し、極めた魔術とは、即ち白竜そのもの。膨大な魔術に魔術をぶつけても何ともならぬ。白竜は生きた魔術なのだ。故に、魔術では傷つけられぬ。

 

「タチが悪いわねっ!」

 

 仕方がない。また斧槍を両手で構えて私は走り出そうとして。今度は白竜がお返しとばかりに魔術を繰り出す。

 白竜とは結晶である。結晶とは魔術の極み。魔術の塊でありそして根源。白竜が自身の真下に吐き出すブレスは原始的でありながらも最も効率が良い魔術だ。

 そして白竜も高い知性を持った生き物であるならば、感情もある。感情とは呪いの根源。誰に対しての呪いなのだろう、しかし今となってはただ吐き散らすほどに余るものなのだ。

 それは結晶となり、部屋を埋め尽くした。

 

「うっ、ごぉ! あがぁっ」

 

 地面から無数に突き出た結晶の刃が私の身体を縦横無尽に突き破る。

 久しぶりの明確な死の予感。身体中のあちこちが悲鳴を通り越して何も感じない。全身が冷たくなる。それでも意識は手放せない。だがこの程度ならばまだ動く。エスト瓶を飲みさえすれば回復できるのだから。ミンチにされる事に比べれば、まだ優しいだろう。

 

「あ、あああ! ぐぅううう!?」

 

 だが、それでは済まない。何かが内側から溢れてくる。まるで魂が、人間性が暴走し、形を持って肉体を突き破ってくるような感覚。ただの呪いではない。結晶の呪い。それは確かに、私を殺してみせた。

 

 私の絶叫と共に結晶が身体の内側から突き出てくる。魂が揺さぶられるとはこう言う事なのだろう。痛みが鋭すぎるせいか、そんな風に冷静に分析し私は意識を手放す直前まで白竜シースを殺す方法を考える。

 

 だが結局、答えには辿り着けず。私は呪われまた死んでしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「英雄アルトリウス様の相棒……ですか?」

 

 その宵闇に潜む少女は投げかけられた質問を復唱した。その傍で上級騎士の鎧に身を包むアストラ出身の騎士は岩に腰掛けながら頷く。

 オスカーは巨人の鍛冶屋から得た情報をもとに彼の英雄を探すも、あまりにも遠い過去の情報など都合良く転がっているはずもなく途方に暮れていた。ならばと古い時代に生き英雄アルトリウスに助けられたという宵闇を思い出し、この湖に来たのだが。

 

 宵闇はうーんと難色を示し指先で頬を押した。その様がどうにも愛らしくオスカーは見惚れてしまう。

 

「私も直接会ったというわけではないので……でも、微かな記憶が言うのです。確か、あの御方とご一緒だった方は私達のようにただの人であったと」

 

「ふむ……人か」

 

 人ならば今生きているはずもない。不死が現れたのは火が陰ってからの出来事だし、英雄アルトリウスの時代はまだ大王グウィンが健在だった頃だ。ダークリングが現れる遥か前。

 

「ですが、そうですね……確かワンちゃんを連れていたと、乳母から聞いた事があります」

 

「ワンちゃん? 犬かい?」

 

 厳密には狼ですと、宵闇は語る。それも大きな狼だと。子狼にも関わらず、その大きさは人を超えていたのだと。ならばその狼はもしかすれば通常の生命の枠を超えていても不思議ではない。獣とは、人以上に神性を得やすい生き物なのだから。どこかで生きていても不思議ではないだろう。

 

「もしかすれば、今も何処かでアルトリウス様の事を偲んでいるかもしれませんね」

 

 と。心優しき少女は言うのだ。そして騎士は少女の瞳に淡い恋心を垣間見る。それは叶わぬ恋、英雄に憧れる姫様そのもの。

 オスカーはただ、手に握られる折れた直剣を眺める。彼が少しばかり抱いた恋など、不死には似合わない。そんな事はわかっているつもりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 冷たく硬い感触が頬を刺激する。瞳を開けば自分がどこかの小部屋に横たわっているのだと理解できた。

 死ぬ直前のあの感触。身体の奥底、魂が叫び物理を伴って肉体を突き破ってくる感触。それを思い出して吐き気を催す。だが不死の胃袋には最早何も無いのだ。故に私はただ、えづきながら立ち上がり周りを見回した。

 目の前に弱々しい篝火はあるものの、ここは最後に休憩した篝火では無いようだった。どうやら私はその魂の送還先を縛られたらしい。近場には柵があり、外では呑気に看守である蛇人が居眠りしていた。

 

 私は寝起きのように肩を回してから目の前の篝火に触れる。するといつものように篝火は勢いを増した。エスト瓶は減ったままだから補充しなければならない。

 

━━Bonfire lit━━

 

 篝火に座り、私は自らのしわくちゃな手を眺めた。亡者化しているようだ。死んだら亡者に逆戻りというのは良くある事だが、これは単なる人間性の喪失によって引き起こされた物ではない。呪いの作用のようだ。確かに私の中の(ソウル)が未だに壊れているように感じる。

 ならばと、私はイングウァードから購入していた解呪石を握り潰す。

 人間は呪いに対して無力であるとは先程語ったが。何かに押し付ける事は得意なのだ。責任であれ敵意であれ。人とは真に醜いものか。石に押しつけた呪いは私から離れる。そうすれば人間性を用いて人へと戻るだけ。

 

 さて、休息は死んだおかげで十分に取れた。ならばあとは脱出してあの憎き白竜に復讐するだけだ。私が実験体にされる前に、という注意書きを添えて。

 幸い看守は柵に寄り掛かるようにして寝ているから、鍵は奪える。人に姿を似せても所詮は蛇、竜のなり損ないか。なんて事はない、あっさりと鍵は盗み出せた。こっそりと牢の鍵を開ければ、私は斧槍でバッサリと蛇人の頭部を切り離して永遠に眠らせてやる。

 

 

 とにもかくにも、脱出に成功した私は周囲に目をやる。何とも壮大な書庫だ、まさか巨大な螺旋階段の壁を本棚にするとは。いや、逆なのだろうか。今となっては聞く相手もいないだろう。

 ここは先程いた場所とは離れているのだろうか。とにかく、探索しない限りは何もわかるまい。何やら下方から気配を感じる。敵を回避するのは容易いが、何か下に有益な物があるかもしれない。それこそ白竜を倒せる何かが。

 

 そんな考えで階段を降れば、何やら下で動きがあった。私の存在に気が付いた蛇人達が忙しなく動き、何かの仕掛けを動かそうとしている。もしやセンの古城のように罠でも作動させる気か。

 

 だが、実際には分かりやすい罠などではなかった。何やら奇怪な物から音が鳴り響いているのだ。

 かなり耳障りな音だ、おまけに大きいとなれば止めにいかざるを得ない。そしてそれを鳴らした蛇人達はたまらんと言った様子で耳を塞ぎ、階段を駆け上がってくる。そんなに嫌なら鳴らさなければ良いのに。

 

 しかしそんなに逃げ出す程に嫌な音だっただろうか。蛇人は私を無視してまでも逃げようとしていたようだ。もちろん斬り捨てたが、どうにもその光景が気になった。

 そして数秒後にはその秘密を知る事になる。彼ら蛇人は音から逃げ出そうとしていたわけでは無いのだと。

 

 

 それは、蛇のようで蛇ではない。人のようで人ではない。あれは一体何だ。まるで乙女達のような美しい(ソウル)を根源に、様々な物が捻じ曲げられて打ち込まれたと言わんばかりの歪さを感じさせる気配。

 蛇女とでも言えば良いのか。女らしさなど、身体のカーブくらいしか見当たらないのに。

 

 それらは群れで階段を登り、私目掛けて突撃してくる。

 一体ずつならば良い。だが不死とは如何に相手が弱かろうとも複数戦に弱いもの。私が取れる手は一つだけだ。

 逃げる事だ。これは即ち、人の叡智。

 ただ逃げるだけでは速度的に追いつかれてしまうだろう。ならば私はあの蛇女とすれ違うように階段を駆け降り、先程蛇人が作動させた機械へと逃げ込むのだ。

 

 奴らが器用でなくて助かった。音の発生源は最下層の梯子の上にあったから、あの蛇女達は私を追っては来れなかった。そしてレバーを操作し音を止めれば狂気が失せたかのように蛇女達は大人しくなってしまった。一難去ってまた一難とは言うが、こうも連続して難関ばかりとは先が思いやられる。

 

「それで、我が師よ。貴方はまた囚われたのですか」

 

 私だけが災難続きでは無いらしい。どうやらビッグハット・ローガンもまた囚われてしまったようだ。篝火も無いのにしっかりと人を保てている辺り、中々にやり手だ。

 彼は檻の中で私に気がつくと、面目無いと苦笑いする。

 

「恥ずかしい話だが、見ての通りだ。貴公、開けられぬか?」

 

 言われるまでもなく、私は針金とピックで解錠する。多少難しかったがなんて事はない。だが師よ、師弟揃っていくら魔術を極めた所でこういった罠を潜り抜けられなければ意味はないだろうに。

 いつも通り彼を解放すれば、彼はすまんなとだけ謝ってから言って見せた。

 

「助かった。これで貴公に新たな魔術と……白竜の秘密を伝授できる」

 

「……ほう、秘密と」

 

 どうやら私の死と苦労は無駄ではなかったようだ。ローガンは頷けば、神妙な面持ちで言ってみせた。

 

「貴公もあの白竜と戦い、囚われたのであれば分かると思うが、あれは我々とは違い本物の不死だ」

 

 本物の不死。それは傷付かず、朽ちぬ古竜という意である。

 

「まるで時間が戻ったように回復していました」

 

「うむ。それはシースが古い竜達を裏切って手に入れた秘宝……原始結晶の効果らしい」

 

 原始結晶。聞いた事はないが、さぞかし大層なものなのだろう。

 

「故にまず原始結晶を壊さなければシースを傷つけることもできないだろう」

 

「それはどこに?」

 

 囃し立てる私をローガンは焦るでない、と言って宥める。

 

「この書庫の中庭、結晶の森の奥だ」

 

 なるほど。次に向かうべき場所ができたようだ。それを壊せばあの白竜を葬れる。

 



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Bring More Souls
結晶洞穴、白竜


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 聖女とは、その(ソウル)の清らかさだけで成り立つものではない。

 生い立ち、生き様、信念、そして人間性。それら全てを抱括したものを聖女と呼ぶのだ。人々のためにその身を捧げ、神の教えを説く。

 タチの悪い神々に捧げる信仰心が彼女達を支え、補っている。まさに聖職者の鑑だろう、聖職者なのに信じる神などいない私には微塵も無い感情だ。故に私は聖女たり得ないただの不死。まぁそれはそれで良い。

 

 正直、捻くれた私にとって聖女という生き方は好ましくない。人とは真、自らのために生きてこそ人らしいというのに。故にロードランに蔓延る亡者共は他世界にすら生き場所を求める。(ソウル)欲しさ故に。

 でも、聖女という存在については……そうさね。綺麗だと思う。その魂も、在り方も。抱きしめたいとは思う。それはあの、火防女に抱いた淡い感情に近い。

 

 

 だからこそ、犯されてはならない。

 

 彼女達は清いのだから。その最期が、否。不死であるが故に最期ですらない。その末路が、こんな悍しいものであっていいはずが無い。

 神々よ、貴様らを信じた者達の末路なのだぞ。力があるのだろう、ならばなぜ迷える子羊を助けないのだ。

 

 こんな、こんな。悍しい化け物になる事が、信仰の先にあるものなのか。

 

 ただ泣いて俯く蛇女を、私は見つめることしかできない。憎悪と嫌悪、そして怒り。あの白竜が犯した罪はかき消せやしない。

 

 いくら姿が変わろうとも、その(ソウル)までは隠せない。目の前で泣き腫らす彼女は、聖女なのだ。シースは禁忌を犯したのだ。私にできる事は、彼女達の(ソウル)を根こそぎ奪い取り安寧の底に導く事だけ。

 

━━優しいのね、貴女。

 

 そんな声が、聞こえた気がした。気がしただけ。私という存在が、今から穢された彼女達を、更に穢してしまうのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 書庫塔とでも言うべきか。私と師が囚われていた場所は書庫の別棟だったようだ。殺した聖女から鍵を奪い、書庫塔を出れば連絡通路を渡って先程の書庫へと戻ってこれた。最も私が戻ってきたと思っていた場所は書庫の更に先のようだが。

 忌々しい白竜の手先、六目の伝導者共。今ならば分かる、奴らがロードランに点在していた理由は実験に相応しい者共を見定め拉致するためだ。大方不死教会の伝導者も、あのバーニス騎士が虚いでも護っていた火防女の魂を狙っていたのだろう。

 

 こいつらはここで皆殺しにするべきだ。

 

 結晶の兵士共を蹴散らし伝導者を皆殺しにする。正直苦戦はしたし一度死にもしたがたかが一度の死で心が折れるほどヤワではない。

 故に虐殺は簡単だった。綺麗に整頓された書庫は、今では砕けた結晶と血が飛び散る悍しい館と化している。

 

 ちょっとしたバルコニーに設置された篝火に火を灯し、そこから見える絶景に目を凝らす。

 どんな死地や肥溜めにあろうとも、見える景色は変わらない。青空とは真、心を落ち着かせる。柄にもなく義憤に駆られてしまった。

 だが後悔はしていない。綺麗なものを穢されてしまったのなら、怒るのは最もだろう?私はただ、人間らしいだけなのだろう。これがオスカーならばどう感じただろうか。やはりお人好しの彼も同じく義憤に駆られただろうか。考えるだけ、無駄だろうか。

 

 聖女で思い出したが、あの胡散臭いペトルス一行にいた聖女は無事だろうか。聖女が墓暴きなどするものではないが、無事だと良いのだが。

 しばらく休んだら少し探索し、アルトリウスの文献と原始結晶を探すとしよう。私は少し、疲れたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ……あんた、アルトリウスの相棒を探してるのか」

 

 金槌をひたすらに打ち付ける鍛冶屋は、騎士の一言故に手を止めた。何か思う所があるらしい、その厳つくも優しげな表情は、いつになく険しいものだ。

 それでもオスカーは引くわけにはいかなかった。自らの剣を再生するために、強大な(ソウル)を求める彼とダークレイスとでは一体何が違うのだろうか?それを知る由も無く、ただ青年は尋ねる。

 

「知っているのかい?」

 

 アンドレイはまた金槌を振るうと、いつものように不死教会別棟には甲高い音が響く。

 

「悪いことは言わねぇ、やめときな。あそこは興味本位で侵して良い場所じゃねぇ」

 

 騎士が何も言わず、しかしアンドレイは察した。けれどもそれで引き下がれるほど簡単な心をしているわけでもない。

 

「それでもだ、僕には(ソウル)が必要なんだ」

 

 呆れたようにアンドレイは溜息を溢す。

 

「だからさ。(ソウル)欲しさで行くべきじゃないと言っているんだ。奴はずっと、そういった奴から英雄の墓を護っているんだからな」

 

 それでも引き下がらない。彼には他に優先して成すべき事があるのだから。そのために、自らの分身とも言える剣は必要なのだ。

 

「大体、そのクレイモアじゃだめなのか。今となっちゃその大剣も歴とした神々の武器に近しい存在だ。神聖を帯び、亡霊すらも斬り飛ばすほどだ」

 

 既にオスカーのクレイモアは拾った時のような鈍ではない。強化され、神聖の種火によって悪しきものを蹴散らし、神すらも殺せる武器と化していた。

 

「いいや。確かにこの大剣は素晴らしいが、そうじゃない。この折れてしまった剣は、僕の誇りそのものなのだ。アストラの、貴い心なんだ」

 

「あんたには悪いが、俺にはその剣が本当に貴い者の剣には思えねぇな」

 

 それはアストラの伝承にある邪眼の悪霊を退けた、本当に貴い者が持ったとされる剣である。人の真に持つ力を糧に、剣は強くなったと言うそれはアストラの直剣によく似ていて非なるもの。

 

「そんなの、僕にだって分かっている。でも、それでも、この剣に託されたのは、アストラの遺志だ」

 

 貴族とは血を重んじる。血とは営み。故に歴史があり、伝統が受け継がれているのだ。それを折られたままでは彼は進めない。だから(ソウル)を求める。偉大な(ソウル)を。そのためならば強欲にすらなる漆黒の意志を持つ。

 とうとう根負けしたように、アンドレイは語った。

 

「黒い森の庭、その下に湖があるだろう」

 

 それは天啓にも似た言葉だった。

 

「そこの端から上に登れる梯子があるはずだ。それで、あの白狼のいる墓所に行ける」

 

 兜の下でオスカーは微笑む。暗い道に、一筋の光が差し込んだ瞬間だった。

 そうと決まれば早速オスカーはクレイモアを背に鍛冶場を後にする。そんな節操の無い若者に同郷の鍛冶屋は声をかけた。

 

「お前さん、後悔だけはするなよ」

 

 その言葉に、オスカーは足を止める。

 

「後悔など、とうに振り切っているさ」

 

 どちらとも取れるその意味は。しかしその真意は本人だけが分かるものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やはり英雄アルトリウスは死んでいる。それは間違いないようだった。

 どの文献を読んでも彼の最期ははっきりとしていた。かつて亡国ウーラシールに蔓延った深淵を討伐しに向かった彼は、志半ばで倒れてしまったようで、最期には自らも深淵に飲まれたのだという。私の知る歴史とはかなり異なる。

 

 であれば、深淵歩きとは一体何なのだろうか。暗い深淵を歩きその全てを屠ったとされる英雄が、深淵に飲まれたなどと。そしてウーラシールの深淵を真に祓ったのは一体。

 どうやら白竜シースはその姿の見えぬ真の英雄を探していたらしい。どのアルトリウス関連の文献には必ず付箋が貼ってあり、どれもがその真の英雄に間する項だった。粗方実験材料にでも使おうとしていたのだろうか。

 

 今、私は結晶の森にいる。見た目は広めの庭としか思わないが、なるほど結晶の森と言われるだけはある。森の奥に巨大な結晶が見えるではないか。今まで書庫で見てきた結晶とは規模が違う。遠目に見ただけでも奥まで続いており、半ば洞窟と化しているようだった。

 結晶といえば、種火を入手した。火なのに結晶化しているとはおかしな事もあるものだが、あの白竜の啓智である事は間違い無いだろう。あの巨人鍛冶屋あたりに渡してやれば良い武器ができるかもしれない。

 

 さて、一先ず有益なものがないか探索をする。森一帯にはあの結晶ゴーレムが蔓延っており、ただでさえ硬いのに複数いるとなれば苦労はする。おまけに金色の強化された個体までいる始末だ。

 

「……人?」

 

 その金色の個体と戦っている時のことだ。不意にゴーレムの肩から伸びる結晶の中に、誰かが囚われているのが見て取れた。どうにも見覚えのあるシルエットは、あの玉葱騎士そのものだ。ふむ、彼も囚われてしまったのだろうか。

 ゴーレムに意思などありはしない。ただ作られ、命じられ、主の意のままに操られる傀儡。故に硬かろうが苦戦などするはずもないのだ。

 多少結晶を生み出す魔術には脅威を感じたものの、その散り際は呆気なかった。

 

 そして、解放された玉葱の騎士が解放される。

 

 独特の甲冑姿は突然の解放に驚いたのか着地と同時にらしからぬ華奢な声を上げた。どうにもあの御仁に似つかわぬ女性の声色だ。

 

「いたた……」

 

 尻餅をつく彼女を訝しむ目で眺めると、私は声をかける。どうにもその仕草も女性らしいし、何より(ソウル)の色が違う。これは、不死というよりむしろ……

 

「貴女、ジークマイヤーじゃないのね」

 

 そう問えば、目の前の玉葱頭がこちらを向く。そのスリットから見える瞳は確かに少女のものだ。美しく、澄んだ……それでいて、苦労をしてそうな。

 

「父をご存知なのですか!?」

 

「父……ジークマイヤーの事ね。知ってるよ」

 

 どうやら彼女はあの鈍臭い騎士の娘のようだ。

 

 それからしばらく、事の経緯を彼女から聞く。どうやら知らぬ間にあのゴーレムに囚われてしまったようだ。動けないが居心地は悪くないと言っているあたり父親に似て変わった子だが、悪くない。ボテっとした甲冑の中を想像したら楽しくなってきた。

 

「あの人はどこか抜けているから……もし会ったらじっとしていてと、ジークリンデが言っていたと伝えてください」

 

 抜けているのは君もだが。まぁそういう所も愛いものだ。

 

「伝えておくわ。ジークリンデ……良い名前ね、うふふ……」

 

 強さも気品も感じられる名だ。良い、実に良い。やはり私は女性の(ソウル)に惹かれているのだろうか。最近はめっきり隠そうともしなくなった性癖に、しかし私は嫌悪しない。だってそれが人間らしいのだろう?

 

 

 

 

 ジークリンデと別れ、結晶洞穴へと侵入する。何という光景だろう。これを神秘と言わずして如何とする。

 見る限り全てが結晶で作られ、外の光を反射し辺りを照らしている。その光は七色に輝きとても妖しく、そして魅了される。所々にいる結晶ゴーレムと足場の悪さに目を瞑れば、観光地と言われても差し支えない。

 それにしたって、足場が悪すぎる。おまけに光の屈折のせいか見えない足場すらもあるではないか。他世界の不死が書いたであろうメッセージが無ければ先に進めなかった。

 どうやらここは前に倒した月光蝶の住処でもあるらしく、翅を休めるようにして寛ぐ月光蝶が随所にいる。なるほど、奴らは白竜の被造物だったか。敵にならなければどうでも良いが。

 

 結晶洞穴という名だけあって結晶蜥蜴……つまるところの石守りも多い。それらを数度の落下死で狩り尽くせば、私はようやく足場の安定した場所へと辿り着く。

 

「あら、貝にしては殺意が高いわね」

 

 一難去ってまた一難、今度は化け物と化した貝が脚を生やして襲って来る。一体ずつ誘き出してそれらを全て殺し切り戦利品を戴くと、次の広場へとやって来れた。

 

 ようやく見つけた。大きな結晶の杖……あれこそ原始結晶に違いない。

 大きなそれは先程述べたように杖状で、人が持つには余る。それこそ大きな竜が持つような……そんなものだ。白竜はあれを杖として魔術を生み出したのだろうか。それは分からないが。

 

 警戒し、原始結晶に近付く。他の結晶とは違い自ら光を灯すそれは、神秘を感じずにはいられない。そして神秘とは人を惹きつけるものだ。知らぬものを知り、自らの知と化す事こそ人の本質、そして欲。なるほど、我が師ローガンといい白竜といい、真学者とは他者と異なるものなのだろう。そう考えれば、旅をしてまだ見ぬ知見を求めた私も案外学者向きなのかもしれない。

 そして、神秘とは人を狂わすに値するものだ。故に結晶を生み出したとて白竜は狂気に呑まれた。いくら古竜であろうとも、根源は似たようなものなのかもしれない。

 

「来るか……白竜」

 

 得た神秘を、秘する神を他者に渡そうとするものはいない。ましてやそれを壊そうとする者など、排除するに値する。

 怒号をあげてやって来た白竜からしてみれば私は憎き略奪者だ。自らの啓智を奪わんとする、不届き者だ。だが残念かな、貴様の努力と怒りは私に打ち砕かれるのだ。貴様が犯した罪によって。

 

 私が断罪するのだ。

 

 ずっと蓄えておいて使わなかった火炎壺を握ると、私は原始結晶に勢い良く投げつけた。結晶とは脆いものだ。例え鋭く伸びようとも永遠ではない。

 火炎壺が原始結晶に当たれば火炎と爆発を撒き散らし、容易く叡智の結晶を砕いてみせた。白竜はただ、その光景を手を伸ばして見ていることしかできない。

 

「古竜とて絶望もしよう」

 

 背負っていた斧槍を手にし、左手に草紋の盾を握る。

 白竜シースはこちらに狂気と憤怒の眼差しを向けると吠えた。言葉すらも通じぬ狂い様は、きっと昔の私では圧倒されていたに違いない。

 

 けれど。けれどね。

 

 悪夢は巡り、終わらないものだろう?

 

 死という幸せから遠ざけられ不死という悪夢に囚われきった私に見かけは通用しない。ただ、斬り伏せるべき対象が現れたに過ぎないのだ。

 

「終わらぬ研究に沈め、白竜」

 

 知とは、失って初めて気がつくものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒い森の庭。空すらも覆うほどに伸びた木々が光を隠し暗いのでは無い。そこは正しく時空の捩れ。この森だけは夜と化している。

 光すらも届かず、ただ闇だけが支配するそこはかつて深淵に飲まれた亡国。しかしオスカーがそれを知る由もない。ただ暗く、鬱蒼としているとしか思えぬ啓蒙で彼は湖の端を歩く。

 

 ふと、梯子を見つけた彼の視線に何かが映った。それは見知った姿。ただ宵闇と呼ばれる美しい華奢な少女。

 彼女が居る場所は、かつて彼女を閉じ込めていたゴーレムがいた場所、湖の突き当たり。即ち彼女を救った場所。そこに、彼女は呆然と立ち尽くしていた。

 

 不思議に思い、一先ず彼女の下へと向かう。そして背を向けて一点を見つめる彼女に声をかけた。

 

「宵闇……どうしたんだい?」

 

 決して気付かぬ距離ではない。だが宵闇は何かに囚われたように動かず、しかし何かを呟くのだ。

 

 懐かしい、懐かしいと。

 

「一体何が……」

 

 その時だった。何もないはずの虚空に闇が生まれる。悍しい闇だったはずだ。暗く、光を全て飲み込もうとするものだった。

 だが何故だろう。人はその闇に暖かさを感じるのだ。まるでそれこそが生まれ故郷だと言わんばかりに。不死が篝火を求めるように。

 

 オスカーが宵闇に向けて走り出したのもそれと同時だった。闇から這い出てきた一本の大腕は、宵闇を握らんと迫る。

 人の腕ではない。だが神でもない。そんな腕から守らんと、咄嗟に身体が動いた。気がつけば宵闇を抱き締め、騎士の身体ごとその掌は掴み取る。渇望するように、求める様に、焦がれるように。

 

 騎士の叫びは虚空に響く。後には何も残らない。ただ彼らは招かれたのだ。深淵の縁に。その遺志を継ぐために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 子供のように暴れる白竜の手足を掻い潜り、私はその尾を両断する。斬り落とされたその尾はまだ生きているようで、主人から離れようとも暫くは動いていたが暫くすれば動かなくなった。

 白竜は特段、強いわけではない。確かにその息吹が齎す結晶と呪いは強烈だが、彼はそもそもが学者だ。戦士ではない。故に戦いには疎いのだろう。

 

 機動力と目標の小ささで勝る私はひたすらに奴の側面や背後に周り斧槍を振り回す。それだけで白い竜の肌は斬り裂かれ、痛みと怒りに震える咆哮を撒き散らす。もちろん傷は回復しない。最早この竜は朽ちぬ古竜などではなかった。

 傷付けば、後は死ぬだけ。私は何度も古竜を斧槍で斬り付ける。

 

 だがやられてばかりではないようだ。白竜は身震いして理力を溜めると自身を顧みず呪いの息吹を真下に吐き出した。すると着弾した地面から結晶が伸びてあたり構わず貫こうとする。

 

「それはもう、対策しているわ」

 

 呟き、木の根のような白竜の尾を駆け登る。ツルツルとしていて足や手を掛け辛いが、斧槍を皮膚に突き立て強引に登る。するとどうだろう、地面から伸びる結晶など恐るるに足らず。白竜はただ自らを傷つけるだけ。

 白竜の肩に登ると、そのまま飛んで首を斬り付ける。それは致命の一撃。あとはただ、地面に転がる様に着地すれば良い。結晶などもう砕けて消えているのだから。

 

 白竜が咆哮し、首から夥しい血が噴き出る。その血は正に雨のよう。私はその身に竜の血を浴びた。

 流石の古竜も頭を垂れて地に伏せれば、怖いものなどない。私は斧槍を頭上で回転させ、勢いを付けると一気にその脳天目掛けて突き刺した。

 

 ぎろりと白竜の瞳が私を捉える。だが何も感じず、ただ脳天を掻き回すように斧槍を抉った。

 

 その断末魔はまるで人のよう。叫び暴れる白竜は、しかし(ソウル)と化して霧散しかける。

 

 彼はその散り際に、何かを呟いた。

 

 娘たち。そう、呟いていたのだろうか。

 

 だが、それが何だというのだろう。彼、又は彼女は犯してはならぬ罪を犯した。ならばそれを正さねばなるまい。例え私にそんな資格が無かろうとも。私がやらねば誰がやるのだ。

 

 

━━Victory Achieved━━

 

 

 

 

 白竜の(ソウル)が私の中に流れる。それは狂気を帯びていて、しかしどこか人に近い。呪いすらも感じるものだ。

 そして、私はその(ソウル)の中に何かを覗き見た。それは美しくも儚い誰か。寒く、暗く、居場所のない者たちを想う誰か。

 まるでクラーグを倒した時のような後味の悪さを、しかし私は意志で噛み殺した。死ねば最早遺志など他者のものなのだから。今感じた遺志は私には関係が無いのだ。そう、関係が無い。

 

 気がつけば斬り落とした白竜の尾は輝く剣と化している。それを無造作に引き抜き(ソウル)へと変換すれば、私は骨片を握り潰してその場を去るのだ。

 




何となくわかるかもしれませんが、啓きかけています


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公爵の書庫、竜

かなり独自の展開が含まれます


 

 

 

 狂気とは、真学術の真髄である。

 

 人は生まれながらに学ぶ生き物だ。生活、文字、生き様。それらは全てが生まれながらにして持ち得ない物であり、人は学び継承する事で次の世代の子孫達に繋いでいくものだ。

 例えば火の扱い方。人は火への恐怖を克服し、無から起こし、暮らしに役立てるだろう。しかしいかに火の熾りが偶発的であったとは言え、人はそれを言葉や文字で継承しなければ残せなかっただろう。

 

 学術の世界はその色が特に濃い。ある学者が生涯研究し、突き止めたものを本や言語にして他者に流布する。時にそれは秘匿され、いつしか特定の者達のみが継承していくものだが、基本的には同族に共有されていくものだ。

 魔術、呪術、それらは須く継承されてきた。皆が扱えるように、多少の才があれば使いこなせるように。力と火の警句と共に、それはずっと共にある。

 

 時に秘匿されると語ったが、この場合その情報や学術が所謂神秘を帯びている場合が多い。

 例えば、古竜。その存在を知らぬ者はいないだろうが、具体的にどんな生き物でどういった在り方をしているなどと知っている者は限られている。それはその者達が古竜について秘匿をしているからに他ならない。彼らが何を以って秘匿をするのかは分からないが、少なからず古竜に神秘を抱く者は少なくはないしそれは白竜が残した文献からも明らかだった。

 

 もう一つ。例えば、呪い。呪いとは即ち、人の感情そのもの。言い換えれば人間性の負の側面とでも言うべきか。

 呪いとは表立ってするものではない。人とは衝突を避けようとするものだろう。故に、呪いとは秘して行うべきなのだ。自らも呪われぬように、ひっそりと。

 そして呪いも、ある種人が扱いしかしその由来も作用も分からぬ神秘である。そして秘匿される。

 

 

 狂気とは、そうした継承の元に生じたある種の弊害である。人は学ぶ内、一定の人数が極めようと努めるのは知っているだろう。そうした極みを目指したものたちが共通して学術を通して垣間見るのは、その学術の神秘である。そして神秘とはまた、人を狂わせる。

 

 神々が秘する、と書いて神秘。故に人では扱い切れぬもの。だからこそ、狂うのだ。悪夢的な啓蒙に感化され、脳を啓かれ、常人は皆それらを狂うと言う。しかし果たして本当にそれが狂っているのかは分からないではないか。人は皆、自分の物差しで相手を測るのだから。真理に辿り着いたものの考えなど、分かるはずもないのに。

 

 

「誰だ……私の研究を邪魔するな……邪魔は許さんぞ!」

 

 

 一人、大きな帽子を被り書庫で学問に狂う我が師。それは側から見れば、完全に狂気に侵された憐れな魔術師。私はそんな彼に、ただ教えを乞うのだ。白竜の狂気を、自らにも分けてくれと。

 

「偉大なるビッグハット、私は貴方の邪魔など致しません。ただ、学問とは一人では成し得ないでしょう? 私はそのお手伝いをしたいのです」

 

 白竜の狂気に触れたのは何も彼だけではない。私はただ、狂っていないだけだ。彼から教えていただいた魔術には白竜由来のものもある。

 狂ってしまっても聡明な老師は、今までの狂気と怒りに満ちた表情を一変させて、む、と考える。

 

「確かにその通りだ……ならば、貴公。誰かは知らぬが儂の研究に付き合え」

 

 私は優しくなんかない。これは私のエゴなのだから。ただ強くありたいだけだ。そのために、狂ってしまって誰も思い出せない老師と学術に耽る。それだけ。

 優しくなんてあるはずがない。最後はこの老師すらも手にかけるのだろうから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見知らぬ土地。そして暖かさ。彼には心底に合わぬ土地だった。

 インバネスコートを払って埃を落とし、彼は狂気に滲んだ笑みを浮かべるマスクの下の端正な表情を歪める。何ともまぁ、目には見えぬだけで狂った場所だと思う。

 

 見えぬもの、見えるもの。それは人により解釈は異なるが。それでもここは狂っているのだと、人は口を揃えて言うのだろう。そしてそんな場所は素晴らしい彼にとってはよく見る光景ですらある。それ故に、あの街以外にもこんな場所があるのかと疑いたくもなるものだ。

 

「臭うな……だが、いつもとは違うな」

 

 ボソリと呟く様に彼は疑問を口にした。臭いとは彼にとっては重要である。薄暗い、目すらも頼れぬあの夜の中で嗅覚は特に重要であった。

 血と臓物が溢れる中ですら獲物の臭いを嗅ぎ分ける彼の鼻を擽るのは、しかしいつもとは違う。故に彼は進む。偽りの太陽の下、彼は森を歩く。

 

 そして出会うのだ。へんてこな生き物に。こんな生き物がいるのかと、とうとう狂ってしまったのかと思ってしまうほどに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 老師曰く、竜と人は様々な共通点があるのだという。それは上位種である古竜に近づけば近づく程に色濃く現れるのだと。白竜を見ただけではよく分からないが、きっと老師はシースの研究から何かを読み取ったのだろう。

 

 彼の研究に付き合って数日。最早時間の淀んだロードランに時間の概念はあってないようなものだが、それでもこの数日は濃厚だった。

 手始めに、私は結晶の魔術を享受された。老師が言うに極みに立つ為にはこの結晶が重要なのだという。白い古竜が齎した副産物が。

 

 やはり魔術の祖たる白竜は悍ましくも偉大だ。そのどれもが通常の(ソウル)による魔術を凌駕している。否、結晶魔法こそ原型なのだ。故に人が真似た魔術など劣化版に過ぎない。人の身でありながら書物のみでその領域に至るとは、グリッグスが言っていたように老師は魔術師として素晴らしいのだろう。

 

「模倣こそ、全てに通ずる。故に貴公よ、人々の模倣を侮ってはならんぞ。……お前は誰だ! 研究を邪魔するな!」

 

「私は助手です」

 

 この痴呆さえなければ。一々説明するのは面倒だ。段々と雑になってきた説得でさえも納得しているあたり、本当は覚えているんじゃなかろうかこの老人。

 

 時折、私は老師と座禅を組む。これは彼発祥のものらしく、無の境地に至った時こそ人は竜になれるのだというが。とにかく、今の私には力が必要でありそのためならば退屈な座禅でさえもこなして見せよう。

 白竜に勝ったくらいで図には乗らない。元来私は、不死は弱いのだから。これから待ち受けるのは最初の死者や深淵の公王なのだ。

 

 そうこうしている内に、師は私には感じ取れない何かを受信したらしい。徐ろに座禅中に立ち上がれば、何か驚愕したような表情で空を……天井を仰いだ。彼には何か見えている様だった。

 そして両の手を広げて語るのだ。空に潜む何かと。

 

「ああ……そういうことか、我が師よ」

 

 彼は、瞑想の果てに師と呼べる何かと出会った。それは決して目には見えぬ存在。神ですらない。ただ、それはそこにいるのだという。

 

「師よ、一体……」

 

「アアアアアア! ウワアアアアア!」

 

「え、ローガン!?」

 

 突然、老師は叫んで走り出す。それは私には理解できぬものだ。老人のお守りは大変だが、それでも知り合いが不幸な目に遭うのは困る。故に私は彼の後を追った。

 走りながら、彼はどんどん服を脱いでいく。私は服を回収しながら彼を追うが、何が悲しくて呆けた老人の服を回収しながら走らねばならないのか。あまりの異様さに道中の伝導者達も唖然としているではないか。

 

 書庫中を走り回り、ようやくとある一室で老師は足を止めた。

 

 そこはかつて、白竜シースが鎮座していた最上階の書庫。私が敗北した場所だった。

 師はもう素っ裸で、しかし大きな帽子と結晶化した錫杖だけは離さなかった。あの帽子は雑念が入るのを防ぐためのものだと聞く。彼は狂いに狂っても瞑想を止めるつもりは無いようだった。

 

「老師……」

 

 部屋の中心で空を見上げ、死んだかのように止まるビッグハット。その背中に声を投げ掛ければ、彼はゆっくりとこちらを振り返る。

 その瞳は、狂っている。狂っているが故に澄んでいる。狂気の向こう側、彼は最早偉大な魔術師ではない。古竜に魅入られた、憐れで、しかし啓蒙高い老人だった。

 

「竜を、見た」

 

 錫杖をこちらに向け、彼は少しずつこちらに近づく。私もまた、杖を取り出して対峙する。斧槍は用いない。魔術師の決闘に武具は無粋だ。

 

「人の根源、それは貴公にはまだ理解できぬだろう」

 

 結晶の錫杖に理力が集う。あまりにも膨大な理力は既に人を超えていた。

 

「だが、それで良い。いつか貴公も気がつくのだから。そして感謝するぞ、我が弟子よ。短くとも貴公と語らったこの瞬間、我が人の生で最も有意義であった」

 

 刹那、錫杖の先端から結晶化した魔術が迸る。これこそ白竜が齎した叡智、白竜の息。床に着弾した瞬間に弾け、そして結晶を生み出す様は古竜のよう。

 私は転がってそれを回避すると、ソウルの結晶槍を脳で唱えた。確かに技は凄い。だが、避けられては意味が無い。彼は故に、単なる魔術師だ。

 

 結晶槍は彼の皮膚を容易く貫き、それだけで老師は膝を突いた。いくら痛みに耐性のある不死であろうともあそこまでの致命傷は耐えられまい。

 

 

「貴公、良い魔術師になったな」

 

 

 だが。老師は人を辞めたのだ。否、回帰したのだ。しわくちゃの肌は気がつけば岩の様に変質し、その顔もいつしか竜のように歪に、しかし極まった形となる。

 彼は竜となった。瞑想し、語らい、自らの考えを整理し、何かと交信し。彼は古竜として生まれ変わったのだ。

 

「貴公、火と闇に魅入られた憐れな不死よ。ならば超えて行け。王となれ」

 

 瞬間、古竜は叫ぶ。人の声ではないそれは、確かに竜のもの。鼓膜がざわつき魂が震える。

 最早魔術師同士の決闘ではない。私は竜狩り、斧槍へと持ち変える。

 老師の竜と化した頭部が火を吐く。それを機動性で辛うじて避け、斧槍を振るう。しかしそれすらも目の前の古竜は素手で防いでみせた。

 

「もう貴方は、人ではない」

 

「だからこそ、それで良いのだ」

 

 人である私は、ただ強欲に。

 

 斧槍を回転させて老師の足を切り落とす。そして倒れた彼の腹部に一気に斧槍の切先を突き立てた。

 

「それでも、私は人でいたいわ」

 

 血を吐く老師に捨てるように呟く。

 

「それも、また、古竜への……」

 

 それだけ彼は遺せば、霧散していく。不死であろうとも、何であろうとも。(ソウル)は須く私に流れ込む。そうして彼は、竜としての新しい生を終えるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ああ、やはり師は書庫に向かったのか! 礼を言う、私も彼を追いかけねば!」

 

 久しぶりの祭祀場で、私は老師を慕う若者に告げた。老師の死に場所を。しかし最期は告げない。それを確かめるのは弟子である君の役目だろう。私はただ、彼に道を示すだけ。

 彼は何かを決心したように、神妙な面持ちで私に打ち明ける。

 

「……力不足なのは分かっている。きっと私では書庫に辿り着けぬだろう。だが、それでも……師を追っていたいと思うのは、いけないことだろうか?」

 

 私はただ、首を横に振って笑った。

 

「いいえ。だって、弟子ですもの」

 

 いつだって私は自己的存在だ。だから、不利になることは言わない。それでこそ人であろう。例え彼がその先に何を見ようとも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、嬢ちゃんか……何だか顔色悪いぜ」

 

 ここに来るのも久しぶりに感じる。善人でありながらも生優しさは無いアンドレイは、私の人間性の乱れを感じ取ったのだろうか。

 

「別に、何も無いわよ」

 

「なら良いんだが。あぁそうだ、お前さんあの坊ちゃんと会ってないか?」

 

「オスカーと? アノール・ロンドで別れてからは会ってないわね」

 

 それを聞いてアンドレイは少し困ったように顔を俯かせた。それでも手を止めないのは彼が職人であると言うことを際立たせている。

 

「そうか……奴さん、アルトリウスの相棒を探しに行ったは良いが、戻ってこねぇ。旅立ってから数日、もう戦いは終わっている頃合いだとは思うが。亡者になんてなってなけりゃ良いんだが」

 

 その言葉に私は驚く。彼がアルトリウスの相棒を探している?まさか公王を倒すために深淵へと向かおうとしているのだろうか。

 

「どこに向かったか分かるかしら?」

 

「ああ。黒い森の庭は分かる……そういやあんたそっちからも来てたな。なら湖があったろう、そこの端っこからアルトリウスの墓がある場所に辿り着ける梯子があるんだが……」

 

 私は立て掛けていた結晶の錫杖と斧槍を手にして支度をする。

 

「気をつけろ、あそこは墓荒らしを狙う盗賊団が居るって話だ。いくらあんたでも複数と戦うのは分が悪い」

 

「私が一番知っているわ」

 

 助言を受け流し、私は鍛冶場を去る。アンドレイはちょっとばかり不安気に私の後ろ姿を見つめていたが、少しすればまたいつもの様に金槌を打ち始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やはりオスカーは強い。精神的には甘っちょろいし胸のでかい女に見惚れる若さも見受けられるが、彼がこのロードランで発揮している強靭さや技量は本物なのだろう。

 かつて斧槍を得た後に湖に来た際はあれだけシースの手下である結晶ゴーレムと多頭の怪物が蔓延っていたこの湖は、最早ただの静かな観光地と化していた。やはり無粋な者がいなければここは美しいものだ。

 

 しばらく私は薄暗い湖の景色を眺め、あの上級騎士様を探索することにする。

 アンドレイが言っていた梯子はすぐに見つかった。なるほど、オスカーはここを登っていったのだろう。

 だが、梯子を登ろうとする私は何かを感じ取った。まるでそれは、暖かい泥のような感触。それを魂が感じている。梯子の上からではない……湖の先だ。

 

 オスカーどころではない何かを優先し、私はブーツの中が濡れるのも厭わず湖の端を歩いていく。

 

 しかし、何もない。何も無いはずなのに、魂は何かを感じている。

 

「……あら、何かしら。共鳴している……」

 

 不意に(ソウル)に収納していた何かが共鳴し出す。不思議に思いながらも自らの(ソウル)を弄り、共鳴している物品を探すのだが……

 ああ、もっと綺麗に整理しておくんだった。ロードランに来てから収集癖がついて物が一杯だ。何でゴミクズなんか拾ったんだろうか。うわっ、これは糞団子だ!いつの間に拾っていたのか。

 

「うっわもう最悪……あ、ペンダント?」

 

 割れたペンダント。それが共鳴していたようだ。それを取り出せば、私はじっくりとペンダントを眺めて(ソウル)を感じ取る。物には何かしらの(ソウル)が宿るものだ。

 このペンダントから感じ取れるのは深い郷愁と、愛慕。持ち主が、誰かに抱いていたのだろうか。恋というよりもこれは……父性に近い気がする。父のいない私には分からぬことだが。

 

 そして、その愛慕と懐かしさに惹かれたのだろう。突然目の前に深淵の闇が舞い降りた。

 

「っ! 何!?」

 

 臨戦態勢に入る前に、その闇から巨大な腕が飛び出す。その掌は私をすっぽりと握り込むと、深淵へと引き摺り込もうとするのだが。

 どうにもその手は、優しい。まるで壊れ物を触るかのような、そんな感触。

 

 だが引き摺り込もうとしているのは変わらない。私は訳がわからない内に、あっという間に深淵の中へと引き込まれてしまった。

 




ローガン先生が古竜になろうとしていた説、好きです
次からはDLC編、感想や評価お待ちしております。


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ウーラシール、再開

素晴らしい人登場回


 

 

 真、世の中とは面妖なものだ。

 

 たかが一人の不死に過ぎない女である私が伝説に聞く試練へと、成り行き上仕方ないとはいえ赴き鐘を鳴らし、そして偉大なる四人の(ソウル)を集める旅に出るとは。孤児院や聖職者時代に英雄や神々を讃える話は散々聞いていたが、まさかその一つに連なるかもしれないなどと、誰が思うだろうか?

 

 そして、物語とは必ずしも華やかな物では無いのだ。そこには苦難や絶望が少なからず待ち受けている。呪われ叩き潰され引き裂かれ、それでも私は心折れぬ。そんなんで心がへし折られているのならば不死院で私は亡者と化していただろう。

 

 だが、それでも。まさか由来も知れぬ大きな手に異次元に連れ去られるなど、誰が想像できようか。少なくとも私には無理だろう。今こうして、どこかも分からぬ洞窟で立ち尽くす私でさえも。

 

 あの腕に捕まった後、意識を取り戻せば私は見ず知らずの洞窟で眠っていたようだった。不死は眠らぬが意識を手放すことはある。目を覚まし、起き上がれば身体に異常が無いことを確認して周辺の探索に移行した。

 探索とは不死の、否、人の嗜みに近い。未知を求め、悲惨な結末になろうともしかし人は好奇の熱を抑えられないものだ。

 

 洞窟にさす光を辿り、外に出ればそこは広場だった。あの黒い森とは打って変わって、太陽の光りが暖かい。それは陰りかけた陽の光とは異なる、本来の太陽。私の少しは賢くなった脳が、この場所は私のいたロードランとは少しばかり時空が異なるのだと理解する。

 

 そして、もう一つ気がついた事がある。というよりも、ずっと気づいていたのだが。

 誰かが、広場の奥で見たこともない獣と闘っているのだ。

 

 溜息を吐きながら、私はいつものように斧槍を手に歩く。獣と戦うその誰かは、一目見れば理解できる。理想家の上級騎士、オスカーだ。彼もまた、私と同じく引き摺り込まれたか。まあ良い、彼との縁は今に始まった事ではない。

 

「く、案外やる……!」

 

 その獣はまるで百獣の王のような姿である。毛並みは白く、大きく、しかし半身は牛のように猛々しい。背からは白い翼が伸び、その尾はまるで蠍が如く。つまりはキメラ……混合生物だろう。それでいてある程度の神性を感じることからあれは伝承に聞く聖獣だ。

 聖獣は地を這い素早く鋭い牙と爪で攻撃し、時に翼で空を飛びながら雷撃を吐く。そうなればオスカーの持つクロスボウ程度ではどうにもならないだろう。なるほど、近接特化のオスカーとは相性が悪いようだ。

 

 私は師の遺産である結晶の錫杖を左手に取り出し脳内で魔術を詠唱する。ソウルの結晶槍、それは白竜が齎した叡智の結晶。伸びる槍は結晶化し、空中で雷撃態勢に移行していた聖獣を貫き墜落させる。

 

「!? 君は……」

 

 目の前の聖獣に気を取られていたオスカーはようやく私に気がついたようだった。

 

「今は目の前の火の粉を払うべきだわ」

 

 感動の再会など、センの古城で果たしている。オスカーもすぐに戦闘態勢に戻ればこちらを睨む霊獣と対峙する。前衛は彼に任せよう、私は新たな魔術を試すべきだ。オスカーがクレイモアを手に突っ込む。あの大剣から神性を感じるあたり、私がアンドレイに預けた種火を活用しているようだ。

 そんな事を思いながら魔術を展開する。その名も追尾するソウルの結晶塊。かのビッグハットから授かった、白竜の遺産である魔術だ。脳内で詠唱されたそれは、私の周囲に結晶化したソウルの塊達を浮遊させる。そしてオスカーとかち合う聖獣を指差せば、塊達はまるで火に向かう蛾のように奴へと突撃した。

 

 一瞬、聖獣は突然の横槍に驚き回避しようと横へ飛んだが、塊達はそれでも奴を追っていく。その名の通りこの塊は目標を追尾する。避けた先で、しかし聖獣はその身体に塊を打ち付けられた。純粋な魔術は、触れるだけでその身を蝕む。故に聖獣は大きくよろめき、その隙をオスカーが見逃すはずもなく。

 流れるようにクレイモアの大振りを頭に受ければ、脳髄を撒き散らして聖獣は倒れる。

 偉大な(ソウル)を持つ聖なるものとはその死体すらも残さぬものだ。聖獣は灰のように(ソウル)へと霧散すれば、半分ずつ私達の糧となってしまった。

 

 

━━Victory Achieved━━

 

 結晶の錫杖を(ソウル)へと変換し、斧槍を背負うと息を切らすオスカーへと歩み寄った。

 

「助かった、見ない内にまた強くなったな」

 

 クレイモアを背の鞘に納刀すると彼は言った。

 

「どうやらお互いあの手に引き摺り込まれたようね」

 

「君もか……どうやらここは、僕達の知るロードランではないらしい」

 

 私の抱いていた違和感を彼もまた抱いていたようだ。

 

「一先ず先へ進みましょう。エストの残りも少ない様だから」

 

 彼の腰に吊り下げられているエストの中身は半分を切っている。この先に篝火があれば良いのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 大きなキノコが、そこにはいた。

 

 聖獣を倒した先、そこは墓所のような場所だった。ロードランでよく見る鬱蒼とした場所ではない、そこは霊廟と言うべきか。手入れされ、死者に対する敬意すらも感じられるそこは冒涜的ではない。

 大樹に囲まれたそこは太陽の木漏れ日を霊廟に注ぐ。肌が白く弱い私にはこれくらいが丁度良い。不死となった今では意味もないが。

 

 そしてその大樹のうち、最も大きな樹の根に生える様に、大きな、しかし虚な瞳を持つそれはいたのだ。

 

「まぁ、珍しい……あなた達、とても先の人ね。それに、とっても人臭い」

 

 そしてそのキノコは、人語を語り出す。口も無く一体どこから声を発しているのだろうか。学者の端くれとなった身としてはどうしてもその事に気が散ってならない。

 私達は恐る恐るそのキノコに近寄る。見た所動けないようだし、敵意もなさそうだがあからさまに違和のあるものにそう易々と近付きたくはないのだ。

 しかしそのキノコはそんな私達を見定めるようにじっと見つめてくる。

 

「でも、悪くはないよう。……そこの騎士様、貴方宵闇様の想い人ね」

 

「え!? ぼ、僕が!?」

 

 宵闇とは一体誰かは分からないが、どうやらどこぞの女に好かれているらしい、この騎士様は。もしやあの奇妙な魔術の持ち主だろうか。

 私は思わず少しムッとしたが、すぐにいつものように真顔へと戻る。今となってはあまり嫉妬もしない。きっと、そうだ。少しばかりは現実的になったのだろう。不死人が恋愛などと。それでもあからさまに浮かれている騎士の尻を軽く蹴れば、彼はハッと我に帰る。

 

「宵闇様の仰る通りだもの。ありがとう、感謝するわ。宵闇様を救ってくれて」

 

 話を聞くに、その宵闇という女をオスカーは一度救っているらしい。

 

「でも、宵闇様はもういないわ」

 

「いない、とは?」

 

 食い気味にオスカーは尋ねれば、彼女は答える。

 

「古い人の化け物、その腕に連れ去られたの」

 

 その腕とは、やはり私達をこの場に連れ込んだ張本人だろう。人の化け物か、なるほど。やはりシースの研究は正しかったようだ。人こそ真に恐るべきものへと変貌するのだ。彼の古竜は、それを調べるために人間性を溜め込んだ聖女達を研究していたのだ。

 

「だから、貴方……もう一度、宵闇様を救ってくれませんか」

 

 これはオスカーの問題だ。救うも救わないも彼次第。私はただ、この地を出られれば良い。私を引き摺り込んだ腕を蹴散らし、その(ソウル)を貰えればそれで。

 まぁ、あれだろう。きっとこの地では彼と共に進むのだろう。彼がこの救助要請を断るわけがないのだから。案の定、オスカーはその頼みを快諾した。どこまでもお人好しだ。不死など、自分の欲のために生きて殺すものなのに。

 

 

 どうやらここは伝承にある亡国、ウーラシールそのものらしい。深淵に飲まれた彼の国は、ヴィンハイムとは異なる体系の魔術で栄えた黄金の国。そして宵闇とは、そのウーラシールの姫君でありあのキノコは乳母であると。その名をエリザベス……なんと大層な名前か。

 霊廟を抜け、進みながら私とオスカーは情報を交換する。

 

「白竜を倒したのか……先を越されたな」

 

 私の横を歩くオスカーが甲冑を鳴らしながら驚嘆する。

 

「一回呪われて死んだけどね」

 

「それでも一人で竜を倒すなんて偉業は聞いた事がない。やはり君は優秀な戦士だな」

 

「それ褒め言葉よね?」

 

 あまり戦士として褒められても嬉しくはない。女の子はそういうものだ。

 

 さて、過去の世界のウーラシールは現状あまり芳しくはない。最早深淵がこの国を覆い尽くすのは時間の問題だろう。その証拠に、霊廟を抜けた先の森林のあちこちが闇に侵食されかけているのだ。

 上を見上げれば太陽が私達を照らしているというのに、何とも奇妙なものだ。光があれば影ができるのは当たり前だが、光の当たる所にも闇があるとは。

 

 深淵は住人すらも蝕んでいるようだ。森林の庭師達は闇に侵され、その身を変貌させ武器を手にこちらを襲ってくる。粗方(ソウル)を奪われて亡者と化しているのだろう、不死ですら無いのに。

 石の騎士もいるようで、なるほどかつて対峙したあの石の古騎士はウーラシールの名残なのだ。だがオスカーと私の前に敵はいない。須く彼らの襲撃を退け、先へ進めば橋に出た。どうやらこの先に市街へと繋がる道があるようだ。

 

 驚愕とは、突然やって来るからするものだろう。その時も、唐突にやってきたのだ。

 突如空から見たこともない黒竜が橋に舞い降りた。その衝撃で橋を渡る私達は片膝をつかされるが、しっかりとその姿を瞳に押さえる。

 

 それは、古竜の一つなのだろうか。黒く深淵を思わせる躯に赤く光る単眼。そんなもの、聞いた事がない。

 その竜は私達を一瞥するも興味がないのだろう、あっという間に飛び去ってしまった。私個人としてはあの竜の(ソウル)に興味があったのでここで闘っても良かったのだが、シース戦の時とは異なりこの場で戦えば飛ばれる懸念があったから結果的には良かったのだろう。

 

「竜狩りがまだ健在の時代か……恐ろしいものだ」

 

 オスカーが呟く。確かに、あんなものがうじゃうじゃいた世界など地獄以外の何ものでもない。

 

 さて、エリザベスから聞いた話には続きがある。それはこの時代、そしてこの場所にあの英雄アルトリウスがいるとの事だ。確か伝説ではウーラシールの深淵を打ち倒し食い止めたのだったか。シースの文献曰く、彼はこの場で共倒れしたらしいから、もしかすればアルトリウスの(ソウル)を得られるかもしれない。そうなれば強大な(ソウル)から剣を作り直したいオスカーも満足だろう。絶対彼は納得しないだろうから口にはしないが。

 

 私の知らぬ間にオスカーも随分と力をつけていたらしい。気がつけば彼は色々と奇跡を用いるようになっていた。信仰など、上げたところで神々は何もしてくれないのに。

 そうしてたどり着いたのは、小川の見える大きな石造の建物。建物というより、闘技場だろうか。円形の建物の入り口には、白い濃霧が掛かっていて奥に強敵が潜むのが見て取れる。

 

 一先ず私達は篝火を探し、小川の方へと進む。魔術機構が施されたエレベーターを発見したので、これで霊廟へと戻れるから死んでも安心。

 さて、小川へ行こうとした私達は奇妙な男に出会った。

 

「ん? ……貴様ら、もしや私と同じ境遇か?」

 

 何とも珍妙な格好だ。見慣れぬ黒いコートに身を包み、頭には前衛的なトップハット。そして何よりも、不敵に微笑むマスク……怪しすぎるだろう、こんなの。彼のコートは珍しく、とても上質で手入れもされているが実用的に見える。かなり腕が立つようだ、その佇まいからも想像できる。

 オスカーですら怪しんでいる所を見るに、私の感性はおかしくないようだ。

 

「貴様らもあの手に引きずり込まれこの時代に迷い込んだのだろう?」

 

 そして、目の前の不審者も私達と同じく化け物に連れてこられたのだろう。

 

「その通りだ。貴公もか……しかし、一体どこの出身だ?」

 

 オスカーの問いに、しかし目の前の男はふむ、と私達を見回して何かを吟味する。

 

「話してもわからんさ。貴公らとは時代が違うようだからな……だが、お互い慣れぬ時代に不便しているだろう。どうだ、助け合おうじゃないか……クックック」

 

 助け合おうと言ったその男は、しかしどう見ても怪しいが。それでも物の売買はしてくれるらしい。彼が持ち物を広げれば、確かに商人としてはある程度充実している。私達は十分に警戒しながら彼と取引する。とりあえず緑化草は買っておこう。

 

「支払いは……ふむ。ソウルで良いぞ」

 

「むしろそれ以外あるのかしら」

 

「いいや……ククッ」

 

 

 

 

 

 

 どうにも匂い立つ奴らが来たと思えば。なるほど、この時代の奴らが言う所の不死という輩か。どうにも地底臭い、やはり元はあの遺跡の有象無象と同類なのだろう、聖職者共が喜びそうな話題だ。

 俺達と相容れぬどころか、似た物同士じゃないか。何かに囚われ死ねぬなどと。哀れな事だ。おまけにどうせ最期は同じように落ちる所まで落ちるのだろう?

 

 騎士はどうにも純粋そうな優男だが力量は確かなようだ。今となっては骨董品に近い装備に身を包んだ男は、しかしそれなりに苦労もしているのだろう。

 そして、連れの女は……クク、いいじゃないか。中々に見所がある。狩りを楽しんでいるくせにそれを認めようとしない捻くれ者。いつか自分の本性に気がつくのが楽しみだ。

 

 不死の二人は取引を終えれば、あの哀れな英雄が待ち受ける塔へと向かう。俺はマスクの下で卑屈に笑いながら見送るのだ。

 良い狩りを、同類達。いくら綺麗事を並べようとお前らは同じ穴の狢だ。それを忘れるなよ、クク。

 

 



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ウーラシール、深淵歩き

最近めっきり感想が減って寂しいので感想下さい(乞食)


 

 

 

 

 白竜シースは長年に及ぶ狂気の研究の中において、人が持つ可能性について幾度も触れていた。彼の古竜曰く、人とは闇そのものだという。そして闇とは、深淵と同意義である。人が持つ人間性こそが闇の根源。即ち深淵に飲まれたウーラシールや小ロンドとは、自らの魂によって滅びたという事になる。人は人の持つ魂に誑かされ、自らを殺めたのだ。

 対して、神には可能性など存在しない。神々の在り方とは信仰や恐れ、即ち人が齎す可能性により変幻する。始まりの火を見出し、しかし神々は遂にそこで止まってしまった。進化せず、人が持つ可能性に依存する形でしか存在できぬ。それは真、情け無い。

 

 であれば。神々という存在にとっての闇とは毒となろう。自らを形作り、しかし持ち得ない闇は光を覆い尽くす。その闇の中で確かにあるのは人という深淵の申し子。いつか火は陰り、最期に火は消える。その時こそ、人は真に自由になるのではないのだろうか。

 

 神に使役されず、誰のものでもない人間。そんな未来を夢見るのは、やはり学者を通り越して夢想家だろうか。

 

 

 

 

 

 目の前で苦しむ男がいる。人が産み出した闇に愚かにも挑み、そして飲まれかけた男が。

 

 背は高く、人では太刀打ちできぬであろうその剣技は苦難の中でも消え去ることはなく。ならばそれは、神の一族である。

 石畳に突き立てた剣で、かつてのウーラシールの民であろう異形を穿ち、それを杖代わりにして彼は俯く。息は荒く、離れていてもその吐息が伝わって来るほどに。

 その男は英雄である。私が探していた深淵歩き。若き騎士が探していた剣士。その張本人は、確かに英雄アルトリウスである。

 

 伝承にある通りの姿形。全身を鎧と深淵で包む彼の英雄に、オスカーが駆け寄ろうとして私は手で制した。最早あれは、人が救えるものではない。神々でさえも救えぬだろう。唯救えるのは闇だけなのだ。深淵こそが彼の行き着く場所なのだから。

 

 救済とは、真に酷薄である。待ち受けるのは死でしかない。

 

 

「君達が……何者かは知らない……だが、離れてくれ」

 

 

 優しい声色で、しかし苦しみが伝わる息苦しさで英雄は告げた。彼もまた、隣の上級騎士のような優男で御人好しなのだろう。英雄とはいつの世も御人好しでしか務まらない。

 オスカーはただ、困惑するように英雄を眺めることしかできなかった。それもそのはず、彼の英雄の最期が闇に飲まれて朽ちたなどと、誰が想像しようか。やはり神々は嘘吐きだ、英雄の末路でさえも捻じ曲げるなどと。そんなこと、あって良いはずが無いだろう。

 

「もうすぐ、僕は飲み込まれてしまうだろう……奴らの、あの闇に」

 

 そう言えば、彼を取り巻く闇の渦がより一層濃くなる。むしろ闇を持たぬ身でよく耐えるものだ。彼が深淵歩きであったというのはあながち嘘では無いのかもしれない。

 英雄は私達を兜の奥から見定めると、懇願する。

 

「人であるならば……君達はより純粋な闇に近いはずだ」

 

「何……?」

 

 英雄の言葉にオスカーが首を傾げる。彼は知らぬのだ。人の魂に抱く闇を。闇こそ、人が生まれし胎盤だという事を。それを愚かだとは思わない。神々はそれすらも隠していたのだから。白竜はそれを利用し、不死を封じ込める名目で攫っていたのだ。

 やはり神を許しておくことはできない。闇を持つ人間に火継をさせるくらいなのだから。何を企んでいる。

 

「頼む……お願いだ……! 深淵の拡散は防がねばならない……グゥッ」

 

 ガクッとアルトリウスは膝を突く。最早彼の身体に潜む闇の拡がりを抑えることなど出来ぬ。人ですら扱い切れぬ闇など、神に抑え込めるはずもない。

 

 英雄はまるで呆けてしまったように、末期の老人の様に空を見上げて救いを求める。頂点に居る神々が縋るものなど、あるはずもなかろうに。

 

「ああ……シフ、そこにいるのか?」

 

 空虚に闇に侵された左手を捧げる。何かを触るように。

 

「すまない、みんな。僕は、何も成し遂げられなかった……!」

 

 その言葉を最期に、英雄アルトリウスが叫ぶ。絶望と苦悶の雄叫び。それは闇に侵され切った証。小刻みに震え内から溢れ出す闇を放出させる彼は、最早英雄などではない。

 ただの、闇に囚われた囚人だ。

 

 オスカーは信じられぬといった様子でわなわなと震えていた。今まさに敵となる者を前に、震えることしかできぬ男の肩を後ろへ押しやる。

 見たくないものもある。観てはいけないものもある。彼が憧れていた伝説とは、所詮その程度のものだったのだと。私はただ、右手の斧槍を強く握りしめ英雄だった者と対峙した。

 

「リリィ……君は、何も思わないのか?」

 

 人こそ闇であったのだなどと。だが、そんなものどうでも良い。私は私で、それ以上でもそれ以下でもない。ただリリィという元聖職者の不死、それだけでしかない。

 

「何もできないなら、見ていなさい」

 

 突き放すように彼に言葉の針を向ける。だが、これで良い。こんなもので心折れるようでは火は継げぬ。それくらいの絶望は、乗り越えなければならない。

 むしろ、彼は戦うべきなのだ。彼の英雄を弔うために。信じる欺瞞のために戦った英雄を、戦いの中で散らすために。

 騎士は、戦いの中で死する事こそ誉れなのだろう?流浪の身である私にはとんと理解できぬが。

 

「神に列する者よ。私にその(ソウル)を寄越せ」

 

 だから私は、私でしかない。英雄にもなれず、火も継げず。ただ(ソウル)を欲する不死なのだから。

 ぎょろりと英雄はこちらへ振り返る。その様は最早優雅さも気高さも感じられない。ただの獣、闇に墜ちた英雄の末路だ。

 

 

「グゥウウウ、グアアアアアアアッ!!!!!!

 

 

 獣のような咆哮が耳を揺さぶる。英雄は闇に墜ちても尚、その闘志を失うことはない。突き刺した剣を石畳から引き抜けば、勢い良くこちらに振るった。届かぬ剣はしかし、穿っていた異形の骸を飛ばす。牽制だ。

 

 まるで軽石のように飛んでくる異形の骸を躱せば、すぐにアルトリウスは跳躍した。異常なほどの跳躍力は、やはり人ではない。彼は私目掛けて剣を振り下ろす。

 あまりにも速い。ロードランを持ち前の機動力で生き抜いてきた私でさえも、間一髪だった。ローリングで回避した途端に、私がつい先程まで立っていた石畳が割れる。

 まともに喰らえば私が(ソウル)を献上することになるだろう。

 

 転がり立ち上がる私を、英雄は更に追撃する。大剣を彼の真後ろに引き、構える。予想はできる、あれは突きの構えだ。

 まるで瞬間移動するかのように、アルトリウスが目の前まで迫った。咄嗟に草紋の盾を目の前に構えれば、次の瞬間に私の身体を衝撃が遅い吹き飛ばす。

 

 ただの突きだ。だが侮ってはならない。あの躯体が生み出す衝撃力は、元の剣技と相まって異常な火力を誇っているのだ。防ぎ切れない一撃だ。牛頭のデーモンくらいならば一撃で首を斬り落とせるくらいの。

 

「ちっ……!」

 

 腐っても英雄だ。闇に飲まれようとも剣技は冴えているなど、厄介以外の何者でもない。

 だがここでようやくオスカーが決意をした。丁度アルトリウスの側面にいた彼は、クロスボウを取り出せば英雄に撃ち込む。もちろんあんな華奢な武器では傷一つつけることなどできない。あっさりとアルトリウスはクロスボウの矢を斬り払うと、その注意を上級騎士に向けたのだ。

 

「ここで貴方を殺すことが、僕ができる最善なら!」

 

 クレイモアを背中の鞘から引き抜き、オスカーは対峙するアルトリウスへと突貫していく。数多の異形と戦い生き抜いてきた彼は、アルトリウスの横薙ぎをしゃがんで躱せば自らの大剣を英雄の胴へと打ちつけた。

 鎧を貫き、その肉すらも裂く刀身が黒く染まる。それは英雄の、闇に飲まれた血。なんと禍々しい事だろうか。

 

 私も緑花草を口にかき込んで加勢に入る。いくらオスカーでも、初手の一撃を入れた後は英雄の剣技に苦戦していた。真後ろへと周り身体ごと斧槍を回転させ背中を斬りつける。

 鎧と肉を斬り裂く感触。しかし英雄は怯まない。彼はまるで蠅を振り払うように、垂らした左腕を私に振るった。

 

 ビシャっと、彼の血、最早闇の飛沫と化した液体が私を襲う。

 

「ぐっ!」

 

 まるで皮膚が溶けるような感触。堪らず私は飛び退き体勢を立て直す。

 

「気をつけろ!」

 

 オスカーが忠告した途端、アルトリウスが飛んだ。飛んで、縦に回転し出した。

 まるで縦に回転する駒のように、彼は大剣で私の身体を真っ二つにするために迫る。

 

 負傷したまま、私は横へ転がる。ガチン! と英雄の大剣は石畳を吹き飛ばした。私が喰らっていれば死んでいた、それ程までに高威力の恐るべき技。

 それはかつて、彼が得意とした剣技。後の世に狼の剣技として残るものだ。そして単発では終わらないのが恐ろしい。物理を無視してアルトリウスはまた跳躍すれば、向きを変えて私を執拗に狙う。

 爛れる皮膚を無視して今度は苦し紛れにステップで回避する。そしてまた、アルトリウスは飛ぶ。

 

「見飽きたぞ、英雄!」

 

 人とは可能性の生き物。そして可能性とは進化にある。二度の狼の剣技を見た私には、同じ手は通用しない。跳躍しながら回転するアルトリウスの真下をスライディングで潜り抜けると、立ち上がり様に斧槍の縦切りで彼の兜を斬りつけた。

 姿勢のせいであまり威力はないが、カウンターには丁度良い。オスカーが私を守るように立ちはだかったのを感じ、体勢を崩して転げ回るアルトリウスを横目に急いでエスト瓶を飲み回復する。

 

 だが、闇とは人に宿るもの。そして可能性を齎すのも闇の特権だとすれば、それは闇に侵された神にも当て嵌まる。

 フラフラと立ち上がったアルトリウスはまたしても咆哮を上げる。唸り、そして更なる闇に飲まれた彼の身体から濃厚な深淵が溢れ出た。最早彼は神に非らず。ただの哀れな敗北者だ。

 

グゥアアアアア!!!!!!

 

 雄叫びをあげてアルトリウスは迫る。突進横薙ぎ、先程の突きの派生であろう。数多のデーモンや神に仇なす者達を両断してきた死の一撃。

 

 だが如何に英雄が剣技に優れ神速を誇ろうとも、私達二人には最早見慣れた速さだった。速さならば竜狩りオーンスタインと同程度。彼を破ったならば、その速さに劣るはずもなし。

 潜り抜けるように二人で水平に振われる剣の真下を転がり、すれ違いざまに立ち上がり振り返る。

 

 古い神々が眠るロードラン。その地で死にながらも確かに戦い抜いてきた不死達は、各々の武器を振るう。

 

 私の斧槍は英雄の足を薙ぐ。斬り落とせずとも最早闇に侵された彼に立ち上がることはできず。騎士の大剣はぶらりと垂れ下がる左腕を重みで斬り裂く。残るは剣を持つ右手のみ。如何に伝説の剣士とて、片腕だけで相手にできるほど私達は脆弱ではない。

 

 私に合わせるようにオスカーが振り抜いたばかりの剣を突き上げる。その切先は確かにアルトリウスの胸を穿ち、あまりの衝撃と傷に英雄は項垂れた。

 

 私は跳躍し、騎士と英雄を飛び越えれば背後に回る。そして着地の直前に全体重を乗せた斧槍の斬撃を背中に叩き込んだ。

 叫ぶ英雄アルトリウス。オスカーが剣を引き抜くと、その勢いで仰反る。それを見逃さない。

 

「そのソウル……貰い受けた」

 

 今度は斧槍を背中に突き刺せば、先端が胸から突き出る。如何に神に名を連ねる者と言えども、心臓を穿たれ生きていられる者はいない。

 あれだけ咆哮をあげ苦しんでいたアルトリウスは、胸を貫かれるや否やあっさりとその動きを止め大人しくなった。まるで憑き物が取れたような、そんな感覚。あれだけ纏わり付いていた深淵もどこへ行ったのか晴れ渡っている。

 

 彼の魂が救われた瞬間だった。

 

 

━━Victory Achieved━━

 

 

「ああ。シフ。君は……」

 

 

 言葉を最後まで言い終えることはなく、彼の身体は(ソウル)の霧へと形を変えた。輝かしい、しかし闇に侵された(ソウル)は私とオスカーに流れ込む。

 (ソウル)とは形を変えるものである。時に力となり、形となり、そして記憶ともなる(ソウル)は、私達に英雄の記憶の断片を見せることになる。

 

 記憶の奥底に眠る、彼の感情。大切な友、小さな白狼を気遣う優しい心。私達も戦った竜狩りや、知らぬ騎士達との友情。

 

 

 そして、とある少女に抱いた淡い恋心。それは、神である彼と人である少女の間では決して成就されぬ悲恋。

 秘匿されるべき、しかし心の片隅に残る僅かな思い出。第三者の私達が見て良いものではなかったのだ。

 

 

「……ッ、もう良い」

 

 

 きっと、その少女はオスカーも知る人だったのだ。だから、言ったじゃないか。否、思ったじゃないか。不死が恋心を抱くべきじゃないと。言っておくべきだった。言ってしまったらきっと、私の微かな希望でさえも消え去ってしまうから。

 

 私は、汚い人間だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大切な友の墓石に、彼女は花を捧げた。

 

 王のために、平和のために剣を握り続けた英雄の、しかし誰にも知られぬ見窄らしい石の塊のような墓石。偉大であるはずの彼の墓がこんなものとは、何と報われない事か。

 

 

 どこまでも愚直で鈍感で、優しくて憧れた一人の男のために。深淵に囚われた彼の魂が、せめて死の後くらいは安らかに逝けるようにと、祈りを込めて。

 

 

 青い衣装は風に靡き、花とともに青空を映す。白磁の仮面は不敵に笑うがその本心を知る事は能わず。されども彼女は嘆くと同時に安堵していた。きっと、彼女やその仲間では友を葬れなかったのだろうから。

 

 あの竜狩りは、きっと言うのだろう。奴は優し過ぎた、だから闇を狩取れなかった、これは奴の甘さが招いた結末だと、いつものように厳しく頑固に言うのだろう。

 きっとその心に空虚を抱えたまま、誰にも弱音を吐くことなく。

 

 あの鷹の目の巨人は、きっと偲ぶのだろう。思慮深く、そして豪快な彼は死した友の良き理解者だった。だからきっと、いつまでも彼は弔ってくれるはずだ。その魂が続く限り。

 

 あの犬っころは、きっと諦めぬだろう。友であり主である騎士を想い続け、語り継ぐのだろう。執念、執着。或いは怨念にも似た心は、あの無垢な白狼を変えてしまうだろう。彼女にはどうすることもできない。

 

 彼女は、きっともう剣を握る事は無いだろう。元より汚れ仕事を生業としていたが、その根源にあったのは友が作ろうとしていたより良い未来のため。その友が斃れた今となっては、執着などしない。火も闇も、興味に値しない。

 この仮面も、残光も残滅も、その全ては王から賜った信頼の証。だが結局、そんなもの彼女の心を救うものではないのだ。きっと、友と在り続けたかったからそう演じていただけ。それだけなのだ。

 

 薄情だと、言うだろうか。お前は王の刃なのだから、死ぬまで務めを果たせと言うだろうか。もう分からない。友が一体何を言うのか。彼はもう、死んでしまったのだから。

 

 

「貴公、人か」

 

 

 その訪問者もまた、同じように報われぬ恋を抱いているのだろうか。白百合のように真っ白で、しかしどこか燻んだ灰のような少女は、顔に陰りを見せながら彼女の背後に佇んでいた。

 

「まぁ、良い。これは私の友の弔いなのだ。少し、一人にしてくれないか……」

 

 だが、それが何だと言う。彼女は今、友の死を偲ぶ一人の乙女。故にそれ以外気にする事など無い。

 

「ままならないものね、神も人も」

 

 その少女はそれでも、語りかけた。儚げで、しかし強かさもあるような、そんな声色。少しだけ興味を持って振り返れば、その少女から奇妙な懐かしさを感じた。厳密に言えば、彼女の持つ大きな(ソウル)に魅入られた。

 

「貴公……それは」

 

 少女の持つある魂について問いかけようとし、その前に少女は(ソウル)を差し出してきた。

 それは確かに彼女が慕った男の(ソウル)。闇に飲まれ、変化しようとも確かに分かる。これは大切な友の生き様、その全て。

 

 青黒く陰るその(ソウル)を、彼女は震える手で受け取った。

 

「眠りくらい、大切な者とありたいものね。例えそれが神であろうとも」

 

 神に不信を抱いている不届き者である事は、この時理解できた。だがそれを咎める資格など今の彼女には無い。故に、ただそれを受け取る。そして声色だけは、しっかりと保ち感謝を述べた。

 

「ありがとう。友として貴公に感謝する」

 

「いいえ。不要だもの。それに神の僕からされる感謝は無いわ」

 

 どこまでもふてぶてしく、ぶっきらぼうな生き方をしてきたのだろう。だが変に同情されるよりはマシだった。

 

「……これは、せめてもの礼だ。最早私には不要なものだからな……」

 

 そう言って、王の刃は己の獲物を差し出す。それは二振りの曲剣。王より騎士に叙勲された際に賜ったもの。

 少女は何も言わずそれを受け取れば、クルリと器用に二振りを回して手に馴染ませる。腕が立つようで、本来高い技量を要求するその曲剣を容易く扱ってみせる。少女はそれを(ソウル)へと収めると、踵を返して市街への道へ進んでいく。

 

「貴公に王の導きが在らんことを」

 

 少女の背に、王の刃は語り掛けた。

 

「いつだって導くのは自分自身よ、王の刃」

 

 どうやら自らの事を知っていたらしい少女は、しかしかつては確かに聖職者だった。

 何も言わず、悟らせず。それでも世の中に何かの怒りを抱く少女は先へと進む。王の刃と称された女は、しばらくその場で友を偲ぶと闘技場から姿を消した。以来、彼女を見たものはいない。きっと、それで良いのだろう。仕えるべき王など、彼女にとって最早形だけの存在なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗銀の残滅

 グウィン王の四騎士の一人、王の刃キアランの用いた暗い銀の短刀。その刃には凄まじい猛毒が仕込まれており、舞うような黄金の残像が目標の目を奪えば、その影で確実にそれを仕留めるだろう。

 

 しかし彼女は、ある時を境に表舞台から姿を消す。きっと、彼女は気付いたのだろう。本当は誰のために剣を振るっていたのかを。そしてそれは、真に秘する彼女の淡い心だったはずだ。

 

 

 黄金の残光

 グウィン王の四騎士の一人、王の刃キアランの用いた黄金の曲剣。彼女の剣技はいっそ舞踏のようで、暗闇に不吉な金の残像を描き出す。

 

 晩年、彼女は神々の物語から忽然と姿を消した。だがある時を境に、残光はとある闇霊が齎した恐怖と共に不死の記憶に染み付く事となる。

 きっと、君がそうなのだろう?

 

 

 

 




アルトリウスの台詞は没ボイスのものです


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ウーラシール、素晴らしい侵入者

そうら、そうら(感想を求める声)


 

 

 

 ウーラシールの街並みはどうにも不死人に優しく無い。

 ロードランにおける不死の死因の第一位が高所からの落下死である事は想像に難く無いだろう。映えある第二位はきっと、雑魚の群れによる袋叩きに違いない。不死とは真、特定条件下ではそこいらの鼠にも劣る弱さを誇る。誇っていいのかは分からぬが。

 

 古い黄金の魔術の国、その街並みとは高所の連続である。

 柵などなく、かつては絶景であった市街地を見下ろせる趣のある光景。しかしそれは、今では拡がり行く深淵を覗き見るための死への淵でしか無い。ウーラシールの民は、自ら暴いた闇のせいで美しく儚い黄金を消し去ったのだろう。

 

「しかし、本当に彼らは人間だったのだろうか? これはあまりにも……」

 

「冒涜的だと?」

 

 斬り伏せた住民の一人を眺め嫌悪感を抱くオスカー。住民達は悉く溢れ出た深淵の闇に触れ、その人間性を暴走させたのだろう。大切な思い出や思考を司る頭部は肥大化し、その肌すらも黒ずんでしまっている。最早同じ人間とは思えない。

 

 だが冒涜的なのはどちらだろう。墓とは死者が安らかに眠る安寧の揺り籠。それを暴き、あまつさえ闇を手に入れんと欲に眩むなどと。人間らしい。実に人間らしいが、それ故に彼等は滅んだのだ。自業自得、アルトリウスは人の業で滅んだ哀れな英雄だ。

 

「一体深淵とは何なのだ……人はその内側に何を抱えている?」

 

 人の可能性の美しい部分のみを信じるオスカーは、やはりこの現実に向き合えない。だが、それで良い。君の魂は輝かしいのだから。

 

「誰だって、その心に闇を抱えているものでしょう?」

 

「だとしても……これが本質などと、君は言うのか?」

 

「……どうかしらね」

 

 少し、オスカーとの心の距離が開いた気がした。でも、それも仕方無いさ。だってもう、私は火の時代に何も期待をしていないのだから。具体的には、それを齎した神々に。

 

 

 

 白竜が遺した文献によればウーラシールの魔術とは光を操ることに特化しているのだという。それは彼のヴィンハイムでは遂に実現しなかった幻の魔術。ソウルの槍のような壮大さは無く、攻撃性も無い魔術はしかし高度であり、当時のウーラシールの技術力の高さを示している。

 しかし、異形と化したウーラシールの魔術師達は生み出した光にすら嫌われてしまったらしい。更に禍々しい魔術師が生み出すのは闇の魔術。闇術とでも言うべきか。

 魔術のはずなのに質量を伴ったそれは、条件次第では結晶の魔術よりも高威力で厄介なものだった。魔術師達はそれなりに戦略にも長けているらしく、複数の市民を従え不死を待ち受ける。きっとオスカーがいなければかなり苦戦していたはずだ。

 

 高所と数、そして闇術という殺意を潜り抜け、私達は長い階段が待ち受ける場所へと辿り着く。

 しかし殺意が高過ぎる。人一人がようやく通れる幅の階段の片側は壁、もう片側は奈落とは。ここを設計した奴に色々問いただしたい。不死というかもう人間に対する悪意だろうこれは。そうまでして絶景を見たいのか。ウーラシールの民はスリル好きの変態か。

 

「アノール・ロンドもそうだったが、どうにも高い場所が多いな……」

 

「ここは大丈夫そう?」

 

「うん、人が普通に通れるところだからね。梁はもう渡りたくないが」

 

 どうやらあの梁渡りは彼のトラウマとなっているようだ。まぁ珍しくあの騎士様が狼狽えていたし……面白いものが見れたが。

 私は思い出し笑い混じりに彼の背中を軽く叩く。何だか少し心が楽になった気がしたのと同時に昔を思い出した。昔といっても、ロードランに来た直後だが。

 

 思えば、オスカーとの少しばかりの旅は波乱に満ちていたし死にもしたが。何だかんだ楽しかったものだ。年甲斐もなくドキドキしたり、何よりも話す相手がいるというのは亡者にならないための秘訣なのだろう。

 

 そんな、感傷。私は彼の前を歩き、階段を降る。その時だった。

 

 

 不吉な鐘の音が、聞こえた気がした。

 

 

 りぃん、りぃん、と静かに揺れる鐘の音は、小さくも甲高いものだ。

 どこかで鐘が鳴っているのだろうかと辺りを見回しても何も無い。それどころか、オスカーはその鐘の音を聞いていないのだという。おかしなこともあるものだが、きっと空耳だろうと。そう思った直後だった。

 

 

 ドス黒い気配が、前方から現れる。

 

 

 真っ赤で、黒くて、殺意に満ちていて。己が目的のためならば殺しすらも厭わ無い悪意の塊。人喰いミルドレッドのような、闇霊と呼ばれる存在が他世界より現れた瞬間だった。

 

 

━━敵対者 素晴らしいチェスター がやってきました━━

 

 

 

 何を持って素晴らしいと称しているのかは理解出来ぬ。だが自らを素晴らしいと自負する闇霊は、先程取引をしたあの怪しい仮面男に他ならなかった。

 やはり見た目と同様良くない虫だったか。まるで自分の存在を誇るが如く、その侵入者はゆっくりとした足取りで階段を登ってくる。その姿がシュールだ。

 

「階段の上まで撤退するぞ」

 

 その侵入にすぐに対処しようとしたのは、きっとオスカーも数多の侵入を受けて慣れ始めていたからだろう。私としてはこの時、二回目の侵入だったが、それでも地の利を活かせ無い階段で戦う気はなかった。

 オスカーは私を先に先行させ、殿を務める。奴の手にはクロスボウとしては大柄なスナイパークロスが握られていて、強靭な盾を持つオスカーでなければ追撃を容易に受けてしまうだろう。

 

 案の定、チェスターは逃げる私達目掛けてクロスボウを放つ。カンっとあっさり矢を弾けば、次の瞬間小さな爆発が起きた。

 

「グッ!?」

 

 盾の上からでも爆発の衝撃は掻消せない。オスカーは少したじろげば、慌てて階段を登る。一体なんだあの鏃は、爆発するとは。

 装填までに時間が掛かるのが幸いだった。私とオスカーが階段を登り切るくらいで、奴のクロスボウの装填が終わったようだった。

 

「あの男……怪しいと思っていたが」

 

 爆発で黒ずんだ盾を背負い、オスカーはエスト瓶を飲む。如何に微弱な傷だろうと相手の力量が分からぬ内は万全で臨むべきだ。

 奴を待ち構えていれば、当の本人はやはりゆったりとした動きで階段を登り切った。どこまでもふざけた輩だ。その仮面、剥がしてくれる。

 

 奴は待ち受ける私達を見て、両手を広げ「さぁ、どうした!」と言わんばかりに挑発してくる。余程自分の力に自信があるのだろう。面妖な鏃と言い、何をしてくるかまるで分から無い。

 

「叩き斬る!」

 

 こういう時、オスカーは心強い。彼はカウンターを狙うでもなく、持ち前のタフネスで真っ先に突っ込んでいくのだ。絶妙な間合いでクレイモアを振り上げ、笑う仮面目掛けて振り下ろす。

 

 が、それを何のその、と言わんばかりに奴は横ステップで回避すればしゃがみながらくるりと周りオスカーの足を払った。

 

「何!?」

 

 そのステップに無駄は無い。素早く、最小限の動き。後ろ回し蹴りの足払いカウンターもまた、奴が人殺しを生業にしていることを証明していた。

 転ぶオスカー目掛け、奴は手のクロスボウを向ける。そうはさせない。

 

「ふんッ!」

 

 即座に私は斧槍を薙ぎ、攻撃を中断させる。奴はまたしてもステップでそれを回避すると、今度は踊るようにくるりと回り何かを投擲した。

 

 薔薇だ。何の変哲もない……否。鉄で出来た薔薇の装飾品だ。それをまるでスローイングナイフのように投げて来た。

 咄嗟にそれを斬り払って落とすと、続け様に奴はクロスボウを放つ。

 

「ちっ!」

 

 上半身を捻り矢を避けた瞬間、奴は驚くべき素早さで私に突進し、その勢いのまま蹴り付けてきたのだ。

 

「ぐふっ!?」

 

 後方が床で幸いだった。長い脚から繰り出されるミドルキックで腹を蹴られた私は後ろに転がる。中々に痛いが、死ぬ程ではない。

 

「この!」

 

 私を庇うようにオスカーは立ちはだかり、オスカーに向けてクレイモアの連撃を打ち込む。だがそれも、素早さで勝る奴には当たることはない。

 ステップ、時にローリングを織り交ぜながら剣撃を回避するチェスターは、まるで戦いを楽しんでいるようだった。否、あれは戦いではない。狩りだ。抵抗する獲物で遊ぶ、質の悪い狩人だ。

 

 闇霊は他世界で声を出すことはできないが、それでも奴が笑っていることは嫌でも分かる。

 

 そうして何度かオスカーの連撃を回避している時だった。ふと、奴が先程の薔薇を彼に向け投げ込む。それは丁度、オスカーが剣を振り上げている攻撃直前のタイミング。

 

 鋭い先端が鎧を貫き、カウンターを受けたオスカーが体勢を崩したのだ。

 

「しまっ」

 

 より一層、奴が笑った気がした。片膝を突くオスカーに緊迫すると、クロスボウを背負ってフリーになった右手を思い切り引く。まさか。

 

 ズンッ!まるで鋼鉄にでもなったかのような奴の手刀が、オスカーの腹に突き刺さった。鎧など関係がないとばかりに、奴は彼の内臓を掴み上げる。

 

「ぐ、おおおおお!?」

 

 あまりの激痛に暴れるオスカーが叫ぶ。割って入ろうにも、もう遅かった。

 奴は掴み取った内臓を強引に千切ると、そのまま手を引き抜いてオスカーを弾き飛ばした。これは致命の一撃というよりも、内臓攻撃と言うべきか。

 貯めておいた火炎壺を取り出し、私達とチェスターの間に投げて牽制する。

 

「早くエストを!」

 

 激痛でもがくオスカーに私のエスト瓶を差し出せば、彼は幾分か冷静になったのか震える手でエスト瓶を掴みバイザー越しにエスト瓶を流し込んだ。それだけで、彼の傷は大分癒える……それなりに強化したはずのエスト瓶でさえも完治には至らない辺り、あの攻撃を喰らえば私では即死だ。

 奴は私達が体勢を立て直すのを待っていたらしく、腕を組んでこちらを眺めていた。その手は血と臓物で濡れている。

 

「なんだ奴は……!」

 

「私が斬り込むわ、見ていなさい!」

 

「待て! 危険だ!」

 

 オスカーの制止を無視して私は火炎壺の炎を気にもせず突っ込む。それを待っていたかのように、奴は両手を広げてこちらを嘲笑った。

 

 だが、お前の技は覚えた。慢心し切った貴様に人の可能性を見せてやる。

 

 薔薇を取り出そうとする奴の動きを見て、高速で姿勢を思い切り低くする。どうやら私の速さは奴にも通じるらしい、案の定薔薇は私の頭上を通り過ぎて控えのオスカーに斬り払われた。

 そのまま斧槍を脇に抱え、刺突を決め込む。横ステップで避けるのは、理解していた。それで良い。

 

「ふんっ!」

 

 刺突し、そのまま斧槍を薙ぎ、回転斬りを打ち込む。前進による運動エネルギーを伝えた一撃は、しかし奴にはそれなりに脅威だったらしい。ここでようやく私は初の傷を与えることができた。腕で防いだチェスターだが、黒騎士の斧槍を人間の腕如きで防ぐ事など出来るはずも無し。

 

「そのステップ、方向が限定されると弱いわね」

 

 防御を弾かれ崖際に追い込まれたチェスターは、内心焦っているはずだ。

 

 そのまま私は回転のエネルギーに乗って横薙ぎを敢行する。

 

「……!」

 

 待ってましたとばかりのチェスター。先程のようにカウンターをいれるべく薔薇を手にしたのを見た。

 

 それで良い。それを待っていた。

 

 胸と腕に薔薇が突き刺さり、体勢を崩す。それを見逃す奴ではない。

 

 仮面がより一層ニタリと笑ったような錯覚を覚える。奴は私に肉薄すると、先程の内臓攻撃を見舞うべく腕を振りかざした。

 

 

 足下に、私が転がした黒火炎壺がある事も知らずに。

 

 

「ッ!?」

 

 

 気がついた時にはもう遅い。火のついた黒火炎壺は爆散し、私とオスカーに爆風と破片効果でもって少なからず傷を与える。

 私はひたすらに痛みに耐え、爆発で弾き飛ばされそうになりながらも耐えるチェスターの胸を斧槍で突き刺す。やはりこいつは運動性に長けるせいで耐久力に難がある。一緒にされたくないが私と同じタイプだ。

 

 突き刺したまま強引に崖際まで突っ走り、落ちる一歩手前で急制動して止まる。すると奴だけがそのまま斧槍の切先から抜け落ちて崖から落ちそうになった。

 

「じゃあね、素晴らしい人殺し」

 

 オスカーのお返しと言わんばかりに回転蹴りを奴に見舞う。するとチェスターはそれを避けられずにモロに喰らい、崖から落下した。

 もがきながら落下する様は心地良い。私に喧嘩を売ればどうなるか、これで分かったはずだ。

 

 

━━Invader Banished━━

 

 

 私は突き刺さった黒火炎壺の破片を頭から引き抜きながら、崖下を眺める。どこまでも悪趣味でナルシストな奴だ。反吐が出る。

 

「……君は強いな。僕は、何もできなかった」

 

 後ろを見れば、奴の機動力に手も足も出なかったオスカーがしょげていた。私はため息混じりに彼の甲冑の胸に拳をぶつける。

 

「相性が悪かっただけよ。それに、私を守ってくれたじゃない」

 

「内臓を抜き取られたけどね」

 

「はん、内臓と一緒に根性まで抜き取られたわけ?あんたらしくないわよ、騎士様」

 

 これでも私なりに彼を気遣っているつもりだった。だって下手に同情などされたくないだろう?それこそプライドが傷付く。

 

「……ふふ、再会して少し変わってしまったかと思ったが。やはり君は、それくらい元気な方が君らしいよ」

 

「あら、口説いてるの?」

 

「い、いや、そういうのじゃ……」

 

 たじろぐオスカーを笑い、肩に手を置く。

 

「冗談よ」

 

 そう。もう遅いのだ。今更、私は引き返せない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴様……よくもまぁ……」

 

 一度補給のために素晴らしい人の下へ戻れば、奴は盛大に拗ねていた。私達に返り討ちにされた事が余程来ているらしい。

 

「話など、そんなものあるものかよ……」

 

 かなりプライドが高いのだろう。きっと今まで負け無しだったに違いない。あれだけお高く止まっていたチェスターは今では反抗期が来たガキのように捻くれてしまっていた。

 その態度に激昂しかけるオスカーを制すると、私はあからさまに小馬鹿に笑いながら言う。

 

「人様に喧嘩売ってきたのはあんたでしょ」

 

「貴様……まぁいい。取引だろう、すればいいさ……」

 

 この男、いけすかないナルシストだとばかり思っていたが。案外可愛いところがあるじゃないか。

 

 

 



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深淵の穴、狼

大変お待たせしました


 

 

 何度も語るが、ウーラシールとは光の魔術で栄えた亡国である。遂にヴィンハイムの黄衣の老人共が辿り着けなかった光の魔術、それを彼の国は数百、或いは千年も前に編み出し、伝える事なく散っていった。

 

 只唯一、一人の乙女を形見に残して。

 

 

 あの素晴らしいチェスターと取引を終え、再びウーラシール市街へとやって来た私達。

 それはとある建物、その壁に差し掛かったときの事。今にも深淵に飲まれ崩れ落ちそうなその石造の建物は、何の変哲もないものであるが。

 その付近にある、誰かが残したであろうメッセージが酷く気になった。それは時折目にする他世界からの特殊な蝋によるメッセージによく似ていて、最初はその類の物かと思ったのだが。

 

「……光、あれ」

 

 私は立ち止まり、思わずそのメッセージに書かれていた文言を読み上げた。たったそれだけの一文だったが、どうにもそれが気になる。

 オスカーも私につられるように立ち止まり、ふむ、と腕を組んでそのメッセージを見詰める。どうやら彼にも何か思う所があるようだ。それが何なのかは、彼が(ソウル)より取り出したものを見て私も知る所になるが。

 

 それは魔術が記されたスクロールだった。古い魔術、ウーラシールより齎されたもの。きっと彼やあのキノコの乳母が知る、宵闇という少女が伝えたのだろう。目の前の上級騎士はここに来て、魔術の伝導者となったわけだ。

 

「これが役に立つかもしれない」

 

 彼はそのスクロールを私に手渡す。受け取って広げてみれば、それは照らす光という使用者の頭上に光を掲げる単純な魔術だった。しかしなるほど、これはヴィンハイムの石頭共が分からないわけだ。この魔術は単純故に、高度過ぎる。故にあの老人共には分からぬだろう。講釈だけ垂れて魔術を振り翳す者共には。

 スクロールの内容を持ち前の記憶力を使って記憶する。大した内容では無いが、常人には思いつかないであろうその魔術はすんなりと覚えられるものだ。きっと理力が低いオスカーでさえ使いこなせるだろう。

 

 結晶の錫杖を取り出し、照らす光を脳内で詠唱する。すると私の頭上に小さな灯りが灯される。それはか弱く、しかし確かに闇を照らす光。

 太陽は未だ光り、しかしそれでもはっきりと見えるその魔術は影に隠れた壁を照らした。

 

 すると、どうだろう。

 

 まるで壁などなかったかのように。今まで目の前にあったはずの壁は消え去り、建物の中へと至る道が開かれる。

 外とは打って変わり、中は漆黒の闇。そして中からは人の気配が空気を伝わって肌にこびり着いてきた。それは人間性が齎す深淵。つまりはウーラシール市民の成れの果て。

 

 突如、中から闇が飛んで来る。それは闇術、深い人間性の塊。

 私達が咄嗟にローリングでそれを回避し、建物へと突入すれば住人達は熱い歓迎をしてくれるものだ。妖艶を思わせる魔術師が闇術を放ち、それ以外の市民達が各々攻撃してくる。

 急いで私は追尾するソウルの結晶塊を展開し、指揮をしている魔術師へと突撃する。まずは指揮官兼魔術師を潰し敵の戦力を減殺する。そうしなければ数で劣る私達の勝率が減ってしまうだろう。

 

 私の突撃に反応してきた市民達が魔術師へと至らせまいと道を阻む。だが伊達に結晶を操る魔術師ではないのだ、私は。即座に障害となる敵へと塊が向かえば、その結晶はあっさりと市民達を破裂させてみせた。

 高濃度のソウルの塊である結晶は、触れるだけで毒である。ましてや人間性によって暴走した化け物など。

 

「他は引きつける!」

 

 オスカーの声が背中に刺さる。彼は他の市民達を一手に引き受けてくれているようだ。ならば邪魔は最早ありはしない。私は魔術師へと肉薄すれば何かされる前に攻撃に移った。

 魔術師が杖を振おうとし、それを斧槍で弾く。何かを呟く魔術師は、しかし私の斧槍に両断された。如何に強い闇術を使おうとも所詮は魔術師でしかない。ならば斧槍で斬り捨てるのは簡単だ。

 背後を見ればオスカーも襲いかかる市民を全て撃退している。ふぅっと一息入れた後、私達はこの部屋を調べる事にした。

 

 

 

 それは、あの英雄の残滓。

 

 紛れも無く神々が産み出した宝具なるそのペンダントは、深淵に挑む英雄アルトリウスに贈られたものだった。私はそれを握り、胸に想いを馳せながら考える。

 部屋を一掃した私達は、そこに潜む宝の存在に気がついた。何事かと思いそれを拾い上げれば、あったのは銀のペンダント。闇を祓い、しかし主を護れなかった哀れな宝。あの英雄は闇へと堕ち、そして私達に殺された。

 

「これはアルトリウスの……」

 

 オスカーが横で呟けば、私はそれを手渡した。私に神の宝具は似合わない。これを持つのは、彼の英雄の魂を引き継げるような者でなければならないだろう。

 継承すべきもの、してはいけないものがある。その中で、あの英雄の身を顧みない献身的な姿は継承されるべきに違いなかった。そしてそれは、オスカーこそ相応しい。

 

 彼はそれを受け取れば、残留した(ソウル)を感じ取ったのか俯く。英雄に相応しい彼にしか分からぬこともある。そしてより闇に近い私にしか分からぬ事もある。それで良い。

 

「あんたが持っておくべきよ、それは。私じゃない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 闇術とは、より人間性の本質に近い魔術なのだろう。そして人のソウルとは、人間性とは、より実態に近付くものなのだ。

 信仰無くして生きられぬ神とは違い。人はそのまま、人であり続ける。例え忘れ去られようとも。消える事はない呪いなのだ。故に人の本質に近い闇術は、物理的な威力を持つのだろう。

 

 先に進んだ市街にて、私は闇術のスクロールを手に入れた。それは大切に、まるで封印されているが如く保管されており。ウーラシールの人々が闇に抱いていた感情を彷彿とさせる。

 

 まず一つは、闇の玉。深淵の狂気に飲まれたウーラシールの魔術師が闇の中に見出した闇術。一見すればただ小さな暗い玉を撃ち出すだけのちっぽけなものだが、一体どれ程の生命が深淵に打ち勝てるというのだろうか。故にこの玉は重く、そして沈む。

 もう一つは、闇の霧。人を蝕む暗い霧を発生させるその術は、毒によく似ているが。しかし本質は人の魂に近しいものだ。

 人とは人を蝕むものだ。例え同じ存在であろうとも、闇で闇を打ち消せはしない。ならばそれは、深淵とて同じ事だろう。故にこの霧は全てを蝕む。

 

 市街は下に行けば行くほどに暗くなる。増えていく異形に闇術を試す私の背後で、オスカーは拾った何かを地面に投げて遊んでいる。

 

「あのね、私ばかりに任せっきりにしないでほしいんだけれど」

 

 ハロー、と砕かれ呟く謎の木彫りの人面で遊ぶオスカーに私は苦言を呈する。

 

「仕方ないだろう、魔術師相手じゃ僕は良い的なんだから」

 

「だからといって遊ぶのはどうかと思うわよ」

 

 今度はいいね、と叫ぶ人面を投げるオスカー。こんな深淵に近い場所で遊ぶ彼の精神も中々にイカれている。いや、肝が据わっているのか。それにしたってその人面、なんか腹が立つな。

 

 しかしこのウーラシール市街には様々なものが落ちている。オスカーが遊んでいる人面然り、紋章の刻まれた鍵然り、闇術然り。魔術師であり呪術師であり、探索者である私からすれば興味深いものだが、その興味を打ち消すくらいにはここの闇の気配は凄まじい。

 そしてようやく、市街から地下深くへの道が開けそうな場所へとやってきた時のことだった。

 

 そこは広い、神殿のような場所だったのだろう。もしかすれば墓所かもしれない。入り口を守る大量の異形達をオスカーと葬り、中へと入れば奥には暗い道が続いていた。感じるのは、深い闇。きっとこの奥こそ、深淵に近しい何かなのだろう。

 

 だが、それ以上に。厄介かつ理解のできぬ何かが現れる。

 

 それは何かの肉塊。闇に溶け、混ざり合い、それでも形を持ってしまった哀れな異形の末路。

 鎖に繋がれ、しかしその鎖すらも引き千切り武器とし、頭部のような場所に生える鉄の塊は人を殺すことなど容易い。

 真にそれが何であるかなど分かるはずもない。分かりたくもない。ただ闇がそうさせたのだと(ソウル)が呟く。

 

 強敵と言っても差し支えはない。振われる鉄球は近寄る者を叩き潰し、生える鉄塊は目にした者を叩き斬る。魔術に耐性があるようで、結晶化した(ソウル)でさえも受け付けない強靭さは深淵の恐ろしさと奥深さを私達に教唆してみせた。

 しかしそれでも多勢に無勢。数十分もの戦いは、オスカーが叩きつけたクレイモアの一撃で終わりを迎える。

 

 一体何だと言うのだ、闇とは。深淵とは。

 

 こうも冒涜的な生命など生み出して、何様だというのだ。

 

 人の魂が闇に近いと言うのならば、一体人が持つ人間性とは何なのか。冒涜的かつ神秘的。故に白竜は人間性の先に古竜を求めたのだろう。

 人の持つ可能性が、いつか種族を超えて古竜へと到るその時まで。あの白竜は狂気の先に自らの世界を夢見た。けれど。きっと人間性は、竜にすら過ぎたものだったに違いない。

 

 

 

 深淵の穴。そう形容するのが相応しい。

 

 ウーラシール市街を経た先、不自然に設置されたエレベーターを降ればそこはある。

 光など届かない。上を見上げれば王家の庭の真下なのだろう、見知った割れ目から地表と光が見える。だがそれも意味をなさないほどに闇がこの場を支配している。

 まるで洞窟のようなその場所は、しかしただ暗いだけでは無いのだ。鬱蒼としているのは当たり前だが、それ以前に闇の気配が濃すぎる。まるでこの深淵の穴から闇が生まれでたかのような錯覚に陥る。

 

「悍しい……これが深淵だと言うのか……? 一体ウーラシールは何を暴いたのだ……」

 

 隣でオスカーが呟く。だが、闇などそんなものだろう。むしろよくもまぁこうしてわかりやすい形で深淵なんてものがあるものだと、少し呆れている。でもきっと光さえ届かないからこそ闇という意味と言葉ができたのだろう。

 

 ここに潜む敵は、今までとは大きく異なっている。今までならば闇に侵されたウーラシールの民が襲いかかってきた程度だったが。

 ここでは、闇そのもの。つまり人間性が私達を闇に引き摺り込まんと迫ってくるのだ。

 

 人間性。人の輪郭を持った説明ができぬ精霊のような黒い物体。質量はなく、しかし暖かいそれは不死である私達が自己を保存する上で無くてはならない物質だ。

 本来ならば目に見えた意志を持つことはなく、その大きさも手のひらサイズなのだが、どういうわけかここにいる人間性の大群は巨大だ。人か、それ以上のサイズを伴う大きさでユラユラと近づいて来ては闇に引き摺り込もうとする。

 攻撃らしい攻撃はしてこない。だが、触れれば内なる人間性が拒絶反応を起こして傷つくのだ。それが痛く無いわけがない。

 元は同じ人間性であり闇から生まれでた者だというのに、なぜこうまで反発し合う?まだ私の知らない何かがあるに違いない。

 

 それらを退け、時折見かける魔術師と市民を蹂躙しながら二人で進む。道中色々有益なものも落ちていた。闇術のスクロールがその最たる例だろう。

 

 その一つは、黒炎と呼ばれる闇術。

 スクロールに染み付いた(ソウル)を読み取れば、かつてここに迷い込んだ呪術師が闇の中で見出した闇術のようだ。呪術師は最期に、炎ではなく闇の中に故郷を見出したのだろうか。故にこの炎は重く、しかし温かい。

 

 もう一つは闇の飛沫。

 ウーラシールの魔術師が狂気の内に見出した深淵の魔術だ。試しに用いてみれば闇の玉を数発一気に打ち出す殺意に満ちた術だった。そしてやはりこちらも魔術らしからぬ質量を持った重い技。

 人とは、やはり闇に近づくほどに……否、人間性に近づくほどにその実態に近づくのだろう。忌々しいが、これは使えるはずだ。

 

「僕はそんな禍々しい魔術を使おうとは思わないが……ここを出たら、少し魔術を勉強してもいいかもな」

 

「あら、なら私が教えてあげるわよ。安くしておくわ」

 

「やっぱり(ソウル)は取るのか……」

 

 

 そんなやり取りも早々に、先へと進む。相も変わらず暗い場所だが、ふと何か光るものが見えた気がした。それを不審に思いながらも近付けば。それはなんと、大きな猫。

 その猫はブサかわいいとでも言えば良い表情で私達を見ると、大きく鳴く。一瞬敵の待ち伏せや術を疑ったが、特に何も起こらず、気がつけば猫も消えていた。もしかすると、あの猫は幻影だったのかもしれない。個人的にああいう猫は好みなのだが。モフモフしてやりたかった。

 

「何だったんだあの猫は?」

 

「さぁ。もしかすれば何かを伝えようとしていたのかもね」

 

 そんなメルヘンチックなことを言ってみる。化け猫というのは聞いたことがないが、あったらそれは素敵な事じゃないか。猫のいた痕跡を私は探る。やはり実態ではなかったようだ、(ソウル)の名残が濃すぎる。

 不意に、横から微かに何かが聞こえた気がした。気になってオスカーへと振り返れば、彼も何かを聞いていたらしい。だがあるのは岩壁だけだ。一体何だろうか今のは。

 

「……もしかして、隠し扉じゃないか?」

 

 そんな事をオスカーが言い出す。そういえばアノール・ロンドにもそんなものがあったが、果たしてウーラシールの深淵に飲まれた民が隠し扉を使うほど理性的だろうか。だが仮に隠し扉であったならば、彼らがそうでもして隠したい何かがあるという事だ。新しい闇術かもしれない。

 試しに斧槍の切先で岩壁を突いてみれば、秘匿は破られた。あの時のように壁は払われ、横穴が続いているではないか。これは大当たりだ。

 

 オスカーと顔を見合わし、警戒しながら横穴へと進んでいく。仮に待ち伏せにあったのなら一本道のここでは逃げるのが難しい。ウーラシールに着いてから死んでいないので、できれば死にたくはないし。

 

「あれは、犬?」

 

 光の魔法陣に囲まれた犬が、そこにはいた。

 

 何やら弱っているのだろう、酷く怯えた様子で身体を震わせているその犬は、かなり大きめだ。そしてその犬を囲うように、人間性共がいるではないか。どうやら犬を攻撃しようとしたが魔法陣に阻まれているらしい。だが、これではあの人間性が突破するのは時間の問題だろう。

 私とて人の心を持つ不死だ。ロードランで襲いかかってくる犬共には殺意しか湧かないが、あんな毛皮モフモフで瞳を潤わせているワンちゃんが襲われているのは心苦しい。私はやる気満々で斧槍を脇に構え、突撃する。

 

「まさか……あれが、相棒だと?」

 

 その私の背後で、オスカーは一人何かを呟いた後に加勢に入る。数は多いが、この程度の人間性など私たちの敵ではなかった。あっさりと一掃してやれば、わんちゃんは私達を怯えた様子で見てくぅーん、と可愛らしく鳴く……よく見たら、これ狼だ。

 わんちゃん改め狼は、敵が居なくなった事を確かめると大きく吠えだす。その足元には深淵に侵された盾が転がっていた……あの紋章は、アルトリウスのものだろうか。

 狼は吠えた後、転送の奇跡を用いてこの場を去ってしまった。せめて触らせて欲しかったのだが……貴重な癒しが。

 

 狼が去った後、オスカーが深淵に浸された盾を拾い上げる。

 

「やはり彼はアルトリウスの……」

 

「あんたが探していた相棒かしら。あれを殺して(ソウル)を奪うのは、なんていうか……罪深いわね」

 

 殺意マシマシの犬を殺すのとは訳が違う。私は乙女だからあんな可愛い狼に剣を振るえないだろう。

 だが、彼こそがオスカーが求めていた剣の魂の持ち主。この時代では未だ足りぬだろうが、きっと元の時代に戻れば異なるのだろう。故に彼は為さねばならない。あの狼を殺さなければならない。



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深淵の穴、その主

 

 

 

 

 

 

 

 父性とは、一体どんな感情なのだろうか。

 

 生まれながらにして捨て子であった私には父性を受け取る子の気持ちなど分からぬ。故に共感できぬ。例えこの身が不死で無く、子を成せた未来があろうとも私が抱くのは母性だけだ。真に理解はできぬのだろう。それで良い。

 深淵の底、遥か奥の暗闇で。最早人としての面影すらも残さぬほどに変貌した男は煌めく宵闇を眺めていた。

 恐ろしい形相とは打って変わって、しかしその赤い瞳はとても安らかだ。まるで眠りにつく子をあやす親のように、その人間性ですら清らかにも見える。

 

 不意に彼は大きな手のひらにちょこんと乗るペンダントを眺めた。それは最早割れ、可憐な少女に似合わぬ程に深淵に染まってしまっている。

 そのペンダントこそ、私が遠い未来で拾う事になる彼の宝物。いつか、どこかの過去でこの少女に渡した父としての贈り物。何の魔力も無い、だがそれで良い。辛い人生には、暖かい思い出が必要なのだから。これは彼が人間であった時の幸せな記憶そのもの。

 

 最早彼に、人らしい感情など残っていないに等しいだろう。それでも諦めきれぬのは、唯一残した娘への想いがあるからだ。如何に王となり、欲望のために暗い魂を求めようがそれだけは捨てきれなかった。

 

 だから、彼はこの先戦わなければならない。

 

 娘を奪おうとする人間達を殺すために。忌々しくも、自らが真に辿り着けなかった暗い魂を真に宿す者達を蹴散らすために。諦めさせるために。

 

 そうら、そんな事を思っている間にも奴らはやって来たじゃないか。何も知らず、ただ愚かな好奇に身を任せ、自らが正義と信じて疑わない者達が娘を奪うために。

 彼は唯一人の名残と言えるであろう大きな杖を手にすると、割れたペンダントをそっと娘の空いた手に握らせた。これで良い。こうすれば、彼女と自分は常に一緒にいられるのだから。きっと何があろうとも、自分は娘を守り切ることができる。

 

 深い、深い闇を感じる。未だ深い眠りの中にあり小さいが、きっとこの闇はいつしか強大なものとなる。

 真に火が陰り、闇が必要とされる時。その時こそ彼が感じる小さな闇は暗い魂を開花させるだろう。だが今ではない。

 

 深淵の主、マヌスは征く。一際大きな左腕を振り上げて、全てを飲み込む貪欲な闇に向けて伸ばす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深淵の穴の深く、濃霧はある。

 

 それは強者がいるという印。強大過ぎる(ソウル)は時空すらも歪め、濃霧を起こさせる。きっとこの深淵の主はこの先なのだろう、より一層深淵が濃くなった。

 魂が震える。人が持つのだというダークソウル、それが共鳴している。だがそれ以上に、簒奪者としての側面が強大な(ソウル)を欲している。人の業のなんと罪深いことか。こんな禍々しいものですら欲しがるとは。だが、それでこそ人の道なのだろう。

 

「この先に、あの子がいる」

 

 オスカーは息を飲むと自らを鼓舞するように言った。彼が助けるべき相手、ウーラシールの令嬢。面識も無い私には助ける義理は無いが、乗りかかった船だ。多少嫉妬しようとも不死である私が恋心などと馬鹿馬鹿しい。

 そう、切り捨てる。それが正しく無い事だとはわかってはいるのに。でもそうしなければ女というのは醜くなってしまうだろう?なら、それでいいじゃないか。

 

 濃霧を潜れば、そこは断崖絶壁だった。何も無い。何も見えない。ただ暗闇が広がるばかり。故に深淵。

 二人して周りを見回す。ここを飛び降りるのは勘弁してほしい。不死とて人と同じく高い所から落ちれば死ぬのだから、どうにかして迂回路が無いか調べる。

 

 その時だった。突然、何か強大な気配と共に轟音が響く。

 

 同時に目の前に、見覚えのある巨大な掌が崖下から這い出てきた。それは私達をこの過去に引き摺り込んだ者の手。

 その深淵に飲まれた手は私達を同時に掴むと勢い良く引き込む。やろうと思えばそのまま握り潰す事もできたはずだ。しかしそれをして来ないのは、きっとこの手の主も戦いを望んでいる。正々堂々と、自らの手で決着を着けようと望んでいる。

 

「ぐっ! このっ!」

 

 隣でオスカーがもがく。だがすぐに手はその力を緩め、私達を地面へと放り投げた。

 

 そこは、きっと何かの祭壇か墓所だったのだろう。墓跡のような何かが朽ち果て、最早意味を成していない。ただ暗闇が広がるだけの広い洞窟だ。

 

 私は軽快に転がり、そのまま受け身をとって立ち上がる。オスカーはその重身故にガシャガシャと音を発てて転げ回っていた。彼が体勢を立て直す中、私はずっと一点だけを注視していた。斧槍を取り出し、左手には黄金の残光。曲剣はあまり使って来なかったが、意外にパリィしやすいし出血を促しやすい。何が来ても殺す自信があった。

 

「早く立ちなさいな」

 

「く、面目無い」

 

 よろよろと立ち上がるオスカー。そしてそれは現れる。

 大きな角を頭に生やし。瞳のような赤い水晶体が散りばめられ。人の形をしているものの、その身体は深淵が如く暗い。そして何より、異常に肥大化した左腕は最早人にあらず。

 だが辛うじて、彼は人としての誇りを持つのだろうか。右手に握られた杖は大きいが彼が魔術師であった証なのだ。

 

 大きく咆哮した━━後の世に、深淵の主マヌスとして語り継がれるその異形は、すぐ様行動に移る。巨大な左腕をまるで鞭のように振り上げ、叩きつけてきたのだ。

 

 間一髪、私は横に転がって回避すれば、後ろのオスカーはいつのまにか装備していた深淵の大盾でそれを防いでみせた。

 

「こいつ……!」

 

 見た目に似合わず素早い。そのサイズは巨人に迫るが、マヌスはまるで小動物のように飛び回りながら私達を翻弄し始めた。

 横に回転し、勢いをつければ今度は杖を薙ぎ払う。回転しても飛べなければ避けきれないと判断し、私は横にあった墓跡を蹴り登る。墓跡が砕かれる瞬間、真上に飛んで杖の一撃を逃れるとマヌスに肉薄した。

 

 まずは斧槍の一撃。横に回転し、遠心力を乗せた一撃はデーモンですら怯む。しかしマヌスは怯まず、まるで羽虫を払うように左手を薙いだ。

 

「気をつけろ!」

 

 斧槍で防御し吹っ飛ぶ私にオスカーは言う。彼は入れ替わるようにクレイモアで刺突する。彼の膂力から齎される一撃は確かに届いた。左腕を抉られたマヌスは堪らず飛び退いてこちらを睨む。

 着地した私はまた突撃しようとしたが、不意に足下に何か光るものがある事に気がついた。

 

 サイン。協力者がいる事を示す救いの手。私はそれに触れる。

 

 

 

 オスカーは一人、マヌスと対峙する。

 

 今まで戦ってきたデーモンは基本、その膂力に任せた一撃を主として戦う者が多かった。牛頭にせよ山羊頭にせよ、基本は力任せに攻撃してくる。

 だが、目の前の異形は違う。その力と、明らかにこちらが回避できないような技を合わせて攻撃を行なっている。その巨体からは想像ができないような流れる攻撃。一見すると力任せ、だがオスカーには分かる。この敵は、戦い慣れしている。

 

 左右の長さの異なる腕を連続で振るい、最後は飛び上がって体重を乗せた叩きつけをしてくる。それを必死にローリングで回避し、避け切れぬ攻撃は盾で受ける。しかし所詮は深淵に侵された盾、少しずつその闇はオスカーの身体を蝕むだろう。

 

 そしてマヌスが一際大きく左腕を引いた。よろめくオスカーを叩き潰すための一撃を繰り出そうとする。そうなれば、スタミナが切れた彼には防ぎ切れない。

 

 だが。余程彼は神に愛されているのだろう。まぁ分かり易い英雄気質だ、かの主神も好んで扱いたいのだろうさ。

 突然背後から彼を追い抜き、攻撃直前のマヌスに斬り込んだ者がいる。

 

 それは狼。その牙でかつての主の剣を握りしめ、仇とばかりに斬り刻むのは灰色の狼、シフ。

 彼はその剣に刻まれた(ソウル)を読み取り、かつての剣技を再現している。回転し、時には斬り払いながら下がり、その動きでマヌスを翻弄している。

 

「あの時の狼……!」

 

「やっぱりあの毛皮は羨ましいわね……撫でたいわ」

 

 不意に隣に居た私がそんな事を呟く。召喚した直後に撫でたが、あれは良い。疲れた乙女にピッタリの癒しだった。

 

「流石はアルトリウスの友ね、勇猛果敢。それでいてかわいい」

 

「……まぁ確かにかわいいが。昔飼っていた犬の方が毛並みは良かったよ」

 

 と、戦闘中に彼らを放ってそんな事を言っているとマヌスに動きがあった。シフの素早さに翻弄されていた彼は堪らず下がり、杖を叩きつけたのだ。

 刹那、マヌスの真上に暗雲が立ち込める。するとそこから現れるのは闇の飛沫。まるで隕石のように地面へと打ち付けられるそれは、確実にシフを狙っていた。

 

「闇術……!」

 

 範囲こそ狭いが、威力は凄まじいのだろう。着弾した地面は抉れ、その脅威を物語る。シフは跳躍するとその効果範囲から逃れ、私の横に並んだ。

 

「飛び道具もあるのは厄介だぞ」

 

「深淵に潜む魔術師があれだけしか撃てないとは思えないわ。きっともっと闇術があるはず」

 

 ならば、やはり近接攻撃しかあるまい。魔術師が嫌うのは近付かれる事なのだから。二人と一匹で三方向から攻撃すれば奴とて判断に迷うはずだ。

 

 そうと決まれば、私たちはすぐに突撃した。正面はオスカーが。杖を持つ側面はシフが。そして背後は私が。

 一番手はオスカーだ。振り下ろされる杖を回避すると、彼は右腕を叩きつけるように切り裂いた。

 次にシフ。ガラ空きの右側面、その脇腹をすれ違うように斬りつければ暗い血が流れる。

 

 そして、私は奴の尻尾を斧槍で斬り落とす。腕と違って細めの尻尾は切り落とすには丁度良い。アルトリウスの動きを真似、跳躍しながら縦に回転すれば斧槍を叩き付けたのだ。

 

 苦痛の咆哮が響く。マヌスは片膝をついて項垂れた。

 

「オスカーッ!」

 

 私の声に呼応するようにオスカーは隙だらけの頭部へと剣を打ち付ける。神聖の種火により強化されたクレイモアは、最早神の武器と言っても差し支えない。

 無防備な頭部を切り裂かれたマヌスはそのまま仰反ると。

 

 

 

 杖を強引に地面へと打ち付けた。

 

 

 

「闇術!?」

 

 濃厚な深淵が杖から広がる。まるで霧のように広がったと思えば、背後から強烈な違和感を覚えた。背後を見れば、マヌスを中心に円形に広がった霧から、術者目掛けて闇の玉が放たれている。

 私達は闇術に完全に包囲されていた。

 

 シフは跳躍すると、背後から迫る闇術を回避する。私もマヌスの身体を足場にし、何とか跳躍して避けるのだが。

 鎧のせいで比較的鈍重なオスカーは避ける手段を持たない。彼は咄嗟に盾を構えているが、きっとあの盾では闇術は防げないだろう。

 

「うぉおおおおッ!」

 

 迫る闇術に驚き、成す術もないオスカーだったが。神は敬虔な信徒である彼を見捨てなかった。

 

 唐突に彼の身体。もっと言えば、胸元が光り闇術が打ち消されたのだ。

 それは、銀のペンダントの効果。深淵歩きに贈られた神の宝具。闇を祓い、光を齎したのだ。

 心なしかマヌスが驚いているようにも見える。自らの必殺の一撃が防がれたらそうもなろう。自らの術に自信があるから魔術師なのだから。

 

 そして、今の攻撃はもう見抜いた。次はもう跳躍する必要もない。銀のペンダントを持たぬ私でも切り抜けられる。

 

「シフを頼むわッ! あんたしか闇術を打ち消せないんだから!」

 

 着地と同時にマヌスの足を斬りつける。最早満身創痍のマヌスは、もがくように腕を振るうがそんなもの当たるはずもない。

 今度はこちらが機動力で翻弄する番だ。あえてマヌスの正面へと回り、膝をつくマヌスの胸を黄金の残光で切り裂く。するとズパッと暗い色の血が噴き出てマヌスは悶えた。

 

ウオォオオオオオオオッ!!!!!!

 

「声だけは一人前ね」

 

 膝へとよじ登り、左肩を斧槍で抉る。筋繊維を斬られダランと力を失ったマヌスの左腕。如何に異形であろうとも、元は人なのだ。ならば構造はあまり変わらない。これで近接攻撃は絞られた。

 着地する私を狩るように、マヌスは杖をこちらに向けた。放たれるのは闇の飛沫、その原型。ウーラシールの魔術師共とは桁違いの質量と数の闇の玉は、しかしあっさり横に避けられる。それでは終わらぬと、マヌスはまた闇術を行使した。

 

 先程の闇の霧がまた周囲に蔓延る。そして霧からは中心のマヌスに向かって闇の玉が放たれた。

 

「気をつけろ!」

 

 シフの傍で、オスカーは銀のペンダントを掲げながら叫んだ。もちろん彼らには闇の玉は当たらない。先程のようにかき消されるだけ。

 私はいっそマヌスの懐に潜り込み、スライディングをかました。マヌスは驚いたように顔を股下の私に向けていたが、容赦なく私はマヌスの両大腿部を黄金の残光と、斧槍から切り替えた暗銀の残滅で斬り裂いた。

 

 如何に巨体とはいえ、たかが知れている。そして迫る闇術は、術者を攻撃する事は無い。迫っていた闇の玉は、マヌスに緊迫すると消えてしまった。その真下にいた私に当たるはずもなし。

 

 叫ぶマヌスは、両脚から血を噴き出すと堪らず前のめりに転倒した。すかさず私は背中に乗り、その頸椎に(ソウル)から取り出した斧槍を突き立てる。

 

「私に(ソウル)を寄越せッ!」

 

 闘志と欲望を織り交ぜながら、マヌスに向けて言い放つ。すごい顔をしていたに違いない。だがそれが何だというのだ。

 頸椎を断ち切られても尚、マヌスは足掻く。巨体から飛び降りると、私達はその最期をただ眺めた。もう勝負は決していた。マヌスは杖すらも持たず、私達から逃げるように這いずっている。

 

おぉおおおお、おおおおおおお……!

 

 私達は確かに、その瞳から流れるものを見た。理性などないはずのそれは、しかし何かに突き動かされるようにどこかへ向けて這いずっているのだ。

 

 身体が(ソウル)へと霧散しかけているのに、それでも奴はずっと、這いずって何かに手を伸ばしている。

 その手の先にあるものを、オスカーは見て。

 

「宵闇……」

 

 闇に飲まれ、黒ずんだ腕の先。そこには彼が救うべき宵闇が倒れている。死んではいない。ただ丁重に、まるでお姫様を扱うように寝かされている。

 マヌスはそこに手を伸ばし、しかし届く事は無かった。彼の身体はついに霧と化し、最後にトドメを刺した私の中へと流れ込む。

 

 

 ━━娘よ。

 

 

 そんな、感じたこともない感情が魂に響いて震えた。震えて、しかしすぐに飲み込んだ。(ソウル)(ソウル)でしかない。最早息絶え、勝者の中に流れ込んだ一雫の顔料でしかないのだ。

 

 

━━Victory Achieved━━

 

 

 

 ぐっとそれを味わうと、私はいつものように無愛想で無表情を顔にしてオスカーに問う。

 

「さぁ。ここから先はあんたの仕事よ」

 

 宵闇の救出は彼の役目だ。ならばマヌスを滅ぼしたに関わらず、彼が救わねばならない。

 オスカーは頷き、歩いて宵闇の下へと向かう。その私の横で、シフの身体がゆっくりと消えていく。目的を達成した霊体は、役目を果たせば元の世界へと帰るのだ。

 

「ありがとね、助かったよ」

 

 消え行く彼の頭を撫でると、シフは嬉しそうに鳴いた。こういう時こそ、癒しが必要だ。私は儚い少女の父を殺したのだから。表面上なんと言おうが、実は傷ついているのだろう。

 

 オスカーは宵闇の頬を撫でると、帰還の骨片を取り出し彼女の手に握らせる。そしてそっと手を包み込み、脆い骨片を潰せば宵闇は転送されていく。きっとあの優しいキノコ人の下へ行くはずだ。

 

 オスカーはしばらくその場に佇んでいた。私としてはこの心地良い闇の中にいるのは構わないが、純粋な彼には毒となろう。

 

「さぁ、私たちも帰るわよ」

 

 だから、彼に声をかける。

 

「僕は、やはり無力だ」

 

 返ってきたのは、想定していない言葉。チェスターの時も聞いた彼の心だ。

 

「あの深淵の主に、僕は何もできなかった。きっと一人では倒せなかっただろう」

 

「それは私も同じよ」

 

「でも君は、それでも心を折らないだろう?不死院でデーモンと対峙していた時のように」

 

 君は強い、と若い上級騎士は言う。その情け無さに腹が立った。

 

「それで、どうするの?泣き言言ってるだけじゃどうにもならないわよ。はっきり言いなさいな。それじゃまるで……」

 

 祭祀場にいた心折れた騎士だ、と言おうとして、私は辞めた。違う。彼は最後の最後に立ち向かった。力が足りぬと分かっていながら深淵へと挑んで、死んで、亡者になった。それと今の彼を比べるのは、あいつに失礼だ。

 

「もっと、力が必要だ」

 

 弱々しい上級騎士はそう呟くと、帰還の骨片を砕く。そうすればもう、言葉は届かない。ただ転送され、消えてしまう。

 一人残された私は、そんな光景に辟易していた。素直じゃない。それは私も同じ事だが。行き過ぎた貪欲さは身を滅ぼすと、マヌスに教わったはずだろう。

 

「……男ってのはどうしてこうも」

 

 悪態を吐くと私も骨片を砕く。後に残るは静寂と、深淵だけ。主を殺しても止まらぬ闇は、その後ウーラシールを飲み込み、黒い森の庭として残る事となった。

 

 




戦闘はなるべくあっさり
じゃないとダクソ2まで行けない……


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ウーラシール、その後

 

 

 

 彼はただ、自らの無力を噛み締めていた。

 

 ウーラシールの市街にて侵入された時、彼は手も足も出なかった。鎧ごと内臓を引き抜かれ、無様に転げ回っていただけだった。一人ではあのまま殺されて侵入者に(ソウル)を奪われていただろう。

 闇の穴で、あの深淵の主と対峙した時。彼はその素早さと闇術に翻弄されるだけだった。彼一人では何度も何度も死ななくては攻略すらもできなかったはずだ。

 

 どれもこれも、あの少女がいなければ成し遂げられなかった。不死教会の屋上で別れて以後、一人で旅をし多少は強くなったのだと自惚れていた。

 だがそんな事はなかったのだ。少しは強くなった気でいただけだ。彼女の言うように、彼は世間知らず。井の中の蛙だったのだ。優しいあの子に助けられ、彼はすんなり進めていただけだ。

 

 

 だからこそ、彼は真に強くならなくてはならない。

 

 求めるは絶対的な力。人知を超えた英雄の力。

 

 

 目の前で血を流し、浅く息をする大狼を一瞥する。助け助けられ還すは仇。力を求め過ぎた先にあるは破滅であると神々は遺しているというのに。それでも力を欲するのは人の罪。

 灰色の大狼シフは、若き不死の騎士に敗れ去ったのだ。懐かしみ、だが感傷を覚える暇も無く振るわれた剣に応じ。しかしやはり不死の上級騎士は客観的に見ても強者である。自らはそうではないと断固拒否するも、しかし剣技は聖職者の少女が認める通り。

 

 故に大狼は負ける他無い。だって彼は、ただ主の遺志を継承するだけなのだから。それが本来の役目なのだから。

 

 

「笑わないでくださいね」

 

 困ったように、しかし確かめるように救った少女は水面で語る。

 

「その昔、故郷のウーラシールで深淵の化物に襲われた時、高名な騎士であるアルトリウス様に救っていただいたのですが……」

 

 それを上級騎士はただ黙って聞いていた。バイザーの下に苦悶の表情を浮かべて。

 

「お恥ずかしい話、私は意識を失っていて……あまり記憶は無いのですが」

 

 自嘲気味に笑う彼女は言う。

 

「その、その時のアルトリウス様の、御気配というか、そういったものが……貴方によく似ていたと思います」

 

 恩着せがましくそれは自分だと告げる事などしない。彼は礼が欲しくて、もっと言えば彼女の寵愛が欲しくて救ったのではないのだから。

 それ以上に、自らはほとんど何もできなかった弱者なのだから。

 

「いえ、だから、もしやあの時も貴方が……」

 

「そんなはずはない」

 

 だから明確に拒絶する。彼女の淡い期待を打ち砕いた。

 

「……そう、ですよね。だってもう、何百年も前の話なんですもの」

 

 それで良い。真に称賛されるのは、あの聖職者でぶっきらぼうな彼女の方だ。

 

 

 

 そうして、オスカーは一人不死教区の祭壇にて太陽を眺める。その背に負うのは彼の新しい得物、アルトリウスの聖剣。

 光を追い求める彼は、結局深淵に飲まれた真の英雄の(ソウル)を使う事は無かった。英雄が深淵に飲まれてしまった事を後世に語り継ぐなど、あまりにも無情すぎる。だからあの聖職者の少女に渡してしまった。

 今背にするのは、灰色の大狼が語り継いだ偽りの剣。だがそれで良いではないか。主人を憐れみ、決してその遺志を無駄にはさせまいとあの大狼は努力したのだから。またそれは、偽りの強さを持つオスカーにこそ相応しいのかもしれない。

 

 太陽は全てを見通している。自らの浅ましさも、醜さも。アノール・ロンドではなくこの太陽の祭壇に来たのも、もしかしたら当然の事だったのかも知れない。

 

「太陽は、本当に眩しいなぁ……」

 

 そんな事を考えていたから、先客にも気が付かなった。唐突に聞き覚えのある声がして、オスカーは驚いて隣を見据える。アノール・ロンドにもいた、太陽の騎士がそこにはいた。

 

「ソラール殿!」

 

 オスカーが彼の名を呼べば、同じように驚くソラール。

 

「……! あ、ああ、貴公か。すまない、少し考え事をしていてな。どうにもうまくいかんのだ」

 

 似た者同士集まったのかも知れない。彼もまた悩める子羊なのだろう。その証拠に、いつもの底抜けた明るさを感じられない。無理に笑い、そういった雰囲気を作り出している。

 

「僕もです。……どうしてこうも、望んでいた通りにならないのでしょうね」

 

 しばし二人で眩しい太陽を見詰める。いつだって太陽はそこにあり、彼らを照らしていると言うのに。答えには自ら辿り着かねばならない。まさにそれは人生の縮図。この二人は、その良い見本。

 不意にソラールは口を開いた。それは独白に近いものだが。この荒んだロードランでは、誰かに依存しなければまともでいられない。だから他世界から白霊なんてものを呼び寄せる。自分がまだまともな人間であるのだと証明してもらうために。

 

「アノール・ロンドでも、日陰の病み村でも、俺の太陽は見つからなかった」

 

 それは太陽を愛す男のトラジェディー。

 

「後は、廃都イザリスか、それとも死の王の墓場か……そんな所に俺の太陽はあるんだろうか」

 

 疲れ果てたように言う彼が想像するのは、目の前にある砕かれた祭壇、それに設けられた石像の足の主。それは太陽の長子のものだと言うのがオスカーの所見だ。明確な記録や物語は無いが、太陽の長子はその愚かさ故に神の都を追放されたのだという。

 詰まる所、ソラールが信仰するのは最初の火よりソウルを見出した大王グウィンでは無い。その息子、戦神である太陽の長子なのだ。

 

「もちろん諦めたわけじゃない。俺はこのために不死にすらなったんだ」

 

 だが。だがなぁ。主張とは裏腹に、彼は弱々しく言う。

 

「あの空に太陽を見ると、思う事があるんだ。実は俺が、皆が笑って囃すように……目玉が見えない、とんでもない愚か者なんじゃあないかってな」

 

 だとしたら、酷く滑稽な事だなぁ、と。彼は自嘲気味に笑う。そんなことはないと、オスカーは言えなかった。彼もまた同じく、自分に疑いを抱く愚か者なのだ。あの子のように強くは無いのだ。

 

「僕も、似た様なものだ」

 

 近場のベンチに座り込み、オスカーは言う。

 

「強くなったのだと、錯覚していた。だが違うんだ。僕は彼女に依存していただけだ。足を引っ張っていただけだ。僕は弱い。何もできない」

 

 そんな同郷の青年を、ソラールはただ見詰める。そして、何とかしてやれないかと御人好しのアストラ魂が疼いている。自分だって人に何かしてやれるほど逞しくも無いはずなのに。

 

 いや。あるではないか。無力だと嘆く者達が、寄り添い力を分け与え合う方法が。

 

「貴公、太陽の戦士にならないか?」

 

 それは暗闇に差す一筋の光。その提案は、若い騎士の顔をあげるくらいには興味を持たせた。

 

「神と太陽の名の下に仲間を守り、剣を振るう、光の戦士だ」

 

 そう言ってソラールは太陽のメダルを取り出す。それはいつしか聖職者の少女に、そして最下層でオスカーに渡した記念品。

 

「無論貴公が望めばだが……太陽の戦士は皆、互いに足りないものを補っている。ならば貴公、強さを求めるならば、一先ず頑固にならずに共に手を取り合って戦うのも手なのではないだろうか」

 

 最初こそ、一人の絶対的な力を求めていた彼だったが。だがそれも悪くないと思った。もしかすれば、太陽の戦士から学べる事もあるやもしれない。

 だからオスカーは何となく、その手をメダルごと取ったのだ。すればバケツ兜の下でソラールが微笑む。

 

「おお、そうか! やはりそうだろう! ちょっと待ってくれ、今誓約を……」

 

 実際の所、本当にオスカーが学べる事があるかは怪しい。そもそも太陽の戦士は数が少ない。

 だが、今はまだそれで良い。彼は後に知ることになる。自らが手にした力と、その暖かさ。それは確かに彼の救いとなり、そして目の前の戦士の太陽となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴様……飽きもせずにまた来たのか」

 

 気取ったポーズで岩に寄りかかりマスクの下から素晴らしい人が私を睨む。私は特に何も思わず、いいから草出せと脅すように取引を持ちかけた。

 

「どうやら深淵を狩り取ったようだな……ふん、殊勝なことだ」

 

 革袋からゴソゴソと緑化草を取り出しながらチェスターが皮肉る。うっさいわね、と前置きして私は言った。

 

「あんたが邪魔しなければもっと早く片付いてたわよ」

 

「そうかい。そういやあの騎士はどうした?大方深淵に飲まれて死んだのか?」

 

 悪っぽく笑いながら、しかしその実少しはオスカーを気にかけているらしいチェスターが質問する。かなり不器用な奴らしい。それとも相当悲惨な場所で生きてきたのか。

 

「不貞腐れて先に帰ったわ。もうこの時代に私達を縛るものは無いんだし、あんたももう帰れるんじゃないの?」

 

 そう尋ねれば、彼はふんっと鼻で笑う。その声には多少の自虐が含まれているように感じられた。

 

「無理さ。あまりにも遠過ぎる未来だ。それに今更戻りたいとも思えん」

 

「どんなとこから来たのよあんた……まぁいいわ」

 

 多少の(ソウル)と引き換えにチェスターと取引すれば、彼は手に入れた(ソウル)を何やら変質させて自らに取り込んだ。どうにも純粋に(ソウル)の業とはいえないようだ。時代によって異なるのか。

 そして私の去り際に、ああそうだ、と彼は思い出した様に言う。

 

「お前、黒竜を見たか?」

 

「はい?」

 

 なんだ見てないのか、と謎のマウントを取る彼は、丁度来たぞと空を指差す。眩しい太陽を手で遮りながら言われるがままに空を見上げればそれはやって来た。

 文字通り、黒い竜。遠くてディテールは分からないが、橋にいた飛竜とは比べ物にならない程の(ソウル)を内包したそれは優雅に、そして自由に飛んでいた。

 古の時代、神々と敵対していた古竜。その生き残り……と言うよりは、この時代はまだ普通に竜がいたのだろう。それは我が物顔で空を飛べば、まるでその健在さを見せつけるように空中に炎を吐いていた。その炎もまた黒いこと。

 

「神々ですら逃した黒竜らしいぞ。そぅら、臓物が大好きな貴様ならば唆られるんじゃないか?」

 

 くつくつと笑いながらチェスターは言う。こいつに言われるのは癪だが、確かにあの(ソウル)は強大で、故に人は欲してしまうのだろう。私もあれが欲しい。そして糧にしたい。

 

「小川の先、枯れた滝がある。奴はそこにちょいちょい降りてくるみたいだぜ」

 

 精々頑張るんだな、と嫌味ったらしく言う彼を無視して私は小川へと降りる。見たからには挑まねば。いつからか私も(ソウル)を愛する不死になってしまっているようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 言われるがままに小川を進み、枯れた滝を御丁寧に設置された梯子で降りれば干上がった川に出た。最早水のないそこは谷底と言ってもいい。所々に死体と(ソウル)が落ちているのを見るに、どうやらここはあの黒竜の寝床か何かのようだ。谷底とは言えこんな目立つ場所にいるとは、神々は随分と舐められているのだろう。

 黒竜はいない。それもそうだ、さっき空を飛び回っていたのだから。

 一先ず落ちている死体や(ソウル)を漁る。出てくる出てくるアイテムの山。ここはさながら宝物庫だ。う〜む、英雄規模の(ソウル)も落ちていると言うことは、少なくともそういった輩が敗れたという事に他ならない。少しは注意しなければ。

 

 そんな事を考えていると。

 

 突然、谷底の奥から咆哮が響いた。あの黒竜だ。

 

 斧槍を構えて黒竜を待ち受ける。深淵の主を倒したのだ、今更竜が何だと言うのだ。

 

 

 慢心。私らしいといえば私らしいのだろうか。負けるはずないと、いや死んでもやり直せると楽観視して。

 

 

「いやそれ卑怯でしょぉおおおお!!!!!!」

 

 

 遠くから飛んで来て、そして谷底一面に黒い炎を吐き捨てる黒竜に何もできずに死んだ。ちなみに亡者状態になった私を見てチェスターは指を差して笑ったので、糞団子を投げてやった。

 



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ウーラシール、黒竜カラミット

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「ハッハハハハハッ! お前という奴は、どこまで愉快になれば気が済むのだ! ハッハハハハ!」

 

 ウーラシールの裏庭に男の高笑いが響く。マスクに刻まれた表情通りの軽快な笑いは、その男の言葉も相まって私を酷く苛立たせた。

 亡者顔の私はプルプルと震えて血管を浮き上がらせるも何とか理性を保って怒りを抑える。ここで斧槍を振り上げるのは簡単だが、そんなものに意味は無い。今欲しいのは情報だ。

 

 無謀にも空飛ぶ黒竜に挑み焼き殺された私は、その後何度も再戦したのだが。悲しいかな、あの黒竜は自分の武器をよく知っている。飛んでいれば人間如きでは手も足も出ない。

 死んで落とした(ソウル)は回収できたので問題は無かったが、ただでさえ限りのある人間性がこれ以上消費されるのは避けたい。

 故に、私は目の前で自分を嘲笑う……と言うよりも指を差して大爆笑する男に聞かねばならない。

 

「もう笑うのは良いから。あの黒竜をどうにか地べたに落とせないかしら」

 

 疲れたように尋ねれば、素晴らしい男はスッと笑いをやめて考え出す。その仕草がまぁ態とらしい。

 

「そうさなぁ……無い事もないが。情報には対価が無ければなぁ」

 

 言うと思った。守銭奴め、そんなに欲しければくれてやる。私は(ソウル)から先程谷底で拾った英雄のソウルを取り出して差し出す。本当なら能力の強化に使用したかったが、仕方あるまい。

 チェスターは有り難くそれを手にすれば、気味悪く笑ってソウルを握り潰し、彼独自の何かに変換してみせた。握り潰した時、本来ありもしないはずの血が滲み出したのはどういう事だろうか。

 

「お前、鷹の目は知っているだろう?」

 

「四騎士の?」

 

 鷹の目ゴー。それはアノール・ロンドの四騎士の一人。四騎士の中で唯一の巨人であり、弓の神とも比喩される伝承だ。彼はその腕を見込まれ、巨人でありながら大王グウィンの騎士となった。だが悲しいかな、蛮族として有名な巨人を信仰する人は少なかったのだろう、今では碌な記録が残っていない。

 そうさ、とチェスターは言ってからアルトリウスと戦った闘技場を指差す。

 

「あの闘技場に鍵が掛かった塔があっただろう? 奴は今、あそこに閉じ込められている」

 

「閉じ込められてる?」

 

 くつくつと笑うチェスターは、

 

「愚かなものさ。ちっぽけな誇りのために味方を閉じ込めるなどと。人も神も変わらぬな」

 

 と見えぬ何かを嘲笑う。そういうものだろう、感情などというものは。

 

「今も弓を握れるかは知らんが……まぁ、もうそろそろその姿にも見飽きた頃合いだ。奴に助力を求めるのも良いだろうな。クックック……」

 

 いけすかない男だが、情報は情報だ。もし仮にあの塔に鷹の目がいるのであれば……それは強力な助けになるはずだ。神も竜は好きではないはずだから。故に竜狩りを行っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 市街で拾った鍵はここの塔のものだったらしい。

 

 近場の篝火で生者へと戻り、闘技場の封じられた扉を開ける。長い螺旋階段を登れば、闘技場の外壁の頂上へと辿り着いた。

 深淵にさえ呑まれていなければこの風景ももっと良かったのだろう。陽は森を照らし、しかしその奥底からは抑えようもない闇が溢れているのだから。

 この国の未来は変えようもない。私達が知るように、そのうち暗い森と化すだろう。だがそれは自業自得。深淵に魅入られ利用しようとしたあの姫君の父の業だ。

 

 さて、鷹の目がいるであろう塔の扉を開ける。すると、開ける前から何かが聞こえてくる。

 シャリシャリと、何かを削る音。それはいつしか外の世界で見た家具職人が気を削る際に奏る音にそっくりだ。

 

 しかし一体どうやって巨人をこの塔に幽閉できたのだろう。どう考えても巨人が通れる広さはない。

 そんな事を考え、扉を潜り梯子を登ればそれはいる。

 

「……ほう、訪問者とは珍しい事もあるものだ」

 

 それは物静かに、振り返る事もせず語った。

 大きな身体は巨人の現れ。しかしその手には弓はなく、代わりに木材と小ぶりなナイフが握られている。何かを掘っているようだ。

 周辺には彼が掘ったであろう何かと、そして得物の大弓が放置されていた。仮面は既に誰かの手により目の部分を塞がれており、それが巨人を妬む者達がしたであろうことは想像に難くない。

 

「貴方が、鷹の目ゴー?」

 

 生者らしい、少しハスキーな地声が彼の耳に入れば、ゴーはほぅ、と何かに納得したように言う。

 

「もしやアルトリウスを解放してくれた御仁かな?」

 

 その言葉から教養を感じる。巨人とは、その大きさに反比例して愚鈍であるというのが常だ。職人としては右に出る者はいないが、しかし碌な言葉も話せない愚か者であると。

 けれど目の前の巨人は高い知能を持った特異例なのだろう。故にグウィンは彼を騎士として迎え入れた。

 

「どうかしら。殺す事と解放する事、それは同一で無いように思えるけれど」

 

 皮肉混じりに答えれば、彼は静かに笑う。

 

「フフフ……それでもだ。闇にずっと囚われるよりは良かろうて。古い友の誇りを守ってくれた事、礼を言わねばなるまい。貴公に感謝する」

 

 物静かな隠居人。それが彼に抱いた印象だった。しかしその鍛え抜かれた身体はいつでも敵となるものを叩き潰せるのだと物語っている。敵に回さない方が良いだろう。きっとセンの古城にいた巨人などとは比べ物にならないはずだ。

 

「そう。有り難く御礼を受け取るわ」

 

「だが……私は最早物も見えず、隠居の身。残念ながら役立たずであろうが……出来ることは、これをくれてやるくらいだ」

 

 そう言って鷹の目ゴーは積み上げられた木彫りの何かを指差す。よく見ればそれはウーラシール市街でオスカーが拾っていた人面だ。

 現代アートのような表情のその人面は、しかし豊かな貌をしている。こんにちわ、ありがとう、助けてくれ。彼が何を思ってこれを掘ったのかは知らないが。

 

 ふと、その時だった。遠くであの忌々しい黒竜が飛ぶのを目にする。相も変わらず自由に飛ぶものだ。しかし……鷹の目が物を見えないと言うのであれば、どうしたものか。撃ち落としてくれる事を期待したのだが。

 目の見えぬ鷹の目の耳に黒竜の鳴き声が入ったのだろう。彼もまた、黒竜の方へ首を向けた。

 

「ふぅむ……今日は一段と活発だな」

 

「本当、忌々しいわ」

 

 何度殺された事か。焼き殺された時の痛みをまだ覚えている。それで心折れるほどヤワじゃないが。

 

「……貴公、もしやあの黒竜に難儀しているのではないか?」

 

 不意に、ゴーが私の言葉に苛つきを感じたのか質問してくる。

 

「……そうね。何度も痛い目に遭わされているわ」

 

「うむ、やはりそうか」

 

 鷹の目は飛び去る黒竜を指差せば、言う。

 

「あれの名はカラミット。かつてアノール・ロンドですら見逃した恐ろしい竜だ」

 

「身をもって思い知ったわ」

 

「人の身で挑むとは……計り知れる物ではないが……」

 

 ふむ、と言って彼は一度自らの大弓を眺めた。目には見えぬも、しかしそれはそこにある。

 

「だが貴公、諦めるつもりはないのだろう?」

 

 その問いに、当たり前と即答した。やられっぱなしは性に合わない。それにあの強大な(ソウル)は欲しくてたまらないのだから、仕方のないことだ。心が折れるまで挑んでやろう。

 私の意気込みに、しかし彼は感心したように笑った。

 

「……ふはは。よい、よい。だがそれを確かに勇と言うのだろう、気に入った」

 

 言うや否や、彼は立ち上がった。やはり巨人は大きい。太陽を遮る彼は覚束ない足取りで大弓まで歩けば、それを手に取る。

 

「アルトリウスの礼もある。貴公に、ゴーの竜狩りを見せてやろう」

 

「大丈夫なの?」

 

 置かれている矢を手探りで取る彼に投げかける。だが不思議と不安は無かった。彼ならばやってくれるという安心感があるのだ。

 彼は笑い、むぅううん、と大きく弓を引く。人なら引く事もできぬほどに強大な弓は、ギリギリと音を発ててその時を待つ。あぁ、これが神の時代。なんと勇しく、恐ろしいものか。

 しかしそんな者達も恐れた人間性とは、闇とは、一体何なのだ。

 

 黒竜がまたやってくる。知りもしないだろう。外敵も居らず、まさか自分が狩られる対象であるなどと、思ってもいないだろう。

 慢心は身を滅ぼす。久しぶりにその事を思い出させてくれたあの竜は、身を以て知ることになる。

 

「おあああッ!!!!!!」

 

 ゴーの雄叫びが響き、次の瞬間。矢が放たれた。矢とは思えぬ轟音を響かせ、寸分違わずあの黒龍へと飛んでいく。それは正しく鷹の目。目が見えずとも、それが何だと言うのか。彼はただ心眼で狙うだけ。

 そして太矢は竜の翼を折る。翼を射抜かれ痛みと驚愕で驚く黒竜は、そのまま姿勢を保てず地に落ちていく。

 

 私はその光景に唖然としていた。正直当てにはしていなかった。ちょっと有利になれば、それくらいにしか思っていなかったのだ。

 だが彼はその名に相応しい竜狩りを見せてくれた。確かな手応えを感じ、少し興奮気味な鷹の目は振り返れば、グッと拳を握り喜ぶ。

 

「ふはっ、見たか! 見事命中だ!」

 

 だがその興奮もすぐに冷め、ゆっくりと弓を置けば、彼はまた座り込んでナイフと木彫りの人面を手にする。

 

「いかにあれとて暫くは飛べぬだろう。あとは貴公の武勇次第、良い知らせを待っておるぞ」

 

 そう言うと彼は人面を彫り出す。最早この巨人の役目は終わったのだと、その静けさは物語っていた。

 私は頷き、ようやく掴んだ一筋の光を逃すまいと走り出す。そんな私を見送るように、彼は呟いた。

 

「竜に挑むは、騎士の誉よな……フフ……」

 

 竜狩りの気持ちが少しは分かったかもしれない。狩人は獲物が居てこそ狩人なのだ。神々は古竜を嫌ったかもしれないが、騎士達は違ったのだろう。

 それは確かに、自分達の存在する理由だったのだから。

 

 

 

 

 

 

 翼を穿たれた黒い竜は、怒りに満ちていた。

 

 彼は痛む翼から矢を抜き取ろうとするも、返しのついた矢は抜こうとするほどに傷を付ける。だがそれでも、自らを狩ろうとする神々の軍勢がいるのだからそうも言っていられない。

 赤く光る単眼に涙が溜まる。どうして自分がこんな目に。火の無い時代であったならばこの身体が傷つくことなど無かったのに。どれもこれも、あの王達と裏切り者の白竜が悪い。

 

 強引に矢を引き抜けば、そこから暗い血が噴き出る。おかしいな、血を流すのは久しぶりだったがこんなにもドス黒いものだったか。最近は無謀にも挑んでくる人間共を食していたからそれが影響しているのかもしれない。

 

 そういえば、あの何度も挑んでは自慢の炎に焼き殺されていた小娘が来なくなった。久しぶりの挑戦者だから少し心を躍らせていたが、きっと死に過ぎて心が折れたに違いない。ならば今は、自身の翼を穿った神の軍勢から姿を隠さなければ。ここは何やら良からぬものがあるから、神の軍勢もおいそれと手を出せなかったのに……

 

 

 不意に、それは現れた。

 

 

 灰のような髪。黒ずんだショールを羽織り、手にするは背丈に似合わぬ斧槍と短刀。

 それは深淵の主すら屠った不死の乙女。だがカラミットは知らぬ。その乙女を単なる人間としか思っていない。だからこそ、彼は慢心したのだろう。

 狩る者とは、時に狩られる者であると忘れているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 黒竜は大きく咆哮すると赤い単眼をこちらに向けた。

 鷹の目が穿った翼を見れば分かる、あれでは長くは飛べまい。少なくとも前のように一方的に飛んで炎を撒き散らされる事は無いはずだ。あの炎は、自らも蝕む暗い炎。で、あるならば懐に潜り込むのは弱い人としての闘い方。

 私は一気に走り、こちらに向け炎を伸ばそうとしている黒竜の足元に入り込んだ。そしてすれ違いざまに黄金の残光で足を斬りつける。

 

 カラミットは炎を吐き終えると、背後に回り込んだ私に振り返った。鬱陶しいと言うような視線と共に尻尾が振り上がる。その様はまるで虫を振り払う人間が如く。

 轟音と共に尻尾が地面に振り下ろされれば、しかし私には当たるはずもない。慢心しきり、空を飛びすぎて振り方を忘れかけた鈍重な尻尾など。お返しとばかりに斧槍の縦切りを尻尾の根元目掛けて振るう。

 

 黒竜の咆哮は、最早悲鳴とでも言えば良いか。

 

 光る楔石という規格外の素材により鍛え上げられた神々の兵士の斧槍。それは最早、断ち切れぬ物など無い。故に大木のような尻尾でさえも容易に断ち切ってみせたのだ。

 

 あの時の白竜のように、やはり古竜の身体は武器となり得る神秘を帯びている。千切れた尻尾はしばらくのたうち回ると大剣へと形を変えた。

 

 痛みに震える黒竜は、やはり私を睨んでいる。そして徐ろに後ろ足で立ち上がってみせた。

 

 最初は炎が来るのかと身構えたが。繰り出されたのは赤い瞳の呪い。その瞳に魅入られた私の身体が宙を浮けば、私の魂に呪いをかけてみせたのだ。

 黒竜カラミットが災厄と言われる所以。それはこの呪いにある。相手の存在を歪ませ、物理すらも歪めるそれは受けた傷を増大させるのだ。

 

「このッ……」

 

 だがそんなもの何も問題にはならない。重武装の騎士ならばいざ知らず、私は機動力に特化した存在。ならば当たらなければどうと言うことは無いのだから。

 

 宙に浮かされた私はそのまま近づいてきた黒竜の頭に斧槍の刃先の返しを引っ掛け、そのまま引っ張る。すると私の軽い身体は容易く空中で跳躍し、黒竜の後頭部に乗っかった。鉤爪でもあればもっと楽にできたかもしれないが。

 

 黒竜が驚いたように咆哮をあげた。暴れる前に、私は黄金の残光をその皮膚に突き立てる。突き刺しには特化していないその曲剣は肉に達したところで止まってしまったが、それで良い。

 

 滑り台のような背を、曲剣を突き立てながら駆け降りる。するとどうだろう。黒竜の背中がばっくりと裂かれるのだ。曲剣に引き裂かれた皮膚からは黒い血が噴き出て堪らず黒竜は地に伏した。

 

 着地した私は、素早く黄金の残光を背負うと斧槍を両手で構える。運よく仰反る形で倒れた黒竜の頭が、背後の私の目の前にあるのだ。

 

「散々馬鹿にした罰よ」

 

 斧槍を脇に構え、突進する。黒竜に余力は最早残されていない。ぐでっと力なく倒れたその頭に、斧槍の刃がまるごと突き刺さった。

 

 鼓膜が破れるかと思う程の断末魔。それに屈せず斧槍を捻り、更なる致命傷を与える。

 竜の脳というものがどういう構造になっているかは知らぬが、それでも斧槍の刃がまるごと頭蓋に突き刺さっているのだ。その激痛は想像を絶するものだろう。

 

 強引に斧槍を引き抜き、痛みでのたうち回る黒竜からローリングで距離を取る。

 黒竜は暴れ回り、痛みをかき消すように空へと炎を吐き捨てた。吐き捨てて、そのまま事切れて地面へと倒れ込むのだ。

 

 如何に生命力に長けようとも頭蓋をかち割られれば死ぬ。それは生き物であるならば当然の事。

 故に黒竜は(ソウル)へと霧散する。簒奪者、この私に取り込まれるために。これこそ理想的な人の竜狩り。アノール・ロンドでさえ見逃してしまった凶暴な黒竜は、鷹の目と一人の乙女により完全に鏖殺されたのだ。

 

 

━━Victory Achieved━━

 

 

 完全にカラミットの亡骸が消え去れば、私に掛けられていた呪いが解かれる。私は大きく息を吐き出すと、その場に座り込んだ。

 

「はぁ〜……ようやくね」

 

 格好良い事を羅列して見せたが、ようやく心がスカッとした。あれだけおちょくるように人を焼き殺していた奴を殺したのだ。誉とか竜狩りとか高尚な事を言う前に、スッキリしたと言うのが本音だろう。

 おまけに尻尾からは大剣を見出せたから、莫大な(ソウル)と合わせて大儲け。喪った人間性を差し引いても損はしていない。

 

 オスカーあたりに渡したら喜ぶかもしれない。何やら力に飢えていたようだし。一先ず元の時代に戻ろうか。

 そこまで考えて、とりあえずはあの鷹の目に報告をしようと考える。彼もまた、竜狩りに生きた巨人である。ならば私の戦果を喜んでくれるはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 太陽の戦士。それは世界の垣根を超えた勇猛な戦士達のことである。

 彼らは友誼を結んだ者達を助けるためには助力を惜しまない。故にどんな絶望的な状況であろうとも、彼らは友のために剣を振るい続ける。そして役目が終わればお決まりのポーズと共にメダルを渡し去って行くのだ。

 

 オスカーもまた、太陽の戦士として様々な世界の同胞に手を貸していた。

 

 迫るダークレイスに大剣を振るう。見た目以上に長いリーチは、転がって回避する闇霊の背中を斬り裂いてみせた。

 

 カウンターを狙いに来るダークレイスに回転斬りを見舞う。本来ならばこの剣にそのような剣技は存在しないが、オスカーは実際にこの剣の伝承の基となった英雄と戦い、その剣技を盗んでいる。

 素早く薙ぐように回るオスカーの刃は、ダークレイスの胴を両断してみせた。

 

 遠くから魔術を放つダークレイスには剣は届かない。しかしながら、信仰に長けた彼はタリスマンを取り出すとそれを掲げ、新たに得た力を振るうのだ。

 

 奇跡、雷の槍。かつてグウィン王が竜狩りに際し用いた伝説の一撃。それは太陽を信仰する騎士達に語り継がれ、いつしか太陽の戦士達の武器となった。

 ソラールから伝授されたその奇跡は、オスカーのタリスマンに槍として宿る。それを勢い良く投げれば、寸分違わず魔術師の胸を貫き蒸発させた。

 

 

 太陽の戦士として誓約を結んだオスカーは、その勇猛さを他世界でも遺憾無く発揮していた。

 彼は強い。今までの特定の相手が相性が悪かっただけで、その実力はダークレイスと呼ばれる魂喰らい共を相手にするだけならば負け無しと言える程のものだ。

 

「助かったよ、ありがとう」

 

 この世界の同志が、黄金に輝く霊体のオスカーに感謝を述べる。霊体は喋れないので、上級騎士は太陽の戦士特有のYの字ポーズで返答すればメダルを分け与えた。

 

 こんな事を、もう数十回繰り返している。全ては力を得る為に。その過程で人助けができるのであれば、それはとても良いことではないか。

 故にオスカーは戦い続ける。ダークレイスから奪った(ソウル)と力を求めて。彼は力の前に貪欲になっている。その魂は今、ただ(ソウル)だけを求めるだけの不死になりかけている。

 

 

 

 

 

 

 

「貴公、あの竜を討ち滅ぼしたか」

 

 相変わらず木彫りの人面を作り続ける鷹の目は、しかしその声色を少し高くして語った。

 

「貴方が撃ち落としてくれたおかげよ。礼を言うわ」

 

 サンキュー、と人面を転がし人面に代理で礼を言わせる。すると彼は老人のように笑ってみせた。

 

「それは良かった。貴公程の腕前、アノール・ロンドでも稀有だったろう……そうだ」

 

 彼はその巨体を起き上がらせれば、近くに立てかけられている大弓へと足を運ぶ。そしてそれを手にすれば、何だか思い詰めたように弓を撫で眺めた。

 しばらくそんな光景を見た後、鷹の目は(ソウル)の業によりその大きさを変化させた弓を私に差し出す。

 

「竜なき今……もう、私には必要のないものだ」

 

 鷹の目より、大弓を授かる。私はそれを受け取れば、試しとばかりに弓を引いてみせた。かなり重いが、ギリギリ引ける。そっと弦を戻せば、彼に問う。

 

「良いのかしら? 貰えるものは有り難く貰うけれど」

 

「うむ。世捨て人よりも戦士に使ってもらった方が弓も喜ぶに違いない」

 

 そう、とだけ私は答えてゴーの大弓を(ソウル)へと仕舞い込む。狙撃用の武器は欲しかったから願ったり叶ったりだ。それにこの大弓ならばデーモンや竜に対しても有効打になるだろう。

 

 彼からの贈り物を貰い、私はとうとうこの世界から去る事を決意する。あの素晴らしい男には挨拶などいらないだろう。キノコ人にも、別れは済ませておいた。過去を去り、今に生きる時が来たのだ。

 

 それ以来、鷹の目の姿を見た者はいないのだという。それもそのはず、ウーラシールは深淵に飲まれてしまったのだから。その場にいた彼の運命も想像に難くない。

 だが、その遺志は確かに継承したのだ。この大弓という形で。戦士というのは、真それで良い。散っていった者の遺志を継ぐ事こそ、誉も生きるのだ。

 




 DLC編終了。次から本編に戻ります。


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Close to Death
地下墓地、鉄板の男


 ソウルシリーズで一番好きなキャラ登場します。感想、評価お待ちしております。


 

 

 

 その男のなんと白々しい事か。

 

 祭祀場に戻った私は、いつしか地下墓地へと旅立ったはずのソルロンドのペトルスがいる事に気がつき、気が乗らないながらも話し掛けた。どうやら彼は地下墓地にて守るはずのお嬢様と呼ばれた聖女とはぐれたらしい。

 

「お嬢様……命をかけてお守りするとお誓いしましたのに……ククッー!」

 

 大袈裟に後悔に打ちひしがれるペトルスは、しかし私から見れば滑稽だ。嘘を嘘と見抜けぬ程間抜けではない。誰しもその心に(ソウル)を持つのであれば、この地で沢山の(ソウル)に見えた私はその色が何となく分かるほどになっていた。

 この男の(ソウル)は、限り無く黒い。その最もらしい聖職者の面の下には確実にドス黒い何かを抱えているのだろう。

 

「……どこで逸れた」

 

 だが心の炎は外に出さず、私はあくまで冷静に徹する。怒りをぶつけて何になるというのか。この男は最早救いようのないレベルにまで堕ちている。なるほど、ロートレクが言っていた事も腑に落ちる。

 すると彼は慌てた様子で言うのだ。

 

「なんと! もしやお嬢様を助けようと言うのですか!?」

 

「都合が悪いか? いいから教えろ、彼女はどこにいる」

 

 そう問えば、彼は少しバツが悪い表情を浮かべながらも答えた。

 

「お嬢様は地下墓地の奥、巨人の棺を滑り降りた先にある穴倉の中にいるかと……」

 

 巨人墓地。最初の使者が眠ると言われている暗闇。そこが小ロンドや公爵の書庫のような危険度であるならば、彼女の身が危ういだろう。そこから逃げおおせるとは、此奴は前持って聖女を殺すつもりだったのだろう。

 目的は知らないが、粗方仕えの騎士達共々殺すには都合が良いのかもしれない。

 

 私は別れも告げずに踵を返すと一度篝火の方へと向かう。後ろから投げかけられるペトルスの薄っぺらい言葉に振り返りもせずに。

 

 

 牢にいるアナスタシアの手を取ると、私はその掌を自分の頬に当てた。弱々しくも温もりを持つ彼女の体温は暖かい。

 闇の穴で感じた人間性の暖かさ。彼女の肌の下で蠢く人間性はそれに近い。けれども彼女は一人の乙女だ。火防女という人間性の器だけの存在ではない。

 

「行くのですね、英雄様」

 

 何も言わない私に、彼女はそれだけ告げる。私はただ、黙って頷いて彼女の温もりを確かめるだけだった。

 次第に彼女は空いた手で、私の頭を撫で出す。母性を知らぬ私だが、それでも母性を見出せるのは彼女が闇を体現した人間性の依代だからか。それとも単に惚れた相手だからだろうか。後者でありたいと思うのは、あまりにもロマンチスト過ぎるだろうか。

 

 彼女の手は血と土埃で薄汚れていて、それでも美しい。人を愛さなかった私が唯一愛したいと思う掌。美しい魂だ。彼女はこんなにも不死の事を想ってくれているのだから。例え私個人にその気持ちが向かなくとも、それで良い。

 

「貴方に炎の寄る辺がありますように」

 

 炎など、当てにはしていない。神々など何もしないし希望すらも抱かない。だが彼女のその火に依存した言葉は、どんな奇跡よりも心に染みた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スケルトンとは、死霊の一種である。

 

 白骨化した遺体を死霊と怨嗟で操り、傀儡とする心無き業。ある種の密教として知られる邪教徒達はしばしスケルトンを用いて怪しげな儀式や、生きた人々を襲う為に駒として扱う事がある。

 最早主は眠りにつき、守護者すら消え果てたこの墓地は、今では屍術師達の溜まり場と化している。

 

 スケルトンに死という概念はない。死人が怨霊で無理矢理動いているのだから当たり前と言えば当たり前だが。通常の武器では、一時的に倒しても殺すことはできない。完全に滅ぼすには屍術師を殺すか神聖な武器で倒す必要がある。それは最早、聖職者の常識だ。

 

 事前にスケルトンがいると予想して、対策はしっかりとしてきた。アノール・ロンドで手に入れた邪教のクラブを巨人鍛冶屋に頼み神聖派生にしてもらったのだ。同じ打撃武器であるメイスに比べればあまり打撃力に長けているとは思えないが、無いよりマシだ。他に良く使う武器はそもそもが持つ力が強いせいで属性派生ができないのだから仕方が無い。

 

 いつもより軽い神聖のクラブでスケルトン達を討ち滅ぼしながら進む。道中洞窟の中は薄暗いが、それでも太陽の陽が差しているからそこまで視界が悪いわけでもない。

 屍術師は元々呪術師だったのだろう、時折呪術を放ってくるが敵にはならなかった。その枯れ果てた身体ではあまりにも動きが鈍いのだ。遠く世界が別たれてしまったオスカーも今頃アルトリウスの聖剣を練成した頃合いだろうし、ここに来ても苦戦しないだろう。

 

 吹き抜けのような広場に出た時だった。何やら仕掛けがありそうな一本橋に辿り着く。

 石造りの一本橋は、歩ける上部が石の棘に覆われている。道中見掛けた石造も、盗掘者対策に近付くと棘が飛び出す仕組みだった。趣味が悪い。

 

 そのままでは通れないために、どこかで橋の仕掛けを解除する必要があった。故に橋を渡らず、私はどこかに策がないか探索したのだが。

 

「よう、あんた。どうやらまともみたいだな」

 

「……」

 

 ハゲ。いや、剃髪だろうか。スキンヘッドの男が何かのレバーの前にいた。見るからに性根の曲がった顔は、しかし怪しい柔かさを見せている。

 

 明らかに怪しい男だ。まるで便所で用を足すように座り込む男は、槍と大楯を背負って尋ねてくる。

 

「おいおい、怖い顔すんなよ。こんなシケた場所に用があるなんて、あんたも聖職者か何かか?」

 

 それは、初対面の人間としては当たり障りの無い質問でもあった。確かに怪しいが、まともな人間は珍しい。最もこいつもペトルス同様に腹の中で何を抱えているか分からんが。

 

「だとしたら、何なのよ」

 

 警戒しながらそう言えば、彼は一瞬だけ鋭い瞳をこちらに向けた。なんだろうか今のは。これは、憎しみだろうか。それとも嫌悪?初対面なのに?

 こいつはもしや聖職者嫌いか?珍しくもないが。ましてやここは神々が試練として襲いかかってくるくらいの場所だ。彼もまた被害者の不死なのだろうか。

 

 ツルツル頭の男はまた笑顔を見せると言った。

 

「やっぱりそうか。あんた達の使命とやらが何かは知らないが、せいぜい頑張ってくれや。へっへっへ……」

 

 気色の悪い男だ。一先ずレバーだけは引かせてもらう。レバーを引けば、やはりあの橋を動かす仕掛けだったようだ。見る見るうちに箸が上下反転し、渡れるようになる。これで良し。これで良しだが。

 問題は、このハゲが私が渡っている最中に橋の仕掛けを動かす可能性がある事だ。そうなれば通行中に橋が反転し、崖下に真っ逆さまだ。死は免れない。

 

 私はジト目でハゲ頭を見下ろす。彼は相変わらず下衆い笑いを浮かべている……

 

「こんな場所だ、足元には」

 

「分かってると思うけど」

 

 強引に彼の話を遮り、警告する。

 

「罠に嵌めようなんて思わない事ね。殺すわよ」

 

 そう言えば、彼は一瞬だけ呆気に取られた顔をしてから慌てたように取り繕う。

 

「ま、まさか、俺はしがない探索者だぜ、へっへへ……しかしあんた、聖職者らしくないド直球だな」

 

「褒め言葉として受け取っておくわ」

 

 それだけ言えば、私はさっさと橋へと向かう。奴が何をするか分からないが、レバーを引いてから橋が反転するまでにタイムラグがあるから全力疾走すれば辿り着けるはずだ。

 故に私は走る。スタミナが続く限り走る。前からスケルトンが来ようが、それらを躱して走り続ける。そしてやはり、あの男はとんでもない野郎だった。

 

 橋も後半に差し掛かった時、突然橋が震え出す。レバーが引かれ反転される証だ。

 クラブを背負い両手を勢い良く振りながら全力で走る。速度を上げておいて良かったと、心から思う。橋を渡り終えた瞬間、橋は上下逆さまに動いた。躱したスケルトン達が谷底に落ちていく……最早復活できないだろう。

 

 辿り着いた先で、私は息を切らしながら後ろのレバーの方を睨む。するとそこには厭らしい笑いを浮かべてこちらを眺め、私を見るや否やギョッとした表情で固まる男がいた。

 

「殺すッ!」

 

「ちょ、ちょっと待った! これはそう、あれだ!ちょっとした事故だったんだ! 間違ってレバー触っちまってよ! な? あんただってあるだろ!? 間違いの一つや二つ!」

 

 だとしてもこれは故意によるものだ。でなければあんな重いレバーなんて引かないだろう。

 

「いいからこっち来いッ! ぶっ殺してやるからッ! 来なかったら殺すッ!」

 

「どっちにしろ殺すじゃねぇか……」

 

 ハゲ頭は項垂れながらレバーを操作し、橋を通れるようにしてから渋々渡ってくる。私は走ったことによる興奮と罠に嵌められた殺意から目が血走って白い肌が真っ赤になっていたが、何とか気を鎮めた。手には最大火力の斧槍が握られ、いつでも殺す準備ができてはいるがそうはしない。

 

 男が渡り終えた瞬間、思い切り前蹴りを見舞う。

 

「痛って、あぶねッ!」

 

 崖際で落ちそうになる男の胸倉を掴み上げると、強者達の(ソウル)によって鍛え上げられた筋力でギリギリと襟を絞めた。

 

「やったら殺すって言ったわよね」

 

「ま、待てよハニー! 俺が、俺が悪かった! それにお前さんは生きてるだろ!? あれはそう、ノーカン!ノーカウントだッ! 誰も得しねぇぜこんな事!」

 

 よくもまぁあれだけの事をしてそんな事が言えるものだ。私は必死で命乞いするハゲ頭を落とそうか迷ったが、そのうち熱も大分冷めて助けてやることにした。もしかしたら利用価値があるかもしれない。

 

 咳き込みへたり込むハゲ頭は、またにやけ面を見せると言う。

 

「へ、へへ……ありがとよハニー」

 

「そのハニーってのはやめなさい。さぁ、助けてやったわけだけど。このままあんたを谷底に突き落としてやっても良いのよ」

 

 はい、っと私は手を差し出す。すると男が手を取ろうとしてきたので、それを払った。

 

「何勘違いしてるのさ。謝礼よ謝礼、分かるでしょ」

 

「あんた本当に聖職者かよ……」

 

 何やらぐちぐち言うハゲ頭は、懐から何かを取り出す。それは人間性だった。カラミットとのじゃれ合いで人間性を消耗していた私にはぴったりの褒賞だ。

 それを分取ると、(ソウル)へとしまう。まぁ良い、これでチャラにしてやらないこともない。

 

 ハゲ頭はまた独特の品の無い座りをすると名乗る。

 

「まぁ、お近づきの印って事でよ。俺はパッチ、鉄板のパッチって呼ばれてんだ。あんたの名前も聞かせてくれよレディ」

 

 リリィ、とだけ言えば、彼はそうかそうか、と頷く。

 

「まぁ、あれだ。こう言うことも長い人生じゃつきものさ。お互い不死だろ?不死同士よ、争うなんてくだらねぇぜ。な?」

 

「こいつは……まぁ良いわ。あんた、ちょっと聞きたいんだけど」

 

 感情任せに言いたい事を全て抑え、本題に入る。

 

「あんた、さっき私にあんたも聖職者かって聞いてたわよね。って事は、私以外にも見たのかしら?」

 

 そう尋ねれば、彼はうーんと態とらしく思い出す仕草をしてから答えた。

 

「いたぜ。四人組で一人は聖女様だったか」

 

「そいつらにも同じ事をしたの?」

 

 そう問えば彼は首を横に振った。

 

「いんや。人数が多いし、そんときゃ俺はあのレバーの前にいなかったしな。なんだ、あんたの知り合いか?」

 

 いいえ、と即答する。あまりにも早い即答だったからかパッチは若干引いていたが関係ない。どうやらペトルスの言う通りこの更に奥に進んだらしい。てっきりこいつはあの男のグルだと思っていたが。

 

「そういや、一人だけ戻ってきたな。大方仲間を見捨てて一人逃げ帰ってきたんだろうが……フン、聖職者なんてそんなもんさ。……ああ、あんたもそうだっけか」

 

 その声色からは、捻くれて飄々とした男とは裏腹な明らかな軽蔑を感じた。私もペトルスに思うことは概ね変わらないが、それ以上にパッチはあのおかっぱ野郎に何かを抱いているらしい。

 

「……いいえ。もう聖職者じゃないわ」

 

「へっ、だろうな。聖職者にしておくには惜しいぜ、あんたは」

 

 一々勘に障る奴だ、このハゲ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの男と別れ、地下墓地を更に進む。

 

 ここは魔境だ。スケルトンと屍術師が闊歩し、更にはアンドレイの近くに潜んでいた楔のデーモンすらもいる。デーモンがいればもちろん黒騎士もいて、見たこともない大斧を振るい襲いかかってくるのだ。

 それらを何とか排除し、谷底へと足を踏み入れればもっとヤバいのがいる。その名も車輪骸骨。

 

 どう言うわけか木製の車輪と一体化してしまった哀れなスケルトンは、その車輪を利用して物凄いスピードで突貫してくる。おまけに車輪は戦前戦車に使われていたのだろう、棘までついていて轢かれればそれだけで死んでしまうだろう。

 それらが何体もいれば、もう地獄。唯一救いがあるとすれば車輪骸骨は一度倒せば復活はしないと言う事くらいか。打撃武器を持ってきておいて良かった、殴れば骨が崩れるんだから。

 

 車輪骸骨に追い立てられるように先へ進めば、濃霧がある。どうやらこの地帯の親玉がいるようだ。もしや最初の死者だろうか。

 いや、白竜の残した書物によれば最初の死者は光を嫌うらしい。故に太陽の光がギリギリ届くこの場所にはいないだろう。それにペトルスが言っていた巨人の棺とやらもまだ見ていない。

 

 霧を潜り、今までの洞窟とは作りの違う広間へと飛び降りる。足を痛めるも仕方が無い。

 

 

 蝋燭の明かりが立ち込める中、それはいた。

 

 

 最初は屍術師かとも思ったが。そいつはこちらに振り返れば、その気色の悪い三つの仮面を互いに見合わせた。

 

 三人羽織。そう形容するに相応しい。

 

 黒いボロ切れの下に潜む三人は、私を指差し叫ぶ。侵入者を、邪魔者を、そして生け贄を殺せと。

 私は斧槍を構え、それと対峙した。

 

 刹那、背後に気配を感じた。チラリと見ればもう一体……と形容して良いのか分からぬが、三人羽織がいるではないか。

 

「分裂した……!」

 

 或いは幻影。だが本体は見失っていない。私は相手が動く前に走り出す。すると本体が電撃の玉を放ってくる。あれは神の奇跡ではない、邪教の奇跡だろうか。

 それを容易く回避すれば、斧槍の回転斬りを浴びせた。ボロ切れを引き裂き、中の者を引き裂けば堪らず三人羽織は悲鳴をあげる。だが追撃をしようとした途端、奴の姿が消えた。

 

 瞬間移動したのだ。分身と並んで電撃を放つ本体。ローリングで大きく回避すると、今度は分身ごと引き裂く。だがその寸前に分身が大きく前へ出たせいで本体に斧槍が届かなかった。分身は斬られると霧のように消え失せてしまう。

 

「面倒な敵ね」

 

 だが、分身を使うと言うことは本体はそれほど強く無いという証拠だ。所詮屍術師に毛が生えた程度だ。

 

 だが、また瞬間移動した三人羽織は今度は五体もの分身と共に現れた。これには流石の私も驚く。

 

「どれが本体よ……!」

 

 姿形、そして攻撃も同じとなっては分からない。近場の一体を斬ったが霧に消えてしまった。偽物だ。

 

 本体と分身が電撃を溜める。流石に全てが同時に攻撃すれば当たってしまう面積だ。

 

 ならば、私もこのスペースの狭さを利用させてもらおう。

 

 

 近くの一体に転がり込むと、そいつのボロ切れの端を掴んで引く。すると浮遊しているそいつはバランスを崩し、電撃をあらぬ方へと放った。

 刹那、私を狙って他の三体が電撃を放つが私に掴まれた三人羽織が盾となる。電撃に晒されたそいつは悲鳴をあげながら霧散する。こいつも偽物。

 

 残り三体など相手にはならない。全部が近い。

 

 斧槍を回転させながら走れば、それだけで裂かれた近場の二体は霧散した。残りは本体一人だけ。

 

「邪魔をするな、冒涜者」

 

 縦に斧槍を一刀両断すれば、気味の悪い仮面ごと三人羽織を断ち切った。伝わる肉の感触は、それが確かに本体であることを現している。

 三人分の悲鳴が響けば、広場を塞いでいた濃霧が晴れる。どうやらあれだけで死んだらしい。呆気ない事だが、そもそも元は屍術師なのだから仕方が無い。

 

 

━━Victory Achieved━━

 

 

 勝ちは勝ちだ。私は近くの梯子に登れば、洞窟内へと到る。そこは地下墓地の更に奥、光すらも届かない巨人墓場だった。

 



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巨人墓地、墓王

大変お待たせしました。なお本日一話目の前に序章を追加する予定です。
感想ください


 

 光さえも届かない。見えるものといえば、聖職者一行がおいて行ったであろう七色石が色とりどりに輝いているのみ。ただ、それだけ。あとはただ暗く、深淵の穴かそれ以上の闇が広がっているだけだ。

 

 三人羽織を倒し、地下墓地から巨人墓場と呼ばれる深部へと到達したのは良かった。だが、ここはあまりにも暗すぎる。松明でもあれば少しはマシなのだろうが、生憎火を灯す松の木も無ければ篝火すらもない。

 

 そもそも、ここで火を起こして光源を確保するのが最善かも分からない。何せ、暗闇で光るものなど敵からすれば良い的だからだ。

 地下墓地にあれだけのスケルトンと屍術師が待ち受けていた以上、この巨人墓場にも敵はいると思っておくべきだろう。先制されて攻撃されるのは防御力に欠ける私にとっては死活問題だ。

 

 だが背に腹は変えられない。何も見えなければ、私は闇雲に斧槍を振るう羽目になるだろう。仕方なく、私は結晶の錫杖を取り出してウーラシールの魔術である照らす光を脳裏で唱える。

 すると、ウーラシール市街でもそうであったように私の頭上に光が灯る。それは深淵に近くもあり遠くもある死の闇を遠去ける温もりでもあるのだ。

 

 さて、いくら頭上が照らされ目の前が幾分か明るくなったとはいえ数歩先は相変わらず闇に包まれて落下死の危険もあるとなれば迂闊な事はできない。ゆっくりと一歩一歩、罠も警戒しながら進んでいく。

 

 そうすれば、敵は突然現れた。

 

 それは、確かにスケルトンであった。何か冒涜的な術で骨のみが動き、手には生前獲物であった大刀を握るスケルトンだ。だがそのサイズがおかしい。やたらと大きいのだ。人間の二倍近くもあるその巨体スケルトンは、まるで暗闇などありはしないと言わんばかりに迫り来る。

 

 その巨体は大振りの一撃で、ただでさえ足場の悪い地帯での戦闘がやり辛い。だが最も恐ろしいのは、骨の足から繰り出される蹴りだ。骨の体重が乗った蹴りは盾で受ければ容易に防御を崩され、仮にまともに喰らえばその勢いで底の見えぬ地下に真っ逆さまだ。

 これだけ大きければクラブでは骨を崩せない。私は仕方なく斧槍で対処してみせる。

 動き自体は巨体故に小型スケルトンほど機敏ではないため、その隙を突いて攻撃できる。そうして倒した巨体のスケルトンは復活しなかった。屍術師といえども流石にこれ程の巨体を動かせる理力や技量はないだろう。

 

 巨人墓地の名は伊達ではない。進めば進むほどに巨体スケルトンの数は増し、エスト瓶の数が減っていく。やはり閉所は嫌いだ。

 おまけにここは遺跡としての構造も一部持ち合わせており、所々に人工物があって何かしらのアイテムがあるせいで無視する事もできない。不死として、落ちているものは拾わなければならないという習性でもあるのだろうか。思えばロードランに来てから収集癖が付いたようにも感じる。

 

 そのうちの一つ、開けた遺跡の跡は最悪だった。大きな聖職の種火という、ある種魂が眠る場所にふさわしいものを手に入れたかと思えば大人数の巨体スケルトンに囲まれた。全力のダッシュで強行突破しなければ今頃あの巨体に轢き潰されていただろう。

 

 散々な思いをし、滑り台のようになっている大棺の蓋を滑れば、ようやく篝火を見つけた。しばしの休息とエストの補充をすれば、私はまた歩みを進める。本当にあの聖職者一行はここに来れたのだろうか?私は運よく篝火を見つけられたが、下手をすれば一生迷う事になるに違いない。

 

 彼らの生存が危ぶまれる。そんな中、奴はまたいた。

 

「おお! 誰かと思ったらハニー!」

 

 鉄板のパッチ。先程私を罠に嵌めようとした盗賊紛いのハゲ頭だ。相変わらず嫌なニヤケ面で私を舐め回すように見る。私はそのまま挨拶もせずに無視して進もうとしたが。

 

「お、おい! 無視はねぇだろ! な?」

 

 焦ったように笑うパッチが道を塞ぐ。イラつきながらも私は足を止めてため息混じりに尋ねる。

 

「今度はどんな罠を仕掛けたのよ」

 

「人聞き悪いなハニー。あんた聖職者探してただろ?そいつらがよ、下にいるんだよ」

 

 パッチが側の崖を指差す。そこにはご丁寧に七色石が置かれていて下が覗き込みやすくなっていた。

 明らかに怪しい。だが、もしこいつの言う事が本当ならばあの聖女御一行はあの真下にいる事になる。背に腹は変えられないか。癪だが。

 

 私はニコニコ笑うパッチを警戒しながら穴を覗きに行く。少し覗けば、崖下数メートルに七色石の光が見えた。あまり高くはないようだ、仮に落ちても落下死はしないだろう。だが姿は見えない。あるのは(ソウル)化したアイテムだけ。

 

 そうして、戻ろうとして。

 

 

 振り返ればパッチが今にも蹴りを私にかまそうとしていた。

 

 

「おっと!」

 

 鋭い前蹴りが私の腹に突き刺さる。体勢を崩された私はそのまま崖から身を投げ出されたのだ。

 唐突な浮遊感にぞわりと身震いする暇もなく、空中でくるりと回転すれば足から着地……というか落下した。かなり足が痛いが、死ぬほどではない。それよりもだ。

 

 私は顔を真っ赤しにして落ちた崖を見上げながら叫ぶ。

 

「パァアアアアッチッ!」

 

 見上げれば七色石の光を頭で反射させたパッチが笑っていた。

 

「へっへっへ、悪く思うなよ! あんたの死体から剥いだお宝、精々高く売ってやるからよ! ウヒャヒャヒャヒャ!」

 

 殺す。あの笑みが出せなくなるほど惨たらしく殺してやる。そう決意しながら、去っていくパッチを見送る。きっと私の死体を漁るために遠くに行かないはずだ。今から行けば間に合うはずだ。

 きっと聖女がいるというのも嘘だろう。落ちているアイテムだけ拾って去るとするか……ゴミクズなんて置きやがってあのハゲ。

 

 一先ず照らす光で周囲を照らし、探索する。あいつが来られると言うことはどこかに道があるはずだ。

 

「あなたは……」

 

 

 と。曲がり角のすぐそばに、真っ白な装束を着た女が岩場に座っていた。私は一瞬驚いてしまったが、よく見ればそれはあの聖女だった。あいつの言う通り、聖女様は本当に下にいたのだ。だがおかしな事にお供の騎士共は見当たらない。おまけに彼女も祭祀場で見た時のような強気な表情をしていなかった。

 まるで捨てられた子犬のような、そんな顔。

 

「あら。こんな所にいたのね、ソルロンドの聖女様」

 

 私は周囲を警戒した後、彼女の隣に座る。フードのせいで見えなかったが、中々美しい顔立ちをしている。儚く美しい様は確かに聖女だろう。正直好みだ。

 

「……亡者ではないのですね。よかった……」

 

「こんな美少女が亡者に見えるかしら?まぁいいけど。お供の騎士はどうしたのよ」

 

 そう尋ねれば、彼女は俯いてしまった。どうやら彼らは残念な結末を迎えたようだ。

 

「彼らは……亡者になってしまいました」

 

 ガチャリと遠くから鎧が擦れ合う音が響く。なるほど、奴らが邪魔をしているせいで彼女も戻れないのだ。いや、自分に着いてきてくれた者達を置いていくことなどできないといったところか。泣かせてくれる。

 私は素っ気なく返事をすれば、彼女に問う。

 

「それで? あんたはどうしたいのよ」

 

 問えば彼女は相変わらず辛気臭い顔で答えた。

 

「私には……どうしても、どうすることもできません」

 

「見知った家臣だから? お優しいのね。そうして何もできずにあんたも亡者になるまでこの穴蔵で待つのかしら。何もしない神様が何とかしてくれるように祈って」

 

 少し、大人気なかったと思う。でもそういうものだろう。運命を切り拓くのはいつだって自分の力だ。人間にすら負けるような神に何かできるはずもない。大王グウィンだって、陰る火をどうにもできないから自らを薪にしたんだから。

 

 だが聖女様は何も言わなかった。ただ悲しそうに自分の無力を嘆いているだけだ。女の子の悲しそうな顔は見ているだけで心が痛くなる。

 だが、それでも。彼女は下さなくてはならない。残酷な運命を切り拓くために。そのためならば力を貸そう。そのために来たと言っても過言ではないのだから。

 

「私は……私は……」

 

 悩み、手を組んで縋る彼女は聖女などではない。ただ一人の哀れな少女だ。結局、どんな役職を与えられてもそれは変わらない。世間知らずで心折れた少女。きっとあのペトルスはそれを見越していた。最初から彼女の忠臣などではなかったのだ。だから裏切る。見捨てる。

 

 溜息を吐き捨て、私は立ち上がる。その手に斧槍と結晶の錫杖を握って。

 

「手を貸してあげましょう。元聖職者のよしみとしてね、貴女ができないことをやってあげる」

 

 もう分かっているのだろう?騎士達を救う手立てなど、一つしかない。(ソウル)を奪い、亡者にすらなれぬよう殺すしかないのだ。それが不死に対する救済なのだから。

 騎士達の下へ向かう私の背中を聖女は目で追う。何も言わず、何も出来ず。彼女はただ、見ていることしかできないのだ。

 

 

 暗闇の中で、亡者と化した騎士は私を目にすると一目散に向かってくる。それほどまでに(ソウル)に飢えている。亡者とは、不死の馴れ果てとはそんなものだ。

 

 左手の結晶の錫杖を構え、闇術を放つ。闇の飛沫、あのウーラシールで手に入れた冒涜的な魔術だ。

 

 撃ち出された複数の闇の玉は、先頭にいたメイス持ちの上半身を消し飛ばす。そんな力量だから亡者に成り果てる。聖女を守れないんだ。

 運良く闇の飛沫から逃れた槍持ちは、そのまま突っ込んできてその手の三日月斧で突こうとしたが、最早そんな攻撃児戯に等しい。斧槍で槍の穂先を押さえれば、そのまま足で槍の柄を半ばから踏み折った。木製なのだ、長ければ長いほどに脆く、折れやすくなるのは斧槍や槍の宿命。故に金属の黒騎士の斧槍は良い。折れる事など早々無いのだ。

 

 そのまま無防備な胴を斧槍で貫く。貫いて、地面に押し倒す。そして一気に上半身を穿った斧槍で縦に両断した。

 

 (ソウル)へと霧散した騎士達は、形見すらも残さない。ただ私の糧となっただけ。虚しいものだ、何もできずに去ると言うのは。

 

 

 

 

「……二人の亡者を鎮めてくれたのですね」

 

 血塗れの斧槍を見た聖女は、察するとそう言った。その声は感謝よりも悲しみの度合いが強い。だが仕方が無いだろう。親しき者達が亡者になってしまったなどと。

 

「私たちの不始末で貴女に御迷惑をおかけしました。あの二人……ニコとヴィンスも、きっと貴女に感謝しているはずです。ありがとうございました」

 

 どうだろう。あれだけ惨たらしく殺したのだから、恨まれているんじゃ無いだろうか。

 自虐するように考えていると、聖女はその懐から何かを取り出す。それはスクロールに似た、奇跡が示された書物だった。

 

「これは彼らの形見です。私などより貴女が持っているべきでしょう」

 

 差し出されたそれを、私はそっと手で突き返した。

 

「奇跡には頼らないわ。神を信じていないもの」

 

 そう告げれば彼女は少し寂しそうに、しかし儚く微笑んでみせる。

 

「では、後程でよろしければ……不死の秘儀を、貴女に御教えいたします」

 

「あら、いいのかしら。それを求めて貴女達は来たんでしょう? そんなものを、余所者かつ不信者の私に」

 

 彼女は優しく頷く。最早白教の教義など、彼女には関係が無かった。それを信じた故に大切な者が死んだのだから。私なら神に殴り込む。

 だが私もできる事ならば知りたい。如何に白教が求めていたと言えども、秘儀である注ぎ火に興味があった。戦力が増えるに越したことは無い。

 

 ……何より、美しい少女の申し出を断るなどと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 巨人墓地とはいうが、この場所に眠るのは本当にそれだけだろうか。

 スケルトンや巨大スケルトン、そして大きな犬の骨までもが襲い来る暗き地の底。その暗がりは死者が眠るに適するだろうが。しかし異様なまでの殺意と殺気は如何なものだろう。もしやこの地に踏み入れた生者である私を拒んでいるのだろうか。だとしても立ち止まる理由はないが。邪魔するならばもう一度死んでもらうまでだ。

 だが黒騎士までいる事には驚いた。貴公らは大王の火継ぎを追ったのであろうに。最初の火の炉から離れてこんな場所にいていいのか。

 

 さて、そんな事はどうでもいいのだ。問題は目の前で冷や汗を流すハゲ頭にどんな処遇を与えるかだ。

 

「落ち着いて話を聞いてくれ。お、俺が悪かった、悪気はなかったんだ」

 

 私の周りに浮かぶ追尾するソウルの結晶塊をチラチラと見ながら徹底的に謝ろうとするパッチ。ここまで手のひらを返されると呆れることしかできない。

 

「ただ、ちょっと魔がさしたっていうか……な? よくあるだろ? 許してくれよ」

 

 よくないし許しもしない。私は無言で斧槍の切先をパッチの眼前に突き付ける。彼は涙目で首を横に振り続けると必死に抗議した。

 

「同じ不死の追われ者の俺とあんたの仲じゃねぇか! なっ!?」

 

「許さない」

 

 無慈悲に宣言する。ここで殺して(ソウル)を根こそぎ奪わなければ、きっと私は未来でもこいつに同じ事をされるに違いない。

 パッチは相変わらず待て待てと私を宥めようと必死に口を走らせる。すると手に見慣れた人間性を握り私に差し出してきた。

 

「そ、そんな、冗談は顔だけにしようぜ。あんただってまだ生きてるし俺だって謝ってるじゃないか、な? これはお詫びの印だ! 俺とあんたの仲じゃねぇか!」

 

 あまりにも必死なその様子は、こちらの殺意を幾分か冷ますことにはなったようだ。全身全霊の溜息が溢れる。まったく、なんでこんな事になったやら。

 私は斧槍を下ろすとパッチの手から人間性を奪い取る。どうやらこの人間性は双子のようだ。まぁ詫びとしては当然だ。もっと欲しいくらい。

 

「次は無いわよ」

 

「へ、へへ……そりゃもう、当然だよハニー」

 

 だからハニーはやめろ。

 

 

 

 

 

 巨人墓地を進めば、多少は明るくなる場所へと出る。ここには死者もいない。この明るさは眠りを妨げるだろうし、何よりも崖のようになっている一本道だからそんな事もできないだろうから。

 だがよりにもよって侵入者とは。墓荒らしから主を守る聖騎士のつもりだろうか。甲斐甲斐しいものだ。

 

 

━━闇霊 聖騎士リロイ に侵入されました!━━

 

 

 聖騎士リロイ。白教において、その名を知らぬ者などいない。

 はるか昔、最初に白教において不死となった存在であり、黄金の鎧に身を包み祝福された盾と闇を祓う槌を持って彼は初めて使命のためにロードランへと向かったという。その後の消息など分からぬというが。まさかこんな地で使命をすっぽかし闇霊になっているとは。哀れなものだ。

 

 だが、聖騎士か。なればたんまりと(ソウル)を持っているに違いない。私も白教の聖職者の端くれ、ならば後輩の良き糧となってもらおうか。

 

 

 聖騎士は現れると、最早赤く染まった黄金の鎧を揺さぶりこちらへと疾走してくる。手には大きな槌、そして盾。どちらも祝福されているのだろうから、使用者の傷を癒すはずだ。長期戦は不利であるし、何より致命傷以外は鎧に弾かれてしまうだろう。

 

 ならばこの地を利用しよう。

 

 手始めに結晶の錫杖で追尾するソウルの結晶塊を展開する。私の周囲に五つの結晶塊が浮遊しだし、それは合図とともに一直線にリロイへと向かう。

 彼は鈍重ながらもそれを盾と軌道で躱せば私を肉塊にすべく槌を振り上げた。見慣れたものだ、あのくらいの動きなど。

 

 残念ながら私は生き抜く事に意地汚い。手段は選ばぬ。オスカーのような若造ではないのだから。

 

 槌を黄金の残光で弾く。多少無理があるのか、流石の私でもその衝撃で腕が痺れる。だが不可能ではなかった。そして仰反るリロイに向け斧槍を突き立てた。やはり鎧の祝福のせいか、貫くまでには至らない。

 それでもかなりのダメージはあったようで、リロイはたまらず距離を取り出す。それをゆっくりと歩いて追う。

 

 槌の代わりに彼が取り出すはタリスマン。聖職者であれば、彼が次にするであろう行動がよく分かる。奇跡の文言を詠唱しているであろう彼の周りに奇跡の言霊による陣が現れた。

 

 大回復。それは白教の上位の聖職者が扱える極々稀な奇跡である。膨大すぎる物語はしかし、それ故記憶する者も少ないが人の身に余るほどの癒しを得るだろう。

 

 そうはさせないが。

 

 回復中のリロイの側面へダッシュする。驚いた様子の彼は私を見ていることしかできないが、きっと彼は思ったのだろう。奇跡が終えるまでは私の斧槍に切り捨てられる事などないと。甘い、全てが綺麗事過ぎる。きっと彼は、今まであまり対人戦闘を行ってこなかったのだろう。あったとしても圧倒的な膂力でねじ伏せていたのだろう。

 

 私は彼の横っ腹を蹴る。鎧を着込んだ男は重いが、(ソウル)で強化されていれば何ら問題は無い。

 するとどうだろう。急に蹴られてバランスを崩したリロイは、私とは反対側の崖下へと足を滑らせて落ちていくではないか。これぞ対人落下術。かの玄人はそれを高山と呼んだ。

 

 崖下を見下ろせば、最早彼の姿は見えなくなっていた。代わりに膨大な(ソウル)が私へと流れ込む。墓王の守護者は自身の重みと過信によって死んだのだ。

 

 

━━Invader Banished━━

 

 

 今更伝説がどうのと思うような立場でもない。弱い奴は亡者となる。それだけなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 悍しい。

 

 この光景のなんと悍しい事か。

 

 

 墓王の墓前なのだろう。それを守るは三人羽織の軍勢。だがそんなものどうという事は無い。一度戦った相手に遅れを取るほど弱くは無いつもりだ。故に彼らは一人残らず駆逐される。

 

 だが、赤子とは。骨の赤子とは、どういう事だ。そんな無垢な者達までもを守護者としているのか、墓王は。

 恐ろしいものを見た。まるで母を求めるように、骨になった赤子が私へと群がろうとする。浅い湖の底から無限に現れるその様は、正に悪夢だ。

 しかし何故だろうか。こんなに悍しい光景であるというのに、その魂はもっと清らかで、そして見知ったものであるような気もする。それは人間性に近い。

 脳を様々なものが巡る。人生経験、書庫で得た知識、そして脳を這い回る小さき何か。そして導き出されるのは、彼ら赤子が今産まれたのだという結論。

 

 魂は死んで巡り、そして生き返る。それが事実だとするのならば、彼らは生まれ変わった人間性。それは正しく、美しいはずなのだ。

 

 だが斬らねばなるまい。そうしなければ先へ進めない。悲しい事だが、そうするしかない。

 

 

 心を鬼にして生まれ出た者達を狩る。

 

 そして、ようやく私は辿り着いた。

 

 

 最初の死者。墓王ニト。

 

 まるで蠢く骨の集合体のようなそれは、見た目は断じて神ではない。

 

 しかし感じるものは死者への敬いと、それを侵す私への憤怒。

 

 女性だとは思いもしなかった。否、そう感じているだけかもしれないが。少なくとも、目の前で剣を握るそれを男とは思えない。

 

 迫る配下のスケルトンを神聖のクラブで討ち滅ぼし、墓王との一騎討ちに臨む。

 打ち出されるは墓王の剣舞。地面に突き刺された墓王の剣は地中を這い、私を真下から貫かんと迫るのだ。それを直感で回避し、緊迫する。

 

 斧槍は通る。墓王の身体の骨を打ち砕き、その度に溢れる濃厚な死を感じる。

 

 死とは熱である。寒さであれば物は永遠に凍りつき、その形を保たせる。だが熱であればその逆。人は老い、そして死ぬ。彼、又は彼女が操る死というのは、暖かな温もり。死の温もり。それは呪術にも通じるものだ。

 

 墓王が叫ぶ。すると彼女は丸まり、その身体は震えた。何かの予兆であることは想像できる。

 

 

 刹那、溢れる死の波動。間一髪私は草紋の盾でそれを防ぐ。

 だが所詮、草紋の盾では全てを防ぎ切る事はできない。所々身体を暗い炎で焼かれた私は岩陰に身を潜めてエスト瓶を取り出した。

 まるで老化してしまったように、炎を受けた箇所が損傷していた。あれは闇術とはまた異なった技術体系だが、奇跡とも異なる。正しく死の奇跡。

 

 エスト瓶をごくごくと飲めばその傷も癒える。あの波動をもろに受けてしまえば死は免れない。

 

 その時、地面が揺れた。剣舞が来る!

