ガンダムビルドダイバーズ Behind the scenes (ほぼ読み専)
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第一章 二人は蛮族!
ハードコアディメンション・ヴァルガ


正真正銘の初投稿です。

この物語はフィクションであり、実在の人物、団体とは一切関係ありません。


 ──何度目かもわからないほど深く息を吐く。

 

 緊張を和らげるために行う深呼吸。現実の肉体()()()()電子の世界のこの体に、その行為がいかほどの意味があるのかはわからないが、要は気持ちの問題だった。

 

 ここは電子の海に構築された仮想世界。

 

 ガンプラバトル・ネクサスオンライン。通称をGBNと呼ばれるフルダイブ型のVRMMOゲームが彼の今いる世界の名前だった。

 

 ──アバターを現実世界の肉体さながらに操作、いや憑依とでも言うべき感覚で動かし、五感の全てを使ってプレイするフルダイブ型と呼ばれる新世代のVRゲーム技術。

 ──発売から四十年以上もの歴史があるガンプラ──アニメ「機動戦士ガンダム」を筆頭に、続編や派生作品に登場するSFロボットのプラモデル。

 

 この二つを悪魔合体させた結果生まれたGBNは、今やアクティブユーザー二千万人超えの規模を誇る、VRMMOの中でも大型タイトルと言えるものだった。

 

 VRゲームにおいてロボゲーと呼ばれる、プレイヤーがロボットの操縦者となって遊ぶタイトルはいくつもある。GBNもそうした系統のひとつではあるのだが、このゲームには他にはない唯一無二の要素があった。

 プレイヤーであるダイバーが操る自機として用いるのは、()()で組み上げたガンプラ。それをログイン時に専用機器で読み込ませることで、ゲーム内にて1/1スケールで再現された己の作品を愛機として使うことができるのだ。

 さらに言えばガンプラの完成度によって機体性能が決定されるため、ゲームの腕だけではなくプラモデル作りの腕前も問われる。ガンプラファンにはたまらないシステム。

 

 従来のロボゲーとの差別化を図り、既存のガンダムファンだけでなく、ゲームにはあまり関心を持たなかったガンプラファンまでも取り込んだGBNは、稼働開始から順調に登録人数を増やし、その数は今も尚右肩上がりだった。

 

 

 課金によって内部インテリアを緻密に再現したコックピットに座る彼もまた、ガンダム作品のファンであり、ガンプラ好きな青年である。

 

 彼が乗るのはガンダムSEEDシリーズの中でも特に有名な機体。量産機ももちろん好きだが、やはり愛機とするからには、主人公が乗った機体がいい。

 

 今の自分に出来る限りを突き詰めて完成させた、彼にとっては自信作と言えるガンプラだが、慣れ親しんだ機体の中にいるというのに妙に落ち着かない。

 

 つい無意識に滲んだ手汗を拭うようにしてズボンへこすりつける。

 

 現実とは異なり汗でズボンが湿ることこそないが、何度拭っても掌がべたついているように感じるのは、感覚フィードバックが優秀すぎる弊害か。

 緊張しすぎている自覚はある。だが、これから行こうとしている場所を思えば仕方のないことでもあるな、と彼は口元を歪める。

 

 ──ハードコアディメンション・ヴァルガ

 

 これから向かう先はいわゆる「上級者」向けの高難易度エリア。名前に「ハードコア」と付くことからわかるように、GBNでもことさら厳しい環境の場所だった。

 

 まず、このエリアにおいて最も目を引くのが、PK、プレイヤーキルというネットゲームでは基本的にNGとされる行為が禁止されていないことだ。

 厳密に言えば、通常のエリアでは双方の合意がなければ成立しないフリーバトル(PvP)が、ヴァルガに限ってはエリア全体が広大なフリーバトルエリアという扱いになっているため、ここへと転送された瞬間から対人戦が始まる。狙ってか流れ弾かの違いこそあれ、インしたその時から自機めがけて砲火が飛んでくる危険地帯なのだ。

 

 曰く、そこは戦闘狂のラスト・リゾート。

 

 待ち伏せ、不意打ち、漁夫の利狙いの奇襲は当たり前。

 

 エリアインしてから三分生き残ることがスタートラインとされ、そこから先はさらなる地獄が待ち受ける。

 

 ここでは弱者に人権はない。

 

 狩られるのが嫌ならば狩る立場になるしか道はなく、曰く、そこは──現代に現れた世紀末。

 

 だが、厳しい環境であるからこそ、ここで生き残った経験は確実に自分の糧となるだろう。

 

「よし、行くぞ! 大丈夫、大丈夫だ。俺は出来る奴だ。出来る出来るやれば出来る!」

 

 語彙が怪しい鼓舞で暗示をするように言い聞かせ、勢いのままに格納庫からの転送先にヴァルガを選択、迷うことなく出撃を決定して、

 

「いきまーす!」

 

 自分の乗った愛機が発進シークエンスを再現する演出によって勢いよく射出され光のゲートを潜る。

 

 原作を再現した、しかし身体に影響の出ない程度の負荷(G)がかかるのを堪えていると、眼下には完全に荒廃した都市の残骸が広がる。

 

「ここが……」

 

 ハードコアディメンション・ヴァルガ。

 

 ここはその中でも北部廃墟都市地帯とされる遮蔽物が多い都市エリアで、身を隠す場所が多いということは、それだけ待ち伏せをする伏兵が多い危険な所ということにもなる。

 

 事前に得ていた情報でそれを熟知していた彼は注意深く全方位──それは空中にいる自機の真下も含めてだ──に警戒をしながら、エリア移動の際に施された無敵時間が切れる前に降り立つ場所を選定すべく、せわしなくモニターに視線を走らせ──

 

 

 

 

 

「──えっ、ちょ、な、なんの光ィーっ!?」

 

 そんな警戒関係ないねと言わんばかりの超広範囲を焼き尽くす、熱波を伴った極光に包まれて絶叫を上げた。

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 哀れヴァルガ初心者の彼が破滅的な極光に包まれていたその時。

 

 MSが引き起こすにはあまりにもバカげた破壊規模の光を望遠モードにしたカメラアイが捕らえていた。

 

 人と同じ四肢を持つ体躯の上に接続されているのは、見慣れない者からすれば異形にも見える単眼の頭部。その一つ目が忙しなく動いては、遠方で立ち上る巨大なキノコ雲を捉える。

 

 ヴァルガでは日常となっている「突然降り注ぐ大規模破壊兵器」が巻き起こす余波から身を護るようにして、倒壊したビルの瓦礫に身を寄せ、同時に周囲の警戒も怠ることなく佇むのは、深紅に塗られた肩が目を引く一体のガンプラだった。

 

 全体的にはややずんぐりしたようなシルエット。特に後付けされた脚部スラスターの外装に装備された逆三角形型のミサイルポッドと、両肩に施された赤いカラーリングが特徴のそれ。()()とは異なって手にしているのは二丁のビームカービン銃ではあるが、一見すれば大幅な改造がされていないために、元となったキットを知っている人間が見ればすぐにわかる。

 ガンダムにおける宇宙世紀シリーズ、その外伝作品のひとつに登場するライバル機、「イフリート改」のカスタムガンプラだった。

 

「今日もヴァルガに核が降る~っと。うわ……丁度インしたヤツが巻き込まれた。ツイてないねぇ」

 

 どこか他人事──実際に他人が引き起こした事であるのだが──のように、暢気な口調でイフリート改のコックピットからモニターが映す惨状を眺めるのは一人の女性型プレイヤー(ダイバー)

 

 言葉に反してその瞳がどこか遠い目をしているのは、かつて彼女も似たような経験をしたことがあるからだ。

 

 エリアインした瞬間、ちょうど誰かが放った大規模破壊兵器に巻き込まれる。ヴァルガでは稀にでもなくよくある事だ。

 

 その女性ダイバーはといえば、己が駆る機体の肩と同じく、目立つ深紅色をした髪と褐色の肌。腰まで伸ばされた髪は所々が外ハネしているという、なんとも人目を引く髪が特徴の姿をしていた。

 紅の髪に縁どられた顔は美形と言えるが、それよりも鋭い眼光をたたえた三白眼が強く主張しているせいで、どちらかといえば迫力を感じる相貌。

 女性としては高い身長にスレンダーな体躯は、金色の瞳もあってしなやかな肉食獣のような印象を受ける。

 

 ダイバーネームを「レイ」と言うそのダイバーは、爆心地に発生した巨大なキノコ雲が収まりつつあるのを確認すると、両足のスラスターを点火して瓦礫の影から躍り出る。

 すると、地面を滑るように移動する彼女の機体に倣うかのように、どこからともなく次々とガンプラたちがパラパラと──お互いの奇襲を警戒しながら──集まり、意図せずにそこそこの集団となって同じ方角へと向かう流れが形成される。

 

「おーおー、ハイエナどもが集まってくらぁ。さーて、養分の皆さんは元気に残ってくれてるかなーっと」

 

 やたらトゲトゲした外装を持つ者や、下半身が戦車のようになっている者、バイクのような乗り物に跨る者。時折ちらちらと風景の一部が歪むのは、隠形機能を装備した狙撃仕様の機体だろうか。

 その外見は様々であるが、いずれも目的はただひとつ。あの攻撃を受けても運良く撃墜を免れた、半死半生の獲物どもをおいしくいただくためだ。

 

 いわゆるハイエナ行為と呼ばれる、他のプレイヤーが討ち漏らした標的(ターゲット)を横から掻っ攫うという、あまりお行儀の良くない行為だが、ヴァルガ(ここ)ではそれすらも立派な戦略のひとつだ。

 

 ここでは狩られる(弱い)ほうが悪いのである。求められるのはハイエナを逆撃して叩き潰す強さ。()()()()狙いの輩に狩られるような弱い者に居場所はなく、真の強者(頭チンパン)のみが生き残ることが許される。

 

 これもまた殺伐としたヴァルガではよく見られる光景であった。

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

「くそっ、いったい、なんだっていうんだ……ッ!」

 

 赤一色に染まったコンソールに表示される結果は散々なものだった。

 

 とっさにシールドを構えた左腕は盾ごと肘から先が完全に蒸発して喪失(ロスト)。右腕が辛うじて動くものの、手にしていた武器は銃身が溶け落ちた上に、グリップがマニピュレーターと溶接されてしまい左とは別の意味で使い物にならない。

 

 脚部は改造で取り付けていた外装パーツによって守られたおかげか、どちらも無事ではあるのだが、スラスターを内蔵していた外装パーツは内部から爆発してしまい、慌ててたった今手動操作でパージした。

 

 爆心地から距離があったのと、最初の数十秒はエリア移動の際に付与される無敵判定によって無効化されていたことが幸いしてか、他の爆発四散したガンプラと比較すれば彼の機体が原型を保ち今なお健在であることは確かに幸運であった。

 

 ただし──

 

「確かにヴァルガじゃあエリアインした所を狙うやつがいるって聞いていたけど、それにしたって()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とか頭おかしいだろッ……!」

 

 まともな継戦能力の無い満身創痍といえる状態で、このエリアに取り残されることが果たして幸運だったのかは大いに首を傾げるところではあるが。

 

 覚悟を決めてヴァルガ行きを断行した彼が乗っているのは、「機動戦士ガンダムSEED Destiny」に登場するストライク・フリーダムをベースにカスタムしたガンプラだった。

 豊富な武装を持つ頼れる相棒だったのだが今や丸腰同然。左右腰部にある二門のレールガンと、ドラグーン(遠隔操作)システムを搭載したバックパックは形こそ残っているが、レールガンは熱で砲身が歪み、ドラグーンは肝心の砲塔(子機)部分が熱波に呑まれた際に融解してしまっている。

 

 深刻なダメージを受けた機体は自慢のVPS装甲もダウン寸前で、今ならば豆鉄砲でも致命傷となるだろう。

 

 GBNを始めたばかりの時にお世話になったランカーに憧れて、彼と同じ機体を愛機に選んでここまで駆け上がってきた。

 

 何度もミッションやPvPを熟して、その過程から自分の戦い方に合うようにカスタマイズや武装を施し、欲しいパーツデータのためにミッションを周回して、プラグインも厳選してつぎ込んできた。

 

 しかしその相棒もこうなってしまってはどうしようもない。

 

 奇跡的に生き残ったスラスターを頼りなく吹かしてゆっくりと地上へ降りてゆく彼のガンプラ。しかしここでそのような無防備な姿をさらしていればどうなるか──

 

 答えはノイズの走る正面モニターに映る、ジャイアントバズを構えたザクⅠ(敵機)が教えてくれている。

 

「──くそっ……ここまで、なのかよ……」

 

 こちらに抵抗する術が無いことを理解しているのか、まるで嬲るようにことさらゆっくりと照準を合わせて動く砲口を歯を食いしばって睨みつける。だが、現実は無情であり、彼には目の前の敵をどうすることもできない。

 

 

 そう、()()()どうすることもできないのだ。

 

 

 敵機の背後、頭部カメラからは死角になる斜め下の方向から飛来したパルス状のメガ粒子が、彼と相対していた敵機のコックピットを撃ち抜く。

 

 目の前の無様な獲物に夢中になっていたのか、後方への注意が疎かだったその機体は、哀れ内側から膨張するようにして爆発を起こすとポリゴンの欠片となって崩れてゆく。

 

 ──獲物を前に舌なめずり……三流のすることだな。

 

 無様に散ってゆく敵機を見て、少年軍曹の言葉が蘇る。そう、ここはハードコアディメンション・ヴァルガ。狩る者が一瞬の油断で狩られる者へと逆転する、戦闘狂のラスト・リゾート。

 

 辛うじて動く頭部を射線の来た下方向に向けて見れば、そこにはカービン銃のようなショートバレルライフルを二丁持ちしているイフリート改と思われるガンプラがいた。

 ぱっと見る限りでは腕部に小型の盾を装備していることと、バックパックにウェポンラックを兼ねたスラスターとおぼしき長方形の箱型の装備を二基追加している他は、元のキットそのままのように感じるが、ヴァルガ(こんな所)にいるような手合いが普通なはずもない。

 

 だが、こちらへの攻撃を警戒し、じっと見据える彼の意に反して、件のガンプラは脚部のスラスターによって滑るように地面を移動しながら、彼の方向に一瞬だけ視線をやるように首を振ると、興味を失ったかのように速度を上げて彼方へと遠ざかる。

 

「……助かった、のか……?」

 

 丸腰のこちらを視認しただろうに追撃らしきものがないことで、彼は信じられないような気持ちを持ちつつも安堵したように力を抜いたが、その時──

 

「へ……?」

 

 イフリート改の去った方角から放たれたグレネード弾が見事にコックピットへ着弾して爆発。撃墜判定を受けた彼は間抜けな声とともに格納庫エリアへと戻されていた。

 

 ──そう。ここはハードコアディメンション・ヴァルガ。

 

 丸腰の満身創痍になった者(おいしいポイントになるカモ)が見逃されるはずがないのである。

 

 こうして彼の初めてのヴァルガは惨憺(さんたん)たる結果に終わった。

 

 

 

 

「……ヴァルガ、こえぇ……」

 

 中級のミッションもそれなりに熟して得られた自信を木っ端みじんに砕かれた彼は、しばらくの間コックピットの中で凹んでからログアウトした。




Tips
・脱初心者を目指したとあるモブダイバー
 エンジョイ勢。
 半年ほどGBNをプレイしてみて自信を持てたため、ヴァルガチャレンジを試みるも、開幕で核の光とヴァルガの流儀による洗礼を受け、まさに不運(ハードラック)(ダンス)っちまったような結果になって、ちょっと心が折れかけた。


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パチ組みダイバー

今年最後の投降なので初投稿です。


「うーし、順調順調」

 

 コンソールに表示される撃墜スコア履歴を一瞥してそう呟くのは、イフリート改のカスタムガンプラ、イフリート・アサルトを駆る赤髪のダイバー、レイ。

 

 先ほど獲物に夢中になっていた間抜けを仕留めた際に、行きがけの駄賃とばかりに放ったグレネードで、無事に丸焦げのストフリも屠ったようでさらに追加のポイントが入る。

 ()()()()()()()()()()とかいう、どう考えても頭の大事なネジが外れているコンセプトの大規模破壊兵器による攻撃で、VPS装甲が落ちていたのを見越しての攻撃だったが、上手くハマってくれたようだ。

 

 なお、撃った機体(下手人)は核爆発によって発生した熱と衝撃によって真っ先に消し飛んでいる。

 

「……っとぉ!」

 

 己の戦果を確認しつつも周辺への警戒は怠っていなかったことが幸いし、視界の端でなにかが動いたのを捉える。

 コンソールに警告が表示されるよりも早く、待ち伏せしていたのだろう今まさに通り過ぎた瓦礫の影から放たれたマシンガンの斉射を咄嗟に回避。

 スラスターを吹かしたままに、イフリート・アサルトは足を開いたうえで膝を使って大きく上体を屈めて避けると、深紅の肩の僅かに上を銃弾の雨が通り過ぎた。

 

 足は止めずにスラスターを偏向して機体を百八十度ターンさせ、旋回が始まると同時にバックパックのウェポンバインダーからグレネードを選択。左手のカービン銃を肩越しに背後に回してやれば、縦に開いたコンテナから銃身に擲弾発射装置が取り付けられる。

 

「そら、お返しだ!」

 

 自機が完全に振り向いたその一瞬で射程を見極め、斜め上方に射出されたグレネード弾は、放物線を描いて遮蔽物を飛び越えると、その裏に潜んでいた敵を瓦礫ごと吹き飛ばした。

 

「はっはぁ! ザマーミロ!」

 

 新しく追加された撃墜スコアで敵機の撃破を確認すると、レイは再び前を向いて上機嫌に機体を滑らせる。

 

 自然体で行われる周囲への警戒。背後からの射撃の回避。旋回しつつ敵の潜んだ場所の情報を把握し、かつ射程を見極めて慣れたように逆撃を叩きこむ動き。これら一切を足を止めることなく一連の動作で淀みなく行う彼女は、紛れもなくヴァルガの住民らしい戦闘に特化したダイバーと言えるだろう。

 

 今日も自分(レイ)の周りでは、砲火とビームと時々繰り出される辻斬りじみた剣戟が飛び交う。

 

 元は大規模破壊兵器で損傷した機体を狙うハイエナ行為をするダイバーが集まり、そこへさらにハイエナどもを狙うPKKみたいな連中も加わって、もう戦場はしっちゃかめっちゃかだ。

 

 どこからか切り飛ばされた機械の腕が脇に飛んできて転がった。

 

 目の前に墜落してくるMAを避けた。

 

 自分を狙ってきたのか流れ弾なのかは不明だが、こちらへ飛来したビームの方向におかえしだと雑にいくつか撃ち返した。

 

 モニター越しに目まぐるしく流れる風景を見ながら、時に応対し、時に避け(スルーし)て、はたから見れば彼女の駆る機体もまた、この乱戦の立派な一員を演じている。

 

 

 しかしレイはどこか凪いだ心持でそれらを眺めている自分も自覚していた。

 

 

 GBNは──いやヴァルガ(ここ)は楽しい。

 

 戦って、戦って、墜として、墜とされて、とにかく考えるのはいかに敵を倒すか、自分が生き残るか、厳しいがゆえにこそシンプルだ。現実(リアル)と違ってそこだけは楽で、レイにとってはとてもありがたい。

 

 付近に着弾したミサイルが爆発して巻き上げた砂塵の中から、風を纏って一機のガンダムタイプが斬りかかってくる。

 

 特徴的な頭部の赤いV字アンテナに、日本刀のような実体剣を持つその姿はアストレイのカスタム機。

 袈裟懸けに振るわれた刀身を、レイは機体前腕の小型の盾で滑らせるように受け流して凌ぎ、脚部のスラスター推力を活かしたスケートのようなマニューバで、密着したアストレイを中心にした小さな円を描くようにして敵機の背後に回り込むと、

 

「オラァッ!」

 

 強烈な膝蹴りを叩きこむ。

 

 するとイフリート改の膝に格納されていたヒートダガーが飛び出し、脚部スラスターの排熱で赤熱した刀身がアストレイの背後から胸部を貫き動きを止める。

 すかさず膝を引き抜いて前蹴りでもって敵を引きはがすと、バックブーストをかけながら追討ちに両手のカービン銃を叩きこんだ。

 

 ガーベラテトラのビームマシンガンを元にして作られた銃口からは、パルス状に圧縮されたメガ粒子が連続して放たれて、発砲金属で構成された(装甲が薄い)設定のアストレイをあっという間にズタズタに引き裂く。

 

「ああ──GBNは楽しいなぁ……」

 

 爆散しポリゴンになって散ってゆくアストレイを見もせずに、どこか己に言い聞かせるようにしてレイは呟いた。

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 それは、多くのダイバーたちが屍を晒しては電子の海に解けてゆき、いよいよこの饗宴(乱戦)も終わりかと思われた時だった。

 

 櫛の歯が欠けるようにして、実力の無い者、あるいは運に見放された者からひとりまたひとりと欠けてゆき、戦場に存在する機体が減ったことで、飛び交う弾幕や爆発も少なくなり見通しの良くなった北部廃墟都市地帯。

 

 戦場となった廃墟都市の幹線道路の交差点にレイの駆るイフリート・アサルトの姿はあった。

 

 己以外は全て敵。そんな混戦の中を長い間戦い続けてきた彼女の機体もまた、無傷とはいかずにそこかしこに損傷の後が伺える。

 

 脚部に装備されていた特徴的な逆三角形のミサイルポッドは既に撃ち尽くしたためにパージされ存在せず、直撃こそしていないものの装甲表面を掠めた攻撃は幾度もあったために至る所に傷がある。特に両前腕の小型の盾は損傷が酷く、大きな亀裂が走っていた。

 バックパックに装備されたウェポンバインダーは左側が脱落して接続部からは火花が散り、未だ両手のビームカービンは健在だったが、こちらも残弾が残りわずかとなっている。

 

 そこかしこで咲いていた砲火や散華の爆発が散発的に、あるいは遠くなり、機体も限界なら集中力も限界に近付いている。

 

 これだけ数が減れば不意打ちもそうそうなかろうと、常に張り巡らせていた警戒の糸を緩めて一息入れるべくレイが機体の足を止めた時だった。

 

「──ッ!」

 

 まるでレイが気を抜く一瞬を見計らったかのように、背後の倒壊した店舗跡の瓦礫。その死角から放たれた砲弾がイフリート・アサルトへ襲い掛かる。

 

 機体のセンサーが反応して警報を出すよりワンテンポ早くそれを察知したレイは振り向きざまにビームカービンを斉射。なけなしの残弾全てを対価として、飛来してきたバズーカと思われる大型弾頭を空中で爆散せしめた。

 

 この機体はウェポンバインダーに予備のエネルギーパック(マガジン)を備えていたとはいえ、流石にここまでの戦いでそれを含めて残弾は使い切っていた。弾数がゼロを示すビームカービンを舌打ちをともに投げ捨てると、腰部左右にそれぞれ懸架されていた二振りのヒートソードを抜き放つ。

 

『あら、防がれちゃったかぁ。完全に隙をついたつもりだったんだけどなぁ』

 

 暢気にも外部音声通信(オープンチャット)で声をかけてきた襲撃者の態度に、思わずレイの口から二度目の舌打ちが零れる。わざわざ悠長に外部音声でこちらに声をかける態度がムカつくし、なんならその惚けたような内容にもムカついた。煽ってんのかコノヤロウ、と。

 

 カッとなった頭とは別に、冷静に追撃を警戒したレイはすぐさま脚部のスラスターに火を入れると、滑るような機動を行いイフリート・アサルトを瓦礫の裏側へ回り込ませる。

 その挙動に反応したのか相手もこちらの動きを読んでいたかのように、瓦礫の影から飛び出してきて──

 

「──はぁ!?」

 

 舐めたマネをしてくれた憎き敵の姿を視界に捉えた時、思わずレイはコックピットの中で素っ頓狂な声を上げてしまった。

 

 予想外の相手の姿に対して最初に抱いたのは驚愕だったが、すぐさま次に湧き出た感情は──怒りだった。

 

『──よりにもよってパチ組みとか、とことん舐めたマネしてくれるじゃない!』

 

 ひとこと言ってやらねば気が済まないとばかりに──思わず反射的にこちらも外部音声出力をオンにして──レイは相手に叩きつけるようにして叫んだ。

 

 なにせ相対した敵機はパチ組み──キットを説明書通りに組み立てただけ──のガンプラだったのだから。

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 

 RX-78-2 ガンダム。

 

 いわゆる「ファーストガンダム」と呼ばれる、全てのガンダム作品の原点たる「機動戦士ガンダム」の主役機こそが、今レイが相手取っているガンプラの名称だった。

 頭部のV字アンテナも、黄色に光る双眸も、トリコロールカラーの機体色も、今日(こんにち)の「ガンダム」を象徴する全ての要素はこの機体から生まれたガンプラの原点(オリジン)と言える存在。

 

 四十年の歴史があるガンプラの中でも、とりわけ初代の主役機という立場であるファーストガンダムは、おそらく最も多く更新されたガンプラであり、年代別に見て実に様々なバージョンが存在する。

 それなりにガンプラに詳しいことを自負するレイは相対してすぐに、相手のガンダムがガンプラ三十五周年を記念して発売された、HGUC RX-78-2ガンダム、いわゆる「新生REVIVE版」のそれであると見抜いた。

 

 確かにキットとしての完成度は素晴らしく、それはレイも認めるところだ。

 

 小顔で細身にアレンジされた姿には好みが分かれるところはあるかもしれないが、とにかく優秀な可動域を誇り、キットそのままでも躍動感あふれる劇中のポーズを再現可能。

 パーツの色分けも優秀で、同梱されているホイルシール──細かい箇所のために、パーツ単位では色分けできなかった所を補う目的で用いられる──の点数の少なさを見れば、ガンプラに慣れた者でも驚くほど。

 パーツ同士を組み合わせた際に出る「合わせ目」も、極力目立たないように工夫されていることで、特に手を加えずとも説明書の通りに組み立てるだけで、購入者は高い満足度を得られることは間違いない。

 

 特にレイなどは旧キット──かつて最初期に発売されたガンプラで、低価格な反面、塗装必須の一色成形モデル。おまけに合わせ目も目立つ所にガッツリ出る──にも手を出した経験があるため、初めてこのキットを組み立てた際には感動すら覚えた。

 

 ──優秀なキットではある。それは認めよう。

 

 だが──いくらなんでも中級者以上の者が集まるエリアで、パチ組みのそれを使うのは不適当と言わざるを得ない。

 

 

 ──ガンプラバトルにおいて機体の完成度というのは性能に直結する大きな要素である。

 

 

 数あるVRゲームの中には、当然ながらGBNの他にもこういったロボットに乗って戦うゲームというものは存在する。

 しかしプレイヤーが搭乗する機体の性能が、現実で組み立てたもの(ガンプラの出来栄え)に依存する、という仕様は玉石混交なVRゲーム業界の中でもGBNだけの特徴だった。

 

 目立つ合わせ目(モナカ割り)をそのままにしたビームライフルより、合わせ目をしっかり消していたほうが威力は上がるし、装甲表面の防御性能だって合わせ目を消しを筆頭にした表面処理はもちろんのこと、キットそのままの成形色よりも専用の塗料で塗装した方が遥かに上がる。

 ことガンプラバトルにおいて()を目指す者たちは、この完成度を高めることに日夜血道(ちみち)をあげていると断言してもいい。

 

 別に「パチ組みのガンプラをGBNに持ち込むな」、などとはレイも言うつもりはない。初心者やライトユーザーといった層が遊ぶにはパチ組みでも十分だろうし、住居や身体的な問題で塗料が扱えずに塗装が行えない者もいるだろう。

 レイとしての考えは、大事なのは()()()()であり、各ダイバーは自分の身の丈に合った場所で遊べばいいのだ。

 

 だが、ヴァルガ(ここ)にいたっては、間違ってもそういった者たち(ビギナー)のいる場所ではない。

 

 上手くなりたい、ポイントが欲しい、とにかく戦いたい。中には弱いヤツを蹂躙したい、などというのもある。目的やスタンス、程度の差こそあるが、ここの住人というのは皆一様にガンプラバトルに対しては「勝つ」という一点においてのみ真剣なのだ。

 

 そんな中で明らかにパチ組みのガンプラが現れ、それが迷い込んだ初心者か、悪質なダイバーに騙された被害者ではなく、明らかに戦意を漲らせた──不意打ちをかましてきた以上は戦う気マンマンだろう──様子を見せていたらどう取られるか。

 

 

 ──舐められている。

 

 

 この一言に尽きるだろう。

 

「縛りプレイしてるランカーかなにか知らないけどさぁ……ヴァルガ(ここ)()()()とかいい度胸じゃない!」

 

 外部音声出力を切り、燃える怒りを燃料にして、レイのイフリート・アサルトが敵のガンダムに肉薄する。

 

 やや大振りぎみに振り上げた右のヒートソードを上段から叩き込もうと袈裟気味に振り下ろす。

 

『おおっとぉ!』

 

 赤熱した刀身が、夕焼けのような橙色の残像を描いた斬撃は、しかし敵の左腕に装着されたシールドで防が(パリィさ)れる。

 

 相変わらず外部音声が入りっぱなしの敵機から聞こえる、どこか緊張感の無い声が、ますますレイをイラつかせたが、それに反して機体の動きは的確だった。

 

 これもまたガンダムを象徴する、赤色の盾の中央にある特徴的な黄色の十字星を斜めに裂きながらも、しかし上手く力を逃がされたのか、パチ組みのシールドにも関わらず断ち切ることが出来なかった。

 しかも敵は態勢も崩すことなく、右手にあったバズーカを投棄すると、肩越しにバックパックから突き出すビームサーベルのグリップを握り締めるのが見える。

 

 ──力の往なし方が上手い。

 

 ゲーム特有の()()()()()()()()()()()()()()()()()を感じて、レイの頭が少しだけ冷静さを取り戻す。

 こちらの動き出しを見てからの攻撃予測の精度が恐ろしく高い。

 

 GBNに限らず、PvPが主体のVRゲーム経験者によくある、()()()()()()()()()()()()()()()に特化された相手の動きから、レイは相手がGBNだけではなく、他ゲーの熟練者でもある可能性を考慮する。

 

 初撃を往なされたレイは、そのままの勢いを利用して右腕を振りぬくと、スラスターを偏向させ、機体をフィギュアスケートのスピンのように一回転させる。

 

 背中を晒すリスクは、レイが敵の武装を知っていることで考慮していない。

 

 今回は投げ捨てたが、もし残弾が残っていようとも、相打ち覚悟でもない限り格闘戦の距離でバズーカは使えず、キット付属のビームライフルは所持している様子が見られない。おそらくは相手も今までの乱戦の中で撃ち尽くしたか、破壊されたかでもしたのだろう。

 

 そうなれば、このガンダムに残された武装は、バックパックにマウントされた二本のビームサーベルと、頭部のバルカン砲しかない。

 

 そうして計算されたリスクの中、レイが選択したのは、左腕を抱き込むように回転することで背中によって己の得物を隠し、斬撃の軌道を予測させない奇襲の追撃。

 

 回転運動を利用した遠心力を上乗せした左のヒートソードが、格闘戦では死角になりやすい下方向から初撃以上の速度でもって斜めに振り抜かれる。

 

 トリコロールカラーの装甲表面の空気をまさに紙一重で撫でる赫灼の刃。

 

 初撃と重ねれば、×の字を描くように繰り出された斬撃はしかし、ガンダムが僅かに吹かしたスラスターを伴ったバックステップで躱されていた。

 

 ──やりにくい……ッ!

 

 明らかに白兵戦(チャンバラ)慣れした動きと読みの精度、こちらの間合いを完全に把握されている相手の技量に、未だ怒りに茹る頭の片隅でレイは冷静に己の不利を認めて歯ぎしりする。

 彼女はもともと白兵戦より銃撃戦に重きを置くタイプで、クロスレンジはレイの強みが活かせる間合いとは言えない──それでも、そこらのヴァルガ住民よりは動ける自信はあったのだが。

 

『くらえっ!』

 

 そんなレイの気持ちを知る由もない敵は、バックステップの着地から間髪入れずにシールドを前に突きだし、機体をひとつの巨大な砲弾として飛び掛かってくる。

 

 とてもパチ組みとは思えない機敏な動作から繰り出されたシールドバッシュを、蒼と紅の騎士(イフリート・アサルト)は改造で追加したスラスターも全力で吹かしつつ二刀の刃で受け止める。

 

 イフリート・アサルトの小盾(バックラー)とは異なり、半身になれば機体の殆どをカバーできる大きさの盾へ、横に構えたヒートソードの刀身が食い込んでいく。このままいけば数秒とかからず盾ごと切り裂くことも出来る──が、相手の頭部がこちらに目を合わせるように僅かに動いた瞬間、レイは背筋に走った悪寒だけを頼りにして、躊躇なく盾に前蹴りを放って距離を取る。

 

 一拍遅れてイフリート・アサルトの頭があった場所を通り過ぎるのは弾丸の濁流。

 

『……いまの避けるんだ。()()()()()()やるね』

 

 シールド上部に付いている覗き窓越しに、相手のガンダムがこちらのメインカメラ()目掛けてバルカン砲を放ったのだ。

 

 MS戦においては豆鉄砲といえるバルカン砲だが、脆弱なメインカメラを擁する頭部に至近距離で直撃すれば破壊は免れない。

 

 ましてやイフリート・アサルト(このガンプラ)の切り札は、頭部パーツを破壊されたら使えなくなるために、レイは自分の直感を信じて良かったと安堵する。

 

 距離を離したことで仕切り直しとばかりに、まるで()()()()()()()のようになったシールドを投げ捨てたガンダムは、左のビームサーベルも抜き放って、二刀の構えを取った。

 

 左腕は前に突きだすようにして、右手は顔の横へ。

 

 背筋を伸ばして腰はあまり落とさず、しかし膝に余裕を持って立つ姿は、さながら剣道における二刀流の構えに似ていた。

 

 剣道に詳しくないレイにはわからなかったが、なんとなく相手の立ち姿が、放課後に見かけた剣道部の生徒と似ているな、と感じてはいて、このパチ組みガンダムの乗り手は現実(リアル)で剣道経験のあるダイバーなのかと考える。

 

「……だったら、教えてあげようじゃない。()()()()()()()()()()()()()()()

 

 先ほど相手の盾に食い込んだままに無理やり蹴りで引きはがしたせいか、刀身が歪んでしまった左のヒートソードを投げ捨てたイフリート・アサルト。

 一刀となった単眼の騎士は、得物を両手持ちにすると左肩を前に出す半身の構え──脇構えと呼ばれるそれが近い──に切り替える。これは先ほどの攻防で用いた戦法と同じく、敵から得物を隠し、同時に半身となって被弾面を減らし、加えて装甲値の高い肩部を前に出すことで致命傷を避ける狙いがある。

 

 ──たしかにアンタは他ゲー(他所)じゃ強者なのかもしれない。

 

 初撃の光景を繰り返すように、ガンダムへと突進するイフリート・アサルト。脇構えのまま、ひび割れた路面を滑るように左右へのフェイントを交えて前進するも、相手はレイの仕掛ける挙動に一切迷わされる様子がない。

 

 ──でも、ここで戦ってるのは、人じゃあない。()()()()()()()()

 

 

EXAM(エグザム)ッ!」

 

 

 あと一足の間合い、そこまで近づいた刹那、レイは切り札を発動させた。




Tips

機体解説:イフリート・アサルト

素体キット:HGUCイフリート改

武装

ビームカービン×2
 ガーベラテトラのビームサブマシンガンに、ストック等の自作カービンキットを追加して改造した射撃兵装。元キットのものより銃身を短く改造していて、取り回しを良くしている。
 マガジンの代わりにバッテリーを備え、パルス状に圧縮されたメガ粒子を断続的に発射する。
 ウェポンバインダーにあるロングバレルを装着することで射程を伸ばすこともできる。
 カービンキット、延長バレルともにレイがスクラッチで作り出したオリジナル。

擲弾発射装置
 バックパックのウェポンバインダーに格納されている。
 M203グレネードランチャーのようにビームカービンの銃身に取り付けて使用され、擲弾の種類も焼夷弾(ナパーム)、フレシェット弾、発煙弾、照明弾等、様々な種類を用途に応じて選択し使い分けることができる。

六連装式ミサイルポッド×2
 元キットの装備。脚部外側にそれぞれあり、使用後はパージされる。
 三角形型の六連装式のミサイルポッド。

スクリュー・ウェッブ×2
 ドリル状の先端を高速回転させる事で貫通能力を高めた鞭。腰部前面装甲内部にそれぞれ1基ずつ計2基装備している。
 クロスボーン・ガンダムX1改と同じもの。

小型シールド×2
 耐ビームコーティング塗装と追加プラグインで強化された小型の実体盾。両前腕に装備されている。
 単純な防御兵装だが、主武器であるビームカービンを保護する役割も兼ねる。

三連装バルカン×2
 イフリート・ナハトのものを移植したバルカン砲。
 両前腕小型シールドの下に格納されている。

ヒートソード×2
 元キットの装備。
 腰部左右に一本ずつ懸架されている。

ヒートダガー×4
 両足のつま先と膝に格納されている隠し武器。
 クロスボーン・ガンダムのように、脚部スラスターの排熱によって加熱される。
 格納箇所から刃だけを展開しての足技や、射出して不意打ちを狙うほか、持ち手もついているので手に持って使うことも可能。また、バヨネットのようにビームカービンに取り付けることもできる。



概要

 瞬間加速と旋回性能を重点的に強化した強襲型のガンプラ。高速移動しながらの射撃戦をメインに運用する。
 格闘戦を想定した原作から武装を追加、変更しており、レイの得意な中~短距離の銃撃戦を行うためにビームカービンを二丁持ちしている。

 メイン武器からして銃撃戦主体ではあるが、近接武器も豊富に装備されていて、種々の隠し武器と併せて敵を翻弄する。

 肩部とリアスカート、背部ウェポンバインダーに追加スラスターを備え、肩、腰部側面、脚部の追加装甲に姿勢制御用バーニアを追加している。

 フロントスカートにX1改のスクリューウェッブを、膝とつま先にX1のようなヒート・ダガーを隠し武器として装備。ウェポンバインダーには、ビームカービンの交換用エネルギーパック他、擲弾発射機(グレポン)や射程を延長するロングバレルなどの交換用銃身が格納されている。


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JKダイバーの事情

新年初の投稿なので初投稿です。


 先ほどまでの攻防でこちらの機体性能も把握したのか、牽制として振り下ろされた左の斬撃は、憎たらしいほどタイミングも剣筋も見事だった。

 

 ──しかし、それがレイを捉えることはない。

 

『うぇっ!?』

 

 ()()()()()()()()()に焦ったような声を出すガンダムを尻目に、モノアイを狂気の紅蓮に染めたイフリート・アサルトは、今までの動きを遥かに上回る速さの挙動でもって、僅かに左へと──ガンダムの左腕の外側に──ズレるだけで完璧に回避してみせた。

 

 

 ──EXAM(エグザム)システム。それがレイの、イフリート・アサルトの切り札。

 

 

 頭部パーツに搭載されたこのシステムは宇宙世紀の外伝作品(ブルーディスティニー)に出てきたもので、元ネタから詳細にその仕組みを紹介すると長くなるため割愛するが、ざっくりとGBNに限って言えば時限式のパワーアップスキル、俗に言うブースト系スキルに近い。

 

 機体性能を完全に引き出す、という理屈(設定)でもって、搭載機の性能を一時的に倍近くまで一気に引き上げるもので、加えて敵の存在や攻撃を搭乗者(ダイバー)()()()()()察知することも可能になり、同じようなパワーアップシステムのトランザムと比較すると、ダイバーへの影響も含めてどちらかと言えば乱戦向きに近い。

 

 もっとも当然ながらデメリットも存在する。

 

 EXAMには限界稼働時間が設定されており、これを超える使用は不可能。同時にシステム終了後は機体がオーバーヒートして一切の行動が不可能になる。

 また、トランザムをはじめとしたブースト系スキルに共通する点として、パチ組み程度の完成度では機体が持たず、あっという間に自壊(ヅダ)してしまう。

 さらにあくまで強化されるのは機体のみであり、純粋な戦闘力の強化という点においては、機体性能が三倍近くになる上に搭載兵器の出力も上がるトランザムと比較した場合どうしても見劣りしてしまう。

 

 しかし、トランザムの発動条件となるキーパーツのGNドライブが様々な理由(バランス調整)性能が弱体化し(ナーフされ)、特に原作でGNドライブを搭載していたガンプラ以外の機体へ後付けで載せるには、かなりの完成度とシビアな機体バランスが求められるようになったこと。

 トランザムを使うために必要なプラグインである「太陽炉」という複合スキルが、ガンプラに搭載するための要求される容量が大きくなり、他のスキルがあまり積めないことなど、トランザムにも短所はある。

 

 翻って、EXAMは必要な容量も小さく、求められる外部パーツも頭部と判定されるならどれでもよく、またプラグインを挿すだけで使用できるという、トランザムよりも緩い条件で再現できるようにされていて、良い意味で差別化が図れたと言えるだろう。

 

 

 パチ組みのガンプラと相反するような高いプレイヤースキルでレイを翻弄した相手も、突如動きが倍近く早くなったイフリート・アサルトに驚きを隠せない。

 技量はあるが知識はない(ガンダムを知らない)、というレイの予測が見事にハマった形となる。

 

 EXAMシステムはイフリート・アサルトの原型であるイフリート改にも搭載されていて、外見を大きく変えていないこの機体を見れば、ダイバーならば警戒して当然のそれを、相手は完全な予想外であるかのように反応した。

 

──『……いまの避けるんだ。()()()()()()やるね』──

 

 ザクとイフリートの区別もついていないような言いぐさ。思わずといった風に呟かれた言葉は、ブラフと考えるにはあまりに自然であり、ゆえにレイは相手がガンダム知識を碌に持たないと考えた。

 そして見事彼女の予想は的中し、諸刃の剣たるEXAMを使うことで意表を突くことに成功した。

 

 

 

 そうして作り出されたのは、ギリギリの攻防の最中の致命的な隙。当然ながらレイがその隙を見逃すはずもなく、胴体のコックピット目掛けて左腕一本で横一文字に必殺の刃を振り抜き──

 

 

 

「──インパルスかよッ!」

 

 ──必殺を期したはずの刃は何もない空間を空しく切り裂いた。

 

 上半身と下半身を自ら分離させてレイの一撃を回避してみせた動作、これはファーストガンダムと同じような機構を持つ、「機動戦士ガンダムSEED Destiny」に登場する()()()()であるフォースインパルスが対フリーダム戦で行った回避動作と奇しくも似通っていた。

 

 コックピットを兼ねた小型戦闘機を核として、上半身と下半身を構成するパーツを接続する。宇宙世紀ではコア・ブロックシステムと呼ばれる機構の利点をここぞというタイミングで──それも失敗すれば即死という場面でだ──利用して、見事に薄皮一枚で致命を避けてみせた相手のセンスと度胸に感嘆すると同時、クソ忌々しいヤツという想いも抱くレイ。

 

「それでもおッ!」

 

 あらかじめ回避される可能性を考慮して用意していた伏せ札(追撃)を切る。前腕の小盾(バックラー)に隠された三連装のバルカン砲──これはイフリート・ナハトから移植したものだ──を起動。あえて左腕一本でヒートソードを振るったために、空を裂いた刃に持っていかれず残った右腕を、ドッキングした相手のコックピットへと照準してトリガーを引こうとして──

 

 コックピットを真横から叩かれた衝撃で射線がブレた。

 

「──こいつッ! どこまで……ッ!」

 

 右脚を軸にした横蹴り。

 

 身体を開いていたイフリート・アサルトの胴体へと直撃したのは鉄槌のごとき質量を持ったガンダムの足。足刀蹴りのようなモーションで繰り出されたカウンターが命中し、激しく揺れるモニターが、MF(モビルファイター)さながらのキレのある動きをする敵機を映す。

 

 ──クソみたいな出来の機体でよくもまあ……

 

 ここまでくれば感心さえする。

 

 それと同時にレイは未だに相手を心の隅で侮っていたことを自覚した。いかに操縦者の技量が高くとも、乗っているのは所詮はパチ組みにすぎない、と。

 

 しかし今、目の前で相対しているこのダイバーはどうだ。

 

 使っているガンプラこそパチ組みの粗末なものだが、圧倒的な戦闘センスと経験に裏打ちされた技量。そして乗機の機体特性を完璧に把握した立ち回り。

 パチ組みゆえに機体性能は恐らく最低限の値に設定されているにも関わらず、こうして矛を交えてみれば、それすらも織り込んで動いているのがわかる無駄と迷いの無い動き。むしろG()P()D()を含めてガンプラバトルの経験が豊富なレイをして、パチ組みでここまで動けるのか、と瞠目するほど。

 

 レイの駆る機体がかなり原型を残した外見をしているにも関わらず、原作同様に搭載されていたEXAMに驚いたことからガンダム知識は殆ど無いことは分かるが、それ以外は()()()()()()()()()()

 

 VRの対人戦闘、それも格闘や剣闘のような純粋なものだけではなく、ガンプラバトルのようなロボット系の機体を操縦するものまで含めた技量、さらにVRという特殊な環境における適正が並外れている。

 

 ──VR戦闘の申し子。レイの頭にそんな言葉が過る。

 

 フルダイブ型VRが世に出てから聞かれるようになった、VR適正という言葉がある。

 

 簡単に言えば、電脳の仮想空間において、どれだけ上手くアバターを操れるか、UIに適応できるかという才能で、フルダイブVRに全く適応できない者がいる一方で、稀にこの才能がずば抜けて高いものがいる。今、レイが相対しているパチ組みガンダム乗りのような手合いがそれだ。

 

 GBNには絶対的な強者たるチャンピオンこと、クジョウ・キョウヤがいるが、彼とて強さの一端を担っているのは愛機である「ガンダムAGEⅡマグナム」の性能だ。無論のこと彼だけでなく、GBNというゲームにおいてはガンプラの性能を抜きにして、ダイバーの強さは語れない。

 

 だというのに。

 

 作り込まれたガンプラの性能でもなく、特殊なレアスキルでもなく、ただ純粋にプレイヤースキルのみでここまで脅威を感じた手合いを、レイは未だかつて知らなかった。

 

 ──もし、こいつがもっと高い完成度のガンプラに乗っていたら。

 

 刹那の判断の誤りが撃墜に繋がる攻防の最中にも関わらず、場違いにもそんな思考がレイの脳裏をかすめる。

 

「──けど、それは今、ここでは関係ない!」

 

 背後へと吹き飛ぶ機体をすぐさま立て直し、空中でイフリート・アサルトの腰部前装甲(フロントスカート)が開くと、そこから二本のワイヤーが射出される。

 

 スクリュー・ウェッブ、と呼ばれるクロスボーンガンダムX1改の兵装で、先端に高速回転するドリル刃が付けられ、自在に動くワイヤーによって操るという暗器のような特殊武器だ。

 

 狂気の騎士から撃ち出された二本の牙が、うねるようにして不規則な軌道を描いて襲い掛かるとガンダムの両肩を貫き、さらには上腕から肘に巻き付いて完全に固定する。

 両腕を拘束されたうえに機体性能の差もあってか、スクリュー・ウェッブに力負けしたガンダムは、無理やり体を開いて、レイの正面へと相対する形になる。

 

「いい加減──、墜ちろッ!」

 

 イフリート・アサルトが今度こそ両手で保持したヒートソードの切っ先を敵機のコックピットへ向け、スラスターを全力稼働させて突撃する。

 赤熱した刀身の刃は上にしての、狙うは必殺の突き。先ほどのような分離機構で躱そうとも、レイはそこからさらに切り上げに派生させることで確実に仕留めるつもりだった。

 

 敵のガンダムもバックブーストを使って後退を図るが、それよりもイフリート・アサルトのほうが速い。

 

 流石に打つ手がなくなったのか、最後の足掻きなのか、ガンダムが頭部バルカンを再度放つも、焦っているためか射線が定まらず、()()()()()()()()()()で──

 

 ──待て、そんなミスをする相手か?

 

 勝機に逸ったせいか、敵の行動の意味を察することが遅れたレイの目の前で、彼女の小さなミスを嘲笑うかのように派手な爆発が起こった。

 

「なッ!?」

 

 不意打ちの爆発に驚いて思わず速度が落ちる。視界を塞ぐように立ち上った煙に慌てて、スクリュー・ウェッブを巻き戻せば、なんの抵抗もなく煙を裂いて現れたのはガンダムの上半身(Aパーツ)のみ。

 

 さらには上空へと遠ざかる()()()()()()()()()が聞こえて──

 

「──ああ、クソッ! やられたッ!」

 

 全てを理解したレイは思わずコンソールに拳を振り下ろす。

 

 ──遠ざかる飛翔音に少し遅れて晴れた煙の跡を見てみれば、レイの予測した通りのものがそこにはあった。

 

 ()()()()()()()()()()()ガンダムの下半身(Bパーツ)と、その足元に転がる()()()()()()()()()()()だ。

 

 遭遇した際に持っていたHGUCガンダム付属の武器。開戦してすぐに投げ捨てたために、レイの意識の外にあったそれは、実はまだ残弾が残っていたのだろう。彼女が予想した通り、格闘戦での間合いでは自爆することになるので投棄したそれの位置を相手は覚えていて、そこまで上手く誘導し咄嗟の目くらましに使われたのだ。

 

 バルカンで地面を狙ったのは、弾倉を撃ち抜いて自爆させるため。

 

 そうしてレイの注意を一瞬だけ逸らした隙に、相手はコア・ファイターでもって離脱を図った。

 

「撃墜されてこそいないけど、これって実質こっちの負けだよね……」

 

 奇しくもEXAMが限界稼働時間を迎え、オーバーヒートによって機能停止したイフリート・アサルトのコックピットで、レイはひとりがっくりと項垂れた。

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

「んがーッ! なんなのアイツ!」

 

 ログアウトの処理が終わったことを確認した瞬間、ヘッドセットを乱暴に脱ぎ捨てると、開口一番に彼女は叫んだ。

 

 ヘッドセットを雑に机に放りだして、ハイバックチェアの背もたれにだらけた姿勢で寄りかかる。しばらくぐったりとして動かなかった人影は、暗くなった室内で机に置いてあるリモコンを手探りで取り寄せるとシーリングライトを点灯した。

 柔らかい蛍光色が灯る天井を仰いで目を閉じ、「あ゛ー……」と呻くのは十代半ば、高校生と思われる歳の、やや背格好の高い少女。

 

 古めかしい木造建築の店舗一体型住宅。その住居部分である二階部分の部屋のひとつ。

 

 部屋の主の年齢を考えると、全体的にシックな家具で統一された六畳ほどの室内。勉強机に参考書や模型雑誌、漫画本等が雑多に詰め込まれた本棚。装飾のないシンプルなベッドに、クローゼットの扉に取り付けられた姿見と、一見ありきたりな内装の室内で、ひと際目立つのは壁の一面を全て使った大型の棚だった。

 

 その一面は白色系の壁紙を完全に隠すようにして天井まで届く大型の棚が設えられ、上半分はディスプレイケースとしてガラス扉が付けられている。

 その中にはかなり高い完成度で作られた、ガンプラを含む多種多様のプラモデルたちが勇壮に立ち並び、下段にはガンダムシリーズはもちろんだが、他にも様々なロボットアニメ作品のBD-BOXが詰め込まれていた。

 

 ハイバックチェアの前には窓際に置かれた勉強机があり、そこにはGBNの個人用筐体に接続されたガンプラの読み取り機を兼ねた端末(ダイバーギア)が置かれ、綺麗に作られたイフリート改のカスタムガンプラが立っていた。

 

 ダイバーネーム「レイ」こと岩永(イワナガ)(レイ)は、ヘッドセットを脱いだ拍子に乱れたボブカットの前髪を雑に頭を振って払うと、だるそうに机上の時計を一瞥。

 

 アナログ式の文字盤が午後六時半を指していることを確認し、「ご飯たべよ……」と呟いて立ち上がると自室を後にした。

 

 (ひな)びた商店街にある模型店に住み、地元の学校に通う家庭環境以外はありふれた女子高生。それがヴァルガの住民たる赤髪のダイバー「レイ」の現実(リアル)での姿だった。

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 ──袋ラーメンを作った人はとても偉大な発明をしたなぁ、と二階の台所で鍋を前に嶺は思っていた。

 

 長ネギやキャベツ、あるいはモヤシといった野菜をちょい足しして、そこに昼の弁当にも使うためにあらかじめ作り置きしておいた茹で卵や海苔をお好みでトッピングしてやれば立派な食事となる。

 なんなら、生卵一つあれば、麺の茹で終わりに割り入れてかき混ぜるだけで、簡単にかき玉風にだってできる。

 

「いただきます」

 

 調理時間が二十分にも満たない間に出来たキャベツとネギ入りの塩ラーメン(トッピングはゆで卵)を、一人でもくもくと食べながら、「あ、そういえば、課題出てたんだっけ……」と学校の事を思い出して少し憂鬱になった。

 

 嶺が今暮らしているのは彼女の父方の祖父母が経営する模型店を兼ねた住宅。

 

 イワナガ模型という名前のそこは、とある地方都市の古びた商店街に店を構える古くからの模型店()()()

 

 もともと岩永(イワナガ) (レイ)という少女は都内に住むごくありふれた夫婦の間に一人娘として生まれた。

 

 しかし嶺が五歳の時、母親が交通事故によって他界。もともと仕事人間だった父親は、父子家庭で嶺を育てることは出来ないと判断し、他県にある自分の実家であるここ、イワナガ模型へ娘を預けた。

 嶺が生まれる前に他界していた母方の祖父母と違い、当時はまだ元気だった父の両親は、孫である嶺を快く引き取り今日まで育ててくれた。

 

 小学校は入学式の時からこちらの学校だったし、物心つく頃から今の歳になるまで過ごしている嶺にとって、地元といえばもはやここ以外に考えられないほどには馴染んでいる。

 

 小学生の頃にはGBNの前身となるガンプラバトルゲームのGPD(ガンプラデュエル)が流行しており、このイワナガ模型もそれなりに繁盛していた。

 というのもGBNと異なり、GPDはプラネットコーティングという技術によって、電子データではない実物のガンプラ同士を戦わせるゲームで、プレイには専用の大がかりなゲーム筐体が必要であった。

 

 筐体の性質上個人用のものはなく、設置されるのは大型のゲームセンターか、もしくはメーカーと契約した模型店であり、GPDをプレイしたければ実店舗に行かなくてはならない。さらにGPDの特性上ガンプラが頻繁に破損することで、修理目的のパーツ取りや、新しい機体の構築のために当時は小さな小売店でもガンプラが飛ぶように売れていた。

 

 家に帰ればいつも大人たち──当時の嶺から見れば社会人だけでなく高校生や大学生はそう映った──が、わいわいとガンプラバトルに興じている。そんな環境の中で嶺は小中学校へ通っていた。

 

 また、祖父が商いとしてだけでなく趣味としてもプラモデルが好きで、そんな幼少時の嶺の娯楽と言えば、祖父の近くに座って彼がプラモデルを作り上げる作業を見学したり、常連客のおじさんやお兄さんが持ち込んで貸してくれるアニメのBD──ほとんどがロボットアニメやSF作品だった──を観賞することで……彼女が小学生にしてガンプラバトルに嵌るのは、本人の適正もあったが、主に環境がそうさせていたのだろう。

 

 年頃の少女としては少しばかり歪に育った自覚はあるが、躾には厳しいが基本的に優しい祖父母に可愛がられ、気のいい店の常連客に囲まれて過ごした小中学生時代は、嶺にとって間違いなく幸せな時間だった。

 

 しかしそんな楽しい思い出が詰まったイワナガ模型(実家)も、今年の春から閉店してしまっている。

 

 昨年のことだ。

 

 祖母が病に倒れた。嶺が高校に入学してすぐのことだった。

 

 急性の癌だとかいろいろと医師からは聞かされたが、嶺が認識できたのは入院して間もなく祖母が母と同じ場所へと行ってしまったことだけだ。

 嶺にとって最後に元気な祖母と撮った写真は、初めて高校の制服に袖を通した彼女を祖父と祖母が挟んで立つものになった。

 

 そこからはドミノが倒れるようだった。

 

 次第に祖父の元気がなくなり、頻繁に体調を崩すようになって、祖母の喪が明けた頃、ついには入院生活になった。

 

 以前より兆候はあったが本格的にGPDが廃れて、それに反するように加速度的にGBNが台頭してきたことで、ガンプラバトルのユーザーの殆ど全てがネットゲームのGBNへと移行してしまった。

 

 自身の体調悪化と客足が鈍くなった現状を鑑みた祖父は、これ以上は営業を続けることが困難であると判断して、地元住民に長年親しまれてきたイワナガ模型を閉店させた。

 

 幸いにも仕事は出来る嶺の父はそれなりの高給取りであり、毎月仕送りをしてくれているのと、祖父の年金やら蓄えやらで生活はどうにかなっているし学費も問題ない。

 

 仕事人間で私生活においては不器用だが、真っ当な社会人でもある父は、祖父の入院に際してしっかりと様々な手続きを取ってくれたし、嶺のために学費を用意してくれている。

 

 「親として、せめて学費で苦労はさせない」とは父の言葉であり、彼は冷静に己の能力の限界を見極め、家事も碌にできず仕事の都合で家を空けがちな父子家庭では娘を不幸にするだろうと、相当に悩んだ末に自分の実家に嶺を預けたのだ。

 中学三年の時、祖母が倒れる少し前にそんな話を祖父母から聞かされていた。

 

 しかし祖父の入院手続きで久しぶりに父と会った際、遠慮がちに「一人暮らしみたいな生活になるが、都内(こっち)で一緒に暮らすか」と誘われた嶺は、それを断った。

 

 別に父に含む所があるわけではない。

 

 幼少期は久しぶりに会った時にもあまり自分と喋らない父が少し怖いと思っていたが、なんのことはない、娘とどう接したらいいのかわからないだけなのだと、今になれば理解できる。

 

 ただ、嶺としては祖父が心配だったのだ。

 

 母も祖母も別れは突然だった。ならば祖父もそうならないとは断言できない。

 

 今の嶺は週に最低二回は祖父の様子を見るために、家からそれなりに距離のある隣の市にある大きな病院へと通っている。

 また、実質一人暮らしのような状態のために、炊事洗濯掃除を一人でこなす傍ら高校にも通っているという、同級生に比べてなかなかに忙しい毎日を送っていた。

 

「それにしても、あのパチ組みダイバー、強かったな……」

 

 食べ終わった食器を洗いながら、嶺は今日遭遇した奇妙なダイバーを思い返す。ヴァルガに籠るようになってから一年近く経つが、遭遇したことのないダイバーだった。

 あんなインパクトのある手合いならば、一度出会えば絶対に忘れることはないだろうから、最近になってGBNを始めたのだろうと予測している。

 

 忙しい生活の中での唯一のストレス発散。それが嶺にとってはGBNであり、とりわけ彼女はハードコアディメンション・ヴァルガの無法具合が、演じる(ロールする)キャラにも合うため気に入っていて常駐していた。

 

 GBNにおける彼女はなかなかにはっちゃけた、乱暴な言動をするキャラクターを演じている。

 見た目も、ベースこそ一部()のサイズと髪型を除き、リアルの姿をそのまま持ってきているが、色合いは褐色肌に赤髪と派手で、服装にいたっては上は白のタンクトップに傷だらけのフライトジャケット、下は野戦服のような森林迷彩ズボンに編み上げブーツという、ガンダム作品のキャラにもいそうな荒くれ女軍人をイメージした容姿をしていた。

 

 かつての黎明期のMMOがごとく、フルダイブ型VRの世界ではロールプレイをするプレイヤーはそれなりの数がいる。

 

 リアルとの性別を変える者(ネカマやネナベ)をはじめとして、GBNでは原作のガンダム作品のキャラになりきる者や、嶺のように現実では出来ないキャラクター性を演じる者もいる。

 普段の学校生活では比較的大人しい生徒をしている嶺も、そんな現実では出せない己の内面を存分にさらけ出すタイプのダイバーだった。

 

「あれだけの腕があるのに機体はパチ組み……うぅん……チグハグにもほどがある……」

 

 気になると言えば気になるが、相手の連絡先も知らない(フレンド登録もしていない)のではその真意を確かめようもない。

 

 ひとまずは、次に出会ったら必ず仕留める(潰す)と心に定め、食器を洗い終わった嶺は入浴の準備をするべく浴室へと向かっていった。




Tips

・イワナガ模型
 とある地方都市の田舎町にある昔ながらの商店街。そこに店を構える個人経営の小さな模型店。
 ガンプラだけでなく様々な種類のプラモデルも扱っていて、稀にレアなキットがひっそりと入荷することもあるために、地元だけでなく一部のマニアには名前が知られていたという。
 ガンプラバトルブームの際には、比較的早期に小型のGPD筐体も設置したりと、個人経営らしい柔軟な対応をして売り上げを伸ばす。
 長い間地元住民に愛されていたが、GBNの台頭によってGBN専用筐体と製作ブースを併設するガンプラ専門店「THE GUNDAM BASE」が全国規模で展開され、小売店でのガンプラの売り上げが落ちたことと、同時期に店主が体調を崩して入院した事を理由に、今年の春、惜しまれつつも閉店した。


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出会い

新年二日目では初投稿です。


 一人暮らしの女子高生、岩永 嶺の朝は少しだけ早い。

 

 音量をやや大きめに設定していた携帯端末のアラームに起こされて、のそのそとベッドから起き上がると、寝ぼけ眼で制服へと着替えてから歯磨きと洗顔を済ませる。

 あくびをしながらも冷蔵庫から取り出した作り置きの茹で卵と買い置きの食パンを使って、昼食のために手早くタマゴサンドを作り上げ、朝食はグラノーラへ適当に牛乳をぶっかけたもので簡単に取る。

 

 店舗部分になっている一階の裏手から家を出た嶺は、脇にある軒先の下に駐輪し(とめて)てあるスーパーカブに跨ると、ヘルメットを被り手慣れた様子でエンジンをかけ軽快に走り出した。

 

 彼女の通う高校は家から少しばかり距離があるため、一年の時は電車と自転車で頑張っていたが、田舎ゆえに電車の本数がそう多くなく、また祖父のいる病院へと通うための足に使う目的で、十六歳になってからすぐさま原付の免許を取得した。

 今乗っているスーパーカブは祖父が使っていたもので、保険にもきちんと入っている。デザインがいささか女子高生が乗るには無骨に過ぎるという点にさえ目を瞑ればとても便利ではあるので、あまりそういうことへの拘りがない嶺としては日々お世話になっている愛車だった。

 

 学校生活においては特筆するようなこともない。

 

 基本的に真面目に授業は受けるし、親友と呼べる間柄の生徒こそいないが、さりとて孤立しているわけでもなく、顔見知りやらのゆるい繋がりは持っていて、休み時間にはクラスメイトと適当に雑談などもしたりする。

 昼食は誘われたり話の流れで誘ったりと、特定の相手(固定のメンツ)はいないもののそれなりに誰かと一緒になることも多い。

 しかし今日は生憎と一人飯で、そんな時は携帯端末片手に持参したタマゴサンドを野菜〇活で流し込みながら、GBN関連のまとめサイトやらガンプラの最新情報やらを眺めて過ごす。

 

 家の事情で部活動に所属していないため、放課後になればさっさと下校する。特に用事がなければ直帰して、洗濯などの最低限の家事を済ませてからGBNへとログインし、ヴァルガで思う存分ヒャッハーするが、今日は祖父の見舞いに行くため隣の市へと向かう予定だった。

 

 それが岩永 嶺という少女の日常で、自分が高校を卒業するまで特に変わるようなことはないと思っていた。

 

 この日、たまたま祖父の見舞いに病院へ行き、たまたま祖父に頼まれた買い物をするために病院内のコンビニへと足を運ばなければ、()()と出会うことはなかっただろう。

 

 岩永 嶺にとっての物語は、全てはこの日、彼女が祖父のいる病院へと向かったことから始まった。

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

「今日はどのガンプラ()(やろ)うかな……」

 

 コンビニの袋を片手にリノリウムの廊下を歩きながら嶺は呟いた。放課後の彼女の姿は今、祖父が入院する病院にあった。

 

 流石に元気とは言えないものの、特に重篤な状態でもなさそうな祖父の姿に安堵して近況報告を交えた雑談を少し。話の流れで買い物を頼まれたので院内に併設されたコンビニで済ませ、購入したものを病室へと届けようとしている所だ。

 

 患者と医療従事者が行き交う廊下に続く待合ロビー。順番待ちの人で混み合う空間を横目に通り過ぎて、入院患者用の病棟へと向かうその途中だった。

 

 小柄な体をした入院服姿の少女が嶺の向かい側から弱々しい足取りで歩いてくる。

 

 自分より年下に見える十代の少女。

 

 点滴をしていたり車椅子に乗ったりしているわけではないが、()()()()を通り越して()()()()な手足と、見ていて危なっかしい足取りに、僅かな憐憫を感じてぶつからないよう少し注視して歩く。

 

 やがて辛うじて顔が見える距離まで近づいたその時──

 

「──あうっ」

 

 なんの前触れもなく入院患者の少女が転んだ。

 

 それはもう見事なコケ方で「べしゃっ」という擬音を空耳するほど。両手を前に投げ出して──咄嗟に手を着こうとして失敗したのだろう──倒れる姿に一部始終を目撃してしまった嶺も思わず立ち止まる。

 

 ──え、これ声かけたほうがいい?

 

 かなり盛大に転んだせいか、咄嗟に起き上がることもできない様子の少女。それを見て流石にこれは手を貸したほうがいいのかと嶺は考えるも、しかし下手に手助けしていいものか躊躇してしまう。

 知り合いでもない入院患者だし、素人以下の自分よりも近くにいる看護師を探して助けを求めたほうがいいのかと迷った。

 戦場(GBN)では咄嗟の判断でも的確に処理できる嶺だったが、現実ではただの女子高生である。それゆえこういった場面での適切な判断がわからず、逡巡し、硬直してしまった。

 

「──ん?」

 

 そうして僅かな時間だがどうすべきか迷って視線を彷徨わせた嶺だったが、自分の足元に見慣れた物が転がってきたことで思わず声を上げる。

 

 

 ──ガンプラ。それもHGサイズのものだ。

 

 

 つい最近──具体的にはまさに昨日──ヴァルガで煮え湯を飲まされたガンプラと全く同じトリコロールカラー。大きさと外観から見て1/144サイズのHGモデル。

 

 ──HGUCガンダムRX78-2

 

 転がってきた方向的にも目の前の少女が落っことしたのは明白だったが、なぜ病院(こんなところ)にガンプラが? とそれを拾い上げた嶺が考えていると、件の少女はようやっと立ち上がり、己の両手を見てショックを受けたような顔をしていた。

 おそらくは大事に抱えていたであろうガンプラ(これ)がなくなっていることが原因かと察した嶺は、おそるおそる歩み寄ってようやく声をかける。

 

「あ、あのー……もしかして、これ、落としました?」

「……え、あ、そ、それっ! わたしの……!」

 

 嶺が同世代の平均よりも長身であることを考慮してもなお小柄な少女は、自分より頭ひとつ以上は高い背丈の嶺に一瞬だけ怯みはしたが、しっかりと目を合わせて訴えた。

 

 そうして少女の顔を初めて見た嶺は、彼女の容姿にはっとして返事をするのを忘れてしまった。

 

 少しやつれてはいるが、それでもなお可愛らしさが垣間見える顔の造りは同性ながら見惚れるほどで、特に意思の強さを秘めた大きな瞳は黒曜の輝きを宿し、見つめられた嶺を捉えて離さない。

 

 体躯に見合ったバランスの小さな瓜実顔、通った鼻筋、小さな唇。そこに愛らしいぱっちりとした黒い瞳。

 

 ──健康だったらアイドルやれるかも。

 

 場違いにもそんなことを考えながらも、嶺はなんとか言葉を絞り出して手にしていたガンプラを差し出す。

 

「……はい、どうぞ。あの、看護師さん呼んできます?」

 

 嶺から手渡されたガンプラを大事そうに抱える少女は、その言葉にふるふると首を振って否と示す。言葉による返事はなく、視線は既に嶺から外れ、渡されたガンプラが無事かどうかをしげしげと観察している様子は、彼女がよほどこのガンダムを大切にしている事を伺わせるには充分だった。

 

 返事を返さなかったことに対して嶺はとくに思うところはない。ガンプラを大切にする人間に彼女は好意的なのだ。

 

 まあ、痛そうにしている様子はないし、本人も平気そうだからいいか……と嶺が安堵していたところに「あ……」という悲しそうな声が下から割り込む。

 

「どうかしました?」

 

 思わず、といった具合に嶺が聞けば、少女は両手に持ったガンダムを差し出して、今にも泣きそうな震える声音で答える。

 

「……つ、角が」

 

 見ればガンダムの象徴でもある額のV字アンテナの片方がポッキリと折れて途中から無くなっていた。

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 あれから少し探してみたものの、結局折れたアンテナの先端が見つかることはなかった。

 

「大丈夫。大丈夫だから」

 

 いかんせん大きな病院の、それも多数の人間が行き交う廊下である。爪楊枝の先っぽみたいな大きさのパーツなぞ早々に見つかるはずもなく。かといってまさかコンタクトレンズでも探すがごとく、四つん這いになってまで捜索するわけにもいかない。なにより他の利用者に迷惑だ。

 

 そうしてやむなく探索を打ち切り、未だおろおろする少女をなんとか(なだ)めすかして適当なベンチへと誘導し、嶺は心の片隅で「私、なにやってるんだろう?」と思いつつも必死に慰めていた。

 

 (なだ)める傍ら聞いた話によれば、少女の持っていたガンプラは看護師の一人から借り受けていたものらしく、彼女は生まれてからこれまで身体的な理由でプラモデルの類を作ったことが無い──プラスチック粉や塗料のせいらしい──という。

 借り物を破損したうえに己には修理する術もないとなれば、中学生らしき少女がいっぱいいっぱいになって慌てるのも無理はない。と嶺は納得もした。

 

「で、でも……わたしじゃこれ、直せない……」

「貸してくれた看護師さんに説明書を保管しているか聞いてみたらどう? それがあればパーツ単位で注文もできるから。見た所それパチ組みだし、料金は貴方が負担して、送られてきたパーツをそのまま取り付ければ元通りになるよ」

 

 その言葉を聞いて解決策があることを理解した少女は、ようやく安心したのか「よ、よかった……」と呟くとホッとした様子で手元のガンダムを見る。

 

「にしても、なんでガンプラなんか持って歩いてたの? 持ち歩くにしても専用のキャリーボックス……とは言わないけど、できれば緩衝材を詰めたタッパーとかに入れたほうが……」

 

 いちガンプラビルダーとしてどうしても気になった点を嶺が指摘する。

 

 GBNが台頭する以前より──むしろGPDが世に出たからこそ──ガンプラの販売元を含めたプラモデル関連の企業からは、ガンプラ(壊れ物)を安全に運搬するための専用のアイテムがいくつも発売されている。

 

 それなりに値が張るものの、個人用筐体が販売され人によっては自宅で遊べるGBNとは違い、GPDしかなかった当時ガンプラバトルをするには、一般のユーザーは筐体を設置している実店舗にガンプラを持参する必要があったためだ。

 

 GBN全盛になった今でも、店舗からログインをするライトユーザーを中心に需要が高まっていて、少しネットを探せば安価なケースなど簡単に購入できる。

 にも関わらず、件の少女はそれすら持っている様子がない。

 

 家の中をちょっと移動させるならともかく、ガンプラを持ち歩くのにケースに入れないなど考えられない嶺からしたら、人が多い病院内でむき出しのまま持ち歩いていた少女の行動はどうにも理解できないものだった。

 

「ごめんなさい……そういうのがあることも知りませんでした」

「え、ウソ……」

 

 ──マジかよ。と嶺は改めて少女の顔をまじまじと見てしまう。

 

 眉根を寄せて困ったような表情は本当に未知の情報に狼狽えている様子で、彼女の言動が嘘ではないことを物語っている。

 

「……もともとこの(ガンダム)は、わたしがGBNをプレイしてみたいって言っていたのを聞いた看護師さんが貸してくれたものなんです。さっきも言いましたけど、わたしプラモデルとか作れないから……」

 

 ──今のガンプラはニッパー一本あれば作れるから。とは嶺も言わない。()()()()()も知らなかったこの子に指摘しても仕方ないし、ガンプラの情報なんて知らない人は全く知らないのだから。

 

「……わたし生まれつき貧弱で、学校にもほとんど通えないし、体調崩すとすぐに入院しなきゃならないんです。それで小学生の時から運動の感覚を掴んだりストレスを発散する目的でフルダイブ型のVRを始めて、ゲームの中だと自由に動けるのが楽しくって、それでよくやってて……先週から()()入院してるんですけど、その時にちょうどGBNの広告を見たんです」

 

 一般的にフルダイブ型VRが解禁されるのは十二歳とされているが、それは主に娯楽のためのゲームが主目的だからだ。それ以外の場合──例えばこの少女のように医療目的──なら、医師と役所の認可があれば解禁年齢は下げられる。

 選択できるソフトは制限される──文科省の許可を得た健全なやつが主だ──ものの、彼女のように小学生のうちから電脳仮想空間にダイブして、現実では身体的な問題で出来ない運動──主に体育で行うようなもの──をしている人間は一定数いる。

 

 そういった者の中には高いVR適正を発揮して、一般企業が出しているゲームが解禁される十二歳以降になってから、その界隈で有名なプレイヤーになるようなのも現れたりするのだ。

 

「リアルだとこんなんですけど、これでもVRゲームは得意なんですよ? 家にいても病院にいても暇な時はだいたいVR空間にいるからいろんなのやってきてますし、伊達に経験長いだけじゃないんです」

 

 そう言うと、ふんす、と薄い胸を張って嶺を見上げる少女。

 

 彼女の言葉には自信が漲っている。きっとこの小柄な少女もそういう手合いなのだろう。現実の肉体よりもゲームでの肉体のほうが動かすのが上手いというタイプだ。

 

「今回の入院でもなにか遊ぼうと思ってはいたんですけど、それまで続けてたゲームにもそろそろ飽きていて……プレイするゲームを変えようかなって思ってGBNを選んだんです。でも、わたしガンプラ持ってなくて。そんな時にたまたま看護師さんの中に、GBNはやらないけどガンダムが好きな人がいて、パチ組みで悪いんだけどよかったら、って貸してくれたんです」

 

 ガンプラを作る者が必ずしもガンプラバトルをするとは限らない。

 

 純粋に作るのが好きな人もいるし、ガンダムという作品が好きで、ガンプラはそのファンアイテムとして集めているという人だっている。ガンプラへの関わり方は千差万別だ。少女にパチ組みのガンダムを貸した看護師もそういうタイプのガンダムファンだったのだろう。

 

「GBNで遊んでると、たまにほかの人から『パチ組みなんか乗ってるなよ』みたいなこと言われるんですけど、わたしにはこの子しかいないから……」

 

 ──少女の言葉に物凄い罪悪感が嶺の胸を抉った。

 

 つい昨日、まさに嶺はパチ組みのガンプラ──さらに奇しくも同じ機体(キット)だ──に乗っていたダイバーに、そういった言葉(暴言)を叩きつけたばかり。

 目を伏せて悲しそうに両手の中のガンダムを見つめる隣の少女を横目にしながら──いやいやあれはヴァルガだったんだから言われても仕方ないよね? それにこの子に言ったわけじゃないし──と誰に対してかもわからない弁解を繰り返す。

 

「……だから、ありがとうございます。解決方法を教えてくれて」

 

 痩せているとはいえアイドルもかくやという美貌をふにゃりと崩して微笑む少女。その儚い笑顔は見た目こそ天使の微笑みだが、嶺にとっては見えない誰か(己の良心)から「お前マジなんなの? 人の心ってもんがないの?」と責められているようで、非常に、とても、非常に、居心地が悪い。

 

 少女が言いたかったのは、彼女がそれだけこのガンプラを大事にしていて、ゆえにこそ嶺に感謝しているということなのだ。それはわかる。わかるが嶺の無駄に大きいこの胸に広がる苦しみはどうにもならない。

 

 ──なにか、なにかないか。この罪悪感という鋭利な刃で滅多切りにされた心を癒す方法は。この際だから自己満足でもいい。

 

 ──あ。

 

「……あの、さ」

「? はい」

「よ、よかったら、なんだけど……」

「……? はい」

 

 歯切れ悪く喋る嶺の様子を見て、笑顔からきょとんとした顔になった少女が可愛らしく小首を傾げる。

 

「それ、そのガンダム、私が直そうか?」

「……えっ?」

 

 思わぬ申し出に少女が大きい瞳をさらに大きく見開く。

 

「その看護師さんに聞いてみて、オッケー貰えたらだけど……なんならあなたの好みの色にだって塗っちゃうよ? もちろんそれも許可してくれたらだけど……」

「えっ? えっ?」

 

 戸惑う少女を置いてけぼりにして、少し暴走気味になった嶺はさらに畳みかける。塗装までするとなればかなりの手間だし、そもそも差し出がましい申し出なのではないか、という考えは頭から飛んでいた。

 

「あっ、もしかして出来栄えが心配? 大丈夫。これでもガンプラ作りは得意だから。……ほら、これ。私が作ったヤツ」

 

 罪悪感と良心の呵責に背中を押された嶺はもはや少女の声が聞こえていないのか、おもむろに携帯端末を取り出すとガンスタグラム──GBNで提供されているSNSサービス──に「レイ」のアカウントで投稿した自作品のガンプラたちの写真を表示させる。

 

「──わ……っ、すっごい綺麗……」

 

 端末の画面をのぞき込んだ少女が思わず声を上げてしまうほどに、そこへ映し出されたガンプラたちの出来栄えは見事なものだった。

 そんな素直な反応が嬉しくて、嶺も次々と自作品を映した写真をフリックして見せていく。

 

 原作に忠実に作られたもの、嶺の独自の解釈とアレンジが加えられたもの、ミキシングビルドやスクラッチ技術を用いて作製されたオリジナルのもの……投稿している場所がガンスタグラムのためモデルはいずれもガンプラに限られていたが、共通するのは製作者()の高い技量を伺わせる作り込みと丁寧な作業、そしてなによりもプラモデル作りが好き、という想いが写真から伝わってくる事だった。

 

 GBNでデータとして再現されたガンプラはいくつも見たことはあれど、リアルのものをあまり見たことがないらしい少女は目を輝かせてそれらを眺める。

 

「うまく言えないけど、VR(ゲーム)で見るのとは違う感じがして不思議です……」

「まあ、GBNの再現度は確かに凄いけど、やっぱリアルとはちょっと違いが出るから。で、最近のお気に入りはこの子でね──」

 

 と、和気あいあいに嶺が次の写真を表示させ──

 

「……あれ? これって……」

「ん? どうかしたの?」

 

 画面に映るのは嶺が最近お気に入りとして乗り回しているイフリート・アサルト。赤い肩部が特徴の青いボディが目を引き、写真の中ではアクションベースによって空中で勇ましく二丁のビームカービンを構えている。

 

「いえ、()()()()って、昨日わたしが最後に対戦したガンプラにそっくりで──」

「えっ──」

 

 思いもよらない言葉に嶺の思考と動きが止まる。

 

「──えっ?」

 

 二人の間に突然生まれた空白。

 

『えぇっ……?』

 

 互いに顔を見合わせた嶺と少女は、全く同じタイミングで素っ頓狂な声を上げた。




Tips

・ガンスタグラム

 GBN内のサービスとして利用できるSNS。
 ゲーム内のスクリーンショットはもちろん、現実(リアル)で撮影したガンプラの写真なども投稿できる。
 嶺は主に自分が作った作品の写真保管庫として利用している。


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世那(セナ)(レイ)

三が日最後の投稿なので初投稿です。


「昨日は、その……ごめんなさい」

「えっ……っと、その、気にしないで?」

 

 一端落ち着いて話をしよう──そういうことになった嶺と入院服の少女の二人は、入院患者用の病棟にある談話室のテーブルの一角で向かい合って座っていた。

 

 深々と対面の相手へ頭を下げるのは、女子高生にしてヴァルガの戦闘民族。趣味はプラモデル作りとガンプラバトルの岩永 嶺。

 

 恐縮したように両手をパタパタ振る入院服の美少女は、名前を桜庭 世那(サクラバ・セナ)という、嶺と同い年の──それを知って嶺は失礼ながらたいそう驚いたが──少女。

 

 嶺としては「次に会ったら必ず墜とす(潰す)」と決めていた相手が、まさかあんな事情を抱えていたとは思いもしなかったし、なんならリアルの姿がこんな小柄で美少女だとも思っていなかったし、それが同じ地域に住んでいるなどもはや想像の埒外であった。

 

「世間は狭いっていうか……今回はエンカ運がバグってたっていうか……」

「あ、あはは……わかる。MMOでログイン初日にランダムポップするユニークモンスター引き当てる、みたいな?」

「それね。確かに確率はゼロじゃないけど、いやいやありえないでしょって」

 

 お互いにゲーム用語を知っているためか、妙に会話がかみ合う嶺と世那。

 

 自己紹介もして互いの素性を知ったためか、リラックスした様子で力を抜いた世那が椅子に寄りかかりながら朗らかに口を開く。

 

「はぁー……でもわたしもビックリしちゃった。あなたがあの青いザクのダイバーだったなんて──」

「ザクじゃない」

「へ?」

 

 きょとんとする世那を無視して真顔になった嶺が、GBNで出会った時からずっと気になっていた間違いを指摘する。

 

「だから、アレ、ザクじゃないの」

「え、でも一つ目だったし──」

「あー……まあそれは、ね? あれはイフリートっていうのよ。元はUC系作品の外伝が元で──」

「え? え? え?」

 

 なんとなく流れで機体の来歴を説明する嶺を、パチパチと瞬きして困惑するように眺める世那。

 

 ガンダムビギナーあるあるの、「二つ目をしたのがガンダム。一つ目をしたのはザクでしょ」というアレだったが、嶺のほうも「オタク特有の早口」というやつで、お互い様という感じだ。

 

「──っと、ごめん。つい。とにかく、アレはザクじゃないの。桜庭、さんには、その、あの子(私のガンプラ)を間違ったまま覚えて欲しくなくて……」

 

 ぽかんとした顔をした世那を見て、我に返った嶺が慌てて説明を止める。「やっちゃった……」と恥じ入る嶺だが、

 

「あ、うん、なんとなくわかる。グッドゲームをした相手に忘れられてたり、間違って覚えられてたりすると悲しいから」

 

なにか自分でも覚えがあるのか、世那はそんな嶺の態度に理解を示すようにコクコクと頷いて同意を示してくれた。

 

「……でもガンプラって、ほんっとーに種類多いよねー……VRのロボゲーは前に違うのをやってたけど、それと比べても明らかに種類と数がおかしいもん」

「それがGBNの売りの一つだから……ガンプラならだいたいなんでも機体として読み込めるし、なにより歴史が長いからいろんなガンプラがあるのよ……」

 

 なにせ1979年から続くコンテンツである。

 

「でも、桜庭さんは随分と上手にガンダムを乗りこなしてたじゃない」

 

 嶺が必殺を期して繰り出した一撃を、分離機構を用いた土壇場での回避で見ごとに捌いた姿は記憶に新しい。

 

 本来ならHGUCガンダムに原作のような分離合体機構も、ましてや内部にコア・ファイターも存在しないが、そこは機体がデジタルデータで再現されているGBN。プラグインという搭乗するガンプラに特定の機能や機構を持たせるプログラムを任意で追加してやれば──特にそれが原作通りのものであれば比較的簡単に──ゲーム内で再現できる。

 

 もちろん性能が凶悪すぎるためにあえて再現されないもの──例えば∀の月光蝶であるとか──はあるが、世那の使っていたコア・ブロックシステムは、安価なプラグインで簡単に再現できる機構の筆頭であった。

 

「それは、まあ……自機の機体特性を把握するのはロボゲーの基本だから、軽くだけどネットで調べたから……」

「……それで()()ってことは、本当に()()()()()()しか調べなかったのね」

「しょ、初心者にはちょっと情報量が多すぎるかなー、って……」

「まあ、趣味の、それも興味ない分野ならそうなるよ、うん」

 

 世那の言い分に特に怒ることもなく、そりゃしょうがない、と嶺も同意を示す。実際、過去に出た全てのガンプラの情報を記憶している人間が世界でどれほどいるやら。少なくとも嶺には無理だし、それほどにガンプラというコンテンツは巨大で息の長いものだ。

 

「最初はね? この手のゲームって対戦相手の情報(メタを張る事)も大事だから調べようとしたんだけど……探せば探すほど情報量が膨大で……まとめサイトとか攻略wikiとか見て、じーえぬドライヴ? とかいうのを積んでるガンプラが強いっていうのは知ったけど、それ以上になるともー、覚えなきゃいけない前提の情報がとにかく多すぎて……」

 

 両手で頭を抱えて萎れる世那。いっぽうで、それであれだけ戦えるって凄いな、と嶺は感心していた。

 

 戦った時にも察していたが、やはり世那はガンダム知識に疎かった。だが、ガンダム作品の予備知識が殆どない(敵の出方を予想出来ない)状態でヴァルガの乱戦を生き延び、パチ組みガンダムでレイと一対一(タイマン)勝負を演じてみせた実力は本物だ。

 

 己惚れるわけではないが、レイとてヴァルガ民を名乗る以上、ランキングにすら載らないそこらの凡百ダイバーよりも強い自信がある。

 

 ならば、世那がGBNで戦うために必要な知識を身に着け、自分に合ったカスタムガンプラを駆ればどれほどになるのか──

 

 想像した嶺は思わず背筋がゾクリとする。

 

 しかし、現実とはそうそうままならないものであり、

 

「あ、でも、G()B()N()()()()()()()()()、覚えなくてもいいのか……」

 

 続けて独り言のように世那が呟いた言葉を聞いて、嶺はビシリと固まった。

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 本人がやりたい事と向いている事は必ずしも一致しない、とは誰が言ったのだったか。

 

「えっと、もともとは借りてたガンダム(この子)を返しに行こうと思ってて、それで廊下を歩いてたの」

 

 固まったままの嶺は世那の声に返事を返すことができない。

 

「明日で退院だから借りたまま自宅に戻るわけにもいかないし。でもそうなると、わたしガンプラ持ってないからGBNで対戦できなくなるじゃない? じゃあ、もういっそ別のゲームに移ろうかな、って」

 

 世那がなぜあの時ガンプラなんぞ持って病院の廊下を歩いていたのか。これが理由だった。硬直した嶺に世那は淡々と語る。その様子にはGBNへの未練など微塵も見られなくて、それがあのギリギリの戦いを演じた相手から言われることに、なんだか嶺はとてつもなく寂しい気持ちになった。

 

 また、彼女は身体的な問題でプラモデル作りのような作業を禁止されている。THE GUNDAM BASE ならばレンタルガンプラもあるのだが、同じく身体的な理由で店舗からのログインは出来ない。

 ガンプラがなくともGBNへのログイン自体はできるが、そうなると世那の求めるガンプラバトルは当然ながら出来ないし、ゲーム内で出来る事、行ける場所にも大きな制限がかけられる。なんだかんだ言っても、やはりGBNの主体はガンプラであることは覆せない。

 

「い、今ならネットで完成品のバトル用ガンプラも買えるけど……」

 

 なんとか再起動した嶺が代案を出すも、

 

「え……顔も知らない人が作ったガンプラを使うとか、ちょっと、その、怖い……」

「ぁー……そう取るかぁー……」

 

 素人らしい素朴な意見を聞かされてしまい、それを否定することも出来ずにガックリと項垂れる。

 

 

 世那はこんな事を言っているが、バトル用に調整された完成品のガンプラを扱う市場というのは、今の時代それこそ青天井だ。

 

 GPDの時代からバトル向けにカスタマイズされた高品質、高性能なガンプラには需要があり、商品としてそれらを売りに出しているビルダーや専門業者は存在していた。

 

 GBNによってガンプラバトル人口がさらに増えた現在、その市場は以前にも増して拡大している。

 

 しかし汎用機でもかなり高額の値段が設定されていて、そこに自分のプレイスタイルに合わせたオーダーメイドなどをした日には、それこそ目玉が飛び出すような値段がつくのが当たり前。それでもダイバーの中にはそういうガンプラを大枚はたいて買い付けてでも上を目指す者もいる。

 

 ……まあ、ワールドランキングのトップテン圏内に常駐するダイバーたちは、いずれも自作のガンプラを使用しているあたり、ただ高性能なだけのガンプラ頼りでは勝ち上がれないGBNの難しさがあるのだが。

 

 

「VRのロボゲはGBNだけじゃないし、同接は少ない(過疎ってる)けど、ガンプラがなくてもプレイできるのは前にもやってたから、久しぶりにそっちに──」

「──私が作るガンプラなら?」

 

 世那の言葉を遮るようにして嶺の放った提案が割り込む。

 

「──えっ?」

 

 思ってもみなかった言葉を投げかけられた世那は、ぱちくり、とその大きな瞳をまばたきさせる。

 

「顔も知らない人の作ったのが嫌なら、私が作ったガンプラならどう? それでも、嫌?」

「……えっと、い、嫌じゃ、ない、です」

 

 じっ、と嶺に見つめられたことで若干怯みながらも、世那は相手からの提案を拒否することなく受け入れる。嫌々というわけでもなく、ただ嶺のただならぬ気配に気圧されて、戸惑っているだけのようだ。

 

「……でも、どうしてそこまで? わたしたち初めて会った……というより遭遇? したのは昨日だし、リアルで知り合ったのは偶然で、それもついさっきなのに」

 

 世那が戸惑うのも当然で、そのことについて聞いてみれば、今度は嶺がしばらく黙り込んだあと、重々しく口を開いて答えた。

 

 

「……私が、見てみたいから」

「見たい?」

 

 こてん。と首を傾げる世那を真剣な目で見つめながら嶺は続ける。

 

「そう。桜庭さんがパチ組み以上の出来のガンプラに乗ったら、どれくらい強くなるのか。それを見てみたいし、対戦もしてみたい。G()B()N()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ──それは、ガンプラを作れない世那を哀れんだものなどでは決してなく。

 

 

「──へえ。そういう魂胆なんだ。いいの? 敵に塩を送るようなことして」

 

 

 ──GBNで、ヴァルガで戦う一人のダイバーとして、強者(世那)への純粋な挑戦と好奇心からだった。

 

 嶺の意図を察した世那もまた、面白がるように挑発するような返しで答える。

 

「やるからには全力よ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 己が強者であるという自負が込められた嶺の言葉。それを聞いた病弱な少女はしかし、貧弱な体躯に似合わぬ獰猛な輝きを瞳に宿す。

 愛らしい大きな瞳に燃えるのは闘争心という名の炎。赤々と燃えるそれは、電脳仮想空間の中においては彼女もまた一人の戦士なのだと証明する輝き。

 

 嶺も世那もお互いに自然と口角が上がる。

 

 年頃の少女らしからぬ凶暴な笑みは、彼女たちの闘争心の高さを表すようで、

 

「──あとね、GBNは他のロボゲと違って、戦闘以外でもいろいろと楽しめる要素があるの。それを教えたくて、ね」

 

 その途中で、ふっと顔を逸らして付け加えるように言った嶺の意外な言葉に驚いた世那は、照れているのか横を向いた嶺の顔をまじまじと凝視する。

 

 初対面では高い上背と三白眼によって、どこか怖いような印象を抱いていたのだが、頬を赤らめ明後日のほうを見る嶺の横顔は年相応に可愛らしく映る。

 

「──そっか。うん。そうまで言ってくれるんなら、やってみる」

 

 知り合ったのはついさっきで、未だ親しいとは決して言えないが、それでも嶺という少女の意外と思えるような一面を目撃した世那は、垣間見せた獰猛さをすっかり引っ込めて、ふにゃりと嬉しそうに微笑んだ。




Tips

・ガンプラ用キャリーケース

 ビルドファイターズトライでメイジンが持っていたアタッシュケースや、Re:RISEでヒロト君が腰に付けていたベルトポーチ型のアレ。
 アタッシュケースタイプはわかるけど、ベルトポーチはあんな所に付けて大丈夫なのか不安になる。

 GPDが廃れたことで需要が落ち込むかに思われたが、ゲーム内でどれだけ機体が破損しても()()()()()()()()()()()、オンラインでいつでも対戦相手が募れるGBNは、GPD時代には得られなかった多くのカジュアルプレイヤーを呼び込み「個人用筐体を買うほどじゃないけど、時々GBNをやりたい」というライトユーザーたちに需要が広がった。

 簡単に言えば緩衝材の詰まった箱なので、様々なコラボ商品、限定デザインが発売されている。


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あの()のためにできること

三が日が終わったので初投稿です。


「デッッッカッ!」

 

 そろそろ昼に差し掛かる時間の、よく晴れた日差しで暖められたアスファルトの路肩に、一台の古い原付バイクが止まっている。嶺が愛車として使っているスーパーカブだ。

 

 少し痛んだシートに跨る彼女は道路を挟んだ向こう側に見える長い塀を確認して、つい心に浮かんだ感想をそのまま声に出してしまった。

 

「え、ちょっと待って、ホントにココ?」

 

 病院で知り合った桜庭 世那という少女と、連絡先を交換して別れた後の週末。

 

 約束通りに世那の専用機を作るため、嶺は住所を教えられた彼女の自宅へとこうして出向いてみたのだが……携帯端末に入れたナビアプリに従ってカブを走らせた先にあったのは、まさにこれぞ豪邸、と庶民の嶺にもわかるほどに広大な敷地を持つそれは立派な屋敷であった。

 

 嶺の住む商店街からそれなりに離れてはいるものの、カブでも無理なく行ける距離にある住宅街。そこに佇むのが、まさに「邸」と名付けるのが相応しい規模の、桜庭 世那の家だった。

 

「……間違いない。ここだ……うわー……マジかー……」

 

 ナビアプリを再度確認して、目的地が間違いなくこのバカみたいにデカい屋敷であることを認識した嶺は、あんぐりと口をあけて延々続く白い塀を眺める。

 

 現代のナビアプリは優秀だ。案内に従えば迷うほうが難しい、とさえ言われているほどに。

 

 だから当日まで碌に下調べをせずとも、ナビにしたがって走れば大丈夫と、事前に世那の自宅を地図で調べることもしてこなかった。

 

「まさかこんな豪邸に訪問することになるなんて……えぇ……ここに入るの? 私……」

 

 いちおう念のため、と、塀を迂回して正門と思われる──それはそれは立派な門構えの──ところに来ると、スタンドを立てたカブから降りて歩み寄り、かかっていた表札を検める。

 

『桜庭』

 

 達筆な書体で刻印されたいかにも高そうな表札には、無情にも嶺の友人と同じ苗字が刻まれている。それでも屋敷の大きさに気圧されて勇気が出ない嶺は、諦め悪く最後の頼みとばかりに、世那の携帯端末へと電話をかける。

 

『もしもし、嶺? どうしたの?』

 

 三回目のコール音が鳴る途中で繋がった。

 

「あ、世那。うん。えっと、その、近くまで来たんだけど……」

 

 今日にいたるまで二人はメッセージアプリなどを通じて友好を深めていて、お互いを名前で呼び合うようになっていた。

 

 それというのも、嶺にしても世那にしても、GBNでのダイバーネームが本名そのまま「レイ」と「セナ」であり、ならば現実(リアル)でも下の名前で呼び合えば、ゲーム内で間違ってリアルネームを呼んでしまうこともないからと、お互いに苗字ではなく名前で呼び合うことにしたのだ。

 

『……あれ? もしかして迷った、とか? ウチって()()()()()から、近くまで来ればすぐにわかると思ったんだけど……』

 

 ──結構どころじゃない。

 

 喉元まで出かかった言葉をぐっと飲み込み、嶺は確認するように再度問いかける。

 

「いや、えっと、多分すぐ近くまで、っていうか玄関……じゃなくて入口? 門? みたいなトコに来てる。なんか延々なっがい塀が続いてる通りの……」

『あっ! 今、家政婦さんから嶺の姿が正門のカメラで見えたって連絡がきたよ! 今開けるから、そのまま入ってきて!』

 

 嶺が「どうか違うって言って」と心の中で願いながら説明している最中、世那の嬉しそうな声に遮られて通話が切れた。

 

「家政婦とか雇ってるのか……てか、やっぱここか……」

 

 屋敷の規模を考えれば、維持、整備をするのに専門業者に頼らなければならないことは嶺にだって理解できるが、まさか軽い気持ちで訪れた友人宅がガチのお屋敷だったとは。

 

「……ドレスコードがどうとか言われないよね?」

 

 今の自分の服装を見下ろした嶺は不安そうに呟く。

 

 上はグレーのパーカーにカブ(バイク)へ乗る関係で羽織った古着のスタジャン。下は黒のスキニーデニムに安物のスニーカーで、顔はリップ程度なら塗っているがほぼノーメイク。ドレスコード云々の前に、およそ女子力という単語は死滅していた。

 

 ゲーム好き、それも対人(PvP)をメインに、どっぷりVRゲームをしているような友人の家に行くのにあまり畏まった格好は必要なかろうと、バイクに乗ることを考慮して動きやすさを優先した結果だった。

 

 ヤバい……ヤバくない? と今更になって己の恰好を確認していた嶺に、門柱の脇にあるインターホンのスピーカーから女性の声で呼びかけられる。

 

『岩永様』

「……ひゃ、はい!」

『ただいま門のほうを開きますので、どうぞそのままお入りください』

「アッ、ハイ」

 

 電動式なのか遠隔操作によって開いていく頑丈そうな門扉を、どこか遠い出来事のように呆然と眺めながら、暖かくなってきた日差しの中で嶺は立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

「いらっしゃい! 嶺!」

 

 年配の家政婦に案内された広い部屋──おそらくは応接間──に嶺が入ると、そこではとても嬉しそうな顔をした世那が出迎えてくれた。

 私服なのだろう可愛らしいワンピース姿でにこにこと満面の笑みをうかべ、嶺にはわからないがなんとなく雰囲気がお高そうなテーブルに誘導される。

 顔が映りこむレベルで磨かれたテーブルの上には、これまた上品なティーセットが湯気を立てて、宝石のように綺麗な菓子と共に並んでいた。

 

「……うん」

 

 言葉少なにぎこちなくテーブルに着いた嶺を不思議な生き物でも見るようにして世那は小首を傾げる。

 

「どうしたの? なんだか元気がないみたいだけど」

「いや、うん……圧倒されてるというか、落ち着かないっていうか……」

「ふーん……?」

 

 嶺の反応にますます首を傾げて、嶺をここまで案内をした家政婦がサーブしてきたティーカップへ口を付ける世那。その所作はとても洗練されたもので、彼女の育ちの良さがうかがえる。

 

 自分と同じ蛮族だと思っていた相手のハイソな一面を見せつけられ、ただただ困惑するしかない嶺。つられるようにして口を付けた紅茶は、慣れ親しんだコンビニのものとは随分と違っていた。

 

「ま、いいや。それより、今日は私のガンプラを作るために来てくれたんでしょ? いったいなにをするの? すっごく楽しみ」

 

 星が瞬くように瞳をキラキラと期待に輝かせ、どこか落ち着かない様子で訊ねる世那に、嶺は足元に置いていた厚みのあるアタッシュケースのようなものをテーブルに──

 

「あ、ここ、置いても大丈夫?」

「え? うん」

 

 ──念のため確認を取ってから、間違っても天板を傷つけないよう慎重に置くと、留め金を外して中を見せた。

 

 そこには何体ものガンプラが、ウレタン製の緩衝材に包まれて並べられている。

 

「えっとね、まず、素体にするガンプラを決める所から始めようと思って、世那の戦闘スタイルに合うと思ったのをこっちで勝手にピックアップして持ってきた」

「ふんふん」

 

 ガンダム知識がほとんど無い世那に膨大なガンプラカタログを突き付けて、「さあ、この中からお前の愛機となるガンプラを選べ!」などと出来るはずもなく、嶺はヴァルガで対戦した際の世那の動きと、彼女から聞いた意見を参考にして、主に白兵戦闘を主体にした機体を選んだ。

 

「全部パチ組みで申し訳ないんだけど、とりあえず日替わりで使ってみて。一番気に入ったかしっくりきたヤツを素体に手を加えていこうと思うから」

「ほー……これ全部、あれから作ったの?」

 

 会話をしながらも緩衝材から取り出したガンプラたちを次々とテーブルに並べる嶺。その中のひとつ、ガンダムエクシアを手に取った世那は蒼い剣士をしげしげと眺めながら相槌を打つ。

 

「いやー、パチ組みでもそれは流石に……前に組んだまま放置してたのを持ってきたのもあるよ」

 

 モデラー歴十年を誇る嶺をしても、購入したガンプラをすべて塗装込みで組み上げているわけではもちろんない。

 

 こうしてパチ組みでも作るのはまだマシなほうで、実家の私室のクローゼットには罪プラならぬ積みプラ──購入はしたが組み立てずに死蔵しているプラモデル──が文字通りに山と積まれている。

 中には欲しいパーツのためだけに購入し、必要な部分以外は組み立てずに放置しているものさえあった。ガンプラマニアにはまま見られる光景であるが、もしガンプラの声が聞こえていたならば、嶺の家は怨霊ひしめくホラースポットのようになっていたかもしれない。

 

「えっと、このガンプラたちをわたしが日替わりで使ってみて、一番気に入った子を改造するってこと?」

「概ねはそうね。場合によっては別の新しいキットを使うことになるかもだけど。メッセージアプリでも聞いたけど、白兵主体の機体で良かったのよね?」

 

 ヴァルガで対峙した世那のRX78-2の動きを思えば、彼女が近接戦闘タイプを選ぶのは当然だろうと嶺も納得していたのだが、世那はといえばもじもじした、どこか申し訳なさそうな様子で口を開く。

 

「それなんだけど……んとね。メッセージアプリだと上手く伝えられないから書かなかったんだけど……わたしGBNだとどうしても射撃が上手く当たんないんだ……まあ、近接戦のほうが得意なのはそうなんだけど……」

「……射撃が?」

 

 思わぬ発言に嶺は首を傾げる。初心者かつパチ組みであれだけのバトルが出来るセンスがあるというのに、射撃だけが絶望的に下手、などということがありえるのかと思ったからだ。

 

「うん。自機が止まってる状態だと問題ないんだけど、動きながら、特にスラスター吹かしながらの高速移動中だと、ロックオンしてても射線がブレるの。ライフルもそうなんだけど、バズーカが酷かったなー。発射の反動で砲身が跳ね上がって、弾が明後日の方向にいっちゃうんだもん。だからもう割り切って、射撃武器は牽制や誘導に使って、近づいてビームサーベルで倒すってやり方してた」

 

 「というか、それしか出来なかったんだけどね」と、身振り手振りを交えて話す世那の現象に嶺は心当たりがあった。

 

「……ああ、なるほどね。それ、作った人には申し訳ないんだけど、ガンプラの問題だわ」

「ガンプラの?」

「うん。バズーカの反動でそこまでブレるなら、肩の関節が緩くなってるんだと思う。予測になるけど、貸してくれた人はGBNやってないみたいだから、ポーズを付けたりして遊んでるうちにポリキャップの軸受けが緩くなったか、キット自体が元からそういう状態だったか、ね」

 

 いわゆるブンドドというやつで、ガンプラの遊び方のひとつとしてあるものだが、ガンプラの状態が如実に反映されるバトルでは、機体コンディションに重大な影響を及ぼすため敬遠されている。

 

「ん? 買った時から関節が緩いとかあるの? ……不良品?」

「うーん……プラモデルだと、こういうのは()()()になるわね」

「ほー。そうなんだ……てっきりバズーカは威力が高いから、しっかり足を止めて撃たないと、ロクに当たんないよーっていうカテゴリの武器だと思ってたよ」

「私としては()()()()()のガンプラで、ヴァルガ潜ってた事のほうが驚きなんだけど……」

「あはは。わたしGBNやガンプラのこと全然知らないから、そういうの全部ゲームの仕様だと思い込んでた」

 

 世那の話を聞くほどに彼女の圧倒的な才能に驚かされる。

 

 確かに世那はVRゲームに関して嶺と比べれば一日の長がある。知り合ってから今日までのやり取りで、世那がこれまでプレイしたというタイトルをいくつか聞いたが、嶺はほとんど知らなかったし、それらはいずれもPvP要素をメインにしたものとのことで、ならばVRの対人戦に関しての経験は確かに豊富なのだろう。

 

 だが、ガンダムの「ガ」の字も知らないような状態で、パチ組みの関節がヘタったガンプラを使ってあの地獄で生き残ってみせたというのは、実例が目の前にいなければ、きっと嶺は信じなかった。

 

「じゃあ世那、射撃機体も持ってきたほうがいい?」

「んー……別にいいよ。やっぱり鉄砲よりチャンバラのが好きだし、なにより白兵戦(そっち)のが、()()()()()()()()()()()()

「わかった。それと安心して。このガンプラたちは全部可動域をチェックしてあるから、そんな不具合起こらないわ」

 

 可憐な外見に似合わなない物騒な事を言う世那に、嶺は自信を持って応える。そこには一人のビルダーとしての自負が垣間見えた。

 

「それで、話は変わるんだけど、こっちは世那が嫌じゃなければ、なんだけど……」

 

 テーブルにずらりと並べられた十体以上のガンプラたちを珍しそうに見ていた世那の前に、おずおずと差し出されたのは、箱ではなくポリプロピレンの袋にパッケージされたガンプラ。

 

 エントリーグレードモデル、と呼ばれるニッパーすら不要で組み立て可能な、まさにガンプラ入門用のキットだった。

 

「袋詰めのガンプラなんてあるんだね。知らなかった」

「これ、さ。世那、作ってみない?」

「え……?」

 

 思わぬ提案に嶺の顔を見つめた世那は、大きな瞳をぱちぱちと瞬かせた。

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 タッチゲート、という技術がある。

 

 これは一部のガンプラに採用されている技術で、パーツをランナー()から切り出す際にニッパーを使わず、手でパーツを押し出すだけで破損することなく切り取れるというものだ。

 

 モデラーの中にはゲート処理がかえって面倒だという理由で否定的な意見もあるが、小さな子供や世那のように工具がひとつも無い完全な初心者が、入門用として初めて作るには適している。

 

 世那がプラモデル作りを出来ないのは、ヤスリをかけた際に空気中に漂うプラスチック粉だったり、接着剤や塗料を使用することで揮発する有機溶剤が問題なので、それらに無縁なこのEG(エントリーグレード)モデルのガンダムはまさにうってつけのキットだった。

 

「えっと、このまま押し出すようにしちゃっていいの?」

「そうそう。思い切って、ぐっ、と押しちゃって」

「う……うりゃっ!」

 

