ポケモントレーナー ハチマン 完 (八橋夏目)
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1話

あけましておめでとうございます。
約三ヶ月間、充電しながらぼちぼちとシリーズを構成していました。
あらすじにも書きましたが、これが最終章となります。またぼちぼちと書いていきますので、よろしくお願いいたします。


 ここはどこだ………?

 俺は一体………。

 ………そもそも俺は誰なんだ?

 

『サナ、サナ!』

 

 ん、この声はサーナイト………?

 あれ?

 俺サーナイトなんて捕まえてたっけ………?

 俺のポケモンは………ああ、そうだ。俺はポケモントレーナーなんだ。相棒は紅い炎竜………リザードンで、黒いポケモンもいたな。確か名前は…………そう、ダークライ。それからヘルガーもいたっけ。キモリは元気に…………進化してジュカインになって会いに来てくれたんだったな。ケロマツ………あいつは憎たらしかった。でもゲッコウガになって一番主人公してるな。ああ、ボスゴドラもいたっけ。あいつは最年長ですげぇしっかりしてた……………。群のボスはやっぱり威厳がちがうもんなー………。

 

『サナ、サナ!』

 

 サーナイト………、あーそうだ。ラルトスを助けたことがあったな。俺に懐いてくれて俺のポケモンになってくれて…………。

 でも親が見つかって………………それでも俺を選んでくれたんだった。なんで、俺はそんなことも忘れそうになってるんだ………?

 

『「サー、ナイト………」』

「サナ! サナ!」

 

 あれ………?

 なんか今度ははっきりと聴こえてきてないか…………?

 これ、夢なんだろ………?

 目の前は真っ暗だし、何も見えない…………あれ?

 

『「サーナイト………? ナンデ、ナイテ……ルンダ…………?」』

「サーナ! サーナッ!」

 

 なんでサーナイトが泣いてるって分かるんだ?

 見えてない………はず………あれ? これは見えてる、のか………?

 

「ギィナァァァァァァアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

 っ?!

 この鳴き声……!

 これは知ってるぞ!

 この声が聞こえるってことは、俺はーーー。

 

『「シンダ、ンダナ…………」』

 

 俺は死んだんだ。

 ………あれ?

 でもなんで死んだんだっけ?

 というか俺が死んだというのなら、どうしてサーナイトがいるんだ…………?

 ギラティナがいるということはここは破れた世界であり、死の世界。冥界とでもいうべきか。特殊なケースを除き、ここはそういう場所となっている。

 ん?

 特殊なケース?

 そういや俺も特殊なケースで出入りは出来てたんだったな。

 でもそれもダークライが消えた今では無理な話。

 なら、俺はどうしてここにいるんだ………?

 やっぱり、死んだからとしか考えられないんだが。

 

「ギィナァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 お迎え来てるじゃねぇか。

 

「サナ! サーナ!」

 

 サーナイト、まさかお前も一緒に死んだとでもいうのか?

 くそ、こいつにはまだまだ世界を知ってもらいたかったのに。エルレイドたちにも合わせる顔がないじゃねぇか。

 

「ギィナァァァァァァアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 嗚呼ーー。

 これから俺たちはギラティナに食われるんだな。そして願わくば新しい命として…………くそっ、まだまだやりたいことはあったのに!

 なんで俺はいつもいつもこんな目に遭ってるんだよ! なんで俺ばっかりなんだよ! 俺が何したって言うんだよ!

 

「ライ」

 

 一瞬で。

 視界からサーナイトが消えた。

 

「サナァァァァァァッ!?」

 

 遅れて、聞こえてきた絶叫の方を向くとサーナイトが遠のいていくのが見えた。

 

『「サーナイト!?」』

 

 追いかけようとするも身体が動かない。

 そもそも死人なのに身体なんてあるのだろうか。見えているこの身体は俺がそう見えているだけの、魂をそういう風に見ている映像に過ぎないのではないか?

 けど、それがなんだ。そんなことでサーナイトと離れ離れになってたまるか!

 動け! 動けよ、俺の身体!

 

『しゅるるるるるぷ』

『「グゥゥッ………」』

 

 なん、だよ………今度は!

 何で急に、意識が………遠のき始めるんだよ………。俺は、死んだんだろ! それなら………、意識……が………遠のく、とか…………関係ないだろうがーーー。

 くそっ………たれ…………ーーー。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

『「ン………」』

 

 目が覚めたら見知らぬところだった。

 俺は刺されて咄嗟にウツロイドを出して、その後は奴に委ねたところまでは覚えている。

 それからサーナイトに泣き叫ばれていた気もするが、あれは夢か? 夢だよな? サーナイトの姿はないし。

 でもギラティナが襲ってきたような気もする……………。

 

『「ナッ…………!?」』

 

 身体を起こして辺りを見渡すと、どこかしら知っているところだった。風景を、というよりはこの世界そのものを。この仄暗く、それでいて何があるのかは見えてしまうこのおどろおどろしさは、懐かしいとも言えなくもない。思い出したくもない懐かしさだが。

 

『「ヤブレタセカイ………」』

 

 となるとあのギラティナの鳴き声は本物だったということであり、すなわちそれはサーナイトもいたということにもなる。

 

『「チョットマテヨ…………? オレハ………ササレテ、ウツロイドニヒョウイサレルコトデ、ドクヲモッテカンカクヲマヒサセタ。………ノハ、オボロゲナガラオボエテイル。ソレガナンデ、ヤブレタセカイニキテルンダヨ…………」』

 

 分からない。

 さっぱり分からない。

 …………そういえば、意識が途切れる間際に何かに引っ張られるような感覚があったような………。

 まさか、そいつの仕業ということなのか?

 それとも俺が認識していなかっただけでウツロイドがウルトラホールを開いて、その穴に吸い込まれる時の感覚があの引っ張られるような感覚だったとか?

 どちらにせよ、現状把握をしなければ何のやりようもない。

 

『「テカ、マジデシヌコトハナカッタンダナ、オレ。タダ、コンナトコロニイルッテノガ、ホントウニイキテルノカアヤシクナッテシマウンダガ。ササレタトコロトカドウナッテ………ッ?! オイオイ、マジカヨ………」』

 

 刺された腹を見下ろし、次に背中を見える範囲で見ようと首を動かしたらポケモンがいた。

 いやいや。

 いやいやいや。

 何でいるんですかね………ーーー。

 

『「ーーークレセリア」』

 

 中々にビビるシチュエーションである。

 振り向いたらクレセリアがじっとこちらを見てるんだぞ。

 

「おい、見ろよアオギリ。あんな異常事態で理性保ってやがるぜ」

「彼は相当の自我を確立しているのでしょうね、マツブサさん」

 

 ッ!?

 え、人?!

 しかもアオギリにマツブサって…………!

 

『「ホンモノ、ナノカ………?」』

 

 赤い装束を纏う男の胸辺りには見覚えのある紋章が入っている。一方の青い装束を纏う男も同様に見覚えのある紋章が入っていた。

 マグマ団のボス、マツブサ。そしてアクア団のボス、アオギリ。ホウエン地方に大災害をもたらす切欠を作り出した二大組織の長である。

 そんな二人が何故ここに?

 

「マツブサさん、あなた結婚されてましたっけ?」

「いきなりだな。オレはしてねぇ。そういうオマエはどうなんだ?」

「同じくですよ」

「ってことは団員の奴かもな」

「その可能性は否定できませんね」

 

 問い、というわけでもないが、俺の言葉に返事が来ることはなかった。それよりもいきなり結婚話とかどういう脈絡なんだ?

 

「オマエ、自分が誰だか判断できるのか?」

 

 ええー……、逆に質問されたんだけど。

 これは答えた方がいい、んだよな。

 

『「イチオウハ」』

「「ほう」」

『「ソレヨリモアンタラコソホンモノナノカ?」』

「ああ、オレがマグマ団を率いていたマツブサだ。そしてこっちがアクア団を率いていたアオギリだ」

『「ソウカ」』

 

 やはり、本物なんだな。

 けど、何でここにいるんだ? 偶然か?

 

「オマエの名は?」

 

 うぐ………折角話が逸れ始めていたってのに。

 やはり答えないといけないのか。

 どうする? 本名でいくか? それとも忠犬ハチ公とか、通り名的なのにするか?

 いや………もっと無難なのがあったな。

 

『「………カロスポケモンキョウカイリジ、ヒキガヤダ』

 

 現在進行形の役職ならば、裏社会を想像させることもないはすだ。しかもこれなら名前まで言わなくてもどうにかなる。

 

「ほう」

「………それにしては穏やかな姿ではありませんが?」

『「シュウゲキヲウケタンダ。ハラトセナカヲササレテ、コイツノドクデイタミヲトッテイル」』

 

 ウツロイドに寄生されていれば、そりゃ穏やかな姿ではないだろうな。一種の化物ですらある。その自覚はあるし、だからと言って今離れてもらうわけにもいかない。最悪死ぬ。ウツロイドの毒の方で。

 

「穏やかではないのはあなたの周りのようですね」

『「ソウダナ」』

「オマエはここがどこだか理解しているのか?」

『「ギラティナノセカイデアルヤブレタセカイ」』

「………よくご存知で。もしやとは思いましたが、この世界を理解しているということであれば、その冷静さにも頷けますね」

 

 まあ、そうか。

 こんな辺鄙なところに来て取り乱さない方が異常だもんな。それに比べて俺は肌感覚で分かってしまったのだから、取り乱すも何もないか。色々と驚きはしたが。

 

『「ソレヨリモサーナイトハシラナイカ?」』

 

 こいつらはホウエン地方出身だ。サーナイトを知らないなんてことはない。他の地方の出身であれば知らない可能性もあるが、割とサーナイト自体が世界的にも有名なポケモンでもあるため、中々そういう人を見つける方が難しいかもしれない。

 

「サーナイト? それならあっちでドンパチやってるぜ」

『「ハッ?」』

 

 サーナイトがドンパチ?

 一体どういうことだってばよ。あなたいつから好戦的になったの? パパンはそんな子に育てた覚えはありませんわよ?

 

「アレですね」

 

 アオギリが示した方向には、確かに二体のポケモンが戦っていた。片方は紛れもないサーナイトだ。

 ただ、やはりというか、クレセリアがいる時点で薄々いるのではないかと思っていたのだが、まさか本当にいるとはな………。

 

『「ダークライ………」』

 

 ああ、そうか。

 全部理解できたわ。そういうことだったんだな。

 何故俺が破れた世界にいるのか、ここに来るまでのあの引っ張られる感覚は何だったのか、そして何故俺は生きているのか。

 ダークライはずっとこの世界から俺たちのことを見ていたのだろう。一度は俺たちのことを認め、最後は己の力を託して消えていった存在だ。何なら俺に黒いオーラを付与したり、夢にした記憶を食らってたくらいには俺の懐に入り込んだ存在でもある。感知することは事ヒキガヤハチマンに関しては他とは違った感覚を持っていてくれても不思議ではない。

 

「どうやら、ダークライもクレセリアもオマエの仲間のようだな」

「なるほど、だからダークライが引っ張って来たのですね。あのダークライが一個人にここまでするとは余程のことがない限り考えられませんし」

 

 その通りだ。

 そもそもダークライは自身の能力の影響により勝手に悪夢を見せてしまう負の面を持っている。だから人と関わろうとはしないし、俺の知る限りでは邪険にされ、迫害されていたのが事実だ。だから人間に手を差し伸べること自体異例のことである。

 

「フハハハハッ! 面白いじゃねぇか」

『「ソレデ、アンタタチハドウイウソンザイテイギニナッテルンダ?」』

 

 俺と同じ生身の人間というのなら、どうにかしてここから脱出する方法を取っているはずだ。だが、この二人からはそういう焦りというか勢いというものが全く感じられない。逆にここが今の我が家とでも言いたげな寛ぎ方をしている。アオギリの方は胡座をかいているくらいで普通と言えば普通なのだが、マツブサの方が横になって左腕を枕に頭を高くして、寝そべっているのだ。テレビでもあればマジでそれっぽい。

 そして、それに何も疑問を抱かないアオギリもやはり異常と言えよう。

 

「オレたちは二度死んだ身だ。一度目はこのアオギリに殺されて。二度目はあやふやな存在なまま現世に戻り、紅色の珠と藍色の珠でグラードンとカイオーガをゲンシカイキさせたとなりゃ、現世に残る余力もなくなるってもんだ」

「あれは死ぬというよりも消えるという表現の方が合ってますね。身体が見事になくなりましたから」

 

 死ぬより消える。

 口振りから死体も残らなかったってことなのか。

 というか一度死んだ身の人間が現世に戻れるのかってところにも疑問があるが、現世に戻っても身体があったってことの方が気になる。まあ、この二人にその原理を説明できるかと言えばノーだろうから聞くだけ無駄だろうな。

 

『「ナルホド、キニナルコトハイロイロアルガ、キイタトコロデアンタタチガコタエラレルトハオモワナイ。フカボリハシナイデオク」』

「そうしてくれると助かるぜ」

「なんせ、わたしたちもよく分からないまま使命感だけを胸に戻りましたからね」

 

 使命感、あるいはそういう思いの丈が現世へと誘ったと考えるといいのかもしれない。

 なら、俺はどうなんだろうか。

 現世に戻りたいかと言えばイエスである。ただ、このまま戻ったところで問題は山積したままなのも確か。あのカラマネロを打倒できなければ、また同じようなことが繰り返されるだけだろうし、最悪マジで死ぬ。今回ですら命からがらなのに、これ以上何かが起きれば俺が生きているかすら保証はできない。現状ですらウツロイドに呑み込まれているとかいうふざけた姿をしているのに、これを一般人が見れば、十中八九無事ではないと判断するだろう。あるいは異端者として排除されるかだな。

 つまり、今のまま戻ったところで俺に居場所は無い。死に戻りするのがオチだ。

 となると、強くなった上で帰るしかあるまい。俺の居場所が侵されるのなら、それに打ち勝つ力を付けないことには話も進まないと言えよう。

 幸い、ここは破れた世界。現実世界からは切り離された亜空間。ただし、特定の条件を揃えればあちら側に繋ぐこともできるし、その技術を持つポケモンがここにいる。しかもそいつはサーナイトを鍛えてくれているようだし、アイツなりにも何か考えがあるのだろう。

 なら、早る気持ちは今は抑えておくべきだな。それよりもサーナイトを鍛えてやるのが一番だろう。ここにリザードンやゲッコウガたちも来ていれば同時に強化できたのだが、あんな突発的な襲撃に際して対処してくれているところを俺が狙われてしまったのだから、口にするつもりもない。逆に、あっちのことはあいつらに任せられると考えることにしよう。

 

『「………ダークライ」』

「………」

「サナ!?」

 

 ダークライたちに間が空いたところで声をかけると、ダークライが静かにこちらを見やり、サーナイトが俺に気づいてそのまま飛び込んできた。

 ウツロイドに憑依されているのに、この抵抗感の無さ。余程心配をかけてしまったのだろう。

 

『「ワルカッタナ、シンパイカケタ」』

「サナ!」

 

 腕を動かすとウツロイドの触手も同じように動き、サーナイトの頭へと手をやった。

 マジで俺と同化してるんだな。逆に怖くなってきたわ。

 

「ライ」

『「アア、ワカッテイル。コノママモドッタトコロデ、キットニノマイニナルダケダ。ダカラ、サーナイトダケデモチカラヲツケテオキタイ。キョウリョクシテクレルカ?」』

 

 ダークライがこれからどうするのかとこちらをじっと見てくるので、俺なりの回答を出すと静かに頷いてくれた。

 

「サナ!」

「おうおう、サーナイトもやる気じゃねぇか」

「良いではないですか。こんなところに来るということは余程のことがないとあり得ないことです。強くなって打倒するというのも一つの手でしょう」

 

 おっさん二人は呑気に見ているだけだが、それはそれは何もすることのない世界だ。少しは余興にもなることだろう。

 手始めとしては今使える技を完璧にし、次に新しく技を習得していくってところか。その過程で実践経験が積み重なっていくだろうし、戦術も叩き込まれていくはずだ。俺自身も任せっきりにする気はない。実際に指示をするのは俺なんだ。サーナイトの成長をこの目で確認していくとしよう。

 

『「サーナイト、カエルタメニツヨクナルゾ」』

「サナ!」

 



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2話

しばらくは破れた世界の生活になります。


 破れた世界にやって来てからどれくらい経っただろうか。

 腹も空かなければ眠気も来ない。いいとこサーナイトがダークライに扱かれて体力的にも精神的にも疲れが出て来るくらいだろうか。それもクレセリアによりすぐに回復され、一息入れたところでまたダークライがサーナイトを扱き始めるというのがずっと続いている。おかげでサーナイトは次のステップに移ることが出来たが、同時にやっぱり『ヒキガヤハチマンのポケモン』というルートに入りつつある。いやマジでリザードンやゲッコウガみたいになりそうで怖い。ジュカインを辿るのもボスゴドラやヘルガーを辿るのも無しにしたいが、このままだと無理だろうなー。確実に行き着いてしまうのが目に見えている。あの領域は最早強くなるとかいう程度のものではない。あれこそ化け物と言えよう。

 

「随分と成長したんじゃねぇか?」

「最初の頃はダークライの一振りで技を打ち消されていましたからね。それを思うと随分と成長しましたよ」

 

 ほんと暇だよね、このおっさんたち。

 

「サーナ!」

 

 サーナイトが両腕を下から上に突き上げると、一瞬背後に月が現れ光がダークライを襲った。

 今のはムーンフォースか。

 威力はまだまだなようだが、クレセリアに習った技を一つ完成させることが出来たみたいだ。これでサーナイト自身にも自信が付くだろうし、このまま技を習得していけるだろう。

 

『「サーナイト、ソノチョウシダ。ミセテモラッタワザヲ、シッカリトオモイダスンダゾ」』

 

 そう言う俺は未だウツロイドに取り憑かれたままである。生身のままダークライの加護なしでこの破れた世界に来てしまったがために、ウツロイドも解放しないのかもしれない。一応俺の指示は聞いてくれるし、少なくともウツロイドにとって俺は加護の対象にでもなっているのだろう。というかそう思うことにしている。基本的に何を考えているのかは分からない生き物だ。情報のやり取りが出来ただけでも奇跡に近い。

 

「サーナ!」

 

 お、さっきよりも光が強くなったな。

 普通はこうやって反復練習してモノにしていくんだよな………。それがあいつらと来たらポンポンポンポン次から次へと技を習得していくもんだから、俺の感覚も麻痺っていくのも無理はない。

 

「ライ」

「サー、ナ!」

 

 さて、サーナイトの方は基本ダークライに任せておけばいいだろう。それよりも破れた世界に来て問題が発覚した。ウツロイドに取り憑かれているため、すぐには思い至らなかったのだが、俺はとても大事なものを落として来てしまったらしい。

 ここに来る直前、俺はカラマネロたちの襲撃に遭い、背中と腹を刺されている。その際にリザードンたちを呼び出したのだが、どうやらそのままあいつらのボールをあっちの世界に落として来てしまったようだ。あるのはサーナイトとウツロイドのボールだけ。いや、逆に何故こいつらのだけこっちの世界に持って来れていたのかが不思議だ。正味、あの時の俺は二度も刺されて倒れていたんだ。リザードンたちのボールを落としたのだとしたら全員分落としているはず。最後に触れたのがウツロイドのボールだから、そのまま持って来たというのなら、まあそれは納得のいく範疇ではある。だが、そうなるとやはりサーナイトのボールはどうやって持って来たのかが不思議だ。サーナイトが持って来たのかウツロイドが偶々持って来たのか、あるいはゲッコウガが投げ入れたか…………は一番可能性が低いだろうな。あいつは前線で戦っていた。俺の側にいたのは、それこそサーナイトだ。となるとサーナイト、なのかな…………。

 まあ、細かいことは今はどうだっていいか。重要なのは必要なボールがあっちとこっちで綺麗に分かれてくれたということだろう。置いて来てしまったリザードンたちをボールに戻すことが出来なければ、誰かと同行するという選択肢がなくなっている可能性が高い。そうなれば、貴重な戦力を手持ち無沙汰にしておくという勿体無い事態が発生することになる。まあ、合理的主義なあの姉妹ならどうにかこうにかして連れて行くとは思うけども。俺が襲撃されて消えたってだけでも頭を抱えているだろうに、さらにポケモンたちのことまで悩ませてしまうのでは彼女たちに対して頭の上げようが無くなってしまう。

 それでも他に失くなっていたものはない。基本リュックに入れていたものは全部あったし、ウツロイドに取り憑かれてからはリュックごと呑み込まれているため、そもそも落とす可能性すら無くなっている。リュックの中身を出したい時はウツロイドに頼めばいいようだし、それが出来たからこそ持ち物検査に至ったわけだ。

 つまり、何が言いたいかと言えば、ウツロイドから託されたあの球体も無事だったということである。あれが何なのかは未だハッキリとしていない。正体も掴めないものを大事に取っておく必要もないのだが、頼まれた以上アレを最優先に考えておいて損はないだろう。

 

「つくづく異様な光景ですね」

 

 静かに現れたアオギリがそう零した。

 何に対してかは何となく分かる。

 

『「イマサラダロ」』

「ま、テメェの目には見慣れた光景なんだろうがよ。オレたちにとっちゃ異様でしかねぇ」

「君のその姿も、ダークライとクレセリアが他のポケモンを鍛えるという光景も」

 

 俺は長年ダークライという存在を傍らにおいていたため、特段ダークライが何をしていようが驚きはしない。精々、その技も使えたんだなーと見ているくらいだ。それはクレセリアにも当てはまる。クレセリアとは付き合いが長いわけではないが、ダークライと対照的なポケモンという点から見れば、この光景も特別なことではない。ましてやユキノのポケモンもクレセリア相手に技を洗練させていたりしてたからな。

 ただ、唯一初めて目にするのは、ダークライとクレセリアが協力的に動いていることだ。これまでは俺とユキノと別々のトレーナーのところにいたが、この破れた世界においてはその隔たりがない。故にこの珍しい光景も目にすることが出来ているということだろう。

 俺でさえこんなんなんだから、二人が目を疑ってしまうのも当然と言えば当然だ。でも、そろそろ慣れてもいいだろうに。サーナイトの特訓を始めてから結構経つと思うぞ?

 

『「ナァ」』

「あん?」

『「オレタチガキテカラ、ドノクライタッタノカッテ、ワカルノカ?」』

「どうでしょうね。わたしたちには時間の感覚というものが欠けています。空腹なども感じないこの世界では時間の感覚を養うのも至難の業ですよ」

「そもそもオレたちは死人だ。時間だの何だの、宿しちゃいねぇよ」

『「ソウカ」』

 

 やはり目下の課題は時間の感覚だな。この二人を宛にしていたわけではないが、こうも方法がないとは。今はいいが、元の世界に戻った時に何日経っているのか計り知れない。時計代わりにもなっていたポケナビやホロキャスターも操作不能。起動したとしても時間表示はエラーを起こしていそうだ。

 あとは時間の感覚を養うものとしては体感ではあるが、太陽もないわ空腹も来ないわでお手上げ状態である。

 こうなると今この時間を刻んでいくより、戻った時にどうするかを考えておくべきか。具体的には数年前後でタイムスリップをしていた場合。俺はその年月だけあいつらよりも年齢に差が生じるようになってしまう。昔の俺であれば、それはそれで放っておいたかもしれないが、最早俺一人の問題ではなくなっている。それにまだ俺はあいつらとの約束を果たしてないんだ。どうにかしてでも元の時間軸に戻る必要がある。

 今考え得る手段としてはセレビィの時渡りだな。だが、これはあくまでも最後の手段。普通はセレビィに出逢える確率そのものが低いのだから、セレビィだけを頼りにしておくのは危険だ。数年後に戻ってしまえば、死んだ人間が蘇ったみたいに取り沙汰されかねないし、数年前だと『ヒキガヤハチマン』という人間が二人存在することになってしまう。まあ、後者ならどこか別の地方でひっそりと暮らすということも考えておいていいだろうが、その場合はやはり元の俺が消えるまでの数年間はボッチを極めるしかない。

 ーーーああ、想像しただけでこれ程寂しさが募るとは。あいつらが側にいる日常が当たり前にいただけあって、俺もだいぶ弱くなってしまったらしい。

 

「サーナ!」

 

 おっと。

 もうこんな光を迸らせられるようになったのか………?

 素質というか素養というか、師が師なだけに成長度合いもデタラメなようだ。

 

『「サーナイト、イマノハヨカッタゾ。コノタンジカンデ、ココマデデキレバジョウトウダ。アセラズヒトツヒトツクリアシテイケバイイ」』

「サナ!」

 

 うん、可愛い。

 敬礼とかサーナイトになっても愛くるしくて癒されるわ。いろはすも打算が見え隠れしなければ可愛げがあるというのに。まあ、あいつのはアレがいいまであるがな。あざといからこそ可愛くも見えてくるってもんだ。

 ………変な気を起こしてないといいが。

 

「あ、そういや知ってるか?」

『「ン? ナニヲダ?」』

「この世界には水も草木もあるんだぜ」

『「アー、マア。シナライセカイトイウワケデハナイノデ。タダ、コンカイハマダメニシテナイナ」』

「この世界に慣れているというのもおかしな話ですね。どうします? 次の休憩の時にでも水辺に移動しますか?」

『「ソウダナ。ハラガヘルコトモ、ノドガカワクコトモナイガ、ミズヲノムコトデリラックスハデキルダロウ」』

 

 身体は特に欲することもないが、それでも水を飲むという行為は生きているということの証でもある。俺はさておき、サーナイトにはそこを忘れないでいて欲しい。お前は生きているんだという証をあげておきたい。

 

『「トイウカ、ナニユエソコマデキョウリョクテキナノデ? マエニモキイタヨウナキモスルガ」』

「そりゃ、なあ?」

「ええ」

 

 気持ち悪いくらいに構ってくるおっさん二人が顔を見合わせて息を揃えた。

 

「「暇だから」」

 

 デスヨネー。

 でも気持ち悪いのも本当だからね?

 一応ホウエン大災害の首謀者たちでしょ? その二人がこんなフランクに接して来ているこの状況は、気持ち悪いとしかいいようがないぞ?

 

『「ソッスカ」』

 

 だからマジで聞いておいてなんだけど、返す言葉が見つからなかった。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「サーナ!」

 

 ムーンフォースも上々な仕上がりとなり、次はサイコショック。相手はクレセリアとなり、俺はダークライとじっと二体の特訓を眺めている。

 

『「……………」』

「…………」

 

 いくらウツロイドに取り憑かれたとて、ダークライと会話が出来るようになるわけでもない。出来たらよかったのかもしれないが、それはそれでどこか恐ろしいものがある。

 

「サーナ!」

「リア」

 

 クレセリアが呼び寄せた石ころ等に、サーナイトが同じように石ころ等を呼び寄せてぶつけていく、謂わば的当てゲームが行われている。

 

「………なるほどなー。これなら確かにコントロールの訓練になるな」

「自分が使う技のコツ、とでもいうのでしょうかね。あのやり方は」

 

 サイコショックなんて今まで使う奴は俺のところにいなかったからなー。俺もこのやり方を見て勉強になったわ。帰ったらカマクラ辺りで試してみるのも悪くないだろう。

 

「………ライ」

「リア」

 

 ん?

 今何か隣でクレセリアに指示を出さなかったか?

 あ、クレセリアの支配領域が広がった。ということは徐々に範囲を広げていき、飛距離と正確性を高めようってことだな。

 

「サナ、サーナ!」

 

 おおー、外れてしまったが方向を変えて飛ばせたじゃんか。呑み込みが早いなー。

 

「これは面白い! サイコショックの範囲を広げるためには、サイコパワー自体が強くなる必要がある。こうして徐々に広げていくことで基礎となるサイコパワーも高めようというのですか!」

 

 あるぇー?

 なんか俺よりもおっさんたちの方が興奮してるんだけど。いや本当この人たちはどういう存在なのん? 死人? 亡霊? 今のところ単なる暇人でしかないぞ。いや、暇魂と呼ぶべきか。

 

「わははは! ここに酒があったらグビッといきたいところだぜ!」

 

 酒もないのに既に酔っ払いが完成しているようにしか見えないのは俺だけだろうか。

 

「………ライ」

 

 え?

 

「わははは………ぐー……」

「はははっ………すー……」

 

 あ、ダークライさんがオコですわ。右腕の一払いで二人を寝かせてしまった。

 うるさかったみたいだな。まあ、分からなくもない。俺も静かにしてほしいなーと思ってたところだ。

 

「サナー!」

『「ン? サーナイト、ドウカシタカ?」』

「サナ、サナ!」

「…………ライ」

「リア」

 

 何だろうか。

 急にサーナイトがダークライを見て目を輝かせている。それに対してどうしようかというやり取りをしたと言ったところか?

 

「ライ!」

 

 するとダークライが徐に立ち上がり、念波を発し始めた。

 今度は何を教えるつもりなんだ?

 

「サナー……」

 

 サーナイトも見様見真似で腕を突き出し念波を出そうとしている。だが、上手く出ていない。

 ……………さいみんじゅつか?

 タイミング的に見て、サーナイトはダークライがアオギリとマツブサを眠らせるのに使ったさいみんじゅつに興味を示したってことか。それで念波ね。

 

『「モウ、コノサイダカラ、ツメコメルダケツメコンデモラウカ」』

 

 あって困りはしないんだし。

 あーあ、エルレイドに何て説明しようか。

 お宅のお預かりした娘さんは伝説のポケモンにより伝説級に育て上げられました、てか。流石の父ちゃんも目が点になるだろうなー。

 

『「サーナイト、アオギリトマツブサヲマトニシテ、トウカンカクデサイコパワーヲオクリコムヨウニヤッテミロ」』

「サナ? サーナー………」

 

 もう一度、腕を前に突き出し、アオギリとマツブサに向けて念波を送り込んでいく。今度はフワンフワンと等間隔とまではいかないまでも念波が一つ二つと流れ始めた。

 

「リア!」

 

 お、クレセリアが目を見開いた。ということは筋はありそうだな。

 それにしてもどうしてサーナイトまで呑み込みが早いんだ? ぶっちゃけ、リザードンは元々の戦闘力が高い個体に人工的な措置が施されているからだし、ゲッコウガはゲッコウガとしてあることに拘ってなかったからだろうし、ジュカインは一人で草技をコンプリートしてくるくらいだったから理解出来るんだが、サーナイトはまだ子供だぞ? 人間とポケモンの成長速度を比べるのはお門違いではあるが、それを抜きにしても異常だ。

 やはりサーナイトも「何か」があるというのだろうか。それとも生育環境か?

 リザードンはロケット団の実験体、ゲッコウガは反りの合わない人間との関係、ジュカインは森でのボッチ修行、ヘルガーはダークオーラの付与、ボスゴドラは群れ生活。一番ポケモンらしいのはボスゴドラだな。

 ………まあいい。それも含めていずれサーナイトには自力で乗り越える力が必要になってくる。今の内に技術を取得しておいて損はない。

 

『「コレハ……オレモナニカヤッテオクベキカ?」』

 

 俺、というかウツロイド。

 一応、ウツロイドが使える技は直接情報を流し込まれている。だが、咄嗟に俺のモーションで技が発動するっていうのも悪くなくね? 一応繋がってるわけだし、俺の意志で触手等を動かせるわけだし。

 

『「ダークライ、スコシセキヲハズス」』

「ライ」

『「サーナイト、ガンバレヨ」』

「サナ!」

 

 思い立ったら行動あるのみ。

 どうせ俺のやれることなんてサーナイトの特訓を見て、時折口を挟むくらいだし。基本いなくても大丈夫でしょ。

 さて、どこに移動するか。

 ああ、そういえばさっき水辺に移動しないかとか話してたんだったな。ちょっとその辺を探してみるか。

 



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3話

 しばらくフワフワと移動していると遠くの方に下から上に水が流れているのが目に入った。

 ……………うん、知ってはいたけどさ。

 やっぱここおかしいわ。水が下から上に流れるって………。

 重力もクソもないか。ここは破れた世界。現実世界とは対照的な世界となるところ。

 うん、でも流石に驚くなというのは無理があるな。つか、普通にビビった。

 

『「ココラデイイカ」』

 

 あそこからは十分離れている。変な技が出てきたところでサーナイトに当たることもない。

 さて、始めるか。

 確かウツロイドが使える技は…………。ようかいえき、マジカルシャイン、はたきおとす、10まんボルト、サイコキネシス、ミラーコート、アシッドボム、クリアスモッグ、ヘドロウェーブ、ベノムショック、ベノムトラップ………あれ? 何か増えてね?

 えっと……他には、クロスポイズン、どくづき、ハチマンパンチ、サイコショック、パワージェム、ハチマンヘッド、アイアンヘッド、でんじは、ハチマンキック、くさむすび、ハチマンアタック、まきつく、からみつく、しめつける…………ねぇ、さっきから変なの混じってるよね。何なのこの子。ハチマンパンチとかハチマンキックとか、結局ウツロイドの身体使うことになるんですけど?! そもそもハチマンパンチなりキックなりヘッドなり、君の技じゃないでしょうよ。俺をどうする気だ。

 …………俺の頭はいつの間にか毒されてしまったのかね。怖いよ、この子。怖すぎる。

 

『「イマカラタメシウチヲスル。オマエノチカラヲミセテクレ、ウツロイド」』

「しゅるるるぷ」

 

 ………一体全体、俺とウツロイドはどういう関係になっているのだろうか。刺された痛みを毒で麻痺させてどうにかなっているが、腹を見る限り悪化することもなさそうである。それがウツロイドによる毒の効果なのか、この世界にいるからなのかは分からないが、ウツロイドの毒を体内に入れたのは確か。ならば、その毒を以って俺は支配されているという可能性もないとは言えないのだ。ただ、今のところ俺は自我を保っているし、俺の思うように身体を動かせている。生身の身体では出来ないようなことも既に出来ていたりするし、何ならウツロイドに情報開示を求めるとその情報が頭の中に流れてくる。………ああ、妙なのはここだな。何故ウツロイドの情報が頭の中に流れてくるのか。それも探りながら命令を出してみよう。

 

『「ンジャ、マズハドクワザカラ。ヨウカイエキ」』

「しゅるるるぷぷ」

 

 最初に見たようかいえきはヘドロばくだん並みだった。これでようかいえきなのかと驚いたのを覚えている。

 

『「………トケタカ」』

 

 何の植物なのか分からないが、木が一本毒で溶けてしまった。これでようかいえきなんだろ? ヘドロばくだんとかどうなっちゃうのん?

 

「しゅるるるぷぷ」

 

 あ、こら!

 ………まだ命令も出していないのに、ペペペッと毒が吐き出され辺りを溶かしてしまった。

 これ、ヘドロばくだんってことでいいのか?

 つか、まだ口に出してないのに技を選択しちゃうってどういうことだってばよ。これではまるで俺の頭の中を覗かれているようなものではないか。

 …………いや、待て。頭に直接情報を流してくるくらいだ。覗けたとしても何もおかしくはないのではないか? そうなると最早口に出すのも意味を成さないように思えて来た。

 よし、ならこのまま色々技を頭に浮かべてみるか。

 まずはヘドロこうげき。

 

「しゅるるるぷぷ」

 

 あー………、さっきよりは溶け方が優しい? のかな。取り敢えず、このスタイルでも通じるみたいだな。

 次は……あ、アシッドボムなんていいんじゃね?

 

「しゅるるるぷぷ!」

 

 う………、これでボム、なのか。

 跡形もなく木が消えたぞ。更地じゃねぇか。

 そういう時はこれだな。くさむすびで草を生やそう。

 

「しゅるるるぷぷしゅるぷぷ」

 

 うわ、マジか。

 ウツロイドもくさむすびを応用した方法がいけるのかよ。一体どういう考え方をしているのやら。

 草も元通りというわけではないが戻った。地面には毒が散らばっているはずなのだが、そんなのはお構いなしなようだ。流石ウツロイド。流石ウルトラビーストである。

 

『「ンジャ、ツヅケルゾ」』

「しゅるるるる」

 

 次はクリアスモッグだな。

 

「しゅるるるるぶぷ」

 

 紫色の塊が作り出されて発射された。すると小爆発を起こし、さらに草が消えていく。

 え………、クリアスモッグってこんな技だったっけ?

 だってこんなの………泥投げつけただけじゃん。クリアもクソもないわ。なのに、追加効果だけは名前に則しているというね。まあ、紫色過ぎるけども。ああ、毒々しい。

 

『「ト、トリアエズ、ツギダツギ」』

 

 次は………ヘドロウェーブ辺りか。これは毒の波を送り込む技なのだから、どっちかというと変化が乏しいはず。

 

「しゅるるるるるぷ」

 

 だからそんなしなしな〜っと草が枯れるなんてあり得ないだろ!

 いや、マジで効きすぎだから!

 ようかいえきがあのレベルなのも納得出来ちゃったからね?

 あ、まだ残ってるところもあるわ。でも紫色になってるんだよなー。

 

『「コワイワー。マジ、コワイワー」』

 

 そんなウツロイドが使うベノムショックとかベノムトラップって一体…………。

 

『「ア………」』

 

 とか考えてたら既に身体が動いてました。

 いや、そんな気を利かせて動いてみましたと言わんばかりに毒液を二連チャンで出さなくていいから………。

 あーもう、ほら! 島が一つ溶け出しちゃったよ!?

 

『「イヤ、シマガトケルッテナンダヨ」』

 

 これ、島を溶かした方がベノムショックってことだろうし、二連発放った毒液の一発目がベノムトラップってことなのだろう。ベノムショックもベノムトラップ毒状態の相手に効果を最大限に発揮する技。恐らくヘドロウェーブを放って残っていた紫色の草に発動したのだろう。それが島にも流れ出して溶け出したのか………。

 危険すぎる!?

 こいつの毒技はもしもの時に使用する以外は伏せたおこう。技一つで土地が無くなったり、終いには建物すら溶かし兼ねない。

 そして、これが俺の体内にも流れてるってことだろ?

 逆に死の危険を感じるんだけど。助かった手前強く言えないけども、マジで死なないだろうな………。毒に助けられてその毒で死ぬとか悲し過ぎるだろ………。なら、初めから助けるなよという話になるわ。

 よし、今はこいつを信じることにしよう。じゃないと不安で不安で仕方がない。

 

『「ツギイコウ、ツギ。ツギハオクノクサニクロスポイズンナ」』

「しゅるるるるるるる」

 

 そう言うとウツロイドは前進して奥の島の草の中に入ると触手を全て使い、全方位の草を刈ってしまった。

 ………………。

 待って。これ反則すぎるだろ。触手を二本で一組にして使い、全方位一気に刈り取るとか、他のポケモンたちが見たら泣くぞ。

 

『「コレガウルトラビーストノチカラ、カ」』

 

 なら、どくづきは?

 

「しゅるるるるるぷ」

 

 触手が伸びました。

 そして刈り取ったところの奥に立っていた木っぽいのが折られました。

 うん、どこのゴム人間かな。「ゴムゴムのー! ガトリング!」とか言わないといけないわけ?

 なにこの子。ちょっと親近感湧いてきちゃったぞ。これなら他の技でもいろんなネタいけるんじゃね? 丁度貴重な触手キャラだし。

 べー、マジっべーわ。トベ化しちゃうくらいヤバい。ウツロイドに毒されてきてるよ。

 あ、そういえば。

 ウツロイドってコードネームがあったよな。確か………UB:パラサイト。

 ーーー今の俺の状況にピッタリだ。ただ、パラサイトというには些か異なる点があるんだよな。寄生したなら宿主はそのまま食われていくようなものなのに、今の俺は食われるどころか助けられている。そりゃ誰彼構わずというわけではないだろうが、ただ寄生して宿主を食すという認識は改めた方がいいかもな。そうでなければ、今後俺たちの世界にやってくるウツロイドを始めとしたウルトラビーストたちの排除が加速することになるだけだ。

 特殊なケースだろうが、俺はウツロイドに助けられた身。あっちの世界に戻るのなら、その辺も俺がやるべきことなのだろう。

 

『タスケラレルダケジャ、オレノナイニヒトシイプライドガユルサナイシナ」』

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 あの後、ウツロイドがアイアンヘッドからパワージェムやサイコショックを撃ち込んで、さらに島を一つ壊したりしたものの、ギラティナが来ることはなく、マツブサとアオギリが言っていた水辺へとたどり着いた。やはり水の滝が上に登っている。謎だ。ウツロイドに取り憑かれているからか、重力の変化に影響されることがなく、態々身体の上下を入れ替える必要があるのだが、それで酔わないのだからまた不思議である。

 さて、割と一直線で来たし、どうにかここに通うことも出来そうだ。というかここを拠点にした方がいいのではないだろうか。開けた場所だし水もある。

 

「しゅるるるる」

 

 おっと身体が勝手に水辺へと向かってらっしゃる。ウツロイドも水を………あ、触手を伸ばして吸収してるわ。

 結局のところ、ウルトラビーストもポケモンと同列の存在なんだな。使える技も全て他のポケモンたちが使える技だ。逆にウルトラビーストにしか使えない技とかってあるのだろうか。

 そういやウツロイドの特性って何だっけ?

 えーっと………? 相手を倒せば倒す程、能力が上昇するのか。ブースト系、ウルトラブースト? あるいはビーストブースト? ってところかな。

 なんて考えていたら、俺の口を塞がれた。そして口の中に液体を注ぎ込まれていく。水だ。水である。どうやら今し方吸収した水は俺のためだったらしい。

 この子、どんだけ俺に尽くしてくれるわけ? まあ、ありがたく飲むけどよ。

 不思議も不思議だ。これ、帰ったら論文ものだろ。というかウツロイドに取り憑かれたってだけで論文が出来上がりそうだわ。そう簡単には書かないけど。

 

『「イキカエルワー。サンキューナ」』

「しゅるるるっぷ!」

 

 おおう、そういう反応も見せてくれるのね。

 水に映ったウツロイドがくねくねと身体を揺らし、それはまるで恥ずかしがる少女のように見えた。

 …………………ふぅ、そろそろ本題に入るとするか。

 

『「ウツロイド、キカセテクレ。オマエハナゼオレヲタスケヨウトスルノダ?」』

 

 今まで聞くに聞かなかった内容。

 というか聞いてもいいのか悩む内容である。もしここで俺を捕食するためだとか、危険性を伴う内容だったら即刻目的を実行される可能性があった。だが、今し方の技の披露を通じて敵意を全く感じなかったのだ。なんなら、超友好的で俺のこと好きなんじゃね? と誤解するレベル。今の恥ずかしがる少女のような動きとか、まず敵なら見せるわけないだろう?

 だから俺は全てを聞くことにした。

 何故俺について来たのか。何故俺を助けるのか。腹は括った。さあ、ウツロイド。回答を頼む。

 

「しゅるるるるる」

 

 お、おお?

 あれ? 口が思うように動かなくなったような………?

 えっ………?

 

『「ワタシハ、アナタノツヨサヲキニイッタ。ホカノコタイニハ、アマリリカイヲエラレナカッタガ、ワタシハアナタノカノウセイニカケタイ。アノタマヲ、ホンライアルベキトコロニカエセルノハ、アナタダケダトシンジテイル。ダカラワタシハ、アナタヲタスケル」』

 

 俺の口から奇妙な声が出た。というか俺の口調とは別のものですごい違和感しか感じない。俺が聞かせてくれって言ったからか?

 だがまあ、今のがウツロイドの本心というか目的なのだろう。

 最初は俺も大量に発生したウツロイドをウルトラホールへ返すべく、リザードンを暴れ回させた。そもそもよく分からなかったため、そうせざるを得なかったとしか言いようがない。

 そして、二回目の遭遇で俺はウツロイドにウルトラホールの奥へと連れて行かれた。偶然なのか必然なのかはともかく、俺はウツロイドに背中から引っ付かれたままあの珠を受け取った。その後、元の世界に帰ってみれば、こいつがボールに入ってしまった。

 よくよく考えてみれば、背中に引っ付いていたウツロイドはこいつなのだろう。無関心な個体もいる中でのあの行為だ。既に気に入りられていたのだろう。となると、あの遭遇も必然だったのかもな。

 

『「ワタシハソレマデノアンナイヤク。トキガクレバ、ワタシガアンナイスルコトニナル。ソノトキ、モクテキガタッセイスレバ、ワタシヲステテクレテイイ。ダカラ、オネガイ。アノマイゴノタマヲ、ホンライアルベキトコロニカエシテアゲテ」』

 

 おいおい、それはいくら何でも俺が薄情過ぎないか?

 確かに、あの世界ではお前たちウルトラビーストとカテゴライズされる生き物は排除対象にされている節がある。アローラの内情なんて知らないのだから何とも言えないが、それでも俺はお前をそう簡単に手放す気はないぞ。お前が出て行くというのなら見送ってやるが、そうでないなら是非いて欲しい存在だ。

 

『「…………アリガトウ」』

 

 ………ふっ、まさかウツロイドにお礼を言われるとは。ありがとうなのは俺の方だ。

 だからそんな悲しいことは考えるなよ、ウツロイド。

 

「サナー!」

 

 ん?

 この声はサーナイトか?

 

『「ヨッ、ト。ココダ、サーナイト!」』

「サナ? サナーッ!」

 

 ウツロイドの触手を動かし上に掲げると、サーナイトがそれを発見してくれてこちらへと飛んで来てくれた。

 ん?

 今、飛んで来なかったか?

 え?

 

「サナ!」

『「ヨシヨーシ、サーナイト。オツカレサン」』

 

 抱きついて来たサーナイトを受け止め、触手で頭を撫でてやる。癒されるわー。

 あ、そういや口が動かせるようになってるじゃん。

 

「ライ………」

『「ダークライ、ナンカサーナイトガトンデイタヨウニミエタンダガ?」』

 

 遅れてやって来たダークライに尋ねると目を逸らされた。

 え…………、マジで何をしたわけ?

 

「くははははっ! やっぱお前でも驚くんだな!」

「大声ではしたないですよ、マツブサさん」

 

 もっと遅れてやって来たのは、クレセリアの背中に乗ったアオギリとマツブサ。

 つか、アンタら何しれっとクレセリアの背中に乗ってるんだよ。クレセリアもよく乗せたな。

 

『「ドウイウコトダヨ」』

「サーナイトはな、リフレクターを出したかと思ったら、それで攻撃し出したんだよ。んで、それを応用してサイコパワーでサーフィンの板にしやがってな。それでオレたちようも早く着いたってわけだ。飛んでいたよう見えたのもお前に飛びつくために、サーフィン板から飛び降りてサイコパワーだけで身体を安定させたまま飛んでいったんじゃねぇか?」

 

 ………これ、俺のせいだな。リフレクターでゲッコウガを運ばせたり、カマクラのアホな戦い方を見せている。それを応用して移動手段に変えたのだろう。

 嗚呼、着々と規格外な奴らの路線を辿ってるよ…………。サーナイトの成長に喜ぶべきなのだろうが、素直に喜べないのは何故なんだろうな。

 でもまあ、ここは褒めておくのが無難だろう。

 

『「サーナイト、ヨクヤッタナ。ワザハソノママツカウダケガワザジャナイ。ジブンノチカラトアワセテツカウコトデ、イロンナツカイカタガデキルンダ。コレカラモガンバッテツカイカタヲマナンデイコウナ」』

「サナ!」

 

 うん、可愛い。もうこの子お嫁に出さない。こんな可愛い子をどこぞの輩にくれてやるもんか。

 

『「ヨシヨシ。ソウダ、アッチニミズベガアッタゾ。イッテミルカ?」』

「サナ? サーナサーナ!」

 

 とまあ、こんな感じでしばらくサーナイトを可愛がっていると、心なしか身体をぎゅっと締め付けられたような気がした。



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4話

 水辺に移動した俺たちは、各々が水を飲んだりして休息した。

 休むことも大事な特訓だ。

 その後、またサーナイトの特訓が始まり男性陣は蚊帳の外となっている。

 

「随分と技の種類が増えてきたな」

「そうですね。習得の速さもさることながら技術も着々と上達していますよ」

「まるであいつらみてぇだな」

 

 確かに技の種類が増えてきたよなー。

 現時点で新たにゆめくい、あくむ、おにび、かなしばり、かげぶんしん、ちょうはつをダークライから教わり、今はクレセリアと技の習得を行っている。めいそうと忘れていたかのようにサイケこうせんを習い、今はみらいよちの習得に取り掛かっている。だが、流石に一筋縄ではいかないようで他の技に比べて時間がかかっている。

 

「でも流石にみらいよちは難しいようですね」

「エスパータイプの技の中じゃ、高威力の技にして力の使い方が他とは段違いだからな。時間がかかって当然だろ」

 

 そもそもの話、ダークライたちが割と簡単な技も挟んでくれているため、これだけの技を覚えることが出来ているのだ。そして、今はクレセリアが用意した難問。クレセリアたちに上手く乗せられているのもあるし、サーナイトが根気よくついていっているというのもあるだろうが、サーナイトはうぬうぬ言いながら力の調整をしている。まあ、未来に働きかける技だ。そう簡単には習得出来るわけがない。それと悲しいことに、俺もみらいよちに関してはアドバイス出来るようなことも持ち合わせていない。あまり深く考えず時限爆弾を仕掛ければいい、なんてアドバイスで通じるのなら端から言ってるし。

 

「ヌヌヌヌヌ」

「リア」

 

 さて、こうなるとまだまだ俺たちは暇になるな。持ち物の確認もしたし、ウツロイドの技も確認した。あとやっておくべきことは…………、何だろうな。全然思いつかねぇ。

 

「ライ」

『「ン? ダークライ、ドウカシタカ?」』

「ライ」

 

 声をかけてきたダークライの方を向くと、おにびで火の中に文字を浮かべ始めた。

 えっと………、いつぞやに渡した黒いクリスタルを出せ………?

 あー………、アレね。最終兵器から撃ち出されたエネルギーを吸収するのにブラックホールを作り出した時のあのクリスタルね。

 確かリュックの中にあったはず。

 

『「ウツロイド、スマンガリュックヲダシテクレ」』

 

 流石にウツロイドにはあのクリスタルを見つけ出せないだろうからな。

 ウツロイドに背中に背負っていたリュックを取り出してもらい、それをダークライに渡した。

 

『「ソノナカニアルハズダカラ、サガシテミテクレ」』

「ライ」

 

 果たして、あのクリスタルは何だったのだろうか。ダークライが渡して来たものではあったが、他のポケモンに使うこともなかったし、そもそも使い方をいまいち理解してないのだから使いようがない。

 ダークライはリュックを漁ると見つけたらしく、チャックを閉めて投げ返してきた。

 おいちょっと。もうちょっと大事に扱いなさいよ。特に割れるようなものとかはないけどさ。あの珠も落としたくらいでは割れないだろうし。

 

『「ソレデ、ソレヲドウシヨウッテイウンダ?」』

「………」

 

 黙りですか、そうですか。

 まあ、悪いようにはならないだろう。

 そう言えばあのクリスタルって菱形だったよな。菱形のクリスタルと言えば、なんかどこかで見たような気がするな………。何だったのだろうか。

 

「なあ、理事さんよぉ。テメェの身の回りで死んだ奴とかいねぇのか?」

 

 は?

 なに急に。

 死んだ奴?

 ………………………いるさ。ダークホールで呑み込んだ奴ら以外に、もっと大事な奴らが。

 

「ほぉ、その顔はいるって感じだな」

 

 くっ…………、やっぱりこのおっさん共は組織のトップなだけある。目力が半端ない。にらみつけるを覚えてるのかってレベル。いや、こわいかおかな。

 

『「…………ムカシ、オレガスクールヲソツギョウシテ、タビヲシテイタトキノハナシダ」』

「トレーナーとしての第一歩を踏み出していた時にですか」

『「アアソウダ。イワレテオモイダシタワ。クソッ………イマオモイダスダケデモジブンガイヤニナル」』

 

 マツブサの野郎、絶対許さないノートにキッチリ書き残してやるからな。人のトラウマを思い出させやがって。

 

「それは人か? それともポケモンか?」

『「ポケモンダヨ、ソレモニタイ。オレハサカキノワナニマンマトハマッタンダヨ。ンデ、ソイツラハコロサレタ」』

「サカキ、というとロケット団のサカキですか?」

『「アア、タビノドウチュウデアイツニデクワシテ、ソシラヌカオデヤリスゴシテイタラ、アノザマダ。サイショカラシクマレテ、ユウドウサレテオトサレタ。ジュウニサイニナルマエクライノコドモヲ、ターゲットニシテタンダヨ。ワラエルダロ」』

「ガキを狙うとは………。ロケット団も地に落ちたな、と言いたいところだが、オレたちも似たようなもんだ。ルビーだかサファイアだか知らんが、あのガキどもに計画を邪魔されて排除対象にしてたからな」

「右に同じく」

 

 図鑑所有者たちは偶然にして必然である。暗躍している組織に出会してしまうのが運命と言ってもいい。だからこそ狙われるし、窮地に立たされる。なのに、その運命を辿らない俺もロケット団のターゲットにあったのだから怖い話だ。今なら理由も分かるから納得出来なくもないが、腹が立つのは昔と変わらない。殺意が芽生えるのもあいつらのためである。だが、俺一人が敵討ちに走ったとしてもあいつらが帰って来ることはないため、やるだけ無駄だと割り切っている。まあ、許す気はないけど。

 

『「オレハチョットトクシュナポケモンニエラバレタミタイデナ。ソノポケモンノコトガアッテ、イマデモカンシハサレテイルハズダ。ダカラ、オレガヤラレタッテコトモ、ロケットダンニハシレワタッテイルダロウナ」』

「それはそれは、しつこい輩ですねぇ」

『「トリヒキトハナバカリノオドシトシテ、アイツラヲコロサレタンダ。シタガウイガイニホウホウハナイダロ。サスガニキョウフヲオボエタカラナ。サカラッタラコロサレル。シタガッデドウナルカワカラナイ。トラウマニナラナイワケガナイワ」』

 

 あの時ほど、ロケット団の残酷な姿を見たことはない。それが本来のやり口なのかと。そう思えるほど恐怖を味わった。しかも拍車をかけるように次は家族を狙うとまで言われたんだ。コマチの名前が出た瞬間に俺は首を縦に振ってしまった。

 

「…………残酷な輩だな。ガキの目の前でポケモンを殺すとか」

『「………モウイイダロ。サスガニコレイジョウハオモイダシタクナイ」』

 

 ああ、マジで嫌なものを思い出した。当時、ダークライに記憶を食われていたから手を出すことはなかったが、ダークライがいなかったら俺は真っ先にサカキを狙い殺そうとして殺されていただろう。

 

「じゃあ最後だ。今回のことはロケット団絡みか?」

『「イヤ、ベツグチダトオモウ。サカキノバアイハ、マイドアイツガカオヲミセルガラナ。オレヲヤルナラ、アイツミズカラヤルハズダ」』

「そうですか。何かサカキとは複雑な関係なのは分かりましたよ。というか、よく耐えられましたね」

『「ソレモダークライノオカゲダ。ダークライハユメヲクラッテチカラヲタクワエル。オレハキオクヲサシダシ、ユメニヘンカンサセテ、ダークライニチカラヲアタエテイタンダ。ダカラ、オレハキオクソウシツニナンドモナッテイル」』

「なるほど、覚えてなければトラウマも何もねぇわな」

 

 ないわけではない。

 現在進行形で身震いしている。

 今回もウツロイドがぎゅっと抱きしめてくれているような感覚をくれているため、自我を保っていられるのだと思う。

 本当にポケモンたちには感謝だな。皆が皆、俺には必要な存在なのだ。もう誰一人失ってたまるか。

 

「となると………やはり怪しいのはあのカラマネロですかね」

 

 ん……?

 何でこいつらがカラマネロのことを知ってんだ?

 

『「ナゼカラマネロノコトヲシッテイル」』

「見てたからな。オレたちは暇な死人だぜ? そこにダークライたちがテメェを炎に映して観測していりゃ、見るしかねぇだろ」

 

 おいこら、何やってんだよ。

 死人からも監視されていたとか、マジ怖すぎるわ。というかダークライさん? だから俺をここに引き込むことが出来たっていうのか?

 

「……………」

 

 オーケーオーケー。

 取り敢えず、このおっさんたちを断罪だな。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 意外とノリノリでマツブサとアオギリを締め上げたウツロイドは、心なしかツヤツヤしている。何だろう、俺の感情と思考を読み取っての行動なのだろうか。あ、既に思考は読み取れるんだったな。技の確認中も技を思っただけで勝手発動させてくれていたし。感情の方もウツロイドに感情がないわけではないため、同時に読み取れたとしても納得がいく。やだ、もはや俺とウツロイドは文字通り一心同体じゃん。

 そんなこんなしているとサーナイトがみらいよちを完成させていた。随分と長いことやっていたのだろう。流石に疲れが見て取れる。

 一旦水を飲ませたりして休憩し、しばらくして腰を上げたダークライに続いて特訓が再開された。

 ダークライが見せた技はでんじはから始まり、でんげきは、チャージビーム、そして10まんボルト。驚いた。こいつ、電気技も使えたのかよ。リザードンの次くらいには付き合いが長いはずなのに知らなかったぞ。

 どうやら次のレッスンは電気技らしい。今まではエスパータイプの技が中心であったが、みらいよちを何とか習得したことで、タイプ一致技以外の攻撃技にもとうとう足を踏み入れるようだ。

 

「サナナナナナナナ」

 

 サーナイトが力を込めてでんじはを出そうとするが、それらしきものは出なかった。

 

「ライ」

 

 ダークライが黒いオーラを出して、サイコキネシスで波を描いていく。でんじはのイメージのつもりなのだろう。

 あ、てかあいつサイコキネシスまで使えてんじゃん。マジで何も知らなかったんだな。いつの間にか知っている気になって頼り過ぎていたみたいだ。

 ーーー情けないな。

 それでと今はまた頼らざるを得ない状況である。恥だ何だというのは後回しだ。

 

『「ウツロイド」』

「しゅるるるるる」

 

 よし、やれそうだな。

 意識するのは内側の波。身体の内側から外に向けて一定の間隔で波を描いていく。腹、胸、肩、腕、そして指先に来たところで一気に押し出す!

 

「うおっ?!」

「な、何ですか、急に!?」

 

 俺の指先からウツロイドの触手を通じてバチバチッ! と電気が走った。

 ………なるほど。こういう感じか。

 

『「サーナイト、ジブンノカラダノナカカラ、ナミヲエガイテイクンダ。ソシテユビサキヘトイタルマデノアイダ、ツネニイシキヲナミニムケテユビサキヘトモッテイクヨウナカンジダ」』

「サナ? サーナ」

 

 俺が試しにやってみて、その感覚をサーナイトに伝えると、力任せに絞り出そうとするのをやめて、一度精神を内側へと向け始めた。

 

『「スマン。オレモモノハタメシデヤッテミタ」』

「やってみたって………いくらその白い生物に取り憑かれているとはいえ、テメェは人間だぞ? これがあっちの世界なら解剖作業もんじゃねぇか」

『「ニンゲンバナレシテイルトイイタイノナラ、イッテイレバイイ。オレハナニカトソウイワレテキテイルシ、ソノジカクモアル」』

「自覚していたのでは手に負えませんね。確信犯じゃないですか」

『「ダカライッタダロ。オレハロケットダンニネラワレテイタッテ。ニンゲンバナレデモシテナケレバ、トクシュナポケモンニエラバレネェヨ」』

 

 認めたくはないが認めざるを得ない。

 オーキドのじーさんたちまでもが俺を図鑑所有者たちと同格以上に扱おうとしてくるし。

 だから図鑑をもらうつもりはないし、変な二つ名も付けられたくはない。

 

「サー、ナ!」

 

 おおー、バチバチッと微細ながらも電気が走ったな。

 

「サナ!」

「ライ」

 

 入りは出来た。あとはダークライがやってくれるだろう。

 

「ライ」

「サナ。サー、ナ!」

 

 ダークライがもう一度やってみろと促すと、サーナイトの指先? からバチバチッと青白い火花が散った。その先には細い筋が走り、霧散していく。恐らく成功したのだろう。ただ、まだ弱い。もっと回数を重ねて痺れを強く出来るようにならないとだ。

 

「ライ」

「サナ? サナサナ!」

 

 あれは褒めているのだろうか。中々に感情が読み取れないのがダークライなんだよな。真剣な時は目を見れば大体分かるが、普段は目ですら語らない奴だ。それがポケモン同士ともなると勝手が違うのかもしれない。

 それにしてはリザードンたちとの接し方とはまた違うよな。弟子が出来るというのはそれだけ大きなことなのかもしれないな。

 

「サーナ!」

 

 三度目にして大きな火花を散らし、その先でバチバチと電気を帯電させることが出来たようだ。というかまだバチバチしてるんだけど。え、なに? ダークライが出したわけじゃないよな?

 

「ライ?」

「サーナ!」

「ライ…………」

 

 あ………あれはダークライまでもが手をこまねいているな。やっぱりサーナイトがやったのか。

 えー、ちょっとー? うちのサーナイトちゃん、ポテンシャル高すぎじゃない?

 

「ライ」

 

 するとダークライが電撃を放った。

 もう次いくのか?

 

「サナ?」

 

 見様見真似でサーナイトも電撃を出してみる。ダークライ程ではないが、それでも電撃と言うには申し分なかった。呑み込み早くなってるね。これもここに来てからの特訓のおかげなのだろうか。

 

「サーナ!」

 

 おお、今度はバチバチバチッ! と電撃が走ったぞ。まだまだ技を打ち慣れる必要はあるだろうが、この様子だとチャージビームも10まんボルトもすぐに使えるようになるだろう。

 

「何というか、随分と成長速度が早くなりましたね。この様子だとあのダークライをも倒してしまうのではないですか」

「どうだろうな。可能性がないとは言い切れねぇが、そう簡単にダークライがやられるとは思えねぇな」

 

 まあ、そこは大丈夫だろう。こんなんでもまだまだサーナイトにはバトルの経験が少ない。いざバトルとなれば、ダークライの方が上手だ。何ならダークホールで眠らされて終わりになるかもしれない。それだけの差がそうそう埋まるとは考えにくい。それでも、ダークライたちはサーナイトに色々な技術を与えてくれるはずだ。それをモノに出来るかはサーナイト次第。ポテンシャルが充分にあるのはさっきの電撃を見ても分かる。

 

「ギィナァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

 なんてサーナイトの特訓を見ていると、どこからか聞き覚えのある叫び声が聞こえて来た。

 …………マジ?

 

「チッ、来やがったか」

「一旦隠れるとしましょう」

 

 おっさん二人は既に何度かあっているのか、怯えるどころか舌打ちまでしている。一応この世界の主人なんですがね。

 

『「…………ムリダロウナ」』

「ア?」

 

 おっさんたちの言う通り、隠れるのには賛成だ。ただ、それは俺抜きでの話である。俺まで一緒にいては見つかってしまうだろう。ウツロイドには悪いが、この世界にとってこいつ以上の異物はいない。狙われるとしたら、確実にウツロイドである。そして、ウツロイドに憑依されている俺も問答無用。

 

『「ダークライ、クレセリア。サーナイトヲタノム」』

「お、おおおい! どうする気だ!」

『「ニゲラレナイナラ、アイサツシニイクマデダ」』

「マツブサさん、ここは彼に任せましょう。何か算段があるのかもしれません」

 

 すんませんね、アオギリさん。そんなもんは一切ごさいませんのよ。

 

「チッ、二度も死ぬんじゃねぇぞ! テメェには残されたポケモンがいるってことを覚えておけ!」

『「アタリマエダ。サーナイト、マッテテクレ。カナラズモドル!」』

「サナ!」

 

 ブンブンと大きく手を振って見送ってくれるサーナイト。あの笑顔を失くさないためにも必ず戻らないとな。

 

『「ウツロイド、イクゾ」』

「しゅるるるぷ」

 

 近づいてくる声の方へと身体を向け、一気に飛び出した。



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5話

「ギィナァァァアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 奴の声が段々と近づいて来た。

 もうすぐお目見えってことなのだろう。

 そういや前にサーナイトと一緒に襲われた夢を見たな。あの時は最後サーナイトと離れ離れになってしまったが、あれは予兆だったりするのだろうか。あるいは意識が朦朧としていて夢と現実の区別がつかない時に襲われたか。まあ何にせよ、一度奴とはキッチリやり合わないととは思っていた。それがこんなにも早くなるとは予想だにしていなかったが、ここに来てからの時間感覚がおかしくなってることもあり、頃合いだったりするのかもしれない。

 ーーー理由は何でもいいか。

 まずは奴がどういう反応を示しているか。何をしようとしているのか。今回も俺を狙っているのか。その辺が掴めれば対策を立てることだって出来る。

 

「ギィナァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 あの黒い影………。

 奴さんのお出ましだ。

 

『「キタナ、ギラティナ」』

 

 これまでの経験上、こいつに言葉は通じない。逃げるか戦うかの二択しか用意してくれない。デオキシス襲撃事件の時に出て来た時も戦うしかなかった。その前は…………多分、ダークライの力で上手く逃げたはずだ。真っ向から戦ってもリザードンが勝てるかどうか。ただ、似たような存在ならどうなるのだろうか。今回はそこに賭けてみるしかない。

 

『「ソウソウニバトルッテカ。ウツロイド、マジカルシャイン」』

「しゅるるる!」

 

 近づいて来たかと思えば一瞬で消えてしまった。シャドーダイブだ。ゴーストダイブの上位技というか、シャドーダイブを他のポケモンが使えるように低能させたのがゴーストダイブというべきか、我こそがゴーストタイプの頭であると言わんばかりの技である。

 正直、ギラティナの真意が読めない現状ではどこにどう出て来るのかは分からない。だから範囲技であり、光を発するマジカルシャインが有能となる。

 

「ギィナァァァアアアアアアアアアッッ!!」

 

 効果は抜群か。

 だが、相手はギラティナ、一世界の王である。この程度ではどうにかなるような存在ではない。

 

『「ツギハドラゴンクローカ。ウツロイド、ショクシュデウケトメロ」』

 

 ギラティナの六本に分かれた翼の先が爪と化し、勢いよく迫って来た。

 

『「クゥ………ッ」』

 

 それをウツロイドの触手で何とか押さえつけたものの、勢いが凄まじい。身体が持っていかれるかと思ったぞ。

 

『「ウツロイド、ソノママデンジハダ」』

「しゅるるるるる!」

 

 直接流し込めばギラティナであろうと抗えないはずだ。

 

『「ウォッ!?」』

 

 とか思って時期もありました。

 力づくで振り回されて引き剥がされてしまった。正直吐きそうになったものの、ウツロイドがバランスを保ってくれたおかげで何とかなっている。

 

『「ヒトスジナワデハイカナイカ」』

 

 相手のスペックは最上級クラス。しかし、こちらのスペックもまた負けていない。未知の力、存分に見せてくれ。

 

「しゅるるるるるぷ! しゅるるるるるぷ!」

 

 うぉあっ!?

 な、何か身体が黒くなっていくんですけど!?

 触手の伸びていくし、まさか第二形態?!

 

「しゅるるるるる!」

 

 まあいい。ウツロイドがやる気を出してるんだ。こっちも応えてやらないと、な!

 

『「ウツロイド、ドクヅキ」』

 

 変化した勢いのまま両腕? が伸びてギラティナへと向かっていく。それを追随するように他の触手も伸びていった。

 またやるのね、あのゴムゴムのガトリングを。

 

「ギィナァァァアアアアアアアアアッ!!」

 

 うわっ?!

 目の前にあれだけ触手が迫っていても一瞬で赤と青の竜を模した波導、りゅうのはどうを撃って来やがった。流石は神と呼ばれしポケモン。俺の知る伝説のポケモンの中では群を抜いて早い。匹敵するのは暴君様くらいだろうか。

 なのに、この子普通にギラティナの顔をぶん殴っちゃったよ。触手撃ち抜かれてたよね? 痛くないのん?

 

「しゅるぷぷ、しゅるぷぷ、しゅるぷぷぷぷぷぷっ!」

 

 あ、再生した………。

 じこさいせい、じゃないんだよな?

 えっ………、本当に触手ポケモンじゃねぇか。マジか…………。

 

「ギィナァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 うわー、ギラティナ超お怒りモードだわ。

 六本に分かれた翼がくわっ!? と大きく開いている。今にも何かを放って来そうだ。

 でも、今回は敵でいてくれた方がありがたい。恐らく、ダークライとクレセリアは鍛え上げたサーナイトをギラティナにぶつけようとしている。だからあの二体は自分の技とバトルの技術ってのをサーナイトに叩き込もうとしているのだろう。ギラティナを相手にするのが最終試験と言わんばかりに。

 それならそれで、俺が今すべきなのは一度ギラティナを引かせ、再度ギラティナに襲撃させることだ。簡単なのは俺たちの方が実力が上であるということを見せつけてコテンパンにし、最後に挑発するという流れなのだが、相手は神と呼ばれしポケモン。前者がまず難しいというか無理に等しい。

 

『「ヨウカイエキ」』

 

 目眩し目的でようかいえきを発射した。

 すると爆発してしまった。

 

『「ハッ?」』

 

 今、ようかいえきを放ったんだよな…………。

 うん、やっぱりおかしいわ。絶対ようかいえきの威力じゃない。ともするとウツロイドは触手で直接攻撃するよりも、こういう遠距離技の方が得意だったりするのか?

 

『「チッ、マタキエヤガッタ」』

 

 爆発を目眩しにギラティナが消えていた。またしてもシャドーダイブが来るってことだ。

 

『「マジカルシャイン」』

 

 もう一度同じようにマジカルシャインで光を発し、消えたギラティナを探すことにした。

 うーん、なんかこれだけではさっきの二の舞になりそうな感じがする。何か、何か他に手はないのだろうか。シャドーダイブ対策でなくともギラティナ相手に効果的な何かが今は欲しい。

 

『「ッ?!」』

 

 来た!

 気配は背後から。一応うつ伏せ状態で飛行しているため、上からという言い方も出来る。

 

「ギィナアアアアアアッ!!」

 

 この状況、飛行バトルとなればよくあることだ。だから俺もリザードンを相棒としていたため見たことはある。こういう時、あいつにどういう指示を出していたか…………。

 

『「ハッ!」』

 

 あった。

 身体を斜に向け、右斜め前に舵を切る。そして気持ち左脚で蹴り上げ海老反りに大きく上昇し、身体を反転させて態勢を元に戻す。

 ーーーブラスターロール。

 リザードンと身につけた空で戦う技術、飛行技だ。

 ウツロイドは浮遊している身。俺自身は飛行技を体験したこともないが、要領だけは得ている。何ならネタ元はアニメだ。アニメキャラが出来ていたんだから、ポケモンの力を借りれば再現出来なくもない。

 

『「デンジハ」』

 

 ギラティナの上を取った俺は一定の間隔で電気の波を放った。

 この距離なら今度こそ麻痺させることが出来るはずだ。

 

「ギィィィィ」

 

 上手くいったみたいだな。

 なら次だ。

 これでギラティナの動きは今より鈍くなった。と言っても太く長い巨体に対しては、ウツロイドの身体は大きくなったとしても俺の身長の一回り程度である。

 逆を言えば、小回りの利く身体でもある。生かすとすればこの部分だろう。

 そして、ウツロイドは打撃よりも遠距離技の方が得意そうである。となるとバトルの構成はーーー。

 

『「アシッドボム」』

 

 とにかくギラティナの防御力を削っていき、一気に攻めることだろう。そのためにはアシッドボムやようかいえきを連射し、且つギラティナの攻撃を躱す必要がある。

 

『「アシッドボム!」』

 

 ギラティナの背中で紫色の爆発を起こす。

 これで毒も盛れたらいいのだが、そう上手いこといくことはない。

 

「ギィナアアアアアアアアアッッ!!」

 

 煙の中から赤と青の竜を模した波導が撃ち込まれて来た。相手は神と呼ばれしポケモン。何か返して来るのは想定済みである。

 

『「ミラーコート」』

 

 自身の前に壁を波導を真っ向から受け止めた。

 ただ、やはりというか威力が他のポケモンたちとは比較にならない。普通なら押し返せるはずなのだが、対神ともなると中々難しいのかもしれない。これをサーナイトがやっていたら、即弾き飛ばされていたかもしれない。

 そう考えると、ウツロイドの力はギラティナのりゅうのはどうを受け止められるだけのものがあるということだ。

 こうなったら押される力を利用して一度距離を取ることにしよう。恐らくギラティナは追って来るはずだ。ちょこまかと動き回る侵入者を擁護することはないだろう。俺だったら叩きのめす。

 

『「ソニックブーストハ…………、ジッサイヤロウトオモウトムズカシイナ」』

 

 停止状態から即加速なんて、しかも普通の踏み込みとはさらに素早い動きともなると、身体で覚えるしかなさそうである。今は何とか押される力で加速に繋げられたものの、これは要領だけを得ていても今すぐには出来ない技もあるな。

 

『「ッ!?」』

 

 ッ!?

 急に目の前に現れるなよ!

 恐らくシャドーダイブで移動して来たのだろうが、心臓に悪い。こんなところにいるけども、一応俺はまだ死んでないんだからな!

 てか、反射的にコブラを使ってたわ。

 すげぇ足に来る。

 ウツロイドの身体を使っているとはいえ、この重さ。足への負担が凄い技だな。

 と、このまま前にも行けないし、上からはギラティナの六枚翼が襲いかかって来ているし、さっさと逃げないとマジで死ぬ。

 ここは垂直エアキックターンだな。

 

『「グヌヌヌヌッ!」』

 

 ウハッ?!

 これヤバい。超ヤバい。よくリザードンはこんなのを何度も何度も出来るな。やらせた俺が言うのもなんだか、リザードンはすげぇわ。

 

『「フー、フーッ………。アブナッ…………」』

 

 上に飛んだということは次はこのままハイヨーヨーに繋げるのがいつものパターンか。

 というか今のところこの世界変な重力に邪魔されてないな。重力の方向が変わった場所にいつたどり着いてしまうのか気を張っておかないと、か。

 

『「ウツロイド、パワージェム」』

 

 上空で反転しながら、無数の岩を作り出していく。

 ドラゴンクローを外したギラティナは首を動かして俺を探している。上に逃げたのまでは分かったのだろうが、軌道を追いかけられなかったようだ。

 

『「サイコショック」』

 

 ただパワージェムを撃つだけでは、りゅうのはどう等で破砕されるのがオチである。それをサイコパワーでこちらで軌道を操作してやればギラティナを撹乱させることが出来るだろう。それでもなりふり構わず突っ込んで来るのならば、その時はその時だ。迎え撃つなりすればいい。

 

「ギィナァァァアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 あれは………はどうだんか?

 エネルギーが蓄えられ、こちらに向けて放たれた。

 あれがはどうだんならちょいとばかし面倒である。はどうだんは追尾機能付きのかくとうタイプの技。いわタイプの技であるパワージェムを軌道上にあるものは一掃してしまうだろう。そして、そのまま俺たちの方へと向かって来る。

 俺は一旦攻撃の手を止めて、意識を右手へと集中させた。俺にもよく分からないこの技。いや、そもそもこれは技なのだろうか。何でどくづきよりも威力があるんだとか、キックや頭突きにおいても同様の結果を見せたウツロイド特性ハチマンシリーズの技。

 ーーーハチマンパンチ!

 

『「……………イヤ、ホントイミワカンネー」』

 

 予想通り、岩を一掃しながらこちらに向かって来たはどうだんを右の拳で殴ってみた。

 すると弾き返してしまった。

 ミラーコートの効果でもあるのだろうか……………。

 これ、蹴っても頭突きしても同じ結果になるってことだろ?

 下降速度が加えられていたとしてもおかしな話だ。超謎である。

 

「しゅるるるるる、しゅるるるるる」

 

 あ、こいつ今ドヤ顔してるだろ。

 顔がどれかは知らんが、めっちゃそんな空気を感じるぞ。

 ギラティナの横を下降しながら、そんな能天気なことが読み取れてしまった。

 

『「チッ………アクノハドウヲツカエタカ。ウツロイド、ヨロコンデルトコロニワルイガ、ツギクルゾ」』

「しゅるるるぷぷ」

 

 と、ウツロイドがはしゃいでいるとギラティナは黒いオーラを纏い、撃ち返したはどうだんを吸収していった。

 こりゃ、ようかいえきもアシッドボムもあの黒いオーラに吸収されそうだな。

 次の策を練るためギラティナの下を潜り抜けて再び距離を取った。

 …………そういえば、サーナイトたちのところに戻れるのだろうか。地形とか一切把握しないままバチバチしてるけども、今になって心配になって来た。

 生きて戻るとは誓ったが物理的に戻れなくなるってことを考えてなかったわ。

 やべぇ、マジっべーわ。

 

『「ア、コレナラギラティナヲトオザケツツ、モウイチドシュウゲキサセラレルカモ」』

 

 けど、出来るのか?

 ウツロイドの身体から比べると数倍ある巨体だぞ?

 しかも暴れられたら身の危険が著しい。最悪どこかに俺の方が飛ばされる。

 でも、あの黒いオーラを纏われた状態ではプランを変更せざるを得ず、他に手はない。

 …………やるか!

 

『「ッ?! マタカ!」』

 

 プランを決めたところで、背後から赤と青の竜が襲いかかって来た。

 それを振り向いて壁を作って撃ち返す。三度目ともなるとミラーコートの使い方も馴染んで来る。

 

『「グァッ!?」』

 

 すると今度は背後から追撃があり、突き落とされてしまった。衝撃がヤバいのなんの。脳震盪を起こしてもおかしくない衝撃だわ。ウツロイドの身体がクッションになり、何とか俺の意識が奪われることはなかったが、今の一撃はウツロイドには効いているだろう。

 

『「クッ、ゥゥゥ!」』

 

 だが、絶好のチャンスにもなった。目的地はギラティナの尾の下。あの手この手とちょこまか動いた上で、この位置取りにたどり着かなければと構成を組み立てるところだったのに、真っ先に来てしまったよ。

 俺は何とか頭の衝撃から意識を逸らし、身体を丸めるようにして踏みとどまった。落とされた時の落下速度は結構あったみたいで、足への負担がさっきの比じゃない。

 なるほど、これはポケモンの身体でも経験を積み重ねて慣らさないと辛すぎるな。

 足の力を一気に解放して、エアキックターンで急上昇。ギラティナの尾へと触手を伸ばして張り付いた。

 

『「オモイッキリブンマワセ! ウツロイド!」』

 

 三半規管がやられるのは承知の上で高速回転していく。飛行技の中でもトルネードだけは最初から使うつもりなかったんだけどな。さすがに目が回ってバトルどころではなくなってしまうのが目に見えている。

 なのに、こうなってしまうのか…………。

 ウツロイド、もし失敗して俺も目を回して使い物にならなくなったら一目散に逃げてくれよ。お前が無理する必要はないからな。

 

「しゅるるるるるるるるるるるるるるるっ!!」

 

 二人して死に物狂いで高速回転している、ような気がする。何だろう、目が回って来てるからかな。そんなどうでもいいことばかりが頭に湧いて来る。ウツロイドと波長が合って来たのかね。

 

「ギィナァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

『「ニガ、サネェ………ゾ! ウツロイド………クサ、ムスビッ!」』

 

 ギラティナの身体の触手の先が触れている部分から蔦を伸ばし始める。遠隔で触手を操っているような感覚、とも言えなくもない。

 ギラティナの身体は高速回転しながら、痺れ、蔦と動きを奪われていっている。反撃もさっきより弱々しい。これなら、いける!

 

『「フンヌヌヌヌヌヌヌッ」』

 

 最後の力を振り絞ってブウンブウン! とギラティナの巨体を大きく振り回していく。同時に自分たちも高速回転しているため、正直なところ、既に周りがよく見えなくなって来ている。というか見たくない。気持ち悪いし、バランス感覚も無くなって来た。そろそろ吹っ飛ばさないとヤバい。

 

『「ウォォォオオオオオオオオオリャァァァアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」』

 

 かつてない程の絶叫が木霊していく。

 そして何か知らんけども、俺が光ってる!

 えっ? なに? ウツロイド、なんかしてんのっ?

 最後に一際大きく振り回すイメージでギラティナを吹っ飛ばした。

 

「ギィナァァァアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」

 

 やな感じ〜! って声が聞こえたような聞こえなかったような。いや、聞こえてたら俺の耳がヤバいことになってる証拠だわ。

 

『「…………ゥェ………」』

 

 …………気持ち悪い。

 さすがにウツロイドの毒では、この気持ち悪さは解消出来ないよね。原因が毒で何とかなるようなものじゃないし。

 しばらくこのままでいよう。フワフワと漂っていれば気持ち悪さも治まって来るはずだ。治るよね?

 それにウツロイドも結構ダメージを食らっただろうしな。休むことも大事なことだ。

 ……………………やっぱ気持ち悪いな。

 何か考えてないと気持ち悪さに呑み込まれそうだ。

 まあ、これでウツロイドは新たに変則的なぶんまわすを習得したわけだ。多分、普通のぶんまわすも使えるようになった、はず………。

 俺もウツロイドの身体を用いての自分自身が戦闘に立つイメージは、何となく掴めた気がする。まだまだ経験は積まなければいけないが、ウツロイドとの相性は悪くないだろう。それに何気に飛行技が使えるというのが発見出来たのは大きい。俺のバトルのイメージがリザードンと重ねやすくなったのはありがたいことだ。そして、ウツロイドも自発的に技を使ってくれることも。最後に光ってたのはマジカルシャインを使ってたんだな。目を閉じて思い返してみるとそんな気がする。

 ………………………………まだ気持ち悪い。

 こうなったら少し寝よう。寝て酔いを覚まして帰ることにしよう。

 というわけで、おやすみなさい。



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6話

〜お知らせ〜
pixivにてスピンオフ作品『ポケモントレーナー コマチ』の投稿も始めました。
https://www.pixiv.net/novel/series/1515324

月一くらいのペースでも考えているので、メインはこちらになりますが、よろしくお願いします。


 …………………。

 んん………?

 何か外から音がするような……………。

 

『「ンン………ココハ………?」』

 

 俺は確かギラティナとバトルして吹っ飛ばすためとはいえ高速回転をしすぎて………えーっと、酔いが醒めるまで寝てたん、だよな…………。

 

「お? 起きたみてぇだな」

 

 この声………。

 

『「マツ、ブサ………?」』

 

 あれ………?

 何でこの人がいるんだ?

 

「どうやらオレたちがいるのを不思議に思ってるみてぇだな」

 

 ご尤もで。

 

「逆にオレたちはテメェにビビらされたんだがな。まあいい。ギラティナとどっか行っちまうわ、中々帰ってこないわでアオギリが心配し出してよ。探しに行ったら何もないところでその白いのと寝てんのを発見して連れて帰ってきたんだ。感謝しろよ」

『「ソリャ、ドウモ」』

 

 なんと、寝ている間に回収されたらしい。

 ってか、何でアオギリが心配してんだよ。そこはサーナイトとかじゃ…………。いや、サーナイトともなると逆に俺に対して絶対的な信頼がありそうだ。その内帰って来ると信じてくれていたのだろう。

 うーん、それはちょっと申し訳ないことしたな。けど、あの状態で帰れるほどタフな身体をしているわけではないし致し方ない。

 

「マツブサさん、変なこと言わないで下さい。彼を発見して目を輝かせてたのはあなたの方でしょう」

「ああん? んなわけねぇだろ」

 

 結局、この二人の主導で捜索が始まったわけね。

 

「それより、君が寝ている間にサーナイトは随分と成長してしまいましたよ」

『「ソウトウネテイタトイウコトカ?」』

「そうですね。随分長い間寝ていましたよ。相当無茶をしたのでは?」

『「イヤ、ムチャトイウホド、ムチャヲシタツモリハナイ。タダ、コノカラダデハハジメテノセントウダッタカラ、タイリョクモセイシンリョクモゲンカイニキタンダトオモウ」』

「そうですか。それならいいのですが。ほら、あれを見て下さい。今、サーナイトがダークライとバトルしてますよ」

 

 もうダークライとバトル出来るレベルまで到達したのか?

 

「サーナ!」

「ライ!」

 

 見るとお互いに黒い弾、シャドーボールで距離を取っていた。撃ち負かされるということがないだけでも驚きだ。相手はあのダークライなのだ。手加減しているとしてもちょっとやそっとの攻撃では押し返されてしまう相手だぞ。

 それをサーナイトは………。

 俺が寝ている間に随分と成長したみたいだな。まだリザードンやゲッコウガたちには及ばないまでもヘルガーやボスゴドラとはいいバトルが出来るかもしれない。

 

「あいつ、また新しい技覚えてたぜ。確か、こごえるかぜ、シグナルビーム、くさむすび、エナジーボール、のしかかりだったか」

「あと、ダークライからきあいだまも教えてもらっていましたよ」

 

 マジか…………。

 また技の範囲が広がってるじゃねぇか。

 

「ライ!」

 

 って、テレポートも使いこなしてるし!

 サーナイトがテレポートでダークライの背後に回り、シグナルビームを放っていた。

 いつの間に使いこなせるようになったんだよ。それだけダークライたちとの特訓はハードだったということか? 躱すのには超適した技だ。躊躇ない攻撃がダークライから繰り出されている現れなのだろう。

 

『「タイプアイショウモリカイシテキテルミタイダシ、ワザノギジュツモジョウタツシテキテルシ、イヨイヨダナ」』

 

 技はもらった。戦い方も覚えて来ている。あとはトレーナーの俺とどこまでやれるかだ。これまでも俺の指示に従ってバトルをして来ているのだし、サーナイトなら大丈夫だとは思うが………。

 

『「ダークライ」』

「………ライ?」

「サナ? ………サナ!」

 

 ダークライを呼びかけるとバトルを中断して俺の方を見てきた。するとそれに釣られてサーナイトも俺の方を見て、ようやく俺が起きたことに気づき、飛び込んできた。

 

『「スマンナ、サーナイト。シンパイカケタ」』

「サナサーナ!」

 

 ウツロイドの触手で抱き留めたサーナイトの頭を撫で、謝罪の言葉を送ると、サーナイトは首を横に振り、さらに強く抱きしめて来る。

 うーん、何というかちょっと雰囲気が変わったように感じられる。バトルに対して自信が付いたからだろうか。テレポートを使いこなすくらいだ。相当な自信が付いていてもおかしくはない。

 娘の成長を喜ぶ父親の気分だな。親父もコマチに対してこんな感情を抱いていたのかもな。ただ、去年までコマチを旅に出さなかったのはどうかと思うが。好き過ぎる余り、手元に置いときたがるのはコマチのためにもサーナイトのためにもならない。もしサーナイトにもその時が来たら、コマチをガラルへ送り出したようにするようにしよう。………出来る、よな?

 

『「ダークライ、ソロソロオレモマゼテモラオウトオモウ」』

「ライ」

『「サーナイト、ツギハオレモトレーナートシテサンカスル。オマエノセイチョウシタスガタヲミセテクレ」』

「サナ!」

 

 ダークライから承諾を得るとサーナイトも敬礼をして来た。あざとさがないと超かわいいわ。

 

「ようやくあなたの腕前が見られるのですね」

「いいのか? オレたちに見せてよぉ」

『「ギャクニキクガ、ナニガモンダイナンダ? テキトシテハムカッテクルナラムカエウツマデ。ソレガサカキダロウガアンタラダロウガカンケイナイ」』

「ふっ、流石ですね」

 

 そもそもの話、この人たちはその………死人だろ? 死人に口なしとはよく言ったもので、死人に見られようが何かが変わることはない。ましてや話を広める相手がいないのだから、別に見られたところでって感じだ。

 

『「ツーワケデ、オッサンタチハカンセンデモシテテクダサイナ」』

「おうよ」

 

 そう言って、サーナイトを連れておっさん二人から距離を取った。これで巻き込まれるということもないだろう。

 

『「イクゾ、サーナイト」』

「サナ!」

 

 意気込みは上々。バトル慣れしたことは本当に大きい。

 

「ライ」

 

 ダークライと視線を躱すと小さく頷いてくる。いつでも来いということなのだろう。ならば、こちらも遠慮せずに行くとするか。

 

『「マズハ、ダークライノウゴキヲトメルゾ。デンジハ」』

「サーナ!」

 

 ダークライの動きは素早い。何なら消えることも出来る難敵だ。となるとやはり最初は動きを止めて………せめて鈍らせることが出来るとこちらも動きやすくなる。

 

「ライ」

 

 サーナイトが両腕を突き出して電磁波を送ると、同じようにダークライも電磁波を送り込んで来た。同周波の波で打ち消す狙いなのだろう。

 ならば、こちらにも考えがある。

 

『「サーナイト、オマエノタイミングデイイ。デンゲキハヲオリマゼテミロ」』

 

 以前、変態博士からもらった資料で読んだ内容であるが、でんげきははでんじはの波の間隔をさらに細かくし、強い電気を走らせる技だという説明があった。確か本題は頬に電気袋を持ったポケモンの電気の生み出し方とかだったと思うが、でんげきはについての方が印象的だった。

 要はダークライが同じように電気の波を送って相殺して来るのなら、こっちからその波の間隔を変えてダークライのミスを誘発しようという考えだ。

 

「サナー、サナー……」

 

 でんじはを送り続けるサーナイト。

 その先では同じ間隔の波により打ち消されて行く。

 

「サナー、サナー、サーナー、サナー……」

 

 ん?

 今、仕掛けたよな?

 

「ライ?!」

 

 お、ダークライが一瞬目を見開いた。

 だが、すぐに身体を逸らして躱されてしまった。

 ただ、あれはでんげきは。後続するでんじはの波とは異なり、追尾機能がある。直線的な動きから逸れ、右に曲がりダークライを追いかけていく。

 

「ライ!」

 

 ダークライがこちらに背中を向けながら、サイコキネシスで電撃を分散させた。

 

『「サーナイト、シグナルビーム」』

 

 俺がそう指示すると、サーナイトは大きな隙を見せたダークライに向けて赤青黄色といった数色の信号を乗せた光線を放った。

 恐らく、ダークライならばこのくらい対処してみせるだろう。だからこれは誘い技だ。ダークライが振り向いた瞬間が肝である。

 

「ライ!」

 

 予想通り振り向いたダークライが黒い弾を放ち、シグナルビームを受け止め爆発させた。

 

『「イマダ、マジカルシャイン」』

 

 その隙にサーナイトから太陽光のように眩しい光を走らせた。広範囲に渡る技なため俺すらも目が痛いほど眩しい。幸い、ウツロイドの中にいるからかウツロイドの皮がフィルターとなり、ダークライの姿を目視出来ている。

 そのダークライはというと、咄嗟に左腕で顔を覆うも光に呑まれて身動きが取れない状態になっていた。

 

『「コウゲキノテヲユルメルナ。ソノママテレポートデマアイヲツメロ。ムキハオマエノカンカクニマカセル」』

「サナ!」

 

 サーナイトは光の中から消え、次に現れたのはダークライの真下だった。

 

『「キアイダマ」』

 

 そのままエネルギー弾を撃ち上げる。弾丸は真っ直ぐと上昇しーー黒いオーラに弾き返された。

 

「サナ?!」

 

 サーナイトは弾き返された弾丸をテレポートで何とか躱し、こちらに戻ってくる。

 まあ、ダークライだし予防線は張ってるわな。

 

『「サーナイト、アイテハダークライダ。コノクライノコト、アタリマエニヤッテノケル。ダカラ、イチイチオドロイテイテハコウキヲノガスコトニモツナガルゾ。オドロクナトハイワナイガ、ソウテイハシテオクヨウニナ」』

「サ、サナ……!」

 

 サーナイト自身も分かってはいるだろう。

 ここに来てからは師匠とも呼べる存在になったダークライが相手なのだ。実力は痛い程実感しているだろうし、まだまだ本気を出されてないことも理解しているはずだ。

 ただ、分かってはいても初めてのことには驚いてしまうのが生き物というもの。だから俺がかけてやれる言葉はサーナイト自身も思ったことを口するくらいだ。

 

『「ヨシ、ツギハカナシバリデアノクロイオーラヲフウジルンダ」』

 

 片っ端から技を習得させてくれたことで、まさかあのオーラの封じ手が出来上がるとはな。

 光が消えて見えたのは、黒いオーラに包まれたダークライ。そのダークライの黒いオーラをかなしばりで封じることにした。

 

「サーナ!」

 

 まだ一度も見たことはないよな、ダークライの黒いオーラが消える瞬間は。

 でもまさかこうも上手くいくとは。ちょっとを通り越して超びっくり。ダークライたちはやり過ぎてしまったのか? まさか既にリザードンやゲッコウガを超えていたり…………は流石にないな。ない、よな?

 

「ラ………?」

 

 一瞬にして黒いオーラが消えたダークライは、防御が使い物にならなくなったと判断するや否や、電光石火のごとく詰め寄って来た。いや、つかこれマジもんのでんこうせっかだわ。

 

『「ッ……サーナイト、マモル」』

 

 咄嗟に防御させるも勢いまでは殺せなかったようで、サーナイトは後方へと吹っ飛ばされていった。

 

『「ツギガクルゾ、サーナイト。マジカルシャイン」』

 

 間髪入れずに距離を詰めて来るダークライ。

 俺は立ち上がるサーナイトに警告を促し、次の技を指示した。

 

「サナ?!」

 

 チッ、光が仇となったか。

 ダークライへの目眩しを兼ねた訳だが、逆に利用されて俺の目も眩んだらしい。一度でも見せると使うタイミングを予想されているようだ。こうなると手が中々に少なくなっていくな。

 

『「フイウチ、カ」』

 

 あくタイプのダークライにエスパータイプの技は効かない。教えられた技の大半はエスパー技。ここに来る前に覚えた技もエスパー技が多い。そしてサーナイトを遥かに上回る素早い動き。これを捕らえられなかれば、こちらの攻撃は入らない。

 でんげきはでダークライのスイッチを入れてしまったのかもな……。

 

『「サーナイト、マジカルリーフ」』

 

 捕らえられないのなら、追尾機能を働かせてみよう。でんげきはとはまた別種のマジカルリーフは生み出した葉の一枚一枚が追いかけていく。だから一枚でも撃ち落とし損ねれば、目視も出来ることだろう。

 そして、あとはーーー。

 

「サーナ!」

 

 サーナイトが葉々を生み出し追いかけ、飛び回るダークライがサイコキネシスで撃ち落としていくという攻防が始まった。

 

『「サーナイト、タダオイカケテルダケジャ、オイツカナイゾ。ハサミコムヨウニシテウゴカスンダ」』

 

 俺が助言すると葉々の軌道を分離し、先回りさせた。するとダークライの動きが少しばかり鈍くはなったが、やはり力の差は歴然らしい。

 ダークライならば、ダークホールで済ませられるし、そうでなくともあの手この手を使って畳み掛けることも出来る。それでも倒しにこないのはサーナイトの実力を測るためなのだろう。

 

「ライ!」

 

 突如、方向を変えたダークライがサーナイトに向けて突撃して来た。その手には黒い弾が。

 

『「サーナイト、シャドーボールガクル。ハバデソウサイシロ」』

「サナナー!」

 

 サーナイトは投げ放たれたシャドーボールを目前で何とか相殺した。だが、その間にダークライが距離を数メートルまで詰めて来ている。

 

『「テレポートデカワシテ、トリックルーム」』

「サー、ナッ!」

 

 一瞬怯んでいたものの、サーナイトはダークライのシャドークローをテレポートで躱し、真上へと飛んだところで素早さが真逆になる部屋に自身共々ダークライを閉じ込めた。

 当然、囚われたダークライの動きは止まったように遅くなる。

 

『「ムーンフォース」』

 

 それに安心したのかサーナイトはムーンフォースをしっかりと当てた。

 

「ラッ?!」

 

 でんげきは、マジカルシャインと来てムーンフォースか。あくタイプに抜群を取れるフェアリータイプの技を浴びせられているのはいいことだが、いかんせん俺との付き合いがダークライが相手だ。バトルのやり口を熟知され理解されていると思うと非常やり辛い。そうでなくともサーナイトとの実力の差は歴然。手加減されてこれだからな。まあ、サーナイトからしてみれば超がつくほどの成長だ。そこは誇っていい。それに俺としては勇ましい姿よりも可愛いサーナイトが見たい。いや、今も充分に可愛いぞ。

 

『「モウイチド、ムーンフォース」』

「サーナ!」

 

 続けて攻撃していくよう指示するとダークライの姿が消えた。

 普通に動いても素早さが逆転した現状はやられるだけと判断して、姿を消してトリックルームの時間を稼ぐつもりなのだろう。このやり方はゴーストタイプか比較的近い存在のダークライだからこその対処の仕方だ。

 それならこちらもやることをやってしまうとするか。

 

『「サーナイト、ミギテニイシキヲシュウチュウサセロ」』

 

 ダークライたちが色々教えてくれていたものの、ずっと気になっていることがあった。それは物理技が少ないことだ。種族的にもサーナイトは遠隔系の技の方を得意とする。そこを伸ばすのは当然のことだ。ただ、ポケモンバトルというものはそう甘いものではない。だから間合いを詰められた時用に殴る蹴るが出来るようになっていると、攻撃に幅が出て簡単にはやられなくなる。

 

『「ソコニオシエテモラッタデンキノアヤツリカタデ、ミギテニアツメテイケ」』

 

 加えてサーナイトは電気技を習得した。そりゃもう一から覚えていったのだから、どういう手順で電気を作り出せばいいのかは覚えたことだろう。

 ならば、この技もいけるはずだ。

 

『「………モットダ。モットバチバチサセロ。モットデンキヲツヨクスルンダ」』

 

 段々とサーナイトの右の拳に電気が集まっていき、次第にバチバチと音が鳴り始めた。

 

「ライ!」

 

 ーーー来た!

 

『「イマダ。フリムキザマニコブシヲタタキツケロ。カミナリパンチ」』

 

 トリックルームが消えた瞬間、サーナイトの背後からダークライが姿を現した。

 そこへ振り向き様に右の裏拳を殴りつけるも………掠った。

 

「ライ」

 

 ッ!?

 な、ま、さか……ここでだましうちかよ…………。俺のバトルを熟知し過ぎじゃね………?

 なんとダークライはあのまま攻撃すると見せかけて、サーナイトの腕の長さだけ下がり、それから額にデコピンを入れて来た。しかもそれデコピンの威力じゃねぇだろ。普通は吹っ飛ばねぇよ。

 

「サナー………」

 

 あ、地味に痛かったらしい。

 

「ライ」

『「ン? オワリッテカ?」』

「ライ」

 

 どうやらこれでバトルは終わりらしい。端から戦闘不能に追い込む気はなかったようだ。

 

「あん? もう終わりか? もっと見てたかったのによぉ」

「サーナイトを戦闘不能にしても意味がありませんからね。ただ、バトルの最中に新しく技を覚えさせるのにはびっくりしましたが」

『「オソラク、ダークライニマンマトシテヤラレタンスヨ」』

「それはどういうことですか?」

『「アイツハサーナイトニデンキタイプノワザヲシュウトクサセタラ、オレガカミナリパンチモオボエサセルトワカッテタンスヨ。ダカラ、オレガサンカシテクルダンカイデ、ソレヲネラッテイタ」』

「………テメェのバトルを熟知されてるってもんじゃねぇな」

 

 な。

 怖いくらいだわ。

 

「そもそもバトル中にポケモンが技を習得することはあってもトレーナーが習得させるなんて話は聞いたことがないんですがね………」

『「オレガムカシソウシタカラナ。ダークライハオボエテルンスヨ」』

「なるほど」

「サナナー」

『「オウ、オツカレサン。サイゴハオレモシテヤラレタガ、ヨカッタトオモウゾ」』

 

 抱きついて来たサーナイトを受け止めて頭を撫でてやる。早く自分の手で撫でてやれるようにならないとな。そのためにもサーナイトには頑張ってもらわないと。

 

『「タダ、マダマダカダイモアル。イッショニヒトツヒトツクリアシテイコウナ」』

「サナ!」

 

 うんうん、逞しくなったとはいえ、まだまだ無邪気で可愛いわ。



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7話

 俺も参加してからどれくらい経っただろうか。

 サーナイトも随分とバトルの感覚を掴んで来ている。

 今はクレセリアによる忍耐力のトレーニングとなっているのだが、これがまた酷いというか何というか。文字通りただただ技を浴びて耐えるだけ。攻撃を受けても怯まないようにするためらしいが、見てるこっちが辛くなって来る。しかもこれに関しては俺は要無しなため観戦側に。

 

『「ハア………、ダークライ。ツギハドウスルツモリダ?」』

「ライ」

 

 お?

 んん?

 あ、ちょ………、身体が…………。

 ダークライさん? 何故俺にサイコキネシスを使った?!

 ウツロイド、すまん。何かよく分からんことになったわ。

 

「しゅるるるー」

 

 どうやら痛みはないらしい。攻撃するつもりではないみたいだな。

 ああ、よかった。マジで焦ったわ。

 んじゃ何が目的なんだ?

 

「ライ!」

 

 あ、勝手にリュックが開きやがった。まさかダークライの仕業か?

 

「ライ………ライ………、ライ!」

 

 何か発見したみたいだな。

 言ってくれればリュックを出したのに。おにびが使えるでしょ、あなた。

 

『「………ンデ、ナニヲミツケタンダヨ」』

 

 ウツロイドも目的が分かったらしく、素直に従っている。

 ちゅぽんと取り出して来たのは黒い菱形のクリスタル。

 

『「アー、ブラックホールノヤツネ。オマエニモラッタヤツジャン」』

 

 最終兵器を止めるためにダークライに渡されたもの。ダークホールをブラックホールに変えて撃ち出されたビームを吸収したという過去がある。というか超今更だけど、なんかZクリスタルに似てね? 当時の俺はZ技なんてものを知らなかったから気づかなかったが………いや、まさかな。

 

『「ンデ、ソレヲドウスルツモリダ?」』

「ライ」

 

 ん?

 サーナイトがどうかしたか?

 …………まさかサーナイトに使わせる気なのか?!

 

「ライ」

『「ナンダヨ、コノテハ………。コタエガワカルマデマッテロッテカ?」』

「ライ」

『「ヘイヘイ、キナガニマチマスヨ」』

 

 どうやら黒い菱形のクリスタルをサーナイトに使って何かを企んでいるみたいではあるが、今は俺にもそれ以上教える気はないらしい。

 まあ、別にダークライだし悪いようにはしないだろう。ダークライ自身、機を伺っているのだろうし、俺がとやかく言えることではない。ただ、俺にもいずれ役割が振られる、というかトレーナーとして最後の仕上げをやらされるのは既定事項だろうな。あくまでコイツらのスタンスはサーナイトを育て上げた上で俺がコントロール出来るようにするって感じだし。

 

「………いいのですか、あれ。あなた、トレーナーでしょう?」

 

 ふと、目が合ったアオギリに声をかけられた。

 

『「サーナイトガヤルトイッタンダ。ソコニオレガイエルコトハナイ。ミトドケルマデダ」』

「痛々しいったらありゃしねぇ」

『「ホウエンチホウヲダイサイガイニミマワセタ、チョウホンニンタチノコトバトハオモエナイッスネ」』

「オレたちも別にあれを望んでいたわけじゃねぇ。ポケモンたちの環境を考えればこそでやった結果がああなっちまっただけだ」

『「ポケモンヲ、アマクミルナッテコトッスヨ」』

「そうですね。我々も肌で体感しましたよ、それは。ポケモンのことはポケモンがどうとでも出来る。人間は介入するなと。そう言われた気分です」

『「カイニュウスルナトハ、イッテナイデショ。アサハカナチシキダケヲタヨリニスルナト、オレハソウイッテルトオモウゾ」』

「だといいがな」

 

 当時の状況など俺が知る由もないが、大災害とまで言われるくらいの世界ニュースだ。下手をすれば世界が傾く、そう言った学者もいたくらいだし、当事者の二人は死をも覚悟しただろうな。

 

「ライ!」

「リア?」

「サナ?」

 

 おっさん二人と暇を持て余していると、ダークライがサーナイトたちの方へと行っていた。

 どうやらこれからのことを話すつもりらしい。

 果てさて、何が起きるのやら………。

 

「ライライ」

「リア、レヒ」

「サナ?」

「ライライ」

「レヒレヒ」

「サーナ!」

 

 うん、何を話しているのかはさっぱり分からん。分からんが、サーナイトが二体の説明を納得したようだ。

 するとダークライは先程の黒い菱形のクリスタルをサイコパワーで三体の中央に移動させていく。

 

「ライ」

「リア」

 

 師匠二体は頷くと黒いオーラと虹色のオーラを中央のクリスタルへと向けて放ち始めた。

 

「おいおい、あいつら何を始める気だ?」

『「サア? オレニモサッパリ」』

「大丈夫なんでしょうか………」

『「ダークライタチノヤルコトダ。メッタナコトニハナランダロ」』

 

 ダークライたちのやることにいちいち心配していては話が進まない。これもサーナイトを強く育て、俺を現実世界へ還すために必要なことなのだと受け取っている。それに事前にサーナイトには説明をして納得をした上での行為だ。何かあってもサーナイトが死ぬようなこととかにはならないはずだ。

 それよりも心配なのは、サーナイトがどこまで強くなってしまうのかだ。俺にもサーナイトの力をコントロール出来なくなるとかという懸念ではなく、サーナイトもあの三巨頭に匹敵するような力を手にしてしまうのではないかということだ。もしそうなってしまえば、いよいよ以って俺のポケモンたちは皆が皆伝説級の仲間入りをしてしまうことになる。あの可愛い笑顔で相手を甚振る姿でも想像してみろ。末恐ろしくて称わない。逆に俺はどうすればいいのか困り果てるレベルだ。

 

「サナー!」

 

 まあ、そんなことは微塵も思ったことがないであろうサーナイトは、クリスタルの周りに半球だけ結晶が出来ていっているのに目を輝かせている。

 え、ほんとに何をするつもりなのん?

 

「ライ」

「サナ! サーナーナーナーナーナー!」

 

 すると、今度はサーナイトが自身の力を注ぎ始めた。ピンク色というか淡い紫色というか、そんな色のオーラ。時折、淡い黄緑色も見えている。恐らく数色に渡るアレがサーナイトのオーラなのだろう。覚えておこ。

 

「サナー、サナー、サナー!」

 

 これはでんじは、引いてはでんげきはを放つ時の応用だろうか。一定間隔で力を注ぎ込む技法がここで役に立っているとは………。

 超どうでもいいことなのだろうが感慨深い。それだけサーナイトは中身も成長している証である。

 

「サナナー! サナナー! サナナー!」

 

 段々と送り込む力が強くなっていくに連れて、クリスタルを覆う結晶の残りの半球が生成されていく。

 完成形は球体ってことか?