 

 駆け出したと同時に岩陰が剣舞に貫かれた。危機一髪の私はまた墓王へと迫る。

 墓王が突きの構えをする。あれで貫かれたらならばひとたまりも無いだろう。私は地面を擦るようにスライディングし、突きを回避すればそのまま差し出された墓王の腕へと飛び乗った。

 

 刹那、私の斧槍が墓王の頭蓋を斬り伏せる。

 

 肩を蹴って飛び去った私が着地すれば、墓王の身体は大きく崩れ去っていく。わかりやすい所に顔があってよかった。ほとんど虚をついた誉なき勝ち方だが、勝ちは勝ちだ。それで良い。

 

 

━━Victory Achieved━━

 

 

 リロイとは比べ物にならぬ莫大な(ソウル)と共に、分け与えられた王の(ソウル)を手にする。これでまた一つ、薪が手に入った。残るは深淵に堕ちた公王とイザリスの魔女のみ。ようやく半分か。

 

 

 だが、その前に一つ問いたださなければなるまい。

 




墓王の設定は完全に妄想です。食材ってあったかいと腐るの早いしそういう事じゃね、的な妄想です。


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不死教会、聖女と

この先、濃厚な百合表現があるぞ


かなりディープな百合表現がありますので注意。ぶっちゃけ飛ばしても大丈夫です。


 

 

 

 

 祭祀場に戻れば、見知った玉葱頭が二人いる。一方は毎度お馴染みカタリナのジークマイヤー。何やら篝火の前に座り唸っている。いつも通りといえばいつも通りなのだが、ここは危険度も少ない祭祀場。何をそんなに悩んでいるのだろうか。

 もう一人は公爵の書庫にて結晶ゴーレムに囚われていたジークリンデだ。彼女は父とそっくりの鎧と大剣を携え、こちらに気付くと手を振った。その健気な姿は地下墓地で荒んだ心を安らげるものだ。

 

「お久しぶりです、またお会いできましたね」

 

 ぺこりと一礼する彼女に私も微笑みかける。無事に親子が再会できて何よりだ。この悲劇ばかりのロードランにおいて唯一心温まる話だろう。

 

「お父さんと会えたのね」

 

「はい。聞けば貴女に何度もお世話になったそうで……ありがとうございます」

 

 できれば兜越しではなく美しいであろう表情をこの目で見たいが、彼らの丸みを帯びた鎧は誇りなのだ。故に早々脱ぎ捨てたりはしない。

 だがそんな下心も彼女の次の言葉でかき消される。その言葉はあまりにも重過ぎた。

 

「お陰様で、母の言葉を伝えられました」

 

 それがどういう意味か分からぬ程無粋ではない。その声色から察せられる後悔と達成感は、彼女の母がどうなったかを容易に想像させた。

 こんな底抜けに明るくて、寝ている事が取り柄のような男が抱えていたものは、とんでもなく重くて苦しい使命だったのだろう。詳細は分からぬも妻を助けるために尽力し、しかし報われる事はなかったのだと。そして神は何もしてくれないのだ。

 

 私は座って唸るジークマイヤーを盗み見た。彼はまだ唸っている。こちらの存在も気づかぬほどに。見た目と声色からは想像できぬ心苦しさ。私はジークリンデの手を取った。

 

「よかったわね、伝えられて」

 

「……はい。ありがとう、ございます」

 

 けれども私はこの家族に何ができるわけでもない。単なる聖職者崩れの私には何もできない。ただ殺すことだけに特化してしまった。

 

「父の代わりに、重ねて御礼を申し上げます。これを御受け取りください」

 

 ジークリンデが何かを取り出す。それはスクロールだが、魔術のものではない。奇跡の物語が記されたものだ。私の戦い方を知らない彼女だからこそ渡せるものだろう。信仰心が低過ぎて私には使えん。

 ちょっとだけ引き攣りながらお礼をしてスクロールをしまう。まぁ、コレクションとでも思っておけば良い。

 

 だがどうやら、使命を果たせなかったジークマイヤーの旅は終わらぬようだ。彼女が言うには最後の探索がまだ待っているとの事。一体これ以上ロードランに何を求めているのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ……貴女ですか。お嬢様を助けられたのですな」

 

 その男は自らから溢れる邪悪さを隠すこともせずにほくそ笑んだ。

 ソルロンドのペトルス。守るべき聖女を見捨て、我欲に支配された愚かな聖職者。パッチが聖職者を憎むのは、こういった輩がいるからだ。そして私も同じく、聖職者でありながら聖職者を嫌う。神など、心では信じてはいないのに。どいつもこいつもその腹には一物抱えている輩ばかりだ。

 

「何のつもりかわかりませんが、無駄なことでしたな。あんな小娘、家柄でもなければ生きて役立つ事もありませんからねぇ……ククク……」

 

 あのロートレクですらも拒絶した悪。

 

「正体を表したな、外道め」

 

「外道? それは貴女も同じことでしょう。他者から(ソウル)を奪い糧にしている時点で、私と何ら変わりない。言葉には気を付けることですよ……」

 

「去れ。貴様に益のあるものはもうなかろう。次に姿を見せれば斬り捨てる」

 

 剃刀のように目を尖らせれば、ペトルスはその気迫に圧倒されかける。(ソウル)の強大さを察せられない奴ではなかろう。仮に喧嘩を売るならば、それはあまりにも愚かすぎる。

 ペトルスは、しかしうすら笑いを浮かべて言う。

 

「そうしますとも。元よりこんな場所、長居するつもりもありませんからなぁ……」

 

 気色の悪い笑い声を浮かべる奴を背に、城下不死教会への昇降機へと足を踏み入れた。奴にすべきことは最早ロードランには無い。あの聖女にも利用価値は無いはずだ。故に、無害ではあった。

 害を成すなら殺すだけだ。

 

 不死教会へと辿り着けば、あの聖女が祭壇で祈っている。

 ステンドグラスから差し込む光は白い聖職者の服装を一際輝かせ、その光景は絵画のようにも見える。だが華やかさは無い。目に写るは哀れな少女がただ神に縋っているようにしか見えないのだから。

 

 彼女に歩み寄れば、祈りに熱心な彼女の横へと腰を据えた。細い彼女の手先と華奢で整った貌をしばし見詰める。

 

「……貴女は、あの時の方ですね」

 

 ようやく気づいた彼女は祈りをやめて悲しげな顔で私を見据えた。

 

「よくここがわかりましたね」

 

「貴女の(ソウル)を感じたわ。無垢で、清らかで、何も知らない(ソウル)をね」

 

 世間知らずの箱入り娘。そんな彼女が不死になり、救いの無いロードランへと赴くなど、どんな心境なのだろうか。私には分からない。分からないが、きっと辛いはずだ。名家の娘がたった三人の家臣と来るなどと。心細いはずだ。

 

 聖女は少し俯いて、自嘲気味に言う。

 

「貴女がいなければ……私はニコもヴィンスも救ってあげられませんでした。本当に、感謝しています」

 

「別に感謝の言葉が欲しいわけじゃないわ。私はただ自分の魂に従って動いているだけよ」

 

 その言葉に偽りは無い。最早常人では集め切れぬ程の(ソウル)を抱えた身ではあるが、それでも私は私である。がむしゃらに生き、泥臭く戦い、何が何でも生き抜いて心を保つ不死に過ぎない。

 少女を助けるのは、私の下心である。感謝など、もってのほかだ。

 

「それでも、貴女は彼らを救ってくれました。……私はソルロンドのレア。感謝の言葉で足りぬなら、奇跡で良ければお助けできると思います。それ以外知らぬ不出来な身ですから……」

 

 こんなにも卑屈で、愚かな少女ではあるが。私の魂は彼女にとても惹かれている。折れた清らかな心を見て、嗜虐心でも刺激されたか。となれば私はとんだ性悪だろう。分かってはいるが。

 私は彼女のフードにそっと手を掛ける。

 

「奇跡なんていらない」

 

 ゆっくりとフードを脱がせば、少し驚く彼女の素顔がすべて露わになった。

 光が彼女の美しい顔を照らす。成人になったばかりの少女は、金色の髪を背後で束ね、前髪は仕立ての良い髪飾りで垂れぬように留めていた。

 無垢で、穢れを知らぬ少女に顔を近付ける。男勝りな私の気持ちが前面に出て、小悪魔気味に笑う表情を見せつけた。

 

「本当に助けになりたいのなら」

 

 青い瞳をまん丸に見開き驚く彼女の顎を、優しく人差し指と親指で押さえる。

 

「私に抱かれなさいよ、聖女様」

 

 自分で見ていて恥ずかしくなる光景だが、欲求とは素直なものだ。そして知らぬ欲に身を晒す彼女も赤面し硬直している。

 生娘なのだから、それはそうだろう。これはあくまで冗談だ。嗜虐心のせいで少し悪戯したくなってしまった、一人の不死の悪戯心。だから私も本気ではない。大体私だってこの身は不死だが穢れてはいない。だって元々聖職者だし。

 

 だが、予想だにしない事が起きた。聖女レアは、赤面したまましばらく固まっていたが次第に瞳をぎゅっと閉じて何かに耐えている。もしや本気にしたのだろうか。

 

「……そ、それが望みであれば、私は、貴女に……この身を捧げましょう」

 

「マジで?」

 

 思わず素が出た。まさか冗談で言った言葉が了承されるなどと思う輩はいまい。

 瞳を閉じて何かを待つ聖女を前に、私は慌てふためく。まずい、この先どうしていいか分からない。顔は悪くなかったから男共に言い寄られたりもしたが、それを良しとしなかった私に恋愛の経験なんてものは無いのだ。一度は惚れたオスカーも、私は不死だから、恋なんて不毛だなんだと思ったが。

 

 不死が自らの魂の赴くままに生きるのであれば、それはそれでいいんじゃないだろうか。

 

 

「後悔はしない?」

 

「……後悔など、ずっとしていますから」

 

 震える唇が言葉を紡ぐ。私は、少し潤った自らの口をそれに重ねた。(ソウル)を得た時のような、否、それとは異なる心の充足に身を任せ彼女の口内を貪る。

 まるで(ソウル)に群がる亡者だ。そこに燃え滾る何かがあるか否かに過ぎない。聖女は小さな嬌声を時折含ませながら成すがままに蹂躙される。

 

 ロードランに来ていつからか女しか愛せなくなった私はとうとう禁忌を犯した。だが、禁忌など今更なんだと言うのだ。(ソウル)を犯し、墓を荒らし、神々の都を侵略した身なのだから、これくらいなんて事は無いはずだろう。だろう?

 

 しばらく彼女の口を貪ってから、唇を離す。私と彼女の口に唾液の糸が橋をなしていた。蕩ける彼女の貌は何と艶やかなものか。その欲情を煽る表情に、我慢し切れるものなどいるはずもなかった。いるとするならばそいつは亡者だ。

 

 気がつけば、私の手は彼女の服に手をかけていた。レアもそれに抵抗せず、ただなすがままに蹂躙される。

 ローブを剥ぎ取り露わになる下着に顔を埋める。汗混じりの少女の甘い匂いが鼻をくすぐった。私が息をする度に、聖女は声を震わせる。

 

 息を荒げ、私は自らを覆う服も脱ぎ捨てる。

 

 生殖機能が失われたから愛し合えないなど、誰が決めた?私はただ、失望していただけだ。子を成せず、子孫を残せぬ不死がそんなことをするなど、生産性が無いなどと。

 したければすればいいじゃないか。だって、愛し合えるのは人の特権だろう? そこに性別などありはしない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昇降機を降りる私は、眩し過ぎる太陽に目が眩んだ。身体の水分が不足している。怪我はしていないのに酷く身体が怠いのだ。消えぬ傷は負ったが。

 ペトルスは最早姿を眩ませていた。それは良いことだ、あんな奴いるだけ無駄だから。

 

 祭祀場に戻ればカタリナの親子はもう旅立っていたようだ。そして見知らぬ気配がして祭祀場を探索すれば、あのハゲ頭が太々しく座り込んでいた。

 

「よう、あんた……どうした?」

 

 パッチはてっきり憎まれ口か睨まれるか、その少女に会った時点でそうされると覚悟はしていた。無論それくらいで心折れる彼ではない。彼は鉄板なのだから、ちょっとやそっとでへこたれない。それこそ記憶が無くならない限り。

 だがやって来た少女が覇気も無く、気怠げに手を挙げているとなれば話は別だ。何だか腑抜けたような顔で、パッチの前で座り込む。

 

「ああ、パッチね……はい。いやね、私も結構人生経験豊富だと思ってたんだけどね」

 

「何の話だよ」

 

 攻撃の意思もなく語り出す少女はどこか上の空だ。何か良いことでもあったんだろうかと、なら集めた品を高値で売りつけてやろうかと考え。

 

「女の子って、素晴らしいわね」

 

「へぇ!?」

 

 何やら爛れたものを見た気がして、彼は声をあげた。商売することも忘れて、彼は、はぁ……と何やらベラベラと喋る元聖職者の少女の話を聞き流す。

 よく分からないが、彼女は大人になったらしい。深い意味で。

 

 

 

 

「寝る」

 

 そう言って私はパッチの下を去る。何やら呆気に取られている彼はそうか……とだけ言って私を見送った。別に罠を仕掛ける気も無いようだ。

 寝ると言っても不死は眠れぬ存在だ。だが身体を休める必要もあるだろう。篝火は……ちょっと、祭祀場のは使いたくない。その、あれ、アナスタシアを裏切ったわけじゃ無いんだけど……ね。今の私には彼女が守る篝火を使う資格が無いように思えて。

 

 後ろめたい感情を胸に、なら近場で休めるところはどこだろうかと探せばそれはあった。

 

 最初に不死院から祭祀場に私達を連れて来た大鴉、その巣だ。

 

 祭祀場の遺跡の上に作られたその大きな巣は、ベッドとまではいかないがふかふかな枯れ枝を幾重にも重ねられて作られている。

 まさかここで身体を休めようなんて思う日が来るとは。今日のこの経験は、私の心身を大きく疲労させた。それは今、不死教会で健やかに眠る彼女も同じだろう。

 

 大きな卵の横で寝転びながらさっきの情景を思い返す。肌と肌の重なり合い。美しくきめ細やかな肌が、私と触れ合う瞬間。

 

「あーやっちゃったぁ……」

 

 らしく無く、乙女心が湧き出る。不死だから見てくれは少女だが、魂的には百年近く生きている。老婆に近い何かが悶える姿はさぞかし滑稽だろう。

 

 けれど。とても、良かった。満たされた。一人で戦い続ける私の心が、少し暖まった。それは殺す事では得られぬ尊い感情。

 

 蹲り、一人物思いに耽る。それはまるで卵のように丸い。

 

 

 

 だからだろう。大鴉もまさか自分の巣で少女が悶々と蹲っているなどと思うはずもない。

 

 唐突に音もなく現れたそれは、私を卵と誤認した。少し混乱している様子も見てとれたが、それに気づいた時には大鴉の足は私を掴んでいた。

 

「ちょっ」

 

 あの時のように身体を浮遊感が襲う。私の絶叫など風で聞こえてはいない。大鴉は空を舞った。

 

 

 向かう先は始まりの地、北の不死院。だが、その寄り道は今後の私にとって重要な分岐路だったに違いない。

 




百合が散りました。次は北の不死院。

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北の不死院、帰郷

感想お待ちしております。モチベーションと人間性を保つのに必要です。


 

 

 

 北の不死院。そこは不死となった者が、彼の地へと至る為にやって来る巡礼の場。不死はそこで使命を悟り、門番を打ち倒してロードランへと侵入する事となる。自らが選ばれし不死であると戯言を吐いて。

 

 だがその実態は、世界の終わりまで幽閉されるこの世の底。扉は施錠され、永久に出ることも叶わぬ煉獄の檻。だからだろう、この不死院はあまりにも絶望に満ちている。檻から出られず、出られてもデーモンに挽肉にされる。かつてここから脱出したように、何度も何度も殺されて心を折られる。

 そうして亡者になり、いつしか亡者にすらもなれぬ土塊と化す。人とは何とも哀れで愚かなのだろうか。

 

 大鴉に連れてこられた私は、再びこのクズ底へとやって来てしまった。あの鴉は私を下ろすや否や、どこかへ飛び去っていってしまったからしばらくは祭祀場へと戻る事は叶わないだろう。しかし篝火があれば転送できるだろうから、一先ずは一番最初に灯した篝火へと向かうべきだ。

 

 仕方なく、私は北の不死院を逆走する。本来ならば抜け出すべき場所へと逆戻りするとは、やはり人生とは何があるか分からない。

 

 不死院に囚われていた亡者共も懐かしい。最早言葉を持たぬ(ソウル)に群がる虫と化した彼らは、その手に松明を握り私目掛けて駆け寄ってくる。

 松明の炎は案外馬鹿にならない威力を持つであろうから、安全に遠距離からソウルの矢で屠る。もう亡者風情では私の敵にすらならないのは、ある種悲しみを感じるものだ。

 

 

 不死院の大扉を潜れば、その広間はかつて私とオスカーが戦ったままである。

 門番が屠られたせいかここにまで亡者が群がっているが、そんな変化に一喜一憂する私の心情もどうなのだろうか。ともかく変化とは良くも悪くも心を刺激するものだ。

 

「折角だし、纏めて始末してあげましょう」

 

 それは慈悲に近い。もう動くこともないように、亡者共を徹底的に殺して(ソウル)を奪い尽くす。折れる心も最早無い彼らを、それでも動かすのは僅かな(ソウル)のみ。それすらも奪い取れば、もう復活することはない。

 近寄る亡者を斧槍で両断し、遠い敵には魔術で対応する。そうすれば、この広間は単なる殺戮場へと変化する。

 

 だが、最後の一体を斬り伏せた時だった。不死院のデーモンという巨漢がずっと闊歩していたせいか、はたまた私がデーモンに挑んで何度も大槌を打ち付けられたせいか、床が大きく崩れ去ったのだ。

 

「ちょっと……!」

 

 突然の浮遊感に驚くも、何とか体幹をもってして空中で回転し体勢を整える。そして足に強烈な痛みを抱えながらも着地してみせた。

 何とも不幸な里帰りとなってしまった。ここが里と言って良いのかは分からぬが。

 

「……そういえば、いたわね」

 

 呟き、顔を見上げれば、そこには奴がいる。

 

 捨てられたデーモン。かつてここに閉じ込められていた私は、その足音を聞いたことがある。

 地下牢のすぐ側、確かに丁度あの不死院の門番が居た足下であったはずだ。脱出の際にもちらりと柵からその姿を見た気がする。まぁあの時は脱出が優先だったから考える暇すらなかったが。

 

 何にせよ、ここに捨てられ閉じ込められたデーモン……さながらはぐれデーモンと言うべきそれは、私に驚いたように光る瞳をパチクリさせた。

 

 

 

 一説によれば、デーモンとはイザリスが産み出した異形である。

 かつてイザリスが混沌に飲み込まれる前、彼女達が犯した禁忌によって生み出された、生まれるべきではなかった異形。だがそれは、彼女達混沌の魔女の末裔らしく一定の階位を持った者であれば火の魔術を扱う事もあったそうな。

 

 目の前で杖を振るうこのはぐれデーモンもまた、その内の一体。

 

 振われた杖から炎に似た理力が迸る。火に似ているが、確かにこれは魔術だった。一瞬の出来事だったため、草紋の盾でそれを受ければ簡単に吹き飛ばされる。身体に直撃していれば、そのまま死んでいてもおかしくはなかっただろう。

 

 盾を持つ腕が折れ、仕方なくエストを飲む。暖かいエストは私の腕を瞬く間に修復して見せた。

 

 しかしただでさえ圧倒的な剛力に魔術まで扱えるとは。大王グウィンはかつて黒騎士にデーモンの討伐を命じたらしいが、いくら彼らでも苦戦したに違いない。

 

 距離を取るのは却って危ないと判断し、私は黒騎士の斧槍を手に詰め寄る。

 大槌のような杖の薙ぎ払いは驚異的だが鈍重だ。避けるには容易い。そして黒騎士の斧槍とは、かつてデーモン狩りに用いられていた対デーモン武器である。故にその一撃はデーモンに対して有効的。

 

 ざっくざっくと刃先がデーモンの脚や尻を切り刻む。だが分厚い皮膚相手には人間が振るう武器では効果が薄いのだろうか。ならば。

 

 左手の盾を(ソウル)に収納し、代わりに黄金の残光を取り出す。斧槍で斬りつけた傷口からは少なからずの出血が見て取れる。血が流れているのだ、彼らデーモンにも。

 黄金の残光は、その捩れた形状故に大量の出血を強いる暗殺向けの曲剣だ。数度デーモンの背後へと回り込み、左手の曲剣を振るえばその傷口から血が噴き出たのだ。

 

「グゥオオオオオオ……!」

 

 割と無口だったはぐれデーモンが膝を付く。デーモンなど、ロードランやウーラシールで戦った数々の強敵と較べれば赤子のようなものだ。

 俯くデーモンの背に飛び乗り、その首に斧槍を捻り込む。脊髄を穿たれ、しかしまだ死ねぬ生命力を持つデーモンは多少暴れるが、それもすぐに終わった。

 

 斧槍を回してデーモンの首を捩じ切る。

 

 地に落ちるデーモンの首は、それでも蠢いていた。

 

「すぐに死ねぬというのも考えものね」

 

 力を失った身体から飛び降りた私は、斧槍をその頭部へと突き立てる。あれだけ私を殺してみせたデーモンの同族は、特に苦戦するわけでもなく屠られた。

 

 今殺した彼もまた、私と同じだったのかもしれない。生命として出来損ない、同族にも見捨てられ。世界の終わりまでこの地で幽閉される。ただ、人であり救いがあったか否か。それだけしか変わりはない。

 

 

━━Victory Achieved━━

 

 

 

 

 

 

 

 まぁ、しんみりとしたが勝ちは勝ちだ。引き続き悍しい里帰りは続いていく。

 どうやら今戦っていた下層は梯子で牢のある通路と繋がっているらしく、あっさりと下層を抜ければ亡者の松明以外に変化があった。それもあまり嬉しくはない変化だ。煤臭い黒騎士が数体、どう言うわけか闊歩していたのだ。

 

 黒騎士は強いが、一体ずつならば問題は無い程に成長した私はそれらを各個撃破していく。狭い通路故に斧槍は扱い辛かったが、パリィをしていけば何ら問題にはならないのが救いだ。黒騎士は攻撃がある程度読みやすい。

 

 そうして、通路の行き止まり。かつて私が閉じ込められていた牢へとやって来た時だった。そこにもおかしな変化が見て取れる。

 

「こんな死体、いつの間にやってきたのかしら」

 

 牢にあったのは、殺されすぎて最早動くことのなくなった亡者の死体だ。こんなもの私がここに居た頃にはなかった。私がロードランへとやって来てどれほど経ったのかは時の歪みも手伝って測ることもできないが、不死院の空気や建物の状態から見てもそう経ってはいないはずだ。

 

 と、言うことは。この死体はつい最近ここにやって来て死んだ事になる。

 もしやと思い通路を振り返る。そういえば今戦った黒騎士はすべて牢の方を向いていた。まさかこの不死を狩るために彼らはこの地まで追って来たのだろうか。そうならば何のために?

 

 死体が何かを握っている。見れば、それは奇妙な人形だった。こういった類の人形は外の世界でも見たことがない。

 

 それを手に取り、(ソウル)を読み取る。もしや何か分かるかもしれない。

 

 

 おかしな人形

 

 あまり見ない奇妙な形、奇妙な格好の人形。

 

 ある伝承によれば、忌み者だけがこれを持ち、

 

 世界のどこにも居場所なく、

 

 やがて冷たい絵画の世界に導かれるという。

 

 

 

 忌み者。ある種、不死は忌み者であるがそう言ったのとはまた違うだろう。

 それは人としては不出来だったり、人とは異なる思想を持っていたり。つまりはマイノリティと呼ばれる者達の総称だ。迫害され、故郷すらも追われた哀れな人々。

 仮にそうであるならば私にぴったりだ。不死であり乙女同士の恋に陥るなどと。悪い事とは思わないが、通常の人間であれば嫌悪しても仕方がない。男色が許されるのであれば百合だって赦されるだろう?

 

 一先ず、向かうべきところが増えた。好奇を抑え切れるほどできた人間ではない。アルトリウスの相棒とやらは後で良い。

 向かうべきはアノール・ロンド。丁度あの火防女や王女様にも顔を出そうと思っていた頃合いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「オァッ! オァッ! あったか! ふわふわ! オアッ!」

 

 と、その前に不死院の全てを探索する事にした。前には開かなかった扉もあったし、何か有用な物があればと思って。

 手に入れられたのは錆びた鉄輪とかいう指輪に転用できる物くらいだったが、面白いものも見つけることができた。

 

 私は不死院の外にひっそりと作られた崖側の鳥の巣に人間性を置く。すると、オァッ! という鳴き声にも似た喜びの声がどこからか響く。

 恐らく、人では無いのだろう。だが鴉にしてはあまりにも長く生きた存在。鴉は時折人から光り物を盗むと聞いたことがあるが、まさかこんな所でその習性を思い出すとは。

 

 何やらあったかふわふわな物を宝物と交換してくれるらしいこの声の主と、取引に興じる。声は可愛らしいから聞いていて飽きない。

 

「気に入った?」

 

 そう尋ねれば、目にも留まらない程高速で何かが人間性を取り去っていく。

 

「オアッ! オアッ! あったか! ふわふわ! ありがとう! オアッ!」

 

 段々とオアッ!が嗚咽に聞こえてきた。人間性が置かれていた場所に、指輪が捨てられている。きっと交換してくれたのだ。彼女のあったかふわふわの基準はよく分からないが。

 

 この交換は実に有意義であった。使い道が無く気色の悪い頭蓋ランタンは霧の指輪へ。ゴミクズは楔石の塊に。人の価値とはあくまで人だけのもの。彼女達からすれば、使い道のないものこそ真に価値のあるものとなる。

 

「でも、でも、もっと欲しい! あったかふわふわ、もっともっと! オァッ! ねぇねぇ、その(ソウル)、あったか! ふわふわ! 暗くてあったか、オァッ! オアッ!」

 

 ふと、欲張りな彼女が何かをねだる。暗い(ソウル)?そんなものあっただろうか。

 

 あるじゃないか。深淵の主、その(ソウル)が。しかしこんなもの、彼女に渡して良いのだろうか。突然鴉が変異したりしないだろうか。

 だが使い道がないのは事実だった。巨人鍛冶屋曰く、杖を強化すればそれを基にマヌスの杖が作れるとのことだったが、今の私には結晶の錫杖で十分だ。まぁ良い、求めるものでなければ彼女は突き返してくるだけだ。私は暗く澱んだ(ソウル)を取り出し、巣に放置する。

 

「あったか! ふわふわ!」

 

 するとどうやら本当にお目当てのものだったらしい。またもやマヌスの(ソウル)を取り去れば、代わりに置かれていたのはスクロールだった。

 

 酷くボロボロのスクロールは、随分と古いものらしい。手にとって広げてみれば、どうやらウーラシール原産の魔術であるようだが……

 

「……闇術じゃないこれ! どこで手に入れたの?」

 

「あったか! ふわふわ! オアッ!」

 

 だが彼女は答えてくれない。余程マヌスの(ソウル)が気に入ったか。

 

 追う者たち。それはウーラシールの魔術師、そして王であったマヌスが産み出した禁忌だ。

 人間性の塊をまるで追尾する(ソウル)のように産み出し、仮初の意思を与えて息絶えるまで相手を追尾する……スクロール曰く、そこに与えるのは人への羨望や愛。ただの攻撃手段としてしか産み落とされなかった人間性、それを利用した悍しい術だ。今までの闇術とは、ある種根本が異なる。

 

 だが、これこそ私に相応しいのかもしれない。今はまだ理由は分からない。しかしどうしてかこの人間性達の事を他人とは思えぬ自分がいる。

 

 そして、ならば闇とは何なのだろう。人間性とは。愛や羨望を欲するのであれば、悍しいものでは無いのではないだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 その火防女は、相変わらず大理石の上に佇んでいた。まるで私が戻ってくるのを待っているかのようだ。

 不死院から転送され、アノール・ロンドの篝火へとやって来た私はまず彼女に会いたいと思ってしまった。どうやらレア嬢とのアレコレで欲求が止まらなくなってしまったらしい。

 

「貴公、戻ったか……なんだ、そんなジロジロ見て」

 

「いや……なんでも」

 

「ふっ、鎧の下が気になるか?やめておくことだ、この鎧の下は悍しい人間性で一杯だよ。貴公も知ってるだろう」

 

 火防女のその皮膚の下には、沢山の人間性が蠢いているという。火防女とは、人間性の苗床だ。そして長く生き、人間性を溜め込みすぎた火防女というものは見るも無惨な姿をしているのだと伝承にはある。そしてそれを隠すものだと。

 ならば彼女の鎧の下でも、その人間性が蠢いているのだろうか?

 

「そうかな。見た目が悍ましくとも、心が美しければ良いと思うけれど……」

 

「……貴公、本当にどうした?私に欲情しているのか?」

 

 一歩、彼女が下がる。どうやら私に引いているらしい。それはそれで傷つくなぁ……まぁ自覚はあるけれど。

 

 

 

 太陽の女神は相変わらず憎らしいほど豊満だ。どことは言わないが、女の私でもあの豊満な何かに埋もれたいと思ってしまう。いや、今の私だから尚更だろうか。

 一体どこで私の性癖は曲がってしまったのだろうか。確かに男は信用できない生き物だったが、まさか聖女を穢すようになるとは思わなかった。あの色白できめ細かく、ふわふわで……

 

「……そんな目で見られても、困るわ」

 

 気がつけば、太陽の王女グウィネヴィアは困ったように笑いこちらを見ていた。しまった、いつの間にか下心満載で彼女の胸元を見ていたのか。

 私は咳払いをし、ある疑問を投げかける。

 

「……少し、お尋ねしてもよろしいでしょうか」

 

「はい、私で応えられるならば」

 

 だがそんな困惑した様子も一瞬の事、彼女はまた柔らかい微笑みに戻る。

 

「あの絵画について、御教えいただきたい」

 

 そう問えば、しかし一転して彼女の表情はまたも困惑した様子になる。

 

「貴女も、あの世界に興味があるのね」

 

「世界?」

 

 それは冷たい絵画の世界というやつだろうか。すると彼女は語った。

 

「あの絵画はね、どこにも居場所がない者が向かう最後の土地」

 

 優しく、しかし儚げに語る彼女の気持ちは分からぬが。

 

「だから貴女、止めはしない。けれど、貴女には居場所があるでしょう? 不死の英雄よ」

 

 それは忠告。彼女は何かを絵画に隠しているのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アノール・ロンド梁渡り。それは許された者だけが知り得る競技だが、今は関係ない。オスカーがビビり散らかしたあの梁の下、絵画が飾られた大広間。そこへと足を運ぶ。

 相変わらず白装束の不気味な絵画守りが陣取っているせいで絵画への接近は容易ではないが、新たな闇術である追う者たちを用いれば苦戦はしなかった。

 

 今や絵画守りの血で汚れた広間に生きて闊歩するのは私ただ一人。

 

 前に梁渡りの際に落としたシャンデリアに何故かくくりつけられていた死体から魔術のスクロールを回収すると、絵画の前で立ち止まった。さて、来たは良いがここからどうするか。

 

 ふと、部屋の隅に目が行く。そこには絵画守りとは異なった遺体が放棄されていた。その遺体の鎧に、見覚えがある。

 

「……こんなところまで飛ばされて、カッコつけても死んでちゃ意味ないわよ」

 

 それは、センの古城で出会った心折れた騎士の遺体だった。辛うじて残っていた(ソウル)は既に尽き、物言わぬ死体と化してしまっているが、確かに彼である。

 名も知らぬ騎士は、死んでようやくアノール・ロンドへと辿り着けた。そして助けられた私達はその使命を全うする。彼の死は、無駄ではなかった。

 

 形見のタワーシールドを取り、再度絵画を調べる。そしてその、絵の具で固まった表面に手を触れた瞬間だった。

 

 

 まるで水面のように絵画の表面が揺らぎ、私の手が埋まる。

 

「うわっ! 何それ!?」

 

 そして抜けない。抜けないどころか、どんどん身体が吸い寄せられていく。

 騒ぎ立てながら私はもがくも、意味はない。静かな広間に静寂が響き渡る。

 

 忌み者が棲まう世界。きっと、それも運命だったはずだ。暗い魂、遠い未来にて求めるそれは、今ここには無いが。そのきっかけが生まれてしまった。

 

 ずっと寒くて、暗くて、とても優しい絵。

 

 エレーミアス絵画世界。

 

 

 



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エレーミアス絵画世界、半竜

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 誰からも愛されず。

 

 誰にも必要とされず。

 

 ただ虐げられ、忘れ去られ。

 

 しかし人とは相応に死ねぬものだ。けれど居場所などどこにもない。

 

 だからこそ、集まるのだろう。忌み者達の集う絵画へと。

 

 暗く冷たく、けれど暖かい世界。

 

 

 人はそれを、エレーミアス絵画世界と呼ぶ。

 

 

 

 

 

 気がつけば私は、見知らぬ橋の上にいた。

 

 寒く、景色は青白く。白色吹き荒れ人を拒む国。雪景色など久しぶりに見た。ロードランとは陰鬱で太陽に満ち溢れ、そして深淵が近い異端の場だろう。故にこうして一つの気候に染まった場所などありはしない。

 あぁ、外の世界で見て以来の雪だ。不死の身であれば気温は関係が無い。代謝が止まった身体はこの冷たい水の結晶を久しぶりに楽しんでいた。

 

 美しい自然の結晶を手に取り、同じく雪のように白い頬に染み込ませる。あぁ、やはり本当にこれは雪なのだ。白く、何物にも染め上げられるほどの純粋。であるならば、私の心も童心に還るというもの。

 

 昔、孤児院にいた時の事だ。孤児達で雪だるまを作った事がある。

 橋を渡り終え、しっかりと白い大地に足を踏み入れた私は串刺しになった亡者の亡骸の傍で雪だるまを作った。最早死体云々は見慣れすぎて何とも思わない。狂気など、他人を侵して初めて狂気なのだから、その狂気に染まらなければそれは狂気では無いだろう?

 

 否、最早私自身が狂気そのものなのだろうか。

 

 

 手のひら大の雪だるまを作り終え、都合良く設営されていた篝火の傍に置く。不死が焦がれる炎は雪だるまをゆっくりと溶かしていき、気がつけばまるまるとした身体は歪にも歪んでいた。

 その歪みこそ、不死が羨む老化に見える。老化とは、変化とは、不死が求める届かぬ願いだ。ならばせめて、私はこの雪だるまにその願いを代弁させる。これは、芸術だ。

 

 

 

 分かっている。異常なのだ。通常の私であればこんな少女染みた事はしないし、それが崩れ去る様を見て芸術などと言いはしない。

 だがその異常すらも普遍的だと思えるくらいには、この雪景色は心地が良かった。それは多分、この世界の役割が影響しているに違いない。

 

 絵画世界が居場所のない忌み者達の行き着く先ならば。人に閉じ込められ、不死として彷徨う私もきっと同じこと。

 所詮私はそこで項垂れて抜け殻と化している亡者と変わらぬ哀れな女なのだ。

 

「それがどうした」

 

 そんな事、今更だ。還る場所は無けれど進むべき道はあるのだから進めば良い。

 篝火で暖まった身体を立ち上がらせ、私はこの世界を進んで行く。センの古城も、アノール・ロンドも変わらない。私が歩けばそこは戦場となる。(ソウル)を求める亡者や魑魅魍魎と戦うことになるのだ。この雪景色は赤く染まるだろう。

 

 案の定、亡者達は襲いかかってくる。

 

 通常の亡者に加え、中には大きな膿を孕んだ者達すらもいた。

 ウーラシールの住人達を思い出す。彼らは深淵に触れた事で自らの人間性を暴走させ、あんな異形へと変わっていった。深淵が直接関わっているとは思えないが、根底は変わらない。あれは人間性の変質、その様だ。

 

 人だけが持つ人間性。それは人が抱くにはあまりにも異質なのだ。人が持つ成長が力だとするのならば、人間性とは成長という絵画を描くための顔料なのだろうが。しかしあまりにもその顔料は強大すぎる。それこそ神すらも恐れるほどに。

 

 膿は破裂すれば周囲に撒き散らされ猛毒を齎す。なるほど、過剰な人間性とは時に毒となるのか。故にウーラシールの深淵の穴にいた人間性に触れると命が削られる。

 見よ、あの膿に触れた亡者を。内側に潜む何かに苦しむ様を。毒を喰らったように暴れる様を。急な変質とは毒なのか。

 

 ここもまた、ロードランと同様に陰鬱さが溢れてはいる。それもそのはず、忌み者と言えど同じ人なのだから、その陰鬱さを流されたこの絵画世界もまた陰鬱なはずだ。

 だが気分は良かった。世界から弾かれた人間が自分だけではないと知れたからだろうか。

 

 

 だが、その中でもここは最悪だ。

 

 地下の下水、その場所はこの世の終わりのような骸が襲いかかってくる。忘れもしない、地下墓地において文字通り沢山転がっていた車輪骸骨。どういうわけかそいつらが、私目掛けて転がってくる。こんな狭い場所で。

 相変わらず殺意が高すぎる。一度あの車輪に轢かれれば、車輪のスパイクで滅多刺しにされた上に他の車輪骸骨にも引き潰されてしまう。隙を生じぬ二段構えだ。地上にいた亡者の集合体というべきファランクス集団も彼らには敵わない。

 

 それでも経験というのは強みである。愚者は経験に学び賢者は過去に学ぶと言うが、こと不死に関しては死ねぬのだから経験だけが蓄積されていく。決して経験は悪い事ではないのだろう。

 一体ずつ何とか車輪骸骨を屠り、とうとう下水に安寧を齎すと柱に取り付けられているレバーを回す。まるで回してくれと言わんばかりの配置だ。

 

 それを回せば、地上から何やら物音がした。きっと開かずの大扉が開いたのだろう。それは良い。探索は不死の嗜みだ。

 

 梯子で地上へ上がれば、やはり大扉が開いていた。気がつけば、広場にある女神像が涙の血を流して扉の方を向いている。

 その石像は涙の女神クァトのもの。カリムで信奉されている女神だ。どうしてここにあるかは分からないが、もしかすればこの絵画世界はカリム由来のものなのかもしれない。

 

 と、その時だった。先へ進もうとした私の(ソウル)に何かが反応する。悍ましくも、人らしい気配。即ち闇霊。

 

 

━━闇霊 黄の王ジェレマイア に侵入されました!━━

 

 

 

 黄の王だか何か知らないが、闇霊は須く赤いのだから色などわかるはずもない。だが身につけている装束を見ればその人物がどこに由来する人物なのかは想像できた。

 異常なほどに大きな布を頭冠に見立てた出立ちは、ヴィンハイムの賢者達のものにも見える。実物など見たことはないのだが。だがそれならば魔術を扱うはずだが、どう言うわけか目の前の変人が手にするのは鞭と呪術の火だ。異端なのだろうか。

 

 闇霊は大きく呪術の火を掲げると、地面へと叩き付ける。どんな技かは知らないが、あまりにも悠長なその動きは私としては狩りやすい。

 肉薄し、斧槍で首を狩り取ろうとして違和に気がつく。地面が揺れている。

 

「うわっ! 火柱!?」

 

 ジェレマイアを中心に火の柱が沢山噴き出る。なるほど、範囲呪術か。咄嗟に距離を取らなかったら火だるまになっていただろう。

 

 必殺の一手を避けられ、ジェレマイアは火球を放つ。速度の速い火球は牽制には持ってこいだが、私とて呪術師の端くれだ。あっさりとそれを見切れば簡単に回避できた。

 

 だが、それは囮に過ぎない。ジェレマイアは近接武器としては驚異的な長さを誇る鞭を振るう。咄嗟にそれを斧槍でガードすれば、何と言うことか。鞭は斧槍に絡みついてしまった。

 

「このっ……!」

 

 お互いに綱引きのように引き合う。盾で防御しなくて良かった、変幻自在の鞭では盾で防ぐものならばしなって他の部分が肌に直撃していた可能性もある。おまけにこの鞭、出血でもさせようとしているのか棘だらけだ。

 

 どうやらジェレマイアは私の筋力に多少驚いているようだ。男の彼が引き寄せられないと多段に踏ん張っている。ならばそれを利用しよう。

 

 私は左手の草紋の盾を黄金の残光へと切り替え、斧槍ごと自分の身体もあえて引き寄せられる。

 まるで飛びながら迫る私を、ジェレマイアはきっと頭冠の中で目を見開きながら見ていたはずだ。武器は使えず、呪術の火を使う暇すら無い彼になす術はない。

 

 引き寄せられた私はそのまま黄金の残光で彼の胸を穿つ。そして横へと身体を引き裂いた。

 すると彼の身体は両断され上半身が雪上へと落ちる。赤黒い霧と化した彼はそのまま霧散した。

 

 

━━Invader Banished━━

 

 

 

 

 

 さて、侵入者を倒して人間性を補充した私はゴーの大弓の弦を思い切り引いている。

 扉の向こう、塔の先の大橋に鎮座するのはドラゴンゾンビ。前に飛竜の谷で見たあれと同じものだ。まともに相手をするのは非常に苦痛なので、こうして別棟の頂上から狙撃する。

 

 流石竜狩りのために造られた大弓。その一撃はゾンビであろうとも容易く竜の鱗を穿ってみせる。

 

「ギャアアアア!」

 

 と、そんな私のすぐ真下からは何やら鴉と人間が混ざり合ったような生き物が迫りつつあった。

 

「ベルカ信奉者ってのはどうにも不気味ね」

 

 大弓でその鴉人間をど突く。すると奴は螺旋階段から落ち、そのまま地上に激突した。

 やはりこの絵画世界がカリム由来であるというのは、半分合っていて間違っている。恐らくはこの絵画世界へと流れ着いた者の中にカリムの者達が大勢いたのだろう。罪の神ベルカを信奉するのはカリムの中でも異端者であるから、きっと迫害されていたに違いない。

 

 ドラゴンゾンビを屠ったは良いが、まさか上半身だけ爆散して下半身が残るとは。これでは大橋は封鎖されたままだ。

 仕方なく、別の道を探す。別棟では暗い種火や沈黙の禁則という魔術を手に入れられたから収穫はあった。

 

 大橋の下には崩れかけた通路があり、私はそこを進むことを余儀なくされた。道中ではバーニス騎士やそれを援護する弓兵なんかもいるせいで大分時間は掛かったが、死なずに彼らを駆逐する。

 

 しかしバーニス騎士までもが紛れ込むとは。まるで彼らの配置は何かを守るようだ。一体何を守っている?

 

 辿り着いたのはまた別の塔だ。霧が掛かっているということは……この絵画世界の主だろうか。

 緑化草をもしゃもしゃと食し、万全の状態で霧を潜る。相手はいつも待ってはくれないから、ある程度の下準備はいるものだ。

 

 霧を潜り、身構える私だったが。

 

 

「あなたは、誰?」

 

 

 そこにいた人物を見て、私は固まった。

 

 大きな背丈の、白い少女。

 

 髪は白く、仕立ての良さそうな白い毛皮を身に纏い、そして背後に伸びる尻尾も真っ白だ。

 そう、まるで竜のような少女がそこにはいた。見た目の美しさと相反した大鎌を手にして。

 

 呆けて彼女に見惚れる私は、しかし正気に戻れば警戒する。すぐに攻撃して来ないという事は、まともな部類なのだろう。だが人とは潜在的に鎌に恐怖を抱くらしい。どうにもあの大鎌が目につく。

 

「……貴女は? ここの親玉かしら?」

 

 すると彼女は何やら物憂げな顔をしてから言葉を発した。

 

「……私たちの仲間ではないのですね。もし誤って迷い込んでしまったのであれば、そのさきを飛び降りて戻ってください」

 

 質問に答えぬ彼女が指差すは塔の先、断崖絶壁だ。

 

「死ねってこと?」

 

「いいえ。あの先はこの絵画と現世を繋ぐ掛橋。飛べば貴女は元の世界に戻れるでしょう」

 

 どこまで信じていいかは分からないが、それ以外帰る手段が無い。どうやら転送もできないようだし。

 だがそれは良いとして。不意に私はある感情に支配されていた。(ソウル)から湧き出るその感情に、抗えぬほどの魅力を感じる。

 

 うずうずと、身体が好奇に震える。それを見て、彼女は何を察したのか言うのだ。

 

「もし、私の力を求めてやって来たのなら……それは許される事では無いのです……」

 

 凍えるような殺気に見つめられる。だがそんなものはどうでも良い。私はある事だけを胸に、彼女に近寄る。自ずと、彼女が鎌を持つ手に力が入る。

 

「ねぇ、貴女……」

 

 そして私は、人の罪深い欲を解放する。

 

 

 

 

「モフらせてくれないかしら」

 

「……はい?」

 

 少女らしい声が静寂に響き、半竜の少女は首を傾げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 乙女というものは不死になって尚乙女である。彼女のもふもふとした地毛に埋まり、心に溜まっていたフラストレーションを癒す。

 膝枕のようにしゃがむ彼女は、自らの竜の体毛に埋もれはしゃぐ私を困ったように笑って見つめると、空いた手で私の頭を撫でた。

 

「そんなに心地が良いものでしょうか? 少し、恥ずかしいですが……」

 

「何を言うの。すごくあったかでふわふわじゃない。これにときめかない女がいるはずないわ」

 

 ついつい自が出る。あのシフ並みにふわふわの毛皮は触っていて気持ちが良いし、もし眠る事が叶うのであれば速攻寝ているに違いない。

 それにこの、少女臭。ロードランでは珍しいこの欲情を掻き立てる匂いは、堪らない。もう聖女レアの一件以降隠す気のない私は解放されているに等しい。色々と。

 

「ふふ……貴女が純粋な方で、安心しました」

 

「そうかしら。こうして少女に埋もれた女好きが純粋とは思えないわね……自分のことだけど」

 

 あらあら、と彼女は優しく笑う。ああ、聖女レアのような哀れな少女も堪らないが、こうして神秘的かつ儚い少女もまた良いものだ。そして何よりこのサイズ感。大きな少女とはこうも童心に還りたくなるのだと驚かされる。

 できればこのまま仲良くなってもっと深い関係になりたいが……それはやり過ぎだろうか。

 




短めですが百合が書けて良かったです(小並感)


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エレーミアス絵画世界、プリシラと

この先、濃厚な百合があるぞ。

二回目のワクチンで朦朧としてるので初登校です。


 

 人と竜に、一体どのような関係性があるのだろうか。人は何故、あの悍ましくも荘厳な古竜にこうも魅入られるのだろうか。その理由を、一介の不死であるこの私は少しばかり知っている。

 

 人は竜へと至る事ができる。我が魔術の師である賢者ローガンは、かの白竜の書庫においてその真理に辿り着いた。彼は書物で得た知識とその優れた啓蒙により、不完全ながらも竜へと至ったのだ。そして私に屠られた。

 

 種族を超えた子孫の繁栄は存在しない。いくら人が犬や猫に偏った愛情を傾けようが、それで自らの遺伝子を残すことはできないことは明白だ。そんなもの、教えられずとも理解している。

 だが、竜と人ならば。元より同じ存在であるかもしれない我々ならば。或いは、残せるのかもしれない。そして人に近しい神々であるならば尚更だろう。人はそれを半竜と呼ぶに違いない。

 

 目の前で、私を着せ替え人形にしている大きな少女もまた半竜である事は明白だった。そしてその白さとは、かつて私が葬ったであろう白竜と瓜二つ。つまり彼女の親とは……

 

「うふふ、どうでしょう。似合ってますよ」

 

 気がつけば、満面の笑みを浮かべた半竜プリシラが私を眺めていた。余程娯楽が無かったのだろう、彼女曰く優しい絵画世界の人々は皆が皆正気ではないから遊び相手にはなるはずもない。なるとすれば、それは狂っている。

 

 私は両手を広げて自らの装いをじっくりと眺めた。着させられたのはまるで聖女のように真っ白な装束。絵画守りの長衣。

 あの悪名高いアノール・ロンド梁渡りにおける障害ナンバーワンのあの白装束共の衣装だ。頭巾は被らない。その代わり、前に火防女より回収したうす汚れた上衣のスカーフを首回りに掛ける。

 

 元々私はスレンダーだが、このピッタリとした衣装は良く似合う。流石は半竜のお姫様だろう、良い見立てをしている。ただ無い胸が目立ってしまうからスカーフは外せないが。

 

 手甲はゴツいものは付けない。黒革の手袋でモノクロ感を出しつつスマートさも併せ持つ。何より動きやすい。

 

 そしてパンツは黒のタイツ。かなり厚手のタイツだが、ベルカ由来のこれはかなりの魔術耐性があるとのことだ。細くて長めの脚には映えるだろう。

 

 何故絵画世界にまで来てファッションショーなんて事をやっているかと言えば、プリシラのふとした一言が原因だ。

 

「長く苦しい旅をして来たのですね……御洋服が痛々しいですから。そうだ、折角女の子なんですもの。私、こんなに大柄だから今まで着られなくて……」

 

 という気遣いにより、彼女が貯蔵していた衣服を着させられる事となった。確かに今までずっと聖職者の服装だった。最早信仰する神など居らず、擦り切れた服を着ているのも見窄らしい。故に私は彼女の案に乗った。そして着せ替え人形と化した。数時間はずっと彼女の膨大な衣装を着る人形と化していたのだ。

 

「ふむ……これは悪く無いわね。動き易いし」

 

「リリィ、貴女はもうちょっと顔以外も磨いた方が良いと思いますよ」

 

 耳が痛い。あまりお洒落とは無関係な人間だった故にこうして着飾ろうなんて考えたことも無かった。これからは武器や魔法類以外にも楽しみを覚えた方が良いのかもしれない。

 

 

 さて、お着替えも程々に私はプリシラに背後から抱かれながら絵画世界の景色を堪能する。モフモフと抱かれ甲斐のある毛皮は寒さを感じ難い不死にも温かさを与えてくれた。人の本質が寒くて暗い闇であるとしたら、やはり暖かい何かに心惹かれるのだろう。人は他人の芝生が青く見えるのだから。

 

 だが、時間が経つにつれて私は彼女の由来についての探究心が増していく。学者として開花しつつあった私の一面が疼く。

 

「ねぇ、プリシラ。貴女は半竜なのよね」

 

 そう問えば、彼女は麗しい声で肯定した。そこに嘘偽りは無い。

 

「貴女の親は、誰なのかしら?」

 

 その、あまりにも不必要に踏み入った質問にプリシラは私を撫でる手を止める。

 

「……他意はないわ。答えたくないならば、今の質問は忘れてちょうだい」

 

「……貴女は、私の生命狩りの力を求めて来たのではないのですよね?」

 

 私の質問は、しかし異なる質問で返される。

 

「ええ。ここへ来たのも話した通りこの人形を拾ったからだもの」

 

 (ソウル)よりおかしな人形を取り出す。人形とも言えぬ、木屑のようなそれはしかしプリシラの視線を集めるだけの価値はあった。

 

「……こうして、貴女は私に寄り添ってくれるのですもの。たかが力のために殺そうだなんて思っちゃいないわ。そんな安い奴じゃないし」

 

 そう。運命とは自らの力で開くものだ。あの薄暗い不死院に囚われようが、しかし運命はいつも自分で切り開いてきた。不死院のデーモンに挑み、死に、しかし諦めず。そしてオスカーがやって来た。私は運命に打ち勝った。だから、生命狩りの力など要らぬのだ。

 その意志を感じ取ってくれたのだろうか。プリシラはより一層私を抱きしめる。骨が軋もうが関係無い。この痛みすらも、少女の抱擁であると考えれば愛おしい。この孤独だった少女に、真の意味で寄り添えるのは同じく孤独な乙女である私だけなのだ。

 

「……貴女は、友達、ですよね?」

 

「……会ったばかりだけど、その通りよ。種族なんてものは関係が無いもの」

 

 そう、関係が無い。私は孤独で、どこまでも独善的だが。私を心から必要としてくれる人には報いたい。それはきっと、聖職者だった私の唯一聖職者らしい心なのかもしれない。それを偽善と言いたければ言うが良い。私は私だ。やりたいようにやるだけだ。

 

「……私の母は。母と言えるかも分かりませんが。かつて古竜を裏切り、大王の外戚となった白竜でした」

 

 彼女が語り出す。やはり、そうだ。私が殺され、そして殺し返したあの白竜は彼女の親だ。

 なんと言う運命の悪戯だろうか、まさか親を殺した相手が唯一の友とは。

 

「父は……分かりませんが。でも、神であったと聞きます。そして大王は……私に……」

 

 言いながら、次第に俯く彼女の表情は暗い。

 かの大王はその偉業と同じくらいの好色漢だったと聞く。きっと、彼女もそんな下衆な大王の被害者の一人だ。やはり神は信用ならない。

 

 振り向き、見上げながら私はそんな彼女の頬に手を添えた。

 

「もういいわ。ごめんなさい、そんな事聞いてしまって」

 

「いいえ……こちらこそ、申し訳ありません。こんなこと、貴女に言うべきでは無いのに」

 

 どうしてこんな純粋で孤独な少女を穢す事ができるのだろうか。神とは偉大で、膨大な(ソウル)を持ち、しかし尊大な態度を持つという。

 その身に余る尊大さは、一人の少女にトラウマを植えつけたのだ。それを許すわけにはいかなかった。仮にも少女を愛するようになった者として。……かく言う私も聖女を穢してしまったが。それはそれだ。

 

「……憤ってくれるのですね。こんな、出会ったばかりの半竜に」

 

「……そうね。だからでしょう。聖女達を攫い、そして魂までも穢したあの白竜を、許せなかった。そして殺したわ」

 

 私も告白した。彼女がそうしてくれたように。彼女の親を殺したのは私だと。だが彼女はそれを責めることはしなかった。

 

「……優しいのですね、貴女は」

 

 その声が、どうにも異形と化した聖女達を屠った際に聞こえたものと重なった。あれは幻聴だろうが、それでも私を慰めているように聞こえたのだ。

 ああ、私も随分と罪深いようだ。如何に理由があろうとも、可憐な少女の親を殺すなどと。

 

「昔、兄と慕っていた方も、貴女のように優しい方でした」

 

 優しい思い出を、プリシラは語った。

 

「太陽のように暖かく、そして大らかな方でした。彼は竜であろうとも分け隔てなく接し、しかし故に大王へと異を唱え、今ではその名すらも残されてはいないのです……」

 

「それって……」

 

 太陽の長子。かつて大王グウィンに追放された神。今ではその記録はほぼ残されてはおらず、ソラールといった太陽の戦士だけが信仰する戦神である。

 まるでオスカーのような神だ。熱く、そして優しい理想的な神。だがそんな神も、大王の意向には逆らえない。やはり権力を持った神はゴミだ。

 

「だから、リリィ。貴女はそうはならないで。あの人のように消えてしまわないで。私は、怖いのです。また、一人になってしまうのが……独りよがりの願いですが、それでも友達になったんですもの」

 

 それは細やかな願いだった。半竜として長く孤独だった少女の、しかし暖かい願い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 絵画世界を脱した私は廃都イザリスへと向かう前にレアの下へと足を運んでいた。あの後プリシラとは別れたが、また戻ると約束をした。下心が出て我ながら浅ましいが、あんな美しい少女と二度と会えないのはゴメンだ。そのうち絵画世界で彼女とも愛を育もうと思う……好色家なのは私もだろうか。

 

 さて、城下不死教会で今も尚亡者となった者達に祈りを捧げる聖女レア。彼女は私を見るや否や、その儚い笑みを私に向けた。

 

「御無事で何よりです。……お着替えになられたのですね」

 

「どう、似合うかしら?」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ポーズを取って凄む。長くロードランで戦い続けていたからか、どうにも変なポーズになってしまう。職業病とでも言えば良いか。

 そんな私を見て彼女はくすりと笑う。そんなにおかしかっただろうか。

 

「ふふ、いえ……あんまりにも似合っているものですから」

 

「あら、なら良かった。一瞬笑われたせいで本気で落ち込みそうだったから」

 

 勝気な私にも繊細な所はあるというもの。彼女はその一言を真に受けすぎたのか、薄い笑みを一転させると謝罪した。

 

「あぁ、申し訳ありません。そんなつもりでは……」

 

「……冗談よ」

 

 そんな彼女がどうにもおかしくて私も笑う。これでお相子だ。

 

 

 

 

 

 

 しばし聖女レアと触れ合い、私は火継の祭祀場へと向かう。いつの間にか居なくなったペトルスはどうでもいいが、やはりグリッグスも師を探すために旅立ったのだろう。見つかるはずもないものを探す事ほど哀れなことは無いが、それでも軽蔑はしない。彼は自分の力量を知っている。センの古城を抜け、アノール・ロンドに至れぬという事など。

 さて、大沼のラレンティウスは相変わらず暇そうに呪術の火で遊んでいる。火を恐れよと言ったのは自分だろうが、しかしこのロードランは殺戮と冒涜以外のものが少なすぎる。こうでもしなければ暇は潰せないのだろう。不死は暇に弱いのだから。

 

「お久しぶり、アナスタシア」

 

 檻の前に座り込み、いつものように俯く彼女に話し掛ける。

 相変わらず俯き祈る姿は変わらないが、それでも少しばかり反応したのか顔が動く。ただ薄暗い牢の中ではその表情も窺い知れないが。

 

 そんな彼女の組んだ手に、私も手を重ねる。土と灰で汚れた手は決して触り心地の良いものではない。だがそれで良いのだ。それこそ彼女が歩んできた道のりだろう。私はそれを受け入れ、触れるのだ。

 するとどうだろう、アナスタシアは少しびくりと震えたが、そのうち握り返してきたでは無いか。ああ、やはり私が抱く少女達への愛は伝わるようだ。素晴らしい。

 隠す事などない。私は女の子が大好きだ。

 

「……英雄様。いけません、こんなこと」

 

「ちょっと……無駄にそうやって煽らないでよ……」

 

 ドキッと、心臓が跳ね上がる。ただ手を握っているだけなのに卑猥な事をしているみたいじゃないか。下心は丸出しだが。

 スッと、アナスタシアが面を上げる。その顔や髪は煤に塗れていたが、それでも元はきめ細やかな美しい美肌。紅潮した頬は隠せなかった。

 彼女は困ったように眉をハの字に曲げると、何かを求めるような目付きで……それこそ可愛らしい犬や猫が甘えるような目で私を覗いた。

 

 これが火防女の力……いや違うけれども。

 

「……その扇情的な表情、火防女に有るまじきものよ」

 

「……申し訳、ありません」

 

 謝る彼女を、柵越しに引き寄せる。柵で遮られても手は、口は届く。ぐいっと彼女の背中に手を回すと、私たちの顔はお互いの吐息が触れ合うほどに近付く。

 

 不死とは熱と火を求めるものだ。そして今の私は、彼女の体温と愛の炎を求める乙女である。そこに何の違いがあろうか。

 人間性とは、闇とは、実は愛なのかもしれない。ならばそれに狂うは人の性。許される事だ。

 

 互いの口が触れ合う。灰被りの唾液は、それすらも感じさせぬほどに暖かい。

 幾度も重ね、そして離れれば橋が掛かる。淫らで、そして美しい。まるで芸術作品のような美しさだ。

 

 息も絶え絶えの私達はお互いに熱った顔を見詰める。

 

「……もし。もし、あのアストラの騎士が火を継いで不死の呪いが解けたのならば」

 

 そして、私は告白する。私の思いの丈を。

 

「一緒にここを出て、旅をしないかな?」

 

 その提案に、火防女として捕らえられた乙女は紅潮した顔に羨望を浮かべた。

 しばらく、沈黙している中で彼女は俯く。きっと燃える炎の中と自らの使命を天秤にかけている。火防女とは、世界の終わるその時まで火防女なのだから。人を投げ出すことは許されない。

 

 だが、そんなもの犬にでも食わせておけば良い。君は人で、暖かい心を持った乙女なのだから。

 

「……私は、火防女です」

 

 彼女の口が言葉を紡ぐ。私は何も言わずにただそれを耳にしていた。

 最早、声を聞くことも愛おしい。

 

「火防女は、使命を守り続けなければいけません。不死を、彼らを見守り、火を守らなければなりません。……けれど」

 

 けれど。私は、その先を心待ちにして耳を澄ませる。

 

 

「本当に、不死が居なくなったのであれば……私は、貴女の、貴女だけの火防女になりたいのです」

 

 

 その瞬間、私はまた唇を彼女の唇と重ねた。そこに理性などありはしない。燃え盛る篝火の炎は一層燃え、私達の心情を映し出すようだった。

 浮気などしていない。私は少女が好きで、大好きで、隠しようもない愛を抱いていて、故に皆を愛する。不死に常識などありはしない。そんなもの、外の世界に捨ててきた。

 

 そんな光景を眺める鉄板のパッチは、気付かれぬように鼻を鳴らして篝火の傍に座りこんだ。

 

 恋慕などと、まさか不死になってまで見るとは思わなかった。それも女同士。

 それは狂ってはいるのだろう。だがここロードランで狂わぬ者などいるだろうか?そもそも、狂うとは何であろう。そんなものはこの時間と時空澱んだ世界にありはしない。

 あるのは事実だけ。起こった事が正義である。そして正義とは強いものが織り成す物語である。

 

 なら、別にいいのだ。あの不死は強く、そして正しい。パッチは柄にも無く真面目な面持ちで篝火の火を見詰める。

 

 人を愛する事など忘れてしまった彼だが、どうにもその情景は心地悪いものではなかった。

 

 

 




 順調に百合ルートを築いていくリリィさん。狂っていようが端折ろうが、しかし愛は無限に有限であり近くも遠くもあるのです。だからこれも正しいのです。

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Sins of Mother
病み村、魔女


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 廃都イザリス。それはかつて、最初の火より王の(ソウル)を見出した偉大な者達。呪術の祖として名高い彼女達は、しかしその実は炎の魔法なるものを扱っていたそうだ。それは誰も知り得ぬ、秘匿された事実。白竜の書庫で学んだ一つである。

 己の力量も分からぬままに最初の火を産み出そうとした魔女達は、しかし産み出した混沌により自らとその国を焼き、今ではデーモンの故郷となってしまっている。なんと罪深き魔女達か。

 

 イザリスには病み村を経由する事で向かう事ができる。かつて打ち倒した魔女クラーグ、その根城の先。一度行った場所だが、生憎とあの場所には篝火が無かったから転送はできない。まぁ道中の毒沼だけと考えれば気は楽ではある。

 

 病み村の毒沼前に転送され、私は錆びた鉄輪を指に嵌めてから走り出す。

 一見するとガラクタに見えるこの指輪だが、反面効果は素晴らしい。こういった足を取られるような場所においても問題なく走る事ができるのだ。これであのうざったい虫も一際大きい岩転がし共も無視できるだろう。

 

 と、そんな風に考えながら毒沼を走っていると。

 

「グゥ〜……グゥ〜……」

 

 毒沼にある浮島。その片隅に見知った人影が見えた。最初は疲れているのだろうかと思ったが、どうにも見間違いや幻想ではないらしい。

 カタリナのジークマイヤーが、立ちながら寝ているのだ。器用なものだ。

 

 無視するのもアレなので、一先ず休憩がてらその浮島に寄る。いくらスタミナに自信があると言ってもずっと走るのは疲れる。

 彼は相変わらず腕を組んで豪快に寝ているようだ。よくも虫や混沌の生物に見つからずにいられたものだ。ここはもう敵地だというのに。しかし傍にジークリンデがいないとは、まさか逸れてしまったのだろうか。

 

「ちょっと」

 

 話しかけるも、彼は寝たままだ。仕方なく、その重厚な鎧をノックする。すると彼はビックリと身体をビクつかせて飛び起きた。

 

「お、おお! 貴公か、すまぬ。私とした事が、考えに耽っていたらうとうとしてしまった」

 

「うとうとっていうか寝てたじゃない、完全に」

 

「うーむ……まぁそうとも言うな」

 

 そうとしか言わない。しかし起きた彼はまたしてもうーんと唸り出す。まるでこちらから声をかけて欲しそうだが、きっと彼はただ一人考えているだけなのだろう。そこに何も打算は無さそうだ。純粋なのだ、カタリナの人々は。

 

「……もしかして、苔玉かしら」

 

 きっと、そうだろうなとは思っていた。彼の動きは重装備故に鈍重で、この毒沼には適してはいない。おまけにすぐに疲れると来たら毒消しである苔玉はすぐに消費してしまうだろう。

 毒に侵されたならばエストを飲んで一時的に耐え忍ぶ訳にもいかないだろう。だって、毒は苦しい。人間、苦しさからはいち早く抜け出したいだろう?

 

 見抜かれたジークマイヤーはぬっ、と少し驚いたが、すぐにいつものような口調に戻る。

 

「その通り、順調にここまで来れたのは良いが……帰りの分が足らんでな」

 

「帰り?転送はできないの?貴方アノール・ロンドからどうやって帰ってきたのよ」

 

 そう問えば、彼は整然とした様子で答える。

 

「王の器を受け取ったのはソラール殿だ。私には興味が無いものでな。故に共にいなければできんのだよ。貴公もそうじゃないのか?」

 

「いえ……私は普通にできるけれど」

 

 どういう事だろう。私の世界で受け取ったのはオスカーだけだ。もしや太陽の女神に謁見しなければ転送をさせてもらえないのだろうか?

 というか、ならばなぜ彼はアノール・ロンドにいたのだろう。そもそも彼が探しているものとはなんだ?考えても答えは出ない。彼のみぞ知る問題なのだから。

 

「まぁ、いいわよ。あんまり使わなかったし。2、3個あれば足りるかしら」

 

 そう言って(ソウル)から毒紫の苔玉を取り出し、彼に手渡す。まぁ生憎とあの下水道にいた性悪ババァからかなりの数を買っておいたので痛くもない。仮にイザリスがここと同じく毒だらけであろうと数には困らないはずだ。

 苔玉を渡されたジークマイヤーはおおっ、と感嘆すれば感謝を述べる。

 

「そうか、すまんのぅ! カタリナのジークマイヤー、貴公に感謝するぞ! この恩は決して忘れん!」

 

「大袈裟よ」

 

 笑って私も言葉を返す。別に良いというのにここまで感謝されるとは思ってもいなかった。ロードランでこうも善人なのも珍しい。前には見返りも求めた私だが、今では彼の陽気な存在が救いとも思えるほどだ。

 

「いや、そう言うな。これはほんの気持ちだ。受け取って欲しい」

 

 何を思ったのか、彼は自らのカタリナらしい盾を私に手渡してきた。ピアスシールド。攻防一体の小盾だ。

 

「なに、気にするな。正直今まで殆ど使わなかったのでな」

 

「じゃ、ありがたくいただくわ」

 

 それを(ソウル)にしまう。盾は草紋の盾があれば良いが、まぁこれもコレクションとして考えれば良いだろう。

 そうして私は彼と別れ、また病み村の奥へと進んで行く。オスカーではないが、人助けとはある種良いものだ。

 

 

 

 

 

 今日はなんだ、よくまともな人と会うものだ。

 

 その人もまた、さっきの玉葱騎士のように毒沼の浮島にひっそりと存在していた。

 泥の上に座り、汚れるのも憚らず、ただそこにいたのだ。私はここで一息入れるつもりだったのだが、浮島に来るまで気が付かなかった。あまりにも驚いて乙女らしからぬ声をあげてしまってその人はようやく口を開いた。

 

「……ほう。不死者が、私の姿が見えるのか」

 

 女性だった。少女ではない。だが年老いてもいない。しかしその顔は身に纏う黒金糸のローブとフードのせいで口元くらいしか見て取れない。だが、その口元から察するにきっと端正な面持ちなのだろう、なんというか、上品そうだ。きっと美しいに違いない。

 

 と、そんな煩悩を掻き消して私は恐る恐る尋ねる。まともに見えて案外まともではないのかもしれない。いつでも攻撃できるように黄金の残光は手放さなかった。

 

「そういう貴女は?」

 

 尋ねれば、彼女はまるで品定めするように私を見回した。ふむ、こういうのも悪くはないのだなと、この時にちょっとした性癖が開花したのだろうか。今の私には未来は読めぬが。

 

「私はイザリスのクラーナ。人の身で私の姿を見る者を見るのは久しぶりだ……才もある」

 

 どうやら私には呪術の才能があるようだ。純粋な魔術師でも無いのに魔術も幅広く扱え、また呪術にも才能があるとは我ながら誇らしいが、本職であった奇跡に関してはもう何にも思い出せない。そういえばタリスマンどこに行ったんだろうか。きっと箪笥の中の肥やしのように(ソウル)の奥深くに眠っているに違いない。オスカーにでもあげようか。

 

「お前も、私の呪術が目当てなのか?あのザラマンのように」

 

 呪術王ザラマン。その名を知らぬ呪術師はいない。かの大火球も彼の二つ名として知られる呪術であり、彼はロードランにて呪術の真髄を見たのだと言う。

 まぁ、これはラレンティウスの受け売りだが。私は元々魔術に縁はなかったから知らないんだ。

 

「呪術師なのね、そう……なら、教えてく」

 

「言葉遣い」

 

 ペシっと脛を叩かれる。あうっ、と痛がればクラーナはため息まじりに言ってみせた。

 

「最近の呪術師は……ザラマンといい、どうして私が見える者どもは須く不躾なんだ」

 

「……あの、教えてくださいませんか」

 

 こういう類の人種は好きではない。仮に師であるローガンに同じ事をされていたらまたセンの古城に閉じ込めていたところだ。この性格が災いして教会でも問題児扱いだったが……それでも抵抗しないのは、彼女とお近づきになりたいという下心もあっただろう。

 

 低姿勢で教えを乞えば、彼女は満足したのか鼻を鳴らした。

 

「そうか。そうだろうな。だったらお前を私の弟子にしてやろう」

 

 なんとも偉そうに言うクラーナだが、どうにもその姿が可愛らしく見えてしまう。不遜な態度を取られても怒るどころか情熱が湧き上がるとは、私の人間性も限界なのかもしれない……いや、燃えすぎているのか。

 

「だが、私の呪術はそれなりの糧を要求するぞ。お前に耐えられるかな?」

 

 そして、挑戦的。いや挑戦するのは私だが、その挑発的な態度は私の乙女を愛する心をくすぐった。聖女とも火防女とも違う、なんというか男勝りな人だ。今までに無いタイプ。

 ふむ、なら徹底的に呪術を極めて彼女に認めてもらおう。きっとこう言う人は親しくなればなるほど甘えさせてくれるに違いない。私が言うのも何だが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日、そうしていたに違いない。時間の概念が薄れたロードランならではの事であるが、その間の修行は容易いものではなかった。

 呪術とは才能の無い者が扱うと聞いた事があるが、魔女クラーナの扱う呪術はその原初である炎の魔術に限り無く近い。魔術師でもある私にはそれが分かる。故に、(ソウル)と言う名の才能を要求する。

 あぁ、沢山の偉大な者達を屠っておいて正解だった。それらが私の(ソウル)の糧となり、今こうして特別な彼女の火を分け与えられているのだから。

 

 呪術師にとって火とは、自らの分身である。故にそれを分け与えられた私には伝わってくる。彼女という、表面上はツンケンしているが実は優しさを併せ持つ女性が。

 

 そして、イザリスのクラーナという自らの出生を表す名乗り。詰まるところ、彼女はあの王の(ソウル)を持つ混沌の魔女の生き残りだ。彼女からはその(ソウル)は感じられないが。呪術の祖とこうして会えるとは。

 

「よし、今回はこんなところだろう。不器用な所はザラマンと変わらんな」

 

 師であるクラーナから厳しい言葉が飛ぶが、その反面少しだけ見える表情は嬉しそうだ。ツンデレとでも形容すれば良いだろうか。

 

「呪術王が不器用って……呪術は難しいものですね」

 

「ふん、もう200年程前のことだがな。出来の悪さはお前と同等だ。それが呪術王なんて呼ばれるとは……偉くなったものだ」

 

 その声色はとても嬉し気で。懐かしむように、優しい。そろそろ私も行かなくてはならない。目的はイザリスの(ソウル)だ。

 

「では、もう発ちます。心配しなくてもまた来ますわ」

 

「ふん、どの口が言う馬鹿弟子が。……イザリスに向かうのか」

 

 その問いは、どこか憂いが混ざっている。私は頷いた。

 

「そうか……では、行ってこい。亡者になんてなるんじゃないぞ」

 

 まるで、母のように心配してくれるクラーナ師。私は微笑んで毒沼を駆ける。その後ろ姿を彼女は見えなくなるまで眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 前には気がつかなかった。

 

 それはクラーグの根城、鐘の真下。不意に声が聞こえてきたのが原因だった。何も無い……と言うより、クラーグの蜘蛛の糸で固められた壁から声が聞こえてきたのだ。

 もしやアノール・ロンドやウーラシールのように隠された壁かもしれぬと思い、軽くその糸を小突いてやれば幻影は消えた。現れたのは通路……と、何やら異形の卵を背負った不死人。

 もはや立つことも叶わないほどに肥大化した背後の卵を揺さぶりながらその亡者は近寄ってくる。敵だと思った。だが、まさかのその亡者より言葉が発せられた。

 

「怪しい奴め……お主、何者だ? 新しい従者か?」

 

「えっと……」

 

 珍しく言葉に詰まる。戦闘態勢だった私はしばらく考え、もし話が通じるのであれば無用な戦いはすべきでないと結論付けた。

 

「そうよ。従者。だから通しなさいな」

 

 しばらくその卵背負いは私を鑑定するように睨む。まぁ怪しいのは分かるが、一般的な怪しさで言えばこいつの方が怪しいだろう。

 

「……ふん、卵も背負わぬ半端者がな。まあ良い。ならば進んで姫様に見えるが良い。くれぐれも粗相の無いようにな!」

 

 そう言えば、彼は道を譲ってくれる。今、姫様と言っただろうか。もしや混沌の魔女に他に生き残りがいたのだろうか。そしてクラーグはもしかすればその生き残りを守っていた?

 まぁ良い、もし混沌の異形であるならば美人であろうと狩るだけだ。どの道王の(ソウル)を手に入れる過程で敵となるだろう。そうなれば、その美しい(ソウル)は私のものになるだろうし。

 

 

 そう、考えていたのに。

 

 

 

 その“御方”を見た瞬間、私は心を奪われてしまった。

 

 

 彼女は、その魔女は、まるで蜘蛛の糸のように白く華奢であり。

 

 ただ、壁の糸と一体化してしまった蜘蛛の身体より美しい上半身を伸ばし。

 

 手を組み、祈っていた。

 

 それはまるで、美しい絵に見惚れる少年のように私を掴んで離さなかった。

 

 

「ほれ、従者であるならばあのトゲトゲのように人間性を捧げんか」

 

 その、卵背負いの言葉で我に帰る。そして、問うた。彼女の存在を。

 

「彼女は、何に祈っているのかしら」

 

「お主、それも知らずに従者となったのか!? なんとまぁ愚か者め……まぁ良い。姫様の美しさ故に従者となる者も少なくは無い。姫様は……それはもう、尊い方でな。わしら嫌われ者達のために病を飲み込んだのだ……わしらのために祈ってくれたのだ……」

 

 異形でありながら尊いその御方。祈る対象は神でもなければ信者でもない。ただの忌み人。不死であり、加えて病すらも患った嫌われ者共。そんな者達のために彼女はその身を犠牲にしたのか。

 

 ならば、私が殺したクラーグは。そんな健気な自分の姉妹を守っていただけだったのか。こんな美しい(ソウル)と身体の姫を。

 

 私は、何という罪を犯したのだろうか。

 

 

 彼女の前に跪き、祈る。最早聖職者ですらない私が、ただ一人のために祈り、誓約を交わす。

 罪滅ぼしと言われればそうである。だがそれ以上に、彼女のために何かをしてやりたいと思ってしまった。例えその身が異形であろうとも。

 

 私の(ソウル)に彼女との契りが刻まれる。彼女は言葉を解さない。きっと、それすらもできないほどに蝕まれているのだろう。

 

 もし、私が人間性を与える事でその苦痛が和らげば、それ以上に嬉しいことは無いし、それで罪の意識から逃れられると思ったのだろう。

 

 気がつけば私は貯めていた人間性を彼女に大きく捧げていた。

 

「お、お主、そんなに捧げて大丈夫か」

 

 背後で卵背負いが心配する。

 

「いいの。まだまだ人間性はあるから」

 

 私の呪術の火に新しい技が灯る。それは混沌の呪術。きっと与えた人間性に対する見返りなのだろうが、そんな事も気にせずただ彼女を見上げた。

 

 知らぬ内に悲劇が訪れるなど、不死にはよくあることだ。だが、それでも私は彼女に祈らなくてはならない。今の私は彼女の従者なのだから。そしてその生まれ故郷を滅ぼそうとする悪人でもあるのだから。

 

 

 



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イザリス、爛れ続ける者

 

 一度、祭祀場に戻ることにした。

 

 少なくともあのままイザリスの地へと足を踏み入れれば激戦が待ち受けていることは分かっていたことであるし、今の精神状態でそのまま戦うのは些か危険であると判断したのだ。

 死んでも生き返る。だが、できればあまり死にたくない。死ねば、それだけ人間性が擦り減るのだから。(ソウル)から大切なものが抜けていってしまうのだから。私は彷徨う亡者になどなりたくもないしなるつもりもない。

 

 故の帰還。祭祀場に戻れば、懐かしい顔がそこにはいる。アストラのオスカー。神々の火を継ごうとしている不死。私の相棒とでも言えば良い騎士だ。今ではこうして別行動してしまっているが。

 

「やぁ、久しぶりだね」

 

 そう挨拶をする彼の声色は、どこか疲れ気味だ。そういえばウーラシールで別れた後、彼はどこで何をしていたのだろう。長く世界が別たれてしまっていたから痕跡すらも見ることができなかった。

 私は彼の横に座り込み、共に篝火の温もりに包まれながらしばらくずっとそんな風にしていた。言葉を発したのは、またもや彼から。

 

「君と別れてから、色々と得たものがあってね」

 

 どこか余所余所しく、けれど嬉し気に話す様はやはり純粋な青年らしい。

 

「ソラール殿の勧めでね、太陽の戦士の制約を交わしたんだ」

 

「あら、御人好しの貴方らしいじゃない」

 

 いつものように軽口を叩けば、彼は笑って(ソウル)から一枚のメダルを取り出す。それは黄金に輝く太陽のメダル。描かれているのは顔のついた太陽だ。いつかロートレクからもらったものと同じだ。

 それから、彼は太陽の戦士としての闘いを語る。私はそれをじっと、ゆらめく篝火を眺めながら聴いていた。侵入者に追い詰められた同胞の話、巨大な敵を打ち破った話、何やら制裁がどうとか言う変人の話。どれも、彼らしい人の良さが現れたものばかりだった。

 

 思い出を懐かしむのは良い事だ。自らが人であると言うことを認識できる。そして思い出を語れるのであれば。それはまだ亡者にはならぬということだ。

 

「そうして、僕は太陽の力を。雷の力を手に入れたんだ」

 

 握りしめるのはどこにでもある擦り切れたタリスマン。きっと道中拾ったものだろう、それは何の変哲もない代物だ。

 ふと、私は自らもタリスマンを持っていた事を思い出した。そういえば長いこと使っていないから、オスカーにでも会ったらあげようと思っていたのだったか。(ソウル)の奥底から慣れ親しんだそれを取り出せば、オスカーに投げ渡す。

 

「おっと……これは、君のかい?」

 

「うん。あげるわ、もう使わないし」

 

 その擦り切れようと言ったら。聖職者になって初めて貰い、以降碌な手入れもせずに用いていたものである。そのためか、元々白いはずのタリスマンは所々黒ずみ、灰被りのような色へと変色してしまっていた。

 オスカーはそれをバイザーから覗けば、しばらく動かなくなる。そんなに嫌だったろうか。

 

「……まぁ、嫌なら捨ててもいいわよ。どこにでもあるものだし」

 

 そう言えば、彼は首をこれでもかというくらいに横へ動かす。

 

「いや! 嬉しいんだ、こうやって人から何かを貰えるなんて、ロードランに来てからは無かったからさ……ふふ、そうか。これで、僕の傷を治したんだな」

 

 確かに、あの不死院でオスカーの傷を癒やしたのはそのタリスマンによるものだ。そういえば回復の奇跡なんてしばらく使っていないからもう呪文を忘れてしまった。いや物語と言うべきか。私もすっかり魔術師の端くれというわけか。

 

 ふと、彼の胸に掛かるものに目がいった。真鍮のようなそれは、ペンダントに見える。前まであんなもの付けていなかったのに。面白がって、私はそのペンダントを指差し問う。

 

「それも太陽の加護ってやつかしら?」

 

 彼は一瞬、何を言われているか分からなかったようだ。だがすぐに胸に掛かるペンダントを慌てた様子で(ソウル)へとしまい込む。そんなに見られたくないものならば最初からそうしておけば良いのに。

 

「いや、なんでもない。何でも無いんだ……うん。それより、君はこれからどこへ?」

 

 無理矢理話題を変えたオスカーに、敢えてペンダントの事を言うことはしなかった。

 

「イザリス、その最深部へ。あんたは?」

 

「小ロンドの公王を討ちに行く」

 

「でも、公王は深淵に棲まうらしいわよ。何でもアルトリウスの力が無ければ行けないって話だし」

 

 そう尋ねれば、彼は左手を空高くあげた。その薬指には一つの指輪が収まっている。

 

「これがその力さ。アルトリウスの契約。深淵歩きの加護を齎し深淵にも挑む事ができる」

 

「あら、そういうことだったのね。ふぅん、深淵に飲まれた癖によくもまぁ……でも、そうね。きっと誰かが彼の事を語り継いだに違いないわ。歪めて、かっこよくね。信仰っていうのはそういうものだもの」

 

 一人、そう言えば彼は何かを思い出したかのように顔を背けた。一体彼が何を思っていたのかは知らない。だが、きっと聞いてはいけないなにかのトラウマなのだ。ならば聞かない。好奇は甘いが愚かでもある。

 

「君も、何れ知る事になるさ」

 

 そう言えば、彼は立ち上がり傍らの剣と盾を取る。もう行ってしまうようだ。

 

「アルトリウスの契約は黒い森の庭、その奥底にある。今も彼は君を待っているだろう」

 

「彼?」

 

 オスカーは答えることはせず、そのまま小ロンドの階段へと足を進める。何か、いつもの彼とは違う。何かは分からないが、気負いすぎな気もする。だがそれも仕方ないのかもしれない。火を継ぐなど、未だ成し得た者などいないのだから。

 

 さて。

 

 オスカーと別れた後、私は大沼のラレンティウスの下へと向かった。篝火のすぐ後ろ、彼はいつものように自らの織り成す火を見つめて修練に励んでいる。そんな事をするより手っ取り早く(ソウル)を集めて強化した方が早い気もするが、それが正当な修行なのだろうから口は出さない。そもそも(ソウル)の業による強化が異業なのだから。

 

「精が出るわね」

 

「おう、あんたか。久しぶり……」

 

 わざとらしく、私はクラーナ師匠により強化された呪術の火を見せつける。呪術を教えてくれたのは彼だが、今では私の方がその威力も精度も上だろう。人とは自慢せずにはいられない生き物である。

 ラレンティウスはその火を一目見て気がつく。それが彼の追い求めたものであると。私は彼の火への執着心を甘く見ていた。気がつけば彼は縋るように私の火へと顔を近づけていた。

 

「あ、あんた! この呪術はどうしたんだ!」

 

「ちょちょちょ、ちょっとあんた落ち着きなさい!」

 

 あ、ああ、と言ってラレンティウスは離れるが、どうにも興奮が冷めやらない様子だ。まぁあの呪術王の師に鍛えてもらった火なのだから、呪術師であるならば誰もが羨むに違いない。

 

「ちょっと凄い人と出会ってね。その人から鍛えて貰ったわ。多分、あんたも呪術師として優れているから彼女が見えるんじゃ無いかしら」

 

「そんな呪術は見たことがない! 大沼の誰もが持ち得ないものだ!」

 

「そりゃそうでしょ、混沌の娘の生き残りなんて、私も会えるとは思ってなかったわ」

 

 混沌の娘、その生き残り。彼はその言葉を聞いて更に目を見開いた。

 

「そうか……やっぱりそうだったんだ! 伝承は本当だったんだ! 教えてくれ、その方は今どこに!?」

 

「病み村よ……ねぇ、あんたあそこに行くつもり?」

 

 そう尋ねれば彼は大きく頷いて立ち上がった。どうやらすぐにでも行くつもりらしい。

 

「なら、気をつけなさい。あそこにまともな人間はいないから。危なくなったらすぐに逃げ帰るのよ」

 

「おう! ありがとな! 俺も呪術師だ、自力で探してみせるさ!」

 

 とんでもないテンションで走り去るラレンティウス。大丈夫だろうか。ああいう何かに心躍る時が一番危ない気がするが……まぁ、彼の呪術師としての腕は本物だ。大丈夫であると信じよう。

 

 さて、本命の彼女の所へと向かう。相変わらず彼女はあの薄暗い塀の中で俯いているのだが。

 私の足音を聞いて、その可憐な面をあげて見せた。煤で汚れた顔のなんと美しい事か。そしてその儚気な笑みの何と清い事か。私はこんな清潔な彼女を汚してしまったのか……我ながら罪深い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 陽の沈まぬロードランで時間など分かるはずもない。だがしばらくはそうしていたのだろう。

 ずっと、手を握ったまま彼女の温もりを感じて話し合う。何でも良かった。内容など、他愛の無いもので良いのだ。時折悩みなどを打ち明ければ、彼女は聖女のようにその心を癒してくれる。流石に聖女レアとの秘事を打ち明けた時は死ぬほど冷たい目をしていたが。

 

 だから、混沌の娘の事も彼女に語って見せたのだ。

 

「……貴女は、残酷な方ですが」

 

 前置きはとても身に染みるもので。

 

「それでも懺悔し、彼女のために何かを捧げたのでしょう? 神は赦さずとも……私は、貴女を赦しましょう」

 

 誰かから許されたいとは思ってはいない。だが、その一言だけでも心の痛みが和らいだ気がした。それと同時に、こうも自分とは愚かなのだと気がつくのだが。

 結局、私の自己満足に過ぎないのかもしれない。こうして打ち明けるのも。心のどこかで救いを求める哀れな白百合がいるせいなのかもしれない。

 

 だが、それで良いと。未来の私は語るのだ。人が何かに縋ることなど、当たり前のことじゃないか。そしてそれこそ人らしい。

 

 

 

 

 

 

 

 蜘蛛姫の間を抜け、イザリスの地へと足を踏み入れる。

 

 ここは灼熱の業火に灼かれた愚かな魔女の地。その名に恥じぬ通り、今やこの地は溶岩がまるで海や川のように流れている。これでは先へ進めないだろう。無理に進もうとすれば全身丸焦げで死ぬ。

 この場所は蜘蛛姫の故郷ということもあり卵背負い共も多い。彼らは最早あの従者とは違い理性など無いに等しいが、それでも私を襲わないというのは彼女に対する信仰の現れだろうか。祈る気持ちは分かる。

 

 仕方なく、私は唯一の道を進む。断崖絶壁にあるこの道の上にはボロい石の門があり、元々ここが何かの宗教施設であった事が見て取れる。

 

 だが、そこを進めば見えてきたのは……デーモンすらも霞む異形。

 

 どうすればそんなに巨大化できるのだと問い詰めたくなるほど大きなそれは、人ではない。だがただのデーモンでも無さそうだった。

 身体は溶岩に侵されたように赤く、そして自然界ではあり得ない複眼。背中には腕のようなものが複数備え付けられている。

 

 だが、その━━爛れ続ける者、とでも呼べば良い異形は、私を見ても暴れる事はない。

 まるでやって来た来訪者をただ見ているだけのおとなしい木偶の坊。そう、どういう訳かこの異形は幼く感じてしまうのだ。どういう経緯で産み落とされたか分からないが、もしかすれば元は幼児だったのかもしれない。

 

 胸元しか見えないその異形の視線に威圧されながら、私は目の前を歩く。警戒はしているが、それでも今すぐに襲いかかる様子は無さそうだ。

 

 しかし、その先に道は無い。あるのは小さな祭壇と、その上に乗せられた古びた遺体。もしやこの異形が護っているのはこの遺体なのだろうか。

 

 だとしたら、この遺体に手を出すのは不味いだろう。だが、道がない以上この遺体が何か導きを抱いている可能性もある。

 仕方なく、私はその遺体を調べることにした。万全の体勢で、黒騎士の斧槍と草紋の盾を携え。遺体に手を伸ばした、その時。

 

 

 ━━我が姉を冒涜する者に死を。

 

 

 そんな、禍々しくも無垢な声が聞こえた気がした。

 

 刹那、爛れ続ける者が動き出す。

 

 私が遺体から手に入れたもの、それは黒金糸の装束。かつてイザリスの魔女達が身に纏っていたものであり、クラーナ師匠と同じものだ。

 この異形は、彼女を姉と言った。つまり、そういう事だろう。家族とは切っても切れぬ繋がりがあるのだから。例え異形となろうとも、それは変わらない。むしろ、異形となってしまったからこそその繋がりは分かち難く。

 

 故に、彼はその繋がりを護るのだ。

 

 

 振り上げられた巨腕を転がって避ける。あんなものに潰されたら死は免れない。

 反撃とばかりに斧槍で腕を斬りつけるが、血の代わりに溶岩が流れるばかりで特に痛がっている様子は無い。これは少しまずいかもしれない。

 

 連続して多腕が振り下ろされる。私は全力で横へと走り、それを辛うじて避ける。

 

「無茶苦茶ね……後退すべきかしら」

 

 攻めるだけが戦いではない。私は一度元来た道を逆走する。あの図体では追ってくるのにも一苦労だろう。ならば地の利を利用し少しずつ削る。それこそ人の技だ。

 

 しばらく走れば、あの石造りの門が見えた。そしてそこを境に濃霧が張られている。やはり強大すぎる(ソウル)のせいで世界が分かたれているか。

 

 だが爛れ続ける者も追ってくるのは一苦労だったようだ。断崖絶壁、この崖は爛れ続ける者の身長よりも遥かに高所に位置している。故に彼は腕でしがみつく様に追って来ていた。

 だが、それもここまで。その腕に斧槍を一撃加えれば爛れ続ける者は片腕を滑らせたのだ。たった一本の腕でしがみつく彼は、しかし執念だけは凄まじい。叫び、しかし最早目の前の人間になす術がない。

 

「生まれてきた地の底へ還りなさい」

 

 一言、それだけ言って斧槍を腕へと振り下ろす。すると彼はそのまま残りの腕を滑らせて溶岩の底へ落ちて行った。

 何と哀れな最期だろう。異形と化し、しかしそれでも忘れ形見を護っているとは。そして母なる溶岩へと堕ちていく。

 

━━Victory Achieved━━

 

 すると、この溶岩溜まりに変化が起きた。まるでここの溶岩は彼が生み出したと言わんばかりに、道を塞いでいた溶岩が引いていく。もしかすれば、イザリスを守るために彼が溶岩を流していたのかもしれない。だとすれば、あんまりにも忠義者じゃないか。

 

 イザリスから混沌が産まれ、そしてデーモンが誕生した。それは伝承通りなのだろう。

 いつしか城下不死教区で対峙した牛頭のデーモン達が、溶岩の引いた道を複数で護っている。彼らにも彼らなりのコミュニティがあるようだ。それらはすべて、イザリスのためにあるようだ。もっと言えば、その最奥にあるであろう混沌。

 

 あの時は倒すのにも一苦労だった牛頭のデーモンも、一匹ずつならば何も怖くはない。デーモン狩りの斧槍を手にした今の私ならば容易に殺し切る事ができる。

 数十体いただろうか。それももう、意味をなさない程に私は人を離れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ソラールは、太陽の戦士の師とでも言えば良い存在である。少なくともオスカーが太陽の力を手に入れたきっかけを作ったのは彼だ。恩義はある。

 だから、四人の公王を討ち滅ぼし城下不死教区の祭壇で彼と会った時はその焦燥具合に心を動かされた。いつもは大笑いとその大らかな物言いで此方の心を癒すソラールは、今では祭壇の近くのベンチに腰を掛け俯き、頭を抱えてしまっている。

 

 しばらく彼とは共に動いていなかったので、まさか久しぶりに会ったらこうなっているなどと思わなかった。

 

「太陽は……太陽はどこなんだ……俺の太陽……」

 

 太陽。それは彼の中の導き。彼は常々言っていた。いつか彼も、太陽のように大きく包み込める存在になりたいと。そしてここに来た理由も、彼の太陽を探しに来たのだと。

 彼の太陽とは。目の前にある、崩れ去った祭壇に飾られていた神に他ならない。

 

 忘れ去られた戦神。最早誰も、その者を記憶していない。

 

「ソラール殿、気をしっかり」

 

「無いんだ……俺の太陽が……どこにも……」

 

 オスカーの言葉にも彼は耳を貸さない。それはどこまでもか弱くて、愚かな人間そのものの姿だった。

 だが、人間などそんなものだ。縋るものが無くなればいくら強い人間であろうとも脆く崩れ去る。それは太陽の戦士も例外ではない。

 

 オスカーは焦り、だが師を勇気づけようと太陽のメダルを取り出す。それは紛れも無く太陽の戦士という同胞を幾度も絶望から救ってきた印。だから、此度も彼を勇気づけたいと、そう思って。

 

「太陽が無くても、貴公は確かに我々の太陽でしょう。ソラール殿、貴公は何度も僕達を救ってくれた。それは紛れも無い事実だ」

 

 だから、貴公の太陽が無くても。貴公が太陽であると。

 オスカーは心の言葉を語った。

 

「俺が……太陽……だが……違うんだ……俺は愚かで、どうしようもない……」

 

 それでも彼は立ち直れない。立ち直れなければどうすれば良い。自分なら、どうしていた。

 

 

 

 

 リリィ。あの子に、会わせるべきかもしれない。

 

 脳裏に浮かんだ聖職者の少女は、オスカーの密かな導きである。それを秘匿していたのは人としての独占欲と、男としての嫉妬心。

 だが、それらを捨ててまで彼は恩師を救いたかった。アストラの貴族とは、貴い人達なのだ。

 

「ソラール殿。イザリスへ向かうと良い。そこにきっと、彼女がいる。彼女ならば何かを知っているかもしれない」

 

「彼女……あの子が? 太陽を?」

 

 訝しむのは最もだろう。だが、それで良い。彼女は啓智に溢れ、そして言葉以上に人を慈しむ。

 他人任せなのは性に合わない。だが仕方がない。彼の心を救うためならば。そして、それは正しい。

 

 彼は、ソラールは。今後の人生を大きく左右する分岐点にいるのだ。例えそれが、遠い未来で悲しみを生むとしても。

 

 今救われるのであれば、それで良いだろう?

 




心が折れそうだ…感想を下さい


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混沌の廃都、太陽を望む者

太陽の騎士救済回
二週間も空けてしまい申し訳ありません。仕事で屈強な人たちに追いかけ回されていました(隙自語)

感想どんどんお待ちしております!人間性が無くならないために……


 

━━闇霊 トゲの騎士カーク に侵入されました!━━

 

 

 なるほど。やはりあの美しくも健気な娘に魅了されたのは私だけではないようだ。罪人も善人も関係が無い、煌びやかな人間性の前には全てが意味を成さない。

 美しいものを美しいと思うのは人間ならば同じこと。ならば、目の前に立ち塞がるこの悪名高いトゲの騎士もまた私と同じである。あれだけ外の世界で恐れられ、数えきれない罪を重ねてきた男も同胞とは。それは良い、きっと数えきれないほどの不死を殺し人間性を集めてきたのだろう。

 

 だが悲しいかな。私達は同胞ではあるが仲間ではない。ただ目的が同じであるだけの他人。ならば私は殺すだろう。ただ人間性のためだけに。それで良い。

 

 トゲの騎士の剣が宙を斬る。最早正気であるだけの人間など、亡者と何も変わらなかった。

 (ソウル)を求め、集め、糧とする。その意味とは、他人の記憶の流入。魂が混ざり合うのだから当たり前だ。だが死者の魂は弱い。故に私は自己を保っていられる。記憶の中には戦いのものが多く、如何に少ない闘いであろうとも積もれば山となる。

 

 トゲの騎士が、また剣を振るう。その動きも、記憶の中にある。あっさりと黄金の残光でパリィすれば、彼の胴は斧槍によって穿たれた。

 悔しそうな目がバイザー越しに合う。恨め。恨むが良い。貴様を殺した私を恨み、そして弱い自分を恨みながら朽ちて行け。

 

━━Invader Banished━━

 

 

 デーモン遺跡とでも形容すれば良いか。先程の溶岩溜まり跡とは異なり、ここは朽ちかけた建物が点在している。そしてそこに住まうはデーモン達。彼らはある種のコミュニティを築き、ここを守っているのだ。

 その様に違いはない。ただ人であるか否か。

 

 尽くデーモンを屠り、私は濃霧を潜る。現れるのは古のデーモン。デーモンの炎司祭。

 奴は侵入者である私を見ると、何やら低く唸ってこちらへと滲み寄ってくる。その風格は不死院のデーモンやはぐれデーモンとは異なる……なんというか貫禄があった。

 混沌で燃え盛る身体に呪術は通用しないだろう。混沌こそ、彼の命の灯火である故に。

 

 斧槍を構え、私も前進する。何も恐れる事は無い。所詮目の前のデーモンですら通過点に過ぎないのだから。だからこそより強い(ソウル)が道中にあるという事は好都合ですらある。

 (ソウル)を奪い、我がものとするその所業こそ不死。ならば私が更に強くなるだけ。神すらも届かぬ頂へと至るために。だからそう、

 

I’m invincible(私は無敵故),I’m unavoidable(逃げる事は叶わぬ),I’m undebatable.(その余地すらない)

 

 呪文のように呟く。その言葉は後の世まで続く覚悟そのもの。そして相手にとって呪いそのもの。

 私の(ソウル)が昂っている証拠である。私は私自身を補って至高の存在となるのだ。

 

 炎司祭は大きな杖を構え、人には唸りのようにしか聞こえぬ詠唱をし出す。それが無くとも、その動作が魔術の行使であるということは溢れる理力の波動より理解できた。

 強いのだろう。今までその魔術で数ある勇猛な者達を屠ったのだろう。修練を積み、技を練り、そうして編み出し継承されていったのだろう。

 

 だからこそ、私には通用しない。その攻撃ははぐれデーモンと同じもの。学び、そして生き残る不死に同じ攻撃は通用しない。

 

 魔術が発動する直前に全力で走り込み、デーモンの背後へと回る。刹那、デーモンの前方が爆ぜる。それは呪術にも似て、しかし非なる技。炎のように見えてしかし熱さはない。

 まさしく原初の炎の魔術。混沌が生まれるよりもずっと前、かつてイザリスにあった業。

 

 だが、それがなんだというのか。斧槍はその歴史すらも破壊していく。振り被る斧槍が奴の片脚の腱を抉り、その苦痛に膝をつく。

 

「デーモンは滅びる運命よ」

 

 すかさず膝に飛び乗り首元を突き刺す。すると炎司祭が痛みで暴れた。どうやらいくら黒騎士の斧槍でも分厚い皮膚を血管ごと切り裂くことはできなかったようだ。

 私は一度デーモンから降り、(ソウル)より黄金の残光と暗銀の残滅を取り出して斧槍を格納する。その間に驚異的な生命力を誇るデーモンは立ち上がれる程には回復していた。だが首元の傷はそれなりに深かったようで、人のような赤い血が流れている。

 

 怒り狂うように炎司祭が杖を振るう。最早杖としてではなく大槌として振るわれるそれは、掠めるだけで人の身体など容易く轢き潰すだろう。

 だが、当たらなければ良いだけ。私の強みはその軽快な機動力である故に。

 

 強化された脚力で跳躍し、横に薙ぎ払われる杖を回避する。続け様に振り下ろされる杖は、しかし鈍重だ。十分に引きつけローリングで横へと回避すれば、地面を揺さぶる杖は何も殺せない。

 

「慢心したわね、人間如きと」

 

 跳躍し、振り下ろされた腕へと乗る。乗って、両手の曲剣を無造作に振るいながら前進する。

 流石のデーモンもこれには面食らったのだろう、醜い顔を驚愕の色に染めている。

 

 黄金の出血と暗銀の鋭さ。それはデーモンにも通じるものだ。斬りつけていくだけでデーモンの腕からドバドバと血が流れ出す。

 そうして首元へと辿り着けば、私の黄金の残光は首の血管を切り裂き暗銀の残滅は顔面の瞳を穿っていた。強引に残滅を引き抜けば、炎司祭は断末魔のように咆哮し顔面を押さえた。

 

 地面へと転がり受け身を取れば、最早勝敗は決していた。如何にデーモンといえど急所をやられて生きていられはしない。両手の曲剣を払い、血を拭えばデーモンが(ソウル)へと霧散する。

 

 倒せない敵などいない。敵が人である限り。人は恐ろしいのだから。それを忘れたものなど、恐るるに足らぬ。

 

━━Victory Achieved━━

 

 

 

 それにしても、このイザリスは広い。アノール・ロンドも相当な広さと高さを持っていたが、こちらはもっと原始的かつ伝統が感じられる作りだ。

 地下を掘り出し広げられた都市故に太陽は届かず。しかしそれを補って余りある溶岩。元は無かったのだろう、しかしこの溶岩の幾つかはかつてこの廃都の太陽であったはずだ。それが溢れ、自らを滅ぼすなどと。きっと神々が自らの太陽に焼かれる事もあるに違いない。

 

 道中、開かない大扉があったため大きく迂回する。私の勘が正しければあの大扉の奥はイザリスの中心部に繋がっているはずだ。下手をすれば、大きな溶岩地帯を突っ切らなくてはいけないかもしれない……そうなれば、死ぬ可能性もある。死ぬのは何とも思わないが、また篝火からやり直すのは面倒だ。

 

 しばらく進めば混沌の娘……あの蜘蛛姫様の場所へと通じる昇降機を見つけた。これで大分探索が楽になる。一度休息を取り、あのトゲの騎士が落とした人間性を捧げれば再びイザリスへと戻る。

 そうして進めば、やはり溶岩地帯へと辿り着いた。周囲を見渡してみても、道など殆どない。どうやらこの死地を突っ切っていくほか無さそうだが……どうすれば良いか。

 

 ふと、地面が揺れる。何事かと思い武器を構え、周囲を観察する。

 

「悪趣味ね……デーモンは」

 

 イザリスといえばデーモンというくらいには溢れている。

 その時現れたのも、またしてもデーモンであるが。どうにもこのデーモンは特製らしく、みた事もない形をしていた。まるでムカデのような見た目は私の乙女心に寒気を及ぼす。まぁ気持ち悪いのだ。

 腕らしきものは肥大化し、そして尾もムカデのよう。まさに百足のデーモン。元は何の生物だったのだろうか。もしかすれば、生まれた時からあの姿だったのか。

 

 少ない足場は不利であることこの上ないが、やる事は変わらない。相手は溶岩をものともしていないようだったが、攻撃手段は近接しか無さそうなのは救いだ。

 動きは速いものの、こちらはそれを凌駕している。ならばカウンターで少しずつ攻めていこう。こちらにはデーモン特攻の斧槍がある。

 

 百足のデーモンは大きく腕を振りかぶれば、こちらに伸ばすように叩きつけてくる。それを見切り、横へとステップすればすぐ横に大きな腕が叩きつけられた。あれを防御しようものならば盾ごと叩き潰されるだろう。

 叩きつけの隙は大きい。私は斧槍を身体ごと回転させ、腕を切断しにかかる。光る楔石で鍛え上げられた黒騎士の斧槍は、最早神の武器に近い。斧槍の刃よりも何倍も大きな腕は、あっさりと切断された。

 

「ギョアアアアアアア!!!!!!」

 

 腕を切り落とされて百足のデーモンが悶える。あまりにも暴れるので一度距離を取れば、切り落とした腕さえもまだ生きているかのように暴れていた。タフな野郎だ。だがその腕は、少しすれば(ソウル)の霧へとなって散ってしまう。そうして残ったのは……何かの指輪。一体何だろうか。

 隙を見て私は指輪を拾う。

 

 

 黒焦げた橙の指輪

 

 生まれながらに溶岩に苛まれる「爛れ」のために

姉である魔女たちが贈った特別な指輪だが、愚かな彼は、それをすぐに落としてしまい、恐ろしい百足のデーモンが生まれたのだ。

 

 

 どうやらこの指輪は少し前に闘った爛れ続ける者の物であるらしい。やはりあの時聞こえてきた声は、彼自身のものだったのか……あの悍ましい者は、姉の躯を守っていたのだ。健気なものだ。

 ということは、目の前で悶えるデーモンは無機物から生まれたのだろうか。命無きものに命を与える……混沌とは、何と冒涜的なのだろう。その結果があの悍ましさか。

 

 だがこれで溶岩を渡る事ができるようだ。多少は熱いだろうが、焼け爛れて死ぬのは回避できる。あとはこの不細工なデーモンを排除するだけだ。

 

 痛みを制御したのか、デーモンは私を睨み構える。だが最大の攻撃手段を失った百足のデーモンは最早デクの棒だ。知能は高くはない、失った腕で攻撃しようともしてくるほどだ。

 生命力は高いが、それだけ。デーモンなど、手段があれば何ら恐ろしいものでは無かった。私の斧槍はあっさりとデーモンを切り刻む。そうすれば無機物のデーモンは死に絶えた。

 

━━Victory Achieved━━

 

 

 一度、祭祀場に戻ろう。ここの溶岩は目に悪い。目の痛みを癒すには少女でなければ。いつからこんなに少女好きになったのかは自分でも分からないが、そんなものはどうでも良い。私の人間性が少女を求めているのだ。

 

 

 

 

 

 祭祀場に戻ると、私は一直線にアナスタシアに会いに行く。やはり彼女は私の闇を照らす一筋の太陽光。煤まみれの肌と服は、だが篝火の煤を愛する不死人の私にとっては実家のような安心感があるのだ。実家なんて無いが。

 しばらく柵越しに彼女の手を自分の頬に擦り付け、彼女の柔和な感触を楽しむ。

 

「……そんなに、良いものですか?」

 

 不思議そうに、そして恥ずかしそうに尋ねる彼女に私は言う。

 

「最高ね」

 

 そう答えれば、彼女はもう片方の手で私の手を取る。互いの手と手が触れ合えば、言葉にせずとも気持ちが通じるものだ。私と彼女の心は一つ。それを言葉にはしない。

 ああ、良いものだ。不死となり、人間性が擦り切れる程の戦いと死。幸い私はあまり死なないで済んでいるが、それでもこの不毛な戦いは……心が死んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 太陽。俺の太陽。

 

 

 俺はずっと、信じてきた。俺だけの太陽を。

 

 あの国で、騎士として生き、そして不死となり。それでも絶望しなかったのは、不死となればこのロードランに足を踏み入れられるという希望があったからだ。

 この地には、俺の太陽が生まれた故郷がある。だからどれだけ先が見えない戦いでさえも、俺は死にながら耐えてきた。いつかきっと、太陽が俺を見てくれるのだと信じて。

 

 だが、結果はどうだ。

 

 どこにも太陽などありはしない。あるのは神の欺瞞と誇張。どれもこれも偽りの記憶。

 

 俺が求めた、戦士達の神などどこにもいやしない。それどころか神々でさえもその記録を残していない。

 

 いつか故郷の連中が俺を笑った。ありもしないものに縋る愚か者だと。目が見えない哀れな騎士だと。

 

 その通りなのだろうか。全部、嘘だったのだろうか。仲間を募り、太陽を崇め、しかし何もなし得ないのだろうか。だとしたら、俺は俺だけじゃなく仲間すらも騙していたのだろうか。

 

 俺は、なんて哀れで愚かなのだろうか。

 

 俺は。俺は。

 

 

 ああ、まるで太陽のような生き物がこちらへやってくる。

 

 

 光はする。だが太陽なんてもんじゃない。悍ましい、太陽に擬態する悪。

 

 

 だが、俺にはお似合いかもしれない。愚かな俺に最後に残されたもの。それが、あの虫か。

 

 

 笑いたければ笑ってくれても構わない。

 

 

 俺は、愚かなんだから。

 

 

 虫達が俺を囲む。光り輝くその虫は、まるで太陽のよう。そうだ、これが俺の太陽。俺が、太陽になれる……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 兜越しに、顔を殴られる。華奢な腕から繰り出されたとは思えないほどの剛力だった。俺は吹き飛び、脳を揺さぶられながらもその場にへたり込めば俺を殴った奴を見る。

 そいつは、背丈に見合わない大きな斧槍で太陽を模した虫を一つ残らず切り裂いていた。俺が見つけた太陽……それを潰され、俺は睨んでしまった。睨んで、しかしそれよりももっと鋭い瞳が俺を睨んでいたのだ。

 

 その白百合のように白い少女は、俺へと歩み寄れば俺の胸を蹴り飛ばした。

 

「オスカーが面倒みてもらったから少しは感謝してたんだけどね」

 

 怒りの篭った声で彼女は言う。まるで裏切り者に対する声色だった。

 

「これが太陽だと、あんたは本当にそう思っているのかしら? だとしたらあんたは本当に愚か者よ」

 

 若い同郷の後輩が会えと言っていた少女は、どこまでも突っ走っていて尖っている。だがその尖り方は不死人においては珍しく人間的だった。

 多くの不死人は、己の私利私欲と生存欲求のためだけに行動をする。理念、思想は二の次だ。だがその中でも彼女は自らを失わない。

 彼女はどこまでも人間らしい。人間であることに固執している。気付こうが気付くまいが、彼女はそういう人間だった。

 

「俺は……愚かだ。ありもしない偽りの太陽を追っかけて……だが……結果はこの様さ」

 

「慰めて欲しいわけ? そういうのは女の子相手にするって決めてるの。……こう言うとヤワな男みたいで嫌ね……」

 

 少女は顔を歪めて何か呟くが、すぐに冷酷さを取り戻せば言う。

 

「神なんて、所詮虚栄心が生んだ歪な生命でしか無いわ。奴らには人間のような泥臭くて意地汚くて、それでも貪欲な心が無い」

 

 自己紹介にも聞こえた。だが彼女の言う通りだ。伝承にある神々は、いつだって輝かしい。綺麗すぎる。だからこそ、人は持たざるものを欲しがるのだ。神に縋るのだ。

 自分にはなり得ないから。だからきっと、俺も縋った。あんな風に、誰かの太陽になれるくらい大きくなりたくて。だが俺は……

 

「名もなき戦神。まぁあんたみたいに単純な男が憧れる理由は分かるけれどね」

 

 呆れるように彼女は言う。

 

「……知っているのか? だが、何故……あのお方の記録はアノール・ロンド追放と同時に……」

 

「神々は消したようね。でもね、あの勤勉な白竜はそうじゃなかった」

 

 そうして彼女が語ったのは、あの白竜シースの書庫で見た記録の数々だった。まるで物語を聞かされているような気分だった。

 知られざる戦いの数々。俺も知り得ない事だらけだ。中でも、彼女が最後に言った言葉は俺の中の何かを決定付けた。

 

「太陽の長子は、竜狩りをしていたと同時にとある竜の盟友でもあったとされている。まぁ、流石にシースは竜であっても竜嫌いだし長子との記録は無いけれどね」

 

 だから、と。彼女は言う。

 

「もし、あんたにその気があるのなら。竜を目指しなさい。そこに答えがあるかもしれないわ」

 

「竜を……目指す……」

 

「人は竜に昇華できる。私はあの書庫で、それを目にした。ま、私はごめんだけれどね。人は人のままが一番良いわ」

 

「そうすれば……俺は太陽を見つけられるだろうか?」

 

 そう縋るように尋ねれば、彼女は笑う。

 

「さぁ? でも、そうやってウジウジしているよりはいいんじゃない?あんたらしく、ガムシャラに竜を目指してた方がオスカーも喜ぶわよ。ま、竜になって私の前に立ち塞がったら殺すけどね」

 

 こいつみたいに、と彼女は死してなお輝く虫……光虫を斧槍に突き刺して示した。

 俺らしく。俺の太陽に近づくために。竜となるために。なんだ、簡単な事じゃないか。なぜ俺は、こんなにも女々しく嘆いていたのだろう。愚かなのは何も悪い事じゃ無いのに。愚かにも、しかし執念深く生きてきたじゃないか。なら、もっと執念深く生きてやるだけなのだ。

 

 何か、胸に広がる暗雲が晴れた気がした。救われた気がした。

 

「貴公。太陽のような女だな」

 

 俺は立ち上がり、一人笑う。

 

「私は太陽にはならない。なるつもりもない。でも、あんたは、あんた達は違う」

 

 そう言えば、彼女は俺に背を向けた。どうやらこの先の混沌へと向かうらしい。と言うことは、彼女は開かずの大扉からやってきたのだろうか。

 光に照らされずとも、彼女は輝いていた。(ソウル)は、暗いはずの魂は、それでも美しかった。オスカーが言っていた。彼女が知っていると。俺もそれに救われた。彼も救われたのだろう。

 

 去る彼女に、俺は声をかける。

 

「貴公! 貴公に太陽あれ!」

 

 彼女は立ち止まれば、振り返ることはせず、言うのだ。

 

「私に太陽は似合わない! 私にあるのは百合の花だけよ! 太陽は、あんた達にこそふさわしいわ!」

 

 俺たちこそ、太陽が相応しい。そうだ、そうなのだ。だから俺は、竜を目指す。神の敵であろうとも、それが目指すべき道ならば。俺は心折れぬ。俺は、前へと進める。

 

 まるで導きのような彼女は、最早見えない。俺はしばらく彼女の後ろ姿を眺めていたが。やる事を明確にし、ある場所へと向かうことにした。

 

 噂に聞く、古竜がいる湖へと。それはここから近いらしい。とある太陽の戦士が言っていた。敵でもなく、しかし無口な古竜がいるのだと。まずはその古竜に出会い、竜へと至る道を見つけよう。

 

「ウワッハッハッハ! やはり人間は捨てたもんじゃないな!」

 

 先程までの嘆きはどこへやら。俺の心はいつになく晴れていた。

 




ソラールさん救済完了。フラグは立たせました。

表紙を新しくしましたので是非ご覧下さい。
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混沌の廃都、悲劇

大変お待たせしました。
感想や評価いただきありがとうございます。大変嬉しいです。

だからもっと感想書いて(強欲)


 

 太陽虫。それはイザリスの混沌が生み出した無機物の生命。誰かの心に寄生し、操り、思想を歪めるためだけに生まれてきた忌むべき存在。そんなもの許されるはずがない。

 恐らく元となった物質は太陽のメダルなのだろう。メダルに描かれた像と太陽虫は良く似ている。似ていて、太陽を信仰する者たちに取り付こうとするのだから尚更タチが悪いというものだ。

 

 死して尚光る太陽虫は、被れば暗闇を照らす装備になるだろう。死んでいるから寄生される心配も無い。光を放つ故に熱もあれば虫の毛もある。まさにあったかでふわふわ。だから私は、混沌の本体へと向かう前に祭祀場から北の不死院へと飛ぶ。収集癖と探索の癖は不死の特権だ。

 そしてあの可愛らしい姿を見せない鳥娘に、その太陽虫を捧げた。

 

「オアッ! オアッ! ありがとう、あったか! ふわふわ! オアッ!」

 

 声が響く。そして巣に何処からか投げ入れられたのは一つの古ぼけた指輪。それを手にすれば僅かばかりの(ソウル)が私に流れ込み、情報を提示する。

 

 老魔女の指輪

 

 あるとき老いた魔女から送られた古い指輪。人には解せぬ文言がびっしりと刻まれているが、特に効果はないようだ。

 

 

 目に見えた効果や加護は無いようだ。だがどうしてだろう、この指輪を見ていると、どうにも既視感がある。何かあったかく、そして思い出があるような……そんな感覚。だが私の中にはそんなものはない。誰かの思い出が逆流しているようだ。

 魔女といえば、イザリス関連の物だろうか。ならば。

 

 私が次に向かったのは、我が師クラーナの下。指輪を見せ、何か知っていることは無いか尋ねれば彼女は俯いた。

 

「……イザリスの魔女か。すまんがその話はやめてくれないか」

 

 それは彼女のトラウマに触れたようだ。イザリスが混沌に飲まれた際、彼女は他の姉妹や兄弟を置いて一人逃げてきたのだから。一切合財捨て、何もかもから目を逸らし、そうして生きてきたのだから。

 当然の事だろう。人間とは、弱い物なのだから。肉体も精神も、完全とは言い難い生き物なのだ。故に彼女は目を伏せる。だから私は、それ以上何も言わなかった。

 

「……なぁ、お前。混沌に向かうんだろう?」

 

「そのつもりです」

 

 すると彼女は私に一つの願いを託す。それは混沌の滅亡と同義、イザリスに巣食う混沌の苗床……彼女の母の殺害だった。

 

「私には、できない……その力も、覚悟もない。だがお前なら……勝手な事だとは分かってる。だが、お願いだ、皆を解放してくれ」

 

 地べたに座る彼女は、いつものような強気の女師匠ではない。ただ藁にも縋りたい哀れな女だ。だが、それもまた魅力的であると思える。別にそれが私の全てではないが。私を見上げた彼女が、また顔を伏せる。

 

「母の野望が不遜なものであったとて、もう千年だ……もう償いも済んでいるだろう……」

 

 償いとは。自分で課すだけで人に請うものではない。償っていれば許されるなどと思うなかれ。許すのはいつだって他人、故に自分を許したとて何も解決するわけではないはずだ。

 だが、それで師匠の心が晴れるのならば。千年積もった心の荊が取れるのであれば。満更でもない。やってやろう。もちろん条件はあるが。

 

「いいでしょう、引き受けます」

 

「……そうか、ありがとう」

 

「ですが師匠。貴女にも対価は支払ってもらいます」

 

 そう言うと、彼女は少しだけ目を強張らせた。そして何を観念したのかふぅっと一つ溜息を吐く。

 

「……お前もまた、混沌の禁忌を欲するか。良いだろう、どうせ放浪の身だ。くれてやるさ」

 

 何か勘違いしている。確かに呪術の技が増えるのは戦力的には素晴らしい事だが、私といえばもっと俗物的なものだろう。彼女は知らないだろうが。

 私はそっと、自分の手を彼女のか細い手に重ねる。すると彼女はちょっとだけ身体をビクつかせた。まるで初心な生娘のように。それがちょっとだけ嗜虐心を煽る。

 

「私は、貴女が欲しい」

 

「……ああ、それは、つまり、そういう?」

 

 私の情熱が籠った翠の瞳を見て何かを感じたのだろう。師匠クラーナはしどろもどろしながらそう言ってみせた。その通りだ、そう言う意味だ。

 私は力強く頷く。すると彼女は私の手を払いもせず顔を背けた。不思議と彼女の白い肌が赤くなる。きっと今までこういう事を経験しなかったのだろう。呪術王ザラマンも混沌の魔女と関係を築こうとは思わなかったはずだ。

 

「……あまり、師を揶揄うんじゃない」

 

「あら、私はいつだって本気ですわ」

 

 不死になってからは尚更だ。本気でなければ生き残れないものだろう。

 師はしばらく、顔を合わせようとはしなかった。その間ずっと私はクラーナ師匠を見つめ続ける。不死が人でいられる理由の内に、その精神力がある。何があっても心は折れぬと、自らに言い聞かせ(ソウル)を保つのだ。

 だから、混沌の魔女が根くらべで不死に敵うはずがない。

 

「……もう、わかった。お前の気持ちは、十分分かったよ」

 

 ぷっくらと頬を膨らませて、師は根負けしてみせた。思わず私の頬が緩む。やった、とうとう私は混沌の魔女すらも百合の花の輪に入れることができる!そうなればサッサとイザリスを制覇しなければ。

 ……いや、そういう言い方はやめよう。

 

「お前、他の女にもこういう事をしているのか」

 

 そう問われ、ギクッと。私の(ソウル)が揺らめく。それを悟られたようで師匠は鼻で笑ってみせた。

 

「まぁ良い。馬鹿弟子がやりそうなことだ、節操のない……」

 

「返す言葉もございません……」

 

 本当に。アナスタシアにも冷たい目で見られたし。悪い気持ちはしなかったが、ちょっと心に来るものがある。

 

「なら……そうさな。これは前金だ」

 

 と、突然。彼女は私の頬に手を添えた。どくんっと心臓の鼓動が跳ね上がる。そして近付いてくる綺麗な白い肌と赤い唇。

 その唾液の煌めきは私に触れる。私のエスト混じりの揺めきが、それと交わる。口付けとは契約。約束。心と心の指切り。私は師と、彼女の母を討ち倒す約束をしたのだ。

 

 しばらく、彼女の唾液と唇の膨らみ、そして舌の自由自在の感覚を味わう。慣れていないであろう師は頑張ったのだろう。必死に私を満足させようと舐りつく彼女に、でも私は楽しんで反撃する。

 もっと、もっと。吸い付き、舐め尽くし、蹂躙する。だがそれ以上は無い。本当のお楽しみはその後で。だから、これで良い。十分な前報酬は貰った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 久しぶりに彼を見た。

 

 前回会った時は目も当てられないくらいに落ち込んでいて、すぐにでも亡者になってしまいそうだった。だから彼を、恩師をあの子に会わせたのだ。

 確かに彼の事を思っての邂逅だったのだが……まさかこんな事になるなんて。

 

 仲間の手助けが終わり、僕と彼は元の世界へと戻れば彼は太陽をいつものように仰いで決めポーズをしてみせた。

 

「うむ! 太陽は此度も輝いているな! ウワッハッハッハ!」

 

 前までの落ち込みようはなんだったのだろうか。最早ウジウジしていた頃の彼はいなかった。単純なのだろうか、まぁ今の方が余程彼らしい。

 僕達は太陽の祭壇でしばし休息を取る。どうやら彼女の診断は余程効いたらしく、やれあの子は太陽だとか是非とも太陽の戦士に入れたいだとかひっきりなしに言っていた。

 

 別に、分かっていたことだ。彼女は誰にでも等しくぶっきらぼうで優しい。その優しさは僕だけに向けられたものでは無いのだ。

 だが、そう頭では分かっていても、こうして他人の好意が彼女に向くのは男として快くはなかった。仲間として、一時の相棒としてこれほど仲間の好評が嬉しいことはないのに。

 

 醜い。人は、本心は、人間性は、醜いものだ。性悪説とでも言うべきだろう。だからこそ、人は賢愚とは別にただ善くあるべきなのだ。

 

「……なぁに、別に君からあの子を取ろうだなんて思ってはいないさ」

 

 諭すように。ソラールは篝火の暖かさに触れながら語る。

 

「俺は、あの子の中に太陽を見た。大王とも、神々とも似つかないが……あの暖かさは確かに俺を導いてくれたんだ。俺はようやく、何をなすべきか分かったんだ」

 

「なすべきこと……」

 

 そうだ、と彼は力強く言って。

 

「俺は、竜になる」

 

 突拍子もなくそんな事を言い出す。

 

「……人が、竜に?」

 

 まるで笑い話だったが、兜のスリットから覗く彼の瞳はとても澄んでいて、そして強欲な暗い光を伴っていた。それは今の僕に必要なもの。執念に近い。ただ力を手に入れただけの僕には無いもの。

 それを彼女から導かれた彼が、とても羨ましかった。

 

「俺が太陽になるために……俺が、頂に辿り着くために……フフ、笑えるだろう? だが本気だぞ」

 

 僕は何も言えなかった。最早、当初の使命は果たしてしまった僕には王の火を継ぐという使命は第三者から与えられただけのものに過ぎない。

 彼女もまた、何かの使命に突き動かされているのだろうか。決して言葉では認めず、だが心の奥底では何かの目的があるのだろうか。だからあんなにも勇猛に戦えるのだろうか。

 僕にはまだ、分からない。

 

 そのすぐ後だ。ソラール殿が我々太陽の戦士の前から姿を消したのは。太陽の戦士に明確な長は存在しない。ただ信仰の下の集まりだったが……それでも、彼は戦士達の導き手だった。

 それが居なくなり、ならば後は瓦解していくのは必然。だから彼らは、次の纏め役を若き騎士に求めた。

 それが自らの糧となるならばと。僕は、太陽の戦士の長となった。僕という器は、しかし相変わらず自分を持たないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 またしても、私は珍妙な玉葱頭と出会う事になる。

 

 混沌の廃都イザリス、その一画で、カタリナの騎士ジークマイヤーが眠りこけていた。その眼下には毒沼と混沌の魔物達が蠢いている……どうやらこの先に行きたくてどうしようか考えている内に眠ってしまったようだ。呑気なものだ。

 彼の特徴的な兜を叩く。するとイビキをかいていたジークマイヤーはおお、と起きて私を眺めた。

 

「お、おお! 貴公か、すまぬ。私とした事が考え耽っていたらうとうとしてしまっていた。どうも温かいところはいかんな……それで、どうしたのだ?」

 

 うとうとというか眠っていただろうに。まぁ良い、今度はなんだと尋ねようとして彼は口を開いた。

 

「ああ、言わずとも分かるぞ。あの化け物どもに難儀しているのだろう?」

 

「いや……まぁ、そう言うことでいいわ」

 

 人の話を聞かない親父だ、まったく。娘を見習え。

 

「なに、恥じることはない。私も同じだからな。……だが、貴公には色々と世話になった」

 

 呟くように彼は言う。その声色にいつものような能天気さは無い。ただあるのは、思い詰めた戦士の言葉。

 

「時が、来たのかもしれんな」

 

 気が付かない私ではなかった。彼は、死に過ぎたのだろう。今までの能天気さは元来のものでもあるが、その恐怖と苦痛を凌ぐための防衛本能。彼はじきに、亡者と化すに違いない。

 私は彼の肩を掴んだ。

 

「やめなさい。娘はどうするの? 彼女は貴方のためにこの死地に来たのよ!」

 

「分かっている。分かっているよ……だが、私には何もできない。できなかったんだ。だから、ここで私はなすべきことをなすだけだ」

 

 私の手を振り解いたジークマイヤーは特大剣を担ぐと下の毒沼地帯へと飛び込む。私が制止する隙は無かった。

 

「私が奴らを引きつける! その隙に貴公は目的を果たしたまえ! うおおおりゃあああッ!!!!!!」

 

「このッ……!」

 

 すかさず私も飛び込む。解毒用の苔玉はまだ沢山あるから何とでもなる。私は斧槍を振り上げると、近場の異形を切り裂いた。

 ジークマイヤーをここで死なせるわけにはいかない。あの子を悲しませるなんて、悲劇なんて、もううんざりだ。

 勇ましく戦うジークマイヤーは、勇猛果敢に異形を切り裂く。重い一撃は混沌生まれの異形を屠るには十分すぎた。

 

 だが、うまくはいかない。人生とは悲劇に溢れている。殺すものがいれば守るものもいる。ならば。

 

 

━━闇霊 トゲの騎士カーク に侵入されました!━━

 

 

 あのトゲ野郎がこんな時に侵入してきたのだ。

 

「ぬっ!?」

 

 異形を倒し息を切らすジークマイヤーに、身軽なカークが迫る。初手の一撃は何とか特大剣で防げたが。すぐに闇霊は転がり、鎧に着いた全身のトゲでカタリナの騎士を傷付ける。

 私は未だ迫る異形を一手に引き受けながら、しかし加勢することができない。

 

「ちょこまかと!」

 

 大振りの一撃は、しかし機動性に勝るカークに届かぬ。それどころか背後に回られその直剣を背に突き刺されてしまったではないか。

 

 致命の一撃。バックスタブとも呼ばれる一撃は、トゲの出血効果も相まって殺すには十分過ぎた。

 兜のスリットから血が噴き出る。彼の名を叫べば、しかしカタリナの騎士は倒れぬ。剣を引き抜こうとしたカークに、ジークマイヤーは反撃を試みた。

 

「カタリナの騎士を、舐めるなよッ!」

 

 左手にタリスマンを。唱えるは、神の怒りを。

 

 全てを吹き飛ばし押し潰す一撃は、カークを一気に弾き飛ばした。それだけではない、物理に依存しない衝撃波は内側の身体を、中身からシェイクするものだ。

 一転して死にかけるカークに、ジークマイヤーはまるで窮鼠猫を噛むといった様子で特大剣を打ちつけた。

 両断される赤い身体。闇霊はまたしても返り討ちにあったのだ。

 

 

━━Invader Banished━━

 

 

 

 

 

「ハァ、ハァ、ハァ……なんだ、貴公。まだ逃げていなかったのか」

 

 エストを飲み傷を癒すジークマイヤー。だが、どうにもその効き目が薄いようにも見えた。

 

「いや、むしろ助けられた、のだろうな。だが、良かった……」

 

「毒消しならまだあるわ。使いなさい」

 

 無理矢理彼の手に苔玉を掴ませる。すると彼は安心したのか自嘲気味に笑ってみせた。

 

「貴公には世話になりっぱなしだ。……私は少し眠る事にするよ」

 

「こんな場所で?」

 

「なぁに、どこでもいつでも眠るのは私の特技さ。ハッハッハ……」

 

 もう、彼は助からない。今は死なないが、今度死んだらもう終わりだ。どうにかしたい。だが、もうどうにもできない。悲劇が、先に待っている。

 

 私はただ立ち尽くした。毒で身を侵されながら、私はどうにかしたくて、しかし出来なくて何もできない。私は無力だ。

 

「……貴公。貴公は、恩人だ。貴公が気に病むことはないさ」

 

「……娘はどうするの」

 

「ああ……最期くらい、顔を合わせるさ」

 

 ありがとう、と。受ける資格もない。私は何もできず、しかし進まなくてはならなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……姉さん? どうしたの?」

 

 どうしたらいいのか分からなくて、たまたま立ち寄った蜘蛛姫様にそう言われた。

 驚く暇なんてなかった。彼女の姉は私が殺したのだから。無垢で健気で、誰よりも人思いの彼女の肉親を。私は殺してしまった。

 

「私なら大丈夫だよ、姉さんがいるもの……今、あんまり卵が痛くないの。だから大丈夫」

 

 この指輪が、目の見えぬ彼女を惑わしているのだろう。私が姉であるという欺瞞だ。

 私は声すらも発せられなかった。ただ膝から崩れ落ち、自分が犯した過ちと虚しさと無力さに打ちひしがれる。

 

「姉さん、泣かないで。私なら大丈夫だから。ね?」

 

 優しい、彼女の手が私の頬を支える。最早痛覚や触覚すらもあやふやな彼女では、私と姉の区別はつかなかった。

 

 

 

 

 

 

 世界は、悲劇だ。悲劇が溢れ喜劇になる事は無い。私はその悲劇を、死ぬ事なく見続けなくてはならない。それが不死。人が与えられた罪の印。

 どれだけ私は図太いのだろう。これだけ打ち拉がれながらも亡者になることが無いなんて。人間性が摩耗しないなんて。

 神よりも欲深くて、闇よりも暗い。私とはそういう人間なんだ。

 

 だからこうして、最初の呪術の師であるラレンティウスをいつものように殺せるのだ。憧れを求め病み村へと向かい、しかし成し遂げられず亡者と化した大沼の師。

 それは斧槍を突き立てれば、土塊のように消えて行く。ちっぽけな(ソウル)だけを私に残した彼は死んだ。もう、動く事はない。貪欲な私は恩人の魂さえも飲み干してみせた。

 

 ああ。全て、私のせいだ。私が魔女の火を見せつけなければ。彼はこうして、朽ち果てる事もなかった。私が彼の魂を殺したのだ。

 

 私は殺すことしかできない。殺し奪うことでしか自分を表せない。

 

 そんな、哀れな女。

 

 

「……混沌を、殺さなければ」

 

 

 それでも進まなければならない。悲劇の果てに待ち受ける野望のために。理想のために。

 

 そのためならば神すらも殺す。

 

 



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混沌の廃都、クラーナ

濃厚な百合回でもあります……
感想お待ちしております。


 

 

 

 まるでそれは、母を守るかのように。

 

 その見知った黒金糸の衣装は混沌の魔女である証。手にする炎は悍ましく、故に力強い混沌の炎。

 

 嗚呼、彼女は確かに母を守っていた。混沌に飲まれ理性を失って尚、人としての形を保ちながら。そうしてまで守ろうとしたのは傲慢さにより滅んだ女。

 我が師、クラーナが見捨ててしまった後悔の具現。名も知らぬ女は、私の前に立ち塞がった。

 

 私の呪術師としての腕は当然の如く彼女に劣る。ならば私の取れる手段は、圧倒的までに緊迫した近接攻撃。呪術同士で争う必要など何処にもない。

 勝負、決闘、闘争。言葉は違えど根元にあるものは殺し合いという愚かさの極み。そこに吟醸や名誉などあるはずもないのだ。

 

 死ねば、全てが変わらない。ならば私も全力で相手を殺すだけ。

 

 確かに目の前の魔女が扱う呪術は凄まじい。きっと我が師に引けを取らない……否、それ以上の練度なのだろう。混沌の嵐や混沌の大火球など、師が封じた混沌の呪術をふんだんに用いてくる。

 当たれば、死ぬ。皮膚も骨も、全てが溶け。篝火で目覚める。だがそうはならなかった。

 

 近接呪術には距離を取り、発動に時間がかかる呪術には詠唱の隙に距離を詰め、斧槍ではなく対人戦闘に特化した黄金の残光と暗銀の残滅で斬りかかる。煌めく刃の軌跡は黒金糸の衣装ごと彼女を切り裂いてみせた。

 魔女であろうとも、人に近い。ならば出血し、死に至る。そう、呆気なく彼女は死んでしまった。

 

 これを、人によっては解放と言うのだろうか。死は救済であると。だが死んでも解放されない私に救いは無い。ならばただ善くあるだけ。殺すことだけ。

 

 

 濃霧を潜り、あからさまに欠陥構造である坂を滑り落ちる。ブーツの底を削りながら、私は長い坂をまるでスケートのように滑っていた。

 先程まで色々と死や人生について考えていたが、今の私は如何にして転ばずここを滑り降りるかだけを考えている。案外楽しいが、それでいて危ない。この先から強大な(ソウル)を感じると言うことは、混沌の母がいるに違いない。だがわざわざそこへ向かうためにデーモンどももここを滑っているのだろうか。あの巨体で?

 

 坂を滑り降りれば、かなりの広場へ辿り着く。半円形のその場所は、中央に巨大な木のようなものがあり……

 

「……あれが、混沌の苗床?」

 

 その木は、人の形をしていた。根を張り、しかし人の形を思わせるそれは女性にも見える。と言うことは、あの木こそ混沌そのものだと言うのだろうか。

 なんと悍ましい。生命とは、ここまで歪められるものなのだろうか。人の業とはまったく度し難い。

 

 私の存在を感知した苗床は、左右の大腕を振るい出す。あまり自由に身動きを取れないのか、その動きは愚鈍で拙いが、それでも質量だけは十分だ。人間如き何をしてもあっさり引き潰されるだろう。

 私はしばし腕の攻撃を回避しながら観察する。時間と余裕があるのならば観察は欠かせない。生き残るための知恵だ。

 

 どうやらあの苗床の木には本体があるらしい。何やら魔法陣のようなものが胴体下部に見て取れる。更には両腕の下にも何やら魔法陣があるようだが……表面の文字を見るに、両脇の魔法陣にある何かが本体を守っているようだ。ならば、先に両脇を攻めなくては。

 

 そうと決まれば右側へと走る。行く手を腕が阻むも、素早い私を捉えることはできない。

 魔法陣が守るのは、熱を帯びた木である。一体これが何かは分からないが、斧槍でそれを叩き斬った。

 

 刹那、暴れる苗床。私はそのもがき暴れる腕に巻き込まれないよう動き回る。どうやらダメージを与えているようだ。

 次は左側へと向かえば良いのだが、ここで新たな問題が生まれた。なんと苗床に生えていた木々が、まるで触手のように蠢きながら私を攻撃してきたのだ。

 

「気色悪いわね!」

 

 少女達が触手に絡め取られるのは正直見てみたいが、私がやられるのは性に合わない。

 おまけに触手からは炎の鎌が生え、執拗に私を切り刻もうと狙ってくるのだ。

 

 厄介ではあるものの、それらを避けて左側へと向かう。その時だった。

 腕が、私の近くの石畳を強く叩いたのだ。瞬間石畳が大きく崩れ去る。消えた石畳の下は奈落、落ちれば死は免れない。欠陥建築過ぎるだろう。

 落下死だけはどうにもならない。私は腕と触手、そして落下死にも気を配る必要があった。

 

 それでも何とか左側の魔法陣に入り込み、熱の籠った木を断ち切る。すると苗床がより一層苦しむ。胴体部の魔法陣も消え去った。

 

 あと少し。私は一度広場の入り口へと走る。段々と足場の石畳が減って来ている。遅かれ早かれこの広場は崩落し落下死してしまうだろう。

 暴れる苗床は、とうとう胴体部に至るための石畳まで破壊してみせた。理性は無いのだろうが、偶然にもその行いは私にとって最悪の一手でもあった。

 

「空でも飛べたらね……あら」

 

 冷静さは失せてはならない。しっかりと攻撃を回避しながら観察すれば、崩れ去った石畳の下には苗床が張り巡らせた根があった。大き過ぎるその根は、足場に使えそうだ。

 私は両手の武具を(ソウル)へと仕舞い、奈落へと走り出す。正確には張り巡らされた根へと。

 

 思い切って跳躍すれば、私の両手が根へと架かる。間一髪だ。もし手を滑らせでもしたらそのまま落ちて死に腐っていただろう。

 後の世にパルクールとでも呼ばれる技術に似た、だがまだ粗のあるその動きで、私は飛び、這い、根を移動していく。ふむ、やっといて何だがこの動きは後々市街地などでも使えそうだ。

 

 ようやっと根を超えて本体へと取り付く。ここは石畳があって良かった。まぁいくら理性がないとはいえ自分が根を張るための石畳ごと砕く阿呆な生き物はいまい。

 そもそも純粋な生命ではないから生き物とも言えないが。

 

 木でできた虚な苗床、その内側は空洞に近い。私はその中をただ歩く。魔法陣の奥、苗床の命を消すために。

 すると地面が、石畳が揺れ動く。まるで地震のような揺れは、しかし呪術を扱うものならば分かる。どうやら苗床が自身が燃えることも厭わず私を焼き殺そうとしているらしい。

 

 こんなところまで来て死ぬのはゴメンだ。私は急遽走り、一本道の木の道を急ぐ。

 

 すると、あったのだ。

 

 混沌の苗床、その本体の心臓部。

 

 

 醜い虫のような何か。

 

 

 これが、魔女達の成れの果てだとでもいうのか。

 

 

 あんなに美しい娘達の母が、こんなにも醜いのだと。

 

 

 ならばやはり、混沌とは人の敵だ。美を、生命のあるべき姿を歪めるとは。

 

 

I’m invincible(私は無敵故),I’m unavoidable(逃げる事は叶わぬ),I’m undebatable.(その余地すらない)

 

 

 虫に出来る事など何もない。混沌の嵐も自身の心臓を焼く事などできず。ただ、恐れもがく虫を無慈悲に私は斧槍で穿った。

 血の代わりに炎が滲み出る。一頻り暴れれば、その虫は動かなくなり(ソウル)へと霧散してみせた。そして私の身に流れるは大量の(ソウル)と、王の(ソウル)。器に焚べるべき偉大な火。

 如何に巨大であろうと、顛末などこんなものだ。ただの醜い虫。イザリスは、遂に滅ぶ。

 

 

━━Victory Achieved━━

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 デーモンにも生態系はある。

 

 そもそも、デーモンとは武器も扱えるほどの知性を持ち合わせた生き物だ。例え生まれが歪であろうともそこは変わらぬ。故に、それだけの知性があれば序列も生まれるもの。

 今まで私が戦ってきたデーモンは、言わば兵隊。兵隊の序列が低い事は古今東西の国々を見ていても分かるもので、となれば頭脳となる者も多少なり存在する。

 

 デーモンの中でも学者と位置付けられていた彼もまた、その序列に準ずるのであれば王族に近い。

 他のデーモンは呪術を扱う事も忘れひたすらにその膂力と暴力性で生命を狩っているが、彼からすればそんなものは野蛮の極み。故にいつものように学問……呪術を極めるための書き物をしていた。

 巨大なデーモンだけあって、その筆もまた大きいものだ。記すは彼らの偉大な母が生み出した呪術の呪文とその応用。彼は勉強熱心で、もし大沼の人間であったならば出世していたことは間違いない。

 

 そんな風に、溶岩が噴き出るイザリスの一画にある建物で勉学に励んでいると。

 

 一人の若いデーモンがやって来た。それは呪術の中でも変わり種の、毒を扱うデーモンだ。

 人に分からぬ言語で、やたらと慌てたように駆けつけた彼を最初は邪険にしていた。だが、その言葉が紡がれる度に勉学のデーモン(ここではそう呼称する)から表情が失せていく。終いには、その手にする大筆を落とした。

 

 若いデーモンと駆ける。道中では、同じく慌てふためいたり嘆き悲しんだり、またはあまりの怒りに同族同士で殺し合っている者達もいた。

 

 それはどうでも良い。下級の者達は野蛮だから、そう言うこともあるだろう。だが彼が優先させるのは……

 

 偉大なる炎の司祭はどうしたのだと、若いデーモンに尋ねる。すると彼はまたしても勉学のデーモンの心を砕く一言を呟いてみせた。

 

 死んだと。戦死したと。あの、どこまでも知性的で穏やかであり、そして強いデーモンの見本のような方が。司祭は彼の師でもあった故、その喪失感は大きい。

 

 誰にやられたと聞けば、それは一人の人間だという。そんなバカなと、彼は耳を疑った。だがそれもまた今はどうでも良い。

 彼らは、母なる混沌の苗床へと至る道を下る。長い坂を滑り降り(いつ来てもここは移動に不便だ)、そうして彼は目にしてしまった。

 

 酷く崩れ去る混沌の苗床、その大樹を。彼らの母が、死んだのだ。

 

 重厚な石畳は所々崩れ去り、何やら大きな戦闘があった事を想像させた。周辺には彼と同じく訃報を聞きつけたデーモン達が泣き崩れ、血に伏している。

 勉学のデーモンは開いた口が塞がらなかった。命の炎が消えてしまった木を見て、デーモンに最早未来が無いことを悟ってしまったのだ。

 

 同じく涙を流す若いデーモンに尋ねる。誰がやったのだと。

 すると、デーモンは言うのだ。炎の司祭を殺した者と同じだと。どんな奴なのか問えば、それは小さな人間の女だと言う。それもすばしっこくてとてつもなく強いのだと。道中の親衛隊は尽く殺されたのだと。

 

 気がつけば、若いデーモンの弟も加わり皆と嘆いている。だが、勉学のデーモンだけは違う。

 

 彼の心に芽生えたのは、終焉への憂いと底知れぬ憎悪。我々の誕生を否定した神々とそれを終わらせた人間への憎悪だった。

 

 少しばかりの残り香が、勉学の。復讐のデーモンの鼻をくすぐった。

 匂いは、覚えた。姿は知らずとも、匂いは変わらぬものだ。魂の匂いは。

 

 見えたならば、絶対に殺してやるのだと決意して。彼は一人杖を手に立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 苗床が死んだ事を、クラーナはその(ソウル)の共鳴から悟った。自らが成し遂げられず、逃げ出した使命。それを達成した者など、奴以外にいるはずもないと。

 とても晴れ晴れした悲しい顔だった。私は一瞬躊躇して、だが未だ毒の沼の傍に座る彼女に声をかける。

 

「ああ、お前。よくやってくれた」

 

 フード越しに見えたその頬に、涙が伝っている。ああ、ようやく終わったのだと。解放されたのだと。噛み締めているのだろう。それが悲劇しか齎さなかったとしても。

 母は、死んだ。傲慢で、優しくて、命を産み出そうとした愚かな女の終焉。それはとても呆気なくて、一瞬だった。だが、それこそ命の消えゆく様だ。感動的な死などありはしない。いつだって死ぬ時はそんなものだろう。

 

「ありがとう。お前に会えて、本当に良かった」

 

 まるで、これから死ぬような事を言う師に私は寄り添う。すると彼女も私の肩に頭を寄せてきた。きっと、孤独だったはずだ。強情だったはずだ。馬鹿弟子だと何だと、人を突き放すような事を言って。本当は優しい人なのだ。

 彼女はただ、弱い自分を隠していただけ。人でなくても、人らしい心に違いなかった。

 

「もうとても、馬鹿弟子なんて呼べんな……」

 

「師匠……」

 

 その華奢で暖かい身体を抱き締める。とても呪術の師とは思えないくらい、華奢な女性だった。

 

「お前、私を好きにしていいぞ。約束だ」

 

 まるでそれは、もう生い先の短い者の言い方だ。まるで自分などどうなっても良いのだと、そんな言い方。

 

 違う。私が欲しいのはそんなものじゃない。私が欲しいのは、愛。白百合の花が咲き誇る、白い愛。

 私は彼女のフードに手を掛ける。そして、そっとその顔を露わにした。

 

「お前も酔狂な奴だな」

 

 そう言って笑う彼女は、とても美しかった。魔女などと、どうして言えようか。聖女のように美しいその人は、確かに偉大な者の末裔。あの蜘蛛姫の姉妹。

 

「私が本当に欲しいのは、貴女の身体じゃない」

 

 おでことおでこをくっつける。互いの熱を分け合う。それは呪術の師弟関係に近い。

 これより行うは、愛の分け合い。最早愛するものもいないのであれば、私の愛を捧げよう。だって、女の子が喜ぶのが私の喜びでもあるのだから。

 

「クラーナ。私は貴女の愛が欲しい」

 

 そう、告げる。

 

「……ふふ、強欲だな。お前は。ふふふ……」

 

 笑う彼女は、しかしその顔を師のものへと戻す。いつもの強気な女性がそこにはいた。

 

「なら、お前の愛とやらを私にぶつけてみせろ。そうすれば私も、なんだ、あれだ。お前を愛してやれるかもしれ……」

 

 理性が外れる。私は彼女と口付けを交わす。それは前払いの報酬のような甘さだけではない。私の情熱を表すかのような、猛々しさが溢れるものだ。

 師を押し倒し、可愛らしい驚きの声が繋がった唇から漏れる。土の上だろうが構わない。私達の愛は場所を選ばぬだけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 互いに土の上、はだけた服のまま向き合い横たわる。その白く白百合のような肌は煤けていて、しかし美しい。

 師はそんな彼女の寝顔を見て微笑み、髪をそっと撫でた。不死が眠るなど、あるはずもないのに。それが出来るのは最早ただの不死では無い。目の前で無垢に眠るのはその領域を超えた者でさえある。

 

 だが、愛は。彼女の愛は伝わったのだろう。今までに無いほどにクラーナの表情は穏やかだった。母性を感じさせるその表情をそのままで、彼女は服を着直す。

 優しい御伽噺。けれどいつだって、世界は悲劇に溢れている。此度もまた、その悲劇が繰り返されるだけ。愛は廻り、だが終わるものでもある。

 

 そっと立ち上がれば、クラーナは蜘蛛姫の根城を仰ぐ。愛を受け取り、また愛を授けた彼女にはまだやるべき事がある。

 

 (ソウル)より一冊の古びた書を取り出せば、少女の傍らに置いた。まるでそれが、惜別の証であるように。

 クラーナの呪術書、その一つ。最早呪術の師として彼女に教えてやれる事は何も無い。それ程までに、この馬鹿弟子は呪術師として優れてもいた。

 

 もっと早く、彼女に会いたかったと、後悔もする。だが今更何だと言うのだ。後悔など、してもしきれない。だから今を生きるのだ。ただ善くあるために。

 

「……楽しかったよ、リリィ」

 

 最後に、私の名前を呼んで。彼女は立ち去る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を開く。だが、心は晴れ晴れとはしない。

 

 本当は起きていた。不死なのだから。最初こそ気絶に近い眠りにあったのは本当だが。優しくこちらを見守る彼女の愛を、私は目を閉じてしか受け取れなかった。

 後悔など、たくさんある。本当は引き止めたかった。アナスタシアはまた怒るかもしれないが、それでもクラーナを引き止めて一緒に祭祀場へと戻りたかった。愛を共有したかった。なんて強欲で、なんて愚かなのだろう。でも、それが私だった。

 

 それをしなかったのは、彼女の決意を無駄にできなかった。意志とは、生き物だ。引き止めることは生きる事を放棄させることに他ならない。

 あんなに孤独な人に、もっと愛を知ってほしかった。でももう、それもできない。私にはそんな事、出来るはずもない。

 

「お別れです、師匠」

 

 出会いとは、別れを包括する。いつか訪れる別れのために、今をより善くあるべきだ。

 

 けれど。寂しいものは、寂しいものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 聖女レアは、一人聖堂で祈る。理性を失くし亡者と化した者達へ。愚かな彼女が出来る唯一。

 嗚呼、真、世界とは悲劇に溢れている。一つの悲劇は幾百の悲劇を齎すものだ。私達に喜劇は無い。楽しいと思えた事は、過去に置いてきた。そして今がある。

 

 背後からやって来た者を、止めることなど彼女にはできなかった。その価値は、権利は自分には無い。家柄だけの愚かな女。まさにその通りだった。

 

「来たのですね。……止めはしません。私には、できません」

 

 ゆっくりと迫る死の気配を、避ける事はしなかった。それが自分の結末だと受け入れる。

 鉄の塊が振われる。見ずとも分かる。共に旅して来たのだから。その行為を咎めることなどできない。自分のせいでこの過酷な世界へと迷い込ませてしまったのだから。

 

 鈍い音と共に、頭蓋が割られる。跪く彼女は崩れ落ちた。純白の衣装に、真っ赤な血が混ざり行く。

 

 心にあるのは後悔ばかり。亡者と化した従者達への贖罪。

 

 そして、少女から受けた愛。それを無碍にしてしまうことに対する、償い。聖女は、再生を拒み死を受け入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真っ赤に。真っ赤に、燃えている。

 

 

 

 

 血が、彼女の肌と衣装を汚している。

 

 

 

 

 私はただ、何もできず。物言わぬ身体に近寄った。

 

 

 

 不死だから。異形だから。涙も出ない。けれどその無惨な姿を見る度に、心が崩れていく。

 悲劇に満ちる世界と言えど、こうも残酷なものだろうか。彼女が縋った神は、とうとう何もせず、彼女を殺してしまった。

 

 嗚呼、どうして。私はただ、彼女を愛したかっただけ。なのにどうして。

 

 彼女の身体を抱き抱える。力無く四肢と頭を垂らす彼女は、まだ暖かい。けれどその魂は虚ろ。故に死している。

 

「ごめんね、ごめんね」

 

 苦痛に歪む顔に、私は自らの頬を擦り付けた。

 

 真っ赤に、彼女の身体が燃え上がる。呪術の炎は、死した彼女を放置することは赦さない。

 

 せめて、死んでしまったのならば。土に還るのではなく、私の炎で燃やしてやりたい。それが今出来る精一杯の葬送だった。

 腕の中の身体が、判別できないほど燃え盛る。私はその身体を、祭壇に捧げた。

 

 神は死ぬべきだ。だが、今はせめて彼女が信じた神の下へ。貴様らはその後殺す。

 

 しばらくして身体が燃え尽きた頃。私はその遺灰を、すべて飲み干した。魂だけは神にくれてやる。だが身体は、手放したくはなかった。

 私と彼女が愛を交わした事を、無かった事にしたくは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 醜い男は、山道を歩く。

 

 最早憂いも消えた。その手で殺し切った。後は国へと帰り何とでもしよう。その過程できっと聖女達の事を聞かれるが、彼女達は使命の半ばで力尽きたとでも言えば良い。

 どうせ彼らは忌み嫌われる不死なのだ。誰もそれ以上は関与してこない。ならばそれで良いのだと。

 

 どこまでもこの森は暗いが、彼の心は晴れている。ああ、不死ではあるが人生を謳歌するために何をすべきだろうと、そんなことばかり考えている。

 

 

 だが。例え神が見逃そうとも。

 

 

 私はお前を必ず殺す。

 

 

 不意に足を槍で射抜かれる。どこからともなく飛んできた槍のせいで、ペトルスは盛大に転んだ。

 

「うゴォ!?」

 

 泥まみれになる彼は、立ち上がろうとして目の前にいる誰かに気がつく。そしてその時にはもう遅い。

 

 そこには神すらも殺してしまえる少女がいた。ジャイアントキリングばかり成し遂げ、最早ただの不死の枠に抑え切れぬ少女が。

 悍ましい程の呪いを含んだ視線で彼を睨んでいた。

 

「ひ、ひいぃいい!? あ、あなたですか! 私にこんな事をしたのは!」

 

 言って、痛みや刺さる槍すらも無視して這うように後退りする。少女は何も言わず、ただそこに立ち尽くす。それが尚更悍ましい。

 

「か、仇打ちにでも来ましたか! この不死風情が! それで正義を語ったつもりですか!」

 

 何とかペトルスは時間を稼ごうとしていた。足は痛むが、死ぬほどではない。油断したところを屠ってやるのだと企む。

 

「あんな小娘、死んだ所で何も」

 

「言ったはずだ」

 

 言葉を遮り、少女は口を開く。

 

 

「殺すと。貴様はここで死ね」

 

 

 手にするのは黒騎士の斧槍。それは数多のデーモンを屠り、更には楔石によって鍛えられた神に匹敵する武器。

 だが悪党はどこまで行っても悪党だ。こっそりと手にするタリスマンは、すぐにでも奇跡を発動させられる。だから近寄ってくるのを彼は待った。

 

「所詮、あなたも偽善者だッ! 色々殺しておいて、私を殺す資格などあるものかッ!」

 

 そうして奇跡を発動させようとタリスマンを翳す。だが彼の誤算は、その少女の強さを知らなすぎたことだ。彼女の戦いを。

 少女からすれば、その動きは蠅が止まるほどに遅すぎた。音速を越えかけた動きで、斧槍を振るえば彼の手はタリスマンごと切り落とされた。

 

「アァーッ! 腕! 腕がッ!」

 

 それだけでは済まない。気がつけば、もう片方の腕も切り落とされていた。挙げ句の果てに両足までも。達磨と化した男は、その場に蠢き呪いの言葉を吐くだけの汚物。

 少女は淡々と、殺さずの傷を負わせてから誘い頭蓋をペトルスに投げつけた。砕けた頭蓋から(ソウル)の名残が漂う。その行為の意味を、男は理解できない。

 

「ならば、私は手を下さない」

 

 そう言って、何もできない男を背に少女は去っていく。その間ずっと呪いを撒き散らし、喚く男はしばらくして気がついた。

 

 

 頭蓋によって来た亡者達。それらが集まっていることに。

 

 

「おおお! 来るな! 汚らわしい! このぉ! 嫌だ! イヤダァアアアア!!!!!!」

 

 

 (ソウル)に飢えた亡者達は、剣で、拳で、歯で、醜い男を貪る。絶望するには相応しい最期だった。所詮はただの不死だ。心を折るには丁度良い。

 

 男の悲鳴はすぐに止んだ。後に残るは亡者達の肉を貪る音だけ。復讐など、呆気ないものだ。

 

 

「借りは返したぜ、ハニー」

 

 

 それを鉄板のパッチは遠目に眺める。あの腐れ聖職者に相応しい最期だと、唾を吐きながら。

 死体から得るものは何もない。得たくもない。回収するのは自身の槍だけだ。パッチは何も思わず、転がる骸を蹴飛ばしてその場を去った。

 




ここからソウルシリーズらしい回が続きます


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Tears of the Wolf
黒い森の庭、狩猟団


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 本当に、本当に目を疑った。

 

 

 あのぶっきらぼうで、目ざとくて、無愛想で、でも本当はとても優しい太陽のような導き手。死にかけていた僕を救い、使命すらも与えてくれた。そんな少女が、祭祀場の篝火で存在すら見えなくなりそうなくらいに縮こまり、ズンっと暗く消えかかっている。

 僕は最初、ただそれを眺めている事しかできなかった。篝火の炎が僕の鎧を反射し、彼女の目に入ってようやく彼女に気が付かれる。

 

 何も言わず、ただ呆然と光を失った瞳でこちらを見るだけ。そのうち彼女はまた炎を見つめるだけの不死と化す。

 

 彼女が蓄える(ソウル)の量は膨大だが、大元となる彼女の魂は、とても弱り切っている。今までこんな事、一度も感じたことが無かった。

 

「リリィ、どうしたんだい?」

 

 そんな、何ら変哲もない風に装って話しかける。すると彼女はこちらを向きもせず、風と炎の揺めきで消えてしまいそうなくらい小さな声で言う。

 

「何でもない」

 

「……そうは見えないよ」

 

「あんたには関係無いわ」

 

 完全な拒絶だった。否、彼女がそんなに安っぽい人間ではないことは確かだ。それは僕が保証する。彼女は聡く、そして狡賢い。だからこそ、考えてしまうはずだ。自分の問題に他人を巻き込めないと。

 でも、僕は少しでも彼女に近付きたくて。そして力になりたくて。

 

 彼女の隣に座り、兜を脱ぐ。久しぶりに脱いだせいでやけに風が強く感じるが、じきに慣れるだろう。そうでないと困る。

 

「ソラール殿の件、助かったよ」

 

 話題を変える。だが彼女は少し頷くだけで答えてはくれなかった。

 

「彼は竜を目指すと……どうしてそうなったのかは良く分からないけど、そう、言っていたよ。希望に満ちた目でね」

 

 彼女がソラール殿に希望を与えたのは確かだった。

 

「君に何があったのかは分からないけど。でも、君は確かに、人に生きる希望を与えたんだ」

 

「……希望ね。殺ししかできない私が、希望ね」

 

 自嘲気味に笑う彼女が、痛々しかった。どうにかできないものかと思うも、僕では何もできない。

 それでも、伝えたい事がある。彼女に知っていて欲しい事がある。それは決して無駄な事じゃない。僕は彼女の一部になりたい。人生の中の一つになりたい。

 

「殺し殺され……でも、君は僕を救ってくれた。その殺しが、今の僕を使命へと導いてくれたんだ」

 

 だから、だから……そんな、自信なさげな声で。

 

「そんな顔で、泣きそうにならないでくれ。お願いだから。君が悲しむところなんて、見たくない」

 

 あまりにも身勝手なお願いは、しかし今の彼女に届くはずもなかった。そうだ、彼女の心に僕はいない。

いるのは少女と、それに対する愛だと。今の僕に知る由は無かった。

 リリィは無言で立ち上がり、僕を見ることもなく言う。

 

「そう。でも、無理よ。私はただの魂喰らい(ソウルイーター)だから」

 

 立ち去る彼女に僕は何も言えなかった。ただ、彼女と入れ替わるようにして僕が嘆いているだけ。何も分からず知ろうともせず、僕はただ愚かな使命の代行者。

 だからだろう。だから、僕には使命しかない。火を継ぐ事しかできない。彼女のように悩むことはできない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アンドレイからパリングダガーを受け取る。流石毎日毎日鉄を打ちつけているだけはある、無駄の無い仕事だ。楔石で鍛え上げられた短剣は、炉の炎を反射して煌めく。

 左手でくるくると回し、重さと取り回しを確認する。軽くも無く重くも無く。そして短く扱いやすい。刃の両方に取り付けられた返しは相手の剣を挟み弾くのに使うものだ。

 カリムの騎士、裏切り者のロートレクが使っていたものだ。盾と違って防御は出来ないが、盾よりも余程パリィに向いている。私向きの技量向きだ。

 

 ダガーを左腰の鞘に納めれば私はアンドレイに礼を言う。

 

「良い腕ね。感謝するわ」

 

 ああ、とどこか暗い様子のアンドレイ。だが私は何も言及せず、とある事を質問する。

 

「貴方、アルトリウスの墓に関する情報を持っていないかしら。黒い森の庭の下層から辿り着けるようだけれど、できれば迂回せずに向かいたいわ」

 

「知っているには知ってるが……まぁ嬢ちゃんには何言っても無駄だろうからな。ほらよ」

 

 そう言って、彼は傍の麻袋から何か丸いものを取り出す。それは魔力を帯びた紋章。奇跡とも闇とも違う、けれど明確な遺志を感じるものだ。

 この紋章、どこかで見た事がある。そうだ、シースの書庫で調べ物をした際に見たものだ。確かアルトリウスの紋章だ。

 

「それがあれば黒い森の庭の扉が開く」

 

「貰って良いのかしら?」

 

「断っても諦めないだろう?迂回して無駄に死んでもらっちゃ困るしな……無鉄砲なのは困ったもんだぜ」

 

 だがな、と。彼は付け加える。その瞳には深い思慮と悲しみが見て取れた。決して普段は見せない、人格者の彼らしいといえば彼らしい瞳。その瞳からは彼の人生の深みを感じさせられた。

 

「後悔だけは、しちゃいけねぇぜ。後悔は、不死を殺す。今の嬢ちゃんは……見てられねぇ」

 

 そう言って、彼はまた木槌を打ち付ける。それ以上は何も言わない。彼は引き際を弁えている。いや、もしかすればそれこそ彼の不死なりの生き方なのかもしれない。

 深く関わり過ぎれば自らも引き摺り込まれる。人生とは泥沼の深淵のようなもの。だからこそ彼は一線を引くのだろう。私は彼に不死の理想形を見たような気がした。

 

 私は張り詰めていた胸を深呼吸で解放する。後悔はしてはいけない。その通りだ。永遠を生きる不死であるならば、後悔などすべきではないだろう。そうなれば、私も何れ心を失い亡者と化してしまう。それだけは、あってはならない。

 

「ありがとう、アンドレイ」

 

 たったそれだけ礼をし、私は黒い森の庭へと向かう。

 後悔か。今までの出会いと別れは私の人生を大きく変えるものだったに違いない。悲しくも、しかしその間に育んだ愛は本物だったはず。

 レア、クラーナ。そしてアナスタシア。そうだ、後悔などするはずもない。別れを悔やんでしまえば、その出会いも否定する事になる。ああ、それではダメだ。私は彼女達を愛しているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルトリウスの紋章を使い、黒い森の庭の大扉を開く。その真横に篝火が隠されていたのは運が良かった。もしこの先で死ねばまた不死教会からのリスタートだ。時間的にもこちらの方が負担は少ないし、何よりもエストの補充もし易い。

 だがどう言うわけか、この大扉を潜った先には先客がいるようだ。それもタチの悪い……盗賊とでも言えば良いか。

 

 パッチのようにこちらを騙す輩ではない。この暗い森を利用して、所々で待ち伏せをしている不死が沢山いる。それにどうやら盗賊同士で組んでいるようだ、私の嫌いな複数戦に持ち込もうとしているあたり、頭も回る。私も学べる事があるだろう。

 魔術師、弓を持った狩人、騎士……様々な不死が私を襲う。とにかく一対一になるよう森の中を逃げ回り、一度隠れる。隠れんぼは得意では無いが、案外向いているようだ。見えない身体も役に立っている。

 

 こっそりと近場の狩人に近寄る。こちらを見失って仕舞えばあとはやりたい放題だ。

 左手のパリングダガーを右手に持ちかえる。そして空いた左手で狩人……女性だ。背後から女狩人の口を塞ぎ、右膝の裏を爪先で蹴れば膝をついた。

 

 そして、その喉元にダガーを突き刺す。彼女は驚いたような顔でこちらを見上げた。だが次第に暴れる身体から力が抜けていく。美しい狩人だ。だが敵には容赦などしない。女なら、尚更。女の怖さは身を持って知っている。

 

 騎士に関しては最後に倒した。魔術師をゴーの大弓で遠距離から射殺し、斧を持っていた盗賊に関しては発見されるのを前提でソウルの結晶槍で破裂させる。ただの不死に対してソウルの結晶槍は些かオーバーパワーだったようだ。

 そうすれば、流石にこちらに気がついた騎士が一人でやって来る。フルプレートの甲冑をガチャガチャと鳴らし……その手にはクレイモア。あれはアストラの甲冑だ。一瞬オスカーかと見間違えたが、(ソウル)の大きさが段違いだ。あの坊ちゃんはもっと強大だ。

 

 大剣など、私を切り裂く武器足り得ない。振り回すクレイモアはあっさりとパリングダガーに絡め取られ、甲冑ごと斧槍で貫けばあっさりと騎士は死に絶える。どうやらここの連中は頭数ばかりで強さはイマイチのようだ。

 

 盗賊連中を殲滅すれば、先へと急ぐ。すると崩れた建物があった。その建築様式には見覚えがある。

 

「……やはりウーラシールなのね、ここは」

 

 深淵の主に引き摺り込まれ、辿り着いたあの過去の世界。この黒い森の庭はあの虚栄の成れの果てだ。なるほど、この森が太陽の下でも暗い理由がわかった。未だ朽ちぬ深淵が燻っているのだろう。

 

「そうさ。ここは闇を暴いた国の末路。あんたもこのまま進めば奴らの仲間入りさ」

 

 不意に上から声を投げかけられた。老いた女の声だ。急いで武器を構え、見上げればそこにいたのは……猫。どこかで見た覚えのある大きな猫だ。

 

「……猫?」

 

「久しぶりじゃないか、嬢ちゃん。やっぱり深淵の主を倒したのはあんただったんだね」

 

 言われて思い出す。この猫、私達を弱ったシフの場所へ導いた大猫だ。あれから千年も経っているはずだが、まだ生きていたのか。化け猫というべき存在だ。

 

「貴女……あの時は助かったわ。おかげであの子が死なずに済んだから」

 

 すると猫は笑い、

 

「アイツもあんたらに感謝してたよ。恩人を救ってくれた上に、仇まで取らせてもらったってね」

 

「……動物同士だと意思疎通ができるのね。羨ましいわ」

 

 私もシフとお喋りしてみたい。というか目の前の化け猫の毛に埋もれてみたい。きっとふわふわで気持ちが良いはずだ。

 

「あたしは黒い森のアルヴィナ。あんた、名前は?」

 

 アルヴィナと名乗った化け猫。私はふわふわで埋もれる妄想から現実へと戻り応える。

 

「リリィ」

 

 ふぅん、と彼女は品定めするように私を眺める。女性は女性かもしれないが、私は人以外に欲情するような変態では無かった。

 

「大方あんたもアルトリウスの噂を聞きつけてやって来たんだろう? まったく、倒したのはあんたらじゃないか。そんな伝承、信じたのかい?」

 

「深淵へ行かなくちゃいけなくてね。その為にはアルトリウスの力がいるのよ。白竜シースの書物の中に、彼は深淵の魔物と取引して深淵を歩いたという記述があったわ。……まぁ最終的に本人はその闇に引き摺り込まれたけどね」

 

 ふぅむ、とその言葉を聞いてアルヴィナは何かを考える。

 

「そう言う事かい……なるほどね。ならあんた、私達の仲間になりなよ」

 

「なんでそうなるのよ? 盗賊の仲間なんてゴメンだわ。私までツルピカになりたくないし」

 

 脳裏に浮かぶのはあの憎たらしい槍使い。

 

「ツルピカ……?ドネとティロの事かい?まぁいいさ。あたしらをそこいらの盗賊と一緒にしないでおくれよ。あたしたちはただ、この森を穢す愚か者を追い払ってるだけさ。アルトリウスの墓、その神聖な場所をね」

 

「……それは、シフも関わっているの?」

 

「もちろんさ。アイツがやり始めた事さ。もし手伝ってくれるのなら、あんたが欲しがってるものもくれてやれるかもしれないよ」

 

 どうだい、悪い話じゃ無いだろう?と。彼女は提案する。確かにそうかもしれない。この先でアルトリウスの墓を守るのはきっと……彼に違いないのだから。戦わないで済むのなら、そうしたい。これ以上、知り合いの死を見たくはなかった。それが戦友なら尚更だ。

 私はしばらく悩んで、答えを出す。それは彼女が望んでいた言葉。

 

「いいでしょう。手を貸そうじゃない」

 

 するとアルヴィナは嬉しそうに鳴いてみせた。

 

「そうかい! じゃあ早速契約を結ぼうじゃないか!」

 

 そう言って彼女は口から何かの指輪を取り出す。それは猫をあしらった可愛らしい指輪だった。中々センスが良い。効果は無いようだが、オシャレとしてはアリだ。今度アナスタシアにあげよう。

 指輪を嵌めれば私はそれを空に翳した。本当に可愛いわね。

 

「あんたがこの指輪をしていればあたしはあんたを召喚できる。侵入者を感じたら召喚するから、暴れるだけ暴れてそいつらを追い返せばいいさ」

 

「暴れるのは得意よ」

 

 それは良い、と彼女は笑った。まぁ時間はまだたっぷりある。これはそう、気晴らしみたいなものだろう。

 

「ただ一つだけ、掟がある。裏切りは許されない。絶対にね」

 

 今までの朗らかな声色から一転して、空気が威圧される。もちろんそんなもので私は萎縮などしないが、弛みかけていた精神が引き締められた。

 

「裏切りはされるほうだから。大丈夫よ」

 

「ならいいさ。仲間もいるからね、会っておくといいよ。品物を融通してくれるだろうさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「話は聞かせてもらったぜ」

 

 建物の外にいる騎士……騎士なのだろうか。変わった服装の男に話し掛ける。大きな曲大剣に見慣れない意匠の鎧。彼は自らをシバと名乗った。この黒い森の庭の守護者達、そのリーダー格らしい。他の団員は不死故に復活していたが、一度は私に蹂躙されたせいで恐れて話そうとしてこないのでまともな会話は彼としかできない。

 どうやら遥か東の国から来たらしい。なるほど、見慣れない訳だ。噂程度にしか聞いた事が無いから。

 

 彼は色々とこの森での仕事を教えてくれた。召喚されたら暴れるだけ暴れ、敵を蹴散らせば良いのだと。戦利品は倒した敵から奪い、またアルヴィナからも貰えるとのこと。支払いが良い。

 

「そういえば、アルヴィナから商売は貴方としろって言われてるんだけど」 

 

「ああ。それなりに武具が好きでな、色々扱ってるぜ。見ていくか?」

 

 武具が好き……というか収集癖があるのは私も同じだ。早速私は彼と取引をする。東の国の出身ということもあり、彼が扱うのは特殊なものが多い。

 鉤爪……はあまり好みじゃない。なんか獣みたいだし。だがこの打刀は気に入った。どうやらシバも私の見立てが気に入ったのか、兜の奥を満面の笑みで迎える。

 

「おう、あんた筋が良いな」

 

「でしょう? これ、頂戴な」

 

 決して安くはないが、高くも無い。良い買い物だ。アンドレイか巨人鍛冶屋に鍛えてもらおう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 侵入者は割と多いらしい。このロードランで日時など分かるはずもないが、体感的に一日で三回は侵入されている。その度に私は戦うことになるのだが……

 

 なるほど、他の世界というものは興味深い。ここに侵入してくるのはどれも異世界の選ばれた不死ばかり。つまる所、異世界の私達のようなものだ。

 故に強い。私もそれなりに強いと思っていたが、井の中の蛙。一対一でも苦戦させられる。

 

「盗賊風情が……!」

 

 黒騎士の大剣を振り回す侵入者。ただ振り回すのではない、器用なことにこちらの防御の薄い部分を狙ってくる。

 突きも嫌らしい。素早く突いてきたと思えばすぐに回転し斬り払ってくる。隙がない良い戦士だ。おまけに今回は女だった。是非とも捩じ伏せて(ソウル)を頂きたい。

 

「嬢ちゃん下がれ!」

 

 応援に駆けつけたシバが曲大剣で敵に迫る。彼の回転斬りの勢いは凄まじく、避けられたものの周辺の木々を切り落としてみせた。自然破壊だなこれは。

 

「次から次へと!」

 

 シバと鍔迫り合いをする女騎士は顔を歪めて怒りを放つ。なんだか知らないが怒りやすい性格らしい。そんなところも可愛らしいが。

 

 と、膠着状態が続く彼らに転機が訪れた。不意に、女騎士が苦しみ出す。よく見れば彼女の背後に誰かがいる。まるで霧のように姿が見えない誰かは、手にした鉤爪で女騎士を背後から貫いていた。

 

「この……! 卑怯な奴等め!」

 

 だが不死とは、不死の英雄とは心折れぬからこそ英雄なのだ。彼女は蹴りで見えない誰かを引き離すと、瞬時にフォースを繰り出しシバを引き離す。エストを飲む暇は……無い。

 

「怒ると綺麗な顔が台無しよ」

 

 すかさず黄金の残光と暗銀の残滅で斬りかかる。一撃の重さでは負けるが、手数ではこちらの方が上だ。故に何度も斬りつければ、彼女に浅くつけた傷から血が噴き出た。黄金の残光が齎す出血効果だ。

 彼女は驚いて片膝を突くと忌々しそうにこちらを睨みつけた。

 

「残光ブンブン野郎め……!」

 

 その隙を見逃さない。彼女を押し倒し、胸に瞬間的に取り出した斧槍を突き立てる。

 

「綺麗でしょう? 貴女と私の間に掛かる虹みたいで……ね?」

 

「気持ちの悪いやつだ……!」

 

 ちゅっと、私は(ソウル)へと霧散する彼女の頬に口付けする。こういう愛の形があっても良いと思うのだが、どうだろうか?

 侵入者を片付ければ私は血のついた斧槍を払う。背後ではシバと霧のような誰かが少し引いた様子で眺めている。

 

「……嬢ちゃん、変わってるな。少し引くぞ」

 

「嫌ね。愛の形は人によって異なるわよ」

 

 かなりの量の(ソウル)と唇に残る感触を楽しみながら答える。

 

「その、刺客? 貴方の従者か何かなの?」

 

 不意に彼の背後に立つその隠密を指差す。隠密は男のようだが、少し恥ずかしそうな仕草をしてシバの背後に完全に隠れた。男にしては背格好は女らしい。

 

「はは、こいつを見られちまったか……こいつは故郷で拾った隠密でな。ちょいと恥ずかしがり屋だが腕は確かだぜ」

 

「そう……ねぇ、貴方ってもしかして」

 

「おっと。それ以上は言わないでくれ。……俺はここの団長みたいなもんだからな。面子ってもんがある」

 

 なるほど。どうやら歪んだ愛を持つのは私だけでは無いようだ。なんだか彼を見ていたら勇気が出た。世界は広いようだ。

 愛する者と共に戦えれば、それは心強いはずだ。それ以上に不安で堪らないだろうが。




シバさんがアレなのは完全にオリジナル設定です。ただ影のように彼の背中を守る隠密はそっちなんじゃないかと思っただけです。私はゲイではありません。それだけははっきりと伝えたかった。


でも百合すき


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黒い森の庭、灰色の大狼

 

 

 対人戦は巨大なデーモンや神々と戦うのとはかなり違う。

 例えば百足のデーモンやはぐれデーモンといった異形は、その大きさ故に人間である私に速度で遅れを取った故に敗れたようなものだ。流石にオーンスタインといった伝説の騎士相手では大きさに対するアドバンテージは殆ど無かったが。

 だが対人戦とは、互いに不死人である。身長の大きさや筋力やスタミナの違いはあれど、基本的には同じような武器を用い、戦術を用いるだろう。

 

 駆け引きとは、奥深いものだ。

 

 技量も(ソウル)も同じくらいの者同士であれば駆け引きこそ生死を別つ極めの一手。駆け引きを制した者こそ対人戦を制すると言っても過言ではない。

 また、人数を揃えるのも良いだろう。基本不死同士の戦いにルールなどない。殺した方が正義だ。三人羽織の仮面と巨人騎士の装備をした者は除く。あいつらは害悪だ。

 

 そうして、私はこの黒い森の庭で駆け引きという奥義を手に入れた。数百戦い、何度も死んだが……死ぬ数が二桁程度になる頃にはその駆け引きのコツというものを掴んだのだ。

 

 今もこうして、岩のようなハベルの装備に身を包み何故か両手にアヴェリンと呼ばれる三連射できるクロスボウを携えた侵入者を屠ったところだ。

 遠距離からチクチクと嫌ったらしいし無駄に鎧が固いせいで時間が掛かったが、どうやら駆け引きには弱かったようだ。わざと背を見せて逃げ出せば簡単に追って来て、隠れていた仲間達とタコ殴りにしてやった。重すぎる装備のせいで近接武器の一つも持っていなかったのが運の尽きだ。

 

 しかし新たに手に入れた武器である打刀。これは良いものだ。刀身が薄いせいで刃こぼれしやすく定期的に修繕しなくてはならないが、ある程度長いリーチと切り裂くのに特化した刃は出血を容易にする。流石に黄金の残光には劣るものの、あれは長さが足りないから……

 居合い斬り、というのも駆け引きに丁度良い。鞘に収め、一気に振り抜くこの斬り方は相手の油断も誘えるし、何よりも鞘に収めているせいで相手がその長さと振りの速度を誤認しやすいのだ。ちなみに居合い斬りは元々この打刀の主であった誰かが用いていたらしく、刀の(ソウル)を読み取って習得できた。

 

 また、今までは通常の魔術を多用していた私だが、闇術の有用性にも気付かされた。特に追うものたち……これが持つ追尾性と殺傷力は、反則に近い。

 

 自分の世界の黒い森の庭に帰れば、シバがこちらに手を振っている。

 

「よう、やるじゃないか。ハベル装備相手にこうも立ち回るとはな」

 

 相変わらず背後には忍びを携え、彼は気さくに言う。

 

「ま、相手が馬鹿で助かったわ」

 

 少しだけ伸びた髪をいじり、さも当然と答える。正直ここでの戦闘は彼らの存在が大きく戦局を左右する。一対一ではかなり厳しいだろう。

 

「ハッハッハ、アルヴィナもお前には期待しているみたいだからな。俺たちも心強いぜ……ああ、そういやお前さん、アルヴィナが呼んでたぜ」

 

「あら、ようやくモフモフさせてくれるのかしら」

 

「ハハハ、それは分からんが……まぁとにかくあいつの所に行ってみるといいさ」

 

 

 

 

 アルヴィナはいつものように遺跡の壁の上に寝そべっていた。大きな口で欠伸をしながら、私を見るとぶにっと頬を緩めて笑顔を見せる。口調と声色は老婆に近いが、その様は愛くるしい猫そのものだ。

 私は近くの柱に飛び乗って腰掛ければ、彼女の毛並みを撫でた。彼女も満更でもないようだ。

 

「来たね、リリィ。霧の指輪はどうだい? あんたなら使い熟せてるはずだよ」

 

「ええ、便利ねこれ」

 

 右手に嵌めた指輪を見る。この真珠のようにも見える霧が嵌められた指輪は彼女が報酬としてくれたものだ。使えば、存在を薄れさせ敵から姿を見え難くする。対人戦だけでなく不必要な戦いを避けるためにも使える便利な品物だ。

 

「それで、要件は何かしら? その毛並みに顔を埋めてもいいのかしら?」

 

「それはやめておくれ」

 

「そう、残念」

 

 一度、侵入者撃退の報酬として彼女を心ゆくまでもふらせて貰ったのだがどうやら彼女はそれがトラウマになってしまったようだ。仕方ないだろう、乙女なのだから可愛い猫は抱きたくなってしまうのだ。それが若干の狂気を伴っていたとしても、それはアニマルセラピーというものだ。

 

「あんたも随分と活躍してこの森に貢献してくれた。だからね、会わせたい奴がいるんだ」

 

「……そう。そういう、事ね」

 

 ようやく、私はここに来た目的を果たせるらしい。彼女は私がここに長居するつもりはないと分かっている。だから、彼らとの仕事はここまでだろう。

 私は本来群れる事のない狼なのだ。白く、白百合のような一匹狼。それに本来誓約を結んでいるのはあの蜘蛛姫様だ。一時的とは言え、ずっとは彼女を放って置けない。

 

「あいつから、あんただけはこの先に進んでいい許可を貰ったよ。何があっても私達に手を出すなともね。……いいかい、リリィ。あんたは余所者で一時的とはいえ、あたしの可愛い家族なんだ。だからこの先で起こる事で、悲しんでほしくはない」

 

「ありがとう、アルヴィナ。でも、大丈夫よ。後悔は死ぬほどしてきたし、これからもする。けれどそれは、決して無駄ではない……だから、安心して」

 

 わしゃわしゃと彼女の喉を撫でる。短い期間だったが彼女の私に対する愛は伝わってきた。それは私の求めるものではない家族愛だが……それでも良い。家族とは、良いものだ。私には無いものだけれど。

 

 アルヴィナに別れを告げ、私は森の先へと進む。会わなくてはならない子がいるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 喋るキノコは過去に見たが、まさか殴るキノコがいるとは。

 

 黒い森の庭、その最深部に足を踏み入れた私。脅威らしい脅威はここにはいない。しかしその代わり、この森には独自の生態系が育まれていた。

 アルヴィナと同じようで理性のない大化け猫やキノコ人。大化け猫は木々が生い茂った森の中は苦手なのか、入ってこようとはしないからいいものの、キノコ人はヤバい。

 彼らには明確な仲間意識があるようで、小さいキノコ人……子供だろう、それが助けを求めようものならば親である大キノコ人がのそのそとやって来てアンドレイも真っ青なパンチを見舞ってくる。私が素早さに特化した不死で良かった、もし盾で防御しようものならば盾ごと身体を吹き飛ばされるくらいには彼らのパンチは凄まじい。

 

「何なのよあいつら……」

 

 おまけに彼らの樹液は雷を帯びている。そう、黄金松脂の材料とは彼らのことだったようだ。道理で流通が少ないわけだ。

 ともかく、彼らは速度は蚊が止まるほど遅いから攻撃に気をつけていれば殺される危険性は少ないし、そもそも戦う必要性が全く無いからスルーしよう。

 

 過去の世界で出会ったエリザベスの末裔があんな脳筋になるのか……恐ろしいものだ。彼女のような知性はどこにいった?