 隣に座った嶺に促された世那の気の抜けた気合とともに、彼女がか細い指をかけていたパーツからパチンと音がしてランナーから外れると、テーブルの上をコロコロと転がる。

 

 「本当に簡単だし、困ったらアドバイスするから」と嶺に勧められた世那は、家政婦にティーセットを脇に片付けさせると、その場でさっそく組み立てに挑戦しはじめた。

 

 組み立てる部位ごとにランナーが纏められているために、完全な初心者の世那でも、説明書を見ながらほとんど迷うことなくサクサク組み上げてゆく。

 

 初心者向けとして設計されたEGモデルは組み立てこそ簡単だが、シールすら不要とされる本キットは色分けが素晴らしく──頭部のツインアイや腰部の小さなV字も色分けされている──また可動域も広くてよく動く。

 

「……これで、完成!」

 

 唯一足首のパーツだけ嶺が確認──ここだけ向きに上下があり間違えやすい──して、組み上げた四肢を胴体に組みつけ、最後に頭部をはめ込んだら、ついに世那が生まれて初めて作ったガンダムが大地、ではなくウォールナットの一枚板テーブルに立った。

 

「……わぁ……」

「おめでとう……どう、かな? 実際にプラモデルを作ってみて」

「……うん」

「世那?」

「……うん」

 

 テーブルに顔がくっつきそうなほど視線を下げて、自分の作ったガンダムを見上げる世那の瞳は連邦の白い悪魔に釘付けで、そんな彼女を嬉しそうに見ながら嶺はランナーをパッケージの袋へ片付ける。

 EGガンダムのライトパッケージ版(PP袋包装の方)は余剰パーツや差し替えて使うパーツも出ないため、ランナーを片付けるだけでテーブルの上は綺麗になり、ゴミが散らかるような事もない。

 

「おーい、世那ー。そろそろもどってこーい」

 

 ランナーを纏め終えた嶺が苦笑しながら呼びかけた声に、ようやく気が付いた世那が顔を上げる。

 

「うん……え? あっ……うん。うまく言えないけど、なんかこう、バラバラだったパーツがだんだんガンダムになってくのが楽しかった……」

「あ、私の話聞いてたんだ……」

「ねえ、嶺。気になったんだけど、この子武器ないの? 病院で借りてた子にはライフルとか盾とかあったけど」

「このキットには生憎ないわ。付いているバージョンのもあるけど、そっちは持ってなくて……」

 

 EGモデルには二つのバージョンがあり、嶺の持ってきたライトパッケージ版はガンダム本体しかないタイプだった。一応ライフルとシールドが付いたものもあるが、そちらは都内のTHE GUNDAM BASEでの限定販売品である。

 

「そっかぁ。残念」

「でも、こんなのはあるよ」

 

 しょんぼりする世那の前に、嶺はピンク色をした棒状のクリアパーツを置いた。

 

 嶺が荷物のリュックから取り出したのは、ビームサーベルのエフェクトパーツで、サーベル基部のパーツ──ガンダムなら背中に二本生えてるアレ──に接続することで、劇中のビームサーベルを再現するためのものだ。

 

 世那の目の前で手早くサーベル基部パーツをバックパックから外して、エフェクトパーツを接続してやり、ガンダムに持たせてみせる嶺。

 

「ほら、こうすると……私と戦った時の世那のポーズ」

 

 例の二刀流の剣道みたいなポーズをさせてみせると、世那は嬉しそうにそれを眺める。

 

「前にチャンバラ主体の対人ゲーやってたから、つい咄嗟に構えたんだよね。そのゲーム、ヴァルガにちょっと似てるんだ」

「……ヴァルガ(アレ)に似てるって、どんな世紀末ゲーよ……」

「? ヴァルガのがマシだよ? インした時に無敵時間あるし。あ、でも住民の攻撃の規模はヴァルガのほうが大きいから、別の意味で油断できないけど」

 

 とりあえず天誅と叫べばどんな外道行為も許容される、某サツバツチャンバラゲーとGBNを比較しても仕方がない。ゲーム性も住民の性質からして違うのだから。

 

「ま、それはいいとして。そのEGガンダムは世那にあげる。エフェクトパーツもね」

「え、いいの?」

「安いキットだから気にしないで。ほとんどガンプラに限られるけど、こういう誰でも作れるプラモデルがあるのを世那に知ってほしかっただけだから」

「……ありがと」

「気が向いたらでいいから、またこういうのを作ってみてよ。……せっかくGBN(ガンプラのゲーム)をするんなら、ガンプラの楽しさの半分を占める、作る楽しさ、っていうのを世那にも知って欲しい」

 

 こちらを見つめて嬉しそうに微笑む世那の顔が眩しくて──加えて自分の言った台詞に照れて──つい「所詮は私のエゴなんだけどね」と視線を逸らして付け加える嶺。

 

「なんだかわたしばっかり嶺にもらってる気がする──あ、そうだ! わたしからも渡すものがあったんだ」

 

 壁際に控えていた家政婦に世那が目配せをすると、年配の家政婦が応接間を出てゆき、入れ替わりに別の──今度は少し若い──家政婦がティーポットを携えて入室してきた。

 

「ちょっと待っててね。あ、せっかくだからお菓子食べよ? これおいしいんだー」

 

 世那の言葉に新たに入ってきた家政婦が、静かな動作で脇にどけていたティーセットを再びテーブルの中央に戻すと、何も言わずとも淹れたての紅茶を世那と嶺の前にサーブする。

 

 そうして嶺が見たことも無いような綺麗で美味なお菓子と、飲みなれない紅茶で暫しティータイムを楽んでいると、先ほどの年配の家政婦が封筒を手に戻ってきた。

 

「お嬢様、こちらです」

「ん。ありがと」

 

 封筒を受け取った世那はそれをテーブルに置くと、おもむろに隣の嶺の前へとそれを押し出す。

 

「世那、これは?」

 

 封筒──しかもなんかやたら分厚い──に入れるようなものを受け取る覚えのない嶺は、頭にハテナマークを浮かべて隣を見る。

 

「ふっふっふ……わたしだってちょっとは調べたんだよ。オリジナルのカスタムガンプラの相場とかね」

 

 自信満々に不敵な笑顔で嶺を見つめる世那の言葉に、嶺はパーカーの下に着ていたTシャツの背筋に嫌な汗が滲むのを感じる。

 

「えっと、つまり……?」

「いくらなんでも、嶺に無料(タダ)でわたしの機体を作ってもらおうなんて図々しい事は思ってないよ。それに、本格的なプラモデル作りって、材料だけでも色々と入用になるでしょ? だから、これはまあ()()()?」

「え、っと……」

 

 世那の雰囲気に押されて、とりあえず封筒を持ち上げた嶺は、行儀が悪いと自覚しつつも──中身を見ないで受け取る方が怖いため──遠慮がちに封筒の口を開けてみる。

 

 ──五千円くらいならまあ、素体になるキットの値段含めて貰ってもいいかな。

 

 明らかにそんな金額では済まない分厚さをしているのを理解はしているが、脳が現実を拒んだためにそんな逃避じみた考えが嶺の脳裏によぎる。

 

 

 

 まあそんな甘い考えは、封筒にぎっしりと詰まった()()()()()()()()によって木っ端微塵に打ち砕かれたのだが。

 

「わたしの裁量(お小遣い)でぱっと出せるのはそれくらいしかないけど、もし足りなくなったら言ってね。領収書も付けてくれたら、家の人間にも話を通しやすいから」

 

 ──金持ちって怖ぇ……

 

 無言で白目になり天井を仰ぐ嶺。彼女は口から幽体(エクトプラズム)を吐き出す錯覚を覚えながらそんなことを思った。




Tips

・プラグイン

 GBNにおいてガンプラに原作作品のような特殊な機能や機構を再現、あるいは追加するために必要なプログラム。
 販売されているガンプラに封入されているコードで入手したり、データそのものを公式から直接購入するほか、GBN内のミッション報酬などで入手することができて、その中にはレアなものも存在する。
 再現する機能や機構は、プラグインを使用するガンプラの設定に沿ったものならば、比較的簡単にゲームに反映されるが、世界観が違うものや、一部の強力すぎるものなどには制限がかけられている。


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踏み出す二人

ストックが無くなり毎日更新されている方の偉大さを噛みしめるとともに初投稿です。


 ヘッドセットで塞がれたはずの視界に光が差したのを感じて目を開けた時、レイの体は海を臨める巨大な建造物の内部へと構築されていた。

 

 ここは電脳の海に構築された、現実とは違うもうひとつの世界。

 

 エントランスロビーと呼ばれるこの建物は、GBNへとログインした際の転送ポイントを特に指定していないダイバーたちが最初に飛ばされる場所で、カフェやフードコートといった飲食スペースに加えて、大型モニター──平時はGBN内で現在行われているガンプラバトルの様子をランダムで中継するものだ──などが設置された広大な空間だった。

 

 今もレイの脇をログインしてきたダイバーたちが続々と通り過ぎてゆく。光の粒子が集まって人型──まれにそれ以外のも混じっているが──を形作っては、次々にダイバーたるプレイヤーのアバターを生み出してゆく光景は、GBNの同接人数の多さをまさに体現していて、初見の者はたいていが驚く。

 

 普段ならばさっさと格納庫エリア──ログインの際に登録したガンプラが置かれているエリア──に転送(直行)するレイだったが、今日は待ち合わせのために、転送ポータルからほど近い場所へと移動して、背後の大きな柱に背を預けて立つと、ポータルから吐き出されるダイバーたちの流れを注意しながら眺める。

 

 ログインしてわき目も振らずに中央カウンター──ミッションの受注を行う受付──を目指す者、ロビーで待ち合わせていた集団に合流して楽しそうに会話を始める者、カップルなのか腕を組んで──男のほうはOOのとあるキャラアバターだった──ポータルを出てゆく男女。

 

 未だにレイの待ち人は来ていないようなので、なんとなしにそんな活気溢れるロビーを眺める。

 

 そういえばGBNをプレイするようになってから、バトル目的以外──ましてや誰かと待ち合わせなど──でログインしたことは殆どなかったな、とレイは思い返す。

 

 最初期こそ野良募集でメンバーを募るミッションへ積極的に参加したり、当時はフレンドがいなかったために、ランダムマッチングによるチーム編成が成される、協力ミッションといったものにも挑戦したものだったが、どうにもレイはオンラインゲームの味方運に見放されているようで、まともな友軍を引いたためしがなかった。

 

 GBNはネットゲームであるため、かつてのGPDのように対戦相手探しに困ることはない……のはいいのだが、筐体が設置されている店舗を中心として、比較的身内のみ(知り合い同士)で固まって遊ぶ傾向が強かったGPDと異なり、オンラインで不特定多数の人間と相対するGBNは、その性質上どうしても()()なタイプの人間と出会う確率が上がる。

 

 生まれた時からネット環境がある世代のレイもそれは理解している。してはいるのだが──それにしたってレイの味方運は屑すぎた。

 

 味方に攻略を任せるの(寄生プレイ)はまだかわいいほうで、積極的に攻略に貢献しようとして逆に足を引っ張る「無能な働き者」に背中から撃たれた(F・Fされた)ことは数知れず。

 

 別にレイとしてはオンラインゲームである以上、そういう手合いがいるのも理解できるし、駆け出し(Fランク)だった当時の自分でも参加できるミッションは、難易度的にも低ランクダイバーが集まるものであるからして、練度の高いプレイを期待できるとは思ってもいない。

 だから彼女自身は、「まぁ、仕方ないか」と割り切れるのだが、問題はその手のダイバーがいた場合、高い確率で参加メンバーがギスギスして険悪な空気になることだった。

 

 たまたま参加したミッションで気の合う仲間を見つけてフレンド交換。そこから広がる交流の輪──などといったものに、レイはついぞ出会ったことがなかった。

 

 フレンドが出来ずフォースも入れず、結局出来る事はソロのミッション攻略か対人戦しかない。ガンダム作品の世界を緻密に再現したフィールドやディメンションも一人で巡るには味気ない。思い出を共有するツレがいなければ、アミューズメント施設は楽しくないのと一緒だ。

 

 ソロのミッション攻略にしたって、ソロオンリーではいまいちポイントの効率が悪く、なかなかランクが上がらない。またGPD移行組みのレイにとっては、ガンプラバトルとはプレイヤー同士の駆け引きこそが醍醐味で、次にどういう展開になるのかわからない緊張感が楽しいのだ。

 それなのにポイントのためとはいえ、同じミッションをwikiで指定された装備を付けたガンプラで、ライン工のように決められた手順を踏んで周回することを強いられるソロ攻略は、現実(リアル)の生活でもあまり時間の取れない彼女の心をへし折るに十分であり、早々に辟易してしまいやめてしまった。

 

 そうした経緯でたどり着いたのが、参加も離脱もいつでも出来て、気軽にバトルが楽しめる環境。人によっては「魔境」とも言われるハードコアディメンション・ヴァルガであった。

 参加にランク制限がかけられ、ランダムマッチング機能を使ったとて参加者が集まるまで待たされる正規の対戦より、参加者のランクを問われずログインしたら秒で戦闘に参加できる点もいい。

 

 ヴァルガという戦場は全方位が敵という特徴の他にも、それなりに高い操縦技術と完成度のガンプラが求められる環境なのだが、幸か不幸か彼女にはそのハードルを越えられる程度にはガンプラバトルに対する経験の蓄積とVRへの適正があった。

 伊達に小学生の時分からGPDをプレイしていない。

 

 こうした歩みによって、レイというダイバーはヴァルガの民となった。

 

 そんな彼女でも、今ではフレンド欄に数名ほどだが名前が連なっている。だが、それらは主にヴァルガ(魔境)経由で知り合った手合いであり、フレンドというよりも好敵手(ライバル)に近い。

 

 GBNを始めた頃は祖母のことでごたごたしていたし、その後も慣れない一人暮らしのために余暇に使える時間が少なかったのだが、最近は要領も掴んできたのか、適度に手を抜くことを覚えたことで余裕が持てるようになった。

 

 今だからわかるが、昨年までのレイがGBNをプレイしていたのは現実逃避に近かったのだろう。祖母を亡くし、思い出の詰まった実家の店が閉店し、すっかり元気をなくした祖父が体調を崩す毎日。日常的に嶺も手伝いをしていたとはいえ、岩永家の家事の大部分を担っていた祖母がいなくなったことで崩壊した生活サイクル。

 

 そんな現実から一時でも逃れたくて、GBNでひたすらバトルに明け暮れる。

 

 戦いに集中している時だけは、現実のことを忘れて目の前の()に没頭できるから。

 

 世那という少女と出会った事は偶然だったが、レイにはどこか必然のようなものも感じていた。昨年までの余裕のない自分だったら、きっと病院で転んだ彼女を見てもスルーしていたに違いない。

 

 だからこそ。

 

 好敵手(ライバル)ではあるが、同時に現実(リアル)でも面識のある、レイにとっては正真正銘の戦友(フレンド)となるセナと一緒なら、今まで避けてきた共闘系のミッションや戦闘を目的としないイベント(お祭り)にも手を出して、GBNのプレイの幅を広げるのも悪くはないのではないか、そう思っている。

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

「レイー! おまたせー!」

 

 タタタッと、軽快に走り寄ってきた少女へと、レイが手を振ることで応える。

 

 セナのGBNでのアバター姿(ダイバールック)は、レイと同じく現実(リアル)の肉体をベースにしていた。

 

 もっとも、今の姿に現実の世那のように不健康そうな面影は当然なく、小柄だがしなやかな肢体はいきいきしているし、頬も体の肉付きも少女らしいふっくらとした丸みを帯びて、いかにも健康そうな美少女といった具合だ。

 

 現実(リアル)では少しパサついていたミディアムロングの黒髪はゆるいパーマのかかった艶のある藍色に。眉やまつ毛も同色ながら、そこはゲームアバターとして補正がかかっているのか、日本人である現実の彼女の顔をベースにしているにも関わらず、違和感なく馴染んでいる。

 

「今までは病院からのログインだったから、丸っこいロボットの姿だったけど、正規のアカウントを作ったからちょっと弄ってみたんだー」

 

 嬉しそうにレイの目の前でくるりと回ってみせるセナ。そんな彼女の動きに合わせて、ふわりとスカートの裾が翻る。

 セナの服装は軍服風にアレンジされたワンピースで、上は将校のような飾緒(しょくしょ)をつけた洗練された詰襟のデザインながらも、頭部にちょこんと乗った小さい略帽──軍帽の一種──が良いアクセントを加えている。下は膝上丈のスカートに黒のタイツを合わせることで可愛らしさも演出されていて、不思議な魅力を放っている。

 

 奇しくも着崩したミリタリールックのレイと並ぶと、可愛らしい少女将校とその部下の荒くれ、みたいな構図になった。

 

「丸っこいロボット……ああ、ハロね。そっか、病院からだと仮登録ID扱いになるんだ」

 

 GBNにログインする際、仮登録のIDでダイブすると、ダイバールックがガンダムシリーズのマスコットキャラである球体ロボット、ハロに固定される。

 病院などの医療施設からのログインの場合、正規のアカウントを所持していても自動的に仮登録IDが作られ、ダイバールックは白いカラーリングのハロになる。また、医療施設からアクセスしていることを示すためにか、そのハロの後頭部には赤十字のマークが描かれた特別仕様のものだ。

 

「で、どう? どう?」

「似合ってるよ。現実(リアル)でもそうだけどセナはスカートが良く似合うと思う」

「……えへ、ありがと! ガンダムは戦争の話がメインでしょ? だからこれ(軍服)にしたの」

 

 VRMMOの大型タイトルであるGBNは大小含めて頻繁にアップデートが行われ、その中でダイバールック(アバターの外見)のカスタマイズパーツもどんどんと追加されている。

 

 レイのように無料のアクセサリ(服や小物)だけで済ませる者がいる一方で、アクセサリだけでなくアバターへの追加パーツ──獣耳だとか尻尾だとかいったもの──をゲーム内通貨(ビルドコイン)によって購入するものや、ゲーム内で開催されるイベントやフェス、あるいは他作品とのコラボイベントなどで配布される限定アクセサリやパーツもある。

 

 また、ダイバールックを原作の登場人物にそっくり変える、キャラクタースキンという全身用のアクセサリといった特殊なものもあったりする。

 冒頭でレイが見かけたOOのキャラクターのそっくりさん(パトリック・コーラサワー)などは、ああいったものを使っている。

 

 BC(ビルドコイン)現金(リアルマネー)でも購入することが可能なので──逆はもちろん不可能だが──、様々なダイバーがいるGBNではガンプラよりも己のダイバールックのほうに金をかけるような者も一部にはいるほどだ。

 

「じゃあさっそく何かミッションやってみる?」

「わたし、GBNで共闘プレイしたことないから、まずはレイと二人で出来るやつがいいな」

「ん。オッケー」

 

 楽し気にやりとりをしながら二人が歩き出す。現実(リアル)と同じく自分の肩あたりに上機嫌にぴょこぴょこ跳ねる略帽を横に見ながら、レイは受付カウンターへと足を進めた。

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

「レイごめん! そっち抜けた!」

「了解。テキトーに片付けとくから、気にせずどんどんやっちゃってー」

 

 先行していた相棒の声が飛んできてすぐに、レイのコンソールにあるレーダーマップが敵機の襲来を告げる。

 

 数は十五。数的不利は明白であり、このまま接敵すればこちらが包囲されるのは明らか。

 

 しかし──

 

「ま、Cランクミッションの無限沸きする雑魚なら問題ないでしょ」

 

 全く気負った様子もなく、脚部のスラスターに火を入れると、レイのイフリート・アサルトが軽快に砂塵を巻き上げて前進する。

 ティエレン地上型が八機に、上空から先行してくるのはAEUイナクトが七機。

 

 イナクトの編隊がいずれも爆装をしていたのをいいことに、両手のビームカービンを爆弾を抱えたコンテナへ向けて斉射。地を這うような動きで高速機動しながらも、完璧な先読みで放たれた偏差射撃は、馬鹿正直に飛ぶNPD──ノン・プレイヤー・ダイバー。いわゆるNPC──が操縦するイナクト編隊を面白いように捉え、次々と砂漠の乾いた空に咲く特大の花火へと変えてゆく。

 

「回避おっそ……やっぱ無限沸きするだけあって、NPDのAIもお粗末だわ。ほとんど的だねこれ」

 

 足を止めずに背後のウェポンコンテナに格納されたロングバレルをビームカービンに装着しながら、レイは拍子抜けしたように呟く。

 

 イナクト隊が爆散する様を見たためか、おっとり刀で駆けつけたティエレン地上型の部隊が射撃戦を展開するも、スケートのような機動で射線を躱しながら、的確にコックピットを狙い撃つイフリート・アサルトを捉えることができず、なにも出来ずに次々とボリゴンの欠片になっては消えていく。

 

「うぇー……こんなカカシを延々十五分も狩り続けるの? マジで……?」

「ねぇ、レイー。なんか敵がすんごい弱っちくて、戦ってても楽しくないよー」

「制限時間が五分切ったら、アグリッサ装備のイナクトカスタム(ボスエネミー)が出てくるらしいから、それを楽しみに頑張ろう……」

 

 開始早々にして既にレイのやる気が下がり始め、セナからも苦言が呈される。

 

「ポイント効率が良くて、それなりに戦えるってwikiのコメントでオススメされてたけど、びみょーだね……でも、まあ弾幕密度が()()()()()()()()()、無双系ゲームだと思えば、うん」

「ま、囲まれた時の連携の練習でもしよっか。もうすぐそっちに追いつくから、セナ待っててー」

「りょーかーい」

 

 暢気なやりとりをしているレイとセナの二人だが、この会話中も景気よく敵NPDを撃墜している。

 

 

 ──Cランクミッション「折れた翼」

 

 攻略wikiを閲覧すれば個別ページが作られているほどに有名な稼ぎミッション。

 

 機動戦士ガンダムOOのファーストシーズン第十五話「折れた翼」を再現したミッションで、劇中の三大軍事勢力である人革連、AEU、ユニオンからなる大規模部隊の物量攻勢から、制限時間である十五分──原作では十五時間だったが、流石にそうはならなかった──が経過するまで生き残るサバイバルミッションだ。

 

 Cランクにしては弱く設定されたAIながらも、原作での戦いを再現した恐ろしい数のNPD機が包囲殲滅を仕掛けてくるだけでなく、制限時間が残り五分を切ると、こちらも原作に登場したアリー・アル・サーシェス(ネームドNPD)が操る、アグリッサ(モビルアーマー)を装備した専用イナクトカスタムが出現して追討ちをかけてくるという、なかなかに難易度の高いミッション。

 

 なぜこんなミッションが稼ぎに適しているのか。それはミッション中に撃墜したNPD機に応じて、追加のポイントが入るからだ。

 

 推奨参加人数が四人以上とされる本ミッションは、Cランク相当の腕とガンプラを持つ四人が、しっかりとした役割分担と打ち合わせをして、その上で連携できるのならクリアは自体は割と簡単であり、それが出来るチームなら案山子のようなNPD機を、十五分間狩り放題のボーナスステージとなる。

 報酬のポイントはチーム内で等分されるので、役割分担で揉めることもあまりない。

 

 もちろん案山子といってもCランクミッション。しっかり反撃はしてくるし、なにより数がとにかく多い。気を抜いて連携を崩したり突出したりすれば、たちまち敵機の壁に囲まれて十字砲火に晒されるし、一か所に留まっていると爆装したイナクトの編隊が爆弾の雨を降らせてくるため油断はできない。

 

 そんなミッションに、レイとセナは野良でメンバー募集をすることなく二人で挑んでいた。




Tips

・キャラクタースキン

 GBNのダイバールックのカスタマイズパーツのひとつ。

 全身装備扱いで、これを装備すると劇中の登場人物そっくりの外見になることができる。
 安いものから高いもの、レアなものなどバラエティに富んでいる。

 変な人気があるのか、機動戦士ガンダムOOに登場するエースの一人「パトリック・コーラサワー」の姿をしたダイバーを妙によく見かける。


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ミッション「折れた翼」

仕事が始まるので毎日更新が出来なくなるので初投稿です。


「おい、アレ、見てみろよ」

「……あん? なんだ、ありゃ……まるで台風(ハリケーン)だな」

 

 エントランスロビーに設置された大型モニター。現在GBN内で行われているバトルやミッションをランダムに中継するその前に、たまたま通りかかった二人のダイバーが思わず足を止めて見入る。

 

 モニターの一つに映し出されているのは、中堅ランクの稼ぎミッションとしてダイバーたちには有名な「折れた翼」。それに二人組(バディ)で挑んでいる様子だった。

 

 見たところ目立つ改造をされた様子のないスサノオと、射撃主体に改造されたイフリート改のカスタム機のコンビが、入れ替わり立ち代わり見事な連携で互いの死角をカバーしながら、まるで吸引力の変わらない掃除機がごとく、壁のように迫るNPD機の群れの中を突き進んでいく。

 

「マジかよ。あのミッション、四人以上でマトモに連携できる(動ける)メンツじゃねーと、逆に効率落ちるってのにスゲェな」

「二機ともスゲーいい動き。あれだけ囲まれてて一発も貰ってないどころか、NPD同士の射線合わせてFFさせてるぜ?」

「うわっ、マジだ。NPDってFF回避を優先するはずなのに、いくら案山子みたいつっても相当ギリで避けないとできねーだろ。無改造っぽいスサノオでよくやるわ」

「イフ改のほうはビームマシンガンみてーなの二丁持ちで乱戦してるのに、全くFFしねぇのな。どーいう頭してりゃあんな動きできんだ?」

 

 ミッションの残り時間が五分を切ったのか、画面の中で戦う二機の近くに、ついにアグリッサ装備のイナクトカスタムが飛来してくる。

 

『ハッハーッ! 見つけたぜぇ! ガァンダムゥ!』

 

 下半身に接続したMAアグリッサが脚部を展開して砂塵を巻き上げ着地する。アンバランスなアラクネのような姿となったイナクトカスタムから、アリー・アル・サーシェス(ネームドNPD)の声がテンション高く吠える。

 

 見上げるほどに巨大なMA相手にも、全く怯まず果敢に斬りかかるスサノオ。それにEXAMを発動して雑魚を一手に引き受けたイフリート改が僚機を援護する。

 

「おっ、イフ改がEXAM使ったぞ。てか性能エグいな! 完成度高ぇー……」

「おお! スサノオもイナクトの左腕斬り飛ばした! こりゃ決まるか!?」

 

 ディフェンスロッドを装備していたイナクトカスタムの左腕を、スサノオが右の刀(ウンリュウ)でもって切り裂くと、トドメとばかりに左の長刀(シラヌイ)をコックピットへ突き出し──

 

「あっ」

「あっ……」

 

 イナクトカスタムが上から叩きつけたソニックブレイドによって、シラヌイの刀身が真っ二つに砕かれて宙を舞った。

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

「セナッ!」

 

 レイが咄嗟に相棒へ声をかける。

 

 雑魚とはいえ無数の敵機を相手に乱戦していたために、パチ組みの完成度では長時間の戦闘には耐えられず、強度が限界にきていたのだろう。

 イナクトカスタム(ボスエネミー)の放ったカウンターによって、スサノオの主兵装である強化サーベル「シラヌイ」が半ばから砕かれ、

 

『もらったぜぇ!』

 

 サーシェスの声とともに、振り下ろされたソニックブレイドの切っ先が跳ね上がり、逆袈裟の軌道を描いてセナのスサノオに迫る。

 

「──っとぉ!」

 

 だが、この程度のアクシデントでやられるほど、セナは可愛げのあるゲーマーではない。

 

 突き出したシラヌイを上から叩き落され、一瞬姿勢を崩したかに見えたが、セナはその力の流れを利用して、機体を前方宙返りの要領で一回転。

 

「おりゃあ!」

 

 まるで格闘ゲームのような動きで繰り出された浴びせ蹴り。ハンマーのように振り下ろされたスサノオの踵が、振り上げられたソニックブレイドの銃身部分を強打して斬撃の軌道を逸らし、

 

『なんだとぉ!?』

 

 蹴りの反動を利用して高く跳躍するスサノオ。

 

「セナ、これを!」

 

 そこにレイのイフリート・アサルトが、腰に懸架していたヒートソードを投擲すると、迷いなくシラヌイを手放したスサノオが、回転しながら飛んできた剣の柄を見事にキャッチ。

 

『てめっ──うおっ!?』

 

 追撃しようとしたアグリッサだったが、そこへレイが放ったスモークグレネードが着弾。ミノフスキー粒子を含んだ煙幕が上半身(イナクト)を中心に炸裂し、一瞬セナへのヘイトが逸れる。

 

 他の機体が持つ武装を使うには、ほんの僅かだがアジャストに時間がかかる。そのための時間を、レイの援護は見事に作り出した。

 

 そして──

 

「ちぇすとぉー!」

 

 白煙を切り裂き飛び出すのは紅蓮を纏う武士。トランザムを発動させたセナのスサノオが急襲をかける。

 

 左にはマグマのような(あか)いヒートソード、右にはトランザムによって紅色の光を纏うウンリュウ。

 

 二振りの異なる輝きを放つ刃の軌跡が、アグリッサから露出しているイナクトの上半身を×の字に走り、中の戦争屋ごと四分割。

 

「わっ、わわ、わーッ!」

 

 しかしパチ組みのスサノオでトランザムを発動させた反動は大きく、両腰に接続されたGNドライブ-T(疑似太陽炉)が暴走、爆発。下半身がまるまる脱落し、両腕も火花を散らしながら自壊してしまった。

 機体の制御が利かなくなったセナはイナクトの爆発に煽られ、空中へと投げ出されてしまう。

 

 動力も推進装置も喪失した今のスサノオに機体を立て直す術はなく。

 

 このままでは地面に叩きつけられる──墜落の衝撃に備えてセナが身構えたその時、

 

「──まったく。だから言ったでしょ? ()()()()()()使()()()って」

 

 飛来した二本のワイヤーが上半身だけになったスサノオを絡めとる。スラスターを全開にさせて空中へ飛び出したイフリート・アサルトが、スクリュー・ウェッブでセナの機体を引き寄せたのだ。

 

「あはは……ごめん。つい」

 

 ワイヤーを巻き戻したイフリート・アサルトに、抱き留められる形でキャッチされるスサノオ。コックピットの中ではミッションの開始前にレイが注意していた事を思い出したセナが、ごめんごめんとモニターに映る相棒へ両手を合わせて謝る。

 

 そんなセナの姿を困ったように見るレイが、機体を着地させたその時、

 

【Mission Success!】

 

 コンソールから電子音声が祝福の言葉を告げると、やがてゆっくりと二体のガンプラは、テクスチャに変換され解けていった。

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

「うーん。やっぱりパチ組みだと長時間のミッションは辛いね。二人でミッションちまちまやってたら、セナがDランクに上がったから受けてみたけど。長丁場のミッションだと機体が持たないのは盲点だった……」

 

 アイスカフェラテを一口飲んでから、レイが唸るように言った。

 

「でもでも、レイのガンプラ、同じパチ組みなのに、前の子(ガンダム)より思い通りに動けたよ?」

 

 ショッキングピンクの液体の中に、金色の小さな粒が星空のように瞬くという謎のジュースを前に、セナは困り顔の相棒へ嬉しそうに応える。

 

「……ん。まあ、セナが借りてたガンダムは、多分ニッパーだけで組み立てたヤツだからね。私が持ってきたのは、ゲート跡もそれなりにしっかり処理してるから……」

 

 ここはGBNエントランスロビーにあるフードコートの店内。ミッションを終えた二人は、先ほどのミッション「折れた翼」での疲れを癒すため、しばしの休憩をしていた。

 

「ちょっとの違いでも、結構変わるんだねえ」

 

 炭酸入りなのか不気味に泡まで立てる液体を、なんの躊躇もなくゴクゴク飲んでみせるセナ。そんな友人の姿にちょっと驚きつつも、レイは手元にホロウィンドウを呼び出すと、スクリーンに指を這わせてスワイプしながらつらつらと眺める。

 

「今、私たちが受けられる中だと、さっきのミッション(折れた翼)が一番ポイント効率がいいみたいなんだけど、いかんせん長いのがネックだね……」

「たまにならいいけど、雑草刈り取るみたいな無双系は、飽きるのも早いからねー」

 

 ちなみにだが「折れた翼」は無双系ミッションには分類されない。基本的に自身の生存を最優先とし、その傍らでいかに多くの敵機を撃墜するかという、サバイバルミッションである。

 

「正直なとこ、Cランクくらいまでなら、ヴァルガでバトるのが一番効率いいんだけど、まだセナの機体が出来てないから……」

「だねぇ。ヴァルガのログイン天誅、病院でガンダムを使ってた時にも、わりと頻繁に避けきれなくてやられてたからねー」

 

 ディメンション全体が常時無制限のフリーバトル状態に設定されているヴァルガでは、転移ゲート付近に居座るモヒカンたちが他のダイバーがエリアインした際に、無敵判定が消えた瞬間を狙っての集中砲火が挨拶代わりに行われている。

 セナが「ログイン天誅」と呼んでいるこれは、いわゆる「リスポーンキル」と呼ばれる行為に近いものだった。

 

「いや、ヴァルガでパチ組み使って、三分の壁を超えてるセナがおかしいんだからね?」

 

 ちなみにこの無敵時間が切れてからの三分間は、最も攻撃が集中する時間として「三分の壁」とも呼ばれ、ヴァルガで生き延びる実力を持つかどうかの目安にもされていた。

 

「はぁ……それにしても、今までは気にもしなかったけど、いざダイバーポイントを集めようとすると、こんなに貯まらないものだったとは……」

 

 ──ダイバーポイント。

 

 GBN内でダイバーに付与されるポイントで、主にミッションやイベントをクリアしたり、PvPに勝利することで獲得できる。これが規定の値まで届くごとにダイバーはランクアップしていく。

 また、保有しているポイントはゲーム内で提供される様々なものの交換に、ゲーム内通貨(ビルドコイン)の代わりとして使用できたりもする。

 

 ダイバーランクを上げることで解禁されるエリアやミッションもあるため、「対人戦ばかりじゃなくて、GBNをもっと楽しもう」と標榜している自称エンジョイ勢のレイとセナにとって、ダイバーポイントの獲得は最優先すべき事だった。

 

 

 ──PvPで勝利すればポイントが入るのならば、対人戦の権化みたいなヴァルガの住民たるレイとセナの二人が、どうしてポイントをあまり獲得していないのか。

 

 それは主にGBNの仕様と、まさに二人がヴァルガ民であることが原因であった。

 

 セナの場合は病院にいた時に使っていたのが仮登録IDで、これには様々な制約が課されている。特にランクに関してはEまでに制限され、仮登録のままだとどれだけポイントを貯めようがそれ以上にランクアップすることはない。

 仮登録のIDを正規のアカウントにコンバートすればポイントも引き継がれるのだが、パチ組みのガンプラを使ってヴァルガに潜っていたセナは撃墜されることも多く、たびたびポイントを全損していたため貯蓄はほぼ無いに等しかった。

 

 初めてレイとヴァルガで出会った時は偶然ツキに恵まれていただけで、当時のセナは三分の壁を超えるのにもかなり運頼りな部分が大きかったのだ。

 

 ではレイの場合はというと、ランクアップに必要なポイントが多い事が主な原因で、彼女の言うようにCランクまでなら、ヴァルガで三分の壁を越えられる力があるダイバーであればそこそこ簡単に到達することができる。

 それこそ、なかば惰性でヴァルガに潜っていたレイですら、現在Cランクまで到達しているのがその証拠になる。

 

 ランクアップ処理そのものは、ダイバーがランクアップに必要なポイントを満たした瞬間、システムによって必要分のポイントを自動的に消費されてランクが上がる。

 この処理はバトル中でも行われるため、通常ミッションではクリアするまで獲得ポイントが反映されないところを、ヴァルガでは誰かを落とせば即座に得られる事と相まって、「腕に自信があるなら」という前提がつくものの、Cランクまでならヴァルガに潜るのがランクアップの最短ルートと言われる理由となっている。

 

 だが、これがBランク以上となると話も変わってくる。

 

 CからBに上がるには、FからCに至るまでの合計よりもなお多くのポイントが要求される。これは、運営側が「Cランクがダイバーとして一人前」という扱いでゲームを設計しているためだ。

 それ以上を求めるとなれば要求されるハードルが上がるのは当然である。

 

 レイのランクが示すように、一度のヴァルガ行きでBランクになるまでのポイントを溜めることは難しく、またヴァルガにおいて撃墜された場合は保有ポイントが全損する仕様上、そこでポイントを溜めるには、生きてあの地獄から脱出できなければならない。

 

 そして、「ディメンション全体が常時フリーバトル状態」という仕様のヴァルガでは、他の場所のようにコンソールからの転移を行うことができないため、内部に設置された転移可能ポイントまでたどり着かなくてはならない。

 当然ながらそのポイントは住民たちに知られているわけで、そこにもまた待ち伏せをしているモヒカンがたむろしている。これを潜り抜けてポイントをため込んだまま、複数回に渡ってヴァルガから生還する、というのは分の悪いギャンブルのようなものだった。

 

 

「セナの個人ランクもDになったし、フォース結成してバトランダム・ミッションやるのもいいんだけど……」

 

 バトランダム・ミッションとは、GBNにおけるフォース──他のMMOで言えばクランに該当するチーム──を対象としたイベントバトルの一種で、フォース同士の対戦イベントであり、勝利したさいに獲得できるBC(ビルドコイン)やポイントが、通常のミッションやフォースバトルよりも多いことで有名だ。

 

 フォースを結成するための条件として「参加メンバーの全員の個人ランクがD以上」とあるが、セナがDランクとなった今、二人でフォースを結成する事は可能なのだが──

 

「これ、月一でしか開催されないイベントで、今月のは昨日だったんだよねぇ……」

 

 虚ろな瞳で手元のウィンドウを眺めながら、レイがズズーとカフェラテを啜る。なんだか疲れた様子の相棒に少しでも協力しようと、セナも自身の手元にホロウィンドウを展開して情報の検索を始めた。

 

「お? ねぇレイ、こんなの見つけたんだけど、どうかな?」

「どれどれ? んー、『シャッフル・チームバトル』?」

 

 セナが見つけたそれは、つい最近になって実装されたチームバトルの一種だった。受注したダイバーたちの中からランダム抽選によって選出された五人がひとつのチームを組み、同様に編成された相手チームと対戦するという内容で、フォースに所属していないソロプレイヤーや、フォースを組めないランクの駆け出し向けに、気軽にチーム戦を体験できる事を売りとしている。

 

「……ん、よさげな感じ……あー、ダメだわ」

 

 シャッフル・チームバトルの概要を読んでいたレイだったが、突然ガックリと項垂れた。

 

「このミッション、チーム振り分けが完全ランダムで、狙った相手とチーム組めないみたい」

「あ、それはヤだ。レイとチーム組めないなら、やりたくないなー」

 

 はー……と向かい合って溜息をついた二人は、どちらからともなくメニュー表を手に取る。

 

「私、抹茶アイスにするけどセナは?」

「わたしメガバーガーにするー」

 

 飲食物を注文してからまったく待たされることがないのは、電脳仮想世界が現実に勝っているところと言える。腹は膨れないが、GBNはフルダイブVRの中でもそれなりに味覚の再現に成功しているため、最近は他企業とのコラボによって、様々なメニューが追加されている。

 

「セナはいろんなVRゲーやってきてるんだよね? なんかいい感じの方法とか知らない?」

「ごめん。わたしってあんまり作業ゲー好きじゃないから、ほとんど対人系しか経験が……」

 

 外見に似合わぬちまちました動作で、スプーンを動かしながらレイが訊ねるも、対面のセナは顔ほどもある大きさのハンバーガーを前にして、しょんぼりとした顔をする。

 

「……や、私のほうこそごめん。GBNしか知らない私のほうが、もっと詳しくなくちゃなんないんだから……」

 

 片やちまちまと、片や豪快にかぶりつき、しばらく沈黙が続く。

 

「……んで、まぁ、トリアーエズ……じゃなくてとりあえず」

「……うん」

「私たちが二人とも作業系が嫌いで、NPD相手にするミッションも、あんまり長いのはセナのガンプラが持たない」

「あと、すっごい飽きる」

「ヴァルガに関しては、セナはガンプラの問題で、私の場合はほとんど負け確定のギャンブルになるから却下。となれば……」

 

 小さなアイスを先に食べ終わったレイが、どこか諦念を滲ませた苦笑いでセナを見つめる。

 

「フォース結成して、地道にフォースバトルしてこっか……」

「それしかないねー……」

 

 二人が受注できるミッションは、現在Cランクであるレイと同じランクのものまでで、それではいまいち物足りない。

 

 対人戦が好きな二人としては、NPDを相手にするよりも、やはり生身の人間相手のほうがモチベーションが上がるわけで。

 結局たどり着いたのは、至極無難な回答だった。




Tips

・シャッフル・チームバトル

 後に「シャフランダム・ロワイヤル」へとアップデートされる、ランダム編成によるチーム戦形式のミッション。
 この時はまだチームを組んでの参加申請もすることができず、味方のメンツは完全なるランダム抽選で、闇鍋具合がより極まって混沌としていた。

「シャフランダム・ロワイヤル」は守次 奏様の作品「ガンダムビルドダイバーズ アナザーテイルズ」からお借りしております。


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結成!

掲示板回は初めてなので初投稿です。


【総合】GBN総合スレpart157【雑談】

 

1:名前:以下名無しのダイバーがお送りします。

ここはガンプラバトル・ネクサスオンライン通称『GBN』に関して雑談するスレッドです。

 

各種ミッションについての情報はまとめwikiに載っています。

 

ビルドの相談、フォース勧誘、ミッション攻略の情報交換などはそれぞれ専用スレッドでお願いします。

 

 

 

【GBNまとめwiki】(http://・・・

【ビルド相談スレ】(http://・・・

【フォースメンバー募集スレ】(http://・・・

【ミッション攻略スレ】(http://・・・

【フォース総合スレ】(http://・・・

【G-Tube総合スレ】(http://・・・

 

 

 

 

 

273:名前:以下名無しのダイバーがお送りします。

話かわるけど

なんか最近変なのとフォース戦したんだよ

 

274:名前:以下名無しのダイバーがお送りします。

変なの?

 

275:名前:以下名無しのダイバーがお送りします。

お?なんだなんだ?

 

276:名前:以下名無しのダイバーがお送りします。

どうせまたブレイクデカールとかいうチーターだろ

運営仕事しろ

 

277:名前:以下名無しのダイバーがお送りします。

いやチーターじゃない

二人組のフォースなんだけど使ってたガンプラが変だったんだよ

片方がすごい完成度だったのにもう片方がパチ組みだった

 

278:名前:以下名無しのダイバーがお送りします。

経験者が友達でも引っ張ってきたんだろ

リアルの友達とかで組んだフォースにたまにある

 

279:名前:以下名無しのダイバーがお送りします。

学生のフォースとかそうよな

 

280:名前:以下名無しのダイバーがお送りします。

>>278

いやそういうのじゃないと思う

パチ組みのほうもすげー強い。反応速度と対応力が異次元

絶対初心者じゃない

 

281:名前:以下名無しのダイバーがお送りします。

じゃあたまたま店のレンタルガンプラでも使ってたんじゃねーの

あれパチ組だろたしか

 

282:名前:以下名無しのダイバーがお送りします。

ガンダムベースによって違うぞ

俺が住んでるとこの店はなぜかやたら完成度高い

一つ欲しいくらい

 

あと店員のおねーさんが美人

 

283:名前:以下名無しのダイバーがお送りします。

>>282

いいな完成度高いレンタルガンプラ

どっかの業者に外注でも出してんのか?

 

284:名前:以下名無しのダイバーがお送りします。

>>282

美人のおねーさんがガンプラ作ってくれる店だと!?

 

285:名前:以下名無しのダイバーがお送りします。

>>284

落ち着け

 

286:名前:以下名無しのダイバーがお送りします。

>>284

混ざってる混ざってる

 

287:名前:以下名無しのダイバーがお送りします。

ともかく変な二人組だったんだよ

使ってるガンプラは出来がぜんぜん違うのに連携バッチリでバトルの腕は同じくらいかパチ組みのが高いまである

なんかパチ組みの方は天才って感じで相方の方は歴戦って感じだった

 

288:名前:以下名無しのダイバーがお送りします。

だから片方はレンタルガンプラだったんだろ?

 

289:名前:以下名無しのダイバーがお送りします。

>>288

いやフォース戦って基本は相手フォースと日程合わせてやるんだから

わざわざその日にレンタルガンプラ使うとかあるか?

 

290:名前:以下名無しのダイバーがお送りします。

あーそれは確かに変だな

 

291:名前:以下名無しのダイバーがお送りします。

たぶんレンタルガンプラじゃねーぞ

 

292:名前:以下名無しのダイバーがお送りします。

お?

 

293:名前:以下名無しのダイバーがお送りします。

知っているのか>>291!

 

294:名前:以下名無しのダイバーがお送りします。

そいつらって赤髪のミリタリーっぽい恰好した貧乳と青髪の軍服ワンピ着た二人組だろ

一週間くらい前に俺のとこも対戦したけどその時も青髪のほうがパチ組み使ってた

そんでボコボコにされた

 

295:名前:以下名無しのダイバーがお送りします。

>>294

赤髪で貧乳・・・?

 

296:名前:以下名無しのダイバーがお送りします。

>>294

なぜ赤髪のほうだけ胸に言及した

 

297:名前:以下名無しのダイバーがお送りします。

>>294

シャンクス……そんな……主に……

 

298:名前:以下名無しのダイバーがお送りします。

>>297

やめろw

 

299:名前:以下名無しのダイバーがお送りします。

>>297

腕じゃないんかーい

 

300:名前:以下名無しのダイバーがお送りします。

ダイバールックのことは置いとけ

フォース戦するってことは最低Dランクだろ?

それでパチ組み使い続けるって確かに変だよな

普通はそこまでGBNやってりゃスミ入れとか部分塗装とか簡単な工作してるだろ

 

301:名前:以下名無しのダイバーがお送りします。

>>273だが確かにパチ組みだった

近くで見たから間違いない

相手が使ってたのはエクシアだったから白兵戦しかけてきた時に間近で見て驚いた

 

302:名前:以下名無しのダイバーがお送りします。

>>301

ちょっと待てエクシア?

俺の時はバエルだったぞ

バエリングお嬢様が見たら激怒しそうなパチ組みバエル

 

303:名前:以下名無しのダイバーがお送りします。

>>302

お嬢様は言動こそアレだけど人のプレイスタイルにケチつけるような人じゃないから

 

304:名前:以下名無しのダイバーがお送りします。

まあ口を開けばアグニカとバエルで言ってること意味不明だけど

ほかの害悪ガノタみたいに「GBNは遊びじゃねぇんだ!」みたいな違う意味で意味不明なことは言わんからな

 

305:名前:以下名無しのダイバーがお送りします。

然り然り

 

306:名前:以下名無しのダイバーがお送りします。

パチ組み使ってるだけのダイバーに絡むやつたまにいるけど何様なんだよってな

ライトユーザー締め出した結果新規がいなくなって消えたGPD忘れたのかと

 

307:名前:以下名無しのダイバーがお送りします。

>>306

GPDはまだ消えてないから……

キシリマホビーショップとかで大会とかしてるから……

 

308:名前:以下名無しのダイバーがお送りします。

>>307

ほぼ過去の遺物なんだよなあ

愛好家がいるのは知ってるけどメイジンとかの有名なファイターは完全に見なくなったし

 

309:名前:以下名無しのダイバーがお送りします。

話それてる

いつものことだけど

 

310:名前:以下名無しのダイバーがお送りします。

そうだよ(便乗)

 

311:名前:以下名無しのダイバーがお送りします。

とにかく変な二人組のフォースがいたって話だろ

でフォース名は?あと青髪ちゃんの胸はどんなでしたか?

 

312:名前:以下名無しのダイバーがお送りします。

たしかゼラニウムって名前だった

青髪のほうも胸はなかったけどあっちはそもそも小柄だった

 

313:名前:以下名無しのダイバーがお送りします。

>>312

律儀に(胸のことを)こたえるんじゃないw

 

314:名前:以下名無しのダイバーがお送りします。

赤髪の貧乳と青髪の貧乳の二人組だなよし覚えた!

 

315:名前:以下名無しのダイバーがお送りします。

>>314

お前……

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 日もすっかり落ちてしまった森林地帯。星はなく月明かりだけが頼りなく照らす中、一機のMSが川岸を慎重に歩いている。

 

「くそっ、どこだ……?」

 

 夜間戦闘モードに切り替わった緑色の視界(モニター)には、林立する太い木々が墓標のように立ち並び、足元には幅の広い河がごうごうと黒い濁流となって流れている。

 さほど広くもないフィールドをバトル開始から小隊を散開させて索敵しているというのに、敵の姿が全く捕らえられないのは気味が悪いとしか言いようがない。

 

『なんだコイツ!? 素組みのくせに早──うわああぁッ!』

『おい! 誰かこっちに援軍よこせ! 俺たちだけじゃ止められ──ぎゃあッ!?』

『俺にまかせろ! 前衛は俺が! お前は援護に徹しろ! ツーマンセルでやるぞ!』

 

 部隊無線(パーティチャット)から仲間の悲鳴が聞こえ、思わずぎりりと奥歯を噛みしめる。

 

「あいつら……()()()()()()()()()()()……! なにやってんだよッ……!」

 

 悪態はつくものの、それを仲間へぶつけることは出来ない。彼も彼で敵機の発見という索敵任務をこなせていないのだから。

 

「クソが……()()()()()()()()()()相手になんてザマだ!」

 

 楽勝な相手だと思っていた。結成したての新米フォース──それも構成メンバーはたったの二人──そんな連中がフォース戦を、それも総力戦での殲滅戦を申し込んできた時はメンバー全員が鼻で笑ってやったものだ。

 こちらの構成人数は八人。戦力比で言えば四倍。加えてフォースリーダーはBランクダイバーで、メンバーも彼を含め全員がCランク。CランクとDランクのコンビごときに負けるわけがない。

 

 ──そう思っていた。

 

 だと言うのにこの体たらくはなんだ。

 

『落ち着けお前ら。あっちはアイツがなんとか凌いでくれる。こっちはこっちの仕事に専念すりゃいい。索敵を厳に! 相手は一機! それも開始から隠れてるチキンだ! 見つけさえすれば囲んで叩いておしまいだ!』

『了解ッス!』

『おう! 任せてくれよリーダー!』

 

 リーダーが飛ばす激に士気を持ち直すメンバーたち。八人を四人一組の小隊二つに分けて各個撃破を狙った作戦は、開始早々にDランクの方を担当させた副リーダーが率いる部隊が半数になったが、副リーダーも伊達ではなく、なんとか戦況を立て直そうと奮闘している。

 

「……うし。さっさと片割れのチキンを探し出して片付けてやるぜ!」

 

 気合を入れた彼に運も味方したのか、ほどなくして水際から続く木立が不自然に踏み荒らされた大きな跡──MSの足跡だ──を見つける。

 

「河を使って移動してこっから上陸したのか……てことは水陸両用機、か?」

 

 彼の愛機である森林迷彩を施された陸戦型ジムが背後の森を振り返るもレーダーに反応は無く、そこに広がるのは不気味な沈黙を保つ暗闇が横たわるのみだ。

 センサーとカメラアイを搭載した頭部を忙しなく動かし、森の中を入念に索敵を行う陸戦型ジム。レーダー反応と暗視装置を使った目視を併用しているため、これで見つからないなら既に移動しているのか──

 

「どこだ? どこに隠れた──」

 

 ──背後で川面が爆発するように隆起して突然水柱が上がった。

 

「な──」

 

 まさかこの足跡は囮で水中に潜んでいたのか──!?

 

 そう考えた彼が河へと振り返り、咄嗟にマシンガンのトリガーを引く。銃口から放たれたいくつもの銃弾が水柱を引き裂き──

 

 そこに敵機の姿はなく──

 

「──うそ、だろ……」

 

 ──レーダーに反応は無かった。暗視装置での目視では影も形も見えなかった。

 

 ──それなのに、どうして。

 

 

 ──どうして、俺は()()()()コックピットを貫かれている!?

 

 まるで()()()()()()()突然陸戦型ジムの背後から現れたMSが、腕部のバイス・クローで彼の乗るコックピットを貫いていた。

 

 ──ミラージュコロイド搭載型ハイゴッグ。

 

 それがこのフォース戦で彼らの小隊が相手取っていた敵の正体だった。

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

G・G(グッドゲーム)。お疲れ様でした」

 

 表情こそにこやかとはいかないものの、しっかりと挨拶をするのは赤髪で長身の女性。服装は荒くれ軍人のような姿だが礼儀はしっかりしていた。

 

「G・Gでしたー」

 

 隣の青髪で軍服アレンジされたワンピースを纏う相方は、逆に言葉こそ適当だが表情はいたってにこやかだ。言わずもがな彼女らはレイとセナ(蛮族)の二人であった。

 

「アッハイ。グッドゲエム」

「おつかれっしたー……」

 

 相手を務めたフォースのリーダーと副リーダーがぎこちなく返事をする。対戦を終えてロビーに帰還した両フォースは、互いに挨拶を交わして健闘を称え合った。

 

 あれからセナの駆るガンンダム・バルバトスルプスレクスが、あっけなく副リーダー含む二名を撃破。続いてレイもアンブッシュにて別動隊のもう一機を撃破しての二対二に持ち込まれ、最後まで生き残ったリーダーとメンバーの一人もあっさりと撃墜されて敗北した。

 

 レクスの白兵戦を警戒すればミラージュコロイド・ステルスで姿を消したハイゴッグから奇襲を受け、それに対応しようとすればレクスの超大型メイスとテイルブレードが迫りといった具合で、パチ組みのくせに恐ろしい動きをする悪魔と、時に森、時に水中から奇襲を行うやたらと完成度の高い水泳部に散々に翻弄された結果だった。

 

「セナ、どうだった?」

 

 悄然と肩を落として立ち去る相手方と別れて、ロビーを歩くレイが隣のセナへ問いかけるも、

 

「うーん。びみょー……」

 

 顎に指を添えて、むむむ……と唸るセナの返答は芳しくない。セナもレイが何に付いて聞いているのかを理解しているため主語を省いて答える。

 レイが聞いているのは先ほどのフォース戦の内容ではなく、セナが乗っていたガンプラについての感想で、フォースを組んでからというもの、バトル後に真っ先に質問される内容がそれだったからだ。

 

「えっとね。レイが言ってたガンダムフレームっていうのだと、前に使ったバエルってののほうが使いやすかったかな」

 

 セナに貸し出したガンプラのうち鉄血系の機体として、レイはガンダム・バルバトスルプスレクスとガンダム・バエルを渡していた。キマリスヴィダールやグシオンリベイクも購入してはいたのだが、そちらは残念ながら組み立てる時間がなかったため、主役機であるレクスとGBNで一部に熱心なファンがいるバエルに絞ったのだ。

 

「まずあのおっきなメイスが癖が強くて扱いづらいし、バエルもそうだけど射撃武器がちょっと物足りないかなー。テイルブレードは使ってて面白かったけど」

「鉄血系は基本白兵戦主体だからねえ……ナノラミネート装甲は強スキルなんだけども、カスタムしてないとやっぱ難しいか」

 

 多種多様なダイバーがいるGBNには、偏執的な執念で作り込まれたHGとは思えないガンダム・バエルを乗りこなすランカーもいるが、原作への愛も知識も疎いセナに同じことは不可能だろう。ああいったガンプラ(クソ強バエル)は、アグニカンスピリッツの持ち主にしか扱えないのだ。

 

「バエルは素直な二刀流だし、武器も剣と小型のレールガンしかないから、出来る事が明確でわかりやすかったのもあるかも」

「ああ、確かに。レクスは原作でも主人公の三日月に合わせてカスタマイズしていった結果の、いわば彼専用の機体だからね……」

「レイのおかげでいろんなガンプラに乗せてもらってるけど、ホントにいろいろあって迷っちゃうよー……」

 

 へにゃり、と擬音が聞こえそうなほど肩を落として猫背になるセナ。ここ一ヶ月近く彼女は実に様々なガンプラ──いずれもパチ組みではあるが──に乗ってきたが、未だ専用機の素体となるガンプラを決められずにいた。

 

「焦らなくてもいいよ。GBNでの愛機を決めるんだから、やっぱり乗り手(セナ)が『これだ!』って思ったのでなくちゃ」

「いまさらだけど、ホントにキットの代金と材料代だけでいいの……? こんなに沢山のガンプラも貸してもらってるのに……」

「いいの! いいの! 貸してるガンプラはもともと趣味で作ったはいいけど放置してたのだし!」

 

 脳裏に諭吉さんの団体がひしめき合う封筒が蘇ったレイは慌てたように首を振る。

 

 初めて桜庭邸を訪れたあの日。なんとか再起動したレイは、丁重に、それはもう丁重に報酬を断った。高校生にとっては、いや一般人にとっての大金が詰まった封筒(アレ)は、あまりにも魅力的だったが同時に恐ろしい存在にも見えたから。

 

「それに、私はセナが全力を出せる機体を作れるのが楽しみなの。今まで私の周りでガンプラバトルが強い人って、全部年上の、それも男の人ばっかりだったから、セナと、その、一緒にGBNがプレイできて……凄く、えっと……楽しい、から……」

 

 嬉しそうに語るレイだったが途中から気恥ずかしくなったのか、だんだんと顔が赤くなり言葉も途切れ途切れになって、最後は尻すぼみするように声が小さくなる。

 自分言った台詞に照れているのか、視線を外してそっぽを向く友人の様子を嬉しそうに見ていたセナは、こちらも少し顔を赤くしつつ、しかしハッキリとした声で、

 

「ありがと、レイ!」

 

 心に湧き出た好意をストレートに言葉へ乗せて、満面の笑みで返した。

 

 

 

 フォース「Geranium(ゼラニウム)

 

 レイとセナの二人で組んだ、二人だけの(タッグ)フォース。

 

 ゼラニウムとは花の名前であり、「真の友情」という花言葉を持つそれは二人にとってとてもしっくりと来るもので、特に赤いゼラニウムの花言葉は「君ありて幸福」……偶然から繋がった絆を大切にしたいという二人の少女の願いが込められた、ロマンチックなものであった。




Tips
キリシマホビーショップ
出典:お嬢様はピーキーがお好き(アルキメです。様)
 現役で稼働するGPD専用筐体を置いている大手のホビーショップ。チーム戦に対応した大型筐体も備え、店舗規模だが時折GPDの大会を開催しており、熱心なGPDファンにとってはとても有難い聖地。
 また、一個からバラ売りされるビルダーズパーツ。数量限定だが稀に入荷される希少キットの販売(webでの告知付き)。店内に設置された無料で利用可能な作業スペースに道具の貸し出しサービス等、モデラーにとっては至れり尽くせりのサービス満載の店。
 THE GUNDAM BASEが公式ショップゆえに対応できない細やかな、いわゆる「かゆいところに手が届く」サービスが売りで、そこがリピーターの獲得に繋がっている。


機体解説:ミラージュコロイド搭載型ハイゴッグ

素体キット:HGUCハイゴッグ

武装
・ビームカノン×2
 両腕部内蔵のメガ粒子砲。連射可能。
・バイス・クロー
 腕部に装備された四本の爪状の近接格闘装備。耐ビームコーティング塗料を塗布されている。
・魚雷発射管
 頭部に装備された武装。魚雷と銘打っているが、地上でも発射可能。
・120mmマシンキャノン
 腹部に内蔵された実体弾兵装。
・ミラージュコロイド・ステルス
 プラグインによって追加された機能。ミラージュコロイドの性質上、水中では使用できない。

スキル
・水中適正:水中用、または水陸両用MS専用。水中での動作ペナルティを無効化。
・ミラージュコロイド・ステルス:ミラージュコロイドの機能のひとつ。使用中はレーダーマップに自機の反応が反映されなくなり、同時に目視での捕捉も困難になる。

概要
 OVA作品「機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争」に登場したジオン軍水陸両用MS。
 旧キットの中でも傑作が多いとされるポケ戦のガンプラの中で、発売当時「オーパーツ」とまで称された高クオリティのキット……ではなく、こちらは後年に発売されたHGUC版。

 元々はGBNを始めた当初のレイがプラグインの試験のために、昔作った手持ちのガンプラの中から選んだもの。たまたま手に入れた「ミラージュコロイド・ステルス」のスキルを搭載させる機体として、水中では使えないミラージュコロイド・ステルスの弱点をカバーする目的で水中の隠密性に優れたこのガンプラが選ばれた。

 結果として水中での隠密性+地上での隠密性が生み出したシナジーは、水辺のフィールド等有利な地形でハマればなかなかに凶悪な性能を発揮する。
 反面、このガンプラに搭載できるプラグインはミラージュコロイド・ステルスのみでいっぱいになってしまっているため、新しいものを入れる事は出来ない。
 バランス調整として、強いスキルは容量が大きく設定されているようだ。

 機体の武装等は原作そのままだが、中学生当時のレイが丁寧に作り上げ一部をメタルパーツに置き換えられて高い完成度を誇り、基本性能が底上げされた本機はガンプラバトルでも高い性能を発揮する。

 頭部の魚雷発射管、腹部の120㎜マシンキャノン、腕部ビームカノンの砲口がメタルパーツに換装されているため威力が上がっている。
 先述したようにミラージュコロイド・ステルスはGBNでのスキル扱いのため、特に発生器のようなものを取り付ける改造をしているわけではない。


 こうした「現実のガンプラを弄らずとも、機体の強化ができる」点もGBNがガンプラバトル人口の裾野を広げた一因なのだろう。


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幕間 (よすが)

これにて一端区切りです。


 四つのベッドが配置され、それらがカーテンで仕切られた清潔な室内。

 

 その中のひとつに横になっている老齢の男性は、ベッドの脇に座る少女に声をかける。

 

「嶺。学校はどうだい?」

「大丈夫。ちゃんとやってるよ。お父さんとも連絡は取ってる」

 

 祖父の見舞いに訪れた嶺は、掛布団の上に置かれた彼の手をそっと撫でて言った。

 

 皺だらけで乾燥してカサカサしているが、綺麗に爪が整えられたその手はとても清潔で──嶺はなんだかそれが酷く悲しくなる。

 

 かつて祖父が元気だった頃。彼の手はいつも荒れていて汚かった。

 

 不精してあまり切らない爪はいつも少しだけ長くて、指にはいつもなにかしらの塗料が付いていた。手のひらだって接着剤や有機溶剤を扱うせいか、カサカサというよりもガサガサと荒れていて、その手で頭を撫でられると、髪の毛がひっかかって痛かった記憶がある。

 

 でも、そんな祖父の手が嶺は好きだった。幼い時の彼女にとって、この大きくて荒れた手は魔法の手だったからだ。

 

 祖父は特に戦車のプラモデルが好きで、店内のディスプレイケースには彼が作った作品がずらりと並び、常連客はもちろんのこと店を訪れる者たち皆に大変好評だった。

 祖父の作品が褒められるたびに、祖父母に懐いていた嶺は誇らしい気持ちになったのを覚えている。

 

 箱に収まっている時には見た目にも安っぽいプラスチックで出来ていたはずのパーツが、祖父の手にかかれば本物の金属のような質感を持ち、ウェザリング(汚し塗装)を施された車体はヴィネット──ごく小さいジオラマ付き展示台──の上で、本物以上の迫力を持って佇む姿へと変わっていく。彼の隣で作業の一部始終を見ていた嶺にとってそれは魔法のようであった。

 

 あまりにもプラモデル作りに熱中するあまり、店番を祖母にばかり任せて自分は店舗奥の作業部屋に籠りがちで、たびたび祖母に雷を落とされていたのも今では楽しい思い出だ、

 

 そんな祖母も今はもういない。あんなに大きく感じた祖父の手は、(自分)の手よりも細くて小さく見えるようになり、作業部屋もすっかり嶺のガンプラ制作室となっている。

 

「あっ、そういえばね、私、友達できたんだ。同じ年でガンプラバトルやってる女の子」

 

 昔を思い出して少し切なくなった心を誤魔化すように、嶺はことさら明るい声で最近の出来事で一番嬉しかったことを話す。

 

「おお……そうか、そうか。良かったなあ……嶺は同級生の子をウチに連れてきたことがなかったからなあ。学校が終わったらすぐ帰ってきてくれるのはいいんだが、店でずっとガンプラバトルばっかりしていて、婆さんともども心配して……」

 

 目を細めてうんうんと嬉しそうに頷く祖父。

 

「もう、それは言わないでよ。あの時は本当にそれが楽しくて、他の事に興味が向かなかったんだから」

 

 ばつが悪そうにそっぽを向いて唇を尖らせる。そんな孫の姿を祖父は穏やかに見守っていたが、やがて何かを決心したように静かに語る。

 

「店のことと言えばな、嶺。一昨日に常連だったシゲちゃんが見舞いに来てくれたよ。それで思い出したんだが……店に飾ってある爺ちゃんの戦車、あれ、常連客(シゲちゃんたち)の中で欲しがる人がいたら譲ってやってくれないか?」

 

 思わず逸らしていた顔を戻した嶺は目を見開いた。だって覚えているのだ。彼女がまだ小学生だった頃、熱心なミリタリープラモのファンであった常連客(シゲちゃん)から、「言い値で買うから譲ってくれ」と頼まれた時の祖父の言葉を。

 

『金の問題じゃあねえよ。こりゃあな、俺が魂削って作り上げた、命が籠った作品なんだ。どれひとつだってくれてやるわけにゃいかねえ。ま、テクは教えてやるから、欲しけりゃ自分で作るんだな!』

 

 そう言って豪快に笑っていた(祖父)の姿を、孫の嶺は覚えているからだ。

 

「そんな、そんなこと言わないでよ……まるで──」

「まるで()()()()()()()、か?」

「──ッ」

 

 つい口をついて出そうになった言葉を当てられ、二の句が継げない嶺に祖父は困ったように笑った。

 

「シゲちゃんにもおんなじこと言われたよ。で、怒られた。『縁起でもないこと言うな』ってな……ったく、あれだけクレクレ言ってたクセに、いざとなったら断るたあどういう了見なんだか……」

 

 祖父の言葉に堪らなくなって俯く嶺は、それでもなんとか言葉を絞り出す。

 

「……早く元気になって退院してよね。じゃないと、おじいちゃんの作品、フリマアプリで売ってガンプラの軍資金にしちゃうから」

 

 そんなつもりは毛頭ないが、あまりの祖父の様子につい憎まれ口を叩く。元気だった頃の彼が聞けばきっと大いに慌てただろうに、今は、

 

「……それも悪かねえかもなあ」

 

 などと言って力なく笑う。あれだけ熱心なモデラーだった彼の口からはもう「プラモデルを作りたい」という言葉は出てこない。そんな弱った姿に、嶺は今度こそなにも言えなくなった。

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 丁寧にプラ板から削り出したパーツを仮組みして動かしてみる。

 

 可動域、塗装クリアランス、強度……確認しなければならない項目はいくつもある。普段なら妥協できる範囲の出来だったが、どうしても納得できずに嶺は組み上げた部品を足元のゴミ箱へと放り込む。

 

「……ダメ。強度が不安。これじゃ世那の操縦に耐えられない」

 

 己へ言い聞かせるように独り言を呟いて、形を微修正した図面を元に、またプラ板の切り出しからやり直す。足元のゴミ箱には似たような形状のパーツと、切り出しに失敗したプラ板がいくつも転がっていて、ひとつひとつは小さな物であるにも関わらず既に底は見えなくなっているほどだ。

 

 ──イワナガ模型の一階。灯りのない真っ暗な店舗部分。その奥に設えられたドアの向こうが、今の嶺にとっての戦場だった。

 

「こんなに必死こいてガンプラ改造するの、いつ以来かな……」

 

 集中力の途切れを自覚した嶺は一端作業を中断して、椅子の背に体を預けると目を閉じる。

 

 ここはかつて祖父が使っていたプラモデル作りのための作業室だった。一階にある店舗の奥。カウンターのさらに向こう側にドアがあり、そこを開ければ六畳ほどの空間が広がっている。

 

 コの字型に設置された作業机には、効率を考えられた配置で各種の機材が置かれていて、エアブラシ塗装のための換気設備には、プロのモデラーも愛用する本格的な塗装ブースが置かれていた。

 他にも机の上には電動リューターや電動ペンサンダーが並び、壁の棚にはプラ板やプラ棒をはじめ様々なマテリアル(素材)が整頓されて収められている。塗料は専用のラックに種類、メーカーごとに分類されて店頭販売ディスプレイさながらに並び、足元にはジオラマ素材に使われていた材料が雑多に詰め込まれたコンテナが積みあがっていた。

 

「おじいちゃん……」

 

 ふと視線を壁にやると目に入るのは祖父が愛用していたゴーグル型の拡大鏡。「老眼は辛ぇなあ」とぼやきながら、背中を丸めて作業をしている祖父の後ろ姿が、潤んだせいで少しボヤけた視界に重なる。

 

 同時に思い出すのはベッドに横たわった祖父との会話。

 

「……んぐ」

 

 病室で祖父が口にした言葉を振り払うように、乱暴に目元をごしごしと擦って体を起こした嶺は、再び机に向き直るともくもくと作業を再開した。

 

「今は、これに集中しなきゃね……」

 

 ──結局のところ、現実(リアル)ではただの女子高生でしかない嶺に、祖父に対して出来ることはほとんどない。彼女に出来るのは精々が頻繁に顔を見せて、近況報告や何気ない会話をして孫が元気にやっていることを示すくらいだ。

 

 目の前のどうしようもない現実から目を逸らすようにして、GBN(ゲーム)へ打ち込む事は良くないと分かってはいる。しかし分かっていても、それに向き合えるとは限らない。

 

 自分()の行為を現実逃避だと言う人もいるだろう。だが、何が悪い。人間には縋れる(よすが)が必要だ。誰もたった一人で立ち続けることなど出来っこない。一人で立っていると(のたま)うやつは、()()()()()()()()()()()()()()()()()だと嶺は思うのだ。

 

 祖母が失われ、店も閉店して仲が良かった常連客とも疎遠になった。そして今、祖父さえも失いかけている(少女)にとって、世那という気の置けない唯一の友人だけが心の拠り所なのだから。

 

「セナともっともっとGBNを楽しむためにも頑張らないと……」

 

 まるで何かに追い立てられるようにして作業に没頭していく嶺。

 

 イワナガ模型の作業室の明りは深夜まで消えることがなかった。




Tips

・塗装用換気ブース

プラモデル制作においてエアブラシ塗装を行う場合は必須の設備で、噴射した塗料やそれに含まれる有機溶剤が室内に撒き散らされることを防ぐ。
イワナガ模型にある物は、性能も最強なら値段も最強で有名なモデル。
嶺が中学生の頃に祖父が独断で購入し、後日領収書を見た祖母は口から火が出るほど激怒したという。


・後書き
拙作をお読みくださり、誠にありがとうございます。

仕事も本格的に始まりまして毎日更新とはいかなくなりましたので、一端ここで連続更新はストップとなります。

章ごとにまとめて執筆→連続投稿、というのが私の執筆スタイルなので、ストックが出来ましたらまた更新を再開いたします。

また、切りの良いところまで(それでも序章ですが)書き切れましたので、チラシの裏から通常の投稿に切り替えてみようかと思います。


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第二章 フォースフェス!
小さなガンダム


お久しぶりです。
評価ポイントを入れてくださった方、お気に入りに入れてくださった方、なによりも拙作をお読みくださっている方へ感謝を込めて初投稿です。


【VR】ガンプラバトル・ネクサス・オンライン新兵スレ-104【GBN】

 

1:名前:名無しの新兵

ダイバーランクを問わず、GBNに関する質問に全力で答えるスレ。超超初心者さんも歓迎だよ!

 

※仕様に関する質問は詳細を記載してもらえると、より回答しやすいのでお願いします。立ち回り等の質問はスクショや動画があると判断材料にしやすいです。

 

公式

http://~

公式ツブヤイター

http://tubuyaki.~

攻略wiki

https://w.atwiki.~

公式サイト GBNお問い合わせ窓口

https://~

公式サイト GBNご意見ご要望窓口

https://~

 

【質問】と【回答】、少しの【考察】以外は要らないスレです。

上級者さまは本スレへご帰還下さい。

 

※何度も同じ質問が来ても優しく教えてあげましょう。分かりやすいといった理由で公式やWikiの該当ページ、過去の質問に対する安価誘導などの活用をすべし。

 

いま聞きたいことを今ココで聞くスレ、とにかく質問には親切に、可能な限りの回答をお願いします。煽りは放置!

次スレは>>970が、規制等の理由で立てられない場合は指定し旨を伝えること。

 

 

前スレ

【VR】ガンプラバトル・ネクサス・オンライン新兵スレ-103【GBN】

https://~

 

2:名前:名無しの新兵

以下テンプレ

 

【初心者さんへのよくある質問Q&A】

 

Q:初めてログインしました!なにすればいいの?

A:最初はとにかくプラクティスモードで機体操作に慣れましょう。

また、下記のアドレスにある公式の解説動画に一度は目を通しましょう。

https://g-tu.be/~

 

Q:プラクティスモードってどうすれば出来るの?

A:メニューを開いて「格納庫」を選択→格納庫へ移動したら再度メニューから「プラクティスモード」を選択することで機体操作の練習ができます。

敵機は出現しませんが、無料で何度でも利用できるので、自分が安心できるまで好きなだけ繰り返し練習しましょう。

 

Q:プラクティスモードで練習したよ!次はなにすればいいの?

A:まずはセントラルディメンションのロビーエリア(初ログインした時に出た場所)にある中央カウンターで受付のNPDに話しかけて、【F】ランクミッション「ガンプラ、大地に立つ」を受注しましょう。ヘルプに従っていけば、ミッション受注からリザルトまでの一連の流れがこれでわかります。

 

【注意!】※※※馴れ馴れしく話しかけてくる見知らぬダイバーには注意しましょう。「お得なミッションがある」などと言ってきたら要警戒。特にミッションエリアが「ハードコアディメンション・ヴァルガ」とあった場合は初心者狩りか愉快犯で確定です※※※【注意!】

 

Q:最初に貰ったお金とポイントの使い道でオススメは?

A:序盤はまずアカウント制作時に付与された1.000BCで「飛行」のプラグインを購入して機体にセットしましょう。ガンプラに乗っても徒歩ではディメンション内を移動するのは大変です。

ただし、あなたが選んだガンプラが飛行形態への変形ができる可変機か、SFSを持っている場合は必要ありません。

※可変機の場合は「変形」(こちらも1.000BC)を購入してセットしましょう。

 

Q:そもそもガンプラの種類多すぎ!どのキット買えばいいの!?

A:よっぽどのこだわりがないなら、「HG」または「HG〇〇」というシリーズの中から選びましょう。また「水中専用」「水陸両用」とあるものは避けましょう。これらの機体のほとんどには「飛行」のスキルがセットできません。(一部例外はありますが特殊な機体が多いので省略)

 

Q:手っ取り早く強いヤツ教えて!

A:初心者にオススメなのはSEED系のPS装甲持ちか、OO系のGNドライブ(太陽炉)搭載機です。もっとわかりやすく言えば、SEED系かOO系の「ガンダム顔」の機体です。特に好みの機体がなければ主役機が無難。

 

Q:SEED系がオススメの理由は?

A:基本的に「宇宙適正」「地上適正」の両方を持ち、またPS装甲持ちは実弾系の武器に対して高い耐性があるので被弾しやすい初心者にもオススメ。あと、比較的最近リファインキットが出されて主役機は入手しやすい&安いため。

 

Q:GNドライブ持ちがオススメの理由は?

A:GNドライブ、またはGNドライブ-Tを搭載した機体には「GN粒子」というスキルが最初から備わっていて、このスキルは「宇宙適正」「地上適正」「水中適正(弱)」「飛行」の効果を纏めて持っているからです。つまり、だいたいどんなミッションにも参加できて、環境によるデバフ効果をほとんど受けずにすみ、また「飛行」を持っているので移動も楽だからです。

※ただしトランザムは使うなよ!素組みだと反動で機体がバラバラになるぞ!

 

Q:GBNやってる友達に「AGE-1 ノーマル」をオススメされたんだけど……

A:確かに「AGE-1 ノーマル」も初心者向けの良キットですが、あまりにもGBN入門用ガンプラとして知れ渡ったために初心者狩りの標的になりやすいので、ここではオススメから外しています。

 

Q:GNドライブ強すぎない?

A:これでもまだマシになったほうです。最初期はもっと酷かったゾ。

 

3:名前:名無しの新兵

>>1

たておつ

質問テンプレあらためて見るとGNドライブの優遇ぶりがすごい

 

4:名前:名無しの新兵

>>3

そりゃ環境構築いわれますわ

 

5:名前:名無しの新兵

宇宙適正(500BC)

地上適正(500BC)

水中適正弱(500BC)

飛行(1.000BC)

TRANS-AM

 

これがセットになってるスキルだからな<GN粒子

めっちゃお得

ただし「トランザムは使うなよ!」はガチだからな

素組みレベルだと三十秒持たずに機体が空中分解する

 

6:名前:名無しの新兵

いうてそんなオススメか?

トランザム以外どれもNPDからいつでも買えるしスキルの中じゃ最安値じゃん

GN粒子のスキル枠もでかいし

 

7:名前:名無しの新兵

>>5

最初期は素組みでもフルで使えたんだよなあ<トランザム

どう考えてもおかしいわ

当時は開発の中に熱心なOOファンが混じってるとか言われてた

 

8:名前:名無しの新兵

>>6

だから「初心者には」オススメつってんだろハゲ

 

9:名前:名無しの新兵

>>8

デ、デ、デ、デラーズちゃうわ!

 

10:名前:名無しの新兵

>>9

 

11:名前:名無しの新兵

ガンダムって印象に残るハゲ多い……多くない?

 

12:名前:名無しの新兵

>>11

バスクとかな

 

13:名前:名無しの新兵

また髪の話してる……

 

14:名前:名無しの新兵

GPDの時はなぁ、どんなガンプラでも空飛べたんだけどなあ

 

15:名前:名無しの新兵

>>14

そらGPDにはスキルとかなかったもんよ

空飛ぶズゴックとか宇宙を泳ぐアッガイとかいたなあ……

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 鳴りやまないCAUTION(警告)アラート。ぐるぐると回る視界。コンソールは機体各部の異常を示すレッド表示でいっぱいだ。

 

「ふぬっ……こ、の……っ!」

 

 セナは全力でコントロールスティックを動かそうとするが、まるでコンクリートに打ち込まれたかのように全く思い通りにならない。

 

「にゃろ……んぎぎぎ……っ!」

 

 いよいよ機体が限界なのか、コックピットはカクテルシェイカーにでもなったように上下に激しく揺れて、それでもどうにかして立て直そうと踏ん張ってみるが──

 

 

「──あっ」

 

 

 健闘空しく機体の四肢が爆散。背部バインダーの動力炉も吹き飛びあわれ空中の棺桶と化したガンプラは、ひゅるひゅると情けない音を立てきりもみしながら墜落する。

 

「ぬ、ぬわーッ!?」

『セナーッ!?』

 

 古典の大作RPGで聞いたような断末魔を上げて木立の中へ落ちて行くガンプラを、レイの機体が焦ったように追いかける。

 

 ──セナのための専用機の製作は難航していた。

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

「セナッ、大丈夫!?」

 

 墜落した相棒の機体を発見したレイは、自機のコックピットから飛び降りるようにして外へ出ると、横たわるセナの機体へと駆け寄る。

 

「いやー、まいったまいった。すっごいじゃじゃ馬だね」

 

 木々をなぎ倒して地面に半ば埋まるような形になったガンプラのコックピットハッチが開くと、ふらつきながらもどこか楽しそうに笑っているセナが顔を出す。

 

「じゃじゃ馬っていうか、もう失敗作ね……」

 

 少し気落ちする様子を見せるレイだったが、薄々わかってはいたのだ。MG(1/100サイズ)のダブルオーガンダムから分捕って(拝借して)きた二基のGNドライヴを、動力源としてHG(1/144サイズ)のガンプラに組み込むなどという無茶が通らないことくらいは。

 

 ──仮称:ガンダムAGE-1ダブルオー()イザー

 

 あくまで仮称の、と付くそのガンプラはガンダムAGEのゲームに出てきたAGE-1のバリエーションの一つ。高機動近接戦闘用ウェア「レイザー」を装備したHGガンダムAGE-1の背部に、MG(マスターグレード)のパーツ、それも扱いの難しいツインGNドライブを取り付ける、という無理無茶無謀を通り越してもはや「暴挙」と言えるレベルの改造機だった。

 

 「どうせなら出力の大きいのがいいよね!」というレイの迷走が生み出した狂気の産物だったが、彼女の制作技術をもってしても巡行速度で動くのが精一杯。戦闘を想定して出力を上げれば途端に機体が不安定になり、先ほどのようにトランザムを発動させようものなら、一切の操縦が利かなくなった挙句に爆散……という散々な結果になった。

 

「人ってさ、無限の選択肢を与えられると、逆に迷うものだったんだね……」

 

 無惨にも大破したガンプラ(AGE-1)を虚ろに眺めて遠い目をするレイ。ここ三日ほどの学業以外、ほぼ全ての時間を費やした結果がこれなので無理もない。

 

「レイ、無理してない? なんだかいつもより元気ないよ」

 

 心配そうにレイを見上げるセナだが、実はレイの暴走の一因は彼女にもある。と言っても本人に悪意があったわけではない。

 

 ──セナの専用機制作にあたり、必要なキットと素材の代金は全て彼女が出す。

 

 一見すると「まあそれくらいは貰っても」と思われる条件だったが、実はこれが曲者で()()()()()()()()()()()()という点においてレイの予想を超えていた。

 

 なんとセナ曰く、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だという。

 

 ……じゃあ、必要だってことでPG(パーフェクトグレード)MGEX(マスターグレードエクストラ)を買ってもいいの? と冗談まじりに聞いたレイに笑顔で肯定を返したセナ。

 

 ちなみにPGとは1/60サイズのガンプラで、MGEXは1/100サイズながら特殊なギミックが搭載された特別なモデルだ。そしてどちらもパーツ数と値段がとてもエグい。

 キットやマテリアルに関して実質のフリーハンドを手に入れたレイ。しかし本人が言うように、ほぼ無限の選択肢を手に入れた彼女は迷走しまくった。

 

 ──ああ、今まで予算やキットの制限がガンプラ制作の枷になっていると思っていたけど、あれって自動的に選択肢を絞ってくれてることでもあったんだなあ。

 

 セナが本気を出して不自由なく戦えるガンプラを。

 

 友への熱い想いを情熱(モチベーション)にして制作を開始したレイ。しかし際限のない熱意と無限の予算(フリーハンド)は、レイに「まだだ、まだ足りない……ッ!」と妥協を許さない。結果として彼女はすっかり煮詰まってしまい、このような意味不明な機体を生み出してしまった。

 

「うーん……頑張って作ってみたけど、この案は没だね。仕方ない。セナは私の機体に相乗りして、一端ロビーエリアに──」

「ねえ、レイ。なんかこっちに飛んでくるガンプラがいるよ?」

 

 くいくいと袖を引かれたレイがセナの指さした方角を見ると、SFS(サブ・フライト・システム)に乗っていると思しき一機のガンプラが二人のいる墜落現場に向かってゆっくりと飛行してくる姿が見えた。

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

「イヴ、本当に行くの?」

 

 自分の肩へと手を乗せている少女へ振り返り、コックピットでコントロールスティックを握る少年は確認するように言った。

 臙脂色をした七分丈のシャツに、下はゆとりのある頑丈そうなパンツと足元は無骨なコンバットブーツでまとめた服装。黒髪の凛々しい顔は少年らしい幼さが目立つが、声には僅かに男っぽさも感じさせる。声変わりを迎えたばかりの、少年から青年へと移り変わる途上の中学生と思われる少年のダイバーだった。

 

「うん。お願いヒロト。なんだかとっても困っているみたいだから」

 

 そんな彼が操縦するガンプラに相乗りする形で乗り込んでいるのは、金色のロングヘアを二つ結びにして優し気な碧眼をした少女。手首まで隠すベルスリーブ(袖口にかけて広がる袖)が特徴的なドレスのようなデザインの白いワンピース姿で、どこか浮世離れした雰囲気を持つ不思議な印象の少女だった。

 

 ヒトロとイヴの二人はGBN内で偶然出会い、意気投合して以来こうして共に行動している。なぜかガンプラを持たずにGBNをプレイするイヴをヒロトが相乗りさせては、二人は一緒にGBNの様々な場所へと遊びに行っていた。

 今日は特に行く当てもなかった二人が、なんとなくセントラルエリアからさほど離れていない森林地帯を飛んでいた時、不意にイブがとある一点を指さして言ったのだ。

 

 ──あっちで困っている子がいるから向かって欲しい、と。

 

 時々イヴは不思議なことを言う少女だった。しかしヒロトはあまり気にすることなく彼女に付き合っている。イヴとともに巡るGBNは楽しかったし、なにより自分が作り上げた愛機であるコアガンダムを一目で気に入ってくれて、共にこのガンプラの可能性を模索してくれる少女の存在は、彼にとってとても大きなものだったから。

 

「わかったよ。ちょっと飛ばすから、しっかり掴まってて」

「うん、ありがとう」

 

 ヒロトとイヴを乗せたコアガンダムは一路、レイたちのいる墜落現場へと飛翔してゆく。

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 見知らぬガンプラが近づいてくるというのに、二人は特に警戒した様子もない。もしここがヴァルガだったなら即座にレイは己のガンプラを展開していただろうが、今いるエリアは非戦闘区域であり相手のガンプラも武装を構える様子もないからだ。

 

 そうしている間にも遠目に見えていたガンプラの姿がはっきりと視認できた時、レイは思わず感心するように溜息をついた。

 

「はぁー……たいしたもんだわ」

「なになに? どしたの?」

「ああ、えっとね。あのガンプラ、多分だけど完全なオリジナルだったから感心したのよ」

 

 不思議そうに見上げてくるセナに、レイは飛んでくるガンプラから目を離さずに説明する。SFS(サブ・フライト・システム)と思われる支援機に乗る姿はHGとしても随分と小柄だが、外見のデザインはガンプラバトル歴の長いレイが今まで見たことの無いものだった。

 

「そうなの?」

「そうなの。ミキシングやゲイジングじゃなくて、あれはほぼ全てのパーツを自作したオリジナル機体じゃないかな。カラーはG3っぽいけど」

「ガンプラっていちから手作りできるんだねぇ」

「かなりの根気と技術とセンスと時間が必要だけどね……」

 

『あの、大丈夫ですか?』

 

 先ほどとは別の意味で遠い目になったレイに、SFSから降りてゆっくりと地面に着陸するガンプラから少年の声が発せられる。近くで見るとよくわかるがそのガンプラは若干手足が短く、一般的なHGサイズより一回り近く小さい独特なプロポーションをしていた。

 

『機体が墜落してしまっているみたいですけど、ロビーまで帰還できますか?』

 

 幼さの残る声音になにか含む様子はなく、どうやら純粋な厚意でこちらの様子を見に来てくれたようで、ヴァルガの民であった二人にとってはちょっとした衝撃だった。ここがあのチンパンの楽園だったなら、投げかけられるのは気遣いの言葉ではなく銃弾だっただろう。

 

「……あ、えっと」

「大丈夫でーす。心配してくれてありがとう!」

 

 戸惑うレイが言いよどむうちにセナが先んじて礼を述べる。だが、相手からの返事はなく、おもむろに機体を膝立ちにさせるとコックピットハッチが開いて中から()()()()ダイバーが降りてくる。どうやら先ほどの沈黙は、外部音声出力を切ったコックピット内でながしかのやりとりをしていたようだ。

 

 レイたちへと歩み寄るのは、彼女らよりも年下──中学生あたり──と見られる少年と少女のダイバー。

 

「こんにちわ!」

「……どうも」

 

 不思議な雰囲気を持つ優し気な少女が朗らかに、対して少年のほうは思春期特有の、特に異性に対する人見知りの気があるためか、少しぶっきらぼうに挨拶をする。

 

「えーと……こんにちわ」

「こんにちわー」

 

 こちらもレイが戸惑いを残したまま、反対にセナはにこやかに返す。少女とセナはにこにこと、少年とレイは相方に引っ張られる形での対面となった。

 

「私はイヴ、こっちはヒロト。あなたたちは?」

「わたしはセナ。こっちは──」

「レイです。よろしくね」

 

 セナの紹介を引き継ぐようにレイが名乗る。初対面の挨拶はしっかりと、とは祖父母の教えだった。

 

「二人はどうしたの?」

 

 空気が読めないのか敢えて読んでいないのかは不明だが、セナは直球で質問をぶつける。

 

「私がヒロトにお願いして連れてきてもらったの。どうしても気になる子がいて」

「気になる子?」

「そう。この子。この子の声が聞こえたの」

 

 そう言ってイヴが視線を向けたのは墜落したダブルオーレイザー。彼女の発言に「不思議ちゃんかな?」と内心で首を傾げるレイをよそに、セナは興味が沸いたようでイヴへとさらに問いかける。

 

「イヴってガンプラの声が聞こえるの? それもGBNの仕様? レアスキルかなにか?」

「そういうのじゃないの。けど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()宿()()。ヒロトのコアガンダムみたいにね」

 

 ちらりと後ろのガンプラ──コアガンダムと言うらしい──を振り返ってから、真っすぐな瞳で確信を持って言い切るイヴ。レイはそんな彼女を思わず見つめてしまう。

 

 失敗作ではあったが確かにレイはこのダブルオーレイザーに並々ならぬ熱情を──それが暴走の果てに生み出されたものだとしても──注ぎ込んでいたし、なによりセナ(友人)が乗る機体を作るにあたり、妥協したり手を抜いたりした箇所はひとつたりともないと断言できるほど、本体にも手をかけて作り込んでいる。

 

 しかしそれは制作した本人(レイ)のみしか知るはずのない事で、レイとセナの関係性も含め初対面のイヴが見抜けるようなものではないはずだった。

 

「へえー。それならさ、イヴはこの子がなにを言っているのかわかるんだ」

「うん。わかるよ。この子はちょっと困ってるみたい。大きな力を抱えているけど、それを上手に扱えない。頑張って力を出そうとすると、今度は体が先に壊れちゃうからどうしていいのかわからないみたい。せっかくセナのために丁寧にレイが作ったのに、期待に応えられなくて悲しいって」

 

 イヴの発言にまたしてもレイは驚かされる。

 

 このガンプラが制作された背景を言い当てたのもそうだが、今のダブルオーレイザーは背部のGNドライブを喪失しており、見た目にはただ出来の良いだけのAGE-1レイザーにしか見えないからだ。レイ渾身のスクラッチによるスタビライザーを兼ねた大型のバインダーを介して機体と接続されていた太陽炉は、空中で機体が爆発した衝撃によってディメンションの彼方へと吹き飛んでしまっている。

 

 イヴとヒロトの二人がここへやって来たタイミングと、外見を観察する限りでは狙撃や索敵に特化しているようには見えない(出歯亀が出来そうもない)コアガンダムの装備を考えても、二人があの暴走事故を目撃していたとは思えない。

 

 ゆえにレイは驚いている。初見であるはずのガンプラの問題点を、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()言い当てるイヴという少女に。

 

「すごいねイヴは。ねえレイ、せっかくだから二人にもこの子のこと、相談してみたら?」

 

 わたしじゃ力になれないし。と続けるセナの言葉に後押しされ、己一人では煮詰まっていた事も自覚していたレイは、初対面であるはずの彼らに今自分が直面している悩みを打ち明けることを決めた。




Tips
・コアガンダム
 ヒロトという少年ダイバーが自作したオリジナルガンプラ。「小さなガンプラの可能性」を模索して作り上げた。
 機体の完成度は非常に高く、同じくオリジナルと思われるSFSに乗って飛行する。


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フェスに行こう!

初めて原作イベントに関わるので初投稿です。


 AGE-1R ガンダムAGE1レイザーとは、「機動戦士ガンダムAGE」のMSV(モビルスーツバリエーション)「UNKNOWN SOLDIERS」およびガンダムAGEのゲーム作品に登場した機体だ。

 

 高速近接戦闘形態であるガンダムAGE-1スパローの発展型で、運用次第ではビームサーベル以上の切れ味を誇るものの、素材の問題で刀身が非常に重く、また超高速で振動することで切断力を上げているため摩耗しやすい実体剣「シグルブレイド」の欠点を克服すべく、スパローとは別のアプローチでもって考案された。

 スパローの場合はシグルブレイドの小型化と装甲厚を減らした徹底的な軽量化に、機体各所に姿勢制御バーニアを追加することで、機体の推力で斬撃速度を高めて武器の重さと耐摩耗性の低さをカバーしようとしていたが、レイザーの場合はあえて大型化させたシグルブレイドの質量と慣性力でもって叩き切る、破壊力を重視した設計になっている。

 

 スパローよりは頑丈で、かつ高機動タイプのガンプラ。GNドライヴの提供元になったダブルオーライザーと比較しても機体重量が遥かに軽く、加えてGN粒子によって刀身の摩耗も抑えることが期待できる……ということでこれらを組み合わせれば超高速で動き、一撃必殺の強力な近接戦闘が可能なガンプラを生み出せるのではとレイは考えたのだが──

 

 

「いや、それは流石に無理じゃないですか」

「ですよねー……」

 

 ヒロト(冷静な視点を持つ第三者)にバッサリと否定されたことで、薄々自覚していたレイはがっくりと落胆する。彼に渡されたステンレスのマグカップから立ち上る紅茶の香りが、項垂れる彼女の鼻先をくすぐった。

 

 お互いに軽い自己紹介をした四人はイヴがダブルオーレイザーを気にかけていること、ヒロトがGPDからの経験豊富なダイバーであることから、こうしてアドバイスを貰おうという流れで話をすることになった。

 

 レイとしてはもっとイヴから話を聞いてみたかったのだが、肝心の彼女本人の言は「レイはヒロトと似ているから、きっとヒロトのほうが力になれると思うよ。私からあと言えるのは、G()B()N()()()()()()()()()()()()()ってことだけかな」とのことで、今はイヴに興味津々なセナが彼女を独占してしまっているため、技術的な側面の問題をこうしてヒロトに相談している。

 

 そんな経緯があったセナの乗っていたガンプラ(ダブルオーレイザー)の墜落現場。森の中にぽっかりと開いた広場の中、レイとセナ、ヒロトとイヴの四人はちょっとしたティータイムをしている。ガンプラバトルが主体のGBNにおいてはなんとも不思議な時間だった。

 「イヴと色々な場所に行くうちに揃えたんです」と言ってヒロトが出したのは、簡易的なキャンプセットのようなもので、折り畳み式のコンパクトな野外用のローテーブルの上にはキャンプ用の小型ガスコンロが置かれ、小さなケトルが湯気を立てて乗っている。

 

「あ、すみません。別にただ否定したいわけじゃなくって、えっと……発想そのものは悪くないと思います。でも……」

「ああうん。そうですね……いくらなんでもMGのパーツをHGに、それも別作品のガンプラにオーライザー無しでツインドライブで載せるのは無謀だった、と……」

「ええ、まあ。俺もコアガンダムを作るのにAGEを参考にしたことがありますから、シグルブレイドの欠点もわかります。確かにOOの実体剣みたいにGN粒子を纏わせれば、刀身の摩耗と重量の問題は解決できるでしょうから」

 

 最新のフルダイブ型VRであるGBNではフィールドのテクスチャも現実と遜色ないレベルで作り込まれており、電脳の世界ゆえに環境汚染もない雄大な自然環境が広がっているディメンションもいくつかある。

 ダイバーの中にはこういったフィールドを活用し、普段の生活ではなかなか難しい野外活動を楽しむ者たちもいる。各ディメンションには非戦闘区域として定められた風光明媚なエリアがあり、そこでは戦闘行為が行えないようになっているので、こういった屋外レジャーも一部で人気のコンテンツになっている。とはヒロトからの情報だ。

 そのためこのようなキャンプギア(アイテム)も充実しているらしく、BCまたはダイバーポイントにて購入できる。屋外でキャンプをした経験のないセナはヒロトがストレージから取り出すこれらの道具たちに目を輝かせた。

 

「外でこんな風にお茶を飲むのって初めて。VRなのにいつもより美味しく感じる」

「セナはお外に出たことがないの?」

「うーん……実はね、わたし現実(リアル)だとあまり体が丈夫じゃないんだ。だからこういう事もしたことなくて」

「そうなんだ。あ、クッキーもどうぞ。これも美味しいよ。ヒロトと一緒に行った街で見つけたの」

「わ、ありがとう! それにしても、GBNはこういう事も出来るんだね。知らなかったなあ」

 

 レイたちから少し離れた日当たりの良い岩に腰かけ、まるで仲の良い姉妹のように──どちらが姉なのかは敢えて言わないが──朗らかに会話するセナとイヴ。GBNで共に遊ぶようになって気づいた事だが、セナはゲームの中だと現実よりも少し情緒と言動が幼くなる。おそらくこちらのほうが彼女の素に近いのではないかとレイは考えている。

 

 それはともかく、そのほのぼのした会話内容がレイにとっては強烈な流れ弾となった。

 

 以前にレイがセナをGBNへ誘った時、彼女は「ガンプラバトルだけがGBNじゃない」という旨の事を言ったものの、セナの専用機制作に明け暮れた結果フォース「ゼラニウム」の活動内容といえば、フォースバトル、試運転、フォースバトル、試運転、時々フラストレーション発散のためにヴァルガに潜る……という「どこのガチ勢のフォースですか?」と問いたくなるようなものになり果てていたからだ。

 

「私って、なんてダメなヤツ……」

「ど、どうしたんですか?」

「いえ。ちょっとした自己嫌悪を」

「はぁ……あ、レイ、さん」

 

 いきなり負のオーラを纏うレイに戸惑うヒロトだったが、少し畏まってから遠慮がちに切り出す。

 

「はい?」

「えっと、敬語とか別にいいですよ。俺のほうが年下ですし」

「あ、その……ごめんね? 初対面の人にはだいたいこんな感じなの」

 

 ちなみにヴァルガ民は別である。人間性を捧げて闘争本能のまま生きるチンパン(野生の獣)相手に敬意なぞ必要ない。セナのように現実(リアル)で遭遇することもないだろうし。レイの荒くれ軍人RPは実のところほぼヴァルガ限定だった。

 

 

「それに歳は関係ないよ。私は君をひとりのビルダーとして尊敬するから」

「そう……ですか?」

「うん。コアガンダム。これ……完全オリジナルのフルスクラッチでしょ? 私もGPDからガンプラバトルやってるけど、ヒロト君くらいの歳でこれだけのモノを作れるって正直凄いと思う。少なくとも私じゃ無理だった。っていうか、ヒロト君のほうこそ敬語じゃなくていいのに。GBN(ここ)じゃ私のほうが後輩なんだから」

「あ、いえ、それは……すみません」

 

 レイの指摘に恐縮したように縮こまるヒロト。お互いにリアルの年齢を知っている──自己紹介の時にセナがばらしたせいだ──ためか、彼としては年上相手にタメ口で話すことに抵抗があるようだ。

 

 ──真面目な子だなぁ。と内心で彼の育ちの良さに苦笑するレイ。

 

「でも、本当によくできてるよね。普通のHGより小柄だけど……これ、なにかギミックあるでしょ? SFSもオリジナルだからそれ関連かな?」

「……あはは、わかります?」

 

 どこか面白がるようなレイの視線を受けたヒロトが困ったように曖昧に笑う。

 

「ああ、ごめんね? 別に探りを入れたいわけじゃなくって、ビルダーの性っていうか、見たことのない機体を前にすると色々考えちゃうから……」

「いや、そんな。俺もそういう気持ちはわかりますから気にしないでください」

 

 ヒロトたちとの邂逅の際、間近で見せてもらったコアガンダムは目を見張る完成度で、それを作り上げたのがまだ中学生の少年という事実にレイは驚愕し、素直に彼のことを尊敬した。

 

「……コアガンダム(コイツ)のこと、そこまで褒めてくれてありがとうございます。でも、こいつは俺だけで作ったんじゃないんです。イヴが一緒にいてくれたから……」

 

 可愛らしい形のクッキーをお茶請けに、楽しそうにセナと喋っているイヴを見つめるヒロト。彼の瞳にはどこまでも相手(イヴ)を慈しむ光が宿っていて、二人の関係性がとても深く強いものであることを伺わせる。

 

「それに、俺もログイン初日に機体がトラブって墜落しかけたことがあったんです……そこでイヴと出会わなかったら、きっとその日に辞めてました」

 

 たかがゲームで、と言う者もいるだろう。しかし現実の事情が絡まない関係だからこそ紡がれる絆だってある。とレイは思う。ソロでヴァルガに潜っている時には知ろうともしなかったが、GBNを通じてセナという友人を得た今だからこそヒロトの気持ちにも共感できた。

 

「そっか……」

 

 ヒロトの言葉に一言だけ返したレイはマグカップを傾ける。きっと彼らには彼らの事情があるし、ここであれこれと聞くのも野暮だろう。ヒロトとイヴ(ふたり)の物語に興味がないと言えばウソになるが、沸いた疑問はVRにしては豊かな香りの紅茶と一緒に飲み込んだ。

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

「結局のところ、問題なのはGNドライブの出力に機体が耐えられないっていう一点なのよ。MGサイズの太陽炉をHGのガンプラに積み込むとか、我ながらどうかしてる発想だったわ」

「……解決方法としては、シングルドライブにしてみる、ツインドライブは採用して太陽炉をHGやRGサイズに置き換える、あたりですけど」

 

 しばらくまったりとしていたレイとヒロトだったが、やがてどちらからともなく改造プランの話を再開する。なんだかんだ言ってもこの二人はガンプラを作るのが好きな人間で、話題はやっぱりこの手のことになってしまう。

 

「あとは……そうですね……大型のGNコンデンサーを搭載するとかでしょうか。瞬間的な加速にはあらかじめ貯蔵していた粒子を使う、とか」

「アヴァランチエクシア方式かー。確かにそれもアリだけど、粒子を使い切ったコンデンサーがデッドウェイトになるのが悩ましい……」

 

 自分の「どうかしてる」発言をスルーしてくれるヒロトの優しさに感謝しつつ、むむむと唸るレイ。やがてなにか思いついたのかぱっと顔を上げた。

 

「あっ、じゃあマルチドライブに向いてる疑似太陽炉(GNドライブ-T)なら? 両肩と両足、それに背中にもつけてクィンティブルドライブに──」

「……また爆散しますよ」

 

 時々──否、頻繁に暴走しかけるレイのアイデアにヒロトがツッコミを入れてブレーキをかけるという、どちらが年上なのかわからない会話をする二人。

 

「おーい、レイー、ヒロトー!」

 

 するとそこへセナがウキウキした様子でイヴを伴いこちらにやってくると、なにやら嬉しそうに宣言する。

 

「今日はいまから皆でお祭りに行きたいと思います!」

 

 仁王立ちをして言い切るセナを、きょとんとした顔で見るレイとヒロト。セナの後ろをついて来たイヴはちょっと困ったように笑っている。

 

「お祭り……?」

「……ああ、フォースフェス」

 

 全くピンとこないレイとは異なり、ヒロトは心当たりがあったようで得心したように頷く。

 

「さっきセナと一緒にイベント案内を見ていてみつけたの」

 

 そう言ってイヴが表示させたのは、GBN内の各種イベントを告知しているページだった。

 

 『ベアッガイフェス開催!』と銘打たれたその告知は、ベアッガイ──ジオン軍の水陸両用MS(ジオン水泳部)であるアッガイをクマ風にアレンジしたガンプラ──をマスコットキャラクターにしたテーマパークのようなアトラクション施設を期間限定で開園するという内容だ。

 驚くことに専用のディメンションが用意され、エリア内に浮かぶ複数の浮遊大陸のような島群をまるまるテーマパークとして使っているという。しかも開催期間中には宝探しイベントも定期的に行われていて、まさに日曜である今日がその日であった。

 

「ねっ、ねっ、楽しそうでしょ? みんなで行こうよ!」

 

 大きな瞳を期待でキラキラさせるセナだったが、ヒロトはそんな彼女を申し訳なさそうに見る。

 

「すみません。折角誘ってもらったんですけど、俺たちフォース組んでないんです」

「えっ、ウソぉ!?」

「てっきりイヴちゃんと二人でフォースを組んでるかと思ってた」

 

 セナだけでなくレイも驚いてはヒロトとイヴの顔を順番に見る。フォースフェスとは名前の通りにフォースを対象としたイベントで、ヒロトのように無所属のダイバーでは参加することが出来ない。

 

「言われてみれば、GBNにログインしている間はイヴとずっと一緒だったからフォースってすっかり忘れてたよ」

「……ヒロトとはGBNでいつでも会えるから、ね?」

 

 指摘されてようやく気付いたという顔のヒロトと、どこか濁すようなことを言うイヴ。

 

「ん? セナ、この宝探しイベントだけど、ヒロト君たちが別枠でフォース結成しちゃうと競争相手になるよ?」

「え!? あ、そっか……」

 

 概要を見れば、戦闘行為は禁止とされている比較的平和なイベントのようだが、目指す宝はひとつしかなく、賞品は一番先に宝とされるものを発見したフォースにしか与えられないとある。

 

「じゃあじゃあ、この四人でフォースをもうひとつ作ろうよ。そうすれば……」

「えっと、それは……」

「セナ、落ち着きなよ。ヒロト君も困ってるでしょ」

 

 テーマパークに宝探し。二つともセナにとっては未経験のイベントで、そのせいか、はしゃぎすぎて少し暴走している相方をレイが諫める。まるで縁日に初めて来た子供……とは思ったが、口には出さない。

 

「ふふっ……みんな楽しそう」

 

 子供のようにはしゃぐセナ、それを宥めるレイ、困惑するヒロト。三者三様の賑やかな様をイヴは優しく見守る。GBNは仮想の世界だが、そこで生きているダイバーたちは現実となんら変わらない命の輝きを彼女に見せてくれる。そんなGBNがイヴは愛しくてたまらない。

 

「あー、もうわかった。わかりました。じゃあ、こういうのはどう?」

 

 レイが提示したのはフォースに関するQ&Aが書かれているページだった。

 

「これ。フォースにはリーダーが許可したダイバーを仮所属って扱いでメンバーに出来るから、これを使って今日だけ二人をウチのメンバーにしましょう。これならどう?」

 

 要は部活動の仮入部みたいな扱いである。ひとつのフォースにつき十人までという制限はあるが、最長で一週間、最短で当日のみという期間限定で、申請を出した無所属のダイバーをフォースメンバーとして扱う事が出来る制度で、フォースの立ち上げとは異なりダイバーのランクも問われない。

 これは既にGBNをプレイしている者がリアルでの知り合いや友人をGBNに誘った際、気軽にフォースイベントを体験したり、初心者をランクアップのために急かすことがないようにと作り出されたものだ。

 ただし意図的なパワーレベリングを防ぐ目的で、仮所属のダイバーが参加できるのはフォース向けのイベントミッションのみとなる。

 

「セナもこれでダメだったら諦めること。……二人ともごめん。嫌ならこっちは気にしないで、断ってくれてもいいから」

「二人も一緒に遊びに行こう! ね? イヴもいいでしょ?」

 

 心底すまなそうにするレイと、期待に満ちた笑顔で遊びに誘うセナ。同い年だと聞いていたが、まるで姉妹のような二人の姿にイヴは微笑ましい気持ちになる。

 

「ヒロト。せっかくだから行ってみない?」

「わかった。イヴが行きたいなら俺は構わないよ」

 

 微笑むイヴに快く頷いたヒロトは、ゼラニウムに一日だけのフォースメンバーとして参加することにした。




Tips
・フォースフェス
 GBN内の公式イベントのひとつ。フォースを対象にしたイベントミッションなどが多いが、今回のベアッガイフェスのように特殊なディメンションを使った大規模なものからこじんまりした催しまで多彩。
 季節に応じた様々なイベントも開催され、限定アクセサリや限定パーツといった報酬が貰えたりもする。


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ベアッガイランドへようこそ!歓迎しよう!盛大にな!