 しかもダークライたちの力だけでなくサーナイトの力まで必要とするものとは…………分からん。そもそもポケモンにこんなことが出来るなんて初耳だ。目から鱗ものである。これだけで論文一つ出来ると言っても過言ではない。

 

「サーナー、ナァァァーッ!!」

 

 最後の力を振り絞るかのように強烈なオーラが結晶となっていく。

 

「ーーーサナ」

『「ア、オイ!? サーナイト!」』

 

 と、ここでプツンと糸が切れたようにサーナイトが膝から崩折れた。俺は反射的に駆けつけてみるものの、如何せん何が起きているのかを理解していない。サーナイトが力を出し過ぎて倒れた。それだけである。

 

『「………フウ、イシキヲウシナッタダケカ」』

 

 呼吸を確認してみるとスースーと寝息のように落ち着いている。身体の熱も奪われていない。逆に熱いくらいだ。だが、顔色が悪いというわけでもない。総じて、力の入れ過ぎでスリープモードに入ったと言ったところか。

 あー、焦った。

 

「リア」

『「タブン、チカラヲソウトウツカッタンダロウ。カイフクヲタノメルカ?」』

「リア!」

 

 駆け寄って来たクレセリアも心配している様子。

 どうやらこれは想定外だったらしい。

 クレセリアの首下を触れながら回復を頼んでいると、後ろでおっさんたちの驚愕した声が木霊していく。

 

「おいおいおい! マジかよ!?」

「これは、驚き……ですね………!」

 

 声に釣られて俺も振り返り、二人の視線の先を追うと、ダークライが最後の仕上げと言わんばかりに出来上がった球状の結晶を回転させていた。

 陶芸よろしく轆轤回しによる艶出しってか?

 つい最近………とも言い難いが、クチバジムで対峙したタマナワを思い出す………はっ?

 これは………俺の目が、おかしくなっている……の、か?

 螺旋状に絡み合う淡い紫色に淡い黄緑色。そしてそれを覆う黒っぽいバックカラーに迸る光。

 アレはどこからどう見てもーーー。

 

『「ーーーメガ、ストーン?」』

 

 だよな?

 え? ちょっと待って?

 まさかダークライはあの黒い菱形のクリスタルをコアにメガストーンを生成したっていうのか?

 しかもサーナイトが力を注ぎ込んでいたということは、それ即ちサーナイトのためのもの………。

 

『「サーナイトナイト、テカ………?」』

 

 いやいやいや、待て待て待て。

 一旦落ち着こう。深呼吸だ。

 えーっと、まずあの黒い菱形のクリスタルはダークライが最終兵器を吸収するために、ダークホールを強化するのに使ったものだった。要するに、それだけの力があのクリスタルには含まれていたと断定出来る。そこはいい。

 次に、あのクリスタルはどこぞのZ技とかに使われてそうな形をしていた。これは断定出来ないが、技の強化という点では合致する。

 その次だ、次。問題なのはここからである。ダークライとクレセリアがあのクリスタルをコアに力を送り込み、半球だけ結晶を生成した。そして残り半球をサーナイトが力を注ぎ込むことで完全なる球状へと生成されていった。つまりはサーナイトが二体分の力を使って、結果倒れた。

 なるほど………、まあ倒れた理由は何とか説明がつく。だが、あの球状の結晶は何だ? どこからどう見てもメガストーンにしか見えないぞ? そんなことってあり得るのか?

 

「ライ」

 

 気付けばダークライが作業を終えていた。

 完成、したみたいだな。

 

「ライ」

『「ダークライ」』

 

 俺の方へ来たかと思えば、ダークライが徐にメガストーンらしきものを差し出して来た。艶々じゃねぇか。

 

『「………ソウイウコトデマチガイナイ、ノカ?」』

「ライ」

 

 答えを探るように尋ねると、ダークライは俺のある一点を指差した。見下ろすとズボンのポケットが光っているではないか。

 もはや疑う余地もない。キーストーンに呼応しているということは、これは正真正銘メガストーンである。しかもサーナイト自ら造り出した一級品のサーナイトナイトだ。

 

『「ナンテモンヲツクリダシテルンダヨ………」』

 

 全く、ダークライたちにはしてやられたわ。

 よもやメガストーンを造り出すなんて誰が想像出来ただろうか。

 そりゃ、今後俺も必要になって来るわな。それを否定しなかったのはこういうことだったのか…………。

 はあ…………、こりゃこれから大忙しだな。サーナイトが目を覚ましたら、まずは褒め称えてやろう。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「………サナ?」

『「オ? オキタカ」』

「サナ!」

『「オツカレサン。ブジニカンセイシタゾ」』

 

 事前説明でメガストーンを生成することは知っていただろう。だからこそ乗り気だったとも言える。

 逆にダークライもクレセリアもどこであんな技術を会得して来たのだろうか。確かに、ホウエン地方に残るメガシンカの伝承だけでは説明不十分なことは多々あった。ただ、それは流星の民だけに伝える秘匿内容なのだとばかり解釈していたが、そうとも限らないのかもしれない。

 

「サナー!」

『「ヨクガンバッタナ、サーナイト。タオレタトキニハオドロイタガ、モノガモノナダケニナットクハイッタヨ」』

 

 起き上がって抱きついて来たサーナイトを受け止めて、頭を撫でながら褒めちぎる。

 いや、ほんとよくやったよ。あんなもん、一生に一度見られるかどうかの代物だぞ。

 

『「ダガ、メガストーンヲツクッタトイウコトハ、タイヘンナノハコレカラダゾ? リザードンヤジュカインミタイニコントロールデキルヨウニナラナイトダカラナ」』

「サーナナー」

『「アア、オレモモチロンイッショダ」』

 

 まあ、ダークライからしたらようやく始まったというところだろう。今までの特訓はサーナイト自身を強くし、メガストーン生成に必要な力の蓄積とそれに耐え得るための身体作りであり、これからが本番。メガシンカをモノにしなければここから出るということも叶わないだろう。

 そして、サーナイトは他の奴らよりも習得に時間がかかると思っている。リザードンやジュカイン、何ならコマチのカメックスたちなんかは生まれてからそれなりの時間を経過していた。対してサーナイトはまだ生まれてそう経っていない。一年………二年は経ってないだろう。そこを踏まえると暴走のリスクも他のポケモンたちよりも数段高くなっているはずだ。俺はそこをしっかりと見極めて慎重にメガシンカの力に慣らさせていく必要がある。

 一応、ダークライもクレセリアもいることだし、もし暴走したとしてもどうにかなるだろうが、その場合サーナイトの心の方が心配である。失敗したということと力に呑まれたという恐怖に苛まれて潰れないか、俺の最優先事項だ。

 

「ライ」

『「サーナイトナラメヲサマシタゾ」』

「サナ!」

 

 ダークライが近寄って来たので、サーナイトが起きたことを伝えた。すると俺の方をじっと何かを訴えてくる。

 

『「………モウワタセッテカ」』

「ライ」

『「ハイハイ」』

 

 どうやらさっさとメガストーンーーサーナイトナイトを渡しておけと言っているらしい。そんな急ぐようなことでもないだろうに。

 

『「サーナイト、コレガオマエガツクッタメガストーン、サーナイトナイトダ」』

「サナー!」

『「ダイジニスルンダゾ。コレガオマエノアラタナチカラヲヒキダスコトニモナル。ソレト、モドッタラキレイナアクセサリーニモシヨウナ」』

 

 リザードンもジュカインもアクセサリーというか装飾品にメガストーンが付いている。ヘルガーには流石に溶かされてしまうと大変なために尻尾に巻きつけてあるし、ボスゴドラは装飾品が逆に邪魔になるようなので角の隙間に入れてあったりする。まあ、どいつもこいつも何かしらの付け方をしているため、リザードンやジュカイン寄りのサーナイトも装飾品に付けて身に付けておくのがベストだと考えている。

 それとサーナイトも女の子だ。綺麗なアクセサリーとかにも興味を持つだろうしな。その一つとして現実世界に戻ったら用意することにしよう。

 

「サーナナー!」

 

 それにしてもこの喜びよう。やはり自分で造り出した物には愛着が沸くのだろう。

 

「ライ」

『「………ワカッテルヨ。タダ、アノヨロコビヨウダ。モウスコシスキニサセテヤッテクレ」』

 

 ダークライはすぐにでも次の特訓を始めたいのだろう。だが、サーナイトがあの様子だ。目を覚ましたばかりでもあるし、もう少し休憩ってことでもいいと思う。これまでもサーナイトは頑張って来たんだ。これくらいのご褒美はあってもいいだろ。

 

「しゅるるるー」

『「ナンダヨ、ウツロイド。オマエモメガストーンガホシイノカ?」』

「しゅるるるー」

 

 急に身体をぎゅっと絞めて来るウツロイド。

 ウルトラビーストもあのメガストーンが気になるらしい。

 

『「ワルイケド、アレハサーナイトセンヨウノシロモノダカラナ。ウツロイドニハワタセナインダ。マア、カエッタラオマエニモアクセサリーヲプレゼントスルヨ。ソレデテヲウッテクレ」』

「しゅるるーるるー」

 

 ………また一つ、表現増えてません?

 いいことだけどよ。ウルトラビーストも生き物である。言葉が通じない分、感情表現を豊かにしてもらえた方がこちらとしても有り難い。そういう点で見れば、ポケモンは感情表現が豊かだからこそ人間と共存出来ているのかもしれない。言葉は通じないが表情や身振り手振りなど多種多様の表現法を会得しているため、俺たちも何とか理解出来るのだ。

 本当にポケモンは人間の上位種だわ。なのに、人間製のモンスターボールに入れられて持ち運ばれるというのは立場が逆転しているように思えて来る。それだけ科学の力は下克上してしまう威力があるってことか。恐ろしいわ………。

 



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8話

『「ソレジャア、ヤルトシマスカ」』

「サナ!」

 

 サーナイトが落ち着きを取り戻した頃を見計らい、ダークライ相手にメガシンカの特訓を始めることになった。相変わらず観戦に回っているおっさんたちが酒が飲みたいだの言い出したが、無視だ無視。そんなもんがこんなところにあるわけもないし、さっさと成仏するなりしなさいよ。そんなに今の生活が楽しいのかよ。…………俺が来るまでよりは遥かに今の方が刺激はあるな。俺が戻ってから何もやらかさないといいが………心配だ。

 

『「サーナイト、イッパツデデキルトハオモウナヨ。スコシズツデイイ。イママデミテキテイタモノノホウガ、オカシイレベルナンダ。キラクニイクゾ」』

「サーナ!」

『「ヨシ。ンジャ………サーナイト、メガシンカ」』

 

 意識はズボンのポケットにあるキーストーンへと向ける。

 

「サーナーナーナーナーナーッ!」

 

 同じようにサーナイトもメガストーンへと意識を落としていっている。

 するとピカッ! と二つの石が光を発した。

 だが、それだけ。共鳴し、二つの石が持つエネルギー同士が結びつくという現象は起こらなかった。それが起こらなければメガシンカが始まらず、姿が変わることがないのだ。

 

「………サナ?」

『「ダイジョウブダ。マズハオタガイニ、キーストーントメガストーンニイシキガイッテイルノハカクニンデキタ。アトハイシニコメラレテイルチカラト、ウマクユウゴウデキルカダ。イッパツデデキテイタアイツラガイジョウナダケデ、コレガフツウダトオモウゾ」』

 

 ここはマイナスな言葉をかけず、何度失敗しても褒めていかないとだよな。誰だって、悪い点ばかり指摘されてたらモチベーションが下がる一方だ。それよりも小さい変化でも褒められる方が嬉しいし、やり切ろうって気持ちにもなっていく。しかもサーナイトは進化こそしているものの、中身はまだ子供。まだまだ褒められる方が楽しんでくれるはずだ。

 それにしてもアイツらは異常だったよな。リザードンはまだ理解出来なくもないが、ジュカインといいヘルガーといいボスゴドラといい。知りもしないメガシンカのエネルギーに、よく一発で合わせられたよな。ユキノのボーマンダでもメガシンカこそ出来たはものの、暴走寸前って感じで危うかったし。これまでの経験の違いって奴で片付けていいものなのかね………。

 

『「サーナイト、モウイッカイダ。ツギハ……メモツムッテヨリフカクイシニシュウチュウシテミロ」』

「サナ? サー………ナー…………」

 

 サーナイトに次のポイントを授けると深呼吸をして先程の声を出すこともなく、只々意識をメガストーンへと落としていった。

 俺ももう一度やるとしますか。

 

『「…………サーナイト、メガシンカ」』

「ッ!!」

 

 先程同様ピカッ! と光り、共鳴を始めた。しかし、お互いの石から発せられるエネルギーが結び付くまでには至らない。サーナイト側からのエネルギーが弱かったというのもあるが、俺の方から発せられたエネルギーも互いの中間地点にまで達さなかった。

 いつものようにやってはいるんだがな。ウツロイドに憑依されているのが、エネルギーの隔たりになってたりするのだろうか。それだとサーナイトにもウツロイドにも申し訳ないないな。ここは俺の方でも意識して調整していく必要がありそうだ。

 

『「サーナイト、イイカンジダゾ。ニカイメデエネルギーヲトバスコトガデキタンダ。ツギハソノエネルギーリョウヲイジデキルヨウニシテミヨウカ」』

「サナサナ!」

 

 とはいいつつもどうしたものか。エネルギーの調整なんてどうやってやるんだ?

 感覚的な事ほど説明に困るものはないな。

 取り敢えずメガシンカは極論、トレーナーへの絶対的信頼とポケモンへの絶対的信頼があれば、例えばキーストーンもメガストーンが無くとも成せる代物だと考えている。その例がゲッコウガだ。あいつは特殊な事例ではあるものの、その一端を俺にアクセスし直接繋がることで、石を媒体とせずメガシンカ擬きに至った。そこからは特性を書き換えたり異常なことが重なったが、石を媒体としないデメリットもしっかりと見せてくれている。ゲッコウガが受けたダメージの感覚が俺にも伝わって来るというものだ。ズキンズキンズキンズキン、次から次へと攻撃を受ける度に痛みが走り、痛いわびっくりするわ大忙しだった。今では独立してくれて、特性として確立させているが、当時はマジで怖かった。夢中だったからどうにかなったんだ。そういうことにしておこう。

 話を戻すと、メガシンカは人間とポケモンの気持ちの問題ってわけだ。ゲッコウガは探究心を軸に何が何でも新たな力を手に入れてやるという思いで突き進んだ。リザードンの時は最初から暴君様相手だったから何が何でもという気持ちがあったのかもしれない。ただ、もっと過去にもメガシンカしてたりするのだが、その時も負けたくないという思いがあったりしたのだろうと思う。

 超ザックリではあるが、そういう足掻く気持ちでメガシンカの力に食らいつかなければ、そもそも入り方が見つけられなのかもしれない。あと考えられるとすれば、メガシンカそのものに絶対的信頼を抱けるかどうか。新たな力に呑まれるという恐怖に苛まれていては、逆に力に呑み込まれてしまう。何なら新たな力に触れることさえ叶わないかもしれない。今のサーナイトはもしかするとこの辺のことが無意識下で働いている可能性がある。

 何度か続けてその辺も検証していくとしよう。

 

『「モウイチドダ。サーナイト、メガシンカ」』

「サッ!」

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 あれから五回目くらいでようやく波長が揃い、九回目で共鳴が激しくなり、十一回目を前に一度休憩を挟んだ。ここまでで分かったのは、やはりポケモンがメガシンカの力に対して絶対的信頼を持っていなければならないということだった。メガシンカは絆の証。つまりは信頼度。その信頼度が何に対してのものなのかが重要なのだと思う。一つ目は自分。二つ目はトレーナー。そして三つ目にメガシンカの力。この三つに対する信頼度が深くなければ、エネルギーが作用しないように見えて来た。詳しいデータもなければサーナイト限定かもしれないから何とも言えないが、持ち帰って変態博士に検証してもらう価値はあるだろう。

 とはいえ、着々とここまでメガシンカに近づいて来ているのは素直に凄いことである。物覚えがいいからなのか、あいつらに影響されているからかなのか。一つ言えるのは身近にたくさんのメガシンカを可能とするポケモンたちがいたことで、具体的なイメージが持てていることが大きな要因である。しかもこっちに来てからはダークライとクレセリアによる英才教育。エリートコース真っしぐらとも来れば、ここまでの結果を出せたのも頷けるというもの。

 

「サナ」

『「ダイジョウブダ。チャクチャクトデキアガッテキテイル。サイショヲオモイダセ。ピカットヒカッタダケダッタンダゾ? ソレガアトイッポッテトコロマデキタンダカラ、アセルヒツヨウハナイ。ナガレルヨウニ、シゼンニミヲユダネルコトガデキレバ、メガシンカデキルヨウニナルサ」』

 

 道筋は見えて来ている。

 だが、焦りは禁物だ。

 他の意見も参考にしてみよう。

 

『「アンタラカラミテドウダ?」』

「んあ? ああ、まあ、いいんじゃねぇか? 筋はあるし、後は思い切りだろ」

「メガシンカはある意味で弾けますからね。サーナイトが自らの殻を破る時、メガシンカすると思いますよ。なんたって、進化を超えたメガシンカなのですから」

 

 進化を超えたメガシンカ、か。

 なるほど、キャッチコピーは伊達ではないようだ。あの変態博士もそこまで考えてあんなキャッチコピーを一緒に発表したのだろうか。そうだとしたら何て曲者なのだろうか。普段はあれだけヘラヘラっとしているのに、やる時はやるってところが妙に腹が立つ。これは最重要の帰宅案件だわ。

 

『「イクゾ、サーナイト。…………シンカヲコエロ、メガシンカ!」』

「サッ!」

 

 サーナイトも話を聞いていたらしく、エネルギーの波長を合わせ二つの石を共鳴させると、放たれるエネルギーを自分の方へと引き寄せ始めた。俺も意識をサーナイトの方へ向けてみると、確かに何かにエネルギーが阻まれているように見えて来た。アオギリの呪いではないだろうし………話は真実なのかもしれない。

 

「サーナ、サーナ、サーナ、サーッ!!」

 

 と、突然サーナイトが雄叫びを上げるとパリン! とガラスが弾けるような音がして、その風穴からどんどんエネルギーが吸い込まれ始めた。

 これは、いける!

 

「サナァァァアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 ッ?!

 これは………?

 サーナイトがとうとう白い光に包まれていっている。あとはエネルギーをコントロール下におくだけだ。ただ、それよりも気になるのが辺りがピンク色のエネルギーに染められた方が気になる。一体これはどういうことだ? 今までのメガシンカにおいてこんなことはなかったぞ?!

 

「「おおーっ!!」」

 

 あ、おっさんズも食いついて来た。

 

「サナーッ!」

 

 どうやら成功したようだ。

 サーナイトの姿がロングスカートを穿いたような姿になっている。より上品になった姿と言ってもいい。

 これで一先ずメガシンカを習得出来たな。あとは姿を維持したままバトルし、暴走しないように力をコントロール出来るようにならないとだ。これはダークライがこれからみっちり鍛えてくれるだろう。だから俺たちも遠慮せず、全力をぶつけるまでだ。

 

「おい、つかこれは何だっ!」

「………メガシンカをしただけではこのようなことは起こり得るはずがないのですがね。技で考えるとすれば、サイコフィールドかあるいはミストフィールドといったところでしょうか」

 

 サイコフィールド、もしくはミストフィールド。

 俺もその可能性は疑っている。しかし、メガシンカ直後だぞ? 殻を破るために放出したエネルギーがフィールドへ変化を与えてしまったと考えるしかねぇじゃねぇか。

 まあいい。これが何なのか、バトルしていれば分かることだろう。

 

『「ダークライ」』

「ライ!」

 

 ダークライの方を見て確認を取ると、いつでも来いと頷き返して来た。

 

『ヨシ。イクゾ、サーナイト。マズハ、デンジハ」』

「サーーーー、ナッ!」

 

 遠慮なく始めさせてもらったが、初手からサーナイトの動きが早くなっている。何度も使い続けて徐々に電気の波を送り込む速度が上がって来ていたのが、ライフルショットのようにパシュン! と放たれた。

 

「ライ」

 

 それをダークライは身動き一つせず、身体で受け止める。

 効果は…………ないか。

 つまりはこの辺り一面に広がるピンク色のオーラはミストフィールドということで決定だな。ミストフィールドには主に二つの効果があり、一つがドラゴンタイプの技の半減、もう一つが状態異常にならないというものである。ちなみにサイコフィールドはエスパータイプの技の威力を上げる効果と、急加速を出来なくしてでんこうせっかやしんそくといった技をただの突進へと変える効果がある。加速しないただの突進なら躱すことも容易い。ただどちらも辺り一面に広がるオーラに触れていなければならない、という条件の下であるが。

 

「………ミストフィールドで決定ですね」

『「サーナイト、ダークライヲジョウタイイジョウニハデキナイミタイダ。タダ、ソレハオマエニモイエルコトデハアル。ダカラムズカシクカンガエナクテイイ。トニカクセメルゾ」』

「サナ!」

 

 ポケモンは進化の際にも新しく技を覚えることがあるが、初メガシンカで技を覚えるなんて話は聞いたことがない。特殊なケースとして認識しておくべきだろう。

 サーナイトは敬礼をしてダークライの方へと向き直った。

 

『「ムーンフォース」』

 

 月のエネルギーを凝縮しダークライへと放つ。威力はこれまで見たものよりも格段に上がっている。撃ち出し速度も然り。

 ダークライが黒いオーラで受け止めたものの、それを突き破ろうとしている程だ。ダークライも一瞬顔を顰めていたくらいヤバいらしい。

 

『「リフレクター」』

 

 防御面の確認のため、リフレクターを張らせると、これもまたデカくなっている。そして分厚い。

 メガシンカ状態をここまでじっくり観察するのってリザードンの時以来じゃないだろうか。ゲッコウガとジュカインはメガシンカする前から既に規格外だったし、ヘルガーとボスゴドラもメガシンカしなくとも充分強かった。

 正味、今は初心者トレーナーの気分である。環境はベテラン以上だけども。

 

『「モットイッパイダセルカ?」』

「サナ!」

 

 コマチがカマクラによく使わせる複数枚同時出しをやらせてみることにした。

 これがまあポンポンポンポン作り出されていくのなんの。合計で………十枚はいったな。もはやカマクラのお株を取ってしまいそうな勢いだ。

 

『「リフレクターヲツカッテ、サイコショック」』

 

 その十枚のリフレクターをサイコパワーで操作して、ダークライを取り囲んでいく。くるくると周囲を回るリフレクターに警戒し出したダークライ。いつ来るのかとタイミングを見計らっているのだろう。

 

「サーナ!」

 

 サーナイトの合図で一斉に突撃していくリフレクターたち。この表現だとまるで生き物のようだな。

 

「ライ!」

 

 だがしかし。くるっと一回転したダークライにより全て粉々に砕かれてしまった。

 お前、かわらわり使えたのかよ。

 

『「サーナイト、ハヘンヲツカッテモウイチドダ」』

「サーナ!」

 

 この戦法はやはり鬼畜だと思う。一度防いだと思ったら、粉砕したがために無数の破片へと変え、新たなる攻撃材料にしてしまうんだからな。相手からしたら嫌なやり口だわ。考えたのがコマチという、我が妹ながら何という恐ろしいさ。

 

「ライ!」

 

 ダークライは一度超念力で全ての破片を受け止め、黒い穴で吸い取ってしまった。

 

「ライ」

『「ッ!?」』

 

 そして、サーナイトの背後に黒い穴を再度作り出していく。

 

『「サーナイト、マモル!」』

 

 ダークライもメガシンカする前とは数段ギアを上げて来たみたいだな。それだけのパワーが今のサーナイトにはあるということだ。

 振り返りながらドーム型の防壁を張るサーナイト。そこへ流星群の如く無数の破片が降り注いでいく。

 

「ーーーサナ………ッ!」

 

 守れてはいるが、自分の攻撃を受けるというのはサーナイトも初めての経験で驚いているようだ。動揺が身体に滲み出ている。

 

「ライ!」

 

 そしてそれを見逃すはずもなく、ダークライはサーナイトの背後へと移動し、右腕に紫色のオーラを纏った。

 どくづきかとも思ったが、あれは拳の先に毒を纏う技。腕ともなれば違う技ということだろう。

 

「サナ!?」

 

 撃ちつけられた衝撃で防壁が崩れ、残りの破片を受けてしまった。ダメージは大したことないだろうが、サーナイトの心に余裕がなくなって行っているのが分かる。このままだと焦りから力に呑まれて暴走する可能性がある。ここは抑える必要があるな。

 

『「サーナイト、テレポートデキョリヲトレ。ソシテ、シンコキュウスルンダ」』

 

 追撃を避けるためにも一度距離を取らせて落ち着かせた。

 流石に暴走されては困る。ドラゴンタイプでもないため、暴走する力を利用してげきりんを使うってことも出来ない。ユキノのボーマンダの時は運が良かったとも言える。

 

『サーナイト、アセリハキンモツダ。ダークライモオマエノチカラニアワセテギアヲアゲテキテイル。ダカライロイロナテヲツカッテシカエシテクル。ソコハオサエテオケ」』

「サナ………」

 

 メガシンカしたことで、サーナイトはようやくダークライに追いつけたと思ってしまったのかもしれない。それだけダークライとはバトルをして来ているし、攻撃を当てて来た。

 それがあっさりと反撃されたことに多少なりともショックを受けているのだろう。

 単純と言えば単純だが、子供というのはそんなもんだ。そこが可愛いまである。

 

『「ダイジョウブダ。ヤラレテモヤリカエセバイイ。ソウヤッテツヨクナッテイクモノダ。ダカラ、モウイチドイクゾ」』

「サナ!」

 

 やり返せばいいというフレーズに、気落ちしかけたサーナイトに闘志が戻って来た。やっぱり単純だな。可愛いわ。

 

『ヨシ、ミストフィールドモキエタコトダ。ウゴキヲトメルゾ。デンジハ」』

「サーーーー、ナッ!」

 

 ーーーそれからどれくらい経っただろうか。只管メガシンカ状態でのバトルをやっては休憩を繰り返し、皆が皆メガシンカ状態のサーナイトに夢中となり、時間の感覚が一層なくなって来た頃。

 

「ギィナァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 ーーーお客様が来た。



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9話

「ギィナァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 いつか来るとは思っていたが、本当に来やがるとは………。

 

「おいおい、またかよ!」

「何故こうもギラティナに狙われるのですかね」

 

 おっさんたちは辟易しているようだが、俺的には予定していなかったシナリオではない。

 こういう事もあるだろうと腹を括っていた。

 

『「サーナイト、ヤッコサンハオレタチニヨウガアルラシイ」』

 

 初のメガシンカを経て、何度も何度もメガシンカした姿へと変わってはバトルをして来たが、今のところ暴走する兆しはない。ただ、一つ分かったのが、メガシンカ時に毎度ミストフィールドが展開されるらしい。どうやら力の解放の副産物で出来てしまうようだ。カルネさんのサーナイトにはそんな現象がなかったため、うちのサーナイトのみの現象と考えていいだろう。

 あ、ちなみにミストフィールド自体もメガシンカしなくとも習得していた。本当に謎の現象だわ。特性も従来のフェアリースキンのようで新しく習得していたスピードスターが爆発するくらいだし、関係がなさそうである。メガシンカして技を新しく習得ってところも謎ではあるがな。

 

「サナ………?」

 

 また行っちゃうのという目をして来るので、つい俺も笑みが溢れてしまう。

 だが大丈夫だ。なんせ今回のメインはサーナイトだからな。

 

『「トイウワケデ。オマエモコイ、サーナイト」』

「サ、サナァ!」

 

 俺が手を差し伸べると、パァァッと明るくなっていくサーナイト。可愛いすぎて俺氏、死にそうでござる。

 

「ライ」

『「ナンダヨ、ダークライ」』

 

 鼻血が出そうな気分に浸っているとダークライがサーナイトとの間に割り込んで来た。

 なんだよ、今いいところなのに。

 

「ライ」

『「ア? ボール?」』

 

 そして何故か腰に付けた唯一のサーナイトのボールを指差して来る始末。一体何だって言うんだよ。

 

「ライ」

「なあ、ダークライは元々テメェのポケモンだったんだよな?」

 

 すると助け舟なのかマツブサが口を挟んで来た。

 

『「ア、アア」』

「だったら、今でもテメェのポケモンだってことだろ」

 

 ん?

 つまりどういうことだ?

 ダークライは元は俺のポケモン………? まあ、一応ボールに入れたな。すぐに犠牲になっちまったが。

 そして、サーナイトのボールを指差して来たことと何の関係が…………?

 今更、俺について来ようとは思わないだろうし………はっ? まさかそういうことなのか?

 

『「オマエ、イイノカ?」』

「ライ」

 

 ダークライは俺の頭の中を読んだように首を縦に振った。

 いやいやいや、そもそもお前ら生身の身体なのか?

 あの時、俺に力を与えてお前は消えたんだろ? クレセリアも似たようなことをユキノにしたみたいだし………。

 あーもう! 考えてもこいつらのことだけはさっぱり分からん!

 

『「ウツロイド、ハイパーボールヲニコダシテクレ」』

「しゅるるっぷ」

 

 そして何故此奴はご機嫌なのだ?

 もうタイミングから何やらまで色々と訳が分からん。好きにしてくれ!

 

「しゅるるるるー………」

 

 ウツロイドは器用に身体の内部を動かしてリュックを漁り、ハイパーボールを二個取り出した。

 いや、器用すぎでしょ! 触手も使わずに内部を動かすとか、俺が内臓を動かすようなもんだぞ。怖い怖い、超怖い。あと怖い。

 

「ギィナァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 そうこうしている間に、ギラティナの叫び声は大きくなって来ている。

 

「ライ」

「クレヒ」

 

 ボールを受け取ったダークライはまずクレセリアを呼びボールに触れさせた。そのままクレセリアはハイパーボールへと吸い込まれてプパン! という音とともに捕獲された。

 そして、それを確認したダークライも自らにボールを当てボールへと吸い込まれていく。地面に落ちたボールは揺れることもなくプパン! と音が鳴り捕獲完了となった。

 

『「……………」』

「サナ?」

 

 別れは結構ショックだったんだがなー。有事の際だし致し方ないと腹を括ってたのに、再捕獲はあっさりすぎね?

 

「ギィナァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 ッ!?

 変な感傷に浸ってる場合じゃない。さっさとギラティナを倒すなり追い返すなりしないと。

 

「おい、オレたちは先に逃げるからな!」

『「アア、ソウシテクレ。アトハナントカスル」』

 

 触手を伸ばして二つのハイパーボールを回収し、ウツロイドの内部へと取り込みリュックの外ポケットへ投入。

 

『「イクカ、サーナイト」』

「サナ!」

 

 成長したサーナイトの初陣がギラティナか。そうでなくともダークライ相手にメガシンカしてたんだから、流れ的にはリザードンに近いものがある。まあ、あいつ程イレギュラーな存在にはならないだろうが、同じくメガシンカするカルネさんのサーナイトに比べたら大差ないだろう。

 ならば、やれるとこまでやって結果を分析するまで。ついでにギラティナが度々俺の前に現れる理由も探れれば儲けもの。まあ、そこは期待しないでおくが。

 

「ギィナァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 キャンプ地から飛び立ってすぐ、ギラティナが現れた。

 今から神を相手にするというのに酷く冷静だ。気持ち悪いくらいに冷静である。この前は急遽対応しなければならなかったのと、一人だったというのも大きいのかもしれない。それと守らなければという不安感もあったか。だが、今回は一人じゃない。守らなければと思っていた存在が肩を並べられるくらい成長してここにいる。その分、肩の荷も降りたということだろう。ただ、それは戦場に立つ時において重要なことでもある。俺は守るべきものが増えたことでそれを痛感した。

 

『「サーナイト、ビビッテナイカ?」』

「サナ!」

『「リョウカイ。ソンジャ………イクゾ。サーナイト、メガシンカ!」』

 

 サーナイトも強くなったことで自信を得られた。だからこの場に立っていても物おじしていない。ダークライたちが鍛えたという部分も大きいだろう。

 キーストーンとメガストーンが共鳴し出し、サーナイトを白い光が包み込んでいく。

 その間にもギラティナは姿を消した。初っ端からシャドーダイブかよ。

 

『「マジカルシャイン」』

 

 この暗闇の中に溶け込んで攻撃してくるのなら、閃光を走らせればいい。突然の光には目が持っていかれ、一瞬でも怯んでしまうものだ。

 

「ギィ?!」

 

 そこか!

 メガシンカと同時に出来上がったミストフィールドの紫っぽいピンク色の淡い光もまた下からギラティナの影を写し出していた。

 

『「ミギウシロニテレポート。ツヅケテノノシカカリ」』

 

 声のする方ーー右背後にサーナイトをテレポートさせ、光に照らされたギラティナに思っい切り踏みつけさせた。

 メガシンカしたことでサーナイトの特性はフェアリースキンに変化している。ノーマルタイプの技はフェアリータイプの技へと変化し、ゴースト・ドラゴンタイプのギラティナには効果なしどころか、効果抜群を得られるようになった。

 ジャイアントキリングとでも言うのかね。でもまあ、使えるのは初手だけだろう。サーナイトの実力を計りかねている今だからこそ上手くいったと考えておいた方がいい。過信は禁物。

 

「ギィナアアアアアア!!」

 

 踏みつけられたギラティナは反撃と言わんばかりに、細長い六本の翼をサーナイトに向けて走らせて来る。

 

『「サイコキネシス」』

 

 それをなんとか超念力で動きを止めるも、やはり相手は神。メガシンカしたサーナイトの力を以ってしても動じない。何なら押し返して来ているまである。

 逆に考えれば、サーナイトがギラティナにあと一歩のところまで迫っているという驚きの展開だ。

 

『「イッキニチカラヲカイホウシテ、テレポートデハイゴニマワレ」』

 

 鬩ぎ合う力の片方が一瞬で無くなれば、もう片方は反発して来る力が無くなり、自身の力に身を持って行かれる。

 今のギラティナとの場合、六枚羽であるためそれほど身を持って行かれるということにはならないだろう。しかし、一瞬の隙は出来上がる。しかもサーナイトの位置取りは探しにくい背後。絶好の機会が出来上がる。

 

「サーナ!」

 

 サーナイトが一瞬で消えるとギラティナの翼は劈くるように前へ前へと伸びていく。忘れていたが、これ俺の前に来る奴じゃん。

 というわけでウツロイドさん。よろしく。

 

「しゅるるるるー」

 

 テシテシと俺に向かって来る六枚羽を叩き落としていく触手さん。生身の身体だったら、こんなこと絶対出来ないよな。ここにいる時だけはウツロイドに憑依されている方が超安全なような気がしてくるわ。

 

『「シャドーボール」』

「サナ!」

 

 サーナイトがギラティナの背後に現れたのを確認して、背後から攻撃させていく。

 ギラティナの次なる動きは…………消えずに反転。尻尾は竜の気を帯びていた。

 

『「ドラゴンテールカ。ハネカエスツモリダナ。サーナイト、トリックルーム」』

 

 素の動きはまだギラティナの方が早い。テレポートでどうにかなっているだけである。となれば使う以外にない。

 

「サーナ!」

 

 サーナイトにより動く速度が反転する空間に閉じ込められたギラティナは、丁度影弾を弾き返すところだった。

 

『「カワシテフトコロニモグリコメ」』

 

 流石にトリックルーム下では動きが丸見えになっている。

 サーナイトはギラティナがシャドーボールを打ち返した瞬間に、懐へとテレポートし身体を丸めた。

 

『「マジカルシャイン」』

 

 次に何をするのかはサーナイトも予想出来ていたみたいだ。これもダークライと只管バトルをしたことで、バトルの流れを読む経験が培われたと言っていい。それがなければサーナイト自身が戸惑っていた可能性もある。

 全身から光を迸らせたサーナイトに、ギラティナがようやく気が付いた。だが、まだトリックルームに対応出来ておらず、動きが丸見えな状態である。

 

『「ムーンフォース」』

 

 これならこっちを使っても問題ないだろう。

 この世界でどうやって月の光を得るのかは分からないが、恐らく体内に蓄積されているエネルギーから消費されていくものなのだとしておく。でなければ、サーナイトの背後に月が見えたりしない……………あ、いるな。月に関係したポケモンが。しかも二体。

 一応ボールに入っているため直接的な関与はないのだろうが、もしサーナイト自身が月のエネルギーを蓄えることが出来るのなら、ダークライやクレセリアからエネルギーをもらっていたと仮定することも出来る。

 なるほど、その可能性はあるな………。

 

「ギィナァァァアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

 抗うように咆哮するギラティナは、絶叫の木霊だけを残して一瞬で消えてしまった。

 またシャドーダイブか………。

 となると照らして姿を確認するまで。

 

『「サーナイト、マジカルシャイン」』

「サナ?!」

 

 ………は?

 

『「サーナイト!?」』

 

 サーナイトが技を出す前に何かに突き飛ばされた。トリックルームの部屋の壁に撃墜したサーナイトは、壁と衝撃に挟まれたことで脳震盪に近い目眩を起こしている。今すぐに立ち上がることは困難か。

 ならば先に原因の究明だ。

 

「ギィナアアアアアアアアアッッ!!」

 

 仕掛けたのは十中八九ギラティナだ。

 だが、俺の予想に反して動きが速かった。

 …………シャドーダイブ、じゃないってことなんだろうな。

 となると…………ゴーストダイブ? いや、シャドーダイブと同じようなものだ。トリックルーム下でいきなり速くなるなんてことはない。速くなるってところだけを見れば…………でんこう、いや……かげうちか!

 なるほど、だからトリックルームの効果を受けなかったのか。しかもサーナイトがメガシンカする時に同時に出来上がるミストフィールドも、浮いていられては効果を発揮しない。

 こうなるとシャドーダイブはもちろんながら、かげうちにも要注意ってことになるな。

 

『「サーナイト、ダイジョウブカ?」』

「サナ!」

「ギィ、ナァァァアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 おいおいマジかよ。

 サーナイトがダウンしているのを狙ったのか?

 たかがギラティナの咆哮でトリックルームが強制的に壊されるとか……………。これが神の咆哮、だとか言わないだろうな。小説で読むのとはわけが違うぞ。実体験とかスケールが違いすぎるっつの。

 

『「カナシバリ」』

 

 取り敢えず、かげうちは使用不可にしてやる。その上で、あの巨体が消えるのをどうにかしないとな。シャドーダイブも金縛り状態にしたいが流石にそれは無理な話だ。例え封じたところでギラティナはゴーストタイプ。タイプ特有の消える能力は持ち合わせているため、消えることだけに関してはデフォルトと考えなければならない。

 

「サーナ!」

「ギィ? ………ナ」

 

 チッ、またシャドーダイブか。

 再三に渡りマジカルシャインを使えば、ギラティナの思う壺だ。別の対処を考案しなければ………!

 

『「サーナイト、メイソウダ。イッタンオチツコウ」』

 

 動かざること山の如しって訳ではないが、無策に攻撃し続けるのは得策ではない。ギラティナの攻撃が来るまでに数秒の間がある。それを逆手に取られたのがかげうちだったのだが、金縛りでそれもない今、目を瞑って心を落ち着かせることは可能だ。

 その間に俺は反撃の方法を構築するとしよう。

 まずマジカルシャインがギラティナを探し出すのに有効ではあったが、その反面として正面に来られては俺が視認出来ないことが分かった。

 あと有効打なのはムーンフォースとノーマル技だ。ただ、ハイパーボイスはギラティナの咆哮でかき消される可能性が高い。となると残るはスピードスターとのしかかりか。

 さいみんじゅつで眠らせるという方法もあるが、果たして寝てくれるかどうか。全く想像が出来ないためバトル展開にも組み込みにくい。でも試すだけ試すのは有りか。

 

「ギィナァァァアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 来たッ!

 

『「サーナイト、カケブンシン」』

 

 ギラティナが姿を見せた瞬間に影を増やして回避。

 

『「テレポート」』

 

 そしてテレポートでギラティナの視界から消えさせた。

 

『「サイミンジュツ」』

 

 ギラティナの背後に移動したサーナイトがさいみんじゅつをかけていく。

 

「ギィナァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 やっぱりダメか、効いてない。

 逆に位置バレしてしまったようだ。

 

『「スピードスター」』

 

 反転して来たギラティナに向けて星型のエネルギー弾を放っていく。特性のおかげで今はフェアリータイプの技となり、ギラティナには当たれば効果抜群。

 なのだが、そのギラティナは顔面で砕きながら一気に詰め寄って来た。

 

『「テレポートデカワセ」』

 

 あれはただ突っ込んで来たわけじゃない。あのパワーにあの防御力。恐らく何かしらの技………ああ、アイアンヘッド。あれならあの砕かれようも頷ける。

 

「サナァァァァァァッ?!」

 

 サーナイトがギラティナの突進をテレポートで躱した瞬間、移動先にギラティナがおり、アイアンヘッドを受けて遠くへと飛ばされてしまった。もはや俺の目からは視認出来ない距離。

 

『「ッ?!」』

 

 しまっ、た………!

 慌ててサーナイトのところへ飛んでいこうとしたら、目の前にギラティナが現れた。よく見ると辺りには無数のギラティナの姿があるではないか。

 だが、ギラティナは一体しか存在しないのでは………? これも技が? となると………かげぶんしんが濃厚か。それでテレポートしたサーナイトが吹っ飛ばされて訳だ。

 くそっ、今回も奴の狙いは最初から俺だったのかよ。サーナイトとバトルしているように見せかけての不意打ちとか…………人間より狡賢いんじゃねぇのっ?

 

『「ウツ、ロイド!」』

 

 六枚羽の連続攻撃をウツロイドの触手で一本一本受け止め、途中で触手の先に毒を巡らせるも、互いに触手ないし六枚羽が使えない状態になった。毒状態になってくれては………ないだろうな。

 そんな中、ギラティナが大きく口を開いた。

 

『「チッ、ウツロイド! ミラーコート!」』

 

 何が出されるのは目に見えているため、先手を打っていつでも返せるように態勢を整える。そして大きく開いた口から吐き出されたのは青と赤の竜を模した波導だった。

 超至近距離から前回のお返しだと言わんばかりに顔がある。これだと振り回さないのも事実。マジで俺に出来ることなんてこの攻撃を受け止めるしかない。

 

『「オイコラ、ナニヲスルキダ」』

 

 何とも言えない焦燥感に駆られていると、背後から嫌な気を感じた。振り向くと大きな黒い穴が渦巻いている。ダークホール、とも違う何か。どちらかと言えばウルトラホールに近い気もするが、こっちはより禍々しく見える。

 

「サナァァァァァァッ!!」

「ギィ……」

 

 ッ?!

 ヤバッ!?

 てか、戻って来るの早過ぎね?!

 どうやって戻って来たんだよ!

 影移動でもしないと無理だろ!

 

「サナ?!」

『「ウォォォオオオオオオオオオオオオッ!?」』

 

 サーナイトが俺の予想よりも早く戻って来たものの、ギラティナは咄嗟に消えることで、俺は押さえ付けたいた力がなくなり変な態勢に。そこへサーナイトが拳を振り上げた姿が滑り込み、一発サーナイトに殴られながらもサーナイトを受け止め、その勢いで二人して背後の黒い穴に吸い込まれ始めた。

 最早抗うことも出来ない。というかギラティナが意外にも策士過ぎて笑えるレベル。何ならダメ押しにもう一発シャドーボールがサーナイトの背中に直撃した。

 そして何も出来ぬまま黒い穴に吸い込まれていく最後にチラッと見えたギラティナは、何故かおっさん二人を追いかけ回していた。

 対象替えるの早くね………?

 

『「………ハ?」』

 

 というのも束の間。

 急に眩しい光に包まれた。

 

『「オォ、オォ、オオオオオオオォッ!?」』

 

 急に身体が引っ張られるようにして加速した。

 何事かと引っ張られる方を見やると青く茂った木々が広がっている。その奥には青い海も。

 はい………?

 どういうことだってばよ?

 これ、丸っ切り現世じゃん!

 

『「ウツ、ロイド…………ウツロイド?」』

「しゅ、る……」

 

 声をかけてみるが反応が薄い。思いの外、ミラーコート時に消耗したのかもしれない。

 え、なに?

 あいつ、俺たちを現世に戻すためだけにあんな無駄に力を行使して来たってわけ?

 その一番の被害者がウツロイドってなんか可哀想すぎるだろ。

 何とか俺も態勢を戻そうと試みるものの、重力が邪魔をして思うように動かせない。

 あれ? 前はもう少し動けてなかったか?

 

「しゅ、るるる!」

 

 ようやく反応が戻って来たウツロイドが身体を起こして、地面に激突までは避けることが出来た。

 サーナイトは、………メガシンカが解けて気を失っている。

 

「コ、ケェェェエエエエエエエエエエエエエエエエエエッッ!!」

 

 おいおいおい、一難去ってまた一難。何か現れたんだけど!

 

「しゅるるるるるぷぷ、しゅるぷぷ! しゅるるるるるぷぷ、しゅるぷぷ!」

 

 あ、ちょ、お怒りなのは分かるけども、急に憑依を外すなよ。

 

「ぅ、っ………」

 

 ヤバ………、息が………っ!?

 つか、アレ………あのトサカ………カプ・コケコなんじゃ…………。

 くっ………身体も重っ…………!

 

「コケェエエエエエエエエエエエエエエエッ!!」

 

 これはエレキフィールドか?

 目の前ですげぇ帯電してんだけど………こわっ!

 ウツロイドにより憑依から解放された俺の身体は力なく地面に倒れ伏している。そのため目の前がすごいことになってしまった………泣いていい?

 

「じぇるるっぷ!」

 

 まさかとは思うが、ウツロイドに憑依されていた代償で俺の身体は呼吸不全の仕方を忘れてしまったとかではないだろうな………?

 有り得なくもない話だが…………マジで息苦しい…………。

 あ、こら! 俺を守ろうとしてるみたいだが、下手に攻撃するんじゃありません!

 

「ウォー!」

「ガオガエン、DDラリアット! ルガルガン、アクセルロック!」

 

 と思ってたら太陽の光が遮られ、そこからポケモンたちが降って来た。

 人、来たみたいだな…………。助かる、のかね…………。

 

「ム? これはっ?!」

「ウツロイド!? それに………ハチマン?! そうか、それで………ッ!!」

 

 ヤバい………酸欠とかいう問題じゃなくなって来た。頭痛い。誰か俺を知ってるっぽい人が来たみたいだが、最早姿を確認するのも難しい。マジで呼吸不全で俺死ぬぞ!? 死界から帰って来て即死とか笑えねぇだろ。

 

「ハラさんはカプ・コケコを! ウツロイド! 頼む、今はハチマンのボールに戻っててくれ!」

 

 ん?

 鬼火………?

 一体どこから…………?

 あ、文字が浮かび上がって来た。これ、俺知ってるわ。

 

『イマハネムレ。ワレノチカラデシナセハシナイ』

 

 あ、はい………。なら、オナシャス。俺もう、限界ッス。寝るッス、ダークライさん。

 …………どうか、次に目が覚めた時には死界にいることがありませんように。

 

「お前は………っ?!」



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行間

〜手持ちポケモン紹介〜(9話現在)

 

 

ヒキガヤハチマン 持ち物:キーストーンetc………

・サーナイト(ラルトス→キルリア→サーナイト) ♀

 持ち物:サーナイトナイト

 特性:シンクロ←→フェアリースキン

 覚えてる技:リフレクター、ねんりき、まもる、テレポート、マジカルリーフ、シャドーボール、マジカルシャイン、トリックルーム、シンクロノイズ、サイコキネシス、いのちのしずく、しんぴのまもり、ムーンフォース、サイコショック、さいみんじゅつ、ゆめくい、あくむ、かなしばり、かげぶんしん、ちょうはつ、サイケこうせん、みらいよち、めいそう、でんげきは、チャージビーム、10まんボルト、でんじは、こごえるかぜ、シグナルビーム、くさむすび、エナジーボール、のしかかり、きあいだま、かみなりパンチ、ミストフィールド、スピードスター、かげうち

 

・ウツロイド

 覚えてる技:ようかいえき、マジカルシャイン、はたきおとす、10まんボルト、サイコキネシス、ミラーコート、アシッドボム、クリアスモッグ、ベノムショック、ベノムトラップ、クロスポイズン、どくづき、サイコショック、パワージェム、アイアンヘッド、くさむすび、でんじは、まきつく、からみつく、しめつける、ぶんまわす

 憑依技:ハチマンパンチ、ハチマンキック、ハチマンヘッド

 

・ダークライ

 特性:ナイトメア

 覚えてる技:ダークホール(ブラックホール)、おにび、ゆめくい、あくのはどう、かげぶんしん、ふいうち、さいみんじゅつ、あくむ、かなしばり、ちょうはつ、でんじは、でんげきは、チャージビーム、10まんボルト、サイコキネシス、きあいだま、でんこうせっか、シャドークロー、だましうち、かわらわり

 

・クレセリア ♀

 特性:ふゆう

 覚えてる技:サイコキネシス、みらいよち、チャージビーム、くさむすび、シグナルビーム、ムーンフォース、サイコシフト、みかづきのまい、てだすけ、つきのひかり、サイコショック、さいみんじゅつ、サイケこうせん、めいそう、でんじは、こごえるかぜ、エナジーボール、のしかかり

 

控え

・リザードン(ヒトカゲ→リザード→リザードン) ♂

 特性:もうか

 覚えてる技:かえんほうしゃ、メタルクロー、かみつく、おにび、えんまく、はがねのつばさ、かみなりパンチ、ドラゴンクロー、シャドークロー、つばめがえし、りゅうのまい、かみくだく、カウンター、じしん、フレアドライブ、ブラストバーン、げきりん、じわれ、だいもんじ、ソーラービーム、リフレクター、はらだいこ、ぼうふう、ねっぷう、あなをほる、れんごく、かげぶんしん、ブレイズキック

 飛行術

 ・ハイヨーヨー:上昇から下降

 ・ローヨーヨー:下降から上昇

 ・トルネード:高速回転

 ・エアキックターン:空中でターン

 ・スイシーダ:地面に叩きつける

 ・シザーズ:左右に移動して撹乱

 ・ソニックブースト:ゼロからトップに急加速

 ・コブラ:急停止・急加速

 ・ブラスターロール:翻って背後を取る

 ・グリーンスリーブス:連続で攻撃して空中に釣り上げる

 ・デルタフォース:空中で大きな三角形を描くように連続攻撃

 ・ペンタグラムフォース:空中で五芒星を描くように連続攻撃

 ・バードゲージ:スピードを活かして相手の動きをコントロールしていく

 ・スモール・パッケージ・ホールド:背面飛行で相手の下を飛行する

 

・ゲッコウガ(ケロマツ→ゲコガシラ→ゲッコウガ) ♂

 特性:きずなへんげ(へんげんじざい→きずなへんげ)

 覚えてる技:みずのはどう、あなをほる、かげぶんしん、れいとうパンチ、れいとうビーム、つばめがえし、ハイドロポンプ、くさむすび、グロウパンチ、えんまく、がんせきふうじ、いわなだれ、まもる、かげうち、みずしゅりけん、どろぼう、つじぎり、ハイドロカノン、めざめるパワー(炎)、とんぼがえり、とびはねる、ほごしょく、けたぐり、ぶんまわす、あくのはどう、どろあそび、ふぶき、たたみがえし、ダストシュート

 

・ヘルガー ♂

 持ち物:ヘルガナイト

 特性:もらいび←→サンパワー

 覚えてる技:かみつく、ほのおのキバ、ふいうち、おにび、かえんほうしゃ、かみくだく、れんごく、ほえる、はかいこうせん、アイアンテール、あくのはどう、みちづれ、だいもんじ、ハイパーボイス、ヘドロばくだん、ちょうはつ、ほのおのうず、まもる

 

・ボスゴドラ ♂

 持ち物:ボスゴドラナイト

 特性:がんじょう

 覚えてる技:ロックブラスト、あなをほる、なげつける、メタルクロー、アイアンヘッド、アイアンテール、てっぺき、メタルバースト、ボディパージ、ヘビーボンバー、ロックカット、ほのおのパンチ、もろはのずつき、ラスターカノン、ドラゴンダイブ、でんじふゆう、だいちのちから、カウンター、ばかぢから

 

不明

・ジュカイン(キモリ→ジュプトル→ジュカイン) ♂

 持ち物:ジュカインナイト

 特性:しんりょく←→ひらいしん

 覚えてる技:でんこうせっか、リーフストーム、リーフブレード、ドラゴンクロー、タネマシンガン、ギガドレイン、かみなりパンチ、スピードスター、くさむすび、ソーラービーム、エナジーボール、シザークロス、くさのちかい、マジカルリーフ、タネばくだん、こうそくいどう、つめとぎ、いやなおと、こうごうせい、くさぶえ、やどりぎのタネ、グラスフィールド、なやみのタネ、ハードプラント、つばめがえし、ものまね、みがわり、じならし、アイアンテール、けたぐり、つじぎり、グロウパンチ、まもる、ぶんまわす、あなをほる

 

 

 

野生

・ギラティナ

 覚えてる技:シャドーダイブ、シャドークロー、ドラゴンクロー、りゅうのはどう、はどうだん、あくのはどう、ドラゴンテール、かげうち、アイアンヘッド、シャドーボール、かけぶんしん



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10話

 ここは………?

 気が付けば辺りは真っ黒な世界だった。

 また破れた世界に逆戻りしたのかとも思ったが、それにしては暗すぎる。はっきり言って何も見えない。ただ黒い。

 正直、座っているのか浮いているのかすら分からない。立っていないのは確かであるが、それ以外に得られる情報が皆無である。

 …………ん?

 でもこの状況。知らないわけでもない気がする。そうでなければ、こんな冷静に状況を整理出来るわけがあるまい。

 

「ライ」

 

 と、突如聞き覚えのある声がした。

 その声で何となく状況が絞り出されて来る。

 前にもあったな……と思いながら、その声のした方へと顔を向けた。

 蒼い目が一つ。

 それ以外の身体は黒に溶け込んでいる。

 ああ、蒼い目のおかげで目の周りの赤いラインと白い鶏冠が半分ほど光を浴びていて輪郭がなぞれるな。

 

「ダークライ………」

 

 名を呼ぶとポゥッと火の玉がいくつか飛ばされて来る。これは俺とダークライとの会話の仕方だ。ポケモンの言葉が通じない人間である俺に合わせてくれたものである。

 その火の玉にはこう書かれていた。

 

『ココハオマエノユメノセカイ。ワレガモグリコンデイルニスギナイ』

 

 ………つまり、俺は今眠っているということか。そしてその間にダークライが俺の精神世界にアクセスしていると。

 一つ目が消え、二つ目の火の玉がやって来る。

 

『ワレガオマエニチカラヲアタエタアト、ギラティナニトラワレタ。ダガソレハ、ワレラヲホゴスルモクテキダッタラシイ。ソノオカゲデ、オマエノコトヲカンソクスルコトガデキタ』

 

 どうやって? とも聞きたくなるが、そこはギラティナとダークライだ。どうとでも出来ていたのかもしれない。それに、そのおかげで俺も助かったというわけだからな。

 

『ソシテ、ギラティナニハオマエニツタエルベキコトガアッタヨウダ』

 

 は?

 ギラティナが俺に?

 たった一個人の人間でしかないこの俺に、裏世界の王が伝えることがあるだと?

 

「………一応聞いてやる」

 

 承諾と受け取ったダークライは三つ目の火の玉を送りつけて来た。

 

『ワガナハギラティナ、セカイノサイテイシャナリ』

 

 …………ん?

 それだけ?

 …………結局何が言いたいんだ?

 いや、ギラティナのことだ。こんな俺に伝えるくらいなのだから、何かしらの意味があるのだろう。

 名前はまあいい。お前がギラティナなのは知っている。つまり、重要なのは『セカイノサイテイシャ』ってところか。

 セカイノサイテイシャ。

 ギラティナに合う意味をつけて変換するなら、『世界の最低者』ってところか?

 うーん、これだとただの自己紹介にしかなってない上に、ある意味で周知の事実である。

 となると、この『サイテイシャ』という部分の変換が重要ってことか。

 他に表現するのならば、『裁定者』ってところか。他には思いつかない。

 

「『世界の裁定者』………、破れた世界の裁定者…………? 全体的に見た世界の裁定者………? どちらにせよ、破れた世界が裁定場になるのだろうな…………」

 

 破れた世界で裁定することなんて、俺が思い当たるのは一つしかない。

 生物の命………魂の処遇…………なんかそんな感じのこと。

 

「ダークライ、一つ聞きたい。俺は現世で生きているんだよな?」

「………ライ」

 

 首肯。

 ということは、俺はギラティナの作った穴を通って現世に戻って来たということになり、つまりそれは………ギラティナに生かされた、ということになる。

 裁定者を名乗るのならば、俺は裁定された結果生かされたということになる、のか………?

 ならば、裁定された結果生かされなかった、つまり死んだ者もいるということだ。

 …………あ、ああ!

 あー………そういうことか。

 

「………つまり、お前のダークホールで呑み込んだ人やポケモンも裁定されてどこかに飛ばされているってことか。まあ、中には死んだ奴もいるんだろうが」

「ライ」

 

 即首肯。

 はあ…………なんか、喜んでいいのか分からないな。これで俺の罪が消えるわけでもないし。やるしかないからやっていたけど、死んだ者に対しては俺が殺したようなものだ。死んだ者がゼロではない以上、その事実は変わらない。

 けどまあーーー。

 

「ーーー生きているなら、人生やり直してくれているといいな」

 

 特にポケモンたちは。

 人間に使われて、従って。そして呑み込まれて死にましたでは可哀想すぎる。やった本人が言うのもアレだが………。

 

『イバラノカンムリヲムリニカブセルナ。オマエハゼンデモアクデモナイ。オマエハオマエダ』

 

 見透かしたように再度火の玉が送られて来て、そう書かれていた。

 分かったよ。どうせ戻ったら戻ったでやることが山積みなんだからな。気持ちは軽くしとくに越したことはないーーー。

 

「ライ」

 

 うんうん頷いているとダークライの蒼い目が消えていった。

 どうやらダークライのお帰りのようだ。俺も起きるとしますかね。

 …………これ、どうやって起きるのん?

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「ん………」

 

 目を覚ますと知らない天井だった。

 まあ、他の天井を覚えているかと言われると悩むところではあるが、流石にこんなに白い天井は初めてである。

 ………しっかり起きれましたね。一体どうやったのだろうか。自分でもよく分からない内に目を覚ましてたぞ。

 

「……………」

 

 気のせいだろうか。

 目は覚めたが身体が動かせないぞ。

 ………え?

 

「……………」

 

 しかもさっきから電子音までピッピッピッと聞こえている。俗に言う心電図を刻んでいるあの音。

 …………え?

 

「……ふんぐ」

 

 出た声は言葉にならなかった。

 あれ………?

 これ本当にどういう状況?

 それにさっきから呼吸をする度に口元が生暖かくなっては冷めていくんだが………。

 

「は、ハチマン!? 起きたのか?!」

 

 ん………?

 この声確か………。

 

「オレだ! ククイだ!」

 

 あーそうそう。

 ククイ博士のだ。

 …………は? ククイ博士?!

 何故に………?

 

「ぁ……ぅぁ………」

「ああ、いいから。こちらにも疑問が山ほどあるが、お前にもあるみたいだな。取り敢えず、首は縦に動かせるか?」

 

 言われて首、というか顎を下に動かしてみる。

 

「ちょっとは動くみたいだな。横はどうだ?」

 

 続けて左右に動かしてみる。

 ………どちらも動いた感があまりないんだが。

 

「よし、なら今からオレが質問していくから肯定なら縦に、否定なら横に動かしてくれ」

 

 何となくそうなる気はしていたが、もしかしてククイ博士もこういう状況に慣れているのだろうか………。

 一先ず、縦に首を動かして肯定の意を示した。

 

「まず、お前はヒキガヤハチマン本人だな?」

 

 肯定。

 

「オレのことは知っているか?」

 

 肯定。

 

「オレと会ったのはカントーでポケモン博士が集まった会議が最後か?」

 

 肯定。

 

「そうか。あれから数日後にカロス地方でお前が暗殺されたとニュースに流れた。遺体は謎の生物に吸収されて謎の穴に吸い込まれていったとされている。お前は死んで蘇った、とかではないよな?」

 

 否定。

 てか、そんな風にニュースに取り上げられていたのか。大衆の前で起きたことだし、秘密には出来ないとは思っていたが………。

 

「ということは謎の生物ってのはウツロイドのことか。神隠しとか祟りだとか色々噂されてたぞ」

 

 マジか。

 

「それと、カロスポケモン協会の方から正式にお前が死亡したと発表されている。それは知っているのか?」

 

 ………はい?

 死亡した、だと…………?

 しかもカロスポケモン協会からって………ユキノたちがそう発表したってことだよな?

 ………え?

 

「その様子だと知らないみたいだな」

 

 コクコクと小さいながらも何度も首を縦に振った。

 

「なら、その話はお前が声を出せるようになってからだな。今はその酸素マスクを付けててもらわないと危険らしい」

 

 ええー…………、すげぇ気になるんだけど。

 いやほんと俺が死亡扱いって、あいつら何考えてんだ?

 少なくともイロハとゲッコウガはあの場にいたんだから、俺が死んでいるとまでは断定出来ないと断言出来るだろうに………。

 

「よし、次は今のお前の状況の説明だな。ここはアローラ地方のエーテルパラダイスだ。戦の遺跡でカプ・コケコが激しく鳴いているのを聞いてハラさんと駆けつけたら、お前が倒れていたんだ。カプ・コケコが鳴いていたのもお前のウツロイドが原因なのはすぐに分かった」

 

 ああ、あの時駆けつけて来たのはククイ博士だったのか。呼吸がそれどころじゃなかったから判断も出来ていなかったわ。

 でも何故エーテルパラダイス?

 エーテルパラダイスって確か医療関係じゃなかったよな?

 

「オレも色々疑問はあったが、とにかくお前の命の危機だったんでな。エーテルパラダイスはメレメレ島のポケモンセンターよりも設備が整っているから、ここに運び込んだってわけだ。ああ、先に言っておくが、お前が入院しているのを知っているのは、上のごく一部の人間のみだ」

 

 秘匿案件。

 そりゃそうか。

 公で大々的に死亡が発表された人間が生きていたとなっては後々困るからな。隠蔽していた組織として後ろ指刺される可能性もあれば、下の者から変な噂が広まる可能性だってある。方針は俺が出す必要があり、保留としてくれているのだろう。

 

「それと、ポケモンたちはオレの方で預かっている。と言っても他二つは開けてないがな。ウツロイドに関しては逆に襲われかねないか気が気でならん。ただサーナイトだけは消耗が激しかったようで、こっちの施設の培養器で回復中だ」

 

 そう、か…………。

 俺がこんな状態だしサーナイトも同じようになっていると考えた方がいいのかもな。というかそれだけで済んでいてよかったのかもしれない。

 正味、破れた世界からの帰還なのだ。本来ならば帰って来られるかも怪しいところなのに、長期間滞在していたため身体が現世との区別を出来ていなくなっているのは当然といえよう。下手したら帰還して即死というのも有り得たかもしれないくらいだ。

 

「ククイ博士!」

「おお、グラジオ! それにビッケさんも」

「彼が目を覚ましたと聞いてグラジオぼっちゃまをお呼びして駆けつけて来たのですが………」

「ああ、ただ声がまだ出せないみたいでな」

 

 ククイ博士の話を聞いていると、二人の男女が部屋に入って来た。年齢は、男の方が俺に近く女の方はククイ博士に近い、かな。

 

「ハチマン。こいつはグラジオ。このエーテルパラダイスを率いるエーテル財団の御曹司だ。今はわけあってエーテル財団の代表代理をしている」

 

 ………御曹司と聞くとホウエンの元チャンピオンを思い出すな。あの人はいろんな方面で秀でていたが、この少年はこれからって感じか?

 それにしても………なんかイタいな。ザイモクザに通ずるものを感じてしまう。

 

「グラジオだ。ククイ博士から話は聞いている。オレの母親と同じくウツロイドに取り憑かれたらしいな」

 

 ………ん?

 オレの母親と同じく?

 つまり、ウツロイドに取り憑かれた症例は俺が二度目ってことか?

 そういやそんな話もカントーでされたような気もするが………、そうか。こいつがその人の息子ってわけか。

 

「オレの母親ルザミーネはウツロイドから解放されてからも意識を取り戻していないんだ。今は妹が付き添ってカントー地方のマサキという人のところへ治療へ行っているが………そう簡単な話ではないらしい」

 

 カントーのマサキ………?

 それってあのマサキか?

 

「だから、回復してからでいい。どうか知恵を貸してくれ。お願いだ」

 

 お、おおう………。

 そんな頭を下げなくとも………。

 でもそれだけでルザミーネさんとやらの症状が重いというのが伝わって来た。

 知恵なり知識なり、今の俺に出せるもんなら使ってやろうじゃないの。助けられたという恩もあるし、一財団の御曹司とのコネクトを作っておくのも悪くない。助かるかは別の話だが………。

 

「………そうか。グラジオ、よかったな。ハチマンの承諾は得られたぞ」

 

 首を縦に振るとそれを読み取ったククイ博士が少年に伝えてくれた。

 早く声出せるようにならないかね。

 

「恩に着る! こちらも貴方の回復を全力を以ってサポートさせてもらう!」

 

 少年の目尻に溜まる水分がタラーっと頬をつたい、顎先まで行く前に下に落ちていく。

 その後ろではどこか含みのある笑みを浮かべているククイ博士が、うんうんと頷いている。

 あー………これは博士にしてやられたってわけか。

 全く………何も考えてないようで計算高い人だわ。いいんだけど。

 

「何かあればこのビッケを呼んでくれ。彼女はここの支部長を務めている。職員を統括しているのも現在は彼女だから、オレよりも内情には詳しいんだ」

「ビッケと申します。ハチマン様が回復なさるまでサポートさせていただきます。それと、ハチマン様に関しての情報は最重大案件として扱い、ハの字も漏洩しないよう努めさせていただきます」

 

 丸渕メガネが印象………いやそれよりももっと印象的なところがあったわ。何がとは言わないが。

 うん、何というかメグリ先輩に近いオーラを感じる。天然の癒し系というか裏を感じさせないほんわかした感覚。メグリ先輩が歳を重ねるとこんな感じになるのだろうか。

 

「ああ、そうだ。ビッケさん、ハチマンの今後の治療スケジュールとか分かったりします?」

「はい、それなら一通り作成してあります。まず、現在行っている血中酸素濃度の数値回復。それが終わりましたら、全身の筋肉のマッサージとリハビリ。それからお腹と背中の傷の経過観察ですね。傷の経緯も伺えたらと思っています」

「だってよ。随分とまあボロボロの身体になるまでムチを打てたもんだと感心するぜ」

 

 五体満足で帰って来れたのだから、まだボロボロとは言い切れないと思っちまった時点で、俺は病気なのだろう。

 と言っても文字通り生死を彷徨って来たのだし、博士たちからすれば同じことなのだろうな。

 ああ…………声が出せるようになったら経緯を説明しないといけないのか。どうも目が点になるところしか想像出来ない。

 まず破れた世界に行ってましたとか、誰が信じると思うよ。ギラティナさん、強かったッスと言っても溜息を吐かれそうだ。

 

「よし、オレもハラさんに報告して来ないといけないからな。また明日来るぜ」

「ビッケ、彼を頼む」

「はい、グラジオぼっちゃま。それではハチマン様。ワタシは隣室で経過を観察してますので、何かあれば首を横に出来るだけ大きく振るなりしてください。すぐに駆けつけます」

 

 どうやら今日は解散らしい。

 サーナイトは大丈夫なのだろうか。生身の身体で俺を追いかけて破れた世界に飛び込んで来たんだ。戻って来た今、その反動が大きく出ているのかもしれない。

 ウツロイドに関しては分からないとしか言えないな。体調の方は大丈夫だろうが、暴れ出さないかが心配だ。俺を死なせないようにしてくれていたし、俺の言うことも聞いてくれるくらいにはウツロイドとの距離は縮まっているのだろうから、元気になった姿を見せられれば例え何か拍子で暴れ出したとしても落ち着いてくれるはずだ。落ち着いてくれるよな………?

 とにかく今は声が出せて起き上がれるようにならないとな。血中酸素濃度とかなんとか言ってたが、要は久しぶりの現世で、しかもウツロイドから解放された直後だ。身体が現世に馴染んでいない証なのだろう。

 ということは寝て起きたら回復してましたってことになってないかな。

 いや、うん………。そんな都合のいい話はないな。

 けど、することがないのも事実。

 寝よう。



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11話

 現世に帰還し、エーテルパラダイスに運び込まれてから三日も経つと呼吸器が外された。

 どうやら第一段階はクリアしたらしい。

 身体も両腕が動かせるようになり、上半身も起こせるようになった。バキボキ音がなるのは目を瞑っておく。

 

「ゆっくりとお水を飲んでください」

 

 ビッケさんに言われるがまま、コップ一杯の水をちびちびと飲んでいく。

 うん………なんか帰って来たって感じがする。この口を伝って身体に染み渡るような、身体が欲してたという証。懐かしい………。

 

「では、発声してみてください」

「………ぁー………ぁー………あー? ………あー…………あーあーあー………」

 

 なんか水を飲んだからか、喉が滑らかになった気がする。

 喉奥がヒリつく感覚もない。

 これ、単に水分不足だったから声が出なかったんじゃ………。でも呼吸器を外すわけにもいかなかったのだろうし、致し方ないのかもしれない。一編には無理だものね。

 

「あーあー………いけそうですね………」

「よかった!」

「あの、お水………もっともらえませんか?」

「はい! ただいまお待ちいたします!」

 

 水の追加をビッケさんに頼むとコップを持って元気に飛んでいった。

 いやー、それにしてもよかった。一生声が出せないわけじゃなくて。身体も痛いけど起こせるようにはなったし、ようやく筋肉が呼吸を始めたって感じだ。

 まあ、それでもリハビリは必要だろうな。俺の身体が歩き方とか忘れている可能性もある。最初はよくても時間が経つにつれて動けなくなるのでは回復したとは言えないからな。そうならないためにもリハビリはしっかりと受けよう。

 

「あー……あー………。声が出せるって、それだけで喜ばしいことなんだな」

 

 この三日間のやり取りは首を縦に振るか横に振るかしか出来なかったため、思ったように伝えるのが超困難だった。一番まともにやり取りが出来ていたのが、意外にもククイ博士なんだよな………。あんな格好して変態2号の称号が俺から与えられているってのに。

 まあ、それだけ知らない仲ではないということなのだろう。と言っても指で数えられるくらいしか会ってないのだが………。それこそ、クチバでの会議がインパクトを与えているのかもしれない。自分たちの会話について来れて且つ新たな議題にされてしまうようなことを発言する非研究者ともくれば、インパクトだけは強いだろ。

 何はともあれ、カロスで偶々出逢った縁がこうして続いているのだ。ヒトカゲからの縁なのか、それよりもっと前の『親友』からの縁なのか。どれにしたって今の俺の縁はカロス地方に集中している。カロスは美しいという意味合いを持つが、人の縁がカロスに集中しているのも美しいのかもしれない。

 …………うん、何言ってんだろうな、俺は…………。声が出たことで内心超テンション爆上がりなのかもしれない。

 

「ヒキガヤさーん、入りますよー」

 

 そんなことを考えているとコンコンとノック音がして、返事をする前に白衣を着た少女が部屋に入って来た。

 名前はムーン。

 見た感じではルミルミくらいの歳の少女であるが、既に薬学研究者らしい。

 

「あー、とー………今日は何用で?」

「……………」

 

 俺が要件を尋ねると沈黙されてしまった。そして目をパチクリさせた後、ようやく口が開いていく。

 

「ゾンビってしゃべるんですね」

「おい、待て。誰がゾンビだ」

「冗談ですよ。ようやく声が出せるようになれたみたいでよかったです」

 

 ククイ博士曰く、図鑑所有者らしい。

 もう一人いるらしいが、そいつは運び屋を経営してるそうだ。

 何というか、この歳から働いてるなんてご苦労なことだよな。エックスたちにも見習わせたいものだ。

 

「あら、ムーンさん」

「ビッケさん、ヒキガヤさんの呼吸器が取れたみたいですね」

「はい! ようやくですね。あ、お水です。たっぷりありますから、どんどん水分補給してくださいね」

「あ、ありがとうございます………」

 

 ボンとベットに取り付けられている簡易机に水の入ったジョッキが置かれた。

 これを飲めとな。

 あ、あれポリタンクなのでは………?

 えっ………?

 

「ハチマン様の血中酸素濃度が正常値まで回復しましたから。本当に一時はどうなるかとヒヤヒヤしました」

「………ご心配おかけしてすみません」

「本当に何があったんですか………。ヒキガヤさんから採血した結果にわたしは驚きましたよ」

「というと?」

「何をどうしたら血中にウツロイドの毒が混ざることになるんですか!」

「あー………」

 

 やはりそう来たか。

 採血されていた時点で、こういう結果になってるんだろうとは予想していたが………。

 

「そりゃアレだ。アレがアレしてだな」

「ククイ博士からはあなたが襲撃された日から既に半年が経っていると聞いています。血中のウツロイドの毒はヒキガヤさんの身体に馴染むように溶け込み、量もまた一度や二度と刺されて毒を注入されたにしては多すぎました。それこそ、この半年間ウツロイドに取り憑かれていたかのように」

「………マジで薬学が専門なんだな」

 

 そっちに関しては最早俺は勝てないだろう。ユキノシタ姉妹はいけるのだろうか。ハルノ辺りなら何とかというところか?

 それが弱冠十二歳? 十三歳? でこれとか天才だわ。図鑑所有者という運命を引き当てたのも頷ける。

 

「大体はお前の想像通りだ。俺は襲撃されて腹と背中を刺されたんだが、ウツロイドに呑み込まれることで一命を取り留めた。そしてこのアローラ地方に来るまでずっとウツロイドに取り憑かれたままだったんだ」

「…………」

 

 想像通りの答えだったとは言え、流石に血の気の引く話だよな。

 

「ウツロイドの毒ってどんな感じなんですか!」

 

 ……………はい?

 

「……………はい?」

「ほら、気持ちいいとかゾクゾクするとか痺れるような感じとかいろいろあるじゃないですか! 

「お、おう、おう………おう?」

「ははは………」

 

 いろはすみたいに早口で捲し立てられ、逆に俺の方が血の気が引きそうである。

 何だよ、気持ちいいとかゾクゾクするとか。快楽要素なんてどこにもねぇよ。

 

「えと、取り敢えず一旦落ち着け。な?」

「いいえ! 落ち着けませんよ! こんな興奮する話! 人やポケモンの負の感情を糧に寄生し支配するウツロイドの強力な毒を体内に注入されたのに現状変化なく五体満足で生き延びている人間がいるなんて超興味深いじゃないですか!! わたし、気になります!」

 

 ………………………………。

 

「………ビッケさん。この子の頭、大丈夫ですか?」

「えと、まあ、その………『ミス・ポイズン』という異名がつくくらいの子なので…………」

 

 ………ミス・ポイズン。

 毒女ですか………。

 

「ポッ、チャマァァァ!」

「あばばばばっ!?」

 

 まさかの真実に血の気どころか意識が遠のき始めた時、彼女のモンスターボールからポケモンが飛び出し、泡を吹きかけた。

 無数のシャボン玉が目の前で弾けた時に近い状況か。一応興奮しているこの子を落ち着かせるために加減はされているようだ。

 

「くぅ〜………ポッチャマ、なにするのよ」

「ポチャポチャ、ポッチャマ!」

「落ち着け、本性丸出しでヤバい子だと思われるぞ、だってよ」

「ポッチャマ!」

「えっ?! ポッチャマの言葉が分かるんですか!?」

「いいや全くこれぽっちも。さっぱり分からんぞ。まあ、取り敢えず擬態しろ」

 

 ミウラもエビナさんの暴走に対してこんな感覚を抱いていたのかね。

 そりゃ心配して「擬態しろ」なんて言ってしまうわな。

 

「それ最早あなたの感想でしかないってことですよね。そうですかそうですか。わたし特性の健康に効く毒をそんなに飲みたいんですね」

「分かった、悪かったから勘弁してくれ。これ以上変なもん入れたら俺が死ぬ」

「………冗談ですよ………半分くらいは」

「おい」

 

 怖いよ怖い。マジ怖い。毒を愛する毒女が言うと命の危険を感じる。

 

「ハチマン!」

 

 毒女の恐ろしい冗談ともとれない冗談に悪寒を抱いていると、新たに人が入って来た。金髪で中二病患者を思わせる穴だらけの黒を基調とした服の少年、グラジオだ。

 

「声が出るようになったって聞いて急いで来たんだが………ムーンも来ていたのか」

 

 どうやらグラジオもムーンと知り合いらしい。

 

「ええ、まあ。採血結果を尋問しにね」

「え、尋問しに来てたのん?」

「そうですよ? それ以外に何があるって言うんですか?」

「逆にそれ以外の方が重要だろうが。お前は単に毒に関する知的好奇心が爆上げ状態になっているだけだ。さっさと擬態しろ」

「ムーン、お前…………」

「いいじゃない。ミス・ポイズンなんて名前まで付けられているのだから、隠す必要もないと思いますが?」

 

 この子、あれだわ。

 絶対友達少ない系だ。

 

「………オレが言うのもなんだが、友達出来ないぞ?」

 

 交流のあるグラジオですら俺と同意見らしい。

 

「あら、わたしとあなたは友達ではなかったの?」

「うっ………、分かった。オレたちの前では素でいてくれていいから、初対面や知りもしない人の前でだけは隠しててくれ」

「なら、そうするわね」

 

 おっとー?

 グラジオさん、言い負かされちゃいましたよ?

 

「………なんだろうな、この感覚。知り合いのキャラを色々と混ぜれば完成しそうだわ」

 

 ユキノの負けず嫌いなところとかエビナさんの暴走とか。

 操縦が一層難しそうだこと。

 俺はもういいや。ツンデレのんとかアホガハマとかあざといろはすとかで充分よ。あのなんか一癖も二癖もある面倒くささが可愛く思えてしまうのだから、もはや病気である。

 なるほど、恋煩いか。重症だわ。

 話を戻すとムーンという女の子は、まだよく分からないことだらけだがこちら側の七面倒な性格をしている気がする。

 

「あの、それよりビッケさんは何故ニコニコしてらっしゃるので?」

「あ、いえ、ただグラジオぼっちゃまが同年代の方といるというのが珍しいものでつい………」

「おいビッケ。悪かったから。オレだって母さんのことで一杯一杯だったんだ? その辺にしてくれ………」

 

 丸渕眼鏡の奥でくすくすと笑うビッケさんにグラジオが顔に手を当て恥ずかしがっている。

 そして、いちいち動きがザイモクザを彷彿させてくる。

 

「てか俺とはちょっと離れてね?」

「同年代というには些か離れているかもな。特にムーンとは。五、六歳は離れてるんじゃないか?」

「多分、それくらいは離れてると思う………なんだよ」

「いえ、別に。この話はグラジオが中心なのだから上がいても下がいてもおかしくないんじゃないですか?」

「………まあ、そうなんだがな。俺を同年代に加えていいものかどうか、ふと疑問に思っただけだ」

 

 言うね、この子。

 年上相手に物怖じせず、ここまで堂々と会話のキャッチボールどころかストライクを投げつけてくるとは。これだけ肝が据わっていれば、どくタイプのポケモンを入り口としてポケモン全般の知識と研究を進めていくと、次代のポケモン博士にもなれるんじゃなかろうか。

 まあ、性格がそうはさせないかもしれないが。

 

「ポチャー」

「ん? どした、ポッチャマ。って、おい…………」

 

 よじよじとベットに登ってきたポッチャマが俺の太腿の上に乗った。

 

「ポチャー」

「人の上で寛ぐなよ。遠慮ないなー、こいつ」

 

 俺とお前は初対面だよね?

 警戒心とか一切ないだろ………。

 

「な、ん、だ、と…………!」

「どうした、ムーン?」

「ポッチャマが………あのポッチャマが…………超かわいい! ロトム! ポッチャマの写真を撮るのよ!」

「おまかせロト!」

 

 あー…………。

 こいつ、もう隠しようがない程の色々と残念な奴だわ。

 

「あ、ビッケさん。おかわり注いでもらってもいいですか?」

「はい、ジョッキをお預かりしますね」

 

 相手するのも面倒なのでスルーして、ビッケさんに飲み干したジョッキに水を注いでもらうことにした。

 

「ハチマン、声が出るようになったって聞いたから、要人たちを呼んで来たぞー」

 

 ジョッキを待っている間、上半身裸に白衣を着た男がぬっと現れた。

 その後ろからはぞろぞろと人がついて来ている。

 あれ………? 秘匿案件じゃなかったのか?

 

「キミがハチマン君ですかな?」

「え、ええまあ、はい。そっすけど」

「わしはメレメレ島の島キング、ハラと申します。あの日カプ・コケコが急に雄叫びを上げたものですから、ククイ博士と急いで駆けつけてみればカプ・コケコとウツロイドが一触即発状態で、その傍にキミが倒れておりましたのでここまで運ばせてもらいました」

 

 なんと。

 この膨よかな老人もあの時駆けつけていたのか。

 というか島キングってなんぞ?

 聞いたことあるようなないような………。

 

「その節はどうも。おかけで助かりました」

 

 助けられたのは事実だし、一応礼はね。

 それよりもこの男を問い詰めないとな。

 

「で、ククイ博士。この人の量は? 俺は秘匿案件じゃなかったんですか?」

「ああ、秘匿案件だせ。ここにいるのはアローラ地方の要人ばかりだ。アローラ地方は四つの島で出来ているのは知っているだろ?」

「まあ、そこは」

「島キング、島クイーンってのはその島のトップと思ってくれていい。そして、ここにいる四人がその島キング、島クイーンってわけだ」

 

 なるほど。

 要するにアローラ地方でも最高権力者の四人ってわけか。

 となると何か考えがあるってことか。集めた四人が権力トップとなるとそれぞれの島に箝口令を発布するためとか? そうなれば、秘匿案件という話も通ることにはなるが…………果たしてそれでカバーし切れるか?

 

「そのアローラのトップ権力者を集めて何をしようというんすか? 事情を説明して各島に箝口令を発布するとかなら、カバーし切れないと思いますが?」

「別に箝口令を出すつもりはない。確かにアローラ地方はド田舎地方だし、お前のことを知っているのも少数派だろう。だけど、だからこそお前が一歩外に出れば、他地方出身のお前のことはアローラ全体に広がるだろうな」

「なら」

「まあ、そこはどうにでもカバーは出来る。覆面マスクでも被れば、アローラ中に広まろうともお前の顔を知っている者はここにいる者だけとなるだろ? それよりもだ。ハチマンの本拠地はカロス地方じゃないのか? オレはまだ外には一切情報を流してないぜ。カロスに帰るにせよ、アローラに残るにせよ、お前の意思決定が必要だからだ」

 

 なるほど、覆面か。

 人前でコスプレとか恥辱の何者でもないが、一手段として候補に入れておいて損はないな。

 それよりも何も今更なことを聞いているのだろうか。俺がカロスに帰るかどうかなんて聞かずとも分かるだろうに。

 それでも俺の言葉が必要だってことかよ。

 

「………そりゃ、帰るだろ。一緒にいたイロハが俺をあれで死んだとは判断しないはずだ。なのに、死亡発表したということは何かしらの思惑があってのことだと思う。俺はそれを知っておかなければ、どうにも動けないだろ」

「だが、お前たちを襲撃した犯人たちは半年経った今でも捕まっていない。見つかれば、色んな問題が一気に襲いかかることになるぞ?」

 

 …………ん? 半年?

 さっきもムーンが半年とか言っていたが、半年ってどういうことだ?

 そういえば、襲われてからどれくらい経ったのか聞いてもいなかったが…………はぁっ?!

 

「おい、半年ってどういうことだ! 俺は半年も破れた世界にいたっていうのか!?」

「………は? 破れた世界だと?! ハチマン、お前本当に死んでいたのか!? まさか蘇ったとでも!?」

「え………?」

「ん………?」

 

 ………………………。

 お互いがお互いの新事実に驚いて質問に質問しか飛び交っていない。

 

「ふむ、ククイ君、それにハチマン君。一旦落ち着くんですな」

「そうだな。おじさんたちも兄ちゃんも情報整理しねぇと協力のしようがねぇな」

 

 ハラさんと、もう一人初老? に近いおじさんに諭されてこの半年間? の情報交換から始めることにした。

 それにしたって半年も経ってたのかよ……………。

 



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12話

「先に言っておくとお前が襲われた時の映像が部分的にだが、野次馬たちに撮られていたようで、ネットで出回っていた。だからオレもお前の襲撃された時のことは音声なりとも確認している」

 

 お互いがお互いに漏らした新事実に言葉を失ってしまったが、まずはお互いの情報を整理していくことにした。

 そして、ククイ博士からは前置きとして俺がミアレシティで襲撃された際の映像が野次馬たちによって撮られており、それがネットに出回っているという。

 

「そうか………。俺が襲われたのはカントーでの会議からの帰還時だ。ミアレシティに着いて、飛行場から外に出てしばらくといったところか。だからイロハもプラターヌ博士もあの場にいた」

 

 それに確かユキノたちが俺が死亡したと発表しているのも知っているとか言ってたんだし、この事件を全く知らないってことはないのだろう。

 

「最初は敵意に気づいたゲッコウガが反応して、敵方のゲッコウガとバトルになったんだ。そこからだな。大衆の中から次々とポケモンが押し寄せて来て、対処しているところに背後から刃物か何かで背中を刺された。その後、イロハを狙うようにして触手が飛び出してきて、俺はイロハを突き飛ばすと腹にザックリとやられたんだ。んで、流石に死を感じて咄嗟にウツロイドを召喚したら、案の定呑み込まれて何かに引っ張られるようにして破れた世界に連れていかれたわけだ」

「………まずは計画的犯行といったところだろうな。しかもハチマンがカントーから帰ってくるタイミングを知っていた人物の犯行」

 

 まあ、そう考えるのが妥当だよな。

 でも、俺の予想が正しければ『人』以外にも関与しているはずだ。そして、そいつが俺の帰還のタイミングを流していたと言っていいだろう。

 

「概ねオレの知っている内容だな。ただ、ウツロイドに関してはまだ情報を大っぴらに公表してないからな。謎の生物に人間が呑み込まれた事件ってことになっている」

 

 あれ、まだ公表してなかったのか?

 やはり危険性が高いからか?

 情報を悪用してウルトラビーストを召喚しようとしかねない輩が出てこないとも限らない。

 

「そういうことなら、そうなるでしょうね。目の前で人間が呑み込まれるなんて珍事件でしかない。そりゃネットにも動画がアップされるわな」

 

 そして一度アップされてしまえば、削除したところで完全には消えはしない。どこかのアホがまたアップしてしまうのだろう。だから、あいつらは放置しているのかもしれない。映像を見たところで俺がウツロイドに呑み込まれて空に出来た穴に引き込まれたという事実は変わらないわけだし。

 

「やけに冷静ね」

「まあ、慣れってやつですかね」

 

 淡々と情報を整理していると、肌黒のお姉さんに驚かれてしまった。

 そんなに焦らないとダメか?

 

「なあ、兄ちゃん。おじさんの古巣にハンサムって男がいるんだけどな? そいつから忠犬ハチ公やら黒の撥号やらって名前の奴の話を聞かされたことがあるのよ。その二人の様相がどうも兄ちゃんに似てるんだわ。その辺、何か知ってたりするのかい?」

 

 おおう?

 古巣にハンサムって、まさか元国際警察の人?!

 

「………えっと、元国際警察ってことでいいんですかね」

「ああ、クチナシってんだ。よろしくな、兄ちゃん」

「………黒の撥号とやらは今のところ聞き覚えがないですね。忠犬ハチ公はカントーポケモン協会理事の懐刀でしょ」

「ほう、知ってるのか」

「そりゃ、まあ。てか、調べれば出てくるでしょうに、そっちは」

「おじさん、ネット使えないんだわ」

「マジすか………」

 

 本当に島なのね。

 てか、ククイ博士たちの方が珍しいってことなのか?

 何ならこのエーテル財団も珍しい部類に位置するのか?

 分かんねぇな、群島地方のことは。

 

「その、忠犬ハチ公って人? はどういう人なの?」

 

 横からムーンが忠犬ハチ公について尋ねてきた。それに同意するように何人かも首を縦に振っている。

 まあ、知らないよな。元国際警察のおじさんがこれなんだし。

 

「ん? ああ、ロケット団って知ってるか?」

「ええ、まあ。カントー地方を拠点に悪事を働いてきた大組織よね」

「そうそう。そのロケット団のボス、サカキが姿を消している間にポケモン協会主導でロケット残党の殲滅作戦があったんだ。んで、その殲滅作戦において暴れ回ったとされているのが、その忠犬ハチ公ってわけだ」

「へぇ、そんなにすごかったんですか?」

「いや? 実際にはそんなに暴れ回った記憶はないんだが、あちらさんがあまりにも恐怖心を抱いて絶叫するわ気絶するわで、実話に尾鰭背鰭が付いていった結果、危険人物が出来上がってしまったってだけだ」

「へぇ………詳しいんですね」

「そりゃ、本人だし」

「……………ヒドイデの毒とベトベトンの毒、どちらがお好みですか?」

「ウツロイドの毒で間に合ってるんで結構です」

 

 怖いよ怖い。超怖い。何が怖いって目に光のない笑顔で両手にヒドイデとベトベトンと思しきボールを構えて、今にも襲いかかって来そうってのがさらに怖い。

 この子、ほんとに大丈夫なのか?

 

「ポチャ?」

「お前のトレーナーは時に容赦なさそうだなー」

「ポッチャマ!」

 

 いや褒めてないから。

 というかこの子、いつまで俺の膝の上で寛ぐつもりなのだろうか。

 

「えと、つまりどういうことなのじゃ?」

 

 ポッチャマの両脇に手を入れて抱き上げムーンに返すと、初めての声が飛んできた。

 あ、なんかムーンくらいのもいるわ。あの子も権力者なのん?

 

「つまり忠犬ハチ公ってのは兄ちゃんで、ロケット団相手に暴れたってことだろ?」

「ええ、まあ」

「何でまた忠犬ハチ公なんだ?」

「何でだっけ………? 本名で動きたくないからとかで名前を隠すのに新しい名前を勝手につけられたんだったっけな。なんかそんな感じだったはずです」

「なかなかいいセンスしてんじゃないの。おじさん、好きだせ」

「ははは、そりゃどうも」

 

 ニヤリと不敵な笑みを浮かべるクチナシおじさん。俺もこのおじさん好きだわ。

 でも、おじさんに褒められてもね………。

 

「やっぱりとんでもない男だな」

「何を今更。そもそもこんな若造がカロスのポケモン協会トップとかいう時点で何かあるって分かるでしょうに」

「お前な………。恐ろしくて調べたくもないって」

「ああ、そういえばポケモンリーグはどうなったんだ?」

「それなら問題ない。ここには既に四天王が二人いらっしゃる」

「夢が叶って何よりっすね」

「ハチマンのおかげだぞ?」

「それはアンタが引き当てた運に過ぎないだろ。俺は何もしていない」

 

 カントーの理事に客人が二人いるぞって言ってやっただけだし。俺もあの時はそれどころではなかったしなー。そんな時の俺に出会したんだから、単純にこの人の運だと思う。

 

「改めて。アローラポケモンリーグ四天王が一人、ハラですぞ」

「同じくライチよ」

「………ということは残り二人は四天王にならなかったんですか?」

「おじさん、そういうの苦手だからよ。若いのに譲った」

「わしはまだ島クイーンになったばかりじゃからな。未熟なわしでは四天王など務まらん」

 

 なるほどね。

 クチナシさんとおさげの女の子は辞退したのか。

 まあ、チャンピオンや四天王ともなると超実力主義だからな。経験がなさすぎるのでは挑戦者の壁役として意味がない。となると他にもこのアローラ地方には実力者がいるということだ。

 

「ちなみにチャンピオンは?」

「まだいない状態だ」

「わしは是非ともククイ博士に務めてほしいものだがな」

「わたしもククイ博士に初代チャンピオンを就任してほしいのだけれど」

「オレは創設者で、運営側の人間だから流石にな」

 

 チャンピオンとしての実力があるのは否定しないんだな………。

 ハラさんとライチさんはククイ博士推しと………何だよ、その目は。何を期待している。

 

「…………俺は無理だからな。仮にも死人なんだろ? 流石に死人に出る幕はないだろうに」

「………だよなー。ムーンは?」

「バトルの実力はそこまでないので無理です。それに私はルザミーネさんの治療やエーテルパラダイスの手伝いをしに、アローラ地方に移住して来た身なので。それよりも運び屋さんの方が適任なのでは?」

「そっちも運び屋の仕事で忙しいからやらないってさ。こんな感じで適任者を探しては断られ続けてるんだよ」

 

 なんつー人材不足な地方なんだよ。どこ行った実力者!

 ククイ博士もポケモンリーグを創設するならそこも考えておけよって感じだ。まあ、四天王を集めるだけで一苦労だったんだろうけども。

 なら、尚更この人には創設者としての役割を果たしてもらうべきなんじゃねぇの?

 

「リーグ優勝者が四天王に挑み現チャンピオンを倒せば新チャンピオンとなるってのが通例だ。でも初代チャンピオンに関してはそれが通せない。だから、四天王を倒す奴が出てくるまで、ククイ博士が暫定チャンピオン、ゼロ代目のチャンピオンになればいいんじゃね?」

「ゼロ代目?」

「四天王に勝てば初代は決まる。だが、試合数が違うから最後にエキシビジョンマッチでもすればいいだろ。そのためのゼロ代目のチャンピオンってことにしておけば丸く収まるんじゃねーの? 知らんけど」

 

 後世のためにも不公平感は失くすに越したことはない。試合数を揃えるためには四天王を倒した後でもう一戦必要となってくる。そこを博士が務めれば丸く収まると思うんだがな。

 

「ということらしいぜ、ククイ博士」

「ククイ君」

「ハハ、こりゃ参ったぜ………。分かりました。初回はそういう演出ってことにしましょう」

 

 ハラさんと元国際警察のおじさんに促されて、渋々といった感じでゼロ代目を担う決意をした。

 

「悪知恵が働くのね」

「悪知恵というよりは逃げ道を塞いだという感じだったがな。それにしてもハチマン、やけに詳しいな」

 

 ムーンもグラジオも人聞きが悪いからやめようね。俺はただ話を聞いて提案しただけだから。

 

「一応カロスポケモン協会のトップだからな。あ、もう死んだことになってるから最早過去の話か」

「………全然そうは見えないわ」

「うっせ。自覚はあるっつの」

 

 トップの器じゃないとかイメージに全くないとか言いたいんだろ。

 そんなもん俺が一番分かってるっつの。

 

「んで? 話が大分逸れたが、破れた世界ってのはどういうことなんだ?」

「あ、ようやく話を戻すのね。てっきり忘れ去られたもんだと思ってたわ」

 

 ククイ博士がようやく脱線した車輪を戻して来た。

 こんなことでは今日中に話終えられるのだろうか心配だ。

 

「ウツロイド共々破れた世界に引き込んだのが、ダークライってポケモンだったんだよ。そいつは俺のポケモンの中でも最古参組に入る奴で、カロスでのある事件で力を失って消えていったんだ」

「ん? お前のポケモンは昔はリザードンだけだったんじゃないのか?」

「ボールに収めないと自分の仲間とは言っていけないなんてことはないでしょ」

「それはそうだが………。野生でダークライを仲間にするとか普通は考えもつかんだろ」

「俺は奴と契約したんでね。だから陰ながら俺のことを守ってくれてるんすよ」

 

 そもそも契約当時の俺はダークライというポケモンを全く知らなかったんだ。だから先入観もなければ偏見もない。しかも力に飢えていた時期だから契約もしやすかっただろう。

 後に調べてダークライの詳細を知ったが、結局は偏見混ざりの外的印象しか書かれていないイメージだった。奴らも等しくポケモンであり、感情を有する生き物だ。内面も見ろやと声を大にして言ってやりたいと思ったこともある。

 

「ダークライってシンオウ地方に言い伝えが残されているポケモンですよね。悪夢を見せるとかなんとか」

「ムーン、知ってるのか?」

「ええ、これでもシンオウ出身なので」

 

 こいつシンオウ出身だったのか。

 移住して来たとか言ってたもんな。

 

「お前、シンオウ出身だったのかよ。あー、だからポッチャマか」

 

 目が覚めてから初めて見たポケモンがアローラのイメージがないポッチャマだったからな。気にはなっていたが、一つ謎が解けたわ。

 

「ええ、それで大丈夫なんですか? その、悪夢とか………」

「………見てないな。差し出したのが俺の記憶だからか? 夢を見るのは記憶の整理をしている最中って時だから、案外的を射た契約だったのかもな」

「記憶を差し出した………?」

「まあ、色々とあるんだよ。俺たちにも」

 

 そうか、ダークライとの契約内容が俺の記憶を差し出す代わりに力を貸せってものだから、記憶を失くせば夢を見ることもなくなる。だから俺はダークライのパッシブスキルにも対処出来ていたわけだ。偶然とはいえ面白おかしい話だわ。

 

「それでまあ話を戻すと、破れた世界からすぐに元の世界に戻ったとしてもリザードンたちとは逸れて、ついて来てしまったサーナイト以外の戦力を失ってるから、唯一の戦力であるサーナイトを鍛えることにしたんだ」

 

 今頃、あいつらはどうしてるんだろうね。

 俺は死亡したことになっているみたいだから、あいつらの処遇も気になるところだ。

 

「それが戻って来てみれば半年後。しかも死亡判定。だから正直なところ、俺の予想が外れまくりで意気消沈の真っ最中だ。最初から終わってるとか手の施しようがなさすぎるだろ」

 

 そしてジュカイン。

 探そうとした矢先に俺も世界を去ったからな。しかも戻って来たら半年も経過しているとか、本当にジュカインには申し訳ないとしか言いようがない。

 あいつ、待っててくれてるのだろうか。だとするとそこも早く解決しないと………。

 

「やはりボールからポケモンを出さなくて正解だったな。何か嫌な予感はしていたんだ。それにウツロイドのこともある。下手にボールは開けられんと判断しておいてよかったぜ」

 

 他二つも開けてないとか言ってたもんな。

 クレセリアもいることは黙ってるべきか………?

 

「それにしても兄ちゃん、よく破れた世界から戻って来れたな」

「ギラティナに追い返されたんですよ。お前はまだ死んでないだろって」

「ギラティナがか? おじさんの古巣にすらそんな記載はなかったと思うんだがな………」

「あなた、何者?」

「さあな。俺は俺だ。人だろうがポケモンだろうが生きていようが死んでいようが、そこだけは変わらない」

「それ、暗に自分は人間ではありませんって言ってるようなものではないか?」

 

 痛いところを突くなよ。

 俺だって最早自分の身体が真人間なのかどうか怪しくなってるんだからさ。

 

「ウツロイドに寄生されても無事だったり、破れた世界から普通にでもないが帰って来られた人間がお前らと同じ人間だと思えるか?」

「オレからすれば、既に人間の域を超えてると認識してたからなー。今更じゃないか?」

「それはそれで腹立つな………」

 

 酷い認識だこと。

 いや、いいんだけどさ。同意を求めたのは俺なんだし。

 でもなぁ、なんだかなぁ………。

 

「………あ、そうだ。グラジオ、お前の母親がウツロイドに寄生されてどうのこうのって言ってたよな」

 

 ぐるりと集まった人の顔を見てグラジオに行きつくと、寝たきりの時に話していたことを思い出した。

 

「覚えていてくれたんだな。ああ、その通りだ。母さんはウツロイドを始めとするウルトラビーストに魅入られて、ウルトラビーストの楽園を作るも、ウツロイドに寄生されたんだ。一応ウツロイドからは解放されたんだが、昏睡状態のままが続き、妹がカントー地方のマサキという男のところへ連れて行った、というのが事の流れだ」

 

 ああ、なんか聞いたことあるわ。ウルトラビーストの楽園って表現。

 楽園というより魔境でしょ。

 それでウツロイドに寄生されて昏睡状態ままってか。まさに因果応報じゃねぇか。

 

「妹のリーリエからは未だ良い返事は返って来ていない。だから母さんと同じ状態であったのに、意識をはっきりとさせた状態で目覚めたハチマンに話を聞きたいんだ」

 

 まあ、あの人から直接聞いた話では偶然そうなってしまったらしいからな。けど、あの人の場合はガッチャンコした手順を逆に踏んで元に戻れたみたいだし、今回のケースではあの人にも難しいのだろう。

 

「なるほど、何となく状況は理解した。マサキって男の例と今回のケースは方法が異なる。だから、あの人にも解決は難しいのだろう」

「マサキという男を知っているのか?」

「まあな。昔、あの人からデボンコーポレーション製のポケナビをもらってから、知らない仲ではなくなった」

 

 最初は胡散臭さが際立っていたけど、割といい人だったんだよな。ポケナビのマップにはお世話になりました。

 

「ハチマン、そういうところあるよな」

「偶々だ、偶々」

 

 そういうアンタとの出会いも偶々でしょうに。

 ……………あ、そういえばあの時の相方さんは?

 今日は呼んでないんだな。

 

「話を戻すと、今回のケースはウツロイドが鍵となる。ククイ博士、ウツロイドの詳しい情報って今出せたりします?」

「ああ、ちょっと待ってくれよ。…………と、これだな」

 

 持ち合わせていたタブレットを操作して、ウツロイドに関してまとめた記事を出してくれた。

 そこに書かれているのはいつぞやの会議の時の内容と同じようなことである。

 

「グラジオ、お前の母親はウツロイドに寄生されてから自我を保っていたか?」

「それに関してはわたしが答えるわ」

 

 え………?

 何故にムーン?

 

「わたしはルザミーネさんがウツロイドに寄生される瞬間に立ち会いました。正直、その時のルザミーネさんは既におかしくなっていたので、ウツロイドに寄生されてからも自我を保っていたと表現してもいいのか怪しいところです。ただ、会話は成り立っていました」

 

 …………最初から精神障害を患っていたってことか?

 そんな人がウツロイドに寄生されたら…………うん、ヤバいとしか言いようがないな。それにムーンの言う通り、自我を保っているのか判断も難しいか。

 

「…………ん? 場所は?」

「ウルトラメガロポリスです」

「え、どこよ、それ。なんか聞いたことがあるような気もしないこともないんだが………」

「ウルトラホールの先にあるあちら側の世界だ。あちら側の人間も住んでいる」

 

 あ、うん、なんか思い出して来たわ。あちら側に人間がいるとか何とか言ってたような気もする。

 …………となると、そこはグラジオの母親ーールザミーネさんとやらも行くことが出来た場所ってことか。

 

「今も行き来は出来るのか?」

「ソルガレオやルナアーラにお願いすればいけるぞ」

「………兄ちゃん、もしかしてウルトラメガロポリスに行こうって言うのかい?」

「いや、行きませんよ。ただ、俺はこっちでウツロイドに寄生されたから、ルザミーネさんとやらとの違いの一つではあるなと」

「ハチマン君とルザミーネさんとの違いですか………」

「あ、あとウツロイドの形状が変わりました! メノクラゲがドククラゲに進化したみたいな! あんな感じに!」

 

 形状の変化か。しかもメノクラゲからドククラゲというと…………一つ俺にも心当たりがあるな。

 強化版ウツロイドというか、俺もウツロイドの身体が大きくなったのは覚えている。

 それにしても的確な表現だな。メノクラゲからドククラゲに進化って。

 

「俺もあるぞ、それは。ただ、それはウツロイドが俺に寄生した状態での戦闘態勢だと思っていたが………」

「ルザミーネさんもその姿になると攻撃してくるようになりました」

「となると、そこは同じみたいだな。あとは寄生主の精神状態に左右されるってところか」

「………ウルトラルザミーネ………………ウルトラハチマン?」

「おい、待てムーン。それ以上は言うなよ。略したりした時にはその口に詰め物するからな」

 

 やめろくださいお願いします。

 マジでその先を言ったら、ヒトデマンみたいな声を出さないといけなくなるから。

 

「その状態で言われてもねぇ………」

「そう言うのならポッチャマをどうにかしてくれ」

 

 本当にこの子何なんでしょうね。

 さっきから人の膝で寛ぐわ飽きたら俺の頭に登ろうとするわ登ったら登ったで超首が痛いわ。

 

「いいじゃないですか。あなたのことが気に入ったみたいですよ?」

「去年のことを思い出すからマジでやめさせてくれ………」

 

 ケロマツさんを思い出すからね。

 マジでこの子取って………。

 

「…………はぁ、仕方ないですね。ポッチャマ、こっちにおいで。そのお兄さんは鬼いさんだから」

 

 そう言うとポッチャマを抱き上げるムーン。

 あなた一言多いのよ、さっきから。何ノシタさんなの?

 

「ねぇ、ちょっとムーンさん? 今何かおかしなこと言わなかったか?」

「いいえ、別に。特におかしなことを言ったつもりはありませんよ?」

 

 うー、首痛ぇ………。

 軽くなったけど、超痛い。新たな怪我扱いとかにならない?

 ならないよな。

 はあ、まあいいや。

 話をまとめると、結局俺とルザミーネさんを比較したところでこれだというものは未だ出てきていないな。

 

「………となると、やはり考えられるのはウツロイドの毒だろうな。俺は刺された痛覚を麻痺させるためにウツロイドに毒を注入されていた。だけど、今ではこの通りだ。下半身はまだ回復していないが、動かないわけではない」

「色々と驚愕する内容だけれど、ウツロイドの毒が麻酔になったということですね」

「ああ」

「そして今は麻酔切れの時期だと」

「そういうことだろうな」

「では、ルザミーネさんの場合の説明は?」

「麻酔目的ではないから過量の毒を服毒したというのが無難な説明じゃないか?」

 

 でなければ昏睡状態に至る説明がつかない。

 俺が普通の人間ではないとか言われたら説明もクソもなくなるから、そこは指摘するなよ。

 

「ということはルザミーネさんの体内からウツロイドの毒を抜き切れば回復する可能性はあるということですね」

 

 淡々と話をまとめていくムーン。

 この子、大人を差し置いて話の主導権取っちゃってるよ。ちょっと大物過ぎない? 島キングとか島クイーンの威厳って大丈夫なのん?

 

「可能性の一つではある。毒を抜くだけなら危険性はないはずだ」

「そうですね。毒を『抜く』だけならば」

「………何か含みのある言い方だな」

 

 妙に『抜く』という単語を強調したムーンに、グラジオが訝しんでいる。

 これ、誰も話について来れてなかったりしない?

 特に小さい島クイーンとか。

 

「毒を抜くにしてもその毒の成分が分からなければ話にならないわ」

「そういうことだ。そこで出番なのがミス・ポイズンだろ?」

「言うと思いました。あなたもそんな提案をするということは協力してくれるということですよね?」

「ウツロイドの了解が得られれば毒の提供くらいならな」

 

 いい笑顔だこと。

 これ絶対心の中で断ったらヒドイデの毒とベトベトンの毒の合わせ盛りだからなって言ってるだろ。

 その歳でそんな脅し方を覚えるのは教育によくないと思うぞ!

 

「分かりました。毒の分析と抜く方法はこちらで検討しますので、それでお願いします」

 

 本当にこの子の将来が楽しみだわ。

 絶対大物になるだろ。

 

「ええと………ハチマンもムーンも協力してくれるということでいいのか?」

「「微力ながら」」

 

 おい、そこで被せるなよ。

 さっきからククイ博士の笑顔が気持ち悪いんだよ。なんか一人だけニヤついてんの。ウザイ博士に改名してしまえ!