 

 

 

 

 キノコゾーンを抜けて、大橋へと至る。ここは多分、霊廟を抜けた先の橋に違いない。となればこの先はエリザベスがいた場所なのだろう。最早彼女がいるとは思えないが。

 何らかの魔術が施された大扉を開ける。前にはこんな扉は無かったから、きっとアルトリウスの墓として知られてから建てられたのだろう。

 

 それを開ければ、そこには大きな広場が広がっていた。そして中心にあるのはこれまた大きな石造りの墓と、一振りの大剣。もちろんそれは人が持てるようなものではない。アルトリウスが手にしていた物に酷似しているが、あそこまで大きくは無かった。

 

 そして、嗚呼。その墓前にいるのは一匹の灰色の大狼。かつて深淵歩きとして知られた騎士アルトリウス、その友として知られた狼。

 ウーラシールにて友が命を賭して護った、継承者であり共に深淵の主と対峙した戦友。

 

 シフ。あの可愛らしい狼は、かつての可愛らしさなど捨て去り、勇ましく、猛々しく、まるで神が如く大きく育ち。

 

 

「久しぶりね、シフ」

 

 

 私が声を掛ければ、背筋を立てた彼はこちらを一瞥すると大きく吠えた。

 まるで久しく出会った友に対する咆哮。同時にそれは亡くした友に対する葬送にもとれる。

 

 彼は千年もの間、友の存在を語り継いだ。語り継げるほど戦い、育ち、その伝説を肥大化させた。決してそれは真実ではなく、だが英雄譚として人に紡がれた。

 真実など、ありはしない。あるのは心地よい事実のみ。であるならば、友の穢れた末路など伝える必要はなかったのだろう。それこそシフの友としての流儀。神も人も、忘れられて初めて本当に死するのだから。偽りであろうとも、それを護りたいと思うのはおかしい事だろうか。

 

 彼はこちらに歩み寄ると、じっとその瞳で私を眺めた。その瞳にはかつての甘く若い狼としての可愛らしさなどない。厳しく、長い時を過ごしてきた神にも近い大狼。

 だが、だからだろう。その間に本当の自分を、弱くも勇ましい彼を知っている者などいなかったはずだ。

 

「おいで。撫でてあげる」

 

 かつてそうしたように。私は手を伸ばす。シフはしばし不動であったが、それからゆっくりと瞳を閉じてその頭を垂れた。

 あの優しい毛並みは、血を吸い、戦い、荒れ果てている。けれど美しさは変わらぬまま。彼はずっと戦ってきた。友のために。

 

 だが彼は、私が何をしにきたのか分かっているはずだ。だからずっとこうしてはいられない。友としての時間は終わり。次に来たるは戦いの時。

 何もかも、普遍はあれど不変のものはない。シフは私から離れると、大きく吠える。

 

「そうね。それで良い。貴方が……貴公がそれを望むのであれば、私も応えよう」

 

 大きくシフは跳躍し、墓前の大剣を咥える。彼は確かめなければならない。私が本当に友の深淵歩きを継承するに相応しいか、その身を以て。

 だから私も戦わなければならない。先へと進むために。それが私にできる唯一の事。殺し殺され時を歩み。そうして私は生きるのだ。(ソウル)も遺志も全て奪う。

 

「来なさい、シフ」

 

 斧槍を両手にそう告げれば、彼は跳躍しまるでアルトリウスのように剣を叩きつけてきた。

 もちろん、それはあの英雄には遠く及ばない。だがその遺志は、確かに受け継がれていた。私はそれをローリングで避けると反撃に斧槍を振るう。

 

 彼の足から血が噴き出る。骨を絶った感触もあった。

 

 もう、彼ではどうにもならないほど、私は(ソウル)を奪い過ぎている。アルトリウスでも私は倒せない。それは必然。

 容赦など、油断などしてはならない。それは彼に対する冒涜。何も感じず、ただ殺すだけなのだ。斧槍を振るい、彼を傷つけ。

 

 

 ━━それでも、貴女は進むのだろう?

 

 

 シフの(ソウル)が、私の心と共鳴した気がした。その通りだ、私はそれでも進まなくてはならない。

 

I’m invincible(私は無敵故),I’m unavoidable(逃げる事は叶わぬ),I’m undebatable.(その余地すらない)

 

 

 薙ぎ払われる大剣を跳んで避け、その上に乗る。そしてまた跳躍すれば、一気にシフの頭上へと降り立った。斧槍の切先を突き付けながら。彼の脳天を突き破りながら。私は戦友をこの手で殺す。

 

 シフはその機動力を生かせぬまま、地に伏せる。剣を手放し、頭と足から噴き出る血は最早留めることはできない。友の伝承を守るために生きた大狼との勝負は、たった二撃で決してしまった。

 彼の頭から飛び降り、手にする斧槍を打刀に持ち替える。せめて最期は、苦しまぬよう。

 

「もう、おやすみなさい」

 

 息も絶え絶えでこちらに瞳を向けるシフは、私を受け入れた。きっと彼も待っていたはずだ。継承を終わらせ、自らを解放してくれる誰かを。そしてそれが、私だった。

 

 刀を頸動脈に向け振り下ろす。血と、(ソウル)の霧が私を覆った。

 それで良いのだと、彼は言った。不死が遺志を受け継いで生きるのであれば、彼が護りたかった伝承もまた生き残る。私の中であれば。

 

 

━━Victory Achieved━━

 

 

 オスカーもまた、彼をそうして屠ったのだろうか。悩み、しかし前に進んだのだろうか。

 世界とは悲劇に満ちている。けれどそれでも進んでいくのが人の性。悲しみに打ち拉がれ、泥を啜り血塗れになりながらも意地汚く生きていく。それこそ人なのかもしれない。

 

 私の指に、深淵色の指輪が加わる。それは偽りの伝承と、それを護るために生きた大狼の証。遺志とはそうしたものだ。死して尚受け継がれ、伝わっていく。私の生きる意味が、また増えたようだった。

 

「行ってくるね、アナスタシア」

 

 次なる目的地へと進むため、私は一時の別れを愛すべき人に告げる。

 

「行ってらっしゃいませ、白百合の不死。貴女に寄る辺がありますように……」

 

 寄る辺は、ある。それは死地に咲く一輪の百合。君のことだ。故に私は心折れぬ。それこそ、私の意義。

 次に進むは小ロンド、その先に潜む深淵。深く黒く、全てを飲み込む闇の根城。だがそんなもの敵ではない。

 私は白百合。闇の中、一つだけ咲く一輪の花。その光の前では闇に魅入られた王共など虫けらに過ぎない。

 




次から小ロンドです。
もうすぐダークソウル1終了……長い……


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深淵、公王と、異端の魔女と、そして闇撫でと

ハム王戦。初回はマジで苦労しました。大体四人の公王


感想や評価下さい。マジで待ってます。


 

 小ロンド遺跡、その水門を開く。

 

 神々とはまったく酷いものだ。王達を封じ込めるためだけに国ごと水没させるなどと、信仰されている神とは思えない非道さである。事実、その王達に護られていた人々は無実だったはずだ。神共はただ、闇に染まった公王共と配下であるダークレイスを屠れば良いだけなのに。それだけの強さを持っているのに。

 ウーラシールでのマヌスの一件が尾を引いているのは明らかだろう。彼らの最強の騎士、アルトリウスが深淵に侵されたとなれば。まぁ神々は闇に弱いし、ある種仕方の無い事だったのかもしれない。

 

 門から流れ出る水は、まるで深海のようだ。

 

 海は何もかも飲み込む。真実も伝承も、そして呪いも、須く包み込み眠りにつかせる。

 その水が無くなって仕舞えば、残るものは眠っていた呪いだけ。そこにはかつての市民達が、土塊と化している。最早死んでしまって、しかし死にきれない不死もまた眠りの水によってその機能を停止させている。

 

 それでも動けるのは、深海以上の闇。魂喰らいのダークレイス共。高台から見ていても、水が抜かれた小ロンドを徘徊するダークレイスが見える。奴らは眠りから目覚めると、魂を求めてまた歩み出すのだ。

 

 まぁ、邪魔するのならば排除するだけだが。如何に強いと言っても殺せないはずがない。我々は神ですら殺せるのだから。

 

 

 小ロンドの遺跡は地獄だ。最早原型を留めない不死の集合体やダークレイスがひっきりなしに襲いかかってくる。おまけに幽霊まで徘徊しているとなればここは化け物の見本市のようになってしまっている。

 面倒なのは幽霊だ。何せ攻撃が通らない。そして、その対処に必要なのが、一時の呪い、という誰かの呪いが込められた……腕だ。千切られたのかはわからないが、そんな悪趣味なものを用いることで私自身に呪いが掛かって幽霊を攻撃できるようになるのだが、いかんせんこの呪いの効果時間が短い。多分幽霊を攻撃するための呪いではないから、本来の目的に用いられないと呪いが逃げていってしまうのだろう。

 

 水の中にあっても燻らないとても大きな種火を拾い、手当たり次第にダークレイスを屠る。確かに剣技は中々の物だし、防御力も闇に染まった鎧のお陰で高いのだが、それにしては攻撃が単調だ。きっと闇に染まったせいで頭の中まで深淵と化してしまっているのだろう。戦士としてそれではいけない。

 こいつらが楔石の塊や原盤を落とすのは評価する。これで私の打刀を強化できるからね。

 

 

 しかしこれがダークレイスとは。神々が恐れるほどのものだろうか?ただ単に私が闇に近い人間であるという理由からその恐ろしさが分からないだけか?

 

 濃霧を潜り、遺跡の外へと出る。相変わらず薄暗いが、室内にいるよりはマシだ。

 さくっとダークレイスにパリィを決め、幽霊の内側に入り込んで斬り裂くと召喚のサインを見つける。こんな所に書き込むとは、他世界の不死達も物好きだな。

 

「……ビアトリスじゃない」

 

 そのサインを書き込んだ主は、かつて月光蝶と戦った際に手助けしてもらった異端の魔女、ビアトリス。シャイであった彼女とはそれっきり関わりがなかったが、こうしてまた出会えるとは。私は実に可憐な女性に愛されているな。

 あの時はまだ百合に目覚めていなかったからなァ……とりあえず召喚したら抱きしめよう。

 

 サインに触れ、ビアトリスを召喚する。すると彼女は白い霊体として召喚され、こちらに一礼した。私もぺこりと一礼すれば彼女は私がかつて呼んだ者だと理解したらしい。少しばかり驚いた様子を見せていた。

 

「それでは失礼して」

 

 断りを入れて私は彼女を抱きしめる。これは性的行為ではない。ただの戯れだ。

 如何に霊体といえども実体はある。抱き締めれば、その柔らかい感触が腕と身体に伝わってきた。

 暴れる彼女もまた可愛い。内気で陰気っぽい魔女は、しかし私の少女への愛の中に含まれる。良い者だな、少女というものは……

 

 しばらく彼女を堪能すれば、息切れしたビアトリスとは対照的に私は晴々とした気持ちで深淵に挑めるというものだ。

 

「ああ、やっぱり初々しくも自ら百合を受け入れきれない少女も可愛らしいわね」

 

 どこか達観した私がそう言えば、彼女は白い蝋で地面に何かメッセージを書き込む。

 

 

 引き返せ!

 

 

 そんな、説得にも似たメッセージは、しかし私には届かない。引き返す場所などない。私は、白百合は百合の中に芽吹いてこそ輝くのだから。それこそ私の性。

 まぁ、そうやって強情な子を落とすのもまた良いだろう。今までの少女達は皆私に攻められても満更でもなさそうだったしなぁ。

 アナスタシア、レア、クラーナ……。

 

 

「レア……クラーナ師匠……」

 

 

 彼女達を思い出し一人意気消沈する。側から見れば私は躁鬱のようにも見えるに違いない。だがそれだけ彼女達がいなくなってしまったことはショックが大きいのだ。

 二人とも素晴らしい女性だった。私の歪んだ愛を受け入れてくれた彼女達が恋しい。

 

 

 

 

 

 

 

 崩れかけた塔に、濃霧が張っている。その中へと入ればそこは下へと続く螺旋階段になっていた。下へ進めば進むほどにその闇は増していく……どうやら深淵はこの下にあるようだ。

 ビアトリスはどうやら深淵へと至る道を知っているようだ。先導する彼女の背中を追う。するとある段階から螺旋階段は崩れ落ちていて行き止まり。下には深淵があるだけ……

 

「行き止まり?」

 

 そう問えば、彼女は振り返り自らの左手を見せてきた。正確にはその薬指に嵌められた指輪を。それはアルトリウスの契約。深淵へと挑む者に託された、光の遺志。

 私もまた、それを薬指に装備して同じように見せつける。

 

「私達の結婚指輪みたいね、これ」

 

 ニヤける私にビアトリスは呆れたような顔を見せたが、次の瞬間には彼女の手が私の手を引いていた。

 刹那、全身を浮遊感が襲う。彼女は自分諸共深淵へと私を引き摺り込んだのだ。

 

「ちょっとぉおお!!!!!!」

 

 きっとこれが深淵へと至るための正規の手段なのだろう。だがそれにしては無理矢理すぎやしないだろうか。

 落下というのは不死にとってはトラウマだ。私も散々センの古城で落下死したし、彼女だってそうであるはずだ。

 その恐怖を悟ってか、彼女は落下しながら私を抱きしめた。風を受けて赤毛の癖っ毛が揺れている。とんがり帽子は不思議と頭に被さったままだが、それでもツバの部分が浮き上がり彼女の顔がよく見える。

 

 綺麗な、少女だった。

 

 内気で、どこか陰気な彼女はどこにもいない。怖がる私を見て楽しみ、笑顔を見せるどこにでもいるような……可愛らしい子。

 目の前にあるその顔は、侵し難い聖域のようでもあって。きっといつもの私ならばそのまま唇同士でむちゅっとしていたはずだが、それすらも憚られるほど綺麗だ。

 

 異端の魔女と罵られ、しかし本当はこんなにも美しいとは。やはり少女は奥深い。

 

「綺麗よ、貴女」

 

 その声は落下する空気の音で遮られる。これから深淵へと挑むのに、私達は笑っていた。例えこれが二回目の邂逅であろうとも。孤独な不死は、一度共に戦えばそれだけで縁がある。そういう不思議な生き物なのだ。

 

 

 

 そうして深淵の底にたどり着く。ただ当たり前のように何もない無に着地し、私は周囲を見渡した。

 暗闇。何もない、本当に何もない。マヌスと戦った深淵の穴とは違い、地面すらもないこの場所で、私とビアトリスは輝いている。それは谷に咲く華のように。白百合とは、やはり闇に咲いてこそ輝かしい。

 

 だが何もない場所などない。ましてやここは、闇そのもの。ビアトリスは隣でずっと警戒している。まるでこの場所に出てくる誰かを知っているかのように。

 

 それは、確かに現れた。

 

 最早人としての形を保てず、辛うじて手足と顔だけが人であった証である、枯れ木のような長い身体。ただ左腕は最早変質しきっており、意味を成していない。

 一人、何も無い闇から生まれたそれは咆哮をするとこちらに浮遊してきた。あれが公王なのだろう。だが一人とは。公王は四人と聞いていたが。

 

 何にせよ戦いを望むのであれば剣を向けよう。私は左手に打刀、右手に黄金の残光を握り公王へと向かう。

 

 ビアトリスのソウルの大矢が私の横を掠め、公王に当たる。だが闇に属するものというのは魔術に滅法強いらしい、効いているようには見えない。

 公王は魔術を無視して私に剣を振るう。とても長く、まるで枝のような剣だが鋭さは持ち合わせているようだ。それをローリングで回避すると打刀で突き、連続して黄金の残光を振るう。黒い森の庭で得た技術、二刀流。短く斬撃に優れた残光と打刀の長い突き。一長一短だが、互いにその不利を打ち消している。

 

 取り付かれたのが余程嫌だったのか、公王は何とも言えない顔をして剣を左右に薙ぐ。随分と表情が豊かだ。最初なんて凛々しい顔だったのに。

 横薙ぎを転がって回避すれば、最後に突きをして来る。だが動きは単調で遅い。跳躍してそれを回避すれば、私は剣の上に乗って一気に公王に駆け出す。公王は驚いたような顔を見せた。

 

「首、貰ったわ」

 

 両手の刀と曲剣で首を斬り落とす。公王は案外呆気なく(ソウル)へと霧散してみせた。闇だなんだと言っといて随分と弱い。だったら四人って何なのよ。

 

 

 だが、すぐにその違和感の正体に気がつく。ビアトリスが何もしていないなと思っていれば、後方で彼女は新たな公王と戦っていた。

 どうやらいつの間にか二人目が現れていたらしい。なるほど、どうやらこのまま四人倒さないといけないのだろう。私はすぐに左手に結晶の錫杖を取り出すと、闇術を発動する。

 

「追う者たち。行きなさい、あんたらと同じ闇よ」

 

 闇に与えた仮初の命が、強大な(ソウル)目掛けて突っ込んでいく。闇には闇を。闇の強大さには、同じく深淵の魔物であろうとも耐えきれないはずだ。

 

 ビアトリスを執拗に攻撃していた二人目の公王は、迫る闇の落し子に気がつくとギョッとした表情をしていた。瞬時に剣で防御するも、幾つかの闇が剣をすり抜け直接当たる。絶叫している辺り、かなりのダメージを与えたようだ。やはり闇術が有効だ。

 

「ちょっと!なんでそんなにボロボロなのよ!」

 

 苦しむ公王から距離を取ったビアトリスに怒鳴る。そんなに時間は経っていないはずだが、彼女はもうボロボロにやられていた。それもそうだろう、杖以外の持ち物はこれまたボロボロの木の板で出来た盾なのだから。

 

「あのね、もうちょっとその盾何とかならなかったの?魔術師って本当に変わってるわね……」

 

 ローガンと言い、優秀な魔術師ほど癖が強い。まぁ彼女の場合それもまたドジっ子みたいで可愛いが。

 不意に、公王が放った魔術から草紋の盾でエストを飲んで回復する彼女を守る。元々盾としてはあまり良い性能では無いからかなり腕が痛いが、木の板よりはマシだ。盾っていうのはこういう物の事を言うのだ。

 

 回復したビアトリスは、またしても珍しい杖で魔術を放つ。できれば闇術で攻撃してほしいが、まぁ闇術自体殆ど知られていない秘技だから仕方ない。案の定、彼女のソウルの太矢はあまり効いている様子はなかった。

 

「これじゃどっちが助けに来たのか分からないわね」

 

 無鉄砲なのは愛らしい事でもある。私は闇の玉を撃ち出す。それは単発で遅いものだが、それ故強力でもある。

 公王は余程闇術が恐ろしいのか、それを全力で回避する。横にスライドするだけで避けられてしまうのはやはり難点か。

 

「でも、もう遅いわ」

 

 その時にはもう私は公王の懐に入り込んでいた。すぐ様闇の飛沫を詠唱すれば、その全てが拡散する前に公王の身体を消し飛ばす。これで二人目。

 

「何だか無駄に強い雑魚って感じね」

 

 気がつけば三人目が現れていた。おまけに四人目までいる始末。だが奴らを倒せば最後だろう。不安だが二手に別れれば複数戦にならずに一対一で戦える。

 

「ビアトリスは右側をやりなさい!」

 

 そう言って可愛らしくとことこ走るビアトリスの横を追い抜く。ほんと可愛いわねこの子、是非この後本体と会いたいわ。

 左側の公王もまた同じ見た目で同じ攻撃をしてくる。もうちょっと個性とか無いんだろうか。

 

 闇術はもう飽きたから、斧槍で始末する。大王の僕である黒騎士の斧槍を見た公王は、それだけで怒りを顔に出す。どうやら神は好きじゃないみたいだ。その強大なソウルは神である大王から与えられた物なのに。

 

 不意に公王が縮こまり、何か魔力を溜め出した。直感的にそれが範囲魔術である事を悟る。分かりやすいその動きは、やはり予想した通りのもの。

 公王から溢れる魔術と闇術の波動は周辺を吹き飛ばした。まぁ範囲外にいた私からすれば何ともないのだが。

 

I’m invincible(私は無敵故),I’m unavoidable(逃げる事は叶わぬ),I’m undebatable.(その余地すらない)……やっぱり弱いわよ、あんたら」

 

 魔術を放って隙だらけな公王を好きなだけ斬り刻む。回転斬り、突き刺し、薙ぎ払い。一撃与える度に怯む公王はサンドバッグのようなものだ。

 それでも反撃してくる根性は認めよう。剣を振るう公王は最早やけになっていた。

 

 振り下ろしをステップして避ければ、その腕を斬り落とす。多少木のように硬いが関係無い。限界まで強化された斧槍であれば容易く斬り落とせた。

 顔を歪めて叫ぶ公王の胴を斧槍で貫けば、奴は死滅する。残るは一体。

 

「……って、苦戦してるじゃない」

 

 ビアトリスの方を見れば、彼女は公王の木のような左腕に拘束されていた。何やら闇術をそのまま放たれてダメージを受けている……その姿が、やけに、こう、欲情させるものだ。

 

「……まぁ、そういうのもアリなのかしらね」

 

 言いながら、こちらに気がついていない公王の左肩をバッサリと斬り捨てる。拘束が解けたビアトリスはもう瀕死だ。

 

「ほら、今のうちに回復しなさい」

 

 彼女のタフさには敬意を表するが、それにしたってもうちょっと賢く戦えないものか。

 公王がもがき苦しむ隙にビアトリスはエスト瓶を飲む。何だかんだ守ってあげたくなるのはおかしい事だろうか。

 

 さて、最早公王は死に体だ。咄嗟に左手に呪術の火を灯し、混沌の大火球を生み出す。それを一気に公王へと投げれば、彼は混沌から生まれた溶岩に身を焼かれた。

 闇の中でも燃え盛る混沌は目に悪い。焼かれ、溶ける公王はそのまま火の中に消えて行く。

 

「ふん、たかが深淵に飲み込まれた王なんてそんなもんよ」

 

 こちとら深淵の主と戦ったんだ。彼らなど敵では無い。ただ数が多いだけの雑魚。

 

「……おかしいわね。もう一人見えるんだけれど」

 

 だが、雑魚も数だけは多い。四人倒したはずなのに、公王がもう一人現れた。四人の公王じゃなくて五人の公王じゃないか。いや、大体四人の公王と言うべきか。

 

「ほら、サポートしてあげるから一体くらいは倒してちょうだいな」

 

 横でボーッと立ち尽くすビアトリスの背中を押す。すると彼女はどこか惚けたような、それでいて泣きそうな顔でこちらを見ていた。何だろうか、そんなに強く言ったつもりは無いのだが。

 だがすぐに彼女は公王へと走る。そして浮遊するソウルの塊を詠唱し、公王へと攻撃した。

 

「最後くらいは私も魔術師らしくやりましょうか」

 

 そう言いながら、私は結晶の錫杖でソウルの結晶槍を生み出す。

 結晶化するほどに濃縮されたソウルの槍は、如何に深淵の魔物であろうとも無視できるものではない。ビアトリスのソウルの塊と、私の結晶槍が当たったのは同時。するとそれだけで、最後の公王は消し飛んだ。まさか私の結晶槍がそこまでの威力だったわけではあるまい。彼女の、浮遊するソウルの塊が、全身全霊を掛けた一撃だったのだ。

 

 そうまでして、公王を倒そうとする彼女の意図が、今は分からない。

 

 

━━Victory Achieved━━

 

 

 最早公王は死んだ。奴が持つ偉大なる(ソウル)も私の中に流れている。そのうち役目を果たしたビアトリスも元の世界に帰るだろう。

 

「やるじゃない! 最初からそれやってくれれば良かったんだけど」

 

 彼女の後ろからそう言葉を掛け、その肩に手を掛ける。

 

 

 彼女は、泣いていた。

 

 不死が泣けるはずもなく。そして、悲しみではなく泣くほどに嬉しいという、感情。

 

 もう、察してしまった。

 

 

「……、やったじゃない。貴女の戦いは、無駄じゃなかったんだよ」

 

 そんな風に、ありきたりな言葉をかける。彼女は静かに頷いていた。

 もう消え行く彼女は、涙を流しながらこちらにお辞儀をする。私も自然と、丁寧に御辞儀を返した。

 

 彼女の口が、動く。

 

 確かにその口は、感謝の言葉を述べていた。

 

 

「私も、ありがとうね。深淵でも、心細くなかったわ」

 

 

 感謝には感謝を。だから、異端と呼ばれた魔女は最大の感謝を最期に贈るのだ。

 

 

 彼女に手を引かれる。そして、そっと抱きしめられた。きっと私が少女を愛する事を理解したのだろう。故に、その唇は私の頬に触れた。

 恋人に贈るものではない。それは親愛の証。たった二回、それだけしか彼女と関わらなかったが。

 それでも彼女と、何かを結べた。私は一人、頬の感触を確かめる。良いものだ。こういう形の愛も。人とは、直球なものだけが最上ではない。だからこうして私は愛を受け入れた。

 

 一人私は、去り際に彼女が残した杖を拾う。それは決して、優れた杖ではない。だが彼女の生き様と、誇りは私が受け継いだのだ。継承、真私は人の遺志に生かされている。

 

 小ロンド。そこは亡霊と無念に溢れる呪われた亡国。だが、それはきっと救いようのないものだけじゃない。

 ビアトリスのような者も、その遺志を残せる。だから、私は彼女に愛を貰えた。良いじゃ無いか、それで。

 

 

 

 

 

 ビアトリスの杖

 

 異端の魔女ビアトリスの杖。

ヴィンハイムのそれとは異なるもの。

 

杖自体古く、また古い魔術様式の跡も見える。

代々受け継がれてきたものだろうか。

 

 異端の魔女は一人深淵に挑んで散っていった。だがその怨念はとある少女との邂逅を齎し、最期には救われたのだろう。少女はそう、信じている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人と闇は、切っては切れぬ間柄。であるならば。何故神々は人の英雄に最初の火を継がせようとする。

 その答えを、目の前の世界蛇は知っている。

 

 突如、深淵に現れた篝火。そしてその傍に潜む、フラムトによく似た蛇は……自らをカアスと名乗った。

 

「ようこそ……不死の英雄よ。我は世界の蛇、闇撫でのカアス」

 

「……フラムトも胡散臭かったけれど。あんたも大概ね」

 

 見ただけで分かる。こいつは光を望むフラムトの対、闇の申し子だ。口も臭い。

 

「奴と同一視するでない。……まぁ良い。我は貴公ら人を導き、真実を伝える者だ」

 

 ほら、胡散臭い。導き手なんて自分で言う奴に碌な人間はいなかった。こいつは人ですら無いが。

 

「何でも良いけどね。フラムトは火を継げっていうなら、あんたはさしずめ火を消して闇を齎せなんて言うんでしょう?」

 

 臆せずそう言えば、彼はカッパカッパと口を鳴らして感嘆した。

 

「ほう……貴公、見事だ。ならば我も包み隠さず真実を話そう。知りたくはないか?貴公ら人と、不死の真実を」

 

 真実。真実など、あるはずがない。あるのは事実だけだ。真実は人によって変わる。真実は嘘であるし真である。

 だがそれを分かってはいても、学者に足を突っ込んだ私は知りたくて仕方が無かった。愚かな好奇というものは、猫をも殺す。それほど甘いものなのだ。

 

 秘密というものは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 人の、真実。不死の真実。どちらでも良い。

 それは人を絶望に叩き落とすだけの力がある。言葉には、力がある。

 だからこそ、本当ならば不死の勇者であれば絶望に打ち拉がれていたはずだ。

 

 けれどそれは、私からしてみればいくつかある推測の一つに他ならなかった。だから大して絶望もしないし、ああやっぱりか、という諦めの方が大きいのだ。

 

 

 蛇は、言ってみせた。人の祖先、その話。

 

 人の祖先であるという名も知らぬ小人。それは王たちが最初の火から偉大なソウルを見出した後、僅かに残ったそれを見つけたのだ。

 

 ダークソウル。暗い、暗い魂を。

 

 そして小人たちは火の終わりを待った。火が消えれば闇の時代。即ち人の時代。であれば、それは当たり前の事。

 だが大王グウィンは火の時代の終わり、そして闇を恐れ、人に封をしてしまったのだ。

 闇の王、その誕生を恐れて。

 

 その封こそ、人の死という概念。人が死ぬというのは、ダークソウルに封をするという事だ。つまり私達が外の世界で正常だと思っていたことこそ、人にとっては異常だったのだろう。

 

 だが、死ねぬ事以上に苦しい事があろうか。そんな正常、最早狂気に他ならぬ。

 

 不死が生まれるというのは火の封が翳り、人の本性が表れているという事に他ならぬ。

 亡者もまた、その弊害。不完全に封が解け不死となってしまった人間は、その不完全さ故に亡者となってしまうのだろう。

 

 とにかく神はそれを恐れ、火を継いで親族である神々に人を導かせた。それこそ当然であるように。人とは真、愚かである事を逆手にとって。

 

 

「我は、世界蛇」

 

 彼は低く抑揚の無い声で告げる。

 

「正しい時代を、王を探す者。だがもう一人の蛇であるフラムトは、理を忘れ王グウィンの友に堕した。よいか、不死の勇者よ。我カアスが貴公に正しい使命を伝えよう」

 

 蛇は、人を堕落させるものだ。

 

「理に反して火を継ぎ、今や消えかけの王グウィンを殺し、四人目の王となり闇の時代(人の時代)を齎すのだ」

 

 それは甘い誘惑。人としての本能が、その実闇を求めている。だからこその甘さ。

 だがそれは、決して私の意志を揺さぶるものでは無かった。闇の時代とか王とか、馬鹿馬鹿しい。そんなものは勝手に誰かがやれば良い。歯向かうならば殺すだけだ。

 

 

 だが。

 

 

 人が不死である事こそ、当たり前の世であるならば。

 

 

 不死に起こる悲劇は、起こり得ない。

 

 

 世界は、そんな悲劇を生み出さない。

 

 

 火防女も、火を守る役目を終えられる。

 

 

 アナスタシアを解放できる。

 

 

 正気に戻る。駄目だ、それはリスクが大き過ぎる。今の人の世は火がある事を前提としている。それが崩壊すれば人の世は混沌とする。きっと悲劇も起きる。私は不死で、その私を閉じ込めた奴らはとんでもなくムカつくが、それでもそんな事で全世界の行く末を決めてはならない。

 

 決められない。私では。無理だ、今は。

 

「使命に縛られるのは好きじゃないわ」

 

 そう言って彼に背を向ける。

 

「ふむ……貴公、悩んでいるな」

 

 そんなもの、すぐに見破られる。

 

「貴公、やはり見事な不死だ。見てくれはただの子供だが、その啓蒙で様々な思惑と事象を考え抜いている……だからこそ、人は、闇は迎えねばならん」

 

 オエッと、カアスが何かを吐き出す。それは赤黒い、何かの(ソウル)

 

「貴公、これを携えよ」

 

 それを私は拾う。それは、ダークハンド。闇に属し、闇を現す魂喰らいの証。

 ダークレイスの証。

 

「そして、これを」

 

 ひび割れた赤い瞳のオーブを、ダークハンドに移される。これは……これは、他世界に侵入して他人を殺すためのもの。人間性を奪うためだけの、悪しきオーブ。

 こいつは私にダークレイスになれというのか。

 

「貴公、今はまだ悩むが良い。だが、分かるぞ。貴公はきっと、闇を求める。故に学べ。戦え。奪え。そうして見えるものもあるだろう」

 

 見透かされたように言われ、私は返す言葉がなかった。

 人であり、神が嫌いな私は闇を求めている。だが、本当にそれで救いはあるのだろうか?分からない。分からない……

 

 私はどうしたら良いの?誰も、それを教えてくれない。

 

 

「……少し、考えさせて」

 

 

 か細く呟く私に、カアスは表情を変える事なく言う。

 

「良い。しばらく我もここに留まるであろう。それまでは、待つとしようではないか」

 

 火の時代の終わり。それは神々に支配された人々が、ようやく解放される始まりの時。

 だが闇とは。悍ましい闇とは。それが人の本質であるのならば、火の終わりに来たる時代であるのであれば、それは何とも救いようがないじゃないか。

 

 私は、どうすれば良いんだろう。

 

 学ぶ必要がある。もっと、もっと。知恵を持つ必要が。そして奪う必要もある。人間性を。いっぱい、いっぱい集めて、私の人間性を啓く必要がある。

 

 やる事が決まった。今はただ、学び戦うだけ。

 




もう大体見えてきましたね。
感想、評価お待ちしております。


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Scholar of the Dark Souls
ロードラン、我ら学びの時だ


感想、評価お待ちしております。今回も百合回です。


 

 

 

 

 古く。かつて神々の地がロードランと呼ばれていた頃。不死の勇者達の間で、とある闇霊が猛威を振るっていた。

 

 それは赤くとも白百合のように清廉であり。しかし神々のように勇ましく。デーモンのように卑劣でもあったという。そもそも彼女は元来戦士ではなく、故に戦い方に縛られなかったのだ。

 その戦いは熾烈を極め、撃退できた事は極稀であったという。

 

 素早く、苛烈で、姿の見えない万能の攻撃を持つダークレイス。それはいつしか不死達の間で真しやかに囁かれたという。

 

 古い闇姫、と。

 

 今よりもっと、古い時代の話だ。当の本人は恥ずかしがってこの異名を用いなかったらしいが。

 

 

 

 

 

 

 

 とある世界の城下不死教区。ここに、名も無き英雄にならんとする不死がいた。

 その不死は過去に騎士として名を馳せた男で、他の英雄と同じく不死院に閉じ込められ終末を待つ身だったが、突然の騎士の手助けによりロードランへと至った。今はまだ、鐘を鳴らす為にガーゴイルへと挑もうとしている所だ。

 

 馴染みの鍛冶屋から武器を受け取り、彼は塔へと向かう。道中の亡者やバルデル兵、そしてバーニス騎士は手強いが、それでも(ソウル)の業により鍛え上げられた彼の敵では無かった。

 彼は正に、慢心していた。

 

 ふと、彼の(ソウル)に何かが過ぎる。それは虫の知らせや、胸騒ぎといったような……嫌なものだ。

 

 そうして彼は、初めての体験をする。侵入という、時の澱んだロードランでしかあり得ない忌まわしい体験を。

 

 

━━闇霊 白百合の少女リリィ に侵入されました!━━

 

 

 

 唐突に、そんな言葉が頭を過ぎる。それは気のせいではない。きっと彼は今後様々な闇霊と遭遇するだろう。そしてその度に、彼はこの言葉を感じるはずだ。

 彼は身構えながら、教会内の敵を殲滅する。中は何も変わらないが、闇霊がいつ来てもおかしくはない。

 

 騎士は正々堂々と戦う事を好む。故に彼はその舞台を作り上げたのだ。

 

 だが、どういうわけかいくら待っても闇霊は来ないではないか。

 

 もしかすれば、臆したのかもしれない。彼もそれなりに名高い騎士だ。世界が異なればその異名は届かないかもしれないが、もしかするとその(ソウル)の大きさに畏怖したのかも。

 

 だから彼は、先へ進むことを望んだ。

 

 伝導者のいる二階へ進み、そして奥の梯子へと足をかける。

 戦わないで済むのならそれで良い。どうせこの先には試練が待ち構えているのだろうから。そう思って。

 

 そうして梯子を登り切る時。

 

 彼が、最上階の床に手をかけた瞬間、誰かが彼の頭を上から蹴飛ばした。

 

「ぐわっ!?」

 

 思わず彼は呻き、バランスを崩して梯子から落下する。甲冑を着込んだ彼の重量は重い。クレイモアを背負っていれば尚更だろう。

 だがそこは、不死というべきか。ギリギリ彼の生命は保たれていた。身体中痛むが、それでも立ち上がる事ができる。

 

 明らかに、今の蹴りは闇霊のものだった。姿はまるで見えなかったが、きっと奴はこの教会に先に潜り込み、彼が登ってくるのを待っていたのだ。

 そう考えると急に怒りが込み上げてくる。なんと非道で外道な輩だろうか。だから彼は、騎士らしく叫ぶ。

 

「この外道が! 姿を現せぃ!」

 

 エスト瓶を飲みながら、その闇霊が現れるのを待つ。

 

 

 が。

 

 

 刹那、彼の胸から曲剣が突き出る。それは血を浴びて尚、黄金の刀身が光を浴びて輝いている。まるで魂を吸う呪われた刃。

 バックスタブ。彼が戦いの中で何度も用いた戦法を、呆気なくやられたのだ。それもその存在に気が付かず。

 

「うぐぅッ!!?」

 

 痛みに喘ぐ彼は、何とかその闇霊を一眼見ようと首だけを振り向かせる。最早彼の生命は尽きかけている。それほど、この一撃は重い。あり得ないほど、痛い。

 

 少女が、いた。

 

 真っ赤に身体を光らせ、それでも分かるくらいに純白で、けれど灰色で、美しい少女が。

 まるで聖女のような少女は、しかしその瞳に何ら罪悪感を抱いていないように冷たく。ただ作業のように魂を貪る。

 彼女は曲剣を、騎士を蹴りながら抜き去ると血を払う。

 

 こんな可憐な少女が、魂を欲して人を殺す事が彼には信じられなかった。

 だが事実は変わらない。彼は倒れ込みながらもその強靭な意思で立ち上がる。敵は、倒さなくてはならない。例えどんな相手だろうとも。

 

 最後の力を振り絞り、立ち上がる。そして背中のクレイモアを抜刀した。

 所詮、闇討ちしか出来ぬ愚かな娘だと思った。

 

 少女はその姿をただ興味無さげに眺めていた。形の良い綺麗な抜刀も構えも、何も意味を成さないと言わんばかりに。それが腹立たしかった。怒りは時に原動力となる。彼は怒りに支配されていた。

 

「しぇあああッ!」

 

 騎士が、大振りだが隙の無い振りを見舞う。少女は動く事なく、だが左手に持つ短刀だけをサッと振るった。

 

 その短剣は、パリングダガー。

 

 決して遅くはなかった。彼の一撃は黒騎士すらも屠った一撃だ。過信はすれど油断は無かったはずだ。

 

 だがその一撃は、いとも容易く払い除けられた。

 

 完全なるパリィ。騎士が敵でありながら惚れ惚れする程の完璧な技術。

 少女はそれを容易くやってのけたのだ。

 

 クレイモアは重い。故にパリィをされれば体勢を立て直すのは遅いものだ。

 気がつけば少女は右手にしていた黄金の曲剣を、少女の背丈を遥かに越す斧槍へと切り替えていた。

 

 考える暇もない。騎士の心臓が少女の斧槍に穿たれる。穿たれ、そのまま少女より一回りある体重と身長の騎士を持ち上げる。

 片手でそれをやってのけるなど、一体どれ程の(ソウル)がいるのだろう。一体どれ程彼女は魂を貪ってきたのだろう。

 

 そんな事を考えながら、騎士はそのまま無闇矢鱈に子供の児戯のように振り回され、とうとう斧槍の刃先から放たれる。窓を突き破り、教会の外へと投げ出されればそのまま地面に落ちる事なく(ソウル)へと霧散した。

 

 

━━TARGET WAS DESTROYED━━

 

 

 世界の宿主を倒した少女は斧槍をクルクルと回すとそれで血を払う。何ら興味もなさげに、しかしその(ソウル)に先程殺した騎士のものが入り込む。人間性もまた、奪い去る。

 あまりにも、その少女は常軌を逸していた。強く、狡猾で、そして酷い。故に彼女は口にする。声を発せられるわけもなく。だが言うのだ。

 

 

I’m invincible(私は無敵故),I’m unavoidable(逃げる事は叶わぬ),I’m undebatable.(その余地すらない)

 

 

 それは呪詛のようなもの。頭に降りた天啓は、しかしいつしか彼女を現す言葉となった。

 

 古い闇姫は今日もまた、不死を殺す。ただ人間性を貪るために。自らの人間性を肥大化させ考えるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 他世界から深淵へと戻る。よくもまぁ不死が闇霊相手に正々堂々なんて言えたものだ。そんなものは余所でやってくれ。オスカーなら喜ぶかもしれない。

 私がカアスに人間性を投げつけると、彼は器用にそれを飲み込んでみせた。まるで餌付けだな。最も相手は可愛らしさも微塵もない臭い蛇だが。世界蛇ならぬ臭い蛇……しょうもない。

 

 カアスはそれを堪能すると、ゲフッと臭い息を吐き出す。蛇も人もおっさんは汚いものだ。

 

「ふむ……貴公、想像以上に殺しが得意のようだ」

 

「そりゃどうも」

 

 嬉しくもない賛美を貰い適当に流す。殺しが上手いと言われて喜ぶのは殺人狂くらいだろう。

 

「貴公、人間性を捧げるのは良い。だがその身にも溜め込んでおるな」

 

 やはりこの蛇には見透かされているようだ。だが別にそれが知られても何ら問題は無いし、隠すようなことではない。

 

「それが、叡智を齎す事もあろう……故に貴公、人間性を求めよ」

 

 何も言わず、私は篝火に触れて転送する。奴と話すことは何も無い。こんなむさ苦しくて臭い奴と一緒にいられるか。少女こそ私の癒しだ。

 

 

 

 

 

 

 

 久しぶりに、プリシラの所へ寄る。転送を使って仕舞えば意味は無いが、公爵の書庫へ寄る途中だった。久しく彼女と話してないからというのも理由の一つだ。

 私は彼女に会うや否や、抱き着いてその感触を確かめる。やはり少女にモフモフは最高だ。永遠にこうしていたくなる。その為に亡者となるのも悪くはない。

 

「あらあら……何だか疲れてますね、リリィ」

 

 よしよしと私の頭を撫でるプリシラはまるで母親だ。大きくて暖かい彼女から母性を感じる……気持ちが良い。

 

「色々ね。不死として生きてれば面倒な事が多くてね」

 

「それは……気の毒ですが」

 

 さ、と彼女は言って私の手を引く。雪が舞う景色の中、私と手を繋ぐ真っ白な彼女の笑みはとても映えるものだ。綺麗、その一言に尽きる。

 塔の中央で、私は座る彼女の上で横になる。このまま眠りにつければどれほど幸せなのだろう。つくづく不死とは哀れな生き物だ。

 

 見上げれば微笑む彼女の美顔が目に映る。ああ、本当に少女は美しい。良いものだ。

 もし、神の時代……火の時代が終わり、闇の時代が来たとして。彼女はどうなるのだろう。絵画世界という隠れ家には影響があるのだろうか。そうであるならば、私は闇の王なんざになるべきではないのだ。

 

 世界よりも優先すべきは少女だ。私にとって少女こそ、世界よりも貴い。

 

「さぁ、せっかく会いに来てくれたんですもの。いっぱいお話しましょう?」

 

「そうね……でも、お話よりももっと良い事、したいけれど?」

 

 頭の中がピンク色になるとこうも私は直情的になるのだ。我ながら頭が悪い。

 だが性欲とは人間の三大欲求だと聞いた事があるし、他の食欲と睡眠欲が無い不死の私は最後に残った性欲に従う権利がある。

 

 何をかんがえているんだわたしは。

 

「あら、それは……え、リリィ?もしかして、そっちの……」

 

「女の子同士で愛し合っちゃいけないなんて、そんなルールデーモンにでも喰わせればいいのよ」

 

 そう言いながら、私は彼女の胴回りに抱き付く。衣装と彼女の肉付きが柔らかい。心臓の音が耳に響く。それは子守唄にも似て、私の啓蒙を高める。

 すると彼女は困ったように眉をハの字にして頬に手を当てた。どこかの令嬢を思わせる仕草だ。

 

「あらあら……どうしましょう。私、人間の女の子に誘われてるわ」

 

 だがどうにも慣れたような言い方だ。まるで弄ばれてるのは私と言わんばかり。

 

「ねぇ、まさかだけど、私以外にもこういう事言って来た奴っていたの?」

 

 質問する。僅かばかりの怒りがある。誰だその不届き者は。

 

「まぁ、過去に少し……でもここの皆がそういう男の人達は追い払ってしまうの」

 

「何それ。分かってるじゃない!」

 

 エレーミアス絵画世界の忌み人達よ、君達を誤解していた。君達は性別は違えど、百合を愛する紳士だったようだ。それはとても、素晴らしい事なのだ。

 百合は良い。百合こそ、人が歩むべき道。闇の王じゃなくて百合の王になれないかしら。世界蛇にそういう奴いないの?

 

 だがしかし、それならば彼女のこの態度も分かる。彼女は意外にも恋多き乙女なのかもしれない。クソ大王も彼女に手を出したようだし、なら私も……ね?

 

「なら、プリシラ。私と百合の花を、咲かせてみないかしら?」

 

「ふふ……面白い例えをするのね、リリィ」

 

 そう言うと彼女は私の両脇を抱き抱え、ぎゅっと正面から抱き締める。まるで赤子のように抱かれるのはちょっと違う気がするが、まぁ彼女の豊満な胸と端正な顔が近いから良い。

 私から仕掛ける。戦いは先制攻撃に限る。相手の虚を突いて、こちらのアドバンテージをとるのだ。

 

 ちゅっと、彼女の額にキスをして私は不敵に笑った。すると、まぁ!と驚いた彼女はにっこりと笑い私の鼻にキスをする。

 そうなればもうキスの応酬だ。口にはしない。今はタイミングを伺うべきだ。これは戦いなのだ。

 

「ふふ……甘くて癖になりそうな味」

 

 プリシラがそんな事を言うから、どうにも下腹部が疼く。ダメだ、ここにこんな事を書いてはならない。色々と制約を受けてしまう。

 

 でも、皆好きなんだろう?

 

 

 最早闇とかどうでもいい。今は彼女と戯れる。幾度も口を除いた顔中に唇を付け、ここだと思った。

 彼女の羽織る毛皮に包まれた胸に、手を添えた。もうここまで来たら押して押して押すまでだ。

 

「ひゃ……」

 

 と。そんな可愛らしい嬌声と共にプリシラの顔が愛くるしくも悶えた顔になる。その雪のように真っ白な頬は少し赤い。

 ほう。彼女もまた、乙女なのだな……

 

「もう、リリィったら……絶対、他の女の子にもこう言う事してるでしょう?」

 

 ふと少し頬を膨らませたプリシラに見破られた。その通り過ぎて何も言えない。アナスタシアにまたゴミを見るような目で見られそう。

 

「……ちょっと、だけ?」

 

「なぜ自分の言ったことに疑問を抱くの? まったく……なら、そんな女泣かせのリリィはお仕置きね!」

 

 むちゅっと、彼女の唇が私の唇を奪う。雪のように冷たいが、それ故口内の感覚が尖る。舌を入れられ、私の口内を蹂躙される。

 それがまた良かった。大体私がそうしていたから、なす術もなくこう、アレされるのはとても良かったのだ。

 

 不死に寒さなど関係が無い。私達は塔の中、お互いを求め合った。ほぼほぼ一方的に私がされていたのだが。これが生命狩りというものなのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ〜気分が良いわね! あんたもそう思うでしょ!」

 

 ズバッと、公爵の書庫の伝導者を斬り捨てながら同意を得ようとする。だが返答は無く、断末魔だけが響いた。情けない、これだから男は。そもそもこいつに性別はあるのだろうか?

 まぁそんな事はどうでも良い。少女と愛し合ったのならば、次は勉学の時間だ。ここには大量の本があるからいくらでも学べる。それだけはあの白竜に感謝しなければならないだろう。

 ここで知識を付けたのであれば、今度はロードラン中を今一度歩こうと思う。まだ行っていない場所、行った場所含めて、この目で色々と見れば何か学ぶ事があるかもしれないじゃないか。

 

 人とはまさしく考える葦なのだから。学び考える事が人としての在り方だ。

 

 

 

 

 

 

 

 太陽の戦士の長として、他の戦士達に頼られるまでに至ったオスカーはたまたま世界が重なった同志からある情報を聞いていた。

 共に篝火に座り、エスト瓶を酒に見立て飲み交わしている最中の事。ふと、同志の一人が言い出した。

 

「そう言えばオスカー殿。闇姫、というのを知っているかね?」

 

 重厚なバーニスの鎧に身を包み、これまた巨大なグレートクラブを傍に置く太陽の戦士。オスカーは首を傾げ、尋ねる。

 

「いや、知らないな」

 

 ふむ、と騎士は頷き、その概要を話し出す。

 

「何でも、ダークレイスの一人らしいが……最近同胞からやたらとその名を耳にしてな」

 

「ダークレイス……魂喰らい共か」

 

 忌々しそうに彼は呟く。彼は既に小ロンドの遺跡を攻略している。道中のダークレイスや亡霊をアルトリウスの大剣で屠り、闇に堕ちた公王も処刑した。

 闇というものの恐ろしさを、彼は知っている。だからこそ分からない。なぜ不死人が、全てを飲み込む闇なんぞに手を貸すのだと。

 

「かなりの同胞や不死が侵入され殺されたようだ。その中には実力者も多かった」

 

「それは……まぁ、他の不死にも強い者は多く居る」

 

 脳裏に浮かぶは彼が気にする少女。とても強く、頼りになるが、それ故孤独な少女だ。今彼女はどうしているだろうか、なんて考えていれば騎士は言う。

 

「問題なのは、そいつが殺しのために手段を選ばない事だ。聞いた話じゃ近づかないと姿も見えないらしくて、気づいた時には背後からバッサリだと」

 

「穏やかじゃないな……待て、姿が見えないと?」

 

 ふと、自らが少女に渡した魔術のスクロールを思い出す。それは確か、見えない身体であったはずだ。

 だがそんなはずはないと、彼女がそんな事をするはずがないとオスカーは首を横に振る。いくらぶっきらぼうで愛想が無くてもダークレイスになどなるはずがない。

 

「続けてくれ」

 

「うん?ああ。まぁ知っているのはこれくらいさ。見えないから魔術や弓で狙撃もできない。だから貴公も気をつけてくれ。ソラール殿が古竜になると言い出して消えてから、我らの長は貴公なのだからな」

 

 そう言われ、オスカーはどうにも居心地が悪い。

 

「よしてくれ。僕はそんな器じゃない」

 

「そう謙遜するな。聞けば、貴公はもう四つの偉大な(ソウル)を集めたそうじゃないか。火を継ぐのも時間の問題だろう?……なぁ、それならどうして貴公はすぐにでも火を継がないのだ?」

 

 騎士の疑問も最もだった。オスカーは既に最初の火の炉へと至る資格を持ち合わせている。後は王の器に(ソウル)を捧げるだけだ。

 

「……」

 

「……まぁ、良いさ。貴公にも色々とあるようだしな」

 

 そこで会話は終わった。孤独な不死に会話は似合わない。彼らはただ、戦い(ソウル)を手に入れるだけ。そこに少女が絡まないならばそれだけなのだ。

 

 



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アノール・ロンド、陰の太陽

風邪をひきました。皆さんもお気をつけください。


 

 

 

 長く、長く。私は公爵の書庫に閉じ籠っていた。

 

 体感的には数年、いや数十年だろうか。だが何度も言うが不死にとって過ぎ去りし時間など一瞬に等しい。時折アナスタシアや蜘蛛姫、そしてプリシラに会いにも行ったが、それ以上に私は真相の解明という使命に精を出してしまっていた。

 

 シースの書庫は広すぎる。元々学者でも無い私には持て余す量の本と深い叡智は手のかかるものだが。

 それ以上に彼、白竜の熱心な勉学への心という名の狂気が私を突き動かした。私は知らず内に彼の狂気に触れていたのだろう。我が師、ローガンのように。

 だが狂いはしない。あるいはもう狂っているのだろうか。当の本人が狂っているか否か等と分かるはずもなく。けれど少女達と会う際の私は確かに白百合である。そう、自信を持って彼女達を愛している。

 

 シースという白竜はどうにも人間臭い古竜である。それは彼の書いた書物や、研究用のノートを見ていれば分かった。

 割と全能なように見える竜でさえも、寄り道はするらしい。魔術の研究をしていたと思えば、気がつけば信仰について考え、自らを戒める文を書く彼はなんとも人間らしい。

 

 彼が朽ちぬ鱗を求めた故に結晶を研究したのは知られているが、その過程で人間性という人間にしか持ちえぬものを研究していたようだ。

 きっと、我が師ローガンはこの文献も読んだのだろう。この本には、人と古竜は祖を同じくする可能性があると書かれている……つまり白竜は、それを再現するために人体実験を繰り返していたのだろう。聖女など、その貴さから人間性を溜め込んでいるが故に。

 

 

 まぁそれは、副次的な知識である。時折頭を破裂させようとする啓蒙の高過ぎる知識を副次的と呼んで良いのか分からぬが、私が求めるのは神の偽り……即ち、火継ぎについてである。

 シースはもちろん、この件についても研究し書き記していた。彼は友であったはずの大王を、しかし信用していなかったようだ。書かれた文字には火継ぎに対する彼なりの否定的な意見が添えられていた。

 

 火継ぎこそ、世の理に反する事であると。奇しくもそれはカアスが言っていたことと合ってしまう。

 

 

 分かってはいた。所詮尊大な神々が言い出した事だ、火継ぎなど碌なものではないのだと分かってはいた。

 だがここで新たに得た火継ぎの知識は、私の心を凍つかせるに足るものである。なんと神とは欺瞞に満ちて虚栄が強いのか。やはり神など滅ぶべきだろう、火の時代はともかくとして。

 

 オスカーは、この事を知ってしまったら絶望するだろうか。それとも立ち向かうだろうか。立ち向かって、行けるだろうか。

 あんなに純粋で、けれどやる事なす事裏目に出る少年が、今度はやり遂げられるだろうか。

 

 私が敵になっても尚、その意志を貫けるだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 問わねばならない。その火継ぎの意義を。

 

 王女は常に暖かく、そして欺瞞に満ちている。闇も光も全てを包み込むような抱擁を与えんと、勇者を待たんと王女の間において鎮座する。

 だが色々と学んだ今ならば分かる。それすらも欺瞞。人を容易く操る為の擬似餌でしかない。醜く、しかし綺麗に魅せるための太陽への執着心。

 

 跪くことなど無い。仮に彼女が本物であるならば、美しい女性を愛する私はこんな行動に出るはずもなかったろう。

 だが、全てが偽りであるのならば。躊躇いなどしない。その前に問う。

 

「不死の勇者よ……何か、含んだ顔ね」

 

 そう聞かれれば、私は無視して問う。

 

「王女、グウィネヴィア。偽りの太陽である貴女に問おう」

 

 両手にはゴーの大弓を。かつて四騎士の弓として神々を守ったであろうこの弓が、今まさに神に弓引く存在となりつつある。

 

「そうまでして不死を騙して楽しい?使命だなんだと言って、偽りの太陽を照らす事だけを考える哀れな神よ」

 

 そう問えば、彼女は少しばかり眉を歪めて困り顔をした。美しい困り顔には、しかし感情が無い。これこそ王女の正体。ただ表面上だけの偽りの存在。

 王女などありはしない。本来の王女は、既にどこかの神へと嫁いでいる。おかしいと思ったのだ。伝承と食い違う彼女の存在が。今目の前にいるのはただの幻。どこかのコンプレックスを携えた神の幻影に過ぎない。

 

「気づいてしまったのね。残念だわ、貴女は見所があったのに」

 

「やはり神は信用ならぬ」

 

 怒りに任せて弓を構える。狙いはもちろん偽りの王女グウィネヴィア。否、末子である陰の太陽グウィンドリンの幻影に。

 だが仮にも神と相容れぬ人を率いただけはある。彼女は変わらぬ声色で口を開く。

 

「愚かね。そして哀れでもあるわ。そんな事をすれば貴女は神に仇なす敵となり、永遠に追われる事になるわよ」

 

 虚仮威しだが事実でもある。だがそれがどうしたというのだ。敵など、今まで全て屠ってきた。私に殺せぬものなどない。何度死のうと心は折れず、蘇って相手を殺すだけだ。

 だから大矢を放つ。敵になるが良い。神は全部死ぬべきだ。

 

 大矢が彼女の胸を穿ち、女神の絶叫が響く。だが所詮は幻、(ソウル)すらもありはしない幻影はすぐに消え去った。

 さぁ、陰の太陽よ。その姿を見せるが良い。私に貴様らを殺させろ。事実を知った私に、最早貴様らの声は届かぬ。

 

 すぐに変化は訪れた。あれほど太陽に照らされていた王女の間が、まるで夜になったように暗くなる。それはいっそ日蝕のように唐突で。だが事実、このアノール・ロンドに太陽などありはしなかったのだろう。

 この夜の暗闇に呑まれた世界こそ本来の姿。大王無き後の王都は既に終わっていたのだろう。

 

 男とも女とも分からぬ声がアノール・ロンドに響く。それは呪詛のようにも聞こえた。

 

 ━━神の姿に刃する者よ。我が名はグウィンドリン。汝の不敬は決して許されるものではない。アノール・ロンドの夜に果てるが良い━━

 

 

「日陰ものの神様が何だって? 脅す相手を間違えたわね」

 

 鼻で笑って軽口を叩く。だが陰の太陽は何も語らない。どうやら怒っているようだ。ゴーの大弓を(ソウル)へと格納し、いつもの如く黒騎士の斧槍と草紋の盾を手にする。

 

 まだ神は殺せていない。私の、否。人の怒りがアノール・ロンドを飲み込もうとしている。

 

 

 

 

 

 

 暗月の女騎士は、酷く深い溜息を溢すと腰に備え付けられた剣を手にした。エストックと呼ばれる大型の刺剣は、鎧ごと相手を貫くのに適したものである。

 彼女はそれをクルリと回すと、アノール・ロンドの大回廊で敵となった少女を待つ。

 

 突然の出来事だった。太陽に照らされていたアノール・ロンドが夜となり、どこぞの誰かが彼女が仕える者を怒らせたのだと理解した。

 そしてそれが、一瞬でも彼女を口説いた少女だと理解できるのに、然程時間は掛からなかった。

 

 同じく旅をしていた騎士は信仰が厚く、神々の敵となることはないだろうとは思っていたが。まさか連れの方が敵になるとは。確かに賢そうで捻くれているから敵になりそうではあったが。

 

 何にせよ、アノール・ロンドの秘匿が破られたというのは大問題だ。明確に神々に敵する個人が現れるのは初めてだったからだ。

 

 不意に、大聖堂の大扉から喧騒が聞こえてきた。きっと同志である暗月の騎士達が敵対者である少女と戦っているのだろう。

 だがその夜に似合わぬ煩わしさもすぐに終わり、静寂が訪れる。そして、

 

 

 ゴロン。

 

 

 暗月の騎士である男の首が、大扉より階段を転がって女騎士で止まった。その目は驚愕するように開かれ、いつしか(ソウル)の霧と化す。惨いものだ。

 そうして、大扉を超えて彼女はやって来る。まるで白百合のように真っ白な服と灰のような髪色。その手には、かつて神々の為にデーモンと闘った者達の武具が握られている。

 

 暗月の女騎士は態とらしく拍手すれば言った。

 

「やはり貴公だったか。神に刃するとはなんたる思い上がりだが……よくぞここまで辿り着いた」

 

 そしてその手にするエストックの刃先を少女に向ける。左手には、敬虔な暗月の騎士にのみ与えられるタリスマンを。

 

「せめてもの褒美だ。私がここで終わりにしてやろう」

 

 そう言って彼女は、奇跡を唱える。それは暗月の騎士のみが用いられる強化。暗月の光の剣と呼ばれる奇跡だ。エストックが、青く光りだす。

 少女はまるで意に介さず、ただ言ってみせた。

 

「退きなさい。女の子は傷つけたくはないの」

 

「おかしな事を言う。王女を滅したではないか!」

 

 すぐに彼女は白百合の少女へと肉薄し、鋭い一撃を放つ。見事な刺突。

 だがそれは、ダークレイスとして数々の英雄を屠ってきた少女にとっては見慣れ過ぎた一撃に過ぎない。あっさりと身を翻すと、少女は空いた左手で女騎士の右腕を掴み上げた。

 

「それとも、甚振られるのが好きなのかしら?」

 

 夜にありても白く輝く少女の顔が歪に歪む。それは欲求と殺意に溢れた酷く人間らしい顔だ。恐ろしい獣は、人の中にこそ住まうもの。

 まるで自らの(ソウル)に触れられたかのように女騎士は身震いし、少女の手を払う。

 

「戯言を!」

 

 エストックを振るう。この刺剣には刃もあるため、様々な状況において優位に立ち回れる。

 だがその一撃は、見えぬ何かによって阻まれた。少女の手が、しかし次元が歪んだように。剣は弾かれる。

 これぞダークハンド。ダークレイスが魂喰らいとなる由縁。それは盾ともなり、或いは魂を抜き去る冒涜ともなる。

 

 ダークレイスとして、闇姫として恐れ慄かれる彼女が持っていないはずが無かった。今までは使う事は無かった。それは侵入する世界の主が、彼女と同程度かそれ以上の実力を持っているためだ。それらを打ち倒すのに妥協は出来ぬ。持てる力を全て用いて殺す必要があるから、隙が多く盾としても役に立たないダークハンドは使い物にならなかった。

 

 だが少女にとっての暗月の女騎士は。道中の、そこらにいる亡者と何ら変わらない。それ程までに、少女が抱く(ソウル)は強靭で強力。

 神々ですら殺してみせる少女を、たかが暗月の女騎士程度が殺せるはずもなし。

 

「好きよ、そういう強情な所」

 

 少女の手が赤く光る。何かの予備動作であることは容易に見て取れた。

 隙有りと、女騎士は少女を穿とうと剣を突き刺す。だがそれごと、彼女のダークハンドは飲み込んでみせた。剣先から折れて行くエストックは、まるで彼女の心を表すようで。

 

 迫るダークハンドから逃れられぬ女騎士は、そのまま赤く光る手に首を掴まれ、引き寄せられる。

 

「だから奪いたくなる」

 

 少女の顔が眼前に迫る。瞬間、少女のダークハンドを起点に女騎士から(ソウル)と人間性が抜けて行く。

 それは耐え難い苦痛。自らの魂を抜かれ、正気を保てる人間などいない。それが例え、火防女であろうとも。

 

 少女が女騎士の兜を叩き脱がせると、その唇が女騎士に触れた。もちろんそれは、唇同士。

 だが同意を得ない口付けとは攻撃に他ならない。少女は女騎士の内側から、その(ソウル)を蹂躙した。苦悶の顔を浮かべる女騎士は、しかし抵抗できない。

 

 自らの内に闇が広がる気がした。ドス黒く、しかし暖かい闇は、抵抗するには優しすぎる。

 

「お、ご、ぉお、あ」

 

 声にならない声が、唇越しに少女に伝わる。愉悦、快楽、優越感。少女の唇を犯すことの快楽が、少女を支配していた。

 そしてそれは、女騎士も同じこと。強き(ソウル)に捩じ伏せられ、騎士として、そして女としての尊厳を奪われながらもその身体は耐え難い快楽に包まれる。

 

 最後に闇が訪れるのならば、それは今でも変わらないじゃないか。

 だから君、闇を恐れるなかれ。我ら食餌の時だ。

 

 少女は最期の一滴まで女騎士を貪った。ねっとりと、深く絡みつく舌と唇は女騎士の火防女としての(ソウル)を余す事なく奪い去る。

 だが火防女とは、神の呪い。不死の縁である火防女など、そもそもが苦痛でしかないだろう?なら、終わりが来るのは良い事じゃないか。愛する神も、最早死に行く定めなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 陰の太陽グウィンドリンは、やって来た不敬者を見るや否や呪いを吐く。その少女は返り血によって白い装束を赤く染めていた。まるでそれこそ彼女の生き様であるかのように。

 

「不敬者が……王女の姿のみならず、大王の墓所まで穢すとは……」

 

 だがそんなものどこ吹く風とばかりに、少女は手にする黄金の残光にこびりついた血を払った。

 火防女を殺し、この隠された墓所へと至るまでに相当数の暗月の刃に侵入されたのだろう。そしてそのどれもが、彼女の刃の前に散った。

 

「嘘吐きの末裔が良く嘯くわね。その姿すらも性を偽るのだから、あんたは欺瞞の塊よ」

 

 ちっぽけだと思っている人間如きに怒りが止まらない。青白い肌が赤く染まる。まるで沸騰したヤカンのようだ。

 普通の人間であれば、その(ソウル)の偉大さに立っていることも叶わないだろう。そしてそれが怒るなどと、気絶していてもおかしくはない。だが少女がそうならないのは、人としてあり得ないほどの(ソウル)を抱えている事に寄る。

 

 彼女は人を超えている。それは他世界の、英雄たり得る不死にも言えることだ。

 

「陰の太陽、グウィンドリンの名において……許されると思うな」

 

 会話も既に不要。下半身に蛇を供え、女性にしか見えぬ男性である彼は杖を振るう。

 

「そして、魔術。神であるのに月の力を有するその二面性」

 

 少女が何かを呟いた。だがその時には杖より青白い魔術が放たれている。巨大で正確、そして偉大な魔術は通常であれば人など容易に消し飛ぶ威力を持つが。

 少女はそれを転がって避け、尋常ではない速度で神に接近してくる。

 

「人間風情が……!」

 

 即座にグウィンドリンは新たな魔術を放つ。それは追尾する(ソウル)の塊に似た魔術。放たれた塊はゆっくりと少女に寄って行くが、それを見た瞬間に少女もまた魔術を発動させる。手には、結晶化した錫杖が握られていた。

 

 追う者たち。それは禁忌とされる闇術の中で、特に危険な闇術。仮初めの生命は、本物の生命に惹かれ貪り尽くすまで追う事だろう。

 神が放つ魔術は、より一層の(ソウル)を持つ。故に追う者たちはその塊に吸い寄せられ、互いに打ち消し合う。それどころか、いくつかの闇の生命は神の魔術を打ち破り、更に(ソウル)を求めんとグウィンドリンに迫った。

 

「馬鹿な……!」

 

 思わずグウィンドリンは後方へ転移する。それは高等な魔術ではあるが、逃げるという事に他ならない。故に彼は、逃げという手を使わされた少女に更なる怒りを抱く。

 

「醜いわね。プリシラも竜と人との二面性を持っていたけれど、拗れるとこうも哀れなものなの?」

 

 そう呟きながら少女は駆ける。

 

「知ったような口をッ!」

 

 手にするは弓。魔力を有する暗月の弓を構え、その弦を引く。

 

「太陽に憧れ、しかし嫉妬し……人を誑かし。その罪は身を持って償いなさい。死ね」

 

 グウィンドリンが目の前の少女に怒りを抱くように、少女もまた神に憎しみを抱く。似て非なるそれは深い闇をより一層暗く堕とす事だろう。だがそれで良いのだ。

 暗月の弓より放たれた魔力の矢は、しかし柱に隠れる事で防ぐ。盾で防ぐには魔力が強過ぎた。そして矢が途切れるタイミングを狙い、彼女は走る。

 

「戦いは初めてかしら? オーンスタインの方がよっぽど強いわよ」

 

 黙れ、という暇もなく少女は肉薄してその手にする黄金の残光を振るう。彼にも見覚えのあるその曲剣は、四騎士の一人キアランが用いたものだ。

 少女は王達の騎士の得物で神殺しを決行しているのだ。

 

 神といえど血は出る。鋭利で歪んだ刀身は、グウィンドリンに出血を強いた。

 

「ぐっ!」

 

「逃がさないわよ」

 

 たまらず後方に転移して逃れようとする彼を、少女は一気に跳躍して顔面へと蹴りを入れて中断させる。

 黄金の仮面が外れる。そうして現れたのは、美女と言っても差し支えのない美しい顔。

 

「あら、案外綺麗じゃない。女の子だったら惚れてたかもね」

 

 だが少女は、偽りを赦さぬ。すぐ様彼を押し倒すと、少女は黄金の残光を打刀へと切り替えて詠唱する。

 

I’m invincible(私は無敵故),I’m unavoidable(逃げる事は叶わぬ),I’m undebatable.(その余地すらない)

 

 刹那、打刀の切先がグウィンドリンの胸を穿った。だがそれだけではない。彼女は刀を突き刺したまま、一気に刃で股下を引き裂く。

 臓物や血が溢れる。神であろうと、その構造は人と似ている。だがそうまでされて死なないのは、やはり神というべきか。

 

「こ、のッ」

 

「死になさい」

 

 ザンっと、グウィンドリンの首が断ち切られる。すると最早生命は残っていなかった。ただ彼の呪いだけが響くだけ。

 

 ━━闇に生まれた不敬者が……貴様に、永遠の呪いを……!

 

 打刀を振るい、血を払う。とりあえずグウィンドリンは死んだが。完全に死んだかと言えばそれは異なる。神の存在は信仰によって決まる。信仰がある限り神は死なず、滅せない。

 だが少なくとも、この世界では当分復活する事はないだろう。それだけの殺し方をしてみせた。人を騙す神など、殺して仕舞えば良いのだから。

 

━━Victory Achieved━━

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一人、考え込むようにオスカーは篝火の揺めきを目にする。呆然と、しかしその心はどこか重く、不安ばかりが募りに募る。

 そうさせる理由は、とある同胞から聞いた闇姫の件だろう。どうにもそれが他人事とは思えぬ彼は、しかし心では否定している。故の矛盾が、彼の心の内に靄を発生させていた。

 

 例のダークレイスと、彼が慕う少女が同一であるわけがないと思いながらも。時折彼女が見せる暗さが、どうにも心に引っかかりを作る。

 そんな訳で、考え込む彼は隣に立つ少女に気が付かなかった。

 

「ヤッホ、オスカー。元気無いわね」

 

 バンっと背中を叩くのは今まさに考えていた少女である。いつかの暗さはなりを潜め、彼が知る明るくもどこか太々しい少女に戻っていた。

 オスカーは驚いたように少女を見て、しかし安堵する。そうだ、こんなにも暖かい少女がダークレイスになんてなるはずがないと。

 

「ビックリしたよ! 久しぶりだね、元気そうだ」

 

「そりゃね。今気分がイイからね……あ、そうそう。あんたにプレゼントよ」

 

 どかっと隣に座る少女は、不意に一つの巻物を若い太陽の騎士に投げる。わちゃわちゃしながらもそれを受け取れば、彼はその巻物に驚いた。

 

「これは、太陽の光の剣の書じゃないか!どこで手に入れたんだい?」

 

 そう問えば、彼女はすっとぼけたようにさぁ、と言って笑った。

 

「ちょっとアノール・ロンドでね。あんた、前にウーラシールの魔術をくれたでしょう? そのお礼よ」

 

「……随分気前が良いね。君らしくない」

 

「馬鹿にしてるなら返してちょうだい」

 

 いや、とオスカーは慌てて巻物をしまう。太陽の光の剣は、太陽の戦士達にとっては伝説的な奇跡の一つだ。何せどこで入手すれば良いか分からず、ソラールくらいしか使い手がいなかった。そのソラールも、太陽を見ていたら使えるようになったとか言い出すし、そもそももう彼は旅に出てしまった。

 

 それを手に入れるとは、やはりこの少女は素晴らしいとオスカーは再度惚れ込む。

 

「やっぱり君は、明るい方が似合うよ」

 

「あら、そう? 明るいかしら。そうね。そう、見えるのね」

 

 ふふ、と、いつになくテンションの高い少女。彼女は不意にオスカーの方へと振り向けば、尋ねる。

 

「ねぇ、あんた結局火を継ぐのかしら?」

 

「そのつもりだよ。もう、偉大な(ソウル)は手に入れたしね」

 

 へぇ、と少女がわざとらしく驚いた。

 

「やるじゃない。もう私の手助けはいらないみたいね」

 

「……そうでもないさ。たまには君に助けてもらいたくなる」

 

 何よそれ、と彼女は笑う。それは珍しくオスカーが見せる弱さでもあった。

 

 

 

 

 

 

「なら、助けてあげようか」

 

 

 

 

 

 刃のように、貫かんばかりの美声が、騎士の脳を刺激した。

 人間性が震えている。彼の人としての魂が警鐘を鳴らしている。本能的に、彼女を拒否している。だが逆に理性はとても魅力的な彼女を受け入れている。

 男としての本能は、最早不死には不必要なそれは、彼女の助けを求めているに違いない。

 

 オスカーはそんな彼女の、瞳を覗いた。

 

 

 瞳の奥のダークリングが輝く彼女の眼は、宝石のよう。

 

 

 オスカーはその瞳に魅了されかける。あるはずもない彼女の内の炎は、まるで不死にとっての篝火のよう。

 

 

 美しい少女を、彼の魂が求め出す。先程までは拒絶していた全てが、彼女に平伏そうとしている。

 

 

 暗い魂を、彼女に感じた。どこまでも深く、暖かく。全てを包み込む母性の塊。包まれてしまおうと何かが囁く。人間性がそうさせようとする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「僕は、僕には、もう助けはいらないよ」

 

 

 意志が、彼を勇者たらしめる。

 

 

「むしろ、僕は君を助けたい。ずっと助けられっぱなしだったから」

 

 そう言えば、少女は酷く驚いたように目を見開いた。しばらくそんな眼が、オスカーを見続ける。無言で、語る事なく。

 一瞬、ほんの一瞬だけ。彼女の顔が悲しみに歪む。だが見間違えかと思うほどにそれは短く、いつの間にかいつも通りの彼女の顔へと戻っていた。

 

「そう。言うようになったじゃない」

 

 少女はそれだけ返すと、無言になった。決別の現れ。それに気が付けるほど、オスカーはできた人間じゃない。

 だが今だけは、昔のようにこうやって篝火に触れていたい。もうあの頃とは違うけれど。ただ見てくれだけ真似て、懐かしみたい。過去を慈しむことは、そんなにいけないことだろうか。

 




説明不足感はありますが、後々回答をします


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大樹のうつろ、親子

遅くなりました。年内にもう一話投稿したいと思います。今回は短め。


 

 

 私は何がしたいのだろう。

 

 神の欺瞞を暴き、そしてその被害者である不死として神殺しをした私は火継ぎの祭祀場にてそんな事を考える。

 書庫で真実を知って以来、私の中に神に対する怒りと不安が巡り巡っている。怒りとは、即ち闇に生まれた我ら人が奥底に抱く普遍的な感情であり。不安とは、ある程度平穏な火の時代を壊してまで神を攻め立てるのかという……ある意味、人間らしい気持ちでもある。

 人とは、変化を嫌うものだ。一度変わって仕舞えばそれに順応する事を躊躇いもなくするくせに、変わるまでがまぁ何とも文句ばかり言う。この感情はその表れ。

 

 アナスタシアの手を握りながら、私は柵に頭を寄せて考える。彼女の幸せは、果たして闇の時代の先に待ち受けるものなのか。火の時代が続いて良い事など火防女には無いだろうが、それを否定するのは彼女が火防女として存在する事への否定に他ならない。火防女とは、火の時代の不死のためにあるのだから。

 

 自らを否定するのは容易いが、愛する者の生き様を否定するのは違う気がした。だからこそ、悩むのだ。神を殺せど闇の王となるのは正しいのか。オスカーと、刃を交えるのは本当に私の利になるのか。

 

「難しい事を、考えておいでですね」

 

 私の髪を撫でるアナスタシアが、いつものように母性に満ちた笑みで言う。

 

「そうね……そうかもしれないわね」

 

 言えるはずがない。私は闇の時代を齎そうとしているなどと。火を守る彼女に言えるはずもない。

 誰かに言って仕舞えば、私はきっとこの孤独の強さを捨てることになる。孤独とは、明かさぬから孤独でいられる。故に守りは堅く。だが触れ合えない。それで良い。もっと大切な所で触れ合っているから。

 

「もしもの話を、してもいい?」

 

 だが弱さとは、克服してこそ強くなるものでもある。私の言葉に彼女は何も言わず耳を傾ける。

 

「もし、私が貴女が守る火を消そうとしていたなら、どう思う?」

 

 髪を撫でられ、私はその表情を窺うことはできない。だが彼女は、おっとりと、優しい声色で言うのだ。

 

「私は貴女の火防女。貴女がここにいる限り、その火が消えることはありません。でも、もし貴女という火が消えてしまうのなら……」

 

 言葉の先を待つ。彼女とはやはり愛で通じ合っていた。だからこそ、不死の火防女でなく私の火防女として語ってくれる。

 

「私は、貴女の遺志を、語り継ぐでしょう。暗く、辛いロードランで、しかし私という女に寄り添ってくれた白百合の事を」

 

 すごく、すごく哲学的な表現だった。そしてその啓蒙の高さに私の心と頭は満たされる。彼女は聡明で、美しくて温かい。故に私は心の底から惚れてしまった。

 愛を通して、彼女と暖め合った。私は信頼されている。だからきっと、彼女は許してくれるはずだ。真実に碌なものは無いけれど。私と彼女の間の事実は何も変わらないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この目で、ロードランに溢れる叡智を見尽くす事。それは今、闇の王の資格を手に入れた私にとって重要な事である。物を知らぬという事は、それだけで罪。どれほど醜い事実であろうとも、目を背けてはならぬ。王とはそういうものだ。偽りに塗れた大王とは違う。

 虚栄は張らぬ。ただ強いという事実が私にはある。グウィンとは違う。けれど、事実に対する知恵と知識だけはそうはならない。故に足を運んで得なければならない。こればかりは書庫に籠るだけではどうにもならないのだ。

 

 病み村は、まさしくこの世の終わり。地の底、そして腐れである。汚物に塗れ病に侵されたこの土地では悲劇しか齎されぬ。蜘蛛姫の姉は白百合に殺され、蜘蛛姫もまた肩代わりした苦痛に縛られる。そして彼女に集まった信仰とその反動である呪いは、途絶える事はなく。

 ここはやはり、いつ来ても腐っているのだ。

 

「しかし、あんたも物好きだな。こんな場所まで来るなんてよ」

 

 その腐れにおいて、私はシバと再会した。正確にはシバとその従者だが。相変わらずシバの後ろに潜む隠密は気配を感じることもままならない。

 彼はどうやら何か物珍しい武器が無いかをこの病み村まで探しに来たようだが。

 

「かつてこの先、イザリスにおいて一振りの刀があったらしい」

 

 互いの収集癖を語り合っているうちに彼は語る。

 

「混沌の刃と言ってな、妖刀の一種だ。俺はそれを探しに来たんだ」

 

 彼にしては熱く語るその刀は、しかし持ち主さえも蝕む文字通りの妖刀。そんなものを欲しがるとは、彼はかなり偏った蒐集家だ。まぁ見つけたらくれてやろう。どの道そんな扱いに困る武器を使おうとは思わないし、これでも黒い森の狩猟団の一員なのだから、仲間にはある程度良くしたいものだろう?今でこそダークレイスだが。

 

 

 病み村を、イザリスの方面とは逆へと進む。病み村は薄暗いせいで地下かとも思ってしまいがちであるが、単に標高が低く谷底に村があるだけである。空を見上げれば、偽りの太陽が空の青色を照らし僅かばかり病み村へと差し込まれていた。

 きっと病み村の瘴気や毒素はイザリス由来のものなのだろう。そこへ忌み嫌われた者共が住み着き、優しい蜘蛛姫は彼らに寄り添った。寄り添って、集まった信仰は呪いと共に溢れ出し。ここは腐ったのだ。

 

 さて、大樹のうつろと呼ばれる場所がある。色々な世界の不死達でさえも噂程度にしか知らぬ未踏の地。そんな場所に今私は足を踏み入れていた。

 真、立派な大樹である。数百メートルはあるだろう、巨木は毒沼より突き出て谷すらも超えている。その内側には空洞があり、噂では想像もつかぬほどの財宝があるのだとか。まぁ不死に財宝も何も無いのだが、足を運んでみる価値はあるかもしれない。案外そういう場所に強敵がいたりするものだ。

 

 白竜の書庫で得た知識曰く、ここには戦いすらも放棄し、唯ひたすらに昇華を望む古竜がいるとの事だ。ソラールもここを目指した可能性もある。何せ古竜に憧れる者の終着点の一つでもあるらしいから。

 

 だが内部に侵入すれば、待ち受けていたのは複雑に伸びた木の通路と、死の瞳を持つバジリスクの集団だった。おまけにこの大樹のうつろは更に下へと降りられるせいで落下死の可能性も大いにある。

 バジリスクは本当に嫌いだ。こいつらの吐く息吹には呪いが込められている。吸い過ぎれば、待つのは呪死。あれはもう二度とゴメンだ。内側から、人間性が爆発するような感覚になる。

 

 だが悪いことばかりでもない。キラキラの結晶蜥蜴……所謂石守りと呼ばれる動物が多く生息しているのだ。こいつらは逃げ足は速いしすぐに姿を消すので捕まえるのが大変だが、武器を強化する楔石を落とすのだ。

 ここでも希少な光る楔石や楔石の原盤を手に入れることができた。ツいている。

 

 ロードランのキノコ、というのはどうしてこうも恐ろしいものなのか。バジリスク落下死地帯を切り抜けると、待ち受けていたのはパンチドランカーキノコの家族だった。私に攻撃の意思はないが、彼らはそんなのお構い無しに拳を振るってくる。危ないものだ。喰らえば頭くらいなら消し飛ぶだろう。

 とにかく、彼らは動きが鈍いから相手にするだけ無駄だ。たまに黄金松脂を落とすが、それも買えば良い話だし。

 

 大樹の内部の下層に来たのか、ようやく狭苦しい場所を抜ける。

 

 

「あら……こんなに幻想的な場所がまだあったのね」

 

 

 現れたのは湖。大樹の底、地下なのにどこから光源を得ているのか分からないが、どうにも照らされたこの広大な湖は美しく、僅かばかりにある地面は砂浜である。湖というよりは波の無い海に近いか。

 

「あいつがいなければゆっくり観光できたんだけれど」

 

 ため息まじりに結晶の錫杖を取り出す。湖の遠くにヒュドラ……多頭の竜のなり損ないが見える。奴もこちらを認識したようで、どんどんと近づいてきているようだ。

 前に遭遇した時は手も足も出なかったが、敵の尽くを殺し奪い尽くした今では最早敵では無かった。流石にヒュドラの魔術は強力であったが、こちらの闇魔術は更に上を行く。時折結晶魔術を織り交ぜながら交戦すれば、あの多頭の怪物は案外あっさりと沈んでいった。所詮は竜の紛い物だ。白竜の研究の産物など。竜のウロコが手に入った事は素直に喜ぼう。

 

 

 だが、良いことばかりではない。

 

 湖の中にポツリとある篝火。その、打ち捨てられた場所に彼らはいた。

 

 

 力付き、倒れるカタリナの騎士。陽気で、しかし時折何かに悩み考えるジークマイヤーは、人としての命を終えてしまっていた。

 その傍では彼の娘、ジークリンデが親の骸に寄り添い啜り泣いている。父と同じく大柄な鎧は、この時だけは酷く小さく見えてしまった。それほど彼女の(ソウル)が弱まっている証でもある。

 悲劇とは、悲しみとは。人を殺すものだ。

 

 私はジークマイヤーを挟んで、彼女に話しかける。最早悲しみに明け暮れる暇などない。彼が(ソウル)の無い骸になってしまったことは悲しいものだが、それも神々が生み出した封のせいだ。

 故に、怒りの方が強い。

 

「最後まで、ジークマイヤーは勇猛果敢だったわ」

 

 そう告げながら、こちらを見上げる彼女と目が合う。スリットから僅かに見える彼女の瞳は涙で潤む。

 

「もう、父は、この亡者は、動きません。貴女にも、誰にももう迷惑をかけません」

 

 なんと、強い娘だろう。父が死に、亡者と化して尚その体面を保ち続けるとは。父に恥をかかせまいと、自らの心を犠牲にするとは。

 人はやはり強い。そして醜くも美しい。それに比べ、神とはなんと見栄っ張りで強欲なものか。まぁ良い、闇の時代が訪れればそんな見栄など全て飲み込んでくれる。

 

 彼女の横へと座り込み、私はその金属に包まれた身体に腕を回して抱き締める。少しでも少女の悲しみを私の(ソウル)の温もりで暖めてあげたかったのだ。

 すると、彼女はカタリナの誇りである兜を脱ぎ去る。そこでようやく、私は彼女の顔を窺う事ができた。

 長い黒髪を、後ろで纏めた美人な少女だった。戦いなど向いていなさそうな子だ。きっと不死になるまで剣も持った事が無いはずだ。

 

「これで、やっと終わり……私は、カタリナに戻ります」

 

 悲しみの中でもどこか安堵したような、そんな声色だった。彼女の目的である父が、死んだからであろう。

 

「貴女には色々と、私達がお世話になりました。もう、私には十分なお助けができませんが……」

 

「いいのよ。成り行きのようなものだったし」

 

 人は道連れ、世は情け。私はただ一個人として彼女達と関わり、必要だったから助けただけだ。何も褒められることも感謝されることも無い。

 ただ、関わった人が勝手に死なれたら困るから。それだけなのだ。

 

「何度も何度も、父を殺しました」

 

 彼女の独白が、耳に刺さる。

 

「物言わぬ亡者となった父を、何度も貫きました。動かなくなるまで……殺す度に父の(ソウル)が少しずつ、自分に流れ込んでくるのです」

 

 それは、そうだ。私達は命あるものを殺せば(ソウル)を奪うのだから。ロードランでは神であろうと何であろうと、同じこと。しかしそれが肉親だとしたら、また考えが変わるのだろう。

 

「でも、もう良いんです。分かったんです。立ち上がるのなら、何度でも殺せば良いんですから。動かなくなるまで……殺せば良いんですから」

 

 その言葉に孕む闇は、愛と憎しみでしか闇を感じられなかった私にとって衝撃だった。思わず、回していた腕を離してしまった。

 その狂気は、愛でもある。それは闇の側面、正しい部分。だが彼女が抱くのは、ただの愛では無い。人は慈しみでここまで狂気を抱く事ができるのかと、脳が拒絶する。

 

 だが、それこそ人の業なのかもしれない。人の闇は深く、それこそ深海のように。

 

 

 壊れてしまった彼女に、きっと居場所はない。カタリナのジークリンデ。私が彼女を見たのは、それが最後だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一人、瞑想する。

 

 

 思うは、岩のような古竜。

 

 

 自ら古竜となるべく、ただ彼は思考の海に落ちる。

 

 

 だがその傍で、どうにも光がちらついてしまう。彼が憧れ、目指していた光。雷と太陽が嵐の中に浮かぶのだ。そうなって仕舞えば、穏やかとは程遠い興奮が巻き上がり。

 バチッと脳が焼けるような痛みと共に目の前に鎮座する古竜に注意される。

 

 目を開き、見上げればいつものように古竜は座禅を組み思考に浸っている。しかしその威厳ある目にはすぐに別のことを考える太陽の騎士を呆れるような、そんな眼差しがあった。まだまだ古竜への道は遠いようだ。

 

 ソラールはしばし休憩とばかりにその場で大の字に仰向けに寝転ぶ。いくら時間に溢れる不死といえども疲れるものは疲れる。何もなく、ただ瞑想に耽るのであれば尚更だ。

 ゴロンと転がり、大木の根から差し込む陽の光を浴びようとすれば。

 

「ここにいたのね、あんた」

 

 彼をここに来させた張本人がソラールを見下ろしていた。その瞳に、古竜と同じく呆れを浮かばせて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか貴公も大樹のうつろへとたどり着くとはな! 何があるか分からぬものだ! オスカーは元気かな?」

 

「久しぶりに会えば相変わらずうるさいわね……」

 

 オスカーから古竜を目指したと聞いていたが。まさか私の一言で本当に古竜と向き合うとは。というか、大樹のうつろにこんなにも立派な古竜がいるとは本当に思っていなかった。

 古竜はただこちらを見下ろし、静かなままだ。空を飛び炎を撒き散らす飛龍とは格が違う。その(ソウル)も膨大。神々を超える……敵意があれば戦っていたのだが。こうも瞑想に耽っているとなれば手を出せない。私は殺人鬼ではないし。

 

 だが、あんな悲しい事があった後にこんなに明るい奴がいれば多少は怒りも収まるものだ。

 

「貴公も変わらず無愛想だな!」

 

「あんたもうちょっと乙女に対して何かないの?」

 

 これだから男というのは……まぁ、これもまた彼という個人なのだから否定はしないが。

 

「ハッハッハ……して、貴公。闇を継ぐ気か?」

 

 突然、ソラールが私の存在を見透かした。だがそれもおかしな事では無いのかもしれない。彼は元々、見えぬものを追い続けていた存在だ。そして今では瞑想に明け暮れ、物事の本質を見極めようと勤しむ古竜を目指す者。

 故に私が抱える問題など、簡単に見透かしてしまえるのだろう。

 

「……かもね」

 

 だが、そうなれば神に対する信仰を持ち得る彼は敵である。だから少しばかり警戒はしていた。

 

「そうか。なぁに、止めはしない。貴公も何かを考え、そして何かの為に為そうとしているのだろう。それを止める権利など俺には無いよ」

 

 そんな風に、彼はあっさりと闇の王を目指す私を受け入れた。拍子抜けにも程がある。

 

「あら、てっきり剣を抜くものだと思ってたわ」

 

「友に剣を向ける事ほど哀れな事はなかろう。だが貴公、私は咎めぬが、あやつはきっと敵となるぞ」

 

 思うはアストラの若き騎士。最早英雄と言っても差し支えない太陽の騎士の長。私は一瞬考えて、だがいつものように無表情で返す。

 

「敵になるなら斬るまでよ」

 

 そう言えば、ソラールは何か思う事があるようで少し俯いた。

 

「……貴公らは、良い友であると思っているが」

 

「友だろうが何だろうが、敵になるのが人よ」

 

 神に供するならば、それはもう友ではない。友であった何か。そうなれば私はきっと武器を向けるだろう。そして彼も、自らの信念のために剣を取る。

 それは薪として燃えるグウィンを殺した後か、前か。まだ解らぬ未来だが。きっとその時が来るはずだ。

 でも私は進まねばならない。私の理想を叶えるために。大好きな少女を解放し、これから起きる悲劇を止めるために。人のために。ああ、私はこんな英雄願望など無いはずなのに。それでも闇の王になるとは、そういう事なのだ。得たくもない責任を負うという事なのだ。

 

「その時に、後悔しても遅いのだぞ」

 

「……後悔なんて、し尽くしているわ」

 

 最早引けぬ、立ち止まれぬ。何故なら私は闇に咲く一輪の白百合。少女達が闇でも迷わぬように照らす灯火なのだから。

 I’m invincible(私は無敵故),I’m unavoidable(逃げる事は叶わぬ),I’m undebatable.(その余地すらない)

 

 これは、私の意志を固める言葉なのだ。

 

 

 




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火継ぎの祭祀場、別れと、オスカーと

大詰めです。年内にもう一話投稿したいです。


 

 

 

 

 

 見てしまった。見てしまったのだ。この眼で、魂で。ついに見てしまったのだ僕は。

 

 

 それは、いつものように太陽の戦士として、同胞の救助に召喚された時の事だ。どうやら自分を呼んだ仲間はダークレイスに襲われているようだった。だから助けようとして、その一方的な殺戮に割って入ろうとした。

 

 したのに。できなかった。

 

 僕は遠くから仲間が無惨に殺される瞬間を見ている事しかできなかった。

 

 赤黒く光っていても分かる。僕達は、(ソウル)を見極められるのだから。

 斧槍を振るい、仲間を蹂躙する少女。闇姫と呼ばれ恐れる彼女の正体を、見てしまった。

 

 恋焦がれ、憧れ、追いつこうと必死になっていた彼女は。いつしか闇に堕ち、光の戦士達を殺戮し恐れられ。

 今まさに火を吹き消し闇の時代を齎さんとしているのだ。あまりにも世界の真実は残酷であった。

 

 本当は気づいていた。彼女が抱く(ソウル)の闇に気付かぬオスカーではなかった。だからこそ認めたくなかった。

 僕は、そんなはずがないと仲間が死ぬ寸前まで目を伏せていた。断末魔が響き、それが事実であると嫌でも認識すれば。

 

 もう、嘘は通じなかった。彼女は僕の、敵となった。

 

 

 

 

 

 

 

 胸にどうしようもない苛立ちが込み上げている。

 

 どす黒く、それでいて青春の若草にも似た懐かしい臭いが魂に渦巻き、それが瞼の裏にちらついて離れない。そんなもの、抱くべきじゃないというのに。

 原因は分かっている。古竜の前で思索に耽るソラールとの会話が原因だ。彼の、いつの間にか人を見透かすようになった(ソウル)が原因だ。

 後の世に啓蒙と呼ばれるそれは、今の時代には過ぎた瞳。けれどもそれが人として存在する以上大切であることも分かっている。

 真に啓蒙とは、見透かしたり講釈を垂れる事ではない。きっとそれは、気付くという事なのだ。特別なことでも些細なことでも、気付き、それを受け入れること。それこそが啓蒙の一つの捉え方なのだろう。

 そして、大概それは失って初めて気がつくものだ。最早後悔の後に、けれど感傷と共にやってくる。現にソラールは太陽の騎士達を捨て、本質を捉え始めた。

 

 そんな哲学的な事はどうでも良い。

 

 私は彼との問答で、友と決別する事を決めてしまったのだ。例えどんな事があろうとも、刃を交えるならば敵であるのだと。

 

 こうしてダークレイスとして侵入している今も心のわだかまりは溶けない。

 殺し、(ソウル)を奪い自らを満たそうとも満たせない気分。きっとこれは私が自分で納得しなければいけないのだろう。けれど、納得してしまったのであればどうなってしまう?

 

 分からない。どうすれば良いのだろう。こんな時こそ助けを乞いたい。愛する少女達に都合の良い解釈を求めたい。だがそれではいけない。王とは、人とは事実に生きるのだから。

 

 

 

 

 

「そんなもん、嫌なら放っておけばいいじゃねぇか」

 

 

 目の前の禿頭が、いつになく真面目な顔をして言い放った。その様子が私の知る鉄板の大法螺吹きとは打って変わって神秘的で、面食らう。

 どういうわけか、私は少女達ではなく、同じく裏切りと欲に塗れているであろうパッチに全ての悩みを相談してしまった。自分でもどうしてそうしたのかは分からないが。

 

「闇だの火だの、別にあんたが望んだわけじゃないんだろ?なら放っておけば良い。折角の不死なんだ、自由に生きてナンボだろ」

 

 それは、彼なりの美学や生き方だったのかもしれない。後の世に知られるパッチという盗賊の、信念だったのかもしれない。

 

「……でも、それじゃあだめなのよ」

 

「そうかい? だってあんたが何かしなくても世界ってのは続いていくんだぜ。まぁどうしてもやるってんなら止めはしないけどよ。だがそれが薄っぺらい使命やら何やらに突き動かされてやるのであれば……やめた方が良いと思うぜ。ま、俺の感想だけどな。ああ、闇の王になっても俺は放って置いてくれよな、面倒だし」

 

 この男は、どこまでも正直である。そして他人を想う事ができるようだった。てっきり私は他人の墓に集る事しかできないやつだと思っていたのだが。

 その認識は違っていた。彼は元々高貴な人間なのかもしれない。その禿頭は、ただのスキンヘッドではなく剃髪なのかもしれない。

 

 だが、まぁ良い。何だか私の悩みも彼の自由さを受けてか多少は楽になったというものだ。そうだ、これは使命でもなければ任務でもない。私の望みなのだ。少女達を神から解放するという、私の欲求。

 

「あんたもたまには役に立つわね」

 

「おいおい、人から物買っておいてそりゃねぇだろ」

 

 ポンポンとパッチの頭を軽く叩く。彼は嫌がっていたがそれを払い除けることはしなかった。

 

「じゃ、またね」

 

 そう別れを告げると彼はぶっきらぼうに手を振った。

 

「おう。あんたも精々頑張んな。お得意様だからよ」

 

 彼の下を去る。きっともう、彼に会うことは無いだろう。いつまでもこの時代を長引かせるわけにはいかない。

 誰も彼も、縛られて良い思いはしないだろう。私が、闇の王としてそれを解放する。神々からの抑圧から解放し、奴らが齎す悲劇を人の悲劇とする。人が自ら選べず悲劇を被る時代は終わるのだ。

 

 

 

 

 

 けれど、そう意気込んでも別れというのは必要である。今まで御世話になった……或いはしてきた人々に別れを告げよう。王となれば、きっと彼らとも会えずに終わるのだろうから。

 まずは、私に魔術を教えてくれたヴィンハイムのグリッグス。彼は私にとって最初の師と言っても良い魔術師である。今となってはその理力も私の方が数倍強いものだが。

 

「さようなら、グリッグス」

 

 センの古城にて亡者と化してしまった彼の胸を斧槍で穿つ。彼は、彼の師の居た場所まで辿り着くことはなかったのだ。神々の試練である古城の罠に嵌り、その人間性を失い亡者となった。

 だがそれは幸いだったのだろう。もし彼が、師の最期を知ってしまったのであれば、私は敵として彼を屠らなければならなかった。

 

「我らの師が貴方を待ってるわ」

 

 私の、(ソウル)の中で。だから今は、過去を忘れてゆっくりと眠るが良い。暗い魔術師よ。どうせ最後は闇に溶けるのだから。

 

 

「あんた……行くのかい」

 

 一時期は共に森の狩猟団として戦ったアルヴィナにも声を掛ける。長生きで聡明な彼女はきっと分かっているのだろう。私がシフの遺志とは真逆の事をしようとしていると。

 だがそれでも、私は家族である。だから引き留めはしなかった。いつものように気怠そうに欠伸をし、ただ言う。

 

「後悔するよ。ずっとね」

 

「もう、しているわ」

 

「そう。なら、行きな。もうあんたは家族じゃない。それだけさ」

 

 嘆く言葉はいらない。突き放すように言う彼女は、やはり優しい。そうする事で悔い無く私は王を目指せるのだから。

 

 ああ、ならばこうして彼女の毛皮に包まれるのも最後なのだな。そう想うと、私はより一層プリシラを強く抱き締めた。変わらず彼女の体温は暖かく、そして良い香りである。

 一度は愛をぶつけ合った仲。けれど今はただ親しい友人として彼女と会う。

 

「……今日は、いつもと様子が違いますね」

 

 彼女も私の違和感に気がついたらしい。そりゃそうだ、会うや否や話もせず抱き締めて離さないとなれば。

 

「うん。私ね、王になるの」

 

 彼女は何も言わず、けれど抱き締める腕を私の頭に回した。そっと髪を撫でる彼女の手は、冷たい絵画においてどこまでも暖かい。

 

「そう、そうなのね」

 

 それが惜別のハグであると、彼女はわかっているはずだ。それでも引き留めないのは私の居場所がここではないから。

 私に居場所はない。だが必要とされている。そして必要としている人もいる。故に絵画世界には居られない。ああ、私も忌み人であるなら良かったのに。彼女とずっといられたのに。世界がそれを許さないのだろうか。

 

「いつか、きっと。私に会いにきてね」

 

 そう呟く彼女の瞳から一筋の光が溢れる。不死である私が流したくても流せない、美しい雫は、彼女の頬を舐める私の舌に吸い寄せられた。

 

「その時が来たら、きっと会いに来るわ」

 

 互いの唇が重なる。燃えるような愛は無いが。それで良かった。きっとこのまま燃えてしまうのであれば、私は王にはなれない。愛に囚われ、燃え尽きる薪となってしまう。

 愛しい竜の娘は、友として私を待つだろう。いつか私が来ると信じて。

 

 

 

 

「おお、お主。久しぶりだな」

 

 卵を愛おしそうに抱く呪術師エンジーが、皺くちゃの顔を驚きに変えて言う。蜘蛛姫様の従者である彼は、唯一姫様と会話の出来る私に対して随分と態度を軟化させていた。

 苦痛を分かち合うことはできる。しかし彼らでは孤独を癒すことはできない。会話とは、正しく心の薪である。故にそれができる私は、重宝されていたのだ。

 

「お別れをしに来ました」

 

「なんと……そうか。だがお主にも背負うべきものがあるのだな。止めはせんよ」

 

 彼は、偏屈に見えるかもしれないがその実どこまでも正しい心を持ち合わせた呪術師である。

 火を恐れ、人を敬うことのできる人間である。故に姫様を放って置けないのだろう。きっと闇の時代が来たとしても、彼だけは変わらないはずだ。それで良い。

 

 私は老魔女の指輪を携えて真摯に祈る彼女に触れる。最早人間性の子宮と化した彼女に体温などありはしない。

 

「来たわよ、グロアーナ」

 

 勇猛な姉が最期に呟いた名を呼べば、蜘蛛姫様の顔が少しだけ穏やかになった気がした。

 

「姉、さん。久しぶり」

 

 絞り出すような声は痛々しい。けれど彼女はその業を捨てることはない。彼女に人間性を捧げ、少しでも痛みを和らげる。

 本当は、その行為が真逆の行いであると知っている。彼女を蝕む毒とは人間性そのものだ。捧げられた人間性により痛みがオーバーフローすることで、一時的に感覚が麻痺しているにすぎない。けれど、きっとその人間性は彼女をいつの日か開花させるはずだ。

 

 少なくとも、従者達はそう信じている。

 

 

 

 

 シバとその隠密は相変わらず病み村にて探索をしているようだった。関わった回数と時間はかなり少ないが、それでも一時は所属していた組織の長だ。挨拶はしておくべきだろう。

 それに土産もある。それは彼が探していた混沌の刃そのもの。本当は渡したくは無かったが、クラーグを殺して得た(ソウル)を私が持っていて良かったのかも疑問だったし、何よりも使わないのに持っていても宝の持ち腐れだ。それよりも、コレクターとして名を馳せる彼にしっかりと管理しておいて貰った方が良いだろうと考えたのだ。

 

「よう、元気か」

 

 気さくに話しかけてくる彼はいつも通りのシバだ。私は頷き、彼からいくらかの物資を買うと本題に出た。

 

「そうそう、貴方が探してた混沌の刃だけれど」

 

「見つかったのか!?」

 

 戦いにおいてあれほど冷静かつ的確だった彼が、混沌の刃の名を聞いただけで食い入るように尋ねてきた。

 

「落ち着きなさいよ……これでしょう?」

 

 (ソウル)より、一振りの刀を取り出す。その刀こそクラーグの魂より再現された混沌の刃。きっと元となった刀は既に無いのだろう。しかしそれが再現されたということは、クラーグや他の混沌の魔女にとってその刀が特別であったという事に他ならない。

 (ソウル)とは、遺志であるのだから。思い出の結晶。故に形作られる。武具として。

 

 薄暗い病み村においても怪しく光る混沌の刃は、確かに妖刀だった。敵を斬るだけでなぜかこちらも傷つくそれは、体力の低い私と相性が悪すぎる。

 当のシバはその刀を見て酷く感動しているようだった。感嘆の息を吐き、渡された刀を工芸品でも見るかのように眺めている。まぁ、そこまで喜んでくれるのであれば良かったが。

 

「おお……おお……俺も数多の刀を見てきたが、これ程のものは見たことがない……素晴らしい……まるで鱗のように小さな刃が散りばめられている……おお……」

 

「お気に召してくれたようで良かったわ」

 

 そう言って、これ以上別れの言葉なんかをかけても碌に聞いていないだろうと思い立ち去ろうとする。そして、背後から殺気が投げかけられ咄嗟に泥の上をローリングした。

 シバが、突然斬りかかってきたのだ。

 

「ちょっと! 何するのよ!?」

 

「いやなに、刀ってのは実際に斬らんとその価値がわからんだろう? 試し斬りをしたくてな」

 

「ふざけんじゃないわよ! そこらの亡者でも斬ってなさいよ!」

 

 タチの悪い冗談かとも思った。だが、彼の兜から覗く瞳は正気とは思えぬほどに見開かれており。

 その妖刀が、彼の(ソウル)を乗っ取っているのかもしれなかった。彼は今、まともじゃない。或いは、元よりそういう奴だったのか。現に隠密は既に戦闘体制に入っている。主人の戦闘をサポートするために姿を隠しこちらへと迫っていた。やりなれているのだ。

 

「ああそう、仲間だと思ってたのにね」

 

 プッツンと頭の血管が切れそうなほどに怒りが湧く。裏切れば容赦はしないとは、彼の言葉だろうに。

 隠密は見えにくいのを良い事に側面から鉤爪で切り掛かってくる。それをパリングダガーでパリィしつつ、空いた右手で首根っこを掴み引き寄せた。

 

 隠密の膝を踏み抜くように蹴る。逆関節、と言えばわかるだろうか。とにかく隠密の片足が膝から逆に折れ曲がった。

 不死故に痛みはあまり無いはずだ。だがどうでも良い。ここで死ぬことは変わらないのだから。

 

「斬らせろッ! オラァ!」

 

 シバもこちらへ走り、刀を振り上げる。すぐ様私は足を折った隠密を盾のように彼へと放る。すると、バッサリ。従者であった隠密を彼は斬り捨ててしまった。イカれている。

 倒れて(ソウル)へと霧散する隠密を見もせずに、シバは返す形で刀を振るう。だが、所詮は狂人の技。ただ血を求めるだけの刃に負けるはずもなし。

 

「裏切り者は死になさい」

 

 左右にキアランの曲剣を握り、容易にパリィする。彼も私がパリィを得意と知っていたはずなのに、それすらも忘れて斬りかかるとは。案外亡者化が近かったのかもしれない。

 すかさず黄金の残光を振るいシバの首を斬り落とす。狩猟団の長として慕われた者の、あまりにも呆気ない最期は、嘲笑すらも出てこない。

 

「憐れね。混沌の刃もふさわしくないわ」

 

 唯一その場に残る混沌の刃を拾い上げると、それを(ソウル)へと格納して立ち去る。所詮、奴は狂人だったようだ。まともに見える狂人ほど厄介なものは無いだろうが。

 

 

 

 

 

 

 なんか色々ありすぎた。別れを告げるために戦う事になるとは。まぁシバという男が特殊すぎたのだろう。人で試し斬りしたいとは。それも私に。愚かすぎる。

 最後はアナスタシアの下へと至り、私はいつものように柵越しに彼女に手を伸ばした。煤だらけで暖かい彼女もまた、私の手を取り指を絡めてくれる。ああ、例え煤に塗れていようとも君の手は絹よりも滑らかで美しい。

 

「アナスタシア、来て」

 

 引き寄せはせずに、彼女に乞う。すると優しい笑みを浮かべた彼女は柵にもたれ掛かるように私を抱きしめた。この柵が無ければ、きっと私は理性が持たないだろう。それは愛に飢えた私にとって最上のご褒美。こんな柵など、やろうと思えば斬り捨てられるがそれをしないのは王となって彼女を迎えに来るためだ。

 私の、王の花嫁として、彼女をこの世界という名の牢獄から解放する。それこそ至高のエンディングじゃないか。

 

 

 アナスタシアと唇同士を這わせる。

 

 少女の、百合の花の香りが口に行き渡る。情熱的な吐息が混ざり合う。エストではない。人間性でもない。ただ唯一、目の前の少女こそが私を満たせるのだ。

 唇を離せば、息を荒げた彼女の口と私の唇に虹色の橋が掛かる。それはどんな芸術よりも官能的な代物。私と彼女でなければなし得ない美の究極。真、人の愛とは美しい。

 

 良いものだ。少女との愛がなければ既に私は私たり得ない。

 そっと、私は彼女の胸に手を置く。程良い膨らみが掌に伝わったと同時に、彼女の心臓も跳ね上がった。期待しているのだろうか。それが可愛らしい。

 

「でも、ここから先は私が帰ってきたらね」

 

 意地悪するように笑いかければ、アナスタシアはふふっと微笑んだ。

 

「絶対に、帰ってきて下さい。リリィ」

 

 頷き、名残惜しさを噛み殺してその場を去る。これ以上居たら先へと進めない。彼女の居心地の良さに甘えてずっと彼女を閉じ込めてしまう。

 そんなもの、望まない。私は王となり、遍く少女達を導くのだから。そしてその横に、彼女を添えて。

 

 

 

 

 だからこそ、彼とは相容れないだろう。

 

 

 静かに、一人祭祀場の篝火に触れるその騎士は、最早もう一人の王の器を持つ敵なのだから。

 神の側に付き、人に仇なす不敬者。しかしその騎士は私を解放してくれた張本人で、相棒でもあった。だからこそ、彼とは話さなくてはならない。王の資格を持つ者同士、語らなくてはならない。

 

「こうして、君と篝火に触れるとあの頃を思い出す」

 

 炎を挟んで対面に座れば、彼の口が開いた。

 

「駆け出しの騎士とぶっきらぼうな聖職者。殺した敵は全て強かったけれど、君といれば負ける気はしなかった。それは今でも同じことだ」

 

「……そうね。私達は強いもの」

 

 うん、と彼は頷く。頷いて、長らく外さなかった兜を取る。そこには不死院で危うく惚れかけたままの端正で、しかしそれでいて険しい経験を積んできた漢の顔があった。

 青い瞳に反射する炎が、彼の火継ぎの決意を表しているようにも見える。彼は、光だ。

 

「たまに、思うんだ。あの時、鐘のガーゴイルに屋根から落とされなければこうはならなかったんじゃないかって」

 

「それは結果論よ。もしもを想像しても未来へは進めない。あくまでそれは想像上の出来事なんだからね」

 

「だとしても」

 

 私の屁理屈に、若い騎士は顔を歪める事はしなかった。ただ意志を固めたように強く優しい表情で。

 きっと、そんなオスカーだから私も一緒に旅をした。彼だから、少女に魅入られた後も彼を助け、励ました。こいつだから、死んでもいい命を預けられた。

 

「僕は、君に王など目指して欲しくなかった」

 

 炎が風を受けて燃え盛る。その時の私の顔はどんな表情で彼を見つめていたのだろう。今となっては分からない。けれど、きっともう私も悲しんだり怒ったりなんて表情はしていなかったはずだ。ただ無表情に彼を見つめていたはずだ。

 

 轟々と燃える薪の音だけが祭祀場を支配する。ここも、人が少なくなったものだ。

 

「願望は、願望でしかない。真実と事実が違うように。願望もまたまやかしだ。けれど、オスカー。あんたは違うでしょう? 神に騙され戦い抜き。それでもあんたなりに考えて火を継ぐんでしょう?なら、それを貫きなさいな」

 

「リリィ……」

 

「私も、私の意地を貫く。最初で最後、死に果てるまで。だから、もう良いの。あんたが悩む事じゃ無い。私は私の意志で、闇を齎す。あんたを殺し、闇の王として百合を芽吹かせる。それだけなのよ」

 

 悔しそうに、オスカーは俯いた。彼が気にする事じゃ無いのに。結局はこうなっていた。彼が何かできるわけじゃなかった。そこまで自惚れるな、ガキが。でもそんなところも嫌いじゃなかったよ。

 だから私は、最後の後押しをしてやる。

 

「ほら、行くわよ! さっさとグウィンを殺して白黒つけましょ!」

 

 立ち上がり、彼の肩を乱暴に叩く。不思議と私は笑っていた。いや、不思議ではない。それは無理矢理笑ったにすぎなかった。

 最後くらい、昔の余韻に浸ってもいいじゃないか。こうして二人、あべこべな者同士で頑張ってもいいじゃないか。

 

 オスカーは泣きそうな顔でこちらを見上げ、それでも心は強い。

 兜を被り、立ち上がれば逞しいほどに屈強になった騎士を演じた。

 

「さぁ、使命を果たしに行こう」

 

 その瞳は、確かに私が好きだった彼のものだった。

 




早くダクソ2が書きたい……

お陰様で本小説の評価バーに色がつきました。今後ともよろしくお願いします。


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最初の火の炉、大王。そして……

やっぱり書いちゃいました(小声)
グウィン戦は大幅に改変がありますので注意。


 

 

 世界蛇になど頼らなくとも、祭祀場の地下にある王の祭壇にはやってくることができる。これも転送のなせる業。

 私とオスカーは、共に王の器へと偉大な(ソウル)を捧げる。本来ならば一つずつで良かったはずの(ソウル)だが、二人とも違う世界で王達を殺し手に入れたために二倍の薪が齎されている。

 

 王の器の中で燃え盛る炎は、しかし本来何の意味も無い。何故なら原初の王グウィンはその(ソウル)すらも持たずにこの先へと進めたのだから。

 この仕掛けは、傲慢な神々が偉大な(ソウル)を集めさせるために仕組んだものに過ぎなかった。火継ぎにこれらの(ソウル)は必要ないのだ。

 

 器の奥の大扉が開けば、そこは地下とは思えぬほどに白い場所である。

 

 まるで世界そのものが隔離されているような、そんな場所だ。

 目も眩むその光の先に、階段がある。私とオスカーが降って行けば、幻影が階段を行き来していた。黒騎士達だろうか。

 

「灼けて尚も魂はここに取り憑かれているようだな……」

 

 そんな光景を見てオスカーが息を呑む。

 

「敵じゃなければどうでもいいわ」

 

 黒騎士は相手にするだけで疲れる。幻影ならどうだっていい、永遠に行ったり来たりしていればいいさ。

 

 そうしてその空間を抜ければ、一変する。

 

 

 

最初の火の炉

 

 

 

 伝説にだけ残る、火継ぎが行われた秘所。

 

 

 最早火の面影はなく、最初の火継ぎで焼き尽くされたであろう灰だけが土の代わりに敷き詰められ、まるでこの世の終わりのような雰囲気を醸し出している。

 そしてそれは、間違ってはいない。今の私には分からずとも良い話だ。いつかきっと、ここに帰ってくるのだから。

 

 そして、王の火継ぎに共したと言えば彼らであろう。

 

 黒騎士。灼けて理性を失って尚、王から与えられた使命を果たさんとする哀れな騎士。彼ら幾人かの黒騎士達が、この炉を守っている。

 まるで砂漠のような、灰の吹き溜まりのような場所だが、それでも灰は不死と相性が良いのだろう。何ら問題なく移動や戦闘ができる。そしてそれは、灼かれた彼らも同じこと。

 

 最初の一体は、盾に剣を持った黒騎士だった。

 

「前衛は僕がッ!」

 

「回り込むわ!」

 

 昔のように、オスカーが剣技を用いて黒騎士と対峙する。アルトリウスとシフの遺志を継いだ大剣を担ぎ、左手にはアストラの誇りすらも受け継いだ盾を手に。彼は既に若造ではない。英雄そのもの。

 黒騎士の目にも止まらぬ一撃を転がって避けると、彼はそのまま大剣を担いだまま宙へと舞う。

 

 本来であれば、あの剣にそんな技が出せるような機能と(ソウル)は宿っていない。それができるのは、彼がアルトリウスと戦いその技を盗んだからだ。人は戦いの中で成長するとはよく言ったものだ。

 

 縦に回転すると、兜割りのように大剣が振り下ろされる。黒騎士は間一髪、それを盾で受け止めた。

 

「所詮は、亡霊よ」

 

 だが背後に回る私にまで配慮が行かなかったのはいただけない。私の斧槍が黒騎士の脚の裏、両の腱を斬り捨てる。すると黒騎士はたまらず両膝をついた。

 流れるように私の斧槍が黒騎士の背を穿つ。同時に、オスカーの大剣が首を斬り落とした。断末魔すらあげる余裕は無い。黒騎士は、そのまま(ソウル)へと還る。

 

「腕を上げたね」

 

「あら、あんたこそそんなアクロバティックな動きできたのね」

 

 互いを褒め合う。だが、その真意は警戒だ。どうせ最後は殺し合うのだから。牽制のように互いの技を見せつけ合う。

 

 

 

 沢山の黒騎士が最初の火の炉にはいた。そしてその尽くが私達に手も足も出なかった。王たる器を持つ不死に、神の軍勢は役に立たない。それは仕方のない事だ。

 今やロードランでも珍しい斧槍持ちの黒騎士と大斧持ちの黒騎士もあっさりと敗れ去った。

 私が斧槍持ちに挑んだ時なんて、何度も殺されたというのに。あっさりパリィされる黒騎士は殺していて滑稽だ。

 

 恐らく、グウィンはこの先だろう。

 火の炉の最奥に塔があるのだ。まるで巨大な釜戸のような塔は、煙突から煙を登らせている。いつか薪は燃え尽きる事を意味している。

 

 だが……今ではない。遥か先の未来。詰まる所、火が消えかけているというのは神が流した嘘であるのは明白だ。単にダークソウルに対する効力が薄くなっているだけなのだ。奴らからすれば深淵など碌なものじゃないが。まぁ私も深淵の魔物を散々狩ってきたが。

 

「強い(ソウル)を感じる……この先が、大王が待つ場所なのだろうか?」

 

 強い(ソウル)の波動を感じてオスカーがまた息を呑む。息を呑みすぎだ、こいつは。

 

「じゃないかしら。さ、行きましょうか。さっさとグウィンには死んでもらうからね」

 

「君は本当に浪漫が無いなぁ」

 

 苦笑いするオスカーを尻目に、塔を降る。浪漫は私にもある。少女に対する浪漫が。

 

 

 そうして、ようやく濃霧が現れた。塔の入り口、そこに強大な霧が掛かっている。殺してきた王達に似た威圧感が(ソウル)を揺さぶるも、それだけだ。

 

「準備は良いかい、相棒」

 

「こっちの台詞よ、お坊ちゃん」

 

 辛く長い戦いであったはずなのに、今だけは凄く楽しい自分がいた。

 それは、こうしてあの若造であった騎士が私に並ぶ王として成長したことへの喜びか。はたまた闇の王に近付く事への欲望か。でも、それでも良い。アナスタシア、今から私はやるよ。欺瞞に満ちた神々を殺し尽くし、貴女を解放する。そして抱き締める。今までできなかった分、強く情熱的に。

 

 愛おしい彼女を脳裏に焼き付けながら、霧を潜る。

 

 

 

 

 

 

 

 王は、この燃え尽きた灰と消えかけの篝火を前に座り尽くしていた。

 

 

 そこには偉大な大王の風格は無い。ただ全てを失い、燃え尽きるのを待つだけの哀れな老人。神であるのにその(ソウル)は酷く弱く。外で感じたものはあくまで欺瞞でしかなかった。

 最後の最後まで、彼は見栄を張ったのだろう。王冠は離さず、しかし燻んでいる。肌は既に枯れ果て、彼が忌み嫌った不死の亡者のよう。

 

 大王は、老人は。神ですら無い。ただの薪木。炭になる寸前の、燃え滓のような薪木。それが、人の世に広く伝わる大王グウィンの末路。そんなもの、望んでまで手に入れるべきではない。火など、継ぐべきでは無い。

 

「全てを手に入れ、火すらも起こした末がこれとは……」

 

 オスカーもまた、その光景に酷く動揺していたに違いない。

 

「それが火継ぎの末路よ」

 

 ようやく初めての来訪者に気がついたらしい老人がこちらへと振り向いた。彼は枯れ枝のような腕で、篝火に突き刺していた剣を引き抜くとゆったりとした動作で立ち上がる。

 そして、手にする大剣に炎を燈した。闘いの場でだけは、王であるように背筋を伸ばし。その威厳を復活させて。

 

 

 

 

 

薪の王グウィン

 

 

 

 

 

 こちらも構え、警戒する。あれほど弱っていた大王の(ソウル)にも火が燈ったようだ。部屋を埋め尽くさんとする熱波を耐え、しかし大王に先手を取られた。

 瞬間的に大王が飛び上がり、燃え盛る剣を振るったのだ。

 

 スライディングしてその一撃を回避する。オスカーもまた転がって避けたようだ。

 萎びた王とは思えぬ程の早業だった。それは正しく薪の王に相応しい。速さだけではなく、そのキレもまた素晴らしい。ダークレイスとして、森の狩猟団として闘ってきたがあそこまでの達人は居ないだろう。オーンスタインの素早さと、スモウのパワーを併せ持つ王。

 

「リリィ、魔術をッ!」

 

 大王のすぐそばにいたオスカーが大剣を振り被りながら言う。すかさず私は結晶の錫杖を取り出し、頭の中で詠唱する。

 (ソウル)の結晶槍。我が師、ローガンが書庫で編み出した技の一つ。それが放たれるのとオスカーの斬撃が大王の大剣に防がれるのは同時だった。

 

 大王は咄嗟にオスカーを圧倒的な膂力で押し返すと、迫る結晶槍を脅威的な瞬発力で避ける。速い、流石は古竜と闘い抜いただけはある。

 

「ならこれはどうかしら!」

 

 すぐ様新しい魔術を繰り出す。それは闇術、闇の飛沫。扇状に広がる闇の玉は、神々にとって天敵だろう。

 

「……ッ!」

 

 大王は一瞬顔を顰め、迫る飛沫を剣で受け止める。だが例え受け止めたとしても闇は光を蝕むものだ。剣を伝わり闇の一部が大王を傷つけたようだ。

 

「こちらもッ!」

 

 押し返されたオスカーが右手にタリスマンを握る。それは私が彼に贈ったボロボロのタリスマンだったが。放たれたのは、どんな奇跡よりも実用的な、太陽の光の槍。

 大王の雷を模したそれは、しかし使い手であったはずの大王にすら効力を持つほどに恐ろしい。たまらず大王は左腕を犠牲にその槍を受け切る。

 

「迫れッ!」

 

 オスカーの的確な合図に合わせる。錫杖を斧槍へと持ち替え、一気に二人で怯む大王へと肉薄する。

 

 

 

 

 

 

 何かが、おかしい。

 

 怯む大王は呻くまま、俯くまま何もしてこない。

 

 左腕を焦がされたから?最早尽き掛けの薪木だから?

 

 否。それは大王が薪木の王だからである。

 

 

 

 大王を中心に、炎が爆ぜる。

 

 

 あまりの突然の出来事に、私とオスカーはその爆風に吹き飛ばされる他なかった。

 灰の上を転がり、所々焼け焦げた身体を労わりながら大王を見れば。

 

 そこには、萎びた尽き掛けの老人は居ない。屈強な、騎士達の王がいたのだ。

 

 大王は、自らを薪木に更に燃え。かつて在りし日の姿を取り戻した。例えそれが、幾許も無い命を消費しようとも。

 彼は最後に、戦士として私達に立ち塞がってみせた。

 

 古竜を尽く滅ぼし、原初の火を見つけた大王が、そこにいる。

 

 

 そこに言葉は無く。ただ剣を交えるばかりの使命があり。

 

 グウィンは、私達を王たる資格があるかどうか、試すのだ。

 

 

 

 

 

 

「だから、どうしたっていうのよッ!」

 

 エストを飲み、すぐに闇術を展開する。秘技、追う者たち。仮初の生命が、闇が大王へと迫る。

 だがそれがどうしたと。我は王であると。生まれて間もなき闇など恐るるに足らずと。王はその命を斬り捨てる。

 

 すぐに立ち上がり、斧槍とパリングダガーを手に迫る。ならば直接殺すのみ。

 機動力を活かし、右へ左へと蛇行し迫りながら斧槍を振るう。剣を振るわれればパリィしてやる。

 

「ダメだッ!」

 

 オスカーが言う言葉にも耳を貸さずに。私は、躍起になっていた。目の前の男を殺せば、王となれるのだ。オスカーもまだ立ち塞がるが、それでも目の前の諸悪の根源だけは殺さなければならぬ。

 それこそが解放。彼女を、繋ぎ止める鎖を断ち切る。

 

 だが、大王は斧槍をヒョイと避けると前蹴りを私の腹に突き刺した。

 まるで大木がぶつかったような衝撃。私の身体が宙に舞う。

 

 刹那、大王が大剣を構えた。

 

 剣に燈る炎がより一層強くなる。

 

 

 それは、斬撃であって斬撃ではない。

 

 炎であって炎ではない。

 

 

 何を言っているのか分からぬかも知れぬ。けれど、それは最早常識を超えていた。

 

 

 大王が振るう炎の剣が、私を斬り、焼き刻む。

 

 それでも私が死ななかったのは、きっと執念なのだろう。ここで敗れるものかと。絶対に殺すと。そう決めたから。

 

 後の世に、惜別の涙として残る奇跡の原形は、しかし元を正せば私の暗い意志から齎されたものであった。

 

 

 血を噴き出し転がる私を、大王は追撃する。それは最初に見た飛び掛かり。

 

 

「リリィに手を出すなッ!」

 

 

 それを、いつの間にかやってきたオスカーが大楯で防いで見せた。深淵に飲まれ、それでも友を守ったアルトリウスの大楯。グウィンはその盾に見覚えがあったのだろう、故に顔を顰める。

 ならばとグウィンは素早くオスカーを掴み上げる。盾で防がれるのであれば、掴めば良いのは当たり前のことだ。

 

 もがくオスカーを、大王の掌から爆ぜる炎が焼く。

 

 爆発し、彼もまた私のように灰の上を転がり動かなくなった。

 

 

 

 最早、勝敗は決したのだと。

 

 この時の大王は思ったのだろう。

 

 事実、私とオスカーは息も絶え絶え、死にかけの不死。故に落胆したように背を向け、剣に燈る炎を消す。

 

 

 

 まだ終わっていない。

 

 

 

 私は、決めたんだ。

 

 

 

 彼女を解放すると。

 

 

 

 血塗れで這いずる私は、動かぬオスカーの手を握る。彼が右手に持つタリスマンごと。

 

 エスト瓶はすでに割れ。

 

 不死の身体を癒すことなどできないが。

 

 

 あるじゃないか。私が、最初に使ったあれが。

 

 

 

 私達を奇跡の言葉が包む。一番初めに覚え、そして長く使わなかった奇跡。

 

 回復。ただの、そこらの聖職者ですら使う変哲もない奇跡。

 

 しかしそれは、確かに私達を繋ぎ止めた。

 

 

 

 

 

 

 

「やはり、君は強い」

 

 

 タリスマンを握るオスカーの傷が優先的に治る。最後の最後に神頼みとは、私もまだまだだ。

 

 

「ああ、やはり君は優しい人だ。自分ではなく、他人を思いやれる美しい人なんだ」

 

 

 立ち上がるオスカーは、(ソウル)より取り出したペンダントを握るとそれを触媒に奇跡を用いた。

 太陽の光の剣。揃いも揃って神頼みとは。だが、何を用いても生き抜くのが人間なのだ。

 

 グウィンがようやくオスカーの復活に気がつく。そしてまた、炎を剣に燈した。

 

 これで最後であると、互いに分かっている。オスカーも万全ではない。故にグウィンは、得意の飛び掛かり斬りを選んだ。

 一気に跳躍し、剣を振るう大王。対して、オスカーは何もしない。しなくて良い。

 

 信頼しているから。愛しているから。例え一方通行の愛であろうと、愛があるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 死にかけの私が、間に入る。足は震え、血に塗れた私が、パリングダガーを手に立ち塞がる。

 

 大王は迷わず私ごとオスカーを斬り捨てようと剣を振るった。

 

 

 

I’m invincible(私は無敵故),I’m unavoidable(逃げる事は叶わぬ),I’m undebatable.(その余地すらない)

 

 

 

 人とは、成長する生き物だ。闘いの中でさえ、人は成長して進める。

 そして、神々はそれができない。故の慢心。同じ技が通じるほど、人は弱くない。

 

 

 私のダガーが燃え盛る大剣を綺麗に弾く。あまりにもタイミングが良すぎたそのパリィは、大王の顔を驚愕に染めた。

 

 

「リリィ、ありがとう」

 

 

 呟くように言うオスカーが、後ろに倒れる私を超えて王へと剣を突き刺す。

 胸を穿たれ、そのまま回され、心臓ごと(ソウル)が砕かれる。大王の顔が痛みに歪み、

 

 

「ああ、フィリアノール……!」

 

 

 と、言い残し。彼は、薪木の王は敗れ去った。

 

 

 

LORD OF CINDER FALLEN

 

 

 

 (ソウル)の名残が宙を舞う。綺麗で、儚い老人の夢が。

 それを見届けると、オスカーは片膝をついた。ああ、疲れ果てた。まさかあんなに強いなんて。流石は大王グウィン。だが、王とは慢心するものだな。

 

「リリィ、無事かい?」

 

 疲れたように立ち上がるオスカーは、そう質問すると近寄ってくる。

 

「無理、動けないわ」

 

「喋れるだけマシさ。ほら、これを」

 

 彼はエスト瓶を取り出し、仰向けに倒れる私を抱き抱えると飲ませてみせた。まるで介抱されている老人だ。

 傷がある程度癒え、自力で動けるようになるとオスカーもエスト瓶を飲む。懐かしいものだ、最初はエスト瓶がひとつしか無かったな。

 

 そうして、傷が癒えた私達はしばらく消えかけた篝火の炎で暖まった。これが最期だから。一緒に過ごす、最期の一時だから。

 

「ねぇ、オスカー」

 

「なんだい、リリィ」

 

 珍しく、私も笑みを見せて。

 

「私、実はあんたが嫌いじゃなかったわよ」

 

「……好きって言わない辺り、君らしいね」

 

「だって、今の私は少女が大好きな百合だもの」

 

「……乙女心は複雑だな」

 

 たわいも無い会話は、これっきりだった。

 

 私達は徐ろに立ち上がり、篝火を挟んで見つめ合う。手には、互いに武器を携えて。

 

 今より行われるは、王を決める闘い。古き王は消え去り、新たな王が生まれようとしている。闇か、光か。それは分からないが。お互いが、お互いの夢を抱き。だが悲劇を回避しようと尽力していることには変わりなかった。

 

 それこそが悲劇であるということに気がつきながらも、止まることはできない。人は進む生き物だから。

 

 

「僕は、好きだったよ」

 

 

 いつしか触媒となったペンダントを首に掛け、オスカーは優しい声色で告げる。

 

 

「そう。もっと、早く聞きたかったわ」

 

 

 もう、全てが遅すぎる。私の愛は止まれない。彼女のためにも、暗い魂の愛は進み続ける。

 

 

 

薪の英雄、オスカー

 

 

 

 互いに、相手へ向けて走り出す。悲劇は繰り返される。世界の終わりまで。それが必然であるかのように。

 

 



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最初の火の炉、終焉

今年最後の投稿です。今年は皆様に見て頂けて大変嬉しく思いました。来年も宜しくお願いします。


 

 

 

 唯一与えられた彼女の居場所。それはこの、狭く暗い檻の中。

 それでも良かった。自ら進んで火防女となり、数多くの不死を見守り。その大半は帰ってはこなかったが、彼女の存在はそんな不死達に勇気を与えてくれたはずだ。

 時には、恨まれることもあったであろう。傷付き死に、戻ってきた不死から疎まれることもあったであろう。

 そんな者達に掛ける言葉は、彼女には持ち合わせていなかった。彼女は火防女。ただ、不死に寄り添う篝火の守り手。共に戦うわけでもなく、しかし大切な彼女は次第に心を閉ざしていった。

 

 百合の花が、少女との間に咲くまでは。

 

 

 最早世界の終わりまでこの牢に閉じ込められたままであると、絶望すらも抱かなかったのに。

 彼女と出会った事で、愛を育んだ事で変わってしまった。共に生き、世界の終わりまで愛し合おうと望んでしまった。闇の中で咲き乱れる白百合を目にしたいと思ってしまった。

 

 アナスタシアはただ、手を組んで祈る。火の時代を存続させるための存在である火防女が、闇に唆された王の器を持つ少女に向けて祈るとは。

 だが、それこそ人間の本質なのかも知れない。祈りとは縋り。縋りとは、命の叫び。彼女の命が求めるのであれば、火や闇は関係が無い。

 

 ただ単に、闇の王となるべく奔走する彼女を思うだけなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オスカーの横回転斬りが私の脚元を狙う。瞬間、私は少しだけ飛びながら距離を離すように目の前の仇敵の頭部目がけて回し蹴りを放つ。

 硬い鎧は、しかし(ソウル)の業によって鍛え上げられた脚力により多少は歪んでみせた。だがそれだけ。最早脳震盪すら起こさぬほどに強靭な彼の意志と身体は、蹴りをものともせずに突き進む。

 

 地を這うような低いカチ上げ。それは特大剣持ちの黒騎士から発想を得た特殊技。

 灰を巻き上げ、それだけではなく私の身体を両断しようと剣が迫る。私はそれを、左手のダガーで何とか弾いてみせた。

 

 弾いたと言ってもパリィでは無い。最早パリィが容易く決まるほど彼の技量は低くも無いし慢心もしていない。ただ受けるように弾くだけ。

 彼は私が最も注意すべき敵であると知っている。故にこそ、全力をぶつける。

 

 声を発する暇などない。その暇すら惜しい。この私が防戦を強いられているのだ。咄嗟に右手の武器を切り替え、相手を惑わすように黄金の残光を振るう。

 

 オスカーは、完璧にその大剣で防いでみせた。

 

 通常であれば金属盾で無ければ攻撃を完全に防ぐ事は不可能である。元より武器とは攻撃するためのものだ。攻撃を防ぐように設計されてはいない。如何に巨大な武器であろうとも、衝撃は伝わるし下手をすれば武器が壊れる。

 

 だが彼は。盾すら用いず完璧に曲剣の連撃を弾き防いでみせるのだ。私すらも到達できなかった領域。曲剣は軽い武器だが、それでもこうも容易く防がれるほど私の技量は低くは無い。

 いつかの時代、東の地に産まれるであろう忍び。その技とでも言えば良いか。とにかく、弾かれている私の方が疲労していく。ならばと、私も搦手を加える。

 

 火炎瓶を足下に投げ、爆発と同時に距離を取りながら左手に結晶の錫杖を持ち、構える。放つは闇の飛沫。出が早く、範囲も広いために避ける事は難しい。

 

「闇などッ!」

 

 だが。オスカーは一つのペンダントを掲げた。それはいつかのウーラシールで彼が手にした英雄の残滓。銀のペンダント。

 光を放つペンダントが飛沫を消しとばす。不意打ちでもなければ彼に闇術は当てられないだろう。厄介な事だ。だが、距離を離せた。後は遠くから嫌らしく攻撃してやるのみ。

 

 右手に弓を装備する。龍狩りの最高峰、鷹の目から受け継いだ大弓。即座に大弓にゴーの太矢を装填すれば、思い切り弦を引いて狙わずに撃つ。狙わずとも良い、それほどまでに奴は今の一瞬で近づいているのだから。

 

 見えぬ程の速度で矢が放たれれば、その間際にオスカーの左腕の盾が切り替わる。それは黒鉄のタルカスやバーニス騎士達が手にしていたという大盾のタワーシールド。

 それを、まるでバッシュするように突き出して大矢から身を守る。

 

 鉄がひしゃげる音が響き、タワーシールドに大矢が突き刺さる。だがそんな事はどうでも良い、私はすぐに大弓を捨てると後方に回転しながら武器を打刀に切り替える。

 

 大盾と太矢が突き刺さった瞬間、見えたのだ。オスカーがそれを隠れ蓑に一気に跳躍し、視覚外から剣を突き立てようとしているのが。

 

 先程まで私が弓を射ていた場所にオスカーが剣を突き刺す。瞬間的に打刀を振るい、反撃する。

 

 大剣と刀が鍔迫り合いする。火花が散り、互いの顔が近寄った。

 私とオスカーの、殺しの顔。兜の中の彼の瞳が私を映す。酷い顔だ。こうも憎しみに似た何かを抱えて、大切だった誰かを殺そうとするなどと。

 

 拮抗などしていない。次第に私の腕が押し切られそうになる。流石に筋力では敵わない。

 彼の剣を受け流し、前蹴りを加える。蹴られてバランスを崩したオスカーは振り向こうとするも、私の方が速度は早かった。

 剣で勝つのが難しいのであれば、他の手段を使うのみ。左手に師達の火が燈る。それは呪術師としての絆の表れ。継承。

 

 大発火。我が師クラーナから教わった、発火よりも強力であるが初歩的な呪術。だがその出は異様に速いものだ。

 極めた発火がオスカーを襲う。鎧を着ていたとしても熱には弱いはずだ。

 

「グゥッ!?」

 

 オスカーがよろめき、すぐに私の斧槍の薙ぎ払いが彼を襲った。

 近過ぎる故に刃の部分は当たらなかったが、それでも棒の部分が彼を大きく吹き飛ばす。それを追撃するように私は跳躍し、斧槍を振り下げた。

 

「やはり君は戦術に長ける……!」

 

 傷付きながらもオスカーは即座に深淵の大盾でその一撃を防ぐ。防ぎながらも、彼は盾で私の斧槍を押し返し、盾の間から大剣を振るい私を引き離す。

 今度は彼が奇跡を放って来た。触媒とするペンダントから雷が燈り、それは槍となって私に迫る。

 

「ちっ……!」

 

 太陽の光の槍は、速い。雷なのだからそれは当たり前だが。故に回避が難しい。

 だが、ふと思った。雷とは、鉄等の金属に引き寄せられる。雷に当たった金属にはしばらく雷が帯電する。となれば、同じく金属の斧槍を避雷針にあれを防いだり弾いたりはできないだろうか。もちろんそんなことをすれば腕が痺れるだろうが。

 雷を返せれば奴も慌てるはずだ。多少の傷は覚悟のもの。

 

「ならばッ!」

 

 迫る雷に斧槍を打ち付けながら跳躍する。雷は地面に触れればそこから逃げてしまう。故の跳躍。

 腕どころか身体全体が痺れるが、斧槍に雷が宿っているのが見て取れた。それに、オスカーの驚く顔も。

 

「食らいなさいッ!」

 

 空中で回転し、斧槍に宿った雷を打ち返す。それはまたもや矢となって今度はオスカーへと迫った。

 

「君ができるのならばッ!」

 

 だが。英雄とは、諦めないものだ。だからこその英雄なのだ。

 彼は打ち返された雷に向かっていく。そしてその聖剣で受け止めながら宙へと舞うと、回転しながら雷を撃ち返して見せたのだ。雷返し返し。世界とは、真奇なるものだ。

 

 着地したばかりの私に回避する術はなかった。せめてもの防御に斧槍で雷を受ければ、先程とは比べ物にならない程に身体が痺れ震える。

 

「グゥううううッ! オスカァッ!」

 

 怒りが込み上げ、彼の名を叫べば左手に結晶の錫杖を、右手に黄金の残光を握る。まだ終わっていない。まだ、終われるわけが無い。こんな所で諦めてたまるか。英雄が諦めないのであれば、私もまた諦めるわけにはいかない。悪人は往生際が悪いものだろう?私には為さねばならない事がある。そのために、目の前の英雄に火を継がせるわけにはいかない。

 私が、私が勝つんだ。勝って、戻るんだ。だって、約束したから。戻るって。

 

 

 指輪の涙石が赤く燈る。それは死に瀕した者を悼む女神の涙。泣くのであれば泣くが良い。そして神であろうと私に手を貸すが良い。いつか女神さえも私は堕とす。美しいのであれば尚更だ。その時にまた鳴かせてやろう。

 限界を超えた力と速度で蛇行しながらオスカーへと迫れば、攻撃の直前に追う者たちを発動する。

 

「これで闇は祓えまいッ!」

 

 叫びながら、流れるように曲剣の斬撃がオスカーを襲う。

 

「くッ!」

 

 先程とは違いオスカーは凌ぎきれていなかった。呪術による火傷と斧槍による一撃が効いているのに加え、赤い涙石の指輪の、死に瀕した際に装備者の力が増すという効果が曲剣の一撃の重さを高めているのだ。捌き切れる程の一撃ではなかった。そして。

 

 追う者たちが動き始める。生命に憧れ、仮初でしか生きられぬ哀れな闇達がオスカーに向かう。

 

 ペンダントは使えまい。私の斬撃はそれを許すほど甘くはない。

 

 質量を持った深い闇がオスカーに突き刺さる。様々な不死を屠ったから分かる。これならば生きているはずがなかった。

 吹き飛んでいくオスカーを見ながら、私は勝利を確信して咆哮した。

 

「待っててッ! 私は勝つッ! 勝って愛を掴み取るッ!」

 

 けれど、オスカーはそれでも生きていた。闇に穿たれ魂を削られても、彼は生きている。タフさが理由な訳では無い。それは彼の左手の指に嵌められた指輪に理由がある。

 青い涙石の指輪。死に瀕した際に、装備者の防御力を高める指輪。なんとまぁ運が良いことか。オスカーはあの指輪のおかげで死に瀕しただけで死ななかったのだ。

 

 だが、最早息も絶え絶え。彼は立つのもやっと。剣を突き立て、震える脚で未だ諦めず私に立ち向かう。

 

「死になさい、オスカーッ! 死んでよッ! ねぇッ!」

 

 目の前に迫った勝利に目は血走り、魂は彼の死を望み。得意な斧槍を両手で握り、身体はぼろ切れのようになりながらも駆ける。

 殺す、絶対に殺す。淡い恋心など最早無い。殺して火を消し去る。闇の世界を作り出す。人が迫害されず、全ての神を消し去って。私は愛を紡ぐ。

 

I’m invincible(私は無敵故),I’m unavoidable(逃げる事は叶わぬ),I’m undebatable.(その余地すらない)そのために貴様は死ねオスカーッ!

 

 

 

 

 

 

「やはり君には、闇は似合わない」

 

 

 オスカーが何か言った気がした。だがそんな事気付く由もなく。私は斧槍を突き立てんと最大火力の突き刺しを見舞う。

 音速を超え衝撃波すら出るその一撃は、神すらも殺す槍捌き。きっともう、この時には人を辞めていたのかもしれない。

 

 だからこそ。

 

 

 異形は、人に成敗される。

 

 

 オスカーに斧槍の鋒が当たる寸前。

 

 

 彼の、男性にしては長めの足が振り上げられ。

 

 

 ドン、と、斧槍が踏みつけられた。

 

 

 私の必殺の一撃が、見切られた瞬間。それはつまり、完全に彼という戦士が私という闇の王を超えた瞬間だった。

 

 焦り、オスカーが胸のペンダントを握り何かしようとしているのを見てバックステップしようとする。しかしその前に彼は詠唱を終えていた。

 刹那、まるで泥に浸かったように私の足が何かに絡め取られる。見てみれば、足に何かの魔法陣があるではないか。これはもしや。

 

「平和とは、つまりまったくそれで良い」

 

 緩やかな平和の歩み。それは白教すら知らぬ辺境の奇跡であるが。私達のように他世界へ侵入をする不死には恐れられる奇跡である。

 その効果とは、範囲内の全ての動きを遅くすること。それだけである。それ以外は何でもできる。攻撃だろうが何だろうが。

 元は逃げるための奇跡なのだろう。だがいつしか殺し殺される不死達は、この奇跡を戦闘のために役立たせた。相手を逃さず殺すために、その鈍化を用いたのだ。

 

「急ぎすぎたんだ、君は」

 

 ゆっくりと、オスカーが迫る。私は逃げる事を辞め、目の前で斧槍を振るった。

 

「君は、もっと優しくて賢い人だっただろう?」

 

 そしてあっさりと拳でパリィされた。もう、何をやっても敵わなかった。

 彼の聖剣が私を穿とうと迫る。迫って、やっと我に帰った。

 

「それじゃ、あの子を助けられないじゃない」

 

 胸にアルトリウスの聖剣が突き刺さる。今までで一番悔しくて、けれど仕方ないと思える死に方だった。全力を出し切って、けれど勝てなかった。

 戦士として彼を心の底から尊敬しよう。闇の王として、人として、彼女を愛する者として、心の底から軽蔑しよう。

 

 互いの顔が、触れるほどの距離まで近寄る。血を吐き、顔を歪めながら私はオスカーと顔を合わせた。

 

 なんて悲しそうな顔をしているのだろう、この男は。その覚悟をしてここまで来たのだろう?ならば、そんな顔をしないでほしい。いつだって、王とは孤独な者なのだから。

 

「オス、カー」

 

 死の間際、私は彼の名を呼んだ。そこにどんな感情が混じっていたのかなど、語りたくはない。記すことでもない。

 

「リリィ……お別れだ」

 

 そう言うと、彼は私の胸から剣を引き抜く。引き抜かれた後に力無く身体は倒れ込み、それでも手を伸ばした。

 伸ばした手は、彼のペンダントを掴む。握り、倒れ込むのと一緒に奪い取って見せた。彼はそれを追おうとはしなかった。

 

 身体が(ソウル)へと霧散していく。ああ、ダメだった。彼はこの後、火を継ぐのだろう。そうなれば闇の時代は訪れない。最早手遅れ。

 ああ、上手くいかないものなのだな。人生とは。だからこその人生なのかもしれないが。

 

 それでも、悔しさが止まらない。身体の半分が霧と化しても胸から込み上げる悔しさと申し訳無さが私を支配した。

 結局は、何もなし得なかったのだと。何も出来ず、ただ負けた哀れな女なのだと。理性無き亡者となる者が得る、絶望がある。

 

「ごめんね、アナスタシア」

 

 掠れる様な声で、最後の最後に呟けば私は消え去った。残るは弱く燈る篝火の弾ける音だけ。オスカーは、闇の王となり得る脅威を屠った。

 

 

「……火を、継がなくちゃ」

 

 

 最早身体は疲れ果て、怪我も絶えない。心もまた、孤独に絶えきれぬほどに寂しい。けれど彼は不死の英雄。故にこそ火を継がなくてはならない。

 自分にそう言い聞かせ、彼は篝火に向かう。色々な想いが彼の心に渦巻いていた。

 

 大好きな人は、この手で殺した。絶望し、きっと亡者へとなるに違いないと確信した。

 それでも彼は心折れぬ。そうまでしてでも信じたいものがあった。繋ぎたい世界があった。火を継いで、自分達のような不死が一時でも生まれなければと思った。例えそれが偽りであろうとも。彼は悲劇を防ぐために道化となる。薪となり、その身を焼かれる覚悟がある。

 

 王とは、孤独なのだなと。彼はふと思う。その孤独を打ち消したくて、胸元を探り、ペンダントはもう無いと悟った。あの少女が、今際の際に持っていってしまったのだから。

 

「……それで、良かったのかもしれない」

 

 そこに映っていたのは、彼女そのものだったから。彼が抱く、憧れがそこにはあったから。それを返しただけなのだ。

 

 手が、篝火に触れる。

 

 ゆっくりと、彼の身体に篝火の炎が灯っていく。

 

 熱さは、正直あった。けれど嫌なものではなかった。これこそ太陽の騎士が言っていた太陽なのではないかと思った。できるならば、その太陽であの少女を照らしてやりたいと思った。けれどそれは傲慢で、独りよがり。故に彼女は闇の王となってしまった。

 

 嗚呼、世界に火が燈って行く。消えかけの炎が英雄を薪として、燃え盛っていく。最初の火の炉が炎に包まれる。けれど、そんな事は良いのだ。

 

 彼は、憧れを殺して夢を叶えた。後悔だけは、してはいけない。そう思って。

 

 

 薪の中に消えて行く。それは死と差して変わらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界に火が燈った事を感じた。

 

 それは、戻ってくると約束した少女が敗れた事を意味している。

 

 聖女であった火防女は、その世界を柵の内側からただ見届けた。火が燈り、最早火防女は今の所は必要が無い。ダークリングに再び封がされ、人は不死とならずに済むだろう。けれどそれで今の不死や亡者が居なくなる訳ではない。

 世界とは、悲劇である。こうして英雄達が尽力し、しかし上手くいかないとは。そして不死でもある火防女は世界の終わりまで存在し続ける。死ぬ事も許されず。ただ火を守るために。

 

 けれど、それを良しとしない者もいると言うことだ。それは彼女が愛した少女であるし、彼女に貸しが幾つもある禿頭でもあるし。

 

 

 その男は、徐ろに柵の前へとやって来ると古びた三日月斧で鉄格子を叩き切った。

 そうすれば、今まで彼女を隔てていた柵などありはしない。自由が目の前にあった。けれどどう言うわけか火防女は話さず、ただいつものように俯くだけだった。

 

「貸しは返した。おい、あんた、もう自由だぜ」

 

 見かねた禿頭がそう言うも、彼女は何も言わず。しばらくして彼はため息まじりにその場を立ち去ろうとした。

 

 

 

「約束、したんです」

 

「あ? 約束?」

 

 掠れた声で、絞り出すように火防女は言った。声色こそ弱い女性のものだったが、しかしどこか意思が見て取れるように彼女は言う。

 

「語り継ぐと。彼女の遺志を、白百合を。この世界に伝えると」

 

 力強い瞳をしていると、パッチは思った。それが昔仕えたどこかの誰かに似ていて、そして思い出せない。不死とはそう言うものだ。けれど悪くはないと思う。大概聖女だの火防女だのは誰かの道化だが、今の彼女は自分の意志を語っているのだから。

 そうかい、と。上手くやってくれと彼は後ろ手を振り。

 

 歩けない火防女に足を掴まれる。

 

「おい、なんだ!?」

 

「待ちなさい、聖職者崩れ」

 

 まるでどこかの白百合が乗り移ったかのように彼女は棘のある呼び方をした。煤臭く、けれど力強い彼女はしっかりとした瞳で彼を見詰める。

 

「歩けない私を置いて行くつもりですか?神はどうでも良いですが、リリィが許しませんよ」

 

「あのなぁ……」

 

「借りが、あるでしょう。聞きましたよ、色々と」

 

 パッチは聞こえるほどに大きく舌打ちした。本当ならそのまま無視して去る事もできた。けれど彼は、そんな人間ではない。

 だって彼は、どこまでも人らしいのだから。人らしく、一度紡いだ絆を重んじる騎士なのだから。例え今はハイエナでも。いつか鉄板となり、不屈に立ち向かう。

 

 苛立ちの声を上げながら、彼は身を屈めて彼女に背を向けた。

 

「ほら、乗れよ! だがな、ここを出るまでだぞ! そうしたらアンタを捨ててくからな!」

 

 どうにも、その不器用さがあの白百合と重なって。アナスタシアはふっと笑った。

 

 

 

 

 

 そして、闘う者はここにもいる。

 

 

 古竜への道を突き進み、ただひたすら彼の信じる太陽のために全てを捧げたその男は。

 吹き荒れる嵐の中、待ち望んでいた太陽と対面する。

 

「貴公。闇の王よ、白百合よ。聞こえているか。世界とは、悲劇ばかりではないぞ……!」

 

 喜びに震え、彼は剣を抜く。対峙するは一匹の竜と一人の神。彼がずっと求め続けてきた太陽。彼は少女のお陰でここまで来れた。もう一つの太陽である少女が、最初の太陽であった男に会わせてくれた。これほどまでに幸せな事はない。

 

 何度死のうが、絶望する事はない。だって、太陽があるのだから。彼は立ち向かっていけるのだから。人は、太陽があるから生きていけるのだから。

 

 

 彼と少女が再び会うのは、ずっと後の事だ。

 

 

 

 

 後年、アナスタシアは白百合の事を語り継いだ。そして闇の王として死んだ彼女を理解すべく深淵へと降り立ち。

 なんと、舞い戻ってみせた。それは奇跡であると言う。神々が彼女を深淵から救ったのだと。けれど、きっとアナスタシアは言うだろう。愛故に、彼女は戻ってきたのだと。愛があるからこそ、彼女は伝えるのだと。

 

 白百合は、古い闇姫は密かな伝説となった。

 

 

 

 

 

 

第一章、The Old Dark Princess 完

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パタンと、本を閉じる。

 物語を読み終え、私は膝に頭を転げる愛しい彼女の髪を撫でた。自分よりも一回り以上大きい彼女の頭は、なんと言うかとてもサイズ感があって迫力があるが、それ以上に可愛らしい。ヘッドドレスの装飾と相俟って、彼女の愛らしさが引き立つと言うものだ。

 

 私に膝枕をされる彼女は頭をこちらに向けて硝子細工の瞳で私を捉えると尋ねた。

 

「その白百合は、死んでしまったのですか?」

 

 私はその質問に、首を横に振って回答する。

 

「いいや、彼女は死ねなかった。不死だからね」

 

「では、亡者……とやらに?」

 

「それも違う。彼女は亡者になるには殺し過ぎた。血の遺志を溜め過ぎたんだ。そして何よりも、図太かった」

 

 ため息混じりに語れば、思わず頭を抱えた。よくもまぁあれだけ絶望しておいて生きていられるものだと、呆れてしまうがそれこそ白百合たる所以なのだろう。図太く、意地汚く、泥臭く生きてこそ綺麗に咲けるというものだ。

 膝下の彼女は納得したのか、彼女を見下ろす私の頬を撫でた。球体関節の指は温度が無いが、それがなんだと言うのだろう。人は姿に拘るが、見てくれだけに囚われるなど何と啓蒙の低いことか。

 

「紅茶を淹れます。お話を読んで、喉が渇いたでしょう?」

 

 そう言うと彼女はスクッと立ち上がり、白百合の咲く庭から立ち去っていく。どうにもマイペースだが、そこがまた可愛い。

 私は一人残されて、読み終えた自筆の本を背後に投げる。

 

「ほら、君らも見たいだろう?」

 

 本が着地する直前、そこに名状し難い者たちが現れて本を手にした。呻き声をあげて喜ぶ彼らは、まるで死者のような見てくれだが愛すべき彼女曰く可愛らしいとのこと。私とは感性が少し違うらしい。まぁ良い奴らなのは変わらないが。

 

 私は再び草むらの上に座り、新たな本に手を掛ける。題名はただ、探求者(Scholar)とだけある。

 私の分岐点。不貞腐れ、しかし貪欲であり続けた頃のお話だ。

 

「あの子が来る前に、触りだけでも読んでおこうか」

 

 内容は全部知っているが。私の黒歴史に触れるのもまた、啓蒙だろう。

 

 

 




ダークソウル、これにて完となります。
次からは賛否両論のダークソウル2。より一層、主人公がアグレッシブに暴れ回ります。


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人物、リリィ

ある程度主人公のイメージとかあった方がいいかと思いますので、こちらに載せます。ステータスはクリア時点のです。


 

 

Lily/リリィ

性別/女性 素性/聖職者 贈り物/なし 体型/痩せ型 顔/平民顔 髪型/長めのショートカット 髪と瞳の色/グレーホワイトと緑

 

レベル/215

体力/20

記憶/50

持久/40

筋力/32

技量/60

耐久/20

理力/60

信仰/15

 

 生い立ち

 出生場所不明。赤子の時に捨て去られ、成長するまではソルロンド近隣の教会にて育つ。同じような境遇を持つ子は沢山いた。幼い時から神に対する不信を抱き、それを堂々と皆の前で言っては優しい神父や修道女を困らせていた。

 15の時に戒律で縛られた白教の聖職者という立場に嫌気が刺し、家出。それ以来はその美貌と聖職者という肩書きが色々と役に立つという事から美人エセ聖職者として各地を旅していた。そのせいか当時の世界情勢や人間の浅ましさや醜さなどを目にしており、自分以外の力をあまり信用していない。

 ある村で聖職者を騙り歓迎され飲んで食べて騒いでいた所に不死の印であるダークリングが発現し捕まる。その際暴れに暴れたために腫れ物のように扱われ、一度殺されて亡者となってから北の不死院に投獄された。

 人間不信だが、情に流されやすい一面もあり、その都度厄介事が舞い込むも本人はあまり気にしていない。よくぶっきらぼうや仏頂面と言われるが、そもそも男の前だとそんなもの。逆に聞くが、どうして好きでも可愛くも無い相手に愛想笑いを浮かべなくてはならないのだね?

 

 右手武器1/黒騎士の斧槍 右手武器2/黄金の残光 右手武器3/呪術の火

 左手武器1/草紋の盾 左手武器2/パリングダガー 左手武器3/結晶の錫杖

 指輪/貪欲な銀の蛇の指輪、老魔女の指輪

 場合によって切り替え

 

 頭防具/なし 胴/絵画守りの長衣と薄汚れた上衣のスカーフ 腕/レザーガントレット 脚/黒革のブーツ

 

 白百合の(ソウル)

 古い神々の地で深淵に触れた少女のソウル。特別な存在は特別なソウルを有する。

 ただ一人、孤独に戦った少女は、しかしその中で己の生きる信念を見つけ抗い続けた。

 例えその道が、途方も無い程に暗く染まっていても。

 このソウルもまた暗く、しかし意志を反映しているのか使用する事はできない。

 

 

 古い闇姫の短剣

 古い伝承に残る闇姫の短剣。強攻撃時にパリィからの特殊な致命攻撃に派生する。またローリングの回避性能が向上する。

 少女は、夢見たという。誰にも虐げられず、ただ美しい白百合が咲き誇り語り合う花園を。けれどそれは、成し遂げられなかった。ただ一人、彼女を待ち続けた聖女はその伝承を伝え続けたのだ。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 筆を置き、背伸びしながら欠伸する。昔の思い出を書くのに夢中でついつい当時の私の能力を書くのを忘れていた。

 熱々だったはずの彼女が淹れてくれた紅茶はすっかり冷めてしまっている。ここは天気も昼夜も変わらぬから、時間の流れが分からぬものだ。そもそも私に時間の概念を持ち出す時点でおかしな話だが。

 

「んん〜……流石に眠いな」

 

 新しい目覚めを迎えた身としては、すぐにでも床に着いて彼女と添い寝してその温もりを享受したいものである。いかに血が通っていなくとも、その心は温かいのだから。

 しかしあの頃の私はよくこんな脆弱な力で神々に立ち向かったものだ。まぁちょいちょいやられかけてもいたし、不死院のデーモンにも散々殺された。懐かしいものだまったく。あの薪の王といい、私を可憐でか弱い女の子だという事を忘れているんじゃなかろうか。仮に手加減されてもブチギレるだろうが。

 

 郷愁を感じる事は無いが、それでもあの頃の思い出に浸るのも悪くは無い。ふと珍しく記憶の奥底から取り出した黒騎士の斧槍を手にし、眺める。嗚呼、本当によくやったものだ、こんな斧槍で。いやまぁ強いけれどもこれは。

 

 そんな風に想い出を遺志として記憶に仕舞い、立ち上がると窓枠に両手を掛けた。外から入る微風が肌を撫でて気持ちが良い。

 ふと、真下の花壇では愛しの彼女が私が育てている白百合に水をやっていた。長身で色白な彼女に育てられた白百合は、どんな花よりも美しい。私も水をやられたい。

 

「本当に、良い時代になったものだ」

 

 爽やかに笑み、一人呟く。あの頃には想像もできぬだろう。けれどそれまでには、沢山の闘いがあったのだ。

 

 




今更ながらステータス的なのを投稿しました。


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ドラングレイグ/Way of The Abyss
隙間の洞、火防女達と


あけましておめでとうございます。ようやくこれからDS2編です。今年もよろしくお願いします。


 

 

 

 暗い夜道を馬車が駆ける。

 

 道は整備されておらず、しかしかつてはきっと何処かに通じる道であったのだろう。道の横には所々に崩れた石造りの建物が見て取れた。けれども今は荒れ果て、ただ落ち葉と張った木の根が道の上を覆うばかり。

 私はそっと、荒れる荷車から外を覗く。明かりなどありはしない。しかしそれがどうしたというのか。元より夜とは暗いものだろう。それが当たり前だ。もっと暗いものを見た事がある。黒よりも黒い闇、今となってはその記憶も定かではないが。

 

 もうずっと、ずっと前の事だ。確かに私は、どこかの地でそれを見た気がするのだ。

 ふと皺がれた手で胸元に掛けられたペンダントを握る。最早それが何かも分からぬほど記憶は曖昧だ。

 

 不死。そう、不死。繰り返される火の時代、その中で起こる火の翳り。その度に人の内から這い上がる闇の輪は、人を本来の姿へと駆り立てる。そうして、不死は出来上がる。

 そうして、悲劇は繰り返される。

 

 今はもう分からぬが。私のこの姿もきっとその悲劇の一つなのだろう。

 髪はほぼ抜け落ち、顔は土のように暗く、死者のように皺くちゃで。開いたペンダントに映る美しい娘のようにはいかない。この娘は、一体誰だったか。自分だったか。それとも誰かが望んで羨んだ私だったか。

 

 

 馬車は駆ける。

 

 その時はそう、なんだったか。あぁ、ドラングレイグ。そう、ドラングレイグだ。古の王が築いた亡国は、その時の私の目的地だった。

 呪われた不死人は、いつか理性を失った亡者と化し。そうして不死人は呪いを解くためにかつて(ソウル)で栄えたドラングレイグへと足を運ぶのだ。そこに救いを求めて。かつてそこの王は、不死の呪いを解く鍵を握っていたらしい。

 

 だが本当は、分かっているんだろう?

 

 呪いを解く鍵などありはしない。呪われた不死こそ、人の本来の在り方なのだと。それでも向かいたくなるのは、きっと救いが欲しいからだ。この絶望しか焚べる余地のない世界から脱したくて。

 

 

 馬車が止まる。すると荷台の扉が開かれ、馬を操っていた近隣の町男が口にした。

 

「ここからは歩いてくれ、婆さん」

 

 ゆっくりと、私は痛む首を動かして彼を見る。如何に不死が呪われ忌むべき存在だとしても、この時代の幾らかの若者はそんなに辛辣ではなかった。昔ならば世界の終わりまで幽閉されていてもおかしくないのに、哀れな呪われ女の老婆という事で町の住民に内緒でこんな辺境に馬車を走らせてくれるのだ。

 私は身を屈めながら立ち上がり、曲がった背中で微笑むと懐から金の入った袋を出す。

 

「ふぇっふぇっふぇ……すまないねぇ坊や、これで足りるかねぇ」

 

 そう言って袋を渡せば若者は渋った顔をする。

 

「もうちょっと出せないのかい、婆さん。こっちだって善意でみんなに内緒で馬を出してやってるんだ」

 

 そう言うと思った。だから今度は、もう少し膨らみのある袋を出して彼に手渡す。すると若者は驚いたような顔で視線を私と袋と行ったり来たりする。どうやら満足したようだ。

 最初から満額出したりはしない。そうすれば、人は何かにつけ込んで調子に乗り出すものだ。故に小分けにした。そうすることで得した気分になるものだ。長い不死の人生で学んだ知恵。

 

 若者が馬車で去れば、後は一人だ。馬車が完全に見えなくなったことを確認して、私は背筋を正す。どうにも老婆の真似事は苦手である。わざと腰を丸めるなどと、腰痛になるだけだ。

 

「さて……行くとするか」

 

 掠れた老婆のような声で自らを鼓舞すると、杖に擬態して隠していた剣を取り出す。何の変哲もないショートソードだ。鞘から抜き取り、クルリと数回手元で回せば調子を取り戻した。

 この先に進めば、何があるかは分からない。きっとこの先も呪われているに違いない。それはもう、(ソウル)が理解している。進めば、命のやり取りがあると。

 

 深い、深い森を進む。木々は既に枯れ、葉をつけてはいない。

 深く泥に塗れた湖を進む。小舟があって助かった。不死は水と相性が悪いから、泳ぐ事などできないのだ。

 

 ボートで進めば、そこはあった。

 

 何かの遺跡であろうか。朽ちた壁は、しかししっかりとした大扉に護られ。侵入者を拒むかのように立ちはだかる。

 木々に群がる光虫と呼ばれる光る虫は、まるで私を歓迎するかのように煌々と光り輝く。まるでそれは、これから散っていく命を表すかのようで。

 

 光虫とは、死ぬ間際であればあるほど輝くというのに。なんと不吉だろうか。私はそれでも笑っている。フードの下で、皺くちゃな顔を歪めながら。

 

 風が吹き荒れ、光虫が門の横を飛び去れば。幾らかの光虫が松明に触れて弾けたのだろう、火が燈り。

 私を受け入れるように門が開く。

 

 ああ、懐かしい匂いだ。

 

 濃厚な死の匂いが、私の脳裏に死神と形作られて過ぎ去っていく。

 

 死の風が私を追い返そうとし、しかし私は止まる事は無い。

 

 それこそが私の生きた道。これからも生きる道。数多くの屍の上に私は存在し、その(ソウル)の悉くを奪ってきたのだから。

 良いものだろう、死の匂いというものは。懐かしいものだろう、(ソウル)の感覚というものは。あの呪われた神々の地、その感触を次第に思い出しながら、けれども私はその殆どを思い出せない。

 

 死の渦が目の前に拡がる。これは幻覚なのだろうか。こんなものありはしないはずだ。

 けれどもそれを幻覚であると否定はできない。私はもっと暗いものを見た事がある。これしきの死で、絶望などしない。

 故に、飛び込む。死へと。新たなる呪いを求めて。

 

 そこはドラングレイグ。心折れ、何も成せなかった私が行き着いた呪われた地。けれどそれこそ、求めていた場所。

 呪いと叡智は似ている。知れば知るほど、呪われ呪い。愛し愛され。ああ、私は今度も人を愛せるのだろうか。それは今にわかる事であるが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

隙間の洞

 

 

 

 意識が戻る。ああ、あの渦は中々に強烈であったが、私を死なせるには至らなかったか。まぁ良い。

 立ち上がり、装備を確認する。良かった、失っているものは掠れた記憶だけだ。剣を握り、私はこの周囲を観察する。

 

 そこは、遺跡であった。円形の石畳の上に寝ていたようだ。首が痛いのはそのせいか。あまり老人をぞんざいに扱わないでほしいが。

 だがここは確かに目指していた目的地。呪われた地であろう。その証拠に、殺気が私を囲んでいる。

 

「変わらぬものだな、呪われた地というのは」

 

 薄暗い草むらの中から、何かが姿を現す。それは赤い衣装で着飾った亡者の騎士ども。一人の肩には大層な狂った鷹を仕込ませて。

 戦いとは、向かわずともやって来るものだ。それを楽しむのも長い人生を生きる上で必要だろう。

 

 鷹が騎士達の肩から飛び去る。刹那、揃いも揃って亡者共が私に襲いかかってきた。亡者の癖して走るのは速いものだ。

 

 一番手前の亡者騎士が斬りかかる。単純な振り下ろし。私は相手の右側へとステップし、剣撃を回避する。

 すれ違いざまに相手の右腰へとショートソードを突き刺す。流石に痛みに強い亡者であるが、大きなダメージであることは否めないようだ。すぐに私は相手の後ろを取って膝裏を蹴る。

 

「一人」

 

 膝を突かされ無防備となった騎士を、背後から剣で突き刺す。剣の鋒は心臓まで達し、亡者騎士をあっさり殺し切る。その瞬間、騎士の亡骸は(ソウル)の霧へと化した。ふむ、死体が残らないという事はこやつらの(ソウル)は戻るべき場所があるということか。どうでも良いが。

 瞬間、奴らの放った鷹が上空から迫ったために転がって回避した。鷹にぶつかられたくらいでは死にはしないだろうが、ダメージは極限まで抑えたほうが良い。

 

 転がり終えた私にもう一人迫って来る。刺突剣持ちの亡者騎士だ。

 見え見えの動作ではあるが、その刺突は中々に素速い。きっとそこいらの冒険者や戦士であれば対応はできなかっただろう。だが相手が悪かった。

 

 左手は拳。だがそれで十分。タイミングは完璧。すべて私の思うがまま。

 

 パリィ。拳の甲で剣の腹を弾けば、亡者騎士は体勢を崩す。ただ剣を払っただけではない。パリィとは相手の一撃をいなし、崩し、一時的に戦意を割かねばならない。そのために完璧な弾きが必要となる。

 

「二人」

 

 ショートソードを握る右手で相手の顔面を殴る。ジャブ程度の殴りだが、更に怯ませるには十分だ。

 そしてそのまま、怯んだ亡者の心臓へとショートソードを突き刺した。深く、抉るように突き刺す。心臓を穿ち捻ればいくら不死の亡者であろうとも生きてはいられまい。亡者騎士は(ソウル)に還る。

 

 そして最後の三人目。面倒な事に行き場を失った鷹は最後の亡者騎士の攻撃に合わせるように滑空してくる。

 

「邪魔だ鳥公」

 

 降下してくる軌道からステップで避け、すれ違い様に鷹を真っ二つにする。哀れな動物を殺す趣味は無いが、敵となるならば殺すだけ。私の敵になった自分の運命を恨むが良い。

 

 唸り声と共に亡者が斬り込んでくる。直剣の使い手だ。ショートソードでそれを弾く。何て事は無い、いつか渡り合った英雄と比べれば児戯に等しいだろう。

 

 英雄……何だか、懐かしい。今はもうそれを思い出せないけれど。

 

 

 二度、三度攻撃を弾けば亡者のスタミナが枯渇したのだろう、まるで疲れたように攻撃をやめてしまった。それは戦いの中では最もやってはいけないことの一つ。スタミナを管理できないほどに理性を失うなどと、戦士としての記憶すら失ったか。

 

「三人目」

 

 兜ごと掴み上げれば、動けぬ相手の喉元にショートソードを突き刺す。雑魚は駆逐されるのみ。

 

 血のついた短剣を払い、ショールの下に隠していた鞘に納める。もう杖はいらないから、捨ててしまおう。

 

 久しぶりの戦いだったせいで心が躍ったが、終わって仕舞えばなんて事はない。相手はたかが亡者の騎士。かつては名を馳せたのであろうが、それは人だけの世での話だ。何だったか、大鷹師団とかいう傭兵だったか。話には聞いた事がある。

 

 辛気臭い洞を進む。岩場に囲まれたこの洞は標高の高い場所にあるのだろう、それなりに寒い。不死に気温などあってないようなものだが。

 滝が見え、その横にあるボロい吊り橋を渡る事になったのだが。どうやらその先に枯れた大樹を家にして誰かが住んでいるようだ。人工的な灯りが見える。篝火もあるだろうか。

 

「……これは」

 

 ふと、滝の手前の茂みの奥、隠された道を見つける。少し気になって覗いてみれば、巨大な生物の足跡がある……この先には進まない方が良さそうだ。少なくとも今は。とにかく死んでも良いように篝火を見つけなくては。

 

 吊り橋を超え、家の扉に手を掛ける。嫌な気配はしなかった。それどころか懐かしさすら感じる匂いがしたのだ。

 警戒だけは絶やさない。私は剣に手を掛けながら扉をゆっくりと開けた。

 

「ヒェッヒェッヒェッ、騒がしいと思ったら……」

 

 扉を開けた先は、何の変哲もない家の中。椅子に座った赤いローブの老婆が三人とそれを世話しているのだろう婦人が一人だ。

 老人はまるで私が来る事を予期していたかのような反応だ。気味悪く笑う老婆は、私の顔を見るとその顔をにやりと歪める。

 

「おお、おお、その顔。呪いが浮き出ておるわ」

 

「ふん、最近の火防女は口数が多いようだ」

 

 同じような皺がれた声で皮肉を言ってやる。まるで人を腫物扱いだが、それが正しいのかも知れない。ただ火防女に言われるとは思わなんだ。

 彼女達は、火防女だ。正確には、だった、と言えば良いだろうか。臭いでわかる、懐かしい、あの(ソウル)ごと煤に塗れた匂い。その割には薄いから、やっぱり彼女らは元火防女なのだろう。

 

「不死だよ、不死が来おった。フェッフェッフェ……!皆ここに来るんだよ、お前さんみたいのは……あの婆さんに吹き込まれたんだろう、そうなんだろう?ヒェッヒェッ」

 

 二人目の婆さん火防女が喋り出す。間違ってはいないがもうボケ掛けてるんじゃないかこの人らは。

 

「町にいた火防女だな……なるほど、彼女は君達と同じという訳か。道理で煤臭い、良い香りをする」

 

 剣から手を離し、火防女という存在を讃える。婆さんが婆さんを讃えるような感じで見てくれが悪いだろうか。

 だがそんな私に彼女らは暴言で返す。

 

「おしまいさ!」

 

「亡者だよ。お前さんは亡者になるのさ」

 

「あぁ、見た目はもう亡者だ」

 

 反論せずに返す。面倒な火防女だ。世話係の婦人がどうにもいたたまれないといった様子だ。ふむ、見たところ不死ではないようだが。その(ソウル)を見るに、中々に優しげな淑女のようだ。こんな見た目じゃなかったら手を出しているに違いない。

 

「亡者は人を襲うものさ、ただ(ソウル)のみを求めてね。その呪いがある限り……ヒェッヒェッ」

 

 貴婦人に気を取られているとババァが何か言い出した。

 

「ん?ああ。だろうね。ところでここはドラングレイグで合っているかね?」

 

 私が質問するも、目の前の老火防女はケロッとし出して質問で返してくる。

 

「じゃあ、あんたの名前を聞こうか」

 

 どうして老人というのはこうもマイペースなのだろうか。私は首を横に振ってうんざりしながらも、ボヤけた記憶の中から自分の名前を探して口にしようとする。

 見た目とは裏腹に、純白そうな私の名を。

 

「……リリィ。そう、だったはずだ」

 

「ヒェッヒェッ、まだ名前くらいは言えるみたいだねぇ」

 

「そっちが聞いたんだろ……」

 

 そろそろ怒りが溢れそうだ。まぁ良い。どうせ老い先短い老人の戯言だ。私よりも若い老人の。

 すると、名を聞いてきた老婆は懐から何かを取り出す。それは、懐かしい形をした……木の根か何かで出来た像だった。

 

「じゃあ、よく出来た子には褒美をあげようか」

 

「これは……何だか、懐かしい気がする」

 

 不気味に老婆が笑う。

 

「それは人の像っていうものさ」

 

「人の像?……ふむ、知っている名前と違う気がするが、そういうものか」

 

 それを手渡されれば、老婆に諭される。

 

「さぁ、よくご覧……誰の像が見える?」

 

 人の像。それを、よく観察する。根の中に見えるは暗い闇。だが闇とは、海でもある。そして海とは鏡である。その鏡は私を写すに違いない。だが写すのは今の皺くちゃ亡者ではない。

 ああ、見えるではないか。私という存在が。懐かしい、白百合の乙女が。忘れていたはずの闇が再び燃え盛る。それは闇の王に成り損ねた愚かな女。

 

 

 

 絶対に、帰ってきて下さい。リリィ。

 

 

 嗚呼、想い出とは、時に思い出すことすらも苦痛であるというのに。

 私は手の内にある人の像を砕く。すると暖かい人間性が私の(ソウル)へと溶け込み、本当の私が再現された。

 

 白百合が咲き乱れる。陰気臭いこの室内で、花弁が舞う。それは私だけの幻覚ではない。その場にいるすべての人が見ていた光景だ。

 貴公ら、私を見よ。これが私の白百合であると。舞い散る花弁の中で私は踊る。踊り、記憶の中の幸せと苦痛を混ぜ合わせて生きることを実感する。

 

 何という啓蒙だろう。失って、また取り戻し。自分という存在を確立させるとは。

 

 

「ここに来る連中は、皆同じさ。呪いを解くためってね」

 

「お前さんもそう聞いてきたんだろう?」

 

「さぁて、お前さんにできるかねぇ?」

 

「できるといいねぇ」

 

 老婆達の笑い声が響き渡る。それはどこまでも不気味で、暖かい。嗚呼、やはり火防女とは火防女なのだ。不死を想い、待ち受け、抱き締める。それはリタイアしても年老いても変わらぬ。

 そう思えば、何だか目の前の老婆達が可愛らしく思えてきた。

 

「貴公ら、世話になった。お陰で私は自分を取り戻せた……あの薪の王に根こそぎ(ソウル)を奪われて、何もかも忘れかけていたんだ」

 

 先程までの私とは打って変わって、まるで高級な弦楽器のような声質で礼を言う。ああ、やはり本当の自分は良い。肌に艶があるのは良い。髪があるのは良い。

 久しぶりだ、この感覚。奴と火継ぎの祭祀場で亡者から人へと戻って以来か。

 

「それと御婦人」

 

 不意に私は、こちらをまん丸お目目で驚くように見つめる世話係の貴婦人に声をかける。美しい女性を見たのであればする事は一つ。

 

「な、何でしょう」

 

「この後暇かな?暇であれば、この私と一時の愛を」

 

 だが、愛の言葉を紡ぐ前に老婆に言われる。

 

「出口はそっちだよ。そこから王国に繋がっているよ」

 

「ああ、どうも……」

 

 老人とはせっかちなものだ。生きているからこそ楽しまなければなるまいに。

 

 

 

 

 

 

 老婆の言う通りに外へ出れば、まず目についたのは篝火の跡である。あの老婆達曰く、前にも不死人が来たようだからそいつらが焚いたのだろう。焚べるものなど、奴らには無いだろうに。

 積み上げられた灰に刺さる螺旋剣に手を翳す。ああ、これもロードラン以来の体験だ。外の世界では篝火など無かったからな。

 

 

━━Bonfire Lit━━

 

 

 炎が燈る。暖かく、不死の安らぎとして機能するそれは、実は不死とは相反する火の時代の象徴だ。それでも火を求めるのは、闇である存在故の性。人は持たぬものを欲しがるものだ。

 篝火の傍に腰掛け、揺らめく炎をぼうっと眺める。思い返すはあの神々の地であった出来事。そして愛した乙女の事。

 

「……約束とは、するものではないな」

 

 一人、後悔の念に浸る。後悔はしているなんてカッコつけて振る舞ってはいたが、いざそれがすべて思い出になれば後悔はすべきじゃ無かったな、なんて大分女々しい事を言いたくもなるものだ。いや女だけれど。

 篝火はしっかりと燃えている。未だ世界は、神々の欺瞞の内にあるようだ。もう、どうでも良い。私は闇の王になれなんだ愚かな女故。今更闇が〜とか火継ぎやめろ〜、なんて言いやしない。勝手にやってくれ。私はこのドラングレイグで第三の人生を歩むのだ。

 

 例え絶望しようが構わない。絶望など最早飽きている。ならそれ以上に楽しめる事を探せば良いのだ。

 

「ここは飽きなさそうだしな。老化防止に丁度良い」

 

 一人自嘲気味に笑えば、私は胸のペンダントを開く。そこに映るは、どこかの薪の王が憧れた一人の白百合、その過去の姿。懐かしい、闇の王になろうとした乙女が笑っている姿だ。

 

 それを、私はしばらく眺めていた。

 

 



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マデューラ、捨てられた人々

今作は前作以上にギャグテイストが多めです。半分くらいセクハラです。


 

 

 

 休息を取り、王国へと向かうために先を進む。どうにもこの場所の時空は捻れ曲がっているようだ。この洞の上を見上げれば、まるで昔の病み村が如く上空から僅かに光が差し込んでいる。

 やって来た時はまだ真夜中だったから、やはり時空がおかしい。休んでいた時間を加味しても、まだ朝にもならんと言うのに。

 

 隙間の洞、というくらいだからここは高所に位置しており、おまけに薄暗く道も狭い。だが病み村や大樹のうつろと違って気を許せば落下死するというような狭さではない。不死にとって一撃で死ぬ要因となる落下は、できればしたくは無い。

 

 火が消えた燭台が所々にある。元は何か宗教的な意味があったのだろうか。まぁ別にどうでも良いが。

 そういえば、火防女の家に入る前に見つけた巨大な足跡だが。先程戻って確認したが、あれはサイクロプスと呼ばれる一つ目の怪物のものだった。

 どうやったらあんな怪物が生まれるのか分からないが、いつの時代にもきっとイカれた錬成者がいるのだろう。見た目は巨漢で真っ白く、一つ目でありまともな生態系ではない。腕っ節も強いし人間を捕食するらしいから恐れられているが、鈍重だから大したことはない。

 だがその報酬が黄金松脂とは、シケている。

 

 しかし本当にここは亡者に溢れている。この隙間の洞だけでも数体の亡者と出会し、その都度私が殺すハメになる。

 落ちていたダガーを拾い、さくっと隣にいた亡者を刺し殺す。ふむ、一方的な殺しには少し飽きたな。

 

「だがサイクロプス二体同時というのもなぁ」

 

 高台から、洞の外れにある砂浜を眺める。そこに屯うは先程倒したサイクロプス二体。まぁこの私があれしきの輩に負けるはずなど無いが、それでもショートソードとダガーだけで戦うのは骨が折れるというものだ。

 ロードランで手に入れた武器防具のほぼ全ては、あの時の戦いに負けた事で消え去ってしまった。きっと心が折れて無意識的に所有権の殆どを手放してしまったんだろう。参ったものだ。せめて杖があれば良いのだが。追う者たちで瞬殺してやれるのに。

 

「仕方ない、今は先を急ぐとしよう……おい一つ目の不細工共、見逃してやった事に感謝しろっ!」

 

 一人、高台から叫ぶも奴らは反応しない。耳が悪いようだ。つまらない奴らだ。言葉とは正しく人の叡智の表れ。人間性の極みだ。

 

 まぁ急にサイクロプスから紳士的な会話をされても私としては反応に困るから殺すしかないんだが。

 

 さて、そんなこんなで隙間の洞はあっさりと終わる。きっとここにはその内戻ってくるはずだ。道を塞いでいた石化した亡者も気になる。バジリスクでもいるのだろう。

 

 進む毎に、段々と差し込む光が強くなる。この先で見えるは希望か、それとも絶望か。どちらも似たようなものだろうが。

 

 

 

マデューラ

 

 

 

 そこは、まるで黄昏時のように陽の射した、海岸沿いの集落だった。

 断崖にあるこの土地は、しかし今は人など殆どいないのだろう。廃墟がいくつかと集落の中央に底すら見えぬ大穴があるだけ。唯一目につく何かのモニュメントは役に立っているようには見えない。ここはもう、終わってしまった土地なのだ。

 

 ざっと見ただけでもこんな感想だ。最初こそ、ロードランの火継ぎの祭祀場のような場所かとも思ったが……寂れ過ぎだろう、この様は。

 一先ず私は篝火を探すことにした。何をするにせよ不死の拠点となる篝火は必要不可欠。そしてそれは、案外あっさりと見つかる。

 

 集落の中央、開けた場所にポツンとあるそれは、紛れも無く篝火だが。その横に、誰かが佇んでいる。

 

「ふむ……」

 

 近寄りながら、次第にその姿が鮮明になれば私の人間性が悦び始めた。フードをしているから顔は分からぬが、シルエット的にあれは女性だ。それも佇まい的に知性があると見た。うむ、あれはまともな女性だ!

 思わず顔に笑みが浮かぶ。あの憎たらしい薪の王に敗れてからと言うものの、数百年も亡者として各地を転々としていたせいでろくに少女達と戯れていないのだ。せいぜい町娘達を遠くから見ているだけだった。

 

 だが今の私は違う。あの頃のように美しく、闇に咲く白百合が如く。見よ、この美貌を。いや美貌とか自分で言うのもおかしいが、それでも私はそんじょそこらの女よりは綺麗だと思うぞ。でなければあの薪の王も私に惚れなかったはずだ。

 

「……貴女は、継ぐ者ですか?」

 

「はい?」

 

 話し掛ける寸前、逆に彼女から声を掛けられた。こちらを向く彼女は未だフードを被っているが、見える限りでは顔立ちが良く、少し目元がつり上がっており強気なイメージがある。滅茶苦茶美人じゃないか!

 

「それとも……ただ運命に流されるだけの……?」

 

「あの、ちょっと?」

 

 美人でも変わり者なのだろうか。それともこちらの話を聞かないだけか。なぁに、ロードランにはよく居たよ。それにちょっとくらい癖が強い方が一緒に居て楽しいじゃないか。

 

「呪いを纏う方。私は貴女の側にいます。その小さな希望が折れてしまうまで……」

 

「なに!?それは本当か!?」

 

 希望が折れてしまうまで一緒にいてくれると言われ、思わず喜ぶ。だって私は基本的に心は折れないから、即ちずっと彼女は私といてくれると言うことだ。こんな見ず知らずの不死を口説きにくるとは……この子は相当な物好きだな。それとも私の美貌にやられたのだろうか。

 ぐいぐい迫る私に、しかし彼女は顔を背けた上に手で私を押し返した。むぅ、少し気が早かったか。

 

「あの……何か、勘違いされているのでは」

 

「……なんだと?」

 

 真面目に首を傾げる私に、彼女は懐から一本の瓶を取り出した。それは、懐かしい死の補充。エスト瓶だった。

 彼女はそれを私に手渡す。温もりが、伝わる。篝火から齎された死の温もりと。火防女が齎す不死への優しさ。このどちらもが、私の脳を刺激した。

 

「……君は火防女か」

 

 側にいるとは、そう言うことか。あの、なんだ、パートナーとしてずっと一緒にいるとかそういうあれじゃ無くて……飛んだ早とちりじゃないか。物凄く恥ずかしいんだが。これじゃあ思春期の少年みたいだ。

 だが彼女から火防女らしい気配がしない。普通なら分かるはずだ。不死と篝火は互いに繋がる。そして篝火を護る火防女とも、自ずと繋がるようになる。だから(ソウル)を通じて火防女であると理解できるはずなのだ。

 

 彼女が普通の人では無いとは分かってはいた。その(ソウル)は通常よりも異質で。人とも、不死とも異なる(ソウル)。むしろこれは……

 

「これをお持ちなさい。貴女の旅の助けになるでしょう」

 

「女性からはもっと愛のあるプレゼントが欲しいが。まぁ良い、貴公のエスト、貰い受けよう……」

 

 彼女のエスト、というのは何とも意味深だが。

 

「呪いを纏う方。力を得て、王に会いなさい。かつてこのドラングレイグを興し、(ソウル)の根源へと近づいた者……ヴァンクラッド王に」

 

 私の魂が強張る。王。その言葉の持つ意味を、私は知っている。かつて王への道を歩もうとし、そして為せなかった女である故。

 嗚呼、ここでも私は王に纏わる何かを為さねばならないのか。それが報われぬと知って。だがそれも良い。どうせやる事も無いのだ。不死の暇つぶしとしては良いかもしれない。

 

 だが、聞くところによればここドラングレイグは既に亡国なのではなかったのか。

 

「ボンクラだかなんだか知らんが……暇を潰せるのであれば良いさ。どうせ先は長い、ロードラン以上に暴れてやる」

 

「……ロードラン?」

 

 緑衣の彼女が首を傾げる。まぁ分からなくても仕方が無い。今やあの時代の出来事や神々に至るまで、殆ど記録が残っていないのだから。なんと無情な事か。あれ程までに策を練り、人を追いやり不死を蔑み。そうして得たものが何も無いなどと。

 まぁ神々なんてそんなものだ。さっさと死ねば良いのだ。

 

「気にするな、知る必要はないさ。さて……王を求めるのであれば、どこへ行けば良いかな?」

 

 彼女の横に置かれた岩に座る。この地は初めて故に王へと至る為にどう進めば良いかなど分かるはずもない。

 火防女……と呼んでいいのか分からぬが、緑衣の彼女はそんな私をブラウンの瞳で見据えて語り出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やけに寂れた小屋だ。あの子……緑衣の巡礼よりこれからなすべき事をざっくりと抽象的に言われ、ひとまずはこのマデューラを探索しようとしたのだが。

 すぐ側に小屋があったから来てみれば、扉は開いておらず、近くにガタイの良い亡者らしい不死がいるだけ。どうやらまだ理性はあるようだが。

 

「貴公は……鍛冶屋か」

 

 そのガタイにエプロンといい、料理人には見えぬ。そも、不死とは食事を摂らぬもの。摂ろうと思えば摂れるのだろうが、不死になる前にあったはずの欲求はとうに消えている。

 私の問い掛けに彼は顔を上げて、しかしまた質問で返される。

 

「何だお前は?」

 

「私が聞いてるんだよ」

 

 ドラングレイグも大概人の話を聞かない者しかいないな。慣れっこだが。

 

「誰でも構わんわ、ここの扉を開けてくれ」

 

「何だ、貴公の店じゃないのか?」

 

 ショボくれる彼の横に腰掛け、そう尋ねれば彼は首を横に振った。

 

「空き家と思い、商売道具を一式置いておったのだが……知らぬ間に誰かが鍵など掛けていきおって」

 

「空き家と言えど他人の家を使っていた者が言う言葉では無いな。まぁ良いさ、どれ、一丁試してみようか」

 

 呆れながらも私は立ち上がり、腰のポーチから針金と薄い鉄の棒を取り出す。そういえば、ロードランでもこうして手先の器用さを利用して道を開いたんだったか。懐かしい思い出だ。

 不思議そうに見守る不死の鍛冶屋の視線を受けながら、私は二つの道具を器用に使って解錠に掛かる。うむ、あまり難しい鍵ではないようだ。

 

 しばらく勘を取り戻すかのように弄り回すと、突然鍵が開いた。あら、思ったよりも簡単だったようだ。

 

「オラァ!開いたぞ」

 

 扉が渋いせいで蹴り開ければ、鍛冶屋に声を掛ける。すると深緑の亡者顔をした鍛冶屋は満足そうに、

 

「よしよし、よくやった。これで仕事を始められるわい。ワシは準備にかかる。後でまた来い」

 

「感謝は無しか。まぁ不死らしいが」

 

 むしろ感謝される事自体少ないのだが。

 

 

 

 

 

 防具屋、というボロい看板を見つけて足を運ぶ。それは中央の大穴を挟んで反対側にあった。

 どうにも辛気臭いが、人はいるようだ。よくもまぁこんな場所で商売などできるものだ。ロードランよりも人通りが少ないだろうに。

 

「頼もう!」

 

 そんな場所が少し気になった。久しぶりの生身ライフ、私はいつも以上に元気良く入店する。そうすれば、中で何かの作業をしていた青年の不死が私を見て窶れた顔を笑みに染めた。

 

「え、あ、あの!ようこそ防具屋マフミュランへ!ぼ、防具は如何ですか!?」

 

 どうにもその青年は商売に慣れていないようだった。まぁそれは良い。何事も初々しいのは見ていて微笑ましいではないか。

 うむ、と私は言って壁に掛けられた防具の数々を品定めする。一級品とは言えぬが、それなりに腕は立つらしい。長く放浪した私の目から見ただけでも、魂が感じられる作品が多いようだ。

 

「す、すみません、良かったら見ていってください……あの、お願いですから、助けると思って……何か買ってくれませんか?」

 

 私は笑いながら彼を見ずに品物を見続け、諭す。

 

「仮にも職人だろう、もっと堂々としたらどうだ。それとも自分の作品に自信が無いのか?」

 

「い、いえ、そんな事は」

 

「……冗談だ。だが商売人であるならば態度は重要だ。覚えておくと良い」

 

 まるで老人の説教だ。いつから私はこんな説教臭くなったのだろうか。それもまた人であるから仕方は無い。人は変わる生き物なのだから。

 さて、そうこう言いながらも私は防具を見定める。今まであまり防具に頓着は無かった。今でもアナスタシアから貰ったフードは大切に(ソウル)に仕舞ってある。あの薪の王に奪われなかった数少ない品物だ。まぁボロボロになり過ぎて着れもしないんだが。

 

 思えばここに来るまでの長旅で今着ている服もボロボロだ。異邦の服は擦り切れ、だが私が着るとそれはそれでオシャレ。できればデザインと実用性を両立させたものが欲しいんだが。

 と、そんな私の目に入って来たのはハードレザーブーツ。うむ、これならばタイツのようで私の美脚が活かせるし、膝当てがあるから高所から落下してもそれなりに衝撃を殺せる。というか生身になってから私昔話と自分の美貌しか自慢してないな。

 

「これをいただこうか」

 

 ブーツを手に取りそう告げれば、彼は喜びに声が震えた。

 

「ええ!ええ!ありがとうございます!」

 

 安過ぎる値段だが、まぁ彼としては別に良いのだろう。売れた事に意味があるのだ。職人とは、認められる事が生き甲斐故に。

 

 

 

 

 

 もう一軒、入れる建物がある。本当なら防具屋の隣にある大きな家も探索したかったが、どうにも鍵が無いと扉が開かないようだ。自慢の器用さもあれだけ複雑な鍵では歯が立たない。まぁ二階のテラスまでよじ登れば入れない事も無いのだが、それは人間性がやめろと警告してくるのでやらん。

 小さいけれど保存状態の良い建物に入る。すると、そこには人は居らず。居たのは毛並みの良い猫だけだ。昔出会ったアルヴィナとは違って、何というかこう、上品な猫ちゃんだ。

 

「あらあら、猫ちゃんこんにちは」

 

 不死である私もモフモフな可愛い動物には弱い。机の上にちょこんと座る猫ちゃんが可愛らしくて、私は両手でその猫を抱き抱えようとするが。

 

「あらあら、不死に抱き抱えられちゃうわ。うふふ」

 

 目の前の猫が言葉を発した。久しぶりに喋る猫を見て、私の腕が止まる。もしやまた暗い森で狩猟団でもやらされるのか私は。嫌いでは無かったが。

 

「……貴公、只の猫では無いようだ」

 

「ウフフ、おかしな人ね。猫に只も何もあるのかしら。ウフフ……」

 

「それに……とても魅力的な女性だ」

 

 そう。この猫が発する声は女性そのものだ。とても気品に溢れていて、塞ぎ込みがちな不死には無い余裕がある。可愛くて声も美しくて惚れそうだ。でも猫は対象外ではあるのだが……

 私は彼女の前に置かれた椅子に座ると、不敵な笑みを崩さぬままに彼女と会話する。

 

「でも、貴女良い匂いね。好きよ、そういう匂い……フフ……」

 

「それは光栄だ。私も貴公のような得体の知れぬ猫もどきの女性は大好きだよ。ああ、皮肉ではないぞ。事実私は半竜の女性と愛を深めた事もあるんだ」

 

「あらあら……口説かれちゃったわ。(ソウル)が大き過ぎて爆発寸前の亡者さんに。ウフフ……」

 

 こういうミステリアスな女性と話すのは嫌いじゃない。それに、やっぱりこの猫は少しおかしい。人語を話す時点で色々おかしいのだが、そうじゃなく、(ソウル)の質が……私のよく知っているものだ。

 けれど、攻撃的な色はない。むしろ、歓迎されているようだ。(ソウル)とは隠せぬ人の色。故に私を欺こうとする者は(ソウル)を見破られるだろう。

 

 しばらく彼女と談笑し、取引をする。色々と珍しい指輪を売っているようだが、いかんせん貨幣の代わりとなる(ソウル)が足りないのだから仕方ない。薪の王め、私から散々奪いやがって……どこかに強いやつはいないものか。根こそぎ奪ってやるのに。

 

「あら貴女、あいつらに会いに行くの?」

 

「あいつら?」

 

 会話の流れで、彼女は言う。

 

「ずっとずっと古い、四つのもの」

 

 それは緑衣の巡礼から齎された私の新たな使命。猫であるはずの彼女は、まるでその四つの偉大な(ソウル)を抱く者達を顔見知りのように言ってみせた。

 

「カビの生えた退屈な連中よ。だって誰も名前すら覚えてないのよ?おかしいじゃない、フフフ……」

 

 四つのもの。きっと彼女が言っているのは今私が課せられている使命による四人では無いのだろう。今、私が打ち倒すべき四つの偉大な者達。それは緑衣の巡礼が語ってくれたように名は伝わっている。

 忘れられた罪人、腐れと呼ばれる何か、ジェルドラ公、そして鉄の古王。それが狩るべき相手。

 

 彼女は、知っているのだろう。それらの下地になっている、もっと古い何者かを。そしてそれは、私も知っている。出会っている。

 

「名や姿ならば覚えている」

 

「あら、そう?でもどっちにせよ貴女とは大違いね。だってそうじゃない?貴女のことはずっと覚えられているもの……ウフフ」

 

 どうにもミステリアスな猫ちゃんだ、このシャラゴアという女性は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 海岸沿いの石碑に、とある男が腰を据えている。最初に見た時はかつて火継ぎの祭祀場で燻っていたあの不死にも見えたが、奴と違って彼……ソダンという不死は礼儀だけは正しかった。話せば話すほど奴のようにネガティブではあるが。

 どうやら彼もまた、不死の呪いを解く為にこの地へ来たようだが、何も成せぬまま絶望しているようだ。

 知りもせず、見もせず聞きもせず。けれど勝手に絶望する様は見ていて気分の良いものではない。人とは学び成長するものであると言うのに。不死にはそれしか無いと言うのに。

 

「全部嘘っぱちなんですよ……」

 

「そうか。まぁ精々そこで私が偉業をなすのを見ているが良い」

 

 話すだけ無駄だ。言い返してこない段階で、あの不死よりもタチが悪い。あいつは最後は挑んで見せたというのに。こうも口先であーだこーだと。

 

 

 

 

 

 

 さて、私が知らぬ間に篝火というものは進化を遂げているようだ。

 王の器の効力などとっくに切れているというのにも関わらず、篝火同士のパスが開かれているようで一度篝った場所であれば転送ができるのだ。これは良い、マデューラに帰る為に徒歩で移動する無駄が省ける。

 更にある程度時間を巻き戻す効力でもあるのだろうか、篝火で休めば武器の耐久も復活する。逆に言えば、篝火が無ければ前のように自力で修理しなくてはならんが。修理の光粉もあの薪の王に取られてしまった。あいつ私の事好き過ぎだろう。

 

 メラメラと燃える篝火に、奪った(ソウル)を捧げようとする。多少なりとも私の(ソウル)が強化されればそれで……あれ。

 

「……あれ、強化できないぞ。どうなっている」

 

 篝火で強化できない。もしや長い年月で進化を遂げた代わりに退化したのだろうか。それは困る。まぁ今のままでもあの頃とキレは変わっていないから苦労はするだろうが何とかなるだろう。仕方ない。

 

「……楽しみが一つ減ったな」

 

 不死にとって楽しみが減るというのは大問題だ。特にロードラン時代はこの強化が私の生き甲斐の一つだったのに。

 と、そんな時。不意に緑衣の巡礼が篝火の傍までやって来る。そしてボソボソと何かを言い出した。

 

「……(ソウル)の業を御求めですか」

 

「うん」

 

 でしたら、と彼女は言い、私の隣に立って何かを取り出す。それは古びた羽のようだ。一体何の羽なのかは分からぬが、見た所では何かの力を帯びているように見える。

 

「私の内に触れて下さい。(ソウル)を、貴女の糧としましょう」

 

 なんと。まさかこの地では火防女が強化を担うのだろうか。だとすればそれはそれで面白い。人と話しながら強化する面を考えるなど、まるで商売のようだ。

 まぁ各地の篝火から強化できないからそれはそれで面倒だが……美人と話せるならば良いか。

 

「では、失礼して」

 

「ちょ、ちょっと」

 

 ん?と、私は首を傾げる。もしや何かおかしかったろうか。内に触れて下さいと言ったのは彼女だろう。

 

「あの……下腹部を触られるのは、ちょっと……」

 

「……違かったか」

 

 クールビューティな彼女が赤面する。間違えたとはいえ、それが見れたという事は中々……良いじゃないか。一瞬ムラッとしたぞ。

 彼女が差し出す手を、こちらも祈るように取る。最早聖職者のカケラすらない私だが、祈る様はそれなりに映えるだろう?今の職業は浪人だが。それは職業か?