Re;RISE本編ではあまり見られなかった姿のヒロト君が出てくるので初投稿です。


ベアッガイランドへようこそ!

 

このディメンションはベアッガイをマスコットキャラクターにした一大テーマパークです。

 

大興奮間違いなしの絶叫マシンや、お友達と盛り上がれる様々なアミューズメントエリア。

 

恋人同士で訪れれば絆がより深まるスポットも!

 

フードコートには美味しくて見た目も楽しい限定メニューが満載!

 

夜間限定のイベントでは、夜空を彩る煌びやかな花火やイベント限定のパレードが、思い出に残るひと時を貴方に。

 

 

ただいま宝探しイベントミッション「Beargguy・Quest(ベアッガイ・クエスト)~失われしBの伝説~」開催中!

 

君もチャレンジして優勝賞品の限定ベアッガイ「武者凱(ムシャッガイ)」を手に入れよう!

 

 

 

 

「はー……正直GBNをナメてた……これはまた規模の大きなイベントだわ」

 

 イベント案内を兼ねた広告を読んでいたレイは、視線を上げて目の前の門を見上げると、感嘆するように溜息をついた。

 ベアッガイフェスの開催場所となっているのは専用に用意されたディメンションで、高空に浮かぶいくつもの浮遊島によって構成されたイベントエリアは、入場門とホワイトベースを模した巨大な城を擁するひと際大きな島を中心として、趣向を凝らした様々なアトラクションが大小色々な島ごとに営業し来場者を楽しませる。

 

 サーバーが許す限り、という制限はつくが、現実よりも遥かに広大で自由な空間を構築できる電脳世界。その利点を最大限に利用している一例がここにはあった。

 

「レイー! はやくはやくー!」

 

 ディメンションへのワープが終わりガンプラを降りた途端に走り出したセナは、レイ、ヒロト、イヴの三人を置いてけぼりにして入場ゲート前ではしゃぐ。彼女の外見もあってかその姿はまさに遊園地に来た子供そのもので、そんなセナを見たレイは小学生の頃の自分を思い出す。

 

「小学生の時に夢の国に行った私とおんなじリアクションしてるわ……」

「ああ、俺も覚えがあります」

 

 「セナまってー」と追いかけていくイヴを見送りながらヒロトが同意する。

 

「ヒロト君も行ったことあるんだ?」

「はい。レイさんと同じく小学生の時に家族旅行で。幼馴染と一緒に」

「私は地元の地域コミュニティの旅行だったなあ」

 

 日本で一番有名なテーマパークだけあり、なんだかんだ遊びに行った人間は多い。

 

「レイー、ヒロトー! はやくってばー!」

 

 待ちきれなくなったセナがぴょんぴょん跳ねて二人を催促する。

 

「ウチの子も急かしてるし、そろそろ行こっか」

「ははっ、ですね」

 

 自分たちが子供だった当時の保護者たちの気持ちが少しだけ理解できたレイとヒロトは、お互いに苦笑すると入場ゲートへと向けて歩き出した。

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 日本で一番有名なテーマパークにおいて、ある意味でとても有名なアイテムがある。それはマスコットキャラクターたちの耳を象ったヘアバンドやカチューシャだ。

 来園客たちは夢の国の魔法にかかったように、皆それを着けてはひと時の非日常を謳歌するのだが、たまに帰りの電車に乗っても魔法が解けないのか、着けたまま帰宅して自宅の鏡の前で真顔に戻るうっかりさんもいる。

 

 ベアッガイランドでも似たようなアイテムを扱っていて、ここではベアッガイを象った熊耳のカチューシャ()()が、エリア内限定のアクセサリとして販売されていた。

 

 

 

「嫌ー! 絶対に嫌ー! 着けるならカチューシャでいいじゃん! なんでよりによって()()()なのよ!」

 

 入場ゲートからほど近い場所でみっともなく喚くのはレイだった。

 

「まあまあ、レイ。こういうのは場の雰囲気に合わせないと」

 

 そんな彼女の近くで説得にあたるのは、髪と同じ色をした巨大な熊の頭部の被り物をしたセナだ。入場ゲートの付近には「キセッガイコーナー」とポップが付いたダイバールックを変更できる場所があり、さっそく目を輝かせて突撃したセナがそこで着けてきたのが()()だった。

 

 ……実はこのベアッガイランド。エリア内限定のアクセサリはもう一種類ある。それがセナの被っているベアッガイの頭部で、口にあたる部分から本人の顔こそ見えているものの、着ぐるみの頭だけ残ったような姿はとてもアンバランスでシュールなことこの上ない。

 

 おまけにこの少女ときたら、レイにもそれを着けるように(お揃いになるように)お願いしてきたのだ。

 

「私もう高校生だよ!? そういうのが許されるのは小学生までだって! 無理無理絶対無理!」

 

 レイの言い分も一理ある。こういったアイテムは子供が着けるからこそ微笑ましいのであって、ダイバールックの身長が現実(リアル)と同じ167㎝のレイが装備すると、着ぐるみバイトの休憩中の人にしか見えない。

 

「セナはいいよ!? 小さくてかわいいから! でも私を見てよ! イベントスタッフでもないこんな身長(タッパ)の女がそんな恰好しても笑い者にしかならないよ!?」

「旅の恥はかき捨てって言うじゃん」

「旅じゃないし、かき捨てきれないよ!?」

 

 ぎゃーぎゃーわーわー騒ぐ二人を少し離れて見守るヒロトだったが、イヴの姿が見えないことに気づいて当たりを見回す。

 

 

「だいたいアッガイっていうのはジオン公国軍が開発した水陸両用MSの中でも生産性に重点が置かれてMS-06ザクⅡから多くのパーツを流用したことで先に開発が始まっていたズゴックよりも早く完成した上に生産性に加え運用コストの面でも優れたいわば簡易量産機の側面を持ちつつも水陸両用機の中では初の複座型でもあったことから訓練機として使用されただけでなく排熱量の低さから熱センサーにも感知されにくい特性を持ち偵察任務にも従事した優秀なMSでさらに運動性も陸戦用MSと遜色のないことから参加した作戦は多岐に渡る傑作機であって決してこんなマスコットになるMSじゃないの!」

 

 テンパっているのかよほど嫌なのか、長い長い機体解説を一息(ワンブレス)で言い切ったレイだったが、そんな彼女の抵抗を嘲笑うかのようにもう一つの熊頭がやって来る。

 

「レイもきっとかわいいと思うよ」

「イヴ!?」

 

 うっかり機体解説を感心しながら聞いていたヒロトは、やって来た人物を見て思わず普段は出さない大声を出した。その熊頭は誰あろう姿が見えなかったイヴだった。

 

 どこか浮世離れした雰囲気をもつ神秘的な美少女が、髪と同色の金色をした巨大な熊の頭部を被る姿はとてもインパクトのあるもので、長広舌をぶちまけたせいで膝に手を置いて息を切らせていたレイも、驚きのあまり目をむいて硬直する。

 

「ヒロトもきっとかわいいと思うの。だから、お揃いにしよ?」

 

 小首というには大きすぎる頭を傾げて、無垢な笑顔で無茶振りする少女(イヴ)にレイとヒロトは絶句した。

 

「イ、イヴが、そう言うなら、お、俺は、構わない、よ……?」

「ヒロト君!?」

 

 やがて再起動したヒロトが引きつった笑顔で了承し、まるでドナドナが聞こえそうな背中を見せながらイヴによってキセッガイコーナーへと連れて行かれる。

 

「これで三対一、だね?」

 

 嬉しそうな声に顔を上げたレイが見たのは、被り物であるはずのベアッガイ部分の瞳を怪しく光らせたセナの笑顔だった。どうやらこのベアッガイヘッド、ダイバーの感情と連動しているらしい。

 

 うわぁ、ネタ装備のクセに無駄に凝ってるなぁ。とレイは現実逃避気味に感心した。

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 園内を行き交う多くのダイバー。グループだったりカップルだったりと形態は様々だが皆一様に楽しそうで、このフォースフェスをエンジョイしていることがわかる。そんな彼ら彼女らの中をグループ内でテンションが真逆な四つの熊頭の集団が歩く。

 

「さっきのアプサラスコースターは凄かったね! わたし現実でジェットコースターに乗ったことないんだけど、あんなに激しくぐるぐるするんだ」

「そうね。凄く早くて振り落とされるかと思っちゃった」

 

 集団の前を歩くのはセナとイヴで、こちらは実に楽し気にアトラクションの感想で盛り上がっている。ゆらゆらする紺と金のベアッガイヘッドも、彼女たちの雰囲気によってシュールさよりも微笑ましさが印象に残る。

 

「うぅ……やっぱ若い子はみんなカチューシャじゃん……被り物してるの子供かおじさんばっかじゃん……」

「ハハッ……レイ=サン、モウ、アキラメマショウ」

 

 一方で後ろを歩く赤と黒の熊頭二人の空気は重い。ちらちらと周囲を伺っては同調圧力に屈した己を呪うレイと、達観したかのように遠い目をしているヒロト。二人はセナたち同様それぞれの髪色と同色のベアッガイヘッドを身に着けている。前を歩く二人と比較すると……その姿はとてもシュールであった。

 ヒロトのほうは既に魂が解脱しかかっているようで、今突かれたらサラサラと砂のように崩れそうな儚さを感じる。アプサラスコースターで彼が風に乗って吹き飛んで行かなかったのは奇跡だった。

 

 隣を歩くヒロトの燃え尽きたような姿を見て、「思春期の少年になんて惨い仕打ちを……」とレイは戦慄する。ヒロトと同年代の少年の中には、逆にこういう事にもノリノリで楽しめるタイプもいるのだろうが、レイから見たヒロトという少年は、根は優しいが不器用でナイーブな傾向があるタイプで、心の傷は明らかにレイよりも重症だった。

 

 しかしそんな彼の様子が、逆にレイを奮起させることになる。

 

「──よしっ、もうこうなったら切り替えよう。せっかく遊園地に来てるのに、白けたテンションでいてもつまらない。ね、ヒロト君。今日はヒロト君もイヴちゃんといっぱい思い出作りを楽しもう?」

「レイさん……」

 

 「もうこうなったら私もはっちゃけちゃうから!」とあれだけベアッガイヘッドを嫌がっていた彼女が空元気を振りかざす姿を見て、なんとなくこちらを気遣うレイの意図を察したヒロトの目にも光が戻ってくる。

 

「そう、ですね……普段の俺たちだとこういうイベントには参加できないですし、楽しまないともったいないですよね」

「そうそう! 夢の国だっておじさんがヘアバンドつけたりしてはしゃいでるんだから、もう気にしないで楽しんじゃおう!」

 

 そう言って少し先を歩くセナたちを追いかけるレイの足取りに、もう迷いは見られなかった。

 

 

 

 あれだけ気にしていた恰好も、いったん吹っ切れてしまえば不思議とあまり気にならなくなるもので、セナたちに続いて次のアトラクションがある浮島へのポータルへ意気揚々と飛び込む二人。

 

「あっ、レイー! 遅いよー!」

「ごめんごめん。それで次はなにをするんだっけ?」

 

 転送された先で待ってくれていたセナがぴょこぴょこ跳ねて急かす。VRとはいえ初めての遊園地を楽しんでいる様子を見ると、さっきまでネガティブな愚痴を垂れ流していた自分が、セナ(友人)の楽しみに水を差していた事を自覚して申し訳ない気持ちになった。

 

 今度のアトラクションでは自分も目いっぱい楽しんで、セナと思い出を作ろう。そう決意するレイ。

 

「えっとねー、次は──」

 

 

 

 だがそれも、目の前の建物を見て霧散することになる。

 

 一律の大きさへ成型した多数の巨石を四角錐型に積み上げた巨大建造物。

 

 王の偉業を称えるがごとく雄大なそれ、世界遺産でも有名なピラミッドを象ったのは明らかであり、建物そのものはとても立派だ。VRゆえに敷地面積に制限されないアトラクションは、実物を現実で見たことのないレイにしても、その大きさは世界的に有名な観光地の本物と遜色ない規模を誇っているように見える。

 

 ──まあ、それも建物自体から視覚的に立ち上る禍々しいオーラが全てを台無しにしているのだが。

 

 

 

「ネオエジプト・オブ・ザ・デッドでーす!」

「ごめん無理」

 

 レイはホラーゲームが無理系女子であった。

 




Tips
・ベアッガイ
 GPD時代にとある有名プレイヤーの恋人が制作したアッガイの改造ガンプラ。元は個人が制作したものであったが、女性限定のGPD大会で活躍し、その愛らしい外見とギミックにより女性を中心に人気が出たことで正式にキット化され一般販売された。
 ベアッガイの他にもGPD時代に有名だったプレイヤーのカスタムガンプラは、一部が公式からレプリカモデルがキットになって限定販売されている。

 もちろん公式販売なので、製作者本人からの許可は得ている。


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VRのホラーゲームは本気(マジ)で怖い。洒落にならない

「無印ダイバーズの裏側で幸せなデートを楽しむヒロト君がいてもいい。二次創作(自由)とはそういうものだ」なので初投稿です。


 誤解のないように言っておくが、レイはホラー全般が苦手なタイプではない。

 

「無理無理無理無理! ぎゃー! いやああああ! セナ助けてぇえええ!」

「レイしっかり応戦して! ほら向こうからも来てる!」

 

 映画だって驚きはするが普通に見られるし、ホラー小説や漫画も平気で、有名なネットロア(都市伝説)だって一通り知っている。

 世に溢れるエンターテインメントとしてのホラーコンテンツは全てが生きている人間の作り出したフィクションであり、それらに登場する幽霊やゾンビといった存在は現実には存在しないものである。さすがに高校生にもなればそれくらいの分別はつく。

 

「イヴ、そっちは任せていいか!?」

「う、うんっ! 頑張る!」

 

 ただホラーゲームだけはダメだった。

 

 映画も小説も画面や紙面の向こうの出来事で、自分以外の人物が当事者で、その主人公が自律的に行動する様を眺めるだけだから冷静でいられるのだ。

 要するに「怪談やホラー映画は平気だけど、お化け屋敷がダメ」彼女はそういうタイプだった。

 

「あっあっ、うそっ、た、たっ、弾が尽きた! ねえ、セナ、どうしよう!?」

「落ち着いて近くを探して! 倒した敵からランダムで出るはずだから!」

 

 現代ではあまり見かけなくなった、モニター画面の前でプレイするタイプのものですらパニックになってまともに遊べたことがなく、いわんやフルダイブ型VRにいたっては、レイの恐怖心は限界を突破し、涙目を通り越して完全に泣きがはいっている。

 

「怖いグロい怖いグロい怖いグロい! もうやだぁー! かえるぅー!」

 

 入口からさほど進んでもいない序盤も序盤の広間から、恥も外聞もなくガチ泣きするレイの悲鳴が響く。

 

 

 ──ネオエジプト・オブ・ザ・デッド

 

 ベアッガイランドのエリア内に存在する浮島の一つ、巨大ピラミッドエリアの中で開催されているアトラクションの一種で、参加者のダイバーは銃を片手にミイラや怨霊が蠢く不気味な巨大ピラミッドを探索する、ライブRPGと呼ばれるタイプのゲームだった。

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

「ぐすっ……ふぐっ……」

「おお、よしよし。怖かったねー」

 

 テーブルに突っ伏してぐずるレイの頭を、隣に座ったセナが優しく撫でて慰める。彼女たちが今いるのは、ランド内の中央島にあるフードコートの一角だった。

 ガンプラバトルでは息をするように出来る残弾の把握もままならず、あっけなく敵にやられてしまったレイは伏せた腕の間から恨みがましくセナを見る。

 

「……だから無理だって言ったじゃない。なのにセナが無理やり……」

「ごめんってば。レイがあんなにホラゲーがダメだったなんて知らなかったから……」

「ふんっ……もういいよ……」

 

 顔を上げてセナをジト目で睨むレイだったが、()()()になった口元と真っ赤になった目のせいか、どこか子供っぽさが強くいつもより迫力がない。

 

 VRで再現されたおどろおどろしい敵(ミイラや怨霊)が襲ってくるのは確かに恐怖心を煽ったが、攻撃判定に痛覚はなく当たってもわずかに押されたように感じる程度。序盤だったせいか作り込まれた外見以外はさほど脅威を感じるギミックもなかった(素早くもないし強くもない)ので、他のVRホラーゲームで慣れていたセナはほぼ純粋なシューティングゲームとして結構楽しめていた。

 だが、レイの方は面白いように慌てていて、それがなんだか妙に可笑しかった。

 いつもはなにかと相棒に先導されることが多いセナは罪悪感を覚えつつも、マジ泣きした姿を見られて不貞腐れるレイを「かわいい」と思ってしまう。

 

「お詫びにこれあげるから。ほら、あーん」

 

 ベアッガイの顔を象ったパンケーキを一口大に切り分けて、付属のチョコソースを付けるとフォークに刺してレイの口元へ持っていく。 

 

「……あむ」

「おいしい?」

「……甘い」

 

 素直にぱくりと食いつく動作もどこか雛のようで可愛らしい、とセナは思う。体は自分よりも頭ひとつ分は大きいのに、なんだか今のレイはとても幼く見える。

 

「もうホラー系は行かないからレイも機嫌なおしてよー。ほらこっちの『ボールたこ焼き』も一口あげるから」

「……あむ」

「どう?」

「……しょっぱい」

 

 「感想が雑ー」とけらけら笑うセナと、ふくれっ面のレイの対面にはヒロトとイヴの姿もある。

 

「なんだかレイのほうが年下の子みたい」

「まあ、ああいう(ホラー)系のやつは、苦手な人は本当にダメらしいから」

 

 メンタルがだいぶやられたせいか、リアクションが少し幼児退行を起こしているレイをイヴは優しく、ヒロトは同情するように眺める。

 レイが脱落してからもセナを含めた三人で奮闘し、なんとか序盤のボスエリアまでたどり着いた彼らだったが、ボスエネミーであるファラオガンダムⅣ世(の上半身)にあえなくやられてしまいクリアは出来なかった。

 上半身だけとはいえMF(モビルファイター)相手に生身の人間が勝てるはずもなく、とすればあれはおそらくギミックボス(仕掛けで倒す敵)なのだろうが、泣きべそをかきながら速攻で離脱したレイを心配して集中力を欠いたセナと、こういったゲームに不慣れなイヴをフォローしながらのヒロトでは攻略法を見つけることができなかった。

 

「最後まで行けなかったのは残念だけど、楽しかったね。私がもうちょっと頑張れたらなあ」

「イヴはよくやってくれてたよ。結構難易度も高いゲームだったし、序盤とはいえボスまで行けたんなら上出来だ」

 

 ありがとう。とヒロトへ微笑むイヴ。するとタイミングよく彼女の元へ給仕スタッフの女性がプレートを運んできた。

 

「わ、美味しそう。いただきます」

 

 そういえば今まで彼女とこういった遊びをした事はなかったな……と、隣でちまちまロールケーキのような物体を切り分けているイヴを見ながら、ヒロトは内心で思い返す。これまでイベント事に参加するのは自分ばかりで、イヴはそんな彼を楽しそうに眺めていることばかりだった。

 

 そんなことを考えながら、ヒロトは手元のプレートに乗せられた水色のゼリーを一口食べて、対面のレイとセナに視線を向ける。もともとこの二人と偶然知り合わなければ、今日の発見もなかったのだ。そういう意味では、機体トラブルに遭った彼女たちには悪いが、この出来事に感謝したい思いだった。

 

 ──これからはイヴも参加できそうなイベントを積極的にピックアップしてみよう。そうすれば、もっと彼女とこのGBN(世界)を楽しめる。

 

 隣のイヴを見ながらそんな風に物思いに耽っているヒロトだったが、彼の視線に気づいたのか、ふと顔を上げたイヴと目が合う。青空を切り取ったかのようなその蒼い瞳はヒロトを真っすぐに映して、それがなんだか少し気恥ずかしい。

 

「ん? どうしたの?」

「いや、別に」

 

 まるで自分の考えを読まれたような錯覚を覚え、勝手に気まずくなったヒロトは視線を対面の二人に向ける。不思議そうに彼の視線の先を見たイヴは、いまだにレイに「あーん」をしているセナを見て何かを察したらしく、面白そうに微笑むと少しだけからかうような声音で問いかける。

 

「ヒロトもしてほしいの?」

「? なにを?」

「あーん」

「えっ」

 

 固まるヒロトを置いて、イヴはいそいそと切り分けたケーキをフォークに刺すと彼の口元へ差し出す。

 

「はい、あーん」

「いや、イヴ……」

「あーん」

「……」

 

 にこにこと嬉しそうなイヴの顔と、目の前の小さなケーキに視線を行ったり来たりさせ、嬉しいのと恥ずかしいのとで葛藤していたのもつかの間、耳まで顔を赤くしたヒロトが差し出されたフォークに食いつく。

 

「おいしい?」

「……うん。甘い、かな」

「……ふふっ、レイと同じ感想」

 

 オッゴケーキ、というジオンのモビルポッドを象ったそのケーキは、中にフルーツが入ったロールケーキの一種で、元になった機体の搭乗ハッチやアームを再現した焼き菓子まで付いたなかなかに凝った一品だったのだが、正直今のヒロトにはマトモに味なんてわかるわけもなく、とりあえず色々な意味で「甘い」としか言えなかった。

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 このベアッガイランドはテーマパークをコンセプトにしているだけあり、訪れる客たちは皆楽し気だ。デートを楽しむカップルや、あるいはその手前の関係っぽい初々しい男女。同性同士、異性も交え形はそれぞれだが、友達同士でわいわいと盛り上がるグループだったりと、顔ぶれは様々だったがどのダイバーも笑顔で園内を歩いている。

 

 ──ごく一部の者たちを除いて。

 

「……ふん、どいつもこいつもアホみたいに浮かれおって」

 

 中央島のフードコートの片隅に、一つのテーブルを陣取るように座る男性ダイバーだけの集団がいる。その中の一人、腕組みをして周りを睥睨していた男は、不快げな様子を隠そうともせずに険しい声を漏した。

 大柄で筋肉質な体格に巌のようないかつい顔で、ジオン公国軍の一般的な戦闘服を着た姿はさながら本職の軍人のようだ。

 

「団長の言う通りです。GBNの本質は血沸き肉躍るガンプラバトル。決して異性との出会い、などという不純なものではないはず。それなのにこの有様は見るに堪えません」

 

 団長と呼ばれた男の隣に座るダイバーが追従するように頷く。こちらも同じ服装で、体格は男性にしても少し頼りないほどのひょろ長だったが、どこか蛇を思わせる顔と危険な坐り方をしている双眸が印象的だ。

 

「然り然り!」

「そのとおりだ!」

「我々が目を覚まさせてやりましょう!」

 

 蛇男の声に続くようにして、同じテーブルに座る男性ダイバーたちからも賛同の声が上がる。彼らの仲間と思しきその男どもはいずれも同じ服装をしていて、この一席だけがまるで不良軍人たちのたまり場のようになっているせいか、ファンシーな園内の雰囲気からかなり浮いている。

 

 時折近くを通り過ぎるダイバーたちの訝しむような視線も物ともせずに盛り上がるコスプレ軍人集団だったが、不意に団長が少し離れたテーブルに視線を向けると、その巨石のような顔に亀裂が走るがごとく青筋を浮かべる。

 

 団長の視線の先にいたのはレイたち四人であり、彼の目が捉えたのはイヴに手ずからケーキを食べさせてもらっている(あーん、してもらっている)ヒロトの姿だった。

 

「……やはり制裁が必要だな」

 

 地獄の底から響くような重々しくも怨念の籠った声が団長の口から洩れる。

 

「おお! それでは!」

 

 蛇男が期待に満ちた目で団長を見ると、それに応えるように立ち上がった彼は力強く頷く。

 

 

 

 

 

「うむ。フォース『しっと団』の出撃だ!」

 

 うおおおお! と一斉に立ち上がるとやおら盛り上がるエセ軍人集団。しかし周囲にいたダイバーたちは、彼らをますます奇異の目で見ては、関わり合いになりたくないとばかりにそそくさと通り過ぎる。

 

 

 ──彼らの名はフォース「しっと団」

 

 

 GBNに蔓延る浮かれたアベック(恋仲の男女のことです)を殲滅すべく結成された、漢の中の漢たちによる熱き魂を持つフォース。

 

 アベックあるところに颯爽と現れては、不純な異性交遊を取り締まるべく、彼らは今日も(呼ばれてないのに)駆けつける。

 

「往くぞ諸君! しっとの心は~」

『父心!』

「押せば命の!」

『泉湧く!』

「見よ! しっとの炎は暑苦しいまでに燃えている!」

『その名もステキ! しっと団!』




Tips
・ベアッガイランド内フードコートメニューの一部抜粋

ベアッガイパンケーキ
 原作にも出てきたベアッガイの顔を象ったパンケーキ。かわいい。ホイップクリームやチョコソースなどが付いてくる。

ボールたこ焼き
 同じく原作に出てきたボールを象ったタコ焼き。

W・B(ホワイト・ベース)プレート
 ファーストガンダムでアムロが食べていたマズそうな食事を再現したもの。ヒロト君が食べていたゼリーの正体。
 仕切りのついたアルミのような銀のプレートの上には、いかにもパサパサしてそうなパンを使ったサンドイッチに、小さなアルミカップに入ったわざとらしいほど具の少ないスープ。付け合わせは少量のサラダとフライドポテト。水色のゼリーは栄養補助を目的にしたサプリメントという設定。
 現実のガンダムカフェでも同じメニューがあります。こちらはちゃんと美味しそう。

オッゴケーキ
 MS IGLOOに登場したジオン軍の駆逐モビルポッド「オッゴ」を象ったロールケーキ。フルーツ入りで美味しい。
 搭乗口やサブアームを焼き菓子で精巧に再現したこだわりの出来で、オプションとしてチョコレートで作られたザクマシンガンやロケット砲などがある。


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イベント開始

レイたちがベアッガイランドへ訪れたのは、原作第八話より前の日時ですので初投稿です。


 フードコートでゆっくりと休んだおかげか、ようやくレイも普段の調子を取り戻し、その後の四人はイベントの開始時間ギリギリまでアトラクションを楽しんだ。

 

 F91にて鉄仮面が乗っていた巨大MA(モビルアーマー)ラフレシアを模したバンジージャンプ。ガンダムUCの首相官邸ラプラスからぶら下がる「ラプラスの箱」に乗るスイングアラウンド。さらにラフレシアと同じく、F91にてコロニー内部で大暴れした無人兵器「バグ」に乗るパラトルーパー等々……

 

「いや、アトラクションのモチーフおかしいでしょ!? アプサラスコースターも大概だったけど!」

 

 ライド系のアトラクションはいずれも現実の遊園地と遜色ないほど素晴らしい出来だったのだが、元ネタを全て知っているレイはツッコまずにはいられなかった。

 

「バグに人が乗るとかなんの皮肉よ……?」

 

 F91の劇中にてそのあまりにも効率的、徹底的な所業から「人間だけを殺す機械かよ!?」とビルギットが憤慨した無人兵器「バグ」、まさかそれが遊園地のライドアトラクションになるとは、きっと彼も草葉の陰で仰天しているに違いない。

 

 これらの他は比較的まともで、ベアッガイを象ったウォーターライドやごくありふれたコーヒーカップなど、まっとうな遊園地らしいものもあったのだが、それだけに色物の存在感が際立っていた。

 

「ま、まあ、元ネタを知らなければ、ただのUFOっぽい乗り物に見えなくもないですし……」

 

 レイと同じく元ネタを知るヒロトがフォローする。彼も彼でバグに乗っている間は終始顔が引きつっていたが。

 

「あ、そうだ。ちょっと気になったんだけど、賞品の武者凱だっけ、あれってミッションの報酬パーツみたいに現実で手に入るってこと?」

「たぶんそうです。ガンダムベースの射出成型機でデータを読み込ませれば、現物が手に入ると思いますよ」

「あー、射出成型機かー……」

 

 その名前を聞いてレイが少し渋い顔をする。GBNと同時に発表されたこの射出成型機という機械は、GBN内で手に入れたパーツデータをダイバーギアを介して読み込ませることで、データから現実のプラモデルに変換する特殊な設備だ。

 これはGBNの専用筐体とガンプラ販売に特化した公式ショップ「THE GUNDAM BASE」に設置されているのだが、地方民の宿命かレイの家から最寄りのTHE GUNDAM BASEはそれなりに距離があった。

 

「こういう時、地方民は辛いね……」

「そんなに遠いんですか」

「うん。大きな国道沿いにあるんだけど、駅から遠いから不便なんだこれが」

 

 レイのようなバイク、あるいは車といった足を持たない場合、最寄り駅から出るバスに乗る必要があるため特に学生には不評である。

 

「駅近くの繁華街にあるネカフェにもGBN用の筐体は併設されてるんだけど、そっちは成型機ないんだよね」

 

 近年のGBN人気によって、フルダイブ型VRに対応したネットカフェや一部のゲームセンターの中には、GBNの専用筐体を設置する店舗も増えてはいるのだが、そういった店にはスペースや契約の関係からか射出成型機は設置されていないことがほとんどだった。

 

「二人とも急いでー! そろそろイベントの時間だよー!」

 

 少し先をイヴと共に歩いていたセナが時間を確認してわたわたしている。そういえばそろそろ宝探しイベントの「ベアッガイ・クエスト」が開始される時刻だ。

 

「ま、それも取らぬ狸のなんとやら。まずは一位を取らないとね」

「ええ。頑張りましょう」

 

 力強く頷いたヒロトとともに、レイは転送ポータルをくぐった。

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 ベアッガイランドの島群の一つに、広大な森林地帯の中央に巨大な湖を抱える島がある。ベアッガイ・クエストとはこの島ひとつをまるごと使って行われ、島内のどこかに隠された宝を探し、最初に見つけた者が勝ちという趣旨のイベントだった。

 隠された宝はひとつだが、登録したフォースメンバーの中で誰かが発見できれば、報酬はそのフォース全員に配布される。

 

「おー。結構たくさんいるねー」

 

 開始地点には種々様々なガンプラたちがずらりと並ぶ。大規模なレイド戦でもなければなかなか見られない光景に、未だに自機が大破状態から回復していないセナは、相乗りしたレイのガンプラのコックピットから物珍しそうにきょろきょろしている。

 

「アイザックにAWACSディン……しまった、広域レーダー、そういう選択肢もあったか」

 

 いっぽうでレイのほうは参加者のガンプラを注意深く観察して眉間に皺をよせる。ダイバー同士の戦闘行動が禁止されているイベントである以上、武装よりも広範囲をカバーするレーダーや探査用の装備を積んだ機体のほうが有利なのは明白だからだ。

 

「今日のガンプラ()は汎用機だしなぁ……」

 

 レイたちが乗っているのは「EMS-10 ヅダ」を元にしたカスタムガンプラだった。「MS IGLOO」というOVAに登場したジオンのMSで、原作では宇宙での戦闘しか描かれなかったため、ザクⅡJ型(陸戦型)を参考にレイが独自解釈をして地上戦仕様へと改修している。

 この「ヅダJ型」は尖った特徴こそないものの、元はザクと汎用機の座を争った機体で癖が無くとても扱いやすい。加えて脚部はギャンのパーツを流用したものへ変更され、同じツィマッド社製MSのドムと同様にホバー移動も可能である。もともと今日はセナの機体の試運転のためのログインだったので、何かトラブルがあった場合に備えてすぐに追いかけられるようにと、地上での運動性が良いこのガンプラを選んでいた。

 

 しかしこのイベントのような「特定の何かを探す」ということになると話は別で、これはさすがに厳しいか、と少し不安になるレイだったが、そこへ常時接続していた部隊通信(パーティチャット)から通信ウィンドウがポップしてヒロトとイブの顔が映る。

 

『大丈夫だよ。私たちも一緒に頑張るから』

『幸いこっちはMSより早く飛べますから、上空から探索してみます』

 

 それは隣で待機しているコアガンダムからの通信だった。確かにSFSに乗っているヒロトの機体ならば、普通のMSがスラスターで飛行するよりも速度が出せる。その機動力を活かして広範囲をカバーしてもらえれば、レイたちにも勝機はあるかもしれない。

 

「ありがとう二人とも。それじゃあこっちは地上から──」

 

『ぬわーっはっはっは! 聞けい! この場に集いしアベックどもよ!』

 

 唐突に外部通信(オープンチャット)による大音声で投げかけられた声に、レイとヒロトが思わず機体の頭を向けると、そこには十機近いガンプラを従える一体のガンダムの姿があった。

 

 マッシブな四肢はAGE-1タイタスのものだが、元のキットとは異なり胴体には「機動武闘伝Gガンダム」の主役機であるゴッドガンダムが使われた、いわゆるミキシングモデルのようだ。もともと格闘戦がメインのMFと格闘戦特化のタイタスは相性も良さそうで、見るからに徒手空拳による攻撃が得意とわかる機体だった。

 

「あべっく?」

「アベック……? ってなに?」

 

 コックピットで揃って首を傾げるレイとセナ。まあ現代では死語だからね。しょうがないね。

 

『今回のイベント、我ら【しっと団】が参戦する以上、キサマらのような軟弱惰弱なアベックどもに勝ち目はない! せいぜい指をくわえて我らの活躍を見ているがいいわ! ──特にそこのハーレム野郎! キサマだけには負けん! 我らの熱き魂、しかと目に焼き付けろ!』

『……えっ、俺?』

 

 いきなり見ず知らずのダイバーに因縁をつけられ困惑するヒロト。別に無視してもよさそうなものだが、ことさらにコアガンダムへと指を突き付けて宣言する様は、二人になんらかの因縁でもあるのか、と周囲の者に思わせる。

 

『おい、ちょっと待ってくれ。いったいなんなんだ?』

『とぼけるな! 我らは見ていたのだ! キサマが三人の女と楽し気に遊び惚けている姿をな!』

『確かに男は俺一人だったけど、彼女たちはただのフレンドで──』

『クソハーレム野郎の言い訳なぞ聞くつもりはない! キサマのようなヤツがいるから、陰で泣く者が生まれるのだ! キサマは世界の歪みそのものだ!』

 

 律儀にも外部通信(オープンチャット)に切り替えて応対するヒロトだったが、相手は勝手にヒートアップしていて聞く耳を持たない。

 

「しっと団、しっと団……っと、あったあった……へー……うわぁ」

 

 ヒロトに対して謎の敵愾心を燃やすしっと団の連中をよそに、フォース名まで名乗っていたのでちょっと調べてみたレイだったが、有志によって編集される「GBNフォース名鑑」の概要を記したページを流し読みしただけで、表情があからさまにウンザリしたものに変わる。

 

「お? なになに。有名なフォースだったりするの?」

「うん、まあ、悪い意味でね」

 

 興味を惹かれた様子のセナにレイが送った概要欄にあったものを簡単に纏めるとこうだ。

 

 フォース「しっと団」、それはGBNに蔓延る不純異性交遊を取り締まるべく結成された、漢の中の漢たちによる熱き魂を持ったフォース──などではなく、要はモテない嫉妬心からカップル向けイベントに現れては、バカ騒ぎを起こしてムードをぶち壊すというはた迷惑な集団だった。

 「なんで()オレは()女に縁()がない()のにあ()いつだ()けモテる()」という行動原理はまさにフォース名の通り嫉妬そのものであるが、いかんせん活動内容がセコい。そして無駄に迷惑だ。

 

「うわぁ……なんか、えっと、うわぁ……って感想しか出ないね」

「不純な異性交遊って……GBNは倫理コードの関係でキスも出来ないのにねえ」

 

 フルダイブ型VRの中には、当然だが成人向けのコンテンツを扱うものもある。そういったものにおいてはNPC、あるいは合意したプレイヤー同士で、()()()()()()が出来るものもありはするが、GBNは全年齢対象のゲームであるためもちろん不可能だ。

 出来て精々が手を繋ぐ、ハグ、頬を寄せ合う程度の触れ合いで、レイの言う通りキスすらも出来ない。

 

「だいたいGBNはアバターの自由度が大きいんだから、ゲームの中でならいくらでもイケメンに──」

 

 なれるのに。と続けようとしたレイの言葉を遮るようにして団長は叫ぶ。

 

『キサマらにわかるか!? 心血注いで作り込んだイケメンダイバールックに身を包んでも、なおモテなかった悲しみが!』

「あっ、もうやってたんだ……」

 

『こっちがイケメンになってやっても、やれ会話がつまらない、気が利かない、視線がいやらしいだの文句ばかり言いやがって!』

「外見も頑張ったんなら、内面も頑張ってイケメン目指そうよ……」

 

『リアルでの出会いをチラつかせてBCとパーツデータを巻き上げるだけ巻き上げておいて、ネカマだったあの野郎マジ許さねえ!』

「ネカマにもひっかかったのか……」

 

『数々の苦い経験の末に俺は悟ったのだ! 所詮はVRでの恋愛なぞ虚像に満ちた欺瞞に過ぎん! 我らの活動はそんなものに(うつつ)を抜かすキサマらのような愚か者への正当な粛清である!』

「いやもう八つ当たりだろそれ」

 

 外部通信(オープンチャット)は切っているため、レイのツッコミは相手(団長)に聞こえることはないのだが、もはやヒロトだけでなく、この場にいる全てのダイバーへ恨みつらみをまき散らしはじめた団長。彼が言うようにVRでの恋愛など嘘ばかり──というわけではもちろんない。

 

 GBNはガンプラがなくともログインが可能であるため、現実(リアル)では遠方に住んでいる本物(リアル)の恋人同士が気軽に逢瀬を楽しむ目的で使われることもある。

 さらには数あるフルダイブ型VRの中でも植物をはじめ自然環境の再現度がかなり精巧にできているため、ヒロトのようにキャンプ道具を揃えて、非戦闘エリアで気軽にアウトドアレジャーを楽しむ事が出来るのもウリのひとつだし、ガンダムファンなら原作を精密に再現したディメンションをポータルから巡るだけでも楽しめるのはGBNだけの特権だ。

 

 なによりセナのように現実の肉体に問題を抱えている者にとって、GBNという世界はひとつの救いでもある。

 

 それに、レイとしてはVRでの恋愛うんぬんは抜きにしても、GBN(この世界)で得られたセナとの友誼は虚構などではないし、それを否定されたくはなかった。

 

『はー……くっだらない。要は僻んでるだけでしょ』

 

 団長とやらの言い分もわからないではないが、あまりに偏見に満ちている。出会いに飢えた相手を騙して利益を得ようとする輩も確かにいるが逆もまたしかりで、出会い目的のしつこい輩に迷惑を被っている者だっているだろう。彼の言うことは一方的で決めつけてばかりなのが気に入らない。

 だからだろうか。必要もないのに外部通信(オープンチャット)に切り替えて反論してしまう。

 

『なんだとキサマ!』

 

 件のタイタスの頭部が、ぐりんっ! とレイたちのヅダに向くが、もうここまで来たら売り言葉に買い言葉とばかりにレイも煽るような言葉を返す。どうにも気づかないうちにフラストレーションが溜まっていたらしい。

 

『だから、アンタらは僻んでるだけでしょ? 他人を妬んで羨んで、そんでやることがイベントの妨害? ──そんなんだからモテないんだよ。鏡見たら?』

『キ、キ、キ、キサマァァァァァッ!』

 

「……っと、そろそろイベントが始まるみたい。おーいヒロトくーん。そのモテないバカはもうほっといて準備してー」

 

 今にも殴りかかりそうなタイタスをスルーして、イベント開始のカウントダウンが表示されているコンソールに気づいたレイは外部通信(オープンチャット)を切って、何事もなかったかのように部隊通信(パーティチャット)で僚機に呼びかける。

 

『えっ、あっ、はい。わかりました』

『おい聞いているのか!? キサマ! おい──』

 

【お待たせしました! これよりベアッガイ・クエスト、スタートします!】

 

 呆気にとられたような顔のヒロトと一人でヒートアップする団長を置き去りにして、陽気な電子音声で告げられる開始宣言。こうしてついにイベントは始まった。




Tips
・GBN対応ネットカフェ

 近年増えてきたフルダイブ型VRゲームに対応したネットカフェの中でもGBN専用筐体を導入している店舗のこと。
 フルダイブ型VRはその仕様上、ユーザーが無防備になるため「常時監視カメラ付きでスタッフが巡回するログインルーム」「生体認証対応の貴重品ロッカー」といった設備が必要で、行政から提示されている条件を満たしていない場合は違法営業である。


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「この先には恐ろしい気配がする……」と言われると踏み出したくなるのはゲーマーの性だが大抵はヒドイ目にあう

【お知らせ】
 第二章一話「小さなガンダム」の冒頭に掲示板形式の記述を追記いたしました。拙作におけるGBN内でのスキルやGNドライブなどの説明があります。

拙作で初めて登場するタイプのガンプラがいるので初投稿です。


 ベアッガイ・クエストとは簡単に言ってしまえば宝探しである。

 

 浮島ひとつという広大なフィールドのそこかしこに宝の在りかへと繋がるヒントを記した宝箱が設置されており、参加者はまずそれらを探すことからはじめる。

 宝箱には次のヒントとなる宝箱の座標や、宝へ直接繋がるヒントとなるベアッガイ像の所在に関する情報などが入れられているのだが、中にはハズレやクイズに正解しなければ情報を得られないものもある。

 

 宝箱は山中の岩場の隙間や水辺の川底、あるいは険しい森林の中など実に様々な場所に隠されていて、それらを見つけるのだけでもなかなかに骨が折れる。

 

『おーい、そっちはどうだ?』

『地中にはないみたいだなー』

 

 中にはアッグのような特殊なMSでもって地面を掘り返す剛の者もいるが、さすがにそこまで意地の悪い類のイベントでもあるまい……と今しがた通り過ぎた場所でやりとりしていたダイバーの姿を見たレイは思う。

 

 件のしっと団はどうなったかといえば、イベントエリアになっている島がMSに乗ってもなお広大であることと、開始直後にツーマンセルに分けた団員を散開させたことで、スタート地点から早々に飛び出したレイたちは今のところ遭遇していない。

 なんだかんだ言いつつ、一応彼らもイベント自体は真っ当に攻略するつもりのようだ。

 

「ねーねー、レイ」

「ん? どしたの?」

 

 コントロールスティックを握るレイの背後に立ち、彼女の肩へ手を置いて宝箱を見つけるべくきょろきょろと周囲を観察していたセナがひょっこりとレイの顔のすぐ横へと首を伸ばす。

 

「レイってさ、ガンダムには乗らないの?」

「へ? あー……そういえば最近はずっとモノアイ系だったか」

 

 身長差ゆえに背伸びをしてレイの背へと半ば寄りかかる態勢のセナへ視線だけを向ける。妙な質問をされたせいでレイは虚を突かれたような声を上げるも、すぐに何を言われたのかを思い至ると得心したように頷いた。

 

 セナの指摘した通り、彼女と出会ってからのレイは、これまでずっとジオン系のガンプラにしか乗っていなかった。

 

 ヴァルガでの遭遇時やそれ以降のミッションではイフリート・アサルトに、フォース戦などで水辺が近いエリアの際にはハイゴッグに乗り今もヅダを駆っている。

 

「や、別にジオン系オンリーとか、そういう縛りをしてるわけじゃないよ。たまたまタイミングが合わないってだけ。GPDでの愛機はガンダムタイプだったし」

「へー、そうなんだ。……ガンダム乗ってるレイかー……ふふふ……なんか想像できないなー」

「笑わないでよもー。GPDの時に使ってた子は今修理中なの。イワナガ模型(ウチ)で開いた最後のGPD大会でさ、()()()()()()()()()()()()()()()結構派手に壊しちゃったの。あと、それだけじゃなくて──」

 

 ──あのガンプラ()には思い出が多すぎるから。

 

 脳裏に浮かんだそんな言葉を咄嗟に打ち消したレイは、少しだけ間を開けてから別の理由を考える。

 

「実はさ、GPDとGBNって同じ所から出された同じガンプラバトルを扱うゲームなんだけど、これがまた全然仕様が違うのよ」

「えっ、そうなの?」

 

 GPD未経験のセナはレイの言葉に意外そうに目を丸くする。

 

「そうなの。ガンプラの基本操作はほぼ一緒なんだけど、もはや別ゲーレベルね……で、GPDで使ってた子たちはちょっとGBNだと使用感が変わっちゃってね。だからGBNはGBNで使うために別のガンプラを専用に組み上げたんだけど、それがたまたまジオン系ばっかりだったってわけ」

 

 

 GBNとGPD、両者の違いで一番大きな点といえば、自機にセットする「スキル」の有無やガンプラの破損以外にも「VR酔い」がある。

 

 GPDでは当然ながらGBNのようにガンプラのコックピットに乗り込んで操作するわけではない。インターフェースは筐体に固定された操作盤に付いたコントロールスティックとガンプラのメインカメラに連動したモニター画面──これはコンソール画面も兼ねる──のみのシンプルな構造で、動かしているガンプラが衝撃を受けても画面がブレるだけだ。

 

 フルダイブVRどころかHMD(ヘッドマウントディスプレイ)ですらないGPDでは、よほどの高速状態で複雑なマニューバをしない限りプレイヤーが酔うことはなかった。

 翻ってGBNはどうかと言えば、それはもう戦闘中は激しくコックピットが揺れる。設定で多少緩和は出来るが、それでもゼロにすることはできない。

 

 とはいえ平均的なVR適正を持っているならば、ある程度は()()でどうにかなる範囲ではある。よほどの高機動型かピーキーな機体設定にでもしなければ、通常のミッション程度ならば支障は出ないよう調整されてはいるのだ。

 

「私が使ってる個人用筐体も元は新し物好きな常連さんが買ったはいいけど、VR酔いが酷くてプレイできないからって格安で譲ってもらったものだし」

「へー。VR酔いってなったことないからわからないけど、そんなに辛いものなんだ」

「あー、やっぱりセナはVR適正高いんだね」

「うん。そうかも。VRゲームならどんな動きしても、どんな乗り物に乗っても平気……現実(リアル)だとすぐ車酔いするけど──っと、レイ! 宝箱!」

「ぬおっとぉ!?」

 

 会話をしながらも目ざとく宝箱を見つけたセナの声に慌てて機体を停止させる。彼女の示す方向へカメラを向ければ、木立の中、盛り上がった土を抱くようにして根を張る木の根元、そこに宝箱が覆われるようにしてひっそりと置いてあった。

 

「セナよく見つけたねー」

「えへへ、それほどでも」

 

 他の木よりも少しだけ根本が盛り上がっているとはいえ、この森林の中ではさほど目立つわけでもなく、さらに宝箱自体も保護色なのか暗い茶色に塗装されているため、かなり注意深く観察していなければ見つけられないほどには巧妙に隠されている。

 

 これは中身も期待できるか、とレイがその木へ機体を近づかせるが──

 

『モキュ!』

「へ?」

「わっ、なに?」

 

 宝箱の影から飛び出してきた一体のNPDが彼女たちの前に立ちふさがる。

 

「わぁ、ちっちゃなベアッガイだ! かわいー」

「プチッガイじゃん。園内にもいたけど、なんでこんなトコに?」

 

 飛び出してきたのは水色をした一体のプチッガイ。これはもともとベアッガイのサブマシンとして作られたガンプラで、今現在ではベアッガイの幼生体のような扱いになっている一種のキャラクターともいえる機体である。

 ベアッガイランドにも多数のNPDが配置され、入口広場では可愛らしいダンスを披露している姿が印象的だった。

 

『モッキュ! モキュキュモッキュ!』

 

 訝しがるレイと喜ぶセナの前で、そのプチッガイは小さな体を一生懸命に動かしてはなにかを訴える。

 

「……んー? どうしたんだろ?」

「なんか、ニュアンス的にこの宝箱は開けないで、って言ってるの……かな?」

 

 宝箱の前に立って首を横にふりふりしては、たまに腕を×の字にクロスさせる姿からレイがおおよその内容を推測するも、このイベントは宝箱を開けてヒントを得ないと進めないわけで。

 

「……どうしよ。折角見つけたわけだし、無理やりにでも開けちゃう?」

 

 と一歩機体を踏み出したレイだったが──

 

『モキュ! モキュモキュモ! モッキュー!』

 

 プチッガイがさらに必死になってぴょんぴょん跳ねてアピールする。

 

「……ねぇ、レイ」

「あー、うん。言わなくていいよ。……しょうがない」

 

 NPDだとわかってはいても、そのあまりにも健気な動きに絆されてしまうのは二人が年頃の少女だからか、一歩後退してプチッガイへと手を振り、その場を離れようとレイが機体を翻したその時──

 

 ──《CAUTION!!》

 

「はぁ!?」

 

 コンソールに表示された攻撃警告の表示にレイが驚愕の声を上げる。戦闘行為が禁止されたイベントのため完全に気を抜いていた。

 

「ちょ、どこのバカよ!?」

「レイ! あれ!」

 

 咄嗟にレーダーを確認しようとしたレイよりも早く、なにかに気づいたセナが彼方を指さす。そこには──

 

『のわーっはっはっはっ! 見つけたぞ宝箱ぉ!』

 

 森の木々をなぎ倒し、いや、()()()()()()()迫る紅色のエネルギーを纏った()()()()()()()──、否、これは頭部以外の部分が渦巻き状の光弾に包まれたガンプラだ。

 

 ──超級覇王電影弾

 

 機動武闘伝Gガンダムにて、主人公「ドモン・カッシュ」とその師匠「東方不敗」が放つ「流派東方不敗」の奥義のひとつ。簡単に言えば物凄いエネルギーを纏った()()()()だ。

 

「あいつ、しっと団の──ってヤバっ!」

 

 ネタみたいな機体のくせして再現が難しいはずのGガン系統の技を使う団長の実力に戦慄し、バックブーストを吹かして離脱を図るレイだったが、こちら目掛けて直進してくる相手の進路上には逃げ遅れたプチッガイがいる。

 

「あっ! プチッガイが!」

「まっかせなさいッ!」

 

 宝箱の前に取り残された形になるプチッガイ。あわや轢殺されるかと思われたが、レイのヅダJ型の左手首からアンカー付きのワイヤーが射出されると、その小さな機体を捉えて空中高く釣り上げる。

 

 その正体は第08MS小隊にて「グフカスタム」が使用していたヒートワイヤーだ。ヒートロッドの派生武器として劇中でも活躍したその武装をレイが改造したヅダJ型は装備していた。ちなみに「ヒート」とついてはいるが、ワイヤータイプへ小型化した関係で溶断機能はオミットされている。

 

『モッキュ~!?』

 

 前腕内蔵のウィンチで巻き戻されるワイヤーによって引き寄せられ、放物線を描いてヅダの腕の中へ着地したプチッガイは目を回してこそいるが外傷は見られない。

 

「ふぅ……間に合った」

「よかったぁ」

『モキュ~……』

 

 安堵する二人と一匹(?)だったが、

 

『はーっはっはっは! 残念だったな! 宝箱はいただいたぞ!』

「ちょっと! このイベントは戦闘行為禁止のはずでしょ! なに考えてんの!」

 

 まるで勝ち誇るように天高く宝箱をかざしているしっと団団長の機体を見て頭にきたレイが食って掛かる。

 

『はぁ~? ただの移動手段に文句を言われる筋合いはないんですがぁ~?』

「こいつ──!」

 

 しかし相手は知らぬ存ぜぬとばかりに涼しい態度。スタート地点でのやりとりを恨みに思っているのか、殊更に惚けた声音は明らかに彼女たちを小馬鹿にしたものだ。

 

『はっ! 負け犬の遠吠えは見苦しいなぁ~? どぉ~れ、この宝箱の中身は~?』

 

 もうこいつマジで撃ち落としてやろうか、とレイが内心で殺意を高め、無意識にトリガーに指を掛け──

 

「──レイ、離れたほうがいい。プチッガイが怯えてる……()()()()()()()()()()()()()()

『モキュー……』

 

 団長の煽りにも反応せず、ひどく硬い声音のセナに注意されて思いとどまる。彼女に言われて見てみれば、ヅダの手の中ではプチッガイが両手で顔を覆って蹲るようにして震えており、その様子はどうにも尋常なものではない。

 

 ことVRにおいては自分よりも遥かに勘の働く相棒の警告。真意を訊ねる間も惜しんで、全力でバックブーストを吹かし、機体を後方へ大きく跳躍させたレイの判断は結果として正しかった。

 

 ──思えば薄々嫌な予感はあったのだ。

 

 明らかにカモフラージュされ、セナがいなければ到底見つけることが出来ない場所にひっそりと置いてあったこと。

 

 わざわざNPDを配置してまで、箱を開けることに警告じみたメッセージのようなものを示していたこと。

 

 なによりカメラをズームにしてその姿をハッキリと捉えてみると、宝箱のあった場所には()()()()()()()()()のような残骸が残されているし、錠前の形がどう見ても悪魔の頭部を模していて──

 

『……は?』

 

 団長の間抜けな声が聞こえると同時だった。

 

「わっ!?」

「まぶしっ!?」

『キュ~!』

 

 開かれた宝箱から赤黒く毒々しい色の閃光が放たれて天を貫いた。

 

『は? へ? お、おい?』

 

 天空で八方向に別れた光は、そのまま宝箱を中心として拡散し地面に落ちるとバトルフィールドが展開。事態についていけず、棒立ちしたままの団長のガンプラがその中に囚われる。セナの警告に従って機体をさらに後退させていなければ、確実に巻き込まれていたであろうほどその範囲は広い。

 

 そして現れたのは一体のガンプラ。

 

 薄暮(はくぼ)の空を思わせる、暗い色をしたローブを纏ったような姿。

 

 フードを被ったような形の頭部からは特徴的な二本のねじくれた黄金色の角が見える。

 

 ()()()()()された姿ながらも、全身から赤黒いオーラ(禍々しいエフェクト)を立ち上らせ、先端に髑髏のついたワンドを持つ様は、さながらRPGの邪悪な魔法使いそのものだ。

 

「……サタンガンダム」

 

 思わず、といった風にレイが呟く。

 

 そう、宝箱から現れたのは、SDガンダム外伝「ラクロアの勇者」編のラスボス。魔王サタンガンダムだった。




Tips

・GBNとGPD
 同じガンプラバトルを扱うゲームだが、その実いろいろな箇所で勝手が異なる。
 中でもVR酔い関連は顕著で、GPDで名をはせた有名プレイヤーがこれによってGBNへの参戦を断念することになった事態が何件かネットで報告されている。


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たとえどんな姿であってもラスボスを侮るべきではない

「SDガンダム、いいよね……」なので初投稿です。


 SDガンダムとは「スーパー・デフォルメ・ガンダム」つまりガンダム作品に登場した機体ないし人物を、頭を大きく手足が短い低頭身で表現したキャラクター、およびそれを用いた作品群の総称である。

 

 このシリーズにおいて特徴的なのが、多くの作品でMS、MAはデフォルメされると同時に擬人化されていることだ。アムロ・レイをはじめデフォルメされたガンダム作品の登場人物と同様に人格を持ち、一人のキャラクターとして()()は描かれる。

 

 サタンガンダムとはその中でもヒロイック・ファンタジー風の作品であるSDガンダム外伝第一弾「ラクロアの勇者」に登場する、物語における「ラスボス」の地位にあるキャラクターだ。

 

 中世騎士物語のようなこの作品は、主人公である騎士(ナイト)ガンダムをはじめ日本人が想像する「中世風異世界ファンタジー(国産の有名RPG)」の要素が強く、「勇者」である騎士ガンダムと対を為すサタンガンダムはまさに「魔王」のような存在となっている。

 

『はっ! なんだSDか! 仰々しい演出の割りにはショボい奴が出てきたもんだ!』

 

 かなり凝った登場演出に固まっていた団長だったが、出てきたのがSDガンダム一体だとわかると途端に勢いを取り戻し、宝箱をその辺へ放り捨てて拳を構える。

 

『この「しっとタイタス」にかかればSDガンダムなんざ一撃で粉みじんよ!』

 

 レイは思った──オイオイオイ。死んだわ団長(アイツ)

 セナは考えた──あれだけ凝った演出で出てきたNPDが雑魚なわけないよね?

 プチッガイは──そっと黙祷を捧げていた。

 

『オラ死ねい!』

 

 力強い突進から繰り出される右ストレート。AGE-1タイタスのマッシブな腕は通常のMSと比較して拳も相応に大きく、SDたるサタンガンダムの全長に匹敵するサイズを誇る。

 

 だが己に迫る巨大な拳を前にしてもサタンガンダムに動揺する様子は一切なく、優雅とさえ言えるようなゆっくりとした動作で髑髏の杖を目の前に掲げる。

 すると虚ろな空洞であったはずの頭蓋骨の瞳が怪しく光り、

 

『──なん、だとぉッ!?』

 

 サタンガンダムの目の前まで迫ったタイタスの拳が、赤黒い半透明の障壁によって完全に防がれる。驚愕する団長。しかしそこでサタンガンダムの行動は終わらず、続けて杖を無造作に横へ一振り。

 

『──ぐあああっ!?』

 

 障壁をすり抜けてタイタスの胴体へ命中した衝撃波が、しっとタイタスの巨体を大きく吹き飛ばした。

 

 

「……わー、つっよ……」

 

 尻餅をついて天を見上げるしっとタイタスと空中からそれを睥睨するサタンガンダム(魔王)の構図に、レイの口から感嘆の声が漏れる。

 

 基本的にGBNにおいてSDガンダムというジャンルの機体はあまり人気が無い。その際たるものが多くのダイバーにとってSDのガンプラが「弱い」と認識されていることが原因だからだ。

 

 デフォルメされたことで短くなった手足はリーチ差による不利を招き、小柄な体は回避には適しているものの耐久力はなく、同時に相対した相手のコックピット(弱点)を狙いにくい身長差を生み出す。

 所持する武装も構成パーツ数の少なさや肉抜き穴が多いことが原因で、しっかりと手を加えないと威力が低い。これは本体にも言えることで、基本的にデフォルトの機体出力やパワーはリアルタイプと比較しても低めになっている。

 

 小さなボディを活かした偵察や斥候、リアルタイプにはセットできない豊富なスキルによる初見殺し。あるいは綿密な打ち合わせをしたフォーメーションで連携して戦うことに向いてはいるが、それらはいずれも初心者には難しい分野ばかり。加えて機体の真価を引き出すには熟達したビルダーとしての腕が求められる。

 

 ガンプラ(玩具)としてのSDガンダムは組み立てやすさや可愛らしい見た目から低年齢層向けではあるが、こと「GBNでの乗機」としては扱いづらい難しいものであった。

 

 

 だがこのサタンガンダムはどうだ。

 

 

『このっ! くそっ! おらああああ! ──硬すぎだろふざけんな!?』

 

 徒手空拳とはいえAGE作中屈指のパワーを誇るタイタスの拳や蹴り、果てはビームラリアットやビームスパイクを一切受け付けない障壁の堅牢さ。

 

『こうなったらハイパーモードで──ふべらっ!?』

 

 威力、射程、速度に誘導性、全てにおいて死角のない性能の衝撃波による攻撃。

 

 出典作品を考えればおそらくは魔法の一種と思われるが、ゲームに出てくる攻撃魔法には必ず付属するはずの再使用可能までの待機時間(リキャストタイム)が存在せず、さながらシューティングゲームのごとく連射してはしっとタイタスを滅多打ちにしている。

 

『ぶへっ!? ごばっ!? ちょっ! ま、まっで……』

「わー、えげつな」

「……こういうトコ見ると、GBNってやっぱりゲームなんだって実感するね」

 

 どのようなゲームにも共通することだが、基本的に敵性NPCというものはプレイヤーに倒されるために存在する。

 

 それは序盤の雑魚モブからラスボスまで()()例外はなく、このGBNにおいても同様だ。

 

 普段のミッションでダイバーたちが相手取るNPDという存在には、行動パターンにおいて明確に「隙」と言えるものが設定されているし、攻撃や回避の精度や機体のパラメータも対応したミッションの難易度に合わせたものにされ、きちんと()()()()()()()()()()として作られている。

 

 オンライン、オフラインどちらのゲームでも言えることだが、このあたりのバランス調整で下手を打つとユーザーからの苦情が殺到するため、ゲームの開発チームはこの部分にとても気を使う。

 その点GBNはよくできていると言え、()()()()()()()()()()苦情の類があまり寄せられることはない。

 

 まあ、つまりは、今回のようにあからさまな致死性の罠(デストラップ)だったり、『眠り姫の財宝』のような特殊なミッションで出現するほぼ即死罠の宝箱(ミミック)などは例外であり、この時ばかりは開発チームも自重という言葉を投げ捨てている……ということで、その成果がサタンガンダム(アレ)であるということだ。

 

 極論、GBNを運営する側というのは、二千万人規模のユーザーの中でトッププレイヤー(チャンピオン)たる「クジョウ・キョウヤ」すらも倒せるNPDを用意出来るわけで、そんな理不尽を今現在押し付けられているしっと団の団長はまさに嬲り者であった。

 

『く、くそったれ……俺は、こんなところでぇ!』

 

 彼とて実力は決して低いものではない。その証拠にしっとタイタスは全身に傷を負いながらも未だ五体が健在であり、駆動部分にも問題は生じておらず、弾幕をどうにか往なして態勢を立て直している。

 

 磁気旋光システムによる腕部のビームラリアットと、肩と膝のビームスパイクを巧みに用いて衝撃波の軌道を逸らして立ちまわる動作は、キックボクシングに似ているがおそらくそれだけはない。ゴッドガンダムを素体としてAGE-1タイタスの手足を用いているこのガンプラは徒手空拳しか攻撃手段がないため、これを十全に扱うにはダイバーにも格闘技に対する深い造詣が求められるはずであり、使いこなすには相当に難しい機体だと言える。

 

 そのようなガンプラを愛機としつつも、弾幕STGのごとき密度の攻撃──しかも一撃がかなりの威力──に晒されてもここまで凌ぎきる団長の操縦技術とビルダー能力は、実のところ「英傑」と称されるワールドランキングの三桁台のダイバーに迫るものである。

 

 そしてなによりも、彼は一人ではない。

 

『団長!』

『俺たちも加勢しますぜ!』

『よくも団長をやってくれたな!』

 

 島のあちこちから次々とガンプラたちが飛来してはバトルフィールドへと飛び込むと、傷だらけのしっとタイタスを庇うようにして立ち塞がる。

 

『お、お前ら……!』

 

 どうやらこのバトル、開発側はNPD(サタンガンダム)によほどの自信があるのか、ダイバーたちのバトルフィールドへの進入は制限されていないらしい。展開されているフィールド壁は中にいるダイバーの逃亡阻止と、内部の戦いで生じる余波で被害を出さないためのもののようだ。

 

『団長、しっと団一同、遅れてしまって申し訳ありません』

『弐号か……フッ、気にするな。お前たちの熱き魂があれば、もうなにも怖いものなどない!』

 

 集まった団員の数は十を越え、その中で先頭に立つのは赤くカラーリングされたAGE-1スパローの改造機。どうやらこの機体のダイバーが副団長を務めているらしい。

 

『さあゆくぞ! あのクソッタレなガンプラを叩き潰してやるのだ!』

 

『おおっ!』

 

 団長の音頭によって気炎を上げるしっと団だったが、──ここで残念なお知らせがある。

 

 

 ──サタンガンダムはまだ変身を残している。

 

 

 しっと団の鬨の声に呼応するようにして、サタンガンダムの双眸が赤く煌めく。

 

 するとにわかに空が曇り、紅い稲光が瞬く黒雲がバトルフィールドの上空に立ち込め、やがて一条の稲妻がサタンガンダムを貫く。

 

 ──GYAOOOOOOO!

 

 フィールドから離れているレイたちにも聞こえる大音声の雄たけびは、まるで竜の咆哮のようでもあり──

 

「……ブラックドラゴンになったかー」

 

 否、それはまさに竜の咆哮であった。

 

 ローブのようだった前面装甲が展開して深紅の翼となり、中央から開いた頭頂部には邪竜を象徴するドラゴンブレインが見える。より増大した禍々しさと圧倒的なプレッシャーを放つその姿は、サタンガンダム恐怖の正体たる「ブラックドラゴン」である。

 

『はっ! 今更変身したところで遅いわ! 戦いは数なんだよ愚か者ォ! ──てぇ!』

 

 上がったテンションのままに副団長の機体が腕を振り下ろすと、ガンプラの種類はバラバラながらも統率された動きでもって、しっと団の団員たちによる一斉射撃が放たれる。

 ネタみたいなフォースではあるが団長だけでなく所属するメンバーの練度もそれなりに高いようで、連携され途切れることなく放たれる射撃兵装による砲煙弾雨はブラックドラゴンの姿を覆い隠し、バトルフィールドに広がる爆炎と煙は外からの視界を一時的に遮る。

 

『──いよぉーしっ! 撃ち方やめぇーい!』

 

 冷静に団員たちの射撃兵装の残弾を把握していた副団長が指示を出せば、さながら訓練された兵隊のようにピタリと射撃が収まる。

 万が一も考えて、ある程度の残弾は残しているがあれだけの集中砲火である、いくら開発謹製のNPDといえども無傷とは言えまい。

 

 ──そう考えていた副団長は、次の瞬間、激しい衝撃とともに()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『──は?』

 

 彼が最後に残した言葉は呟きともいえない小さなもので、コックピットを破壊されたことで撃墜判定を受けたスパローは()()()()()()()上半身と下半身がテクスチャの塵となって消える。

 

『に、弐号ーッ!?』

 

 はたして、煙の晴れた先、副団長を一撃(一口)で仕留めた存在はそこにいた。

 

 ──それは巨大な銀の(あぎと)を持っていた。

 

 ──それはまるで巨大で歪な機械の(ワニ)のような姿をしていた。

 

 ──それは、こう呼ばれている。

 

 

黒魔神闇皇帝(クロマジンヤミコウテイ)……()()()()()()()()()()()()()()とか、そんなのアリ……?」

 

 コックピットで呟くレイの頬を冷や汗が伝う。

 

 ブラックドラゴンを守るようにして魔王の前に現れたのはSDガンダムシリーズの中のひとつ、「SD戦国伝天下統一編」に登場したラスボス。騎士ガンダムと双璧を成すSDガンダムの有名所である武者頑駄無たちと激闘を繰り広げた存在だった。

 

 見る人によっては「機動戦士ガンダムUC」に出てきた巨大MA「シャンブロ」にも見える外観は純粋に恐怖を駆り立てる異形であるが、なによりも驚異的なのは()()()()()だ。

 元はSDガンダムシリーズのものとは思えない巨躯は並みのHGサイズのガンプラを上回り、まさにシャンブロを彷彿とさせるほどで──

 

『あっ、勝てんわ、これ』

 

 ()()()()()()()()。完全に煙の晴れたバトルフィールドに出現している。黒と銀で構成された異形の群れがブラックドラゴンの元に集う様は、さながら魔王が戯れに召喚してみせて使い魔のようだがその脅威は決して魔王の手下程度のものではない。

 

『だ、団長ッ! 逃げぶべっ──』

 

 警告を発しようとした団員の機体が一瞬で副団長と同じく胴体を食いちぎられて宙を舞う。

 

 それを皮切りに残りの九体の黒魔神闇皇帝たちが、巨大な足で大地を踏みしめしっと団へと殺到する。

 

 ──そこからはもう一方的な蹂躙であった。




Tips
機体解説:しっとタイタス

素体キット:HGFCゴッドガンダム

武装
・ビームラリアット×2
 磁気旋光システムによって前腕に展開されるリング状のビームを用いた格闘攻撃。その破壊力は並みのガンプラならば真っ二つにするほど。
・肩部ビームスパイク×2
 肩部のアーマーが展開して四本のビームスパイクが発振される。ショルダータックルや肩を使った往なしに用いられる。
・膝部ビームスパイク×2
 膝アーマーから発振される三本のビームスパイク。ニーキックなどで用いる他、団長の巧みな機体捌きによって防御手段としても使われる。
・ハイパーモード
 ゴッドガンダムのハイパーモードを再現可能。

スキル
・飛行
 機体に重力下における飛行能力を付与する。
・流派「東方不敗」
 MF(モビルファイター)限定。
 機動武闘伝Gガンダムにおける流派「東方不敗」の技を再現可能。
 (※ただし威力は機体の完成度に比例する)

必殺技
・爆殺しっとナックル
 炎を纏った拳を相手に叩きつける。
 直撃したガンプラは動力炉が暴走し、内部から破裂するように自壊する。
 「リア充爆発しろ」という団長の怨念が形になったような技。

概要
 ゴッドガンダムの四肢をAGE-1タイタスのものへ変更したミキシングモデル。
 恋愛関係にある男女に嫉妬するくせに、素体に使っているのは「宇宙一恥ずかしい告白」で有名なGガンの主役機であるところに歪んだ拘りを感じる。ドモンとフリットは泣いていい。ただし同じような格闘機同士のミキシングなためか相性は良好で基本性能は高い。
 存在自体がネタみたいなくせに完成度は非常に高く、パイロットの腕もあいまってその戦闘力は三桁台のランカーに迫るものを持つ。
 あらゆる格闘技の技を使いこなし、一部ではあるが流派「東方不敗」の技すら再現する。


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天王星の狙撃手

これにてベアッガイフェス編は終わりなので初投稿です。


 ──まるでモンスターパニック映画でも見ているようだった。とレイは後に語る。

 

 シャンブロのごとき巨大さを持つ黒魔神闇皇帝の群れが、しっと団を壊滅するのには五分とかからなかった。

 

 さながら群れたワニに踊り食いでもされるかのごとく、次々としっと団のガンプラたちはその銀色の顎で砕かれる。ほとんど士気が折れかけていたとはいえ彼らとて一端のフォースである。ただ一方的にやられたわけではなく、しっかりと反撃もしていたのだが、いかんせん相手が悪すぎた。

 恐らくは装甲値のパラメータが特殊なものにしてあるのだろう。しっと団の攻撃は黒と銀の怪物にかすり傷ひとつ負わせることが叶わなかった。

 

『くそぉ! 俺が、俺たちがなにをしたってんだァァァァァッ!?』

 

 最後に残った団長のしっとタイタスはといえば、四体の黒魔神闇皇帝に四肢をそれぞれ食いつかれ、生きたまま手足をもがれると、とどめとばかりにブラックドラゴンが放った紅の雷が胴体を貫き、怨嗟に満ちた断末魔とともにテクスチャの塵となって消えた。

 

 しっとタイタスがダメージアウトによる撃墜判定を受けて完全に消え去るとバトルフィールドも解除され、まるで彫像になったかのように不気味に沈黙する黒魔神闇皇帝の群れとともに、ブラックドラゴンは粒子となって消えていった。

 

「……っはぁー……どうも宝箱を開けた下手人と、バトルフィールドに入ったダイバーだけを狙った罠だったみたいね。よかったぁ……」

 

 戦闘とはとても言えない一方的な蹂躙劇の一部始終を見ていたレイは、安堵した様子で詰めていた息を吐き出す。

 あのNPDどもはデストラップという性質上、きっと通常のダイバーでは絶対に勝てないよう設定されているのだろう。GPDではありえなかった存在だが、全てがデジタルデータで構築されているGBNでは、あのような理不尽な相手も運営がその気になれば用意できるということだ。

 

「……セナのおかげで助かったよ」

「いやいや、私じゃなくてお礼ならプチッガイ(この子)に──」

 

 とセナが言ったところで、カメラアイが捉えた手元の映像を見た二人は固まる。

 

 見ればプチッガイもまた粒子の欠片となって、天に上るようにして足元から徐々に消えていくではないか。

 

「……あー、そっか、この子の役目はもう終わったから……」

 

 納得しつつも少し寂しそうに呟くレイと、「ありがとね。ばいばい」とモニター越しにプチッガイへ手を振るセナ。

 

 宝箱の警告という役目を終えたプチッガイ(NPD)は、元気にヅダの掌の上で両腕を振って別れを告げると、全身が輝く粒子へ分解されきらきらと空へ立ち上っていく。

 

「──ん?」

 

 少しだけしんみりした様子でそれを眺めていたレイとセナだったが、不意にマップデータのとある座標に一つ、見覚えのないアイコンが表示されていることに気が付く。

 

「これは……」

「……宝への、ヒント?」

 

 プッチガイの顔をしたそのアイコンをタップして詳細を開いてみれば、そこには「シークレットヒント!」と金色の文字で表示されていた。

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 座標に示された場所にあったのは、岸壁に埋まるようにして佇む巨大なベアッガイの石像だった。

 

 普通に探索していたのでは間違いなく見逃すような小さな谷の奥、所々が風化したような、まるで磨崖仏(まがいぶつ)を思わせるその像の前にはレイたちの乗るヅダと、連絡を受けて合流したヒロトのコアガンダムの姿もあった。

 

「ほー……これはまた、なんとも()()()というか」

「ハリウッド映画で見たやつ!」

 

 ガンプラから降りて磨崖仏ベアッガイを見上げるレイと、某考古学者が主人公の有名映画を思い出して興奮した様子のセナ。

 

「隠し要素か……凝ったイベントですね」

「なんだか神秘的な場所ね」

 

 こちらはコアガンダムの傍らで感心したようにベアッガイが彫られた壁を観察するヒロト。その隣ではイヴがこの場の静謐な気配に心地よさそうに目を閉じている。

 

「で、来てみたはいいけど、これからどうすれば?」

 

 その場で首をひねりつつヒロトと一緒に観察するレイを置いて、セナのほうはベアッガイ像をペタペタ触りながら、

 

「んー、なにかヒントが彫られてるとかかなー?」

 

 と呟いたその時だった。

 

【「隠されしベアッガイ像」を発見したあなたにボーナスヒント! 今から出題される課題をクリアできたら、宝の隠し場所の座標が明かされます!】

 

「お?」

「わっ」

 

 四人の目の前にそれぞれメッセージウィンドウがポップすると、スロットマシンのような画面に切り替わり、課題とやらが書かれているらしいリールが勝手に回転を始めた。

 

「えっえっえっ、ちょ、ちょっとまって……」

 

 慌てるレイに構うことなくやがてリールの回転が緩やかになり──

 

【ジャーン! 課題の内容は「スナイパー・チャレンジ」に決定しました!】

 

 停止したリールには「ジャンル:狙撃」と書かれていた。

 

「うぇっ!? よりによって狙撃!?」

 

 狼狽するレイを置き去りにしてなおもアナウンスは続く。

 

【制限時間は五分間! 一発だけの真剣勝負! 出現する的をガンプラの射撃武器を使って一撃で撃ち抜いてください! なお、誘導装置を搭載した武装を使用したり、このラインから先に機体や武装が出たりした場合は失格となります!】

 

 言いたいことだけ言ってメッセージウィンドウが閉じると、谷の入口あたりに一本の白線が引かれ、半透明の膜が立ち上がる。そして──

 

『モキュ!』

 

 白線の上には一体の白いプチッガイが出現する。ただ、その機体の背部にあるのはベアッガイが普段付けているリボンストライカーではなく、なにやらえらくゴツいブースターのようなもので。

 

「えっ、まさか……」

 

 小さな両手には丸印が描かれたボードを持っており、おそらくはそれが的なのだろうが──

 

『モッキュ~!』

 

 レイたちが止める間もなくブースターが点火。斜め前方へと勢いよく飛び出したプチッガイは、そのまま遥か上空へと飛び立っていった。

 

「とっ、とにかくガンプラに乗らないと!」

 

 プチッガイが残した飛行機雲を眺めていた一同だったが、レイの言葉と目の前に出現した残り時間を示すタイマー表示を見て我に返ると、慌ててそれぞれの機体へと乗り込む。

 

「ヤバい、ヤバい、ヤバいッ……!」

「え~……的って、アレ?」

 

 コックピットに乗り込んで焦るレイと途方に暮れたようにモニターを眺めるセナ。ヅダのカメラアイを最大望遠にしてもなお指先ほどの大きさにしか見えない的は、とてもではないがこの機体の装備ではどうこうなりそうもない。

 加えてボードを持つプチッガイは上空の風に煽られているようで、ただでさえ小さな的が上下左右にフラフラしている。

 

 ヅダJ型とはレイが独自の解釈を元にしてカスタムしたヅダの陸戦仕様機であるが、その装備といえば右腕に手持ちのザクマシンガンが一丁と左腕のシールド裏にシュツルムファウストが二本。背腰部にHGUCギラ・ズールのパーツを利用したウェポンラッチを増設してはいるが、こちらにあるのはジャイアント・バズが一つにポテトマッシャー型グレネード(柄付手榴弾)が二個と、近接装備のヒートホークが一本だ。

 

 元々レイ自身が狙撃戦が得意でない事と原作のMS IGLOOにリスペクトを込めたアレンジにしたのが仇になった形で、残念ながら精密な超長距離の狙撃など元より想定していない。

 

「こんなことならキット付属の対艦ライフル持ってくれば良かった……私は狙撃出来ないけど、セナだったら──」

「あ、ごめん。わたしも無理。狙撃機体って扱い難しいよね」

「……あ、そうなの?」

「……うん」

 

 互いに顔を見合わせてしょんぼり項垂れるレイとセナ。どうやら蛮族たる彼女たちは二人して狙撃という精密な作業が苦手らしい。

 

『あの……だったら俺がやってみてもいいですか?』

「……ヒロト君。でも、その装備じゃあ……」

「わたしでもわかるよ。その銃、狙撃向きのものじゃないよね?」

 

 せっかくの提案だったが通信ウィンドウに表示されるヒロトの顔に向けて申し訳なさそうな視線を送るレイとセナ。なにせコアガンダムの装備しているビームスプレーガンはザクマシンガンよりも銃身が短く、どう考えても射程が足りそうにないからだ。

 

『二人とも、ヒロトに任せて。──大丈夫。コアガンダム(この子)とヒロトならやれるから』

 

 しかしイブが落ち着いた様子で諭すように語り掛けたことで、レイはなにか考えがあるのかと思い直し、セナは直感で「なんか大丈夫かも」と確信する。

 

「……ま、どのみち私たちじゃどうにもなんないんだから、もうここはイブちゃんの言葉に賭けよっか!」

「そだね! ヒロトに任せた!」

 

 いい笑顔でサムズアップする二人をモニター越しで見たイブは嬉しそうに微笑み、ヒロトを心底信頼している曇りのない瞳で見つめる。

 

『──だって。ヒロト、頑張って!』

『……ああ! 任せろ!』

 

 イブに激励を受けたヒロトはSFSごとコアガンダムを浮上させ──

 

『──コア・チェンジ! ドッキング、ゴー!』

 

 音声入力による特殊コマンドを実行させた。

 

 背部のスラスターを灯してSFSから飛び立ったコアガンダム。

 

 そこにSFSから分離したパーツが次々にドッキングしていく。

 

 短かったコアガンダムの手足は合体したパーツによって延長され、そのシルエットは通常サイズのHGと遜色ない体型に。

 

 肩部と背部に合計三つのビットが装着され、胸部、腰部、頭部にもアーマーが追加。さらに頼りない見た目だったコアスプレーガンにも延長バレルが合体したことで、長い銃身を持つ狙撃銃に変わっている。

 

 

 ──それはヒロトが模索し、イヴと巡り合って見出した、【小さなガンプラの可能性】

 

 ──GBN(この世界)で出会った少年と少女が紡いだ絆の形。

 

 

「わぁっ! すっごい! おっきくなった!」

「なにかしらギミックはあると思ってたけど、想像以上だったわ……」

 

 天王星の名を冠するウラヌスアーマーと合体したその姿は、「ユーラヴェンガンダム」。狙撃能力に特化した、コアガンダムの強化形態だ。

 

 着地したユーラヴェンガンダムは三つのビットを展開。レイがよく観察してみれば、内蔵されたビームガンの銃口の他にセンサーらしきものを搭載していることがわかる。これらは単純な攻撃兵装ではなくマルチセンサーを兼ねたセンサービットのようだ。

 さらに脚部のスラスターが有線式の端末となって、上空を漂う小さな標的までの正確な測距まで行っている。

 

 そうして片膝立ちの姿勢を取ると、バレルが延長されたコアスプレーガン──否、「ビームシュートライフルU7」のバレルがさらに伸長しフォアグリップが展開、がっちりと両手持ちにして銃身を固定する。

 

『──すぅっ……』

 

 ヒロトはひとつ息を吸うと、精密狙撃モードに移行したことでフェザータッチに(軽く)なったトリガーボタンへと、そっと右手の人差し指をかける。

 

──弓ってさ、変に力むと絶対に失敗するんだよね。──

 

 つい残り時間を示すタイマーへと目をやり、少しだけ焦燥にかられそうになったその時、心の水面に最近弓道を始めたばかりの幼馴染の言葉が浮かび上がるように再生される。

 

 

 そうだ。力は要らない。引鉄にかける指はそっと添えるように。力まずに、自然な動作で──己にそう言い聞かせ、同時に各種センサーから齎される情報によって、未来予測まで含めたターゲットへとレクティルが重なるのを待ち──

 

『──ッ! 今──!』

 

 静かに、しかし力強い熱意の籠められた、呟くようなヒロトの声を打ち消すように、銃口から一筋の閃光が放たれる。

 

「──いけぇッ!」

「あたってッ!」

 

 晴天の空を切り裂くようにして迸るビーム。

 

 (あた)る──。という射手の確信を宿したかのように迷いなく突き進む一条の光は、レイとセナの目に鮮烈な軌跡を残して──

 

 

 

 

【Congratulations!】

 

 

 

 

 ──見事に的のど真ん中を撃ち抜いた。

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 夜の帳が降りたベアッガイランドは、昼間とはまた違った煌びやかさに包まれている。

 

「いろいろあった一日だったけど、まさか初参加のイベントで優勝できるとはね」

 

 ライトアップされた観覧車のゴンドラの中から、電飾が眩しいパレードを見下ろす形で眺めていたレイが呟いた。

 

 ヒロトが完璧に狙撃を成功させたことで宝の在りか(ゴール)の座標を直接知ることが出来たレイたち。おかげで他の参加者の誰よりも早くそこへとたどり着き、見事、宝をゲットして優勝することができた。

 

「うん。楽しかったー! 今日はバトル以外でGBNってこんなに楽しいんだって初めて知ったよ」

 

 レイの対面に座り目を輝かせながらパレードを見ていたセナも顔を上げると満面の笑顔で答える。今、このゴンドラには彼女たち二人しかいない。レイとセナ、ヒロトとイブはそれぞれ二人組に別れて隣同士のゴンドラに乗っている。

 

 さすがにこんなシュチュエーションでヒロトとイヴ(ふたり)の邪魔をするほど彼女たちも野暮ではなかった。

 

「……それに、ふふふ」

「なに? 急に笑って」

 

 思い出し笑いをするセナを訝し気に見ていたレイだが、

 

「……だって、レイのあの怖がりっぷり……! あはははは!」

「なっ!? ちょ、あ、あれは忘れてよ!」

 

 昼間の醜態を思い出していたのだと告げられ顔を真っ赤にして抗議する。

 

「あははは! ごめん! なんだか急に可笑しくなっちゃって! 自分でも止められない! あはははは!」

「ちょっとセナぁ!?」

「ごめんってばー!」

 

 なおも大笑いするセナに詰め寄ったせいでゴンドラが少し揺れる。だが出会ってから初めて見るほどに、ここまで慌てふためくレイ(相棒)の姿がまたツボに入ったのか、しばらくセナは笑い転げていた。

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 賞品として手に入れた「武者凱」のデータを見ていたヒロトは、隣のゴンドラがやけに揺れていることに気づくと顔を上げた。

 

「……なんだかレイさんたちの乗ったゴンドラが凄い揺れてる。大丈夫なのかな」

「んー、たぶん大丈夫だよ」

 

 ヒロトの隣に座ってゆったりとパレードや夜景を眺めていたイブがのんびりとした声を返す。騒がしい隣と違い、こちらのゴンドラはどこかまったりとした空気が流れていた。

 

 昼間は園内のアトラクションを存分に遊び倒し、最後は極度の緊張と集中を要する一発勝負の的当てをこなしたヒロトは流石に疲れが出てきたのか、パレードや夜景を楽しむ余裕もなく少し意識がうつらうつらとしだす。

 

 意識が途切れる(寝落ちする)と強制的にログアウトさせられるため、どうにか意識を保とうと頑張るのだが、わりと座り心地の良いクッションと適温に保たれたゴンドラの室内は、彼の抵抗を無視して眠りの世界へとゆっくり誘ってくる。

 

「……ヒロト、今日は楽しかった?」

「……ん? ああ……楽しかったよ」

 

 不意に肩に感じた重みと、心地の良い聞き慣れた声に僅かに意識がはっきりとしたヒロトは、どうにか薄目を開けて返事をする。

 

 ヒロトの肩へ頭を預けたイブはそんな彼の返事に嬉しそうに微笑むと、瞳を閉じてどこか願いを告げるように言う。

 

「……じゃあ、フォース、入ってみたらどうかな」

「……レイさんたちのフォースはタッグフォースだから、さ。俺が入ると二人の邪魔になるよ……」

 

 いまだ居座る眠気に夢心地のまま思いついた事を口にするヒロト。イヴはそっと自分の手を彼の手に重ね、ふるふると首を振る。狭いゴンドラに乗るには不向きだと、もうベアッガイヘッドを被っていない彼女の絹のような金髪が、月を連想させる不思議な芳香とともに優しくヒロトの頬を撫でた。

 

「……きっと、レイやセナみたいにヒロトと気の合う人がGBN(ここ)には沢山いると思うの。だから、そういう人から誘われたら、ね?」

「……ああ、そう、だね。フォースって、案外、悪く、ない、かも……」

 

 ついに眠気が限界にきたヒロトが途切れ途切れに言葉を返し、いよいよ寝落ちするかというその時──

 

 ガクン、とゴンドラが停止して、その衝撃でヒロトの目が覚める。

 

「はーい。お疲れ様でしたー。お気をつけて降りてくださいねー」

 

 隣を見ればいつの間にか立ち上がっていたイヴと入口を開けたスタッフがにこやかに挨拶をしていた。

 

「……ん? ふぁ……ああ、もう一周したのか……パレードとか全然見れなかった……」

「ふふっ……ヒロトは今日とっても頑張ってたからしかたないよ」

 

 イブに続いてゴンドラを降りるヒロトがぼやくと、先を歩く彼女が振り返り笑って労いの言葉をかける。

 

「おーい、ヒロトくーん、イヴちゃーん」

「ふたりともこっちに集まってー」

 

 観覧車を背にする位置にいたレイとセナが呼ぶ声が聞こえ、そちらへ行ってみると、見知らぬ男女のペアと共にいる二人の姿が見える。

 

「今日の記念に一枚、ね?」

「すみませーん。お待たせしました。お願いしまーす」

 

 どうやら記念写真を撮るために通りがかりのダイバーに頼んでいたらしい。

 

「おう、気にすんな。バッチリ撮ってやるからな!」

 

 彼女と思われる女性ダイバーと共にカメラを片手に待ってくれていたのは、OOのパトリック・コーラサワーそっくりの青年。どうやらキャラクタースキンを使っているようで、まさに劇中のキャラクターそのものだ。

 

「さ、並んで並んで」

「ヒロト君が真ん中ね」

「えっ、俺ですか?」

 

 レイとセナに促されて三人の女性の中心に立たされたヒロトが困惑するが、「今日のMVPだから!」とセナに言われてしまえば、彼女たちの好意を無下にもできずにあれよあれよと撮影ポジションに収められてしまう。

 

 背後に背の高いレイが立って彼の肩口から顔を出し、右には手を繋いだイブが寄り添い、左にはなぜか腕組みをして胸を張り、堂々と仁王立ちのようなポーズを決めたセナが並ぶ。

 

「おっと、少年。モテモテだな! 羨ましいぞ!」

 

 からかうように笑うコーラサワーだったが、横にいた彼女に「変なこと言わない!」と脇腹を小突かれると、苦笑いをしながらカメラを構えた。

 

「よーし、いくぞー。笑って笑ってー──」

 

 ──カシャリ。

 

 ライトアップされた観覧車を背景に、四人の少年少女の姿が一枚の写真に収められた。




Tips
・記念写真
 ヒロトのGBNアカウントのスクショフォルダにそっと仕舞われている一枚。ライトアップされた観覧車を背景に、彼を中心にして三人の笑顔の少女と共に撮られている。
 今はもう失われた、かけがえのない少女との幸せな記憶の欠片。


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幕間 星々よりも──

予約投稿の日付を間違えていたので初投稿です。

誠に申し訳ございませんでした。


 友達、という言葉は桜庭世那という少女にとって未知のものであった。

 

 例えるなら夜空に浮かぶ星のようなものだろうか。

 

 それがどんなものでどれくらいの距離にあるのかは調べればわかるが、実物を目にしたことはない。あくまで知識の上だけの存在。

 

 

 ──それは、生まれついての身体の問題で、学校というものにはほとんど通えたことがなかったせいかもしれない。

 

 ──小学校の入学式。今となっては考えられないことだが、両親が同伴してくれた唯一のイベント。ずいぶん前から楽しみにしていたのに、途中で体調を崩してしまい、結局それきり一度も登校することができなかった。

 

 ──中学校は最初から通うことを諦めて、衛生環境が整えられた自宅から、オンライン接続したVR装置で親が雇った講師を相手にした授業で勉強をしていた。

 

 ──十六歳になり、ようやくクリーンルームのような自室以外でも体調を崩す頻度が減った時、すでに彼女は孤独に慣れ切っていた。

 

 

 桜庭家は地元では有名な名士であり、また知名度に見合った裕福な資産家で、両親ともに優秀な経営者である世那はこれまで生活面で困窮したことはない。

 

 彼女の両親はいたってまともな倫理観と常識を弁えた大人で、仕事こそ忙しくなかなか会えないものの、()()()()()()()()()()()世那をないがしろにしたことはない。

 

 世那が生きるために必要な住環境や医療の手配。虚弱な彼女が日常生活を送るにあたって、心身ともに十全なサポートが出来るだけの専門の資格とスキルを持ったスタッフの雇用。年齢に見合った知識と教養を授けるための教育。そういった物に対する出費は惜しまなかったが、ただひとつ、()()()()()()()だけは与えることがなかった。

 

 無関心、ではない。()()()()()()()()()()()()()は最低限、いや、()()()()()()()()それはもう充分以上にこなしている。

 

 だが、逆に言えばそれだけだった。

 

 年に数えるほどしか見る機会のない両親の顔。あまり動かない表情からは娘に対する愛情が世那には感じ取れず、まるで安否確認かのごとく数分だけ交わされる事務的な会話。そしてなにより、ひどく冷めたその視線が嫌でも物語るのだ。彼らは()()()()()()()()()()()()()()()と。

 

 彼らが娘に願うのは「ただ生きていてくれればいい」ということだけ。一見すれば親の愛ゆえの真摯な願いに思えるが……その裏に潜むのは、世間の非難の的(スキャンダル)になるようなことにさえならなければいい──という打算的な思惑だった。

 自らの境遇を儚んだ娘が()()()()()()()()()()()()()()()情緒面に対してのケアも徹底しており、世那が幼い頃によく家に来ては遊んでくれていたお姉さんが、実は児童専門の心理カウンセラーだったという事実を知った時には結構ショックを受けたものだ。

 

 そういった裏の事情を成長するにつけ知ってゆき、これまで両親の自分への態度を見ていた世那は、彼らの自分()に対するスタンスをこう捉えていたし、それは決して思い込みなどではなく──残念なことに事実だった。

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 静かで清潔な室内に「パチン、パチン」と小さな音が響く。よく聞いてみると音の発生源はふたつあり、片方はリズミカルに、もう片方は調子の外れた不規則なリズムだった。

 

 桜庭家の世那の私室。嶺の部屋とは比べるのもおこがましいレベルで広くて清潔な──そして高級な家具が当たり前のように使われている──そこは、幾度もお邪魔したことがあるとはいえ、未だ嶺にとっては物珍しさがあった。

 窓から差し込む午後の光は初夏の終わりもあってか、紫外線をカットする特殊なガラスを通してもなお強い。小さなプラモデルのランナーが置かれた木製の白いローテーブルには、磨き抜かれた表面に汗をかくグラスが二つ並んでいる。

 

「ねー、嶺」

 

 不規則なほうの音源である世那がテーブルの対面に座る友人へと声をかける。今彼女が作っているのは、先日のベアッガイフェスにて手に入れた優勝賞品である「武者凱」だった。

 これは世那からデータを受け取った嶺がバイクでひとっ走り国道沿いのTHE GUNDAM BASEまで行って、己の分とあわせて射出成型機にてアウトプットしてきたものだ。

 

 ニッパーだけを使ったガンプラ作りならば今の彼女でも身体的に問題がないため、友人()に勧められて購入した薄刃ニッパーを慣れない手つきで慎重に使いパーツの切り出しを行っている。

 

「んー?」

 

 少しだけ無言の時間が続いたせいで退屈したのかと、手元のランナーからちらりと視線を上げた嶺は対面の世那を見やる。ガンプラを組み慣れている嶺は既にほとんどのパーツを切り出しが終わっており、最後のパーツにニッパーの刃をかけたところだった。

 

「嶺ってさ、現実(リアル)だとおっぱい大きいよね」

「ん゛ふっ!?」

 

 全く想定してなかった話題を投げかけられ嶺が咽る。ほとんど暴投のようなその言葉によって、ゲートカット用の薄いニッパーの刃先を危うく()()()そうになった。

 

「……ちょ、なに!? へ、変なこと言わないでよ……危うくニッパーの()が欠けるとこだったじゃない……」

 

 恥ずかしさはもちろんあれど、少しだけ怒りも込めた赤い顔を世那に向ける嶺。「これ高いんだから勘弁してよもー……」と愚痴りながら、刃こぼれや歪みがないか注意深くニッパーの先端を確認する。

 

 プラモデルのゲートカット専用に作られた片刃の薄刃ニッパーは性能が良い反面、扱いを誤ると刃先が簡単に折れてしまう。特に彼女が愛用しているものは値段もさることながら、モデラーたちに高い人気があるために入手がそれなりに難しい。

 

「……いやぁ、ね? わたしも今までVRゲーをいろいろとやってきたけど、ロリ系のやつを除いて女性型アバターの胸をリアルの体型よりも()()()人って嶺くらいしか見たことなかったから……ねえねえ、なんで嶺のダイバールックはあんなに()()()()()なの?」

 

 桜庭 世那には友達という存在がこれまでいなかった。

 

 ゆえにこそ──彼女はGBN(ゲーム)以外の話をするとき、わりとテキトーに思いついたことを口にしてしまうところがあった。

 

「……一言で言えば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からかな」

「そーなの?」

「そーなの。だいたいね、リアルで巨乳なんて──」

 

 まあ、要するに私的な場での他人との距離の測り方が絶望的に下手くそなのだ。

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 いくつものVRゲームを渡り歩いてきた世那だったが、実のところ互いのリアルの事情まで知りえるほど親しい関係を築いた相手というのはいなかった。

 世那にとって現実の自分の肉体というのは一種のコンプレックスで、女性的な魅力どころか普通の生活も危ういような脆弱で貧相な外見と、ゲームの世界では人並み以上に活躍している姿とのギャップを知られて落胆される事が怖かったから、ゲームで知り合った相手とは一定以上親しくなろうとはしてこなかった。

 

 リアルはリアルでほとんど学校に通うことがない生活を送り、日常で顔を会わせる相手は親が雇った人材やVRを通しての講師といった大人ばかり。ゆえに世那には生まれてから一人として現実(リアル)での友人と言える存在はいなかった。

 

 そんな世那が後に嶺という少女と出会うきっかけとなるGBNと出会ったのは、季節の変わり目で体調を崩して入院した際、たまたま見かけた配信動画だった。

 なにやら難しいミッションを友人同士でわーわー騒ぎながら攻略し、クリアした際には互いに笑顔で健闘を称えるダイバーたちの姿を見て「いいな」と思った。幸いなことに看護師の一人がガンダムファンで、パチ組みのRX‐78‐2を貸してくれたことも後押しして、まるで導かれるようだ、と世那は柄にもなく浮かれたことを覚えている。

 

 もしかしたら、ここでなら、動画で見た彼らのような関係になれる相手が見つかるかもしれない。そんな淡い期待を抱いて。まるで夜空に瞬く星へと無邪気に手を伸ばす子供じみた希望と、それが裏切られるかもしれないという、年相応の僅かな不安と諦念を持って。

 

 

 そして、世那が初めてGBNへとログインした日。最初に降り立ったディメンションは、初心者狩りに騙されて連れ込まれたハードコアディメンション・ヴァルガであった。

 今にして思えば、声をかけてきた相手が女性ダイバーだったことで油断したのもあるが、なにより()()()()()()()()()()()を離れて一年近く経っていたせいで、()()()()P()v()P()()()()()()()()()()()()()()ことが原因だろう。

 

 ──だからこそ、そこでまんまとキルされた時、彼女は……()()()()()()()

 

 不安が的中した形にはなったが、その落胆は()()()()()()であり──こちらを嘲笑う相手の顔をしっかりと(二度と忘れないように)心へ焼き付け、敵へと向けた殺意は、むしろ世那にとっては()()()()()、あるいは()()()()とすら言えるもので。

 

 ああ、ここ(GBN)は昔プレイして──嵌りすぎて家政婦たちに「お嬢様、その、目つきが……」と恐れられて引退したが──いた殺伐PvPゲームと同じなんだと。そう()()()して、友達はできそうもないけれど、入院中の退屈は紛らわせるなと、人斬り時代(昔の自分)を思い出すきっかけを与えてくれた初心者狩りに感謝すらした。

 

 ──ちなみにだが、その後即座にログアウトした世那は、リアルマネーで撃破されたガンプラを即時直す課金アイテム(超高速修復材)を購入すると機体を修復。速攻でヴァルガへと再ログインし、速やかに目標(ターゲット)を見つけ、「ありがとう」と笑顔で八つ裂きにした。(お礼参り天誅した。)

 この手際の良さは昔取った杵柄、というやつである。

 

 結果論だが、ヴァルガという()()()()()()のような環境はかつて親しんでいたゲームとよく似ており、世那にとっては()()()()場所だったのは間違いなく。

 どうせログインするのは入院中の一週間ほど。だったら不慣れな人間関係をどうこうするより、「退院するまでの暇つぶし」と脳死で割り切って遊ぶほうが気楽だと、つい自分にとって楽な方へと流れた。これには対人関係に積極的になれない彼女の意志の弱さもあったが、やはり初日で期待を裏切られた落胆も影響していた。

 そうして他のイベントやミッションには目もくれず、入院中はすっかりヴァルガに入り浸る生活を送ることになる。

 なにせ世那はVRPvPの中でも特に悪名高い「幕末」を()()()()プレイできる少女だ。不意打ち、待ち伏せ、騙し討ち。時折出現する上位ランカーを利用したMPKと、それはもうかつて培ったスキルを存分に発揮してヒャッハーしまくった。

 

 

 当時はガンプラ事情にも疎く、本格的に遊ぶためには絶対に必要なカスタム機体を用意出来ないと思い込んでいた世那が、そんな感覚でGBNをプレイする生活の中で、まるで、そう、ガンダムに例えるなら「コロニー落とし」くらいの衝撃を彼女に齎したのが、この岩永 嶺という少女との出会いだ。

 

 出会ったのがヴァルガという特殊な環境ゆえ、お互いにアバターの顔すら知らないまま交戦し……そして、どんな運命の悪戯なのか、戦った翌日に現実(リアル)の世界でいきなり遭遇。そのまま身バレしてしまった。

 

 あまりの急展開に正体を誤魔化すヒマもなく、それはまさに偶然という名の神様の力業でもって、いつも自分が築いていた壁をぶち破り、仮想と現実の間に横たわっていたはずの絶対に無くならないと思っていた距離を、あっという間に詰められた。

 

 嶺のガンプラバトルに対する熱意に圧倒された、というのはもちろんあるが──

 

 

「……だからね。女の胸なんて、大きすぎてもいいことなんてなんもないのよ……って世那、聞いてる?」

「……えっ? あっ、うん……なんか、ごめんね。ほら、わたしってガリガリだし子供っぽいでしょ? だからちょっとした興味だったんだけど……」

「……いやいや、世那のはガリガリじゃなくて、儚いっていうの? なんか、そう、庇護欲が刺激されるっていうか、ね?」

 

 なによりも、彼女の人柄に世那は惹かれた。

 

「──つーか、なに? そんな美少女フェイスに生まれておいて……三白眼気にしてる私に喧嘩売ってる?」

 

 ──自分が抱いていたコンプレックスなんて、まるで些細な事であるかのように()()に接してくれる。

 

「買うよ? ダイバーギアあるからGBN行こうぜ? 今なら阿修羅だって凌駕できる気がするから。今日こそはワンサイドゲームでボッコボコにしてやるから」

 

 ──ギャップに驚いたのは最初だけで、()()()()()()()()ではなく、()()()()()()()()として世那の腕前を認めて対等の相手として扱ってくれる。

 

「世那の機体も基本装備だけど用意出来たから、久しぶりにお互い本気(マジ)で──」

 

 ──あの病院の一室で、つい「GBNを続けるつもりがない」と言えば物凄い勢いで惜しんでくれた。身体的な問題でガンプラが作れないと返せば、彼女は自分が代わりに作るとまで言ってくれた。

 

「って、あーっ!? しまった! 専用機の完成はサプライズだったのに! 勢いでバラしちゃった!?」

 

 ──親にすらなにも期待されない、取るに足らない存在だと思っていた現実の自分に、ここまで関心を寄せてくれた初めての相手だった。

 

「──ありがとね。嶺」

 

 ──だから、いろいろな思いを込めて感謝を告げる。

 

「へっ?」

 

 脈絡もなく突然お礼を言われた本人は、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして世那を見つめてくる。

 

「──あっ、あぁ、うん。まあ……散々待たせちゃってたから……むしろ、ごめんね?」

 

 そういう(専用機の)事じゃないんだけどなぁ、いや、もちろん嬉しいし、ここがGBNなら飛び跳ねて喜んだけどさ──と世那は内心で呟くが、友達の様子が面白いので敢えて言わないでおく。

 

「じゃ、さっそく嶺が作ってくれた機体のお披露目と行こうか! ──負けないよ?」

 

 ──お礼の代わりは戦果(勝利)で示す。

 

 言外にそう示してやれば、相手も楽しそうに口角を釣り上げる。

 

「初めて使う機体のクセに強気じゃない」

「ふふん……嶺、初登場補正って知ってる?」

「世那も言うようになったねえ……」

 

 互いに闘志を漲らせ、不敵に笑って視線を交わす。

 

 そこに対抗心はあれどマイナスの感情はなく、ライバルのように鎬を削り合うも、根底にあるのは相手の強さに対する信頼とリスペクト。そしてなにより己の強さに対する自信。

 

 

 ──そういう相手を、世間では「親友」と呼ぶ。

 

 ──夜空の星のように手の届かないと思っていた存在は。

 

 ──まるで隕石が落っこちるようにして向こうから世那の手の中に飛び込んできてくれた。

 

 

 ガンダム作品の登場人物の中には地球の重力に縛られた人類を嫌う人もいると聞いたが、こんなにいいモノ(大好きな友達)を引き寄せてくれるなら、世那は重力に魂を縛られても構わないと思った。




Tips
・「幕末」
 出典「シャングリラ・フロンティア~クソゲーハンター、神ゲーに挑まんとす~」
 正式名称を「辻斬・狂想曲(カプリッチオ):オンライン」というオンライン対応のフルダイブ型VRゲーム。
 プレイヤーは幕末を再現した京都で「維新軍」「幕府軍」に別れて戦うPvPメインの箱庭型オープンワールドゲーム。主に刀剣類を武器としてそれらをアシストするスキルを用いて戦う。一部に拳銃や弓のような飛び道具アリ。
 色々とアレなゲームであり「エリートぼっち専用ゲーム」「サイコパスしか生き残れない地獄」「プレイヤーキラーのために作られたプレイヤーキラーの為だけのゲーム」といった評価がなされる。完全な初心者お断り仕様で、「適正」のある人間とそうでない人間では評価が真っ二つに別れるのが特徴。
 一言で纏めれば【()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()P()v()P()】で、世那がログイン初日にヴァルガに馴染めた最大の理由。
 これに嵌っていた頃の彼女は目つきが鋭く(確実に何人か殺っている人の目に)なり、家政婦たちに恐れられていた。


あとがき
 これにて第二章は終わりです。
 また書き溜めが出来ましたら第三章を開始したいと思います。

 ……ところで、十万文字以上書いて未だにメインキャラの専用ガンプラが出てこないダイバーズ二次があるらしいですよ(震え声)


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第三章 エンジョイ(物理)!GBN!
鳥の魔神


書き溜めはありませんが、とりあえず先にメインキャラのガンプラだけ情報を出しておきたいので初投稿です。


 漆黒の宇宙空間を純白の天使が舞っている。真空の空に二対四枚の翼を広げ、目指すのは木星から遥か彼方にある地球。巨大な腕を交差させ、まるで祈るような姿はどこか神聖さすら感じさせる趣がある。

 

 だが、天使の正体を知ればそんな気持ちは吹き飛ぶだろう。

 

 ──その正体は「ディビニダド」

 

 機動戦士クロスボーン・ガンダムに登場した巨大MAで、150mクラスもあるその巨体を動かすため内部には複数の核融合炉と───()()()()()()()()を搭載した破壊の化身だ。

 『地球侵攻用MA』とされるそれは、まさに木星帝国の、否、木星帝国総統クラックス・ドゥガチの地球への妄念が形になったような凶悪な性能と、なにより()()()()()()()()()という事実はガンダムファンを震え上がらせた。

 

 これが一機でも地球圏へと落ちれば撒き散らされる放射能によって人類は確実に壊滅するだろう。

 