 

「恩に着る!」

 

 グラジオ(と視界の端で待機しながら話を聞いていたビッケさん)だけは涙ながらに頭を下げてくれた。

 こうまでされては俺もウツロイドとちゃんと交渉しないとな。



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13話

 酸素マスクも外れ、歩行リハビリを始めて三日目。

 アローラ地方に来て一週間が経とうとしている今日この頃。

 未だに俺が社会的に死亡したなんて納得出来ないでいる。

 ククイ博士の話では、ミアレシティで襲撃されてから約一ヶ月後にヒキガヤハチマンの死亡が発表されたらしい。死亡の会見にはハルノとカルネさんが出席していたんだとか。その会見で、俺が消える前に腹と背中の二箇所を刺されていた事、謎の生物に取り込まれた事、そして空の裂け目に連れ去られ探しにも行けない事を踏まえて推定で死亡しているだろうという結果が出されたそうだ。

 だが、こうして俺はピンピンとまではいかなくとも普通に生きている。それはあいつらも予想出来ているはずなのに、一ヶ月後には死亡発表というのは、どうにも裏があるように思えて仕方がない。

 

「ヒキガヤさん、ウツロイドの毒をもらいに来ましたよーって、何してるんですか?」

「見りゃ分かるだろ。歩く練習だ。こちとら半年振りの歩行に難儀してるんだよ」

 

 VIPルームばりの広い部屋でフルフルと脚をふらつかせながら歩き回っていると、ムーンがやって来た。

 そして開口一番がこれ。

 ルミルミと同年代の女の子からのこの雑な扱いよ。

 最早俺終わってないか?

 一応病人って扱いなんじゃねぇのかよ。

 

「ふぅ………んで? ウツロイドの毒だったか?」

「はい」

 

 ベットまで戻り腰掛けると、ムーンに用件を確認する。

 三日前に決めた方針を早速行動に移しているムーンは流石だと思う。研究者としての知的探究心もあるのだろうが、あの日集まった者の中で最年少のムーンが一番働いているって不思議な話だよな。

 

「出てこい、ウツロイド」

「しゅるるるー」

 

 ククイ博士から返されたボールの一つからウツロイドを呼び出した。毒の提供に関しては特に抵抗する素振りも見せず、あっさりと用意してくれたため、ムーンの方も毒の分析が捗っているようだ。

 

「つか、もう無くなったのか?」

「ええ、まあ。分析にというよりは抜き取るための薬を作るのに必要なんです」

「まあ、毒に効果のない薬を作っても意味ないからな」

 

 三日で分析が終わったのかね。

 伊達にミス・ポイズンなんて呼ばれてないってわけか。その内新発見とかいって論文を出したらポケモン博士とかになってそうな勢いだわ。

 

「………やっぱりわたしの知るウツロイドとは違いますよね」

 

 ボールから出てきて俺の後ろから抱きついているウツロイドを見て、ムーンが遠い目をしている。

 一体ウツロイドと何があったんだよ。ルザミーネさんを思い出したとかか?

 

「参考にどんな感じのだったんだ?」

「わたしも半年くらいウルトラホールの先の世界で足止めを食らいまして………。その時に現れたウツロイドたちは攻撃こそして来ないんですが、何故かベタベタと引っ付いて来ては服を溶かされたんです」

「………服を溶かされたことはないな。というか危害は特にない。むしろ救われたまである」

「それに、そんな女の子のような仕草を見せることなんて全くありませんでした」

 

 すりすりと身体を擦り付けてくるウツロイドは、確かに珍しいだろうな。そもそもウルトラビーストが人に懐くというのが珍しい光景らしい。ルザミーネさんは対ウルトラビースト用のボールを作って、そのボールで捕獲することで言うことを聞かせることに成功してたみたいだが………うちのはハイパーボールなんだよなぁ。しかも自分から入るという謎行為付きの。

 

「慣れると可愛いもんだぞ。結局のところウルトラビーストは知らない土地に急に飛ばされて、それに驚いて暴れ回るって話なんだから、そこさえなければ共存することも可能なんじゃねぇの。知らんけど」

 

 この懐き方は異常だけども。

 最早サーナイト並み。

 

「サナ!」

 

 そんなことを思っていたら、モンスターボールからサーナイトが勝手に出てきた。

 一応回復はしたものの、俺が退院するまではバトル禁止とされている。

 

「どしたよ、サーナイト」

「サナサナ!」

「はいはい」

 

 どうやら俺に擦り付いているウツロイドに嫉妬したみたいだ。自分も撫でろと。甘え上手だこと。

 

「サナ〜」

「しゅるる〜」

 

 いや君ら引っ付きすぎでしょ。サンドイッチ状態になってるから………。

 

「この懐き方は異常だと思う」

「それには同感だ」

「ポッチャ、ポッチャ………ポッチャマ!」

「ぐぇ?! ちょ、おま、いきなりは反則だろ!」

 

 俺が動けないのをいいことにムーンのポッチャマが俺の頭に飛び乗って来た。

 首折れるかと思った。

 どうしてみずタイプのポケモンは俺の頭に乗りたがるんだよ。首が折れるからマジ勘弁してほしい。

 

「あらあら、ポッチャマもすっかり懐いたみたいですね」

 

 これは懐いたというより、いい奴隷を手に入れたという感じだろう。出会った当初のゲッコウガもケロマツの姿ではこんな感じだったし。

 

「しゅるるる」

「サナ」

 

 フンスと俺の頭の上を陣取ったポッチャマをサーナイトとウツロイドが手際良く退出させていく。

 いつの間にこんな息のあったコンビネーションが取れるようになったのだろうか。

 

「ポチャ?!」

 

 突然浮いた身体に驚いたポッチャマがその場で手足をじたばたと動かしているが、空を切ることしかない。

 そこへムーンの手が伸びポッチャマは回収されていった。

 

「どうやら今はサーナイトたちの時間だから無理そうよ、ポッチャマ」

「ポチャ………」

 

 そこまで落ち込むことなのか………?

 そんなに熱を入れられたんじゃ、逆に居た堪れなくなるだろうが。

 俺の頭ってそんなに居心地いいのかよ。

 

「おい、待てって!」

「ああっ?! うっせぇな! 確かめるだけだろうがっ!」

 

 何やら外が騒がしくなってきた。来客だろうか。

 ムーンの方を見ると彼女も心当たりがないらしく、首を傾げている。

 

「邪魔するぜぇ!」

「邪魔するなら帰れ」

「アアッ!!」

 

 ふぇぇ、なんか見るからにチンピラな奴が入って来たんだけど………。

 誰よ、こいつ。この前集まった中にいなかったじゃねぇか。秘匿案件じゃなかったのかよ!

 

「テメェがクソ島キングやククイから分厚い待遇受けてる奴だなァ?」

 

 白髪………銀髪じゃないよな…………え、リアル第一位さん?

 それにしては体躯がいいぞ………?

 

「グズマ………あなた何しに来たのよ」

「あん? テメェには関係ねぇだろうが」

「おい、グズマ。せめて声のトーンを下げろ」

「グラジオ、どういうことか説明して」

「あ、ああ。と言っても………オレもグズマが急にエーテルパラダイスに乗り込んで来たから何が何やらって状況でな」

 

 えー………。

 結局、コイツなんなの?

 チンピラがここまでたどり着けちゃうって警備甘々過ぎない?

 

「………またハラさんとケンカでもしたんでしょ」

「ハッ、あのクソ島キングがぐたぐた硬っ苦しいことばかり言いやがるのが悪ィんだよ」

 

 ハラさん………はあの膨よかな島キングか。

 あの人の関係者ってことか?

 いやでもそれはそれでハラさんに情報の大切さを注意しなくてはいけなくなるのでは?

 

「それで? なんて言われたの?」

「………オレ様を楽しませてくれる外の世界を知る男がいるから会ってこい、だとよ」

「「なるほど」」

 

 え、なんで二人ともそれで納得しちゃうわけ?

 マジでどゆこと?

 というかコイツ何者?

 

「それがこんなひょろっとした男だとはな。がっかりだぜ」

 

 えぇ………、なんか突然来たかと思ったらがっかりされてるんですけど。俺はどうしたらいいんですかね。

 寝る? 寝るか。

 

「よし、おやすみ」

 

 三人で会話が成り立っているようなので、いそいそとベットに潜り込み布団を被った。

 

「………そこで寝るという選択肢を選べるあなたの肝の座り方に驚きよ」

「や、だって俺関係なさそうだし」

「グズマはあなたに用があって来たのよ」

「ポチャー」

「えぇ………」

 

 やだよ、こんなチンピラ。

 どう転んだって面倒なことになるだけじゃん。それなら最初から関わらない方が全てを無しに出来て万々歳じゃないか。

 それとポッチャマ。お前に文句を言われる筋合いはないぞ。

 

「つか、何故ウツロイドがここにいやがる………!」

「彼のポケモンだからよ」

「ハァ? 冗談もそこそこにしとけよ」

「嘘じゃないわ。ほら」

 

 チンピラさんが来てからサーナイトと一緒に俺の後ろに下がったウツロイドを見て、チンピラさんが指摘してきた。

 それに呼応するようにウツロイドは、布団から上半身だけ出して起き上がった俺に抱きついて……というか巻きついてきている。

 

「な、ん、だ、と…………っ!?」

 

 それには流石のチンピラさんも言葉を失っている。

 まあ、そうだよな。ウツロイドを見て逃げないだけ凄いと思うわ。もしかするとウツロイドないしはウルトラビーストに会ったことがあるのかもしれない。それならばムーンたちと同反応であっても何らおかしなことでもあるまい。

 

「テメェ、オレ様と今すぐバトルしやがれ!」

「断る。俺病人」

 

 いきなり来てバトルをしろとか。

 一応ドクターストップかかってるんですけどねー。そこんとこどうするんだろうか。

 

「そうよ、グズマ。彼はまだ回復してないのだから、バトルなんて無理よ」

「ハッ、外の世界ってのはそんな生温いところなのかよ。アローラよりもひ弱過ぎるじゃねぇか。あのクソ島キング。何がオレ様を楽しませてくれるだ。一発ぶん殴ってやる」

 

 何ともまあ好戦的だこと。

 そんなに強い奴とバトルしないならハラさんとかに頼めばいいのに。

 

「アローラにも強い奴はいるんじゃないのか?」

「ハァ? ンなわけねぇだろうが。それならオレ様のことを既に楽しませてくれてる」

「………グラジオとかじゃダメなのか?」

「オレ様はガキには興味ねぇんだよ!」

 

 何とも面倒な男だな。

 さっさと帰ってくれないかなー。

 

「俺もお前に興味ないんだけど」

「………ハッ、腰抜けか。がっかりだぜ」

「何とでも言えばいいさ。俺はドクターストップをかけられている身だ。それを無理強いさせて症状を悪化させた場合、お前は責任取れるのか?」

「………だったら、退院日を教えろ。退院早々ハッ倒してやる!」

「グラジオ、そこは任せた」

「あ、ああ………」

 

 俺から丸投げされたグラジオは未だに様子を伺っているようだ。そんなに予測不能な男なのか、このカスマってのは。

 

「まさかあのグズマを引かせるとは………。あなた実はもの凄い人なのでは?」

「いや、逆にそんなに警戒心強く持たれてるクズマの方がヤベェ奴だろ」

「そうだったわ。ヒキガヤさんはグズマのことを知らないのよね。彼がどういう男か」

「ハッ、オレ様は帰るぜ。次顔を見せる時はテメェを倒す時だ!」

 

 ムーンが男の過去を語ろうとすると、捨て台詞を吐いてさっさと出て行ってしまった。

 え、なに?

 そんなに都合の悪いことがあったのん?

 

「うおっ?! グ、グズマ!? お前、何でこんなところに!」

 

 部屋の外から何やら聞き覚えのある声がグズマと鉢合わせたようだ。ほんと、あいつ何やらかしたんだよ。

 

「………ククイ博士ですね」

「みたいだな」

 

 しばらく扉の方を見ていると話し声が収まり扉が開かれた。

 

「ったく、ハラさんもグズマを寄越してくるとは………。すまんな、ハチマン。変なのが現れて」

 

 いや、うん、不審者ではあったけどさ………一応知ってる仲なんだろ? ボロカスに言われすぎじゃね?

 

「それはまあ別に………。それよりあいつ、何やらかしたんすか」

「あいつは、グズマは元々ハラさんのところで修行してた身なんだ。ただ、古い風習やしきたりをとにかく嫌がり、島巡りも半端に終わっちまってな。そうなるとこの群島地方ではポケモントレーナーになっても島巡りを投げ出した半端者という目で見られる節があって、まあ一言で言ってグレたんだ」

 

 群島地方、というか外部との接点が乏しい地域における問題だな。昔からの風習に沿わない者は弾かれる。皆がやるのだからそうするべきだ精神が根強く、異議を唱えるための外部の情報も入ってこないとなると、嫌になるのも分かる。特にスクールの頃から割と好き勝手にやってきている俺にとっては締め付けがキツ過ぎる。そんなもんに従うくらいなら出ていってやる、とか言い出しそう。

 グズマもそのルートに立っていたってわけだ。

 

「そんな奴はグズマ以外にもそれなりにいてな。特に今の若者にとっては沿わないみたいだ。グズマはそういう奴らを仲間にしてスカル団っていうあぶれ者組織を作ったんだよ」

 

 ああ、そういう感じね。

 グズマは外に出るのではなく、自分と同じような奴の拠り所になったってのか。俺にはない発想だな。

 

「やってることはいちゃもんつけたり、嫌がらせしたりというチンピラ集団だったらしいですけどね」

「だったってことは今は?」

「解散しました。ルザミーネさんの件の後に」

「ルザミーネさんの件というと、ウルトラ楽園の件か?」

「お前、そういう覚え方してたのか………」

「くくっ、ウルトラ楽園………」

「ポチャ?」

 

 博士は呆れたように、ムーンはなんかツボったのか笑いを堪えている。

 未だにこの少女のことは理解出来ん。博識かと思えば毒女で、子供かと思えば大人より冷静で、妙なところでツボに入る変わった子である。

 

「グズマはあぶれ者にとっては唯一島キングに刃向かった存在で、輝いて見えたんだろうな。島巡りを投げ出したとは言えトレーナーとしての実力は高い。カリスマ性が充分にあったんだ」

「それでスカル団を率いるまでに至ったと」

「ああ」

 

 それが何で俺のところに来るんだ?

 さっぱり分からん。

 

「だが、ウルトラビーストに魅了されたルザミーネさんにたぶらかされてな。オレたちの敵側になっちまって、まあグズマにも色々あって事件終息後にスカル団を解散したってわけだ」

「ハラさんたちも流石に責任を感じたみたいでね。グズマとはもう一度話し合うようにはなったんだけど………」

「今度はあの二人の喧嘩が度々あってな。ハラさんの孫のハウには気に入られているってところがまた面白いと思わないか?」

 

 尚更分からん。

 態々エーテルパラダイスまでバトルしに来るとか、しかもハラさんに言われたから来たってことだろ?

 実は仲良いんじゃねぇの……?

 

「うん、取り敢えずどっちもどっちな阿呆というのは分かったわ。喧嘩で言われたことを実行するとか、実は仲良いだろ」

「ハッハッハッ! それはオレも見てて思ったさ。ハラさんは何かとグズマのことを気にかけているし、グズマはグズマで対ハラさんって感情が強い。反発し合っているが、あの二人にはそれが上手い付き合い方なのかもしれないぞ」

「うわ、超どうでもいい。んなもんに俺を巻き込むなよ」

 

 喧嘩するほどなんたらとか夫婦喧嘩はなんたらとか、そんな言葉がお似合いな二人の話に、俺を巻き込むのはどうかと思うぞ。せめてこの地方の人間にしといてくれよ。巻き込まれた方は堪ったもんじゃない。

 

「あ、で、ムーン。ウツロイドの毒いるんだろ?」

「え? あ、はい、いただきます」

「ウツロイド」

「しゅるるー」

 

 話を変えるためにもムーンの当初の目的を遂行することにする。

 今の今まで俺の背中に張り付いていたウツロイドに頼むと、ムーンが持ってきていた大量の試験管に紫色の液体を注いでいく。

 

「それで、ククイ博士は何用で?」

「ん? ああ、毎日恒例の見舞いだ」

「クソ暇なんすね」

 

 ほんと飽きもせず毎日来てるよね。

 ここって四大島から離れている人工島だよな?

 そんなところに毎日毎日通うって、暇人でなければ何だと言うのだろうか。

 

「そういうわけでもないが、ハチマンだからな。社会的死人を匿ってるなんてことが知れ渡ったら、オレもお前も面倒なことになりかねん。だからこうして毎日エーテルパラダイスに通ってるってわけだ」

「そりゃまたご迷惑をかけますね」

「いいさ、乗りかかった船だからな」

 

 その割に毎日毎日嫁の話をしていくよな。

 ただの嫁自慢話だぞ。

 聞いたところでっていうね。

 

「………ムーンは図鑑所有者なんだよな?」

「ああ」

「俺の知る中で、ムーンは歴代の図鑑所有者の中でも貴重な逸材だと思う」

「そうなのか?」

「ああ。バトルのセンスは見てないから何とも言えないが、この歳で偏ってはいるものの知識は豊富で、並のトレーナーが出来ないような経験をしている。これは他の図鑑所有者にも言えることではあるが、それを抜きにしても頭の回転の速さはトップレベルだと思う」

 

 ガラル地方に旅立ったコマチよりも歳下だとは思えない言動。

 今取り組んでいる解毒薬の開発なんて、俺でも無理だ。頭脳面は天才と言っても過言ではないだろう。

 

「………あの、本人がいる目の前でそういう話するの、やめてください。恥ずかしい………」

 

 すると、頬を赤く染めたムーン目線を合わせず抗議してきた。

 ミス・ポイズンと言えど、褒められるのは慣れてないのかね。

 

「すまんすまん。ただ、ムーンの価値をちゃんと理解しておいてほしいと思っただけなんだ」

「………それは、その………ありがとうございます…………。でもやっぱり恥ずかしいのでやめてください………」

「おう。この話はもうしないようにする」

 

 背中を刺されたり腹を刺されたりして、ギラティナとバトルしたりして流れ着いた偶然の出会いではあるものの。

 この類稀な才能を持つ少女に出会えたことは感謝してもいい。奴らを許す気は毛頭ないが、それくらい貴重な発見だったと思う。

 

「ここまでハチマンがムーンを評価するとはな」

「人を見る目は確かだ、なんてことは言う気はないが、なんか楽しみなんだ。ムーンの将来が」

 

 別にポケモン博士になれとは言わないし、決めつける気もない。ムーンの人生はムーンのものだ。俺がとやかく言えることではない。ただ、将来的にポケモン博士並みの知識量や功績をあげていたら面白いと思っただけである。

 

「ありがとう、ウツロイド。それじゃわたしは実験の方に戻ります」

「おう、無理はするなよ」

「しゅるるー」

 

 ウツロイドから毒をもらい終わったのか、キュッキュッと試験管を封し、部屋からそそくさと出て行った。

 

「そういえば歳下キラーだったな」

「お兄ちゃんスキルがオートで発動してるだけじゃねぇの。俺にそういう趣味はない」

 

 断じてない。………ないよな?



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14話

「………………」

「………………」

 

 えっと………。

 これはどういう状況なんでしょうか…………?

 クズマだかカスマだか知らないが、白髪の男が俺の病室に乗り込んで来た翌日。

 クチナシさんが見舞いにやってきた。

 それはいいのだが、何故かずっと無言なのはどうしてなのだろうか。

 

「あの、クチナシさん………?」

「………なあ、兄ちゃん。窓のところにあるそれは何だい?」

「窓………?」

 

 言われて窓の方を見ると、何か黒い腕輪のようなものがポツンと置かれていた。

 誰かの忘れ物か?

 いや、でもそっちには誰も言ってないはずだし…………。

 

「何ですかね」

 

 見覚えがないこともないような気がする。誰かあんなやつを身につけていたはず。誰だっけ………。

 

「Zリングだよ」

「……ああ。コマチがもらったって言ってたな。あれ? でもあんな黒かったっけ?」

 

 カビゴンのZ技しか使えないが俺たちの中で一早くZ技を習得したのはコマチである。

 メガシンカと伝説のポケモンを仲間にしたユキノとイロハや突出したパワーを持つメガルカリオに変えるユイに負けじと、偶然出会った人にもらったという。そのパワーは凄まじく、またあのカビゴンが立ち上がって高速で突進していく様は何とも恐ろしい光景だ。

 

「パワーアップ版だ。おじさんたちが作るZリングをカプたちがパワーアップさせることがあるんだ。気まぐれにな」

 

 クチナシさんはそのパワーアップ版だと言っている。

 何がどうパワーアップしているのだろうか。取り敢えず、色が黒になったのは分かるが……。

 

「恐らく誰かの忘れ物ってわけじゃないだろうな」

「というと?」

「カプたちは気まぐれでな。特に兄ちゃんが出会ったカプ・コケコは気に入った奴にバトルを申し込んだり、Zクリスタルを与えたりした過去があるのよ。今回もそっちの線が濃厚だと思うぜ」

「割と人に干渉したがるんですね」

「カプ・コケコは好戦的だからな。バトルをするためにZリングを与えたという線も考えられる」

 

 ウツロイドと対峙してたらしいカプ・コケコが? 俺に?

 ほんと意味が分からん。とごにバトルをしたがる要素があったのだろうか。ウツロイドを連れたトレーナーだからか?

 

「ちなみにおじさんとこのカプ・ブルルは物臭でな。敵と見做さない限り、早々人前には出て来ねぇぜ」

「そっちの方が気が合いそうですね」

「分かる。分かるぜ、その気持ち。おじさんもカプ・ブルルが相手で気楽だよ」

「いいんすか、そんなんで。一応、島キングでしょ」

「いいのいいの。ウラウラ島にゃそんなに人はやって来ねぇ。来てもホクラニ天文台とかの島の半分もない一部だけだ。だからそいつらが来たらアセロラに任せておけばどうにかなる。本当に必要な時だけオレやカプ・ブルルが働けばいいのさ」

「そりゃ気楽ですね。羨ましい」

 

 カロスでは自分で選んだ道とは言え、毎日働いていたからな。それを思うとクチナシさんの生活は理想的とも言える。

 ただまあ、あんだけ一緒にいるようになったユキノたちがいないのはやっぱり寂しいものがある。理想的で羨ましいが、あいつらがいないんじゃな………。今の俺にはちょっと耐え難い要素が欠けているのは致命的だ。

 ただ、カロスに戻ったところで俺の居場所はあるのだろうか。一応は戻るつもりだが、死人扱いになっているらしい俺がカロスに戻っては混乱を生み出すだろう。そうなると非難はあいつらにも及ぶことになる。

 真意を確かめたいが、混乱を生み出すようでは動きようがないな。変装、したりするしかないのかね……………。

 

「それで、どうするよ兄ちゃん。そのZリング」

「まあ、くれたってんならもらっとくしかないでしょ。どうせこれでバトルしろってことなんだろうし」

「ならZ技をマスターしなきゃな」

「そうっすね。………あの変なポーズを覚えなきゃならないのか」

「変なとは兄ちゃんも言うね」

「いや、あれをバトル中にやるっていうのもね」

「ちなみにおじさんが賜ったあくタイプのZ技はこんな感じだぜ」

 

 そういうと、クチナシさんは両腕をクロスさせたかと思うと開きながら円を描いて下ろしていき、肩くらいまで両腕を上げたかと思うと一気に地面近くまで前屈みになり、そして万歳した。

 

「………俺の知ってるZ技はカビゴンのくらいですからね。他もあんなものなのかと辟易してましたが、あくタイプならまだマシかな」

「きししっ、そう言ってくれるだけでもおじさんは嬉しいぜ」

 

 脱力系おじさんにはぴったりなポーズって感じだ。

 これなら俺も抵抗少なくやれそうだわ。

 

「他のZ技はククイ博士に聞いてみるといい。その気になりゃ、兄ちゃんなら島巡りも完遂できると思うからよ」

「考えておきます。ただ、このZリングの趣旨くらいには応えておこうかと」

「そうだな。カプさんを怒らせるとどうなるか分かったもんじゃねぇ」

 

 守り神の割に気まぐれってどうなのよ。

 それとも神ってのはそんなもんなのか?

 …………そんなもんか。ギラティナさんも意図が伝わりにくいし、ディアルガやパルキア、それにアルセウスとかもそんな感じなのかもしれない。会ったことないから何とも言えないが。

 

「ハチマン、見舞いに来たぜ! って、クチナシさん。珍しいですね」

「おう、ククイ博士。兄ちゃんの見舞いかい?」

「ええ」

 

 カプ神の取り扱いを面倒に思っていると部屋の扉が開かれた。入ってきたのはククイ博士。毎日通う見舞いの常連さん。暇なんだろうか………?

 

「その人毎日来てる暇人ですよ」

「マメだねぇ」

「グラジオたちだけに負担をかけるわけにいきませんから」

「あー、ならよ。兄ちゃんにZ技について教えてやってくんねぇか? なんかオレが来た時にゃ、Zリングが置かれてたんだわ」

 

 くいくいと俺の手元にあるZリングを指すクチナシさん。

 

「Zリングが?! しかもパワーリングの方………。なんでまたハチマンに………」

「恐らくカプ・コケコだろうさ。兄ちゃんが倒れてた時に、奴さんもいたんだろう?」

「ええ、まあ」

「カプたちの考えることは分からねぇが、兄ちゃんの力を試したいと感じたんじゃねぇの?」

「なるほど。分かりました。ハチマンに一通り伝授しておきます」

「頼むぜ。なら、兄ちゃん。そういうことだ。おじさん帰るわ」

「うす。お気をつけて」

「あ、そうだ。これやるよ」

「おっとと」

 

 急に振り返ったクチナシが何かを投げてきた。とても小さいため何かを認識できぬまま、慌てて受け取った。

 

「それ、おじさん使わないんだわ。黒いのが欲しかったらまたオレのとこに来な」

 

 手の中にあったのは濃いピンク色のZクリスタル………?

 

「Zクリスタル………だよな?」

「それはエスパーZだな」

「エスパーZか。………サーナイトと習得しろってことですかね」

 

 閉まった扉の奥でサンダルを鳴らしながら歩いているだろうクチナシを思い浮かべた。

 

「だろうな。多くを語るような人ではないが、よく周りを見てる人だ。サーナイトとも相性のいいエスパーZから習得してみろってことじゃないか?」

 

 確かにそんな気がする。

 あの人は細かいことを気にはしないが、考えてないわけではない。

 何ならしれっと動いているタイプだろう。

 

「さっきはあくタイプのポーズを見せてくれたのに、渡されるのはエスパータイプのってどうなの………?」

「ハハハ、クチナシさんも待ってるんじゃないか? お前が挑戦してくるのを」

「待たれてもねぇ…………」

 

 あの人、実は密かに楽しみにしてる、のか?

 バトルとかすら面倒いの一言で片付けてしまいそうなんだが………、そこはやはりトレーナーの性という奴なのだろうか。

 

「んで? やるんだろ?」

「そうっすね。単にこうしてリハビリしてるのもつまんないですし、サーナイトにも身体を動かしてもらわないと。それに………」

「グズマか?」

「ええ、どうせ待ち伏せてるだろうし、バトルのリハビリ相手には丁度いいでしょ」

「あいつが聞いたら喚くだろうな………」

 

 それは知ったことではない。

 喧嘩を吹っかけてきたのはあっちからなんだ。それも一方的に。俺はそれを受けて立ってやろうって言うのだから感謝してもらいたいくらいだわ。

 そもそも喧嘩を吹っかけてくるんだから、実力もあるってことだよな?

 ………期待外れ感は満載だけども知ったこっちゃない。

 

「んじゃ、まずはZ技のおさらいからいくか」

「うす」

 

 まあ、そこにZ技を組み込んだらマジで発狂しそうだけども、習得出来るのかね。

 

「メガシンカがポケモンの強化する現象とするなら、Z技は技の強化する現象。放つ技のタイプに対応したZクリスタルをこのZリングに嵌め込み、ポケモンと同時に変なポーズを取ることで発動する。で、あってますよね?」

「お、おう………。もう少し普通に言えないのか?」

「普通も何も俺の認識はこれですよ。ポケモンとの絆だなんだというのは俺からすれば当たり前のことですし」

「そか………そうだったな。お前はそういう奴だったな」

 

 メガシンカを理解するまでは、ポケモントレーナーはフィールドで動き回るポケモンたちの目となり指示を出す存在程度であったが、メガシンカというポケモンをパワーアップさせる力を理解してからは、その強力な力を得るために必要な存在であり、制御するために不可欠な存在だと認識している。それはZ技も同様で、ポケモンの技をパワーアップさせるのにZクリスタルから得られる力を、トレーナーというバイパスを伝うことで得られるがために必要な存在である。だから簡単にまとめるとメガシンカはポケモンの強化、Z技はポケモンの技の強化と表現しておくのが早い。

 

「あ、あとカビゴンのZ技みたいに専門Z技があるポケモンもいますよね」

「認識のところでは特に言うことは無さそうだな」

「まあ、あの会議にもいましたからね。ただ、Zリングってそもそもこんな簡単に手に入るようなものでもないでしょ?」

「まあな。普通は島キングのハラさんとかクチナシさん、あと島クイーンのライチさんが作ってたりするんだが、渡されるのは島巡りをする過程なんだよな………。だからそれもカプ・コケコが持って来たものだとしたら、ハラさんのところから持って来たんだと思う」

 

 つまり、カプ・コケコは窃盗犯というわけか。

 神ならば何してもいいのかね。それとも神だから特別とか? そもそもカプ神に捧げたものだったり?

 後者ならすぐにでも返上したい。罰当たりもいいところだ。

 

「ちなみにクチナシさんがこれをZパワーリングとか言ってたんだが」

「それはカプたちの力でZリングを強化してもらえることがあるんだ。そうすることで特殊な形のZクリスタルを嵌め込むことが出来て、幅が広がるというわけだな」

「つまり、最初からZパワーリングで渡されるケースは無いに近いと?」

「ああ、前例はないな」

 

 えぇー………。

 そんな強化してまで俺に渡してくるって何を企んでんだよ。怖ぇよ。

 

「………ほんと何がしたいわけ?」

「それはオレにも分からん。ただ、カプたちの気まぐれに付き合うこともアローラ地方では当たり前のこととなっている。だから回復したら礼も兼ねてカプ・コケコに逢いにいかねぇと場合によっては天災が起きるかもな」

「冗談で終わらないのってのが質悪いな」

 

 話を聞く限り、マジでやり兼ねん。これは流石に従っておくしかなさそうだ。

 

「そうでもしないとウルトラビーストに抵抗出来なかったってことだろ」

「そういやソルガレオ? だかルナアーラ? だかがカプたちと戦ったとかって記述が残されてるんだっけ?」

 

 カプ神にも上下関係はあるらしいな。

 ソルガレオとルナアーラ。

 元々アローラ地方にいたカプ神たちを突然やって来たこの二体が従えたという神話。

 

「そうそう。ソルガレオとルナアーラが最初にアローラへ降り立った時にな。その時からカプたちがその二体に従うようになったってわけだ」

「だからアローラ地方ではウルトラホールが開くというのは日常的なものであり、人々はウルトラビーストへの対抗手段としてカプ神たちを頼りにしていたと」

 

 ソルガレオたちが来たからウルトラホールが開くようになったのか、それともウルトラホールが開いたから偶々ソルガレオたちがやって来たのか。

 それは神のみぞ知るところではあるが、結局あの二体もウルトラビーストの仲間入りなんだよな。

 そう考えるとカプ神たちはどんなウルトラビーストに対しても対抗策として在ったわけで、しかもそれしか方法がなかったともくれば、人々がカプ神を崇めるのも頷ける。

 

「そういうことになるな。だから、カプ神たちの反感を買うのだけはあってはならないんだ。過去カプ・ブルルの怒りを買い、破壊された土地もある」

「そりゃまた恐ろしいことで」

 

 そんな罰当たりなことをやった奴がいるのか。

 まあ、どの時代にもそういう輩はいるか。そしてそういう輩が反面教師として現代に役立っていると。皮肉なものだな。

 

「ああ。だが、それで人々全員に報復されたというわけではない。その土地と関係者くらいだ。だからカプたちも人は選んではいるみたいだぞ」

「それなら確かに神の怒りを買った、という表現がしっくり来ますね」

 

 理性、という表現が正しいのかは分からないが、報復する相手はちゃんと見極めているようだな。それでも関係ない者が被害を受けることもあったのだろうが。

 

「まあ、島巡りは後回しでいいから、せめてカプ・コケコの相手だけはしてやってくれ」

「了解」

 

 とにかく、俺に課されたのはカプ・コケコとバトルすることだ。もっと言えば奴にZ技を披露することなのだろう。

 その先に一体何を求めてるのかは分からないし、そもそもカプ・コケコが真犯人なのかも怪しいところだ。だって、窓空いてなかったんだぞ?

 どうやって中に入れたんだよ。サイコキネシスで鍵を開けたとか? 最早泥棒じゃねぇか。

 

「さて、Z技のポーズをやっていくか」

「うす」

「基本的に使うことになるのはサーナイトだろ?」

「まあ、そうなるでしょうね。流石に他の面子は、ね」

 

 ウツロイドはまず公には出せないし、ダークライやクレセリアもおいそれと頼るわけにはいかない。

 

「なら、サーナイトも出してくれ」

「へい。サーナイト」

「サナ!」

 

 消去法でもないが、唯一の正攻法であるサーナイトが適任だ。

 そう思ってサーナイトをボールから出すとやっぱり抱きついてきた。

 この子、抱き癖ついてない? 大丈夫?

 

「おおう、よしよし。今からZ技のポーズをククイ博士が見せてくれるから、お前も覚えていってくれ」

「サナ?」

 

 Z技と言ったところで何それって感じか。

 理解してなくて当然と言えば当然か。Z技が身近にあったわけでもないし、コマチのカビゴンのZ技も数える程しか見ていない。そうするとサーナイトが見てない場面もあるだろうし、覚えていなくとも何ら不思議ではない。

 

「あー、メガシンカみたいに、お前の技を強化する力を習得していくからさ。それには俺とお前が同じポーズを取る必要があるんだ。今から見せてくれるのはそのポーズな。それを一緒に覚えていくぞ」

「サナ!」

 

 これで伝わったか。

 やっぱりメガシンカとの比較って大事なんじゃね?

 特にメガシンカを習得してる奴には手っ取り早いイメージの仕方だと思うわ。

 カロスに戻ったら、その辺の認識も含めてまとめてみるかな。

 超どうでもいいけど、敬礼するサーナイトはやっぱり可愛い。



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15話

「ハッチマーン! 今日もZ技の練習の時間だぜーっ!」

 

 嵐は毎日やってくる。

 こうも毎日このテンションだと逆に心配になってくるぞ。

 

「………ほんと毎日毎日そのテンションでよく疲れませんね」

「いやー、オレ元々こういう性格だし?」

「地位も実力も、ついでに嫁も手にしたリア王ですもんね」

 

 あらゆるリア充要素を手にした最強のリア王とはまさしくこの男のことを言うのだろう。

 真のリア王とはポケモンバトルの高い実力を持ち、学者としても名を馳せ、嫁も捕まえて順風満帆なこの変態こそである。リア王でも変態性に変わりはないのか………。高いコミュニケーション能力はパッシブスキルとして持っていて当たり前な。

 ハヤマ? ポケモン博士に比べたらポケモンスクールの校長では弱々しく思えてくる。世界はまだまだ広いんだなー。

 

「ほほう? そういうハチマンにはハニーの良さをもっと語ってやるべきだな。んー、どの話がいいかな」

「俺が悪かったから、バーネット博士のためにもその話はなしで」

「そうか? まあハニーに聞かれたら顔真っ赤にしそうだしな。それよりこれ見てみろよ」

 

 最近分かったのは一番の被害者であるバーネット博士の名前を出すとククイ博士の方が踏みとどまってくれるということだ。おかげで面倒臭そうな話になりそうな時はバーネット博士の名前を出すことで難を凌げている。

 

「『第二回カロスポケモンリーグ大会開催!』って、もうそんな時期か」

 

 見せてきたタブレットを見やると、デカデカと記事のタイトルが書かれていた。

 第二回カロスポケモンリーグ大会。

 一年前、俺たちが主催して開いたカロスのポケモンバトルの祭典。それまでそういうものがなかったと知った時には驚いたものの、カントーでの大会を模倣して第一回を開催した。

 だが、どこかの誰かさんが問題事を持ち込み、おかげで俺もギラティナとやり合うこととなり、ミアレシティとヒャッコクシティが壊滅的な被害を被る事となったのは今でも覚えている。

 あれから一年も経ったのかと思うと、本当に半年以上俺が破れた世界にいたことがジワジワと伝ってきた。

 

「初回の去年は色々あったが無事終われたしな。今回は運営体制を一新してからの初の大会だ。結構、世界中で記事にされてるぞ」

 

 運営体制を一新したのか。

 俺がいなくなった時には随分とパニックになったことだろう。死亡発表の時にはスポンサー企業との関係も怪しくなったかもしれない。それでも無事第二回を開けたということは、新体制の下上手くやれているという証だろう。

 あそこは俺がいなくとも何とか回っているみたいだ。

 

「あれま、そんなにか」

 

 ただ、世界中でというところには引っかかる。そんなに有名になるような要素ってあったか?

 精々メガシンカくらいだろうか。それとも前回のルール変更によるユキノの活躍とかか?

 

「メガシンカが主流ってのもあるな。見た目が変わったり、バトル展開が逆転したりするのが好評らしいぞ」

 

 あー、やはりメガシンカか。

 あれはバトル展開を大きく変える力を持っているからな。しかもメガシンカ使いは相当な実力者の証でもある。世界的にも見応えはあるだろう。

 

「それからプラターヌ博士曰く、ハチマン効果でゲッコウガの人気が爆発的で初心者トレーナーが最初に求めてくるのもケロマツらしい」

 

 マジか。

 それは初耳だわ。

 あいつ、マジでそんなに人気者になっちゃってんのかよ。絶対本人は迷惑がってるだろうな。俺も嫌だもん。あんな注目の的になるのは。視線が痛いというか圧がすごいというか………。

 

「そうは言ってもあいつが特殊なだけだからなー。姿変わらないとかの苦情とか大丈夫なんすかね」

「そこはどうだろうな。理解出来ていない子も中にはいるんじゃないか?」

 

 確かに。

 あんな珍しい現象がまず現代で起こったのが不思議なんだ。

 

「姿が変わらないと言って捨てられてないといいが」

「どうだろうな」

「それに俺のゲッコウガは真っ当な末裔じゃないんだ。だから他にいるはずだ。そいつが現れれば少しは落ち着くか………」

「あるいは悪化するだろうな。あいつが出来たのなら自分も出来ると過信するバカも出て来るだろうよ」

「はぁ………面倒くさ……………」

 

 求めるあまり現実を受け入れられない奴とかもいるだろうからな。あれは特別なんだと割り切ってくれると手っ取り早いんだが、人気上昇なんて聞いたらそれも無理な話だろう。

 

「それで、新体制って公表されてるんですか?」

「ああ、一部だけだがあるぜ。公式ホームページに公開されている」

「ほーん」

 

 タブレットで検索にかけて調べてみると、チャンピオンと四天王の紹介ページにたどり着いた。サイトの目玉はここなんだな。

 チャンピオンと四天王の三人は変わらずで、新四天王としてイロハが就任したのか。しかも四天王デビューはこの第二回カロスポケモンリーグ大会と来たもんだ。そりゃ世界的にも注目されるわな。

 イロハの専門タイプは予定通りのほのおタイプか。ただ、なんだこの紹介書き。『他四天王三人に弟子入りし、この一年弱で頭角を表した新進気鋭の秀才。専門タイプであるほのおタイプに留まらず、他三人のみず、はがね、ドラゴンタイプも匠に操る、一人で四天王四役すら果たせる逸材』………。事実ではあるが…………、これはやり過ぎなのでは?

 

「うわ、なんだこの動画」

『初めまして! 新四天王のイッシキイロハでーす! 専門タイプはー、ほのおタイプだけどー、あなたのハートも焼いちゃうぞ!』

 

 最早アイドルの自己紹介動画じゃねぇか。

 あいつバカなの?

 

「クハハハ! オレも最初見た時はびっくりだったぜ。まさかあの時一緒にいた女の子が新四天王に就任して、こんな動画まで公開してるんだからな」

 

 いやほんと。

 誰得だよ。

 

『みんなー! 応援よろしくねー!』

 

 そして可愛く両手を振るイロハ。

 うーん………。

 撮影の後にうへぇーってなってるイロハが想像出来てしまう。何ならザイモクザ辺りに「これでいいですかー? 豚野郎」とか言ってそう。

 うわ、キモ………。特に顔を赤くしてハアハア言ってるザイモクザとかマジでキモいわ。

 

「いやいや、素直に喜べねぇよ」

「まあ、そこは運営の何か意図があってのことじゃないか?」

「だろうな。まあでも、元気そうでなによりだよ」

 

 ククイ博士の言う通り、恐らくは何か意図があっての自己紹介動画だろう。色々問題が立て続けに起きたからか、その払拭というか意識操作って可能性は考えられる。

 

「組織構成とかは…………載せてないのか。あ、でもこれユキノのコメントじゃん」

 

 ホームページ内でポケモン協会の組織構成とかを探してみたが、代わりにユキノのコメントを見つけてしまった。

『初めまして、カロスポケモン協会のユキノシタユキノです。理事の突然の訃報もあり、一時大混乱に陥る事態もありましたが、新体制の下、日々ポケモン協会の運営と改善を行っていきます。また、座長を務めるカルネさん他ポケモンリーグ大会委員の皆さんと共に、ポケモンリーグの開催に向けて邁進して参ります』

 

「ユキノらしいな………」

 

 俺がいなくなってからユキノが表立って動いていたのだろう。だからこそ、コメント発表もユキノが行っているってわけか。

 

「どうだ? 帰りたくなったか?」

 

 そんな俺を見ていたククイ博士がニヤニヤと口角を上げている。気持ち悪いったらありゃしない。

 

「そうっすね。やっぱりあいつらに会いたい気持ちはありますよ。ただ………」

「死んだことになっている自分がどう赴いたらいいのやらってか?」

「一応カロスでは有名ですからね、こんな俺でも。だからどうしたものかと」

「うーん、まあまずは回復しながらZ技を習得していこうぜ。身体を動かしてれば何か閃くだろ」

「なんていい加減な…………」

 

 よくそんなんで研究してられますね。もしかしなくともこの人本当は体育会系なのでは………?

 

「よーし、やるぞー! Z技のポーズ!」

「へいへい」

 

 まあでも。

 まずはカロスに帰るためにもカプ・コケコに借りは返さないとな。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 アローラ地方に降り立ってから早二週間。

 ようやく、ようやく退院である。

 長かった、特にこの一週間は長かった。

 毎日毎日あの恥ずかしいポーズの練習をしなきゃならんわ、ムーンに太陽の光も浴びなさいと建物の外へ出されるわ、そのせいで暑いわ目が痛いわでそりゃもう大変だった。

 

「ハチマン、迎えに来たぜ」

「えぇー、やっぱりよくない? こんな暑いのに外出るとかバカなんじゃないの?」

「何を言う。外に出ねぇとカプ・コケコにも逢いにいけんぞ」

「………あっちから来てくんねぇかなー」

「ハハハ、ないな。彼らは気まぐれな守り神だ。来て欲しい時には来ず、どうでもいい時にやって来るような存在だぜ? 来るわけないさ。諦めろ」

「だよなー」

 

 はあ………。

 この暑い中、カプ・コケコのところに行かないといけないのか。やだなー、こんな暑い中。外出たくないなー。もうちょっと先延ばしに出来ない?

 

「それと、これをお前にやろう」

「キャップと、サングラス………か?」

 

 ククイ博士から手渡されたのは赤いキャップと黒縁のサングラス。

 

「おう、オレと色違いのお揃いだ」

「うわ、いらね」

 

 お揃いという恐怖の言葉を聞いた瞬間に思わず投げつけそうになってしまった。

 いや、何が悲しくて博士とお揃いにしなきゃならねぇんだよ。

 

「そうは言ってもそのまま顔を醸すわけにもいかないだろ?」

「そりゃそうですけど」

 

 変装目的、なのか。

 けど、そこでお揃いをチョイスしてくる辺り、嫌がらせとしか思えない。

 

「それにアローラの太陽に慣れてないと目がやられるぜ?」

「それは俺も思ってた。アローラの太陽ってバカなの? 何が悲しくて外に出るだけで目をチカチカさせないといけないんだよ」

 

 でも付けてないと目がやられるのは体験済み。素直に受け取るしかないんだろうな………。

 …………このまま受け取らなかったらカプ・コケコのところにも行かなくていいのでは?

 

「ポチャ!」

「さあ! 行きますよ! ヒキガヤさん!」

 

 どうしたものかと思案していると、ククイ博士の背後から聞き覚えのある少女の声がした。

 ウツロイドの毒の解毒薬の開発の傍ら、何度も俺のところに来ていた天才少女、ムーン。

 

「うわ、ムーン………お前もか?」

 

 今日はいつもの白衣姿ではなく、初めて見る服装である。そして何より、何なんだその謎の帽子は。オシャレポイントがさっぱり分からん。

 これ、もしかしなくともついて来るパターンなのでは?

 

「そりゃ初日目なんですから、何かあったら対応するのもわたしの仕事です!」

「本音は?」

「グズマがボコられるところを見たい!」

「かわいそうに………」

 

 なんてことはない。

 ただの野次馬だった。

 これから訪れるであろう未来のカスマさん、ご愁傷様。まあ、喧嘩売って来たのはあいつなんだし、当然の報いだな。

 

「ハチマン、準備は出来た………二人も来てたのか」

「まあな。逃げないように迎えに来た」

「もし逃げる素振りを見せたらヒドイデとベトベトンの刑に処すところでしたけど、残念だわ」

「残念なのはお前の頭だろ」

 

 本来ならグラジオがメレメレ島とやらに連れてってくれるはずだったんだがなー。

 ククイ博士は毎日来てたし、今日も来るんだろうとは思っていたが、ムーンもか…………。

 ほんとクズマさんが哀れに思えてくる。

 

「ビビ! ムーン! サンが外で待ってるロト!」

「え、運び屋さんが?!」

「「サン!?」」

 

 また新キャラ来たな。

 しかも今度のは人ですらない。

 あれなに? 機械? だよな………?

 浮いてるわ叫んでるわでマジで何なんだろうな。

 それにサンって誰? 人? 物?

 

「誰?」

「もう一人の図鑑所有者………なんだが、ポケモン図鑑の扱いが雑で、このロトムに嫌がられてな。ロトム図鑑という名のただの図鑑の持ち主で今は運び屋を営んでいる奴だ」

「へぇ」

 

 あ、こいつロトムか。ということは音声機能か何かを使って会話が出来ているということか?

 

「ボクはロトム。ムーンのポケモン図鑑ロト。よロトしく!」

「はあ………よろしく」

 

 しっかり『ムーンの』と強調してる辺り、本当にそいつが嫌なんだな。

 一体どういう扱いをしていたんだか。

 

「んじゃ、準備はいいな?」

「まあ、元々荷物がないようなもんなんで」

「よし、なら行くぞ」

 

 仕方なくもらった帽子とサングラスを装着。視界は暗くなり、上からの光も抑えられている。

 はあ………。

 やだなー。

 何が悲しくてこんな炎天下の中に行かなきゃならないんだ?

 

「なんか、外に出る前から疲れてないか?」

「まだこの暑さに慣れてないんですか?」

「………シンオウ出身のくせに、よく耐えられるな」

 

 ムーンがシンオウ出身ってのは嘘なのではないかと疑いたくなるレベル。

 あそこはカントーよりも寒いんだぞ?

 そんなとこ出身のムーンがケロッとしている意味が分からない。

 

「それにグラジオはいつも黒服で、暑苦しい………」

「おま………?!」

「グラジオは大丈夫ですよ。所々ダメージ加工された服なんで通気性は抜群です」

「ムーン、ちょっとバカにしてるだろ」

「してないわよ」

 

 エーテルパラダイスの中を移動しながら、そんなどうでもいい会話をしていると、前を歩くククイ博士が足を止めた。

 

「グラジオ、サンは正面か?」

「あ、ああ」

「よし、ならこっちだな」

 

 まあ、俺はエーテルパラダイスの中を探検したこともないし、外に出るのもムーンについて行っただけなため、建物内の地理は疎い。だからこうしてついて行くしかないのだ。

 

「うっ………暑っ…………!」

 

 そして眩しい。

 サングラスをかけてこれなのか。せめて昼間は活動したくないな。

 

「あ、ククイ博士ー! グラジオー! お客さーん!」

 

 俺たちが外に出て来たのに気付いた少年が、ブンブンと手を振っている。

 

「サン、お前何でエーテルパラダイスにいるんだ?」

「え? グズマから依頼が入ったからだよ。エーテルパラダイスから荷物取って来いって」

 

 グズマ?

 あれ?

 あいつがこの少年に依頼したのか?

 見たところムーンと同じくらいの歳のようだが………その歳で運び屋を経営って………。俺が旅に出たくらいの時じゃん。俺だったら絶対お断りだわ。こいつもムーンも子供のうちから働きすぎだろ。

 

「そっちの人は?」

「ああ、ハチマンっていうんだ。ちょっとわけあってしばらくエーテルパラダイスで世話をしててな。今からメレメレ島に連れて行くところなんだ」

「へー。オレっちはサン! 運び屋サンだ!」

 

 うん、なんかこいつ絶対陽キャラだわ。

 ムーンやグラジオはまだ俺に近いものを感じていたが、こいつは根っからの陽キャラだ。ククイ博士に近いタイプとも言える。いや、軽さからしてトベの方が近いか?

 

「リザードンか………」

 

 まあ、俺の興味は早々と少年の隣に鎮座するリザードンの方へ変わったがな。

 こんなところでもリザードンに出会すとか、俺の人生どんだけリザードンが関わってんだよ。リザードン好きすぎじゃね?

 それにしてもーーー。

 

「ーーー毛並みはちょっとゴワついてるな。おい、ちゃんと手入れしてやってんのか?」

 

 俺はリザードンに触れて毛並みを確認してみた。何というか毛並みに艶がない。霞んでいるというか毛が硬い。ポケモンの毛並みは女性の髪に近いものを感じていたが、このリザードンは男のゴワついた髪って感じだ。手入れがされていない証だろう。

 

「え? あ、最近忙しくてやってなかったかも………」

「サン、お前な………」

「運び屋さんらしいというか何というか………」

 

 俺が指摘するとグラジオとムーンが呆れたと言わんばかりに溜め息を吐いた。

 なるほど、こいつはそういう感じの奴なのか。雑というか大雑把というか。だからロトムもムーンの方を選んだのだろう。

 

「………上にかえんほうしゃ」

「グォ? グォォォッ!」

 

 人差し指を上に向けてリザードンにかえんほうしゃを指示してみると、意図が分かったのか素直に従ってくれた。

 高く昇る炎は勢いはあり、真っ直ぐと上に伸びている。体内の調子は良好なようだ。

 

「フッ、中身はバッチリだな」

「炎を見ただけで分かるんですか?!」

 

 ムーンにはこれが驚きだったらしい。

 まあ、これは俺がリザードンの体調を確認するのにしていたことだし、似たような事例ではリザードンのかえんほうしゃを受けたプラターヌ博士がその流れで体調を確かめていたりすることか。

 手段はどうであれ炎を見ればリザードンの体調は確認出来るのだ。

 

「まあな。毛繕いをしてやったら完璧だ」

「運び屋さん! ちゃんと帰ったらリザードンの毛繕いするのよ!」

「へーい」

 

 絶対気が向かないとやらないんだろうなー。

 それを分かっているからリザードンも何も言わないのだろう。

 

「さすがリザードン使い。見慣れてるみたいだな」

「そりゃ俺の最初のポケモンですし」

 

 ククイ博士は俺がリザードンを連れているのを知っているため、今の確認作業も理解出来たのだろう。

 

「それでグラジオ。運び屋に渡す荷物とか聞いてないのか?」

 

 そのククイ博士がグラジオに少年の目的物を尋ねた。

 

「あ、いや、オレは何も知らないぞ」

「ん? ならサン、何を受け取りに来たんだ?」

「腐った目の人」

 

 うん、こいつ殴っていいかな。殴っていいよね。

 

「「「………………」」」

 

 そしてこっちを見るんじゃありません。

 

「え、なに? この人?」

「多分な。相手はグズマなんだろ? 今日はグズマとハチマンがバトルすることになってて、それでメレメレ島に向かうんだよ」

「マジで?! オレっちもバトル見たい!」

 

 うん、こいつは無視して話を続けよう。

 

「グラジオ、本来の移動手段は?」

「下に小型船を用意してあるから、それで行こうと思ってたんだがな………」

「えー? それじゃあ、オレっちの仕事はー?」

「いや、相手を選びなさいよ。よりにもよってグズマからの依頼って………」

「前払いまで済まされたんだけどー?」

 

 あの男はそこまでして俺とバトルしたいのだろうか。何が何でも俺を逃したくないようだ。というかあんなチンピラなのに律儀に前払いまでしてるとか、実は真面目だったりするのか?

 

「はぁ………、なら一応空からついて来るってことでどうだ? それか俺がリザードンに乗る」

「んー、まあ目的地は一緒だし、オレっちとしては依頼が達成すれば文句はないよ」

 

 こいつ適当過ぎるだろ。

 運び屋を営んでいるとか言ってたが、そんな調子で大丈夫なのか?

 

「というかリザードンに乗れるの? 難しくはないと思うけど、大変だぜ?」

「愚問だな」

 

 久しぶりのリザードンだ。背中に乗りたいと思うのは、リザードン使いの性というものである。

 

「リザードン、目的地まで俺が背中に乗っても大丈夫か?」

「グォォォ!」

「サンキューな」

「ならオレっちは船に乗るよ。久しぶりにお客さんやグラジオと話したいし」

 

 自由過ぎるだろ、こいつ。

 まあ、そのおかげでリザードンに乗れるわけだが。

 え? というかこの腰掛けは何ぞ? これに座ればいいのか?

 

「よいしょっと」

 

 おおー、なんか不思議だ。

 リザードンの背中で普通に座ってるとか今までにない感じだわ。いつもなら跨ってるからな。これでスピードに乗った時にどんな感じになるかだな。

 俺がリザードンの背中に乗って、海上で久しぶりの感覚に浸っていると、しばらくして下に向かった四人が乗った小型船がやって来た。



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16話

「なあなあ、お客さん。あの人、オレっちよりもリザードン乗りこなせてね?」

「まあ、運び屋さんはいろいろと雑だから仕方ないんじゃない?」

「え? マジ? そういう感じ?」

「いや、どこからどう見てもあれはそういうレベルの話ではないだろ………」

 

 ハイヨーヨーやローヨーヨーという割と簡単な動きで飛び回り、エアキックターンで方向転換し、コブラで海水を巻き上げて小型船まで戻って来てみると、その小型船からそんな会話が聞こえてきた。

 この子たち、名前で呼び合ってないのね。ちょっと不思議。

 

「ハチマンは元々リザードン使いだからな。リザードンは一番手慣れたポケモンとも言える」

「マジかー」

「ハチマン、離れ離れになったポケモンの中にはリザードンもいるのかっ?」

 

 一人、海の上から小型船の会話を聞いていると、グラジオが話を振ってきた。

 こいつ、もしかしてぼっちにも優しい奴なのか………? いや、優しいなら放っておいてくれるか。

 

「ん? ああ、いるぞ」

「ん? なんだってっ!」

 

 あー……。ちょっと声を張らないと海の上って声が届かないんだな。

 

「いるって言ったんだよっ」

「そ、そうかっ」

 

 すまん、グラジオ。今のは怒ってるように聞こえたかも。

 こういう時の音のボリューム調整が未だに慣れない。ぼっちだった弊害だな。

 

「見えて来たぞ! あれがメレメレ島だ!」

 

 ククイ博士がそう言って前方を指差した。

 まあ直線上だし、そうなんだろうとは思っていたよ。そもそも近かったしね。エーテルパラダイスから見えてたレベル。

 

「オレたちは乗船場に船を置いて行くから先に行っててくれ!」

「いや、行き先知らないんですけどっ?」

「大丈夫だ。リザードンがリリィタウンまで連れて行ってくれるさ!」

「心配なのでわたしもついて行きます。ジュナイパー、お願い」

 

 そう言って、くさタイプのヨルノズクかと思わせるようなポケモンを出したムーン。

 見たことあるような気もしなくはないが、名前が出て来ない。

 

「え、なに? お前、ついてくんの?」

「わたしはヒキガヤさんの監視役みたいなものですから」

「俺は第四真祖かよ」

「はい?」

 

 いや、うん。知らないよな。

 イロハも知らないまま俺があの作品から捩った言葉に対して、あの作品通りに返してきたこともあったし。

 ここでムーンに「先輩」なんて言われたらどうしようか。

 

「いや、何でもない。ポッチャマはどうするんだ?」

「抱えていくかボールに戻しますが」

「はあ………、ポッチャマ」

「ポチャ?」

「大人しくしてろよ」

「ポチャ!」

「あ、ポッチャマ!」

 

 手を伸ばすとポッチャマが意図を理解したのか、自身を抱えていたムーンを蹴って飛び込んで来た。

 

「………いいんですか?」

「構わん。いつもボールから出してるってことは、そこまでボールに入りたがらないんだろ? だったら、俺が連れて行けば問題ない」

「ごめんなさい。お願いします」

「ん」

 

 今回ばかりはポッチャマも大人しくしている。

 さすがにリザードンの飛ぶスピードの中で頭に乗ろうとは考えないらしい。

 

「では、先に行って来ます!」

「おう、ハチマンのことは任せたぜ!」

 

 ムーンはジュナイパーとやらの首から長い布を垂らして、自分の身体にも巻きつけたかと思うと上昇していった。

 そしてククイ博士たちに挨拶をして飛び出して先に行ってしまう。置いて行かれないようにリザードンに前進させ、ムーンの後を追わせた。

 

「それで、リリィタウンとやらはどこにあるんだ?」

 

 ムーンの横に並んだところで、目的地を聞いてみる。

 

「手前に見えるあの山がテンカラットヒルっていうところで、その奥にある山の麓の丘陵地がリリィタウンになります」

 

 するとそんなに遠くはないらしい。

 逆に左手の方にある街に向かう小型船組の方が遠回りなまである。

 

「へぇ。船降りてから移動ってなると距離あるくないか?」

「アローラ地方はポケモンに協力してもらって移動したりする文化があるんですよ。リザードンの飛行能力で空を移動するのも習慣付いているため、常に座席を取り付けてあるんです」

 

 どうやらそれも杞憂なようだ。

 アローラ地方は良くも悪くも田舎地方といったところのようで、人とポケモンが密接した生活をしているらしい。

 

「あー、これはそういう系なのね。となると博士とグラジオは多分大丈夫だろうが、こいつの主人は大丈夫なのか?」

 

 だから、空を飛べるリザードンにはいつでも乗れるようにこの座席がつけられているのか。

 

「問題ないですよ。陸の移動用にケンタロスやムーランドもライドポケモンとしていますから」

「ライドポケモン?」

 

 ムーンの口から聞き慣れない言葉が出てきた。

 

「乗り物になってくれるポケモンたちの総称、みたいなものです」

「あーね。なら、俺は最初から正解を引いたみたいだな」

「まあそうですね。運び屋さんには悪いですけど、ヒキガヤさんがリザードンに乗ったのは結果的に時間短縮になったかと」

 

 運び屋の子には悪いがグズマ依頼のお届け物の俺がリザードンに乗ったことで、あのせっかちにも面目が立ちそうだ。

 

「ところで、グズマとのバトルの方は大丈夫なのですか?」

「さあな。どういうルールでやるつもりなのやら」

「一応伝えておくと、グズマの手持ちにはグソクムシャとアメモースがいます。ヒキガヤさんのポケモンを考慮するとサーナイトだけでは相性的には不利かと」

「まあ、そこはどうにかなるだろ。さすがにウツロイドを出すわけにもいかんしな」

 

 グソクムシャ………は見たことないな。アメモースはむし・ひこうタイプ。ムーンの言葉から察するにグソクムシャもサーナイトの弱点ーーアメモースと共通するむしタイプ持ちだろう。

 あいつ、実は虫取り小僧だったとか?

 

「にしてもポッチャマは温かいな。人肌の温度にフサフサな毛並みに指が包まれて抱き心地がいい」

「ポチャ?」

「今だけですよ。進化する度に皮膚が硬化していき、エンペルトになると鋼が入ったかのような硬さの部分が出て来ますからね」

「そういや知り合いにエンペルトを連れた人がいたんだが、そこまでじっくりと観察したことなかったな」

 

 エンペルトなんてメグリ先輩が連れていたくらいだしな。それもそこまでじっくり観察したことはない。コマチやイロハのポケモンたちは特訓上、ポケモンの特徴とかも確かめるために色々確認したが、メグリ先輩には必要なかったからな。

 帰ったら頼んでみよう。

 さて、そろそろずっと気になっていたことを聞いてみるか。

 

「なあ、超どうでもいい話になるが」

「はい」

「その帽子独特過ぎない?」

 

 そう。

 今日ムーンを一目見た時から目を奪われた謎の赤い帽子。頭頂部がパイルの実の葉が分かれたようなデザインをしている。ニット帽、なのだろうか。でもアローラだし、サマーニット系か?

 

「え? これですか? 可愛いじゃないですか」

「いや、ほら、なんつーの? パイルの実的な。赤いパイルの実って言われても違和感ないんだわ」

 

 ほんと何なの、そのデザイン。オシャレなのかそうでないのかさっぱりなんだが。ユキノならまず間違いなく被らないな。イロハなら文句を言いそう。こんなの被るのはコマチくらいじゃないか?

 

「えー、そこがいいんじゃないですか。ヒキガヤさん、もしやオシャレに興味ないでしょ?」

「あ、まあ、そこは否定しない。が、俺の周りが結構うるさいから、家着以外は気をつけるようにしてるぞ」

 

 取り敢えず、オシャレと言われるよりはダサいと言われないに気をつけていた。

 だからこそなのか、ムーンの帽子だけはさっぱり理解出来ん。他はいいのだ。ベージュ基調の花柄のトップに黄緑色のパンツはこの暑いアローラでは何ら違和感がない。なのに、その全てを無にする謎の帽子。

 天才はやはりどこか抜けているのだろうか。ハチマンちょっとこの子の将来が心配になってきたよ。

 

「ほほー。もしかして女の子ですか?」

「そうだな。女ばっかだな」

「モテモテじゃないですか」

「あいつらが物好きなんだよ。まあ、だからと言って誰かにくれてやるつもりもないが」

「わー、すごーい。独占欲の塊だー」

「せめて心込めて言えよ」

「嫌ですよ、こんな女誑しに心なんて込められません」

 

 そもそも推定ルミルミくらいの歳の女の子に聞かせるような話でもないような………。

 

「ちなみにどんな人たちなんですか?」

「初めての親友にストーカーに後輩にストーカーの姉に俺の妹」

「うわ、なんか想像以上のキャラの濃さですね」

 

 うん、知ってた。

 こうやって並べるとユイとイロハがまともに見えてくるって不思議。というかユキノシタ姉妹の表現が酷いだけか。

 

「他にもスクールの同級生数人に元担任、先輩、あと初めて告白して振られたのは………どうなんだろうな………」

「………どんな脅しをしたらそうなるんですか。通報ものですね」

「いや、俺もどうかとは思うけどな。好きの度合いに差はあれど、俺を好いてくれる奴らを、無碍にしたくなかったんだ。というか俺が離せなかった」

「よく許されましたね」

「それな。けど、初めてだったんだよ。そうやって好きって気持ちをぶつけられたのは」

「ふむふむ、ヒキガヤさんはハーレム鬼畜野郎に認定しておきますね」

「君、ブレないね」

 

 素直に質問に答えてやっているというのにこの言われよう。間違ってないのがムカつくな。

 

「さて、到着ですよ」

 

 飽きたのか話を逸らしやがった。

 てか、この村がリリィタウンか。

 バッサバッサと着陸し、リザードンの背中から飛び降りた。

 

「ほう、ここね。お疲れさん。リザードンもありがとな」

「グォォォ!」

 

 それにしても……………。

 何故村の中心部に土俵っぽいものがあるのだろうか。

 まさかあれがバトルフィールドとか?

 それならちょっとどころではなく狭くね?

 

「よォ、待ち草臥れたぜ」

「グズマ?!」

 

 はい、早くも登場致しました。今日のお相手。というか超待ち伏せしてただろ。どんだけ俺とバトルしたかったんだよ。

 

「大丈夫だ。俺も既にこの暑さに草臥れてる」

「ハッ、弱っちぃな。弱っちぃぜ!」

 

 否定はしないな。

 さすがにこの暑さは参ってしまう。いやほんと。帽子とサングラスをしていても目はチカチカする時があるし、汗も既に出てきている。下手したら背中が汗で濡れているかもしれない。それくらいにはヤバい。

 

「否定はしないな。この暑さには負けるわ。逆にお前らが頭おかしいんじゃね?」

「これだから外者は嫌いなんだよ………」

 

 いや、それはお前が喧嘩売ってくるからでしょうに。

 

「ハチマン君、申し訳ない。売り言葉に買い言葉でつい君のことを口にしてしまった」

「今回だけですからね」

「恩に着る」

 

 ハラさんは今回のことを深く反省しているみたいだ。一応箝口令ではないけど極力情報の漏洩は避けようって話をしたばかりでグズマの登場だったからな。責任を痛感しているのだろう。

 

「兄ちゃん、習得は出来たかい?」

 

 おっと、ハラさん以外も来ていたのか。

 

「今回が試し撃ちみたいなもんですよ」

「カカカ、そりゃグズマが気の毒だな」

「結局、島キング島クイーン全員集まったんですね」

 

 見ればクチナシさんの後ろには、この前彼と一緒に病室へと集まってくれた島クイーンの二人もいた。

 

「グズマに情報が行っちまったのは島キングの責任だからな。オレたちも見届ける義務がある。それにあの問題児のグズマのことは個人的にも興味があるわけよ」

「本音は最後だけですよね」

「まあな。おじさん、ウラウラ島じゃお巡りさんだからな。グズマが率いていたスカル団もウラウラ島を根城にしていたから、面倒見ていたわけよ」

 

 あー………。

 この人も働きたくはないけど、どうにも気になってしまうタイプの人らしい。そして気になったが最後、後味良く終わらない燻ってしまうのだろう。

 俺も歳取るとクチナシさんみたいになるのかね。将来の俺を見ているようで不安になってくるわ。

 

「それに、カプたちの様子が気になるのよね」

「うむ」

「カプたちが? 何かあったんですか?」

「まだねぇんだがよ。今日は幾分かパワーを強く感じるんだわ。ひょっとすると兄ちゃんに関係してるんじゃないかってな。オレの予想だが」

「まあ、ないとは言えませんよね。『コレ』もありますし」

 

 そう言って左腕に付けた黒いZリングを見せる。

 前にクチナシさんが話していた通りなら、カプたちの様子の変化が俺に起因していると言ってもいいだろう。

 ただ、俺がZリングを持っていることに島クイーンの二人は驚いていた。クチナシさん、伝えてなかったのかよ………。

 

「さあ、やろうぜクソ野郎!」

「何でそんな上からなの? 挑まれてるの俺だよな? それ、俺が言うセリフじゃない?」

「ハッ、んなもんどうでもいいんだよ!」

「はぁ………」

 

 こいつは本当に戦うことしか脳にないようだ。

 そんなにバトルしたいなら他の奴らとやればいいものを………。どうしてお前に外者と見下されている俺が相手しなきゃいけないんだか。

 

「ところでククイ博士は?」

「ククイ博士たちはハウオリシティに船を止めてから来るので、後から来ます。運び屋さんも一緒よ」

「へっ、金は払ってやったんだ。こうしてリザードンが連れて来た。オレさまはそれで充分だぜ」

 

 運び屋本人がいなくても依頼達成と見做されるとは。

 宅配サービスってそういうものでいいのかね。それだけ信頼されているのか?

 

「んじゃ、ムーン。ポッチャマを返すわ」

「あ、はい。ありがとうごさいました」

 

 バトルということで抱えていたポッチャマはムーンに返す。

 いい感じの抱き心地だったぞ。サイズも丁度いい。

 

「ハチマン君、よろしいですかな?」

「いいっすよ」

「へっ、ぶっ壊してやるぜ!」

 

 おいムーン。

 そんな今日一番の笑顔で見返してやれとか訴えてくるんじゃありません!

 女の子がはしたないわよ。

 

「では、これよりグズマ対ハチマン君のバトルを行う。グズマたっての希望により手持ちは全て、技にも制限をかけないものとする。全力と全力でぶつかり合うのだ!」

 

 お互い距離を空けて向かい合う。

 

「いけぇ、アメモース!」

 

 ムーンの情報通り、アメモースが出て来たか。

 まあ、誰が来ようと出すのは決まってるんですけどね。

 

「サーナイト、よろしく」

「サナー!」

「うわっと!」

 

 俺今前に向けてボールから出したはずなんだけどなー………。

 どうして抱きつかれているのでしょうか………。

 身長がコマチくらいだから丁度受け止めやすくていいんだけどね。あと可愛い。

 

「君、マジで抱きつき癖付いちゃってない? ほんとに大丈夫?」

「サナサナ〜」

 

 あ、ダメだこりゃ……。

 聞いてないわ、この子。

 それなら気が済むまで堪能させとこう。

 ついでに頭も撫でておくか。ユキノの髪質に近いサラサラ感が気持ちいいんだよなー。

 

「…………サーナイトさんや。そろそろバトルしましょうや」

「サナ!」

 

 一分くらいして声をかけるとようやくやる気を出してくれた。

 それにしてもサーナイトが落ち着くまで待ってくれていたグズマさん。こいつマジで律儀だな。

 

「チッ、オレさまのペースを乱しやがって! アメモース、エアスラッシュ!」

「サイコキネシス」

 

 アメモースが羽ばたいて作り出した空気の刃を超念力で受け止める。こんなのは準備運動にもならないな。

 

「そのままサイコショックとして返してやれ」

 

 当然のごとく、空気の刃はアメモースに送り返した。何気に効果抜群だしね。むし・ひこうタイプは自分の技を返されると立場が逆転することもあるからな。むしタイプを使う上での難点といえば難点だ。それを考慮した上での動き方を身につけておかないと今みたいになる。

 

「チッ、でんこうせっかで躱せ!」

 

 んで、この男も言うだけのことはあって、今ので詰むような奴ではなかったみたいだ。

 

「そのままとびかかる!」

 

 アメモースは勢いをそのままに飛びかかって来た。

 的確にサーナイトの弱点を突いていこうって魂胆なのだろう。だが、これでは一直線過ぎる。もっとジグザグに動かすとかサーナイトの足場を固めるとかしなければ、余裕で躱せてしまうぞ。

 

「テレポート」

 

 何ならこういう技もあるんだ。

 サーナイトは引き付けてからテレポートでアメモースの背後に回り込む。

 

「でんげきは。でんじはも混ぜてやれ」

 

 そして、電撃の波を送り込んでいく。ダークライが電気技を習得させるのに取った方法は、意外とバトルでも使い勝手がいい。

 

「アメモース、抜け出せ!」

 

 アメモースが加速したところで電撃の波の方が速い。しかも一度当たってしまえば、後続のでんじはも到達し麻痺させて動きを完全に止めてしまった。

 こうなっては最後、効果抜群の技を浴び続けるしかなく、グズマの指示にも応えられなくなっている。

 

「アメモース、戦闘不能!」

 

 完全に伸びてしまったアメモースをハラさんが判定を下した。

 

「チッ、やるじゃねぇか」

「そりゃどうも」

 

 褒められたところでこれくらいは出来ないと、ギラティナにけちょんけちょんにされたからな。あいつ俺たちを返すためとは言え本気でバトルしてたからね。

 

「ヒキガヤさん、めっちゃ強………っ!」

 

 あ、そうか。

 ムーンも初めて見るんだったな。

 

「オラオラ、どうしたグズマ。お前の実力はそんなもんか?」

「るっせーな!」

 

 うわ、クチナシさんめっちゃニヤニヤしながらグズマ煽ってるし。煽れるくらいには実力を知ってるってことだろうし、面倒見てるってのは強ち間違いじゃなかったのね。

 数回しか会ってない俺ですら、クチナシさんが面倒臭がりであることは伝わって来てるっていうのに、中々に働いてますよね………。なんかこれまでの自分を見てるような気分だわ。

 

「「ムーン!」」

「お客さーん!」

 

 おっと、ようやくククイ博士たちの到着か。

 運び屋はケンタロスに、グラジオは………何だ、あのポケモン。見たことあるようなないような…………。

 ククイ博士は………ウォーグルに乗って来たのか。

 

「チッ、まあいい。いくぞ、グソクムシャ!」

 

 まあいい。

 グラジオのポケモンのことは後で聞くことにしよう。

 次の相手はグソクムシャだ。生で見るのはこれが初めてだし、相手取るのも然り。ムーンの情報ではむし・みずタイプらしいから、またでんきタイプの技は有効である。

 

「であいがしら!」

「テレポートで躱せ」

 

 これまた初めて見る技であるが、動きが速いな。指示は飛ばしたが、俺の目では追いつかなかったぞ。

 それでもサーナイトは真上に躱しちゃってるけどね。ダークライとクレセリア、それにギラティナを相手にしていれば、これくらいの速さは慣れたのかもしらない。

 どうしよう、そう考えるだけでまた一人規格外が出来上がったように感じてしまう。

 だが、まだだ。まだサーナイトなら元の感覚に戻せるはずだ。ゲッコウガのような意地の悪い性格とは真逆の純真無垢な子なんだ。そんな子を穢すわけにいくまい。

 

「アメモースのようにしてやれ」

「そうはいくかよ! アクアブレイク!」

 

 二種の電撃の波をグソクムシャの頭上から送り込むと、振り返ったグソクムシャの右手の水刃により真っ二つにされてしまった。

 

「テレポートから抱きつけ」

 

 グソクムシャの頭上からテレポートし、懐に飛び込んだサーナイトはその腹へと身体を密着させる。

 

「10まんボルト」

 

 そして電撃の直当て。

 効果抜群な上に無防備に受けてしまえば、あの硬そうな身体も意味を成さないだろう。

 

「グソクムシャ!」

「かみなりパンチ」

 

 ギチギチとグソクムシャが身体を動かしたので、距離を取るためにも電気を纏った拳を叩きつける。怯んでいる隙にサーナイトは俺の前まで下がって来た。

 

「どくづき!」

「ムシャ!」

 

 どくづきを命令されたグソクムシャが飛び込んで来るものとばかり思い構えていたら、何故かグズマの方へと戻って行ってしまった。

 

「ハッサム! ………?」

 

 そしてそのままボールの中へと吸い込まれていき、代わりにハッサムが飛び出て来る。

 だが、当のハッサムは状況が読めていないらしい。

 悪いけど、俺も状況が読めてないからお互い様だな、ハッサムよ。

 

「チッ、ハッサム! バレットパンチ!」

「ハッサム!」

 

 よく分からんが交代は交代だ。ルールにも交代なしというのは決めなかったから違反でもない。

 だが、むし・はがねタイプのハッサム相手に効果的な技があるわせでもないから厳しいのも現実。

 

「まもる」

 

 正攻法ではアメモースのように突破するのは無理だろう。

 ならば、こうするしかないか。

 

「さいみんじゅつ」

 

 素早く距離を詰めて来たハッサムをドーム型の防壁を張って受け止め、その中からさいみんじゅつでハッサムを眠らせることに成功した。

 

「ハッサム!?」

「あくむ」

 

 眠らせてしまえば、後はこちらの思う壺だ。流石にねごとやいびきは警戒しないといけないが、グズマの性格上覚えさせているとも思えない。

 

「ゆめくい」

 

 ダークライ直伝の眠らせ戦法は実に見事である。

 悪夢を見せられている上に、その夢まで食われてしまうなんて、ハッサムはどんな気分なんだろうな。味わいたくはないが感想くらいは聞いてみたい気持ちもある。

 

「きあいだま」

 

 顔色が悪くなって来たところで、エネルギー弾を撃ち込み、ハッサムをグズマの方へと吹っ飛ばした。

 ここまで淡々とこなしちゃってるけど、サーナイトが笑っているのがちょっと怖い。これは単にいつも通りの笑顔なんだろうけど、攻撃が攻撃なだけにハッサムに同情するわ。

 

「起きろ、ハッサム! シザークロス!」

「……ッサム!」

 

 衝撃でようやく目を覚ましたようだ。

 だが、当然バレットパンチよりは遅い。だから、ただ防壁を張るだけでなく次に繋げる方法を取ることは充分に出来る。

 

「リフレクター」

 

 物理障壁を飛び込んで来るハッサムの目の前に出して動きを阻み、強引に打ち壊して来たところで次の手に出た。

 

「サイコショック」

 

 砕けたリフレクターを使ってサイコパワーで無数の破片をハッサムに撃ちつける。

 

「こうそくいどうで躱せ!」

 

 ………ふひっ。

 

「サーナイト、トリックルーム」

 

 俺がそう指示を出すとサーナイトは動く速度が反転する部屋を作り出した。部屋の規模は俺とグズマまでの長さに幅はその半分程。ハッサムがただ躱すにしても攻撃に繋げて来るにしても絶妙な大きさと言えよう。展開に応じて技の大きさを自ら調整出来るようになったのは、ダークライたちの特訓の成果だろう。

 

「ハッサム、バレットパンチだ!」

 

 グズマの指示は理解出来るが、こうそくいどう使用中にトリックルームに囚われてしまってはハッサムが完全に止まって見える。

 

「かげうち」

 

 トリックルーム下において部屋の効果を受けない技もある。それがバレットパンチであり、かげうちといった技だ。速く動くという点ではこうそくいどうも同じであるが、こちらは同時に身体的能力も向上させ、根本的に素早くなる。対してバレットパンチやかげうちは技の型とでもいうのか、技のモーションにより結果として素早く動くことになるため、トリックルームの影響を受けないらしい。

 何を言っているのかさっぱり分からんと最初は俺もそう思ったが、中々に複雑な技なのだ。完全に理解しろという方が無理難題なまである。逆によくここまで細かい判定基準を持つ技を生み出したものだと感心するくらいだ。こんな技生み出した奴は一体何を考えてたらこうなったんだろうな。

 

「チッ、後ろだ!」

「10まんボルト」

「サー、ナァァァァァァァァァッ!!」

 

 トドメの10まんボルト。

 効果抜群でもないし、相手がハッサムだし、タイプ技でもないしで、そこまでのダメージを期待出来なかったらから、中々使うタイミングを失っていたが、ようやくといった感じである。

 やはりほのおタイプの技も覚えさせないとな。リザードンやゲッコウガみたいにこの場で覚えさせるというのは難しいだろうし、サーナイトはじっくりやって行きたいからな。その内ってことにしておこう。

 

「ハッサム、戦闘不能!」

 

 …………あ、こういう時にZ技使えばよかったんじゃね?

 そもそもグズマで試そうってしてたんだし。

 使う習慣がないどころか頭から抜けていたまである。

 ………そうか、こういう時になー。バカみたいな威力を出すZ技だしむし・はがねタイプであるハッサムであろうともう少し楽に切り抜けられたに違いない。

 あーあ、やっちまった。

 けど、メガシンカを使うまでもなさそうだったしな………。

 

「チッ、戻れハッサム」

 

 残りはグソクムシャを入れても最大で四体。グズマがどれだけポケモンを連れているかにもよるが、Z技を撃つ機会がなくなったわけじゃない。

 

「いくぜ、グソクムシャ!」

 

 まだ他の顔は見せない、か。あるいはこれが最後か?

 まあいい。機会があれば撃つのもよし、必要なければそのまま倒すのみ。

 

「であいがしらだ!」

 

 っ?!

 ………なるほど、この技もトリックルームの影響を受けない方だったか。

 

「サナ!?」

 

 今のは綺麗に入ってしまったな。サーナイトにとっては効果抜群の技だ。俺の目の前まで一撃でサーナイトを弾き飛ばしたあの技の威力からして、ハッサムよりも鍛えられているよう見受けられる。残りのポケモンがいたとしたら、このグソクムシャよりも格上ということになるのだろう。

 ………いいね、トレーナーとしての血が騒いでくるのが分かる。

 

「さっきはしてやられたが、最初からならこっちにだって手はあるぜ! シザークロス!」

 

 追撃と言わんばかりに、グソクムシャが突っ込んで来た。動きからしてトリックルーム下での行動に既に慣れたという感じだろう。というよりかは経験があると言った方が正しいか。

 

「リフレクター」

「同じ手には引っかからねぇよ! グソクムシャ! 屈んでどくづき!」

 

 リフレクターでグソクムシャの両腕を受け止めようとしたが、読んでいたかのように身を屈めて、リフレクターの下からアッパーカットを決めてきた。

 

「テレポート」

 

 それをギリギリのところで躱し、グソクムシャの背後へとサーナイトが移動したところでサイコな部屋が消えていった。トリックルームの効果時間が過ぎたということだ。今のタイミングではグソクムシャが攻撃を躱すのも一苦労してくれそうだな。

 

「10まんボルト」

 

 背中から電撃を浴びせていく。

 効果は抜群。このまま麻痺もしてくれたら楽なんだが、追加効果なんて宛にしない方がいい。発動したら儲け物くらいに思わないとピンチに陥りやすいからな。特にスクール上がりの初心者トレーナーは。

 スクールに行ってない初心者トレーナー? そもそも追加効果を知らないだろう。

 

「サイコキネシスでグズマに返してやれ」

「サーナ!」

 

 ちょっと焦げているグソクムシャを超念力でグズマの方へと放り投げる。我がサーナイトながら中々にぞんざいな扱いをしてらっしゃいますな。バトル中だからいいんだけど。

 

「ムシャ………」

 

 おっと、これでもまだ立とうとするのか。こいつにも意地ってもんがあるのだろう。

 それならこっちも手を抜くわけにはいかない。

 

「チッ、これが最後か。いくぜ、グソクムシャ!」

「ムシャ!」

 

 グズマが腕をクロスさせたということは、あいつもZ技を習得しているってことか?

 そういえば、島巡りなるものを途中リタイアしたとかって言ってたっけ?

 それなら途中リタイアとはいえ、習慣していてもおかしくはないか。こっちも遠慮する必要がなくなったし、今度こそだな。

 グズマが変なポーズをしている最中に、こっちも動きを練習した変なポーズを取っていく。

 他のZ技の動きもククイ博士に見せてもらったが、エスパーZはまだ比較的良心的な動きと言えるものだった。あとはあくZとかでんきZとかか。一番嫌なのはフェアリーZだな。俺がやったらキモ過ぎて笑えるレベル。何ならオリモトが腹を痛めるレベル。

 うん、ウケねぇな。

 その両極端のポーズしか覚えていないというのもあり、グズマの放つZ技を断定することが出来ないのが、ちょっと悔しいのはここだけの話だ。

 

「くらいやがれ! 絶対捕食回転斬!」

「えっと、マキシマムサイブレイカー……」

 

 聞き慣れない技名だわ、ほんと。特に「サイ」の部分が抜け落ちそう。

 しかもネーミングの割にサイコキネシスの上位版でしかないというね。

 それに対してグソクムシャさんは無数の糸を作り出してサーナイトを絡め取ろうとして来ている。

 これ、Z技対Z技だったから、あの糸を止められたのでは………?

 

「グソクムシャァァァァァァッ!!」

「ムシャァァァァァァアアアアアアアアアッッ!!」

 

 あ、これ押し返されるやつだ。

 それなら早々に放棄した方が良さそうだな。

 

「サーナイト、テレポート」

 

 別にZ技で決めるつもりもなかったし、拘る必要もない。サーナイトが消えたことでこちら側の押し返す力がなくなり、俺の方にまで巨大な糸が無数に飛んできた。

 だが、どうやら俺の影が鬼火で焼き払ってくれたみたいで俺自身には被害はない。

 

「トドメだ。10まんボルト」

 

 Z技を撃って息絶え絶えになっているグソクムシャの頭上から電撃を落とした。

 

「グソクムシャ?!」

 

 今度こそ、焦げたグソクムシャは動くことはなかった。

 

「グソクムシャ、戦闘不能!」

 

 ふぅ………。

 先の二体よりは強かったな。

 だが、これで残り最大でも三体か。メガシンカもあるし、どうにかなるだろう。

 

「グズマ、次のポケモンは」

「チッ、いねぇよ。オレさまの負けだ」

「うむ、勝者ハチマン君!」

 

 あれま。

 これで終わりですか。

 結局、三体しかポケモンがいなかったのか。まあ、終われるのならそれに越したことはない。

 さてさて、Z技も使ったことだし、このZパワーリングを持って来たと思われるカプ・コケコの反応はどうなることやら。



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17話

「ヒキガヤさん、お疲れさまです。体調の方は大丈夫ですか?」

「ああ、問題ない」

 

 駆け寄って来たムーンがバックからタオルを取り出し、当たり前のように俺に差し出してくる。

 何この用意周到な感じ。確かに汗はかいてますけども。バトルは関係ないんだよなー。無駄に暑いから汗がダラダラなだけだし。

 

「そうですか。それはよかった。Z技はポケモンだけじゃなくトレーナー側も激しく消耗するものですからね。もしやと思いましたけど、杞憂だったみたいですね。安心しました」

「それで言うなら俺よりもあいつの方が消耗激しいんじゃねぇの?」

 

 俺よりも汗がダラダラと滴っているグズマを見やると、ムーンも呆れたような目をした。

 

「あー、確かに。というかヒキガヤさんはよくZ技を途中で止められましたね」

「え? だってあのままやっても押し切られそうだったし、それなら相手がZ技に集中してるところを狙った方が確実だろ?」

「……………」

「………なんだよ」

「いえ、まさかそんな発想になるとは思いもしませんでしたから」

 

 えー………?

 威力デカいけど、言ったらそれだけじゃん?

 消耗が激しいんじゃ、撃った後は隙だらけなんだし、消耗する前にやめて隙を狙う方が得策じゃないの?

 

「どうだ、ムーン。ハチマンのバトルは予想出来なかっただろ?」

「はい、グズマは決して弱くはありません。スカル団を束ねるくらいには強さとカリスマ性を兼ね備えていたと認識しています。ですが、ヒキガヤさんはサーナイト一体で、しかも全て弱点のタイプであるにも拘らず倒してしまいました………」

 

 そりゃ、これでもダークライとクレセリアに鍛えられギラティナと渡り合って来たくらいには強くなってるんだ。グズマ程度では今のサーナイトは倒せないって。

 

「………ムーン、お前もトレーナーの端くれなら覚えておくといい。どんなに威力の高い技でも効果抜群の技でも当たらなければ意味がない。全て躱してしまえば、どんな相手でもこっちのペースだ」

 

 Z技を間近で受けての素直な感想だ。

 あれは躱してこそのもの。躱せないタイミングで放てば絶対的な優位を得られる大技だ。逆に真正面から受け止めようなどと考える方がバカだとも言える。もっと言えば、切り札にするべきではない。元々ないものとして扱って、あったら便利ねくらいが丁度いいだろう。

 それくらい、技後が隙だらけだ。

 

「………それをポケモンたちにやらせるのは中々ハードじゃないですか?」

「そのためのトレーナーだろ? トレーナーが目となり耳となり、情報収集をしてポケモン側に伝える。特にこのポッチャマは猪突猛進タイプっぽいからな。トレーナーが手綱を握って勢いを上手く利用してやる必要があると思うぞ」

「あ、何となく言いたいことが分かりました」

「ポチャ?」

 

 理解が早くて助かる。

 ムーンもポッチャマでそれを経験しているのかもしれない。当のポッチャマは小首を傾げているが………。

 

「っ!? ヒキガヤさん、後ろ?!」

 

 すると急にムーンが叫び出した。

 視線は………俺の背後か。

 声色的に後ろで何かが起こっている。

 となれば、まずは防壁を張っておくか。

 

「まもる」

「えっ………?」

 

 振り向いた瞬間、防壁にピンク色の何かがぶつかった。

 え、なにこれ。特殊な色の隕石?

 

「ハチマン!?」

 

 ムーンの後ろにククイ博士が身を乗り出して俺の安否を確かめてくる。

 焦っているようだが、俺に傷一つ付いていない。

 ダークライ様様である。

 

「………カプ・テテフ」

 

 っ……!?

 

「こいつがカプ・テテフか」

 

 へぇ、こいつがカプ神の一体、カプ・テテフか。

 予想ではカプ・コケコの方が来ると思ってたんだがな。

 

「ムーン、タオルありがとな。下がっててくれ」

 

 タオルを渡してムーンを下がらせ、カプ・テテフの方へと向かう。

 いつの間にか濃いピンク色のオーラが辺り一帯に広がっていた。この色だとサイコフィールドか?

 

「アローラ地方の守り神、カプ神ともあろう者が何で襲撃者まがいのことしてくれてんの?」

 

 以前、ククイ博士やクチナシさんがカプ神は気まぐれだとか言ってたっけ?

 それだけでこんなことをして来るのなら、最早安全などないに等しいぞ。しかも相手は守り神。それ相応の力を有している。その守り神に襲われるんじゃ、治安がクソ悪いにも程がある。

 

「テーテテー」

 

 うん、さっぱり分からん。

 

「分からんが引く気もないみたいだな」

 

 再度攻撃を仕掛けて来たカプ・テテフに向けて右腕を前に突き出す。それだけで、腕から黒いオーラが放たれた。

 

「テテフ?!」

 

 人間の身体から黒いオーラなんぞが出て来たら、例えカプ神であろうと驚きを禁じ得ないようだ。

 その一瞬の隙に左手から禍々しい弾丸を飛ばした。

 だが、そこは守り神。カメックスが甲羅に籠るように、カプ神も卵の殻のような身体に籠り、弾丸が弾き飛ばされていく。

 まあ、本命はそれじゃないからね。

 嬉しい誤算はカプ・テテフが殻に籠ったことだ。これで奴は俺を数秒見失うことになる。

 

「お返しだ。お前が今感じたことを俺たちも感じたんだからな、それ相応の覚悟はあるってことなんだろ?」

 

 再び顔を出したカプ・テテフ背後からもう一発禍々しい弾丸を撃ち込んだ。

 

「え? あれ? ヒキガヤさ………いつの間に?!」

「シャドーボール………、エスパー・フェアリータイプのカプ・テテフには効果抜群だ! それにあくのはどうも普通に通る!」

「いや、ククイ博士! それよりも何でヒキガヤさんがポケモンの技を使えるんですか!?」

 

 特に考えてなかったが、カプ・テテフはエスパー・フェアリータイプなんだっけ?

 なら、あくのはどうも使い所があるな。

 それと終わったらムーンに問い詰められるのは避けられないだろう。

 

「テーテー!」

 

 反撃とばかりにカプ・テテフが周囲にあるものを無作為に浮かせ始めた。

 これはサイコショックか?

 

「チッ、オーラ全開」

 

 ダークライに命令を出すと黒いオーラが俺に纏わりついていき、活性化していく。

 

「テテーフ!」

 

 木の板やら石やらゴミ箱やらバケツといった、本当にそこら辺にある民間人の物を飛ばして来やがった。

 やり方が形振り構わずといった感じで、守り神というよりはただの邪神に見えてくる。

 

「ヒキガヤさん!?」

 

 幸い、その全てが俺に向けて飛ばされているのが救いか。これがムーンたちに飛ばされていたら、俺はカプ神と言えどギラティナ送りにしているところだ。

 

「えっ?!」

 

 黒いオーラで飛来物を呑み込むとサイコパワーを打ち消したのだろう、ぼとぼとと地面に落ちていく。

 これにはカプ・テテフも目を見開いている。

 

「レヒレ!」

「テーテフー?」

 

 おっと?

 何か新しいのが割り込んで来たぞ?

 あれは………?

 

「なっ?! カプ・レヒレ!?」

 

 あれがカプ・レヒレか。

 カプ・テテフを助けに来たのだろうか。それとも止めに来たのか。何かを話しているようだが、これで落ち着いてくれると楽なんだけどな………。

 

「レヒ」

「テテフ!」

「レーヒー!」

「テテーフ!」

 

 やはり加勢側だったか。

 しかも辺り一帯が淡いピンク色のオーラに変わっている。ミストフィールドか。

 こうなるとカプ・コケコとカプ・ブルルだっけ? 他の二体も加勢に来る可能性も否定出来ないな。

 

「二体とも同じ技か」

 

 二体とも地面を叩くと強い衝撃波が俺や俺の後ろにいるムーンたちに押し寄せて来た。

 しかもただの衝撃波じゃない。バランス感覚を持っていかれて下手したら酔いそうだ。俺でこれなんだから後ろの連中は倒れている奴も出ているかもしれない。

 

「しぜんのいかり………っ!」

「………一体カプ・テテフたちは何に怒ってんだ?」

 

 しぜんのいかり?

 そういう技名ってことか。初めて聞くな。

 

「ハチマン、気をつけろ! カプ・テテフたちは本気だ!」

 

 本気?

 この技がか?

 ということはしぜんのいかりとやらはカプ神たちの技なのかもしれないな。それなら、他の技とは一線を画す効果があるはずだ。二度目からは用心するに越したことはない。

 まあ、でもーーー。

 

「そっちが本気だってんなら、こっちも本気で行っていいってことだな」

「「「はあっ?!」」」

「サーナイト、ククイ博士たちの防御に専念してくれ」

「サナ!」

 

 今までムーンの側に控えていたサーナイトにムーンたちを任せて一歩一歩とカプたちに近づいていく。

 

「悪いけどカプ神だろうが何だろうが、ここまでやってくれたんだ。容赦はしねぇ」

 

 こっちも気持ちを戦闘モード、とりわけサカキを前にした時のモードに切り替える。それが伝わったのか黒いオーラもさっきから黒さが増して激しく蠢いているような気がする。

 

「………おいおい、マジかよ」

 

 あれ?

 グズマまで声が弱々しくなってるぞ?

 くくっ、威勢の良かったバトル前を思うと笑えてくるな。

 

「ダークホール」

 

 カプ神たちの周囲に無数の黒い穴を作り出していく。

 

「さあ、どの穴がいいか選べ。特別招待だ。楽しい楽しい悪夢を見せてやるよ」

「テテフ?!」

「レヒィ?!」

「逃げようだなんて思わないことだな。逃げたら最後、悪夢よりも楽しい地獄行きだぞ」

「レ、レヒーッ!」

「テテーフッ!」

 

 挑発したらこんな簡単に乗ってくるとは。本当に守り神として大丈夫か?

 話の通じないウルトラビーストに痺れを切らして、逆に返り討ちに遭ったとしてもこの様子では当然の結果と思えてしまうぞ。

 

「何がしたいのか知らねぇけど」

 

 ………二体同時のムーンフォースか。

 

「そんな攻撃で俺を倒せると思うなよ」

 

 ーーーまもる。

 月の光のエネルギーだろうが何だろうが、防いでしまえばどうとでもなる。しかも力は守り神と同等以上のダークライの技だ。まずこの二体に突破されることはない。

 

「さて、それがお前らの答えってわけだ。なら、残念だがさようならだな。楽しい楽しい悪夢のショーの始まりだ」

 

 警戒しているであろう周囲の黒い穴ではなく、二体の足元に新たな黒い穴を作り出し、一気に呑み込んだ。

 そして、黒い穴をちょっと上へと動かして穴の中から二体を落とす。

 ちゃんとグースカ寝てるようだな。

 なら、これで仕上げだ。

 

「イッツ、ショータイム」

 

 ダークライによるあくむの執行。

 例え守り神であろうとも魘されることだろう。

 

「えっと………勝負有りってことで………いいのか?」

 

 乱入して来た守り神二体が人間にやられたという事実自体に驚いているのか、反応が疑問系だった。

 まあ、無理もない。普通ポケモンと生身で相対しようとする輩はいないのだ。ましてや今回の相手は島の守り神。それも二体とくれば、生身の人間が勝てるような相手ではない。

 

「何やってんだァァァ、グズマァァァァァァッ!!」

 

 ッ!?

 な、なんだっ?!

 

「こんなヤベェ奴に喧嘩売るとか命知らずにも程があるだろォォォ!!」

 

 いきなり発狂し出した奴がいるんだが………。

 何というか、一気に周りの空気が落ち着いたような気がする。

 

「お、おぅ………おう? グズマ、さん?」

「サァーセンシタァァァッ!!」

 

 おう、土・下・座☆

 しかも綺麗なジャンピング土下座。

 グリグリと地面に押し付けるデコからは血が流れて来ている。

 

「お、おう………そうか。分かってくれたか…………」

 

 誰か助けて………。

 これどう反応するべきなのん?

 反応が過剰過ぎて怖いんですけど。

 

「テフゥゥゥッ?!」

「ヒレェェェッ?!」

「ヒィ?!」

 

 あー………カプ神たちが魘され始めた。

 その叫声にグズマが過敏に反応している。

 これ、間接的にもグズマにトラウマを植え付けてしまったのでは?

 

「ど、どうか命だけは! 命だけはァァァッ!?」

 

 こいつは一体俺を何だと思っているのだろうか。流石に命を取ろうなどとは思っちゃいないんだが………。

 それにキャラぶっ壊れ過ぎじゃね? さっきまでの威勢の良さは本当にどこに行っちゃったのよ。

 

「………グズマ? お前キャラぶっ壊れてるぞ。破壊の王グズマさんはどこに行ったんだよ」

「ククイ?! そんなこと言ってる場合じゃねぇだろォォォ! 生身でカプ二体がこの惨状なんだぞ! ヒキガヤのアニキが本気を出せばオレたちなんか一瞬だっ! テメェも頭を下げやがれっ!」

 

 恐怖のあまり狂乱しているグズマにククイ博士が声をかけると、これまたおかしなことを言い出した。

 いや、ヒキガヤのアニキって何よ………。

 

「サナー!」

 

 ああ、やっぱりこういう時はサーナイトに限るよな。

 唯一癒されるわ。

 

「おうおう、サーナイト。よく皆を守ってくれたな」

 

 飛び込んで来たサーナイトを受け止め、頭を撫でながら労うと、「えへへー」という声が漏れ出るような満面の笑みを浮かべて来る。

 これだよ、これ。こういうのでいいんだよ。

 

「えと………その、ヒキガヤ、さん?」

 

 だからムーンさんや。

 そんな難しそうな顔しなさんな。

 あどけなさが残る可愛いお顔が台無しですわよ?

 

「何だ?」

「本当に人間ですか?」

「見たまんまだと思うが………?」

「この惨状を見て疑問に思わない方がおかしいと思うがな」

 

 あ、グラジオは平然としてらっしゃる。

 こいつ、何気に出来る奴なんだな。

 

「クックックッ、やるね兄ちゃん。カプさんたちもこれで下手に手は出して来ないだろうよ。特にカプ・テテフは自分の好奇心に後悔してんじゃないの。まあ最も、ライチやパプウ、サンも兄ちゃんの殺気にやられて伸びてるがな」

 

 それに比べてあの三人よ。

 サンとちっこい島クイーンはいいとしよう。けど、ライチさんは耐えてもらわないと困るんだが………。しかも泡まで吹いて一番重症に見える始末。

 

「………ムーンはよく耐えられたな」

「恐怖心より好奇心が勝ちましたから!」

「あ、さいですか………」

 

 この子はちょっと特殊過ぎました。

 好奇心が恐怖心に打ち勝つってどういうことだってばよ。そしてその好奇心はどこに向けてのものだ? 怖いから聞きたくないが………。

 

「取り敢えず、サーナイトさんや。グズマにいやしのはどうをかけてやって」

「サナ!」

 

 一応血を流させておくわけにもいかないので、サーナイトにグズマの回復をお願いした。

 

「ヒキガヤさん、ヒキガヤさん!」

「今度は何だよ」

「さっきの黒い穴、あれダークライの力ですよねっ? ですよねっ?」

「あ、ああ、まあ、そうだけど………落ち着け? 女の子がしちゃいけない顔になってるぞ?」

 

 これはもうハヤ×ハチとか言って語ってくるエビナさん以上だ。涎垂れてるぞ………。

 

「こんなの落ち着いていられません! ヒキガヤさんの話に度々登場していたダークライ! 今回もアローラに来るまでにダークライがサーナイトを鍛えてくれていたって言ってたじゃないですか! そんなポケモンの力をヒキガヤさん自身が使いこなすなんて、いやそもそも人間がポケモンの技を自在に操るなんて前代未聞ですよ!! 学会に発表したら表彰物です!! ぜひ研究させてください!!」

 

 …………………。

 最早何も見えていないのだろう。自分が何を言っているのかすら理解してなさそう。そんな欲望を剥き出しにするようなこと………なのかもしれないが、自重という言葉を覚えてもらわないとこの先この子が心配になってくる。

 だがまあ、これだけは言っておこう。

 

「一つ訂正しておくと、そう見えるようにしてるだけだからね? 流石にそこまで人間やめてないから」

「そ、そんな?! わたしの、わたしの新しい研究テーマが………!?」

 

 ……………。

 どうして研究者というのはこうも残念な奴が多いのだろうか。変わり者しかなれない決まりでもあったりするのか?

 

「ブル」

「お? ……え?」

 

 残念な少女の未来を案じていると、横からちょいちょいと肩を叩かれた。

 そちらを見やるとカプ・ブルルがおり、左腕をグイッと前に突き出してくる。これは……「グー!」ってことなのか?

 

「お、カプ・ブルルは兄ちゃんを認めたみたいだぜ」

 

 どうやらクチナシさんの言う通りらしい。

 普通仲間がやられたら敵討ちでもして来そうなものなんだが………。

 面倒なことにならなかっただけ良しとするか。

 

「ブンルブンルブンルブンル、ブンルブンルルー」

 

 それだけ示して倒れているカプたちの元へと行ってしまった。

 ………うわ、なんか軽快なリズムを刻みながらカプ・テテフとカプ・レヒレを持ち上げると、勢いよく振り回し始めたぞ。

 

「………いいんすか、あれ」

「いいのいいの。カプさんたちも自業自得よ」

「いやでもカプ・ブルルが………」

「目覚ましのつもりなんじゃないか?」

「………あれが?」

 

 ………………。

 取り敢えず、カプ神について分かったこと。どいつもこいつも為すこと為すこと全てにおいて常識外れだ。理解が追いつかん。

 こいつら頭おかしいんじゃないの………?



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18話

「さて、この惨状をどうしたものか………」

 

 現在、リリィタウンはカオス状態になっている。

 魘されるカプ・テテフとカプ・レヒレをリズミカルに振り回すカプ・ブルルに、俺の目の前で超興奮しているムーンとそれを遠目から見ているグラジオ、そして俺の殺気に充てられたのか気絶してハラさんに介抱されている島クイーンの二人と運び屋の少年。その俺に激しい恐怖心を覚えたらしいグズマがククイ博士を巻き込んでデコを地面に擦り付けながら土下座し続け、その傷口を回復させようと頑張っているサーナイト。最後にこの状況をニヤニヤと楽しんでいるクチナシさん。

 ………諦めてエーテルパラダイスに帰るか。

 

「コケー!」

 

 すると新たな鳴き声が聞こえてきた。

 恐らくこの場にいない最後の守り神、カプ・コケコだろう。

 そして俺にZリングを渡して来たであろうポケモン。

 

「カプたちの様子が気になってはいたが、こうも勢揃いするまでのことになるとはな。おじさんも驚きだぜ」

 

 いや、そんな予想が的中したことに感慨深くなってんじゃないですよ。どうすんのよ、このカオス状態。

 

「コケ」

「カプ・コケコ」

 

 俺の目の前までやって来たカプ・コケコは一度辺りを見渡した。流石のカプ・コケコでもこの惨状は驚きを隠せないらしい。

 

「コケ、コケコ」

 

 うん、分からん。

 ただ頭を下げたし、いきなり攻撃してくるどっかのピンクの悪魔よりは礼儀を持ち合わせているようだ。

 

『ドウホウガスマナイ』

 

 ポゥッと現れた鬼火には、そう文字が浮かんでいる。

 ナイスだ、ダークライ。

 

「まあ、俺もやり過ぎた感はあるからな。お互い様ってことで」

「コケ」

『オンニキル』

 

 二つ目の鬼火には感謝の言葉が。

 いや、本当にあのピンクの悪魔はこいつを見習うべきだと思うわ。

 そして、黄色いクリスタルが差し出された。

 

「これは?」

「あ、それはデンキZですね。お詫びと実力を認めたってことじゃないですか?」

「ムーン、ようやく正気に戻ったか………」

 

 それにしてもデンキZとな。

 確かにデンキZならサーナイトさんいけますし、ありがたくもらっておくが………。

 なんか急すぎない?

 

「コケコケ」

「……ん? あ、そう言うことか。ヒキガヤさん、カプ・コケコはそのデンキZを使ってZ技を撃ってみて欲しいみたいですよ? 受けてみたいって」

「コケ」

「え、なに? そんなこと分かっちゃうの? というか受けたくなっちゃうとかドMなのん?」

 

 普通ポケモンの技を受けたくなるか?

 そういえば好戦的とも言っていたっけ?

 一応手順は踏んで来たことだし、相手するのは別にいいのだが………。守り神がドMか。何か嫌だわ。

 

「はあ………。サーナイト、カモン」

 

 そうは言っても話は進まないし、サーナイトを呼び寄せた。グズマはすっかり地べたに這いつくばっている。土下座すら疲れたのだろう。いや、あれは最上級の土下座ということにしておいてやろう。

 

「サナ?」

「カプ・コケコがな。Z技を撃ち込んで欲しいんだとさ。しかもデンキZの方。一応まだ許容範囲の動きだったから覚えているが、サーナイトはいけるか?」

「サナ!」

「よし、なら一発いくぞ」

「サーナ!」

 

 スパーキングギガボルトだっけ?