 

 彼女が何かを唱える。すると私の内側が開かれるような錯覚に陥り、彼女の(ソウル)と私の(ソウル)が共鳴する。おお、良いものだ。火防女と魂を通わすというのは。

 

「邪念を捨てて下さい」

 

「はい」

 

 注意され、強化したい部分を想う。前までは少女に拘り過ぎていたから、ここは筋力でも鍛えるか。今の私はワイルドさに溢れているし。十分強い方だが。

 だが、いくら時間が経とうとも強化されず。緑衣の巡礼は可愛らしく首を傾げた。どうしたというのだ。

 

「……(ソウル)が、足りません」

 

「え?」

 

 ふと、考える。(ソウル)の強化には一定以上の奪った(ソウル)が必要だが、よく考えればあれは強化するたびに必要量が増えていくのだったな。久しくやっていないから忘れていた。

 腹立つ薪の王に敗れて全てを失った後に得た(ソウル)は雀の涙ほどだ。というか、外の世界の生き物は(ソウル)が弱過ぎるのだ。参ったな、という事は(ソウル)の強化には大量の(ソウル)が必要となるのか。ソウルソウル言い過ぎて訳が分からなくなってきた。

 

 火防女の手を離し、ちょっとだけ私は不満足そうな顔をした。決して彼女に向けたものではない。

 

「……貴女の強化の為にも、偉大な者を倒すのです」

 

「そうなるな。まったく、薪の王め……」

 

 悪態を吐きながらも、とりあえずは進むしかないようだ。道は長い。とりあえず手当たり次第に進んでみようか。道中の亡者や異形共を狩り取れば少しは足しになるか。

 

「まずは、朽ちた巨人の森と呼ばれるかつての砦へ向かうべきでしょう……王が残した物が、何かあるやもしれません」

 

 ふむ。ここの歴史はよく分からぬが、そういえばドラングレイグは海を渡った巨人と戦った歴史があるようだ。もし巨人の生き残りがいればそれなりに(ソウル)を落とすに違いない。

 巨人か。そういえば、アノール・ロンドの巨人鍛冶屋は元気にしているだろうか。もう随分と昔の話だが。

 



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朽ちた巨人の森、最後の巨人

いつも以上にはっちゃけます。


 

 マデューラから北西に進み、トンネルを潜っていけばそこはある。

 亡国ドラングレイグ、その要であったはずの砦。そこはかつて巨人達が侵攻した際に最も悲惨な戦いが起きたのだという。そのせいかは分からぬが、結果的にドラングレイグは王が姿を消し滅んだのだ。

 

 

朽ちた巨人の森

 

 

 まぁそう言うこともある。長く生きていれば国の興亡を目にする機会もあった。それはアストラもそうだ。あれだけ栄えたはずの貴族の国は、案外あっさり滅亡したものだ。皆、そこから薪の王が生まれたとも知らずに。

 この地もまた、様々な国が栄えては滅んでいったようだ。まるで人の生き死にのように。だがそれは自然の摂理なのだろう。永遠のものなどありはしないのだから。国は不死ではない故に。

 

 サイクロプスや亡者兵達の蔓延る小川を抜け、砦へとやって来る。これが昔の、北の不死院出たての私であれば苦労したかもしれないが。

 幸い、こちらには強大な(ソウル)と亡者鍛冶屋レニガッツから買った新武器がある。それはレイピアとメイス。レイピアは刺突に特化した剣であり、またパリィに向く。そしてメイスは鎧なんかを着た相手を叩き潰せる。かつてロードランでも使っていた。最初だけ。

 

 砦の内部に侵入し、亡者共を屠ながら先へと進む。角で待ち伏せしたり階段の先で火炎壺を投げてきたりする輩には殺意が湧くが、まぁロードランでもあったことだ。

 そうしてある程度見晴らしの良い砦の上部に出れば、大扉を見つけた。大層な作りで、開けるには多少力がいるが、強引にこじ開ける。するとそこには篝火があり。

 

「買っておくれ……何か買っておくれよ……」

 

 篝火のすぐ横に、大きな家財を背負った老婆の亡者が座り、縋るようにこちらに訴えかけてきた。その割には顔は笑っており、多少の狂いはあるようだが。

 

「商人か。丁度良い、何か買おうかと思っていたんだ」

 

 一先ず篝火に手を翳して点火し、老婆と商談する。ロードランにも下水道に物売りの口の悪いババァが居た記憶がある。どうにもいけすかなかったが、商品だけはそれなりだったような。

 それに、彼女は老婆だが女性だ。私のポリシーとして敵対する女性以外には優しくしたい。女性は須く宝なのだから。

 

「年寄りじゃ……助けると思うて……何か買っておくれよ……」

 

「うむ、うむ。買うから。商品を見せてくれ」

 

 そう言うと彼女はヒヒヒ……と怪しげな笑みを見せて家財より商品を広げる。広げては、また家財を背負う……何だか不便だな。座っている時くらい下ろせば良いのに。

 広げられた商品を見る。何やら光る石のような物や、隙間の洞で見た光虫もある。何やら鍵があるようだ……形を見るにこの鍵はレニガッツの宿の家のものであるようだが……なんでこの老婆が?

 

「この石は何なんだ?こんなものは見たことがないが」

 

「あぁ……そりゃ雫石って言ってねぇ……死体の(ソウル)の残り滓、それが凝縮されてできた結晶だよぉ、ヒッヒッヒ……」

 

 (ソウル)の残滓、その結晶。そんなものあのロードランですら見たことがない。そもそも(ソウル)とは物質に縛られぬものだ。それは最早概念的存在であり、干渉こそ出来るが固形化などと……待て、結晶で思い出した。魔術にもあるじゃないか。結晶魔法の武器が。あれも(ソウル)を介した魔術ながら、触れる程に結晶化しているではないか。

 となれば、不思議ではないのかもしれない。(ソウル)とは変質すれば結晶化するものなのだろう。まさか殺したはずの白竜が絡んでいるなんて事があるはずはないし。

 

 ふぅん、と言ってその石を手に取る。僅かばかりだが、この石には生きる気力を回復させる効力があるようだ。つまりエスト瓶を使わなくても傷が癒せると。便利じゃないか。エスト瓶の残量を気にしなくて済む。

 とりあえずこの老婆……話せばメレンティラというらしい。彼女から買えるだけの雫石を買い取る。どんなものか使ってみたいというのもある。

 僅かばかりの人の像と、何やら各地の仕掛けを作動させるのに使う物らしいファロスの石とやらも買ってみたが。

 

「すまないねぇ……ヒヒヒ」

 

「メレンティラ、貴公ずっとここで商売をするつもりか?」

 

「いんや、そろそろ別の所に行こうかと思ってねぇ……また来ておくれよ、安くしておくからさ……ヒヒヒ……」

 

 パッチもそうだが胡散臭さが商人らしさでもあるのだろうか。あいつもこうやって嫌らしい笑い方をしていた。思い出すと腹が立つが、あいつは今頃どこかで野垂れ死んでいるのだろうか。まぁもう会うことは無いと思いたいが。あいつの禿頭は頭に来る。

 

 

 

 

 

 とりあえずこの上の階などの周辺の探索を終える。

 篝火のすぐ横が崩落しており、なし崩し的に梯子が掛けられていたのでそこから砦内部へと降りる。するとどうやら更に下層では溶岩でも噴き出しているのか、赤く煌々と何かが燃えているようだ。見ればそれは、大きなカエルのような何かが火を撒き散らしている。なんだあの生き物は。

 しかしここのフロアは鍵が掛かった扉が多い。かなり複雑な機構のせいでピッキングでも開けられそうに無いから、仕方なく扉を無視して濃霧が掛かる方へと進めば、まるで大樹のうつろのような大木が絡み合う水辺に出た。

 

「落ちたら死ぬな」

 

 不死は泳げぬものだ。沈めば浮かず、そのまま死ぬ。どう言う理屈かは分からぬが。生命の母とも言われる水に嫌われるとは。つくづく不死とは嫌われ者よ。

 ここは伸びた大樹の根の他にも仮組みされたような足場があるが、いかんせん足を踏み外しやすいらしい。所々で亡者どもが私の存在に気付き弓などで攻撃してくるが、位置を変えようとして誤って落下死している。お前らがそれでどうするんだ。

 

 それでも迫る矢は斬り払ったり弾いたりしながら探索を進める。何やら反対側の石壁が崩れていて入れそうなので、多少ヒヤッとしながらジャンプしてそちらへ飛び乗る。どれだけ冒険をしても落下死の危険性というものは恐ろしいものだ。

 崩落の危険性は薄いようで、むしろこの崩れた壁の中にもしっかりと空間がある。通路になっているようだ。

 警戒しながら進めば亡者が交差点にいる。そしてどこからかやってきた鉄球が亡者を轢き殺した。久しぶりに見たな、センの古城以来だろうか。私もあれに難儀したものだ。

 

 轢き潰された死体を見ながら感傷に浸っていると、どうやら鉄球はあれだけだったようだ。流石にあの大きさの鉄球を装填できる不死はいないだろう。巨人くらいだ。むしろこの罠は侵攻してきたという巨人用なのだろうか。

 鉄球が転がってきた方へと向かえば、誰かが居る。最初はこいつが鉄球を転がした本人かとも思ったが、どうにも違うようで必死に何かを石畳の上に砂を用いて書いている。地図だろうか。

 

「貴公、亡者ではないな」

 

 そう話しかければ、彼は驚いたように振り返りこちらを見た。敵意は無いらしい。見た目こそ放浪の戦士のようだが、腕っ節が強そうにも見えない。

 

「ああ、失礼。ちょっと……ええっと、夢中になってまして」

 

 そう言うと彼は恥ずかしそうに頭……というよりも兜を手でかく。

 

「いや、構わないさ。地図を書いているのか?」

 

 覗けば、それはこの朽ちた巨人の森の地図であるようだ。ふむ、マッピングという習慣が無い私にとって地図というのは新鮮だ。

 

「ええ、大陸のあちこちを巡って地図を作っていまして……ケイルと申します。ミラの出の」

 

「リリィだ。貴公と同じく旅人のようなものだ」

 

 腰に刀を挿しているが、抜く気配は無いし仮に居合いが上手いとしても対応ができるように彼の真横に陣取り、しゃがみ込む。まるでパッチのような座り方だが、案外安定するものだ。はしたないけれど。

 しばしソワソワする彼の横で地図を眺める。かなり精巧な地図だ。地面に書いているのが勿体無いくらいには、彼の地図はよく出来ている。ソワソワしているのは、彼が他人に地図を見せる事が少ないのだろう。

 

「よく出来ている。紙には書かないのか?」

 

 そう問えば、彼は頷いて懐のポーチから真っ新な羊皮紙を取り出す。

 

「今、地図を精査していまして。出来上がり次第こちらに描く予定です」

 

 ふむ、と私は言って、こちらも腰のポーチから擦り切れた羊皮紙を取り出す。

 

「私もこの森を探索していてな。貴公が良ければ模写させてくれないか?もちろん対価は払おう」

 

「ああ、いえ、お代は結構です。趣味でやっているだけですし、まだ完璧じゃ無いですから。でも驚いた、貴女も地図をお描きで?」

 

「いや、普段は女性を描くだけだ」

 

「はぁ、女性を……」

 

 彼は少しばかり唖然としたようにそんな感じで言う。まぁ女が女を描いているとなればこの時代では変わり者であろう。もっと良い時代になって欲しい物だ。

 羊皮紙に彼の描いた地図を書き込みながら、まともな不死との会話にも勤しむ。これだけ探索したのだから有益な話も出そうなものだ。

 

 そんな時。ふと、何故地図が好きなのかという話をすれば、彼は悩む。

 

「理由ですか……難しいですね……そもそも私がこの国に来たのは……来たのは……あれ?……呪い?呪いってなんだっけ?」

 

 地図を模写する手が止まる。それは、不死の最終段階。記憶の摩耗に他ならなかった。ロードランではあまり見なかったが、私を殺した薪の王が火を継いで以降火が陰り不死が現れると、どうにも理性と記憶両方が摩耗する者が増えた気がする。彼もまた、そうなのだろう。

 呪いを解こうとやって来たドラングレイグでその事すらも忘れるとは……なんと哀れなのだろうか。ただ一つ大好きな地図描きを覚えていることは救いなのだろう。

 

「いや、良い。思い出せない事もあるさ」

 

「ははは、嫌ですね。最近頭がぼんやりする事が多くて……ただ地図を描く事が好きなのは覚えているんです」

 

 そう、思い出さない方が良い事もある。それが辛い記憶ならば尚更だ。

 

 

 

 

 

 ケイルから地図を写させてもらい、先へ進む。隠し扉の位置なども記されており、無駄なく探索ができそうだ。

 彼はどうやらマデューラにある鍵の掛かった空き家を拠点としているらしく、そこの地下にある巨大な地図に魅入られているらしい。私も是非見たいと言ったら、親切な事に鍵をくれた。素晴らしい、あそこをドラングレイグでの拠点としよう。彼も住んでも構わないとの事だし。何より、今後美しい女性とそういう関係になったらやる事やるための場所が必要だろう?

 

 さて、大樹を登って地図の通りに進む。砦の上では亡者兵達がまたまた襲ってきたが、返り討ちにする。

 そうして、砦上の広場にやって来た時だった。何か、大きな影が太陽を遮った。

 

「ドラゴン……じゃないな。大鴉か?」

 

 祭祀場にいた大きなカラスが飛んでいる。バサバサと羽ばたき、どんどんこちらへとやって来るではないか。カラスも亡者化するのだろうか?それとも単に凶暴なだけか。

 

 いや、よく見てみれば何かを抱えている。あれは……鎧?

 

 

 刹那、カラスから何かが投下される。勢いよく私の数歩前に飛び降りたそれは、少しだけ空中に浮いたイカツイ騎士だった。目は赤く光り、手にするのは大きな大剣と大盾。まるでバーニス騎士だが、目の前にいる強敵は曲線が多いしシルバーだ。

 

 その騎士はこちらを見るや否や、浮きながら剣を構えてこちらへと襲い掛かってくる。やはり敵のようだ。

 

「面倒な輩だ」

 

 気怠げに言えば、私は右手にメイスを、左手にレイピアを携えて警戒する。

 初撃は斜め下からの切り上げ。膂力はあるようで、回避した私の立っていた石畳を容易に砕く。だが動きは単調なようだ。キレは良いが。

 

 回避した私を追撃するように、その強敵……呪縛者は大剣の連撃を放ってくる。

 

「ほれ、ほれ!当てて見ろ!」

 

 煽りながら攻撃を避ける。どうせ話せるほど理性は無いのだろうから煽っても無駄だろうが。

 今度は突きだ。だがどうにも奴の握る大剣が光っている……多少の呪いを感じさせながら。貫かれれば多少は不味いか。

 

 呻き声と共に繰り出される突きをスライディングして避ける。そのまま奴の足下を潜り抜け、立ち上がり様に股間をメイスで打ちのめした。

 

「オオオオォオオ!」

 

 思わず股間を押さえる呪縛者。不死だろうから生殖機能は無い、安心し給え。

 大袈裟に痛がる呪縛者の背後をタコ殴りにする。時折メイスの刺突を交えれば、相当なダメージを受けたのだろう、呪縛者は浮きながら勢い良く逃げ出す。

 

「逃げるなァ!」

 

 私はそんな呪縛者を追う。だが、その時またあの大鴉がやって来て呪縛者を攫っていった。どうやら組んでいるようだ。

 大きな(ソウル)を持っていそうな獲物を逃し、私は少し膨れっ面で逃げていく大鴉を眺める。だがこれでようやく分かった、この地にもロードランのように強大な(ソウル)を持つ雑魚共が多いようだ。狩り尽くさねば。

 

 呪縛者を逃し、しかし先へ進む事は止めず。そんな時、分岐路でまたまた理性を保った人を見掛ける。

 軽めの鎧と兜に身を包み、槍と軽い大盾を持った男は、適当な石に腰掛け何かをずっと待っているかのようだった。どうにもこの男からは奇妙な感じがするも、話しかける。

 

「貴公、不死か」

 

「やぁ、こんにちは。貴女もでしょうか。もしかしてお一人で旅を?」

 

 親切な言葉遣いと物腰の柔らかそうな若者だった。嫌な感じは一歳無いのにどこか胡散臭い気もするが……まぁ偏見だろうか。

 

「このご時世に一人旅とは、何か訳ありなのでしょうねぇ……まぁ私も人の事は言えませんが。フフフ……私はペイトといいます」

 

「ペイト……うむ……」

 

「何か?」

 

「いや、気のせいだ。私はリリィ。貴公も呪いを解きに来た口か?」

 

 何かが引っかかる名前だが、きっと気のせいだろう。長年生きているのだ、そういう事もある。

 

「いえ……そうですね……宝探しのような事をしています。あちこち巡ってね。ああ、近頃は旅人を騙す輩も多いと聞きます。貴女も道中お気をつけて」

 

 ただの親切な若者だと良いのだが。何をそんなに警戒しているのだ、私は。

 

「そうそう、そこの奥に行くのであればお気をつけて。何やら宝があると聞いていますが、中に入ると入り口が閉じる仕組みになっています」

 

 そう言ってペイトは前にある石造の門を指差す。確かにケイルの地図にも罠であると書いてある。罠を教えてくれるということは、悪い奴では無いのだろうか。

 

「前にも同じような仕掛けを見た事があるからわかるんですよ。その時も戦士風の方と居合わせたのですが……私を押し退けて入って行ってしまいまして。宝はやらんとか言いながら。乱暴な人でしたが、結果的に助かりました」

 

 彼は左手に嵌めた指輪を見せる。棘がついたような悪趣味なものだった。

 

「その方が落とした指輪を持っているんです。無事だと良いのですが……」

 

「欲深い輩は一定数いるものだ。貴公が気にかける事では無い」

 

 人間とはそういうものだ。誰もが親切では無いのだ。少なくとも表面上は親切な目の前の男のように。

 

「私は手を引きますよ。中がどうなっているかも分かりませんから」

 

 あの憎きパッチのように騙す気は無いようだが。まぁ良い、所詮罠などセンの古城程では無いだろう。私は感謝だけ述べて罠へと飛び込む。

 門を潜れば、やはり柵が降りてきて閉じ込められる。安心したのは先へと進めばどこかに繋がっているという事だ。帰還の骨片を使わずとも良い。

 

 すると、奥の扉が開き建物から亡者兵士がワラワラと出てくる。丁度良い、呪縛者に逃げられてムシャクシャしていたんだ。鬱憤を晴らさせて貰おう。

 

 

 

 

 

 亡者を悉く殺戮しながら探索する。彼の言っていたお宝は、きっとこの地図に記された隠し扉にあるのだろう。

 壁を叩けば、やはりというべきか壁が引き戸のように開いて行く。中には宝箱……念の為に叩けば、どうやらミミックでは無いようだ。流石にあの魔物に食われるのは勘弁願いたい。

 

「おお、これだこれ!これを探していたんだ!」

 

 中身は魔術師の杖。これがあれば得意の魔術や闇術が使える。戦力の大幅アップだ。

 久しぶりに握る杖は結晶の錫杖ほど理力が効率良く伝わるものではないが、この森にいる敵相手には十分すぎるくらいだろう。

 右手にレイピアを握り、左手に魔術師の杖を掲げれば意気揚々と先へと進む。

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、どうやら上手く抜け出せたようですね」

 

 罠を抜け出し……というか捩じ伏せペイトの所へ戻れば彼は変わらぬ様子でそう言った。

 

「お陰で宝も手に入った」

 

 左手の魔術師の杖を掲げる。やはり魔術は良いものだ、敵が瞬間的に溶けていく。

 

「それは良かった。そうだ、これを差し上げましょう」

 

 すると、彼は見覚えのあるものを取り出して差し出してきた。それは白いサインろう。懐かしいものだ、あの時、あの場所で、竜になろうとした太陽の戦士からも貰ったものだ。薪の王に根こそぎ持っていかれたが。

 

「懐かしいな。感謝するぞ、パッチ……じゃなくてペイト」

 

 名前がちょっと似ているから間違えてしまった。彼は首を傾げたが、それは良かったと言っていつものように優男へと戻る。まぁ何はともあれ結果的にプラスにしかならなかったな。

 

 

 分岐点へと戻り、砦を先に進む。どうにもこの地の濃霧は入り辛く、中へと入るまでに時間がかかる。ロードランのように敵をスルーしながら濃霧を潜るのは危険だ。

 しかし本当に魔術は便利だ。ソウルの矢でさえここの亡者共は一撃で死んでくれるから、わざわざ殴りにいかなくても良い。流石に亀のような鎧をした重鉄兵は一撃では殺せないが、それでも大ダメージである事は確かだ。

 

 そうして、私はさっきの篝火下にある通路へと出る。相変わらず下層では火吹きガエルが燃え盛っているが、関係ない。

 篝火までの扉もこちら側からならば開くようで、良いショートカットだ。目の前に昇降機があるが、地図にはそれ以降の道が載っていない。地図は確かに便利だが、探索のワクワク感が無くなってしまうからこういうのもまた良い。ロードランではワクワクなどしなかったが。

 

 昇降機を降りれば、そこは一本道の通路だった。地下にあるのだろう、地盤を掘って作られた雑なものだ。けれど扉がひとつぽつんとあるのを見るに、ここは炎まみれの下層へと繋がっているのだろう。そちらも見たかったが、鍵がなければ開けられない。

 濃霧の前に白いサインが二つある。他世界からの協力者のものだ。懐かしいな、ロードランでも世話になった。

 

「おう、ペイト。さっきぶりだな」

 

 ひとつはペイト。召喚されるや否や、こちらにお辞儀する。やはり獲物は槍と大盾だ。

 

 そしてもう一つのサインは……

 

「なんだお前?」

 

 傭兵ルートと呼ばれる、岩のようなハベルの鎧を着込み両腕に大層な大盾を持った……なんだ、こいつは。胴体以外は普通の鎧だが、何やら頭が赤く光っている。もしやこの大盾と言い、敵を引きつけるための装備なのだろうか。意外と頼もしいじゃないか。

 まぁ良い、こうやって誰かと戦う事は久しぶりだ。私達は濃霧に手を掛け、それを潜る。サインを書く、という事はこの先には強敵がいるということだ。(ソウル)はあまり感じ取れていないが。

 

 

 霧を潜れば、そこは大部屋と呼べぬくらいに洞窟で。そしてそれは居るのだ。

 

 

 大きい巨体。それは、巨人と言うにはあまりにも無機物のようで。

 顔があるはずの顔面には、大穴が穿たれていて何も無い。その穴はまるで呪われ過ぎた不死の身体に開く暗い穴のようだ。

 そして異様なのは、その巨人が鎖に繋がれていると言うこと。捕縛され、そして忘れられたのだろう。しかしまだ生きているようで、侵入してきた私達を、振り向いて確認した。

 

 刹那、巨人が吼える。

 

 まるで仇敵が来たと言わんばかりに。吼え、そして私にだけ殺意を向けてくる。会った事はないのだが。もしかして女は好きじゃないのだろうか。お前男好きか巨人。

 

「おい傭兵、お前の仕事は敵のヘイトを集める事だろう。仕事しろ」

 

 隣で立ち尽くす傭兵ルートに愚痴る。けれど彼もおかしいな、と言わんばかりに大盾で頭を掻いている。やめろ、大盾を振り上げると私に当たるだろう。

 

 

 

最後の巨人

 

 

 それは、そう名付けられたのだと頭が理解する。不思議な感覚だ、まるで囁かれたような気にもなる。とにかく、その最後の巨人は暴れに暴れ、鎖を引き千切る。そんなに簡単に千切れるならばさっさと逃げれば良いのに。丁度天井は無く、岩場だから登っていけるだろう。

 だがそんな事はどうでも良いのだ。早くあの巨人を滅ぼし(ソウル)を奪いたい。それは久しく隠れていた私の中の獣性。ロードランで味わった奪うことの快楽。

 

 私が走り出せば、遅れて協力者の二人も走る。ルートだけはその装備のせいで遅いが。

 

 巨人が拳を振り上げ、私目掛けて一気に振り下ろす。それをステップで避ければ地面が大きく揺れた。

 

「鈍いぞ巨人ッ!」

 

 揺れのせいで動けぬペイトを置いて、私は姿勢を低くしながら足下へと駆ける。巨人の弱点は足。踏まれたり蹴られたりすれば致命傷は免れない。だがその鈍重な動きは欠伸が出るほどだ。

 瞬間的に追尾するソウルの結晶塊を展開する。時は経とうともその技は衰えていない。

 

「オラァッ!」

 

 あの頃の少女らしさは何処へやら。猛々しい雄叫びをあげながらメイスで足を殴る。如何に私が小さな人間であろうとも、その膂力は(ソウル)により強化されている。握り拳ほどの鉄の塊が巨人の踵を砕いた。同時に、結晶塊が飛んで行く。

 

 巨人が痛みに咆哮する。

 

 結晶塊が巨人の腰に全て当たり、まるで腰を痛めた老人のように崩れ落ちた。痛いんだろう、片腕で腰を押さえ、項垂れている。

 

「死ねぃッ!」

 

 項垂れる巨人の頭の前へと移動し、瞬時にメイスをレイピアへと切り替える。そして、顔に空いた大穴にその切っ先を突き刺した。

 ずぶり、と肉とも皮とも思えぬ泥のような感触が握り手に伝わる。一体此奴の穴には何が詰まっているのだ。

 

 だが相当なダメージであったらしく、まるで飛び起きるように巨人が立ち上がり、よろよろとよろめきながら頭と腰を押さえる。二日酔いみたいだな。

 

「お前ら仕事せんかァ!!!!!!」

 

 背後でどうして良いか分からず立ち尽くす二人に檄を飛ばす。彼らはわたわたしながらよろめく巨人へと突っ込んだ。

 だが、その時だった。ダメージを受けながらも復帰した巨人が、何を思ったのか怒りに任せて自身の片腕を引き千切ったのだ。どうやら相当怒らせたらしい。

 

 千切った腕をまるで棍棒のように振るう巨人。突っ込んだ白霊二人は突然の逆襲に吹き飛ばされた。

 

「まったく男という奴らは……」

 

 協力者が聞いて呆れる。今度は私目掛けて振るわれる腕をローリングして後方へ回避する。

 

 そんなに死にたいのであれば見せてやろう。これでも闇姫と言われた過去がある。それはただ戦いに長けていたわけではない。

 

「追う者たち」

 

 闇術の十八番、追う者たちを展開する。結晶塊のように現れるそれは、私の闇から生まれし仮初の生命。そして長らえる事のないそれらは、生命を羨み向かっていく。

 放たれた闇の生命は、結晶塊のようにやさしくはない。巨人の足、腕、胴を容易く穿ち、爆散させる。

 

 一際大きく咆哮すると、巨人は倒れる。断末魔も大きいな。

 

 ああ、そうだ。こういう時に言う言葉があった。

 

I’m invincible(私は無敵故),I’m unavoidable(逃げる事は叶わぬ),I’m undebatable.(その余地すらない)

 

 久しぶりの決め台詞。自分で決め台詞と言って恥ずかしくないのかとも思ってしまうが、まぁ良いのだ決まれば。

 巨人は次第に(ソウル)へと霧散する。最後の巨人は、ドラングレイグに訪れた私にとって最初の巨人である。

 

━━Victory Achieved━━

 

 

「お前ら何をしに来たんだ……」

 

 

 唖然としながら消えていく白霊二人を見て呟く。まぁ二人とも世界の主(ホスト)が悪かったのだ。綺麗で強い白百合に呼び出されてしまったんだから。

 




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Overrun
ハイデ大火塔、古い竜狩り


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 マデューラの篝火に転送される。便利なものだ、ロードランの時なんてやっとの思いで突破してきた道を逆走したりしなくてはならなかったのに。中盤からは転送が出来た上に敵もあまりいなくなったからあんまり苦労はしなかったが。

 

 最初の巨人を屠った後に朽ちた巨人の森を探索したのだが、どうにも開かない扉もある。まぁその内鍵でも手に入るかもしれない。特にあの砦に相応しくない(ソウル)仕掛けの大扉は、やたらと強そうな騎士が守っている上に王の証を見せろと要求されるからどうにもならん。

 また、一箇所だけ強い(ソウル)を感じる濃霧があった。一先ずマデューラで休息したならばそっちへ向かうのも良いだろう。

 

 しばらく篝火の炎を見詰めて休む。不死はこうする事でしか安らぎを得られないのだろうか。

 眠りもせず、涙も流さず。けれど安らぎくらいはあってもいい。そしてその安らぎを守るのは火防女であり。このマデューラにいる火防女は美人だから目の保養にもなる。

 

「君もこの地に降りてから長いのか?」

 

 篝火のすぐ側で海を見詰める緑衣の巡礼に話し掛ける。彼女はフード越しに私を一瞥すると、語る。

 

「貴女のような沢山の不死を見ました。希望を求めこの地に訪れ、しかしやがてはその希望すらも失い、亡者となる……遅かれ早かれ、皆そうなるのです」

 

「随分と悲観的じゃないか。不死になった事を嘆き悲しむから絶望する。むしろ、私のように楽しむべきなのさ」

 

 そうやって私は生き抜いてきた。希望も絶望も無い虚無の中、それでも私は自分の人生を楽しんだ。

 後悔だけはしてはいけないとは、誰の言葉だったか。そして後悔はもう、しているとは、私が言ったのだったか。けれど、私は自分の人生を、選択を後悔はしていない。だってその過程で見てきた美しいものは本物だったから。

 

 私はそれを、後世に紡いでいかなければならない。私達の愚かで綺麗な思い出を、絶やさないために。

 

「……誰もが貴女のように強いわけではありません」

 

「だろうな。私も最初は殺されまくった」

 

 今でも不死院のデーモンの一件は腹が立つ。あの野郎、散々人を挽肉にしやがって……そう言えばこの時代にはもうデーモンは残っていないのだろうか。最早苗床は消え去り、死に行くだけの種族であるが故に栄えることは無いだろう。

 私は立ち上がり、緑衣の巡礼の隣に立つ。そして共に海を眺めた。

 

 マデューラの海は深い青に染まっている。嗚呼、あんなに綺麗に映る海は、しかし不死にとっては死の象徴であるとは。触れられず、見る事しか出来ないのは案外辛いものだ。

 

「美しい海だ。君が今目にしているものは、果たして絶望だろうか?」

 

「……私には、分かりません」

 

 無口な彼女が自分の感情を言い表せないでいる。なんと愛い事だろうか。後こんな状況で言うのも何だが本当にスタイルが良いな。隣に並んでいるから分かるが胸部が本当に大きい。谷じゃないか。谷……谷村?

 私も胸だけはあまり無いからな……案外コンプレックスだったりするんだ、が、あれ?

 

 ふと、自分の胸に目を遣れば。異邦の服を着込んではいるが、どうにも昔よりも盛り上がっている。おかしいな、アノール・ロンドであの女神を見た時に感じた絶望感が薄れているじゃないか。

 

 不死は成長しないものだ。それは覆せないこの世の摂理。そう言えば、髪も少し伸びただろうか。代謝の無い不死は最早髪すらも伸びないのに。

 

「……きっと、分かるようになる。私は絶望には飲まれん。私は闇に咲く白百合であるが故にね」

 

「……意味が、分かりません」

 

「自分でも言っていてよく分からんから大丈夫だ」

 

 良い雰囲気にしたくて自分から壊していってしまった。これは反省しなければ。人生反省することばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 朽ちた巨人の森に戻るのも良かったが、せっかく海を見て感傷に浸ったので逆方向にあるハイデ大火塔へと向かう。その火塔は海に面しており、今では海面の水位が上がってしまったせいで殆どが海の底ではある。

 ハイデという名が果たして国であったか、地名であったのかは最早失われた記録故に解らぬが、私の古い記憶では確か交易で栄えた国であったと思う。まぁ聞いたか何かした程度の記憶でしか無いから確かではないが。

 

 マデューラから東へトンネルを潜り、水門伝いにハイデ大火塔へと向かう。道中分岐路があったが、どうにも仕掛けが分からずもう片方への道は閉じ切ってしまっている。まぁ今は良いさ、どうせその内行くことになるのだから。

 

 水路を抜け、眩しい陽の光と海が反射する太陽光が同時に網膜を攻める。嗚呼、この眩しさこそあの太陽の戦士が憧れたものであるのだろうか。確かに、その光が映す光景は綺麗であるな。

 

 見渡せば、そこは海。ちらほらと未だ朽ちぬ塔とその周囲の建物が海面から覗くばかりだ。青教と呼ばれる宗派がいつからあったのかは預かり知らぬ所だが、ここはその発祥の地。神を信じぬ私にはどうでも良いことだが。

 

 

ハイデ大火塔

 

 

 近場に篝火があったので、とりあえず点火する。あまりにも海に面したこの地では水死の危険性が絶えないだろう。あれは苦しいからできればしたくは無い。少なくとも、死んでもここから復活できるのは有難いことだ。

 ここからでも見て取れるが、道中には巨人かと思う程に大きな古い騎士達が鎮座している。最早鎧は錆びており、まるで黒い森の庭にいた石の騎士のようにも見える。関係は無いだろう。

 

 篝火からすぐの広場に、バケツ頭のボロボロの騎士が座り込んでいる。どうにも亡者らしく、こちらの問い掛けにも反応は無い。敵意が無いのであればそれで良いが、後々襲い掛かられても困るので殺す事にしよう。

 ハイデの騎士と呼ばれたバケツ頭の彼らは、守るべき地が海に沈み最早やる事が無いのだろう。だがその技のキレは失われていないようだ。久しく一方的な蹂躙ばかりだった私は、反撃してくるハイデの騎士と斬り合う。

 

「だが所詮は亡者だ」

 

 亡者とは理性の無い獣。故にその攻撃は自身の最も得意とする技ばかりを用いる傾向にあるのだ。

 ハイデの騎士の三連撃。一撃目と二撃目をメイスで弾き、三撃目の大振りを見切った。

 左手のレイピアが、完全に騎士の剣をパリィする。すると無防備になったハイデの騎士の首元へ右手のメイスの柄でジャブを入れた。これは牽制だ。怯ませればより効果的な一撃を入れられる。

 

 殴られ怯んだハイデ騎士の頭を、メイスで打ち倒す。ボコッとバケツ兜がへこみ、そのまま勢い良く倒れ込む騎士を追撃する。更に顔面へとメイスを叩き込めば騎士は死に絶えた。まともな頃に戦えればそれなりに楽しめたはずだ。

 

 

 巨漢の古騎士は厄介だ。握り拳程度の大きさのメイスの先端では怯ませるのも容易ではない。ただ私の膂力はそれなりに強いため、殺す事自体問題は無い。

 各所に配置された古騎士を倒せば、時折何かのレバーが現れるが、引いても良かったんだろうか。まぁ良い、何とかなるだろう。……あの頃の慎重な私は消え去ったな。

 

 古騎士にも色々と種類がいるようで、時折大きなメイスや特大剣を持った厄介な輩がいるものの、そいつらは魔術や闇術で屠る。シースは嫌いだが結晶の魔術は強いので好んで使っている。

 

 そうこう進んでいれば、また分岐路となる。片方はこの下にある大火塔へと繋がっているようで、もう片方は上方に位置する聖堂のような建物へと繋がっているようだ。どちらにしようか悩むな、敵がいようが全部屠れば良いから楽しむことだけしか考えない。

 

「あれは……飛竜か?」

 

 と、聖堂手前の円形の広場に赤い飛竜がいるではないか。どうにも平和そうに眠りこけているあたり、奴の脅威となる敵がいないのだろう。

 あれを見ていると城下不死教区のヘルカイトを思い出す。まだ未熟な薪の王と散々焼かれたものだ。……思い出したらなんだかイライラしてきた。

 

 思い立ったが吉日。とりあえずあの竜は殺してしまおう。(ソウル)も美味いだろうし溜飲も下がるというものだ。私にとってメリットしかない。

 

「邪魔だこの古臭い騎士共ッ!」

 

 道中のハイデ騎士と古騎士を尽く屠る。弱いのに道を塞ぐのが悪いのだ。

 と、そんな喧騒を聞きつけたのか眠っていた飛竜が首を上げてこちらを見た。どうにも寝起きらしく、若干機嫌が悪いらしい。まぁここは静かだから昼寝にはちょうど良いのだろう。

 

 まるで鬱陶しい蝿を払うかのように、広場へと通じる一本道を飛竜が焼く。口から放たれた炎は伸び、危うく私を燃やしかけた。腹が立つ。

 きっとそれで私が死んだとでも思ったのだろう。隠れる私に気付く事もなく飛竜はまたすやすやと眠り込む。あれだけ気分良さげに眠るのを見ると睡眠が羨ましい。

 

 見ていない隙に一気に駆け込む。私の素早さならば今気付かれようが炎に焼かれる事はない。

 迫る私の足音を聞きつけたのか、飛竜がまた起きてこちらを見た。ギョッとした顔を飛竜でもするものなのだな、その顔はどうにも驚いているように見えた。

 

 飛竜が飛び起き、しかし何かする前に私のレイピアが奴の足に突き刺さる。ふむ、カラミットの硬さを想像していたがそれよりもよっぽど柔らかいようだ。先程レニガッツに武具を鍛えてもらった成果も出ているようだ。

 飛竜は嫌がるように私を踏みつけようとするが、あまりにも遅すぎる。飛んで何処かへ行かれる前に仕留めてしまおう。

 

 魔術師の杖を左手に持ち、脳内で詠唱する。放つは(ソウル)の結晶槍。結晶化する程に濃縮された(ソウル)は槍となり飛竜の胸を穿つ。

 咆哮し、怯む飛竜を更に攻める。レイピアに黄金松脂をサッと塗り、ガラ空きの喉元を突き刺しまくる。竜は総じて雷が苦手なのだ。

 

 数度突き刺せば飛竜は倒れ込んだ。そして後に残るは中々の量の(ソウル)。だが思っていたよりも少ないな。まだ若いのだろうか。

 

 飛竜を倒すとまたレバーが現れたので引いてみる。すると、聖堂前の橋が降りて来て通行できるようになった。これはもう行くしかないだろう。

 やや警戒しながら橋を渡り、聖堂を見上げる。立派なものだ。いつかこの建物も海の藻屑となるのだろうか。

 聖堂には濃霧が掛かっており、中からはそれなりに強い(ソウル)を感じる。良い良い、私が強くなるための餌がいるということだ。

 

 濃霧に触れ、中へと入る。中は至って普通の礼拝堂のように見えた。白教も青教も、こういう所は変わらぬものだな。

 

「……ほう」

 

 そしてその先に居る者を目にし、ほくそ笑む。

 

 見知った鎧だった。かつてあの神々の地において私を苦しめた強敵。それに酷似した鎧を着た誰かが、そこにはいたのだ。

 竜狩り。今は名前すらも失われているらしい四騎士の長。その名は竜狩りオーンスタイン。けれどもあの頃の金ピカ具合は無い。燻ったような銀色であり、背丈も少し小さいか。となれば、あれはもしかすると古くグウィンの竜狩りに参加した者の成れの果てかもしれない。

 これから死ぬ事には変わりないがね。

 

 

古い竜狩り

 

 

 竜狩りはこちらへ振り返るや否や、槍を抱え一気に突っ込んでくる。見覚えのある技だ。そして、私達を追い詰めた奴程キレのあるものでもない。生温い。

 あまりにも温くて、考える時間が多大にある。そうだな、槍か。確かに相手取ると厄介な敵ではあるな。ならば私の技の練習台となってもらうか。

 

 突進する竜狩りが槍を突き立てる。私は少しだけ身体を捻りながら片足を大きく上げる。

 

 薪の王(あの若造)ができて私が出来ないはずがない。槍は私を突き刺す事はなく、逆に踏みつけられて無効化された。

 あの時、最初の火の炉で薪の王にされた事を私も試してみたのだ。案外ぶっつけ本番でもできるものだ。だが別にその後は何もしない。竜狩りは思わず槍を引いて私から逃れる。

 

「竜狩りが聞いて呆れるぞッ!」

 

 下がる竜狩りを追う。手にするのはメイス。鎧相手には打撃系が良いからだ。

 苦し紛れに槍で斬り払いをする竜狩りだが、私はそれを前転で回避した。そして起き上がり様にメイスをカチ上げる。ゴンっと鈍い音がしてメイスの鉄塊が竜狩りの胴にぶち当たった。

 

「……!」

 

 竜狩りは驚いたように怯み、しかしあまりダメージが無いようだ。これは魔術を使うことも視野に入れなければ。

 私の次の一撃を竜狩りはステップで避けると、カウンターのように槍を突き刺してくる。なんて事は無い、私はそれをメイスで弾く。

 

「オラオラどうした!竜狩りを見せてみろ!」

 

 大きく跳躍し、竜狩りの頭上を超えながらメイスを打ち付ける。ガンッと頭を叩かれ竜狩りが痛がり大きく怯む。その際小声で痛ッ、と言っていたが聞かなかった事にしよう。

 着地と同時に右手に魔術師の杖を取り出す。唱えるのは闇術、闇の飛沫。放たれた闇の塊達は確かに竜狩りの背中に追突した。

 

 だが、どうやらこの竜狩りに闇術はあまり効かないようだ。まるでこちらを嘲笑うかのようにゆっくりと振り返り胸を張る竜狩り。なるほど、こいつやっぱり神々じゃ無いな。人だ。

 となれば、私はソウルの槍を放つ。闇術に耐性があるならば魔術で殺す。一方竜狩りは、それはダメだと言わんばかりに全力で避ける。分かり易いなこいつは。

 

 避けた先で、竜狩りが跳躍した。その動きはやはり突き刺し。まぁ槍なのだから突き刺しが王道だ。むしろそれ以外はあまり強くは無い。

 

 空中で加速したように竜狩りがこちらへ落下してくる。私も瞬時に飛び上がり、真っ向から向かっていく。

 ショートソードを右手に持ち替え、迫る槍を弾きながらローリングして竜狩りの身体を躱す。そして背後に飛び乗れば、その切っ先を背に突き立てた。

 

 流石の鎧も私の膂力の前には無力。半分ほどまで突き刺さった刃を抜けば、竜狩りの背から血が噴き出る。

 私が奴の背から飛び降りると、竜狩りは激痛に悶えながらもこちらを見据えた。根性はあるらしい。

 

「さぁ、私を殺してみせろ!」

 

 両手を広げて挑発する。流石に怒ったのか、竜狩りも震えが止まらない。

 竜狩りは震えたまま、闇のような波動を身体から放つ。本物は雷だったが、人であるが故に闇が得意なようだ。

 

 竜狩りは跳躍すると、今度は槍を構えずに……まるで空中で座り込むようなポーズを取る。あれはもしや、スモウもやっていたヒップドロップか。

 地上のこちら目掛けて一気に奴の尻が迫る。何て汚い光景なのだ。私が転がってその範囲から出た瞬間、奴のヒップドロップが炸裂。石畳に闇の波紋が広がる。

 

「最初からそれをやればいいんだ」

 

 座り込んだままの竜狩りに肉薄する。右手にはレイピア。左手には魔術師の杖。走りながら私はレイピアにエンチャントしてみせた。

 結晶魔法の武器。剣に結晶化した(ソウル)を宿らせ、一時的に爆発的な威力を齎す魔術だ。

 

 立ちあがろうとする竜狩りが苦し紛れに槍を横に薙ぐ。私は跳躍し、それを軽々と飛び越えた。

 

I’m invincible(私は無敵故),I’m unavoidable(逃げる事は叶わぬ),I’m undebatable.(その余地すらない)

 

 お決まりの台詞を吐き、竜狩りを押し倒す。攻撃し終えたばかりの竜狩りはバランスを容易に崩し、私に馬乗りにされると。

 一気に胸元へとレイピアが突き刺される。それは必殺の一撃。突き刺したレイピアを引き抜き、更に喉元へと突き立てる。すると竜狩りがより一層苦しみ、とうとう動かなくなった。

 

「例え本物の竜狩りであろうと今の私は倒せん」

 

 レイピアを引き抜きながら立ち上がり、刃に着いた血を払う。その時にはもう竜狩りは(ソウル)の霧と化して消えてしまっていた。

 (ソウル)の量は中々のものだ。強者であったのだろう。だが相手が悪かったな、私はこれでもロードランではそれなりに名を馳せたのだから。

 




1/18 仕事の関係で今週も投稿が厳しいです…


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ハイデ大火塔、聖職者と女騎士

投稿が空いてしまい申し訳ありません。10000近く書いたから許して


 

 

 

 古い竜狩りが鎮座していた大聖堂は、どうやら進むべき場所ではなかったようだ。何だか気難しそうな騎士が去れ……とか言ってくるだけで目ぼしい物は無かった。態度がムカつくのでとりあえず文句だけ言う。

 その先でひび割れた青い瞳のオーブとやらは手に入れたが、これだけでは赤い瞳のオーブとは異なり侵入などはできないようで無用の長物。まぁ強敵を倒して(ソウル)を手に入れられただけでも良しとしよう。

 

 さて、来た道を戻り分岐点より大火塔の主塔へと向かう。道中道を塞ぐ古騎士共を屠り、宝箱の前で座り込んでいたハイデの騎士もついでに殺して何やら有用そうな指輪を手に入れる。

 繋ぎ止める指輪。どうやら亡者化が深く進行しても生命力が低下しないらしい。この時代の不死達には重宝するのだろうが……いかんせん、私は古い時代の亡者である。故に今の若い奴らとは体の作りが少し違うようなのだ。だから生命力は低下しない。誰かにあげてもいいかもしれない。

 

 そんな、ちょっとしたガッカリを味わいながら主塔に掛かった濃霧を潜る。竜狩り程では無いがそれなりに強い(ソウル)を感じてはいる。どれどれ、少しは楽しませてくれれば良いのだがね。ドラングレイグの連中は根性無いからな。

 

 濃霧を潜った先に居たのは、大層な鎧に身を包んだ騎士だった。重厚で、装飾も良い赤い鎧と兜は状態も良い。手にした斧槍と盾もまたそれなりに高価なのだろう。体格も良い、古騎士ほど身長は無いが常人では無い。そこそこの(ソウル)を期待できそうだ。

 

 

竜騎兵

 

 

 私はドラングレイグの歴史に詳しくは無いからよく分からないが、それはそう呼ばれていたらしい。私の中の何かがそう言ってくる。

 竜騎兵というくらいなのだから竜にでも乗っていたのだろうか。ロードランで様々な古竜や飛竜を見た私からは想像できないが。

 ともかく、竜騎兵はこちらを見るや否やズシリと重い足取りで私へと向かってくる。ざっと地形を見れば、この主塔内部は円形になっており、厄介な事に狭い円形の足場の周りは壁ではなく海へと落ちるようになっている。動き回る戦法だと私が落下死しかねない。

 

「落下死か……いやこれは溺死になるのか?どちらにせよ嫌な死に方だ」

 

 実はロードランで結構な数の落下死と溺死をしてきた。故にその苦しみは分かっている。落下して頭から叩きつけられればまだマシ。足から着地しようものならば数時間苦しみ死ぬ事もあった。溺死は苦しいし。まぁ死ななければいいだけの話なんだけれど。

 

 どうやら考え事の最中に竜騎兵の射程に入っていたらしい。もっさりとした動作で竜騎兵が斧槍を振り上げる。サッと私も右手を朽ちた巨人の森で拾ったバックラーに変え、待つ。

 

 確かに、中々の速度と破壊力を持つ一撃であった。振り下ろされた斧槍は、けれど案外あっさりとバックラーによりパリィされる。構えと初動が分かれば後は簡単なものだ。

 どうやらこんなにあっさりと弾かれると思っていなかったらしく、竜騎兵は驚いたように兜の中の血走った瞳を開いていた。だがこれだけデカイとパリィからの致命の一撃はできないな。

 

 仕方ない、と私は弾かれて無防備を晒している竜騎兵の横を走り抜ける。円形の床までは狭い通路であるため、危うく竜騎兵とぶつかりかけた。

 私は円形広場の中心に陣取り、背を向ける竜騎兵を挑発する。具体的には、やれやれと両手を広げて態とらしく首を傾げた。呆れる、というロードランの闇霊で流行っていた煽り行為である。大体は仮面巨人と呼ばれた害悪闇霊連中がやっていたが。

 

 竜騎兵は振り返り様にそれを見て、少し怒ったのだろう。重い体重からステップを踏み、斧槍を一気に突き刺してきた。

 

「お〜いおい」

 

 だが私の飄々として舐め切った態度は何も変わらず。

 ドンっ、とその斧槍の切っ先を踏み付ける。先程竜狩りにやってみせた行為だ。確かに突きはキレが良いが、それだけだ。分かりやすくて見切りやすい。

 

「ロードランならお前は単なる不死の栄養分だぞ」

 

 斧槍を片足で踏みつけながら腕を組み、ニヤリと笑い竜騎兵を嘲笑う。あまりにも完璧な見切りに焦ったのか、竜騎兵は槍を引いて私の美脚の拘束から逃げる。まぁお遊びはここまでだ。今度は私も手を出させてもらうぞ。

 レイピアを握る右手に力を入れ、距離を取ろうとする竜騎兵へと駆け出す。魔術や闇術で屠るのも良いが、此度は昔ながらの近接線だけでやってみせようかな。

 

 盾を持つ竜騎兵の左側へと緊迫し、相手から姿を隠す。大盾は良い。強大な攻撃からも身を守れるそれは、正しく鉄壁の防御。私もロードランでハベルの大盾相手に苦戦したものだ。

 だがそれ故に、視界が遮られる。今も竜騎兵の盾に隠れ、私は攻撃の寸前。手始めに盾の内側へと入り込み、レイピアを鎧の隙間に突き刺す。

 

 ふむ、攻撃は案外通るが効き目が薄いな。無理も無い、碌に改造していないのだからこんなものだろう。

 

 刺されて痛みが走ったのか竜騎兵がもがく。盾を持つ左腕で、内側に入り込んだ私を薙ぎ払おうとして暴れたので一度離れた。如何に私の膂力と技量が高くとも生命力と強靭はそこまで高くない。ガタイの良いあいつの攻撃は喰らわないに越したことは無い。

 

 お返しとばかりに斧槍が振るわれる。パリィを恐れているのかやたらと素早いが、攻撃力はその分落ちているようだ。私はパリィせずに身を翻したりしゃがんだりして斧槍の連撃を回避する。おいおい、斧槍は元々私の専売特許だぞ。そんな私に斧槍を使うなどと、烏滸がましいではないか。恥を知れ恥を。

 

「どうしたどうした、当ててみろ!」

 

 笑いながらその攻撃の尽くを避けていく。反射神経の訓練みたいになってしまっているな。竜騎兵は舐められすぎて怒っているように見える。

 だがそんな中、不死であり飽きという物に対して非常に敏感な私は急に笑みを消す。消して、大きく溜息を吐いた。今も竜騎兵の攻撃は迫っているのに。

 

「飽きたな。お前もう死んでいいぞ」

 

 それはあからさまな死刑宣告。人の世で行われるそれと違うのは、即日。否、即執行されるということだ。

 レイピアを片手で回転させ、迫る斧槍を弾く。パーフェクトパリィ。レイピアはその形状のお陰で攻撃を弾きやすいのだ。真、良い武器である。もうちょっと破壊力が欲しいものだが。

 

 またしても攻撃を弾かれた竜騎兵は、しかしこの後すぐに殺される。

 私は飛び上がると両足で竜騎兵の顔面を思い切り蹴飛ばした。私の体重は軽いが、いくら重厚な竜騎兵とて顔面に全力のドロップキックを喰らえばよろめき後退る。そして、こいつは自分が戦っている場所をもっと見極めるべきだった。いつの間にか竜騎兵は攻撃しながらも崖側に誘導されていたのだから。

 

 戦士として、竜に乗って戦うだけではいけないだろう。それは慢心であり驕り。そんな心をへし折ってやるのも不死である私の役割だ。

 

 床の端っこで落ちそうになりブンブンと腕を振ってバランスを取ろうとする竜騎兵。だがその重量だ、立て直すのも一苦労であろう。

 ドロップキックから宙返りして着地した私は、そのまま駆け寄り竜騎兵の膝に足をかけて身体を登る。そしてすぐさま右手のレイピアをショートソードへと変えた。

 

I’m invincible(私は無敵故),I’m unavoidable(逃げる事は叶わぬ),I’m undebatable.(その余地すらない)

 

 いつもの文言を言いつつ、ショートソードを竜騎兵の兜のスリットへと突き刺す。こちらを驚いて見ていた瞳が刺し潰された。血が噴き出て、体勢を立て直す所では無い。

 そのまま腹部を蹴飛ばし、竜騎兵の身体から離れる。着地し、奴の方を振り返った時にはもう竜騎兵は下の海へと落ちる寸前だった。

 

 竜騎兵は呻き声をあげ、とうとう落下していく。選んだ地形が悪過ぎる。もっと自分を生かせる場所で戦うべきだ。もし亡者にならなかったら覚えておくと良い。まぁ、根こそぎ(ソウル)を奪われればもうそれも無理なのだが。

 鞘へとショートソードを納刀すれば、竜騎兵の身体が消える。数刻して、ドボンと大きな音を立てて海面へと激突したようだ。

 

「相手が悪いな、木偶の棒が」

 

 それなりに多い(ソウル)が流れ込んでくる。最初こそ楽しかったが、まぁ飽きるな。せめて魔術くらいは覚えていればもっと楽しめたのだが。

 

 

━━Victory Achieved━━

 

 

 まぁ勝ちは勝ちだ。(ソウル)も溜まったから緑衣の巡礼の下へと戻って(ソウル)を強化するのも良いだろう。だが大して疲労していないからこのまま進むのもアリだろう。私なら死んで(ソウル)を失くす事も無いだろうし。

 折角集めた(ソウル)を死んで失った時は本当に怒りに震える。あの憎きペトルスをサンドバッグにして爆散させても足らないほどに頭に来る。そういえば昔ペトルスの弟を名乗った闇霊がいたな。まぁきっと今頃くたばっているんだろうが。

 

 主塔を進み、最上階へと至る。道がそこにしか無いから進まざるを得ないのだが。

 

 すると、最上階に誰かがいた。どうやら聖職者のようで、この時代の聖女の服装に身を包み祈っている。ふむ、服装の上からでも中々の身体をしているようだ。良い良い。聖職と奇跡の国であるリンデルトの者のようだが……ふむ、それにしては祈りに真摯さが無いな。私も元聖職者としてそれなりに作法は知っているが、ちょっと違う。いくら時代と国が違えどもその辺りは変わらぬものだ。

 

 そんな考察と色欲の目線を送りながら、その聖女らしき女性の背後で腕を組んで観察する。いやぁ、しかし尻が良いな。若い少女ばかり好きになってきたが、こういう年上っぽい見た目の女性も中々良いものだな。あの火防女の家政婦と言い、中々にエロいじゃないか。

 

「……あの、もし」

 

 不意に、聖女が首を動かしてこちらに振り返った。顔も中々良いじゃないか。聖女らしい清らかさとは異なる、何というか人間らしい闇も感じる。欲も持った綺麗な女性だ。妙にエロい。さっきからエロいしか言っていないな私は。

 

「ああ、失礼。美しく清廉な聖女様とお見受けして、見惚れていた」

 

「はぁ……この地にお住まいの方でしょうか?」

 

 何言ってるんだこいつとばかりに訝しむ聖女。おお、全ての人々を受け入れましょう的な聖女は散々見てきたし、レアもまた慈悲に満ちた聖女であったが……こういう態度も良いじゃ無いか。なんだかゾクゾクする。

 色欲を必死に隠し、人当たりの良い笑みを浮かべながら彼女の横に胡座で座る。

 

「いや、最近来てね……私はリリィ、旅人さ。貴女はリンデルトの聖女?」

 

「はい……私の名はリーシュと申します」

 

 リンデルトから来たと見破られ、彼女は少し気まずそうな顔をした。ほんの一瞬だが。何やら事情がありそうだ。それも私好みの事情が。

 

「リーシュ。ふむ、良い名だ。君は一体何をしにこんな所へ?」

 

 徐々にフレンドリーに接する。そもそも、ここは少なくとも竜騎兵を倒さなければやって来れないはずだ。いくら世界が異なろうが、竜騎兵は強大な(ソウル)を持っていた。ならば他世界であろうともその存在は確立されているだろう。

 つまり彼女は、竜騎兵を殺せるくらいの実力はあるようだ。良いじゃないか、武闘派聖女。ますます好みだよ。

 

「私は奇跡の僕、この素晴らしき力をこの地に伝えに参りました」

 

「力、ねぇ」

 

 聖職者あるあるだが、普通彼らは奇跡を力などと呼ばない。神の御業だの導きだのと言うはずだ。それを単に力と言うとは……ますます怪しいじゃないか。聖女らしく、というより聖職者らしくない。何だか昔の私を見ているようだ。

 可愛いなぁ、その化けの皮と服を剥がして可愛がってあげたいなぁ。

 

 溢れる色欲を抑え、彼女の話を聞く。あくまでも彼女は聖女を貫いている。慣れない言葉と態度で私を騙し続けてくれ。そしていつか君の本性を私にぶつけてくれ。

 

「私も昔は神に仕えていたよ」

 

「でしたら、奇跡の力の素晴らしさをお分かりいただけると思いますわ」

 

 ふむ、と戦士の側面が心に現れる。奇跡は嫌いだ。神も嫌いだ。だがその有用さはあのクッソ憎い薪の王を相手にした際に身を持って味わっている。

 果たして太陽の力がこの時代、この地に伝わっているのかは分からないが。利用できるのであれば戦力が増すだろうか。特に太陽の光の剣辺りは黄金松脂よりも強いと聞く。

 

「ふむ……」

 

 いつかまた、薪の王のように強敵と戦う事があるかもしれんか。それに奇跡を覚えてリーシュとイチャつける可能性が増えるのであれば、変なプライドを捨てても良い。結局は神への憎しみよりも百合だ。百合こそ全てを超越する。超越者エディラ。誰だよ。

 

 イケナイ事を思いつき、ニヤリと頬を緩める。すぐに凛々しい戦士の顔つきに戻れば、私は尋ねた。

 

「なら、私に奇跡を教えてくれないだろうか。君の奇跡……私も知りたいな」

 

 そう問えば、彼女はギョッとしたように私を見た。そして驚いた。あまりにも不自然に近寄る私を警戒しているのだ。だが表立って警戒することのできない彼女は愛想笑いし、そそそっと離れる。

 

「え、ええ……教えますから、その」

 

 百合に目覚めていない者を導くのも、白百合の役目だ。きっと最後には彼女の方からやって来るに違いない。美人が多くて良いなぁドラングレイグは!

 私もそれ以上は近づかずに、咳払いする彼女の言葉を聞くことにする。

 

「最低限の信仰心はお持ちのようですね。良いでしょう……では、(ソウル)を」

 

「金取るのか?」

 

「僅かばかりの(ソウル)を惜しんでいては祝福は得られませんよ!」

 

 笑いそうになる。物凄く俗物じゃないか。だが気に入った、それでこそ人らしい。実に新鮮だ。百合に溺れた彼女の顔を脳裏に浮かばせながら竜騎兵を倒して得た(ソウル)を献上する。神にではない、彼女に対してだ。

 差し出した(ソウル)を彼女は掴み取ると、懐から聖典を取り出して私に差し出した。おいおい、語り継ぐのでは無いのか。まずは語り、そして聖典を見せるものだろう。アドバイスしたいが、彼女が警戒してどこかへ行ってしまうかも知れないから言わない。面白過ぎるぞこの女。

 

「これこそ神の奇跡を写した聖典。きっと神は貴女を祝福するでしょう」

 

 差し出してきたのは限られた大回復という奇跡の書。昔から伝わる大回復の物語の一部を切り出したものらしい。ふむ、効能は似たようなものだがその分(ソウル)の集中力も多大に使うようだ。篝火で回復しなければ一度しか使えないだろう。まぁいいさ、回復に困るほどダメージは受けん。

 

「信仰心もあるようなので、直ぐにでも恩恵に授かれるでしょう……これからも神々のためにソウルを供するのですよ」

 

 商魂逞しいな彼女は。絶対落とす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、リーシュと別れた私は心に燻るムラムラを抑えながら先へと進む。今まであっさり落ちた子が多かった気がするから新鮮だが、この欲求はどこへぶつけてくれよう。

 とりあえず大火塔を降る。道中の敵は全滅させる。奴らではこの心を抑えられない。うぐぐ……アナスタシアが恋しい。彼女は今何をしているのだろうか。まだあの檻の中で私を待っているのだろうか。……それは、無いだろう。何百年も昔の話なのだから。

 

 もし、会えたら。いや、会わせる顔など無い。約束を破った私に、そんな権利はあるはずない。

 

 どれもこれも、薪の王のせいだ。勝手に私の顔が彫られたペンダントを持った変態のせいだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハイデ大火塔を更に降り、地下の洞穴を進む。するとそこにあったのは……港だと?こんな地下に港があるじゃないか。まるで隠すように作られたその港は、どうやら海につながっているらしい。一体どんな目的で作られたのやら。

 

 

隠れ港

 

 

 あまり大きな港では無いが、船が泊まっていない。面白そうだから探索してみるか。有用なものが落ちているかもしれない。

 だがそこは蛮族の住処と化しているようだ。足を踏み入れればやたらと亡者化した蛮族が襲って来る。複数で来られても対処は簡単だが、遠くから矢を放って来る輩は本当に腹が立つな。

 

 一先ず敵を皆殺しにしながら桟橋を抜け、粗末な家屋をしらみ潰しに探る。こんな場所にあるのだから、さぞかし良いものが落ちていそうだが。

 室内にも蛮族はおり、どうやら交代制で見回りしているのか机に突っ伏して休んでいる奴らもいる。戦う手間が省けるから良い。寝ている蛮族はとりあえず背後からレイピアを突き刺してやった。

 

 と、そんな探索をしながら品物を探す盗賊と化していた時。

 

 とある家屋で、その人物と出会った。

 

 

 その人物は私を見た瞬間、蛮族の仲間と思ったようで大剣を抜刀したのだが、私の白く滑らかな肌を見て亡者でないと理解したらしい。剣を納めると静かに言う。

 

「……何か用か」

 

 翁の仮面をした騎士。蛮族とは似ても似つかない凛々しく作法ある佇まい。だがその声は麗しい女性のものだ。

 今日はツイてる!まさか二人も女性と出会うとは!時の歪んだこの地で今日などと言うのはおかしいかもしれないが、まぁ良いんだ細かい事は。とにかく気品溢れる女騎士と向かい合い、私は口にする。

 

「剣を抜いておいて何か用かは無いんじゃないか?まぁ良いさ……貴公、不死か?」

 

 壁にもたれ掛かりながらも気品が溢れる女性に話しかけると、しかし彼女はツンケンした様子で語る。

 

「……誰かは知らんが、あまり私に関わらない方が良い……その方が身の為だ」

 

「……それ、無駄に格好つけてるように見えるから辞めた方が良いぞ……」

 

 後の世であれば厨二病と言われるものに近しい。まぁそんな女性も好きだが。痛々しい女性ってのも見てみたいものだ。可愛かったら愛せる。

 呆れる私に、女性騎士は大きく溜息を吐いた。怒らせたか。怒る女性も好きだぞ。

 

「ふー……フフ、奇特な奴だな」

 

 笑った。仮面で表情は見えないが、確かに笑った。どこか緊張が抜けたのか、彼女の声色が少し柔らかくなる。かなり美声じゃないか。できれば仮面をとって欲しいが。

 

「こんな怪しげな仮面を付けた者に危ぶみもせず近づいて来るとは」

 

「一人孤独な女性を見捨てて置けなくてね。リリィだ、旅をしている」

 

 手を差し出す。武具は握っていない、警戒はさせたくなかった。すると彼女は少しばかり握手を躊躇った後、恐る恐ると言った様子で私の手を握る。グローブ越しでも分かる、この手は戦士の手だ。そして優しくも厳しい少女の手だ。リーシュにお触り出来なかったから嬉しいぞ。

 

「私の名はミラのルカティエルという」

 

「ほう、誇り高き騎士の国か」

 

 噂は知っている。戦乱の絶えない国であるらしいが、騎士らしくプライドが高いと言うことも。ここに来るまでには山岳地帯を抜けなくてはならないから大変だったろうに。

 

「知っているのか。この地にある(ソウル)という特別な力を求めてきたが……想像以上に奇妙な場所だ、ここは」

 

「ふむ、そうかもしれん。およそ人知が及ばん事が起きるのもまた、(ソウル)の業故さ」

 

 その間も、ずっとルカティエルと名乗った騎士の手を握っている。にぎにぎ、感触を確かめるように。流石に彼女も何か思う所があるのだろう、少し申し訳なさそうに彼女は言った。

 

「……その、もう握手は良いだろう」

 

「ああ……なら、ハグはどうだ?まともな不死を見るのは久しぶりじゃないのか」

 

「い、いや……いらない」

 

「そうか……」

 

 名残惜しそうに私は手を離す。シュン、と落ち込む私は、きっと犬ならば耳が垂れているだろう。犬……犬は嫌いだ、腹が立ってきた。何だか最近感情が荒ぶるな。

 するとルカティエルはそんな私を見てくすりと笑う。そんなにおかしかっただろうか。

 

「フフ……不思議な奴だな、お前は。私はずっと人を避けてきたというのに」

 

「気に入ってもらえたかな?気を張り続けるのも良いが、貴公は笑っていた方が綺麗だぞ。顔など見なくとも分かる」

 

 平然と恥ずかしい事を言うが、何を躊躇うことがあろうか。私は好きなように生きているのだ。美しいものを美しいと言わずにどうする。

 流石に性欲をダダ漏れにはしないがね。いや、手を握っている時点でアウトか?

 

「面白いな、お前は。こんなに人と話したのは久しぶりだ」

 

「偶には言葉を交わさんと退屈するだろう?退屈は不死の敵だ」

 

 仮面の下で彼女は笑い、頷く。

 

「そうだな、そのようだ。お前も旅の途中のようだな、もし必要であれば手を貸そう」

 

「本当か?」

 

 内心物凄く喜ぶ。もしかすればこんな麗しい女騎士と旅が出来るかもしれん。ロードランでは途中まであのクソ坊主と一緒だったな。ちっ、私が男と旅をするとは……人生の汚点だ。どうせなら彼女みたいな女騎士と旅をしたかった。

 もし百合に目覚めさせていたのならば、対峙することなど無かったに違いない。あームカつく。武器も装備も消耗品も根こそぎ奪いやがって……いかん、嫌な思い出に浸るのは私の悪い癖だ。

 

「我が国ミラは、騎士の国。私も、それなりに覚えはあるつもりだ。遠慮する必要はない……どうせ私の身など……フフフ……」

 

 自嘲気味に笑う彼女の心の闇を押し退け、私はグイッと詰め寄る。

 

「おい、貴公」

 

 ドンっと、壁に寄りかかる彼女を阻むように、片手を彼女の横に押し当てる。まるで愛を迫る男のようだ。後の世では壁ドンなんて呼ばれるらしい。身長が小さいせいで私が見上げているが。

 

 そんなアクションにルカティエルは少し驚いたようだった。息を呑む音が眼前の私に伝わる。

 

「どんな事があるにせよ、自らを貶める事を言うなよ。貴公も不死であろう、ならばもっと強気で生きろ。でなければ不死は亡者の呪いに囚われ続けるぞ」

 

「……お前」

 

 彼女の股の間に膝を入れる。逃がさないと言わんばかりに。

 

「初対面だがな、私は貴公を気に入っているんだ。気に入った貴公を蔑むのは誰であろうと許さん。貴公自身でさえもだ。いいな?」

 

 彼女は答えなかった。だが思う所があるのか、少し俯く。俯くと帽子の先端が私の頭に当たるからやめてくれ。その帽子の飾りが私の頭に刺さるんだ。

 とにかく、辛気臭い話は終わりだ。私は彼女から離れ、手を取る。

 

「ほら、分かったら行こうじゃないか。手を貸してくれるんだろう?」

 

「え、あ、ちょっと待て!私は白霊として……」

 

「まぁまぁ良いじゃないか、この港だけ一緒に回ろう、な?フフフ……」

 

 強引に彼女を連れて家屋を出る。いくら腕に自信のある騎士とて私の膂力に勝てるはずもなし。それにその反応、生娘だな?ヒョヒョヒョ、可愛いじゃないかルカティエル。いや、ルカティン。

 何か言ってくるルカティエルを無視して一緒に階段を登る。ああ、少しの間でも少女と冒険できるとは。良い時代になったな!

 

「お、おい!話を……」

 

「お、ルカティン、犬がいるぞ!皆殺しだ!犬は殺せ!」

 

「ルカティ……はぁ……分かった、この港だけだぞ」

 

 次第に諦めたように彼女は隣に立つ。

 

 縁とは、奇妙なものだ。こんな出会いでも繋がり、そして未来へと紡がれるのだから。

 今の私には分からないが。きっと幾年経とうが彼女を忘れることはないのだろう。それは呪いに似て、しかし暖かくもある。

 



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隠れ港、流罪の執行者

今回は少し短めで。ルカティエル、自分は結構好きですよ。ポンコツで可愛いじゃ無いですか。


 

 ファロス、と呼ばれる人物がいた。

 

 流離人である彼の名はドラングレイグのみならず様々な場所に残っている。

 困窮した人々の救世主として様々な仕掛けを残したと言われる彼は、しかし複数の人物の偉業が混ざった末の統合であると言われており、誰もその真実を知らぬ。けれど確かにその仕掛けは残っており、存在はしていたのだ。

 

 例えば、朽ちた巨人の森。人の顔を模した壁の仕掛けに鍵となるファロスの石を嵌め込めば、隠し扉が仕掛けられていた。ついでに楔石の原盤も。

 そしてここ隠れ港においても、彼又は彼女の仕掛けは残されている。薄暗い洞窟の中に造られた隠れ港、そこの仕掛けは洞窟内にあるすべての篝火を点火するという地味に優れたものだ。個人的にはアイテムや武具が隠されていた方が冒険心が擽られるから良いんだけれど。

 

「異形共が隠れていくな……光が苦手なのか」

 

 ファロスの仕掛けを弄る私の隣でルカティエルが呟く。

 

「否。むしろ光は憧れだよ。故に日陰者である彼らには眩しすぎるのだ」

 

 不死の異形と呼ばれる存在。肌は黒ずみ、異常なほどに発達した腕を持つ人ならざる奴らは、元はただの亡者だったのだろう。それなりに強靭を持ち、高い攻撃力を持つ奴らの相手は苦労した。主にルカティエルが。

 彼らを見て、古いウーラシールの民を思い出す。彼らもまた深淵に飲まれ、異常なまでに人間性を暴走させて変異してしまった。だがここの異形は、長い年月を経てゆっくりと変化していっただけだ。故に闇や深淵への理解などありはしない。これは自然現象なのだから、そんな啓蒙に辿り着けぬ。

 

 哀れなものだ。そして恐ろしいものだ。人間性とは一体何なのか。その答えは未だに分からぬが。碌なものではないということは確か。嗚呼、いつか私もああなってしまうのだろうか。きっと異形になっても少女達を追っていそうだが。百合のデーモンみたいに。

 

 それにしても、この港は怪しさに溢れている。どうやらここはドラングレイグの管轄では無かったのか、ヴァンクラッドの痕跡がまるで無い。となれば、かつてのハイデという国が隠していたのだろうか。ここに住むのは蛮族と異形だけだが、どうにも統率が取れている。きっと何かの目的があってここにいたはずだ。

 

 考えるのは楽しく、苦しいものである。辿り着けぬ答えがあるからこそ考えを愉しみ、しかし辿り着けぬからこそもどかしい。あの白竜もそんな境地にいたのだろうか。

 

 あからさまに配置されたレバーを引けば、海の方から一隻の船がやって来る。古びた船だが航行には問題無いようで、鳴った鐘の音に呼応しているかのようだ。どうやら、あの船で次の新天地へ向かえとの事らしいが。何だか誘われているような感じだ。

 

「さて、どうするルカティン。あの船は私達をお呼びだぞ」

 

 同じく船を眺めるルカティエルに尋ねながら、ソソソっと彼女に寄る。一瞬彼女は驚きに身体を震わせながら、しかし次の瞬間には一歩だけ離れた。連れないものだ。

 

「ならば進むだけだ。……リリィ、近い」

 

 それでも寄ってくる私に、ちょっとだけルカティエルが恥ずかしそうに呟く。あれ、この反応。案外満更でも無いんじゃ無いだろうか。

 今はまだ待つ時だ。いつか彼女も私の百合の蜜にメロメロになる時が来よう。あー楽しみ。滅茶苦茶。

 

 船へと至る前に、一先ず探索を済ませておく。罠が仕掛けられた宝箱に殺されそうになるルカティエルを助けたり落ちていたグレートソードを拾ったりしていると、またもやまともな人に出会った。

 どうにも寸胴な体型に、蛮族のような鎧と兜を着込んで酒をグビグビ煽るその人物は……ゲルムの戦士であろう。

 

「ダレ、オマエ?オレ、ガヴァラン。ガヴァラン、アー、ショウダイ、ショウバイ?」

 

「商人か?」

 

 尋ねれば、彼はガハハと軽快に笑って頷く。ゲルムの民は自分達を地下に追いやった人間を恨んでいると聞いていたが、彼は大分異なるようだ。無邪気に話し酒を呑む彼は、商品が陳列された机を指差す。

 

「オレ、ソウルイッパイホシイ。イッパイ、ショウバイ!ガハハ!」

 

 初めて未開の民族を見つけた気持ちだ。だが悪い奴では無いようで、むしろ良い奴だ。商売は出来る時にするに限る。リーシュでは無いが、僅かな(ソウル)を躊躇っていては生きてはいけない。

 私とルカティエルは苔玉数個を買う。どうやら毒の扱いに長けているらしく、指輪以外の品物は全部毒系のものだ。毒投げナイフも買っておく。侵入された時の嫌がらせに丁度良い。

 

 ガヴァランとの買い物を終え、また船へと向かう。桟橋には敵が複数隠れていたが、どいつもこいつも弱いから簡単に殺せる。定期的にルカティエルを見てやらないと海に落ちそうになっているのでヒヤッとするが、そんな意外とおっちょこちょいな所も可愛いぞ。

 それはそうと、ドラングレイグにはまともな不死がかなり集まっているらしい。また新たにまともな人間を見つけた。

 

 どうやら魔術師らしいその老人は、目を閉じて桟橋の奥に座っている。瞑想しているのか?見た目は全く似ていないが、何だか古い我が師、ローガンに似ていなくもない。

 

「ふむ……」

 

 そんな老魔術師は、私達の存在に気がつくと首だけを振り返らせ、まるで品定めするように眺めてきた。

 

「女の子をそんな目で見ているとしょっ引かれるぞ」

 

 軽口を叩きながら老人に話し掛ければ、そんな言葉は無視される。

 

「お主だけはかなりの力を感じるぞ……よろしい。そこの荒々しい方の娘、お主は今から我が弟子だ」

 

「なんで?」

 

 あまりに突拍子もない事を言うものだからそんな声を出してしまう。なんで急に弟子にされたのだ私は。思い出してみれば、ローガンも中々に変人だったが……裸で竜になったし。

 私とルカティエルが老魔術師に困惑していると彼はまた勝手に話し出す。実は亡者化進んでいないかこのジジイ。

 

「我が名はカリオン。晦冥のカリオンと聞けば御主も知っていよう?」

 

「誰だよ」

 

 本当に誰なんだこの老人は。心の底から疑問が出て、しかし目の前のジジイは何を思ったのかほほほと笑い出す。

 

「よいよい、我が名に臆する事はない。共に魔術の深奥を究めようぞ」

 

 本当に言っているのかこのじいさんは。私は隣のルカティエルにヒソヒソと耳打ちする。

 

「知ってる?」

 

「いや、知らない」

 

 どうやら騎士の国の彼女も知らないようだ。まぁそもそもミラの国は魔術を使っているイメージが無い。だがまぁ、この爺さんからは下心を感じない辺り、本気で私を弟子にしようとしているらしい。どちらかといえばこの爺さんが私の弟子になるべきだが。

 まぁ良い。何か新しい時代の魔術もあるかもしれん。ルカティエルにちょっと待っててとお願いすると、私は老人の後ろに座った。

 

「では、師よ。この私に魔術を教えると言うのであれば教えて見せろ」

 

「ほう、随分と跳ねっ返りだな。まるで若い頃の自分を見ているようだ。良い良い、それくらいの気概の方が伸びるというもの。だが我が魔術は(ソウル)を極めし難関故、貴公に使いこなせるか?」

 

 互いに魔術師のスイッチが入る。どうにも勉学は好きじゃないはずだが、やはり興味があればどんな事でも熱中するのだろう。

 しばらく私は新たな師から様々な魔術を学ぶ。その殆どが私も知っているものだったが、それでも時が経ったことによる魔術の進化も見れて面白いのだ。

 

 ルカティエルは一人、後方で時間を潰す。釣りでもしようかと思い、置いてあった釣竿を手に桟橋で一人釣果に恵まれぬまま時間を過ごした。どうにもここは魚が少ないらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 数時間学び、満足した。どうやら師もここには長居する必要がないと思ったのか、マデューラへと向かうらしいからまた学べるだろう。

 理力も高く、二つ名を名乗る事もあって魔術師としては優秀なジジイだった。ローガンよりは劣るかもしれないが、やはり彼は結晶魔術を書庫で見つけた事が大きいな。

 

 いつの間にか釣りに熱中していたルカティエルと、今度こそ船に乗る。乗員の蛮族が何人か居たがあっさりと私達に蹂躙された。

 それにしてもボロい船だ。数十年、或いは数百年使っていたのだろう、所々船体が海水と潮風で痛み、朽ちかけている。航行には問題なさそうだが……頼むぞ、船が沈んだらどうにもならん。

 

 どうやらこの船は魔術か何かで動く仕掛けのようだ。外観はボロいが、中身はハイテクという訳で。私達は船内を探索することにする。動いてくれないと困るし。

 

「魔術の成果はあったか?」

 

 ふと、ルカティエルがそんな事を聞いてくる。

 

「貴公の釣果よりはあったね」

 

「言うなよ、釣りなんて初めてだったんだ」

 

 たわいも無い会話。だがそんな会話こそ私が少女としたいものだ。

 抱き合いながらイチャイチャして日常会話しながらまたイチャイチャするという崇高な事こそ私が求める百合。良いよね百合って、私百合大好き。今すぐルカティエルと愛し合いたい。欲求が止まらない。

 

 妄想に囚われていると、目の前に濃霧がある。こんな狭い船内なのに強敵がいるようだ。竜騎兵と同等程度の強さだろうか。

 

「よし、私と貴公の共同作業といこうじゃないか」

 

「お前は普通に会話できないのか……まぁいいさ」

 

 呆れながらも、私とルカティエルは霧を潜る。何だっていいさ、(ソウル)を私達に捧げてくれればね。

 

 それは、異形。だが先程見つけた異形達とは違い、もっと悍ましい形状をしている。

 まるで二人の人間が背合わせになっているようなその異形は、自然に生まれた者ではない。一人は曲剣、もう一人は棍棒を握る背中合わせの合体人間は、理性など無い。だが使命だけはあるようだ。

 

 私たちのような不死を屠る使命が。

 

 

流罪の執行者

 

 

 腰から上は二人の亜人が合体しているらしいその執行者は、私達を見るや否や二足の足で駆け出してくる。なんて悍ましいのだ、鎧こそ着ているがゲテモノ感丸出しで不快だ。芸術点に欠ける。

 執行者が狭い室内で跳び上がり、両手の曲剣を振り上げる。中々に素早いその動きは、しかし回避には事欠かない。私とルカティエルは横へと転がるとその一撃を回避した。

 

「ありゃ、浸水してるじゃないか」

 

 転がってから気がついたが、室内に水が溢れている。壁の一部に穴が開いていてそこから海水が浸水してきているようだ。面倒だな、さっさと倒さないと溺死するじゃないか。逃げようにも濃霧のせいで逃げられん。

 

「ならばさっさと倒すまでだ!」

 

 勇ましくルカティエルが執行者へと突撃する。彼女の剣技に流石の異形も怯んでいた。なるほど、剣に覚えがあると言うのも嘘ではないようだ。可愛い。

 と、私も魔術で援護しながら傍観しようかと思っていると変化があった。突然船体に空いた穴から暗殺者らしき二人の亡者が現れたのだ。まるで獣のように這いながらルカティエルへと迫る異形の影。

 

 私は即座に魔術師の杖を掲げると脳内で詠唱する。その速度は異常に速く、例え速度に特化した異形共でも間に合わないだろう。

 

「ソウルの槍」

 

 多少無理をして連発する。放たれた極太の(ソウル)は槍となって異形共の胸を穿ち滅した。耐久力が低くて助かった、誰であろうと勝負を邪魔させんぞ。

 

「援護しよう。新しい魔術も使いたいしな」

 

「悠長に言っている場合か!」

 

 ルカティエルの盾が執行者の連続攻撃を防いでいる。だがあのままでは押し切られてしまうに違いない。押し切るのは私の役目だぞ。

 杖を持ったまま執行者の背後へと回り込む。背後といえどもう一人の執行者が背合わせにくっついているから弱点にはならないだろうが、ルカティエルに当たらなければ良い。

 

 こちらに気がついた棍棒持ちの執行者が何かする前に、私は脳内で詠唱する。新たに手にした我が魔術、ご覧入れよう。

 

「乱れるソウルの槍」

 

 唱えた瞬間、杖から小さめのソウルの槍が複数乱れ飛ぶ。やや精度に難ありだが、大きめの身体である流罪の執行者相手では問題ない。

 小さく威力は控えめであろうとも全弾当たれば脅威である。きっとソウルの槍単発よりも威力は高いはずだ。

 

 一斉に石をぶつけられる迫害者のように、流罪の執行者へと乱れるソウルの槍がぶち当たる。痛がっているのか、必死に腕をクロスして耐えているが……気の毒に。

 そしてルカティエルと対峙している側の執行者もその異常事態に反応し、攻撃の手が弱まる。愛しの女騎士はその隙を見逃さない。

 

「はぁッ!」

 

 可愛らしい雄叫びをあげて彼女の大剣が執行者の顎先を抉る。思わず曲剣持ちの執行者が項垂れる。そのせいで背中の棍棒持ちが仰け反ってしまった。二人一緒なのも考えものだな。

 ニヤリと笑い、得意の結晶魔術を唱える。結晶の錫杖があればきっとこの一撃だけで屠れていただろう。

 

「ソウルの結晶槍」

 

 結晶化する程に濃縮したソウルの槍は、執行者の腹部に突き刺さるとそのまま軌道が逸れて棍棒持ちの顔面を文字通り飛ばす。更にルカティエルが項垂れた曲剣持ちの首を刎ねた。

 哀れだな。流罪のための執行者が、執行対象に斬首されるなど。生まれてきた地獄に戻るが良い。

 

 

━━Victory Achieved━━

 

 

 強敵と言いつつも、ここまでの道中は皆雑魚ばかりだ。それも無理はないだろう。ロードランの連中は皆揃って純粋に強いのだから。

 私達は浸水する部屋を抜け、動力室へと入る。何やら複雑そうな仕掛けのレバーを動かせば、ようやっと船が動いてくれた。

 

 甲板に出て、しばし海の旅行を楽しむ。柵にもたれ掛かり、私達を殺しにかかる海と意外と不快な潮風に晒されながら、あぁ、時代が変わっても人は変わらぬのだな、なんて考える。

 あの執行者が誰を流罪にしていたか何て、考えなくとも分かる。不死だ。北の不死院よろしくこの船に不死を乗せてどこかへ流していたのだろう。不死は死ねぬ故、閉じ込めておくのは変わらない。臭い物に蓋をするということだ。

 

 不意に黄昏れる私の横に、ルカティエルがやって来る。彼女は同じく私の横で海を眺めると、徐ろに仮面を取り外した。

 

「……仮面を被っていたのはそれが理由か」

 

 ようやく拝めた彼女の顔は、半分亡者と化していた。悲しいかな、心臓が跳ね上がるほどに美人であるのに。だが私はそんなもの気にしないがね。美しいのは変わらないのだから。

 彼女は頷く。そして片手で亡者と化した半面を隠した。

 

「本当は、見せる気はなかった。すまない、こんな醜いものを見せてしまって」

 

「そうかな……私も散々亡者になったし、気にしないさ。美人はいくら亡者になろうが美人なのさ」

 

 私が望むのは、(ソウル)の美しさ。外観ばかり気にするとは、人とはなんと愚かであろうか。故に人とは比較したがる。まるで異なる事が罪であるかのように。だから不死が蔑まれる。そんな事、誰も幸せにならないのに。

 そっと、私は隣のルカティエルの腰を抱いた。最初こそ彼女は驚いて身体を跳ねさせたが、離れることは無い。これはつまり、合意だ。

 

「君は美しい。故に、私の前だけでも良い、その仮面は取り払え。君への愛は変わらないさ」

 

「恥ずかしい事をつらつらと……フフ、おかしな奴だな」

 

 言いながら、とてもとても雰囲気が良いなと興奮する。多少彼女の方が背丈は高いが、それもまた良い。鍛えられた彼女の体は多少筋肉質だが、女性特有の柔らかさも持ち合わせている。

 さっと、私は彼女の尻に手を伸ばす。

 

「あまり調子に乗るな」

 

 パシン、と彼女の拳が私の手を払った。

 

「……ダメか?」

 

「そう言う関係じゃ無いだろう。そもそも女同士だぞ」

 

「性別や常識など不死には関係がない。それよりも、心を大切にすべきだ。だろう?」

 

 むふふ、と笑い彼女を見上げる。これでも顔は良い方だ。小悪魔的な笑い方は、少女達の心に響くだろう。ルカティエルもまた、挑戦的な私の笑みを見て頬を赤らめた。

 それで良いのだ。心があるのであれば。例え亡者となろうが人間であるのだから。

 

「陽が、沈む。けれど人はそれでも生きていく。なぁルカティン、あの景色を美しいとは思わんかね。その心こそ人である証さ。不死だろうと、亡者だろうと。あれが美しいと思れば人なのさ」

 

「……まるで哲学者だな、お前は」

 

 腰に抱きつく私の頭を、彼女はそっと撫でる。その手はどこまでも暖かくて、理性など失ってはいない。やはり彼女は美しく、私の好みの女性なのだ。

 

 絶対いつか堕としてみせるぞ。向こうから抱きつくくらいにね。

 




ロイエスマラソンで彼女には助けられました。もっと百合が描きたい……


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忘却の牢、喪失者

ルカティエルって案外性格が掴みにくいので、この小説では大袈裟に表現されちゃいます。


 

 

 

 船に乗せられ辿り着くは、不死達の最期の場であり忘れられた牢。名すらも残っていない亡国が造りし終わりの流刑地。いつからか人はそこを忘却の牢と呼んだ。

 

 

忘却の牢

 

 

 船が洞窟を抜け、忘却の牢に辿り着く。なんとも陰気臭い場所だ。未だに死ねぬ不死達の呻き声が至る所にある牢から聞こえてくる。陽が当たらぬ分不死院よりも質が悪い。

 人とは変わらぬものだ。不死という存在を蔑み恐れ、しかし共存する事を知らぬ。邪魔だから、不死が移るから、送ってしまえと。愚かなものだな、だから闇の王を目指す不死が出てくるのだ。

 

 降りて直ぐ、篝火を見つけたので私は一度マデューラに戻ることにした。新しく見つけた場所ではあるが、一度(ソウル)を強化して朽ちた巨人の森の方へと向かいたい。あそこにはまだ何かしらがあるだろうから。

 ルカティエルも一度落ち着きたいとの事だし、私達は篝火による転送でマデューラの緑衣の巡礼の所へと向かう。ついでにケイルから貰った鍵を使って隠れ家を開いておきたい。

 

「いつ来ても寂れているな、ここは」

 

 転送され、マデューラを一望したルカティエルが呟く。

 

「栄えているだけが全てじゃないさ。むしろ栄えていると人が溢れているせいで鬱陶しくてかなわん」

 

 そう言って当たり前のように彼女の手を引き、隠れ家へと至る。もう彼女も私に手を握られるのは慣れてしまったようだ。尻を触られるよりはマシと判断したのかも知れない。

 どうやらこの隠れ家はかつては金持ちが住んでいたのだろうか。やたらと古く資料的価値のある本が多く置かれていて、暇を潰せそうだ。おまけに2階にはベッドもある……閃いた!が、今はまだ早いな……

 

「ふぅ……久しぶりに篝火以外でゆっくりと休めそうだ」

 

 ボスっとベッドに腰掛けるルカティエル。マスクは……外している。故に今の彼女は身体を癒そうとしているただの麗しの女騎士。

 グググっと欲求を抑える。正直に言えばこのままそれとなく横に座ってイチャコラして押し倒したいのだが、まだその時ではない。愛とはゆっくりと育み、熟成させるべきなのだ。その時こそ燃え盛る。ロードランでは些かせっかち過ぎたからな……

 

「少し出てくるよ」

 

「そうか。私も少し休んだら忘却の牢へと戻る。もし会ったならばまた手を貸そう」

 

「ああ、心強いね……では」

 

 ムラムラを抑えて部屋を出る。ここは勝手に使って良いと言ってあるから忘却の牢で会わなくともいつか会えるだろう。私の都合に彼女を付き合わせる事はない。

 現状として私の力はドラングレイグに通じている。故にあまり強化の必要性は無いのだが、それでもいつかは強敵とぶち当たるだろう。それこそアルトリウスのような輩がいるかもしれん。神々が生き残っている可能性すらもある。だから(ソウル)を強化するに越した事はない。

 

 緑衣の巡礼は、岩に腰掛け一人つまらなそうに足をパタパタと揺らしていた。可愛らしいものだ、感情があまり無さそうな娘が見せるギャップは堪らない。今直ぐにでもあのブーツを剥ぎ取って匂いを嗅いでみたいが、そんな事はせずに彼女の横に座る。

 

「来たよ、みどたん」

 

「みどたん……?」

 

「何でもない。(ソウル)を強化してほしくてね」

 

 そう言うと、彼女は立ち上がり懐から古びた羽を取り出す。(ソウル)の業を扱う触媒なのだろう。

 ちなみにみどたん、というのは緑衣の巡礼(Emerald Herald)を東の異国の言語に訳してから砕いたものだ。音的に呼びやすく可愛らしいだろう。けど彼女は分からないみたいだ……まぁ良い。

 

 私も岩から降りて彼女の前に跪く。そして集中する。

 願うは信仰。私の忌み嫌う神への信仰心を高める事にした。奇跡を習得してリーシュに振り向いて欲しいからだ。だが今更神に捧げる心など無いから、解釈を変える事にした。

 

 即ち、少女達への信仰心。これもまた信仰である事には変わりない。神への信仰をすり替えただけだ。

 通常の不死なら、そんな事はできないが。私は少女達を神を超える程に尊ぶ。故にできる荒業。こんな事、きっと私にしかできないだろう。

 

 或いは、あの薪の王も同じように私を思っていたのかも知れない。だからこの胸に下げられたペンダントが、触媒となった。今となっては誰にも分からぬが。

 

 

 案外(ソウル)は溜まっていたようで、かなり信仰を伸ばすことができた。と言っても、私にとっては些細なものだが。もっと奇跡を行使するには更なる信仰心が必要となる。基本的に(ソウル)の強化は、すればするほど(ソウル)が必要になってくる。

 かつてロードランで鍛え過ぎたせいで必要な(ソウル)量が多過ぎるのだ。

 

「……終わりました。意外ですね、貴女は神を怨んでいるかと思いましたが」

 

「おや。私の(ソウル)に触れたから気付いたのかね。無論、嫌いだ。殺した事すらあるよ。まぁちょっとした応用さ……フフ……」

 

 身の中で高まる少女達への愛が昂る。嗚呼、信仰心とは良いものだ。聖職者も馬鹿にはできないな。ともあれ、少女は良いものだ。フフフ、フハハハ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本を、閉じる。

 

 

 読んでいて……読み聞かせていて恥ずかしくなってきた。如何に人を超えたからと言って、羞恥心が無くなるわけではない。おまけに読み聞かせているのは最愛の娘なのだから。

 お茶を濁すように熱い紅茶が入ったカップに手を掛け一口呑む。私好みの砂糖が多めな紅茶。よく紳士を騙る者どもは茶葉の風味を楽しむと言い張るが、美味しければ何でもいい。

 

 テーブルを挟んで対面する、私の大切な娘であり恋人が首を傾げた。雪のように白い肌と髪は実に神秘的で美しい。だからこそ、私が一番巫山戯ていてぶっ飛んでいた頃の話を聞かせたくない。教育上よろしくない。今更だが。

 

「どうされたのですか?」

 

 静かに耳を擽る声で彼女は言う。小さく唸りながら、私は呟く。

 

「恥ずかしいです」

 

「……?」

 

 経験の乏しい彼女には分からないらしい。まぁ、そうだろう。彼女は人らしい感情を十分に理解できるほど成長していない、これから学ぶべき娘なのだから。

 そんな子にこんな破廉恥な物語を聞かせるべきなのだろうか。破廉恥は好きだが。主に少女の。

 

 娘、そして恋人である彼女の前で恥ずかしさのあまり読んでいた本で赤くなった顔を隠す。父であり母であり恋人である私のそんな珍しい光景に、彼女は興味が湧いたのかこそっと立ち上がり、わざわざ椅子を私の隣に持ってきて座り出す。

 そして愛らしく長身な彼女は首をこてんと傾け私の肩に頭を乗せた。

 

「可愛らしいですね。……闇姫様?」

 

 蕩けるようなハスキーボイスが耳元で囁かれ、脳の内にある瞳が震える。それは啓蒙的な震えではなく、甘美な百合の匂いに震えるもの。

 誰が教えたのか、この女たらしめ。嗚呼、教えたのは私だ。

 

「……罪な女だな、君は」

 

「そうでしょうか?ふふ……」

 

 どうやら私の負けであるようだ。仕方無しに、私は茹で蛸のように赤い顔を晒して本を開く。

 これが啓蒙より齎された黒歴史というものか。今ならば分かる。隠しておきたい秘密というものは、とんでもない恥なのだと。

 

「……けれど、闇姫はやめてくれ。聞いていて恥ずかしくなる」

 

 その秘密を読んだのは、私であるけれど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朽ちた巨人の森へと戻る。相変わらずここの寂れ具合も凄まじいが、気になるのは砦の最上階にある濃霧の掛かった場所。

 変わらず亡者兵士達は砦を守り、どういう訳か樹となった巨人を殺そうと武具を振るっている。最早その行為に何ら意味は無いというのに。

 

 まだ見つけていない場所があったらしく、そちらにも足を運べば篝火と闇霊が。武器屋デニスと名乗る闇霊は侵入するにはあまりに弱い。サクッと殺し、ついでに近場の巨人の木より奇妙な木の実を拾う。

 巨人の木の実。どうやら使用すれば侵入してきた闇霊に対しても他の亡者や異形達が敵対する優れものらしい。いつか使う事があるだろう。

 

 さて、目的の最上階へと向かう。右手にレイピア、左手に魔術師の杖。この先から多少強い(ソウル)の気配がするために、持てる力を発揮できる装備を使うのだ。

 濃霧を潜れば、しかし誰もいない。見晴らしの良い砦の最上階であり、建造物は多少崩れている。特徴は設置型の巨大バリスタがあるくらいか。

 

 突然、烏の鳴き声がした。朽ちた巨人の森で烏といえば、やはり奴しかいない。

 

 いつか見た大鴉が、見知った鎧を運んでくる。それは前に逃した呪術者。懲りずにまたやって来たらしい獲物は、着地すると決めポーズをして私と対峙した。

 私は杖を肩に担ぎ、ため息を漏らす。

 

「性懲りも無くやられに来たか。まぁいいさ」

 

 

呪縛者

 

 

 奴は特大剣を構えると、お得意の浮遊移動でこちらへと突っ込んでくる。

 それはもう前に見た。斬撃が放たれる前に転がって回避すると、良い事を思いついたので全力で走る。走る方角はもちろんバリスタの方向だ。

 あまりに突然走り出して驚いたのか、呪縛者も私の後を追ってくるがもう遅い。バリスタのレバーに手を掛け、力の限り引いてから放せば、

 

 ドンッ!

 

 巨人相手に用いるべき大矢が呪縛者に向けて放たれた。これには驚いたようで呪縛者は咄嗟に丸い大盾で矢を防ぐ。

 だが巨人を穿つ程のバリスタだ。その威力はクロスボウの比ではない。盾を貫通し呪縛者の鎧に矢が突き刺さる。おまけに浮遊していた呪縛者はぶっ倒れた。

 

「ハハッ!愉快だな!」

 

 笑いながら倒れた呪縛者に向けて走る。その頃にはもう奴は起き上がり、何やら剣に呪いのようなものを付与して剣を振るう。

 すると斬撃がまるで魔術のように飛んで来た。だがそんなものロードランでも何度も見てきた。月光剣を振るう闇霊なんてのも沢山居たわけで、同じような攻撃をしてきたよ。

 ローリングしてその一撃を飛び越え、起き上がり様に杖を呪縛者に向ける。放つはかつての対人最強候補の闇術。

 

「闇の飛沫」

 

 一度に数発放たれる闇の弾は、しっかりと目の前の呪縛者に全弾当たる。だが闇に耐性でもあるのか、それだけでは死ななかった。最早瀕死ではあるようだが。

 仰け反る呪縛者を前に私は跳躍しながら顔面を蹴り上げる。サマーソルトとでも言えば良いのだろうか。

 そして空中で身を翻し、レイピアの刃で首目掛けて二回薙ぐ。着地と同時に呪縛者が剣を突き刺そうとするのを目にした。

 

I’m invincible(私は無敵故),I’m unavoidable(逃げる事は叶わぬ),I’m undebatable.(その余地すらない)

 

 それを足を上げ、踏みつけて対処する。すると呪縛者は疲れたようだ。振り払う力もない。

 剣の上に乗り、跳躍する。そして呪縛者の背に乗ると、その首にレイピアを突き刺した。

 

 血に混じって闇が噴き出る。こんな闇、深淵に比べたら屁でもない。

 暴れる呪縛者に突き刺したレイピアを抉る。抉って、無理矢理引き抜きながら傷を広げてから離れた。

 

 真っ向からの戦いで逃げるような奴だ、もう終わりである。案の定呪縛者はそのまま(ソウル)の霧へと変化して死に行く。奴を縛っていた呪いなど、所詮その程度のものでしかない。

 

 レイピアの血を払い、格好付けて鞘へと納刀する。うむ、決まった。今度からもっと格好良く色々とやっていこうかな。少女達をキュンとさせたい。

 

━━Victory Achieved━━

 

 

 

 呪縛者を殺し、先へと進めばまた巨人の木がある。またしても亡者達がその木に攻撃しているが、一体何だというのだろう。

 どうやら今の朽ちた巨人の森にはもう探索できる場所は無いようだ。後はあの開かずの扉と溶岩蛙のいる地帯か。落下攻撃で蛙に飛び乗れば多少は衝撃が殺せないだろうか。

 

 と、そんな時にあるものを見つけた。それは烏の巣。砦でも見晴らしの良い場所に造られた巣は、北の不死院にいたあったかふわふわを要求するあの子達のもののように大きい。呪縛者もこの巣の烏を利用していたのだろうか。

 前のように丸まっていたらどこかへ連れて行ってくれるかもしれん。不死特有の奇行ではあるが、そんな考えの下で私は巣の中で他の卵と同様に丸まる。

 

 数分して、烏の羽音が近付いて来た。もし攻撃されるようなら返り討ちにすれば良い。

 烏は私を嘴で確認するように突いたが、しばらくするとその鳥足でそっと掴んでくれた。そして勢い良く飛ぶ。

 

「懐かしいな、空の旅だぞ!」

 

 烏に連れ去られながら私ははしゃぐ。いくら不死と言えども飛ぶ経験など無い。

 ……昔はあんなに男の浪漫とやらを否定していたのに。人間性とは変化するものだな。今ならお前の気持ちも分かるものだ。人の物全部取っていったけどさ。

 

 数時間、私は烏と共に海岸沿いを飛んだ。海も渡り、気がつけば夜となっていた。そしてどこかの海沿いにある建物群に辿り着く。何だか見覚えのある場所だ。

 

 

忘却の牢

 

 

 ああ、またか。結局はここに戻ってきたという訳だ。だが同じ地域でも降り立ったのは建物の上階であり、篝火からは離れているようだ。ガッカリはしない。むしろ未知の場所に来れてワクワクするね。

 

 夜の帷の中、私は忘却の牢の外の通路を探索する。道中ドラングレイグの兵や呪術を扱う巨漢の獄吏などを蹴散らし、何だか重厚な鉄の宝箱を見つけたので開く。もちろんミミックを警戒して一度蹴飛ばしている。

 中に入っていたのは香木だった。何だか懐かしいような良い匂いだが、こんな物のために鉄の宝箱を用意したのか?ふむ……何か裏がありそうだ。

 試しに香木の(ソウル)を読み取ってみる。すると、どうやらこの香木は石と化した生物を元に戻すために用いるそうだ。これ飛んでもなく有能なアイテムじゃないか。そういえば隙間の洞にも石にされた亡者がいたな。

 

 と、突然私の背後に何者かが召喚されてくる。というよりも転送されて来たのだろうか。

 

「ああなんだ、量産型か貴様ら」

 

 現れたのは呪縛者。どうやらドラングレイグに何体かいるようだ。相手するのは面倒だが、(ソウル)はあるに越したことはない。とりあえず殺しておこう。

 

 

 

 一回戦った相手に遅れを取るような私じゃない。呪縛者は何も出来ずに結晶魔術と剣技により速殺された。おまけに鈍い種火を落としてくれたので、良しとする。種火は武器の強化の為に用いるもので、鍛冶屋に渡せば武器を更なる高みへと運んでくれる。レニガッツは扱えるだろうか。アンドレイも一部は扱ってくれたが。

 

 通路を渡り、角にある塔の内部へと入る。するとそこに居たのは。

 

「……お前、どこから来たんだ?」

 

 船着場より来たらしいルカティエルが壁に寄りかかっていた。

 

「やぁ、奇遇だね。色々あって空中からやって来た」

 

「……?まぁ良い、生きていて何よりだ」

 

 そそくさと彼女の横に、同じように壁へと寄り掛かる。今はマスクをしていて顔は見れないが、言葉に裏は無いようだ。あっても困るが。

 

「よく休めたかな?」

 

「眠れはしなかったが。横になるだけでもありがたいさ」

 

「今度は添い寝したいものだが」

 

「ハハハ、冗談はよせ」

 

 最近の女騎士、キツいや。

 

 どうやらルカティエルもこの先に用があるらしい。ならばと言うことで同行を誘えば頷いてくれるあたり彼女もデレデレだなぁ。そう思うのは私だけでしょうか。

 一先ず船着場の方へと逆走する。彼女曰く何やら怪しい壁があるそうで、そこを調べようという事になったのだ。

 呪術を扱う獄吏をバッサリと彼女の大剣が斬り捨て、階段を降れば確かに壊れそうな壁がある。おまけにその後ろから壁越しにも分かるくらいに温かみを感じた。篝火か?

 

「火炎壺でも壊せないが、どうする?」

 

「ああ、試したんだな。ふむ……」

 

 考え、とある物を目にして閃く。そういえば階段の上に火薬が満載された樽がいくつかあったな。あれを使えば壁くらいは壊せそうだ。

 と、言うことで樽を持って来ました。問題は点火方法。

 

「呪術を使えればな……火炎壺でやるしかないか」

 

 火球あたりがあれば安全な距離から樽を破壊できるのだが……私の火も奴に持って行かれたままだし。

 火炎壺はその重量のせいであまり遠くへ投げられないのだ。投げナイフなら百発百中で当てられるが、火炎壺は昔から苦手だ。だがドジっ子な彼女にやらせたら大変な事になりそうだから私がやるしかないか。

 

「離れていろ」

 

 ルカティエルを遠ざけ、私もなるべく距離を取って火炎壺を用意する。そして狙いをつけ、投げる。

 

 火炎壺が爆ぜ、同時に火薬樽が勢い良く爆発した。私の想像の三倍くらいに強い爆発。ギリギリ私も爆発に巻き込まれ吹き飛ばされる。

 

「おわああああ!」

 

 品の無い声をあげて転がる私を見て、ルカティエルは思わず駆け出した。

 

「だ、大丈夫か!?」

 

 仰向けに倒れ瀕死の私を抱き抱えるルカティエル。痛みが凄いがそれ以上に役得である。彼女の身体の柔らかさが伝わってくるではないか。

 

「お前、ドジだな……まったく、ヒヤッとしたぞ」

 

「君に……言われたくない」

 

 そのままエスト瓶を取り出して飲む。ドラングレイグで一番のダメージだ。回復すると、私はどさくさに紛れて彼女の全身を掴みながら立ち上がる。どうやら彼女は本気で私を心配してくれているらしく、私のセクハラに気がついていない。罪悪感が凄い。

 

 だが目的は達成出来た。壁は破壊され、やはりその奥には隠された空間がある。篝火だ。飲んだ分のエストは補充できるだろう。

 痛がりながら篝火を点火していると、横でその光景を見ていたルカティエルが何かを見つけたようだ。何とこの空間の横に部屋がある。

 

 誰かの気配があるので警戒しながら入室すると、そこには……

 

 

「火よ……火よ……フフ、どうした……やけに素直ではないか……フフフ……」

 

 鍛冶用の炉の前で火と戯れ合う変態親父がいた。なんだあれは。

 

「変態がいる……」

 

「お前が言うのか……」

 

 ルカティエルの中では私も変態であるようだ。何にせよ、変態とは関わらない方が良い。私達はそっとその場から離れようとすると、

 

「ムッ……火の匂い……貴様から火の匂いがするぞ」

 

「ヤバい、見つかった!変態にされる!」

 

「お前はもう変態だよ」

 

 呆れたようにルカティエルが言う。失礼な、私は少女が好きなだけの不死だ。

 変態親父に見つかり、仕方なく私を先頭に彼と向き合う。見たところ、彼は鍛冶屋らしい。もしかしてさっき手に入れた鈍い種火の事を言っているのだろうか。

 

「これか、火の匂いというのは」

 

 (ソウル)から鈍い種火を取り出す。すると変態鍛冶屋の目つきが変わった。

 

「さぁ、その種火を寄越せ。早くしろ貴様」

 

「なんだァ、テメェ……」

 

「くれてやれよ、一々喧嘩を売るんじゃない」

 

 キレかけた私を宥めるルカティエル。私達良いコンビじゃないか?種火を投げ渡せば、鍛冶屋は目を血走らせて喜ぶ。とんでもない種火マニアだな。

 炉に種火をそっと入れる鍛冶屋。その手つきは見た目に寄らず繊細だ。あのアンドレイや巨人鍛冶屋を思い出す。彼らも肉体と巨体の割にはかなり繊細な手つきだったな。

 

「貴様、石は持っているのだろうな」

 

「楔石か?多少はある」

 

「なら石を寄越せ。貴様の粗末な物を鍛えてやろう……」

 

「セクハラかエロ親父」

 

 何ともこの地の鍛冶屋というのは話が通じないものだ。

 

 

 

 

 熟練のマックダフ。あの変態親父に剣を鍛えてもらった。レニガッツも腕は良いが、マックダフはそれよりも良いらしい。なんかむさ苦しいから好きにはなれんが。

 ルカティエルも剣を鍛えてもらったのか、大剣が強化された。ちなみに彼女は楔石を持っていなかったので私持ち。惚れた弱みだ、それも良いさ。

 

「腕は確かだな、奴は」

 

 ルカティエルが剣を振るう。良い構えだ、実戦をいくつも経ている者の構え。多少指摘すべき部分もあるが、それは余計なお世話だろう。嗚呼、それよりも彼女に一度殺されてみるのも良いかもしれない。少女に(ソウル)を奪われるのも気持ちがよさそうだ。

 ……こう言う所が変態と言われる所以だろうか。昔はこうじゃなかったはずだが。

 

 さて、寄り道も済んだ所で先へ進む。階段を登ってすぐに行けそうな場所があったから、そっちへ行ってみよう。

 

「待て。何か来る」

 

 ふと、嫌な気配を感じて私は先頭を進むルカティエルを止める。

 

「なんだ?」

 

「これは……」

 

 暗い、闇のようなものを感じた。

 

 

━━闇霊 喪失者 に侵入されました!━━

 

 

 他世界からの侵入者。赤黒く光る闇霊特有の輝きに身を包むは、喪失者と呼ばれる名もなき不死。

 大剣を背負い、ゆっくりとした動きで私達に対峙する。その(ソウル)から感じるのは、深い、深い闇。けれどその闇は深淵とは異なるもの。人為的であり、愛や温もりを持たぬ喪失感と怨嗟から来る暗さ。

 

 大剣を構えた喪失者が、私の内なる闇に呼び寄せられるように駆け出す。同時に私も喪失者目掛けて走り出した。

 

「待て!一人では!」

 

 ルカティエルを無視して殺しにかかる。悍ましいものだ。彼女に晒して良いものではない。私とルカティエルのデートを邪魔するんじゃないぜ。

 素早い大剣の振りを見て、私はレイピアで受け流す。重い一撃だが、今ので力量は見えた。私よりも弱いがルカティエルよりは強いかもしれない。

 

 刺剣と大剣で打ち合う。受け流し、その隙に突く。大剣の利点はその重厚な攻撃力とリーチであり、それは同時に欠点でもある。重ければ動きは鈍く、懐に入られればリーチを活かしにくい。例外は、あの薪の王だけだ。

 

「どこの馬の骨かは知らんが、相手が悪いな」 

 

 攻撃を弾きながら私は言う。攻撃しても弾かれても、体力を使うものだ。そして私はそれに特化している。

 苦し紛れに喪失者が大剣を振るえば、それはレイピアによってパリィされた。同時に疲れ果てたのか動きが止まる。

 

 左手を伸ばし、喪失者の首を掴む。そしてその胸元に一気にレイピアを突き立てた。鎧を貫き肉すらも抉るレイピア。しかし、予想に反して喪失者はそれだけでは死ななかった。

 貫かれながらも奴は私のレイピアを握る腕を掴み、強引に後ろへと投げる。少し慢心しすぎたか。

 

「ちっ……!」

 

 仰向けに地面へと投げられ、舌打ちする。その時にはもう喪失者が私目掛けて大剣を振り下ろそうとしていた。死んだかな、あまり生命力は高くはないし。まぁ良い。

 

 だが、途端に喪失者の動きが止まり、胸から見知った大剣の切っ先が飛び出る。

 

「一人で突っ込みすぎだ!」

 

 ルカティエルが、喪失者の背後を穿っていた。思わぬ手助けだ。あまり協力者がいる場面は今まで無かった故に、予想外だ。

 だがそれでもまだ死なぬ。ならばと私は背中を軸に足を振り回し、駒のように回って立ち上がる。そしてレイピアをダガーに切り替え、喪失者の顔面へと突き刺して抉った。

 

「助かったぞルカティン!」

 

 すると、最早死に絶えたようで喪失者の身体が消えて行く。彼女の言う通り突っ走り過ぎたか。それとも、彼女を信頼していなかったのか。ともあれ良い経験になった。

 

 

━━Invader Banished━━

 

 

 

 

 ルカティエルに頭をゲンコツされる。

 

「あだっ!」

 

「馬鹿者、死んだらどうする!」

 

 彼女の怒りは凄まじかった。今ので体力の一割が持っていかれるくらいには。

 だが不死が死ぬ事を心配するとは。珍しいものだが、しかしそれこそ人の心なのかもしれない。普通は死んだらそれで終わりなんだから。彼女は戦場で、そう言う場面を見て来たのだろう。

 

「ごめん」

 

 ショボくれた犬のようにしょげて謝る。それでも彼女は怒っていたが、次第にその怒りは悲しみへと変わっていったようで。

 

「不死でも、死んだら痛いだろう。死ぬと言うことは、仲間を悲しませるんだ。お前は死ぬ事に慣れているのかもしれないが……私は、あまり見たくはないんだ」

 

 そっと、彼女の両手が私の頬を包む。

 

「……惚れそう」

 

「……」

 

 思わず出た本音に、ルカティエルは無言で私の頬をつねる。

 

「痛い痛い!ごめんって、許して!」

 

「本当にお前ってやつは……もう知らん!」

 

 そう言って彼女はズカズカと一人先へ進んでいく。そんな彼女を私は追う。嫌われた訳じゃない。心配されたんだ。実を言うと、嬉しいんだ。今のはそんな本心を隠した照れ隠し。

 歳を取った私だって、素直になれない時もある。昔のように、若かったあの頃みたいに。

 

「待ってよルカちん!」

 

「うるさい!もう知らん!」

 

 しばらく私と彼女の応酬が忘却の牢に響く。たわいも無い喧嘩だが、そんなものでも私の中では良い思い出なのだ。

 私の事を、心から思ってくれる人なんて、何人もいなかったんだから。

 

 




ルカティエルがいると百合が書けるから好き


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月の鐘楼、仇敵

太陽メダルが集まらない……太陽誓約だけでトロコンなのに……赦してくれ…赦してくれ……


 

 この忘却の牢を作った者達の名はほぼ失われている。けれど一つ確かなのはドラングレイグよりももっと古い時代であるということ。

 ヴァンクラッド王がどう考えたのかは知らぬが、この地にもドラングレイグの兵達が配置されている。既に国は無く、彼らもまた忘れ去られ亡者と化し、今や何の目的も無く獄吏達と侵入者を迎え討つだけ。

 何ら問題は無い。亡者の相手など散々してきた。私とルカティエルは立ち塞がる有象無象を粉砕し、忘却の牢の中を進む。

 

「しかし香木にそんな効能があるとはな」

 

 私の背後を進むルカティエルが口にする。

 

「使うと消えてしまう辺り、単なる香木では無いのだろうさ。原理は分からぬがね」

 

 懐かしい匂いのする香木。つい先程、私はそれを使用する機会があった。石化したドラングレイグ兵を復活させたのだ。やはり(ソウル)から読み取ったようにあの香木には呪いを解く効果が有るらしい。使うと消えてしまうというデメリットがあるも、それは他の品物だって同じだ。

 

 そうして建物内を進めば濃霧がある。中から感じる(ソウル)はそれなりには強いようだ。ルカティエルもいるから得られる(ソウル)量は分散されるも、別に良い。強くなる事も重要だがそれ以上に百合を育む事はこの上無く大切である。

 霧に手をかける前に、私は背後のルカティエルに振り返る。不敵に、そして獰猛に微笑みながら。

 

「準備は良いかな?」

 

「抜かせ。ミラの剣技に斬れぬ者などいない」

 

 良い、良い。威勢とは魂の攻撃力。威勢なくして勇気は出ない。その逆も然り。そしてそれこそ困難に立ち向かう力。かつての私も臆せず沢山の強敵と戦ったものだ。まぁ、威勢ならば今の私も負けていないがね。実力も錆び付いてはおらぬ。

 霧に手を掛け、(ソウル)を拒む力を強引に押し切る。ドラングレイグの濃霧は拒絶が酷く入り辛いのが欠点だな。

 

 そうして入れば、唐突な浮遊感が私を襲う。霧をくぐった瞬間に足場が無かったのだ。

 落下死を想定したが、身長一つ分下にはしっかりと床があったために助かった。誘っておいてルカティエルを殺してしまっては後味が悪いじゃないか。

 

 だがすぐに、落下死とは別の死の予感が私を襲う。直感とは正直で正しく、すぐに横へと転がって死を回避する。

 刹那、私が落下した場所へと何かが振るわれる。それは金属製のポールのようだ。当たれば骨ごと内臓を破壊されていたかもしれない。

 

 立ち上がり、見据えるは真鍮のように燻みながらも輝く金色の鎧。身長は只人のそれでは無く、無駄に高いが細身であり。特徴的な兜のバイザーからは光は見えず、ただ中の空洞が広がるだけ。

 かつて、ドラングレイグの戦力の一端を担っていた者達。最早中身は無く、魂の宿る鎧。人はそれを、虚だと表現する。

 

 

虚ろの衛兵

アレサンドラ ルカ レギム

 

 

 随分と洒落た名前だ。鎧に宿った(ソウル)からだろう、鎧の持ち主の名が頭に入り込む。今私が相手をしているのは一人だが、どうやらあと二人いるらしい。周囲を見ればここは広いフロアの二階の通路であり、周囲は崩れて足場があまりない。落下死はしない高さだが、ここで戦うのはあまりよろしくは無いだろう。

 かといって、下のフロアに飛び降りれば他の二体も参戦しそうだ。今の所、ルカとレギムは二階の別の通路で観戦を決め込んでいる。それは好都合だ。今まさにやってきたルカティエルと二人であれば一体は余裕で倒せるはずだ。

 

 アレサンドラが右手のポール……ではなく戦鎚を両手で振り上げる。

 それを見て、私は降り立ったルカティエルを抱き抱えて奴の足元へと転がり込んだ。ルカティエルよ、警戒しなさ過ぎだぞ。

 

 振り下ろされる戦鎚。その衝撃は床の石畳を削った。ふむ、見た目に反してそこまでの威力は無いようだ。それは良い。

 

「助かった!」

 

 感謝を述べるルカティエルを無視し、右手にメイスを握ってアレサンドラの膝裏を叩く。やはり中身は空洞だ、ひしゃげた金属音だけが響くのみ。

 膝をついたアレサンドラの背中に、回転しながらメイスを叩き付ける。するとアレサンドラは更に体勢を崩して前のめりに四つん這いになった。

 

「オラァッ!」

 

 目の前に突き出されるアレサンドラの尻をドロップキックで弾けば、虚ろの衛兵アレサンドラが下のフロアへと落ちていく。う〜む、鎧の尻の形から考察するに、持ち主は女性なのだろうか。名前も女性的だし。だがもう匂いとか気配は無いだろうから、興奮もしない。

 

「降りるぞ!ついてこい!」

 

「姿に似合わぬくらい力技だな……」

 

 意気揚々と下の階へと飛び降りる私にルカティエルが呆れたように言い放つ。ギャップが良いだろう?見た目は麗しの白百合であり、その実獰猛なのは少女達からウケが良さそうだからね。

 落下と同時に落とされて悶えているアレサンドラに落下致命を叩き込む。着地間際にメイスを振り下ろし、その兜を粉砕した。まず一人。

 

 バラバラになって霧と化したアレサンドラを見たのか、観戦していた他の二体がどよめいた気がした。声を出せないからそんな気がしただけだが。

 

「ほら降りて来い!一人残らず狩り取ってやる!」

 

 立ち上がり、衛兵二人を見上げながら叫ぶ。どうやらやる気になったらしく、奴らは互いを一瞬見詰めて降りてくる。

 

「っと……膝に悪いな」

 

「エストを飲めばどうせ治る。それよりもほら、片方は私がやるからもう片方は相手してくれよ」

 

 どうやら相手もやる気満々のようだし。それに戦いの礼儀というものを分かっている。ニ対ニ、それぞれ正面の相手だけと戦うつもりのようだ。そうこなくては。複数戦は面倒なだけでつまらないからな。全力を出すのであれば一対一でやらなくては。

 お互い、武具を構える。右手には杖を、左手にはメイスを。全力であの鎧を叩き潰してやろう。

 

 先手を取る。私が走り出せば、それに呼応するようにルカが動いた。

 接近する私に、ルカは左手の円盾を投げる。まるで車輪骸骨のように迫るそれは、しかし空中へと飛んだ私には当たらない。盾を捨てるという事は、相手は攻撃一辺倒になるということだ。即座に空中で杖を構える。

 

「乱れる(ソウル)の槍」

 

 杖から小ぶりな(ソウル)の槍が降り注ぐ。それはまるで雨の様にルカの全身を襲った。

 ガンガン、と鎧を貫きながらもルカを殺し切るほどの威力は出ない。中身があればきっと殺せていたが、鎧だけでは貫通するだけでダメージが薄いようだ。

 

 着地と同時にルカの戦鎚の突きが迫る。それを踏んで軌道を逸らし、無効化する。咄嗟にできるくらいにはこの技にも慣れてきた。

 だが強引に戦鎚を引き抜くと、次は横降りが来る。それを屈んで回避すれば、ルカは横降りの勢いのまま回転し出した。

 

「おお、なんだそれは!」

 

 回転しながら、まるでコマのように迫り来る。右手の鎚が遠心力で驚異的な威力を持っているようで、側にあった柱が粉々になっている。あれを食らったら死ぬな。

 私はまるで球技のようにメイスを大振りに構える。昔、子供の頃に孤児院の男の子達がよくやっていたな。棒で投げられた球を打つんだ。こうやって……

 

 

「せぃッやあああッ!!!!!!」

 

 

 メイスをバットのように振り切る。強化された膂力が乗り、私のメイスも並の鎧を破砕する程に殺人的だ。

 私のメイスとルカの戦鎚がぶつかり合う。火花を散らし、凄まじい衝撃が腕を襲う。質量が重いルカの方が有利ではあるが、それでも私は負けず嫌いで威勢の良い白百合だ。全世界の美少女のためにも負けるわけにはいかない。

 ほんの数刻、数秒。私とルカのぶつかり合いは互いのプライドも掛けたものであったはずだ。だが、悲しいかな。最早私は負ける事などあり得ない。戦いも球技も。

 

「オオォオオオラアアアアアッ吹っ飛べぇえええ!!!!!!」

 

 咆哮と同時にルカの戦鎚を弾き返す。まさか負けるとは思っていなかったのか、ルカはそのまま逆回転して後方の壁へと激突した。

 それを見る前から左手に杖を取り出し、魔術を唱える。

 

(ソウル)の結晶槍」

 

 結晶化した(ソウル)の槍が飛んで行く。硬く、より純粋な魔術がルカの胴に突き刺さった。刹那、鎧がバラバラに弾け飛ぶ。中々楽しかったよ。勝負自体は一瞬だったが、童心に帰ったようだった。

 

 一人戦いの余韻に浸り、未だ喧騒の絶えないルカティエルを見やる。どうやら彼女もレギムを追い詰めている所で、大剣を振るってタコ殴りにしている。見た目と言動に反して案外荒々しいな彼女は。

 

 ともあれ、ルカティエルも息を切らしながらもようやく虚ろの衛兵を屠ってみせた。苦しいのならば仮面は取った方が良いと思うのだが。

 

━━Victory Achieved━━

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月の鐘楼。それは古く忘れ去られた亡国が建てた鐘楼である。忘却の牢の外れにあり、ファロスの仕掛けによって隠されたそれは、どうやら不死達を収容するための施設では無いようだ。

 ただ純粋に。誰かとの約束を忘れず、しかし隠すために。そこにあるのは愛なのだという。

 

 亡国ヴェインとアーケン。互いに敵対していたはずの王妃と王子は、しかし密かに愛し合っていたらしい。

 

 ルカティエルと足を踏みれれば、そんな事を目の前の鐘守は言う。古く作られた魂を持つ人形である鐘守は、国が滅び、鐘楼を作り愛を隠した当人達が滅んだ後も、ずっとその使命に囚われているようだ。

 

「ギャハハハハハハ!!!!!!鐘を荒らす不死は殺す!全員血祭りだ!ギャハハハハハ!」

 

 狂い果て、終わりなき使命を果たそうとする鐘守はやかましいが。けれどどこか切ない。きっと大切にされていたはずだ。自らができぬ使命を託すくらいには。

 けれど、だからこそ。私は寄り道してでもあの塔の鐘を鳴らしたい。最早かつて鐘楼を作りしヴェインの者どもは滅び。その王妃が密かに愛した王子を思う鐘を鳴らす事こそ、愛を絶やさぬための行為となる。私はそう思った。

 

 ルカティエルからは先を急ごうと急かされたが、愛に敏感な私は放っておく事はできない。愛こそ人間性の極みであると、思うから。私はロードランにてそれを知った。愛の遺志を、無かったことにしてはならぬ。

 

 鐘守は私達に警告したがどうでも良い。例えあの哀れな人形どもが襲いかかってきたとしても、愛という名の憧れを目指す私を止められるはずがないのだから。

 

 案の定、先ほどの鐘守が侵入してくるも全力で叩き潰す。他の鐘守もいるが、厄介ではあるものの敵では無い。

 

「随分と固執するな」

 

 不意に、エスト瓶を飲む私にルカティエルが声を掛ける。瓶をしまって鐘のレバーを引く前に、私は答えた。

 

「そうかな?……そうだな、確かに固執しているんだろうさ。私は愛って言葉に弱いんだ」

 

「何かトラウマでもあるのか?」

 

「いいや。ただ……懐かしいだけさ」

 

 私が誰かに向けた愛も、私に向けられた愛も、忘れてはいけない。それさえも忘れた時、きっと私は今度こそ全てを失うだろうから。

 いけないな、いつになくセンチになってしまって。会ったこともない誰かの愛の遺志を果たそうだなんて。想いに引っ張られるのは良くないことだ。

 

 最上階のレバーを引けば、鐘が鳴り出す。顔も知らぬ王妃が隠した愛の音色。それがどんな想いであったかなんて、分かるはずもなく。

 嗚呼、けれど形に残るだけ良いじゃないか。私なんて、あの頃の記憶しか無いのだから。アナスタシアやプリシラがどうなったかなんて、知る事すらできないんだから。

 

 

 

 

 

 鐘が鳴り、鐘楼内の柵が開く。どうやら外の屋根の上に繋がっているようだが……濃霧が掛かっているという事は強敵がいるのだろう。何か懐かしい強い(ソウル)を感じる。

 

「先に進んでいても良いぞ。君まで寄り道に付き合う事はないんだから」

 

 そうルカティエルに告げるも、彼女はこのまま着いて来てくれるようだ。無言で身長が少し低い私の頭を撫で始める。慰められているようで今の私のガラじゃないが、けれど暖かい。私が、求めていた暖かさなんだろう。

 

 濃霧を潜る。潜って、懐かしさが(ソウル)を駆け巡った。

 

 

 そこは屋根の上。隣の離れの塔に繋がっており、屋根の周囲には見知った石像が設置されている。

 嗚呼、こんな事で思い出したくは無かったが。あの弱かった頃の私と奴は、きっとあの時袂をわかったんだろう。ずっと一緒に旅をしていれば殺し合う事は無かったかもしれない。

 

「……石像だと?」

 

 ルカティエルが呟く。並ぶ石像の一つが、動き出す。長い尻尾と石造りの羽。そして斧槍。懐かしいものだ。苦戦したよ。

 

「ああ。時が変わっても変わらぬものだ。相も変わらず鐘守とは」

 

 

鐘守のガーゴイル

 

 

 ずっと昔、私が何も知らぬ弱き不死であった頃に戦ったそれと、全く同じだ。

 きっとあの時に私が強ければ。アイツが無敵であれば。私は闇の王など目指さなかったかもしれない。奴の使命を受け入れて、後押しして、あの子と一緒に生きられたかもしれない。

 

 けれど、過去は過去。もしもは所詮過程の話でしかない。全て結果論であり、無意味だ。闇の王を目指し敗北し、今に至る道を否定などしてはならぬ。そんなもの、私や私に遺志を託した者達を否定する行為に他ならぬ。私が感じ、考え、愛し合った事は事実なんだから。

 

 それでも私は想像せずにはいられない。柵をこじ開け、共に歩む未来を。そんな淡く儚い恋心を。

 

 

 だから。

 

 

「追う者たち」

 

 

 怒りは、どこかへ吐き出さねばなるまい。八つ当たりだとしても、私はその怒りを否定しない。

 その雰囲気と怒気を悟ったのか、ルカティエルが少し後退りした。こんな顔を見られたくは無かったが、きっと酷い顔をしているに違いない。

 

 意味もなく迫るガーゴイルを、仮初の生命たちが粉砕する。闇とは正しく人の力であり、人間性の塊。愛こそ人の真理だが、怒りもまた事実である。

 故に、私の怒りは全てを穿つ。杖の良し悪しなど関係がない。怒りは全てを飲み込み、破壊するのだから。

 

「今度は貴様らが蹂躙されろ」

 

 また新たに現れるガーゴイル。かつては二体だけだったそれは、四体、五体と増えていく。だからどうした。道を塞ぐのであれば全て砕くまで。

 神に造られた命など、滅んでしまえ。

 

「そこにいろ、ルカティエル」

 

 それだけ告げて歩み出す。何も知らぬ、それどころか目の前のガーゴイル共はロードランで戦った相手ではない。けれどガーゴイルであるという理由だけで、奴らは蹂躙される。

 私の深淵によって。その悉く。

 

 闇が吹き荒れる。飛沫が消し飛ばし、闇の玉が大穴を開け。生命を羨む者たちが(ソウル)を喰らい尽くす。

 可憐さなどどこにもない。あるのはただの殺戮。嗚呼、アナスタシア。私は愚かだよ。でも抑えきれないんだ。悔しくて悔しくて、仕方が無いんだ。君と歩むはずだった未来が、羨ましくて仕方ないんだよ。

 あの薪の王となったアイツを、笑って送り出せたはずの“もしも”が、堪らなく嫉ましい。

 

 今もアイツは、焼かれているのだろうか。あのはじまりの火に焚べられて、世界を照らしているのだろうか。

 

 

I’m invincible(私は無敵故),I’m unavoidable(逃げる事は叶わぬ),I’m undebatable.(その余地すらない)

 

 

 私は、結局何者にもなれなんだ。そんな怒りを、どうか赦してくれよ。

 

 

━━Victory Achieved━━

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マデューラの篝火で、一人炎を眺める。

 

 ただ呆然と、昔の事を思い出しながら。

 

 愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶと言うが。過去を偲び、あり得たかも知れない未来を夢見るのは悪い事だろうか。

 人なんだ、落ち込みながら想い出を薪に黄昏れるのも良いじゃ無いか。

 

 例え強くあろうとしても、根はきっと何も変わっていない。北の不死院で閉じ込められていたあの頃と。ただ外を夢見て不貞腐れていた時代と。

 今も尚、私は不貞腐れているのだ。望んだ未来が手に入らなかったと。足掻いて足掻いて、強がっているだけなのだ。

 

 お前は、前へと進んだ。愛していた私を殺し、その身を犠牲に火を継いだ。

 

 

  そんなお前が。(そんなあんたが。)

 

 

今になって羨ましいんだよ。(今になって羨ましいのよ。)

 

 



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罪人の塔、忘れられた罪人

少し短めです。
感想、評価等お待ちしております。


 

 

 

 マデューラの家屋で絵を描く。

 想い出だけを頼りに、淡い鉛筆で私は少女達の絵を描いていく。

 

 薪の王に破れてから、いつか草葉の陰で見た美しい村娘。どこかの街で商人をしている看板娘。そのどれも私の脳裏に焼き付いていてかつての美しさを表現できる。

 何枚も、何枚も大きなキャンバスに描いてみた。そのどれも私の磨耗しない記憶力のお陰か、それとも少女への執念からか寸分の狂いなく思い出して描いてみせる。それは良い。少女とは美しくあってこそだろう。

 

 そうして、一頻り少女達を描いたのちに。記憶の奥底、もっと古いあの地で出会った少女を描いてみせる。

 聖女レア。あの何も知らぬ世間知らずで清廉な少女は、やはり絵にしても美しい。この目と感触で彼女の全てを感じ取ったからこその出来。もちろん春画ではない。

 半竜プリシラ。色々大きくてもふもふな感触は、今でもこの手に覚えている。私を友と言ってくれた大切な娘であり、彼女の親を殺した。

 イザリスの魔女クラーナ。千年を孤独に生きた我が呪術の師は、別れ際に私を愛してくれた。その素顔は、二度と忘れない。

 

 筆を止める。

 

 最後に描くべきもう一人。

 

 私が心の底から愛し、愛された火防女。

 

 もう背景と身体は描けているのに。私はずっと、描けずにいる。

 今でも鮮明に覚えているのに。煤けたあの檻の中で、私だけに見せてくれるあの笑みを、覚えているのに。私は描けない。彼女の想いを裏切ってしまった私には。

 惨めな女だ私は。強がって他人にはああも発言できるのに過去の想いに縋り前へと進めない。ルカティエルに自分を貶めるなと言っておきながらこの様だ。

 けれど表面だけは強く生きなければ。私はあの子に顔向けできない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 隠れ港の船の中で手に入れた呪術の炎で、封じられた亡者共を焼き尽くす。

 

 忘却の牢、虚ろの衛兵共を倒したその先を進む。どう改造すればそうなるのか分からぬが、爆発する亡者とは厄介なものだ。ここにいる亡者共は近付くと爆発四散する。生命力が低い私が食らえば一溜りもない。

 亡者を閉じ込めておきながら生命を愚弄するとは。真、人の業とは愚かしい。

 ルカティエルは先にこの牢を進んでいるようだから、少し心配ではある。あの子は抜けている所があるから……

 

 道中魔術師らしき男の石像があったが、香木が無いから無視して先へと進む。

 塔を抜け、大橋を渡り塔の上層からクロスボウを放つ兵達を全滅させる。地味な嫌がらせは一番腹が立つな。

 さて、橋を渡った先の塔には下層へと降りられるエレベーターがあった。ロードランでも散々見たし使ったが、階段を降りるよりもずっと楽だ。いくら不死と言えども必要以上に疲れる事はしたくない。

 

 

 

罪人の塔

 

 

 

 下層へと辿り着けば、そこは浸水していた。幸いなのは水嵩が腰にまで満たない事だ。腰まで水嵩があれば格段に動き辛いし、足元が見辛いから突然地面の切れ間があったらそのまま落下死する。ていうか溺死する。

 

「おやおやもう雑魚扱いかお前」

 

 と、隠れ港では強敵感を出して登場した流罪の執行者が浸水した牢を徘徊している。まぁ確かに虚ろの衛兵と比べればこいつは雑魚もいい所だからなぁ。

 私の言葉など聞ける知能すらなく、剣と棍棒を振るう執行者を魔術で消し飛ばしていく。そういえばロードランでも牛頭のデーモンや山羊頭のデーモンは流罪の執行者のように後半のエリアになるとそこらの雑魚と同じように沢山居たな。

 

「しかしただでさえ足場が悪いのに爆発亡者とは……ここを造った奴は嫌がらせの天才だな」

 

 最早柵が腐食して崩れ、牢屋の機能を成していない。もちろんそこからは溢れるように爆発亡者が出てくるわけで。

 私は面倒になって纏めて屠る事にする。シャラゴアから買い取った誘い骸骨で一箇所に誘導すると、闇術で全部吹き飛ばす。やはり数が多い敵はこうするに限る。ドラングレイグの武器は壊れやすいから一人一人相手にしていたら修理の光粉が底をついてしまうからな。

 

 浸水牢屋地帯を抜ける。どうやらまた塔があるようで、細い一本の橋を渡らないとならないらしい。アノール・ロンドの梁よりはマシだが、狭い場所を通るのは気が進まない。すぐ側が海ならば尚更だ。というか、こんな海面スレスレの場所に塔やら橋やら作るのは良いが満潮になったら水没しないのか?

 

 辿り着いた塔には濃霧が掛かっていた。毎度の事だがどうやら強敵がいるらしい。それもかなり強大な(ソウル)だ……場所的に、ここが忘れられた罪人とやらがいる場所だろうか。となれば、緑衣の巡礼が言っていた強大な(ソウル)とやらも持っているかもしれない。それは良い、さっさと強くなりたい訳だし、相手をしてやろう。

 

 と思ったのは良いが、どうやら塔の左右に小部屋があるようだ。濃霧を潜るのはそれからでも良いだろう。

 どうやら塔の中は今までよりも暗いらしく、左右の部屋は中の灯りを灯すための部屋らしい。火の蝶と呼ばれる生命を砕き、道中拾った松明に擦り付けると火が燈る。便利だな、これがあれば地下墓地はもう少し楽だった。

 

 部屋にある台の上の油に火をつければ、油を伝って頭の中へと火が進んでいく。これで良いだろう。少しは戦いやすくなったはずだ。

 

 さて、左右の部屋に火を灯せば、いつのまにか塔の中から何やら喧騒が聞こえてくる。金属のぶつかり合う音からして、誰かが戦っているのだろうか。ルカティエルかもしれない。

 

 さっさと濃霧を潜る。相変わらず拒絶の強い濃霧だが、問題は無い。

 

「やぁルカティエル!」

 

 濃霧を潜った先に居たのは、誰かと鍔迫り合いをするルカティエルだった。声をかけられ鍔迫り合いしながら振り返る彼女は、少々焦ったように言う。

 

「手を貸せ!こいつ、強い……!」

 

 言われなくてもそのつもりである。レイピアと新しく手に入れたファルシオンを握りルカティエルに加勢する。割って入るように横からレイピアを突き刺せば、敵対者はサッと下がってそれを回避してみせた。

 

 その姿は、罪人である。内側に爪のついた仮面を被せられ、両手と両足には枷が着けられている。塞がれた両手で大剣を握るその姿は、内にする(ソウル)のせいでやや肥大化しているが……きっと、女性なのだろう。趣味の悪い男共に捕まったのか、ああいう拷問は女性に対するものだ。

 

 

忘れられた罪人

 

 

 一体どんな罪を犯したのだろうか。だが一つ言える事は、最早正気では無いと言うことだ。剣を握りこちらに仇なすというのであれば、こちらも剣を交えよう。

 

「助かったぞ!」

 

「待たせたな」

 

 若干息を切らすルカティエルに格好つける。ヒーローは遅れてやって来るものだ。私の場合ヒロインであるはずだが、ルカティエルがいれば何ら問題ない。

 さて、対峙するのは良いがどうやらギャラリーもいるようだ。塔の内側にある小部屋から、二体ほど赤い闇霊が飛び出してきた。闇霊というか、あれは単なる防衛装置だろう。余程罪人と接触させたくなかったのか、私達を排除しようと動いている。

 

「お客さんだ。頼めるか?」

 

「三十秒で片付けるさ」

 

 ルカティエルに頼めば、彼女は勇ましく赤い闇霊に突っ込んでいく。大丈夫かな、あの闇霊達は呪術師っぽいぞ。剣だけで突っ込んでいくのは多少骨が折れると思うが。

 まぁ良い、そこは彼女を信頼しよう。ルカティエルと闇霊達がワーワー何やらやっている中、私と罪人は互いに向き合う。

 

 どうやら剣には覚えがあるようだ。両手がつながれようとも、その構えは堅固である。おまけにカウンターを狙っているのか、中段で横に構えた剣は私の攻撃を誘っているようだ。

 ならば誘いに乗ってやろう。私は走り出し、飛び上がりながらレイピアを振るう。素早く、そして体重を乗せた一撃はパリィなど出来ぬ。

 

「……!」

 

 それを察したのか、罪人はレイピアの刺突を受け流す事にしたようだ。ギリギリと大剣の表面をレイピアの刃が火花を散らして通り抜ける。

 すぐ様左手のファルシオンを足目掛けて振るう。斬ることに特化した曲剣の一撃は、軽い。しかしその切れ味は確かである。剥き出しの足を浅く斬られ、傷口から血を噴き出しながら罪人はたじろぐ。

 

 反撃とばかりに罪人が大剣を振るう。その鋭さは中々のものだ。ステップで避けながら機会を待つ。久しぶりにまともな斬り合いだ。

 大きく大剣を振り被る罪人。ここぞとばかりに私はファルシオンを構えた。

 

「パリィは私の専売特許だ」

 

 ファルシオンの湾曲した刀身が大剣を弾く。すると完璧に攻撃を弾かれた罪人は尻餅をついてしまった。嗚呼、未だ只人であるならば可愛らしいのだろうが……既に罪人は異形と化している。ならば殺すしかない。

 すぐ様私は罪人に跨りレイピアを胸元へと突き刺す。刺突に優れたレイピアは致命ダメージが大きい。死にはしないようだが、それでも罪人は苦悶の声を上げる。

 

 そして、仮面の内側からおかしな虫が這い出ようとした。

 

 

「……なるほど。罪とは、そういうことか」

 

 

 回転しながら後方へと飛び、距離を取る。あの虫。大きさはまるで違うが知っている。

 悍ましい虫。命を生み出そうとし、そして呪われた哀れな魔女達。それらが作り出した混沌。

 

 どうやらこの罪人は、嘗ての魔女達と同様に命を創り出そうとして混沌の蟲を産んでしまったらしい。何ということだ、あんなもの生命への侮辱以外に無いというのに。

 混沌の苗床、そのものを産み出そうとするとは。人は過ちを繰り返す。

 

 ならばもう殺してしまおう。人間性を喰らう混沌が生きていて良い事など無い。我が師の望みが混沌を滅ぼす事による贖罪であったのであれば、あれは殺されなければならない。

 

 他ならぬ私によって。

 

 

 左手を杖に変え、脳内で詠唱する。

 

 

「闇の玉」

 

 

 私の人間性より生み出された大きな大きな闇の玉は、発射されると同時に罪人の頭部を消し飛ばす。だが混沌の苗床はすんでの所で逃れたようだ。宿主が死んでも尚、首元にまだ蠢いている。

 死体に飛び乗り、レイピアを蟲へと突き刺す。しぶとく生き延びようと足掻く蟲を、奇跡で焼く。

 左手の杖を収納し、アイツのペンダントを握れば雷の槍は蟲を内側から焼いてみせた。

 

「火は好きだろう?」

 

 相反する奇跡により焼かれ、最早動かぬ苗床の模擬。人はいつも身の丈に合わぬものを求め、失敗する。これもまた、同じこと。

 

 

━━Great Soul Embraced━━

 

 

 

「おーい、もう三十秒経ったぞ」

 

 混沌に対する感傷も済まぬまま、未だ背後で殺し合うルカティエルへと声を掛ける。どうやら一体は殺したようだが、彼女も最早ボロボロだ。

 

「ちょ、ちょっと待て!もう少し……そらぁ!」

 

 呪術を展開しようとしていた闇霊を、大剣が穿つ。それで勝負はついたようで闇霊は(ソウル)へと霧散した。ぜーはーと息を切らすルカティエルの背中をさする。そんな所も可愛いぞルカティン。

 

「お疲れ様。何はともあれ無事でよかった」

 

「ああ……お前、もういいのか?」

 

「何がだい?」

 

 その言葉を察せない訳じゃない。けれど私は何事も無かったかのように首を傾げて彼女の手を取る。

 

「……いや、良いんだ。先を急ごう」

 

 それは私の強がりだ。自分だけの過去を振り返り悔やむのは、一人の時だけで良い。私の問題は、私だけで解決すべきなのだから。心配しなくても、良い。

 

 

 

 

 

 初まりの篝火。そう、呼ばれているらしい。

 

 忘れられた罪人を倒し、塔を進めば一際大きな部屋を見つけた。何もない円形の部屋は、しかし中央にポツンと篝火だけがある。

 それだけである。けれどこの篝火から齎される感覚は、凄く懐かしいものであり。嗚呼、これは。分け与えられた王の(ソウル)の燃え滓なのか。

 

 

━━Primal Bonfire Lit━━

 

 

 ゆっくりと優しく燃える篝火は、本来の役割を果たす。燃える遺骨と灰は、かつて殺した魔女が溶け込み。私の中にも入り込む。嗚呼、あの時は得られなかったものを、こんな所で手に入れるとは。

 

 古き魔女の(ソウル)。かつての王であった魔女達の残滓。優しく、温かい母の想い。それは最早燻り、記憶など覗けぬ程に掠れているが。

 ……クラーナ、貴女が愛した家族もまた、貴女を思っていたようです。それを、直に伝えたかった。

 

 僅かに時空のズレたルカティエルもまた、その(ソウル)を手に入れる。知るはずもない。その(ソウル)が、この世界を作った者たちの残滓であるなどと。けれどそれで良い。あの悲劇は、私が知っていれば良いのだから。

 

「さて、マデューラに戻ろうか」

 

「うむ。しかしこれでようやく一つか……先が思い遣られるな」

 

「私がいれば大丈夫さ」

 

 そう言って篝火に触れる。焚ける火は、私達を包み込むと果ての篝火へと飛ばす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……良い匂い。やっぱり貴女を選んで正解みたいね」

 

 小屋で一人、シャラゴアは呟く。愛くるしい見た目と声色で彼女は待ち侘びる。王となるべく者の行く末、その終焉を。

 けれどきっと、愛しい猫は使命を果たさないだろう。他の姉妹ならばいざ知らず、彼女は幸い愛を持って生まれてきたのだから。だから良いのだ。新たな王は、自由気ままにやれば良い。猫がそうあるように。

 

 カリカリと木壁で爪を研ぐ。王がこの地に来てから機嫌が良い。最初こそようやく訪れた機会に震える程驚いたが、今となってはあの少女の偉大で孤独な旅路が楽しみで仕方がない。

 生まれ持って得た特性もあるに違いないが。けれどそれは、憤怒でもなければ孤独でもなく、渇望でもない。

 愛こそ、彼女が猫であるための使命。ならば姉妹達のようにあれこれする必要は無い。

 

「だって、貴女は私を愛してくれるでしょう?ウフフ……モテる猫は辛いわね」

 

 今もまた、大きくなった彼女は猫の前に現れる。愛しい猫をモフりに。愛情を向けてくれる。

 

「やぁ、早速で悪いんだけど落下を和らげる品物無い?」

 

「あら、痛そうね。あるわよ」

 

 マデューラの穴へと飛び込んで折れた足を引き摺り、猫の元へやって来る少女は彼女が待ち侘びた王となるだろう。

 

 




エルデンリングやりたい


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黒渓谷、腐れ

お休みが貰えたので投稿します。
最近感想をいただけていないので、何でもいいから感想ください、何でもしますから!


 

 

 

 聖人墓所。マデューラの中央にあるゴミ捨て場のような大穴を死なずに降れば、それはある。

 一体どの時代の聖人を奉ったのかは分からぬが、とにかく名も伝わらぬような聖人が眠っているのだろう。寂れた集落の穴の下にある洞窟に似合わぬ程の遺跡が地下に広がる。松明が所々に設置されて灯されている所を見るに、今でも信奉者がいるのだろうか。或いは盗掘者か。

 

 ここに来るまでに酷い目にあった。大穴には所々に木製の足場が掛けられており、多分私以外にも降りようとした者が居たのだろう。ならばと私も飛び降りれば、細い足場は折れて落下死しかけ、丈夫そうな足場に降りれば足を折る。

 おかしいな、かつてのロードランであればこれくらいの高さは足を多少痛める程度だったのだが。太った?否、否々否。私が太るなんてことがあるはずがない。きっと、そうだ。装備している物が多いからだ。

 シャラゴアを頼り、銀猫の指輪を購入して落下のダメージを減らして辿り着いたのがこの聖人墓所。おかしいな、シャラゴアと緑衣の巡礼曰く大穴の下は死体だまりのクズ底であると聞いたのだが。まだ下があったのだろうか。

 

 まぁ良い。来たからには冒険しなくては。幸い入ってすぐに篝火もあったために休憩や転送には事欠かない。

 篝火から離れて心機一転、冒険心を燃やす私はすぐ横で項垂れて動かない亡者くんに行ってきますを告げると聖人墓所を探索する。

 

 

 

 

 聖人墓所ではなくファロス・ネズミーランドに改名すべきだ。探索し、中程まで進んだ私はそんな感想を抱く。

 てっきり強そうな墓守や恥知らずの盗掘者辺りが出てくるのかと思いきや、居るのは大きいネズミだけ。しかも毒を体内に持っているせいで迂闊に攻撃を受けられん。生憎と毒を消す苔玉は持っていないんだ。

 

 ネズミと同様にファロスの仕掛けも多い。

 数えるのも億劫になるほどのファロスの仕掛けがあり、その殆どが罠である。そんなにファロスの石を持っていないので試してはいないが、どうやら大橋を動かす仕掛け以外は全部酸が流れる仕掛けのようだ。不死は酸程度では溶けぬが、着ている衣服や指輪は溶けたり破損したりするから厄介極まりない。橋だけ動かして後は触れぬ方が良いだろう。

 

 そうして探索をし、遺跡も終盤になった頃合いだろうか。急に侵入者が現れる。

 

 

━━闇霊 探索者ロイ に侵入されました!━━

 

 

 現れた闇霊は……裸?

 

 恥部だけを隠す布と兜だけを身に纏っている変態が現れた。女性ならば大歓迎だが男は帰って欲しい。だが何か様子が変だ。手には何かを握る仕草。もしかすると武器や装備を透明化しているのだろうか。

 警戒するに越したことは無い。思えばロードランで侵入した際もウーラシール由来の見えない武器なんかを用いる輩も居た。稀に女騎士が武器を隠してエクスなんちゃらと叫んでいたが何だったんだろうか。

 

 そんな風に考えていると、探索者ロイがこっちに左手を向けた。刹那、唐突に矢がこちらに飛んでくる。どうやらクロスボウを左手に隠し持っていたようだ。

 

「おっと」

 

 それをレイピアで弾く。確かに素早いが、弾道は直線的かつ物理攻撃であるために分かりやすくて剣でも弾きやすい。

 私が矢を弾くと、探索者ロイはこちらに向かって走る。どこからか現れたネズミと共に。そう言うことか。こいつが墓守なのか。

 

 多勢に無勢。一対一ならば負ける事は殆ど無いが、亡者と違ってネズミはチョロチョロと素早いから厄介だ。背を向け、私も逃げ出す。一旦こっちの有利な状況に持ち込もう。

 

 大橋を渡り下の階まで逃げると、私は振り返る。どうやら見えぬ鎧を着込む探索者よりもネズミの方が早かったらしい。ゾロゾロと階段を降り、こちらへと一列で向かってくる。

 魔術師の杖を取り出し、脳内で詠唱する。唱えるはソウルの結晶槍。結晶化する程に濃縮されたソウルは敵を貫くためのものだ。

 

 一直線に並んでくれていたことが幸いした。ソウルの結晶槍は次々にネズミを貫くと大群を一網打尽にする。

 

「後はお前だけだぞ」

 

 遅れてやって来た探索者ロイは、屠られた仲間を見て足を止めた。どうやら物量ではどうにもならぬと感じたのだろう。一対一で正々堂々と戦うつもりのようだ。稀に見る良闇霊だ。

 左手の杖をカイトシールドに変え、私も対峙するために構える。相手の武器が見えぬ以上、こちらも慎重にならねばなるまい。魔術も鎧に耐性があるならば有効打にはならん。こういう時斧槍があればアウトレンジから攻撃できたのだが。

 

 と、痺れを切らしたロイが右手の武器を振るいこちらに突っ込む。私は盾でそれを受けた。

 

 

 が、

 

 

「ぬっ!?」

 

 

 盾を持つ左肩が鋭利な何かに抉られる。盾は完全に武器を受け止めていた。なのに、まるで回り込まれるように攻撃を受けるとは……なるほど、ショーテルか。

 分かれば話は早い。私は肩に突き刺さる見えないショーテルを強引に引き抜き、素早くしゃがみ込みながら回転蹴りを奴の足元へと食らわせる。すると足払いされたロイはあっさりと転げた。

 

「手が甘いんだよっ!」

 

 仰向けに転がるロイに、レイピアを突き刺す。だが鎧のせいで刃が少ししか刺さらなかった。面倒だな。

 バックステップで距離を取り、右手のレイピアをメイスへと替える。鎧を着ているならば鎧ごと破砕するまでよ。

 

 立ち上がる探索者ロイはまたしてもショーテルを叩き込もうとしてくる。しかし一度身をもってその武器の長さを理解できた。ならば二度目はない。

 

 左手の盾をファルシオンに変え、相手の攻撃に合わせてパリィする。三日月状のショーテルをパリィするのは難易度が高いが、ショーテル如き何度もパリィしてきた。それに、ショーテルを見ると何処かの金ピカ騎士を思い出すから嫌なんだ。腹が立つ。

 

 完璧にパリィされ仰け反る探索者ロイ。そのまま私は顔面目掛けて二度メイスを殴打し、兜を破壊しかける。

 脳震盪を起こす探索者ロイに残された道は無い。蹴飛ばして転ばし、ロイの右腕を踏みつけた。こうすればショーテルで攻撃はされまい。

 

「相手が悪いな」

 

 と、一言語ってから渾身の振り下ろしを顔面に打ち込む。

 

 

━━Invader Banished━━

 

 

 左肩が抉られたが、それだけだ。ロードランの時は一撃で死ぬ事も多かったからこれしきは傷にならん。エスト瓶を飲み、傷を癒す。

 そしてどうやら、探索者ロイは何かを落としたようだ。ふむ、これは鎧か。しかも透明スケスケの。軽いし丈夫だが、変態みたいなので着る事は無いだろう。

 どうだろう、見えるだろうかって?うるさいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、侵入者も倒したし遺跡最奥の濃霧を潜る。多少は強い(ソウル)を感じるからこの遺跡の支配者なのだろうが……

 

「ネズミばかりだな、もう飽きたぞ」

 

 狭い墓所に現れたのはネズミの大群。確かにこんな狭い部屋で物量攻撃されれば並大抵の不死はなす術も無いだろうが。

 追尾する(ソウル)の塊を展開する。結晶塊ですらない。ネズミを屠るならばこいつで良い。

 迫るネズミ共が(ソウル)の塊に穿たれていく。マジかこいつら、死体が石化していく。どうやらこの部屋のネズミ共は毒の代わりに石化の呪いを宿しているようだ。下手に攻撃を受けられん。

 

 投げナイフや魔術で距離を取りながら攻撃していくと、ある程度数を減らす事ができる。変な魔術とか奇跡を撃ってこないだけマシだ。

 

 と、そんな時だ。数あるネズミの中に、一体だけ立髪が立派な個体がいるではないか。あれがこいつらのリーダーなのかもしれない。

 

ネズミの王の尖兵

 

 だが、ネズミはネズミだ。いや本当にそれ以上でもそれ以下でも無い。大きさも変わらなければ危険度も変わらぬし、魔術とかを発してくるわけでもない。

 となればやり方は変わらないわけで。容赦無く左手をタリスマンに変えて雷の槍を放つ。

 投げ槍と化した雷が尖兵を穿てば、ついでに周囲に居たネズミも感電した。たったそれだけのこと。しかしネズミの王とやらが繰り出した尖兵は呆気なく石化して砕ける。

 

「親玉が死ねば逃げるのか、えぇ?お前ら恥ずかしく無いのか!」

 

 尖兵が死んだ途端、マズイと思ったのかネズミたちが逃げていく。全く酷い忠誠心だな。主君に仕えた事の無い私が言うのもなんだが。

 

 

━━Victory Achieved━━

 

 

 

 

 

「人間よ、それはネズミの尻尾だな」

 

 ネズミの王の尖兵を倒し、先へと進んだ途端。通路の穴に潜んでいたネズミに話しかけられた。見た目は他のネズミと変わらないが、どうやら彼がネズミの王とやらだそうだ。

 最初こそ素っ気ない態度を取っていたが、私が尖兵から得たネズミの尻尾を持っていると知ると態度を変える。ちなみに声は高くない。

 

「これか」

 

 千切れた尻尾を見せると、ネズミの王は少し微笑んだ気がした。いや錯覚か?

 

「余の配下たるネズミの領域を征したということか。見かけによらずやるものよ……喜ぶが良い、汝は余に仕える資格を有した」

 

 ああ、誓約だろうか。かつてロードランでも私はあの胡散臭い世界蛇と誓約を交わしダークレイスとして名を馳せた。その結果、闇姫とかいう恥ずかしい名前が広まったのだが。

 

「されど汝は所詮人間に過ぎぬ。汝よ、問おう。人の魂を捨て余に忠誠を誓うか。何よりも温かく優しい地の汚泥に懸けて、忠誠を誓うか」

 

 ネズミがヘッドハンティングとは。時代は変わったものだ。こちらに提案しながらも自らの誇りを一切落とさぬ姿勢は素晴らしいものだ。

 

「……貴公、闇に触れたな」

 

 だがそれよりも。王の表現は、私の中に眠るダークレイスとしての欲に触れた。

 優しく温かい汚泥に潜む何か。それは、深淵に他ならぬ。かつて神々の地で目にし、感じたそれは。侵されてはならぬもの。それらを美しく想い守ろうとするのは、素晴らしいことだ。

 ダークレイスとは、人の内に潜む温かい人間性を求める哀れな者の事なのだから。

 

「人としての魂は捨てられぬ。私が忠誠を誓うのは、少女への愛のみよ」

 

 けれど。そう前置きし、言う。

 

「貴公らの思想、共感した。私は私でしかない。それで良ければ、力を貸そうじゃ無いか。同胞としてな」

 

 そう言えば、ネズミの王は鼻を鳴らした。

 

「人の分際で余に提案するとは……まぁ良い。この指輪を授けよう」

 

 ネズミの王の可愛い小ちゃなおててが差し出すは、一つの指輪。それを左手の小指に嵌める。

 かつての狩猟団のように、ここに攻め入る輩を殺すのが役割である。ふむ、不死とのマトモな闘いは侵入される以外最近は無かったから、丁度良い。勘を戻そうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数回ほど、他世界で聖人墓所への侵入があった。人との駆け引きは久しぶりで愉しいものだ。それが殺し合いであるのならば尚更よ。

 その全てを討ち滅ぼし、ネズミの王がやたらと私を褒めてくれたので気分が良い。だが私の目的はあくまでこの地を探索することだ。あまり副業ばかりやっていたら緑衣の巡礼に怒られてしまう。それはそれで、良いのだが。普段クールな彼女が怒った姿もまた美しいのだろうから。

 

 聖人墓所の奥深くを降る。ここからでも例の場所へと繋がっていたのは幸運と言えよう。

 聖人墓所とは打って変わり、そこは本当に真っ暗な地底の底。打ち捨てられ、絶望し、それでも死ねぬ者達が最期に行き着くこの世の終わり。

 けれどそここそが、本当は安寧の地なのかもしれない。形だけとはいえ、広がる深淵は全て包み込み、人を眠らせるのだから。

 

 クズ底。不死を禁忌した者達は、そこをそう呼んだ。

 

 

クズ底

 

 

 

 それらしいことを羅列したが、暗いものは暗い。それはかつてダークレイスであり、深淵にも挑んだ私という戦士ですら思う。故に見つけた篝火の火を松明に灯す。

 人の住めるような場所ではない。木で仮組みされただけの建物や足場。そこらに溢れる毒を吐く石像は、かつての病み村を彷彿とさせる。毒の足場が無いだけマシだが、まるで待ち伏せするように潜む爆発亡者と闇松脂を塗った直剣を持った亡者のせいで病み村よりも厄介だ。おまけに足を踏み外せば落下死するのだから、溜まったもんじゃない。

 

「酷いな、ここは」

 

 先に向かったルカティエルは無事突破できたろうか。あのドジっ子が落下死したり毒で苦しんでいないか心配だ。それよりも私が苦しむ事になるかもしれないが。

 見つけた灯台に火を灯しながら進んでいく。これだけ暗いと方向感覚も失われていく。灯した火を見ながらゆっくり進んでいこう。

 

 亡者共の猛攻を退けながら下へと降って行く。その頃には大分目も慣れて探索と索敵に困らなくなっていた。

 攻撃どころか何もしてこない大きな虫を無視し、ようやく濃霧の掛かる最下層までやって来る。酸が詰まった壺を置いた奴は見つけ次第殺す。

 

 濃霧を潜り先へと進めば、そこは地続きの洞窟だった。暗さはあるものの、何やら毒が結晶化したのか緑の怪しい光を放つ鉱石が所々にあるお陰で松明が無くとも進むのに支障は無い。

 

黒渓谷

 

 それよりも、石像の数が問題だ。一本道だが至る所に石像があるせいで進むのに時間が掛かる。おまけにここの石像が吐き出すのはただの毒では無い。猛毒だ。きっとここへ流れた者達の人間性が石像に宿ったのだろう。変化、又は腐り果てた人間性は毒となる。病み村の毒沼が元は死体溜まりであったように。人を犯す毒は、人自身なのだ。

 

「それにしても多いなぁ、邪魔くさいっ!」

 

 行商人から大量に買った火炎壺を石像へと投げまくる。案外脆い石像は、火炎壺に当たるとあっさり崩れるのだが数が多すぎる。おまけに横に空いた大穴からはいつかイザリスで見たような大きな虫が出てくるし、地面に溜まった黒い油にはおかしな一つ目の化物まで潜んでいる。

 本当にルカティエルは大丈夫か?

 

 だが本当に心配すべきは自分自身だ。火炎壺投げ大会と化した私は、横から這い出た虫に気付かず吹っ飛ばされる。幸い最近少しずつ生命力を上げていたから死にはしなかったが、大きく吹き飛ばされて崖下へと転落した。落ちた先にも岩の足場があってよかった、落下死するところだったぞ。

 

「クッソ〜!居るだけで腹が立つなここはァ!」

 

 ムカつきながら、たまたま見つけた横穴に入り元の道へ戻れないか模索する。

 

 

 あれ、ルカティエルがいる。

 

 

「……」

 

 

 ボーッと、壁に寄り掛かり何かを模索するルカティエルは、私に気がついていない。声を掛けようと思ったが、悪戯心に火がついた私はニヤリと笑って悟られぬように彼女の側面へと回る。仮面を付けているせいで視界が悪いのも幸いした。あっさりと私は彼女の側面を取った。

 ワキワキと手をそわつかせ、ゆっくりと静かに忍び寄る。そして、

 

「るかてぃ〜ん!!!!!!」

 

「おわッ!?なんだ!?きゃっ!?」

 

 思い切り抱き着き、胸を触る。とんでもないセクハラだが、あくまでスキンシップだ。それに嘘偽りは無い。下心はあるが、女同士だから許される。そう信じたい。

 驚き少女のような声を出すルカティエルの胸に顔を埋める。嗚呼、ネズミだ亡者だ毒だとストレスしかなかったが、ようやく癒しに巡り会えた。やはり少女とは良いものだ。年齢的に彼女は少女ではないが、私からすれば少女のようなものだ。ベストで隠れて分からぬが案外胸も大きい。暴れるルカティエルを筋力で押さえつけて深呼吸する。彼女の甘くも凛々しい匂いが鼻を擽る。良いものだ、騎士であろうとも、顔を呪いに侵されようとも美しさと凛々しさを欠かさず持ち続けるとは。む、香水を使っているのか。一体こんな場所で誰に向かって香水を付けたんだい?私か?私なのかァ〜??????

 

「ふんっ!」

 

 ゴチン、と頭に激痛が走る。ルカティエルの鉄拳が背の低い私の頭頂部を叩きつけた。

 

「痛いっ!」

 

「何をする馬鹿者!」

 

 息を切らすルカティエルから涙目で離れる。

 

「いやこっちに気がついてなかったから……ちょっと悪戯しようと思って」

 

「だからと言って……まったくお前って奴は!」

 

 プンプンと怒るルカティエルは、いつも通りだ。そんな姿を見て私は雫石を砕きながら笑った。案外頭が痛い。

 

「やはり君はそうしていた方が良い。何かに悩むよりもね」

 

 そう言われ、ルカティエルの怒りがすっと収まり彼女が俯く。やはり何かに悩んでいたのは確かであるようだ。見当は付くが。

 私は彼女の横で同じように壁にもたれ掛かり、そっと手を繋ぐ。彼女は珍しく拒絶しなかった。それほどまでに追い詰められているのだろう。仕方の無い事だ、私も嘗ては悩み、抱え込み過ぎて壊れたのだから。その果てに嘗ての友と刃を交えたのだから。

 

「気がつくと、ぼんやりしていることが増えたんだ」

 

 私の手をしっかりと握り、彼女は打ち明ける。

 

「少しずつ昔の事が薄れて行くような……これが呪いの力なのか……」

 

 仮面の下で彼女は打ち拉がれる。

 

「恐ろしいんだ私は……何もかもが消えてしまったら、私は……」

 

 彼女の前に立ち、私はその貌を隠す仮面に手を掛ける。ゆっくりと、傷付かぬように仮面を脱がせば私はジッと彼女を見詰めた。

 

「何を……」

 

「ルカティエル。私は、かつて様々な絶望を見て来た。そして、己の愚かさ故に道を誤った」

 

 自分の役割が、分かってきたかも知れない。嘗てあの地で少女達が私の導きとなってくれたように。今度は私が、悩める不死の百合達の導き手となるのだと。

 

「今でも悩む。過去を悔い、苦しむ。けれど……もう、過去は過去なのだ。過ぎてしまった過去を、どうすることも出来ない」

 

 過去を遡った事もあった。けれど、それで結果は変わったであろうか。否、結果は変わらない。運命とは、自ら切り開くもの。けれど定められたものでもある。故に不変。まるで不死の如く。

 

「だから私達は、未来を見なければならない。今は曇っていても。いつかは晴れると信じて」

 

 だからルカティエル。

 

「もし、懐かしい思い出を失うのが怖ければ。今の想い出を作るのよ。私は、いつだってそうしてきた。貴女が自分を失わない為に、私は貴女を愛しましょう」

 

 言い切って、私は少し背伸びする。困惑する彼女の貌をそっと両手で包み、その唇に、私の唇を重ねた。

 優しい、少女の温もりが魂に伝わる。嗚呼、彼女は戦士になるには優しすぎる。非情になり切れぬ。守らなければあっさりと絶望する程に、脆すぎる。

 

 瞳を開き驚く彼女は、しかし次第に私を受け入れた。そしてその両腕を広げ私を抱き締める。

 

 何も、私は欲望のままに白百合がどうと語っていた訳では無い。この暖かさこそ、人間性の極地。愛という名の欲望。白百合とはその変質。少女同士の、暖かい育み。

 

 

 しばらくそうして私の熱を彼女に与える。奪うだけが、私ではない。私でも何かを与える事はできる。愛だけは。

 そんな私に、ルカティエルの(ソウル)は無意識に在りし日の白百合を見た。粗暴で、意地っ張りで、救いようがなくて、けれどずっと助けを求めているか弱い闇姫を。

 

 ようやく離れれば、この暖かみを何度も知り馴染ませている私と対比するように、ルカティエルは顔を恍惚とさせて瞳と唇を艶やかな色に輝かせていた。

 

「はぁ……はぁ……リリィ」

 

 どこか、依存するように彼女が私を呼ぶ。そんな彼女の唇に、人差し指を置く。

 

「だーめ。今はこれだけでお終い。……本当に私を求めるのであれば、貴公。心折れるなよ。そのためであれば私も肩を貸そう」

 

 妖しく笑って彼女を制する。今の彼女はただ依存したいだけだ。それではいけない。単なる依存は逆に身を滅ぼす。互いを知り尽くし、両依存してこそ花が咲く。だからルカティエル。私に依存させてくれ。もっともっと強くなって、頼れるくらいに偉大になってくれ。

 例え末路が、亡者であっても。強くなろうとする君を、白百合たる私は支えよう。

 

 

 

 

 

 

 

 森の子ガリーとかいう邪魔な侵入者をルカティエルと共同で殺し、篝火で身体を癒す。互いに愛を深めあったがそれはそれ。相変わらず黒渓谷は毒塗れで嫌らしい。

 

「そういえば、どうして君はあんな所にいたんだ?」

 

 どこか距離が近付いた彼女に問い掛ければ、

 

「足を滑らせたんだ。恥ずかしいからあまり聞かないでくれ」

 

 とのこと。まぁ私も突き飛ばされて落ちたから人の事は言えないのだがね……

 篝火の最奥はこの地を支配する者がいるらしく、霧が掛かっている。きっと四つの偉大な(ソウル)を持つ者の一人だろう。嘗てあの地で四人の王を屠った私の(ソウル)が共鳴しているような気がする。

 

 そいつの所へ行きたいのは山々だったが、一先ず探索もしたかった。先程別の崖下に、何やら行けそうな場所があったのだ。

 ルカティエルと共に道中の敵を屠り、七色石で崖下を照らしながら慎重に飛び降りる。やはり、この場所には何かがあった。

 

「大扉?なんだ、ここは……」

 

 隣のルカティエルが呟く。崖下の足場にあったのは、古い大扉だった。それも石造の。私は開かぬその扉に、手を掛ける。びくともしないが、それ以上に何かを感じるのだ。

 

「闇を、感じる」

 

「闇……まぁ、周りは真っ暗だからな」

 

「ああいや……そうではない」

 

 深淵に近い、何かをこの先から感じた。開かなくて良かった、彼女にそんなものを見せるわけにはいかん。深淵とは、人の手に負えるものでは無いから。例え人がそれを生み出したとしても、だ。

 

 更にその下に行けるようだ。どちらにせよ帰還の骨片が無ければ帰れないから、二人して下へと降りる。すると今度は洞窟になっていた。洞窟の中に洞窟とは、ややこしい。

 

「人工的なものだ。あまりにも整地されて開けている」

 

 そんな感想を述べる。そう思えるくらいにはここは広すぎる。だが、次の瞬間にはそんな感想どうでも良くなった。

 

 ドシン、ドシンと。

 

 何か、大きなものが。この空間にいる。

 

 この暗闇に。捨てられたように。

 

 巨人が、憎き人の(ソウル)を求めてやって来る。

 

「おい、どうする」

 

「戦うしか無いだろう。片方は任せたぞ」

 

 そう言って、二体もいる巨人を相手取る事を決める。最後の巨人以来の巨人は、やはりこの地で見られる顔に大穴が空いた者達だ。

 情けなく捕まっていたあの雑魚と違い、目の前の巨人達はその両手に原始的な石造の槌を持っている。

 

 一人目の巨人が叫び、先頭にいる私に突っ込んでくる。知性があるのかもう一体はルカティエルと対峙するようだ。

 

「面倒だな、即殺す」

 

 左手に魔術師の杖を握る。盾など巨人相手には通用しないだろう。

 振るわれる大槌をローリングして回避すれば、私は手始めに闇術を放つ。

 

「闇の玉」

 

 大きな塊の闇が巨人へと突き進む。巨人は迫る闇術を、両腕をクロスさせて防御する。

 

「耐性があるようだ。やはりその顔の大穴は人間性由来のものか」

 

 まるで効かないと言わんばかりに巨人が吼える。ならば魔術で対抗しよう。

 乱れる(ソウル)の槍を放ち牽制すると、私は懐に入り込む。最初の巨人のように、目の前の巨人は足を大きく上げて私を踏み潰そうとした。

 

「右足」

 

 踏みつけられる瞬間ステップして回避する。そしてカウンターでレイピアを突き刺す。正確には、右足の腱。如何に巨人といえどここを抉られれば辛いに決まっている。

 案の定巨人は腱を抉られ膝をつく。大槌を杖代わりに巨体を支えているが、私の前で隙を晒すということがどういう意味か。

 

「顔面。一体目」

 

 即座に目の前に回ってレイピアを顔の大穴に突き刺す。痛がり暴れる巨人を無視し、グリグリとレイピアを掻き回す。

 闇が、大穴から漏れるが大したことはない。所詮は変質した人間性。人間性ならば私の中に沢山あるさ。

 

 レイピアを引き抜けば、巨人はそのまま後ろへと倒れて(ソウル)へと還る。ふむ、中々に大きな(ソウル)だ。

 

 ルカティエルの方を見れば、彼女もやる気十分だったせいかもう巨人を倒しかけていた。彼女の大剣が巨人の心臓を穿ち、殺す。

 

「何なんだ、こいつらは……この時代に巨人などと」

 

 血振りして納刀するルカティエルが言葉を吐き捨てる。

 

「人間の愚かさの象徴だ。……ん、何か落としたな」

 

 ルカティエルが倒した巨人が何かを落としている。鍵のようだ。(ソウル)を読み取っても古過ぎて何も分からぬ。

 ともあれ、探索は済んだ。その後、広場の奥に設置されていた昇降機で黒渓谷に戻る。(ソウル)もたんまり愛情も深め、良い事づくめだ。

 

 

 

 

 黒渓谷の濃霧をルカティエルと潜る。足を踏み入れたのは、周囲に火を放たれた天然の大部屋。

 その中央に、それはいる。

 

 打ち捨てられた亡者達の成れの果て。

 

 居場所もなく、縋るものから見捨てられ。けれど死ぬ事すらも許されなかった哀れな者達。

 

 けれど、受け入れた者がいた。

 

 私が嘗て屠った最初の死者。

 

 その遺志が、きっとそうさせたのだろう。

 

 寄り添い、慰め合い、そして亡者達は集合体となった。

 

 幾人もの亡者達が集まり形を成したそれは、出来損ないの偶像だが。

 

 その思念だけははっきりとしている。

 

 怨み、羨み。

 

 だから、やって来る者達を殺し。

 

 その怨嗟を撒き散らす。

 

 投げ掛けるのだ。お前も、一つになろうと。遍く死の一つとなろうと。

 

 ゆっくりと、腐っていこうと。

 

 

 

腐れ

 

 

 

 その姿はまるで、腐敗した肉人形だ。

 足はなく、代わりに一体化した亡者達が蠢いてその足と成り果てている。手と呼べるのか分からぬが、右腕には血錆に塗れた大鉈を握り、来訪者を狩らんとしている。

 どことなくシルエットはあの古き死者に似ているから、きっとそういう事なのだろう。今度はニトの尻拭いか。

 左肩にはまるで司令塔とばかりに上半身だけ出た亡者がこちらを指差している。

 

「醜いな……これが亡者の成れの果てとは」

 

「そんなものさ。むしろ幸せな方だ。一人寂しく朽ち果てず、皆と共に理性を捨てられるのだから」

 

 レイピアに黄金松脂を塗る。あれが亡者の集合体と言うのであれば、大量の人間性を腐らせているに違いない。となれば闇術は大して効かんだろう。

 離れた位置から腐れが大鉈を振り上げる。見かけよりも大分腕が長い。私達は完全にリーチ内だ。

 

「避けろ!」

 

 そう言って左右に転がれば、先程まで私達が立っていた地面を大鉈が抉った。あれを喰らえばもちろん死ぬ。

 自然と目の前に迫った腐れの巨体に、レイピアを突き刺す。嫌なものだ、集合した亡者共が蠢きながら私を見ている。見せ物じゃ無いんだぞ。

 

「気味が悪いな」

 

 言いながら左腕にも刺突する。亡者の集合体であれば、きっと強度は高くはない。幾らか攻撃すればその部分の亡者が死んで取れるはずだ。

 二人で左右から腐れを攻撃すれば、頭が弱いのか腐れはどちらに攻撃するのか悩んでいるようだった。司令塔である亡者も私とルカティエルを忙しなく指差している。

 

 このままどんどん攻撃しようと思ったが、不意に腐れが力を溜めた。同時に暗い力が腐れに宿っていく。これは闇術か。

 

「ルカティエル、離れろ!」

 

「ッ!」

 

 彼女も何かを察したのだろう。サッと二人して転がって離れれば、刹那腐れが爆ぜた。

 正確には、周囲に闇術を放ったのだ。差し詰めアサルトアーマーか。ニトもあんな事をしていたな。

 

「術まで使うのか、厄介だな……!」

 

 ルカティエルが舌打ちする。

 

「腕を狙え、脆いはずだ!」

 

 私が指示をしながら接近する。刺突は効いているようだから、武器は変えずとも良い。

 私達を迎撃するように腐れが両腕をドンドンと振るう。もちろん分かりやすい動きだから当たりはしない。

 

「せいっ!」

 

 と、そんな時。ルカティエルの上質な大剣が大鉈を持つ腐れの右腕を切断した。やはり断ち切るだけならば斬撃のが良いのか。

 だが最大の武器が失った腐れは、仕返しとばかりに左腕を振るう。左側にいる私すら無視して、腐れの手がルカティエルを掴んだ。

 

「うぐぅあ!」

 

「ルカ!」

 

 掴まれ、そのまま握られる華奢な身体。ギリギリと締め付ける音と骨が折れる音が伝わってきた。

 殺す。彼女をどうにかして良いのは私だけだ。貴様ら如きが神聖な百合の蕾に触れて良いと思うなよ。

 

 完全にブチ切れた私はクズ底で拾ったグレートクラブを取り出し跳躍する。見た目よりも軽いグレートクラブは、振り回すには丁度良い。

 

 一瞬で腐れの頭上を飛び越し、黄金松脂を雑にクラブに塗るとルカティエルを握る左腕を破壊する。大槌であるグレートクラブは、巨体の腕でもお構い無し。左腕を構成する亡者達を挽肉にして叩き切った。

 

 落下するルカティエルを空中で抱き抱え、そっと地面に下ろす。爆ぜた亡者の上半身がルカティエルに執拗に抱きついているのを見て叫ぶ。

 

「このスケベ亡者がッ!」

 

 首根っこ掴んで握りつぶすと亡者は消えた。

 

「ゲホッ助かった、クソ!」

 

 かなりのダメージを負ったルカティエルを背に、私は無言で腐れへと迫る。最早腐れにできることは無かった。迎撃のために口から人間性の毒を吐き出すが、それを飛んで避けると脳天にグレートクラブを叩き込む。

 それでも死なぬ腐れだが、大きく怯んでいる。今なら簡単に殺せる。

 

 大地を駆け、腐れの身体を走り登る。そして、左肩の指揮官亡者を叩き潰した。

 

『オ゛オ゛オ゛ォオオオオオ』

 

 叫び苦しむ腐れと亡者共。その左肩に登ったまま、左手の杖を構える。

 

「白竜の息」

 

 杖から古の古竜、シースの息吹を放つ。それは最早呪いの効果は無いが、細やかな結晶となった(ソウル)が腐れを破壊していくのだ。

 頭が砕け、胴も消し飛ぶ。すると最早腐れとしては何も出来ず、死んでいくしかない。

 

 肩から飛び降りたと同時に、腐れの身体が崩れて(ソウル)へと霧散していく。私に傷を負わせるのは良い。だが大切な者を傷つけるのは、一番腹が立つ。

 貴様は私を怒らせたのだ。シンプルな、しかし大切な敗因である。

 

 

━━Great Soul Embraced━━

 

 

 

 どうやらルカティエルはエスト瓶を切らしているらしい。彼女をお姫様抱っこしエストの欠片の重要性を説きながら、またもや存在しているはじまりの篝火を点火する。

 また一つ、偉大な篝火が燃え盛る。最初の火の炉、そこから戴いた火が。

 

━━Primal Bonfire Lit━━

 

「なぁ、もう降ろしてくれないか。歩くくらいはできる」

 

「だめ。目を離すとすぐ死にそうになるだろう」

 

「赤ん坊か私は……」

 

 腕の中で呆れるルカティエルを他所に、部屋の中を見遣る。始まりの篝火とは別に、何かの祭壇があった。

 造られたのはきっと古いが。今でも何かの力を持っているその祭壇。……後で調べてみよう。そう思いながら、私はルカティエルを肌で感じつつ果ての篝火へと共に転送される。

 

 




感想、評価お待ちしております。マジで。


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狩猟の森、スケルトンの群れ

エルデンリングやってました(小声)


 

 

 さて、腐れを倒し集めた偉大な(ソウル)は二つ。残る偉大な残滓も二つと、道半ばだろうか。ドラングレイグに来てからここまで一回も死なずに来れたのは幸運である。実力と経験もあるが。

 ルカティエルは既に旅立っている。私がレニガッツに武器を鍛えて貰っている間に緑衣の巡礼と話していたら嫉妬したのかメッセージを残してとっとと行ってしまった。可愛い子だ。

 

 まぁ一人旅も嫌いではないが。そんな危険な百合である私の目の前にいるのは、薄暗い通路で何やら祈っているリンデルトのリーシュ。

 ハイデ大火塔へと向かう分帰路において、彼女はまた良からぬ事を企んでいるようだ。まぁ良いさ、多少は棘がある方が百合というものは美しいものだ。百合に棘は無いだろうが。

 

「相変わらず信仰に御執心だな。見ていて美しさも感じるよ」

 

 跪いて祈るリーシュの横に座り、アプローチする。けれど彼女はソッと私から離れ、

 

「あ、貴女は……またお会いできて光栄ですわ」

 

「私もさ。フフ……それはともかく、こんな所で何をしているのかな?」

 

 ああ、と彼女は引き攣った笑みから商魂を隠さぬ笑みへと移り変わり、話し出す。どうやらこの分岐路は何かの仕掛けで動き、ハイデ大火塔とは反対方向の溶鉄城方向へと進めるらしい。

 

「そしてその仕掛けを動かすには、信仰が必要なのです!」

 

「フフ」

 

 あまりにもおざなりな言い分で笑ってしまった。もう少しまともな言い訳は無かったのだろうか。

 笑みを隠し、咳払いをして誤魔化しながら彼女の祈る両手を私の手で包み込む。そんなに(ソウル)が欲しいのならば、良いだろう。けれど何事にも代償が必要だ。特に私のような猛獣を丸め込むならば。

 

 リーシュはギョッと目を丸くする。悪女もまた良いものだ。私は好きだよ。

 

「なら、私の信仰心を君の身体で味わってみるかい?」

 

「しょ、初回は、信仰心はいらない、です」

 

 初回特典ログインボーナス。リーシュは尻餅を付きながら後退りし、部屋の中央の柱にある仕掛けに手を触れる。そんなに警戒しなくともいいじゃあないか……友達になろう……フフ、友達で止まれば良いがね……

 

 そんな事を考えていると、部屋の仕掛けが動き出す。数刻の後にハイデ大火塔への道は閉ざされ、代わりに新たな道が開かれた。良し、リーシュを百合に目覚めさせられなかったのは残念だが、仕方あるまい。少女……ではないが、女性を正しい方へと導くのもまた白百合の役目である。その楽しみは、後に取っておく。

 

 リーシュに礼を言って立ち去れば、岩盤の通路を進む。陰気臭いのはどこへ行っても同じか。

 道中に更に胡散臭くて辛気臭い闇術使いの男がいたが、少しばかり話して先へと進む。内気過ぎる男は好かん。あと優男も好かん。薪の王を思い出す。まぁ新しい闇術の形態には関心があるが。

 

 

狩猟の森

 

 

 そうしてやって来たのは狩猟の森。曇った空と鬱蒼とした枯木や亡者共が私を出迎える。

 狩猟と言うだけあってやたらと待ち伏せや犬が多いが、いかんせん歯応えが無い。奴らが狩っていたのは精々動物や亡者くらいだろうから。

 

「それにしても、不死刑場とはな」

 

 狩猟の森の外れ、そこにある一本の吊り橋。その先に大きな円形の建物が見える。地図書きのケイルから転写した地図曰く、そこは不死を終わりなき苦痛に苛ませる刑場。死なぬ不死を、永遠と痛ぶるためだけの悪趣味な場所だ。

 寄り道ではあるが見つけてしまった以上仕方あるまい。(ソウル)は多ければ多いほど役に立つのだ。寄り道の数だけ強さがある。

 

「まぁ、どうにでもなるか」

 

 地に平伏す赤い霊体からレイピアを抜き取る。吊り橋の先、不死刑場前を守護する霊体を殺すと、意気揚々と不死刑場に乗り込む。

 どんよりとした空気の中に紛れる死の匂い。血と臓物が混ざった何とも言えぬ不快な臭いは、やはり不死のものなのだろう。篝火にすらかがれぬ哀れな者達。それを罰する者が、やって来る。

 

 轟々と車輪と足音を鳴らし、広めの円形の通路を駆ける者がいる。

 

 それは、不死を喰らい過ぎた馬。

 

 その身は黒く、口からは溢れんばかりの闇の炎を吐き出し。新たな獲物を喰らうのは今か今かと待っている。

 馬が牽くのは戦車。チャリオットと呼ばれるそれは、古くから人の戦争に用いられたものだ。今となってはそれも私欲を満たすだけのものだが。

 

 

 

刑吏のチャリオット

 

 

 何はともあれ、まずは逃げる。あのチャリオットの車輪の側面にはスパイクがあり、この通路にいる限りは轢き潰されるかスパイクに斬られるかしかない。

 よく見れば通路には柵の降りた入り口があり、そこが窪みのようになっているためにそこへと隠れられれば轢かれることは無い。

 

 だがそれをさせまいとするスケルトン達が厄介だ。

 

 通路上にはスケルトン達が徘徊しており、仮に窪みに逃れてもスケルトンの群れが襲いかかってくる。おまけに何やら術を掛けられているらしく、殺しても殺しても復活してしまう。術者がいるのならばそいつを殺さなければならんか。ニトを思い出すな。

 

「思っていた戦いと違うな……正々堂々と戦えるならば良かったんだが」

 

 窪みの前をチャリオットが通り過ぎる。かなりの速度だが、チャリオットを操っている刑吏がスピード感でハイになっているのか随分と機嫌が良さそうにスケルトンを轢いていくなぁ。馬ねぇ、私も馬に乗れるのなら良いんだが。生憎とまともな動物はシャラゴアくらいしかいないから。

 通り過ぎて次の窪みへ、と言うことを繰り返しているとやはりスケルトンを操っている術者がいた。まるでロードランの地下墓地に居た死の冒涜者達のようなそいつらを狩れば、スケルトンは復活しなくなる。あのチャリオットが敵味方関係無く轢き殺してくれるお陰で大分楽ができるというものだ。

 

 だが、そんなチャリオットの快進撃も終わりを迎える。

 何やらレバーがあり、試しにそれを引いてみると天井から木製の柵が降りてきた。おや、これは……

 

 

 スピードに取り憑かれている刑吏のチャリオットがやって来る。木の柵など眼中に無いようで、勢いよく柵へと激突すると流石にズッコケていた。

 おまけにその衝撃で刑吏は戦車から投げ出され、地面に激突すると死に絶える。もう二度と戦車乗れないねえ。私はレイピアを構えて未だにコケた衝撃から立ち直れていないチャリオットへと走る。

 

 なんてことは無い。確かに闇の炎は脅威的で、その脚力から繰り出される蹴りは凄まじいだろうが、そもそも私に攻撃を当てられればの話だ。

 

 手始めにレイピアの先端を横っ腹に突き刺してやれば、チャリオットは痛がるように嘶く。そして反撃とばかりに尻をこちらに向けて蹴りを繰り出した。

 

「おっと!」

 

 それをレイピアで受けて弾く。危うくレイピアごと弾き飛ばされそうだったが、技量が高くて助かった。そのままガードしていたら吹っ飛ばされていただろう。代わりにレイピアの耐久度がヤバそうだが。

 

 だがずっとこんな戦いをするつもりはない。そんなに走るのが好きならば、走らせてやる。そう思い、ジタバタしているチャリオットに駆け寄る。

 踏みつけを避け、レイピアを横首に突き刺してそれを支点にすると一気に跳躍する。そしてチャリオットの背に跨った。

 

 突然騎乗されて驚き暴れるチャリオットの頭を、取り出したメイスで引っ叩く。

 

「オラッ!私に乗られて光栄に思えッ!走れ!」

 

 ヒヒーンと嘶くチャリオットは、何処か阿鼻叫喚しているように見えた。だがそれを可哀想だとは思わん。むしろ感謝してほしい。あんな戦車を牽くのではなく私という白百合を載せるんだ。

 バシバシと叩いてチャリオットに喝を入れれば、涙目になったチャリオットが走り出す。おお、確かに良いスピードだ。馬を用いれば戦略の幅も広がるだろう。

 

 駆けるチャリオットと私。どうやら駆除できていなかったスケルトンがまだ居たようで、メイスで強引にチャリオットを操作すると奴らを轢くように誘導する。

 

「死ねぃ!ハッハハハ!飛ばせ飛ばせ〜!」

 

 チャリオットの馬脚がスケルトンを弾いていく。まるでパニック物の物語のように逃げ惑うスケルトンは見ていて気持ちが良い。刑吏が夢中になるのも頷ける。

 すると、急にチャリオットが飛び跳ねた。どうやら円形の通路上が一部崩れているらしい。底が見えない辺り、落ちたら死ぬ。それを回避したのか。賢いな。

 

「けど飽きたな」

 

 スピード感にも慣れてきた。良い経験になった、もう良いだろう。それにこの馬には一つ足りないものがある。

 もう一周して、崩落した通路の場所へとやって来る。私は馬の背で立ち上がると、跳躍しようとしたチャリオットの頭をメイスで打ち砕いた。

 

「可愛く無いんだよ、お前は」

 

 跳躍直前に頭を破壊され、チャリオットはバランスを崩して落とし穴へと落ちていく。私は空中を飛んで落とし穴を通り越すと着地と同時に転がった。

 馬の悲鳴が遠退いていく。ああ楽しかった。次は可愛い動物に乗りたいかな。

 身体の埃を払うと、私はたまたま見つけた通路へと歩んでいく。かなりの(ソウル)も入った事だし、気持ちよく先へ進めそうだ。

 

 

━━Victory Achieved━━

 

 

 

 まぁそれにしてもスケルトンは厄介だ。個体の怨霊や呪いだけで動くタイプならば簡単に殺せるが、術者が無理矢理操っているタイプだと何度でも復活するのだ。

 この狩猟の森においてもやはり、そういった死を冒涜した輩が多いようだ。まるで巨人墓場だ。不死刑場からこの森に戻り、大橋の仕掛けを解いて先へと進めばスケルトンと術者共。まぁ術者がいるのであればそいつを先に倒せば良いだけだ。

 

 しかしドラングレイグではよくまともな不死に出会うものだ。今もまた、閉ざされていた牢を拾った鍵で開けたのだが。

 

「あのクソ野郎……見つけたら絶対……」

 

 何やら呪詛を吐いて閉じ込められていた男。座り込み、じっと待っていたのだろう。肩に担ぐ斧がギラリと光り、男が抱く何かに対しての恨みと殺意が見て取れる。

 

「絶対、どうするんだ」

 

「……誰だあんた?」

 

 話し掛ければ、男は多少殺気を抑えながらも受け答えした。質問を質問で返すなと怒鳴りたくなる気持ちを抑え、冷静に返す。

 

「旅の者だ。たまたま鍵を手に入れてな、開けてみれば貴公がいたと言う訳だ」

 

 そう言うと、男は仮面の下の表情を幾らか和らげた。やっと出られる、という疲れからなるものだろうか。或いは、やっと殺しに行けるという歓喜からなる笑みだろうか。どちらでも良い。刃向かってくるならばやり返す。それはいつでも変わらないものだ。

 男はふぅっと息を吐き出すと、語る。

 

「あの野郎が戻ってきたのかと思ったが……助かった、これで外に出られる」

 

 聞けば、彼はルカティエルと同じくミラの出身らしい。ドラングレイグには武者修行に来たのだとか。確かにこの地は物騒だから強くなるには丁度良いが。

 その道中、とある男と一緒になったがそいつがとんだ食わせ者だったようだ。隙をついて彼、クレイトンを殺そうとし、クレイトンもまた待ち構えてやり返そうとしていたら閉じ込められたようだ。こいつも大概アホだろうに。

 

「俺としたことがとんだドジをしちまったよ。あんたも気をつけろよ」

 

「うむ。して、その男の名は?」

 

「ペイトって野郎だ」

 

 頭を抱えそうになった。朽ちた巨人の森で出会ったあの男。何やら胡散臭いとは思っていたが……なるほど、勘は当たっていたようだ。直接的に手を下されていないから見つけ次第殺すなんて事はしないが。

 思えばあの時も奴が私を閉じ込めたのか。まるでどこかのパッチのようだ。人をコケにしないだけマシだが。

 

 私がそんな事を思っている最中にもクレイトンはずっとペイトに対しての悪口を言っている。まぁこんな所に閉じ込められたら悪口の一つや二つも言いたくなるものだ。

 

「あの野郎、必ず見つけ出して殺してやるぜ……ヒヒヒ……」

 

 だが、胡散臭いのはペイトだけでは無いようだ。目の前で復讐に燃える男もまた、どこか壊れている。まともなように見えて案外人とはおかしいものなのだ。

 

 

 

 

 

 

 無慈悲なリュースとかいう闇霊を無慈悲に殺し、滝へと向かう。嫌な谷底だ、あちらこちらに盗賊どもがいて私を突き落とそうとしてくるのだから。ロードランでもよくあったが、落下死は技量とか(ソウル)の量とか以前の問題だ。強さと落下は全く関係が無い。

 そうして滝裏に隠されていた濃霧を潜る。あまり強い(ソウル)は感じないから、きっとあまり強くはないはずだ。サクッと殺して前へと進みたい。寄り道もしてしまったし。

 

 霧を抜けた私を待ち受けていたのは、骨まみれの広い室内。滝裏の洞窟をそのまま転用したのだろう。

 それは良い。だがまさか強敵までもが骨とは思わなんだ。

 

 

スケルトンの王

 

 

 三体の着飾った豪華なスケルトンが私を見るなり指を指す。さて、この三体の内のどれが王なのだろうか。

 

「雑魚の群れか。まぁ良い、道を開けろ」

 

 素早くメイスに黄金松脂を塗る。半分ほどしか使用していないが、こいつら程度この量で十分だ。

 それぞれ大鎌、杖、斧槍とバリエーションも多彩だが関係は無い。攻撃される前に倒せば良いのだから。

 

 先手必勝とばかりに端にいた杖を狩りに掛かる。杖を掲げて何か魔術をしようとした所でメイスの先端がスケルトンを頭から砕いた。飛び掛かりの一撃は効いたようだ。そのまま全身をボコボコと殴れば杖持ちは死ぬ。

 

 だが、殺した杖持ちから何か怨念のようなものが噴き出るとあちこちの骨に着弾する。一瞬攻撃かとも思ったが、それは違う。

 嗚呼、だからスケルトンは嫌いだ。散らばった王の(ソウル)は、新たな同胞を生み出したのだ。床に散らばる骨や残骸から、スケルトンの群れが生まれてくるではないか。

 

「ならば全員消し飛ばしてやる」

 

 左手に杖を握る。残る王達を無視して生まれたばかりのスケルトン達へと肉薄すれば、闇術。

 

「闇の飛沫」

 

 この世の全てを消しとばす深淵の闇がスケルトン達へと襲い掛かる。最早復活も出来ぬ程に骨を砕かれ、吹き飛ばされ。それだけで増援として出てきたスケルトン達は死に絶える。

 いや、最初から死んでいるのか。だとしたら今度こそ死ねて良かったでは無いか。

 

 恐れ知らずのスケルトンの王も私が扱う闇術を見て恐れたのだろう。残る二体はたじろぎどうするか迷っているようだ。圧倒的な力の前にはなす術など無いのだ。

 

 ならばとこちらから殴り掛かる。斧槍持ちへと駆け、迎撃に振るわれる横振りの斧槍を潜ってかわせば足を砕く。

 そして転んだ所へ顔面目掛けてメイスを振り下ろす。致命の一撃とはいかないまでも、一撃で殺すには十分過ぎた。やはり私の(ソウル)とこいつらでは釣り合わないのだろう。

 

 先程と同様に散らばる(ソウル)を無視し、大鎌持ちも殺す。雑魚スケルトンが出る前にこいつだけでもやってしまいたい。

 

 薙ぎ払われる大鎌を飛んで避ければ、そのまま頭蓋に飛び降りる。そしてまた勢い良く頭を踏み台に飛び上がれば、即座に取り出したスローイングナイフを投げて地表のスケルトンの王へと牽制した。

 ズボッと頭蓋骨に刺さるナイフに、雑魚の王は怯む。そのまま大鎌持ちを着地と同時に押し倒せば、胴体に杖を押しつけ闇の球を放つ。

 

 爆ぜる骸骨。うむ、我ながら良い連撃だ。

 

「さて、あとは消化試合だが……」

 

 ワラワラと湧くスケルトン達。二体の王分の(ソウル)がかなりの数のスケルトンを生み出していた。いくら私でも複数戦は危険だ。

 そこで、シャラゴアから買ったとある物を取り出す。それは僅かに(ソウル)の残った頭蓋骨。

 

「オラ、(ソウル)が欲しけりゃくれてやるっ!」

 

 誘い頭蓋。それは(ソウル)に飢えた亡者達を惹きつけるためのもの。

 投げられ、砕かれたそれは僅かな(ソウル)の残り香を放ち彼らを惹きつける。

 

 案の定、私そっちのけで誘い頭蓋に群がるスケルトン達。よく見れば車輪骸骨もいるじゃないか。ロードランでは散々追いかけ回された。

 そのお返しにと、私は杖を掲げる。雑魚の群れを一網打尽にできる魔術は無いだろうか。

 

「ふむ、白竜の息」

 

 杖から放たれる結晶の息吹は、地面を伝い群がるスケルトン達を砕く。良かったなシース、貴様の魔術はこう言う場面で生かせるみたいだぞ。対人相手には碌に当たった試しが無いがね。

 

 結晶化した(ソウル)の柱が最後の一体を砕く。するともう負けを認めたのか、私の中に(ソウル)が入り込んだ。やはり期待していただけのソウル量では無いか……まぁ弱いしなぁ。仕方あるまい。

 

「歯応えが無いなぁ、もっとこう、竜とか巨人とかいないものか」

 

 文句を言いながら見つけた道へと足を進める。まぁまだ先は長い。鉄の古王とやらを屠る頃には多少楽しめるだろう。

 




いつになるかわかりませんが、エルデンリングもここで書いてみたいですね。

僕の血の斬撃返して


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土の塔、楽園

エルデンリング、トロコンしました。
でも王はティシーちゃんです。ちいかわガールでプレイした私をゆるして


 

 

 溜まりの谷。そこに最早人の住める場所などなく、泥と水の代わりにどう言う訳か谷のあちらこちらに毒が流れ込んでいる。

 一度足を入れればその毒は皮膚にこびり着き、念入りに洗い流さなければ体内にも入り込んでしまう。厄介な事だ、ロードランにあった病み村もまた毒に満ちていたが、あれは人間性由来の毒である。純粋に人を殺すために用いられる毒とはまた違うのだ。

 

 そんな不死人泣かせな溜まりの谷に、溜息しか出ないと思っていたのだが。

 

「アンタ、旅の人?」

 

 見晴らしの良い場所に、この谷に削ぐわない程に美しい女性が一人岩場に座っている。

 長い黒髪を一つに束ね、黒いドレスに身を包む若い女性は、同じく不死。けれど幸い死んだ事が無いのだろう、その身に溜まる呪いの薄さと人間性の濃さを覗き見れば不死になって間もないようだ。或いは、その美貌で上手く世渡りをしてきたのか。

 大きく開けた胸元に目線が釘付けになりながらも、心のオアシスと化している彼女と会話を試みる。いかんいかん、どうにも彼女の身体は魅惑的過ぎる。緑衣の巡礼もこれくらいの露出度の高い服を着てくれないだろうか。きっと彼女のスタイルならば似合うはずだ。

 

「そんな所だ。君は?」

 

 よく見れば彼女が手にしているのは何かの骨のようだ。人の手だろうか。そこから微かに漏れる(ソウル)の名残が、きっと不死人たる彼女を惹きつけているのかもしれない。あまり良い傾向とは言えないが。

 故郷の郷愁に駆られる不死ほど、案外呆気なく亡者と化すものだ。二度と戻れぬのなら、叶うはずもない。目的もまた、夢の中。だから絶望する。

 

 私からすれば、あの火防女がそうなのだろうか。

 

「アタシは、クロアーナ。鉱石なんかを扱う商売をしてるわ」

 

「ほう、鉱石か。丁度欲していたんだ」

 

 そう言うと、彼女はまん丸お目目をパチクリさせた。

 

「なに、石の良さが分かるの?」

 

「その石欲しさに色んな場所を旅したものだ」

 

 楔石の原盤と塊集めは大変だった。あの頃は黒騎士の斧槍と黄金の残光を使っていたから必要なかったはずなのに、それでも集めた武器を使いもしないで強化したがるものだから……私のような不死人の悪い癖だ。それから少し、彼女と世間話をする。どうやらヴォルゲンの出身らしい。レニガッツと同郷か、似ても似つかぬが。

 私はチラチラと胸に視線が移るのを抑えつつ、彼女の話を隣で聞いていた。案外初心らしく、それとなく隣に座って近づいても気にしない様子だった。可愛すぎか。

 

「ドラングレイグか……何でこんな所に来ちゃったのかな……なんか……思い出せないんだよね」

 

 記憶は、どうやら消耗しているようだ。それも仕方ないかもしれない。何かに執着し、忘れないようにしなければ不死は全てを忘れる。何かに縋りつき過ぎれば、それ以外のことは全て忘れる。そんなものだ。私は幸運なのだ、きっと。

 そっと、彼女の肩に手を回す。

 

「なら、その意味を今からでも見出していけば良い。この出会いもまた、その意味となり得る」

 

「なにそれ?アハハ、口説いてるつもり?」

 

 冗談だと思われているようだ。まぁ出会ってすぐにこれは流石にやり過ぎたか。自分でも反省している。

 けれど、私の下心に気づいていないのか、笑った彼女はそのまま私の肩に頭を預けた。急な温もりに私の心臓が跳ね上がる。え、どこでフラグを立てたんだ私は?フラグってなんだ?