 他の七機を囮として連邦軍とコロニー軍へとぶつけ、ドゥガチ本人が乗り込んだこの一機のみが地球を壊滅するべく青い星を目指して進む。

 

 ディビニダドの周囲には天使を守護するかのように数多の木星帝国製MS、MAが追随しており、厳重な防壁が築かれている。

 まさに鼠一匹たりとも通さない、そんな意思すら感じさせる大規模部隊であったが、突如、地球側から放たれた一筋の光が堅牢な防衛網に突き刺さった。

 

 まるでウイングガンダムのバスターライフルを思わせる、力強くも恐ろしいほどの威力を持ったビームの砲撃は、射線上にいた機体を飲み込みながら直進し、さながら海を割ったモーセの奇跡がごとくディビニダドへの道をこじ開ける。

 しかし部隊の規模から言ってしまえば、それは蟻の一穴にしか過ぎず、すぐさま再配置された他の機体によってその穴は埋まってしまうかに思われる。

 

 だが、いつだって巨大な何かが崩壊するのは、その『蟻の一穴』からなのだ。

 

 ビームの有効範囲外にいたMSたちが、防衛網に開いた穴を塞ぐべく移動を開始する直前、僅かな時間開いたそこに飛び込む機影がある。

 

 

 ──それは一機のMS、否、()()()()だ。

 

 

 それは鳥を思わせる姿をしていた。

 

 ティターンズブルーに黒を混ぜたような暗い濃紺色。所々に差し色としてオレンジレッドが加えられた、シャープな体型のガンダムタイプ。

 そのガンプラは背部に展開された三対六枚のウィングスラスターから爆発的な勢いで青白い噴射炎を吐き出して飛翔し、N()P()D()()()()気づいた時には、陣形の中に入り込まれていたため、周囲のMSたちは味方への誤射を恐れてか火器を発砲する気配がない。

 

 いや、それでなくとも、このMSを止めることは出来なかっただろう。

 

 なにせ()()()()。まるで高機動MAのような速度を人型で叩き出し、付近のNPDが接近に気づいた時にはもうその姿は遥か後方にあるのだから。

 

 ようやくディビニダドが迎撃のため、その巨大な翼に格納されていた使い捨てのサイコミュ兵器(フェザーファンネル)を展開し、射出された多数の羽がディビニダドからすれば小人のような敵のMSへ殺到する。

 羽の形を模したこのフェザーファンネル。無線式誘導兵器でありビーム砲を内蔵するのは他のファンネルと同様だが、それだけではなく直接ぶつけることで敵を破壊する質量兵器でもある。

 死角を含めたあらゆる場所からの攻撃に晒されるオールレンジ攻撃だけでも厄介だというのに、砲撃で形成される網の中には恐ろしい牙も飛び交うそこはまさにキリングレンジ(殺し間)

 

 しかし()()()()()()()N()P()D()()()()、そこには明確な──それがわずか数フレームの刹那だとしても──()が存在する。

 フェザーファンネルからの射撃を鋭角な軌道で躱しながら、針の穴のようなその隙間に機体を捻じ込み包囲を逃れた襲撃者は、上半身を大きく捻るとディビニダド目掛けて何かを投擲した。

 水平に回転を加えられて飛翔する、MSからすれば大型の質量体はブーメランのような投擲武器で、実に原始的な攻撃手段だった。

 

 当然ながらそんなものを投げつけられたディビニダドは、撃ち落とすべく機体前面にフェザーファンネルを展開して迎撃する。

 統率された軍隊のように整然と並んでビームを撃ち出すファンネルから、射線を収束させたことで出力を上げたビームが照射されブーメランへと突き刺さる。

 

 だが、まるで水を弾くかのようにして表面で着弾したビームが散り、速度を落とすことなく収束されたビームの中を凶悪な原始武器が突き進んでいく。

 途中で横から他のフェザーファンネルが突撃するも、エメラルドグリーンの残像を発生させながら回転する刃に触れた途端に、さながら砂糖菓子が崩れるように次々と砕けては消えてゆく。

 光の奔流を切り裂き、仲間が潰されてもなお突撃を繰り返す哀れな羽たちを潰しながら飛翔した強靭な刃は、()()()()()()()()()()()と、ディビニダドの背部に備えられた大型の翼──フェザーファンネルのコンテナでもある──の根本を切り飛ばした。

 

『──ッ!?』

 

 声なき声を上げてその巨体を傾かせるディビニダド。

 

 戦艦クラスの巨躯からしても、なお巨大な翼は質量も相応にあり、その片方が本体から突然脱落したせいで機体バランスが崩れたのだ。前進していたことで慣性が働き、傾いだまま斜め下方向へ逸れつつも、なおも前へと進む天使の姿は、蝋の翼が溶けたイカロスか。

 大きな両腕を広げて必死に態勢を立て直そうとする姿は、搭乗者の背景もあってどこか哀れでもある。しかし天使の翼を捥いだ凶鳥は攻撃の手を緩めない。

 

 今もなお四方八方から飛び交うレーザーと、その中へ巧みに織り交ぜられた質量体による突撃を回避しながら、腰裏にマウントされていたビームサーベルを引き抜く。

 濃い桜色のビームエフェクトを発振し、片側が反り返った特徴的な刀身を形成するそれを、躊躇なくフェザーファンネルが密集している所へ向かって投げつけ、間髪入れずに背部のウィングスラスターに内蔵されていたビームライフルでもって回転する刀身を撃ち抜く。

 するとサーベル部分に弾かれたライフルのビームが拡散し、簡易的な散弾となってランダムにフェザーファンネルへと降り注いだ。

 

 これは劇場版の機動戦士Zガンダムにおいて、主人公のカミーユ・ビダンが使った「ビームコンフューズ」という、対ファンネルのための迎撃テクニックだ。

 

 回転を加えて投擲したビームサーベルの刃という、普通は狙って狙撃できるものでは無い小さな──しかも動いている──的へピンポイントで射撃をあてる。しかも戦闘機動を行いながら。

 そんな曲芸じみた芸当に、当時の映画館で初めてこの技を見ていた観客は呆れたものだったが、この鳥を模したようなガンプラはさも当たり前のごとくそれをやってのけた。しかもウィングスラスターに内蔵された銃口、つまりさほど自由には動かせない固定武装でだ。

 

 ビームコンフューズによって展開していたフェザーファンネルの多くを喪失したディビニダド。だが相手の攻撃はこれだけでは終わらない。

 戸惑うように巨体の動きが鈍った隙を突くかのようにして、漆黒の空に幾つもの銀閃が閃き、空域に展開していた残りのフェザーファンネルが次々と破壊されていく。

 その正体はあのガンプラから射出された小型の質量兵器であり、ガンダムAGEの世界で「Cファンネル」と呼ばれるそれは、奇しくもディビニダドの展開していたフェザーファンネルと似た性質を持った遠隔操作兵器だった。

 

 そうして僅かな攻防の合間に、展開した全てのフェザーファンネルが破壊され、ついで主翼を斬り飛ばした質量体──それはまさにブーメランのような形状をした実体剣だった──が飛来して戻ってくる。

 途中で二つに分離したその刃は、まるで獲物を仕留めた猟犬のごとく忠実に、主人である相対するガンプラの前腕に装着される。

 

 

 ──その名を『ガンダム・カイム』

 

 

 ベアッガイフェスをきっかけにして交流を持ったヒロトとイヴからも意見を取り入れ、セナと意見交換しながら試行錯誤すること一ヶ月近く。ついに完成した彼女のための専用機。

 一部をスクラッチビルドによって作り上げたオリジナルのガンダム・フレームに、AGE-1レイザーの外装パーツと武装を用いた装備を取り入れたカスタムガンプラだった。

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 ガンダム・フレームとは「機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ」にて登場した特殊なMS群である。

 

 機体名と開発ナンバーに「ソロモン72柱の悪魔」をモチーフとし、悪魔の名を冠するそれらは、原典の72柱と同じ数だけ建造されたという設定を持つインナーフレーム搭載機だ。

 しかし原作のオルフェンズではその多くが三百年前の厄災戦で喪失しており、現存するのは二十六機とされ、さらにその中で設定だけのものを含めても情報が確認されているのは僅か十二機。

 そんな数多ある()()の中でレイが独自の設定を()()()()()()作り上げたフレームが、この『ガンダム・カイム』だ。

 序列五十三番目。三十の軍団を従える大総統。弁舌の達人であり「鋭い剣を持ったツグミ」という姿で描かれる悪魔をモチーフとしている本機は、高機動白兵戦特化型をコンセプトにした機体だ。

 

 ガンダム・バエルのスラスターとスクランブルガンダムのウイングを組み合わせて作られた大型ウィングスラスター。背部に展開される三対六枚の翼からは莫大な推力が齎され、C()()()()()()()()()()大型のシグルブレイドたるレイザーブレイドを自在に操る様は、細身のシルエットも相まって研ぎ澄まされた刀剣のごとき鋭さを感じさせる。

 

 先ほどディビニダドの主翼を斬り飛ばしたのはこのレイザーブレイドで、通常はシグルブレイドの双剣であるが連結することで巨大なブーメランとなる。

 その一撃は直撃すれば戦艦すら沈める威力を誇るものの、本来ならば単純な投擲武器であり投げてしまえば回収することは出来ない。そこでレイはこの武装をAGE世界の遠隔操作武器(Cファンネル)と設定することで、自由自在に飛翔させることを可能とした。

 Cファンネルは他にもあり、この機体では腰背部のリアアーマーに鳥の尾羽を模した形状のものが五つ装備されている。フェザーファンネルの残りを駆逐したのがこれだ。

 

 このように武装面はシグルブレイドやCファンネルの他、ドッズライフルといったAGE世界のものを取り入れ、以前にセナが類似するコンセプトを持つガンダム・バエルを使った時に零していた射撃兵装の貧弱さも改善されている。

 

 イヴの助言とヒロトのアドバイスによって、()()()の強化に拘ることなく、またセナの操縦に追従できるだけの()()を持ったAGE-1レイザー。

 

 ASW-G-53 ガンダム・カイム。

 

 それがレイからセナへと送られた、GBNでの剣の名前だった。

 



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炎の魔人

主人公の新しい機体設定が超難産だったので初投稿です。


 セナがディビニダドを相手取っている間、周囲の敵MSたちは黙してそれを観戦していたのかといえばそうではない。

 こちらはこちらで()()()()()()()()への対処に追われて、セナのガンダム・カイムを追いかけるどころではなかったのだ。

 

 ディビニダドの周囲には主に木星帝国の主力量産機であるバタラと、そのバージョンアップ機であるエレバドを指揮官機とするMS小隊が多数配置され、数は少ないが蟹に似た姿のMAであるカングリジョが混じる部隊編成をしていた。

 

 バタラとは異なる索敵能力を強化した細長い頭部を持つエレバドの一機が、正面から飛来したビームを避ける。しかし、回避先を予測していたかのように、()()()()()飛来した閃光によって、背後からコックピットブロックを貫通され爆散する。

 

 指揮官がやられて混乱するバタラの小隊。そこへまた別方向からビームの雨が降り注ぎ、通常のMSと比較すれば小柄なその機体を次々に火球へと変じさせる。

 あっという間に壊滅させられた小隊。最後に残ったバタラの一機が、撃墜される直前、頭部の特徴的なゴーグル状の精密照準用バイザーで捉えたのは、こちらへ接近する一機のガンプラの姿。

 

 特徴的なモノアイの頭部に赤色が目を引く肩部。それはレイが愛用しているガンプラの一体である、イフリート・アサルトであるのだが、今までとはシルエットが明らかに異なっていた。

 

 νガンダムのヘビー(H)ウェポン(W)システム(S)を思わせるような、胸部の分厚い追加装甲と、大腿部までを完全に覆う重厚なフロントスカート。まるで武器腕のようにまるごとビームライフルのような形状になった前腕部に、サンダーボルト系のMSを彷彿とさせるサブアーム付きの巨大なバックパックからは、二枚の実体盾が敵の射線から本体を守る。

 また、盾とは別のサブアームを介して接続された120mmマシンガンが脇腹から砲身を覗かせて弾幕を展開すれば、バックパックの上部に配されたガンダム・フラウロスから移植した二基のショートバレルキャノンも火を噴く。

 慌ただしく反撃を始める敵機の壁へ鈍重そうな見た目に反した機動力でもって切り込み、敵部隊の深くまで入り込むと、キャノン側面にある元キットの六連装ミサイルポッドを解放。放たれたマイクロミサイルの群れが広範囲の敵機を次々に巻き込んで漆黒の空に派手な花火を打ち上げる。

 

 鉄血世界でも珍しい重火力MSであるガンダム・フラウロスから移植した火器と、元キットのものに加えて、新造した強化型ビームライフル。以前より遥かに盛られた火力から放たれる弾幕によって、半ば包囲されるような形になりながらも巧みな位置取りと的確な射撃でもって周囲に破壊の嵐を振りまいている。

 

 ──イフリート・アサルト改め、『イフリート・ゲヘナ』

 

 尽きる事のない火によって罪人を焼き続ける地獄の名を冠した単眼の巨人。

 開幕の高出力ビームによる射撃。それを行った機体こそがセナの相棒、レイの操るガンプラだった。

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 もともとイフリート・アサルトとは、「三代目メイジン」というGPDの有名プレイヤーが使用していた、「ケンプファーアメイジング」というガンプラにリスペクトを込めてビルドされたガンプラだった。

 

 機体各部に追加されたスラスターによる高機動と、バックパックに装備された推進器を兼ねるウェポンバインダーに格納された豊富な武装。これは脚部にも六連装ミサイルポッドと選択式で追加装備可能で、さらにそこへレイが考えたインファイト向けの装備としてスクリュー・ウェッブや脚部のヒートダガーのギミックを加えた。

 

 元ネタになったケンプファーアメイジングというガンプラは、三代目メイジンが第七回ガンプラバトル世界選手権において使用したカスタムガンプラであり、ウェポンバインダーによる高い機動性と局面に合わせて選択できる武装、専属のワークスチームによって作り上げられた当時最高峰の完成度と、なにより操縦者たるメイジンの技量によって目覚ましい活躍をしたガンプラである。

 

 なかでも特にアルゼンチン代表との決勝トーナメントにおける一戦は、ガンプラバトル史上に残る名勝負に数えられるほどで、その対戦を収録したアーカイブはレイも購入して何度も見返したものだ。

 

 しかしながらこのケンプファーアメイジングというガンプラ。公式からレプリカモデルのキットも出されているのだが、ガンプラバトル界隈においては実のところあまり人気がない。むしろ「メイジンが使ったガンプラ」というファンアイテムとしての需要のほうが高いまである。

 

 それというのもこのガンプラの基本設計(コンセプト)が搭乗者たるメイジンの高い操縦技術とバトルセンスを前提として作られたもので、凡百のファイターが扱ったとしても──ましてや原型機より性能が数段落ちるレプリカモデルでは「決め手」に欠ける機体構築なために、どうしても()()()()()()場面が出てくるのだ。

 

 汎用性はあるが一撃必殺の華々しさも逆転の切り札もない。「勝負の勝ち筋とは奇策や奇跡に頼らず、淡々と積み上げてゆくことでのみ示される」そんな堅実な姿勢を体現したかのようなガンプラであり、良く言えば玄人好みとも言える存在だった。

 そこでレイが採用したのがEXAMであり、イフリート改を素体に選んだ理由で、これを使ってヴァルガでもそれなりの戦果を出していた彼女は、ケンプファーアメイジング由来の機体特性をよく扱っていたと言えるだろう。

 

 しかし使っていれば自ずと改善点が見えてくるものであり、それはやはり汎用性ゆえの決定力不足に収束する。

 

 かのメイジンのようには成れないことへの諦念と、やはりメイジンは凄かったという尊敬がないまぜになった複雑な気持ちを抱きながらも、ヴァルガに潜る毎日を送る傍らで改造プランを練り上げる。

 もともとこのイフリート・ゲヘナの改修案自体は、着手した時期が先なのもありガンダム・カイムよりも先に完成していたのだ。ただ、レイが一刻も早く友人に相棒となる機体を届けたくて、実際の工作のほうをカイム優先にした結果後回しとなった。

 

 それが今こうして完成し、木星帝国のMS部隊を相手に大立ち回りを演じている。

 

 ──ミッション「終末を()ぶ竜」

 

 ガンダム・カイムとイフリート・ゲヘナの最終テストとして選ばれ、今レイたちが挑戦しているのは、とあるハイランカーが制作した高難易度クリエイトミッションだった。

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 巨大な腕がセナの乗るガンダム・カイムを叩き潰さんと振り下ろされる。

 

 戦艦クラスの巨体に相応しい大きさを誇る巨腕は、もはや腕というよりも質量の爆弾だ。

 宇宙にも関わらず空気を押しつぶすような轟音が聞こえてきそうな攻撃。それは人間が羽虫を潰そうとする動作にも似ているが、しかしその掌は羽虫(カイム)を捉えることが叶わない。

 

「そりゃそりゃそりゃー!」

 

 コックピットで気の抜けるような掛け声をあげるセナがコントロールスティックを捻れば、思考補助を受けた機体(ガンプラ)はエメラルドグリーンの軌跡を引きながら、倒壊するビルのような腕を中心にして螺旋を描いて飛翔する。

 するとどうだ。一体の羽虫が通り過ぎた軌道をなぞるようにして巨大な腕には亀裂が入り、さながら雑に斬られた大根のごとくディビニダドの片腕がなます斬りにされスパークを散らしながら爆散した。

 

「片腕解体かんりょー!」

 

 実に上機嫌な声がセナの口から発せられる。

 事実、彼女は非常に機嫌が良い。

 

「──レイってすっごいなぁ」

 

 思わずといった風に感嘆の溜息と共に自然と友人への賞賛が漏れる。

 GBNで遊ぶようになってから、ここまで自分の思い通りに動くガンプラにセナは乗ったことがなかった。

 

 ガンダム・カイム(この子)に乗るようになってからは驚くことの連続だ。

 パチ組みのガンプラに乗っていた時、今まで感じていた()()()()()が──自身の思考とガンプラの動作のタイムラグが全くない。

 乱暴に機体を振り回しても関節が嫌な軋みを立てない。

 可動域に制限されて出来なかった柔軟で早い動きが出来る。

 自分の思い描いたマニューバを機体が差異なくトレースする。

 

 ──ガンプラって、こんなに自由に動けるんだ。

 

 パチ組みのガンダムでは、借り受けたお試しの機体では決して体験することができなかった。あの病院でレイと出会わなければ、きっとそれっきりGBNにはログインせず、この感動を味わうこともなかったのだろう。

 あのRX-78-2とそれを貸してくれた看護師には感謝しているし、お礼とお詫びを述べて紛失したパーツも補填したが、それはそれこれはこれ。

 セナにとってGBNでのガンプラとは、「どこか動きにひっかかりを覚える、ちょっと使いづらいロボット」という認識だったものが一新される、まさに人()一体とでも言うべき操作感をこのカイムは実現している。

 

 今彼女が思い出すのは寝不足ぎみに目の下にうっすらとした隈を作り、指先にいくつも絆創膏を貼り付けた親友の姿。

 

「絶対クリアするぞー!」

 

 高難易度だからなんだ。ハイランカーが作ったガンプラがなんだ。

 わたしにはこの剣がある。友達が自分のためだけに時間を削って研ぎあげた唯一無二の刃がある。

 

 ──戦友(とも)への感謝は戦果で示す。

 

 実に脳筋な思考だが蛮族度で言えばセナと同レベルなレイにとって、それこそが求めるものであることは間違いなく、ちらりと遠方を見やれば、敵機の群れる只中で弾幕砲火を躱しながら暴れまわる炎の魔人の様子がうかがえる。

 

「レイも張り切ってるみたいだし、さっさと墜ちて貰うよ! クラックス……えっと、なんとかさん!」

 

 事前に相方(レイ)から聞かされていたミッションの設定をまるっと忘れたことを脇に置いて、セナは対峙する巨大な片翼の天使へ向かって機体を飛ばした。

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 クリエイトミッションとは、ダイバー個人が内容を作製したオリジナルのミッションを他のダイバーに向けて公開することができるコンテンツだ。

 運営からの審査を通過しなければ公開許可は下りない──つまり内容に不釣り合いな高額報酬を設定したり、クリア不可能なものは作れない──ものの、公開されたミッションは参加条件を満たしていれば基本どのダイバーでも受注することが可能で、その内容は実に様々である。

 

 主に運営の関係者が作る、ビギナー向けにとチュートリアルをさらに発展させたもの。

 登場するガンプラに拘りがあったり、戦闘とは関係ないところで難易度が高い、あらゆる意味でダイバーの趣味全開で作られたもの。

 未だにクリアした者が皆無であることで有名な「ロータスチャレンジ」をはじめとして、クリア出来るものならやってみろ、と言わんばかりに難解なもの。

 

 その中においてこの「終末を()ぶ竜」は、クリア報告こそあれかなり高難度のミッションに分類されていた。

 ワールドランキングの十位以下二十位以内に常駐する「クオン」というハイランカーが制作した本ミッションは、五つのフェーズからなる連戦ミッションになる。

 参加条件はBランクながらその難易度は折り紙付きで、第一フェーズこそCランクダイバーでもなんとかクリアこそできるものの、その後に控えるフェーズはいずれ劣らぬ強敵が犇めく地獄のような難易度である。

 しかしそれを差し置いてもこのミッションの最大の特徴は、なんといっても()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()であることだろう。

 

 そう、セナが相手取っている超巨大MAディビニダドをはじめ、レイの周囲に展開しているこの数えるのも億劫になるほどの膨大な木星帝国の軍隊は、全て一人のダイバーによって作り上げられたというのだ。

 

「私も大概だと思ってたけど、上には上がいるもんだわ……」

 

 機体に新たに追加されたガンカメラにより、今までよりも多くの敵機を捕捉できるようになったコックピットのモニターを睨みながらレイが零す。

 

 ──こんな大部隊を一人で作るとか、こういう人が「マグアナック三十六機セット」とか買うんだろうなぁ。

 

 「プレミアム財団B狂気の産物」とビルダーたちを震撼させた有名な商品を思い出しながらも、マルチロックオン機能によって捕捉した敵機へ次々と容赦なく射撃を叩きこむ。

 

 常に立ち位置を変え、向きを変え、まさに八面六臂の活躍をするイフリート・ゲヘナであるが、それでも一機である以上、どうしても死角というものは存在する。

 

 今もまた、宇宙空間という地の利を活かして足元の死角から三機編成のバタラが、脚部を大腿部に収納した高機動モードと、その軽量な機体による素早い機動でもってイフリート・ゲヘナへと近づく。

 編隊を組んだ前衛の一機は通常のビームライフルだが、後ろの二機が装備しているのはビームガトリング砲でありその火力は決して侮れない。

 

 静かに、しかし素早く近づいた三機は、射程範囲へと捉えたことで停止して照準用バイザーを降ろす。

 

 そうして撃ち方を始めようとしたところで──()()()()()()()()()ビームによってことごとく武装やコックピットを撃ち抜かれて爆散した。

 バタラ編隊のいた場所の周囲をよく見れば、そこにはケーブルで繋がった小さな砲台のようなものが漂っている。

 これはインコム、と呼ばれる宇宙世紀に登場した遠隔操作兵器の一種で、それはイフリート・ゲヘナの肩と脛の側面に追加された装甲からケーブルを介して接続されている。

 宇宙空間限定であり、またファンネルとは違って二次元的な動きしかできないものの、ニュータイプでなくとも扱えるこの兵装をレイは機体各所に計六基仕込んでいたのだ。

 

「GPDの時はオールレンジ攻撃って苦手だったけど、GBNは便利よねー」

 

 レーダーマップを見て死角に入り込んできた敵機を撃墜したことを確認したレイが感心するように呟くと、目線を()()へと向けて微笑む。

 コンソール画面の先、そこには一体の小さなオレンジ色をしたハロが半ば埋まるようにして頭の半分を突き出し鎮座している。これはガンダム00において一部のガンダム、特にディランディ兄弟の搭乗したガンダムにサブパイロットのAIとして搭載されていたモデルであり、これもまたプラグインのひとつである。

 

 対人だとさすがに厳しいものの、ある程度は機体制御を任せることで回避運動や静止目標へ的確に射撃をするなどといったことが可能で、今回の改造にあたり導入した有線式遠隔攻撃武器(インコム)の制御を任せたり、射撃に集中したい時などの機体制御に役割分担させたりと、なかなかに使い勝手が良い。

 

 圧倒的な手数の多さでごり押す。

 

 研ぎ澄まされた一振りの刀のようなガンダム・カイムと対照的なイフリート・ゲヘナのその出で立ちは、まさに破壊の嵐を振りまく荒々しい炎の魔人そのものであった。




Tips
ダイバー:クオン
出典:GBN総合掲示板(青いカンテラ様)
 ワールドランキング十位以下二十位以上に常駐するハイランカー。
 有名なG-tuberでもあり、愛機である「ジャバウォック」とともにワールドランキング上位に君臨するその実力は確かで、個性的なダイバールックや愛される性格と言動にファンも多い。
 また、本人は自覚が薄いがなかなかの「ビルド狂い」でもあり、制作動画はレイも参考にしていてチャンネル登録もしている。


クリエイトミッション:終末を喚ぶ竜
出典:GBN総合掲示板(青いカンテラ様)
 製作者はクオン。
 制限時間は60分(フェーズ間のインターバル含めず)。ミッション受注条件はBランク以上の高難易度クリエイトミッション。
 クリア条件は制限時間までに最終ステージに控える製作者の愛機「ジャバウォック」を撃破すること。
 敗北条件は参加チームの全滅または制限時間の超過。
 全部で五つのフェーズに別れた連戦形式のミッションであり、第一、第二フェーズは地上。第三フェーズ以降は宇宙を舞台に様々な強敵たちと戦う非常にやりごたえのある内容。
 クリエイトミッションにおける敵NPD機は基本的に公式からデータだけをレンタルするのが普通だが、このミッションに登場する敵機は全てクオンの作ったガンプラを登録したものというのが最大の特徴。
 ディビニダドをフルスクラッチで作り上げ、さらにフェザーファンネルまで手作りしたり、プルーマを五十機以上制作するのはもはや狂気と言えるが、本人に自覚はない。
 GBNにおいてワールドランキング二桁上位という上澄みの人間がどういう者たちかをよく表したミッションとも言える。

 ちなみにチャンプはこのミッションをany%RTAして遊んでいたりする。
 重ねて言うが、GBNにおける上位陣がどういう人間かをよく表したミッションである。


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終末を()ぶ竜(前編)

お久しぶりです。


 天使が、墜ちる。

 

 片翼となった巨大な翼を捥ぎ取られ、周囲に展開していたフェザーファンネルの残骸を巻き込みながら墜落していくディビニダド。

 もがくようにして残った片腕を伸ばす先には青い惑星が小さく見える。

 

 しかしそんなクラックス・ドゥガチの執念を嘲笑うかのようにして一体の悪魔が天使の前へ降り立ち、己の体でもって小さな青い星を背に隠した。

 細身なシルエットには不釣り合いなほど巨大な刃を両手に携え、鳥のような翼を広げる濃紺の機体──ガンダム・カイムは、俗に言う「Z顔」を思わせる、鋭いフェイスデザインが為された頭部のツインアイを紅に煌めかせると両腕のレイザーブレイドを翼のように広げて飛翔する。

 

「覚悟ぉー!」

 

 最後の足掻きかディビニダドは胸部の装甲を展開。内蔵されていた核ミサイル全てを、たった一機の敵へ向けて発射しようと試みる。

 

「無駄無駄無駄ァーッ!」

 

 カイムのコックピットで吠えるセナに合わせて、機体リアアーマーに搭載されていた五基のCファンネルが分離。緑光を引きながら本体を追い越して飛翔し、不規則な機動を描いて飛来する核ミサイルの先端、弾頭部分を正確無比に貫き全て切り落としてみせた。

 

 最後の切り札も失ったディビニダド。彼我の距離を詰める凶鳥へ向け、天使の頭部が開くと光が放たれる。頭部に搭載されていた強力なビーム砲だ。

 

「──ッ!」

 

 コックピットのモニターを埋め尽くす光に目を細めるセナ。同時にMS一機に対しては過剰とも言える極大の光線に飲み込まれるガンダム・カイム──

 

「そんなものでぇーッ!」

 

 ──だが、この程度の攻撃で悪魔の進撃を止めることは出来ない。

 

 光の津波を両腕に携えた刃でこじ開け、血のように紅いツインアイを光らせた悪魔の顔が現れる。かの魔神はその手に持つ凶刃でもって、()()()()()()()()()()()進んでいるのだ。

 

 これは単純なスキルとしてのナノラミネートアーマーの効果だけではない。カイムの持つレイザーブレイド、その作り込みがGBN内で反映された結果だ。

 

「とまるかーッ!」

 

 この大型の刃は、雑誌付録であった「AGE-1 レイザー改造ウェア」というキットに付属するものだが、もとは色分けもされていない白一色で形成された単純なパーツだ。

 普通であれば、刀身部分を塗装をすることでシグルブレイドの色味を再現する必要があるわけなのだが、レイはそこからさらに一歩踏み込んで、元のパーツを分割し、刀身をいちから新造した。

 

 新たに色付きのクリアプラ板から削り出した刃となるパーツは研ぎ出し──クリアパーツの()()を削り落とす工程──を行った上で、GBNで耐ビームコーティングを再現する専用のクリアー塗料を慎重に重ねる。そこから塗膜を平滑にするため、番手を上げてまた研ぎ出しを行ってから、最終的にコンパウンドで磨き上げてワックスで仕上げられている。

 

 分割した刃部分で型をとって、クリアレジンで置換すればだいぶ手間も省けるのだが、「刀身」という強度と鋭さが必要なものを作るため、レイに妥協という選択肢は存在しない。

 エッジを立てるために削る量を計算に入れての切り出しからはじまり、歪みのない刀身の形成、ヒケ処理に研ぎ出しと、いっそ狂気的とすら思える拘りを持って生み出された新緑の刃。これだけの手間をかけられて作られたカイムの剣は作り手の想いに応え、見事、ハイランカーが制作した巨大MAのビームすら切り裂いてみせた。

 

「トドメだーッ!」

 

 光の奔流を抜け出したセナは気合の叫びと共にレイザーブレイドを連結。投擲された刃は彼女の意思によって軌道を変え、ディビニダドを咄嗟に翳した巨大な腕ごと頭頂部から縦に切り裂く。

 

 

【Phase4 Mission Success!】

 

 

 巨大な体のあちこちを爆発させて墜落するディビニダドを背景に、セナとレイのコンソールには第四フェーズをクリアした旨の通知が表示された。

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 資源衛星に設置された小型ステーション。簡易的なMSハンガーも備えられたそこは、次のフェーズに備えてインターバルを取るために設けられた、インターミッションエリアである。

 このエリアでは敵機は出現せず、また備え付けのハンガーにガンプラを駐機させることで多少ではあるが機体の装甲値を回復することが可能で、同時に武装の残弾やビーム兵装のエネルギーも補給することができる。

 

 どこかのチャンプのようにタイムアタックをするのならばスルー安定のエリアだが、今回二人の目的は新機体の性能確認と慣らしであるため、ありがたく利用させてもらっていた。

 

 そういうわけで今はしばしの小休止の時間。自機の回復を待つ間、無重力を再現したハンガー内を仰向けで漂いながら、チューブゼリーのようなものをちゅーちゅー吸っていたセナは器用に体を回転させると、傍らで機体ステータスを確認していたレイへと声をかける。

 

「次はいよいよボス戦だね。楽しみだなー」

「そうだね。操縦してるのはNPDだけど、ガンプラのデータはハイランカーが使っているものと同じらしいから、きっと強いよ」

 

 自宅からのログイン勢であるレイはプラクティスモードにて事前にそれなりのパラメータ調整を行ってはいたが、そうは言っても大幅な改造を施した弊害だろう、やはりまだまだ実戦においては機体性能(パラメータ)とそれがフィードバックされる操作感の違和感が強い。

 

 己が想定した性能と実戦での齟齬を今までの戦いで実感し、このセーフエリアを利用してイフリート・ゲヘナの細かい所まで突っ込んだ繊細なパラメータ調整を行っていた。

 

 なにせ次の相手は()()ジャバウォック。二千万人のアクティブユーザーの中でも上澄みの中の上澄みに入る超ハイランカーの愛機がボスなのだ。楽しみにしている様子のセナ(相棒)のためにも、準備を怠るような間抜けなことは決してできない。

 

 ちなみにセナのほうは、これまでの連戦の中で敵機とエンカウントする合間合間の僅かな時間に、ちょいちょいっといった感じで手早く調整を終えていた。

 そんな雑なやりかたで大丈夫なのかと思ったレイだが、フェーズを経るごとに明らかに動きが洗練され、自身が試運転として搭乗した時とは比較にならないほどの大立ち回りを見せられればなにも言えない。

 

  なんとも恐るべきは才能である。

 

 非才なこの身で出来るのは、とにかく対戦を熟して少しづつ操作の違和感を削り落としてゆく地道な反復。だが、文句のひとつも言うつもりもレイにはない。イワナガ模型が閉店してからこっち、ここまでガンプラバトルに夢中になれていることがなにより嬉しく、また楽しいから。

 

「このミッション、面白いしやりごたえあるし、作ってくれたクオンさんってダイバーに感謝だよ」

「ね。しかも今まで出てきた敵の機体、全部実際に作ったっていうんだから、もうGBNの上位陣って次元が違うわ」

「第二フェーズで出てきた、あの鳥みたいな大きいやつとか、確かに強かったもんね」

「鳥……ああ、ハシュマルね」

 

 調整作業によほど没頭しているのか、会話はすれどもこちらを見もしないレイの後ろ姿。それがなんだか少しだけおもしろくないセナは、近くの手摺を蹴って自分より大きな背中に飛びつくと、持っていたゼリーのチューブを彼女の口元に差し出す。

 

「っと……セナ?」

「ねーねー、レイ。ちょっとこれ、飲んでみて?」

「んー? って、これ、CFのゲテモノゼリー(ディストピア飯)じゃない。なんてもの飲んでるのよ」

 

 セナの持っているチューブ──商品名と製造番号のみが印刷された簡素過ぎるパッケージを見たレイが思わず顔をしかめる。これはCF社、カコトピアフーズという実在の企業がGBNとコラボしてディメンション内で販売されている食品なのだが、この企業、一部の商品でどういうわけか奇天烈な味付けのものばかりを出すことで有名なのだ。

 セナの持っているゼリー飲料はそんな商品の中でもとりわけ名の知れたシリーズで、「物資不足の世界において最低限の栄養摂取のみを目的とした効率的な食事」──という設定の「ディストピア飯」と呼ばれるものだった。

 

「まあまあ、騙されたと思って。度胸試しってやつだよ!」

「……はいはい」

 

 ほらほら、とぐいぐい口元に飲み口を寄せてくる友人に、「これは一口でも食べてみせないと引かないな」と諦めたレイは、仕方なく少しだけ──もちろんこのシリーズの悪評を知っているから──口に含んだのだが……

 

「──ッ!? ~~ッ!!?」

 

 ──自分の見通しが甘かった。そう後悔する間もなくレイの口内を未知の味覚という暴力が支配する。

 

 VRにおいて現実との差異が最も顕著に出る味覚という部分。特に現在のGBNではその再現性は低く、あまりハッキリとした味を感じることは少ないはずなのだが、そういったレイの考えを嘲笑うかのように、口内に侵入した()()は彼女の脳髄を殴り飛ばし、生存本能が危険を訴えるほどに誤作動を起こし……まあめちゃくちゃ(むせ)た。

 

「んぐっ!? ぷはっ……うぇっ、ちょ、なに!? ごほっ、これ……!? く、口の、中が、うげっ、大惨事なんだけど!? あ゛~! マッッッズ! ホンッとマッズい!!」

「あはははは! ねー。ホント不味いよねそれ。味覚再現度があんま高くないGBNでここまでマズく出来るって逆にすごくない?」

 

 両手で口を抑えて悶絶し、女子が出してはいけないダミ声でもって文句を叫ぶレイを見て笑い転げるセナ。

 レイが食べさせられたゼリーはチョコミント味。確かに舌に触れた瞬間は「それっぽい」味がしたものの、直後に襲い掛かってきたチョコ部分のドロドロな甘さとゼリー特有の食感。そして再度やってきたミントの過剰すぎるスースー感、そしてそれらを全て内包した()()()()()()()()()が混然一体となって口内に地獄を顕現させた。

 

 人によっては「歯磨き粉」と揶揄される、市販のチョコミントアイスなど歯牙にもかけないレベルの不味さ。

 

 たった一口含んだだけだというのに未だ居座る不快感に、慌ててレイはアイテムボックスから飲料水を取り出してがぶ飲みする。ボトルの半分ほど飲み干したところでようやっと違和感が消えた。

 繰り返すが現実(リアル)と比較して、感じる味覚がどこか()()()()するはずのGBNでここまで明確に「不味い」と実感させるその技術()()は凄いと、嫌な意味で感心させられる。

 

 ちなみにだがこのディストピア飯、セナが購入したものとは別に、比較的()()()な味も販売されていて、操縦席を課金して原作仕様にカスタムしてはロールプレイに興じている一部のユーザーたちからは、「いかにも未来世界のレーションぽくて良い。コックピットに常備しておいてミッションの合間に食べるとすごくそれっぽい」と、地味にフレーバーアイテム的な人気を博している。

 

「──ぷはっ……あー、覚悟してたけどひっどい味……セナ、よくこんなの平然と飲めるね」

「まー、さすがに美味しいとは思わないけど、こういう()()()()な食べ物があると、ついつい買っちゃうんだよねー」

 

 身体的な問題から現実での食事において厳しい制約を受けるセナは、その反動なのかGBN内で販売されているこういった商品(変な食べ物)を目ざとく見つけてはちょくちょく購入している。

 本人いわく飲食可能なVRゲームにおいて、彼女は自他ともに認める()()らしい。

 明らかに体に悪そうな色をした駄菓子などまだ可愛いほうで、見ての通り最近では不味いことで逆に有名なディストピア飯シリーズにも手を出しているのを見るに、なるほどたしかにとレイも同意せざるをえない。

 

「普段の食事も薄味のが多いからかな。逆にこういう強烈な味に飢えてるのかも?」

 

 ──それ多分、病院食のことだよね?

 

 とはレイも聞けず、なんでもない顔でサラっと重いことを言われてしまえば、友人の暴挙に文句も言いづらい。

 

 少しだけ気まずい思いを感じたレイは「そっか……」とだけ答えると、再びコンソールに向き合い黙々と操作し──

 

「……っと、これで、終わり、っと」

 

 ──ついにイフリート・ゲヘナの準備が整った。

 

「おっ、レイ、それじゃあ──」

「うん。準備は万端。さぁて、ハイランカー様のガンプラがどんなもんか、いっちょ試させてもらいましょうか」

 

 お互いに闘争への期待を隠そうともしない獰猛な笑みをその顔に浮かべ、二人はそれぞれの愛機へ乗り込む。

 

 セーフエリアの設備で回復を受けたガンプラ(愛機)の状態は、コクピットで再確認するまでもなくオールグリーン。武装も満載、戦意は旺盛。

 

 ──さあ、メインディッシュ(ボス戦)の時間だ。

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 ジャバウォック、というのはルイス・キャロルの児童小説「鏡の国のアリス」に登場する怪物のことだ。

 

 いや、登場する、というと少し語弊がある。

 

 より正確に言えば、作中に出てくる「ジャバウォックの詩」で語られている怪物を指す。

 

 その姿と言えば作中でも明確にはされず、挿絵を担当したジョン・テニエルによって描かれた姿は細い体格のドラゴン、いわゆる西洋竜のような姿であった。

 

「おお~……これが……!」

「確かにドラゴンっぽくはある……のかな?」

 

 ジャバウォックの怪物という異形の存在を、クオンというひとりのガンプラビルダーがどのように解釈し、愛機に落とし込んだのかは、本人ではないレイにはわからない。

 だが、確かにシルエットだけを切り取ってみれば、なるほど西洋の竜、巨大な胴体に強靭な四肢と翼、さらに長い尻尾を持つ「ドラゴンのような」姿だと言えるだろう。と、このミッションに赴くにあたり、対ジャバウォック戦のためにあれこれ調べたさいに原作の挿絵を見ていた彼女は考える。

 

 上半身はMGユニコーンガンダムの胴体だが、腕として付けられているのはMGの胴体に比してもなお巨大な、サイコガンダムとサイコガンダムMk-Ⅱのものをそれぞれ片腕ずつ。

 頭部にはハシュマルのものだろうパーツが用いられてはいるが、その上からドラゴンを模したようなアーマーパーツを被せているし、そこから片側に三つ、反対側に二つの五つの複眼が覗く。

 下半身はハシュマルの頭部とバインダーを外したものをニコイチにして接続し、大きく長い脚部には凶悪な爪、尾部からはワイヤーブレードが伸びる。

 背部にはシナンジュのバックパックを用いて、さらにそこへ先のフェーズでボスとして出てきたディビニダドの片翼と、それに対となるように、こちらは幾枚ものプレート──胴体がユニコーンであることと、なによりいくつもの動画で確認したが、あれはサイコプレートだ──で構成されたウィングユニットを漆黒の空に広げている。

 そして背中にはバカみたいに巨大な、しかし半ばから折れた剣を携えていた。

 

 その威容、その迫力、まさに異形の怪物(ジャバウォック)

 

 一見すればあれもこれもと無節操にガンプラを組み合わせたようにも見えるのだが、各所に配されたアシンメトリー要素と、ハイランカーらしい高いビルダー能力によって構築された怪物は、奇跡的なバランスで成り立っている。

 

 ──相対しただけでわかる完成度……これがGBNのハイランカー、か……

 

 さながら、いやボスなのだから当然だが、悠然とこちらへ近づいてくる敵機を望遠モニター越しに眺めながら、レイはひとり胸中で慄く。

 

 己のビルダーとしての能力が、同年代と比較しても頭ひとつは抜けているという自負を持つレイにして、目の前に現れた怪物の姿には戦慄を覚えるほどの出来栄えなのだ。

 

 イワナガ模型は確かに地方都市のいち模型店にすぎないが、その実、かつての常連の中にはGPD世界大会の日本代表候補にまで選出された逸材がいた、ガンプラバトル関係者の中でも知る人ぞ知る隠れた鉄火場だった。

 そんな環境で生活の一部としてガンプラバトルを嗜み、まして当時はGPDが主流の、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()な中で揉まれてきた彼女。ファイター、ビルダー双方の能力が研磨されないわけもなく、実際、GBNにこそ不慣れでも、ことガンプラバトルに関してイワナガ・レイという少女は一角の実力者と言えるだろう。

 

 だが、いや、だからこそだ。この目の前の怪物の強さを、傍らの相棒(セナ)よりもより如実に、よりリアルに感じて、自然と口の中が乾き背中には冷や汗が流れる。

 心の中に小さな、しかし確かな怯えの感情が芽生えるのを自覚する。

 

 

 

 しかし、それでも……

 

 

 

 ──ふっ……ふふっ……久しぶり、()()()()()()()()()……こんなに()()()()()()()()

 

 ヴァルガでセナと遭遇した時とは違う。無礼(ナメ)られたという誤解からの怒りもなく、ただ純粋に、明確な実力者(ハイエンドガンプラ)との死闘の気配に興奮を抑えきれない。

 相手のガンプラの完成度が想像より遥かに高く、「機体の出来は良くても所詮はNPDが操る敵」という先入観を良い意味で吹き飛ばしてくれた。

 

 ──GBNはこんなにも()()世界だったなんて……知らなかった……

 

 知らなかった。知ろうとする余裕もなければ、積極的に調べようともしなかった自分はなんて愚かだったんだろう。

 

 ハイランカーがこんなに素晴らしいガンプラビルダーたちだったなんて、そんな彼ら彼女らがこんなに素晴らしいクリエイトミッションを提供してくれていただなんて。

 ダイバーランクに頓着していなかった無知さが、GBNにはこんなにも素敵な戦いがあったことを見落とさせたのだ。

 

 とどのつまりは──レイという女は根っからのガンプラファイター(バトルジャンキー)なのだ。 

 

 相手の威容に怯える気持ちは確かにある。しかしそれ以上にこれからの戦いへの期待に心が震え、全身にゾクゾクとした電流にも似たものが走る。惜しむらくは相手がNPD操作であることだが、今感じている高揚感はそれを差し引いてもなおお釣りがくる。

 大好物を目の前に「待て」を命じられた犬のように口は自然と半開きになり、仮想空間(VR)であるにも関わらず両腕には鳥肌の立つ時独特の感覚をおぼえる。

 普段は少し冷めたような瞳には、今や粘度のある焔のごとくギラついた光が宿り、開かれた口の端は弧を描いて持ち上がって三日月のような形を作っていた。

 

 それは、誰がどう見ても狂相といえるもので、死闘という己の死(リスク)すらも内包した、()()()()()を楽しみに待つ狂戦士のもの。

 

 まあ当然だ。

 

 ここでビビって後ずさりするような()()()()ヤツが、小中学生時代に首までどっぷりGPDという鉄火場に浸かって過ごすわけがない。

 初めてのバトルで愛機を破損させられ泣き寝入りするような可愛げなど、幼稚園の頃からGPDの猛者たちの戦いを見て(ガンプラバトルの蟲毒の中で)育ったレイには最初から備わるはずもなかったのだ。

 

 いわば純粋培養されたエリートの狂戦士(戦狂い)

 

 ガンプラバトルにおけるレイとはそういう存在で、だからこそ──

 

『あははっ、レイぃ、今、すっごくコワイ顔してるよォー?』

 

 VRゲームにおける対人修羅勢とも言えるセナと意気投合できたのだ。

 

「ふふふ……セナぁ──それ、鏡見てから言ったら?」

 

 通信ウィンドウから聞こえた声に反応して、レイは今の己とそっくりな笑顔を隠そうともしない同類(親友)をそこに見ては実に嬉しそうに応えた。




Tips
・カコトピアフーズ
 GBN内で販売されている食品アイテム、「ディストピア飯」シリーズを提供している企業。
 現実(リアル)に存在する実在の食品会社で、フルダイブVRが全盛となっている昨今、宣伝戦略の一環でGBNにおいてはゼリー系のチューブ食品、通称「ディストピア飯」シリーズをコラボアイテムとして提供している──のだがフレーバーの多くが「トムヤンクン風味」だの「納豆卵かけご飯風味」だのといったゲテモノ(ネタ枠)と言って差し支えないようなフレーバーばかり。
 なかには普通に食べられるフレーバーもあるのだが、そちらのほうが少数派で入手困難なレアアイテム扱いである。


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終末を()ぶ竜(後編)

なんとか一区切りつけるところまでは書きたいです(願望)


 決戦の開始を彩るは怪物が放つ死の閃光。

 

 形容しがたい咆哮を開戦の合図とするかのように、叫び終わると同時に頭部に光が宿ると、そこに配置された五つの複眼──連装式のビーム砲でもある──から極彩色の光の波濤が、たった二機のガンプラへ向かって放たれた。

 ガンダム作品の中で()()()として有名なウィングガンダムのバスターライフル、その全力照射すら軽く超えるような閃光が、暗黒の宇宙(そら)を引き裂いてその殺意を向ける先へ突き進む。

 

 開幕から、直撃すれば並みのガンプラではひとたまりもない威力の攻撃を遠慮なくぶちかましてくる様は、まさにミッションボスに相応しい容赦のなさだが、

 

「──っしゃあ! 読み通り!」

 

 そんなボスに挑む方もまた、凡百のダイバーではない。

 

 気炎を上げたレイがコントロールスティックを操作し、装備スロットのリストに配された防御兵装を選択すると、イフリート・ゲヘナが正面に構えた二枚のシールド、ガンダムのものに似た縦長の六角形の中央に縦に亀裂が走り──がしゃり──と()()()

 まるでスライドドアのように左右に開いたシールドの中央部には、なにかの吸入口のようなものが縦に並んで口を開けている。

 

 そうして翳された二枚の実体盾が、こちらへ目掛けて直進してきたビームの奔流と激突──することもなく、シールド表面に接触するわずか手前でビームが渦を巻き、中央の吸入口へと吸い込まれていく。

 

「って、うわっ、エネルギー量、がっ、エッグい……!」

 

 攻撃判定が喪失しているとはいえ、余波だけでも機体がぐらつきそうになるのを必死で抑えながら、レイはみるみる蓄積していくゲージを見て歯を食いしばる。

 

 ──アブソーブシステム──

 

 ビーム系の射撃攻撃を無効化し、それをエネルギーに変換して機体に取り込む特殊システムである。

 

 取り込んだエネルギーは自機の一時強化(バフ)に宛てたり、武装の出力を上げたり出来るほか、ビーム系兵装のエネルギーを肩代わりさせることも出来たりと、ビルダーの発想次第で様々な用途に用いることができる攻防一体の防御兵装だ。

 

 もともとはガンダム作品の世界(原作の中)にある技術ではなく、GPD時代にとある一人のビルダーが考案して作り上げた、いわばガンプラバトルの中で培われたオリジナルのギミックである。当時は制作難度からくる再現性の難しさゆえに使い手も少なかったのだが、戦いの舞台がガンプラをデジタルデータで再現するGBNへと移行したことで、前提条件さえ満たせればGPD時代よりは容易に再現可能となった。

 

 一見すると無敵(チート)のようにも思えるほど強力なシステムだが、装備の制作難度は依然として高く、またシステム展開中はその箇所が実体弾や質量攻撃に弱くなる、という弱点を持つ。

 ぶっちゃけて言ってしまえば、ビーム兵器対策として無理にこんな複雑なギミックを搭載するよりも、専用塗料やスキルで耐ビームコーティングを強化したほうが手軽かつ効率的、というのが実情だ。

 

 人によっては産廃一歩手前とすら言えるが、レイは敢えて今回このシステムを採用した。それは火力を増した反面、どうしてもエネルギー消費が大きくなり、継戦能力に不安が残る形となったイフリート・ゲヘナの欠点を補うため。

 該当するプラグインである「アブソーブシステム」をドロップする、第七回のGPD世界大会予選を再現したミッションを、乱数の女神へ恨み節をぶつけながら周回して手に入れたのが、この実体盾「アブソーブシールド」である。

 

 対人戦では切り時の難しいカードではあるが、今回のように対NPD戦で、しかも最初の行動ルーチンがある程度定まっているような手合いならば、このように覿面に効果を発揮することもできる。

 過去の挑戦者たちの動画をいくつも視聴し、このミッションにおけるジャバウォックの最初の攻撃が、彼我の距離が一定以上まで離れている場合は、ほぼ頭部の連装式レーザー砲による薙ぎ払いであることを突き止めたレイは己の予想が的中したことに確かな手ごたえを感じた。

 

 そんなことを考えている間にも、照射系の攻撃にしても持続時間が長い──それだけ莫大なエネルギーの込められた──攻撃だったが、それもようやく終わりを迎える。

 

 下手な作り込みではエネルギー変換効率が著しく落ち、このような照射系のビームは防ぎきれないこともあるアブソーブシステムであるが、そこは作り手の腕と意地の見せ所。見事に敵の攻撃全てをエネルギーへと変換し、イフリート・ゲヘナのシールドは攻撃が終わるまで耐えきってみせた。

 

「あっぶな……もうちょっと続けられてたら、許容量を越えてた……」

 

 こちらの想定を超える結果にビルダーとしての悔しさと憧憬が滲むも、相反する感情を今だけは胸に収め、蓄えたエネルギーのゲージをコンソールで確認したレイは、相棒に向かって不敵に笑う。

 

「こっちの準備は出来たよ、セナ、いける?」

『もっちろん!』

「よし! ディスチャージシステム、パワーゲート起動!」

 

 元気よく返ってきた返事に負けじと声を上げたレイの音声入力により、イフリート・ゲヘナに搭載された新たなシステムの二つ目が開放される。

 

 ディスチャージシステムと呼ばれるこれは、アブソーブシステムにて取り込んだエネルギーを変換することで特殊なパワーゲートを形成、それを介して対象とした物に一時的な強化(バフ)を付与するスキルだ。

 今回選択したのはその中でも「ディスチャージスピードモード」というもので、文字通りこのゲートを通過した対象を加速させる効果を持つ。

 

 そして加速させる対象はもちろん──

 

『いっくぞーッ!』

 

 セナが駆るガンダム・カイムである。

 

 イフリート・ゲヘナの機体が蒼く発光し、直上に形成されるのは蒼く輝く菱形のゲート。そこをスラスターを全開にしたガンダム・カイムが通過すると、まるで薄布を被ったかのように機体へと柔らかく光がまとわりつく。そうして蒼の衣を纏った鳥の魔神の羽ばたきは、さらに(はや)く力強くなる。

 ゲートを潜った瞬間から、まるで矢が放たれたようにして急加速をした機体を、しかしセナは全くブレさせることなく巧に操りジャバウォックへと突き進む。

 

 無論のことだが敵もただ黙って待ち構えているわけもない。

 

 自機の周囲に展開させた数多のフェザーファンネルとサイコプレート。ともに凶悪な質量兵器であるそれらを、ジャバウォックは無謀にも己に向かい来る矮小な存在へと殺到させる。

 巨体に相応しく、ジャバウォックが備える遠隔操作兵器の数はMAクラスと遜色ない。それらがNPDの操作とはいえ、統率された動きでもって追い込みをかける猟犬の群れとなり、一羽の鳥へとその牙をむいた。

 極限まで機体を軽量化されているガンダム・カイムにとって巨大な質量兵器でもあるそれらは、もしひとつでも掠りさえしてしまえば、たちまちに大破してコントロールを失う致死の攻撃だ。

 

 

 ──しかしそれらはどれひとつとして、ダークブルーの機体の表面を掠めることすら出来ない。

 

 

 もともと機動力に特化した機体構築をされたガンダム・カイムがこの状態になった時、その速度は並みのガンプラでは影さえ捉えることができない域にまで達する。

 トランザムを発動した太陽炉搭載機にも迫る速度。それを十全に操るセナの操縦技術とセンス、両者が揃った今、ガンダム・カイムは恐ろしい速度を保ちながらも、鋭角で複雑なマニューバを描いて、ファンネル群の間に僅かに開いた隙間へと機体を捻じ込みジャバウォックへ迫らんと進撃する。

 無駄を極限までそぎ落とした最小限の機体制御が残すのは、さながら宇宙空間に水平に迸った蒼雷(そうらい)がごとき軌跡。

 包囲は形成される前に突破され、怪物が放った軍勢たちはセナを追い込むことが出来ていない。

 

 そして、ついに魔神は敵の放った牙の檻を抜け出し、異形の怪物へと肉薄する。

 

『斬り捨てぇ──』

 

 前腕のレイザーブレイドを分離、両手に持ち直し、順手に構えたガンダム・カイム。

 

『ごめぇぇぇぇんッ!』

 

 気合一閃。下半身に相当するハシュマルの胴体部分に緑光の刃を突き立てた悪魔は、火花を散らしながら横一文字に怪物の体を切り裂くようにして交叉すると敵機の背後に抜ける。

 

 巨大な胴体に二本の紅の軌跡が走り、効果時間の切れたディスチャージの蒼くきらめくエフェクトを引きながら、ジャバウォックから距離をとって振り返るセナだったが、

 

 

 

『──ウソ……』

 

 表面装甲が()()()切り裂かれただけの跡を見て、思わずといった風に驚愕が漏れる。

 

 ──魔神の剣は確かに怪物を捉えたが、その一撃、彼の生命を脅かすには至らず。

 

「ほぼMAXのディスチャージでバフかけてもこれとか、ホント、GBNの上位ランカーってのはわけがわからないわね」

 

 セナを捉えそこねたファンネル群を持前の手数で捌きながら、望遠カメラが映すサブウィンドからの映像に呆れたように呟くレイだったが──その口元に浮かぶ実に楽し気な笑みが隠しきれておらず、

 

『いやあ、まいったねぇ。これは──戦いがいのあるボスだ』

 

 それはセナも同様だった。

 

 ほぼ確定行動であった開幕のゲロビを無効化し、そのエネルギーを全て機体強化に注ぎ込んだ必殺の一撃をもってして下半身──原型機(ハシュマル)同様に子機を生み出す厄介な箇所──を初手から潰すことで、相手の数の利を潰す。そういった当初の作戦は、ハイランカーのビルダー能力という、文句のつけようもない()()()()()によってものの見事に粉砕された。

 

 しかしレイはこう思う。ああ、だからこそ──

 

 ──面白い。

 

 明確に己よりも上にいる強者、その力の一端と対峙したことでレイの心に宿るのは「駄目だ、勝てない」という諦観ではなく──飽くなき闘争心。久しく忘れていた、勝利を渇望し、煮えるように沸き上がるこの気持ちは彼女をよりいっそう上位の怪物(ジャバウォック)に夢中にさせる。

 

 GBN(ゲーム)で遊ぶ者の大半は、()()()()()()()()がしたいと思うものだろう。「無理ゲー」「理不尽」そういった相手とのバトルは、どちらかと言えば忌避されがちだ。それはゲームという()()の性質を考えれば当然で、誰だって()()の中でくらい己が勝者でいたい。

 しかしイワナガ・レイという少女にとってのガンプラバトル(遊び)とは、あの小さな模型店で大人たちを相手に挑むもので──常に彼女は()()()の側であり、()()()()()()が当たり前であった。

 

 ゆえに、彼女は相手が強ければ強いほど()()()

 

 イワナガ・レイ(このバトル狂い)は、ことガンプラバトルに関して()()は他者よりも少しだけ前提の考えが異なっているのだ。()()()()()()()()と言ってもいい。つい最近までは私生活の変化によって抑えられ、GBNへの()()もあってか惰性でヴァルガに潜っている毎日だったが、そんな彼女に刺激を与える存在が現れた。

 

 ()()()()()()にパチ組みのガンプラで潜り、己の才覚(戦闘センス)だけで生き残ってきたセナ(相棒)。ベクトルは違えど、ネジの外れ具合が同レベルの二人は、期せずして互いが互いに刺激を与えあい、今この時、強大な敵を前にしたことで、内に眠る本能とも呼べる闘志を呼び覚ましていた。

 

 ゆえに、今、圧倒的な性能を誇る怪物を前にしても、二人が折れることなど決してなく、むしろ闘争心という燃料をくべられた心の炉心は煌々と、否、轟々と燃えている。

 

「セナ! こうなりゃ“プランB”よ!」

『りょーかい!』

 

 心は熱く、しかして頭脳は冷たく。猛る気持ちのままに、レイは襲い来るファンネル群を全身の火器で迎撃しながらも、事前に打ち合わせをした次善策を行うことを宣言する。

 

「ファンネルとヘイトはこっちで引き付けるから──」

『わたしは相手の観察と、隙を見ての強襲だよね!』

 

 プランBとは、手数が多くアブソーブシステムを持つレイが敵の矢面に立ち、遠隔操作兵器を捌きながらターゲットをイフリート・ゲヘナに絞らせる。その間にフリーになったセナが、集中攻撃を受けるレイの援護をしつつ敵の行動パターンを観察。NPD機である以上は()()()()()()()()()隙を見つけ出し、そこを突いて相手を崩すというシンプルだが効果的な作戦だった。

 

 もともとは他のダイバーがアップロードした挑戦動画を使って対ジャバウォック戦の研究しようとしていたのだが、普通のダイバーではその圧倒的な火力と無数の遠隔兵器によってすぐに撃墜され、チャンプの場合は逆に解体RTAがごとく一方的かつ瞬く間にジャバウォックを撃破してしまうため、アップロードされている動画のいずれも戦闘時間そのものが短すぎて参考になるものが見つからなかった。その結果苦肉の策として採用されたのが、このプランBである。

 

──ああ、なんて楽しい時間──

 

 搭乗者のテンションに同調するように、武装を展開してファンネルを撃ち落としているイフリート・ゲヘナのモノアイが紅に輝く。

 

「さあ、怪物さん。第二ラウンドといこうじゃ──」

 

 だが彼女の言葉を遮るように、天頂から一筋の閃光が降り注いだのはまさにその時だった。



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遭遇、ブレイクデカール

お知らせ:あらすじを変更、第一話を修正しました。


 突如として降り注いだ一筋の閃光が、異形の怪物、その胸部へと突き刺さる。

 

 MGユニコーンガンダムの胴体を素にした、サイコフレームの光が覗く装甲へと放たれた砲撃(ビーム)は、もちろんレイのものでも、ましてジャバウォックの背後に回っていたセナからのものでもない。

 

 先ほどの連装式ビーム砲ほどではないものの、照射系とみられる強力な閃光を放つ一撃。だが、ジャバウォックは煩わしそうに僅かに身じろぎをしたのみで、表面装甲の上でビームは拡散しダメージを受けた様子もない。

 そしてビームの光が途切れると、ぎろり、と()め上げるようにして竜の頭が持ち上がり、射線から割り出した方角へと両の巨腕を向けるや、指先から合計十条ものビームを返礼だとばかりに撃ち返す。

 新旧サイコガンガム、全高が四十メートルもある巨大なサイズに相応しい(かいな)は、マニピュレータも比例して大きく、また指先がジオングのようなビーム砲になっている。

 

 文字通りの十倍返し。宇宙を迸る十本の極太のビームが向かうのは、ちょうど無数の岩塊が漂う場所で、破壊の光は大小のデブリを消し飛ばしながら突き進む。

 あまりの威力にレイたちの乗る機体のモニターはホワイトアウト。わずかな間を置いてから、光が収まったことで映像を捉える。

 

 ジャバウォックの攻撃によって付近全てのデブリが消滅し、随分と見通しのよくなった空間には、

 

『……ふぅ~、ちと焦ったぜぇ』

 

 左肩にシールドを装備した機体を先頭にした四機のガンプラが無傷で浮かんでいた。

 

『全力でGNフィールドを張ってようやくかよ……とんでもねぇバ火力だ』

『あっはは! やっべ~、さすがハイランカーのガンプラ!』

 

 暢気にもオープンチャンネルで会話を行う闖入者たち。オレンジ色の粒子を噴き出す彼らが乗るガンプラは、いずれも似通った意匠のもので、同じ作品を出典としていることがうかがえる。

 

 原作そのままのカラーリングの機体群は、「機動戦士ガンダムOO」そのセカンドシーズンに登場する人造人間、イノベイドたちが駆る「GNZシリーズ」と呼ばれる疑似太陽炉搭載機だ。

 

『……おい、気を抜きすぎだ。()()()()()を使っているからって油断すんじゃねえ』

『あ~、はいはい。たく、アンタも心配性だね~』

『ま、いんじゃね? バランスがとれてるってことでさ』

 

 敵を目の前にしても余裕綽々に会話をかわす四機。そんな連中をモニター越しに見つめる蛮族二人の顔には、さきほどまであった興奮はなく、ただただ冷たい戦意が満ちていた。

 

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

「……ひとのミッションに乱入、ねぇ……」

 

 すぅ──とレイの双眸が細まる。

 

 さっきまであれほど燃え上がっていた闘志が冷え、凍り付き、冷たい殺意に変わってゆくのを自覚する。

 

『レイ……どうする?』

 

 通信ウィンドウから問うセナの()()()()とは、()()()()の意であることはもちろん把握している。しかし、ここは彼女たちにとって馴染みのヴァルガ(無法地帯)ではない。もしかしたら()()()ということもあるので、レイは脊髄反射で引きかけたコントロールスティックのトリガーから、そっと指を離して深呼吸する。

 

「念のためにバトルエリアから出るように警告はするわ……一度だけ」

『さっきのからして、どう見ても乱入が目的みたいだったけど』

 

 数多のゲームを渡り歩いてきたセナからしてみれば、別のプレイヤーが先に戦っている(NPC)へ無許可で攻撃を加える、いわゆる()()()と呼ばれる行為はMMOにおいて明確なマナー違反であるし、なによりすぐにこちらへ謝罪なり弁明なりをしない時点で、明らかな故意で行われたことはわかりきっている。

 これが乱戦形式のミッションなりレイドバトルイベントなりであれば問題ないが、今回のミッションは事前に参加申請をしたダイバーのみが挑戦する、オーソドックスなタイプである。

 

「……その時はその時ね。()()()()()()()()()()()()()

 

 ゆえに相手の反応がわかりきっているレイは、怒りと殺意をこめた獰猛な笑みでもって相棒へと返し、通信で話している間に合流してきたセナを伴って件の四機へと近づく。

 その間にもジャバウォックからの攻撃はあるものの、距離をとったことと、反撃を行ったことでヘイト値が下がったのか散発的なものになっているので、直撃をもらうようなことはない。製作者の温情なのか自信の現れなのかはわからないが、戦闘開始直後のジャバウォックの行動ルーチンは、こちらから近づかない限り、さほど積極的に攻撃してくるものではないようだ。

 

「そこの四機、救援要請でもないのにミッションに割って入るなんてどういうつもり?」

 

 チームメンバーとして登録しておらず、ましてフレンドでもない相手への通信のため、こちらもオープンチャンネルに切り替えて問いかけるレイ。すると、固まっていた四機の中から、二機のガンプラがオレンジ色の粒子を引きながら飛び出してくると、お互いの機体がメインモニターで視認できる距離まで近づいた所で停止する。

 

「繰り返すけど、こちらは救援要請はしていないの。もし間違って入ってきたのなら、出て行ってもらえる?」

 

 ミッション中のダイバーが、周辺の他ダイバーへと自発的に助けを求めるシステムを使うことなく、どうやってこのエリアに侵入したのか。その疑問はひとまず置いておき、四機の行為がマナー違反であることを咎めるために、先行してこちらへ接近してきたガラッゾとガデッサへと警告を飛ばすが──

 

『あー、キミら、まだいたの? 邪魔だからさ、どいてくんない?』

 

 ヴァルガで培われた蛮族脳を押しとどめて、穏便に対応しようとしたレイへの返事はにべもないものだった。

 

『連戦ミッションのボスってさあ、出現エリアで待ってても出てこないんだよね。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

『このクリエイトミッション、ボスまでのフェーズが長いし敵も多くてダルいじゃん?』

『ここまでごくろーさん。ボスは俺らが倒しておくから、邪魔にならないように隅に行ってな』

 

 こちらの注意を無視して、言いたいことだけを捲し立てるガデッサとガラッゾに、レイの瞳はますます冷たくなる。

 

 最初からわかりきっていたことだが、やはり連中の目的はジャバウォック(ミッションボス)だったらしい。しかも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という理由で、他のダイバーがプレイしていたミッションに乱入して横から掻っ攫おうというのだ。

 

「……つまり、この乱入は意図的に行ったもので、あなたたちは引く気もない、と?」

『ここまで言ってわかんねぇのか? 馬鹿か? 空気読んでさっさとそこどけっつってんだよ』

 

 もはや完全に温度を失くした声音で、()()の確認のために問うレイへと、馬鹿にした様子を隠しもしない罵倒が返る。()()()()を避けるために音声のみのモードで通信していたが、「SOUND ONLY」と表示された通信ウィンドウには、嘲笑を浮かべる相手の顔がありありと浮かぶのが見えるようだ。

 

 初撃のビーム砲撃を行ったのであろう、大型火器の「GNメガランチャー」を装備したガデッサは、愚かなことに罵声とともに両手で構えた長い砲身を──レイに向けて()()()()()()()()()

 

『さもねぇと、ボスの前にテメェを──』

「そう……()()()()()()()

 

 レイの返事が終わるのと、ガデッサのGNメガランチャーに()()()()ビームが着弾して爆発するのは、ほぼ同時だった。

 

『──は?』

『──ッおいっ! 気を付け──』

 

 ()()()()()()()()()()突然武器を破壊されたガデッサからは間の抜けた声が漏れ──それが最後の言葉となる。傍らのガラッゾが警告を上げた時には、イフリート・ゲヘナのバックパックに装備されたショートバレルキャノンが火を噴き、砲弾がガデッサの胴体に命中してライムグリーンの機体を大きく吹き飛ばす。そのコックピット内では遅れてロックオン警告が鳴り響くが、ガデッサのダイバーは反応できず──無防備な機体へ、左右斜め上と背後下方から続けざまに三発のビームが時間差で叩きこまれた。

 

 その正体は、会話の中で既に包囲を完了していたイフリート・ゲヘナのインコムによるオールレンジ攻撃。

 

 左右からのビームには耐えたものの、背後からの一撃によってコックピットブロックを含むコア・ファイターが撃ち抜かれたガデッサは爆散。ポリゴンの塵となって消失した。

 

「……? ダメよ。ちゃんと周りにも気を配っておかないと」

『てめっ、いきなりなにすん──』

『判断が遅い』

 

 仲間がやられたことで怒りを露わにしたガラッゾが両腕のGNビームクローを展開。イフリート・ゲヘナに襲い掛かろうとするも、四方から飛来したCファンネルによって姿勢を崩され、その隙をついてガンダム・カイムが放った飛び蹴りが頭部に突き刺さって仰け反る。

 さらにインパクトの瞬間、追撃とばかりにカイムのつま先からハンターエッジのような機構で飛び出した刃に頭頂部を掴まれ、ハイヒール状の踵に仕込まれたヒールバンカーが人体で言う喉に炸裂。首関節を砕かれたガラッゾは、頭部ユニットを()()()()()()た首無しとなって装甲の破片をまき散らし、胴体をくるくると縦に回転させながら無様に宙を舞った。

 

 レイが穏便に済ませようとしていたので、今まであえて黙っていたセナだったが、ガデッサがGNメガランチャーを構えた瞬間には既にCファンネルを展開。ガラッゾ(獲物)を仕留める瞬間を狙っていたのだ。

 

 猛禽の狩りを思わせる動きで頭部を足で掴んだまま、交叉するようにガラッゾを通過したセナは、背部のウィングスラスターを全開にした急旋回でもってガラッゾに再度肉薄、上下が逆になった相手の胴体へ一切の躊躇なく、挟み込むようにして左右から二刀の斬撃を叩きこむ。

 しかしガラッゾは咄嗟に両腕を交差させ、肘に装備されたGNカッターを起動。激しい火花を散らしながらもレイザーブレイドの一撃を防いでみせた。

 

「……セナ、こいつらのコックピットは背中よ」

 

 ガデッサとガラッゾの二機ともに、近づいて見た限りでは素組み。にも拘わらず、イフリート・ゲヘナのビームは()()()()()防ぎ、カイムの全力の斬撃も()()()()()()()()()()()()補助装備(GNカッター)のみで凌いだことで、レイは確信にも似た疑問を抱くが、今はそれを考える時ではないと切り捨て、セナにとって今必要な情報のみを伝える。

 

 どんなカラクリ──四機ともに暗い紫色のオーラが出ているエフェクトがそれだろう──かはわからないが、おそらくは機体パラメータを不正に強化していると予想する。ゲームにはあまり詳しくないレイにはそれ以上のことは分からないが、ガンプラの出来に反するような出鱈目な、それこそ先程まで戦っていた()()()()()()()()()()()()()()()()を見るに、相手がチーターであることは間違いないだろう。

 だが、コックピット判定が生きている(致死攻撃は有効な)のだ。ならばそこを突けば、()()()()()など敵でもなんでもない。

 

 セナから見ても()()()()()ガンプラ、なおかつGNカッター(あんな装備)で己の斬撃を防いだ敵機を見て、レイがなにを言いたいのかをおおよそ察し、セナはひとつの思いつきを検証するため、両手のレイザーブレイドを上段に構える。

 

コックピット判定(弱点)がそのままなら──』

 

 メインカメラを喪失して右往左往するガラッゾの肩関節、装甲の間から僅かに見えるフレームへとレイザーブレイドの巨大な刃を振り下ろす。

 大振りな武器を使っているにも関わらず、装甲の僅かな隙間を正確に捉えて通過する二刀の刃。僅かな抵抗こそあったものの刃が止まることはなく、肩関節を断ち切ってGNビームクローを備えた両腕を無力化させてみせる。

 

『やっぱり、関節も弱いんだね』

『ひ、ひぃッ!? なんだこいつら!』

 

 唯一の武装を喪失したため勝ち目がないと踏んだのだろう、ガラッゾの背部に接続されていたコックピットブロックが分離し、コア・ファイターとなって離脱を図る。

 

『おっと、逃がさないよ』

 

 だがそんな見え見えの逃避行動をセナが見逃すはずもなく、ガンダム・カイムの腰部サイドアーマーから射出されたシザークロウが、GN粒子を引きながら飛翔するコア・ファイターの端をがっちりと掴む。

 いかに機体パラメータを強化していようが、所詮は脱出艇の役割しか持たない小型戦闘機。ガンダム・フレームの出力に抗えるはずもなく、シザークロウに繋がったワイヤーを両手で一気に手繰り寄せられれば、

 

『やめっ、やめろォアアアア!』

 

 さながら一本釣りされた魚のごとくガラッゾのコア・ファイターが宙を舞い、操縦者の意思とは関係なくセナに向かって飛び込んでくる。

 

『チーター死すべし──天誅!』

 

 昔取ったなんとやら。つい口から出てしまった掛け声とともに、カイムの右脚が下から上に振り抜かれれば、脛に装備されていた脚部のレイザーブレイドによって、コア・ファイターは機首から真っ二つにされて爆発した。

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

『ちょ、ちょっとぉ……アイツら、ヤバくない?』

『……チッ、馬鹿どもが』

 

 なにもできずに撃墜(蹂躙)されたガデッサとガラッゾを遠目に見ていた残りの二機。翡翠色の機体色をしたガッデスからは怯えを含んだ声が、白を基調としたトリコロールカラーのガルムガンダムからは苛立ちを含んだ声が響く。

 

 ガッデスは先の二機同様にキットそのままの素組みで、武装も当然のように原作そのままであるが、ガルムガンダムのほうは侮れない完成度をしている。

 それもそのはず。GNZシリーズの中でガルムガンダムはキット化されていない。つまり、このガンプラはなにがしかのキット──おそらくは他のGNZシリーズ──を元にして再現されたものであるのだ。

 

『おい、俺はあの()()()をやる。お前はあっちの()()()()をやれ』

『あ、()()とタイマンしろっての!? 冗談やめてよ! レオ!』

 

 こちらに近づいてくる二機の機影をレーダーで捉えながら、ガルムガンダムに乗る男のダイバー、レオは分断しての各個撃破を提案するが、先ほど見たガラッゾの無残なやられ方があまりに強烈だったため、ガッデスに乗る女のダイバーは完全に及び腰だった。そんな彼女の様子に内心で舌打ちをしながらも、彼は自信に満ちた獰猛な笑みを見せる。

 

『落ち着けよ、アニー。こっちは()()()()()()()()で強化されてんだ。あの馬鹿ども(ふたり)みてぇに油断さえしなきゃ、そうそう墜とされることなんざねぇよ』

『仮に墜ちなくたって、アレを倒せるわけないじゃん! 意味ないよ!』

『……あの()()()()を挟んでやりあえ。あの攻撃範囲見ただろ。上手くアレの攻撃に巻き込むなり、避けた隙に一撃でも入れるなりすりゃ、俺たちの勝ちだ』

 

 諭すように声音を抑えてレオは説得を試みるが、涙目になったアニーは半ば話を聞いていない。そしてついに『うぅ~……! ……やっぱりイヤ! ムリ!』と叫んで、コンソールを操作するが、ミッションのリタイア申請をする画面を何度タップしても反応がないことに顔を青くする。

 

『……無駄だ。チャンプにやられた連中の話は聞いただろ。バグかなんか知らねぇが、ブレイクデカール(コイツ)の発動中はリタイア申請が通らねぇ。……やるしかねぇんだよ、もう。ブレイクデカールは確かにすげぇツールだが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()。また新しいのを買うにしたって、今はもう順番待ちだ』

 

 先に撃墜された二機のダイバーはともかく、フレンドでもあるアニーを精神的に追い詰めていることに罪悪感を覚えるレオだが、ここで彼女に参戦してもらわなければ、格上のダイバーを相手に二対一で戦わなければならなくなる。だから、今だけは心の疼きに蓋をして、最後のトドメとなる言葉を重ねる。

 

『なあ、アニー。お前だって、今までバトルに勝てないせいで、さんざん悔しい思いをしてきたんだろ? ……せっかく手に入れた“力”を、失くしたいのか?』

『……ッ!』

 

 フレンドとなってから聞いた、彼女がGBNで心無いダイバーに受けた仕打ち。それを知るレオに誘導されるがまま、逃げ道を塞がれたアニーはたとえ行く先が罠であるとわかっていても()()へ飛び込まざるをえない。

 

『わ、わかったよ……や、やる……』

 

 コントロールスティックを握り締めたアニー。俯いていたガッデスの顔が持ち上がると、紅のツインアイに光が灯った。




Tips
・ブレイクデカール
 GBN内で流通している不正ツール。
 いわゆるチートツールであり、もちろん違法。このツールを用いたガンプラはコンソールに「ブレイクブースト」と表記される特殊なモードが追加される。ダイバーが任意で発動するかを選択でき、この状態になると各種パラメータ値が改竄され、ガンプラの作り込みを無視して極端に機体の性能が強化される。
 だがこのツールを使用することでGBN内部でバグと思われる現象が発生し、敵NPDの異常な挙動やパラメータの変動。果てはエリアの崩壊といった、規模の大きな異常が確認されている。
 初期は低ランクのダイバーを中心に流通していたが、なかなか順位を上げられない下位ランカーにも広がりを見せており、特に最近になって使用者が急増している。
 運営サイドも対策を講じてはいるようだが、その成果はお世辞にも上手くいっているとは言えない状況。

 単純な機体の強化の他にも、使用者次第で様々な現象を引き起こすことが可能と言われているが、真相は未だ不明であり、その出自もまた謎に包まれている。


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弱き者の慟哭

筆が滑って思わぬ長さになってしまったので分割して投降します。


 レオというダイバーがGBNを始めた理由は、言ってしまえばありふれたものであった。

 

 ──自分の作ったガンプラを動かしてみたい──

 

 GPDという()()()()()()()()()()()()()()()環境では、どうしても踏み出せなかった一歩を、GBNという後継が後押しをしてくれたことで、彼はガンプラバトルの世界に足を踏み入れた。

 

 ()()()()()()()()()()()()。これはレオにとって実に魅力的なものだった。なにせ彼が動かしたい(操縦したい)ガンプラは劇中にこそ登場するが、キット化され(市販され)ていないもの。ゆえに形状が似ている他のガンプラたちを組み合わせ、それでも足りないパーツはこつこつとスクラッチして作りあげた()()()だったからだ。

 

 ガルムガンダム。

 

 機動戦士ガンダムOOの外伝作品に登場する試作機で、本編に登場したイノベイド専用機「GNZシリーズ」の礎となったモビルスーツ。本編では数奇な運命を辿り秘匿され続け、やがて劇場版の裏側で活躍したエースパイロットの乗機となったガンダム。

 

 同じ系譜に連なるGNZシリーズのキットからパーツを流用し、慣れないスクラッチに悪戦苦闘しながらも、完成した時には大きな達成感とともに写真を撮りまくった事は今も覚えている。

 

 しかし、いざコイツを動かしてみようと、近場でGPDがプレイ可能な模型店に行き──そこで見た光景にレオは恐怖した。

 

 GPDの筐体の中、ガンプラ同士が空を舞い、砲火を交わし、剣を斧を、時には拳と爪をぶつけ合う。

 

 その様は()()()()()()()()、なんともワクワクするものだが、その後に残るのは、無残に傷つきボロボロになったガンプラたち。敗者はもちろん、勝者も無傷とはいかず、全身に傷を刻み、時には修復が不可能な状態になっている場合もあった。

 

 あれだけ苦労して作り上げたガンプラが、たった一回戦った(遊んだ)だけでボロボロにされる。

 

 ガンプラ作りは好きであるし、それなりに得意でもあるレオであったが、どうしてもそこに納得できなかった。もっと言えば、彼は()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。ただ、自分が心血注いで作り上げた()()を動かしてみたい。動くところが見たい。それだけだったのだ。

 

 筐体を複数設置している大型の店舗ならば、レオのようなユーザーやバトル前の試運転に使うためのシングルプレイ専用の筐体を置いている場合もあったのだが、彼が行き来できる範囲にはそういった大型店はなく、訪れたのは個人経営の店舗で、狭い店内にあったのは対戦専用の筐体のみ。

 結局その店にはそれ以来行くこともなく、GPDが廃れてGBNが台頭するまで、レオがガンプラバトルに触れることはなかった。

 

 だからこそ、GPDに代わる新しいガンプラバトルのゲームとして、GBNが発表された時には大きな期待を寄せた。

 

 筐体で読み込んだガンプラをデジタルデータとしてVR空間にて1/1サイズで再現。

 フルダイブVRの技術で作られた電脳世界でプレイヤーが直接乗り込み操作することで、本当にモビルスーツを操縦しているかのような臨場感を持ちながら、バトルをしても現実のガンプラが破損することがない。

 

 という仕様。レオが待ち望んで、しかし半ば諦めてもいた、まさに「これがやりたかった!」を体現したのがGBNだったのだ。

 

 しかしながら現実は厳しく、家庭用筐体はその価格と競争率を前に購入を諦めざるをえなくなり、専用筐体を設置した店舗を利用してのログインもまた、田舎という地理的な条件が立ちふさがる。

 

 サービス開始当初は現在のようにVR対応のネットカフェ等には専用筐体が設置されていることはなく、公式が展開しているガンプラ専門店「THE GUNDAM BASE」にしか筐体がなかった。

 GBNの正式サービス開始に先んじて、全国各地の主要都市では支店の建設も始まっていたが、彼の生活圏からは遠い場所の出来事。実家住まいの学生では行ってくるだけでも宿泊が必要な小旅行になってしまう。

 

 当時はレオの年齢もあり、両親は一人での遠出を許可してはくれず。加えて家庭用筐体を手に入れられなかったユーザーたちが、連日押し寄せていたため事前予約が必須なありさま。結局、店舗のある場所へ行くことが出来てもログインできないなら意味はなく、彼に出来ることはネットにアップされた他人のプレイ履歴や動画などを指をくわえて見ているだけだった。

 

 そんな経緯からレオがGBNを始めることが出来たのは、実を言えばつい数か月前。ようやく彼の住む土地にも「THE GUNDAM BASE」の支店が開店してからだった。

 

 ──その間に、行き場を失った情熱を、さらに注ぎ込んだガルムガンダムの完成度が上がったのは良いのか悪いのか。

 

 そうして念願かなって初めてGBNへとログインし、格納庫エリアで佇む原寸大のガルムガンダム(自分のガンプラ)を見た時の感動は、言葉にできないものがあった。

 

 期待と興奮を胸いっぱいに抱いて、ディメンションへと飛び出した彼は、今──

 

 

 

 

 

『墜ちろッ! クソッ! 墜ちろォ!』

 

 ブレイクデカール(不正ツール)を用いて戦う、悪質なダイバーに身を()としていた。

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 レオにとってイフリート・ゲヘナとの戦闘は、まさしく悪夢としか言いようが無かった。

 

 こちらの攻撃は掠りもしないのに、相手の攻撃はことごとくこちらを捉えてくる。今もレオが放った試作型GNメガランチャーの二連装式粒子ビームが、数舜前まで敵がいた空間を虚しく通り過ぎてゆく。

 完璧に背後をとった一撃のはずだった。ブレイクデカールの力によって、常時トランザムとでもいうべき機動力を持つ愛機を振り回し、強引に背後や下方といった死角に回って攻撃しているはずなのに、あの一つ目の悪魔は、まるで背中に目があるとでも言うかのように、やすやすと回避をし続けている。

 

『なっ、んで……なんでッ! 当たらねぇ!?』

 

 そして射撃のためにこちらが足を止めた瞬間、四方八方からビームと実体弾が降り注ぐ。弱点であるコックピット(コア・ファイター)がある背中はもちろん、肘や膝といった関節や試作型GNメガランチャー(主兵装)にも被弾しないよう、左腕のGNシールドや強化された装甲そのものを使って受けているが、この戦いの天秤があちら側に傾き始めていることにレオは焦りを覚える。

 

 ブレイクデカールによって、全てのパラメータが強化されている今のガルムガンダムならば、たとえGNバルカン(豆鉄砲)すらも致命傷を与えうる。「一撃与えさえすれば勝てる」というのは、アニーを説得するための方便ではなく、純前たる事実なのだ。

 

 しかし──

 

「位置取りが甘い、射撃の精度がヌルい、回避のパターンが単調」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、いいように的にされている現状もまた、純前たる事実なのだった。

 

 確かにブレイクデカールを発動させたガンプラは性能が上がる。不正ツールらしいその上がり幅は理不尽とも言えるほど。だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「というか、偏差射撃もせず、馬鹿のひとつ覚えみたいにこっちの死角に回り込んでから、()()()()()()()()()()()()()()とか──馬鹿にしてるの?」

 

 相手のあまりな操縦の()()()ぶりに、コックピットで溜息をついたレイ。最初こそ、こちらの油断を誘うためのブラフか、あるいはなにか作戦の布石かと警戒していたのだが、そういった気配もなく、このガルムガンダムは開戦してから愚直に同じ戦法しかとってこない。

 念のためにと、先ほどまでインコムに搭載したサブカメラを介して周辺を探り続けてもいたが、付近にはなにも()()()()()()()が存在せず、結果として導き出されたのは相手のダイバーの力量が機体性能に見合っていないという結論だった。

 

 どれだけ素早く動こうが、どれだけ攻撃力があろうが、マニューバが単純でフェイントも存在しない(機体を扱いきれていない)、射線も見え見えな相手の攻撃なぞ、レイにとっては脅威たりえない。

 これだけ完成度が高いガンプラならば、真っ当に練習して機体を扱えるようなればランキング戦でだって戦える。さっき墜とした素組み以下の二機とは違う。そう評するほど相手のガンプラは良くできていたため、純粋に疑問に思ったレイは、オープンチャットのまま思わず問いかける。

 

「──なんでチートなんて使ってるの? ()()()()()()()()()()()()。勿体ない」

『……ッ! 黙れ……』

 

 「ガンプラの出来()()はいいね」その言葉は、──レイには知る由がないとしても──レオにとっては地雷であった。ゆえに言葉の正確な意図は伝わることなく、ただ相手の逆鱗に触れるだけになる。

 

──ガンプラの出来がいいから期待したのに──

──機体が良くても下手くそが乗ってたんじゃなぁ──

──もっとバトルの練習積めよな。正直、がっかりだぜ──

 

 GBNを始めてからまもなく。初心者から抜け出して、協力ミッションや対人戦をやりだした頃のレオに、幾度も失望とともに投げかけられた言葉が脳内で蘇る。

 

 レオは確かにガンプラ作りが好きで、ビルダーとしての才能もあったが──残念ながらバトルの才能には恵まれず、熱心に練習を重ねてもあまり成果が実らなかった(人並みに届かなかった)。注ぎ込んだ熱意に反して、一向に上達しない腕前。反面、出来だけはいい乗機との落差から向けられる周囲からの失望と嘲笑。

 

 ブレイクデカール(不正ツール)という存在を彼が知った時、その悪魔の力を手に取ることに、躊躇いはもう生まれなかった。

 

『黙れ黙れ黙れ! 黙れえぇぇッ! てめぇはここで死ねぇッ! トランザムッ!!』

 

 音声入力によるスキル発動をしたガルムガンダム。その装甲が搭乗者の怒りを表すかのような紅蓮に染まる。

 

 TRANS-AM(トランザム)。それは以前にレイの作ったダブルオーレイザーが発動しようとし、無理な改造によって失敗した、太陽炉搭載機限定の時限強化スキルだ。

 安定して発動するためには相当な作り込みが必要ではあるものの、一定時間、機体性能が三倍近くまで上昇するという破格の性能のブーストスキル。

 

『ぐうッ……! ぅおおおおおッ!』

 

 ただでさえブレイクデカールによって強化されていた機体が、さらに加速したことで生み出す激しい、ゲームとは思えない負荷(G)に、レオは食いしばって耐える。

 

 複数のインコムそれぞれにサブカメラを搭載したイフリート・ゲヘナでも、もはや追いきれないレベルの速度に到達したガルムガンダムは、左手にGNビームサーベルを展開すると、まさに瞬間移動のような速度で宇宙を駆ける。

 もとより複雑なマニューバが出来ず、さらに速度を増した今、暴れる機体を必死で抑え、大回りの機動を描きながらイフリート・ゲヘナの右斜め下方に回り込むと、死角となる方向から斬りかかる。

 

 悔しいかな、レイの言い分は的を射ている。トランザムを発動して全力の速度を出したガルムガンダムでは、碌に狙いを定めることもできないため、こうして機体ごとぶつけるようにして白兵戦を仕掛けることしかレオには出来ない。

 

 ──だが、これだけの速度が出ているのだ。たとえマニューバが単調だろうが、反応することさえ出来ないはず。

 

 今まで下してきた他のダイバーたちとの対戦経験からレオはそう結論付ける。確かに、反応できない程の速度で攻撃を叩きこめば、大概の人間は防ぐことなど出来ない──

 

 ──はずだった。

 

「──だから、動きが単調だって言ってるでしょ」

『なんだと──!』

 

 そう。大概の人間が防げないということは、逆に反応できる人間も僅かながらに存在するということだ。一桁の歳からGPDで大人げない大人達に鍛えられ、ガンプラバトルというゲームの持つ()()をこれ以上なく把握している、レイというファイターもその一人。

 

 辛うじてカメラが捉えた機影から相手の来る方角を予測し、直感に従って(蓄積した経験で)攻撃のタイミングを読み切ったレイは、直線軌道ゆえに読みやすい移動経路から機体をわずかにズラしたことで回避に成功する。そして──

 

「迂闊ねッ!」

『隠し腕ッ!? しまっ──!』

 

 イフリート・ゲヘナのフロントスカート。追加された装甲の下からはジ・Oのような隠し腕が展開し、先端に保持された小振りの鉈にも似た(ククリ刀のような)ヒートソードでもって、すれ違いざまにガルムガンダムの試作型GNメガランチャーの砲身を切り裂いた。

 

 インコムを使ったオールレンジ攻撃と、両腕が武器腕のような形でビーム砲と一体化した姿だったため、射撃戦に特化した機体だと思い込んでの突撃を敢行したのだが──レオがその判断を後悔した時には既に遅く、赤熱した刀身によって半ばから断たれた砲身から火花が散る。

 慌てて右手からメガランチャーを投げ捨てると、間を置かずに爆発が起こり、彼が丹精込めてスクラッチした武装は内部から起きた爆炎に飲まれて消失。間一髪で危険を免れたものの、主兵装を失ってしまう結果となった。

 

──鬱陶しい大型火器は潰した。これで、一確(即死)は無い……()()()沿()()()()()()()()、だけど。

 

 オープンチャンネルのままだったため、声には出さず内心で密かに安堵の息をつくレイ。彼女にとってもこの戦い、決して楽なものではなく、先ほどの攻防はかなりギリギリのタイミングであった。

 

 試作機として作られたガルムガンダムは、その設定に沿うならば、後継機であるガデッサが持つ武器の元となった試作型のGNメガランチャー以外にはオーソドックスな武装しか持たない。しかしこれはガンプラバトルだ。こちらの隠し腕のように、敵が()()()を持っている可能性は捨てきれない。

 

──VRゲームのチートがどういうものかわからないのが痛いわ。パラメータの強化だけならどうにかなるんだけど……

 

 さらに厄介なのが、レイはVRゲームについての知識をあまり持たないことだった。チートといえば何々、のような予測が立てられないため、相手がどんな()()をしてくるのか見当がつかない。

 幸いなことは、あのダイバーが機体パラメータに振り回されて、満足に性能を引き出せていないことだが、慢心に心を蝕まれた時、思わぬ死に繋がるのが勝負事である。

 レイは己の焦燥が悟られぬよう、慌てた様子で離れていく紅の軌跡を油断なく見つめていた。

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

『クソックソッ! ……ちくしょう!』

 

 一方でレオのほうはコックピットの中、荒れ狂う怒りのままコンソールを激しく殴打していた。こちらを嵌めるような真似をした敵と、その罠にまんまとかかってしまった自分、両方へ向けた怒りだった。

 

 レイの懸念に反して、設定に忠実に作られたレオの機体は、速射性に優れた二連装モードと、威力を重視した照射モードに切り替える機構を備えた試作型GNメガランチャーを除くと、手首のGNバルカンと近接兵装のGNビームサーベルしか装備していない。

 

 遠距離からでは弾道がバラけて当たらないGNバルカンだけではもう射撃戦は展開できず、残るは接近しての近距離戦闘しかないのだが、レオにはあの「一つ目の悪魔」に自分の攻撃が当たるとは到底思えなかった。

 

──フォースに入りたい? 下手くそはいらねぇよ──

──お前、バトルの才能ないよ。GBNやめてガンプラだけ作ってたら?──

──今回はお互い残念だったね……え? フレンドかぁ……ごめん、今はちょっと……──

 

 このままでは負ける──それはすなわちブレイクデカールという"力"を失うことを意味し、心にじわじわと忍び寄る絶望が、追い詰められた精神が、思い出したくもない言葉を繰り返し再生させる。

 

『──ッ! バトルが弱いヤツはGBNをやっちゃダメなのかよ! 下手くそなヤツがいいガンプラに乗ってたらダメなのかよ!』

 

 レイはそのような事は一言も言っていないのだが、怒りのあまり過去に経験した別の記憶(トラウマ)が呼び起こされているレオに、もはや理性的な判断は出来ない。頭はどうにもならない理不尽な現実に対する怒りで侵され、心は憎しみからドス黒く染まり、負の感情が肥大して止まらなくなる。

 その怒りと憎しみは、今戦ってる相手へのものだけではなく、バトルの強さに価値を置くGBNのあり方に対しても向けられていた。

 

「……誰もそんなこと言ってないでしょ」

『俺と組んだヤツらは口をそろえて言ったよ! バトルが上手い奴にはわかんねぇんだよ! 結局GBNじゃ強くなけりゃ見下される! 弱いヤツは誰も認めてくれない! 必要とされない!』

 

 錯乱したように叫ぶレオに、もはやレイの言葉は届いていない。己の主張だけを喚き散らすだけの内容で、偏見と思い込みに満ちたものであるが、少なくともレオ本人にとってはそれが真実であり、出会いに恵まれなかったこともまた、彼にとっては不幸だったと言える。

 

『お前みたいなヤツらが……! ガンプラバトル(プラモの壊し合い)が得意なだけの()()がデカい顔してイキりやがるから、俺にとってのGBN(希望)()()()()になったんだッ!』

 

 レオの怒りを表すようにして、ガルムガンダムが吼える──否、()()()()()()()()()

 

 音にならない吠え声を上げるように天を睨むガルムガンダムに呼応するように、纏っていた紫色のオーラがひと際大きく吹き上がり──宇宙(そら)()()()



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ひとまずの決着

感想コメント、評価ありがとうございます。


「──ッ! なに!?」

 

 宇宙空間を再現していたエリア内の景色。漆黒の闇と僅かな星の光が瞬く空間の至る所に亀裂が走ると、テクスチャが剥がれ落ち、砂嵐のようなノイズが溢れ出す。なんらかの()()とは到底思えない明らかな異常。

 

 尋常ではない状況の変化にレイが困惑している間にも、ガルムガンダムはさらなる変貌を遂げる。

 

 フェイスカバーに亀裂が走ると、ウォルターガンダムのように()()()と開き、その中には存在しない(作っていない)牙がずらりと並ぶ。それだけに留まらず、機体がぎしぎしめりみりと軋む。

 見る間に一回り大きくなっていく体。頭部は口がイヌ科を思わせる形に伸びてゆき、鋭い犬歯からは透明なオイルのような粘液が滴っている。

 みしりみしり、まるで筋肉が肥大するようにして太くなる腕部からはGNシールドが弾け飛び、GNコンデンサーだった大型の肩部は後退。脚部に至っては原型がわからなくなるほど大きく形状が変化。四つ足の、ガイアガンダムのMA形態のような、獣を模した体型へ変わると前腕と脚部の先には鋭い爪が生え、尾部には幾つもの()を持ち、長く機械的なデザインの尾が伸びる。

 

 まさに機体名の示す姿、北欧神話の番犬を象ったような姿となったガルムガンダム。

 

 その変貌は、明らかに常軌を逸していた。

 

 間違ってもガンプラに仕込んだギミックだとか、プラグインだとかの類ではない。強いて言えば、DG(デビルガンダム)細胞の浸食のような生き物じみた()()は、人が狼に変わる空想の生物、狼人間(ライカンスロープ)を彷彿とさせる。

 

『ああああッ! 死ねよぁーッ!』

 

 狂ったようなレオの叫び声を置き去りに、四肢をしならせ紅蓮を纏うガルムガンダム。GN粒子をつま先に展開して、宙を()()()()突進する様はまさに獣そのもの。

 

「……ッ! 今は気にしてる場合じゃない、か」

 

 至る所でノイズが走り、変わり果てたエリアと敵機に戸惑いながらも、一直線にこちらへ向かってくる機影を前に、今はそれらに構う暇はないと思考を中断。腕に接続されたビームライフルを構えるレイ。

 

 イフリート・アサルトからイフリート・ゲヘナへと改造される過程で、レイの愛機はその姿を大きく変えている。スラスターを備えた追加装甲と、各所に配されたサブカメラ付きのインコムをはじめとして、ビームライフルの銃身がそのまま前腕になった形の、いわゆる「武器腕」もそのひとつだ。

 これはマニピュレータを失ったことでMSとしての汎用性に欠ける反面、射撃時のブレが抑制され、機動戦の最中でも安定した射撃を可能とする特殊な構造の腕部だ。

 

「真っすぐ突っ込んでくるなんて──!」

 

 どうしてあのような姿になったのかは不明だが、四足歩行となったことで背後に回らずとも正面から背中のコックピット(コア・ファイター)が狙える。弱点を丸出しにした相手。絶好の好機。ここで決めると決断を下し、レイは武装の中で最大の威力を持つ、両腕のライフルの高出力モードを解放した。

 

 イフリート・ゲヘナが両腕を水平に構えると、銃身下部に折りたたまれていた砲身が展開、接続。大型化したバックパックに増設されたジェネレーターが唸りを上げ、二つの砲口に光が凝縮されてゆく。

 イフリート・ゲヘナに装備されているビームライフルは、奇しくも先ほどガルムガンダムが失った主兵装と似たコンセプトを備えていた。

 ケルディムガンダムのGNスナイパーライフルⅡを元にしたそれは、状況に応じて砲身を変形させることで、速射性に優れた通常モードと、単発だが長射程、高威力を誇る高出力モードを使い分けることができる。

 

 数秒ほどのチャージを経て、一心不乱にこちらへ向かってくる番犬に、イフリート・ゲヘナから放たれた二条の光が突き刺さる。ツインバスターライフルにも匹敵する威力を持つビームの奔流が、ノイズの走る宇宙を照らし、僅かな時間、互いの機体が暗黒の空へ鮮やかに浮かび上がった。

 

「──GNフィールド!?」

 

 今の状態で放てる最大威力の一撃。しかしそれは、番犬が己の鼻先に展開した粒子のバリアによって散らされる。トランザムを起動させながらのGNフィールドの展開。一基の疑似太陽炉が生み出す粒子量では到底足りない──普通ならば。

 

「粒子の使用上限も無視するか!」

『おおおおおッ!』

「くッ──!」

 

 勝負を焦って犯した失策に歯噛みしながらも、レイは武装スロットを開いて設定されているサブウェポンを選択。機体をランダム機動で後退させながら発射トリガーを引くと、イフリート・ゲヘナのバックパック上部に装備された、元キットのミサイルポッドから合計十二発のミサイルが放たれる。

 

 己を狙う誘導兵器を察知したガルムガンダムは軌道を大きく変更。向かってくるミサイル群を横方向に駆けることで躱そうと試みるも、近接信管が選択された弾頭は脇を掠めた瞬間に次々と爆発。帯を広げるようにして横長の爆炎が獣の姿を飲み込んだ。

 

 リチャージを待つ猶予がないと判断して、デッドウェイトにしかならない空のミサイルポッドをパージ。最悪はGNフィールドごと切り裂けるセナとのスイッチ、あるいはジャバウォックのビーム兵器からディスチャージを行い、盾ごと貫通する可能性を持つチャージ射撃の火力で仕留めることを考えたレイは、フェイントを混ぜた軌道で彼方に見えるビームの嵐へと後退を続けるが、

 

「──ッ! レーダーを無効化しているはずなんだけど、ねッ!」

 

 ミサイルの中にミノフスキー粒子を散布する弾頭を混ぜ込み、一時的にレーダーの類を無効化。爆炎に紛れて距離を取ろうと試みた目くらましのミサイルだったが、爆発の煙を突き破り、迷うことなく突進してくる影を認めて、移動をしながらも全身の火器を総動員させて牽制の迎撃を行う。

 

 両腕、両肩、両足、計六門の銃口からビームが放たれ、バックパックのショートバレルキャノンも断続的に弾頭を発射。未来位置を予測させないランダムな機動をしながらも、正確に敵機を捉えるイフリート・ゲヘナの射撃だが、変わらず展開し続けているガルムガンダムのGNフィールドがことごとく阻み有効打とはならない。

 

「ほんっと、嫌になるわね、チートってのは」

 

 本来粒子消費量の多いGNフィールドは、トランザム中の展開はもちろんだが、このような長時間に渡る連続使用は不可能であるし、仮に維持できたとしてもそれでは機体制御に回す分が足りなくなり、戦闘が行える状態ではなくなる。

 そういった原作設定に基づくゲーム的な制約を、チートという手段は全て無視するのだ。なるほど、これは使う奴も出てくるはずだと、レイは嫌な納得を覚える。

 

 後退するこちらに対して自由自在に虚空を蹴って走るガルムガンダム。足先にGNフィールドを応用して足場でも形成しているのか、速度は変身前と遜色ないくせ、まるで地面を走る獣のようなしっかりした足取りでもってこちらの軌道に追いすがり、宇宙空間を駆けてくる。加えて全身に鉄壁の防御フィールドを張り巡らせているとなれば──彼我の距離が詰められるのは自明の理だった。

 

『死ィねェェェェッ!』

 

 イフリート・ゲヘナへ飛び掛かるガルムガンダム。迎撃にショートバレルキャノンを向けるが、敵機の脇へ回り込んでいた尻尾から放たれたGN粒子のビームが砲身を引き裂き、一拍遅れて爆発を引き起こす。

 

「……ッ、ヴェイガンみたいな武器を!」

 

 咄嗟にパージするものの、バックパック付近で発生した衝撃でイフリート・ゲヘナは態勢を崩してしまう。

 

 そこへ犬が人間を押し倒すようにしてガルムガンダムが両の前脚でイフリート・ゲヘナの肩へ組みつくと、マニピュレータが変形した爪でもって肩部のビーム砲を握り潰す。

 

「くぅ……!」

 

 なんとか敵機を引きはがそうとレイはもがくが、パワーは圧倒的に相手が上。押さえられた肩は全く動かない。サブアームを展開し、シールドで殴りつけてもびくともせず、逆に盾のほうがへこみ、押しのけようと無理をさせたアームからは火花が走る。

 ならばと、脚部のインコムを分離させて背中を狙うも、その二機は先端にビーム刃を形成した尾の一撃で薙ぎ払われ、次の瞬間、両足の膝には後ろ足の爪が突き刺さった。

 

「このっ……離れ、ろッ!」

 

 四肢を使って完全にマウントを取られた態勢のイフリート・ゲヘナ。それでも諦めないレイは腰部のマシンガンを接射するが、可動範囲の問題で密着した敵の関節部は狙えず、装甲に弾かれるばかりで効果がない。単眼の頭部を狙って迫る顎。咄嗟に二本の隠し腕を展開するも、凶悪な牙が刃に食い込み、力任せに纏めて食い千切られる。

 

『ハハ……ハハハハッ! ざまぁねぇなあ、オイ!』

 

 こちらを見下していた相手が満身創痍になる姿に、レオの心を暗い愉悦が満たす。

 

『終わりだなァ!』

 

 レオが怒りと狂気を込めた宣言と同時、股下から顔を覗かせたテイルキャノンがコックピットのある腹部へ向けられ、その先端にはGN粒子が収束する。

 

 逃れられない状況。完全に詰み。

 

 

 

 

 

「──そっちがね」

 

 しかしチェックメイト(王手)をかけているのは、レイもまた同じだった。

 

『負け惜しみをォ──!?』

 

 この状態でなにが出来る。レイの言葉を嘲笑い、トリガーに掛けた親指を押し込もうとするレオだったが──

 

 なにかが彼のいるコックピットにぶつかるような、軽い衝撃を感じた瞬間、イフリート・ゲヘナを押し倒したガルムガンダムの背後、バックパックのコア・ファイターを交差するように二筋の光が貫く。

 

『──あ?』

 

 何が起きたのか理解できず、撃墜判定を受けたことで沈黙した機体の中、レオの口から気の抜けたような声が漏れた。

 四肢から力の抜けたガルムガンダムを、スパークを放つサブアームを無理やり動かし、大きく凹んだシールドで押しのけて距離を取るイフリート・ゲヘナ。

 

「インコムは四基だと思った? ──残念。正解は()()よ」

 

 組みつくためにGNフィールドを解除したガルムガンダムを見て、レイは刹那の判断で戦術を変更。自機を囮として差し出すことで、まだ見せていない手札を活かし千載一遇のチャンスを掴んだ。

 

 接近し、密着するような距離にいた事と、シールドによって巧みに隠されていたことで、頭部のメインカメラでは見切れていたイフリート・ゲヘナの両腕。よく見ればそれは上腕しかなく──振り向いて背後を確認したガルムガンダムが見たのは、無線式のインコムとなって宙に浮かぶ武器腕(前腕)

 ドーベンウルフのビームハンドを参考に、イフリート・ゲヘナの前腕部もまたインコムとして分離、遠隔操作が可能で、それこそレイが伏せていたカード。絶対の護りを捨てた番犬を仕留めた狩人の一撃。

 

『……ちくしょう……なんでだよ……』

 

 ここで撃墜されてしまった以上、もうブレイクデカールは使えない。今や相当な数のダイバーに広がっているあのツールは入手するにも順番待ちで、次に手に入るのがいつになるのか見当もつかなかった。

 

『俺だってGBNを楽しみたかった……それだけなのに、なんで……』

 

 真っ赤に染まったコックピットが歪む。レオ自身もなぜ悔し涙を流しているのかわからない。相手にしてやられた事が悔しいのか、不正ツールに手を出してまで負けてしまった己の無様な有様が我慢ならないのか、ぐちゃぐちゃになった感情は混沌としていて、出口を求めてぐるぐると彷徨うばかり。

 

 ただ、ひとつだけはっきりとしているのは、「自分はなぜこんなことをしているのだろう」という虚無感。

 

 チートに手を出し、他人のプレイを邪魔して、挙句に返り討ちにあった自分が滑稽で仕方がない。

 

 自慢の作品であるガルムガンダム。今でこそ見る影もなく変貌していたが、この機体を操縦して動かしてみたかったから始めたのがGBNで……少なくとも不正ツールを使ってまで他者に勝つなどというのは、レオが最初にログインした時には微塵も持っていない願望だった。

 

 ランクが低くてもいい。バトルに勝てなくてもいい。ただ、この愛機が動く雄姿を見たい。

 

 そして……気の合う友人ができればいい──

 

『ああ……』

 

 そうだった。ブレイクデカール(こんなもの)に手を出したのは──現実(リアル)では周囲にガンプラの話をできる人間がおらず、もともとは話題を共有できるフレンドが欲しくて、でもバトルで結果を出せないと認めてもらえなくて、それで──

 

「──はぁ……バトルの強さ()()()に拘るからでしょ?」

 

 内に秘めた想い(怒り)を喚きながら散々暴れたからなのか、レオが落ち着きかけた時、通信ウィンドウから呆れたような溜息ともにかけられた言葉が彼の心を逆撫でする。

 

『だからッ! バトルが弱い奴は──!』

「ペリシアエリア」

『──あぁ?』

 

 最も言われたくない相手(バトルが強い奴)からの言葉に、瞬間的に怒りが再燃し、カッとなって声を荒げるレオに被せるように続けられた名前。GBNを始めてまだ数か月。バトルで活躍することに躍起になっていた彼にとって、聞き慣れないエリア名に訝しそうに首を傾げる。

 

「ガンプラビルダーの聖地だそうよ。世界中のビルダーが集まってお互いの作品を見せあう場所。もちろん、評価されるのはガンプラの出来栄え。だから、そこへ行けば、GBNがバトルだけじゃないってわかるかもね」

『ペリシア……』

 

 「……本当はこのミッションが終わってから、私たちも行くつもりだったんだけどね」という言葉は口に出さずに飲み込むレイ。

 

「後の詳細は自分で調べなさい……私もGBNには詳しくないけど、それでもGPDの時ほどバトル一辺倒の世界でないことは保証できるわ」

 

 レイの言葉には実感が籠っていた。つい最近、友人たちと遊んだベアッガイフェスが脳裏に蘇る。

 

『……』

 

 ぶっきらぼうな言い方だったが、チートを使って襲い掛かった自分を気遣うような言葉をかけられ、今更だがブレイクデカールを使っていた後ろめたさを感じて、レオは返す言葉が出てこない。

 

「それと……戦闘中はトラッシュ・トークでああ言ったけど、基本は出来ていたわよ。あまり卑下しないことね」

『え……』

 

 なにかを言いかけようとしてレオが口を開きかけた時──ガルムガンダムの機体は爆発。僅かな浮遊感の後、彼の姿は格納庫エリアに強制転送された。

 

 

 

 

 

「ビルダーの聖地……か」

 

 灰色が支配する格納庫へ降り立ち、呆然としながら見上げた先、ハンガーに佇むのはガルムガンダム(愛機)の姿。ブレイクデカールの効果が切れたのか元の人型に戻っている。

 

「ペリシア……行ってみるか」

 

 機体を見上げ、語り掛けるようにしてレオが呟く。

 

 きっと思い込みなのだろう。それでも、憑き物が落ちたようにすっきりとした顔をした彼の言葉を受けて、ガルムガンダムのツインアイが僅かに光ったように見え──それはとても暖かなものに思えた。




次回の更新には今少しお時間を頂きたく……


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凶鳥と怪物

これにてジャバウォック戦は終わりです。


 コックピットを撃ち抜かれた敵機が爆散し、ポリゴンの欠片となって消えてゆく。

 

「はぁ……デビュー戦だったのに派手にやられたわ」

 

 敵の撃墜を確認したレイは大きく息を吐く。コンソールで機体状況を確認するが、戦いを制した代償は酷いものだった。

 

 両足は膝関節が破損。腕も前腕は無事なものの、肩部が異常を示しており精密な射撃はできそうもない。武装に至っては悲惨の一言で、肩部、脚部のインコムは全滅。無事なのは腕のライフルと腰のマシンガンのみで、隠し腕は食いちぎられ、ショートバレルキャノンが爆発した影響を受けたバックパックはスラスターが破損し、アブソーブシステムのキーとなる実体盾は大きく歪んで吸入口を展開できない。

 パージしたミサイルポッドは時間経過で復活するが、ミサイル系武装のリキャストタイムは長く、ミッションの残り時間を見るに悠長に待ってはいられない。

 

 溜息をひとつ吐いてから部隊通信(パーティチャット)で相棒に繋ぐ。

 

 腕部のインコムは飛ばせる範囲が限定されているため、ここからでは支援射撃もできない。メインスラスターが機能しない今、この機体はただの漂流物(デブリ)と変わらない状態だった。

 

「セナ、ごめん。こっちは片付いたけど、加勢は出来そうもないわ」

 

 今の状態だと足手まといにしかならないことを自覚しているレイは、少し申し訳なさそうに声を落としてセナへ声をかけるが──

 

『……そっかー、しょうがないなー。じゃあわたしひとりでやるね!』

 

 返ってきたのはウッキウキな様子を隠しきれていない弾んだ声音だった。

 

「……そっちはどうなってる?」

『チーターは縮こまって動かないから、実質ボスとの一対一。ヤバいよー、ジャバウォック滅茶苦茶強い。まじで興奮する』

 

 ニコニコ顔の相棒を通信ウィンドウ越しに見て、聞くまでもないことだと思いながらもレイは問わずにはいられず、

 

「……ねえ、セナ? ──楽しい?」

 

 と聞けば──

 

『──めっちゃ楽しい!』

 

 輝くような笑顔で断言された。

 

 それを見たレイは、ふっ──とニヒルに口の端を釣り上げて通信を終える。

 

「……」

 

 セナが楽しそうにしているのなら、やはりあのミッションボスはかなり強い(楽しい)相手なのだろう。

 

 そのことを確信したレイは言葉にできないもやもやを感じる。

 

 たとえばそう、友達と買い物に行って、友人だけ欲しい物が手に入り、自分の欲しかった物は目の前で売り切れになってしまったような、そんなもやっとした気持ちだ。

 

「はぁ……」

 

 再びの溜息の後、沈黙したレイ。時間にして十秒ほどか。俯いていた顔を上げ、全てのチャットをオフにしたことを確認してから、大きく息を吸い込むと──

 

 

「あああああーッ! 私もジャバウォックと戦いたかったァァァァ!」

 

 

 頭を抱えて仰け反りながら、力の限りコックピットの中で絶叫した。

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 時は少し遡り、レイがガルムガンダムと戦闘中の時──

 

『ファンネルかった!──ぬおっ!? あっぶなー……アハハッ! 尻尾か! そういう武器もあるんだね!』

 

 アニーは恐怖した。

 

 ジャバウォックというハイランカーが生み出した怪物。その巨体から嵐のような破壊を振りまく異形の竜と──

 

『あはははは! つよーい! たーのしー!』

 

 それを相手にテンションマックスで笑い声を上げながら渡り合う一人のダイバー(戦闘民族)に。

 

「ふぇぇぇ……なにあれぇ……怖いよぅ……」

 

 ただガンダム作品が好きなだけ、GBNも話題になっているからと、なんとなく始めただけのライトユーザーのアニー。

 

 今回の乱入だって、もとは先に墜ちたガデッサとガラッゾのダイバーたちに強引に誘われたからついて来ただけ。もともと臆病な気質のアニーは、NPD操作とはいえハイランカーのガンプラに挑むような気概の持ち主ではない。

 そんな彼女には、怪物相手に嬉々として挑みかかる人間(セナ)の心理が理解できなかった。

 

 嬉しそうな様子とは裏腹に、どう見てもセナ(あの子)はジャバウォックを相手に苦戦している。未だ有効打のひとつもなく、攻略の糸口も見えない。それなのに戦っている本人だけは実に楽しそうに笑っているものだから、理解が出来ない不可解さがやがて恐怖に変わる。

 

 オープンチャットを切り忘れているのか、通信ウィンドウから絶えず聞こえてくる笑い声。コックピットの中で小さくなって見つめるモニターには、凶鳥と怪物の戦いが映し出されている。

 

「動きは凄いけど……」

 

 ガンダム・フレームらしい生身の人間じみた動きと、大型ウィングスラスターを使いこなした鋭いマニューバで果敢に斬りかかるガンダム・カイム。

 フェザーファンネルとサイコプレート、両腕の十門のビーム砲に巨大なテイルブレードと、要塞もかくやな種類の武装を展開して攻め立てるジャバウォックだが、カイムはナノラミネート装甲の各所を剥離させ全身が煤けているものの、攻撃が直撃したこと(クリーンヒット)は未だない。

 

 ──当たらなければどうということはない──

 

 ガンダム世界の名言だが、言うは易く行うは難し。それを実行している存在が、今アニーの目の前にいる。

 

 フェザーファンネルが飛び交い、サイコプレートが立ちはだかる。襲い来る質量の暴風。アニーからしたら恐怖しかない兵器の群れを、時に躱し、時にCファンネルや、スラスターに内蔵されたドッズライフルのビームをぶつけて逸らす。

 十条のビームと頭部の連装式ビームは、その射線を射角と砲口の向きだけで見切り、網の目を潜るように飛翔する小さなシルエットが、最小限の動作でもって掠めるようなギリギリの距離でかいくぐる。

 

 そうして下方から迫るガンダム・カイムに、ジャバウォックは脚を振りかぶる。ハシュマルの腕部を元にしたそれは、巨大なクローを備えて、鬱陶しい羽虫を叩き潰さんと振り下ろされた。

 

 龍爪と呼ぶに相応しい巨大な爪の一撃。迫りくる致死の攻撃を、ウィングスラスターを偏向させ機体をロールして躱すガンダム・カイム。勢いをそのまま、さらに機体を旋回させて一回転すると、そのエネルギーを乗せた脚部を回し蹴りのようにクローの接続部分へと叩きつける。

 

 接続部へと食い込む脚部のレイザーブレイドが、火花を散らしながら振り抜かれた。

 

 切断こそ出来なかったものの、開閉機構を損傷し、開いたままになったクローを蹴りつけ、反動をつけて再度飛び上がるカイム。狙うのはハシュマルの胴体を用いた下半身。構造的に腕部と頭部のビーム砲の射線が通らない股下だ。

 

「どうして……」

 

 自分とは次元の違うレベルの攻防。敵のヘイトがこちらに向かないよう必死に祈り、見ているしかできない戦い。レオに言われた作戦などとっくに不可能だと諦めていたが、その戦いからは目が離せなかった。

 

 アニーの目から見てもガンダム・カイムはよく出来たガンプラで、操るダイバーの腕も相当なものであるが、あの怪物の完成度はそれらを凌駕している。

 

 手数も火力も装甲も圧倒的に相手が上。こちらは一撃もらえばお終いなのに、敵は無限とも思える耐久値を持っている。アニーからすれば理不尽極まりない条件としか思えない。

 

 「クソゲー!」と叫んでリタイアしてもいいじゃないか。「はいはい無理ゲー」と諦めてしまってもいいじゃないか。少なくとも自分ならそうする。それなのに──

 

『うおぅ!? ビームソード!? こんなのまであるの!?』

 

 ──どうしてそんなに楽しそうなの?