 まだデンキZはいいのよ。これがグズマが使っていたムシZとかになると最早覚えていない。何だっけ? 超絶なんとかってやつだったはず。

 

「っ?! エレキフィールド………!」

 

 バトルを了承したら、急に地面に電気が走った。

 不意打ちかと思ったら、ただのエレキフィールド。技の効果を上げようと思ったのかもしれないが、いきなりはビビるからやめようね。

 

「カプたちの特性はフィールドメイカーの効果を持つ。カプ・コケコの場合、特性エレキメイカーでエレキフィールドが作られるんだぜ」

「なるほど、さっきのもそういうことか」

 

 グズマを放って来たククイ博士の解説により、現状とさっきの二体のことに納得がいった。カプ・テテフはサイコフィールド、カプ・レヒレがミストフィールドだったのは、それぞれそういう特性を有していたからということだ。となるとあそこでカプ・テテフとカプ・レヒレを振り回しているカプ・ブルルもそれ系の特性を持っているフィールドメイカーなのだろう。

 

「………ふぅ」

 

 一息いれて。

 ZクリスタルをZリングに嵌めると、サーナイトと一緒に胸の前で腕をクロスさせた。そして、大きく円を描くようにして下ろしていき、両手をグーのまま左手が上になるようにして前に突き出す。次に、右側に大きく両腕を持っていき、再度左側に大きく両腕を降って、右腕はそのまま左脇腹辺りに、左腕を一回転させて右頬辺りにまで持っていった。この時右手は指先が下になるように逆手で開き、左手は指先が上になるようにして開くのがミソらしい。

 

「スパーキングギガボルト」

 

 サーナイトから高電圧の電気が走り、弾丸の形へと収束していく。そして、その弾丸を拳で叩き飛ばすように右拳を前に突き出した。

 

「……コケ!」

 

 カプ・コケコはその高電圧弾を両腕の殻に籠ることで受け止めた。

 

「………まあ、態々受けに来たくらいだし、耐えるわな」

 

 分かってはいたことだけども。

 しかもカプ・コケコもでんきタイプだから、余計に耐えられるとは思っていたけども。

 ………なんかあっさりし過ぎだろ。

 

「………耐えられてしまいましたね」

「分かってたことだ。でないとそれはそれで困る」

 

 撃てと言われて撃ったのだから、それで倒してしまったら逆恨みされかねないしな。流石にないだろうけども………。

 

「コケー! コッコ!」

「む? 何ですかな、カプ・コケコ」

 

 おっと?

 急にカプ・コケコが気絶者を介抱していたハラさんを呼びつけやがったぞ?

 すごく、すごく嫌な予感がする。

 

「コケ、コケ」

「………もしやカプ・コケコもZ技を撃ちたいのですかな?」

「コケ!」

 

 ………はあ。

 やはりか。

 その話は最初なかったはずなんだが?

 撃てというからこっちは撃ったというのに、お返しをされるなんて聞いてないぞ。しかもこっちはお前と違ってでんきタイプでもなければ、じめんタイプ等威力半減以下にするタイプを持ち合わせてないんだが………?

 くっ、ハメられた!

 あ、エレキフィールドもあるんだった。最悪だ…………。

 

「いきますぞ! カプ・コケコ!」

 

 まあ、こうなったら受け止めるしかない。

 躱したら躱したで二次被害が出る可能性もあるし、そうでなくともカプ・コケコが機嫌を損ねるかもしれない。そうなるとカプ神全員で襲いかかって来るということも充分考えられる。

 それは流石に面倒だ。ならば、どうにかして受け止めるしかない。ただ単に防壁を張ったところで壊されるのは目に見えている。それ程の威力を持っているのがZ技だ。

 となると………使うしかないか。

 

「スパーキングギガボルト!」

 

 俺たちが取った動きと同様のモーションでハラさんとカプ・コケコがスパーキングギガボルトを放って来た。

 

「メガシンカ」

 

 技の強化にはポケモンの強化で受けるのが最小限のリスクで済むだろう。

 キーストーンとサーナイトナイトが共鳴し合い、白い光に包まれながら爆発的なエネルギーを発し、撃ち込まれた高電圧弾を相殺していく。ついでにエレキフィールドもミストフィールドに変えてしまった。

 やっぱりうちのサーナイトのメガシンカは特殊だな。カルネさんのサーナイトにはなかった現象だ。まあ、過程が過程なだけにちょっと特殊なケースになっていてもおかしくはない、か。

 

「コケ?!」

 

 おーおー、驚いてる驚いてる。

 そりゃ守り神のZ技に対抗技を放つわけでもなく、ただ姿を変えるためのエネルギーで相殺したんだ。こっちだって平然としていられる方が恐ろしいと言えよう。その場合、既にメガシンカを知っているということにもなる。

 これでこっちも意趣返しが出来たかな。

 

「カプ・コケコ。俺にZリングを託して来たのは、お前か?」

「………コケ」

 

 カプ・コケコは俺の問いに対し、静かに首を縦に振った。

 

「そうか。………何が目的かは知らんが、一応もらっておこう。その上で、これはその返礼とでも思ってくれ。サーナイト、ハイパーボイス」

 

 そろそろ奴らにも起きてもらわないとだしな。

 カプ・コケコは咄嗟に両腕を閉じて殻に籠ったが、浮いていた身体は地につき、転がり始めた。

 殻があっても相当耳が痛いらしい。当然、俺も両手で耳を押さえているし、慣れたとはいえ、俺も耳が痛い。メガサーナイトの特性フェアリースキンのお陰なのだろうか。ノーマルタイプの技がフェアリータイプの技となり、威力が上がるフェアリースキン。取り敢えず、守り神にも効果はあるみたいだな。いいデータが取れた。

 

「レヒ………?」

「……テーテ?」

「ブルル……」

 

 向こうも起きたみたいだな。

 さて、悪夢の方はどうなったのやら。

 これで大人しくなってくれると楽なんだがなぁ………。

 

「ヒ、ヒキガヤ、さん………せめて、使う前に………言っ、て………」

 

 あ、すまん。

 ムーンが一番近くにいたんだったな。

 

「すまんな」

 

 後ろにいたムーンの頭に手を置き、撫で回す。

 それにしても大の大人たちよりもムーンの方が真っ先に倒れそうなのに、よく耐えているよな。この中では一番年下組だろ? もう一人の年下組は妥当だとしても島クイーンの二人は有事の際にあまり役に立たないかもしれんな。

 

「さて、カプ・テテフとカプ・レヒレも起きたみたいだし、な?」

「テテッ?!」

「レヒィィィ?!」

 

 睨みを効かせて二体の方を見ると、予想以上に怯えていた。一体悪夢で何を見せられたのやら………。

 相変わらずカプ・ブルルはマイペース………おい、鼻ほじるなよ。

 島クイーンも島クイーンだが、守り神も守り神だな。まともな奴はいないのか?

 

「………コケ」

「カプ・コケコ。結局、これは何のために俺に渡したんだ?」

「コケコケコッコ。コケコケココーケコケコッコ」

『ヨソモノヲシタガエルモノヨ。アローラノヒホウヲカエスガヨイ』

 

 長い。そして分からん。

 堪らずダークライが火の玉に文字を浮かび上げてくれた。

 余所者? を従える………?

 ウツロイドのことか?

 なら、俺のことで間違いないんだな。

 となるとアローラの秘宝は………アレのことか。

 なるほど、こちらとしてもアレの対処に困っていたのは事実。こいつに渡してしまえば、一応守り神なのだし悪いようにはならないだろう。

 

「えっと………どこだ…………あ、あったあった。これだろ?」

 

 リュックの中から肌身離さず持っていた球体を取り出すと、カプ・コケコへと差し出した。

 

「コケ」

 

 ビンゴ。

 これが何なのかは結局分からず終いだったが、アローラの秘宝と呼ばれるくらいなのだからそれ相応の価値があるのだろう。

 

「………何ですか、それ」

「さあな。俺にも分からん。ただ、カロスにいた頃に二人組の男女がウツロイドにこれを奪われて、数ヶ月後そのウツロイドから何故か俺に託されたんだ」

「………謎すぎません?」

「色々とな。けど、こうしてアローラの守り神に返してしまえば、悪いようにはならないだろ?」

「まあ、そうでしょうね。なんせアローラの秘宝と呼ばれてるみたいですし」

 

 俺が持っていてもしょうがないのは明白。

 こういうのはさっさと当事者のところへ返すに限る。

 

「おい、ハチマン! それ、ソウルハートじゃないか!」

 

 んげ!?

 面倒なのが食いついて来やがった。しかも何か知ってる風だし。

 

「はっ? ソウルハート?」

「ああ、五百年くらい前に造られたからくりポケモン、マギアナの魂だ」

「………はあ? 魂? これが?」

 

 いやいやいや。

 魂って………。しかも五百年前とかそんな技術があったのかも怪しい。

 本当にソウルハートとやらなのか?

 

「簡単に言えば、人工的に造られた機械の身体を動かす本体みたいなものだ。ただ、このソウルハートの製造方法に問題があってな」

「問題?」

「ポケモンの魂を凝縮して造られている。しかも製造場所はカロス地方」

「ッ?! そういうことかよ………」

 

 そりゃ出来なくもない技術だ。その犠牲が多くのポケモンの命だとしても、過去それ以上の犠牲を生み出しているあの最終兵器ならばなおさら。

 

「ああ、幸い造られた当時は悪用されることもなく、世話係ポケモンとして機能していたらしいんだが、どういうわけかここアローラに持ち込まれていたんだ。それ以来、アローラの秘宝として祀られていたんだが、ウルトラ楽園の際に密かに持ち出されていたというのが、今回の話だ」

「………なるほど。やはりあいつらが取った側だったってわけだ。それをウツロイドが追いかけて奪い返し、何故か俺に託したと。最後は謎だが、概ね理解はした」

 

 シャムとカーツ。

 やはり奴らは本物のようだ。

 ただ、未だ解けない謎なのが、何故ウツロイドがあの二人を追いかけてまで取り返したのか。そして、それを何故俺に託したのか。

 

「恐らくカプ・テテフが襲って来たのもソウルハートが狙いだったのだろう」

「それならそうと言えばいいものを………だからああなるんだ。あいつは自業自得だな」

 

 取り敢えず、カプ・テテフに襲われた理由としては納得出来た。

 だが、反撃したことに対する罪悪感は一切ない。

 

「んじゃま、ソウルハートは返したからな。Zリングも交換って意味合いなんだろ?」

「コケ」

「了解。サーナイト、もう解いていいぞ」

「サナ!」

 

 カプ・コケコの意図も掴めたしバトルを続行する目的もないようなので、サーナイトに姿を戻すように促した。

 

「も、戻った?!」

「ヒ、ヒキガヤの兄貴! 今のは!?」

 

 白い光に包まれたサーナイトは、どこにでもいるサーナイトの姿へと変わり、意識のある一同がギョッとしている。まあ、一人だけ知っているためその限りではないが。

 

「メガシンカだよ、メガシンカ。Z技でポケモンの技がパワーアップするように、メガシンカでポケモン自体がパワーアップするんだよ」

「メガシンカ………そういえば、聞いたことがあります。確か進化を超えたメガシンカ。バトル中にしか起きない現象だけど、最終進化形ですらさらに姿を変える現象………でしたっけ?」

 

 ほう、流石はムーン。

 メガシンカのことも概要だけでも頭に入れていたか。

 

「まあ、そんな感じだな」

「………つまり、グズマとのバトルは全然本気ではなかったと?」

「そうなるな。フルでかかってくるなら、後半戦にでも出さざるを得ないかと思ってたんだが………杞憂だったみたいだ」

 

 グラジオはグズマとのバトルでの状況をようやく把握したのか、あり得ないと一体顔で確認にしてきた。

 

「………何やってんだグズマァァァアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

 それを聞いていたグズマは、またしても発狂している。

 何ならさっきよりも酷い。

 

「こんな隠し玉持ってるようなお人に端から勝てるわけがないだろうォォォッ!?」

 

 あーあ、またデコを地面に打ち付けちゃって。そんなに地面が大好きなのかよ。

 

「情緒不安定だな………」

「その原因はハチマンなんだけどなー………」

 

 うるさいよ、そこの上半身半裸の男!

 原因が俺なのは重々自覚してるっつの。

 それでも確認したかったのは、それだけのインパクトがあったということだろ。

 

「ク、ククイ博士。実はわたしたちはとんでもない人物を匿っていたんじゃないですか………?」

「え? 最初からそう言ってたと思うんだが…………? ハチマンはカロス地方のポケモン協会の理事だって」

「…………そういえば、そうでしたね」

「実感湧かないな………」

 

 なんだ未だにその話を信じられてなかったのか。

 

「何なら死んだことになってるような人間だぞ?」

 

 ボソっとそう呟けば「うっ……」とムーンとグラジオが言葉を詰まらせた。

 グズマの方を見やると……。

 

「あ、ついにグズマまで意識飛ばした………」

 

 土下座のまま顔だけ上げて既に気絶していた。

 どうやらグズマでも現実を受け入れられなかったようだ………。

 

「………この光景、シュールだな」

 

 現状、俺の周りにムーン、グラジオ、ククイ博士と少し離れてカプ・コケコ、ハラさん。そしてそんな俺たちを土下座のまま顔だけ上げて気絶しているグズマに、その奥で今もなお気絶したままな島クイーン二人と運び屋、加えて抱き合ったまま俺を見て真っ青な顔でプルプル震えているカプ・テテフにカプ・レヒレ、最後にニヤニヤと終始面白がっているクチナシさんに鼻ほじってるカプ・ブルル。

 おい、最後! 静かだと思ったら楽しんでんじゃねぇよ! あと鼻ほじるな! あ、鼻くそカプ・テテフの方に吹きやがった………。

 

「まあ、これで正式にカプたちに認められたんだ。ハチマン、今日はオレのところに泊まってけ。明日からどうするか決めようじゃないか」

 

 ………そうだな。退院したことだし、行く宛もないんだ。お邪魔させてもらうことにしよう。

 



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行間

〜手持ちポケモン紹介〜(18話現在)

 

 

ヒキガヤハチマン 持ち物:キーストーンetc………

・サーナイト(ラルトス→キルリア→サーナイト) ♀

 持ち物:サーナイトナイト

 特性:シンクロ←→フェアリースキン

 覚えてる技:リフレクター、ねんりき、まもる、テレポート、マジカルリーフ、シャドーボール、マジカルシャイン、トリックルーム、シンクロノイズ、サイコキネシス、いのちのしずく、しんぴのまもり、ムーンフォース、サイコショック、さいみんじゅつ、ゆめくい、あくむ、かなしばり、かげぶんしん、ちょうはつ、サイケこうせん、みらいよち、めいそう、でんげきは、チャージビーム、10まんボルト、でんじは、こごえるかぜ、シグナルビーム、くさむすび、エナジーボール、のしかかり、きあいだま、かみなりパンチ、ミストフィールド、スピードスター、かげうち

 Z技:スパーキングギガボルト

 

・ウツロイド

 覚えてる技:ようかいえき、マジカルシャイン、はたきおとす、10まんボルト、サイコキネシス、ミラーコート、アシッドボム、クリアスモッグ、ベノムショック、ベノムトラップ、クロスポイズン、どくづき、サイコショック、パワージェム、アイアンヘッド、くさむすび、でんじは、まきつく、からみつく、しめつける、ぶんまわす

 憑依技:ハチマンパンチ、ハチマンキック、ハチマンヘッド

 

・ダークライ

 特性:ナイトメア

 覚えてる技:ダークホール(ブラックホール)、おにび、ゆめくい、あくのはどう、かげぶんしん、ふいうち、さいみんじゅつ、あくむ、かなしばり、ちょうはつ、でんじは、でんげきは、チャージビーム、10まんボルト、サイコキネシス、きあいだま、でんこうせっか、シャドークロー、だましうち、かわらわり

 

・クレセリア ♀

 特性:ふゆう

 覚えてる技:サイコキネシス、みらいよち、チャージビーム、くさむすび、シグナルビーム、ムーンフォース、サイコシフト、みかづきのまい、てだすけ、つきのひかり、サイコショック、さいみんじゅつ、サイケこうせん、めいそう、でんじは、こごえるかぜ、エナジーボール、のしかかり

 

控え

・リザードン(ヒトカゲ→リザード→リザードン) ♂

 特性:もうか

 覚えてる技:かえんほうしゃ、メタルクロー、かみつく、おにび、えんまく、はがねのつばさ、かみなりパンチ、ドラゴンクロー、シャドークロー、つばめがえし、りゅうのまい、かみくだく、カウンター、じしん、フレアドライブ、ブラストバーン、げきりん、じわれ、だいもんじ、ソーラービーム、リフレクター、はらだいこ、ぼうふう、ねっぷう、あなをほる、れんごく、かげぶんしん、ブレイズキック

 飛行術

 ・ハイヨーヨー:上昇から下降

 ・ローヨーヨー:下降から上昇

 ・トルネード:高速回転

 ・エアキックターン:空中でターン

 ・スイシーダ:地面に叩きつける

 ・シザーズ:左右に移動して撹乱

 ・ソニックブースト:ゼロからトップに急加速

 ・コブラ:急停止・急加速

 ・ブラスターロール:翻って背後を取る

 ・グリーンスリーブス:連続で攻撃して空中に釣り上げる

 ・デルタフォース:空中で大きな三角形を描くように連続攻撃

 ・ペンタグラムフォース:空中で五芒星を描くように連続攻撃

 ・バードゲージ:スピードを活かして相手の動きをコントロールしていく

 ・スモール・パッケージ・ホールド:背面飛行で相手の下を飛行する

 

・ゲッコウガ(ケロマツ→ゲコガシラ→ゲッコウガ) ♂

 特性:きずなへんげ(へんげんじざい→きずなへんげ)

 覚えてる技:みずのはどう、あなをほる、かげぶんしん、れいとうパンチ、れいとうビーム、つばめがえし、ハイドロポンプ、くさむすび、グロウパンチ、えんまく、がんせきふうじ、いわなだれ、まもる、かげうち、みずしゅりけん、どろぼう、つじぎり、ハイドロカノン、めざめるパワー(炎)、とんぼがえり、とびはねる、ほごしょく、けたぐり、ぶんまわす、あくのはどう、どろあそび、ふぶき、たたみがえし、ダストシュート

 

・ヘルガー ♂

 持ち物:ヘルガナイト

 特性:もらいび←→サンパワー

 覚えてる技:かみつく、ほのおのキバ、ふいうち、おにび、かえんほうしゃ、かみくだく、れんごく、ほえる、はかいこうせん、アイアンテール、あくのはどう、みちづれ、だいもんじ、ハイパーボイス、ヘドロばくだん、ちょうはつ、ほのおのうず、まもる

 

・ボスゴドラ ♂

 持ち物:ボスゴドラナイト

 特性:がんじょう

 覚えてる技:ロックブラスト、あなをほる、なげつける、メタルクロー、アイアンヘッド、アイアンテール、てっぺき、メタルバースト、ボディパージ、ヘビーボンバー、ロックカット、ほのおのパンチ、もろはのずつき、ラスターカノン、ドラゴンダイブ、でんじふゆう、だいちのちから、カウンター、ばかぢから

 

不明

・ジュカイン(キモリ→ジュプトル→ジュカイン) ♂

 持ち物:ジュカインナイト

 特性:しんりょく←→ひらいしん

 覚えてる技:でんこうせっか、リーフストーム、リーフブレード、ドラゴンクロー、タネマシンガン、ギガドレイン、かみなりパンチ、スピードスター、くさむすび、ソーラービーム、エナジーボール、シザークロス、くさのちかい、マジカルリーフ、タネばくだん、こうそくいどう、つめとぎ、いやなおと、こうごうせい、くさぶえ、やどりぎのタネ、グラスフィールド、なやみのタネ、ハードプラント、つばめがえし、ものまね、みがわり、じならし、アイアンテール、けたぐり、つじぎり、グロウパンチ、まもる、ぶんまわす、あなをほる

 

 

ムーン

・ジュナイパー(モクロー→フクスロー→ジュナイパー) ♂

 特性:しんりょく

 覚えてる技:このは、はっぱカッター、かげぬい

 

・デンヂムシ(アゴジムシ→デンヂムシ) ♂

 特性:バッテリー(むしのしらせ→バッテリー)

 覚えてる技:いとをはく

 

・ベトベトン(アローラの姿)(ベトベターA→ベトベトンA) ♂

 特性:どくしゅ

 覚えてる技:どくガス

 

・ヒドイデ ♀

 特性:ひとでなし

 覚えてる技:どくづき

 

・ポッチャマ

 

 

サン

・ガオガエン(ニャビー→ニャヒート→ガオガエン) ♂

 特性:もうか

 覚えてる技:ひのこ→ダイナミックフルフレイム

 

・ニャース(アローラの姿) ♂ ダラー

 特性:テクニシャン

 覚えてる技:つじぎり、だましうち、ダメおし、ネコにこばん

 

・ヨワシ ♂ バーツ

 特性:ぎょぐん

 覚えてる技:アクアテール、みずでっぽう

 

・ミミッキュ ♂ フラン

 特性:ばけのかわ

 覚えてる技:

 

・ケケンカニ ♂ ドン

 特性:てつのこぶし

 覚えてる技:

 

・ツンデツンデ レイ

 特性:ビーストブースト

 覚えてる技:いわなだれ

 

ライドポケモン

・リザードン(ライドポケモン)

 覚えてる技:かえんほうしゃ

 

・ケンタロス

 

・ムーランド

 

 

グズマ

・グソクムシャ

 特性:ききかいひ

 覚えてる技:であいがしら、アクアブレイク、どくづき、シザークロス

 

・アメモース

 覚えてる技:あわ、みずあそび、エアスラッシュ、でんこうせっか、とびかかる

 

・ハッサム

 覚えてる技:バレットパンチ、シザークロス、こうそくいどう

 

 

カプ神

・カプ・コケコ

 特性:エレキメイカー

 使った技:スパーキングギガボルト

 

・カプ・テテフ

 特性:サイコメイカー

 使った技:サイコショック、しぜんのいかり、ムーンフォース、からにこもる

 

・カプ・ブルル

 特性:グラスメイカー

 

・カプ・レヒレ

 特性:ミストメイカー

 使った技:しぜんのいかり、ムーンフォース

 



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19話

 あれから砂浜の方に降りて、ククイ博士宅の前でバーベキューに相成った。バーネット博士がルザミーネさんについて行っているため、現在独り身の半裸男は自由気ままに生活しているらしく、ドンチャン騒ぎを起こしても問題ないらしい。

 俺はそんなバカどもを遠目に空を見上げていたら、いつの間にか寝ていたらしく、気が付いたら朝だった。

 朝から茹だるような暑さ。

 移住だけは絶対に無理な地方トップグラスだという感想しか抱けない。

 

「………みんなすげぇな。よく砂の上で寝れるな」

 

 夜はまだいい。熱が引いて砂も気持ちよかった。だが、朝からこの暑さだ。既にジリジリと砂が熱くなってきている。だというのに爆睡している奴らは何なんだろうか。

 

「………ニャァ」

「………はい?」

 

 ………いやね。なんか重たいとは思っていたのよ。無駄に暑苦しくも感じてはいたのよ。

 それがまさか腹の上でポケモンが寝ているとは思わないでしょ。

 カマクラーーニャオニクスに似てないこともない全身黒を基調とし、赤の縞々模様が入っている小型なポケモン。

 

「人の上で気持ちよさそうに寝やがって………」

 

 これでは身動きも取れそうにない。幸い砂の上で寝ているわけではないし、パラソルの下でビーチチェアに横になっているから何とかなりそうではあるが、出来ることなら室内に移動したい。

 

「………抱いていけばいけなくもないか」

 

 小型なポケモン故に、抱き抱えようと思えば楽勝だ。

 今はそれよりも室内に入りたい。それと水分も欲しくなってきた。こんな朝から炎天下にいたのでは脱水症状になり兼ねないし、さっさと入るに越したことはないだろう。

 

「よっこらせっと」

 

 身体を起こして立ち上がり、併せて眠りこける小型ポケモンも抱えてククイ宅へと侵入。鍵は開いていた。不用心だなと思ったが、周りにご近所さんすらいないこんな砂浜で用心もくそもないなと納得しておく。何なら俺たちがいつでも入れるようにしておいてくれたのかもしれないし。

 

「お、ハチマン、おはようさん」

「うす、おざます」

 

 中では悠々と椅子に座ってタブレットをいじっている家主が。

 一人だけ涼しい思いをしやがって。

 

「何抱いてんだ?」

「起きたら腹の上に乗っかってたんすよ」

 

 ニャスパーだった頃のカマクラを撫でるように、抱き抱える小型ポケモンの顎を撫でると「ニャァ………」と息を漏らした。

 だらしない顔をしやがって………。

 

「ああ、ニャビーか。ここには元々いなかったし、野生だろうな」

「何でまた野生がこんなところに………」

 

 そんなだらしない顔を見たククイ博士がポケモンの種族を言い当てた。

 なるほど、こいつはニャビーというのか。

 アローラのポケモンはほとんど勉強してないからな。知ってるの、ウルトラビーストくらいじゃね?

 

「アローラはそういうところだからな。あんまり野生のポケモンも人間に対して警戒心がないんだよ」

「それ野生として大丈夫なのか………?」

 

 見るからに人慣れしているニャビーさん。

 最早野生に返す方が危険なのではと思えてくるくらい、緩み切っている。

 

「あ、ヒキガヤさん! おはようございます!」

「おお、ムーン。おはよう」

 

 早起きなのがもう一人いたか。

 こっちは真面目少女だからな。起きていても不思議ではない。

 それにしても寝癖がすごいことになってるぞ。俺のアイデンティティが危うくなるくらいには立ってる。

 

「ムーンは早起きだったんだな」

「そうでもないですよ。わたしが起きた時にはククイ博士とクチナシさんが既に起きてましたから」

「因みに何時起き?」

「一時間くらい前ですかね」

 

 お、おおう………。

 今何時だと思ってるんだろうか。

 チラッと見ただけだが、まだ六時前だぞ?

 早起きなんてもんじゃねぇ………。

 だが、この時間で既に暑苦しいという現実。住めば都というが、本当に俺の身体は適応出来るのだろうか。ちょっと心配だ。

 

「………元気だな」

「それが取り柄だからな」

「それで、そのクチナシさんは?」

「ウラウラ島に帰ったぜ。ハチマンの挑戦待ってるってよ」

「はあ………、やっぱり行かないとダメなのか」

 

 俺とバトルするの楽しみにしてるって言ってたもんなー。あれ、冗談だったらよかったのに。

 となると、島巡り? とやらをやることになるのか?

 それはそれでアローラの文化知るためにもいいかもしれないが、それよりも今は一度カロス地方戻りたいからなー。時間的猶予はそうないんだし、時間のかかることはあまりしたくないんだよなー。

 

「昨日のハチマンを見ている分には、カプたちも認めてたみたいだし、ほぼ島巡りが終わったと言ってもいいんだよな………」

 

 え? 今何と?

 ほぼ島巡りが終わった………?

 そもそも島巡りがあまりよく分かってないが、マジで終わったのん?

 

「そうですね。ヒキガヤさんの域まで到達している人はまずいないでしょうし、島巡りの意味が霞みそう」

 

 え? 霞んじゃうの?

 言い方が悪いがそんなにレベル低いのか?

 

「だから島キング・島クイーンとバトルするだけってのはどうだ? みんなにとってもハチマンみたいな強者とバトル出来るなんてまたとない機会なんだよ」

「………まあ、それくらいならいいか。そんな時間もかからないだろうし」

「ああ、どうせ観に行くつもりなんだろ?」

「まあな。今年の優勝者くらいは自分の目で観ておきたい」

 

 分かってらっしゃるじゃないの。

 そもそもカロスでの大会のことはククイ博士によるタレコミだからな。俺がどういう行動を取るかなんて分かっていたはずだ。

 

「優勝者?」

「ああ、ムーンにはこの話したことなかったよな。今カロス地方では去年ハチマンたちが主催したポケモンリーグ大会の第二回が開かれてるんだよ」

「………ん? ヒキガヤさんたちが主催?」

 

 ククイ博士の言葉に理解が追いついていないのか、ムーンがコテンと小首を傾げる。

 そしてややあって俺の方を見るとまたコテンと逆方向に小首を傾げた。

 

「………あ、そういえば結構な地位にいたんでしたね」

 

 ようやく理解したかと思えばこの言いよう。絶対忘れてたな。昨日も似たような反応していたくせに。

 

「お前、俺が元ポケモン協会の理事ってこと忘れてただろ」

「やだなー。そんなわけないじゃないですかー。ただヒキガヤさんのイメージに全くないので結びついてないだけですよー」

「それ、もっと酷いからね? こんなんでも自分の金を寄付して再興したくらいには貢献してるんだぞ?」

 

 絶対信じないだろうがな。

 一応言っといてやろう。じゃないとムーンの中での俺が一体どういう人物に作り替えられてしまうのか計り知れないぞ。

 

「…………………ヒキガヤさん、他人のわたしがこんなことを聞くのはマナー違反だとは思いますが、答えてください」

「まあ、答えられることなら」

「貯蓄いくらあるんですか?」

 

 直球だな!

 だがしかし!

 こんな状態になってるんだから、もちろんあるわけないだろう!

 ワハハ!

 …………はあ、悲し。

 

「今はほぼない」

「ああ、聞き方が悪かったですね。寄付する前はいくらあったんですか?」

「………億は余裕で超えてた」

「ヒキガヤさん!」

 

 うわっと!

 いやいやいや近い近いいい匂い近い!

 急に詰めてくるなよ!

 しかもそんな真剣な目で。俺を犯罪者に仕立て上げる気か!?

 

「な、なんだよ………」

「わたしと結婚してください!」

 

 ………………………………。

 

「はい?」

 

 今こいつ何つった?

 

「だからわたしと結婚しましょう!」

 

 ドヤァ! と胸を張るムーン。

 一体この子は何を誇らしげに胸を張っているのだろうか。ルミルミと同年代のお子様がない胸を張ってもねぇ………。

 

「………ニャァ」

「お前の毛フサフサだな。全然野生のポケモンとは思えないぞ」

 

 うん、聞かなかったことにしよう。

 それよりもこのニャビーをどうするかだ。一撫ですれば毛の良さが伝わってくる。リザードンとはまた違った柔らかい毛だ。ただ、こいつも進化をしていくに連れて毛が太く硬くなっていくんだろうな。それでも手入れ次第ではそれ相応にフサフサになるがな。

 

「そのニャビーは?」

 

 ………よし、話が逸れた。

 

「朝起きたら腹の上に乗っかってた」

「はあ……」

「アローラのポケモンって警戒心薄いのか?」

「そうでもないとは思いますけど………あ、でも他の地方に比べたら緩いかも」

「ほーん」

 

 研究者ともなればポケモンのことを話題にすれば食いついてくるのは分かっている。あとはどこまで興味を惹かせられるかだな。

 

「そのニャビー、どうするんですか?」

「どうしようか………、こいつ全然起きねぇんだよなー」

 

 寝言のように鳴くニャビーは夢でも見ているのだろうか。

 こうして見るとまだまだ幼さが残っていて、可愛く見えてくる。実年齢は知らないが、これで高齢ってことはないだろう。まあ、進化してないから若いということにはならないし、その逆も然りだ。だから見た目で判断するのはご法度と言えよう。

 

「ニャビーはほのおタイプのポケモンですからね。熱には敏感なところがあるのかもしれませんよ」

「それは何か? 俺から離れないのは俺の熱を気に入ったとかって言いたいのか?」

「そう言われると研究したくなってくるじゃないですか。だからヒキガヤさん! わたしと結婚しましょう!」

 

 だぁぁぁあああああああああああああああっっ!!

 折角話を逸らせてたってのに!

 こいつもこいつで話に乗っかるフリして話の基軸を修正して来やがったぞ!

 これが天才の実力ってか!

 

「………病気だな」

「病気じゃありません!」

 

 嘆くことしか出来ない俺の呟きにムーンが真正面から返してくる。

 こいつはどうして俺なんぞと結婚などという人生の一大イベントを、そのクソガキの歳で敢行しようという発想に至ったのだろうか。こいつこそ研究するべきなんじゃないか? 特殊な人間だぞ?

 

「ククイ博士、ゲラゲラ笑ってないでムーンをどうにかしてください」

「クハハハハッ! いいじゃないか、ハチマン! モテモテで! 羨ましい限りだぜ!」

「他人事だからって………。これがロリっ子じゃなければもう少し心が揺さぶられただろうに………」

 

 でももう俺にはあいつらがいるからね。揺さぶられたとしてもそれ以上のことはない。

 

「わたしのこと、キライですか………?」

 

 んぐ………。

 こいつ、俺より身長低いのをいいことに上目遣いからのつぶらなひとみを使って来やがったぞ。

 ………いかんいかん。

 こんなことで動揺していては先が思いやられる。

 

「嫌いではない」

「では!」

 

 まあ、変な部分もあるが好意的な奴だと思う。広い範囲で言えば、こいつに何かあった場合には俺も何かしらのアクションを起こすことも吝かではない。付き合いは非常に浅いが、そう思わせるだけのものをムーンに感じているのも事実。

 

「………はあ、何が目的なんだよ」

 

 だからこそ、何と返すのがいいのかさっぱり分からん。

 

「ヒキガヤさんと結婚すれば、地位も財産もある人のお嫁さんじゃないですか」

「まあ、傍から見たらそう見えなくもないだろうな」

「そうなればわたしは研究し放題じゃないですか! 研究費のこととか気にせず好きなだけ! 好きなことを! ああ、なんて素晴らしい!」

 

 ……………。

 

「………つまり、支援者がいれば結婚とかどうでもいいと?」

「まあ、端的に言えばそうなりますね」

 

 ……………。

 

「ん?」

「………マジか。愛もへったくれもねぇ……………」

 

 ピンク色な話が途端にモノクロに変わったぞ。

 なんつー動機だよ。それ、ただの金蔓じゃねぇか。

 俺の気遣いを返せ! 何が研究し放題だ!

 

「あー……まず、先に言っておくとだな。俺には既に嫁的なのが何人かいる」

「ええ、聞きましたよ。初めての親友にストーカーに後輩にストーカーの姉に実の妹、加えて元恩師に先輩に過去に告白した相手とかも誑かしているハーレム鬼畜野郎だって」

「うん、間違ってないけど、マジで俺が鬼畜以外の何者でもなく聞こえるからその目はやめような」

 

 いやほんと。

 無駄に覚えているし、それを嬉々として思い出されると逆にこっちの心が痛んでくる。これが冷たい視線だったら自覚がある分、まだよかったんだがな。

 

「なら聞くが、そんな男をお前はどう思うよ」

「彼女たちはいがみ合ってるわけじゃないんですよね?」

 

 そうだな。

 そう思うと不思議なことだよな。もっとドロドロな関係になりそうなものを。ユキノとユイに至っては百合百合しいしな。

 

「仲は良いな。お互いべったりな奴らもいる。何なら俺に何かあったら全員で犯人を血祭りに上げそうなくらいだな」

 

 というか現に俺がこんな状況になってるんだから、マジでやってそう。

 

「なら、問題ないのでは? それだけ統率の取れたハーレムなんて男の理想じゃないですか。というかそもそもヒキガヤさんにそれだけの甲斐性があるからこそでしょ。そこにわたしも加わればお金ガッポガッポでウハウハな気分で研究に没頭出来ますよ!」

 

 ダメだ………。

 この子の頭の中は研究のことしかないわ。

 研究者としては将来有望だが、女の子としてはどうなんだ………?

 人のこと言えた義理ではないが、それでももう少し願望とかあるでしょうに。

 

「取り敢えず、お前の頭の中にはポケモンの研究しかないことだけは分かったわ」

 

 こうなったら、ムーンに結婚を迫られるのを回避するために、研究費のバックアップに出るべきか………?

 

「何というか、地位も財産もある使い勝手のいい兄貴を使い倒そうとする妹って感じの構図だな」

 

 やめろよ、そんなゲラゲラ笑いながら他人事のように言ってんじゃねぇよ。このちょっと手段を選ばないところとかコマチに似てなくもないかもとか内心思わなくもないってのに、そんなこと言われたら余計に怖くなってくるだろうが。

 

「………はあ、絶対こいつの兄貴にはなりたくねぇな」

 

 そう言えば、姉貴がいるとか言ってなかったか?

 ムーンのお姉さまもご愁傷様で………。

 

「お兄ちゃん、だーいすき!」

 

 ……………………。

 

「…………………」

「…………………」

「…………………」

「………っ」

 

 お互いの空気が固まりじっと見つめ合うと、ムーンの顔がみるみる紅くなっていった。

 

「恥ずかしいならやるなよ」

「だって、ヒキガヤさんがわたしの兄にはなりたくないって言うから、つい……」

 

 尻窄みになりながらモジモジしているムーン。

 可愛いかよ!

 最初からそういう姿を見せられれば俺だって大きく揺さぶられただろうに。

 

「ったく、お前は色々と背伸びし過ぎなんだよ。大体お前は世間一般的に、まだスクールを卒業して一年も経ってないような年齢なんだ。研究に没頭するのもいいが、年相応に甘えたってバチは当たらねぇよ」

「こ、子供扱いしないでください………」

「子供が何言ってんだよ」

 

 ぐりぐりと頭を撫でてやるとお気に召さないのか唇を尖らせている。手は頭にある俺の手を退かそうと被せてきたがそれだけで、その先は動かそうとしない。

 ………こういうところは素直じゃないな。

 

「ニャァ………?」

「お、目が覚めたか、ニャビー」

「ニャ」

 

 そうこうしているとニャビーが目を覚ました。

 

「………それで、そのニャビーはどうするんですか」

「どうしような。起きたら俺の腹の上で寝てたから放っておくのもなんだし、こうして抱いてるんだけど」

「一匹で行動している奴だし捕まえても問題はないと思うぞ」

「ニャ〜………」

 

 話を理解していないニャビーは呑気な鳴き声を上げて、俺の腕の中で伸びをしている。

 

「捕まえるねぇ………」

 

 今の時点で俺の腕の中から出ていく気配もないし、ボールに入れたとしても問題はなさそうだが………。

 

「お前はどうしたいんだ?」

「ニャ?」

 

 聞いたところで答えが返ってくるわけでもない。

 

「………ま、ボールに入れるだけが捕まえるってわけでもないしな。しばらく連れ歩くか」

「そういうのも有りなんですね」

「俺は基本そんなんばっかだぞ?」

「それはバトルして捕まえたことがないということですか?」

「ああ、リザードンはヒトカゲの時に家の前で倒れてたし、ダークライは契約、ゲッコウガはケロマツの時にトレーナーを厳選していて結果的に俺を選んで、ジュカインはキモリの時に一人力の出しどころを求めてたからしばらく連れ歩いてただけだし、ヘルガーは一応組織から配布されたポケモンで、ボスゴドラはちょいと協力してもらう機会があってサーナイトなんかラルトスの時に事件の最中で倒れていたところを保護したからな」

「…………それは女誑しの派生能力?」

「知らん」

 

 そんな派生能力あっても嬉しくないな。

 誑かしているつもりはないが、今の状況では誑かしていると思われても仕方がないような気もする。結局、将来像を明言せぬままになっちまってるんだし、そこは申し訳ないと思うわけで………。

 

「………こんな状況だし、マジでどうするべきか」

 

 死人扱いになっている現状、俺は表立ってあいつらの前に姿を出すわけにはいかないのは確か。かといって状況が分からないままアローラに残るのは選択肢にない。一度カロスに戻って状況を把握し、その時アローラに舞い戻ってくるか決めることになるだろう。

 ああ、そうなったらムーンの支援をするのもいいかもしれない。働き口もこのメンツならいくらでも用意してくれるだろう。何なら好きなことして稼ぐことだって出来なくはない。

 色々手はあるのかもな。

 ………あ、そうだ。

 

「話があらぬ方向に行くし超どうでもいいことだが、博士から見てぶっちゃけグズマってどういう存在なんだ?」

「反抗期真っ只中の後輩。手のかかる弟だな」

 

 …………………。

 もう少しあいつに優しくしてやろう。



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20話

最初に言っておきます。
今回は超長いです。


 早朝からククイ博士やムーンと話しているとぞろぞろと起床者が増えていった。中には起きてパンだけ持って仕事に行った運び屋とか島キング・島クイーンもおり、残っているのは俺とムーンと家主のククイ博士、それからグラジオと意外にもグズマの五人である。

 俺は未だに抱いているニャビーに癒され、隣でムーンが俺を観察しており、ロトム図鑑がその記録。グズマとグラジオがソファでテレビを観ている。いや、そこ二人! 普通に馴染み過ぎじゃね?

 

「はい、全員注目!」

 

 そんな中、ククイ博士が急に声を張った。手にはタブレット端末が。何か面白い記事でもあったのだろうか。

 

「………なんだよ」

「ハチマンには言ったが、今カロス地方ではポケモンリーグ大会が開かれている」

 

 ああ、大会関連の話か。

 何か進展でもあったのか?

 

「そしてその大会で新四天王の実力のお披露目があったんだが、またそれがとんでもないものでな。今から観てみようと思うんだが、どうだ?」

 

 新四天王ってことはイロハが何かやったのか?

 この前見たホームページの新四天王紹介動画はあくまでも自己紹介のようなものであって、実力のお披露目は今回ってことなのかもしれないな。となるとバトルを見せるのが妥当な展開だが………。

 

「実力ってことはバトルでもしたのか?」

「ああ、相手は氷の女王だ」

「へぇ、そりゃ観たいな」

 

 氷の女王って………。

 でも、ユキノとバトルしたのか。

 半年前まではユキノの方が強かったが、四天王になったからにはもっと成長していることだろう。

 何はともあれ俺がいなくなってからの二人の実力が見られるんだ。これは観るしかないだろ。

 

「ヒキガヤさんが観たがるくらいなら、相当なカードなようですね。わたしも観ます」

「カロス地方ということはメガシンカも見られる可能性があるということか。オレも観ます」

 

 ムーンとグラジオは賛成派。

 

「グズマはどうする?」

「ハッ、んなの決まってんだろうが。ヒキガヤの兄貴が観るっつってんだ。さっさと観せやがれ」

 

 グズマはよく分からない理屈を出してきた。

 ほんと意味が分からん。何で俺が観るって言ったらお前も観ることになるんだよ。

 

「んじゃ、再生っと」

 

 テレビの入力を切り替えてタブレット画面をテレビに映し出した。

 流れて来たのは人で埋め尽くされたドーム型の施設。その中央にバトルフィールドが広がっている。

 

『それではこの二人に第二回カロスポケモンリーグ大会開催のエキシビジョンマッチを行っていただきましょう! まずはこの人! 新四天王に就任後、これが初の公式バトルとなる今大会の注目人、四天王イロハ!!』

 

 どうやら再生された動画はエキシビジョンマッチを抜き取ったものなのだろう。実況の紹介により盛大な歓声とともにイロハが登場してきた。

 

「ヒキガヤさんは彼女をご存知なんですか?」

「知ってるも何も俺の後輩だ」

「えっ?! 彼女がですか!?」

 

 それは何に対しての驚きなのだろうか。例の後輩が出て来たからか? それとも四天王にしては若すぎるからか?

 前者は俺の立場を考えれば可能性としては考えられなくもないだろうし、後者だと他の地方に俺たちと同年代の四天王のだっているはずだ。もしくは就任当時が俺たちの年代だったか。とにもかくにもイロハが四天王として若すぎるということはないのだ。

 

『そして対するのはこの人! 前理事の右腕でもあった今やカロスポケモン協会の顔でもある、三冠王ユキノ!!』

 

 反対側から黒長髪をポニーテールに纏めたユキノが登場してくる。バトルということもあり、ニット素材のトレーナーにホットパンツに黒タイツという動きやすいスタイルである。ちなみにイロハは白シャツの上からピンクのカーディガンを羽織り、下はミニにしたプリーツスカートである。

 ちょっと危機感足りなくないですかね………。何がとは言わないがテレビで見えないことを祈るしかない。

 

『ルールは今大会同様、フルバトルによる公式戦! ポケモンにつき選択出来る技は四つまでという中で、それぞれどういうバトルを組み立てていくのか! それでは見せてもらいましょう!』

 

 大会のルールの見本も兼ねたバトルというわけだ。これで初めて見る視聴者にもこんな感じに行われると印象付けるつもりなのだろう。ド田舎でもない限り、ポケモンバトルの公式ルールくらい誰でも知ってそうだがな。トレーナー未満の子供たちを意識しているのかもしれない。

 

『バトル、開始!』

 

 開始の合図が出されて互いにボールから最初のポケモンを出すのかと思いきや、睨み合ったまま動かない。いや、正確にはボールにかける手だけが小さく動いているか。

 二人の中では既にバトルが始まっているのだろう。どのタイミングでどのポケモンを出せば相手より先手を突けるか。その一瞬を探しているという感じか。

 

「おいおい、ポケモン出さねぇのかよ」

「もう二人の中ではバトルが始まっている。あいつらはお互いのポケモンを知っている分、最初のポケモンを出すこの瞬間が勝敗を左右するんだ」

「グズマ、このバトルはお前の想像を超えたバトルになるだろう。黙って見ていた方がいい」

「チッ、そうかよ」

 

 丁度二人の手がボールを握った。

 

『ガブリアス、ドラゴンダイブ!』

『マンムー、こおりのつぶて!』

 

 投げ出されたのはガブリアスとマンムー。

 同じじめんタイプであるが、もう一つのタイプによりこの時点で相性に優劣がついてしまった。

 ガブリアスは飛び出す勢いのまま、赤と青の竜を模したオーラを纏ってマンムーへと突っ込み、そのマンムーも行手を阻もうと氷の礫で牽制していく。

 

『最初のポケモンはガブリアスとマンムーだぁぁぁ! 相性ではマンムーに分が出たか!』

 

 礫を砕きながらガブリアスはマンムーの正面に身体を打ちつけた。

 最初からお互いにダメージが入った形だ。

 

『ステルスロック!』

 

 翻ってイロハのところへ戻るついでに、ガブリアスは尖った岩々を地面に植え付けた。植え付けたという表現も何か違和感を感じるが、種のように消えていったのだから植え付けたと表現するしかない。

 

『マンムー、もう一度こおりのつぶてよ!』

 

 距離を取ったガブリアスに対して、マンムーが氷の礫を打ち放った。

 

『ガブリアス! 躱しながら距離を詰めて!』

 

 しかし、そこはガブリアスの身のこなしにより躱され、空いた距離をすぐに縮めていく。

 

『くっ、マンムー、牙で受け止めなさい!』

 

 正面から再度突っ込んで来るガブリアスをマンムーは二本の牙で受け止めた。

 

『ほのおのキバ!』

 

 だが、狙いはその牙だったようで、牙に噛みつき炎で焼き付けていく。

 マンムーにとっては効果抜群の炎技。牙であろうとダメージはしっかりと入ったことだろう。一つ懸念材料といえば、特性があついしぼうかどうかというところだな。今の牙への攻撃ではその判断を下すことは出来ない。

 

『くっ、ゆきなだれ!』

 

 ただ、これで終わるユキノではない。

 すぐに攻守を切り替えてダメージを負いながら、ガブリアスの頭上から雪崩を落とした。

 こっちも効果抜群。何ならドラゴン・じめんタイプということもあり、しかも攻撃を受けた直後のゆきなだれであるため、ダメージはマンムーの比ではない。

 それでも倒れない辺り、相当四天王たちに鍛えられたのだろう。

 

『…………やりますね』

『イロハもね。でもそう簡単に負けるわけにもいかないわ。あなたがここまで上がって来たことは素直に嬉しいけれど、私だってあなたと同じ人が目標だもの。まだまだ先のところに彼はいたのだから、こんなところで負けてられないわ』

『そうですね、先輩ならまだまだサプライズを用意しますもんね。でも私だって……。ガブリアス、にほんばれ!』

 

 二人の会話までマイクが拾っちゃってるよ。

 あれ? てか何かフィールド近くでロトムらしきのが複数体いるように見えるんだが………?

 あの飛んでるのって機械だけど、ロトムの顔が付いてるよな。

 

『マンムー、こおりのつぶてよ!』

『トルネード!』

 

 日差しが強くなった中、再三に渡り氷の礫がガブリアスを牽制していくも、今度は身体を高速回転させて弾き飛ばしてしまった。

 というかイロハまで飛行術を取り入れたのね。

 

『牙で受け止めなさい!』

 

 ユキノはあくまでも同じ算段でいくつもりなのだろう。

 ただ、パターンを態々変えて来たということは、イロハなら何か仕掛けて来るのは間違いない。

 

『今だよ! ドライブB!』

 

 ほら、やっぱり。

 イロハの戦法にドライブBなんてのは聞いたことないが、マンムーの牙に捕まる目前で地面を蹴り上げ、マンムーの背に腕を伸ばして一回転し、反転しながらマンムーの背後に着地した。どこぞの王子様が打ち返したテニス球みたいだ。綺麗に二連続で弧を描いててパッと見マジであのドライブBだわ。

 ともなると、クールドライブとか言って相手側に飛び込んで着地と同時に回転して攻撃とかしちゃったりするのかね………。イロハならやり兼ねんな。

 

『後ろよ、マンムー! ゆきなだれ!』

『そのまま、ほのおのキバ!』

 

 地面を強く蹴り上げたガブリアスは、マンムーの後部に炎を纏った牙で噛み付いた。

 だが、ユキノの反応も早かった。

 ドライブBの形が出来上がった時には驚きを収め、次の展開の対応の指示を出していた。

 噛みつかれたマンムーは後ろを見ることなく、ガブリアスの頭上から雪崩を落とし、豪雪がガブリアスを襲っていく。

 タイミングも見事という他ない。

 指示は早くともマンムーの動き自体はガブリアスの素早さに負けている。だが、これがゆきなだれの威力を倍増させるポイントにもなった。

 

『ガブリアス、戦闘不能!』

 

 そして、敢えなくガブリアスは意識を手放した。

 いや、これで耐えられたら俺も目が点になっていたことだろう。

 てか、審判の周りにいるのやっぱりロトムたちだよな。判定の手助けでもしてるのかね。

 

『お疲れさま、ガブリアス。相性の悪いマンムー相手にいいバトルだったよ』

 

 悪いというか最悪というか。

 一番苦手なタイプを相手にしたんだ。押し切れる程の効果的な大技がないというのも問題だったかもしれない。あるいは後続のことを考えたにほんばれが使える技を制限してしまったのか。

 何にせよフレアドライブとかあればよかったなと思ってしまうくらいには、あの二体の実力からして難しいバトルだったと言えよう。

 

「すげぇ………」

「これが外の人たちの実力…………」

 

 それはあのグズマでさえ感じていることだ。

 それににほんばれを使っていたということは、次に出て来るのはほのおタイプだろう。そいつで一気に攻め落とすつもりか。

 

『目下の課題はステルスロックをどうするかね』

『そりゃこっちもフォレトスがいないことを読んで仕掛けてますから』

『そう、やっぱりそういうことなのね』

 

 お互いに手持ちのポケモンを知っているが故の読み合いだな。

 だが、ユキノのあの顔。何か用意してあるって感じだ。

 

『私がハチマンから得た技術は圧倒的な知識を持つことでバトル展開を読んでいく術。対して、あなたがハチマンから得た技術はフィールドの支配術。ほのおタイプ専門の四天王として最近みずタイプを増やして来た私に対して、あなたがどう仕掛けてくるのかは一通りシミュレーションしているわ。だから、ステルスロックが使われる可能性も考えているのよ。その対策もね。戻りなさい、マンムー』

 

 ガブリアスを切り札にしているシロナさんとかになれば、話は別だろうが、そうでないイロハなら序盤からガブリアスを導入してくることも大いに考えられる。

 だが、これはほのおタイプ専門の四天王としてのバトルだ。手持ちはほのおタイプで固めて来ているはず。ともなれば、ガブリアスを出してくるという確率も大幅に下がるわけだが、その読み合いにすらユキノが勝ったって感じだな。事実、マンムーでガブリアスを撃退しているし。

 

『へぇ、なら見せてもらいましょうか』

 

 ただ、あのイロハがそれくらいで動揺するとは限らない。あいつは元来他人への見せ方に長けている。それが事ポケモンバトルにおいては、ポケモンの技や特性、果てにはポケモンの進化のタイミングやどのタイミングでどのポケモンを出すかで、観客を魅了するのだ。それが結果的に観客を味方に付けることになり、相手には焦りを生み出し、その隙を突くという狡賢さがある。

 

『行きなさい、ボーマンダ!』

『いくよ、ヒードラン!』

 

 ッ?!

 ………そう来たか。

 これは流石にユキノも一瞬言葉を呑み込んだな。

 ヒードラン。火山の洞穴に生息しているとされる伝説のポケモン。その力は封印せざるを得ない程のもので、放っておけば活火山が噴火し放題と言われるぐらいヤバい奴である。火山が大きければ大きい程、ヒードランが生息しているとも言われており、伝説のポケモンの中では数はいる方ではないかとされている。

 

『な、ななななんとぉぉぉ! ここで四天王イロハ、伝説のポケモンであるヒードランを出して来ました! 一年前の彼女をご存知の方は衝撃的なことでしょう! 私もそうです!』

 

 この実況者、去年の奴か?

 スッとこんな言葉が出て来るなんてそうとしか考えられないぞ。

 

『そうですね。去年の彼女を知る者ならば、今四天王としてここに立っているということだけでも驚きでしょうね』

 

 ん………?

 この声、カルネさんか?

 実況席にいるってことだよな………?

 解説役か何かで呼ばれたのかね。

 

「………なあ、何がそんなに衝撃的なんだ? 伝説のポケモンを手持ちにしている四天王が世界を見ても数少ないとは言え、それ以上のことってあるか? カプと一緒にZ技を撃つあのクソじじいらと変わんねぇだろ」

 

 ………なるほど。

 確かにアローラ民にとってはそう感じるのかもしれないな。

 同じく崇められているカプ神たちは各島に存在し、そのカプ神たちに認められた島キング・島クイーンが一緒に儀式を行う行事があるとか言っていた。ならば、アローラ民には伝説のポケモンであっても身近に感じにいる存在と思っていてもおかしな話ではない。

 

「イロハはトレーナーになってまだ一年半くらいだ。そんな奴が伝説のポケモンを連れて四天王として現れてみろ」

 

 ただ、イロハに関しては話が別だ。

 あいつはまだトレーナーになって一年半強しか経っていないのだ。しかも既に一年前からはボルケニオンという伝説のポケモンがいる。それもヒードランとかの数が多い部類ではない、幻と目される希少種が。そこに二体目の伝説のポケモンともなれば、イロハと関わりのある者は特に驚いているだろう。

 

「去年、身分を隠して出場した身としてはあれは衝撃的だったな。あの時点でまだ彼女はトレーナーになって半年しか経っていない新米トレーナーだった。それが今じゃ伝説のポケモンを引っ提げた四天王になったって言うんだから、流石はハチマンの息がかかってる娘だよ」

 

 いや、俺は関係ないでしょうに。

 

「わたしはそもそもトレーナーじゃなかったですけど、ルナアーラとZ技を撃ちましたよ?」

「お前ら図鑑所有者は例外だ。特別な運命力を持つお前らと一緒にされたんじゃ、俺たち一般人は泣くしかない」

「そんなにですか!?」

『ボーマンダ、きりばらい!』

『マグマストーム!』

 

 ムーンに図鑑所有者たちと比較されていると第二ラウンドが始まった。

 ボールから出て来ていたボーマンダは空高くに移動し、ステルスロックを回避済み。代わりに特性のいかくが機能していなかったが、伝説のポケモン相手にはあってもなくても対して変わらないだろう。

 そして、ステルスロックの岩々を砕くようにボーマンダは両翼から一閃を生み出し、フィールドに撃ち込んだ。

 その間にヒードランがマグマを天高く撃ち上げていく。砕かれた岩々も呑み込まれて行き、フィールド一帯は吹きこぼれたドロドロの赤黒いマグマによって侵食され………。

 

『ハイドロポンプで炎の柱に穴を開けるのよ!』

『ストーンエッジ!』

『な、何という威力でしょうか!? マグマの熱にバトルフィールドが耐えられるのか心配です!』

 

 マグマの柱に呑まれたボーマンダは水砲撃で出口を作り出し、何とか逃げ出すことに成功していた。

 にほんばれによってえげつないことになってしまったな。これではフィールドが使い物にならなくなるのではないだろうか。一応、封印されるくらいにはヤバい奴だぞ? そこに威力アップとか施設が耐え切れるものでもないだろうに………。

 

「………おいおい、届いてねぇぞ」

 

 グズマの言う通り、地面から突き出した岩々はマグマを撃ち上げるくらいでボーマンダには届いていない。

 

『ボーマンダ、フィールドにハイドロポンプよ! マグマを飛ばされないようにしなさい!』

 

 ユキノもその隙にどこかで使われそうなフィールドのマグマを消しにかかる。

 水を浴びたマグマは急激に冷やされ、黒い塊へと変化していった。

 イロハがあんな初歩的なミスをするとは考えられない。ミスと捉えられるように仕向けたと考えた方が無難だろう。となると、あいつは何をしようとしているのか。その一点に尽きる。

 

『ヘビィボンバー!』

 

 ッ?!

 いや、マジか。

 岩が突き出す運動を利用して、あの鋼のボディをボーマンダよりもさらに上空へと打ち上げたというのか………?

 

『ブラスターロールで躱してハイドロポンプよ!』

 

 急降下してくるヒードランを翻って躱し、代わりにヒードランの背中に向けて水砲撃を放った。

 

『マグマストーム!』

 

 鋼のボディは地割れが起きる程の衝撃で着地し、その地割れからマグマが一気に立ち昇っていく。

 上から降り注ぐ水砲撃をも呑み込み、マグマがボーマンダを包み込んだ。

 

『戻りなさい、ボーマンダ!』

 

 と思った瞬間、間一髪でボーマンダをボールに戻した。赤い光が届く範囲だったのがせめてもの救いとなったようだな。

 

「なんつーパワーだ。あれが伝説の力ってことかよ………」

「カプたちも本気を出せば似たようなもんだぞ」

 

 グズマの呟きにククイ博士がボソっと返した。それが聞こえていたのだろう。遠慮のない舌打ちが部屋に響く。

 

『………ヒードラン。だからあなたは一体だけずっと見せてくれなかったのね。時が来ればとか言ってはぐらかしていたのは、この時のためだったと』

『ふふん、このバトルは私がカロスに帰って来た時から既に始まってたんですよ!』

 

 ん?

 それはカントーから帰って来た時ってわけじゃないよな?

 あの時はヒードランなんていなかったし、捕まえるどころか襲撃に遭ったくらいだ。となるとその後でカロスから出ていたということになるのか。ヒードランの神話が残るシンオウか、それとも他の地方か。そこでヒードランを仲間にして帰って来たということだろう。

 行動的というか何というか………。

 

『全く………、そういうところまで似なくていいのに』

『やだなー、若いからって舐められないためですよー。このバトルに関してはついでです、ついで』

『………はあ、そういうことにしておきましょう。ギャロップ、こうそくいどう!』

 

 ユキノが三体目に出してきたのはギャロップ。同じほのおタイプではあるが、ユキノのギャロップの特性はもらいび。マグマストームをこれで封じたようなものだ。とはいえ、相手は伝説のポケモン。はがねタイプを有するヒードランには弱点を突いていかなければ、ギャロップに勝ち目はないだろう。幸い、ギャロップにはドリルライナーがある。それにかくとうタイプの技も覚えているはずだ。だから勝ち目がないわけではない。

 ただまあ………。

 ユキノは気づいていそうだが、ヒードランにもほのおタイプの技は効果がないだろう。ヒードランはその鋼の鎧すら溶かす自らの炎に耐性を持っている。つまりは、ギャロップと同じく特性もらいびを持っている可能性が大なのだ。

 

『特性もらいびで私の炎を無効化しようと準備してたみたいですけど、それくらい私だって読んでますよ! ヒードラン、ストーンエッジでジャンプ!』

 

 イロハのこの言葉をどう解釈するかは人それぞれだろう。ただ、俺には「ギャロップを出されたところでこっちももらいびですし、イーブンなんですよねー」と言っているように聞こえた。

 

『へぇ、流石ね。詰め込んだ知識がこんなところで役に立つなんて、生のヒードランと戦えて光栄だわ。ギャロップ、ドリルライナーで迎え撃ちなさい!』

 

 先程と同様に自身を打ち上げたヒードランを迎え撃つため、ギャロップは角を回転させ始めた。

 ほのお・はがねタイプのヒードランにじめんタイプのドリルライナーは効果絶大だが、あの鋼の身体が落下してくるとなるとギャロップの角では些か力不足感が否めない。

 

「マグマストームを封じられたヒードランでどうするんだろうな」

「ストーンエッジでどうにかするしかないのでは………?」

「さあな。ヒードランは技の一枠がまだ使われていない。その一枠をどの技にするかで勝敗は傾くことだろう」

 

 イロハを知らない三人はここからどうバトルを組み立ていくのか予想がついていないらしい。さりとて俺も今のイロハがどういう戦法を取り入れるようになったのかは定かではないため、取り敢えずストーンエッジで飛ぶ動きからの落下攻撃が数パターンあると賭けよう。

 

『てっぺき!』

 

 ボーマンダに対してはヘビィボンバーだったが、今度はてっぺきで防御力を上げての落下になるのか。しかも展開した鉄の壁は『面』であり、『点』を突こうとするギャロップを押し潰すことも考えられているようだ。

 

『そのままいなして!』

 

 それを悟ったユキノも角が鉄の壁に触れた瞬間に首を傾けさせて滑らせることで、押し潰されるのを避けた。

 

『ストーンエッジ!』

 

 ただ、イロハがそんなことでは終わらせるはずもなく、着地と同時にその衝撃を利用して勢いよく地面から岩を突き出して、ギャロップの身体を撃ち上げた。

 見上げていた空は日差しが弱まり、天気の効果が無くなったことを示している。あってもなくても変わらない気もしなくはないが、あの二人はそうでもないだろう。

 というか、なんか長かったような気がするのは俺だけか?

 

『ギャロップ、もう一度こうそくいどう!』

 

 空中で態勢を立て直したギャロップは、着地と同時に再度高速で走り回り、ヒードランの目を撹乱していく。

 

『ヒードラン、てっぺき!』

 

 ヒードランはいつ攻撃が来てもいいようにか、防御力を高めてじっとその時を待つことにしたようだ。

 恐らくあの二人は今読み合いをしていることだろう。

 身体が重くてそこまで動きに俊敏性があるわけでもないヒードランに対し、機動性のあるギャロップがさらに加速する必要なんて特にない。となると考えられるのはギャロップが使える技の伏線ということ。

 

『バトンタッチ!』

 

 そう、すなわちこの技である。

 ギャロップがユキノの方へ戻る動きを見せると、ユキノの方もボールから次のポケモンを出し、その二体がタッチして能力上昇を引き継いだ。

 

『ここで三冠王のエース、オーダイルの登場だぁぁぁあああああああああっっ!!』

 

 しかも出てきたのはオーダイル。

 ユキノの絶対的エース。特性げきりゅうが発動すれば、さらに強さが増して伝説やメガシンカポケモン級でないと太刀打ち出来なくなる奴。暴走を機に俺には従順になっちまったが………。

 そんなポケモンを四体目に投入となると、それだけヒードランが厄介な相手らしい。

 

『オーダイル、アクアブレイク!』

 

 引き継いだ素早さを活かして一瞬でヒードランの目の前に移動し、水の刃で横一閃。

 しかし、防御力を高めていたヒードランは後退するに留まり耐え切った。

 

『マグマストーム!』

 

 そしてマグマの柱を立たせ、自身をも呑み込みながらオーダイルを襲う。

 

『じしん!』

 

 おお、じしんか。

 オーダイルもじしんを使えるようになってたのか。

 今まで使うところは見たことなかったが、新たに覚えさせたのかね。

 

『ストーンエッジでジャンプ!』

 

 超効果抜群だが、これも耐えたヒードランが再度岩で自身を突き上げて上に行った。

 

『ヘビィボンバー!』

 

 そして落下する力も合わせて全体重を乗せてオーダイルへと落ちていく。

 

『オーダイル、アクアブレイクで受け止めて!』

 

 それをオーダイルが水の刃に滑らせて軌道を変えた。

 

『ヒードラン、そのままストーンエッジ!』

 

 着地の流れから衝撃を利用してオーダイルの足下から岩を突き出すとオーダイルは咄嗟に自分の判断でそれを躱して距離を取る。

 

『………硬いわね』

『そりゃ、ヒードラン相手にこうそくいどうを使うなんて、バトンタッチの伏線の可能性を考えましたからね。そうすると出てくるのは一気に決められるオーダイル。それなら防御力を上げておけば耐えられると思いました』

『そう、私もヒードランがもらいびだろうから、ほのおタイプ同士のバトルを意識させた上で交代するつもりだったわ』

『では、その読み合いは私の勝ちですね』

『それはどうかしら? オーダイル!』

 

 踏み込んだオーダイルはギャロップから引き継いだ素早さで一瞬にしてヒードランの背後に回り込み、右上から一閃斬りつけた。

 

『ドラァ!?』

 

 今度こそイロハのところまで吹き飛ばされたヒードランはひっくり返っている。

 

『トドメよ! じしん!』

 

 そしてオーダイルは容赦なく地面を揺らし反転したヒードランを激しく揺さぶりトドメを刺した。

 

『………ヒードラン、戦闘不能!』

 

 ユキノのポケモンでオーダイルだけはやはり格が違うな。伝説のポケモン相手でも引けを取らない。まあ、ギャロップのアシストがあったからというのもあるが、それがなくともどうにか出来ていただろう。それだけの実力はある。

 

『ありがとー、ヒードラン。これでユキノ先輩の手持ちは何となく分かったよ。あとはみんなに任せてね』

『ヒードラン、戦闘不能ぉぉぉおおおおおおっ!! やはり三冠王の名は伊達ではない! 新四天王にも引けを取らないどころか、未だ戦闘不能のポケモンを出していません! しかし、四天王イロハの実力も相当なものですっ!! ここまでのバトルだけでも高度な展開を繰り広げているのがひしひしと伝わってきます!』

『私でも相当気を張らないと一瞬の隙を突かれてしまいそうだわ。それくらい読み合いが高度過ぎる。これこそがトップレベルのバトルと言ったところね』

「何というか、凄い攻防ですね」

「ああ、一見四天王側が負けているように見えるが、終始自分のペースに引き込んでいるように感じられる」

 

 ムーンのざっくりとした感想にグラジオも言葉を続けた。

 どうやら二人には負けているはずのイロハが終始自分のペースに引き込んでいるように見えるらしい。

 それもそのはずだ。

 イロハの狙いはにほんばれ下で一気にヒードランで片付けようって算段だと思っていたが、ヒードランを相手取るだけで四体目のポケモンまで見せてしまっている。手札を見せるということは早い内から対策を立てられるということ。ここまで来るとイロハの狙いはヒードランというインパクトを利用してユキノの今回のパーティーメンバーを探ることだったようだ。

 初手にガブリアスを出すことでユキノの得意タイプであるこおりタイプを引き出し、次にほのおタイプを出すことで交代させる。しかもそれが伝説のポケモンで初披露ともなれば、ユキノとて探りを入れていくしかない。そして、結果的にヒードランだけでポケモンを三体見せることになってしまった。決め手もオーダイルしかなかったともなれば、ヒードランの恐ろしさがより伝わってくる。

 

『二つ聞いておきたいのだけれど』

 

 束の間のインターバルなのかユキノがイロハに話しかけた。

 

『はい? 何でしょうか?』

『ガブリアスに何か持たせてない? そうね、例えば熱い岩、とか』

『お見事です。一応ほのおタイプ専門ってことになってるんで、日差しが強くなる時間を延ばすために持たせました』

 

 なるほど、だから日差しが強い時間が長かったのか。

 火山から取れたであろう熱い岩という代物は常に熱を持ち続けている掌サイズの岩というか石であり、持っていることでにほんばれを使うと日差しが強い時間が長くなるのだ。他にも各天候には似たような道具があるのだが、よくそんなものを手に入れていたな。

 

『やっぱりそうだったのね。いつもより長い気がしていたのよ』

『ダイゴさんが四天王就任祝いにって色々くれたんですよ。ほら、あの人石大好き人間じゃないですか』

 

 あ、犯人はあの人か。

 あの石マニアで有名なチャンピオンであれば余裕で持っていそうだわ。しかも四天王就任祝いでポンと出してくるなんて、さすがは御曹司。かねもちは感覚が違うな。

 

『他地方の元チャンピオンにまで目をかけてもらえる四天王ってどうなのかしら………』

『先輩経由の人脈なんで。ユキノ先輩だってそうでしょ?』

『そうね、あなたよりは私個人の人脈はあると思うけれど、彼の人脈の広さは異常だわ』

 

 それはただの成り行きだ。

 ほら、ソネザキさん家のマサキさんとか超成り行きじゃん。道に迷ってたところにポケナビいらないからやるって言われてもらっただけだぞ。あと、カロスで言えばあの変態博士とか。行く先々にいやがるもんだから嫌でも顔を覚えてしまうというね。

 今も成り行きでアローラにいるし、成り行きって恐ろしい………。

 

『もう一つだけれど、ヒードランの特性は?』

『ふふん! もちろんもらいびですよ!』

 

 うわー、ドヤ顔で胸を張ってやがる。

 見ないうちにちょっと大きくなったことない?

 うん、やめとこう。

 

『やっぱりね。炎技を使わなくて正解だったわ』

『いやー、ワンチャン試し撃ちしてくれないかなーって期待してたんですけどねー』

『ヒードランは比較的研究されているもの。特性くらいは余裕で公表されているわ』

『ですよねー。ユキノ先輩なら知ってると思ってましたよ。さあ、次行きましょう!」

 

 それよりもそろそろ再開しないとオーダイルの疲れが少し回復するのではと思ったら、イロハも無理矢理会話を切りやがった。あれ、俺には出来ねぇわ。

 

『マフォクシー、トリックルーム!』

 

 うわ、あいつえげつな。

 バトンタッチでギャロップの素早さを引き継いでいるオーダイル相手に、ボールから出した途端トリックルームとか鬼畜以外の何者でもない無慈悲な所業。いろはす、容赦ねぇ。

 

『………ほんと、いい性格してるわよね。オーダイル、戻りなさい』

 

 素早さが反転した空間をフィールド一帯広げられては、今のオーダイルにはなす術もなかっただろう。例えそれがタイプ相性のいいマフォクシー相手だったとしても。

 

『ギャロップ、マフォクシーを倒すわよ!』

 

 ギャロップのもらいびでヒードラン同様炎技を封じるつもりなのだろう。ただ、ヒードランと違うのはマフォクシーはエスパータイプを持ち合わせている。しかもギャロップが使える技はドリルライナーともう一つのみ。こうそくいどうなんてしばらくは自殺行為だし、バトンタッチはこうそくいどうが使えないと無意味だ。

 さあ、一見ユキノが有利なこの状況でユキノはどう出るのやら………。

 

『でんこうせっか!』

『サイコキネシス!』

 

 同時に指示が出されたが、今回の読み合いの勝ちはイロハだな。

 こうそくいどうが使えない今、ドリルライナーを確実に当てるために急接近出来る技はでんこうせっかしかない。それを読んでマフォクシーに超念力で空中に固定することで動きを封じさせたのだろう。

 ここまで来るとイロハが段々ヤバいトレーナーに見えてくるな。ユキノですら手玉に取っていそうだ。

 

『サイコキネシスで今度は落ちてる岩を操って!』

 

 あ、終わったな………。

 まさかのヒードランが度々使っていたストーンエッジの破片を攻撃手段に用いて来やがった。こういう時の判定はどうなるのか検証したこともなかったが、恐らく効果抜群になるのだろう。

 

『ストーンエッジ、GO!』

 

 サイコキネシスで岩の破片を飛ばす型のストーンエッジを再現し、全方位からギャロップは狙い撃ちにされてしまった。綺麗にコントロール出来ているのは手に持つ木の棒のおかげだろう。まるで指揮者のようである。

 

『ドリルライナー!』

 

 何とか正面から来る岩々を角で砕いていくが、そんなものは四方の一角に過ぎない。身体の方は諸に受けているため、ダメージの蓄積は相当なものになる。

 

『マフォクシー、サイコキネシスで続けて!』

 

 そして、ここからマフォクシーによる一方的な蹂躙が始まった。

 そういえば、マフォクシーってイロハに性格が似てるんだっけか。だからあいつも蹂躙するのに抵抗ないのか…………。

 

「………彼女、容赦ないですね。身動きが取れない相手を狙い撃ちとか、可愛い顔した悪魔か何かですか?」

「強ち間違いじゃないな。あれはあざとい小悪魔だ。男を手玉に取るのは朝飯前。怒ったら笑顔でチンコもいじゃうからとか言い兼ねない女だ」

「「「……………ッ!」」」

「うぇ………」

 

 ちょっと男子ー?

 下半身の危険を感じなさんな。物の例えだから。本当に言ったことはまだないから。

 

『こ、ここここれは………余りにも一方的な展開だぁぁぁあああああああああっ!? トリックルームで素早い動きを封じられたところにサイコキネシスで身動きすらも封じられ、そこに散らばった岩の破片を打ち付けられていますっ! ギャロップ、万事休すか!?』

 

 実況も頑張って言葉を絞り出したな。

 一瞬言葉を失ってたぞ。

 今それくらいヤバい惨状になってるってイロハは気づいていたのかね。

 

『くっ、ギャロップ戻りなさい!』

 

 と、ここでユキノが交代を選択した。

 

『マフォクシー、サイコキネシスでボールの光の軌道を曲げて!』

 

 だが、サイコキネシスによりボールから延びる赤い光すら、遮られてしまった。

 いや、容赦ないにも程があるだろ。俺でもその発想はなかったぞ。

 つか、あの黒い破片ってボーマンダによって急速に冷やされて固まったマグマだよな………? ということは黒曜石になって…………うわ、マジか。ギャロップがかわいそうでしかないな。

 そうこうしている内に、パリン! と特殊な仕掛けの部屋が壊れた。

 これでギャロップがこうそくいどうを使っても何の問題も無くなったのだが、最早ギャロップにはそんな体力も使う気力も隙すらも残されていないだろう。

 

『トドメだよ! サイコキネシスで地面に叩きつけて!』

 

 マフォクシーは最後にギャロップを地面に叩きつけて意識を完全に刈り取った。

 

『………ギャロップ、戦闘……不能!』

 

 審判も言葉を失いながらも何とか判定を下したようだ。

 あれを間近で見せられたんだもんな。実況よりも言葉を失うのも無理はない。

 

『決まったぁぁぁ! ここで四天王イロハが巻き返しました!』

『今のはえげつなかったわね。彼のゲッコウガにボコられたあの時の記憶が一瞬過ぎるくらいよ』

 

 うん、それは本当にえげつない。

 あいつ、なんつーえげつないバトルを覚えたんだよ。

 

『ギャロップ、お疲れ様。ゆっくり休みなさい。………はあ、容赦の無さは段々と彼に似て来たわね』

『バトル中はバトルフィールドにあるもの全てがバトルの材料じゃないですか』

『そうね。あなたの言う通りだわ。例え使った技の破片だとしても使い方次第で同じような効果を生み出すことだって出来る。でもそれは、あなただけに言えたことではないわよ。ボーマンダ!』

 

 誰だよ、そんなこと教えたの。

 俺は教えてないぞ。多分、恐らく………使える物は使う精神はないこともないけど…………。いや、だからってこんな容赦の無さは………リザードンとかゲッコウガがやってるか……………。

 

『マンダァァァアアアアアアアアアアアアッッ!!』

 

 ボーマンダは出て来たと同時に咆哮を上げ、マフォクシーを威嚇した。

 

『ハイドロポンプ!』

 

 そして水砲撃でマフォクシーを狙い撃ちに。

 

『サイコキネシスで軌道を逸らして!』

 

 そのマフォクシーは超念力で水砲撃の軌道を逸らして回避した。

 

『ドラゴンダイブ!』

 

 ただ、狙いはマフォクシーに接近することにあったのだろう。赤と青の竜気を纏い、ボーマンダがマフォクシーへと突っ込んで行く。

 

『マジカルシャイン!』

 

 おお、マジカルシャインまで習得していたのか。

 これはボーマンダが苦戦を強いられるかもしれないな。

 

『ローヨーヨーで躱しなさい!』

 

 マフォクシーが全身から光を迸らせると下降気味だった身体を起こして急上昇していき、空へと退避して行った。

 

『ぼうふう!』

 

 そして上空からフィールド全体を巻き込む暴風を生み出し、マグマやら黒曜石やらストーンエッジの破片やらを全て巻き上げてマフォクシーを襲った。

 

『うぅ………、マフォクシー、ねっぷう!』

 

 風には風を、ということなのだろう。

 マフォクシー手に持つ木の棒をくるくると回して渦巻き状の熱風を起こし、暴風の中で相殺して無風状態の空間を作り出した。

 

『ボーマンダ、ハイドロポンプ!』

 

 そこに水砲撃が上空から撃ち込まれた。

 あれだけのパワーで暴風を起こした後で、この一撃はマフォクシーからしたら確かに重い。ただでさえタイプ相性で不利なのに、先のバトルで使用した技までもが相性が不利ともなると、マフォクシーにとっては辛いバトルだろう。

 

『サイコキネシスで逸らして!』

 

 だが、何とか超念力で軌道を逸らしたか。

 一度同じ要領で対処していたのが効いたな。

 水砲撃が地面にぶつかり勢いで黒曜石やらが弾き飛んだ。それを見たイロハはニヤリと不敵な笑みを浮かべている。

 

『マフォクシー、今度はねっぷうで岩の破片とかを巻き上げて!』

 

 また何か企んでいるな。

 ただ巻き上げただけでは押し返されたら逆にピンチになるが、それも考慮した上での何かをやるつもりなのだろう。

 

『ボーマンダ、ぼうふうよ!』

 

 ユキノは暴風で強引に上書きするようだな。

 

「っ……」

 

 ただ一瞬。

 マフォクシーの立ち位置が空中に移動したように見えた。

 

『いない?!』

 

 それは俺だけの錯覚ではないらしい。

 ユキノもマフォクシーの姿を見失っている。

 

『マジカルシャイン!』

 

 仕掛けた本人は不敵な笑みのまま、マフォクシーがボーマンダの真下から光を迸らせた。

 

『ボマァ!?』

 

 急に下を向いてマフォクシーの姿を確認してしまったがために、ボーマンダは光で目をやられたようだ。

 

「今、マフォクシーの位置が一瞬ズレたように見えたぞ」

「恐らく蜃気楼だな。ハイドロポンプの水で地面付近が冷やされ、直後にその上空が熱風で温められた。ほんの数瞬しか効果はなかっただろうが、それを上手く利用したんだろう」

 

 グラジオの言葉にククイ博士が推測してくれた。

 なるほど、蜃気楼か。

 あいつ、そんなことまで勉強していたのか。ユイやコマチ程とは言わないが、あいつもそこまで勤勉な方ではなかったし、そんなところまで詰め込んでいるとは思わなかったな。

 

『………そういうこと。あの一瞬でその発想に至らなかったのは私もまだまだということね。ボーマンダ、目は大丈夫?!』

『マンダァァァアアアアアアアアアアアアッ!!』

 

 ハイパーボイスかというような咆哮でユキノの問に答えた。

 

『ハイヨーヨー!』

 

 今のはいい一撃だった。マジカルシャインをより効果的にするために蜃気楼の発想に至ったのは、素直に凄いと言える。タイプ相性は不利でも炎と水という相反する技の熱量の差にまで気付くとは………。いや、そういえばあいつはほのおタイプ専門ってだけじゃなかったな。それまでにみずとはがねとドラゴンのジムリーダー試験をクリアしていたはずだ。ともなれば、それぞれのタイプの特徴を詰め込んでおり、その知識を合わせれば蜃気楼の発想にたどり着くのも道理と言えよう。

 

『ハイドロポンプ!』

 

 急上昇してから急下降に切り替え、落下速度を上乗せした水砲撃がマフォクシーを襲う。

 

『もう一度、サイコキネシスで逸らして!』

 

 再三に渡り、超念力による軌道逸らしを選択。

 

『押し込んで!』

 

 だが、今度はそう上手くいかなかった。

 落下する力が上乗せされた上に、さらにパワーを上げて来たことで水砲撃の勢いは増し、超念力では受け止めきれなかったようだ。

 

『ッ!? マフォクシー、後ろに飛んで!』

 

 危機を察したイロハは身体的回避を命じ、半身くらい水を浴びながらもその場から後方へ退避した。

 

『ドラゴンダイブ!』

 

 そこへ落下して来たボーマンダが赤と青の竜の気を纏って突っ込んで来ており、改めて飛行術の恐ろしさが見えた。

 

『うわっ?! ねっぷう!』

 

 ボーマンダを減速させて技の威力を抑えるつもりなのかもしれないが、抑えられたところで元に戻るくらいだろう。だからマフォクシーの危機が去ったわけではない。

 熱風をもろともせず、ボーマンダはマフォクシーに体当たりし、イロハの後方の観客席とを隔てる壁に突き飛ばした。

 

『マフォクシー?!』

『マ、フォ………!』

 

 お、もうかが発動したか。

 だが、あれでは一発小突かれただけでも倒れそうなギリギリの状態だ。それをユキノが見逃すはずもない。

 

『トドメよ、ハイドロポンプ!』

『くっ、マフォクシー、ねっぷう!』

 

 交代では間に合わない。

 かと言って、マフォクシーは木の棒を落としてしまっている。意識が朦朧とした中でどこまで技を練られるか。そして、もうかがどこまで作用するか、だな。

 

『………マフォクシー、戦闘不能!』

『マフォクシー、ここで戦闘不能ぉぉぉ! 三冠王ユキノが三体目を撃破しました!』

 

 マフォクシーをねっぷうを腕の回転で生み出し、制御を放棄し暴走させたまま水砲撃にぶつけた。威力はもうかにより上がっており、最初こそ水を蒸発させていったが、やはり炎に水。鎮火されて押し込まれてしまった。

 これでイロハのポケモンは残り三体。対してユキノのポケモンはまだ五体も残っている。パーティーは半数以上割れているが、倒せなければ意味がない。

 

『ええ、でもマフォクシーは壁に打ちつけられる前にボーマンダを火傷状態にしていったわ』

『グゥ………』

 

 言われて見やると、確かにボーマンダの身体のあちこちが黒焦げており、ダメージを受けているようだった。

 おお、マジか。

 減速のためと思っていたが、追加効果も狙っていたのか。そして確率の低い追加効果発動を引き当てるとは何という勝負強さ。そのおかげでギリギリのところで耐え切ったってことか。

 俺には真似出来ない芸当だ。

 カルネさんもあの位置からよく気が付いたな。

 

『戻って、マフォクシー。ナイスファイトだよ』

『イロハもやってくれるわね』

『私たちだってただでやられるつもりはありませんから!』

「………ヒキガヤさん、このバトルどちらが勝つと思います?」

「戦況的に見ればギャロップしか戦闘不能に陥ってないユキノが優勢なんだが、他の奴らは手負いの者ばかりだ。ここから巻き返されるという展開も充分にあり得るから今はまだ何ともって感じだな」

 

 今のところユキノのパーティーはマンムー、ボーマンダ、ギャロップ、オーダイルが判明している。後の二体はほのおタイプ専門の四天王を冠するイロハを相手取るのにこおりタイプで埋め尽くしているとは考えにくい。そして、ユキノの言葉からフォレトスもいない。となると素早さで翻弄出来るマニューラと他誰かってところか。いや、ほんとさっぱりだわ。イロハがヒードランなんていうサプライズを用意してきてたんだし、ユキノも新しいポケモンを仲間にしている可能性も考えられる。そうなると最早俺には予想のしようがないな。

 対してイロハの方は今のところガブリアス、ヒードラン、マフォクシーと来ている。残りのポケモンもほのおタイプ寄りで集められているだろう。確実にいるのはボルケニオンだな。まだまだ謎が多いポケモンだが、イロハに対しては心を開いているため、切り札とも呼べるポケモンになっているだろう。

 

「そうですね。押されているのにあのしてやったり顔ですからね。まだまだ何かしてくれそうな気がします」

 

 おっとー?

 ムーンはイロハ推しなのかな?

 いや、いいんだけどさ。あいつ、こんなところにもファンを一人作っちゃったぞ?

 

『いくよ、ヒヒダルマ!』

 

 …………ん?

 雪だるま?

 あー、そういやいたな、リージョンフォームに。

 ヒヒダルマって言ったっけ?

 カントーやカロスに生息していなかったから、スクールかどこかの図鑑で原種の方を見たような気もしなくはない。まあ、印象に残ってるのはリージョンフォームした雪だるまの方だから、原種の方はボヤッとした姿しか思い出せない。

 

『な、何でしょうか、あのポケモンは?! カロス地方では見たことも聞いたこともありません!』

『あれはヒヒダルマというポケモンのリージョンフォームした姿ーー謂わば亜種的な存在ですよ。ヒヒダルマ自体がカロス地方には生息していないので馴染みがないでしょうが、あれはガラル地方の環境に適応して変化したヒヒダルマの姿らしいですよ。あ、ちなみに見た目通りのこおりタイプです』

『な、なるほど。よくご存知でしたね』

『カントー地方でオーキド博士たちからお聞きしたので』

 

 ………ん?

 ちょっと待てよ?

 ガラル地方のヒヒダルマを連れているってことは、イロハはガラル地方に行っていたのか?

 ヒードランもそこで?

 コマチやトツカもあっちに行ったんだし、イロハが遊びに行っていてもおかしくはないか。

 てか、コマチらは元気なんだろうか。ガラル地方で俺のことを聞いただろうし、取り乱してないか心配だ。まあ、もう半年経ってるみたいだから落ち着いてはいるだろうが、当時のことを思うと罪悪感が湧く。

 

「なるほど、そういうことか。こりゃ面白い」

 

 ククイ博士は何か一人で納得してるし。

 いや、何に納得してんだよ。

 

「ククイ、どういうことだ」

「あー、見てればその内分かるはずだ。ヒヒダルマは元々ほのおタイプのポケモンだ。だが、彼女は敢えてこおりタイプのガラルの姿を出して来た。ほのおタイプ専門の四天王が、だ。これが意味することが何なのか、分かれば度肝を抜かれるだろうさ」

 

 確かに違和感は強い。

 ただ、イロハは一発目にほのおタイプではないガブリアスを出している。だから、ヒヒダルマも後続の伏線か何かってのが妥当なところだが、ククイ博士の口振りからしてそれだけでは無さそうだ。一体何を企んでいるんだ………?

 

『……ほのおタイプ専門の四天王がこおりタイプを出してくるなんて、まさかボーマンダ対策ってだけではないわよね?』

『そんなわけないじゃないですかー。それだったら最初からボーマンダ相手に出してますって』

『そうね。その通りだわ。ただ、あなたがほのおタイプを六体揃えられていないのは知っているのよ。だから苦肉の策なのかと思っただけなのだけれど、遠慮はいらなさそうね。ボーマンダ、ハイドロポンプ!』

 

 幸いにしてボーマンダの技は既に四枠を全て出し尽くしているため、効果抜群の技を受けることはない。

 

『ヒヒダルマ、躱してフリーズドライ!』

 

 それもあって現状ヒヒダルマが圧倒的優位を取っている。形勢逆転は充分に狙えるだろう。

 

『れいとうパンチ!』

 

 身体の内部が急速冷却されたボーマンダは身体がーーもとい翼が硬直し、飛んでいられなくなった。

 その隙にヒヒダルマは飛び出し、落ちてくるボーマンダの正面から氷を纏った拳で殴りつけて、マフォクシー同様ユキノの背後の観客席とを隔てる壁に打ちつけた。

 

『ボーマンダ、戦闘不能!』

 

 ヒードランに苦しめられ、マフォクシーに火傷状態にされたボーマンダは、ヒヒダルマの拳を受けて意識を手放した。

 

『効果は抜群! 四天王の奇才な起用にボーマンダは抵抗もままならずノックアウト! 一体差に巻き戻しました!』

 

 素早い動きを見せるじゃねぇの。

 しかも拳一発でトドメを刺すとは。

 その前のフリーズドライがかなり効いたと見受ける。

 

「ヒヒダルマは直接攻撃を得意とするポケモンだから。しかも素早い。今のボーマンダのように飛んでいようと翼の制御を奪ってしまえば、忽ち拳の餌食だ。その特徴がしっかり活かされたバトルだったな」

「つまり、フリーズドライは拳を当てるための布石だったと?」

「ああ、そういうことだ。分かってるじゃないか、ムーン」

 

 まあ、根本的にドラゴン・ひこうタイプという組み合わせだったというのもあるだろうがな。しかも疲弊していたのだから、こうなるのも無理はない。

 

『お疲れ様、ゆっくり休んで頂戴』

「………にしても、この女どもはどういう育て方をしてるんだ? アローラのトレーナーとは比べ物にならねぇじゃねぇか」

「ああ、オレたちも小手先で弄ばれて終わるだろうな」

 

 グズマもグラジオもイロハとユキノのバトルに圧倒的な実力の差を感じたようだな。

 俺もグズマとバトルして思ったが、一撃必殺級のZ技があるがために、困ったらZ技なんて感覚がバトルの駆け引きを損わせているように思う。それがトレーナーの実力の差に繋がるのだとしたら、鍛える時はZ技なしでとかZ技に頼らないバトルを叩き込む必要があるだろう。それだけでトレーナーもポケモンもバトルの駆け引きを生み出せるようになるはずだ。

 

『ヒヒダルマには私もこおりタイプの技を習得するのに付き合ったのを覚えているわ。その時から素早いポケモンだとは思っていたけれど、あなた何か隠してるわよね?』

『そうですね。ユキノ先輩はまだ知らないかもしれないですね。ヒヒダルマというポケモンがどういう特徴を持っているのか』

『特徴………?』

『はい、ユキノ先輩も知っての通り、このヒヒダルマは冠雪原に行った時に駅前にいたあの子です。あの時はまだヒヒダルマの特徴を理解してませんでしたが、ある日面白い発見をしたんですよ。それをこのバトルでユキノ先輩にも確かめて頂きます!』

『そう、なら楽しみにさせてもらうわ。マンムー、いくわよ!』

 

 やっぱりヒヒダルマには何かあるのか。

 ほのおタイプ専門の四天王が態々パーティーに入れてくるくらいだ。ただの数合わせでも弱点を補うわけないわな。しかもこおりタイプなんていわタイプのポケモンを出されれば、ほのおタイプの弱点を補うどころか二次被害に遭うだけだ。補完要素としてはあまり機能していない。

 

『ヒヒダルマ、れいとうパンチ!』

『受け止めて、いわなだれ!』

 

 マンムーにこおりタイプの技は効果抜群になるわけではないが、じめんタイプを持つが故に等倍ダメージになる。それにボーマンダを一発で沈めた拳だ。大ダメージとまではいかないにしろ受け止めたならば、それなりにダメージを負うはずなのだが…………。

 

「普通に耐えたか………」

「ありゃ、恐らく特性があついしぼうだな。中々見かけない第三の特性だと思うぞ」

 

 あついしぼう。

 なるほど、それでヒヒダルマの拳ですら受け止められたのか。それならヒヒダルマの頭上から岩を雪崩れ込ませる余裕もあるわな。

 

『………やりますね。それなら! ヒヒダルマ、フレアドライブ!』

 

 ッ!?

 はい………?

 こおりタイプがフレアドライブだと?!

 フレアドライブは炎を纏って突撃する技だぞ?

 身体大丈夫なのかよ。つか、覚えられるもんなのかよ…………。

 ヒヒダルマは指示通り、至近距離から炎を纏ってマンムーに突撃した。効果は抜群であるが、マンムーは普通に耐えている。

 やはり特性があついしぼうってことなのだろう。またユキノも珍しいのを捕まえて来たな。

 

『………こおりタイプがほのおタイプの技を使うなんて耳にしたことがないのだけれど、実際使われているのだから私の知らない知識をあなたが得ていたということね』

『リージョンフォームは原種の姿が覚える技も習得することがありますので』

『原種のヒヒダルマは確かほのおタイプだったわよね』

『はい、だからこおりタイプでもほのおタイプの技もいけちゃうんです! ヒヒダルマ、その岩全部マンムーに投げちゃって!』

 

 ほのおタイプの技を使えるこおりタイプのヒヒダルマを使うほのおタイプ専門の四天王…………もうわけ分かんねぇな。

 

「ククイ、お前の言っていたのはこのことか?」

「半分正解だな。あの子があのヒヒダルマを起用した意味はまだ出ていない」

 

 それでもまだイロハの意図は半分しかないってか。

 つか、ほのおタイプの技を使うことが半分理由ってことでいいのか。

 

『マンムー、アイアンヘッド!』

「確か、ヒヒダルマはイッシュ地方で確認されたポケモンですよね?」

「ああ」

「ムーン、何か知ってるのか?」

「いえ、ただ記憶のどこかにこれもヒヒダルマなのかっていうのがあった気がしまして」

 

 こいつもこの歳でいろんな知識を持ってるよな。まあ、そうでなければ研究なんてやってられないだろうが、素直に凄いと思うわ。

 視線をテレビ画面に戻すと、ヒヒダルマが雪崩れ込んだ岩をマンムーに投げつけて、それをマンムーがアイアンヘッドで打ち砕くという構図が出来上がっていた。

 何あのシュールな光景。色々とおかしすぎるだろ。

 ただまあ、地道にマンムーがヒヒダルマに押し寄せてるんだよなぁ。

 

『ヒヒダルマ、今だよ! 牙を掴んで!』

 

 遂にたどり着いたと思ったら、ヒヒダルマがマンムーの両牙を掴み押さえ込んだ。

 

『持ち上げて!』

 

 そしてそのまま頭上に持ち上げーーー。

 

『フレアドライブ!』

 

 ーーー自分ごと燃やした。

 ヒードランじゃないんだからお前もダメージ受けるでしょうに。

 

『ヒヒ!』

 

 何だろう、あのムカつく感じの笑みは。

 イロハのあざとさを受け継いでいないか? いや、でも可愛くねぇしな。やっぱりあざとかわいいというのは高度な技術なんだな。

 

『マンムー、戦闘不能!』

 

 黒く焦げたマンムーはそのまま意識を手放していた。

 え、普通にヒヒダルマさん強くないですかね。ボーマンダもマンムーも手負いだったとはいえ、二体連続とか………。

 もしや今のイロハのパーティーのメイン火力だったりするのか?

 メガシンカはデンリュウしかいなかったし、ほのおタイプじゃないから四天王としては外した可能性だって充分あり得るぞ。

 

『マンムー、戦闘不能ぉぉぉ!! ヒヒダルマ、連続で撃破しました! 強い、強いぞヒヒダルマ!』

『見事なパワーね。あのマンムーを持ち上げるだなんて』

 

 いや、ほんと。

 それに尽きるわ。

 マンムー持ち上げたところでまたやりやがったなって思ったもん。マンムーといい、ギャロップといい、ちょっとかわいそうになってきたわ。

 

『マンムー、お疲れ様。ここまで強かったとは予想してなかったわ。こおりタイプを扱う者として興味がそそられるわね』

『ユキノ先輩にそう言ってもらえるのなら、この子の強さもお墨付きですね。でも、まだまだここからですよ!』

『そうね、ここまでのポケモンならば、彼女を出しても問題ないわね。いくわよ、クレセリア!』

 

 ッ!?

 クレセリア、だと………?

 どういうことだ? クレセリアは破れた世界でダークライと共に俺がボールに収めて、今ここにいるんだぞ?

 あれが同一個体ではないとするのなら話は別だが、ユキノにとっては『あの』クレセリアが特別なはず。だから別の個体を仲間にしているとは考えにくいが…………。

 

『で、伝説のポケモンを仲間にしていたのは四天王イロハだけではなかったァァァ! 三冠王ユキノもクレセリアを引っ提げてこのエキシビションマッチに立っています! これはもうエキシビションマッチの域を越えたバトルです!! 皆さん! どうか今この瞬間を目に焼き付けて行って下さい!!』

『ヒヒダルマ、れいとうパンチ!』

『クレセリア、どくどくよ!』

 

 ヒヒダルマが氷を纏った拳を叩き込むと同時に、顔が青ざめていく。

 

「………どうしたんですか? そんなおかしなものを見るような顔をして」

「え、あ、いや………その………」

 

 そういえば、ムーンたちにはクレセリアも連れて来ていることは話してないんだったな。となるとどう説明したものか。

 

「確かにクレセリアはシンオウ地方の伝説のポケモンですけど、ダークライと親交のあるヒキガヤさんが左程驚くようなことではないと思いますけど?」

「それはそうなんだが………ユキノのクレセリアもダークライと同じように力を失って消えていったんだ。だから、またこうして仲間にしていたのに驚いたというか………」

 

 一応これは事実だ。

 事実だから後ろめたいことは何もない。

 

『サイコキネシス!』

「それはつまり、あの人も元々クレセリアを仲間にしていたと?」

「ああ、俺たち程じゃないがそれなりの付き合いではあるみたいだったぞ」

「ほんと、ヒキガヤさんも含めて周りの人たちは特殊すぎません?」

「俺とユキノには色々と複雑な関係が昔から出来上がってたらしいからな。その延長線上にダークライとクレセリアの関係があるみたいで、そこは特殊な事例だと思う」

「何ですか、それ。惚気てます?」

「惚気てねぇよ。ただの事実だ」

 

 クレセリアが青ざめたヒヒダルマを超念力で地面に叩きつけるのを横目、ムーンに反論した。

 ほんと女子はそういう話が好きだね。恋だの愛だの、当事者ともなれば言葉だけで語れるようなもんじゃないんだぞ。その感情ってのは。

 

『フリーズドライ!』

 

 ヒヒダルマは体勢を起こしながら、腕を伸ばしてクレセリアを体内が急速冷却していく。

 だが、その身体は毒に蝕まれているようで、徐々に体力をすり減らしているようだ。

 

『みらいよち!』

 

 フリーズドライ程度ではビクともしないクレセリア。

 代わりに未来へ攻撃を放った。

 

『ダッマァァァアアアアアアアアアアアアッ!!』

 

 突如、咆哮を上げたヒヒダルマが白い光に包まれた。あれは進化の光?

 

「え? ヒヒダルマって進化しましたっけ?」

「いや、あれは進化じゃないーー」

『ようやく来ましたね』

 

 白い光が弾けると現れたのは雪だるまだった。

 いや、どゆこと?

 

「ーーフォルムチェンジだ」

 

 フォルム、チェンジ………。

 ヒヒダルマってフォルムチェンジするのかよ。

 …………ん? なんかそんな話聞いたような………。

 

「あ! 思い出しました! 原種のヒヒダルマにはダルマモードという特性があるんですよね!」

「ああ。そしてそれはガラルの姿にもある特性だ」

 

 つまり、あれが特性ダルマモードが発動した姿ってことか。

 まんま雪だるまじゃねぇか!

 

『ヒヒダルマが、フォルムチェンジ………』

『ヒヒダルマ、フレアドライブ!』

 

 え、あの姿で一瞬で消えたぞ。

 まさかあの姿の方が素早かったりするのか………?

 

「ガラルの姿ではダルマモードの時、こおり・ほのおタイプとなる。しかも攻撃力も素早さも上昇した起死回生を図る姿なんだ」

『クレセリア?!』

『クレヒ………』

 

 あのクレセリアでも吹っ飛ばされる程の威力ってか。

 しかもフォルムチェンジによりほのおタイプまで追加されて、フレアドライブがタイプ一致の技になる。

 そうか、イロハがこおりタイプのヒヒダルマをパーティーに組み込んで来たのは、フォルムチェンジによりほのおタイプとなるからか。一応これでタイプの一貫性はあることになり、挑戦者にとってはほのおタイプのバリエーションがあって攻略がし辛くなるな。まあ、まずはイロハの前に立てるかが問題だし、立てたとしてもヒヒダルマ、ヒードラン、ボルケニオンが待ち受けているのだから、攻略自体が無理難題だとは思うが。

 

『カルネさん、ヒヒダルマのあの姿は?』

『ダルマモードという特性からなるフォルムチェンジした姿です。タイプはこおり・ほのおタイプへと変化するんですが………なるほど、そういうことだったのね』

『もう一度、サイコキネシスよ!』

『クーレ!』

 

 それでもまだまだ倒されないクレセリアはさすがと言えよう。今思うとあのクレセリアを倒したリザードンや倒せるであろうゲッコウガが異常なだけだ。本来はこれが普通なんだよ。

 

『ヒヒダルマ!? ………そろそろ限界が近いんだね。なら、にほんばれ!』

 

 ここで日差しを強くしてきたか。

 次のフレアドライブで一気に決めようって魂胆か?

 

『そう。なら、その限界に連れてってあげるわ。クレセリア、サイコキネシス!』

『躱して、フレアドライブ!』

 

 燃える雪だるまは超念力を躱し、クレセリアの正面から炎を纏って突っ込んでいく。

 

『ふふっ、飛び込んで来てくれてありがとう』

 

 だが、今度はユキノが不敵な笑みを浮かべた。

 イロハはまだドヤ顔感があるが、ユキノが不敵な笑みを浮かべると背中がゾクゾクしてくるのは………気にしない方がいいんだろうな。

 ヒヒダルマは背後から貫かれた。

 みらいよち。

 さっき一度だけ仕掛けてたのが、丁度発動したのか。あいつ、狙いやがったな。ユキノの不敵な笑みはやはり恐ろしい。

 

『ヒヒダルマ、戦闘不能!』

『ボーマンダ、マンムーと撃破してきたヒヒダルマ! ここで戦闘不能ぉぉぉ! いやしかし、強かった!! こおりタイプを起用という点にも驚かされましたが、フォルムチェンジによりほのおタイプを得るヒヒダルマとは誰が予想出来たでしょうか!! しかも相手は伝説のポケモン、クレセリア! 残りは二対三と四天王イロハが押されていますが、まだまだ勝負の行方は分かりません!!』

 

 ここに予想出来た人がいるんだよなぁ………。

 多分、あの会議から色々進展があったんだろうな。それで新しい情報として持っていたんだと思う。

 強かったというのも認めるけど、毒状態になりながらフレアドライブを連発して反動ダメージを蓄積させて、尚且つ攻撃を受けたりしてもこれだけバトルを二転三転させていたヒヒダルマの耐久力こそ、異常なんじゃね?

 

「ヒヒダルマって耐久力ある方なんすか?」

「いや? 耐久力はそこまでなんだよなぁ………。だから、ハチマンが言いたいことも分かるぞ。あれはどう考えても異常だ」

 

 あ、やっぱり?

 ユキノはオーダイル、ユイはルカリオと来て、ついにイロハがヒヒダルマという異常枠を手にしてしまったのか。

 俺? 俺のところには三巨頭という異常枠がいるからな。今そこにサーナイトが足を踏み込みかけているのが何とも解せん。緊急事態だったからしょうがないんだけど、まだまだ守られる側にいて欲しかったなぁ。

 さてさて、これでイロハがまた一歩押されている状況になったわけだが、どうにもまだお互いにメガシンカを使ってないのが怪しいんだよな。忘れてるわけじゃないだろうし。かと言ってイロハの方はメガシンカ出来るのがデンリュウしかいないし、最後がボルケニオンすると次はデンリュウが出て来るのだろうか………。

 ユキノもほのおタイプ専門相手にユキノオーはないだろうし、メガシンカ出来るボーマンダも既に倒されている。

 ほんと、まだまだ先が読めねぇバトルだわ。

 

『お疲れ様、ヒヒダルマ。ダルマモード状態の時に伝説のポケモン相手にするのは厳しかったかもね。でもよく頑張ったよ』

『クレセリア、あなたも一旦戻って』

「ククイ博士、ダルマモードってどういう条件で発動するんですか?」

「起死回生を図るとか言ってたくらいだし、もうかとかげきりゅうみたいな感じか?」

「ああ、ダルマモードは体力が半分以上減ったらだな。だからもうかやげきりゅうよりも発動タイミングは早い」

 

 となると、やはり毒と反動ダメージが痛かったか。

 それがなければもう少しやれたかもしれないが、現時点でフレアドライブが最高威力の技なのかもしれないな。それでこれだけのバトルを見せたのだからヒヒダルマの伸び代は恐ろしそうだ。

 

『思いの外、クレセリアがダメージを与えられてしまったわ』

『それでも倒しきれなかったんですから、充分強いですよ。というか硬すぎ』

 

 イロハはクレセリアの耐久力に苦言を呈しているが、ヒヒダルマも何ならヒードランも大概だと思うぞ。

 

『リザードンが異常なだけだったのよね』

『あれは最早伝説のポケモンですから、仕方ないと言えば仕方ありませんよ』

 

 リザードンはね。

 特殊な事例だけど、レシラムやホウオウになったりしたしね。あれは半伝説のポケモンと言ってもいいと思う。

 

『それじゃ、そろそろあなたも使うのでしょう?』

『へぇ、ということはユキノ先輩もですか』

『ええ、あなたにはまだ見せていない姿を見せてあげるわ』

『こっちこそ、ユキノ先輩には見せていない姿をお見せしますよ!』

『ヤドラン! ハイドロポンプ!』

『バクーダ! ふんか!』

 

 イロハは五体目、ユキノは六体目のポケモンとして、それぞれバクーダとヤドランを出してきた。

 タイプ相性ではヤドランが有利だが、現状況下ではそうとも限らない。

 恐らくイロハはそこも見越してのにほんばれだったのだろう。最早イロハのパーティーは晴れパだな。ほのおタイプを活かすには手っ取り早い戦術だと思う。

 

『全然効いてないわね』

『うちのバクーダは特性がハードロックですからね。しかも日差しが強い状態ではいくら効果抜群の水技でもバクーダには思った程効きませんよ!』

 

 背中から炎の柱を噴き上げ、柱から溶岩を飛ばしてヤドランを襲った。ヤドランはヤドランで水砲撃をバクーダのがんめんに浴びせていくも、効果絶大であるはずなのにそこまでダメージが入っていなかった。

 その理由が日差しが強い状態に加えて特性ハードロックによる技の威力の軽減と言うのだから、よく考えられたパーティーだと言えよう。

 

『よく考えられているわ。さっきのにほんばれはヒヒダルマだけへの恩恵じゃないのは分かっていたけれど、特性と併用することで弱点を補っていたとは』

『タイプに統一性がある分、弱点は突かれやすいですから。さあ、いきますよ! バクーダ、メガシンカ!』

『そうね、挨拶はこれくらいにして。ヤドラン、メガシンカ!』

 

 とうとう両者共にメガシンカを使って来たか。

 メガシンカしたところでタイプ相性は変わらないが、能力が上昇するため、一撃の重さがより鮮明になってくるだろう。

 

『おおっと、ここで両者メガシンカを使って来たぁぁぁっ!! しかもどちらもこれまで見せて来なかった新しいメガシンカポケモンです! メガバクーダにメガヤドラン! ここからどう展開が変わっていくのでしょうかっ!!』

「これも、メガシンカなのか………?」

「ああ。俺もバクーダとヤドランのメガシンカした姿は初めて見るが、トレーナーが持つキーストーンとポケモンが持つそれぞれのメガストーンが共鳴していた。だから白い光に包まれて姿も変わっている」

 

 グズマはカプ・コケコに見せたサーナイトのメガシンカが初メガシンカだったため、そもそも他のポケモンがメガシンカしたのに驚いているようだ。多分、こういうのを見越してククイ博士はグズマを誘ったのだろう。

 

『バクーダ、もう一度ふんか!』

『ヤドラン、殻に籠ってサイコキネシス!』

 

 それにしてもバクーダの背中がミニ火山に変化ってのはまだ予想の範疇だが、ヤドランが尻尾のシェルダー(らしいが全くそうは見えない貝殻擬き)に全身呑み込まれることになるとは…………。

 あれ、どうやって立ってるんだ?

 やっぱりサイコパワーか? それとも貝殻が地面に突き刺さってる?