 まるで私の温もりを確かめるように彼女は密着する。心音を聞かれていないか心配だ。

 

「緊張し過ぎだよアンタ。もしかしてそっちの気があるの?」

 

「……どうだろうね」

 

 正直に答えられない。ありますなんて喰い気味に言ったらそれこそ引かれそうだ。

 

「……まぁ、良いけどね。アンタの肩……なんか、落ち着くし」

 

「そう、なの?」

 

 初めて言われて素直に疑問を抱く。そんな風に言ってくれるのは有り難いのだが。ならルカティエルにもこうしてやった方が良いのだろうか。あの子も案外寂しがり屋だからなぁ。

 スッと、次の瞬間には彼女は離れた。名残惜しい気もするが、このままずっと寄り添われていたら手を出しかねない。ていうか、多分昔の私なら手を出している。絶対そうだ。ああムズムズする。何か別の事で発散できないだろうか。せめてこの谷がこの世の終わりみたいな場所でなければ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 前言撤回する。この谷はこの世の終わりなどではない。むしろ天国だ。

 ボロ切れみたいな亡者と傀儡の巨人や僅かばかりのスケルトン(ついでにたまたま見つけたガヴァラン)は置いておくとして、ここには砂の魔術師という素敵な女性達がいる。

 最早まともな会話もできず(ソウル)を貪るだけの亡者と化しているようだが、その美貌は失われていない。深々と被ったフードから僅かに覗く貌は美女そのもの。おまけにその服装はなんとも言葉にし難いくらいに露出度が高い。異邦の踊り子をモチーフとしているのだろう、男達を虜にしその隙に魔術……ではなく呪術を叩き込む。まさに魔性の女。ていうか魔術師じゃなくて呪術師じゃないのかそれ。

 

 敵であろうと関係が無い。それに、むしろ敵であるのなら遠慮はしない。そちらが悪いのだ。相手を間違えたのだ。私は少女に貪欲な白百合。貪られるのは自業自得。

 

 亡者共の死体が並ぶ谷を、砂魔女の呪術を避けながら闊歩する。

 彼女に近付けば近づく程に後退りされるも、砂魔女の背後は土壁だ。逃げる事は叶わない。

 

「さぁ、怖がらないで……私と一緒に闇へ堕ちよう」

 

 クロアーナにお預けを食らって悶々としている私は最早獣。恐れをなしたか理性など無いはずの砂の魔術師は怯えているようにも見えた。

 両手を広げて近付く私を目の前に、だが何を思ったのか砂の呪術師が組みついてきた。女性ならではの柔らかさと、亡者特有の力加減の効かなさが愛い。露出した胸は見た目通りの柔らかさとハリを感じさせ、私の胸とぶつかり合う。

 

 そして、まさかの口付け。

 

 そう、キスされた。向こうから私を受け入れてきたのだ。

 

「ん、む!……ふふ、んむ」

 

 と思ったが、どうやらそれは一種の吸精のようだ。身体から力が抜けていきそうになり、けれど殺されるほど私は弱く無い。逆に私から舌を絡めて蹂躙する。これぞ玄人。百合の玄人。

 まさかやり返されるとは思っていなかったのか苦しそうな呻き声をあげる砂魔女。そんな君も可愛いぞ。

 

 唇を離せば淫靡で透明な橋が私達の間に掛かる。ルカティエルとの接吻も心を豊かにしてくれたが、魔女との口付けも猛々しく良いものだ。

 

「ぷはぁ……ふふ、恥ずかしがっちゃって、かーわい!」

 

 満面の笑み(相手からは凶悪に見える)でそう呟けば、砂魔女が白目を剥いていた。あれ、あまりの気持ちよさに失神してしまったのか。或いは知らぬ百合に魂が溶け合ったか。……死んでる。

 死んでしまったのなら仕方が無い。彼女の豊満な身体をもっと楽しみたかったが、死体を犯す趣味は無い。そんな冒涜、私の白百合としての思想が許さない。

 

「……まぁ、装備は貰っていこうか」

 

 そう言いながら未練たらたらな私は砂の魔術師の衣装を剥ぐ。うむ、いつか絶対ルカティエルか緑衣の巡礼に着させてやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かつて、鉄の古王と呼ばれる偉大な王の妃がいた。誰もが認める美女であった彼女は、しかし古王の愛が自分以外の誰かに向けられていることを知ると狂ったのだという。

 美しさは毒である。その毒を用いて、美しさを追い求めた妃は狂い果て、自らの傀儡を用いて人々を攫うなどをしたと。だが悲しいかな、その妃は狂気と毒故に異形と化したらしい。けれど、その美しさは保ったまま。

 

土の塔

 

 溜まりの谷に毒が流れ込んでいる原因が、今私がいるこの塔にある。

 

 

「それはそうと、これを着てくれないか」

 

「お前……イカれてるんじゃないか」

 

 たまたま土の塔で再会したルカティエルに砂の魔術師の衣装を見せる。だがやはり彼女は仮面の下の表情を歪めて私を蔑んだ。やっぱりダメか……

 ならばと(ソウル)の業で私が砂の魔術師装備に着替える。一瞬で露出度の高い装備へと変わり、驚くルカティエルの目の前で魅惑的なポーズを取る。やっぱり私胸が大きくなっているな。

 

「どうだ?可愛いか?」

 

「……思った以上に似合っていて腹が立つ」

 

「またまた〜、好きなくせに」

 

 ずいっとルカティエルに寄り私の胸を押し付ける。一瞬、その行為にルカティエルの心臓が跳ね上がった気がした。彼女と密着した肌が、服越しでもその鼓動を感じたのだ。これはもしかすると、もしかするのではないだろうか。

 うっ、とルカティエルがたじろぎ、しかし理性を保って私を引き剥がす。最近は筋力にも(ソウル)を振っているから中々剥がせず苦労していたが、仕方なく離れてやる。今はまだその時ではない。ゆっくり、じっくりいこうじゃないか。

 

「バカも休み休みにしろ……まったく」

 

「フフ……まぁ、良い気休めになったろう?」

 

 衣装を元に戻し、いつものように立ちながら壁に寄り掛かる彼女の横に座る。

 彼女はまたしても何かに悩んでいたようだ。だからこうして、彼女の心を和ませた。九割は私欲のためだが。

 

「さて、悩みを聞こうか」

 

 そう尋ねれば、ルカティエルは俯いて口を開く。

 

「何でもお見通しだな、お前は……だが、悪い気はしない」

 

 そっと、彼女の脚に頭を傾ける。そんな私の頭を優しく撫でてくれる。

 

「何だか、頭がはっきりしないんだ。お前がここに来る前も、自分がなぜここに居たのか思い出せなかった」

 

 想像以上に、彼女の亡者化は進んでいた。これは早急に何か手を打たなければならないかもしれない。

 

「呪いとは、何なのだろうな……最近はそればかりを考えている。最も、すぐに忘れてしまうのだが」

 

 撫でてくれる彼女の手を取る。私の温もりを、少しでも彼女に与える。

 

「私は、失う事を恐れている。記憶を、私自身を。もし、お前を殺せばこの呪いが解けると言うのなら……」

 

「殺す?」

 

 彼女は、ゆっくりと頷いた。それを見て、私は立ち上がり彼女と対面する。そしてじっと、彼女の仮面の奥に潜む暗くて孤独な瞳を見据えた。

 

「なら、殺すが良い。君の呪いが解けるまで、いくらでも殺されてやろう」

 

 誰もが皆、生まれながらに呪われている。否、それこそ人の本質。呪われ、不死となり、亡者となる事こそが本質なのだ。神は、それを歪めた。故に悲劇が重なった。

 けれどそれを言った所で、どうなると言うのだ。彼女の呪いは晴れず、何も救われない。少しでも気が晴れるのであれば、私は何度だって死んでやろう。死んだ所で亡者にはならん。私には野望もあるし欲求もある。死如きでどうにかなるものではない。どうにかなってしまうのなら、あの時、あの火の炉で、私は亡者になっていた。

 

 彼女の腕を誘導し、剣を握らせる。

 

「さぁ、殺してみせよ。君がそれを望むのならば本望だ。さぁ殺せ。その覚悟もあるのだろう?」

 

「……」

 

 ルカティエルはゆっくりと、剣を振り上げる。愛する百合に死ねるのならばそれで良い。私は少女達の為に生かされたのだ。

 だが結局、剣は振り下ろされない。そっと、ルカティエルが腕を下げ、その場にへたり込み。剣を放してその両手で顔を覆った。

 

「すまない、リリィ。すまない、私は……なんて」

 

 不死に涙は流せない。けれど、きっと泣いている。私は彼女の身体を抱き締める。抱きしめて、彼女の仮面を取る。

 そこにはまるで子供のように顔を歪めた無垢な少女がいるのだ。嗚呼、不死に慣れるなんて、それこそあるはずがないのだ。私のように、全てを諦め捨ててしまったのでなければ。

 

「いいの、いいの。貴女は美しいわ。こうやって、剣を手放せるじゃない」

 

 私は、手放せなかった。あの子のために、全てを喰らい尽くそうとして、握ったまま死んだのだから。彼女の純真な心のなんと美しいことか。

 

「人はいつか死ぬ。そしてそれは、不死だって似たようなもの。でも人の短い一生に、確かに光を放てるわ。不死もまた、誰かの想い出として残り続ける」

 

「想い出……」

 

「貴女の兄がどうなってしまったのかは分からないけれど。でも、その想い出は貴女に継承されている。そして貴女の想い出もまた、私に流れ着いている。そうして人は巡っていく。自然の摂理のように。変わる事はなく」

 

 神は、変わる。信仰によって容易に解釈を歪めていく。けれど人は変わらぬ。自ら変わらぬ限り。それこそ人間性の本質。可能性の遺志。いつだって、私達はそうやって生きてきた。

 

「ねぇ、ルカティエル。忘れてしまうことを止める事はできないかもしれない。でも、私は絶対忘れないわ。だって貴女を愛しているもの」

 

 全ての少女を愛するということは、一人の少女を愛すること。故に彼女も愛そう。私の愛は普遍だ。

 

「……私は愚かだな。前にも、愛してくれると言っていたのに」

 

 私の抱擁に心の底から身を沈めてくれている。私と彼女の(ソウル)が共鳴していた。

 

「暖かいでしょう、人の温もりは。百合の白さは」

 

「ああ……そう、だな」

 

 ずっと、こうしていたのだろう。まるで母の胸で眠るように黙り身を委ねる。

 しばらく、そうしていた。私はずっと、彼女と温もりを共有していた。暗くて、暖かい、私の魂を。

 

「……眠っていた訳では無い。けれど、夢を見た」

 

 不意にルカティエルが呟く。

 

「もっともっと幼くて、ずっと何かと戦っているお前がいたんだ」

 

 その共鳴はあまりにも深すぎたのだろう。私も気がつかなかった。(ソウル)とはその人の在り方そのもの。もし共鳴が深ければ、記憶なんかも覗けるくらいなのだ。

 嗚呼、君は見てしまったんだね。在りし日の私を。けれど、まぁ、何というか。別に良いさ。今の私は違うのだから。あの時の弱過ぎる私とは。今は、そう、後悔こそあれど道は明るい。

 

「その中で、お前は……泣いていたぞ。なぜ泣いていたのかまでは分からないが……きっと、私と同じなのだろうな」

 

「……そうだな」

 

 泣いていた。そうだろう。きっと、その後悔は消える事はない。

 ルカティエルが私の抱擁から離れる。名残惜しいが、旅立ちというのも必要な過程だ。少女はそうして女性となる。それこそ、美しい。

 

「……ありがとう、リリィ。その、ん……」

 

 何か言い淀んで仮面を被るルカティエル。

 

「……わ、んん……私も、お前を、愛したいと思った」

 

「ひゃ!?本当に!?」

 

 思わず変な声が出てしまった。すぐに立ち上がり彼女に駆け寄る。

 

「ああ、もう!そんなに近寄るな!……今の私は、きっと見るに耐えん」

 

「どうして?」

 

 わかってはいるが、聞いてしまう。

 

「……意地悪め」

 

「ふ、ふふふ、ふふふふぅぅうう!!!!!!」

 

 気持ち悪い笑い声が出てしまう。けれど仕方ないだろう?こんな美しい少女に見染められたのだ、喜ばないやつは人ではない。

 嬉しすぎてニヤケ面が止まらぬ。嗚呼、神に感謝する奴らの気持ちがわかったかもしれない。これぞ祝福。心が清々しい。

 

 

 

 

 

 

「それで、説明してもらおうかリリィ」

 

 からの、説教。目の前には濃霧を背に仁王立ちするルカティエル。背後には衣服を脱がされた砂の魔術師の死体。

 実を言えば、ルカティエルと再開する前にボス前の敵はもう蹂躙している。それで、その、砂の魔術師が居たので、堪えられなくて……色々……ね?

 

 それを小声で正座しながら伝えると、ルカティエルは呆れたように溜息を吐いた。愛想尽かされたかな……

 

「まったくお前という奴は……」

 

「ごめんなさい……」

 

 しょうがないじゃないか。砂の魔術師がエロいのがいけないんだ!君だってそうじゃないか!どう見ても君は着痩せするタイプだからえろそうだろう!?まともなのは私だけか!?

 

「お前……なぜそこで怒鳴る。……まぁ仕方ない。今回ばかりは許してやろう。お前の愛とやらは、色々と問題があるようだからな」

 

 女神ルカティエル。ちょろい。

 

「だが私はお前しか愛さない。その意味をよく噛み締めておけ」

 

「ルカちゃん〜!」

 

 彼女の懐の広さを噛み締める。自分で言っておいて彼女は恥ずかしくなったのか、さっさと霧の向こうへと行ってしまった。私もすぐに追いかける。先程までの導き手らしさはどこへやら。

 

 

 

 

 そうして、なんか醜い化け物と出会う。

 

「なんだこいつは……」

 

 丸々と太り醜いそれを見て、ルカティエルが呟いた。多分、魔物の一種だろう。どうやって生み出されたのかは知らないが、人はこう呼ぶ。貪欲に肉を貪る……貪りデーモンと。

 

貪りデーモン

 

 開幕、ルカティエルが走り出す。貪りデーモンは私達を見ても手元の亡者を食べるのに必死らしく、興味を示さなかったのだ。

 待てと言っても彼女の荒々しさが剣を止められない。正統騎士団の大剣がブヨブヨとしたデーモンの肉を刻む。けれどあまりにも厚い脂肪は斬撃を通し難いのだろう、あまり深手になっていないようだ。

 

「この、なんだこの感触は!気持ちが悪い!」

 

 嫌悪感を示すルカティエル。確かにブヨブヨした皮膚と肉は気持ち悪い。遠距離から触らず倒そうか。

 だが斬られた事で怒ったのか、貪りデーモンがその腕を振り上げる。

 

「離れろ!質量的に打ち負けるぞ!」

 

 追尾する(ソウル)の結晶塊を唱えながら警告するも、そのパンチをルカティエルは盾で受け止めて弾かれた。流石に近接は分が悪い。

 放たれた結晶塊がデーモンの肉にめり込む。さすがに魔術は効くらしい。貪りデーモンは痛みのせいで暴れまくっている。

 

「今のうちに……」

 

 暴れる貪りデーモンに、死角から攻撃しようとするルカティエル。けれど、突然貪りデーモンが振り向き彼女の身体を両手で掴んだ。あれはまずい。

 

「やめろ!離せ!」

 

「ルカティエル!あっ!」

 

 デーモンの大口がルカティエルを飲み込む。それはダメだ、あんな大きな化け物に飲み込まれたらいくら不死でも胃酸で死ぬ。

 プッツンと怒りで頭の血管が切れる。考える前にメイスを握り、左手に杖を握って走り出す。そして奴の背後から跳躍した。

 

羨ましいんだよ殺すぞッ!(彼女を離せ!)

 

 本音が出てしまった。私も彼女を唾液でドロドロにしたい。

 (ソウル)の結晶槍がデーモンの脳天を穿つ。続けてメイスの大振りが剥き出しになった頭蓋を打ち砕いた。たったそれだけで死に腐る貪りデーモン。

 霧散したデーモンの身体から、生きているルカティエルだけが飛び出してくる。胃酸に溶かされたり噛み砕かれたりはしていないようだが……失神しているようだ。

 

━━Victory Achieved━━

 

 

「……なんでそうなるんだ」

 

 なぜかスッポンポンのルカティエルがそこにはいた。服も一緒に投げ出されている。恥ずかしい場所も丸見え……むむ!いかん、抑えなければ……

 

「……とりあえず、マデューラに戻ろう」

 

 彼女の身体に気休め程度に服を掛け、そのまま抱き抱えて篝火へと向かう。そうだ、これは介抱だ。腕に感じる乙女の柔らかさは、そう、仕方のない事なのだ。スケベな訳じゃない。

 ルカティエル。おお、ルカティエルよ。引き締まった君の身体は、とても美しく、そして暖かい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マデューラの隠れ家。相変わらず地下ではケイルが地図描きに勤しんでいるが、そんな事はどうでも良い。

 今、目の前のベッド(マフミュラン製)でシーツに包まり寝ている乙女と同衾している。いつも身に纏う上質な衣服と仮面は今は無く、生まれたままの姿の彼女が健やかな寝息を発てている。呪われ亡者と化している顔の半分など、気にするものか。嗚呼、こんな日を夢に見ていた。なんと美しい……

 

 ちなみに私も裸である。同衾とは、そういうものだ。手は出していない。けれど、それくらいは許してほしい。理由は分からぬが。

 

「スゥ〜ッ」

 

 彼女に抱き着き匂いを嗅ぐ。乙女の匂いは良いものだ。代謝の無くなった不死ならば老廃物の心配も無い。嗚呼、彼女が寝ている間にもっと匂いだけでも楽しまなくては……

 

 

「……いつから、起きていた」

 

 

 ふと、瞼が上がっている彼女と目が合う。恐ろしい。

 ルカティエルは少しだけ頬をむくませながら、呟く。

 

「お前が裸で潜り込んで、私に抱き着いた辺りから」

 

「……最初からって、言ってほしいかな」

 

 終わりです。これは嫌われる。失神している間に愛する少女にこんな尊厳を奪われるようなことをされかけたら……私なら嬉しいかな。きっと彼女は怒るだろうけど!

 けれど、予想していた怒号や罵倒は無く。代わりに、頬を赤らめてシーツに顔を半分埋もれさせるだけの可愛い女の子がいるだけだ。

 

「……初めてだぞ」

 

「へ?」

 

「……優しくしないと、怒るからな」

 

 理性が弾け飛ぶ。(ソウル)が燃え上がり、最初の火の炉のように焚ける。気がつけば彼女を全身全霊で愛していた。

 聞いたこともない声で。発したこともない愛を叫び。私達は結ばれる。この呪われた地で。

 

 

 ちなみにその後緑衣の巡礼からの視線がより一層痛いものとなった。さては私の事が好きだな?

 




ルカティエル√完


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土の塔、毒の妃

仕事の関係で家に帰れませんでした。GWはしっかりと書きたいと思います。お待たせしました。


 

 

 土の塔。毒の妃と呼ばれる女性が美を求めるあまりに作った狂気の象徴。それは別に良い。この時代の狂気など高が知れている。私が見たシースの狂気の一端に比べれば生温いものだろう。

 だがその内部はなんともまぁ不死人に対するトラップまみれというか何というか。欠陥住宅と言っても差し支えないくらいの足場や敵の配置と言い、余程毒の妃は生み出した美を奪われたくなかったのか。

 

「高所は本当に苦手だ」

 

 私の背後を歩くルカティエルがやや声を震わせて言う。事実、私達が歩く道の左右には足場など無く、落ちれば毒溜まりへと真っ逆さまだろう。そうなれば毒で死ぬよりもまず落下死する。

 

「クズ底や黒渓谷も苦労したんじゃないか?」

 

 道を塞ぐ蛮族のような守人を魔術で排除しながら問えば、彼女は頷いた。

 

「何度も死にかけたよ」

 

 むしろよく死ななかったと思う。彼女は案外ドジっ子だ。目を離せばデーモンに喰われて素っ裸にされるし。まぁあの件は私も得るものが多大にあったから良かったのだが。

 ちなみに、今の彼女との関係は超絶親愛なる友達、というような感じである。彼女も俗世で常識を学び生きてきた身だ、いくら私を愛してくれていても中々百合を肯定するわけにはいかんのだろう。仮にも騎士だし。私はいつでも受け入れるが。閨での彼女はとてもとても少女であった。私もロードラン以来の秘め事だったが、興奮してしまったよ。良いものだな、百合とは……

 

 まぁそれは置いておいて、今は土の塔攻略だ。首のない傀儡は待ち伏せや高機動での襲撃を好むので腹が立つのだが、ルカティエルと対処すれば何とかなる。それよりもルカティエルが罠を踏みまくるからあちらこちらから矢が飛んでくるのだ。そっちが問題だ。

 今もまた、敵を倒して休憩がてら柵に寄り掛かり景色を眺めていたら柵が壊れて落ちかけている。

 

「君は本当に手がかかって可愛いなぁ……!オラァ!」

 

 掴んだ手を引っ張って彼女を引き上げれば、あまりの恐怖に腰を抜かしたルカティエルが壁に寄り掛かって無理やり立ち上がる。

 

「す、すまない……迷惑をかける」

 

 生まれたての子鹿みたいに震える脚に鞭を打ち、歩こうとする彼女の尻が目に映る。嗚呼、さっきまであんなに私の眼の前で動いていたんだぞ……

 百合を貪る欲求を抑え、彼女に肩を貸す。しっとりとした柑橘系の香水の匂いが鼻をくすぐった。思わず肩を貸していただけなのにちょっとだけ抱き着いてしまう。

 

「ん、リリィ……ちょっと痛い」

 

「痛くしてるのさ」

 

 困ったように溜息を吐きながらも、お返しとばかりに彼女も私を強く抱きしめる。加えて私の脇腹をくすぐってきた。

 

「あ、ちょっ、あはは、やめなさいって!あはは!」

 

「ふふふ、強いお前にも弱点はあったんだな?」

 

 嗚呼、素晴らしきかな百合の花。こういうのだよ私がしたかった百合っていうのは。確かに欲にかまけて互いを貪るのも良い事だが、青春を楽しんでいるようなこの感じも堪らないものだろう?

 すぐそこに篝火を見つけ、点火するまで私達は互いに擽り合う。飛び出してきた傀儡は瞬殺した。何人も百合を穢してはならぬのだ。殺すぞ。

 

 

 

 

 

 腰を抜かしたルカティエルを残し、先程彼女が堕ちかけた柵の外を見下ろす。どうやらすぐ下に足場があるようでどこかに繋がっているようだ。

 ルカティエル曰く、どうやら下に足場があると言うので彼女が復活するまでそちらを探索することにしたのだ。最初はあんまり信じてはいなかったが、確かに降りられそうだな……ふむ、帰還の骨片もまだまだ沢山ある事だし、行ってみるか。

 

 意を決し、数メートル下の足場へと降りる。だがなんて事は無い、足を痛める事も無く楽に着地できた。これもシャラゴアから買い取った猫のブーツのお陰だ。可愛いし落下の衝撃を抑えてくれるし、良い事しかない。ルカティエルからは少々幼過ぎると言われたが。

 

 着地した場所から土の塔の壁沿いを歩き、梯子が掛かった場所へと出る。どうやら敵はいないようで気配は無い。警戒しながらも梯子を登れば、何やら太々しい中年の男が疲れたように休憩していた。まともな人間のようだ。

 

「おい貴公、何者だ」

 

 背後からそう問い掛ければ、男は驚いたようにこちらを見て、次に周囲を確認した。どうやら土の塔の護衛共を気にしているようだが、道中は全て殺してきたから杞憂というものだ。

 

「バカ野郎、静かにしろよ!せっかく逃げてきたってのに、見つかっちまうだろうが!」

 

「バカだと馬鹿野郎、それにそっちのが煩いぞ、馬鹿野郎」

 

 バカに馬鹿で反撃する。まったく失礼な奴だ、私ほど境地に至った者などいないぞ。百合で、という意味だが。だがどうやらこの男、私も同じく逃げてきたと思い込んだのか同情するような事を言い出す。次第にはこの土の塔に向けて呪詛を吐き出す始末だ。嗚呼ルカティエルの下へ戻りたい。

 

「俺は渡し屋でよ。あんたが使った梯子も俺が掛けたんだ」

 

 渡し屋ギリガン。そう男は名乗る。確かに今登ってきた梯子も手作り感満載だったが、悪くはなかった。こいつの力を借りれば落下死してしまうような場所でも難なく降りられるだろう。ふむ、利用価値はありそうだ。

 まぁこいつの場合、土の塔に盗みに入って逆に追い詰められたんだろうが。

 

「あんたも下に降りたいのか?ハシゴあるぜ、掛けてやるよ」

 

「この下には何が?」

 

「知らねぇよそんなこと。で、幾ら出す?」

 

「あ、金取るのか?」

 

 会話の流れで情けをかけてくれるのかと思ったんだが。まぁ見るからに守銭奴だし、そもそもハシゴに使う材料代や技術代もあるから多少は払ってもいいかもしれない。そもそも下に降りるとは言っていないが。

 

「あんだよ、人に世話になろうってんだろうが!気持ちってもんがあんだろ?常識ねぇのかよ……」

 

「守銭奴に常識を問われるとは……」

 

 なんか腹が立つし納得がいかないが、まともな不死だ。今回は多目に見てやろう。それにこいつが今後マデューラに来てくれればあの大穴に隠された他の秘密も見つけられるかもしれん。

 仕方あるまい。どうせなら能力強化という名の緑衣の巡礼との会話に使いたかったが、今回ばかりはこいつにくれてやろう。渋々(ソウル)を少し取り出す。

 

「ほら、これでいいか?」

 

「ま、俺も鬼じゃねぇからよ。こんな時くらい安くしといてやるよ」

 

 あくまでも上であるということを主張したいらしい。なんともまぁ恩着せがましいが、仕方あるまい。実際に梯子を掛けてもらわなければ行けない場所なのだろうから。

 渡し屋ギリガンは、(ソウル)より組み立て式の木製梯子を取り出すとそれを重ねるようにして形成していく。そして梯子を掛ける……無駄に壮大だな。

 

「ほら、行くんなら行けよ。今回はまけといてやるからよ」

 

「ご親切にどうも」

 

 皮肉混じりにそう言うと、梯子を降っていく。ふむ、急拵えにしては強度はしっかりとしているようだ。当分の間は保つだろう。

 まぁ、梯子を降りた先にあったのは光る楔石とファロスの石だけだったのだが……来なくても良かったじゃないか。

 

 ルカティエルと合流するために篝火へと戻ったのだが、彼女の姿が見当たらない。どう言う事だ、あの子また天然を発動させてなんか変な事になっていなければいいんだが。

 周囲をキョロキョロと見渡せば、彼女は案外近くにいた。先程外柵に寄りかかって落ち掛けたというのに、どういうわけか柵を乗り越えて何かをしている。見ていてヒヤヒヤする光景だ。ただでさえドジっ子属性があるのだからもう少し身の振る舞いを考えてほしい。

 

「ルカティエル、やめなさい」

 

 柵の外、断崖スレスレで何かをしているルカティエルに駆け寄り彼女の手を引く。これじゃ保護者だ。

 

「あぁ、リリィ。大丈夫だ、ちょっとした発見をしてな」

 

 塔の内部に引き摺り込まれるルカティエルが悪びれもせずに言う。手には剣の代わりに松明が握られていた。なんだ、儀式でもしていたのだろうか。

 呆れながらも彼女の言い分を聞くことにする。まったく、最初の出来る女剣士みたいなイメージはどこに行ったんだ。

 

「それで?あんな危ない場所で松明片手に何をしていたんだ?そもそも高所は苦手じゃなかったのか?」

 

「うむ。暇過ぎて辺りを彷徨いていたら何やら風車を見つけてな。少し観察していたんだが……」

 

 暇過ぎてって……君が腰を抜かして回復するのを待っていたのはこっちだぞ。これはお仕置きが必要かもしれない。彼女の閨での弱点は知っているから、ずっと良い声で鳴かせてやれる。

 

「あの風車の根本の柱に、油が塗ってあるんだ」

 

「……まぁ、風車を円滑に動かすためには油くらい塗ってあるだろうさ」

 

 というか、油が塗ってあると言うことはここの住人がしっかりと整備しているということか。見た目によらずマメだな。それとも毒の妃がそう命じているのだろうか。どちらでも良いが。

 そこでだ、と目の前のドジっ子騎士が松明を掲げる。

 

「これで火をつけようと思う」

 

「なんで?」

 

 どうしてそういう発想に至ったのか本当に謎だった。思わずアホ面こいて尋ねてしまったではないか。

 

「いや何、この塔の内部には至る所に機械仕掛けのものがあるだろう?」

 

 確かにここに至るまでに色々と自動化された仕掛けを見てきた。毒を掬い上げる壺や大きな殺人換気扇……まぁ、もしあれの動力が風車であるのならそれを止めてしまえば動かなくはなる。だがそうなったらこの先どう影響するのかは分からぬ。

 まぁ、やってみて損はないだろう。もしかすれば毒も減るやもしれん。

 

 ルカティエルの言葉に騙されたと思って燃やしてみる。彼女がやると危なそうだから篝火に待機させ、私が松明片手に風車の軸を燃やしに掛かる。しかし木製の軸ならともかくとして、いくら油が塗ってあっても鉄製の軸が燃えるだろうか。

 半信半疑で松明の炎を風車の軸に触れさせれば、しかし勢い良く燃えていく。炎はどんどんと風車へと登り、風をうけていた風車も燃え盛る。まさか彼女の言っていたことが本当になるとは……

 

「ほら、どうだ!本当に燃えたじゃないか!」

 

 嬉しそうにはしゃぐルカティエル。可愛いが、なんか腑に落ちない。どうして鉄の塊を燃やせると思ったんだ彼女は……普通は燃やそうなんて思わないんだが。いや、固定観念は良くないか。戦士たる者柔軟に物事を考えなくては。

 

 

 

 

 

 

 先へ進む。どうやら本当に土の塔の動力が落ちたらしい、人を殺すに十分な大きさの換気扇が止まっている。首無しの傀儡がそれを復旧しようとして四苦八苦している辺り、彼らにはかなりの損害だったようだ。

 墓守の奴らも何やら慌てて指示を飛ばしている。現場作業は大変だな。止めてしまったのは私たちだが。

 

 そんな折、見知った顔と出会う。とある一室に考え込むように座り込む親切なペイトだ。クレイトン曰くとんでもない奴だと言うことだが。

 ルカティエルを私の背後に回し、私が奴と会話をする。私ならばこの男相手にも立ち回れるが、もしクレイトンの話が本当であるならば目の前の親切ぶったペイトは手練れということになる。そんな相手をさせるわけにはいかない。

 

「お久しぶりです、また会いましたね」

 

「ペイト。どうした、こんな所で」

 

 ええ、と彼は落ち着いた様子で語る。

 

「いつものように趣味で宝探しを。この先に宝箱があるようなのですが……嫌な予感がするので進むか決めかねています」

 

 言っていることは何もおかしな事はなかった。こう言った場所に進んで足を運ぶ以上、勘というものは案外馬鹿にならない。しかしまたお宝か……まるであのパッチのやり口のようにも感じるが、直接何かされた訳じゃないからあの時のように尋問できない。

 まぁ、良いだろう。もし罠であればあえてハマってやる。ルカティエルは……待たせるわけにもいかない。仮にこいつが殺人鬼ならば彼女が危ないだろう。

 

「いいのか?」

 

「ペイトの事か?心配無い、罠程度ならば噛み砕いて仕舞えば良い」

 

 進みながらルカティエルの心配を振り払う。

 

 そうしてすぐに、ペイトの言うお宝が見つかった。道が途切れていたが、ジャンプしてなんとか辿り着く。しかし中身は魔法のスクロール一つだけ。しかも強いソウルの太矢……ソウルの槍が扱える私にとってはあまり有用ではない。まったく、嫌がらせの方向性が好ましくないな。

 

 その後、ペイトと話したが。どうやら誰かしらが彼を追っているというのは知っているらしい。彼曰く誤解があるとの事だが。まぁ勝手にやっていてくれ。仮にペイトが美少女ならば助けてやったのだが。いや、ルカティエルが呆れそうだ。

 今も目の前に現れた砂の魔術師に鼻を伸ばす私の尻を蹴飛ばしている。痛いが、これもまた良し。女の子に蹴られるのはご褒美なのだ。それが嫉妬ならば尚更。

 

 

「道化師……?なんだこいつは」

 

 そろそろ土の塔の最上階と言う所で、白サインを見つけた。白サインとは前にも最後の巨人の時に用いたように、協力霊を呼ぶためのものだ。

 別にそれは大して珍しくもない。事実、今までかなりの白サインを無視してきた。だって私一人でどうにでもなってしまう敵しかいないんだもの。

 

 だが興味本位でルカティエルとそのサインに触れてみれば、出てきたのは両手に呪術の火を携えたピエロだった。名を、道化のトーマスと言うらしい。何が悲しくてこんな狂った土地で道化などしているのだろうか。むしろ、狂っているから道化などしているのか。

 

 トーマスは召喚されるや否や、両手に呪術の火の玉をいくつも生み出す。そしてそれを宙に投げると器用にジャグリングしてみせた。

 

「「おお〜!」」

 

 乙女二人で思わず拍手しその演芸を賞賛する。しかし呪術をそう使われるのは、イザリスの魔女の弟子としては少し複雑だ……まぁ、火をしっかりと理解しないとこんな芸当はできないだろうからなぁ。

 

「出征した時以来だ、あんな芸を見るのは」

 

「子供の頃に、遠くの街のお祭りで見たっきりだ。もう数百、いや千年前だが……」

 

 歳をとったものだ。けれど美しさは変わらぬ。そう信じている。

 

 

 そうして珍妙な協力者を引き連れて、この塔の支配者が居ると思われる霧を抜ける。ひしひしと強い(ソウル)が伝わってくるが……腐れほどでは無い。

 

 大きな蛇が、そこにはいた。

 

 否、本来大きな頭があるはずの場所には、毒と同じく深い緑の肌を持つ女性が君臨している。なるほど、あれが毒の妃であろう。

 首は無く、しかしその手にしているのは彼女の首。しかもしっかりと意思があるようだ。自ら首を落としたか。なんともまぁ、想像以上に異形と化していてガッカリだが……せっかく蛇の鱗のようになっているとは言え、トップレスなのだ。締め付けられ、求愛されたら私とて受けないわけにはいかなかったから。

 

 

毒の妃ミダ

 

 

「う〜む……個人的にはあまりポイントは高く無いなぁ。顔も少し表情がキツすぎるしなぁ」

 

「言ってる場合か!行くぞほら!」

 

 腕を組んで悩んでいれば、ルカティエルに腕を引かれて無理矢理戦いに赴く。トーマスは一足先に駆けている。近接武器はなく呪術のみなのに良くやるものだ。

 トーマスが牽制とばかりに呪術を用いる。大火球だ。しかし案外ミダは素早く、身を翻すと簡単に避けてみせた。逆に仕返しとばかりに蛇の尾がトーマスを吹き飛ばす。

 

「じゃあ次は私が行こうか」

 

 レイピアと杖を片手に突っ込む。考えてみたが、奴が手にした顔を奪ったらどうなるのだろうか。好き放題顔にできそうだが。

 ミダが手にした槍を突き刺そうとする。それを見切り、踏みつければ左手の顔が一層顰めっ面になった。

 

「おいおい、美人が台無しだぞ」

 

 軽口を叩くと槍を駆け上がりそのまま跳躍。私の左手の杖で(ソウル)の結晶槍を放つ。

 蛇ではなくミダ本人の身体に結晶槍が突き刺さり、流石の彼女も怯む。その隙にルカティエルが突撃した。

 

「せい!」

 

 いつも通り、技量の高い剣戟。それは確かにダメージを与えたようだが、怯ませるには至らぬ。ターゲットを私からルカティエルに切り替えたミダは素早くその蛇の尾を彼女の身体に絡ませようとする。

 

「待て待て待て!私も混ぜろ!」

 

 だがそんな百合天国の見本のような攻撃、私を抜きにするなんて冒涜だ。急いで駆けてルカティエルに抱きつけば、驚くルカティエルごと私を蛇の尾が締め付けた。私とルカティエルの身体が蛇の剛力にミシミシと歪む。

 

「う、ぐああ、ああああ!」

 

「あああ良いよ!良いよルカティエル!可愛い!もっと、もっと締め付けろッ!」

 

 目の前で苦痛の声をあげるルカティエルと痛みに興奮が止まない。彼女は苦しそうだがベッドの上で抱きしめるよりも余程強く彼女を感じられる。思わず彼女の首元を舐めてしまった。吐血しながらだが。

 その光景に、ミダとトーマスが引く。敵でありながら理解できないというように顔を歪め追撃をやめてしまったミダと、攻撃しようとする手を思わず止めてしまったトーマス。大丈夫だ、ルカティエルは叫んでいるが見た目程締め付けは強く無い。だって私がある程度押さえているから。

 

「うぐおおおルカティエルゥウウもっともっと楽しませてぇえええ!!!!!!」

 

「おま、お前、この変態がッ、うぐ」

 

 だがそんな状況も長くは続かぬ。トーマスが床に呪術の炎を打ち付ければ、ミダの真下から炎柱が上がる。これは……混沌の嵐だと?一体どこで習ったのだろうか。混沌の魔術を収めるとは中々にセンスがあると見える。

 混沌の嵐のおかげでミダの拘束から解かれる。二人で抱き合いながらゴロゴロと床を転がれば、ルカティエルに怒られながらポコポコと胸を殴られる。

 

「お前は本当に、お前は〜!」

 

「ごめん、ごめんルカティエル!ほらミダを倒してからにしようじゃないか!」

 

 痴話喧嘩と言ってくれ。お互いボロボロだが本当に心が充実しているんだ。

 さて、仕切り直しとばかりにミダと私達3人がまた向き合う。ミダも何やら私に対して若干の嫌悪感があるらしく、攻撃を躊躇っているようだ。その隙にトーマスが若干呆れたような仕草をして呪術を行使する。何やら小さな太陽を背後に出現させたが、そのぬくもりを浴びると傷が癒えていく。こんな呪術もあるのか。ロードランにいる時には見たこともないから、新しく生まれたのだろう。

 

 さて、そんな支援をされながらまた戦いが始まる。先手はミダだ。

 彼女は自らの頭部をこちらへと投げてきた。投げられた頭部には理力が溜まっており……

 

「爆発するぞ!」

 

 私がそう叫び横へ転がった瞬間、ミダの頭部から魔力の爆風が迸った。危ない危ない、先程の締め付けの傷はまだ癒えていないから喰らったら流石にマズイ。

 だが、これは良い。わざわざ相手が頭を投げてきてくれたのだ、利用させて貰おう。

 

 ミダの身体が頭部を回収しようと迫る。だがそれよりも先に私が頭部を拾い上げた。無駄に素早く無いのだ。

 

「はっはー!ミダちゃんゲット!」

 

 げげっ、とミダの顔が歪む。首を斬られているせいで声は出ないようだが、言っていることはしっかりと理解しているようだ。ならば好都合だ。

 ミダの身体が狼狽えているのを良い事に、私は頭部を掲げてから部屋を走り回る。

 

「お、お前何してるんだ!そんなものさっさと離せ!」

 

「妬いているのかい?もっと妬いて!ルカティエルの愛をもっと感じたいから!」

 

 そう煽り、私は胸にミダの頭を思い切り抱いてから自分の顔の前に頭部を持ってくる。シャーっと、ミダが出来る限り威嚇してきたが次に私に何をされるか分かってしまったのだろう。

 愛を求め、美に狂い、毒と化した彼女の顔は乙女のそれになる。そしてその毒満載の唇に思い切りキスをした。

 

「お゛お゛おおーいッ!!!!!!」

 

 ルカティエルの怒号が飛ぶ。トーマスは暴れる彼女を全力で制していた。ミダの身体はモジモジしている。

 気を張らなければ、彼女はとても美しい女性だった。唾液が絡み合い、舌を入れ合えば火照った彼女の緑の肌が熱を持つ。嗚呼、君はただ孤独だっただけだったのだ。ただ一人に愛して欲しくて、どうしようもなくて、狂って。けれど報われなくて。一人の白百合として君を歓迎しよう。私は乙女の騎士である。そして今、彼女の孤独を理解し(ソウル)が共鳴仕掛け、その想いを受け取ってみせた。常人ならば発狂するだろうが、私は公爵の書庫でも狂わぬ強靭な心を持つ。そんな彼女の狂気は、ただの小娘の嫉妬程度にしか思えない。

 

 唇を離せば、ミダは蕩けた瞳で私を見ていた。それは確かに、彼女も百合を理解している目。けれど違うのだ。彼女が愛するのは……鉄の古王ただ一人。だから百合にはなれぬと。そう、物語っている。

 

「君は、そのままでも美しいよ」

 

 だから、それで終わり。哀れで悪名高い毒の妃を葬らなければならない。

 ミダの頭部を床に置けば、ゆっくりと彼女の身体が頭部を回収する。そしてしばらく、私と彼女は向き合い。

 

 刹那、互いに武器を構える。そしてミダが振るう槍を完全にパリィすると。

 

I’m invincible(私は無敵故),I’m unavoidable(逃げる事は叶わぬ),I’m undebatable.(その余地すらない)

 

 その頭部にレイピアを突き刺す。一瞬で、即死させた。もう苦しめる事はしたくなかった。ほんの少しでも心を通わせた乙女を、これ以上苦しめて何になる?そんなものが百合の騎士であるはずもなし。

 斃れ、(ソウル)の霧と化す彼女の貌は美しかった。嗚呼、何と罪深い男なのだ鉄の古王とは。その報いを受けさせねばならぬ。

 

━━Victory Achieved━━

 

 

 トーマスが拍手しながら消えていく。レイピアに着いた血を払い、鞘に納めれば私は片膝を着いた。実はキスをした瞬間毒になったのだ。苔玉を取り出し貪れば、苦さと同時に身体が楽になる。ふぅっと息を吐いて見上げれば、仁王立ちのルカティエルがいた。

 

「……怒ってる?」

 

「ああ」

 

 こわい。ルカちゃんこわい。けど、彼女は私を殴る事も怒る事もしなかった。代わりに優しく私を抱きしめ、翁の仮面を取ると優しく口付けをしてくる。

 まるで、独占欲の塊だ。けれどそれが救いになっているのも確かだ。戦いと百合だけは、やめられぬ。私は愚かで強く、そして百合なのだ。

 

「もう、無茶はしないでくれ。お前がどう思おうが、傷つくのを見てるのは辛いぞ。あと浮気するな」

 

「ごめん」

 

 私が悪かったけど、絶対最後のだけは本音だと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「恋多き方なのですね」

 

 彼女の前で私の黒歴史を読んでいれば、不意にそう呟いた。言われた私も顔を赤らめて俯き小さくなる。

 彼女は私の娘であり、恋人であり、愛しい人形だ。そんな相手に私のそういう、なんだ……アレな過去を話すのは心苦しい。本当に勘弁してほしい。どうして彼女に読み聞かせをしてほしいと言われた時に気が付かなかったんだ私は。啓蒙高くも愚かな人間だ、私は。

 

「その、色々あったんだよ。うん」

 

 言い訳にすらならぬ世迷言を言えば、私は立ち上がって両膝を着きながら、椅子に座り紅茶を啜る彼女に弁明した。

 

「だってしょうがないじゃないか!皆可愛いんだもの!美しいんだもの!ね?私は悪くない!ノーカウント!ノーカウントだから!」

 

 どこかの禿頭のようなことを喚き散らす。恥ずかしく無いのか私。恥ずかしいよ。恥ずかしいけど、しょうがない。

 私の弁明を聞いてか、彼女は紅茶のカップをソーサーに置いてこちらを振り向いた。その肌はどこまでも白く、そして人形である。次に彼女はその剥き出しの球体関節の指先を私の肌に添わせる。

 

「おかしな方ですね。私が、こんなお話で貴女を嫌いになるはずがないのに……クスクス」

 

「怒ってる……」

 

 よく分かる。感情が希薄だった頃からずっと一緒にいるのだから、尚更だ。

 さぁ、と彼女は本を指差すと命じた。

 

「続きをお願いしますね、古い闇姫様」

 

「はぃ……」

 

 やはり私は自分の娘であり恋人に弱い。けれど、それも悪く無いと思えるあたりルカティエルが言っていた変態というのは間違っていないようだ。

 

 

 

 

 




ミダのくだりはやるつもりはなかったのですが、濃厚な百合がもっと書きたかったのでブチ込みました。


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溶鉄城、デーモンと嫉妬の炎

GWに入りましたので更新頻度を増やしたいと思います。


 

 

 かつて、鉄の古王は単なる人であった。弱小国の長に過ぎなかった古王は、しかし周辺国のヴェイン伯国から領土を奪取するとそこから良質な鉄を安定して産出、莫大な富を築いたという。

 そしてその頃から、鉄を自在に操り命すらも生み出す業を身に付けたという。けれど誰しもが言うのだ。鉄の古王は、決して王たる器を持つ人物ではなかったのだと。

 

 そんな見栄っ張りの王が富と権力を誇示するために作らせたのが、鉄をふんだんに使った溶鉄城。もう住みやすさとか通行のしやすさとかは二の次であり、ひたすらデカく豪華に作った城である。まぁそんな傲慢さが祟ったのか、溶鉄城はその重さで地面へと埋まり、そして溶岩の中に消えていったのだという。まるでどこかの薪の王だ。ざまぁみろ。

 

「しかし、どうして土の塔の上にこんな場所が?どう考えてもおかしいだろう」

 

 溶岩に近い場所で篝火に当たる私にルカティエルは言う。そう、問題はそんな城の在り方だ。ミダを降し、その先にあった昇降機を登ればどう言うわけか地中の溶岩に眠る溶鉄城へと辿り着いたのだ。

 溜まりの谷から土の塔を見ただけでは、その上にこんな歪な空間は無かったはずだ。

 

「時空が捩れ曲がっているのだろうな。まぁ、よくある事だ」

 

「そんなものなのか?」

 

 そう、良くあることだ。ロードランでは見られる光景では無かったが、シースの研究曰く長い年月と強い(ソウル)、そして思念等によって時空とは簡単に捩れ曲がるのだという。それほど鉄の古王の力が強いということだろうか。或いは、その想いが。

 

 そんな考察も程々に、鉄で出来た橋を渡る。この橋を渡り切れば溶鉄城への入り口へと辿り着く。

 それにしても暑い。溶岩が海代わりにあるような場所だから当たり前だが、そんな中でも汗ひとつかかないでいられるのは不死の特権だ。もし不死でなかったら汗だくで戦わなければならないのだから。ルカティエルもそんなベストや仮面なんて着ていられないだろう。

 

 さて、そんな私達を待ち構えるのは鉄で出来た傀儡の騎士。騎士と言っても、私が知るようなスタイルの騎士ではない。東の地の刀を模して打った剣だけを手に、これまた東の地を思わせる甲冑を着ている。通称、アーロン騎士。それは不自然にも高速で歩きこちらへと迫ってくる。素早い動きは厄介だ。

 それを退ければ、侵入があった。

 

 

━━闇霊 武器屋デニス に侵入されました!━━

 

 

 てっきり武器屋というのだから様々な武器を駆使して戦うのかと思いきや、闇霊は魔術剣士だった。

 

「人であるならば私だけで十分だ」

 

 そう言ってデニスに対するのはルカティエル。まぁ今までは複数戦とか高所とか化け物とか、およそ人がまともに戦える相手ではなかった。彼女の言う通り、任せてみよう。危なくなったら全力で援護するが。

 お互いに構えるルカティエルと闇霊。どうやら名前通り武器屋デニスは女性のようだ。胸に少しの膨らみがある。顔は見えぬが……戦いに生きる乙女というのは闇霊だろうが美しく見えるというものだ。私が戦いたかったなぁ。

 

 その時、闇霊が動いた。先手を取った闇霊は、離れた場所から剣を振るうとそれを触媒にして魔術を出す。放たれた魔術は(ソウル)の矢。

 

「ほう!」

 

 思わず感心する。まさか触媒になる剣があるとは。きっと理力補正は杖に比べ低いのだろうが、あれは浪漫がある。なるほど、故の武器屋か。武器の魅力に取り憑かれた乙女……一人の戦士として是非とも語り明かしたいものだ。

 

 ルカティエルは迫る魔術を、しかし容易く上半身を翻して回避すると瞬間的に肉薄する。流石はミラの正統騎士。まずは対魔術師の基本である密着に徹するようだ。私も密着されたい。

 彼女はそのままダッシュ斬りを仕掛ける。だが武器屋デニスも魔術師の弱点は分かっているようだ。すぐにローリングで後方へと下がり距離をとってみせた。

 そして起き上がる間も無く、魔術を展開する。それは私も見た事が無い魔術。

 

「おお!」

 

 感嘆の声をあげる。デニスが放ったのは、なんと(ソウル)を大剣と化して放つ魔術。(ソウル)の大剣とでも命名すれば良いか。ロードランには無かった魔術だ。触媒の剣から伸びる大剣は非常に見栄えが良く、おまけに威力もそこそこなのだろう。咄嗟にルカティエルが盾で防御したが、その全てを防ぎ切ることはできずに盾を弾かれる。さて、どうするルカティエル。

 

 ここぞとばかりに武器屋デニスは隙だらけのルカティエルへと攻め入る。触媒にしていた剣で直接攻撃するようだ。きっとそのまま突き刺せば致命の一撃と化す。

 

「ふんっ」

 

 だが危機的状況にありながら、ルカティエルはそれを鼻で笑って見せた。振るわれる剣に、流れるように回転をして盾を振るい返せばそれはパリィとなる。

 流れるような美しい逆襲。嗚呼、やはりルカティエルは素晴らしい戦士のようだ。そのままルカティエルは大剣を振るってデニスの体幹を崩し、剣を突き刺す。対人慣れしている動きだ。彼女にはこっちの方が合うな。

 

━━Invader Banished━━

 

 武器屋デニスの霊体が消滅すれば、ルカティエルは剣を振るい鞘へと戻す。私は称賛の拍手を彼女に送った。

 

「良い戦いだったぞ、見事なパリィだ」

 

「お前を真似ただけだ」

 

 そういう割にはどこか誇らしげな彼女は、やはり可愛い。

 

 

 その後、城内へと侵入し多数のアーロン騎士や火を吐く鉄像を相手にする。道中ラル・カナルという国の出のマグヘラルドという珍品売りと商売をし、先へと進めばまた開けた場所へと出た。おまけに下は溶岩であり、落ちれば確実に苦しみながら死ぬ。あちらこちらから大矢が飛んで来ては嫌がらせもされるという、アノール・ロンドの梁渡りのような場所だ。

 

「この配置は頭に来るな」

 

 アーロン騎士よりも一回り大きいアーロン騎士長を屠ると、ルカティエルは言う。

 

「だが防御を固めるという事はそれだけ拠点として重要だということだ。何かあるぞ」

 

 広場を探索し、仕掛けを解いたり橋を渡したりすれば、私の言う通りだった。ハズレの通路に濃霧が掛かっていた。

 中からは尋常ではない(ソウル)を感じる。ミダか、それ以上の強さだ。篝火は遠く、補給は叶わない。まぁ消耗はしていないから大丈夫だろうが。

 

 二人で霧を潜る。すると、円形の部屋に出た。中央には、まるでデーモンのような鉄製の何かが鎮座している。

 そしてその心臓部には火が燻っており、一眼でそれが鉄の古王が造りし魔物であると理解できた。なるほど、こいつがこの通路を守る本当の番人か。

 

溶鉄デーモン

 

 そのデーモンを称されたゴーレムは、地面に突き刺していた剣を抜くと吠えてこちらへと向かってくる。デーモンと名乗るからには滅さなければなるまい。

 

「またデカブツか!」

 

 ルカティエルが悪態を吐きながらも大振りの一撃を避ける。サイズ的にはアイアンゴーレムよりも一回り小さいが、その分機動力に勝るようでかなり動きが機敏だ。

 であるならば、魔術を用いる。火を用いているならば魔術耐性はあまり無いはずだ。だが大きさや同伴者の事を考え、持ち得る最大火力を出そうじゃないか。

 

「追う者たち」

 

 仮初の生命が私の周囲に展開する。そしてそれは、生命、延いては火への憧れ。火を灯すデーモンは彼らにとって最大の情景と憎しみ。

 勢い良く突っ込む追う者たちは、溶鉄デーモンの脇腹を損壊させる。思わずデーモンがよろめく。

 

 ここぞとばかりにルカティエルが斬りかかる。正面ではなく、背後から行くあたり段々と戦い方が分かってきたようだ。

 しかし溶鉄デーモンの様子が何かおかしい。怯んだにしてはうずくまる時間が長い……まさか、熱を溜めているのか?

 

「ルカティエル、離れろ」

 

 私が彼女に指示し、ルカティエルが即座に距離を取る。すると、溶鉄デーモンから熱が迸った。どうやら今までは準備運動だったようだ。なるほど、身体が温まったか。

 吠える溶鉄デーモンは、しかし周囲に異常な熱を放っている。あれでは近付いただけでダメージを食らうぞ。ルカティエルと相性が悪いな。

 

「離れていろ!」

 

 ならばもう魔術で対処するしかあるまい。(ソウル)の結晶槍を唱え、杖から結晶化した(ソウル)が伸びていく。だがそれが当たる直前、デーモンは大きく跳躍して魔術を回避してみせた。

 見上げれば、デーモンが剣を私目掛けて振り下ろそうとしているではないか。

 

「少しは頭が回るか、傀儡め」

 

 言いながら転がって回避する。刹那、先程まで経っていた金網の床に剣が突き刺さった。

 

「待て、何か来るぞ!」

 

 ルカティエルが言えば、確かに溶鉄デーモンの様子がおかしい。剣を刺したまま震え、まるで爆発するような様子だ。というか、多分爆発する。

 第六感が働き、すぐに駆けて溶鉄デーモンから離れる。するとやはり溶鉄デーモンが爆ぜる。それは火の魔術に近い。少なくとも呪術では無いようだ。なるほど、あの溶鉄デーモンの心臓は本場イザリス産のデーモンの(ソウル)か。ならば納得がいく。

 

「殺す理由が増えたぞ」

 

 このままでは我が師クラーナとの約束に反する。師との約束通り、魔女達の罪は私が終わらせなければなるまい。

 武器を変え、両手ともメイスにする。剣ではあまりダメージソースにはならんだろうからだ。

 

「援護しろ!」

 

 ルカティエルにそう告げると、彼女よりも先に溶鉄デーモンへと迫る。暑苦しいが、仕方あるまいさ。

 デーモンが剣を引き抜くと同時に、その足を攻める。あれだけの巨体を支えているのだ、足には相当の負担がかかるはずだ。

 

 両手のメイスが爪先を砕く。どうやら一丁前に痛みという感覚があるらしく、砕かれたデーモンは足を押さえて滅茶苦茶痛がっている。

 

 下がる頭を前に、ルカティエルが致命の一撃を入れる。その巨人のように穴が空いた頭部に剣を突き入れた。

 

「どうだ巨人め!」

 

 グリグリと剣を抉れば、デーモンはもがき苦しむ。同時に心臓部からより一層炎が迸った。これ以上は流石に私達不死でもキツい。決着をつけるか。

 左手に杖を取り出し、右手をレイピアにする。そして久しぶりのエンチャント。

 

「結晶魔法の武器」

 

 刀身にこれでもかと結晶が塗られ、禍々しいほどに狂気を帯びる。そして未だに痛みに暴れ狂う溶鉄デーモンの膝へと飛び乗り、そのまま跳躍すると頭部へと手を掛けた。

 

I’m invincible(私は無敵故),I’m unavoidable(逃げる事は叶わぬ),I’m undebatable.(その余地すらない)

 

 お決まりの言葉を言いながら、レイピアを突き刺す。一度、そして二度。深々と突き刺せば今度は位置を変えて燃える心臓部へとレイピアを突き刺した。

 いや熱い。熱すぎて流石に死ぬ。程良いところで溶鉄デーモンから飛び降りれば、腕が火傷している。

 

「大丈夫か?」

 

「ああ。勝負もついたしね」

 

 レイピアを鞘へと収めれば、溶鉄デーモンが(ソウル)と化して霧散していく。まったく、厄介な敵だ。エスト瓶を飲みながらその光景を眺めると溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのすぐ先に篝火を見つけたので一度マデューラへと帰る。何やら大穴の所でこちらへと来ていたギリガンが梯子を掛けようとしていたので後で使わせてもらおう。

 

「やあクロアーナ、また会ったね」

 

 隣にルカティエルがいるというのに、篝火の近くに座るセクシーなクロアーナに話しかけてしまう。これはもう性だ。仕方ない。

 美人に話しかけ、しかも知り合いと知ってムッとするルカティエル。嫉妬すると彼女は子供っぽい束縛心を向けてくるが、それもまた可愛いから良しとしよう。

 

「ああ、アンタも来てたんだ。隣の騎士様は彼女かな?」

 

 誰にも臆さない彼女が冗談混じりに言えば、ルカティエルが言葉に詰まった。きっと顔を赤らめているに違いない。

 

「そんなところさ。君もどうかな?私達と愛を痛ッ」

 

「帰るぞ!」

 

 首根っこ掴まれて引き摺られながら私はクロアーナに手を振る。彼女も笑ってこちらに手を振りかえしていた。嗚呼、もう少し寛容になってくれていいじゃないか。もっと色々な少女達と愛を深めたいのだ、私は。

 緑衣の巡礼からの視線が辛いから大人しく帰るか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……変わらないですね」

 

 不意に、本で顔を隠しながら音読させられている私の耳にそんな言葉が入ってきた。ぎくり、と心臓を握られたような気分になって彼女の顔を見てみれば、いつも通りの凜とした表情を浮かべてはいるものの、どこか呆れているようにも見えた。

 咳払いし、何も言わない。私から何か喋ればボロが出てしまうに違いない。特に彼女のとの会話はいつだってそうだ。世の中の父親も、娘と話すときは誰であれそうなるだろうから。

 

「良いのです。創造主は被造物を愛しませんから」

 

「それは違う。私は君を愛している。愛さなければ、こうして自分の恥ずかしい時代の物語を読み聞かせたりなどするものか」

 

 キッパリ、即座に彼女の言葉を否定すれば、少しだけ彼女の瞳が驚いたような気がした。きっと今までの恥晒しの幼年期明けの愚かな乙女のような声色と表情では無かったからだろう。現に今の私は、しっかりと彼女を見据えて話している。

 

「何か勘違いしているかもしれないから一つだけはっきり言っておこう。人は言葉にするしか想いを伝えられないのだから。私は、君を、愛している。君に全てを捧げたい。君とずっと、愛を交わしていたい。これは私の本心だ。そのためならば何度だって死んでみせようじゃないか。今までそうしてきたように、神すらも殺してみせようじゃないか。ただ君を愛するために」

 

 言っていて恥ずかしくなりそうな言葉だが、その言葉に嘘偽りなどあるはずがない。

 だって、彼女が大切だから。誰かの模造品として造られたから何だというのだ。そんなもの関係が無い。ただ私は彼女を愛し、愛され、百合を咲かせる。

 

 彼女は少し唖然としながらも、その頬を赤らめた……ような気がした。ビスクドールの肌が紅潮する事など無いが、その心は分かる。

 

「……すみません。少し、意地悪してしまいました」

 

 そして、彼女は純粋だ。その愛を一心に向けてくれる。故に嫉妬する。だから愛したいと思える。私は微笑みながら、彼女の長くて大きな手を取る。

 

「マリー。それだけ君が私を愛してくれているという事だ。嫉妬とは、愛が拗れているだけなのだ。可愛い」

 

 最後に素が出た。けれど彼女はそんな私の手を握り返してくれた。球体関節の指が私の手を包む。そこに熱は無く、血は通っていない。けれど愛だけは実感できる。他の世界の血に狂った者どもでは分かるまい。地底に潜りひたすら石を掘る狂人どもには。私もその内の一人だったが。

 

「そういえば」

 

 不意に。彼女の口が動く。なんだい、と聞き返せば言うのだ。

 

「この間、御不在だった間に星の娘様から伝言を賜っております。また、激しく愛してほしいと」

 

 みしりと私の手が歪む。強烈に彼女の球体関節の掌が私の拳を握り潰さんとし、顔面から血の気が引く。

 

「……怒ってる?」

 

「いいえ。けれど、モヤモヤします」

 

 それを、嫉妬というのだと。私は娘にして愛人である彼女に教えるべきだろうか。

 




恋多き女、リリィ。
それはさておき、ブラボを終わらせたらエルデンも見たいですかね?


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溶鉄城、鉄の古王

案外R–18を望んでいる人が多くて驚きました。
フロム厨はスケべな事しか考えないのか(偏見)


 

 

 マデューラにおいてルカティエルの嫉妬の愛を全身に受けた後、再度溶鉄城の攻略に入る。

 どうやら朽ちた巨人の森にいた亀のような重鉄兵は溶鉄城にて造られた存在であるらしく、溶鉄デーモンから先のエリアにおいて綺麗な状態の彼らが沢山確認された。まぁ攻撃方法なんかは変わらないので敵にはならなかったのだが。

 

 問題はギミックのほうだ。一体どんな目的で作ったのかは知らないが、スイッチを起動すると落ちる床なんかがあるせいで戦い辛いったらありゃしない。これに関しては敵も同じであり、相手が落ちる床に乗っている時にスイッチを起動すれば敵はなす術なく溶岩へと落ちていく。まったく、傀儡とはいえ戦闘力を削るような防衛装置はやめた方が良くないか?

 

 と、そんな風にギミックに苦戦しながら探索すればひっそりと隠されたように梯子を見つけた。ファロスの石を起動させなければ見つけられない仕様だ。

 幸いあの奇妙な石はたくさん余っているから問題はない。梯子を登り切れば、見知った傀儡がそこにはいた。あのアーケンの鐘楼を守っていた鐘守だ。

 

「ギャハハハ!お前また来たか!一緒に鐘を守るか!?」

 

 相変わらず煩い奴だが、永遠に終わらぬ使命を持つ彼には少しばかりの同情も覚えると言うものだ。ネズミの王とも誓約を交わした事だし、彼とも誓約を結んでも問題はないだろう。

 そんなこんなで誓約を交わし、私とルカティエルは一先ず下見という形で鐘楼がある屋上地域を視察する。どうやら誓約を結んでいても他の鐘を守る不死には関係が無いようで、狂ったように襲いかかってくる。多少手強いが、二人で連携すれば相手ではない。

 

「見ろ、放浪騎士アルバに縁のあるベールと仮面だ」

 

 倒した鐘守から得た戦利品をルカティエルが手に取る。ベールの方は顔が殆ど隠れるような黒紫のもので、美しい女性が身につければ妖しさマックスで惚れそうになるに違いない。仮面の方は……何だろう、どこか懐かしさとも違う郷愁を感じる。あんな仮面、見たこともないというのに。

 

「ほら、お前が持っておけ。こういうのはお前の方が似合う」

 

「おや、それは嬉しいな。なら是非とも砂魔女の衣服を受け取ってくれないかな?」

 

「それはやめておく。お前が調子に乗るからな」

 

 そんなたわいも無い軽口を叩きながら、鐘楼を探索すればとある闇霊を見つけた。

 基本、鐘守の姿は霊体に近い。けれどその霊体は通常の侵入者などと違ってこの鐘楼に迎え入れられたものだから、色の濃さが違うのだ。今見つけた闇霊は単なる闇霊だ。

 

「おかしな格好だ。だが油断するなよ」

 

 ルカティエルが警告する。確かに雰囲気が通常の闇霊とは異なるのだ。どうにも感情がないというか、殺意以外の感情がこちらに向いてこない。普通ならば色々な感情がこちらに向くものだが……ふむ。

 手にした刀はただただ殺すために。防具も必要最小限。けれど自らであることを主張している。狂戦士と言えば良いか。

 

 私が戦う。相手はただ殺すためだけに突っ走り、刀を振るう。けれど見え透いた手だ。それをレイピアでパリィすればあっという間に隙を晒した。

 致命の一撃。顔面を殴って衝撃を与え、その隙に心臓を穿つ。そうすれば狂戦士はあっさり死ぬ。なんだ、歯応えの無い……

 

「あ〜、それは想定していないな」

 

 だが、それだけで終わればよかったものの。気がつけば狂戦士が二体に増え、遠くからこちらに向かってきている。何だこれ。

 流石にルカティエルと共闘することにし、またしてもそいつらを討ち滅ぼせば。また狂戦士がやって来る。今度は三体……

 

「殺せば殺すほど増えていくのか?キリがないぞ」

 

「だが(ソウル)はうまい。強くなれる良い機会だぞ」

 

「楽天的だな……」

 

 そうして、私たちは数刻の間狂戦士達と戦い続ける。レイピアが刃毀れしたのであればメイスに。それすらも欠ければ魔術とショートソードで。ルカティエルの剣は丈夫なようで何とも無かったが。羨ましい。

 

 数十体屠ってようやく狂戦士は消え去った。その頃には奴らの防具や刀をわんさか手に入れていたが、刀以外は使い道がなさそうだ。

 

「そいつらいつの間にか勝手に住み着いた!ギャハハハ皆殺しにしたか!お前らやるな!もっとぶっ殺せ!ギャハハ!バラバラにしろ!」

 

 割と満身創痍の私達を前に相変わらずのテンションでそう言う鐘守。報酬はまさかの楔石の原盤や魔術のスクロールだから割と良いものだ。

 

「まぁ、(ソウル)も武器も稼げたし良しとするか」

 

「ミラでの戦いを思い出したぞ……」

 

 げっそりとするルカティエル。確かにあんなにもたくさんの闇霊と戦う機会などそうそうないだろう。私も初めてで良い経験になった。

 

 拾った狂戦士の刀剣はそのうち鍛えるとして、今は鉄の古王討伐のために先を目指す。

 まぁ何というかこの城は他人に厳しいな。客人が来たら確実に死ぬぞ。見学ツアーなんて開こうものならば溶岩に落ちるし。

 

 愚痴の一つも溢しながらも城を進めば、かなり開けた場所へと出た。どうやら内部は抜けられたらしい。だが濃霧のかかったゲートがあるに、鉄の古王か強敵が居るようだ。

 

「また化け物でなければ良いが」

 

「偉業を成し得た者らの姿など、大概はおかしいものだ」

 

 神然り。どうして(ソウル)を溜め込むと巨大化するのだろうか。私は小さいままだったぞ。胸は多少大きくなったが。

 

 濃霧を潜れば、そこは広場で誰もいない。けれど痺れるような強い力を感じる。どこかに強敵が居るはずだ。

 警戒しながら周囲を探索すれば、それは突然現れる。遠くの溶岩から、何か巨大なものが姿を現したのだ。

 

「なんだ!?デーモンか!」

 

 ルカティエルが驚く。まるで水泳でもしているかのように、その巨大な何かは上半身だけを溶岩から出している。

 身体は溶鉄デーモンよりも遥かに大きく、頭部は機械的ではない。それは牛頭のデーモンのように角が生えている。だがイザリスのデーモン達とも(ソウル)の質は異なる。どちらかといえば、あれは人の成れの果てだ。となると。

 

「いや。あれが古王だ」

 

 

鉄の古王

 

 

 かつて鉄を操り、莫大な富と(ソウル)を築いた一人の男は、最早その姿と心を異形へと変えてしまっていた。きっと張り過ぎた見栄がそうさせたのだろう。逞しい身体(上半身は。下半身は案外貧弱かもしれない)に大きな角、そして強面の顔。どうしたら人がそうなれるのだと言わんばかり。

 けれど、少しばかりの神性がどうにも引っ掛かる。もしかすれば、あの古王は何かに引っ張られたのかもしれない。深く眠る、王達の残滓に。

 

 ゆっくりと鉄の古王が向かってくる。まるで子供が海辺で親に寄ってくるように。けれど向けて来るのは殺意だけだ。あの巨体だ、下手すればこちらの床ごと打ち砕いてくるぞ。

 

「まずいな、剣じゃ攻撃できんぞ」

 

「なら先手で魔術を使う」

 

 遠距離にも対応できる魔術、それは(ソウル)の槍だ。束ねられた槍は遠くの敵も狙撃できる程の射程を持つ。

 杖を振るい、迫る巨体へと(ソウル)の槍を放つ。だが放たれた槍はまるで小石が飛んできたとばかりに効いている気配がない。

 

「ふむ、ちょっとばかり苦戦するだろうか」

 

 もっと近付いてくれないと剣も振るえない。剣が有効となるかは分からぬが、死ぬまで斬りつければ良いだけだ。それにもっと近付けば闇の飛沫で腕くらいは消し飛ばせる。

 

 と、そう思考を練っていると鉄の古王が溶岩にダイブする。マズイ、きっとこちらの真下から突撃してくるに違いない。

 

「離れろ!奴が来る!」

 

 ルカティエルと走り、距離を取る。刹那、フロアの一画……私たちが立っていた断崖が真上に吹き飛び溶岩と共に鉄の古王が姿を現した。咆哮と共にまるで力を鼓舞するようにマッスルポーズを決める古王はどこかシュールだ。アピールしているのかあれは。

 

「だがこれで近づける!」

 

 ルカティエルがそう言い、ポーズを決める鉄の古王へと駆ける。今の古王の上半身は床に接している。剣でもギリギリ斬りつけられそうだ。

 だが流石にそれをわかっていたのか、鉄の古王が半歩下がる。巨体に似合わず案外みみっちい奴だな。完全に剣の射程外へと逃れ、ルカティエルが足を止めたのを見てどこかほくそ笑んだ気がした。小さいなこいつ。

 

 反撃とばかりに鉄の古王は片腕を振り上げる。流石にあの巨拳に叩き潰されたら誰であろうと一撃で死んでしまう。

 ルカティエルがバックステップで距離を取れば、彼女の目の前に拳が降りおりた。同時に拳に溜まっていた溶岩が周囲に撒き散らされる。

 

「熱っぅ!」

 

 盾で防ぐもその熱は防げない。ルカティエルは下がりながら焼け爛れた左腕を力無く垂れさせる。

 

「回復しろ!隙は稼ぐ!」

 

 よくもやってくれたなこいつめ。私の可愛いルカティエルに手を出しやがって。

 咄嗟に黄金松脂をレイピアに塗り未だ打ち付けられたままの拳へと駆ければ刀剣の切っ先を突き刺す。肌はやはり硬いが、黄金松脂の効果もあってしっかりとレイピアの刃が通っている。これは殺せるはずだ。

 動きが遅いせいで古王が反撃するまでに数回レイピアを突き刺せた。痛がっているのか、古王が無闇に拳を振るうもそれをすべて回避する。こいつめ、王であって戦士ではないな。

 

 鉄の古王が両腕を上げて咆哮する。どうやら無理にでも叩き潰すようだ。下がってもあのリーチだ、叩き潰されてしまう。ならば前へと進むのみだ。

 あえて私は両拳の前、つまりは古王の身体と拳の間へと割って入った。背後の床に重厚な拳が打ち落ち、振動が伝わる。それがなんだというのだ。

 

「闇の飛沫」

 

 目の前のムキムキな身体に闇術を振る舞う。放たれる闇の球の数々がその胸筋に当たり、流石の古王も苦しんでいるようだ。穿てはしなかったが、かなりの血が噴き出ている。

 そのまま攻撃を続けたかったが、鉄の古王が苦しみながらも掌をぶつけてこようとしたので下がる。背後を見ればルカティエルも回復したようだ。

 

「随分とタフだな。お前の闇術を喰らってもまだ死なぬとは」

 

 彼女の言う通り、かなりのタフさだ。どうするか悩んでいると、古王が咆哮と共に口から炎を吐き出す。逃げるように私たちは背後の建物の壁に隠れる。焼死は苦しいからしたくはない。

 炎が止み、壁から顔を出してみれば鉄の古王は手のひらをこちらに向けていた。何か来る。

 

「うわ、なんだ!」

 

 何も言わずにルカティエルを抱き寄せ床に転がれば、すぐ真上を熱線が駆け抜けた。こう言う時、勘というものは当てになるものだ。しかしこうも厄介な攻撃ばかりされてはたまらん。

 起き上がり、ルカティエルに指示を飛ばす。

 

「左腕を頼む、私は右腕を潰す」

 

 両腕が朽ちれば流石の古王もタダでは済まないだろう。熱線がまたしても私を狙うが、それをローリングで間一髪躱して右腕へと急ぐ。

 利き腕は右のようで、熱線も先程から右手で放っている。そんなに右が好きなら右手から殺してやるよ。

 

 狂戦士の刀剣を両手に握る。先程山のように手に入れたから問題はない。刀の振り方はあまり知らぬが、打刀で散々侵入した身だ、扱いには困らない。

 踊るようにして突き出た右腕を斬りつければ、面白いくらいに血が噴き出る。出血という状態だ。本来ならばこの武器に出血の機能は無いらしいが、それは扱い次第だろう?何度もこんな鋭利な物で斬っていれば血の一滴も滴ろうよ。

 

 手からドバドバ流れる血に驚いたのか、鉄の古王が右腕を引っ込めた。だがその隙にルカティエルが左腕を切り裂いていく。

 こりゃたまらんと思ったのか、またしても両腕を掲げてこちらをまとめて押し潰そうとする。だがその攻撃は一度見たものだ。不死に二度と同じ攻撃は通用しない。

 

 離れるルカティエルと近付く私。その間に、両拳が打ちつけられる。私は咄嗟にバックステップして跳躍すると握られた両拳を回転しながら刀剣で斬りつける。すると右指が相当痛んでいたのか、人差し指だけ斬り落とせたではないか。

 指が落ちて唖然とする鉄の古王。痛みに叫ぶ前に、私は拳の上で跳躍し、敵の眼前へと迫る。左手を杖に持ち替えて。

 

(ソウル)の結晶槍」

 

 目と鼻の先で放たれた結晶槍が脳天を穿ちかける。最早指の痛みよりも痛烈な頭部のダメージが、鉄の古王をダウンさせた。

 私が床へと着地するや否や、ルカティエルが走る。とどめは譲ろう。君になら許す。

 

「おおおおおお!!!!!!」

 

 叫び、項垂れ床に着く頭部の上を駆けるルカティエル。しっかりと私の動きを学んでいるようだ。

 駆け登りながら剣で首元まで切り裂けば、一気に跳躍した。

 

「ミラの剣技に曇りなし。その全てが、貴様を殺す」

 

 跳躍回転斬り。重く大きな大剣が鉄の古王の頸椎を断ち斬る。一瞬、大きく鉄の古王が震え、そしてルカティエルが床へと着地すると同時に(ソウル)へと霧散していく。ふむ、良い一撃だ。迷いの無く、敵を断ち斬るためだけに特化したものだ。

 

 ルカティエルは床を転がり、そして立ち上がるとその大剣に着いた血を払ってから納刀する。良いよ、決まってるよルカティエル。きっと仮面の下は誇らしげなんだろうなぁ。

 

 

━━Great Soul Embraced━━

 

 

 レイピアを納刀し、未だ余韻が冷め切らぬルカティエルへと拍手を贈る。

 

「良い、凄く良い。まさに戦乙女、戦場に咲く一輪の百合よ」

 

「……その表現はちょっと分からないぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 莫大な(ソウル)を手に入れ、戦いの場の背後にあった建物へと入る。そこは何かの遺跡であるようだ。篝火があるということは、はじまりの篝火であろう。

 それにルカティエルと共に手を翳せば、炎が迸る。溶岩のように暑苦しくなく、不死を癒す死の炎。郷愁の匂い。ようやく溶鉄城も終わったようだ。できればもう来たくはない。

 

 

━━Primal Bonfire Lit━━

 

 

 だがあるのは篝火だけではない。黒渓谷、腐れの戦いの後に見た何かの祭壇もある。形状は殆ど変わらないが、うんともすんとも言わぬ所を見るに条件を満たしていないのだろう。

 まぁ良い。今は一先ずマデューラへと戻り、緑衣の巡礼にこの件を報告しよう。

 

 残る偉大な(ソウル)はただ一つ。輝石街ジェルドラ、そこに潜むジェルドラ公だ。

 

 

 

 

 

 

 一人、マデューラの篝火で手に入れた(ソウル)を眺める。

 ルカティエルは隠れ家で休息しており、今この場にいるのは私だけだ。クロアーナも何やら鍛冶屋に用があるとの事なのでこの場にはいないし、緑衣の巡礼も姿が見えない。

 

 鉄の古王の(ソウル)。あのデーモンと化した古王から手に入れたこのソウルは、まぁ良い。それは打ち滅ぼした者に与えられるのは当然だ。

 だが、もう一つ手に入れた物がある。共同で奴を倒したルカティエルの手には行かなかったものだ。まるで私を選んだかのように、その(ソウル)はひっそりと私に吸収されていた。

 

 それは古き王の(ソウル)

 

 既に名すらも残らぬ、哀れで見栄っ張りな王の(ソウル)だ。

 死んでも尚、その大きな(ソウル)は消える事はなく。きっと土に溶け込んでいたのだろう。そうしてあの地を掘り鉄を産出していた鉄の古王が見つけて……否、見出されてしまった。その(ソウル)の大きさ故に。

 

「燃やされ、殺されても尚縋り付くとは。やはり殺しておいて正解だったな」

 

 その(ソウル)を砕く。最早残滓に等しいその(ソウル)は、私の内に吸収されて無数に連なる単なる(ソウル)の一つと化した。多少なりとも記憶を辿れるかとも思ったが、この残滓にそこまでの力は無い。

 

 できれば、知りたかったのだが。この(ソウル)の持ち主の火を継いだ、どこかの騎士の最期を。けれどそれを知っても、私の心は変わらないだろう。袂を分かち、殺し合ったのだ。奴に対する恨みや憎しみはそのまま。

 

「でも、それって本当に憎しみなのかしらね」

 

 不意に。私の横に白猫が現れる。綺麗な毛並みが篝火を反射させ、さも輝いているかのように見える。

 愛しのシャラゴア。得体の知れぬ……否、本当は知っている。少なくともただの猫ではない。彼女は私に寄り添うとその可愛らしい顔で私を見上げた。

 

「分からない。それを証明するには、もう時が遠すぎる」

 

 私にも、もう分からない。自分がどう思ったのか、分からないのだ。

 

「あら。そうかしら、案外分からないフリをしているだけじゃないの?ウフフ……」

 

「……見透かしたつもりか?」

 

 妖しい笑みを浮かべ、彼女は私を眺める。そんな彼女を、私は抱き抱えて精一杯モフモフしてみせた。

 

「ウフフフフ!ウフ、あふ、ふ、ちょっと。私猫よ」

 

 気が付けば、彼女の顔を舐めている。

 

「姿に意味は無い。君も、人の心を持つ乙女だろう?」

 

「あらあら、私百合好きの女の子に襲われちゃうの?ウフフフ……でも残念、私そういうの趣味じゃないの」

 

 そう言うとシャラゴアは私の手からするりと抜けていく。まるでいつか、私の手から全ての望みが抜けて消えてしまったかのように。

 

「人に素直になれなんて言うのなら、まずは貴女が素直になった方が良いんじゃ無いかしら?ウフフ……じゃあね」

 

 猫はどこまでも気紛れで、どこまでも人を化かす。けれど、核心をつく事だってある。きっと彼女は、悩む私を後押ししようとしているのだろうが。

 私の心はもう決まっている。火など、継ぐはずもないだろうに。王の(ソウル)を狙いたければくれてやる。けれど、そうなったら私の百合が君らを狙うのだ。

 



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虚ろの影の森、ロザベナ

着せ替え人形登場回
そのうちRー18版も書きます

追記
5/11
職場でコロナ疑いが出たため今週の更新はお休みさせていただきます。申し訳ない。
5/14
ダークソウル2の前にステータス書きました


 

 

 残る偉大な(ソウル)は一つ。私とルカティエルはその持ち主であるジェルドラ公を殺すためにまた旅をする。向かうべき場所は輝石街ジェルドラ。かつては魔力の宿る鉱石で栄えたその街は、今やまともなものではないらしい。まぁそれはドラングレイグならばどこへ行っても同じ事だが。

 

 緑衣の巡礼によれば、虚ろの影の森、という場所が中継地点となっているらしい。何やらおかしな異形や亡霊たちが蠢くいやらしい場所となっているとのこと。小ロンド遺跡とどちらが厄介だろうか。

 聞けば、その森は王城ドラングレイグへと繋がる道にもなっているらしい。と言う事はどちらにせよ二回は通る事になると。

 

「しかし案外すぐに集まるものだな」

 

「王の(ソウル)の事か?」

 

 隣を歩くルカティエルが頷く。確かにロードランの時よりもよっぽど進み具合が良い。そもそもあの時は私も弱く、黒騎士の斧槍を手に入れるまでは何度も死んで時間を潰した。同じく試練のために奔走していたはずの奴は死なずに力を蓄えていったらしいが。

 だが、それもそうだろう。あの時代はまだ神の力が残っていた時代。故にその時代に生きたものは須らく強かった。スケルトンにしろドラングレイグの比ではない。その時代の生き証人である私からすれば、今の所対している敵は皆少し弱い気もする。

 

「慢心は良くないな。それは私とルカティエルがずっと行動を共にしているからだ。他世界で足掻く他の不死たちは皆、孤独なものだよ」

 

 そう彼女の高まる自信を抑えれば、ルカティエルは渋るように唸る。まぁ実際彼女も初めて会った時に比べたら強くなっているのは確かだ。そもそも私と会うまで(ソウル)の強化方法も知らなんだ。逆にどうやって今まで生き残ってこれたのだろうか。緑衣の巡礼も教えてやればいいものを。ツンツンしているからなあの子は。

 

 さて、そんな会話も早々に先へと進めば。何やら小規模な遺跡に辿り着く。そしてその外には、まともな不死が一人。

 何やら途方に暮れる中年の男の騎士は、目立つ藍緑色のガラスのような大剣を肩に掛けながら言う。

 

「某に何用か!?」

 

 私達の存在に気がつきやや驚いている騎士は、テンション高めにそう言う。

 

「いや、特に無いぞ」

 

「この先は通れぬぞ!面妖な石像が道を塞いでおるからな!」

 

 人の話を聞け。だが彼が言ったように、扉の開いた遺跡を除けば奥の扉が閉まっている。そしてその扉を開けるためのレバーと言えば、女性の石像が握りしめているようで動く事はないのだろう。なるほど、あの石像のせいで扉が開かぬと。

 

「はた迷惑な……このような場所に放り出すとは!某もほとほと、困り果てているところよ!」

 

 人が聞いてもいないのに語り出す騎士。そんな人の話を聞かずに喋り出す感じが、どうにもあの玉葱の騎士と被る。鎧も異なれば、その得物も違う。何もかもが違うと言うのに。長く生きれば、デジャブも起きるというものか。

 と、私の隣にいたルカティエルが騎士の前に出る。何やら思う事があるようだ。

 

「貴公、ウーゴの騎士と見受ける」

 

 そう尋ねれば、騎士はほうっ、と感心したような顔をしてルカティエルを見た。

 

「いかにも。そういう貴公はミラの騎士か……このような辺境の地で名高い騎士団の猛者に会うとはな!」

 

 国のことに無知であるわけではないが、今を生きる彼女達ほどではない。故にこういった話には入り辛い。だって長い時を生きた私からすれば、国の興亡など一瞬の事。ロードラン時代ならばそれなりに地理に詳しかったんだがな……

 何やら騎士同士話が合うようで、お互いの獲物や武勲について盛り上がっている。まぁルカティエルもそういった話が好きなんだろう。私相手ではそんな話もできぬのだから、良いガス抜きだ。この隙にあの石像を調べよう。

 

 遺跡に入ればそこは円形の部屋である。周囲には小部屋があり、木造の安っぽいで仕切られているのだが、どうにもその中には亡者が閉じ込められているらしい。何だか嫌な予感がする。

 それはともかくとして、石像を調べる。必死にレバーを引こうとしている石像……これがもし誰かの彫刻だとしたらその造形力に反比例するセンスに難を示したが、どうにもこの石像はただの像ではないらしい。

 

 これ、人が石像にされたものだ。呪いを向けられ、逃げようとしたが叶わなかった。そんな所だろう。

 ならばやる事は一つだ。私はポーチから懐かしい香木を取り出す。前に忘却の牢で解呪した時と同じように、その匂いを触れさせる。

 

 するとどうだろうか。見る見るうちに石化は解け、肌に血の通った女性が再誕したではないか!

 レバーを引こうとしていた女性はその体勢のまま、後ろへとすっ転ぶと痛っ、と可愛らしい声をあげる。成人した褐色肌の女性だった。見た目のワイルドさ(服がボロボロになっているだけかもしれない)に反して、その仕草が可愛いじゃないか。額に何か紋章を入れているところを見るに、何かの呪術を扱っていたのかも知れぬ。

 

「けほっ、けほっ」

 

 座って咳き込む彼女に駆け寄り、解放するように道中拾った女神の祝福を与える。どうせ飲まないのならこう言った時に使ってしまえ。

 割と豊満な身体で私を魅惑する女性は、見た目よりも若いらしい、少し幼い声で感謝を述べてくる。

 

「あ、ありがとうございます……ごほっ、ごほっ、ずっと、石になっていたせいで……うまく喋れなくて……」

 

「落ち着いて。ほら、ゆっくりでいいからね」

 

 服が破れてやや剥き出しの背中を優しく摩る。彼女も呼吸が整うし私も柔肌を触れるし誰も損しない。嗚呼、ルカティエルの筋肉質な身体も良いものだが、こういう女性らしい身体というのも良い。実に良い。下品だが、身体だけで見て仕舞えばあの砂の魔術師にも劣らない。ドキドキしてきた。

 

「も、もう大丈夫みたいで……げふ!」

 

 本当、可愛いなこの子。緑衣の巡礼が彼女みたいに年頃の少女のような性格だったら絶対惚れ込んでいただろう。いやあの冷たい感じも好きなのだが。

 呼吸と喉も落ち着いた頃、ようやく彼女が名乗る。

 

「もう、大丈夫です。あの、私はロザベナと言います。助けていただいてありがとうございます……ふー」

 

 大きく呼吸をするロザベナ。呼吸をするたびに上下する胸に釘付けになりそうだが、グッと堪えて爽やかな笑みを向ける。

 

「あの、旅の方ですよね?」 

 

「うむ、リリィだ。君の言う通り旅をしている」

 

 かっこよく、かっこよく。絶対この子も百合に堕としてやる。いかんいかん、そう思えば思う程に私は積極的になりすぎる。

 

「助けていただいて、何かお礼がしたいんです!ぜひ!」

 

「なに!?それは本当か!?」

 

 しまった、食い気味に聞いてしまった。だがお礼か〜そうだなぁ、お礼ならば、仕方あるまいなぁ。涎が垂れそうになって彼女の身体をずらりと視線で舐め回す。だが案外彼女は初心なようで、私の視線に首を傾げていた。ドラングレイグは生娘ばかりで楽しいなぁ!ありがとうヴァンクラッド王!

 

「その、私、呪術なら得意なので!」

 

「そっちかぁ〜!」

 

 一人がっくりと項垂れる。おい少しは自重しなさい。

 

「あの、呪術はお嫌いでしょうか……」

 

「あ、いや。違うんだ。私も呪術師の端くれだからね」

 

 考えを切り替える。呪術は良い。あの憎き薪の王に破れたせいで呪術の火まで持って行かれてしまったからな。今は隠れ港で見つけたしょぼい火だけだ。それならば魔術の方がよっぽど使い勝手が良いから、この地に来てからは魔術と闇術しか使っていなかった。

 呪術の師とは、魔女の火とは師を女性にしてこそのものだ。もし彼女が呪術の火を成長する術を持つのであれば、丁度良いかもしれない。道化のトーマスでこの地における呪術の有用性は実証されているし。

 

「是非、君から呪術を学びたいな」

 

 精一杯イケメンを演じる。イメージするのはあの憎き薪の王。私も最初こそ惚れ掛けたからな。あいつみたいに振る舞うのが良いんだろう。なんだか腹が立ってきた。

 するとどうにも効果があったのか、ロザベナは惚けたように私を見つめる。これはもしかすると、もしかするかもしれないぞ。彼女からすれば、私は呪いを解いた王子様。百合塗れだが、それを知らぬ彼女からすれば印象は良い。頼むルカティエル、もう少しそこで話に興じていてくれ……!

 

「あ、す、すみません。それで御礼になるなら……あっ!」

 

 と、突然彼女が自分の見窄らしい服装を見て両手で身体を隠すように抱いた。確かに見てくれは悪いかもしれないが、露出は良いから私はそのままで良いと思うぞ。

 

「この格好、恥ずかしい……」

 

 恥ずかしがる君も可愛いよ。そのまま抱いてあげようか。……どうしたんだ私は。

 だが確かに、こんな乙女にはもう少しまともな服を着てほしくもある。きっと着飾ったら可愛いんだろうなぁ。健康的な褐色の肌を露出させてさァ……

 

「あの……助けていただいた上にこんな事を言うのは……図々しいと思うのですが……」

 

「言ってみなさい?なんでも叶えてあげよう」

 

 乙女にとことんデレデレな私。

 

「その、何でも良いんです。何か服を……譲っていただけませんか?」

 

 即座に私はインベントリーから集めていた装備や服を取り出す。そして私による彼女のプロデュースが始まるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかし良い剣だ。一見すると薄く、脆くも見えるが実用に耐えるように造られているし、手入れもしっかりとされている」

 

「ほう!貴公にも蒼月の大剣の価値が分かるか!如何にもこの剣は一族伝来、魔を祓う月光の力が宿ったもの。しかし貴公の剣も良い、純粋に己が技量を試せる実技の剣よ」

 

 騎士達の話は想像以上に盛り上がっていた。月光を宿した剣を持つと言う騎士、ウーゴのバンホルトは剣を褒められ高笑いし、またミラの伝統ある剣を称賛されたルカティエルもまた機嫌が良い。

 だが私はあの蒼月の大剣を見た瞬間、その本質を理解していた。だからこそ珍しく綺麗な剣に何も反応しなかった。まぁそれは良い。問題はここからだ。

 

「あれ、リリィ?」

 

 不意に、ルカティエルの隣に私が居ない事に気がつく。キョロキョロと見渡せば、探していた百合の戦乙女は遺跡の中にいた。

 どこからともなく現れた褐色肌の乙女に、異常な興味を示し服を提供し忙しなく動く百合の乙女が。

 

 それを見た瞬間、ルカティエルの仮面の下の血相が変わる。

 

「おおぉい何してるこのド変態がッ!」

 

 ルカティエルの咆哮が響き、バンホルトが大層驚く。だが次の瞬間にはルカティエルは乙女達に駆け寄っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「これも可愛いよ〜!どうかなどうかな!?」

 

 ロザベナに色々な服を着せる。それこそ亡者が着ていたボロ布みたいなものも着せれば、彼女はやや困惑していたが、次第に服を着る事の楽しみを覚えたのかノリノリでポーズを取っていた。

 今彼女が着ているのはトーマスも着ていた奇術師の服装。あのピエロ装備だ。頭部装備を着けなければ案外派手で可愛い。ピッタリした素材だからボディラインも際立つ。上から触りたい。ただ彼女の良さである褐色の肌が出ないのはマイナスだなぁ。

 

 となればやはりこれだろうか。私の手にあるのは砂魔女装備一式。禁断の果実たり得るこの装備は、とにかくエロい。直球すぎるが仕方ないじゃないか、エロいんだもの。あまりにも好み過ぎて砂魔女を狩りすぎていなくなってしまったくらいだ。おかげでいっぱい手に入った。

 

 

「おおぉい何してるこのド変態がッ!」

 

 

 不意に聞き馴染んだ叫び声が響く。二人して驚いてそちらを見れば、ルカティエルがきっと鬼の形相でこちらへとダッシュしてきていた。めちゃくちゃ怖い。

 

「ル、ルカティエル!」

 

「貴様目の前で堂々と浮気かッ!他の女に手を出すなら一言言えとあれだけ言っただろうッ!」

 

「ご、誤解だ!彼女は石化してて、色々アレがアレで……」

 

 その後、激怒するルカティエルに何とか二人で事情を説明すると、彼女の溜飲は少しだけ治まった。やはり嫉妬に駆られたミラの騎士は怖い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局ロザベナはピエロの格好でマデューラへと帰っていった。その際、緑衣の巡礼が二度見していたと言う事は知る由も無い。

 呪術の火を鍛えてもらい、プンスコ怒るルカティエルと目的地が同じであるバンホルトの三人で虚ろの影の森を攻略する。まずはロザベナが押さえていたレバーを引こう。

 

「そんなに怒らないでくれよ」

 

「怒ってない」

 

 怒ってるじゃないか……だがそれだけ彼女は私を愛してくれているのだ。騎士として隣にいる時こそ強情だが、一人の乙女として私と閨を共にする時は何ともまぁ私にメロメロな可愛らしい子猫と化す。そのギャップが堪らないから彼女はやめられない。

 バンホルトは新しい世界を見たとばかりに、ほ〜、と背後で呆けている。ていうか何なんだコイツは。

 

 レバーを引けば、何やら仕掛けが動いた音が響いた。だが扉は動かぬまま。

 

「ああ、やっぱりそういう仕組みか」

 

 代わりに、小部屋にいた亡者達が勢い良く飛び出てくる。やっぱり罠か。ロザベナを帰しておいて良かった。

 

「むっ!罠とは卑怯な!」

 

 蒼月の大剣を担ぎ迫る亡者に対するバンホルト。ルカティエルも同じく剣を構える。これだけ敵の数が多いのだ、アレが使えるかもしれん。

 私は左手に懐かしい火を宿し、警告する。

 

「二人とも、動くなよ!」

 

 そして燃え盛る左手を地面に突き立てた。

 

「混沌の嵐」

 

 刹那、私と他の二人を避けて禍々しい溶岩の火柱が室内に迸る。それは亡者達だけを効率良く焼き、溶かしていく。かつての混沌、その娘から教わりし秘技。どう言うわけかトーマスは使っていたが。

 たったそれだけで複数いた亡者は消え去る。あまりにもオーバーパワー。けれど呪術とは、そういうものだ。特に混沌の呪術とは。

 

「貴公、呪術師か!」

 

 驚くように目を見開くバンホルト。

 

「……戦いになると本当に頼もしいな、お前は」

 

 やや呆れるルカティエル。でしょう?私はやる時はやる乙女だ。そして百合を育むためにも全力を尽くす。たまにやらかす。

 

 亡者達を屠り、ようやく扉が開く。あれが鍵にもなっていたようだ。

 だが開いた扉から悍ましい何かが飛び出してくる。それはトカゲのようで、蛙のような何か。瞳にも似た器官が私達を凝視するような錯覚に陥る。

 バジリスク。ロードランにおいて、数々の亡者を石に変えてきた死の化け物が、そこにいた。

 

「ふんっ!」

 

 見た瞬間、メイスをバジリスクの頭にかち込んでしまった。反射的に、しかしそれは正しい。奴らは見つけ次第殺さねばならぬ。マジで。

 頭を潰され息絶えるバジリスクに、二人は驚く。

 

「なんだコイツは……」

 

「面妖な生き物よ……しかし些か殺意が高過ぎるぞ、白百合の戦士よ」 

 

 返り血を浴びて真っ赤になる私の背後で二人が言う。仕方あるまい、かの地で生き延びた不死であるならば誰しもがこうするものだ。

 



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虚ろの影の森、首と蠍

お待たせしました。ようやく仕事が一段落したので再開します。


 

 

 流石は武者修行のためにこんな僻地へとやってきたと言うべきか。贋作の大剣を肩に担ぐウーゴの騎士、バンホルトは想像していたよりも頼もしい。

 

 虚ろの影の森。ドラングレイグへと至る道への分岐点を逆方向へと進んだ先にあるその森は、悪意に満ちていた。昼間でも視界が利かぬ程に立ち込める濃霧。そして姿が見え辛い敵の亡者。幸い足音や気配は筒抜けであるからさほど苦戦はしないが、いかんせん集団で来られるせいで対応に困る。一人では危なかったかもしれない。

 

「不意打ちとは卑怯な連中よ」

 

「闘いとはそんなものだ」

 

 どうやら正統派の戦士のようで、曲ったことが嫌いらしい。気持ちは分からんでもないが、かつて闇霊として戦っていた身としては不意打ちや数の暴力こそ戦闘の決め手となり得る。きっとこの先、ずっと未来。戦いとはそう言ったことが当たり前になるはずだ。堂々と正面切って突っ込んでくるなどと愚の骨頂となる時代が。今ではないが。

 

 そんなこんなで、森を進んでいたのだが。不死人として長く生きた宿命かな、すぐに先へと進まずに森の中を探索していたのが災いした。気がつけば後ろにいたはずのルカティエルとバンホルトがいない。参ったな、少し探索に熱中しすぎたか。一人旅が長すぎたせいで他人との旅に向いていないんだろうな、私は。

 

「ルカティエルー!」

 

 叫んで呼べどもあの強く可憐な声は返ってこない。鬱蒼と茂る人面木や敵の屍が散見されるのみだ。仕方ない、もしかすれば彼女らの方が先に森を抜けている可能性もある。と、するならば一度この霧の森を抜けてしまった方がいいかもしれん。それにあの二人ならば大抵の敵が相手なら切り抜けられるはずだ。

 そう、楽観的に物事を考える。マイナスに考えるのは愚かだ。生き残るのであればプラスに考えなくてはならん。

 

 霧のせいで方角が分からなくなるが、この森はそこまで広くはないようで少し歩けば崖が迫り上がっているから判別はしやすい。

 そうして進んでいると。小さな広場に出る。そこは何かの遺跡の跡のようだった。だが周囲には何もなく、道すらもない。どうやら行き止まりのようだ。

 

 ふと、視線を感じた。敵ではない。殺意は無かった。けれどどこか物珍しいというような、何か不思議な感覚だった。

 視線の方を見てみれば、崩れた遺跡にちょこんと、誰かの首だけが乗っている。そう、首だけだ。その首が、こちらを見ていたのだ。

 

「……死体、ではないな。何者だ」

 

 首だけで生きる者など聞いたことがないが、それでも確かに意識はあるようで、その瞳は私から視線を逸らせば空を見上げる。

 

「……去れ。私はただ静寂が欲しいだけだ。故に去れ」

 

「そっちから視線を送っておいてか」

 

 相変わらず敵意は無かったが、そもそも首だけではどうしようもないだろう。最初は死霊系の化け物かとも思ったが、どうやら本当に首だけで動けもしないらしい。ただ視線を逸らすだけだ。

 

「旅の者か。こんな場所に何の用だ」

 

「ふむ、首を斬られ呼吸もできぬはずなのに話せるとはな。別に。ただこの霧のせいで迷い、辿り着いただけだ」

 

 それよりも、と。私ははぐれた二人についてこの男の首に尋ねる。血に染まったような赤いターバンを巻いた男だ。その頭部のサイズからして、元の身体は巨体であったに違いない。

 周囲に敵がいない事を確認し、レイピアを鞘に納めて近場の岩に腰掛ける。一先ず落ち着ける場所が欲しい。

 

「仮面を被った女の騎士と、青い大剣を担いだ男を見なかっただろうか?」

 

「知らぬ。去れ」

 

「そう言われると去りたくなくなるのが人であろう?」

 

 悪戯に笑みを浮かべ、男の首と対面する。その首はしばらく呆れたように唸ったが、次第に警戒を解いてきたのか表情が少しは柔らかくなったようだ。

 

「我が名はヴァンガル。この有様ではその名に意味など最早ありはせんが」

 

「リリィだ。名の響きからして、フォローザの生まれか」

 

 然り、とヴァンガルの首は答える。フォローザの国は戦乱の絶えぬ国として有名であった。最も、それが祟り今では亡国として知られているのだが。上も下も戦いに塗れ血に塗れ。けれど当人達はそれが当たり前だからタチが悪い。国を失ったフォローザの民は皆、戦から離れられず傭兵になったかゴロツキになったかのどちらからしい。

 

 それからしばらくヴァンガルと会話する。どうやら一人寂しくここに打ち捨てられてから長いらしく、人との会話が案外恋しかったらしい。見た目に反して可愛らしいものだ。惚れはしないが。

 戦いから離れ、ようやく見えてくることもある。私もそうだった。特にあの憎き薪の王に破れてからの数百年、時折不死狩りとカチあったこともあったがそれ以外は平和な旅だった。

 

「日々我は学び続けておる。戦いの中では知り得なかった多くの事をな。だが其方のおかげで久しぶりに人と語り合う喜びを味わった」

 

 どうやら喜んでもらえたようだ。肝心なルカティエルとバンホルトは見つからないままだが。

 どうやら彼は(ソウル)の中に色々と持ち得ているらしく、それを売ってくれるらしい。中には武具や黄金松脂なんかもあり、かなり有用である。ふむ、良い商人となったな、彼は。

 

 

 

 動けぬヴァンガルと離れ、いよいよ森を抜ける。抜けた先は、先程よりも状態の良い遺跡群だった。ただ状態が良いと言ってもかなり古く、朽ちかけている。ロードランよりは新しそうだが。

 篝火を見つけ、点火する。ルカティエル達はまだ見つからない。もしかすれば、世界が分たれてしまったのだろうか。かつてのロードランのように。あの、王となった男のように、私の世界と離れたのだろうか。

 

 敵は相変わらずいる。霧が晴れたというのに霊体のように半透明な亡者や、獅子と人がごちゃ混ぜになったような亜人共。私を見るや否や攻撃してくる辺り、躾がなっていないな。

 

「それにしても、呪いか」

 

 足元に転がる獅子亜人の亡骸を見遣る。此奴らの武器には呪いが込められているようだ。おまけにあちらこちらにある気味の悪い笑い声をあげる壺からも、呪いが放出されている。

 だが獅子亜人と壺では呪いの種類が異なるようだ。壺の呪いはあくまでも亡者化が進行するような、ありきたりな呪いであり。一方獅子亜人の呪いは、懐かしくも忌まわしい石化の類だ。もしかすれば、あの白竜の遺産か何かが絡んでいるのかもしれない。

 

 そう思える要素が、そもそもこの亜人にある。こいつらの装備を手に入れたのだが、その(ソウル)を調べるに亜人共は急に現れたらしい。そもそも獅子と人が交わるなどあり得るはずもない。ならば人為的な生命なのだろう。あの白竜がしたように、誰かがその研究を盗んだのだろうか。

 

 周辺を更に探索する。所々に石化した獅子がいる辺り、バジリスクも警戒した方が良いだろう。

 話は変わるが上着を変えた。先程獅子族共から奪った獅子の魔術師の上衣である。中々にワイルドな黒衣であり、多少露出もしているが今の私にピッタリだと思わないだろうか。いつまでも異邦の服を着ているわけにもいかないだろう。

 大事にしていた薄汚れたフードは、最早機能を成さない程にボロボロになってしまったからリボンに仕立ててそれで髪を結った。結えるほど髪が長くないから片側だけ結んだ。サイドテールと言うべきか。

 

「うむ、案外可愛いじゃないか」

 

 水溜りで自分の可愛らしさを再確認する。可愛い少女が強いとギャップがあって良いものだ。

 

 さて、ヴァンガルの身体についても話しておこう。饒舌になったヴァンガルと話していた際、彼の身体について聞く事があった。曰く、彼の身体は今や傀儡となり、戦いに明け暮れているとの事。そして見つけたならば安易に手を出さぬ方が良いとの事だ。如何に首が切り離されようとも、身体とは魂で繋がっている。故に分かるのだろう。

 

「それにしても……すぐ近くにその身体があるとはな」

 

 背後の断崖を見下ろす。その先には先程ヴァンガルが居た遺跡があり。正面には、獅子族と戦いに明け暮れる首から下がいるのだ。流石に近すぎるだろう。

 ともあれ、あの巨体は邪魔だ。両手に持つ大鉈は一撃で人程度ならば両断してしまう程に凶悪。けれど頭が無いせいでまともな思考ができないのだろう。なぜか敵対する獅子族と戦う身体は捨て身のスタイル。

 

 まぁ良い。巨大な敵ならば何度も戦ってきた。今回も同じ事だ。

 こちらに気がつく前にヴァンガルの身体の背後から強襲する。膝裏を蹴り、跪かせてからその背中をレイピアで貫く。心臓を穿ち、捻れば血が噴き出る。だがそれだけでは死なぬようだ。案外タフだな。首を斬り落とされても活動しているから当たり前だが。

 

 レイピアを引き抜き、一度後退してから左手に杖を持つ。獅子族が邪魔だ。

 連続して(ソウル)の槍を放ち、ヴァンガルと私へと迫る獅子族を蹴散らす。するとダメージから復活したヴァンガルの身体がこちらへ向き直った。視覚も無いのに位置が分かるようだ。

 

「デカい図体だな。何を食ったらそんなになるんだ」

 

 軽口を叩きながら相手の動きを読む。大きく振るわれる大鉈を、レイピアで弾いた。簡単すぎる。考える頭が無ければこんなものだ。

 すかさずレイピアをショートソードに切り替え、胸に突き刺せば身体を上へと引き裂いた。溢れる血が私を潤し、強大な(ソウル)を持つ身体は霧散する。これできっと、ヴァンガルも戦いから解放されるだろう。良い事だ。

 

 ヴァンガルの身体を斃し、先へと進む。直感だが、きっとこっちは寄り道だ。

 だが寄り道こそ人生を豊かにする。人と逸れておいて言う事ではないが。けれど出会いはあった。

 

「嗚呼、やはりあの白竜が一枚噛んでいるようだ」

 

 遺跡にただ一人、それはいた。蠍の下半身、人の上半身。その男は、亜人と言うには無理があった。まるで人と蠍を無理矢理くっつけたような、そんな身体。

 けれど警戒する私とは裏腹に、その男からは明確な敵意を感じない。もしや、見た目だけで温厚だったりするのだろうか。

 

「貴公、人の言葉は話せるか?」

 

「……?」

 

「うむ、うむ、分かった。やはり人とは異なる言語体系なのだろうか」

 

 会話ができないのであれば仕方あるまい。で、あればあれが役立つかもしれない。(ソウル)から一つの指輪を取り出す。前にシャラゴアから購入したささやきの指輪だ。

 有名な探索者ロイが身につけていたものらしいこの指輪は、周囲の敵の心の囁きが聞こえるようになるものだ。もし敵が潜んでいればこれで正体を暴けるというものなのだが、正直気配でそんなものいくらでも分かるから使い道がなかった。

 

 だが、心の声が分かるというのであれば此奴相手に使えるかもしれない。

 

 指輪を嵌めて、改めて話しかける。

 

「どうだろう、私の言葉が分かるだろうか?」

 

 そう尋ねると、男の兜の下の瞳が驚愕に変わる。どうやら理解できているようだ。

 

「……人間か。このような場所に何の用だ?立ち去るが良い」

 

 知性を感じる話し方だった。そしてこちらを案じられる温厚さもある。

 

「人を探している。貴公、仮面を被った女の騎士と青い大剣を持った男を見なかったか?」

 

 尋ねれば、彼はああ、と頷いてみせた。

 

「遠目で見た。きっともうこの遺跡には居ないだろう」

 

「そうか……貴重な情報助かる」

 

 いや、と蠍の男は礼を受け取る。紳士的じゃないか。金にがめつい梯子屋にも見習ってほしいが。

 

「それにしても貴公……蠍と人の身体とは、変わっているな」

 

「お前こそ。俺が恐ろしく無いのか?」

 

「別に。人の見た目の狂人共も散々見てきた。見た目など、関係が無い。猫だろうが鷹だろうが、私は偏見を持たぬ」

 

 そう言い切れば、静かに男は笑う。バンホルトのようにやかましくもなければヴァンガルのように世捨て人でも無い。

 

「我が名はターク。我の姿を見た人間はことごとく逃げ出すか、襲いかかってくるかだった。変わった奴だ……フフフ」

 

「よく言われる」

 

 少し、会話をする。ルカティエル達と合流する事も大切だが、それと同じくらいこのタークの正体も気になっている。もしあの白竜の遺志が未だに蠢いているならば、断ち切らねばなるまい。もう二度と、少女達が哀れな最期を迎えぬように。

 聞けば、彼ら亜人には主がいるようだ。曰く、その主には生まれつき欠けたものがあったらしく、己に足りぬものを求め、他人を羨み憤り、そして常に憎しみに身を焼かれていたのだと。その炎はいつしか主を狂気へと誘い、その果てに産まれたのが彼ら亜人。

 

 我が表情に暗い怒りが迸る。その話が本当であれば、間違いない。遺志どころか本人が、いや本竜が未だいるようだ。

 

「殺したと思っていたが……腐っても竜か」

 

「……貴公、我が主を知っているようだな。相当恨んでいるようだが」

 

「古い知り合いだ。今奴はどこにいる」

 

 だがタークは首を横に振る。

 

「分からぬ。主は孤独であり、孤独故に狂った。哀れなものだな、終ぞ主は理解できなかったのだ。己に真に必要なものが何かを」

 

 思わず感心してしまった。まさか創造主が哀れであるなどと、この被造物が言うとは。それ以上に、創造主に足りぬものを理解できているとは。

 皮肉だな。いや成果か。良かったじゃ無いか白竜よ、お前の子らは立派に考え、そして自立してみせたぞ。

 

「……お前、ここまで来れたという事は腕に自信があるようだ」

 

「少なくともこの地で私を殺せる者は少ないだろう」

 

 それは事実である。腐ってもロードランで闇の王になりかけた女だ。故に実力はある。

 

「頼みがある。お前、我の連れ合いを殺してはもらえぬか」

 

「連れ合い?なんだ、貴公妻帯者か。隅に置けぬな〜このこの」

 

 蠍の下半身を指で突く。彼は少し恥ずかしがったのか、やめんかと小声で呟いて私の手を優しく払った。なるほど、こういう紳士的な所がモテる秘訣か。連れ合い以外に異性がいるのか分からぬが。

 

「……とにかく。あれは我と常に共にあった。だがいつからかおかしくなり始めたのだ。無闇と凶暴になり、暴れ回るようになったのだ。……そして、我にすら襲い掛かってきた。以来、我はあれと戦い続けている。幾度も幾度も……」

 

 どうやらどこでも怒れる妻はおっかないらしい。

 

「……貴公の連れ合いとやら、もしや人を喰らうのが好きではなかったか?」

 

 考察しながら尋ねれば、タークは頷いた。やはりか。

 

「襲い掛かる人間は、あれが貪っていた。元より食事など不要であったが、曰く食こそ文化なのだと。……思えば、狂い始めたのも人を喰らい始めてからであったか」

 

「分かった。もしも対峙するようであれば、しっかりと殺す」

 

 約束をする。しかし……いくら人であった亜人といえども、人を、人間性を喰らい続ければ流石に狂うか。深淵を感じた私ならばともかく、彼らは想像以上に無垢である。自らが扱う呪いが何なのか分からぬくらいには。

 

 



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虚の影の森、蠍のナジカ

 

 

 気分が良い。気分が良すぎて鼻歌混じりにスキップしながら石化した獅子族の亜人を斬り刻む程だ。

 亜人が落とした牙の鍵を拾い上げ、意気揚々に掌の上で回す。くるくると回る鍵を(ソウル)へと収納すると、懐かしい獲物を肩に担いで篝火の温もりに触れた。

 

 気分上々の理由は、たまたま見つけた宝箱から手に入れた武器のお陰だ。その名も黒騎士の斧槍。そう、かつてロードランでの戦いにおいて私が振るい数多の強敵を討ち滅ぼした名高い武器だ。

 正確にはそれを模した物かも知れぬ。今手に入れた斧槍にはあの頃には無かった筈の炎の力が宿っているのだ。グウィン王を追った黒騎士が火の炉の炎で焼かれた事に起因する伝承が、武器に宿ったのだろう。

 

 ルカティエルやバンホルトと合流しなくてはならないのに何楽しんでいるんだと我ながら思うも、仕方ないだろう。だって黒騎士の斧槍だぞ。

 

「後でレニガッツに強化してもらわなくてはならんな」

 

 やや興奮気味にそう呟けば、斧槍を(ソウル)へと収納する。満足はまだしていないが、一先ず先へと進まねばなるまい。早くルカティエルとこの喜びを共有したいものだ。

 

 

 

 

 落とし穴に落ちても機嫌が良い。例え落ちた先に酸溜まりがあり、罠のようにバジリスクが待ち構えていても許してしまえる程には機嫌が良い。

 とりあえずバジリスク共は瞬殺し、何やら開かずの扉があったので先程手に入れた牙の鍵を使って解錠する。どうやらここの鍵で合っていたようだ、運が良い。実に運が良い。

 

「あら」

 

「おわっ!?」

 

 不意に、落とし穴の洞窟の扉を開けば何処かで見たような鴉人がいた。かつてエレーミアス絵画世界で散々私を追っかけ回してくれたベルカの鴉人と瓜二つ。けれど驚く私と正反対に、その鴉人は可愛らしい黒い瞳を輝かせて言葉を紡ぐ。

 

「開けてくださったんですね。助けていただきありがとうございました。こんな罠に掛かるとは……恥ずかしいばかりです」

 

 現在、ささやきの指輪は外している。という事は彼女はあの白竜に生み出された存在では無いのだろうか。まぁエレーミアスに居たくらいだし、そもそもがベルカ信仰者の成れの果てであると書物で見たくらいだし、それもそうか。

 コホン、と咳払いし、私は対話に応じる。見た目こそアレだが、声色からして女性のようだ。女性には紳士的に。それでこそ百合である。

 

「リリィだ。旅をしている……君は、ベルカの鴉人か?」

 

「おや。私の遠い祖先の事を御存知で?私の名はオルニフェクスと申します。以後、お見知り置きを」

 

 ぺこりと長身の身体で一礼する。ふむ、鴉の上半身はともかくとして、肌剥き出しの下半身は中々にスタイルが良い。生殖器等は見当たらないから露出させているのか、そもそもそういった恥ずかしさとかは人と違って持ち合わせていないのだろうか。

 彼女の綺麗な下半身を眺めつつ、私も一礼する。礼には礼を、だ。

 

「何か御礼をせねばとは思うのですが、生憎今は何も持ち合わせておらず……」

 

「気にするなご婦人。偶然通っただけさ」

 

「それでは私の気が済みません。この先の輝石街に私の住処がございます。そこまでお越しいただければ御役に立つ事もあるかと思いますので」

 

「出会ったばかりの乙女を家に誘うとは……貴公、中々攻めてくるな」

 

「はぁ……」

 

 何を言っているのか分からないという顔は止め給え。言っていて恥ずかしいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 落とし穴の洞窟から出ようとした折、不自然な遺跡とこれまた不自然な老人を見つけた。木製の椅子にゆったりと座り瞳を閉じる老人は、側から見れば死んでいるようにも見えたがどうやら違うようだ。

 それに、この老人から闇を感じる。破門のフェルキンとかいう闇術師よりももっと深い。まぁこんな場所に居る時点で怪しさ満点だが。

 

「おい、貴公」

 

 話し掛ける。けれど老人は何も答えない。もしや寝ているのだろうか。不死ではあるようだから眠りにつけるはずもないが。

 

「おーいお爺さん、生きてますか〜!」

 

 ユッサユッサと彼の身体を揺らせば、ビクッと驚いたように身体を震わせた。どうやら自らの内にトリップしていたようだ。これは邪魔してしまっただろうか。

 老人は私を一瞥すると、大きく深呼吸する。まぁここまでバジリスクは来れないように酸が溜まっていたし、外敵が居ないから安心しきっていたのだろう。

 

「おお、不死がおる。こんなところにな。これまた、よく出来た不死だ」

 

「ボケてるのか」

 

 そう言えば、老人はホッホッホと笑う。

 

「些か闇が薄れているが……なるほど。良い闇だ。懐かしく、温かい。だが薄れてきている」

 

「おいジジィ」

 

 いくら機嫌が良くても、琴線に触れる事もある。特に私は、心を覗かれるという行為が大嫌いだ。

 レイピアの鋒を老人の眼先に突きつけると、冷酷な声色で言った。

 

「貴様程度の闇が知った風な口を聴くなよ。本来ならば貴様が謁見して良い存在では無いのだ、この私は」

 

 そう拒絶すると、しかし老人の燻んだ瞳に闇が迸る。まるで今でも若いように。けれど闇とは、熟成してこそだ。此奴のように歳を取った不死というものは、闇が深いのかもしれん。

 

「……すまないな、不死よ。しかしお前さんが更なる闇を求めるならば、また会う事もあるだろう」

 

 スッと、彼の瞳から深い闇が消え見た目相応の老人らしさが戻る。剣呑なジジィだ。だがまぁ、嫌いではない。闇を理解しているのだろう。闇とは、ダダ漏れにする物では無いのだから。

 

 

 

 

 

「ヒヒ……待ってろよクソ野郎……絶対にとっ捕まえて生皮剥いでやる……」

 

 一人、虚の影の森にある遺跡の塔でクレイトンは呟く。虚ろな瞳でそう呟く彼は、どこからどう見ても異常者である。

 

「随分と物騒な事を呟いているな」

 

 すぐ横でそう語りかければ、クレイトンは声をあげて驚く。いくら復讐に夢中になっていたとしてもここまで接近を許すとは。

 

「お、おい!驚かすなよ!奴が来たと思って驚いちまったぜ!」

 

 せせら嗤う。確かに此奴もまともでは無いようだが、それにしては抜けているところもある。それとも殺意には強く反応するのだろうか。ここまで一人で来れたということは腕は立つという事に他ならないのだから。傷も負ってはいないようだ。

 警戒は解かずに何をしているのか尋ねる。すると彼は、

 

「この先の輝石街って所に奴がいるらしい。恥をかかされたままじゃいられねぇ、アイツには痛い目にあってもらうのさ……」

 

 復讐は甘いものだ。その復讐劇に巻き込まれたくは無いものだが。何だかこの先、嫌な予感もする。

 

 

 

 

 

 

 さて、どうやらこの虚の影の森も終わりが近いようだ。

 遺跡群を抜けた先の坂、それを登り終えれば大きな洞窟があり強敵を知らせる濃霧が立ち込めている。感じる(ソウル)は、蠍のタークに近い。つまりは彼の連れ合いだろうか。

 

 濃霧を潜る。洞窟の中は明るく広い。空洞部分が広いし、おまけに天井は穴が空いていて太陽の光が差している。地面は砂地であり、なんとも神秘的にも感じる。

 その中央に、誰かが居た。どうやら女性のようだ。その女性は上半身だけを砂の上に出し、青白い肌を惜しげもなく露出させている。手には何やら無骨な槍……なるほど、かなりワイルドでキツめな性格をしていそうだ。タークを尻に敷いていたに違いない。

 

 と、そんな連れ合いの女性が槍を振るう。するとそこから(ソウル)の槍が迸った。それを転がって回避すれば、彼女へと駆ける。敵意があるのであれば殺すしかない。もう、狂っているのだから。それにタークとの約束だ。

 

 近寄ると中々に美人である。目は真っ赤で殺意に満ちているが。ささやきの指輪を嵌めていても、言葉は何も聞こえてこない。

 二発目の(ソウル)の槍を回避すれば、レイピアを突き刺そうとする。けれど女性は急ぎ砂の中へと潜るとまんまと避けてみせた。

 

「これは良くないな」

 

 地面が揺れる。きっと蠍の身体でもって砂の中から突き上げてくるに違いない。私が後方へと転がった瞬間、やはり蠍は地中から飛び上がってきた。

 思っていた以上にデカい。タークの二倍以上はあるだろうか。その割には上半身は私よりも少し大きい程度だ。人間性が身体の内で暴走したか。

 凶悪な二本の尾は、その先端が毒々しい色になっている。毒か、苔玉には余裕があるが。

 

 

蠍のナジカ

 

 

 可愛らしい名前だ。けれどあまりにも暴力的すぎるぞ。ナジカは正面の私に蠍の鋏を振るってくる。速く無いのが救いだ。

 それをステップで避けて反撃すれば、弾かれる。あのハサミは相当硬い。生身の女性を痛ぶる趣味は無いが、仕方あるまい。

 

 ハサミに飛び乗り、そこからまた飛び上がってナジカの上半身をレイピアで貫く。しかし刃が刺さる瞬間に僅かに身体を捻ったせいで心臓を貫けなかった。どうやら戦闘のセンスはあったらしい。

 すぐに大きな影が私とナジカの上半身を包む。上を見上げるよりも早く飛び降りれば、大きな尾が叩き落とすように振るわれた。

 追撃と言わんばかりにナジカが(ソウル)の槍を放つ。

 

「面倒だな」

 

 回避しながら言えば、離れた隙にナジカが地中へと潜ってしまった。マズイ、地中に潜られればこちらの攻撃手段が無くなる。

 おまけにどこへ逃げても真下の振動が離れない。確実に私を追ってきているようだ。

 

 ならば砂でなければ良い。いくらあの巨体でも、地中に埋まった遺跡を貫けはしないはずだ。

 思い立ったが吉日、倒壊した遺跡の残骸へと駆ける。滑り込むように遺跡を足場にすれば、どうやらナジカも無駄だと分かったようで離れていった。

 

 地中から出てきたナジカが恨めしいといった表情でこちらを睨む。

 

「怖い顔だ。笑っていた方が綺麗だぞ」

 

 軽口を叩きながらも闇術を展開する。仮初の生命が私の周囲に現れ、標的を捉えた。

 

「追う者たち」

 

 放たれた追う者たちが、ナジカへと飛んでいく。地中に潜る時間は無く、強い追尾性のせいで逃げられぬと思ったのだろう。ナジカは尾を目の前に突き立て、まるで盾のようにする。

 だが、闇とは全てを包み込む。生も死も、すべてが変わりない。追う者たちを防いだ尾は、どちらも吹き飛んで千切れていく。ナジカの絶叫が空洞に響いた。

 

 あまりにも大きな隙だった。この機会を逃す手はない。悪いが、急いでいるんだ。ルカティエルを探さなくちゃならないし、黒騎士の斧槍を鍛えてもらわなければならない。

 

 痛みで項垂れるナジカの頭を片手で掴む。そして一気にレイピアで口を穿った。

 頚椎を、一気に突いてみせるとナジカの瞳がぐるんと上を向く。

 

I’m invincible(私は無敵故),I’m unavoidable(逃げる事は叶わぬ),I’m undebatable.(その余地すらない)……残念だよ、できれば君とお茶でもしたかった」

 

 あまりにも呆気がない。けれど、生命とはそんなもの。強大な(ソウル)を持っていたナジカが地に伏せれば、いつものように霧散してしまう。

 レイピアについた血を払い、納刀する。ふむ、報告は後でも良いだろう。今はルカティエルを探さなければ。

 

━━Victory Achieved━━

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルカティエルとバンホルトといえば、目的地である輝石街へとたどり着いていた。正確にいえばそこへと至るための門前だ。

 騎士として有能な二人のことだ、如何に亡者となった大鷹の騎士団共がいようとも関係が無い。互いに分担し合い、活路を拓けばほぼ無傷で先へと進める。

 

「しかしリリィめ……私達を置いて先へと進むとは」

 

「まぁまぁ、早る気持ちも分からんでもないがな!戦士とは戦いに生きてこそよ。きっと彼女もさらなる戦いを欲したのだろう」

 

 だがルカティエルは分かっている。絶対あの白百合のような少女は、見知らぬ森に来たせいで探索に夢中になってしまったのだと。まさか彼女達を置いて先へ進むとは思っていなかったが。

 如何に愛を紡いだ仲とは言え、今回ばかりはガツンと言ってやらねばルカティエルは気が済まない。

 

 そんな怒りを察してか、バンホルトは咳払いすると話題を変える。

 

「しかし、貴公がいなければ我々は永遠とあの森を探していた所よ。親切な御仁もいるものだ」

 

 二人。

 

 ではない。もう一人、彼らの背後に隠れるように男がいる。

 

 軽装の鎧に、大盾と槍。その男は、親切である。

 

 

「ええ。こちらとしてもあなた方のような勇ましい騎士が居てくれて助かります。一人では厳しいでしょうから……」

 

 優男のような笑みを浮かべるその男に、ルカティエルは仮面の下で疑いの眼差しをむけている。

 土の塔で出会ったその男は、白百合の少女の知り合いであることは知っていた。そして、胡散臭いと少女が言っていた事も。

 

 如何に女にダラシが無いとて、ルカティエルは彼女の事を信じている。戦いと、その感性。それは本物であると。

 

 ペイトはそんな視線を受け、けれど笑みを浮かべてみせた。その笑みにどんな意味が込められているかも知らず、三人は進んでいく。

 

 

 

 

 そして、突然大きな影が彼らを襲った。

 

 




二週目基準です


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Grudge
輝石街ジェルドラ、大蜘蛛


休みが取れましたので投稿します


 

 

 ファロスの扉道。ナジカを倒し洞窟の先へと進む私は、洞窟というには広い場所へと出る。

 天井は遥か遠く、まるで居住空間のように多少整備されたこの場所は、何かの遺跡なのだろう。前に見たガヴァランと同様のゲルム人達が住み着いているようだ。彼らは皆、地上を追い出された民達であり、地上に住む我らには憎しみを抱いているのだそうだ。

 まぁ良い、どんな境遇があれど襲い掛かってくるのであれば対処するまでだが……どうにも襲ってこないのでそのままスルーしていく。ああ、ちなみにガヴァランもしれっと居たので必要な物資をやり取りした。相変わらず酒をぐびぐび煽っていて元気そうだ。

 

 そして、この地の名の通り至る所にファロスの仕掛けがある。あまりにも多過ぎて手持ちのファロスの石では全部の仕掛けを解くのは無理だ。ううむ、あからさまに罠である仕掛けはともかくとして、何か宝がありそうな所は仕掛けを使っておきたいしなぁ。

 

 篝火で一人考える私は悩む。悩まずに早くルカティエル達を探しに行けというツッコミは無しだ。結晶トカゲを数体殺して楔石を略奪しながら先へと進めば、とうとう目的の街へとやって来る。そこはかつて、輝石の採掘で繁栄した街。そして今や、亡者に溢れ没落した墓場。

 

 

輝石街ジェルドラ

 

 

 ケイルから写させてもらった地図を見る限り、どうやらここは街のはずれのようだ。その割にはこの広場には沢山の天幕が建てられており……まるで軍隊が野営をしているようにも見える。

 都合良く置かれていた篝火を灯し、周辺を偵察する。

 

「あれは大鷹師団の亡者兵か。なるほど、ここはドラングレイグに進出してきた部隊の本部というわけか」

 

 稀にドラングレイグの各地で見た傭兵である大鷹師団。という事は、元々はジェルドラに雇われていたのだろうか。街に拠点を構えるのだ。もし敵対しているのであればここに拠点を構えるのは無理がある。補給などの兵站の面でも、雇い主や交易できる場所があるのであれば色々と困らないだろう。

 

 今となっては皆狂った亡者だが。

 

 ジェルドラ市街はここを抜けた先。傭兵共の数はそれなりだが、制圧できない数じゃない。だが正面切って戦えばいくら私でも物量で押される可能性がある。ならば隠密に、一人ずつ殺していく必要がある。

 広場の隅には見張り塔がいくつかあり、それぞれ弓兵が配置されている。まずはそいつらからだ。

 

 身を潜めながら狙撃できそうな地点を探す。この地の天候は無風の夜だが、広場の中央では焚き火がされており光源があるせいで同一箇所での狙撃は難しい。おまけに高台へと至る道には巡回の傭兵亡者がいるせいで辿り着けん。面倒だな。

 

 と、いう事で天幕と天幕の間、影になっている部分から私は大弓を構える。つい最近、溶鉄城のアーロン騎士団長共から手に入れたアーロンの大弓だ。魔術による狙撃も考えたが、魔術は撃てば射手の位置が暴露しやすいから却下。

 使う矢は、まるで槍のような鉄製の大矢。いくら痛みに鈍感な亡者であろうともこれで穿たれれば一撃で殺せるだろう。

 

 弦を弾き絞り、しっかりと狙う。実は意外と弓は得意である。ロードランでは魔術で届かなかったり静かに奇襲したい場合はよく使っていた。主に侵入で。黒い森の庭でいきなり飛んでくる矢は避けようが無いからな。

 緊張した弦を離せば、勢い良く大矢が飛んでいく。竜狩りの大弓が懐かしい。そしてその矢が見張り塔にいた弓兵に当たれば、まるで大木が飛んできたとばかりに身体が吹っ飛ばされた。

 

「あ、やり過ぎたか……」

 

 吹っ飛ばされた弓兵は塔から落下すれば、そのまま塔の柵を破壊して地面へと叩き落とされた。(ソウル)が私に流れ込んできたのを鑑みるに、一撃必殺できたようだが柵を破壊した音のせいで傭兵達が警戒し出した。もう少し控え目な威力を期待していたのだが……最近筋力を上げているせいだろうか。

 特定されるのを回避するために移動する。今度は丈の長い草むらの中に仰向けで寝転び、そのままの姿勢で弓を構える。地面に弓が設置していないせいで安定はしないが、見張り塔程度の距離ならば当てられる。

 

 今狙っている弓兵は警戒しながら弓片手に周囲を見渡している。流石にこんな狙われ方をしているとは思っていないだろう。

 今度は多少力を抑えて矢を放つ。すると大矢は弓兵の頭蓋を兜ごと砕いてみせた。糸の切れた人形のようにその場に倒れる弓兵。よし、これで弓兵は全て片付いた。

 

 その頃には既に兵士達の警戒は薄れていたらしい。亡者の記憶力ではそんなものだろう。相変わらず巡回している兵士はいるが、傭兵の大半は休んだり立ち尽くしたりしているおかげで助かる。

 ダガーを取り出し物陰からじっと機会を窺う。嗚呼、昔ダークレイスで侵入した時によくこんな事をしたなぁ。基本的に侵入先の不死連中は霊体を召喚したり暗月警察共が来るせいで複数を相手にしなければならなかったのだ。

 

 巡回する傭兵が近づいてくる。そっと背後に回り、後ろから口元を押さえて膝裏を蹴る。すると不意を突かれた傭兵は簡単に膝をついたので即座に首へとダガーを突き刺した。

 ダガーに穿たれた傭兵の首元から血が滲むように溢れる。突き刺したまま死体を引き摺り、物陰へと隠した。まだあと数人いる。

 

 

 

 しばらくそんな事をしていた。こいつらが太陽のメダルを持っていたのは驚いたが、きっとこのメダルの価値をこいつらは知らぬはずだ。

 大王の名が世間から忘れられて久しい。最早太陽の騎士共もいないだろう。あれだけダークレイスとして殺し回り、時に撃退もされてきたが、いざ居なくなるとどこか寂しいものだ。ソラールもどうなったろうか。竜を目指したと当時風の噂で聞いたが、今でも彼はどこかで竜になろうと足掻いているのだろうか。

 

 それは今は良い。きっと、いつか知る時が来るだろう。

 とりあえず大鷹師団は排除した。多少時間は掛かったが得たものもあった。それは偶然奴らから隠れた井戸の底に、ひっそりと隠されていた宝箱……正確にはミミックだったが。魔術用の杖を手に入れたのだ。

 その名も叡智の杖。かなり長いこの杖は、先端に磨かれた結晶が嵌められており、かなり高い魔術補正があるようだ。その代わり闇術は扱えないらしいが。

 亡国オラフィスの技術の結晶とでも言えば良いか。私の高い理力ならば扱える。

 

 思わぬ戦利品を手に入れ、ようやく先へと進む。その時だった。

 

「なんだ、地震か?」

 

 突然地鳴りがしたかと思えば地面が震え出す。その地鳴りは次第に大きくなっていき。突如、何かの咆哮が響く。かなり近いその咆哮は、この先の輝石街への入り口からのようだ。

 ルカティエル達は大丈夫だろうか。もしや、この咆哮の主と遭遇している可能性もある。そう考えて私は駆け出した。いくら対人戦に慣れのあるルカティエルとバンホルトであろうとも、化け物相手はまた別だ。

 

 今度は傭兵達ではなく地元住民である農民達が襲ってくるが関係無い。何やら禍々しいものを武器にした農具に宿しているが、もちろん当たることなどせず全て殺す。

 

 そして、それは居た。

 

 馬鹿でかい蜘蛛の怪物が、バンホルトと対峙していたのだ。だがルカティエルがいない。どうなっている。

 

「ぬぅ!この化け物め!人質を取るとは卑怯な!」

 

 大蜘蛛の前足攻撃を避けるとバンホルトが言う。奴らがこちらに気がつく前に、私は叡智の杖を翳した。

 

(ソウル)の結晶槍」

 

 呪文を脳内で詠唱すると杖の結晶から今まで以上に(ソウル)が濃縮された結晶槍が飛び出す。かつてロードランで扱っていた結晶の錫杖と同等の理力補正だ。

 直進する結晶槍が大蜘蛛の醜い顔面へと突き刺さると、突然の横槍に化け物は叫んだ。どうにもあまりダメージになっていないらしい。おかしいな、最大出力なんだが。

 

「おお、リリィ殿!」

 

「ルカティエルはどうした!」

 

 右手にレイピア、左手に叡智の杖を携えて蒼の大剣を構えるバンホルトの横に並ぶ。そして一番大切な質問を投げ掛けた。だがバンホルトはどこか渋い顔をして言い淀む。

 その時、大蜘蛛が咆哮した。見ればその醜い頭部が震え、何か力を溜めているようだった。

 

 刹那、まるで薙ぎ払うように地面目掛けて青白い光線を放つ。魔術だと……! それにあの、濃縮された(ソウル)の感覚。まるで結晶魔術ではないか。

 

 迫る光線を潜り抜けるようにして回避する。見てすらもいないが、バンホルトも避けたようだ。あれに当たれば即座に蒸発するか爆裂して死ぬだろう。

 反撃に、まだ光線を放っている大蜘蛛目掛けて闇術を放つ。叡智の杖では闇術が使えないから、魔術師の杖を使って。

 

「闇の飛沫」

 

 拡散する闇の球が頭部に当たれば大蜘蛛がよろめく。嗚呼、そういうことか。こいつに(ソウル)の魔術が効かなくて闇術が効く理由がわかった。

 ならば尚更、ルカティエルの安否が心配で堪らない。

 

 大蜘蛛は想定以上の反撃を喰らい臆したのか、巨大な足を気持ち悪く動かして退却していく。そして、見たのだ。大蜘蛛の後ろを。

 一方向だけを向けられていたせいで気が付かなかったが、この蜘蛛は普通の大蜘蛛じゃない。身体の後ろにも頭がある、通常ならざる生き物だった。

 

 そしてその後ろ頭の大顎に、愛する人がいた。

 

 ぐったりとしたルカティエルが、その大顎に咥えられている。この場で殺すつもりは無いのか、まるで攫うように丁寧に扱われているのを見て更に怒りが込み上げた。

 

「待てッ!」

 

 追う者たちを展開する。そして急かす様に仮初の生命を大蜘蛛に向かわせた。だが闇術が大蜘蛛に到達する事は無く、その巨体は崖を飛び越えて消えて行く。いくらどこまでも縋り続ける追う者たちでも、去ってしまった相手は追えぬ。そこまでの知能は無い。

 憤りが顔に出る。それを見たバンホルトは思わず顔を逸らしたようだった。

 

 煮え滾る怒りが収まらぬまま、私はバンホルトに詰め寄る。

 

「リリィ殿、すまぬ。某の……」

 

「言い訳はいらん」

 

 そして思い切りバンホルトの腹を蹴飛ばす。呻き声をあげて転がる彼に、私は罵倒を浴びせた。

 

「貴様何をしていたッ!ルカティエルが攫われるのをボケっと見ていたのかッ!何が騎士だ、何の役にも立たんじゃないか!」

 

 分かっている。彼は悪く無い。たまたま道中一緒になっただけの女騎士を命に変えても守る必要など何処にも無い。そんな事、当たり前だ。むしろそんな事をする甘い輩が、こんな終わった土地で生き抜けるはずもないのだ。

 理性では分かっていても、怒りは彼を。否、のうのうと道中遊び惚けていた私を許さなかった。一番非難すべきは私自身なのに。

 

「返す言葉もない」

 

 だがバンホルトはその理不尽な怒りを受け入れた。それだけでも彼の人格は優れている。

 どうにもならない怒りは収まらないが、彼の姿を見てどうにか抑える。少しだけ冷えた頭で、彼に事の経緯を聞く。

 

「……何があったのだ」

 

 そう尋ねれば、彼はゆっくりと話し出す。そしてまた私の怒りが爆ぜそうになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私が辿り着く、ほんの少し前。それは突然やって来た。

 ジェルドラ市街の入り口に辿り着いたバンホルト、ルカティエル、そして虚の影の森で出会ったペイトという優男。その三人を突如、巨大な蜘蛛が襲ったのだ。

 あまりに突然の襲撃で、先頭を歩いていたペイトと分断された二人は大蜘蛛への対処に追われたそうだ。

 

「なんだこの化け物は!」

 

 バンホルトが言うや否や、ペイトが走り去っていく。その兜の下に、怪しい笑みを浮かべて。その瞬間、二人は嵌められたのだと理解した。だが何のためにそんな周りくどい事をするのかは理解できぬ。死体漁りかとも思ったが、この蜘蛛に殺されようものならば原型など残らないだろうに。

 だが今はそれよりも、大蜘蛛をどうにかしなければならないと。

 

 二人は戦い、けれどその圧倒的な力の前に何も出来ず。そのうち前衛にいたルカティエルが前足に弾かれて気絶し、攫われたのだという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あまりにも頭に血が登り過ぎて顔が真っ赤になる。まるで茹でトマトのようだ。

 やはりペイトは信用すべきではなかったのだ。最初から信用はしていないが、会って即殺しておくべきだった。パッチのようにどこか抜けていたりする事もない、ただ快楽のために。人が苦しむのを見るのが楽しくて仕方がないのだろう。そんなクズを、早く殺すべきだったのだ。

 

 私は、私を害する者を許しはしない。それ以上に、大切なものを傷付けるクズは根絶やしにする。亡者にすらさせん。(ソウル)を尽く奪い、永遠に殺してやる。

 ミシミシと魔術師の杖が悲鳴をあげる。気がつけば杖を握り潰さんとばかりに握っていた。

 

「この贖いは必ずする。このバンホルト、必ずやルカティエル殿をお救いいたそう」

 

 事の顛末を語り終えると、バンホルトは大剣を担いで先へと進もうとする。そんな彼の肩を、私は掴んだ。

 

「待て」

 

 あまりにも怒りが強過ぎて、一周回って冷静になった。バンホルトが協力してくれるのであれば、それを利用させてもらう。

 

「二人の方が効率が良い。戦術の幅も広がろう」

 

「リリィ殿……良いのか?」

 

「良いも悪いも。そちらの方が効率が良いと言っている。行くぞ」

 

 今にして思えば、きっとバンホルトは一緒に行きたくは無かっただろう。気まず過ぎる。いくら責任を感じているとはいえ……私だったら絶対嫌だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大蜘蛛がいるから想像していたが、ジェルドラは蜘蛛に溢れている。子供くらいの大きさの蜘蛛がうようよと。気持ちが悪い。

 記録によれば、かつての主であるジェルドラ公は蜘蛛を溺愛していたらしい。だが今ならば分かる。ジェルドラ公は蜘蛛に魅了されたのではない。あの白竜の狂気に犯されたのだろう。

 

 あの大蜘蛛が操る光線や、異常な魔術耐性を見て理解した。この地には、白竜シースの狂気が眠っているようだ。

 雫石はここが原産らしいが、考えてみればおかしいものだ。生命を結晶化した石など、自然にできるはずもない。普段我々が何の考えもなしに使っているこの雫石こそ、あの白竜の研究の産物。

 どうしてもっと早く気が付かなかったのだろうか。偉大な(ソウル)を持つ者達が、嘗ての王達の名残りを宿している時点で気がつくべきだった。

 

 今となっては仕方が無い。とにかくルカティエルを助ける事が優先される。

 

 入り組んだ建物をバンホルトと共に進んで行く。蜘蛛は相変わらず多いが、唯一得るものがあるとすればこいつらは色々と物を落としてくれる。今まさにパリングダガーを手に入れた。怒りと焦燥に駆られて喜ぶ事はできないが。

 

 そうして進めば濃霧が現れた。(ソウル)の大きさから大した事はなさそうだ。あの大蜘蛛では無い。

 

「心されよ。この先には何か強敵が……」

 

「知らん。全員殺す」

 

 バンホルトの忠告を聞かず、濃霧を潜る。するとやはりと言うべきか、いたのは大した事のない奴らだ。

 

 どうやらここは何かの礼拝堂のような場所らしい。岩を削り出し居住スペースを作っているジェルドラらしい、荒削りな礼拝堂だ。

 そしてそこには、複数の亡者の信心者達と、それを纏めているであろう司祭が二人。そしてその司祭を操る大司祭がいる。大層な格好をしている大司祭だが、その(ソウル)は脆弱だ。即殺できる。

 

 

彷徨い術士と信心者たち

 

 

 こちらに全員の注目が集まった途端、私は魔術を展開する。

 

「乱れる(ソウル)の槍」

 

 叡智の杖から小さな(ソウル)の槍がいくつも放たれる。まるで雪崩のように放たれるそれは、信心者達と術士どもを容赦無く襲ってみせた。

 たった一撃。けれどその無慈悲な槍は、亡者の弱き信心者達を全滅させる。司祭を騙る術士もまた、無傷ではない。全身を霰のように打ち付ける槍は衣服は勿論の事、肌を食い破る。

 

「ウオォオオオ……!」

 

 術士達が呻く。その時、ようやくバンホルトが濃霧を潜り終えた。

 それを気にせず私は駆け出し、杖を(ソウル)に格納して一番目立つ術士を狙う。狙われていると気がついたのか、術士が杖を構えて何かをしようとするがその前に私のレイピアが術士の胸を穿っていた。

 

 まだ息はあるが殺生与奪はこちらにある。レイピアを突き刺したまま、術士の首根っこを掴み上げると勢いに任せてその身体を周りに振り回す。

 力任せに振られた術士の身体は、配下の術士達を打ち付けた。ぐわあぁあ、と悲痛な声をあげながら吹っ飛んでいく術士達。

 

「一人」

 

 まずはこの手に掴んでいる術士を殺す。地面に叩きつけると、レイピアをぐりぐりと回し傷口を抉る。もがき苦しむ術士に構わずレイピアを引き抜けば、続いて頭を穿つ。

 被っていた獣の仮面ごと脳を貫けば、呆気なく死に(ソウル)になって霧散していく。

 

 次に一番近い格下の術士。立ち上がった術士は、近寄られまいと聖鈴を振るうが意味が無い。レイピアでパリィされてあっさりと隙を晒す。

 

「二人」

 

 喉目掛けて左手の拳を打ち付ける。すると喉を潰された術士が苦しそうに呻いた。すかさずレイピアを胸に突き刺し、突き飛ばすようにまた左手で殴る。

 殴られて倒れたせいでレイピアから解放された術士だが、同時に息絶えて霧散する。残り一人。

 

 そちらに振り返れば、今まさに奇跡を発動している所である。術士の手には雷を宿した聖鈴がある。あれは雷の槍だ。

 

 投げられた雷の槍を、しかし半身になってあっさり回避すれば接近する。その際に武器はメイスに持ち替えた。

 術士は接近されて後退るがもう何もかも遅い。眼前に迫る私は急に姿勢を落とし、足を蹴り払うと術士は簡単に転んでみせた。

 

「三人」

 

 いつもの言葉を言う程の敵ではない。だから何も言わず、メイスを術士の顔面に打ち付ける。

 一撃目。呻き声と共に奴の身体が跳ねる。

 二撃目。身体が大きく跳ねてそれ以降動かなくなる。

 とどめの三撃目。ただメイスが頭を粉砕しただけだ。

 

 20秒もかかっていない。弱いのだから当然だ。かつて神すらも殺した身からすれば、弱過ぎる。ならば最初から道を塞ぐのではない。

 

 

━━Victory Achieved━━

 

 

 

 

 

 

 バンホルトは慄いた。話には聞いていたし、虚の影の森においてその勇ましさを目にはした。

 小柄で華奢で、まるで芸術品のような美しさの少女は、あまりにも想像をかけ離れていた。強いという言葉すら甘い。ただ圧倒的な、戦いにすらならぬ一方的な蹂躙が繰り広げられていたのだ。

 

 彼が濃霧を潜れば、亡者の死体が礼拝堂に敷き詰められていた。少女が濃霧を潜ったのは数秒前。故に、最初は亡者達の亡骸は最初からあったのだと思い込んだ。

 けれど、術士達が痛みに呻いていたのを見て違うのだと理解してしまった。この僅かな時間に、いくら亡者といえどもあれだけの数を屠ったのだと。彼は魔術には明るくないが、少女ならば可能であると結論づけた。

 

 その後は、あまりにも早過ぎた。一体どうすればあれ程の速度で駆け出せるのか。光の如く駆ければ、あっという間にリーダー格の術士を刺剣で突き刺し、その細い腕で大柄な身体を振り回して武器とした。

 見事なパリィだった。迷いが無く、まるで未来を見通しているかのように正確な弾き。その可憐さに見合わぬ凶悪な拳。喉を潰すなど、あまりにも戦い慣れし過ぎている。

 幾度もそうしてきたかのように、身を捩るだけで奇跡を回避してみせた。そして切り替えたメイスで、その怒りをぶつけたのだ。

 

 死体が積み上げられた礼拝堂で、バンホルトはしばらく少女の後ろ姿を眺めていた。

 

「ついて来られないのならば置いていくぞ」

 

 そして少女に声をかけられ、ようやく我に返る。

 

「む、すまぬ。某が出る幕も無かったようだ」

 

 その言葉に、少女は何も返さず。ただ歩みを進めるだけだった。

 

 




少し前にダクソ2の話の前にプロフィールを投稿しました。


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輝石街ジェルドラ、公のフレイディア

クレイジーサイコレズ


 

 

 狂気、というものの定義は人によって異なる。正確には人が定義するものではない。時と場合、そして目に見えぬ常識が合わさって初めて狂気というものが定義される。

 人殺しの狂気というものがあったとして。それが狂気の内に定義、分類されるのはきっと穏やかかつ平和な場所でのみであろう。平和を乱す、つまりは唐突な生の与奪や死の付与という事は平時では起こり得ない事象だ。それを故意に起こせば、それは狂い。狂気である。

 

 だが、このドラングレイグであるならばどうだろう。最早まともな者などありはせず、血と(ソウル)に飢えた者達が闊歩し死ねぬ闘争に明け暮れるこの地であるのならば。

 きっと、平時の狂気は狂気で無くなる。むしろその平和こそが、狂気となり得るに違いない。

 

 長く、その狂気に身を置いてきた。美しい自然や壮大な遺跡、威厳のある神々の住処や禍々しい病に溢れた土地。だがそれは、あの時代とあの土地では当たり前の事であった。小鳥が囀り、川のせせらぎが穏やかさを醸すすぐそばで血みどろの殺し合いが起きていたなんて当たり前だった。

 

 だから所詮は、殺人鬼なんてもの、狂った内に入らないのだ。ただ人を殺したいからというのは、ダークレイスであった私ならば当然の感情だから。殺すために世界を跨いでまで侵入するのだから。

 ミラから逃げるようにして訪れた殺人鬼も、それを嵌めてただ愉悦に浸る親切な異常者も、あの時代と空気を知っている私からすれば狂気などでは無い。単なる児戯に等しい。

 

 狂気とは、正しく狂気の内に入る者が定義などできはしない。それはただの苔おどしにしかならない。

 

 

 

 

 

 輝石街ジェルドラ、その市街地。雑魚の群れを蹴散らしてそこへと至れば、まるで今まさに一つの遺跡の終焉を目の当たりにした。

 大部分を砂地と岩が占めるこの遺跡は、既にその殆どが流砂に消えつつある。まるで渦潮のように砂が大きく巻かれ、砕けた家財や家屋の破片などが飲み込まれていっているのだ。あと数百年の内に、ここは跡形も無く消え去るだろう。きっと、あの白竜の探究の果てに生命を吸い過ぎたのだろうか。

 

 異形の骨を被る魔術師どもが其処彼処に存在しており、まるでこの先へと至るのを阻止しているかのように攻撃してくる。(ソウル)の魔術のみを扱うその様は、確実に白竜の手先なのだろう。厳密にはその狂気に魅入られたジェルドラ公の。

 それら全てを滅ぼし、岩を掘削して作ったであろう家々を飛び、時に張り巡らされたロープで移動しながら進めば、その時は来た。

 

 とある岩製の家屋から、喧騒が響いている。斧と盾、そして槍がぶつかり合う物騒な物音。それは二人の男の死闘のサイン。

 

「死ねクソ野郎がッ……!」

 

 一方は放浪のクレイトン。竜断の三日月斧を振るい、呪詛を垂れ流しながら嬉々と顔を歪めている。

 

「ちっ……死ねば良いのに」

 

 対するは軽装の鎧に身を固め、扱い易い槍と地味であるが改修の加えられた大盾でクレイトンの猛攻を防ぐ親切なペイト。

 ようやく彼らにその時が来たようだ。この場では小手先や騙しでどうにか出し抜く事はできぬ。ただぶつかり合い、互いを削って殺すしかない。

 

 私とバンホルトは家屋に入るとその不毛な闘いを前に足を止めた。きっと背後の勇ましい騎士は混乱している事だろう。彼はクレイトンを知らぬ。

 私はというと、爆発する怒りを潜ませながらもまずは傍観することにした。児戯にも等しい争いなど、私が介入したら一瞬で終わってしまう。それではあの親切な屑が苦しまない。

 

「一体何だというのだ……?」

 

 バンホルトが疑問を呈せば、闘い合う二人はこちらに気がつく。どうやら技量的にはお互いに拮抗しているようだ。

 最初に声を上げたのはクレイトンだった。

 

「おい、手を貸してくれ!こいつ、思ったよりもやりやがる!」

 

 言われて、レイピアを鞘から抜く。次に声を上げたのはペイト。

 

「い、いきなり襲いかかってきて……手を貸してください!」

 

 私を見るや否や、あからさまに苦戦しているような表情をし出す。奴のいる場所と角度的に、バンホルトは見えていないようだった。

 

「良いとも。手を貸そう」

 

 両者に聞こえるように呟けば、バンホルトに言う。

 

「手を出すなよ」

 

 そして一歩目を踏み締めた瞬間、私は全速力で二人の戦いへと割って入った。

 

 ペイトの盾へと飛び蹴りを喰らわせる形で。

 

 

「なっ!?」

 

 大盾の防御を蹴りで崩され、ペイトの体勢が大きく崩れる。そして彼は、開けた視界の中で確かに見たのだ。

 深い、深い闇を。冷たく、どこまでも冷酷な深淵の一端。愛を穢され、奪われ、理性などとうに消え去った先にある本当の殺意。

 

 後悔など、させる時間は与えぬ。不死であろうとただ死に、何も思わせない。それを慈悲と取るか悍ましいと取るかは人次第であるが。

 無になるという事の真意は、残酷であると私は思う。だからこそ此奴にふさわしい。

 

 反射的にペイトが槍を突き出す。それを予期していた私は予め足を上げてそれを踏みつけた。

 鉄製である長槍が、たかが少女の身体の踏み付けで真っ二つに折れる。味方に回られたはずのクレイトンも、ゾッとしてただその光景を見続けていた。

 

 左手を握り込み兜ごとその顔面へと拳を打ち込む。全力の一撃は、鉄板で作られた兜と整った顔面を歪ませ、衝撃で白目を剥かせるに至る。

 そのまま思い切りレイピアを下腹部に突き刺せば、申し訳程度の刃を用いて真上へと引き裂いた。鎧など、意味が無い。本来の使い方ではない。かち上げられたレイピアがペイトの頭蓋すらも斬り裂いて宙へと飛び出れば、ペイトの身体が二つに割れて崩れる。

 臓物が飛び散り、血飛沫を浴びようとも構わぬ。ただ一瞬で致命的に、私は完全に殺し切った。

 

「死ね、下郎」

 

 吐き捨てるように呟けば、(ソウル)を吸収する。その量は多少そこらの亡者よりも多い程度であるが、そんな事はどうでも良い。その魂の全てを、私の闇が喰らい尽くしたのだから。如何に不死とてもう生き返れぬ。

 灰と化し、霧散する骸に目もくれずに振り返れば、クレイトンが絶句していた。

 

「貴様は私に刃を向けるなよ。殺すぞ」

 

 いつも通りの声色でそう諭せば、殺人鬼はうんうんと頷いて見せた。本来であれば、ここで感謝の証として隠れ家の鍵を渡す予定であったクレイトンだが。そんな事をすればどうなるかなんて分かり切ってしまったからそうはしない。出来るはずもない。

 真っ赤に血で染まった白肌と白髪は、最早鬼である。人がこうまでなれるのかと、バンホルトは畏怖する。

 

「行くぞ。時間がない」

 

「う、うむ」

 

 誉も何もありはしない。そんな闘いに、けれどバンホルトは何も言えぬ。ひょっとすれば、次にああなるのは自分かもしれない。今はただ気まぐれで生かされているだけで、いつかちょっとした理由で殺されるかもしれないなどと考えながら。

 クレイトンは、しばらく放心していた。放心し、その場を後にする。最早この地に彼の居場所はなかったからだ。

 

 殺人鬼などと、片腹痛い。この地にはもっと悍ましい人間がいる。それを前に武器など振れるはずもない。そんなそぶりを見せれば、それこそ死ぬのは自分なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何やら大層な遺跡でもあるのか、しばらくジェルドラの内部を探索していれば大きな門のような場所にたどり着いた。

 農夫のような侵入者の頭蓋からダガーを引き抜き、その大扉とでも言えば良い門を一瞥する。一層巨大な岩を大きくくり抜いて作られているのだろう、その遺跡はあの大蜘蛛が居着くのにはちょうど良さそうだ。

 

 霧と化して消えていく侵入者を背に、その内部へと至れば蜘蛛に囲まれる。おまけに背中に蜘蛛の手脚を宿した実験体の成れの果てまで出迎えてくるではないか。

 

「数だけは立派だな。やはり公爵の書庫を思い出す」

 

 あそこにいたのは結晶まみれの亡者どもだったが。数だけは多かった。左手に呪術の炎を宿し、バンホルトに離れるように諭して地面へと打ち付ければ周囲に炎と溶岩が吹き荒れた。

 混沌の嵐。かつてのイザリスの野心が生み出した混沌、その具現。蜘蛛などではどうする事もできない。炎の柱から逃れた者も、飛び散る溶岩に焼け爛れて死んでいく。まさかあの白竜も混沌の呪術を使う輩が来るとは思っても見なかっただろう。

 

 更に遺跡を進めば、どうにも巨大蜘蛛が糸を張り巡らせたらしい大きな空間へと辿り着いた。歩くたびに足元がねちょねちょして気持ちが悪い。腹が立つ。

 

「気味の悪い場所だ、まったく」

 

 バンホルトが亡者どもを駆逐しながら苦言を呈する。まったくもってその通りだ。

 そうして進んでいけば、濃霧が現れる。強大な(ソウル)を感じるに、やはりあの大蜘蛛がいるのだろう。となればルカティエルもこの先だろうか。

 

 絶対に救ってみせる。今度は必ず。もう、二度とあんな後悔はしたくはない。だから。

 

 レイピアへと黄金松脂を即座に塗り、濃霧を潜る。左手には呪術の炎を携えて。

 

 

 

 

 

 

 その部屋は、先程と変わらず蜘蛛の巣塗れであったが。まるでここに住んでいると言わんばかりに、中央の広場のみ何もない。

 周囲は岩壁が……というより、結晶が壁のようになっており、まるで公爵の書庫の先にある結晶洞穴のようである。天井は遥か遠く、けれども光があまり入ってこないせいで見通しが利かぬ。

 

 だがそれよりも、気になるものが奥に見える。あれは、竜の亡骸だろうか。

 

「なんと! あれは竜か!?」

 

 バンホルトが驚く。確かに普通に生きているだけでは、竜など死体すらも見ることはないだろう。

 

「いや。あれは古竜の……」

 

 言いかけて、気がつく。部屋の奥、古竜の亡骸の前に何かがある。否、誰かが居る。

 手脚を糸に巻かれ、けれどもその姿形ははっきりと分かる。意識は無いけれど分かる、あれは、ルカティエルだ……!彼女が亡骸の前に吊るされている!

 

「ルカティエル! 嗚呼、ルカティエル!」

 

 喜びと心配に駆られて叫び、遠くの彼女へと駆け寄る。その時だった。

 

「待たれい! 大蜘蛛だ!」

 

 バンホルトが私を呼び止め、自ずと私も足を止めて上を見上げれば憎き大蜘蛛が頭上から壁伝いにこちらへと降りてきていた。

 怒りが再度私を支配する。それに呼応するように呪術の炎がより一層猛った。魔術が効かぬならば燃やし尽くしてやる。

 

 地上へと降り立った大蜘蛛は、ルカティエルと私の間へと割って入ると大きく咆哮する。その複眼からは、少しの畏れと多大な憎しみが見て取れた。やはりあの蜘蛛を支配しているのは白竜の狂気か。ならば良い、もう一度殺して今度こそ無に帰してくれよう。

 

 

公のフレイディア

 

 

 無数の蜘蛛がどこからともなく湧き出す。面倒だ、纏めて塵にしてくれよう。

 

「混沌の大火球」

 

 左手に混沌を生み出し、それを何度も蜘蛛の群れに投げつける。蜘蛛に当たった混沌の大火球は弾けては蜘蛛どもを焼き、地面に残った溶岩は新たに迫る蜘蛛を足止めする。けれどそれでも蜘蛛の大群を半分ほどしか殺せていない。

 

「お主はあの大蜘蛛を! 雑魚どもは某に御任せあれぃ! ウリャアアアア!!!!!!」

 

 と、バンホルトが蒼の大剣を担ぎ蜘蛛の群れへと勇ましく突っ込んでいく。その無謀さは何たるや。けれども今はその愚かさが頼もしい。真に英雄とはそういうものだ。

 バンホルトに引き付けられた蜘蛛どもを無視し、大蜘蛛……フレイディアへと突撃する。

 

「嫁を返してもらうぞ!」

 

 そう叫び、迎撃してくる前脚の攻撃を回避する。そしてその大きな頭部へとレイピアを突き立てた。

 肉を抉る感触。身体や脚は堅そうだが、頭は人のそれと何ら変わりない。殺せる。

 

 痛みにもがき叫ぶフレイディア。脚を大きく伸ばして頭を高くに上げる。そんなに弱点を突かれるのが嫌か、と思ったのだが。

 突然、私を押し潰すように伏せ出した。危険を感じて後方へと転がっていた私は潰されずに済んだが、前脚による叩き付けが迫る。

 

 だがデカいだけの相手ならば幾度も戦った。そして私は強くなり続ける存在、人間である。細いレイピアで前脚を受けつつ、折れぬように衝撃を和らげ後方へと下がる。

 

「図体だけは一流か」

 

 ダメージは無い。けれどもその巨体から繰り出される一撃は重く、踏ん張っていても、そして和らげても身体が後ろへ押しやられる。

 むしろ、私の華奢な身体で受け止められていることが異常なのだ。

 

 どうやら近付かれるのがそんなにも嫌らしい。フレイディアは糸を吐いたり脚を振り上げたりして私を近付かせまいとしている。だが所詮は虫の浅知恵だ。近付けぬのならば遠くから焼く。

 

「大火球」

 

 隙の少ない大火球を生じさせ、投げる。フレイディアの身体がそれに当たり燃え出すも、あまり効果が無いようだ。やはり頭部を攻撃しないとダメか。

 レイピアをメイスと交換する。今度は叩き潰してみよう。そう思い接近しようとして、フレイディアが構える。

 口に(ソウル)を溜め、身震いしているのを見て……私は口が向いている方向とは逆に走った。あれは光線を出すに違いない。

 

「バンホルト! 光線が来るぞ!」

 

「ぬぅっ!」

 

 蜘蛛の群れを相手に大立ち回りを見せているバンホルトも、私の忠告を聞いて逃げに移る。

 刹那、光線が水平に薙ぎ払われる。丁度人の身体の胴体を狙った高さだ。それに太さもあるせいで転がって避けるのは難しい。

 

 バンホルトは焦り、だが蜘蛛を利用することにした。群れる蜘蛛ごと光線は焼き払う。彼に光線が当たる瞬間、目の前にいた蜘蛛を踏み台に高く舞う。それでも高さが足りないので、彼は空中で身体を何とか翻して姿勢を変えることで難を逃れた。中々良い戦闘スキルだ。伊達に武者修行しているわけではないな。

 

 私は全力で跳躍し、初撃を飛び越える。けれどそれで終わりではなかった。フレイディアは脚を巧みに動かし回転し出したのだ。

 

「前後の頭から同時にだと!」

 

 バンホルトが驚く。コマのようにくるくると回るフレイディアは、前と後ろの頭から光線を出し続けている。一撃回避してもダメだ。しかも頭を上下させて高い位置にも低い位置にも光線を浴びさせようとしているではないか。

 着地すると、私は迫るニ撃目を見遣る。幸い頭の上下運動は速くない。であれば上下どちらに光線が来るのか予測できる。次は胸より上だ。

 

 スライディングしてすぐ上を通り過ぎる光線を回避する。そしてまた、光線が迫る。今度は中段。

 

 突然、太い光線が分裂した。細く、しかし糸のように枝分かれした光線が私達をバラバラにしようと迫る。

 

「なんと!」

 

 バンホルトは驚く。最早配下の蜘蛛は消し飛んでいる。

 

「ちっ!」

 

 舌打ちし、迫る光線を観察する。ルカティエルは殺す気は無いようで、彼女の高さには絶対に当たらないようになっている……概ね、彼女は研究に使うのだろう。

 ならば生き残ることを優先する。

 

 まずは頭部を狙った光線が来るようだ。そしてその直ぐ後に足を切断するための光線が数本見える。

 私は仰け反り頭を狙った光線を回避すると、そのままバク宙した。まるで大都市の競技会で繰り広げられる棒高跳びの選手のように。そうすることで足も浮き、二段目の光線も回避する。

 バンホルトはと言うと、南無三、と覚悟して光線へと飛び込む。そして潜り抜けるようにして光線を回避してみせた。

 

 だが、まだまだ回転と光線は終わらぬ。やはり大元を叩くしかない。

 

 私は着地するとフレイディアへと走り出す。いくら白竜の手の者だろうがあれだけの規模の光線だ、せいぜい回転するだけで精一杯だろう。集中力を多分に使うせいだ。

 だが奴へとあと一歩というところで光線もやって来る。今度は胸から下、そして跳躍したら当たるように頭よりも高い位置に光線が張り巡らされる。

 

 ならばと私は忙しなく動く脚を利用する。脚が地についた瞬間、私はその脚を垂直に駆け上がった。跳躍で足りぬならば登れば良い。

 光線の遥か彼方上を通り過ぎ、危機を回避すれば頭目掛けて飛び降りる。一瞬の出来事だ。バンホルトを気にしている暇は無いが死んでいないようだった。

 

「オラァッ!!!!!!」

 

 そして、回転する身体へと肉薄すれば光線を吐き身体ごと回る頭部を力づくで止める。あまりの巨体と質量のせいで身体が悲鳴を上げるがそれがどうした。例え後退りさせられようとも殺してやる。

 ズサーッと踏ん張る足が軌跡を描くも、これにはフレイディアも想定外だったのかようやく動きが止まる。そして慌てふためき光線を吐くその頭を片腕で押さえながら、メイスで殴りまくる。

 

 ボコボコと殴る度に頭部が歪んでいく。そして弱った瞬間、メイスを手放して頭をもぎ取った。だが相も変わらず光線が出ている。

 

「消し飛べッ!」

 

 もぎ取った頭をそのままフレイディアへと向ける。最早奴の頭は私の武器となった。

 悲痛に叫びながらも回転を始めたフレイディアの身体に、光線が浴びせられる。如何に巨大で硬い身体であろうとも、光線を防ぎ切る事はできない。焼かれ、身を貫かれるフレイディアはついでにもう一つの頭部も光線で破壊されると動きを止めて霧散し出す。

 

「やったぞ! ハハハァ、お主こそ勇猛なる戦士よ!」

 

 喜ぶバンホルトに、しかし私は言う。

 

「まだだ」

 

 そう、あくまで大蜘蛛を殺したにすぎない。あの巨体が霧になり、消えるのを見届けると私は何かを探す。

 

 いた。醜く、哀れでちっぽけな地を這う小虫。あれこそが真の敵だ。

 私は跳躍するとレイピアを取り出し小虫目掛けて刃を突き立てる。その切っ先が虫を貫けば、黄金松脂による雷が虫を焼いた。

 

「腐っても古竜だ。雷は痛かろう?」 

 

 虫から怨嗟が漏れ出す。けれど最早こんなちっぽけな身体では何も出来ぬ。虫はあっさりと焼け死に、白竜の意志はどこかへ消え去る。殺しきれなかったか……けれど、当分は悪さ出来ぬはずだ。

 

 

━━Victory Achieved━━

 

 

 

 

 

 

 

 ルカティエルを縛る蜘蛛の糸を呪術で焼き切ると、彼女の身体が解放されて落ちてくる。それを私は両腕でしっかりと受け止めた。

 フレイディアとの戦いで大分身体を痛めたが、これくらいは何て事ない。それよりも今は彼女の安否が心配だ。バンホルトが見守る中、私は彼女を抱き抱えながら地面へと寝かし揺さぶる。

 

「ルカティエル、しっかりして! ルカティエル!」

 

 呼吸はしているし、(ソウル)もしっかりとしている。しばらく彼女に問い掛ければ。

 

「……ああ、リリィ。なんだ、ここは……」

 

 ルカティエルが目を覚ます。私は安堵して息を漏らした。

 

「そうか、あの蜘蛛に襲われて……」

 

「ああ、もう心配いらん。あの蜘蛛もペイトも葬ったよ。身体は大丈夫か?」

 

 ああ、と肯定して彼女は立ちあがろうとするも、フラついてしまう。咄嗟に肩を貸せば、彼女は謝罪した。

 

「すまない、ドジを踏んだ」

 

「いや、謝るのは私の方だ。何かされたのか?」

 

「分からないが……どうにも気分が優れない。きっと気絶させられていたからだろうが……うわ!これは、竜か!?」

 

 化石化した古竜の亡骸を見て驚くルカティエル。これだけ驚ければ大丈夫だと思いたいが……何せ相手が相手だ。

 

「奴め……身体を失っても尚竜のウロコに固執するか」

 

 古竜の亡骸を睨む。偉大な(ソウル)が宿っていたのは古竜の亡骸だった。あの大蜘蛛はそれを守っていたに過ぎない。(ソウル)もしっかりと回収はしたが。

 

「一先ず、篝火を探そう。一度お互い休みたいしな」

 

 その意見に二人は賛同する。

 一難去ってまた一難。大事には至らなくて良かったが。

 

 けれどこの先、私は今後の人生を大きく左右する出会いをする事になる。

 



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王城ドラングレイグ、国の歴史と簒奪者

お休みをもらえたので投稿します。


 

 

 輝石街の名前にすらなっているジェルドラ公。彼はこの街から採掘される鉱石や輝石を強みに莫大な利益を生み出し、そして王に近付いたのだという。

 けれど彼は、人を信用しなかった。金持ちにしか分からぬ苦労というのもあるのだろう。故にこそ、彼は蜘蛛を愛した。愛など分からぬ白痴であるというのに、それでも愛し。その偏愛はきっと眠っていた白竜を呼び覚ましたのだろう。

 

 だが彼と同じく、あの白竜も人など信用していない。だからこそ彼は利用されたのだ。愛した蜘蛛共々、白竜の狂気の傀儡となった。

 

 

 

 背後を向けた亡者をメイスで叩き潰す。外に居る炭坑夫や農夫とは異なり、装飾が良い服を着ている事から彼がジェルドラ公なのだろう。名だたる大名が背後致命で一撃で倒れるとは。骨の髄まで利用されたか。

 落とした懐かしい香木を拾い上げ、ジェルドラ公の隠し部屋の更に奥へと足を運ぶ。

 

 ルカティエルにはバンホルトと帰還の骨片で先に帰ってもらった。どうにも体調が悪い彼女を早く休ませてあげたかったから。私に恩義と責任を感じるバンホルトに介抱を頼んである。奴は戦いにしか興味の無い男だ、不死という事を差し引いても彼女に手は出さんだろう。

 

 その篝火は、他の場所と同様に広い部屋の中、孤独に置かれていた。まるでその篝火のためだけにこの部屋があると言わんばかりに。

 これで篝火は四つ。古き王達の残滓に狂わされた者達を屠れば、次はドラングレイグ城に向かう。そして見えるのだろう。この地を統べ、火継ぎに近付いた王に。

 

 篝火に触れる。だが、どういう訳か篝火に火が灯らない。

 

「なんだ? 調子悪いな……オラ、オラッ」

 

 バンバンと灰に突き刺さる捻れた剣を叩く。そして、僅かばかりの火が灯り、ホッとした瞬間。

 篝火が爆ぜた。

 

 爆音と共に爆風が起こり、私の軽い身体が吹き飛ばされる。痛みはほとんど無いほどだが、それでも地面に叩きつけられるのは不快だった。

 一体なんだ、と即座に起き上がり警戒する。もしやミミックのように篝火に擬態する魔物かもしれん。ここはあの白竜の狂気が根付いた場所。何が居ても不思議では無いのだ。

 

「いや本当に何なんだよ」

 

 メイスを構える私は唖然とする。篝火があった場所、そこには……何と形容すれば良いのか。木の根が巻き付いたような、というよりも巨人のように木になってしまったかのような巨大な亡者の顔らしき何かが居たのだ。新手の化け物か。

 だが、その化け物は私とは対照的に敵意を見せない。その植物と化した瞳で、じっと私を眺めているようだった。

 そんな異形を、私は(ソウル)で観察した。どうにもこの異形からは強い人間性を感じるのだ。

 

「……貴公。随分と濃い人間性だ」

 

 そう呟けば、ようやくその異形が口を開く。

 

 

 ━━ここに辿り着く者が現れるのは、いつ以来だろうか。

 

 

 頭に響くような男の老人の声。なるほど、こいつも人の話を聞かないタイプだな。フラムトのように一方的に自分語りをする奴だ。そういうのは女の子に嫌われるぞ。

 

 ━━亡者よ。呪いを超えようと望むのか。

 

 異形がまた語る。その解読困難な語種に、けれど私は理解できる。かつては私も学んだ故に。だからこそ、答える。

 

「人に超えられぬものなどない。人の可能性は神すらも殺すのだぞ」

 

 そう語れば、異形は関心したように息を漏らした。

 

 ━━試練に挑むこと、それこそが亡者に課せられた使命。全てを諦め、心折れた者以外はな。

 

「それは違うな。使命とは強いるものではない。望み、臨むものだ」

 

 かつて、私はあの神の地で。一人の騎士と旅をした。最初はただの成り行きで。けれど他人の使命はいつか呪いとなり。私の敵となった。

 あの子がいなかったら、きっと闇の王など目指さなかった。だからこそ分かる。押し付けられた使命ではなく、臨んだ使命こそ果たすべきもの。きっと、この亡者の成れの果ては気が付いていない。

 

 或いは、気が付いていてもどうにも出来ぬのだと。此奴こそが、心折れた亡者なのだと。

 

 ━━亡者よ、道は二つ。世の理を継ぐか、或いは壊すか。そしてそれを導くのは、真の王のみ。

 

「王に興味などない。ましてや火と闇など。そんな物語、とうの昔に捨ててきた」

 

 瞳の奥に暗い炎が宿る。ダークリングが黒い炎に揺らめく様は、闇の王。けれどそんなものもう興味が無い。今ならば分かる。結局は、王になど意味は無いのだから。闇こそが人の有り様だとすれば、いつかその時は来る。火を継ごうが、闇の王になろうが、いつかは深淵に消えて行く。

 カァスは分かっていなかった。王となれば、世は停滞する。そうなれば進化などあり得ない。闇という玉座に居座り、腐り行くのを待つだけなのだと。私は自由に百合を紡ぎたいだけだ。

 

 ━━幾多の者がこの場にすら辿り着けず。そしてここですら、道半ばに過ぎない。 ……古い亡者よ、お前はそれに足る者かな。

 

「見透かしたつもりか。不快だ、消えろ」

 

 そう言うと、亡者の成れの果ては地面へと潜っていく。気味の悪い笑い声と共に。

 最早(ソウル)は枯れ果て、けれど未だ消え切れず。そこまでして呪いを克服したいのだろうか。あんな醜い異形となっても尚。

 

 

━━Primal Bonfire Lit━━

 

 

 篝火を灯す。暖かな炎は、マデューラへと繋がる帰路の明かり。

 呪いは消えはしない。ただ、誰かに押し付けるだけだ。何かの使命が如く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 多少は良くなったのだが、ルカティエルは相変わらず体調が悪いらしい。私達の(ケイルのでもある)隠れ家のベッドで横になっている。

 そんな病人である彼女の額を、優しく撫でてやればルカティエルは呟いた。

 

「すまないリリィ」

 

「お互い様さ。早く元気になっておくれよ、溜まった愛をぶつけたいんだ」

 

 笑みながらそう言ってやれば、彼女もまた笑みを見せた。彼女にはしばらく休んで貰わなくてはならない。きっと、良い機会だ。戦い以外の事をして欲しい。

 

 

 

 ルカティエルは、もしかすると限界かもしれない。それは長く不死であり、亡者であった私の所見であり確信に近い何かであった。

 (ソウル)の強さは変わらない。だが、私の中の闇が深く、呪いを感じていたのだ。彼女の身体から、触れる度に、亡者を感じている。

 

 白竜のせいだけではない。こういう言い方は嫌いだが……きっと彼女という(ソウル)の器が限界なのだ。そもそも、生者でありながら呪いの一部が肌に出てしまっているではないか。治らぬ傷のように。

 きっと。きっと、既に彼女の心は折れているのだろう。不死となり、国を、立場を追われたその日から。見つからぬ兄の行く末を、想像したその時から。

 

 できれば、私がその心を、根底から照らしたかった。けれどそんなこと、ぽっと出の私ができる事ではないんだ。

 

「呪いを纏う方」

 

 気がつけば、私は緑衣の巡礼の下へ来ていたようだった。彼女は相変わらずのツンっぷりで私を見ている。

 

「貴女の下には、多くの(ソウル)が集まっている。王の城へと向かいなさい、呪いを纏う方」

 

 いつもと変わらぬ。つまらぬ言葉。それが無性に腹が立って、けれど八つ当たりなどするはずもない。

 

「君の使命はなんだ?」

 

 問わずにはいられない。

 

「忘却と永遠の狭間で、数多の不死をその目にして。誘い、死なせ、奪わせて。果てに亡者となっても尚。君の果たしたい使命とはなんだ?」

 

 彼女は、じっと私を見る。冷たいようで、興味が無いようで、けれど分かるのだ。その瞳には熱がある。確かな使命を、彼女は持っているのだ。

 故に問わねばならぬ。私を、私達を導き破滅に追い遣っても尚、叶えたい望みを。女の子だから何でも言うことを聞くと思ったら大間違いだ。

 

 ふと、緑衣の巡礼は懐から何かを取り出す。それは擦り切れ、色も黒ずんだ鳥の羽。何かをそこから感じた。

 

「因果の終わりを。その先を。私は、見たいのです」

 

 自由。言い換えれば、それこそ彼女が求めるもの。まるで世捨て人のように、傍観者のように。彼女はそう言ってみせた。

 

「それは本当に、君の意志か?」

 

「私達の……意志です」

 

 確かに、彼女はそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 王城ドラングレイグ。かつて(ソウル)の業を極め、この地を征した男が興した国。文字通りその王城。最早亡国となり、まともな者など居ないとしても。その王城はしっかりと聳えている。不死達の試練となって。その心を折るために。

 

 虚の影の森、その分岐路をジェルドラとは真逆へと進めばとある祠がある。

 透明なドラングレイグ兵と流罪の執行者が守るその場所は、冬の祠。強き(ソウル)を持つ者のみが通れる門。そこを超えねばドラングレイグ城へとは至れぬ。

 

 まるで私の持つ四つの(ソウル)に呼応するように、ゆっくりと、その祠の扉は開いて行く。

 

「早く開けこの」

 

 あまりにも開くのが遅いので、無理矢理押し通る。力に負けたかのように祠の扉はそれなりの速さで開いてみせた。

 ちょっとイライラしているのかもしれない。ルカティエルの事もそうだし、昔の悪い思い出を思い出すのは辛いものだ。

 呪いを克服する。それは、神ですらなし得なかった偉業。だからこそ信用していない。そんな世迷言、ある筈がないのだ。

 

 冬の祠を抜け、王城へと至る為のトンネルを潜る。そこまで長いトンネルではなかったのに、潜り終えた先の天候は荒れていた。

 山を一つ越えたら天気がガラリと変わるということはよくあるが、これはそういう次元じゃない。文字通り、次元と時間が捩じれかけているのだ。

 

 

王城ドラングレイグ

 

 

 肌と衣服を濡らし、私は王城へ至る道を進む。道中の亡者兵士達を尽く退け、けれど不意に足を止めた。

 

 

「この城は、既に閉ざされた場所」

 

 

 いつの間にか先回りしていた緑衣の巡礼がそこにはいた。雨を受け、その緑衣を深く染めながら。きめ細かな胸元と肌に水を滴らせながら。

 普段ならば、その情景はさぞかし色情を誘うに違いなかった。マデューラにいるピエロ姿のロザベナもまた、私に甘い言葉を投げかけられているに違いない。

 

 けれど、今はそんな感情が湧かぬ。何よりもルカティエルに対する贖罪と焦燥が。私を無力と嘲笑うようで。

 

「しかし私の進むべき道はこの先にある」

 

 遠く城を見ていた彼女は、ちらりとこちらを見遣る。

 

「……そして貴女の。私の旅に終わりを」

 

 旅の終わり。それこそ、彼女の解放。けれどまだ解らぬ。解らぬ事だらけ。

 

「否。旅は、続いていく。一つの旅が終われば新たな旅が始まるまで」

 

 人生とは、そういうものだ。旅が終わる時、それは本当に死んだ時。或いは心を喪い亡者になった時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雷雨が降り注ぎ、影が差す王城は魑魅魍魎の巣と化している。

 ファロスの扉道に居た像の騎士。王城へ挑む愚か者を狩る為の任に着く闇霊。未だ死に切れず門を守る亡者兵士。死して尚、その身を変質させられ守り手として門を開ける巨人のゴーレム。

 まるでアノール・ロンドである。だが幸いなのは、神がいない事であろう。神さえいなければ殺すのは容易い。神が居ても殺せばいいが、その労力は多大になる。奴らは無駄にタフだから。

 

 殺した亡者兵士の首根っこを掴み、引き摺って扉を開ける仕掛けと化したゴーレムの下へ連れて行く。

 一眼見て、王城の門扉の仕掛けは理解できた。大扉の左右に配置された巨大なゴーレム。石像が如く動かぬ彼らだが、(ソウル)を宿せば作動する仕掛けである。

 引き摺ってきた兵士の死体をゴーレムの足元に投げ入れれば、ゴーレムはその(ソウル)を吸って動き出す。手元の大きな器を回し、扉を開けてみせた。

 

「巨人との戦争はこれが原因か」

 

 かつてドラングレイグは、北の大地に攻め入り巨人から何かを奪ったのだという。そしてその復讐のため巨人はこの地に攻め入り、ドラングレイグは滅んだ。恐らくだが、ドラングレイグが奪ったものは巨人の(ソウル)。ただ殺して得られるものではない。もっと根源の、悍ましいものだろうか。その業は、こういったゴーレムや異形を生み出したに違いない。異形を生み出すにも特別な(ソウル)がいるのだから。

 

 開いた扉から王城へと入れば、そこは外とは打って変わって荒らされても居なければ朽ちてもいない豪奢な建物だった。来客用の玄関であろう。

 外の喧騒や雷雨の音は一切聞こえない。まるでこの内部が切り取られているような、そんな錯覚に陥る。

 

「そなた……何者だ」

 

 不意に。階段の踊り場からそんな声が聞こえてくる。目を凝らせば、そこに誰かが居た。透明の、(ソウル)だけの身体。酷く弱い霊体が、そこにいる。初老の男性のようだ。

 

「霊体か。見るに、貴族のようだが」

 

 近づいて私が問えば、虚ろな声色で男性の霊は言う。

 

「誰の許可を得てここに立ち入っておる……我が主、ヴァンクラッド王の居城である……それを知っての狼藉か……」

 

 それは、未だ死んだ事を理解出来ぬ霊特有の問答だ。今や王国は滅び、その王すらもどこにいるのか解らぬ。まともでない場所なのに。

 男の霊はしばらく俯くと、ある時こちらへ向き直った。まるで今までの会話など覚えておらぬと言わんばかりに。

 

「客人よ、我らが城へようこそ……」

 

 霊とは都合が良いものだ。自ら望んだ場面でしか存在出来ぬ。ならばこちらも乗ってやろう。無用な争いは要らぬ。

 

「うむ。噂に聞く王城へ至れて光栄である。して、貴公は?」

 

「私はこの国の宰相、ベラガーと申す者……我が主……ヴァンクラッド王への謁見をお望みか……?」

 

 今の所の目的、ヴァンクラッド王。謁見どころか殺害を目指しているのだが、それを馬鹿正直に伝えるわけにもいかない。私は頷いた。

 

「生憎と、陛下はここにはおられぬ……我が主、陛下は……あのお方、妃殿下の手に……」

 

「何? それはどう言う事だ?」

 

 妃。確か、デュナシャンドラだったか。昔聞いた噂だととんでもない美人であったらしいが。今のベラガーの言い方だと、ヴァンクラッド王が妃に殺されたような感じだが。

 だが(ソウル)の業を極めたらしい王が、ただの妃に殺されるものか?情報が少ない。とにかく、彼の話を聞く。

 

 彼はドラングレイグの歴史を語り出す。ヴァンクラッド王は聞いていた通り(ソウル)の業を極め、私同様四つの強敵を討ち滅ぼし、その力を用いてこの国を築いたのだそうだ。

 そして、ある時異国から美しい娘がやってきた。たった一人、彼女は王に海の向こうの危機を伝えた。

 巨人の国、迫り来るその危機を。

 

 そして王は海を渡り、巨人を成敗し、妃と凱旋。その勝利、妃への感謝、そして愛情の証として、持ち帰った巨人のゴーレムの力を用いてこの城を建てたのだ。

 そういえばアノール・ロンドも巨人が多く居たな。きっと同じように神々もあの城を作ったのだろう。歴史は繰り返す。そして滅んでいく。

 

「あのお方はこの国に……陛下に、安らぎを齎された……まるで……そう……」

 

「闇のように、か」

 

 ベラガーは頷いた。

 どこからともなく現れた美しい娘。王の全てを受け入れ、甘い、闇のような妃。それに心当たりが無い訳ではなかったが、確信がない。どうやら私が求めるのは王だけでは無いようだ。

 もし、私の仮説が正しければ。その妃はどこまでも危険であり、そして人らしいはずだ。

 

 

 

 その後、ベラガーは痴呆と接客を繰り返すようになってしまった。何やら客人をもてなさなければと言う事で、色々と品物を売ってもらえたのは有難い。

 

 王城を進んで行く。どうやら上にはもう何も無いようで、裏の通路を抜けていかねば王城の先へは進めないようだ。

 ザイン兵と呼ばれる近衛の亡者達を退けながら、地下通路らしき梯子を下って行く。下れば、何やら石像の兵士達が私を待ち構えていたがどうやら本当に石像のようで動きはしない。少し身構えてしまった。

 

 

━━Bonfire Lit━━

 

 

 地下室の一室に篝火を見つけたので点火する。不死に風邪も何もないが、雨でべとついた衣服をしばらく篝火で乾かす。

 

「闇のような王の妃……」

 

 ふと、ベラガーの話を思い出す。妃デュナシャンドラ。どうにもその存在がチラついていた。

 別にとても美人であるから下心がある訳ではない、多分……本当は少しあるが。だがそれ以上に、どうにもきな臭い。

 突然異国から現れた美女。そもそも、巨人の国の危機とはなんだ? 他国への侵略か? 本当に巨人はそんな事を企んでいたのか?