 

 理解が出来ないし、なにより怖い。だけど……

 

 諦める様子など微塵もなく、圧倒的な怪物へと挑み続けるその姿を見ていると、周囲にGNビームサーベルファングを展開し、ブレイクデカールで強化された隠密スキルでターゲットから逃れ、ひたすら戦場の隅で小さくなっている自分が酷くみじめに思えてくる。

 

 そして、同時に──

 

「ぅう……が、がんばって……!」

 

 なぜだかあの挑戦者を応援したくなってしまった。

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 そして時間は現在に戻る。

 

 一度は股下に潜り込むことに成功したセナだったが、有線式ビームソードに阻まれて離脱を余儀なくされた。

 

 だが同時にやはり股下には射線が通らないことを確認して再び隙を伺う。

 

 なにやらエリア全体がノイズまみれになっているが、戦いに集中しているセナは必要のない情報として切り捨てた。

 

 本来ジャバウォックにはセミ・サイコ・シャードやNT-Dといった兵装もあるのだが、それらを使用する様子はなく、ゆえにこの戦いは今まで辛うじて拮抗していたのだが……

 

『なんかわらわら出てきた!?』

 

 予習として閲覧した動画では見られなかったが、()にされた機体の特性からレイがあるはずと予測を立てていた機能があった。

 

 ジャバウォックの下半身から多数の小型機が吐き出されるのを見たセナが驚く。ジャバウォックを親機として連動する、無人小型機動兵器群(サブユニット)の「ワイバーン」だ。

 ハシュマルが持つ小型機動兵器(プルーマ)を生み出す機能。それを利用して生み出された「子機」たちの数は五十にも届くほど。

 小型といってもそのサイズはMSを相手取るに十分で、原作のプルーマからして、取り押さえるには二機のMSでようやくというパワーを持っていた。

 

 そんな小型機動兵器が雲霞となってガンダム・カイムに向かってくる。

 

『レイの言った通りだ……二面で見たのとは形が違うけど、アレとおんなじようなのか』

 

 フェイズ2にて戦ったハシュマルを思い出すセナ。地上戦ゆえに上を取れたことと、多数を一挙に殲滅できる相棒の頼もしい援護があったおかげでさほど苦戦しなかったが、今の戦場は宇宙で自分はソロだ。

 

『くぉんのぉーッ!』

 

 相変わらずの高密度な弾幕を辛うじて避けながら飛び回るガンダム・カイムだが、包囲するように広がったワイバーンたちによって行動範囲が限定され、先ほどのように余裕を持っての回避行動が出来ていない。

 

『ウジャウジャと──』

 

 加えて敵の遠隔操作武器の牽制に回していたCファンネルを、新たに現れたワイバーンたちの迎撃に回さざるをえなくなり、ただでさえ足りなかった手数がさらに削られる。

 

 このままでは追い詰められると察したセナは、両手のレイザーブレイドを連結。

 

『邪魔だぁーッ!』

 

 機体を捻った勢いをつけて投擲する。

 

 ブーメランのように回転する巨大な刃はCファンネルでもある。ゆえにセナの思い描く軌跡を辿り自在に飛翔し、緑光のきらめきを描きながら次々とワイバーンを引き裂いて飛ぶ。

 

 しかし──

 

 半分ほどの数を引き裂いたあたりで、飛来してきた幾つものフェザーファンネルが、レイザーブレイド目掛けて殺到する。

 ガンダム・カイムのレイザーブレイドはレイが妥協なく仕上げただけあり、巨大な羽たちをも次々と砕いてゆくが、巨大な質量物(フェザーファンネル)にぶつかる度にどうしても勢いと速度は衰えてゆく。

 思念操作で呼び戻そうとしたセナだったが時すでに遅く、速度を下げた刃に多数のワイバーンが取り付き、それぞれのスラスターを全力稼働させて急制動をかける。

 

 機械の翼竜に集られ、歪な塊となったレイザーブレイドがついに止まる。そこに、光を留めたジャバウォックの頭部が向けられ──

 

『しまっ──』

 

 五連装式ビーム砲。

 

 アブソーブシステムを用いてようやく凌いだ途方もない威力の光が、取り付いたワイバーンの群れごとレイザーブレイドを飲み込んだ。

 

 あまりの光量にアニーがとっさに目を眇める。

 

 もはや光の柱と形容できる程のビームの奔流が通過すれば、後には黒く煤け、かろうじて()()とわかる程度に形を留めた魔神の刃の残骸が残るのみ。

 しばらく宙を漂っていたその影は、やがて砂が崩れるように崩壊し、ポリゴンの塵となって宇宙に散った。

 

「そんな……」

『──ッやってくれたねぇ!』

 

 アニーが力なく呟くなか、セナが己の判断に後悔する間もなく、残りが四分の一ほどになったワイバーンがガンダム・カイムに襲い掛かる。

 

 腰裏から二本の高出力ビームサーベルを抜き放ち、五基のCファンネルを併用して、猛然と向かい来るワイバーンを塵殺するセナ。レイザーブレイドの喪失と引き換えに、いくつかフェザーファンネルを潰したものの、手数の差は依然として圧倒的に不利だ。

 

「……やっぱり無理だよぉ。あんなのに勝てるわけ」

『──ふふっ……』

 

 ない、とアニーが呟くのに被せるようにして響くのは、吐息のようなかすかな()()

 

『ほんっとーに、』

 

 いまだ闘志は衰えず、否、むしろなお燃え盛り、その中に隠しきれない喜悦を滲ませて。

 

『──楽しませてくれるねぇ』

 

 ──戦士(セナ)が、笑う。

 

 

 イヴ、という不思議な少女は言った。「ガンプラには作り手の想い(願い)が宿る」と。

 

『まだ終わりじゃない。これで終わらせるなんて()()()()

 

 ならばレイが。GBNで出会い、今や一番の親友であると胸を張って言える彼女が、セナ()のために作り上げたこの機体(悪魔)に込める想い(願い)とはなにか。

 

()()()()()()()()()()()()()

 

 それは、きっと、疑いようもなく──

 

()()()

 

 ──強敵との戦い(飽くなき闘争)だ。

 

 美しさすら感じる声音で、囁くように紡がれた主の言葉に、悪魔はその身に宿る力を解き放つことで答えとした。

 

 

 ──阿頼耶識システム、リミッター解除。

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 ふたつのエイハブリアクターが咆哮にも似た唸りを上げる。それは悪魔が上げる歓喜の雄たけび。

 

 紅のツインアイが夕陽のような金色の光を宿し、インナー・フレームの各所からも同じ色の光が漏れ出す。

 

 ウィングスラスターが爆発したのかと錯覚するほどの噴射を起こすと、主の意を受けた悪魔(ガンダム)は両手に光刃を携えて、物語の怪物(ジャバウォック)へと挑みかかる。

 

 それまでの動きをさらに超越した反応速度。あまりにも素早く変則的に行われるマニューバによって、黄金の光を放つ瞳が闇の中鮮やかな残像を残し、リミッターという軛を解かれた凶鳥が羽ばたく。

 

 フェザーファンネルのいくつかと多数のワイバーンを喪失したが、本体の武装は未だ十全なジャバウォックは十指のビームをはじめとした迎撃を行うが、文字通りの悪魔と化したガンダム・カイムを捉えられない。

 

 行く手を阻む小竜を引き裂き、迫りくる羽を蹴り返し、迸る破壊の光は緑光を放つ刃(Cファンネル)を盾として。

 

 黄金の軌跡を漆黒の中に刻みながら鳥の魔神が進撃する。

 

 フェザーファンネルを蹴りつけた足は砕け、ビームを受け止めたCファンネルが融解する。損傷してゆく機体、失われる武装。最短距離を突き進むために支払われた代償は大きく、それはもはや最後の悪あがきにも近い突撃。死すら厭わない行軍。

 

 だが、己の身を削りながらも怪物に挑む小さな姿は、いっそ美しくすらあって。

 

「なんて、綺麗……」

 

 時として人は破滅的な存在に美しさを見出す。アニーもまたガンダム・カイムの姿にそれを見ていた。

 

 

 満身創痍になりながらも止まらない魔神に振るわれるは尾の一撃。

 

『──ぉおおおおッ!』

 

 気合と共にセナは機体をバレルロールさせてブレード部分を回避すると、すれ違いざま両腕を振り抜く。

 

 最大出力となったビームサーベルは見事にワイヤーを切断。さらに頭部の五連装式ビーム砲に光が集うが、セナの操るカイムのほうが速い。

 

 ついに巨体へ肉薄したカイムは竜の頭部めがけて、ツインアイと同じ金色の刃を振りかぶった。

 

『──ぐッ!?』

 

 しかし突然襲った衝撃波によって機体が吹き飛ばされる。

 

 ジャバウォックの体から溢れる光──フル・サイコフレームの発する共振現象の余波だ。

 

『……ッ!? 操作が……!』

 

 一時的に操縦を受け付けなくなった機体にセナが困惑した時、ジャバウォックはついに己が背に負う朽ちた巨剣を抜き放つ。

 

 ──それは刀身が半ばから失われた大剣。

 

 巨大な腕に握られるのは、一見して武器としては不完全なもの。だが、かのビルダーが、()()()()()()()を愛機の武器として持たせるわけもなく。

 

 さらに動きが止まったカイムへと、残っていた僅かなワイバーンが四肢へ取り付き自由を奪い拘束する。

 

『くぅ、邪魔ァ!』

 

 焦るセナを尻目に、これまで周囲を飛び回っていたサイコプレートが次々と掲げられた剣へ集うと、まるで欠けた刃の代わりとなるようにして、折れた先へと繋がっては刀身を形成してゆく。

 

 そうして作られるのは、持ち主同様に歪だが、サイコミュの輝きを放つ美しい一振り。

 

『……ッ!』

 

 もはや言葉もなく、ようやく反応するようになった機体から、必死に敵の小型機を振りほどこうとするが、腕に、足に、翼に爪を突き立てた怪物の配下たちは、レイザーブレイドにそうしたようにスラスターを全開で吹かしてガンダム・カイムをその場に縫い留める。

 

 あんな大仰な前振りで登場した武器だ。直感に頼る必要もないほど、()()()()()()()()というのはこれでもかとわかる。

 

 焦燥に支配されつつも冷静に状況を判断する頭は残っている。その冷静な部分が告げるのだ。「この状況は詰みである」と。この上なく冷たい現実に歯噛みするセナ。動けないカイムへついに巨剣が振り降ろされる。

 

 全てのサイコプレートを纏い、蒼い光の残像を描いて打ち下ろされる一撃は……悔しいが見惚れるほど。

 

『……ダメッ!!』

 

 最後の意地で迫る刃を見据えていたセナの耳に、震えながらも決然とした叫びが届いたのはその時だ。

 

「──え?」

 

 

 すっかり存在を忘れていた相手の声に驚くと同時に、カイムに取り付いていたワイバーンが、次々と()()()に貫かれて機能を停止させた。

 

 それは菱形をした飛翔体──ガッデスのGNビームサーベルファング。

 

『いって! ファング!』

 

 戦場の隅で縮こまっていたはずの機体が、いつの間にかカイムの近くまで来て、その手に持ったGNヒートサーベルを指揮者のタクトのように振り下ろせば、七基の刃はジャバウォックへと飛翔して、大剣を握る手、その指の付け根をことごとく切り裂いた。

 

「えっと……」

 

 怪物の手から零れ落ちる剣を横目に、セナは戸惑ったような声をあげる。それも当然だ。なにせ相手はミッションに乱入して、ボスを横取りしようとした連中の仲間。なぜ自分を助けるような真似をするのか理解できない。

 

『自分でもわかんない! でも、今はこうしたいの! だから助けたの! 悪い!?』

 

 カイムのコックピットに通信ウィンドウがポップし、映し出されたのは紫髪の女性ダイバー。気弱そうな雰囲気に反して、彼女は半ばヤケになったように叫んだ。

 

 それを聞かされたセナは一瞬だけ、きょとん、とした顔をした後──

 

『そか。ありがと!』

 

 にっ、と笑って礼を述べ、機体を再度フルスロットルで加速させる。

 

 再び己に迫る敵へジャバウォックがフェザーファンネルを差し向けるが、

 

『させないッ!』

 

 アニーの命令を受けた七基の(しもべ)が巨大な羽をことごとく穿ち、切り裂いてセナへと道を切り開く。

 ガッデスのファングはキットそのまま、裏側の肉抜き穴すら処理していない稚拙な出来だが、ブレイクデカールの力によって大幅に強化された性能は、ハイランカーの作り出した武装とも渡り合うことを可能にしていた。

 

 だがそんなことをすれば、敵のヘイトを買うのは当然であり──

 

「あ──」

 

 こちらへと向けられたジャバウォックの五指。そこに宿る光を見たアニーが硬直する。

 

 射線からジャバウォックがどこへ狙いを定めたのかを察したセナが、思わず振り向こうとするが──

 

『──行って!』

 

 迷いを断ち切るような叫びに背を押され、『──まかせろッ!』とセナが応えるのと、ガッデスが五本のビームに飲み込まれるのはほぼ同時だった。

 

 さしものブレイクデカールでも耐えきれない一撃を受け、ポリゴンの欠片となって崩れてゆく翡翠色の機体。だがアニーの果たした役割は、この局面においては大きな一手。

 

 必殺の攻撃を不発に終わらせ、フェザーファンネルを潰し、残った片腕を使わせた。

 

 

『──てぇぇぇんちゅぅぅぅぅうッ!』

 

 

 決意を秘めて一番気合の入る掛け声を響かせ、ビームソードをかいくぐり、ついにカイムの握る光刃が怪物の頭、五つの複眼を貫いた──




Tips
・ジャバウォック
出典:サイド・ダイバーズメモリー(作:青いカンテラ 様)
 GBN個人ランキングの上位ランカー、クオンが作成したガンプラで彼女の愛機。
 「鏡の国のアリス」の「ジャバウォック」をモデルにしたミキシングガンプラで、同じく彼女が作成したクリエイトミッション「終末を喚ぶ竜」のミッションボスを務める。
 フル・サイコフレーム、NT-D、サイコプレートとフェザーファンネルといったサイコミュ兵器の宝庫で、頭部の五連装式ビーム砲と新旧サイコガンダムの腕から放つビーム兵器に加えて、ハシュマルと同様に小型機動兵器を生み出す機能と、ツインエイハブリアクターまで備えている怪物。

 NPD操作とはいえ、死闘の末にセナは一撃入れることができたのか──
 


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思わぬ出会い

ブレイクデカールの設定を一部創作しています。



 大破した二機のガンプラが並ぶ格納庫エリア。そこに光が集まると一人の女性を形作る。

 

 撃墜判定を受けたことで自動転送されてきたアニーだった。

 

「……おう、戻ったか」

 

 声のしたほうに振り返れば、熱心に空間ディスプレイを眺める青年の姿。フレンド登録していたため、同じ格納庫エリアになっていたレオだった。

 

「お前も派手にやられたな」

 

 レオはちらりと視線を上げてハンガーを見てから、またすぐにディスプレイへと目を戻す。言われてアニーも見上げれば、そこには全身が煤けてぼろぼろになったガッデス(愛機)が佇んでいた。

 

 発動中に撃墜されたためブレイクデカールはもう失われた。だが、今の彼女にとって()()()()()は気にならない。

 

──まかせろッ!──

 

 最後に聞こえたあの言葉と、大きな翼が印象的な後ろ姿。

 

 鮮烈なイメージはアニーの心を浮き立たせ、未だにどこか夢を見ているような、現実感のないふわふわとした気持ちにさせる。

 

 最初は怖いだけだった。圧倒的に不利な状況の中で笑いながら舞う姿はどこか狂気すら感じた。理解が出来ず意味が分からず、コックピットで震えているだけだったのに……見ているうちにいつしか無謀な戦いに挑み続けるあのダイバーに負けて欲しくないと思い始めた。

 

「──凄かったなあ」

 

 凄絶な戦いだった。壮絶な姿だった。

 

 バトルそのものを忌避し続け、自衛のためにとごまかして不正ツールに手を出した自分には到底真似できない。あんなバトルをする人もいるのかと衝撃を受けた。

 

「どうなったのかな……」

 

 惜しむらくは戦いの結末を見ることが叶わなかったことだ。満身創痍で繰り出された乾坤一擲の攻撃は、あのハイランカーの作り出した怪物へと届いたのか。

 

「──さて。お前も戻ってきたことだし、俺はもう行くわ」

 

 調べものを終えたのかレオが立ち上がる。どこかに出かけるつもりらしい。

 

「どこに行くの?」

 

 なんだか少しだけ雰囲気が柔らかくなったように感じるレオを、不思議そうな目で見ながら訊ねるアニー。

 

「──ペリシアってエリアだ」

 

 そんな彼女の視線を誤魔化すように、レオはややぶっきらぼうに言い放った。

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

「……? え? あれっ!?」

 

 確実に捉えた。そう確信したセナだったが、一瞬視界が塞がれて浮遊感を感じたと思ったら、セントラルディメンションの中、ミッションカウンターの前に立っていた。

 

 状況がわからずにきょろきょろしていると、目の前にメッセージウィンドウがポップして、意味の分からない文章が表示される。

 

【Mission Failed】

 サーバーの負荷が高いか深刻なエラーが発生したためミッションを中断しました。

 ご迷惑をおかけして誠に申し訳ございません。

 

「──なにこれ?」

 

 全く頭に入ってこない文章をセナが眺めていると、すぐ隣には見慣れた長身のダイバーが転送されてくる。

 

「へっ? えっ!? どこ!?」

 

 格納庫エリアではなく、いきなりミッションカウンター前に転送されて目を白黒させるレイ。

 

「あっ、レイ。ねぇ、これ、どういうことかな?」

「え? セナ?」

 

 コレ、とウィンドウを指さすセナと同じ内容の文章が記されたウィンドウがレイの目の前にもポップする。

 

「……んー、と? ……あ、あー……やっぱそういう……」

 

 しばしの間文字を追っていたレイだったが、読み終わるとどこか納得したように頷いた。

 

「なにかわかった?」

「っとね、セナは気づかなかった? あの横殴りした連中が出てきてからしばらくして、エリアの景色がおかしくなっていったんだけど」

 

 印象的な出来事だっためによく覚えているレイが説明する。

 ガルムガンダムが驚異的な()()をした直後、エリア全体にまるで亀裂が走るようにヒビが入り、そこからテクスチャが剥がれ落ちてノイズが溢れてきたのだ。

 

「んー……あ、そういえば、なんか変だったかも。ノイズが走ってたような」

 

 いっぽうでジャバウォックとの戦闘に夢中になっていたセナの反応は鈍い。

 

「そうそれ。セナも察してるとおり、たぶんあいつらチーターの類だと思う」

 

 そこまで言われれば、VRゲームの経験が豊富なセナは凡その事情を察することができた。

 

「不正ツールのせいでシステムに異常が起きたってことかぁ……」

 

 がっくりと肩を落とすセナに、「だろうねぇ」とこちらも力が抜けたように同意するレイ。そうやってミッションカウンターの前で項垂れる二人だったが、

 

 

「──そこのお二人さん。ちょ~っとお話、よろしいかしら?」

 

 見知らぬダイバーに声をかけられ、胡乱な眼差しを向けた先。

 

 そこにいた人物を見てレイとセナは硬直した。

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 GBNにおけるアバターの外見、ダイバールックの自由度は非常に高い。

 

 身長や体格、顔つきはもちろん、性別も現実(リアル)と違うものにすることが可能であるし、人以外の生き物、獣の特徴を備えた人や、SDガンダム、果ては動物がそのまま二足歩行になったようなものまで多種多様な姿をとることができる。

 

 ──それにしてもこの人たちは()()なあ、とレイは思った。

 

 声をかけてきたのは二人連れのダイバーだった。

 

 そのうちの片割れ、先ほど声をかけてきたのは、どこか色気を感じるタレ目をした長身の男性。

 

 しかしその恰好はと言えば、首の後ろで括った紫の髪に左目の下には濃いピンク色の星型のタトゥーが目を引く。

 引き締まった肉体を見せつけるようにして下腹部までファスナーを下ろしたスリムなツナギを身に着け、その上には鮮やかなマゼンダ色のボレロを羽織るという強烈なファッションセンス。

 

「不躾にごめんなさいねぇ。でも、すこーしだけ()()()()に付き合ってもらえないかしら?」

 

 そして極めつけはこの口調である。

 

 いわゆる「オネエキャラ」なのだろうが、なぜ性別の変えられる仮想現実でわざわざオネエを演じるのか。一目見たら忘れられない存在感に胸やけを起こしそう。

 

「……」

 

 そしてもう一人。会話を相方に任せているのか一言も喋らないでいるのは、目元を隠す仮面を付けてマントを羽織った金髪の男性。オネエの連れなのだろうが、こちらもこちらで奇抜な衣装だった。

 仮面をつけたキャラというのは、ガンダム作品ではシャア・アズナブルを筆頭にして珍しくもないし、GBNではそういう恰好をしたダイバーを見かけることもあるが、実際に対面するとこうも胡散臭いものなのかとレイは嬉しくもない発見をした。

 

 あまりにもクセの強すぎる人物から急に声をかけられ、目線でお互いに「どうしよう?」「どうする?」と会話するレイとセナ。

 困惑と戸惑いがないまぜになり、微妙な空気になりかけた事を察したのかオネエのダイバーが、「そういえば自己紹介もまだだったわね」と手元にウィンドウを呼び出す。

 

「お姉さんはマギーっていうの。よろしくね。あなたたちに声をかけたのは、さっきまでやってたクリエイトミッションについて聞きたいことがあるからなのよ」

 

 そう言って呼び出したウィンドウをくるりと裏返すと、こちらへ見えるように差し出してくる。

 

 キャラの濃さとぐいぐい距離を詰めようとする勢いにすっかり呑まれてしまった二人だったが、手元に来たウィンドウ、そこに記されたダイバーの個人プロフィールを見て目の色を変える。

 

「ワールドランキング23位!?」

「所属フォースはアダムの林檎……こっちもフォースランキング13位って、相当なハイランカーね」

 

 見た目と言動とは裏腹に、目の前の人物がGBNの中でも上澄み中の上澄みであることに驚く。

 

「少しは信用してもらえたかしら? それで、さっきの話なんだけど……クリエイトミッションの【終末を喚ぶ竜】をプレイ中にエラー落ちしたのってあなたたちよね?」

「……ええ、そうですね」

 

 なぜそんなことまで知っているのか。その疑問はひとまず置いておくことにしたレイが頷く。相手はワールドランキング23位の超上位ランカー。ランキング外のCランクとDランクのコンビであるこちらを騙すメリットを持たないし、騙したところで得る物など思いつかないからだ。

 

「……やっぱりそうなのね。申し訳ないんだけど、少し場所を変えて話せないかしら? 出来ればお姉さんのフォースネストに来てもらいたいんだけれど……」

 

 しかしたかだかミッションひとつがエラーで落ちたことに、どうしてそんなに深刻そうな顔をしているのか。それがレイにもセナにもわからない。それも運営の人間でもない、言ってしまえばいちプレイヤーに過ぎない彼が。

 

 膨大なアクティブユーザーを抱えるGBNは、常に大量のミッションが受注されては処理されていく。その中にはたまたま回線の調子が悪かったり、筐体側に不具合が発生するなどして切断する、などといった事態は頻繁ではないにしろ珍しくもないことのはず。

 

──まあ、今回は不正ツールを使ったチーターが原因っぽいんだけど。

 

 唯一の心当たりを内心で呟いたレイが傍らの友人へ目配せすれば、セナも特に異論はないらしく頷いてくれた。

 

「わかりました。これからすぐに向かいますか?」

「ありがとう。そうしてもらえると助かるわ」

 

 再びウィンドウを呼び出したマギーが、二人をゲストとしてフォースネストへ入れるよう手続きをする。

 

「オッケー。これであなたたちの移動先にもウチのフォースネストが追加されたはずよ。それじゃあ待ってるわね」

 

 そう言ってにこやかに手を振ると、マギーの姿が光の粒子となって消える。先にフォースネストへ向かうようだ。

 

「……」

 

 続けて仮面の男も同様に転送され、カウンター前にはレイとセナが残された。

 

「なんだか妙なことになっちゃったねー」

「ま、相手が相手だし、詐欺や悪質なイタズラの類じゃないでしょ」

 

 ダイバーのプロフィールは見せたくない部分は隠せても、偽造することは難しい項目のひとつだからだ。

 

「それに──」

「上手い事すれば、模擬戦とかフリバとかしてもらえるかもしれないしね!」

 

 レイとセナが顔を見合わせて笑う。マギーの話に素直に乗ったのにはこういった打算があったからだった。

 

 ──協力すればハイランカーと戦える機会が得られるかもしれない。

 

 蛮族脳を共有する二人がマギーのプロフを見た瞬間に考えた事は同じである。

 

 転送先に新たに追加されたアダムの林檎のフォースネスト。その項目を軽くタッチすると、二人の姿は解けて消えた。

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 アダムの林檎のフォースネストはBARを模したような造りをしていた。

 

 壁面に設置された棚に酒瓶が並ぶカウンター席と他はいくつかのテーブル席。照明はほどよく明るく、内装は落ち着いた雰囲気で小洒落たレストランのようにも見える。

 

 成人指定されたVRゲームの中にはアルコール飲料に近い味のものを再現しているタイトルもあるが、全年齢対象のGBNにはそういったものもなく、あくまで雰囲気を楽しむだけに留まっている。

 

 しかし、レイはここへのこのこついて来たことをさっそく後悔していた。

 

 まずバーカウンターにいる店員だが、ショートボブの巨漢である。ゴリゴリのマッチョ体型を露出の多い衣服で包み、逞しい胸板と腹筋、上腕を惜しげもなく晒してにこやかにグラスを磨いている。髪型だけがなぜか女性的なショートボブに近いせいで違和感が半端ない。

 

 彼の他にも店員らしき──おそらくはフォースメンバーだろう──者たちもいて、いずれもカウンターのマッチョと似たり寄ったりな恰好をしている。

 なんというか、どこぞの二丁目、それもかなり特殊なお店に間違って入ってしまったような、強烈な居心地の悪さを味わっていた。これでもし明りが間接照明だけの薄暗い店内だったなら、速攻で回れ右をしていたところだった。

 

「いらっしゃ~い。よく来てくれたわね。ささ、こっちよ」

 

 そんな中、マギーに促されるままテーブル席のひとつに二人が腰を落ち着け、レイとセナがすっかり忘れていた自己紹介を済ませると、対面に座った彼はさっそくとばかりに話を切り出した。仮面の男はマギーの後ろに立ったまま、相変わらず無言でこちらを見ている。

 

「まずは、来てくれてありがとうね。他に人がいる場所だと、ちょ~っと話しづらい内容だったの」

「それはかまいませんけど……そちらが聞きたい事というのは、いったいなんなんですか?」

 

 相手がこちらにどういったものを望んでいるのかわからないため、単刀直入にレイは聞くが、

 

「そうねぇ……あなたたち、()()()()()()って言葉を聞いたことない?」

「マス……」「ダイバー……?」

 

 聞き覚えのない単語にセナと揃って首を傾げる。

 

「ようはGBNでのチーターのこと。ほら、【(ます)】って漢字を分解すると、【チート】ってなるでしょ?」

 

 チートダイバー、チートダイバー、升ダイバーで「マスダイバー」か。なるほど。空中に指で「升」と書いてみせて説明するマギーを見ながら、乱入してきた四機のガンプラ、その中でもレイはガルムガンダムを、セナはガッデスの姿を思い浮かべる。

 

「マスダイバーが使う不正ツールはブレイクデカールと呼ばれててね。デカールパーツに偽装されているの。それを貼り付けたガンプラでGBNにログインすると、作り込みや完成度を無視した大幅な性能強化が可能になるわけ」

「デカールパーツ?」

「……GPDの時代に使われていた特殊なパーツよ。ナノICチップが練り込まれていて、主に特殊システムの再現に使われていたわ」

 

 マギーの説明を聞いてGPDに馴染みのないセナは首を傾げ、レイは懐かしそうにしながらもどこか複雑そうな顔をして捕捉をする。

 

 レイのイフリート・ゲヘナの原型となったイフリート改に搭載されているEXAMをはじめとして、ガンダム作品には特殊なシステムが数多く存在する。その中でも特にOSなどソフト面に由来する、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()機能を機体へと反映させるために使われたのがデカールパーツと呼ばれるものだった。

 

 ただ、その技術も今や過去の遺物。

 

 実物のガンプラを動かしていたGPD時代ならともかく、データとして再現するGBNでは必ずしも必須のパーツではなくなっている。

 

「レイちゃんの言う通り、デカールパーツ自体は公式が出していたもので違法でもなんでもないものよ。今でもキットに付いてるものを使えば、プラグインの代用としてGBNで原作の特殊システムが使えるわけだし」

 

 デカールパーツを付けたガンプラをダイバーギアに読み込ませることで、プラグインを購入した時と同じようにダイバーギアに登録された機体データへ該当のシステムを書き込むことはできる。

 しかし今や必須パーツではなくなったことから現在は生産されておらず、過去に出荷されたキットにしか付属していないため、GBNからガンプラバトルを始めた者たちには馴染みのないパーツとなっている。

 

「……ただ、それを悪用したのがブレイクデカール。どうやって作ったのかはわからないけれど、今のGBNで初心者や下位ランカーを中心に急速に広まっているの」

 

「なるほど──それで、私たちがそのマスダイバーじゃないか疑っている、と?」

 

 ここまでの話の流れで、マギーがなぜ自分たちに声をかけたのかを察したレイが少し硬い声音で訊ねる。隣を見ればセナもまた真顔になり、その大きな瞳に剣呑な光を宿していた。

 

「マスダイバーの中にはブレイクデカールの力を使って、高難易度のミッションをクリアしようとする者たちもいる」

 

 にわかに殺気を漲らせ、乱入者たちのことを話そうとしたレイたちの機先を制するようにして、それまで黙っていた仮面の男が口を挟んできた。

 

「……君たちのランクはCとD。失礼かもしれないが、とてもあのミッションをクリアできるとは思えない」

 

 なるほど相手の言い分もわからなくはない。参加資格はCランクからとなっていたが、ミッションボスまでたどり着いたレイの感想として、「終末を喚ぶ竜」はネットでも語られていた通り、ランク詐欺もいいところなほどの難易度であった。

 

「──はぁ……そんなに疑うならバトルログを見せますよ。私、今回のミッションは録画してあるので」

 

 GBNではミッションやバトルを行った際に、その様子を録画する機能がある。全てが電脳仮想空間の中で完結しているGBNならではのサービスで、コックピットからの主観視点だけでなく、TPS的な俯瞰視点でも自動的にカメラがダイバーやガンプラを追尾するようにして録画がなされるため、ランカーなどは己のバトルを撮って立ち回りの問題点を洗い出すのに使ったりしているらしい。

 

「……拝見しよう」

「ちょっと、ここまでするコたちをまだ疑うの?」

 

 手元にウィンドウを呼び出して操作するレイをよそに仮面の男を咎めるマギー。どうも彼の中で既にレイたちは容疑者から外れているらしい。あんな見た目だけど案外お人好しなのか、それとも()()()()()()()()()()()()()()()

 

「っと、ありました。これです」

 

 目当てのタブを見つけ、対面の二人が見られるようウィンドウの角度を調整する。

 

 四人が見守るなかで再生された動画は、レイたちからすればなんの変哲もないもので、レイとセナがミッションのフェーズを次々とクリアしていく様がTPS視点で再生されていく。

 

「これは……」

「あらまぁ……」

 

 だが、マギーたちにとっては違ったようで、どちらも少し驚いた様子でウィンドウを見つめていた。

 

「君たちは本当にCランクとDランクなのか?」

「そうねぇ。ランクと実力が釣り合っていないわ。もちろん良い意味で、だけど」

 

 クリエイトミッションの中でも高難易度として有名なものを、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が、苦戦らしい苦戦もなくミッションボスまで進めているのだ。

 

「あっ、ここです。このガルムガンダム」

 

 ジャバウォックが登場してからの一連のやり取り。四機のガンプラに乱入され、そのうちのガデッサとガラッゾを撃破。その後、残った二機が別れ、イフリート・ゲヘナへガルムガンダムが向かってきたあたりで一端再生を止める。

 

「このガルムガンダムが途中から妙な姿になって、エリアにも異変が起こりますから、よく見ててください」

 

 あのガルムガンダムの変身。ガンプラのギミックでもスキルでもない明らかな異常を見せれば、この二人、とくに仮面の男を納得させられるだろうと踏んでいたレイが映像を再生させる。

 

 一方的な展開でイフリート・ゲヘナがガルムガンダムを追い詰める。トランザムを発動するがそれでもなお適わず、試作型GNメガランチャーを破壊されたガルムガンダムは──「あ、あれっ? え、なんで!?」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 決定的な証拠となるはずだった、異形となったガルムガンダムの姿とエリアの異常。それらがなにひとつ録画されていることはなく、そこにはなんの変哲もない宇宙エリアでバトルを繰り広げるだけの映像が流れている。

 

 VRなのに一気に体温が下がるような気がした。

 

「やはりな……」

 

 仮面の男の呟きに背筋が伸びる。その「やはり」はどれを指してのものか。あれだけ自信満々に言っておいて、肝心な部分がまるで()()()()()()()かのように無くなっていたことに戦々恐々としていたレイだったが、

 

「君たちはマスダイバー()()()()ようだ」

 

 彼の口から出てきた意外な言葉に、思わず仮面をつけた顔を凝視した。

 

「どゆこと?」

 

 腕を組んだセナが不思議そうに首を傾げる。レイがドヤ顔で出した映像が、まるで証拠にならないことは明白であるのに。

 

「バトルを見ればわかるさ。君たちは()()()()()。ガンプラの完成度も、それを操縦する技術もそうだが……なによりバトルを心から楽しんでいる事が伝わってくる──それこそブレイクデカール(不正ツール)に頼る必要なんかないほどにね」

 

 それまでの固い態度とは異なり、口元に柔らかい微笑みを浮かべる仮面の男だったが、

 

「と、こ、ろ、でぇ~、レイちゃんとセナちゃんに、何か言う事あるんじゃな~い? ねぇ? ──()()()()()()

 

 にこやかな顔の裏に明らかな怒気を含ませたマギーが見上げた先、どこか気まずそうに仮面を外した男の顔は、このGBNに君臨するワールドランキング一位の男、クジョウ・キョウヤその人だった。




Tips
・デカールパーツ
 GPD時代にガンプラの作り込みだけでは再現できないソフト面の特殊システムを機体に反映させるために作り出された特殊なパーツ。
 ナノICチップを練り込んだ極薄のシート状のパーツで、該当するシステムを記録したものをガンプラに張り付けることで、GPDの筐体上で原作にあった特殊なシステム(ナイトロシステムやEXAM等)を再現させていた。

 現在では生産されておらず、過去に出荷されたキット付属のものや、ネットの個人販売、公式以外の店舗などで個別にバラ売りされているものを買うなどしなければ手に入らない。
 GBNではこういった特殊スキルはプラグインとして購入し、自身のガンプラのデータが登録されたダイバーギアにスキルとして追加することで、ゲーム内で反映されるようになっているが、デカールパーツでも同様のことが可能。
 これを悪用して生み出されたのがブレイクデカールである。本来なら特殊システムとして読み込まれるはずのところを、ブレイクブーストというブーストスキルの一種として割り込ませることでGBN内で反映させている。

 今現在の特殊システムを持つガンプラのキットには、デカールパーツではなくプラグインと引き換えるためのコード番号が記されたものが同梱されている。
 デカールパーツ自体が小さいので、GPDの時代は窃盗を防ぐため(現在では番号を盗み見ることが出来ないよう)にキットの箱には封がなされるようになった。


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挑戦者(チャレンジャー)

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 近未来的な室内。

 白を基調に統一され、四人用くらいの大きさのテーブルと、壁面に収納されたせり出し式の簡易なソファなどがある。良く言えば機能的であるが、窓がないためか少し圧迫感もあり、そのため四、五人も集まればやや手狭に感じる一室。

 

 GBNにてフォースを結成した際に運営から自動的に与えられるデフォルトの拠点(フォースネスト)だ。

 

 その中でソファに腰かけるレイは、自身の手元に呼び出した空間ディスプレイを集中した様子で凝視している。

 

 映し出されているのは宇宙空間。その中でも大小のデブリが漂う宙域にて戦闘を行っている、彼女の愛機イフリート・ゲヘナと、それに相対する一機のガンプラ。

 

 レイが最も得意とするミドルレンジの射撃戦を展開しているにも関わらず、その蒼紫を基調とした装甲に一筋たりとも攻撃を触れさせない鋭利なシルエット。ガンダムAGE-2のカスタム機。

 

 ガンダムAGEⅡマグナム。

 

 現GBNチャンピオン、クジョウ・キョウヤの操る彼の愛機であった。

 

 彼女が見ていたのは、先日、マスダイバーの嫌疑をかけられた詫びとして、レイがキョウヤにお願いした一騎打ちの対戦動画のリプレイだった。

 なんとも太っ腹なことに、キョウヤはレイとセナのそれぞれと一対一(タイマン)での勝負を快く受けてくれた。残念ながらマギーのほうは、この後に予定があるとかで断られてしまったが、チャンピオン、文字通りのGBNの頂点との戦いは戦闘狂の二人にとって、マスダイバーの嫌疑をかけられたことを忘れさせるほどには魅力的なもので、二人はそれぞれ目いっぱい楽しみ、限界まで粘って、

 

 ──そして敗北した。

 

 その戦いの熱を思い出すように歯を食いしばり、しかして口角は吊り上がったままに、レイが見つめるディスプレイには対戦ログの映像が流れ続けている。

 

 四機のインコムを用いたオールレンジ攻撃。

 相手の回避パターンを予測した、いわゆる()()()()を併用しているというのに、どこに目が付いているのかと疑いたくなるほどの精密動作で、紙一重にこちらの攻撃を捌き続ける。

 死角ばかりを攻めることはせず、巧みなフェイントを加えた虚実織り交ぜた射撃。大抵の相手ならば一撃は与えられる猛攻も、キョウヤは機体を翻して躱す、躱す、躱す。

 

 有効打さえないものの、しばらくはこちらが一方的に攻め立てる場面が続くが、それが反転するのは一瞬だった。AGEⅡマグナムが振るったシールドの先端が、レイの放ったビームのひとつを()()()()()のだ。

 

 軌道を変えたビームが撃ち抜いたのはレイが操っていた一機のインコム。周囲に漂うデブリの影へ巧みに隠していたのだが、射撃位置を変更するべく僅かに顔を出した瞬間、隙とも言えない刹那の間隙に捻じ込まれたあまりに鋭い反撃によって破壊される。

 

 さらに立て続けにAGEⅡマグナムがビームを弾き返せば、遅れて三連続の爆発が戦場を彩る。

 

 瞬きするほどの間に、キョウヤは自機からは一撃も放つことなく、レイの攻撃を逆に利用して彼女の機体のインコムを潰してみせたのだった。

 

 もう何度も見返しているが、このシーンはつい溜息が出る。

 

 人によって呼び方は異なるが、キョウヤが行ったこれは、主に「斬り返し」と呼ばれる、ビーム系の射撃攻撃を近接武器で弾き返すというガンプラバトルの超高難度テクニックだった。

 

 ただ、レイが驚いているのは、たたでさえ難しいとされる技術を当たり前のようにこなすだけでなく、

 

「……何度見てもないわー。インコムも射撃直後にちゃんと回避運動させてるのに、斬り返しで弾いたビームで偏差射撃じみたことするとか意味わかんない……」

 

 その上で弾いたビームを任意の場所へ返すという、それなりの実力者でも狙って行うには難しい事を、平然と三連続で成功させるその技量だ。

 

 ガンプラバトルにおいては、基本的に近接武装で射撃武器を処理するというのは難しいとされている。

 斬り返しより難易度の低い「斬り払い」──主にビームサーベル等で口径の小さい(バルカン系の)銃弾や出力の低いビーム(ファンネルの射撃)を相殺する技術──とてタイミングが難しく、また、こちらの武装や機体の作り込みが甘ければ、逆に威力を減衰しきれずに被弾する危険のある技である。

 

 斬り払いや斬り返しと呼ばれるこれらの技術は、ガードや回避を選んだ場合に比べて隙を最小限にできるため、相手へこちらの反撃を捻じ込む好機(チャンス)が生まれる事が利点なのだが、前述したような武装を破壊されたり致命傷を負うリスクがある。

 

 レイも斬り払い()出来る。

 が、それとてGPDでの長い研鑽の末に身に着けた技術であるし、もともと射撃戦が得意な彼女の成功率は七から八割程度。どうしてもという場面でもなければ選択肢に挙がらない。レイの過去の経験から言わせれば、ビーム系の射撃攻撃というものは、基本的に回避するなり盾や装甲(防御兵装)で防ぐなりするものという認識である。

 

 斬り返しに似た事ができる装備としてはSEED系の「ヤタノカガミ」というものもあるが、あれは弾いたビームの軌道をゲーム側で調整して、自動的にこちらへ発砲した時の発射元の座標の方向へと向かうようにされている。要はゲーム側で勝手に(オート)エイムしてくれているものだ。

 GBNでは再現するにあたり、ガンプラに求められる完成度の水準が恐ろしく神経を使うものであることを除けば、機体さえ用意できるなら誰でも再現できる。

 

 翻って斬り返しが難しいとされているのは、そのゲーム側が処理してくれているビームの軌道を、ダイバー側の操作で任意に調整しなければいけないことで、だからこそレイの認識としては、斬り返しとは所詮()()()であり、もし実戦で敵に当たるとしても固定砲台(動かない的)相手がせいぜい。動目標に当てることなどラッキーヒットの類だ。

 

 それなのにこのチャンプの動きときたらもう、バトル歴の長いレイをして呆れてしまうもので。

 

 このGBNの頂がどれだけ遠いものであるのか。それをキョウヤは言葉ではなくプレイひとつで知らしめていた。

 

「チャンプのバトルはいろんなアーカイブで見てたから、動きの癖もそれなりには知ってたつもりだったんだけど……」

 

 四機のインコムを失うも、そこはレイも一端のファイター。残りの武装を駆使して戦意旺盛に奮戦するのだったが、その後は段々とワンサイドゲームへ傾いてゆく。

 

 四枚のFファンネルを展開したAGEⅡマグナムに対して、奥の手のEXAMまで発動し紅蓮に染まったイフリート・ゲヘナが猛攻をかける。

 アブソーブシステムはアーカイブの動画で種が割れていたためか、Fファンネルでの牽制を交えた近接戦闘を仕掛けるAGEⅡマグナムに、イフリート・ゲヘナは背面に装備されたミサイルとキャノン砲に加え両椀へ直結されたメガ粒子砲、それに装甲内蔵のグレネードを駆使してどうにか近づけさせまいとさせ、さらにEXAMの恩恵でファンネルを回避しては食い下がる。

 

 だが、時間が経てば経つほど戦局はレイにとって覆しがたいものへと傾いてゆく。一分、二分、と交戦するごとにチャンプはレイの行動パターンを恐ろしい早さで把握してゆき、目に見える速度でイフリート・ゲヘナの被弾する頻度が上がっていくのだ。

 左腕とバックパックを犠牲にして数発ほど攻撃を当てることは出来たものの、ついにはアブソーブシステムの要であるシールドのサブアームをFファンネルに切断されてしまい、それによって主兵装たるハイパードッズライフルマグナムによる射撃も交えだしたキョウヤの戦闘機動は、機動力を削がれたレイには手が付けられなくなる。

 それから数分もしないうちに決着はつき、最後は武装をほぼ丸裸にされたうえ、見事にコックピットを両断されてレイの敗北となった。

 

 結局、レイの戦果と言えるものと言えば、AGEⅡマグナムの装甲をほんの僅かに焦がす程度でしかなく、実戦ならば塗膜が少し剥離した程度のものにすぎないというものだった。

 

 ──ランキング一桁は魔物の巣窟。

 

 掲示板かSNSか、どこで見たのかは忘れたが、かつてネットの海でそんな言葉を見かけたことを思い出す。

 

「いやあ……強い。なんていうか、鼻っ柱がぽっきり折られた気分ね。ウチのお店にいた常連さんたちも、たいがいに煮詰まったバトル狂いどもだったけど、GBNの上澄みはそれ以上の修羅だった、と」

 

 ジャバウォックとの戦いではその完成度に驚かされたが、キョウヤとの戦いで味わったのはそれ以上の驚愕だった。ガンプラの完成度と操縦者の技量。この二つを極限まで高めて行きつく先。それこそがガンダムAGEⅡマグナムとの対戦であり、この戦いがレイに齎したものは、彼女が失いかけていたガンプラバトルに対する純粋な()だ。

 

 突然の家族の死と生活環境の変化で埋もれ、セナとの出会いで再び目覚め、ジャバウォックの怪物とチャンピオンによって完全に覚醒したその名は、

 

 ──()()()()()

 

 思い返せばイワナガ・レイという少女は、ガンプラバトルにおいて常に()()()であった。

 

 以前にも語った事で恐縮だが、彼女の実家の模型店は片田舎の寂れた個人店であったが、その実はGPD時代におけるガンプラバトル世界選手権の日本代表候補が彼のワークスチーム(専属のビルダー)とともに(たむろ)する拠点(ホーム)でもあった。

 

 かつてのGPD全盛期、ガンプラバトル界隈に綺羅星のごとく現れた様々なファイターたち、そんな彼彼女らと肩を並べる猛者がなんの因果かレイの住んでいる街に現れた。今もって色々と謎がある祖父の人脈だが、これはその中でも飛び切りのもので、レイはそんな相手から直接ガンプラバトルの手ほどきを受けた、いわば師匠とも言える存在が彼だった。

 

 もっともそんな彼もGPDが衰退しGBNへとガンプラバトルの舞台が移り変わった時、VR適正が無かったために引退を表明。それによってワークスチームの面々は解散してイワナガ模型から姿を消すことになるのだが、店主の孫娘として彼らに可愛がられていたレイは、それまでに数えきれないほどに高純度でハイレベルなガンプラバトルを経験した。

 

 手加減はしても手抜きはしない。

 

 義務教育中の子供に対してするにはまったくもって大人げない所業だったが、厳しい反面レイがなにがしかのテクニックを覚えたり、よりガンプラの完成度を高めてくるたび、彼らは大袈裟に喜んでは手放しに褒めてくれたものだ。

 

 バトルをすればガンプラが破損するGPDだったが、常連たちによって様々なキットを融通され、小学生にして「積みプラ」を経験したレイに、彼らと揃って祖母の雷が落とされた事も今では笑い話。

 もともと才能があったのもそうだが、なにより自分の成長を日々実感でき存分に伸ばせる環境は、今にして思えば実に得難いものであったとレイは振り返る。

 

(──でもまあ、バトルするたびボッコボコにされた恨みは忘れないけど)

 

 数えるのも馬鹿らしいほど彼らに泣かされたが、同時に可愛がられもしたので彼女の胸中は実に複雑だった。

 

 彼らがここまでレイに構ってくれたのは、世話になっている店主の孫というだけでなく、少なくない才能が彼女に眠っていたのを見抜いていたのだろう。そうして「鉄は熱いうちに打て」とばかりに幼少期から修羅勢によってガンプラバトルの沼に頭まで沈められ、上位者との戦いが当たり前の環境で鍛えられたレイの気質は根っからの挑戦者(チャレンジャー)

 敵わない、勝てない相手がいてこそ、「いつか負かす」とより激しく燃え上がり熱量を増す。

 

 あまりにも理不尽な戦力差に挫折する、というのはレイにとってはありえないことだった。

 

 なぜなら、そんなものは過去にもう散々経験した()()()なのだから。

 

 ゆえにキョウヤ相手に成すすべなく己が負けるような動画を見ても悔しさこそ感じるが、言葉とは裏腹に声音はとても楽しそうに弾んでいるし、顔には隠し切れない喜悦が滲む。

 

 もちろんそれはただ楽しい思い出を振り返るためではない。

 

 対戦していた時には見られなかった俯瞰視点(TPS)でのAGEⅡマグナムの動きと、コックピットでの記憶を反芻し、チャンピオンの戦いを分析、研究しているのだ。

 

 どうすれば勝てるのか。次に戦う時にはどうやればいいのか。

 

 強敵と戦い、たとえ打ちのめされたとしても、レイがこの命題を探求することを忘れることは決してない。

 

 なぜなら彼女のスタンスはいつだって挑戦者(チャレンジャー)なのだから。

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

「まーたニヤニヤしてログ見てる」

 

 ひとりで受注したミッションを終え、たった今ネストに帰還してきたセナが、最近になってよく見るようになった相棒の姿を認めると、「またか」という感情を隠そうともしない呆れた目をして溜息をついた。

 

「……ん? あ、おかえりセナ。機体のほうはどんな感じ?」

 

 セナの声を受けチャンプとの対戦映像を停止したレイがディスプレイから顔を上げて投げかけた問に、備え付けの椅子へと腰かけストレージから紙パックの飲料を取り出していたセナが応える。

 

「んー、左手首の稼動がちょい緩いかも。あと右のウィングスラスターの動きが少し渋いって感じたよ」

 

「ん。了解。すぐ調整するね」

 

 軽い調子で応じたレイは新たに立ち上げたウィンドウに修正箇所をToDoリストへ書き込んでいく。

 

 セナの専用機が完成し予想外の邪魔が入った試運転を終え、思わぬ出会いからGBNの頂点との対戦という幸運を経てから一週間ほど。レイとセナが行っていたのはガンダム・カイムの最終的な調整だった。

 ビルダーの間では「フィッティング」とも呼ばれるこの工程は、バトル用のガンプラ作成における最終段階とも言われるものであり、主に関節の固さや近接武装のウェイトバランスといったごく繊細な部分のすり合わせを使用者と行うこと。

 繊細な部分とはいっても勘違いしてはならないのが、それは決して()()()()()()()()()()事だ。対人戦においてはそのごく僅かな差異が勝敗の明暗を分けることがあるし、その傾向は戦闘内容がハイレベルになればなるほど顕著に表れてくる。

 

 もちろんレイとてその点は身をもって知っているため、この工程は特に力を入れて取り組んでいる。結果としてここ一週間ほどはほぼ毎日セナの自宅へと訪問し、彼女に用意してもらったダイバーギアでGBNにログインしていた。

 

 前日に伝えられた修正箇所を直したカイムを学校が終わったレイが持ち込み、そこから夜の七時ほどまで共にGBNへダイブしてミッションやフリーバトルを熟しながら問題個所を洗い出す。そうしてまた新たにセナが機体に違和感を感じれば、レイがカイムを預かり自宅で修正をして翌日の放課後に持ち込む、といったサイクルがここ最近の二人が送る日常となっている。

 

 余談だがフィッティングのことを説明したさい、セナからは彼女の自宅の一室を専用の工作室へと改装することも提案されたが、さすがにそれはレイが固辞した。模型製作の設備というものは、いちから揃えるとなればそれなりに費用がかかるものなのに、漫画本でも貸すような気楽さで自宅のリフォームを提案しないで欲しい、とレイは密かに金銭感覚の違いに嘆息した一幕である。

 

「腰に追加したスラスターのほうはどう?」

 

「そっちは問題なし」

 

「なら本体はこれでだいたい出来たかな……」

 

「じゃあこれで完成──」

 

「Cファンネルとレイザーブレイドも作り直すから、まだ終わりじゃないよ?」

 

「とはならないのかー」

 

 手で弄んでいた紙パックを脇に置いて、テーブルにぐてっと突っ伏すセナ。

 

 数々のVRゲームで鳴らしたセナだったが、現実世界にあるガンプラが密接に関わるGBNは勝手が違い過ぎることと、ガンプラという未知の分野への知識不足から戸惑うことが多い。他のロボット系ゲームではこのような、誤解を恐れずに言うならば「煩雑」とも言える工程などはなく、プレイヤーはゲーム側が許した範囲でアセンブルを組み立て、機体パラメータを調整して己の操作に適合させてゆくのが当たり前だったからだ。

 

「……そんなにチャンプと対戦した時のこと気にしてるの?」

 

 パックにストローを突き刺しながらセナが問うたのは、先日のセナとキョウヤの対戦した内容だった。

 ガンダム・カイムとキョウヤが戦った際、彼のAGEⅡマグナムが放ったFファンネルを迎撃すべく、セナもまたCファンネルを展開したのだが、それらは一方的に破壊されてしまった。

 

「……ぶっちゃけ、めちゃくちゃ気にしてる。素材は同じメーカーのクリアプラ板のはずなのに、あれだけパラメータに差をつけられちゃ、ビルダーとしては黙ってられない」

 

 AGEⅡマグナムのFファンネル、美しい翡翠色をしたそのブレード部分に使われているクリアパーツは有名なメーカーの出しているクリアプラ版から切り出されたもので、直接本人からも聞いているため間違いはないはずなのだが、同じ素材を使ってレイが作ったCファンネルはこれらに容易く砕かれてしまった。

 

「チャンプはこういうことで嘘を言うタイプじゃないし、なにより本人から直接言質とって確認してるから、素材の問題じゃないんだよね。つまり……」

 

 この結果が示すことはたったのひとつ。シンプルな答えだ。

 

「つまり?」

 

「製作者の腕の問題ってことよ……」

 

 GBNでガンプラがデータとして再現された時、出来栄えが機体性能に反映されることは周知の事実だが、実はそのパラメータ関連に関しての詳細は分かっていない──公式が明かしていない──部分のほうが大きい。

 

 割り振る先に際限はないため極論するとGビットの真似事も出来るが、割り振り先が増えれば増えるほど一機あたりのリソースが減って弱体化するし、操作はAIまかせになるのであまり有効とは言えず、基本的には一人のダイバーがログイン時に読み込ませるガンプラは一機が平均。SFSや支援機も付けるなら二機までが限界とされている。

 さらにHGクラスがよく選ばれるのは値段的なキットの手頃さの他に、MGやPGと比較しても獲得できるパラメータに優劣があまりなく、一般的なダイバーの場合は被弾面積を大きくするデメリットのほうが目立つといったことは、GBNのwikiにも書かれているが……ではどれほど作り込めばどれくらいのパラメータのリソースを得られるのか、と聞かれれば殆どのダイバーは口をつぐむ。

 

 結局のところ個人の手によって手作りされる関係上、完全に全く同じガンプラというのが存在しないため、ものすごく大雑把な目安はあるものの詳しい検証はできていないのが実情で、そういうパラメータ関連のなか、最も広くダイバーたちの共通認識として知られていることは、その判定が実にシビアで残酷ということ。

 

 GPD時代から、もっと言えばレイの家の常連だった日本代表候補の彼とそのワークスチームを通じて彼女が知った事実として、例えば同じ素材を使って同じ武器を作ったとしても、使われたプラ板に目に見えないレベルの(ひず)みがあったりすると、はっきりわかるくらいには性能に差が出たりする。

 

 全く同じ製品のプラ板でも個体差というものがある。製品としては問題にならないレベルに収まる誤差ではあるが、ガンプラバトルにおいてはこの差もまた、先に述べたフィッティング同様に戦いがハイレベルになるほど顕著に表れてくる。

 だからこそ、全国大会や世界大会レベルのビルダーともなると、武装ひとつ作るのにも素材の()()から始めるというのは、トップレベルのガンプラファイターにとってはひとつの常識であった。無論、このレベルのビルダーになれば、その歪みを自力で修正することも出来るのだが……金をかければ省略できる手間ならば、そこは金を払ってしまうのが上澄みの連中の考えである。

 

 プラモデルを製造する過程でもこの歪み問題は存在してガンプラも例に漏れないのだが、それはどうしようもない事であるため、()()()バトル用のガンプラを作るとなった時、製作者の前には機体の全面改修という壁が往々にして立ちはだかることになる。

 

 ──人はこれをガンプラバトルの沼と呼ぶ。

 

「まぁ……チャンプの場合、素材の歪みとか自前で修正してるっぽいんだけどね。制作配信の動画を見る限りはさ。でもって、とんでもない精度を出してる……どうすればあんなに精密な作業をあの速さで出来るのか全くわかんないけど。あとは塗装とか仕上げの精度の違いとか、まー挙げ出したらキリがないよ」

 

 そうしたガンプラバトルの負の側面()を説明しつつ、ネスト購入時に買ったコーヒーメーカーからカフェオレを作ったレイは一口飲んでから溜息をつく。

 

「GBNってCMで見るとカジュアルな雰囲気だけど、上はとんでもない事になってるんだね……」

 

 レイの講釈を手にしたジュースを飲みながら黙って聞いていたセナが、少しげんなりした様子で感想を述べる。

 

「ま、カジュアルに遊ぶだけなら、本当に手軽に始められるから嘘じゃないんだけどね……ガチで勝とうとしたら……ね? それにしたって、あそこまで性能差が出るなんて思わなかった。私だってカイムの武装に関しては、本気で妥協しなかったんだけど」

 

 本心から悔しさを滲ませるレイ。彼女とて一角のビルダーである自認があり、己の作製したものに対してのプライドもある。Cファンネルやレイザーブレイドの刃に使われたクリアパーツには、歪みの処理はもちろんのこと、耐ビームコーティング性能を持たせる高級トップコートを塗布し、その塗膜が均一になるよう気を付けながら、何日もかけて何度も何度も重ね塗りと研磨を行い妥協なく仕上げたつもりだった。

 

「わたしはガンプラ作りに関してなにも言えないけど、レイが作ってくれたカイムが凄いガンプラだっていうのはわかるよ」

 

 相棒の努力を知っているだけにセナもフォローを入れるが、そこに忖度や変な気遣いはなく、彼女が心から感じたままの本心だった。

 

 それは忘れもしない初めてカイムを目にした日。

 全身から疲れたオーラを出しながら、レイがケースから取り出した一機のガンプラに、セナは文字通りに目を奪われた。

 全身の鋭利なシルエットと緻密なディテール。作り込まれたフェイスパーツからは凄みすら感じ、プラモデル(おもちゃ)とは思えない存在感の強さに驚いた。

 悪魔の名を冠するに相応しい、力強さと危うい美しさを兼ね備えた雄姿は、レイが帰った後も自室で就寝時間を告げられるまで時間を忘れて見入ったほどのもので、なにより両椀に備えられた二振りの刃と、尾羽のように腰の後ろに広がるCファンネルの(みどり)の輝きは、本物の宝石(エメラルド)を知るセナをして魅入られる美しさだった。

 

 だからこそか、ジャバウォック戦でレイザーブレイドが破壊された時はセナ自身、己の判断ミスに自分でも驚くほど頭に血が上ったのは。

 

「……まあ、こうなったら同じ土俵で戦ってもしょうがないから、アプローチを変える方向でいくよ」

 

 セナのフォローを受けて自分の腕が友人に認められていたことを再確認し、少しだけ表情がほころんだレイだったが、ビルダーとしてのプライドを持つ一方で、己の力が及ばないことなど過去のステキな経験から慣れ切っている彼女は、素早く思考を切り替えてもいる。

 

「どうするつもりなの?」

 

「剛性の異なるプラ板を使った積層構造にするつもり。GPDでもけっこう有名な手法だよ」

 

「それって……もしかして鍛造?」

 

 かつては刀を振るうゲームにのめりこんでいたセナはすぐピンときたようであるが、その顔には「まさか」という驚きが含まれている。

 

「あ、気づいた? 聞いた話だと現実の刀の構造を真似たんだって。GPDだと実体剣、特に刀とかサーベルとかに採用されてる作り方だよ」

 

「ははぁ……」

 

 なんでもないことのように語りながらカップを傾けるレイだったが、セナはカフェオレの湯気の向こうに見えたレイの、職人を思わせるようなある種の覚悟を定めた据わった目から、ガンプラバトルの深淵の深さを垣間見た気がした。

 

「GBNって、実はヤバいゲームだったんだねぇ……」

 

 現実世界で匠が鋼を鍛えて作り出すものを、プラスチックでもってミニチュアサイズで再現しようとするビルダーたちの狂気と、()()()()()()を作るためならばどこまでも突き詰めようとするビルダー(レイ)の姿勢に、セナの口からは思わず感嘆とも呆れともとれる溜息が零れる。

 

 よく沼に例えられるガンプラ作りだが、セナが感じたのはまるで海底に口を開ける海溝だった。

 

 恐ろしい水圧と先の見えない暗闇。人間を容易く飲み込み余人ではたどり着くことを諦めるようなその先に、あえて進んでこそ得られる「勝利」という宝があり、今日もまた、GBNに存在する数多のダイバーたちの多くは、その輝ける至宝を求めて足掻いているのだ。




書きたいエピソードはあるのですが、書いていて「これ、本当におもしろい?」と立ち止まる、書き手の袋小路に嵌ってしまいました。

毎日決まった時間にコンスタントに投降し続け、さらに完結させている作者様たちは凄いな、と改めて思います。


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蛮族と赤鬼(前編)

 ハードコアディメンション・ヴァルガ。

 

 戦闘狂(チンパン)のラスト・リゾート。ウォーモンガーの掃き溜めなど、実に様々な異名を持つGBN屈指の危険地帯だ。

 鉛のように重たい雲が覆う曇天の下、今日も元気なバトル狂いどもが飽きることなく闘争に明け暮れている。

 

 そんな中、半分に折れたビルの中に蹲り、気配を薄くした一機のガンプラが身をひそめている。それは都市迷彩を施したザクⅠのスナイパータイプ。ヅダの対艦ライフルを構え、膝立ちの射撃姿勢(ニーリング)のまま微動だにせず上空を注視し続けるその姿は、獲物を狙う熟練の猟師にも似ていた。

 

 これは「リスキル」あるいは「出待ちと」呼ばれる行為で、プレイヤーが転送されてくる隙を狙って撃墜(キル)する、対人ゲームでは有名な戦術だ。

 

 遠くに響く銃声や爆発音をBGMにして待ち続けることしばらく、ザクⅠのモノアイが見つめる先、鈍色の空に転送ゲートを示すエフェクトが表示される。

 

『──ッ』

 

 汎用のレーダーを無効化する偽装シートの隙間からそっとライフルの銃口を突き出し、しかしスコープは使わず望遠機能を強化したモノアイのみで慎重に獲物の動きを追随する。

 

 飛び出してきたのは二機のガンプラ。

 

 大型のウィングスラスターを備えたガンダム・フレームタイプと思しき細身の機体と、両椀が砲身と一体化したUC系特有のモノアイを有する重火力機体だった。

 

 付近にいた他の逸ったダイバー(早漏野郎)が放つ弾幕をすり抜けて、すぐさま地上を目指すモノアイのほうはいったん無視し、ザクⅠは未だに高度を落とさず上空への射撃を回避し続けるガンダム・フレームをスコープに捉える。

 

 エリア移動の仕様も忘れて脊髄反射で転送ゲートに攻撃するような迂闊な輩どもは、他の野良ダイバー(モヒカン)どもに射線から位置が知られ次々にあぶり出されているようで、ザクⅠが潜むビルの足元では派手な銃撃戦をおっぱじめている。

 

 そうした乱痴気騒ぎをよそにザクⅠのダイバーは平静を保ち、獲物が現れた際にあらかじめ設定していたタイマーが三十秒経った(無敵時間が切れた)ことを示す電子音がコックピットへ響いた瞬間、コントロールスティックのトリガーにかけた指に力を入れる。

 

 ──ヴァルガにエリアインしたらすぐに高度を落とせ。

 

ヴァルガ(ここ)に来るってのに、そんなことも知らないようじゃあすぐに落とされるぜ。俺みたいなのにな!)

 

 ザクⅠのダイバーが内心で暗い愉悦を零しながらトリガーを引き切ったのと、ガンダム・フレームが弾かれたように軌道を変えて射線から身をかわすのは同時だった。

 

「──ぁ?」

 

 力強いリコイルを伴い空を裂いて飛翔した徹甲弾が、獲物を捕らえることなく彼方へと飛び去る。

 

 そして──頭をこちらに向けたガンダム・フレームのツインアイとスコープ越しに()()()()()

 

 攻撃動作を行ったため纏っていた偽装シートがブロックノイズとなって消えていくが、今の彼にはそんな事に意識を割く余裕もない。

 ガンダム・フレーム特有の凶相を正面から見た瞬間、金縛りにかかったように電子の肉体が硬直していたからだ。

 

 数舜の空白が両者の間に流れる。

 

 「なぜ躱せた」「どうして居場所がバレていた」と疑問符が脳内を埋め尽くし混乱しかけるも、排出された薬莢が落ちる音が妙に大きく響いたことで彼はようやく覚醒する。

 思考が戻ったことで狙撃手としての本能が警鐘を鳴らし、あわてて機体を起こしてビルの中から退避しようとしたところ──

 

 ──地上から放たれたメガ粒子の光がザクⅠの半身を飲み込んで消し飛ばした。

 

 こちらの射線を元に居場所を特定したモノアイ機が、潜んでいたビルの階層ごと強力なビームの砲撃で薙ぎ払ったのだ。

 

狙撃手(スナイパー)が撃つ瞬間に殺気漏らしたらダメだよー』

 

 未だに続く上空への攻撃にも全く被弾せず空を飛ぶガンダム・フレーム……ガンダム・カイムからセナの呆れたような声がザクⅠのコックピットに届けられたが、撃墜判定を受けた彼のダイバーがそれを聞くことはなかった。

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

「自分を狩る側だと思い込んでる芋砂野郎を撃墜(キル)する瞬間が、一番生を実感する」

 

 地上をスラスターを吹かして滑るように移動しては、こちらを発見して襲い来る敵機を次々に撃ち抜きながら悪辣なことを呟くレイ。

 それだけでなく、彼女が操るイフリート・ゲヘナは全身に装備された豊富な火器を駆使して付近の敵機へ射撃を浴びせかける(ちょっかいをかける)。こちらに気づいているかいないかは関係なく、贅沢に弾幕砲火をばら撒きながら手あたり次第に攻撃をしかけ、あえて自機へのヘイトを集中させていった。

 

 レイが周囲へ不必要にちょっかいを掛けたのはほんの僅かの間だけだったが、ヴァルガでそんな騒ぎを起こせば、当然それが呼び水となって遠くにいた者の注目も集めることになり……今もまた、地上をホバー移動する三体のガンプラがイフリート・ゲヘナ目掛け元気に突撃してくる。

 

『ヒャッハー! 新鮮な獲物だぁ!』

『ヒャハハハ! 落ちろォ!』

『活きのいいヤツだ! 気に入った! 死ねぇ!』

 

 脳みそまで世紀末に侵されたような叫びを上げて襲い掛かってくるのは、それぞれ異なった装備をしたドム試作実験機たち。それぞれを頂点とした三角形の編隊で接近してくる。

 

 突出してきた三機目掛けてイフリート・ゲヘナは両椀から右、左、とほんの僅かな時間差をつけてビームを放つが、

 

『おっと!』

『そんなん当たるか!』

 

 左右に展開していた二機が先行する機体の影に入り単縦陣となることで回避──した刹那、先頭の機体の目の前で閃光が炸裂。

 

『うおっ眩し!?』

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()ようなタイミングで、両腕のビーム攻撃の後から間髪入れずに放たれていた目くらましに虚を突かれた先頭のドムは、咄嗟に機体を急停止してしまい──

 

『ぐべっ!?』

『ぎゃっ!?』

 

 後ろの二機が前の仲間に激突。玉突き事故を起こした三機のドムはもつれるように転倒して動きを止める。

 どうにか頭部カメラを動かした先頭のドムが見たものは、胸部装甲の一部が開いたイフリート・ゲヘナ。この閃光は内蔵されたグレネード弾によるもので、自分たちはまんまと牽制射撃と置き射撃の餌食になったのだとようやく理解した。

 

()()()()に引っかかるの? ま、いいや。お疲れさま」

 

 てっきりあしらわれると予測していた目くらましが思ったより効果を発揮した事に、少しだけ拍子抜けした様子のレイであったが、もみくちゃになっている三機を確認して淀みなくショートバレルキャノンを発射。

 

『『『アバーッ!?』』』

 

 榴弾が炸裂して汚い断末魔とともに三つの花火がヴァルガの空を彩った。

 

「あのお粗末な出待ちも何かの布石かと警戒したけど、結局なにもなかったし……」

 

 かつて自分が頻繁に通っていた頃よりも、住民の質が下がっているような気がして思案げな顔をするレイ。

 

「殺気で射線がバレバレだったもんねー」

 

 それに応えるのは、Cファンネルを展開して集まってくる敵機を牽制しつつ上空を飛翔するセナだ。

 

 腰背部へ新たにスラスターを増設されたガンダム・カイムは展開した五枚のCファンネルを巧みに操り、敵の数が多い地上で戦うレイの援護を行っている。並行して強化された機動力を活かし、迂闊に飛び出してきた敵がいれば急襲して的確に仕留めている姿は猛禽類を思わせる動きだ。

 

 機動力の高いカイムがあえて上空に留まり注目を集め、集ってきた敵を地上のイフリート・ゲヘナが重火力で漸減。焦って突出してきた相手は空からカイムがヒットアンドアウェイで確実に処理する。

 

 今回、ヴァルガへ潜るにあたって、()()()()()を持っている二人があらかじめ打ち合わせていた作戦がこれだ。

 

 互いを常にレーダーや視界に収めて立ち回り続けることで適時援護をしあい、この騒ぎに引き寄せられてくるモヒカンたちを地上と空の二か所から挟撃する戦術は、二人の高い技量と連携、機体性能に支えられて上手く機能している。

 

 完全に全滅させることはせずに、しかしあまりモヒカンたちの数を増やさないようすり潰し(間引きし)ながらも、足をとめずに移動を続けて立ち止まることは決してしない。

 いったん止まって乱戦集団の位置が固定されてしまうと、あっという間にその規模が大きくなり二人の処理能力を越えてしまうため、実のところあまり余裕がないのが本音だった。

 

『ヴァルガで空を飛ぶような素人が! 死ねぇ!』

 

 ミラージュコロイド・ステルスで姿を隠してセナの背後に回り込んだNダガーNが、大小二振りの対装甲刀を振りかぶる。

 

「残念──見えてるよッ!」

『この動きッ!? 素人じゃないだと!? ぐわあああ!』

 

 だがVRゲームで培った第六感を持つセナに機体頼りの奇襲は通じず、NダガーNのダイバーが、振り返りざまレイザーブレイドを逆袈裟に一閃したカイムを認識した時には機体が斜めに割断されていた。

 

「殺気を消す練習をしてから出直してきてねっ!」

 

 一見すると無双状態に見えるが、コックピットの中にいる二人の顔に余裕はない。

 

 戦闘狂が集まるヴァルガは、曲がりなりにも上級者御用達のエリア。鍛錬と称して闊歩するハイランカーたちに目がいきがちだが、名もなき住人たちとて決して侮ってはいけない手練ればかりだ。

 そんな場所であえて乱戦を発生させるなど無謀とも思える狼藉である。だが、彼女らとて無意味に行っているわけではない。この乱痴気騒ぎはいわば()()()──本当の狙いは他にあった。

 

 その目的を達成するためにも、間違って撃墜されるようなことはあってはならない。ゆえに一見、派手に立ち回りながらも、二人は慎重に被弾を抑えて襲い掛かる敵機を処理していく。

 

「セナ! ミサイルのリチャージ終わった! 合わせて!」

「おっけー!」

 

 引き撃ちをしていたイフリート・ゲヘナの背部から十二発の飛翔体が飛び上がると、広範囲に散らばって集まっていた敵集団の頭上から襲い掛かる。いくつかは撃ち落とされるものの、地面に着弾したミサイルが巻き起こす爆炎が一瞬だけ彼らの注意を逸らした。

 

「おりゃー!」

 

 そこへ連結したレイザーブレイド(レイザーブーメラン)をセナが投擲する。

 例の難関クリエイトミッションに出現したディビニダドすら切り裂く威力を秘めた刃は、ミサイルに気取られたヴァルガ民たちの機体を次々とスクラップに変え、数多の爆発と共に持ち主の手元に帰還。

 

「よし。だいたい今くらいの規模を維持していこう」

「おーきーどーきー」

 

 全体の三分の一ほどの数を減らしたモヒカンの群れを眺めて、レイとセナは通信越しに視線を交わして頷き合った。

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 そうしてしばらく戦い続けていると、レイたちを中心とした乱戦エリアはいよいよもって混沌の坩堝となっていく。

 

『くそっ! あんま調子乗るんじゃねえ!』

『囲め! 囲め! さっさと包囲するんだよ!』

『うるせえ! 指図すんな!』

『背中ががら空きだ馬鹿めが! 天誅!』

『てめっ、ふざけ──!?』

 

 なかなか落ちない中心地の二人ではなく、集まった多数のモヒカンたちのほうを狙う第三勢力が現れ始め、現場はカオスな様相を呈してくる。

 

 それを示すように一部の者がオープンチャットのままがなり立てる声が聞こえるが内容は酷いものだ。取れもしない連携を求める者、それに反発する者、混乱に乗じてポイントを稼ごうとする者。個々の技量は高くとも、これだけぐちゃぐちゃな乱戦に持ち込まれて冷静に対処できる者は少ない。

 

 ヴァルガの特徴であるエリア全体で常時フリーバトルが解禁されているがゆえに起こる現象と言える。

 

 そして集団を形成して混戦を繰り広げるデメリットはこれだけではない。

 

『マイクロウェーブ受信完了。ターゲット、ロック……』

 

 集団から少し離れた上空。近くで乱戦集団が形成されたことで、付近のダイバーが減って一時の安全が確保された空には、ツインサテライトキャノンの発射態勢をとるガンダムDXが今まさにその銃口を集団の中心(レイとセナ)へ向けている。

 砂糖菓子に群がる蟻へちょっかいをかける子供がごとく、ヴァルガではダイバーたちが集まっている所を狙って大規模破壊兵器を撃ち込んでくる輩が現れる。いわゆる漁夫の利を狙う行為なのだがこれはその極みといえた。

 

『チンパンどもが、まとめて俺のポイントになれ……!』

 

 DXのダイバーが両手のトリガーを同時に引き切ると、二つの砲身から極太の光が放たれる。

 

 勘のいい者なら戦闘の規模が大きくなりすぎる前に撤退の判断をするのだが、大多数の者は目の前の乱戦に気取られるとそのことを忘れてしまいがちになる。

 そうして逃げ遅れた愚か者たちは、DXが放った光の奔流に飲み込まれていく。一見すると大雑把なように見える攻撃だが、大出力の広範囲殲滅兵器は強力な反面多大なデメリットも抱えているため、効果的に使うには繊細な注意が必要だ。

 チャージ時間が長い、発射中は移動できない、発射後は例外なく後隙を晒し、リチャージは絶望的に遅い等、武器によって抱えるリスクは異なるがこれらのいずれかが必ずあてはまる。しかし攻撃力、効果範囲ともに優れているのは確かなので、運用次第ではこのように極めて短時間で大量のポイントを獲得できるのが魅力だ。

 

『くくく……ん?』

 

 どんどん加算されてゆくスコアに思わずニヤけるDXのダイバーだったが、集団の中心に到達したビームがそれ以上進まずにいるのを見て訝し気な声を上げる。

 いや、それだけではない。ビーム自体が急速にやせ細り、みるみる威力が減衰している。まるで()()()()()()()()()()()()()()──

 

『──ッ、アブソーブシステムか!?』

 

 彼の予想は的中していた。中心部にいたのはアブソーブシールドを構えたイフリート・ゲヘナ。

 ジャバウォックの五連装式ビームすらも受け止めた二枚の盾は、DXが最大威力で放ったツインサテライトキャノンを危なげなく無力化したうえで己の力に変換する。

 

「ちょうど数を減らしたかったとこよ! エネルギーの補給に感謝するわ!」

 

 聞こえていないはずなのに、あまりにベストタイミングだったせいか、ついコックピッから皮肉を返したレイは間髪入れずに武器スロットから特殊兵装を選択。アブソーブシステムで蓄えた全てのエネルギーを消費してパワーゲートが形成され、イフリート・ゲヘナの上空には金色の光を放つ鋭角な菱形の門が出現する。

 

「そら、もってけッ!」

 

 収束率を最低に落として拡散モードにした両椀のビームライフルから、最大出力で解放されたメガ粒子がパワーゲート目掛けて飛び込むと、まるで噴水のように周辺一帯へ降り注いだ。

 

『ぎゃああああ!』

『そんなっ、避けられ──』

『Iフィールドを貫通した!?』

 

 パワーゲートによって強化されたビームは拡散砲とは思えない威力を内包して、まるで流星群が降り注いだかのような破壊の嵐が吹き荒れる。

 

 Iフィールドやナノラミネートアーマー等、ガンダム作品の世界には数多のビーム兵器に対する防御手段が存在する。しかしあくまでここはGBN(ゲーム)である。ガンプラの完成度に差があれば(パラメータが高ければ)、それらの防御効果すら貫いて攻撃を通すこともまた可能とする世界だ。

 

 ビームに耐性を持つ装甲やスキルで凌ごうとした者はその守りを貫かれ、降り注ぐビームの隙間を縫って回避を目論んだ者は密集していたことで思うような回避機動がとれず、弾幕の密度とあいまって圧殺される形になる。

 

 ツインサテライトキャノンはあくまで一方向からのものだったが、こちらはレイを中心とした全周囲への無差別攻撃だ。バトルに夢中になるあまり、十重二十重と包囲していた数多のガンプラたちはその陣形が仇となり甚大な被害を被ることになる。直撃して蒸発した者、手足を掠めて損傷し擱座する者と明暗が別れてはいるが、無傷の機体は数えるほどしかなく、光の雨が降り終わった後に残ったものは、密度が低下し薄くなった包囲網。

 

『チィ、このDXのツインサテライトキャノンを完全に吸収するとは……』

 

 必殺の武装を使用した反動で機体各所の放熱板が展開。排熱された空気による陽炎を纏ったDXは動きを止めている。ツインサテライトキャノンは極めて強力な装備だが、比例して広域破壊兵器が持つデメリットも多くとにかく扱いづらい。使いどころを間違えれば己がただの的となってしまうため、彼のように周囲を入念に索敵するといった下準備が必要で、今回も前もって十分に安全を確かめてから砲撃を決行した。

 今、周辺に新たに反応が出現したが、向かってきているのは()()()()()()()。囲まれさえしなければ生き残れる目も充分にあるため、DXのダイバーは追撃をすることなく即座の離脱を決断する。

 

『……どこぞに潜んでいたはぐれか? まあいい。今はさっさと離脱し『邪魔だ』──て?』

 

 叩きつけられるように放たれた一言とともに、ガンダムDXの胴体にX字の軌跡が走ると一瞬で機体を四分割にされる。

 

『な──』

 

 遅れて状況を把握したDXのダイバーだったが、その声は自機の爆発音に紛れて途絶え、驚愕に顔を染めたまま、手に入るはずだったポイントともどもブロックノイズとなって消えていった。

 

 爆炎の中心を突っ切って現れたのは、二刀の巨大な片刃の大剣を持つマゼンダカラーのジンクス。

 

 原型機よりもマッシブになったシルエットが特徴的などっしりとした外観だが、鈍重そうな見た目にそぐわず、疑似太陽炉特有の赤い粒子を放出しながら飛翔するスピードは高機動機体に迫る速度を出している。

 

『匂う、匂うぞ……!』

 

 それを操るのは額から二本の角を生やした鬼のような見た目の男。和装に包まれた肉体は筋肉質で、自機とシンクロするように大柄。闘争心をむき出しにした獰猛な笑みからは、まさに「鬼」としか表現できない迫力がある。

 彼の名はオーガ。

 フォース「百鬼」を率いて打倒チャンピオンを掲げ、個人、フォースランキングともに凄まじい早さで駆けあがっている新進気鋭のダイバーであり──

 

『美味そうな戦いの匂いだ──!』

 

 一部では「獄炎のオーガ」と呼ばれて恐れられる戦闘狂でもある。

 

 そんな彼がGBNでなにより求めるのは「強者」との充実した戦い。

 

 オーガのプレイスタイルは典型的なバトルジャンキーそのものと言っていいだろう。貪欲に強さを追い続け、闘争心を満たすに足る相手を求めては、日頃からランキング戦やフォース戦を繰り返して常に戦いがいのある相手を求めている。

 

 また、バトルに対して独特のこだわりを持ち、戦いを食事に例える「バトルグルメ」でもある。彼にとって己の強さを引き出す強敵との戦いは心の栄養、極上の精神的食事であり、チャンピオンの打倒を目指すのもランキング戦を戦うのも、全ては強い(美味そうな)相手の強さを存分に()()()ためだ。

 

 そんなある意味ではレイとセナの二人と似た者同士とも言える戦闘狂は、この先から漂う「強いヤツ」の存在を敏感に感じ取り、これから始まるであろう()()()のある戦いへと期待を膨らませていた。

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 レイが放った広範囲攻撃によってかなりの数を減らしてはいたが、集まってきたヴァルガ民たちはまだまだ元気だ。

 

 特に機動力を高めるブースト系の機体特性やスキルを持つ者たち、なかでも実力の高い者は、培われた勘と瞬間的に強化された速度でもって高空への離脱に成功しており、それによって地上へと降り注ぐ拡散メガ粒子砲から辛くも逃れられた。

 

 だが忘れてはならない。

 

 敵は二人組(バディ)であり、今この時、戦場の空は恐ろしい鳥の魔人(ガンダム・カイム)の領域なのだ。

 

『バカなッ!? トランザムを使っても振り切れないだと!?』

 

 全身を紅色に染めたガンダムスローネツヴァイのダイバーが驚愕する。この乱戦の中で無傷のまま生存していることからわかるとおり、集まったヴァルガ民の中でも高い実力を持っている者の一人であるが、背後から迫る不気味な濃紺の機体は、そんな彼が作り込んだガンプラが切り札の時限強化を使っても食らいついてくる。

 

 トランザム、正しくは「TRANS-AM」と表記するこれは、かつてセナがパチ組みのスサノオで使った、太陽炉という特殊な動力炉を搭載した機体に備わるブースト機能だ。その効果は一定時間、機動力とビーム系攻撃の出力を約三倍にするという破格の性能。しかし一方でガンプラの作り込みが甘ければ発動しても持続せず、逆に機体が自壊してしまうという制限もある諸刃の剣だ。

 ちなみに原作では機体のスペックを三倍にするものだったが、GBNで再現するにあたり複数回のナーフを受け、現在はこのような形へと落ち着いているものの、それでも強力な切り札となりえる存在だろう。

 

 そして今、トランザムを発動しても問題なく動けているスローネツヴァイは結構な作り込みがされていると言えるし、通常時の三倍に跳ね上がった機動力に振り回されない操縦者の腕も決して悪くはない。もっと言えばここまで()()()実力を持つ彼はランキング戦で鎬を削る猛者であった。

 

 だが、そんなものは背後から猛スピードで飛んでくる悪魔の前ではなんの慰めにもならない。

 

 大型のウィングスラスターに内蔵された砲身から、D.O.D.S効果を持つビームの牽制射撃を繰り出してこちらの機動を制限し、両手に構える大型の実体剣で獲物を仕留めんと迫るガンダム・カイム。

 スローネツヴァイは機体特性である「GN粒子」によって多少のビーム耐性こそあれど、貫通力の高いD.O.D.S効果を持つビームまで防げるほどの性能は期待できずに回避するしかなく、そのせいで彼我の相対距離がみるみる詰まっていく。

 

『クソっ! 来るんじゃねぇ! ファング!』

 

 ついにしびれを切らしたスローネツヴァイのダイバーは、機体腰部の両サイドにある大型のバインダーから四基ずつ、合計八基の小型攻撃端末を牽制として射出する。

 牙という名の通り鋭い切っ先を持ち大気圏内でも使用可能な無線誘導兵器である。それらは主の意思に従い、GN粒子を推進力として後方から追いすがる敵機目掛けて襲い掛かるが──

 

「Cファンネル!」

 

 カイムの腰背部へ新たに追加されたスラスターに接続されていた五枚のCファンネルもまた、セナの意思に従い翡翠の軌跡を描いて空を駆けると、飛来するファングと正面から激突しては次々とその牙を粉砕して叩き落す。五対八の数的不利も、サイズ差による質量差も歯牙にもかけず八基全てを撃墜してなお、カイムの放ったCファンネルには傷ひとつ付いていない。

 

『俺の作ったファングがこんな簡単に!?』

 

 丹精込めてスクラッチした自慢の武器が一方的に破壊され、驚愕するスローネツヴァイのダイバー。それは奇しくも以前にセナがキョウヤと戦った時とは真逆の結果であり、この時彼女はなぜレイがあそこまでCファンネルの作り込みに拘るのかをよく理解できた。

 

 ジャバウォック(サイコプレート)の時は単純に質量差のせいだと思っていた。

 AGEⅡマグナム(Fファンネル)の時は操縦者の技量の問題だと思っていた。

 

 しかしそれでは満額回答とはなりえないのがガンプラバトルであり、セナが知らない世界の理であったのだ。

 

「──なるほどねぇ、レイが拘ってた理由はこういうことか」

 

 相棒の考えを肌で理解して感嘆の声を上げながらも、敵機との距離を踏破したセナは逆手に持った右のレイザーブレイドを横薙ぎにして、すれ違いざまにスローネツヴァイを両断しようと振るう。

 

『なめんなァ!』

 

 だが、スローネツヴァイも右肩に懸架したGNバスターソードの柄を握り締めると、上段からの振り下ろしで斬撃を受け止める。

 

 GN粒子を纏ったバスターソードの巨大な刀身とレイザーブレイドの翡翠の刃がぶつかりあい、鍔迫り合いの形になったところで、

 

『墜ちろォ!』

 

 スローネツヴァイは左腕のGNハンドガンでカイムのコックピットを狙おうとする。

 

「甘いッ!」

 

 しかしその目論見は、下方向から飛来したCファンネルがGNハンドガンの接続部を切断したことで不発に終わり、さらには僅かに態勢を崩した所へセナが巧みな操作で刃を滑らせバスターソードを下方へ往なすと、その力を利用したカイムが一回転。右後ろ回し蹴りを胴体に叩きこむ。

 

『がッ──!』

「天誅ーッ!」

 

 完全に姿勢を崩した隙を見逃さず、順手に持ち替えたレイザーブレイドががら空きの胴体を横一閃。完全に真っ二つにされたスローネツヴァイはヴァルガの空に爆散した。

 

 終始セナの有利に運ばれた攻防だったが敵はまだまだ沢山いて、今もレイは地上で孤軍奮闘している。

 

 ──こんな乱闘騒ぎを起こした()()のためにもさっさと敵機の数を減らさなければ。

 

 そう思ってセナが機体を翻そうとしたまさにその時、()()はやって来た。

 

「──ッ!?」

 

 急速にこちらへ向かってくる赤い機体。

 色こそ違えど今さっき討ち取ったスローネツヴァイと同様、GN粒子特有のエフェクトを放出しながら飛来するのは、巨大な二刀の剣を振りかぶったマゼンダカラーのジンクス。

 

 一瞬の判断で相手の斬撃を回避をしようとするも、ジンクスから放たれる強力なプレッシャーを受け、第六感が発した警告に従ったセナは再度レイザーブレイドを逆手に構え、袈裟懸けに振り下ろされた巨大な刃の一撃を受け止める。

 

 ──重いッ!

 

 近接戦闘に強く、強靭なはずのガンダム・フレームが軋み、レイザーブレイドが押し込まれる。

 スローネツヴァイと似たエフェクトを纏っているということから、おそらく同じ作品のガンプラなのだろうとしかセナには予測できないが、そのパワーは桁違いだった。

 

『お前かぁッ!』

 

 接触回線によってコックピットに響く荒々しい声。

 

 通信ウィンドウから見える鬼のような外見のダイバーが発する気配と、一合でわかるガンプラの性能の高さから、セナは()()()()()()()()()()()()()()()()と、その可憐な姿に似つかわしくない獰猛な笑みを浮かべた。




Tips
・偽装シート
 機体に一時的なステルス効果を付与する使い捨ての道具。
 実物の立体物ではなく、ゲーム内で購入できるGBN専用アイテム。
 完全に機体を静止した状態でのみ使用でき、汎用レーダーを無効化することができる。移動を行ったり、攻撃と判定される動作を行うと即座に解除される。
 使用時には周囲の景色に溶け込む迷彩が自動的に施されるので、目視での発見もある程度は抑止できる。
 咄嗟に使うことは難しいので、あらかじめ潜伏場所を定めた待ち伏せに使われる。

 無効化できるのは汎用レーダーまでなので、索敵を専門にした機体に積まれている強化レーダーや、小型の観測機(ドローン)による詳細な探知は誤魔化せない。
 似た効果を持つミラージュコロイドと比較した場合、スキルを必要としないことと機体のエネルギーを消費しない点が挙げられる。


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蛮族と赤鬼(後編)

改めて戦闘シーンの難しさを痛感いたしました。


 鉛色の雲が覆うヴァルガの空に、遠雷を背景にして悪魔と鬼がぶつかりあう。

 

 セナのガンダム・カイムとオーガのジンクスは、どちらとも近接戦闘を重視したビルドで互いに二刀の得物を携えている。

 

 奇しくも似かよったコンセプトに沿って作られた二機のガンプラが、己の刃に殺気を込めて激しい空中戦を繰り広げている。

 

 一合、二合と切り結ぶたび、激突した武器を中心に発生した衝撃波が大気を振るわせるが、お互いにこれはまだ小手調べという認識であった。

 手加減をしているのではない。対峙した瞬間から相手が尋常の者ではないと理解しているからこそ、これは相手の手札を引き出すための探り合いに近い駆け引きで、二人のギアは交錯するたび着実に上がってきている。

 

『くくっ、くははは……ッ! いいぞ、お前!』

 

 マゼンダカラーをしたジンクスのカスタム機。「オーガ刃-X」のコックピットで喜悦を滲ませながら笑うのは、SSランクのダイバー「オーガ」だ。

 彼を一言で表すなら戦闘狂。GBNでも特段珍しくもないプレイスタイルだが、このダイバーには少し変わった嗜好があった。

 

 強敵と戦い、相手の強さを引き出し、互いに死力を尽くした上で勝利する。本人に言わせれば「相手の強さを食らう」戦いをこそ好む。

 

『ここんとこランキング戦もマスダイバー(クソ不味ぃヤツ)が多くてイラついてたところだ。だから、お前』

 

 ──俺を失望させてくれるなよ?