 どちらにしろ、これは予想外だったわ。

 しかもどう戦うのかと思えば、殻に籠っただけで一切動かずに炎の柱から飛び散る溶岩を超念力で受け止めていっている。

 

『お返しよ!』

 

 ヤドランはサイコパワーで受け止めていた溶岩を次々とバクーダに返していった。

 まるでマフォクシーのようだ。

 ユキノも意図して指示したのだろう。

 

『あなをほるで躱して!』

 

 バクーダは一旦地面に潜ることで溶岩群を回避した。そして、このまま次の攻撃に繋げていくのか。

 

『ヤドラン、地面にボディプレス!』

 

 と、ここでユキノも動いた。

 ヤドランが巨大化した貝殻シェルダーボディを地面に激しく打ちつけたのだ。その衝撃で地面は割れ、地中を這っていたバクーダが掘り起こされてしまい、宙に舞っている。

 

『ハイドロポンプ!』

 

 そこに水砲撃で追い討ちをかけた。宙を舞っている状態では躱すこともままならないのを見越しての戦術か。

 

『こうなったら、ふんかの勢いで突っ込んで!』

 

 それをイロハも悟ったのか無理に躱すことをせず、背中のミニ火山を噴火させて、その勢いで水砲撃を受けながらヤドラン目掛けて一直線に落ちていく。

 

『じわれ!』

 

 そして、地割れを起こしてヤドランを埋め込んだ。

 一撃必殺。

 そもそも習得するだけでも超難易度の高い技。故に習得しているだけでそのポケモンの力量もそれなりに図ることが出来る。結果としてバクーダはヤドランを上回っていた。だから一撃必殺で倒せたのである。

 

『ヤドラン、戦闘不能!』

『一撃必殺が決まったァァァ!! メガシンカ対決を勝利したのはバクーダぁぁぁっ!! タイプ相性の不利を一撃必殺のじわれで覆し、勝負を振り出しに戻しました!』

「一撃必殺、だと………?」

 

 あーあ、完全に言葉を失ってんな。

 まあ、これで上には上がいることを実感出来ただろ。

 

「あの、ヒキガヤさんは一撃必殺使えるポケモンっているんですか?」

「ああ、いるぞ。つってもリザードンがじわれを使えるだけだが」

「ということは彼女のポケモンがじわれを使えるのはヒキガヤさんが教えたから………?」

「そういうわけでもないぞ。あいつのポケモンは自力で覚えていたからな。使い方のコツとかはリザードンがフライゴンに教えたかもしれんが、その程度じゃなかったかな」

「マジかよ………」

 

 最早涙目のグズマ君。

 また頭を打ちつけないかが心配だ。

 あれの方が俺には衝撃的だったからな。また見たいとは全く思わん。

 

『完成していたのね』

『はい、バクーダは今後四天王としての火力担当になりますから、フライゴンにきっちり叩き込んでもらいました』

『そう、これで何体目なのかしら。一撃必殺持ちは』

『フライゴン、ラプラスに続いて三体目じゃないですか? キングドラとかボスゴドラも覚えられたら良かったんですけどね……。こればっかりはしょうがないです。そういうユキノ先輩もユキノオーやマンムーが使えるじゃないですか』

『確かにユキノオーは使えるけれど、マンムーやクマシュンはまだまだ実用レベルに至っていないわ。そういう意味ではあなたに既に追い越されているのかもね』

『またまたご謙遜を。一撃必殺が使えたところでユキノ先輩のポケモンたちにはどれだけ通るのやらですよ。ヤドランはまだ捕まえてそこまで経ってないから狙えただけです』

 

 へぇ、ヤドランってまだ捕まえてそこまで経ってないのか。それでエキシビションでメガシンカを使って来たってことは、少なからずプラターヌ博士が関わってるんだろうな。

 

『そういうことにしておきましょう。まずはバクーダに退場してもらわないとね。クレセリア、もう一度お願い!』

 

 日差しも弱まり、水技も普通に使えるようになったが、出て来たのはクレセリア。

 やっぱり同一個体にしか思えないんだよなぁ。

 けど、そうなると同じ時間軸に同一個体が複数存在することになるから、それは矛盾が生じることになる。

 

『どくどく!』

『だいもんじ!』

 

 俺が実はタイムスリップしてましたって話なら辻褄が合わないこともないが、どうやらそうでも無さそうだし。それか破れた世界が時間加速していて………いや、ないな。それよりも可能性があるとすれば、あのユキノが未来から来たユキノだったらだな。そうすれば、俺がこの後ユキノに再会してクレセリアを託せば辻褄は合う。そしてそれを可能とするのがセレビィなんだが………どうなんだろうな。さっぱり分かんねぇ。

 

『みらいよち!』

『もう一度、だいもんじ!』

 

 そんな考えを張り巡らせていると、顔色を悪くした燃える雪だるまが大の字の炎でクレセリアを襲った。

 んで、ちょっとした爆発が起きた。

 えっ、だいもんじで爆発ってどゆこと?

 

「………そうか。メガバクーダの特性はちからづくなのか。ふんか、あなをほる、じわれに追加効果はないが、だいもんじには火傷にする効果がある。その効果を上乗せすることで小規模爆発が起きるってとこだな」

 

 へぇ、そういう感じなのか。

 メガバクーダとか、ほんとお初なんで全然知らねぇや。精々資料で姿を確認したくらいだな。周りにいなかったら情報が偏るのも致し方ないことだろう。

 

『………ごめんなさい、クレセリア。あまり使わせたくはないけれど………お願い』

 

 ん?

 ユキノ………?

 一瞬だが、険しい顔をしたユキノが次の技を指示した。

 

『ーーーみかづきのまい!』

 

 みかづきのまい。

 自分の力を出し切って、後に続くポケモンを全回復させる技。技を使ったクレセリアは戦闘不能になってしまうため、ユキノはあまり使いたがらない技だった。

 そして、さっきの表情はいざ使うって時の覚悟を決めたって顔だった。そう思わせるだけの絆がユキノとクレセリアにはある。

 ただ、それが他の個体ならばどうなのかは分からない。だが、俺の勘は『同じ』だと感じている。

 一体、これから何が起きるって言うんだよ。そろそろゆっくりさせてくれてもいいだろうに。

 

『オーダイル!』

『オダァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!』

 

 ヒードランとのバトルで負ったダメージも全回復させたオーダイルが雄叫びを上げた。

 クレセリアの影響が先程とは気迫が違って見える。

 

『アクアブレイク!』

 

 そして、地面を蹴り上げたオーダイルは一瞬でバクーダの正面に移動し、横一閃に斬り込んだ。

 実はげきりゅうが発動してますと言われても納得してしまうような威力で、バクーダが観客席とを隔てる壁のヒードランが作ったクレーターの横に新しくクレーターを作った。

 

「………は?」

 

 堪らずグズマが息を吐く。

 うん、分かるぞ。その気持ち。

 じわれを使うようなメガシンカポケモンをこうもあっさりと戦闘不能に追い込むオーダイルとか、意味分からんよな。

 

『バクーダ、戦闘不能!』

 

 メガシンカの解けたバクーダは意識を失っていた。

 確かみかづきのまいにパワーアップの効果はなかったはずなんだけどなぁ………。

 やっぱり異常枠ってぶっ壊れてんなー。

 

『ババババクーダ、戦闘不能ぉぉぉ!! い、今一瞬何が起きたのでしょう!? オーダイルが一瞬で消えたかと思うと、次の瞬間にはバクーダが壁に突き刺さっているではありませんか! ヒードランを相手にしていたオーダイルとは打って変わって、パワーも気迫も段違いになっています!』

『戻って、バクーダ。お疲れ様』

 

 こうなるとコマチにも異常枠が既にいそうで怖い。

 カビゴンとか怪しいが、それ程脅威には感じなかったしな。ガラル地方で新しく仲間にしたポケモンが異常枠になっていないことを願うしかない。コマチまで異常枠を作る必要はないんだぞ。

 

『そういうことでしたか。絶対オーダイルを大トリにしてくると思っていたのに中盤で出して来たから、何か策でもあるのかと思っていましたが、削るだけ削って残り体力の少なくなったクレセリアにオーダイルを全回復させて最後に挑む。こんな単純で簡単なことなのに全く思いつきませんでしたよ』

『私としては、あれは予定外の運用だったのよ。二体目のポケモンでここまで狂わされたのは初めてだわ。こうせざるを得なくなるまで私を追い込んだのだから、素直に誇っていいわよ』

『そうですね。私もこれで勝てば名実共に四天王として堂々と立てるってもんですよ』

 

 果たして、イロハはどこを目指しているのだろうか。

 四天王の他の御三方の思惑としては最強の四天王に仕立て上げることってのがある。ただ、もうこのバトルでその座は決まったようなものだ。終わった後に実は四天王の各タイプのジムリーダー試験を合格してるんですー。何なら四天王としての実力も太鼓判もらってますーって公表したら確定レベル。

 そうなると懸念材料は各タイプのパーティーが組めるかどうかだな。ほのおタイプはこれでいいだろう。だが、他のみず、はがね、ドラゴンはポケモンを揃えないと多分足りない。

 まあ、実際どうしようと思っているのかはイロハとその周りしか知らないだろう。今の俺は口を挟むべき立場じゃない。大人しく見守っていよう。

 

『では』

『ええ』

『最後のバトルと行きましょう! ボルケニオン!』

 

 お互い最後のポケモン、ラストバトルの火蓋が上がった。

 

『な、何でしょうか、あのポケモンは! 見たことがないポケモンです! 四天王イロハ、まだ隠し球を用意していました!!』

『あれはボルケニオンという幻とも称される伝説のポケモンです。タイプはみずとほのお。彼女の切り札とも呼べるポケモンです』

『で、伝説のポケモン………ということは二体目』

『ええ、どうやら彼女は伝説のポケモンを二体も引っ提げて四天王に成り上がったみたいですよ』

『み、皆さん聞きましたでしょうか! 彼女は伝説のポケモンを二体も連れた歴代最強の四天王かもしれません!』

 

 まあ、伝説のポケモンを連れた四天王自体がいるかどうかだからな。それが二体もいれば歴代最強と持て囃されるのも無理はない。

 イロハもこれからが大変だな。

 

『オーダイル、じしん!』

『ヒートスタンプでジャンプ!』

 

 出だしが早かったのはオーダイル。

 拳を地面に叩きつけて激しく揺らし、ボルケニオンのバランスを崩しにかかった。

 だが、何とか揺れながらジャンプ。

 

『えぇ?!』

 

 そしてその直後、ボルケニオンが撃ち落とされてしまった。

 今のは………みらいよちか?

 

『今よ! アクアブレイク!』

 

 不意打ちを食らったボルケニオンの前にオーダイルが現れ、右腕で水刃を振り下ろした。

 

『………効果がない?』

『かみなりのキバ!』

 

 斬撃の衝撃はあったものの、ダメージとしては入っていない。

 むしろ回復しているまである。

 

『オダァ!?』

 

 隙が出来てしまったオーダイルに、ボルケニオンが電気を纏った牙で噛み付く。

 

『実はボルケニオンの特性ってちょすいなんですよねー。だから回復しちゃいましたっ!』

 

 てへぺろ! って感じのあざとさ全開のいろはす。

 うわぁ、もうこれ挑戦者泣かせのパーティーだぞ。

 ほのおタイプ専門と聞けば、対策として真っ先に連れて行くのがみずタイプのポケモン。なのに、いざバトルしてみれば、水をマグマで打ち消されて黒曜石に変えられたり、ハードロックでダメージを軽減されたり、ちょすいでそもそも効かなかったり。あと、フリーズドライで体温を急激に下げられたりもあるな。

 それを抜きにしてもやろうと思えば、ずっと日差しが強い状態にされていそうだし、そうなるとソーラービームがバンバン飛んでくることになるだろう。

 うわ………、想像しただけで嫌になるわ、このパーティー。

 

『はあ………、ハチマンが疲れる理由が何となく分かった気がするわ』

 

 お、ユキノさんや。ようやく分かってくれたか。

 物覚えはいいのよ。要領もいいし、初心者三人で括ったあの中では一番楽だったと思う。ほら、ユイとか一から教える必要あったじゃん? ただ、そういうのがない分、成長は早いわ、クセの凄いポケモンを仲間にしてくるわ、四天王に直談判に行くわで気苦労が絶えなかった。

 ボルケニオンを仲間にして来た時には、お前もかと深い溜息が出たものだ。

 そして、今回はそれプラスもう一体伝説のポケモン連れて来たり、リージョンフォームのフォルムチェンジでほのおタイプになるこおりタイプを連れて来てるからな。頭を抱えたくもなるわ。

 

『でもそうと分かれば、特性込みでバトルを組み立てるまでよ! オーダイル、じしん!』

 

 本当にユキノには頑張って欲しい。

 この頭のおかしい子にお灸を据えてやってくれ。

 

『オダ……!?』

 

 と思っている側からオーダイルが痺れていた。

 いや、運良すぎだろ。何麻痺させちゃってんのよ。

 

『ボルケニオン、スチームバースト!』

 

 ボルケニオンは水蒸気を発生させて、白いモヤでオーダイルの視界を埋め尽くしていく。

 

『オーダイル、アクアブレイクで吹き飛ばしなさい!』

『そう来ると思いましたよ! ボルケニオン!』

『あいよ!』

 

 ボルケニオンは見越していたかのように、モヤを払うオーダイルの水刃を自ら受けに行った。

 

「………は? ポケモンが喋った?」

「ん? ああ、ボルケニオンは会話出来るぞ」

「マジかよ………」

 

 ここにもさらにダメージを負った男が。

 何というか、この男も昨日今日で不憫な目に遭ってるよな。遭わせている俺が言うのもなんだけど。

 

『捕まえましたよ! ソーラービーム!』

 

 そして、背中のアームでオーダイルの両腕ごと身体を挟み込んで捕らえた。

 あっれー?

 これヤバいんじゃないの?

 与えたダメージが回復されていってるぞ。代わりにオーダイルは翻弄されてダメージを負うばかりか、捕らえられてるし。口のエネルギーが半チャージからフルチャージにされるまでに何とか抜け出さないと、大ダメージになるぞ。

 

『くっ、いわなだれ!』

 

 動けないながらも使える技ともなると、消去法でいわなだれとかになるだろうな。ちょすいを持っているというのも痛い。口から放つ系の技は水系ばかりだし、使おうものなら回復されてしまうだけである。

 ソーラービームの発射と共にボルケニオンの頭上から岩々が雪崩込んでいく。今更攻撃をやめられなかったであろうボルケニオンは諸に食らい、押しつぶされていく。

 

『じしん!』

 

 対するオーダイルは太陽光線で飛ばされ、地面に叩きつけられる勢いを利用して地面を激しく揺らした。こういうところはさすがと言えよう。

 

『こうなったら……! スチームバースト!』

 

 岩に埋もれたボルケニオンは水蒸気を爆発させて岩々を弾き飛ばしていく。

 

『オダッ……?!」

 

 白いモヤに再び埋め尽くされる頃には、ボルケニオンの姿が痺れているオーダイルの前にあった。

 

『かみなりのキバ!』

 

 さらに痺れさせるつもりなのか、電気を纏った牙でオーダイル腕に噛み付いた。

 電気はオーダイルの身体に流れ込み、さらなる雄叫びを上げている。

 

『オダァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!』

 

 段々とその雄叫びも雄叫びだけではなくなって来た。

 オーダイルの身体が青いオーラで包まれ出したのだ。

 げきりゅう。

 オーダイルが御しれずに暴走させた力。

 特性が発動したということは、バトルの展開は一転することだろう。

 

『げきりん!』

 

 最早特性の効果なんて気にしていない。

 青いオーラに赤色も混じり竜の気へと変わると、オーダイルはボルケニオンをイロハの後方の壁へと打ち込んだ。

 

『ヤッバ、……ボルケニオン、しばらくチャージしながら耐えて!』

『………チッ、来やがったか』

 

 ここまでダメージを与えられては水刃を受けて回復して来たボルケニオンだが、それももう期待出来ないだろう。

 げきりん状態に入ったということは他の技の使用はしばらくない。そして、げきりんこそがオーダイルの最高パフォーマンスであり、映像のように容赦なく打ち込んで来る。

 

「さっきまで押されていたオーダイルが一気に巻き返してる………」

「おいおい、本当に伝説のポケモンなのか? いくらヒードランを倒したオーダイルだからって、ちとやられすぎだろ」

 

 まあ、確かにユキノのオーダイルを知らなければそう見えなくもないわな。

 

「あれはボルケニオンが弱いわけじゃない。げきりゅうが発動したオーダイルのげきりんが異常なだけだ」

「はっ? どういうことだ?」

「今のオーダイルは伝説のポケモンやメガシンカをも凌駕する程なんだよ」

「「「ッ!?」」」

 

 事実を突きつけると三人の目が見開いた。

 そして恐る恐る画面に視線を戻すと、コテンパンにされながらもどうにか背中のアームでオーダイルを捕らえたボルケニオンの姿があった。それでもまだオーダイルのげきりん状態は収まらない。

 

『いっけぇ、ソーラービーム!』

『トドメよ、オーダイル!』

 

 殴られ続けながらもチャージしていた太陽光を一気に解き放つボルケニオンと防御無視で突っ込んでいくオーダイル。

 両者の攻撃がぶつかり激しい爆発が起きた。

 目の前の光景に言葉を失う観客と、一緒に観ている三人。

 程なくして煙が収まり始め、審判も動いた。

 

『オーダイル、ボルケニオン、共に戦闘不能! よって、このバトルは引き分けとします!』

 

 恐る恐る状態を確認しに行った審判が、声高々にそう判定を下した。

 そして、その判定を裏付けるように煙が晴れて倒れた二体の姿が醸された。意識を失っており、ピクリとも動かない。

 

『ひ、引き分けぇぇぇーっ!! 最後まで勝負の行方が分からなかったこのバトル! 四天王イロハの初公式戦は引き分けで終わりました!! 何という高度なバトル! 何という高度な駆け引き! いずれ彼女に挑戦する者は今、言葉も出ないことでしょう!! それくらい圧巻のバトルでした!!』

 

 圧巻も圧巻。超圧巻だわ。

 イロハがついにユキノと引き分けか………。

 あのイロハがなー………。

 感慨深いというか何というか。俺を超える日はもうそこまで来ているのかもしれないのか…………。

 

『お疲れ様、ボルケニオン。ユキノ先輩に引き分けは上等な結果だよ。ありがとね』

『オーダイル、お疲れ様。実質技を一つ使えなくされながらもよくやったわ。今はゆっくり休みなさい』

 

 だが、もう俺は公式戦でイロハと戦うことが出来ないだろうからな。死人がフィールドに立っていたんじゃ、逆にそっちが問題になるし。イロハのこれからを同じフィールドで見届けられないのがちょっと寂しい………かな。

 そういう意味では、ユキノが羨ましい………。




〜使用ポケモン〜(控え含めてのは次の行間にて)

ユキノ
・オーダイル(ワニノコ→アリゲイツ→オーダイル) ♂
 特性:げきりゅう
 覚えてる技:アクアテール、アクアジェット、ドラゴンクロー、れいとうパンチ、ハイドロポンプ、シャドークロー、つばめがえし、りゅうのまい、げきりん、カウンター、ハイドロカノン、ドラゴンテール、めざめるパワー(電)、ゆきなだれ、れいとうビーム、アクアブレイク、じしん、いわなだれ

・ギャロップ ♀
 特性:もらいび
 覚えてる技:かえんぐるま、ほのおのうず、だいもんじ、フレアドライブ、でんこうせっか、にほんばれ、ドリルライナー、スピードスター、まもる、こうそくいどう、バトンタッチ

・ボーマンダ(タツベイ→コモルー→ボーマンダ) ♂
 持ち物:ボーマンダナイト
 特性:いかく←→スカイスキン
 覚えてる技:りゅうのいかり、かえんほうしゃ、そらをとぶ、ドラゴンダイブ、ハイドロポンプ、つばめがえし、だいもんじ、かみなりのキバ、いわなだれ、ドラゴンテール、ハイパーボイス、げきりん、ギガインパクト、りゅうせいぐん、ねむる、ねごと、はがねのつばさ、かげぶんしん、すてみタックル、ぼうふう、きりばらい

・マンムー(ウリムー→イノムー→マンムー) ♂
 特性:あついしぼう
 覚えてる技:こおりのつぶて、ゆきなだれ、いわなだれ、アイアンヘッド

・クレセリア
 特性:ふゆう
 使った技:どくどく、サイコキネシス、みらいよち、みかづきのまい

・ヤドラン
 持ち物:ヤドランナイト
 覚えてる技:ハイドロポンプ、サイコキネシス、ボディプレス、からにこもる



イロハ
・マフォクシー(フォッコ→テールナー→マフォクシー) ♀
 特性:もうか
 覚えている技:かえんほうしゃ、ほのおのうず、ソーラービーム、にほんばれ、ワンダールーム、スキルスワップ、メロメロ、ニトロチャージ、マジカルフレイム、シャドーボール、ブラストバーン、だいもんじ、サイコキネシス、トリックルーム、まもる、マジカルシャイン、ねっぷう

・ガブリアス(フカマル→ガバイド→ガブリアス) ♂
 持ち物:熱い岩
 特性:さめはだ
 覚えてる技:あなをほる、りゅうのいかり、ドラゴンクロー、りゅうせいぐん、ステルスロック、ドラゴンダイブ、げきりん、アイアンヘッド、アイアンテール、メタルクロー、がんせきふうじ、ほのおのキバ、にほんばれ

・ボルケニオン
 特性:ちょすい
 覚えてる技:スチームバースト、ハイドロポンプ、オーバーヒート、ヒートスタンプ、かみなりのキバ、ソーラービーム

・ヒヒダルマ(ガラルの姿) ♂
 特性:ダルマモード
 覚えてる技:フリーズドライ、れいとうパンチ、フレアドライブ、にほんばれ

・バクーダ
 持ち物:バクーダナイト
 特性:ハードロック←→ちからづく
 覚えてる技:ふんか、あなをほる、じわれ、だいもんじ

・ヒードラン
 特性:もらいび
 覚えてる技:マグマストーム、ストーンエッジ、ヘビィボンバー、てっぺき


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21話

「データ更新、完了ロト。伝説のポケモンのデータが一気に三体もゲット出来るなんて、ホクホクロト〜」

 

 結局、引き分けに終わったイロハの初公式戦の動画も終わり。

 出来上がったのは魂が抜けた男と、言葉を失った少年と、「私気になります!」と言わんばかりのキラキラさせた目をこちらに向けて来る少女、そして全十二体ーー内三体が伝説のポケモンーーのデータを更新出来て大満足気なポケモン図鑑である。

 ほんと一人だけブレないね。研究者魂をこんなところで発揮するなよ。

 

「ヒキガヤさんがあの二人とバトルして勝てるのかどうかわたし気になります!」

 

 この子、言っちゃったよ。

 あっさり言っちゃったよ。

 

「どうだろうなー。リザードン、ゲッコウガ、ジュカインにサーナイトとダークライに頑張ってもらうとして、あと一体は………ウツロイドか? まあ、こんなメンバーなら勝てるんじゃねぇの?」

 

 現状、色々と問題が山積しているが、全て取っ払って全員が再会出来たら、これが最強メンバーになりそうな気がする。

 ユキノはこのパーティーでやれると思うが、問題はイロハの方だな。一見有利そうなゲッコウガと弱点しかいないジュカインが集中的に狙われそうである。リザードンが全員にじわれを振り撒いていけば完勝もあり得るが、まず無理だろう。

 ただ、この三体はバクーダのじわれを受け付けない。従って一撃で倒されることはない。

 まあ、対ユキノと対俺では使用技も変えて来るだろうし、何とも言えないな。

 

「あまり彼女のことを言えないメンバーですね」

「それな。ほんとそれ。何ならヒードランやボルケニオン以上にヤバい奴らばっかだと思うわ」

「俺からすれば、ハチマンが一番ヤバい奴だと思うがな」

「確かに………」

 

 いや、うん、言いたいことは分かるけどよ。

 あれは特殊な事例だから。公式戦で出来るわけないでしょうが。つか、やりたくもないわ。

 

「………正直、彼女たちの実力が恐ろしいと思った。どちらも伝説のポケモンを仲間にする程の実力者だ。凄いのは当たり前だし、高度なバトルを繰り広げるのも彼女たちなら普通のことだと思う。だが、それでもやはり昨日のハチマンの方が上のように感じられたんだ。なあ、何か強くなる秘訣とかってあるのか?」

「強くなる秘訣?」

「それかポケモンを強く育てる方法でもいい。教えてくれ」

 

 そう言って頭を下げてくるグラジオには悪いんだが………。

 

「いや、特にこれをやったからってのは何もないんだよなぁ………。普通にポケモンの知識をつけて、ポケモンたちに技を覚えさせて、バトルしてってしかしてないし。強いて言えば、強くならないと死ぬ、みたいな状況に追い込まれたくらいか? それもリザードンと………サーナイトもか。それだけだし、何ならリザードンはあいつ自体が特殊だし………ゲッコウガも特殊か。うん、そもそも一般論に当て嵌まらないのばっかだから、同じことやっても意味ねぇな」

 

 何故強くなったのかなんて、俺が聞きたいくらいだ。

 リザードンはまあ、ポテンシャルがあったにせよ、ロケット団の実験によるところが大きいし、ゲッコウガは論外。自分で限界を突破したような奴だ。俺の干渉はほとんどない。ジュカインは………出会ったことに刺激を与えすぎたのかもしれないが、使える技の範囲を広げようとしているのはジュカイン自身だし、俺は手伝うだけ。ヘルガーはダークオーラの残骸みたいなものだし、ボスゴドラは群れのボスだっただけ。ここらはまだまともな方だな。ダークライとウツロイドは元々ヤバい奴だし、サーナイトがなー………。サーナイトだけがああはならないようにして来たのに、結局足を踏み込むことになっちまったからなー。それも俺が教えたというよりはダークライとクレセリアが叩き込んだって方が正しいし。

 結論、俺いるいないに関わらずポケモンたちで強くなっていますわ。

 

「チッ」

「あ、おい、グズマ!」

 

 とうとう我慢を抑えきれなくなったグズマが舌打ちをしながら家から出て行ってしまった。

 昨日は俺にやられて今日は俺の後輩たちの実力を見せつけられたんだ。強さを求めていたグズマには、苛立つものがあるのも理解出来る。

 俺も苛立つようなことはなかったが、それしか見えていない時期は確かにあったから、何となくその気持ちが分からんでもない。今は好きなようにさせておくのが一番だろう。その内、冷静になって考えることを始めるだろうさ。

 

「ククイ博士、今はそっとしておいた方がいいっすよ。昨日今日でプライドがズタズタにされたんだ。ああなるのも時間の問題だったんすよ。というかククイ博士はちょっとグズマを構いすぎ」

「そ、そうか? 自分では普通にしていたつもりなんだが………」

「普通だと言うなら、そもそも誰も声をかけないでしょうに。人は他人に対してそこまで関心なんてしてないんだから、ましてやチンピラに絡もうなんて誰も思いませんって」

「確かに………」

 

 手のかかる弟とか評していたククイ博士のことだ。どうしても気になってしまうのだろう。だから構ってしまうが、グズマからしたらそれがうざったくて反抗している気がある。

 

「さて、オレたちもエーテルパラダイスに戻らないとな」

「うっ………、そうね。ウツロイドの毒の解析もしていかないとだし」

 

 うわー、帰りたくなさそう………。

 ここに金蔓兼研究材料がいるもんなー。

 そりゃ帰りたくなかろう。

 

「………珍しいな。ムーンがそんな顔をするなんて」

「そんな顔?」

「自覚ないのか………。今のお前、ハチマンと離れたくないって顔をしてるぞ」

「うぇっ?! わ、わたしそんな顔してたの!?」

「こりゃ重症だな」

「た、確かにお世話していたヒキガヤさんがいなくなるのは寂しいけど、でもカロス地方に戻る準備もしないといけないですし、それにあっちに行ってからのこともククイ博士と相談されるでしょうから」

「ったく……」

 

 研究材料以外にもちゃんと人として認識して、離れると寂しいとか思ってるのがポロッと出てるぞ。

 それならそれで素直に甘えればいいものを。

 自覚ないんだろうなー。家出をした頃のコマチを見てる気分だわ。

 

「ふぇ?!」

「ほんと甘えるのが下手だよな。少しはイロハのあざとさを勉強した方がいいんじゃねぇの?」

 

 コマチは家出を機によく甘えるようになったし、今ではそれを武器に年上を動かしている。

 その上を行くのがイロハで、あざとさ全開の上目遣いは甘えられるのを拒みきれない効果を有しているくらいだ。甘え上手と言えよう。

 

「別にまだしばらくはアローラにいるんだし、こっちに来ればいいだろ」

「うぅ……、そうですね。そうします」

 

 頭をポンポンと撫でるとようやく素直になった。

 周りの奴ももうちょっとムーンのことを甘えさせてやってくれよ。普段からしっかりしてるからって、シンオウから態々親元離れて移住して来た女の子なんだぞ?

 

「ムーンにもとうとう春が来たのか………」

「はっ?! ち、違うし、そういうのじゃないですし! ほ、ほら! いくわよ、グラジオ!」

「お、おおう」

 

 だが、ククイ博士によって茶化されたムーンは顔を真っ赤にしながら、さっさと家から出て行ってしまった。

 この男は………。

 

「では、ククイ博士、ハチマン。何かあればエーテルパラダイスに連絡をくれると助かる」

「ああ」

「ムーン、待つロト〜」

 

 グラジオはやれやれという溜息を吐いてムーンの後を追った。

 

「………茶化してやるなよ」

「そうでもしないと本調子に戻らないだろ?」

「そうでもないだろ。スイッチ入れば、すぐ目付きが変わりますって」

 

 いくら帰り際に甘えモードに入ったからって戻してやらんでもいいだろうに。

 あいつはあれで研究を目の前にするとちゃんとジョブチェンジするんだから。

 全く酷い大人がいたもんだ。

 

「ニャァ〜」

 

 お?

 お前もそう思うか、ニャビーよ。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 午前中はサーナイトとニャビーを愛でたり、アローラのポケモンの資料を見せてもらったりしながらダラーンと過ごし、昼過ぎ。

 俺たちはリリィタウンにやって来た。

 島キングのハラさんとバトルするためである。

 

「お待たせしましたな」

「いえ、そんな待ってないですよ」

 

 のっそのっそとやって来たハラさん。

 何このデートのやり取りみたいなの。

 デートの相手がじじいとか嫌だわー。せめてユキノたちがいい。というかユキノたちがいるから他は遠慮するまである。

 未来の嫁さんたちは皆美人だからな。俺には勿体ないくらいだ。だが、誰にもやらん。今こうしている間にも我先にと名乗り出てそうなのに。

 ああ、悠長にしてられないな。さっさとやることやってカロスに帰るぞ。

 

「昨日お話しした通り、ハチマン君は既にカプ神に認められている。Z技もカプ・コケコ直々に見極めなさった。であれば、我ら島キング・島クイーンが見極める必要もないのですがな。我々もハチマン君の実力をこの身で感じたいのだ。そして、ハチマン君にも我々の強さを感じ取って欲しい」

「まあ、アローラについては殆ど知りませんからね。当然、アローラの人たちの実力も。だから俺としてもアローラ地方の猛者のバトルを体感しておきたいってのはありますよ」

 

 今分かっているのはククイ博士とグズマくらいだから。あとはカプ神たちか。

 ポケモン協会がなければ、ポケモンリーグも創設されていない。当然、チャンピオンや四天王なんて以ての外で………よく、こんな地方からククイ博士みたいな人が出て来たなと関心するレベルだ。

 あるのは今俺が簡素的にやろうとしている島巡りだけ。幸い、これがジム戦に近いものであるため、トレーナーたちはポケモンを育てて挑んでいるらしい。だから、他の地方とは違ってトレーナーの質が未知数なのである。

 そして、その島巡りというのが実際は主ポケモンと呼ばれるポケモンの試練をクリアすると島キング・島クイーンとのバトル、大試練を受けられるようになるらしい。その大試練をクリアしていくと最終的に山の頂上で島巡り覇者たちが競う合うのだとか。

 それからもう一つの意味合いとしては、カプ神に認められるかどうか。アローラの守り神の加護を受けられるかどうかとか、そんな感じの習慣が昔あったとかなかったとか。詳しいことは聞かされてないが、今でもそういう一面がないこともないらしく、俺はこっちの面で既に島巡りをクリアしたようなものと言われた。実力もまあ、自分で言うのもなんだが島巡りを態々する程の初心者でもないので試練自体が必要ない。

 結論、俺には島巡りをやる意味はないらしい。ただ、アローラの人は外のトレーナーを知らないし、俺もアローラのことを殆ど知らないので、島キング・島クイーンとだけでもバトルしようとなったわけだ。

 

「そう言ってもらえて何よりですな。では、早速バトルといきましょうか」

「そうっすね」

「審判は俺が。ああ、それとハチマン。ニャビーは預かるぜ」

「頼んます」

 

 んで、全四人いる島キング・島クイーンの一人目がククイ博士とグズマの師匠でもあるハラさんだ。

 つまり、ククイ博士より強い、はず。最盛期に比べたら衰えているとしてもククイ博士レベルはあるはず。………あるよね?

 

「これより大試練を行う。使用ポケモンは三体。どちらかが全員戦闘不能になれば、そこでバトル終了とする。技の使用も四つまで。なお、このルールは他の三人とのバトルと共通のものである。ハチマン、準備はいいな?」

「いつでも」

「ニャー」

「では、バトル始め!」

「まずはキテルグマ。行きますぞ!」

「クー!」

 

 最初はキテルグマか。

 今朝見たぞ。

 タイプはノーマルとかくとう。特性が………なんだっけ? もふもふってな感じなのがあったような気がする。もふもふって………てなったからな。ネーミングのインパクトは凄い。

 

「サーナイト、さっさと終わらせるぞ」

「サナ!」

 

 タイプ相性はこちらがかなり有利。

 ただ、キテルグマは抱きつく癖があるのだとか。しかも力加減が分からないため、骨を折る人もいるらしい。普通に近づかれたら危険なポケモンだな。

 

「すてみタックル!」

 

 言ってる側から自ら近づいて来やがったし。

 ここは何としてでも止めないとな。

 

「サイコキネシス」

 

 幸い、そこまで素早いポケモンではない。見た目と動きのギャップが激しいだけで、近づかれなければ対処出来るポケモンだ。

 

「ぬぅ、シャドークロー!」

 

 弱点のカバーはちゃんとしているのか。

 ノーマル・かくとうタイプなおかげでゴーストタイプには攻撃が効果なしになる可能性が高い。それをゴーストタイプの技でならカバー出来るというわけだ。

 そしてついでにエスパータイプに効果抜群と。ノーマルタイプが含まれると結構色んなタイプの技を習得しちゃったりするからな。ノーマルタイプだからと侮ってはいけない。

 サーナイトの影から伸びた影爪がサーナイトを軽く突き上げた。

 

「テレポートからサイコキネシス」

 

 空中で立て直す前に姿を消し、キテルグマの背後から超念力で地面に叩きつける。

 

「はかいこうせん!」

 

 血を張ったキテルグマは顔だけ起こして禍々しい光線を解き放った。

 

「躱して、きあいだま」

 

 だが、それでは単純過ぎて予想も出来るし、この程度なら対処も心配ない。

 ひらりと身を翻したサーナイトはそのままキテルグマの懐へと潜り込み、エネルギー弾を腹に撃ち込んだ。

 ズドーン! という地響きがするくらいの威力があったらしい。

 

「………キテルグマ、戦闘不能!」

 

 倒れ伏しているキテルグマの意識はない。

 続行不可と見て、ククイ博士が判定を下した。

 

「戻るのだ、キテルグマ」

 

 いやー、それにしても可愛い顔してはかいこうせんを撃ってくるとは。

 

「参りましたな。今ので戦闘不能に追い込まれますか。これはサーナイトを倒さなければウツロイドたちともバトルが出来ないということですな。ハリテヤマ、心して行くぞ!」

 

 あ、ウツロイドとバトルしようとしてたのか。

 けどまあ………無理だろうな。

 こんな見た目でもダークライとクレセリアに鍛えられて、ギラティナと渡り合った子だぞ。俺のポケモンの中では唯一の純真無垢な女の子が、神と称される相手にだぞ?

 そんなサーナイトがハリテヤマに倒されるイメージが全く浮かんで来ないのだが………。

 ウツロイドの出番は来るのだろうか。

 

「ねこだまし!」

 

 ボールから飛び出したハリテヤマはそのままサーナイトの目の前で一拍手した。

 うわー………。

 あれ、急に顔の近くでやるからどうにも躱せないんだよな。目を瞑れば問題ないのだが、そうなると隙だらけになって、次の攻撃を入れられてしまう。

 そうでなくとも一瞬の隙が生まれるからな。

 

「続けてはたきおとす!」

「サナ?!」

 

 こういう風に狙われるんだよ。

 それにしてもハリテヤマの掌は大きいし、倒されたサーナイトに取っては衝撃が凄かったんじゃないか? ぐにゃりと曲がってたぞ。

 平手を食らった身体より、慣性によって一瞬取り残された頭のせいで首が大丈夫か心配だ。人間だったら骨が折れてそうなレベル。そこは人間よりも強い身体のポケモンだからって思わなくもないが、それでもやる時はやるからな。

 バトルが終わったら首を確認しておこう。

 

「サーナイト、今のは気にするな。あれは島キングとしての意地みたいなもんだ。だからここから巻き返せ。サイコキネシス」

「サナー!」

 

 まあ、完全に今のはキテルグマが倒されたことでの島キングとしての意地ってものが感じられた。

 キテルグマがサーナイトにダメージを与えられたのは、シャドークローの一発のみ。他に何も出来なかったという点を、初手を利用して更新して来たわけだ。

 それでもサーナイトが倒されるまでには至ってない。

 そんなサーナイトはハリテヤマを宙に浮かせると、やられたお返しと言わんばかりに地面に叩きつけた。

 これは効果抜群。

 ただ、ハリテヤマは無駄に体力があるポケモンだ。何度かダメージを与えないと倒せないだろう。

 

「ぬぅ………、よもやハリテヤマが抜け出せないとは。これがカプ・コケコを倒した力ですか。ならばハリテヤマ、ヘビィボンバー!」

 

 起き上がったハリテヤマが高くジャンプした。

 今朝の映像を思うとそれ程脅威に感じないから不思議なんだよなぁ。

 

「サーナイト、ギリギリまで引きつけろ」

 

 確かにハリテヤマは重いだろう。しかもフェアリータイプを持つサーナイトには効果抜群である。

 だが、ヒードランの方がもっと攻撃にプレッシャーがあった。あのプレッシャーを感じさせられないのならば、ギラティナを前にしたことがあるサーナイトが動揺するはずもないだろう。

 

「今だ、テレポート」

 

 落ちて来るハリテヤマをしっかりと目視し、タイミングを合わせて瞬間移動した。

 急に目標物が消えたハリテヤマは地面にクレーターを作って、割れた地に尻から下が埋もれていく。

 何ともまあ、おいしい状況じゃないですか。

 

「サーナイト、きあいだまを顔にぶち込んでやれ」

「サナ!」

 

 サーナイトも容赦なくなったよなー。

 俺の命令に一切の躊躇いがない。これでは俺が悪の組織のボスみたいではないか。知られたら絶対ネタにされる奴。思い至らなかったことにしておこう。

 

「インファイトで脱出するのだ!」

 

 埋まった身体を押し出すため、インファイトで地面を激しく殴りつけた。地面のヒビが広がっていき、やがて足下が崩れたが最後に強くやり過ぎたのかハリテヤマの身体が宙を舞った。

 勝負を決めるなら今だな。

 

「サイコキネシスで撃ち落とせ」

 

 超念力で宙を舞うハリテヤマの動きを封じ、再度地面に叩きつけた。流石にハリテヤマが埋もれていたところにまた嵌るということはなかったが、帰って衝撃を強く受けてしまい気絶してしまった。

 

「ハリテヤマ、戦闘不能!」

 

 審判のククイ博士がハリテヤマの状態を確認して判断を下した。

 

「………なんと、ハリテヤマでも何も出来ぬというのか」

 

 まあ、ヘビィボンバーに至ってはタイミングが悪かったとしか言いようがないな。イロハのやり口を見せられた後ではどうしても温く感じてしまう。それくらい、あいつがポケモンの技の使い方に長けて来たという証拠でもあるだろう。

 成長したんだな………。

 

「戻るのだ、ハリテヤマ」

「体型的にもヘビィボンバーと相性はいいんですけどね。もっと上の使い方を知ってる身としては読みやすいと言いますか………」

「すまないな。ワシでは君を満足させられぬようだ。だからせめて、Z技だけは受けていって欲しい。ケケンカニ、全力でいくぞ!」

 

 ケケンカニ。

 こいつも午前中に見た資料にいたポケモンだ。

 確か、かくとう・こおりタイプだっけか?

 進化前がマケンカニってので、クラブやキングラーがハサミにグローブを嵌めた感じのポケモンだったはず。それで進化後のケケンカニもこくとうタイプってのは理解出来たが、こおりタイプの要素がなー。恐らく実力的な意味合いのトップを目指すはずが、物理的なトップを目指してしまい、雪山で遭難して寒さを耐えるのに進化していたのだとか。諸説あるのだろうが、考えるよりまず殴って確かめるようなポケモンらしく、強ち間違いってわけでもないようである。

 

「サーナイト、相手はかくとうタイプを持っている。あの腕からの攻撃を受けなければ、そんな強敵というわけでもない。まずはサイコキネシスだ」

 

 キテルグマ、ハリテヤマと来て、最後にケケンカニ。

 どれもパワー系のかくとうタイプであり、近距離戦しかいない。これで島キングとして充分強いというのなら、アローラ地方のトレーナーはそこまで高い水準の実力を持っているわけではなさそうだな。

 逆にアレだ。グレたグズマの方がハラさんに挑戦しに来るトレーナーより強い可能性が高い。

 そうか、あいつ何気にアローラでは強い方なのかもしれない。

 

「ゆきなだれ!」

 

 身体が重たいケケンカニには打って付けの技だな。

 超念力で浮かせたところで、サーナイトの頭上に雪雲を発生させることは可能だ。

 

「テレポート」

 

 こうなるとテレポート様々である。

 サーナイトも使う度に使い慣れていっている。最初の頃は怖がってたのに、今では背後を突けるまでになっている。

 

「きあいだまだ」

 

 重たい身体ではすぐに振り向くのは無理があるだろう。

 

「右手で後ろにアイスハンマー! 打ち返すのだ!」

 

 ケケンカニが氷で覆った拳をハンマーのように後ろへ振り回した。

 なるほど、裏拳か。

 しかもケケンカニの太い腕ならば、技として動かすだけでエネルギー弾を打ち返せるだけの威力が出るだろう。

 

「サイコキネシス」

 

 だから超念力で打ち返されたエネルギー弾諸共、ケケンカニの動きを封じた。

 

「アイアンヘッド!」

 

 だが、強引に抜け出して来やがった。

 キテルグマともハリテヤマとも違う、こいつがハラさんの絶対的エースなのだろう。

 

「インファイト!」

 

 サーナイトに咄嗟に躱されるも地面を蹴って反転し、両腕でガトリング攻撃を仕掛けて来た。

 

「サナ?!」

 

 躱した後の体勢がバランスを崩していただけに、流石のサーナイトもガトリング攻撃の餌食になってしまった。効果は今一つでも、とにかく攻撃を当てるという執念を感じられる。

 

「ケケンカニ、行きますぞ!」

 

 サーナイトが地面に打ち付けられている間に、ハラさんとハリテヤマはZ技のポーズに入った。

 

「我、メレメレの島、そして守り神カプ・コケコと意思を共にする島キングなり! 今こそが全ての力をひとつにする時!」

 

 今し方見せたガトリング攻撃のようなモーション………かくとうZだったよな? ハラさんの専門タイプもかくとうタイプなようだし、間違いないだろう。

 それよりもその口上!

 そういうの恥ずかしくないのかよ! 頭のおかしい子とかがいる紅い瞳の種族が絶対好む奴だぞ! あとザイモクザとかな!

 

「全力無双激烈拳!」

 

 インファイトよりも激しい猛攻。

 例えタイプ相性でかなり有利なサーナイトであってもまともに受けたら大ダメージを避けられないだろう。

 ならば、こっちはこっちでやるしかない。しかも手っ取り早い方を。

 

「サーナイト、メガシンカ」

 

 サーナイトに持たせたサーナイトナイトとキーストーンが共鳴し、サーナイトが光に包まれた。

 そこへ無数の拳が叩きつけられていく。

 ポケモンを強化するエネルギーと技を強化するエネルギーが激しくぶつかり爆発も起きる。それでも光の位置は変わらない。エネルギーが拮抗しているからこそ、ハリテヤマも攻めきれないのだろう。

 

「サナ!」

 

 やがて姿を変えたサーナイトが白い光と共にエネルギーを弾き飛ばした。衝撃で淡いピンク色のオーラがフィールドに広がっていく。

 普通のサーナイトのメガシンカと唯一違う点。何故かメガシンカ後にミストフィールドが発生するのだ。

 姿を変えた後にまで影響を及ぼす程の力である。例えZ技であろうとも相殺してしまうらしい。これはこれで新しい発見だな。

 

「ハイパーボイス」

 

 メガシンカしたことでサーナイトの特性はフェアリースキンに変化している。そのためノーマルタイプの技が一時的にフェアリータイプになり、かくとうタイプを持つケケンカニには効果抜群となる。しかもZ技を放った直後の疲弊したタイミングだ。躱されるどころか、轟音に身体が揺さぶられてバランスを崩して倒れてしまった。

 何気にZ技直後のハイパーボイスはポケモンによっては酔ってしまうのかも。俺だって疲れた時にこんな轟音を聞かされたら、耳が痛いとかそっちのけで気持ち悪くなるだろう。

 

「ぬぅ、ケケンカニ。これがメガシンカの力であるか」

 

 倒れたケケンカニはピクリとも動かない。

 それが何を意味しているのかは三人とも理解していた。

 

「ケケンカニ、戦闘不能! よって、勝者ハチマン!」

 

 取り敢えず、アレだな。

 タイプ相性が良すぎたわ。しかもハラさんのポケモンは遠距離からの攻撃に滅法弱い。弾丸系や、使ってないが障害物を飛ばす系の技にはその拳で何とか対処出来そうだが、水とか炎とか電気とかには対策の手立てがないように感じる。

 

「戻るのだ、ケケンカニ。………総じて、テレポートは厄介であったな。あの動きにより背後を取られると対処が間に合わないか」

 

 島キングに意見するのも何だが、これもアローラのためだ。上の者が強くならなければ、挑戦しに来る若者も伸びない。何なら、挑戦者の弱い部分を指摘することすら出来ないだろう。

 そう思うとイロハとか超恵まれてるよな。周りには俺たちがいるし、そうでなくとも四天王に直談判しに行けた。というかみんなメガシンカ出来るというのが強みだな。技の強化はその一発だが、メガシンカは倒されるまで続く。一撃に賭けるのも面白いが汎用性となるとメガシンカに分があるし、そもそも当たらなければ意味がない。

 

「あー、一ついいですかね」

「む? 何ですかな?」

「ハリテヤマってストーンエッジを覚えてたりします?」

「いや、覚えていない。それがどうかしたのかな?」

「これは今朝見たバトルからの受け売りなんですけどね。ストーンエッジって地面から出て来るパターンがあるじゃないですか。その突き出す動きを利用して自分を打ち上げるって戦法があったんですよ。んで、その落下するのを利用することで、ヘビィボンバーの威力を高めることが出来るみたいですよ」

 

 なら、せめて個の力を底上げしておくしかない。

 使い方次第で技には汎用性が生まれる。それを最大限に活かすことでZ技に頼らない強さを手に入れられるだろう。島キングであろうとも、そこが感じられなかった。唯一見られたのは、ハリテヤマがインファイトで地面に嵌った身体を打ち上げたことだな。

 

「………なるほど、ジャンプの際に脚を使うよりもかなり高く飛べそうですな。そうなると確かに技の威力も期待出来る。是非とも採用させていただきましょう」

「それと、ハラさんが他にどんなポケモンを連れているのか知らないのでアレですけど、スピード系のかくとうタイプをパーティーに入れると戦術の幅が出来ると思いますよ。パワー系だけでは今のバトルのように、サーナイトのような遠距離からの攻撃に長けた相手には、攻撃がそもそも届かない可能性があります。テレポートを上手く使われたりしたら、それこそ機動力がないと苦しいかと」

「ふむ、以前ククイ博士にも言われましたな。やはり機動力が課題か。四天王に就任するに当たり、その辺も熟考しませんとな」

 

 言われてんのかよ。

 やっぱりククイ博士だけはアローラでは別格なのかもな。

 となると他の四天王も解決しておかないといけない問題とかありそうだな。

 

「ポケモンの技には使い方次第で汎用性が生まれます。何ならケケンカニが裏拳できあいだまを弾いたように、ポケモンの技以外でも技術を取り入れることは悪いことではない。ましてやZ技があるからとZ技に頼りすぎている節があります。グズマでも思いましたが、アローラのトレーナーはそういうところが伸び悩む原因だったりするんじゃないですかね」

「なるほど、確かにそれは一理あるかもな。あまり外の世界を知らないアローラ地方ならではの問題かもしれん。俺はお前らを知ってるからこういうバトルもあるのかと勉強になるが、アローラのトレーナーは………それこそグズマのように島巡りをリタイアした連中はそういう発想にすら辿り着けないのかもな」

「ワシを含めてそれを指摘出来ない大人の責任でありますな」

「取り敢えずはZ技に頼らないバトルを覚えるのが手っ取り早いかと」

「ふむ、そうしてみるとしよう」

 

 ポケモンリーグが出来れば、世界から挑戦者が集まるだろう。そうなればレベルの低い四天王というレッテルを貼られる可能性がある。

 ポケモンリーグ創設までにまずはハラさんたちがどこまでレベルアップ出来るかで、これからのアローラの見られ方が変わるだろう。

 

「おおっと、忘れていた。メレメレ島の島キングであるこのワシに勝利した証です。是非受け取ってくだされ」

「………Zクリスタル、ですよね?」

「うむ、それはカクトウZ。島巡りの挑戦者にはワシに勝利した証として渡していましてな」

「では、ありがたく」

「ええ、是非使ってくだされ」

 

 カクトウZ。

 ということはハラさんと同じあの動きをしないといけないってことだよな………? 足上がるのか………?

 それにサーナイトには………似合わないよなー………。



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22話

 翌日。

 今日はウラウラ島に来ている。

 どうやら今日の相手はクチナシさんらしい。待ってるぜとか言ってたもんなー。

 

「よぉ、兄ちゃん。待ってたぜ」

「どーも」

「今日もその帽子とサングラスなんだな」

「一応変装用ってことでもらったんで」

「お揃いを?」

「言わんで下さい。おっさんとペアルックとかマジで恥ずかしいんで、考えないようにしてるんすから」

「悪りぃ悪りぃ。あ、ククイ博士も悪りぃな。付き合わせちまってよ」

「いやいや、好きでついて来てるんで」

 

 嫁がいないからマジで暇なんだろうな。

 

「んで、ここどこっすか」

 

 それよりもこんな寂れたところに連れて来られたことの方が重要だ。

 何なの、この廃墟の町は。

 建物全てが壊れてるか落書きされてるかだし、窓なんか割れているのが当たり前。マジで何なの、ここ。

 

「ククイ博士、言ってないのかい?」

「ええ、まあ。先入観なく見て欲しかったので」

「それ絶対表向きだよな。裏では俺を驚かせてやろうとかって魂胆だろ?」

「当たり前じゃないか。お前は何を言ってるんだ?」

 

 この男、一度海に沈めないとまともな頭に戻らなさそうだな。

 

「何を言ってるんだはこっちのセリフなんだがな。んで、結局ここどこよ」

「ここはポータウンっつー、グズマの根城だ」

 

 ………グズマ、お前何をしたらこんな町を作れるんだよ。

 それとも芸術とでも言うのか?

 明らかに強盗とか、強制的に奪い取った感が強いんだけど。町一つを強盗ってのもおかしな話だが。それもうただの侵略だよな………。

 

「………あいつもいい趣味してんな。強盗でもしたのか?」

「いんや? ちょいと昔にカプさん怒らせちまってな。その後廃墟と化したんだが、そこをグズマ率いるスカル団の溜まり場になってこの様だ」

 

 あ、原因はカプさんでしたか。

 でも結局は廃墟の町をグズマが乗っ取ったんだな。

 

「おじさん、一応お巡りだからよ。そこの交番で悪ガキどもが最悪の事態に走らねぇか見てんだ」

 

 そう言って振り返ったクチナシさんが、後ろにある交番らしきものを指していた。

 一応、監視役なのね。

 

「まあ、オレの予想を遥かに超えた最悪の事態に一枚噛んじまったがな」

「そりゃ自業自得でしょ」

「言えてるな。ただ、おじさん島キングに選ばれちまってるからよ。面倒ったらねぇよ」

「災難だったようですね」

「古巣を思い出したぜ」

 

 ウルトラビーストなんて国際警察管轄らしいからな。

 古巣も古巣だろう。

 まさか地元で現役のような仕事をする羽目になったとか、災難としか言いようがない。

 

「ちょっとちょっとー、なんなんスか?」

「島キングも部外者連れて来ないでくださいッスよー」

 

 廃墟を肴に話し込んでいると、チンピラ二人が現れた。

 恐らく、こいつらがグズマの下にいる奴らなんだろうが…………何というか弱そう。

 グズマほど身体もデカくなければ、目付きも弱い。

 スカル団ってのは、本当にただのチンピラの集まりっぽいな。

 

「スカル団は解散したってのに、相変わらずここにいるんだな」

「アタイらここしか居場所ねぇッスよ。なんで、邪魔しないでくださいッス」

「はいはい、要件が終わったらな。んで、グズマはここに来てるのか?」

「兄貴ッスか? 兄貴は今日来てないッスよ。これで要件済んだッスよね。ほら、帰った帰った」

 

 ………居場所がない、か。

 確かスカル団ってのは元々島巡りを途中脱落した者が多いんだったか? んで、その気持ちを味わっているグズマの元に皆が集まって組織だってしまった感じか。

 案外、こういうところを根城にしているのも、他人の目に触れることもごく僅かだからなのかもな。こんな廃墟に来る人間なんて、よっぽどの奴じゃないといないだろう。そもそもこんなところに人がいるたも思えなかったからな。隠れ家的にはいいのかもしれない。

 

「何だい、アンタたち………って、島キングが何の用だい」

 

 チンピラ二人にしっしっと追い払われていると、また新しいのが来た。

 ただ、この二人とは違い、目力が半端ない。グズマよりも強いかも。しかも………うん、こういう言い方は失礼だろうが、ケバい。

 俺の周りにこんなケバい女子なんていなかったから尚更ケバく感じてしまう。

 やっぱあいつら顔面偏差値異常だわ。あいつらに化粧の必要性すら感じないまである。

 まあ、女子からすれば化粧は礼儀やら嗜みって言うだろうけども。すっぴんで充分いける顔って最強だわ。

 

「よお、プルメリ。ちょいとばかしグズマと話をしたかったんだがな。いないならもう一つの要件を済ますとするよ」

 

 どうやらこのケバい女子はプルメリというらしい。

 

「昨日朝帰って来たかと思えば、だいぶ荒れてたんだけど、アンタが原因かい?」

「ん? 荒れてた? どうしてまた……」

「あー、それについては俺というか、俺が見せた動画に触発されたというかだな………」

「ククイ博士、今度はアンタの方だったのか」

「まあな。あ、だが別に喧嘩したとかそういうのじゃないぞ? 単にあいつにアローラの外のトレーナーってのを教えてやっただけさ」

 

 あの後、ここに帰って来てたんだな。

 まあ、昨日のアレを見てプライドをズタズタにされただろうし、荒れるのも想像が付く。何なら、あの地面にデコ打ちしてる画すら見えてくるわ。あれはインパクトあり過ぎて、未だに記憶から消えてくれない。下手したら映像がループしてるレベル。

 

「そういえば、後ろのアンタ、見ない顔だね」

「そりゃまあ、ここ来るの初めてだし。ほんと何で俺を連れて来ちゃったわけ?」

 

 結局、何だかんだ思考を巡らせてみたものの。

 一向に俺を連れて来た理由が分からん。別にバトルなんて他で出来ただろうし、こんなところに態々来る理由が全く思いつかない。

 

「おじさん、ここで兄ちゃんとバトルしたくてな。つーわけで、お前らは俺の応援団な」

 

 え?

 ほんとにここでバトルしたいがために来ちゃったわけ?

 しかも応援団にするつもりで?

 このおじさんの考えてることがさっぱり掴めねぇな。曲者だとは思ってたが、ここまでとは………。

 まあ、そうでなければ国際警察も務まらないのかもな。

 

「バトル? こいつと? ………島巡りか何かかい?」

「ああ、まあそんな感じだ。つってもおじさん勝てる気しねぇんだよなぁ」

「ハッ、島キングともあろう男が実に情けないね」

「いやぁ、それに関しちゃおじさんが弱いってより、この兄ちゃんが強すぎるんだわ。グズマにも余裕で勝ってるし」

 

 ………あ。

 クチナシさん、それ言っちゃダメなやつ。

 もう遅いけど。

 絶対面倒なことになるぞ。

 

「「「「…………ハァッ!?!」」」」

 

 案の定、大声でびっくり。

 静かなところだから、周りに木霊してるぞ。

 

「マジッスか、やべぇッスよ、姐御!」

「ここは一旦引いて作成会議するッス!」

 

 何という弱気な………。

 実は気が弱い奴らばっかりだったりして………。

 

「アンタたちは黙ってな!」

「「は、はぃ………!」

 

 うわー………。

 俺までビクッてなっちゃったぞ。

 こわ、怖すぎるわ、このプルメリって女。グズマもよくこんなのと………ん? 実はグズマの女だったりして…………? 可能性がなくもないけど、やめとこう。こんなこと考えてるなんてバレた日にはその日が俺の命日になってしまう。ただでさえ社会的に死んでるようなのに、物理的にまで死にたくない。何のために戻って来たんだって話だ。

 

「そこのアンタ! グズマはアタイらの中じゃ一番強い上に、アローラ屈指の実力者だよ! それを余裕で勝ったとか、デタラメ抜かしてんじゃないよ!」

 

 というかあいつそこまでのレベルだったのか。

 となると、アローラのトレーナーのレベルって…………。

 そこに島キングとの意見の対立なんて来たら、あいつもやる気がなくなるわな。

 

「いや、デタラメって…………。単にZ技を躱してトドメ刺しただけだしな」

「あ、ついでに言っておくと、グズマのポケモンを三盾してるぞ」

 

 いや、事実だけども。

 そこいらないでしょうに。

 

「やべぇッスよ、姉御! これ絶対オレらを叩き潰しに来たって奴ッスよ!」

「そ、そうッス! 逃げるッスよ!」

 

 こいつら俺を何だと思っているのだろうか。

 お望みならば今すぐにでも叩き潰すぞ。やらないけど。さっきから睨んでくる目が超怖いのなんのって………。

 というか、そんなにZ技って躱せないもんなのか?

 

「なに? やっぱりZ技って躱せないもんなの?」

「いや、まあ躱せない………こともないんだが、普通躱そうとすら思わないからな。どっちかっつーと、Z技にはZ技をってのが主流だし」

「へぇ」

 

 Z技も当たらなければ意味がないんだけどな。テレポートを駆使すればZ技も怖くないし、何故今まで誰もこの発想に辿り着かなかったのだろうか。主流なんて言葉で片付けていたら、それこそ思考を停止しているのと同じだろうに。

 

「………そこまで言うなら、アンタのバトル見せてもらおうじゃないの」

「お、話が早いじゃねぇの。流石はプルメリだ」

 

 ヤジを飛ばす後ろの二人と比べるまでもなく、彼女はしっかりしているようだ。流石は姉御。………今日日、姉御なんて言葉聞かねぇな。

 

「アンタたち、ここにいる連中全員集めな! 島キングがコテンパンにされるところを目に焼き付けるんだよ!」

 

 うわぁ………了承した理由が酷ぇ。

 応援団に負けるのを見守られるとか、どんな羞恥プレイだよ。

 当の本人は、気にしてないようだけど。

 

「ついて来な」

 

 は、はい!

 姉御について行きます!

 ………めっちゃ目が怖い。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 やって来ました、ポケモンセンター。

 

「いや、壊れてんじゃん」

「中はかろうじて生きてるのさ」

 

 二階部分なんてひしゃげてるぞ。

 マジでカプさん何やったんだよ。

 

「さーて、兄ちゃん。ちょいと汚いところだが、やろうか」

「うす」

 

 ちょっとどころではないけれども。

 しかもなんかギャラリーが増えてるし。いつの間に集合してたのよ。

 

「んじゃ、これより大試練を行う。使用ポケモンは三体。どちらかが全員戦闘不能になれば、そこでバトル終了とする」

 

 これはあと二試合でも同じルールらしい。

 というかフルバトルじゃないんだな、今更ながら。

 グズマも三体しか連れていなかったし、アローラ地方は手持ちをあまり持たないのかもしれない。

 しかしながら、ポケモンリーグの設立、それに伴う四天王の就任ともなれば、フルバトルが出来るくらいには手持ちを揃えてもらわないといけない。

 このおじさん、それも断った理由の一つだったりしてな………。

 

「ニャー」

 

 ニャビーはその辺の木陰で爆睡中。寝言言ってんじゃねぇよ。

 

「それでは、バトル始め!」

「いくぜ、アブソル」

 

 一体目に出てきたのはアブソル。

 災いを事前に知らせにやって来たりするポケモンなのだが、それ故にどうしてもその災いと鉢合わせてしまうため、アブソルがやってくると災いが起こると勘違いされていたりもするちょっとかわいそうな種族である。

 アローラにもいるということはウルトラビースト出現時に、近くにいたりするのかもしれないな。しかも遅れをとることなく対峙していそうなのがミソだ。

 まあ、それくらいには強いポケモンなのだが、カロスではメガシンカもするからなー。翼が生えるとかザイモクザ受けが半端ない。実際、あいつが仲間にしちゃうくらいには厨二心をくすぐられる。

 ともあれ、さすがにメガシンカはないだろうけども、油断は禁物だ。

 

「サーナイト、メガシンカはないと思うが油断はするなよ」

「サナ!」

 

 俺もサーナイトをボールから出して、アブソルに対峙させた。

 目付きは鋭く、気を抜けば一瞬で間合いを詰められそうなプレッシャーを感じる。

 確か、特性にプレッシャーがあったよな。そういうことなのか?

 

「つるぎのまい」

 

 ニヤッと笑ったかと思えば、これかよ。

 攻撃力の高いアブソルの物理攻撃をさらに高めて、一撃で仕留めようって魂胆だな。

 

「そう上手くいかせるかよ。サーナイト、でんじは」

 

 頭の刃によく似た幻影で攻撃力を高めている間に、麻痺させることにした。

 これで痺れが邪魔をして、百パーセントの力を発揮してくることはないだろう。

 

「つじぎりだ」

 

 それでも構わず斬りつけて来た。

 

「マジカルシャイン」

 

 思った程素早いわけでもないので、光でアブソルの視界を奪い、その隙にサーナイトは躱した。

 

「ふいうち」

 

 ッ!?

 ちょ、マジか!

 そういう躱し方するのかよ!

 しかもつるぎのまいからのつじぎりなんて来たら、斬りつけて来るとしか予想しねぇってのに………。

 

「ソルッ………!」

 

 あっぶな!

 痺れで動きが鈍ってなかったらマジで一発もらってたわ。

 

「よく躱した、サーナイト」

「サナ!」

「そのままきあいだまで弾き飛ばしてしまえ」

「サーナ!」

 

 苦い顔を浮かべるアブソルを他所に、サーナイトにエネルギー弾を撃たせた。

 

「アブソル、シャドークロー」

「サナ!?」

 

 うわ、マジか。

 弾き飛ばされる直後に地面に爪を突き刺して、サーナイトの影から攻撃してくるとは………。

 しかも急所に入っていたのか、効果抜群の一撃は結構痛手だ。つるぎのまいの効果もあるだろう。

 ハラさんの一撃に重きを置いた単調な攻撃とは違い、前の技すら伏線に思えてくる程の巧みなバトル展開。

 いやらしい性格が滲み出てるわ。

 

「サーナイト、大丈夫か?」

「サ、サナ!」

「なら、テレポートで詰めてきあいだまだ」

 

 サーナイトはテレポートでアブソルの背後に回った。

 

「アブソル、ふいうちだ」

 

 それを読んでいたかのようにアブソルも振り向き、サーナイトがエネルギー弾を放った瞬間に消えた。

 

「マジカルシャイン」

 

 恐らくサーナイトの背後か下にでも潜り込んでいるはず。そうなるとテレポートで躱してもいいが、それでは同じような流れが続きそうである。

 ならば、光を放って視界を奪ってしまった方が早い。幸い、さっき見せた戦法のふいうちは先に使っているため、連続は無理があるだろう。

 

「目を瞑ってそのまま真っ直ぐにつじぎり!」

 

 ただそこは経験則なのか。

 目を瞑ることで光をやり過ごし、同時にクチナシさんとの信頼度も見せてきた。

 いいね、こういうバトルの方が面白いってもんだ。

 

「きあいだまで受け止めろ」

 

 頭の刃を黒く光らせて突っ込んでくるアブソルをエネルギー弾で受け止めると暴発した。衝撃でお互いに吹き飛ばされている。

 

「サナ……!」

「ソル……ッ!」

 

 痺れている分、アブソルの方がダメージがおおきかったようだな。

 それならそろそろやるか。未だ試したことのない戦法だが、恐らくダークライやギラティナに鍛えられ、メガシンカもZ技も難なく使えるようになった今のサーナイトならいけるはずだ。

 

「サーナイト、連続でテレポートだ」

「………おいおい、これじゃあまるでかげぶんしんじゃねぇか」

 

 テレポートで次々と移動することでアブソルの目を泳がせようとしたのだが、テレポートの発動速度がいつにも増しており、クチナシさんの言う通り、残像が残ってかげぶんしんみたくなっている。

 クチナシさんやククイ博士は不敵な笑みを浮かべているが、その他のギャラリーはお口あんぐりである。

 ごめんな、驚かせちまって。でもそれくらいしないとクチナシさんのいやらしい戦法を圧倒出来ないのよ。

 

「アブソル、つるぎのまいだ」

 

 焦ることはなく、攻撃してこないと判断して攻撃力を高めてきた。

 やはり気づいたか。

 下手にこちらから攻撃を仕掛ければ、ふいうちで返り討ちに合ってしまう。だから、アブソルの目を撹乱させて焦らせることで、先に攻撃させようとしてたのだが、そう上手く事が運ぶこともなかったみたいだ。それでもメガシンカ以外で妥当出来るのなら、その方が得策だ。いつでもメガシンカに頼っているようでは強くなれない。

 ましてやアブソルは麻痺状態だ。必ずその時が来るはずである。

 

「ソルッ……!」

 

 ………来た!

 

「今だ、マジカルシャイン」

「全方位にシャドークロー!」

 

 テレポートをしながらマジカルシャインで光を迸らせるていく。

 アブソルは強引に身体を動かして、全方位から影の爪を伸ばしてきた。

 ………シャドークローってそんな使い方も出来たんだな。覚えとこ。

 

「………目がチカチカする」

 

 指示した俺が言うのもなんだが、次々と光が発せられるとこっちの目までやられてくるな。今後は俺の方も対策をしておくようにしよう。使う度に目がチカチカするんじゃ、次使うのを躊躇いそうだ。

 まあ、おかげで影の爪すら呑み込む程の強い光となってくれたんだから良しとしておこう。

 

「………アブソル、戦闘不能!」

 

 光に呑まれたアブソルはグッタリと横たわっていた。

 

「戻れ、アブソル」

 

 いやー、まさかここまでやってのけてしまうとは。

 サーナイトがどんどん強くなっちゃっていくんだけど。これ、リザードンやゲッコウガと再会した時、あいつらが恐れ慄くぞ。

 

「やっぱり兄ちゃんは強かったな」

「そりゃどうも」

「アブソルの特性はきょううんだったんだが、急所に入って耐えられたんじゃ、おじさんも流石に焦ったぜ」

 

 あ、きょううんの方だったのね。

 まさかとは思ったけど、そっちだったんだな。そりゃ、急所にも入るわ。

 

「あー、きょううんの方だったんすね。最初出てきた時のプレッシャーが半端なかったので、そっちかと思ってましたよ」

「ははっ、それならこっちの作戦もハマってたみたいだな。アブソルには目力で特性を勘違いさせるように訓練させたんだ。おかげでちょいと目付きが悪くなっちまったが、味が合っていいと思うんだよな」

「まあ、目付きに関しちゃ俺がそうですからね。今でこそだいぶマシになったみたいですけど、目が腐ってなきゃ俺じゃないって言われるくらいですから。いいんじゃないっすか」

「ありがとよ」

 

 コマチ談ではあるけど、イロハとかも絶対そう思ってるだろうな。強いて言うならユイくらいか。綺麗な目になって褒めてくれそうなのは。でもあいつも苦笑いを浮かべそうだよな…………。

 やっぱり俺の目は腐ってるのがデフォルトなんだろうな。

 

「あ、姐御! あれ、絶対ヤバいッス! 逃げた方がいいッスよ!」

「そうッスよ! あのクソ親父でも圧倒されてるんッスよ! ヤバすぎッス!」

「アンタたち! 黙って見てな!」

「は、はいぃ………!」

 

 んなどうでもいいことを考えていると外野が騒がしかった。

 そんなに怖いかな、今のバトル。俺はそっちの姐御の方が怖いんだけど。一喝でピシッと下っ端たちを鎮めたんだぞ。迫力あり過ぎだろ。

 

「んじゃ、二体目といこうか。いくぜ、ヤミラミ」

 

 二体目はヤミラミか。

 あく・ゴーストタイプ。

 フェアリータイプ以外に弱点がない嫌な組み合わせ。きあいだまは封じられたも同然か。

 

「まずはどくどくだ」

「マジカルシャイン」

 

 げっ?!

 まさかの初手でどくどくかよ!

 これでサーナイトに長期戦は出来なくなっちまったな。

 

「ラッ!?」

「どした、ヤミラミ………って、おいおい。ヤミラミまで毒状態じゃねぇか」

 

 あ、そう言えばサーナイトの特性ってシンクロだったな。シンクロは状態異常にかけられると相手にも同じ状態異常にする特性なのだが、これまで状態異常になることがほぼなかったためすっかり忘れていたわ。

 一応これでヤミラミも長期戦は無理となったが、サーナイトはこの後にもう一戦控えている。そのためヤミラミペースのバトルでは最後まで保たない。となるとここは一気に勝負を仕掛けていった方が良さそうだな。ふいうちとか覚えている可能性もあるが、ヤミラミならば問題ない。

 

「ヤミラミ、毒に構うな! あくのはどう!」

 

 自分も毒にかかったことに気を取られていたヤミラミに、クチナシさんが一喝するとすぐに切り替えてきた。

 ほんとすげぇわ。

 

「メガシンカ」

 

 二つの石が共鳴して発生する光に黒いオーラが呑み込まれていく。その間にもサーナイトは変化を遂げていき、姿を変えた。ついでにフィールドには淡いピンク色のオーラが広がっていく。

 

「連続でシャドーボール!」

 

 形振り構わずってわけではないだろうが、メガシンカの脅威はあの時理解してくれたのだろう。クチナシさんの目がさっきよりも鋭くなっている。

 

「サーナイト、連続テレポートで躱せ。んでもって、マジカルシャインだ」

「かげぶんしん!」

 

 連続で撃ち出してくる影弾をテレポートでひょいひょい躱していくが、毒状態ということもあり、先程のようなキレはない。

 尤も、ヤミラミも同じようなものなのであまり問題にはならなさそうだが。

 サーナイトは次々と移動しては光を迸らせ、分身共々ヤミラミを呑み込んでいく。

 あ、ちゃんと俺は目に両手を当ててるぞ。サングラスをしていても目がチカチカするんだから相当だわ。

 

「ヤミラミ、戦闘不能!」

 

 アブソルの二の舞となってヤミラミは散っていった。

 いや、マジでさっさとしないとサーナイトの方がヤバいからね。リフレッシュとか使えたらどんなに良かったことか。ジュカインみたいにものまねを使えないし、そもそも覚えてないし、俺のところにリフレッシュを使うポケモンもいないから、ジュカインのようにものまねが使えたとしても俺が教えられない。攻撃技は理解しやすいんだがな。………身体の中の異物を取り除く感じ、とでも伝えればいいのだろうか。何かそれだと抽象過ぎるから上手くいかないと思うんだよな。

 

「戻れ、ヤミラミ。………やっぱ、それは反則級だな。手の出しようがねぇ。さらにメガシンカで攻撃力も増しているとなれば、手のつけようがねぇな」

「俺もそう思います。まさかここまでのものになるとは思いませんでしたよ。ただ、こっちも毒状態があるんで、そう悠長にバトルしてられないんすよ」

「ま、そこはオレのツケだな。猛毒くらわせて回避してちょいちょいダメージ与えようだなんて考えが甘かったみたいだよ」

 

 そうは言うけど、本当に毒状態は痛手なんだよなー。

 他の状態異常よりもみるみる顔色が悪くなっていくのが分かるから気が気じゃないんだよ。すげぇ居た堪れない。

 

「んじゃ、最後だな。いくぜ、ペルシアン」

 

 出てきたのはペルシアン。

 ただし、アローラ地方のペルシアンである。あの丸く太々しい顔がインパクト絶大なペルシアンである。

 ………こいつもあくタイプだっけな。

 

「わるだくみ」

「きあいだま」

 

 ………何だろう。不敵な笑みがクチナシさんそっくりである。

 だからだろうか。サーナイトが思いの外、力強く投げていた。

 

「まあ、そう来るわな。ペルシアン、躱してあくのはどう」

 

 追尾機能があるわけでもないし、躱せないことはないもんな。

 

「テレポートからマジカルシャイン」

「ペルシアン、遠慮はいらねぇ。ゼンリョクの悪に飲み込まれちまいな!」

 

 ………腕をクロスさせて来た。ということはZ技か。

 専門タイプがあくタイプのクチナシさんだし、あくタイプのZ技のポーズは比較的簡単なので、あれがあくタイプのZ技のポーズだということも覚えている。

 

「ブラックホールイクリプス」

 

 ペルシアンから放たれる高密度の黒いオーラが収束していき、巨大な球体が出来上がっていく。それにつれて風が起き、砂やら何やらが飛ばされ吸い込まれていっている。

 ………この感じ、覚えがあるぞ。確か、カロスで最終兵器を止めるため、というか放たれたエネルギーを吸収するのにダークライに使わされたあの技と似ている。

 あの時はダークホールの強化版みたいな認識だったため、ブラックホールなんて名付けた気がするが、あれもZ技だったんだろうな。今はサーナイトナイトに変化した黒い菱形のクリスタルを渡されたのもそういうことなのだろう。ただ、Zリングなしだったため不完全ながらの発動だったから球体のようにならなかった、ということなのかもしれない。

 真相はダークライのみぞ知るってな。

 まあ、それならそれで対策は思いついた。要はキャパオーバーを起こさせれば自然消滅するはずだ。

 

「サーナイト、きあいだまを連続で投げ込め!」

 

 上手く吸収されるのか分からない光を吸収させるよりは、エネルギー弾を撃ち込む方が確実だろう。

 ちなみにだが、クチナシさんのZ技のポーズはどこかかっこよく感じてしまったのは内緒である。あの脱力感から放たれる渋さがいい。

 

「………おいおい、これもなのかい? おじさん参っちゃうぜ」

 

 予想通り、撃ち込んだエネルギー弾がブラックホールのキャパオーバーを生み出し大暴発した。

 やるならここだな。

 

「連続テレポートからのマジカルシャイン」

 

 Z技を使った直後はマラソンした直後のような疲れが残る。Z技の一撃で仕留めなければ、そこが大きな隙となるため、Z技はある意味諸刃の剣と言えよう。

 そこを突く俺も性格が悪いとは思うが、これもポケモンバトル。Z技を使うのなら、そのリスクも考慮した上でのことだ。今日は特にギャラリーがうるさそうだが、こっちもサーナイトが心配なのだ。さっさとバトルを終わらせて回復してやりたい。

 

「………完敗だよ」

 

 サーナイトが次々と光を迸らせてペルシアンを呑み込み、一気に戦闘不能へ追いやった。

 サーナイトも必死だったんだろうな。

 これでゆっくり休ませられる。

 

「………ペルシアン、戦闘不能! よって、勝者ハチマン!」

「サナ……」

 

 ククイ博士が判定を下すとサーナイトが元の姿に戻りながら、へなへなとその場に崩折れた。

 

「サーナイト!」

 

 やはり猛毒がかなり回っているようだ。急いで処置しないと。

 

「ハチマン、ムーンからの差し入れだ!」

 

 ククイ博士は持って来ていたバックごと俺に投げつけて来た。

 え、ムーンからの差し入れって………投げて大丈夫なのか?

 

「……とと」

 

 キャッチして中身を確認すると、手書きで「回復の薬」と書かれた回復薬が入っていた。要するに何かあれば使えって感じで用意してくれていたらしい。

 あいつ、準備良過ぎだろ。超助かる。

 

「サーナイト、解毒薬だ。飲み薬みたいだから、取り敢えず口を開けてくれ」

「サナ………」

 

 サーナイトが小さく口を開けてくれたため、そこに瓶の淵を付けて中身を流し込んだ。

 少し口から漏れ出たが、呑み込むことが出来たようで、次第に顔色が落ち着いていった。

 ふぅ、良かった。猛毒にかかると回復にかなり時間がかかるからな。少しでも早く処置出来て良かったわ。

 それにしてもムーンの薬は効き目がすごいな。あっさりと猛毒を解毒しやがった。

 

「サナ!」

 

 うぇ?!

 もう起き上がれるくらいまで回復したのか!?

 いやいや、あいつ優秀過ぎるだろ。いくらミス・ポイズンって言ってもこれは出来過ぎだわ。天才の薬は万能ってか。

 

「おおう、マジか。効き目ヤバすぎだろ………」

 

 ッ?!

 

「ダークライ」

 

 急に何かが飛んで来る気配を感じたため、ダークライに対処を任せた。

 

「………何のつもりだ」

 

 攻撃して来たのは、スカル団の姐御ーープルメリだった。

 横には黒いジュプトル的なのが不敵な笑みを浮かべている。あれは確かエンニュートとか言ったか?

 

「悪いね、こうでもしないとこいつらが何しでかすか分かったもんじゃないんだよ」

「へぇ」

「でもまさか躱すどころか届きもしないなんてね」

「躱す必要がないからな」

 

 下手に躱すとダークライが対処に困っちまうしな。任せたのなら動かない方がいい。

 

「んで? 俺に直接攻撃して来たということは、そういうことでいいんだよな?」

 

 ここはパフォーマンス的に低い声で殺気を放っておいた。それに加えてダークライさんが黒いオーラも付けて盛り上げてくれている。

 

「「「ヒィ!?」」」

 

 うん、そうなるよな。

 姐御だけだわ。殺気を向けられても平気な顔をしているのは。胆力あり過ぎだろ。カプ・テテフに向けたくらいの殺気を放ったつもりなんだけど………グズマで慣れてるからか?

 

「あ、あれは!」

「ウルトラホールだと!?」

 

 蚊帳の外となっていたおじさん二人は関係のない方向を見て驚いていた。見上げてみると空が割れて輝きを放っているではないか。

 そこからぬっと白い触手が伸びて来たかと思うと、見覚えのあるウルトラビーストが現れた。

 

「ウツロイド………!」

 

 姐御かその他の誰かか。

 呟きの通り、姿を見せたのはウツロイドである。俺のところにいるのとは別の個体だろう。

 

「極度の緊張や不安を感じると現れるとも言われている。これだけハチマンの殺気に醸されれば、ウツロイドを呼び寄せたとしてもおかしくはない」

 

 なるほど、確かに人数が多いわな。カプたちの時とは数がまるで違う。

 

「ククイ博士!」

「分かってます! 出てこい、ガオガエン!」

 

 サーナイトもクチナシさんのポケモンもバトル後ということで、ククイ博士に対処を任せるつもりか。

 けど、あいつらって下手に刺激しない方がいいんじゃないか?

 

「しゅるるるるー」

 

 ふわふわと降りて来たウツロイドは俺と目が合う? とゆっくりと近づいて来た。

 えっ、まさか俺を攻撃するつもりなのか? それともこっちのウツロイドに用事でも?

 

「しゅるるるるるぷぷ」

「………え、何?」

 

 触手が俺の右腕に絡みついて来た。

 慣れたとはいえ、いきなりはマジで怖いからね。心づもりくらいさせて欲しい。

 

「しゅるるるるるぷー」

 

 そして何かを握らされた。

 えっ、本当に何なの?

 超怖いんだけど。

 

「………ん? Zクリスタル?」

 

 色は紫。どくかゴースト辺りか?

 何でまたウツロイドが俺に?

 

「しゅるるるるー」

 

 しかも用はそれだけだったらしい。

 他に何かをするわけでもなく触手から解放され、ウツロイドは自らウルトラホールへと戻って行った。

 

「………………」

 

 謎なんだけど。

 ウツロイドの行動がさっぱり読めない。マジで何がしたかったんだ? 俺にZクリスタルを渡すためだけに登場したのか? しかもこのタイミングで?

 

「どゆこと?」

「いや、俺たちが聞きたいくらいだわ。ハチマン、どういうことだよ」

「知らねぇよ。急に出てきてこれ握らせて帰って行ったんだぞ。こっちがどういうことか聞きたいんだっつの」

「………ちなみに何のクリスタルだい?」

「さあ? 紫色ってだけなんで」

「ああ、ドクZじゃねぇか」

「あ、これどくタイプか」

 

 ドクZかー。

 ウツロイドはどくタイプだし、共通点はあるか。ただ、そもそもの話、ウツロイドないしウルトラビーストがZクリスタルを持っていて、あまつさえ人に渡すとかってよくある話なのだろうか。

 

「ニャー」

 

 緊張が場を支配する中、呑気な鳴き声が聞こえてきた。

 どうやらニャビーが起きたらしい。

 

「お、起きたか。お前はいいよな、悩みとか無さそうで」

「ニャ?」

 

 テクテクと擦り寄って来たので抱き上げると何を言われているのかさえ理解していないような素振りを見せてきた。

 

「意味が分からねぇッス………」

「ウツロイドが人を襲わないとかどういうことッスか!」

「そもそもウツロイドがZクリスタルを持っていること自体があり得ねぇッスよ!」

「あれ、絶対あいつの仲間ッスよ! んで、オレたちをハメる気ッス!」

 

 現実を直視出来ない輩共は口々に俺を非難していく。

 反応からやはりウツロイドがZクリスタルを持っていること自体がかなり珍しいようだな。

 

「テメェら、何やってんだァ?」

 

 すると背後からドスの効いた声がした。

 

「グズマ?!」

「「「グズマさん!!」」」

 

 振り返るとそこにはチンピラがいた。

 昨日振りだな。

 

「プルメリ、その辺にしておけ。このお方は一種のポケモンみたいなもんだ。テメェらが敵う相手じゃない」

 

 グズマはどの辺から見ていたのだろうか。

 クチナシさんとのバトルやウツロイドの行動を見ていたのならば、少しは驚いていそうなんだが…………超冷静だな。

 

「………だってさ。アンタらも諦めな」

「………はいッス」

 

 グズマに指摘されたら一気に意気消沈である。

 グズマの言うことは素直に従うんだな。

 それだけグズマが信頼されている証ってわけか。

 

「ククイ、こいつらを下手に刺激するんじゃねぇよ。圧倒的な強さってのは、時に恐怖を与えるもんなんだよ。テメェも分かってんだろ」

「ああ、よく知っているさ。その象徴が何を隠そうお前なんだからな。だから、これはお前らへの問題定義でもある。しっかり解決しろよ」

「ざけんな!」

 

 一体この男は何を企んでいるのやら。

 俺はいいように使われただけっぽいし。

 アローラ地方、大丈夫か?

 

「よし、帰るか」

「え、あ、はい………」

 

 えっ、このまま放置してくのん?

 大丈夫か、こいつら………?

 暴れ回って島一つ無くなるとかないよな?

 

「………あー、プルメリ、さん?」

「………何だい?」

「あんま無理するなよ」

「う、うるさい!」

 

 あ、やっぱそうなのね。

 グズマが現れた途端、緊張の糸が切れたかのように座り込んだから何事かと思ったけど、腰抜かしただけなんだな。

 仲間を守るために顔に出さずに我慢してただけとか、姐御も大変だな。

 

「フッ、強気なプルメリでも無理だったか」

「おっさんは黙ってな! アンタ! この借りは絶対に返すかんね! 覚えときな!」

「おー、こわ」

 

 プルメリの姐御はなんか負け犬のようなセリフを吐いて行ってしまった。

 恥ずかしかったんだろうな。ちょっと涙目でぷるぷるしながらだったし。

 

「あ、兄ちゃん。これもやるよ。おじさんに勝った証だ」

 

 姐御を見送るとクチナシさんがポケットから黒いZクリスタルを差し出してきた。

 

「あざっす。………アクZ、ですよね?」

「ああ、約束したしな」

「正直、Z技のポーズって恥ずいんですよね」

「あー、まあ慣れだな。オレもかっこいいとは思っちゃいねぇし」

 

 だろうね。

 でもいいのかよ、島キングがそんなんで。

 

「それでもまだ我慢出来るレベルなのがあくとかエスパータイプのなんすよね。フェアリータイプのだけは絶対使いたくない」

「まあでも、あれだ。そこにどのZ技でも完璧にかっこよく熟す超人がいるからな。なあ、ククイ博士」

「………かっこいいかはともかくとして、Z技は全力を出す技だ。トレーナーが全力でやらなかったら意味ないだろ?」

「もう少しポーズを考えて欲しかったわ………」

「それは俺に言われても困るってもんだ。別に俺がポーズを決めたわけじゃないんだし」

「そりゃそうなんだけど………。はあ、まあいいか。対応するタイプの技を覚えていないと使えないんだし」

 

 エスパー、でんき、かくとう、どく、あく………か。今のところ全部誰かしらが使えるな。

 ドクZのポーズは見直しておこう。使い時は中々ないだろうけど、いざという時に使えないのでは意味ないのだし。

 さて、この島の中心街であるマリエシティで何か食って帰るか。



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23話

 島巡り三日目。

 今日はポニ島へとやって来た。

 メレメレ島や昨日のウラウラ島とは打って変わって、何もない島である。あるのは自然。というか手付かずの自然という感じ、良くも悪くもそのままの状態で放置されている感じだ。

 

「んで? ここは?」

 

 そんな何もない島の連れて来られた場所には祭壇と思われる空間があった。

 

「日輪の祭壇というソルガレオやルナアーラを呼び出せる場所だ」

「ほーん」

 

 それにしてもデカいな。

 周りは山に囲まれていて、その壁面まで祭壇に利用されている。

 上空から見れば、山が陥没して出来た空間のように見えることだろう。それくらい広いし、周りとの高低差があり過ぎる。

 

「待っておったぞ、ククイ博士」

 

 そして現れたのは小さい島クイーン。

 名前は何だったかな………。

 それともう一人。

 

「悪いな、パプウ。こんなところに呼び出して」

「構わぬ。ククイ博士にも何か思惑があってのことだろうからの」

「まあな。ここは必ず見せておきたかったんだ。何せ、アローラの伝説に繋がる重要スポットだからな」

「ソルガレオとルナアーラ。あの時のわしはまだまだ未熟だった故、何も出来なかったのう」

 

 二人の話は恐らくウルトラビースト関連の事件のことだろう。

 なんてのはいいんだよ。俺としてはこっちの方が気になる。

 

「………お前、何でいんの?」

「来てもいいって言ったのはヒキガヤさんじゃないですか。それともわたしの応援は、邪魔ですか?」

「ポチャ!」

 

 会う度にあざとさに磨きがかかってきてるのは俺の気のせいだろうか。

 この身長差を利用した上目遣いとか懐かしさを感じるレベルだ。絶対あいつと会わせてはいけないと思う。実現してしまったが最後、ムーンに研究のための結婚を強いられそうだ。

 何が怖いって、堕とされた前例があるから次も堕ちないとは限らないことだ。ユキノとユイには過去にそれぞれとの思い出があっての延長戦みたいなものだが、イロハだけはスクールを卒業するまでの一週間程しか接してなかったにも関わらず、籠絡されちまったからな。ある意味、正規ルートで攻略されてしまったようなものである。

 そんな奴とムーンを会わせてしまえばどうなるかだなんて、想像するまでもない。

 というか、だ。何故にエーテルパラダイスの職員の服着てるのん? コスプレにでも目覚めたか?

 

「二日振りでさらにあざとさに磨きがかかるとか………。ちゃんとやることやってるんだろうな?」

「当たり前じゃないですか。ルザミーネさんの命がかかってるんですから。今日は息抜きでちゃんとグラジオにも言って出て来ましたよ」

「………あいつが了承してるなら、まあいいか」

「ではでは、そういうことで」

 

 優秀なだけに何も言い返す材料がない。

 もう来ちゃったものはしょうがないし、観戦でいいんだけどさ。

 

「んで、その服は?」

「あ、これですか? どうですか? 似合います?」

「まあ、似合わなくもないんじゃないですかね………」

「ぶー、それってどっちなんですか」

「まあ、似合ってるんじゃないの? 知らんけど」

 

 似合わなくもないが、コスプレしてる感が満載なんだよなー。

 服に呑まれてるっつーか、もう少し成長したら似合うだろうが、子供感が抜け切ってないからなー。

 

「テキトーですね」

「また二、三年後くらいに見せてくれ。その時ならもう少しまともな反応も出来るかもしれないと思われるから」

「それ絶対出来ない人のセリフじゃないですか」

「ばっかばか、二、三年後には俺も成長してるかもだろうが」

「とか三年後にも言ってそうだなー」

「そこは否定出来ないんだよなー」

「否定してくださいよ!」

「まあ、あれだ。可愛いけどもいつもの服の方が落ち着くってことで」

「か、可愛い……?」

「ん? そりゃ世間一般的に見てもお前は充分可愛い部類に入るだろ。それとも自分の中ではもっと可愛いの基準が高かったりするのか?」

「い、いえ、そんなことはありませんけど………わたし、可愛いんだ」

 

 あ、これ可愛いって言われ慣れてないパターンか?

 なら、もう少しからかってみるか。

 

「ああ、ムーンは可愛いぞ。超可愛い。妹にしたいくらいだ。あ、でもマイラブリーシスターコマチがいるから妹はなしか。世界一可愛い妹はコマチだけだからな。マスコットにしよう。うん、マスコットだな。ポッチャマと共々可愛いマスコットにしたいくらいだ」

「あああ、もういい! もういいですから! 何ですか、マスコットって!」

「マスコットは皆に可愛がられる存在のことだろ?」

「いや意味を聞いてるんじゃなくてですね! あーもー、何なのこの人………」

 

 あら、ムーンちゃん。お顔が真っ赤よ。

 

「ポッチャマは可愛いって言われて嬉しそうだぞ?」

「ダメよ、ポッチャマ! この人に堕ちたら最後、元には戻れなくなるわ!」

 

 んな、大袈裟な。

 つか、堕ちるって何だよ。

 俺を何だと思ってるんだ。

 

「まあ、ムーンを愛でるのはこのくらいにしておくか。ニャビーを預かっててくれ」

「………揶揄うの間違いでしょ。分かりましたよ」

 

 先の二戦ではその辺で寝ていたり、ククイ博士の腕の中にいたりしたが、流石にこの祭壇らしきところでバトルしようと言うんだ。そこら辺で寝かせておくわけにもいくまい。

 

「………てか、まだボールに入れてなかったんですね」

「聞いて驚け。意思確認すらしてないぞ」

「わーお、この人ポケモンをたぶらかしてるー」

 

 どちらかと言うと俺がニャビーに誑かされている気もしないでもないんだがな………。

 だって、このニャビーちゃん超自由なんだもん。

 俺のことベットか何かだとしか思ってないぞ、多分。

 朝起きて腹が重たいのは毎日だし、移動は俺の腕の中、食事も何やかんや俺が用意してるし、風呂にだって入れている。俺から離れているのなんて、俺が何かやらないといけない時だけで、それもその辺で寝ているのだ。その癖、どうしたいかっていう意思表示は一切見せて来ない。

 あのゲッコウガですら、ケロマツの時に俺のポケモンになることを意思表示してたっていうのに。

 

「まあ、少なくとも嫌われてはないでしょうし、人間の中では一番気に入られているのでは?」

「そう見えないところが難しいんだよなー」

「アローラのポケモンは人慣れしているポケモンは相当慣れているし、慣れてないポケモンは極端に距離を取りたがることもありますからね。ヒキガヤさんの感覚とは少し違うのかも」

「………地方の特色ってやつか」

 

 環境が違えば感覚も違ってくるもの。

 そういうことにしておこう。ニャビーがどうしたいかはその時になれば分かるはず。俺はどっちに転んでもいけるようにしておくだけかな。

 

「ククイ博士、彼奴は先に誰を倒して来たのだ? わしが最初、ではあるまい」

「ああ、ハラさんとクチナシさんがコテンパンにされて来たところだ」

「あの二人を以ってしてもか。わし、勝てる気せんのじゃが」

「形は島巡りの体を取ってはいるが、ある意味島キング、島クイーンの方が挑戦者感があるからな。パプウも受けて立つって気持ちじゃなくて絶対倒すってくらいの挑戦者のあのギラギラした目でいないと瞬殺されるぞ」

「なるほど、わしらの方が挑戦者であったか。それなら特にシガラミを考える必要もなかろう。かといって、それでわしの勝ちが見えて来るとは到底思い難いがの」

 

 あっちはあっちで俺のことでも確認しているらしい。

 確か一人だけまだ子供だったもんな。トレーナー歴もそんなないのだし、他の三人に比べたら経験も浅いだろう。それでも島クイーンに選ばれたのなら、それなりの実力はある、はず。

 

「まあ良い。それじゃあ、バトルをしようかの」

「了解。ハチマン、いけるかー?」

「あー、大丈夫っすよ」

 

 どうやらあっちの確認も済んだらしくようやくバトルにありつけるようだ。なんかこういうと俺がバトルに飢えてるみたいで語弊を感じるのは気のせいか………?

 

「よし、ルールを確認しておくぞ。使用ポケモンは三体、どちらかが全員戦闘不能になればバトル終了。あとは公式通りだ。ハチマンはこれまでと変わりないが、パプウは問題ないか?」

「先の二人と同じルールなのじゃろう? だったら問題ないのじゃ」

「オーケー。んじゃ、バトル始め!」

 

 今更ながら気づいたのだが、バトルフィールドは?

 まさかフィールドなしのバトルな感じで?

 それならそれで俺は全然全くこれぽっちも問題ないのだが。

 いいのかね、主にあの子的に。

 

「ゆくのじゃ、フライゴン!」

 

 最初のポケモンはフライゴン。

 じめん・ドラゴンタイプ。

 イロハが連れていたからそれなり俺にもデータが蓄積されている。

 というか俺のポケモンがサーナイトだって分かってるよな?

 ………やはり手持ちポケモンが少ないのかね。

 

「サーナイト」

「サナ!」

 

 うん、今日も可愛い。

 

「やはりサーナイトであったか。フライゴン、まずはすなあらしじゃ!」

 

 ほー、なるほど。

 フライゴンは翼で風を起こして砂嵐を作り出した。

 視界は悪くなり、フライゴンの姿もかき消されている。フライゴンには砂漠の精霊の異名があるが、それを見事に再現して見せた感じだ。

 さて、こうなると厄介だな。

 さっさと砂嵐をどうにかするとしよう。

 

「サーナイト、サイコキネシスで無風状態にするんだ」

「サーナ!」

 

 サイコキネシスって便利よね。

 使い方次第でどうにでもなるから使いやすい。対象物を超念力で操る技って貴重だわ。

 

「なんじゃと?!」

「おおー、砂嵐が止んだ」

 

 受ける側と見てる側とでは反応はそれぞれだな。

 

「サーナイト、砂はフライゴンの方にな」

「サナ!」

 

 これで無風状態の中に微細な粒子が滞留している状況が出来上がったな。あとは着火出来ればいいんだが、炎技はまだ使えないしな………。

 太陽光を集めるにしても燃やす対象がないといけないし、そもそも時間がかかるからこの状況を維持しておくのは不可能に近い。

 となると………。

 

「フライゴン、ストーンエッジじゃ!」

 

 フライゴンが身体の周りに無数の岩の破片を作り出した。

 どうやらこのフライゴンのストーンエッジは纏うタイプの方らしい。

 あ、それならもらっておくか。

 

「サーナイト、出来るだけフライゴンの近くで飛んで来る岩と岩をぶつけて砕け」

 

 次々と飛ばされて来る破片を即座に超念力で受け止めさせ、破片同時をぶつけていく。

 カツンカツンと砕けていく破片。

 その中に一瞬だけ火花が散った。

 おお、完成したな。粉塵爆発。まさか思い付きで作れてしまうとは。

 

「んな?! フライゴン!?」

「よし、サーナイト。こごえるかぜだ」

 

 そういえばこごえるかぜ覚えてたよね、この子。威力はそこまでないが、相手はじめん・ドラゴンタイプのフライゴンだ。超効果抜群なのだからダメージ量も他のポケモン相手に比べたら期待出来る。

 

「はがねのつばさじゃ!」

 

 どうやらあの爆発の中、何とか耐え抜いたようだ。

 煙の中から鋼鉄の翼を携えてフライゴンが飛び出して来た。

 凍風の正面から突っ込んで来るなんて無茶なことを………。

 

「いっけぇぇぇ!」

 

 彼女の叫びとは対象的に、フライゴンの翼が凍りついていき、失速していく。追加効果が現れたようだな。

 んじゃ、トドメといきますか。

 

「サーナイト、サイコキネシスでトドメだ」

 

 飛んでいるのがやっとなフライゴンの身体を超念力で捕らえ、一気に地面に叩きつけた。

 

「フライゴン!?」

「………フライゴン、戦闘不能!」

 

 まずは一体。

 

「戻るのじゃ、フライゴン。………何なのじゃ、あの爆発は。いきなりで驚いたぞ」

「パプウさん、あれは恐らく粉塵爆発です!」

「ふんじんばくはつ………?」

 

 あ、知らない系なのね………。

 そっか、それはなんか悪いことをしたな。

 

「はい、粉塵爆発は空気に微細な粒子が充満している中で着火すると、途端に爆発が起きる現象です。詳しい原理は今は省きますけど………今のは砂嵐を無風状態にすることで砂を空気中に滞留させて、ストーンエッジの破片同士をぶつけ合うことで火花を散らして着火したのだと思われます」

 

 流石研究者。よく見てるじゃないの。

 

「………そんなことも可能なのか?!」

「ククイ博士からも聞いたこの三日間のバトルでの傾向から、ヒキガヤさんはポケモンの技で自然現象を生み出してダメージを増幅させることを得意としていると思われます。パプウさん、気をつけて下さい!」

 

 ………ん?

 

「ねぇ、ムーンさん? 君、俺の応援に来たんじゃないのん?」

「え? わたし一言もヒキガヤさんの応援に来たとは言ってませんよ?」

 

 なんか素敵な笑顔で返された。

 

「………………」

 

 ………確かに「わたしの応援、いりませんか?」的なことは言ってたが、対象が俺とは一言も言ってなかったかも…………。

 

「………いい性格してんな」

「そ、そんな褒められても何も出ませんよ?」

 

 そこ照れるところじゃないから。

 応援云々はこの際どうだっていい。取り敢えず、この女は一回しばくことにして。

 

「こうなると、ここはこいつの出番じゃな。トリトドン、ゆくのじゃ!」

 

 二体目はトリトドンか。しかも緑と青が基調ということは東の海の方か。まあ、姿の違いで能力に差があるわけではないためどっちでもいいんだけど。

 ただ、トリトドンとバトルしたことがないような気がするんだよな………。連れているトレーナーも俺の周りにはいないし、これまで対戦して来たジムリーダーとかも連れていなかったはずだし。

 良くて野生のトリトドンとバトルしたかどうかのレベルだ。姿の違いを比較したこともない。

 バトル面では、みず・じめんタイプという組み合わせによりしぶといという情報はあるが、それ以上どういうバトルをするのかは知らない。

 なので、ちょっと興味が湧いて来ているのは黙っておこう。そこにムーンもいることだし。

 

「サーナイト、エナジーボール」

 

 しぶといとは言っても弱点がないわけでもないし、サーナイトなら弱点を突くことが可能だ。こっちから仕掛けていってどれだけしぶといのか確かめてみようではないか。

 

「ッ!? どろばくだんじゃ!」

 

 投げ放った緑色のエネルギー弾はトリトドンの口から吐き出された泥に呑み込まれて消滅してしまった。

 

「そのままヘドロウェーブ!」

 

 おっと、毒技も使えるのかよ。

 

「躱せしながら距離を詰めろ」

 

 動きは遅いためテレポートを使う程ではない。

 それだけでも技の一枠が空くためありがたい話だ。

 

「エナジーボール」

 

 トリトドンの正面に移動すると、サーナイトが再度緑色のエネルギー弾を放った。

 すると今度は直撃し、トリトドンを小さな島クイーンの下へと押し飛ばしていく。

 

「トリトドン?! じこさいせいじゃ!」

 

 おう、マジか………。

 トリトドンの傷がみるみる消えたいく。

 あいつ、じこさいせい使えるのかよ。そりゃしぶといと言われるだけのことはあるわ。

 弱点がくさタイプしかなく、かつじこさいせいを使えるとか超持久戦タイプのポケモンじゃねぇか。

 これはさっさと倒すしかないな。

 

「サーナイト、連続でエナジーボール」

 

 まずは回復させる隙を与えないよう攻撃し続ける。

 しかも当たれば大ダメージのくさタイプの技。

 加えて射撃系の技なため、動きの遅いトリトドンには緊張が強いられる。

 

「連続でじゃと?! トリトドン、れいとうビームで落とすのじゃ!」

 

 それを理解したのか小さな島クイーンもその場から動いて躱すのではなく、撃ち落とすことを選択したようだ。

 まあ、でも。

 動かないのなら好都合。

 

「くさむすび」

 

 動かないでいてくれるため、地面から伸ばした草で一気に絡め取ることに成功した。

 ご丁寧に口にまで草を巻きつけちゃってるよ。トリトドンの攻撃手段の何もかもを奪ったみたいだ。使えるのは身体そのものくらいだが、これだけ巻き付かれていれば動けないだろうし、トリトドンのためにも終わらせてしまおう。

 

「トドメだ。エナジーボール」

 

 貼り付け状態になったトリトドンに緑色のエネルギー弾を撃ち込んだ。

 ドカンと爆発し、トリトドンを捕らえた草すらも粉砕していく。

 

「トリトドン、戦闘不能!」

 

 ドカッと地面に落ちたトリトドンは気を失っていた。

 じこさいせい使われなくて良かった。

 

「戻れ、トリトドン。………やるな、お主。防戦一方どころか、それすらもやらせてもらえぬとは」

「じこさいせい使われると面倒だったんでな」

「お主のポケモンは使える技のタイプが多彩じゃな。おかげで何を出しても弱点を突かれてしまう」

「ポケモンたちは色んな技を覚える。だからポケモンたちが興味を持った技を習得させてやるのもトレーナーの役目ってもんだろ。んで、そんなこんなしてると技のレパートリーが増えて逆にどの技を使うのか取捨選択するのが大変になってくるがな」

「………確かにのう。じゃが、わしには技の知識がないからのう」

 

 それ、島クイーンとしてどうなのよ。

 まあ、アローラならそれでも通用するんだろうけど。

 

「トレーナーの見せ場はどんな知識を持っていて、その知識を使ってどんなバトルを展開させていくかだ。島クイーンである以上、挑戦を受ける側なわけなんだし、挑戦者を導くためにも広い知識は必要になってくると思うぞ」

「知識か………」

「幸い、アローラにはククイ博士やムーンがいる。他にもポケモンの知識を持った奴はいるはずだ。そいつらに聞けばいいだろ」

「自分で勉強せえとは言わんのだな」

「情報が少なそうなこの島にいる限り、限界があるだろうからな。使えるものは早い内から使えばいい」

 

 人がいるのも港ばっかりだし、その港人も船を停泊させている旅や漁師の人たちばかりのようだからな。島の住民はほとんど見かけなかったし、そうなると入って来る情報なんて偏って来るというもの。

 ポケモンの知識を付けようと思うのなら、この島にいるのでは難しいだろう。

 

「よかろう。じゃがその前に。まだあと一体わしのポケモンがいるのでな。お主にもわしらの力を見せてやるとしよう!」

 

 そう言って出して来た三体目のポケモンは見たことのないポケモンだった。

 茶色で厳ついギャロップとでも表現すればいいのだろうか。

 恐らく彼女のポケモンの傾向から推測して、じめんタイプか。

 

「バンバドロ、10まんばりき!」

 

 馬力ということは相当な力の持ち主なのだろう。

 あれを正面から受けるのはサーナイトにとって得策ではない。

 ならば………。

 

「サーナイト、あいつの直線上に向けてこごえるかぜ」

 

 重たそうな身体を駆け出したバンバドロの足下に向けて冷気を放った。地面はみるみる凍りつき、若干バンバドロの足音のリズムに乱れが出て来たように聞こえる。

 

「ヘビィボンバーで凍ったところを躱すのじゃ!」

 

 どうやら聞き間違いではなかったようだ。小さな島クイーンも自分のポケモンの変化に気づいたようで、凍りついた地面から大ジャンプで退避させた。

 やっぱり足を滑らせてくれてたんだな。それでも足を止めないのだから、あっちが指示を変えなかったらどうなっていたことやら………。

 

「サイコキネシスで受け止めろ」

 

 落下して来るバンバドロを超念力で受け止めさせるが…………減速したくらいで受け止め切れていない。

 

「くさむすび」

 

 なので、さらに草で物理的に絡め取ることにした。

 だが、重過ぎて草が千切れサーナイトが咄嗟に躱すこととなってしまった。

 

「………重過ぎだろ」

 

 恐るべし、バンバドロ。

 下手したら着地するごとに地面に穴が空くんじゃないか?

 

「ゆくぞ、バンバドロ! ポニ島に張り巡らされし大いなる根よ、我らに力を与え給え!」

 

 小さな島クイーンは腕をクロスさせ、Z技を発動させ始める。

 動きを見てもピンと来ない。ということは使いたくない類のZ技だったのだろう。

 

「サーナイト」

 

 凄いな、あんな恥ずかしげもなくポーズを取るなんて。

 あ、くるって回った。これだな、俺が拒否反応を示したのは。

 

「ライジングランドオーバー!」

 

 なんて考えながらも俺たちもZ技で迎え撃つ準備をしていく。

 いやね、ポーズとタイプの組み合わせを覚えてないんだから、対処法がピンと来ないのよ。そうなると同じZ技ぶつけた方が確実なわけで………。

 その間にもバンバドロは地面に潜っていく。

 マキシマムサイブレイカーはサイコキネシスの上位版でしかなかったし、あれもあなをほるの上位版みたいなものなんだろうな。

 

「マキシマムサイブレイカー」

 

 地面から飛び出して来たところで超超念力によって押さえ付ける。力は拮抗しているが、上から押さえつける形を取れたサーナイトの方が若干有利なようで、じりじりとバンバドロが地面に近づいて行っている。

 

「サーナイト、地面に叩きつけろ」

 

 あと一歩ってところなため、一気に仕掛けることにした。

 Z技は全パワーを出し切る技なため、最初から全力である。ただ、一瞬くらいならいけるんじゃね、という安易な発想だったが、そこはやはりポケモン。いけちゃったらしい。

 素直に凄いと思う。マジで。

 

「………これでも耐えるとか、トリトドン以上にタフだな」

 

 まあ、それでも倒れないバンバドロもどうかしてると思うけどな。

 Z技で押し負けて地面に叩きつけられたのよ?