 

 私の知る巨人と、この地を襲った巨人がルーツを等しくしているとは考えないが。それでも、巨人は基本は温厚だ。彼らは職人気質の者が多く、多少気は荒いが、国というのだから統治はされていたはずだし理性もあったはずだ。全員が全員鷹の目やあの鍛冶屋のような性格とは思えないが……それでも、わざわざ海を越えての遠征は巨人といえどメリットがあるとは思えない。

 ダークソウルに釣られたか。だが、巨人の寿命は長い。故にその脅威を知る者達も居たはずだ。

 伝承にある輪の都の事や、小ロンドの事。どれを聞いても、まともであれば欲しがるはずもなく。欲しがるとすれば、それはやはり人間であり。

 

「……やはり、唆されたのか。あの時の私のように」

 

 そこで、あの世界蛇を思い出す。かつて私に世界の真理とやらを教え、闇の王へと誘った口の臭い蛇の一匹。

 もしかすれば、デュナシャンドラも王を唆し力を手に入れたかったのかもしれない。女ほど強欲な生き物も珍しいのだから。

 

 

 

 しばらく篝火で休み、身体を乾かすと先へ進む。そこは広い地下室……所狭しと兵士の石像が並び、まるで侵入者を待ち受けるかの如く。

 部屋には扉が幾つもあるが、どれも頑丈に閉まっている。部屋の奥にはゴーレムが二体、手にしているのは松明か。となれば、あれに(ソウル)を捧げればこの薄暗い部屋も明るくなるか。

 

「扉も(ソウル)仕掛けか……しかし敵が居なければ開かないか」

 

 問題は、捧げるための(ソウル)が無い。居るのは石像だけ……だが。

 

「……まぁ、そんな気はしていた」

 

 突然、兵士の石像が何体か動き出す。それに意志は無いだろう。あれもまた、ゴーレムの亜種故に。だが(ソウル)はしっかりと持っているようだ。

 ならば丁度良い。その(ソウル)、頂いていく。私はメイスを取り出し石像の兵士達と対峙する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 闇潜りのグランダルは、王城の地下深くに文字通り潜んでいた。

 一人椅子に座り、岩を削った部屋の中、何かの仕掛けの前でただ瞑想にふけている。それは闇を理解するための学び。彼はその泥濘に身を委ねていた。

 

 そんな彼の背後に立つは、一人の少女。

 

「わッ!!!!!!」

 

「ア゛ッ!!!!!!」

 

 突然、少女の甲高くも凛々しい声がグランダルを襲った。いくら不死といえども老人、その驚愕に心臓が痛くなる。思わず椅子から転げ落ちそうになる彼は、けれどグッと堪えて椅子にしがみついた。

 振り返れば、少女が笑っている。闇を理解し、その微睡を受け入れる老人は心の底から殺意を覚えたが、闇はそれすらも受け入れる。

 

 という事にして、心を落ち着かせた。

 

「そんなに驚くとは思わなかったぞ」

 

「……不死よ、久しいな。相変わらずの呪われっぷりよ」

 

 その少女は私。虚の影の森で出会った古い闇姫。

 

「なんだ、皮肉のつもりか?それとも仕返しか?」

 

「あまり老人を虐めるでない……まったく」

 

 呆れてため息を零す老人の前に、少女はガサツに座る。

 

「ここで会えたのも何かの縁だ。闇を理解する者よ、知恵を借りたい」

 

 ふと、悪戯っ子の顔が凛々しくも真剣になる。それに興味を惹かれ、老人はなんだと尋ねた。

 

「闇の落とし子というのを知っているだろうか?」

 

「……ほう。お前さん、どうやらただの古い不死という訳では無いようだ。流石は古い闇姫という事か」

 

 やはりこの老人は私を知っていた。会った事は無いが、闇を語っているのだ。闇の王に近付いた私を知らぬとは思えなかったのだ。

 

「恥ずかしいからその名前はやめろ。というか、やはり知っていたか……あの黒歴史の呼び名が残っているとは……」

 

 あの調子に乗っていた時代ですら、闇姫という名は恥ずかしいと思っていたのに。

 

「ホッホッホ……ようやく一本取れたな、不死よ。それで、闇の落とし子か……」

 

 ふむ、と言って彼は顎髭を触る。

 

「お前さんが知っていることと大差はない。私は落とし子には興味が無くてな」

 

「あくまで人の闇にしか興味が無いか?」

 

「そういう訳でもないが。まぁ、詳しくは知らんが。奴らは、そうさな。深淵の父の破片、とでもいえば良いか。そっちはお前さんの方がよく知っているだろう?」

 

 知っているも何も。戦っている。そして打ち砕いている。あの憎き薪の王と共に。

 

「厄介なものだ、闇というのは」

 

「ホッホッホ……そう悲観するものでもない。闇は全てを受け入れる。よく知っているじゃろう」

 

「ああ。しかも無理矢理な」

 

 ウーラシールが良い例だ。辟易とする私に、しかし老人は思い付いたように言う。

 

「朗報を与えよう。落とし子はこの城の妃だけではない。幾人かが、未だどこかにいるはずだ。そしてそのどれもが、美人であるという……お前さんにとっては一番大切であろう?」

 

「一体どこまで私の事が伝わっているんだ……」

 

 まさか百合であることまで知られているとは。一体どこの誰が伝えたかは知らんが、恥ずかしいからやめて欲しい。女好きのど変態とかで伝わってなければ良いが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、私は篝火に戻り先へと進む。あの老人との出会いは偶然だった。偶々開いた扉の先に落とし穴があり、あの老人の巣穴が繋がっていただけだ。

 ちなみにあの石像がひしめく部屋だが、殆どの扉はハズレで開けたら虚ろの衛兵が待ち構えていた。どうやら彼らもまさか出番が来るとは思っていなかったらしく私を見た瞬間驚いたようなジェスチャーをしていた。

 

 当たりの扉から先へと進み、色々と宝箱があったので略奪する。奇跡や魔法があったり思わぬ収穫を得たが。

 その中でも、この花の作り物は特別だ。

 

「凍った花……なんだ、この力は」

 

 その花は、まるで熱を奪うかのように冷たい。何かの力を感じる辺り、特別な(ソウル)が作り出したのだろう。

 それにしても、冷たいのにどうにも暖かさも感じる。矛盾であるが、この矛盾は闇に近い。また闇か……

 

 その部屋から出れば、どうやら外へと出たようだ。外というかここもまた王城内部なのだが、見晴らし優先のこの通路及び階段は屋外で、見栄えばかり気にしているせいで雨晒しだ。

 足元は滑るし乾かした服はまた濡れるし……嫌がらせか。設計はどうなってんだ設計は。

 

 酸が敷き詰められた通路や、酸を吐く機械などがある辺り侵入者対策もされていたようだ。勝利と感謝と愛の証じゃ無いのかこの城は。

 

 兵士を殺し、階段を登ればおかしな部屋に辿り着く。屋内に入れたのは良いのだが、部屋は狭いし怪しい宝箱はあるし、どう考えても罠のような仮面が部屋の壁に敷き詰められている。

 

 仮面の前を通れば予想通りそれは罠。口から矢を撃ち出すのだ。

 

「設計者出て来いッ!」

 

 腕に刺さった矢を引き抜き、そう叫ぶ。通っただけで作動するんじゃ客人すらも殺してしまうぞ。おまけに宝箱の中もシケている。

 

 雫石を砕きながら次の部屋へ。何やら多少広く、ザイン兵の石像と大きな絵画が飾られていた。

 ザイン兵は一時的に石化されているだけのようで、近付くと襲いかかってきたからサクッと倒す。鎧は立派だが動きが単調だ。

 

 そしてその後、絵画を眺める。それは美しい金髪の女性の絵画である。これが、デュナシャンドラ。

 

「ううむ、美しい……」

 

 この頃には、幾分か気分が晴れていた。闇潜りの爺さんと話したり、罠に掛かって怒りが込み上げたり、そのストレスを兵士達にぶつけたおかげだろう。

 やはり、私は悩むよりも突き進んだ方が良い。例え問題を抱えようとも、それに気を取られるのは愚かだ。

 

「もっと下から……いや絵だから下着は覗けぬか……うわ呪い!」

 

 下心を絵画相手に曝け出し、それに近寄れば呪われかける。どうやらこの絵画も罠であるようだ。愛はどこへいった愛は。

 文句を言いながらも部屋を後にし、階段を登る。ここ階段ばっかりじゃないか。客が疲れるぞ。

 

 と、その時だった。突然、(ソウル)がざわつく。この感覚は闇霊だ。

 

 

━━闇霊 無名の簒奪者 に侵入されました!━━

 

 

 本当にこの城は忙しないな。罠やゴーレムや闇霊……まったく、落ち着いて絵画を眺める事もできやしない。

 闇霊は私の退路を塞ぐようにやって来た。どうにも軽装で、しかも女の聖職者らしい。聖職者のローブを見に纏い、その手には短剣を持っている。舐められたものだ。

 

 それにしても、なんだか見覚えがある。あの尻とボディライン……もしや。

 

「まさかリーシュか?」

 

 こちらに殺意を持って迫る簒奪者に、そう問い掛ければ彼女は足を止めた。止めて、何やらこちらを窺っている。

 そして私に気がついたようで、ゲゲッと後退りした。どうやら本当にリーシュのようだ。ようやく正体を表したか。

 

「ほう、私相手に侵入か。良いのかい?この後君の本体を襲いに行くぞ」

 

 文字通り、百合に塗れさせてやるぞと。そう脅せば、彼女は明らかに動揺していた。嗚呼、闇霊も言葉を話せれば良いのに。彼女の釈明や言い分を聞いてみたい。

 まぁ良い、向かってこようが逃げようが、私の世界に侵入した時点で彼女は罪人だ。罰を与える事は確定した。ルカティエルには悪いが、これは仕方のない事だ。罪人は罰せなければならないだろう。

 

「どうした、来ないのか?ふふ、なら私から行くぞ!」

 

 ソッと背を向ける彼女を追う。どうやら本当に逃げるつもりのようで、彼女は全力で逃げ出した。

 待て待て〜、と私も淑女の尻を追いかける。あの尻に追いついたら何をしてやろうかと興奮しながら駆ければ、彼女は先ほどの仮面の部屋の前で立ち止まった。どうやら罠は彼女にも作動するらしい。

 自ら追い詰められるとは。余程愛されたいと見える。

 

「怖がらないで……大丈夫。私は女の子だから。優しく、温かく、君を愛してあげよう」

 

 顔を引き攣らせるリーシュは、もう無理だと思ったのか仮面の部屋へと転がり込む。そして、その全身に矢を浴びせられた。

 凄惨たる光景だ。だがどうにも彼女の表情は安堵に包まれていた。まさか私に抱かれるよりも死を選ぶとは……

 

「絶対に百合に堕としてみせるぞ……」

 

 暗い野望を抱く。どちらにしろ免罪符は手に入れた。サクッとこの城を攻略した後、リーシュの所へ行ってみよう。その時の表情が楽しみだ……

 

 

 

 

 



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王城ドラングレイグ、王妃

百合回

追記 会話文等の!?の後にスペースを入れた方が良いと助言を頂いたので全話修正につき投稿遅れるかもしれません。なお既に更新していない作品については修正いたしませんのでご了承下さい。


 

 

 しかし本当にドラングレイグ城は天気が悪い。如何に時空が捻れていようとも、一向に雨が止む気配は無いし、むしろ雷が近づいているせいで余計に天候が悪くなってきた。不死に風邪も何も無いが、外に出る度に服が濡れるのは勘弁してほしい。猫のブーツがびちょびちょだ。

 それに、ここは一応愛情の証ではなかったのか。私がデュナシャンドラだったとして、こんな天候が荒れるような土地にその証の王城を築いて欲しくは無い。

 たまたま見つけた隠された篝火で暖まりながらそんな事を考える。愚痴ばかり言っていても仕方が無い。今はリーシュにどうお仕置きしようか考える事が先決だ。王城の攻略は二の次で……

 

 しばらく休憩し、ザイン兵と兵士を蹴散らしながら先へと進む。他の不死なら苦戦するような輩でも、アノール・ロンドの銀騎士達ほど強くはない。奴らはそもそも神の眷属だから比にならないが。

 

 そんな時。何か、広い部屋に出た。広い割には何もなく、敵も配置されていない。

 なんの部屋かと辺りを見回してみれば、この部屋から見通せる遠くの間に誰かがいる。それにしてはサイズ感がおかしいが……どうやらここは、その人物に謁見する間であるようだ。

 

 手すりに寄り掛かり、人工の断崖の先にいる誰かを凝視する。

 

「……なるほど、貴女がデュナシャンドラか」

 

 先程私が見た呪われた絵画。その美貌が遠くにいる。どれだけの(ソウル)を得たらそれ程に大きくなれるのか。その王妃は、離れたここからでも人よりも遥かに大きいと分かるのだ。

 まるで、アノール・ロンドにいたあの女神のように。

 

「試練を乗り越え、よくぞここまで来られました。呪われた不死よ」

 

 労いの言葉は、遠くにいてもはっきりと聞こえる。そういった魔術なのだろう。きっと音送りに近しいものだ。

 私は王妃に対しても動じず、そして頭も下げず。ただ遠眼鏡を取り出して口元を不敵に綻ばせて覗く。ほう、絵画よりもよっぽど美人ではないか。そりゃ王様も言いなりになって巨人の国に攻め入るか。

 

「我が名は、デュナシャンドラ。このドラングレイグの王妃」

 

「ご丁寧にどうも。私はリリィだ」

 

 自己紹介している間も、ジッと彼女を覗く。しかし抱くにも抱かれるにも大きすぎるな。プリシラと同じくらいだろうか。しかしそれも中々良いものだ。プリシラの巨体はそれはもう、何というか、包容力の暴力と言っても差し支えのない程に良かったものだ。

 しかし王妃は少し痩せ気味だ。せっかく王妃なのだから、もう少しふくよかにした方が良いだろう。女の子はやたらと体重とスリムさを気にするが、私からすれば少しくらい肉付きが良い方が……

 

「聞いていますか、不死よ」

 

「ああ、もちろん。聞いているとも」

 

 いかん、見惚れすぎて話をまるで聞いていなかった。彼女は何と言ったんだろうか。

 王妃は少しばかり眉間に皺を寄せて、言葉を紡ぐ。

 

「……王とは、(ソウル)の因果を引き受ける者。かつてこの国の王。そう、名はヴァンクラッドと言いました」

 

 何やら語っているが、私は如何にして彼女とお近づきになれるかしか頭に無かった。不謹慎だが、ルカティエルが居なくて助かった。きっと王妃の前でとんでもない醜態を晒していただろう。

 ……帰ったら、ルカティエルの所へ寄ろう。彼女が元気になっているならば良いのだが。

 

「力を手に入れ、人の王となり……生まれ来る呪い人と対峙するべく……本当に聞いていますか」

 

「聞いている。美人の言葉を聞かない私ではない」

 

 どうにも呆れたように溜息を零しているデュナシャンドラ。憂いを宿す麗人も美しいが、個人的にはもう少し笑ってもらった方が良いかな。きっと笑顔も美しいに違いない。

 

「……ヴァンクラッドの元に赴きなさい。王は二人といらぬのですから」

 

「ほう……なら、私が王となったら是非とも私と愛し合ってほしいな」

 

 彼女の重苦しい言葉に軽口で返す。すると王妃は若干顔を引き攣らせた。そんな顔しなくても良いではないか。今まで墜とせなかった女の子はそんなにいない。きっと彼女もまた、百合に溺れる事だろうさ……

 何なのこの人……という呟きが聞こえるも、体裁は保つ王妃は咳払いして言う。

 

「ならば、王を目指すのです」

 

「肯定したな、王妃よ。否、未来の嫁よ。ふふ、良い、良い。今はまだ他の男の女止まりだが、それもまた燃える。ハッハッハ、ハァ〜ハッハッハ!」

 

 そう言って私は意気揚々に先へと進んでいく。あくまで私は私の人生を楽しんでいるだけだ。王など興味が無い。

 デュナシャンドラは響く高笑いを聞きながら、去って行く私を眺める。その瞳は呆れと恐れが滲み出ており。だが、それも無理は無いのだろう。もし仮説が当たっていれば私は彼女の親の仇だ。恐れるのも当然。

 

 あの化け物が、娘というものに拘っていたのはよく知っている。その死の間際まで娘に縋り付き、そして殺された。

 

 少し疲れたようにデュナシャンドラは肘掛けにもたれる。その様は見た目通りの年齢らしい仕草で、どうにも色っぽい。

 

「……人選、間違えたかしら」

 

 そうして一人呟いた。私を良く知る者達であればきっと頷いてくれるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すぐ先に濃霧が掛かった部屋を見つけたので勇ましく突撃する。すると、どこかで見た鎧を着た騎士が二人、驚いたようにこちらを見た。椅子に座って足を組んでいた辺り、休憩していたかサボっていたか。

 私を見るなり慌てて側に置いていた大盾と斧槍を取る騎士と、大弓を手に跳躍し上階へと移動する騎士……ああ、こいつら竜騎兵か。

 

竜騎兵

 

 

 メイスを取り出し斧槍持ちへと肉薄すると、奴の体勢が整う前に膝へと攻撃する。流石の鎧も膝を打たれ、竜騎兵は痛がるように片膝をついた。

 刹那、私は左手に叡智の杖を取り出し上階で私を射ろうとする黒い竜騎兵へと魔術を撃ち出す。

 

(ソウル)の結晶槍」

 

 結晶化した(ソウル)の槍が、放たれた大矢ごと上階の竜騎兵を吹っ飛ばした。その衝撃で上階を支えていた柱が崩れ、おまけに上階が崩落した。呻き声をあげて瓦礫と共に転げ落ちる弓持ちの黒い竜騎兵。

 膝の痛みを無理矢理抑え込み、斧槍持ちのノーマル竜騎兵が斧槍を横に振るう。それをステップで回避すると、一度距離を取った。

 

「二対一とは感心しないな」

 

 左手の杖をジェルドラの蜘蛛から手に入れたパリングダガーに切り替え、両手を広げて挑発する。だが挑発に怒る余裕も無いようで、ノーマルの竜騎兵が倒れている黒い竜騎兵に肩を貸して介抱している。騎士がそれで良いのか。

 どうやら大弓は落下の衝撃で弦が切れてしまったらしく、黒い竜騎兵は(ソウル)より斧槍を取り出す。良い戦術であったが、相手が悪い。そもそも足場が悪い。

 

 さて、お互いに近接武器に持ち替えての戦闘。数の暴力は不死の天敵だが、今の私は無敵である。なにせあの美しい王妃から言質を取ったのだから。

 早くこいつらを葬ってヴァンクラッドを殺さなければならない。その時が楽しみだ。

 

 まず黒い竜騎兵が攻めて来る。大振りの一撃は、しかし簡単にかわせる。だがその直後にノーマル竜騎兵が突きを見舞ってきた。

 それを、パリングダガーで弾いて体幹を崩す。その隙にノーマル竜騎兵へと攻撃しようとするも、黒い竜騎兵がそれを阻止するように斧槍で突きをしてきた。

 

 だがそれこそ私の目論み通りだ。低めの突きを、片足で踏み付けて押さえ込む。

 

「やはり、お前は接近戦が苦手だな」

 

 そのまま斧槍の上で跳躍し、くるりと空中で回って黒い竜騎兵の背後へと移動しつつ、奴の頭上でその後頭部をメイスで叩く。

 脳震盪は起こさなかったようだが、思わぬ一撃に身体がぐらつく黒い竜騎兵。こいつが接近戦が苦手だと思った理由だが、それは斧槍の振り方だ。力の入れ方や振り方、その全てがノーマル竜騎兵よりも劣っていた。両手で斧槍を握る様が、力んでいるのだ。

 

 着地すると、ぐるりと回転しながらメイスをフルスイングで背中に打ち込む。致命の一撃とはいかないが、かなりのダメージを与えたようでそのまま前のめりに倒れ込んでしまった。

 

「そうら、仲間が危機だぞ!」

 

 パリィから復帰したノーマル竜騎兵がその大盾で私を潰そうとするが、あまりにも鈍重過ぎる。重さは良い。だが、速さも伴わなければデメリットにしかならない。だから私は特大剣や大槌を使わないのだ。

 ステップでシールドバッシュを回避し、盾の内側に入り込む。そしてパリングダガーの刃先を兜のバイザーへと突き刺した。

 

 ノーマル竜騎兵の低い悲鳴と血飛沫が無情にも散らばる。パリングダガーを捻り、引き抜けば竜騎兵は大きくよろめいた。

 

「大発火」

 

 瞬間的に左手に呪術の炎を灯す。そしてその炎を目の前の竜騎兵に向けて爆ぜさせた。爆風と炎に焼かれ吹き飛ぶ竜騎兵。炎上する身体は起き上がる事なく霧と化す。

 

「一人」

 

 カウントする。残った黒い竜騎兵がようやく斧槍を振るって来るが、それをローリングで回避する。そしてまた突きを放とうとし、私は左腕を動かす。

 斧槍の切っ先を、パリングダガーが捕らえる。グルンと回し、横へと弾けば竜騎兵はその無防備さを晒してくれた。

 

 呪術の炎を激らせて、唱える。

 

「黒炎」

 

 それは、私の知る呪術の中で唯一闇を薪とする。黒い炎は地味であるが、その黒い炎は凄まじい重さを持ち、竜騎兵如き簡単に吹き飛ばしてみせた。

 そのまま倒れる竜騎兵に向け、とどめの一発。

 

「火炎噴流」

 

 私の呪術の炎から、火炎が噴き出る。まるで溶鉄城の仕掛けのように勢い良く吹き荒れる炎は、ダメージこそ少ないが今の竜騎兵を葬るには丁度良い。

 炎に焼かれ苦しみながらもがく竜騎兵は、そのうちその動きを止めると霧へと還っていく。もちろん、その(ソウル)を私に奪われて。

 

 

━━Victory Achieved━━

 

 

 

 

 

 

 ルカティエルが、居なくなっている。

 

 

 マデューラに戻り、彼女の調子を確認しようと隠れ家へと赴けば彼女の姿はどこにも無かった。代わりに蝋で書かれたメッセージがあるだけ。そこに触れれば、短いながらも彼女の意志が見てとれた。

 

 ━━私は、私の道を往く。だから心配するな。また会おう。

 

 それだけだが。彼女の私に対する配慮が見てとれた。彼女は優しく、そしてどこまでも孤独なのだ。私はどこか自惚れていたのだろう。彼女と愛し合い、互いを求め、けれど彼女は彼女で他に求めるものがある。

 長く不死であり、亡者にすらなれぬ私とは違い、使命がある。その使命を理解してやれなかった。

 

 こんな苦しいことがあるだろうか。私はただ、少女達のために存在したいだけなのに。だがそれが如何に利己的か、本当は分かっていただろう? 嗚呼、本当に私は愚かであると思い知る。

 ベッドの上には何も無い。彼女の温もりでさえも。私はただ、白いシーツを抱き締めた。彼女にもっと頼ってほしかった。けれど、彼女は違ったんだと。彼女も頼られたかったんだと。

 

 失って初めてその事に気がつく。そうして人はまた賢くなっていくのなら、なんて世の中は残酷なのだろうか。

 

 

 ━━追記。 あまり女を作り過ぎるなよ。許さんぞ。

 

 

 残酷だ。

 

 

 

 

 

 

 

 マデューラ近くの分岐路で、彼女は一人身震いする。

 聖職者を騙る追い剥ぎ。リンデルトのリーシュとはそんな存在だ。彼女が着ている聖女の服装も、その意味も、彼女は知らない。ただ仕立てが良く騙しやすいから。そんな理由だ。

 

 そんな追い剥ぎが、唯一何も出来なかった。王城へと忍び込み、侵入し。けれど相手が悪過ぎた。あの悪魔のような美少女が待ち受けていた。名を偽っているのにあっさりと見破られ、獰猛に追い立てられ。貞操の危機を感じて自ら死を選んだ。その選択は正しいと彼女は思う。

 

 けれど、見破られたのだからのんびりとしていられないのも確かである。絶対あの女はここに来る。そして彼女を貪るであろう。

 だから、早く逃げるべきなのだ。だけど、逃げてどうなる。このドラングレイグは外の世界と隔絶されている。脱出は容易ではない。それに、ここは宝の山だ。危険はあれどその価値は絶大、見逃すなんて彼女には出来ない。

 

 そんな葛藤が、彼女を絶望の淵に追い遣った。

 

 

「リーシュ」

 

「ひぃッ!?」

 

 まったくもって追い剥ぎらしくないリーシュの叫び声。ギギギッと固まりながら声の掛かった方を見てみれば、奴はいる。

 王城でも見たが、前に出会った時はもっとまともな格好をしていた。猫をモチーフにしたブーツのようなニーハイソックスとパンツ。そして擦り切れたポンチョのような黒い衣服。セミロングの灰のような銀髪は、薄汚れた布で片側に束ねている。

 

 リリィ。その界隈では古い闇姫と呼ばれる百合の救世主が、そこにいた。

 

 取り繕う暇すらもない。闇姫はスッとリーシュの目の前まで来ると、尻餅をついている彼女に目線を合わせるが如くしゃがみ込む。そしてジッと、緑の瞳がリーシュを見つめた。

 おっかない。けれどその中に、美しさと幼さが両立する奇跡的な美貌。リーシュは息を呑んだ。

 

「……よく逃げなかったな」

 

 どうにも、機嫌が悪いらしい。いつもよりも低い声色でそう呟く闇姫。

 

「な、何のことでしょう……」

 

「芝居はもう良い。無名の簒奪者、まさか直接侵入して来るとはな」

 

 最早これまで。リーシュは懐から聖鈴を取り出す。そして、あっさりと闇姫の白い手がそれを奪い取った。

 

「そして生意気だ」

 

 短刀は(ソウル)の中に隠してあるが、きっとすぐに奪い取られる。どうしようもない詰み。

 覆い被さるように馬乗りになられ、まるで獰猛な獣のような吐息がリーシュの鼻をくすぐった。甘く、そして血の匂い。それが闇姫の香りに対する印象。

 

「お仕置きが必要だな、リーシュよ」

 

 ヤられる。そう思った時には、目の前の少女喰らいはその柔らかな唇をリーシュに押し付けていた。唇と唇がぶつかり合い、リーシュはもがくも嫌な感じはしなかった。

 それどころか、どうにも身体が熱い。それは宝を暴いた時や他人から簒奪した時のような快感とは異なる……何とも言えぬ快楽。

 

 今まで男に身体を許した事は無い。舐められぬよう、荒く、男勝りに生きてきた。恋なんてする余裕も無い。ただ生き残るために。楽をするために。自分勝手に生きるために。

 

 暴れるリーシュを、けれど優しく少女は押さえつける。包み込むように、抱きしめるように。

 

 

 

 分岐路に嬌声が響く。そこから割と近い場所で闇の探求に勤しむ破門のフェルキン曰く、集中できないから迷惑だとの事。リーシュはこの日、散々闇姫が言っていた百合というものを身を持って思い知り、そして呑まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あんた、どうしたの?タバコなんて吸っちゃってさ」

 

 マデューラの広場で、何かの骨を弄るクロアーナが尋ねてくる。私は艶々の肌で夕陽を映しながら煙草の煙を吐き出すと、答えた。

 

「……慰めとは、正にその通りであるな」

 

「はぁ?ねぇ、煙いんだけど」

 

「あ、ごめん」

 

 苦情を聞き入れすぐに煙草を呪術の炎で消し去る。久しぶりに吸ったが、あんまり美味しく無いな。もう吸うことは無いだろう。女の子からの印象も良く無いし。

 クロアーナを口説き、けれどあっさりと遇らわれ、石だけ買ってロザベナの所へ行く。彼女は相変わらずピエロの格好だ。

 

 リーシュは、堕ちた。あれだけ嫌がっていたのに、けれど(ソウル)はすぐに私を受け入れてくれた。きっと今までそんな愛を向けられた事など無かったのだろう。最初は荒く、けれどずっと愛を囁いて可愛がってあげたら年齢に似合わない幼げな声色と言葉遣いで愛してくれた。

 百合に堕ちる。これこそ愛の極み。去り際に、彼女の方から口付けしてくれるくらいには私にゾッコンである。

 

「元気かな、ロザベナ」

 

 そう問い掛ければ彼女は笑顔で私を迎えてくれる。リーシュのようにお姉様と呼ばせるのも良いが、彼女にはお姉ちゃんと妹のように呼ばせてみたいな。

 いかん、下心が抑えきれていない。

 

「お久しぶりです、お元気でしたか?」

 

「お陰様でね。君も元気そうだ」

 

 その後、しばらく会話を楽しむ。彼女に呪術を教えたり、逆に知らぬ呪術を教えられたり。

 

 ルカティエルの事は、諦めてはいない。彼女は強い。時折天然が出るが、それでも実力は本物だ。私との旅でその剣に磨きが掛かっている。だから、容易に死ぬことは無いはずだ。

 だから、きっと会える。どこかで必ず。その時はいっぱい抱き締めて、愛し合いたい。だって私と彼女は通じ合っているのだから。

 

 女の子とは仲良くするけど……

 

 余談だが、晦冥のカリオンはロザベナの師であるらしい。すっごくどうでもいい。しかもなぜかマデューラにいるし。だが、やや亡者化が進んでいるのかロザベナに無関心らしい。なんて罰当たりな。

 

 

 

 

 

 

 

「君の姉妹に会ったよ」

 

 シャラゴアを抱き抱えながらその毛並みを撫でる。その一言は彼女にどう聞こえたのだろうか。シャラゴアは振り向くこともせず、ただ撫でられる。

 

「感想は?」

 

「君の姉妹だけあって美しいが、少し押し付けがましいな」

 

「あらあら、よく分かってるじゃない」

 

 多分、そんなに思うところは無いのだろう。彼女は猫のままただ撫でられる。嗚呼、この毛並み本当に気持ちが良い。癒される……犬はダメだが。あいつら死ぬまで追いかけてくる。

 くるりと彼女がこちらに振り返れば、シャラゴアは言った。

 

「それで?王様を探していたのに、どうしてこんな所で油を売ってるのかしら?」

 

「手厳しいな。心の疲れを取りに来ただけだ」

 

「あら、嘘ばっかり。女の子を貪りに来たの間違いでしょう?」

 

「ふふふ、君も貪りたいけどね」

 

 いやらしい手つきで背中を撫でるも、彼女はどこ吹く風。そもそも猫は相手にできるのだろうか。

 

「怖いわ、この姿じゃなかったら私まで襲われちゃう。 ……そう考えると姉妹達が哀れで仕方ないわね」

 

「傷付くからそういう事言うのはやめないか?」

 

 猫はどこまでもマイペースだ。私も人のことは言えないが。

 

 

 

 

 




リーシュ、陥落!


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王の回廊、鏡の騎士

仕事の関係でしばらく投稿が遅れる可能性があります。すみませんがご了承ください。


 

 

 

王の回廊

 

 

 

 城を築く王というのは良く分からない仕掛けが好きらしい。

 竜騎兵を倒した先の回廊。私の知る限りでは、回廊というのは中庭なんかを取り囲む階段の事ではなかったのか。だがここには階段なんてものはなく、細長い通路に果てしなく伸びて行く昇降機とそのメンテナンス用の梯子があるだけだ。

 

 王妃曰くヴァンクラッドがいるのはその昇降機よりも更に先であるらしく、できればすぐにでもそちらへと進みたかったのだが……先へ進むための扉には鍵が掛けられている。参ったな。

 仕方あるまい、まずはその鍵を探す事にしよう。昇降機も上がりっぱなしで動いていないので、一先ず梯子を登る。

 

 しばらく梯子を登れば、何やら物々しい部屋へと出た。王城内で戦った石像の騎士と、(ソウル)を捧げる事で動く仕掛けゴーレムが鎮座している……

 ゴーレムが手にしているのは何かの仕掛けだ。きっと、あれが昇降機を動かすものに違いない。

 

 だが困った事に、このフロアの石像は本物の石像らしくまったく動かない。なんだ、予算が尽きたのか。

 仕方なくもう一つ扉を見つけたので、メンテナンスルームから隣の部屋へと侵入する。すると、どこかで見た首無しの傀儡が二体ほど天井から私を殺そうと飛び降りてきた。もちろん転がってその一撃を回避する。

 

「土の塔の傀儡か。ふむ……」

 

 傀儡の動力源は(ソウル)であるから、これは利用できる。一度メンテナンスルームへと引き返し、ゴーレムの前で傀儡達を待つ。考える脳を持たぬ傀儡はまんまとこちらへと駆け寄ってきたので、叡智の杖で魔術を放つ。

 

「乱れる(ソウル)の槍」

 

 傀儡は動きが速いので、連発できる魔術を放つ。杖から放たれる短い槍は傀儡共を貫けばあっさりと殺してみせる。やはり理力の高い私とこの杖は相性が良い。

 全身を貫かれて事切れた傀儡はその(ソウル)をゴーレムへと譲る。するとゴーレムが動き出し、手にした装置を回してみせた。刹那、私が来た方向。つまりは梯子の方から何かが動く音が響く。どうやら昇降機が作動したようだ。

 ふむ、来た道を戻るのも良いが、せっかくだから先程傀儡が降ってきた部屋の先を見よう。宝箱もあったし、何かしらの収穫はあるかもしれない。

 

 と、いう事で先程傀儡が出てきた部屋の宝箱を調べる。一度攻撃し、ミミックではない事を確認してから開けば、そこには聖鈴と魔術のスクロールがあった。当たりだな。

 

「ほう、闇術しか使えない聖鈴か」

 

 クァトの鈴。それは、涙の神と呼ばれる神をモチーフにした聖鈴である。確か哀しみに寄り添う慈悲の神だったか。だがその一方で人を絶望の運命へと導く悪神であるという見方もあった。正直ロードラン以降の神話には疎いからあっているか分からない。ただでさえ神が嫌いだし、神って多いんだもん。だが有用である事は確かだ。あとでしっかりと強化して運用するか。

 

「もう一つは……(ソウル)の大剣だと?」

 

 どうやら杖に(ソウル)で生じた大剣を生み出し、それを振るう魔術であるようだ。なるほど、これは考えたものだ。魔術師の欠点は近接能力に乏しい事である。であるならば、それを魔術で補うのも正しい。

 私の場合左手に杖を持ち右手に近接武器を持っていたから考えた事もなかったが。そもそも魔術をメインに据えて運用するのは危険が大き過ぎる。魔術を扱うための特殊な集中力が切れたらそれまでだし、何よりも詠唱には時間が掛かるものだ。その隙に近寄られてやられるなんて事は侵入先で良く見た。

 

 まぁ良い。これはこれで使い道があるだろう。私はスクロールと聖鈴を(ソウル)にしまう。良い収穫になった。

 

 

 

 どうやらこの城には色々と来客がいたらしい。先へと進めば砂の呪術師やアーロン騎士、そしてチャリオッツやらが我が物顔で闊歩していた。

 どいつもこいつも前に倒した相手なので、とにかく蹂躙して先へと進めば先程の昇降機の部屋へと辿り着く。どうやら一周したようだ。鍵はなかったが砂の呪術師の服装をもう一セット手に入れられたから良しとする。ロザベナに着せちゃおう。リーシュでもいいな。

 

 さて、異常無く起動している昇降機に乗ろうとした私だが、そんな時来客があった。なんとウーゴのバンホルトがいつもの如く蒼い大剣を担いで竜騎兵の間方面からやって来たのだ。

 

「おお、貴公! 久方ぶりよの!」

 

「バンホルト。生きていたか」

 

 どうやら彼もまた、デュナシャンドラと見えたらしい。ふむ、そうなると此奴も前よりは強くなったんだろうか。まぁあの大蜘蛛の時も散々光線を避けては小蜘蛛を蹴散らしていたし、王になる資格は少なからず持ち得ているのだろう。

 とりあえず篝火に座り、情報を交換する。

 

「ルカティエルを見なかっただろうか」

 

 そう尋ねれば、また彼女が攫われたのか、と早とちりされたので事の成り行きを説明する。早合点するのはこいつの悪い癖だ。

 

「否、見ておらぬ。だがルカティエル殿の事よ、きっと健在であろう」

 

 どこか私を慰めるような言い方であるが、きっと彼の事だ、本当にそう思っているのだろう。どうにもカタリナの騎士のようにこの戦士は純真である。

 私もきっと彼女であるならば大丈夫だと信じているが、それでもあの子は天然だ。その天然具合が悪い方向に進んでいないか心配なのだ。

 

 それに、亡者化の事もある。亡者となったルカティエルを見たくない。殺したくも、ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バンホルトと別れ、私は昇降機を登る。彼は一度マデューラに戻るつもりであるとの事だったし、そもそも男と旅をする事なんてもうしたくない。前にそれで最終的に痛い目にあった。

 忌々しい薪の王め……いや、いかんな。昔の事をいつまでも引き摺るのは良くない。悪いのは全てあいつだ。私は悪くない。

 

 ていうかこの昇降機どこまで行くんだろうか。長すぎないか。もうすぐ天井なんだが。

 迫り来る天井を前に、ようやく昇降機が止まる。どうやら終点のようだ。昇降機を降りて目の前の扉を開けば、何やら客室のような場所に出る。だがそれ以上に目を引くのは……

 

「なんだ、これは……檻?」

 

 部屋の中央に大きな檻があり、その中に誰か囚われているのだ。しかもその囚われた誰かとは可憐な少女であり、啜り泣いている。ムムム、と私の目が少女をフォーカスする。

 薄い緑の肩が出たドレスにブロンドの髪……なんという破廉恥な見た目であろうか。いや破廉恥に感じるのは私の感性のせいであるが。

 

「君、大丈夫かね?」

 

 罠である可能性も否定はできぬ。けれどあんな可愛いものを見せられて黙っていられるほどヤワでもない。

 だが彼女は私を見向きもしない。うぐぐ、それなりに魅力はあるつもりだがこうもこちらに興味が無いとなると傷付く。泣いている理由も気になるし……

 

 と、不意に横から気配がした。目でそちらをちらりと見てみれば、赤い闇霊がいるではないか。クソ、罠か!

 鎧を着込み刀で襲撃してくる闇霊。咄嗟にステップで距離を取り、こんな単純な罠に嵌められたという屈辱で頭に血を昇らせながら対峙する。

 

「良い度胸だなこのド畜生が!」

 

 そう叫び、左手のパリングダガーで振り下ろされる刀を弾く。すかさず右手のレイピアで鎧ごと貫けば、闇霊はあっさり息絶える。クッソ〜、弱いのは良いが女の子を餌に釣ろうだなんて。

 私は檻を再度調べようとし……

 

 

「うっわ」

 

 

 今更、檻の鍵に気がつく。女の子に目を奪われていたせいでその異常さに気が付かなかった。

 檻の扉、その鍵とは。扉に括り付けられた亡者であった。頭に何か鍵のようなものを取り付けられており、何やら蠢いて自身をアピールしている。なんで気が付かなかったんだろうか。

 

 どうやら亡者の頭に付けられた鍵が扉の鍵であるらしく、解錠するには亡者の頭を弄る必要がある……鍵の形状からしてピッキングできそうだが、したくない。気持ち悪い。一体どうしてこんな仕掛けを思いつくのだろうか。王は変態か?

 

 とりあえず、部屋を探索する。檻は……一旦置いておこう。

 回廊の鍵は案外あっさりと見つかったので、今度は少女をどうするかと思案して。

 

「……また、今度」

 

 流石の私もあの亡者を弄りたくない。マジで気持ち悪い。

 どうやら放置されると分かった亡者は何やら悶えていたが、私は何も知らん。放置されるのもまた良いなどと、理解できん。

 ……まぁ、女の子に虐められるのも悪くは無いかもしれないが。だが断じて私は変態ではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局鍵は先ほどの変態の間に置かれていたので、それを回収するとさっさと昇降機を降りる。あんな所に長居したくない。閉じ込められた挙句変態と一緒にいなくちゃいけないなんて可哀想に。

 拾った鍵で開かずの扉を開く。すると現れたのは長い廊下。明かりは外の雷鳴と薄らと灯る松明があるのみで、なんだか気味が悪い。

 奥には濃霧が見えるので、きっとその先にこのエリアの主がいるのだろう。それなりに強い(ソウル)を感じる。

 

 バンホルトとはもう世界が別たれたようだ。先程白い他世界の霊体が見えた。

 この廊下は一本道で迷いようが無い。けれど左右に配置されている石像のせいでどうにも落ち着かない。まるで見られているようだ。嫌な予感がする。

 

 廊下を中程まで過ぎれば、やはりその予感は正しかった。またかと言うべきか、何体かの石像が動き出す。どうにも王城地下で戦った兵士の石像とは異なるようで、その造りは精巧である。おまけに両刃剣を持っている。技量寄りの戦士か。

 

 一体だけならば簡単に倒せるが、不死の天敵はいつだって数の暴力だ。ならば私も全力を出して屠らねばなるまい。

 迫る石像の騎士……リンドの騎士に、新たに導入した狂戦士の刀剣と叡智の杖を試す。両刃剣は技量寄りの武器であり、手数で押すのを得意とする。ならば私も技量で対抗し、あらゆる手段を用いてその倍の数を用意する。

 

 私をぐるりと囲むリンドの騎士。石像のくせに趣きというのが分かっているらしい、ジリジリと互いに様子を探りながら武器を構える。

 相手は四体。そして目の前の一体が両刃剣を回転させて迫る。

 

 それを皮切りにタイミングをズラして騎士たちが襲い掛かる。まずは一番近い敵からだ。

 

 狂戦士の刀剣で両刃剣を捌き、杖で相手の腰を引っ掛けてこちらに寄せる。そして私と先頭の騎士と位置を入れ替えると、左から襲撃する騎士を相手取る。

 少なくとも、先頭の奴と位置を入れ替えたおかげで背後を取られることは一時的に無い。

 

 二体目の攻撃は突き。足を振り上げ、そのまま刃を踏みつけると無効化する。すぐさまもう一体が攻撃を仕掛けてきたので刃を踏み台に宙へ飛び、攻撃を回避する。

 敵の全員が上を見上げ、赤い瞳で私を捉える。

 

(ソウル)の大剣」

 

 空中で新たに習得した魔術を使用する。杖に収束した理力はとてつもない大きさの剣となり、それを振るえば一度に二体も石像を砕いた。

 ふむ、威力は申し分無い。けれどもっと効率良くできるはずだ。それに短くも速くもできる。これは要改善だな。

 

 着地と同時に残った二体が同時に迫る。右側の騎士が剣を振り上げ、左側は突きの姿勢。

 振り上げられた腕を先んじて刀を握る拳で打ち付け、突き刺そうとする刃を杖で弾く。石像に打ち付けた拳が痺れるが構わない。

 振り下ろせないまま制された騎士を、杖で瞬間的に作った小さな(ソウル)の大剣で斬りつけ、怯んだ隙にもう一体を刀剣で打ち付け怯ませる。

 

 それを何度も繰り返す。攻撃されそうになったらすぐに制し、反対側を攻撃する。するととうとう騎士の石像はボロボロと崩れだし、その役目を終えてしまった。

 

「ふぅ……即席でも何とかなるものだな」

 

 (ソウル)の大剣を最小で作り出し、その威力とリーチを引き換えに短剣が如く叩きつける。物理に強い石像相手なら魔術の刃はよく効くから、短剣でも問題はなかった。

 

 さて、雫石を砕いて拳の痛みを取り払うと濃霧の前へと至る。どうやらバンホルトも石像の騎士達を打ち倒したようで、彼の白い霊体が濃霧を潜っていく。私も負けていられない。

 何やら協力してくれるらしい者のサインがあるが、私より強いと思えないのでスルーしよう。私は濃霧に手を触れる。

 

 

 

 

 濃霧を潜ると、庭のような場所に出た。

 

 整頓された石畳。きっとさぞかしお高いのだろう、このように亡国となっても尚その庭の威厳と壮美は失せぬ。けれど吹き荒れる雷雨がそれを尽く汚していく。悲しいかな、王の愛の結晶であるこの城も、自然には勝てぬ。いつかはこの雷雨にすべて消し去られるのだろう。

 

 随分と大きな盾だな、と思った。

 

 庭の中央に居るその荘厳な鎧の騎士は、のっそりとした人らしく無い動きでこちらへと振り返れば、左手の大盾をこちらに向ける。

 姿見の如く大きな鏡をそのまま盾にしたような大盾。けれどその盾からは何かしらの力を感じる。

 

 古く、王の真の従者になる事を望む者は、この場において鏡の騎士と戦う試練を課されたという。つまり目の前の騎士はヴァンクラッド王に挑むための試練らしい。その試練とやらがどれ程のものか、試させてもらおうじゃないか。

 

 

鏡の騎士

 

 

 まるでそれが戦いの合図と言わんばかりに、鏡の騎士が跳躍する。

 私の身体の二倍ほどもある巨体で、力に任せて飛ぶ姿は圧巻だが私もやられに来た訳ではない。前方へと転がって鏡の騎士の振り下ろしと押し潰しを回避する。

 

 右手の狂戦士の刀剣をメイスに変える。どうやらこの騎士、見た目は単に(ソウル)を多く溜め込んだだけの騎士だが動きから察するにゴーレムの一種なのだろう。ぎこちない動きも、その割に凄まじい脚力も納得がいく。

 鏡の騎士と改めて対峙すれば、騎士はその大剣を自らの頭上に掲げた。

 

 刹那、落雷が大剣に落ちる。そしてその雷は大剣に灯ったのだ。無理矢理なエンチャントだ。嫌いじゃないが。

 

 やや離れている私に、鏡の騎士は剣を振るう。すると剣から雷が放たれる……魔力的なものかは分からぬが、どうやらあの大剣は帯電性があるようだ。

 

 それは、単なる不死や人間相手には絶大な威力と畏怖を齎したに違いない。

 奇跡でも無い限り、雷という超自然的かつ神話的な物質は人を恐れさせるには十分だ。雷など、扱える人間の方が少ないのだから。

 

 けれど、それがどうした。雷など散々受けてきた。あの憎き薪の王も扱っていたし、戦ったのだから。

 

「それは一度見たぞ」

 

 不死に同じ攻撃は通用しない。人とは学び進化する可能性の化身故。

 放たれた電撃をメイスで受け止め、同時に跳躍する。いなすだけならば楽だ。けれど私に雷なんて使ったんだ、それ相応の罰は受けてもらう。

 

 跳躍しながら回転し、勢いをつける。ゴーレム風情が分かるわけもない。それは正しくこの時代、この場所において秘技なのだから。

 

「雷返し」

 

 多少右手は痺れるが、痛くもない。空中で受けた電撃を逆に打ち返せば、それは矢の如く束ねられ、鏡の騎士へと当たる。

 どうやらそれなりに雷への耐性があるようで、あまり怯んではいないようだがノーダメージとはいかないようだ。それに、きっと雷を利用することは奴のとっておきの一つだったに違いない。図らずとも奴の手を一つ潰したことになる。

 

 私が着地すると、体制を立て直した鏡の騎士がこちらに鏡の大盾を向けた。最初は防御体制かとも思ったが、どうやらそうではないようだ。

 

 くぐもった鏡の奥底。まるで鏡の中に世界があるかのように、映る景色が蠢く。

 蠢き、私は確かに見た。鏡の中に潜む霊体を。青黒い霊体はドンドンと内側から鏡を叩く。まるで闇の底から這い出る闇のように。

 

 鏡が砕け、大盾の中から霊体が出てくる。どうやら他世界の侵入者を召喚したようだ。これはかなり厄介だ。

 一番恐ろしいのは大きな敵でも犬でも竜でもない。私と同じ不死人。順応し、適応し、戦い抜く不死人こそ最も恐ろしい敵である。

 

 

「……おい、言ったはずだぞ」

 

 

 けれど、その姿を見た瞬間怒りも込み上げてきた。

 

 戦斧を持ち、旅装束に鎧を施した男の霊体。その霊体は私を見た瞬間、後退りして固まった。

 

「クレイトン。私に刃を向けたら殺すと。そんなに死にたいようだな貴様」

 

 その闇霊、ミラのクレイトンは絶望する。目の前で宿敵をあっさりと虐殺してみせた相手と相対してしまった事実に。

 

 だがそんな事を知る由もない鏡の騎士はこちらへと走り出す。きっと鏡の騎士を先に屠ってしまったならば、召喚しているクレイトンは元の世界に送還されるだろう。

 そんな事は許さん。一度刃を向けた者を、特に男を、許しはしない。ぶち殺す。

 

 杖からクァトの聖鈴へと持ち替え、それを構えて詠唱する。邪魔な騎士は足を止めさせてもらう。

 

「闇の飛沫」

 

 闇術の極み。シンプルかつ、避けようの無い闇が鏡の騎士を襲う。

 盾で防ごうにも、闇は重いのだ。放たれた飛沫は盾ごと鏡の騎士を吹き飛ばせば、クレイトンのすぐ横をその巨体が通り過ぎた。

 

 刹那、私も駆ける。雷が迸るメイスを片手に。ゴロゴロと鳴る雷鳴も私に味方してくれている。私の人間性が、雷すらも恐れさせている。

 跳躍する。跳躍し、都合良く落ちる雷をメイスで受ける。やる事は変わらぬ。回転し、勢いをつけ、それを打ち出す。

 

 常人に避ける事など叶わぬ。雷は光。光を避けるなど、私やあいつでなければできるはずもない。

 放たれた雷にクレイトンは為す術も無い。ただ全身を痺れさせ、迫る死に対抗もできぬ。

 

「呪われた地で虚しく死んで行け」

 

 クレイトンの目の前で呟き、その手足をメイスで砕く。声を発せぬ霊体が苦しんでいるかは分からぬが、その表情は歪んだまま。

 倒れ込むクレイトンの顔面を、メイスで潰す。

 

 

━━Invader Banished━━

 

 

 潰したと同時に、右手のメイスを狂戦士の刀剣へと変更。闇が効くのであれば武器種は厭わぬ。

 過去にあのコミュ障フェルキンから購入していた闇の武器を詠唱すれば、狂戦士の刀剣が更に黒く妖しく光る。闇属性のエンチャントだ。

 

 ダウンから復帰していた鏡の騎士が剣を振り上げる。だがその一撃は重いだけで、私に弾かれる。

 二撃目の薙ぎ払いも、タイミングを合わせて完全に弾く。そして三撃目の突きを、思い切り踏みつけて無効化する。

 

 突きは良い。けれど使う相手を見極めるべきだ。

 

 踏みつけた大剣を引いて戻す鏡の騎士へと刀剣を振るう。すると強靭な鎧が嘘のように引き裂かれた。これこそ闇の恩恵。光すらも飲み込む、悍ましい深淵の一端。

 怯んだ騎士の膝を踏み台に、その巨体を駆け上がれば頭上を通り越して背後へと組み付く。

 

I’m invincible(私は無敵故),I’m unavoidable(逃げる事は叶わぬ),I’m undebatable.(その余地すらない)

 

 そしてその重鈍な身体では何もできぬ。首元へと刀剣を突き刺し、一気に心臓も貫けばゴーレムの(ソウル)が砕けたようだ。

 どんな巨体でも、その心臓部を砕かれれば終わる。ドラングレイグの試練など、そんなものだ。

 

 刀剣を引き抜き、身体から飛び降りれば鞘へと刀剣を戻す。同時に鏡の騎士の身体が崩れ、(ソウル)の霧へと化し散っていった。

 

 

━━Victory Achieved━━

 

 

 

 

 

 

 その頃ルカティエルも、同じく鏡の騎士を屠ったところであった。

 けれど彼女は相棒であり恋人である少女とは異なり、灰の騎士の霊体も呼んだし苦戦もした。けれども何とか勝ってみせた。

 

 だが、何度も死んだ。死とは恐ろしいものだ。普通は死んだら終わりだが、不死は死んでも復活する。すると、おかしな話だが死に慣れるのだ。

 あれだけ呪いによる自己の喪失を恐れていたはずなのに、今では当たり前のように死ねる。

 

 だから、不死は忘れてしまう。死ぬのが当たり前なのだと。けれど死ねば死ぬほど、人間性というものは失せていくということに。



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アマナの祭壇、唄うデーモン

 

 

 長く、長く。まるで罪を贖いにいくかのように。私は果ての無い大穴を降り続ける。それはここ、ドラングレイグの秘部。目に触れさせたくない、或いは光に晒したくないどこか。誰にでも、見られたく無いものはある。そっとしてほしい事はある。

 けれどそれで私を止める事などできない。私は進み続けるのだ。例え何が待っていようと。

 

 この暗く、死の蔓延る木の洞、その底へと。そこにある祭壇へと。絶望を焚べるために。

 

 

アマナの祭壇

 

 

 ドラングレイグ城の地下。そこは、いつかロードランで見たような大樹の洞である。広く、わずかな光しか届かないこの洞は地下水で満ちており、辛うじて歩けるような場所があるだけ。けれどあちらこちらに遺跡のような物があるということは、文明があったのだろう。最早朽ちて久しいその場所に、まともな生命などいるはずもないが。

 水死は勘弁願いたい所だ。不死は水との相性が悪すぎるせいか、水に浮くことができない。もし辛うじてある道から足を踏み外せば待つのは苦しい死だ。今の所、ドラングレイグに来てからは死んでいないからこのままノーデスを貫きたい所ではある。

 

 だが、ここにいる敵はなんだ。最早不死となって長く、死すらも許されない亡者。そんな亡者が変質し、動物とも人とも取れない形状になっている。人間性とは可能性であるが、こうなってしまう可能性でもあるのだ。あのウーラシールの住民のように、ただ暴走させてしまったのだろう。

 自分がそうならないという確証は無い。けれど、そうはならないという自信がある。ただ美しく、強かでありたいだけなのだから。

 

 不意に、歌声がこの洞に響き渡る。遠くはないようだ。そしてこの歌声が、どうにも(ソウル)に響く。これは鎮魂歌なのだろうか。故に水辺に潜む亡者達は、こちらが手を出さない限りは大人しい。まるで癒されているかのように、その歪んだ表情は安らかだ。

 

 水辺にある近くの建物。そこから歌声が響いている。この美しい歌の歌い手がいるのだろうか。できれば美人が良いな。化け物だけは勘弁してほしい。

 建物に近づくと、歌声が止む。どうやら私の存在に気がついたようだ。まぁ水辺は音が出やすいから仕方あるまい。それよりも、歌が止まった事により敵が活性化しないか心配だ。

 警戒しながら建物に入れば、見知った姿があった。

 

「おや。君は……別人のようだ」

 

 緑のドレスに美しい金髪の女性。それは、王の回廊の上層に囚われていた少女と瓜二つ。けれど顔の細部はかなり違う。別人だ。

 

「あ……近づいてくる気配がして……つい、歌を止めてしまいました……ごめんなさい」

 

「いや、こちらこそすまない。まさかこんな所に君のような美しい女性がいるとは思わなかったからね」

 

 一礼して礼儀正しく格好良く。けれど女性は首を傾げた。

 

 しばらく、彼女から色々と情報を貰う。するとどうやら彼女達はミルファニトと呼ばれる者達であるとのこと。そして、彼女達ミルファニトは死者達のために歌い続けるだけの存在であり、何も知りはしない。王の事さえも。自らの事さえも。

 まるで機械の部品のような存在。それが、ミルファニトなのだ。

 

 貰ったつるすべ石を見上げ、この地の闇について考察する。

 どうやら……というよりも、彼女達の言葉から察するにかつて私が滅ぼした“王の器”の者が深く関わっているようだ。ロードランに居た時に奴らの事は書庫で調べ尽くした。私が知らないということは、このアマナの祭壇ができたのは二回目の火継ぎの後だろう。

 まぁ、あの時は王の(ソウル)を回収するために殺してしまったが、そうでもなければ関わる必要はまるでない。だから奴の残留思念だか何だかが知らないが、それが今何をしていようが興味もないのだ。少女達を監禁し歌い続けるための道具にしたのは許すつもりはないが。

 

 さて、ミルファニトの少女の頬に別れ際にキスをして先へと進む。ちなみに意味を分かっていないのか、首を傾げているだけだった。罪悪感が凄い。

 すると、何やら魔術師のような連中が道を塞いでいる。面倒だ。

 

 どうやら亡者のようではあるが、連携が取れているあたりまだ理性はあるようだ。こちらに刃を向ける時点でアウトであるが。

 女性の魔術師と男の僧侶の組み合わせ……何かおかしい。そいつらを返り討ちにし、身包みを調べる。どうやら僧侶の方はリンデルトの出立ちらしい。

 

「……戒律の厳しいリンデルトの僧が、魔術師といるだと? ふん、随分と二枚舌じゃないか」

 

 リンデルトは聖職と奇跡の国だ。故に、メルヴィア由来の魔術とは相性が悪い。仮にリンデルトで魔術を使おうものならば一発で処刑だろう。

 それがいくら亡者となり理性が薄れようとも一緒にいるのはおかしい話だ。むしろ、理性が薄れるからこそ本能的に嫌う魔術には近寄らない。それにこの服装。(ソウル)を読み取ればどうやらリンデルトの古竜院の正装だ。

 

 古竜院とは、リンデルトにおける暗部である。秘術を伝えると言われる彼らは、しかしその存在は知られていても内部を知られる事はない。ふむ……聖職と奇跡はあくまで国の顔であるだけか。ならばこいつらは何を隠している?

 

 

 

 

 それにしても、ここは広い。虚ろの大樹の中も広かったが、ここはもっと広過ぎる。

 魔術師がそこらに配置されていて狙撃してくるし、遮蔽も少ない。おまけに竜騎兵やら何やらが邪魔してくる。

 腹が立つのでこちらも魔術で狙撃し、時には回避しながら接近してこの手で引き裂いてやれば粗方敵は居なくなる。それに収穫もあった。水没しかけている宝箱を探れば、奇跡のスクロールを見つけたのだ。

 

 太陽の光の剣。かつて私が神を殺して奪い、そして薪の王にあげたものだ。あれは原典であるが、これはその写しのようだ。懐かしいものだ。今の私には信仰が足りないから扱えないだろう。もう少し信仰に(ソウル)を振るか。黄金松脂よりも強いならば使い道がある。

 

 

 その後は厄介な魔術師やなぜか潜んでいたサイクロプスを屠りながら進んで行く。土の塔で見かけた変なキノコのような生き物も全部殺す。気持ち悪いし酸を吐くから良いことはまるでない。なんであんな生き物がいるんだ。

 そしてまた、歌が聞こえ出す。ミルファニトの歌のようだが、それにしては響すぎじゃないだろうか。声的には一人のようだが、声量がおかしい。なんだ、巨人のミルファニトでもいるのだろうか。

 厄介な事に今いる水没地帯にも魔術師と古竜院の僧侶共がいるのだが、配置がどう考えても私を食い止めようとしているものだ。参ったな、いくら私でも少しは手こずりそうだ。

 

「そんな時にはフェリーシアちゃん!」

 

 私が拍手すると、すぐ手前で召喚した協力霊が槍を掲げるポーズを決める。

 勇猛なるフェリーシア。全身に鎧を着込み、大盾と突撃槍を手にする勇ましい女性騎士だ。バイザーから覗く顔は端正で実に美しい。強い女性は大好きだ。二人ならばこの死地も切り抜けられるだろう。……本当は、ルカティエルがいれば良いのだが。

 

「じゃ、頼むよ! 期待してるからね!」

 

 フェリーシアの尻を触りながらそう激励すれば、彼女は割と満更でもないのか頷いてみせる。かわいいなぁ、全身鎧だから尻も鉄の感触しかしないけど。

 さて、そんなこんなで二人で洞窟を飛び出し奴らが待ち構える水辺へと進む。すると案の定魔術師が魔術を放ち、古竜院がメイスを持って近付いてくる。

 一度柱に隠れ魔術をやり過ごし、ちらりとそちらを覗けばなんとフェリーシアは魔術なんて見向きもしないで突撃していた。二つ名の通り勇ましいが、ボコスカ魔術とメイスでリンチされている。良いのかそれで。

 

 仕方なくポンコツな白霊を助ける事にする。魔術師を手早く弓で狙撃し、こちらに迫る古竜院の一団へと(ソウル)の大剣を見舞う。

 着ているローブに多少は魔術耐性があるのだろう、だが私はビッグハットすらも超えた魔術師だ。私の(ソウル)の大剣はさっくりと古竜院共を両断してみせた。

 

「大丈夫かフェリーシアちゃん! フェリーシアちゃん大丈夫か!?」

 

 最早死にかけているフェリーシアちゃんをタコ殴りにしていた古竜院を片付け、彼女に回復の奇跡を施す。ルカティエルよりもポンコツだぞこの子。

 だが彼女の災難はそれだけでは終わらない。突如、脳が震えて見知った警告をされる。

 

 

━━闇霊 奇妙なキンドロ に侵入されました!━━

 

 

 名前から奇妙な魔術師が侵入してきた。水場は足が取られて走り辛く、戦いにも支障が出る。おまけにフェリーシアちゃんは全身鎧のせいでただでさえ動くのが遅い。ここはもう速攻片付けてしまおう。

 ふと、すぐそばに宝箱があったので蹴り開ける。すると何やら赤く錆びた両刃剣があったのでそれを拾い上げ、侵入してきて早々ポーズを取っているキンドロへと駆けた。

 

 キンドロは魔術師らしく、駆け寄る私を見て焦り杖を掲げているがもう遅い。

 重厚な両刃剣を回し魔術を放とうとするキンドロを真っ二つに両断すれば、この水場から敵は消え失せた。いちいち格好つけるから即殺されるんだぞ。

 

━━Invader Banished━━

 

 

 さて、フェリーシアちゃんに回復の奇跡を用いて回復させてやると先へと進む。どうやらこの祭壇の主が近いらしく、やや強い(ソウル)を感じる。近づく度に歌声も近くなるし、もしや女性巨人が主か。素晴らしい。

 私を先頭に洞窟の扉を開けると、不意に視界に誰かが入った。

 

「ミルファニトか」

 

 それは、先程出会った古き死者の歌い手であるミルファニトの内の一人。けれど今目の前に居る彼女は歌の代わりに啜り泣くだけである。てっきり姿を見た瞬間彼女の歌声が響いていたのかとも思ったが、違うようだ。一体どうしたのだろうか。

 話し掛けようとして手を伸ばすも、ミルファニトは泣き腫らした顔でこちらを見るとどこかに転送されてしまった。いや、もしや今のは霊体だったのだろうか。

 フェリーシアちゃんが泣かした〜、みたいなジェスチャーをしてきたので首を横に振ってそれを否定する。私は断じて少女を泣かしていない。泣かされた事しかない。多分。

 

 とにかく、気を取り直して先へと進めばいつも通りの濃霧が現れた。(ソウル)の気配も強くなってきたし、どうやらここにボスがいるのだろう。

 二人で濃霧を潜る。例え濃霧の拒絶が強かろうと私はサッと抜けられるのだが、この時代に生まれた者たちはどうにも霧を抜けるのが苦手らしくフェリーシアちゃんは少し時間が掛かっていた。

 

 さて、我々が出た場所は随分と広い場所であった。そして歌声の主はその水に塗れた広場の中央に陣取っている……

 

「うっわ」

 

 思わず声を漏らす。美しい歌声の主は美しい巨人なんかじゃない。まるで巨大なガマガエル。その口部分に巨大な亡者のような顔がある。グロテスク過ぎる。

 

 

唄うデーモン

 

 

 唄うデーモンはこちらを認識すると歌うのをやめて口を閉じて顔を隠す。ふむ、見るからにあの顔は弱点なのだろう。それにカエルの身体は案外堅そうでダメージが通らなそうだ。

 下は水浸し、相手も両生類の出来損ない。ならば雷を使うのが良いかもしれない。これはあの奇跡の出番だろう。

 

「太陽の光の剣」

 

 左手で聖鈴を鳴らし、先程拾った赤鉄の両刃剣を掲げる。すると地中にいようがお構い無しに空から雷が降って来て両刃剣に纏わりついた。

 その間にフェリーシアちゃんが突撃し、防御態勢に入っている唄うデーモンに突撃槍を突いている。しかしやはりあのカエルの身体は物理耐性に長けているらしく、まったく効いているようには見えない。

 

 両刃剣へのエンチャントが終わり私も駆け出すと、いよいよ唄うデーモンが動き出す。口から顔をひょっこり出すと、なんと両腕も口から飛び出てきた。びっくり箱みたいだな。

 デーモンは巨大な両腕を広げると、せっせと突いているフェリーシアちゃんを抱き上げる。わーわーっと暴れる女騎士。私も抱きしめたい。

 

 デーモンがフェリーシアちゃんを地面へと叩き付ける。細い見た目に削ぐわぬ破壊力は全身に鎧を纏おうとも無視できるものではない。

 

「気色の悪い化け物がッ!」

 

 フェリーシアちゃんに気を取られている隙に両刃剣でデーモンの下顎を削る。ロードラン式整形術を食らうと良い。

 だが流石に下顎をボロボロにされてはデーモンもたまったもんじゃないらしく、ポイッとフェリーシアちゃんを投げ捨ててその無駄に長い腕を振るって攻撃してくる。

 剣で受けられるほど両刃剣の扱いに長けていないから、一度離れて攻撃をやり過ごす。あのリーチの長さは厄介だ。

 

「大丈夫かい? 随分ボロボロだけど」

 

 突撃槍を杖代わりに立ち上がるフェリーシアちゃんを心配すれば、彼女はガッツポーズをして健在であることを示す。その割には鎧はひび割れているが。

 と、その時急に唄うデーモンが立ち上がった。二本足で伸びるように立ち上がれば、両手を伸ばしてその巨体でこちらを押し潰そうとしている。それは不味いな。

 

 フェリーシアちゃんの手を引いて横に走る。離れるように走っては押し潰しに巻き込まれてしまうだろう。ギリギリ私達は押し潰されずに済んだが、いくら頑丈な鎧であろうともあの巨体に押し潰されたら死ぬだろう。

 長期戦はこちらも望まない。ならば一挙に殺してしまいたいのが本音である。

 

 どうやら唄うデーモンは顔を隠している際は視界が奪われるせいで何もできないらしい。

 私は踵を返すように唄うデーモンの隠れた顔前へと迫る。硬い皮膚だ、流石に魔術も通らないか。ならば。

 

 両刃剣の切っ先を閉じた口に突っ込む。刃は半ば程までしか突き刺せなかったが、それで良い。先端くらいは唄うデーモンの顔に触れている。

 左手に聖鈴を取り出し、奇跡の物語を脳内で詠唱する。

 

「雷の槍」

 

 聖鈴に太陽の力が集まる。それは大王グウィンを象徴する雷。最早名すら残らぬ、哀れで偉大な王。

 雷は槍状になり、いつでも投げられるであろう。けれど、今回はその槍を応用する。利用するのは雷の力だ。

 

 突っ込んだ両刃剣目掛けて雷の槍を放つ。すると元から太陽の光をエンチャントされた両刃剣が、より一層眩い雷の光を放つ。

 そしてその雷は、カエルの中に潜むデーモンにも伝わり。当然の如く水辺に棲むであろうこのデーモンには毒となる。

 

 閉じた口の中から焦げるような臭いと煙が漏れ出す。感電しているようだ。

 

「もう一発!」

 

 更に雷の槍を両刃剣に撃ち込む。ちなみに術者である私にこの雷は迸らない。安全装置の一つである。

 何度も何度も雷の槍を打ち付ければ、その度に煙と臭いが強くなる。バチバチと漏れ出る雷は、フェリーシアちゃんですら近付けない程にえげつない。

 

 数十発、雷の槍を撃ち込むと私は口に突き刺した両刃剣を引き抜いた。すると次第に閉じていた口が開いていく。

 完全に開き切れば、雷で焼け焦げた唄うデーモンがその醜い顔を苦悶の表情で歪めている。だが意外にもまだ死んでいないようだ。

 

I’m invincible(私は無敵故),I’m unavoidable(逃げる事は叶わぬ),I’m undebatable.(その余地すらない)

 

 ならばとどめだ。太陽の光の剣によって雷を纏っていた両刃剣は、雷の槍を撃ち込まれた事によって更なる光を纏っている。跳躍し、一気に剥き出しの眉間へと両刃剣を突き刺す。

 バチバチと迸る電撃は、デーモンの脳を焼き切る程だ。感電してビクビクと震えるデーモン。私は両刃剣を引き抜きながらその額を切り裂いた。

 

「気色の悪い貴様らにはお似合いの最期だ」

 

 両刃剣にこびりついた血を払うと、唄うデーモンが倒れて(ソウル)の霧と化す。イザリス産のデーモンではないようだが、それにしては趣味が悪いな。

 

 

━━Victory Achieved━━

 

 

 

 

 

 

 

 

 祭壇は、あくまで祈りを捧げる場でしか無い。

 

 長く、暗い昇降機を降りた先。そこにこそ祈りを捧げる者達の安寧の地がある。

 

 汝、眠りを妨げる事なかれ。死者はただ、眠り、泥に浸かり、そして消えゆくのみ。

 死とは誰にでも平等に与えられる安息。ならばそれを冒すは人でなし。安らぐ場すらも与えられぬ。

 

 私に良く似合う。死すら与えられず、殺し奪い続けるだけの化け物。それは私、不死である。

 

 ここから先は死者の臥所。不死などと、存在自体が冒涜であると、そんな場所。

 

 

不死廟

 

 

 そこは最初の死者により与えられた、死者達の安息の地。

 

 

 




大変遅くなりました。また投稿が遅れます。


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不死廟、死者の守り手

 

 長い昇降機を降りてすぐに見つけた篝火に火を灯す。すると、いつしかのように点火と同時に篝火が爆ぜて私の身体が吹き飛ばされる。空中で回転し床に叩きつけられるのを防ぐと私は打刀を構えて警戒するのだが。

 

「……貴公、普通に出てこれないのか」

 

 篝火を覆うように、それはいたのだ。前にジェルドラのはじまりの篝火で出会った謎の木の老人。人間性が変質し、もはや亡者ですらなくなった不死人。

 それの大きな顔はどこか笑むように顔を歪めると言う。

 

 ━━フフフ、見知った顔だ。

 

 敵意は全く無い。それどころか、私とこの場で出会う事が嬉しいと言ったような声だった。相変わらず人が出して良い声質ではないが。

 刀を納めてその異形の前に立つと、そいつは口を開き語り出す。

 

 ━━亡者よ。苦難に挑む者よ。何故そうまで呪いを乗り越えようと望む。

 

「呪いを解こうなどと考えてはいない。ただ行く先々に苦難があるだけだ」

 

 呪いなど、関係が無い。薪の王に敗れ私の抱く願いが打ち砕かれた時から、最早そんなもの望んじゃいないのだ。

 暗闇に咲く百合の大輪も、その美しい様も。夢は夢、儚いものだ。かといって私の方向性は変わらないが。昔よりも現実的になったに過ぎぬ。

 

 それに、知っている。皆が呪いと思い込み、乗り越えようと思っているものこそ。

 人の本質であると。人の根源、人間性そのものであると。であるならば、乗り越えるというのは間違いでは無いだろうか。乗り越えるのではなく、共存しなければならない。いつか訪れる変化まで。目の前の異形のように。

 

 ━━生は眩しく、そして誰もがそれに囚われている。

 

「生きることこそ本能だ。生に囚われぬ者など、ただの亡者に過ぎん」

 

 異形は笑う。嘲笑う。

 

 ━━かつて光の王となった者は、人という名の闇を閉じ込め……そして人は、仮初の姿を得た。それこそが世の理のはじまり。

 ……人は皆、偽りの生の中にある。例え如何に優しく、美しくとも、嘘は所詮、嘘にすぎない。亡者よ、それでも尚、お前は安寧を望むのか?

 

「違うな。嘘も今では真である。どこぞの薪の王が齎したルールも、けれど今では人の縁だ。私は安寧を望むのではない。ただ戦い続けた先に辿り着くだけだ」

 

 前提が違う。こいつは歪んでいる。かつて私が神々についての真実を知った時と同じく。此奴もまた、神に対して思うところがあるのだろう。

 だが、私と異なるのは此奴は人であるまま克服しようとしていることだ。あの時、私は闇の王となり光を閉ざすことで人の時代を築こうとした。こいつはただ、諦めているだけなのだ。何も変わらぬ時代の移り変わりに。ただ醜く、惨いものだけを見続けている。

 

 全てが嘘であると定義し、美しいものに目を向けず。なんと憐れで愚かだろう。

 

 ━━かつて王に近付いた者、ヴァンクラッドはこの地に。王とは何か。生まれ持つ器でもなく、定められた運命でもなく……

 ……お前が何を望むのか。それはお前自身すら未だ知らぬ。またいずれ、亡者よ。

 

「今度は普通に出てこい」

 

 異形は消え去る。まるでそこになど居なかったかのように。

 王ヴァンクラッドはデュナシャンドラが言っていたようにこの不死廟にいるようだ。ならば足を止めるわけにはいくまい。

 篝火に触れ、消耗した武器を復活させると私は薄暗い不死廟へと進んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 不死廟という名の通り、やたらと墓場から出てきましたと言わんばかりの亡者が沢山いる。

 おまけにこの不死廟を護っているのか闇術を扱う魔術師も行く手を阻んで来るので大変邪魔だ。別に一体一体ならば相手にはならないのだが、複数で纏まって相手をするのは骨が折れる。おまけにここはアマナの祭壇と異なり陽の光が一切入らないせいで明かりは備え付けられた松明しかないから薄暗いったらありゃしない。

 

 それでも何とか皆殺しにし、通路を進む。暗さといい地下といい、まるでロードランの巨人墓場だ。

 

 その時、明かりが一歳ない部屋へと辿り着いた。あまりにも暗過ぎるので、周囲が一切確認できない。所々の松明のせいで暗順応が間に合っていないのだ。

 周囲の確認も含めて松明を取り出し、火を灯そうとする。しかしそんな私を誰かが言葉で引き止める。

 

 

「止まれ」

 

 

 部屋の中から響いてきた声に、私は警戒を深める。

 

「人間よ。決して明かりはつけるな。これは警告だ、ここに光を齎す者は、誰であろうと許さん」

 

「墓守か?」

 

 尋ねれば、上から気配がした。どうやらこの部屋はそれなりに広く、上の階があるようだ。

 敵ではなさそうだが、まだ安全と決まったわけではない。用心しながら段々と慣れてきた目と空気感を頼りに上階へと向かえば、そいつはいる。

 

 死者のように青い肌。それを隠す黒衣。声と同じく見た目は男のようだ。

 

「我はアガドゥラン。この廟の守り手。ここは無数の死者の安息の場所。闇という安息に包まれている。光は何もかもを暴き立てる。そんな無遠慮なものは、ここには不要だ」

 

「……貴公、最初の死者の使徒か」

 

 そう尋ねれば、アガドゥランと名乗った墓守は感心したように声を鳴らした。

 

「ほう……貴様、古いな。神々の地があった頃からの生き残りか」

 

 察しが良い。まぁ最初の死者の配下の者ならばそれくらいは知っているだろう。目の前の男は顔色は悪いが、第二の故郷であるロードランの事を知っているせいで妙に警戒が解けてしまう。まるで地元を知る人に会ったかのようだ。それに、彼は単なる墓守で敵意は無さそうだ。周りにいる墓守共も含め。

 

「我はファニト。死を紡ぎ、護る者」

 

「さっきアガドゥランって言ってなかったか?」

 

「……ファニトは役職だ」

 

「ああ。あ、続けて」

 

 水を刺されて何とも言えない顔をする自称ファニト。最初の死者の配下とあって、ミルファニトと名が被っている。ややこしい。

 

「かつてこの世界に死を齎した者から、この役目を授かった」

 

「最初の死者であるニトか」

 

 脳裏に浮かぶは巨人墓地の最奥に潜んでいたあの骨の集合体のような死者。当時の私は弱かったこともあって苦戦した。今なら簡単に殺せるだろうか。

 と、いうかやはり死者だけあって殺し切れていなかったか。まぁ良い、あの時の目的は王の(ソウル)の回収だったし。

 アガドゥランは然り、と肯定してから話を進める。

 

「この地はあらゆる者が眠っている。遥か遠い遠い昔から。富める者も貧しい者も、賢者も愚者も、死の前には皆同じよ。貴様もあの男に会いにきたのか?あの、ヴァンクラッドとかいう者に」

 

 頷き肯定する。奴に会えというのがスレンダー美人王女様の命令だ。

 

「あの者なら、この奥にいる。これまでにも城の使いとやらが何度かあの者を連れ帰ろうとしたが……今は皆、ここの土の下に眠っている」

 

「王直々に殺したのか?」

 

「否。あの者が仕掛けた守り手に殺されたのだ。よほど誰にも会いたくないと見える」

 

 鼻で笑うアガドゥラン。守り手か、骨のある奴ならば良いが。ここ最近、(ソウル)の割には全員あまり強くなくて歯応えがない。順調に私が強くなっているのも原因だが。戦いと強さ以外ならば百合しか楽しみがないのが悪い。

 

 それから少しばかり彼と話せば、どうやらアガドゥランはロードランに関する知識はあっても彼の地には行ったことが無いらしい。目の前に闇の王になりかけた女がいるというのに人間は闇を見ようとしないだとか何だと講釈垂れている。若造を見るのは微笑ましい。

 ふと、彼が腰に下げる刀に目が行く。刀身はもちろん鞘に納められているので見えないが、どうにも力のある業物らしく私の(ソウル)が反応している。敵ならば殺して奪い取れば良いが、そうもいかないので諦めよう。

 おまけに礼儀を弁えていれば取引にも応じてくれるようなので、彼から品物を幾つか買ってから先へと進む。まさかエリザベスの秘薬を持っているとは思っていなかったが。

 

 

 

 

 さて、アガドゥランから買い物を済ませて先へと進む。その道中で何やら懐かしい潰れた瞳のオーブを拾った。もちろんこれが恨みを向ける矛先はあの金ピカの裏切り者では無い。潰れた瞳のオーブ自体は極度の恨みがあれば現れるものだ。

 

 無縁墓地のような、墓石が乱立した場所へと出る。すぐそばに篝火があったので一度休息してから先へと進もうとすれば、何やら無縁墓地内で鐘が鳴った。

 なんだなんだと見てみれば、地面から這い出た亡者が鐘を鳴らしたらしい。それ自体は別にどうでもいいのだが、どうやらその音色は古い魂を呼び起こすものらしく、大きめの墓石から青いローブを纏った亡霊が襲いかかってきた。

 

 珍しいことに、その亡霊が持つ剣は魔法の触媒にもなるらしくやたらと剣先から魔術を放ってくる。しかも(ソウル)の槍だ。

 あんなものを見たら物欲が止まらなくなるじゃないか。剣にも杖にもなる武器とは、まさに私ピッタリ。

 

 と、不死の悪い所が出てしまい数時間ほどその場で亡霊を狩ってしまった。結果的に亡霊が持っていた服や武具を全て手に入れることが出来たので良しとしよう。

 

 内心良い物を手に入れたと喜び、亡者共を蹴散らしながら進んでいくと、脳が揺れる。この感覚は闇霊か。面白い、ならば手に入れたこの剣を試そうではないか。

 

 亡霊から奪った剣、ブルーフレイムを手に闇霊を待つ。すると、

 

 

━━闇霊 無名の簒奪者 に侵入されました!━━

 

 

「……ほう?」

 

 なんとあれだけ百合に溺れさせられたリーシュが侵入してきたようだ。ふむ、まだ調教が甘かったのだろうか。

 だが角の向こうからリーシュがやって来ると、私は自分がとんだ勘違いをしているのだと思い知らされる。相変わらず奇跡のカケラもない短剣を手に現れた彼女は、ニタリと笑うと荒い息で舌舐めずりし始めた。

 両手で頬を押さえ、まるで感極まったと言わんばかりの表情で……

 

「……まさかとは思うが」

 

 こっちが話しかけようとして、彼女が何かを口にする。霊体は声が出せない。故に、はっきりと口を動かし……

 

 

 み つ け た ♡

 

 

 見つかっちゃった。

 どうやら私の調教が未熟だった訳では無いようだ。むしろ、百合に溺れ過ぎ、私という百合の華にゾッコンであり、それを手に入れるためにやって来たのだと。彼女の顔はそう言っている。病んでいる。百合の狂気に侵されたようだ。

 

「……リーシュ、まったく」

 

 ため息混じりに迫るリーシュを相手取る。壁から襲い掛かる亡霊を屠りながら、彼女の短剣を弾き。そして彼女の体幹を崩して押し倒した。

 

 馬乗りになり、肩を押さえて身動きを取れなくすればその唇に私の唇を重ねる。ねっとりと濃厚に、お互いの唾液が混じり合い、舌を重ね合えば引き離した。

 

「そんなにお仕置きしてほしいのかなァリーシュちゃぁん?」

 

 思わず私の顔も狂気の笑みへと変貌する。嗚呼、これもまた愛だ。狂い、どす黒く、けれど愛であることには変わりない。刃を交えようとも良い。むしろ新たなアプローチだ。ただ愛でるのではなく、殺し合い、奪い合い、貪り合う。なんて素晴らしい!

 

 リーシュはうっとりとした表情で口付けの催促をしている。まるで構ってと悪戯する子猫のよう。

 ならばと私も構うことにする。口付けし、身体を弄り合い、背後で潜んでいた闇術士がドン引きして立ち去ろうが気にしない。

 

「お、ごッ」

 

 ふと、吐血した。脇腹に鋭い痛みを感じて口付けしたまま目だけでそちらを見れば、リーシュが短剣を突き刺している。困った子だ。

 私も彼女の腹部にブルーフレイムを突き立てる。まさかレディアの亡霊もこんな事に剣が使われるとは思うまい。互いに吐血し、けれど唇は離さぬ。ザクザクと刺されようともこの程度で死ぬ程ヤワではない。

 新たな百合の模索。これこそ啓蒙。後の世の神々はきっとこの行為に引くかもしれないが、構いはしない。お前らも大概だぞ。

 

 そのうち血塗れで互いを貪れば、リーシュが根を上げた。失血死のようだ。

 満足気な表情でサクッと(ソウル)が砕け、彼女が消えて行く。それを見て私も仰向けにその場に寝転がり、エスト瓶の中身を飲んでみせる。

 

「……ちょっとハードかな」

 

 感想。本音を言えばこの戯れはたまにで良い。だって痛いもの。

 

 

━━Invader Banished━━

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「狩人様……」

 

 私の愛しい彼女が瞳に憐れみを抱いてこちらを見てくる。それに耐え切れず、私はテーブルの上に突っ伏した。

 分かっている。これは私の黒歴史だ。最高に尖っていた頃の自分なんてみたいはずがない。居るとすれば最高にナルシストだぞそいつは。

 

「そんな目で、見ないでくれ。いくら私でも傷付く」

 

「ごめんなさい……けれど、何と言えば良いのか、分からなくて……」

 

 何も言わなくて良い。慰められるとむしろ惨めになる。私は溜め息混じりに紅茶を飲み干す。苦味のあるアールグレイが舌に染みる。

 正直、ドラングレイグ時代の私は一番恥ずかしい。無駄に強かったせいで敵は居らず、天狗になってひたすらに百合を求めていた。生きる快感を望んでいた。

 

 まぁこの少し後にそれも落ち着くのだが。自分が書いた自分の伝記を愛娘であり恋人でもある彼女に聞かせるなど、すべきじゃなかったかもしれない。けれど、そうしなくてはならない理由もある。だから今更止めるわけにもいかないのだ。

 

 気を紛らわすように腰に下げていた装飾の入った短銃を弄る。クルクルと回る短銃は、しかしむしろ私を煽っているようにも思える。

 

「……続けていい?」

 

「どうぞ。私は、貴女が好きですから。どんな性癖があっても、それは変わりません」

 

 無垢な言い方はしかし私の心を底に落とすだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 アガドゥランが見たら発狂して襲いかかってきそうな行為を終えて不死廟を探索すれば、何やら広い通路が出てきた。通路の先から強大な(ソウル)を感じる……王がいるのだろうか。

 道中の事はあまり覚えていない。色々と疲れていたからだろう。

 通路の終わりにはドラングレイグの親衛隊が、王へと至る道を護っているようだ。竜騎兵までいる。

 

 とりあえずため息まじりに通路のど真ん中を歩けば、鐘が鳴り出す。すると左右の柱からレディアの魔術師の亡霊が現れて攻撃を仕掛けてきた。どうでもいいが、やってくるなら相手をする。

 

 取り出したのは先ほど奪った小盾であるマジックシールド。魔術師が放つ魔術をすべてパリィすれば、魔術師達に魔術が跳ね返って行く。便利な代物だ。

 それだけだと殺し切れないので、ブルーフレイムで魔術を使用する。敵の数が多いため、強力な槍は使わず(ソウル)の太矢で殺し切る。

 何だ何だとやって来た王国兵士共は左手の盾を呪術の火へと切り替え、混沌の嵐で蹂躙する。

 

「退け。雑魚に興味は無い」

 

 燃え盛る竜騎兵の首を黒騎士の斧槍で跳ね、敵を殲滅するといよいよ通路を渡り終えた。

 

 

 

 

 

 

 

 イカ。

 

 最初に見た時、そんな感想を抱いた。

 

 (ソウル)を溜め込んだのだろう、その守り手の身体は私の二倍以上もある。

 黄金の鎧に身を包み、イカのように特徴的な兜を被る騎士。手にするのは巨大なメイス。しかしただのメイスではない。先端が大きな鐘になっているようだ。趣味悪いな。

 その騎士は立ち上がれば、こちらへと振り向き鐘を鳴らしながら武器を構える。

 

 彼こそヴァンクラッド王が信頼を置く騎士。ドラングレイグ最強の男。かつて仲間であった反逆者を打ち倒し、その力を見せつけた守り手。

 

王盾ヴェルスタッド

 

「イカのデーモンかと思ったぞ」

 

 私の挑発など聞く耳持たず。彼はただ討ち滅ぼすために対峙する。

 

 

 




会社の夏休みなので登校します。


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不死廟、王盾ヴェルスタッド

誤字報告などありがとうございます。


 

 

 

 

 昔、昔。もうずっと、前のことだ。

 

 仲間だった男がいた。隣で背中を預けていた男がいた。

 

 自らの記憶の中にいるその男に、色はもう無い。まるで灰のように白黒で、顔すらもはっきり覚えていない。

 

 若い頃に二人してやがて王となる男に挑み、そして敗れた。完膚なきまでにボコボコにされ、けれどその若さと勢いを買われて騎士となった。

 騎士となって、互いに競い合い、そして沢山の戦場にて数多の武勲を立てた。

 

 気が付けば、自分達は王の盾と矛などと称され、双腕となっていた。

 

 

 信じていた。

 

 ずっと、きっと戦いで死ぬまで。

 

 双腕として王に仕えるのだと。信じていた。

 

 だから、自分の半身くらいに思っていたその男が、禁忌を犯した時、怒りよりも失望と喪失感が自らを埋め尽くした。

 

 叛逆者となり剣を向けるその男に、けれど容赦などするはずもなく。王の盾として自らの役目を果たし、男を降した。

 

 後悔があるとするならば。

 

 その場で、友を殺せなかったことだろう。

 

 この墓場で、ずっと終わりの時を待ち、けれどそれだけが胸にある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不吉な鐘が鳴る。

 

 男が一歩石畳を踏み締める度、存在感とその身に溢れる強大な(ソウル)を主張しているようだ。

 大きな(ソウル)に空気が震え、私の(ソウル)がそれを求める。偉大で、強大な(ソウル)を喰らいたいと。不死の業とはそういうものだ。

 

 だが、それくらいが丁度良い。

 

 かつてのロードランでの戦いでは、全てが脅威であった。何度も死に、その度に人間性を擦り減らし、いつか殺してやると不屈の闘志を抱いて強敵に挑んだのだ。

 それがここではどうだ。最早終わった土地、腐りゆく(ソウル)。今や神代の時代は終わり、人は神の恐ろしさと悍ましさ、そして強さを知らぬ。故に今人が抱く強さとは私にとってはそうとはならぬ。

 

 嗚呼、嬉しいぞ。久しく忘れていた死闘。目の前の男はそれを齎してくれるだろう。

 

 

 黒騎士の斧槍を構える。

 

 かつて、私が神殺しを成し遂げた時の得物。正確には同一のものではないが、重量も長さも全てが同一。全力を出すのにこれほど適しているものはない。

 

 王盾が鐘を構える。大きな躯体から放たれるであろう一撃は、私程度ならば一撃ですり潰せるだろう。不死院のデーモンと良い勝負だ。

 

 

 王盾二人分程の距離に奴が迫った瞬間、大きく鐘を振り上げる。叩きつけのモーション。対処させる事で私の力量を測るつもりか。

 振り下ろされる大鐘をステップで回避する。いや、おかしい。鈍重なモーションで放たれる大鐘如きで私を試すなどと、私の(ソウル)を感じ取れるのであればするはずがない。

 

「ッ!」

 

 グンッと、大鐘が直角に曲がる。縦に振り下ろされるはずだった鐘は、横へと逃げた私を追うように迫った来たのだ。

 冷静に、私は斧槍で大鐘を弾こうとする。だがその大質量を弾き切ることはできない。故に斧槍で防御しつつも大鐘にそのまま飛ばされ、全てを受け流す。これで良い、ダメージはなし、距離も取れた。斧槍を床へと突き刺して慣性を殺す。

 

 どうやらお眼鏡にかなったようで、ヴェルスタッドの構えがより一層力の篭ったものになる。

 今の一撃を受けた感じ、防御は効果的とは言えないだろう。相手の体幹を削り切る前にこちらが潰される。ならば攻めに転じるしかあるまい。

 

 今度はこちらから攻める。瞬間的にクァトの鈴を左手に召喚し、闇の飛沫を放つ。

 私の闇術は今の信仰を必要とするものではなく、理力に依存するタイプであるためその威力は凄まじいが、しかし王盾はそれを大鐘で受け止めてみせた。どうにも闇術耐性が高いらしい。

 

 だがその隙に全速力で左手へと回り込み、斧槍で足を斬りつける。

 確かな手応えを感じた。足甲と肉を斬った感触。けれど決定打には程遠い。

 

 振り回される大鐘を回避し、また距離を取る。部屋の柱ごと粉砕するとは、まるで処刑者スモウを見ているようだ。

 

 ふと、王盾が大鐘を引っ込めて突撃の構えを取る。刹那、真っ直ぐに突き出される大楯。跳躍し、隙だらけのイカのような兜を踏み付け背後に回る。

 

 そしてそのまま背中を斬りつけようとして、突然身体が吹き飛ばされた。

 

「オッぐッ!!」

 

 空中で回転しなんとか着地すると、王盾を睨む。いつの間にか奴は足を突き出して後ろ蹴りをかましていたようだ。見た目に似合わず素早くもあるようだ。

 乙女の腹を蹴り飛ばすとは、騎士の風上にも置けぬ不届き者が。だが戦いとは実はそれで良い。男も女も関係がない。強弱も無く、信念も関係が無い。ただ殺し合う。どちらかが死に、次の戦いへと赴くまで。

 忖度など存在しない。それが戦いだ。

 

 蹴られた腹部の埃を払い、雫石を砕く。そしてまた互いが見つめ合う。

 どうやら奴は私の機動力と手数の多さを危惧しているようだ。一見すれば私はすばしっこいだけの技量戦士だが、その実魔術や奇跡、そして闇術に至るまで習得している。闇の飛沫を受けただけでそれを理解したとは、奴の経験と腕は本物なのだろう。

 

 だが倒せない敵ではない。そんな者、いるはずがない。

 

 左手にパリングダガーを握る。これは私の意志の表れ。純粋な武力で貴様を討ち取ると、私は暗に告げている。

 それを受け取ったのかは知らぬが、ヴェルスタッドはくるりと大鐘を回して両手で保持する。そしてそのまま突撃を敢行してきた。

 

 大鐘を振り回すと、周囲の柱や壁ごと打ち砕いていく。一見すると適当に振っているようで、しかしこちらの逃げ道を塞ぐように攻撃をしている。実に厄介だ。

 ステップや跳躍、そして斧槍で攻撃を弾く。

 

 確かに強い。破壊力もあれば経験もある。だがもう見切った。大振りな大鐘では攻撃の手段が限られるのだ。奴ができるのは大鐘の攻撃と自身の身体を使った打撃のみ。で、あるならば対処は容易い。先程の蹴りは素早いが、奴の筋肉を見るにスタミナはそこまでないだろう。あれは速筋の類だ。

 数発王盾の攻撃を受け流し、その時はやって来た。鐘による突きだ。

 

 パリングダガーを構える。回し、最適な角度で大鐘を迎える。

 

 小さな短刀であるパリングダガー。その切っ先が、巨大な大鐘の先端を捕まえる。

 

「お、ッラアァ!」

 

「……ッ!?」

 

 莫大な質量を誇る大鐘を、強引に弾く。筋力はそこまで強くはないが、そんな私でも今の鐘は簡単に弾けた。腕は痺れたが。

 単にヴェルスタッドは鐘を一度に振りすぎたのだ。故に多少疲れ、筋力があまりない私に弾かれた。それだけのことだ。

 

 晒した隙を逃さず、斧槍を喉元目掛けて突き刺す。しかし寸でのところでヴェルスタッドの左腕が斧槍の軌道を逸らした。そのせいで喉元には刺さらず、右肩を抉るだけだ。

 まさか私の一撃を逸らすとは。良いじゃないか、一撃で死なれては困る。良い戦士ならば尚更だ。

 

 斧槍を引き抜き距離を取る。ゼロ距離を維持するのは得策ではない。さて、どうするか。

 

 

「……貴様のように、技に長けた奴を知っている」

 

 

 不意に。無口であった王盾が語り出す。低く威厳のある声は、しかし思っていた以上に理性的だ。

 斧槍に着いた血を払い、出方を見る。するとヴェルスタッドは片膝をついて大鐘の柄を床に叩き付けた。

 

 嗚呼、なるほど。そういう事か。あの大鐘は単なる打撃武器ではないようだ。同時にあれは闇術の触媒であるようだ。

 何度か彼が鐘を鳴らせば、それに呼応するように闇が這い出てくる。彼の(ソウル)が闇に染まり、不吉な黒いオーラがその躯体を包む。

 

「ふむ、武とは力だけではないことは分かっていたんだがな。闇術の効き目が薄かったのは貴公も闇術使い故か。しかし王国の騎士が闇術とは。時代は変わるのだな」

 

 闇を纏い立ち上がるヴェルスタッド。だがあれだけの闇を纏っても理性はしっかりとしているようだ。中々に強靭な精神力を持ち合わせていると見る。

 

「人とは、闇なのだ。オレはただそれを表現しているに過ぎぬ」

 

「ほう! 若造が闇を語るか、面白い! ならば私に見せてみよ、貴公の闇を!」

 

 両手を広げ、その闇を受け入れる準備をする。単純に奴が使う闇術に興味がある。もしかすれば、私の知らぬ闇術かもしれない。そうなれば技の一つや二つ盗んでみたいのだ。

 ヴェルスタッドは鐘を鳴らし、闇術を展開する。床に魔法陣が描かれ、闇の球が複数召喚されるとそれは円を描いて私を追尾し出した。厄介な技だ。速度があるから追尾性は低そうだが。

 

 近づく闇の球を前ステップで回避する。だがこれは闇術発表会ではない。ヴェルスタッドは私のステップの終わり際に、大鐘を振るって来たのだ。

 

「案外嫌らしいな」

 

 斧槍で受け流しながら呟く。だがその間にもまだ闇の球が私を狙ってくる。

 ならばとマジックシールドを取り出して弾けば、闇の球があらぬ方向へと飛んで行く。しかし喜ぶ暇もなく、ヴェルスタッドは大鐘を振るった。

 

 けれど、人の本質が闇であるならば。そしてその闇を抱くのが人間性であるならば。奴は忘れている事がある。

 

「その技は見切っている」

 

 最小限の動きで大鐘を回避すれば、一気に懐に潜り込み足を切り付ける。そしてすぐさま背後へと回り込む。

 すると王盾は先程のように後ろ蹴りを放つのだ。その速度は最早肉眼でも捉えるのは困難だが。

 

「それも見切った」

 

 斧槍で足を小突けば、あっさりとヴェルスタッドの蹴りが外れる。

 

「ぬぅ!?」

 

「私は不死だぞ」

 

 不死を相手に、二度目は無い。同じ技は二度も通用しない。

 きっとあまりにも長い間、ここを守ってきたのだろう。そしてその膂力と闇で数多の敵を葬ったのだろう。それも一瞬で。で、あるならばここまでの長期戦は早々無かったはずだ。私のように手強く、諦めぬ者はいなかったはずだ。だから忘れている。一番恐ろしい者は何かを。

 嗚呼、残念だよ。王盾と称された貴公ですら、私やあいつ(薪の王)に及ばぬか。ならばもう興味は無い。

 

 片足立ちの状態のヴェルスタッド。その足に、斧槍を突き刺す。

 膝に刺さった斧槍は、その巨体を転がすだけの威力がある。バランスを崩し仰向けに倒れる王盾。すかさず私は跳躍した。

 

 空中の私に、ヴェルスタッドは仰向けのまま大鐘を投擲する。その判断や潔さは目を見張るものがある。けれど、相手が悪すぎるのだ。

 空中で回転し勢いを付け、放たれた大鐘を斧槍で弾く。天井を粉砕する大鐘は、そのまま突き刺さると音を鳴らすことも無くなった。

 

 最早打つ手のないヴェルスタッドは、拳で迎え撃とうともしたが先に私の斧槍が彼の胸を貫いた。

 

I’m invincible(私は無敵故),I’m unavoidable(逃げる事は叶わぬ),I’m undebatable.(その余地すらない)

 

 いつものようにそう告げれば、私はより一層斧槍を強く押し込む。同時に、ヴェルスタッドの(ソウル)が砕ける。勝負が決した瞬間だった。

 柄を握り、引き抜けばしっかりと赤い血が噴き出る。奴の闇も、この赤さに塗り替えられるのだ。

 

「惜しいな。貴公は英雄足り得ると思ったのだが」

 

 斧槍の血を払えば、王盾ヴェルスタッドの身体が霧散していく。その全てが私へと流れ込み、遺志となる。流石は王の守護者、満足の行く(ソウル)を蓄えているな。

 

 

━━Victory Achieved━━

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全ての名誉も地位も捨て、王盾が守っていたもの。それが今、目の前にある。

 人とは(ソウル)を蓄えれば蓄えるほどに巨大化する性質がある。今戦っていた王盾ヴェルスタッドが良い例だろう。人だけではなく神々や動物もそうではあるが。私が巨大化しないのは、多分集めた(ソウル)を消費してしまっているからであろうな。

 

 目の前の亡者もまた、その例に漏れない。

 

 最早頭に授かった王冠など、意味を為さない。その重みも、歴史も。被った本人すらも覚えていない。

 世界に一つだけの豪奢な鎧もまた、単なるゴミクズとして放置されている。故にそれは、恥部を隠すだけのぼろ布だけを纏うだけ。

 

 ただ、唯一。本能だけは殺しを覚えているのだろう。片手で引き摺る大剣だけは、離すことはなく。ずっと、共にある。

 

 真に王になれず、愛する者から見捨てられ。その果てが、こんなものか。

 

 

「……ヴァンクラッド王よ」

 

 

 薄暗い広間で徘徊するだけの亡者、ヴァンクラッドは答えない。(ソウル)が枯渇しても尚、私に襲い掛かるどころか興味すら示さないのは辛うじて残る人としての誇りなのだろうか。

 

 デュナシャンドラも異形の者も、暗にヴァンクラッドに会えと言っていた。だが今やその王は亡者となり、世界の終わりまでこの広間を徘徊するだけである。最早会話などできるはずもない。

 王となるため。或いは、呪いを解くため。そのどちらも私としてはどうでも良い。王になどなるつもりもなければ、私の不死としての呪いを解く必要もない。そも、不死の呪いとは呪いにあらず。不死であることは人の業。

 

 だが、そうだな。その果てに亡者になってしまうのであれば、それを呪いと称するのは正しくもある。そして、亡者になってほしくない人がいるとするならば。

 

 ヴァンクラッド本人に価値はもう無いだろう。乱雑に置かれている衣服や鎧を調べる。

 

 その中に、未だ力を宿している指輪を見つけた。古いルーンが刻まれた地味な指輪だ。けれど、どうにも懐かしい何かを感じる。これは、火の力だろうか。

 

 それを手にし、指に嵌める。そして(ソウル)を読み取ると、ヴァンクラッドが何を成し得ようとしていたのかを理解した。

 

「呪いは呪いでしかない。例え始まりの火を求めても、新たな呪いが生まれるだけだ」

 

 振り返り、未だ徘徊を続けるヴァンクラッドに語る。彼は、強い(ソウル)を得る事で呪いを統べようとしていたのだ。けれど、(ソウル)もまた呪われている。呪いを克服しようと呪いを得れば、更なる呪いが待つだけだ。

 そうした先に、彼は最初の火の炉へと至ろうとしていたのだろう。薪を焚べて、呪いを抑える為に。

 

 新たな呪いを手にし、私は帰還の骨片を砕く。最早、何もない。哀れな亡者を救うこともない。それこそ彼が望んだ未来。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あの男に会ってきたのだな、人間よ」

 

 薄暗い中、青白い口元を動かしてアガドゥランは言った。右手の薬指に嵌められた指輪を翳し、頷く。

 

「生とは常に不当で、無慈悲なもの。貴様の行く道は殊更にな」

 

「分かっている。今まで一度もすんなりと事が進んだことはない。困難ばかりだ」

 

 ロードラン、ドラングレイグ。そのどちらも血の歴史。輝かしい英雄譚などありはしない。ただひたすらに殺し、百合に浸っただけの人生。だがそれもまた私なのだ。否定はしないしさせはしない。

 彼は笑うことはせず、寄り掛かる身体を起こして腰に挿さる刀を抜く。

 

「いつの日か、そなたにも安らぎが訪れよう」

 

「安らぎは、停滞だ。停滞は澱む。そしていつか腐り果てる。ならば私は、留まれない」

 

 だとしても。彼はそう言って刀を私に手渡す。

 

「死は、平等に与えられる安らぎなのだ。如何に貴様が大罪を犯し、闇となろうとしたとしても」

 

「……知っていたのか」

 

 その刀を、手にする。

 

「その刀は餞別であり印だ。いつか貴様が来た時のための」

 

 その時が、来るとは思えぬが。きっと彼なりの思い遣りなのだろう。死ぬ事を許されぬ私への、同情なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 轢き潰され。闇に焼かれ。叩き潰され。何度も何度も死に晒し。けれど諦める事などあり得ない。

 自分が死ぬ間にも、きっと愛する孤独な乙女は先へと進んでいる。ならば足を止める事など許されない。

 

 いつか隣に並ぶため。荷物にならないために。彼女の剣となれるよう。

 

 翁の仮面の内と外。自らと相手の血がこびり付くのも躊躇わない。ただひたすらに、ようやく得たチャンスを逃さないように。大剣を振り下ろす。

 

 イカのような兜から覗く顔面へと。何度も何度も突き刺して。けれど偉大な騎士は中々死なず、馬乗りになられて頭を刺されているのに拳をぶつけてくる。

 

 それがどうした。

 

 自らの顔面の骨が折れようが、手を止めない。するとその内、相手が動かなくなった。

 

 けれど手を止めない。何度も何度も滅多刺し、(ソウル)へと霧散しようとも。

 

 死への恐怖など最早無い。死に続けることでそれが当たり前になってしまった。

 何のために、自分はこの地に来たのだったか。一体何を恐れていたのか。死に続け、擦り減る人間性の果て。彼女の記憶も失せかける。

 

 けれど、忘れないこともある。それだけを頼りに、彼女は殺し殺され続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 玉座を求めよ。

 

 王の指輪を得た私に、デュナシャンドラはそう語った。だがそれが根本的な解決になるとは思えぬ。呪いとはそんな単純なものではなかろう。もし(ソウル)を得て玉座に至ることで呪いが解けるのであれば、そんなものロードランで終わっているのだから。

 大王グウィンが恐れたのは、広がる闇が光を覆い尽くすことだ。人に課した枷が、火の衰退と共に解かれるのを恐れたのだ。故に彼は、自らを焚べて火の時代を長らえさせた。

 それが例え、問題の先延ばしにしかならぬと知っていても。

 

 それを知らぬヴァンクラッドではなかったはずだ。だからこそ彼は(ソウル)を求めた。巨人を犯し、その力を手に入れようとした。ならば、何か手はあるはずだ。

 

「一つ聞きたい、デュナちゃん」

 

「デュナ……ン゛ンッ、何でしょう」

 

 咳払いして不快であるとアピールしながらも話を聞いてくれる王女に、質問する。

 

「ヴァンクラッド以外に王に近付いた者はいないのか」

 

 すると、彼女は真顔で何かを思案した後に答える。

 

「遥か昔に。既に滅んで久しいですが」

 

 呪いを呪いで克服しようとするのであれば。巨人の力だけではなく、過去の王達の残滓すらも手に入れられれば。もしかすると、亡者になる呪いを抑えることができるかも知れぬ。

 だがあくまでそれは仮説であり、根拠が無い。一先ず緑衣の巡礼の所へ戻り、彼女に意見を聞いてみようじゃないか。

 



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Wrath For You
聖壁の都、毒の古竜


 

 

 久しぶりに戻ったマデューラの隠れ家にて、ケイルと共に地図を眺める。

 隠れ家の地下。ひっそりと備え付けられている地下室に、誰が遺したのかドラングレイグ全体の模型がある。精巧に造られたこの模型。余程金と技術が注ぎ込まれているのだろう、地形はもちろんのこと町の建物にいたるまで再現されている。ミニチュアで、だが。

 

「知らないうちに火が灯っているんです。一体何がきっかけなのか……」

 

 私を探していたらしいケイル曰く、このミニチュアの至る所にいつの間にか灯りが燈ったのだという。よく見てみれば、明かりがついているのは始まりの篝火があった場所と一致している。

 と、いうことはこのミニチュアを造ったのは継ぎ火の関係者かヴァンクラッドの手の者なのだろうか。

 

「ふむ……しかしよく出来ているな、この地図は」

 

「はい。誰が何の目的で造ったのかは分かりませんが……」

 

 じっくりと地図を見る。先程緑衣の巡礼と話したが、彼女が言うには東の果てに居る誰かに会いに行けと言うことらしい。地図を見るに、虚の影の森とドラングレイグ城の分岐路から東に行くということか。

 彼女の言う誰か、というのが未だに分からぬ。いくら聞いてもあの子は答えてくれないのだ。肩を抱き寄せても何の反応もしてくれないし、そのうちロザベナやクロアーナからの視線がキツくなってきたからやめた。

 

 今すぐ行ってもいいが、その前に少しやりたい事がある。

 

 ケイルに礼と別れを告げ、私はマデューラを後にする。まずは、そうだな。黒渓谷に行こうじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

 「それで、ここに来たと言うわけか。お前さん、相変わらずワシと縁があるのぅ」

 

 何度もドラングレイグの地で出会っている闇潜りのジジイが笑う。前に黒渓谷で見た謎の祭壇、そこへと至ろうとしたらたまたま足を滑らせて崖下へ転落し、閉ざされた扉の内に彼を見つけた。前に巨人を倒して手に入れた鍵が役立ってよかったが……

 私は(ソウル)より、こっそり手に入れていたマデューラの大穴で入手した竜の爪を取り出す。由来不明のこの爪は、しかし古竜に近い竜種のものだ。

 

「この扉と同じように、マデューラにも閉ざされた場所があってな。しかも使う鍵は同じと来た。そこで手に入れたこの爪、貴公なら何か知っているのではないか?」

 

 そう尋ねればジジイはふむ、と顎に手をやって態とらしく考え込む。腹が立つジジイだ。何だって賢そうな爺さんらはこうやって態とらしい態度をするんだろうか。まぁいいが。

 

「闇を、感じるぞ。ふむ……」

 

 だが、そう言うと彼は真面目に爪を眺めて改めて何かを考え出した。

 

「私もそれは理解している。だがその割にはあまりにも……」

 

「うむ。人に近くて、人でない。うぅむ……」

 

 どうやら彼も知らぬようだった。仕方なく、私は竜の爪を(ソウル)にしまう。だが私が感じていた事は間違いではなかったらしい。

 邪魔したなと、私は帰還の骨片を砕いて帰ろうとするが。ふと、ジジイが私を引き止めた。

 

「お、待たんか。お前さん、せっかく闇を追うに足る資格があるんじゃ。ワシは闇潜りのグランダル。お前さんが真に闇を欲するならば与えよう。どうじゃ?」

 

「どうじゃって言われてもな……ふむ」

 

 少し考える。これでも私は深淵の主を倒し闇の時代を築こうとした女だ。しかしそれも随分昔の事だ。今や人の闇は薄れ、私もまた骨董品のような闇術を使うだけに留まっている。まぁその骨董品みたいな闇術が未だに強いのだが。

 もし、このジジイが言うように闇を得られるのであれば。少しくらいは話に乗ってやっても良いかも知れない。

 

 ため息混じりに分かったと告げれば、グランダルは満足そうに頷いて手を差し出した。

 

「よろしい、では今からお前さんは闇の巡礼者だ。と、言うわけでほれ。人の像をよこさんか」

 

「金取るのかジジイ!」

 

「金ではない、闇はいつでも開いているわけではないのだ。あとジジイと呼ぶなこの〜」

 

 ジジイと呼ばれたのが相当頭にきているのか、結構怒っている。仕方なく人の像を取り出し、皺くちゃの手に乗せる。

 すると、部屋の中央にある謎の祭壇が光り出す。何やら闇の穴、というものらしい。その名に恥じぬ通り、かなり濃い闇を感じる。下手をすればウーラシールの深淵と同等か。だがよくこんな全てを飲み込むような深淵への入り口を人の像一つで呼び出せるものだ。

 

 言われるがままに穴の前に立ち、その闇に手を触れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結論を言おう。闇の穴というのは、どうやら私自身に眠る闇への入り口らしい。つまりは深層心理に近い。

 かつてのウーラシールで見たような暗い洞窟に、まるで霊体のような敵が待ち受ける場所。こんな陰鬱な場所が私の闇かと自問自答したいが、よく敵を見たらロードランで戦った者達を模した姿をしていた。ハベルとかリカールっぽい王子とか。その他諸々。個人的に女の子で溢れていると思っていたのだが、そうでもない。

 

 何度か闇の穴に潜り、その度に踏破していく。難しい事は何もない。ただ現れた敵を滅するだけだ。するとそれは現れた。

 

 四つの腕を持った、フードを被る何者か。深淵に潜み、けれどその存在を主張する事はしない。むしろ、闇に潜み続けていただけの存在だ。

 それは、腕を組み私を見下ろす。足はなく、代わりに浮かんでいる。

 

 

闇潜み

 

 

 自分の闇、それに根付く何者か。ふむ、此奴がグランダルの言っていた欲する闇だろうか。ならば良い、(ソウル)もそれなりだろうし、私の深淵に居座られても困る。さっさと退場してもらう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 竜を象った聖鈴を掲げて、マジマジと見遣る。闇潜みを完膚なきまでに叩き潰した成果としてグランダルから贈られた聖鈴だ。叩き潰したと言っても、それなりには苦労した。分裂したりビーム撃ってきたりと面倒だったし。

 

 併せて幾つか闇術も習得したが、果たしてあれだけ時間を掛けて得たリターンが釣り合っているかと言われたら微妙だ。おまけに、グランダルが言うような闇というのもよく分からず終い。

 彼曰く、私の中に新たな闇が芽生えているというが……あの手のジジイが何を言っていても信用ならん。

 

 竜の聖鈴を収納し、改めて目の前の祭壇を見る。これはかつて、黒渓谷にて火を灯した始まりの篝火の場所にあったものだ。当時は調べる必要性も感じなかったから放置していたが、先程マデューラに帰った時に話したシャラゴア曰くこの先に古い王の成り損ないがいるらしい。

 ならば行くしかあるまい。このまま馬鹿正直に東の地とやらに行ってしまったら、何も達成できずにいつのまにか玉座に座っていた、なんて事になりかねないからな。どうにもその玉座は薪であるらしいし。私は火なんて継ぎたくない。そんなもの、あの馬鹿がもう一度やれば良いのだ。

 

 祭壇に竜の爪を翳す。すると祭壇の中心が光だし、私を包み込む。どうやらうまく行ったようだ。この爪は今から向かう場所に縁があったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんなゴミ捨て場の最奥にまだ神秘があるとは、案外ドラングレイグも捨てたもんじゃないな」

 

 そう言いながら私は遠眼鏡を収納し、遠目に地下に造られた国を見た。

 黒渓谷の遥か彼方、そこに転移してきた私。まだまだ地下の渓谷は続いているようで、僅かながらも太陽の火が入り込み反射させているせいで明るい。

 そこに造られた建造物は、まるで巨大な祭壇群だ。宗教的な色が濃すぎる、ピラミッドのようなものが多く並んでいる。

 

 リンデルトにこんな昔話がある。かつて一人の英雄が、騎士団を率いて人々を苦しめる竜を討伐した。だがその竜は凄まじい毒を秘めており、英雄と騎士団、そして地下の国を毒をもって滅ぼしたという。

 そしてその国こそ、眼前に広がる古代都市。

 

聖壁の都 サルヴァ

 

 

 

 

 ちなみにこの伝承はシャラゴアから教えてもらったものだ。彼女曰く、リンデルトに都合が良いように改変された物語り(ストーリー)との事だが。

 伝承が正しければこの地は毒に塗れているという事になる。まぁシャラゴアが沢山苔玉を売ってくれたおかげで困ることは無さそうだが。

 

 懐に差した刀に肘を乗せながら歩く。この刀もようやくマックダフに強化して貰ったので、初陣を飾れる。

 

 闇朧。アガドゥランから貰ったこの打刀は古来より死を守る者から与えられた逸品である。

 恐らく、最初の死者であるニトから彼らファニトに与えられたのだろう。それを私に託して良いのかと思うが、最早私のものだから返せと言われても困るな。

 この刀身はかなり不思議なもので、存在そのものが少しズレた世界にある。故にガラスのように透明であり、ズレた場所からの攻撃は盾すらも貫通してしまう。素晴らしいじゃないか。

 

 マックダフ曰く、まだこの刀には隠された価値があるようだが、それが何なのかは未だ分からぬ。きっとアガドゥランも知らないのだろう。そのうち分かると良いのだが。

 

 

「おっとぉ、早速凄いのがいるじゃないか!」

 

 

 都への道である断崖を歩いていると、なんと白い古竜が目の前で眠っていたのだ。スヤスヤと眠る竜は出来損ないの飛竜なんかではない。確かに古竜である。

 意気揚々と鞘から抜刀し、見えぬ刀身の切れ味を確かめるべく竜へと駆け込む。これは良い初陣になるぞ!

 

 だが、あまりにも殺意満々で近寄ったからか古竜が目覚めてこちらを見遣る。それでも構わぬと笑みを零しながら走れば、まるで変質者から立ち去らんとばかりに竜が飛んでいって逃げてしまった。

 

「ああクソ! せっかくの古竜だったのに!」

 

 良い刀だから初めてはデッカい奴で試したかった。仕方ないからこっちに駆け寄ってくるサルヴァの亡者兵士相手で我慢しよう。

 槍やらメイスを持つ亡者兵士を、持てる技術で斬り捨てる。良い切れ味だ、打刀よりも鋭利である。ただ少し刃毀れしやすそうだが。

 

 

 

 

 

 さて、そんな感じで始まるサルヴァ攻略だが。ここを設計した奴にどうしても尋ねたいことがある。それはズバリ、どうしてこんなにも住み辛そうに街を造ったんだということだ。

 仕掛けを動かし建物ごと上下させて足場を作ったり、下手をすれば落下死しそうな場所を飛んだりさせられるこの街は、きっと事故死が絶えなかったであろう。まぁ伝承によればこの聖壁とやらは侵入者をいれさせないための壁であるらしいから、仕方ないと言えばそれまでだが。

 

 おまけに黒渓谷で散々私を苦しめた毒吐き地蔵を背負った亀のような生き物までいる始末。まぁ腹が立つ。

 それでもめげずに休息を取りながら進んでいけば、ようやく断崖から見えていた馬鹿でかい祭壇への橋へと辿り着いた。

 

 兵士が二人ほど護っているようだが、闇朧の錆にしてくれる……と思い。

 

 刀を抜いた瞬間、先ほどの古竜が上空からやって来て橋へとブレスを吐き出した。

 

「うわうわうわ! この大トカゲめ!」

 

 急いで引き返したおかげで焼かれずに済んだが、兵士二人は虚しく緑の炎で焼き殺されている。どうにもブレスに毒があるらしい。

 古竜はそのまま飛び去ったが、よく見れば背中に大きな槍が刺さっているようだった。古くオーンスタインにでも刺されたのだろうか。

 

 

竜の聖壁

 

 

 いつ竜が来るか分からないので警戒しながら橋を渡れば、案外あっさりと建物の内部へと侵入できた。名前から察するに、先程の古竜のための祭壇なのだろう。と、するとあれか。古い騎士団が討ち取った竜がアレなんだろうか。毒も持っていたし。だが全然ピンピンしていたぞ。

 

 竜の聖壁の奥深くから女性らしい歌声が聞こえてくる。メロディだけだが、子守唄のようだ。あの竜を眠らせるためのものか。起きてるけど。

 

 まぁ良い、ここもどうせまだ道中。必要なものを取って古い王とやらに会いに行こう。まともに会話ができるとは思っていないが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 と、そんな風に思っていた時が私にもあった。

 

 今現在、私は全力で竜の聖壁内を逃げ回っている。まさかこんなにも(ソウル)の質を上げたのにも関わらず、ストーカーから逃げる生娘みたいになるとは。原因は、ここを守護する者たちだ。

 

 外の兵士とは異なり、内部を護る兵士はその肉体を捨て霊体となっている。そのため如何に闇朧が強力であっても傷をつけられないのだ。

 しかも一体や二体だけではない。十体ほどが私を追いかけ回して殺そうとしているのだ。私が一体何をした。

 

「ロードラン以来だぞ、こんなこと!」

 

 ドラングレイグを少し侮っていた。だがそれもすぐに終わってしまったのだが。

 何やら棺が密集した部屋を見つけた私は、腹いせと言わんばかりに棺に納められた遺体を片っ端から壊して回ったのだ。するとどうだろう、先ほどまで私を追っていた霊体共が実体を帯びたでは無いか。

 なるほど、肉体は捨て去ったが縁までは切れぬというわけだ。肉代が壊され、霊体へと返還されたことで奴らはもう無敵ではなくなった。

 

 と、言うわけで蹂躙を開始する。殺せるならば恐れはない。毒に侵され狂っている巫女共々斬り捨てる。彼女らは闇術使いであり、放置すると厄介だ。せめて理性があって毒に侵されていなければなぁ。

 

 だが、一つの疑問が生まれた。ここの兵士達は肉体を捨ててまで、何と戦ったのだろう?それこそ外を飛び回る毒の古竜だろうか。しかし、彼らの信仰はあの古竜に対してのものである。故に、その結論はおかしいはずだ。

 

「……リンデルトの騎士団とその英雄。どうにも胡散臭いな」

 

 そもそも信仰の国という時点で色々怪しいが。

 

 

 

 

 

 

 

 さて、ようやく戦士達を倒し終えた私は祭壇を下るため崩れた階段なんかを降っていくのだが。今となっては珍しくもない闇霊に侵入された。

 まぁ喪失者なんかも時折侵入してくるしまた倒せばいいか、なんて思っていた私はその姿を見て固まる。

 

━━闇霊 道化のトーマス に侵入されました!━━

 

 道化師の格好に呪術の火。それは紛れも無く、あのトーマスである。かつて土の塔で私とルカティエルに手を貸したあいつだ。

 彼は現れるや否や、自らを両手の親指で差して存在をアピールしだす。俺だよ俺、そんな感じに。

 

「まぁ、どうでもいいんだが。私の前に立ち塞がるのだから、分かっているんだよな?ええ?」

 

 殺意を表して尋ねれば、トーマスは親指で首を切るジェスチャーをする。良い度胸だなこの野郎。なら全力で殺して見せよう。

 

 納刀したままトーマスに向けて走り出す。対して彼は呪術の火を灯し、大発火のモーションを見せた。

 これでも呪術師の端くれだ。その使い方や利点欠点、全て分かっている。

 

 トーマスが生み出した大発火を避けず、私は抜刀した。居合斬りというやつだ。

 産み出される炎を斬り裂き、見えない刃はトーマスを浅く斬り付ける。多少肌に火が付着したが、この程度の熱さは慣れている。むしろよくトーマスはこの程度の傷で済んだものだ。思っている以上にやる。

 

 トーマスはバックステップで距離を取ると、呪術の炎で何かをした。

 刹那、私のいる場所に小さな火が現れ、急速に膨れ上がる。これは爆発の前兆だ。

 

「ちっ……知らない呪術を使うんじゃない」

 

 ステップローリングでその場を離れれば、やはり膨れ上がった炎は爆発を起こす。危ない、あともう少しで巻き込まれるところだった。

 なら私も呪術を使うとしよう。左手に呪術の炎を灯し、ピエロに対する。

 

 奴はまた呪術を行使しようとしている。炎を地面に打ち付ける動作……それはよく知っている。

 

「侮るなよ道化が」

 

 同じく私も呪術の炎を地面に翳す。

 

 用いるは混沌の呪術、その極み。奴もどうやら同じ技を用いるようだが、年季が違うのだ。煮え滾る溶岩が床から溢れ出る。

 

「混沌の嵐」

 

 狭い通路だろうがお構い無く溶岩が溢れ出る。お互いの溶岩が溶岩を打ち消す様は奇妙だが、呪術師の戦いとはそういうものだ。

 私ほどではないがトーマスの技量も中々のものだ。これでは決着がつかん。お互いチキンレースのように溶岩を産み続けていたらキリがないので、私は早々に地面から手を離して闇朧を低く構える。

 

 トーマスに接近しながら、目の前に溜まる溶岩を地面を擦るように切り上げる。跳ね上がる溶岩は、数歩先にいたトーマスへと降りかかった。良い目眩しと攻撃だ。

 

「残念だな。その(ソウル)、貰い受けるぞ」

 

 身を焼かれ苦しむトーマスを、腹から横に一閃して両断する。せめてもの慈悲だ。

 

━━Invader Banished━━

 

 

 

 

 

 トーマスとは意外と良い戦いを繰り広げられた。やはり一定の強さを誇る不死人とは定期的に戦わなくては感が鈍るな。

 意外な襲撃者を退けやって来た場所は、なんと湖だった。祭壇と湖を繋げるとは粋なことをする。綺麗な場所はいるだけで心が洗われるからな。

 

 そんな感じに少しは休めるかと思って湖を探索しようとしたのだが。

 

 いつしか、溶岩地帯で見た事のある異形がそこかしこに潜んでいた。

 その巨体は両生類のようであり、そうではない。まるで竜の下半身のようであり、しかしそれが全体である。

 

 昔、そう、あれはイザリスの溶岩地帯だ。あの時みたその巨体は、まさしく竜の下半身であったが。

 長い年月を経て、その下半身は一つの生命となった。胴体の切り口には口が芽生え、動植物の捕食には困らないだろう。

 

 なりそこない。歪な生命の成れの果て。かつてデーモンを産んだ混沌の冒涜の一部である。

 

「気持ち悪いな……なんでカエルみたいにヌメヌメしているんだ」

 

 あの巨体かつ、竜のなり損ないだ。案外強かったのを覚えている。数も多いし相手にしない方が良いだろう。気持ち悪いのは勘弁だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 分たれ生まれ出た時、彼女の心にあったのはどうしようもない怒りだけだった。

 見たことも、会ったこともない誰かへの怒り。元を辿れば生みの親である父が抱いていた感情であるが、それは産まれたばかりの彼女に継承されている。

 ずっとずっと、怒ってばかりだった。姉妹達は皆、怒る彼女を腫物のように扱い、仕舞いにはどこかへと去っていった。強大な(ソウル)を持つ、自らにふさわしい王を伴侶とすべく、壮大な婚活をしに行った。

 

 彼女もまた、そのレースに乗り遅れまいと行動した。そうして辿り着いたのは、亡国と化したサルヴァ。彼女の伴侶となる者は既に死に、彼女は婚期を逃したのだ。

 

 とてつもない怒りだった。生まれた時から憤怒に包まれているのに、尚更ストレスを与えられたら怒るに決まっている。

 キレにキレて、彼女は憤死寸前だったに違いない。

 

 けれど、そんな怒れる彼女にも救いがあった。

 

 都の最奥に眠る古竜。その存在もまた、傷つきながらも怒りを抱いていたのだ。

 

 自らをも超える怒りを古竜に見出した時、彼女は決意した。

 いつか共に燃える復讐心を薪に、全てに報いを与えてやると。そしてそれまで、彼女は怒りを古竜に託し、彼を支える巫女として存在するのだと。

 

 そしてその機会は、もうすぐ訪れようとしている。彼女が真に報復すべき存在。それが、やって来たのだから。

 

 




デュナシャンドラだけではなく、他の闇の落とし子達の人間形態も見てみたかった……


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眠り竜の褥、穢れのエレナ

今一度概要欄を確認下さい。あくまでこれは自分なりにオリ主でダークソウルトリロジーを文章化したものです。それが許容できないならヤーナムに送るぞ(豹変)


 

 

 なり損ないを相手にしなければならぬ理由が出来てしまった。それは彼らが死に際に落とす物体に原因がある。

 一つは言わずと知れた竜のウロコ。仮にも竜種の末裔であるらしい彼らなり損ないは、上質なウロコを落とす時があるのだ。今の所使い道はないが、かつてロードランの竜信仰においては献上品として持て囃されていた。何やら古竜にウロコを捧げることで凄まじい力を手にする事ができるのだとか。そんな事をしなくても我が師ローガンは竜へと至ったが。

 もう一つは竜の骨の化石。今さっきまで生きていたなり損ないから化石が取れるというのもおかしな話だ。この化石は前に助けたオルフェニクス曰く特殊な武器の強化に使えるのだとか。この前尋ねたらそんな事を言っていた。

 

 なり損ないは確かに強いが、一体ずつならばなんとかなる。そうして手近な篝火で休息しつつなり損ない共を狩り尽くせば、サルヴァの地からなり損ないが絶滅した。

 

 相当数化石やウロコが手に入ったので良しとする。もしこれ以上欲するならば篝火の探求者を使用すれば良い。これを篝火に焚べると狩り尽くした敵や取ったアイテムがまた現れるのだが、一体どういう仕組みなのだろう。因果を強制的に収束しているようだが。

 

 さて、個人的な収集を終えた後、再度探索に移行する。湖の先に洒落た大剣が落ちていたり、何かが嵌められそうな石の台座があるだけだが……待てよ、この台座の窪みはもしや。

 

「これ鍵だったのか……」

 

 先程亡霊の亡者兵士達から逃亡する際にたまたま拾った石がぴったり収まり、違うフロアに橋が掛かる。投げ付けなくて良かった、元々陽動のために手頃な石を拾っただけだったんだが。

 ひょんなミラクルを起こし、とりあえず近場に現れた昇降機を起動させる。どうやら竜の聖壁にあった辿り着けない建物に繋がっているらしい。もう一度聞くが、ここに住んでる奴らは本当に不便じゃなかったのか?

 

 

 

 

 

 歌声はこの橋の先から聞こえて来る。どうせなら美少女がいて欲しいものだが、きっとそうはならないんだろうなぁ。

 橋を渡り終え、新たな建物に到着する。先程の建物よりも装飾がしっかりしているあたり、きっとここに竜の棲家があったのかもしれない。

 また亡者兵士がいるのかと警戒しながら進む。と、言っても最早私の敵ではない。一度見た敵や技は通じぬのだから。

 

 けれど、私を待ち受けていたのは崩れた階段と珍妙な騎士団だった。

 

 階段はまぁ、古い建造物だろうから崩れているのは分かる。パルクールしながら建物を降る必要があるせいで落下死の危険性があるが、銀猫の指輪を嵌めているし猫のブーツのおかげで落下の衝撃も無いようなものだ。

 

 けれど、この騎士達はなんだ?

 

 かなり豪華な黒い甲冑はまるで古竜である。最早亡者と化しているようだが、それにしては剣技もそこらの亡者と比べ物にならない程優れているし、何より連携して複数で襲って来るでは無いか。魔術や奇跡を使わないのが救いだ。

 もしや、こいつらが古竜を打ち倒した騎士団とやらか?リンデルトの原型になったと言われる、名前はなんだっか、確か……

 

 

「竜血か!」

 

 

 全てが繋がった。名に表れている竜血。これは古竜信仰の一つである。確か偽りの飛竜ではなく真に尊き古竜の血を戴く事で、人智を超越し偉大な力を得ようとするカルト信仰だ。

 なるほど、このサルヴァは邪悪な古竜によって滅ぼされたのでは無い。サルヴァの民が崇めていた古竜の血を浴びるべく、竜血騎士団が攻め入ったのだ。故にサルヴァの民は護らざるを得なかった。自らの肉体を捨ててでも。

 

 そういえば、リンデルトには古竜院と呼ばれる輩がいるな。信仰の国における暗部。グウィン系列の宗教だと思っていたが、なるほど。それは隠れ蓑か。

 そもそも古竜と太陽の神々は敵同士。太陽を崇める者達の組織に、竜の名を冠する者がいるというのがおかしい。まったく、いつの時代も人間の欲というのは変わらぬな。

 

 まぁまだ明かされぬ謎もあるが、サルヴァに竜血騎士団が攻め入ったのは明らかだろう。リンデルトの恥部を晒さぬために古竜院が必死になる理由だ。シャラゴアが呆れる理由もよく分かる。

 

 襲い来る竜血騎士共を狩りながら下へと降る。歌声がどんどん強くなるにつれ、想像も掻き立てられるというものだ。

 唄うデーモンみたいなのは論外であるが、私はまともに話せる者であるならば多少異形でも構わない。オルフェニクスのように忌人であろうとも、私は愛することができる。

 

 それにだ。下へと降る度に、歌声だけでなく闇の鼓動も強くなっていく。きっと竜の爪に残っていた闇の残滓はこの歌声の主のものだ。

 前にグランダルとドラングレイグ城で語らった際に言っていた闇の父の破片。この先から来たる闇は、あのマヌスそっくりだ。まぁ、この現状を見るにここに至った娘は嫁ぐのに失敗したようだが。

 

 

 

 ようやく最下層へと辿り着けば、どういうわけか見知った者がいた。

 なんとウーゴのバンホルトである。彼は私を見るや否や、満面の笑みで手を振って来る。暑苦しい奴だが、腕は本物だ。よく見れば連れがいるようで、ぼろ布のような衣装で顔を隠し、両手にセスタスを嵌めている……修行でもしているのか?

 

「貴公、久しいな! こんな所で出会うとは思っておらんかったぞ!」

 

「こちらの台詞だな。いつでも元気そうで何よりだ……そっちは?」

 

 バンホルトの隣でこちらにお辞儀をする苦行僧の事を尋ねる。背丈や身体つきを見るに、女性であるようだ。ふむ、バンホルトよりも彼女に興味がある。

 

「うむ。彼女とはそこで知り合ってな。何やら落ちぶれた騎士相手に苦戦していたから、手を貸したまでよ。名は……エリーだったか」

 

 彼もまだ出会って間も無いようだ。私は笑みを浮かべてエリーという拳闘士に一礼する。どうやらかなりシャイな女性らしい。

 

「リリィだ。是非とも私も君の手助けをしたいのだが、良いかな?」

 

 私ならではの良い声でそう尋ねれば、彼女はモジモジしながらも頷いた。うーん、シャイな女の子って可愛いよね。百合に堕とした時が堪らなく興奮するのだ。

 私は彼女の手を取りニッコリと笑えば、

 

「よく鍛えられた拳だ。でも私はセスタス越しではなく、生の君の肌と触れ合いたいな」

 

 唐突に口説けばあっ、あっ、と小さな声が耳に入る。隣でバンホルトが相変わらずよの、と呆れているが関係無い。

 セスタス越しでも分かるが、かなり鍛えられているしゴツゴツした手だ。けれどその努力と苦労含めてこの拳が良い。美しいと思う。舐めてしまいたい。

 

 流石に舐めるのはアレなので、ちゅっと拳に口付けをすればわなわなと彼女は震えた。どうやら気味悪がっているようでは無いので、この子はもう一押しすればすぐに落ちるだろう。ちょろい。

 

「リリィ殿、そろそろ良いかな?」

 

 呆れ果てたのかバンホルトが遮って来る。仕方ない、今はこの先を攻略しようか。

 

 

 ふと、バンホルトが担ぐ贋作を見遣る。人の百合を中断してくれたので、嫌味の一つでも言ってやろうと思って気がついた。

 

「貴公……大剣を代えたのか?」

 

 バンホルトが担ぐ大剣に微力な魔力が迸っている。私の記憶では、彼が担ぐ蒼の大剣は単なる贋作だった。彼は気付いたか、と感心して言う。

 

「否、そんな事はしておらんさ。長く辛い戦いであったが、ようやっとこの大剣が真の力を発揮し始めたのよ」

 

 なるほど、と思わず感心してしまう。様々な武器を見て来たが、私の知り合いで、成長して魔力を宿したという剣を見るのは初めてだ。

 それにしては、おかしな魔力の宿り方だ。純粋な魔力剣というわけでも無いし……そもそも、なんか刃が細くなってないか? まぁ本人が満足しているからそれで良いか。

 

 

 

 さて、引き続き最下層の探索へと戻る。恥ずかしがるエリーちゃんの腰を抱きながら、我々は濃霧へと至った。どうやら歌声はこの濃霧の先にある部屋らしい。

 名残惜しいがエリーちゃんを離して私を先頭に濃霧を潜る。すると現れたのはちょうど強敵が暴れられそうな広い部屋であり。

 

 

「ふん……穢れに相応しい者達じゃないか」

 

 

 誰かが、部屋の奥にいた。

 女性の声。けれど身の丈は大きく、人のそれではない。何よりも振り返った彼女は、衣装と肉体が一体化したような体をしており。顔は爛れたか、或いは皮を剥がれたように赤く酷く。

 

 そして何より、醸し出す深淵が純粋に人では無いのだと伝えてくる。それは正しく、深淵の落とし子。殺した父から割れて産まれた穢れ。

 

 

穢れのエレナ

 

 

 悍ましい深淵を前に、バンホルトが息を呑んだ。私の方はと言えば、久しぶりの濃厚な深淵にむしろ心地良さを感じていた。

 嗚呼、思えばそれこそ私が一番輝いていた時なのかもしれない。深淵に挑み、闇に魅入られ、そして燃え尽きるまでの戦いが。謂わば、青春だ。

 

 と、そんなノスタルジーに浸っているとエリーちゃんが突っ込んでいく。先程までの乙女っぷりは何処へやら、セスタスを振り上げる彼女は拳闘士そのものだ。

 

「貧弱な者に用は無い」

 

 けれど、そんなエリーちゃんを意に介さずといった様子でエレナは斧槍のような杖を振るった。刹那、エリーちゃんが爆発する。正確には彼女のいた空間が爆ぜたのだ。あれは、先程トーマスが使っていたような呪術だろうか。

 

 それを見て私も突撃する。恐らく闇術は効果が薄いと判断し、左手に叡智の杖、右手に闇朧を携えて。

 転がるエリーちゃんの横を通過し、一直線にエレナへと進めば彼女が手を翳す。瞬間、私は跳躍した。

 

 飛んだ私の足の下を、闇の飛沫が駆け抜ける。やはり深淵の落とし子、私と同じく古い闇術を使うか。

 落下しながら闇朧を振るえば、彼女はその杖で刃を防いだ。鍔迫り合いがおき、私と彼女の顔面が近くなる。ふむ、皮膚があればさぞかし美しいのだろう。

 

「貴様……その人間性、識っているぞ……!」

 

「奇遇だな。私も君を知っている。まぁ、君の父であるが」

 

 互いに飛び退き、距離を取るとエレナは激昂したようにこちらを睨んだ。

 

「貴様さえいなければ……! 私は憤怒に塗れず済んだのだっ!」

 

 そう叫べば、彼女は杖を地面に叩きつけた。それと同時に、彼女の周囲にスケルトンが複数召喚される。

 エリーを介抱していたバンホルトが大剣を構えながら私の横に立つと、呆れたように言ってくる。

 

「貴公、今度は何をやらかしたのだ」

 

「失礼な。ただ単に、古く彼女の父と因縁があるだけだ」

 

 断じて私は女泣かせな乙女では無い。そう、信じたい。

 

 だが複数戦は厄介だ。バンホルトとエリーちゃんが居てくれて助かったかもしれない。

 まずはスケルトンをやりたいが、ブチ切れたエレナがそれを易々と許してくれるとは思えぬ。するとバンホルトが提案した。

 

「貴公といると露払いばかりだな。まぁ、女性を立てるのも騎士の役目よ」

 

 一歩前に出た彼は蒼の大剣を空へと翳す。するとガラス細工のような大剣が、眩い光を放つ。まるでシースから手に入れた月光の大剣のようだが、それにしては色がやや蒼い。それに、信仰を感じる。シース由来の武器はその殆どが理力に依存していたはずだ。

 

 ああ、これは凄い事だぞ。蒼の大剣は戦いの果てに力を得たのではない。ただバンホルトが剣を信じ続けた結果、魂を得たのだ。単なる物質の(ソウル)ではない、れっきとした命。そんな事、神々ですら容易くはないのに。

 

 青白く透き通る刀身に見惚れていると、彼は遠くからそれを振るう。すると刀身から月光の刃が放出され、スケルトン達を一掃した。

 

「見惚れるのは後にしてくれぬか。貴公、あやつが動き出すぞ」

 

 我に返りエレナを見れば、杖を振るって何かをしてくる所であった。

 

「追う者たち」

 

 すると彼女の背後に見慣れた仮初の生命達が現れる。闇術の極みである、追う者たちだ。

 アレの厄介さは十分承知している。故に私も、魔術で対抗する。流石に闇術勝負は分が悪いだろう。

 

「追尾する(ソウル)の結晶塊」

 

 杖を掲げ、私の周囲にも同じく(ソウル)によって造られた結晶塊を出現させる。すると互いの闇と魔が吸い寄せられるように衝突した。

 轟音と爆発。私の理力が高くて助かった。互いの浮遊が衝突し、打ち消しあう。その粉塵に隠れるように私はエレナへと突貫する。

 

「ちぃ!」

 

 闇朧の見えぬ刀身がエレナを浅く切り裂く。けれど寸でのところで彼女は身を捩り、真っ二つにされるのを回避してみせた。伊達に深淵の主の娘では無いようだ。

 そのまま追撃しようとして、エレナの姿が消える。次の瞬間、背後から気配。

 

「ふんっ!」

 

 危険を感じステップして横へズレれば、彼女の杖が今まで居た場所を叩き潰していた。生命力が低い私が今の一撃を喰らえばそのまま死ぬに違いない。

 反撃と闇朧を振るえば、彼女はまた瞬間移動して距離を取った。あの移動は厄介だな。

 

 だが、ここでエリーちゃんが動く。たまたま近かったエレナに向け、オラオラと言わんばかりの拳のラッシュを叩き込んだのだ。

 

「いきなり何なんだお前は!」

 

 怒りながらステップで距離を取ろうとするエレナ。流石にダメージはあまりなさそうだが、エリーちゃんに気が向いたことでチャンスが生まれた。

 咄嗟に黄金松脂を刀身に塗り、ダッシュ斬りを叩き込む。

 

 ズバッとエレナの身体を斬ったが、案外硬い。一撃で倒すことはできないようだ。

 

「うぐっ!? この!」

 

 ステップで距離を取ろうとするエレナへ追撃する。

 回転斬りからの左右二連斬り、また回転を交えながら大振りの蹴りなど、とにかく相手を翻弄する。

 その連撃がかなり効いたのだろう、どんどん彼女の身体に傷ができていく。肉弾戦はあまり得意では無いらしい。

 その内、防御に徹していたせいでエレナが斧槍を弾かれ無防備を晒す。

 

 すかさず私は飛び掛かり、必殺の一撃を決めるべく彼女の胸に闇朧を突き立て━━

 

「ふんっ!」

 

 刀身の七割ほどを突き刺した。闇が混ざった血が彼女の胸から噴き出るが、どうにもそれではまだ死なないらしく、顔を歪めながらも抵抗している。

 

「綺麗な顔が台無しだぞ」

 

「誰のせいだと……!」

 

 刀を引き抜き飛んで離れれば、彼女はかなりのダメージを受けて膝をついている。その頃にはバンホルトもスケルトンの群れを葬り終えていたようで、エリーと共に私の横に並んだ。なんかヒーロー感あっていいな、この並び。

 

 だが、エレナは血を吐きながらもその怒りを抑えきれていない。彼女は杖を叩きつけると心の底から憎悪と憤怒を垂れ流し、言うのだ。

 

「お前達は……穢れ続けるのさ……!」

 

 瞬間的に彼女が抱く闇が強くなる。渦巻くような深淵が爆ぜ、私達を吹き飛ばす。

 空中で回転しながらバランスを取り、闇朧を地面へと突き立ててこれ以上飛ばされるを押さえつけるが、バンホルトとエリーちゃんはそのまま壁へと叩きつけられているようだ。

 

 闇の嵐とでも呼べば良いその闇術は、確かに強力だ。けれど、その真価は威力ではない。

 

 突然、何かがエレナの前に現れる。不快な鐘のような音を出しながら現れたそれは、つい先日私にねじ伏せられた者と同じ姿をしていた。

 

 王盾ヴェルスタッド。闇の混じる色合いのそれが、本人ではない事を確信させる。けれど、その力は同程度らしい。(ソウル)の力強さがそれを物語っていた。

 

「王盾だと……!?」

 

 背後のバンホルトが驚く。口振りから彼も王盾と戦ったらしい。それは驚くだろうな。

 だが、やることは変わらない。ただ戦い、相手を殺すのみ。そしてその闇を私に寄越すが良い。闇こそ、人の本質であるならば。その闇を増し力をつけてやるのだ。

 

 ヴェルスタッドが動く。同時にエレナも闇術を放つ。

 

 闇術を転がって避けると、ヴェルスタッドの大鐘が私を叩き潰そうとしていた。だが、その動きはもう見切っている。

 一歩だけ横へ避ければ、ドンっと大鐘がすぐ横に打ち付けられる。すぐさまヴェルスタッドに肉薄し、闇朧で片足を斬り落とす。防ぎ得ぬ刃は、鎧を着ていても関係がない。

 

「バンホルトッ!」

 

 彼の名を呼ぶと同時にエレナへと駆ける。背後で片足のまま私を追おうとするヴェルスタッドの前に、月光を携えた騎士が立ちはだかった。

 

「任されたぞ!」

 

 エリーと共にバンホルトがヴェルスタッドと交戦する。これで一対一。対するは穢れのエレナ。

 彼女は斧槍を突き刺そうとしてくるも、私はそれを踏みつけて無力化する。そしてそのまま跳躍し、片腕を斬り落とした。

 

 噴き出る血と地に落ちる腕。エレナは驚きのあまり口を開いて何も出来ずにいる。着地と同時に連撃を決め、彼女の体幹を崩すと口にした。

 

I’m invincible(私は無敵故),I’m unavoidable(逃げる事は叶わぬ),I’m undebatable.(その余地すらない)

 

 両手でしっかりと闇朧を握り、雷が宿る刃で彼女の胴を斬り裂いた。仰け反る彼女に突っ込み、押し倒す。

 

「知っているはずだ」

 

 返り血を浴びながら、彼女の胸へと再度刃を突き刺す。

 

「不死に二度同じ手は通用しない。王盾を出した時点で、貴様の詰みだ」

 

「私は、まだ……!」

 

 治らぬ怒りをぶつけるエレナ。けれど、それも終わりである。

 彼女に突き刺した刃を、そのままに彼女の足元まで引き摺る。すると胸から下半身が縦に分離し、ようやく(ソウル)を砕いた。

 

 

━━Victory Achieved━━

 

 

 怨嗟が私に募る。憤怒として産まれた彼女の想いが、私の(ソウル)を侵食しようとしていた。

 

「受け入れよう。私は少女達の白百合。君の怨嗟も怒りも全て、喰らってやる」

 

 深淵など、見飽きている。故に彼女の怒りは私を乗り越えることなどできなかった。死にたくなるほどの絶望も、私を亡者にすることはできなかったのだから。

 血を払って納刀し、背後を見遣れば消え行くヴェルスタッドにエリーちゃんが馬乗りになってタコ殴りにしていた。兜はイカだが。そんな凶暴性を見せる彼女を押さえようとするバンホルト。

 

 だが、強敵はまだいるようだ。部屋の壁が動き、道が開けた。そしてその先にいるのは。きっと、あの古竜だろう。

 

 




段々主人公がおっさん化しているとの御意見をいただき、その通りだなと思って笑ってしまいましたがダクソのキャラが魅力的なのがいけないのです。


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サルヴァの奥底、眠り竜と穢れの落とし子

8月の中盤から試験や出張等で休みが無かったので初投稿です。


 

 

 バンホルトとエリーちゃんは一度休息を取るためにマデューラへと戻るとのことなので私一人で奥へと進む。

 眠り竜の褥。その名が示す通り、エレナが歌いかけていた壁の奥からは凄まじい(ソウル)を感じるのだ。恐らく、このサルヴァを飛び回っていた古竜が居るに違いない。

 こんな空気がひりつくような(ソウル)を感じるのはいつ以来だろうか。きっと、ロードランでしか感じ得ない高揚だ。より、私が高みへ至るための糧となる。

 

 開いた壁を潜り、先へと進む。洞窟特有の薄暗い通路の中に、協力者のサインがあった。

 普段ならば協力者を呼ぶ事などしないのだが、幻視した協力者の名と姿を見て思わず足を止めてしまう。その名は超越者エディラ。全身を金ピカの竜と化した、古竜の信奉者であった。

 

「エディラ……嗚呼、なるほど。啓蒙されたのは君の名か」

 

 前に、唐突に啓蒙された名が現れてテンションが上がる。稀にあるのだ、ふと知り得ない情報が頭の中に浮かぶ事が。私が強敵を相手に口にする決めゼリフもそれだったりする。

 まぁ良い、偶には呼ぼうじゃないか。ある種運命のようなものだ。それにこの時代の竜体化した不死というのも見ておきたい。そのうちまた侵入もしてみたいな。不死相手に闘うのも案外楽しかったりする。

 

 さて、超越者エディラを呼び出せば、彼は丁寧に一礼をしてみせた。昔ほど荒くれ者の集まりでは無いようだ。珍しい武器も持っている。竜血騎士共とはあまり関わりは無さそうだ。

 

 さて、竜の騎士を携えて眠り竜の待つ場所へと進む。広い、広い湖。水深は浅く、行動を阻害するほどのものではない。だが水がそこらにあるということは雷が水面を走りやすくなるので有用となるだろう。

 

 そして私は目にする。疲れたように眠る白緑の古竜を。その身体にはやはり大槍が刺さっており、かなり苦しそうだ。

 だが、最早理性など無いのだろう。きっとそんなものは身体に眠る毒を解放した時に消し飛んだに違いない。

 

 その竜は、古く世界を支配していた古竜であっても慈悲深く、心は人と共にあった。

 地の底に捨てられ、忌み嫌われた者達に寄り添い、毒を引き受け。けれど血に狂った英雄に穿たれた。そうしてサルヴァは滅んだのだ。引き受けた毒を吐き出し、その毒に沈んだ。

 

 

眠り竜シン

 

 

 咆哮が響く。人の毒に狂い、犯された竜。それが私達に牙を剥く。

 

 眠り竜が天井スレスレまで飛び上がる。カラミットの時もそうだったが、飛ばれるとこちらは何もできないから困る。奇跡や魔術も、古竜からすれば十分避けられる速度である故に効果的では無いだろう。

 高く舞うシンがブレスを吐く。どうにも古竜特有の炎ブレスというわけでは無いようだ。緑の混ざるその吐息からは毒を感じる。それも猛毒だ。

 

 私とエディラが全力で後退しブレスから逃れる。あれは不味い。仮に炎に強いゲルムの大盾で防いだとしても毒はどうにもならん。

 ブレスを吐き終えたシンはそのままこちらへと滑空して押し潰しにかかる。とんでもない速度だ。横へと転がりその一撃を回避すれば、脚元へと走り闇朧で斬り刻む。

 

「こいつ、硬いぞ……!」

 

 まるで岩を斬りつけているような感触。カラミットも相当な硬さであったが、どうにも古竜であるという理由だけでは無さそうだ。内に回った人間性の毒が変質しているのか?

 シンが片足を上げて私を潰そうとするので、すぐに離れる。これでは先に闇朧が壊れてしまう。

 

 と、エディラがここぞとばかりに走り出す。そして尻尾を切断するとばかりに歪な大剣を振り回した。なかなかにその筋力は高いらしく、斬り落とせないにしてもどんどん尻尾の肉を削いでいく。ふむ、私ももっと筋力を上げなければ竜を相手には厳しいか。

 シンとエディラが小競り合いをしている内に、私は聖鈴を取り出し闇朧にエンチャントする。

 

「太陽の光の剣」

 

 剣に迸るは雷の光。古竜の鱗すらも砕いた大王の奇跡。無いよりはマシだろう。

 エンチャントを終えてまたシンへと至る前に、左手の聖鈴でまた奇跡を唱えた。

 

「雷の槍」

 

 太陽戦士達の中で最も基礎的な奇跡を放つ。するとその槍はシンの頭部へと当たったらしく奴を怯ませた。今がチャンスだ。

 項垂れる頭部へと回り眼球底部へと闇朧を突き刺す。するとやはりシンは痛みのあまり暴れようとするが、その前に闇朧を抉りながら引き抜く。

 

 血は赤い。けれどその返り血からは仄暗い闇を感じる。人間性は古竜にとっては毒であろう。絶えず行われる変化と可能性に、不変であった古竜は耐えられぬ。

 咆哮するシンは私達を引き離すために暴れ回る。あの巨体と重量は人にとっては脅威である。

 

「おい超越者! お前奇跡は使えるか!?」

 

 私がそう問うと、横にいるエディラは聖鈴を取り出しチリンチリンと鳴らして存在を強調してみせた。ならばあれができる。

 彼に耳打ちし、離れていくシンへと駆ける。そして手近な岩に飛び乗って一気に跳躍した。そんな私を待ち構えるシンは、大顎を開けて私を噛み砕こうとする。

 

 刹那、エディラが太陽の光の槍を空中の私めがけて打ち出した。雷の槍とは比較にならぬ程の威力と太さを持つ槍を、しかし私は闇朧で受け止める。

 刀を持つ腕が痺れるが、気にせず私は勢いをつけるように空中で回転した。

 

 

I’m invincible(私は無敵故),I’m unavoidable(逃げる事は叶わぬ),I’m undebatable.(その余地すらない)

 

 

 雷返し。きっと今の時代、雷をこんな風に活用するのは私くらいだ。

 闇朧で受け止めた太陽の光の槍を、シンの大顎に向けて放つ。すると弱点である口内を剥き出しにしていたシンは、飲み込むように雷を受けてしまったのだ。

 

 痺れ、焼け爛れ、シンは私を食らうどころではなくなる。苦しみもがくその様は、最早私にとって単なる獲物でしかない。

 

 飛び降りながらシンの脳天に闇朧を突き刺す。そして重力に従って一気に地上までシンの身体を滑走し、その皮膚と肉を引き裂いた。

 絶叫のような咆哮が響く。着地と同時に刀の血を払い、納刀すれば眠り竜は地に伏せた。

 

 世界を超え、空間の狭間にある刀身に斬れぬもの無し。例え古竜であろうとも私の刃を防ぐことはできぬのだ。

 

━━Victory Achieved━━

 

 

 エディラが一礼して消えて行く。出来る男だ、できれば今度は殺し合いたい。さぞかし(ソウル)を蓄えているはずだから。その時を楽しみにしておこうじゃないか。

 

 

 

 

 ちらりと、ボロ雑巾のように転がる死体に目をやる。朽ちた竜血騎士の装束に身を包んだ泥人形のようなそれは、何かの指輪を持っている。

 それはヨアの指輪。かの竜血騎士団の長と同じ名を冠するものだ。きっとこの遺体は、そうなのだろう。竜血に狂いに狂って都市を崩壊させては英雄などではないが。まぁこの指輪は貰って行く。私が有効に活用してやろう。

 

 湖の最奥に潜む王冠。最早朽ちかけ、けれど暖かな温もりを宿す王冠は、きっとこの地に君臨した古き王のものなのだろう。名すらも残らぬサルヴァの王。私は王になど興味はないが……この地の遺志を、手に入れよう。

 深い底の王の冠を手に入れ、私はこの地を去る。そういえば道中やたらと強者の不死三人組と戦ったが何だったんだろうか。楔石の原盤を貰えたらから良しとするが。きっと墓荒らしか何かが亡者になったんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マデューラに戻る。最早あの地底の底でなす事は何も無い。敵を打ち倒し、王の証を手に入れたのだから。願わくば、これが不死の因果を断つ希望の一端となれば良い。

 緑衣の巡礼に手に入れた(ソウル)を捧げ、自らを強化する。此度の探索は良くも悪くも自らの欠点を知る結果となった。そこいらの不死に力比べで負けるつもりはないが、竜種などの異形と戦うとなればその筋力不足は致命的だ。故に筋力を重点的に強化する。幸い見た目には変化が無いから私は華奢のままだ。

 

「王の冠を、手に入れたのですね」

 

 強化を終えると緑衣の巡礼がそんな事を言ってくる。あぁ、と私は(ソウル)より深い底の王の冠を取り出せば、彼女に手渡した。別に彼女であれば手渡しても盗んだりはしないだろう。

 緑衣の巡礼はしばし冠を見つめ、私に返すと口を開く。

 

「超えようというのですね、不死の因果を」

 

「……可能性があるのならば、賭けてみたいのだ。例え絶望しか焚べられなくても」

 

 例え先の見えぬ暗闇でも。私は立ち止まる訳にはいかない。私が足を止めてしまったら、誰があの子を救うのだ。誰が白百合を咲かせるのだ。

 

 

 

 

「あら……懐かしい匂いがするわね」

 

 カリカリと爪を研ぐのを止めて、シャラゴアはいつものように飄々と言ってみせた。

 言葉の理由はわかる。私が対峙し打ち倒した穢れの(ソウル)を察したのだろう。彼女にとっては姉妹である憤怒の感情を。

 

 彼女を後ろから抱き椅子に腰掛け、抱き締める。大柄な猫はすんなりと私を受け入れ、その偉大なるモフモフを堪能させてくれる。

 

「随分と飢えているじゃない」

 

「いつもだよ。……君の姉妹のエレナを、斃した」

 

「あら、そう」

 

 その事実を、シャラゴアはまるでどうでも良いように受け流す。

 

「あの子いつも怒っているんだもの、会った事はないけれど。まぁ良いんじゃない?結果的に貴方の中に居場所を見つけたみたいだし」

 

「私の中に?」

 

 ふんす、と彼女は鼻息荒く頷いた。

 

「最早王は去り、代わりに見つけた竜でさえも手に負えず……けれど貴女、彼女の事を一人の女の子として見ていたでしょう?哀れな子ね、死んで魂になってから安らぎを見つけるなんて。穢れの子はね、貴女の女の子への愛を受け入れたのよ」

 

 ほう、と私はシャラゴアの話を良く受け止めた。穢れのエレナは私の中の白百合に共鳴したのだろうか。元は人の闇同士、何だかんだ上手くいくものだ。できれば戦う前に私と共存して欲しかったが……

 

「王の器ね、貴女」

 

「君も私に魅入られたかな?」

 

 微笑みながら冗談混じりにそう問えば、シャラゴアは鼻でそれを笑った。

 

「どうかしら? もしかしたら、そうかもね。ウフフ」

 

 猫なだけあって魔性な子だ。それが愛しいのだろうが。

 

 

 

 

 エレナが私に寄り添うのであれば、きっと他の姉妹も私を受け入れてくれるに違いない。それに彼女達はその性質上、古き者達の残滓に縋るだろう。で、あるならば次に向かうは鉄の古王が大いなる時代を生み出す礎とした場所である。

 溶鉄城、鉄の古王を打ち倒した先にあった祭壇。そこへ至ればやはり転送される。サルヴァの時と同じだ。

 

 鍵も事前に手に入れてある。火と煙で燻った古い鍵。まさか朽ちた巨人の森にあるとは思わなんだ。

 

『言ったであろう、奴もまた私と等しく闇の落とし子。その気配は容易く察知できる』

 

 脳内で響くは穢れのエレナの厳しくも甘い声。闇の落とし子の魂は、人間性の本質である変化によりその姿すらも変えていた。

 シャラゴアとの会話を終えてロザベナと戯れていたら突然声が聞こえるようになったのだ。最初は妄想かとも思ったが、どうやらエレナは私を王と認めたらしく、物質こそ持たぬものの魂だけで私に語りかけてくるようになったのだ。

 

「頼もしいじゃないか。その調子で頼むぞ、エレナ」

 

『勘違いしないでもらおう。お前がいつか王として君臨したならば、その(ソウル)を私が奪う。それまでの共生だ』

 

「素直じゃないな。そういうところも可愛げがある」

 

『くっ……何を言っても響かないなお前は……』

 

 エレナは基本的に、ツンデレである。ルカティエルとは異なりツンが多めだが、そう言った子には逆張りせずにしっかりと愛を伝えてあげればいつかデレデレになる。しかし可愛いものだ、声が聞こえ始めた時はとうとう私もおかしくなったと思ったが……しっかりとエレナは女の子で、声を褒めてやれば機嫌を良くするし(ソウル)の質を讃えれば言葉ではツンツンするものの嬉しがる。さぁて、次の落とし子はどんな子だろうか。

 

 鍵により飛ばされた場所。そこは煤だらけの部屋であった。

 まるで砂のように敷き詰められた煤と灰は、最早王などいない事を示唆しているようだ。仮に鉄の古王がいたならば、溶鉄城のように機能しているならば、こんな事にはなっていないだろう。

 

 

 

 扉を開け、見えたるは大きな鎖。そして断崖。

 

「いやはや、凄い光景だな」

 

 思わず口にしてしまう。時刻は日の入り前か、はたまた日の出の直後か。まるで天然の塔とも言える切り立った断崖同士を繋ぐのは、巨人ですら小さく見えるほどの鎖。そしてその先には、鉄の古王が遥か昔に鉄の精製を開始した塔。

 

『どうしてあそこに王たるものがいると思ったのだ、我が姉妹は……』

 

 頭の中でエレナが嘆く。確かに、遠くの塔から感じるのは僅かばかりの(ソウル)である。小さくはないが、あれを王とするのは少し無理があるだろう。

 

「それだけ焦ってたんじゃないかな?君だって滅んだ都に嫁ぐくらいには頭が回らなかっただろうに」

 

『ぐっ……私の時は、眠り竜がいたから……』

 

 苦しい言い訳を流しつつ、鎖を渡っていく。

 しかしいくら太いとはいえ、この鎖を橋代わりに渡るのは無理があるな。ツルツルしているし、下手すると滑って落下死しかねない。

 エレナは高所が得意ではないのか、何やら時折ヘタれた声をあげているし。ヘタレのエレナじゃないか。きっと私の知る薪の王ならばビビって前に進めなかっただろう。

 

 

黒霧の塔

 

 

 敵襲がなくて助かった。危なっかしくも鎖を渡り終え、さっそく見つけた篝火に点火する。幸先が良いのかな。

 しかしとんでもない場所に塔を建てたものだ。兵站や材料の補充はどうしていたんだろうか。転送は一度に大量の物資を運ぶのには適していないだろうし。初めから材料が無ければ成り立たないぞ。

 

『おい、白百合よ』

 

 篝火で休息を取る私にエレナが声をかける。名前を呼ばずに白百合と呼ぶ辺り、まだ恥ずかしいのかな? 可愛いじゃないか。

 

「どうしたエレちゃん」

 

『二度とその名で呼ぶな。……我が姉妹が近いようだ。心して掛かれよ』

 

 なにっ、と言って篝火から離れて警戒する。そんな気配はまるでなかったのだが。姉妹だからこそ、落とし子の一人だからこそ分かるのだろうか。

 闇朧の鞘に手を掛けながら歩む。エレナが憤怒の感情に囚われ襲い掛かってきた以上彼女の姉妹も襲ってくる可能性は大きい。おまけに私は彼女達の父親の仇でもあるし。

 ふと篝火の近くに無造作に置かれていた楔のような何かを手にする。武器ではないようだが、何かしらの力を感じるものだ。蒐集癖もあるが、もしかしたらこの先有用になるかもしれない。拾い上げて(ソウル)へと収納する。

 

 そんな時、不意に塔のエントランス前でそれは現れる。

 亡者と化し、煤に塗れてなお侵入者を退治しようとする兵士共。そしてそんな兵士達と現れた、無機質だけれど闇を孕んだ何か。

 

 それは生物と呼ぶにはあまりにも灰である。けれど禍々しい呪いと闇がその人型の何かに立ち込め、訴えてくるのだ。

 

 ━━やっと。来てくれたの。

 

 啜り泣く声を聴くと共に、その灰の闇がエレナの姉妹である事が理解できた。だがそれにしては(ソウル)として弱過ぎる。これじゃまるで━━

 

『孤独に耐え切れず肉体を捨てたようだ。残念だな白百合よ、最早我が姉妹は残滓に過ぎない』

 

 闇の落とし子の残滓。そう呼ぶに相応しい有様である。

 啜り泣く声だけでは飽き足らず、彼女はその灰に至った過程である炎の柱をあたりに吹き荒れさせる。まるで呪術の炎の嵐だ。

 

 炎の嵐を回避し、迫る兵士と対峙する。大斧や剣を携えているその兵士は、あまり強くは見えない。

 けれども奴らの攻撃を避け、闇朧で斬り刻めばその違和感に気がついた。

 

「むっ……硬いな。おかしなほどに」

 

 単なる亡者にしてはあり得ないほどに防御力が高い。金属を斬ったような感触でもないから、素であんなにも硬いのだろうか?

 

『見ろ、我が姉妹が亡者共に術を施しているのだ。先に姉妹から片付けねばジリ貧だぞ』

 

 言われて気付く。確かに兵士達の身体に僅かばかりのオーラが纏われているのだ。厄介な事だ、今度はそう言った類の仕掛けか。

 仕方なく兵士達を無視して煤の像へと斬りかかる。しかし灰は灰でしかない、手応えもなければ効果も無いようだ。つまりエレナの姉妹は倒せない。

 

「物は試しか」

 

 先程拾ったばかりの楔を手に、煤の姉妹へと突っ込む。炎の嵐が舞うも、それをジグザグに回避して楔を彼女の灰の身体に突き刺した。

 刹那、怨嗟のような炎が煤の姉妹の身体から燃え上がる。同時に彼女の灰と化した身体から(ソウル)が浮き出てきた。

 

 

 ━━ああ、どうして……

 

 落とし子の悲しげな声が響く。

 

「なるほど、故に楔か。(ソウル)と灰の身体を別つ……」

 

 最早この落とし子の身体に力は無く、ただ崩れ去るのみ。私は小さな(ソウル)を拾い上げると兵士達と対峙する。

 亡者共も、タネが明かされ強くは無い。故に始末は簡単であった。それと同時に、この黒霧の塔で待ち構える敵の強さも予想ができる。

 

『どうするのだ?このまま塔を進むか否か。それを決めるのはお前だ』

 

 別に、敵の強さは問題無い。このまま先へと進むべきだろう。せっかく来たのだ、この地に眠る王の証を手に入れるまでは帰れない。

 楔を手元でくるくると回し、私は宣言した。

 

「行けるところまではやるさ。君はどうする?私の話し相手になってくれるのかな?」

 

『フンッ。退屈するよりはマシだな。精々楽しませる事だ』

 

 要約。寂しいから話し相手になって。憤怒だなんだと言っても乙女である事には変わりない。

 時間はない。けれど焦り過ぎるのも良くはない。マイペースに行くに限る。

 



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黒霧の塔、侵入者

ちょっと短めです。


 

 孤独。小さく別たれた煤の落とし子の(ソウル)を手にして、その感情が脳裏をよぎった。

 長く、永く。生まれてこの方、孤独であったのだろう。彼女は小さな(ソウル)となってもなお私に孤独を語りかけてくる。エレナのような自我は無い。けれど、感情だけは本物であるようで。

 マヌスを屠ったのは、遥か昔。数千年も前の事。そこから生まれ、寄る辺を探していたのだとしたら拗らせるのも仕方ない。闇の落とし子とて人の慣れ果てなのだから。

 

『我が姉妹の戯言は聞くに耐えん……白百合よ、落とし子は私一人で十分であろう。こんな(ソウル)、どこかへ投げ捨ててしまえよ』

 

「仲良くしなさいな、まったく……」

 

 喧嘩するほど仲が良いとは聞くが、実際に喧嘩し合って死んでいる奴らを見る事の方が多い。ましてや姉妹なのだ、美しい娘であるならば百合の花を咲かせていた方が見栄えが良い。見えはしないが……

 

 黒霧の塔の内部は、それはそれは下に長い迷宮のようである。

 在りし日の塔はあちこちにある昇降機で物資と人員の運搬をしていたのであろう。しかし火は燻り、主人なき製鉄所は最早理性なき亡者共がここを守るのみ。

 故に、左右の移動も含めて常に落下死の危険を孕みながら行う必要があった。

 

「これはまた骨が折れるな」

 

 幸い、岩登りや木登りといった行為は得意である。革手袋を嵌め、跳躍し、足場から足場へと飛び移ったり落ちそうになったりを繰り返す。その度にエレナが可愛らしい悲鳴をあげるが、構っている暇はない。敵はそんなものお構い無しに襲ってくるからだ。

 

 さて、この黒霧の塔では未だに亡者が防衛をしているというのは話したばかりだが、労働が忘れられない亡者もいる。

 私が辿り着いたのは、痩せこけた奴隷亡者がせっせと樽を運んでいる現場である。運んでいるのは恐らく火薬だろう、特徴的な臭いが部屋に立ち込めているのだ。

 

「亡者になってなお働くとは。余程ここの作業が魂に響いているようだな」

 

 良くも悪くも。奴隷の服装を見るに、良い扱いはされていなかったようだ。恐怖と力で強制的に労働していたのだろうか。いつの時代も変わらないものだ。

 だが亡者共には悪いがあの火薬樽は利用できるかもしれない。人の胸よりも大きいくらいの樽だ、火薬が満載ならば火をつければ大爆発を起こすだろう。

 

『しかしサルヴァもそうだが、ここの兵士達もそれなりに強敵が多いようだな』

 

 樽亡者の部屋から覗ける下層の部屋。柵越しに見えるそこには先程と同様にエレナの姉妹が鎮座しているのと同時に、兵士達も多数いる。問題は、明らかに溶鉄デーモンの廉価版みたいな巨大なゴーレムがいるという事だ。おまけに奴らは揃いも揃って闇の落とし子の加護を受けているようだ。このまま無策に飛び出してはいくら私とて死ねる。

 

「誘い髑髏が効けば良いが。それともこの樽をぶつけて爆破でもしてみるか」

 

 幸い、樽亡者達が下層の部屋に物を運べるように落とし穴のような扉がある。うまく誘導すればあの巨体のゴーレムにぶつけられる。おまけにあのゴーレム、力の制御が上手くいっていないのか余剰のエネルギーが肩から溶岩として定期的に溢れているのだ。ふむ。

 さっそく作戦を閃いた私は亡者達を落とし穴に追いやって下層へと突き落とす。この樽を運ぶ亡者共は私を恐れているのか、はたまた樽が大事なのか分からぬが私が近付くと逃げていくのだ。

 亡者達を全て突き落とせば、誘い骸骨と叡智の杖を手にする。そして柵越しに誘い髑髏を投げ、樽亡者を誘導する。いくら仕事に支配されていても(ソウル)への欲には抗えぬ。ついでに兵士達も寄ってきている。

 

「望郷」

 

 続いて放つのは魔術、望郷。故郷を追われた亡者達に、懐かしい何かを幻視させる魔術だ。どういう経緯でここの亡者となったのかは知らぬが、故郷を懐かしまぬ亡者などそうそういない。

 望郷の術が飛んだ先は、ゴーレムの真横である。つらつらと誘われる亡者の一団がゴーレムから噴き出る炎に焼かれるのも厭わずに故郷を偲ぶ。すると、案の定樽に炎が引火した。

 

 ━━とんでもない爆発だった。当初爆発した樽から更に他の樽へと誘爆し、亡者はもちろんゴーレムすらもバラバラに弾け飛ぶ。これではエレナの姉妹が加護をかけていても意味を為さない。

 

「想像以上にとんでもない火力だな。扱いには困るが……さてと」

 

 安全化した下層へと降り、灰の身体の花嫁に対する。先程と同様に何やら孤独を呟いているが、無視して楔を打ち込んだ。

 崩れ去った身体に残るのは、僅かな(ソウル)。煤の花嫁である、孤独のナドラ……ようやく名前が判明した。

 

「エレナにナドラか。皆可愛がりのある名だ」

 

『言っていろ。これから嫌でも我が姉妹の戯言に悩まされる事になるんだからな……』

 

 どうやらこの短時間でエレナの方はナドラの孤独を聞き飽きたらしい。まだ私には囁き程度にしか聞こえぬが、脳内で麗しくも弱々しい声を聴くのもまた一興だ。私の少女達への愛はそれしきで薄まらぬ。

 

 

 

 ドラングレイグというか、ロードランにも言えた事だが人が住んだり働いたりする場所だというのに移動等がし辛い事はどこも変わらない。

 登ったり降りたり飛んだり落ちたり。その度に敵を打ち倒し、見つけた篝火で休息を取る。面倒な場所だ、本当に。だが下層へ行けば行くほど、何か強い者の(ソウル)が空気を震わせている。これは楽しみだな、一体鉄の古王のいない塔に誰がいるのか……

 

 と、そんな時。誰かが侵入してきた。今更侵入など珍しくもない。

 

━━闇霊 暗殺者マルドロ に侵入されました!━━

 

 暗殺者。もしこの侵入者が名前通りの輩なら少し厄介ではある。

 ただでさえこの黒霧の塔は入り組んでいて死角が多いのだ。一体どんな格好をしているのかは分からぬが、より一層警戒すべきだろう。

 

 ちょうど目の前には入り口と同様に大きな鎖があり、遠くの塔へと繋がっている。エレナは嫌がっているが仕方あるまい、むしろ鎖の上で襲われた方が対処はしやすい。飛び道具は避けづらいが、それは相手も同じこと。

 

 鎖を渡り切っても暗殺者は姿を見せない。さてどうしたものかと思っていると、渡り切った先の塔の屋上に、宝箱があるではないか。

 

「ご褒美だな、どれどれ」

 

 ミミックに警戒していたのが幸いした。不意に殺気が私の背後から降り注ぐ。

 

 転がり、宝箱から離れればちょうど宝箱を漁ろうとする者を背後から突き刺すべく、闇霊が手にする突撃槍で攻撃していたのだ。危ない、もう少し反応が遅れたら確実に不意打ちされて殺されていた。

 立ち上がり、闇朧とパリングダガーを構える。敵の闇霊は全身に鎧を着込み、左手に大盾と右手に突撃槍を携えた騎士みたいな格好だ。その割には不意打ちなんてしてきたが。

 

 だが、私と対峙した暗殺者は何やら私をマジマジと見るとゲゲっというジェスチャーを取ってたじろいだ。なんだ、私はマルドロなんてやつ知らないぞ。

 暗殺者マルドロはクルリと向きを変えると、私を背に逃げ出す。一体なんだというのだ。

 

「おい! なんだお前!」

 

 追い掛ける。もしやロードラン時代の生き残りで、私の強さを知っている者かもしれない。あの頃は手当たり次第に侵入して不死を狩りまくったからな。

 マルドロは螺旋階段を使って塔の下へと降っていく。どうにもこの先には多数の敵とナドラの像があるようだ。しかも濃厚な呪いを感じる……ナドラが放っているのだろうか。

 石化では無いようだが、どうにも亡者化を促進させる類いの呪いらしい。人の像に余裕はあるが無駄にはしたくないし、亡者状態になるつもりもない。ましてや多勢に無勢だ。闇霊の使命はその世界の主である不死を殺すこと。故に私の敵とは争わぬ。で、あれば面倒だ。

 

『どうするのだ? いくらお前でも囲まれれば無事では済まぬだろう』

 

「その通り。故にこれを使う」

 

 取り出したのは巨人の顔のような木の実。これは黒霧の塔の鍵である重い鉄の鍵を拾った場所である朽ちた巨人の森において入手した。

 効果は……侵入してきた闇霊に、亡者や敵が敵対するというもの。つまり、今やマルドロは追い詰められたわけだ。

 

 木の実を砕けば、暗い塔の下層から喧騒が聞こえてくる。哀れだな、マルドロよ。だが一体誰だったのだろうか。まぁ死ねば同じこと。相手が悪かったのだ。

 

 

━━Invader Banished━━

 

 

 古い時代の神々の話を、最早覚えているものは少ない。悲しいかな、あれだけ栄えた神々の都も何処にあるやら。

 けれど物は朽ちなければ無くならない。しかしながら、それらの歴史は最早語られず。今や新しい持ち主達の物語を与えられている。

 

 栄華の大剣。

 

 なんとも懐かしく、そして憎らしい大剣であろう。

 

 神々の時代の英雄が用い、その英雄の魂を用いて再現したものを、私の宿敵が手にし。

 

 私の全てを阻んだ大剣。

 

 だがこの大剣はあいつが持っていたものではない。他世界の不死が英雄アルトリウスから錬成した類似品だ。

 (ソウル)を読み取れば、この剣の持ち主は皆左利きだったのだという。

 文献によれば、アルトリウスもまた左利きであったが、私が対峙した時、彼は利き手である左腕が折れていたのだ。故に剣を持っていたのは右手であるが……もし、あの時アルトリウスの利き腕が無事ならばもっと苦戦したかもしれない。

 

「懐かしいな。君もまた、そう思うだろう」

 

『フン。愚かにも我々に挑み死んでいった神の手先か』

 

 マヌスの記憶を多少なりとも引き継いでいる彼女もまた、あの英雄の事を存じているようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、またまた離れの塔を探索する。今度は別の離れだが、どうにも主塔の探索が芳しくないので手に入れた鍵を使って来たのだ。

 足が潰れたデブ亡者が自爆して来たりと不快ではあるが、良いこともある。それは新たな侵入者がやって来たということ。

 

━━闇霊 剣士レイチェル に侵入されました!━━

 

 思わずにんまりとしてしまう。名前からして女の子だ。それに剣士とは。まるでルカティエルのように気高いのだろう。なんで闇霊なんてしているのかは分からぬが……狂っていたとしても私は歓迎しよう。少女であれば愛してやれる。

 大熱の鉄杖とかいう重要そうなものも拾ったし、彼女を楽しんでから帰る。

 

 やってきた闇霊は、重厚な鎧に身を包んだ剣士であった。

 兜のせいで素顔が見えないのが残念だが、右手にバスタードソード、左手に中盾を持ち、私を見るや否や剣の切っ先をこちらに向けてジェスチャーしてくる。なんと勇ましい娘であろうか。ワクワクしてきた。

 

『お前……見境が無いな』

 

 エレナが呆れたような声で言うが、仕方あるまい。女の子を見たら誰だって興奮する。それが女剣士であるなら尚更だ。

 私も丁寧に一礼して、闇朧を鞘に納める。これが正しい使い方なのかは分からないが、居合いという技術を模倣しているのだ。

 と、レイチェルが雷松脂を用いてバスタードソードにエンチャントする。なるほど、敵に合わせて適切なアイテムを使うタイプか。感心するぞ。

 

 レイチェルが駆け、剣を振り上げる。私も身を低くし、その機会を待つ。

 剣が振り下ろされると同時に、私は闇朧を抜刀した。刹那、その存在が希薄な刀身がバスタードソードを弾く。

 

 居合いパリィ。純粋な技量で相手を圧倒して見せたのだ。筋力だけでなく技量も高めておいて正解だった。

 まさか大剣を弾かれるとは思っていなかったのだろう、レイチェルは兜のスリットから瞳を驚いたように見開いている。さて、このまま殺しても良いがそれだとつまらぬしなぁ……

 

 レイチェルの腹に回転蹴りを喰らわせ、距離を取る。何歩か後ずさる彼女は腹を押さえていたが、すぐに立ち直り剣を構え直した。

 

「さぁどうした! 来たまえよ! 剣士を名乗っているんだ、こんなもんじゃないだろう?」

 

 挑発するように両手を広げて叫べば彼女はジリジリと盾を前に寄ってくる。嗚呼、そうじゃない。盾などいらぬ。互いに斬り合って血を噴き出しながら楽しみたいのだ。

 ならば、闇朧が君を貫くだろう。

 

 両手で闇朧を縦に構え、集中する。ならば私の剣技を試させてもらおう。5歩ほどの間合いになった時、今度は私から動いた。

 

 なんて事はない、ただの振り下ろし。けれど極限まで速く、鋭く。1、という字を書くが如く。それは一閃である。

 

 しかしその一閃は盾をも貫き、鎧をも通過する闇朧であるならば意味がある。

 盾を構えていたはずのレイチェルは、頭から股下までを両断される。打刀では不可能な芸統。一文字とでも呼べば良いか。

 

 鎧が縦に二つに裂け、血飛沫をあげるいとまも無いレイチェルの素顔が見える。うむ、やはり美人か。

 

「真っ二つになっているのが残念だが……その臓物や脳まで、私は愛してやれるぞ? フフ……」

 

━━Invader Banished━━

 

 左右に倒れる彼女が(ソウル)へと霧散する。やはり中々居ないな、私が満足できる相手というのは。別に自慢するつもりはないが、それが事実だ。ただ強くなりすぎたのだ、あのロードランで。

 納刀し、主塔へと戻ろうとしてエレナが諭すように声をかけてくる。

 

『お前、今のは気色が悪いからやめた方が良いぞ』

 

「……そんなに?」

 

 (ソウル)と人の像を手に入れ、私は少しだけ傷ついた。

 

 




アルトリウスの腕がもう頭の中で凄いことになったので修正しました


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黒霧の塔、煙の騎士

前回もう左か右かわからなくなっていたので初投稿です。御指摘ありがとうございます


 

 

 覚えているのは、屈辱と憎しみ。

 

 

 それは己に対する無力さと、己を打ち破った同胞へのものか。

 

 

 或いは、手に入れられなかった己の情けなさかもしれない。

 

 

 ずっと求めていたものが、ようやく来たというのに。仕えていた主に取られ。しかし自らの騎士道に言い聞かせ、祝福したのにも関わらず。奴は挙句それを手放し。

 

 

 耐え切れぬ。堪え切れぬ。手放すのであれば、最初から欲など抱かねば良いものを。

 

 

 全てが憎かった。我が騎士道に賭け、主に物申し、そして断罪され同胞に敗れ。

 

 

 あの同胞であった騎士の、憐れむ様な瞳が忘れられない。屈辱以外の何があろうか。己を打ち倒し、しかし下手な情けをかけて殺す事もせず、追放し。

 

 

 しかし己は手に入れた。己を受け入れてくれるものを。安寧を。安らぎを。母性を。

 

 

 手放すわけにはいかぬ。例え彼女がそれを求めていても。記憶が擦り切れていようとも。最早何も思い出せなくとも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 懐かしいものだと、篝火の前に座る私は一人追憶に耽る。手には、この黒霧の塔で偶然手に入れたタマネギのような兜。忘れるはずもない。これはカタリナの騎士達の装いである。

 

 思うは、寂しさ。最早あの時代に生きていた彼らはいない。その子孫達にさえも、国の滅亡と共に散り散りとなり特徴的かつ誇りであったはずの鎧は受け継がれていないのかもしれない。

 また思うは、悲しさ。ある親子の別れ話。あの時、いや今も尚。私は無力でありどうする事もできなかった。私は無知で、弱いただの不死。殺す事しか知らぬ女だ。

 

 今でも思い出す。ジークリンデの悲痛な言葉を。彼女の足元に横たわる、物言わぬ亡者にまで死んだジークマイヤーの事を。あれを悲劇と言わずになんと言うか。

 

 ジークリンデはどうなったのだろう。彼女もまた不死であり、永遠に生き続ける宿命にある。心折れ、亡者になってしまったのか。或いは私のようにどこかでひっそりと生き続けているのだろうか。それは分からぬ。もしかすれば、彼女のように古い不死こそ、喪失者のような存在なのかもしれない。最早想い出すらも忘れ、いかに自分が戦ったかも忘れ。何に悲しんだかすらも忘れて。

 そんな事、虚し過ぎる。

 

『お前もそんな顔をするのだな』

 

 脳という海の中、エレナが優しく声を掛ける。私はカタリナヘルムを(ソウル)へと収納すると返答した。

 

「どんな顔なのか、自分でも分からない」

 

『そうか。悪い顔ではなかったよ』

 

 憤怒の中に生まれたはずの彼女はまた、闇の落とし子でもある。闇とは母。いつか人が還る場所。闇とは深淵。深淵とは愛。人よりもよっぽど純粋な闇に近いならば、彼女の愛は深いのだ。海のように。

 うん、とだけ言って篝火を去る。悲しい想い出がある。だが未来は悲しみだけではない。それを変えるために私はここにいる。

 

 

 

 

 

 ナドラの像に楔を打ち込む。相も変わらず煤の花嫁は怨み混じりの嘆きを囁いているが関係が無い。彼女の(ソウル)が増えていくたびにエレナが文句を言うが、暫くは我慢してほしいものだ。

 さて、今私は黒霧の塔の最下層と思わしき場所にいる。レイチェルを真っ二つにし、手に入れた楔で塔の昇降機を起動させてようやく辿り着いたのだが。

 何やら中央の炉に繋がったドーム状の部屋に霧が掛かっている。その霧の中からは、上層からでも感じた強大な(ソウル)の気配。

 ドームの周囲には何体ものデーモンの出来損ないとナドラが配置されており、あからさまに何かを守っている様子だ。全部破壊したのだが。

 

 ようやく強敵と戦えると意気込み、先程までのノスタルジーを心の奥底にしまって霧に手をかけた時だ。

 突如、昇降機で誰かが降りて来た。敵の警備かと思い振り返って闇朧を構えて見せれば、いつぞや見た誰かさんが二人ほど。

 

「おお、我が弟子よ。久しいな」

 

「カリオンと……エリーちゃん!」

 

 なんと現れたのはいつぞやの老魔術師である晦冥のカリオンと鋼のエリー。最近はめっきりカリオンに話しかけてすらいなかったから忘れられたものだと思っていたが。案外覚えているのだなこの爺さん。

 

「お主、師に向かって呼び捨てとはなんじゃ!まったく……」

 

「ああ、はい。エリーちゃん久しぶりだな!」

 

 それはともかく、エリーちゃんの両手を取る。にぎにぎと彼女のセスタス越しの手を堪能しながら挨拶すれば、彼女は恥ずかしそうにお辞儀した。嗚呼素晴らしきかな、初心な反応。

 カリオンは適当にあしらわれたにも関わらず、久しぶりの邂逅に少し喜んでいるようだった。

 

「ほう、お主……闇の巡礼者となったか」

 

 そう問われて、思わずエリーちゃんを抱き締めてわさわさする動作を止める。

 

「貴公、グランダルと知り合いか?」

 

 そう問えば、彼は頷いて「同郷じゃ」と言ってみせる。それは知らなんだ。共通点は爺であることだけだが。

 

「まぁ良い。闇に引き摺り込まれたようには見えぬ」

 

「当たり前だ。私が一番深淵の悍ましさと恐ろしさを知っている」

 

 忘れるはずもない。神さえも飲み込む闇を目の当たりにしてきたのだ。それに闇を探求する者でいえば、私はグランダルよりも先輩なのだ。所詮この地で出会ったものは皆若造よ。そういうと私が歳を取ったみたいで嫌だが。

 

 どうやらカリオンはこの地に魔術の探求に来たらしい。あれよあれよと進むうちに、同じくこの地を探索しにきたエリーちゃんと協力し、ここに至ったのだと。

 私がここまでの扉を全て開けてしまったばかりに彼らは苦労したというわけだ。まぁ良いのだが。

 それにしても、ここの兵達は決して弱くはなかった。よくもまぁここまで辿り着けたものだ。特にカリオンは。見たところ魔術一辺倒だし。

 

「それにしても、ここにもオラフィスの叡智はおらなんだ」

 

「オラフィスの叡智?」

 

 うむ、とカリオンが頷く。何やらドラングレイグの何処かに、亡国であるオラフィスの魔術師がいるとの事らしい。何でも失われた魔術や、その魔術師が産み出した未知の魔術があるとのことで、カリオンはその人物を探しているのだとか。

 ふむ、私も魔術師の端くれとして是非会っておきたいものだ。得られる魔術はあればあるだけ良いのだから。

 

 とにかく、二人ともこの濃霧の先には行きたいようで、せっかくなので三人で攻略することにする。まぁ別に良いのだ。カリオンは遠距離から魔術を撃って私とエリーちゃんをサポートしてくれれば、やりやすくなるだろう。

 

 私を先頭に濃霧を潜る。

 

 そこは外見通り、炉のような場所だった。ドーム型の屋根、中には灰が溜まっていて、奥にはどこかへの通路がひっそりとあるだけ。

 いや、何か大きな剣が中央に突き刺さっている。剣と呼ぶには大き過ぎる。あれは特大剣の類だ。

 

 まるで、最初の火の炉の様な場所。けれどあの時と違って、火は燻っていない。むしろ燃え尽き、この場所は終わっている。

 

「……さて。そんな場所に残っているのはどんな輩なのだろうな」

 

 特大剣の真下の灰から、手甲を纏った腕が飛び出す。それは特大剣の刀身を掴むと、力を込める。

 次に身体が這い出た。元は人であろう、(ソウル)を溜め込み大型化したその人物は、煤けて黒くなった鎧と兜に身を包んでいる。

 まるで煙の騎士。炉の余熱で燃え、しかし燃え尽きず、燻る騎士は、右手に直剣を、左手に特大剣を携えるとこちらを凝視した。

 

 悍ましい、人ならではの闇を感じる。愛に狂い、狂気と化したそんな視線。まるで昔の自分を見ている様だった。あの、闇の王を目指した時代。愛に全てを捧げているような、そんな瞳がバイザーから覗く。

 

『我が姉妹に取り憑かれたか。フン、憐れなものだ。見向きもされず、それでも縁としているとは』

 

 心底軽蔑したようにエレナが言う。仕方あるまいよ。思うに、それでしか自分を保てぬ心の危うさがあったのだろうから。人とは案外、脆いものだ。

 

 

煙の騎士

 

 

 

 刹那、煙の騎士が走り出す。あれだけの特大剣を持っておきながら、あれだけ軽快に駆け出せるものかと少し感心したがすぐに思考を切り替え闇朧を抜刀する。

 驚いたのは、私達三人を相手にしておきながら煙の騎士が繰り出して来たのが直剣による斬撃だと言う事だ。まとめて薙ぎ払うのならば、あの歪な特大剣で叩き潰せば良いのに。

 

 もしや、この騎士。直剣の方が得意だったりするのだろうか。

 

 三人がそれぞれに横へと転がり攻撃を回避する。どう言うわけか、煙の騎士が追いかけて来たのは私。なんだ、私何かこいつにしたか?