 

「……ッは! じょーとーッ!」

 

 言外に相手が込めた言葉を感じ取ったセナもまた凶暴な笑みのままに吠える。

 

「こっちだって、やっと引けた()()()を逃すつもりなんて、全然ないんだからね!」

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

『うわああああ!? オーガだ! オーガが出た!』

『ヤベェ! 逃げろ逃げろ!!』

『こ、こんなところにいられるか! 俺はもっと安全に稼げるエリアに行かせてもらう!』

 

 自分を取り囲んでいたモヒカンたちの一部が俄に騒ぎ出す。最初は長距離に対応したレーダーを備えた者が、その存在を認識して慌てて離脱を試みる。その途中、オープンチャットのままに誰かが叫んだ名前によって、焦燥が集団ヒステリーのように伝播し、集まっていたほとんどの者が蜘蛛の子を散らすようにして逃げ出したことで、レイは今回の企てが上手くいったことを確信する。

 

「オーガ、オーガね……確か、最近ランキング戦を凄い勢いで駆けあがってるダイバーだったかな。思わぬ人が引っかかったけど、集めた連中が勝手に散ってくれたのは嬉しい誤算だったわ」

 

 なんとなく聞き覚えのある名前を諳んじながらも、レイは機体を翻してセナの元へと急行させる。

 

「にしても……あれだけ騒がれるってことは、」

 

 ──楽しめそうね。

 

 強敵と一人で戦っている仲間(セナ)を案じつつも、コックピットのレイは口角が上がるのを自覚する。

 

 なにせレイとセナがわざわざヴァルガで無駄にヘイトを集めた理由がこれだったからだ。

 

 ヴァルガという場所は常時フリーバトルが解禁されているという特殊性ゆえに、時折ハイランカーや名の知られた実力者が鍛錬目的や新しい武装の試し撃ちなどを目的として訪れる。悪名ばかりが先行しがちなここも、いちいち対戦相手や場所を探し、さらに相手の都合を聞いて許可を得て……といったような煩わしさに縛られないことで、一部の者には重宝されているのだ。

 

 そしてここを訪れる彼らにとって、鍛錬にしろ武器の試射にしろ()の多いほうが都合がよいわけで。

 

 つまりは「意図的に乱戦エリアを作り出し、それを餌としてハイランカーを呼び込んで戦いを挑む」というのが今回のレイとセナの狙いだった。

 

 実にシンプルで捻りのない計画だが、実際にランカーの中にはヴァルガの常連もそこそこいるので、結構な確率で有名人が引っかかるらしいというのはネットの情報だ。

 

 そういうわけで、ヴァルガという場所がらゆえに訪れる人間に偏りこそあれ、上手くやれば普通は対戦できない上位勢とも戦うことができる。

 ただしそれはランキング戦などの公式の戦いでもなければ、一対一で合図とともに始めるような公平なものでもない。時には集めた連中を警戒しながらのものになるし、今回のように周りが散らなければ彼らを巻き込んだ乱戦になったりもする。

 

 それでもGBNの上澄みと戦えるというのは、二人にとって魅力的だった。

 

 通常、ハイランカーというのは対戦するためのハードルが高い存在である。ランキング戦以外で戦うとなると、直接本人とフレンドになるか所属フォースとアライアンス(同盟関係)になるかしなければアポイントを取ることもできないし、知り合えたとしてもランキングで鎬を削る彼らにとって、勝利しても得るものが少ないフリーバトルは積極的に行うメリットが薄い。それに時間が有限である以上、自己鍛錬や次の昇格戦の相手の研究にリソースを割きたいと思うことは当然である。

 

 例外としては「G-tube」というGBN内の動画配信サービスで活動を行う「G-tuber」としての顔を持つ場合くらいか。動画配信の鉄板ネタとして、いわゆる「凸待ち生配信」というものがあり、これは配信者が視聴者(リスナー)と共に特定のミッションに挑むものもあれば、リスナーの中から対戦相手を募集している事もある。それに運よく当たることができればあるいは戦うこともできるのだが、ランカーの生配信の同接が最低でも四桁と言われるなかでこれに望みを賭けるのは現実的ではないだろう。

 

()を集めるのは少しだけ手間だけど……強敵とこうも気軽に戦えるんだから、やっぱりヴァルガはいいわ」

 

 機体を飛ばしながらレイは今までの()()()()()()一年を後悔していた。

 

 セナと出会った時にぼんやりと覚醒し、クジョウ・キョウヤという頂点の強さを目の当たりにしてようやく思い出すことができた。彼女にとってのガンプラバトルとは、こういう()()と戦うのが当たり前であり、またそれが楽しいのだと。

 慣れないフルダイブVRとGPDとはまた異なったGBNの環境に合わせることへ必死になるあまり、今まではヴァルガの流儀に()()()()()()()()()()()

 

 ポイントとか、ランクとか、BCとか、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 強い相手と死力を尽くして戦う。

 

 一手間違えれば敗北する、そんなギリギリの戦いをするからこその緊張感。

 

 なによりそれがあるからこそ勝利の味は何物にも勝り、敗北は脳が焼けるほどに身を焦がす。

 

 現実世界では決して得られないこの感覚こそが、レイをガンプラバトルにのめりこませた原点だった。

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 

 オーガはその日とても気分が良かった。

 

 最近になってGBN内で急速に広がっている違法ツール、「ブレイクデカール」と呼ばれるそれはついにランキング戦にまで浸食をはじめていた。

 元は初心者や低ランクのダイバーを中心として使用者が増えていたのだが、とうとう下位とはいえランカーの中にも手を出すものすら出始めて、現在のランキング戦は混迷の極みにある。

 

 彼もつい先日の昇格戦にて対戦した相手がマスダイバーであり、戦いを結果だけでなく過程も楽しむオーガは激しい怒りと落胆を覚えていた。

 常に本気のバトルを求めるオーガにとって、GBNの中でも特に真剣にバトルを行うランキング戦にブレイクデカールなどという不正な下駄を履いて挑むなどということは、上等な料理に蜂蜜をぶちまけるがごとき許しがたい行いである。

 

 今日ヴァルガに潜ったのもそんな憂さ晴らしを兼ねてのものだったのだが、ここで思わぬ幸運に恵まれる。

 

 ランキング戦では名前を聞いたこともない無名のダイバー。

 

 しかし対峙して感じた気迫と実力は今まで戦ってきたランカーにも引けを取らない猛者。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『この連携の練度……はッ! なるほど、イフリートとはコンビってわけか! ますます美味そうになってくれるじゃねぇか!』

 

 合流したイフリート・ゲヘナが放った偏差射撃を避けた先、待ち構えていたカイムの斬撃を左手の巨大な剣(オーガソード)で受け止めたオーガが吠える。

 料理とすら呼ぶのもおこがましい()()()を食わされたような気分から一転、()()()()にありつけた今の彼のテンションは最高に高ぶっている。

 

「今ッ!」

 

 カイムの攻撃を受け止める形で一瞬動きを止めたオーガ刃‐X、そこを狙ってレイが一斉射撃を放つ。両椀の銃身を高出力モードで展開。インコムも併用した六条のビームが一点へ向かって収束するように伸びる。

 

『ぜあッ!』

 

 が、カイムと鍔迫り合いをするのとは逆の空いた右手に持ったオーガソードを一閃、収束し威力が増していたはずのレイの攻撃を容易く無効化してみせる。

 

「──いい腕してるッ!」

 

 オーガの技量とガンプラの完成度に僅かに動揺するレイをよそに、斬り払いのために片腕を振り抜いた隙を突いてカイムが鍔迫り合いを強引に解除、相手の得物をわざと下に滑らせると、スラスターの反動を使って右脚から回し蹴りを繰り出す。

 

「でりゃあっ!」

 

 しかし、オーガ刃‐Xは器用に上半身を捻ると、左肩部から発振したビームスパイクによってカイムの脛に装備されたレイザーブレイドの刃を受け止めてみせた。

 

『おおおぉッ!』

「ぐぅッ……!」

 

 見た目と違わぬパワーを持つ鬼神(ジンクス)が、主の気合に呼応してショルダータックルの形でカイムを吹き飛ばす。

 

『もっとだ! もっと食わせろ!』

 

 姿勢を崩したカイムを追撃すべく加速するオーガ刃‐X。

 

「まだまだぁッ!」

 

 体勢を立て直しながらもカイムはCファンネルを射出。五枚の羽が翡翠の軌跡を描いて獲物に襲い掛かる。

 

『ぬるい!』

 

 上下左右、あらゆる角度、死角から襲い来る刃翼を柔軟なマニューバとロールの組み合わせで躱し、最短距離でオーガは間合いを詰めてくる。その戦闘機動は搭乗者の言動に比して恐ろしく精密で無駄がない。

 カイムへの援護としてイフリート・ゲヘナがショートバレルキャノンから放った砲弾も、GNフィールドを纏った巨大な刀身が盾となり損傷を与えることができない。

 

「……ええい、これだから極まった近接特化はッ!」

 

 空中に広がる爆炎から飛び出したオーガ刃‐Xを見て思わず歯嚙みするレイ。命中率を重視して近接信管を備えた榴弾にしたのが仇になった形だが、徹甲弾ではあの機動性に追い付けない。さりとて生半可なビームでは斬り払いで対処されるだろう。

 ディスチャージシステムを使えばあるいはいけるかもしれないが、生憎と敵の武装は近接武器のみ。集めていた餌のモヒカンも散り散りになった今、補給のアテはない。

 

 彼女にとって近接特化のオーガはすこぶる相性の悪い手合いと言えた。

 

 本来ならこのような近接戦闘にのみ特化した機体構築というのは、戦闘面でのハンデが多いためにGBNでもあまり出会うことはない。

 

 相手との間合いを詰める技術、中距離における牽制手段の無さ、加えてロックオンマーカーに沿ってトリガーを引けば攻撃が出る射撃兵装と、機体の挙動まで考えて武器を振るう近接兵装では扱いの難易度に差が出るからだ。

 かつて流行ったガンダムの対戦ゲームのように、ボタン一つで決まった格闘モーションのコンボが繰り出されるシステムはGPDから存在しない。

 

 しかしだからこそだろうか。そんなガンプラバトルの世界で、近接戦闘に偏重した機体を操る者たちの技量が磨かれていったのは自然な流れだったのかもしれない。

 それは斬り払いに代表される操縦技術はもちろん、ガンプラの完成度でもそうだ。現にオーガ刃‐Xの完成度はレイをしても感心する出来栄えを誇る。

 

 ガンプラバトルにおいて近接主体で名を上げた手合いというのは、普通のファイターよりよほど油断ならない存在なのである。

 

『オラオラオラァッ!』

「ぎっ、ぐっ、うあッ!?」

 

 裂帛の気合を込めたオーガの連撃。

 

 一撃、二撃と耐えたセナであったが、ついに三撃目の二刀の振り下ろしを受けきれずに吹き飛ばされた。

 

「セナッ!」

 

 叩き落されるように落下していくカイムにレイが思わず声を上げる。

 

 セナの技量も戦闘センスも決してオーガに大きく劣るわけではない。いわばこれは機体コンセプトと乗機への習熟度の差が出た形だ。

 

 高い機動力を活かした一撃離脱(ヒットアンドアウェイ)が持ち味のカイムと、機動力はあくまで間合いを詰める手段であり、足を止めての打ち合いにも強いオーガ刃‐X。

 カイムが放つ斬撃の()()はその機動性から得られる加速力を乗せることで放たれるが、パワーに高いパラメータを誇るオーガ刃‐Xは全ての攻撃が重撃と言える威力を秘める。パラメータで言えばスピードではカイム、パワーではオーガ刃‐Xに分があるというわけだ。

 そして今しがたの攻防、オーガにぴったりと張り付かれ思うような離脱が出来ないセナは、カイムが持つ強みを充分に活かしきれていなかった。

 

 カイムの機体コンセプト、これはセナがかつてプレイしていたロボットゲームで愛用していたアセンブルを参考にして構築されている。

 「カワセミビルド」と呼ばれる変形機構を搭載し機動力に特化させたピーキーすぎるその構築が、まさにカイムと同様のヒットアンドアウェイであった。

 

 また、セナ自身がまだまだガンダム作品の武装の扱いに習熟していない点もあった。

 

 カワセミビルドにはなかった遠隔操作兵装(Cファンネル)。性能だけを見れば優秀な装備だが、その動きは未だ格上のプレイヤーを相手にするには()()()()()()

 

『ここで終わりか? 終わりなのか!? ……だったら落ちろッ!』

 

 僅かな失望を伴ったオーガの叫びとともに、オーガ刃‐Xがカイム目掛けて加速する。

 

「させるかっつのッ!!」

 

 だがそこにレイのイフリート・ゲヘナが立ちはだかる。

 

『──面白ぇッ! テメエはどんな味だ!』

 

 見るからに射撃偏重の重火力機体。それが白兵戦の間合いに飛び込んできたのを見たオーガは僅かに動揺するも、レイの気迫からなにかを感じたのか口角をあげながら笑う。

 

 迫るオーガソード。

 

 黄昏のような(あか)いGN粒子を纏う二振りの巨大な刃。

 

 左右から挟み込むようにして振るわれるそれを、イフリート・ゲヘナは二枚の盾を犠牲にして受け止める。

 

 幸いなことに刃は盾の半分を切り裂いた所で止まるも、支えるのがサブアームでは力の差は歴然であり、僅かな抵抗の後サブアームが火花を散らし、刃が盾ごとイフリート・ゲヘナの胴体をへし斬らんと迫る。

 

 ──だが、この一時、(オーガ)の動きが一瞬でも止まることこそが重要。

 

 薄いプラ板を積層させた強固なシールドは、その役目を今、十全に果たしてくれている。

 

「この距離じゃGNフィールドも張れないでしょ──!」

『──ッ! 俺の力で斬れないだと!?』

 

 オーガ刃‐Xの胴体中央。疑似太陽炉へと向けられたのは銃身を展開し、今出せる最大出力をチャージしたイフリート・ゲヘナの両腕に備わるメガ粒子砲。

 

 ダメージアウト覚悟の乾坤一擲の攻撃。

 

 たとえ己がここで落ちようとも敵を必ず打ち倒すという必殺の意思。

 同時にこれで届かなくとも動力炉へ傷を負わせることで相棒(セナ)へと繋ぐという冷徹な計算。

 

『あめぇッ!』

 

 こちらが胴体を断ち割るよりも敵の砲撃が発射されるほうが僅かに早いと判断したオーガ。

 盾に食い込んだままのオーガソードから咄嗟に手を放そうとするも、得物の喪失を嫌ってイフリート・ゲヘナの武器腕めがけて右脚を振り上げる。

 

 この僅か数舜の判断の迷いが明暗を分けた。

 

「甘いのはそっちだッ!」

 

 イフリート・ゲヘナのフロントスカートから紅の閃きが二つ翻ると、振り上げかけたオーガ刃‐Xの太い右脚が動き出す直前に止まる。突き刺さる二本の刃。レイが展開した隠し腕が持つヒートソードだ。

 

『隠し腕!? ジ・Oみてぇな装備を!』

「これでぇ──ッ!」

 

 砲身が展開されたイフリート・ゲヘナの両腕から黄金の煌めきが放たれる。

 

 右脚を縫い付けられた今、オーガソードから手を放しても離脱は叶わない。

 

 

 ──だが、この程度で落とされるならば、このオーガというダイバーに二つ名がつくはずもない。

 

 

『──トランザムッ!』

 

 オーガ刃‐Xの頭部バイザーが下がり一つ目の鬼のように変化すると同時。

 

 左のオーガソードから手を離したオーガ刃‐Xが()()()()()()()で左半身を後ろに引いて、半身に機体を翻しメガ粒子の奔流を避ける。

 

「なッ──!」

 

 トランザムがあることを予想はしていても、ここまで機体性能が上昇するとは考えていなかったレイが虚空に突き抜けてゆく閃光を思わず目で追ったその瞬間。

 

『ぐおぉぉッ!!』

 

 完全に躱しきることがかなわず左腕を肩から失いながらも、そのまま力ずくに機体を左回転させヒートソードを握るサブアームを引きちぎると、オーガ刃‐Xは右手に掴んだままのオーガソードを強引に引き抜き、

 

『ぜぇあっ──ッ!』

 

 回転力を乗せた横薙ぎがイフリート・ゲヘナのバックパックを切り裂いた。

 

「──チッ!」

 

 だがレイとてガンプラバトルにおいては百戦錬磨の猛者である。

 背後から迫るオーガソードの切っ先がコックピットを捉える寸前、バックパックを接続していた背面装甲ごと強制排除(ボルトアウト)

 爆発を伴って強制的に排除される仕組みを利用し、反動で機体を捻って僅かに前進したことで致命の一撃をかろうじて躱してみせる。

 

「EXAMッ!」

 

 死神の鎌にしては分厚い刃が自機の左腕を斬り飛ばしながらコックピットを掠めるのを横目に、迷うことなく切り札の特殊システムを音声入力。武装と機動力の要を失ったため長期戦は不可能と判断したためだ。

 

 補助スラスターを全力で吹かし、上昇した機体性能で強引に振り向きざまにインコムからの射撃を放つも、機動力が各段に上昇したオーガ刃‐Xは残像を描きながら回避して残った右腕を振りかぶる。

 

「ぐぅ──

『捉え──』

 

 バックパックを喪失したためにEXAMを発動してなお追い付かない敵の動き。

 

間に合わな──」

 

 獲られる──と諦めが脳裏を掠めた刹那、

 

「──わたしも、」

『ぬおッ──!?』

 

 下方向から飛んできた飛翔体がオーガソードを跳ね上げた。

 

「忘れないでほしいなあ。そろそろ──まぜてよ」

 

 回転しながら飛び去った影が()()()()()()主の手元に戻る。そこにはいつの間にか戦線に復帰したカイムの姿があった。

 

 だがその姿もレイ同様に酷いものだ。

 左腕は上手く動かないのかフレームが軋んで動作がぎこちないし、胴体の装甲には大きな切り傷が付いている。

 リミッターを解除しているためかツインアイは黄金色に変わり稼動限界時間が近いことがわかる。

 

 今このヴァルガの空において集う三機はいずれも満身創痍。

 

 しかしていずれもその戦意に翳りなく。

 

『くはッ……くはははッ! いい! いいぞお前ら! ここまで()()()のあるやつも久しぶりだ!』

 

 左腕を失いながらも吠えるのは「獄炎のオーガ」。

 

「──もうお互い余裕がないから一気にいくよ、セナ」

「おっけー。それじゃ、鬼退治といきますか!」

 

 対峙するのは武装の大半を失った単眼の魔人と、片腕の自由が利かない悪魔。

 

「行くぞオラァァァァッ!」

「覚悟しろー!」

 

 理性を闘争の快楽に溶かし、見境なく強敵に噛みつく姿勢。

 

『来い! お前らの強さ、まだまだ食いたりねぇ!』

 

 ヴァルガにおいてなお有名な戦闘狂である獄炎のオーガに嬉々として挑めるメンタル。

 

 鉛色の空をバックに三機のガンプラが入り乱れる。

 

「どりゃー!」

 

 気迫の感じられない声音に反して、残った右腕と両脚に備わる三本のレイザーブレイドを操り、五枚の刃を従えて獣のように襲い掛かるガンダム・カイム。

 

「二つ名持ちは流石、()()()ねえッ! でもくたばれッ!」

 

 低下した機動力を経験を活かした巧みな位置取りで補い、残り少ない武装で敵の動きを制限するように援護するイフリート・ゲヘナ。

 

『ハハハハッ! 美味い! 美味いぞ!』

 

 戦闘狂二人の猛攻に晒されながらも、それを片腕に残された太刀と機体捌きでいなし、僅かにでも隙を晒せば致命の一撃を捻じ込んでくるオーガ刃‐X。

 

 切り札たるブースト機能を解放し、いずれも既にギアは上がりきってしっかりと()()()()()()。そんな三者が織りなすのは、それぞれが手負いとは思えぬほど恐ろしくハイレベルな戦闘機動を駆使する死の舞踏。

 

 赤い鬼人と蒼い魔神が切り結び、そこへ紅蓮の魔人が放つ炎が空を()く。

 

「せいっ!」

 

 カイムの加速を乗せた右腕のレイザーブレイドによる袈裟斬りがオーガを襲う。

 

 それをオーガもまた残った右腕のオーガソードで受ける──が、軽い。

 

『アァ? ──ッ!?』

 

 その手ごたえにオーガが違和感を覚えた刹那、得物を弾かれた反動を利用したカイムの機体が()()()と縦に回転。真下から天を目掛けて刈り取るようなサマーソルトキックが放たれ、つま先から展開した仕込み刃が咄嗟に後退したオーガ刃‐Xの頭部バイザーを火花を散らして掠めていく。

 

 目の前で天地が逆になり背後を晒すカイム。

 

 無防備なその背にオーガ刃‐Xが蹴りを見舞おうと腰を捻ると、その動きを咎めるように斜め上方向から時間差を付けた三本のビームが飛来する。

 

 直後にカイムはスラスターを全開。そのまま下へ向かって離脱し、スプリットSのような機動でもってすぐさま反転して上昇。次の一撃のための加速力を得るべくヴァルガの空にコントレイルを描いて飛翔する。

 

『チッ、やるじゃねぇか』

 

 ペロリと舌なめずりをしながらも、オーガの頬には一滴の汗が伝う。

 

 ガンダム・カイムとオーガ刃‐Xが近接戦闘で鎬を削る構図は変わらないが、今度はそこへレイによる的確なフォローが入る形で戦闘が展開されている。それは最初の攻防にあったようなチャンスメイクではなく、セナのためのリスクヘッジを意識した行動。

 自分が作り上げたからこそ熟知しているカイムの機体特性と、相手のガンプラの違いを理解したレイがセナの離脱の援護を優先しているのだ。

 

 機体の稼動限界は近い。しかし焦ることなく虎視眈々とチャンスを窺う試合運びをするレイとセナ。

 

 レイはこれまでのガンプラバトルの経験による冷徹な計算、セナは今までプレイしてきたVRゲームによって培われた野生じみた勘でもって、その時はもうすぐそこまで来ていることを確信していた。

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 しばらくの間は勝負の天秤が傾くことなく拮抗していたが、その時は不意に訪れる。

 

 それはレイが自機のエネルギーが底をつき、援護も限界と判断した時と同時だった。

 

(……もう、エネルギーが。でも、太陽炉一基でのトランザムはもうすぐ終わる……なら、アイツが狙うのは──)

 

『まずは、お前を喰らうッ!』

「──読めてるよッ!」

 

 しつこく援護射撃に徹する自分(邪魔者)だろう。

 

 なにせ今まで散々相手の動きを咎めるような牽制射撃を繰り返していたのだから。

 

 レイの予測した通り、何度目かわからないカイムの攻撃を躱したオーガが、イフリート・ゲヘナ目掛けてオーガソードを振りかぶって突っ込んでくる。

 これまでの戦いで機体各所からスパークを発しながらも、操縦者の気質を表すように真っすぐな軌跡でこちらへ飛翔するオーガ刃‐Xへと、イフリート・ゲヘナの胸部装甲から放たれたグレネードが襲い掛かる。

 

『今更そんな目くらましなんてなァッ!』

 

 だが、トランザム状態ゆえの豊富な粒子放出量によってGNフィールドを展開したオーガ刃‐Xを害するには、全く威力が足りていない。

 

(でしょうねッ! でも欲しいのはその目くらましなのよ!)

 

 グレネードが起こした爆炎がオーガ刃‐Xを包み込むのと同時に、イフリート・ゲヘナに残された右腕の前腕部が脱落。すると上腕だけになったその先端、そこに隠されている最後の牙がビーム刃の形をとって姿を表す。ビームサーベルの発振機を備えた内蔵式のサブアーム。参考にしたドーベンウルフのギミックを元にした切り札とも呼べない保険だったが、ガルムガンダムとの戦いで近接武器の少なさに不安を覚えて付け加えた過去の自分を褒めてやりたい気分だ。

 

 こちらに近接武装が無いと見せかけ、接近してきた敵をこれで受け止める。

 

 重力下で使用するには前腕の喪失と引き換えになるため使えなかった武装だが、もはやインコム数発分しか猶予がない今なら遠慮なく使うことが出来る。

 

 一時、動きを止められればそれでいい。要は先ほどの再現だ。動きを止め、GNフィールドを展開できない距離からインコムの接射で仕留める。蹴りで破壊するにもインコムは三基。いずれかでGNドライブに損傷を与えられれば勝負は決まる。

 

(これでッ──!)

 

 ここまでの戦闘でオーガ刃‐Xの武装は把握している。

 あのガンプラは上半身、もっと言えば両椀に武装が偏っており、なおかついずれもクロスレンジでの運用を前提にしたものだ。ならば鍔迫り合いに持ち込んでしまえば、敵の武装をほぼ封じ込めることができる。

 

(決めるッ──!)

 

 レイが全神経を爆炎から飛び出してくるであろう相手へ集中した瞬間、煙を突き破って飛び出してくる影があった。

 

「来たッ──!?」

 

 半ば反射で右腕のビームサーベルを振るって迎撃したもの。それは確かにオーガ刃‐Xが持つ巨大な剣であった。

 

 空に翻る紅の刀身。

 

 しかし──

 

「な──」

 

 大質量の衝撃に耐えられず、ひしゃげた右腕を犠牲にイフリート・ゲヘナが弾き上げたソレ。だが、くるくると回転しながら舞うのは()()()()

 

 刹那の間、呆けたレイを嘲笑うように、突きあがるような衝撃がコックピットを襲う。

 

「あ──」

 

 それは機体の真下という死角に回り込んでいたオーガによる奇襲。

 

 トランザムによって得られた機動力で下から回り込み、手首から発振したビームスパイクでイフリート・ゲヘナの胴体を下から上に切り裂いていた。

 有名な古典格闘ゲームの対空技のようなアッパーの姿勢でレイの目の前を通過するオーガ刃‐X。

 

 まさか。というレイの予想を超える選択肢であった。

 唯一の武器を手放す。それもブラフとして投擲してくるとは。

 

『同じ戦法が通用するとでも思ったか!』

 

 イフリート・ゲヘナの上に抜けたオーガ刃‐Xは、さらに前腕を分離させて有線で繋がったそれを飛ばすと、未だに回転しながら空を舞うオーガソードに伸ばして柄を握る。

 本体へと巻き戻された腕がオーガソードを上段に構え、下からの衝撃で仰向けになったイフリート・ゲヘナへ襲い掛かる。

 

「……正直、やられたって思う。()()()

『──なんだと!?』

 

 今度はオーガが驚愕する番だった。

 

 切り裂かれた胴体の装甲。だがそれはあくまで()()()()()()()()()()

 

 割断された増加装甲をパージしたイフリート・ゲヘナのフロントスカートからは二本のワイヤーが伸び、それはオーガ刃‐Xの右腕に巻き付いている。

 スクリュー・ウェッブ。元になったイフリート・アサルトが装備していた隠し武器だ。

 

「オラァァァァッ!」

 

 腕を振り上げたまま拘束されるオーガ刃‐Xとスクリュー・ウェッブを巻き戻しながら上昇するイフリート・ゲヘナが、正面から顔面を激突させるようして衝突。イフリート・ゲヘナの頭部アンテナが衝撃で折れ飛び、亀裂の入っていたオーガ刃‐Xのバイザーが砕け散って宙に舞う。

 

 さらにレイは身軽になった機体を操作して足を絡ませ、がっちりと相手に組みついた。

 

『次から次へとッ!』

「楽しいだろぉッ? ガンプラはギミック仕込んでナンボよ!」

 

 忌々しそうに吠えるオーガに、警告表示だらけで真っ赤なコックピットの中でレイが笑う。

 

『だが、パワーじゃ俺に勝てねぇ! このままテメェを地面に叩きつければ──

「セナァァァァァッ!!」

 

 大地に向かって加速しようとしたオーガを遮るようにしてレイが叫ぶ。

 

「──おぉぉぉぉッ!」

 

 相棒の呼びかけに呼応するかのように、空の彼方から悪魔が舞い降りる。

 

 携えた剣の切っ先で鉛色の雲を断ち割りながら突き進み──

 

『ぐああああッ!?』

「──ぐぅぅぅぅッ!!」

 

 

 オーガ刃‐XのGNドライブをイフリート・ゲヘナの胴体ごと貫いたレイザーブレイドが二機のガンプラを串刺しにした。

 

 

『──ハッ、まさか躊躇なくやるとはな。つくづく面白ぇ』

「別にこっちはポイントとかどうでもいいからね。……アンタも楽しかったでしょ?」

 

 己の機体状況を見てとったオーガは呆れ半分諦め半分といった風に零す。それを見た二人は笑う。それはそれは楽しそうに。

 

「グッドゲーム。楽しかったよ」

『──ククッ……ヴァルガ(ここ)でそれを言うのか……ッ! ハハッ……ハハハハッ! お前らの強さ、美味かったぞ! パンチが効きすぎてたがな!』

 

 最後にセナが放った言葉がツボに入ったのか、獄炎のオーガは豪快な笑い声を残して爆散。

 

「レイ──」

 

 オーガの反応が消えた事を確認したセナがレイへ、僅かに気遣わしげな声音で彼女の名前を呼ぶ。流石に躊躇なく相棒ごと敵を仕留めたことに思う所があったのかもしれない。

 

「ナイス天誅」

 

 だがそれに返ってきたのはレイの満足そうな笑顔。自分の思いを汲んで事を成した親友を称え、共に全身全霊で強敵へ挑み、掴んだ勝利を喜ぶ戦士の顔だ。

 

「これこそアレね。散りゆく友に未練など──」

「──無いさ俺たちはDummy Boyってね」

 

 前にレイが聞かせてくれた歌の歌詞(フレーズ)を共感とともに口ずさむセナ。

 そこにはレイがセナの立場でも同じことをしたという確信と、

 

(──ああ、やっぱりレイは素敵だなぁ)

 

 セナ(わたし)と同じ価値観でゲームに挑んでいる、というこれ以上ない程嬉しいシンパシーがあった。

 

「あっ、ヤバ、流石にもうもたない──」

 

 その言葉を最後にイフリート・ゲヘナもまた爆炎に包まれて消失。

 

 二機の起こした爆発の中からカイムが姿を現すと空中に静止する。

 

 炎を背に佇むカイムもまた傷だらけであり、左腕は力なく垂れ下がりフレームの各所は火花を散らしている。

 

 しかしその姿からは手負いの獣が放つ特有の凄みが滲んでいた。

 

「ふぅ──さて、と」

 

 セナが見渡す眼下には、遠巻きにしていたヴァルガ民(モヒカン)どもが徐々に集まってきている。

 

「わっかりやすいねぇ」

 

 嘆息とともに呆れるセナ。オーガという脅威がいなくなり、また満身創痍のカイムを見て彼女からポイントを奪おうという魂胆なのは明白だ。

 

「でも──()()わたしの首は安くない。そう容易く獲れると思うなよッ!」

 

 今のセナに「撤退」の二文字はありえない。

 

 こんなに心が高揚する戦いの終わりが、怯えながらの逃避行ではあまりに後味が悪いというものだ。

 

 お前らが恐れた鬼を倒したヤツはここにいるぞ。

 

 さあさあ、挑みかかってくるのは誰だ? わたしの首を落とそうと死力を尽くす覚悟のあるのは誰だ?

 

『撃て撃て! 落とせ!』

『い、今なら倒せるはずだ!』

『オーガを倒したヤツだ! ポイントもたんまり抱えてる!』

 

 地上から展開される弾幕砲火を潜り抜け、鳥の魔神は集結する有象無象へその切っ先を向ける。

 

「──見えてるよ」

『う、嘘だろ、ハイパージャマーとミラコロを併用してるのに……』

 

 降下中に背後から音も無く襲い掛かってきた機体もいたが、振り返りもせず展開したCファンネルで刺し殺す。

 

 手負いなら倒せると思ったか? 与しやすいと思ったか?

 

ヴァルガ(この地)に、魂に刻んであげるよ──わたしと、レイの存在を」

 

 両目に黄金の光を滾らせて、悪魔は一人厄災の地で嗤い、舞い、踊る。

 

 

 

 

 この日──未だGBNにおいては無名ながらも、この戦いを目にしていた少数のダイバーたちは彼女たちを指してこう言った。

 

 ──ヴァルガの狂犬、と。




二人だから、勝てた。


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砂漠の聖地

 見渡す限りに地平線まで砂の大地が広がっていた。

 

 乾いた熱風が砂塵を巻き上げ、天頂高く君臨する太陽が陽炎を立ち上らせる。まさに絵に描いたような砂漠だった。

 海原を満たす海水のように砂だけが広がる景色には、洋上と同じく目印となるもの(ランドマーク)など存在しない。ひとたび導を失えば、たちまちのうちに遭難してしまうだろう……が、ここは電脳空間なのでそういった心配とは無縁である。

 

 とはいえ、この照りつける太陽の輝きは殺人的だし、乾いた熱風が巻き上げる砂塵は無駄にリアルで、砂漠に行ったことがない者でも実に()()()臨場感を与えてくれる。

 

 ただ、今に限ってはGBNのハイクオリティな再現性も良し悪しで、そんな場所を徒歩で移動しようとなれば、精神的にかなりの苦行となる環境であるのは間違いない。そんな電子で構築された大自然の中を、ひとつの小さな影が高速で移動している。

 

「暑さはそこまでじゃないけど、砂ぼこりの再現度が無駄にリアルね。素直に四輪バギーにでも乗ればよかったか」

「もし現実と同じ気温にしたら、流石にVRでも思い込みで熱中症になりかねないよ」

 

 会話を交わしているのは防砂対策のフード付きの外套とゴーグルを身に着け、スカーフで口を覆った二人組だった。

 

現実(リアル)で熱中症警報が出ているのに、VRでも似たような環境にいると思うとウンザリするわ」

 

 前の席で運転を担当している方が辟易した様子で愚痴をこぼす。

 

 二人を乗せて砂の海を渡るのは、大型自動二輪車のような外観をした乗り物だった。

 フレーム構造にむき出しのタンデムシートを備え、前後の車輪にあたる箇所には、上面を半球状のカウルで覆われた大型のローターを備えている。

 これはガンダム作品に登場した「ワッパ」と呼ばれるホバー式のバイクで、主にジオン軍の兵士が使用している一人乗りの攻撃機である。シートをタンデム仕様にカスタムしているので、今乗っているのは二人だが。

 

「ペリシア、だっけ? ガンプラの乗り入れが制限されてるなんて、面倒な仕様してるね」

「ガンプラで行くにしても、しっかりと防砂対策できてないと、砂が入り込んで動けなくなるみたいだけどね」

 

 世間では学生の夏休みが目前に迫っている頃、レイとセナはとある目的地へ向かうためにGBNで砂漠横断に挑んでいた。

 

 GBNでは彼女たちが乗っているような、原作世界に出てきた乗り物も用意されている。種類も多岐に渡り、これもまた収集要素のひとつとして人気のコンテンツのひとつだった。

 また、コレクション要素の他にも、ガンプラの乗り入れが制限されているエリアへの移動手段として有用だったりする。

 というのも、フルダイブVRゲームは従来のモニター越しにプレイするものとは違い、自然環境も現実に即して再現されている事が多い。もちろん各所にゲーム的な()はあれど、その再現性はかなり現実に近いもので、距離もそのひとつだ。

 ゆえにこういった砂漠を渡る場合は、古典のRPGのごとく徒歩で行こうとするのは無謀である。流石に死にはしないが、膨大な時間を無駄にするし、どれだけ経っても変化がない景色に心がへし折れるのは確実だ。

 

 もう一度言うが、フルダイブVRゲームにおいて荒野を徒歩で移動するというのは、いつでも帰れる遭難とほぼ同義である。

 

「ハァ……夏って嫌い」

「そう? ゲームだといろんなイベントやる時期だから、わたしは結構好きだよ」

「モデラーにとっちゃ夏と梅雨は天敵なのよ……暑くて集中力が続かないし、湿度高くて塗装の乾燥に影響が出るし……」

 

 あと、どことは言わないが身体の一部が蒸れて不快だし。と内心で付け加えるレイ。

 

「あ、でも小学生の頃は好きだったな……誕生日がある月だったから」

「──えっ?」

 

 ほんの世間話。昨日食べた夕飯を思い出すような気楽さで、ぽつりとレイが呟いた一言に後ろの席のセナが固まる。

 

「あれ? 言ってなかった? 私の誕生日、七月七日」

 

 去年は家のことでごたごたしていて、今年はGBNが楽しすぎてすっかり忘れていた。それにもともとレイにとっての誕生日とは、常連客からプレゼントという名目で普段よりもお高いガンプラを押し付けられ、夕食の後にケーキを祖父母と食べる程度のささやかな日であり、そこまで意識するようなイベントでもなかった。

 なんなら日付のせいで七夕のほうが印象的まである。

 

「えぇぇぇぇっ!? もう過ぎちゃってるじゃん! なんで教えてくれなかったのさー!?」

「えっ、どしたのセナ」

 

 が、どうも後席のセナにとってはそうではないらしい。前に座るレイの両肩をがっくんがっくん揺すっては露骨に不満そうな声を上げている。

 

「もーっ! レイのばかーっ!」

「解せぬ」

 

 セナの大声を砂塵と共に巻き上げて、二人を乗せたワッパは一路ペリシアを目指す。

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

「まったく。レイはそういうところだよ。ホントにまったく」

「えぇ……いや、うん、ごめんて。機嫌直してよセナ」

「……」

 

 どうしてここまでセナが怒っているのかイマイチ理解していないレイの返答に、不満を示すように片手に持った大きな串焼き肉を豪快に頬張るセナ。

 砂漠の中に中東風の街並みを再現したペリシア・エリア。その街中を二人は歩いていた。

 

 ここの特徴といえば、やはり街中に展示されているガンプラたちであろう。

 

 建物の合間には腕に覚えのあるガンプラビルダーたちが丹精込めて作り上げた作品たちが立ち並び、砂漠の力強い太陽の下にその存在を主張している。

 

「んぐ……はぁ。ホントにわかってる?」

「……」

 

 口いっぱいに頬張った肉を飲み下してからジト目で見つめるセナの眼力に屈して、横を歩いていたレイは目を逸らす。

 

「……わかってないよねぇ。いいよもう。パーティは諦めるけど、プレゼント、用意するからせめてそれは受け取ってよね」

「えと……どうもありがとう」

「……」

 

 ぎこちなくお礼を言うレイに答えず、再び串焼きに齧り付くセナ。

 親友とも呼べるほどに親しくなった同年代の少女。そんな、セナにとって初めて得られた関係にあるレイの誕生日という一大イベントを、何も知らずにスルーしてしまった喪失感とやるせなさを咀嚼した肉と共に強引に飲み下して意識を切り替える。

 

「まあ、レイがそーいうのにあんまり拘らないのはわかったから、いったんこの話はお終いにするよ」

 

 これまでレイと関わってきて分かっていたが、どうも彼女は幼少期から過ごした相手が店に来る常連客(年上の異性)ばかりだったせいか、こういった少女特有の機微というものに疎い所がある。

 

 それにしたって今回の事はちょっとひどいが。

 

「で、わざわざここに来たのは、何か目的があるんだよね?」

「う、うん。もともと行ってみたかったエリアだったのもあるし、ここ最近のバトルでビルダーとして色々考えることがあって……」

 

 あからさまにホッとした様子のレイが、ペリシア・エリアへと訪れた目的を告げる。

 

「まあ、ありきたりだけど、ちょっとした気分転換ってやつね。やっぱり他の人の作品を鑑賞するのって、いい刺激になってモチベ上がるし」

「なるほどねぇ」

「あと、原作ファンとしては、やっぱり間近で色々な人のMSに対する解釈を見られる機会って貴重なんだよね。しかもそれが原寸大! いやぁ、もっと早く来ればよかった~!」

 

 セナに答える間にもレイの視線は立ち並ぶガンプラたちへと向けられ、あちらこちらへ飛ばされている。

 

「うわっ! あの初期型ガンタンクめっちゃカッコイイ!」

「おっ、あれもおいしそー」

 

 なにか琴線に触れる作品を見つけたのか、興奮した様子でわき目も振らずに駆けだすレイ。

 道の通りに天幕を張っていた屋台に目を奪われていたセナはそれに気づかず、少し遅れて隣を見れば随分と遠ざかっている友人の背中を見て慌てて追いかける。

 

「わっ、ちょ、待ってよー」

 

 意外な俊足を見せたレイにようやく追いついてみれば、既に製作者と思われるダイバーと熱心に話し込んでいた。

 

「ってことは、やっぱりここの仕上げは──」

「そうそう。わかってくれるかい。お嬢さん詳しいねえ」

「あはは、実は祖父がAFV専門のモデラーで──」

「おお、なるほどねえ。私も実はガンプラだけじゃなくAFVモデルも作っててね──」

 

 ウェザリングがどうこう、ビネットにするならこうだの、なんとかブラシがどうだの。あのメーカーのなにそれは使いやすいだの。

 

 年老いた整備士のような恰好のダイバーとレイが話す内容は、セナからすればちんぷんかんぷんな用語が飛び交っているために会話に入ることが出来ない。

 

「うーん……?」

 

 レイが随分と熱心に褒めているガンプラを見上げてみたセナだったが、その良さがイマイチわからず首を傾げる。

 

(ただの廃車寸前のボロい戦車にしか見えないなー)

 

 そこに展示されていたのは、ウェザリングという技法によって仕上げられた初期型ガンタンク。

 迷彩柄の塗装の上には、随所に弾痕や凹み、擦れたような痕といったリアルなダメージ表現と、泥汚れや錆びを再現した塗装がほどこされている。確かに兵器に詳しくないセナから見ても、実際の戦地で戦ってきたかのような凄いリアリティさを感じる。

 

 が、それはつまり、GBNに出会うまでプラモデルの「プ」の字も知らなかった素人の目線からすれば、「なんかスクラップみたいでボロっちいな」というシンプルに酷い感想に行きつくわけで。

 

(わたしはやっぱり、ピカピカなほうが好きかなー)

 

 研ぎ澄まされた刃のようなガンダム・カイムの姿を思い浮かべるセナ。

 こんな歩兵の武器でもやられそうなガンプラより、わたしのカイムのが強いし、と謎の勝利宣言を心の中でするも未だにレイたちの会話は終わりそうもない。

 

「……まあ、レイも楽しそうだし、いいか」

 

 普段はあまり見ないテンションのレイが満足するまで時間を潰そう、と考えたセナは適当に歩きながら他の展示されたガンプラをつらつら眺めていく。

 ガンプラビルダーの聖地と呼ばれるだけあってか、ペリシアの街には作品の垣根を越えて多種多様なガンプラたちが並んでいる。

 

「ほーん」

 

 中にはキット化されていないマイナーな機体もあったりするのだが、まだまだガンダム作品に詳しくないセナには区別がつかない。今の彼女は、言ってみればなんの知識もなく美術館に連れてこられた子供のようなものだ。ぼんやりと上手い作品が展示されているのは理解できても、それを支える技術への知識がないから本当にただ眺めるだけ。

 

 大きい、小さい、頑丈そう、脆そう、速そう、遅そう、なんか武器いっぱい持ってる。遠目にガンプラたちを流し見ては、そんなざっくりとした分類をしながら歩くことしばらく。

 

「おっ、これは」

 

 やっぱり見るだけじゃなくて戦ってみたいな、と考え始めた時、見覚えのある機体を発見して思わず足を止めた。

 

「プチッガイだー」

 

 賑わう広場から少し離れた人通りがあまりない展示エリア。そこに隠れるようにしてひっそりと展示されていたのは、以前に参加したベアッガイフェスで出会ったプチッガイを使って作成されたジオラマセットだった。

 

「ほー……」

 

 予期せぬ再会に思わずじっくりと眺めるセナ。

 

 それはガンプラに関して素人な彼女の目から見ても、実に見事な作品だった。

 

 一見すると、洋風の家が建つ芝生の広場で、沢山のプチッガイとその幼体(?)らしき赤子のようなものが戯れている、なんとも牧歌的な雰囲気のセット。しかしよくよく見れば、一体一体が驚くほど緻密に作り込まれているのがわかる。

 コミカルなポーズをとる個体はそれが不自然にならない程度にプロポーションが弄られているし、音楽を演奏している個体の持つ楽器もまた本物さながらの再現度。加えてただでさえ小さいプチッガイの頭ほどしかない赤子たちも、おしゃぶりやよだれかけなどの細かいディテールが施されている。

 まるで童話の一場面を切り取ったかのような完成された世界観を感じる。

 

 背景セット、モデル、小物。この作品はどこを見渡しても「妥協」という言葉が見つからない。

 

 それは奇しくも、レイがガンプラ作りにおいて最も拘っている信念と通じるものがあった。

 

「ほうほう。ふむ……へー……」

 

 あらゆる角度からじっくりと作品を眺めては感心するように頷くセナ。

 彼女は確かにガンプラ作りに関しては素人である。だが、それはイコールで本質を理解できない節穴とはならない。なにせ毎日レイという卓越したビルダーが手がけた作品を見ているのだから。

 具体的にどうやってこれが作られたのか、セナには見当もつかない。だが、製作者がこの作品に対して並々ならぬ情熱を注ぎ込んでいることはなんとなくわかる。

 

 最初こそ知っているガンプラだからと目に留めたものの、今やセナはすっかりこの作品が作り出す世界観とでも呼ぶべきものに魅了されていた。

 

「この作品が気になるのかな?」

 

 こんな凄い出来ならもっと人が多い所に展示すれば注目されそうなのにもったいないな、とセナが考えていた時だった。不意に背後から声をかけられる。

 

 なんとも艶のあるその声に振り向くと、そこには狐の獣人の姿をした男性のダイバーが立っていた。

 

「……作者さん?」

「ふふっ、いかにも」

 

 セナの問いかけに、色っぽい笑顔を浮かべた彼は頷いた。



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愛戦士

 その男性ダイバーに対するセナの率直な第一印象は、「なんかエロい人」だった。

 

 しかし、これではあまりにも明け透けなので、言い換えるとするなら「妖艶」が一番当てはまるだろうか。

 

 細身の体つきに褐色の肌。流れるような薄紫色の長髪からは狐を思わせる三角形の耳が出ている。

 ペリシアの中東風の街並みに良く馴染む、ゆったりとした作りの服装は上半身が大胆に開いていて、エキゾチックで危険な色香を纏っている。

 切れ長の瞳はセナを興味深そうに見つめ、その形のせいなのか流し目をされているようにも感じてしまう。涼やかな細面の美男だった。

 

「えーっと……」

「さっきから随分と熱心に見ていてくれたみたいだけれど、なにか気になったのかな?」

 

 今までに会ったことのないタイプのためか、どうやって話を切り出したものか迷うセナに、先んじて男性のほうから話題を振ってきた。

 

「そのー、ガンプラには詳しくないんですけど、前にベアッガイフェスで見かけたから……」

「ああ、あのフェスか……」

「あと、じっくり見てたら、なんか作品から熱意? みたいなのが伝わってきたっていうか」

「……ふむ。参考までに聞きたいんだけれど、どういう所を見てそう感じたんだい?」

 

 最初こそ涼やかだった目元が熱意の(くだり)を聞いた途端に少しの熱を帯びる。そんな相手の変化にセナも気づいてはいたが、どこぞのゲームでもあるまいし、街中でダイバーをどうこうすることは出来ないことを知っていたため、特に気にせず聞かれたことへ素直に答える。

 

「普通のガンプラより小さいのに、みんな凄く丁寧に作ってあるところ……かな。手に持ってる小物ひとつにしても、すごく細かく作り込んであるから……妥協してる所がいっこもないって、そう感じたから?」

「妥協していない、か。しかし人に見られる作品を作るならば、それは当然じゃないのかい?」

「ん? ……んー。それとはちょっと違う、かも?」

 

 男性の解答は世間に作品を公開する者として、ある意味で模範的とも言えるもの。しかし、セナは彼の言葉と、なにより自分の感想にどうしても違和感を覚えた。

 

「んー……」

 

 もう一度作品を見てみる。ひとつひとつ丁寧に作り込まれたプチッガイ。小さなモデルであるにも関わらず、一体一体の個性が際立ち、その作り込みの凄さはこの箱庭の中で彼らが本当に生きていると思わせるほど。その姿から感じるのは、作り手の熱意、情熱……外れてはいない、と思う。しかしなにかが違う。しっくりこない。形は似ているが嵌らない、微妙に異なるパズルのピースのように。

 

 それはもっと純粋で、もっとプリミティブ(根源的)なもの──

 

「あ──」

 

 そこで彼女の鋭い感性はひとつの天啓を得る。

 

「──愛が込められてる」

「……!」

 

 呟くようにセナが発した言葉を聞いた男性の狐耳が、ピン、と動いた。

 

「うん。それだ。人に良く見られたいとか、評価されたいとかじゃない。本当にこの子たちが好きなんだっていう思いがある」

 

 それはセナにとっても身近なものだったからこそ得た答えだった。レイが作ったガンダム・カイムから感じていたものと同じ思い。製作者の、作品に対する、愛。

 

「そっか、だから──」

 

 いつも見ている己の愛機から感じていたのと同じものをこの作品からも感じ取った。だからここまで目を引いた。感情を素直に言語化できた事ですっきりしたセナだったが──そこでふと、相手が沈黙していることに気が付いた。

 

「あのー……」

 

 素人目線で見当違いなことを言って呆れさせてしまったか。そんな心配をしていたセナだったが──

 

「──素晴らしいっ!」

「へ?」

 

 目をキラキラと輝かせた彼に迫られて、思わず開いた口から気の抜けた返事をした。……殺気がなかったために反応できなかった、とも言う。

 

「君もまた愛を理解している人なのだね! 嬉しいよ!」

 

 満面の笑顔でセナの手を握って情熱的に語る。そこに最初に感じた涼やかな雰囲気は微塵もなく、ただただ溢れる熱を持っていた。急激なテンションの変化に戸惑うセナはなすがままだ。

 

「……おっと、私としたことが、いささか礼節に欠けていたね。失礼」

「ん。いや。だいじょーぶです」

 

 立ち尽くすセナに気づいて、冷静さを取り戻した男性が謝罪する。自然な動作で手を離して、彼女に向き直ると柔和に微笑んだ。

 

「そういえばまだ名乗ってもいなかったね。私はシャフリヤール。シャフリ、とでも呼んでくれたまえ」

「セナです」

「うん、セナ君だね。よろしく。ああ、今日は良き日だ。愛を理解してくれるダイバーと出会えたのだから」

「えっと、そこまで言われるほどのものでもないと思う、よ? レイの作るガンプラと似た雰囲気があるなーって感じただけで……さっきも言ったけど、わたしガンプラ詳しくないし」

 

 彼女にしては珍しくわたわたとした様子で答えるセナだったが、シャフリは気にすることもなくゆるく頭を振る。

 

「技術的な薀蓄や知識は問題ではないよ。君が私の作品を見て、そこに愛を感じてくれたことが大事なのさ」

「はぁ……」

「それに、君が愛を感じる作品を作るレイという人は、良いビルダーみたいだね」

「──! うん! そう! レイがわたしのために作ってくれたカイムは凄いんだ!」

 

 シャフリの「愛」に対する思い入れに気圧され気味だったセナだが、親友を褒められたことで力強く頷く。

 

「聞いたことがない機体名だが、察するに君の専用機かな?」

「当たり! すっごく強くてカッコイイよ!」

「そこまで言われてしまうと興味がわくね……よければ見せてもらってもいいかい?」

 

 嬉しそうに話していたセナだったが、シャフリからお願いされた内容を聞いて少し身構えてしまう。

 

「それは……」

 

 それというのもGBNというゲームにおいて、見知らぬ他人にガンプラのデータを見せる事はレイから厳重に注意されていたからだ。見せるならばフレンドかフォースメンバーのような()()。または互いのダイバープロフィールを確認してからにしろ、と。

 ガンプラバトルにおいて自機のデータとは、他のゲームで例えるならキャラビルドの詳細に相当する。搭載武装から得意戦術が推測されてしまうし、隠し腕のような秘匿装備が丸裸にされてしまうのは、PvPにおいて致命的であるのは言うまでもない。

 

「……プロフ、見せてくれるなら」

 

 やや警戒ぎみに声を落として返すセナ。

 ダイバープロフィールというのは偽造がかなり難しく、いわゆる(かた)りがほぼ不可能とされている。ゲスト用アカウントを除いて、複数アカウントが持てないGBNではこれの信頼度はかなり高い。

 

「おっと、すまない。重ね重ね失礼をしてしまったね。ペリシア(ここ)の流儀に慣れ過ぎてしまっていたようだ」

 

 僅かに眉を寄せて困ったように笑うシャフリ。ペリシアにおいて作品を展示する場合、展示パネルには作品詳細とともに製作者の簡易プロフィール──ダイバーネーム、ID、所属フォース──が併記されている。ゆえにこのエリアでは初対面のダイバー同士が、気軽に互いのガンプラについて意見交換をすることができるのである。

 

「どうぞ。これが私のダイバープロフィールだ」

 

 本来ならそこにある展示パネルを見ればすむのだが、GBN初心者のセナはそれを知らなかった。「あまりガンプラに詳しくない」という彼女の言から、それを推測したシャフリは特に指摘するでもなく、にこやかに己のダイバー情報を表示させると、セナへ向けて空間ディスプレイを裏返した。

 

「へー……えっ!?」

 

 彼から渡されたプロフィール。それをつらつら見ていたセナの瞳が大きくなる。ダイバー間で交換されるプロフィールの情報はより詳細で、ネームやIDの他に個人や所属フォースのランキング順位も記載されているのだが──

 

 シャフリヤール。

 

 この目の前の優男こそ、フォースランキング三位の「SIMURUG」を率いるハイランクダイバーの一角であったのだから。

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 ペリシアの強い日差しを考慮してか、パラソルを備えたテーブル席。とあるカフェの屋外にあるそこにセナたちの姿はあった。立ち話もなんだとシャフリヤールが誘ってくれたのだ。

 

「ほう、これは……オリジナルのガンダム・フレームタイプかな。AGE-1レイザーを装甲に使っているデザインも良い。クリアパーツの仕上げも丁寧だし、デカールやメタルパーツの使いかたも上手だ」

 

 レイが持てる技量と情熱を注ぎ込んだ渾身のガンプラは、シャフリヤールの目にもよい出来の作品だと写ったようで、彼は注文した飲み物にも手をつけず、熱心にカイムのデータを眺めている。ガンプラへの愛ゆえに、他人の作品に対しても辛口な彼にしては珍しいことであった。

 

「ガンダム・フレーム、鉄血のオルフェンズのガンダムはソロモン七十二柱の悪魔がモチーフで、カイムはツグミの姿に鋭い剣を持つというが……上手くイメージを捉えている」

 

 セナから許可を得てカイムの対戦ログも視聴しているが、その動きはまさに鳥の魔人を連想させる。シャフリヤールはマニューバから完成度を正確に推測できるが、彼の目を持ってしてもこの機体はハイランカーの駆るガンプラに匹敵していた。

 

「こうしたい、という明確なコンセプトと世界観、それを実現する堅実な製作技術──」

 

 作り手の思想と理想が込められ、それを実現するだけの技術もある。高機動な機体設計と武装を見れば、操縦者は近接戦闘が得意なタイプであるとわかる。まさにこの少女のためだけに作り上げられた特別(ワンオフ)

 熟練の職人が丹精こめて仕上げた「カタナ」に通じる美しさを、シャフリヤールはそのガンプラに見た。

 

「──実に、美しい」

 

 シャフリヤールというダイバーを知る者がこの場にいれば、驚愕間違いなしのべた褒めだった。

 

「うんっ! カイムはすっごくカッコイイ! レイがわたしのために作ってくれた大切な──」

 

 自慢の愛機、そう続けようとしたセナだったが何かを思い出したのか、続く言葉を飲み込んでしまった。

 

「どうかしたのかい?」

「……カイムは、凄い。凄く、強いガンプラなのに……レイはそう思ってないみたい」

 

 先ほどまでの快活な姿は鳴りを潜め、しゅんとした様子でセナが俯く。そんな彼女を見たシャフリヤールは、ふむ、と静かに息をつくと僅かに共感を込めて問いかける。

 

「……製作者本人が出来に満足していない、ということかな?」

「その……」

 

 展示された作品からもわかる通り、彼自身も卓越したビルダーである。だからこそか、その問はまさに正鵠を得ていた。

 

 セナはシャフリヤールに話すべきか躊躇する。初対面の相手に推測とはいえ友人の内心に踏み込んだ内容。しかし、彼の作品とそれに対する姿勢、さらにプロフィールから伝わる実力と、これまでの会話で感じた彼のひととなりを信じてみようと思った。

 

「最近ね、バトルで勝てなくてずっと悩んでるみたい……ペリシアに来たのも、レイの気分転換のためだし」

 

 初めて出来た友人が、セナ(自分)のためだけに心血を注いで機体を作ってくれているという事実は単純に嬉しい。しかし、思い出すのはフォースネストでカイムの改修プランを語っていた時の親友の瞳。

 ガンプラ作りに関しては身体的な理由により、セナは努力することすら否定されている。だから永遠にレイの抱える苦悩を理解も共感もできない。そのことに、どうしようもないもどかしさを覚える。

 

「なんだか、追い詰められているみたいで心配なんだ……」

 

 シャフリヤールに打ち明けたのは、彼のような優れたビルダーなら、()()()()()()、レイと同じ視点を持つ人なら、答えをくれることを期待していたというのもある。

 手元のカップを見つめて俯くセナからは見えなかったが、シャフリヤールは彼女の期待するとおり、覚えのある悩みに苦笑を漏らして答えた。

 

「それはね──()()、というものだよ」

「え?」

 

 突然の言葉に戸惑うセナ。それを見たシャフリヤールは悪戯っぽく笑う。

 

「いや。プライド、と呼ぶべきかな。ビルダーが抱える(さが)だよ」

「プライド……」

「ああ。これだけの作品を作るビルダーだ。その技術を身につけるのには長い時間と、相応の苦労や努力があっただろう。だからこそ、作り上げたものには自信と誇りを持つ。愛を抱く。そうやって煮詰まるのもまた、ビルダーなら誰しもが通る道だが……()()()()()()()()()()()()()()()()()。それに、こうして気分転換をしようとする程度には、君のビルダーは己を客観視できている。あまり心配せずとも大丈夫だろう」

 

 そこで言葉を区切って彼はコーヒーを口にすると、少しの間を置いて続けた。

 

「私から言えるのは、バトルで勝つためにはファイターである君の愛もまた重要になる、ということかな」

「愛?」

 

 え、また? と顔に出たセナ。

 

「そう。ガンプラバトルはファイターが自分の機体への理解をより深めることでも強くなれる。可動域、反応速度、武装の再使用時間と色々あるが、包括的に考えれば自機に対する理解度。さらに拡張させれば、対峙する相手の性能やギミックを見抜く観察眼……即ちガンプラへの愛が強いほうが勝つ、とも言える」

 

 持論だけどね。とシャフリヤールは片目を閉じて付け加える。

 

「まして君たちは分業制だ。ビルダーの愛とファイターの愛。その二つが揃わなければ、ガンプラバトルを制するのは難しいだろうね……さて、君の愛はどれほどのものかな?」

 

 頬杖をついて揶揄うように微笑むシャフリヤール。しかしその切れ長の瞳に隠された闘志を敏感に感じたセナは獰猛に──嬉しそうに、笑う。

 

「──ありがとう、シャフリさん。そして、見ててね。証明してあげる。わたしが一番カイム(この子)を上手く扱えるってこと」

「ああ。楽しみにしているよ」

 

「約束。待っててね──()()()()()()()()()()()

 

 ぞわり、と、彼女の空気が変わるのをシャフリヤールは肌で感じた。

 

「ふっ……私としても君と戦場で愛を語らう日が待ち遠しいよ」

 

 しかしそこは流石のハイランカー。セナの発する闘争心に全く怯むこともなく、こちらも嬉しそうに笑顔を返すシャフリヤール。もっとも、彼の場合は純粋な闘争心の中に、前途ある若武者を見守るような心持ちも含まれてはいるが。

 

「そろそろ行くね。話、聞いてくれてありがとう。それじゃ!」

「こちらこそ。愛のあるガンプラを見せてくれて感謝しているよ」

 

 席から立ち上がりペリシアの雑踏に紛れていくセナを見送る。やがてその背中が見えなくなるとシャフリヤールは小さく呟いた。

 

「無邪気な子猫かと思えば、とんだ猛獣だったねえ……まさか、彼女が()()()()の片割れだったとは」

 

 彼が見た戦闘ログの中には、先日ヴァルガで大立ち回りをしたものも含まれていた。

 

 ──ヴァルガの狂犬。

 

 最近のランキング戦を賑わす新鋭、獄炎のオーガを二対一のフリーバトルとはいえ撃破した無名のタッグ。そんな彼女たちはGBNの掲示板において、耳ざとい者たちに存在を知られるようになっていた。

 数多のヴァルガ民(モヒカン)を巻き込んで乱戦を引き起こしていたのだ。目撃者がそれなりにいても不思議ではない。

 

「リク君たちといい、先が楽しみだ」

 

 ブレイクデカールと呼ばれる違法ツールが横行し、先行きを不安視されているGBN。その中にあっても、彼女や先日出会った少年たちのような有望なルーキーは参入してきている。その事実が嬉しく、また頼もしい。

 

 彼もまた上機嫌に席を立つと、セナとは反対方向へ歩き出してペリシアの人並みへと消えていった。




シャフリヤールのエミュ難しい……
愛、愛とはいったい……


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虎か!狼か!霊山の主!

お久しぶりです。
ひとまずこの章の終わりまで完成しましたので、今日から連続投稿いたします。
本編12話+幕間となりますが、お時間がありましたらお読みいただければ幸いです。


 GBNのディメンションは広大で、そこには様々な場所が存在する。

 

 原作世界を忠実に再現したエリアはもちろんだが、GBNオリジナルのディメンションなども存在していて、フルダイブVRきっての高クオリティで描画される世界は、ガンダムにさほど詳しくなくとも、普通に旅をするだけでも十分に楽しめるほどの出来栄えだ。

 

 現実世界を再現したVR観光というものもあるが、()()との様々な折衝が必要なこともあり、VR業界ではもっぱらゲームならではの架空(ファンタジー)世界を作り込んだもののほうが多い。

 

 

「でっかい肉まんだねー。テレビで見た中華街のやつみたい。リアルだと行ったことないけど」

 

 そう言ってセナが両手に持ったそれにかぶりつく。現実と比較するとどうしても食感も味も落ちるVRの食品だが、現実世界の食事が制限されるセナにとっては貴重な味覚の刺激だった。

 

 背の高いビルが立ち並ぶ都会でありながら、洗練されたオフィス街というよりもどこか雑多な雰囲気のほうが強いのは、道の両脇に連なる屋台や露店のせいだろう。

 

「ああ、横浜のね。私も行ったことはないなあ」

 

 隣を歩くレイが手に持ったカップの中身をつつきながら応える。こちらはジェラートのようなものだ。GBNでの飲食にあまり馴染めない彼女は、だいたいいつも軽食か飲み物だけを嗜む。

 

 ここはGBN内にあるアジアン・サーバー。その中のエスタニア・エリアと呼ばれる場所にある都市で、二人はとある目的のためにここを訪れていた。

 

「で、マギーさんの話だとこっからもっと山奥のほうなんだっけ? その『虎武龍』っていうフォースの拠点」

「そうそう。なんでも近接格闘戦を主体にするフォースでランキングは五位。実質GBNでの白兵戦のトップ集団ね」

 

 今回、二人がここを訪れたのはランキング上位のフォース「虎武龍」。さらに言えば、

 

「楽しみだなー。リーダーのタイガーウルフって人」

 

 それを束ねるフォースリーダーに会う事が目的であった。

 

 GBNきっての情報通であるマギーにセナが頼み込み、接近戦に強いダイバーとして彼を紹介してもらい、今回アポを取り付けることができた。しかし、今までセナと行動を共にしてきたレイはそのことに違和感を覚える。

 

「珍しいよね。セナがそういうことする(コネに頼る)のって」

 

 ことゲームにおけるセナはただただストイックだ。有名ダイバーと知り合ったとてSNSで呟くこともなければ、G-tuber(配信者)がやるような売名行為もしない。望むとしたらただひとつ。自分とバトルして欲しいという、レイにしても大いに共感できるそれ。

 ある意味でバトルジャンキーな思考の二人だからこそ、ここまでウマが合ったのだが、セナは先日の獄炎のオーガ戦で少し思うところがあった。

 

「ん? そだね。でも、今まで我流でやってきたけど、先達がいるなら参考にしてみるのもありかなって」

 

 今までのセナはこれまで培ったゲーム経験から、GBNでのバトルスタイルを構築してきたが、オーガとの戦いでそこにひとつの()()()()()を感じた。これはGBNが持つ唯一無二の要素が関係している。

 

 というのも彼女がこれまでプレイしてきた他のロボゲーと比較した時、「ガンダム」という作品、ひいては「ガンプラ」というゲーム外(現実世界)のホビーを下敷きにしているガンプラバトルは、あまりにも勝手が異なるものであった。

 通常のゲームとの最も大きな相違は、機体の性能が個々人で細かく異なる点だろう。極端な例を出せば、全く同じキットでも作り手が異なれば性能に違いが出てくる。「これとそれの組み合わせだとこういう性能の機体が出来る」という、機体のアセンブルを組めるタイプの対戦型のロボゲーでよくある、()()()()がアテにできない。

 

 旧式の量産機(旧ザク)がカラテチョップでワンオフの超大型機(ネオ・ジオング)を真っ二つにする──大袈裟だがそのような事が起こりえるのがGBNであり、ガンプラバトルというゲームなのだ。

 

 こうした理由から、いかにVRゲームに対して経験豊富なセナであろうとも、GBNというゲームは一筋縄ではいかないのである。ゆえに、ガンプラバトルという未知の遊び、そのコツを掴む端緒になれば、と藁にも縋る思いでマギーを頼ったわけだ。

 

 セナの脳裏にはペリシアで出会った一人のダイバーが蘇る。

 

 ──キミの「愛」はどれほどのものかな?

 

 蠱惑的な切れ長の瞳に情熱の炎を宿した麗人。想像の中の彼の視線が今もまだセナを捉えて(煽って)いる。

 

 ──見せてあげるよ。わたしの愛を──でも、

 

「とびっきり重たいから覚悟しておいてよね」

「え? どしたのセナ。胃もたれ? やっぱ肉まん大きすぎた?」

「──んーんっ、違うよ。でも、レイも食べてみる?」

 

 無意識に口から零れた呟きに反応して、こちらを心配そうに見てくる友人に笑顔で返すと、セナは手にしていたそれをレイへと差し出した。

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 ガンプラに乗り込み都市部から離れて、エスタニア・エリアをしばらく進むと、いかにも霊山といった趣きの山が見えてくる。まさに有名なカンフー映画よろしく山頂には少林拳の道場を模した建物が建っていて、これこそが「虎武龍」のフォースネストなのだが……

 

「えー、ご足労いただいたところ誠に申し訳ありませんが、師範は現在席を外しておりまして……」

「えぇーっ!?」

「タイガーウルフさん、いないんですか?」

 

 門の前で佇むレイとセナに、禿頭(とくとう)の男がすまなそうに頭を下げる。柔和そうな顔立ちだが、下がり切った眉尻から彼が本当に困り果てている様子が伝わってくる。

 

「マギーさんから連絡がいっているはずなんですけど……」

 

 虎武龍の中でも幹部に相当する高弟らしいその男性は「ワン・タンメン」と名乗り、フォースリーダーであるタイガーウルフの不在を告げているのだが、実のところはレイとセナに隠してメンバーチャットでタイガーウルフとやりとりをしている。

 

【ちょっと師範! どこにいるんですか! マギー様を通してアポイント取ってきた人たちをほったらかしにしないでください!】

【い、いやあ、すまん。だが、マギーのヤツもタイミングが悪いんだよ。今はどうしても目を離したくない新人がいるんだからしゃーねーだろ!】

【……()()と違って()()()()の二人組だから逃げてるとかじゃ】

【バ、バカ言ってんじゃねぇ! このタイガーウルフが女相手に、に、逃げるわけねぇだろっ!】

【本当ですかぁ~……?】

【と、とにかくっ! 今の俺ァ手が離せねぇんだ! G()B()N()()()()ならお前でも教えられるだろうから、そっちはワン、お前に任せた!】

【あ、ちょ、師範!?】

 

「はぁ……」

 

 どうやら一時的にチャット関連の通知を全てオフにしたようで、完全に沈黙したメンバーチャットにワンは思わず溜息が漏れた。

 

「あー、これは出直したほうがいいかしら」

「うーん、マギーさんは、連絡しておいたわよーって言ってくれてたんだけどなー」

 

 こちらの様子からそんな会話をするレイとセナに気づいたワンは、内心の憤りを心の棚にぶちこんでからにこやかな笑顔を二人に向ける。

 

「んんっ、失礼しました。実は今しがた師範と連絡を取ってみたのですが、どうも内容に行き違いがあったようでして……」

 

 ワンの言葉を聞いて露骨にがっかりした様子を見せるセナに、しかし彼はこう続けた。

 

「──ですが、G()B()N()()()()()()()()()()()()()()ならば、私がお教えすることもできます」

「それって……」

「へぇ……」

 

 ワンが故意に漏らした闘気を敏感に感じ取った二人の戦士が、実に楽しそうに揃って口角を釣り上げる。

 

「ええ。お二人にとっても決して無駄にはならない学びがあると思いますよ」

 

 狂犬二人から剥き出しの闘争心を叩きつけられても、なお涼しい顔をするワン・タンメン。名前こそアレながら、彼もまたGBNにおいては強者であり、伊達に虎武龍の中で高弟の位置にいるわけではなかった。

 

「さ、まずは我々のフォース、虎武龍をご案内いたします。こちらへどうぞ」

 

 そう言って背を向けるワンに続いて。レイとセナは並んで虎武龍の門を潜った。

 

 

『ハァッ! セイッ! ハァッ! セイッ!』

 

 

 フォースメンバー、いやあえてここは「門弟」と言おう。石畳の広場で一糸乱れぬ動きで()の稽古に打ち込むのは、揃ってワンのような禿頭に演武服と呼ばれる、日本だとカンフー映画でお馴染みの動きやすそうな恰好をしたダイバーたちなのだが。

 

「……? うーん?」

「動きにキレもあるし、映画みたいで見ごたえはあるけど……」

 

 それを眺めるレイとセナの表情は感心や物珍しさはあれど、どこか懐疑的なものを含んでいる。

 

 そんな二人はワンに案内されるまま、虎武龍のフォースネストで行われている修行を順に見学していく。

 

 鉄棒に膝をかけ逆さ吊りになった状態で、地面に置かれた瓶から猪口で汲んだ水を腹筋を使って体を起こして吊下げられた桶に入れる。

 

 重りを付けた両腕を前に突きだして空気椅子をしながら、両肩と頭に乗せた皿を落とさないように姿勢をキープする。

 

 フォースネストの入口に続く長い石段を、重りをつけた状態でうさぎ飛びしながら上る。

 

 どこぞのカンフー映画で見たような、見た目のインパクトはあるが効果があるのかわからない──もっと言えば、()()()()()()()()()()()()()なんの意味も見出せない内容だった。

 

 ──これがランキング五位のフォース?

 

 ──こんな()()()なトレーニングをする意味は?

 

「さて、これでだいたいはご覧になったと思いますが……どうやら疑問がある様子ですね」

 

 そんな感想が顔に出ていたのか、一通り見て回った後にワンから指摘されレイは思わず口ごもった。

 

 案内の途中に、物は試しレイとセナも虎武龍式の修行を体験してみたのだが、特に何かを得るようなこともなく。同じ内容を現実世界でやろうとすれば確かに過酷なのだろうが、GBNはダイバーに疲労や怪我といった身体的な負荷をフィードバックしない仕様のため、特に苦も無く行えてしまう。

 なんの肉体的な負荷も無い状態での単純動作の反復は、むしろ精神的な苦痛のほうが大きいほどであった。

 

「VRで筋トレする意味がわからないかなー」

 

 そうして沈黙するレイを代弁するように放たれたのはセナの一言。

 

「確かに特定動作を反復すると、スキルを覚えたりステータスが上がったりするゲームはあるよ? けど、GBNって()()()()ゲームじゃないでしょ?」

 

 ゲーム内での強さ、いわゆるプレイヤーキャラの性能というものはGBNにおいてなんら意味を持たない。いや、そもそも元から設定すらされていない。

 

 このゲームにおいて強さとはすなわちガンプラバトルの腕前であり、それを構成するのはガンプラの完成度とそれを元に割り振られる機体パラメータ。そして操るダイバーの力量、プレイヤースキルであるからだ。

 

「後はわたしがやったことがある運動プログラムみたいな、()()()()()()()()()()()を教える目的のソフトとか、リアルさを売りにしたFPSやサバイバル系ゲームなんかは、疲労とかがステータスに反映されて息切れするようになってるけど、GBNはどっちにも当てはまらない」

 

 セナが挙げた他の例はどちらもGBNには当てはまらず、となれば必然この電子の世界でどれだけ筋トレしようが、それはごっこ遊び(ロールプレイ)の域を出ないもので。「強くなる」という目的に対してはまったくの無意味な行いであるとさえ言えた。

 

「まあ私もGBNで自主練はするけど、それはガンプラに乗ってのものだし……」

「ねー。()()()()()()()()()()()()()()、こんな映画の修行みたいなことをGBNでしたって──あ、」

 

 レイの言葉に大きく頷くセナだったが、途中でなにかに気づいたように動きが止まる。

 

「セナ?」

「あー、そういうことか。()()()()()()

 

 訝し気なレイの声に返すことなく、なにやら一人で納得した様子。

 

「……なにか、お気づきになりましたか?」

「わたしVRゲーは得意なほうだけど、むしろそれが落とし穴だった」

 

 なにか面白いものを見るようなワンの視線を真っ向から捉えてセナは応える。

 

「GBNと現実。リアルの肉体とアバターの間にある()()を矯正する。()()の目的ってそういうこと、でしょ?」

「ご賢察です」

「えっ、なに、全然わかんないんだけど……」

 

 セナの答えを笑顔で称えるワンとは反対に、なにがなんだかわからない様子のレイ。そんな彼女に向き直ったセナは中空へと視線を投げつつ、己の考えを整理するように丁寧に言葉を並べる。

 

「えっとね、例えばだけど、わたしって現実だと運動なんて出来ないのはレイは知ってるよね?」

「うん? まあ、それは、ね」

 

 第三者(ワン)がいるのを意識してか、現実(リアル)でのセナの姿を知るレイは少し曖昧に応える。

 

「けど、VRの中、まあGBNでなら、そんなわたしでもさっきの映画みたいな修行だって出来る。けど、それってどれだけアバターを現実に寄せたとしても、現実(リアル)ゲーム(VR)の間には、肉体操作に対して()()みたいな、あるいはラグみたいなものが生まれるんだよ」

「……?」

 

 セナの説明を聞いても、VRゲームをよく知らないレイは思案顔をしながら首を傾げる。それを見てセナは少し困ったように眉根を寄せて考えたが、とある閃きが彼女の脳裏に降りた。

 

「んー……あっ! それならさ、こういうのはどう? レイはGPDもやってたんだよね? だったら()()()()()()()()()()()()G()P()D()()G()B()N()()()()()()()()()()()()()()

 

 レイと付き合うようになってから気になって調べた情報。GBNの前身となった()()()()()()()()()()()()()。それを例えに使ってみれば、友人の変化は劇的だった。

 

「──あッ!?」

「おっ、その顔はなにか覚えがあるんだね? それ、その感覚がVRとリアルのズレだよ。で、このフォースの修行ってのは、つまりGBNにおけるダイバーとしての体の動かし方を本人、もっと言えば脳に馴染ませるためのものだったんだ」

「……あー、なるほどねぇ。GBN(こっち)だと出来ない動きがあって、てっきり使うガンプラの実機とデータの違いのせいかと思ってたんだけど……」

 

 セナの解説を聞いて身に覚えがあるレイは深く納得する。

 

 他人には話していなかったが、GBNで行うガンプラバトルにおいて、レイは常に()()()のようなものが纏わりついていた。

 まるで喉に刺さった小骨のような、努めて気にしないようにしても確かな存在感を持つそれ。GPDの時代には感じなかった妙な感覚。それは確かに彼女の操縦に良くない影響を齎していたのだ。

 

 なんだか言い訳がましく感じてしまい、セナには黙っていたが……

 

「はぁ~……考えてみればそりゃそうよね。現実で直接操縦するのと、アバターを介して電脳世界(VR)で操縦するのとじゃあ感覚に違いが出て当たり前だわ」

 

 フルダイブVRに疎いレイには持てなかった視点からの回答に、目から鱗が落ちるとはこのことかと深い溜息が彼女の口から漏れる。

 

「うーん、でもなぁ」

 

 しかしそんなレイとは異なり、セナは少し落胆した様子で語る。

 

「それが目的なら、()()()()()()()()()()()なんだよねぇ……」

「おや、それは……理由を聞いてもよろしいでしょうか?」

「身体の感覚をGBNに最適化するってのは、つまり()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってことで……自慢じゃないけどそのスキル、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「えっ……そうなの?」

「うん。だってそうじゃなきゃ、わたしがVRでここまで動けないし……それに、やってきたゲームの中には、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とかもあったからね。そのゲームなんて、()()()()()()を前提にした戦術やバトルスタイルで対戦する環境だったし、そういう経験があれば、ね?」

「えぇ……」

 

 セナの話を聞いてドン引きするレイだったが、

 

「ふむ……では、こういうのはどうですか?」

 

 ワンのほうは何か思うところがあるらしく、視線でついてくるように二人に促す。

 

 

 しばらく歩いてたどり着いたのは、大きな岩が転がる広場だった。

 

 ガンプラバトルができるくらいの広さを持つそこで、ワンはおもむろに近場の大岩に歩み寄ると、腰を低く落として構え、静かに呼気を絞り──

 

「──破ッ!」

 

 神速の踏み込みからの掌底。

 

 震脚によって足元の地面を陥没させながら放たれたそれは、岩肌に触れた瞬間、およそ人体がぶつかったとは思えない轟音を響かせ──

 

「えぇ……」

「おぉーっ!」

 

 文字通りの木っ端微塵に粉砕してみせた。

 

 半身で踏み込んだ姿勢のままだったワンが、残心を解いて二人へと向き直る。彼の姿に特に変化はなく、()()()()()()()()()()()()ような自然な振る舞いだった。

 

「どうでしょう? ……まあ、これがガンプラバトルの役に立つのか、と言われれば一芸の域にしか過ぎませんが……しかし、G()B()N()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、その指針くらいにはなるのではないでしょうか」

 

 人体というものは生物である以上とても柔らかい。どれだけ鍛えたところで少年漫画のような真似はできるはずもなく、普通に考えれば掌底で岩石を破砕することなど叶わない。

 

 だが、ここは現実(リアル)ではなく虚構(GBN)であり、この世界においてそれは可能な事のひとつに過ぎない。それをワンは実演してみせたというわけだ。

 

「いやあ……そう言われてもすぐには……」

「なるほどなるほど。GBNは()()()()()()()()()。──ちょっと試してみるね!」

「えっ」

 

 レイが隣を確かめる暇もなく、元気よく走り出したセナが助走をつけて天高く跳躍し、

 

「──いや、どんだけ高く跳んでんの!?」

 

 某マスクドライダーよろしく人間離れした高さまで飛び上がり──

 

「てりゃッ!」

「……ウソでしょ」

 

 空で身体を捻り頭を下に、加えて()()()()()()かのように砲弾のごとく地面へ向けて加速。さらに──

 

「──切り捨て御免!」

 

 空中で加速しながら腰の軍刀を抜刀すると、地面に転がる巨石に上段に構えた刃を振り下ろして──

 

 ぱがんッ! とでも表現するような異音を伴って縦に真っ二つとなった岩石の間を抜けて着地。これは軍刀で切り裂いたのではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「セナってガンダムファイターだったの……?」

 

 唖然とするレイをよそに、おもむろに立ち上がって軍刀を二、三度素振りして確かめたセナは感心したように目を丸くした。

 

「……おー、GBNってすごーい! ()()()()()()()()()()()

「……私がログインしてるのGBNであってるよね?」

 

 友人があまりにも現実離れしすぎた動きを見せてきたせいで思わず現実逃避しかけるレイ。まあ、いきなり隣でリアル特撮ヒーローをされれば誰だって戸惑うのは無理もない。

 

「ははは……これはまた……良いものを見せてもらいました」

 

 表情こそ穏やかながらも冷や汗で額を濡らすワン。もしかして自分はとんでもない怪物を生み出してしまったのでは──と内心で危惧するも、フォースリーダーを思い出せば、まあそこまで心配する事でもないかと持ち直す。そもそもGBNではダイバー単体でどれだけ強くとも、それでなにかどうこうなる事もないし。

 

「ワンさんありがとう! ダイバーだけでここまで出来るなら、バトルの動き方にもまだまだ()があるってことだよね! うーん、いろいろ試したくなってきたー!」

 

 GBNというゲームはどこまで出来るのか。その真実の一片をワンによって知らされたことで、ガンプラバトルに対して彼女なりのヒントを得たセナは実に嬉しそうに笑う。

 

「セナ……うん、そうよね。私も色々気づけた。ワンさん、ありがとうございます」

 

 友人のそんな姿を見たレイもまた、今日の出来事で成長に繋がる道が見えてきた。GPDの経験があったからこその落とし穴だった。操作感の違いと勝手に結論付けて、勝手に限界を設定していた。

 

「どういたしまして。少しでもお二人の糧になったのなら幸いです」

 

 二人にお礼を言われたワンが、どこかほっとしたような様子でそう返した時──

 

「ほぉ、なかなか見込みのあるヤツじゃねえか」

 

 力強い男性の声が響く。

 

 レイとセナが見上げた先、太陽を背に人影が舞う。

 

 空中で身を翻した影は先ほどのセナと同様、まるで空気を蹴ったように加速すると一直線にこちらへ飛来する。

 

「──ハァァッ!!」

「むっ──!」

 

 何かを感じたセナが飛び上がると同時に着弾。今しがた彼女が切り裂いた大岩を蹴りの一撃で粉砕。

 

 もうもうと砂煙が上がるそこには、一人のダイバーが立っていた。

 

 狼とも虎とも言える獣の頭部に毛皮を纏った獣人。

 鍛えられた筋肉と隙の無い立ち姿に鋭い眼光。

 

「師範!」

 

 驚いた様子のワンの一言で誰か理解する。

 

「もしかして──」

「おう、俺こそがタイガーウルフ。虎武龍のリーダーだ」

 

 レイの呟きに答えるようにこちらを向いたダイバーこそが、二人が求めていた人物だった。

 




Tips

・フォース「虎武龍」

 フォースランキング五位の上位フォース。
 GBNきっての近接戦闘に特化したフォースでありながら、この地位にいるのは間違いなく強豪の証。
 リーダーのタイガーウルフは近接格闘に特化したバトルスタイルで、「トライファング」の異名をもつ有名なハイランカーでもある。


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強くなるために

 突如現れた虎武龍のリーダーを名乗る獣人のダイバーはタイガーウルフ。レイとセナが探していた当人だった。

 

「ま、細かい話は後にして、まずはこいつだ」

 

 そんな彼が最初にしたことは、特殊な仕様のバトルモードを立ち上げること。

 

 彼の背後にポリゴンが集い、形成されいく。

 

 やがてそれは一体のMSの形となった。

 

「リーオー?」

 

 訝し気にその名を呼ぶレイ。

 おそらくはダイバーが乗っていないNPD機。四角いカメラアイが特徴的なモスグリーンの機体はガンダムWにて登場した量産機だった。

 

「おう。お前ら二人にはコイツを相手してもらう──ただし!」

 

 咄嗟にガンプラを呼び出そうとしたレイの動きを制するように、タイガーウルフは続けざまに信じられないことを言い放つ。

 

()()()()()()()()()

 

 彼が叫ぶやいなや跳躍すると、レイとセナ、それとリーオーを囲むようにしてバトルフィールドを示すドームが出現してフィールドを区切る。

 

「お前たちは学んだはずだ。GBNでのダイバーの可能性を! それを俺に見せてみろ!」

「はぁっ!?」

「あ、ちなみに負けたらダイバーポイントも失うから気を付けろよ」

 

 レイが文句を言おうにもタイガーウルフは既にドームの外だ。いくらゲームとはいえ、彼もまた意味のわからない身体能力をしている。

 

「おおっ! 大物狩り(ジャイアントキリング)か! いいねぇ! アクションゲームのお約束だ!」

 

 隣で楽しそうに瞳を輝かせる友人をつとめて視界に入れないようにしながらレイは考える。

 

「くっ……確かに人間がMSを相手に戦うエピソードはあるけど……ええい、わかった! やってやるわ!」

 

 手持ちのアイテムからダイバーが使える武装を呼び出しながらレイが吠える。気分はさながらIGLOOでザクを生身で相手にした連邦軍歩兵部隊のそれ。絶望しながらも決して諦めなかった彼らの精神に、この時の彼女は強い敬意を抱いた。

 

「ではいくぞ! ダイバーファイト! レディー、ゴー!」

 

 その掛け声にはいちガンダムファンとして一言申したいレイだったが敵は待ってくれない。

 

『……』

 

 ヴン、とモノアイに光が灯ると、右手に持った小型のビームライフルを構えるリーオー。

 

「あっ、ヤバ……」

 

 人間に向けるにはあまりに大きすぎる銃口に、光が収束してゆく様を見て咄嗟にレイは叫ぶ。

 

「セナッ!」

「まずは回避に徹してパターンを覚える! これが基本っ! レイも最初は出来るだけ逃げ回って行動パターンを引き出して!」

 

 しかしてレイの心配は杞憂に終わる。てっきり突撃すると思っていたセナの反応はといえば実に冷静であり、彼女がVRゲームにおいては自分と比較にならない経験者であることを、レイはこの時に思い出した。

 

「了、解っ!」

 

 セナに倣って彼女と逆方向へ飛び出した直後、ビームが飛来して大地を大きく抉って砂ぼこりを撒き散らす。

 

「ぶわっ! ……げほっげほっ! くぅぅ、やっぱサイズ差がエグいって!」

 

 断続的に襲い来るピンク色のビーム弾を、現実よりも速度の出る足でなんとか躱して走る、走る、走る。

 

「……確かに現実より足が速い」

 

 そんな中、レイは確かにGBNとリアルでの違いを実感した。

 銃口の向きから射線を予測して走るルートを選んでいるが、現実でのレイの肉体では速度が足りず、とっくの昔にビームの餌食になっている。

 

「なるほどね……これが、VRと、リアルの、違いっ!」

 

 右に、左に、意図してジグザグに、時にはフェイントも交えて。

 GBNの中で全力疾走などしたことがなかった彼女にとって、これは確かな発見となる。

 

「これなら戦える──!」

 

 GBNはあくまで仮想現実。現実に似せてはいるが、あくまで似ているだけ。

 

 人が空を舞ったり、大岩を砕いたりだってできる仮想の世界なのだ。

 

 現に自分もさっきから重そうなバズーカを肩にしょって走っているのに、重さを全く感じず息切れもしていないではないか。

 

「だったらぁっ!」

 

 敵の遠距離攻撃のパターンは覚えた。

 このリーオー、どうやら遠距離の敵に対しては手持ちのビームライフルを放つだけで他に攻撃手段はないようだ。さらにその射撃テンポも一定で、規定回数射撃すると必ず一度射撃を止めるタイミングがある。

 加えてシールドを装備していないことから、近接兵装(ビームサーベル)もないと予想できる。

 

「これでぇ!」

 

 射撃が止まるタイミングを計り、リーオーの上半身めがけてバズーカを放つ。レイが使ったのは08小隊でシロー・アマダが使用していたものと同じそれ。MSを倒した実績があるゆえに選んでいたものだ。

 

『……!』

 

 弾着の瞬間、リーオーが身を捻ったため、着弾位置こそ右肩となったが大きく花開いた爆炎は相手の目をくらませると同時に、相棒にチャンスを伝える役目を果たす。

 

「──隙ありィッ!」

 

 そうしてレイがリーオーの注意を引けば、その隙を見たセナが果敢に切り込んでいく。

 軍刀を両手持ちにして姿勢を低く疾走する様は、軍服の藍色もあって地上スレスレを飛ぶ燕のよう。

 

 ぎゃりりりっ! という金属同士がこすれ合う不快な音を響かせながら、セナの軍刀がリーオーの踝部分、装甲に覆われていない剥き出しの関節を切り裂く。

 

『……っ!?』

 

 バランスを失い倒れそうになるリーオーは咄嗟に踏ん張ろうとするも──

 

「08小隊式MSの倒し方ァ!」

 

 いつの間にかリーオーの近くまで走り込んでいたレイが仰向けのスライディングで股下に潜り込み、股関節へ向けてバズーカを発射。

 踏ん張ろうと片足を地面から離していたリーオーの股下で爆発が起こり、その巨体を一瞬だけ僅かに跳ねさせると、そのままバランスを崩して転倒する。

 

 仰向けとなったリーオーが起き上がろうと左手を地面に着いた時、そのカメラアイはひとつの影を空に捉えた。

 

「でりゃあぁぁっ!」

 

 跳躍と呼ぶには恐ろしい高さに飛び上がったセナが空中で身を捻り、落下の速度を乗せて放たれた渾身の突きがリーオーのカメラアイを貫く。

 鍔元まで刺さった軍刀を引き抜いてセナが離脱すると同時に、リーオーの頭部から紫電が放たれると爆発が起きた。

 

 カメラアイに大穴を開けられたリーオーはそれでも立ち上がろうとするが、片足を上げた瞬間、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「初代ガンダムの十四話。時間よ、とまれ。それに出てきた時限爆弾よ。あのガンダムのシールドさえも()()()()()()()威力は伊達じゃないわ」

 

 GBNには様々な劇中アイテムが実装されている。

 

 レイが用いたのはゲーム内において、いわゆるジョークグッズに分類される類のものだが、「ダイバーが直接ガンプラに貼り付けることで、とんでもない威力を発揮する」という、劇中のシーンを再現するためのアイテムである。

 

 威力こそ折り紙付きだが、実用性はもちろん皆無だ。

 

 なにせ、ダイバーが、直接、ガンプラに貼り付ける。という条件があまりにも限定的かつ厳しい。戦闘機動をしているガンプラに生身のダイバーが近寄るなど自殺行為もいいところ。

 レイもミッション報酬として得られたものを記念としていくつか持っていただけだったのが、ここにきて思わぬ形で活躍することになるとは思わなかった。彼女が生身でMSの相手をする、となった際に咄嗟に参考にしたのが08小隊と初代のエピソードだったからこそ存在を思い出すことができた。

 

 片足を失い立ち上がることが出来なくなったリーオーだが、それでもまだ闘志は衰えておらず上半身を起こしてビームライフルで狙いを付けようとする。

 

 が、今度はライフルを握った腕の肘が爆発し、足と同様に千切れて脱落。

 

「仕掛けた、爆弾がっ、一個なわけ、ないでしょっ!」

 

 そう啖呵を切ってレイは走ると、倒れ込むリーオーに対して回り込み、両手にそれぞれ持った対戦車榴弾(RPG)をコクピット目掛けて発射する。

 

 二つの弾頭が同時に着弾し大きな爆発が起きるも、リーオーは未だ健在。

 

「リーオーだけに()()()()()()()ってわけ? でも残念ね──セナ、あとはお願い」

 

 爆風から距離を取るように後退したレイと入れ替わるように、彼女の頭上を飛び越えた小さな影がリーオーに迫る。

 

「天誅っ!」

 

 それは再度跳躍したセナで、空中で前方宙返りをして狙いを定めると、放たれた矢のように得物の切っ先を突き出して降下。レイのRPGによって亀裂の入ったコクピットの装甲へと軍刀を突き立てた。

 

 ずぶり、と確かに()()()を貫いた感触が手に伝わってくる。

 

 ()()()()──。

 

 セナがそう感じると同時にリーオーの動きが止まる。

 

 今度こそ完全に沈黙した巨人が力なく大地に倒れた。

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

「おうおう、やるじゃあねぇか。まさか完全勝利するとは思ってなかったぜ」

 

 戦いを終えた二人をタイガーウルフは純粋な賞賛で称える。

 

「セナっつったか。お前さんは身体操作に関しちゃ言うこたねぇ。後はガンプラバトルの経験値を稼いで、それに併せて機体の強化をしていけばいいだろう」

 

 リーオーとの戦いでセナが見せた動きから、タイガーウルフは彼女がVRにおいてのアバター操作に熟達していることを見抜いていた。足りない部分があるとすれば、機体性能はもちろんガンプラバトル特有の駆け引きなど、実践部分での経験が物を言う分野だろう。

 

「で、レイ。お前のほうは、知識や戦術は見事なもんだが……まだGBNに身体が馴染んでねぇな」

「……そう、ですね。正直、今の今まで実感がなかったです」

 

 タイガーウルフの指摘にレイはぎくりと体を硬直させる。自覚があるだけに彼の言葉は深く刺さった。

 

「でも、ここまで違うんなら、確かに現実とズレが出てくるのもわかります。時々、GPDでは出来てたマニューバが上手くいかないこともありましたから」

「──ああ、お前さん、元GPD勢か。そりゃ苦労するぜ。現実とVRじゃ身体感覚が違うからな。GPDで鳴らした腕もGBN(ここ)じゃイチから鍛え直しだ」

「うぅ……」

 

 少しの納得と、同情が多分に含まれたタイガーウルフの言葉にレイはがくりと項垂れる。

 

 薄々自覚はあった。だが、日々ルーティーンのようにヴァルガで無差別対戦を繰り返していた時には見て見ぬフリをしていた。あの頃は惰性でガンプラバトルを行っていたから、GBNで思った動きができなくとも、()()()()()()()と割り切ってしまっていた。

 

 しかし、今。再び()()()ガンプラバトルに取り組むようになったことで、レイはこの問題と正面から向き合わないとならない。

 

「ま、今のお前さんに虎武龍(ココ)は丁度いい。GBNに身体を慣らすってことなら、下手にバトルばかりするより……そうだな、学校の体育みたいに体を動かして、現実との違いを覚えたほうがいい」

「ええと、それはつまり……」

「ん? ……ああ、そうだ。施設の中は好きに使いな。メンバーじゃなくとも、ここは強くなりたい奴が勝手に己を鍛える場所だからな」

 

 フォースに入らずともフォースネストの設備を使わせてくれるという、なんとも太っ腹な事を提案してくれるタイガーウルフ。

 

「……ありがとうございます。お言葉に甘えて、しばらくお世話になります」

 

 決意を込めてレイが応える。

 

 負けられないライバルがすぐ傍にいる。だからこれは、いわば意地だ。

 

 初めてできた同年代の友人で、同じ趣味を共有する仲間で、GPDで遊んでいた時にはついぞ得られなかったもので──だからこそ誰より負けたくない存在。

 

 傍らの彼女(セナ)の顔を見れば、にこやかな笑顔を向けてくれる。混じりけのない親愛の笑顔を。

 

 ──この子を失望させたくない。

 

 カイムが完成してから行うようになったセナとのタイマンバトル。数日に一度は行うそれは、最近だと負け越すことが多くなっている。

 GBNのガンプラバトルに行き詰まりを感じていたのはセナだけではなかったのだ。

 

「というわけでセナ。私は少し虎武龍にお世話になるから、その間は自由にしてて」

「えー……。うーん、でも、しょうがないか。レイが強くなるために必要なんだもんね」

「勿論リアルでカイムの調整もやるから、完全に会わなくなるわけじゃないわ。ちょっとGBNで別行動するようになるだけ」

 

 レイの言葉を聞いたセナは、うーん、と顎に人差し指を当てると、何かを閃いたようにひとつ頷く。

 

「いわゆる修行パートだね!」

「ま、まあ、間違ってはいないけどさ。身も蓋も無い……」

「じゃあその間、わたしもガンガン戦ってもっともっと強くなる!」

 

 にこにこと無垢な笑顔で物騒なことを宣うセナに、敵わないなぁ、とレイは苦笑する。ことゲームに関してセナはナチュラルに貪欲で向上心に際限がない。ガンプラバトルを長く続けているレイにしても、ここまでの手合いは出会ったことがなかったほどに。

 

 こうしてレイとセナはそれぞれ異なるアプローチで強さを模索していくことになる。




Tips

・GBNのゲーム内アイテム

 作中に登場した様々な小物たちが再現されている。
 ほとんどファンアイテム的な扱いだが、武器類は実際に使うこともできる。ただしそれらの武器は対人用のものが殆どのため、ガンプラバトルでは基本的に使い物にならない。
 使用条件さえ満たせばレイが用いた爆弾のようにMSを破壊する事が出来る者も存在してはいる。


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レイドバトル

 レイが別行動をするようになってから一週間が経過した。

 

「ふーむむむ……」

 

 セントラルディメンションのロビータワーにある中央カウンター。そこにセナの姿はあった。

 

「うむむむ……」

 

 奇妙な唸り声を上げながらセナが見つめているのはミッションの一覧。このところの彼女といえば、対人環境からは少し距離を置き、様々なガンダム作品、その中でも激闘と呼ばれるエピソードを再現したミッションや、特定の機体が集中して出てくるようなミッションを中心に挑んでいた。

 

 いずれもセナにしてみれば大した難易度ではないのだが……これはマギーの助言によるもので、彼女にとっては座学の側面が強い。レイに出会うまでガンダム作品に馴染みがない状態だった知識面を補う目的があった。

 

「マギーさん厳選のアニメエピソードも並行して見たおかげで、だいたいざっくりだけど、有名な武装や機体の特徴は把握できた……と思うんだけど、次は何をしよう? ……やっぱりヴァルガに……」

 

 マギーから提示された課題を熟し続けること一週間。

 

 世間的には高難易度に分類されるミッションを熟し続けてきたこともあり、セナのランクもAに到達。ランクに応じた平均的な腕前と機体があれば、どうにかクリアできるよう調整されている公式からのミッションはセナにとってはさほど乗り越えるのに苦労はない。──まあ、この短期間でこれだけランクが上昇したことを踏まえれば、彼女のミッションに挑む回数と、その成功率というものは常人からは逸脱していると言えるのだが……ついにそれも終わるところまで来た。

 

 対人戦(PvP)ではなくNPDが相手のミッションを選んだ理由だが、これは知識不足なセナに余計な先入観を持たせることがないようにとのマギーの気遣いであった。

 下手に独自改造やプラグインを組み合わせたカスタムガンプラを相手にするより、それらの()となった存在を知るほうが良いだろうと判断したためだ。

 

「基礎が終わったなら次は応用。身に着けた知識を実践で試してみましょうか」

「お? マギーさん?」

「まさかこんなに早く課題をクリアするとは思ってなかったわぁ。セナちゃんは頑張り屋さんね」

 

 声をかけられたセナが振り向けば、いつの間にかすぐ傍にマギーが立っていた。

 

「へへー。それほどでも。マギーさんのおかげで、ガンプラバトルの武器のクセもだいぶ掴めたよ!」

 

 ありがと! と笑顔で礼を述べるセナに、

 

「んまー! 嬉しい事言ってくれるじゃない! セナちゃんは素直で可愛いわねぇ!」

 

 と、感激したようにマギーは両手を合わせて喜ぶ。

 

「それでマギーさん、実践って? ヴァルガじゃだめなの?」

「うーん……それも悪くはないんだけれど、今のセナちゃんにはこっちのほうがオススメね」

 

 そう言ってマギーが呼び出したホロウィンドウには、あるイベントバトルの詳細が記載されていた。それは──

 

「……レイドバトルイベント?」

「そ。今回のはダイバー同士が大人数で戦うPvP形式で、参加資格がAランク限定。色んなランクが入り乱れるヴァルガも悪くはないけれど……高ランクダイバーだけが集まる大規模戦、経験してみるのも悪くないんじゃない?」

 

 GBNで定期的に開催されているイベントのひとつに大規模戦闘イベントがある。

 MMOという特性を生かした多数のプレイヤーが同時に参加するこのイベントバトルは、運営が用意した超大型NPDを擁する軍勢と戦うPvE形式が有名だが、ダイバーが二つの陣営に分かれて戦う純粋なPvPによる大規模戦闘が今回の催しだ。

 奇しくも今日がそのエントリー締め切りであり、予想外の速度で自分が課したミッションを全てクリアして、ランクもAという上位のきざはしに到達したセナ。

 まるでそんな彼女のために用意されたような……運命めいたものをマギーは感じた。

 

「ヴァルガみたいにぜーんぶが敵じゃなくて、最初から味方が誰かハッキリしてるほうが色々と観察できるでしょう? 他のダイバーが使うガンプラの戦いぶりもしっかり見て、覚えて、糧になさいな」

 

 ぱちり、とウィンクをするマギー。そんな彼女を見上げたセナは力強く頷く。

 

「うん! レイも頑張ってるからね! 負けてられないよ!」

 

 イベント参加申請を送り、「それじゃ、イベントまで肩慣らししてくるねー!」と元気にヴァルガへ転移していくセナの姿にマギーは思わず苦笑する。

 

「あらあら……本当に、バトルの好きなコねぇ」

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 そして迎えたレイドバトル当日。

 

「おおー、壮観だなー」

 

 転移ゲートを潜った先、戦いの舞台となる宇宙空間に出現したカイムのコクピットの中でセナは歓声を上げる。

 

 開始の合図を待つガンプラの軍勢。そこに居並ぶのはいずれ劣らぬ猛者ばかり。己の操縦技術とガンプラ、双方を磨き上げ研ぎ澄ませたダイバーたちが放つ闘気が目に見えるようで、ヴァルガでのそれとはまた違う緊張感が自然とセナの背筋を伸ばす。

 

「あのガンプラはZ系かな、ってことは変形するのか。あっちは……おっ、UCとアナザーのミキシングかー。太陽炉は人気あるねー」

 

 きょろきょろと自軍のガンプラたちを眺めては、覚えた知識と照らし合わせをする。

 

 マギー厳選のアニメエピソードの他に、彼女が手ずから編集したというガンダムアニメのベストバウトを凝縮した映像をレイと共に鑑賞し、つきっきりで解説までしてもらったことでセナの知識は飛躍的に増えていた。

 初心者の導き手(メンター)としてボランティア活動をするマギーは様々な相談を受ける。その中にはセナのようにガンダム知識を持たずに始めたダイバーも当然いて、そういった相手の知識不足を補うための分かり易い教材も自前で用意していたのだ。

 最初こそ見た目のインパクトに圧倒されたが、マギーの姿勢にはレイもセナも敬意を抱いている。

 

「ヴァルガに潜ってる時は感覚で戦ってたから気にしてなかったけど、こうして事前に手札を予想出来るようになると見え方も変わるね」

 

 刻々と減っていくカウントダウンを一瞥し、さて、と気合を込めて操縦桿を握る。

 

「オーガじゃないけど、この大戦。存分に味あわせてもらうよ!」

 

 セナがそう言うと同時、カウントがゼロを示して戦いの火蓋が切られた。

 

「──しっ! いっくぞー!」

 

 まず飛び出したのは速度に優れる可変機を先頭にした高機動機体たち。当然セナのカイムもその中に含まれる。

 

『一番槍は貰うぜ!』

 

 そんな中、集団の先頭を飛翔するモスグリーンのキュリオスのダイバーが威勢よく吠えた瞬間だった。

 

 漆黒の闇を切り裂くようにして色とりどりの光が殺到する。それは敵軍の砲撃部隊が放った迎撃の弾幕。バスターライフルやサテライトキャノン、あるいはビッグ・ガンに代表される長距離攻撃を可能とする大出力の砲撃だ。

 

『──各機、散開ッ!!』

『言われなくとも──!』

『開幕ブッパになんてやられるかよ!』

 

 ビームの雨あられを避けて進むカイムのコクピットに友軍回線を通じた味方機の声が響くと、突出した集団はまるで示し合わせたように瞬時にバラけて攻撃を躱して、すぐさま再集合して編隊を組む。

 

 このイベントでは同じフォースからエントリー出来る人数は三人までと制限されている。そのため連携など期待できず、初手から乱戦になると思っていたセナだったが、ヴァルガのモヒカンと異なり、即席のはずの編隊が各々の回避行動で味方の進路を塞ぐことなく、見事なマニューバを披露して進む姿に感心する。

 

「みんな、やるねぇ」

 

 ここに集うのはいずれもAランクのダイバーたち。経験豊富な彼らはフォースバトルの対戦回数も多く、人によっては傭兵のように様々な戦場を渡り歩く者たちもいる。そんな彼らにしてみればこの程度の動きは造作もないのだろう。

 

 そうしている間にも敵軍からも同じような集団がこちらへと接近してくる。今度はセナたちの背後からも同様に敵の先遣隊へと迎撃が放たれるが、先ほどの焼き直しのようにあちらも回避運動を見せる。

 

『オラオラオラァッ!』

『簡単にはやらせるかよッ!』

 

 交錯する互いの先鋒。

 ぶつかりあった集団はMSに変形して切り結び、あるいは銃撃戦を展開し始める。

 

「天誅ッ!」

『な、バカな──!』

 

 それはもちろんセナも同様で、さっそくとばかりにドラグーンを展開しようと足を止めた敵機をひとつ、すれ違いざまに切り捨てた。

 

「ビット系の武装は展開か格納する時に足を止めることが多い。だから運用が難しい──っとぉッ!」

 

 宇宙というフィールドの中で最も死角となる足元。そこからD.O.D.S効果を持つ螺旋状のビームが放たれる。

 

「ふっ──!」

 

 カイムの移動方向を狙った偏差射撃。それを脛のレイザーブレイドで切り裂く。

 

 一瞬、そちらへと視線を向ければドッズライフルを構えたGバウンサーが。しかし、()()()()()()()()と判断したセナは即座に軌道を変えて離脱。

 

『足で切り払いとは器用なマネをををを──ッ!?』

 

 逃げるセナに再度照準を合わせるGバウンサーだったが、直後真上から浴びせられたビームマシンガンの雨に全身を穴だらけにされて爆散。

 

『戦場では足を止めたヤツからやられるのよ!』

 

 奇しくも撃墜した敵機と同じ色に塗装された白いガーベラ・テトラの友軍機が下方向へと過ぎ去ってゆく。あの機体の接近を察知していたセナは、軌道からその狙いを理解していた。

 

 目の前の敵だけに捕らわれない広い視野。ヴァルガで積まれた経験もまた、彼女の中で確実に糧となっている。

 

 双方の先鋒がぶつかり合い広がっていく戦場。そこへ後続の部隊も合流し始め、いよいよ戦いは佳境へと向かっていく。

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

「友軍各機に通達! 現在ポイントSにて戦線が押し込まれつつある! 敵は対ビーム装備に優れた相手だ、実弾か白兵主体の者は応援に向かってくれ!」

 

 通信機能を強化されたガンプラからそんな通信がセナの元に届いたのは、概ね戦線が安定し、双方の軍勢が展開しきった頃だった。

 大規模部隊のような連携は望めずとも、戦況の大まかな把握が出来るアドバンテージは大きい。それを理解している有志の一部が、戦闘力を犠牲にしてでもこのような機体に乗って戦いのサポートに務めてくれる。そういった手合いは普段からフォースバトルを主体として活動するダイバーたちによく見られた。

 

「ってことは、わたしの出番、かな!」

 

 彼らが戦場の「目」ならば自分の役割は「剣」だ。機体を翻し、行きがけの駄賃とばかりに進路上の敵機を切り捨てながら、送信されてきた座標へとレーダーを頼りにセナが向かえば、小惑星を中心としたフィールドに黄金の煌めきが見える。

 

『ハハハハハ! この俺の無敵の護りは誰にも破られはしない!』

 

 小惑星の上という疑似的な地上を駆けるのは、全身に金メッキが施されたハイペリオンガンダム。

 

 ビームによる射撃攻撃を跳ね返す装甲の「ヤタノカガミ」と、アルミューレリュミエールという舌を噛みそうな名称の防御兵装を併用することで鉄壁の防御力を備えている。

 どちらも出典作品が同じ世界観のためか両者の組み合わせは相性が良く、ビームは装甲で、実弾は腕部に装備したアルミューレリュミエール……要は特殊なビーム・シールドで完全に防いで部隊の矢面に立って攻撃を引き受けて前進してきている。

 

「金メッキってたしか特別な設備が必要だよね? よく作るなぁ」

 

 破格の防御力と展開中でも内側からのビームを透過することで、防御と攻撃を両立できる特性を持つが、引き換えにエネルギー消費が激しいアルミューレリュミエール。その弱点を補うためのヤタノカガミ。

 ガンダム作品に登場する様々な装備。それらをGBNでの利用頻度が高いものに絞って履修した。だからこそ、今はそのシナジーに気づき感心する。

 

「ならば白兵で──!」

「応!」

「いくぜ!」

 

 セナと同じく通信を受けて駆け付けたのだろう、一機のソード・カラミティがスラスターを全力で吹かして突貫を試みると、それに続くようにして近接戦闘タイプにビルドされたであろうガンプラたちが追従していく。

 

『迎撃ーっ!』

 

 もちろんそんな行動を敵側が黙って見ているはずもなく、ソード・カラミティを先頭とした集団へとハイペリオン側の部隊からビームと実弾の混ざった迎撃の火砲が放たれる。

 

「あめぇあめぇ!」

「援護射撃! 撃ちかたはじめ! てーッ!」

 

 しかしてこちらも伊達にAランクの集いではない。持ち前の機動力、あるいはナノラミネートアーマーやPS系装甲といった堅牢な装甲を頼りにして弾幕砲火の中を突き進む近接集団。そしてそれを援護するために斉射される射撃兵装の火線が大型ミサイルを撃ち落とし、あるいは強力なビーム照射を相殺して道を切り開いていく。

 

 だが──、

 

『させんよぉ』

 

 一歩、二歩、三歩。

 

 たったそれだけの踏み込みでハイペリオンの後ろから飛び出した機影がソード・カラミティに肉薄。三度笠を被ったような特徴的な頭部をしたそのガンプラ。

 

『──チェァッ!』

 

 気合一閃。

 

「ぐっ!? ──嘘だろ!?」

 

 腰部から抜き放たれた実体剣による居合いの一撃は、防御のため咄嗟に構えた巨大な対艦刀ごと、ソード・カラミティの胴体を上下に断ち割る。

 

『シィッ──!』

 

 さらに踏み込んだ足を軸として方向転換。()に沿えていた左手も加えて両手持ちにすると、続けて付近にいたもう一機、ソードシルエットを装備したウィンダムを踏み込みからの唐竹割りでもって頭から真っ二つにする。

 その動きはMSらしからぬ、人体を意識した滑らかな動きであり、

 

「あれは……」

 

 セナにはいくぶんか見覚えのある……特に対人戦VRゲームにおける()()()()()に酷似していた。

 

「ガンダム・武雷(ブライ)!? ()()()()()の変人がなんでこのイベントに!?」

 

 後隙を狙って斬りかかったグレイズのナイトブレードを太刀で受け、それによる接触回線の声がセナにも聞こえてくる。

 

『おめぇさん、なにか勘違いしてねぇかい? ()()()は別に、宇宙(そら)でだって戦えるんだぜ? ま、確かにあんまし()()()には出張らねぇが、な──!』

「ぬおっ──!?」

 

 鍔ぜり合いによる拮抗は武雷が突如地を這うように姿勢を低くして繰り出した足払いによって中断され、宙に浮いたグレイズの機体を掬い上げるような逆袈裟によって切り裂かれたことで終わる。

 

「あのガンプラ、わたしと同じだ」

 

 今の動きでセナは直感した。あれは他の対人ゲームで相当()()()()手合いだ。

 

「くそっ、迎撃、迎撃ー! ヤツの好きにやらせるなぁーっ!」

 

 おそらくはガンダム・バエルを素体にしたものだが、原型機と異なるのは脚部に集中的に配されたスラスターで、それによる神速の踏み込みと地上での変幻自在の移動、いや()()を可能にしている。

 現に今も襲い来る弾幕をひらりひらりと躱しながら、ハイペリオン対策として前に出ていた近接部隊を切り伏せては、小惑星の乾いた岩石の大地を恐ろしい速度で駆け回り、セナたちの部隊を引っ搔き回している。

 このまま敵軍の白兵部隊が合流されては、早晩、こちらの戦線が瓦解してしまうだろう。

 

 あれは放置しておいたら不味い──、相手のことは知らないが先ほどの動きでそう判断したセナが、まさに飛び出そうとした時だ。

 

『アレはアタシに任せな! アンタはあの金ぴかを頼むよ!』

 

 そう言ってセナの横を掠めて飛び出していったのは、彼女にとって見覚えのある色をしたガンプラ。オーガのそれよりも少し暗いマゼンダカラーのヤクトドーガは、フェダーイン・ライフルから牽制射撃を行いつつ武雷に接近すると、

 

『アタシは武装の関係で相性が悪いからね! 任せたよ!』

 

 ソード・カラミティを一閃したその居合いを、なんとフェダーイン・ライフルの後ろから発振したビームサーベルの刃で受け止めて、見事に剣鬼の足を止めてみせた。

 

「りょーかいっ!」

 

 すぐさま間合いを取り、左肩のファンネル・ビットを展開するマゼンダのヤクトドーガに一言返すと、セナはカイムのウィングスラスターを全開にして飛翔した。

 

『フハハハハ! いける! いけるぞ! このまま押し込め──』

 

 自軍が優勢であることにすっかり有頂天になっている様子の金ぴかハイペリオン。だが、彼は一羽の悪魔が向かってきていることを知らない。

 

『馬鹿野郎ホッシー、浮かれてる場合か! 敵が一機突破した!』

『なんだと!? ええい、猪口才な! 囲め囲めぇ!』

 

 殆ど全ての射撃兵装を無効化するハイペリオンだが、唯一の弱点は近接兵装による白兵戦だ。だから当然のように対策を講じており、その筆頭が武雷だったのだが相手もさるもの。あの剣鬼を足止めする手練れが混じっていたことには多少驚かされもした。

 

 しかしながら白兵戦は武雷だけに任せているわけでもない。彼に続いていた白兵部隊が、いわば第一の守りも兼ねて、進軍するハイペリオンの前へと展開していたのだがその壁を食い破り迫る者がいた。

 

 果たしてそれは剣鬼と似たような──剣を携えた悪魔だ。

 

 警戒を怠らなかったダイバーたちが足止めにかかるが、いくらAランクであろうとも実力にはバラつきがあり、それはカイムを止めるには些か足りない。

 

「チェスト天誅!」

『グワーッ!!』

 

 ハイペリオンの直掩についていた汎用機、近接も射撃もバランス良くビルドがなされたガンプラたちを、巨大な刃で切り刻みながら先ほどの武雷のように突出してこちらへ迫るガンダム・カイム。

 

『ヴァカめ! 飛んで火にいる夏の虫! このフォルファントリーで焼き尽くしてくれるわ!』

 

 浮かれながらも敵の動きをしっかりと追っていたハイペリオンは、背部に装備された長距離ビーム砲を展開。最大出力で撃ち放つ。

 

 ──しかし、そこには既にカイムの姿はない。

 

『なぬっ!?』

 

 あまりにも鋭角なマニューバ。

 

 雷のような軌跡を残して飛翔するカイムのスピードに、一度は捉えたハイペリオンのロックオンマーカーが発射の瞬間振り切られたのだ。

 

「墜ちろ金ぴか!」

『バ、バカな! この俺の護りがこんな簡単にいいい!?』

 

 警告音に従って見上げたハイペリオンの頭上。そこにはレイザーブレイドを大上段に構えたカイムが既にいて、咄嗟に両腕に展開したアルミューレリュミエールも虚しく、交差させた腕ごと機体を真っ二つに断ち割られた黄金の盾は、小惑星の大地に大きな花火となって消える。

 

『くそっ! ホッシーがやられた!』

『機体も腕もいいんだが、どうしてこう……』

『慢心しないとホッシーじゃないからね、しょうがないね』

 

 ──などと気の抜けたやり取りをしていたハイペリオン側のダイバーたちだが、直後彼らは血相を変えることになる。

 

「ダブル・ビーム・コンフューズ!」

 

 近接特化ゆえ広範囲攻撃を持たないと、それこそ慢心していた彼らの頭上から、突如としてビームの雨が降り注ぐ。

 

『うわぁっ!?』

『な、なにっ!?』

 

 カイムに装備されている高出力ビームサーベル。それを同時に発振して二つを別々の箇所へと投擲、フルチャージしたウィングスラスターのドッズライフルでもって、左右それぞれ別方向に投げたその刀身を撃ち抜いたことで、ランダムに散らされたビームがハイペリオンを中心として固まっていた集団に襲い掛かったのだ。

 

 回転して飛ぶビームサーベルの刀身へ、固定武装によるピンポイント狙撃を中てる。それも立て続けに二回。

 

 呆れるほどの神業で繰り出された攻撃は、ハイペリオンの軍勢の武装や機体、あるいは通信装備を確実に損傷させる。

 

「これも持ってけぇーッ!」

 

 さらにダメ押しとばかりに、混乱した彼らへとカイムが連結したレイザーブレイドを投げ放つ。

 

『ぐわーッ!?』

『そ、そんな……!』

 

 戦艦すらも沈めるレイザーブーメランの一閃は、ハイペリオンがやられてうろたえる敵機を次々と撫で斬るように飛翔する。

 撃墜にまで至った機体は実のところそこまで多くはないが、カイムの攻撃が敵に与えた衝撃は大きく、集まっていた敵軍はすっかり浮足立ってしまう。

 

「敵部隊は壊乱しつつある! 今だ押し込めぇーっ!」

 

 機を見るに敏とはこのこととばかり、冷静に戦況を俯瞰していた通信担当が号令をくだすと、セナを追ってきていた味方機たちは俄然やる気に満ち溢れてこちらに殺到してくる。

 逆に敵軍の白兵部隊はといえば、突然自軍の後方部隊が大打撃を受けたことで動揺が広がっている。確かにここは勝負所だ。

 

「よしっ! 役目は果たした! 待ってろよー!」

 

 戻ってきたレイザーブレイドが両腕に装着されるのを確認したセナは、味方部隊とすれ違うようにして、もと来た場所を目指す。これだけアドバンテージがあれば味方陣営の優位は覆らないだろう。ならば自分は戦いた(やりた)い相手の元へ行くだけだ。

 

「カイムと同じガンダム・フレーム。その動き、見て、糧にさせてもらうからね!」




Tips

・レイドバトル

 GBNで定期的に開催されているバトル系のイベント。あらかじめ開催スケジュールが発表されている。
 今回セナが参加したように参加者のランクを限定した大規模なPvPから、フォース専用のものや、PvEで大型のNPDを協力して打ち倒すタイプのものなど多彩な種類がある。


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無頼と蛮族

 セナが無事にハイペリオンを仕留めた一方で、剣鬼こと武雷を相手取っているヤクト・ドーガは追い込まれていた。

 

『……嬢ちゃん、やるもんだねぃ あっしとここまで()()()とは』

「ハンッ! そいつはどーも! 伊達に百鬼の主力を張ってないって、ねッ!」

 

 何度目かもわからぬほどの衝突。目が慣れてきたこともあってか、武雷の放つ神速の居合いを危なげなくフェダーイン・ライフルから発振したビーム刃で受け止める。

 

『百鬼ってこたぁ、あのオーガんトコのかい。そりゃあ強ぇわけだわ』

「ああ、覚えときな! 百鬼のローズ! それがアタシさ!」

 

 マゼンダカラーのヤクト・ドーガのダイバー、ローズは威勢よく吠える。しかしその表情は決して明るくはない。

 

 武装面からしてそもそもローズのヤクト・ドーガ、ヤクト・ドーガ・ソーンはレイのイフリート・ゲヘナと似たような、中距離戦を主体にしたガンプラだ。

 銃床にあたる部分からビーム刃が展開できるとはいえ、フェダーイン・ライフルは近距離での取り回しが良い武器とはいえず、ファンネルもまた機体同士が接近していてはその真価を発揮できない。

 

「チィッ──!」

 

 強引に鍔迫り合いを解きバックブースト。同時にリキャストの終わったミサイルを、左肩のファンネル・ポート・シールドから引き撃ちして距離を取ろうとするも──

 

『逃がさねぇ、──よっ!』

 

 脚部スラスターを用いた神速の踏み込み。持続性こそ短いが、短距離での瞬発力に優れた武雷はローズを己の間合いから逃がさない。これによって思うように間合いが取れず、自慢のファンネルも封じられていた。

 

「──ッ! しつこい男は、嫌われるよ!」

 

 展開機構を再現し、発射口を金属パーツに換えて作り込まれたローズのファンネルは、例えナノラミネートアーマーであろうとも火線を集中させれば貫通させることが出来るパラメータを持つ。

 しかし、それは最初の攻防で相手も承知しているためか、こうしてクロスレンジを維持し続けてくる。

 

『そうかい。ま、ジジイには関係のねぇこった!』

「ジジイを自称するなら、縁側で茶でも啜ってな!」

『へっ、最近の年寄りはな、サブカル趣味のやつも結構いるんだぜぃ』

 

 そう言って再び居合いの構えを取った武雷が、瞬間的にスラスターを点火して一歩を踏み込む。

 

 ──来る!