 何ケロッと起き上がってんだよ。

 

「バンバドロ、ヘビィボンバー!」

 

 もうこれはあれだな。

 根本的に強くなるしかないな。

 

「サーナイト、メガシンカ」

 

 大ジャンプから落下してくるバンバドロに向けてメガシンカエネルギーを解放してやると、白い光に呑まれてサーナイトを見失っている。

 

「サイコキネシス」

 

 そこをすかさず捕らえた。

 

「くさむすび」

 

 そして、サーナイトのメガシンカの副産物として生まれる淡いピンク色のオーラが広がった地面から、草を伸ばして雁字搦めに巻きつけていく。トリトドンの比じゃないな、あれ。磔の刑に処されてるみたいだ。

 

「トドメだ、エナジーボール」

 

 これだと刑の執行って感じだな。

 バンバドロ、南無三!

 

「………バンバドロ、戦闘不能! よって、勝者ハチマン!」

 

 ちょっとククイ博士の頬が引き攣ってるのは見なかったことにしておこう。なまじ知識がある分、俺みたいに見えていたのかもしれない。

 

「………完敗じゃな」

「バンバドロのタフさには驚かされたけどな。頑丈過ぎない?」

「バンバドロは丈夫じゃからのう」

「ちなみにだがハチマン。バンバドロにはじきゅうりょくという特性があってだな。物理攻撃を受けるとさらに頑丈になるところだったぞ」

「何それ、えげつな」

 

 あれ以上に頑丈になるとか、一体バンバドロの祖先とやらは何を目指していたのだろうか。

 まあ、一芸に秀でたポケモンというのは時に恐ろしい存在に化けるからな。

 

「バンバドロの長所はそのタフさだろうな。今後はそこに重点を置いた戦いからを考えてみるのも面白いかもな」

「確かにな。バンバドロのタフさに挑戦者が投げ出すのが想像出来るぜ」

「タフさであるか………」

 

 ククイ博士のお墨付きを得たところでムーンも入って来た。

 

「お疲れさまです、パプウさん。惜しかったですね」

「ムーン、最初から勝ちは見えてなかったがのう。こうも実力の差を見せつけられると悔しいのう」

 

 悔しいと思えたのなら彼女は強くなれるだろう。あのおじさんたちはとっくにその領域を卒業してるからへらへらとしてたのだろうが、彼女はまだ島クイーンになったばかりの新米だ。

 ここから強くなれたのなら、本物の島クイーンというものだろう。

 

「この鬼畜、悪魔!」

 

 するとキッ! とムーンに睨まれた。

 

「いや何でだよ。鬼畜っていうのはな。チャンピオンとフルバトルして一体で五体倒してなお余裕があるのに交代するポケモンのことを言うんだぞ」

「それ、結局はヒキガヤさんのポケモンですよね………」

「そうなんだよなー。しかもあいつポケモンのくせにトレーナーデビューするような異常者だからなー。俺の手にも負えんわ」

「………はい?」

 

 あ、これは変なスイッチが入るパターンか?

 

「フルメンバーを揃えられておったら瞬殺もあり得たかもしれんの………」

 

 たが、その前に小さな島クイーンの一言でムーンのスイッチが入ることはなかった。

 

「………ヒキガヤさんのフルメンバーってそんなにヤバいんですか?」

「………ムーン、あれはヤバいなんてものじゃない。恐怖すら覚えるレベルだ」

 

 フルメンバーを知っているククイ博士が遠い目をしている。

 俺も明後日の方を向きたくなるくらいだから気持ちは分かるわ。

 

「あ、そうじゃ。忘れておったわい。お主にこれを渡しておくぞ」

 

 現実逃避でもしたくなったのか小さな島クイーンが強引に話を変えて来た。

 なんか、ごめんな。

 

「……ジメンZ?」

 

 手渡されたのはブラウン系のクリスタル。

 さっきも使ってたことだし、十中八九ジメンZだろうな。

 

「うむ! わしに勝った証じゃ! と言ってもサーナイトは使えんかもしれんが」

「いや、もらっておくよ。サーナイトが使えなくともカロスに戻ったら使える奴はいるんだし」

「そうであったか。では遠慮なくもらってくれ」

「おう、サンキューな」

 

 ………使うかは別として。

 もらえるものはもらっておく。嫌でもいざという時には選択肢の一つになるだろうし、損することはない。

 

「ヒキガヤさん、わたしいつかヒキガヤさんの本気のバトル見てみたいです!」

「そうだな、お互い落ち着いたら招待してやるよ」

「はい!」

 

 残る島クイーンもあと一人。

 あの肌の黒い女の人は一体どんなバトルをするのだろうか。

 最後ともなるとちょっと楽しみにもなってくるな。



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24話

「んで、今日のここはどこよ」

 

 島巡り四日目。

 今日連れて来られたのは最後の島であるアーカラ島。

 の、宝石店……?

 アクセサリーにあつらえた宝石がギラギラと店内の光を反射させている。

 ニャビーは店内が眩しいのか俺の胸を顔を埋めてしまった。

 

「ここはライチさんが営むジュエリーショップさ。裏庭にバトルフィールドもあるんだぜ」

 

 宝石店の裏庭にバトルフィールドって………。

 似つかわしくないなー。

 

「やっほー、やっと来たわね」

 

 っ!?

 一瞬、やっはろーと返しそうになってしまった。

 あのおバカな挨拶はバカ丸出しだけども、あれだけ頻繁に使われていると中毒性があるな。

 

「どうも」

 

 ちなみに今日はムーンは来ていないらしい。

 代わりと言ってはなんだけれども、エーテル財団の坊っちゃまが来ている。

 

「グラジオも来たのね」

「ああ、一度も来たことがなかったんでな。今更な話だが」

「いやいや、いいのよ。気にしないで。アンタはエーテルパラダイスの方で忙しいんだし。来てくれただけでも嬉しいわ」

「あ、ああ。そう言ってもらえると助かる」

 

 こいつ、来たことなかったのかよ。それで今日ついて来たのか?

 

「………宝石好きなのか?」

「いや、そういうわけではないのだが………しばらく会えていない母と妹に何か贈れないかと思っていてな。今日はライチさんとだと聞いてククイ博士にお願いしてついて来たってわけだ」

「ふーん、贈り物ねぇ」

 

 そういえば、あいつらに何か贈り物をした記憶がないな。それどころじゃなかったってのもあったが、あまりアクセサリーとかを身につけているところを見たことがないし、その発想にも辿りつかなかったのかもしれない。

 俺も何かあいつらに買っていこうかな。

 と言っても、あいつらの好みとか知らないし、どうしようか。

 

「あ、つか、まずサーナイトのを探さないと」

 

 メガストーン用のブローチか何か、ここで見繕ってもいいんじゃね?

 サーナイトも女の子だし、こういう系のものを身につけていても違和感ないしな。

 

「出てこい、サーナイト」

「サナ!」

 

 ボールからサーナイトを出すと案の定抱きついて来た。

 最早毎度のことなので流石に慣れたわ。

 

「よしよし。………あのな、サーナイト。お前のメガストーン用に何かアクセサリーを用意しようと思うんだが、どうだ?」

「サナ!」

 

 うわ、キラキラした眩しい目………。

 やっぱりサーナイトも光物が好きな女の子だったか。

 

「ついでにキーストーンの方も用意しようかな」

 

 ずっと裸のままで待ち続けていたが、今後何が起こるか分からないしな。アクセサリーにしておいた方が失くさないだろう。

 

「サナ!」

「いや、早いな、見つけるの。んで、何を………まさかのペアルックか。俺もこれにキーストーンを付けろとな」

「サナ!」

 

 早速サーナイトが選んだものはペアのロケットペンダントだった。

 ただ、そこまでお高いものでもなく宝石が散りばめられているようなものでもない。至って普通のロケットである。この中にキーストーンなりメガストーンを入れたら完成ってところか。この二つの石ってそんなに小さくもないんだがな………。

 

「けど、いいのか? そんなキラキラしたもんでもないぞ!」

「サーナ」

 

 そんなものでいいのかと聞いたら首を縦に振る始末。

 まあ、サーナイトがいいと言うのならこれにするか。

 

「ふふっ、サーナイトも女の子ね。光物が好きっていうより、あなたにプレゼントされるのが嬉しくて、あなたとお揃いのものが欲しいんじゃないかしら?」

「あ、そういう系……?」

「サナ!」

「お、おう、そかそか。それならペアルックのこれにするか?」

「サーナ!」

 

 どうやらサーナイトのお目当ては光物ではなく俺とのペアルックの方にあったらしい。

 

「毎度ありー。けど、これ本当は恋人用なのよねぇ。でも何故か誰も買わないのよ。あたしも付ける相手がいれば今頃………」

 

 うっ………なんだろうか、この既視感。知ってるぞ、この感覚。アラサー独身女性の結婚願望が溢れ出るこの残念臭………。

 そうか、この人はヒラツカ先生と同類の人だったか………。

 

「サーナイト、メガストーンをここに入れてくれ」

「サナ」

 

 ちょっと大き過ぎるロケットにメガストーンを嵌める。サイズがぴったり過ぎてびっくりだ。こういうのって後で調整したりするもんじゃねぇの?

 

「ほい、完成。………いいな。可愛いぞ、サーナイト」

「サナ!」

 

 完成したロケットをサーナイトの首にかけてやった。

 うん、可愛い。

 石が嵌ればロケットの印象も随分と変わるもんだな。こりゃ確かに他の宝石は邪魔なだけかもしれない。

 俺も自分のにキーストーンを嵌め込み首から下げてみたが………なんか俺には不釣り合いじゃね?

 

「なあ、なんか違和感ないか?」

「サナ!」

「あ、そう? なら、いいか」

 

 サーナイトにはお気に召したようなので気にしないでおくことにした。

 

「………っ?!」

 

 ふと、目に入った石に驚いた。

 

「あの、ライチ、さん………?」

「んー?」

「つかぬことをお聞きしますが、あれは?」

「あ、ああ、あれ? 綺麗な石だったから買い取ってみたんだけど、結局何なのか分からないのよねー。だから買い取った時の金額のままにしてあるんだけど、あれがどうしたの?」

 

 いやいやいや!

 あれ、超貴重品だぞ!

 しかもその値段で売るには安過ぎるし!

 

「………おいおい、これメガストーンじゃないか?」

「メガストーン? メガシンカってやつの?」

「そうそう、それです。サーナイト」

「サナ!」

 

 いまいちピンと来ていないライチさんに、サーナイトのロケットを見せた。

 

「あらー、綺麗ね。でも色が違うのね」

「これはサーナイト専用のメガストーンですからね。対応するポケモンによって色が違うんですよ」

「へぇ」

 

 やっぱり地方によって価値観も違って来るんだな。

 ただただ感心してる感じだ。

 これがZクリスタルだったなら、もっと興味を惹かれて興奮気味だったのかもしれない。

 

「あれ、俺が買い取っても?」

「いいわよ。おまけにしておくわ」

「え、ちゃんと払いますよ?」

「いいのいいの。良い値がするのはそっちのロケットの方だったんだから」

 

 おいおい、ロケットペンダントより価値が低いってどういうことだよ。まあ、おまけでって言うのならそうしてもらおう。ここに眠らせておくのは勿体ない。

 

「でも、ハチマン。あれがどのポケモン用なのか分かるのか?」

「見ただけじゃ何とも。ただカロスに帰ればプラターヌ研究所で測定出来ますんで」

 

 どうせ、カロスに帰る予定なのだ。

 プラターヌ研究所で測定してもらえばすぐに分かるはずだ。

 

「………死んだことになってるのに顔出して大丈夫か?」

「そこはほら、帽子とかサングラスとかして誤魔化せば何とか………」

「騙されてくれるといいがな」

「というかあの変態にバレても特に問題はないと思いますけどね。逆に巻き込んだ方が使い勝手がいいかもだし」

 

 戦力としては数に入れられないが各所へのパイプラインなら務まるはずだ。

 んで、博士ネットワークを活用してもらえれば動かしようはある。

 

「なんか散々な扱いだな」

「昔からそういう感じなんで今更かと」

「そんなに付き合い長いのか?」

「まあ、俺がカントーを旅してた時にちょいちょい現れてましたからね。六年くらいか?」

「それってフェアリータイプのカテゴリー追加とかメガシンカが提唱されたくらいじゃねぇか」

「あー、あれってそれくらいだったのか。………つまり、あの変態はカントーで俺のストーカーをした後に有名になったと」

 

 なるほどなるほど。

 あのフィールドサーチは一応意味があったというわけか。その割に野生のポケモンに襲われてたりしてたけどな。

 

「世界的に有名なポケモン博士を変態扱い出来るのは世界でもお前だけだろうな………」

「ははは、何を言う。変態二号が」

「………おいちょっと待て。誰が二号だって?」

「上半身半裸に白衣を来た変態なんて一人しかいないじゃないですか」

「よーし、ハチマン。表に出やがれ。一発ぶん殴ってやる!」

「やめておいた方がいいっすよ。悪夢見ることになるんで」

「くっ………人間辞めるとこうも強気に出れるのかよ。チクショー!」

 

 俺が言うと冗談で済まないのを分かってるからか、それ以上のことには発展しなかった。多分、生身の取っ組み合いなら普通に負けるからな。

 

「ねぇ、グラジオ。あの二人、どう思う?」

「どうもこうも似た者同士だろ。片やポケモンの技が使えて、片やそのポケモンから技をダイレクトに受けて研究している男たちだぞ?」

「そうよね。どっちもどっちよね」

 

 おい、そこ!

 この変態二号と同じカテゴリーにするんじゃない!

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「さ、気を取り直してバトルしましょ」

「うす」

 

 店の裏にマジであったバトルフィールド。

 何気に儲かっているのだろうと勝手な想像をしてしまった。

 バトルということでニャビーはグラジオに預けてある。

 

「サナ!」

「ん? ………いや待て。お前最初からメガシンカするつもりか?」

「サナ!」

「マジか………」

 

 サーナイトが何かを強く主張してきたかと思えば、さっさとメガシンカしたいとのことだった。いや、もうあの目を見れば分かるから。

 

「はあ、分かったよ。そんなにそのロケットが気に入ったんだな。行ってこい」

 

 ロケットペンダントを大層気に入ったらしく、早く使いたいという、まあ何とも可愛らしい理由である。

 

「ルールは先の三戦と同じだ。ライチさんも聞いてますよね?」

「ええ、大丈夫よ」

 

 あの男、四戦目にしてルール説明を省きやがった……。

 

「さあ、まずはこの子よ! ギガイアス!」

 

 ライチさんの一体目はギガイアスか。

 いわの単タイプとなると超効果抜群ってことにはならないからな。一気に削るのは難しいかもしれない。

 

「うっ………!」

 

 しかも砂嵐が吹き始めた。

 あれ? ギガイアスって特性にすなおこしあったんだっけ?

 硬いイメージしかないから、てっきりがんじょうばっかだと思ってたわ。

 これならメガシンカ前に砂嵐をどうにかしないとな。いわタイプは砂嵐下ではさらに硬くなることだし。ただ、恐らく小さい島クイーンの時の粉塵爆発は通用しないだろう。というか発動出来ないと思う。纏う方のストーンエッジを撃ってくれないと火花が散らせないが、ギガイアスのストーンエッジは地面から突き出るタイプの可能性が高い。

 それならいっそ違う方法を取った方が賭けに失敗することもないか。

 

「サーナイト、サイコキネシスで無風状態にするんだ」

 

 砂嵐の止め方は前回と同じ。

 だが、滞留する砂の使い道が今回は決まっていない。

 

「砂嵐を止めるだなんて。ギガイアス、ストーンエッジ!」

 

 やはりギガイアスのストーンエッジは前脚を地面に叩きつけて、地面から岩を次々と突き出していく型の方だった。

 というかストーンエッジを使ってくることまで読めている俺自身に恐怖を覚えた。そこまで当たらなくてもいいんだぞ。

 

「躱して、くさむすび」

 

 重たい岩の身体には持ってこいの技だ。

 

「………いや、重過ぎだろ」

 

 だが、草を巻きつけたはいいが持ち上がらず、転ばすことにまでいけなかった。

 サーナイトの力で無理とか何気にヤバい。

 これなら普通にメガシンカしても問題なさそうだな。

 

「ヘビィボンバーで脱出するのよ!」

 

 おう、まさかのヘビィボンバー。

 ハリテヤマもそうだったが、重量級のポケモンには皆覚えさせているのかね。確かに自身の体重を利用する技だから使い勝手は最高であるが。しかも身体が重たいポケモンは動きが鈍いことが多い。それをヘビィボンバーの大ジャンプで補えるのだからな。重量級のポケモンには相性のいい技だと思う。

 

「よし、サーナイト」

「サナ!」

「メガシンカ」

 

 ただ、軌道は一直線になるため、攻撃のパターンは読みやすくなる。

 落下してくるギガイアスに向けてメガシンカエネルギーを放った。それと同時に、フィールドに淡いピンク色のオーラが広がっていく。

 メガシンカもアローラに来てから数度目になるが、使う度にメガシンカエネルギーの使い方も上手くなっていっているような気がする。まだまだ心は幼いところがあるというのに、バトル面ではあいつらに匹敵する程のポテンシャルを見せつけてくれるわ。可愛い悪魔にならないことを祈ろう。

 

「きあいだま」

 

 ギガイアスを弾き飛ばして、そのままエネルギー弾を撃ち込む。

 

「アイアンヘッドで受け止めなさい!」

 

 すると鋼の頭で弾丸を受け止め、そのままさらに距離を取った。

 空中では躱せないと思ったのだが、それを逆手に距離を取るのに利用されるとは………。

 こういうのを見せられると島クイーンとしての貫禄を感じるな。

 あの小さな島クイーンにもいずれその貫禄が出てくることを期待しよう。

 

「くさむすび」

 

 すかさずギガイアスの足下から草を伸ばし巻きつけていく。

 サーナイトも今度は入念に巻きつけており、メガシンカしたことで締め付ける力も増している。

 あ、ついに持ち上げた。

 なら………!

 

「そのまま叩きつけろ」

 

 ギガイアスを地面に叩きつけると地面が揺れた。それくらいの衝撃が生み出されたようだ。

 何それ、怖いんだけど。

 サーナイトちゃん、マジパネェ。

 

「きあいだま」

 

 そこへトドメの一弾を撃ち込んだ。

 

「ギガイアス、戦闘不能!」

 

 当然、ギガイアスは戦闘不能。

 くさむすびが効いたな。

 

「戻りなさい、ギガイアス。………くさむすびがかなり効いたわ」

「そりゃ狙いましたからね。そっちがギガイアスの体重を利用したようにこっちも利用させてもらいましたよ」

「ほんと凄いわね。そういうのを一瞬で判断出来るのだから」

「昔、知識がなくて負けたことがありましてね。それが悔しくて知識をさらにつけるようにしたんですよ。まあ、そのバトルは技の使い方がトリッキーでゾクゾクしましたけど」

「へぇ、ただの天才というわけではないのね」

「俺が天才なら、世の中天才だらけですよ。それに俺の場合は生き抜くためにも必要だったところもありますからね」

 

 校長との一戦やヤマブキジムでの敗北からロケット団関連と色々あったからなー。

 あれがなかったら今の俺がないまである。

 

「そう? あたしはゴリ押しタイプのバカだからその知識量は羨ましいと思うわよ」

 

 あー、ヒラツカ先生みたいですもんね。

 

「では、この知識量であなたのポケモンを倒してみせますよ」

「言ってくれるじゃない! ダイノーズ、いきなさい!」

 

 二体目はダイノーズか。

 ザイモクザが連れているから情報としてはある。厄介なのはあの三体のチビノーズたちだ。実質一対四だからな。全員で攻撃されたら対処が間に合うかどうか………。

 

「ラスターカノン!」

 

 一発目は鋼の光線。

 王道と言っていいだろう。

 これでサーナイトには効果抜群なのだからな。

 対して、サーナイトはサイコキネシス、くさむすび、きあいだまの内で対面からやり合える技はない。かと言って最後の一枠を使うのは時期尚早と言えよう。

 ここは……。

 

「躱してサイコキネシス」

 

 攻撃を躱した上で、厄介なチビたちも纏めて動きを止めることにした。

 

「躱すことはお見通しよ。チビノーズたち、スパーク!」

 

 ただ、やはりと言うべきか、ライチさんも躱されることは想定済みだったようで対処が早かった。

 厄介だと思っていたチビノーズたちを早速使ってきて、躱したところに次々とチビノーズたちが電気を纏って飛び込んできた。

 

「サナ………ッ?!」

 

 ヤバいな。

 麻痺を食らったか。

 いくらメガシンカしているとはいえ、状態異常はどうしようもない。

 マジでリフレッシュを覚えさせたい気分だ。

 

「全員でラスターカノン!」

 

 痺れて足を止めたサーナイトに四体からの鋼の光線が飛んでくる。

 

「くさむすびでガードだ」

 

 動きようがないため、自分の前に草を立たせて身代わりにさせた。

 まだ痺れは続いているようでビリビリと身体に電気が走っている。

 

「パワージェムで草を斬っちゃいなさい!」

 

 そうこうしている内にライチさんは次の一手を出してきた。

 完全にサーナイトのガードを崩した上で猛攻を仕掛けるつもりなのだろう。そうなると痺れをもらったサーナイトには厳しい状況になる。今の内にここから脱しないとな。

 最後の一枠使うか。

 

「テレポート」

 

 痺れによりクチナシさんの時のようにはいかないだろうが、通常の使い方は何とかいけたようだ。

 

「きあいだま」

 

 サーナイトがダイノーズの背後に移動したことを確認して次の指示を出した。

 流石に背後からの攻撃には追いつけず、諸にエネルギー弾が着弾。そのままダイノーズの身体はバウンドしながら俺の方に飛んで来ている。

 

「隙をやるなよ、くさむすび」

「チビノーズたち、でんじふゆうでダイノーズを守るのよ!」

 

 そこへバウンドするタイミングで地面から草を伸ばさせようとするも、攻撃を受けなかったチビノーズたちがダイノーズを磁力で浮かして呼び戻していく。

 代わりと言ってはなんだが、またサーナイトには痺れが走った。

 

「今よ、全員でラスターカノン!」

 

 それを見逃す島クイーンでもなく、全員からの鋼の光線が飛んできた。

 最早あれこれ考えている余裕はない。

 着実にダメージは入っているのだ。次の一撃で仕留めることにしよう。

 

「テレポートで躱せ」

 

 何とか鋼の光線を躱し、再度ダイノーズの背後へ。

 

「トドメのきあいだまだ」

 

 そしてトドメのエネルギー弾を撃ち込んだ。

 効果は超抜群。

 なのに、メガシンカしてのきあいだま一発で沈まなかったのだから、恐らくこのダイノーズの特性はがんじょうなのだろう。

 

「ダイノーズ、戦闘不能!」

 

 ふぅ、痺れが痛いな。

 クチナシさんの時といい、状態異常をもらうとどうしても早く終わらせたくなる。これがリザードンとかなら逆に燃え上がるのだが、サーナイトは女の子だからな。バトルする上で避けられないこととはいえ、やはり気にしてしまう。

 人によっては甘いと思う奴もいるだろうが、今後もこの感覚が抜けることはないだろう。

 

「戻りなさい、ダイノーズ。よくやったわ。………重さもダメ、数で押してもダメ。メガシンカって本当に厄介なのね。まるでウルトラビーストみたいだわ」

 

 ダイノーズをボールに戻したライチさんは俺の方を見て溜息を吐いてきた。

 

「いや、ウルトラビーストはもっと個性的でしょうに。ほら、ウツロイドとか寄生するくらいには超ユニークですよ?」

 

 流石にメガシンカでは寄生なんて出来ないからな。というかウツロイドにしか出来ないのでは?

 そう思うとウツロイドってウルトラビーストの中でも特殊な部類に入るのかもしれないな。

 

「確かにそうなのだけれど………。メガシンカを知らないあたしたちからすれば、あまり変わりないのよねー。それともあなたがトレーナーだからかしら」

「それは一理あるかもしれないですよ。ハチマンが相手だと知識と経験からある程度こっちの動きを予測されますから」

「………なるほどね。これが知識で優るということなのね」

 

 いや、何勝手に説明しちゃってんの、そこの審判。

 言っておくが、俺だって予測が当たり過ぎるとビビるからな!

 使う技まで予想通りだともっと他にやりようがあるだろうに、と思ってしまう。それくらい王道を行き過ぎる奴が多い世の中なのだ。まあ、恐らくトレーナーズスクールの影響とかなんだろうけども。授業で一例としてこの技が来たらこうっていうのがあったりするし。

 あとはあれだな。威力の高い技ばかりを使い過ぎてワンパターン化していることだ。

 もっと小技を挟めよ。

 

「攻撃がワンパターン化している方が悪いんですよ」

「そうね、確かにその通りだわ。あたしたちもこの展開が一番攻撃出来るって流れがあるもの。それが原因かもしれないわ」

 

 あー、言われてみればそうかもしれない。

 ジムリーダーとかだとそういうのが顕著になっていそうだ。そうなると挑戦者もそれを見ているため、真似て同じようなバトル展開を組み立ていくことになると。

 ある意味、優秀が故の負のスパイラルだな。

 

「さあ、最後のポケモンよ! ルガルガン!」

 

 最後に出てきたポケモンはルガルガン。それもユイが進化させたという紅い瞳で二足歩行が特徴の真夜中の姿である。

 

「「おっ?」」

「ガウ」

「ルガ」

 

 そして何故かククイ博士とグラジオのボールから出てきたルガルガンたち。

 そのせいで三種のルガルガンがこの場に勢揃いである。

 これはこれで貴重なシーンかもしれない。

 というかグラジオもルガルガン連れてたんだな。あっちは真昼の姿だったか。

 

「ルガルガン、ストーンエッジ!」

 

 俺の小さな感動を他所に、ライチさんが仕掛けてきた。

 いや、ほんとあいつら何で出てきたんだよ。謎すぎるわ。

 

「躱せ、サーナイト」

 

 ルガルガンが地面を叩くと次々と岩が突き出てくる。

 

「かげぶんしんよ!」

 

 それを横に逸れて躱すと既に十体近くのルガルガンの姿があった。

 ………毎度思うけどもかげぶんしんって普通はこれくらいだよな。あんな数えるのもしんどくなるような数を作り出すあいつらが頭おかしいわ。

 

「サイコキネシスで抑え込め」

 

 超念力で分身を次々と消していくと最後に高く飛び上がったルガルガンが残った。

 あれが本体か。

 

「今よ、アイアンヘッド!」

「くさむすびでガード」

 

 頭から一直線に落下してくるルガルガンを草を伸ばして受け止める。

 

「サナ……ッ?!」

「ルガルガン、ほのおのパンチで焼き尽くしなさい!」

 

 またか。

 またサーナイトに電気が走った。

 その隙にルガルガンは炎を纏った拳を草の壁に殴りつけて燃やしていく。

 突っ込んでくるまであと数秒ほどってところか。

 

「サーナイト、テレポートで躱せ」

 

 サーナイトは痺れで上手く動けそうにないため、テレポートでその場から離脱することにした。

 これで少しは時間稼ぎになってくれればいいのだが。

 

「後ろよ、ルガルガン! ストーンエッジ!」

 

 まあ、それを許してくれる島クイーンじゃないか。

 振り向いたルガルガンが地面を叩き、次々と岩を突き出してきた。

 サーナイトはまだ痺れてるか。こうなったらちょっとの動きで対処していくしかない。

 

「サイコキネシスで自分を打ち上げろ」

 

 岩が届かない程度に打ち上げられればそれでいい。

 落下してくる間に回復してくれれば御の字だ。

 

「突っ込みなさい! アイアンヘッド!」

 

 ルガルガンは突き上げた岩を利用して、サーナイトが落下してくるであろう軌道上に飛び込んできた。

 このまま何もしなければ落下する力もあってダメージは大きいだろう。

 かと言って、くさむすびはここまで来ると効果範囲外。きあいだまはエネルギーを貯められるかどうか………。

 

「サナ!」

 

 いや、どうやらサーナイトはもう大丈夫なようだ。

 それならもう一段上のやり方をしてもらおう。

 

「サイコキネシスでルガルガンの向きを変えろ。地面に突き刺せ」

 

 超念力でルガルガンの進行方向を変更し、勢いをそのままに地面に突き刺した。

 小さいクレーターが出来たが、あれがサーナイトに当たっていたら大ダメージだったろう。

 

「くさむすび」

 

 サーナイトも着地し、ルガルガンに草を巻きつけていく。

 

「ほのおのパンチで抜け出しなさい!」

 

 それをルガルガンは炎を纏った拳で草を燃やし脱出。

 が、そこはサーナイト。

 草が分厚かったのか、さっきよりも脱出に手こずっていた。

 

「きあいだま」

 

 その間に背後からエネルギー弾を放つと物の見事にヒットした。

 

「ルガルガン! こうなったらZ技よ!」

 

 耐えたもののライチさんもルガルガンがあと一撃二撃で倒れることを悟ったのか腕をクロスさせてきた。

 

「轟け、命の鼓動! 天地を貫く、岩の響きよ!」

 

 ああ、そうだ。

 これだよ、これ。Z技の中でも特にダサいと思ったポーズ。最後のマッスルポーズ的なのはマジでやりたくない。

 そんな無駄なことを考えている間にも頭上に巨大な岩が生成されていく。

 これは流石のサーナイトでも防ぎようがない。テレポートで躱すことは出来るが、そうなると軌道上に立つ俺が危ないんだよな。下手したら死ぬぞ。

 くっ、こうなったら一か八か。

 メガシンカした状態でなんてどうなるかも想像出来ないが、やるしかない。

 

「サーナイト」

「サナ!」

 

 サーナイトにZリングを見せて腕をクロスさせた。

 リングに嵌め込んであるのはカクトウZ。あの巨大な岩を砕くには持ってこいの技だろう。

 無心でポーズを取り、サーナイトにエネルギーを充填させていく。

 

「ワールズエンドフォール!」

「全力無双激烈拳」

 

 そのエネルギーを突っ張り動作で放ち、降り下ろされた巨大な岩にぶつけて砕いていった。

 かなりの手数を打たなければならなかったが、それがZ技というもの。

 

「………ヤベェな」

 

 お互い高エネルギーの使用により疲弊度合いが凄いことになっている。

 だが、ここで決めるしない。

 

「サイコキネシス」

「サ、ナ!」

 

 肩で大きく息をしているルガルガンを超念力で吹っ飛ばした。

 それだけでルガルガンは起き上がらなくなった。

 

「ルガルガン、戦闘不能! よって勝者、ハチマン!」

 

 判定も下され、サーナイトも元の姿戻っていく。

 

「サ、ナ………」

 

 と、急にサーナイトが倒れた。

 

「サーナイト!?」

 

 駆け寄ると見るからに顔色が悪い。

 まずい。

 さっきのZ技が悪い方に働きやがったか。

 

「お、おい、しっかりしろ、サーナイト!」

 

 呼びかけても反応がない。

 熱は……ッ!?

 高熱じゃねぇか………!

 

「え、ちょ、大丈夫?!」

 

 異変を感じ取ったライチさんたちも駆け寄ってきた。

 どうする、ポケモンセンターに運ぶか?

 だが、他にも客がいれば手は足りなくなる。

 多分、これは普通じゃない。

 

「ポケモンセンター……はまずいか」

「ハチマン、エーテルパラダイスに行こう!」

 

 エーテルパラダイスか。

 確かに設備はポケモンセンター並みだった。

 

「ああ、頼む」

「あ、待って! これだけは持ってって! サーナイトが起きたらあたしたちに勝った証として見せてあげて!」

「うす」

 

 そう言ってライチさんは茶色のZクリスタルーー恐らくイワZーーを差し出してきた。

 俺はクリスタルを受け取って、倒れたサーナイトを一旦ボールに戻し、急いでエーテルパラダイスに戻ることにした。

 



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25話

「ジュナイパー、はっぱカッター!」

「シルヴァディ、ねっぷうで焼き尽くせ!」

 

 サーナイトが倒れてから二日。

 そう、もう二日も経ったのである。

 だが、一向に目を覚ます気配がない。

 さっきまでずっと病室にいたのだが、そんな俺を見かねたグラジオとムーンに連れ出されて、今はエーテルパラダイスの一角で二人のバトルの指導を行うことになった。

 結局、ククイ博士との見解でメガシンカした状態でのZ技の使用は、使用側のポケモンへの負担が計り知れないのではないかという結論に至った。バトル中に俺の頭に過った仮説はどうやら的を射ていたらしい。それを使ったのだから、結果はこの様だ。

 おかげでこの三日間、サーナイトへの罪悪感だけが募っていくばかりである。

 

「ポッ、チャマーッ!」

「ニャブーッ!」

 

 端の方ではポッチャマが吐いた泡にニャビーが火の粉を当てる練習をしている。

 あの場にいたニャビーにも思うところがあったのか、この三日間ポッチャマとああいうことをやっているらしい。らしいというのはムーンから聞いた情報でしかないため、今初めて実物を見たところである。

 

「シルヴァディ、ニトロチャージ!」

「ジュナイパー、かげぬい!」

 

 何やってんだかなー………。

 

「………と、このくらいか」

「そうね。ヒキガヤさん………? ヒキガヤさん! ヒキガヤさん!」

 

 これカロスに帰ってもエルレイドたちに逢わせる顔がねぇ。大事な娘を預かっているというのに、その娘を俺の思い付きで昏睡状態に陥らせちまったんだ。

 はぁ…………。

 

「ヒキガヤさん、しっかりしてください! 幸い、サーナイトの命に別状はなかったんです。今は極度の疲労によって爆睡しているようなものなんですから、わたしたちに出来ることは無事に目を覚ますことを祈るだけです! 異変が起きないかは職員の方が交代で監視してくれているんですから、ヒキガヤさんも気持ちを切り替えてください!」

 

 さっきから凄い剣幕で呼ばれてる気はしたが、ついにはぐわんぐわんと肩を揺さぶられる始末。

 

「………そうは言われてもだな。そんな簡単に切り替えられる程、俺は図太くねぇんだよな。それに………いや、ムーンは失う怖さをポッチャマで味わってるんだったな」

「ええ、だからヒキガヤさんが今どういう思考に立たされているのかは想像出来ます。感情そのものは人それぞれですが、責任という一点だけに関しては共感出来ますよ。だからこそ、ちゃんと前を向いてください。サーナイトが目を覚ました時に笑顔で迎えてあげてください。彼女はあなたのために頑張ったのですから。まずは褒めてあげないと」

「ああ、そうだな」

 

 それは分かっちゃいるんだけどな。

 そもそも気持ちの切り替え方ってどうやるの?

 てか、もうこの時点で色々とアウトな気がする。

 はぁ………。

 

「………幻滅しただろ。お前にあれこれ言ってきた俺がこの様だなんて」

「いえ、逆にようやくヒキガヤさんの人間らしい部分を垣間見た気分です」

「ふっ、確かにな。オレたちには想像を絶するようなことがあったというのに、一切そんな気を見せなかったからな。人間かどうか怪しいレベルだったぞ」

 

 ………俺ってそんなに人間離れしてたっけ?

 昔からダークライの力を借りてたりしてたからな。その辺の感覚はおかしくなってるだろうけども。

 

「一応まだ人間のつもりだったんだがな」

「いや、カプたちをあんな惨状に仕立て上げられる人間が普通の人間なわけがないだろう? オレもビーストキラーのシルヴァディがいるから一体は何とかってレベルなんだ。それをウツロイドに憑依されたままコントロールして二体相手に圧倒されたんじゃ、無理があると思う」

 

 ビーストキラーねぇ。

 対ウルトラビーストとして人工的に造られたポケモン。

 どこぞの暴君様とは違って一応まともな理由で造られたんだよな。だから、カツラさんみたいなことにもならない。

 まあ、それだけアローラではウルトラビーストが脅威である証なのだろう。

 

「そうは言うけど身体の動きは基本俺の動きだし、技を出す時くらいだぞ。ウツロイドの力なんて」

「そもそも我が物のようにコントロール出来る時点でおかしいんですって」

「まあ、そりゃそうなんだけどよ。割と昔からそういうのを体験している身としては普通のことなんだよなー」

 

 言い換えれば、黒いのに出会った時から人間を辞め始めたことにもなるが。

 十歳やそこらの子供が人間辞め始めるとか、最早正気の沙汰じゃないな。怖すぎる。

 

「それで、オレたちのバトルの感想は?」

「あー………」

 

 全く覚えていません!

 ニャビーとポッチャマが可愛かったことくらいしか覚えてないっす!

 

「心ここに在らずでしたもんね」

「悪い………。まあ、あれだ。グラジオの方はその、シルヴァディだっけ? 対ウルトラビースト用に全タイプに変化出来るように仕組まれてるんだろ?」

 

 取り敢えず、それっぽく当たり障りのないことを言っておくか。

 

「あ、ああ」

「だったら、そこを活用するしかないんじゃないか? そのためにもトレーナー側がいろんなポケモンや技の知識を持っていないとな。あとはシルヴァディだけに頼ったバトルだけはしないように心掛けることだろ」

 

 対ウルトラビースト用に造られたシルヴァディは耳っぽいところが開き、そこに各タイプのデータを読み込んだCDを挿入することでタイプが変化するんだとか。要は全タイプになれるってわけだ。その元となったポケモンは創造神アルセウス。半年前のカントーでの会議でククイ博士が言っていた話である。グラジオ君、あのおじさん界隈ではちょっと有名人だぜ。

 まあ、そうなるとどうしてもシルヴァディ一強のパーティーになってしまうから、そうならないように心掛けていくのが大事ではある。

 かく言う俺もそこまで人のことを言えた義理ではないが、そもそもリザードンしかいなかったのだから仕方のないことだ。増えたところでゲッコウガにジュカインと規格外なのばかりだし、そうでなくともヘルガーやボスゴドラも四天王のポケモン以上の実力があるのだから、一強とすら言えないと思う。

 つまりあれだな。俺のポケモンたちは皆シルヴァディということだ。何ならシルヴァディ以上の奴らも今ボールの中にいるし。どうしよう、そこにサーナイトも仲間入りしようとしているし、普通のポケモンはいつになったら俺のところに来るのだろうか。

 

「………見流してた割には的確だな」

「そりゃ、シルヴァディの説明は以前にも聞いたんでな。改めてグラジオから聞いたが特に違いはなかったし、その知識だけでもこれくらいのことは考えられるってことだ」

「なるほど………。知識をバカにしていると痛い目に見るというわけか」

「そんな感じだな。相手のポケモンのことも分かっていれば、弱点も突けるし、展開を先読みすることだって可能だ。知識はあってなんぼのもんだと思うぞ」

 

 ポケモンは世界中で発見されて登録されていっている。バトルではその全てのポケモンの中から出されると考えれば、膨大な知識が必要になるため、あって困るようなものではないのだ。

 

「あの、わたしの方は?」

「あー………ジュナイパーだったよな。進化前って確かひこうタイプだったんだろ?」

「はい。モクロー及びフクスローはくさ・ひこうタイプでしたよ」

「だったら、タイプが変わったとはいえ、飛行能力がなくなったわけじゃない。そこにゴーストタイプ特有の消える能力を併せることで、背後とか隙を突きやすくなると思うぞ」

「消える能力………」

「何だ? 知らないとか言わないよな?」

「いえ、ジュナイパーが消えるというのが想像出来なくてですね」

 

 ジュナイパーはくさ・ゴーストタイプ。

 なのだが、見た目はデッカいヨルノズクが顔の周りに草を纏っているような姿なので、ゴーストタイプ感がない。

 それ故に、ムーンはジュナイパーが消えるというのが想像出来ないのだろう。

 だが、ゴーストタイプなのは事実なのだから出来るはずだ。………出来るよね?

 

「まあ、そうだな。ゴーストタイプといえど、ゲンガーとかそっち系のポケモン感がないもんな。でも試してたらその内出来るんじゃないか? ゴーストタイプなんだし」

「そうですね。今は無理でもその内出来るように試してみます」

 

 試してたらその内ゴーストダイブを覚えそうだけどな。それは言わないでおこう。

 そもそもジュナイパーってゴーストダイブに適正あるのだろうか。あれば確実に消えることが出来るんだがな………。

 そういえば、ムーンは最初アローラに来た時は自分のポケモンを連れていなかったらしい。つまりはトレーナーになって一年半くらいってところか。

 ………バトルの基礎ってちゃんとあるのか?

 

「ムーンのポケモンはジュナイパーとポッチャマの他にデンヂムシ? にアローラのベトベトンとヒドイデってのだっけ?」

「はい」

 

 電車みたいなデンヂムシには驚いたな。ポケモンってそういうところあるから不思議だ。

 

「タイプの偏りはあるが、弱点のカバーとかは考えてるのか?」

「あー、ジュナイパーのカバーはみずタイプのポッチャマとヒドイデ。その二体のカバーをジュナイパーがって感じで、他の二体がその時その時で対処するって感じですかね。まあ、ポッチャマはバトルすらしたことありませんけど」

 

 一応弱点の補完は考えているようだな。

 それでも厳しそうではあるが。

 ポッチャマに関してはまだ手数として数えられるレベルでも無さそうだし。

 

「ああ、それは何となく分かるわ。ニャビーと可愛いことしてんなーってさっき見てたし」

「わたしたちのバトルはそっちのけで、ちびっ子二人の特訓は見てたんですね。残念です」

「サーナイトのことを考えてる時に、ふと目に入ったんだ。それにちょっと癒されて戻ってこれたようなもんだ」

「どんだけトリップしてたんですか………」

「海より深く?」

「はいはい、そういうのはいいんで」

「ムーンが冷たい………」

 

 なんか歳上あしらい方が小慣れてるのがまるでコマチを見ているようだわ。

 あいつもこんな俺を兄に持った故に上手いもんなー。

 

「んで、グラジオのは?」

「オレか? オレはこのシルヴァディとポリゴンとルガルガンの真昼の姿だ」

 

 えっ………?

 マジ………?

 

「ポリゴン……? マジで……?」

「あ、ああ。何か問題か?」

「いや、まあシルフカンパニーが造り出してからもう十年くらい経つもんな。俺のとこにもポリゴンをZにまで進化させた奴がいるくらいだし」

 

 忘れていたが、もうそんなに経つんだよな。

 元祖、人工ポケモン。

 よくザイモクザは手に入れられたと思うわ。あれ、子供が手に入れられるようなポケモンじゃないぞ。コインゲームを当てに当てたらしいが………マジで一生分の運を使ってそう。

 あ、だからずっと進化させられなかったのか。なるほどなるほど。

 んで、そんなポリゴンさんをグラジオ君も手に入れたと。

 金持ち恐るべし。深くは聞かないでおこう。

 

「進化させたのか?!」

「俺が進化用のパッチを持ってたからな。ポリゴンを持ってない俺に渡して来た奴の意図が未だにさっぱり分からんが」

「そのパッチはどこで手に入るんだ?」

「さあ? 俺はシルフの社員に押し付けられた感じだし、実際はどこで手に入るのかは」

「そうか………。一度シルフに聞いてみるしかないか」

「ポリゴンはデータの塊だし、案外ポリゴン2とかZを解析すればパッチを作ることも出来るんじゃね? 知らんけど」

 

 俺にはさっぱりの領域だが、出来る人は出来るんじゃないか?

 ………ザイモクザもそういうやり方は考え付かなかったのかね。

 

「また無茶苦茶な発想をしますね。強ちいけそうなところが怖いですよ」

「いや、ほらもう十年近く経つんだし、誰かやってそうだけどな。何ならデータ改変して新たな姿に進化してるかもしれんぞ」

「………ありそう」

 

 そんなことが起きてたら名前はどうなるんだろうな。

 ポリゴンの正統進化がポケモン2なんだし、そこは変えないだろうが、失敗作とまで言われるZが今度こそ成功してポリゴン3になるとかならありそう。

 

「グラジオ坊っちゃま! サーナイトが目が覚ましたよ!」

 

 っ?!

 

「本当か?!」

「はい!」

 

 声の主はビッケさんだった。

 そうか、ようやく目を覚ましてくれたのか。

 よかった、本当によかった………。

 

「ハチマン!」

「ああ、いこう」

 

 グラジオに言われるまでもなく俺の足は既に建物の中へと向いている。

 三人を引き連れて駆け足で病室へと向かった。

 

「入るぞ」

 

 中に職員がいるだろうから、グラジオを先頭にして入室。

 多分、俺が先頭でも大丈夫だとは思うが、坊っちゃまの一声の方が確実だろう。

 

「サーナイト………」

 

 ベッドに上半身だけ起き上がらせていたサーナイトが、俺の姿を見るや否やベッドを蹴って飛び込んで来た。

 

「サナ!」

「よかった、目を覚ましたんだな」

 

 受け止めて抱き締めると俺の胸に顔を擦り付けてくる。そのまま頭を撫でるとより一層抱き締めてくる力が増した。

 

「ごめんな。無理をさせちまったようだ。高エネルギーを扱うメガシンカとZ技の併用は危険過ぎた。一瞬頭にも過ったんだ。だが、俺はお前に使わせちまった。これは俺のミスだ。だからお前が責任を感じる必要はないからな」

 

 危うくエルレイドとの約束を果たせなくなるところだった。それくらいの失態である。

 確かにサーナイトは強くなった。だが、それでもまだ子供だ。メガシンカやZ技を難なく扱えている方が珍しいまである。それを同時になんて無茶でしかない。

 ………今後はちゃんと方針を立てよう。サーナイトは俺のもう一人の妹のような娘のような、そんな存在だ。大事なこの子を失ってたまるか。

 

「ヒキガヤさんが初対面のポケモンでも従えてしまうのは、こういうところがあるからかも」

「だろうな。少し愛が重い気もするが………」

「おい、そこの二人。俺にとっちゃ自分のポケモンたちは家族なんだぞ。これくらい当たり前だろうが」

「いや、うん、まあ、いいんじゃないか、うん………」

「そ、そうね。いいと思いますよ」

 

 あ、こいつら絶対愛が重いって引いてるわ。

 けど、仕方ないだろ。こんなことになってしまうような俺と一緒にいてくれるって言ってくれてるんだから、重たいくらいの愛をぶつけて何が悪い。

 あ、悪いとは言ってないか。

 

「そうだ。これライチさんからだ。お前が勝った証のZクリスタル」

 

 ライチさんに最後渡されたイワZをサーナイトに見せた。

 

「これで島キング・島クイーンを全員倒すことが出来た。よく頑張ったな」

「サーナ!」

 

 うん、やっぱりサーナイトはこの無邪気な笑顔が一番だな。

 身体は大きくなってもこれはラルトスの頃から変わらない。俺はこの笑顔を守れるようにもっと知識やら経験やらを蓄えないとな。

 

「ニャブ!」

「ん? ニャビー?」

「サナ?」

 

 サーナイトを褒めちぎっていると俺の足元でニャビーが鳴いた。

 見るとその口にはモンスターボールが加えられている。

 へ? 何故?

 

「あ、この子いつの間にモンスターボールを………」

「………あ、オレの空のボールだな」

「て、ことは………」

 

 グラジオとムーンの視線もニャビーへと集まった。

 

「何だ? くれるのか?」

「ニャブ」

 

 はよ取れと言わんばかりにボールを前に突き出してくる。

 言われるがままにボールを受け取ると次の瞬間あら不思議。ニャビーが自ら開閉ボタンを押して吸い込まれちゃったぜ!

 

「はっ………?」

「「ああー………」」

 

 訳がわからない俺とやっぱりという顔の二人。ビッケさんと職員の方はずっとにこにこしている。

 え、動揺してるの俺だけ?

 

「多分、ヒキガヤさんのサーナイトへの愛を見て、自分もその愛が欲しいってなったんじゃないですか?」

「んなバカな……」

「いやいや、ヒキガヤさんの方がそういうのには詳しいでしょうに」

「そうは言ってもだな………。そんな、ねぇ」

 

 ムーンの言わんとしていることは理解出来る。特殊なケースが多々あったとは言え、心当たりがないわけじゃない。

 だが、決めてがサーナイトへの愛って、小っ恥ずかしすぎるだろ。

 取り敢えず、出してみよ。

 

「ニャビー」

「ニャブ!」

 

 ボールから出すとそのまま俺の胸にダーイブ!

 サーナイトとの隙間に身をよじ入れてくる。

 ………………。

 

「ふっ、くく」

「サナナ!」

 

 サーナイトとばっちり目が合うと笑いが込み上げてきた。

 何だよ、こいつ。マジで可愛いとこあるじゃねぇか。

 

「分かったよ。改めてよろしくな、ニャビー」

「ニャブ」

 

 むふーっとご満悦顔のニャビーにいろいろ持っていかれてしまったな。

 まあでも。

 たまにはこういうこともあっていいんじゃないか?

 



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26話

 サーナイトが回復して二日。

 検査結果も経過観察も問題なく退院し、これでようやくカロス行きの目処が立った。

 カロスではもうリーグ大会が終盤に入っている。早ければ今日にも決勝戦が行われるのだとか。

 最後のバトルくらいは見たかったのだが、こればかりはしょうがない。

 ただ、ククイ博士曰く、明日の閉会式には優勝者とのエキシビションマッチが控えているらしい。それには間に合うといいのだが………。

 一応カロスに帰るのにライチさんのところで改めてお土産も買ってきた。そんな高いものは買えなかったが、みんなでお揃いのものがあればと思いライチさんに頼んでみたのだ。

 まあ、買ったのは指輪なんだけどな。深い意味はないぞ。そもそもあいつらの指のサイズなんて知りもしないのだから、ちゃんとしたものは来たるべき時にちゃんと渡したい。一人、ついで買いをしたのもあるが。

 

「あーあ、あっという間に三週間も経っちゃいましたねー」

「そうだな」

 

 現在、メレメレ島のハウオリシティの飛行場にて搭乗便を待っているところである。見送りに来てくれたのはククイ博士とグラジオとムーン。エーテルパラダイスではビッケさん率いる俺たちの世話をしてくれていた職員たちにも見送られている。

 

「……………」

「………なんだよ」

「い、いえ、別に………」

 

 じっとこちらを見つめてくるムーンの目は何か言いたげなものだった。

 それと同時にシャツの袖を一摘みされているのだから、正直になれないムーンの乙女心が窺い知れてしまう。

 はあ………。

 仕方ない、こちらから甘えさせるか。

 

「あのさ、ふと思ったんだが、よくカップルとかで女の子が男の腕に絡みついて歩いてるってことあるじゃん?」

「………なんですか、唐突に」

「まあ、聞け。俺なんかにって言うとあいつらに怒られそうだが、所謂女の子に囲まれるような男なわけよ、今の俺って。嬉しいことに」

「自慢ですかそうですか」

「あー、ただな。あんまり腕に抱きつかれたことはないなーと思ってな。しかもほら、戻ったら半年経ってましたって状況なわけでその感触を忘れてるわけよ」

「………やれと?」

「嫌ならいいんだぞ、断ってくれて」

「し、仕方がないですね。ヒキガヤさんの変態性には驚かされましたが女の子に飢えているのも事実でしょうしこの可愛い可愛いムーンちゃんが小さいながらにヒキガヤさんを癒やしてあげましょう」

 

 俺の意図を理解したのか、めっちゃ早口のドヤ顔で左腕に抱きついてきた。

 顔を紅くしてなかったらドヤ顔が決まってたんだけどなー。

 

「…………なんか新鮮ですね」

「ほう」

 

 あんな話の振り方なんだし、感想を述べるのは俺の方な気がするんだけどな。

 まあ、いいか。

 

「………わたしには姉がいるんですけど、家がその………名家といいますか、ちょっと他とは違いまして、なかなかお姉さまに抱きつくこととか出来なかったんですよ」

「へぇ………ん? 実家金持ちなの?」

「………ええ、まあ。一般家庭に比べたら」

「いやいやいや。名家って言ってるし」

 

 それなら何で俺と結婚すれば研究し放題とか言い出したんだよ。

 いや、そもそもの話、こんな毒女に育つ家庭環境が一般家庭なわけがなかったんだ。ムーンの知識量は当時の俺よりも遥かに上なんだから、金持ちの家じゃなければこんな育ち方はしてないはずだわな。

 

「ヒキガヤさんはあまり家柄のことなんて興味ないでしょう?」

「ないっちゃないな。カロスにいる姉妹一組がクチバの名家ってやつに入るみたいだが、そういえばってくらいの感覚だし」

「だからヒキガヤさんはいいんですよねー。ちゃんとわたしを見てくれるから」

「そりゃどうも」

 

 これは褒められているのだろうか。

 多分、そうなのだろうということにしておこう。

 ………………ん? ちょっと待てよ?

 

「いや、いい話みたいに言ってるけど、結局甘える対象がいなかっただけじゃねぇか」

「あ、バレました? ヒキガヤさんが甘えたい時は甘えろだなんて言うから、こういう話好きかなーって」

 

 急にしんみりした話をし出したから何事かと思えば、結局姉にも甘えられなかったってだけの話じゃねえまか。実家が名家ってところに引っ張られるところだったわ。

 

「はあ………、だったら甘え方の練習でもしておくことだな。ちょうどそこにチョロそうなぼっちゃまもいるんだし」

「はあ?! ちょっと待て! チョロそうなぼっちゃまってオレのことか!?」

 

 俺とは反対側のムーンの隣でタブレットに目を落としていたグラジオが、くわっと顔を上げて反論してきた。

 こいつ、聞き耳立ててやがったな。

 

「グラジオは………ねぇ」

「おい、それはそれで傷付くからな。ほら、試しに来い」

「ええー………、じゃあはい」

 

 話を振られて挙句、遠回しに拒否されたことに納得がいかないのか、ほれっとムーンに両腕を広げて待ち構えるグラジオ君。

 

「………どうだ?」

「うーん、なんというか包み込まれる感がない。もう少し身長差が欲しい」

 

 し、辛辣すぎるだろ。

 グラジオが可哀想になってくるわ。

 

「くっ、チビで悪かったな! これでもまだまだ成長段階なんだよ」

 

 ムーンよりは高いとはいえ、まだまだ成長途中だもんな。肩幅もそんなにないし。

 

「よいしょっと」

「おい」

「うーん、やっぱりこっちの方がいいかなー。大人の魅力がたっぷりだし」

 

 ムーンはグラジオから離れると再度腕に絡みつくわけではなく、さらに深く、俺の胴へと抱きついてきた。

 ちなみにうちの嫁ズの抱きつき癖ランキングはユイ、イロハ、ハルノ、ユキノといった感じである。しかもそれぞれ部位が異なり、胴、腕、正面、背中とくる。他の嫁ズで抱きついてくるのはコマチくらいだが、あれは昔からだから例外だろう。

 まあ、何が言いたいかと言えば、ムーンは本来ユイやイロハよりのべったり甘えたいタイプなのかもしれないということだ。

 これだけではまだ何とも言えないがな。

 

「………ハチマン、ムーンの将来は任せた」

「ええー………」

 

 任されても困るのだが、頬を胸に擦り付けられては頭を撫でてやるしか思いつかないわけで…………。

 しかもこれがまた丁度いいサイズ感だから収まりがいい。グラジオじゃ包まれない的なことを言っていたし、こういうのも好きなのだろう。

 

「………あ。なあ、あれ」

「ッ?! グズマ………!」

 

 グラジオが何かを見つけて指し示すと俺たちも目で追い、ムーンが声を荒げた。

 その驚きはこんなところにグズマがやって来たことに対してなのか、この恥ずかしい状況をグズマに見られたことに対してなのかは、俺の想像の中だけで処理しておこう。

 

「ハチマンの見送りか?」

「………あー、やー、その」

 

 グズマのことだから俺の見送り程度でこんなところにまで来るとは考えられないのだが。

 何だろうか、この歯切れの悪さは。

 

「あれ? グズマ」

「………オレさも一緒に連れてってくれ!」

 

 ククイ博士が両手に飲み物を抱えて戻ってきたタイミングで、グズマが口を開いた。

 

「「「「はい?」」」」

 

 思わぬ一言に一同頭の上に『?』が浮かんでいる。

 ………………。

 いやいや待て待て待て。

 そこまでグズマのことを把握しているわけでもない俺ですら、自ら頭を下げるような輩ではないことは理解しているのだが………グズマが頭を下げた、だと………?

 

「アローラの外を見る機会なんざ、これを逃したらないと思ってる。だから頼む! オレもカロスに連れてってくれ!」

 

 あ、これガチなやつだわ………。

 えぇー、どうしようか。どうしたらいいのん?

 

「お、おう………確認なんだが、お前のお仲間たちには?」

「………言ってない。が、プルメリがいるから大丈夫だ」

「いやいや、お前に対する目は信仰対象みたいなもんだったぞ? それが急にいなくなったら………」

 

 想像すらしたくない。

 別に群れたところでバトルに関しては苦にならないだろうが、色々と面倒事を起こされそうで怖い。それにグズマのことになれば余計に執念深くなりそう。

 

「だったらムーン」

「ふぇ、わたし?!」

「あいつらに伝えておいてくれ」

 

 ここでムーンに頼ったところで、伝えに行ったムーンに迷惑がかかるだけだ。それならここで解決してしまわないとダメか。

 最後の最後まで面倒事を持ちかけやがって………。

 

「ハウの方はいいのか?」

「店のことがあるからな。あいつには伝えてきた」

「扱いの差よ………」

 

 ハウが誰のことを指しているのかは思い出せないが、グラジオの問いへの答えの差が激しく感じる。

 お仲間ってその程度のなのん?

 ………一応これでもスカル団なるチンピラ集団のトップを務めていた男だ。お仲間たちへの思いやりがあったからこそ表に立ったのだろうし、少なくともそんな雑な扱いをするとは思えない。

 

「いくつか聞いておきたいんだが………何のためにカロスに行く気だ? まさか外を見るためだけじゃないよな?」

「………フン」

 

 こいつ………。

 話す気はないってか。

 それならそれでこっちにも考えがあるからな。

 

「なら、この話はなしだ。理由もなく面倒事を増やせるかよ。俺だってカロスに戻ってもどうなるか分かんねぇのに、お前の面倒まだ見れるわけないだろ」

「………チッ、オレは強くねぇといけねぇんだ。じゃねぇと仲間の一人も守れねぇクズの大将でしかない。現にルザミーネの口車に乗せられてあいつらまで危険な目に遭わせちまった。だからオレは二度と同じ過ちを冒さねぇように強くならねぇといけねぇんだよ」

 

 揺さぶるとすぐに口を開く辺り、外に出ようとしているのは本気なようだ。それにお仲間に対する罪悪感も嘘ではないのだろう。

 けど、何というか。

 何かそれじゃないような気がするんだよな………。

 

「………本当にそれだけか?」

 

 俺の思い違いならそれでいいんだけど。

 この際ハッキリさせておいて、後々面倒な事になるのだけは避けた方がいいだろう。

 

「何が言いたい………」

「いや、それだけが理由なら別に俺について来る必要もないなと思ってな。外に行きたいならこうして飛行場もあるんだから、いつでもいけるじゃねぇか。だからあるんだろ? 俺じゃないといけない理由が」

 

 口が開くのに任せて御託を並べてみたが、案外俺が気になるのはそこなのだろうな。

 外に出るのに俺について来る必要はどこにもない。一人が不安だというのなら誰かと行けばいい。『俺』である必要性が感じられないのだ。

 

「………因果応報っつーか、オレもウツロイドに呑まれてウルトラホールに連れて行かれたんだ。それを知ったプルメリがザオボーの野郎にいいように使われてムーンの格好までして事態を悪化させるようなことをさせちまった」

「だから責任を感じていると?」

「いや、それもあるが女一人守れねぇような男なんざ格好悪いだけじゃねぇか。オレはそんなオレさま自身を許せねぇ。だから新たな武器としてメガシンカを習得したい」

 

 ………ああ、なるほど。

 要するに格好良くありたいんだな。

 女の前で弱い自分を見せたくない。お仲間さんに対しても似たような感覚なのだろう。こうして頼み込む事自体が格好悪い。だから敢えてお仲間には言って来なかった、と。

 ザイモクザ辺りだけが感動しそうな話だな。

 ユキノとかなら逆に「先の出来事で迷惑をかけているのだから報連相はしっかりして迷惑かけないようにするのが筋なんじゃないかしら?」くらい言いそうだわ。

 

「………ああだこうだ言ってた割には、突き詰めると一人の女のためじゃねぇか」

「………悪ィかよ」

「いや別に。お前にもそういう存在がいるんだなって思っただけだ」

「そんなんじゃねぇよ。オレはあいつに借りがあるだけだ」

「はあ………。やっぱりあなたはバカね。ねぇ、そこにいるんでしょ? 出て来たら?」

 

 ………え?

 誰かいるのん?

 

「ッ!? プルメリ?! おま、何でここに!? つか、今の話聞いてやがったのか?!」

 

 お、おう………まさかの姐御じゃないッスか。

 様子がおかしいグズマが心配で尾けて来たのか?

 健気だねぇ。

 

「アンタの考えてることなんてお見通しだよ。負けた相手についていくなんざ格好悪い。だけど、これを逃したら本当にダメになっちまう。だからアタイらには何も言わず出てきたってところだろう?」

「んぐ………ああ、そうだ。お前の想像通りだ。お前らのトップが負けた相手に頭下げてんのなんか見せられるかよ」

 

 グズマの思考回路をよく理解されているようで。

 俺もよくユキノに考えてること読まれるからなー。女って何でそんなに敏感なのだろうか。マジでビビるからね。

 

「あんなことをしでかしたアタイのためかい?」

「………チッ、半々くらいだ」

「そうかい。………あいつらのことはアタイに任せな。アンタが帰ってくるまでくらい、どうにかしてやるさ」

 

 あの無秩序な輩たちを一人でまとめるというのか。

 まあ、あの目力は半端ないもんな。睨まれると動けなくなるぞ。お仲間たちも姉御には従順だったし問題はないのだろう。

 

「だから強くなって帰ってきな。どんだけ負けようが挫折しようが、アタイらのトップはアンタで、アンタはアタイらにとって最強のグズマなんだからね」

 

 これで一応問題が起きることはなさそう、かな。

 てか、このままだとグズマもついて来るのか…………。

 戻ってからのプランすら決まってないってのに、どうしようかなー。

 

「なあ、ムーン。姐御ってマジ姐御だな」

「男前ですよねー。でも、実際中身は一途に追い続ける乙女ですよ?」

「あー、やっぱりそうなんだな。なんかこう既視感を覚えたもん」

「ヒキガヤさんにも?」

「ほら、ストーカー的なのいるって言っただろ? あいつに近いものがあるなと」

 

 性格は違えど、姐御はユキノに通ずるところがあると思う。

 ほら、気が強いところとか。

 

「ちょっとそこの二人! 変なこと吹き込んでじゃないよ! それとグズマに何かあったら承知しないからね!」

 

 この素直じゃない感じとか、特に。

 うん、一つ面白いこと思いついたわ。これくらいの度量は見せてもらわないとな。俺も人の事は言えないとは思うが………。

 

「………そうだな。グズマ、一つ条件がある」

「なんだ……」

「その人を抱きしめてやれ」

「「はっ?」」

 

 まあ、当然の反応だな。

 横でムーンも驚いてこっちを見てきたが、すぐに二人の方を見て不敵な笑みを浮かべている。

 

「言葉は漢気溢れてるが、一番寂しいのはその人なんだからな。最後くらい抱きしめてやるくらいしてやれよ」

「そうだそうだー。たまには男を見せやがれー」

 

 何とも棒読みなヤジが一つ飛んでいるが、気にしないでおこう。

 てか、ムーンちゃん。もう少し心込めてあげようよ。

 

「い、いや、待て、待ってくれ! そんな強制的にじゃプルメリが嫌がるだろ!」

「嫌がると思わなかったから言ってるんだけど?」

「乙女を甘く見るなー」

「お、おう………」

 

 なんか反論したいようだが、ムーンの棒読みにその気が削がれてってるな。

 あのグズマですら反応に困るのか………。

 ムーンちゃん、恐るべし。

 

「………うぉ?!」

「…………バカ。いってらっしゃい」

 

 だが、姐御には効果抜群だったらしい。

 真っ赤になった顔をグズマの胸に埋めることで隠すことに成功した。

 

「…………」

 

 姐御の急なハグにグズマの方が固まっている。

 ガシガシと頭を掻いて、ようやく口を開いた。

 

「おう、いってくる」

 

 俺もあんな感じなのかね。

 嫁ズたちはいいとしてもザイモクザ辺りはどういう気分で見ていたのだろうか。気にしないようにして来たが、いざ見せられる方になると何とも言い難い何かを感じるわ。

 まあ、取り敢えず。

 ごちそうさん。

 

「………ヒキガヤさんも人が悪いですね」

「俺が善人に見えるか?」

「いいえー。どちらかというとダークヒーローですよねー」

「それを言ったらグズマもじゃね?」

「グズマはダークそのものじゃないですか」

「おいおい、お仲間からしたらあれでもヒーローなんだぞ?」

「あー、まあそうですね。明確なヒロインもいるわけですし」

「「おい、そこ!」」

 

 この子めっちゃ煽るやん。

 それに乗っかる俺もどうかと思うが、仕掛けた手前乗らざるを得ないからどうしようもないんだ。許せ。

 

「変な想像してんじゃねぇよ!」

「変な想像してんじゃないよ!」

「息ぴったりだな」

「ですねー」

 

 人が悪いのはムーンの方なんじゃないだろうか。

 さっきグズマが言っていた姐御の変装ムーン事件を根に持っているのかもしれない。

 見かけによらず女って生き物は怖い怖い。

 流石に二人が可哀想だし、この下りはこの辺で終わらせることにしよう。

 

「………メガシンカを習得って言ってたが、そう簡単に得られるような代物でもないぞ」

「ああ、分かってるさ。逆にそれくらい歯応えねぇと挑む意味すらねぇ」

「ならいい。面倒臭いが同行を許可してやる」

 

 本当に面倒臭いが仕方ない。

 

「なんか悪いな、ハチマン」

「いいっすよ、もう。あっちに行ってから泣く事になるでしょうから」

 

 主にメガシンカするのに必要な石がそもそも見つけられないってところでな。

 流石にそこは自力で探し出してもらいたい。俺に手伝う余裕はないだろうし。

 

「チケットはあるのか?」

「後に引けないようにするために先に買っておいたぜ」

「お前、そういうところは思い切りがいいのな………」

 

 さっきから本気度は伺い知れるのだが、やり方が極端過ぎるんだよ。もしダメだったらとか考えないのかね。

 

『間もなく、十時四十八分発、カロス地方ミアレ空港行きのオンバット便の搭乗が開始されます』

 

 おっと。

 もう時間じゃねぇか。

 

「時間だな」

「…………」

「あ、そうだ」

 

 やっべ、忘れてた。

 グズマのせいでムーンに渡すの忘れるところだったじゃん。

 

「ライチさんのところで買ったのを渡すの忘れてたわ。ほれ」

 

 ムーンに小さい箱を渡すと訝しむように受け取り中身を確認し出した。

 

「………指輪? いやネックレス?」

「一応指輪だが、ぶかぶかだろうからチェーンを付けてもらったんだ。あ、深い意味はないからな。こっちに来てからお前にも世話になったから、その礼みたいなもんだ」

 

 指輪=結婚しようなんて発想になられては困る。

 これは何となくムーンに似合うかなって思ったただの月のデザインがされた指輪だ。そんなにお高くもなかったしな。

 

「………ほんと、ヒキガヤさんは人が悪いですね。こんなのを最後に渡すなんて忘れられなくなるじゃないですか」

「そりゃそうだ。俺は世間一般的には死んだ人間なんだ。お前には俺が生きていることを覚えていてもらわないとだからな」

 

 結局、俺が生きていることを知っているのはアローラの住人しかいないし、その中でも俺のことを知っていたのはククイ博士とクチナシさんくらいだ。グラジオですら、俺の過去の方は知らないようだし。それくらい世界とは閉鎖的なアローラで一から俺のことを知ったムーンには俺が生きていることを覚えておいて欲しいと思ったのは事実。そこに指輪は関係ないが、物があった方が記憶の紐付けもしやすいことだろう。

 

「………あいつは天然なんだろうか。それとも狙ってやってるのだろうか」

「多分、天然だと思うぞ」

「………何だよ」

「「いや、別に」」

 

 ククイ博士とグラジオが何か言いたげな目で俺を見てくる。

 そんな目で見られても男どもには何もないぞ。グラジオ辺りには帰ってから何か送るかもしれないが。

 

「ほら、グズマ行くぞ」

「あ、ああ。………やっぱりお前には勝てそうにねぇわ」

「何だよ、いきなり」

「別に、こっちの話だ」

 

 何なんだろうか。

 ククイ博士といいグラジオといい、さっきからやれやれって空気を醸し出すのはやめてくれ。そこにグズマまで参加されたんじゃ凄く居た堪れない。

 

「ヒキガヤさん、ごめんなさい。ずっと研究漬けだったので何も用意出来ませんでした」

「別にいいよ。俺が勝手に用意しただけだから」

「だから、その………次に会えた時はわたしが何でも一つ言うことを聞いてあげます」

「何でもねぇ」

「ええ、何でもです」

 

 ………女の子が何でも一つ言うことを聞くとか、そんな約束を男とするもんじゃないと思うんだがな。

 

「だから、無茶しても死んじゃダメですからね!」

 

 …………。

 こいつは俺が死ぬと思っているのだろうか。

 確かに普通の人間なら既に死んでるような事だったけど、結果として俺は生きている。というか多分死のうとしてもポケモンたちの方が死なせてくれないまである。

 

「ああ、そうだな。んじゃ、いつかまたどこかでな」

「いや、それ絶対会う気ないやつじゃないですか!」

「冗談だ。お前が頑張ってたら、その内会えるんじゃねぇの? 俺の方は死ぬことだけは無さそうだし」

「不死身ですか………」

「こんなになってまで生きてるんだから、ある意味不死身だろ」

「そうですね………。分かりました。その時は必ず甘え倒してみせます!」

「頑張れよ」

 

 天才的な薬学者はこれでもまだ十三歳くらいの少女である。

 何年後になるかは知らないが、この天才少女が有名になる頃にはまた会えることだろう。

 これからも何が起こるかは分からないが、これで楽しみが一つ増えたわけだ。

 だから、絶対生き抜いてあいつらのところに戻ってやる!

 



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27話

今年最後の投稿です。
シリーズ最後の作品になりますが、次回でようやく三分の一くらいが終わることになります。終わるのにあと一年、下手したら二年くらいかかりそうですね………。
でも、ようやく描きたかったところへ辿り着くのでわくわくしています。
それでは皆さん、今年一年ありがとうごさいました。良いお年を。


 やって参りました、カロス地方はミアレシティ。

 ようやく、ようやくである。

 

「………マジか。アローラの何倍も人がいるじゃねぇか。しかもクソ寒ィ」

 

 空港にいる時から人が多いと嘆いていたグズマであるが、一歩外に出たらこれである。

 こんなもんで絶句していると、この先息が吸えなくなるぞ。

 

「サナー!」

「ニャブ!」

 

 そして対極的なのはこの子たち。空港を出てから外に出してみると、やはり俺に抱きついてくるサーナイトと俺の腕に抱えられるのが定位置となったニャビーである。

 両腕がポケモンたちにより既に使用済みになってしまっているが、頭に乗られるよりは遥かに楽だ。

 

「大会の最終日だからな。恐らくビルの外に設置されている大画面でライブ配信もするだろうし、野外観戦者も来てるんじゃないか?」

「それでこの人の多さかよ………」

「まあ、それを抜きにしてもミアレはカロスの中心部だからな。人口は一番多いし、こんなのが日常だぞ」

 

 それでもいつもより多いのも事実。

 でなければ大会を開いている意味もない。

 いつも以上に賑わい、人が行き交わなければ、大会から生まれる経済効果にも期待出来ないからな。

 そういう意味では今年も成功したと言えるだろう。あとは何事もなく無事に大会が終わればいい。それも去年みたいなことはないだろうから心配するだけ無駄だろうが………。

 さて、俺たちもどこで観戦しようか。

 会場内はまず無理だろう。これだけの盛況だ。事前販売でチケットは完売し、当日券はなくなっているはず。

 となるとやはり四方に大画面が設置されていそうなプリズムタワーが無難かな。人は多いだろうが、どうにかなるはずだ。

 

「よし、取り敢えずプリズムタワーに向かうぞ」

「はっ? 会場じゃねぇのか?」

「ポケモントレーナーを舐めるなよ? カロス地方でのトレーナー同士の頂上決戦が行われてるんだぞ? 会場のチケットなんか完売しているに決まってるだろ」

「お、おう………アローラじゃ想像つかねぇな」

「ここはカロス地方だ。アローラ地方の常識なんか通じると思うなよ」

「わ、分かった。やべぇな、外は。マジかよ…………」

 

 アローラとのギャップの差に既に目が死んでいるグズマ。

 こいつ、メガシンカとか言ってる場合じゃないんじゃね?

 まずは人慣れしないことにはカロスでの生活もままならないだろ………。

 はあ、面倒くさい。

 やはり一人で来るべきだったかな。せめて同行者がムーンとかグラジオ辺りならここまで俺が気に病む必要もないだろうに。

 

「なあ、プリズムタワー? ってのは?」

「あー、ミアレシティの中心に聳え立つ街のシンボルみたいなもんだ。中にはジムもあるぞ」

「ジム………? ジムっつーと、あれか? アローラの大試練的なやつとかいう」

「まあ、近からず遠からずって感じだな。今開かれている大会には基本誰でも挑戦可能ではあるが、それだと挑戦者がくそ多くなるからな。篩に掛けるために、大会である本戦に向けての予選が事前に開かれるんだ。ただ、八人のジムリーダーを倒して八つのバッジを手に入れた者だけは予選を飛ばして本戦から参加出来る。その本戦出場者の数で予選枠も加減されるって感じだな。極端な話、バッジを八つ取ったトレーナーが増えると予選すら行われなくなる」

「………シビアだな」

「そういう大会なんだよ。だからこそ、観戦も盛り上がるんだ。優勝者には四天王に挑む権利が与えられ、四天王四人を倒すとチャンピオンと戦える。まさに下剋上するための最初の一歩だな、ジム戦は」

「言いたいことは分かったが………いいのかよ、そういう例えで」

「俺はずっとそういうもんだと認識している。他の人はどうかは知らんが」

 

 下剋上ってのは上手い表現だと思うんだがな。

 

「極端な話、トレーナーデビューして一年目の奴がバッジを八つ全て集め切り、リーグ大会で優勝して四天王もチャンピオンも倒してしまうことだって考えられる」

 

 これを下剋上以外何と表現すればいいのだろうか。

 

「………んな奴いるのか?」

「まあ、可能性の話だ。ただ、今の四天王の一人はトレーナーデビューして二年目だぞ?」

「おい、それ大して変わんねぇじゃねぇか!」

「だから有り得なくもない話なんだよ」

「………外の人間が恐ろしいぜ」

「でも、お前が求めていた刺激ってのはこういうのじゃねぇの?」

「ハッ、違いねぇぜ。アローラにいたんじゃ、まずこんな恐怖を覚えることすら出来ねぇ。んなんじゃ、オレさまは強くなるどころか雑魚に成り下がる一方だ」

 

 言いたいことは分からなくもない。

 アローラではまず味わえない刺激だ。グズマが燻っていたのも理解出来る。ただ、アローラはそれが売りでもある。刺激が少ないからこそ、ゆったり出来るのだろう。

 もう少し外との繋がりを持てれば………それこそポケモンリーグ創設によって、少しは外とのやり取りが増えれば、グズマやお仲間さんみたいな輩がはみ出さずに済むだろうに。

 

「お、見えて来たぞ、プリズムタワー」

「あん? アローラにはねぇ高さだな。強いて言えばホクラニ天文台くらいか? いや、あれもそんな高いとも思えねぇし………」

 

 ミアレのシンボル、プリズムタワー。

 やはり今日もここに人が集まっているみたいだな。会場はもう少し離れたところではあるが、ここ周辺は広場としても優秀だからな。出店も並んでいるし、人が来ないわけがない。

 

「グズマ、出店の確認していいか?」

「あん? 何かあるのか?」

「最終日ともなれば、人気トレーナーのグッズとか売られてたりするんだよ。それでどういうトレーナーが出てたのか確認しようと思ってな」

「………は? それ、大会期間中に製作してるってことか?」

「まあな。大会後はオンライン販売とかに移るが、企業にとってはこの最終日が商戦になるらしいぞ」

「アローラァァァ………」

 

 この反応を見るにアローラではそういう企業同士の戦いもあまりないんだな。

 そもそもあっちにいても大組織なんてエーテル財団くらいしか聞かなかったし、企業化している方が珍しいのかもしれない。

 これでは最早、田舎地方とかのレベルではなく時代遅れとも言えそうだ。

 

「優勝したエックス選手が着ている物と同じジャージが二割引だよーっ!」

「新四天王のプロマイドカード、今ならセット売りしまーす!」

 

 ちらほらと店員の呼びかけで聞こえて来るのはエックスと新四天王という単語ばかりである。

 新四天王ということはイロハのことだろう。まあ、そこに目をつけるのは妥当か。初日のユキノとのエキシビションマッチであれだけ派手にやったんだ。大会期間中だけでも名前は大きく広まったことだろう。

 となるともう一人の方か。

 エックスというのは恐らくあいつのことだろう。過去のトラウマを拗らせた俺みたいな奴。手持ち五体を同時にメガシンカさせた図鑑所有者が、ようやく返り咲いたということか?

 

『皆さん、早いもので第二回カロスポケモンリーグ大会の最終日がやって参りました! 知恵と経験を振り絞った戦いも昨日で終わり、見事エックス選手が優勝を果たしました! そして、今日はそのエックス選手と未だ明かされていないシークレットゲストがエキシビションマッチを行うことになっております! 果たして、誰がゲストとして現れるのでしょうか!』

 

 プリズムタワーの方からアナウンス? コマーシャル? が聞こえてきた。やはり優勝したのはエックスで間違いないようだ。

 まあ、このバトルだけでも見られれば俺は充分だな。一つ気になるのはシークレットゲストだが。

 元々は俺がバトルするはずだった。それがこんなことになってしまい、現状では俺が死んだことになっている。つまりはエキシビションマッチの相手も変更せざるを得なくなったというわけだ。

 ユキノもイロハも初日にエキシビションマッチをしているため、可能性としては低いだろう。かと言って、他にシークレットゲストに相応しいトレーナーがいるかと言われると、あとはカルネさんくらいしか思いつかないが、優勝者は四天王に挑み勝てばチャンピオンとバトル出来るのだから、その線もないように思える。

 実力と知名度を兼ね備えたゲストトレーナーなんて割と候補が絞られてくるな。一体誰を呼んだんだ………?

 

「オーダイル人形、追加で五十体限定販売いたしまーす!」

「メガシンカしたリザードンや他のポケモンたちの人形もありますよー!」

 

 一部、優勝者でも四天王でもない奴のグッズもあるみたいだが。

 この盛況なら、売上も問題なさそうだ。

 本当に俺がいなくなっても上手く運営してくれているみたいだな。まあ、そもそもユキノシタ姉妹がほとんど主導してたし、そんなに影響はないのかもしれないが。

 

「サナ!」

「ん? ………うわぁ」

 

 サーナイトが何かに気づいてくいくいと袖を引っ張ってきたので見てみると、『氷の女王セット』なるものと『アイドル四天王セット』なるものの貼り紙があった。

 あれ、何なんだろうな。中身は開けてお楽しみのシークレット福袋みたいだが…………。

 そして、値段がヤバい。一万円とか高過ぎだろ。

 

「非常にマニアックな方たちも参戦しているということにしておこうな」

「サナ」

 

 何が入っているのか気にならないこともないが、買うのはやめておこう。もし買って本人たちに見つかりでもしたら針のような視線が刺されることだろう。

 想像するだけで恐ろしい。

 

『さあ、いよいよ本日のメインイベント! エキシビションマッチの時間がやって参りました! まずはこの方に登場して頂きましょう! 第二回大会優勝者、エックス!!』

 

 プリズムタワーの方からいよいよエキシビションマッチが始まる動きが聞こえてきた。

 

「グズマ、もういいぞ」

「お、おう………なあ、何でみんな人形なんか買いたがるんだ?」

「知らん。だが、需要があるのは確かだ」

 

 人が多くても大画面は結構な高さに設置されているため、人の頭で見えないということもない。

 この点は計算されているのだろう。去年は大画面も設置してなかったし、いい改善点だわ。

 

『そして、気になるゲストはこの方! 仮面のハチ!』

 

 案の定、あのエックスが出てきた後、続いて覆面姿の奴が出てきた。

 

『彼はガラル地方で有名なトレーナーのようで、未だ公式戦無敗の現チャンピオン、ダンデを相手にもう少し判定が遅ければ引き分けになっていた、という前代未聞の結果を叩き出しているようですね』

 

 知らない奴だ。

 しかもガラルで有名とか、カロスでは知名度低いんじゃないか?

 つか、誰が呼んだんだよ。あいつらにガラルの人脈があるなんて聞いたことがないんだけど。

 ユキノシタ家か?

 ………人脈あるのがユキノシタ家しか思いつかない俺が言えたことでもないな。

 

『もう、この事実だけで彼がチャンピオン級の実力者であることはひしひしと伝わってきますが、カルネさん。いかがでしょう』

『私もガラル地方にそういうトレーナーがいるという程度にしか知らなかったので、さっきゲストだって伝えられた時は驚きましたね。一体誰がそういうトレーナーとパイプを築けているのか教えて欲しいくらいだけど。あ、ちなみに名前はあっちでの通り名みたいなものらしいわよ。ガラル地方ではジム戦が観客を入れた一大イベントのようなものになっていて、挑戦者も観客に魅せる必要もあってあの覆面をしているのではないかしら』

『なるほど、ガラル地方ならではということですか』

 

 覆面に関しては去年もまあ、それなりに変なのはいたんだしいいとしてだ。

 あの覆面のチョイスはどうなんだよ………。

 

「ニャブ!」

「………なあ、あれ。ガオガエンの覆面だよな」

「だな。俺にはちょっとどころではない抵抗感があるが、まあ人それぞれってことで」

「………ククイを思い出すからオレさまはパスだぜ」

「あー、それは理解出来なくもないな。あの人なら平気でやり兼ねん」

 

 グズマの指摘通り、ククイ博士ならあの覆面を被っていたとしても違和感ない。嬉々としてやりそうである。

 嬉々といえばニャビーも目をキラキラさせている。自分の進化後の姿がモチーフの覆面が羨ましいのだろうか。

 でもな、お前が付けたら顔はガオガエン、身体はニャビーって感じのシュールな姿になるからな?

 

「ガオガエン?」

 

 すると、俺たちの横で車椅子を引いた女性が会話に加わってきた。

 

「っ?!」

 

 まさかのハルノだった。

 だが、多分ククイ博士と色違いの帽子にサングラスをしているため、顔もアホ毛も見えないしバレていない様子。

 

「あん? あの覆面の元になったポケモンだ」

「ふーん。………あ、なんか見たことがあるかも」

 

 現状を把握出来ていない以上、カロスで下手に身バレするのは不味いだろう。外との交流が比較的少ないアローラだから、俺もフランクにいられただけである。

 会話は先に反応したグズマに任せるとしよう。

 

「ハルノ? 誰かと話しているのか?」

 

 ッ?!

 この声………。

 

「ああ、うん。エキシビションマッチの相手が覆面姿で出てきたからさ。その覆面がガオガエンってポケモンが元になってるんだって」

「ほう」

「どこか悪いのか?」

「目がちょっとね」

「見えねぇのか?」

「んー、医者は極度のストレスによる一過性のものだって言ってたんだけど」

 

 やっぱり、そうだよな………。

 えぇ、目が見えないってどういうことだよ。しかも車椅子って………マジでこの半年の間に何があったって言うんだ?

 それにしてもいつもの服装からは想像付かないのを着ているな。女性をじっと見るものではないが、いつものギャップ差からつい魅入ってします。

 いや、まさか白のニットに花柄のロングスカート姿で車椅子に座っている女性が、ヒラツカ先生だとは思わねぇよ。ハルノがいて、声を聞いてようやくそうだよなって感じなんだから、相当のギャップだと思う。

 まあ、これはこれで超有りなので、是非とも今後もそういう服装もしてもらいたいものだ。

 

『それでは、ルールを説明していきましょう! 今回のエキシビジョンマッチは一対一の一本勝負! 初日のエキシビジョンマッチでは、フルバトルならではのトレーナーの読み合いも試されましたが、今回はバトルに選出するポケモン次第で、バトルの流れは大きく傾きます! ましてや相手はガラル地方のチャンピオン級トレーナー。例え相性が良くてもひっくり返されることだってあるかもしれません!』

 

 初日がフルバトルで最終日が一対一か。

 初日のはイロハの実力のお披露目って目的もあっただろうし、最終日の今日は閉会式が控えている。しかも優勝者のポケモンたちは連日バトルが続いていたのだから、フルバトルさせるのも酷な話だ。

 それを考慮してこの対極的なバトル形式にしたのだろう。

 

『あとはこれまでと同様公式ルールに則って行われます。さあ、エックス選手の直感はどれ程のものか見せてもらいましょう! バトル、開始!』

 

 直感か。

 確かにそうかもしれないな。

 交代もなければ、後続もいない。出すポケモン次第でタイプ相性が決まってしまう。だけど、相手がどのポケモンを出してくるのかなんて分からないのだから、直感に頼るしかない。

 ある意味、四天王やチャンピオンと戦おうとしている奴が、直感すら冴えていないんじゃ運も引き寄せられないもんな。

 

『いけ、サラメ!』

『サーナイト』

 

 エックスはリザードン。

 対するガオガエン仮面の男はサーナイト。

 そこ、ガオガエンじゃねぇのかよ!

 

『………その覆面のモチーフのポケモンじゃないんですね。連れていない、なんてことはないでしょう?』

『ああ、ちゃんといるぞ。仮面のハチの切り札として有名だから』

『舐められたものですね。でもサーナイトが相手ならカルネさんとの前哨戦と思っておきます』

 

 まあ、確かに。

 チャンピオン級と紹介されたトレーナーが一対一のバトルで切り札を出して来ないってなると、挑戦者からしたら格上に切り札も出してもらえない程度にしか見られてないと思ってもおかしくはないな。

 

『別に舐めてるわけじゃないんだけどな………。何ならメガシンカ使いが相手だからって理由なんだが』

 

 ガラル地方の情報はあまり持っていないため何とも言えないが、果たして前哨戦ってことで済むかどうか…………。

 切り札のガオガエンではなく、敢えてサーナイトを出してきたというところが恐ろしい。

 それってつまり………そういうことだよな?

 

『リザードン、かえんほうしゃ!』

 

 挨拶代わりの一発。

 口から吐かれた炎が渦を巻きながらサーナイトへと襲いかかる。

 

『サイコキネシス』

 

 それをサーナイトは躱すこともなく炎をその身に受けた。

 

「………へぇ」

 

 否、超念力で両側に分散させ、炎に呑み込まれたような演出を作り出していた。

 

「「っ?!」」

 

 な、なんだ!?

 バトル中継は………?

 これからって時に………トラブルでも起きたのか?!

 

『突然、放送をジャックしたことはお詫びしよう』

 

 急に大画面で放送されていた内容が変わった。

 代わりに一人の男が映し出され、頭を下げている。

 

『だがしかし、我々には最早一刻の猶予もない。我々の邪魔をして来たフレア団やポケモン協会の前理事は葬り去った』

 

 あの男………!

 

『昨年、カロスに潜伏していたロケット団も撤退している。最早カロスには勢力という勢力が無くなっているのだ。これは実にいいことである。ポケモンたちを利用する愚かな者たちが一人もいなくなったのだからな』

 

 顔を上げて演説し始めた男の名はカーツ。

 アローラ地方でアローラの秘宝と称されるソウルハートを盗み出し、ウツロイドたちに追い回されながら、命からがらカロスに逃げて来た男女一組の片割れ。

 元々はジョウト地方で仮面の男の配下でロケット団の残党を指揮していた奴だ。

 

『そう、機は熟したのだ。我々の夢を実現する時が! 人間たちよ。ポケモンを利用するだけ利用し、売買の道具にし、あまつさえ人間のエゴで環境を破壊し、ポケモンたちの住処を荒らす愚かな人間たちよ! 今こそ死する時が来たのだ! これより、ポケモンのポケモンによるポケモンのための世界作りを、開始する!!』

 

 そして、カーツの後ろに控えるポケモン。

 恐らくカーツですら駒としか思っていないであろう黒幕、カラマネロ。

 この一年、俺たちはあいつを含めた三体のカラマネロによって襲撃されている。

 だからこそ、この演説は信憑性がある。これからこのミアレシティを中心にまた事が起きるのだろう。

 

「おいおいマジかよ………」

「あなたたちはこの人を安全なところにまで連れて行って!」

 

 過去にやらかした人間ですら、他の大勢の観覧客と同じ反応をしている。ギャーギャー騒ぎ立てないだけまだ正常を保てている方か。というか既に街中は騒然としている。悲鳴は散らばり走る音が聞こえてくる。

 

「アンタはどうする気だよ!」

「あの男を取っ捕まえるわ」

「奴の居場所が分かるのかよ」

「居場所ならすぐに見つけられるわよ。私のポケモンは優秀なんだから」

 

 ………叫び声?

 ………まさか既にどこかで何かが起きているとでもいうのか?

 あり得なくはない話ではある。あんな演説をしておいて、侵攻がすぐに始まらないのは余計に気味が悪い。いっそ侵攻してくれていた方が周到に組まれていた計画だということが伺い知れる。

 いや、今のはやっぱなし。侵攻はされないに越したことはない。

 俺もそこまで冷静になれてはいないみたいだな………。

 

「いや、それにしたって無茶だろ。一人でなんて………」

「無茶でも何でもやらなきゃいけないのよ。あの男たちがシズカちゃんのポケモンたちを殺したんだから………!」

「「ッ!?」」

 

 お、おい………。

 今なんつった?

 あの男たちがシズカちゃんのポケモンたちを殺したとか言わなかったか?

 ………いやいやいや、聞き間違い………だよな?

 

「メタグロス!」

 

 ハルノは既にあの男の元へ行こうとしている。

 これは、事実………なのだろう。

 本当に俺がいない半年間に何があったっていうんだよ!

 一つ言えるのは、半年前のあの時には既に奴等の計画が始まっていたのだろう。何ならその前からかもしれない。

 

「あ、おい……!」

「グズマ、今は従っとけ」

「………いいのかよ」

 

 ハルノならば死ぬようなことにはならないはずだ。逆にあの男の方が殺されそうな勢いである。

 まあ、事実なら殺してもいいと思うがな。

 

「行かせてやれ。それよりも一旦この混乱の外から様子を見たい。それと行きたいところがある」

「チッ。なら、さっさとそこに連れてけ」

 

 こんな騒然としたところにいては冷静にもなれない。

 ハルノが先生を安全なところにまで避難させろって言ってきているのだし、それに甘えることにしよう。

 だからといって、この状況を見過ごせはしない。

 まずは道中に様子を確認しながら方針を立てるとしよう。

 

「おい、死ぬんじゃねぇぞ」

「当たり前よ。愛しのダーリンが帰ってくるまで死んで堪りますかっての!」

 

 愛しの旦那が誰なのかなんて聞くだけ野暮だから絶対に聞き返すなよ、グズマ君!

 

「まずは南に向かうぞ」

 

 とにかくここに停留するのだけは危険過ぎる。秩序を乱した集団とか、巻き込まれるだけで二次被害を生み出しかねない。

 

「ここから逃げるんで、まずは車椅子から降りて下さい」

「な、何をする気だ……!?」

 

 車椅子から先生を立たせる。

 あ、アイマスクしてるのか。

 下手に光を浴びせないようにってところか?

 その辺の知識は専門外もいいところだから、憶測すらやめておこう。

 

「はい、こいつを持って」

「ニャブ」

 

 俺の代わりにニャビーを持たせ。

 

「うわっ、な、何だ……?!」

「何ってポケモンですよ。ニャビーっていうんですけどね。よっと」

 

 そのままお姫様抱っこ。

 正直軽くはない。

 

「お、おい………!?」

「あ、こら、ちょ、暴れんでくださ痛ぇ?!」

 

 見えないから怖いんだろうけど、今は緊急事態なんだから大人しくしててくれると嬉しいんだけどな………。

 

「サーナイト、サイコキネシスで車椅子を運んでくれ。あ、ちょ、ほんとマジで痛いから」

「サナ!」

 

 車椅子はサーナイトに任せてと。

 それにしてもニャビーを落とさないで俺の腕の中で暴れ回るとか、目が見えてないのに器用すぎない?

 

「ふぅ、見えないと余計に感覚が研ぎ澄まされて、急に生き物を持たされたら恐怖を覚えるでしょうけど、今は我慢して下さい。落としませんから。何ならしばらくの間、浮遊間を感じるかもしれませんけど、絶対に落とさないんで安心してください」

 

 そう言うとようやく先生が大人しくなった。

 ただ、顔がちょっと紅くなっているような気がするのは気のせいだろうか。

 …………実はお姫様抱っこが恥ずかしかったとか?

 先生ならあり得なくもない反応ではある。

 まあ、総じて先生の珍しい姿だ。

 

「サイコキネシス」

 

 地面を二度蹴って影にいる奴に合図を送ると、次第に身体が浮いていく。

 

「あ、テメェ! 一人だけ狡いぞ!」

「緊急事態なんだからいいだろ、これくらい。ほら、走れグズマ」

 

 サーナイトも車椅子と共に浮いて移動しているため、一人走らなければならないグズマ君であった………。

 

「………ハルノは?」

「放送ジャックした男を取っ捕まえるとか言って、飛んでいきましたよ」

「相変わらずだな、そういうところは」

 

 まあ、事が事なだけにハルノも仇を討ちたいのだろう。あの人、先生のこと大好き過ぎるし。

 

「大会期間中ずっとネイティオに偵察させていたからな。居場所もすぐに見つけられるだろう」

「結構広いと思いますけどね」

「予知能力がある」

「なるほど」

 

 だからハルノはさっさと飛んでいけたわけだ。

 何気にネイティオって優秀だな。

 

「どうしました?」

 

 もぞもぞと身体を動かして、頭を俺の胸に押しつけてきた。

 

「………あまり心臓がバクバクしてないんだな。君はどうしてそう冷静なんだ?」

「別に、冷静ではないですけどね。まあ、慣れですかね」

 

 何を言い出すのかと思えば………。

 心拍を確認するために押しつけてきたのかよ。

 その割にはまだ顔を埋めたまんまなんだが。

 

「見えていなくとも状況は何となく察している。それを『慣れ』と言い切れるのはチャンピオンや四天王か忠犬ハチ公くらいだと思うんだがな」

 

 ………ん?

 これはもしや気付かれてる?

 

「氷の女王とかもまあ慣れてなくもないでしょ」

「ふっ、確かにな」

 

 あ、うん。

 これ気付かれてますね。

 

「………目が見えないとな、感覚が研ぎ澄まされるってのは君もさっき言っていたことだろう? だから耳や鼻がよく効くようになってな。君の声もしばらく聞いていれば判別出来るし、君のこの匂いは一発で私を落としてくれる」

 

 ………なんかもの凄いこと言い出したんですけど。

 声はまだいいよ。極力会話を避けたかったのも声でバレるのを恐れてたんだし。でも匂いで一発で落ちるってどういうことだよ。変態チック過ぎるだろ。まさか発情した言い出さないよね?

 

「………まだバラすつもりはなかったんですけどね。死亡扱いとかされているらしいですし、俺の扱いがみんなの中でどういう風になってるのかも見当がつかなかったので、下手に生きていることが公にでもなったら、面倒なことになるのだけは確かでしょうしね」

「確かにな」

「だからまあ、今の俺には先生に何があったのか知り得ないことなので何も出来ませんけど。死んだポケモンたちに会う方法は必ず用意しますんで。それまでに見えるようになってて下さいよ」

「………あいつらにもう一度会うのは不可能だろ」

「一応、目星はついてますよ? 先生を連れていって無事に帰って来れるか、行った先でポケモンたちの魂に出会えるかどうか。まあ、そもそも俺の発想が本当に上手くいくかどうかの検証も必要ですけど。不可能だとは思ってませんので」

 

 多分、行って帰って来るのはどうにかなるはずだ。それよりも一番不確かなのが、殺されたというポケモンたちの魂が見つかるかどうか。試したこともないことをやろうとしているのだから、そこの保証が一番保てない。

 

「まあ、最悪あいつを下すのみですね」

「………何をする気かは知らんが、本当に君は規格外の男だな」

 

 だから、最後の手としてはギラティナさんを捕獲して協力を仰ぐしかないだろう。

 

「………私のことは後回しでいい。他の皆を優先してやってくれ。何なら捨ててくれて構わない。私はもう、穢れた身だ。君に差し出せるような身体じゃない」

「はい? いきなり何ですか?」

「私の純潔は………奪われたんだ。それにトレーナーとしてももうダメだ。カイリキーやサワムラーを失った私では君の役に立てない」

 

 急にしおらしくなったかと思えば、純潔が『奪われた』ってどういうことだよ。まさか強姦にでも遭ったっていうのか?

 それにカイリキーやサワムラーを失ったって………まさか、それも全部あいつらの仕業ということかっ?!

 

「………それが事実なら殺したいですね」

「うっ、そう、だよな………」

「いや、先生をじゃなくてあのクソ男と触手野郎共をですよ」

「ぇ……?」

 

 いやいや。

 何でアンタを殺さなきゃなんないんだよ。

 やだよ、折角会えたのに。

 一番最初の再会がハルノとシズカさんで、そのシズカさんをお姫様抱っこしているのには驚きだけども、それも帰って来たなーって実感出来てるんだからね?

 しばらく離したくねぇなって思えるくらいには独占欲がふつふつと湧いてるの知らないでしょ。

 

「そもそもですね。色々事件のことを抜きにしてもシズカさんはもう俺の家族の一員ですよ。それが身体を穢されたくらいで、いやくらいでっていうのもアレですけど、それで俺があなたを捨てるわけがないでしょ。逆にあなたを守れず、目も見えなくなるまでの被害に遭わせてしまった俺自身が許せないくらいですよ」

 

 あの時、俺がやられていなければシズカさんがこんな目に遭うこともなかったのだと思う。

 たらればを言っていたらキリがないが、あの時のこと程、後悔していることはない。

 

「……と。着いたぞ、グズマ」

 

 シズカさんと話しているとあっという間に目的地へと着いてしまった。

 ここはまだ被害が出ていないようで、どんどん人が流れて来ている。その内、ここに避難してくる者も増えるだろうし、敷地内に入ってしまうか。

 

「ハァ、ハァ………、テメェマジで後で覚えてろよ」

「はいはい、覚えてたらな。サーナイト、車椅子用意してくれるか?」

「サナ!」

 

 振り返れば息が上がったグズマ君。

 何だかんだ追いついているグズマは褒めていいと思う。

 

「シズカさん、車椅子に移しますよ」

「ぁ、ぁぁ」

 

 何ですか、その名残惜しそうな声は。

 サーナイトが用意してくれた車椅子にシズカさんを座らせると、寂しそうな声が小さく漏れた。

 

「ニャブ」

「おう、大人しくしててくれてありがとな」

 

 俺の空いた胸にはニャビーが無事ご帰還なさり、ぐりぐりと顔を押しつけてくる。

 うん、可愛い。

 だが、こいつ。オスなんだよな…………。

 可愛いからいいんだけど。

 

「………どうしました?」

 

 見えていないはずなのにシズカさんから視線を感じた。というか向きもこっちを向いているし、目で見えないだけで、心の目とかで見えてそう。さてはアレだな。ぜったいれいど撃つ気だな。一撃必殺とか恐ろしいわ。

 

「い、いや、何でもない」

 

 何でもないって感じではないだろうに。

 あ、そうだ。一撃必殺で思い出した。

 あれをグズマに渡しておこう。これから一戦交えるとなるとどうなるか分かんないし。メガシンカが欲しいのならそのキッカケくらいは与えないと中々辿り着けないだろうしな。

 

「………グズマ、こいつを渡しておく」

「あん? ………なんだこれ」

 

 グズマにメガストーンを渡すと全然理解していなかった。

 お前、それでよくメガシンカを習得したいとか言い出したな。せめてそこくらいは勉強して来いよ。

 

「お前が欲しがっていたメガシンカするための道具だ。どのポケモンのメガストーンかはまだ分からんし、キーストーンもないからメガシンカも出来ないが、そのメガストーンを調べて該当するポケモンを捕まえた後にキーストーンを探し出してこい。そうすればキーストーンを見つけた頃にはメガシンカ出来るようになってるかもしれないぞ」

「お、おう………いや、つか、どうやって調べんだよ」

「ここの研究所で調べられるぞ。ここはメガシンカを提唱したプラターヌ研究所だ」

「………まさか、こんな状況でこの石のことを調べるために来たのか?」

「違ぇよ。お前はこの人とここで待機すんの」

 

 流石にこんな状況で調べる余裕があるわけないだろうが。そんなことをしている間に、何人が犠牲になるか分かったもんじゃない。

 

「………やっぱり行くのかよ」

「当たり前だろうが。こんな状況で逃げられるかっての。それに、人前で奴を出せると思ってるのか?」

「奴って………おい、まさか!」

 

 ああ、奴で通じちゃったよ。

 言うてサーナイトとニャビー以外、人前で出せるポケモンではないんだけどね。

 でも、多分。グズマの頭の中にはウツロイドが漂っていることだろう。

 

「………演説してたのは人間だが、背後にカラマネロがいた。恐らく、俺を襲った奴らだろう。男の演説には俺のことと思しき内容も含まれていたからな。決着を付ける時がようやく来たんだ。借りはキッチリ返す。何なら借り以上のものもあるからな。ぶっ殺してやりたいくらいだ」

「お前がそれ言うと冗談に聞こえねぇんだよ。マジで鳥肌が立つ」

 

 冗談ではないからな。

 殺れるもんなら殺りたいくらいだ。

 つか、マジで殺っちゃおうかな。

 アローラの秘宝、俺の暗殺、シズカさんのポケモンたち。最早命を残してやる必要すら感じないんだが。

 

「というわけで、俺は決着を付けに行って来ます。シズカさんはプラターヌ研究所で待ってて下さい。グズマを置いていきますんで、何かあればグズマを使ってくれて結構ですんで」

「………もう、失うのは嫌だぞ?」

 

 心の傷は相当深いのだろう。

 俺が戦いに行くというだけで失う恐怖が蘇ってしまうというところか。

 流石に俺もこんな状態でシズカさんを置いて一戦交えに向かおうなどとは思わない。

 何とか安心して送り出してくれないと俺も気が気でなくなってしまう。

 

「何かあっても必ず帰って来ますから。まあ、時間かかったらごめんなさいとしか言えませんけど、取り敢えず死にはしないので」

「何故そう言い切れる………」

「多分、俺には何か役割があるんでしょうね。そのために何があってもポケモンたちが俺を生かそうとするんですよ」

「それでも限界というものがあるだろ?」

「それがそうとも限らないんですよね。今の俺にはダークライがいます。そして、その後ろにはギラティナがいます。何なら今ここに俺がいるのもギラティナによるものです。それにまだ使えるカードが二つあるんですよ。………そんな人間が死ぬと思います?」

 

 サーナイトがメガシンカ出来ることはグズマ以外は誰も知らない。それ以上にウツロイドのことは誰も知らない。この二つのカードもダークライやギラティナに並ぶ俺の手札と言えよう。

 いや、ギラティナは手札とまでは言えないか。

 

「ダークライにギラティナ、だと………? ダークライは消えたとか言ってなかったか?」

「ええ、一度は俺に力を託して消えましたよ? でも冥界で生きていたんで連れて来ました。というか冥界の王直々にダークライ共々送り返されたと言った方がいいかもしれないですね」

「………何を言っても君の異常さの方が上回ってしまうみたいだな。不安よりも頭が痛くなってきた」

 

 お、取り敢えず極度の不安は抜けたみたいだな。

 呆れたという姿は、快活だった頃のシズカさんを彷彿させてくる。

 

「今はその異常さを発揮する時なんだと思いますよ」

 

 とは言っても、不安がなくなるわけではない。

 トラウマを抱えている以上、再び恐怖に呑み込まれることも想像に容易い。

 何か気を紛らわせる物でもあれば…………あ、あるわ。

 グズマばかりに気を取られてたけど、土産のメインは彼女たちにじゃん。

 俺はリュックからアローラの土産を取り出してシズカさんの背後に回った。

 

「シズカさん、あなたはもう俺のものです。誰が何と言おうとあなたを誰かに渡すつもりも死なせるつもりもありません。全てが片付いたら、その身体に嫌と言う程俺のものだっていう証を刻みつけますんで」

 

 耳元でそう伝えながら、首元に取り付けていく。

 ちなみにニャビーは俺の肩に移動している。

 こういう時、頭に移動したがった誰かさんとは大違いだな。

 

「今はこれで許して下さい」

「これは………?」

「指輪です。指のサイズは分からなかったので、チェーンを付けてネックレスにしてもらいました」

 

 ライチさんのところで買った指輪だ。

 チェーンを付けてあるため、今はネックレスになっている。

 これで少しは不安が緩和されるといいんだが………。

 

「まあ、不安になったらぎゅっと握りしめて下さい。気休めですけど、何もないよりかはマシかと」

 

 ダメ押しで後ろから抱き締めた。

 うん、まあ。俺が抱き締めたかっただけなんだけどね。なんかこう、弱っているシズカさんは物凄く庇護良くを駆り立てられるんだよ。

 

「………いいんだな? 私はすごく重たいぞ?」

「何を今更。声と匂いだけで判別出来るような人が重たくないわけがないでしょうに。それに、俺にとっては愛なんて重たいくらいが丁度いいんですよ」

 

 声と匂いだけで判別されたのには驚いたが、シズカさんが重たいのなんて今に始まったことでもないしな。それに重たい愛なんてユキノとかユイも相当なもんだと思うぞ。俺自身も重たい自覚はあるし。

 だから、重たいってのは拒否る理由にはならないんだよなー。

 

「ちゃんと帰って来いよ。私は何年でも待ってやるから」

「ええ、約束です」

 

 そう言ってシズカさんから離れると、今度は寂しそうな顔にもならなかった。

 愛の証として物を渡すのは昔からの常だが、ようやくその必要性が分かったような気がする。

 物の力というのも捨てたもんじゃないな。

 

「んじゃ、グズマ。この人をよろしく。危なくなったらZ技ぶっ放していいからな」

「へいへい。ったく、オレさまは何を見せられてんだか………。この人がお前にとってどういう人なのかはよーく分かったから、さっさと行きやがれ。人一人くらいならこのオレさまが守ってやらァ」

 

 放置されてちょっとドロドロなシーンを見せられていたグズマ君は、ヤケ糞モードに入っている。

 ごめんな、そういうつもりではなかったんだけどな。思いの外、傷が深そうだったから安心してもらう必要があったんだよ。許せ。

 

「ニャビー、サーナイト。一旦ボールに戻っててくれ」

「ニャブ!」

「サナ!」

「では、シズカさん。行ってきます」

「ああ、行ってらっしゃい」

 

 この人から快活さを奪った奴らは何が何でも倒す。

 そう心に誓ってダークライに合図を送ると、足下からゴゴゴッ! という地鳴りが聞こえてきた。

 嫌な予感がする………。

 

「グズマ、シズカさんを守れ!」

「ヒ、ヒキガヤ!?」

 

 グズマに一声上げると足下から衝撃が走った。一瞬で景色は変わり、青空一面に投げ出されたようだ。

 次第に視界が反転していき、向こうに見えたプリズムタワーは逆さになっている。それでもまだ上に飛ばされていく感覚は無くならない。

 

「あれは………!」

 

 人やポケモンも小さく細々といるなという印象だったが、確かにプリズムタワーの頂上付近に人影があった。その周りでは空中戦が繰り広げられている。

 小さくてよく見えないが、メタグロス………だろうか。ということはハルノか?