 新たに迫る直剣の攻撃を弾く。キレのある連撃だ。けれど、身の丈にあった力は無い。むしろ技量を追求したような剣技である。違和感しか無い。

 

 直剣は有効打にならぬと判断すれば、煙の騎士が特大剣を力任せに振るう。流石にそれは弾けぬと、跳躍してその横薙ぎを回避しつつも背後へ下がる。

 追撃しようと煙の騎士が駆け出した瞬間、彼の側面から魔術が飛んできて牽制し出した。カリオンの(ソウル)の槍だ。

 

「弟子に遅れを取る師では無いわァ!」

 

 勇ましく、彼は(ソウル)の槍を連発する。自らの魔術に自信があるだけの事はある。割と難易度が高い(ソウル)の槍をあれだけ連続で発射するのは私でも難しい。

 けれど煙の騎士は、飛んでくる魔術を避けるどころか特大剣で受けてみせる。あまりにも分厚い特大剣相手には、(ソウル)の槍は効果がないようだ。

 

 彼の注意がカリオンに向いた事でエリーがインファイトを仕掛ける。ガラ空きの右側面に潜り込み、お得意のセスタスによる連撃(タコ殴り)をしてみせた。

 しかしそれが彼の琴線に触れたのだろう。煙の騎士がほぼノーモーションでエリーへと横蹴りを決めれば、彼女の身体が宙に浮く。そしてその隙を奴は見逃さなかった。

 

「エリー!」

 

 私が彼女の名を呼んだ瞬間、特大剣の突きがエリーの身体を弾き飛ばす。まるでアーマードタスクに轢かれたように勢い良く彼女は吹っ飛び、壁に叩きつけられて動かない。

 剣の切っ先が丸まっていて助かった。衝撃は凄まじいだろうが、もしグレートソードなら彼女は間違いなく身体を穿たれて死んでいた。

 

(ソウル)の結晶槍」

 

 左手に叡智の杖を持ち、魔術を放つ。結晶化した槍は、しかしまたしても特大剣に阻まれるが多少なりとも効果はあったようで煙の騎士が後退っている。

 だが、これで奴の私に対する認識が固まった。私は最優先で排除すべき敵であると。

 

 煙の騎士が跳躍し、特大剣を振り上げる。横から飛んでくるカリオンの魔術を無視し、私を殺すためだけに。

 ステップして叩きつけを回避しようとし、

 

「むっ!」

 

 特大剣が地面を打ちつけた事で灰が舞った。真っ白で何も見えない。あるのは強大な(ソウル)の反応だけだ。

 闇朧を構えて焦らず神経を研ぎ澄ます。暗闇での戦いならば、闇の穴でも経験した。全ての兆候を逃さず捉える事で活路を拓く。

 

 何かが真横から飛んで来る。轟音で、途轍も無い速度で。

 屈んでそれをやり過ごせば、それは特大剣だった。

 

「ッ!」

 

 刹那、真正面から左肩を直剣で貫かれる。瞬間的にその腕を闇朧で斬り落とそうとしたが、既に直剣は私の肩から引き抜かれた直後だった。

 してやられた。まさか特大剣を投げて囮にしてくるとは。それにこの刺し傷、あまりにも真っ直ぐである。やはり奴は技量剣士だ。

 

『おい、早く回復せんか!』

 

「黙っていろッ!」

 

 まだ煙は舞っている。回復している余裕などない。奴はその隙に次の攻撃に出るだろう。そしてとどめを刺すとなれば、一番得意な技で来る。考えろ、直剣、しかも技量戦士。どの技で確実に仕留める?

 

「後ろじゃ!」

 

 カリオンの声が響いた。瞬間的に殺意が背中に降り注ぐ。

 回りながら、直感で足を振り上げる。そして一気に踏みつければ、やはり奴は突き刺しを選んだ。刺突は強力だ。刺せば引き抜いても良し、或いはそのまま強引に斬り裂いても良し。選択の幅が広がる。

 

 まさか自分の刺突が踏みつけられて無効化されると思っていなかったのか、目の前で煙の騎士が一瞬固まる。

 その隙に闇朧で奴の右腕を斬り裂いた。

 

「油断したな。こうでもすれば私を殺せると思ったか?」

 

 バックステップで距離を取る煙の騎士。言いながら、輝雫石を砕く。エスト瓶を飲んでいる余裕は無さそうだ。

 エリーちゃんはまだ復帰せず、カリオンは杖を煙の騎士に向けている。奴の傷は浅くもないが深くもない。軽傷だろう。だが直剣を振るう手は扱いづらくなるはずだ。

 

 

「……その目だ」

 

 

 不意に、煙の騎士が呟いた。すでに枯れた声ではあるが、その一言には悍ましいほどに殺意が込められている。

 煙の騎士は直剣を投げ捨てると、震える声でまた言う。

 

「俺を、憐れむな……!」

 

 叫ぶと同時に奴が特大剣を掲げた後に灰へと突き刺した。刹那、小規模の爆発が起こる。私はその光景を鼻で笑った。

 

「ハンッ、どうやらコンプレックスを抱えている様だな。自らが憐れであることの、なんと情けない事か! 貴様、闇を受け入れているようで歪まされているじゃないか! 滑稽だな、あぁ!? そんな者が相手とは、笑えるぞ!」

 

 故に、煽る。特大剣に火が燻ろうが、その鎧が薪の王のように燃えさかろうが関係が無い。

 強いようで、此奴は弱い。昔の私みたいだ。心が成熟せず、否、歪んだまま成熟したせいで狂っている。そんな者、王に相応しいはずも無い。ナドラの伴侶足り得ない。闇を支配する器でも無い。

 

「私は認めたぞ。自らの弱さを。今でもずっと、あの時を後悔しているが」

 

 吹き荒れる炎。それらが呪術となって襲い掛かる。私はただ、それらを最小限の動きで避けるだけだ。カリオンは大変そうだが。

 まるで飛ぶように煙の騎士が駆ける。狙うは私。繰り出すは特大剣の刺突。

 

 煙の騎士の真下をスライディングして回避する。すぐさま奴は反転しながら特大剣を振り払った。そんなものは予想している。立ち上がると同時に跳躍し、直剣を捨て隙だらけの頭部へと闇朧を数度振るう。

 

「グッ!」

 

 煙の騎士が右腕を差し出して頭部への攻撃を回避する。だがもう右腕は役に立たぬほどにズタボロだ。

 空中で煙の騎士を踏み付け、距離を取ると私は言う。

 

「その特大剣はなんだ? 誓いのつもりか? ナドラを守る騎士として、誓ったつもりなのか? 若いな、けれど初心過ぎる。そしてあまりにも欲求に忠実過ぎる。貴様、ナドラと対話しようとしなかっただろう。ただ一方的に護ると、誓っただけだろう」

 

 その言葉に、ずっと煙の騎士は怒り狂ったかのように震えていた。奴は英雄足り得ない。怒りとは、制御しなければならない。だから私は英雄になれなかった。

 

「そう言えば、黒霧の塔へと至る鍵を拾った時、一緒に盾も拾ったな。これはお前のだろう? なるほど、全て合点がいった。お前、ヴェルスタッドに敗れた叛逆者だな。直剣を捨てたのは敗れた自らの技量を恥じたか? そんなものはいらぬと? 甘いなぁ、光蟲の尻尾みたいに甘いぞ。己の無力を嘆き、しかし磨こうとせず。そんな弱い人間が、闇と共にあれるはずもない」

 

 煽りに煽る。まるで、自分に言い聞かせるように。カリオンは年甲斐もなくオロオロしている。まさか戦いの場で口論が始まるとは思ってもいなかっただろう。

 

「黙れッ!!!!!!」

 

 また、爆ぜる。炎が襲い掛かる。だが、それは一度見た。

 人とは愚かな生き物だ。人間性とは成長、成長とは可能性。人には無限の可能性があるというのに。けれど感情が高まると、人は一つの行動しか取れなくなる。きっと、ヴェルスタッドに負けた時もそうだったのだろう。最期まで彼は割と冷静だった。

 

 炎を避け、そして反逆者……騎士レイムは、得意の突き刺しをすべく特大剣を引き迫る。

 腰ほどに跳躍し、足裏のすぐ下を特大剣が過ぎれば、その上に止まる。

 

貴様の可能性の終着点がこれだ(あの時、同じく私は先へと進めなかった)

 

 最期まで憐れむことは止めぬ。彼を肯定してしまえば、過去の私の過ちを正せない。

 

 特大剣の上で跳躍すれば、私はいつもの如く囀る。

 

I’m invincible(私は無敵故),I’m unavoidable(逃げる事は叶わぬ),I’m undebatable.(その余地すらない)

 

 だが、人とは執念深いものだ。煙の騎士レイムは未だ諦めていない。否、自らの弱さを認めていない。

 

「亡者風情がッ!」

 

 私を迎撃しようと特大剣を振るおうとする。だが、

 

 

「ぬぅおおおぅ弟子よッ! 闇の大剣ッ!」

 

 

 他世界では散々の言われようであるカリオンの闇の大剣、その光波が煙の騎士の胴へとぶち当たった。結果、彼は特大剣を振るえぬ。

 

 闇朧を抜刀し、真上からその首元に突き刺す。頸動脈を貫通し、そのまま心臓すらも貫通する刀身は、確実に彼の(ソウル)を砕いた。

 勢いで押し倒す。そして刀身の中程まで一度引き抜いてから再度突き刺せば、煙の騎士は動かなくなった。

 

「だが、それ故に人であるのだ。人は結局、無力でもある。貴様はただ、その事に気づけなかったのだ」

 

 煙の騎士の身体が(ソウル)へと霧散していく。最期に、彼は言った。

 

「ナドラ、俺は、ただ」

 

 

━━Victory Achieved━━

 

 

 ただ、幸せになりたいだけだ。人なんて、そんなものだ。けれどそうしているうちに、その本質を忘れるのもまた人間。そうやって何度も繰り返して、ようやく過ちに気付く。

 喪って初めて。自らの無知と愚かに気付く。なんと憐れなものか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カリオンにエリーを任せ、一人ナドラの像に面する。溶鉄の楔はもう無い。足りないのだ。彼女を解放してやれぬ。

 ふと、嘆き悲しむ姉妹を置いてエレナが問いかけて来る。

 

『あれは、自らに言い聞かせていたのか?』

 

 エレナは聡明である。故に、理解していた。私がレイムに言っていた言葉を。私はしばらく答えず、ナドラに背を向けて一言言う。

 

「分からない。けれど、そうかもしれない」

 

 ずっとずっと、後悔してきた。だから、足掻いているんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう、ほとんど思い出せない。

 

 そんなに時間は経っていないはずだ。けれど、最早遥か昔のような感じがして。

 

 思考もはっきりしない。何故自分は戦っているのだろう。何故、死んでいるのだろう。何故生き返り、それでもまだ戦わなくてはならないのだろう。

 もうずっと、彼女は思い出せない。

 

 でも、覚えていることもある。自らは呪われているのだと。

 それを思い出すと、使命も思い出せる。嗚呼、そうだ、兄だ。兄を探しにきたのだと。そして、この地で出会った大切な仲間。否、恋人を。

 

 まだ、死ねぬ。例え今目の前にいるのが狂った兄であろうとも。

 

 死ねぬ。もう一度、会うまでは。例えその先に絶望しか待っていなくとも。

 

 彼女が絶望に焚べる薪となろうとも。まだ、死ねぬ。

 

 

 そして、ルカティエルは何度も殺される。愛する兄に。最早亡者である肉親に。悲劇は繰り返される。

 




煽り続ける者

さっくり倒していますが、尺の都合みたいなものです。


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My Sweet, My Love
アン・ディールの館、ルカティエル。最愛の人


 リコリス・リコイルにどハマりして投稿が遅れましたが百合成分を補充できたので問題ないです。
 皆さんはもうご覧になったでしょうか?久しぶりにアニメにハマりました。ちさたきのなんと尊いことか。
 やはり百合とはとても愛しいものですね。

 え? 見ていない? 獣狩りの時間だ……


 

 

 結局、黒霧の塔においてナドラの(ソウル)は全て手に入らなかった。

 ほぼ完成に近いはずの彼女の(ソウル)ではあるが、やはり完全に修復するには欠けていてはいけないらしい。

 相も変わらず頭の中で嘆き悲しむだけの彼女に、エレナの堪忍袋が切れてしまいそうだ。

 姉妹なんだから仲良くしてくれと脳内の怒れる落とし子を宥めながら、私は一人マデューラへと帰還する。

 

 黒霧の塔は、一応踏破はした。

 ひっそりと隠されていた溶鉄デーモンの亜種も倒したし、そこに至るまでに配置されていた兵士や祈祷師なんかも全て滅ぼした。

 けれど、最上階だけは足を踏み入れただけだ。

 途中複数の狂戦士達がこれでもかと侵入してきたが、一体一体は弱く赤鉄の両刃剣や(ソウル)の大剣といった広範囲を攻撃できる武器や魔術で蹴散らして終わり……こいつらの装備はもう溶鉄城の上で手に入れているから旨みもない。

 

 だが、一つだけ成し遂げられなかった事がある。それは最上階に鎮座する物に由来する。

 

 きっとそれは、東の国……所謂、葦の国の流れを汲んだ鎧なのだろう。所々にその意匠が見て取れた。

 ドラングレイグやロードランにありがちな、打ち捨てられた鎧では無い。まるで過去の栄光を讃えるかのように、それは円形の部屋の中央に飾られていた。

 

 不死の悪癖の一つに蒐集癖、と言うものがある。

 使いもしないのに、(ソウル)に収納して弄ばせる事を不死は好む。そして一人の不死である私もそれは同じこと。

 物珍しいものは、それだけで蒐集に値する。故に私はその鎧を取ろうとしたのだが。

 何か、強い力に拒絶されて手に取るどころか近付く事すらできなかったのだ。

 仕方なく私はその鎧を諦めたのだが、ナドラの件とその鎧が黒霧の塔での心残りとなってしまった。

 エレナ曰く、何か強い念と捩れを感じるとの事だが、手に入らなければ興味は無い。とりあえずはマデューラへと帰ることになった。

 

 

 相変わらず、マデューラは寂れている。

 打ち捨てられた家々は崩れかけ、いつか中央にぽっかりと空いた大穴へと吸い込まれてしまうとばかりに終わりを待つのみ。

 けれど、その寂しさがどうにも好ましい。

 元より華やかすぎる場所や物は好きじゃなかったし、何よりもここは黄昏るのに最適だ。

 時空は捩れ、夕焼けしか空には映らないけれど。それでも、ここは想いに耽るには丁度良い。

 

 だがここも、最近では人が増えた。

 元からいるレニガッツやマフミュラン、心が折れてしまっているソダン、愛しいシャラゴアに緑衣の巡礼。

 新たにやって来た老齢の魔術師カリオン、その弟子であったロザベナ、金にうるさいギリガン、鍛冶屋の美しい娘でありもう父を覚えてはいないクロアーナ、そして地図が好きなケイル。

 

 一人、私は断崖で想いに耽る。

 ここに、ルカティエルがいれば完璧だった。

 一癖も二癖もある住人達と話しながら、彼女は私の横にいてくれた。

 

 彼女は無事であろうか。

 洗練された戦いの痕跡は各所で見る。けれど未だ出会うには至れない。

 もう、限界が近いはずだ。早く三つ目の王冠を手に入れなければならない。

 (ソウル)を極め、集め、我がものとする事こそ呪いを超越するのであれば。

 あの白竜の研究にもその一端が書かれていたのだから、ヴァンクラッドが至ろうとし挫けた道も嘘では無いのだ。

 

 ふと、地べたに座り考える私の背後に緑衣の巡礼がやって来た。

 相変わらず主張の薄い娘だ、ただ私の背後に立ち尽くすだけで表情も変えずにいる。

 

「なんだい?」

 

 このまま無視するのも白百合としてどうなのだと自問し、振り返らず私は尋ねた。

 

「……お伝えしたいことが、あります」

 

 相変わらずしっとりと、聞こえるか否かの声量でそう言う彼女は、しかしいつもとは少し様子が異なった。

 普段なら、もっと彼女の声には熱がない。けれど今はどうだろう。

 今の彼女の声は、言い淀んで、悩んで、ようやく声をかけたかのような。そんなものだった。

 思わず振り返れば無表情ではあるが、どこか影のある表情である。

 

「いつになく……いや、何でも無い。要件は何かね?」

 

「貴女の……恋人である不死についてです」

 

 それがルカティエルの事を指しているという事は瞬時に分かった。

 どうにも嫌な予感がする。こんな長く生きただけの不死ではあるが、勘というものは案外馬鹿にできないものだ。

 

「続けろ」

 

「……彼女は、貴女と別れてから幾度も死にました。しかしまだ、心は折れていなかった。先程までは、ですが」

 

 背筋が凍る。不死とは、心の強さがものを言う。

 亡者化への道とは正しく心が折れる事。死ねば死ぬほど、人とは挫ける。私で無い限り。

 

「彼女はどこだ」

 

 低い声色でそう尋ねれば、緑衣の巡礼は虚ろの影の森の方面を指差す。

 黄昏ている暇など無かったのだ。彼女は今、自らと戦っている。

 もう二度と失いたくはない。大切な人を手放したくはない。だから、走る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ━━貴女に、炎の寄る辺がありますように。

 

 

 道中の傭兵亡者共を蹂躙する。

 迫り来れば闇朧で斬り裂き、離れていれば魔術と呪術で消し飛ばし。

 邪魔でしかない。私の道を塞ぐ者は誰であろうと排除する。

 

 

 ━━ 私には……どうしても、どうすることもできません。

 

 

 扉を護る一つ目の怪物を、グラン・ランスで貫きながら走り抜ける。

 重さなど気にならない。呻き声を上げながら壁まで叩きつけられた怪物から槍を引き抜き、空いた片手で闇朧を振るう。

 一つ目の頭部が沼に転がろうが、先へ進む。

 

 

 ━━ ……楽しかったよ、リリィ。

 

 

 王の指輪を提示して、大扉が開くのを待つ。

 大層な仕掛けは、しかし苛立ちでしかない。なぜ早く開かない。

 

 何度も、何度も何度も。頭の中で彼女達の声が反復する。

 失ってしまった少女達の声が、今でも私を縛っている。

 

 

 

アン・ディールの館

 

 

 

 広い庭が憎らしい。ここに彼女の(ソウル)は感じられない。

 走り、大きな館へと入ろうとして、私は見てしまった。

 

 ルカティエルが、彼女そっくりの格好の闇霊に斬り捨てられる瞬間を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ようやく。ようやく見つけた。

 自分が愛する人。家族。最愛の兄。

 

 兄は昔から真面目で正義感溢れる騎士であった。

 しがない平民であった私達は、とても幸せとは呼べぬ環境で育った。

 ミラという国で、平民の扱いはよろしくはない。孤児であったから頼れる人もいない。毎日の食事にも困ったほどだ。

 盗みもした。パンを盗むのに命を賭けた事だってある。

 

 兄は、幼い私を食わすために命を賭けていた。

 きっと自分も食べたかっただろうに、一つだけしかない小さなパンを丸ごと私にくれたこともあった。

 

 そんな兄が、晴れて騎士となった時のことは人生の中でもトップクラスに幸せな出来事だろう。

 多少歳は離れていたから、兄は正統騎士団の服装に身を包み、しゃがんで私と視線を合わせると言ったのだ。

 これでお前を幸せにしてやれると。

 

 嬉しかった。けれど、ずっと兄の庇護下にあるというのももどかしかった。恩返しがしたかった。

 だから私も騎士となるべく学んだのだ。幸い、兄譲りの剣の腕があったおかげでそこまでの苦労は無かったが。

 

 私が騎士を叙勲した時、兄は喜ばなかった。きっとただ唯一の肉親である私を戦場に送りたく無かったのだろう。

 けれど私は、兄に迷惑を掛けまいと沢山殺した。殺して、手柄を立てた。

 他の男共に疎まれようが関係が無い。私はただ、兄に認めてもらいたかった。

 

 全てが順調だった。

 

 そんな時、兄が不死となった。私は、私は。何もできなかった。

 

 ミラの国は不死という呪われた存在を容認しない。故に兄は、騎士団を抜け一人旅に出た。

 噂でしかない、不死の呪いを解く為に。辛く険しい孤独な旅に。

 

 だから私にも不死の兆候が出始めた時は……絶望もしたが、正直嬉しかった。

 兄を一人にしないと思い、ドラングレイグに向かったのだ。

 

 

 だけど。

 

 

 死ぬということは、辛すぎた。

 

 

 

 何度も死んだのだ。

 

 騎士一人でどうにかなる場所ではない。囲まれ、貫かれ、引き裂かれ、焼かれ。兄の手掛かりはまるでない。

 私は、心が折れ掛けていたのだ。

 

 そんな私の前に、あの子が現れた。

 

 

 不思議な奴だった。女だというのに女好きで。女っ気のない私を好いてくれて。

 そして、途轍もなく強い。その強さに嫉妬した事も実はある。

 

 何となしに、私は彼女に尋ねた。どうしてお前はそこまで強いのかと。どうしてお前は心が折れないのだと。

 

 しかしその返答は、呆気なく。

 

 死にまくり、強くならざるを得なかったからだと。そして、ただ人生を楽しみたいから心が折れないのだと。もっと私も素直になるべきだと。

 

 人生を楽しむ。そんな、簡単そうに聞こえて難しい事など、考えた事もなかった。

 人生を楽しむ暇など無かった。毎日が試練で、辛く、けれど兄がいたからやって来れた。

 お前は亡者になるのが怖くは無いのかとも聞いた。

 

「心を亡くして亡者になるならば、その瞬間まで楽しめば良い。足掻けば良い。でなくちゃ、つまらないだろう?」

 

 そう言っていた。何ともこいつらしいなと思ったが、羨ましかった。

 最初は単なるままごとでしか無かった付き合いも、気が付けば私は本気になっていて。

 嗚呼、ごめんなさい兄様。私は、貴方以上に大切な人ができてしまいました。貴方がいないのに私は今幸せなのです、と。

 

 

 

 けれど、幸せがあれば悲劇もある。

 

 明確に亡者化が進んでいるのだと理解できたのは、あの大蜘蛛に攫われた時だった。

 あの大蜘蛛は、私の中の(ソウル)に触れて何かをした。今でも目的が何だったのかは分からぬが、きっとそれが亡者化を促進したのだろう。

 亡者になってしまったら、大切な彼女にも襲い掛かると考えただけで恐ろしかった。

 

 だから、だから私は、一人進んだ。これしかないのだと自らに言い聞かせ。

 途中で出会ったバンホルト殿にも秘密にしてほしいと懇願して。

 

 リリィ。私は、お前を愛しているんだ。

 だから、さようなら。私の初恋。愛しい人。

 

 もう、何も出来ない。剣を振るう事も。

 

 兄は、人斬りの亡者と化してしまったのだから。

 

 全てを受け入れ、絶望し、兄に斬られて。

 

 今ならわかる。次に死んだら、私は亡者になるのだと。これが、真に心が折れる事だと。

 最期に、あの可愛くとも不器用な美しい顔を見たかったと。

 

 

 

 

 

「う、ああぁあああああああッ!!!!!!」

 

 

 

 

 

 獣のような、けれど華奢な叫び声が響く。

 その声が誰のものかなんて、考えるまでも無かった。

 

「リ、リィ」

 

 倒れ、しかしまだ死ねぬ私は呟く。

 怒りと絶望。そんな顔で彼女は私を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 叫んだ。

 叫んで、倒れるルカティエルを飛び越え、彼女にとどめを刺そうとする闇霊を蹴飛ばした。

 どうして。どうして。

 

 どうして大切な彼女が、こんな目に遭う?

 どうして誰も幸せになれない?

 

 私達はただ、幸せになりたいだけなのに。

 

 

 闇霊が体勢を立て直して剣を振るう。

 全てが見覚えのある動きだった。闇霊が誰かなど、考えるまでもなく分かる。

 ルカティエルの兄。ミラのアズラティエル。妹の幸せを願うはずの彼は既に、亡者と化していた。

 

 闇朧で斬撃を弾く。

 何度も何度も弾き、最後にパリィしてやれば彼女の兄は容易に体勢を崩した。

 

 怒りに任せてそのまま斬り捨てようとして、手が止まる。

 

 彼女の兄を、殺すのか? いつものように魂を奪うのか?

 そんなこと、私がして良いのか?

 

 脳内のエレナが警鐘を鳴らす。しかし、時既に遅し。

 

 その隙を突かれた。咄嗟に彼は剣を振るったのだ。

 

 彼女を護る以上、動くわけにはいかない。私は左腕でその剣を防護する。

 血が噴き出るも、切断はされていない。しかしエスト瓶で回復している暇はなかった。

 

 続け様に突きが迫る。何とかそれを闇朧でいなしたが、完璧ではなかった。

 左肩に彼の剣が突き刺さり、酷く痛む。

 

「こ、の」

 

 彼の腕を掴んで引き寄せる。驚きも何もない眼光。仮面越しの瞳は、酷く澱んでいた。

 何もできず、私はそのまま腹を蹴られて引き剥がされる。

 

 迫る斬撃。いくら生命を強化していようとも、あれを食らえば死ぬ。

 

 私は良い。死んでも、折れる心など無い。けれど私が死んでしまったら、今度こそルカティエルは殺されるだろう。

 そして、今のルカティエルは。もう持ち直すほどの心を持っていない。死ねば、もう終わりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 短剣が、アズラティエルの剣を弾く。

 

 見事なパリィだった。けれどそれは、私が行ったものではなく。

 

 血塗れになり、息も絶え絶えなルカティエルが、私の前に立ち塞がりやった事。

 

 

「兄様」

 

 

 剣を弾かれ体勢を崩された兄は、そのままルカティエルの大剣に突き刺される。

 心臓を穿たれ、死に行く。

 そんな彼を、ルカティエルは抱き締めた。そして囁いた。

 

「兄様。嗚呼、兄様。正しく、死んでくださいな」

 

 ルカティエルの(ソウル)が、残り少ない兄の魂を喰らう。

 それは、延命。僅かばかりの延命は、しかし確かに妹の命を繋いだ。

 

 兄の身体が霧散していく。死の間際、兄は妹の身体を抱き締めた。

 

「強く、なったな」

 

 亡者になっても最期まで。兄は確かに、妹を想った。

 真実は分からぬ。けれど、それで良かった。

 

 

「ルカティエル……」

 

 

 白百合の戦士が、今にも泣き出してしまいそうな顔と声色で彼女を呼んだ。

 未だ血塗れのルカティエルは振り返ると、その白百合の胸にもたれる。咄嗟に白百合は彼女を抱き締めた。

 

「リリィ、すまない」

 

「喋らないで、まだ死んでないじゃない! 謝らないでよッ!」

 

 エスト瓶を取り出す白百合に、ルカティエルは喋りかける。

 

「もう、長くは無いみたいなんだ」

 

「聞きたくないッ! 聞きたくないよそんな言葉! ねぇ飲んでよ! お願いだからッ! 独りにしないでよッ! ああッ! ねぇ!」

 

 膝から崩れ落ちる。最早立つことすらもままならない。

 抱き抱えられながら、ルカティエルは少女の顔を眺めた。大好きな顔が哀しみに歪んでしまっている。こんな顔もできたのだなと、不意に笑んでしまった。

 

「私も、お前が、君が大好き」

 

「だったら、飲んで……お願いだから……ねぇ……」

 

「仮に生きながらえても、もう長く無いんだ。私がよく分かる」

 

 まだエスト瓶を口に押し付けようとする白百合に語った。

 すると、(ソウル)に卓越した彼女も解っていたのだろう。エスト瓶を持つ手を力無くぶらつかせた。もう、長くは無いのだと悟った瞬間。

 

I’m invincible(私は無敵故),I’m unavoidable(逃げる事は叶わぬ),I’m undebatable.(その余地すらない)

 

 不意に白百合が呟く。これは、強敵と相対した時に口にする言葉。曰く、呪詛。

 すると突然、白百合はエスト瓶を飲み出す。ガブガブと酒でも飲むかのように一気に。

 

「なにを」

 

 ルカティエルが尋ねるのと白百合がエストを飲み干したのは同時だった。

 刹那、彼女は膝枕に頭を預けていたルカティエルに接吻した。そして口の中のエストを流し込んでみせた。

 

「んぐッ!? ん、んー!」

 

 ルカティエルが抵抗しようにも、膂力で勝る白百合には無力。おまけに舌まで絡ませてくるから心地良くて受け入れてしまった。

 結果として、長い接吻の果てにエストを飲み干したルカティエルの傷が癒やされる。これには白百合の脳に潜む落とし子達もヒューッ! と口を鳴らした。

 

 ぷはっと、口を離すや否や深呼吸する。如何に不死とて呼吸は必要だ。

 

「お、お前……大胆過ぎるぞ……!」

 

「命を粗末にするなって言ったのは貴女じゃない! 嫌よそんなの! お願いだから……ねぇルカティエル。私を置いていかないで。こんな、こんな悲しい結末で、終わりにしないで」

 

 涙が、ルカティエルの頬に落ちた。それは白百合から溢れた蜜のようで。

 不死は泣く事などないと散々言っていた奴が、これでもかというくらい泣いていた。その顔が、とっても綺麗だった。

 

 そんな白百合が愛しくて。思わず手を伸ばして彼女を引き寄せて口付けする。

 

「愛しているよ、リリィ。そして、すまない。君を、一人にはしない。少なくとも今はだが」

 

 亡者になることは避けられない。けれど今ではないのだと、彼女は悟る。

 さて、と言ってルカティエルが立ち上がると未だ床に座り込み涙を流す白百合に手を伸ばす。

 

「泣き虫のお姫様、ミラの正統騎士であるこのルカティエルで良ければお相手しましょう」

 

 無駄にかっこよく、格好を決めて言えば、白百合はその手を取った。そして勢い良く引き寄せて抱き締めた。

 

「お、おい!」

 

「勝手にいなくなるなんて、許さないから」

 

「……わかったよ。できる限り一緒にいてやるさ」

 

 もう一度、熱烈にキスをする。柄にもなく恥ずかしそうに顔を赤める白百合が愛おしい。

 口調もいつものように男勝りではない。見た目相応の言葉遣いは、見ていて面白い。

 

 人生を楽しむと言った意味が、ようやく分かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これが、百合なのですね」

 

 白い涙を流す人形が、目元をこすりながら語らう。

 私はウンウンと涙交じりに頷けば、本を閉じてそれを抱き締めた。

 

「尊いだろう? 貴いだろう? 私はね、だからこそ百合が大好きなんだ。命を賭けて守りたいくらいにはね」

 

 遠い日の想い出を噛み締め、そんな事を言う。恥ずかしい過去でもあったドラングレイグだが、輝かしさにも溢れていた。

 全力だった。常に明日を生きようとした。だから、楽しかった。最早戦いしか楽しめなかった私が、心の底から輝いた瞬間。

 

 この先の物語は、困難が多いが。それでも、私の大切な百合の話。ずっと忘れない私だけの追憶。

 

 

「それで、そのあとはルカティエル様以外とは愛し合わなかったのですか?」

 

「それとこれは別。ちなみにこの後リーシュが愛の突撃をしてきてルカティエルにめちゃくちゃ怒られた」

 

 修羅場のような物語も、追憶の中。

 

 

 




と、言うわけでオリチャー発動。
ルカティエル生存ルート。今は。

百合とはこれで良いのです。リコリコの最終回も素晴らしかった。ずっと彼女達を見守る仕事がしたい。
短編でリコリコ書くかもしれないくらいにはハマってます。あと千束とたきなの拳銃を再現しようと材料を集めてます。


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アン・ディールの館、護り竜

ずっと百合を書いていたい、けれど戦いも書きたい……


 

 

 真に人間性が欲するものは何だろう。

 人が生き、死に向かい歩む中、求め彷徨うものとはなんだろう。

 もし人が、不死になってしまった後に求めるものとは何だろうか。

 

 ━━変わらぬ愛。きっと、それなのだ。強さも(ソウル)も、それだけでは意味が無い。愛故に、人は生きる。生きていける。

 

 マデューラで愛を深め合う私達がそう思うのだから、間違い無い。

 一つのソファに隣同士で座り、互いに薄着で手を重ねあい頭を預けあう。今や私達は互いに薄皮すらも取り去った百合の花。心の底から愛し合える乙女同士。

 いつ以来だろうか、こうも心を許せるのは。

 嗚呼、きっと。あの子(アナスタシア)以来なのだろう。

 

「リリィ、おいで」

 

 空いた腕を開いてこちらを誘うルカティエルの表情は、とても母性に満ち溢れている。

 うん、と頬を赤く染めながら私は咲いた大輪に身を委ねる。

 彼女の心臓の鼓動がひどく落ち着くもので。いつもであれば真っ先に手が出ているであろう状況においても、そんな事すら思わない。

 

 アナスタシアには、悪い事をしているとは思う。けれど、最早彼女と結ばれることは無く。それにずっと引き摺っていては、それこそ思い出に傷が付く。

 前に進むべきなのだ。彼女がそうしてくれたように。

 

「……こんなに気持ちが充実することなんて、久しぶり」

 

 赤子のように抱かれながら私は独白する。

 

「もう二度と、手に入らないと思ってた。女の子達に恋をしても、きっと一時的なものなんだって」

 

「ああ、さっきの聖職者擬きみたいな奴か」

 

 少し、気まずい。先程マデューラに仲良く帰って来た私達を、なぜかリーシュが待ち構えていたのだ。

 前のように殺意満々ではなく、私に調教されたいと声を大にして言うもので、せっかく私と良い雰囲気になっていたルカティエルもこれには笑顔でご立腹だった。背後ではギリガンが常識ねぇのかよと呟いていたし……

 

「妬いてるの?」

 

「ああ。どこかの誰かさんが誰彼構わず手を出すからな〜!」

 

「ひゃひゃひゃ! くすぐったいって! ごめんルカてぃん〜!」

 

 抱きしめる私を後ろから擽る。嗚呼、素晴らしきかな百合の花。この百合で塔でも建ててやろう。

 だが、問題だってある。それは私の色情的問題ではなく。

 

 ルカティエルの、亡者化に関するものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 戯れも程々に、私とルカティエルは再度アン・ディールの館を探索する。

 

 この館の主、アン・ディールについては碌なものがない。

 文献や物質に残った(ソウル)によれば、彼はヴァンクラッド王の実兄であるらしい。彼は弟とは異なるアプローチで不死の因果を乗り越えようとし、しかし運命を乗り越えることはできずに消えていった。

 彼の館では白竜の如き悍ましい実験が行われたのだという。過去の話ではあるのだが。

 けれど今も、その跡は残っている。

 

 薄暗い廊下を超え、玄関ホールらしき広場へとやって来る。

 

「悪趣味なオブジェだな」

 

 辟易したようにルカティエルが言うのは、ホールの大階段に居座るように倒れている竜の白骨。

 確かに趣味が悪い。けれど、単なるオブジェでは無さそうだ。

 

「気をつけろよ。まだ(ソウル)を感じる。何かを拍子に動き出すかもしれん」

 

「……スケルトンみたいなものか」

 

 生き残りたければ全てを疑う。その疑いを晴らした時、我々は生き延びる。

 それにしても広い場所だ。広場の中央には大きな階段と竜の骨、今居るフロアの奥にもまだ何かあるようだ。

 

 まずはこのフロアを調べる事にする。鍵や何か有用なものが落ちているかもしれない。

 灯りが無いせいで薄暗いが、ルカティエルが松明を持って照らしてくれるおかげでいくらかマシだ。それに、明るければ彼女の顔も見ることができる。

 前衛をし、鏡がやけに配置されている場所にやってきた時。突然、鏡の奥から誰かが現れる。

 

「見覚えがあるな」

 

「ああ。鏡の騎士はここの生まれなのかもしれん」

 

 ドラングレイグ城の試練として戦った鏡の騎士。その騎士が持つ大盾と同じギミックらしい。

 あの時はクレイトンが何の因果か召喚されたが、アン・ディールは鏡越しに他世界から霊体を召喚する研究もしていたようだ。

 

 鏡を内側から破り、鎧に身を包んだ青黒い霊体が飛び出してくる。手には槍と大盾。私が相手しよう。

 

「私が出る」

 

「ふむ。久しくリリィの戦いは見ていなかったからな。見せてくれ」

 

 獰猛に笑み右手に闇朧、左手にグラン・ランスを構え霊体と対峙する。

 彼女の期待に応えられると思うと心と身体が軽いが、慢心は決してしない。いつものように全力で殺し(ソウル)を奪うだけだ。

 

 突貫してくる私を見て、霊体は当たり前のように大盾で防御に入る。

 それ自体は悪くはない。むしろそうすべきなのだ。私以外の相手には。

 

「おぉッラァっ!!!!!!」

 

 グラン・ランスの突撃が大盾どころか霊体の身体ごと弾く。むしろそれは、馬車に轢かれたかの如く。巨人に殴られたかの如く。

 燃え滾る魂を神だろうと抑えられなどしない。吹っ飛ばされた霊体に向けて飛べば、仰向けに倒れる奴に闇朧を突き刺す。

 霧散する霊体。要は、死んだのだ。呆気ない。

 

「腕は衰えてないな」

 

「もちろん。でなければ君の愛に応えられない」

 

「口調は、もうやめたのか?」

 

 血振りして納刀する私に、ルカティエルはどこか寂しそうに聞いた。

 口調、というのは……あれだ。二人きりで甘えている時の私の言葉遣いのことだ。

 私はバツが悪そうに顔を逸らす。少しだけ、紅潮した顔を見られたくなかったのだ。恥ずかしいじゃないか。

 

「あれは……その、もっと甘えられる時に……」

 

 語尾に行くにつれ段々と声がか細くなってしまう。参ったものだ、こういう弄られ方には弱いんだな、私は。

 

「ふふ、じゃあ早くここを突破しないとな」

 

 強気な君も凛々しいが、と付け加えてルカティエルは歩み始める。

 おかしいな、つい先日までは私があの役割だったんだが。立場がすっかり変わってしまった。まぁ、それはそれで良いのだが。

 

 

 

「お前、中々の亡者っぷりだな」

 

 強固に張られた帷の中、黒い衣装に身を包む男が言った。

 それがどちらに向けられているのかは分からない。けれど、男は私とルカティエルを交互に見つめていた。その視線は不快そのものだ。

 

 それは偶然だった。

 鏡の間の霊体達を全て駆逐した後、左右に伸びる通路を見つけた。

 片方には、執拗にやめておけ、引き返せというメッセージが書かれたレバー。そしてもう片方には結界により閉じ込められたこの男が居て。

 あのレバーがこの結界を操っているというのは、一目瞭然だった。あれだけの悍ましいメッセージも、この男を見れば納得がいく。

 

「……貴様、人を殺すのが楽しい性分だろう」

 

「ほう……だが残念だな、少し違う」

 

 奇妙な仮面越しに、その男は笑う。

 

「昔、こいつは……ああ、俺の身体になっている奴は、新しい魔術を作ろうとしていた」

 

 そうして男……ナヴァーランと名乗る男は話す。彼、というより、彼の身体は別人のものらしく、その魔術師は新たな魔術を生み出そうとした際にとある人格を生み出してしまった。

 それが今、目の前で話す別人格であるやつらしい。

 元の人格は力を求めていたらしく、今の人格はそれを証明するために人を殺しまわっていたとの事だ。

 

「まぁ、何を恐れたのかこいつは俺ごと封印しちまってな。暇を持て余しているんだ」

 

 嫌悪感はあるが、同時に多少なりとも同情する。多分、こいつは単に力を証明したいだけなのだ。生死は関係が無い、殺すことにも意味があるわけでもない。ただ、それが目的だからしているだけ。

 王となろうとする不死と、どんな違いがあるだろうか。こいつは常識とか色々すっ飛ばして生まれただけだ。本能が知識を持っているだけ。

 

「リリィ、行こう」

 

 だがルカティエルはそうは思わないらしい。彼女は私ほど不死らしい不死ではない。それも仕方ない。

 

「まぁ、いいさ。久しぶりに話し相手ができただけでも良い暇潰しだ」

 

 まるで興味はないとばかりにナヴァーランが言う。けれどその瞳は、ジッと私を見ている。

 お前なら分かるだろう? お前は、また戻ってくるだろう? そう、視線は投げかけている。

 ……面白いやつだ。邪魔をしない程度ならば遊び相手になってやっても良い。

 最早戦士としても生きる私にとって、このナヴァーランは細事でしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 石化して行手を阻むオーガを粉砕し、何やら閉じ込められている巨大バジリスクを横目に先へと進む。

 一見すると扉は硬く閉ざされているが、よく分からない竜の置物を隈なく調べれば仕掛けがあった。それを弄って解錠すれば、すんなり先へと進むことができたのだ。

 

「暗っら」

 

 新たな大廊下へと出た瞬間、私は感想を口にした。

 証明が殆どない一本道の大廊下である。見通せる限りでは、敵などは居ないようだが……私の直感では、こういう場所にこそ敵は姑息な手段で待ち伏せているものだ。

 

「松明は……やめた方がいいな」

 

 ルカティエルも相当な修羅場を潜り、この通路が異常である事を察したのだろう。松明の灯りを消す。

 今、ルカティエルを死なせるわけにはいかない。そうすれば今度こそ彼女は亡者となってしまうだろう。

 幸いにも彼女の記憶はしっかりとしているが、(ソウル)の輝きは最初の頃よりも暗いのだ。ダークソウルは確実に彼女を蝕んでいる。

 

「私が前衛をする。君は背後を警戒してくれ」

 

 そう言うと、彼女はすんなりそれを受け入れた。

 前ならば多少は反対もされただろう。けれど一度しっかりと話し合い、私達の認識は統一された。

 ルカティエルの命大事に。そして、私の元からいなくならないように。ずっと一緒に居るために。

 故に彼女は、死ねないという強い意志のもと私を犠牲にする。それで良い。こんな辺境の田舎で死ぬほど私は弱く無い。

 

 しばらく進めば、ファロスの仕掛けを見つけた。もしやと思い余りに余っている石を嵌め込めば、通路の証明が全て灯る。それでも薄暗いが、無いよりは格段にマシだし移動速度も上がるので良しとしよう。

 

「一体、ここで何を研究していたのだ?」

 

 ルカティエルが天井から吊り下げられた巨大な檻を見て呟く。

 一定間隔で廊下の天井に吊り下げられた巨大な檻。その中に、バジリスクやら見たこともない異形やらが閉じ込められているのだ。なんだこれは。

 

「碌でもない研究なのは確かだな」

 

 バジリスクについては、きっと呪いについて研究していたのだろう。その副産物が先程の巨大バジリスクというわけか。呪いと人間性の石化については分からないことが多い。

 だが、あの異形はなんだ? まるで人を竜にしようとしたようなデザインだ。悍ましい。

 

 そして、案の定我々という侵入者に気が付いた敵が現れる。

 おかしなガラスのような面を着けた、学徒のような奴らだ。鎚とおかしな盾を持っている学徒どもは、きっとこの館で悍ましい事を研究していたのだろう。姿を見れば想像できる。

 

 個人個人は強くはなかった。容易に突破し、隠された篝火を見つけて一度休憩をし再度探索に戻る。

 ミミックやら異形やらを何とか二人で片付け、封鎖された扉の前で立ち尽くせば私たちは困り果てた。

 

「参ったな。流石の私でもこの扉は破壊できんぞ」

 

 鎖で頑丈に封をされた扉。鉄で補強された木製の大扉は、明らかに侵入を拒んでいた。仮に闇術で吹き飛ばそうとしても、フレームは残ってしまって通ることはできないだろう。

 

「どこかに鍵でもあるんだろうか」

 

「うむ、きっと……待て、何か聞こえる」

 

 扉の奥から、異音がした。ドシン、という振動と共に段々と大きくなる。

 咄嗟に私はルカティエルを抱き抱えて後ろへ飛ぶ。瞬間、あれだけの封をされていた大扉は向こう側から吹き飛ばされた。

 

「一つ目のオーガ……! 罠か!」

 

 向こう側から扉を破壊したのは一つ目のオーガだった。サイクロプスとも言う。

 猛るように吠えるそれは、壁すらも粉砕してみせたのだ。嫌な防御装置だ。

 

 だが、所詮はオーガだ。耐久力はそれなりだが、闇術で隙を作って目を穿てばそれだけで死ぬ。

 そう言ったことがこの後も続き、この館に二人で辟易しているとようやく外へと出て陽の目を見ることができた。

 

「嗚呼、外の空気が美味い」

 

 デカい鳥籠のような建物に繋がる通路で、ルカティエルが言いながら深呼吸する。

 どうやらこの先に、この館のボスがいるようだ。それなりに大きい(ソウル)を感じるし、鳥籠の入り口には濃霧が立ち込めている。そしてその先に見えるのは。

 

「おいおい、空にでも行かせる気か?」

 

 雲を突き抜けるほどに伸びる昇降機。一体この先は何なのだ。

 感想も程々に、私たちは巨大鳥籠の濃霧を潜る。するとそこに居たのは……

 

「こいつ前に見たぞ」

 

護り竜

 

 懐かしいっちゃ懐かしい。前にハイデの大火塔で見たものと同一だ。

 所謂、飛竜というやつだった。古竜の劣化版。つまり雑魚。飛ばなければだが。

 

 昼寝でもしていたのだろうか、むくりと起き上がると何しに来たとばかりに吠える。竜は声ばかりデカいから困る。

 一瞬ルカティエルと目を合わせればやるべきことが決まった。私が左手を杖に変えると彼女は竜に向かって走り出す。

 館の中の敵よりも、余程やり易い。故にルカティエルにも頼るのだ。

 

(ソウル)の結晶槍」

 

 魔術を詠唱し、杖から結晶化した(ソウル)が伸びる。それは寝起きの護り竜の顔面に容赦なく突き刺さった。痛そうだな。

 多分、かなり効いたのだろう。護り竜は驚きと痛みのせいで仰け反っている。その隙にルカティエルが足元に潜り込んで斬撃を放つ。

 

「フンッ!」

 

 前に見た時よりも更に洗練された剣技だった。両手で大剣を構え、流れるように足を斬り刻む。

 急な遠近攻撃に堪らず護り竜が地団駄を踏むようにして攻撃するも、ルカティエルはあっさり転がってそれを回避した。良いぞ、カッコいい!

 こりゃいかんと、護り竜は飛び上がる。その判断は正しいのだが……相手が悪過ぎた。

 

 護り竜が飛べば、すかさず新たな魔術を詠唱する。

 

「追尾する(ソウル)の結晶塊」

 

 私の周囲に結晶化した(ソウル)の塊が舞う。それは目標を定めると、勢い良く飛んでいる護り竜に飛翔していく。

 叡智の杖をクァトの鈴に切り替える。そして今度は闇術を唱えるのだ。

 

「追う者たち」

 

 数個の仮初の生命が生まれ、それは強大な(ソウル)を持つ護り竜を見つめる。あとは、分かるだろう?

 弾速に優れる結晶塊が執拗に護り竜を追う。そしてそのすぐ後に、ゆっくりと追う者たちが(ソウル)を求めて追い縋る。相手からしたら地獄だろう。

 

「やる事がえげつないな」

 

「竜を見たら容赦はしちゃいけないからね」

 

 私の隣にやって来たルカティエルが呆れたように笑う。もう、結果は目に見えていた。

 泣きそうな顔で叫びながら追われる護り竜は、とうとう結晶塊にぶち当たる。そして痛みで速度が落ちればそのまま追う者たちの餌食となった。

 身体を食い荒らされた護り竜は床へと墜落していく。哀れだな。

 

「さぁ、君の出番だよ。愛しい騎士様」

 

「うむ。白百合殿はしっかりと私の勇姿を見ているが良い」

 

 正統騎士団の大剣を両手に、ルカティエルは地に伏せた護り竜へと駆ける。まだ生きている護り竜は、何とか立ちあがろうとするがそれすらもできないほど衰弱していた。

 それでも炎を吐くくらいはできたらしい。ルカティエルに向けて最期の一撃とばかりにブレスを放射する。しかし勢い良く跳躍した騎士はそれを容易く回避し。

 

「竜に挑むは、騎士の誉れよ」

 

 彼女の大剣が脳天に突き刺さる。響き渡る絶叫を物ともせず、彼女は剣を突き刺したまま護り竜の身体の上を駆け巡り、その尾へ向かう。

 すっかり私の戦い方が身についたようだ、リリィ嬉しい。

 ルカティエルが地上に降り立つのと、護り竜が左右に分たれたのは同時だった。

 血を吹き出しながら地に伏せる竜を背に、彼女は背中の鞘へと大剣を納刀する。護り竜が(ソウル)に霧散するのもお構い無しに私は拍手を贈って飛び跳ねた。

 

「カッコいい! ルカティエルめっちゃかっこいいよ! 素敵!」

 

「ふふ、誰かの真似をしたに過ぎないさ」

 

 クールに笑うルカティエルに抱き付く。嗚呼、偶にはこういうのも悪く無い。

 哀れな竜の事など忘れ去り、私達はその場で抱き締め合ったのだ。

 

 

 

 

 

「長いな」

 

 昇降機の中で、隣のルカティエルがそんな事を言う。変わり映えの無い風景に、私も頷く。

 護り竜の鳥籠を抜け、昇降機へと到った私達。けれどその昇降機は、それだけ登ろうとも目的地につかない。かれこれ数分はこうしているだろうか。

 それもそのはず、昇降機はどうやら雲の上まで伸びているらしい。時間の流れなど気にしない私ですら、これは長いと感じる。風景がずっと変わらないのも悪い。

 

「でも、君と一緒に過ごせる。それってすごく良い事じゃない?」

 

「お前は……可愛いやつめ」

 

 だが、それも悪くないと。愛する人と眺める空も悪くはないと思える。

 手摺に寄り掛かる私を後ろから抱き締めるルカティエル。こんな時間も愛おしい。

 

 だからこそ、私はなし得なくてはならぬのだ。因果を断つ事を。或いは、乗り越えることを。

 玉座など、犬にくれてやる。火が陰ろうとも、私は愛する人がいればそれで良い。ただ私は、最期まで愛する人といたいだけ。

 

 昇降機が雲に突入する。不思議な感覚だ。あれだけ巨大な雲も、触れる事など出来はしないのだから。

 そうして私達を待ち構えるのは、また竜である。つくづく私は竜に縁があるな。

 

護り竜の巣

 

 もうすぐ、旅は終わろうとしている。けれど一つの旅が終われば、新たな旅に出るだけなのだ。そうして人生は巡っていく。

 

 

 




そういえばプロフィールから私のTwitterに飛べるようにしました。基本怪文書しか書いてませんがよかったらどうぞ。


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祭祀場、超越者

投稿遅れて本当に申し訳ありません。
リコリコに人生を狂わされました。
今後、隔週で投稿する可能性がありますが、しっかりとこちらも完結させます。


 

 まるで御伽話の世界。

 雲の上、そのまた上。けれど異常に切り立っただけの断崖は、人が住むには適していない。

 遠くを見遣れば飛竜がこれでもかと飛んでいるではないか。数えるのが嫌になるほどの数……流石の私もあれだけの数は対処しきれない。

 

 

護り竜の巣

 

 

「さっきの護り竜はここから来たのか……アン・ディールめ、何を研究していたのだ?」

 

 私にくっつくように寄り添うルカティエルが疑問を呈する。それを知っても彼女には得が無いだろう。むしろ、白竜の研究の流れを汲んだものだ、狂気が蓄積してしまう。

 彼女の手を取り先へと進む。あまり深く考えさせない方が良い。君は私の事だけを考えていてくれ。

 

 まさか、まさかの緑衣の巡礼。

 篝火を見つけて小休止し、先へと進もうとしていたら見知った人影があるではないか。

 いつものように儚げに遠くを見詰める彼女は、私達の存在に気がつくと軽い会釈をした後にまた元の動作へと戻る。

 

 いや、違う。この子はいつも見ている緑衣の巡礼じゃない。僅かに(ソウル)の色が強い。そういえばドラングレイグの手前で出会った時もそうだった。

 

「君は、本物か」

 

 そう尋ねれば、彼女は頷く。そしていつものように鳥が囀るような声で語るのだ。

 

「呪いを纏う方。因果を乗り越える力を持った不死を、私はここで待ち続けていました。……私を解き放ってくれる方を」

 

 因果に囚われているのは、彼女もまた同じ。不死という存在に囚われ、死ねず、朽ちることもない。まるで、竜。されど完全ではない。きっと彼女は失敗作なのだろう。

 もう、分かる。彼女は不死の因果を乗り越えようとしたアン・ディールの研究の成果なのだ。

 

「呪いを纏う方。我が分身によってこの地に導かれたお方」

 

 緑衣の巡礼が遠く、微かに見える建造物を指差す。城のようにも見えるその場所は、およそ人智の及ぶ場所では無いのかもしれない。

 

「古より在りし竜は、世界を傍観し続けています」

 

「古竜が? ふむ……」

 

 果たしてそれは本物か。或いはアン・ディールの狂気の産物か。私の知る限り、古竜などとうに狩られている。それを逃れたのはごく一部。古い文献にある闇喰らいなど、その程度だ。

 緑衣の巡礼は考える私に何かを手渡す。それは、古びた羽根。これは……

 

 懐かしい。それを、私は知っている。最早色素は薄れ何の羽なのかすら分からぬ。けれど、そこに宿る想いは。

 

 嗚呼、君は、そうか。

 

 震える手で、それを受け取る。私はそれを胸に抱くと瞳を閉じた。

 流れる(ソウル)を、想いを、感じる。火継ぎの祭祀場。大昔あそこに居た、大鴉の羽根から。

 それは戻らぬ追憶の中にあって、けれど初めての感情を抱かせてくれた少女の温もり。大好きで、闇の王へと至る決意を決めた根源。私が私で在る理由。

 

 

 ━━リリィ。ずっと、待っていますから。

 

 

「っ……」

 

 思わず膝をついてしまった。ようやく流せるようになった涙が頬を伝う。

 

「リリィ、どうしたのだ……?」

 

「いや、いや……なんでもないの。ただ、嬉しかっただけなの。嗚呼、嗚呼、ごめんね、ごめんね、アナスタシア。ずっと待っててくれたのね。ごめん、ごめん……」

 

 緑衣の巡礼は泣き崩れる私を見下ろしながら呟く。

 

「……嘗て、私が幼子であった頃に戴いたものです。やはり、貴女に縁があったのですね」

 

 ただ頷く。これは私だけの追憶。本当だったらルカティエルには見せられぬもの。

 けれど私は弱いのだ。こんな、こんな想いを受けて凛々しくあれるほど私は出来ていない。私だって泣くんだから。

 

「……争ってはいけません。竜は貴女を受け入れるでしょう」

 

 緑衣の巡礼は、ただ導いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 とは言うものの、実家のようにくつろぐ護り竜は私達を見つけると襲ってくるわけで、私達はそれに対処せざるを得なかった。

 どうやら卵を守っているようだが、戦闘の最中何個か卵が割れてしまっている。仕方のない犠牲だ。

 

 だがそれよりもヤバい敵がいる。

 

「くっ……なんたる屈辱……」

 

 衣服だけがほとんど破れ去り、両手で自らの恥部を隠すルカティエル。その光景は下心を煽るものだ。端的に言えばエロい。

 忘却の牢に居た爆発亡者。なぜかここにもいるのだが、なんと今回の亡者はただ爆発するのではない。衣服や装備のみに作用する爆発を起こすのだ。こんなピンポイントな爆発ってある?

 

「あー、オホン。一度篝火で休息すべきだな……それまでほら、これを着なさい、ね?」

 

 今の格好は目に悪い。とりあえずは砂の呪術師の装備一式を渡す。いやこれもこれで際どいのだが。というかこれを渡す時点で私も自分でどうかしてると思う。

 ルカティエルは渋々その服装を受け取れば、少し涙目で着替え出す。その間、私は後ろを向いて彼女の尊厳を守ることにした。内心はワクワクだったが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 篝火で休息し、再度前進を再開する。ルカティエルの砂の呪術師装備は最高だったとだけ語ろう。それで十分だろう? 私だけの記憶なのだ。

 邪魔な護り竜を薙ぎ払い、爆発亡者達を蹴散らしながら進めば、辿り着いたのは果てしなく長い吊り橋だった。ボロくはないが、竜が飛び交う中こんなものを渡りたくない。襲われれば一貫の終わりだ。

 

「本当にここを渡るのか?」

 

「私だって渡りたくないさ……」

 

 ルカティエルの質問に本音で答える。そりゃそうだ、流石の私も空は飛べない。

 飛び交う護り竜を警戒しながら二人で慎重に吊り橋を渡る。高い所は得意ではないのか、ルカティエルは私に密着してくる。歩き辛いが役得だ、これが本当の吊り橋効果なのだろう。

 

 だが、運の悪い私がそう上手くいくはずもなく。もうすぐ渡り切る、と言う所でどうにも護り竜達が騒がしくなる。

 物凄く悪い予感がして、ルカティエルの手を引いて揺れる吊り橋を足速に渡ろうとするが。

 

「オイオイオイ! 来たぞッ!」

 

 突如護り竜の一匹が怒ったように吊り橋に体当たりしてきたのだ。揺れに揺れる吊り橋のロープをしっかりと握り、何とか落ちないようにするのだが。

 ブチン、と嫌な音が立て続けに響く。見れば、護り竜が体当たりした部分の足場とロープが崩壊しかけていた。ヤバい、それはヤバいぞ。

 

「ど、どうする!?」

 

 焦るルカティエルが聞いてくるが、答えられる余裕が無い。とにかくなんとかしないとと思い、ある事を閃いてウィップとかぎ爪を取り出す。前にギリガンから買ったものだ。

 かぎ爪の後端にウィップの先端を取り付ける。吊り橋が揺れるせいで結び辛い。

 

「ああ切れる! 切れるぞ!」

 

「掴まれッ!」

 

 ウィップを振り被り、先端を投擲する。かぎ爪のついたそれは、重量のおかげですんなりと直線的に進んで行く。同時に、空いた右手でルカティエルを抱き締めた。

 

 吊り橋の壊れた部分を超えて進んだかぎ爪は、うまいこと無事な足場に挟まる。よし、何とかなるかもしれない。

 それと同時にとうとう吊り橋が崩壊していく。真っ二つに千切れ、私達も空中に投げ出される。

 

「うわああああリリィッ!」

 

 叫ぶルカティエルをしっかりと抱き寄せ、ウィップの柄を持つ左手に力を入れる。

 ウィップが伸び切ると、左腕が悲鳴をあげるのも無視してひたすらに耐える。何とかかぎ爪のおかげで落ちるのは回避できた。

 いつの日か、東の地に産まれるであろう忍びの術。その先駆けと言っても良い。

 

 

 

 

 生きた心地はしなかったが、何とか崩れた橋をよじ登り生還。ルカティエルは隣でぜーぜーと息を荒げている。大丈夫だろうか。

 とりあえず近場に篝火を見つけたので火を灯す。暖かい、死の灯り。

 

━━Bonfire Lit━━

 

 が、その瞬間篝火がより一層爆ぜる。もうこの感覚は何か分かる。あの醜い人の成れの果てがやってきたのだ。

 吹き飛ばされながら宙返りし、闇朧を地面に突き刺し衝撃を吸収する。ルカティエルが巻き込まれなくて良かった。

 

 ━━亡者よ。この捻じ曲げられた世界で足掻き続ける者よ。

 

 正体は知っている。人の因果を超越し竜に拘った哀れな老人。原罪を探求する者。

 

 ━━人は安寧の中で、生かされている。そして偽りの檻を信じ、愛おしむ。たとえ全てが嘘であろうとも。

 

「それの、何が悪い? 人は夢を見るだろう。それもすべて嘘だったと、現実でないと否定するのか? それは違うぞ」

 

 夢を抱き、先へ進める。光を齎せる。悔しいが、あの薪の王はそうやって世界に光を齎した。

 私は、一人の戦士として奴を尊敬している。あの鬱屈とした世界で、奴は最後まで自分を押し通した。愛した私を殺してまで、火の時代を信じ続けた。それは否定すべきことじゃない。

 

 ━━そうだ。それは悪ではないのだ。それは例えようもなく優しく、甘やかな世界。……亡者よ、それでもなお、軛を解き放ち、偽りを打ち破ることを望むか。

 

「待て、待て。私は貴様の後継者になるつもりはない」

 

 ━━いずれ、お前も同じ考えに至る。このアン・ディールと同じように。

 

 少しだけ歪んだ顔に翳りが見えた。ようやく名乗った原罪の探求者は、まだ語る。

 

 ━━かつて因果に挑み、果たされず。ただ答えを待つ者。玉座を求めよ。光も、そして闇も、その果てに……

 言うだけ言って消えていくアン・ディール。私はただそれを眺めていた。

 いつか、長く生きた先。奴と同じことを考える日が来るのだろうか。世捨て人のようにただ答えを待つだけのなれ果てに。

 

「リリィ」

 

 不意に、ルカティエルが私の背中を抱く。

 

「私がいる限り、そうはさせんさ」

「……ルカティエル。ありがとう」

 

 そうだ。私にはまだやり直すチャンスがある。ルカティエルという希望がある。それを絶やさぬよう、私は戦っている。

 その戦いの先、私が狂わずにいられるのかは分からぬが。だが彼女と共に歩む未来を信じて生きるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

祭祀場

 

 そこは、そう呼ばれていた。

 何の為に作られたのかはもう分かる。ここは古竜を崇め奉るための場。

 ほうら、そこにも。そしてそこにも。沢山居るじゃないか、古竜を信奉する者達が。

 

 青銅製の鎧を着た大きな古騎士を筆頭に、沢山の古竜への道を歩む信奉者達が私たちを待ち受ける。その姿は金に光る竜の鎧のようで、超越者エディラと同じものだ。

 ここがそうなのか。この時代、そしてこの場における古竜の追憶。

 

「彼女に指一本でも触れてみろ、貴様ら全員首を斬り落とすぞ」

 

 こちらを見て動かない信奉者達に向け言い放つ。正直、あのレベルの者達が一斉に襲いかかってきたら私でもキツいだろう。だが死んでもルカティエルは護る。

 けれどどうやら、信奉者達は戦う気はないようだ。古騎士だけがこちらへと歩を進ませる。

 信奉者達は何も言わず、ただ丁寧に一礼をしているだけだ。ああ、つまりあれと戦えと?

 

「決闘場を思い出すな……」

 

 古いウーラシールにあった、不死達の憩いの場。あそこに居る者は大体戦う前に一礼をしていたものだ。稀にマナーのなっていない奴がいるので修正してやったのだが。

 ここにもあるのだろうか、不死達の戦いの場が。あるならば試してみたいものだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああどうもどうも、警備お疲れ。どうだい、私の嫁は綺麗だろう?」

「リリィ、やめないか……恥ずかしいだろう」

「照れてる君も美しいよ」

 

 一礼する信奉者の前でルカティエルを自慢する。道中の古騎士やよく分からない星占いの魔術師は弱過ぎて敵にならない。

 喋らないのを良いことに、私とルカティエルは彼ら信奉者に見せつけるようにイチャつく。何を見せられているんだ……という視線を無視して。時折目を輝かせている者もいるから、きっと百合好きなのだろう。

 

 さて、愛の自慢も程々に先へと進む。ここは楔石の原盤も落ちていたし、何ならよく分からない……多分古竜のタマゴの化石もあった。素材も豊富だ。

 長く広い階段に辿り着く。ズラッと信奉者達が並んでいるが、どうにも古騎士は見当たらない。

 

「最後の試練は信奉者達か、なるほど。強い相手に飢えていたんだ、丁度良い」

 

 闇朧を抜き、私はルカティエルより前に躍り出る。すると、一人の信奉者が階段の中央を降ってくる。

 その(ソウル)の輝きに、見覚えがあった。あれは前に眠り竜との戦いの際に加勢してくれた……

 

「エディラ。やはり貴公もいたか」

 

 両手に大剣を担ぐその姿は、きっと誉ある英雄だったのだろう。時代と時は違えど分かる。

 

「久方ぶりよの、白百合。あの時よりもよほど強くなっている」

 

 嗄れた老人の声。けれど、その声には力が漲っている。老いて不死となり、けれど強い。経験と実力が伴った不死ほど厄介な相手はいないのだ。

 それは、私も同じ事だが。

 

 エディラはこちらに一礼を向けると大剣の切っ先をこちらに向ける。

 

「一眼見た時から、お主がここまで来ると分かっておったわ」

「良い観察眼だ。私も共に竜を屠った時から貴公を殺したくてうずうずしていたよ」

 

 大剣二刀流の火力は凄まじい。いくら生命力を強化しているとはいえ、一撃でも貰えば致命傷だ。

 しかしそれは相手も同じ事。技量は私に分がある。故にお互い、一撃必殺。ならば居合いの方が良いと、闇朧を鞘に納める。

 

 じりじりと、お互いに寄る。難しい間合いだ。階段の上下に陣取るとなれば、どちらも不利でどちらも有利。一長一短。

 ルカティエルに恥ずかしい姿を見せるわけにはいかない。私が死ねば、こいつらは彼女を襲う。それだけは、避けねばならん。

 

 キルレンジに、互いが入る。抜刀すれば殺し切れる距離。けれどこの場合、先に動いた方が負ける。達人同士の戦いとは、痺れを切らした方の負け。

 永遠とも思える時間が流れる。きっと数秒にも満たないはずなのに。

 その間、ずっと頭の中で戦いの行末を計算し反芻する。見るのは勝てる未来だけ。勝利した先だけを見据える。

 

「ッ!」

 

 エディラが動く。痺れを切らしたのではない、私を殺せると踏んで攻撃してくる。

 大振りの片手振り。それに合わせ、抜刀する。

 

「シッ!」

 

 大剣を完全に弾く。まるで水に流されたが如く、エディラの大剣は流れていく。

 が、その流れに乗って奴は回転し出す。この動きは突きだ。

 

「ふんっ!」

 

 回転突きを繰り出すエディラの大剣を踏みつける。私の得意とする技だ。

 そのままカウンターとして、大剣を踏みつけながら回りエディラの首を闇朧で穿ちに掛かる、が。

 ガンっと、彼のもう片方の大剣がそれを阻んだ。思わず舌打ちしてしまう。読まれていたようだ。

 バックステップで後方へと下がり、体勢を取り直そうとしてエディラが左手を聖鈴に変えた。あれは前にも見た。

 

 雷の槍が飛んで来る。それを、私は闇朧で受け止めて跳躍し回転する。

 

「オラァッ!」

 

 雷返し。私が完成させ、あの薪の王が洗練した技の一つ。

 

「見切っておるぞ」

 

 だが、エディラは返された雷を同じように大剣で受け止める。

 正直顔を顰めずにはいられなかった。だが相手も同じ不死。ならば一度見た技は通用しない。それは私が一番知っている事だろう。

 

 ならば、試すしかない。あのムカつく上級騎士にできて私にできないはずがないのだから。

 

 エディラが返した雷を、私はまた闇朧で受け止めて少し跳躍した。かなり際どいタイミングだ、あと少し早くても、或いは遅くても失敗するだろう。

 どうだ、薪の王よ。今度会ったら絶対に負けんぞ。

 

「ふんっ!」

 

 一度だけ回転して方向を決めてやれば、雷はエディラに帰る。さしもの彼も予想していなかったようで、迫る雷を防御できずにまともに喰らう。

 

「ぬぅッ!?」

 

 隙は、晒してはならない。達人の間では。

 

 瞬時に迫る私は上段斬りをかちこむ。間一髪の所でエディラは私の攻撃を防ぐが。

 甘い。全てが甘い。ロードラン、そしてドラングレイグ。それらを制した私に敵は無し。

 強引にエディラの大剣を押し上げ、そのままガラ空きの胴を斬り捨てる。血が噴き出て、返り血を浴びるもそれも良し。私は敵を殺すだけ。

 

I’m invincible(私は無敵故),I’m unavoidable(逃げる事は叶わぬ),I’m undebatable.(その余地すらない)

 

「見事、なり」

 

 倒れ、霧散するエディラ。戦いを見ていた信奉者達は畏れと敬いに震えた。

 きっと彼は一番の手練だったのだろう。故にそれを破られ、悟った。まだ見ぬ果てがあるのだと。彼らはこの先もっと強くなれると。古竜へと至れると。

 

「ふぅ、カッコ悪いところ見せられんからな」

 

 血振りし、納刀すればルカティエルにウィンクする。今の私めちゃくちゃかっこいいんじゃないか?

 

「お前のかっこよさは十分知っているさ」

 

 やはり私の嫁は出来過ぎているな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その古竜を見た時、私は鼻で笑ってしまった。

 見てくれだけはしっかりとしているが、何も分かっていない。生きた古竜を目の当たりにし、そして戦った私にとってそれはハリボテも良い所で。

 あの狂気の果てに、こんなものしか生み出せなかったのかと笑う。だがまぁ、緑衣の巡礼を産み出してくれた事には感謝しよう。美しいものはただそれだけで良いのだから。

 

 ━━淀みが動き始めた……また移り行くのか……

 

 古竜の思念が私達に語りかける。諦観のような語り草。きっとこの古竜もどきは、長く生きた果てに希望を見出せないのだろう。

 狂気と闇を生み出したのが人間ならば、それを取り払うもまた人間。すべて人のダークソウルが起こした事象。奴からすればそれは不毛以外の何者でもない輪廻。

 

「おい、竜の偽物。緑衣の巡礼からここに来るように言われた。争うなとも。次はどこへ向かえば良い?」

 

 上から尋ねれば、古竜の単眼がこちらを向く。単眼の黒竜……奴らが信奉していたのはカラミットか? すまないな、あれは私が殺してしまった。

 

 ━━白百合よ、困難に立ち向かう者よ。逃れ得ようはずもない。求めようとすることが生の定めなら……

 

「御託は良い、飽き飽きだ。さっき散々原罪の探求者とそういう話はした」

 

 ━━……少しは話を聞け。霧の中に答えを求めるならば……

 

 古竜の瞳が光る。そして現れるのは、何かの核。灰色の、まるで火が燻んだ後のような、核だ。

 それを手にすれば、竜は言う。

 

 ━━もう一度、あの男のもとへ行け、白百合。

 

「あの男?」

 

 ━━鎧の男。東より来て、消えた男。貴様の糧となるはずだ。

 

 心当たりがある。黒霧の塔の最上階、そこに飾られていた鎧。調べても何も無かったが……この核はもしや。

 

 ━━力を手に入れたならば、巨人を探せ。朽ち果て、最早追憶にしか残らぬ者達を。

 

 灰の霧の核を(ソウル)へと格納する。私はその場で古竜に背を向け、ルカティエルの手を取った。

 この古竜はもう役割を終えたのだ。私という見届け人に助言をし。彼は朽ちることはなくずっとここにいる。或いは、見初められると良いな。古く神でありながら、竜を友とした戦神に。

 

 ともかく、次に向かうべき場所が決まった。あの鎧の場所。私の成長に繋がるらしい。

 

 




次回、ダクソ2で一番熱いBGMのボス戦


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鉄の古王の記憶、騎士アーロン

 

 

 

 追憶とは証。そこに存在したという確証。

 

 物で残る証もある。思い出という不確実性で残る場合もある。人が人に、受け継いでいくのだから。

 けれど、それはいつか朽ち果てる。継承され、伝播しても根源はいつか薄れるか変化させられるものだ。だから決して、元と同じものが残ることはない。そういう定めなのだ。

 

 けれど、私という不死はどうだろう。

 

 私は死ねぬ。狂えぬ。争い続け、放浪する。

 見たものは忘れず、聞いたものは残り続け。人の歴史を語り継げる。

 

 私の使命は百合の花園。ただ少女達が愛し合い、骨を埋める場を作りたいだけ。

 けれどそれは、長い生の中で一時の花園に過ぎぬ。いつか枯れ果て、私はまた放浪するのだから。

 

 本当の使命は、語り継ぐことなのではないのか。

 皆が生きた証を。戦い、傷つき、涙した追憶を。出来る限り記憶し、後世に伝えること。それこそが、私のような不死に与えられた使命なのではないのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 灰色の霧の核が、中央に置かれた鎧に共鳴している。あの紛い物の古竜が寄越した核はしっかりと作用しているようだ。

 となれば、やはりこの核は誰かの追憶を体験させるものなのか。推察に過ぎないが。

 

「入れるのは一人か……」

 

 ルカティエルが私の横で呟く。霧の核を手に入れたのは私であり、彼女は追憶には連れて行けない。

 黒霧の塔の最上階、鎧の置かれたホール。もうここは安全化しているから敵の心配はない、故にルカティエルも安全だ。

 だが彼女の心配はそこではないのだろう。私一人で行かせるのが、怖い。そういうことだ。

 

「大丈夫さ、私を殺せるやつなどドラングレイグにはいない。だから安心して待っていてくれ」

 

 彼女の頬を撫でて、安心させてやる。彼女はしばらく私の手の感触を確かめた後、ただ一言。

 

「絶対だぞ、リリィ」

 

 そう言って、私を見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 追憶を辿れるのであれば。

 

 私はいつか、彼女と再び見えることができるのだろうか。

 

 いつか来たりしその時に、触れ合ったあの子と。

 

 あの燻んだ金髪に。

 

 あの煤だらけの肌に。

 

 あの潤んだ瞳に。

 

 

 居場所を、見つけられるだろうか。

 

 許して、もらえるだろうか。

 

 裏切り、一人死んで旅立った私を。

 

 また、愛してもらえるだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鉄の古王の記憶

 

 

 

 

 よく、記憶はセピア色というが。まさか本当にそうだと思わなかった。

 いつもより幾分か燻んだ色の世界が広がる。ここは溶鉄城だろうか。いや、黒霧の塔か? 分からぬが、過去の世界……誰かの記憶なのだろう。

 

 記憶の世界だからか、ここに配置されている敵はロードランに匹敵するほどの強さだ。

 ただのアーロン騎士や騎士団長も、一対一でなければ危ういほどに強く、それなりに楽しめそうだ。火を吹くカエルがいるのは嫌がらせとしか思えないが。

 

 濃霧にはあっという間に辿り着いた。記憶の中には長く留まれないらしく、足早に駆け抜けたので当たり前だが。

 

「強い奴がいるならばそれで良い」

 

 とんでもなく強大な(ソウル)を感じ、少しだけ緊張する。だが余裕を持つ。焦れば負ける。獰猛に笑い、濃霧に手を掛ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「客人とは、珍しいこともあるものだ」

 

 

 重厚な鎧。

 

 傍に置かれる薙刀のように長い太刀。物干し竿よりも長いそれは、常人に扱えるものではない。

 

 長い頭髪を模した髪飾りは、しかし束ねられていて凛としている。むしろ引き締まっているようだ。

 騎士の身体の大きさは(ソウル)を溜め込んだ者特有の大きさを誇るが、仕草で伝わるほどにその俊敏性は衰えていないようだった。

 

 こちらに背を向け、胡座をかく騎士。それは溶鉄城に蔓延る有象無象の騎士の真似事をする傀儡などではない。

 そのオリジナル。彼はゆったりとした、けれど無駄のない動作で刀を取り、立ち上がるとこちらに向き直った。

 

「名乗れ。それが礼儀故。共に刀を携える者として」

 

 低く威厳のある声が空気を震わせた。

 

 こいつは、強い。それが嬉しくて堪らない。

 

「リリィ。白百合の不死である」

「ほう……不死、とな。通りで暗い魂を感じるぞ」

 

 そう言えば、彼は鞘から刀を抜く。妖しく光る刀身からは尋常ならざる力を感じる。恐らくあれもまた妖刀。私の闇朧と同等か、或いは格上か。

 それは分からぬが、生きているように感じる。斬られれば、それだけで死ぬであろう。

 

「儂の名はアーロン。しがない人斬りだ」

 

 刀を、構える。

 あまりにも美しいその構えは、私などよりも当然上。動いてもいないのに斬られたと錯覚するほどに悍ましく鋭い殺気を身に受け、思い出す。

 

 ━━嗚呼、懐かしい。まるで、あの頃のよう。弱く、死に続け、けれど抗っていたあの頃を……

 

 

 

 

騎士アーロン

 

 

 

 

 

 目の前に騎士がいる。

 

「ッ!!!!!!」

 

 振り上げられた刀に対処する。

 こちらも居合いから抜刀し、即座に振り下ろされた一撃を受ける。だがあまりにも膂力の異なるその一撃は、防御した私の身体を容易に吹き飛ばした。

 

 空中で回転し、大理石の床に刀身を突き立て衝撃を殺す。この私が反応できなかった? このドラングレイグで。ロードランの強敵達を打ち滅ぼし。闇の王を目指したこの私が。

 

 身体が震える。

 

 畏れではない。

 

 ただ純粋に、歓喜している。

 

 ルカティエル、すまない。君を安心させられそうにない。

 

 私は、ここで死ぬ。死んで、また戦って何度も死ぬだろう。

 

 それが堪らなく嬉しい。

 

「迷えば、敗れる」

 

 アーロンは私に正体し、ただ言葉を発する。

 

「御主、良い戦士だ。だが未だ心に迷いがある」

 

 私は闇朧を構え直し、笑顔のまま睨み付けて言う。

 

「迷いこそ。迷いの根源こそ、私の生きる意味だ」

 

「ほう……ならばその想い、ぶつけてみせろ」

 

 こいつは戦士だ。侍だ。相手に敬意を持ち、そして全力で斬り捨てる。自分の想いで相手を捩じ伏せる。素晴らしい、これほどの逸材と相見えるとは。

 やはり世界とは広い!

 

 駆け出す。筋肉が痛むほど無理をして、踏み込む。見えぬ刀身からの斬り上げ。最初は私の身体に隠すように、しかし一瞬で斬り上げる。

 それを糸も容易く、アーロンは弾いた。まるで最初から読んでいたように。

 

「ぬぅん!」

 

 唸りと共に、薙ぎ払いが迫る。その真下を潜れば、アーロンの横蹴りが私の腹を突き刺した。

 圧倒的脚力で吹き飛ばされ、床を転がる。追撃の気配。転がりながら体勢を立て直せば、アーロンの突きが迫っていた。

 

 それを、踏み付ける。刀身を踏み付け、無力化する。ドンっと力強く踏みつければ、アーロンの兜の中の瞳と目が合った。

 

「あなや……!」

 

 力強く、けれどどこか慈悲深さを感じるその瞳は。次の瞬間には強烈な殺意を私に向けていた。

 無理矢理に刀を引き抜いたアーロンは、そのまま跳躍する。すぐに真上に目を遣れば、そのまま串刺しにしようとする騎士がいた。

 

 転がり、死を回避する。そして反撃しようとして違和感に気付いた。

 

 アーロンが、刀身に左手を触れさせている。少しだけ握り、掌から血が滲み、それが滴っている。

 迸る血。それはいつの間にか黒く炎となって刀身を燃やし。

 

 それは怨嗟。数多の命を奪い、殺めてきたもののみが持ち得るもの。それを纏う。あれは、マズイ━━

 

 

 

「奥義、不死斬り」

 

 

 

 赤黒い怨嗟の炎が、私を斬り裂く。

 

 考えられぬ程に長い刃となり、命を穿つ。

 

 あっさりと。不敗であったこの私が、負ける。

 

 

「また来い。御主には見所がある」

 

「がっ、あっ……!」

 

 斬り捨てられ、大理石に横たわる私を称賛するアーロン。彼は圧倒的な礼儀で納刀すれば一礼した。

 私はただ、身体を(ソウル)へと霧散させながら彼を睨み付ける。

 

「心折れるな、白百合よ。御主ならば、もしや……」

 

 彼の言葉を聞き終える前に、私は完全に死ぬ。それはドラングレイグに来てから初めての死。久しく味わうことのなかった死は。

 だけど、どうにも心地が良い。こんなにも強い者と戦える高揚感が、死の恐怖と同衾していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リリィ、リリィ! しっかりしろ、大丈夫か!?」

 

 気が付けば、私は黒霧の塔の最上階の篝火の前で呆けていた。

 ルカティエルが私の両方を揺さぶり、ようやく我に還る。彼女の焦る顔が酷く綺麗だった。

 脳に巡る高揚感。負けたことに対する悔しさ。けれど、どれも懐かしい。私はまた、この新鮮な気持ちを味わえる。

 それは、なんと素晴らしい事だろうか。

 

「……ああ、死んだのか私」

 

 一人、呟く。両手を見れば震えている。久しぶりに死んだからではない。武者震いというやつだ。あまりにも楽しすぎた。

 

「っ、リリィ、心は折れていないか? 大丈夫か? 抱き締めようか?」

「ああ、大丈夫。亡者にもなっていないようだし……でも抱き締めては欲しいかな? えへへ……」

 

 よしよしと抱き締められ、彼女の温もりを心ゆく迄感じる。戦いの高揚感と百合の満足感を同時に得られるのは最高である。

 しばらくそうしていて、私は意を決して叫んだ。

 

「決めたぞ! 私、弟子入りする!」

「は?」

 

 事情の分からぬルカティエルに、興奮混じりに一から説明する。

 

「本気で言っているのか?」

 

 呆れ顔のルカティエルがそう言うが、私はいつだって本気だ。

 

「うむ。強くなれるのにこれ以上の機会はない」

 

 問題は、記憶の世界は時間に制約があるということだが。そこはまぁ、何度も通えば良い。

 興奮冷めやらぬ私を見て、ルカティエルは仕方なくといった様子でため息を吐いた。説得に諦めたらしい。

 

「好きにすれば良いさ。私はずっとお前を待つからな」

「うむ、うむ! 強くなった私に見惚れるなよ! はーっはっはっはっは!」

「あ、おい! ……まったくあいつは、人の気も知らずに……」

 

 鎧に向かって駆け出す私を見て呆れる。けれど、それも私らしいと。彼女は、待っていてくれるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「弟子にしていただけないでしょうか」

「御主、切り替わりが早過ぎないか?」

 

 胡座をかくアーロンに東洋の土下座を決めて頼み込む。最初こそまた来たのか、と刀を取ろうとしていた彼だったが、私が土下座したのを見てその矛を納めてくれた。

 

「……だが、それも良いかもしれん」

 

 ふむ、と一考するアーロンは呟く。

 

「御主、今までセンスと経験だけで修羅場を切り抜けて来ただろう? 形も何も、全部が歪だ。まずはそこから正すことになるぞ。それでも良いなら弟子にしてやらんでもない」

「是非お願いします」

「あ、あぁ……」

 

 食い気味の私に少しだけ引き気味なアーロン……否、師匠。

 ふぅ、とため息混じりに彼は立ち上がると、壁に掛けられていた木刀を手に取って私に渡してきた。

 

「これをやる。いくら不死とて、死なれるのは目覚めが悪いからな」

 

 渡された木刀は、丁度私の闇朧と同程度の長さ。実に手に馴染む。

 何度か空振りして感触を確かめれば、師に向き直った。

 

「では、早速教えていただきたい。あの業ができるまで、何度でも」

 

 不死斬り。彼は、そう言っていた。あの一撃は、それだけで容易に不死を殺せる業。不死だけではない、あれは人間性そのものを斬り裂く一撃。

 それができるようになれば。いつか、薪の王ですら殺せる。

 私は、もっと強くなる。そうなれば、もう何も失わずに済むと信じて。

 

 




アーロン先生との稽古回


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騎士アーロンの記憶、不死斬り

新年あけましておめでとうございます。まさかDS2がここまで長くなるとは思ってませんでした…


 

 

 鞘に納めし一振りの刀。

 刀の鍔を、鞘を持つ手の親指で押して少しだけ刃を見せれば。私の白い親指の腹を刃に押し当てる。

 ゆっくりと波紋のように流れる血。赤い血は熱を持ち、鞘の中で滴る。そしてそれは、炎となる。

 

 手入れのされた庭。今日も満月は美しく。緩やかな風が私の頬と髪を撫でる。

 風がやめば、私は刹那的に開いた右手で柄を握る。優しく、力を込めず。けれど放さぬよう。

 

 抜刀すれば、銀に鈍く光る刀など存在しない。赤黒い炎、それを纏った死を齎す刀。

 古く、葦の地ではそれを不死斬りと呼んだ。死ねぬものを殺す必殺の一撃。

 まるで習字の達人が如く、刀の軌跡は黒ずみ空を死で穢す。これは唯の炎ではない。私の血の中に流れる怨嗟、呪い、人間性。それが形付いたもの。

 

 振り切った後、斜め上段に刀を構え左手を刃に添える。そして掌を這わせ、傷付ける。血が滴る。

 より一層燃え上がる炎は、先程よりも悍ましい。またそれを振り切れば、空を覆うが如くの一閃。

 

 秘伝、不死斬り。溜めに溜めた瘴気の前に敵の巨大さは関係が無い。弱きも強きも纏めて殺し尽くすのみ。

 

「ふぅ! 久しぶりにやったが、案外様になってるものだ」

 

 残心の後、左手でじっとりと額にかいた汗を拭う。自らの血を払い、納刀すれば私はルンルンでスキップしながら工房へと向かう。

 美少女がスキップすると見ていて気持ちが良いだろう?

 

 工房に入れば、私の愛しい者がちょうど朝食をテーブルの上に並べていた。今日のメニューはトーストにスクランブルエッグ、そして紅茶とシンプルだ。

 

「お帰りなさい、狩人様。朝食ができています」

 

 席に着くと私は笑顔で感謝を述べる。最初こそ本当に酷いものだった。彼女に食事は必要がないから、味覚というものに疎いのだ。

 だが今では良い塩加減と胡椒の塩梅。そして紅茶に入る砂糖は私の好みの量だ。

 

「いただきます。はむぅ」

 

 スクランブルエッグをスプーンでトーストの上に盛り、齧り付く。作法など知らぬ、私は私の好きなように食べる。彼女もそんな私を見て微笑んでいる。

 食事の途中、愛すべき彼女は不意に口を開く。

 

「狩人様、鍛錬の方はもう良いのですか?」

 

 んぅ? とあざとく首を傾げた後に納得する。彼女が言っているのは不死斬りの事だろうか。

 

「うん、斬れ味も悪くなってないからもう良いかなって。そもそも、鍛錬していたわけではないからね」

 

「ああ、狩人様、お口にパンくずが……そうだったのですね」

 

 口の周りに着いたパンくずを、球体関節の指が掬う。その指先を私はペロリと舐めた。うん、彼女の指とパンの味が美味しい。

 舌で口の周りをペロリと舐め、私は喋る。

 

「うむ。少し想い出に浸るのも良いかと思ってね。夜こそ我ら狩人の生きる時間だが、夜明けに生まれるものもあろう」

 

 思い返すは、我が師である騎士。今でも彼の剣筋は忘れない。

 

「ああ、昨日語られた……騎士、アーロン様でしょうか。強い方であったと」

 

 頷いて、紅茶を飲み干す。砂糖の甘さと茶葉の苦味が丁度良い。

 

「当時は見切るのに苦労したものだ。ロスリック時代の私ならばあっさり終わるだろうがね。あの時の私は本当に最強だったから」

 

 その代わり、つまらぬ女であったが。正直ドラングレイグの時よりも黒歴史である。良い出会いも別れもあったがね。

 まぁそれは良い。今は、彼との修行の日々を思い返そう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私の木刀が宙を斬る。

 確かに私は師と鍔迫り合いをし、捩じ伏せたはずだった。けれどその師はおらず。

 気配がして上を見上げれば、いつの間に跳躍したのか兜割りを敢行しようとする騎士アーロンがいた。

 

「ぶへぇッ!?」

 

 軽めの殴打。けれど頭蓋を叩かれれば誰だって悶絶する。頭を押さえ大理石を転がる私をよそに、師は木刀を納刀する動作を、美しくやってみせていた。

 痛がる私に、師はため息混じりに語る。

 

「勝ったと思って油断するのはお前さんの悪いところだぞ、まったく。今までそれで痛い目を見た事がないのか……」

 

 あるに決まっている。その最たる場面が薪の王との決戦だ。勝ったと思って必殺の一撃を叩き込もうとしたらパリィされてしまったし。なんだか腹が立ってきたぞ。

 

 我が剣の師、アーロンとの修行から体感で数週間。私は一向に彼を超えられないでいた。

 彼の剣技は卓越している。数多の敵と戦って殺してきた私でさえも、彼にまったく及ばない。

 早くあの不死斬りとやらを教えてもらいたいが、師曰く私には何もかも足らぬとの事だ。

 

「よし、稽古はここまでだ。次は座学だぞ」

「はい、師匠」

 

 ただ心折れぬが私の利故。必死に食らいついている。記憶の中にとどまるのは数時間が限界だが、現実ではルカティエルが待ってくれているから寂しいことは何もない。

 充実していた。久しく、学ぶことの楽しさと真摯さを忘れていた。いや、初めてこんなに楽しいかもしれない。勉学とは、鍛錬とはこんなにも素晴らしいものだったか。

 

 

 師が教えるのは何も剣技だけではない。騎士とは、武士とはなんたるか。精神教育も盛んだ。

 頭で理解し、身を以て覚え、技で試す。私が得意とする事ばかり。彼は教育者としても優れている。

 また、彼は忍術もかじっていたらしく、東洋の秘伝を惜しげもなく私に享受してくれた。

 

 曰く、私は忍術の素質があるらしい。というよりも、正々堂々と戦うよりはあらゆる手段を用いて戦うスタイルは葦の地の忍術に通じるらしい。

 

「見切りを多用するな。見切るのであればより相手の体幹を削れ」

 

 師匠の木刀を踏みつければ、逆にカウンターされる。

 今までこの踏み付けをこうも容易く反撃してくる者などいなかった。

 

 

 そうして、私の技量も魂胆も向上したある時。

 とうとう師からあの技を伝授する時が来た。

 

「もう、これが最後になる。お前に不死を殺す一太刀を授けよう」

 

 互いに正座し面した状態で師は言う。傍らに置かれている薙刀のような太刀を手にすると、彼は刀を脇にさして構える。

 それは居合い。何度も見て、盗み、私のものにした構え。けれど気迫がいつもと異なる。

 

 不死を殺すための一撃。左手の親指が、柄を押す。同時に僅かに覗く刀身が親指の腹を傷付ける。

 

 刃に伝わる赤黒い血。それは鞘の中へと延びていき、きっと刀全てに行き渡ったのだろう。

 

「目に焼き付けよ。これぞ死なぬ者を殺す一撃なれど。それこそ救いとなれば」

 

 刹那、鞘から炎が漏れ出す。

 炎などという生優しいものではない。あれは怨嗟。今まで殺した者達の負の感情と、殺めど狂わぬ強靭な人間性が具現化したもの。

 

 振るう。

 速さは無い。けれど絶対的な一撃は、空を斬ればあの時のように黒く軌跡を描く。

 

 まるで紙に筆で線を描くよう。その炭に触れれば、待つのは死。他の不死ならば、それに触れれば容易に朽ち果てよう。

 

「怨嗟と呪いを、その身に溜めよ」

 

 更に師は、振り切った後に上段から刀を振り翳す。その刹那に、左手の掌を刀に添えれば斬られた肌が更なる血を齎す。

 血によって深まる呪い。人間性の呪いは時として凶器となる。

 

 秘伝、不死斬り。

 

 より太い一撃が宙を舞う。必殺。それこそこの一撃に似合う。

 

 納刀すれば、師は私に向き直り言ってみせた。

 

「お前さんの人間性ならば習得できるはずだ。もう、見て盗んだであろう?」

 

 私は頷き、(ソウル)から闇朧を取り出す。

 そして立ち上がり、師と同じく脇に構える。

 

 集中する。感じるは、自らの人間性。

 流れる血を意識する。呪いを(ソウル)で感じる。

 

I’m invincible(私は無敵故),I’m unavoidable(逃げる事は叶わぬ),I’m undebatable.(その余地すらない)

 

 そう、私は無敵。全てを打ち倒す不死。数多の屍を踏み越え最後に立つ姿は荒野の白百合。

 

 柄を親指で押す。指の腹を斬りつけ、悍ましい人間性を滴らせる。

 燃える炎。沸る人間性。どこまでも暗く、けれど暖かい炎。

 

「奥義、不死斬り」

 

 一閃。

 

 悍ましく延びる怨嗟の炎。

 

 殺め奪った怨嗟がどこまでも延びていく。

 

「ぬぅッ!?」

 

 遠く離れていた師にも届かんとする怨嗟。

 

 あまりにも殺し、極め過ぎた。

 

 制御できぬ程に漏れ出すほどに。

 

 

「秘伝、不死斬り」

 

 

 振り切り、そのまま上段で構え左手を添える。

 掌を斬りつけ更なる怨嗟を闇朧に浴びせながら、ズタズタになる大理石と壁を無視して振りかぶる。

 大きな一閃。広がる深淵は、危うく全てを飲み込みかけるほどに巨大。

 けれど躊躇はしない。これは私の全力を試しているだけだ。

 

 

 

 

「やりすぎだお前さん」

 

「あだっ」

 

 師から拳骨をもらう。そこまで痛くはないが、優しくもないそれは戒めのようだった。

 

「……正直、ここまでは想定しておらんかった。お前さんの闇を見誤っていたようだ。もう、師弟ごっこも良いだろう」

 

 そう言うと、師はゆっくりと私から離れていく。まるで袂を別つかの如く、彼は鞘に手をかけた。

 どうやら、その時が来たようだ。

 

「……師よ」

 

「最後の試練だ。お前さんの全てを出し、この儂を打ち倒してみせよ」

 

 隙を見せぬ動作で抜刀する師、否。騎士アーロン。深呼吸し、私も彼に倣い闇朧を抜いた。

 

 

 それは、永遠にも感じた。

 

 動かず、じっと互いの間合いを見切るように見つめ合う。

 動けば、反撃で斬られる。それはお互い様。刀を扱う者として、カウンターは当たり前の動作。

 故に動けぬ。脳内でずっと斬り合うも、そのどれもが良いイメージを持たぬ。

 

「……ッ!」

 

 だが、唐突にアーロンが動いた。痺れを切らしたのではない。これは、師から私への最大限の手ほどき。

 瞬きする暇もない程に速い突き。それを、瞬時に見切って踏み付ける。

 

 深く、しかし隙を見せぬ踏みつけ。だがアーロンはすぐに引き抜くと、斬り払いをして距離を取ろうとする。

 闇朧でそれを弾く。重い一撃のせいで弾き飛ばされるが、脚で踏ん張って転ばぬように耐える。

 

「せいやッ!」

 

 今度は振り下ろし……否。一文字。

 至極単純な一撃故に、あまりにも高い破壊力。喰らえば、身体が左右にスライスされるだろう。

 それを、弾く。弾いて、隙を窺う。

 

 何度も何度も最低限の力で弾き、そして。

 

「ちぃ!」

 

 少しばかりアーロンの身体がブレる。体幹切れ、それは即ち。

 すかさず刀を翻し、喉元を突きにかかる。だが瞬時に彼は身体をズラし、刀身の先は必殺となることはなかった。

 肩に逸れた一撃は、確かに致命的だが殺せぬ。闇朧を引き抜き、距離を取ればアーロンは片膝をついた。

 

「流石よ、馬鹿弟子……ならばこれはどうだァッ!」

 

 距離は離れていた。けれどアーロンは、その場で刃を振るい、納刀する。

 いや、ただ振るったのではない。あれは。

 

「ッ!」

 

 危険を、本能が察知した。見えず飛んでくる刃を弾く。一瞬でもタイミングを間違えば、私は殺されていた。彼はそれを、竜閃と呼んでいた。

 

 だがそれで収まらぬ。またアーロンが抜刀し、目に見えぬ速度で刀を振るえば。

 一度で無数の斬りつけ、それは無数の斬撃を生む。だが、それはもう特訓で見て、覚えている。故に通じぬ。

 その全てを弾く。もう二度と、私に既知の攻撃は通用せぬ。私を殺したければ、まだ見ぬ戦いをせよ。私は不死故、見飽きたものに興味は無い。

 

「ふぅッアァッ!!!!!!」

 

 だが私が攻撃を弾く隙に、アーロンは居合いの 形で迫る。迸るは怨嗟。つまりそれは。

 

 抜刀すれば、漏れ出す怨嗟の炎。

 

 

 奥義、不死斬り。

 

 筆で描いたような軌跡が私を両断する。

 

 

 

 否。

 

 私は百合の花弁と化す。

 

 

 

「ッ!? 霧がらすかッ!」

 

 斬られた私の身体が花びらとなり、実体が消える。刹那、再構成された私の身体がアーロンに迫り、左手の掌を押し付ける。

 宿すは呪術、大発火。

 

 炸裂する混沌の系譜がアーロンを弾き飛ばす。もう弱き白百合はいない。対峙するのは絶対強者。

 我こそ不死の頂点。不死すらも殺す白百合なり。

 

 受け身を取りながら立ち上がるアーロンを前に、私は居合いで構える。

 

「御返ししよう」

 

 抜刀し、一閃。それは葦の秘伝、竜閃。如何に斬ることを考え、鍛錬した先の一撃。飛んだ刃はアーロンの腹を深く斬りつけ、出血を強いる。

 だが未だ終わらぬ。折角の対決。教えてくれた事を、全力で返さなければならぬ。

 

 走り、両手でしっかりと闇朧を保持して構える。刃には私の血が滴っている。

 

「渦雲渡り」

 

 血が纏い、延びた刃と化しながら。

 振った回数に見合わぬ斬撃がアーロンを襲う。それはまるで、深紅の渦雲が如く。それを渡る舟が如く。

 源流とは異なり、ずっと宙を舞い、斬り続ける。

 

 アーロンは悟った。最早弟子は、自らを超えた。刃を交える内に、見果てぬ境地へと達した。

 考えれば当たり前だ。この弟子は、自らが生まれるよりもずっと前、遥か古から戦っている。強者と殺し合っている。

 そんな者が、強くならぬ訳がない。

 どこまでも貪欲で、強欲で、全てを奪い尽くす白百合の魂。

 悍ましい程に美しいそれは、神ですら殺す戦士の誉。

 

 悪くはなかった。それに殺されるのであれば、戦士として名誉だった。楽しかった。

 

I’m invincible(私は無敵故),I’m unavoidable(逃げる事は叶わぬ),I’m undebatable.(その余地すらない)

 

 全身を斬られ、既に戦う力も無く。目の前の弟子は最後の一撃を齎そうとしている。

 

「不死斬り。お返し致す」

 

 怨嗟を溜めたその一撃は。不死として、長年闘いに明け暮れた葦の騎士を葬る。

 制御された深淵の微睡が、騎士を斬り捨てる。

 

「見事、なり」

 

 心臓を斬り裂かれて尚、師は弟子を称賛した。

 

 

━━Victory Achieved━━

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 得たものが大きいと、それだけでやってきて良かったと思える。

 当たり前の事だが、ドラングレイグにおいて闘いに最大限興奮することがなかった私としては、騎士アーロンとの錬成と闘いは非常に実りのあるものだった。

 もちろん、師を手にかける事は好ましくはないし私も思うところはあるが、戦士として殉じた彼を思えばやって良かったと思う。

 

「刃が飛ぶなんてこと、未だに信じられんな……私にも是非教えて欲しいものだ」

 

 隣を歩くルカティエルが興味深そうに言う。私は満足気に笑うと頷いた。

 

「もちろんだ、剣戟は君にこそ似合うからね」

 

 ルカティエルは魔術や奇跡等は全く使わないから、渦雲渡りや竜閃は覚えておいて損は無いだろう。

 まぁ、今はまず目の前の事に集中しなければ。彼女に教えるのはその後。

 

 虚の森の影、ドラングレイグ方向。その道中に、それはある。

 

 冬の祠。この地最後の、寄り道。

 

 

 私達は、愛の最果てをここで見る。

 

 



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凍てついたエス・ロイエス、アーヴァ

 

 

 そこは、凍てついた場所。

 

 神々の負の遺産を封じ込め、けれど自らも凍えてしまった。最早良き王は居らず。治めた国も、民も、凍えて正気ではない。 

 まさに歴史であろう。繁栄と没落はこの国を見れば学べる。腐らず残り続ける哀れな慣れ果て。それを見れば、分かるであろう。

 

 人の世とは、まさに地獄。地獄の中に人は生を見出す。見出した先にあるものは希望なのに。

 

 人は語り継ぐ。そこは凍てついた国なのだと。

 

凍てついたエス・ロイエス

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 代謝の止まった不死にとって気候は問題にはならぬ。けれど、やはり寒いと一目見て思えるような所に来るとどうにも寒いと錯覚してしまう。

 冬の祠と呼ばれる場所から転送された場所は断崖。足元が妙にひんやりすると思えば、辺り一面雪に覆われている。

 

「暑い場所の次は雪景色か。つくづく不死で良かったと思うよ」

「故郷も雪が降ることが多々あったが、これは凄いな……」

 

 

 エレーミアス絵画世界も極寒の地だったが、ここは更に厳しい寒さだ。雪も多いから歩くのも一苦労だろう。

 スキー板があれば楽しめそうか。昔少しだけやったことがある。せっかくルカティエルといるんだから戦い以外も楽しみたい。

 

━━Bonfire Lit━━

 

 

 すぐ近くにあった篝火に火を灯す。ここは城壁のようだ。

 正面には大きな門扉があり、解放はされているものの氷漬けになっている。人が通る分には問題なさそうだが……

 

 そんな時。門から唐突に吹雪が舞い込む。最初は単に強い風が吹いたかと思ったが、どうやら風の出所は門のようだ。

 きっと私達を歓迎しない何かがそうさせたのだろう。

 

「ルカティエル、後ろへ」

 

 猛吹雪の中、闇朧に手を掛けてルカティエルを下がらせる。ほんのりと闇を感じることから、今回もまた深淵の娘達の誰かが絡んでいそうだ。

 

 ──エス・ロイエスに踏み入る者……去りなさい。

 

「む……美しい声だ」

 

 吹雪の中からひっそりと響く女性の声。およそ人には出せぬ妖艶さと闇の深さ。

 久しぶりに私の中のエレナが声を発する。

 

『ほう……恐怖の感情を持つ姉妹か』

 

 随分と久しい登場だが、最近はルカティエルと愛し合っていたせいか遠慮して出てこなかった。普段はツンツンしているがそういう所はしっかりと空気を読める君、やっぱり好きだぞ。

 

「恐怖……ふむ、なるほど。それに相応しい声色だ」

 

 この物々しい事態とは反比例し想像が膨らむ。去れと警告するあたり、知性はあるようだ。一体どんな落とし子なのだろう。

 だが、そんな楽観的な妄想も次の言葉で一時的に消し飛ぶことになる。

 

 ──古き混沌を恐れるのです……

 

「混沌だと……? おい、待て! 混沌は私が滅ぼしたぞッ!」

 

 私の問いかけも虚しく、声が聞こえなくなると同時に吹雪も止む。どうやら去ってしまったようだ。

 舌打ちすると同時に、門を睨む。一体どうなっている。

 

「リリィ、混沌とは?」

 

「神々の負の遺産さ……滅ぼしたはずだが」

 

 廃都イザリスの苗床、それを殺したことにより最早混沌は朽ちたはずだ。或いは、別の何かなのかもしれないが……

 

 

 

 

 

 この都市はもう終わっている。

 

 城壁内は全てが凍てつき、亡者兵士達でさえ凍りつく。まるでそれが自然であるように、けれど不自然だと言わんばかりに。

 巫女のような亡者達も、すでに美しさなどありはしない。手に入れた衣装は薄着でルカティエルに着せてみたいとは思う。

 

「だが変だな。混沌ならば、なぜ凍りつく?」

『ふむ……お前の疑問は尤もだな』

 

 室内にいた亡者達をルカティエルと葬り去り、エレナと思考する。

 

「どういう意味だ?」

 

 剣を鞘に納めたルカティエルが尋ねてくる。ああ、彼女は知らないんだものな。

 

「混沌が産み出すのは歪んだ命の溶岩だ。イザリスでも辺り一面溶岩だらけだった……暑かったものさ」

 

 となると、この寒さと氷は混沌に対する封印なのだろうか。まだ憶測の域を出ないのだが。

 

『それは、ここの王が関係致します』

「うわっ!? ナドラ!」

 

 ボソッと、けれど脳に明確に響く陰気な少女の声。アーロンの間の奥に隠されていたナドラの(ソウル)より復元した、煤のナドラだ。

 彼女は私にしか見えぬ姿で目の前に現れ、そっと正面から抱き着いて胸元で囁く。

 

 煤のように白い長髪に白いドレス。肌も白く、けれどどこか煤のように汚れている。こちらを見上げればギョッとする程に美人である。

 

「嗚呼、ナドラ……その」

『我が王よ……私を愛してくだされば、この凍てついた地の秘密をお話ししましょう……』

「それは……魅力的だが……」

 

 ナドラは、何というか危ない子だ。

 彼女が病んでいるのは前から知っていたが、復元してからというものの事あるごとに私の前に他人から見えない姿で現れては私を誘惑する。

 一度満更でもない私は誘いに乗って愛し合おうとしたのだが……(ソウル)を根こそぎ吸引するとでも言わんばかりに犯し尽くされて大変な目にあった。おまけに気絶した私を近くにあった縄で縛り付けて文字通り束縛しようとするし。ルカティエルがいなかったら今でもマデューラのベッドの上で縛られたままだ。

 

『……嘘ばっかり。やっぱり私を愛してはくれないのね』

「いや違うんだナドラ、ただ君っていつも少しばかりやり過ぎだから……」

『もういいです……さようなら』

 

 すぅっと消えていくナドラ。消えたと言っても私からは離れられぬから私の中に還っただけだが。

 

『煤の姉妹にはうんざりするな……』

「見てないで助けてくれ……」

 

 私にしか見えぬ姿で現れるエレナ。黒紫のドレスに身を包み、靡くブロンドの髪を掻き上げながら彼女は言う。しかしまぁ人の形を模すと美人だな闇の子らは。

 

「お前は誰と話しているんだ……」

 

 側から見れば私の一人芝居。ルカティエルは首を横に振って嘆いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 凍って開かぬ宝箱を、無理やりこじ開けようとしては諦める。既にそんな事を何回もエス・ロイエスで繰り返していた。

 

「ぬぅあああああ宝が目の前にあると言うのにィッ!!!!!!」

 

 憤怒する私をエレナは笑い、ナドラは相変わらずぶつぶつと病んだ愛を囁き、ルカティエルは呆れる。

 

「諦めろ。強欲は身を滅ぼすぞ」

 

 ため息混じりにそういうルカティエル。私はしょぼくれながら諦め、宝箱を後にする。

 生まれてこの方、氷漬けになった扉や宝箱など見たことがない。

 不死として強化した筋力ですらこのザマだ。きっと誰も開けられぬ。

 

 そんなこんなで城壁内部を探索をしていれば、何やら塔のような場所に出る。

 城壁内ではあるものの、屋外であるそこは吹雪の影響で視界が狭いせいで戦いづらいが二人で協力すれば容易に突破は可能だ。

 

「……これは、取って良いものなのか?」

(ソウル)化しているから……大丈夫だと思うが」

 

 不死二人でそんなやり取りをする。話題は、目の前に安置されている巫女の死体……が手にする(ソウル)化したアイテムだ。

 死体漁りは慣れているが、巫女が手にする物は……目玉だ。どうしてこんなものを大事に握っているのかは分からないし、それがアイテム化するというのも理解出来ぬが…

 

『おい、それは取っておけ。役に立つ』

 

 不意にエレナが私の横に立って瞳を指差す。

 

「この瞳は何なんだ?」

 

 私が問えば闇の子は答える。

 

『見えぬものを見えるようにするものだ。いいから取っておけ』

 

 そう言われ、私は渋々巫女の手から瞳を取り上げて(ソウル)にしまう。両眼あるために、片方をルカティエルに渡せば彼女はうへぇ、と仮面の奥の顔を顰めた。

 

 だが効果は確かにあった。城壁に一部見えぬ敵が居たが、そいつらが見えるようになっている。

 なんか侵入してきた闇霊を叩き伏せて、見えるようになった敵も捩じ伏せれば私達は当初城壁へと侵入した場所へと逆戻りした。

 

「おや、もう一周したか。となれば後は行っていないこっちを探索しよう」

 

 入り口付近で分岐していた道を辿る。行っていない方だ。

 

「おいリリィ、なんか……」

「ああ……見られてるな」

 

 広い城壁上の通路。他とは違い整理されたその場所は、けれど強い殺意と視線を感じる。

 どうやら相手も私達が視線に気付いた事を理解したようだ。颯爽と正体を現す。

 

「猫ッ!?」

「いや虎だ!!」

 

 現れたのは巨大な白い虎。吠える虎は、私達を獰猛な瞳で睨みつけると突っ込んでくる。

 

 

王の仔アーヴァ

 

 

「避けろッ!」

 

 私の掛け声と同時に、左右へとローリングして突進を回避する。かなりの速度だ、普通の不死ならばそのまま食いちぎられていた。

 アーヴァは突進と同時に距離を大きく取って反転する。すると咆哮と同時に奴の周囲に大きな氷柱が展開された。まさか魔術か?

 

「動物が魔術だと!?」

 

 驚くルカティエル。だが飼い猫ならばあり得ない話ではないし、過去ロードランでそういった類の動物は見てきた。

 私は即座にアーヴァへと駆けると、魔術の矛先を自分へと向ける。勘が正しければ、あれは追尾する(ソウル)系魔術のようなものだろう。

 

 氷柱の切先がこちらへ向く。すると弾丸のようにこちらへ迫ってきた。やはりあれは想像していた通りのものらしい。

 だが幸い横へと回避すればほぼ追尾する事なく私の背後へと着弾する。追尾性は高くはないようだ。

 

「追う者たち」

 

 左手にクァトの鈴を持ち、闇術を展開する。生まれた仮初の生命がアーヴァを追えば、猫科動物と言えどギョッとしていた。

 間一髪で追う者たちを回避するアーヴァ目掛けて、今度は改造したウィップを放つ。攻撃するためではない。ウィップの先端には作業用フックが付いており、アーヴァの尻に少しだけ食い込む。

 

「そうらっ!」

 

 少しだけ跳躍し、そして鍛え上げられた膂力で引っ張る。すると私の身体は一瞬の内にアーヴァへと肉薄した。

 アーロンに教えてもらったが、東の地の忍とやらの道具にこう言ったものがあるらしい。真似させてもらった。

 

 一瞬で近づく私にアーヴァは面食らう。私は空中で闇朧を抜刀すると左の手の腹を少し斬りつけ。

 

「奥義、不死斬り」

 

 赤黒く発色する刀身。

 漏れる怨嗟の炎。

 見た目の長さ以上に届くそれは、回避しようと下がるアーヴァの左目を切り裂く。仕留め損ねたか。

 

 アーヴァは傷付きながらも空中の私を食い殺そうと迫る。しかしそんな奴に、突如飛来した雷の槍が突き刺さった。

 

「一人で突っ込むな!」

 

 ルカティエルの奇跡だ。アーロンとの修行で暇を持て余した彼女は、黒霧の塔で相当数の敵を斬って回ったらしい。おかげでかなり信仰が伸びた。

 

「助かる!」

 

 着地して闇朧を構える。しかしアーヴァは形勢が不利と見たのか、一歩、また一歩と下がる。

 そして咆哮すれば、跳躍し城壁の外へと出ていってしまった。逃げたか。良い判断だが、物足りない。

 と、そんな時あの声がまた聞こえる。

 

 ──アーヴァの牙を折るとは。あなた方は何者なのですか。

 

「君と似たようなものだ。さて、どこにいるのかな?」

 

 ──この廃都に何を求めるのです。

 

「王の証を。それが今の私が求める物よ」

 

 ──去りなさい。古き混沌に……歪んだ炎に触れてはなりません。

 

「混沌は一度殺した。ならばまた殺すまでよ」

 

 一度対峙した相手ならば負けはせぬ。それが不死故。

 声の主は返答を返すことはない。だが代わりに奥の門を守っていた氷と霧が晴れる。どうやら来いという事なのだろう。

 

「さて、行くとしよう。仮に本当に混沌があるとするならばまた殺さなければならん」

 

 闇朧を鞘に納め、ルカティエルの手を取る。この凍てついた土地での冒険は、まだ始まったばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞳を、開く。

 

 開いて、握っていた手のひらを見る。

 

 手甲の中の手の腹に、一枚の羽が握られている。

 

 擦り切れ、朽ちかけた一枚の羽。それは遠い昔に竜の出来損ないと自らを称した子から託されたもの。

 

 (ソウル)へとそれを変換し、自らの内へと戻す。次に取り出したのは見覚えのある仮面。

 

 私の、大切だった人が身につけていたものだ。

 

「……」

 

 あの頃よりも虚ろで澱んだ瞳でそれを眺める。

 いつの間にか、羽を握って寝てしまっていたようだ。

 マントを翻し、擦れ合う鎧が音を発てる。すると瞳を隠した少女がこちらに振り返った。

 

「目が覚めたのですね」

 

 ゆっくりと私は頷く。昔よりも長くなった髪を揺らしながら立ち上がれば、少女は一礼し、部屋の中央にある篝火を指差した。

 

 美しい、白い肌に金髪の少女。けれど私は彼女に一瞥もせず、篝火へと向かう。きっと夢で見た想い出が、邪魔をするのだろう。追憶とは、呪いでしかないのだから。

 

 篝火に触れると、転送が始まる。

 

 優しくも、既に燃え尽きかけた炎が私を包む。まるで残り火のそれに、最早感じるものなどありはしない。

 

灰の御方。(Ashen one.)貴女に炎の導きがありますように(May the flames guide thee.)

 

 少女が呟く。それは御呪い。私に使命の成就を促す呪い。

 

「……導きなど。ありはしない」

 

 けれど、神を殺し人を殺め、全てを灰にしてしまう私にそんなものがあるはずもない。

 

 私が出来るのは殺しのみ。

 

 追憶に縛られ、逃げ出せず、何も出来ず。けれど殺す事だけは誰よりも優れた哀れな女。

 

 あの頃の私に、想像できただろうか。

 

 世界は悲劇と絶望で成り立っているなどと。

 



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古き混沌、灼けた白王

たいっへんお待たせしました。


 

 声の主、沈黙の娘の気配を辿り氷漬けの主聖堂へと至る。

 エス・ロイエスの他の土地や建物と異なり、ここだけは暖かい。単に暖房があるというわけではなく、何かしらの大きな熱源によって暖かさが保たれているようだ。

 それが何なのかは、説明せずとも分かるだろう。

 

 僅かに開いた扉を潜り、私を先頭に主聖堂内部へと侵入する。

 厳かな内装が、どうにもアノール・ロンドを思い出させる。けれどあそこまでは神々しくはない。何とも人間らしい聖堂だ。

 中央のホールの奥には霧の掛かったゲート。その左右には上階へと至る階段があるが、階段全部が氷漬けになっていて登れない。

 

「強力な……いや、生々しい(ソウル)を感じるぞ」

 

 隣のルカティエルが呟く。十中八九アルシュナとやらの(ソウル)に感応しているのだろう。人であるならば、闇の子らの(ソウル)は異質に感じるはずだ。

 

「この地には、何もありません」

 

 突然、上階から女性のか細い声が響き渡る。

 

「古き混沌によって、ここは呪われた地となりました」

「混沌は私が滅ぼした。遥か昔、神々がまだ住まう頃に」

 

 沈黙の落とし子の言に反論する。

 

「では、やはり貴女が……闇の王。否、古き闇姫」

「その二つ名はやめてくれ、心底恥ずかしい」

 

 私はその名を名乗った事などない。ただ独り歩きしてしまった名なのだ。断じてカッコいいと思って名乗ってなどいない。それだけははっきりと言っておく。

 隣のルカティエルが鼻で笑った気がした。やめてくれ、そもそもこの事は前に話しただろう。そんでもってめちゃくちゃ笑ってただろう。

 

「その残滓と怨嗟が、未だこの地に残り続けているのです。例え打ち滅ぼそうとも……まだその炎は燻ってはいないのですから」

「厄介なものだな……」

「我が君が現れるまでは、混沌は歪んだ生命を産み、あらゆるものを遠ざけていました。かつてそれらと対峙した貴女であれば、分かるはずです」

 

 デーモン。混沌から産まれし、歪んだ命。産まれるべきではなかった生命。

 分かるも何も、それらと戦った。そして殺して殺して、その母たる混沌でさえも排除した。

 ただ自分の利己的な目的のために、徹底的に戦った。忘れるはずがない。

 

 アルシュナは語る。彼女の慕う王こそ、このエス・ロイエスを建国した偉大なる者。

 偉大なる(ソウル)を用いて建国し、そしてその地に眠る混沌を抑えていた王は、しかし次第に弱まっていった。

 当たり前だ、混沌を完全に封じる事などできるはずがない。

 偉大な王は自らの(ソウル)を削りながら、次第に衰弱していったらしい。そして最後は自らを楔とするため混沌へと身を投じたのだと。

 王とは不便なものだ。自由に生きる事など何一つとしてできやしない。嫌ならやめるということができない。私には無理だ。

 

 彼女は、その王の志しを受け継ぎここでずっとその帰りを待っている。

 何年も。何十年も。何百年も。

 もう、ここは終わってしまった土地。混沌とそれを封じる氷以外に、何もない。

 

「……私の願いは、ただ一つ。混沌に囚われた我が君を、解き放つ事だけ」

「それを、私に託そうと言うのか?」

 

 少しの間、アルシュナが沈黙する。きっと図星だったに違いない。

 アーヴァを退けた戦いを見ていない訳がないだろう。そして私がかつて混沌を制し、闇の王となりかけた者であるならば、彼女がそれを望まないはずがない。

 

「古い闇姫よ、私の願いを聞き入れてくれますか?」

「その呼び名をやめてくれたらね」

 

 少しキレ気味に私は答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 そのまま聖堂の霧を抜けて戦いに挑むのも良いが、アルシュナ曰くこの地に残り沈黙しているロイエスの騎士達を助け出し、率いて欲しいとの事だ。

 なんでも王が混沌へ飛び込んだ時に、殆どの騎士は共に飛び込んだのだそうだが、幾人かの騎士は王の帰還を待ったそうなのだ。

 もう何百年も待たされ、彼らは沈黙してしまった。疲れてしまったのだろう。それは仕方の無い事だ。

 

「しかし……この氷がアルシュナのものだとは」

 

 ルカティエルが思い返すように言う。

 正確には、飛び込んだ王の力を流用しているだけのようだ。アルシュナが我々に騎士の解放を頼んだと同時に、各地の氷が一部砕けた。

 そのおかげで凍って探索できなかった箇所へと行けるようになったし、宝箱も開けられるようになったのだ。

 

 だがそれ以上に、このロイエスの地は過酷である。

 

 寒さは感じないから良いとして、この地に巣食う敵は凶悪だ。

 特にハリネズミのようなちっこい敵。こいつは出会うだけで殺意が湧くようになった。こいつだけは生かしてはいけない。

 まるでロードランの地下墓地にいた車輪骸骨のように転がって来るハリネズミ。背中の氷柱のようなハリを武器に私達を串刺しにしようとしてくる。

 近寄ろうとすると転がってくるし、遠くから倒そうにも入り組んだ場所にいることが多いしかなり腹が立つのだ。

 

「なんだお前?」

 

 二人して苛立ちながら探索していると、何やら白霊がいる……ん?

 私は呼んだ覚えが無いし、そもそもここに来てからというものの侵入は多々あれど協力のサインは見なかった。

 鎧に身を包み、その手には大楯と突撃槍……あれ、こいつ……

 

「私は召喚してないぞ」

 

 ルカティエルが首を横に振るが、白霊は友好的に手を振っている……

 私はジッと眺めて、一言そいつに投げかけた。

 

「お前、この前黒霧の塔で侵入してきた奴だろ」

 

 確か暗殺者マルドロだったか。

 白くなっていても装備が変わっていなければ分かるに決まっている。

 すると正体がバレたと気付いてマルドロが硬直した。話せれば良いのだが、霊体は言葉を発する事ができない。

 

「どうする? 今のうちに倒しておくか」

 

 案外物騒な思考のルカティエルが剣を抜く。だがそれと対照的にマルドロは土下座を決め込んで命乞いをするではないか。

 ……土下座? よくそんな風習を知っているな、こいつは。なんだか昔、こんな奴がいたような気が。

 

 敵意は無いのだと身振り手振りで説明する様は見ていて滑稽だが、まぁ侵入されたという警告も無かったから敵では無いのか……

 

「いいか、こちらに手を出した瞬間挽肉にするからな」

 

 そう力強く警告すれば、マルドロはうんうんと頷いて人の像を献上してきた。これでチャラにしてくれという事なんだろうか。

 

 ルカティエルと警戒しながら建物を捜索していると、レバーがあった。どうやら先へと進む道を閉ざす門は、これで操作するらしい。

 どれ、と私がレバーに手をかける。寒いせいで凍っているようで、かなり渋い。

 

「あ、おいお前ッ!」

 

 不意に背後で警戒していたルカティエルが叫ぶ。殺気を頼りに振り返りながら蹴りを放てば、真後ろで私を貫こうとしていたマルドロの槍をパリィする。

 

「お前! やっぱりパッチだろッ!」

 

 確信した。こんなしょうもなく汚い手を使ってくるのは奴しかいない。

 パリィされて体勢を崩したパッチの眼前に闇朧を突きつける。私はこいつに聞かなければならない事がある。

 

「答えろ。あの後、あの子はどうなった」

 

 だが霊体が話せるわけもなく。そもそもバイザーの下の瞳はただ怯えているようにしか見えなかった。

 仲が良かったわけではない。けれど、知らぬ仲というわけでもない。こいつは私が何をしようとしていたか知っていたはずだ。

 

「私だよ、白百合だ。地下墓地でも巨人墓地でもお前にハメられたあの闇の王のなりそこないだ。思い出したか?」

 

 けれど。彼は本当に私を見てもわからないようだ。蹴って兜を取り外してみれば、やはりあの懐かしい禿げ頭はあるのに。困惑しているだけのパッチがいた。

 察する。彼は、私のように想い出をそのままに生きてはいない。ただ毎日を、がむしゃらに意地汚く生きていた男なのだと。

 彼は、普通の不死人だ。だから記憶なんて、そんな何百年前の事を思い出せない。

 

「もう良い」

 

 闇朧を納刀し、急激に冷めた感情で言葉を発した。

 

「二度と姿を見せるな。前にも言ったが、次私をハメれば殺す」

 

 最早喋れぬ此奴に興味はない。

 この国のどこかに本体が居たとしても、世界が重ならなければ意味もない。

 そして何より。今更、私があの子の事を気にかけるなどと。許されるはずがない。

 

 走り去るマルドロを見て、ルカティエルが尋ねてくる。

 

「殺さなくて良かったのか?」

「その価値は無い」

「……知り合いだったようだが」

「腐れ縁だ。さぁ、行こう」

 

 

 

 その後は、特筆すべきことは特にない。

 洞窟で貪りデーモンの亜種を倒したり、転がした雪だるまが周りを巻き込みすぎて巨大化し、壊れていた橋を塞いでしまったり、ロイエスの騎士達を解放したり。

 けれど心のどこかでずっと先ほどの古い想い出がチラついていて。

 度々ルカティエルは心配してくれるけれど、逆に私も彼女に心配をかけたくないから蓋をした。

 

 そして今、私とルカティエルは壁外の雪原でスキーを楽しんでいる。

 

「ハァッ、ハァッ……」

 

 息を切らしながら全力でストック代わりのクラブを漕ぎ、即興で作った割には出来の良いスキーで滑るのではなく走る。ノルディックスキーのような感じだ。

 ルカティエルはスキーが上手で、私よりもスイスイ進んでいく。戦いではなく純粋なスポーツに勤しめて私とルカティエルは心から楽しんでいた。

 

「ハッハハハ! 私の勝ちだな!」

「ハァ、ハァ……めっちゃ速い……やるじゃないか」

 

 壁外の雪原にある廃屋で、ルカティエルが誇らしげに胸を張る。

 ちなみに壁外の雪原とは、エス・ロイエスの外れにある地だ。あまりにも吹雪が強く、そのせいで方向感覚がおかしくなる。たまに空から覗く太陽を目印にするしかない。

 それ以外にも、麒麟と呼ばれる強力な生物がいるせいで、私たち以外の不死では探索すらも難しいだろう。

 なぜここに来たかと言えば、ロイエス騎士達を解放した後に、ルカティエルがアルシュナにしたとある質問が原因だった。

 

「なぁ、楽しめる場所はないか」

『楽しめる……場所……?』

 

 声だけでも心底首を傾げていると分かったが。ルカティエルは私にリフレッシュをして欲しいとの事だった。

 戦いの中でしか得られない事がある。戦い以外の事でしか得られない事もある。

 アルシュナ曰く、ロイエスの王はウィンタースポーツが好きだったらしく、壁外の雪原でよく遊んでいたらしい。それなら楽しめるのではないかとの事で、今に至る。

 

「どうだ、スキーは楽しいだろう?」

「フフ、そうだね。いい気晴らしになったよ。めっちゃ転んだけど」

 

 久しぶりにやるスキーは難しい。

 

 

 

 

 アルシュナの所へと戻れば、もうやる事は一つだった。

 この地の王を。混沌に苦しむ哀れな者を葬ってやる、それだけ。

 

『訪問者よ、感謝します。どうか、私の願いを……』

 

 大聖堂に風が吹く。すると混沌へと通じる門を閉ざしていた氷が砕ける。

 門から見えるのは、地下へと通じる大きな穴。そして門の周囲には、ロイエスの騎士達が今か今かと待ち構えている。

 

「これ、落ちて大丈夫なのか?」

 

 隣のルカティエルが底すらも見えぬ大穴を覗いて言う。

 

『私の加護を貴女方に施しますので、ご心配なく』

「親切だな。それでは、行こうか」

 

 不死としての本能がルカティエルを躊躇させているようだが、それを無視して手を引く。

 

「ちょ、ちょっと待って、うわああああっ!!!!!!」

 

 絶叫するルカティエルと、落ちていく。

 ワタワタと暴れる彼女を抱きしめて落ち着かせる。今度は私が彼女を助ける番だ。

 そっと、こちらにしがみつく彼女をお姫様抱っこの形で抱く。その時だった。私達のすぐ横を、何か大きなものが駆け落ちていく。

 王の仔アーヴァ。彼もまた、王を救おうとしているのだろう。

 

 ようやく下が見えてくれば、そこは見知った悍ましい色が周囲に反射していた。

 悍ましい混沌の溶岩が、足場の外では蠢いている。

 その残滓とでも言えば良いか。けれどやはり、始まりの火から得たものである故か強大すぎる。

 

 そのままカッコよく着地すれば、私はルカティエルをそっと床に下ろした。

 

「ありがとう……また、君に助けられた」

「君の可愛い声も聞けたしね」

「恥ずかしいからやめてくれ」

 

 降り立ったロイエスの騎士達と周辺を見回す。

 円形の足場。周囲には混沌に繋がる大鏡。

 そして奥には、混沌から轟々と溶岩が流れる様を見る事ができる場所……いや、あそここそ、王が居た場所。

 

「……何か来るぞ!」

 

 悍ましい(ソウル)を感じる。

 すると私たちを囲む四つの大鏡から、黒い何かが姿を現す。

 それは、一見すればロイエスの騎士。けれどその色はどす黒く焦げ落ちている。彼らは、そうだ。王と共に混沌へと向かったかつての騎士なのだ。

 

 アーヴァが吠える。それを合図に、戦いが始まる。

 

 一斉に私たちを囲んでいた敵が駆けてくる。

 闇朧を抜刀し、私もルカティエルも敵へと駆け出す。

 

「離れるなッ!」

 

 ルカティエルにそれだけ言い、斧槍持ちに斬りかかる。

 だが流石のロイエス騎士、私の一撃を防ぎ反撃してくる。

 カウンターの突き刺しを、けれど私は踏み付けて無効化する。

 そのまま斧槍の上に立ち上がり、回転斬りで首を刎ねる。

 

「ひとぉつッ!!!!!!」

 

 ロイエスの(ソウル)が流れ込んでくる。

 私達は、それを何度も繰り返す。相手を殺し切るため、そして葬送のために。

 

 

 数時間。否、数日戦っていたかもしれない。

 

 最早満身創痍、けれど死ぬ事はなく。

 

 気がつけば、アーヴァも全身に傷をつけてよろよろと弱々しく歩いている。

 ロイエスの騎士達も、既に半数以上いない。消えた騎士達は死んだか自らを犠牲にして大鏡を凍結させたかどちらかだ。

 だが、大鏡を全て封じた事で焦げ落ちたロイエス騎士達はもう出現できないだろう。

 私一人で何体倒した? 50体? いや、100体は殺した。ルカティエルも、数十人葬っている。

 

「エスト瓶の中身が尽きそうだ。お前は大丈夫か?」

 

 血振りして闇朧に修理の光粉を掛ける私にルカティエルが言う。

 

「一口飲んだらもう無くなるくらいだ。それよりも魔術に必要な集中力が続きそうにない。王とやらはまだ出てこないのか?」

 

 未だロイエスの王は見えず。

 もしかすると、もう彼……或いは彼女は、燃え尽きてしまっているのだろうか。

 

『リリィ、気をつけろ。何かとんでもないものが来る』

「……私も今感じた」

 

 エレナの忠告と同時に、強大な(ソウル)が近付いてくる。

 

 これぞ王。(ソウル)で国を興せるほどの強大な資質、その塊。

 私が出会った神や、亡者となったヴァンクラッドとも違う。正真正銘の王。

 けれど、今やそれはどこまでも悍ましい。

 狂い、爛れ、穢れてしまった。

 

 混沌から伸びる大きな何か。

 溢れ出る混沌の光。

 

 中から、踏み出すは王の足。

 

 

 

灼けた白王

 

 

 最後の王が、私達の前に姿を現す。

 余りにも強大な(ソウル)を前に、殺戮衝動と喜びが止まらなくなる。

 闇朧を構え、私はその姿を見据えた。

 

 混沌に焼かれ、けれどその姿は白く。いや、あまりにも熱い熱に焼かれ過ぎて黒すらも消え落ちた。

 

 それは一瞬剣に手を掛けると。

 

「ッ!」

 

 咄嗟にルカティエルの前に立ち塞がり、神速の一撃を防ぐ。

 殺気だけを頼りに、私は見えぬほどに速い一撃を受け流した。アーロンに鍛えてもらってなければ今の一撃で二人とも死んでいた。

 凄まじい衝撃派に身体を震わせながら、振り返る。

 

 私が守ったルカティエルは無事だった。

 けれどアーヴァは真っ二つにされていた。

 数人いた生き残りの騎士は、全員が細切れにされていた。

 ごろんと、ロイエスの騎士の頭が転がってくる。

 中から覗く顔は、綺麗な女性だった。

 この国は、女性や弱者が集ってできた国。故に騎士も女性。

 大事な臣民だったはずだ。命を預けた部下だったはずだ。

 それを、あっさりと殺してしまう。運命とは残酷で、無情で。

 

「ルカティエル、少しだけ相手をしててくれ」

 

 納刀し、ゆっくりとこちらに振り返る白王を睨む。

 

「任された」

 

 ルカティエルは正統騎士の大剣を構え、白王と対峙する。

 

 想像するは鬼。

 人斬り、神殺し、悪魔喰らい。

 殺すために生まれた存在。

 影に生まれた存在。

 

 私が目指す先のもの。

 

 創造するは勝つ己。

 止まらず、死なず、生かさず。

 魂を喰らうためだけに造られた己。

 深淵に生まれた存在。

 

 自らの身体に、(ソウル)に、何かを卸す。

 

 それは夜叉。

 この地には伝わらぬ、けれど東の地で恐れられたもの。

 

 私はそれを、自らに重ねた。

 

 

夜叉戮

 

 

 (ソウル)が赤く染る。

 熱を帯びた訳ではない。そも、そんな力などない。

 けれどそれは、自らの内を変質させる人だからこそできる可能性の証。

 自ら生み出した夜叉を、殺戮の化身を己に宿した。

 

 抜刀し、構える。

 勇ましい構えで、面を切る。

 負けなど知らぬ。

 私はただ敵を斬るのみ。

 

 ルカティエルを執拗に攻める白王に、私も斬りかかる。

 

「ッ!」

 

 白王は私を無視できなかった。

 迫る気迫に、混沌にのまれながらも警鐘を鳴らさずにはいられなかったのだ。

 人の身から繰り出された一撃とは思えぬ、重過ぎる一撃を防ぐ白王。

 けれど防ぐ度に、白王の剣と腕が衝撃で軋んでいく。

 むしろ私の剣戟をよく防いでいると思う。

 

「不死斬り、渦雲渡り」

 

 左の手のひらを刀身で浅く切付け、不死をも殺す刀としてから振るう。

 跳躍し、一つ震えば十の剣。十を振るえば百の剣。

 常人ならざる攻撃は、王ですらも斬り刻んでいく。

 

「竜閃」

 

 鞘に納めてから一振り。

 そして見えぬ刃が、飛んでいく。

 

 刃が飛ぶなどあるはずもなし。

 けれどしっかりと刃は飛んで、白王を斬り裂いた。

 

 だが白王も負けじと跳躍し、素早い一撃で斬り込んでくる。

 それを弾き、突き刺しを踏みつけて無効化すれば堪らず白王は下がる。

 

「仲間の元へ還れ、少女よ」

 

 白王に告げる。もう理解する心もないのに。

 バイザーから覗く、焼け爛れた瞳は、しかし無垢な少女のようで。

 彼女は剣を掲げると、呪いを纏う。混沌の呪い。それはあの少女が持って良いものではない。

 

 踏み込み、突き刺す。

 それをかわすと、叫ぶ。

 

「ルカティエルッ!」

「おぉおおおおッ!!」

 

 私に気を取られていた白王の背後に、ルカティエルが迫る。

 繰り出すは、授けた一撃。

 大剣に纏うは、赤き瘴気。

 不死をも殺す一撃。

 

「不死斬り……ッ!」

 

 その無垢な背中を、赤い刀身が一閃すると。

 白王は大きくのけ反る。

 すぐに習得できる業ではない。努力家で、諦めず、私の隣に立とうとする彼女だから習得できた。

 ルカティエルの左手から滴る血が、床を染める。

 

「秘伝、不死斬り」

 

 勝負はもう、ついた。

 一際悍ましい瘴気を纏う闇朧が、白王を切り裂く。

 膝をつく白王の胸を、そのまま穿つ。

 穿ち、私は彼女の兜に手をかけた。

 

「愛した人のもとへ、帰るんだ」

 

 そっと、彼女の兜を外してやれば。

 爛れ、見る影もないが、確かに美しい少女がいる。

 

「アルシュナ。ごめんなさい」

 

 後悔の念を吐きながら、白王だった少女は消える。

 残るのは、私の手元にある王冠だけ。

 

「ティアラ……」

 

 王冠を見て、満身創痍のルカティエルが呟く。

 私はただ、頷いてそのティアラを眺めた。

 

 

━━Victory Achieved━━

 

 

 

 

 

『願いを、聞き届けてくれたのですね』

 

 大聖堂の上階からアルシュナの声が響く。

 どこか悲しげで、けれど晴れやかな声色で。

 でも、これでよかった。ああするしかなかったのだから。

 混沌は命を歪める。歪んだものは元には戻らぬ。

 ならば殺すしかないのだ。

 

「これで思い残すことはありません……騎士達の喜びの声が聞こえます。こちらへ、闇の王よ」

 

 大聖堂の氷が、全て割れる。

 現れた階段を、私とルカティエルは登る。その姿を見るために。

 そこに居たのは、長い黒髪の少女。他の巫女達のように薄着で、雪のように白い肌が目立つ。

 何かにずっと祈りながら、彼女は私を一瞥した。

 

「覚えが、あります。私が生まれた時のこと。父から産まれたあの時を。貴女は、どこまでも悲しそうに戦っていました」

「今は違う。……君にこれを」

 

 手渡すのは、白王の(ソウル)。これを持っていていいのは、彼女を愛したアルシュナだけだ。

 素直に彼女は(ソウル)を受け取れば、震えた。そして一筋の涙を頬に伝わせる。

 

「我が君よ……お待ちしておりました」

 

 優しい抱擁に愛を感じる。

 

「君はここに残るのか」

「……混沌は、未だ消えず。ならば私は我が君の遺志を継ぎましょう」

「……そうか。達者でな」

 

 もう、ここでできることはないだろう。

 王冠は貰っていく。これこそ求めていたものだ。

 

「お待ちを、闇の王……否、白百合よ」

 

 去ろうとする私を、アルシュナは引き止める。

 覚束ない足取りで彼女は立ち上がれば、その手には白王の(ソウル)ではない何かが握られていた。

 

「私の(ソウル)を、貴女に」

「良いのか?」

「いずれ私は、朽ち果てるでしょう。そうなれば我が君の記憶すらも消えてしまいます。私は人ではありません。抜け殻であろうとも、存在を保てます」

 

 彼女から、エス・ロイエスを継承される。

 冷たく、孤独な(ソウル)

 それを胸にしまえば、彼女の想いが流れてくる。

 暗く冷たい孤独。けれど、それを照らす白い光り。白王との絆と愛。

 

「頂戴する。君の姉妹も喜ぶだろう」

 

 一礼する彼女に、背を向ける。

 古き王達を制し、これでようやくピースが揃った。

 残るは、ドラングレイグに遺る巨人達。

 そして、ただ一人待つ王妃。

 



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Scholar of the First Sin
ドラングレイグ、愛の結晶


お待たせしました。
告白回。


 

 

 

 

 記憶とは、歪んでいく。

 

 時が経ち、国が朽ちていくように。

 或いは、大木がいつか風雨によって倒れるように。

 それとも、長い時を経て大地が形を変えるように。

 

 完全な記憶などない。あるはずもない。だって記憶とは、人の心に宿るものだから。魂にこそ住み着くものだから。

 

 人の可能性のように、心も魂もまた変わっていくのであれば。

 記憶とは、きっと美化されていく。

 

 でも、もし記憶が物質化できれば、異なるのだろう。

 (ソウル)の業のように、目にすることができれば。

 古竜の紛い物が渡してきたこの灰は、それを可能にする。

 私がアーロンと出会ったように。

 

 ならばいつか、出会えるだろうか。

 

 私の愛したあの子にも。

 

 その資格はないにせよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかしまさか……これがその巨人の成れの果てとはな」

 

 朽ちた巨人の森。

 そこに鎮座する巨人の木を見上げてルカティエルが口を開いた。

 どうやら古竜の言っていた巨人とは、これの事だったらしい。やたらと亡者兵達が木に攻撃していたが、なるほどかつての仇敵の成れの果てならば納得する。

 

『お気をつけて。何やらよからぬものを感じます』

 

 アルシュナが(ソウル)の中で語りかけてくる。その考えは私も同じだ。この木は、巨人は、完全には死んでいない。眠っているのだろう。そして木となり新たな生命となっている。

 まるで人間性だ。

 

 灰の霧の核を取り出し、木に近づく。

 すると核が共鳴し出す。

 私はルカティエルの手を握ると、共に木へと歩む。

 

 

 

 

 

 

巨人ワムダの記憶

 

 

 どうやらここは記憶の世界のようだ。

 かつてアーロンの記憶へとやって来た時と同様の、なんとも言えぬ懐かしさと古さを感じる。

 

「ここは王城の通路か……?」

「そのようだ」

 

 どこかは分からないが、地下通路なのだろうか。

 遠くから喧騒が聞こえる。どうやら多人数が戦っているようだった。

 

 通路を進めば、巨人が現れる。

 クズ底で見かけたものよりも小型の巨人だが侮れない。

 パワーは強く、呪術まで使ってくると来た。

 ということは、巨人の国にもグウィンやイザリスの業は伝わっていたのか。

 

 だが所詮は巨人、私とルカティエルの敵ではない。

 最早ただの剣士ではないルカティエルの力量は、かつて闇姫と呼ばれていた頃の私と同等かそれ以上だ。

 それら雑魚どもを屠り、先へと進めば崩れた壁に誰かが寄りかかっている。負傷しているようだが……普通の人のようだ。不死でも亡者でもない。

 

「ここで何をしている? 我が方の兵士でも、下働きに雇われた者でもなさそうだが……」

「ふむ……記憶の中の者と喋れるとは」

「不思議な感覚だろう? ……貴公、ドラングレイグの兵士か?」

 

 そう尋ねると、壮年の男は頷いた。

 

「我が名はドラモンド。王よりこの砦の指揮を賜った者だ」

「騎士隊長ドラモンド……聞いたことがある」

 

 ルカティエルが横で顎に手を当てる。私は全然知らないから正直とてもどうでも良い。

 まぁそうとも行かないので話を聞いてやる。

 どうやらドラモンド曰く、ここにももうすぐ巨人達が押し寄せるから逃げろとの事だ。

 その巨人の何かを探してここに来たんだが。

 

「これは、報いなのだ。我が王の為した蛮行のな」

「蛮行……巨人の国への侵攻か」

 

 然り、と彼は言う。

 

「民の幸福を願い、この地に国を興した偉大なお方であったはずが……一体何が王を変えたのか」

 

 すべてはあの王妃が彼を変えてしまった。

 渇望の子は愛に飢え、力に飢え、そして王を狂わせたのだ。なんともまぁ悲しい結末か。

 

 

 

 その後、戦争真っ只中の記憶を駆け抜けて巨人たちのソウルを入手した。

 ワムダとかいう巨人はこの時点ではもう死んでいたらしい。戦うこともなく、適当に狂ったように戦う王国兵と巨人兵をいなしてみせた。

 手に入れた(ソウル)は前に黒渓谷の巨人達から手に入れたものと同じ性質だ。

 

 次に向かうのは呪縛者が二回目に襲ってきた砦の上層。

 その巨人の大木の前で、私は懐かしい顔に会う。

 

「久しいな貴公らよ! ルカティエル殿も無事であったか!」

 

 ウーゴのバンホルトだ。

 相変わらず暑苦しい奴だが、その暑苦しさもなんだか懐かしい。エレナ戦での共闘以来か。エリーちゃんは今何をしているのだろう。

 贋作から産まれ変わった大剣……蒼の聖剣を担ぎ、彼は巨人の木の前で手を振っている。

 

「某も巨人の(ソウル)とやらを目指し来たところよ。見たところ、貴公らもそのようだな?」

「うむ。バンホルト殿、しばらく見ぬ内に随分と大剣が……なんというか、変わったな」

 

 ルカティエルにそう言われ、バンホルトは兜の下で嬉しそうに笑う。

 

「おうおう、分かるか! その通り、我が一族伝来の剣は、ようやく真の姿を現した! 見よ、この魔を祓う輝きを! そしてこの剣は今では某に語りかけてくる!」

「なに?」

 

 少しバンホルトの言い分に違和感があった。

 剣が語りかけてくるなど聞いたこともない。もっとも、それもバンホルトの妄言かも知れぬが……見たところ、彼は亡者化が進んではいないようだから信用できる。

 今やマデューラの面々は亡者化が進んでしまっている。ケイルなんて、自分のことや私のことすらも忘れてしまった。マフミュランも金の亡者になって傲慢になり、クロアーナも父親の事を覚えていない。

 

 正直、ルカティエルが正気を保てているのが不思議でならない。

 

「いたずらに光が舞う事があってな、それらが某に進むべき道を示すのだ。きっと神々の祝福なのだろう」

「……そうか」

 

 一体、バンホルトの剣には何が宿っている?

 現段階ではまったく分からない。あれだけ学び、識り、経験した私でさえも謎過ぎる。

 だがその謎は、遥か未来で知ることとなる。今はまだ関係がない。

 

 

 

 

 さて、サクッと次の巨人の(ソウル)も手に入れた。何やら砦の中は罠だらけで大変だったが、死ななかったから良しとする。

 それにしても、さっきから(ソウル)を持つ巨人は死体ばかりだ。そろそろ骨のある奴……ドラモンドが語っていた巨人の王とやらが来ても良いのだが。

 

 最後にやって来たのは巨人オジェイの記憶。

 ここもまた、海岸を防御するための砦上部だ。

 そしてここが一番ヤバい。何がヤバいって、巨人達の船から投石が降り注いでいる。

 

「戦場らしい戦場はあまり経験がないんだがな!」

 

 亡者化しつつある王国兵士を斬り裂きながら不満を垂らす。

 

「祖国の戦いはもっと激しかった! 来るぞ、投石だ!」

 

 巨人や王国兵達が入り混じり、そして大きな石が飛んでくる。ここは地獄だ。

 巨人達も捨て駒のように投石に当たって潰れるし、王国兵なんて巨人に掴まれてそのまま海へと投げ捨てられている。

 (ソウル)の簒奪者たる私に全て死人の(ソウル)が集まるせいで(ソウル)の強化に困らなそうだな……

 

 そうして砦の上を進んでいると、突然投石がドラン王の巨大な石像にぶち当たった。

 ボロりと首が取れ、こちらに向かって転がってくる。まるでこの前の雪玉だ。

 

「マズイ! ルカティエル、逃げろ!」

「うわうわうわ!」

 

 スタコラサッサとルカティエルと走り、巨像の頭から逃れる。あんなのに潰されたら巨人も死ぬ。王国兵も巨人も、それを見て我先にと逃げようとしている。

 案の定逃げ遅れた巨人や王国兵が潰されていく。なんとか私たちは死なずに済んだが……あんなアトラクションはもうごめんだ。センの古城じゃないんだぞ。

 

 唖然としている巨人や王国兵を他所に、そっと先へと進む。流石の彼らもこれには面食らったらしい。

 

 そして、待ち受けるのは……

 

「あれが巨人の王か……?」

 

 一際大きな巨人が、砦の端に鎮座している。

 その周囲には王国兵達がバラバラになって地に伏せている。

 手にするのは特大剣よりも大きな巨剣。冠るは王の証である王冠。王自ら戦地に来るとは恐れ入る。

 

巨人の王

 

「なんだか見覚えがあるんだが……気のせいか」

 

 背丈がなんだか最後の巨人と被る。まぁ巨人なんて判別がつかないし、似ているだけだろう。

 巨人の王が私達の存在に気付く。

 するとゆっくりと巨剣を振り上げ、どう考えても届かない距離からそれを振り下ろした。

 

「あー、リリィ。なんだかマズイ気がする」

「私もだ、友よ……避けろ!」

 

 巨剣が石畳を穿つや否や、衝撃波が私達を襲う。

 間一髪それを回避すると、すぐに私達は巨人の王へと駆ける。接近してしまえば巨人は弱いのだ。

 

 巨人の王はそれを察してか、足元に取り付いた私達を踏み潰そうと足踏みしつつ巨剣を振るう。だがあまりにも鈍重な動きは容易く回避できる。

 私とルカティエルの連携で、足を斬り刻めば痛がって攻撃の手を弱めた。

 

 だが、ここで投石がやってくる。奴らめ、自分達の王がいるんだぞ。

 投石は巨人の王のすぐ近くに着弾すると砦を大きく揺らした。

 

「うわ!」

「掴まれ! なんて奴らだ!」

 

 常識が通用しないとは思っていたが……見ろ、巨人の王も足元フラフラだぞ。

 だが巨人の王はなんとか踏ん張り、未だふらつく私目掛けて巨剣を振り下ろす。マズイ、回避できない。

 

「ぐぅッ!!!!!!」

 

 闇朧でそれを防ごうとし、弾き飛ばされる。

 流石に重量的にキツい。というか私の身体でよく今の一撃を防げたものだ。

 空中で身を翻し、石畳に闇朧を突き刺して止まる。ルカティエルを見れば、その隙に不死斬りで斬りかかっていた。どうやら巨人にも不死斬りは有効なようで、王は膝をついている。

 

「ならば、試させてもらおうか」

 

 叡智の杖を取り出し、久しぶりの魔術を見舞う。

 この前覚えたばかりの新魔術。使いたくて仕方なかったが、最近対峙していた奴らは全部すばしっこかったからなぁ。

 

(ソウル)の奔流」

 

 大量の理力を杖に集める。

 渦巻き、暴走しかけ、そしてまた収束し。

 

 巨大な(ソウル)の槍が複数飛んで行く。

 

 これぞアン・ディールの負の遺産。

 

 生命を追いかけ、根絶やしにするまで喰らい尽くす。

 それは追う者たちと似ており、きっと基は同じなのだろう。アン・ディールはそれを魔術で再現したのだ。

 

 巨人の王の頭部に(ソウル)の奔流がぶち当たる。

 あれだけの巨体を容易に吹き飛ばし、壁に激突させる。それどころか壁すらも砕いて王はそのまま海へと落ちていく。

 

「やり過ぎたか……」

 

 残ったのは王冠と巨剣だけだ。

 (ソウル)が入ってこないのを見るに、きっとまだ生きているだろうが……しばらくは大人しくしているはずだ。

 ……もしかして、今落下した巨人の王が王国兵たちに捕まって放置されていたのが最後の巨人だったりするのだろうか。だから初対面であんなにキレていたのか? いやしかしここは記憶の世界だしなぁ。過去に干渉している可能性は……あるな、これ。

 

「まぁ、いいや」

 

 

━━Victory Achieved━━

 

 終わったことだ、気にする必要はない。

 

「凄かったなあの魔術!」

 

 軽快に笑うルカティエル。

 

「だが力場が安定しない。あまりにも荒削りな魔術だ、洗練されていないんだよこれ」

 

 問題があるとすればそこだろう。

 無理に(ソウル)の槍として放つ必要はない。いつか私が改良すべきだろうか。

 

 

 

 

 

 

 巨人達の(ソウル)を手に入れ、私とルカティエルはとある場所へとやって来ていた。

 不死廟。あの薄暗い地下墓だ。少しだけ、試したい事があるのだ。

 ヴェルスタッドが鎮座していた場所を通り過ぎ、辿り着くのは王が徘徊する間。

 

 ヴァンクラッド。かつてこの国の王として君臨し、蛮行によって全てを失った男。

 今や鎧すらも脱ぎ捨て、辛うじて残る王冠と大剣だけが王たる証。虚しいものだ。

 

 闇朧を抜き、ルカティエルとその男を見上げる。

 こちらに興味も抱かぬ男に、せめてもの救いを。

 

 

 

 

 

 王は一人、佇んでいた。

 座り、背を向け、ただ全てから逃げるように。

 諦めは死へと続く道。けれど不死は死ねぬ。ならば亡者になるのみ。

 ただ瞑想し、けれど長過ぎる時はそれすらも放棄させてしまった。

 

 死にたい。

 それだけが、王の心を支配する。

 彼が愛した女は結局、彼という個人を見ず。

 押し付けた愛は、民を苦しめた。

 自分は結局、何もできなかったのだと。

 因果を超えようとも超えられず。

 古き王達を倒せず。

 

 そんな彼に、久方ぶりの来訪者が訪れる。

 

 それが誰なのかは、見ずとも分かる。

 背を向けたまま、彼は語る。

 

「火を求める者。王たらんと欲する者よ」

 

 二人の来客は、静かに聞いていた。

 

「我はヴァンクラッド。ドラングレイグを統べる者」

 

 力を感じた。

 既に古き王は、その二人に屠られ、そして王を自称する彼の冠でさえも手に入れている。

 

「おいボンクラ」

「ぷふっ」

 

 突然、一人の来訪者が暴言を吐いた。若い少女の声だった。

 

「御託はいらん。さっさとどうにかしろ」

「リリィ、まずは話を聞いてやれとあれほど……」

「君だって今笑っただろ」

 

 姦しい、少女達の会話にヴァンクラッドは何も思わない。

 

「やがて火は絶え、闇は呪いとなる。人は死から解き放たれ、永劫となる。かつて闇を手に入れた、その姿のままに……」

「知っている。ロードランで散々見てきたからな。闇の主を殺したのも私だし、闇の子らも今じゃ私にゾッコンだぞ」

 

 思わずヴァンクラッドは振り返った。

 そんなはずはないと、振り返り、その灰色の髪と翠の瞳を見て確信した。

 

「古き、闇姫……」

「ぷふっ」

「笑わないでよ本当に……」

 

 見た目こそただの若い女。けれどその内に秘める(ソウル)は、人を超えている。

 否、神すらも喰らったその(ソウル)は、最早ただの不死ではない。

 闇の権化。本来の人の姿。可能性の塊。

 

「そうか……ならば、力を求めるが良い」

 

 ヴァンクラッドが手を伸ばす。

 すると闇姫は、渋々四つの王冠を手渡した。

 

 呪われた王冠。力を宿したそれらは、ヴァンクラッドの手の内で本来の力を取り戻す。

 白金のティアラとなったそれは、不死の因果を遠ざけるもの。

 ヴァンクラッドが望み、しかし手にできなかったもの。

 もう、興味はない。彼はしくじったのだから。

 少女にそれを渡す。

 

「汝の欲するままに……」

 

 王冠を手にした少女は、何やら物思いに耽るような顔でそれを抱く。

 

「頂戴する、ヴァンクラッド王。我らロードランの不死達の遺志を継ぎ、しかし何も成せなかった末裔よ」

 

 古き闇姫は、それだけ言うと消えていく。

 遥か彼方、遠い未来。そこからやってきた二人は元の時代へと帰っていく。

 

「……人は、繰り返す。だが……」

 

 その続きは、彼の口から語られる事はない。

 王はまた、黙々とその場に居続けるだけ。

 いつかあの二人が解放してくれる、その時まで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 鎧だけが鎮座する不死廟で、私はルカティエルと向き合った。

 我が手にあるのは王冠。ただの形ではない。ティアラのそれは、とても繊細で、けれど凛々しい形をしている。

 そして何よりも、その力。

 私達不死が望み、しかし手に入れられなかったもの。

 

「ルカティエル、愛しい人」

 

 彼女に跪き、王冠を捧げる。

 いつものように帽子も仮面も被っていない彼女は、ただ頷いた。

 

「全ての因果が終わった時、私と添い遂げ、死んでください。正しく、死んでください」

 

 それは告白だった。

 あの子にもして、けれど成し遂げられなかった誓い。

 私は、今を生きる。きっとあの子には怨まれるけれど、それでも今、私はルカティエルを愛している。

 きっと忘れることなどできない。人は遺志を継ぐのであれば、忘れてはならないのだから。

 少しだけ、前に進むのだ。

 

 ルカティエルは私の手を取り、しゃがんで王冠を被る。

 そして私の手を握り締めると、一言。

 

「喜んで。我が愛しの妻、そして夫よ」

「愛してるわ、ルカティエル」

「私も、愛しているよ。リリィ」

 

 抱きしめ合う。

 抱擁は魂の触れ合い。

 心と心を通じ合わせる、優しい儀式。

 嗚呼、幸せなんだ。なんて幸せなんだ。

 こんなにも悲劇に満ち溢れた世界で、私たちだけが幸せでいいのだろうか。

 否、そんな考えがいけないのだ。幸せは、ただ愛するべきである。

 

 ルカティエルと向き合う。

 既に冠を被り呪いを祓った彼女の顔に、痣はない。

 ただ美しい、愛する人が微笑んでいた。

 

「綺麗よ、ルカティエル。本当に大好き」

「リリィ……んっ……」

 

 口付けを交わす。

 優しい、けれど情熱的な愛の形。

 今、私達は結ばれた。

 そして共に歩むのだろう。絶望の先に、希望を求めて。

 

 人は、進める生き物なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 石で作られた棺を引き摺りながら、ただ歩く。

 

 燃え滾る熱さに身を焦がれながら、けれどそれを選んだのは自分だから、ひたすらに歩く。

 

 溶け合い、混ざり、最早何者かなど分からない。

 

 けれど、愛していたことは覚えている。

 

 だからだろうか。

 どれだけ重くても、足を進めてしまう。

 

 嗚呼、きっと君は赦しはしないのだろう。

 

 嗚呼、きっと君は、すごく怨んでいるのだろう。

 

 けれど、もうそうするしかない。どうすることもできない。

 君が正しかった。けれど、間違ってもいた。

 

 目的の場所に辿り着く。

 ようやく、引き摺っていた石棺を手放す。

 

 手放したくはなかった。愛していた人の、眠りを妨げたくなかった。けれどそうするしか、道は無ければ。

 

 石棺の蓋を開く。

 呪いが掛けられていようとも関係がない。全ては灰となる。

 

 乱雑に開くと、中を覗き見る。

 

 それは、ある種芸術であった。

 

 一人の少女が、灰色の髪の少女が、手を組んで、あの時の美しさのまま眠りについている。

 

 肌の色と同じような白装束。

 けれどそばにはしっかりと衣装を携えて。

 いつか眠りが解かれるその時を待っているかのように。

 

 混ざり合う魂が、警鐘を鳴らす。

 けれどそれらを全て抑え込み、そっと少女の頬を手の甲で撫でた。

 最早感覚すらもない。けれど、きっと柔らかいんだろう。暖かいんだろう。

 誰がこの少女を、闇の王だと思うだろうか。

 

 嗚呼、愛しい君よ。

 僕は、君に残酷な運命を与えてしまう。

 

 何も変わらず、むしろ悪化したこの世界で。

 

 君に使命を託す。

 

 身勝手な僕を、きっと君は赦さない。

 

 けど、それで良いんだ。君は、やりたいようにやれば良い。それこそが白百合たる君の性であれば。

 

「リリィ。君に、今一度頼る」

 

 螺旋剣を、自らの首に添える。

 そしてその刃で、自らの首を傷付ける。

 

 流れる血は燃える。

 燃えて、しかし尽きぬ。

 

 その血炎は、少女へと流れる。

 

 すると、どうだろう。

 少女の身体が火に包まれる。

 けれど焼く事はなく。ただ優しく、彼女を包むだけ。

 

 しばしそれを見届けると、また歩く。

 

 最果てで彼女を待つために。

 

 決着をつけるために。

 

 王達は歩き出す。

 

 

 いつか目覚めるその時まで。

 

 火が陰る、その時まで。

 



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渇望の玉座、旅の終わり

一気に書き上げました。
これにてドラングレイグ編は終了となります。


 

 

「そうか……もう行っちまうのか。寂しくなるな」

「思ってもないことを……」

 

 マデューラで、ギリガンに訝しむような目を向ける。

 

「おいおい、人をなんだと思ってんだ? 常識ねぇのかよ……」

「お互い様だなそれは」

 

 笑って、私は沈まぬ夕日を見つめる。

 梯子くらいでしか接点がなかったが、もらった椅子の模型はとある場所で役に立った。

 いつかまた、会うかもしれない。その時もまた彼は常識について語るのだろうか。

 

 

 

「……そうか。なら、もう行け。仕事の邪魔だ」

 

 一瞬だけ手を止めて、けれどまた金槌を打つレニガッツ。優しさが垣間見えるその対応は、やはり彼らしい。

 

「娘さん、どうするんだ」

「ふん、親の顔すら覚えてない馬鹿娘なんて知らん。まったくこっちがどんな思いで……」

 

 ぶつくさと言い出す彼に、しかし私は言った。

 

「最期の時が、いつか来る。分かっているんだろう」

「……ふん、余計な心配だな」

 

 そう。私には余計な心配だ。けれど、親子と聞いてジークリンデの事を思い出さずにはいられない。

 幸いと言っていいか分からぬが、彼もまた亡者になりかけている。鍛治仕事はボケ防止に役立つとアンドレイが言っていた。きっとそれだけの話だ。

 運命を克服することは、通常の不死では不可能なのだ。

 

 

「そうですか……寂しくなりますね」

「君は不死ではない。またどこかで会えるさ」

 

 ロザベナが涙交じりに言う。

 彼女とはもっと深い関係になりたかったが、そんなことをしたらルカティエルに離婚を迫られる。

 教えてもらった呪術はほとんど無かったからなぁ……もっともっと親密に……あ、いや、なんでもない……

 

「我が弟子よ、達者でな」

「師はこれからどうするのだ?」

 

 うむ、と言うカリオンは語る。

 

「そうじゃな。この地でできる事をするまでよ。オラフィスの魔術師を見つけ、叡智を授かるとかのぅ」

「ふふ、そうか。貴方なら大丈夫だろうな」

 

 オラフィスのストレイド。奴は忘却の牢でちょっと前に助けたが、煩かったのであまり関連が無い。

 まぁ、人の話を聞かない彼ならば奴相手でもなんとかなるだろう。

 

 

「ああ、愛しい貴女よ……玉座へと至るのですね! 玉座が何なのかよく分かりませんが」

 

 リーシュの深い抱擁に包まれながら、彼女の重い愛を受ける。ちなみにどさくさに紛れて短剣で刺そうとしてきたのでブロックした。

 

「なぁに、会えなくなるわけじゃない。また情熱的に殺りあおうじゃないか……」

「嗚呼、嗚呼……私、蕩けてしまいますぅ……」

 

 もう蕩けているとは口が裂けても言えない。後ろにいるルカティエルにそのまま殺されそうだ。

 

 

 

 

「王よ、玉座へ。そして事をなされよ。その望みのままに」

 

 猫の姿のシャラゴアが、敬意を向けてくる。

 私は頷くと、彼女の喉を指で撫でた。

 

「んん……ちょっと、真面目に話しているんだけれど?」

「ついつい可愛くてね……」

「私の姉妹達はこんな風に落とされたのね、フフフ」

 

 人聞きが悪い。もっと荒々しかった。それにアルシュナは未だ白王にゾッコンだ。他人の百合を汚す趣味はない。

 そしてルカティエル、猫にまで嫉妬するのはやめたまえよ。

 

 

 

「そうか……貴公、玉座へと向かうのだな」

 

 首だけの武人、ヴァンガルは語る。

 

「数多の戦士を見てきた。だが、そなたのような奴はいなかったよ」

「それは褒めているのか?」

「もちろんだ。恩人を貶すことはしない。もし、必要ならば私のサインを探すが良い。身体が解放されたことで、霊体くらいならば力を貸せる」

「要らぬ心配だが、覚えておく。さらばだ、武人よ」

 

 彼はこれからも、空を眺めるのだろうか。

 いつか朽ち果てるその時まで。

 

 

 

 

 

 

 私とルカティエルで、王の証を捧げる。

 重く硬く閉ざされた扉が、開いていく。

 きっと、もう何百年と開いていないのだろう。ここに辿り着くとは、即ち時代の一区切り。

 

 旅の終わり。

 

 扉が開き、中へと入れば一人の少女が私達を出迎えた。緑衣の巡礼だ。

 彼女は私達へと身体を向けると、フードを取る。

 美しい顔が、そこにはあった。とても竜のできそこないとは思えぬ、優しい顔の少女だ。

 

「私の旅は、既に終わりました」

「いや。始まりだよ。君は因果から解放され、自由を手に入れるのだから」

 

 そう言うと、彼女はそっと微笑む。

 

「やはり、貴女は優しいですね。あの人(アナスタシア)が言っていた通りに……これを」

 

 彼女が纏っていたローブが脱がれ、それを私に渡す。

 暖かい温もり。それは緑衣の巡礼のものだけではない。

 かつて、私が愛したあの子の温もり。

 

 それを私が羽織ると、彼女は言う。

 

「私の名前はシャナロット。それは、名を持たずに生み出された私に……アナスタシア様がつけてくれた名前」

「シャナロット……忘れない。あの子がつけてくれたのであれば、尚更」

 

 あの子の遺志を、彼女もまた継いでいる。

 

「この先に進めば、デュナシャンドラが貴女を襲うでしょう」

 

 それは分かっている。

 彼女の(ソウル)を感じる。闇の落とし子、その(ソウル)を。

 狙っている。私という王の力を。そしてルカティエルという王女の力を。

 ならば打ち滅ぼさねばならない。或いは、迎えなければならない。私が愛する落とし子達のように。

 

「貴女は……火を、継ぐのですか?」

「君は、どう思う?」

 

 逆に問い掛ければ、彼女はすぐに答えた。

 

「貴女が私に与えたように。ご自分の意思のまま……きっと、アナスタシア様もそれを望むでしょう」

「分かってるじゃないか。……また、いつか」

 

 ルカティエルと共に、彼女の横を通り過ぎる。

 通り過ぎ様に、小さな声でシャナロットはルカティエルに耳打ちした。

 

「お幸せに」

「……ありがとう」

 

 聞いていないわけでは無かったが、それは彼女なりの祝福なのだろう。私は微笑み、そして進む。

 

 長く、そして風化し、けれどその道はかくありし。

 王たらんとする者を待つために。

 そして、火を求める者のために。

 

 それは、いつしかこう呼ばれていた。

 

 渇望の玉座と。

 

 

渇望の玉座

 

 

 大きな門がある。

 その先に見えるは巨大な……釜か、あれは?

 私は門の前で立ち止まり、少し考える。

 

「どうした?」

「うん……」

 

 ここは、似ているようで違う。

 最初の火の炉ではない。

 やはりドラングレイグはロードランの跡地にあるわけではないようだ。

 だが所々、どう言うわけかロードランの名残も見えた。その最たる例がエス・ロイエスだろう。

 今考えるには判断材料が無さすぎる。今はただ、デュナシャンドラに備えよう。

 

 ふと、別次元の霊体が見えた。

 色は分からぬが、大剣を担ぎ巨体の霊体と共に門を潜っていく……あれはバンホルトとヴァンガルだ。

 彼らもまた、自らの道を進んでいるようだ。なるほど、君を呼んだのはバンホルトだったか。武人同士声を発せずとも気が合うのだろう。

 

「私達も行こう」

「……ああ。憂いはない」

 

 手を繋ぎ、二人で門を潜る。

 そこは少し開けた足場があるだけの部屋。奥にはゴーレムが鎮座しており、さらにその先には先程の大釜。まさか、あれで火を継ぐのか?

 ……少し、歪んだ火の継ぎ方だな。

 

「デュナシャンドラはいないな」

 

 ルカティエルが警戒して言う。

 私も闇朧を抜き、いつでも戦える準備をする……が。

 

 どこかから、二人組がやって来る。

 ドシン、と床に着地したそれらはゆっくりと立ち上がるとこちらに剣を向けた。

 二人の戦士。一人は男、大盾と大剣持ち。もう一人は長剣を持った細身の女性。どちらも(ソウル)を溜め込み過ぎて異形化しているが。

 

 

王座の監視者

 

王座の守護者

 

 なるほど。此奴らは玉座の番人か。ならばどちらも死んでもらう。

 

「大盾の方は任せろ」

「頼む。私はレディと楽しんでくるよ」

 

 私の軽口を鼻で笑うと、ルカティエルが走る。

 同時に私は聖鈴を取り出して奇跡を詠唱。

 

「固い誓い」

 

 リンリンと心地良い鈴の音が鳴り、私とルカティエルに奇跡が齎される。

 この軌跡は元を辿れば太陽の戦士達が編み出した軌跡である。術者とその仲間の防御力、そして攻撃力を跳ね上げるのだ。

 

 すぐに聖鈴を叡智の杖に変更し、駆ける。

 向かうは玉座の監視者、細身の女性だ。

 彼女はこちらに反応し、すぐに小盾を構えながら接近してくる。趣味の悪いデザインの盾だ。

 

 対して私はグラン・ランス。

 マックダフに変質強化を施された一品だ。

 

 構える盾ごと貫こうと、突撃力に身を任せて突っ込む。

 その小盾がランスの切先を捉えた瞬間、監視者に文字通り電流が走った。

 

「ッ!!??」

「痺れたかい? おっりゃぁッ!!!!!!」

 

 雷のグラン・ランス。単純に雷属性が付与されたそれは、一度攻撃されれば相手を痺れさせる。黄金松脂と似たようなものだ。

 盾で防がれようともそのまま押しやり、監視者を吹っ飛ばす。

 長いので詳細は省かせてもらうが、オジェイの記憶にはお世話になった。おかげで(ソウル)を最大限まで強化できたからな。

 

 吹っ飛ばされた監視者が空中で受け身を取りながら剣に松脂を塗る。なるほど、雷には雷を、というわけか。

 

 着地を狙い、(ソウル)の槍を無詠唱で放つ。

 それを小盾で受ける監視者。だがそれで良い。もとからダメージを与えることなど想定していない。

 これは、隙を作り出すための作戦だ。

 

 一気に跳躍する。

 

 監視者はかなり離れてしまったので一回の跳躍では届かないが、何も脚力だけでどうにかしようというわけではない。

 ウィップの先端にかぎ爪を取り付けたレニガッツ特製の鉤縄を左手に召喚する。そして先端を、監視者へと投げつけた。

 

「!?」

 

 小盾にかぎ爪が絡まり、驚く監視者。私は一気にウィップの柄を引っ張る。

 

「攻撃だけが武器の使い道だと思うなよ!」

 

 体重の軽い私が一気に監視者へと引き寄せられる。

 空中で、まるで矢のように突っ込んでくる私を見て監視者は長剣を振りかぶる。

 だが奴のリーチに届く前に、私は鞘に納めていた闇朧に手をかけた。そして、少しだけ刃を抜き左の掌を軽く刀身で切りつける。

 

「奥義、不死斬り」

 

 抜刀すれば、赤く伸びた不死殺しの刀身が監視者を斬り裂く。

 例え鎧で防がれようとも、不死斬りは相手の魂を削り取る。それが異形であろうとも関係がない。

 大きく膝をつく監視者の喉元に、闇朧を突き刺す。そして一気に脳天を引き裂いた。

 

「相手が悪かったな」

 

 パックリと割れた頭部から血と脳髄を噴き出し、仰向けに倒れ霧散する監視者。女性を痛めつけるのは趣味ではないが、歯向かうならば容赦はしない。

 一方のルカティエルを見れば、彼女もまた守護者を圧倒していた。

 雷の槍を全身に撃たれ満身創痍の守護者の心臓を、正統騎士の大剣が貫く。

 

「弱過ぎる。ロイエス騎士の方がよほど手強かった」

 

 血振りして納刀するルカティエルがそう呟けば、玉座の守護者は(ソウル)へと霧散する。彼女もまた、その実力は私に引けを取らない。

 

 

━━Victory Achieved━━

 

 

 敵を倒し、ルカティエルと合流する。私もそうだが彼女も無傷のようだ。幸先が良い。

 

「しかし……デュナシャンドラはどこにいる? 怖気付いたか?」

「いや。彼女も闇の子ならば、現れる」

 

 渇望しているのであれば。

 どれだけ私達に遅れを取ろうとも、現れる。

 人の底知れぬ闇を、舐めてはいけない。

 

 

 そしてそれは、現れる。

 

 闇が、渇望の玉座を覆った。

 

 ルカティエルは困惑して周囲を見渡すが、私はこの闇の正体を知っている。

 かつてウーラシールで対峙した深淵の主。

 それと似通ったものだ。

 

 今では弱く、けれど感情を持ったそれはある意味純粋な深淵よりも厄介である。

 

「不死よ」

 

 闇から声が響く。

 おどろおどろしい闇から、手が伸びる。

 それはとてもあの美しい淑女とは思えぬような醜いもので。

 

「試練を超えし不死よ」

 

 続いて、その姿が露わとなる。

 まるで亡者……否、骸骨のような見た目に、歪なドレスを着た、闇の子。

 

「今こそ、闇と一つに……」

 

 手にするは大鎌。

 まるで死神のような見た目と相まって、よく似合っている。

 

 

デュナシャンドラ

 

 

「あれが、デュナシャンドラ……」

 

 ごくりとルカティエルが息を呑む。

 

『我が姉妹ながら悍ましい欲望だ。気をつけろ、白百合』

『ああ……あれが、勝ち組……』

『ドラングレイグの王は我が君には遠く及びませんが』

 

 私の中の闇の子らがそれぞれ思ったことを言っている。まともな事を言っているのはエレナだけだが。

 私はそんなデュナシャンドラを鼻で笑う。

 

「王妃の姿のままの方がよほど美しかったぞ。今の君は渇望が溢れ出ている。人とは少しくらい感情を隠しておくものだ」

『……あら、伴侶となる方には全てを曝け出したいとは思わないかしら?』

「ヴァンクラッドには隠していたのにかい? あと、もう先約があるんでね。君は愛人枠だ」

 

 真横から若干圧を感じるが、気にせず飄々と振る舞う。お仕置きなら後で受けるさ。

 デュナシャンドラは、そう? じゃあ死になさい、と冷酷に吐き捨てると、空いた左手から何かを召喚する。

 その瞬間、私達の周囲にモヤのようなものが現れた。

 

「ちっ……呪いか」

 

 近づくそれを切り払って気がつく。このモヤは呪いそのものだ。近づくだけで呪いが溜まっていく。

 下手をすればすぐに亡者になってしまうだろう。そもそも私が亡者になるとは思えないが。それでも呪死する可能性もある。

 

「リリィ、お前はデュナシャンドラに注力しろ! これしきの呪いは今の私には効かん!」

 

 だがルカティエルはそう言うと威勢よくモヤへと突っ込み斬り伏せていく。

 なるほど、王の冠が不死の呪いを打ち消しているのか。

 

「私の嫁は頼りになるだろう?」

 

 ニヤッと笑うと、闇朧を抜刀し構える。

 

『それが、呪いを超えし王達の証……それも、私は欲しい』

 

 死神のような顔が歪に歪む。

 刹那、彼女の左手から光線が放たれる。

 

 それを間一髪回避する。闇属性の光線とは、スクロールがあれば是非覚えたいものだ。

 だが光線を放っている間は無防備になるようで、私はその隙に懐へと潜り込む。そして闇朧で彼女の腹を斬り裂いた。

 

『い、痛い……』

 

 その姿とは裏腹に、彼女は戦いには慣れていないようだ。それもそのはず、彼女は仮にも王妃だ。王妃が戦場に出ることなどあるはずもない。

 きっと美女の姿のまま、今まで政略を練って戦っていたのだろう。だから、肉弾戦で勝てるはずがないのだ。

 

『その痛みも、私は欲しいッ!』

 

 無理矢理、大雑把な動きで大鎌を振るう。

 だがあまりにも直線的な動きだ。

 私はバック宙して大鎌を回避すると、すぐに左手に叡智の杖を召喚して詠唱する。

 

(ソウル)の奔流」

 

 即座に杖から放たれる、悍ましい量の理力。

 束になった(ソウル)の槍が、目の前の敵を喰らいつくさんと迫る。

 デュナシャンドラはそれを回避することなどせず、ただ大鎌で受け切ろうとしてそのまま貫かれる。

 

「おいリリィ、こいつ……」

「言ってやるな」

 

 弱い。

 あまりにも、弱過ぎる。

 エレナは強かった。呪術と闇術、そして召喚術に優れる戦士だった。

 ナドラは面倒だった。近づけば呪われかけるし周囲の敵を強化したりとこちらの嫌な事を徹底して行っていた。

 アルシュナは一途だった。ただ彼女の王のためだけに身を捧げ、抜け殻となっても混沌を食い止めようと、約束を貫こうと努力している。

 

 対して、彼女は欲深い。

 そう、それだけ。あれも欲しい、これも欲しい、全て欲しい、ただ虚しい。

 そんな存在が彼女なのだ。つまるところ、ワガママ娘だ。きっとマヌスが感情を持って彼女を育てていたなら溺愛していただろう。

 父親に甘えてあれ欲しいこれ欲しいと言う娘はかわいいものだ。

 

 ……もしやヴァンクラッドも父性にドンピシャだったのだろうか。

 

『欲しい……全て。遍く(ソウル)が、王の(ソウル)が、私は……』

「ふむ……」

 

 這いずりこちらに手を伸ばす彼女に、私は考える。

 これ、もう堕とせるんじゃないだろうか。

 

「君、一つ提案がある」

「おい」

「ルカティエル、ちょっと落ち着いてくれ」

 

 私の提案を察した彼女が睨んでくる。それはもう恐ろしいものだが、それでも私は白百合で。少女達のために生きる存在。

 

「そんなに私が欲しいのならば、私のものとなれ」

『……随分と荒々しいプロポーズなこと』

 

 彼女に歩み寄る。もう鎌は手放してしまっているし、仮に呪いを流されようとも私を落とせるとは思えなかった。

 彼女の手をそっと取り、ただ私は言った。

 

「姉妹達のように、私の一部となれ。そうすれば、私は愛を君に与えよう。君達の父、マヌスや薪の王ですら殺すほどの偉大な愛で、君を迎え入れよう」

 

 確かに嫁はルカティエルだ。だが、彼女には予め他の少女達にも手を出すであろう事は言ってある。代償として彼女に好き放題されてしまうという欠点……いや利点のようなものだが、それがあるのだが。

 

『愛……』

「私はどこかのボンクラ王のように表面だけを見ない。君を、いや君達を知り尽くし、全てを受け入れよう。闇とは、正に深海の眠り。呪いすらも受け入れる暖かい微睡。で、あるならば君もまた受け入れる」

 

 ボロボロと死神のような顔が剥がれていく。

 現れるのは絵画に描かれていたような美しい娘。

 

『ああ……それは、とても甘美ね……』

「孤独だったのだろう。誰も愛せず、ただ渇望するだけだったのだろう。だが、それも終わる。例え嫁はルカティエルだろうとも、私は全ての少女を愛する」

 

 手から彼女の(ソウル)が流れ込んでくる。渇望とはその名の通り、人の底知れぬ欲望。

 一瞬立ちくらんだが、これしきの欲がなんだというのだ。私は一人の少女のために神を殺して闇の王となろうとしたのだぞ。

 

『暖かいわね……姉妹達が、惚れるわけね……』

 

 デュナシャンドラの身体が霧散する。

 そしてその(ソウル)の全てが、私に流れ込む。

 得体も知れぬ欲望が、心に渦巻く。けれど、それは同時に彼女の愛でもある。

 私はその渇望を受け入れよう。そして君を愛そう。

 

「まったく……正妻は私だぞ」

 

 隣でぷんぷんと怒るルカティエル。

 

「君の嫉妬はいくら浴びても心地が良いさ」

「調子の良い奴め……そんなお前に惚れた私もどうかしているが」

 

 呆れたように笑うルカティエル。

 そんな彼女を私は抱き締める。

 

「終わったね、ルカティエル」

「ああ……旅の、終わりだ」

 

 いや、と私は首を横に振る。

 

「新しい旅が始まるんだ。私と、君の」

「ふふ……よくそんなクサい事が言えるな、旦那様」

 

 ルカティエルと向き合う。

 互いに、これからどうするかなんて無粋な事は問わぬ。

 ただ、唇をそっと寄せて。

 

 

 

 

「、何か来るッ!」

 

 気配を察し、私とルカティエルは抜刀する。

 人の恋路を邪魔するとは、どこの不届者だろうか。

 

 しかしその不届者はすぐに現れる。

 

 床を破り、木の根のようなものが現れた。

 それは次々と大きくなり、一つの顔のようなものとなる。

 

 ──かつて、数多の王が現れた。

 

 久しぶりに顔を見せたそれは、自らを焼くような炎を伴って語る。

 

 ──ある者は毒に呑まれ、ある者は炎に沈み、そしてある者は凍てついた地に眠る。

 

 サルヴァ、鉄の古王、そして白王。

 それらは確かに王だった。

 

 ── 一人としてこの場に辿り着くことはなく。

 

 けれど、王達は火を継がなかった。否、できなかった。

 火を継ぐに値しない者もいれば、民のために尽くした者もいた。

 

 ──試練を超えた者よ。答えを示す時だ。

 

 それらを、ずっと待っていたのだろう。

 諦め、けれど死ねず、不死にもなれず、ただ一人。

 そんな愚か者の末路が、目の前の男。

 

 

原罪の探究者

 

 原罪の探究者の大きな根が床を突く。

 刹那、無数の根が床から突き出て私達を襲った。

 

「百合を邪魔するとは……それも原罪に入っているのか?」

 

 ── それは原罪とは無関係だ。

 

 二人で回避しながら機を伺う。

 近付こうにも根が多過ぎて接近は困難だし、仮に近寄れてもアン・ディールを包む炎でこちらが焼かれてしまう。

 

『嗚呼、義理の兄が御迷惑を……』

「気にしなくて良い。どの道殺す予定だった」

 

 敵になる事は薄々勘付いてはいた。デュナシャンドラが謝る必要などない。

 根を回避すると、今度は火柱が無数に床から突き出てくる。まるで炎の嵐だ。

 

「どうする、近づけないぞ!」

「魔術を放つ隙が無い。今は回避に徹する! あれだけ大技を繰り出せば隙もあるはずだ!」

 

 どんなに偉大な魔術師であろうとそれは変わらない。

 いつかは理力が切れるか、脳が疲れてしまう。

 

 そしてそれは唐突に来た。

 アン・ディールが攻撃の手を緩めたかと思えば、少し俯くように大頭が傾いているのだ。

 

「今だリリィ!」

 

 叫び接近していくルカティエルが叫ぶ。私はクァトの鈴を取り出し、闇術を繰り出す。

 

「追う者たち」

 

 闇より生まれた仮初の魂達が私の周囲に現れ、それがアン・ディールへと飛んでいく。

 闇術が着弾しアン・ディールの顔の一部が弾けるのと、太陽の光の剣で大剣を強化したルカティエルが斬りつけたのは同時だった。

 

「まだだ! 仕留めきれてない!」

 

 ルカティエルが言う通り、アン・ディールは床へと潜って隠れてしまう。しかし潜った穴が綺麗に消えると言うのはどういう原理なのだろうか。

 

「気をつけろ! ナジカのように浮上して攻撃してくるかもしれない!」

 

 その可能性は大いにある。なんせあれだけの巨体だ、ぶつかるだけで大怪我だろう。

 だがその予想に反してアン・ディールは遠く離れた場所から浮上してきた。なるほど、奴もまた戦士向きではない。

 むしろあれは……

 

「呪術が来るぞ!」

 

 アン・ディールの頭上に太陽のような炎が現れる。

 完全に遠距離から呪術を放つ呪術師だ。

 太陽から火球がいくつも放たれるが、それに当たるほど甘くはない。どうやら自らを焦がす炎すらも太陽を構成するエネルギーへと回しているようだ。

 

 しかし、それだけで終わるとは思えなかった。

 

「マズイ! デカいのも来る!」

 

 ルカティエルが叫んだ瞬間、太陽がそのままこちらへと飛んでくる。

 あれに当たれば流石に死ぬ。ルカティエルが横へと飛ぶ。

 

「迷えば、破れる」

 

 だが、私は前へと駆け出した。

 ルカティエルどころか闇の娘達も驚くが、それらを無視してただ駆ける。

 太陽とすれ違うようにスライディングし、回避する。刹那、背後で太陽が着弾し大きな爆発を生んだ。

 

 背中に爆風が突き刺さるが、私はそれすらも活路として見出す。

 爆風に乗って跳躍し、一気に距離を詰めたのだ。

 

 ──なんと……!

 

 驚くアン・ディールに、私は最期の一撃を見舞う。

 

 振り被る闇朧。

 刀身には既に、私の血が這っている。

 だがそれ以上を求め、更に左手の掌を切り付ける。

 

I’m invincible(私は無敵故),I’m unavoidable(逃げる事は叶わぬ),I’m undebatable.(その余地すらない)

 

 呪いを、刀身に授ける。

 この巨体を斬れるのは、師アーロンに禁じられた不死斬りでしかなし得ない。

 

「秘伝、不死斬り」

 

 大きな弧を描くように、赤黒い怨嗟がアン・ディールを斬り裂く。

 だが一回で終わらぬ。もう一回、私は斬り裂く。

 

 着地するとすかさず私は納刀し、心を無にする。

 

 考えることなどない。

 ただ目の前の敵を斬るのみ。

 ひたすらに、相手を殺すためだけに。

 

One Mind(一心)

 

 抜刀する。

 世界の時が、緩やかに過ぎる。

 全ての音を、光を、置き去りに。

 振るう。振るう。振るう。

 

 血の刃を飛ばし。

 

 ただ、私は斬りつける。

 

 そして静かに。水が滴るように納刀すれば。

 

 世界が、動き出す。

 

 無数の斬撃が、亡者の慣れ果てを刻んだ。

 バラバラに、最早原型も留めぬ程に。

 

「貴様の罪は、貴様で探究しろ。私は貴様の後継になどならぬ」

 

 ──……それが、答えか。不死よ……

 

 

━━Victory Achieved━━

 

 最早、彼には何も無かった。

 流れる(ソウル)すらもない。

 倒したところで、何も得るものはなかった。

 

 それでも現れたのは、きっと私を試していたのだろう。

 

 私の、往く道を。

 

 

 ──私はすべてを失い、そして待ち続けた。

 

 空中に哀れな男の声が木霊する。

 

 ──玉座は、お前を迎え入れるだろう。

 

 玉座の周囲に鎮座していたゴーレム達が動き出し、互いに組み合わさり道を作る。

 開かれるのは大釜の入り口。王となった者の終着点。

 

 ──だが、因果は……お前は、何を望む?