 

 これまでのやり取りでほぼ完璧に斬撃のタイミングを把握していたローズは、その軌道上にビーム刃を滑り込ませ──

 

『──遅ぇ』

 

 ばちり──、と武雷の鞘から紫電が走った瞬間。ヤクト・ドーガ・ソーンの右肩に刃がするりと入り込む。

 

 ヤクト・ドーガ・ソーンの右肩にはギラドーガと同型のシールドを装備している。これは積層したプラ板でフルスクラッチされたもので、耐ビームコーティングまでされて防御力のパラメータも相当に強固なはず。

 しかし、ローズの右側面へと通過していく武雷によって振り抜かれた刃は、その守りを容易く突破してみせた。

 

「な──、」

 

 肩部のシールドごと右上腕が斬り飛ばされ、宙を舞うフェダーイン・ライフル。

 

『──超電磁抜刀、紫電』

 

 ガンダム・バエルの改造機であるガンダム・武雷。本来はレールガンを備えるウィングスラスターは、推進器を兼ねた「鞘」として改造されサブアームによって腰部に装備されている。

 そして、このレールガンの機構を流用、()()()()()()()()()電磁力を利用して撃ち放たれるのが超電磁抜刀──武雷のダイバー「モンジューロ」が作り上げた、ガンプラバトルにおける専用の抜刀術であった。

 

『何事も、慣れた頃が一番危ないって──なッ!』

 

 ローズが己の居合いのスピードに慣れた頃合いを見計らい、より速い抜刀術でもって裏をかいたモンジューロは、フレキシブルに可動する腰部のスラスターを用いて無理やり武雷を反転させると、弐の太刀として上段から刃を振り下ろす。

 

「──ナメ、るなァッ!」

『おおっとぉ! こいつぁ、おでれーた(驚いた)! 大したモンだぜ!』

 

 しかしその攻撃を、ローズは左腰部のヒートナイフ付きビームサーベルを逆手で抜いて受けて見せた。

 

「ぐぅぅぅ!」

 

 だが、状況は芳しくない。

 片手と両手。力の差は明確。まして膂力に優れるバエルの改造機である武雷はパワーもかなり高い。

 

『悪あがきもここまでさぁ……押し切らせてもらうぜぇ!』

 

 徐々に押し込まれる刀の切っ先が、まさにヤクト・ドーガ・ソーンのコクピットを切り裂こうと迫ったその時。

 

『──むっ!?』

 

 突如飛来した翡翠の刃が武雷に襲い掛かる。

 その数は五つ。

 

 躊躇いなく鍔迫り合いを解き離脱を図る武雷。しかし同時に動きを予測した偏差射撃が、D.O.D.S効果を持つ螺旋状のビームがその回避先へと放たれる。

 

『──チェァッ!』

 

 当たり前のように切り払いによってそれを凌ぐモンジューロだったが、対峙した相手を見て目を細めた。

 

「おおー、良い反応! さあさあ、今度はわたしが相手だよ! 存分にやろう!」

 

 VRだというのに全身の肌が泡立つようなこの感覚。別のゲームで身につけた彼の第六感が危険を告げる。

 倫理観や善性を浜に埋めてきたような幕末の世界(ゲーム)を思い出させる、ある意味では懐かしいこの()()は──。

 

『はっ! まさかまさか。GBN(こんなトコ)で出会うたぁ、人生ってのはまっこと──おもしれぇ』

 

 自分と同じ世界を生きた、生粋の戦闘狂。

 

 セナの乗るガンダム・カイムが巨大な刃の切っ先を武雷へ向けて降り立った。

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 モンジューロの武雷を相手にしたセナとローズの戦いは二人の有利に進んでいた。

 

 セナは一騎討かのように言っていたが、彼女が味方である以上はローズが援護しない理由はない。

 

「こりゃ驚いたね」

 

 奇しくも先ほどのモンジューロと似たような言葉がローズの口から零れ出る。あの金ぴかハイペリオンを墜とした事から近接戦闘の実力は疑っていなかった。しかし、即席のタッグを組んでみれば、言葉で打ち合わせをするまでもなくローズの動きに合わせてきたのには驚かされる。

 

 前衛をセナのカイムに任せて、右腕を喪失したヤクト・ドーガ・ソーンは後衛として援護に回っているのだが、とにかくセナの動きがローズにとって()()()()()

 

 敵機に貼り付いて攻撃を引き受けるのは前衛として当然だが、こちらの射撃リズムや狙いまである程度察知して、ローズが合図を出す前にタイミング良く射線を開けてくれる。

 

 今もローズが射撃の位置取りを終わったまさにその瞬間、合わせたように武雷の前からカイムが離脱する。

 

『おうおう、()()()()のは女でも嫌われるぜぇ?』

「敵からの罵倒は誉め言葉!」

「ハッ! それこそジジイにモテても嬉しかないねぇ!」

 

 そこへ纏わりつくようにして展開した三基のファンネルから襲い来る火線を、頭部の三度傘に似せたパーツで巧みに防御しながらモンジューロが毒づく。

 

「よそ見は厳禁天誅!」

『──ッ! たくよぉ、若ぇのが寄ってたかって……敬老精神は、ねぇのか──ッと!』

 

 追撃のフェダーイン・ライフルによる射撃を回避した先、ローズの()()()を言わずとも理解して先回りしていたセナが待ち構えて斬りかかる。

 質量で勝るレイザーブレイドの一撃を細身の刀身で往なして距離を取り、脚部のスラスターを吹かしてセナを迂回しローズを狙おうとするモンジューロに、地面スレスレを飛翔するカイムが肉薄して離れない。

 

「随分と()()()()()()に慣れてるね」

「まあね! 似た感じの戦い方する友達と一緒にやってるから!」

 

 セナが前衛として武雷に貼り付くことで解禁されたローズのファンネルがその威力を発揮し、カイムの白兵戦能力と合わせて着実にモンジューロを追い詰めている。

 

 ローズのヤクト・ドーガ・ソーンはHGUCのヤクト・ドーガ、そのクェス・パラヤ専用機をカスタムしたガンプラだ。

 

 元は両肩に合計して六基備えているファンネル・ビットを敢えて半数に減らし、右肩のファンネル・ポート・シールドを格闘にも耐えうる強固な積層シールドに換装している。

 一見、手数を減らす改悪にも思えるが、これには明確な利点がある。

 

 それはファンネルの持続時間の長さとして表れていて、セナが合流してから展開したローズのファンネルは、未だにエネルギーも推進剤も尽きることなく飛び回っている。

 ドラグーンやファングのように()()()にすることなく、通常考えられるものを大きく上回る長時間の運用が可能。それが彼女の扱うファンネルの特徴だった。

 

 GBNにおいて一体のガンプラに割り振れるパラメータというリソースは有限である。で、あるならば必要とする装備を最低限に絞り、そこへ積めるだけのリソースを注ぎ込んで運用するのもまたひとつの正解なのだろう。

 

 足し算ではなく引き算による機体性能の洗練とダイバーへの最適化。それは奇しくもモンジューロの武雷と似通ったコンセプトであった。

 

『シィ──ッ!』

 

 武雷の抜き打ちが袈裟斬りの軌道でカイムを襲う。

 

()()()()()()()()()()

 

 一瞬の間にレイザーブレイドを両腕部に装着させたカイムが、腕を交差させてその斬撃を受け止める。

 

『チィッ──!?』

 

 振り下ろした刃が受け止められ、咄嗟に刀身を引こうとしたモンジューロだったが、その瞳が驚きで見開かれた。

 

「逃がさない、よぉ!」

『テメッ、こしゃくな真似を──!』

 

 ぎりぎりぎり。

 交差させた両椀を締めることで、レイザーブレイドの間に挟み込んだ武雷の太刀を固めたセナが不敵に笑う。

 

「いい加減──、往生しな!」

「天誅ッ!」

 

 三基のファンネル・ビットと五枚のCファンネルが逃げ場のない包囲を作りだし、モンジューロのガンダム・武雷をその内へ捉えようと──

 

『──やぁれやれ。こうなっちゃ仕方ねぇ』

 

 ──阿頼耶識、リミッター解除。

 

 武雷のカメラアイが紅蓮に輝くと同時に、カイムのコクピットを衝撃が揺さぶる。

 

「ぐっ!?」

『老体にゃ辛ぇが……ちと気張るとしますか!』

 

 太刀から手を放した武雷が瞬時に一歩バックステップすると、くるりと機体を回転させてミドルキックにも似た蹴りを放ったのだ。

 まさか得物を手放すとは思わなかったために意表を突かれたセナは、脚部のスラスターを併用したそれをまともに胴体側面へ受けてしまい、機体が吹き飛ぶ衝撃で武雷の太刀を落としてしまう。

 

「……ッ! 逃がすかッ!」

 

 まるで格闘家のような軽快な動作で一歩踏み込み、宙に浮いた得物を掴んだ武雷に対し、斜め後方に泳ぐ機体を立て直しながらセナもまた阿頼耶識のリミッターを解除。

 順手に持ち替えた右腕のレイザーブレイドを叩きつけるように振り下ろすが、()()()と僅かに半歩、自然な動作で武雷が横に動いたことで簡単に躱され──。

 

『あらよっと』

「──ッ!?」

 

 すれ違いざま、まるで手品のように、最小の動きで武雷の振るった太刀がカイムの右腕の装甲の隙間、手首の関節をピンポイントで切り裂いた。

 その動作は例えるなら剣道の小手打ちに似ているが……()()()()()()()()()()()

 

 まさに人さながらの動き。セナはガンプラであるはずの武雷に人間の姿を幻視する。

 

『老骨に鞭打って教えてやるよ。阿頼耶識(こいつ)の強みを』

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 阿頼耶識システム。

 

 鉄血のオルフェンズが出典の操縦システムで、GBNにおいてはブースト機能、機体性能を一時的に引き上げる効果を持つ系統のプラグインとして扱われる。厳密にはMSをはじめとした機動兵器の操縦に用いられる有機デバイスシステムなのだが、そこはゲーム的な都合で変更されている。

 

 話を戻せばこのような時限強化系は他のガンダム作品でもそこそこ見られ、GBNで有名なのは00のトランザムだろうか。

 

 他にもEXAM、NT-D、n_i_t_r_o、FXバースト、明鏡止水……上げればキリがないが、時間限定の機体強化というものは、ガンダムに限らずともロボット作品ではメジャーな存在であるため、歴史の長いガンダム作品では実に様々なものが考えられてきた。

 

 では、これらはGBNにおいてどう落とし込まれているのか。名前が異なるだけで内容は同じなのか。

 

 もちろんそこはGBN。きちんと差別化が図られている。

 

 ここで説明すると長くなるため、今回取り上げるのは阿頼耶識に限定するが、このシステムの最大の特徴は「機体の追従性の上昇」にある。

 原作にあるように人体さながら、己の手足のようにMSを、ガンプラを操れるようになる。GBNの操縦は基本的に思考操作が主だが、阿頼耶識はこれに輪をかけて追従性が上昇して、使()()()()()()()まさに「人機一体」となれる可能性を持つ。

 

 しかしこれは欠点でもある。ダイバーの動きをそのまま再現するということは、()()()()()()()()()()()()を理解していなければ、その利点を活かすことが出来ないという事でもあるのだから。

 

 機体性能の上昇はあくまで副次的な効果で、本命は追従性の上昇にある阿頼耶識システムは、ブースト系プラグインの中でも癖が強く利用者はあまり多くない。

 

 だが、もしこれが他のVRゲーム。特にロボットに()()()()、対人戦に特化したゲームに精通するプレイヤーが使うとなれば話が変わる。

 

 そう。例えばこの二人。セナとモンジューロのように、幕末の世界で己の身ひとつに得物を携えて戦ってきたようなVRゲーマーなどがまさにそうだろう。

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

『かかッ! やはりか! 嬢ちゃん。おめぇ、()()経験者だな? しかも結構やり込んでただろ』

「それがどうした天誅!」

 

 何度目かのカイムの斬撃を回避する武雷のコクピットの中で、モンジューロが楽し気に笑う。ここまでの攻防でのカイムの動き、MSというよりも剣客と呼ぶのが相応しい人体を意識したそれを見て、彼の中で予測が確信に変わった。

 

『なぁに、()()のお仲間と会えて、ちと嬉しくなっただけさぁ』

「じゃあとっととわたしに斬られて幕末に戻れ!」

 

 地に伏せるような姿勢から鎌のようにカイムの足首を刈り取ろうとする武雷の足払いを、短く跳躍して避けたセナが武雷の頭部目掛けて踵を突き出す。ヒールバンカーを撃ち出そうとして伸ばされたカイムの蹴りだったが、片手を地面に突き腕一本で機体をバク転させ距離を放したモンジューロには届かない。

 

 まるで軽業師のような動きは、重力の軛が存在しないとはいえ、あまりにも異常だった。

 

「アタシも忘れるんじゃないよッ!」

 

 着地を狙ったローズのファンネルによる射撃が武雷を襲う。だが、まるで()()()()を分かっていたように、空中で太刀を片手で振ってビームを切り払う。

 

『つれないねぇ。ここまで阿頼耶識を使いこなすやつにゃあ出会ったことがねぇ。へっ、まるきり幕末で戦ってるみたいで、こっちは懐かしくって涙が出てくるってぇのに』

「……阿頼耶識を使ってるからって、なんてデタラメな動きを……」

 

 悔しさを滲ませながらもローズの声音には驚きが多分に含まれていた。

 

『まァ、確かに。G()P()D()()()()()()()()()()()()。実機じゃなくて()()()()()()()()だからこそ、だなぁ』

 

 人体には実に二百六十以上もの関節があり、劇中のMSはともかくとしても、それをガンプラで再現することは不可能に近い。

 であれば、阿頼耶識を用いても人体と同様の動きは不可能なのではないか。と思うだろうが、ここはG()B()N()である。

 ガンプラがデータとして存在するこの電子の世界では、差し替え変形しかできないガンプラが「変形」のプラグインを差せば完全変形ができるように、ゲームとしての融通が利く世界なのだ。

 

『実機バトルじゃなくなって、緊張感が無ぇってぇヤツもいるが、あっしみたいなのにはGBN(こっち)のほうが相性がいい。なんせ、GBNの阿頼耶識は()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 随分と饒舌に、楽しそうに喋るモンジューロ。しかしそんな彼の操る武雷にリミッターを解除してから、一太刀も浴びせることが出来ないでいるセナは戦闘機動を行いながらも考えを巡らせる。

 

 ──機体性能の差? 否。高機動機でありながら、あのオーガのジンクスと正面から打ち合えるカイムは、贔屓目を抜きにしても武雷に劣っているとは思わない。

 

 ──操縦技術? 可能性としては有力だが、ここまで対峙した感触ではそこまで彼我の差があるとは感じていない。なにより互いに阿頼耶識を搭載したガンプラ同士の戦いである。これはつまり、殆どあのチャンバラゲームと同じ状態での戦いとも言える。モンジューロは確かに手練れの剣客だが、あのゲームで悪名を轟かせるランカーたちほどの動きではない。

 

「……」

『悩んでるみてぇだなぁ。ま、ここは先達らしく、ちっと教えを授けてやる……おめぇさんの得物、MS相手にゃちとデカすぎるぜ』

 

 薙ぎ払うように振るわれたレイザーブレイドを屈んで紙一重で躱した武雷が、三日月を描くような逆袈裟を放てば、カイムはCファンネルでそれを防ぐ。

 

『質量武器に速度を乗せて叩きつける。一撃必殺……確かに有効だぁ。()()()()ってぇ前提が付くが、な』

 

 火花を散らしながら太刀を振り抜き、一足飛びで間合いを取る武雷。

 

『お前ぇさん、他のロボゲもやってたクチだろ? 動きでわかるぜ。阿頼耶識と近いのは……()()()()あたりか? だがよ、アレとGBN(こっち)は仕様が違う。開発が違うんだからな。あんましアテにするのはどうかと思うぜ』

「……どういう、」

 

 距離を詰めようとするカイムを摺り足にも似た独特な挙動で惑わせ、セナが斬りかかろうとした瞬間、彼女の意識の隙間をするりと抜けるようなタイミングで踏み込み、カイムの脇を武雷が抜けて行く。

 

 ──無拍子、と呼ばれる技術だ。

 

『あとは、まぁ、プラグインだな。ガンプラの出来はいいが、ソフト(そっち)の詰めが甘ぇ』

 

 武雷の脚が岩盤を踏み砕き、セナが反応するより早く、武雷の脚部に装備されたスラスターから膨大な噴射炎が吹き出す。

 

「──ッ!」

『──敵の言葉を素直に聞きすぎたな』

 

 モンジューロの狙いを瞬時に見抜いたセナが機体を翻すも、既に剣鬼は音すら置き去りにするようにして飛び出していた。

 

 会敵時に見せた異様な歩幅の歩法をもって武雷がローズに迫る。リミッターを解除したことで機体性能が上昇した移動速度は、ただでさえ高速だった踏み込み、「瞬歩」をさらに加速させる。

 

「捉え、られない!?」

 

 ランダムな軌道で小惑星を縦横無尽に駆ける武雷に、バックブーストを全開にしながら、ファンネルで迎撃を目論むローズは驚きに目を見開く。彼女は知らない事だが、今まさに、あの金ぴかハイペリオンのダイバーと似たような体験をしている。

 

 あまりにも素早く、かつ大きな移動距離による武雷の瞬歩はヤクト・ドーガ・ソーンのカメラを振り回し、ロックオンどころかその姿を視界の端で追従するのがやっとだ。

 狙いがつけられなければ自慢のファンネルも意味をなさない。

 

「待てーッ!」

 

 ウィングスラスターから爆発的な炎を吹き出しながらカイムが横方向から武雷に迫るが、

 

『──残念。一歩足りなかったな』

 

 腰部の鞘を兼ねたスラスターバインダー。それがサブアームによって武雷の()()()()()()()()

 

「……ハッ! また抜刀術かい! なんとかのひとつ覚えだねッ!」

 

 リミッターを解除した武雷の速度は脅威だったが、今この瞬間、自機と正対した瞬間ならば対処は出来ると踏んだローズは、己を奮い立たせるよう強気に言い放つ。

 

 勝算はある。散々見てきたモンジューロの抜刀術。初見の紫電はその速度で意表を突かれこそしたが、あれ以上の速さを出そうとすれば機体が持たないだろう。

 

 相手の得物のリーチは把握済み。ならば後はタイミングを合わせるだけ──そう考え、フェダーイン・ライフルで受けようとビーム刃を発振しようとした瞬間──

 

『──超電磁抜刀、轟雷』

「──ッ! 避けて!」

 

 ──セナの逼迫した叫びに反射的に身体が動いて機体を半身に翻す。

 

「なッ──、きゃぁぁぁぁッ!?」

 

 だがそんなローズの対応を嘲笑うようにして、ヤクト・ドーガ・ソーンの左腕が肩から切り落とされ──、否、()()()()()()て衝撃で機体が大きく吹き飛ばされた。

 

 きりもみしながら吹き飛んだヤクト・ドーガ・ソーンは、小惑星の地面を幾度も跳ねながら転がり、全身を岩礁に削られながら力なく横たわった。

 

 ──それは武雷の太刀の間合い、その遥か外からの斬撃。否、()()()だった。

 

 小惑星の大地に巨大な裂創を刻んだ縦一文字の振り下ろし。技を放った武雷の刃は、その刀身が鍔元近くまで岩石の地に沈んで見えなくなっている。

 

 「片手による横方向の打ち払い」である紫電と異なる、()()()()()()()()()()は、リミッターを解除した影響なのか、()()()()()()()()はわからないが、振り下ろしによって発生した衝撃が()()()()となってローズに襲い掛かったのだ。

 

 速度と攻撃範囲を犠牲にした威力特化の一撃。それが轟雷の真髄。

 

『──くはっ、ちとズレたか……あっしも耄碌したもんだ』

「このおッ!」

『おおっとぉ! 鬼が来ちまった!』

 

 レイザーブレイドを振りかざして迫るカイムから逃げるようにして、「おー怖ぇ怖ぇ」とふざけた調子で武雷を跳躍させるモンジューロ。

 

()()()勝負はもうついたみてぇだからな。()()()はとっとと尻尾を巻いてとんずらさせてもらうぜぇ』

「よくやってくれた! ポイントSは有利を取った! このまま戦線を押し上げるぞ!」

 

 モンジューロの言葉をセナたちが理解するより早く友軍からの通信が入り、ここでの戦闘の決着がついたことを知る。

 

『じゃーなー、おっかない娘っこども』

「あっ、待てー!」

『待てと言われて待つ阿呆はいねぇってなぁ。レイドやるならもっと広い視点を持つこった』

 

 わざわざオープンチャンネルを開いてこちらを煽る通信を送りながら、武雷は小惑星の周辺に漂うデブリを足場として跳躍を繰り返て戦域を離脱。通信に気取られたセナが気づいた時には既に遅く、その機影はみるみる遠ざかって行ってしまう。

 足場を蹴る瞬間に合わせてスラスターを使う様はルウムでの赤い彗星がごとき動きで、その鮮やかな逃げっぷりは貫禄すらあった。

 

「次会ったら絶対天誅してやるーッ! ……顔覚えたからな」

 

 あまりの悔しさにコクピットで地団駄を踏むセナ。

 

「ハァ……全く。アタシとしたことが、なんてザマ……」

 

 ローズのほうも今の戦闘で思う所があったのか、悔しさを打ち払うようにして雑に髪をかきあげるが、気持ちを切り替えてセナに向けて通信ウィンドウを開く。

 

「ねぇ、あんた。助かったよ。正直、アタシ一人じゃやられてた」

「……ああ、うん。こっちこそ。援護ありがと」

「これもなにかの縁ってやつかね。……よければこの後、ウチのフォースに来てみないかい? アンタなら大将も気に入りそうだ」

 

 「アタシはこのザマだからこれ以上は戦えないしね」というローズの言葉と共に、セナに送られてきたのはフレンド申請。

 

「わたしはもうちょっと粘ってみるよ。……このモヤモヤをスッキリさせたいし」

 

 フレンド申請を受諾したセナはそれだけ告げると小惑星の大地を飛び立つ。それを見送るローズは、フレンド申請を受けたことで自動送信されたセナのプロフィールを見る。

 

「……ありゃ、もうフォースに入ってたのかい。でもま、強いヤツとは繋がりがあったほうが楽しいか……って、ん?」

 

 プロフィール欄のダイバーネーム。それを見て、初めてあのガンダム・フレームに乗るダイバーの名前を知ったローズは以前に見たバトルログを思い出す。

 

「セナ……そういえば、確かこの前ヴァルガで大将が戦ったとか言ってたような」

 

 百鬼ではメンバーのバトルログは自由に閲覧できる。もちろんリーダーのオーガのものも例外はなく、そのオーガがヴァルガでレイとセナと戦った最後の場面で、レイが叫んだセナの名前をローズは覚えていた。

 

「……なるほど。あれがヴァルガの狂犬ってわけ」

 

 戦うにしろ、同盟(アライアンス)を結ぶにしろ、どちらに転んでも面白いことになる。

 

 百鬼に所属する女傑は口の端を吊り上げて、実に楽しそうに笑った。



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宴と小鬼

 セナの参加したレイドバトルは、結論から言えば彼女たちの勝利で終わった。

 

 だが、モンジューロの言葉の影響と、片手を失った状態のカイムでは動きに精彩を欠き、バトルをあまり楽しめずにセナとしては不完全燃焼となっていた。

 

「うむむむ……」

「バトルスタイルは激しいのに、意外と繊細なんだねぇ」

 

 ──百鬼のフォースネスト。

 

 断崖に建てられた和風の、武家屋敷のような趣のある建物の中をセナと並んで歩くローズは少し笑いながら言った。

 レイドバトルの後、ローズは月に一度開かれるフォースの集会にセナを誘い、それが偶然にも同じ日であったためレイドバトルが終了してから流れで彼女をここへ案内していた。

 

 板張りの長い廊下を歩きながらセナと会話するローズだが、その内心は少しの驚きと多大な興味に満ちている。

 

 あの強さの近接特化型であるモンジューロと互角に渡り合い、さらには二対一とはいえ自分たちのフォースリーダーを撃破したダイバー。さぞや極まったバトルジャンキーなのかと思いきや、こうして話してみればどこか幼く繊細な一面が見える。

 デタラメに強いくせに、敵の言葉を素直に聞いては気にする。セナが見せるギャップにローズの関心は惹かれていた。

 

 なにより、強いダイバーとの繋がりは、フォースミッションの協力の打診や個人的な手合わせなどメリットしかなく、よっぽどそりが合わない場合を除けば、持てるなら持っておけば損はしない。ローズが今回の百鬼の集まりにセナを誘ったのは、そういう打算もあってのことだった。

 

「……ふぅ。やめよ。わたし一人でいくら悩んでもしかたがない」

 

 GBNというゲームについてまだまだ理解が浅いセナは、そう言って思索を打ちきる。数多のVRゲームを嗜んできたと自負しているが、知れば知るほどガンプラバトルというゲームは己の培ってきた経験があまり役に立たない。だからこそ面白くもあるのだが。

 

「ガンプラに関してはレイに相談するとして、プラグイン、かぁ……」

 

 思えばカイムのプラグインは機体が完成してからほぼ手つかずの状態だった。

 

 GBNにおけるプラグインとは、他のゲームで言うスキルに該当するもので、搭乗するガンプラの機体コンセプトを決める重要なファクターである。

 レベルという概念がなく、バトルでの強さはガンプラの完成度とダイバーの操作技術に依存するGBNにおいて、プラグインはプレイヤースキルに関係ない、純粋な知識のみが必要とされる分野だ。

 

「わたしとしたことが、ゲームで大切な要素をすっかり見落としてた……」

 

 装備するプラグインの選定、他ゲーで言えばスキルビルドとは、ゲームにおいてとても大切な要素である。それはカードゲームのデッキ構築にも似ており、適当なものを選んでしまえばどれだけ腕があろうとも対戦で勝利することなど出来ない。

 モンジューロに指摘されるまでその事に気づけなかったセナは、いちゲーマーとして己の不甲斐なさに自己嫌悪してへこんでいた。

 

 これに関してはビルダーであるレイにも責任がある。

 

 というのも、GPDとGBNでは仕様が異なる部分が大小多々あるのだが……レイは深く調べることもせずGPD時代の知識、デカールパーツを選ぶノリでプラグインを選定していたからだ。

 なまじ同じ会社からリリースされた、同じガンプラバトルを扱うゲームだけに、レイもついつい昔の知識をアテにしすぎた。

 

 しかし、思わぬところで気づきを得られたことは運がいい。廃ゲーマーである自分と、熟練のビルダーであるレイの知識と経験を活かせれば、カイムはもっと強くなる可能性を秘めていると知れたのだから。

 

「? なにボーっとしてんだい。ほら、着いたよ」

 

 「帰ったらレイとじっくり相談しよう」そうセナが結論を出すと同時に、ローズに案内されるまま歩いていたセナは声をかけられたことで目的地に着いたことを知る。

 

「バトル好きな連中が集まるフォースだから、ちょっとばかしノリが荒っぽいけど、気のいいヤツらだから……ま、アンタなら大丈夫でしょ」

「まあね」

 

 現実(リアル)のセナは五十メートルも走れない身体だが、GBNでの彼女は一息でMSの頭まで飛び上がり、軍刀の一撃で巨岩を真っ二つにする。もし万が一ここにいる全員からPKを仕掛けられても、返り討ち……最悪は差し違える自信と気概がある。

 

「もうフォースに入ってるアンタを無理に勧誘することもないから、気楽に楽しんでいきな」

 

 そう言ってローズが障子張りの引き戸を開けた瞬間、──そいつは現れた。

 

 

「おい! テメェか! 二人がかりでバトルしといて、にいちゃんに……獄炎のオーガに勝ったとか言ってる卑怯者は!」

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 額に生えた一本の角。でっぷりと腹が突き出た恰幅の良い体型はどこかコミカルさを感じさせるが、セナに敵意を剥き出しにしている顔は険しく歪められている。

 

「こら! ドージ! いきなりなんだい!」

「黙れよ! 俺はコイツがどうしても許せねぇんだ! 二対一でバトル仕掛けて、セコいやり方でにいちゃんに勝ったとか抜かしてるのが! だいたい、どうしてこんなヤツを呼んで──」

 

 窘めるローズの言葉も聞かず、感情にまかせて捲し立てるのは、鬼のような姿をした少年のダイバー。オーガの弟であるドージは、セナを指さしてさらに何かを言おうとしたが……

 

 

 

「──ふぅん?」

 

 たった一言。小さく、だが、恐ろしいほどの冷たさでセナが発した言葉に動きを止める。

 

 アバターにはありもしないはずの全身の毛が逆立つような……()()()()()感覚に襲われて、ローズは思わず隣を見下ろした。

 

 彼女は知らない事だが、それは()()と呼ばれるものであり──文字通りに()()()()()()()()()セナを中心に場を支配して、ローズが障子戸を開けるまで聞こえていたわいわいとした喧噪は完全に消えていた。

 

 しん──と静まり返った囲炉裏のある大部屋に、セナの落ち着いた、だが氷のような冷たい声の残響が響く。セナを除いたその場の誰も口を開けず、ただ薪の爆ぜる、ぱち、ぱち、という音だけが聞こえるのみ。

 

 そうして少しの間沈黙に包まれた中で、セナは感情が抜け落ちたような無表情と、平坦な声音で対峙したドージに話しかける。

 

「キミが誰か知らないけどさ、わたしたちは別に、オーガを倒したって言いまわったりしてないよ」

「だ、だって……SNSで……」

「わたしはSNS(そういうの)やってないよ。それはあの時ヴァルガにいた他のダイバーが勝手に拡散してるだけ」

 

 セナの殺気に当てられ、顔を青くしながら絞り出すように放ったドージの反論もセナはばっさりと切り捨てる。

 

 それというのも、セナはそもそもSNSのアカウントの類はひとつも持っておらず、レイはガンスタ──ガンプラの写真投降SNS──のアカウントを持ってこそいるが、それは完全な鍵アカウントで本人以外は閲覧できない設定にしてある。

 完成したはいいものの棚に入りきらない作品を見返すための目的で使っているもので、強いて言えば使用した塗料の情報やら、制作時に印象に残ったことを備忘録として記している程度だからだ。

 

「け、けど、二対一なんて卑怯──」

「囲んで叩かれるのが嫌なら、ヴァルガなんて潜るもんじゃないよ」

 

 そもそもレイもセナもオーガ個人を狙い撃ちしていたわけではない。あの時は、ヴァルガに時々出没するハイランカーの誰かが引っかかればいい程度にしか考えていなかった。

 それに、囲んで叩かれるリスクならばセナたちも背負っている。事実、オーガを撃墜した後のセナは、押し寄せるヴァルガ民たちの数の暴力の前に膝を屈していた。

 

「ぐっ……」

「だいたい、当事者でもないくせして、他人のバトルにあーだこーだ言わないでほしいな」

 

 あのオーガとの戦いは、セナの中でも特に楽しかったバトルとして記憶している。それを部外者がしゃしゃり出てきてケチを付けることに、彼女は珍しくとても苛立っていた。

 

「他人じゃねぇ! お、俺はにいちゃんの弟──!」

「──もう止せ、ドージ」

 

 それでも何かを言い募ろうとしたドージを、低く、だがよく通る声が制止する。部屋の奥、囲炉裏の上座に座る男が発したものだった。

 

「にいちゃん……」

「あのバトルは食い応えのある良い(美味い)ものだった。それ以上でもそれ以下でもねえ」

「……」

 

 額に三本の角を持つ筋肉質な大男。和風の装いもあってか、まさに「鬼」のような見た目をしたダイバー。彼の発した聞き覚えのある声と──、なによりその身に纏う闘気を敏感に察知したセナは、今までの無表情が嘘のように楽し気に口角を持ち上げた。

 

「……オーガだね?」

「……あの時のガンダム・フレーム乗りか」

 

 部屋中に拡散していたセナの殺気がオーガに向けて収束される。彼もまたそれを感じ取ったのか、鋭い犬歯をむき出してにやりと笑った。

 

「キミの弟の言う事に同意するわけじゃないけど……今度は、タイマンでやろうよ」

「……ほぅ?」

 

 セナの挑戦とも取れる言葉に、ぴくり、とオーガの肩が動くが──、

 

「──と、言いたいけど、今すぐじゃない」

「あん?」

 

 突然霧散した殺気に、彼は意外そうに片方の眉を顰める。

 

「実は今ちょっと色々模索しててね。……そうだなー、キミ風に言わせると──()()してくるから、首を洗って待っててねっ」

 

 ぱちり、と可憐な容姿に似合うウィンクを添えて、あまりにも物騒な宣言をするセナに、

 

「……ククッ、そうかよ。だが、あまりチンタラしてたら、──今度は俺のほうから喰らいに行くぞ?」

 

 喉の奥を振るわせるような笑いを漏らして、オーガもまた楽しそうに返す。

 

 互いに己の力に自信と自負を持つ者同士、波長が合ったのか二人は無言で視線をぶつけあい──

 

 

 

「ハイハイ! そこまで!」

 

 わざとらしく手を叩き大きな声を出したローズによって場の空気が壊され、漂っていた緊張感が霧散する。

 

「オーガもセナもそのへんにしときな! ったく、折角面白いのを連れてきたってのに、ピリピリして肩がこっちゃうよ。ほら、セナはそこ座んな」

 

 セナの肩に手を置いて、囲炉裏の近くに用意された席に座らせると、

 

「さあ! 百鬼の宴をはじめるよ!」

 

 そう高らかに宣言した。

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 ローズの音頭で始まった百鬼の集会は活気に満ちていた。

 

「この間挑戦したミッションが──」

「あれは敵側の増援のタイミングを覚えて──」

 

 ある所では難関ミッションの攻略に精を出す者たちが活発に意見交換を行い、

 

「前に話してた装備が完成したんだけど──」

「それはパラメータの配分が──」

 

 またある所では自機のカスタムについてビルダー同士で語り合う。

 

 大部屋に集まった様々なダイバーたちが、それぞれに楽しそうに、あるいは熱く語り合う。

 

「おぉ……まさにフォースって感じ」

 

 ざっと見て二十人近くものダイバーたちが集い、めいめいに交流をしている。それはセナがあまり経験してこなかったMMOならではの景色であり、レイと二人きりの時には知らなかったものだった。

 

「おう、邪魔するぜ」

「──どうも」

 

 用意された席の料理を楽しみつつ周りの喧噪に耳を傾けていたセナの近くに、どかりと腰を降ろしたのは顔に目立つ傷跡のある坊主頭をした髭の強面の男と、着物風の衣装を着て左目を長い前髪で隠した小柄な少年だった。

 

「オーガとの対戦ログ見たぜ。お前さん、見た目に反して中々激しいタチじゃねぇか」

「──強いね、アンタ。今度俺とも対戦しよう(やろう)よ。面白いバトルができそう」

「ん。それはどうも」

「俺はナッツ。こっちは──、」

「オボロ。よろしく」

 

 話しかけてきた二人から受けた自己紹介によれば、彼らは百鬼の一軍を務める実力者で、ナッツがSランク、オボロもAランクだと言う。

 

「お、なんだなんだ。もう食いモンがねぇじゃねえか。ホレ、これも食べな」

「わ、ありがと!」

 

 用意された膳をすっかり空にしていたセナの、見た目にそぐわない食欲を見たナッツが、片手に持ってきていた大皿を差し出す。それは焼き鳥のような見た目をした串の盛り合わせで、文字通り山となっていた。

 

「あむっ、もぐっ、うーん……これも美味しい!」

「ははっ、いい食いっぷりだ。そういやオボロ。お前もローズと一緒にあのレイドバトルに参加してたんだよな」

「うん。Aランクの限定戦だったから、手強いのもそこそこいて楽しめた」

 

 さっそくとばかり持参した串焼きを遠慮なく手に取り、パクパクと美味そうに食べるセナの姿をナッツは楽しそうに眺めて、会話のとっかかりとして先のレイドバトルの話題を出したその時だ。

 

「オ~ボ~ロ~! アンタ、レイドバトルの時どこにいたのよ! アテにしてた前衛がいなくてこっちは大変だったんだから!」

 

 肩を怒らせながらやってきたローズがオボロの首に腕を回し、ヘッドロックのような態勢で締め上げながら文句をぶつける。

 

「……最初に転移したポイントが離れてたんだから仕方ないだろ。合流しようにも戦域が遠すぎた。……あと、苦しい、やめろ……倫理コードに引っかかるぞ」

「うわはは! 運に見放されたなローズ! いや、逆にツイてたのか?」

 

 こんな面白いのを引っ掛けてきたんだからな、と、セナに視線をやってナッツが言う。

 

「はぁ……楽しくなかったと言えばウソだけどさぁ……さすがに()()モンジューロが相手じゃ胸やけしちまうよ。噂どおり、いやそれ以上にヤバかったわ」

「……それ、本当?」

「あの爺が……珍しいな……」

 

 ヘッドロックをかけられたままだったオボロが驚いたようにローズの顔を見上げ、ナッツもまた顎鬚をさすりながら思案顔になる。

 

「……あの居合い使いのダイバーってそんな有名なの?」

「知らねえのか? 対人戦好きな連中や古参の間じゃそこそこ有名だが」

「……“剣鬼”のモンジューロ。GPD時代からのファイターで、ガンプラバトル界隈だと最古参。GPDで有名だったメイジンたちほどじゃないけど、近接戦闘特化の尖ったスタイルで世界大会の個人戦の予選にも何度か出場してる」

 

 ナッツとオボロの雰囲気が変わったことを感じ取ったセナが疑問をぶつけると、返ってきたのは思いもしない情報だった。

 

「GBNに移ってきたのはサービス開始から結構経ってからで、こっちじゃフォースに所属はせずにソロでやってる。ほとんどミッションをやらずに対人戦ばっかやってるせいか未だにAランクだが……ありゃ典型的なランク詐欺だぜ」

「へぇー。すごいベテランだったわけだ……まあ、次会った時は天誅してやるけど」

 

 ナッツの話を聞いて、「レイだったら知ってたのかな」と考えるも、セナはGPD時代のガンプラバトルを知らないので、「とりあえず次に戦う時までにさらに己を磨き上げてぶちのめす」くらいしか思うところはないが。

 

「……つか、セナ、お前、レイドバトルで奴と戦ったのか?」

「戦ったもなにも、その剣鬼相手にアタシの前衛やってくれたから知り合えて、ここに誘ったのよ」

「逃げられたけどね」

「味方の被害を抑えて撤退させた、って事でしょ」

 

 セナとしてはいいように手玉に取られた、という感想だったが、ローズの視点では違ったらしい。物は言いようだが、ローズが言った事もまた事実ではある。

 

「マジか……噂じゃGPD時代より動きの()()が良くなってるとか聞いたぞ……根城にしてるディメンションから滅多に出てこなくて、ランキング戦でも見かけねぇが、時たまふらっとPvP系のイベントに出没するとは聞いていたが」

「ほー。なんかレアな人なんだね」

「反応が淡泊だね」

「そう? 次にやる時が楽しみではあるけど」

 

 オボロに言われたセナが不思議そうに首を傾げる。

 

 ガンプラバトルの歴史を知らないセナからすれば、モンジューロの過去の経歴だのは関係ないし興味もない。大切なのは今プレイしているゲームで、そこには強いプレイヤーがいる。それだけで彼女にとっては戦う理由になるし、倒すモチベーションに繋がるのだから。

 

「つくづくウチのフォース向きなタイプだな。……それだけに惜しい」

「ナッツ、そんな事言ってセナが入ったら、アンタがメンバーから外されるんじゃないの?」

「かもね」

「おい、お前ら……」

 

 オボロとローズにからかわれたナッツが苦笑いしながら何かを言おうとして、

 

「こいつを百鬼に入れるなんてオレは反対だからな!」

 

 乱入してきたドージに遮られた。

 

「ドージ、アンタねぇ……悪いねセナ。この子、最近調子悪くてさ。イライラしてるんだよ」

「ッ! 余計な事言うなよ! 俺だってな! 新しいガンプラ作ったんだ! それに……いや……とにかく! いつまでも弱いままじゃねぇ!」

 

 ローズから見たドージは、少し生意気な所はあれど、ここまで特定の誰かに敵意を抱くような性質ではなかった。心当たりがあるとすれば、最近あまりフォースで活躍できていない事なのだが……それにしても妙にセナを敵視してくるのは、彼の憧れである兄を倒した相手だからというのが多分に含まれているのだろうと考える。

 

「ほお、新しい機体が完成したのか。バトランダムミッションも近いからな。しっかり慣らしとけよ」

 

 会話を遮られたことや、何かを言い淀んだ様子に言及することなく、ナッツは気楽な調子でドージに話しかけるが、それを無視してドージはセナを睨む。

 

「お前なんかな! サシでにいちゃんとやったらボコボコにされんだからな!」

「……ったく、このコは」

 

 ドージが兄のオーガに強い憧れを抱いていることは知っていたが、ここまでとは思わなかったローズは呆れたように溜息をついて髪をかきあげる。

 

「機体を変更したなら慣熟訓練は怠るな──いっそ、兄貴みたいにヴァルガで修行でもする?」

「い、今は、ちょっと……」

「……ビビってる?」

「ビビってねぇっ! お、俺だってなぁ……!」

 

 オボロにからかわれたドージがホロウィンドウを立ち上げて、転移先をヴァルガに設定するが、流石にあのディメンションの悪名を知るだけに「OK」のボタンを前に指が止まり──

 

「お、いいねえ」

 

 このやりとりで存在を忘れていた戦闘狂(セナ)が立ち上がった。

 

「キミも強くなりたいんだよね? わたしと同じだ。それに、今ちょうどバトりたいところだったから……さっそく行こうか!」

「は?」

 

 ぽかんとするドージの手を、むんず、と掴み──

 

「じゃあ、そういうわけで、わたしは行くね。今日は誘ってくれてありがと!」

「ちょ、おま、離せよ! え、力つよ──」

 

 ローズを含む三人に向けてニコリと微笑んで挨拶をすると、ドージの代わりにホロウィンドウの「OK」を押してしまう。

 

 他の三人が止める間もなく、二人の体は粒子となって転移し──、

 

「バトりたいって……さっきまでレイドやってたのに?」

 

 ドージの時とは別の意味で呆れるローズ。

 

「……おい、オボロ」

 

 ジト目で隣を見るナッツ。

 

「──お、俺は悪くない」

 

 明後日の方向を見ながら、どこかで聞いたような事を言うオボロ。

 

 三者三様ながら、なぜセナが「ヴァルガの狂犬」とまで呼ばれているのか、その理由の一端を垣間見て……そして理解した。



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楽しい日課(なお廃人基準)

 転移した先は光に満ちていた。もっともそれは、太陽光のような暖かな光ではなく──

 

「ぎゃああああ! なんだこれなんだこれ!?」

「無敵が切れる前に高度落として! はやく!」

 

 必殺の威力を秘めたビーム兵器の射線だったが。

 

「よ、よし! なんとか離脱──」

「出待ちの連中が来るよ! 気を抜かない!」

 

 機体を必死に操作して死の光から逃れたドージが、ほっと一息つこうとした直後、彼の煌・ギラーガの真横を恐ろしい速度で鉄杭が飛びぬけていく。MSの背丈に近い長さのそれは、通過する衝撃波だけで機体を揺らしてドージはゾッとする。

 

「あっ、あっぶね! ダインスレイブ!? どこから!?」

「派手な攻撃は囮! 一か所からの攻撃だけに集中しないで! 常に殺気を感じて動く!」

 

 セナがそう言った直後、まるで示し合わせたかのようにして二人に向けた弾幕が襲い掛かる。

 

「ふざっ、ふざけんな! こんな弾幕どうやって──!」

「落ち着いて、密度の薄いところは──」

「──! ここか!」

 

 機体を捻ってスナイパー・ビーム・ライフルの狙撃を躱したドージは、明らかにミサイルが散発的に散って空間が空いているところへ滑り込み──

 

 

 

「──誘い込むブラフだから避けて、そこそこ厚いとこに突っ込む!」

「おまえぇぇぇっ!」

 

 待ってましたとばかりに四方八方から放たれたレーザーに全身を貫かれて爆散した。

 

 撃墜され格納庫へと転移される直前、ドージが見たのは無数の小型弾頭が降り注ぎ、辺り一面を出待ちしていた連中もろとも焦土にするバカみたいに大きな爆発だった。

 

 ガンダム試作二号機(サイサリス)のMLRS仕様。アトミック・バズーカに代わり背部に装備した多連装ロケットの弾頭を、全て()()()にするという頭のイカれた改造をした機体の仕業で、発射した本人もそのあまりの威力の爆発に飲まれて自滅するという二重の意味でイカれた下手人だった。

 

 なお、流石のセナも「あっ、これは無理だね」という呟きとともに、ギャグみたいなキノコ雲の中に消えたことを追記しておく。

 

 ドージにとっての初めてのヴァルガは散々な結果となった。

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

「クッソゲーじゃねぇかッ!」

「あははは! いやー、してやられたねー!」

 

 格納庫エリアで地団駄を踏むドージと、なにが可笑しいのかケラケラと笑うセナ。二人の前には頭部と左のウィングスラスター、さらに右腕を喪失したカイムと、右肩から左腰までバッサリと切断された煌・ギラーガ、ボロボロになったそれぞれの愛機の姿がある。

 

「ステルス特化して乱戦中に後ろから斬りかかるとかプライドがねぇのか!」

「そんなもんヴァルガじゃなんの価値もないよ。後ろにも目を付けないと」

「俺はアムロじゃねぇんだよ……」

「でもさ、ドージも()()()()を越えられるようになってきたし、確実に上達してるよ」

 

 初回こそイカれたサイサリスのMLRS仕様にやられたが、その後チャレンジを続けること二十回近く。ドージはヴァルガでのひとつのボーダーを何回か超えることが出来るようになってきていた。

 

 ディメンション全体がフリーバトル状態として設定され、エリアにいるダイバーは同意無しで常時バトルが可能なハードコアディメンション・ヴァルガ。

 

 そこでは日夜ウォーモンガーどもが闘争に明け暮れているわけだが、そんな場所で実力を示すひとつの指針が「三分の壁」である。

 ヴァルガにエリアインして無敵時間が切れてからの三分間。攻撃が最も集中するこの地獄の時間を生き抜くことが出来るか。これが出来るか出来ないかで明確に腕の差がわかるほどに、この「壁」は厚いものであった。

 

「お前は元気だよな……ハイランカーに喧嘩ふっかけてバラバラにされたのに」

「いやー。まさかマギーさんがいるとは……遭遇できてラッキーだったね!」

 

 GBNの頼れるお姉さんであるマギーだが、彼女もまたこのゲームをプレイするダイバーの一人でもある。

 

 今回、ヴァルガに来たのはこのディメンションでの採集イベントのためとのことで、そこへたまたまセナたちが遭遇し……あとは言わずともわかるだろう。

 

「さっ、リベンジにいこうか! 高速修復材はまだまだあるから!」

「……なあ、ちょっといいか?」

 

 それなりの値段がする課金アイテムを、二桁単位でぽんと渡すセナに慄きながらも、ドージは気になった事を質問する。

 

「リスポンキルの対策はわかるようになったけどさ……無敵時間が終わった直後に、最初みたいなのがきたらどうすりゃいいんだ?」

 

 大規模破壊兵器による面制圧。これは無敵時間の間にどうにかして範囲外に逃れるかに全てがかかっている。原作のガンダム世界におけるそれらはえげつない威力を持つが、改造や完成度次第で範囲も威力も盛れるGBNでは、自機の被害も顧みないで威力だけを追求する奇人もいるせいで脅威度はさらに高い。

 

 無敵時間の間はいいが、それが切れればどうやって切り抜ければいいのか。その答えが見つからないドージは、自分では明確な解決策を見つけられない悔しさを堪えてセナに聞いた。

 

 しかし、それを聞かれたセナは聖母のように穏やかな微笑みを浮かべて両手をそっと握り──、

 

 

 

「祈りましょう。乱数の女神に」

 

 

 身も蓋も無い解答をした。

 

 

「……やっぱクソゲーじゃねぇかッ!」

 

 あまりにあまりな答えにドージはキレた。そして理解した。セナのような強者ですら、ヴァルガで生き残れるかは「運」に頼る必要があるのだと。事実、これまでのチャレンジにおいて、彼女が無事に三分の壁を超えられたのは七割程度。他はどうしようもない交通事故のようなもの──避けようがない超範囲攻撃に巻き込まれたり、今しがたのように偶然遭遇したハイランカーに喧嘩を売っての返り討ちである。

 

 いや、後半は自業自得なのだが、「ヴァルガの狂犬」とすら呼ばれる彼女をしても、あの地獄のようなディメンションにおいては()()()()()()()()()()

 それでもこうして笑いながらあの奈落の底へ潜り続けるメンタルこそが、セナを成長させているのだと知った。

 

 曲がりなりにもあの兄を、「獄炎のオーガ」を倒したダイバーの片割れ。

 

 最初こそ反発しか覚えなかったが、彼女の確かな強さと、なにより精神面のタフさを知ったことで、ドージはセナを認めつつあった。

 

 それにひきかえ自分は──

 

「ッ……てかよ、ヴァルガでポイント稼ぐとか、本当に出来るのか?」

「うん?」

 

 先日手に入れたものを思い出し……それを忘れようとして別の話題を振る。

 

「いやな。たまにGBN内のBBSでもそんな話題を見るんだけど……お前でもあんなに簡単に撃墜とかされんのに、そんな上手くいくもんなのかなって」

「んー。まあ、わたしの経験から言えるのは、ギャンブルで大当たりを引くようなもの、かなー」

「ギャンブルぅ?」

 

 年齢的にあまり馴染みのない単語に胡乱な目をするドージ。

 

「そ。たまたま運とタイミングが重なって、ハイランカーや大量にポイントを持った相手を撃墜できて、なおかつ取得したそれを抱えたまま転移ポイントまでたどり着ける……これって相当の幸運じゃない?」

「あの地獄でそんな事おきるのかよ……いや確かにゼロじゃないだろうけど」

 

 ヴァルガは全域が常時フリーバトル状態という性質上、ディメンションを出ない限り戦闘終了扱いにはならず、それによって獲得したポイントも反映されない。また、ダイバーはそこにいるだけで「常にバトルをしている」という扱いであるため、入ったが最後、通常のディメンションのようにコンソールから気軽に転移も出来ない仕様となっている。

 

 唯一そこから生きて出るには、ヴァルガの中にいくつか設置されている転移ポータルまで行かなければならず、当然だがそこにもまた待ち伏せをする連中が陣取っている。

 

「ぶっちゃけ、あそこにいる人たちでポイント稼ぎに固執してるのって、待ち伏せしてる連中だけだと思うよ。だって、ポイント稼ぎするならミッション周回するほうが時間効率がいいもん」

 

 マギーに出された課題をクリアしていたら、あっという間にAランクまで到達したセナは実感を込めて断言する。

 

 ……もっともこれは難関と呼ばれるミッション群を、初見でほぼ百パーセントのクリア率を叩き出すとかいう、頭のおかしいことを前提としたものであるのだが、本人的にはヴァルガで一発当てるよりも遥かに効率が良いと感じていた。

 

「それにNPD機相手のミッションなら、撃墜されてもポイント全損しないからね。ヴァルガは良くも悪くもハイリスクハイリターンだけど……リスクのほうが大きいと思うな」

「……じゃあ、なんでお前はそんなトコに入り浸るんだよ?」

 

 無双ミッションのように俺TUEEEで気持ちよくなれるわけでもなく、ポイント効率がいいわけでもない。PvPの性質上、墜ちたらポイントを全損するリスクもある。

 ドージからすれば到底メリットを見出せないような場所に、なぜこうも嬉々として突撃するのか。確かに強くはなれるだろうが、抱えるリスクが大きすぎる。

 

 リスクにリターンが合わない。合理的ではない。

 

 ──もう、やめてしまえばいい。

 

 ドージの中の冷静な部分が、「付き合ってられるか」と囁く。ここまではズルズルと流されて──課金アイテム(高速修復材)与えられて(押し付けられて)引っ込みがつかなくなって──続けてきたが、別にセナに付き合う理由も彼にはない。

 格納庫エリアは転移に制限があるわけではないから、セナを放って勝手に移動してしまえば、同じフォースではなくフレンド登録もしていない彼女は追ってはこれない。

 

「そんなの決まってんじゃん──」

 

 そんなことをドージが考えているなど知らないセナは、彼の問いに実に楽しそうな笑顔で即答する。

 

 

「──楽しいから!」

 

 

「……ッ、ちょっとの油断で簡単にやられるのに?」

「強いダイバーが沢山いてわくわくするよね!」

 

 こいつは馬鹿だ。そう思った。

 

「交通事故みたいなやられかたするのに?」

「次になにが起きるかわからないって、刺激的でいいスパイスになるよね!」

 

 それもとびっきりのバトル馬鹿。脳みその髄までバトルの事でいっぱいの、認めたくはないが、確かに兄と似た性質を持つタイプのバトル狂いで。

 

「……ったく、お前、ホントにこの──バトル馬鹿がよ」

「誉め言葉として受け取っておこう!」

 

 けど、こんなに楽しそうな、心の底からGBN(このゲーム)を楽しんでいるという顔をされたら、もう何も言い返す気にもならなくて。

 

「しゃーねーなー! こうなったらトコトンまで付き合ってやるよ!」

 

 セナから受け取った高速修復材を自機に使って、ドージは再び愛機に乗り込む。

 

「おっ、やる気まんまんだね! それじゃいこっか!」

 

 そうして、セナがログアウトするまでの間、ドージは彼女につきあってヴァルガに潜り続けた。

 

 数えるのも億劫になるほど撃墜されて、時には理不尽な範囲攻撃に巻き込まれては格納庫に送り返されて──

 

 ──それでも、密かに手に入れたブレイクデカール、その発動キーには最後までドージの指が伸びることはなかった。

 

 

 こんなに楽しそうにしているヤツの隣で、不正ツール(そんなもの)に頼るのは酷くカッコ悪いと思ったから。

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 肩幅くらいに開いた両脚、膝には余裕を持たせて立ち、背筋を伸ばして顎を引く。

 脇が開かないよう注意しながら腕を真っすぐに突き出す。この時、腕や肩の力ではなく腰を入れることを意識することで体幹による捻りで威力を出す。

 これを左右の拳で交互に繰り返す。

 

「シッ! シッ! シ……ッ!」

 

 今レイが行っているのは、いわゆる空手の正拳突きの基本動作だ。

 

 場所は虎武龍のフォースネスト。カンフー映画のセットじみた少林寺道場のような場所の石畳の広場の一角。

 

 正拳突きの他、回し蹴りなど、タイガーウルフやワンから教わった基本的な技の反復練習を黙々と行う。ここ二週間ほどの間におけるレイの日常であった。

 

 なぜ彼女がこんなことをしているのかと言えば、それは現実(リアル)VR(GBN)での身体感覚の()()を矯正するため。

 

 ──武道における「形」とは、言ってしまえば()()()()()()()()である。

 

 先人たちが実戦で経験し、積み上げて編み出した技。それを解析して創意、工夫を加えた結晶。これを繰り返し稽古し、身体に覚えさせることにより同じものを再現できるようにしたもの。

 

 特定の動作を特定の手順で行うことで、習得できれば誰でも同じ技をその身に修めることが出来る。もちろんそのための肉体を作る必要もあるが、そこはVR、この前提は誰でも満たしている。

 

 ならば現実とVR。双方で同じ技を身に付ければ、具体的な感覚の違いが肌で理解できるのではないか。

 

 そこでレイが取り組んでいたのが、現実でも再現可能な基礎的な技の練習であり、これは、現実世界でGPDというガンプラバトルに慣れ親しんでいたレイだからこそ抱える問題を解決するためのアプローチであった。

 

「──フッ!!」

 

 正拳突きを終えたレイは傍らにあるサンドバッグに向き合い──右回し蹴りを叩きこむ。

 

 ──どぱんっ! とでも表現するような重い衝撃音。

 綺麗に腰の入ったそれは見事にサンドバッグを「く」の字にへし曲げ、その重たい身を衝撃で貫き、一瞬水平にまで持ち上がる。現実の彼女の肉体では到底不可能な威力。

 

「──ッ!」

 

 十分にインパクトを伝えたと感じた瞬間、戻した蹴り足をすぐさま軸足とし身体を回転。背中を前に今度は左脚を前に突き出すように後ろ蹴りを繰り出す。

 するとレイの足裏がスイングして戻ってきたサンドバッグの中央にジャストミート。今度は後方に向かって水平に持ち上がった。

 

「──よう。だいぶ()()()()みたいじゃねぇか」

 

 残心を忘れず構えを取るレイに声をかけたのはタイガーウルフだった。

 

「タイガさん。ええ、おかげさまで。自覚してみればよくわかりました」

 

 構えを解いて一礼してからレイが応える。

 

 現実でも同じ「形」の練習をしたことで実感できたのだが、リアルのレイでは今しがたのような()()のある動きは出来ない。体幹をはじめ基礎となる肉体が鍛えられていないのだから当たり前だ。似たような動作は出来てもそこに鋭さはなく、しかもすぐにバテてしまうため回数がこなせない。

 

 翻ってGBNではどうかといえば、まだたった二週間程度だというのにこのような動きが出来るようにまでなった。そこにはゲーム的なアシストは勿論あれども、疲れ知らずの肉体は幾度もの反復練習を可能とし、加えてイメージ通りに教えられた動きをトレースできる。

 ここまで現実(リアル)VR(ゲーム)では身体に違いがあるのかと改めて驚かされる。

 

「リアルとバーチャル、それぞれで動かす身体の違い……そいつを自覚できたのは大きいぜ。特にG()P()D()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 セナが息をするように行うVRアバターへの適合。それをレイはこうして時間をかけてようやく身に付けようとしていた。

 

「というわけで……卒業試験、ってわけでもねぇが」

 

 言いながらコンソールを操作したタイガーウルフから、レイに向けて一通のメッセージが送付される。

 

「──これは……」

 

 それは練習(プラクティス)モード──機体へのダメージはバトル終了後にリセットされ、敗北してもポイントの喪失がない文字通りの「練習」ではあるが──での、タイガーウルフからの対戦申請であった。

 

「ひとつ手合わせしてやる──かかってきな」



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ひとつの頂、その一端

 虎武龍のフォースネストが建つ峻険な山岳地。

 

 周囲を壁のように囲む断崖の中に、ぽっかりと開かれた空き地で対峙する二体のガンプラ。

 

『さて……ここでお前が学んだモノ、見せてもらうぞ』

 

 ──ガンダムジーエンアルトロン。

 

 フォースランキング五位の虎武龍。上位フォースのリーダーであるタイガーウルフの機体は、アルトロンガンダムをベースにしたカスタム機だった。

 

 右肩に金の虎、左肩に銀狼の頭部を模した意匠のパーツが追加され、そこから原型機のドラゴンハングのような形状のサブアームを備えている。

 

「射撃武装が無いのは当然として、近接武器も見当たらない……まさに格闘戦特化機ね。Gガンの機体がベースじゃないのは意外だったけど」

 

 コクピットからレイが観察したジーエンアルトロンはまさに身一つ。兵器という設定のガンダムからは逸脱した、徒手空拳を主体とするバトルスタイルであることがうかがえる。

 

「ま、ガンプラバトルなんだから、どんなギミックが仕込んであるかわかったもんじゃないわね」

 

 開始のカウントダウンを横目にそう零すレイだが、曲がりなりにも近接格闘専門を謳うフォースを束ねる以上、やはりその四肢がメインの武器となるのだろう。

 

『初手は譲ってやる……さあ、こい!』

 

 

【BATTLE START】

 

 

 タイガーウルフの言葉が終わると同時、カウントもゼロとなり戦いの火蓋が切られる。

 

「お言葉に甘えてッ!」

 

 レイが選択したのは搭載火器による全ブッパ。

 

 六つのビーム砲が、二門のショートバレルキャノンが、六連装ミサイルポッド二機が、その身に内包した力を解き放つ。

 

 一見すると考えなしのぶっ放しに思えるがそうではない。副砲のビームは逃げ道を塞ぐよう射線を調整し、十二発のミサイルとキャノン砲はその隙間を埋めるように弾幕を形成して、本命の最大出力で放つ腕部ビーム砲を確実に当てようという狙いがある。

 懸念があるとすればドラゴンハングにあった砲口だが、アルトロンガンダムがベースならばあれは火炎放射器であるため、この弾幕を突破するには火力不足だ。

 

 近接格闘一本でGBNの上澄みとなったタイガーウルフに引き撃ち──後退しながら射撃武器で攻撃する──が通用するとは思えない。しかし、火力を得るために追加した武装によって小回りが効きづらいイフリート・ゲヘナは、ジーエンアルトロンに格闘戦を挑まれては分が悪い。

 

 ならば、リチャージの長いミサイルは最初に使用してしまって、空のポッドをパージすることで機体重量を軽くし、少しでも旋回性能を上げてレイの得意な機動射撃戦を展開できるようにする。

 

 どうせ使うならば戦闘開始時、相手が動き出す前の一番攻撃が当てやすい時に布石として使ってしまおう。

 

 そこまで考えての攻撃だったが──

 

『狙いは悪くねぇ。……だが、ちと甘ぇな。GBNとGPDの違い、それを見せてやる』

 

 己に殺到する弾幕砲火を前にして、レイの狙いを見抜いてもなお、微動だにしないジーエンアルトロンが構えを取る。

 

『ハアァァ──ッ!』

 

 タイガーウルフの気合に呼応するように、ジーエンアルトロンの前身が金色に染まる。それはまるでハイパーモードを発動したモビルファイターそのもの。

 

『これがGBNでのガンプラバトル! その一端だ! ──奥義! 龍虎狼道(りゅうころうどう)!』

 

 突き出した拳からそれぞれ金と蒼のビームが放たれ、その二つが収束し黄金の龍となってレイの放った弾幕とぶつかり合うと巨大な爆発を起こした。

 

「──結局Gガンじゃないの!」

 

 悪態を吐くレイに爆炎から飛び出したジーエンアルトロンが迫る。

 

『せあッ!』

 

 格闘機らしい瞬発力を活かし、ダイバーの気質を表すような真っすぐな軌道で瞬時にイフリート・ゲヘナを射程圏に捉えたジーエンアルトロンは、お手本のような綺麗な正拳突きを放った。

 

「なんのッ!」

 

 速度こそ恐ろしいが、最短距離で迫る拳は銃弾と同じ直線軌道。ならばタイミングを合わせれば躱すことだって今のレイにはできる。

 

 機体を沈ませスウェーの要領で回避するイフリート・ゲヘナ。虎武龍での訓練によって以前よりも思うように動けることにレイは気が付くが、その瞬間、下からのアッパーがコクピットを狙って繰り出される。

 

「──くぅッ!」

 

 間一髪。シールドを割り込ませてそれを受け止めるも、衝撃まではどうしようもなく、機体が激しく揺さぶられたことでわずかの間に無防備になる。

 

『はあッ!』

 

 サブアームへのダメージを伝える警告音を聞く余裕すらなく、続けざまに振るわれたのは回し蹴り。それを腕部ビームライフルに装備された防御用のプレートでどうにか受けると、吹き飛ばされる勢いを利用してスラスターを併用することで相手の間合いから離れつつ、背後に回り込むように移動しながら腰横のマシンガンを斉射。

 

 狙いは背面にあるだろうメインスラスター。ここさえ潰せば、格闘機の命である機動力を奪えるはず。

 

『ぬるい!』

「──なッ!? くっ……!」

 

 そう考えていたレイだったが、回し蹴りの勢いそのまま機体を回転させ、無防備にも自ら背中を晒したジーエンアルトロンに、放たれた銃弾が()()()()()()のを見て奥歯を噛みしめる。

 正面から対峙した時にはわからなかったが、ジーエンアルトロンは背部のスラスターを隠すようにして、アルトロンガンダムのラウンドシールドを装備していた。

 

『ガンプラバトルは全ての動きに意味がある! それを忘れるな!』

 

 回し蹴りの回転を利用して勢いをつけたジーエンアルトロンは、そのまま機体を回転して肩をイフリート・ゲヘナへ向けると蹴り足で地面を踏み込む。震脚を思わせるような力強い踏み込みが大地を砕くと同時、ドラゴンハング──ツインジーエンハングの片方が伸びてその顎をイフリート・ゲヘナへと向けて迫った。

 

 原型機と同じく多関節による不規則な挙動は捉えることが難しく、迎撃に放ったビームは虚空を焼き、龍の牙がイフリート・ゲヘナの片方のサブアーム、シールドを保持する副腕へと食らいつく。

 

「──ッ! マズい!」

 

 ジーエンハングに備わった砲口から高温が検知されるよりも僅かに早く、レイは一切の迷い無くサブアームをパージしてバックブーストをかける。

 

『ほぉ……いい勘、いや、観察眼、か』

 

 双龍虎狼炎──ジーエンハングの両頬に装備された火炎放射器が放つ極高温の炎によって、自切したイフリート・ゲヘナのシールドが溶解し、ポリゴンの欠片となって消滅したのを見たタイガーウルフはどこか面白がるように呟く。

 

 ジーエンハングに組みつかれた時、もしレイが離脱ではなく、敵機の武装の破壊を選択していたら……今ごろ彼女のガンプラは至近距離からの獄炎を浴びて、かなりのダメージを負っていただろう。

 

「アルトロンがベース機ですからね……そりゃわかるでしょ」

 

 開始の際に対峙したわずかな間に相手のガンプラを観察し、見える範囲の武装や、元となったキットから敵が取るであろう一手を先読みする。アニメだけでも相当数の作品があるガンダムへの造詣と、ガンプラバトルの経験、ビルダーとしてだけでなく優れたファイターにも必須とされる要素をレイは既に身に着けていて、それはどこか野生じみた勘で戦うセナとは対照的な、積み重ねた経験と知識に裏付けされた、セナには持ちえない強さ。

 

 二人と出会った時にこそセナの動きに目を引かれたが、こちらもなかなかどうして、侮れないな(面白い)とタイガーウルフは感じていた。

 

 伸ばしたジーエンハングを戻して構えを取るジーエンアルトロンとイフリート・ゲヘナが対峙して、暫しの間、タイガーウルフとレイの二人はにらみ合う。

 

(タイガーウルフさん本人ももちろん強いけど……ジーエンアルトロン、凄い出来のガンプラだわ)

 

 本人の性格もあってか、どうしても脳筋のように見られがちだが、タイガーウルフも伊達にGBNの上澄みにいるダイバーではない。

 

 ──己を磨き、ガンプラを磨け。

 

 虎武龍で世話になっている間にレイが彼にかけられた言葉だ。

 

 ガンプラバトルでの強さを求めるならば、ファイターとしての技量を高めるだけではなく、愛機とするガンプラの出来にも妥協はするな。

 基本にして最奥。ガンプラファイターとしてかくあるべきという言葉を、タイガーウルフは誰よりも実践していることをこの戦いで実感する。

 

(それにしても……わかってはいたけど、やりにくい……)

 

 この勝負、遠距離武装が豊富なレイが有利かと思えるが、実際のところはそうではない。

 

 レイがGPDで多くのバトルを経験してきたように、タイガーウルフもまたGBNにおいて数多の戦いを経験し己を磨き上げてきた猛者である。

 近接格闘だけで今の地位にいるということは、それまでにも遠距離主体の相手とは飽きるほど戦ってきているだろう。レイがそうであるように己の有利な間合いに持ち込む術というものはタイガーウルフも当然持っているし……悔しいがそれはレイよりも格段に上手だ。

 

 あのオーガといい極まった近接特化タイプというものは、射撃寄りのオールラウンダーであるレイにとって厄介極まりない。

 

 それというのも、レイの基礎となっているGPD時代のガンプラバトルにおいて、近接戦闘特化は少数派であり対戦経験が少ないからだ。

 実機バトルというガンプラの破損リスクを抱える都合上、自ら相手へ近づく戦闘スタイルは当然ながら多くのプレイヤーが忌避した。

 勿論、そんな環境でも己のバトルスタイルを貫いた者はいたが、そのような手合いはだいたいが有名なファイター、「極まったタイプ」であり、普通の模型店の子供でしかない彼女にとっては馴染みが無い。

 

 余談だが、面白いことにこれがカジュアル層だと近接戦機体が増える傾向にあった。原作そのものやパイロットのキャラクターが好きであるがゆえに、キットをそのまま、素組みやパチ組みで使って仲間内だけで楽しんでプレイするので、モビルファイターや他作品での近接特化機体たちも普通に使われたからである。

 もっとも、ガンプラバトルを取り巻く環境が先鋭化するにつれて、真っ先に駆逐されたのがこういったカジュアル勢でもあり、GPDが衰退するきっかけともなったのだが。

 

 このように、ガンプラバトルでの近接戦闘は少し複雑な背景を持つ。だが、ガンプラバトルがGBNへと舞台を移した事で、「近接戦闘に拘るのは少数派」という常識は覆される。ガンプラの破壊を恐れる必要が無くなったという変化は、離れて行ったカジュアル勢を呼び戻すと同時に、このゲームにおいてはバトルスタイルの多様化という形でも現れていた。

 

「っとに、相性が悪いわね」

『おっ、なんだ、もう弱音か?』

「いいえ……ただの現状確認よッ!」

 

 言い切ると同時にスラスターを全力稼働させ、脚部の熱核ジェットエンジンで地上をホバー移動しながらイフリート・ゲヘナが飛び出す。

 

 思わずといった具合に零したレイの言葉に嘘はない。彼女にとって近接特化というのは未知の敵であり、ましてやランキング上位にいるようなダイバーとの戦闘経験はほぼ無いに等しい。

 

 ──だが、それは諦めるための言い訳にはならない。

 

 ガンプラバトルにおいて、レイはいつだって挑戦者(チャレンジャー)の立場なのだから。

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 

 右のフックを上体を逸らして躱し、追撃の左ストレートを右腕ライフルの防御プレートを叩きつけて軌道を逸らす。

 

 間合いを離そうとバックブーストを吹かした直後、砲弾のような飛び膝蹴りがイフリート・ゲヘナの胴体に直撃する。

 

「ぐ──ッ!?」

 

 分厚い増加装甲のおかげでコクピットを潰されることこそなかったが、衝撃によってレイの集中が乱されて回避動作が僅かに遅れる。

 

『こっからはもっとギアを上げていくぜ──ッ!』

 

 相手の晒した隙を逃さず、着地したジーエンアルトロンが拳を振りかぶって飛び出す。なんとか反応したレイが残ったシールドで弾丸のごとき鉄拳を防ぐが、イフリート・ゲヘナの背後に抜けたタイガーウルフは一瞬で転身して再び突撃する。

 

 着地からの転身があまりにも素早い。ガンプラの動きとは思えないそれは、まさに狼の素早さと虎のしなやかさを体現していて。

 

『おらおらおらッ!』

 

 正拳、肘鉄、手刀に足刀。あらゆる格闘技から独学で学んだであろう数々の打撃技がイフリート・ゲヘナを打擲(ちょうちゃく)する。「ギアを上げる」という宣言の通り、いっそう動きが素早くなったジーエンアルトロンにレイは翻弄され、反撃もままならずサンドバッグのごとく攻撃を受けることになる。

 入れ替わり立ち代わりあらゆる方向から襲い来るジーエンアルトロンの猛攻。一機であるにも関わらず、それはまるで複数の狼が連携して獲物を狩る姿を彷彿とさせた。

 

 これだけの猛攻に晒されてもなお撃墜されていないのは、虎武龍での訓練でレイ自身の反応速度と操作性が向上していたおかげで、どうにか致命傷だけは避けて、装甲の厚い部分で打撃を受けることが出来ているからにすぎない。

 

「このぉッ!」

 

 もちろんレイとてこのまま黙って一方的にやられ続けるつもりはない。

 

 徐々にタイガーウルフのスピードにも目が慣れてきたことで、相手の攻撃リズムを掴み、隙とも言えないような僅かな挙動の間隙をついて、刹那の間に狙いをつけると迫りくる敵機へ向けて幾度目かの迎撃のビームを放つ。

 

 横方向からの攻撃に機体を斜め後方に移動させながらの射撃はしかし、

 

『──ぜあッ!』

 

 気合を込めたタイガーウルフの拳、その裏拳によって弾かれて、またも打撃をその身に受ける結果となる。

 

「くぅ──ッ!」

『近接のビーム対策としちゃ切り払いが有名だがな! なにも()()は剣だけの専売特許じゃねぇ!』

 

 これまでの攻防で何度か見せられた絶技。ジーエンアルトロンはその拳で、足で、イフリート・ゲヘナの放つビームを弾いては軌道を逸らし無力化してしまう。

 レイの作製したガンプラはハイランカーを相手にしても戦えるポテンシャルを秘めている。しかし、タイガーウルフの技量と機体の性能はそれを凌駕していた。

 

「──ッ!」

『──だから、そんな()()()()()モンなんざ食らうかッ!』

 

 ビームがダメなら実弾。当然ながらレイもそう考え、バックパックに備えたフラウロスから流用したショートバレルキャノンを放つが、接近してくるジーエンアルトロンは獣のように地に伏せると、その背中を弾頭が通り過ぎる。

 

 GBNにおいてはビームよりも弾速に劣るよう設定されている大型実弾兵装では、虎のごときしなやかな動きを見せる相手を捉えることが出来ない。ここまでの戦いで、レイも手を変え品を変えて中てようとしていたが、全て見切られて躱されていた。

 

 ビームは弾かれ、実弾は躱される。ここまでなんとか持ちこたえていたものの、レイには相手を倒す手札が無かった。

 

(少しづつだけど攻撃は見えるようになってきた……でも、)

 

 セナほど劇的にとはいかないが、レイもこの戦いの中でダイバーとして確実に成長しつつある。

 

 あるいはこのまま続ければ、いずれはジーエンアルトロンの速度にも対応できるようになるかもしれないが……その前に機体が蓄積したダメージに耐えられず、敗北するほうが先だろう。

 

(分の悪い賭けになるけど──勝負するにはここしかないッ!)

 

 コクピット内はレッドアラートが灯り、機体のコンディションを示す画像には「HAZARD」表示が乱れ飛ぶ。増加装甲は罅だらけで、シールドも至る所がへこみサブアームからは火花が出ている。

 

(それにしても……ああ、なんて、なんて──()()()()()()()()()

 

 圧倒的に不利な状況。しかしながら、レイの瞳はぎらぎらと輝き、口角は吊り上がる。

 

 分の悪い賭け? そんなの、()()()()()()()

 

 全力を賭してなお届かない頂が目の前にある。レイにとってこれほどやる気を煽るものはない。遥かな頂上へ向けて一歩一歩進む。その実感を得ることが出来るから、彼女はガンプラバトルが大好きなのだから。

 

『俺の攻撃にここまで耐えるとは大したもんだ……だが、それも限界みたいだな!』

 

 満身創痍のイフリート・ゲヘナ。ジーエンアルトロンの猛攻に耐え続けた代償に、関節部が軋む音を立てはじめたことで、好機と見たタイガーウルフはとどめを刺さんと一際力強く踏み込む。

 

『これで終いだ!』

 

 ジーエンアルトロンが拳を引いた瞬間、イフリート・ゲヘナはシールドを前面にかざす。

 

『無駄だ!』

 

 突き上げるように放たれた一撃は、積層された外殻を破り、千切れたサブアームごと盾を上空へと撥ね飛ばす。

 

「まだッ!」

 

 続いて繰り出された逆の拳。それに正面からぶつけるようにイフリート・ゲヘナの片腕が突き出され、前腕のライフルの銃身をひしゃげさせながらも、どうにかそれを受け止め、

 

「ここッ!」

『──ッ! あめぇッ!』

 

 ここまで温存した隠し腕。イフリート・ゲヘナのフロントスカートから飛び出した二本のヒート・ナイフが、ジーエンアルトロンのコクピット目掛けて下から突き出されるも、両脇から伸びたジーエンハングがその牙でもって必殺の刃を噛み砕く。

 

「……!」

『悪あがきもここまでだな!』

 

 鎌首をもたげるようにこちらを向いたジーエンハングに焔が灯る。

 

 至近距離からの火炎放射。その威力は皮肉にも、炎の魔人の名を冠するイフリート・ゲヘナを灼きつくすに十分だろう──

 

「ふっ──」

 

 だが、ここでレイは僅かに笑い、ひとつの武装を選択する。

 

『──てめッ、まさか!?』

 

 開かれたイフリート・ゲヘナの胸部の増加装甲。そこには多数のグレネードが弾頭を覗かせて──

 

「──パーティタイムだッ!」

 

 ──レイはなんの躊躇もなく、むしろ実に楽しそうに発射トリガーを引く。

 

 ほぼ密着状態。至近距離からの全弾放射。

 

 レイの乾坤一擲の反撃は、ジーエンアルトロンがその拳をイフリート・ゲヘナのコクピットへ突き立てるよりも僅かに早かった。

 

『正気かよッ!?』

 

 

 爆炎に包まれる二機のガンプラ。

 

 

『ぐおおおおッ!?』

 

 上半身へもろにグレネードを受けたジーエンアルトロンが、爆炎を突き破って大きく吹き飛ばされて仰向けに倒れ込む。

 

 ダメージアウトこそしなかったが、ジーエンアルトロンをもってしても決して無視できないほどのダメージを負い、ジーエンハングにいたっては頭部が完全に吹き飛んで、アームからバチバチと危険な放電(スパーク)が起きている。

 

『まさか自爆するとはな。勝負を諦めたか……正直、少し残念だぜ、レイ』

 

 ジーエンアルトロンを起き上がらせたタイガーウルフは、敵機の反応が消えたレーダーを一瞥して、やや落胆したような声で呟いた。

 

 確かにあのままでは、いずれイフリート・ゲヘナの装甲値が尽きて負けていただろう。しかし、自爆してまで引き分けにしようなどというのは、彼にとって勝負を捨てているようなもので──

 

 

 

「──誰が諦めたって?」

『──ッ!』

 

 立ち上がったものの構えすら取らず無防備を晒していたところに、爆炎の向こうから聞こえた声にタイガーウルフが反応して振り返るのと同時に、視界を覆う煙幕を突き破ったふたつの何かがジーエンアルトロンへと迫る。

 

 ──それは先端にドリルを備えた鞭。イフリート・ゲヘナのスクリューウェッブだった。

 

 まるで蛇が獲物を締め上げるようにして、ジーエンアルトロンの獣を模した肩から二の腕にかけ、両椀にそれぞれ巻き付いたスクリュー・ウェッブは、恐ろしいパワーを発揮して一時的にタイガーウルフの動きを止める。

 

 双頭の蛇を操る主、イフリート・ゲヘナが機体名の示すように爆炎を纏って現れ、一直線にジーエンアルトロンへと向かう。

 

「これで決める!」

『──へッ、楽しませてくれる!』

 

 増加装甲を全て脱ぎ捨てて迫りくるレイを見て、タイガーウルフもまた、実に楽しそうに犬歯をむき出して獰猛に笑う。

 

 グレネードを用いた自爆戦法はブラフ。

 

 半数を煙幕弾にすることで自機へのダメージを最小に抑え、なおかつ発射と同時に装甲を強制パージし、その反動で機体を後方へ無理やりに下げて生き残る。

 煙幕のジャミング効果により短時間だがレーダーを欺き、あたかも相打ち狙いで自爆してしまったように装って敵が最も油断する時に奇襲を仕掛ける。

 

 ──奇襲奇策は弱者のペテン。などと言われることもあるが、タイガーウルフと比較すれば今のレイは弱者なので、これはまさに正しい戦術だった。

 

『拳が使えなくたってな──』

 

 迫る敵機の残された武装。片腕に装備されたライフルの銃口に光が見え、それに合わせるようにタイガーウルフが蹴りの構えを取り──

 

「そこッ!」

『なにぃッ!?』

 

 軸足に力がかかり、僅かにジーエンアルトロンの足首が動いた瞬間、イフリート・ゲヘナの放ったビームが軸足の踏ん張っていた地面の付近へ着弾して陥没させたことで、蹴りを放とうとしていたタイガーウルフの重心がブレて僅かにバランスを崩す。

 

 このバトルで散々タイガーウルフの攻撃を受け続けたこと、虎武龍にて武道の基礎を学んだことで、レイは彼の動き出しのタイミング──武道で言う起こり──を把握できるようになっていた。

 

 完璧なタイミングで狙い撃ったレイの一手は、まさに絶好のチャンスへと繋がる。

 

『こしゃくなマネを──!』

「──ッ!」

 

 もはや言葉もなく、レイがコンソールを操作すると、イフリート・ゲヘナの拉げたほうの前腕が脱落し、丁度肘あたりにビームサーベルの発振口が出現。そこからビーム刃を展開。

 オーガとの戦いでも見せた秘めたる刃。最後の武器を手にジーエンアルトロンへ迫るイフリート・ゲヘナ。

 

 態勢を立て直したが既に遅く、もうすぐそこまで迫る切っ先を前にしてもなお──タイガーウルフは嬉しそうに笑った。

 

『──いい気概だ。だからこそ、俺も()()()やろう』

 

 

 

 大地を揺らす獣の咆哮が天を裂いて響き渡った。

 

 それは狼と虎、それぞれの頭部を模したジーエンアルトロンの肩から発せられたもので、その肩部パーツがスクリューウェッブを引きちぎりながら機体から離脱、両椀の拳にドッキングされる。

 

 金色に染まるジーエンアルトロン。

 

『こいつが俺の全力──いくぜ! 奥義ッ! 龍虎狼道ッ!!』

 

 初撃に見せたそれよりも威力も範囲も格段に強化されたタイガーウルフ必殺の一撃。

 

 双頭の獣の顎から放たれる黄金の奔流へ、ビームサーベルを突き出したイフリート・ゲヘナは一切の躊躇いもなく飛び込んでいく。

 

「──届けぇぇぇッ!」

 

 今のレイの全てを掛けた一撃。残存エネルギーを全てサーベル出力に注ぎ込み、ハイパービームサーベルのごとく巨大化した光刃はタイガーウルフの全力の必殺技と拮抗し、波濤のごとく迫る巨大な龍を切り裂いて進む。

 

『やるじゃねぇかレイ。だが──』

 

 磨き上げ、絶対の自信を持つ己の技に抗ってみせるレイの姿を嬉しそうに見るタイガーウルフだったが……

 

『──()()お前さんじゃ、まだ俺は越えられねぇ……いや、()()()()()()

 

 その言葉に呼応するように、龍虎狼道のエネルギー波の中を進むイフリート・ゲヘナの足が止まる。

 

「──畜生ッ!」

 

 ビームサーベルを発振していた腕部から爆発が起こり、肩の付け根から腕がガクガクとブレてサーベルの出力が下がる。

 

 ダメージを計算したとはいえグレネードの爆発を間近で受けて損傷し、無理をさせ続けた機体はついに限界を迎えて、スラスターが火を噴き関節各所にスパークが走って──

 

「……ああ、くそ……悔しいなぁ」

 

 レイの呟くような声を残し、イフリート・ゲヘナは金色の波へと呑まれる。

 

 

【BATTLE ENDED】

【WINNER TIGERWOLF】

 

 

 愛機が爆散し、バトルエリアが解除される中で、空中に投影されたバトル終了のアナウンスを見上げながらレイは悔しさを噛みしめる。

 

 格上だとかハイランカーだとか関係なく、ガンプラバトルで負けるのはやはり死ぬほど悔しくて、こればっかりはGBNでもGPDでも違いはなかった。

 

 

 

「……次は、勝ちますから」

「……へっ、楽しみに待ってるぜ」

 

 機体から降りたタイガーウルフは、少しだけぶっきらぼうに告げられたレイからのリベンジ宣言に対し、実に楽しそうに笑って拳を差し出す。

 

 己のよりも大きく、無骨で毛皮に包まれたそれに、レイは無言で、こつん、と拳を当てた。

 

 こうしてレイの虎武龍での修行は、いったんの終わりを迎えた。



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マスプロダクション

 朝の陽ざしに暑さを感じるようになり、学生たちが期末考査とその後の夏休みに思いを馳せるようになる頃。

 

「あー……」

 

 いつもの桜庭邸の世那の自室。そこにあるソファには一体のゾンビとなった嶺が横たわっていた。

 

「嶺、大丈夫?」

「うぅ……VR酔いって、こんな……なんなのあのゲーム。GBNと全然違うじゃない……」

 

 右腕で目を覆ってうめき声を上げる頭の隣に、ちょこんと腰かけた世那が少しだけ可笑しそうにしながら訊ねると返ってきたのは絞り出すような弱々しい声であった。

 

「操作方法にかなり癖があるって言ったでしょ? なのに、『思考操作が出来るならなんとかなる』とか『虎武龍で修行したから』なんて自身満々に言い切っちゃって」

「……くっ、なにも言い返せない……」

 

 やったこともないゲームに思い込みと勇み足で無駄にイキり散らかした挙句、様式美のように撃沈した友人の態度がツボに入ったのかくすくすと笑う世那。

 

「はい、これ」

「……うぅ、ありがと」

 

 嶺の額にぺたりと冷たい感触が広がる。世那が用意した冷却シートを貼ってやれば、再び腕で顔を隠しても耳が赤くなっているのが見える。

 

「だって、まさか武器さえ碌に扱えないなんて予想できなかったんだから仕方ないでしょぉ……」

 

 顔が赤いのを隠せないまま不貞腐れたように嶺が返せば、その声を聞いて彼女の調子が戻ってきたと感じた世那。嶺がこのような状態になったのは、世那がGBNより前にプレイしていたという対戦要素を持ったロボットアクションゲームを好奇心から触らせてもらったことが原因であった。

 

 一部に熱狂的(コア)なファンを持つそれは、確かに思考操作でパイロットとなる電子の体(アバター)を動かすものだったが、肝心の機体の操縦方法がGBNのそれとは似ても似つかないものであった。

 

「まあ、でも。嶺がわたしに【阿頼耶識】を薦めてきたのは間違いじゃなかったのは凄いと思うよ」

「世那から話を聞いて、なんとなく似てるなって……でも、まさかあそこまでとは思ってなかったけどね……」

「あはは、プレイログ見たけど、見事に背面武器がただの重りになってたね? それでストーリーミッションの序盤で──」

「言わないでー……! 散々イキってたのは謝るからぁ……」

 

 なにせ件のゲームときたら、ロボゲでありながら、武装や推進器も含めた()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、意識的に動かさなければならないという、およそ操作性という言葉を宇宙の彼方に放り投げたようなものだったのだ。ただでさえロボットアクションゲームというジャンルは、プレイヤーに求める操作が煩雑になりがちなのに、そのような文字通りの()()()()を要求されてすぐさま適応できる者などごく僅かだろう。

 

「私のっ……、肩や背中にはっ……、キャノン砲やミサイルポッドやスラスターは付いてないのよッ……っていうか、あの操作性であんな鋭角旋回しながら手動照準で偏差射撃当てるとかどうなってんの!?」

 

 以前に見せてもらった世那のプレイログを思い出し、あまりの理不尽さにさっきとは違う意味で顔を赤くする嶺。そんな彼女を世那は「どうどう」と落ち着かせながら、

 

「慣れちゃえばそんなに難しいものじゃないよ」

 

 と普通よりもズレた感性によるフォローを入れる。そんなことを聞かされた嶺は思わず脱力して溜息をついた。あんな操作性最悪のゲームをして、「慣れればどうとでもなる」と言ってしまえるのはごく一握りの者たちだけだ。

 

「でも、ま、これで確信できたわ。やっぱり()()()()()()()を手に入れるのが、カイムの強化プランの中で一番効果があるってね」

「二人がかりで結構調べたもんねー」

「プラグインかぁ……セナに言われるまであまり気にしてなかったのは失敗だったわ。ガンプラ作りのほうにだけ意識がいってて、デカールパーツの知識のまま止まってた」

 

 嶺がGBNを始めた当初、彼女は慌ただしい私生活のストレス発散のため、ガンプラバトルの出来る環境だけを求めていた。とりあえず誰かとバトルが出来ればいい。そのように考え、野良バトルを繰り返し、やがてヴァルガにたどり着いた。

 面倒な手続き──フリーバトルのマッチング相手を探したり、メンツが揃うのを待ったり──をせずともインすれば即座にバトルが行える。そんなヴァルガでそこそこに戦えてしまった事で満足してしまい、GBNでの知識を求めることなく一年近くも日課、いや惰性で戦っていた。

 

 嶺を擁護するなら、実質的な一人暮らしをしながら高校に通い、祖父の見舞いもしなければならなかったため、調べものをする余裕が無かった、という事情がある。

 

「それならわたしにも責任があるよ。GBNのプラグインって、他のゲームだとスキルビルドと同じようなものなんだから、重要性に気づかないなんてありえないし、カイムに乗るのは自分なのにそれを疎かにしてたんだもん」

「……あー、やめやめ。この話題、ここんとこ繰り返してるけど生産性がないもの。私も世那も十分に反省はしたし、おかげでイフリート・ゲヘナの改修やスキルの見直しが出来たから、それで良しとしましょ」

 

 ここ最近の二人はあまりGBNにはログインせず、プラグイン関係の情報収集に加えて、嶺は機体(ガンプラ)の細かい改修に努めていた。

 検証スレや解説動画を漁り、プラグインの販売リストやトレード目的のSNSを眺めて、GBNでのスキル──プラグインによってガンプラに追加できる特殊効果──に関する知識のアップデートを行ったことで、よりGBN(ここ)での戦いに適応することが出来た。

 

「それにしても、通称「真なる阿頼耶識」ねえ……鉄血系ガンプラにだけ使える操縦系プラグインなんだけど……まさか、世間で()()呼ばわりされてるようなのを探すことになるなんてね」

「普通の阿頼耶識と比べてレスポンスが過敏すぎて使えないのに、たしか結構なレアなんだよね?」

「そ。でも()()()()()()()()()で、あれだけ自由に動ける世那ならきっと──」

「──使いこなしてみせるよ。それでもっと強くなれるなら」

 

 楽しそうに、しかし同時に不敵な笑みを見せる世那。そんな彼女を見る嶺もまた実に楽しそうだ。

 

「さすが世那ね……にしても、入手条件が厳しいくせしてクリア報酬に設定されてるミッションがねー。連戦で(長くて)ボスが強くて(面倒で)旨味がないもんだから、出回ってるの見たことないわ」

「入手できるミッションをプレイするダイバーがそもそも少なくて、それに加えて出現率も低いってなかなかアレな感じだねえ」

「コレクション目的での需要も今となってはほぼゼロだから、持ってるダイバーもわざわざトレードや買取に出してこないっていう、ね……」

 

 そう言って体を起こした嶺がぐっ、と伸びをする。ここ最近、バトルを控えて調べものを優先していたため、それなりに疲労感を覚えていたが、虎武龍での修行とタイガーウルフとの手合わせによってVRでの操作技術を学び、世那と協力して知識面も補強したことで、嶺は久しく感じていなかった成長を実感して充実していた。

 

「あぁ~……それじゃ、今日から頑張ってマクギリス(マッキー)をボコるかぁ~」

「……」

 

 真なる阿頼耶識、正式には「阿頼耶識(厄祭戦仕様)は、鉄血のオルフェンズの原作再現ミッションのクリア報酬として入手することができる。

 原作の中でも最終戦となるために、敵NPDも相応に手強くなっているマクギリスとガエリオの宇宙での戦い。さらに難易度はHARD以上のそれに介入して、マクギリスのガンダム・バエルを()()()()()()()()した状態でクリア……鉄華団の非戦闘メンバーの離脱を成功させることで、クリア報酬としてランダムに入手できるものだ。

 ミッションをクリアすること自体がなかなかに困難なうえ、確定で貰えるわけではなく、さらに入手確率も五パーセントほどだという。

 

 これは周回必須だなぁ、と嶺がぼんやり考えていると、不意に世那が元気をなくして少し俯いているのに気づく。

 

「? 世那、どしたの?」

「……なんかごめんね。マラソンに付き合わせちゃって」

「いいのいいの。世那には私のアブソーブシステムの時に手伝ってもらったし、ガエリオ捌きながらバエル墜とすのはナノラミ持ち相手の立ち回りの練習にもなるから」

 

 しょんぼりする世那の頭を嶺がわざと少し乱暴にうりうりと撫でる。友人を自分の都合に付き合わせている事に変な罪悪感でも感じているのだろう。バトルの時はあんなに大胆で不敵だというのに、この友人()はリアルだと変に気を使う。そんなギャップが少しだけおかしく、愛おしい。

 

「わわわわっ……! もーっ……ぐりぐりするのやめてー。って、あ、今思い出したんだけどそのゲーム、新規獲得のために操縦のほうも思考操作で入力できるようになるらしいよ」

 

 頭をなでくりまわされた影響なのか、嶺にとってどうでもいい情報を思い出した世那が告げると、

 

 

「もう二度とやんないわよあんなクソゲー!」

 

 

 という嶺の魂からの叫びが返ってきたのだった。

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 今日も今日とて盛況なGBNの中では、実に大勢のダイバーたちが行き交っている。世間ではそろそろ学生のテスト期間が迫っているのだが、世界規模でアクティブユーザーを抱えているこのゲームにおいて、その影響は微々たるもののようだ。

 

 そんななか、場所はセントラルディメンションのロビータワー内にある飲食店。店内のボックス席には向かい合って座る三人の男たちがいた。

 

「──ああ、わかった。それは仕方ない。うん。うん。ああ、大丈夫──」

 

 一人は優男風の外見をした金髪の若い男。鉄血のオルフェンズに出てきたギャラルホルンという組織の制服姿で、誰かと連絡をしているのか通話アプリで会話をしている。その隣に座る地球連邦軍のパイロットスーツ姿の男と、二人の対面に座る恰幅のある少年──こちらは鉄血の主人公陣営である鉄華団のジャケットを着ている──は、それぞれの手元にホロウィンドウを展開してなにかを調べている様子だった。

 

「……やっぱりダメですね。ダイフク、そっちはどうです?」

 

 パイロットスーツ姿の男が顔を上げて対面に声をかける。その顔はどのような表情なのかうかがい知ることはできない。なにせ彼の頭部はパイロットスーツに付属するフルフェイスのヘルメットによって完全に覆われ、本来透明なはずのシールド部分にはスモークがかかっていたからだ。

 

「あ~……ダメだお。全っ然手ごたえなし」

 

 体格と服装からどこか鉄血のオルフェンズに出てきた「ビスケット・グリフォン」を思い起こさせる少年が応えると、パイロットスーツの男はがっくりと項垂れた。

 

「ですよねぇ……僕らの出せる報酬額じゃ、今日いきなりフォース戦の助っ人に来てくれるような手合い、それを二人も雇うなんて──」

「この前手に入れたレアプラグイン、売れる気配がねーお」

「……え?」

「……ん?」

 

 項垂れた男がヘルメットの頭を上げて首を傾げると、ダイフクと呼ばれた鉄華団ジャケットの少年が鏡合わせのようにこちらも首を傾げては不思議そうにしているのが見える。

 

「……もしかして、さっきから眺めていたのって」

「GBNのアイテムトレード系の板だけど──オーケーオーケー、落ち着けおデッキー。ロビータワー(ここ)じゃPK出来ないしやる意味もないお」

 

 無言で立ち上がり、流れるような動作で腰のホルスターから拳銃を抜いたデッキーと呼ばれた男に対して、ダイフクはへらへらと笑いながらもあまりの気迫に冷や汗を浮かべて両手を上げ降参の意を示す。VRのはずなのに、己の額にごりごりと押し付けられる銃口の冷たさが嫌にリアルだった。

 

「君ってやつは……わかってるんですか!? あと三十分でフォース戦が始まるんですよ!? もしメンツが揃えられなければ、対戦相手の五人と僕らは三人で戦わないといけなくなるんですけど!?」

「ンなこと言ったって、もともとこんな土壇場で()()を雇うのが最初っから無理筋なんだお。相場より割り増しで報酬を払えるなら可能性もあるけど、ウチのフォースじゃ用意できる額じゃねーし。なんならこの店の中で他のダイバーに声かけたほうがワンチャンあるまであるお?」

「……そりゃそうかもしれませんけどね、野良募集は事前に腕前がわからないのでリスクが高──「今そんな贅沢言える立場かお?」──くっ……」

 

 野良募集──知り合い以外の他人から協力者を募る行為──のリスクを説明する自分に被せる形でのダイフクの意見に、デッキーは思わず押し付けた銃口を降ろす。

 

「……どーもV・D(ヴィーディー)のほうもダメっぽいし、こうなったらオイラが適当に声かけてきてやるお」

 

 フレンド登録したダイバーやアライアンスを結んだフォースへ向けて、助っ人の申請している金髪の優男(V.D.)の様子をダイフクが顎で示せば、色よい返事がひとつもないことは明白で、溜息とともに脱力したデッキーはついに腰を落とした。彼とてこのタイミングで追加料金もなしに傭兵を雇うことは不可能だと薄々は理解していたからだ。

 

「じゃ、時間もないしちゃっちゃと行ってくるおね」

「ちょ、待っ」

「大丈夫大丈夫。こないだのいちパー報酬のレアプラグイン手に入れたみたいに、オイラは()()()()人間なんだお」

 

 その引き当てたレアプラグインはどこにも需要がないクソレアだったじゃねーか──というデッキーの声が出るより先に、立ち上がったダイフクが体格に見合わない俊敏さで席を離れていくのを、彼はただ見送ることしかできなかった。

 

 しかしこの時においてはダイフクの言った通りになる。

 

 なにせ彼らがいた席のすぐ近くに、今しがたミッションを終えた無類のバトル好きどもがやってきたのだから。

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

「っはぁ~……出ないぃぃぃ……」

「ふへー……さすがに疲れたねー……」

 

 奇しくもダイフクたちがいるのと同じ店内で、レイとセナは互いに向かい合って座ったままテーブルに突っ伏して脱力していた。

 

 真なる阿頼耶識を手に入れるために、ログインしてから何度も同じミッションに挑んでいたのだが、さすがにHARDモードの連戦ミッション。それも鉄血のオルフェンズのラストバトルを再現した長丁場のものに十回以上挑んでも全く出ない結果はバトル好きの二人をしても、一旦クールダウンという名の小休止を必要とするほどには精神的に辛いものがある。

 