 空中戦はそこだけではないようで、所々にそんな雰囲気が感じ取れた。多分、ポケモンが一箇所に固まっているようなところは既に抗争が始まっているのかもしれない。

 そして、プリズムタワーから南に下がった辺りにこっちを見ている奴がいた。結構距離が離れていて顔の輪郭すらあやふやなくらいなのだが、確かに目が合ったような気がする。

 するとオレンジ色のそいつは加速し、段々とこっちに向かって近づいて来た。

 

「フッ」

 

 足下を見れば、地面に穴が開いており、そこからドサイドンが雄叫びを上げている。

 あいつか、犯人は。

 グズマとシズカさんは………研究所の敷地内に上手く避難出来てたみたいだな。ただ、車椅子の上で今にも穴に向かおうとしているシズカさんをグズマが必死に止めているように見えるのは気のせいだろうか。

 それよりも俺の身体がいよいよ落下運動を始めたぞ。ドサイドンの攻撃を受けて無事なのだから、多分大丈夫だろうが。

 よくもまあダークライも的確に動いてくれたものだ。おかけで無傷である。

 だからこのまま着地もよろしくお願いします。攻撃は別に来てるんで、俺に専念してくれていいからね。

 

「シャア!」

 

 はい、早速到着なさいました、リザードン君。君、全速力で来たでしょ。あの距離を十秒弱で辿り着くとか超驚きだよ。それだけの距離に打ち上げられたのにも驚きだけどな。

 

「リザードン、じわれ!」

 

 折角整備されていた道路に穴を開けやがって。塞ぐの大変なんだぞ。お前は自分が作った穴に埋めてやるからな。覚悟しておけよ、ドサイドン。

 俺を通り過ぎていったリザードンはドサイドンの顔を掴んで、開いた穴に頭から突っ込んだ。

 上から見ているとエグさがよく伝わってくるな。妙な位置に腕か何かが引っかかったみたいで下半身だけ地面から生えた状態になっている。

 

「よっと」

 

 いつの間にかゆっくりと降下していたため、無事着地も成功。超念力はとても優秀な技である。

 

「久しぶりだな、リザードン」

「シャア!」

「再会を喜びたいところだが………この状況ではそうも言ってられないか」

 

 地中から襲われたとなると、他でも地中からの襲撃が起こり得るということ。ただでさえ、市街地内での戦闘はやり難いことこの上ないというのに、さらに下も気にしないといけないのは単純に被害が大きくなりやすい。

 ………ところで、だ。

 何故リザードンはあそこにいたのだろうか。

 俺がいなくなって野生に還ったとかまでは思っていないが、ユキノ辺りといるもんだとばかり思ってたわ。

 それにあそこにいたのならば、上空で戦闘を繰り広げていたハルノに気付かないとも思えないし。

 となると、リザードンにも何か目的があった、とか?

 その割に俺を見つけたらすぐに飛んで来たような気がするが………。

 

「お、おい、アニキ………。そのリザードンは?」

「俺の最初のポケモンだ」

「はっ………? マジか………一撃必殺を使えるリザードンとか見たことねェぞ」

 

 そりゃ、お前。ロケット団首領直伝の技だし。

 覚えられない技でもないのだから使えたって不思議ではない。まあ、アローラにはいなさそうだが………。

 

「よっと」

 

 俺はリザードンの背中に乗り込んだ。

 うん、なんか落ち着く。

 やっぱり長年感じていた熱は感覚的に覚えているもんだな。

 さて、これからどうするか。

 見た感じ戦闘はあの空中戦だけではなさそうだ。建物で見えないだけで、そこら中で戦闘が起こっていそうだ。

 そうなるとサーナイトたちで対処するより、ウツロイドを纏って俺が直接対処した方が動きやすい、か。

 ウツロイドを使うならドクZでもセットしておくかな。使ったことないけど、ウツロイドのお仲間さん? がくれたんだからこいつも使えるはず。というか憑依されている以上、俺の動きがそのままウツロイドの動きになるわけで、俺が失敗しない限りいけそうな気がする。

 ちゃんと踊れるかな……。

 

『西側はシャラ組に任せる! ユキノ隊は北側でおでぶと合流、ハチマン隊は東側へ急げ! 南側は我らイロハ隊が制圧するのだ!』

 

 ん?

 誰だ?

 なんかユキノやらハチマンやらイロハなんて単語が聞こえてきたが…………。

 

「ヒキガヤ、大丈夫なのか?!」

「大丈夫ですよ。シズカさん、俺は今の不意打ちですら傷一つ付いてませんって。なあ、グズマ」

「ああ、マジで人間やめたとしか言えない事実だがな。まあ、これがカプ二体を相手に生身で戦ってトラウマを植え付けた男となれば、この程度屁でもねぇわな」

「は、はは………昔はこういう時、怪我をしてでも戦ってたのにな。強くなったんだな、ほんとに」

 

 そう言ってしみじみと昔のことを思い出しているシズカさん。

 それってひょっとするとスクール時代のことだったりする? 特にオーダイルの暴走時とか。

 

「んじゃ、今度こそ行ってきます」

「ああ」

「グズマ、ドサイドンの他にも来るかもしれないから、警戒はしておけよ」

「あ、ああ。分かってるって」

 

 さて、取り敢えずは声のした方へ向かってみるか。

 なんか少し気になるんだよな。もし俺の知っている奴だったら情報共有したいところだ。

 

「リザードン」

「シャア!」

 

 俺が特に指示しなくとも、その足取りは気になる声の方へと向かい始めリザードン君。

 ………君、実はあちらにいる方たちのことを知ってたりする?

 



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28話

ちょっと遅いですが、あけましておめでとうございます。
今回でようやく一区切り出来ました。


『フライゴン、キングドラ! 制空権を奪い返すのだ! ガチゴラス、ボスゴドラ! てっぺきで敵を受け止めろ! その間にデンリュウはでんじほう! エンペルトはアクアジェット!』

 

 ………急速に近づくと、見たことのあるポケモンたちが戦闘を繰り広げていた。

 ゴルバットやゴルーグたちと空中戦を争うフライゴンにキングドラ。

 ドラピオンやゴローニャたちの攻撃を弾くガチゴラスとボスゴドラ。

 そしてその脇から反撃を仕掛けるデンリュウとエンペルト。

 最後にその全員を指揮する喋るヤドキング。横にはドータクンも控えているのか。

 一部知らない顔たちだが、最後の情報だけで誰のポケモンたちなのかは分かってしまうな。やっぱ、あいつキャラ濃すぎだわ。

 

「ヤドキング!」

『ぬん? ………チッ、リザードンが急に飛んでいったかと思えば』

「分かるのか?」

『オレっちたちを舐めるなよ。見てくれだけで惑わされるような人間と一緒にするな』

 

 流石ポケモン。

 人間の上位互換たちは俺が顔を隠していても、当たり前のように判別出来るんだな。

 

「話が早くて助かる。お前がここにいるということはイロハも近くにいるのか?」

『生憎、イロハは会場だ。オレっちはイロハと雪女の今日の手持ちに入らなかった者と、お前に置いていかれたポケモンたちでミアレの警ら隊と育て屋の防衛線を組んでいる。そしてオレっちこそがこのミアレ警ら隊の隊長である!』

「警ら隊………」

『ドータクン、サイコキネシスで避難者を守れ!』

 

 警ら隊。

 去年の出来事を意識して組まれたのか?

 そりゃ、何かあった時のための戦力確保には俺たちのポケモンを使うのが手っ取り早いが、何というか用意が良すぎないか?

 まあ、いいか。

 今はその『何かあった』時だ。

 

「つまり、襲撃の方はお前たちに任せていいんだな?」

『ああ、だからここはいい! 北側は雪女のポケモンをおデブと合流させた! 東側はヘルガーとボスゴドラが向かっている! 恐らくあっちは野生のボスゴドラの群れも協力してくれているはずだ! だからお前はさっさとリザードンを連れて敵の頭を潰せ!』

 

 なるほど、持ち場をそれぞれ与えられているわけか。それもトレーナーごとにチームを組んでって感じなら、トレーナーがいなくとも連携しやすいだろう。

 そうするとアレだな。リザードンがあそこにいたのもヤドキング軍の一員で出動中だったってことか。

 俺がこのままリザードンを連れて行くと、俺のポケモンたちの持ち場だけ戦力が下がらないか?

 ボスゴドラの群れが協力してくれるっぽいが、あそこの連中が全員が全員一騎当千ってわけでもないだろうし、群れを守る必要性もある。

 

「了解。俺もそのつもりだったからな。ただ、リザードンは元々の役割をさせる。一応、警ら隊での火力担当なんだろ?」

『無駄に頭の回転が早くて嫌になるぜ』

「というわけで、リザードン。お前は自分の役割を果たせ。俺は俺でどうにか出来る」

「シャア!」

「因みに西は? 誰のポケモンも向かわせてないみたいだが」

『あそこはシャラジムの女二人が担当だ。だからオレっちたちは西のことまで考えなくていい』

 

 シャラジムの女二人って………ユイとコルニか?

 ということはつまり、ミアレシティ中央付近にあるスタジアムにユキノとイロハ、それにハルノが既にプリズムタワー付近で戦闘中。北はユキノのポケモンたちとおデブ………はザイモクザか。東が俺のポケモンたちとボスゴドラの群れ。南がイロハのポケモンたちで西がユイとコルニって陣形ってわけか。ユイは分かるが、何でコルニまでミアレに来ているのかはさておき、四方に戦力が割り振られているのなら、俺は自由に動いても構わなさそうだな。

 

「分かった。それなら俺は敵の頭を叩きにいくとするわ。それと地中からの攻撃にも気をつけろよ。俺もさっき攻撃を受けた」

『了解。さっさと行け!』

「頼むぞ」

 

 そう言って、再びリザードンを上昇させていく。

 思わぬ奴との再会だったが、逆に現場を指揮するあいつでよかったかもな。情報が得られたのは大きい。

 

「リザードン、プリズムタワー付近まで行ってくれ。ハルノに加勢する」

 

 高度を上げ終わり、再びプリズムタワーの方へと向かっていく。

 さて、そろそろ呼び出しますかね。

 

「来い、ウツロイド」

 

 ボールから出てきたウツロイドが俺に憑依していき、呑み込まれていく感覚に襲われる。

 

『「サイショカラゼンリョクデイクゾ」』

「しゅるるるるる!」

 

 さらに身体が大きくなり、白色半透明から黒へと変化していく。

 

「シャア?!」

 

 異変に気付いたのか、振り返ったリザードンが俺の姿を見て驚いた。

 

『「ホンキモードッテヤツダ………エッ? マジカヨ………コノジョウタイヲハチロイドッテイウラシイゾ」』

 

 直接脳に送り込まれてきたこの状態の名称、その名もハチロイド。ハチマンとウツロイドをくっつけたんだろうが、人工知能搭載のロボットにしか聞こえない。

 

『「リザードン、ヒガシハマカセタゾ!」』

「シャア!」

 

 パルシェンに乗ったハルノらしき人物の背中が見えたため、俺はそのままリザードンから飛び立った。

 あーあ、もう少しリザードンといたかったんだがな。半年ぶりなんだぞ。それもこれもこんな事件を引き起こしてくれたあの男とカラマネロを処断しなければ気が済まないわ。

 

「………く、メタグロス、コメットパンチ! ゾロアーク、あくのはどう!」

 

 メタグロス二体がカラマネロへと突っ込んでいくのが見えた。一体は恐らくゾロアークなのだろう。特性のイリュージョンで姿を変えているようだ。

 

「バンギラス、ワルビアル、うちおとす!」

 

 プリズムタワーの頂上からはバンギラスとワルビアルが追撃を仕掛けている。ハルノの頭上にはネイティオもおり、今日はカメックスが手持ちにいないらしい。なんか珍しいな、カメックスがいないなんて。

 まあ、カラマネロ一体に対して手持ちフルメンバーなのだから、やはり相当の実力者なんだろうな。リザードンやゲッコウガが苦戦するのも頷ける。

 

「ッ!?」

 

 そっちはもうしばらくハルノに任せて、男の方を先に処理してしまうことにした。

 

「ポ、ポケモン、なのか………?!」

 

 こんな形で男の目の前に出てみたら、目を見開いて言葉を失っている。

 まあ、これで平然とされたら逆にこっちが驚くな。俺自身、今の姿は化け物染みていると思う。初見だったら一瞬頭が真っ白になっているかもしれない。

 

『「アローラノヒホウヲウバッタモノニコタエルギリハナイ」』

「ぐあっ?!」

 

 だからと言って容赦はしない。

 黒い触手を男の首に巻きつけて死なない程度に締めた。

 掴みもバッチリなため、早速尋問していく。

 

「えっ………?! な、なに!? ポケモン……?!」

 

 遅れてハルノも気づいたようだ。

 

『「コタエロ」』

「な、何を……している?! カラマ……ネロ、はや……く、こいつを、引き剥がせぇ………!」

 

 男はカラマネロに助けを求めているものの、カラマネロはハルノと戦っている。それを跳ね除けて助けに来れるとでも思っているのだろうか。

 

「なっ………?!」

 

 と思いきや、カラマネロが一度手を止めてこっちをチラッと見てなお、無視した。

 なるほど、カラマネロにとってこいつはもう用済みなようだな。

 そりゃそうか。こいつも人間だ。人間を殺戮しようとするカラマネロがこの男だけ生かしておくわけがないわな。

 

『「オマエハ、カラマネロヲシタガエテイルツモリカモシレナイガ、ドウヤラアヤツラレテイタノハ、オマエノホウダッタヨウダ」』

「くっ、マグカルゴ、ヘルガー!」

 

 締めていたのが首だけだったため、自由に動く手で自らの手持ちのボールを開いた。中から出てきたのはマグカルゴとヘルガー。どちらともほのおタイプか。

 なら。

 

『「パワージェム」』

 

 細かい岩を飛ばして二体まとめて後ろの壁に打ちつけた。

 効果は抜群だし、手加減もしなかったんだ。起き上がったとしても次はバンギラスとワルビアルにトドメを刺させればいいだけ。

 

「なっ………?!」

『「ツギハナイゾ」』

 

 殺気を放って首を締め付ける力を少しだけ強くする。

 

「ぐぁっ……!」

『「ソレデ、アローラノヒホウヲツカッテ、ナニヲスルキダッタンダ?」』

 

 喋れるようち強めただけ力を弱めた。

 聞いているのに答えられないようにする程、俺は外道になるつもりもない。まあ、殺したい気分ではあるけども。うっかり殺しちゃったらごめんね。

 うわっ、今の俺やべぇ奴だな。こいつらと対して変わらんぞ。

 

「最終……へいき………を、再現……して人間を、殺す………貴様も、殺す………邪魔をする者は、全員殺すのだ!」

 

 ククイ博士からあの珠の製造法を聞いて浮かんだ通りの答えだな。

 

「ぐはっ?!」

 

 思わず力をまた強めちゃったけど、まあいいか。

 取り敢えず、シャムとカーツ関連のアローラの秘宝を巡る騒動と、カラマネロ三体による育て屋とクチバジムの襲撃は繋がっているのは間違いない。となるとあっちにはウルトラホールを開く技術もあるということだ。最終兵器の再現は不可能になったが、ウルトラビーストという危険因子が消え去ったわけではない。

 これは、さっさとこいつらの仲間も捕まえてしまわないとな。何が起こるか分かったもんじゃない。

 

『「アワレダナ」』

「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺ーーーぐうっ!」

 

 最早殺すとしか言わなくなった人形に聞いたところで詳しいことが聞けそうにないため、投げ飛ばすとドカッとマグカルゴたち同様壁に身体を打ちつけた。ポケモンよりも脆い人間の身体には意識を飛ばす程の威力が出てしまったみたいだ。

 うるさいよりいいか。

 

「………貴様」

『「ッ?!」』

 

 もう意識が戻ったのかと思ったが、目を見て理解した。

 

「貴様、何者だ。我々の計画をどこまで知っている」

 

 目に色がない。

 カーツはカラマネロにより催眠術で本当に人形のような扱いを受けていた。

 これ、本来は人間との通訳としてだけの価値しかなかったのでは………?

 

『「ニンゲンヲリヨウシ、ニンゲンヲコロシ、ハムカウポケモンモミナゴロシ。ソシテメザスハセカイノオウッテトコロダロ」』

「如何にも。だが、ガラルでの我々の同胞の犠牲があってこそのこの計画。邪魔する者は貴様の言う通り皆殺しである!」

『「ソノワリニハナンドモシッパイシテイルミタイダガナ。カロスノソダテヤシュウゲキ、クチバジムノシュウゲキ、アローラノヒホウノサンダツ。ホカニモ、セカイカクチデポケモンケンキュウシャヲシュウゲキシテイタノモ、オマエタチノシワザナノダロウ?」』

 

 そういえば、世界各地でポケモン研究者を狙った事件は、あるポケモンのデータを盗むためでもあったんだよな。それがこいつらカラマネロ及びシャムとカーツの犯行ということは、狙っていたのはマギアナに関するデータなのではないか?

 マギアナは機械仕掛けの身体にソウルハートと呼ばれる核で動き出す人工的に造られたポケモンだ。狙っていた人工的なポケモンのデータというところも合致する。

 ………マジか。

 これまでの事件が色々繋がってくるとなると、俺は既に事件の渦中にいたということになる。

 

「………だからこそ、あの男から消すことにしたのだ。要所要所であの男に邪魔をされたのだからな。あれはその報いだ」

 

 あれはその報いだったのか。

 そうか、そうか。

 よし、取り敢えずこいつは殺そう。

 

『「フッ」』

「何がおかしい」

『「イイヤ、ベツ、ニ!」』

 

 不意打ちで触手をカラマネロに突き刺した。

 そして、毒を流し込んでいく。

 

「カマッ!?」

『「ニンゲンノシュウネンヲアマクミルナヨ」』

 

 どくづき。

 カーツの方を見ていた奴から急に攻撃されたのでは、躱すことも出来なかったのだろう。

 カーツへの催眠術まで解けてしまっている。

 

「カマ、ネ!」

 

 突き刺した触手を強引に引き剥がすと、カラマネロはプリズムタワーから逃走し始めた。

 もう尻尾を巻いて逃げるのか。

 結局、強かったのはバトルだけってか。急所を負わされた途端逃げ腰になるとは、何と情けない。

 

『「ニガスカヨ」』

 

 カラマネロの背後を追いかける。

 

「え、ちょ?!」

 

 ハルノには悪いが、今はあいつを捕らえることの方が先だ。このまま逃げられたのでは今までと同じでしかない。

 スピードはそこまでない。

 ただ、段々と身体の色が変わり始めている。具体的に言えば、水色に。恐らく、ほごしょくで身体の色を青空に溶け込むように変えているのだろう。タイプ変化は空だし、ひこうタイプか?

 

「カマネ!」

 

 あくのはどうか。

 振り返ったカラマネロが黒いオーラを放ってきた。

 ならーー。

 

『「ミラーコート」』

 

 反射して撃ち返し。

 

『「クロスポイズン」』

 

 そして、そのまま距離を詰めて両腕のようになった触手に毒を入れてX字に斬りつけた。

 だが、身体が完全に水色へと変化してしまっている。今の一撃は運が良かっただけだろう。

 

『キングドラ、エンペルト、消火を急げ!』

 

 あ、やべ………っ!

 斬り飛ばしたカラマネロが消火活動をしているキングドラとエンペルトの方へと落ちていってしまった。アスファルトやコンクリートの中に水色がいると、これはこれで異様に目立つが、周りに人やポケモンがいるため攻撃もしにくい。

 ここは、どうやらプラターヌ研究所よりも東の南口のようだな。こんなところにまで戻って来ていたのか。

 

「カマ!」

 

 くそっ、この状況は催眠術を操るカラマネロにとって、いい駒を発見したかように映るよな。

 

『「サセルカヨ!」』

 

 何か周りのポケモンたちに仕掛けるような動きをしたため、咄嗟にその間に割り込んで球体型の防壁を張った。

 

『「クッ」』

 

 いや、何でさいみんじゅつの波でノックバック食らうんだよ!

 怖すぎだろ………。

 後ろにいた奴、すまん。

 

「カマネ!」

 

 間髪入れずに禍々しい光線、はかいこうせんが飛んできた。

 

『キングドラ、エンペルト、ハイドロポンプ!』

 

 それを俺の後ろから二本の水砲撃が飛んできて受け止めてくれた。

 後ろにいたのはお前らか。

 やり返すなら今だな。

 

『「10まんボルト」』

 

 ほごしょくを使ったことでひこうタイプに変化していると仮定してのでんき技。

 効果抜群にならなくとも等倍のダメージになるため、賭けに走ってみた。

 

「カマネ!」

『「マジカ………」』

 

 まさかの触手を地面にまで伸ばして、アースさせてしまった。

 よもやカラマネロがアースを知っているとは。

 バトル面で強いのは、こういう人間社会の理論も理解しているからというわけか?

 まあ、そうでもないとここまで過激な思想家にはならないか。

 

『レールガン!』

 

 追い討ちをかけるように後ろから二閃が走った。

 チラッと後ろを見るとヤドキングとデンリュウがでんじほうを放ったらしい。

 

『ファッ?! 何なのだ、あのカラマネロは!? 全然効いていないではないか! それにあの黒い生き物はオレっちたちと同じポケモンなのか?!』

 

 だが、その悉くを強靭な身体で弾かれてしまった。

 おい、ヤドキング。

 その黒い生き物とやらはまさかとは思うが俺のことではないだろうな?

 さっき、顔を見なくとも俺だと気付いたくせに、この姿だと判別出来ないのかよ!

 

『「バカヂカラカ」』

 

 文字通りの馬鹿力だな。

 しかも特性あまのじゃくにより能力が上昇している。というか上昇したからこそ、弾けたのかもしれない。

 ウツロイドもさっきマグカルゴとヘルガーを倒したことで能力が上がっているが、遠距離防御面のみ。対して、カラマネロは攻撃力も上昇しているから、これからはより一撃が重たくなってくるだろう。

 

「カマカマカマッ!」

『「チッ、ニガスカ!」』

 

 またもやほごしょくで体色を変化させ始めた。今度は何タイプに変化するのだろうか。

 マジであの技は場所によってどのタイプに変化するのか読めない時があるからな………。

 そうなると無難な技で攻撃するしかなくなってくる。

 

『「アノヤロウ、テイクウヒコウヲツヅケヤガッテ」』

 

 周りにある建物や人を巻き込まないのを知った上での、この逃走ルートなのだろうな。

 全く、根性悪いにも程がある。

 

『「………ア」』

 

 そういえば、今のあいつはタイプが変化してるんだったな。なら、あくタイプが無くなっている可能性が高いわけだ。

 サイコキネシス使えそうじゃん。

 

『「サイコキネシス」』

 

 超念力で逃走するカラマネロの動きを強引に引き止めた。

 

『「クッ………」』

 

 やっぱり抵抗して来やがったか。

 めっちゃ重いんだけど!

 気を抜けば脱せられてしまいそうだ。

 だが、ここで一撃入れないとまた逃げられてしまうだろう。

 どうする………技の併用が出来る程の余裕はないし、誰か俺の言うことを聞いてくれる奴がいれば………。

 

「シャア!」

「カマ?!」

 

 来ちゃったよ。

 え、もうそんな東側に来てたのん?

 というか君、自分の持ち場は?

 

『「リザードン、カエンホウシャ!」』

 

 見れば、下にはボスゴドラが複数体いた。あの中にうちのボスゴドラもいるのかもしれない。

 

『「ウワット……!」』

 

 下でボスゴドラたちと戦っていたヌメルゴンたちの一体が、俺に向かって体当たりをして来た。恐らく、カラマネロにより操られてのことだろう。でなければ、ボスゴドラの群れからの攻撃の中でそんな行動を起こせる余裕はないだろ。

 それにしてもコドラやココドラが多いのかと思ったが、物の見事にボスゴドラばっかりだな。うちのボスゴドラが群れの長を引退出来たのも群れ全体の戦力が上がったからというわけか。

 

「シャア!」

「カマ!」

 

 抑え込んでいたカラマネロの拘束は既に解けてしまっており、逃走しようとしたところをリザードンに道を塞がれたようだ。

 ほごしょくは使われていない。元の体色に戻っているところを見るとタイプも元に戻っているのだろう。

 あく・エスパータイプ。むしタイプの技が使えればいいのだが、今のところウツロイドには使えないらしい。唯一弱点を突ける技となるとーー。

 

『「マジカルシャイン」』

 

 光を迸らせカラマネロを包み込むと、カラマネロは踠き始めた。

 

「ヘッガ!」

 

 お、ヘルガーさんも登場だ。

 しかもここでカラマネロをちょうはつしてるし。

 おかけでほごしょくはしばらく使えない。マジありがてぇ。

 

「カマネ!」

 

 怒ったカラマネロが水を纏った二本の触手でリザードンとヘルガーを叩きつけた。

 今のは、アクアブレイク……か?

 ……………カラマネロって水技も使えるのかよ。

 

『「アイアンヘッド」』

 

 頭を硬くしてカラマネロとの距離を一気に詰める。

 

『「どくどく」』

 

 そして触手を突き刺し、再度猛毒を流し込んだ。

 さっき初手で毒注入したのに、顔色変わらねぇんだよな。逃げているのを見ると一定の効果はあるのだろうが、まだまだ弱かったということなのだろう。

 

『「ウグッ!?」』

 

 猛毒を注入している間に超念刃でやり返して来やがった。

 鋼鉄化した頭で受けたため衝撃が痛かった程度であるが、頭で受けるのも考えものである。根本的に脳が揺さぶられて気持ち悪い。

 

「カマネ!」

『「チッ、マモル!」』

 

 顔を上げた途端、禍々しい光線を放ってきた。

 咄嗟に防壁を張ったが、力が弱かったようで防壁は安易と割れて、はかいこうせんを受けてしまった。

 なのに、今度は痛みがない。

 意味分かんねぇな、この身体も。

 

「シャア!」

「ヘガ!」

 

 戻って来たリザードンが心配そうに俺の横に並び、下からはヘルガーも見上げてきている。

 リザードンに俺だと知らされたのかもな。ヤドキングは判別出来てなかったし、この姿ではヘルガーも判別出来るとは思えない。多分、リザードンやゲッコウガでも無理だろう。

 …………あれ?

 そういえば、ゲッコウガはどうした?

 こういう時、あいつが指揮を取ってそうなものなのだが、未だに気配すら感じないんだけど。

 

『「ダ、ダイジョウブダ。ナンカヨクワカランガ、ハカイコウセンニハツヨイラシイ」』

 

 それよりもまたも逃げ出したカラマネロを追わなくてはな。

 あー、マジで面倒くさい。さっさとくたばってくれよ。俺が先にくたばりそうだわ。

 

『「オマエラハココヲシシュシロ。カラマネロハオレガツカマエテクル」』

「………、シャア!」

 

 リザードンが何か言いたそうであったが、それを聞くのも全てが終わってからだ。

 俺は大通り上空を翔けていくカラマネロの背中を追った。

 

「カマッ?!」

『「ッ?!」』

 

 もう少しで追いつくという距離でカラマネロが何者かによって撃ち落とされた。

 一瞬見えた弾の軌道から左の方角から撃たれていたのは確か。左側で撃ち抜けるポイントなんて…………プリズムタワーか?

 え、ハルノ?!

 なら、バンギラス辺りのうちおとすか………?

 こっわ。

 あの距離で撃ち抜いたとでもいうのかよ。

 

『「クサムスビ」』

 

 丁度地面に落ちてくれたので、草を伸ばして拘束を試みた。

 ただ、さっきもばかぢからで相殺されたからな。あまり効果を発揮しないだろう。

 なので、連続で草を伸ばしてぐるぐる巻きにしてやった。

 

『「カムゥムムムゥッ!!」』

 

 中で大分暴れているな。

 なら、一気にトドメを刺すとするか。

 

『「オマエノヤボウモココマデ………ッ?!」』

 

 至近距離からトドメのマジカルシャインを放とうとしたら、上から気配を感じ、咄嗟にその場から飛び退いた。

 

「カマ!」

 

 その勘は正しかったようで、二体目のカラマネロの触手が俺がいたところに刺さった。

 だが、一つ言っておこう。

 俺は今マジカルシャインを放とうとしていたところだ。何なら光を放出する直前だった。それが発射直前に飛び退いたため、顔を上げた瞬間に二体目のカラマネロに向けて撃ち放ってしまった。

 力を維持するのも結構難しいのな。

 

「カマカマカマ!」

 

 効果は抜群なのだろうが、あまり効いている感じがしない。

 こいつも一体目同様、無駄に強いカラマネロなのだろう。

 一体目も倒し損ねているし、これであの草の拘束が解かれてしまえば、相手の形勢逆転にもなりかねない。

 

「見つけたぞ、カラマネロ! ジバコイル、電気網!」

 

 うわ、なんか聞き覚えのある太い声がしてきたぞ。

 おデブのご登場か………?

 

「アブソル、メガホーン!」

 

 先陣切ったジバコイルが二体のカラマネロの頭上から巨大な電気網を降らせてくる。

 そこへ正面から白い翼の生えたメガアブソルが、頭の刃を光らせて突進してきた。

 ここはもうザイモクザ管轄になるのか。

 というか他の野生のポケモンの相手はどうした?

 それと何でお前がカラマネロを追ってるんだよ。いや、主犯の連中ではあるため捕縛しなければならないが、民間人の避難優先じゃないのかよ。

 

「カマカマカマ!」

 

 うっわ、こいつもばかぢからで跳ね返しやがった。

 どんだけあまのじゃくがいるんだよ。

 

「ユキメノコ、ツンベアー、つららおとし!」

 

 あ、ユキメノコとツンベアーもいる。ユキメノコはユキノのだろうが、ツンベアーもこおりタイプだし、ユキノのポケモンなんだろうな。

 

『「チッ」』

 

 頭上から降り注ぐ氷柱では痛くも痒くもないってか。

 カラマネロは降り注ぐ氷柱に向けて飛び、頭で砕いてしまった。

 いや、これは好機と見るべきか。

 カラマネロは一体目のカラマネロのピンチにやって来た。ということは助ける意志があるのだろう。こちらとしては二体同時に相手するのは骨が折れる。つか、無理。

 なら、ここは距離を詰めて一体目から引き剥がすのがベストだな。

 

『「ドクヅキ」』

 

 両触手に毒を盛り、飛んだカラマネロとの距離を詰めていく。

 下にはザイモクザもいることだし、一体目が復活しても時間は稼いでくれるはすだ。

 つか、あいつは俺の姿に顔色一つ変えなかったな。

 何ならユキメノコも。

 

「カマカマネ!」

 

 俺の接近に気付いたカラマネロが超念刃を放ってきた。

 それを身を逸らして躱し、腹に一突き。二撃目でさらにカラマネロを打ち上げた。

 

『「ッ?!」』

 

 今一瞬、何かが走り抜けなかったか?

 ゲッコウガ………?

 

「カマーッングッ!?」

「パルシェン、ミサイルばり! バンギラス、ギガインパクト!」

 

 げっ、一体目の方が復活………何かあったな。走り抜けた奴の仕業だろうか? それとも今の声の主であるハルノか?

 まあいい。倒してくれたのならそれで充分だ。俺は目の前の敵だけに集中出来る。

 俺を睨みつけたカラマネロはその先にも視線を巡らせ急降下してきた。

 

『「ワルイガ、ココハツウコウドメダ」』

 

 悪いが、一体目の所に戻らせはしない。

 何なら溜まりに溜まった鬱憤を晴らさせてもらう。

 

『「トリックルーム」』

 

 カラマネロの方が動きが速かったし、逃げられないようにするためにも部屋に閉じ込めた。

 

「カマカマ!」

 

 スピードは………俺の方が速いみたいだ。

 だが、恐らくカラマネロもトリックルームを使えるのだろう。下手に動き回ることなく、その場で触手を広げて一回転した。

 そしてパリン! という音が鳴り部屋が砕けた。

 はっ?

 マジで?

 そうくる?!

 

『「サイコショック」』

 

 すかさず砕けた破片を超念力で操り、カラマネロへと飛ばしていく。

 

「カマカマカマ!」

 

 それをカラマネロはばかぢからで全て弾き返してきた。

 

『「マジカルシャイン」』

 

 散らばった破片がある今なら、光を発するこの技も効果をいつも以上に出せるのは証明済みだ。

 

「カマネ?!」

 

 すかさず光を迸らせると、今度こそカラマネロが呻き声を上げた。

 

『「デンジハ」』

 

 追い討ちで電磁波を送って痺れさせる。

 

「クァマ!」

 

 足掻くカラマネロの触手がぐいんと遠心力を得て、俺の喉元を狙ってきた。

 咄嗟に左触手で受け止めるも、衝撃で弾き飛ばされていく。

 何とか踏み留まったが、一撃が重い。

 それに今の技は………何だったのだろうか。躱す方に意識がいってたからよく見てなかったな。

 

「カマカマ!」

 

 くっ、痺れさせたはずなんだがな………。

 黒くなった触手でカラマネロが反対側から斬りつけてくる。

 つじぎり、だろうか。

 

『「ハタキオトス」』

 

 それをこっちも触手で叩き落として回避した。

 

「カマ!」

 

 続けて飛んでくる超念刃も叩き落とし………。

 

『「ッ?!」』

 

 かと思いきや、頭上から高エネルギーの唸りを感じ退避すると何もないところから一閃が走っていった。

 いつの間にみらいよちを使ってたんだよ………。

 躱したのを好機と見たのか、今度はカラマネロの方から距離を詰めて来た。

 再度振われるのは喉元を狙った技。

 ああ、なるほど。じごくづきか。

 二度目ともなると、受け止めるのも可能だった。

 

「カマァァァ!」

 

 だが、その突き技は囮だったらしく、受け止めた瞬間に炎を吐かれてしまった。

 こいつ、かえんほうしゃも使えるのか。

 ………………。

 ねぇ、何でかえんほうしゃはまともに食らったのにほぼダメージないんだよ。まさか遠隔技には異様に強くなってるとか?

 未だにウツロイドのことはよく分からない。分からないが強いのは確か。リザードンやゲッコウガ並みの実力を持つカラマネロとここまでやれているのもウツロイドのおかげでしかない。

 そんなこんなしている頭上に竜巻が発生していた。

 原因はもちろんカラマネロ。

 サイコパワーの波を回転させて竜巻を生み出していたのだ。作られていく空気の渦に呑まれる形で、周りの空気も巻き上げられて上昇気流へと変わっていっている。次第に雷雲が発生することだろう。

 

「カーマ!」

 

 さらに加速し、強い風の中、流されないようにバランスを保つので精一杯に追い込まれてしまった。

 狙いの一つはこれか。

 攻撃して来ないとみると、カラマネロは超念力で俺の動きに制限をかけてきた。

 ………………いや、なんか普通に動かせるんですけど。何なら固定してくれた分、俺がバランスを取る必要もなくて安定しているまである。

 ほんとにどうなってんだよ、この身体! 効いてないとかマジで意味が分からん。あなたどくタイプでしょうに。

 

「カムゥ?!」

 

 するとようやく痺れに耐え切れなくなったのか、カラマネロが苦しそうに唸り声を上げた。暴風も弱まり押し込むなら今がチャンスだな。

 俺の、俺たちの平穏を奪ったカラマネロたちには罰を与えた上で退場してもらおう。

 

『「ハヲクイシバレヨ、サイジャクーーー」』

 

 過去俺が出会ったポケモンの中でも伝説のポケモンたちを除けば、群を抜いて最強なカラマネロたち。リザードンやゲッコウガですら倒せなかった相手だが、悪人としては人間を侮りすぎていて三流の最弱だ。

 

『「ーーーオレノサイキョウハチットバッカヒビクゾ」』

 

 対して俺はポケモンたちの力を借りなければ直接戦うことも出来ないカラマネロたちが下に見る最弱の人間だ。その最弱様の最強の技を食らって一生眠ってろ。

 せーの、ハチマンパーンチ!

 ウツロイドによって名付けられたただのパンチ。

 なのに、何でこんな勢いが出るんですかね、ウツロイドさんや。

 

『「………ナグッタトコロデスッキリハシナイカ」』

 

 普段からケンカすらしない俺が殴りつけても鬱憤が晴らせるわけないか。

 カラマネロは真っ逆さまにただただ堕ちていく。

 

「カ、カマ………!」

 

 踠き、足掻くも痺れがそれを邪魔しているようだ。

 よし、もっと痺れさせておこう。

 

『「カミナリ」』

 

 サイコウェーブによる竜巻で発生した雷雲から、雷を落とした。

 雷撃に包まれ、黒焦げになって堕ちていくカラマネロの先を見て気付いた。

 あの先ってミアレスタジアムじゃね?

 まあ、いいか。あとはダメ押しでZ技を叩き込むだけだし。バトルしてたらごめんなさいとしか言いようがないが。

 ドカッ! と強く地面に身体を打ちつけたカラマネロを追ってスタジアム内のフィールドに降り立つと、既にバトルは中断されていた。

 そりゃそうだ。こんな状況でバトルなんてしていられないわな。俺としても有難いことだ。事が事でも、俺自身がバトルの邪魔をするような形になってしまうのは、元主催者としても忍びない。

 

「………ポケモン、なのか?」

 

 背後からはエックスの驚愕する声が聞こえてくる。正面奥にいるガオガエンの覆面の方は顔が見えないため分からないが、観客からも似たような視線をひしひしと感じる。

 取り敢えず、話は後だ。

 俺は腕をクロスさせてZ技のモーションに入った。

 両腕をクロスさせて円を描いて胸の前で突き出し。そして、徐々に上げていって、右手の方が下にくるようにして両腕を開いた。その時左足も前に出し、膝立ちのようなポーズになる。

 どうやらポーズに問題がなかったらしく、膨大なパワーが蓄積していくのが分かった。

 

『「ーーーアシッドポイズンデリート」』

 

 地面から毒の沼が出現し、伏したカラマネロを呑み込んでいく。

 見ているだけでおどろおどろしい。

 黒紫色のドロッとした毒が消えると紫色に染まったカラマネロが倒れていた。

 

「今のは………」

 

 さて、これからどうしようか。

 捕縛してどこに連れていくべきだ?

 相手は催眠術の使い手。下手な機関では乗っ取られる可能性もある。警察なんかよりは実力者のチャンピオンたちの方が安心出来るというもの。

 それに折角観客の前で敵の頭の一つを叩き潰したのだ。このままここを離れたのでは観客の方に不安を与えてしまう。しかも今の俺の姿ではどちらが敵なのかも怪しいレベル。

 ここは素直に公表して処遇をこの覆面に委ねることにしよう。チャンピオン級の実力者ならば、橋渡し役にもなれるだろう。

 

『「コイツハシュハンノイチミノカラマネロダ。ショグウハマカセル」』

「………犯行声明を語っていた男の後ろにいたあのカラマネロか」

 

 あの映像にカラマネロがいたことに気付いていたのなら話が早い。

 

「ガオガエン、カラマネロを取り押さえろ」

 

 ボールから出てきた覆面と同じ顔のガオガエンがカラマネロを担ぎ上げていく。

 ニャビーが進化したらああなってしまうんだよな……。ちょっと複雑だ。

 

「エックス! 後ろ!」

 

 すると、観客席の方からエックスに呼びかける声がした。

 俺も振り向くとエックスの背後、観客席の頭上に虹色の穴が開き始めている。

 

『「ッ!?」』

 

 ウルトラホール。

 やはりカラマネロたちは複製していたであろうあの装置をどこかで使っていたみたいだ。

 くそっ、またあの悲劇が繰り返されるのか?

 冗談じゃない!

 アクジキングに呑み込まれたジュカインのためにも、絶対に阻止する!

 

「な、何が………」

 

 ウツロイドにはウルトラホールを開く力がある。恐らく他のウルトラビーストも持っている力だ。

 その力を使って強引に穴を絞り込んでみる。

 

『「………クッ」』

 

 一個対処するだけでも結構な負荷があるな。

 慣れていないってのもあるだろう。

 

『「ッ?!」』

 

 おいおいマジかよ。

 今度は三つ同時に開きやがった。

 いけるか、これ。

 

『「クッソ………!」』

 

 頭が痛くなってくる。

 ある意味、空間の歪みを戻しているようなもんなんだからな。しかも自分が開いたものじゃないのを。それを慣れない手つきで対処しようってんだから無茶な話だ。

 けど、俺がやるしかない。ウルトラホールないしウルトラビーストに対処出来るのは今の俺が最適だ。なんせこっちもウルトラビーストなんだからな。

 

『い、一体何が起きているのでしょうか!? 外では野生のポケモンたちによる暴動が各地で起きているとの情報も入っていますが、これもあの男によるものの一つなのでしょうか! あの黒い生物が何者なのかも分かりません! ですから皆さん、どうか! どうか身の安全にはお気をつけ下さい! 順番に落ち着いて脱出して下さい! 脱出出来たとしても外も危険な状態です! 決して一人にはならないようお願いします!』

 

 三つ目を閉じたところで今度は五つに増えていた。キリがないわ発生時間が短縮されていっているわで、このままでは俺一人では間に合わないかもしれない。

 

「エックス、あの穴を攻撃する」

「それは………?! 分かりました」

「サーナイト」

「サラメ、いざ!」

 

 二つ三つと閉じたところで、フィールドが二つの高エネルギーに包まれた。

 

「「メガシンカ!」」

 

 やはりあのサーナイトもメガシンカ出来たか。

 

「サラメ、フレアドライブ!」

「サーナイト、サイコショック」

 

 残りの二つをリザードンとサーナイトが攻撃するも閉じるまでにはいかなかった。

 だが、何かが出てくるということもなく、俺が閉じるまでの時間稼ぎにはなるのかもしれない。

 

「モース!」

 

 するとウルガモスが覆面の男のところへとやって来た。

 奴のポケモンなのだろうか。

 

「チャンピオン及び四天王は街を守れ! 運営は観客の安全を第一動け! ここは俺たちが何とかする!」

 

 覆面の男はウルガモスから何かを伝え聞くとその声を荒げ、ユキノたちに指示を出した。

 やはり知り合い、気心の知れた仲ということか。

 ………なんかザワッとする。

 嫉妬してるのかね………。

 

『「イッキニバイニナッタカ」』

 

 ウルトラホールは倍の十個にまで増えている。

 それを俺が一つ一つ消している間、エックスのリザードンと覆面男のサーナイトが穴に向かって攻撃し、ウルトラビーストの出現を抑える流れが出来た。

 時間に制限はあるが、一人での対処という焦りからは幾ばくか解放され、一つ一つを確実に閉じていけるのはいい。

 十個全てを片付けるとさらに増えた。最早数えるのも億劫というもの。

 

「サーナイト、シャドーボールを投げ込め。ガオガエン、ヤドラン、かえんほうしゃ」

「リザードン、やきつくす! ラスマ、シャドーボール!」

 

 流石に手が足りないと感じたのだろう。リザードンとサーナイト以外のポケモンも出してきて、数には数で抑制し始めた。誰が出てきたのかは見ている余裕がないけどな!

 そして、何とか残り二つというところまで来て変化が起きた。

 

「ブゥゥゥゥンンッ!」

 

 突如、穴の一つが広がりドデカイ何かが出てきたのである。

 

『「ッ?!」』

 

 とうとう来やがったか。

 それにしても機械音というかエンジン音というか。

 ポケモンの音とは思えないものである。

 

『「テッカグヤ………!」』

 

 現れたのは竹のような姿のウルトラビースト、テッカグヤ。確かそんな名前のデカブツだった。

 攻撃性はそんなにないが、ロケットみたいな奴で地に降りて再度飛び立つ時の被害が尋常じゃないとか何とか。

 着陸される前にこのまま押し返すしかないな。

 

「カイカイカイィィィィィィーッ!!」

 

 どこからかポケモンの叫び声が聞こえた。

 テッカグヤではないのは確か。

 

「やっと見つけたか。サーナイト、押し返すぞ」

「サナ!」

 

 すると覆面の男が腕をクロスさせ、見たことのあるポーズを取った。

 

「マキシマムサイブレイカー」

 

 なるほど、Z技で押し込むつもりか。

 いや、というか何でそんな的確な対処が出来るんだよ。Z技を使えるのも驚きだけども。何ならこれメガシンカした状態でのZ技じゃん。使える奴いたのかよ。

 まあ、いいんだけどね。俺の負担が減るのは確かなんだし。ここは素直に甘えておこう。

 

「今だ! 押し込め!」

『「ウオォォォオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」』

 

 Z技でクソ重い身体が押し返され始める。

 俺も上から首? の割と細いところを掴んで持ち上げていく。これがまた中々の力技を要求された。こんなん人間の体じゃ無理だわ。ウツロイドの本気モードだから何とかなっているだけである。

 いっそ技で………あ、これなら使えるか。

 

『「ブンマワス」』

 

 ふぬぬぬぬぬぬぬっ!!

 ぶんまわすという技なのにぶん回せない!

 重い重い重い!

 あ、でもちょっと動いた。

 

「ヤドラン、会場全体にまもる」

『「ウォォォオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」』

 

 何とか頭の位置を反転させることは出来たが、方向を変えたせいで上昇する速度が加速していく。

 確実にウルトラホールへ返すにはまだ軌道がズレている。ここから俺が修正していかない限りは、宇宙の彼方まで飛んでいき、いずれどこかにまた現れる可能性もある。

 何だって俺がこんな目に遭わなければいけないのだろうか。それもこれも全部カラマネロたちやシャムとカーツのクソどもせいだ。

 ぶっ殺してやりたい気分だが、奴らはもう伸びていて相手をする意味もない。大人しく監獄されるのも見届けるとしよう。

 

『「ヌォォォオオオオオオオオオオオオッ!!」』

 

 最後のありったけの力を込めてテッカグヤを引き上げた。

 おかげで視界は青空から一面、どんよりした暗い世界に変わってしまっている。

 テッカグヤを押し返したはいいが、俺もウルトラホールへと呑み込まれてしまったようだ。

 この穴、吸引力が結構あったんだけど。

 それともテッカグヤの影響なのか………?

 そのテッカグヤはウルトラスペースのどこかへと飛んで行ってしまい、ここにはいない。

 

「アアァァァァァァッッ!!」

『「ッ?! アクジキング……」』

 

 代わりにウルトラホールの先で待っていたのは、一体のアクジキングだった。

 ジュカインを呑み込んだ奴かどうかは分からないが、アクジキングというだけであの時の映像が頭に流れてくる。

 ウルトラホールはまだ開いている。だが、今戻ったとしてもアクジキングも同時にやってくることになるだろう。そうなれば、厄災はさらに悪化する。街の一つや二つ無くなってもおかしくはない。

 

「アアァァァァァァッッ!!」

 

 俺を敵と見做したのか、両腕から竜を模した波導を撃ち出してきた。

 それを躱して光を迸らせる。

 

「アアァァァァァァァァァッッ!!」

 

 さらに大きく口を開き次の攻撃が来るのだと感じた瞬間。

 

『「アダッ?!」』

 

 口の中から何かが飛び出してきて、撃ち抜かれた。カラマネロがバンギラスか何かに撃ち抜かれたような感じだ。

 背後のウルトラホールからは大きく軌道を逸らされ落下、ぶつかった何かもどこか別の方向へと飛んでいった。

 技、ではないよな。何だったんだ、今のは。

 

『「………オイ、ウツロイド! オイ!」』

 

 ウツロイドさん?!

 ヤバい。

 ウツロイドの反応がないぞ。

 お、おお、おおおおおっ!?

 ちょ、マジでこれどうするんだよ!

 真っ逆さまに落ちるだけで身動き取れないんですけど!?

 いや、動けるけど、ウツロイドの能力が一切使えないとか生身と変わらないだろ! 落下運動に抵抗出来ねぇ!

 

『「オレノサイゴハウルトラホールニノマレテオワリッテカ」』

 

 ………お?

 急に青空になったぞ?

 まさかウルトラホールから脱出出来た……?

 いつウルトラホール開いたんだよ。

 気付かないくらい焦っているのは自覚あるけどもだな………。

 

『「…………………」』

 

 これ、どうやって着地すんの?

 ウツロイドは無理だし、ダークライ………?

 

『「ダークライサン、マジタスケテ」』

 

 すると、落下速度が落ち着き、ふわふわと浮遊感が溢れてくる。

 それにしても太陽が眩しい。そう感じてしまうのは何かの予兆なのだろうか。

 

『「イテッ」』

 

 最後はドサッと落ちた。

 衝撃でなのかウツロイドは俺から剥がれ、白色半透明な元の姿へと戻っている。

 

「お疲れさん」

 

 仕方ないのでウツロイドをボールに戻して辺りを見渡すと、どうやら着陸したのは建物の屋上だったらしい。フェンスで覆われ、監獄された気分だ。

 さてさて、ここは一体どこなのやら。

 フェンスの方へと行き、見下ろしてみた。

 

「うわ、高っ、怖っ!」

 

 高層ビルの屋上かよ。

 下見るんじゃなかった。

 ウルトラホール閉じるのに物凄い負荷がかかってたから、今更ながら頭が痛い。しかも今高層ビルから見下ろしたため、吐き気まで催してきた。

 けど、見ないことには分からないしな。

 やだな………見たくないな………。

 はあ………仕方ない。

 気を取り直して………。

 

「…………知らない街だ」

 

 いや、全部が全部覚えているわけじゃないけども、少なくとも俺が見てきた景色にはない感じだ。近いところでミアレシティだが、生憎とプリズムタワーが見当たらない。高層ビルだから見晴らしはいいのだが、それでも見えないってことはミアレシティではないのだろう。

 マジでどこだよ、ここ。

 一体カロスのどこに帰って来たんだよ。

 

「どうするんだよ、ミアレシティじゃないならあの後どうなったのか超気になるじゃねぇか」

 

 ウルトラホールどうなったんだよ。

 もしまだ開くようならウツロイドが必要になるんじゃねぇの?

 あ、でも今戻れたとしてもウツロイドは使い物にならないか。相当負荷かかってたんだし、ぶっ倒れるのも当然だ。

 ………戻れないのなら任せるしかない、よな。

 どうか、無事であってくれよ。

 それにしても俺、カロスに戻れたと思ったら、またカロスに戻るための活動をしないといけないのかよ。

 誰だ、俺をカロスに帰したがらない奴は!

 神にも見放されたっていうのか?

 ふざけんなっ!

 そんな奴がいるのなら、見つけ出してネチネチと締め上げてやる!

 ………マジ帰りたい。

 



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行間

〜手持ちポケモン紹介〜(28話現在)

 

 

ヒキガヤハチマン 持ち物:キーストーン、Zパワーリングetc………

・サーナイト(ラルトス→キルリア→サーナイト) ♀

 持ち物:サーナイトナイト

 特性:シンクロ←→フェアリースキン

 覚えてる技:リフレクター、ねんりき、まもる、テレポート、マジカルリーフ、シャドーボール、マジカルシャイン、トリックルーム、シンクロノイズ、サイコキネシス、いのちのしずく、しんぴのまもり、ムーンフォース、サイコショック、さいみんじゅつ、ゆめくい、あくむ、かなしばり、かげぶんしん、ちょうはつ、サイケこうせん、みらいよち、めいそう、でんげきは、チャージビーム、10まんボルト、でんじは、こごえるかぜ、シグナルビーム、くさむすび、エナジーボール、のしかかり、きあいだま、かみなりパンチ、ミストフィールド、スピードスター、かげうち

 Z技:スパーキングギガボルト、マキシマムサイブレイカー、全力無双激烈拳

 

・ウツロイド

 覚えてる技:ようかいえき、マジカルシャイン、はたきおとす、10まんボルト、サイコキネシス、ミラーコート、アシッドボム、クリアスモッグ、ベノムショック、ベノムトラップ、クロスポイズン、どくづき、サイコショック、パワージェム、アイアンヘッド、くさむすび、でんじは、まきつく、からみつく、しめつける、ぶんまわす、かみなり、どくどく

 Z技:アシッドポイズンデリート

 憑依技:ハチマンパンチ、ハチマンキック、ハチマンヘッド

 

・ダークライ

 特性:ナイトメア

 覚えてる技:ダークホール(ブラックホール)、おにび、ゆめくい、あくのはどう、かげぶんしん、ふいうち、さいみんじゅつ、あくむ、かなしばり、ちょうはつ、でんじは、でんげきは、チャージビーム、10まんボルト、サイコキネシス、きあいだま、でんこうせっか、シャドークロー、だましうち、かわらわり

 

・クレセリア ♀

 特性:ふゆう

 覚えてる技:サイコキネシス、みらいよち、チャージビーム、くさむすび、シグナルビーム、ムーンフォース、サイコシフト、みかづきのまい、てだすけ、つきのひかり、サイコショック、さいみんじゅつ、サイケこうせん、めいそう、でんじは、こごえるかぜ、エナジーボール、のしかかり

 

・ニャビー ♂

 覚えてる技:ひのこ

 

控え

・リザードン(ヒトカゲ→リザード→リザードン) ♂

 特性:もうか

 覚えてる技:かえんほうしゃ、メタルクロー、かみつく、おにび、えんまく、はがねのつばさ、かみなりパンチ、ドラゴンクロー、シャドークロー、つばめがえし、りゅうのまい、かみくだく、カウンター、じしん、フレアドライブ、ブラストバーン、げきりん、じわれ、だいもんじ、ソーラービーム、リフレクター、はらだいこ、ぼうふう、ねっぷう、あなをほる、れんごく、かげぶんしん、ブレイズキック

 飛行術

 ・ハイヨーヨー:上昇から下降

 ・ローヨーヨー:下降から上昇

 ・トルネード:高速回転

 ・エアキックターン:空中でターン

 ・スイシーダ:地面に叩きつける

 ・シザーズ:左右に移動して撹乱

 ・ソニックブースト:ゼロからトップに急加速

 ・コブラ:急停止・急加速

 ・ブラスターロール:翻って背後を取る

 ・グリーンスリーブス:連続で攻撃して空中に釣り上げる

 ・デルタフォース:空中で大きな三角形を描くように連続攻撃

 ・ペンタグラムフォース:空中で五芒星を描くように連続攻撃

 ・バードゲージ:スピードを活かして相手の動きをコントロールしていく

 ・スモール・パッケージ・ホールド:背面飛行で相手の下を飛行する

 

・ゲッコウガ(ケロマツ→ゲコガシラ→ゲッコウガ) ♂

 特性:きずなへんげ(へんげんじざい→きずなへんげ)

 覚えてる技:みずのはどう、あなをほる、かげぶんしん、れいとうパンチ、れいとうビーム、つばめがえし、ハイドロポンプ、くさむすび、グロウパンチ、えんまく、がんせきふうじ、いわなだれ、まもる、かげうち、みずしゅりけん、どろぼう、つじぎり、ハイドロカノン、めざめるパワー(炎)、とんぼがえり、とびはねる、ほごしょく、けたぐり、ぶんまわす、あくのはどう、どろあそび、ふぶき、たたみがえし、ダストシュート

 

・ヘルガー ♂

 持ち物:ヘルガナイト

 特性:もらいび←→サンパワー

 覚えてる技:かみつく、ほのおのキバ、ふいうち、おにび、かえんほうしゃ、かみくだく、れんごく、ほえる、はかいこうせん、アイアンテール、あくのはどう、みちづれ、だいもんじ、ハイパーボイス、ヘドロばくだん、ちょうはつ、ほのおのうず、まもる

 

・ボスゴドラ ♂

 持ち物:ボスゴドラナイト

 特性:がんじょう

 覚えてる技:ロックブラスト、あなをほる、なげつける、メタルクロー、アイアンヘッド、アイアンテール、てっぺき、メタルバースト、ボディパージ、ヘビーボンバー、ロックカット、ほのおのパンチ、もろはのずつき、ラスターカノン、ドラゴンダイブ、でんじふゆう、だいちのちから、カウンター、ばかぢから

 

不明

・ジュカイン(キモリ→ジュプトル→ジュカイン) ♂

 持ち物:ジュカインナイト

 特性:しんりょく←→ひらいしん

 覚えてる技:でんこうせっか、リーフストーム、リーフブレード、ドラゴンクロー、タネマシンガン、ギガドレイン、かみなりパンチ、スピードスター、くさむすび、ソーラービーム、エナジーボール、シザークロス、くさのちかい、マジカルリーフ、タネばくだん、こうそくいどう、つめとぎ、いやなおと、こうごうせい、くさぶえ、やどりぎのタネ、グラスフィールド、なやみのタネ、ハードプラント、つばめがえし、ものまね、みがわり、じならし、アイアンテール、けたぐり、つじぎり、グロウパンチ、まもる、ぶんまわす、あなをほる

 

 

ムーン

・ジュナイパー(モクロー→フクスロー→ジュナイパー) ♂

 特性:しんりょく

 覚えてる技:このは、はっぱカッター、かげぬい

 

・デンヂムシ(アゴジムシ→デンヂムシ) ♂

 特性:バッテリー(むしのしらせ→バッテリー)

 覚えてる技:いとをはく

 

・ベトベトン(アローラの姿)(ベトベターA→ベトベトンA) ♂

 特性:どくしゅ

 覚えてる技:どくガス

 

・ヒドイデ ♀

 特性:ひとでなし

 覚えてる技:どくづき

 

・ポッチャマ

 覚えてる技:あわ

 

 

サン

・ガオガエン(ニャビー→ニャヒート→ガオガエン) ♂

 特性:もうか

 覚えてる技:ひのこ→ダイナミックフルフレイム

 

・ニャース(アローラの姿) ♂ ダラー

 特性:テクニシャン

 覚えてる技:つじぎり、だましうち、ダメおし、ネコにこばん

 

・ヨワシ ♂ バーツ

 特性:ぎょぐん

 覚えてる技:アクアテール、みずでっぽう

 

・ミミッキュ ♂ フラン

 特性:ばけのかわ

 覚えてる技:

 

・ケケンカニ ♂ ドン

 特性:てつのこぶし

 覚えてる技:

 

・ツンデツンデ レイ

 特性:ビーストブースト

 覚えてる技:いわなだれ

 

ライドポケモン

・リザードン(ライドポケモン)

 覚えてる技:かえんほうしゃ

 

・ケンタロス

 

・ムーランド

 

 

グズマ

・グソクムシャ

 特性:ききかいひ

 覚えてる技:であいがしら、アクアブレイク、どくづき、シザークロス

 Z技:絶対捕食回転斬

 

・アメモース

 覚えてる技:あわ、みずあそび、エアスラッシュ、でんこうせっか、とびかかる

 

・ハッサム

 覚えてる技:バレットパンチ、シザークロス、こうそくいどう

 

 

ククイ博士

・ガオガエン

 覚えてる技:DDラリアット、フレアドライブ

 

 

グラジオ

・シルヴァディ

 特性:ARシステム

 覚えてる技:ねっぷう、ニトロチャージ

 

・ポリゴン

 

・ルガルガン(真昼の姿)

 

 

ハラ

・ハリテヤマ

 覚えてる技:インファイト、ねこだまし、はたきおとす、ヘビィボンバー

 Z技:全力無双激烈拳

 

・キテルグマ ♂

 覚えてる技:はかいこうせん、すてみタックル、シャドークロー

 

・ケケンカニ

 覚えてる技:ゆきなだれ、アイスハンマー、アイアンヘッド、インファイト

 

 

ライチ

・ルガルガン(真夜中の姿)

 覚えてる技:ストーンエッジ、アイアンヘッド、ほのおのパンチ、かげぶんしん

 Z技:ワールズエンドフォール

 

・ダイノーズ

 特性:がんじょう

 覚えてる技:ラスターカノン、スパーク、パワージェム、でんじふゆう

 

・ギガイアス

 特性:すなおこし

 覚えてる技:ストーンエッジ、ヘビィボンバー、アイアンヘッド

 

 

クチナシ

・ペルシアン(アローラの姿)

 覚えてる技:あくのはどう、わるだくみ

 Z技:ブラックホールイクリプス

 

・ヤミラミ

 覚えてる技:あくのはどう、シャドーボール、どくどく、かげぶんしん

 

・アブソル

 特性:きょううん

 覚えてる技:つじぎり、ふいうち、シャドークロー、つるぎのまい

 

 

パプウ

・バンバドロ

 覚えてる技:10まんばりき、ヘビィボンバー

 Z技:ライジングランドオーバー

 

・トリトドン(東の海)

 覚えてる技:どろばくだん、ヘドロウェーブ、れいとうビーム、じこさいせい

 

・フライゴン

 特性:ふゆう

 覚えてる技:ストーンエッジ、はがねのつばさ、すなあらし

 

 

カプ神

・カプ・コケコ

 特性:エレキメイカー

 Z技:スパーキングギガボルト

 

・カプ・テテフ

 特性:サイコメイカー

 使った技:サイコショック、しぜんのいかり、ムーンフォース、からにこもる

 

・カプ・ブルル

 特性:グラスメイカー

 

・カプ・レヒレ

 特性:ミストメイカー

 使った技:しぜんのいかり、ムーンフォース

 

 

 

ユキノ 持ち物:キーストーン

・オーダイル(ワニノコ→アリゲイツ→オーダイル) ♂

 特性:げきりゅう

 覚えてる技:アクアテール、アクアジェット、ドラゴンクロー、れいとうパンチ、ハイドロポンプ、シャドークロー、つばめがえし、りゅうのまい、げきりん、カウンター、ハイドロカノン、ドラゴンテール、めざめるパワー(電)、ゆきなだれ、れいとうビーム、アクアブレイク、じしん、いわなだれ

 

・ギャロップ ♀

 特性:もらいび

 覚えてる技:かえんぐるま、ほのおのうず、だいもんじ、フレアドライブ、でんこうせっか、にほんばれ、ドリルライナー、スピードスター、まもる、こうそくいどう、バトンタッチ

 

・ボーマンダ(タツベイ→コモルー→ボーマンダ) ♂

 持ち物:ボーマンダナイト

 特性:いかく←→スカイスキン

 覚えてる技:りゅうのいかり、かえんほうしゃ、そらをとぶ、ドラゴンダイブ、ハイドロポンプ、つばめがえし、だいもんじ、かみなりのキバ、いわなだれ、ドラゴンテール、ハイパーボイス、げきりん、ギガインパクト、りゅうせいぐん、ねむる、ねごと、はがねのつばさ、かげぶんしん、すてみタックル、ぼうふう、きりばらい

 

・マンムー(ウリムー→イノムー→マンムー) ♂

 特性:あついしぼう

 覚えてる技:こおりのつぶて、ゆきなだれ、いわなだれ、アイアンヘッド

 

・クレセリア

 特性:ふゆう

 使った技:どくどく、サイコキネシス、みらいよち、みかづきのまい

 

・ヤドラン

 持ち物:ヤドランナイト

 覚えてる技:ハイドロポンプ、サイコキネシス、ボディプレス、からにこもる

 

控え

・ペルシアン ♂

 覚えてる技:きりさく、だましうち、10まんボルト

 

・フォレトス

 特性:がんじょう

 覚えてる技:こうそくスピン、ジャイロボール、パワートリック、ボディパージ、リフレクター、だいばくはつ

 

・マニューラ ♂

 覚えてる技:つじぎり、こごえるかぜ、こおりのつぶて、ふぶき、れいとうパンチ、はかいこうせん、カウンター、シャドークロー、みやぶる、かわらわり、まもる、つららおとし

 

・ユキメノコ ♀

 覚えてる技:こごえるかぜ、れいとうビーム、みずのはどう、10まんボルト、シャドーボール、めざましビンタ、ふぶき、かげぶんしん、あやしいひかり、かみなり、でんげきは、つららおとし

 

・エネコロロ ♀

 覚えてる技:こごえるかぜ、メロメロ、ソーラービーム、でんげきは、ハイパーボイス、れいとうビーム

 

・ニャオニクス ♀

 特性:すりぬけ

 覚えてる技:エナジーボール、シグナルビーム、サイコキネシス、シャドーボール、チャージビーム、みらいよち、なりきり

 

・ユキノオー ♂

 持ち物:ユキノオナイト

 特性:ゆきふらし←→ゆきふらし

 覚えてる技:ふぶき、ぜったいれいど、くさむすび、じしん、ウッドハンマー、きあいだま、ギガドレイン

 

・ツンベアー(クマシュン→ツンベアー) ♀

 覚えてる技:つららおとし

 

 

イロハ 持ち物:キーストーン

・マフォクシー(フォッコ→テールナー→マフォクシー) ♀

 特性:もうか

 覚えている技:かえんほうしゃ、ほのおのうず、ソーラービーム、にほんばれ、ワンダールーム、スキルスワップ、メロメロ、ニトロチャージ、マジカルフレイム、シャドーボール、ブラストバーン、だいもんじ、サイコキネシス、トリックルーム、まもる、マジカルシャイン、ねっぷう

 

・ガブリアス(フカマル→ガバイド→ガブリアス) ♂

 持ち物:熱い岩

 特性:さめはだ

 覚えてる技:あなをほる、りゅうのいかり、ドラゴンクロー、りゅうせいぐん、ステルスロック、ドラゴンダイブ、げきりん、アイアンヘッド、アイアンテール、メタルクロー、がんせきふうじ、ほのおのキバ、にほんばれ

 

・ボルケニオン

 特性:ちょすい

 覚えてる技:スチームバースト、ハイドロポンプ、オーバーヒート、ヒートスタンプ、かみなりのキバ、ソーラービーム

 

・ヒヒダルマ(ガラルの姿) ♂

 特性:ダルマモード

 覚えてる技:フリーズドライ、れいとうパンチ、フレアドライブ、にほんばれ

 

・バクーダ

 持ち物:バクーダナイト

 特性:ハードロック←→ちからづく

 覚えてる技:ふんか、あなをほる、じわれ、だいもんじ

 

・ヒードラン

 特性:もらいび

 覚えてる技:マグマストーム、ストーンエッジ、ヘビィボンバー、てっぺき

 

控え

・フライゴン(ナックラー→ビブラーバ→フライゴン) ♂

 特性:ふゆう(ちからずく→ふゆう)

 覚えている技:ギガドレイン、かみくだく、むしくい、じならし、すなじごく、がんせきふうじ、りゅうのいぶき、ばくおんぱ、だいちのちから、りゅうせいぐん、ドラゴンダイブ、ストーンエッジ、じわれ、げきりん、ソーラービーム、はかいこうせん、にほんばれ

 

・ヤドキング ♂(校長からの贈り物)

 覚えてる技:サイコキネシス、みずでっぽう、パワージェム、まもる、うずしお、ずつき、トリックルーム、シャドーボール、でんじほう、かえんほうしゃ、きあいだま、いやしのはどう、ふぶき

 

・デンリュウ(モココ→デンリュウ) ♀

 持ち物:デンリュウナイト

 特性:せいでんき←→かたやぶり

 覚えてる技:ほうでん、シグナルビーム、わたほうし、コットンガード、エレキネット、でんじは、パワージェム、でんじほう、アイアンテール、りゅうのはどう、こうそくいどう、じゅうでん、げきりん

 

・ラプラス ♀

 特性:ちょすい

 覚えてる技:れいとうビーム、フリーズドライ、あられ、ぜったいれいど、でんじほう、げきりん、みずのはどう、ほろびのうた

 

・ガチゴラス(チゴラス→ガチゴラス) ♂

 特性:がんじょうあご

 覚えてる技:げきりん、かみくだく、ドラゴンテール、ふみつけ、いわなだれ、アイアンテール、ストーンエッジ、りゅうのまい、てっぺき

 

・キングドラ(タッツー→シードラ→キングドラ) ♀

 持ち物:ピントレンズ

 特性:スナイパー

 覚えてる技:げきりん、シグナルビーム、ハイドロポンプ、ラスターカノン、こうそくいどう、えんまく、きあいだめ

 

・ボスコドラ(ココドラ→コドラ→ボスゴドラ) ♂

 特性:いしあたま

 覚えてる技:ドラゴンダイブ、じならし、メタルクロー、みずのはどう、がんせきふうじ、アイアンヘッド、ロックカット、てっぺき

 

・エンペルト

 覚えてる技:アクアジェット、ハイドロポンプ

 

・ドータクン

 覚えてる技:サイコキネシス

 

 

ユキノシタハルノ 持ち物:キーストーン etc………

・パルシェン ♂

 覚えてる技:からにこもる、シェルブレード、こうそくスピン、ゆきなだれ、からをやぶる、ミサイルばり

 

・ネイティオ ♀

 覚えてる技:みらいよち、サイコキネシス、つばめがえし、リフレクター、まもる、はかいこうせん、テレポート

 

・メタグロス

 覚えてる技:サイコキネシス、ラスターカノン、はかいこうせん、コメットパンチ

 

・バンギラス ♂

 持ち物:バンギラスナイト

 特性:すなおこし←→すなおこし

 覚えてる技:いわなだれ、じしん、かみくだく、はかいこうせん、なみのり、ストーンエッジ、かみなり、げきりん、うちおとす、ギガインパクト

 

・ゾロアーク ♂

 特性:イリュージョン

 覚えてる技:ナイトバースト、はかいこうせん、あくのはどう、シャドークロー

 

・ワルビアル(ワルビル→ワルビアル) ♂

 覚えてる技:かみくだく、じごくづき、かわらわり、アイアンテール、うちおとす

 

控え

・カメックス ♂

 覚えてる技:ハイドロポンプ、ハイドロカノン、じわれ、しおふき、あまごい、まもる、はかいこうせん

 

・ハガネール ♂

 覚えてる技:アイアンテール、アクアテール、りゅうのいぶき、がんせきふうじ、じわれ、かみくだく、はかいこうせん

 

・ドンファン ♀

 覚えてる技:たたきつける、ころがる、まるくなる、じわれ、かみなりのキバ、タネばくだん、こおりのつぶて

 

 

ザイモクザヨシテル

・ポリゴンZ(ポリゴン→ポリゴン2→ポリゴンZ)

 特性:てきおうりょく(トレース→てきおうりょく)

 覚えてる技:トライアタック、でんじほう、ロックオン、じこさいせい、テレポート、れいとうビーム、かえんほうしゃ、はかいこうせん、テクスチャー2、こうそくいどう、でんじは、かげぶんしん、テクスチャー、めざめるパワー(水)、サイコキネシス、エレキネット、サイコウェーブ、あくのはどう、ギガインパクト、めいそう

 

・エーフィ(イーブイ→エーフィ) ♀

 特性:シンクロ(てきおうりょく→シンクロ)

 覚えてる技:でんじほう、サイコキネシス、はかいこうせん、シャドーボール、めいそう、サイコショック

 

・ジバコイル

 特性:じりょく

 覚えてる技:でんじほう、ロックオン、ジャイロボール、エレキフィールド、かげぶんしん、めざめるパワー(炎)、テレポート、ほうでん、ラスターカノン、だいばくはつ、すなあらし、エレキネット

 

・ダイノーズ ♂

 特性:がんじょう

 覚えてる技:でんじほう、ロックオン、マグネットボム、てっぺき、めざめるパワー(地面)

 

・ギルガルド(ヒトツキ→ニダンギル→ギルガルド) ♂

 特性:バトルスイッチ

 覚えてる技:てっぺき、きりさく、つばめがえし、せいなるつるぎ、ラスターカノン、つじぎり、キングシールド、めざめるパワー(鋼)、シャドーボール、れんぞくぎり、どくどく、あまごい、かげぶんしん、まもる

 

・アブソル

 持ち物:アブソルナイト

 特性:きょううん←→マジックミラー

 覚えてる技:メガホーン、サイコカッター、アイアンテール、だいもんじ、あくのはどう、とびはねる、みらいよち、つじぎり、ふぶき、はかいこうせん、ふいうち、みずのはどう、かげぶんしん

 

控え

・ロトム(ポケデックスフォルム) ロトム辞典

 特性:ふゆう

 覚えてる技:ほうでん、めざめるパワー(草)、シャドーボール、でんじは

 

 

エックス 持ち物:キーストーン

・ブリガロン ♂ マリソ

 特性:しんりょく

 覚えてる技:かみつく、ころがる、つるのムチ、ニードルガード、ミサイルばり、かわらわり、ウッドハンマー

 

・リザードン ♂ サラメ

 持ち物:リザードナイトX

 特性:もうか←→かたいツメ

 覚えてる技:そらをとぶ、フレアドライブ、ひのこ、やきつくす

 

・ガルーラ ♀ ガル

 持ち物:ガルーラナイト

 特性:きもったま←→おやこあい

 覚えてる技:げきりん、10まんボルト、メガトンパンチ

 

・ライボルト ♂ エレク

 持ち物:ライボルトナイト

 特性:ひらいしん←→いかく

 覚えてる技:かみなり、ほうでん、ワイルドボルト

 

・ゲンガー ♂ ラスマ

 持ち物:ゲンガナイト

 特性:ふゆう→のろわれボディ←→かげふみ

 覚えてる技:シャドーパンチ、あくのはどう、シャドーボール、あやしいひかり

 

・カイロス ♂ ルット

 持ち物:カイロスナイト

 特性:かいりきバサミ←→スカイスキン

 覚えてる技:フェイント、シザークロス、やまあらし、かわらわり

 

 

仮面のハチ

・サーナイト ♀

 持ち物:サーナイトナイト

 特性:???←→フェアリースキン

 使った技:サイコキネシス、10まんボルト、テレポート、めいそう、サイコショック

 Z技:マキシマムサイブレイカー

 

・ガオガエン

 使った技:かえんほうしゃ

 

・ウルガモス

 

・ヤドラン(ガラルの姿)

 使った技:かえんほうしゃ、まもる

 

・キングドラ

 

・ドラミドロ

 



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29話

『そこの青年。君は一体何者である?』

 

 ビルの屋上で現実逃避していると、どこからか声が聞こえてきた。

 ………え、まさか先客でもいたのか?

 

『扉の上にあるカメラを見るであるぞ』

 

 キョロキョロと辺りを見渡し声の主を探していると、再度声が飛んできた。

 扉………?

 ………あれ、でいいのか?

 恐らく下に降りるための、というか屋上に出るための扉の方へ向かうと、確かにカメラがある。

 監視カメラだが。

 まあ、そうだろうよ。屋上にカメラがあるとしたら監視カメラぐらいだろうし。こんな高層ビルの屋上に監視カメラというのも不思議な感じはするがな。

 

「えーと、このカメラで合ってますかね」

『合ってるであるぞ』

「あーと、それで?」

『君はどうして屋上にいるのかと問いているであるぞ』

「あー………なんといいますか、やむを得ず不時着したと言いますか………そんなところです。すんません、勝手に敷地に入ってしまって。すぐに出て行きますんで」

「それはいいのであるぞ。それよりもひとまず詳しい話を中で聞きたい。一階に降りてくるである」

「あ、はい」

 

 どうやら逃す気はないみたいだ。

 仕方ない。非があるのはこちらの方だし、言う通りにしておくか。

 降りろということだし、この扉から行けばいいんだろうな。

 

「………うわ、やっぱり階段か」

 

 扉を開けると案の定、下へと階段が続いていた。

 多分降りればエレベーターがあるはず。そこまで降りれば一気に下にいけるだろう。

 気を取り直して階段を降っていく。

 

「それにしても暗いな………」

 

 電気が点いていないため、窓から入る光以外、視界をクリアにする要素がない。このまま降り続ければいずれ暗さが増していくだろう。

 

「………」

 

 しばらく降りていくと階段が無くなった。

 もう降り切った、というわけでもないはずだ。

 代わりにまたしても扉がある。

 多分、ここから出ればエレベーターにありつけるはずだ。

 扉を開けて本フロアだと思われるところに出たものの………。

 

「暗すぎだろ………」

 

 人の気配が全くない。

 高層ビルだし、上の方はテナントも入らなかったのだろうか。

 

「あ、これ非常出口だったのか」

 

 振り返ると扉の上に非常出口のマークが。

 ランプは点いていない。

 使用すらされていないフロアなのは確定だな。

 

「エレベーターは………と」

 

 少し廊下を歩けば、右に八畳程の開けた空間があった。そこにエレベーターらしき鉄製の両開き扉があり、横にはボタンもついている。

 電気が通っているのか怪しいところではあるが、この高層ビルを足で降りるのは流石にしんどいため、物は試しと押してみた。

 

「あ、点いた」

 

 ボタンのランプが点き、上の階層表示は1になっている。

 電気は通っているみたいであるが、何となく使われてない雰囲気が強い。

 2、3、4と数字が増えていくことしばらく。

 42になったところで扉が開いた。

 …………ここ42階層のビルなのか。

 乗り込んで1を押すとゆったりと下降し始めた。

 デパートよろしくガラス張りの壁というわけではないため、外の景色は見えない。

 ぼんやりと鈍いオレンジの光に灯されながら数分、再び扉が開いた。

 

「よく来たである」

「うおっ?! びっくりした………」

 

 エレベーターから降りると突然声をかけられた。

 いきなり過ぎて心臓が止まるかと思ったぞ。

 振り返るとエレベーター横の壁際にサングラスに黒のスーツとシルクハットを被った一人の小さいおじさんが立っていた。杖をついているのを見ると初老くらいだろうか。

 

「着いてくるであるぞ」

「うす」

 

 恐らく、監視カメラから聞こえた声の主だろう。

 ちょっと独特な口調が逆に覚えやすくて助かる。

 廊下を歩きながら四方を見てみると、一階も電気は点いていないようだ。

 ………こんな怪しげな高層ビルに一人の小さいおじさんがいるのか。

 

「………………はあ」

 

 これは二度あることは三度あるとかいうやつかね。

 多分、『また』だろうな。

 また、変な組織に辿り着いちゃった系だろ。

 テッカグヤの対処のためにカラマネロの方を途中で投げ出し、いざ戻ろうとすればアクジキングに遭遇して、なんかよく分からんところに落ちてきた…………。

 俺は一体いつになったらあいつらのところへ帰れるのだろうか。もう十二分に寄り道したと思うんだけどな。

 

「はあ………」

 

 怪しいおじさんに聞かれているだろうが、溜め息が溢れ出てくる。溜め息を吐くと幸せが逃げるとか言うけど、既に逃げられてるんだよなー。何なら絶賛追いかけ中なまである。

 そして何度目かの溜め息を吐いたところで、コツンコツンと二人の足音が鳴り続けていた片方が急に止まった。

 

「入るである」

 

 通されたのは応接室だった。

 ソファもちゃんとある。

 益々怪しい建物だな。

 

「ども」

 

 促されてソファに座った。

 割といいソファなのではないだろうか。ぴったりと身体にフィットして座り心地が丁度いい。

 

「お茶であるぞ」

「ども。いただきます」

 

 いつの間に用意したのか、コトっと目の前に湯呑みが置かれたので、軽く礼を言った。

 

「あ、帽子とサングラスはいいですかね」

「訳ありであるか?」

「ええ、まあ。特に指名手配とかされているわけではないんですけど」

「分かったであるぞ」

 

 よかった。

 流石に顔を見られるのは不味いだろうからな。一応死人だし。

 

「まずは君の名を聞くである」

「う………」

 

 うっ、名前……名前か………。

 そうだな、流石に名乗らないのは不味いよな。なら本名は伏せておいた方がいいか。と言ってもすぐに偽名が思いつくわけでもないし…………。

 

「ハチっていいます」

「ハチ………なるほど、ハチか。覚えたであるぞ」

 

 ………なるほどってどういうことだよ。

 なんか含みを持たれると逆に怖ぇよ。

 

「それで、君はどうして屋上に?」

「いや、まあ、何というか、ワープしたといいますか。気付いたらこんなところにって感じですね」

 

 ウルトラホールから落ちました、なんて言えるわけもないので、そこは濁しておいた。

 

「ワープ? 何かの誤作動でも起きたであるか?」

「まあ、そんなところですね」

「帰れる見込みは?」

「自分の置かれた状況も正確に把握出来ていないんで何とも」

 

 帰るにしてもまず現在地すら分かってないのだ。

 ばしを特定しない限りは帰りようがないだろ。

 

「………ワープした後遺症で記憶が飛んでいるとかはあるであるか?」

「………今のところ支障はないので何とも。ふとした瞬間にあれが思い出せないってことはあるかもしれませんけど」

 

 ………それにしても何かワープしたという話を聞いてもあまり驚かないんだな。

 一般人ならワープ装置もないところにワープしたなんて話を耳にすれば、驚いたリアクションが返ってくるだろうに。それにやけに質問が的確過ぎる。

 やはり、ここは怪しい。

 

「時に、そのワープ装置とやらはどこにあるものなのだ?」

「あー……一応カロス地方、になるんですかね」

 

 ワープ装置でもないからカロスにもないんだけどな。

 あ、でもこれでカロスのことを聞くのに不自然さは無くなったか。

 

「あの、今カロス地方はどういう状況になってるんですか?」

 

 ミアレシティの四方で野生のポケモンたちが乗り込んで来ていたんだ。何かしらが起こっているはずだ。

 そうでなくともあのカラマネロたちをミアレスタジアムやザイモクザのところに置いて来ている。詳細は伏せたとしても犯人の公表くらいはするだろうし、そこも何かしらの情報は発信されていると思うんだけどな………どうなんだろうか。

 

「カロス地方?」

「ええ」

 

 ………ん?

 ここでは何も起きなかったのか?

 

「…………特には何も起きていないであるぞ」

「へっ? いやいやそんなことはないでしょうよ」

「少なくともこのイッシュ地方ではカロス地方で何かが起きているというニュースは流れていないであるぞ」

「イッシュ………?」

 

 今イッシュ地方って言ったか?

 おいおいおい!

 カロス地方ではないのかもと疑ってはいたが、まさかのここでイッシュ地方かよ!

 

「………マジかー」

 

 イッシュ………イッシュかー………。

 ウルトラホールこわー。

 不時着なんて表現したけど、これマジで不時着だわ。

 一体何があったらカロスからイッシュに移動しちまうんだよ。

 

「見たところ行く宛てが無くなったようであるな」

「いやまあ、カロスに帰ればいいだけの話ではあるんですけどね」

 

 はあ………、アローラに行ったかと思ったら、今度はイッシュときたか。

 ここまで来ると誰かが糸を引いて俺をカロスに戻すまいとしているようにすら感じてくる。

 

「ポケモントレーナーのようであるが、腕は立つであるか?」

「あー、まあ、時と場合に寄るんじゃないですかね。ポケモンにも得て不得手がありますし」

「その答えだけで充分であるぞ。君のトレーナーとしての質も高そうである」

「はあ………」

 

 こんなことで良し悪しを図られてもね………。

 トレーナーに求められるのは、それこそ多岐に渡る。バトル面や知識面、経験や発想と限度がない。

 まあ、そこが人々に魅了するのかもしれないが。

 

「一つ提案であるが、我々の組織に入るであるぞ」

「組織?」

 

 え?

 まさかのここで勧誘?

 ヤバい。

 これはマジでヤバい。

 ロケット団やらシャドーやらの過去を彷彿させてくるんですけど。

 ここは丁重にお断りしてさっさとここから退散しよう。

 居場所は分かったのだ。何とかカロスに帰ればーーー。

 

「国際警察であるぞ」

 

 ………は?

 国際警察………?

 この小さいおじさんが?

 

「自己紹介がまだであったな。私のコードネームは黒の壱号。階級は警視長。今は表向き捜査の協力者として活動しているであるぞ。普段はこんな形でマジシャンとして捜査官のバックアップをしている」

 

 警察階級のことは知らないが、警部より警視の方が上なくらいは知っている。その長ともなれば、まあそれなりに偉い人なのだろう。

 なら、この人のことも知っているかもしれない。

 

「………ハンダサムロウという国際警察官のことは知ってますか? 俺はあの人のコードネームも知ってます」

「………ハンサムが使う偽名のことであるな。知り合いであるか?」

 

 ………どうやら国際警察というのは嘘ではないみたいだな。

 

「俺の顔を覚えているかは分かりませんがね」

「君とハンサム君の関係を詳しくは聞くまい。彼の調査の一環で知り合ったのであろうな」

「………そもそもの話、勧誘で警察官になるなんて聞いたことがありませんよ。そんな安易になれるものでもないでしょうに」

「もちろんである。だが、君を一目見れば並のトレーナーではないことはひしひしと伝わってくる。トレーナーの風格は見る人が見れば隠せないものだ。だから、私の地位を使って少々強引ながらも捩じ込む。要は物はやりようということであるな」

 

 ………ん?

 なんか口調がまともになってきたか?

 さっき普段はマジシャンとして捜査官のバックアップをしているって言ってたし、まともな口調の方が素なのかもしれないな。

 

「任務によりますね。言っちゃなんですけど、団体行動とかマジ無理なんで」

「そこは問題ない。私の部下は個別に捜査に当たるようになっている」

 

 と言ってもまだ一人しか部下がいないがな、と続ける小人。

 

「任務はガラル地方への潜伏である。任務期間は………二年程としよう」

「………は?」

 

 小人がカレンダーを見て任務期間を計算すている間、俺もついカレンダーを見てしまった。

 そして、ようやく気が付いた。

 カロスからイッシュにワープしたことよりも重要なことに。

 

「………う、そ、だろ……?」

 

 おいおいおい、これは何かの悪戯か?!

 

「三年前………?!」

 

 そのカレンダーは三年も前のものだった。

 

「カレンダーを見たかと思えばどうしたのだ?」

「一つ聞きたいんですけど、このカレンダー間違ってたりしませんよね? 何年も前のカレンダーを使っているとか」

「それは今年のであるぞ」

 

 …………終わった。

 色々と、終わった。

 

「………はは、どうやら俺は時間までワープしてしまったみたいですよ」

 

 もう泣きたい。

 マジで泣きたい。

 カロス地方で暗殺されかけて破れた世界に引っ張り込まれ、戻って来たかと思えばアローラ地方で。現世に身体を慣らして半年ぶりにようやくカロス地方に戻って来たかと思えば、今度はカラマネロによる襲撃。しかもテッカグヤのせいでウルトラホールに入ってイッシュ地方へとまたまた移動。さらに時間までワープしているとか…………。

 

「………大丈夫、ではなさそうだな」

「流石の俺でも………心が折れそうっす」

 

 無理だ………。

 流石にこれは無理だ。

 折れる。心がバッキバキに折れる。何なら現在進行形で折れていっている。

 三年前。

 三年前なのか、ここは………。

 三年前って、何してたかな。

 ……………………。

 

「…………私も聞いた話でしかないが、国際警察官がワープして来た者を保護したという話がある。彼女は記憶喪失で自分の名前とどこかの塔を守っていたということしか覚えていなかったのだとか」

 

 俺はまだ記憶があるからマシだとでも言いたいのだろうか。

 記憶がないのはないで辛いってことは身を持って知っているが、今は記憶が失くなるよりも辛い。帰った途端また飛ばされて今度は時間までも巻き戻されてるんだからな。場所が移動したのとはわけが違う。最早策は尽きている。出来ることはと言えば、このまま元の時間に辿り着くまで過ごすくらいだ。

 これが昔の俺だったら、コマチに会えないなーくらいしか思わなかっただろうが、今の俺にはコマチ以外にも大事なものがある。何ならあっちで先生に必ず戻ってくるとか言ったばかりである。

 ………まさかあれがフラグだったとか?

 

「その彼女がワープした原因はウルトラホールという空間の歪みだとされている。もしや君もそのウルトラホールに呑まれたのではないかね?」

 

 ッ?!

 な、んでウルトラホールのことを……………あ、そうだ。ウルトラホールについては国際警察も調べてるんだったな。それもそれなりの階級にいれば情報を持っていたとしてもおかしくはない。

 

「………そういえば、ウルトラビーストにコードネームを作ったのも国際警察でしたね。なら、存在を知ってて当然か」

 

 三年前という事実を知ってから思考が一気に止まっている。本来ならば、ウルトラホールの話も濁すべきなんだろうけど、ダメだ。思考がまとまらない。

 

「………やはり君には国際警察に属してもらう他なさそうだ。なに、今すぐ任務に就けとは言う気がないのである。状況が状況だし、こちらにも手続きがあるのでな。しばらくここでゆっくりするといい。設備だけは無駄にあるからな」

 

 確かに。

 設備だけは無駄にありそうだ。エレベーターが動いていたりお茶が飲めたりする辺り、電気水道ガス辺りも稼働しているのだろう。

 それに、イッシュ地方では行き場がない。カントーやカロスに戻ったとしても行き場がない。

 国際警察側に何の企みもないとはこれぽっちも思えないが、このまま野に放たれるよりは安全だろう。

 

「………なら、ご好意に甘えさせてもらいます。つか、もう今日は無理」

 

 俺はそのままぐでーとソファにもたれかかって思考を停止させた。

 …………つら。

 



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30話

 イッシュに飛ばされて早一ヶ月。

 今日も今日とて、俺は身体作りをしている。

 国際警察ともなれば、いつ何時何が起こるか分からないため、即対応に当たれるように鍛えておけ、との精神らしい。そのためなのか、この高層ビルにはバトルフィールドはもちろんのこと、筋トレ用のマシン一式や路地裏での追走を想定してのパルクール施設もある。

 ここ、使われてないだけでめちゃくちゃ設備がよろしいんだわ。

 まあ、普段の俺ならばこんなこと積極的に取り組もうなどとは思わないだろうけど、今は動いてないと逆にしんどい。止まっていると余計な考えにいってしまって、結果現実を思い出して憂鬱な気分になってしまうのだ。完璧に鬱病路線に足を踏み入れているなという自覚はあるものの、それくらいのショックがあったからな。

 おかげでパルクールのタイムアタックも順調に伸びている。ただ、未だに最後の飛び降りる高さには慣れないが。三メートル近くあるところから飛び降りるとか、マジ怖いから。あと着地の衝撃が痛い。本来は転がって軽減するものなんだろうけど、最後まで到達する頃には体力が結構削られていて、余裕がないのが現状だ。これでもタイムが伸びているのだから、最初の頃がどれだけ酷かったかなんて想像に難くないだろう。

 サーナイトやニャビーもチャレンジしているが、一番タイムがいいのはニャビーだったりする。こいつ普段は寝てるくせに身体が小さい分小回り効くし、障害物を飛び越えるなり潜り抜けるなりするのもお手の物。ポケモンだから跳躍力もある。見ていて羨ましい限りだ。

 まあ、そんなことをやってばかりいたこの一ヶ月。

 一つ、問題が出てきた。

 

「………そろそろ光を浴びたい」

 

 俺たちは未だにこのビルの外に出たことがない。引きこもりな俺ですら、太陽の光が恋しくなるレベル。屋上という手もあるが、上に昇るのもそれはそれで面倒だし、高いし風も強いから行きたくない。

 ウツロイドに憑依されて空を翔けたり、ダークライの黒いオーラで足場を作って空を駆けるのとはまた別なんだよな、あの高さは。

 どうにも落ちる想像をしてしまうから嫌だ。

 

「サナー!」

「ニャブ!」

「おーおー、お前たちも外に出たいかー」

 

 俺の独り言に激しく同意してくるポケモンたち。

 これが普通の反応だよな。

 よくここまで俺に付き合って引きこもっていられたよね、君たち。

 

「では、街を観光して来たらどうであるか?」

「いいんすか?」

「逆によく今まで外に出ようとしなかったなと思うであるぞ?」

「まあ、元々インドア派なんで」

 

 インドア派と言いながら、ここでは屋内でめっちゃ動いてたけどな。

 まあいいや。

 許可も降りたことだし、外に行ってみよう。

 

「………そもそもなんすけど、ここってイッシュ地方のどこなんですか?」

「ヒウンシティであるぞ」

 

 ………イッシュの大都会、だっけ?

 まあ、確かにこんな高層ビルが田舎にあるわけもないしな。

 それにしても俺イッシュ地方のことほとんど知らなかったわ。ヒウンシティと聞いても大都会だっけ? 程度の認識しかないんだから、他の街のことなんて、名前すらピンと来ない可能性がある。

 イッシュ建国とか英雄伝説とかその辺のことは知識としてあるんだけどな。今現在のイッシュ地方のことを知らないってのは、中々に縁がなかったってことなのだろう。

 

「サーナイト、ニャビー。散歩にでも行くか」

「サナ!」

「ニャブ!」

 

 こうして、一ヶ月ぶりに外に出ることになった。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 外に出てみると何ということでしょう。

 人がクソ多いじゃねぇか。

 グズマじゃないけど、同じような反応をしてしまう。

 ………あいつ、元気かなー。俺に着いてカロスにやって来たのに、来た当日に一人ほっぽり出されたようなものだもんなー。まあ、しぶとく生きていることを願おう。

 一ヶ月ぶり思い出した憎たらしい顔に心の中で合掌している間も、流石に歩けないってことにはなっちゃいないが、歩道をズンズンと人が流れていく。車もブンブン通り過ぎていき、ミアレシティを彷彿させてくる。

 正しく大都会という感じだ。

 もしかすると大都会という項目で行き先を間違えてしまったのかもしれないな。

 ウルトラホールも実はお茶目なところがあるのかもしれない。いや、ないか。あったら逆に怖いわ。何だよ、お茶目なウルトラホールって。

 取り敢えず、このビルがヒウンシティ内のどこにあるのかだけは把握しておかないとな。

 下手したら帰って来られなくなる。

 

「サーナイト、ちょっとニャビーを持っててくれ」

「サナ」

「んで、通信は………」

 

 俺の腕の中を定位置としているニャビーをサーナイトに渡して、リュックからポケナビを出して起動………アウトー。

 ホロキャスターは………もちろんアウター。

 ………使えねぇな。

 そりゃそうだ。三年も前なのだ。物はあったとしてもソフトのバージョンがまだないものばかりである。通信で得られるデータがあるわけねぇわな。

 

「ほい、あんがとさん」

 

 使えない通信機どもをリュックに片付けて、サーナイトからニャビーを受け取った。

 仕方がない。この通りで目印になるものでも探すか。

 

「……ヒウンジム………って、ジムあるじゃん」

 

 顔を上げたその先に早速目ぼしい目印を見つけた。

 いや、これ以上ないくらいの目印だわ。

 ここ、ジムの斜向かいなのかよ。割といいところなんじゃねぇの?

 国際警察の財力は半端ねぇな。

 それに比べてカロスポケモン協会ときたら、路地裏だからな。表通りに面してない時点で、財力の無さが窺える。

 まあ、引っ越してもよかったんだが、引っ越す金があるなら他のことに使いたかったからな。そこはユキノシタ姉妹を始めとする関係者各位にも同意を経ている話である。

 

「さて、どっちに行くか」

 

 目印は出来たが、どっちに行けば何があるのかがさっぱりだ。

 

「サーナイト、どっち行きたい?」

「サナー……」

 

 サーナイトに問うとキョロキョロと左右を見ている。

 

「サナ!」

 

 そしてサーナイトが指したのは左側。

 

「よし、ならそっちに行ってみるか」

「サナ」

「ニャブ」

 

 ニャビーはもちろんこのまま俺の腕の中。

 自分で歩く気は一切ない。

 そんなにこの位置が気に入ったのだろうか。

 まあ、外を歩く分には身体が小さい分歩幅が合わないため、俺の腕の中にいてくれた方が迷子にならないからね。

 首輪でも買ってリードを付けたら自分で歩いたりするのかね。

 ………いや、無さそうだな。俺を足代わりに使ってるくらいだし。

 

「贅沢を覚えたら大変なんだぞー」

「ニャフ」

 

 ニャビーの顎の下を撫でるとクイッと首を上げてもっとやれのポーズをしてくる。

 オスのくせに可愛いやつめ。

 進化したらゴツくなるのはポケモンあるあるだし、こうして可愛がれるのも今の内だろう。

 ニャビーの顎の下を撫でながら、只管歩道を歩いていくことにする。

 立ち並ぶのはビル、ビル、ビル。そこに紛れて多分マンションもあると思うが、全部構想なため判断がつかない。

 

「サナー」

 

 すると腕を組んでくるサーナイト。

 街中で女の子に腕組まれて歩いていると客観的に見てデートしてるみたいだな。相手はポケモンだけど。しかも彼女というより娘みたいなもんだし、デートってよりは親子の休日ってところか?

 まあ、悪くはない。

 今の俺にとってはサーナイトだけがあいつらのことを知っていて、その時の俺のことも知っているんだ。結果的な話ではあるが、ダークライによって記憶を無くしていたのは、ある意味当時の俺にとっては必要なことだったのかもしれない。そうでなければ早い段階で心が壊れていただろう。今回何とか踏みとどまれているのもサーナイトやニャビーのおかけだ。それと慣れ。

 ………本当にどうしたもんかね。

 三年前ともなるとカロスに帰るだけじゃなく、元の時間軸に戻る必要もある。最終手段はある。が、それもそれで賭けに近い。となると、やはりこのまま三年経過するのを待つしかないだろう。

 これまでの時間旅行を考えると意味もなく過去の時間軸に飛ばされたとは思えないが、ウルトラホール内での事故でもある。時渡りのセレビィにとっても想定外のことかもしれないし、このまま戻れない可能性も無きにしも非ずだ。少なくともすぐにセレビィが現れるなんてことはないだろうな。何ならこっちからアプローチかけなければ気付かれないまである。ともなるとやはり最終手段であるセレビィも宛には出来ない。最悪のことを想定しておいた方がいいだろう。

 一方で、これもセレビィの想定内だったとしたら、前回と違って今回は何を目的とされているのかがさっぱりだ。タスクを熟さなければセレビィは現れないだろうし、帰られないだろう。

 どの道、今はなるようになるしかないだろうな。

 今のところ国際警察に拾われたため、活動拠点は出来たようなもの。ただ、身バレするとちょっと面倒そうではある。三年前だとまだカロスには行っていないため、カントーのポケモン協会本部所属の忠犬ハチ公である。ハンサムさんとも会っているため国際警察がマークしていないとも限らない。

 まあ、バレたところで下手に手は出されないとは思うが、念には念を越したことにはない。

 

「……おぉ」

 

 しばらく歩くと広いロータリーへと出た。中央には噴水があり、その周りを回るように車が行き先を変えている。ロータリー交差点とでも言うんだっけか。ミアレシティにもプリズムタワーのある中央はこんな感じではあるが、あそこは半分歩行者天国化してるからな。車の量でいったらこっちの方が断然多い。

 ロータリーの左側には歩行者用のゲートがある。そこに書かれているのは『4番道路』

 このゲートを潜れば4番道路に出るようだ。

 といっても4番道路がどういうところなのか知らないですけどね。どこに行き着くんだろうな。

 その横を通る車道には標識があり、注意書きがされていた。

 

『この先砂漠が広がっているため、車両損傷にご注意を!』

 

 ………え?

 4番道路の先って砂漠あんの?!

 砂漠の近くに大都会があるって、凄いところにあるな。しかも砂漠を通り抜けて次の街だろ?

 カントーやカロスではない立地だわ。

 似たようなとこでカロスの17番道路か。通称、マンムーロード。豪雪地帯のため車は通れない。歩行者も通れない。通れるのはマンムーくらいの雪に強い大型のポケモンのみ。だから歩行者はマンムーの背中に乗せてもらっての移動だ。しかも空を飛ぶのも雪が降っているため危険という、砂漠よりも過酷な道である。

 

「………何だ、あれ」

 

 そんなゲートの近くに人集りが出来ていた。

 

「ワタクシの名前はゲーチス。プラズマ団のゲーチスです。今日みなさんにお話しするのはポケモン解放についてです」

 

 マイクも使わず声を張っている風もないのに聞こえてくる野太い声。

 人集りから半分以上身体が出ている修道士のような男の集会なのだろう。

 ちょっと近づいてみるか。そんな面白そうな話では無さそうだけど。

 

「われわれ人間はポケモンとともに暮らしてきました。お互いを求め合い必要としあうパートナー。そう思っておられる方が多いでしょう。ですが本当にそうなのでしょうか? われわれ人間がそう思い込んでいるだけ……。そんなふうに考えたことはありませんか? トレーナーはポケモンに好き勝手命令している……、仕事のパートナーとしてもこきつかっている……そんなことはないとだれがはっきりと言い切れるのでしょうか」

「………そもそも考えたこともないからわかんないよ」

「だな」

「いいですか、みなさん。ポケモンは人間とは異なり未知の可能性を秘めた生き物なのです。われわれが学ぶべきところを数多く持つ存在なのです。そんなポケモンたちに対しワタクシたち人間がすべきことはなんでしょうか」

「それが解放?」

「そうです! ポケモンを解放することです!! そうしてこそ人間とポケモンははじめて対等になれるのです。みなさんポケモンと正しく付き合うためにどうすべきかよく考えてください。というところでワタクシゲーチスの話を終わらせていただきます。ご清聴感謝いたします」

 

 何の集会かと思えば、宗教の布教だな。

 ただ、気になるのはプラズマ団とか言ってたところだ。それが事実なら彼らはあのプラズマ団ということになり、三年前だから………後々事件を起こすことになるのだろう。

 そりゃ胡散臭いわけだ。

 欠伸が出るぜ。

 

「おい、そこのお前。何あくびをしている! ゲーチスさまの前だぞ!」

 

 うわっ、修道士擬きの男とは違って超高圧的だな。誰だよ、注意されてる奴。

 

「………ん? あ、俺?」

「お前以外に誰がいるというのだ!」

 

 ジロッと前にいた集団が振り向いてくるので、キョロキョロと周りを見てみると、どうやら俺のことを指していたみたいだ。

 いやん、恥ずかしい。

 

「いや、アホ臭いなと」

「なっ?!」

 

 本当のことを言ったらめっちゃ驚いてる。

 何なら観衆ですらお口あんぐり。

 

「ポケモンは人間とは異なり未知の可能性を秘めた生き物であり、学ぶべきところが多い存在なのは同意するが、だからと言っていきなり解放だとかは話が飛躍し過ぎだろ。胡散臭い。それとゲーチスさま言われても知らんし」

「お前っ!」

「良しなさいな。われわれは崇高なるポケモンを解放し、ポケモンを自由にし、ポケモンのために尽くす。それがポケモンたちにとって最高の環境となると信じてわれわれの考えを訴えているのですよ」

 

 部下だけでは歯が立たないとでも思ったのか、修道士擬きの男も参戦してきた。

 男の全体像が見えてくると、これがまた胡散臭さが増すというか何というか。あんなにジャラジャラと首に服に宝石かなんかの光物が付いていて、重たくないのだろうか。

 右眼は赤いモノクル……でいいのだろうか。スカウターと言われても違和感ない。

 

「へぇ。そりゃまたポケモン主義なことで。けど、ポケモンたちがトレーナーを見限って出て行くなら話は別だが、別れる気もないポケモンに無理矢理人間のエゴを押しつけて野生に返すなんざ、それこそアンタらの求める対等な関係とは程遠い、一方的な行為だと思うが?」

 

 奪い合う醜い世界を変えるために生き物の数を減らすとか宣っていた男もいたが、結局それは自分が望む世界を構築するために過ぎなかった。その結果としてポケモンたちの環境がよくなれば御の字みたいなところがあったように思う。

 このプラズマ団とやらの主張もポケモンたちのためと言いながら、その実ポケモンたちのためにならなさそうなんだよな。詰めが甘いというか、ポケモンの解放を訴えるのなら、解放するタイミングややり方も広めるべきだろ。生態系のことを一切考えずにただ訴えているのは、人間の思い上がったエゴでしかない。

 

「家族同然のように暮らしてきた血の繋がらない息子に、ある日突然お前は我々よりも崇高なる存在なのだ。お前は特別なのだ。我々とは違う。だから、一緒にいるべきではないと家から追い出したとなれば大問題になるぞ? アンタらの主張はそれと同等のものにしか聞こえん」

 

 それに対等を謳うのなら家族同然の扱いをされているポケモンは対等な関係だと言える。あるいは人間同士ですら対等な関係なんてそう築けるものではない。

 最初から対等やら平等を謳い文句にしている時点で怪しいんだよな………。

 

「そもそも長年トレーナーの元にいたポケモンが今更野生として適応出来るとでも? 何なら今この場で解放しても生まれた故郷から遠く離れた地で解放されたポケモンはどうなる? 自由になるどころか死しかないぞ」

「いえいえ、ワタクシたちはまずみなさんにポケモンを解放するという意志を持ってもらうことが第一目標なのですよ。君のようにポケモンと対等な関係を築けていると思い込んでいる人には特に、ね」

 

 落ち着いた和やかな口調だが、詐欺師のような目をしている。特に最後の『ね』の部分。他の人には見えないだろうが、薄らと左の口角が上がって不敵な笑みを浮かべてたぞ。

 怖い怖い。

 

「それを決めるのは俺でもアンタでもなく、こいつらポケモンじゃねぇの?」

「えぇ、そうですとも。しかし、ポケモンはトレーナーに対して忖度することもあります。それは何故か………。ボールに入れられ、逆らえないからですよ。ですから、まずはボールからの解放をと申しているのです」

 

 確かに最もらしい理由ではあるな。

 ボールに入れられていることでポケモンたちが忖度し、トレーナーが望む回答が返ってくる。ないとは言い切れない話だろう。

 

「だってよ、サーナイト」

 

 選択する側にされているサーナイトに問いてみると、めっちゃ抱きついてきた。

 そして修道士擬きの男たちを睨んでいる。

 

「うっ……」

「どうやらそのサーナイトはあなたに相当洗脳されているようですね」

 

 洗脳って………。

 最早何を言っても自分たちの都合の良いように解釈されるんだろうな。

 

「なんと?! 貴様のような人間がいるからポケモンたちがいつまでも自由になれないのだ!」

「洗脳ねぇ………。言い忘れてたが俺は見ての通りポケモントレーナーだが、ポケモンを捕まえた経験がない。逆にポケモンたちに捕まえられたと言ってもいいくらいだ。解放しようにもポケモンたちがそれを許さないだろうな」

「ちょっとワタクシには何を仰っているのか理解出来ませんね。何が言いたいのです?」

 

 こいつ、本当に都合の良いことしか耳に入らないみたいだな。

 

「こいつらの方からボールに入ったって言いたいんだよ。こいつらにも家族はいたぞ? だからちゃんと確認もしたし、どうするか本人にも選ばせた。その結果がこれだ」

「嘆かわしい。実に嘆かわしい話ですね。捕まえる前から家族も含めて洗脳するだなんて、狂気の沙汰としか思えませんよ」

 

 ダメだこりゃ。

 逆に洗脳されてるんじゃないの? って心配になる程だ。

 終わってるな。末期患者だわ。手の付けようがない。

 そりゃ、こんなのがいれば事件も起こすわな。

 

「はあ………まあ、あれだ。根本的にアンタらの主義主張は俺たちとは真逆なんだよ。………人間の言葉を理解し、種族の違うポケモン同士でも会話が通じ、人間と同じようなことが出来て、さらに技を使うことも出来る存在が、それでも人間と共存して来た。その意味こそ、真に問われるべき内容だと思ってたんだがな。アンタらにはそれが悪として映ってるんだろうな………」

 

 男の言葉を借りれば、嘆かわしい。実に嘆かわしい。

 後々事件を起こすような輩だ。碌なことしか考えてないんだろうな。

 

「お待ちなさい」

「………まだ何か?」

 

 いい感じに話も決裂して終わったんだから帰らせてくれよ。

 まだ何かあるのかよ。

 

「このまま彼を行かせてしまうのはあなたのポケモンたちが可哀想です。今ここで彼からポケモンたちを解放してあげなさい」

「「はっ!」」

 

 振り返った俺の問いには答えず、修道士擬きの男は部下たちに命令を下した。

 はあ………、今度は強行手段に出たか。

 いいのかね、こんな大勢の前で強行手段に出ちゃって。今までの布教活動が水の泡になるんじゃないの?