 

 ルカティエルがそばにやって来る。

 私は彼女の手を取ると、大釜を見据えた。

 

 ──光か、闇か……或いは。

 

「道に、答えなどあるはずはない。ただ歩む場所こそが答えならば」

 

 玉座に背を向ける。

 決まっていたことだ。

 私はルカティエルと生きるのだから。

 この長く、哀しい世界を旅して、彼女と生きる歓びを見つけるのだから。

 

 役目を失ったゴーレム達が配置に戻っていく。

 

 ──道など、ありはしない。

 

 二人で渇望の玉座の階段を登る。つまりは、戻る。

 

「お前の選択を、私は否定しない」

 

 私の腕をそっと抱き締め、ルカティエルは呟いた。

 

 ──光すら届かず、闇すらも失われた先に。

 

「例え不死の病がこの先続くとしても。私はお前と生きると決めたんだ」

「ルカティエル……」

 

 足を止め、彼女と向き合う。

 両腕で彼女を深く抱きしめ、互いに口付けを交わした。

 

 ──何があるというのか。

 

 人がいる。

 そしてそこには、愛がある。

 きっと障害もあるに違いない。けれど、人は可能性の生き物だ。

 ならばその困難も、きっと乗り越えていける。

 

 ──だが、それを求めることこそが。

 

 胸のペンダントを開く。

 奴にも、使命があったように。

 

 我ら人の、使命。

 今、分かった。原罪とは、そういうことなのだろう。

 人が旅の終わりに何を得るのか。何を選ぶのか。

 それを見届けることが、我ら不死に与えられた使命なのだ。

 

 

 

 

 

 

 この後の事を、少しだけ記しておく。

 

 ドラングレイグを去った私たちは、しばし世界を旅した。

 この目で何かを見て、何を感じたのか。

 私とルカティエル。そして、闇の子らと、束の間の幸福を得たのだ。

 きっと、その間に不死の幾人かが火を継いだのだろう。不死を見ることもあれば、そうでないときもあったのだから。

 

 そして、それから何千年と時を経て。

 

 私は、ある国の建国に立ち会う事となる。

 

 

 後の世はそれを、ロスリックと呼んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 第ニ章、The Way of the Lily 完

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本を、閉じる。

 しばし私は無言のまま、瞳を閉じて椅子の背もたれに寄り掛かった。

 何とも言えぬ感情が過ぎ去っては、思い出がやって来る。その繰り返しに酔い痴れていたのかもしれない。

 

「このお話は、良い終わり方でした」

 

 ふと、私の最愛の少女が静かに言葉を紡ぐ。

 けど私は、否定も肯定もしない。

 

「どうだったんだろうね。今でも、私はあの時の選択の答えを得ていないんだ」

「そうなのですか?」

 

 うん、と私は頷いて腕だけを動かしテーブルの上のスコーンを取る。

 口に頬張れば、程よい甘みが舌を支配した。

 

「次の話を聞けば分かる事だ」

「では、早く次のお話を……」

「そんなに私の黒歴史を暴きたいのかい……いいけどさぁ」

 

 この子も大分感情豊かになったものだ。

 だがそれもまた、嬉しい。人とは感情の生き物だ。

 もちろん冷静さも必要だが、何よりも感情が優先だ。

 

 誰も自らの欲には逆らえぬ。

 

 誰も、本能に抗うことなどできぬ。

 

 例え人を辞めた身だとしても、それは変わらぬ。

 

「今日はもう夜も遅いから……少しだけ読んだら寝るんだよ? 少し眠くなってきたしね」

「はい……なら、コーヒーを用意いたしましょう」

 

 ギョッとした。

 コーヒーは苦くて嫌いだ。

 

「えぇ!? 私がコーヒー嫌いなの知ってるよね!?」

「ええ。ですので、ミルクコーヒーを」

「うんと甘くして。コーヒー牛乳くらい」

 

 私の注文にかしこまりました、とだけ言って彼女は立ち去る。私は甘いのと辛いのは好きだが苦いのは苦手なのだ。

 

 さて、と。

 なら本を準備しておかなくてはならない。

 立ち上がり、本棚へと足を運べば今読んでいた黒歴史その二を収納する。そして黒歴史その三を手にしようとして。

 

「待て」

 

 横から、手甲を纏った手が伸びて私の腕を掴んだ。

 

「……貴様いたのか」

「それ、読むのか」

 

 手甲の主を見てみれば、眉を細めて私を睨んでいた。

 

 灰のような色の長髪。あまりにも長いから少しだけ二つ結びにした甲冑姿の白百合。

 私はこいつが嫌いだ。きっとこいつも私のことが嫌いだろう。

 

「人形ちゃんがせがんでいるんだ。いいだろう別に」

「ダメだ。それは本当にダメだ。何が何でもダメだ」

「珍しいな、貴様がそんなに拒むなど」

「分かっているだろう。お前のためでもあるんだぞ」

 

 必死に私を止めようとしてくるそいつに、私はうんざりしたようにため息を吐き捨てた。

 

「ここで刀を抜かせないでくれ」

「黙れ。お前が私に敵うとでも?」

「ほう……貴様、表に出ろ」

 

 一触即発。

 バチバチと私達の視線が火花を散らす。

 

「あら……来ていらしたのですね」

 

 不意に、最愛の彼女が戻ってくる。

 途端に甲冑姿の女はバツの悪そうな顔をして、けれどうっすらと気味の悪い笑みを見せた。

 

「丁度良かった、ミルクコーヒーを作ったんです。騎士様も、如何でしょう」

「……いただこう」

 

 根負けしたように、騎士様は頷いた。

 私は小馬鹿にするように笑うと、本を取って椅子に座る。

 その対面にはいつでも斬るぞと言わんばかりの形相の騎士が座って、ミルクコーヒーを啜った。

 

「それでは、読んでいこうじゃないか」

「待て。お前が読み聞かせるのか?」

「そうだが? 人形ちゃんがそっちの方が良いと言うのでね。いけないかな?」

 

 ぐぬぬ、と怒る騎士がチラッと人形を見る。

 騎士の抵抗も虚しく人形はとても興味津々といった様子だ。

 

「……早く読め」

「そうこなくちゃな!」

 

 ケラケラと笑いながら、私は咳払いして本を開く。

 

 

 

 これから読み聞かせる物語に、ドラングレイグのような希望は無い。

 全てを諦め、けれど戦うしかなかった女の哀れな話だ。

 

 それでも君は、この先を読むのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日も暮れる田舎道で。

 少年二人は、化け物と対峙していた。

 

 否、それは化け物と呼ぶにはあまりにも美し過ぎて。

 けれど、あまりにも強過ぎて化け物と呼ぶ以外に術がない。

 

「く、くそ! 俺の剣術が効かないなんて……!」

「だ、だから言ったじゃないか! 逃げよう、早く逃げよう!」

 

 片方は、聖職者志望の少年だった。安っぽいローブを見に纏い、手には聖典。けれどその意味も、起源も知らぬ。

 もう片方は、異人だった。

 木のような顔に細い長身。その手には、二振りの剣。けれど二つともポッキリと折られてしまっている。

 

 化け物は、そんな二人を見て何も言わずに背を向けた。

 

「済まなかったな。てっきり盗賊かと思って剣をへし折ってしまった。これ以上何もするつもりはない」

 

 化け物が手にするのは、刀身の見えぬ不思議な刀。

 けれどその武器が特別だから負けたのではないと、少年は理解していた。

 だからだろう。その圧倒的強さに、彼は惚れてしまったのだ。

 

「あ、あんた! 頼む、俺に剣を教えてくれ!」

「何言ってんだよ! 早く逃げようよ!」

 

 土下座する亜人の少年とそれを咎める聖職者の少年。歪なコンビだが、だから上手くいっているのだろうか。

 化け物は、表情ひとつ変えずに振り返り、ただ少年を見下ろしていた。

 

「……弟子か。弟子は……とらん」

「そこをなんとかさぁ!」

「だが」

 

 化け物は。否、白百合の少女は少しだけ口角を上げる。

 見惚れるような、けれど儚いような。そんな笑顔だった。

 

「勝手についてくる分には、別に構わんさ」

「よっしゃぁ! お願いします先生! いや、師匠!」

「ええ!? 僕は嫌だよ!」

 

 ちなみに、と少女は言って。

 

「奇跡もそれなりに扱えるぞ」

「師匠、よろしくお願いします!」

 

 聖職者の少年も少女の後に続く。

 

 少年と少女は、火が沈むまで歩き続けた。

 何日も。何年も。

 何れ、道を違えるその日まで。

 

 

 








クリア時ステータス

Lily/リリィ
性別/女性 素性/戦士 贈り物/ペンダント 体型/痩せ型 顔/百合顔 髪型/セミロングにサイドテール 髪と瞳の色/グレーホワイトと緑
 
ソウルレベル/694
体力/80
持久/80
体力/60
記憶力/99
筋力/70
技量/90
適応力/99
理力/99
信仰/70
 
 生い立ち
 薪の王に敗れてからの数百年、記憶が曖昧な亡者として世界を放浪していた。
 ドラングレイグ近辺で不死の解呪の噂を聞き、ものは試しとやって来たのが始まり。
 
 
 右手武器1/闇朧 右手武器2/グラン・ランス 右手武器3/ショートソード
 左手武器1/叡智の杖 左手武器2/クァトの鈴 左手武器3/円の聖鈴
 指輪/貪欲な銀の蛇の指輪固定
 場合によって切り替え
 
 頭防具/なし 胴/獅子の魔術師のローブと緑衣のマント 腕/なし 脚/飛猫のブーツ


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ロスリック/The Edge of the Abyss
灰の墓所、審判者


本日2話投稿です。

表紙
【挿絵表示】



 

 

 

 

 何も変わらぬ。

 

 何も得られぬ。

 

 何も為せぬ。

 

 世界はすべて繰り返し。

 

 遍く遺志は無駄となり。

 

 けれど世界は終わっていく。

 

 ならば見る価値などあるものか。

 

 君がいない世界で唯1人。

 

 この狂った世界を、見る理由などあるはずもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 きっと、絶望したのだろう。

 

 きっと、飽きてしまったのだろう。

 

 きっと、諦めてしまったのだろう。

 

 長く生き。死ぬことすらもできず。けれど狂うこともできない。

 変わっていく景色。

 老いていく人々。

 狂っていく世界。

 溢れる不死。

 

 そんなもの、見飽きてしまった。

 

 百年。千年。いや、万年か。

 

 人は何度同じことを繰り返す?

 いつになったら前へと進める?

 どうしたら神々が愚かであったと認める?

 

 盲信の軛から自らを解き放ち、自由を得られる?

 

 私は、疲れてしまったんだ。

 

 私は、もう見たくないんだ。

 

 いつか、この世界が終わったならば。

 

 きっと、起こしてくれ。

 

 そして、私に見せてくれ。

 

 新しい闇を。

 

 新しい光を。

 

 私に。私達に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞼を通し、光が差し込む。

 

 瞳は閉じているはずなのに、とても眩しい。

 

 深い眠りからの目覚め。

 

 寝ていたのだろうか、私は。

 

 私。私とは、誰だ。

 

 私は、なんだ。

 

 この光は、なんだ。

 

 瞳を、開ける。

 重い瞼を無理矢理開けて、微睡から意識を引き上げる。

 石のように固まった身体。

 ただ、私は眩しい光に照らされた眼前の光景を見て惚けていた。

 

 木漏れ日が私の網膜を焼こうとしている。

 けれど不快ではない。

 私は横たわっているのか。

 

 徐々に覚醒する意識。

 思い出す数多の出来事。

 

 嗚呼、私は。起こされたのか。

 

 時は、来ていない。

 見ずとも、聞かずとも分かる。

 私を照らす光。それは、偽りの太陽。

 

 嗚呼。何も、何も変わっていない。

 

 何も、終わってはいない。

 

 

「……」

 

 

 言葉も出ない。

 ただ埋め尽くすのは絶望。

 けれどもう、そんなものは通り過ぎた。

 絶望ならば何度もしている。

 慣れすぎた。慣れすぎて、何にも期待しなくなった。

 

 身体を起こす。

 

 手を使って、鉛のような身体を支える。

 

 手のひらに伝わる石棺の材質が鬱陶しい。

 

「……」

 

 石棺に置かれていた衣服を取る。

 手入れされ綺麗なままの緑色のマント。そしてボロ切れみたいなドス黒い布。

 

 髪が、長い。

 邪魔くさい。

 あまりにも長いので、ボロ切れみたいな布で両側をできるだけ縛るが、それもあまり意味がないくらいには長い。

 

 何もかも、失意のままに行った。

 

 石棺から這い出て、私は腰にしっかりと取り付けられた鞘に気がつく。

 こんなもの、眠る時に持ってはいなかった。誰かが私に持たせたのだろうか。

 

「余計な事を」

 

 そう。余計な事だ。

 すべて余計なのだ。もう疲れたのだから。

 ゆっくり眠らせてくれ。

 

 空を見上げる。

 偽りの太陽が、大地を照らしていた。

 その眩しさに、思わず私は手で顔を覆った。

 

 憎い眩しさだ。

 

「そんなに憎いのかい」

 

 不意に。

 声が聞こえた。

 それが誰であるかなど、分かるはずもないのに。

 けれど懐かしさと、愛おしさと、そして憎さが混じった感情が胸を支配する。

 

「……貴様か。私を目覚めさせたのは」

 

 声のした方を覗けば、そこには懐かしい姿の男が立っていた。

 上級騎士の甲冑に身を包み。もう水の枯れた噴水に腰かける男。

 私の仇敵。かつて共に戦った、戦友。

 

「どうだろうね。ほら、これが必要だろう」

 

 彼が自分の足元を指差せば、そこには見知ったものが放置されていた。

 エスト瓶。不死の宝。死の寄せ集め。

 

「僕は拾えないから、君が拾うんだ」

「……拾えないとは?」

「分かっているだろう? 僕は、君の中の亡霊なんだから」

 

 上級騎士が消えていく。

 まるで最初からそこには誰もいないと言わんばかりに。

 

 そう。居るはずがない。奴は薪となったのだから。

 ならば今のは、幻覚。

 絶望し過ぎてとうとうそんなものまで見え始めたか。

 自らを嘲笑し、エスト瓶を拾う。中身は少ないが、使えるだろう。

 

「……ふん」

 

 鼻で笑い、(ソウル)に収納する。

 目覚めてしまったのであれば、仕方ない。

 また、眠れるその時まで旅でもしよう。

 どうせ見飽きた世界だ、何ら感動もないだろうが。

 

 ふと、前を見渡せばこの墓所に誰かがいる。

 どうやらまともな人間ではないようだ。

 

「亡者か」

 

 亡者。不死の慣れの果て。

 (ソウル)が干からび、最早理性を保てなくなった哀れな存在。

 否、羨ましい。狂ってしまえば考えなくて済むのだから。

 

 こちらに気づいた亡者が武器を振り被り走って来る。

 亡者が(ソウル)に引き寄せられるのは習性だ。相手を殺し、もうまともに戻る事もないのにその渇望のままに動くのだ。

 

 剣を、抜く。

 ロングソード。長剣で、片手で扱うには丁度良い。

 それをくるりと回し、感覚を掴む。

 

「……少し鈍ったか」

 

 しっくりこない。

 長く眠っていた代償だろう。だが、そのうち感覚を取り戻す。

 

 狂乱する亡者が剣を振り下ろす。

 それを、弾く。

 片手だけで、その場から動かず、ロングソードで弾く。

 すると剣を弾かれた亡者はそのまま大きく隙を見せる。

 

「確かに、鈍っているな」

 

 亡者の頭を刎ねる。

 亡者の頭が斜面を転がり、(ソウル)が流れ込んでくるとそう呟いた。

 

 剣に着いた血を血振りして払えば、納刀する。

 亡者がいるということは、火が陰っているということ。

 だが火継ぎはあの国がある限り滞りないはずだ。

 

「まぁ、良い」

 

 興味がない。

 私はただ、それだけ言って歩く。

 噴水を超え、見かけた亡者を殺しながら。

 篝火すらも無視して。

 放たれる矢を弾き、斬り伏せ。

 

 そうして、この断崖の墓地の奥に何か大きな建物がある事に気がつく。

 そういえばどうして私はあんな墓地の隅っこで眠っていたのだろう。最後に眠った時はもっと良い環境にいたはずだ。誰がこんな辺鄙な場所へと運んだのだ。

 

 そんなことを考えていると、目の前に何かがいた。

 いつのまにか広い場所に来ていたようで、その中央に膝をついた身体の大きな騎士がいた。

 いや、あれは死んでいるのだろうか。

 

「……螺旋剣」

 

 騎士の身体に刺さるのは、螺旋剣。

 篝火に用いられる、特殊な剣だ。

 

「……そういうことか」

 

 すべて、理解した。

 誰がここに呼び寄せたのかも。

 何のために目覚めさせたのかも。

 すべて、合致した。

 

 騎士の残骸に刺さった螺旋剣を引き抜く。

 これは、試練だ。

 この場に辿り着き、更なる試練を受ける者への、試練なのだ。

 そんなものに、興味などないのに。

 

 引き抜いた剣を、(ソウル)へと格納する。

 すると、残骸だったはずの騎士の身体が震え出す。

 

 一歩、また一歩離れ、剣を引き抜くと立ち上がる騎士と対峙する。

 まるで眠っていたように、騎士は目覚めた。そして傍にあった斧槍を手にすると、構える。

 

「ご苦労、遅れた英雄よ。貴公の魂、貰い受けよう」

 

 労わねばならない。

 彼もまた、使命を背負っているのだ。

 

 

灰の審判者、グンダ

 

 

 刹那、私の身体が吹っ飛ばされる。

 騎士がタックルしてきたのだ。

 

 とても痛い。全身を地面に強く打ち、転がり、いてて、と言って起き上がって腰を伸ばす。

 どうやらまだ身体が完全に適応していないようだ。そりゃそうだろう、今起きたんだぞ。

 

「痛いじゃないか」

 

 だがエスト瓶を飲むほどでもない。ちょっと転けたくらいなものだ。

 私は棒立ちのまま、迫る騎士に対峙する。さて、何をしてくるのやら。

 

 騎士が大きく斧槍を振り被る。あれは……

 

 放たれる神速の突き。

 なるほど、審判者を名乗るだけはある。

 

「だが」

 

 足を振り上げ、斧槍の刃を踏み付ける。

 突きは確かに良い。けれど、隙が大きい。

 斧槍を踏みつけられ、騎士は攻撃を無効化される。

 すぐに騎士は斧槍を引いて私から離れると、今度は大きく薙いできた。

 

 それを、弾く。

 短い剣で、大きな斧槍を、完全に弾く。

 

「ああ、こんな感じだったな」

 

 段々慣れてきた。最初のタックルが効いたのだろう。ショック療法とやらだろうか。

 騎士の連撃も、全部弾く。鈍い。弱い。

 

「もう良いだろう?」

 

 次の攻撃を弾けば、こちらも出る。

 ステップし、右下からの斬り上げ。そして流れるように左上からの斬り下ろし。そして横一線。回り、大きく振り被ってからの一撃。

 それを、一瞬で胴へと叩き込む。

 

「ッ!!!!!!」

 

 騎士はたまらず膝をつく。

 条件反射で私も喉元へとロングソードを突き刺した。

 

「まぁ、こんなものだろう」

 

 他の不死相手ならばもっと善戦できたはずだ。相手が悪い。

 最早この身体に、(ソウル)の強化は必要ないのだから。哀れと言っても過言ではない。

 自惚れるつもりなど毛頭ない。けれど、強いものは強いだろう?

 

 剣を捻り、そのまま抜く。

 すると騎士はそのまま尻餅をついて身体を痙攣させた。

 

「……もう、世界はそんな状況なのだな」

 

 騎士から感じる悍ましい気配。

 人の、いや深淵の、その慣れの果て。

 悲しいかな。人はそれでもまだ都合の良い夢を見続けるのだろうか。

 騎士の身体から溢れる黒い膿。それはまるで獣となって私に襲い掛かる。

 これこそ人間性。その真の姿。長く、淀み、その最果てで得た形。

 

「何も、変わらぬ」

 

 人も、神も。

 ただ都合の良い真実に踊らされる哀れな存在。

 

 左手に呪術を灯す。

 そして、向かってくる人の膿に向けて放つ。

 

「黒炎」

 

 左手から放たれる、ドス黒い炎。

 それは質量を持った闇の炎。

 巨体となった人の膿ですら弾き飛ばすに十分な威力だった。

 

 焼け焦げ、そしてバラバラとなる騎士の身体。

 私は剣を納刀し、長い睫毛越しにただそれを眺めた。

 

「睫毛、こんなに長かったかな」

 

 

━━HEIR OF FIRE DESTORYED━━

 

 

 



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火継ぎの祭祀場、顔合わせ

 

 

 

 火を継ぐとは、即ち生贄となることだ。

 

 自らの(ソウル)と、存在を薪に焚べて炎を燃やし。歪な世界の理をさらに歪めていく。

 

 偽りの太陽に騙されながら、暗月の神に嘲笑われながら、人は、神は、その身を薪とした。

 

 愚かなことだと思うだろうか。

 

 哀れなことだと思うだろうか。

 

 或いは、勇敢だと思うだろうか。

 

 

 神々は知っていたのだろうか。

 

 王達は、知っていたのだろうか。

 

 人の真実を。

 

 故に、彼らは去ったのだろうか。

 

 いつか人が、人に眠る人間性が、こうなることを思い描いて。

 

 人の真実を知った上で。彼らはそれを封じようとしたのだろうか。

 

 そしてその事実すら、闇は全て受け入れるのだと知っていながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦いの記憶とは、早々に潰えるものではない。

 長い時を戦いに費やし、それが愚かであると理解していてもその高揚と意志のぶつかり合いから逃れられないのであれば。

 ましてや、進化していく人であるならば。

 私という戦士は、戦いによって際限なく成長していくだろう。

 相手の(ソウル)を、そして遺志を受け継いで。

 

「しかし絞りカスみたいな(ソウル)だな」

 

 斬り伏せた亡者を一瞥して、私は呟いた。

 終わりの近付く世界において、最早(ソウル)を蓄えているものは数少ないのかもしれない。或いは、単にこの地の者達の(ソウル)が弱々しいだけか。

 どちらにせよ、最早(ソウル)を介して強化をする必要がない私には関係が無いが、通貨としても扱える(ソウル)が無いと買い物すらもできやしない。

 もっとも、この終末の世界に商いをしている者などいるのだろうか。

 

「……いるだろうな」

 

 どこの世であっても欲に目が眩む者がいる。こちらとしても欲しい物が手に入ればそれで良い。

 

 審判者を斃し、先へと進む。

 墓地は相変わらず続いているが、先ほどの打ち捨てられた場所とは異なりここはまだ誰かがいた形跡がある。

 だがそれよりも、一番目に映るのは巨大なドームのような建物だ。

 そしてそれが何であるかなど、探究者たる私にはわかってしまうもので。

 

 

 

火継ぎの祭祀場

 

 

 立派な祭祀場を見上げる。

 火の信奉者共が建てたであろうこの建物は、私が知るよりも随分と朽ちていた。

 かつてとある国の建国に立ち会った際に、視察に来たことがある。

 古い闇姫が火継ぎも何も無いのだが、そういう役割だったから仕方がない。この時代にまで生き残っているロードランの古株はもう私くらいしかいないのだから。

 

 ただ、中からは篝火が齎す僅かな暖かさが漂ってくる。きっと、まだどこかの不死が彷徨っているのだろう。

 

「貴様のような不死が、な」

 

 ふと、ボロ布を纏った男が私の前に立ち塞がる。

 腰に刀を差した、初老の男だった。不死であることは(ソウル)から察せられた。

 男は一貫して無口で、こちらに一礼をすると刀の柄に手を掛ける。

 礼には礼を。ならばこそ、私も一礼を返す。

 

 男はジリジリとこちらに躙り寄って、機を伺っている。

 あれは居合の構えだ。元は同じく刀使い、それくらいはわかる。

 

「やってみせろ。私からは手を出さん」

 

 興味はない。

 力量はもう測れた。刃を向けるというのであればこちらもやり返すだけなのだから。

 

 構えることもしない。

 ただ当たり前のように棒立ちで、剣を抜かずに刀使いに正対する。

 だが、男は中々抜刀できないでいる。理由は単純。私に隙が無いからだ。

 軟弱とは思わない。事実、相手の力量を見誤れば死ぬのは己なのだから。如何に不死とて、容易く死んではならぬ。

 

 とうとう痺れを切らした男が抜刀し、斬りかかる。

 中々の速度だった。今時の不死にしては中々やるとは思う。

 

 だが、それだけだ。

 

「遅い。欠伸が出る」

 

 瞬きする間もなく、男はいつの間にか私という白百合を背にしていた。決して彼がこちらに背を向けたのではない。

 ロングソードを納刀すると、男が身体から血を噴き出して倒れ込む。

 簡単な話だ。私の方がより速く居合をしたに過ぎないのだ。

 

「ロングソードは居合がし辛いな」

 

 それだけ文句を垂れると男は(ソウル)へと霧散していく。遺されたのは(ソウル)と彼が手にしていた打刀だけ。

 戦利品として打刀を拾い上げると、鞘から少しだけ刃を覗かせて状態を見る。そこそこだが、逸品とは言い難い。

 

「贋作か」

 

 刃を納め、(ソウル)へと収納する。

 このご時世でも鍛冶をやっている輩がいれば、鍛えてもらうのも良いかもしれない。

 ともあれ、今は火継ぎの祭祀場の内部へと入る。それ以外にすることもない。

 

 

 

 

 

 

 

「おい」

 

 ふと、本を読んでいた私に白百合の騎士が声をかけた。

 なんだ、と不機嫌を態とらしく露わにして尋ねてみればなんだじゃない、と彼女もまた不機嫌そうだ。

 

「まさかとは思うが、私の会話内容まで逐一お前が演技をして読み上げるのか? お前は声優にでもなるつもりか?」

「いけないか? あと別に声優は目指していない」

「ああ。恥ずかしくて死にそうになる」

「死ねないじゃないか」

「なら、亡者になりそうだ」

「なれないじゃないか」

 

 ギロリと白百合の騎士が私を睨む。それが面白くて、私は溢れる笑みを本で隠す。

 これは私の黒歴史でもあるが、こいつの黒歴史でもあるのだ。普段は無愛想なこいつがこんなにも怒りを露わにしているのが愉快でたまらない。

 

「騎士様。私は、このお話が好きです。狩人様が読み上げるこの物語が、何より好きなのです。けれど、もし騎士様の気分を害するのであれば……残念ですが、私も我儘を言うわけにはいきませんから」

 

 人形ちゃんがちょっとだけシュンとしたような表情でそんな事を言うものだから、私は騎士を睨んだ。

 

「おい貴様。人形ちゃんになんて事を言わせるのだ」

「いや、私は……好きにしろ。人形、すまないね。別に気分は悪くならないさ。……たまには、こうして過去を振り返るのも悪くはないかもしれないからね……お前は許さんが」

 

 クールなまま朗らかな表情をする騎士さま。

 ケラケラと笑いながら私は咳払いをし、また読み聞かせを再開する。

 

 

 

 

 

 

 

 内部へと入れば、そこは薄暗くも篝火の炎といくつかの松明のおかげで視界はしっかりと確保されていた。

 ロードランの頃の祭祀場はもう崩れ去っていたから、こうしてちゃんとした建物があるのはある種の感動を覚える。来たことはあるのだが。

 

 さて、周囲をぐるりと見回せば円形の建物の中央にはポツリと篝火の跡がある。

 最早使われなくなって久しいそれは、けれど他の篝火と異なって中央に螺旋剣が無い。あれでは使い物にならないだろう。

 

 故の、審判者。奴から螺旋剣を奪い取り、殺す事こそ最初の試練。

 新たな火継ぎのための、試練なのだ。

 

 篝火の周囲はまるで劇場のようにぐるりと祭壇が観客席のように立ち並ぶ。

 それは、巨大な玉座。火を継いだ者達のための、玉座。

 

 玉座と聞けば聞こえは良いが、実情は異なる。

 私は、知ってしまっている。その玉座の残酷さを。

 

 まずは、篝火を灯すべきだろう。それが不死たる者の、最初のステップ。

 

 階段を下り、取り出した螺旋剣を手に篝火のもとへと向かう。

 

「……」

 

 不意に、通路の奥から視線を感じた。

 不快な感じはない。敵意でもない。

 

「篝火にようこそ、火の無き灰の方」

 

 暗闇から現れたのは。

 

「……火防女か」

 

 一人の少女。

 黒い儀式的な衣服。白い肌に、金色の美しい髪を後ろで束ね。仮面で瞳を隠した、火防女。

 嗚呼、彼女から温もりを感じる。人間性の温もりを。

 それは彼女が、自らを蝕むほどに人間性を内に宿しているという証拠に他ならぬ。

 

 だが。

 それ以上に彼女の魅力が凄まじい。

 ぴったりとした衣服は彼女のボディラインを余す事なく視覚的に訴えており、目線がどうにも上下する。

 それに黒と白はとても芸術的な色合いで、見ていて飽きないしシンプルだ。デザインした者こそ王と讃えたいくらいには完成されている。

 

「はい。私は篝火を保ち、貴女に仕える者です」

 

 何千年と経っても自分は偽れぬ。

 仕えると聞いて邪な考えも出てくるものだ。

 だが、次に放った彼女の言葉で私の邪念は全て消え去る。

 

「玉座を捨てた王達を探し、取り戻す。そのために私をお使いください」

「……取り戻す、か。まるでロードランの再現だな」

 

 今度は一体どんな王達を殺せば良いのやら。

 ロードランでもドラングレイグでも、玉座へ至るには強者の(ソウル)、或いは王から分け与えられた(ソウル)を必要とした。

 厳密にはそれらはただの過程でしかない。玉座へ至るための門の鍵のようなものだ。

 

 これが、新しい使命。

 昔の私ならば、興味がない、知らんと言っていたに違いない。

 それでも否定せず彼女に従おうとするのは、きっと呪い。私を目覚めさせた奴が、私に刻んだ呪詛。

 

「灰の方」

 

 火防女は、私の問いには答えずに少しだけ語気を強めたような気がした。

 

「篝火に、螺旋の剣をお示しください。それは灰の証。貴女を、王達の故郷に導くでしょう」

「……そうか。フ、フフフ、私が眠っている間に、とうとう薪すら燃やせなくなったか、この世界は。フフフ……」

 

 理解した。

 最初は、私の髪色を見て灰だと言っているのかと思ったが。

 

 火の無い灰。

 それは、不死の新たな形態と言えよう。

 死ねぬ不死。けれど、とうとうそんな人の闇すらも封じ込められぬ火のせいで、世界は本当に終わりかけている。

 火の無い灰は、ただの不死と違って運命、宿命、使命を背負う者。灰は使命を終えたのならば、土に還るのみ。

 嗚呼。そうか。私は、火の無い灰として使命を与えられたのか。

 

 ならば、今度こそ死ねるのだろうか。

 使命を終えた後に。正しく。当たり前のように。

 人として。

 

「そして向かうでしょう。王達の故郷、ロスリックに」

「ロスリック……」

 

 ロスリック。それは、最古の火継ぎを再現しようとする王国の名だ。

 最古の火継ぎ。それは、かつてロードランにて私ととある騎士が互いに手を取り、そして憎しみ合ったあの戦い。

 色々あった。私が建国に立ち会ったとある国とは、ロスリックの事だ。

 

「君、名はなんという」

 

 ふと、私は彼女に尋ねる。

 名は重要だ。そして私の願いがしっかりと聞き入れられているのであれば、彼女にもまた名があるはずだ。

 

「……私は、火防女です」

「……そうか。わかった」

 

 けれど彼女に名などなく。

 人とは、やはり信用できるものではないのだと諦観させられる。そして同様に、ロスリックの役人や神官どもに対する静かな怒りが込み上げてくる。

 

 私は螺旋剣を乱暴に篝火跡へと突き刺せば、火を灯す。

 

 

 

━━Bonfire Lit━━

 

 

 暖かな、けれど最早慣れてしまった火。

 昔のように猛々しくはない。目を離せば尽きてしまいそうな、そんな火。

 それは螺旋剣を伝って私に登ってくる。

 

 熱くなどない。

 ただ、懐かしい匂いと温もりだけが私の(ソウル)を包み込んだ。

 

 

 

EMBER RESTORED

 

 

 薪の王。

 今の私は、王を継ぐ新たな不死。

 故に炎は私を歓迎するだろう。

 いつか見えた闇姫でさえも。否、闇姫だからこそ、奴は私を歓迎するのだろうか。

 

 内に宿った炎が消えていく。

 だが内側に残る薪が、炎が燻る事を示していた。

 

 

 

 

「ああ、君が火の無き灰、王の探索者だね」

 

 それは、まるで亡者のような見た目だった。

 力はほとんど感じられぬ。けれど秘めた(ソウル)は確かに彼が王であると私に示している。

 

「貴公、薪の王か」

 

 大きな玉座にちょこんと座り、王冠を被る彼はただ頷いた。

 

「クールラントのルドレスだ。信じられないかもしれないが……かつて火を継いだ、薪の王さ」

 

 自嘲気味に笑い、そう述べるルドレスは、けれど言葉とは裏腹に薪の王であることはしっかりと述べている。

 きっと、そのこと自体に誇りを持っているのだろう。ちっぽけな自分という存在が、王を戴いた。確かにそれは、人であるならば誇るべきことだ。良かれ悪しかれ。

 

「信じよう。確かに貴公は薪の王だ」

「私の身体は燻っているから、わかるだろう。それとも、君だから分かるのかもしれないね。古い闇姫」

 

 出た。やはりこの時代まで残っているか……そりゃロスリックの建国にも携わったり世界を放浪していれば私の話が少しは残っているだろう。

 おかしいな、自分で名乗ったことは無いんだが。

 

「リリィで良い。むしろ闇姫と呼ばないでくれ。虫唾が走る」

「……苦労しているようだね。君の意見を尊重しよう」

 

 その同情が、どうにも彼が良き王であると伝えてくる。だが善性がどうであれ、王とはまともなものには務まらぬ。

 で、あればきっと彼もまた碌でも無い偉業があるのだろう。

 

「貴公は逃げぬのか。他の王達は目覚めて真っ先に故郷へと戻ったと聞いたが」

 

 親指で篝火のそばに佇む火防女を指差す。

 ルドレス以外の王達がどうなったのかは聞いている。燃え尽きず、蘇った王達は彼を除いて故郷へと戻ったらしい。

 

「心配は無用だ。私は王、そしてここは私の玉座なのだから」

 

 誇るように、彼は言う。やはり彼はどれだけ矮小でも王なのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「……ほう、貴女様は……」

 

 不意に。

 祭祀場の通路で商いをしている老婆が私を見て言った。

 フードを深々と被っているために詳細な顔は分からぬが、(ソウル)を覗けば誰かはすぐに分かった。多少偽ってはいるが、間違いない。

 

「貴公……祭儀長の任はどうした」

「イッヒッヒ……勘違いですじゃ、灰の御方。婆めはただの侍女、商いをしているだけですじゃ。貴女様の使命のために色々と用立てますじゃ……」

「……深くは聞かぬ。必要とあればまた、御婦人」

 

 薄気味悪い笑いを浮かべる侍女。

 彼女は色々と物品を売っているようだからまた後で商売しよう。

 

 それよりも、今は通路の奥から聞こえてくる鍛治の音が気になった。

 小気味の良い金属と金属が打ち合う音。私の知る限り、これは鍛治仕事の音だ。ここならば火に欠く事はないだろうから丁度良い。

 音が近付いてくると、鍛治仕事をしている者の姿が見えてくる。

 

 鍛え上げられた身体。

 白髪に、白い髭。

 

「……アンドレイ」

 

 一瞬、見間違いかとも思った。けれど鍛冶屋は、確かにかつてロードランにて世話になったアストラのアンドレイだ。

 

 時が止まる。

 

 全てが静止する。

 

 音も、光も、全てが等しく止まり果てる。

 

 

「懐かしいだろう。僕も、そして君も。彼には世話になった」

 

 

 コツ、コツ。

 私を追い越すように、上級騎士が前に出る。

 彼はアンドレイの近くで鍛冶屋を見下ろすと、何か物思いに耽るように言う。

 

「稀に見る善人だった。きっと彼がいなければ、僕も君も、センの古城すら超えられなかったはずだ」

「一々出てきて思い出話か、薪の王よ。私に使命を与えて何のつもりだ」

 

 彼の言葉を無視して一方的にこちらの質問を投げかける。

 彼はこちらをゆっくりと振り返り、ただ言う。

 

「不死とは使命があればこその不死だ。使命なき不死は亡者となんら変わりない」

「使命とは自ら得るものだ。与えられるものではない。だから人は人でいられる」

 

 上級騎士……否、薪の王は兜のスリットから覗く瞳をこちらに向ける。

 

「君は人である事に拘る。かつて闇を求め、火を消そうとしたのにも関わらず。君は闇にも還らずただ彷徨ってばかりだ」

「それの何がいけない。貴様のように盲信もしていなければ甘えてもいない」

 

 きっぱりと拒絶する。

 目の前にいる薪の王は、誰かが道を示さなければ先へと進めなかった。

 だがそれは、決して弱さでは無いのだが。でも気に入らない。だから、決別する。

 

「世捨て人のようになっていた君が言うと説得力がある。さぁ、久しぶりの再会だ」

 

 そう言うと、薪の王は姿を消す。

 次の瞬間、世界がまた動き出す。小気味良い鍛治仕事の音が響き、しかしすぐに止まる。

 アンドレイが、こちらに気づいて手を止めたのだ。

 

「おう、すまねぇな。気が付かなかった……あんたは……」

 

 変わり果てた私を見て、けれどどこか面影を感じたのだろう。アンドレイは目をじっと凝らすとすぐに見開いた。

 

「リリィか……!?」

「久しいな、アンドレイ」

 

 そんな変わらない彼を見て、私は微笑む。

 

「おいおい、てっきり亡者になっちまったのかと……! 久しぶりだな! 聞いたぜ、あの坊ちゃんと戦って敗れたって……」

 

 坊ちゃんと聞いて鼻で笑う。

 そうだ、奴は坊ちゃんだ。私に説教できるほどの人間ではない。

 

「昔のことだ。あの頃の私ではない」

「ああ、みたいだが……それにしても、随分と変わっちまったなぁ。美人になっちまいやがって……」

「そうか? そうだろうな、うむ」

 

 昔の知り合いに美人と言われて嬉しく無いわけがない。

 私がフッと笑って自らの美貌を誇ると、彼は思い出したかのように言う。

 

「お互い火の無い灰としてこの時代に蘇るとはな。そうだ、武器を鍛えるならいつでも言いな。昔のように種火さえありゃあ変質だってしてやるぜ」

「懐かしいな。ドラングレイグじゃ変人にやってもらったな……」

 

 火に取り憑かれているマックダフを思い出す。流石に今の時代、彼は生きてはいないだろう。

 だが彼の記憶がしっかり残っているとは思わなかった。

 ……まぁ、彼は純粋な人ではないのだろうから、多少亡者化に耐性があるのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ……お前も死に損ないか」

 

 アンドレイにロングソードと打刀を鍛えてもらい、篝火で休息しようとすれば不意に話しかけられた。

 玉座のそばに座り込み、何やら悲観そうな笑みを浮かべてそう言う男は見慣れぬ鎧に身を包み、背中にはバスタードソードを背負っている。

 

「俺もそうさ。火の無い灰、何者にもなれず、死に切ることすらできなかった半端者さ」

 

 こっちが話しても無いのにベラベラと喋る男。話し相手がいないのだろうか。面倒だ。

 篝火に手を翳す。早々に転送してしまった方が良いだろう。

 

「全く笑わせるよな。そんな者たちに、薪の王を探し出し、カビた玉座に連れ戻せなどと。あいつらは皆、火を継いだ英雄様だぜ。俺たちに何かできるものかよ。お前もそう思うだろう? フッフッフ……」

「お前みたいな輩、どこにでもいるものだな」

「は? あ、おい!」

 

 ため息混じりに転送する。

 そういう心折れたアピールは他所でやってほしいものだ。

 篝火によって旅立つ私に何やら声をかける男だったが、私は意に介さずにロスリックへと転送される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 王達の故郷が集まるとは、比喩ではなさそうだ。

 転送された場所から外を見て、私はそんな事を考える。

 

 祭祀場から飛び立った先、そこは見知らぬ高壁だった。

 きっとどこかの城の砦か何かだったのだろう。しかしその高壁はまるでロスリックの中に突然現れたかのように聳え立っている。

 少なくとも、建国の際にはこんなものはなかった。

 

 ロスリック王国の特徴として、飛竜を操る竜騎兵の存在がある。

 どこから捕まえてきたのかは分からないが、飛竜を運用する上で、この高壁は邪魔にしかならないだろう。

 それが意味しているのは、世界が、このロスリックに集まってきているということだ。

 

 正確には、薪の王達の故郷を除いたものが消え去り、故郷だけが流れ着いている……まるで海のように。

 

 

ロスリックの高壁

 

 



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ロスリックの高壁、冷たい谷のボルド

 

 

 

 

 少年達と少女は旅をした。

 

 それは険しくも、きっと少年達の人生の中で一番彩られ、充実していたはずだ。

 

 毎日が未知だった。

 知らぬ事があれば、師である少女が教えてくれた。

 発見があれば、師は彼らを褒め称えた。

 それが嬉しくて、何度も何度も彼らは切磋琢磨した。

 

 亜人の少年は、少女から理力の高さを見出され魔術を習得した。同時に剣の腕を、少女から伝授された。

 聖職者志望の少年は、遍く神々の奇跡と物語を、嘘偽りなく少女から教授した。同時に闇に対する恐ろしさと、闇というものに対する知恵を得た。

 

 彼らが戦士でありながら学者であろうとするには、然程時間は掛からなかった。

 

「フンッ!」

 

 少年が剣を振るう。

 出会った時と同じく、二刀流を極めようとする彼の獲物はブルーフレイム。かつて栄え、滅びた名も伝わらぬ国にあった魔術剣。

 それを器用に、両の手で一刀ずつ扱い少女へと斬り込んでいく。

 だが師である少女は、それを剣で受けることすらしない。

 ただステップで、軽々と回避していく。

 

「ちょこまかと……!」

 

 振えば振るうほどにスタミナは減っていく。

 ならばと、彼は己の得意とする高速戦へと持ち込む。

 背中の羽を巧みに扱い、瞬間的に間合いを詰めると左手の剣を振るう。

 

「言ったはずだぞ」

 

 だが少女は、それをいとも容易く木刀で完璧に弾くとそのまま少年の腹に一撃入れてみせた。

 ぐえっ、と少年は呻き、地面を転がる。少女の華奢な身体から繰り出されたとは思えぬほどの一撃。見守っていた聖職者の少年は思わず手で顔を覆った。

 

「お前の強攻撃は隙が多過ぎる。如何に速度に優れようが読みやすい」

 

 木刀をくるくると回し少女が指導する。

 そうは言うが、最早この時点で少年の力量は英雄のそれに近い。少女があまりにも強過ぎたのだ。

 

「読めるのはあんただけだよ……クソッ!」

 

 立ち上がり様に魔法剣士の少年は魔術を放つ。

 剣先から放たれたのは(ソウル)の槍。大きな理力を必要とする高度な魔術だった。

 

 刹那、少女の姿が消える。

 否、高速過ぎて目が追いつかないだけだ。

 

 いつのまにか肉薄していた少女が少年の腹を蹴り上げる。するとまるでボールのように少年がすっ飛んでいく。

 

「師匠、やり過ぎですよ」

 

 叫びながら吹っ飛ぶ同期を見て聖職者の少年は苦言を呈した。少女は木刀をローブの腰帯に差すと無表情のままに言う。

 

「サリーはあれくらいで丁度良い。奴は自分を過信し過ぎだ」

 

 ぼそりと、見ていて昔を思い出す……と少女は呟く。聖職者の少年はあえてその呟きを聞かなかった事にする。

 

「エル、手当てしてやれ」

 

 師である少女はそれだけ言うと自らの(ソウル)から宿営道具を取り出す。エルと呼ばれた少年は頷いてすっ飛んでいった同期の元へと向かう。

 

「師匠も素直じゃない」

 

 空を見れば夕暮れ。背後では少女がテントを広げ、寝床を準備している。彼女が使うものではない。少年達が寝るための準備だ。

 そもそも、彼らはあの少女が眠っている所を見た事がない。それどころか、今取り出している鍋で食事したことすらもない。

 彼女は、不死だから。

 

「サリー、大丈夫か?」

「早く回復してくれ。肋が折れて死ぬほど痛い」

 

 仰向けで動けなくなっている亜人の少年に、タリスマンを掲げて奇跡を詠唱する。

 

「大回復」

 

 それは高位の聖職者が扱える偉大な奇跡。

 あまりに膨大な物語であるその奇跡は、聖職者ですらない少年が扱えるようなものではないはずだ。

 

「クソ……師匠め、いつか超えてやる……」

「師匠の事が大好きなのに何を言ってるのやら」

 

 呆れた様子でエルと呼ばれた少年はタリスマンを(ソウル)に収納する。サリーは立ち上がると腰を回して異常がない事を確かめ、答えた。

 

「愛しているさ。同時に、超えたいとも思っている。それはお前も同じじゃないのか?」

「僕は君ほど闘争心に溢れてないよ。師匠は確かに口は悪いし神の事をボロクソ言うけど、その名に恥じぬ清廉さを持っている。良き聖職者だよ」

「ボロクソ言うのにか……?」

 

 まぁいいや、とサリーが吐き捨て少女が待つテントへと二人で戻ろうとする。

 だが、その時。

 

 陽も暮れた空から、突然何かがやって来た。

 

 それは彼らの前に降り立つと、両腕の翼を広げて咆哮する。

 

 飛竜。

 古竜の末裔が、夕飯を求めて彼らの前に降り立ったのだ。

 

「りゅ、竜!?」

「どけ! 俺が……」

 

 硬直するエルに代わり、サリーが剣を飛竜に向ける。

 だがその瞬間。

 

 ばっくりと、飛竜の胸が穿たれた。

 胸から飛び出すのは、余りにも太い(ソウル)光波(ビーム)。誰がその魔術を放ったのかは、考えるまでもなかった。

 

 あまりの凄惨な光景に、二人は唖然とするしかなかった。

 突然胸に穴を空けられた飛竜はもがく間も無く、突然やって来た来訪者に首を斬り落とされる。

 それは、彼らの師である少女。

 見えぬ一振りの刀で、その首を斬り落としたのだ。

 

 圧倒的な技量。切断面は綺麗過ぎて、きっと飛竜も殺された事に気が付かなかっただろう。

 圧倒的な速度。テントからここまで、100メートルはあったはずだ。まるで瞬間移動でもしたのかと言わんばかりの素早さ。

 圧倒的な理力。見たこともない魔術は、(ソウル)の槍がもたらす威力を軽く超えている。まるで、奔流。

 圧倒的な殺意。先程まで訓練をしていたとは思えぬスイッチの切り替えの速さ。

 

 今のままでは永遠に勝てないと、二人は悟る。彼らと少女の間には、絶対的な壁があった。そもそも、彼女に勝てる者がこの世界にいるのだろうかと。

 

 少女は刀を振って血を払うと、竜の血で全身を染めた弟子達に言った。

 

「今日は竜の心臓で英気を養うか」

「冗談でしょ?」

 

 面白くもない冗談を言う師匠に、サリーは言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 血塗れの広場で、私はとあるものを観察していた。

 ちなみに広場が血塗れなのは襲ってきた亡者共を斬り伏せたからだ。私は悪くない。

 

 観察しているのは、木だ。

 正確には、人の身体から伸びた樹木。それは立派な木ではないにせよ、枝というには太い。

 

「人間性の変質……火の陰り……」

 

 火が陰るということは、人の本来の姿を取り戻すということだ。神々が封じた人の可能性。

 故に人から不死が現れる。闇というものが溢れる。

 けれど、人の膿と言い目の前の木といい、私がかつて旅をしたロードランやドラングレイグでは見たこともないものだ。

 

 理由は分かっている。

 今と過去では火の陰りの度合いが違うのだ。

 

 かつてのロードラン、そしてドラングレイグ。

 あの時代の火には、まだ勢いがあった。

 薪を焚べれば弱まった炎は勢いを取り戻し、また世界に完璧な封を施す。

 

 けれど今の時代。火の勢いは、最早風前の灯火とでも言えば良いか。

 どれだけ良質な薪を焚べようとも、そもそもの火が弱過ぎる。故に王達は目を覚まし、故郷へと帰っていった。

 

 もう、限界なのだ。グウィンが見出した原初の火の寿命とでも言えば良いか。何事も劣化し、終わりが来る。終われないのは、私くらいなものだ。

 

「人と竜。竜と大樹。大樹と岩々。やはりシースはここまで予見していたか」

 

 かつて公爵の書庫で見たシースの研究。そこには人と竜の関係性などが示されていた。狂う前は奴もやはり偉大な学者だったということか。

 

 

 

 飛竜が道を塞いでいる。

 亡者達には見向きもしないのに、私を見た瞬間炎を吐いてくるとは何と罰当たりか。

 流石に炎で焼かれて死ぬというのは嫌なので、遠距離から魔術を撃ち込む。

 生憎と私がドラングレイグで手に入れたものはほとんど無くしてしまった。眠りについている中で劣化してしまったのだろうか。

 祭祀場の侍女から購入した魔術師の杖で、(ソウル)の槍を放てば呆気なく飛竜は退散した。情けない。

 

「護り竜よりはマシ程度か」

 

 今戦えば、あのドラングレイグ産の飛竜など相手にならぬだろう。そういえばあの偽りの古竜はどうなっただろうか。敵対することはなかったが、糧となるなら殺しておくべきだったか。

 

 道中、亡者と化したロスリックの騎士を屠りながら高壁の内部へと侵入する。

 これまた亡者になった盗賊が群れをなして襲ってきたが、返り討ちにする。

 スローイングナイフを投げられたのであればそれをキャッチし、投げ返す。

 バックスタブしようとするのであれば後ろ蹴りでいなしてから斬り捨てる。

 すると、牢屋のような場所にやって来た。どうにも亡者ではない盗賊が捕えられているらしい。

 

「……ああ、どうやらあんたは牢番ではないようだ」

 

 小人のように見えるその盗賊は、奴隷の頭巾を被っていて顔は見えない。だが(ソウル)を見透かす限りこちらに悪意や敵意は向けていない。

 牢屋の鍵をピッキングして開けば、彼はとあるお願いをしてくる。どうやら高壁の下にある不死街に、探している女性がいるようだ。

 

「そいつに、この指輪を渡してはくれんかね。ああ、もちろんただとは言わん。儂の願いを聞いてくれるのならあんたに協力するよ。ケチな盗人だが、育ちの良いバカよりは余程役に立つ」

 

 確かに、とは思う。頭の硬いボンボンよりは彼らのような盗賊……或いは義賊の方が義理堅いし仕事もする。

 私が了承すれば、彼は帰還の骨片を用いて祭祀場へと避難する。あれで帰れるということは、彼もまた火の無い灰なのだろう。

 

 そんな出会いを経て、更に先へと進む。

 すると戦場にでもなったのか、高壁の内側の広場は凄惨な事になっていた。

 

 かつては美しかった噴水の広場は、死体処理のために火が焚かれ、そこには死体が焚べられている。

 ロスリックの騎士や兵士達の鎧だけが散乱しているあたり、きっとそれなりに長い年月ここでは争いがあったのだろう。中身が(ソウル)化して消えてしまうくらいには。

 

「何だお前は」

 

 そんな広場に、デブの騎士がいる。

 そいつは大きな斧を手にし、背中には小さな羽が生えている。

 

 ……羽?

 

「天使信仰だと……? 太陽ではなく……?」

 

 襲いかかってくるデブを、斬り捨てる。見た目に反して割と軽快な動きだったが、ドラングレイグの竜騎兵程度の強さだ、相手にならない。

 

 だが、これはおかしなことになっている。

 ロスリックは最古の火継ぎを再現するための国家。

 私に頭を下げてまでフラムトが作ったのだから、間違い無い。それがどうして、天使などという深淵に近いものを信仰するような者を置いている?

 私が放浪し、眠っている間にこの国は随分とおかしなことになっていたようだ。今となっては後の祭りだが。

 

 次にやって来たのは、庭園だった。

 ここはよく覚えている。確かここからロスリック王城へと繋がっていたはずだ。あの頃は私の趣味で百合の花なんかも備えさせていた。

 だが今では花は枯れ果て、ただ草が伸びて垣根となっているだけ。

 

「風情が無いな、貴様ら」

 

 そこを闊歩するロスリック騎士の群れに呆れたように言う。

 言葉すらも解せぬほどに落ちぶれた彼らは、ただ私へと襲い掛かる。

 

 先頭の騎士が振るう剣をロングソードで完璧に弾くと、前蹴りで体勢を崩す。そして一気にそいつの口へと剣を突き刺す。

 今度は槍持ちが突きを放って来る。

 それを、完全に見切って踏み付けた。

 

「ぬるいな。私が直々に鍛えるべきだったか」

 

 たまらず騎士は槍を引き抜くと、こちらの攻撃を予想したのか大盾を構えた。

 だがそんなものでこの私の攻撃を防げるとでも思ったのだろうか。

 

 基本、長剣や片手剣で大盾の防御を崩すことは難しい。けれど、それは撃力が足りないからだ。

 私は一歩踏み出し、肩にロングソードを担ぐとそのまま回転して大きく振り回す。

 まるでハンマーのような打撃力が乗った一撃は、大盾兵の体幹を大きく崩した。

 そして仰け反る騎士の胸を剣で穿つ。鎧など、私の筋力と技量の前では意味が無い。ただ紙のように薄い。

 

 二人倒せば、今度は騎士長らしき青いロスリック騎士が待ち構えていた。

 そいつは悠長に剣へと奇跡をエンチャントすると、こちらへと走って来る。

 

「そろそろ飽きたぞ」

 

 だから私は、一気に距離を詰めた。

 まるで瞬間移動のようにステップし、通り過ぎ様に胴を両断する。

 便宜上、加速と呼んでいるこのステップは、圧倒的な速度で移動距離、速度を追求したものだ。ドラングレイグの旅を終えた後、愛するルカティエルと編み出した。

 

 死体を背に血を払って納刀すると、目の前にある大きな建物へと進入する。ここからロスリック城へと至れるからだ。

 

「久しいですな、白百合様……否、今は火の無い灰でしょうか」

 

 だが、そこには通路はない。ただ椅子に座った老婆がいるだけだった。

 祭祀場の侍女にも似たその老婆に見覚えはない……はずだ。いや。

 

「……エンマ? あの修道女の?」

 

 そう尋ねれば、彼女はにっこりと笑って見せた。

 嗚呼、時の流れとはなんと残酷か。建国の際にやたらと私を慕ってくれたあのうら若き修道女が、こうも歳をとるものなのだな……思えば、あの侍女も昔は美人な乙女だった。

 だが、歳をとるならば不死ではないはずだ。否、歳をとってから不死となったのか。

 

「今となってはこのロスリックの祭儀長です。貴女に、お伝えすることが」

「……聞きたくはないが、述べたまえ」

 

 そうして語る祭儀長エンマ曰く、このロスリックには王達はいないとのことだ。

 彼らは皆、ロスリックの麓に流れ着いた彼らの故郷へと帰っていったのだと。これは長旅になりそうだ。

 

「高壁の下に向かいなさい、白百合様。大城門の先、この小環旗が貴女を導くでしょう」

 

 彼女が(ソウル)より旗を取り出す。それはロスリックのものだ。

 私はそれを手にすると、(ソウル)へとしまう。僅かに何かの力が篭るそれは、何かを呼び寄せるための装置なのだろうか。

 

「ロスリック城へは至れぬのか?」

「時が来れば。それまでは、王達を追うことです」

「あの優しい子が随分と厳しくなったものだ……時の流れは残酷だな」

 

 私の小言にふぇっふぇっふぇ、と笑うエンマ。

 

「貴女はいつでも美しいままです」

「……ありがとう、エンマ。一つ聞きたいのだが」

 

 この広間に来てから、ずっと気になっていた事を尋ねる。

 

「アレは、無視しておいて良いのか?」

 

 見えぬ何かがいる空間を指差す。

 すると彼女は頷き、

 

「今はまだ、奴もこちらを見張るだけ。さぁ、貴女は高壁の下へと向かいなさい。そして、注意なさい。大城門には番犬がおります。忌々しい、冷たい谷の番犬が……」

 

 それを聞いて、私は表情を変えずに呟く。

 

「冷たい、谷」

 

 想いを馳せる。

 かつて出会った、鍛えた若造の事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「瞬間凍結」

 

 サリーがブルーフレイムから冷気を放つ。

 放たれた冷気は果物に当たると、それらを一瞬で凍らせてみせた。

 ブルーフレイムでそれらを切ると、なんと不思議。凍らせたスイーツの出来上がりだ。

 

「師匠、食後のデザートができましたよ」

「私に食事は……甘い物ならいただこう」

 

 凍ったフルーツが載ったお皿を少女に手渡す。すると少女は真っ赤な苺に手をつけ、そのまま頬張った。

 一瞬、まるで頬が蕩けたように笑顔を見せる。けれどすぐにいつもの凍ったような無表情と化した。

 面白いものだ。氷づけの果物が、少女の表情を溶かすなどと。

 

「サリー、この魔術ってどこで覚えたんだい?」

 

 不意に、隣で同じくデザートを食すエルが尋ねる。

 だがサリーは、亜人特有の顔を歪めた。同時にエルは、サリーが自らの出生などを答えたことがない事に気がつく。タブーだったか、と後悔したが。

 

「何もない辺鄙な場所さ。でっかい塔と教会があるだけの冷たい場所」

 

 サリーが説明した瞬間。

 師の手が止まった。だがすぐにまた果物を食す。

 

「そういうお前はどうなんだよ」

「田舎の修道院だよ。親はいない」

「そうか」

 

 それ以上の会話はなかった。

 ただ皆が、黙々とデザートを食している。

 だがこの日だけは、それ以上師である少女がデザートを食べて笑みを見せることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 高壁の下。

 そこに至るための大城門の扉へと近づけば、気配を感じた。

 殺意、敵意、闘争本能。まるで獣のようなそれは、確実に私へと向けられている。

 闇を感じる。けれど、ただの闇ではない。深淵に近い、けれど冷たい闇。背後にそれが現れると、そこから何かが這い出て来る。

 

「エンマの言っていた番犬か」

 

 それは、獣だった。

 そして騎士でもあった。

 

 甲冑に身を包み、手にした大きなメイスは確かに騎士である証。

 けれど巨大化し、四つん這いになって躙り寄る姿はまるで獣。

 人とは、やはり可能性の生き物だ。けれど、こうまで尊厳のない可能性は否定したいものだ。ましてや、それが弟子の所業であるかもしれないなどと。

 

 ただ棒立ちで、視線をそちらに向ける。

 青く光る目は、やはり人ではない。獣そのものだ。

 獣は大きく咆哮すると、手にしたメイスを石畳に突き立てる。

 震え、砕ける石畳。こいつはここで殺さなければならないようだった。

 

 

冷たい谷のボルド

 

 

 刹那、ボルドが大きくメイスを振り上げる。

 瞬時に私は加速してキルゾーンから奴の足元へと退避すると、ロングソードで踵を斬りつける。

 

「硬いな。凍ってもいるのか」

 

 浅く斬りつけるのみに留まる攻撃。

 どうやら鎧と、肉体が凍り付いていることによる防御力のせいでやたらと硬いようだ。

 ならばと私が左手に呪術の炎を呼び寄せれば、ボルドは振り向き様にメイスを振るう。

 バック宙でそれを回避し、呪術を詠唱する。

 

「混沌の大火球」

 

 溶岩を伴う大きな火の玉を投げ付ける。

 胴体に着弾したそれは、効果があったのかボルドを大きく怯ませた。

 凍った反面、火には弱いようだ。呪術は丁度良いだろう。

 

 叫び、しかしボルドは大きく跳躍する。

 メイスを振り上げながら迫る巨体に、私は冷静に対処する。加速して加害範囲から逃れると、すぐに呪術を放つ。

 

「なぎ払う炎」

 

 その名の通り、鞭のように生み出した炎を振るう。

 ボルドの顔面にベチベチとぶつけられた炎は確かに彼を苦しませているようだ。

 続け様に、左手の呪術の炎を消して杖を取り出す。

 

(ソウル)の大剣」

 

 杖から生み出した実体を持たぬ大剣を振るう。

 それはボルドの顔面に当たると、例え兜越しであろうともダメージを与えてみせた。

 だが、その瞬間ボルドが大きく吠えてバックステップでこちらから距離を取り出す。

 

 第二段階といったところだ。こういう(ソウル)の大きな者によく見られるのだ。

 

 ボルドが動き出す。

 まるで猪のように。四足歩行でこちらへ向けて突進してきた。

 

「おっと」

 

 それを加速で回避する。

 だが避けられたボルドは反転するとまた突っ込んでくる。

 動きは直線的だ。回避も容易い。だが当たれば弾き飛ばされることは目に見えている。痛いだろう。

 数回それを繰り返し、こちらもそれを全て避ければとうとうボルドは振り返っての突進を止めた。

 代わりに口から冷気のブレスを吐き出す。

 

「やはり、そうか。お前は奴の手先だな」

 

 そのブレスを見て確信できた。

 ならばもう用はない。それに今の突進からの振り返りブレスは流用できそうだ。

 走ってブレスから逃れれば、私は脳内で動きを構築する。

 

 ボルドがこちらへ躙り寄れば、今度は私から動く。

 ロングソードを相手に真っ直ぐ構え、両脇を締めて固定する。

 そして脚力に任せて一気に突進する。

 あまりの速度にボルドの動きでは私を捉えることはできない。

 通過しながら斬り裂き、そして通り過ぎたら反転し、また突進する。

 それを繰り返す。

 

「その技、貰ったぞ」

 

 OBTAINED ENEMY ARTS

 

 数多の強者と戦った。

 数多の殺しを制してきた。

 故の、可能性。敵の技さえも奪い、我がものとする人間性の可変性。

 

 最後に、振り返り様に魔術を繰り出す。

 さも先ほどにボルドが冷気を放ったように。

 

(ソウル)の奔流」

 

 かつてドラングレイグで得た禁断の魔術、それを独自に改良した、私だけの魔術。とは言っても、今となってはきっとロスリックでも知られているだろうが、この威力は私にしか出せないだろう。

 杖から放たれる極太の青い光線。

 まるで全てを消し去るように、前方を光線で薙ぐ。

 

 圧倒的な防御力を誇るボルドは、その光線に全身を埋め尽くすと力無く地に伏した。

 だが、獣とは人とは違う。死に瀕した時にこそ、本能が殺しを求める。

 

 突然ボルドが起き上がり、最期の一撃とばかりにメイスを振り被る。

 私は咄嗟に頼りないロングソードでその一撃を受け止めた。

 

「むっ……!」

 

 重い。

 きっと筋力を最大まで高めていなければそのまま挽肉にされていた。

 お互いに拮抗する力と力。だがこの時、危機に瀕したからか私の中に燻る薪に火が灯る。

 漲る活力。溢れる闘争心。それらが、目の前の獣を討ち滅ぼせと叫ぶ。

 

 

 

EMBER RESTORED

 

「ふんっ!!!!!!」

 

 燃え盛る炎を纏い、私はボルドを押し返した。そしてそのまま力尽きて倒れるボルドに、とどめの一撃を見舞うために跳躍する。

 

 ロングソードを振り被り、左手の掌を自ら浅く斬りつける。

 刀身に迸る炎と血の怨嗟。

 師より受け継いだ、不死を殺す一撃。

 

「奥義、不死斬り」

 

 赤黒く、そして燃える実体のない一撃は、容易くボルドを両断した。内なる薪が燃えるせいかあの頃よりも一撃の破壊力が凄まじい。

 石畳に着地し、剣を振るって血を払うとそのまま納刀する。背後ではボルドが(ソウル)へと霧散し、私の中に糧として流れ込んでくる。

 

 

━━HEIR OF FIRE DESTORYED━━

 

「ふぅ。久しぶりの強敵だった。楽しめたぞ」

 

 きっとボルドも戦いの中で強者に倒されるのであれば本望だろう。バサリと緑衣のマントを翻し、私は大城門の大扉へと向かう。

 両手で踏ん張り、老朽化している扉を押しやる。

 

 開いた門の先。

 そこは、断崖。

 道などない。

 

「流石の私も飛べはしないしな……」

 

 飛べれば落下死もしないのだが。

 とりあえず、小環旗を石畳に突き刺してみる。

 

 何か、羽音が聞こえる。

 それも、なぜか懐かしい羽音が。

 

 刹那、懐かしのレッサーデーモンが崖下から羽を広げて現れる。まさか。

 

「貴様ら、アノール・ロンドを辞めてロスリックに再就職か」

 

 まるでうるせー! っと言っているかのように叫ぶレッサーデーモン達。

 彼らは私を抱えると、そのまま持ち上げようとする。なるほど、彼らが高壁の下へと連れてってくれるのか。

 

「胸を触るなァ!!!!!!」

 

 どさくさに紛れて胸を掴もうとするレッサーデーモンの一匹の股間を蹴り上げる。

 ギャっと言って蹲るレッサーデーモン。他のデーモン達はその光景に引いているが、関わりたくないとばかりに優しく私を抱えて飛び立つ。

 蹲って悶えるデーモンを背に、私はしばし城下の不死街を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 固有戦技/勇猛なる突撃

 

 武器を携え、突進することで敵を粉砕する。強靭度を一時的に増す。

 数回突進し、左手に触媒を装備していれば派生攻撃を繰り出す。

 ボルドはその勇猛さ故に外敵から恐れられた。しかし彼が最期に恐れたのは、巨大な敵でも圧倒的な数でもなく、ただ一人の少女だった。

 

 

 

 

 




ダクソ3となったことで新たにリリィさんが技を得て行きます。


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不死街、狂った闇霊

大変お待たせしました。


 

 

 

 

 使役されたデーモン達が私を運んで行く。

 

 眼前に広がるのは城下町。

 

 人はそこに全てを押し込む。

 

 理不尽という名の暴力。

 

 不死という名の人の変化。

 

 見たくもないものに蓋をして、何になるというのか。

 

 元より人とは闇であるというのに。

 

 人の本質とは、不死であるというのに。

 

 可能性に目を瞑り、人は歴史を繰り返す。

 

 そこは呼ばれる。

 

 不死街と。

 

不死街

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 長く生きていても、達成できないことなど沢山ある。

 その一つが空を飛ぶという事だろう。

 

「随分と久しい光景だ」

 

 一人、呟いては音が風に消えていく。

 いくら理力を上げようとも空を飛ぶことなどできぬ。

 人は竜になれるかもしれないが、それは最早人ではないように。

 人は人の領分で生きている。

 ……そういえば一度(ソウル)の奔流を背に飛んで見ようとしたことがあった。結果は散々なものだったが。

 

 不死街が近付き、ゆっくりとデーモン達は降下していく。

 どうやら私が降ろされるのは不死街と高壁の境目らしい。まぁ冒険には丁度良いスタートであろうか。

 

 だが、何やら風が強い。

 私は飛べないのでわからないが、これだけ風が強いと飛ぶのも一苦労なのだろう。デーモン達は何やら焦るようにギャアギャアと叫んで必死に飛んでいる。

 

「おい、大丈夫かこれ」

 

 純粋に疑問を呈すると、どうやら大丈夫ではないらしい。デーモンの一匹が首を横に振っている。

 参ったな、流石にこの距離から降ろされたら私でも死ぬ。ならばあれを使うか。

 

「おい、適当な足場で良いから降ろしてくれ。あとはこっちで何とかする」

 

 そもそも私にセクハラした奴がいないせいで揚力が足りないのだろう。デーモン達は一番近くにある分断された橋の上へと私を運ぶと、かなりの高さから手を離す。

 同時に、強烈な浮遊感。落下死の時によく味わうあれだ。

 冷静に杖を取り出し脳内で魔術を詠唱する。

 

「隠密」

 

 それはヴィンハイムの隠密達に与えられた、暗殺のための魔術。音を消し、高所からの落下ダメージを抑えるものだ。

 全身に、特殊な(ソウル)が纏わり付く。

 それと同時に私は橋の上へと着地する。

 片膝を突き、衝撃を吸収するとゆっくりと立ち上がって頭上を見た。デーモン達が帰っていく。

 

 埃を払いながら後ろを振り返れば、どうやら分断された橋ギリギリだったようだ。杖を(ソウル)へと収納し、前を見て一瞬動きを止めてしまった。

 

「……蓋被り」

 

 橋の上に、沢山の死体が並んでいる。

 修道士の様なローブに、しかし背中には亀の甲羅のようなものを背負っている死体達。

 幾人かの死体は立ったまま死んでいる。皆、ロスリックに向かおうとしていたのだろう。

 

「ロンドールの者達か」

 

 ロンドール。

 それは老人と亡者達の国。

 カリムの一部を主体として、追放された不死達が建国した国。いや、世界蛇の片割れに唆されて造らされた国。

 少しばかりの私の遺志を汲んではいるが。ロンドールでは私は聖女らしい、迷惑な。

 

 だが、それがどうしてロスリックへと向かっているのだろうか。

 火継ぎは彼らにとっては忌むべきものだと認識していたのだが。或いは、彼らの理想とする火の簒奪が関係しているのだろうか。

 

「オオ……どうか私に死を……私の枷を……外したまえ……」

 

 不意に、声が近くで聞こえる。

 どうやらこの死体の山の中に生きている者がいるようだ。

 他の死体と似ているからわからないが、少しだけ動いている者がいる。

 

「……貴公。ロンドールの巡礼者か」

 

 同じように蓋を被る老人に声をかける。すると、彼は驚いたようにこちらへと振り返り声を上げた。

 

「……おお。おお、貴女は……灰の英雄様……否、深淵の闇姫様ですな……!」

「今はこう語り継がれているのか……」

 

 頭が痛くなる。

 古い闇姫から深淵の闇姫か。流石に色々と痛すぎる。かつての私の悪行がこうも巡って来るとは。

 ちなみに地方によっては私は原罪の探究者とか百合姫などと呼ばれているらしい。百合姫は個人的に好みだが。

 

「お目にかかれて光栄です。私はロンドールのヨエル。見ての通り巡礼者ですが、一人死に損なってしまいましてな」

「そのようだな。他の者も、『蝶』にはなれなんだ」

 

 蝶。それは、歪んだ人間性の慣れ果て。

 今は説明を割愛するが、あれこそ悍ましい人間性の可能性だ。私も見たことはほとんどない。

 

 その蝶を再現しようとしていた古竜は知っているが。

 

「……しかし、これも運命かもしれません」

「嫌な予感がするが、言ってみ給え」

「闇姫様、私を従者とする気はありませんか?」

 

 従者か。

 私は誰かを仕えさせるつもりはないし、自由にやりたいものだが……まぁ、祭祀場という拠点がある以上そういうのがあっても良いかもしれない。

 だが折角ならば少女が良いのだがな……

 

「ロンドールの知り合いには若い女子もいます故……お取次もできます」

「貴公、今から私の従者だ」

 

 長く生きても欲求には抗えない。

 それは昔からなにも変わらぬものだ。我ながら哀れになってくる。

 

「おお……ありがとうございます。このヨエルに最後の使命を与えてくださって……」

「最後……」

 

 彼の(ソウル)は枯渇しかけ、人間性も希薄だ。理性のある亡者、とでも言えば良いだろうか。

 逆に言えば、それこそ蝶となる条件に近しいのだろう。けれど、このままいけば彼は死に絶える。長く辛い旅の果てに、全てを失い動かぬ骸となる。

 それはある種、不死にとっての望み。

 私には、絶対にできない芸当だ。

 私のような、ただ生きているだけの不死には。

 

 

 

 

 

 

 

 不死街の門扉には、中に入ろうとする亡者が沢山いた。皆が皆、私を見向きもせずに中に入ろうと必死である。

 例え見捨てられた街であろうと、そこは彼らの故郷。帰るべき場所。ならば人は帰りたくなるものだ。

 人は言語に帰属するという話も聞いたことがあるが、それだけではない。土地と、そして家。それらが揃って初めて帰るべき所なのだ。

 

「歓迎はされていないようだがな」

 

 門が開くや否や、不死街から亡者犬が飛び出して亡者達を喰らう。その背後には何やら教導師のような巨漢の女が歪な笑みを溢しながら指示をしていた。

 いつの世も変わらぬものだ。例えロスリックが火継ぎを繰り返そうとも。

 弾圧される者はいて、圧する者がいる。

 

 こちらに迫る亡者犬を切り捨て、門で邪魔をする巨漢の教導師と対峙する。えらく厳つくて長い棍棒と分厚い何かの本、そしてやたらと身なりの良さそうな服と帽子に身を包んでいる。

 

「ハァッハハハハッ!」

 

 奴が笑いながら横に振るわれる棍棒を屈んで回避し、懐に潜り込む。私の背後では棍棒の一撃で千切れ飛んだ亡者達が絶命しているが、気にはしない。

 ロングソードで膨らんだ腹部を穿ち、そのまま横に斬り裂く。けれど教導師は存外タフで、怯みながらも右手の本を掲げて呪術を詠唱しようとした。こいつこんな身なりで呪術師か。

 

「大発火」

 

 その前に、私の呪術が炸裂する。

 穿った傷跡に左手を突っ込み、呪術で教導師を燃やしたのだ。

 身体の内側から燃やされた教導師は叫ぶ間もなく、そして呪術を繰り出す間もなく死んでいく。得られたのは、最早売買にしか使わぬ(ソウル)のみ。

 普通の不死相手ならば油断を突いて殺せたであろう。けれど相手は私である。数多の戦いを経て、王の証を掴み取り、そして王にならなんだ者。

 相手が、悪い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 やはり何処でも、この光景は見られるものだ。

 不死街を進み、広場に出れば中央では亡者達が何かを燃やしていた。

 言わずもがな、死体である。正しくは、動かなくなった亡者達。それらを集めて燃やし、処分している。

 彼らにとってそれは火葬なのだろうか。けれど側から見ればあれは単なる処分。そして、指揮するのは教導師。

 数は多かったが、魔術や呪術でそれらを簡易に一掃すれば。

 

「……愛した女が骨になっているなど、どう伝えれば良いのか」

 

 死体袋から感じるグレイラットに似た(ソウル)を奇妙に思って探れば、白骨化した女性の亡骸を見つけてしまった。

 感じるのは、ロレッタという女性の母性。その母性は、確かにグレイラットに向けられている。嗚呼、私に親はいないが。きっと、辛いのだろう。

 一つの骨を、きっと大腿部だろう。それを拾い上げ、(ソウル)に収納する。いつの世も悲劇は続く。

 

 

 

「消えた婆がまたひとり。だから孫はずっと籠を背負ったまま」

 

 不死街を探索していると、何やらおかしなものを見つけた。

 円柱の籠に亡者達がぶち込まれていて、その中でただ一人唄う者がいる。何かの童謡だろうか。

 

「誰か籠にお入りよ。婆の替わりにお入りよ」

 

 これでも学者の端くれとして、その土地の民謡や童謡なんかは興味がある。羊皮紙のメモを取り出して、それを書き連ねる。

 籠……空いた籠なんてあっただろうか。いやあるなぁ。ちょうど入ってくれと言わんばかりの籠があそこにあるんだよなぁ……

 

「……」

 

 すぐ近くに、赤い布に身を包んだ大柄の亡者が片膝をついている。その背には、誰かを待ち望むかのように開いた籠が背負われており。

 絶対あれだよなぁ……嫌だなぁ、臭そうだし。でも探求したいなぁ。入ったら何処へ連れて行かれるのだろうか。強い者でもいるのだろうか。

 

「……わかった、入る」

 

 しばらく悩み、根負けした私は大男の背後の籠に足を踏み入れる。すると入り口の扉が勝手に閉まる。

 こいつは攻撃してこないから良いかもしれないが、他の亡者に見つかろうものなら袋叩きにされそうだ。身動きが取れない。

 すると大男は立ち上がり、歩き出す。一体何処へ連れて行かれるのか。ワクワクは……少しはしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少年達は旅をした。

 師はほとんど自分の事は語らなかったが、時折季節や時期、場所の特質を踏まえながら自らの経験を語った。

 

 竜は飛ばせるな、頭を狙え。

 犬は優先的に排除しろ、全人類の敵だ。

 魔術、奇跡の一辺倒は避けよ。不死相手ならばその強みは弱点になる。

 

 的確な指導により、たった数年で彼らは英雄とまではいかなくとも強者となった。

 師、曰くこの時代にかつてのような強者はほとんどいないから調子には乗るなと言っていたが、それでも彼らを相手にまともに戦えるものは殆どいない。

 師を除いて。

 

 

 

 サリーが振るう双剣を、師は弾く。

 長く、恐ろしいほどに疾い連撃さえも師は木刀で弾く。

 化け物すらも殺せる双剣。古い英霊ですら傷付ける技。

 けれど、師はただの木刀だけで対処している。その光景があまりにも意味がわからない。

 

「サリー、避けろ!」

 

 不意に、サリーの背後から黄金の槍が飛んで来る。

 咄嗟に若き魔術師はそれを回避すれば、槍は対峙していた師へと飛んで行く。

 師はそれを避けようとはしなかった。ただ、木刀でそれを受けてみせたのだ。

 

 その光景は、見る者が見れば愚かであろう。

 槍は、奇跡である雷の槍。触れれば痺れ、否、その雷に身を焼かれる。

 けれど師は、雷を木刀に受けて回転し跳躍するとそれを放ち返してくる。

 その技は、長きに渡る戦いの末に磨き上げた奥義。武器は問わぬ、獲物さえあれば戦士とは何でさえも殺してしまうのだから。

 

「私の奇跡でなくて幸運だな」

 

 鼻で笑うと、木刀から雷が打ち返される。

 その矛先は、前衛であるサリーへと。雷を撃ち返す術など知らぬ彼は、そのまま味方が放ったはずの槍を一身に受ける。

 

「ぎえ〜!!!!!!」

 

 プスプスと焦げながら倒れるサリー。痛そうだが、あれでは死なないだろう。

 

「サリー……!?」

「他人を気遣うのは強者のみができる特権だと、教えたはずだ」

 

 気が付けば、目の前に師が立っている。

 木刀をエルの目の前に突きつけ、けれど吸い込まれそうなほどに美しい貌を冷徹なまでに凍らせて。

 だが人は、闇にこそ惹かれる。

 師の顔は、太陽ではない。闇の具現にこそ思える。

 

「ていっ」

「いたっ!」

 

 エルのおでこを木刀の先端が小突く。勝敗はそれでついてしまった。

 こてん、と尻餅をつくエルの目の前で、背の低い少女は見事な作法で木刀を左脇の帯にさす。すると表情を一つ変えずにただ言った。

 

「反省会だ、馬鹿弟子達」

 

 

 

 夜の帳が下りる中、ゆらりと燃える薪を囲う。

 ドンっと大きな鍋が中心に焚べられ、中には猪や山菜が煮込まれている。

 初っ端に倒れたサリーがそれらに味付けをし、使い古されたお玉で掻き混ぜる。最初に負けた者が飯を作る。それが彼らの掟だ。

 

「師匠、できましたよ」

「うむ」

 

 お椀に注がれた汁と猪肉、そして山菜を受け取り、マイ箸を(ソウル)から取り出して一言。

 

「いただきます」

 

 一口猪肉と山菜を小さな口に含めば、よく咀嚼して師は味を確かめる。

 すると一瞬、無表情の極みのような師の表情が見た目相応に和らいだ。けれどすぐにいつものようにキリリとした冷徹さを取り戻す。

 

「美味い。サリー、お前は剣術よりも料理人の方が似合うぞ」

「冗談だろ……」

 

 ここ数年、師はよく食べるようになった。

 出会った当初は一口も何も食べなかったのに、今では我先にと食にありつく。自称美食家は、不死であろうと関係が無いらしい。

 食こそ、生の実感の一つなのだと。

 

「さて、貴様ら馬鹿弟子の戦いだが」

 

 不意に、師のお椀の中身が無くなった瞬間に反省会が始まる。なおまだ二人のお椀には料理が入っている。

 

「まずサリー。お前の連撃は軽過ぎる。重さが無い」

「またそれか……」

 

 前にも言われたな、と呟くサリーに師は言った。

 

「身体をデカくすることだ。質量と速度はそのまま破壊に繋がる」

「師匠さんは小さくて軽いのにバカみたいに攻撃は重いだろ……あだっ」

 

 コツンとサリーの頭をオタマが叩く。

 

「乙女に重いだのと言うのは失礼だぞ、馬鹿弟子。私の強さは(ソウル)の強化故だ。この時代、上質な(ソウル)などありふれてはいない。ならば物理的な要因で強くならなければ永遠にお前は私を超えられん」

 

 超えさせるつもりはないがな、と付け加えて。

 

「エル、お前は近寄られると何もできなくなるのをどうにかしなさい。状況判断だ」

「はい……」

「男がしょぼくれるな。お前の奇跡の強さは私が保証するさ」

 

 反省会は、大抵そのままお互いに軽口を言い合う場となる。

 そもそも、この緩やかに死に行く時代に生きるだけなら、最早師の導きなど要らぬくらいには彼らは強いのだ。

 けど、戦いだけでは得られぬ見地がある。

 

「少し、話をしよう」

 

 それは、彼等が寝床につく少し前の事だった。

 突然、静かな夜の森の中で師が語りだす。

 それこそ、今の彼等の楽しみ。戦いだけでは得られぬ、生きた神話。最早、エルの崇拝するものは神ではなく。サリーの到達点は世界ではなく。

 目の前の、一人の少女なのだから。

 

「私は……私は、ただの哀れで弱い不死だった」

 

 だから。

 だから、師の口から、直接的に自らの事を語られたら、驚きを隠せなかった。

 けれど二人はじっとその話を聞いた。いつものように壮大な物語ではない。それは、一人の不死が、泥臭く、身勝手で、そしてどこまでも愛に生きようとした物語。

 

 あれだけ強く、隙のない、けれど時折見せる少女らしさに人間味を感じる師が、今日は弱々しく感じた。

 

 ロードランでの物語。

 一人の女が、何度も死にながら、けれど決して心折れず、交わした約束と愛のために奔走し。最後には、守られなかった悲劇。

 

 ドラングレイグでの物語。

 全てを失い、けれどそれ以上のものを得て、新しい愛に生きた英雄譚。

 最後は、玉座を捨てて探究を目指した猛々しい少女の話。

 

「私は、お前達が思っている程強くはない。ただ人より長く生きて、殺して、奪ってきただけに過ぎない」

 

 仮面の女騎士との別れを語り、彼女は全てを否定した。

 

「どうして、今それを?」

 

 探究心に満ちたサリーは尋ねる。

 

「お前達と旅をして、もう五年になる。私からすれば五年など、瞬きにも満たぬ。満たぬが。満たぬのだが……」

 

 手にしていたカップに注がれているコーヒーの湯気が、彼女の瞳を潤す。

 

「きっと、情が湧いたのだろう。そして、知ったのだろう。弟子ができるという意味を。かつて出会った私の師が、何を思ったのかを」

 

 少女は、何も変わっていない。

 実は寂しがりやで、強情で、強そうに見えて、けれど脆い。根はロードランの時から何も変わっていない。

 それが、目の前にいるリリィという無敵の不死。

 きっと、きっと彼女はこれから先の未来、変わらない。

 

 つまり、弟子達がいなくなったら。

 

 また、彼女は一人に戻る。

 それは、変わらない。

 

「……らしくないですね」

「ああ。らしくない。らしくないな……」

 

 夜は耽る。

 きっと、この時からなのだろう。

 彼女の弟子達に、新たな野心が芽生えたのは。

 その芽生えが、きっといつか暗く燃え滾る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が、覚める。

 冷たい水に顔を埋めているのだと、すぐに理解した。

 立ち上がり、私の身体に覆い被さる籠の破片を払うとついでに身体についた埃も払う。

 

「あの籠男め……」

 

 先程入った籠。それを背負っていた亡者が、突然谷底に籠を落としたのだ。

 絶叫する私はいくらかのスリルと浮遊感を感じながら、不死街の底に突き落とされた。まさか意識を失うほどとは思わなかったが。

 

「……懐かしい夢を見た」

 

 在りし日の記憶。

 長きに渡る眠りでさえも、夢を見なかったのに。

 ここにきて、また夢を見るようになったか。

 眠らぬ不死が夢を見るなどとおかしな話だが、最早慣れた。

 

 しかしここはどこだろうか。

 不死街の底だとは分かるが。

 見渡せば、何やら明かりがある。あれは……祭壇か。

 

 何やら禍々しさを感じる祭壇に、数々の蝋燭が建てられている。そしてそのすぐ横には。

 

「ほう。珍しいこともあるものじゃ。亡者の穴倉にまともな奴は落ちてくるとは。それとも貴公、そういうふりがうまいだけかね?」

 

 一人の騎士がいた。

 フランベルジェを担いだ老年の騎士。彼の言葉は、正直私の台詞だ。

 

「かもしれぬな。貴様こそ……まともな振りをして、何が望みだ?」

 

 騎士の足元に散らばる、或いは積み上げられたもの。あれは骨だ。それも……椎骨。枷の、椎骨。

 

 老騎士はつぎはぎだらけの兜の中で、少しだけ瞳を細めた。

 

「ほう……そうかそうか、そうだろうな。狂人も皆、そう言うものじゃよ」

「狂人。自らを狂っていると自覚している狂人など、ありはしない。それは狂おうとしているだけだ。そんなに人の形に拘るか、積む者よ」

「まるで、貴公は狂っているかのような言い振りよの……良い、良い。貴公こそ人の形に拘るのではないか?」

「知ったようなことを」

 

 飄々とした狂人に苛立つ。

 こういう輩には何を言っても無駄だ。こちらが疲れるだけなのだから。

 

「貴公も家族となるか?」

「否。私の家族はもういない」

「積めば、誰もが家族となる。狂うとは、そういうことだ」

「ならば、やはり私は狂っていない」

 

 帰還の骨片を砕く。

 最早この場所に何もなし。このまま話せば、そのうち殺し合いが起こる。

 その騎士を見送り、私は去る。手にした懐かしい盾を見て、少しばかりセンチになりながら。

 

 

 

 

 

 

 太陽の騎士。

 それは、いつの世にも伝わる伝承。

 彼等は弱き者、そして同盟者の危機に現れ、共に戦い、そしてメダルを渡し去っていく。

 不死は、一人ではないのだと。

 世界が異なっても、同志はいるのだと鼓舞するように。

 

「ソラール。貴公の努力、無駄ではなかったな」

 

 不死街の室内、そこにひっそりと儲けられた祭壇を見て私はどこかにいるかも知れぬ友人へと呟く。

 あの頃のように祭壇は崩れ、奉っていた者の石像は足しか残っていないが。

 けれど、しっかりと手入れはされていて。

 ドラングレイグにも、彼ら太陽の戦士はいた。不死の味方であり続けた。

 そして今、この時代でさえ。彼等は戦っている。

 

 私は太陽の戦士ではない。むしろかつては敵であった。

 だが、その在り方は少しだけ羨ましく思う。

 互いを思いやり、戦い、励まし。

 

 嗚呼、懐かしい。

 ルカティエル。君と、かつてあの土地を駆け巡った時の如く。

 

「人の感傷中にさえも、邪魔は入るものだな」

 

 何者かが侵入してくる。

 それは、闇霊。

 否、狂人。

 

 

━━狂った闇霊 聖騎士フォドリック に侵入されました!━━

 

 不死街の通路を駆け巡る者がいる。

 殺せ殺せと、家族を増やせと。

 耳に、脳に、その声が入ってくる。

 啓示のようで、もっと悍ましいその声は、いつからだろう。聞こえている何かの声。

 

 でも、その声は事実。

 

 太陽の祭壇にやってきた闇霊は、狂っている。

 敵も味方も須く殺し、家族となる。積み上げる。

 

「やはり、狂っているか」

 

 その闇霊は、先程の老騎士。

 私の椎骨を狙いにきた、狂った闇霊。

 

 血走った目で、フォドリックはフランベルジュを振り上げる。

 大剣のそれは長身で、かつ波打つ様な刃が特徴的だ。その刀身は傷を広げるのに適しており、食らえば出血を強いられる。

 

 それを、弾く。

 短いロングソードで完璧に弾けば、それに怯まず連続して振るってくる。

 

「狂人とは面倒だな」

 

 太刀筋からかなりの練度であると見て取れる。

 沢山不死を殺して来たのだろう。(ソウル)を溜め込んできたのだろう。

 ならば、その(ソウル)。貰い受ける。

 

 連続攻撃を全て弾く。

 弾く中で、蹴りで反撃して体幹の崩れを狙う。

 そして奴が突きを繰り出した瞬間、いつものようにそれを踏み付けて無効化する。

 

「っ!」

 

 だがフォドリックは無理矢理フランベルジェを抜いてそのまま回転、大振りの一撃を繰り出してきた。

 片足で体勢が崩れた私にそれを避けることなどできない。

 

 花弁が舞う。

 

 私にフランベルジェの刀身が当たった瞬間。

 

 私の身体は白百合の花弁へと変わる。

 

 フォドリックの血走った目が、驚きに染まる。

 

「霧鴉。最早、鴉の要素などどこにもないがな」

 

 名付けるならば、百合舞踏。

 花弁から実体へと変わると、そのまま左手の呪術で大発火を見舞う。

 狂っていようとこの発火には耐えられまい。フォドリックは大きく仰け反りすっ飛んで家具を破壊し壁に激突する。

 

「馬鹿弟子達でさえ、最後はこの技を見切って見せたぞ。所詮は狂人、その程度か」

 

 立ち上がるフォドリックに冷めた言葉を投げ掛ける。

 すると彼は左手に呪術を繰り出し、何かを唱える。

 それは、ある種懐かしい呪術だ。

 ぬくもりの火。ドラングレイグで見出された呪術。まさかこんな所で見るとは。

 

 浮遊する暖かな光は、周囲の者をゆっくりと癒していく。面倒な呪術だ。

 

「ならば、即死ね」

 

 それすらも飲み込む炎を、貴様に。

 繰り出すは、混沌。

 歪な命を産み、全てを滅ぼす禁じられた炎。

 

「混沌の嵐」

 

 呪術の炎を床に打ち付ければ、私の周囲に溶岩が吹き荒れる。

 それは周辺の建物や亡者すらも巻き込み、もちろんフォドリックすらも殺していく。

 貴様の言った通りかもしれぬ。

 長く生き、しかしそんな私は、もう狂っているのかもしれない。

 友が築いた、太陽の祭壇すらも溶かしてしまう私の(ソウル)はどこまでも狂っているのかも知れぬ。

 

 

━━Invader Banished━━

 

 



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不死街、ジークバルト

大っ変お待たせしました。


 

 

 

 物陰からチラリと顔を出せば、それが飛んでくる気配を感じて頭を引っ込める。

 刹那、すぐ目の前に大矢が降って来る。

 まるで大木のようなそれは、地面に半分ほど突き刺さると衝撃と轟音をあたりに撒き散らした。

 

「まだこの時代にも巨人がいるとは」

 

 微かに見える塔の上に、巨人がいる。それがこの渓谷を通る者を無差別に射ているようだった。

 弾道は予測できるから、下手をしない限りは大矢に射抜かれることはないだろう。それに道中の敵すらも射抜くおかげで邪魔もいない。

 

 駆け出し、大矢が飛んでくる気配がすれば加速して回避する。

 しかし鷹の目といい、巨人の弓使いというのは驚異だな。昔はその身体で叩き潰した方が強いのではと思っていたが、彼らの巨体に見合う弓を使えばそれはそれはとんでもない威力を長距離から叩き込めるのだ。

 戦術的にも有用だ。

 

 

 狙撃渓谷ゾーンを抜ければ、何やら石造りの遺跡に辿り着く。

 遺跡といってもロードランやドラングレイグよりも新しいものだろうから、そこまで古くはない。だが手入れされていないのかあたりには苔が生え、石畳も少し荒れてしまっている。

 亡者どもを蹴散らしながら、拾ったウィップと亡者から奪った農具を組み合わせて改造する。よし、これで鉤縄ができた。落下死しそうになってもある程度は対応できるだろう。

 

「さて……それで、これはなんだ?」

 

 その遺跡に広場があったのだが。

 巨大な木を囲むように、亡者たちが祈りを捧げているではないか。

 自然にできたにしてはあまりにも不自然な大きさ。それに、実っている卵のような何かが本当に不快だ。あれは呪いの塊だろうか。

 

 不死街というものは、古くから呪いが流れ着く。

 そしてその場に住む者にも、呪いは溜まっていく。

 ならば、あの木は呪いの押し付け先だろうか。手に負えぬ呪いを押し付けるための御神木。

 

「ム……動くのか」

 

 と、そんな時。

 巨大な木が動き出す。

 擬態していたのだろうか。いや、あれは本物の木だった何かだ。

 それが、溜め過ぎた呪いにより変化した。なんと悍ましい。叩き斬ってくれる。

 

 

 

呪腹の大樹

 

 

 大樹をよく見れば、人の手足のようなものがある。あれで動いているのか。見れば見るほど気持ちが悪いが……

 ロングソードを抜き、構えれば大樹に祈りを捧げていた亡者達がこちらに気づいた。

 その瞬間、まるで邪魔だと言わんばかりに大樹の腕に押し潰されてしまった。

 

「信者は大切にするものだぞ」

 

 かくいう私も邪魔なものは全て斬り捨ててきた口だが。

 しかしこれほど大きいとどう攻撃したものか。ロングソードだけでは碌な攻撃手段にならないだろう。

 

 大樹が腕と足をバタつかせるように振るうので、一度離れて呪術を出す。

 

「火球」

 

 一先ず牽制の意味合いとしても呪術で直接的に攻撃する。しかし大樹は燃える火の玉をものともせずにゆっくりとこちらへと移動してくる。木だから燃えるかと思ったが、どうにも呪いのせいで効果が薄いようだ。

 

 ならば、やりようはある。

 呪いとは溜め込むもの。大樹を構成しているものが呪いであるのならば、その呪いを消してしまえばよい。

 

 私は動かぬ屍と化した亡者から農具を取り上げる。熊手のようだ。

 そしてウィップを取り出しその先端に熊手を括り付けた。

 

「さて、久しぶりだからどうなるかは分からぬが。遊ばせてもらおう」

 

 ウィップを振り上げ、接近してくる大樹の上目掛けて投げつける。

 すると先端の熊手が引っ掛かったので、思い切り引きつけながら跳躍する。刹那、私がいた場所を大樹の腕が通り過ぎた。

 

「ははっ」

 

 大樹の枝を支点に自由自在に飛び回る。

 もちろんこれは単にウィップに振られているだけであるが、それでも超高速で機動しているので鈍足な大樹に私が捕まえられるわけもない。

 

 近場の枝に実っている卵を通り過ぎ様に斬りつける。

 すると液体をぶちまけながら卵が弾ける。その瞬間大樹が明らかに悶え苦しみ出した。やはり効いているようだ。

 

 鉤縄を解除して飛び降り、疲れ果てたように倒れ込む大樹の卵を壊しに行く。

 全力で駆けながら近場の卵を斬りつけ、遠くの卵はスローイングナイフで落とす。どうやら卵はかなりの呪いが溜まっているらしく、ちょっと突くだけで破れてしまう。

 そのせいで私の服が汚れそうになるが、なんとかダッシュで避けまくる。汚い。

 

「良い加減消えろ。汚いんだ」

 

 不潔なのは嫌いだ。

 不死は篝火に触れればその肉体の時を戻せる。故にずっと綺麗なまま。

 他の不死は平気な顔で汚物の中に手を入れるが、私は本当に嫌だ。かつてロードランにおいて、最下層なんかがあったが今考えたらよく平気な顔で私は探索できたな。

 

 ある程度卵を破壊する。

 すると、もう限界と言わんばかりに大樹は震えて両腕を振り上げる。

 

「おっと、それはマズイな」

 

 今我々が立つ石畳はもう朽ちかけている。

 あの巨体が腕を最大威力で振り抜けば、きっと石畳は割れてしまうに違いなかった。

 問題は、この石畳の下に何があるかだ。空洞かもしれないし、普通に岩かもしれない。

 

 大きな音を発てて大樹の大腕が石畳を砕く。

 この祭壇の石畳がほとんど割れ、近場にいた私も崩落に巻き込まれた。

 下は空洞だったか。すぐに鉤縄を取り出して、近くの岩場に引っ掛ける。どうやら石畳の下は広い洞窟らしく、四周を岩に囲まれていた。

 

「ちっ、パルクールは万能じゃないんだぞ」

 

 空中で振られながら、私は適当な岩場に掴まって飛ぶ。

 そしてまた岩場に掴まり、また飛ぶ。

 そうして下へとどんどん降りていく。他の不死には真似できまい。習得するまで何回か死んだんだぞ。

 

 最下層に着地すれば、腰を強打したらしい大樹が震えながら腰を押さえていた。

 少しばかり人間らしいその動作に同情してやらんでもないが、生憎化け物には容赦はしないと決めている。

 すると大樹の中心が割れ、中から禍々しい腕が飛び出てくる。

 それはより人間らしく、そして悍ましい。

 

「やはり人の呪いが集まれば形は似るものだな」

 

 ならば不死斬りもよく通るだろう。不死街の呪いということは、不死の呪い。不死を斬るための一撃は、きっと致命打になる。

 大樹は生やした腕を大きく振り上げ、私へと叩き付ける。だがそれはあまりにも遅い。遅過ぎて欠伸が出るほどだ。

 大きくバックステップして地面に叩きつけられた腕を回避すれば、一閃。

 

「頭が高い」

 

 赤黒く瘴気に染まった不死斬りが、腕を斬り裂く。

 指を落とし、けれどまだ死ねぬ大樹が痛みにのたうち回る。

 死ねることの、なんと幸せな事か。死とは正しく、不死の悲願。終わりがあることの幸せを知らぬほどに、大樹には脳がない。

 

「生まれてきた地獄に戻れ」

 

 前に駆け出し、ぐったりと疲れ果てた大樹の腕を駆け登る。

 ロングソードを手に、私は左手を刃で自傷し血を滴らせ、腕の根本へとそれを突き刺す。

 そして、血は燃え滾る。

 大樹の内側から、死ねぬ者を殺す炎が燃え滾る。

 樹を燃やすその炎は、魂を焼き切る業火。

 溜めた呪いすら比にならぬ。私は闇に魅入られ、見初められた乙女ならば。

 根源たる闇が、その子らである呪いを打ち消せずになんとする。

 

 炎上し、焼き切れた大樹が倒れゆく。

 飛び去り、刀身に着いた樹液を振るって払うとロングソードを鞘に納めた。

 去り際に奪った何かを手に、私は言う。

 

I’m invincible(私は無敵故),I’m unavoidable(逃げる事は叶わぬ),I’m undebatable.(その余地すらない)

 

 久しいこの言葉に、少し懐かしくなった。

 これはお呪い程度のものだった。自らを鼓舞するために脳が生み出した、単なる言葉の羅列。

 けれど今では、歴とした事実と化している。

 私は無敵で、死ぬことすらも許されぬ。

 

 

 

 

 

 

 

「ほう……君、錬成炉を手に入れたか」

 

 一度火継ぎの祭祀場に戻り、私はルドレスに先程大樹から奪い取った何かを手渡す。

 それは、ある種の呪い。魂を冒涜した何か。

 故に、呪いの溜まり場である呪腹の大樹はそれを取り入れた。活かせるわけでもないのに。

 

「随分と古いが、まぁ使えそうだね。なぁ、君……異形の魂を持ってきたまえよ」

「やはり、そういった類の物か」

 

 ルドレスの手の中で暗く揺れるそれを見て言う。

 あまりにも暗いそれは、まるでダークソウル。

 だがこれは、人工的なものだ。不純物が多過ぎる。

 

「今更禁忌でもなかろう。君は、今までもそういった事をしてきたのだろうから」

 

 私は答えなかった。答える必要もない。

 それに、こういういった技術は今までも散々扱ってきた。

 ロードランやドラングレイグといい、数多の技術者が通ってきた道だ。

 きっと、強い(ソウル)を渡せば強力な何かを錬成できるはずだ。

 だがそれよりも、今はやるべきことがあった。

 

 

 

 

 

 

「そうか。彼女は死んでいたか……」

 

 グレイラットに、遺骨を渡す。

 彼はそれを、抱き締めてそのまま蹲ってしまった。

 涙を流せぬ不死が、けれど悲しんでいる。

 いくら長く生きた私でも、彼にかける言葉はなかった。

 母を知らぬ私に、母を失った者を導けるはずもない。

 

「君は優しい不死のようだ」

 

 ふと、背後から老人が声をかけてくる。

 それは不死街でさっと助けた呪術師である、大沼のコルニクス。

 何やら私を弟子にしたいらしいが、どう考えても私の方が呪術師としても腕が上だから丁重にお断りした。あんまり無碍にしても失礼だし、彼はカリオンのように話が通じないわけでもない。多少の狂気は感じるが。

 

「よせ。単に人を傷つけただけだ」

「それでもだ。君の行いは焼き尽くす炎とは違う。人を包む、温かい火なのだから」

「……暗い魂のようにか?」

 

 皮肉と事実を交えた言葉に、私は鼻で笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少年達が少女と出会ってから、十年近くが経った。

 ずっと彼らは旅をした。東を見ては西を見て、北を行っては南へ行った。

 沢山の事を学んだ。

 人の愚かさ、勇敢さ、蛮勇さ。

 神の偉大さ、愚かさ、惨めさ。

 師は、どこまでも淡々と語った。

 学んだ事を消化させるように、彼女は単なる事実として語った。

 時折街行く少女達に声を掛ける師に呆れながらも、彼らの興味は尽きなかった。例え師である少女が一線を超えない恋愛をしていても、彼等は見ないふりをした。奥手だと馬鹿にすれば模擬戦で死ぬほど痛めつけられるからだ。

 

 もう少年とも言えぬ歳になった。

 サリーは身体が大きくなり、人間に擬態するには無理が出てきて迫害される事も多かった。

 エルはもう大人になり、その偉大な奇跡のせいで数多の教会からスカウトもされた。

 けれど、二人とも師と仲間と離れる事を良しとしなかった。師は知らぬかもしれないが、語らずとも二人にはある共通の目的が出来たのだ。

 

 ともあれ、彼らは旅をする。

 相変わらず師は強いが、昔ほど瞬殺されもしなくなった。

 ふと、彼らの耳に巨万の富に溢れた都の話が入った。

 何でも(ソウル)の業を極め、彼らは豊かになったらしい。

 よくある話だった。だがそういう所は大抵長続きしないし、裏側は醜いだけだからと、寄る事はしなかったのだが。

 

 不意に、師はその都へと足を運ぶと言い出したのだ。

 不思議に思ったが、どうにも富や(ソウル)に興味を持ったわけではないらしい。

 かくして、彼らはその都へ向かう。

 巨人が王となる、その都に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不死街の探索を続ける。

 相変わらず巨人が塔の上から矢を放っているようなので、成敗しなければならない。地味に危ないんだよ、あれ。

 さて、そんなこんなで亡者共を薙ぎ倒して巨人がいるであろう塔に近付けば。

 

「ほう……貴様も火のない灰というやつか」

 

 巨大な槌を担いだ、狼のようなフルプレートの鎧を身に纏う騎士が塔の前で岩に腰を下ろしていた。

 その背後には洞窟があり、その入り口は鍵付きの柵となっており、誰かを閉じ込めているのだろう、中から啜り泣くような声がする。

 

「貴様、カリムの国の者か」

「フン……名も無い亡者風情が、カリムを知るか」

 

 口が悪い。私の嫌いな女神の騎士を思い出させる。国も同じだしな。

 

「フン……まぁいい、忠告しといてやる。お前がまともなら棺桶にでも篭っているといい。ここは亡者の地……まともな奴など、戦場の女のようなものだ」

 

 この男にはさほど興味がなかった。

 ただ、檻の中から聞こえてくる啜り泣くような女性の声が気になった。

 孤独を感じる声。けれどそれは、単なる不死のものではない。私の(ソウル)が、暖かさを感じる。まるで、炎のような暖かさを。

 

「……お前、牢を覗く趣味があるのだな。何とも高貴な事だ。クックック……」

「火防女か」

「いいや。あの女は火防女にもなれなかった役立たずさ。俺がここまで連れてきて準備までしてやったというのに、あの様だ。……あの女は、もう壊れているのさ……クックック……」

 

 だが目の前のカリムの騎士は、そんな壊れた女を守るようにここにいるではないか。

 わざわざ牢に閉じ込めて、誰にも触らせないと言わんばかりに。なんだこの、青春意地っ張り野郎は。

 

 カリムの騎士というものは、生涯一人の女神に仕える。此奴はきっと、私が知らないとでも思っているんだろう。だが残念だな、私は遥か昔から生きて、学び、識っている。

 

「なら、私が貰おう」

「……なに?」

 

 だからこそ、遊んでみたくなった。

 此奴がどこまで一途であるのか試してみたくなった。

 そのプライドある減らず口がどこまで保つのか、試してみたい。

 

「いらないのだろう、迷惑なのだろう? なら、私が戴こう。別に、貴様の女神でもあるまい」

「……」

 

 黙り込み、狼のような兜の下から私を睨む。

 だがそれを無視して檻へと向かい、針金を出して鍵穴へ突っ込む。そしてあっという間に開けてしまった。

 

「お前はそこで見ていると良い。泣いている女の子を無視できるほど人が出来ていないんだ、私は」

「お前……哀れだよ、炎に向かう蛾のようだ」

「蛾にすらなれん男が何を言うか」

 

 鼻で笑い、私は檻の中へと入る。

 カリムの男というのはどいつもこいつも周りくどい。腹が立つ。

 

 檻の中には、一人の少女が打ち捨てられたように座り込んでいた。

 恐らく歩けないのだろう。そして、目も見えないのだろう。私の存在に気付かず、ただ彼女は泣いている。

 纏うはカーテンのように白い聖女の衣。美しいその顔にはよく似合う。

 けれどもそれより、やはりその姿がどこかアナスタシアと被る。魂も、見た目も、何もかも違うのに。

 そこでようやく、私はカリムの騎士に抱いていたイラつきの正体に気がついた。

 

「……君、君。面を上げ給え」

 

 そう尋ねると、彼女は乾いた顔をこちらに向けた。

 

「……どなたです? 誰かそこにいらっしゃるのですか?」

「ここにいる。ほら、感じるだろう。私の(ソウル)を」

 

 彼女の頬に触れる。

 手のひらから伝わる暖かな人間性。

 嗚呼、彼女の内に宿るのは、人間性の毒。いつしか人間性は変異し、虫となり、火防女の内側から噛み付いている。

 なんと悍ましいことか。これこそが人間性。こんな悍ましいものが内側に流れるとは。

 人とは、やはり暗い。暗い故に、人。

 

「ああ……ありがとう、ございます。まだ、私は一人ではなかったのですね。感謝します、神よ」

「リリィだ。君の名前は?」

 

 優しく、包み込むように彼女を抱き締める。

 私の熱を与えるように、彼女へ問いかける。

 

「ああ、失礼致しました。私はカリムのイリーナ。火防女となるため、この地に参りました」

 

 だが、やはり彼女は火防女のなり損ない。

 人間性の闇と、その痛みに耐えられぬのであれば、やはり火防女足り得ないのだ。

 

「そして私に触れ、私を救ってくださった貴女は、きっと英雄なのでしょう?」

「いや。私は英雄ではない」

「私にとって……貴女は既に英雄なのです。けれど私は弱く、だからきっと火防女になれなかったのでしょう。それでも……」

 

 彼女は私を抱き返すと、耳元で囁いた。

 

「英雄様、私を、貴女に仕えさせていただけませんか……?」

「ふぅ〜……もちろんさ、美しい少女よ」

 

 彼女が盲目で良かったと心の底から思った。

 こんなにやけ面を見られたら即座に叫ばれていたに違いない。

 それに……それにだ。私に誰かの想い他人を寝取る趣味は無い。

 彼女の心も、そしてあの騎士の心も、固い意志で繋がっている。そう、感じたのだ。なんだかモヤモヤするな。あいつめ、さっさとこの子と幸せになれば良いのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 イリーナを祭祀場へと送れば、もうあの騎士はいなかった。恐らく奴も祭祀場へと向かったに違いない。

 

 とにかく私は例の巨人の塔へと向かう。

 どうやら巨人が居る上階にはエレベーターで向かうらしいが……リフトは今地下に降りているようだ。

 とりあえずエレベーターを呼ぶためにレバーを操作しようとすると、急にリフトが上昇し出す。

 亡者が私を察知して階下から乗ってきたのだろうか。

 剣の柄に手を当てて、いつでも抜刀できるようにして待つ。

 

 

「っ……」

 

 リフトが、地上階へと登ってきた。

 そしてそのリフトに乗っていたのは。

 

「うーむ……ううむ……」

 

 悩める玉葱。

 否、カタリナの鎧に身を包んだ騎士だった。

 

 脳裏にロードランでの出来事が蘇る。

 使命を果たさんと悩み、駆け、しかし成し遂げられなかった父。

 父を探し、追い、最後には父を殺し切った娘。

 私のトラウマの一つが、蘇った。

 

 

 そして、時が止まる。

 

 コツ、コツ。

 背後から、足音が響く。

 音のない世界、けれど私と奴だけは世界の遺物であるが故に。

 

「あの頃、僕は無知だった」

 

 カタリナの騎士の横へと歩む薪の王。

 浮かぶ映像は褪せていて、けれど消えることはない思い出。

 嗚呼、懐かしい。確かに、奴は無知だった。玉葱と、見たままの感想を述べ、私が咎める。そんな光景が瞼の裏に浮かぶ。

 

「だが無知だったのはお互いだった。君もまた、彼の使命を知る由もなかった」

「……貴様が語ることではない。貴様はあの親子と関わりがないだろうに」

 

 燻る上級騎士の鎧が、こちらを向く。

 

「ああ。だから僕に、彼等に起きた悲劇を語る資格はない」

「ならば消えろ。不愉快だ」

「不愉快なのは、君が彼等を救えなかった事を思い出すからだろう?」

「黙れ。殺すぞ」

「君は負けたけどね」

 

 叩き斬ってやっても良かった。でもそれをしないのは、奴を斬っても意味が無いことを知っているから。

 幻影に何をしても無意味。どうでも良い。

 

「まぁ良い。ここは過去と向き合うのに丁度良い。さぁ、君の罪を見せてくれよ。後悔を……僕に」

 

 

 

「うーむ……お、おお!」

 

 石化したように固まる私に気付いたカタリナの騎士は、驚いたように声を上げた。

 

「すまぬ、考え耽っていた!」

「……ああ」

 

 どうやら私がエレベーター待ちしていた事に気がついたようだ。

 騎士は謝ると道を譲るように私を避ける。

 あの神の地で、初めてカタリナの騎士と出会った時のように。一言一句違えず、彼は考え耽っていた。

 

「私はカタリナのジークバルト。貴公、見た所まともな不死のようだ」

「ジーク、バルト」

 

 カタリナの騎士で、ジーク。

 あの頃から、もう何年経ったかも分からぬが。

 もしかすると、目の前の騎士は彼らの子孫なのだろうか。カタリナという国は既に滅んでいるが、彼もまた火のない灰。

 ということは、この時代に生き返った者だ。

 何らかの未練を残して。

 

「……私は、リリィ」

「リリィ! 良い名前だ、その身にぴったりな名前だ!」

 

 ワッハッハと彼は呑気に笑えば、しかし一転してまた悩み出す。

 

「実は少し難儀していてな」

 

 聞いてもいないのに、まるであの時のように彼は語り出す。

 どうやら彼もまた巨人の矢に困っていたようで、なんと巨人と話し合いをするために塔の上を目指していたようだ。

 だが地下に降りることはできるのに上階へは登れないらしく、困っていたと。

 私は上を見上げる。塔の上階には、同じくリフトがある……どうやら下へ行くリフトと上へ行くリフトは連動しているようで、今地上階にあるリフトに乗っていては永遠に上へと上がれない。

 

「子供騙しだな……ほら」

 

 ジークバルトをリフトの上から退かし、リフトを起動する。するとリフトは下へと降りていく。

 しばらくして、上からリフトが降りてきた。

 

「貴公、もう少し洞察力を鍛えた方がいいぞ」

 

 確か、ロードランでもセンの古城の城門が開かなくて難儀していたな。

 彼は、おお! と驚いて笑うカタリナの騎士。

 

「貴公、天才だな!」

「ふふ……まぁな。」

「さぁ、では上の巨人と話し合いと行こうではないか!」

 

 高いテンションで先導する彼の後ろを、追う。

 上昇していくリフト。どうやら止まらない階から外に出られる場所があるようだ。後で行ってみよう。

 

 最上階に辿り着くと、私達はそれに対峙した。

 巨人だ。まぁ分かっていたが。

 大きな弓を持つそれは、かつて出会った鷹の目を思い起こさせる。そもそも巨人の寿命は長い。そしてこのタイプの巨人は、アノール・ロンドにもいた種族だ。ならばこの巨人は、ゴーの系譜と言えよう。

 

「あんたら、だれ」

 

 低い声で、巨人は言う。

 話が通じるということは、亡者ではないらしい。

 

「おお、やはり話せる! 私はカタリナのジークバルト、貴公! 是非とも我々に矢を放つのはやめてもらえんか!」

 

 すると巨人は懐から何かを取り出す。

 それは幼い白枝。

 何かの魔力を感じるそれは、きっとウーラシール産のものだ。やはり、彼はゴーの仲間だったのだろうか。

 

「いつでも、ばんぜん」

 

 親指を立て、そう言う巨人はマスクの奥で笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 デーモン。

 それは、かつて廃都イザリスで産み出された異形の存在。

 在りし日に苗床は私に滅ぼされ、最早デーモンという恐れられた存在は絶滅していく運命にある。

 けれど、やはりどこにも生き残りというものはいるわけで。

 

「うーむ……どうしたもんかなぁ……」

 

 隣で悩むジークバルト。その視線の先には、弱々しく燃えるデーモンが不死街を彷徨いていた。

 先程の塔の途中から不死街へと至れば、まさかデーモンの生き残りと出会うとは。

 ドラングレイグの時はいなかったし、それ以降も見た覚えはないからてっきり滅び去ったのだと思っていたのだが、まだ生き残りがいた。

 だが、滅び行く者の運命。最早混沌の炎は弱々しく、歩く姿もあの頃の勢いを感じない。そしてそれは、この世界も同じこと。

 

「老いぼれのデーモン……アルシュナはしっかりと役目を果たしたのだな」

 

 混沌を、自らと引き換えに封じ続けたアルシュナ。あのデーモンは老いている。ということは、エス・ロイエス産ではないだろう。

 

「話し合いは……通じなさそうだな。うーむ……」

「考えるだけ無駄だ」

 

 隣でどう対処しようか悩むジークバルトを置いて、私は走り出す。

 デーモンは見つけ次第、滅ぼす。それがかつて約束したことであれば。

 

「貴公! なぜ待たなかったのだ!」

「待っていてもどうにかなるわけでもあるまいに」

 

 鼻で笑い、私は魔術師の杖を取り出しロングソードにエンチャントする。

 

「冷たい武器」

 

 かつて、我が弟子から伝えられたどこかの魔術。

 全ての魂を凍らせるほどの冷気は、あのデーモンの炎を打ち消すには丁度良い。

 

「仕方ない、このカタリナのジークバルト、助太刀するぞ!!!!!! うりゃー!!!!!!」

 

 背後からのっそのっそと駆けてくるジークバルト。面倒だ、彼が来る前に勝負をつけよう。

 こちらに気付くデーモンに、まずは先制する。

 ロングソードを振り上げ、その一刀に全力を集中する。

 

「一文字」

 

 東洋の師から授かった、あまりにも単純な技。

 だが、それ故にあまりにも鋭いその一閃は、岩のように固いデーモンの皮膚と肉を斬り裂く。

 

「二連」

 

 それを、もう一撃。

 すると斬りつけた傷口が凍っていく。過剰なまでの冷気は、傷口からデーモンの中身へと入り込み、脊髄まで凍らせていく。

 

「渦雲渡り」

 

 最早攻撃すらも許されぬデーモンが、バラバラに斬り刻まれて行く。一閃で五閃。それを飛びながら放つ。

 望まれぬ存在であるのならば、せめて一瞬で死に絶えろ。それが私の慈悲である。

 

 着地し、零れ落ちる死骸に背を向けながらロングソードを鞘に納める。

 

「うおぉおお〜……き、貴公……」

 

 剣を振り上げて立ち止まるジークバルト。

 

「すまんな、貴公の見せ場を奪ってしまったよ」

 

 私に流れ込む(ソウル)の弱々しさといったら。

 もう、世界もデーモンも、そして神もまた。

 終わりへと向かっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな話を、細い球体関節の指でページを捲りながら彼女は読んでいた。読み聞かせてくれていた愛する狩人は、今手が離せない。

 工房の窓の外からは金属がぶつかり合う音が響く。

 

「貴様私を愚弄するか……!」

 

 怒り、空中に浮きながら斬撃を繰り出す白百合の騎士。

 

「黒歴史なんてなぁ、イジられてなんぼだろうがァ!!!!!!」

 

 それを全て見切り、手にする刀で受け切る白百合の狩人。

 そんな光景を流し見て、波立つ紅茶が注がれたカップを手にして香りを嗅ぐ。良い茶葉の匂いだ。

 



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生贄の森、アストラのアンリ

 

 

 数多の時代を生きてきた。

 数えきれない興亡を目にしてきた。

 沢山の人の生き死にを見て、考えてきた。

 

 そして得た答えとは。人とは真、学ばぬ生き物であるということだ。

 富に溢れれば堕落し、貧すれば他人を殺して略奪する。

 病が流行れば衰退し、過ぎ去ればそれを忘れていつかぶり返すその時にまた数を減らしていく。

 

 闘争と疾病。

 人はこの螺旋から逃れることはできない。

 歴史とは、まさに過ちの重ね塗り。

 真っ白なキャンバスもいつかは顔料により濁ってしまう。どす黒く、なにも見えぬほどに。

 

 一度、人は。世界は燃やすべきなのかもしれない。

 或いは火すらも届かぬほどに沈めてしまえば良い。

 

 人は過ちを繰り返すのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待ちしておりました、灰の英雄様」

 

 祭祀場にある隠れ場で、不死街において仕えさせることにしたヨエルが私を歓迎した。

 私は少しソワソワした様子で彼に本題を尋ねる。

 

「それで……ロンドールの若く麗しい少女はいつ来るのかね?」

 

 人は過ちを繰り返す。

 それは私も同じことだ。美少女に釣られる古い闇姫。

 だがヨエルは少し困ったような顔を覗かせて言う。

 

「その……ロンドールからこの祭祀場までは距離があります故……どうかもうしばらくお待ちいただけますと……」

「そうか……」

 

 ガックリと肩を落とす。

 代わりにと言わんばかりにヨエルはとある提案をする。

 

「ダークリングを刻むものは、誰しも力を秘めているものですぞ……」

「……ああ、暗い穴のことか?」

 

 怪しく笑うヨエルに、私は尋ねる。

 ドラングレイグの旅の後、色々と学問などに励んでいたためか闇の穴のことはもう知っていた。

 ダークリングを刻まれた不死。その身に抱く穴の闇を深めることにより、力を得られる……だがそれは、亡者により近くなる事に繋がる。

 

「ご存じで?」

「ああ。だが、闇の穴を開けるつもりはない。そも、私は開けられないんだ」

 

 それは紛れもない事実だった。

 ドラングレイグでの旅以降、私は死んでも亡者になることが無い。それはまるで、不死として落第したかのようである。けれど、こうとも取ることができた。

 私と言う長く古い存在は、既に不死として完結してしまっているのだと。

 

「そうですか……ですが、貴女から溢れる闇はどんなものよりも色濃く、深いものです。ならば暗い穴も必要がないのでしょう」

 

 

 

 

 

 ヨエルとの会話を終え、私は祭祀場の篝火の傍で呆然とその炎を眺めていた。

 篝火を挟んで反対側には火防女がおり、ただ静かに佇んでいる。

 火防女が何を思い、今の人生を選んでいるかなど自由だ。そこに私が口を挟む理由などありはしない。

 ただ、あまりにも喋らない彼女に少し不満がないわけでもない。

 アナスタシアは、打ち解ければ私を受け入れてくれた。

 シャナロットは、不思議ちゃんだった。最後まで百合には染まらなかった。

 二人とも、どうなったのだろうか。

 アナスタシアのその後を知る権利は私にはない。だが、聞くところによると彼女は一国を治める程に大きな宗教を開いたのだという。

 シャナロットは、今も得た自由をその手に放浪しているのだろうか。

 

「灰の御方、御用でしょうか」

 

 そんな事を考えていれば、火防女が真隣に立ち尽くしていた。深く考えてしまうと殺気以外を感じ取れなくなるのは悪い癖だ。

 見上げれば、火防女はきょとんと首を傾げている。

 

「何か……?」

 

 思わず彼女の暴力的なボディに見惚れてしまう。

 前にも語ったが、ピッタリとした衣服はなんというか、色んな欲を掻き立てる。

 ていうかこのデザインをした奴、分かってるじゃ無いか。うーむ、実に良い。素足なのも分かっている。

 

 ふと、私の手が彼女の剥き出しの足先に伸びる。

 

「ん……灰の御方?」

「寒くないか。いくら篝火があるとはいえ、ロスリック近辺の気候は肌に堪えるだろう」

 

 さする。

 さすって、撫でる。

 

「いえ……でも、なんだか暖かいです」

「そうだろう……ふふ」

 

 嗚呼、玉座に座りながらニヤつくルドレスや唖然としている心折れた騎士さえいなければ口説いているのに。

 

 

 

 

 

 

 

「貴様最低だな」

 

 本を閉じ、目の前で真っ赤になっている白百合の騎士を軽蔑した目で見る。

 だが分かるよ。百合とは甘いものだ。だからこそ恐ろしい軽蔑が必要なのだ。

 

「貴様ァ……」

 

 白百合の騎士は今にも斬りかかりそうな狂気的な表情を朱に染めた。

 けれど、工房の……特にこのティータイム中に剣を抜く事はいくら上位者であろうと許されない。

 私も彼女を止めるために、テーブルの下で膝の上に置いた手に銃を握り締める。

 

「騎士様。騎士様は、人肌が好きなのですか?」

 

 だが、そんな火薬庫のような現状を打破する言葉が人形から投げかけられる。

 人形は騎士の手を取ると、自らの頬に当てた。

 

「どうでしょう。私は人形ですが……暖かいですか?」

 

 惚けたような表情をして頷く白百合の騎士。

 白く長い睫毛が艶やかに光る。

 

「嗚呼……良い、良い。君の肌こそ、私が求めていたものだ」

「ねぇ人形ちゃん! 私! 私は!?」

 

 まるで浮気された者のように私は人形の服の袖を引いて縋る。

 

「お前はなめくじとよろしくやっていろ」

「貴様ァ! 神秘を愚弄するかァ!」

 

 勝ち誇った顔をして人形の頬をさする騎士と激昂する私。

 それはともかくとして、話を進めよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 火防女との触れ合いは良きものだ。

 イリーナは……なんだかイーゴンが遠目に護っているために近づきづらい。あいつめ、そんなに好きならさっさと彼女を攫ったら良いものを。ぐずぐずしていると私が攫うぞ。

 若者達のボーイミーツガールに興味はさほどないが、これも長い不死人生での思い出と考えてとりあえず不死街の先を進む。

 不気味な暗さと偽りの太陽の明るさ。それらがミスマッチしたその道は、不死街に隣接するだけあってまともではない。

 

 

 

生贄の道

 

 

 ここは虐げられた亜人達の逃げ場所なのだろうか。

 あちらこちらにいる亜人達は、私を見るや否や襲いかかってくる。

 まともな理性などないはずなのに、時折語り部らしい亜人の話を熱心に聞く様は人と変わらない。

 神共の誇張された奇跡を盲信し、異教徒へ敵意を向けるというのは知的生物の共通点のようだ。

 

 そしてそういう場所には、大概彼女の意志を継いだ者がいる。

 

「肉断ち包丁に狂った女。何事も歴史は繰り返す」

 

 狂女イザベラ。

 脳の中の何かが、目の前にいる不死の名を告げてくる。

 生贄の道半ば、それは突如現れた。

 肉断ち包丁を手に携え、身に纏うはボロ切れ。

 いつか病み村で出会った人食いミルドレッド。彼女を彷彿とさせる姿だ。

 

「だが……貴様に私の愛は届かないだろう」

 

 愛を享受するには、彼女は狂い過ぎている。

 (ソウル)が摩耗し過ぎている。

 振るわれる大きな包丁を弾く。何度も叩きつけるように包丁を薙ぎ払うイザベラは、しかし懲りることはない。

 

「あの時は魔術で倒したのだったか。今となっては、使う集中力も勿体無い」

 

 振るわれる包丁を、完璧なタイミングで弾けば彼女は体勢を崩した。

 だがそれでもがむしゃらに彼女は包丁を突き刺そうとしてくる。

 それを、淡々と踏み付けて無力化する。そのまま刃の上で跳躍すると、回転し蹴り付ける。

 

 ドンっと蹴られた彼女はそのまま脇の谷底へと落ちていく。

 

「あの頃の私ならともかく、今の私からすれば貴様など斬りつけるだけ無駄なのだ。理性さえ失っていなければ愛してやったものを」

 

 流れ込んでくる僅かな(ソウル)を奪い、剣を納める。今の時代、まともな人間は少ない。どれもこれも、尽き掛けるような火をあてにした神と人間のせいだ。

 

 

 

 

 襲ってくる亜人達を斬り伏せ、先へと進む。

 ロスリックはドラングレイグとは違って陰気臭い場所が多い。観光気分にもなりやしない。

 ふと、生贄の道を進んでいると篝火が見えた。どうやら何かの遺跡の跡に誰かが篝火を焚いたのだろう。

 とにかく一旦休憩しよう。消耗はないが、陰気臭くて疲れる。

 

「む……」

 

 遺跡へ入る直前、気配に気がつく。

 (ソウル)を辿れば、それはどうやら不死のものであるようで。

 警戒し、遺跡へと入れば、彼らはいた。

 

 

「ああ、貴女は。初めまして」

「……」

 

 甲冑に身を包んだ騎士の二人組。

 一人は処刑人のような見た目。そして、今話しかけてきた少女は。

 

 

 

 時が止まる。音が消え、風は止み、舞い散る木の葉は落下を拒む。

 私はただ、挨拶をしてきた騎士を呆然と見詰めていた。

 

 

「まるで、いつかの自分を見ているかのようだ」

 

 

 まるで篝火のように燃え上がる上級騎士が背後から私の側を通り過ぎる。

 燃えていること以外は確かに、彼にそっくりだった。

 同じ甲冑。アストラの長剣。見た目は確かに奴の生き写し。けれどその(ソウル)は。

 否、その(ソウル)もまた、気高く清い、出会った頃のようなもの。

 

「アストラはとうに滅びた。けれど、使命をもった者は火のない灰として蘇る。僕が次の世代に紡いだ芽が、しっかりと芽吹いていることを目にすることができた。君のおかげでね」

「それは違う。お前はもう存在しない。彼女もまた、ただ姿が似ているだけだ」

 

 薪の王は時の止まった上級騎士の前まで歩めば、そっと彼女の腰の鞘に刺さる剣を撫でる。

 

「……彼女もまた、使命を背負っている。かつての僕らのように」

「だから、なんだというのだ」

 

 薪の王はこちらを見て、ただ口を開いた。

 

「君は人を助けずにいられない。ましてや乙女のこととなれば。さぁ、彼女の使命を聞くがよい」

「知ったような口を……」

 

 時が、動き出す。

 目の前の乙女が首を傾げていて、その横で壁に寄り掛かる無愛想な騎士が小さく唸り声をあげていた。

 

「……君は、アストラの出の者か」

 

 小さく尋ねれば、彼女は頷いた。

 

「はい、私はアストラのアンリ。おそらく貴女と同じ火のない灰です」

 

 結局、薪の王が言った通りになってしまった。

 彼女はアストラの出の者らしい。

 

「そして、隣の彼はホレイス。旅を共にする、私の友です」

「……」

 

 相変わらずホレイスという男は低く唸っているが、どうやら喋れないらしい。

 

「貴女も、薪の王を探しているのでしょう」

「……どうかな。やることもなく、ただふらついているだけかもしれんぞ」

 

 軽口を叩いて言ってみれば、アンリはクスッと笑った。

 

「別に邪魔をしようとしているわけではありません。私達も、薪の王を探しているのですから」

 

 そう言うと彼女は道の先を指差す。

 

「ここは生贄の森の半ば、ここを降りれば磔の森です」

「物騒な名前だ」

 

 どうやらこの先には湖を伴った森があるらしく、そこから二つの道に分岐するようだ。

 一つは深みの聖堂。そしてもう一つは、ファランの城塞。

 ファランの城塞は、薪の王であるファランの不死隊の故郷。そして深みの聖堂は……

 

「私たちは聖堂を。あの悍ましいエルドリッチの故郷を、目指しています」

「違う」

「え?」

 

 突然、私は言葉を否定した。

 

「エルドリッチの故郷は聖堂ではない。片田舎の修道院だ」

 

 脳裏に、少年達が浮かぶ。

 そして私が対峙するであろう残酷な運命に、神を呪った。呪って呪って、やめた。

 彼をそうしたのは、自分なのだから。呪うのであれば自分を呪うべきだ。

 

「……なんでもない。続けてくれ」

「……深くは聞きません。けれど、お互い王を探す身ならば、いつか交わる時が来るかもしれません。その時は、助け合えるといいですね」

 

 無垢な願いに、幻視した。

 まだ幼子のように若かったあの頃を。そして、あの頃に得た感情と、相棒を。

 けれど、その歴史を繰り返す事などしない。私は計画を変更して早々にその場を立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女と少年達は、例の都を目指した。

 道中聞こえてくる羽振りの良い話。堕落した貴族達の話。よくある話を聞き流しながら、旅をする。

 その道半ばの森で彼女達はいつものように休止し、食事を囲む。

 例の都へ行くと決めてから、師である少女はとんと口を効かなくなった。出会った時のように口をつぐみ、食事に手も出さない。

 黙々と、気まずそうに少年達は食事をする。それが、ストレスであったことは言うまでもない。

 サリーはいつも持っている手彫りの人形を弄りながら、その貌を師へ向ける。

 

「なんでそんなに怒ってるんです」

 

 不意に、サリーが尋ねた。

 空の食器を手に、彼は直球に不満をぶつけたのだ。

 

「おいサリー……」

「エルは黙ってろ。答えてください、これじゃ飯が不味くてかなわない」

 

 本心は、きっと師を心配していたのだろう。

 だが心配し寄り添うには、あまりにも彼らは師のことを知らな過ぎた。

 知るには、彼女は長く生き過ぎた。

 

「……古い約束だ」

 

 数分して、ようやく師は口を開く。

 薪の炎に照らされる瞳が、少しばかりの潤みを持っていた。

 

「約束?」

 

 師は頷く。

 そして、淡々と語り出した。

 

「私の愛した人との、約束なんだ」

 

 それ以上は言わなかった。

 そして尋ねもできなかった。彼女に纏わりつく悲壮感がそうさせたのかもしれない。

 少年達はただ、薪を囲んだ。

 そして、もうすぐその都へと辿り着く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ほう、驚いたな。こんなところに訪問者とは」

 

 一人の魔術師が、一人の少女と対峙していた。

 ここは磔の森、その遺跡跡。

 崩れた建物と外の湖には亡者や異形の蟹共が魑魅魍魎と蠢いているが、その魔術師がいる二階部分には興味がないのか来ることはない。

 おまけにここには古い魔術の文献が山ほどあった。

 魔術とは識り、知る事。ならば魔術師がここで本を読まぬ理由はなく。

 彼は、ヴィンハイムのオーベックは、そんな魔術師ライフを堪能していた。

 

「それでお前、何用だ? 見ての通りここは俺の書斎でね、何も無ければ静かな読書に戻りたいのだよ」

「太陽の光は紙を傷める。そんな場所を書斎とするとは、魔術師の名が泣くぞ」

 

 オーベックは警戒した。

 杖は出していない。それに彼の装束は、通常のヴィンハイムの魔術師のそれとは異なる。

 故に、一撃で魔術師と看破した目の前の妖しげな少女が恐ろしい。得体が知れない。

 

「やめておけ。魔術でも剣でも、貴様では私には敵わん。魔術師は相手の力量を測るものだぞ」

「お前……何者だ?」

 

 そう尋ねれば、彼女は杖を取り出す。

 それは何の変哲もない魔術師の杖。

 

「魔術師の端くれだ」

 

 そう言って、空いた左手に炎を灯す。

 

「呪術師でもある」

 

 右手に持った杖を消し、聖鈴を取り出す。

 

「奇跡も扱える」

 

 最後に、炎の消えた左手で腰の鞘に手を掛けた。

 

「そして、戦士である」

 

 結局どれなんだと思いながらも、オーベックは彼女の出方を見る。

 魔術師の杖から読み取れた理力と、呪術の炎から感じた熱量、そして聖鈴から漏れ出た悍ましさから、只者ではないことはわかった。

 おまけに剣を取った手付き。剣を齧った者であれば分かる、彼女は剣士としても類稀なる強さなのだろう。

 

「貴様、ヴィンハイムの隠密だろう」

「……どうして分かる」

「私に魔術を教えてくれた人も隠密だった。もう死んだが」

 

 無表情な顔に、多少の悲しみが見て取れた。親しかったのだろうか。

 彼女は机に広げられた本を手に取ると、ペラペラと捲って中身を見た。

 

「おい、勝手に」

「貴様、シースの魔術に興味があるのか」

 

 その本を見て、少女はただ言った。

 古い文献だった。魔術の祖とされる伝説の白竜シースについて書かれたものだ。

 

「ふむ……貴様、案外理力が高い」

 

 少女は値踏みするように彼を見詰める。それが(ソウル)を覗かれているのだと分かるのに、時間は掛からなかった。

 

「探究心もある。野望もある。そして根性もある」

「なにを……」

 

 彼女は本を置き、杖を取り出す。

 

「貴様、私から魔術を学びたくはないか?」

「は?」

 

 意外な提案にオーベックは素っ頓狂な声を出した。

 少女は背後へと振り向くと、杖を翳す。

 

「白竜の息吹」

 

 突然、少女が魔術を唱える。

 すると杖からとんでもない量の理力と青白いブレスが放出され、床を穿ちながらそのまま壁へと走り、外の生い茂った木々さえも両断して空へと伸びた。

 そしてブレスは結晶化し、建物に爪痕を残す。

 それは紛れも無く伝説に残るシースの魔術。オーベックは年甲斐もなく興奮した。

 

「シースの魔術なら知っている。貴公、一端の魔術師になりたいのだろう。どうする?」

 

 その提案に、男はただ頷いた。

 突然できた師に、興奮して震えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時を同じくして、アストラのアンリと沈黙の騎士ホレイスは苦戦していた。

 磔の森、その最深部。続く道は正しく深みの聖堂に繋がっている。けれど、そこを守るように強大な敵が立ち塞がった。

 

 

結晶の古老

 

 それは、ファランの不死隊の同盟者となった魔術師。

 年老いた魔女は、この地を護るように二人の前に立ち塞がったのだ。

 最初こそ、動きの遅い魔術師に善戦していた彼らだったが、傷を負わせた瞬間に分裂し、四方八方から魔術を放ってきたのだ。

 いくら二人でも、無数の魔術師相手には分が悪い。

 

「ホレイス、背中は任せましたよ!」

「……!」

 

 背中合わせで二人は自分達を取り囲む古老達と対峙する。

 不気味な笑みを浮かべながら杖を翳す古老達。

 奇跡は多少は使えるが、専門ではない。故に、魔術の達人である古老からすれば赤子の手を捻るが如く容易くねじ伏せられるだろう。

 

「どうすれば……!」

 

 万事休すとはこの事。アンリは思索する。

 

 

 

 

 

「ほう。兄弟弟子か。否、姉妹弟子と言うべきか」

 

 空から、そんな声がした。

 

 刹那、彼らの前に一人の乙女が舞い降りる。

 

 空から降って来た花びらのように。

 纏う深緑のマントを靡かせ。

 少女は、白百合は降り立つ。

 

「白百合のリリィ。乙女とその騎士に手を貸そう」

 

 結晶の森に、白い花弁が咲き乱れる。

 

 

 

 分裂する敵を相手にするのは初めてではない。

 三人羽織。かつてロードランで対峙した狂った者達もまた分裂した。

 だが共通していえるのは、分裂体はあくまで幻影のようなものだ。本体のようにタフネスも力もない。

 投げナイフを両手に持つ。

 五枚、十枚と、持てるだけ持つ。

 

「フンッ」

 

 踊るように回り、ナイフを無差別に投げまくる。もちろん二人には当てぬように。

 そして放たれたナイフは寸分違わず分裂体に突き刺さり、穿たれた幻影は消えていく。

 

「分身が消えた……!」

 

 ただ一人だけ、腕にナイフを突き刺され痛がる結晶の古老。それが本体だった。

 うぐぐ、と古老が悔しそうにしている。

 

「気をつけて、奴は魔術を……」

「知っている」

 

 杖を取り出し、構える。それを見て結晶の古老は不敵に笑った。きっと小馬鹿にしているのだろう。剣士が魔術などと。

 結晶の古老が杖を構え、理力を溜める。

 同時に私も理力を溜めた。きっと奴はとっておきを放ってくるに違いない。ならば、姉妹弟子として全力で迎え討とう。

 

「キエェエエイ!」

 

 結晶の古老が叫びながら魔術を放つ。

 それは白竜の息吹にも似た魔術。結晶化はしているけれど、その色は紫で、原点には遠く及ばない。否、オリジナリティを出し過ぎている。

 

(ソウル)の結晶奔流」

 

 故に、私は原点を突き詰める。

 杖が軋むほどに溜めた理力で、(ソウル)の奔流を放つ。

 それは流動的でありながら結晶化するほど。

 最早、原点であるシースの息吹と同等の威力を誇る、恐るべき魔術。

 

 結晶の古老の魔術と、私の魔術がぶつかり合う。

 それは爆ぜ、凄じい衝撃波を生む。

 

「わっ!」

「……」

 

 背後にいる二人が余波でよろめく。

 靡く私の銀髪がより一層煌めいた。

 

「弱い。弱すぎる。ガッカリしたぞ、姉妹弟子」

 

 かつてビッグハットから啓蒙された身として、目の前の古老はあまりにも弱過ぎた。

 古老の魔術は完全に私の奔流に敗れ去り、本人もその結晶の中に消えて行く。ただ虚しく、古老の(ソウル)だけが私に吸収されていった。

 

 奔流が消え去れば、古老は完全に消滅していて背後の岩壁や地面も大きく抉れている。残るのは結晶だけだった。

 

「師の下で学び直せ」

 

 

━━HEIR OF FIRE DESTORYED━━

 

 魔術師の杖を(ソウル)へ収納すれば、マントを翻しつつも振り返る。ぽかんとした様子で立ち尽くす二人。

 

「すごい……」

「……」

 

 少女に褒められ承認欲求が昂まった。少女にはもっと褒めてほしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ソウルの結晶奔流

 凄まじいソウルの奔流を放つ。

 ロスリックと大書庫のはじまりにおいて、最初の賢者が扱ったとされる魔術。

 火継ぎの懐疑者である最初の賢者は、ひたすらに強さを求めた。

 愛すべき人を護るために。けれど頂点に至った時、護るべき者は去っていた。

 

 

 

 

 

 



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深みの聖堂、不屈

 

 

 

 

 歴史は繰り返すとは何度も語っていたが、深みの聖堂へと向かう道中にもその兆候はあった。

 ずるり、と伝わる剣の感触。まっすぐ綺麗に引き抜けば、どしゃりと死体が横たわる。

 元々は騎士だったのだろうが、今や追い剥ぎと化している。まるで黒い森の庭のようだが、あそこに比べればまだまだ甘い。

 目線を上げれば、アストラのアンリとホレイスが斧を持った追い剥ぎと戦っていた。大方、あの斧持ちが引き付けた所で今殺した騎士が背後から襲おうとしていたのだろう。

 確かにあの二人は騎士の存在に気付いていなかったから、私がこっそり守っておいた。あの二人はなんだか放っておけないのだ。

 

 

 辛くも追い剥ぎを倒し、三人で先へと進む。

 先導は二人がして、危なくなったら私が手を出す。犬がいたのでそいつらは先行的に排除したが。

 そうして辿り着いた深みの聖堂。まだほんの入り口だが、荘厳な建築物を見上げて感嘆する。

 

 あの坊主が、よくもこんな物を建てられるほどに出世したものだ。謙虚で質素な奴が一番嫌いそうなものだというのに。

 

「ここが深みの聖堂……」

 

 隣でアンリが呟く。その声色には緊張感と、少しの怒りが込められていた。

 この子達があの坊主にどんな事をされたのかは知らない。けれど、この場においてもまだその事実を受けきれていない自分がいたのは確かだった。

 

 ──師よ。私もまた、野望と共に行きます。お達者で。

 

 あの時の言葉が、頭でフラッシュバックする。

 まるで昨日のように。けれど、遠い思い出のように。

 

 

 

 深みの聖堂、その内部へ到るには墓場を経由しなければならないようだった。

 三人で墓から現れた亡者達を倒しつつ進んでいくのだが……どうにも亡者達に沸いている虫が気になる。これは、澱みだろうか。

 

「二人とも、あの虫には触れるなよ」

「あれは一体……」

「……澱み。触れれば、生命を削られる」

 

 人の魂は闇由来。

 それは、暗い魂が故の出来事。

 それが長い時間をかけ、腐り、澱み、虫となる。

 なんと醜いものだろう。あれが人の魂の慣れ果てとは。

 世界蛇の片割れが望んだ世界の末路とは。

 きっと、想像していなかっただろう。

 

 それらを、発火などの呪術で焼いていく。

 闇でしか生きられぬのであれば焼いてしまえばよい。

 焼いて、焼いて、焼き切ってしまえばよい。

 悲劇と愚かさで塗り固められた絵画など、焼いてしまえばよいのだ。

 

「なに!?」

 

 一人、虫を焼いていると。

 アンリが何かに驚いた。それは、突如空から降って来た大矢。振り返れば、不死街の塔が見える……どうやら巨人が狙撃支援してくれるようだ。

 

「味方だ。臆せず進むのだ」

 

 大矢の衝撃で吹き飛び、千切れ飛ぶ亡者。

 それらを横目で見ながら先へと進む。

 時に墓守を殺しながら、時に信徒を蹴散らしながら進んで行く。

 最早まともな者などいるはずもない。宣教師もちらほらいる……奴はここの出の者か。

 

 聖堂の内部へと侵入すれば、そこは天井の梁だった。

 巨大な聖堂には大きな梁が用いられているため、まぁ移動は可能だ。

 

「本当にここを行くんですか!?」

「……」

 

 アンリ達が怖気付く。それがまるであの薪の王を見ているようで。

 

「……ふふ、怖かったら待ってても良いんだぞ」

「うう……行きます!」

 

 やはり、彼女は来る。

 恐る恐る、震えながら一歩一歩歩いていく彼女を見ると心が和む。例え道中に聖堂騎士がいようとも破壊すれば良いだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこは、噂通りの場所だった。

 あらゆる娯楽があり、金持ちが闊歩し、奴隷達がゴミのように働く場所。

 煌びやかな建物は、人々を魅了して止まない。

 もっぱら彼らは野宿が基本だったが、この都には自然が無さすぎる。故に宿を取った。高そうな宿だったが、師である少女がポンっと金を出せば、例え旅人であろうとも豪華な部屋を提供してくれた。

 部屋は綺麗で、煌びやかで、どうにも落ち着かない。

 

「二人とも、今日は休め。部屋から出ない方がいい、娼婦や詐欺師が彷徨いているから」

 

 そう言って青年達を部屋に閉じ込め、けれど彼女は一人で出て行こうとする。

 

「師よ、どこへ行くのです」

 

 サリーが尋ねれば、彼女は鋭い目付きで彼を咎めるように言った。

 

「気にするな。朝には戻る。寝ておけ」

 

 あの目をする時、師は本当に恐ろしい。流石のサリーも彼女の後をつけようだなんて考えないようだった。

 二人、サリーとエルは一人用のベッドに座って話し込む。話題は当然、彼らが大好きな師匠についてだった。

 

「一体、約束ってなんなんだろうか」

「さぁ……けれど、穏やかなものじゃなさそうだ。お師匠様の事だから、警備の者達に捕まるような事はないだろうが」

 

 昔、不死を敵視する国に入り込んでしまったことがある。けれど師匠は警備を掻い潜り、道なき道を進み、時には欺いて国を脱出してみせた。しかも自分たちにその事を悟られずに。彼ら二人は普通に観光していたのだ。

 だがそんな人物があんな目をするのだ。きっと何かとてつもない事が起きているに違いなかった。

 

「それは心配してはいない。あの人を倒せる者など、きっと薪の王だけだろうよ。師もそう仰ってた事だし」

 

 定期的に薪の王と神に対する憎しみを聞いていた彼ら。そのほとんどは愚痴のようなものだが。やれ薪の王は坊ちゃんだの、神はどうしようもない奴らだの。

 二人は心の内に靄を抱えたまま、眠りにつく。

 

 

 師が帰って来たのは、日が昇らぬ頃だった。

 

 

 

 

 

 

 

 聖堂の中は、なんというか、泥に溢れていた。

 全部が溢れていたわけではない。ただ、下のフロアがほとんど泥に塗れている。普通の泥ではない。あれは、人の死体が腐り溶け出たものだ。悪趣味だな。

 

「奴め……」

 

 どうやってその死体を生み出したのかは、想像がついた。

 そして、その泥の上に座り込む巨人。どうやらここを守っているようだ。邪魔なものだ。

 巨人を魔術で屠りながら、下の階への道を征く。そこには祭壇のような場所があり、その隣にも部屋があったのだが。

 

 そこにいた何かに、長い戦士としての勘が警鐘を鳴らした。

 

「下がれ、死ぬぞ」

 

 その部屋から二人を追い出す。

 すると、それは姿を現した。

 

 獣。歪な、獣。

 見た目は雲のようだが、それは獣だった。

 おぞましい。それは深みの生き物。

 否、変質された人間。

 それは私を見つけると、大きな顔を笑みで歪めた。

 

「エル……」

 

 振るわれる多腕を掻い潜る。

 多量の呪いを感じた。きっとあれの攻撃を受ければ呪われてしまうだろう。そうなれば私とて石となって死ぬ。

 足を斬り落とし、腕を爆ぜさせ、けれど私という闇を喰い尽くすために蠢く獣。

 それを殺し切ると、私は思い返す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 扉が爆ぜるように開き、二人の青年は飛び起きる。

 何事かと思い入り口を見れば、そこには彼らの師が息を切らしながら立ち尽くしていた。

 亜人の青年が口を開こうとすれば、師はズカズカと歩いてきて椅子に座る。その仕草はどこか荒々しい。

 

 彼女は懐から不死の象徴であるエスト瓶を取り出すと、それを一気に飲み干す。その光景に二人は驚いた。何せ、出会ってから数年経つが彼女がエスト瓶を飲むのを初めて見たのだ。

 エスト瓶は不死の秘宝。けれどそれは、不死にとっての絶対。エストがなければ傷は癒えず、故に不死はエストを求める。

 

「人は、愚かだ」

 

 不意に、か細い声で師が呟いた。二人は黙って彼女の言葉を脳裏に焼き付ける。

 

「何も学ばない。悲しみも、苦しみも、過ぎ去れば最早意味はないのか……? 私は、私たちは、そんな奴らのために、闇の王に……薪に焚べられたんじゃない」

 

 心からの叫びだった。

 静かな叫びは、けれど二人の青年に酷く染み付いた。

 

「何があったんです、師よ」

 

 サリーが尋ねる。

 師は頭を抱えると、ただ語った。

 

「人が太陽を作るなど、できるはずがない。最初の火を起こすことなど、できるはずがない。ここの人間は、自らの欲望を制御することを知らなんだ。ただ欲のままに、火を求める。なんということだ……」

「つまり……最初の火を、彼らは作ろうと……? (ソウル)の業の原点を、自ら再現しようと? そんなもの、冒涜だ!」

 

 エルが怒りに震える。

 敬虔な信徒である彼にとって、その行為は背信である。

 神が赦された偉業を真似ることなど、あってはならない。そしてその危うさが分からない彼ではなかった。

 

「かつて貴女はイザリスの末路について語った。ここも、混沌に飲まれると……貴女は言いたいのですか?」

「遅かれ早かれ、あの炎はこの街を焼くだろう」

 

 師が何を思っていたのかは分からない。けど、きっとその瞳で見たであろうかの都の末路を、思い描いていたのだろう。

 

「奴がいた。神にもなれず、人にもなれず、竜にもなれない哀れな男が」

 

 ギリギリと歯が軋む。

 

「奴?」

「殺したはずだった。クソ……私の不始末だ」

 

 それが誰かは分からない。でもその奴という者に対して並々ならぬ憎しみを感じる。

 

「……どうするんです?」

「……唆されたとはいえ、最早この都は手遅れだろう。奴を殺したとしても、その欲は止まらぬ。ならば、できることはない」

「約束はどうするんです。言ってたでしょう」

 

 愛した者との約束。

 あの廃都で生まれた異形を殺すというその約束は、けれどここでは効力を発揮しない。そもそもあの廃都とここでは方法が異なるのだから。

 

「私は……疲れた。もう、人に期待することも、絶望することも、何もかも」

 

 弱々しい少女が、そこにはいた。

 長く生きすぎ、疲れ果て。もう、気力すらもない。

 

「朝になったらここを出よう。もう、用はないのだから」

 

 灰のように燃え尽きた少女。

 ただ二人は、その光景を見ている事しかできなかった。

 

 

 

 そして、少女は見抜くことができなかった。

 この時から二人が、暗い欲を抱き始めたことに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おう、貴公! どうやらまともなようだな!」

 

 それは突然現れた。

 巨人のいるフロア、その上層。一本橋の手前に玉葱のようなシルエットの騎士。カタリナのジークバルトだ。

 

「ジークバルト、貴公もここへ来ていたのか」

 

 つい先日会ったばかりの私は当然のように話し掛ける。      

 背後にいるアンリとホレイスは初対面だ、紹介しておこう。ジークバルトならば安心して紹介できる。

 

「二人とも、紹介しよう。彼はカタリナのジークバルト」

 

 そう告げれば、アンリは丁寧に礼をして挨拶する。ホレイスは相変わらず無愛想だが、それが彼なりの挨拶なのだろう。

 だがジークバルトはなんだか少し狼狽える。何かあったのだろうか。

 

「え? お、おう! 私はカタリナのジークバルト。久しぶりだな、うむ」

「……」

 

 何かおかしい。声もそうだが、最初の一言といい私とも初対面のようだ。

 

「ジークバルト、貴公私を覚えているか?」

「うっ、うむ、もちろんだ。だが、あれだな、最近忘れ物が多くてな、うむ。これも不死としての定めか……うーむ」

 

 懸念していた事項だった。

 不死は通常、死ぬと人間性を失う。そして死に過ぎればもちろん人間性を失い過ぎて、いつか亡者となる。

 ジークマイヤーのように。それは、ある種のトラウマだった。

 

「そうか……貴公、あまり死に過ぎるなよ。何度でも死ねるのは不死の特権。けれど、死に過ぎると自らを見失うぞ」

 

 あの時の、ジークリンデの悲しみを思い出す。

 あんなのはもう嫌だ。クロアーナやケイル達のような事も、辛い。もう、慣れてしまったが。

 

「え、うむ。肝に銘じておこう」

「それが良い。ところで貴公、一体ここでなにを?」

 

 何やらぼーっとしていたが。

 

「うむ。やっとのことでこの聖堂の宝物庫を突き止めたのだ」

「宝物庫?」

 

 はて、彼は案外俗っぽいのだろうか。ジークマイヤーはあまり物に執着はしていなかったが。似ているが、やはり別人だしそれはそうか。

 

「宝物庫は、それそこの、細い渡りの先にあるのだが」

 

 そう言って、目の前の一本橋を指差す。

 確かに細いし手摺も無いから落下したら死ぬだろう。

 それに橋の下は巨人がいる。下手をすれば攻撃されかねない。

 

「さて、どうやって近づいたものかと思ってな。ここで難儀しているのさ。うーむ……」

「確かに……危険ですね」

 

 アンリが下を覗く。彼女は高い場所が苦手だろうから尚更渡りたくは無いだろう。

 

「宝物庫には何があるんだ?」

「え?」

 

 ふと、ジークバルトに尋ねる。

 単純に何があるのか気になったのだ。もし価値のあるものがあれば、私が行ってもいい。

 

「あー、それは、あれだ。すごいお宝だ。野暮な事を聞くんじゃない!」

「え? ああ、すまん……」

 

 怒られた。なんで?

 

「ああ、貴公もまだ近づくでないぞ。確かにあのお宝はすごいだろうが……うーむ……」

 

 なんだかそう言われると気になってきた。

 彼はこう言っているが、私も相当な修羅場を潜ってきている。例え巨人であろうとも死ぬ事などない。

 ……なんだか既視感を覚えるが、まぁ長く生きていればこういう事もあるだろう。

 

「あ、リリィ! どこへ……」

「宝物庫とやらを見に行こうじゃないか」

 

 我慢出来ずに一本橋を渡り始める。

 アンリは若干ぐずったが、仕方ないと言わんばかりに溜め息をついてホレイスと追従した。怖いなら待ってても良いのだが、私が放っておけないのだろう。

 

 幸い巨人達は眠っているようだった。

 泥溜まりの上に座り込み、動かない。今が絶好のチャンスだ。

 

 

 

 

「へへ、ざまあねえな欲深女どもが!」

 

 それは突然起こった。

 私達が渡っていた一本橋が、突如として下降していく。

 同時に先ほどまでいた場所から罵倒が響いた。

 

「……これは」

 

 既視感がすごい。

 いやまさかとは思うが。まさかするかもしれない。

 振り返り見上げれば、そこには高笑いするジークバルトがいた。

 そしてそいつは玉葱型の兜を脱ぎ。

 

「タマネギ頭ならみんなマヌケとでも思ったかバーカ!」

 

 つんつる頭の坊主野郎。

 かつて、私のことをロードランでハメに嵌めたあのパッチが、そこにはいたのだ。

 

「せいぜい巨人達と仲良くな! クヒャーッヒャッヒャッヒャ!!!!!!」

 

 死ぬほど腹が立つ笑い声。

 アンリ達は嵌められた!? と驚く。その横で、私はただ震えていた。

 

「んんぐぐぐぐぐパァアアアアアッチ!!!!!!」

 

 私の、数百年ぶりの叫びが響く。

 それを引き金として、巨人達が飛び起きた。

 この華奢な身体のどこからあんな声が出ているのだろうか。

 エルドリッチは今はどうでもいい。やらなければならない事ができた。

 

(ソウル)の結晶奔流」

 

 杖を取り出し、こちらに迫る巨人達へと向ける。

 そして放たれる結晶化した極太の結晶塊。

 それは暴力。巨人達の頭部を超える太さのそれは、容易く彼らを切断し、爆ぜさせる。

 あっという間に消え去る巨人達。それを見て、アンリ達だけでなくパッチまでもが唖然とした。

 

「言ったはずだぞ」

 

 杖の先端を、上層のパッチへと向ける。

 死刑宣告。

 

「次はないと」

 

 そこからの私の動きは早かった。

 泥溜まりをものともせず、待ってと懇願するアンリ達を置き去りにし、道中の亡者どもを薙ぎ払い、パッチのいた場所へと駆ける。

 ロードランでもあの男に嵌められた。もう我慢ならん。

 

「ちょっちょちょちょちょっと待ってくれよハニー」

「殺す」

 

 アンリが駆けつけた時には、革の鎧に身を包み土下座するパッチ。そして彼に剣を突き付ける私がいた。

 

「貴様ァ、ロードランといいエス・ロイエスといい、余程私に殺されたいと見える」

「な、何のことだよ! 俺はあんたの事なんて知ら」

「嘘をつくなよ! 私だよ、リリィだ! 闇の王になろうとした女など私を置いているものか! 覚えているだろう!」

「リ、リリィ! 落ち着いて!」

 

 私を羽交締めして止めようとするアンリとホレイス。けれど私の膂力の前に彼らの行いは児戯にも等しかった。

 

「リ、リリィ? わかんねぇよ! あんたみたいな女は初めてだ! ロードランもロイエスだかって場所も、覚えてねぇよ!」

「……お前」

 

 (ソウル)を覗く。

 それは確かに、パッチの(ソウル)。けれど、よく見ればその魂は薄れていた。

 死に過ぎた。それによる、人間性の喪失。彼は亡者へと近付いていたのだ。或いは、長く生き過ぎた事による弊害か。不死ならばよくあることだった。

 ならば、私という存在は歪である。

 

「……本当に、覚えてないんだな」

「ほ、ほんとだよ! 許してくれハニー!!!!!!」

「ハニーはやめろと言っただろう。……まったく」

 

 剣を納める。覚えていないことを、言っても仕方がない。いや、それ以上に虚しかった。

 きっとこいつは、アナスタシアの事も覚えていないのだろう。

 

「わ、分かってくれたか。ノーカウントだよな、はは」

「カウント1だ、このマヌケ」

 

 まぁ良い。幸にして巨人が死んだだけだ。

 

「ところで、お前カタリナの鎧はどこで手に入れた」

「え? あー、それはだな」

「素直に言え。死ぬよりも酷い目に合わせるぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「かたじけない! この鎧さえあれば自力でどうにでもなる!」

 

 井戸の底から、本物のジークバルトの声が響く。

 どうやらパッチはジークバルトを騙して鎧を剥ぎ取り、彼を井戸に突き落としたのだそうだ。まったくなんてことをするのだ。

 背後ではホレイスに見張られたパッチが不貞腐れたように座り込んでいる。懐かしい品の無い座り方だ。

 

「まぁ、その……彼も助かったことですし、ね?」

 

 アンリに諭されながらも私は数千年分の苛立ちを隠さずにはいられなかった。あいつに嵌められると本当に腹が立つのだ。



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ファランの城塞、監視者

 

 

 

 木漏れ日に照らされた青年は、いつものように聖書を読み思考に耽る。

 神が嫌いな私が、そんなもの読んでどうするのだと問えば。高い感受性を持つ彼はただ言うのだ。

 いつか、今とは違う形態の信仰を説いて、皆でわかり合いたいのだと。

 夢物語だと、彼は自分で言っていた。そして私も、そう思うが。

 その心は、捨てるなよと。私は彼に助言した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 点字が刻まれた聖書を手にする。これは先程、深みの聖堂内部で拾ったものだ。

 中には文字の代わりに、盲目であろうと読める点字で神々の物語が綴られており、それ自体は珍しいものではない。聖職者の中には身体が不自由な人間だっているものだ。かつて聖職者であった私もまた、それを読むことができる。

 

 だが、その中身は。

 とても私の教え子が綴ったものとは思えないものだった。

 

「どうかされたのですか?」

 

 不意に、私の横にいたアンリが尋ねてくる。

 聖書を閉じ、それを(ソウル)へと格納すれば私は首を横に振った。

 ジークバルトを助けた後、私達は聖堂内の小教会にある篝火で休止していた。

 パッチは反省して祭祀場に戻ると言っていたが、あの男がそう易々と反省するならば苦労しない。

 

 パッチが守っていたあの一本橋の先に何があるのかは、一先ず置いて今はエルドリッチがいるであろう場所へと向かうのが先決だ。パッチの一件で時間を潰し過ぎたし、アンリ達は宝物には興味がないらしい。

 

「休憩はもう十分だろう。先を急ごう」

「ええ、そうですね」

 

 篝火から離れると、私は古い記憶に眠る弟子であった聖職者のことを思い出していた。やはり、彼は歪んでしまったのだ。

 しかし、点字聖書を見つけた時はイリーナに良い土産ができたものだと喜んでいたのだが。まさか深淵関連の聖書とは思わなんだ。

 

 泥の間を抜けて聖堂の最深部へと向かう。

 道中、エルドリッチを信奉する僧侶達が邪魔をしてきたが、アンリ達と撃退する。

 彼女達だけでは険しい道のりだったかもしれないが、私にとって大した問題にはならない。

 例え複数来られようとも、一人ずつ相手をして討ち倒すだけなのだから。

 

 奥へ奥へと進めば、濃霧を見つけた。この先に何らかの力を持った者がいるのだろう。

 

「この先に、エルドリッチが……」

 

 息を呑むアンリ。

 

「いや。奴の気配ではない。ここにはいないだろう……何かはあるようだが」

 

 これは直感ではない。明確に、エルドリッチの(ソウル)ではないのだ。私の(ソウル)がそう告げている。

 (ソウル)とは、例え大きくなろうとも本質は変わらぬものだ。悍ましくなろうとも、気高くなろうとも。それは変わらない。

 だが、大きな(ソウル)の中に、懐かしい何かを感じた。それを確認せずに立ち去れはしない。

 

 私を先頭に、濃霧を潜る。

 すると、そこは巨大な円形の墓場だった。

 大きな棺桶が中心部にあり、その周辺に奴を信奉する聖職者達が沢山いる。

 

 

 否。この聖職者たちは、元はこの場を封印していたのだろう。

 けれど、そのどれもがエルドリッチから溢れ出すおぞみに飲まれ、信奉者と化してしまったのだ。

 本質を理解しないまま、彼らは深淵に触れてしまった。恐れを抱くこともなく。

 

 

 

深みの主教たち

 

 

 

 私達の存在に気が付いた主教たちは、揃ってこちらを指差せばゆっくりと近づいて来る。

 

「来ます! ホレイス!」

 

 アンリが叫び、二人が構える。

 私はただ鞘に納めたロングソードに手を掛けると、彼らの戦いを見守った。

 不死は如何に強くとも数の暴力には弱い。

 だがそれ故に不死は一対多を強いられることも多い。

 ならば、これは彼らにとって試練だ。

 ただ(ソウル)を鍛えても得られぬ境地がある。

 

「気をつけて! 呪術を使ってきます!」

 

 主教たちの数人は火球を放ってくるようで、いくつかは私目掛けて飛んできている。

 生憎そんなものに当たるほど初心者ではない。ひらりと身をかわしてそれらを避ければ、しかしアンリ達は大苦戦していた。

 

「くっ……数が多すぎる……!」

「……!」

 

 私と薪の王もかつてはこうだったのだろうか。

 今にして思えば、鐘のガーゴイルに苦戦していた。

 仕方ない、少しは手を貸すとしよう。

 

「アンリ、ホレイス。離れなさい」

 

 二人に忠告し、跳躍する。

 群がる主教たちの中心に降り立てば、近くに居た主教の一人をロングソードで突き刺す。そして突き刺したまま、思い切り周りへと振り回す。

 

「フンっ!」

 

 振り子のように振り回される主教の亡骸。それに当たって周辺の主教たちが吹っ飛んでいく。

 ロングソードを死体から引き抜き、少しだけ跳躍する。

 

「渦雲渡り」

 

 それは刃の暴風。

 宙に浮きながら、二回、三回と剣を振るう。

 だがそれは見かけだけの刃。真に恐れるのは、見えぬ刃だ。

 私が振るった以上の刃が真空となって周囲に無差別に振るわれる。

 千切れ飛んで行く主教たち。たった一つの奥義で弱い主教たちは半数近く死んでいく。

 

「すごい……剣の腕も、私達とは別格だ……!」

 

 それをアンリとホレイスは見ていた。

 私の戦いはそもそも団体戦に向いていない。

 一人、孤独に戦い続けてきた者の戦い方だ。

 

 剣を振り終え、納刀するとアンリ達に告げる。

 

「あとは任せるぞ」

「はい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝になって、少女と青年達はその街を離れようとした。

 けれど悲劇は、彼女達を離さなかった。

 街の中心、王宮から突如として漏れ出した炎と溶岩は、容易に街を飲み込んで行ったのだ。

 そして、青年達は混沌を知る。

 始まりの火の、歪んだ形を知る。

 その悍ましさを。そして力を。暖かさを。

 

 嗚呼、きっとその時に違えてしまったのだろう。

 きっとその時、彼らの心に暗い欲望を植え付けてしまったのだろう。

 

 都の外れから、三人はその惨状をただ眺めていた。

 

「よく見ておけ。あれが欲に駆られた者の末路だ」

 

 少女が言うまでもなく、二人はその光景をただ眺めていた。

 溶岩から生み出された異形を、飲み込まれ死に絶える人々を、眺めていた。

 かつてのイザリスと何も変わらぬ。

 人は驕り、かつての大罪を再現し。

 異なるのは、その溶岩が人間性を含んだだけ。

 

 二人は、どう思ったのだろう。

 少女は、何を考えたのだろう。

 それは遥か昔の話。もう、今は都の名すら残っていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現実に戻る。

 脳裏に浮かぶあの頃の思い出を振り払う。

 気が付けば、主教のボスのような奴が取り巻き達と共にアンリ達と戦っている。

 その生命は澱みによって繋がり、きっとボスを倒せば連動して周りの主教達も息絶えるだろう。

 不意に、そのボスが錫杖と腕を掲げた。同じように取り巻き達も両腕を掲げ始める。

 

「呪いか。面倒な」

 

 呟くのは呪詛。深みとは、呪いそのものだ。

 呪詛を完成させれば、二人はおろか私ですら巻き込まれるだろう。

 魔術師の杖を取り出す。呪われる前にもう滅するべきだろう。

 

「降り注ぐ結晶」

 

 空中に結晶の球体を生み出す。

 それは主教達の頭上へと向かうと、地上へ結晶化した(ソウル)を無数に降り注いだ。

 雨のように放たれる(ソウル)になす術なく斃れる主教達。それはボスの主教も例外ではなかった。

 魔術の範囲外にいたアンリ達は、ただその光景を呆然と眺めていた。

 

「なんでもありだぁ……」

 

 そこまで至るまでに、何百と死んでいる。故に今がある。

 ミイラ取りがミイラになった哀れな主教達は、それで消え去った。

 

 

 

━━HEIR OF FIRE DESTORYED━━

 

 

 

「エルドリッチは……いませんね」

 

 空になった大きな棺桶を見て、アンリは呟いた。

 あるのは、見知った人形のみだ。

 私はそれを拾うと、そっと(ソウル)へとしまい込む。

 

「これからどうする?」

 

 そうアンリに尋ねれば、彼女は言う。

 

「一度、祭祀場へと戻ります。リリィさんは?」

「……ファランの城塞へと向かう」

 

 あの場所は、心当たりがある故に。

 懐かしい、神話の時代の思い出が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 処刑人の片方を屠る。

 なんて事はない、攻撃の合間に攻め込んで不死斬りをお見舞いしただけだ。

 大曲剣持ちを殺すと、大きなクラブを持った処刑人が迫る。横に振るわれるクラブをスライディングで掻い潜ると、すれ違いざまに脚を斬りつける。

 前のめりに転がる処刑人。私は立ち上がり、すぐに処刑人の背中にロングソードを突き刺す。

 そしてそのまま、頭部方向へと斬り裂く。

 身体を中心から裂かれた処刑人は言葉を残すこともなく死んで霧散する。

 

「アンリ達には荷が重いな」

 

 あの子達ならば良くて苦戦、悪ければ死んでいただろう。剣を鞘に納め、先へと進む。

 

 ここは生贄の道、ファランの城砦方向。

 処刑人が二人ほど守っていたため、やむなく戦闘し今に至る。

 先へ進もうとして、ふと懐かしい奴がいる事に気がつく。

 

「……随分と久しぶりに見たものだ」

 

 ファランの城塞手前、そこに何かを守るように徘徊する黒騎士がいた。ロードラン振りだろうか。

 グウィンの名残りが消えて久しいが、ここは王達の故郷が流れ着くロスリック。ならば最初の薪の王であるグウィンに近しい者達もここへ辿り着くというもの。

 とりあえず、すぐに黒騎士を殺して彼が守っていた種火を拾うと城砦へと急いだ。

 

 しかしまぁ……事前に心折れた脱走者、ホークウッドが言っていた通りの場所だ。

 ファランの城砦は、辿り着くまでに森があり。今や森は毒に塗れている。

 人間性の毒……変質した人間性。これでまだつい最近変質したというのだから、なんと悍ましいことか。

 

 ファランの城塞には異形が渦巻いていた。

 そのほとんどは亜人だが、どれも毒で狂っている。

 おまけに巨大な亜人もいて探索には時間を要するものだ。

 

 だが、収穫もあった。

 この城砦の正体だ。

 

 私が感じていた心当たり。

 それは、この地が元々は黒い森の庭であったということ。

 かつてはただ薄暗く深淵に近いだけの森であった土地は、いつしか毒まみれの哀れな場所へと変貌し。名すらも取り上げられた。

 

 そしてそうなれば、悲劇も起きる。

 

 

 

 

 目の前に横たわる亡骸。

 一見すると巨大なキノコのようなそれは、確かに彼女である。

 聖女エリザベス。

 既にこの時代、彼女の正確な姿は伝わっていない。

 ウーラシール亡き後、彼女は病める人々のために尽くし、そして伝説となった。

 美しい人として。だがその美しさは、心ではなく美貌として。

 

「お疲れ様、エリザベス。ゆっくりと眠りなさい」

 

 彼女の開いたままの瞼を閉ざすと、そう投げかける。

 彼女がいると言うことは、そう言う事だろう。

 もう一人、いなくてはならない人がいる。

 

 

 

 

 

 彼女を見つけた瞬間。時間が、止まる。

 見覚えのある純白のドレスは泥に塗れ。儚い美貌は土塊のように腐り、最早人であったかも分からぬほど。

 けれど、それは確かにウーラシールの宵闇だった。

 かつて私たちが深淵の主から救い出した、御伽話の王女様だった。

 

 薪の王は、ただ立ち尽くしていた。

 呆然と、何もする事なく、亡骸を眺めていた。

 かつて彼を想った少女の最期は、どんなものだったのだろう。せめて苦しまずに死ねたのだろうか。

 

 私は彼女の額を撫で、その胸に抱くスクロールを取ると問う。

 

「貴様は、彼女の想いに答えたのか? 彼女の想いに決着をつけてやったのか?」

 

 彼は答えなかった。

 それが、答えだ。

 

「後悔は既に過ぎ去り。最早触れられもしない貴様が。今更何を思う。それが答えだ」

 

 隣を過ぎ去り、奴を置いていく。

 死人に後悔など意味がない。

 火を継ぎ、最早私にしか見えぬ此奴にそんな価値などありはしない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ファランには試練がある。

 城塞内の祭壇に火を灯すことだ。

 道中は毒に塗れ、異形が蠢いているがさして苦でもない。そんな場所が多過ぎてもうどうでもいい。

 祭壇の全てに火を灯し、開かれた門を潜る。

 

 しかしまさかこの城塞にデーモンがいるとは思わなかった。 

 探索中に見つけた上層に、はぐれたであろうデーモンがいたのだ。きっと行き場をなくしロスリックに門番として拾われたのだろうが、薪の王達の故郷が流れつき高壁が生じた今、奴に仕事はないらしく途方に暮れていた。

 襲ってきたので倒してしまったが、なんだか後味が悪い。

 

 とにかく、毒地帯から解放されたので深淵の監視者という薪の王がいる場所へと向かう。

 しかし、その道中見たくもない者達が異形と戦いを繰り広げていた。

 

「ダークレイス。まだ、いややはり存在していたか」

 

 異形どもと戦いを繰り広げる二人のダークレイス。

 なんだか昔に比べて鎧がくたびれているが、確かに深淵に飲まれたものの末裔だ。

 あれがまだいるということは、あの世界蛇もどこかで暗躍しているのだろう。面倒な。最早奴が思い描く闇の時代などありはしないというのに。

 

 ダークレイスが二人いようと変わらぬ。

 剣で私に敵うものなど、果たしてこの世界にいるのだろうか。慢心ではなく本心で。

 

 さて、ようやく城塞を抜けて何かの建物へと辿り着く。

 中からは剣技の音が響いている……ここに深淵の監視者がいるのだろうか。

 

 中へと入り、目を開けば。

 

 そこは、戦場。

 

 短剣と大剣を手にした者達が、ひたすら互いに殺し合っている。

 あれが、深淵の監視者。確かに(ソウル)は大きいが、一人一人が薪の王足りえるものではない。

 なるほど、複数の者が合わさって王の資格を得たか。というかそんなのが許されるのか。最早なんでもありだ。

 

 死体の山の中、一人だけが残る。

 なるほど。深淵を覗くあまり狂気にやられたのだろう。今や深淵の監視者は、深淵に飲まれたものと使命を果たすものとで殺し合っているということだ。

 悲劇としか言いようがない。

 

「さて。貴様は、楽しませてくれるのだろう」

 

 剣の鞘に手をかける。同時に、一人残った深淵の監視者がこちらに剣を向けた。

 左手の短剣をクロスさせる独特な構え。トリッキーなタイプだろう。

 

 

 

深淵の監視者

 

 

 瞬間、深淵の監視者が動く。

 とてつもない速度で迫り、ローリングしながら大剣を叩きつけてくる。

 それを、剣で弾く。弾いて、監視者を蹴飛ばす。私は舌打ちした。

 

「ちっ。深淵とは実に面倒だな」

 

 手にした剣を背に翳せば、背後からの一撃を防ぐ。咄嗟に後ろ蹴りで突然の襲撃者を追い払う。

 どうやら、死体の山から深淵によって復活してくる監視者がいるようだ。どうにも狂っているようで、目は赤く煌めき、所構わず攻撃している。他に復活した監視者にも剣を向けているあたり、どうしようもないな。

 

 だが王としての主導権は最初に戦っていた監視者に宿っているらしく、蹴り飛ばした者の(ソウル)は一際大きい。

 奴は立ち上がると、一気に跳躍。剣を振り下ろしてくる。

 

「その剣技……」

 

 加速してステップして回避し、連続して振るわれる独特な剣技を弾く。

 どうにも動きがアルトリウスに似ている。奴ほど強烈でもなければ獰猛ではないが、確かに深淵の監視者はアルトリウスの流派を組んでいるのだろう。

 なるほど、深淵の監視者とはそういうことか。

 

 監視者が左手の短剣を石畳に突き付ける。するとそれを基点に、まるで回るように剣を振ってきた。

 

「ほう……良い技だ」

 

 何度もそれを繰り返し、とどめと言わんばかりに叩きつけ。だが見切りやすい。

 大きな技というものは、それだけで危険なものだ。

 お互いに。もう、見極めてしまった。

 

 再度監視者が石畳に短剣を突き刺し、回る。

 それに合わせて、片脚を大きく振り上げた。

 

 そして大剣を、タイミングよく踏みつける。

 見極めの極意。

 動きを止められた監視者に、次の手はない。

 

「奥義、不死斬り」

 

 左手をロングソードに這わせ、私の血を持って不死を斬る。ドス黒い一閃が監視者を斬り裂いた。

 血を噴き出し、斃れる監視者。同時に、所構わず斬りかかっていた深淵に飲まれた者達も死に絶えた。

 

「弱い。まさかこれで終わりではあるまいな」

 

 血をぬぐい、目の前の亡骸に投げ掛ける。

 すると、すぐに変化は起こる。

 辺りに転がる死体から、血が伸びていく。

 それは私が斬り捨てた監視者へと流れつき、輸血する。

 

 燃える、燃える、燃え滾る。

 

 薪に火が灯され、王を戴く。

 

「その炎が、憎い」

 

 本心が出でる。

 私と彼女を引き裂いた、憎き炎。

 けれど、不死の拠り所たる炎。

 

 仲間の身体を薪とし、燃える監視者が起き上がる。

 薪の王として、再度の覚醒。戦いはまだ終わっていなかった。

 

「気に入らない。奴の遺した炎を預かり、私の前に立ち塞がる。貴様らも、分かっているのだろう? この偽りの火継ぎを」

 

 内側から、闘争心が燃え上がる。

 そしてそれは、(ソウル)を介し身を焦がす。

 暖かくも、忌々しい。瞳が奴らを睨み付ける。

 

 

 

EMBER RESTORED

 

 

 互いに、爆ぜる。

 爆ぜて、剣を交える。

 高速の突き刺しを、踏み付けて無力化する。

 同時に深淵の監視者は身を翻して左手の短剣でカウンターを狙ってくる。

 

「少しは知恵が回るようだ」

 

 身を引き、一度仕切り直し。

 だが爆発するかの如き薪の王は止まらぬ。

 

「身を弁えよ。闇の王の前に、平伏せ」

 

 瞬間的に構える。

 それは奥義。

 

「竜閃」

 

 頭身に宿る風を解き放つ。

 刃は、飛ぶ。

 人はそれを知らぬだけ。

 虚空を斬ったはずの剣は、しかし見えぬ刃となって監視者を襲う。

 

一心(One Mind)

 

 音を超えた速度で剣を振るい、鞘へと納める。

 刹那、監視者が無数の斬撃に斬り裂かれる。

 

「かつて来たりし者である私に。若造が敵うとでも思ったのか」

 

 加速しふらつく監視者を左腕で捉える。

 そして、その胸に剣を突き刺した。

 

 飛び散る狼血。

 深淵歩きの遺志は、そこで潰える。

 

 剣を引き抜き、血を拭えば納刀する。

 

 

 

LORD OF CINDER FALLEN

 

 

「哀れだな。王となり、希望を持ち。そして裏切られるとは」

 

 彼らもまた、神々の嘘の被害者である。

 私はただ、言い捨てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その女剣士は、祭祀場の隅に斃れた同胞を見て静かに弔った。

 生前のヨエルは敬虔なロンドールの信徒だった。故に、その死は嘆きに値する。

 

 だが悪いことばかりではない。彼が従事していた火のない灰は、曰く王の素質を持つということ。むしろ王だと、文書で断定するように言ってきた。

 仮面を被る女剣士……ロンドールのユリアには分からぬが、彼が言うならばそうなのだろう。であれば、彼の死は無駄ではない。

 

「どのような輩が王となるか……見極めねばならん。カァス、貴方の遺志を継ぐために……」

 

 暗い欲望が彼女を満たす。

 謀略が、彼女を巡る。ロンドールの黒教会、その創始者たる三姉妹の彼女が……

 

 

 

「あの世界蛇がどうかしたのか」

「ひゃんッ!?」

 

 突然、背後から背中を触られた。

 急いで振り返り、腰に下げた秘剣を抜こうとすれば。

 そこには、その刀はない。

 背中を触ってきたその者が、ユリアの刀を手にして訝しむような目で見つめていた。

 

「闇朧……貴公が持っていたのか。探したんだぞ」

 

 見えぬはずの刀身が、まるで喜ぶが如く怪しく光る。

 

「き、貴公! 何者だ!」

「こちらの台詞……と、言いたいが。君が、ヨエルが寄越したロンドールのハーレム要い、ン゛ンッ! 失礼、ロンドールの友か」

 

 それは、灰のように白い長髪の少女だった。

 長い睫毛までも白く、けれどその翡翠の瞳から感じる深淵は、ロンドールでさえも見られぬほどに澱みに満ちている。

 ユリアは察した。

 この少女こそ、ヨエルの主。そして、王たる器を持つ火のない灰。

 

 そして、その者がロンドールの伝説に綴られた古い闇姫。

 

「私はリリィ、闇姫とは呼ぶなよ。君の名を聞こう」

 

 ユリアは一目惚れした。

 幼い頃から憧れた闇姫に。



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祭祀場、百合園

メリークリスマス、ミスターローレンス


 

 

 

 玉座に、「薪」を置く。

 

 それは首。深淵の監視者たる、薪の王の首を、玉座へと置く。

 薪とは、つまりそういうことなのだ。燃え尽きる事すら許されなかった彼らは、死してなおその身体を、(ソウル)を薪として供される。

 神の偽りの儀式のために。死に行く世界のために。燻る篝火のために。

 哀れな最期。これが王たる者たちの、絶望の先。

 

「王を玉座に連れ戻すとは、そういうことなのか……ハハハ、ハハハハハ……」

 

 その光景を見て、脱走者ホーグウッドが唖然としたように笑った。

 乾いた笑いは奴の皮肉的な物言いを強調させている。むしろそれは、ある種の自己防衛。自らが焦がれ、そして逃げ出した使命を否定するための攻撃。

 だが、それこそ人らしい。人は逃げたくなるものなのだから。

 

「お前には礼をしなくてはな……ほら」

 

 そう言って、彼は一つの指輪を投げてくる。

 それは、ファランがファランたるための指輪。彼らの剣技を支えたものだ。

 

「あいつらは死に場所を探していただろうからな……哀れな事だよ……ハッハッハ……」

 

 だが逃げてしまえば、待っているものは後悔だ。例え小さくとも大きくとも、後悔という言葉は変わらない。

 

 

 

 

 

 

 

 祭祀場の一角を図書室としているオーベックにスクロールを手渡す。

 丁度読書も飽きてきた頃合いであった彼は、それを受け取ると子供のように目を輝かせた。

 

「ほう、これは珍しい……古い黄金の魔術の国、ウーラシールとは……」

 

 ぺらりとスクロールを捲り、彼は食い入るように文献を見る。その気持ちは分からなくもない。学問とは、研究とは、そういうものだ。自分だけの世界で、誰にも邪魔されず、没頭できる。

 だが、魔術とは決してそれだけでは得られぬものがある。魔術とは正しく叡智の継承なのだから。

 

「黄衣の探究者が見たら、きっと涎をたらすだろうな……お前には感謝を」

「言葉遣い」

「は?」

 

 魔術師の杖を取り出して、ビシッと足を叩く。

 

「イテっ」

「私は師でありお前は弟子だ。言葉遣いを改めよ。それが師に感謝をする態度か、馬鹿弟子が」

「……」

 

 元々無愛想なオーベックの表情が険しくなる。対して私はいつも通りの無表情。子供はこうやって躾けなければならないのだから、私はおかしなことを言っていない。

 しばらくして、彼はため息をつくと渋々といった様子で言う。

 

「ありがとうございます、師匠」

「うむ。馬鹿弟子はこうでもしなければ成長しないからな」

「ぐぎぎ……」

 

 満足気な私とは違ってオーベックはかなり不満そうだ。

 

「まぁ、そう怒るな。私に魔術を教えてもらえるのだからな」

「……まぁいい。それで、師よ。本当に俺に、あの結晶魔術を教えてもらえるんでしょうね」

 

 うむ、と肯定する。そして、私は彼の(ソウル)を見定める。

 理力は良い。だが、まだ甘い。集中力はある。そして精神力も高い。けれど……今のままではだめだ。このままシースの遺産を手に入れたら、狂気に飲まれる可能性がある。

 

「……貴公、基礎的な魔術と隠密以外は触れてこなかったようだな」

「……」

「沈黙は肯定と受け取るぞ」

 

 触れられたくない歴史がある。それについては構わない。

 

「お前はまだ青い。今、私の知る魔術を全て授けてしまえば狂ってしまうぞ」

「ではどうしろと?」

「そこでそのスクロールだ」

 

 オーベックからスクロールを掻っ攫い、机の上に広げる。そして懐からメモ紙と羽ペンを取り出すと、ペン先をインクで浸しメモに書き込んでいく。

 それは暗号の解読方法。スクロールとは、誰にでも分かるように書かれてはいない。元々魔術とは門外不出、身内以外が分からぬように記されているのだ。おまけに今の時代とは異なる字……私がロードランにいた頃の字で書かれているのだ。ベースは今と変わらないが。

 

「お前には自分でこのスクロールを読み解いてもらう。少しずつ、魔術への狂気に慣れていけ」

「やはりすぐには教えてもらえないか……」

「魔術とは叡智。叡智とは狂気と表裏。ローガンも、そしてその後の魔術師達も。白竜の狂気に耐えられなかった。私以外はな」

 

 化け物かよ、という呟きに杖の一振りでお返しする。

 失礼な、私はどこからどう見ても美少女だろうが。

 

 

 

 

 

 

 

 

「嗚呼、王よ! お戻りで」

 

 かつてヨエルがいた、祭祀場の外れ。そこに、仮面を被った女剣士ユリアがいた。

 彼女は両手を合わせて、意気揚々と私を出迎える。かつて彼女の腰に差してあった闇朧は今や元の持ち主である私のものとなったが、それでも彼女は刀使いらしく、どこから手に入れたのか混沌の刃を携えている。

 

「ユリア、出迎えご苦労」

「いえいえ、我が王よ。さぁこちらへ」

 

 どこから持ってきたのか分からぬ椅子を引いて、彼女は私をそこへ座らせる。闇朧を鞘ごと抜いて、これまたどこから持ってきたかも分からぬ机に立てかけた。

 ユリアは私の対面に座って、用意していたであろう紅茶を差し出してくる。

 

「お口に合えば良いのですが」

「ありがとう、美少女からいただいたものは何でも大好きさ」

「まぁ……!」

 

 うふふ、と最初に出会った時のツンケンさはどこへいったのやら。彼女は恋する乙女のように悶えている。

 紅茶は、美味しい。どこで私の好みを知ったのかは知らないが、砂糖多めだ。

 

「さて。君には質問したいことが色々とあってね」

「何なりと、我が王よ」

「ああ、うん……」

 

 女の子に慕われて気分は良いが、どうにもやりづらい。いつから私はロンドールの民の王となったのだ。

 

「私の闇朧、どこで手に入れたのだ? 私の記憶では、私が眠る祭壇に置いてあったはずだが」

「ロンドールの闇姫信徒が貴女の墓を暴いたことがありまして。これは聖遺物として持ち帰られたものを、私が買い取ったものです」

「闇姫信徒? なんだそれは……」

 

 どうやらロンドールには、かつて闇の王に一番近づいた私を神格化する輩が沢山いるらしい。

 ちなみに私が眠っていた棺桶は、厳重な呪いが掛けられていて手がつけられなかったとの事だ。厄介なオタクがいっぱいいるのかロンドールには……

 

「君も、私の信徒なのか?」

 

 恐る恐るそう尋ねると、彼女は大きく頷いた。

 

「はい! 私が闇姫会を設立しましたから!」

「君が発端か……」

 

 頭が痛くなる。私の黒歴史をまるで神話のように語り継いでいるなどと。

 とにかく、過ぎてしまった事を言ったって仕方がない。それにロスリックに辿り着けるような猛者など一握りだ。

 

「それでユリア。君は私に何を望むのだ」

 

 それを知りたい。ちなみに私は彼女の仮面の下を見てみたい。

 仮面からはみ出る銀髪は美しい。黒いドレスのような鎧は、彼女のボディラインを強調しながらロングスカートであり、乙女らしさも窺える。しかも私を最初から崇拝してくれている。

 手、出していいかな……

 

 ユリアは突然姿勢を正す。私はただ、紅茶を飲む。

 

「貴女に、火を奪ってほしいのです」

 

 そして、紅茶を飲む手を止めた。

 

「……貴公、自分が何を言っているのか分かっているのか?」

 

 火の簒奪。

 それは、火を消す以上の狂気。

 神々が起こした火を奪い、人……否、亡者のために用いるということ。

 ヨエルの口ぶりから察してはいたが、ロンドールはやはりあの世界蛇が作った国らしい。ならば合点がいく。

 最早火は陰り、人間性は変質し。当初の闇の時代の到来はありえない。ならば、火を奪ってその力で人の時代を齎すということだ。

 

 愚かな。火は所詮、火である。

 ならばいつかは陰る。そうなれば、人の時代とやらも神々の時代と同じことを繰り返すだろう。そこに未来はない。一時的な安堵のみだ。

 

「承知しています。しかしそれこそ、人の世にふさわしい。神々に裏切られ、利用され、虐げられ。けれどその神々に一矢報いるのです」

「その悪夢は、巡り巡るぞ。そして終わらぬ悪夢は自らも蝕むのだ」

「そうでしょうか? 確かに今や人間性は変質し、虫となり、かつて貴女が夢見た世界とは程遠いものになるでしょう。しかし、私たちには確証がある」

 

 目の前のユリアという乙女は、政治屋だ。

 

「貴女という確証が。死しても亡者とならず、既にただの不死ではない闇姫が」

「……誰もが私になれる訳ではない」

 

 記憶を巡る。

 数多の不死を見てきた。その中で、私だけが今残っている。

 変わらず、けれど心は折れず。だけど絶望している。そんなものに、なりたいものか。

 

「ええ。ですが、貴女がいる以上、何が起きるかなど分からないのです」

「博打だぞ」

「博打でない人生などありますでしょうか。決められた道を辿るだけの人生など、神に跪くのと変わりありません」

 

 困ったものだ。

 勝手に希望にされて、勝手に持ち上げられている。

 私は久しく吸っていなかった煙草を取り出し、火をつける。火は、ユリアがマッチでつけてくれた。

 紫煙が宙を舞う。苦味が、甘味で染まる舌を刺激した。

 

「くだらぬ。君達は神の代わりに、あの世界蛇の口に唆されているだけだ。あの時の私のように」

「しかし神にいいようにされるよりはマシでしょう」

「竜のなり損ないも信用できん。最早この世界で私が興味あるのは少女達と闘争だけだ」

 

 ユリアは静かに黙り、けれど納得はいっていないようだった。

 けれど、無論。

 

「君も、その興味に値する」

 

 吸い終わった煙草を呪術で燃やし切り、机を押し除け彼女を攫う。

 壁に彼女を押し付けると、太腿の間に私の脚を押し付けた。右腕を押さえ、空いた手で仮面を触る。

 

「っ……」

「君もまた、私の世界の一部だ。どうだね、このまま私の手に。快楽に身を委ねてみないか?」

 

 仮面を、取り外す。

 金具を外し、鳥の嘴のようなそれを剥ぎ取れば、そこにはこちらを睨む美少女がいた。

 白い肌に、ペイルブルーの瞳。綺麗な肌は、けれど剣士として戦ったであろう細かい傷。

 

「使命など、なんだのと。捨ててしまえよ。報われないのだから。最後は、闇に沈むのだから」

「……嫌です」

 

 震える唇で、彼女は呟く。

 キッと睨む少女は、やはり美しい。

 

「私は、ロンドールの民を裏切れない。貴公のような堕落した者など……王などと、慕うかよ」

「ほう……逆らうか。死ぬぞ?」

「ロンドールの黒教会として、私は殉ずる」

「……うむ。良い」

 

 パッと、私は手を離して遠ざかる。

 及第点とでもするか。

 

「よく言い切った。やはり乙女は意志がなければならん」

 

 思えばアナスタシアも、そしてルカティエルも。私が好きになった子達は皆、意志が強かった。

 このまま彼女が快楽に堕ちればそれで良し。もし反抗すれば、少しくらいは手伝ってやろうとは思っていたのだ。

 だって私は、少女のための白百合なのだから。

 

「え……え?」

「ロンドールのユリアよ。君の想いはよく伝わった。ロンドールだの黒教会だのは知らないが、私は君を支えよう」

 

 椅子に座る。ああ、机を押し除けたせいで紅茶が……

 

「まっ、君らのやり方に口は出させてもらうがね」

「っ! ……王よ、ありがとうございます」

 

 良い良い、とぺこぺこ頭を下げる彼女を諭す。

 

「それよりも、ほら。君の椅子は私が壊してしまったから、私の膝の上に座りなさい」

「え? 椅子は別に」

 

 転がっているだけの椅子を指差すユリア。

 

「フンっ」

 

 そんな椅子へと闇朧を一閃。そしてすぐに座れば、自分の膝を叩いた。

 

「……失礼します」

 

 諦めたように私の膝へと座るユリア。

 おお。おお……尻の感触が、良い。柔らか過ぎず硬過ぎず。なんと心地よいことか。

 

「あ゛〜……かわいいね、触っていい?」

「え、あ、はい……」

「んふふ……」

 

 許可を取り、容赦無く背中から抱き付く。そして弄る。

 良い匂いだ。死の匂いだけではない、乙女特有の柔らかい匂い。

 嗚呼、まだこの時代にも希望はあるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴様、本当に最低だな」

「騎士様……」

 

 蔑み、哀れんだ瞳で私と人形は机に突っ伏す騎士を見た。だがしばらく震えた後に、突然起き上がり私を指差す。

 

「貴様にだけは言われたくないッ!!!!!!」

「うわ、急に叫ぶなよ五月蝿いぞ」

 

 ミシミシミシっと騎士が握る拳が音を発てる。哀れだな、火のない灰よ。

 だが人形は優しい。それでこそ私の恋人であり、母である人形だ。私もお尻触りたい。

 

「騎士様……そんなに、女の子のお尻を触りたいのですか?」

「うっ……いや……」

 

 直球な質問をされてたじろぐ騎士。

 

「素直になれよ。貴様の欲を曝け出せ」

 

 そう諭せば、彼女は諦めたように肩の力を抜き、俯く。

 

「触りたい……あの柔らかさを確かめたいのだ……」

「では」

 

 人形ちゃんが立ち上がる。

 影ができるほど長身な彼女が、優しい声色で騎士に言った。

 

「私のお尻を、触っては如何でしょうか」

 

 刹那、私は騎士に斬りかかった。ただ我が家族を守るために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日は乙女に満ちているな」

 

 ユリアと親睦を深めた後、私は火継ぎの祭祀場を彷徨く。やはり少女とまぐわると気分が良い。なんというか、心の蟠りが溶けるというかなんというか。

 まぁいいじゃないか。グレイラットも立ち直って、私のために盗みを働いてくれたことだし、良い事しかない。

 おまけに祭祀場に新たな乙女がやって来たではないか。

 

「……ああ、貴女は、火の無き灰の方ですね」

「リリィだ。君は?」

 

 一見すると修道女にも見えたが、その佇まいと脇に差した刺剣を見て、彼女が剣士であることが窺える。

 彼女の白い装束と誓約の匂い……これは。

 

「私は薄暮の国のシーリス。かつて神に、仕えたものです」

「……暗月か」

 

 そう尋ねれば、彼女はハッとした表情をした。

 

「……我らの神を、御存じなのですね」

「……腐れ縁だ。隣、失礼するよ」

 

 シーリスの隣に座る。ヴェールのせいで髪型などは分からないが、顔はかなり整っていた。凛々しい感じで、少し儚さもある。

 

「お互いに使命のある身、そして使命とは孤独なものです。おそらく私達は、あまり関わるべきではないでしょう」

「否。独りよがりの使命は、いつか目的を見失う。人は一人では限界があるものだ。かつての私がそうであったように」

 

 燃える薪を眺める。

 陽炎のように在りし日の思い出が蘇った。

 薪の王との傷だらけの旅。ルカティエルとの輝かしい旅。絶望し、けれど死ねず、さすらう中で得た弟子達との旅。

 どれも、私に新しい知見を与えてくれた。

 

「……やはり、貴女は優しい方なのですね。幾人かの人から、お聞きしてます」

「そうか? 私は……どうなのだろうね」

 

 自分のことなどわからない。

 自分の事を客観視できるほど人も出来ていない。

 

「献身は、残り火の道であると聞きました」

 

 儚い笑顔が私を見る。

 

「サインがあれば、どうぞお使いください。それが貴女を助けるのであれば」

 

 献身。私は果たして、大切な人に尽くせただろうか。

 ルカティエルに、闇の落とし子達に。そして、アナスタシアに。

 私は自分勝手ではなかっただろうか。今はもう、分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぺらりと、ページを捲る。

 人形はただ、その硝子細工の瞳でかつての騎士の心情を眺めていた。

 彼女は人形、その心は本物であるはずがなく。けれど、本物でないからこそ、真実に近付こうとする。それでいいのだ。人間とは、肉体の話ではないのだから。

 

「ぜぇ……ぜぇ……クソ……輸血液が無くなるとは……」

 

 そんな彼女のそばに、狩人が転がり込む。

 全身血塗れで、手には刃と短銃。

 

「この……不死斬りまで使うとは……」

 

 同じく血を流した騎士が転がり込む。

 彼女もまた、闇朧を手にボロ切れのようになっている。

 人形は百合の花で作った栞を本へと挟めば、閉じる。

 

「狩人様、騎士様。喉が乾いたでしょう。紅茶をお淹れしますね」

 

 あくまでも彼女はマイペースだ。

 そんな人形に、狩人と騎士はくたばりそうな笑顔で応える。

 

「「頼むよ」」

 



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