「自分の屑運が忌まわしい……」

「わたしも引きが強いほうじゃないからねー……」

「だいたいミッション報酬でしか手に入らないくせして、出現率が妙に低いのがクソなのよ。このさい値段はいいからショップでも売ってよ……」

「たしか、通常クリアで一パーセント、特殊条件クリアで五パーセントだっけ?」

 

 テーブルに頬をつけたままのレイが手元にホロウィンドウを呼び出し、件のミッションを有志が検証して出した報酬の一覧を見る。

 

「そう。マッキー生け捕りで基本報酬とは別枠で五パーセントで出るはずなんだけど」

「いちおう基本報酬の五倍の確率だね」

「五倍って言われると凄いけど元が一パーじゃねえ……」

「……昔の人は言いました。出るまで回せば必ず出ると」

「……それ、いつになるんですかねぇ」

「さあ……?」

 

 ぶーぶー文句を垂れながらレイが店内メニューのホロウィンドウを操作して自分の注文を入力すると、対面のセナへ向けてそれを滑らせる。

 

「ミッション自体も連戦形式で長いし、難易度も高いから敵のAIの性能が高くて、ルーチンが通用しない(脳死で周回できない)のが周回向きじゃないよねえ」

 

 受け取ったセナもミッションの面倒さに辟易しながら同じく注文を入力。

 

「そんでもってやたらとレアなクセに、需要は現状ほぼほぼ無いっていう状態なもんだから、トレード系のSNSや商人系ダイバーのコミュニティでも見かけないし」

「まあ毎度毎度マクギリスとガエリオのタイマンに乱入して、ガエリオ(NPD)より先にバエルを行動不能にしないといけないのが地味に大変だよー」

 

 注文が終わると二人はすぐさまそれぞれ手元に新たなホロウィンドウを立ち上げる。この休憩時間を利用してあらかじめ登録していたGBN関連のSNS、その中でもゲーム内アイテムを取引しているものをチェックするためだ。もしかしたら誰かが気まぐれで出品している可能性もゼロではないのだから。

 

 だが、それはそれとして、欲しいものがなかなか手に入らないというのはフラストレーションが溜まる。しばし無言でホロウィンドウを眺める時間が過ぎてから、二人は同じタイミングで顔を上げると、互いに目を合わせてから疲れたように溜息を吐いた。

 

「うーん……期待してなかったけど、やっぱりないねぇ……」

「はあ……どっかの変人が出品してないかしらね。真なる阿頼耶識──」

「それ、オイラ持ってるお」

 

 突如上から降ってきた声に二人の少女が揃って顔を上げると、そこには鉄華団のジャケットを羽織った一人の少年ダイバーが立っていた。

 

「真なる阿頼耶識、探してるのかお? プラグインの?」

「……えっ、うん」

「……どちらさま?」

 

 咄嗟に肯定したセナと会話を聞かれていたことに警戒感を露わにするレイ。それぞれに対応は異なるも、その身にじわりと闘志を滲ませる反応は同じで、ヴァルガを主戦場(遊び場)としている者特有の剣呑な気配に、声をかけたダイバーは背筋に悪寒を覚えて思わず少し後ずさった。

 

「──おっとと……いやあ、そんなに警戒しなくていいお。なんせ、あんな使()()()()()()プラグインを欲しがるなんて、ずいぶんと変わってるなって気になっただけだから」

「……まあそれはその通りかも。でもね、これだけ同接が多いゲームなら、どんなアイテムやプラグインだろうが欲しがる人ってのはどっかにいるもんでしょ?」

「そりゃそーかもしれんおね」

 

 内心は結構焦っている少年が誤魔化すように話を振れば、レイは一般論を持って返す。

 

「それで、聞いてくるってことは君は持ってるの?」

 

 このエリアにおいてダイバー同士では直接的な悪さをできないことを知るセナが、まだるっこしい駆け引きを嫌って直球で問えば、彼は口角を上げて不敵に笑う。

 

「もちろん。これが証拠だお」

 

 そう言ってレイたちの方へと放られたトレード用のホロウィンドウには、確かに彼女たちが探してやまなかった真なる阿頼耶識の文字があった。

 

「……うわ、マジで持ってる」

「おー。あんまりにも出ないもんだから、ちょっと存在疑ってたけど、ホントにあったんだねー」

 

 少し引き気味のレイと心底感心しているセナはしかし、揃ってどちらも驚いたリアクションを取り、

 

「で、そっちはこれ幾らくらいで譲ってくれるの?」

「レア度に応じた相場のBC(ビルドコイン)なら払うよー」

 

 さっそくとばかりにレイが交渉を持ちかける。幸いにして、と言えるのか結果的に高難易度ミッションを周回するハメになっていた二人の懐はそれなりに潤っている。だからこその提案だったのだが、件の少年ダイバーは少し意外な事を言ってきた。

 

「それなんだがお……実は今からフォース戦なんだけど仲間が二人、間に合いそうにないんだお。だから傭兵として参加して手伝ってくれないかお? これはその報酬として渡すから」

 

 相手の提示した条件を聞いた二人は思わずきょとんとする。なにせ想定していたBCの額に比べれば、それはレイたちにとってかなり好条件なものだったうえに、

 

「それはいいけど……私たちの実力を確認しなくていいの? フォース戦の傭兵枠として頼るなら、相手の戦績を確認するのは当然でしょうに」

「それにもし負けちゃった時、やっぱ報酬はナシ、とか言わない?」

 

 実力が分からないような手合いをフォース戦に誘う、ということは普通はしないからだ。個人的な試合ならともかく、フォース戦となれば所属するメンバー全員に関わること。そんな大事な戦いの援軍を、強さもよくわからない初対面の相手に頼む事に違和感があったからで。

 

「報酬は勝敗に関係なく払うから安心するお。……いやあ、もうぶっちゃけるけど、実はウチのフォースってこの土壇場で傭兵雇うための割り増し料金払えるほど蓄えねーんだお。で、さっきまで片っ端から知り合いに連絡したりと足掻いてたんだけどダメで、そこにたまたまあんたらの会話が聞こえてきたもんだから、こりゃツイてるなって思わず声かけたわけ」

 

 しかしそれも彼らが直面する問題を聞けば納得できるものだった。

 

「なるほど。それならまあ」

 

 と、その言い分に頷いたレイが対面へと視線を送れば、

 

「ん。わたしは問題ないよ。それに今日はログインしてからNPD戦ばっかりでちょっと飽きてきてたところだし、対人戦が出来るならそっちがいいなー」

 

 セナが少し苦笑交じりに肯定する。そして彼女の言うことは今のレイにも心底同意できるものだった。

 

「はは……確かに。じゃあ決まりね。それで……そこまでして対戦したいっていうことは、相手は有名なフォースだったりするの?」

 

 方針が決まれば後は気になるのは対戦相手の事。需要がないとはいえレアものと言えるプラグイン。希少性を考慮すればほぼ赤字とも言える報酬を用意してまで対戦したいとなれば、おそらくは格上か有名所かとレイは考える。

 

「もしかしてAVALON? それともSIMURUG?」

「いやなんでランキング一位と三位が真っ先に出てくんだお……」

 

 期待に目を輝かせたセナが知り合い(戦いたい相手)のいるフォース名を上げるが、聞いた少年はちょっと引き気味に否定した。

 

「古参の有名フォースじゃねーけど、ここ最近話題になってる連中だお」

「へえ」

「お、いいねー」

 

 セナの質問に鼻白んだもののバトル好きな二人のノリの良いリアクションに気を良くした彼は、対戦相手の名前を少しだけもったいぶってから告げる。

 

「そいつらの名前は()()()()()()()()。下部組織とはいえ第七機甲師団直属のフォースを倒した新鋭のフォースだお」



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VSビルドダイバーズ 開幕

 最近のGBNで行われたフォース向けのイベントバトルに、新規フォースを対象としたものがあった。

 

 参加メンバーは五人を上限としての殲滅戦──文字通りどちらかが全滅するまで終わらない形式──のそれは、フォースを組んだばかりのダイバーたちがチームとして連携し、NPDではないプレイヤー(人間)と戦うことに慣れるためのもの。

 いわばニュービーたちの練習のためのイベントで、その報酬もアクセサリデータひとつという特筆するようなものではなかった。

 

 しかしそこに参加したフォースの中でひときわ注目を集める一団がいた。

 

【第七士官学校】

 

 【智将】という二つ名を持つ有名ダイバー。軍服を着た二足歩行のフェレットそのままの姿で有名なロンメルが率いるランキング二位のフォース【第七機甲師団】と似た名前の()()フォース。

 もちろん彼らがロンメルと無関係なわけがなく、実体は第七機甲師団の下部組織に位置づけられた新人のダイバーのみで構成された支部にあたる。

 

 この第七機甲師団だが、フォースの話題が出た時によく上がるのがランキング一位【AVALON】との比較である。

 

 個々人の戦闘力が突出して目立つAVALONとは異なり、トラップや戦術を積極的に活用しながら連携して戦うことを得意とするのが第七機甲師団とされているのだが、それは決してロンメル麾下(きか)の彼らが凡庸なダイバーという意味ではない。

 

 前回開催された最大規模のフォースバトルイベント「第十四回ガンプラフォーストーナメント」の決勝戦にて、AVALON(ランキング一位)を追い込んだ高度な戦術とそれを可能にする練達の兵士たちの実力は、第七機甲師団のフォースランキングがフロック等ではないことを証明している。

 

 そんな先達に鍛えられた彼ら第七士官学校のダイバーたちは、いわば()()()()()に近いものがあり、対戦カードが発表された時には、相手となるフォースへ同情するダイバーたちも少なくなかった。

 というか、一部からは「ロンメル大佐(あのもふもふ)大人げない」とすら言われてしまっていたほどだが、それも仕方のないこと。正真正銘のニュービーと促成栽培とはいえハイランカーたちに指導を受けた者たちとでは勝負になるかすら怪しい。

 

 約束された勝利──誰もがそう思っていたであろう戦いだったが、ここで番狂わせが起こる。

 

 なんと対戦相手であった【BUILD DIVERS(ビルドダイバーズ)】という全く無名のフォースが勝利するという結果になったのだ。

 これには試合を見ていた者たちも驚愕した。勝利したこと自体はもちろんだが、それに加えてビルドダイバーズ側は味方から一人も脱落者を出さないという、完全試合(パーフェクトゲーム)を達成したからだ。

 

 この事件によって無名の新参フォースだったはずのビルドダイバーズは、フォース戦をメインにしているダイバーたちの間で一躍話題となる。智将ロンメルの教え子を破った彼らを下せば自分たちの名が上がると考えたのか、はたまた純粋にその実力が気になったのか……下位ランクのフォースはこぞってビルドダイバーズへ対戦の申し込みを行うように。

 

 レイとセナに声をかけてきたダイバー「ダイフク」の所属するフォースもそんな中のひとつであり、彼らは運よくビルドダイバーズと対戦するチャンスを獲得することができた幸運な者たちだった。しかし好事魔多しというべきか、対戦当日になって二人のメンバーが交通機関のトラブルによって遅刻する事態になってしまう。

 

「もともとオイラたちは全員ガンダムベースからログインしてるんだけど、今日に限ってメンバーの乗った電車が途中で止まっちまったみたいなんだお」

 

 フォース「量産機魂」。名前が示すように量産機好きが集ったフォースである。

 

 聞けば彼らは全員が中学生だという。学生ダイバーあるあるなのだが、GBNへのログインを最寄りのガンダムベースやフルダイブVR対応のネットカフェのような店舗に頼っていることは多い。特にVRゲームの利用に際しては未成年だと店舗によっては利用を断られることもあるネットカフェよりも、そういった制約なく利用できるガンダムベースから接続している学生が殆どであり、むしろ高校生でGBNの個人用端末を所有しているレイたちのほうがマイノリティなのだ。

 

 席を移動してダイフクのフォースメンバーと相席になった二人は残りの面子を紹介された後、彼からそのように説明された。

 

「俺とダイフク、それからこっちのパイスー姿のDK-1(デッキー)は同じ学校なんだけど、遅刻してる二人は他県に住んでるんだ」

「彼らとはGBNで知り合ったんです」

 

 金髪の優男ことV・Dと連邦軍のパイロットスーツ一般兵そのままなデッキーと呼ばれる二人がそれぞれ補足を入れる。

 

「オンラインゲーム特有の問題ねえ」

「わたしもGBNを含めてフルダイブゲームは自宅でプレイしてたから、気にしたことなかったよ」

「まあそんなわけで、今日のフォース戦はどうしても棄権したくなかったんだお。だから二人が参加してくれてすんげー感謝してるんだお」

「ああ、それに関しちゃダイフクの大手柄だったな。リーダーとしても感謝してる」

 

 彼らの事情を聞いて納得するレイとセナにダイフクが改めて礼を言うとV・Dが続く。

 

「……それに実力のほうも申し分ないですしね」

 

 仲間二人の発言に手元のウィンドウに視線を送りながらデッキーが付け加える。彼の見ていたウィンドウには、ついさっきまでレイたちが周回していたミッションのバトルログが流れていて、宇宙空間でアリアンロッド艦隊を相手に大暴れする二機のガンプラが映し出されていた。

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 コクピットから眼下に広がるのは赤茶けた大地。地平線まで続く様は宇宙世紀に登場したとある場所を思わせて、乾いた風が砂塵を巻き上げるせいで視界が若干悪くなっている。

 初めてのフォース戦を行った森林地帯とは全く異なるその様と、まるで現実と錯覚するほど限りなくリアルに近い描画をされるフィールドに、リクはあらためてGBN(このゲーム)の凄さを再認識した。

 

 原型機と同じく青と白を主体に塗装された機体。その両肩にある円形型スラスターからは絶えず緑の粒子が放出され、それが煌めく尾を引きながら空を舞う姿はよくある推進器によって飛行するのとはまた異なる印象を抱かせる。

 

「ユッキーの言ったとおり、まるでテキサスコロニーだなあ」

 

 そうして地表を舐めるように低空を飛行するガンプラ、ガンダムダブルオーダイバーエースの中でリクが思わず呟くと、

 

「てきさすころにー?」

 

 彼のすぐ傍らから少女の声がオウム返しに聞き返す。操縦桿を握る少年に寄り添うようにして立つサラという少女が発したものだった。

 

『テキサスコロニーっていうのは機動戦士ガンダムの三十七話で登場した、放棄されて荒廃したコロニーのことだよ。ちょうど今いる場所みたいな感じで荒野が広がっているんだ』

 

 彼女の疑問に答えたのは通信ウィンドウに表示された丸眼鏡に大きな帽子の少年。ユッキーとは彼のことで、リクとは同じ中学校の同級生であり友人でもある。

 

『二人とも雑談はそれくらいにして、あらためて作戦を確認するよ』

 

 リクとユッキーの会話に割って入るようにポップした新たなウィンドウには、少し疲れたような雰囲気の青年の顔が映し出される。リクたちのフォースであるビルドダイバーズ、ニュービーの集まりである彼らの中では貴重なガンプラバトル経験者で熟練のビルダーでもあるコーイチだ。

 

『事前に説明した通り、このフィールドは遮蔽物となるものが少ない平坦な場所だね。唯一の特徴と言えば中央近くにある巨大なクレバスで、この付近で戦闘をすることになったら充分に注意すること。身を隠す場所がないけどそれは相手も同じだから、このまま索敵網を広げる形で移動して行こうか。もちろん、お互いにすぐカバーに入れる距離を維持してね』

『──つまり、行き当たりばったりでどうにかしろ、ってことでしょ? 変にカッコつけないの』

 

 丁寧に説明するコーイチだったが、それは新たに出現した通信ウィンドウの人物によってバッサリと切って捨てられた。引きつった顔になったコーイチのウィンドウ近くには、覆面をした鋭い目つきの少女の顔がある。ビルドダイバーズの中で唯一のSDガンダム使いであるアヤメだった。

 

『まあまあアヤメさん。第七士官学校の時みたいな罠が仕掛けやすい地形じゃないから仕方な──うわあっ!?』

『──ッ! 気を付けて! 狙撃だ!』

『チッ……! いったん合流は中止! このままノコノコ向かえば狙い撃たれる! 私は単独で隠れながら狙撃手を探すから、そっちは二人でなんとかして!』

『了解だ。……っ、こっちは遭遇戦に入った! リク君たちも気を付けて!』

 

 フォローをしようとしたユッキーの声が唐突に途切れ、続いてコーイチが緊迫した声で注意を促すのを最後に仲間たちの通信ウィンドウが消滅する。

 

「ユッキー! コーイチさん!?」

 

 通信が途切れて思わず声をあげたリク。しかし仲間の心配をする彼を嘲笑うようにレーダーが敵機の存在を捕捉した。

 

「──ッ! 速い!?」

 

 リクが意識をそちらへと向けたその時には、レーダーマップの端にあったはずの敵マーカーと自機の距離がみるみる近づき接敵距離目前にまで近づいてきていた。MSではありえない速度だった。彼自身も高機動タイプのガンプラを愛機としているダイバーだが、それでもこの速さは過去に遭遇した者の中でも類を見ないほど。

 

 そして──、

 

「……リク」

 

 もうすぐ敵機の目視が可能な距離に近づいたことで緊張に強張るリクの肩に、コクピットに同乗しているサラが手を触れてそっと見上げてくる。その大きな瞳に困惑を宿して。

 

「サラ? どうかした?」

「気をつけて。あのガンプラ、この子と戦えることを、その、すごく……喜んでる」

「バトルが好きってこと? でもそんなのGBNなら普通のこと──」

 

《CAUTION!》

 

「うわっと!?」

 

 いつもとは違う濁すようなサラの言葉が気になって聞き返すも、自機へ迫る攻撃に気づいて慌てて回避動作をとる。機体をバレルロールさせて軸をずらせば、そのすぐ脇をD.O.D.S系(螺旋状)エフェクトを纏った光条が掠めた。

 

「あれかっ!」

 

 お返しとばかりにスーパーGNソードⅡで応射するも、相手はリクの放つ射線をかいくぐるように斜め前方への鋭角な軌道を描いては次々と躱していく。

 あまりにギリギリを攻める動きのため僅かにビームがその紺青の機体を掠めるも、それが敵機を焼くことはなく()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。耐ビームコーティングとも異なるその現象を見て、リクは相手のガンプラがどんなものなのかその一端を掴んだ。

 

「……ナノラミネートアーマー!? けど、なんて完成度──ぐっ!」

 

 塗装技術が防御力に大きく影響するナノラミネートアーマーを、ここまで高い水準で再現している相手のガンプラの出来に驚く間もなく、地を走る稲妻のような軌道で低空を飛翔する敵機が、両椀に備えた大型の刃を振りかぶり加速を存分に乗せた一撃を見舞う。

 

『ご名答! キミのバトルログ見たよ! いい動きだった! さあさあ楽しいバトルを始めよう!』

 

 その動きにもなんとか反応してスーパーGNソードⅡを構えることができたリクだったが、敵機の斬撃の重さに思わず呻くと接触回線でもって相手が話しかけてきた。しかし操縦者の声を聞いたリクは困惑する。

 

「あなたは、誰です!? 今日の相手のフォースは全員が男性ダイバーだったはず……!」

 

 リクとて対戦する以上は相手フォースの情報を事前に仕入れている。今回の対戦相手は自分たちと同じく新米(ニュービー)なためか、さほど多くの情報を入手することは叶わなかったが、それでもメンバーの顔ぶれくらいは知りえていた。

 だが、彼らが調べたのはあくまで古い情報だった。対戦直前に相手側メンバーが交代する旨の連絡が来ていた事や、それによって変更されたメンバー表の確認を怠っていたのだ。

 第七士官学校を破ってからも破竹の勢いでフォースバトルを勝利し続けたことで、無自覚のうちに慢心していたのだろう。このあたりがまだまだニュービーらしい。

 

 

 両腕にそれぞれ構えたスーパーGNソードⅡで二刀を受けきり、じりじりと押し返そうと操縦桿を押し込みながら詰問するも応えはなく、代わりに敵機は一瞬だけ力を緩めると流れるような動作でダブルオーダイバーエースのコックピット目掛けてサマーソルトを繰り出す。

 

「──ッ!」

 

 目の前をガンダムフレーム特有のフレーム構造が装甲から覗く足が通過していく。恐ろしい切れ味を誇るシグルブレイドの刀身が脛に装備されたそれを、生来の反射神経でもって機体を僅かに反らしながら後退させてなんとか躱すも、再び距離をとった敵機は鳥を思わせる形のウィングスラスターから吐き出す炎の尾を引きながら、まるで本物の鳥のように自由に空へと舞い上がる。

 

『あははっ、失礼失礼。自己紹介がまだだったね。わたしはセナ、このコはカイム。フォース「量産機魂」に雇われた傭兵だよ』

 

 今度は接触回線ではなくオープン回線でこちらに声を投げかける相手。

 

「傭兵……?」

『そ。ちょっとメンバーの都合がつかなくなっちゃったみたいでね。ま、そんなわけで──』

 

 鳥を模したようなウィングスラスターと両椀の大型実体剣が特徴的なガンダムフレームの機体からは、実に楽し気な少女の声が響く。しかし、──

 

『リーダーの首、置いてってもらおうか!──天誅ッ!』

 

 その声を聞いた瞬間、リクの背筋に鋭く悪寒が駆け抜けた。

 

「──リクッ、気を付けて!」

 

 サラの呼びかけが聞こえると同時に、荒野の空を我が物顔で飛び回る鳥の魔神から五基のCファンネルが展開されると、それらを伴ってガンダム・カイムは地上のダブルオーダイバーエースに襲い掛かってきた。

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

「よし……狙撃(奇襲)による敵の合流阻止に成功。これよりしばらくは()()()()()()()()こそこそ隠れる。が、そっちは二対一になるが大丈夫か?」

 

 SFSの上で伏せ撃ちの姿勢をした一機のガンプラ。ガンダムUCに登場したEWACジェスタのコックピットで、V・Dは狙撃が失敗しなかった安堵を隠しながら通信を繋ぐ。

 

『問題なし。多対一は慣れてるからそうそう落とされるつもりはない』

 

 EWACジェスタの両肩に頭部を覆うように装備された大型の電子戦用ユニットは伊達ではなく、通信・索敵機能の強化を中心にビルドされたこのガンプラは、遠方にいる味方、思わぬ形で傭兵として雇われてくれた女性ダイバーの声をしっかりと拾ってくれた。

 

「そうか。しかし──」

『V・D、彼女たちの対戦ログは見たでしょう? ここは信用して任せましょう。というか、問題なのはダイフクのほうですよ。深追いして単騎でクレバスのほうに行っちゃいましたし、下手したら落っこちてバトルアウトになんて……』

 

 割り込むように挟まれたデッキーの言葉に少しだけ不安を覚えてレーダーマップを見る。するとそこにはエリア中央へ向かう敵のマーカーがひとつと、それを追いかける味方のマーカーがひとつ。

 出現地点がランダムとはいえ開始早々に会敵したダイフクが、こちらの指示もろくに聞かずに飛び出していったのは記憶に新しい。

 

「……いやあ、さすがにそれはないだろ? 常識的に考えて」

『今、少し間がありましたよね?』

「……そんなことはないぞ。つか、お前はさっさとステルス展開しろって」

『はいはい、了解ですよっと』

「幸い敵側に索敵特化はいないみたいだが……見つかるリスクはなるべく避けるべきだろ?」

 

 V・DのEWACジェスタのような通信・索敵機能を強化する機体構築(ビルド)というのはGBNではあまりメジャーではない。というのも、まずこのビルドが活躍できるのはチーム戦が前提であること。加えて個人戦ランキングがある以上、有名なダイバーはみなバトル方面に機体を強化している点も大きい。なにせGBNで一番の有名人(広告塔)たるクジョウ・キョウヤをしてそうなのだから、GBNを遊ぶ殆どのダイバーが戦闘偏重になるのも仕方がない。

 

 だが、今回のフォース戦のようにチーム戦でかつ開始地点がランダムとなれば話が変わる。敵味方である程度は転送される範囲が分けられてはいるが、それでも下手をすると孤立無援の状態からのスタートになる場合もあり、こういった状況においては通信・索敵機能を強化したガンプラが自軍にいると、味方とのスムーズな合流を支援したり敵の位置を先んじて把握し、孤立している敵機がいれば優先して叩くといった活躍が期待できるのだ。

 

『こっちの心配よりも索敵よろしく。この試合、ゲームメイカーになるのは()であるリーダーなんだからね』

「ああ了解だ。十分に気を付けるさ」

『では僕らはこれで。ご武運を』

 

 デッキーの言葉を最後に移動を始めたV・Dはコンソールに注意を向けながら思わず呟く。

 

「いやあ、まさか狂犬と呼ばれてたのがあの二人だったとはな」

 

 最近名を上げている新鋭ダイバー「獄炎のオーガ」、彼をヴァルガの遭遇戦とはいえ二人で撃破したことでレイとセナの存在は一部の界隈で知られ始めていた。



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VSビルドダイバーズ それぞれの戦い

 「傭兵」と呼ばれるプレイスタイルがGBNには存在している。

 

 文字通りに報酬と引き換えに一時的な援軍として手を貸す。いわゆる助っ人、ヘルプのようなダイバーのことだ。個人で趣味に近い形でやる(ごっこ遊びでやる)者もいれば、採用試験を課してくる傭兵専門のフォースに所属して、さながら人材派遣会社か民間軍事組織(PMC)のような形態でプレイする者もいる。

 

 VRの世界でも現実(仕事)の真似事をして楽しいのかは人それぞれと言わせてもらうことになるが、この傭兵プレイ、報酬にBCを使うケースが最も多いため、それなりの腕前があるなら手っ取り早くBC(資金)を稼ぐのにはそこそこ有効である。もっとも今回のレイたちの報酬はレアなプラグインであるが、報酬の形態はケースバイケースなのでこういう取引もよくあることではある。

 

「さってとぉ、傭兵やるからには最低限の役割はこなさないとね」

 

 そして傭兵として雇われたレイは己の仕事を全うすべく、二機のガンプラと対峙している。

 

「で、相手はジムⅢのカスタム機と、あっちは……グレイズ? いや……鉄血ぽいアレンジをされてるけど、もしかしてジオン系……?」

 

 ユッキーのジムⅢビームマスターと、コーイチのガルバルディリベイクを視認したレイはそのように判断する。

 原型機の特徴を色濃く残すビームマスターはともかく、その相方はアレンジが利いているために推測が難しいが、それでも宇宙世紀好きなレイの記憶にいくつか引っかかる部位(パーツ)があった。

 

「ナノラミがあるかどうかで難易度変わるけど……まずはジムⅢを潰す!」

 

 鉄血アレンジということでナノラミネートアーマーを搭載していることを懸念しつつ、先ほどのV・Dの狙撃で主兵装の大型火器を喪失したビームマスターへと標的を絞ったレイが動く。

 相手に照準を定められないよう地上をランダムな軌道でジグザグにホバー移動しながら、近接攻撃の範囲に入らないように気を配りつつ両椀のメガ粒子砲と四基のインコムを時間差で連射。レイのイフリート・ゲヘナが備える豊富なビーム兵器は重力下でオールレンジ攻撃こそ出来ないものの、固定砲台として使用するには十分な性能を持っている。

 

『ユッキー君!』

『くう……っ!』

 

 イフリート・ゲヘナから放たれる五月雨のようなビームの嵐からユッキーを庇うコーイチは、機体が手にした巨大な質量武器(ハンマープライヤー)と重厚な装甲を盾にして射撃を凌ぐが、一機のMSとは思えない攻撃密度に防ぐことが精一杯でその場に足止めされてしまう。

 

 あからさまにビームマスターを狙い撃ちすることで、牽制手段の少ないコーイチの動きを制限。そうすることで二人を釘付けにしてイニシアチブを握り、常に自分に有利な位置取りをしながら攻撃を続けて片割れのユッキーを磨り潰すつもりだ。

 事前に第七士官学校とのフォース戦を見ていたレイは、相手フォースのガンプラの特性を正確に把握していた。

 

『チェンジリングライフルがなくたってぇ……!』

「はッ……無駄ァ!」

 

 苦し紛れにビームマスターが腰背部にマウントしていたビームライフルを取り出して、ガルバルディリベイクの影から応射する。しかし、放たれたユッキーの射撃にレイは犬歯をむき出して吠えた。

 最初に持っていた大型ビーム兵器のガトリングほど連射性能もなく、単発の威力も通常の範疇を出ないビーム攻撃などイフリート・ゲヘナにとっては脅威とならない。

 

 ビームライフルの射線にわざと機体を合わせたレイは、ノールックでコンソールを操作して特殊兵装をスロットから選択。

 イフリート・ゲヘナのバックパックに接続されたサブアームが稼動して、前面に展開された二枚の実体盾の一部が展開するとユッキーの放ったビームを掻き消して吸収する。

 さらに続けて吸収したエネルギーでパワーゲートを展開し、それを通過することでイフリート・ゲヘナの速度が目に見えて上昇すると、それまで相手との距離を維持していたレイは、相手の背後に回り込むための最短距離で間合いを詰める。

 

『──ッ!? アブソーブシステム! ……だったら、これでぇ!』

 

 レイが使った武装を一目で看破したユッキーは、再度ビームライフルを放ちながらも即座に肩部のミサイルを斉射し、さらに僅かな時間差を付けて脚部の大型ミサイルも撃ち放つ。

 そしてユッキーの狙いに気づいたコーイチもまた、シールドに内蔵された滑空砲を連続発射してイフリート・ゲヘナの逃げ道を塞ぐ。

 

 レイがビームにつられて再度アブソーブを狙えば、弾速の差で後からミサイルか砲弾が着弾する。システム起動中は物理防御が極端に脆弱になる点を突いたいい判断だ、と彼女はコクピットで楽し気に嗤う。

 

「けど、あまァいッ!」

 

 しかし、そんな手垢のついた対策などにレイが引っかかるはずもない。

 

 イフリート・ゲヘナは速度を落とすことなく前進しながらバックパックのミサイルを発射。ビームと滑空砲は射線を読み切って最小の動きで躱し、フレアとして設定された弾頭がビームマスターのミサイル群を引きつけ誘爆させ、それでも抜けてきた二発の弾頭は腰部のマシンガンで撃ち落とすと、大量のミサイルによって発生した巨大な爆炎が両者の姿を隠す。

 

『おおおおっ!』

 

 その瞬間を待っていたかのように、爆炎を突っ切ってコーイチのガルバルディリベイクが、レイの死角からハンマープライヤーを両腕で構えて突撃して来る。

 位置取りとタイミング、どちらも完璧な奇襲を仕掛けるコーイチの動きからレイは確信する。

 

「──こっちはGPD経験者(私と同類)か!」

 

 重装甲な見た目にそぐわないスピードを発揮するガルバルディリベイクがイフリート・ゲヘナの眼前に迫る。

 

 咄嗟に副砲のインコムを一斉射して迎撃するが、見るからに分厚い装甲は伊達ではなく、小口径のビームでは一撃で貫くことができずにカーキ色の機体を止めるには至らない。

 

 ついに懐に入られたイフリート・ゲヘナに、鰐を思わせる形で開いたハンマープライヤーが獲物に食いつくようにその顎を閉じようとするも、レイはシールドを両側面に展開することで抵抗する。

 

「やっぱりナノラミネート──、ッ!? いや、ちがう。これは──」

『残念! 耐ビームコーティングさ!』

 

 このまま盾ごと食い千切らんとハンマープライヤーを閉じようとしたコーイチだが、

 

『──サブアームなのに、なんてパワーだ!』

 

 ぴくりとも動かない操縦桿に驚愕する。

 

 タイガーウルフの猛攻に耐えたイフリート・ゲヘナのシールドは伊達ではなく、サブアームのみで保持しているはずのシールドは、ガルバルディリベイクのパワーに拮抗していた。

 

「この距離で最大出力なら!」

 

 そして未だにイフリート・ゲヘナの両椀はフリーの状態にある。

 ガルバルディリベイクのコクピットへと向けられる、前腕と一体化したビームライフルの銃口にメガ粒子が凝縮し、危険な輝きが増していくのがコーイチにも見える。

 

『ユッキー君頼む!』

『コーイチさん!』

『耐えてみせるさ! 僕のガンプラなら!』

 

 自身が危機に瀕しているにも関わらずコーイチは冷静だった。

 己が作り上げたガンプラを信じてユッキーへと援護を求め、それに応えたビームマスターが射線を通すために回り込もうと移動してくる。

 

「随分な自信ね! けど、これはどう!?」

 

 己の腕を信じて賭けに出たコーイチの姿と、間近で見たガルバルディリベイクの高い完成度に、ビルダーとして尊敬を抱きながらもレイが追撃の手を緩めることはない。

 イフリート・ゲヘナのフロントスカートからサブアームが展開、先端に装着された二振りのヒートナイフがガルバルディリベイクのコックピット──胸部めがけて突き出される。

 いかにコーイチの塗装技術が優れていたとしても、耐ビームコーティングではヒート系の実体剣までは防げない。

 

『隠し腕!? まずい、避け──』

 

 想定外の攻撃につい反射的に離脱を図ろうとしたコーイチは、閉じようとしていたハンマープライヤーを開いてしまう。

 

「セナ直伝!」

 

 そして致命の一撃を避けるための行動は、レイに絶好のチャンスを与える結果となる。

 

 拘束が緩んだ一瞬の隙にイフリート・ゲヘナは機体をスウェーのような動きで沈ませると、その姿勢のまま回転し、強烈なローキックをガルバルディリベイクの膝めがけて放った。

 

『うわあッ!』

 

 増設された脚部のスラスターを互い違いに吹かして速度の乗った一撃は、さながら巨大な槌の打撃であり、重装甲に覆われたガルバルディリベイクの巨体を吹き飛ばす威力。

 

 さらに蹴りの回転を利用して背後のビームマスターへと振り向いたイフリート・ゲヘナは胸部装甲からグレネードを発射。今まさにトリガーを引こうとしていたユッキーの前に着弾した弾頭から爆発的な勢いで煙が広がり、視界を塞ぐと同時に短距離のレーダーが敵機の反応をロストする。

 

 レイが使ったのはミノフスキー粒子を大量に含んだ煙幕弾だった。

 

『煙幕!? ──下がるんだユッキー君!』

「遅いッ!」

 

 レイの狙いに気づいたコーイチが注意を呼び掛けるが、その時には既にイフリート・ゲヘナは煙に紛れてビームマスターの死角へと回り込んでいた。V・DのEWACジェスタがリアルタイムで敵機の位置情報を送信してくれるおかげで、グレネードの煙幕によってミノフスキー濃度が上昇したこの状況でもレイだけは敵機を見失うことはない。

 

 必要なパラメータさえあればゲームであるGBNではこういう無茶も出来る。

 

『くっそお!』

 

 有視界とレーダーの両方でレイを見失ったユッキーは、焦りのせいか足を止めてしまう。とはいえ小型のグレネードである。数秒もせずに煙幕も晴れるだろう。ここは落ち着いて──

 

 煙幕の向こうからビームマスターへ向けて、背後から一筋のビームが放たれる。

 

『──ッ! そこかッ!』

 

 なんとか反応できたユッキーが振り向いて、応射するため操縦桿のトリガーを引いた瞬間。

 

『──わあああっ!?』

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ライフルと両脚を同時に撃ち抜かれた。

 

「──ダメじゃない。スナイパーが冷静さを失くしたら」

 

 脚部の爆発に吹き飛ばされ大地を転がるビームマスター。持ち上げた頭部のカメラが捉えた映像を見て、ユッキーは己の失態を悟る。

 

 自身の起こした爆風によって吹き散らされた煙の先にあったのは、イフリート・ゲヘナの脚部にあったインコムのひとつ。重力下ではオールレンジ攻撃に使えないそれを、レイは地面に設置して囮としたのだ。

 

「フラッグ戦だからね。悪いけどやらせてもらうわ」

 

 イフリート・ゲヘナのバックパックに備わるショートバレルキャノンがビームマスターへ向けられる。確実に中てるために照準を合わせ、レクティルを示すマーカーがまさに合わさろうとした時。

 

「──ッ!」

 

 全身に走った悪寒に従い攻撃を中断したレイは咄嗟にイフリート・ゲヘナの軌道を変更。直後、複数の砲弾がレイの周囲に無差別に降り注ぎ連続した爆発を起こす。

 

『ユッキー君、大丈夫か!』

 

 爆発によって完全に散らされた煙幕の先にいたのは、バックパックから硝煙を立ち上らせるガルバルディリベイク。イフリート・ゲヘナの射線から未来位置を予測したうえで、動き続ける敵機(レイ)へと背部の大型榴弾砲を曲射してきたのだ。

 

 ニュービーのフォースメンバーとは思えない攻撃精度に、GPD経験者であろうガルバルディへの警戒をさらに強めるレイだが同時に違和感も覚える。あの威力の榴弾砲ならジムⅢもろとも爆撃すれば、少なくともイフリート・ゲヘナに損傷を与えられたはず。

 

 既に武装の大半を失い行動不能となっているはずの友軍をここまで庇うのは──

 

「やっぱりジムⅢ(こいつ)がフラッグ機だからか? いや、それこそがブラフ──」

 

 相手の戦術を推し量ろうとする思索は、こちらへとスラスターを全開にして向かってくるガルバルディリベイクを視認したことで中断される。

 

「ま、両方墜とせば関係ないか!」

 

 脳筋だが正しくもある答えを出したレイもまた、コーイチを迎え撃つべく意識を切り替えた。

 

 バトルの最中(さなか)にごちゃごちゃと考えるのは性に合わない。今はただ、この戦いを楽しむ事を優先したい。

 

「さあ、もっとギアもテンションも上げていこうか!」

 

 

 近接武器の間合いに持ち込みたいコーイチと、射撃戦のためにミドルレンジを維持したいレイが互いの技量を駆使した高度な一騎討ちを繰り広げる。

 

「いくら塗装技術が凄くても限界はあるはず!」

『くっ……、これは、マズいな──!』

 

 お互いに地上をホバー移動しながら交戦する二機だが、趨勢はイフリート・ゲヘナに傾きつつあった。

 

 耐ビームコーティングは確かにビーム攻撃全般──ビームサーベル等の近接武器も含めて──に対して有効ではあるが、それは装甲値の減りが少ないというだけで、同じ箇所に攻撃を受け続ければ当然塗装は劣化するし、それに比例して装甲値の減少も加速していく。

 

 高速移動をしながらの射撃とは思えないレイの攻撃は、ガルバルディリベイクの堅牢な装甲を確実に穿ち、現にコーイチのコンソールに表示される機体コンディションは、あらゆる箇所がイエロー表示に染まりつつある。

 

『……ここのところ負けなしだったから──いや、これは僕の落ち度か』

 

 フォースバトルでは対戦相手にメンバー変更があった場合、事前に通知が送られる仕組みになっている。コーイチはバトルの開始直前にそれに気づきながらも、仲間へ知らせる前に奇襲を受けたことで伝え損ねてしまった。

 

 第七士官学校に勝利してからフォースバトルでは負け無しだったビルドダイバーズ。

 

 並外れた反射神経と適応力に加えて、ガンプラ作りのセンスも持つリク、そんな彼を豊富な知識で支え、本人も優れたビルダーであるユッキー、天性の運動神経と既存の枠に囚われない自由な発想を持つモモ、経験豊富でどんな局面でもクールに卒なく対応するアヤメ。

 初心者が中心に結成されたビルドダイバーズであったが、その実力は間違いなく頭ひとつ抜けているフォースだった。

 

 だからこそだろう。コーイチも心のどこかで、「まあいいか」「リク君たちならなんとかなるだろう」と考えていた。

 

 端的に言えば──慢心していたのだ。

 

『これは……要反省、だね』

 

 まるで彼の慢心を咎めるように、この戦いで手強い相手と巡り合わされた偶然にコーイチは運命めいたものを感じる。

 

『間違いない。相手は──エースだ……!』

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 今回のフォース戦はフラッグ戦形式となっている。これは殲滅戦とは違い、フラッグ機に設定された相手フォースのガンプラを先に撃墜したほうが勝利という形式で、このためどれだけ劣勢になっていようが逆転する目がある。

 また、互いに相手のフラッグ機がどれなのかは非公開情報なので、チーム内の誰をフラッグに設定するのかは大いに戦略性のある要素になる。

 

 しかしだからこそ、相手フォースの機体は撃墜してみなければフラッグ機なのか判断がつかないため、序盤の間はサーチアンドデストロイが基本の動きとなるのは自然な流れとも言える。

 

 まあつまりは、孤立していた敵軍機を見つけてまんまと単騎で追っかけているダイフクの判断も、それほど非難されるようなことでもないと言えるだろう。

 

 ……彼の乗るロディフレームのガンプラこそが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『このっ、そこの丸っこいの待てお! ……短足のクセして足早え!』

 

 巨岩が林立するように転がる場所を二機のガンプラが疾走している。

 

 ダイフクの前方を走るのは水色の球体を思わせるボディ。∀ガンダムに登場したカプルのカスタム機で、ビルドダイバーズのモモが乗るモモカプルだ。アデリーペンギンをモチーフにしたデザインで、原型機よりもさらに脚部が短くなっているのだがガンプラそのものの完成度が高いからか運動性能は悪くはなく、ダイフクの乗るランドマン・ロディのカスタム機が脚部のレッグ・ブースターでホバー移動を行い追走しているが、あと少しのところで追い付けていない。

 

『もぉ~、しつこーい! それに丸っこいのはお互い様だけど、そっちのは可愛くな~い!』

 

 執拗に追いかけてくる丸っこいボディのガンプラ(ランドマン・ロディ)から発せられたオープン回線を聞いて、コクピットの中思わず後ろを振り返って言い返したのは桃色の長髪をポニーテール結ったネコミミの少女。モモカプルの操縦者で現実(リアル)ではリクとユッキーの同級生でもあるモモだ。

 

『はぁ~!? このカッコよさがわからんのかお! 量産機の魅力あってこそのガンダムだろうがお!』

『そんなの知らないよ~だ! 可愛いのが正義!』

 

 オープン回線を使っての口喧嘩。なんとも緊張感のないことだが、当人たちはいたって真面目である。

 

『こーなったら……!』

 

 岩石地帯を抜けて見通しが良くなった地平に出たところでジャンプしたモモカプルは、四肢を胴体に収納し胸部装甲を閉じて頭部も引っ込めると、まさにボールのような形状に変化する。そして球形の機体を空転するタイヤのごとく空中にて高速で回転させて着地すると、赤茶けた砂ぼこりを立てながら物凄い速度で転がっていく。

 

『ちょ、そんなんアリかお!?』

『へっへーん! 鬼さんこちら~! 追いつけるもんならね~!』

『ハッ! ナメんじゃねー……お!』

 

 相手の挑発に乗せられるようで癪に障るが、遮蔽物が無くなったことで速度を出せるようになったのはダイフクも同じ。彼がすかさずスロットルを全開にすれば、ランドマン・ロディの腰背部に追加されたブースターに火が灯る。数舜の間、爆発でも起きたかのように巨大な爆炎が丸みを帯びた白い機体を前方に力強く押し出す。

 

 武装のマウントラックだったリアアーマーを改造して作られた推進器は大型の丸ノズルを三つ備え、それらは推力方向を自由に変更できるようになって(推力偏向ノズルを採用して)おり、背面に追加された一対の安定翼(スタビライザー)の効果と合わせ重力下でも安定した加速をもたらす。

 

『このオイラの愛機、ホワイト・ナイトから逃げられると思うなお!』

 

 左手に握られた90㎜マシンガンをばら撒きながら、右手にハンマーチョッパーを構えてモモカプルを追うランドマン・ロディ改めホワイト・ナイト。

 

 改造の腕とセンスは悪くないダイフクだったが、どうやらネーミングセンスは少しアレだったようだ。

 

『ええい、それなら!』

 

 敵を引き離すことが叶わないまま前方に巨大なクレバスが見えてきたことで、覚悟を決めたモモは地面の起伏で機体が跳ねたことを利用して空中で変形を解除。そのまま振り返りざまに両腕をあげ、ガッツポーズのようなポーズをしたモモカプルの腰部に光が収束する。

 

『お腹ビイィィィィム!』

 

 カプルのソニックブラストを流用した大型ビーム兵器は、その名前とは裏腹に膨大なエネルギーを秘めた威力を持ち、MSの身長に匹敵する太さのビームが乾いた地面を融解させながらホワイト・ナイトへ迫る。

 

『うおおお!? なんじゃそりゃ!?』

 

 加速していたことで咄嗟の回避を諦めたダイフクは左手のマシンガンを投げ捨てると、右手のハンマーチョッパーを機体前方にかざし刀身を空いた左手で支え即席の盾とした。

 光に飲み込まれるホワイト・ナイト。しかしよく見れば機体は健在であり、モモカプルから放たれたビームはハンマーチョッパーの表面で弾かれ、細かく枝分かれしながら周囲を焼いている。

 

『全力全開ー!』

『あちあちあちあち! ちょ、コクピットの温度ヤバくね!? これ大丈夫なやつ!?』

 

 《DANGER》の表示で真っ赤に染まるコクピットでダイフクは焦りながらも前進をやめず、どころかさらに操縦桿を押し込んで機体を加速をさせる。

 

 分厚い刀身を持つハンマーチョッパーと持ち前のナノラミネートアーマーによって、ダイフクのホワイト・ナイトはどうにか両椀を犠牲にすることでモモカプルのビーム攻撃を凌ぎきった。

 

『うそっ! 生き残ってる!?』

『たりめーだ!』

『──、まずっ、全力出し過ぎてエネルギーが……』

 

 慌てて離脱を試みるモモだったが、機体のエネルギーをほぼ全て先ほどの照射に回した反動で一時的にスラスターが使えない状態になっていた。

 

『バックアップもなしに全力砲撃とか素人かお!』

『へーん! そんな強がっても腕が使えないんじゃ──』

『腕なんてなくたって攻撃は出来んだお! ──こうやってなあッ!!』

 

 紫電が走り煤に塗れて力なく垂れ下がるホワイト・ナイトの両腕に代わるようにして、機体背面に追加されていたスタビライザーが展開するとサブアームとなる。ガンダム・マルコシアスのバインダーアームを参考にして作られたそれは、小型である代わりにCE世界のアーマーシュナイダーを備えていた。

 

『うわわわっ! ちょちょちょ待って──』

『待ったはなしだお! くらえええッ!』

 

 モモカプルが咄嗟に交差させた両椀を上腕部分で叩っ斬り、ホワイト・ナイトのサブアームは返す形で下からすくいあげるようにして、コクピットがあると予測した胸部へとアーマーシュナイダーを左右両側から突き刺した。

 

『あー!』

『どっせぇい!』

 

 どこか気の抜けたモモの悲鳴を聞きながら、ホワイト・ナイトがモモカプルの腹部に蹴りを入れてアーマーシュナイダーを引き抜く。

 

『やーらーれーたー』

 

 モノアイレールから光が消える。刺された箇所から火花を散らして、ふらふらと後退していくモモカプルはサスペンスドラマのラストシーンのようにそのまま背後のクレバスへと背中から落ちて行った。

 

 少ししてから地面が小さく揺れる。どうやらクレバスの底まで墜落して爆発したようだ。

 

『……なんか最後のほうちょっとわざとらしかったけど、レーダーにも反応ないし、さすがに撃墜したおね……?』

 

 しばらくの間、レーダーに気を配りつつも周囲を警戒していたダイフクだったが、さすがになんの反応もない状態が数分続けば撃墜を確信する。

 

『……? でも、撃墜判定の通知がないおね? あれ? もしかしてどっかに隠れてる?』

 

 しかしいつまで経っても敵機の撃墜を知らせる表示が出ないことに不審を抱き、やられたと見せかけたモモカプルが付近に潜伏している可能性を警戒する。あくまでゆっくりとクレバスに歩み寄って恐る恐る底のほうを覗き込むホワイト・ナイトだったが──

 

 ──その背後に探知を妨害するアイテム(偽装シート)に隠れた小さな影が迫っていることは最後まで気づかなかった。



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VSビルドダイバーズ 決意と狂犬と

『セナさんが一機。レイさんが二機。で、ダイフク君が一機ですか……相手側の最後の一機は補足できませんか?』

 

 V・Dから共有された広域レーダーマップを睨みながら現状唯一の懸念点をデッキーが呟く。彼の乗るガンプラはガンダムUCに登場したアンクシャ。MA形態に変形しSFSとしても運用できる可変機で、さらに動力をGNドライブに換装している。これによってGN粒子の恩恵を受けることができ、飛行能力の向上とGNステルスフィールドを展開することが可能となっているカスタムガンプラだった。

 

 彼の役割は戦場の目であるV・Dの足と隠れ蓑を兼ねた護衛で、今もまたEWACジェスタを背に乗せながら、ステルスフィールドを展開して戦場の空を巡回している。

 

『……ダメだな。俺の目で捉えられないってことは、隠密(ステルス)に特化したビルドか。強力なジャミング持ちの可能性がある』

『相手に使われると厄介ですねえ』

『ま、そりゃ仕方ない。お互い様ってやつさ。傭兵さんたちは大丈夫そうだし、俺らはダイフクの援護に──』

『──ッ! V・D!』

 

 念のためと目視による周囲確認を怠っていなかったデッキーの生真面目さが功を奏した。彼の叫びに反射的にV・DのEWACジェスタがアンクシャの背面にあるグリップを握るのと、急激に機体が傾くのはほぼ同時であった。

 GN粒子の恩恵によって機動性が上がったデッキーのアンクシャが咄嗟に機体を捻ると、九十度に傾いた機体底面スレスレを()()()()()()()が通り過ぎていく。

 

 いや、近くで見れば()()が陽炎のように不自然に揺らめいているのがわかった。もっともかなり接近しなければ、その違和感には気づけないだろうが。

 

『──ッ! 敵の反応!?』

『──あら、残念』

『くそっ、ミスっただろ……ここまで接近されるまで気づかないとはな』

 

 空間に揺らぎが生まれ、そこから一機のガンプラが姿を現す。

 

 それは忍者刀を携えたSDのBB戦士ユニコーンガンダムのカスタム機。搭乗者と同じく忍者風にアレンジされた、ビルドダイバーズのアヤメが駆るRX-零丸だった。

 

『ステルス機と組んで行動しているとはね。見つけるのに少し手間取ったわ。けど、これであなたたちの目は潰せる』

 

 原型機と同じく変形機構を持つ零丸は、ユニコーンモードに相当しステルスに特化した「カクレ形態」から、デストロイモードを再現した「シノビ形態」に瞬時に変形すると種子島雷威銃(タネガシマライフル)を連射する。

 

『もう勝った気になるのは──』

『──少しばかり傲慢だろ、常識的に考えて!』

 

 しかしアンクシャはMSを乗せているとは思えない運動性能を見せて、機体を左右に捻ることでそれらを回避。さらに上に乗るジェスタの大型ビーム・ライフルとタイミングを合わせ、機体両側面のムーバブル・シールド・バインダーに備えられた高出力ビーム・ライフルを偏差撃ちで放った。

 

『……GNドライブの性能がキチンと引き出されている──良いガンプラね』

 

 V・Dたちの攻撃をSDらしい被弾面積(ヒットボックス)の小ささと、軽量さを活かした動きで軽々回避するアヤメはオープン回線でデッキーのアンクシャの性能を褒める。しかしそれは敵である彼らにしてみれば煽られているのと同様だ。

 

『その余裕ヅラがどこまで続くか見物だろ!』

『機動性はこちらが上! さらに状況は二対一です! 落ち着いて一撃離脱(ヒットアンドアウェイ)で対処すれば勝てますよ!』

 

 奇しくもガンダムUCに登場するガンプラ同士の戦いとなった戦場。数の有利と制空権によって余裕を持つ二人だったが──

 

 

『あら──。()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ──そこへ突如として飛来するひとつの影があった。

 

『──馬鹿なッ! ()()()だと!?』

 

 最初に驚いたのは最も索敵能力に長けたV・D。

 

 零丸と同じくステルスで潜んでいた鳥型の小さな影は、驚異的な速度でV・Dたちの上から急襲を仕掛けると、すれ違いざまにEWACジェスタの大型ビームライフルの銃身を両脚の爪で引き裂いた。

 

『うおっ!? ……くそッやられた!』

 

 V・Dが毒づきながら火花を放つライフルを投げ捨てる。出力と射程を強化したぶんだけ取り回しが悪くなっていたのが裏目に出た。

 空中で爆発するライフルに代わり、機体の腰背部にマウントされたサブマシンガンを構えようとしたEWACジェスタだったが、ほんの一瞬、その支援機に気取られた二人が零丸の動きから目を離したことが仇となる。

 

『V・Dッ!』

 

 気が付いた時にはすでに遅く、目の前に迫るのは巨大な十字手裏剣。零丸の投げたシ-ルド手裏剣だ。

 

 それを回避するためデッキーが無理に機体をロールさせたため、EWACジェスタは耐えられずに空中へと放り出される。

 どうにか態勢を立て直そうとスラスターを吹かしたV・Dだが、

 

『ぐおッ!? ええいっ、このクソ鳥執拗に武器を──』

 

 再度急襲を仕掛けてきた支援機からの射撃によってサブマシンガンを破壊されたうえに、体当たりを受けて大きく吹き飛ばされてしまう。

 

 そして、アンクシャと距離を離され、俎板(まないた)の鯉と化したV・Dに迫るのは忍者刀を逆手に構えた零丸。

 

『──落ちなさい!』

『ッ!? マズい──』

 

 ビームサーベルに手を伸ばすEWACジェスタだが相手の刃が迫るほうが速く、僚機であるアンクシャがカバーに入るにはあと一歩足りない。アヤメの経験から導かれた絶妙なタイミングでの仕掛け。

 

 だが──

 

『ところがぎっちょん!』

『ッ!?』

 

 今まさに振り抜かれた零丸の刃を、MS形態に変形したアンクシャがビームサーベルで受け止めていた。

 

『──ッ! 助かった、デッキー!』

『お礼はいいからさっさと離脱してくださいッ!』

 

 ()が無くなり速度こそ落ちたものの、一目散に逃げを打つEWACジェスタ。離脱するV・Dを横目にアヤメは刃を弾いて鍔迫り合いを解きアンクシャとの距離を取る。

 

『トランザム……? いいえ、違うわね。これは──EXAM』

『ご名答。ニュータイプを滅ぼすシステムを持つ者同士、しばし仲良く踊ってもらいますよ』

 

 アンクシャの発するエフェクトで相手の絡繰りを看破したアヤメに、零丸がNT‐Dを持つユニコーンガンダムのカスタム機である事を見抜いたデッキーは不敵に笑って挑発する。

 

 デッキーのアンクシャは「EXAM」と「トランザム」二つのブースト系スキルを持っている。GBNの仕様上、両者を同時発動することは出来ないが、状況に合わせて選択し使い分けることは可能であり、相手のさらなる伏兵の可能性を警戒した彼はEXAMを選んだのだ。

 

『私のは少し違うんだけれど──いいわ。付き合ってあげる』

 

 支援機の武装装甲八鳥(ブソウソウコウハットリ)にEWACジェスタの追撃を命じると、アヤメは苦無と忍者刀を構えてデッキーのアンクシャと向き合った。 

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 荒野の空で二機のガンダムタイプが交錯する。

 

 セナのガンダム・カイムとリクのダブルオーダイバーエースだ。

 

 共に高機動、近接主体の機体構築(ビルド)でありその戦い方は似通っている。

 

 今もまた紺青の影と緑の粒子を纏う蒼が空中で激突し、弾かれたように離れては空を舞い踊る。

 

『やるねえ! 流石はリーダーってことかな!』

 

 弧を描くように旋回しつつCファンネルを先行させながらセナは嬉しそうにオープン回線で話しかける。

 

「そっちこそ!」

 

 五枚のCファンネルが時間差を付けながら上下左右、様々な角度から死角を突くようにして襲い掛かる中、二刀のスーパーGNソードⅡを振るってそれらを叩き、逸らしながら接近するリクもまた楽しそうに応えた。

 

 カイムが右の刃を袈裟斬りに振り下ろせば、リクは両肩にあるGNドライブを互い違いに前後へ向けて機体を半回転させて回避。相手の右側へと背を向けながら抜け様に、回転の勢いを乗せた横薙ぎを放つ。

 

 それを呼び戻したCファンネルで防いだセナは機体を捻り、左の刃を叩きつけるように水平に振るう。

 

 しかしそこにはもうダブルオーダイバーエースの姿はなく、GNドライブ特有の重力を感じさせない動きで上昇した彼は急降下からの急襲を仕掛けてきた。

 

『いい反応! じゃあ──もっと、アゲていこうか! カイム、リミッター解除!』

 

 ややもすれば自分を上回る反射神経と運動能力を見せられたセナは迷わずに切り札を使う。

 

 主の命令を受けた悪魔がその瞳を黄金に染めれば、これまでとは比較にならない反応速度でもってリクの急襲を回避。さらにすれ違うように飛び上がったカイムは、まるで空中を蹴ったように反転して加速すると速度を乗せた斬撃を見舞うべく舞い降りる。

 戦意漲る金色の瞳から発する雷のようなエフェクトにより、カイムは砂でぼやけた空へ落雷のような軌跡を描いてダブルオーダイバーエースへと刃を振るった。

 

「ぐっ!?」

「きゃあ!」

 

 辛うじて反応できたリクだったが回避は間に合わず、カイムの持つレイザーブレイドをGNソードの刀身で受けとめるのが限界だった。阿頼耶識のリミッターを解除したカイムの速度はトランザムにも匹敵するほどで、またその動きは人さながらのしなやかさを発揮して相手のガンプラの完成度に驚く。

 

 カイムのレイザーブレイドは巨大で肉厚な刃を持つ。当然質量も大きくこれまでよりもさらに速度を乗せられた一撃は、ダブルオーダイバーエースを吹き飛ばすほどの威力があった。

 

 大きく態勢を崩したダブルオーダイバーエースだが、あえて力に逆らわず同じ方向へスラスターを吹かすことで間合いを取ることに成功し、セナの追撃であるウィングスラスターからの射撃も辛くも回避して安全圏まで退避してのける。ただ、致命傷は防げたものの、左のスーパーGNソードⅡの刀身には亀裂が走っていた。

 

「っ、うおおお!」

 

 迷わず左手から武器を手放したリクは右肩部のGNドライブに装着された実体剣、GNダイバーソードを抜き放って再度カイムに迫る。

 

『……?』

 

 しかし機体性能が強化されているカイムのほうが今は速く、まるで瞬間移動したのかと錯覚する速度で眼前に悪魔の顔が迫る。

 

「……はッ!?」

 

 稲妻の軌跡が見えた時には至近距離にいる悪魔の姿。それにリクが判断を鈍らせたところで、斬りかかろうと中途半端に構えていた右のスーパーGNソードⅡの刀身を逆に弾かれ、がら空きになった胴体に足刀蹴りを受けてしまう。

 

「ッ──!」

 

 追撃を警戒して慌ててカイムから再度距離をとろうとするダブルオーダイバーエース。

 

 しかし──、

 

 

『ねえ、キミは使わないの? ──()()()()()

 

 

 そこでセナからかけられた言葉にリクは思わず機体の動きを止めてしまった。

 

「それは……」

『そのガンプラ、ダブルオーの改造機だよね? だったらあるでしょ。機体性能を引き上げるブースト系のスキル』

 

 「わたしガンダムの知識はまだまだだけど、勉強したから知ってるよ」という相手の声がどこか遠くに聞こえる。

 

 ゆえあって封印している機能のことを指摘され、思わず傍らの少女を横目で見るリク。そこにあるのはサラのどこか不安を湛えた大きな瞳。以前に完成度が低いままトランザムを使用したことでガンプラを傷つけてしまったリクは、そのことを悲しんだサラと「トランザムは使わない」という約束をしていた。

 

「……」

『それだけ出来のいいガンプラなら、使えないってことはないと思うんだけど──』

 

 しかし、その事は今戦っている相手(セナ)には関係のないことで。

 

 全力で相対してくれているセナへの後ろめたさと、それでもサラとの約束を破りたくない決意で板挟みのリクは上手く言葉を発せずに押し黙り──

 

 

『それとも──、()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ばちり──。

 

 カイム(悪魔)の瞳から発する雷状のエフェクトがひと際強く瞬いたように見えた。

 

「それは違──!」

 

 不吉な輝きとともに平坦な声音になったセナの言葉を聞いた刹那、思考を挟むことなく生存本能のみで反射的にカイムから距離を取ろうとするが、

 

「──うわぁッ!?」

 

 下がろうとした背後から飛来したCファンネルに奇襲され、反応が遅れた所にカイムが投擲してきた連結したレイザーブレイド(レイザーブーメラン)が迫る。

 咄嗟にそれを防いだ右手のスーパーGNソードⅡの刀身があまりの重量と威力に耐えられず根本からへし折れると同時、回転するレイザーブレイドの影に潜んでいたカイムが飛び出して、ダブルオーダイバーエースの顔面に強烈な回し蹴りを見舞った。

 

「うああッ!」

「きゃあっ!」

 

 片側のブレードアンテナが全てへし折れ、たまらず吹き飛ばされるダブルオーダイバーエースのコクピットの中で、リクとサラは大きな衝撃に揺さぶられ悲鳴を上げる。

 

『じゃあなんで? 使えるのに使わない。使わないと勝てないのに使わない。──縛りプレイでもしてるの?』

 

 呼び戻したレイザーブレイドを両椀に装着し、追撃をするでもなく空中に佇むカイムからは、静かだが明確な怒りのオーラが見て取れる。

 先程の蹴りに脚部の武装を使わなかったことといい、それまでのセナとは違う明らかな挑発行為。お前もさっさと切り札を使ってかかってこいという戦闘狂の威圧。かつて相対した獄炎のオーガ(バトルジャンキー)と似た雰囲気を感じ取ったリクは、その戦闘に対する純粋な思いを感じ取って僅かに俯くと操縦桿をきつく握り締めた。

 

「リク……」

「……サラ、俺は」

 

 ──どうすればいい? という言葉を奥歯で噛み砕く。

 

 自分で決めた事をどうするのか、それを他の誰かにゆだねるのは違うと思ったから。

 

「……あのガンプラ(相手の子)、すごく、怒ってる。全力を出さないことに」

 

 そういって目を伏せるサラを見て、リクの中で決意が固まった。大切な仲間を悲しませるようなバトルなんて間違ってる。GBNは遊びなのだ。負けて悔しい思いこそすれ、こんな感情を抱いてプレイするのは違うだろう。

 

 セナも言っていた。縛りプレイか? と。そうだ。これは自分が己に課した課題。トランザムに頼らない新しい戦い方の模索。リクなりのGBNを楽しむための挑戦であって、()()()()()()()()()()()()

 

「トランザムは……使いません。約束、したから。でも──バトルは全力でやります!」

 

 そのことを伝えたくて、精一杯の気持ちを込めて相手に訴えかける。たとえ届かなくても、届くまで何度でも訴えてやるという気概を背負いながらの啖呵。

 

『……そっか。まあ、縛りプレイならしょうがないかあ。わたしも始めたては無意識で似たようなことをレイにしてたし、あんまり人のこと言えないもんね──』

 

 リクの気持ちが通じたのか、カイムの纏う気配が少しだけ穏やかになる。

 

『でも──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 が、それはそれとして、セナも勝ちを譲るつもりは全くない。

 

 その身に纏う剣気の密度が増したカイムにリクは肌が泡立つのを感じる。

 

 翼のようなウィングスラスターに炎が灯り、刹那でトップスピードに加速する鳥の魔人。

 

 加速による衝撃波で雲を吹き飛ばしながら地上のダブルオーダイバーエース目掛け、両腕の大型レイザーブレイドを構えて稲妻の速度で急降下するカイム。

 

(──来る。)

 

 複雑な軌跡を描くマニューバと驚嘆する速さ。さながら意思を持つ落雷。しかし軌道はあくまで直線、さらに相手の速度はさっきの攻防で把握している。じり、と右手に新たに握られたGNダイバーソードを構え──

 

「──ッ、ここだ!」

 

 地上から飛び立ったダブルオーダイバーエースが機先を制して突き出された刃がカイムの頭部を捉える。

 

『──ッ!?』

 

 セナが僅かに目を見開く。

 

 

 ──まさか、まさかまさか、この数合の打ち合いで合わせてくるとは!

 

 

 咄嗟にセナが機体の頭部を傾けるが、リクの一撃は悪魔の左目をブレードアンテナごと抉り取った。

 

 

 ──セナが口角を持ち上げて笑う。とても、そう、とても楽しそうに。

 

 

 この一撃の鋭さにリクの本気と才能の片鱗を見たからだ。

 

 

 空中で刹那の間にすれ違う二機の間に一片の閃光が舞った。

 

 リクの一撃によって折れ飛んだカイムのブレードアンテナ。それが光を反射したのだ。

 

 セナと同じく天性の反射神経と適応力を持つリクは、確かにカイムの速度に追い付ていた。

 

 

 だが──、

 

 

『いいねぇ! しかし! 踏み込みが足りなかった!』

 

 リクとサラがいるコックピットに衝撃が走る。

 

 交差の瞬間、セナのカイムはレイザーブレイドを手放してビームサーベルを抜刀。ダブルオーダイバーエースの左肩部を切り裂いていた。リクが把握していたのは巨大なレイザーブレイドでの斬撃速度。そこに生じる僅かな齟齬をついたセナによるブラフに彼は引っかかった。

 

 僅かに遅れてダブルオーダイバーエースの左肩付近で爆発が起こる。

 

「──ぐうッ!?」

「きゃあ!」

『ヴァルガでもそうだったけど、GNドライブってさ、確かに強いけど……動力源(弱点)がどこか丸わかりなんだよね』

 

 特にダブルオー系は肩のバインダーにあるからね。というセナの言葉が、地上へと落下するリクの耳に聞こえた。

 

 空中でよろけて姿勢を崩したダブルオーダイバーエースが地上へと墜落する。

 

 地表へ激突した衝撃から土煙が立ち上り、それでもなんとか起き上がらせて膝をつくリクの機体から、黒焦げとなったバインダーごと脱落したのは肩部にあった太陽炉だ。円形型の中心線から真っ二つに致命的な亀裂が入っている。セナ(悪魔)の放った一閃は、的確に相手(リク)の弱点を捉え、食い千切っていた。

 

『さあこれで出力は半分。けど、あれだけの啖呵を切ったんだから、諦めるなんてしないよね?』

 

 再度上空へと飛んだカイム。その手には先ほど手放したレイザーブレイドが猟犬のように舞い戻ると、それを地上で蹲るダブルオーダイバーエースへと突き付けて戦意を問う。

 

 GNダイバーソードによって引きちぎられ、右側しか残っていない頭部。その隻眼からは、ばちり、ばちり、と小さな稲妻のようなエフェクトが絶え間なく散る。カイムとセナの高まる戦意を示すように。

 

 相手が強さを示せば示すほどにテンションが高まる。イエローコーションに照らされたコクピットの中、リクはこのセナというダイバーは()()()()()()()だと心底から理解した。獄炎のオーガという前例を知っているだけに。

 

 ──もっと出来るだろう。もっとお前の強さを見せてみろ。

 

 そう言外に言われたリクは操縦桿を強く握ると、愛機を立ち上がらせて構えを取る。

 

 その瞳に熱いものを宿して。

 

 今の彼のような顔をした者はこう呼ばれる──挑戦者と。

 

「もちろん諦めるつもりなんてありません。俺は、勝ちます!」

『──、いい返事だ! 気に入った! 天誅してやろう!』

 

 そう叫んでセナが飛び出し、リクもまた残ったスラスターを全開にして飛び立った刹那──

 

 

【BATTLE ENDED】

 

 

『──は?』

「──えっ!?」

 

 二機の間にホロウィンドウがポップし、その意味を理解したセナとリクは思わず機体を停止させる。

 

 真剣勝負の最中、システムによって唐突に水を差された彼女らの心情など無視して、さらに続けて表示された文字列にはこうあった。

 

【WINNER BUILD DIVERS】

 

 カイムのコクピット。セナの眼前。そこには量産機魂のフラッグ機であるダイフクのホワイト・ナイトが撃墜判定を受けたことを示すウィンドウが展開していた。



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VSビルドダイバーズ 決着

 それはセナとリクの戦いが佳境を迎えようとしていた頃。

 

『ん~? っかしーおねー?』

 

 クレバスに落ちて行ったモモカプル。おそらくは底まで落下して、その衝撃で機体が爆発したであろう振動も感じ取ったにもかかわらず、撃墜判定がいつまでたっても降りてこない。

 あまりにも不可解な状況と、相手は確実にダメージアウトしたであろうという確信にすっかり油断したダイフクは、無防備にも機体をクレバスの淵ギリギリに立たせて下を覗き込んでいた。

 

『もしかして最近よく起きるっていうバグ? いやいや、勘弁してくれお~』

 

 こんな姿を仲間たちに見られたら、間違いなくV・Dあたりがマジギレしそうな有様であるが、幸か不幸かこの場にいるのはダイフクのみである。

 

『……』

 

 いや、それは間違いだった。

 

 クレバスをのぞき込むホワイト・ナイト。その背後には隠れ潜む小さな存在がいた。

 

 かつてヴァルガでレイたちを出待ちしていたダイバーが使っていたものと同じ、攻撃行動を行わない限りレーダー系に補足されにくくなる使い捨てのアイテム。偽装シート。それを被って岩陰で出来た死角へ巧みに身を潜めているのはモスグリーンの小型のガンプラ。

 

 SDよりもさらに小さい頭身の機体の名はプチカプル。モモカプルの中に入れ子構造で格納されている小型のガンプラで、クレバスに落ちる瞬間にモモカプルから脱出すると、両腕の爪で岸壁に張り付きすぐさま偽装シートを用いて潜んでいたのだった。

 

 このアイテム、レーダーには強いが、別に光学迷彩を展開できるわけではないので、注意深く周囲を観察していればプチカプルをすぐに発見できたはずなのだが、折悪く起きた砂嵐に加え肝心のダイフクが撃破したと思い込んでいたことから注意が散漫になり、クレバスから這い上がる所を見つかることもなかった。

 

『まあこっちにはV・Dがいるから、敵の居場所は丸わかりだし』

 

 これもダイフクが油断していた理由のひとつ。こちらには長距離索敵レーダーを持つ仲間がいること。しかしあくまでゲームとしてレーダーはレーダーでしかなく、V・Dから見ればダイフクが敵機を撃破したようにしか認識できておらず、ましてこの時の彼はアヤメに奇襲を受けている真っただ中である。

 

 慣れたダイバーなどで索敵をメインとする機体を使う者が、小型の遠隔操作端末、ドローン等を採用している理由がこれである。単独のレーダーからの情報だけではなく、広範囲かつ多角的なレーダー索敵網とカメラによる光学情報を併用することでこのような死角を潰す。

 

 しかしガンプラバトルにおけるこういった装備の扱いは難しく、十全な性能を発揮するには高い制作技術と高度な情報処理能力が求められる。

 ゆえにまだまだフォースバトル初心者の域を出ない彼らに、これらの水準を求めるのは酷というものだった。

 

 だからまあ、こうなるのも仕方なかったと言えるかもしれない。

 

『とにかくいったんV・Dたちと合流して──!?』

『──とおぉぉりゃあぁぁぁぁぁッ!』

 

 クレバスから顔を上げて振り返ろうとしたホワイト・ナイトの背中を目がけて小さな影が突撃する。それはモモのプチカプルで、充分な助走をつけ偽装シートを脱ぎ捨てながら飛び上がると、接近する敵影に気づいたダイフクが反応するよりも前に全力の両脚飛び蹴り(ドロップキック)をホワイト・ナイトの背面へと決めた。

 

 まるでお手本のように綺麗に突き刺さるプチカプルの脚部。その小さなボディのどこにそんなパワーを秘めていたのか、ホワイト・ナイトの背部と腰部のスラスターをひしゃげさせ、さらに機体そのものも崖から吹き飛ばす。

 

『──てめっ、やってくれた……ッ!?』

 

 空中にてどうにか態勢を立て直したダイフクが、悪態を吐きながらスラスターを吹かそうとしたところ、機体がエラーを吐いて命令が拒否される。ダメージコンソールを見れば、図ったように背面スラスターがお釈迦にされているではないか。

 

『げえぇッ! スラスターが!? こ、こんなバカなことがあってたまるかおぉぉぉぉ──ッ!』

 

 装備を増設したぶんだけ重量も増していたホワイト・ナイトは、レッグ・ブースターだけでは自重に勝つことができず、ゆるやかにクレバスの中へと落ちていく。

 最後の足掻きとばかりにそれを全開にするも、途中でついに推進剤が切れたのか急激に落下速度が上がるとみるみる見えなくなっていった。

 

 そしてしばらくしてから、モモカプルが落ちた時と同じような衝撃がクレバスの淵を揺らす。

 

『へっへーん! どうよ! ブイ!』

 

 短い両腕を斜めに突き上げ全身でヴィクトリーの「V」を表現するプチカプル。

 

 すると──

 

【BATTLE ENDED】

【WINNER BUILD DIVERS】

 

 ほぼ同時にモモの眼前には勝利を示すメッセージの書かれたホロウィンドウが表示された。

 

「あっ、あれがフラッグ機だったんだ……ラッキー!」

 

 思わぬ形で大金星をあげたモモはコクピットでひとりガッツポーズを決める。

 

 こうしてビルドダイバーズと量産機魂のフォース戦は、ビルドダイバーズの勝利で幕を閉じた。

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

『お疲れさまでしたー!』

 

 ハンガーエリアで元気に挨拶を交わす両フォースの面々。

 

「ダイフクぅぅぅぅ……おま、おまえぇぇぇ……」

「やってくれた(のう)……やってくれた(のう)……!」

「悪かった! 今回はオイラが悪かったから! お、落ち着くおV・D! デッキー!」

「落ち着けるかボケェ! 見ろ! このV・Dの無惨な有様をよォ!」

「フラッグ機がバレないように無線通信にまで気を使ってた俺とデッキーの苦労はなんだったんだ……ジャンケンでなんか決めなければ……」

 

 

 いや、正確にはレイとセナの二人とビルドダイバーズの五人、だが。

 

 なにやら少しもめている様子の量産機魂の三人をよそにビルドダイバーズの面々、特にリクと呼ばれるリーダーの少年と、彼と共にダブルオーダイバーエースに搭乗していた少女のサラ。そしてこちらのフラッグ機を墜としたモモとユッキーを加えた四人と談笑するセナ。しかしそれよりもレイには気になることがあった。

 

「このガンプラ……いや、でもまさか……」

 

 ビルドダイバーズの一人であるコーイチ。彼の機体であるガルバルディリベイクをしげしげと眺めながら独り言を呟く。

 

「あ、あのっ、違っていたらごめんなさい。もしかして、()()()()()()、ですか……?」

 

 なにやら忍者姿の女性ダイバー、アヤメに小言を言われて困った顔をしていたエルフの青年。コーイチへと声をかける。

 

「えっ? うん、そうだけど……」

 

 GPD経験者であるコーイチは、かつて自分がガンプラバトルやコンテストで使っていた名前を言い当てられて少し困惑気味に答える。

 

「やっぱり! うわー、GBNやってたんですね!」

 

 そんな彼を尻目に実に嬉しそうにするレイを見て、ますますコーイチは困惑を深める。

 

「……なんでわかったのかな?」

「あの耐ビームコーティングの仕上げの癖と、近くでガンプラを見て確信しました!」

 

 ガンプラバトルだけではなく、かつては様々なコンテストにも応募しては賞を獲得していたコーイチ。彼の作品は幾度か模型誌にも取り上げられていたので、知っている人もそれなりにはいる。

 

 だが、雑誌掲載の写真だけを見てそれを看破することなど不可能であり、レイの口ぶりはまるでコーイチの作品の実物を、もっと言えば彼の実機バトル(GPDでの対戦)を、それも対戦映像ではなく生で見た事があるかのようだった。しかしコーイチは目の前の長身の女性ダイバーに見覚えがない。

 いや、GBNでは現実と異なる姿をとることが普通であるため、知人であってもそれとわからないことはままあるのだが。

 

「えっと……僕と現実(リアル)で会った事があるのかい?」

「ああ、覚えてませんか? 昔、ガンプラバトルの遠征で、チームの皆さんと一緒にウチに来られたことがあったんですよ……イワナガ模型っていうんですけど」

 

 相手が自分を知っている(てい)で声をかけられて、自分のほうが相手に覚えがない気まずさから言葉を濁すコーイチ。それをなんとなく察したレイが店名を出したことで、ようやく彼は思い出した。

 

「……あ、あの模型店かあ。え、じゃあ君はあの時お店にいたの?」

「はい! コーイチさんやチームメイトの皆さんとも遊んで(バトルして)もらいました。あの時はサバーニャを使ってて……皆さん凄く強くて楽しかったなあ」

「……えっ、サバーニャ? ……もしかして店主のお孫さんの?」

 

 国内では結構有名なガンプラファイターのホーム。そこへ武者修行としてチームを引き連れ訪れた際に対戦した一人の少女の姿が彼の脳裏に蘇る。

 

 小学校高学年か中学生あたりの年頃の、実機のガンプラバトルとは縁のなさそうな少女が駆るガンプラ。

 

 しかしその完成度と操縦技術は当時のコーイチをして舌を巻くほどで、それだけでなく、どれだけ負けて機体が破損しても再戦を挑んでくるひたむきな姿は、チームメイトも含めて皆に好意的に受け止められていた。

 

 特に彼の親友など、「ガキのクセして根性あるじゃねぇか」と、人付き合いが苦手な奴にしては随分と気に入っていて──

 

「チームの皆さんはGBN、やってないんですか?」

 

 ──その一言で現実に引き戻される。

 

「……あ、うん。皆、GPDまででガンプラバトルはやめちゃってね」

 

 コーイチにとっての苦い記憶。GPDのサービス終了とともに解散してしまったチーム。放置されたプレハブ。残された楽しかった記憶の欠片(仲間たちのガンプラ)。──連絡の取れなくなった親友。

 

「あっ、ごめんなさい。なんか……」

「いいよ。それに、今はこうしてリク君たちといるし、GBNも結構楽しんでるから」

 

 気まずそうにするレイをフォローするコーイチの目は、楽しそうにセナと話すリクたち三人を映す。その瞳には確かに少しの寂しさもあるが、彼の言葉が嘘ではないと思わせる希望の光が宿っていた。

 

「店主のおじいさんは元気? それと彼は……」

「あー、ちょっと、おじい……祖父は今は入院してまして。お店も今は閉店して……あと、こっちのほうも常連さんたちはガンプラバトル、やめちゃいまして……」

 

 話題転換のつもりで振った話が見事に地雷を踏んだ。

 

「……そっか。こちらこそ、その、ごめんね」

「いえ、大丈夫ですよ。私も今はこうしてGBN、楽しんでますから。セナとカイム──あの子のガンプラ、強かったでしょ? アレ、私が作ったんですよ」

「うん。いいガンプラだと思うよ。乗り手も強い。リク君のダブルオーダイバーエースをあそこまで追い詰めるとは予想できなかった」

「……セナとはGBNで知り合ったんです。だから……私、GBNの事、結構好きです」

 

 自分と同じだとコーイチは思った。彼女もまたGBNの台頭で失うものがあって、でも、GBNで得たものがあって。

 

 なぜセナという少女が自分でガンプラを作らないのか、とは聞かなかった。人にはそれぞれの事情があるものだし、なによりこれ以上地雷を踏みたくはなかった。

 

「うん。そうか……なら、いいんだけど」

「はい」

 

 何かを失う──あって当たり前だと思っていたものが、ある日突然手から零れ落ちていく。それは生きていれば避けることが出来ないのかもしれない。しかし失うだけが人生ではない。新しい場所には新しい出会いがある。

 勇気を出して一歩を踏み出せば、そこには自分の知らなかった素晴らしいものが広がっていることだってある。

 

 好きなものを「好きだ」と素直に言えなくなっていたコーイチにとって、リクたちビルドダイバーズとの出会いは救いでもあった。

 

「でもまあ、なんというか、時代の流れを感じるなあ……」

 

 それでも胸中に押しとどめることが出来ない感傷がコーイチの口をついて出てしまう。つい少し前まで烈火のごとく自分たちを追い込んできたイフリート・ゲヘナの姿。あれを操っていたのが、かつて対戦した幼い少女だと思うとなおさらだ。

 

「なに爺くさいことを言ってるの。老人じゃあるまいし」

 

 そこに割り込むようにして口を挟んできたのはアヤメだった。

 

「アヤメ君、老人て……」

「あのSDユニコーン使ってた人ですよね。こっちも凄い良く出来てる。変形ギミックを含めて凄い完成度……」

「そっ、それほどでも、ないわ……」

 

 彼女に苦手意識でもあるのか少しだけ言い淀むコーイチだったが、ガンプラに関しては良い意味でも悪い意味でも忖度しないレイからの思わぬストレートな称賛を受けて勢いを削がれるアヤメ。覆面でわかりづらいが僅かに頬が赤くなっている。

 

「……良ければお互いにデータを見せあわないかい? 良い刺激になると思うんだけど」

「いいんですか!? やりましょうやりましょう! こういうの気軽に出来るのもGBNの良いところですね」

「……私は遠慮するわ。また対戦するかもしれないから、手の内は晒したくない」

 

 コーイチの提案にノリノリのレイに対し、アヤメは照れ隠しもあってそっけない態度でその場を離れていく。

 

「アヤメ君……」

「うーん、恰好だけじゃなくてプレイスタイルも忍者とは……」

 

 そんな彼女の後ろ姿を横目に、レイはコーイチとお互いにガンプラのデータを参照しあいあーだこーだと意見交換を始めた。

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 レイが充実した時間を過ごしているのと同じ時、セナもまたリクたちと交流をしていた。

 

「そっかー。縛りプレイをしてたのはそういうわけだったんだねー」

「はい。その、俺……」

「リク……」

「いーよいーよ。別に舐めプってわけじゃなく、キミはあの時全力だった。それはわかってるから」

 

 リクたちのバトルアウト直前での思わぬ決着の仕方をした先ほどのフォース戦。あのままいけば確実にリクは負けていた。それに際して彼がなにか言う前に、セナは気持ちよく笑って答えた。

 万の言葉を尽くしたお為ごかしより、彼の見せた一撃のほうがよほど雄弁に気持ちを伝えてきたから。

 

「そもそも個人的にやってる縛りプレイにわたしが何か言えることもないし、負けてもそれを言い訳にするつもりはなかったでしょ?」

「──はい! もちろんです! そんなつもりでやってる事じゃないですから」

「ならいいよ。鍛えるために色々模索するのもゲームの楽しみ方のひとつだからね」

 

 リクの瞳に宿る強い意志を感じたセナは鷹揚に頷く。舐めプした挙句にそれを言い訳にするようなら彼女は決して許さないが、リクのしていた事はそういった情けないものとは違うと理解したからだ。

 

「リク君気にしすぎー。勝ったのはこっちなんだから堂々としてればいいのに」

「モモちゃんそんな単純な……」

「ふっふーん、単純でけっこー。だって今日のMVPは私だから!」

 

 そんな三人の傍らで手を頭の後ろで組んだモモはあっけらかんと言い放つ。今回のフォース戦の趨勢を決めた活躍が出来たためにとても上機嫌で、窘めようとするユッキーの言葉も右から左だ。

 

「……ま、でも、どうしても気になるなら、トランザムを使えるようになってからまた再戦しようよ。──また全力で、ね?」

「──はいっ!」

 

 楽しそうに再戦の約束を取り付けるセナ。この時彼女はなんとなくだが、このリクというダイバーが()()()という予感があった。

 

 戦いの中でリクが見せた反応速度と適応力。最後の一合。リミッターを解除したカイムの速度にしっかりと()()()()きたそれは天性のもの。機体性能、本人の経験と技量、乗り越えるべき課題は多いが、その先にある高みに到達する手合いである確信を抱くには充分。

 

 数多のVRゲームで対人戦を経験してきたセナはあの戦いの中、リクの中に眠る確かな才能の片鱗を見出していた。

 

「おい! おめー! そこのピンクネコミミ! テメーよくもやってくれやがったな!」

 

 和やかな雰囲気が場を包む中、それを割って入るようにやってきたのはダイフクだった。肩を怒らせて歩み寄ってきた彼は、モモに対して指をつきつけると憤懣やるかたないといった様子で彼女に食って掛かる。

 

「なに? 負け惜しみ? わー、かっこわるー」

 

 だが今のモモにダイフクの言葉が届くことはなく、わざとらしく肩を竦めると挑発するように揶揄ってくる。

 

「やかましい! おめーのガンプラのギミックはもう種割れたからな! 次はぜってぇ負けねーお!」

 

 一瞬、激昂したダイフクを警戒したリクとユッキーだったが、彼が言った言葉に肩の力を抜く。それは真っ当なリベンジを誓う言葉で、悪意や害意がないものだったから。

 

「はー? あんなカワイくないガンプラに負けるわけないんですけどー?」

「オメーのその謎基準はなんなんだお!?」

「ちょっとモモちゃんあんまり挑発しないでー!」

「ダイフクゥゥゥ! 逃げるなァァァ! 負けた責任から逃げるなァァァ!」

「お前も落ち着けデッキー! ……あーもう、普段優等生ぶってるクセに一番熱くなりやすいんだからコイツはもう!」

 

 モモを諫めようとするユッキーと量産機魂の他メンツも加わってにわかに騒がしくなる。年齢が近いからかなかなか治まらない喧噪に置いていかれたセナは、「あらー」と呟いてそれを眺める。

 そんなセナに同じく周囲に置いていかれたサラが歩み寄ると、透き通るようなアイスブルーの瞳で真っすぐにセナの顔を見つめてきた。

 

「──綺麗だね」

「えっ?」

 

 突拍子もない言葉にきょとんとするセナに、ハンガーに収められた彼女の機体へと視線を向けたサラは続ける。

 

「アナタのガンプラ。綺麗。……ちょっと怖いけど、真っすぐで、純粋な子」

「……カイムのこと?」

「うん。戦いたい、強くなりたい、もっともっと強い相手と戦ってみたいって」

「そう見える?」

「ううん。()()()()()。ガンプラの、声」

「声、声かあ……GBNってそういう隠しスキルがあるのかな?」

「スキル?」

「んー、ちょっと知り合いにおんなじような事を言う子がいてね」

「……?」

 

 小首を傾げるサラに、なんでもないよとセナが笑う。彼女の脳裏に月明りのような金髪が過った。そういえばあの二人はどうしているだろう。今もまたGBNのどこかを二人で巡っているのだろうか。このサラとリクのように二人で一体のガンプラに乗って──

 

「おーい、セナさん」

 

 カイムが完成してからGBNで会っていない二人を思っていたセナにV・Dから声がかかる。

 

「ん? どしたの?」

 

 セナが声のしたほうを見ればV・Dがダイフクとデッキーの二人をどうにか落ち着かせたのか、量産機魂の三人組がいた。

 

「いや、報酬の支払いがまだだったからさ。今回は助っ人ありがとうだろ」

 

 暴走する二人を諫めるのに苦労したのか少し疲れた顔のV・D。

 

「ま、今回は負けちまったけど、助かったお」

 

 反省しているのかどうなのか、全く負い目のようなものを感じる様子のないダイフク。

 

「僕らが不甲斐ないばかりにすみません」

 

 すっかり落ち着いてぺこぺこするデッキー。

 

 ほら、とV・Dに促されたダイフクがホロウィンドウを操作すると、セナにギフトアイテムが送られた知らせが届く。そこにはプラグインの「阿頼耶識(厄祭戦仕様)」を受け取った旨のメッセージが記されていた。

 

「──あっ、プラグインだね。バトルに夢中で忘れかけてた」

「……もしかして黙ってれば渡さなくてもバレなか──」

「──ダイフク君?」

「いやいや、さすがにやらんお? ちょーっとだけ考えたけどマジでバックレようなんてそんな」

 

 (こす)いことを考えたダイフクだったが、目にも止まらぬ速さで拳銃を抜いたデッキーがこめかみに銃口を押し当てたことで慌てて誤魔化す。

 

「本当ですかぁ~?」

「HAHAHA」

「……」

「ちょ、無言でセーフティ外すなお!」

「あはは。わたしが忘れてもレイが覚えてるからダメだよ。──うん。確かに受け取った。ありがと」

「こちらこそだろ。また機会があったら助っ人頼んでもいいか?」

「面白そうな相手ならいいよー」

「はは。なら、二人が相手したくなるようなフォースに対戦申し込めるよう、俺たちももっと上を目指して頑張るか」

 

 漫才のようなやりとりをするダイフクとデッキーを横目にV・Dは決意を新たにする。

 

「おっ、いい気概だね。アライアンスも結んだし、今度はわたしたちが援軍をお願いするかもね」

 

 このフォースバトルが始まる前、レイとセナのフォース「ゼラニウム」と量産機魂は同盟(アライアンス)──フォース同士の横の繋がり──を結んでいた。

 量産機魂はランクこそ低いものの、セナたちが周回していたミッションのHARDモードをクリアする実力を持ち、なにより量産機好きという拘りと機体のチョイスがレイには好ましかった。

 

「特にリーダーのキミの事、レイは褒めてたよ。キット化してない機体を自作して、あそこまでの性能にするのは凄いって」

「そ、そうか? そりゃ嬉しい──」

「後は操縦の腕が上がれば問題ないって」

「あっ、はい、善処するだろ……」

 

 上げて落とされたV・Dは気落ちするが、商品化されていないEWACジェスタを高い完成度で作り上げた彼のビルダーとしての腕は、レイをして注目するものがあったことは確かだ。

 

 こうして思わぬ出会いから行われてたフォースバトルは終わりを迎えた。




Tips

・フォース「量産機魂」

 男子中学生五人組のフォース。
 メンバーの内、V・D、ダイフク、デッキーの三人が同じ中学の同級生で友人関係にある。
 今回登場しなかった残りの二人のメンバーは県外在住。この二人もまた同じ中学の友人同士で、元々ダイフクたち三人で活動していた所に合流して結成された。

 元ネタは古のネット民ならわかるかも。


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幕間 掲示板回「GNドライブは人権?」

拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。
今回で三章は終了となります。

【お知らせ】
これ以降、章の区切りまで書き上げてからの投稿となりますので、また長い間お待たせすることになると思われます。
予定では後三~四章を考えております(ラストバトルを章として独立させるかどうか)。
なんとか今年中の完結を目指しておりますので、また拙作が投降された際には、お時間があれば目を通していただければ幸いです。


【俺の愛機が】GBNビルド総合スレpart133【最強なんだ!】

 

 

 

1:名前:名無しのビルダー

 

ここはガンプラバトル・ネクサスオンライン通称『GBN』におけるガンプラの改造に関して主に相談、雑談するスレッドです。ガンプラの改造に関してなら雑談もOKですが、あまりに話題が逸れるのはNG。

特に特定の個人やフォースに対する誹謗中傷はダメ絶対。

 

あくまでガンプラそのものについてであり、スキルビルドの相談は専用スレッドでお願いします。

 

 

 

各種ミッションについての情報はまとめwikiに載っています。

 

 

 

雑談、フォース勧誘、ミッション攻略の情報交換などはそれぞれ専用スレッドでお願いします。

 

 

 

 

 

 

 

【GBNまとめwiki】(https://・・・

 

【GBN総合雑談スレ】(http://・・・

 

【GBNスキル相談スレ】(http://・・・

 

【フォースメンバー募集スレ】(http://・・・

 

【ミッション攻略スレ】(http://・・・

 

【フォース総合スレ】(http://・・・

 

【G-Tube総合スレ】(http://・・・

 

 

 

 

 

151:名前:名無しのビルダー

GBNでGNドライブって人権なんです?

 

152:名前:名無しのビルダー

まーたとん〇りコーンの話題か

 

153:名前:名無しのビルダー

そういうな

ぶっちぎりの強パーツだからしゃーない

 

最近ロンメル隊の下部組織を倒したフォースのリーダーもダブルオーの改造機だったしな

 

154:名前:名無しのビルダー

あー、なんだっけ。ビルドダイバーズ?だっけ?

 

155:名前:名無しのビルダー

「半端な作り込みではトランザムが発動しない!(キリッ」

 

156:名前:名無しのビルダー

おっ、そうだな(00機体だらけのランキング戦を眺めながら)

 

157:名前:名無しのビルダー

>>151

人権かそうでないか

それは「人による」としかいえん

 

お前がライトユーザーやカジュアル勢、とにかくランキング戦に関わらないプレイスタイルなら関係ない

お前がランキング戦に参戦しているランカーで二桁以下なら「人権」だ

 

158:名前:名無しのビルダー

>>157

151なんですがどういうことです?

 

159:名前:名無しのビルダー

>>158

まず前提としてGBNでのGNドライブに関してなんだが

 

1 パチ組みや素組みはもちろん、結構な完成度がないとトランザムは実質使えない(発動はするがすぐに機体がぶっ壊れる)

2 パチ組みでもGNドライブがあればだいたいの環境デバフを無効化可能

3 パチ組み以下同文でデフォで飛行能力あり

4 スラスターの連続使用時間、機体の稼動時間、武器の残弾が全部GN粒子の残量に左右される

5 原作での太陽炉搭載機以外のガンプラにGNドライブを載せる場合、さらに技術的なハードルが上がる

 

160:名前:名無しのビルダー

で、これがどういうことかと言うと

 

1と2と3の理由から逆に言えば「ランキング戦に挑めるくらいの高いガンプラ製作技術」があれば

「ブーストスキル持ちかつ環境デバフを受けにくくデフォで飛行する万能機体」を作れるわけだ。なんだこの万能パーツ

4に関しては慣れればどうとでもなる。むしろ気を配る項目が統一されて人によっては便利と感じたりもする

太陽炉が破損すると何もできなくなるというリスクもあるが、どんなガンプラだろうが動力源を壊されたらだいたい詰むから関係ない。そもそも大体の太陽炉が搭載されてる位置はコクピットの近くだしな

5はそもそも00系のガンプラを使えば解決できる

 

そうなると「だいたい実力が同じレベルのダイバー同士が対戦」した時、「トランザム」の有無で差ができる

そりゃそうだ。同じ程度の操作技術とガンプラの出来で競い合って、片方は三倍ブースト持ってて片方持ってなきゃ持ってるほうが有利なのは明らか

 

で、その「だいたい同じレベル同士の対戦」が主にどこで起こるかといえば・・・ランキング戦だ

 

161:名前:名無しのビルダー

ランカー「今日もまたタケノコを背負ってタケノコを狩る仕事がはじまるお・・・」

 

162:名前:名無しのビルダー

>>161

つまりこういうこと

もっと詳しく言えば現在のGBNだと、だいたい四桁中位から三桁中位くらいまではGNドライブ祭だ

このランク帯で十回戦ったら八回はタケノコが付いたガンプラに当たると思え。酷い時は十戦全部だ

当たる確率こそ減るがこの現象は三桁上位まで続く

 

このランキング帯にいるランカーにとってのGNドライブはまさに「人権」と言えるわけ

 

163:名前:151

>>162

でもチャンプとかはGNドライブ積んでないですよね?

 

164:名前:名無しのビルダー

次元の違う場所の話をされても・・・

 

165:名前:名無しのビルダー

>>163

「このランク帯は」っつってんだろ

そっちはもう別世界だ

例えばだが、ランキングの100から上なんて二千万人↑のGBNのアクティブユーザーの何パーセントだと思う?

そりゃアクティブ全員がランキング戦してるわけじゃないが砂漠の中の砂金のひと粒だ

製作技術も操縦技術も一般人からしたら異次元だよ

 

166:名前:名無しのビルダー

つまりランカーの多数が所属する、いわゆるボリュームゾーンのなかでの戦いにおいて明確に有利をとれるGNドライブは、その環境に限ってだが「積み得」と言えるんだよ

対戦相手の操縦技術は自分と同レベルが多い

そんでお互いトランザムに耐えられる程度にはガンプラを作り込めるんだから

 

で、「積み得」とされるランク帯で躍起になってる連中はランカーの中で数が一番多い多数派

中には規模の大きなフォースを結成してたり、個人ランキングの順位で足切りされる精鋭フォースに所属してたりして声の大きい奴もたくさんいる

そういうのが声を上げるから「GBNではGNドライブが人権」なんて言葉が生まれた

 

実際の全アクティブユーザーの中でのGNドライブ使用率は無視して、だ

 

167:名前:名無しのビルダー

>>163

ちなみにだが

二千万分の百は二十万分の一

0.0005パーセントだ

いかに異次元の話かわかるだろ?

個人ランクは一万から順位がプロフに記載されるが、それにしたって9900:100だ

俺らの常識なんて通じねーよ

 

そんでその0.0005パーセントの中にもシャフリヤールを筆頭にしてGNドライブ積んだガンプラを使うやつがいるわけで

上位陣にしても「人権」とまでは言わないが明確に「強力なパーツ」だと断言できる

 

168:名前:151

数字にされると途方もない・・・

 

169:名前:名無しのビルダー

最初に言った「人による」ってのは>>151のプレイスタイルが「ガチ勢」か「エンジョイ勢」かってことだ

 

ランキングなんて気にしないエンジョイ勢とかライトユーザーなら好きなガンプラ使って楽しめばいい

GBNじゃこっちが多数派だしな

ミッションの攻略ならフレンドと協力するなり野良募集に乗るなりすりゃ、ダイバーランクに見合ったガンプラと腕があれば問題なくできる

一部の超高難易度ミッションやチャレンジミッション、クリエイトミッションは難しいが、GBNのミッションには絶対にクリアしなきゃならん類のものなんてないから無理っぽいのはスルーすりゃいい

 

170:名前:名無しのビルダー

ただし「これからランキング戦をバリバリやってくぜ!」ってつもりならタケノコ地獄を覚悟しろ

 

171:名前:名無しのビルダー

でもよお

四桁や三桁ランカーの中にも太陽炉乗っけてない機体のやつもちらほらいるぜ?

 

172:名前:名無しのビルダー

>>171

そりゃいるよ

好きなガンプラに乗れるのがGBNの醍醐味なんだからこだわるヤツはこだわる

でもそういうのは圧倒的に少数派なの

だから勝てば目に付くし有名になるの

 

それにタケノコ地獄の中で生き残るってことはダイバーとして実力も頭ひとつ抜けてる証明でもあるし

 

173:名前:名無しのビルダー

実際の所ランキング戦を二桁まで駆け上がるだけなら「太陽炉搭載機(トランザム)のメタを張る」より「こっちもGNドライブを積んだ機体を使う」ほうが楽なんだよ

ブーストスキル持ちが多数派の中で戦うならこっちも保険として同じスキル持ってたほうがいいだろ

なにせトランザムに耐えられるガンプラは作れるわけだから

 

174:名前:名無しのビルダー

>>173

そして始まる昇格戦という名のトランザム鬼ごっこ

 

トランザム切れまで逃げるってのは時限強化系スキル全般に対する戦術として有名だからな

やってる当人たちは必死なのはわかるんだけど見るほうはうんざりなんだよいい加減にしろ

 

二桁より下の昇格戦が結構な確率でこれになるから

ランキング戦は特徴のある有名ダイバーの対戦か二桁からしか見る価値ないとか言われんだよ

 

175:名前:名無しのビルダー

>>174

むしろ逆に四桁下位のほうがランカーの入れ替わりが激しくて

非太陽炉搭載機を使ってるダイバーが多くて見ごたえがある

 

176:名前:名無しのビルダー

あとGNドライブが人権じゃないのはヴァルガだな

あそこは住民の実力が闇鍋だから

 

177:名前:名無しのビルダー

>>176

上位のランカーと遭遇してトランザム発動しても普通に追いつかれて叩き落されたり

昇格戦と違って一対一じゃないから雑魚と侮った相手が徒党を組んでて袋叩きにされたり

突然ぶっぱされた大規模破壊兵器で薙ぎ払われたりする

 

178:名前:名無しのビルダー

なんでナーフされないんですかね・・・<GNどらいぶ

 

179:名前:名無しのビルダー

>>178

ナーフはされた。されてこれ。

あと大多数には関係ないからじゃね?

人権人権言ってるのは結局のところランキング戦ガチってる連中で、そんなのは全体から見たら極一部。そいつらはアクティブ全体の中では少数派になるから

多数派のライト層、カジュアル層が知ってるランカーってのはチャンプをはじめタイガーウルフやらの一桁連中だけだし、そこではGNドライブ機がそんなにいないからユーザーの大多数はバランスがアレなのに気づかない

 

まさかランキング戦の下のほうがこんな「たけ〇この里」状態になってるとは思わないだろ

三桁四桁の昇格戦なんて、それこそランキング戦に参加してるダイバーくらいしか見ないしな

 

180:名前:名無しのビルダー

あとはまあ人権って騒ぐ奴らの中にランキング戦からドロップアウトした元ランカー(大抵が下位どまり)もいて

その中にはガラの悪いのがいるせいかもな

そういうのに限って格下いたぶっては「GBNではGNドライブが人権なんだよぉー!」とかイキる

人権がどうとか関係なく普通はビギナーやライトプレイヤーが(元とはいえ)ランカーに勝てるわけねーから

 

そしてやられたほうは記憶に残るからその言葉が拡散されて一人歩きする

人間、嫌な思い出ほどよく覚えているもんだからな

 

181:名前:名無しのビルダー

まとめると

・アクティブ全体から見れば「人権」と言われるほどGNドライブは使われているわけではない

(トランザム発動に求める機体水準、三倍になった機体性能を制御するのに必要な操作技術のハードルが高く、カジュアル、ライトユーザーには馴染みがない)

 

・パチ組みでも環境デバフ無効化と飛行がつくけど、それらはプラグイン挿せば解決するからカジュアル・ライト層は自分が好きなガンプラを使うのが大半。

そしてそいつらだとトランザムが使える機体が用意できないから、バトルでもあんま使われない。

結果、こいつらにとっては普段の対人バトルでも見かけないから、実はランキング戦の大部分がトランザムゲーという印象は薄い

 

・ただし上述したように、一部の対戦環境(ランキング四桁中位~三桁と幅広い)に限っては圧倒的な使用率を誇る、まさに「人権」パーツ

 

182:名前:名無しのビルダー

捕捉すると、ランキング戦も二桁に上がると単純にトランザム使うだけじゃ勝てなくなる

三倍の機体性能を満足に使えてたとしても、三桁と二桁じゃ純粋な機体スペックの差がえぐい。そこに操縦技術も加わって両方で圧倒されるし、他にはトランザム派生の必殺技持ちがいたりするから、ただのトランザムだと太刀打ちできない

 

183:名前:名無しのビルダー

三桁までは機体制御が得意でトランザム使ってぶいぶい言わせてたランカーが

二桁に上がった途端おもちゃにされるのはよくある光景だがいつ見ても草

 

184:名前:名無しのビルダー

純粋な00ファンがいるかもしれんから念のためにフォローしておくが

初心者用サーバーで遊べるミッションに限って自機のスペックに下駄を履かせてもらえるぞ

最低限パチ組みが出来ていればトランザムも問題なく使える

もちろん00系以外の機体でも同様に他のブースト系スキルもな

 

原作再現ミッションがメインだから作品のファンがカジュアルに遊ぶならここがオススメだ

初心者用サーバーはDランク以下までしか入れない仕様になってるしな

 

ただし初心者用のサーバーではPvPで勝利してもポイントを貰えない仕様になっている

これは複垢による初心者狩りへの対策だな

 

185:名前:名無しのビルダー

実は初心者用サーバーのトランザムの強化率は実質1.5~2倍以下なんだぜ

なんでかって?

いきなり機体性能が三倍になっても初心者に扱えるわけねえからだよ

そんかわし発動したやつの視点からだと敵機の動きや攻撃スピードにマイナス倍率がかかって見えるから体感的に三倍になるって感じ

なんとレーザーとか弾丸の速度も同じマイナス補正がかけられる

 

このへんはGPDで出来なかった進歩だな

 

186:名前:名無しのビルダー

そして初心者用サーバーのミッションのクリア報酬はクッソ渋い

雀の涙にも届かないから報酬目当てで回すものではない

 

あくまでライトユーザーに向けたサービスで体験版みたいなもんだな

「パチ組みしか出来ないけど原作でトランザムしてたから同じシチュを自分のガンプラで体験したい!」

「素組みしか出来ないけど手っ取り早く劇中のような無双がしてみたい!」

っていう本当にカジュアルなファンやユーザー向けの原作追体験のためのものってことか

例えばだけど「友達と四人でソレスタルビーイングごっこしたい」みたいな遊びが出来る感じだな

 

187:名前:名無しのビルダー

はえ~そんな仕様あったんすね~

初心者用サーバーとかなんでそんなもんあるのか疑問だったけどようやく理解できたわ

 

188:名前:名無しのビルダー

>>187

チュートリアルで説明されたしなんならゲーム内で閲覧できるFAQにもあるだろ・・・

なんで知らないだよ

 

189:名前:名無しのビルダー

>>188

すまねえ説明書は読まずにゲーム始めるタイプなんだ・・・

 

190:名前:名無しのビルダー

ガンダムファンにとっては間違いなく神ゲーのGBNだけど

一般人がランキング戦を意識しだすと途端にクソゲーと化す

GBNあるあるだな

 




「GBNでのGNドライブ強すぎじゃね問題」を筆者なりに考えた結果となります。
色々と考えをこねくり回してはみたのですが、どうでしょうか……

個人的な解釈になりますが、ACのように「ゲームに登場する全てのパーツがプレイヤー間で性能差がなく全く同じもの」であるなら人権パーツになるかもしれませんが、ガンプラの完成度というとてもファジーな要素が存在するガンプラバトルでは、個人それぞれの機体性能に違いがありすぎるため「脳死でこれ積んどけ」とまではいかないかなと考えています。

それを踏まえて前述したACのような環境、機体性能の差が出にくい状況になりやすいのがランキング戦のボリュームゾーンである下位~中位で、そこ限定で人権となるかな、と。
ここをトランザムに頼らず勝ち上がるダイバーが頭ひとつ抜けてる感じで。

以下は拙作の中でのトランザムに対するダイバーたちのイメージです。

・カジュアル・ライト層(ライト層はランキング戦に参加していない中堅も含む)
完全な初心者「ああ、あの使うと自爆するやつね……バグでは?」
ちょっと知ってる初心者「初心者用サーバーで使うごっこ遊び専用スキルやね」
ライト層の中堅ダイバー「トランザムより他のブーストスキルのほうが使用条件の完成度が緩いものがあるから色々試してみるといいぞ」

・ランキングガチ勢(下位~中位)
「トランザムを使えないやつに人権はぬぇ!」←人権パーツうんぬんの元凶。アクティブ全体から見れば少数だが、声の大きい人たちがいるせい。

・ランキングガチ勢(上位)
「確かに強いけどそれだけじゃ勝てんよ?」
「魔境の入口へようこそ。トランザム頼りじゃあもう通用しないゾ」

・真の上澄み
「人権パーツ? うーん、人によって機体性能もギミックも必殺技も異なるからなんとも……」
「大事なのは愛よ!ン愛!」


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