 

「いけ、ワルビアル!」

「いくわよ、ダストダス!」

 

 というか、こいつらも普通にポケモンをボールから出してるんですけど………?

 支離滅裂過ぎない?

 



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31話

 さて、どうしたものか。

 支離滅裂な行為をしている目の前の輩にサーナイトに反撃してもらうのは、有りか無しか。

 サーナイトに倒してもらった場合、ポケモンに命令する悪いトレーナーとこじつけられるだろう。そうなるとこんなトレーナーにはなりたくないという解放者が出てくるかもしれない。それはそれで致し方ないことなのだろうが、相手はプラズマ団。奴らの思うような展開になるのだけは避けたい。

 俺が黒いのの力で倒した場合は、俺が化け物扱いされるだろう。プラズマ団はねじ伏せられてもまた別の問題が出てきそうだ。

 結果、どっちも面倒なことになるのは変わりない。

 となると俺が取るべき行動は………。

 

「………解放を謳っておきながら、自分はボールからポケモンを出してあまつさえ命令を出すのか」

「うるさい! これはポケモンを解放するための最終手段なのだ!」

 

 取り敢えず煽る。

 煽って逆上し、相手から攻撃させる。

 そうすれば正当防衛が成立だ。それからならば反撃しても問題ないだろう。

 まあ、それでも修道士擬きの男は何かとこじつけてくるだろうがな。

 そこすらも叩くなら、やはり俺が自らやったように見せるのが一番か。俺が化け物扱いされたところで、長くイッシュにいるわけでもなさそうだから、さっさとあのビルに帰って辞令が下されるまで引きこもれば良いだけの話だし。

 

「ダストダス、ヘドロばくだん!」

「サーナイト、ニャビー。一旦戻っててくれ」

 

 方針が決まるとサーナイトとニャビーをボールに戻して、一直線に飛んできたヘドロを右に躱す。

 

「ワルビアル、ダメおし!」

 

 今度は背後から気配を感じたため、前に飛び込んで躱した。

 

「ダストダス、もう一度ヘドロばくだん!」

 

 次はまた正面からヘドロが飛んでくる。

 丁度片膝立ち状態だったので、立てている右足を踏み込んで反転し、背後で次の指示を待っていたワルビアルの腹辺りを目指して走った。

 結構ね、ワルビアルを正面にすると赤黒い身体にびびっちゃうね。爪とか裂かれたら死にそうだし、立ち向かうのも気合がいるわ。

 

「ダークホール」

 

 そして、目の前に黒い穴を作ってもらい潜り抜ける。

 破れた世界に繋がっていたわけではないようで、単なるワープ装置のような作りだっのか、穴に飛び込んだ次の瞬間には背後で爆発音がした。

 振り返ると後ろにはヘドロばくだんを受けて悶えるワルビアルの姿が。

 

「あ、なるほど。そういう感じね」

 

 どうやらダークライも気を遣ってくれたみたいだ。

 あたかもワルビアルの背後に一瞬で駆け抜けたように見せ、ワルビアルとの同士討ちを狙ってくれていた。もちろんヘドロばくだんの爆発で黒い穴は消失。証拠も綺麗に消し去っている。流石黒いの。

 

「なんでワルビアルに?!」

「お、おい、お前っ!?」

 

 当然、連携が乱れた二人は怒鳴り合いを始めた。

 

「何をしているのです? 早く彼のポケモンたちを解放して上げなさい」

「「は、はい!」」

 

 修道士擬きの男もそんな二人を見て呆れている感じだ。

 

「ダストダス、どくガス!」

「ワルビアル、アイアンテール!」

 

 あ、どくガスはまずいな。

 吸えば俺もただじゃ済まないだろう。

 

「まもる」

 

 だからドーム型の防壁でワルビアルの鋼鉄の尻尾と毒ガスを弾いた。

 

「サイコキネシス」

 

 そして、どくタイプのダストダスに向けて超念力を指示し、左手の動きで横にいるワルビアルにぶつけるように示す。

 

「きあいだま」

 

 そのまま右手を押し出し、エネルギー弾を放った。

 ワルビアルはダストダス共々倒れており、そこにエネルギー弾が着弾すると爆発が起きていく。

 

「………まさかこれで終わりか?」

 

 黒煙の中からは動く気配がない。

 ………え、マジで?

 見た目の割に弱くない?

 それともダークライが強いだけなのか?

 

「くっ………」

「肝心な時に使えねぇな、ワルビアル! さっさとそいつを引っ捕らえろ!」

 

 最早素が出てるぞ。

 口は悪く、やられたのをワルビアルのせいにしている。

 まあ、確かに俺も呆気に取られたけどさ。だからって、トレーナーのお前が言えることじゃないだろうに。

 

「………あなた、何者なんです? 生身の人間がポケモンの技を使うなど、聞いたことがありませんよ」

「そりゃ、ないだろ。俺もないし」

 

 そんな人間がいたら、それこそ大問題だと思うぞ?

 人間かポケモンかなんて物議を醸して、絶対こういう輩に目をつけられているだろうな。

 ………全く、想像力が足りないよ。

 

「そもそも、いつから俺のポケモンがサーナイトたちだけだと思ってたんだよ。バカなのか?」

 

 いや、バカだったな。

 バカだから発想力もなく、こんなくだらないことしてるんだったな。

 聞いた俺がバカだったわ。

 

「な、んですって……?!」

「まだポケモンがいたのか!?」

「早くそのポケモンも解放しなくては!」

 

 うわー、まだポケモンがいるって事実だけでポンポンポンポン新たなポケモンが出てくるんですけど。

 

「………はあ、面倒くさ」

 

 ガマガル、ホイーガ、クリムガン………おう、クリムガンじゃん。ちょっと意外。

 んで、アフロなケンタロスと電気ビリビリ放ってるギャラドス的な奴は名前を知らない。聞けば思い出すかもしれないが、その程度の認識しかないポケモンだ。

 

「バッフロン、アフロブレイク!」

「シビルドン、ブレイククロー!」

 

 アフロがバッフロンで電気ビリビリの方がシビルドンか。シビルドンは聞いたことがあるような気もする。

 

「ガマガル、マッドショット!」

「ホイーガ、ころがる!」

「クリムガン、ドラゴンテール!」

 

 連携も何もない全員による一斉攻撃。誰かの技に重ね合わせるとかいう知恵すらも見せないのだから、チームとも言えない程のお粗末さである。

 

「まもる」

 

 全て正面からしか来ないため、受け止めるとも容易い。

 こんな奴らにポケモンを語られるのもポケモンたちが嫌だろうな。もっとポケモンたちの可能性を引き出せるようになってから言えってんだ。ポケモンの得手不得手すら把握してないんじゃ話にならん。

 

「………うそ、だろ」

「全く効いてない?!」

 

 五体のポケモンの技を一斉に浴びせればどうにかなるとでも思ってたんだろうな。

 それだったら、さっきの時点でやられてるっつの。

 

「………ちょっとは頭を使えよ。連携も何もないただの一斉攻撃でやられるんだったら、ダストダスの毒を浴びてワルビアルに切り裂かれてるっつの」

「ば、化け物め!」

「俺が化け物なら、俺より強い奴は漏れなく皆怪物だぞ」

 

 こいつら、ウルトラビーストなんか目にした時には気絶するんじゃね?

 そう思うとウルトラビーストに立ち向かったアローラ民の方がよっぽど強いわ。

 

「んで、その化け物相手に次はどうするんだ? お前らの本気ってのはその程度なのか?」

「「なっ?!」」

「くっ、クリムガン、ドラゴンクロー!」

 

 俺の挑発に最初に動いたのはクリムガン。

 今度は尻尾ではなく爪を振りかざしてきた。

 

「サイコキネシス」

 

 大袈裟に両腕を開いて、クリムガンの動きを止める。

 

「ホイーガ、ハードローラー!」

「バッフロン、メガホーン!」

「シビルドン、かみくだく!」

「ガマガル、バブルこうせん!」

 

 遅れて他の四体も突っ込んできた。

 

「クリムガンで受け止めろ」

 

 それをクリムガンを動かし盾にして受け止める。全ての攻撃を無防備に受けたクリムガンはもちろん戦闘不能に。何なら思いもやらないものに攻撃してしまったことでポケモンたちも困惑している。

 

「あくのはどう」

 

 その間に残りのポケモンたちも黒いオーラで修道士擬きの男の方へと飛ばしていく。

 

「………何度やってもお前らでは俺には勝てない。諦めて帰れ」

「いけませんね、いけませんよ。これではポケモンたちがあまりにも可哀想です。ポケモンを盾に攻撃を受け止めるなど、あってはならないことですよ」

「なら、今度はアンタが出てくるか?」

「それはワタクシにポケモンであなたを攻撃しろと仰っているのですか?」

「部下にはさせといて上司は高みの見物ってのもどうかと思うがな」

 

 どこまでもこの男は下衆野郎だな。

 こんなのが上司だなんて部下の方が可哀想になってくる。こういう男こそ、部下を盾にして攻撃を受け止めそうだわ。

 

「やはりあなたをこのまま帰すわけにはいきませんね。かと言って使えない部下を持ったがためにどうしたものか………」

「さっさと帰ればいいだろ」

 

 手を使い尽くしたのならさっさと帰ってくれよ。何をそんなにごねてるんだよ。

 それとも何か? 俺にお前らの命まで奪えというのか?

 流石に大衆の面前でやる気はないぞ?

 そんなことをすれば捕まるところか俺が殺されてしまうわ。

 

「仕方がありませんね。あなたのことは彼らに任せるとしましょう」

 

 はっ? 彼ら?

 なに? まだ何かいるの?

 

「アギルダー、かげぶんしん!」

 

 すると突然、大量のポケモンに囲まれた。

 こいつらはアギルダーだな。ゲッコウガが仲間にしていたし、あいつと戦闘スタイルが似ているから相性がよかったのを覚えている。

 ………え、まさかこれが新たな敵ってこと?!

 

「「「な、なんだ?!」」」

 

 あ、どうやらプラズマ団の方のポケモンでもないみたいだな。

 となると第三者か?

 第三者が出てくると話がややこしくなったりしない? 大丈夫?

 

「チャンピオンのアデクさんだ!」

「アデクさん!」

 

 ………チャンピオン?

 チャンピオンってのはつまり、そういうことだよな。

 

「………誰?」

 

 振り返るとそれはそれはフラダリの髪型に似てなくもないじーさんが、モンスターボール掌でバウンドさせていた。

 知らない顔だ。

 なんか、フラダリといい髪型がポケモンに見える人ってどういう気持ちでそんな髪型にしてるのかね。俺だったら注目され過ぎて外に出られなくなるわ。

 

「………チャンピオンのご登場ですか。これは流石にこちらが不利ですね。いいでしょう。今日のところは引き下がるとしますよ」

「で、ですがっ!」

「人間一人も碌に捕らえられないあなたたちでは何をしても無駄と言っているのですよ、ワタクシは」

「「「ッ?!」」」

 

 修道士擬きの男ですらチャンピオンと言っているのだし、本当にこの赤毛のじーさんがあのチャンピオンなんだな。

 強そうではあるが、それ以上に髪型がインパクト過ぎて俺としてはそっちの方が気になってしまう。

 

「まだやる気なら今度はわしが相手するぞ」

 

 ポンポンとさらにポケモンを出すチャンピオン。

 あれはシュバルゴとバイバニラと、アフロケンタロスだな。つか、一人でアギルダーとシュバルゴを連れているとか自分で進化させたのだろうか。

 ただ、一際プレッシャーを放っているのがチャンピオンの髪型とよく似ているポケモンがいる。

 ウルガモス。

 どこか辛そうな感じもするが、放つプレッシャーが他のポケモンの比ではない。恐らく彼の切り札ともいうべき存在なのだろう。

 ウルガモスを見た瞬間、下っ端どもは後退りして修道士擬きの男を連れて行ってしまった。ポケモンたちをボールに戻しもしないで。そのせいで奴らのポケモンたちは自力で追いかけることになってしまい、倒れたクリムガンがお荷物となっている。

 所詮、その程度の奴らだったってわけだ。修道士擬きの男くらいだろうな。あのプレッシャーを涼しい顔で流せるのは。というかそっちの方が異常とも言えるか。

 やはりあの修道士擬きの男は危険だ。

 

「無事か?」

「まあ」

 

 威嚇のために出したポケモンたちをしまったチャンピオンが声をかけてきた。

 

「お前さんが戦っていたようだが、ポケモンは連れていないのか?」

「いえ、ポケモンの解放を謳う奴らにポケモンたちで対峙したら難癖つけられそうだったので。生身の人間が相手しているように見せかけてただけですよ」

「見せかける………?」

 

 どうやら俺の戦闘シーンを見ていたらしい。

 流石にダークライの名は出すわけにもいかないし、何と説明するべきか。しないわけにもいかないだろうし…………。

 

「あー………見えないポケモンが俺を通して技を出せば、俺が技を出しているようにも見えるでしょ?」

「………なるほど、ゴーストタイプのポケモン辺りを連れていたというわけか。どうやらお前さんはポケモンの長所を理解しているようだな」

 

 あ、ゴーストタイプと誤認してくれちゃった。

 実際はあくタイプであるが、似たようなものだし都合がいいのでそういうことにしておこう。勘違いしてくれてラッキー。

 

「して、青年。この状況をどうするつもりだ?」

「好きに言わせておけばいいっすよ。イッシュに長居するつもりもないので」

 

 未だ野次馬どもは俺を指差しながらヒソヒソと話している。中には写真を撮っているやつもいるな。

 まあ、サングラスに帽子も被ってるから顔も髪型も割り出される可能性は極めて低いし大丈夫だとは思うが。それに当時の俺のポケモンの象徴でもあるリザードンはいないから、もし顔バレしても他人の空似で片付けられる。

 

「わしはまた良からぬことに巻き込まれないかが心配だな」

「まあ、そう簡単には死にませんし、俺のポケモンたちが死なせてくれませんから大丈夫っすよ」

 

 既に巻き込まれているような気もするが………。

 ウルトラホール。

 あれは思った以上に謎が多そうである。俺然り、リラ然り。恐らく他にも犠牲者はいる。それでもまだ一つの仮説も上手く立てられていないときた。

 巻き込まれる方の身にもなって欲しいわ、マジで。

 

「わしももうじじいだが、初めて出会うタイプのトレーナーだのう」

「んじゃ、まあ。取り敢えずありがとうございました。長々と相手するのも面倒だったんで、チャンピオンが登場してくれたことで早い幕引きになりましたよ」

「それなら結構。わしの肩書きも役に立つ時があってよかったわい」

 

 一応助けられた身なのでお礼は言っておこう。

 ただ、このままこの場に留まれば、また別の問題が起きかねない。何て言ったって、チャンピオンと話してるんだ。あの野次馬どもがいつ特攻を仕掛けてくるかも分からない。過激なファンがいたら面倒なだけだし、さっさと帰ろう。

 

「あ、そうだ。一ついいですか」

「なんだ?」

「ポケモンを解放するんだったら、解放された後にポケモンたちがどうなるかも考えて解放しろよって言っておいてください。解放するしないはあの人たちの勝手なんで」

「それはわしも案ずるところではあるのう。よし、分かった。野次馬どもには伝えておこう」

 

 野次馬がポケモンをどうしようが俺には関係のない話ではあるが、バカに捨てられるポケモンたちのことを思うと何も言わないでおくのも気が引けるというものよ。

 

「お前ら、出てきていいぞ」

「サナ!」

「ニャブ!」

 

 ボールに戻していたサーナイトとニャビーを出すと二人して抱きついてきた。

 

「面倒なのはお帰りになったぞ。俺たちも散歩の続きといこうぜ」

 

 ………あの修道士擬きの男は『彼らに任せる』とか何とか言っていた。ということはいずれまた誰かに狙われることになるのだろう。それが今すぐなのかどうかは分からないが、来るなら来ればいい。今の俺はただでさえ面倒なことになっているんだ。そこにちょっかいをかけようってんだから、殺される覚悟があると思っていいだろ。

 つか、狙われる側の俺が遠慮なんてする必要がない。返り討ちにしてズッタズタにしてやればいいのだ。

 ………はあ、カロスに帰りたい。

 



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32話

 結局、街をブラブラとしてからあのビルに戻ったが、誰かが襲ってくることはなかった。

 常に人気を意識して歩いていたから大衆の面前では事を起こさなかったのかもしれないが、そんなことは知ったこっちゃない。

 何はともあれ、またしばらくは外に出ない方がいいだろうな。

 

「プラズマ団であるか………。やはり活動が激しくなってきたようであるな」

 

 壱号さんにプラズマ団のことを報告すると、うむむと唸りを上げている。

 既に国際警察でもプラズマ団の言動には注視しているようだな。それでも今回のは表に出てきた方のことらしい。布教活動だったしな。それまでどういうことをやっていたのかは知らないが、表に出てきたというのは強ち間違いではなさそうだ。

 つまり、これからイッシュにプラズマ団による事件が起きてくるというわけだな。

 ………早いとこイッシュから出よう。

 

「あれは多分面倒な相手ですよ。何を言ってもこっちが悪くなるように言葉を言い換えて民衆を味方につけようとしてましたし」

「外で演説している輩である。口が達者なのは言うまでもないであるな」

 

 詐欺師認定してもいいくらいだわ。

 

「あー、あと関係なくもない話なんすけど、イッシュ地方のチャンピオンってどんな人なんすか?」

「チャンピオン? チャンピオンというとアデクのことであるか?」

「赤というかオレンジのポケモンみたいな髪型の人っす」

「アデクであるな。アデクは長年チャンピオンを務めているベテランである。一端のトレーナーでは太刀打ちできる相手ではないであるぞ」

 

 あ、じゃあやっぱりあの人がこの地方のチャンピオンなのか。

 野次馬の反応からして人気も高そうだ。

 

「そりゃチャンピオンなんですから、当然でしょ」

「アデクに会ったであるか?」

「長引きそうだったところに現れたんで、強制的な幕引きになってくれましたよ」

「となると、相手もチャンピオンという肩書きがどういうものかは理解しているようであるな」

「あんまりしつこいようだとあの連中の命の方が危うかったと思いますよ」

「サーナイトであるな」

 

 あ、いや、サーナイトもだけど、まだ色々いるんですわ。何ならサーナイトが可愛いレベル。悪夢見せられるか毒を注入されるかその両方を食らってなお、回復されて、またその両方を受け続けるという地獄が待ち受けてたからな。

まあ、そうなったら俺は指名手配とかされそうだけど。確実にどこかのブラックリストには載るだろうな。

 

「ま、取り敢えず、ゲーなんとかってのには気をつけてくださいよ」

「うむ、情報提供感謝するぞ」

「んじゃ、俺は上でポケモンたちと技の特訓してますんで」

「何かあれば呼ぶである」

 

 壱号さんにプラズマ団の報告を済ませて上の階へ。

 パルクールの施設とは別の階にバトルフィールドがある。上の階にバトルフィールドとか耐震性とか諸々大丈夫なのか心配だが、壱号さん曰く特殊素材で建てられているビルらしく、ビルを支える支柱に影響はないんだとか。また、いわやじめんタイプの技を使って地面を抉ったとしても三階分くらいは余裕を持って造ってあるため、下の階の天井が穴開くこともないらしい。しかも空中戦も考慮し、上も三階分は確保している。つまり、バトルフィールドだけでこのビルの六階分くらいは使っているのだ。高層ビルならではの発想と技術の革新が合わさって初めて成せる一級品のビルというわけだな。

 報告前に先に行っておくように言っておいたため、バトルフィールドには既にサーナイトとニャビーが戯れていた。

 俺を見つけた二人は、飛んで俺のところにまできた。

 

「さて、お前たち。何となく察してはいるだろうが、あのプラズマ団ってのは超ヤバい奴等だ。頭のおかしいのしかいないと言っていい。そのプラズマ団が表で活動するようになったらしく、俺の予想が正しければ、これからイッシュ地方は面倒なことになる。だから俺としては早いとここのイッシュから出たいと思ってるんだが、そうなるとこの無駄に設備のいい施設を使えるのもそう時間がないことになる」

 

 ひとまず、俺の今後の方針を伝えていく。

 イッシュ地方からはさっさと出て行きたいところであるが、それまでにまたプラズマ団に絡まれる可能性がないとは言えない。それにあの修道士擬きなら刺客を送り込んでくる可能性が高い。そう簡単にやられるつもりはないが、もしニャビーと逸れた場合、ニャビーは自分で自分の身を守らなければならなくなる。だが、今のニャビーでは俺に送り込まれる刺客を相手取るには実力が足りなさ過ぎる。

 というわけで、ここの施設を使える間に少しでもニャビーのレベルアップを図っておきたいのだ。

 ………サーナイトちゃんはヤバい奴らに鍛えられたからね。そこら辺は大丈夫だと思うわけよ。

 

「サーナイトは破れた世界で鍛えられたからいいものの、ニャビーはまだ戦力としては数えられないからな。今日からニャビーを自分の身は自分で守れるくらいには鍛えていこうと思うわけだが………」

「ニャブ!」

 

 何が言いたいのかは理解したみたいだな。

 襲いかかるプラズマ団を前にしてボールに戻されたのだ。そう捉えられていてもおかしくはないか。

 

「すまんな。お前は昼寝が好きなようだし、俺もそうさせてやりたいんだが、こうなった以上何が起こるか分からない。今よりさらに過酷なことが待っているかもしれない。だから最低限のことだけでもさせてくれないか?」

「ニャブ!」

 

 ニャビーの頭を撫でるともっと撫でろと言わんばかりにぐりぐり押しつけてくる。

 結局、俺のポケモンになる奴らは皆鍛えられていく運命なのかもしれないな。ニャビーもアローラに残っていれば昼寝三昧のゆったりとした人生を送れただろうに。

 けどまあ、たらればの話をしている場合じゃない。

 事はプラズマ団だけに限らないのだ。

 こうしてウルトラホールで事故って過去に飛ばされたりしてる時点で、これから元の時間軸に戻るまで何が起こるか分からない。下手したらこのままプラズマ団絡みに巻き込まれる可能性だってある。だからニャビーも強くなっておいて損はない。

 

「よし、ならまずは今のお前に合った戦い方からだな。パルクールでの動きを見ていた限りでは、身体が小さい分小回りが効く。素早い身のこなしで相手の懐に飛び込んで攻撃するスタイルが基本になるだろう。そこでだ。ニャビーにはニトロチャージを覚えてもらおうと思う」

 

 この一ヶ月パルクールでのタイムアタックを見ている限り、身体が小さい分、小回りが効くのは確か。あとはその特技を技とどう組み合わせるかだ。

 まあ、その辺はこれからだが、まずはその特技をもっと使いこなせるようになることは、これからの戦い方の幅を広げてくれると考えている。

 

「ニトロチャージは炎を纏って突撃する技だ。走って走って走りまくれば、その分加速して素早く動けるようにもなる。ポイントとしては炎を無駄なく纏うことと加速していく素早さに身体が対応出来ることの二つだ。まずは炎を纏う練習からしてみようか」

「ニャブ!」

 

 ニトロチャージ自体はリザードンが使っていたから、技の特徴や感覚を目の当たりにしている。何なら当初は上手く使えなかった技だ。リザードの時に練習していたが、その時の方法が取り敢えず炎を纏うことになれる、だったっけな。炎を纏うことに意識し過ぎるとスピードダウンしてニトロチャージとは呼べないものになったし、スピードを意識すれば炎が消えてしまうなんてこともあった。

 ただ、ニャビーとの違いはあの時点で炎を纏うことはできていたということだ。

 果たしてニャビーは最初どこまでできるのやら。それによって教え方も変わってくるというものよ。

 

「んじゃ、まずはひのこを出してみてくれ」

「ニャ、ブ!」

 

 うん、これは難なく出せたな。

 それと口から吐き出すのはヒトカゲやリザードの時と同じだ。流石にリザードンともなると、ひのこがひのこじゃなくなるからな。ヒトカゲの時点でかえんほうしゃ使ってた奴だし。

 

「んじゃ次はその炎を出来るだけ大きくして出せるか?」

「ニャー……」

 

 この様子じゃ、やったことはないんだろうな。

 うん、なら。

 

「俺はニャビーじゃないから正確なことは言えないが、ひのこを出す時に身体のどこかに意識を向けないか?」

「ニャブ!」

 

 俺がそう問いかければ、ニャビーは寝っ転がって腹を見せてポンポンと叩いてくる。

 なるほど、つまり腹辺りに炎袋があるというわけだな。

 

「それ、炎袋っていって、ほのおタイプのポケモンが持ち合わせている臓器みたいなものなんだが、そこを鍛えていくとより強い炎を出せるようになるみたいなんだわ。少なくとも俺のところにいたほのおタイプの奴はその通りだったぞ」

「ニャフー……」

「よし、ならまずはその炎袋から鍛えることにしようか。まあ、鍛えるって言っても炎を出しまくる、つまりひのこを使いまくるってだけなんだがな」

 

 だが、ほのおタイプにとっては一番やる価値のある特訓だと思う。炎袋が鍛えられればニトロチャージより先に他のほのおタイプの技を習得出来るかもしれないのだし。

 

「的役は俺がやる。遠慮なく俺に向けて撃ってみろ」

 

 そう言って、地面を蹴ると合図だと理解してくれて、俺の周りに黒いオーラが纏わりついていく。

 

「ニャ……?」

「サナ!」

「ニャブ!」

 

 ニャビーは「いいの?」とサーナイトにでも聞いたのだろう。そのサーナイトはふんす! と頑張れアピールをしている。

 可愛いかよ。

 

「ニャー、ブ!」

 

 そして俺に向けて放たれた火を黒いオーラで霧散させていく。

 

「ニャー……!」

 

 それを見たニャビーが目を輝かせている。君に見せるの初めてじゃないでしょ。ほら、カプ・テテフやカプ・レヒレを相手にしてた時とか………そういや寝てたなこいつ。

 

「どんどん来い」

「ニャー、ブ!」

 

 次を促すとさっきに比べてやや速度が増した。

 ちょっと遠慮でもしてたのだろうか。

 それも難なく黒いオーラで消し去ると、続けて二発飛んできた。

 自分から二発続けて撃ってくるとは………。そうやって自分でも考えながら技を放つのはいいことだ。戦うのはポケモン自身。トレーナーの指示ばかりに頼っていては、咄嗟の行動が取れなくなる。トレーナーとの連携は大事だが、何もかもをトレーナーと一緒にってのも無理があるからな。

 

「ほら、もっとだ。俺をこの場から動かしてみろ」

「ニャー………ニャ、ブ! ブ!」

 

 ニャビーは俺の指示にどう応えるか思案すると、また二発の火を連続して飛ばしてきた。

 特に先程と変わりはないため、黒いオーラで呑み込んで掻き消していく。

 

「ニャニャニャニャニャーッ!」

 

 するとそれらは囮だったようで、高くジャンプしたニャビーが降り注いできた。

 

「ニャー、ブ!」

 

 なるほど。

 頭を狙えばあるいはと考えたのだろう。

 だけど、それだけじゃまだ足りないんだよなー。

 

「まもる」

 

 ニャビーが着弾する前にドーム型の防壁を張り、吐き出された火とともにニャビーを受け止める。

 

「ン、ニャーッ!」

 

 まだまだー! といった感じで、ニャビーが防壁を足場にして後方へと回転しながら飛んでいく。

 うん、アレなんか見たことあるね。

 

「ニャニャニャニャニャーッ!!」

 

 空気を足場にして一気に方向転換し、俺に目掛けて突撃してきた。

 ……ああ、やっぱりか。

 ニトロチャージのための特訓だったはずが、何でアクロバットを習得してんだよ。

 いや、いいんだけどさ。謎すぎない?

 

「グフッ?!」

 

 しかも減速させようと放った黒いオーラが意味をなさなかったんですけど………?

 おかげで腹に諸にタックルを受けてしまった。

 よかった、飲み食いしてなくて。危うく吐き出すところだったわ。

 

「ニャ?! ニャニャ、ニャニャニャ!」

 

 ドサッと倒れた俺に気づいたニャビーがすごい剣幕で俺の顔の横にかけてくる。

 

「お、おお、大丈夫だ。思いの外、お前の技の威力が大きかったってだけだ」

 

 息を整えてつつ、何とか腹を押さえて起き上がる。

 うん、頑丈になったよな、俺の身体も。

 

「今の技はアクロバットっていって、一旦相手から距離を取ってから突撃する技だ。ちなみにひこうタイプの技だぞ」

 

 ニャビーの頭を撫でながら今の技を解説すると、余程心配だったのか頭を擦り寄せてくる。

 かわええのう。

 まあ、こんな可愛いのも今の内にだがな。進化したらガオガエンになるし、ガオガエンはその……な。アレはアレでカッコいいんだけど。

 

「サナ!?」

「おう、サーナイト。大丈夫だけど、ちょっといやしのはどうくんない? 痛みは引くだろうし」

「サナ!」

 

 遅れてやってきたサーナイトにいやしのはどうをかけてもらう。

 昔スクールにいた時にハピナスからいやしのはどうをかけられたことがあったけど、気休め程度には人間にも効果があったからな。

 

「ニャニャー」

「サナサナ」

 

 んー、「大丈夫なの?」「任せなさい!」といったところか?

 なんか段々とサーナイトがお姉ちゃんをしてるな。甘えてくるところは変わりないけど、ゲッコウガたちがいない分、自分がしっかりしなくちゃって思ってる部分もあるのかもね。

 いやはや、これも成長の証というものだな。

 

「………ふぅ。サンキューな、サーナイト。痛みは引いたわ」

「サナ!」

「ニャビーも気にするな。今のは俺が読み誤ったのが原因なんだからな。それよりもだ。もう一度やるぞ。今度はアクロバットも使って、どんどんひのこを俺に当てに来い」

「ニャ、ニャブ!」

 

 俺が立ち上がると黒いオーラも同時に俺わ纏い始めていく。心なしかダークライも申し訳なさそうな気配を出してるな。そんな気にしなくてもいいのに。それだけニャビーの思い切りがよかったって話なんだから。

 

「ニャニャニャー!」

 

 さて、次はどんなのを見せてくれるかな。

 ニャビーは高くジャンプすると、また俺に向かって降ってきた。

 

「ニャ、ブ! ブ! ブ!」

 

 おおー。

 アクロバットを覚えたら、いきなり火を三発続けて出せるようになってるじゃん。

 俺がそんな感想を抱きながら、黒いオーラで火を消していると、次は回り込んで俺の背後を取ってきた。

 

「ニャー、ブ!」

 

 お、今度は火の大きさが三つ分くらいになったぞ。これまでの三発を一つにまとめたのか?

 

「まもる」

 

 ドーム型の防壁を張って受け止めると、やはり先程と同じように防壁を足場にしてくるくると回転しながら後ろへ飛んでいった。

 

「ンニャァァァ!」

 

 空気を蹴って一気にこちらへ突撃してくる。

 だが、俺もさっき学習したからな。これはもっと確実に受け止めようと思う。

 

「ニャー、ブ!」

 

 うお?!

 お前、そういうのも思いついたのか。

 

「サイコキネシス」

 

 一直線に突っ込んでくるニャビーは、さらに火を吐き俺にそっちを対処させようとしてきた。

 なかなかにいい発想だが、全部まとめて超念力で止めてやった。

 

「ニャ!?」

 

 急に空中で身体が止まったことで驚いているニャビー。

 

「ニャニャニャー?!」

 

 身体を動かして脱出しようとしているが、一応ダークライの力だからな。ニャビーが敵うわけもなく、俺の腕の中へと着地させられた。

 

「よっと、お疲れさん」

「ニャ……ンー」

 

 身体が自由になったのが分かると、ニャビーは俺の胸に顔を埋めてきた。

 かわええのう。

 でも、こいつオスなんだよなぁ………。もういっそ性別はトツカでいいんじゃないかなぁ。

 

「ちゃんと火のサイズを大きく出来たじゃないか。今はまだそれでいいから、一つ一つステップアップさせていこうな。そうすれば、炎を纏うことも出来るようになるし、ニトロチャージも完成に近づく。それに予定外のアクロバットを習得したんだ。二回目はちゃんと意識して出来てたと思うぞ」

 

 まだまだニャビーには課題がたくさんあるが、初めてでこれなのだからいずれニトロチャージも完成するだろう。

 サーナイトなんかはラルトスの時からゲッコウガたちのバトルを見てきたのに対して、ニャビーはゆったりとしたアローラで過ごしてたんだ。バトルを見る機会もなかっただろう。バトルを直接見ているのと見ていないのとでは、実際に戦う時のイメージが湧かないものだ。それでこれだけのことが出来たのだから充分だと思う。俺もニャビーの実際の動きを見るまではそのことに失念していたくらいだし、お互い気長にやっていこうじゃないか。

 



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33話

「本部から君にミッションを言い渡されたであるぞ」

「ミッション………? もう仕事をしろと?」

 

 プラズマ団との邂逅から程なくして、仕事が舞い込んできた。

 

「いや、今回のは試験を兼ねている」

「はあ………んで、何をしろと?」

 

 試験を兼ねているとか言われても働かなきゃいけないのはどちらにせよ同じことだ。

 

「チャンピオンのポケモンと同じ種族のポケモンを一体捕獲せよ、とのことである」

「チャンピオン………ていうとあのオレンジ髪の?」

 

 確か名前は………アデク? だっけ?

 ポケモンみたいな頭って印象しかない。

 

「であるな。アデクのポケモンの中から一体選び、それと同じポケモンを捕獲するものである」

「つってもイッシュ地方の地理なんざ一切入ってないんすけど」

「そこは任せるであるぞ! ポケモンの生息地などは自分で調べてもらうが、行き先が決まればその場所の行き方を伝えるである」

 

 はぁ………業務命令だからやるしかないが、知らない土地でポケモンを探せと言われてもな………。

 そもそもチャンピオンのポケモンって何がいたよ。

 ウルガモスにアギルダーとシュバルゴ、それとバイバニラにあのアフロケンタロスだっけか。あのアフロだけ名前が思い出せない。そもそもが知らないポケモンだし、カロスでもお目にかからなかったからな。仕方ないということにしておこう。

 んで、この中から好きに選んで捕まえて来いと。

 取り敢えず、アギルダーとシュバルゴはパスで。ゲッコウガと被るというのもあるが、進化前を捕まえた時進化させるのが面倒である。片方捕まえたところでもう片方がいないと進化出来ない奴らだ。チョボマキの殻だけでも手に入るなら別だが、そう簡単に見つかるはずもない。しかも二体揃えたところで進化のタイミングが合わないとってのもあるし、あいつらは無しで。

 次にバイバニラだが、こおりタイプ大好きゆきのんに睨まれそうなのでやめておこう。凍てつく視線を送られて無事死ねるレベル。

 となると残りはウルガモスとアフロケンタロスだが………名前も分からんのに特徴なんざ知るわけがない。

 はあ………消去法でウルガモスになるのか。

 ただ、ウルガモスは伝説のポケモン並みの奴だからな。強いし、慣れているほのおタイプを持つからノウハウがないわけでもないのだが、如何せん出会えるどうかの代物。進化前のメラルバですらどこにいるのやら………。

 

「………一応、ウルガモスにしようかと思うんすけど」

「一番ハードルの高いポケモンに挑戦するであるな」

「やっぱりか。これって進化前を捕まえてくるってのはありなんすか?」

「進化前を捕まえて進化させたというのが確認出来れば、ミッションをクリアしたことになるぞ」

 

 なんか思ったよりも適当だな。

 ミッションってのは完遂してなんぼのもんじゃないのかよ。

 

「………受ける身で言うのもなんですけど、それでいいんすか? 一応試験なんでしょ? それも国際警察としての適正でも調べるくらいのやつの」

「よく分かったであるな。無論、そのつもりであるぞ」

「なら、言われた通りのポケモンを捕まえるのがベストなのでは?」

「上はチャンピオンの現在の手持ちとは一言も言っておらぬ。この意味が分からないわけではあるまい」

 

 つーことは上が何を言おうとも、そもそも指示が悪いと言えるというわけか。この人、そういうところに知恵が働くってことは、結構やり方が汚い時もあるんだろうな。まあ、そうでなければ国際警察で指揮する側にいけないか。

 

「なら、もう特に言いません。このまま受けますよ。んで、ウルガモスの生息場所とかはどこで調べれば?」

「パソコンなり、資料室なりで調べると良い。何かしらあるはずであるぞ」

 

 というわけで俺は早速ウルガモスについて調べることにした。

 資料室にいけば無駄に本があるため、何かしら見つかるだろう。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 という時期が俺にもありました。

 いや、全然ねぇんだけど、ウルガモス!

 お前、そんなに記録に残ってねぇのかよ!

 くそっ、他に何かそれっぽいのでもないのか………?

 

「あ、イッシュ建国史………?」

 

 見たことあるようなワードを見つけ、その本を取ってみた。

 

「前にどこかで読んだ気がするが………」

 

 イッシュ建国史

 古代ハルモニア王国。時のハルモニア王があるドラゴンを降した。それにより国民から絶大な信頼を寄せられ、以来国民は一丸となり、国は栄えた。間も無く国王がその生涯を終えると息子である双子の皇子が新たな王の座に就いた。前国王が降したドラゴンも双子に寄り添い、国民も新たな王の誕生ということもあり、一丸となった。しかし、後に双子の王はその意見を違えることとなった。真実を求める兄と理想を求める弟。カロスという大きな国にいずれハルモニア王国が侵略されると語る弟は、先に危険要因を排除するため、カロスへ侵攻。前国王が降したドラゴンも連れて行った。しかし、結果は惨敗。カロスより打ち上げられた光により多くの魔獣と人々が命を落とした。ドラゴンに助けられた弟の元に兄が向かうとまたしても意見が対立。今度こそ修復しきれない亀裂が二人に入り、二人の言葉にドラゴンが分裂した。その姿は白陽な真実と黒陰の理想を感じさせ、そのまま何もかもが無くなったカロスの地で二人の戦争が始まった。だが、二人はすぐに追い出されることになる。巨大な翠の魔獣に襲われたのだ。二人は戦いの場を自国へと移し、国民を巻き込んだの第二次戦争が勃発。激化した第二次戦争は多くの魔獣と人々の命を奪っていった。ドラゴンと同じく前国王の配下にいた三体の魔獣が他の魔獣たちを引き連れ、以後人々の前に魔獣が長く現れることはなかった。ようやく事の重大さに気づいた双子の王は戦争を放棄。分裂した白黒のドラゴンはそれぞれ石となり、遠くへと消えてしまい、ハルモニア王国も滅んだ。そして激戦により失われた太陽の代わりに、太陽のような炎を操る魔獣を配下に置く者が新たな王となり、国を『一種』と名付けた。

 そう、二度と国が二つに分裂しないようにと願いを込めて。

 

「………………」

 

 うっわ、カロスと戦争してるし。しかも何か打ち上げられてるのって最終兵器なんじゃねぇの………?

 改めて見ると、これ結構ヤバいこと書かれてるよな………。

 いや、それよりもだ。

 最後の太陽のような炎を操る魔獣。

 ウルガモスもそんな謂れがあったような気がする。

 ………まさかこれ、ウルガモスのことか?

 

「まあいい。他も探そう」

 

 イッシュ建国史の中身を読んでいけば、この太陽のような炎を操る魔獣についても何か書いてあるだろうから保留で。

 それよりも他に何か………はっ? カロス戦争?

 

「これってーーー」

 

 これまた聞き覚えのあるフレーズを見つけたので、これも手に取ってみる。

 

「これ、あの会議でダイゴさんが持ってきてた資料のやつじゃね?」

 

 ーーー元々は一体の神に護られていた。その名はゼルネアス。永遠の命を与えるとも言われている神。人々はその神が造り上げた土地の美しさを称賛し、『カロス』と名付けた。そしてそのカロスを統治する王が誕生した。王はカロスの民に讃えられるも、すぐに王は死んだ。民はゼルネアスに王の復活を願うも神の力は働かず、その後カロスは滅びの一途を辿った。朽ちたのだ。イベルタルという悪魔によって、カロスは朽ち果ててしまったのである。しかし、それだけには留まらずゼルネアスとイベルタルは争いを続けた。民は新たな王の誕生を願い、王の子供が新たな王として立ち上がった。すると『何か』も現れ、神と悪魔の争いを諌め、どこかへと消え去ってしまった。その後、ゼルネアスは樹木に、イベルタルは繭となり眠りについてしまった。これが最初の『カロス戦争』である。

 時は千年が過ぎ。新たな戦争が起きた。今度は人や魔獣たちも入り乱れて戦う醜いものである。その戦争で王の愛する魔獣が命を落とした。王はすぐに神を倣って命を与える機械を造り上げた。魔獣は見事復活を遂げるも愛する魔獣が一度死んだという事実に、怒りと悲しみで我を忘れた王は多くの魔獣を使い、機械を兵器に造り変えた。その力で戦争はおろかカロスが無に還り、王の愛する魔獣もその出来事を悲しみ、王の元を去った。神も悪魔も眠りにつき、残された民は一度目に現れたという『何か』を探すも見つけられなかった。

 さらに千年後。三度目の戦争……は起きなかった。起きる前に悪魔が朽ちらせ、『何か』が無に還し、神が新たな命を与え、すぐに元の美しいカロスへと戻ってしまったのだ。

 その千年後。再び戦争が起きた。今度は人と魔獣が協力し、石を使って新たな力を得ることで戦争に立ち向かった。その力は魔獣の姿を変え、強大な力を引き出すもので例え神であろうと悪魔であろうと立ち向かうことが出来た。その最中、石を使わずに新たな姿を手にした魔獣がいた。その魔獣の力により戦争は一気に終わりに近づいた。そう、近づいたのであって終わったわけではない。最後はやはり『何か』が現れたのだ。民はまたしても無に還ると覚悟をしたが、『何か』は神と悪魔を諌め消え去ってしまった。その後、民はその魔獣を英雄と評し、同時に『何か』をこう呼ぶことにした。ーーージガルデ、と。

 我らが子孫たちよ。どうか覚えておいてほしい。カロスには千年に一度ゼルネアスとイベルタルが争い、それをジガルデが諌めるのだ。そして、我らには全てを無に還すジガルデに対抗する刃、英雄ゲッコウガの力が必要になるということをーーー。

 

「こっちにはイッシュのことは一切書かれてないな………」

 

 さっきのイッシュ建国史と照らし合わせると、最終兵器が使われたこの時にイッシュも攻め入ってきたことになる、よな。でもあっちは明確な時期を一切記してないから、確証は得られない。どちらも伝承をそのまま本にしただけのようにも感じられる。

 結局は当事者たちが残した資料でしかない。それを本にまとめたようなものなのだから、矛盾しているというか曖昧なところがあって然るべきということだろう。

 まあ、何にせよ何が真実で何が虚偽なのか当時の人間にしか分からないが、少なくともそれぞれの伝説のポケモンが暴れ、太陽のような炎を操る魔獣と石を使わずに新たな姿を手にした魔獣が人間側に付いたのは事実だろう。

 どちらも後世では伝説のポケモンになりきれなかったという共通点がある。

 やはり太陽の魔獣について調べてみる価値はありそうだな。

 

「ひとまずイッシュ建国史の中身を確認するか」

 

 パラパラとめくっていき、ドラゴンが分裂してハルモニア王国が滅んだ辺りを探す。

 まあ、目星をつけた通り、後ろの方にあった。

 ご丁寧にイラストもある。あるんだけれどもーーー。

 

「なんつー絵だよ」

 

 太陽のような炎を操る魔獣って書いてはあるが、すげぇ絵が下手。後ろのヒラヒラが全部で六枚ーーー六枚羽のポケモンってことしか読み取れん。

 何でこんな大事な資料を残すってのに、絵がクソ下手なやつに書かせたんだよ。もうちょいマシな人材がいただろうに。

 

「まあ、一応姿は見てるしクソ下手な絵のことは流しておいてやろう。それよりもだ」

 

 火山が噴火し、空が黒く染められていく中、太陽のような炎を操る魔獣が太陽の代わりに輝き続けた。光を浴びた人々は感激し、魔獣を太陽の化身だと崇め祀った。

 非常に寒い冬が訪れた時、燃え盛る炎の繭から生まれ、その炎で震える人々や他の魔獣を救った。

 

「………ウルガモスはメラルバの進化形だから文字通り生まれたってわけではないよな」

 

 となると六枚羽を折り畳んだ姿が繭に見えた、か。

 炎の中から現れればそれだけで神降臨みたいなシチュエーションにもなりそうではある。

 ピンチの時に目にすれば崇めたくなるのも頷ける。

 それ故にイッシュ王国ではウルガモスが祀られていたのだろう。

 

「あとは………」

 

 イッシュ王国も多様化する時代の流れの中で衰えていき、終わりを迎えた。だがしかし、イッシュという名はそのまま残り、多様性を象徴する言葉となった。

 王城は人々から忘れ去られるも今も尚、イッシュのどこかに眠っていることだろう。そこには未だ太陽の魔獣がいるかもしれない。

 

「………ヒントになりそうなのはこれくらい、か」

 

 結局、居場所を特定出来るような手がかりはなかった。

 どうしたものかね。

 ウルガモスよ凄さは伝わってくるのだが、今肝心の居場所のことは一切ない。

 もうウルガモスをやめて他のポケモンにするか?

 するとしても次の候補はバイバニラかアフロケンタロスになるだろうが…………どうせならウルガモスを仲間にしてみたい気分になってるんだよなー。

 居場所さえ判れば、どうとでもなりそうなんだけど、その居場所が判らないのが痛い。

 そもそもこのテストはどういう意味があるんだろうな。標的を設定して、それを調べ上げてミッションをクリアする力でも審査されてるとか?

 それとも進化前を捕まえて進化させてもクリアなるみたいだし、捕獲する力とか?

 捕獲する力とか俺にはないと思うんだが………。捕獲される力なら超ありそうだけども、この力変な組織にも働くのが難点なんだよな。いや、そもそもそんな力があるとは思ってもいないが。

 ただ、一度外に出ただけでプラズマ団に遭遇するくらいだ。最初はロケット団でシャドーには誘拐され、ロケット団の残党狩りをさせられて、カロスに来ればフレア団ってのもある。絶対イッシュに長居をすればその分巻き込まれるリスクが高まるのは明白だ。

 つか、ミッションにイッシュ地方で捕まえろとかは一切言われてないよな。

 ………………。

 

「………俺の行き先はガラル地方とか言ってたよな」

 

 ………調べる分には問題ないよな。

 本での居場所特定は無理だ。それっぽいのを探すのだけでも一苦労だし、いざ見つけても内容が抽象的すぎて特定には繋がらない。

 早速パソコンを起動させて、検索をかけた。

 

「………出たよ」

 

 ガラル地方ウルガモスで検索したら見事にヒット。

 

「鎧島……?」

 

 見かけたという写真付きの投稿にはガラル地方鎧島と書かれている。他にもウルガモスの動画とかもテロップで『鎧島で発見!』とか書かれている。

 ここまでくるとそういうことでいいんだよな。

 ウルガモスはイッシュ地方以外にも生息している。恐らくイッシュ地方ではイッシュ王国の守護神的扱いをされているみたいだが、ガラル地方では一ポケモンでしかなさそうだ。それでも珍しいのには間違いないようで、こうして動画なり画像がアップされているわけか。

 

「ちなみにカロスは………?」

 

 カロス地方でも検索をかけてみる。が、ヒットせず。

 やはりカロス地方にはいないみたいだ。

 さっさとカロスに帰りたいところだが、今帰ったところで誰もいない。みんなまだカントーにいる時だ。ポケモン協会の立て直しもしてなければ、フレア団とやり合ってすらしていない。

 となると急いだところで何も変わらないのは同じだ。ただ、イッシュを早々と出たいのは決定事項。

 ならば、やはりここはガラル地方に行ってしまうのがいいのかもしれない。ミッションについてもガラルなら交渉の余地はありそうだ。

 



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34話

「どうしたである? もう調べ終わったであるか?」

「そのことなんすけど、先に確認しておきたいことがありまして……」

 

 壱号さんのところに戻り、交渉のために先に色々と確認しておくことにした。

 

「聞くであるぞ」

「このテストの意味ってなんなんすか?」

「意味とは?」

「国際警察は基本人を捕まえる仕事でしょ。なのに、課題はポケモンの捕獲。標的を洗い出し、居場所を突き止める工程は犯人探しと同じでも人とポケモンを捕まえるのはわけが違う。極論ボールの開閉スイッチに触れさせればいとも簡単に捕まえられるポケモンを犯人と見立てた場合、犯人確保の訓練にすらなりませんよ。人間を取り押さえるのなら、自分の身体を張るかポケモンの技で拘束するかでしょうけど、ポケモンを捕まえるのにそんな手間かけなくてもいけるポケモンはたくさんいます。そっちが想定しているポケモンが伝説級なら話は別ですけど、それだってやりようはいくらでもある。だから、このテストの意図が掴めない」

 

 既にギラティナとやり合ってきたサーナイトなら戦えるだろうし、こっちにはダークライとクレセリアもいる。何ならウツロイドなんて反則級もいるんだ。壱号さんたちが何を想定してのことなのかはさておき、現状のようなタイムスリップとかワープさせられるようなことでもなければ、任務は遂行出来るだろう。

 

「………なるほど。君は課されたミッションをただ遂行するのではなく、その意味も考えるようであるな。だがしかし。このミッションに特に深い理由はないである! ただ君の手持ちの戦力アップを考えたまでであるぞ」

「はっ? 手持ち戦力アップ?」

 

 思わず声が漏れた。

 戦力アップって………。

 

「うむ、君の手持ちはサーナイトとニャビーとあと何かであるが、ニャビーはまだ戦力として数えられる程の強さはなかろう? となるとサーナイトたちへの負担が大きくなる。加えて任務にあたる際にはいつ如何なることが起きるか未知数である。それに対処すべく時は必ずくる。となれば、手持ちは多いに越したことはないであろう?」

 

 確かに壱号さんたちが知っているのはサーナイトとニャビーだけだ。

 それで俺の戦力アップとして、チャンピオンのポケモンと同じ種族を俺に捕獲させ、手持ちにするということか。

 

「つまり、ウルガモスを捕まえた場合、そのまま俺のポケモンになると?」

「うむ、そうであるぞ」

 

 なるほどなるほど。

 

「なら、捕獲場所をイッシュからガラルに変えたいと言っても問題なさそうですね」

「む? 捕獲場所をイッシュからガラルに変える?」

「ええ、どうせ俺の配属はガラルなんでしょ? なら、生息地が明確になっていないイッシュ地方で時間を弄ぶくらいなら、確実にいるガラル地方にさっさと行った方が得策じゃないですか」

「それはつまり、ガラル地方にはウルガモスがいると?」

「ええ、鎧島ってところに」

 

 どうせウルガモスなりポケモンを捕まえても俺のポケモンとなるのなら、捕獲してから配属じゃなくて配属されてから捕獲したってこの件に関しては問題ないはず。それでも一連のプロセスを取るというのならウルガモスは諦めるしかない。

 

「………ミッションの意味を考え、ミッションの遂行地の変更まで求めてきたのは君が初めてであるぞ」

 

 逆にみんな何も考えないで任務に当たっているのか?

 それはそれで問題だと思うが、警察というのは縦社会だって聞くし、そういうのが当たり前になっているのかもしれない。

 やはり俺が国際警察になるのはまちがっているのではないか? いくら集団行動を伴わない扱いになるとか言われても、組織自体が集団行動を是とするところなんだから…………考えるだけ無駄か。

 

「よい、上に掛け合ってみるである」

「頼んます」

 

 ひとまず、上に掛け合ってくれるようだ。

 もう少し突っ込まれるかとも思ってたんだが。こうもあっさりいってしまうとはちょっと拍子抜けだな。

 まあ、面倒なことが避けられただけ良しとしておこう。

 と言っても、また面倒なことになりそうな予感は拭えない。

 今はもう、なるようにしかならないのだし、下手に自分で動くよりも流れに身を任せた方がいいんだろうから、諦めるしかないか。

 未来の俺、あとは任せた。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 翌日、上層部からのミッションの改訂版が降りてこないので、向かい側にあるジムに行ってみることにした。

 むしタイプのジムらしく、ニャビーがどこまでやれるようになったのか確かめるのには最適である。

 ただ………。

 

「開いてるみたいだが、全然人の気配がねぇ」

 

 ジムには入れたものの、受付に人がいないし、奥から誰かが出てくる様子もない。このままバトルフィールドにでも行けばいいのだろうか。

 仕方なしに奥へと続く通路を通っていく。

 通路は暗いが、その奥に灯りがあるのか真っ暗というわけでもない。ということは人がいる?

 そのまま歩いていくと扉があり、それを開いた。

 

「………いいよ、ハハコモリ。そのまま止まっててくれよ」

 

 中ではハハコモリがポーズを取り、それを題材に絵? を描いている人がいた。

 ここからだと顔がよく見えないが、あれがジムリーダーか?

 

「ふんふんふふーん」

 

 うわ、めっちゃノリノリやん。

 声掛けづらー。

 

「……………」

 

 どうしようか。

 絶対こっちには気づいてないよな。

 引き返そうかな………。

 

「ハハーリ?」

 

 あ、ハハコモリがこっちを向いた。目が合っちゃったよ。

 

「ハハーリ」

 

 いや、伝えないのかよ!

 何あのハハコモリ。スルーされたんだけど。今、目が合ったよな?

 くっ、仕方がない。すげぇ嫌だがこっちから声をかけるしかないか。

 

「あのー、ジム戦したいんすけど」

「ふんふんふーん」

 

 ………え? 無視?

 というか聞こえてない?

 

「あの! ジム戦したいんですけど!」

「おあぁ!? えっ、なに?! 挑戦者かい!?」

 

 声を張り上げたらようやく気付いてくれた。

 絵を描くのに夢中になりすぎて、周りの気配すら感じられなくなるとか、鼻歌歌ってたくせにどんだけ集中してたんだよ。

 

「挑戦者です」

「ご、ごめんね! 今すぐ用意するから!」

 

 ………なんつーか、イケメンがテンパっててもやっぱりイケメンなんだな。ハヤマとはまた違った路線だが、似たような感覚に襲われたわ。こう、なんつーの? プラターヌ博士とハヤマを足して二で割ったような………どっちもあのイケメンっぷりがイラッとするからな。

 これがトツカとかだったらどんなに目の保養になっていたか。

 ………あー、トツカにも会えないのか。コマチにも会えないし、三年程はサーナイトに癒やしてもらうしかなさそうだ。

 

「ハハーリ」

 

 バタバタとイケメンジムリーダーが画板を片付けにいく間、ハハコモリがずっとこっちを見てくる……。

 無表情なため、妙に恐怖を覚える。

 

「待たせたね!」

 

 イケメンジムリーダーが一人の男性を連れて帰ってきた。

 このジムの関係者なのだろう。審判役にでも連れてきたのかね。

 

「それじゃ、やろうか。ジム戦」

「うす」

「改めて、ボクはこのヒウンジムのジムリーダー、アーティ。このジムのルールはボクのポケモンを三体倒さなきゃいけないんだけど、大丈夫かな?」

「大丈夫っすよ」

「では、これよりヒウンジムのジム戦を始めます! 使用ポケモンは三体。どちらかのポケモンが戦闘不能になった時点でバトル終了とします! なお、ポケモンの交代はチャレンジャーのみ可能です。それでは、バトル始め!」

「いくよ、ホイーガ!」

 

 一体目はホイーガか。

 むし・どくタイプ。燃やせば何とかなるだろうが、毒には要注意だな。

 

「ニャビー、気負わずやれよ」

「ニャブ!」

 

 これが初陣となるニャビー。

 ニトロチャージを習得する過程で色々と技を覚えたため、今日はその試運転もしてみたいところであるが、果たしてニャビーがどこまでやれるか。

 まあ、ニャビーの後に控えてるポケモンたちにとっては屁でもない相手だろうがな。

 

「見たことないのポケモンだね」

「まあ、イッシュの外から来たんで」

「なるほど、そういうことかい。でも、遠慮はしないよ! ホイーガ、ころがる!」

 

 先に動いたのはホイーガ。

 車のタイヤのように丸い身体を転がしてニャビーに向けて突進してくる。

 

「ニャビー、躱してかげぶんしん」

 

 引きつけたところで分身を作り出し、ホイーガを躱した。

 

「ほのおのうず」

 

 通り過ぎて方向を変えてなお、転がり続けるホイーガに向けて炎の渦を放つ。

 これはニトロチャージの特訓をしていく過程で先に習得した技だ。

 急には止まれないホイーガは影を消しながら炎の中を転がり続け、目のある側面が焦げていた。

 

「直接狙いにいくのは得策ではないようだね。ホイーガ、いやなおと!」

 

 ようやく止まったホイーガがキキキィィィッ! という嫌な音を発し始める。それに驚いたニャビーが怯んで顔を伏せてしまった。ゆったりとしたアローラ育ちで、俺といても爆音を聞くことがなかったニャビーにとっては慣れない辛さがあることだろう。

 

「ポイズンテール!」

 

 その隙を逃すまいと、ホイーガが短い尻尾に紫色の毒素を纏い、飛び込んできた。

 

「ニャビー、後ろに思いっきり飛べ」

 

 そういうとニャビーはくるくると回転しながら後ろに飛び退いた。

 どうやら俺の意図が掴めたらしい。

 

「アクロバットでホイーガを飛び越えろ」

 

 空気を蹴って一気に加速し、紫色の尻尾が空振りに終わったホイーガの後ろに移動。

 

「ホイーガ、後ろだよ! おいうち!」

 

 タイヤのような身体を回して方向転換したホイーガがニャビーの後を追ってくる。

 

「かげぶんしん」

「なっ!?」

 

 それを分身を作って躱し、かつホイーガの動きを止めた。

 

「ほのおのうず」

 

 そして、気が逸れたホイーガの背後から炎の渦で取り囲んでいく。

 

「ホイーガ、ころがるで脱出するんだ!」

 

 まあ、そう来るよな。

 さっきは転がってるところに当てたが、取り囲まれた今、やはりホイーガが脱出できそうな技なんてそれしかない。

 

「ニャビー、渦を覆うように外側にさらにほのおのうずだ」

 

 だから動きが読みやすいというもの。

 ホイーガが出てくる前に渦の外側に新たな炎の渦を作り上げていく。

 

「もう一回」

 

 転がり出したホイーガは急には止まれない。

 

「もう一回」

 

 何度炎を踏もうとも止まったら止まったで炎の渦に呑まれるのみ。

 

「もう一回」

 

 だから転がり続けるしかないが、五つ目の渦でホイーガが限界を迎えた。焦げ焦げになったホイーガが横たわっている。

 

「………よくやった、ニャビー。お前の勝ちだ」

 

 段を追うごとに範囲が広くなる炎の渦を作り上げたニャビーも息が上がっていた。

 もう数回使ってたらガス欠を起こしてたかもな。

 

「ホイーガ、戦闘不能!」

 

 審判の判定が下され、ニャビーの初勝利となった。

 

「戻ってくれ、ホイーガ」

 

 ホイーガをボールに戻したアーティがやれやれといった感じでこちらを見てくる。

 

「驚いたよ。ポケモンの実力はまだまだこれからのように感じたから、君もてっきりトレーナーに成り立てかまだ経験が浅いものだと思ったんだけど………ボクの考えは間違いだったみたいだね。そのポケモンの実力で勝てる戦術を組み立てられるトレーナーが初心者なわけがないよ」

 

 そんなことを思われていたのか。

 そりゃまあ、ニャビーはバトル初心者だし何ならこれが初の公式バトルだけども。

 俺ってそんなに弱い印象あったのかね。どうでもいいけど。

 

「まあ、否定はしませんよ。こいつは最近仲間になったポケモンなんで、その実力を試すために来たんすから」

「だったら、そのポケモンを倒して君本来の実力を見せてもらうとしようか。イシズマイ!」

 

 これじゃあどっちが挑戦者なのだか………。

 二体目のポケモンはイシズマイ。

 むし・いわタイプでほのおタイプも相手にできてしまうむしタイプだ。ついでにひこうタイプも可。

 だからニャビーのアクロバットもほのおのうずも効果は抜群とは言えなくなり、残り一つの技を決め手にしたいところだが、まだニャビーは習得した技が少なく、その決め手がない。結局まだニトロチャージも完成していないのだ。

 やれることとしたらほのおのうずで捉えてジワジワと攻めるくらいか。あとはアクロバットを使って翻弄させるか………。

 難しいところだな。いわタイプがすごくネックだ。交代も視野に入れてバトルを組み上げることにしよう。

 

「すなかけ!」

 

 うわぁ、また面倒な技を。

 目に砂入れようとしてくるとか性格悪いなー。

 

「ニャビー、一旦イシズマイから距離を取れ」

 

 砂をかけられる前に下がらせてイシズマイから距離を取らせる。

 

「イシズマイ、ロックブラスト!」

 

 ニャビーが下がったことで、今度はその距離を埋めるように連続で岩を飛ばしてきた。

 

「かげぶんしんで惑わせろ」

「連続でロックブラスト! 影を消すんだ!」

 

 分身を作って躱すと、その分身を消すようにさらに連続で岩を飛ばしてきた。連続技の連続使用ともなれば弾数もそれなりになり、分身は消されて本体も寸でのところで横に躱すこととなってしまった。

 やはり近づけないな。

 こういう時にこそ、ニトロチャージがあると便利なんだが………。

 まあ、ないものを言ったところでどうしようもない。ある手札でどうにか活路を見出すしかないか。

 

「ほのおのうず」

 

 これ以上連続で岩を飛ばされても困るため、一度炎の渦で取り囲む。

 

「アクロバット」

 

 そして、この間にくるくると後ろへ回転しながら下がらせる。

 

「ッ!? イシズマイ、うちおとすだ!」

 

 その動きだけで何をするつもりなのかは理解したようだ。だが、炎の渦に囲まれていては狙いを定めることも難しいだろう。

 ニャビーは空気を蹴って一気に炎の渦の中へと飛び込んでいく。その間にロックブラストよりは軽そうな岩が飛んでくることもなかった。狙いを定められなかったと見ていいだろう。

 

「……はっ?」

 

 技が決まったかと思えばニャビーの方が渦の中から飛び出てきて、そのまま赤い光へと変化していく。赤い光は俺の腰にあるボールへと吸い込まれていき、別のボールが開いて新たなポケモンが飛び出てきた。

 

「サナ!」

 

 あ、よかった。サーナイトだったか。

 いや、それよりもだ。

 まさかのここでニャビー自らが交代を望むとはな。しかもそれを実行するにあたって新しく技を習得してしまうとは…………。

 とんぼがえり。

 相手の懐に飛び込んで攻撃し、そのぶつかった勢いで自ら光となりボールに吸い込まれていく技だ。しかも代わりのポケモンが勝手に選出されてしまうというね。

 いや、もしかすると交代までの一瞬の間に、ポケモン間で何らかのやり取りがあるのかもしれない。そこは人間の俺たちには分かりかねることだが、サーナイトが出てきたのなら一気に終わらせていくとしよう。

 

「とんぼがえり……。あの様子からして今習得したってところかな。イシズマイ、シザークロス!」

「サーナイト、サイコキネシス」

 

 イシズマイが動くよりも早くサーナイトが超念力でイシズマイを吹き飛ばし、イケメンジムリーダーの後方の壁に叩きつける。

 

「イシズマイ!?」

 

 振り返った先ではイシズマイが目を回していることだろう。

 審判の人も様子を伺いに向かっている。

 

「イ、イシズマイ、戦闘不能!」

 

 めっちゃ声が震えてるんだけど。

 

「も、戻れイシズマイ………! これが君本来の実力か」

「いえ、こんなの序の口っすよ」

「っ!? き、君はトレーナーとしてかなりの実力があるんだね。それはもう四天王クラスの」

 

 四天王、四天王か………。

 実はチャンピオンもちょっと経験してないこともないですって言ったらどうなるんだろうな。何なら今のメンバーでではないが、チャンピオンを倒してるし。

 サーナイトのサイコキネシスで度肝を抜かれているようじゃ、あいつらのバトルなんか見た日にはおしっこ漏らしそうだな。

 

「最後だよ、ハハコモリ!」

「ハハーリ」

 

 三体って言ってたし、本当にハハコモリが最後ってことか。

 むし・くさタイプ。燃やすのが一番手っ取り早いが、生憎サーナイトはほのおタイプの技を覚えていない。マジカルフレイムでも覚えさせたいところだが、ニャビーもいることだしまとめてやりたいとも思っている。

 

「ハハコモリ、いとをはく!」

 

 まずはサーナイトの動きを拘束して封じ込めようってところか。

 なら、こっちは躱すまで。

 

「テレポート」

 

 サーナイトが瞬間移動したことでハハコモリの口から吐かれた白い糸が空振りに終わった。

 

「こごえるかぜ」

 

 そして、ハハコモリの背後に移動していたサーナイトから冷気を送り込まれている。

 こごえるかぜ。威力は低いものの素早さが落ちるという効果を持っている技た。全身が凍りつくまでにはいかないまでも脚に凍傷程度のものは受けていることだろう。

 

「くっ、リーフブレード!」

 

 腕の葉にエネルギーを溜めてサーナイトの方へと突っ込んでくる。

 だが、踏み込みが甘く思ったようにスピードに乗れていないらしい。

 

「マジカルシャイン」

 

 態と引きつけたところで、サーナイトの身体から光を放ち、視覚を奪った。

 ハハコモリの動きは完全に止まり、攻め込まれることはない。

 

「サイコキネシス」

 

 視界が回復し切らない内にハハコモリを超念力で吹き飛ばした。

 今度はジムリーダーの左側。

 後ろの壁の両側に打ちつけた時の衝撃で、所々ひび割れしているのが見える。

 

「ハハコモリ、戦闘不能! よって勝者チャレンジャー!」

 

 ジムリーダー相手にサーナイトはここまで余裕に戦えてしまうとは。アローラ地方でも島キング・島クイーンに余裕を見せていたし、リザードンたちとバトルしたらどこまでやれるようになっているのやら。

 

「お疲れさん」

「サナ!」

「強いね、本当に。ニャビーもサーナイトもよく育てられている」

「はぁ、どうも。俺もニャビーの現状が見れてよかったっすよ」

「課題は見えたのかい?」

「今ニトロチャージを習得しようとしてるんすけど、やっぱりあれがないと選択肢が狭まるなと」

「それであれだけのバトルを組み立てられるのだから大したものだよ。あぁ、これがビードルバッジだよ。受け取って欲しい」

「んじゃまあ、ありがたく」

 

 特にイッシュ地方のバッジを集めるつもりもないのだが、くれるというのだから差し出されたジムバッジを受け取った。

 

「ところで、君たちの本気はどんなバトルになるんだい?」

「そうっすね………。進化を超えたその先にあるバトルって感じですかね。今は訳あって離れてる俺のポケモンたちとやろうものなら、俺の指示なしでもフィールドをぶっ壊されてコテンパンにされると思いますよ」

 

 本気のバトルがどんなのか聞かれてもな。

 フィールドが壊れるくらいの表現しかしようがないぞ。

 

「………ボクの想像を遥かに超えるバトルになるということだけは分かったよ」

「んじゃ、俺は帰りますよ」

「気をつけてね。最近変な集団が出てたりするから」

 

 帰ろうとしたらそんなことを言われた。

 恐らくプラズマ団のことだろう。ジムリーダーにもそういう情報は流れてくるからな。

 

「了解っす」

 

 もう出会してるなんて知ったらどういう反応するんだろうか。まあ、言わないが。

 そのままサーナイトを連れ立ってヒウンジムを後にした。

 



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35話

「ようやく上から辞令が下されたであるぞ」

 

 ヒウンジムに行ってから一週間の後。

 ようやく仕事が転がり込んできた。

 

「まずは君の所属部署からであるが、国際警察本部警視長室組織犯罪捜査課特命係となる。階級は巡査部長。そして、君に与えられたコードネームは『黒の撥号』。わたしの傘下である黒の名を冠することになった」

 

 えっと?

 国際警察本部警視長室組織犯罪捜査課特命係………?

 いや、長いわ!

 階級はいいとしよう。巡査部長なんて割と下の方だし、変に上の階級を与えられても困る。

 それよりもコードネームだ。

 何でよりにもよってそんなザイモクザが好きそうなものにしたんだよ。上司が黒の壱号だからって撥号はないだろ。名前とかけるんじゃねぇよ。

 

「次に辞令の方であるが、正式に上からガラル地方行きが決まった。ミッション内容はガラル地方におけるコネクションの構築、黒またはグレー集団の調査、そして君に課せられているウルガモスの捕獲の三種となる」

 

 辞令の方はこれまで言われてきたことだ。それが正式に決まっただけのこと。コネクション作りが些か不安でしかないが、ジム戦でもすればジムリーダーたちとはどうにかお知り合いになれなくもないだろう。

 その変から怪しい集団ないし人物の情報を聞き出せば手がかりくらいは掴めるはず。

 ウルガモスに関しては探すしかないが、イッシュ地方を駆け回るよりは断然いい。

 

「ただ、このまま放り投げたところで何も生まれないだろうということで、君にはガラル地方の鎧島にあるポケモン道場で住み込み調査をしてもらうことになった」

 

 ………え?

 旅するみたいに練り歩くんじゃないのん?

 

「期間はこれより三年。できる限りの情報を集めよ。そして、可能ならば組織の壊滅を遂行しろ。とのことである」

「えっと……住み込み?」

「うむ、初めての土地で野宿ばかりというのも経費がかかるである。その点、道場に住み込みとなれば食と住は確保できるし、道場主からコネクションを広げることも可能であろう」

 

 一応考えられてのことか。

 道場……道場ねぇ。

 

「それ、どういうタイプの道場なんすか?」

「ポケモントレーナー育成の道場であるぞ」

「つまり格闘技とかのではないと?」

「少なくともメインではないである」

「………分かりました。不安は拭えませんが、その辞令に従いましょう」

 

 警察本部が用意したところだ。

 流石におかしなことにはならないだろう。というかなったら色々と本部の責任が面倒なことになるだろうからないと信じたい。

 

「それとこれからはわたしは君のサポーターの『マジシャン』ということになる。くれぐれも黒の壱号の名を出すことのないように」

「了解っす。それで、赴任はいつからで?」

「明日にでも出立してもらうであるぞ」

 

 早いな。

 まあ、俺としては早いに越したことはないしいいけど。

 

「なら、準備しておきますよ」

「では、これを。君名義の口座を作っておいた。活動資金及び給料はここに振り込まれるようになっている。鎧島ではどうか分からないがガラル本土にあるATMから引き出せるようになっているから安心していいである」

 

 おー、まさかの口座を用意してくれていたのか。確認する手間が省けたな。

 

「それとスマホを渡しておくぞ。ガラル地方では大多数の者が所持している通信機器である。イッシュ地方ではライブキャスターが主流であるため、これを持っている者は極僅かであるぞ」

 

 スマホ、だと………!?

 ホロキャスターやポケナビよりも優秀だというアレか?!

 しかも他の機器ともアプリを通して連動させることが出来て、操作も出来るという………!

 すみません、デボンの社長さん。

 スマホ使わせていただきます!

 

「わたしの連絡先しか入っていないが、コネクション作りの道具にするであるぞ」

「連絡先が少ないのは今に始まったことじゃないんで。ありがたく使わせてもらいますよ」

「あと、そのスマホにはまだ仕掛けがあるようだが、それは現地でのお楽しみであるぞ」

「まあ、その辺はあっちの人にでも聞けばいいでしょ。その仕掛けもあっちでは使われてるんでしょ?」

「そっちの使い方の方が一般的ではある」

 

 なら、いちいち調べるよりも聞いた方が早そうだ。

 ホロキャスターやポケナビですら使いこなせているとは言い難いし、ホロキャスターに至っては女性陣の方が詳しいまである。

 下手に慣れないことはしないでおこう。面倒だし。

 

「最後にハイパーボールを渡しておく。見事、ウルガモスを捕獲し仲間にするであるぞ」

「了解」

 

 なんだかんだで至れり尽くせりだな。

 偶然落ちたところが国際警察関連の施設で、そこで黒の壱号警視長により国際警察官にされてしまったが、そのおかげで口座が作れるくらいの身柄が保証されたわけだ。加えて、これから先の三年間を無意味に過ごすこともなく済みそうだ。しかも食と住に困ることもなく給料も入るというのだから、逆に全てが俺を嵌めようとしている罠だとすら思えてくるレベル。

 

「毎日とは言わないが、週に一度は報告するであるぞ」

「何も収穫がなくてもいいのなら」

「基より初めはそういうものであるぞ」

「はいはい、分かりましたよ。ここまで用意されたのならやらないわけにはいかないでしょうよ」

 

 スマホを持たせたのも表向きはあっちでの主流機器だからだろうが、真意は報告させるためなんだろうな。

 まあ、連絡先が壱号さんしかないってのなら煩わしい連絡も来ないということだろう。全てのやり取りは壱号さんを通してということならば、俺としても情報は揃えておきたいため、連絡せざるを得ない。

 大人たちの考えは本当に裏があって恐ろしい限りだ。

 

「では、任務完了の知らせを楽しみにしておるぞ」

 

 こうして、正式に国際警察官になってしまった。

 ポケモン協会本部からカロス支部のトップへ至り、次は国際警察官か………。我ながら中々に異色の経歴の持ち主になってしまったな。ここにさらに元チャンピオンと忠犬ハチ公、新たに黒の撥号って肩書きがくるんだろ?

 こんなもん、目の敵にされてもおかしくないわな。

 ………どうか、これから先も面倒なことが起きないまま三年が過ぎますように。それか早く俺を元の時間軸に戻して………。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 翌日。

 半日もかからず早速ガラル地方に降り立った。

 カントーに帰るよりもガラルやカロスの方が近いということに今更ながら気づいたのはオフレコにしておこう。

 そして、アーマーガアタクシーなる鳥籠に入れられ、東にある離島へとやってきたわけだが………。

 

「本土は寒かったくせに、離島は暑いとかどういう環境だよ」

 

 ガラル地方は寒いというイメージがあったため、気持ち厚着をしてきたってのにこの暑さ。

 南の方にあるわけでもなし、謎すぎる。

 道場前に降ろされたものの砂浜だし。

 しかも頭が黄色いヤドン? が何体も砂浜に打ち上げられている。あれリージョンフォームか? でもあのボケーとした感じは変わらない。

 橋を渡って建物の前に来ると、結構な大きさなのが分かる。

 それにしてもどこぞの半裸博士の研究所みたいな立地だな。浜近くに道場って………。

 取り敢えず中に入るか。

 

「……お邪魔しまーす」

「「「新人さん、いらっしゃーいっ!!」」」

 

 パンパパパンパンパンッ!!

 扉を開いて中に入ると発砲音とともに目の前が細長いキラキラした紙切れで覆われた。

 多分クラッカーとかの類のやつなんだろう、と遅れて気づく。いや、一瞬マジで撃たれたかと思ったわ。

 

「えっと………」

「ほ、ほら! やっぱり困ってるじゃないですか、師匠!」

「ええー? ワシちゃん、いけると思ったのよー?」

「知りもしない人からのこれは恐怖でしかありませんって………」

 

 中心にいた老人に向かって周りから声が上がっている。

 なるほど、主犯はあの爺さんか。

 

「ごめんねぇ、ウチの人が。今日来る新人さんは集団に溶け込むのが苦手だーって聞いて、なら最初からフランクならいいんじゃないの? って、ダーリンが張り切っちゃったのよ。だから悪く思わないであげてね」

「はあ……そすか…………」

 

 俺のこと何て言われてるんだよ。すげぇ気になるんですけど。

 …………ん?

 

「え? ダーリン?」

「そうよ、あたしはミツバ。ダーリンのお嫁さんよ!」

「わぁお、初対面の子に大胆だねん、マイハニーは」

 

 そう言って爺さんに抱きつく女性。

 ………………………。

 え、この爺さんと見た目三十、四十辺りのミツバさんとやらが夫婦………?

 

「…………あ、はい」

 

 うん、特に問題があるわけじゃない。昨今では歳の差カップルなんて普通だ。それこそ、誰にもやらないと誓った静さんと俺も歳の差カップル予定みたいなもんだ。まあ、俺の場合は嫁さん候補がまだ数人いるし、全員もらおうとしてるわけだけど…………。

 問題があるとすれば俺の方だわな。うん、だからこれは至って普通のことだ。問題ない、問題………ない。

 

「つ、強者だ………っ!? 初対面でこのツーショットを見せられてもあっさり受け入れたぞ!」

「すごい!」

 

 いやいやいや!

 んなことで強者認定するなよ!

 

「あ、いや、その、なんつーか………そういう人もいていいのではってだけ、です」

 

 さっきから衝撃の連続でまともに頭が働いていない。何なら口も回らない。

 

「改めて、ようこそマスター道場へ。ワシちゃんがこの道場の師範をしてるマスタードだよん。よろぴくね〜」

 

 いや、軽っ!?

 爺さんが一番ノリが軽いってどういうことだよ!

 つーか、マジでこの人が道場主なのかよ。

 ………大丈夫か、この道場。

 

「チミの名前は〜?」

「あ、ハチです」

「なら、はっちんね〜」

「おい」

 

 もうね。

 出だしからツッコミ所満載な道場なんですけど。

 ここ、本当にポケモントレーナーの道場なのか?

 お笑い育成所って言われても違和感ないぞ。

 

「あれれ〜? 嫌だった〜?」

「いや、いいですけど………さっきから衝撃が走りまくって処理しきれない」

「真面目だねぇ」

「最早真面目云々以前の問題でしょ、このカオスっぷりは」

 

 コミュ力お化けなユイやイロハ、コマチですら対処しきれないと思う。

 いや、ほんとマジで誰か助けて………。

 こういう時の対処法を教えてください!

 

「歳はいくつ〜?」

 

 聞いてないな、こんちくしょう!

 つか、歳?!

 俺、今いくつだよ。十七? ……いや、半年経ってたんだから十八になってた、のか?

 あ、でも三年前に飛ばされて…………身体的には十八ってことにしておこう! 知らん!

 

「……あー、多分十八くらいじゃないですかね。きちんと数えてないもんで」

「およよ〜? 若いうちからそれだとワシちゃんみたいな歳になった時、すごいことになってるかもよん?」

「久しぶりに祝われたのが十七の時で、それが一年くらい前だったなーって感じなんすよ」

「そっかそっか。なら、ここにいる間に誕生日が来たら盛大にお祝いしないとね。そりゃもう、忘れられない誕生日にしてあげるよん」

 

 ………それはそれで何か怖いんだけど。

 今しがた起きたクラッカー事件がパワーアップして起こりそうな予感しかしない。

 

「はあ、まあその時はよろしくお願いします」

「うんうん、楽しみにしててねん」

 

 ………いや、つーか。

 何でいきなり誕生日の話になってんだよ。

 俺今来たところだからね?

 しかも次の誕生日ってあと半年以上あるし、その間に次の命令が出されたらここを離れることになるだろうからね?

 

「………えっと、それよりなんか入門試験とかあったりしないんすか?」

「え? ないよ、ないない。そんなものはここにはないよーん」

 

 えぇー………。

 勝手な思い込みだろうけど、道場ってそういうのあるもんじゃないのか? 一応トレーナーの実力を把握しておかなければ、指導も何もないと思うんだが。

 

「あ、でもどんなバトルをするのかは見てみたいねー。だからいつか見せてね」

「いつかって………そんな先でいいんですか?」

「ここではトレーナー自身のペースで鍛えていくからね。ワシちゃん、若い子たちを焦らせる気はないよん。それにチミに釣り合うトレーナーは今日いないからね」

 

 どういうことだってばよ。

 釣り合う相手とか………えっ? ここの門下生ってそんなに強いのか?

 

「えっと、取り敢えず割と自由ってことでいいんすかね」

「そうね。そんな感じでいいと思うよ。焦ってもいいことはないからねー」

「そりゃごもっともで」

 

 何というか、食えない爺さんだな。

 こんな軽い爺さんでも爺さんなりの考え方があるみたいだし、その考えにも共感できなくもない。

 俺自身、別に時間に追われてるわけではないから共感できるのかもしれないが、焦ったところで何かが変わるわけでもない。何をしたって時間の流れには逆らえないのだし、流れに身を任せるが吉だということは身に染みている。現在進行形で起きているタイムトラベルは時間の流れに逆らっているのでは? という意見も出てくるだろうが、どうせどこか他のタイミングで世界の修正が入るのだ。例え時間の流れに逆らえたとしても世界そのものには逆らえない。結局、焦ったところ世界にとっては数瞬程度のこと。

 というわけで爺さんの教育方針に則ってここでのんびりすることにしよう。

 

「はい、それじゃあ、はっちんへの質問ターイム!」

 

 はっ?

 おい、待てやこら。

 いきなり過ぎるだろ!

 それにまだ玄関入ってそのままなんですけど?!

 まさか、ここで一通りやるつもりなのか?

 

「あ、じゃあはい!」

「はい、そこのチミ!」

「ハチさんはどんなポケモンを連れてるんですか!」

 

 連れてるポケモン………えっ、どうしようか。やっぱあいつらは出せないよな。となると………。

 

「えっと、出てこいサーナイト、ニャビー」

「サナ!」

「ニャブ」

 

 取り敢えず一般的なポケモンであるこいつらしか見せられないよな。口に出すのもやめておいた方がいいだろう。

 

「サーナイト!?」

「かわいいー!」

「そっちのチョロネコみたいな子もかわいいー!」

「おおー、ニャビーを連れてるなんて、さすが外から来ただけあるねぇ」

「師匠、このポケモンは?」

「うん、ニャビーと言ってね。アローラ地方に生息するほのおタイプのポケモンだよ。ガラル地方には生息してないからね。みんなが知らなくても当然なのよん」

「あ、いないんですね」

「でもサーナイトはいるよん」

「へぇ、詳しいんですね」

「ワシちゃん、これでも世界を旅してたからねん」

「その時、ゲットされちゃったのがあたしだよ!」

 

 ねー! って顔を合わせるラブラブ夫婦。

 ……………うーん、そんなラブラブっぷりを見せられても俺にどうしろと? ポケモンゲットみたいな言い方されても、笑えばいいんですかね……?

 

「サーナイト、ニャビー。一応ここが今日からお世話になるマスター道場だ。約二名程キャラが濃過ぎるけど、まあ慣れてくれ。俺も努力するから」

「サナ」

「ニャブ」

 

 一応警告だけはしておいた。

 こんなキャラの濃い夫婦に突然会わされたんじゃ、ビビるだろうからな。俺なんか超ビビったからね。

 

「はい、次!」

「押忍! 先程外から来られたみたいなことを師匠が仰ってましたが、ハチさんのご出身は?」

「カントー地方」

「の?」

 

 の? って………。

 もっと詳しく言えってか、爺さん。

 

「………クチバシティ」

「おぉー、港町だね」

 

 この爺さん、自分のペースに巻き込むのが上手過ぎて怖いわ。この独特な軽さは不意を突かれたら終わりだ。突かれたが最後呑まれてしまう。

 

「ほんとに詳しいですね」

「これくらいは有名だよん」

「はあ、まああの………取り敢えず上がっていいすかね。ちゃんと質問には答えるんで」

「あ」

 

 おい、爺さん今気づいたのかよ!

 

「ご、ごめんね〜。ワシちゃん新しい子が来るってもんで張り切りすぎちゃってた。てへぺろ」

「…………さて、お邪魔します」

「師匠をスルーした、だと………!?」

「ハチさん、マジ最強」

 

 おい、そこの二人。

 そんなことで関心しなくていいからね。

 こりゃ前言撤回だな。

 門下生たちもそれなりにキャラが濃いわ。

 俺、ここでちゃんとやっていけるのか逆に不安になってくる。

 もしダメだったら………その時はその時だ。

 



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行間

〜手持ちポケモン紹介〜(35話現在)

 

 

ヒキガヤハチマン 持ち物:キーストーン、Zパワーリングetc………

・サーナイト(ラルトス→キルリア→サーナイト) ♀

 持ち物:サーナイトナイト

 特性:シンクロ←→フェアリースキン

 覚えてる技:リフレクター、ねんりき、まもる、テレポート、マジカルリーフ、シャドーボール、マジカルシャイン、トリックルーム、シンクロノイズ、サイコキネシス、いのちのしずく、しんぴのまもり、ムーンフォース、サイコショック、さいみんじゅつ、ゆめくい、あくむ、かなしばり、かげぶんしん、ちょうはつ、サイケこうせん、みらいよち、めいそう、でんげきは、チャージビーム、10まんボルト、でんじは、こごえるかぜ、シグナルビーム、くさむすび、エナジーボール、のしかかり、きあいだま、かみなりパンチ、ミストフィールド、スピードスター、かげうち

 Z技:スパーキングギガボルト、マキシマムサイブレイカー、全力無双激烈拳

 

・ウツロイド

 覚えてる技:ようかいえき、マジカルシャイン、はたきおとす、10まんボルト、サイコキネシス、ミラーコート、アシッドボム、クリアスモッグ、ベノムショック、ベノムトラップ、クロスポイズン、どくづき、サイコショック、パワージェム、アイアンヘッド、くさむすび、でんじは、まきつく、からみつく、しめつける、ぶんまわす、かみなり、どくどく

 Z技:アシッドポイズンデリート

 憑依技:ハチマンパンチ、ハチマンキック、ハチマンヘッド

 

・ダークライ

 特性:ナイトメア

 覚えてる技:ダークホール(ブラックホール)、おにび、ゆめくい、あくのはどう、かげぶんしん、ふいうち、さいみんじゅつ、あくむ、かなしばり、ちょうはつ、でんじは、でんげきは、チャージビーム、10まんボルト、サイコキネシス、きあいだま、でんこうせっか、シャドークロー、だましうち、かわらわり

 

・クレセリア ♀

 特性:ふゆう

 覚えてる技:サイコキネシス、みらいよち、チャージビーム、くさむすび、シグナルビーム、ムーンフォース、サイコシフト、みかづきのまい、てだすけ、つきのひかり、サイコショック、さいみんじゅつ、サイケこうせん、めいそう、でんじは、こごえるかぜ、エナジーボール、のしかかり

 

・ニャビー ♂

 覚えてる技:ひのこ、アクロバット、ほのおのうず、とんぼがえり、かげぶんしん

 

控え

・リザードン(ヒトカゲ→リザード→リザードン) ♂

 特性:もうか

 覚えてる技:かえんほうしゃ、メタルクロー、かみつく、おにび、えんまく、はがねのつばさ、かみなりパンチ、ドラゴンクロー、シャドークロー、つばめがえし、りゅうのまい、かみくだく、カウンター、じしん、フレアドライブ、ブラストバーン、げきりん、じわれ、だいもんじ、ソーラービーム、リフレクター、はらだいこ、ぼうふう、ねっぷう、あなをほる、れんごく、かげぶんしん、ブレイズキック

 飛行術

 ・ハイヨーヨー:上昇から下降

 ・ローヨーヨー:下降から上昇

 ・トルネード:高速回転

 ・エアキックターン:空中でターン

 ・スイシーダ:地面に叩きつける

 ・シザーズ:左右に移動して撹乱

 ・ソニックブースト:ゼロからトップに急加速

 ・コブラ:急停止・急加速

 ・ブラスターロール:翻って背後を取る

 ・グリーンスリーブス:連続で攻撃して空中に釣り上げる

 ・デルタフォース:空中で大きな三角形を描くように連続攻撃

 ・ペンタグラムフォース:空中で五芒星を描くように連続攻撃

 ・バードゲージ:スピードを活かして相手の動きをコントロールしていく

 ・スモール・パッケージ・ホールド:背面飛行で相手の下を飛行する

 

・ゲッコウガ(ケロマツ→ゲコガシラ→ゲッコウガ) ♂

 特性:きずなへんげ(へんげんじざい→きずなへんげ)

 覚えてる技:みずのはどう、あなをほる、かげぶんしん、れいとうパンチ、れいとうビーム、つばめがえし、ハイドロポンプ、くさむすび、グロウパンチ、えんまく、がんせきふうじ、いわなだれ、まもる、かげうち、みずしゅりけん、どろぼう、つじぎり、ハイドロカノン、めざめるパワー(炎)、とんぼがえり、とびはねる、ほごしょく、けたぐり、ぶんまわす、あくのはどう、どろあそび、ふぶき、たたみがえし、ダストシュート

 

・ヘルガー ♂

 持ち物:ヘルガナイト

 特性:もらいび←→サンパワー

 覚えてる技:かみつく、ほのおのキバ、ふいうち、おにび、かえんほうしゃ、かみくだく、れんごく、ほえる、はかいこうせん、アイアンテール、あくのはどう、みちづれ、だいもんじ、ハイパーボイス、ヘドロばくだん、ちょうはつ、ほのおのうず、まもる

 

・ボスゴドラ ♂

 持ち物:ボスゴドラナイト

 特性:がんじょう

 覚えてる技:ロックブラスト、あなをほる、なげつける、メタルクロー、アイアンヘッド、アイアンテール、てっぺき、メタルバースト、ボディパージ、ヘビーボンバー、ロックカット、ほのおのパンチ、もろはのずつき、ラスターカノン、ドラゴンダイブ、でんじふゆう、だいちのちから、カウンター、ばかぢから

 

不明

・ジュカイン(キモリ→ジュプトル→ジュカイン) ♂

 持ち物:ジュカインナイト

 特性:しんりょく←→ひらいしん

 覚えてる技:でんこうせっか、リーフストーム、リーフブレード、ドラゴンクロー、タネマシンガン、ギガドレイン、かみなりパンチ、スピードスター、くさむすび、ソーラービーム、エナジーボール、シザークロス、くさのちかい、マジカルリーフ、タネばくだん、こうそくいどう、つめとぎ、いやなおと、こうごうせい、くさぶえ、やどりぎのタネ、グラスフィールド、なやみのタネ、ハードプラント、つばめがえし、ものまね、みがわり、じならし、アイアンテール、けたぐり、つじぎり、グロウパンチ、まもる、ぶんまわす、あなをほる

 

 

アデク

・ウルガモス

 

・アギルダー

 使った技:かげぶんしん

 

・シュバルゴ

 

・バイバニラ

 

・バッフロン

 

 

アーティ

・ハハコモリ

 使った技:リーフブレード、いとをはく

 

・ホイーガ

 特性:どくのトゲ

 使った技:ころがる、ポイズンテール、おいうち、いやなおと

 

・イシズマイ

 使った技:ロックブラスト、うちおとす、シザークロス、すなかけ

 

 



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36話

 鎧島に来てすぐにクラッカー事件に見舞われ、質問攻めにされた後。

 待ちかねていたかのように宴会が始まった。

 ノリが軽いとは思ったが、ここはどこぞの魔物の国なのだろうかと疑うレベルだわ。みんな宴会好き過ぎるだろ。

 ひとまず酒は回避。

 代わりに出されたジュースも一通り飲むだけ飲んで、あとはお茶で流していた。

 そんなこともあり、二日酔いは回避できたわけだが…………。

 

「起きてもう寝たいとか久しぶりだわ………」

 

 疲れが全然取れていない。

 ギガドレインで吸われた気分だ。

 元々大勢でワイワイするのに慣れてない上に、あのキャラの濃い夫婦に翻弄されっぱなしだったのが効いているのだろう。

 あの人たち、もしかしなくても天敵かもしれない…………。

 

「おざます」

「およ、はっちん。おはようちゃん」

「………なんか、昨日と空気違くないすか?」

 

 爺さんは昨日と変わりない。

 それよりも門下生の兄弟子たちの方。

 俺が起きるの遅かったから怒っているのだろうか……。なんか、そんな感じのピリピリ感が肌を突き刺してくる。

 

「さすがはっちんだね。空気感の違いにいち早く気づくなんて。答えを言うとお客さんが来てるのよん」

 

 客?

 その人のせいでピリピリしていると?

 

「………ヤバい人とか?」

「うーん、まあある意味?」

 

 どういうことだよ。

 ガラルのことなんてほとんど知らないんだから、含みを持たれても分かんねぇよ。

 

「あ、そうだ。ワシちゃんいいこと思いついちゃった」

 

 まあ、俺は女将さんのところに挨拶でもしてくるかね。

 

「ダンデちん、ちょっちこっちに来てくれない?」

「はい、師匠!」

 

 …………。

 

「あの、何故手を……?」

「チミ、逃げそうだから?」

「ミツバさんのところに挨拶しにいくだけですよ?」

「なら、後からねん」

 

 えぇー………。

 もうこの爺さんの思考回避がさっぱり理解できねぇよ。一体何考えてんだよ。怖いよ、怖い。怖すぎる。

 

「師匠、どうかしましたか?」

「ダンデちん、はっちんとバトルしてくれない?」

「はい?」

「バトル! やります! やらせてください!」

 

 おい。

 なんか呼ばれてすっ飛んできたかと思えば、二つ返事で答えるなや。

 どんだけバトルしたいんだよ。

 

「し、師匠……大丈夫なんですか?」

「相手はダンデさんですよ?」

「だからだよん。はっちんがどんなバトルを見せても対応できそうなダンデちん相手ならはっちんも気兼ねなく実力を発揮できるでしょ?」

「そ、それはそうですけど………ハチさんがすぐに倒されちゃうって可能性も………」

「大丈夫、大丈夫。ワシちゃん、これでもいろんなトレーナー見てきたからね。なんとなく分かるのよ」

 

 姉弟子たちにすげぇ心配されてるんだけど。

 俺、そんな弱そうに見えてるのかね。

 

「はっちん、昨日はいつかだなんてワシちゃん言ったけど、このバトルではっちんの本気を見せてねん」

「言うと思いましたよ。それなら、さすがに寝起きはキツいんでちょっと準備させてください」

「オッケー、オッケー。あそこの扉から外のフィールドに出られるから、準備できたら出てきてね」

「外にフィールドあるんすね」

「モチのロンよ。ワシちゃん、これでもバトル大好き人間だからね。現役時代はもっとすごかったのよん」

「まあ、バトル好きでもなければ道場なんて開いてませんもんね」

「そうだねー。んじゃ、よろぴくねー」

 

 はぁ…………。

 寝起きでバトルですか………。

 取り敢えず、お茶か水もらってこよ。

 台所へ向かうとミツバさんが洗い物をしていた。

 

「あら、ハチくん。おはよう」

「おざます」

「聞こえたわよ。ダンデくんとバトルするんだって?」

「ええ、まあ。寝起きドッキリもいいところですよ」

 

 俺に気がついたミツバさんは洗い物をやめて冷蔵庫からお茶を出してコップに注いでくれた。

 すげぇな、この人。

 まだ何も言ってないってのに。

 

「はい、お茶」

「よく分かりましたね。いただきます」

 

 ぷはーっ。

 生き返る。

 夜も思ったよりも暑くてじとっとした寝汗をかいたくらいだ。脱水とまではいかなくとも喉は渇いてる。

 はぁ、さっぱりした。

 さすがに寝起きのままだと頭が働かないからな。さっぱりさせたかったのは本当だ。

 ただ、バトルを言い渡された辺りからもう一つの目的がここにはできていた。

 

「そういえば、マスタードさんと結婚して道場を一緒に経営してるみたいですけど、ミツバさんはバトルってします?」

「そうだね、ダーリンと結婚してからダーリンの影響でやるようになったわよ」

「なら、ダイマックスも?」

「一応ね」

「へぇ」

 

 結婚してからバトルを始めてダイマックスもできるようになったのか。

 となると俺もいずれダイマックスが使えるようになるかもな。

 

「なら、ダイマックスってどれくらい巨大化してられるんですか?」

「うーん、技を三回くらい使ったら元に戻る、かな。でもポケモンによるよ?」

「いえ、参考までに目安が欲しかっただけなんで」

 

 あの有識者会議でガラル地方ではダイマックスなるものがバトルに取り入れられていると言っていた。言うなればカロス地方とかでのメガシンカの導入と同じ類だろう。そうなると実力者たちは挙ってダイマックスを使用してくるはずだ。あのダンデって男がどれくらいのレベルなのかは知らないが、あの爺さんがそこら辺のトレーナーをぶつけてくるとは思えない。あのダンデという男もそれなりの実力者ではあるだろう。となるとダイマックスが使われてもおかしくはない。

 

「あらあら、ハチくんて実は狡賢いのね」

「情報はあるに越したことはないでしょ」

「あの人たちは外から来たハチくんにダイマックスを見せて驚かせようとしてたみたいだけれど、今回はハチくんの方が上手だったようだね」

「………確かにそういうの考えてそうですね。まあ、ダイマックスを使ってくるかどうかも分かりませんし、どちらにしてもダイマックスしたポケモンとは初バトルですからね。サプライズになるのは変わりませんよ」

 

 問題はダイマックスに対してどう対処するかだ。見たこともないため対策のしようもないが、対抗手段がないわけではない。

 それに爺さんは今の俺の本気をご所望だ。

 気兼ねなく使ってやるとするか。

 

「今までここに来た子たちの中では、あんたが一番度胸がありそうだね」

「慣れてるだけですよ」

「ダーリンたちを楽しませてあげてね」

「了解」

 

 ミツバさんもこう言ってるんだ。

 ダイマックスを見せて俺を驚かせようとしたあの爺さんを逆に驚かせてやるか。ついでにあのダンデってやつも。

 ひとまず部屋に戻り着替えてから、虹色に光る石が特徴的なネックレスと変な形の土台がある黒いブレスレットをつけて外のバトルフィールドに向かうことにした。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「あ、はっちん。着替えてきたんだね」

「ぼーっとしたままじゃ本気なんて出せませんからね」

 

 外に出ると門下生たちが今か今かと待ち侘びていた。

 

「………なんか、みんなそわそわしてません?」

「そりゃ、無敵のダンデのバトルが見られるからね。生で見られるなんてレアものなのよ」

「………はっ? あいつ有名人なんすか?」

「そだよー。詳しくはバトルが終わってからね。先入観なくダンデちんとバトルしてほしいから」

「まあ、それはいいですけど………」

 

 先入観なくって………そんなにあのダンデってのはヤバいのか?

 ただ強いのかクセが強いのかは分からないが、少なくともそう言い切れるものがあるってことなんだろう。

 ………そうか、強いのか。無敵のダンデ、無敵………ね。

 

「………悪いな、待たせちまって」

「構わないさ。オレはバトルを待ち侘びているこの時間も好きだからな!」

 

 待ってる時間も好きって………。

 これ、トレーナー自身がキャラの濃いヤバいやつなんじゃ…………。

 

「ルールは一対一の一本勝負だよん。ただ、ワシちゃんがはっちんの実力を見たいから技の使用制限とかはなしね。だからお互い思いっきりやりなさいよ」

 

 昨日ここに来た時に質問攻めに遭い、そこで手持ちのことは聞かれていた。だから爺さんも俺がサーナイトを出す前提でルールを決めたんだろうな。

 

「それじゃ、はっちんとダンデちんのバトル、始め!」

「いけ、リザードン!」

 

 ッ!?

 まさかのここでもリザードンが出てくるのか………。

 アローラでもリザードンがいたし、大人気過ぎない?

 

「サーナイト」

「サナ!」

 

 さて、運び屋のリザードンはまだまだな感じではあったが、無敗のダンデとか言われてるらしいこの男のリザードンはどこまでの強さを有しているのやら。

 

「まずはご挨拶だ! リザードン、かえんほうしゃ!」

「サーナイト、ひかりのかべをA字型に展開するんだ」

 

 口から吐き出される炎を見えない壁を自分の前にA字型に展開して炎を枝分かれさせた。

 

「「「ッ!?」」」

「受け止めるんじゃなくて………」

「流した………?」

 

 炎の勢いや熱量からして相当育てられている。

 少なくともアローラのリザードンとは比にならない。

 

「ならば、これはどうかな! リザードン、エアスラッシュ!」

 

 今度は数で押し込もうってことか。

 

「サイコキネシスで受け止めろ」

 

 だが、これくらいなら超念力で受け止められる。

 

「全部止められるとは………やるな!」

 

 無数に飛んでくる空気の刃をその場に留めると、素直に驚かれた。

 ガラル地方ではこのエアスラッシュにやられたポケモンが数多くいるのだろうか。

 

「リザードン、だいもんじ」

「サーナイト、刃を全部だいもんじにぶつけろ」

 

 押し寄せる大の字型の炎に受け止めた空気の刃をぶつけていく。

 すると次第小爆発が連続していき炎が破裂した。

 

「はがねのつばさだ!」

 

 いつの間にっ!?

 黒煙の中から翼を鋼のように硬くしたリザードンが飛び込んできた。

 

「サナ!?」

 

 さすがに俺もサーナイトも反応が間に合わず、サーナイトが翼で飛ばされてしまった。

 

「………なるほど」

 

 威力、スピードともにあいつらに近いものを感じる。ただ、あいつらは自身よりも格上の相手と対峙している経験がある分、鬼気迫るものがあるが、それでもこのリザードンはあいつらと比べても遅れをとっていない。少なくともサーナイトよりは格上だ。そこにダイマックスが加われば、想像に難くない強さだな。このリザードンにサーナイトが勝てるとすれば、ダークライやクレセリア、ギラティナと対峙したことで得た精神力くらいか。それを活かしながら相手が知らないであろうメガシンカとZ技という二つの手札を上手く使って隙を作り出すしかないだろう。

 

「サーナイト、相手のリザードンはお前の兄貴分たちレベルだ。だから、力の出し惜しみはしなくていい」

「サナ!」

 

 立ち上がったサーナイトに声をかけると、まあ大丈夫そうだ。

 

「リザードン、ねっさのだいち!」

 

 すると先にリザードンが地面を叩いて砂を巻き上げてきた。

 

「サイコキネシスで砂を固定しろ」

 

 初めて聞く技だが、ネーミング的に熱い砂で攻撃してくるのだろう。

 

「ッ、連続でねっさのだいちだ!」

 

 あれは何かを閃いた、そんな顔だな。

 

「ひのこ!」

 

 ッ?!

 

「サーナイト、砂は捨てて今すぐまもるを使え!」

 

 ヤバい。

 まさかそういうこともしてくるのか。

 いくら何でもリザードンにも被害が出るぞ。

 

「「「うわぁぁぁっ!?」」」

 

 観戦組の門下生たちが悲鳴を上げている。

 それもそのはず。

 今目の前で起きているのは粉塵爆発だ。

 リザードンが巻き上げた砂をサイコキネシスで固定してしまったがだめに無風状態と同じようになり、そこに敢えて勢いのない火の粉を散らしたことで爆発が次々と起きていった。

 途中でサーナイトも防壁を張るのに成功したため、過度なダメージは受けてないと思うが、先の攻撃のダメージもあるし楽観は出来ない。この男もリザードンも技を使う度にエンジンがかかっていっている印象だ。

 

「リザードン、追い込むぞ! ぼうふう!」

 

 防壁の外側が暴風圏になり、打ち砕かんとばかりに防壁を圧迫していく。

 

「サーナイト、大丈夫か!」

「サ、サナ……!」

「よし、ならサイコキネシスで逆回転させて風を止めるんだ!」

 

 この状態では俺も声を張らないとサーナイトに指示が届かないというのが何とも辛いところだ。口を開けたら巻き上げられた砂が口に入ってくるからな。そうでなくとも手で目を覆わないと目にも入ってくる始末。

 

「サーナッ!」

 

 次第に暴風が萎んでいき、風が治まった。代わりに防壁は無くなっているが、特に暴風を止める時にダメージを受けた形跡はない。

 心なしか観客陣も安堵している。

 

「さあ、ここからはチャンピオンタイムだ! リザードン、キョダイマックス!」

 

 だが、一人だけ元気な男がいた。

 粉塵爆発からの暴風によりフィールドはえらいことになっているというのに、一人だけその影響を一切感じさせない溌剌とした声に………なんとなくヤバい理由が分かった気がした。

 多分、そういうことなのだろう。

 その無駄に元気な男ーーダンデが変なポーズを取ったかと思うと、ボールを取り出してリザードンを戻した。

 そのボールは段々と膨れ上がっていき、雪だるまの片方くらいの大きさになると後ろへ放り投げた。

 ついに来たか。

 恐らくこれがダイマックスーーいやキョダイマックスなのだろう。

 

「グォォォオオオオオンンンンッッ!!!」

 

 ………おいおいマジか。

 巨大化って一体何メートルあるんだよ。

 高層ビルを見上げる感覚だぞ。

 一吠えするだけで地響きがすごい。

 

「キョダイゴクエン!」

 

 そんなポケモンから技なんか出されたら、そらどうしようもないわ。

 口から吐かれた炎だけでも隕石が降ってきたのかってレベルの恐怖を覚えるぞ。

 何気に俺の周りに黒いオーラがあるというね。

 影にいる奴ですら危険に感じている証拠だ。それくらいダイマックスはヤバい。

 

「まもる」

 

 ひとまずさっきミツバさんが言っていた技を三回使わせるところまで持っていかないとな。それまでどうにか耐え切らねば。

 

「サ、サナッ!?」

 

 いやまさかとは思っていたが、炎に包まれた瞬間に防壁が破壊されてまうとは。

 フィールドには飛び散った炎が残り火となり燃え続けている。言うなれば炎のフィールドというところか。

 

「まもるで防げるほど、ダイマックス技やキョダイマックス技は甘くないぜ!」

 

 こうなったらやはりアレを使うしかないな。

 俺は予め用意してきたクリスタルの中から黄色いのを取り出し、左手のZリングに嵌め込んだ。

 一応、エスパーとカクトウとアクも持ってきていたが、リザードンが相手ならばデンキZが最適だろう。

 

「サーナイト、デンキZだ」

「サナ!」

「リザードン、次はダイスチルだ!」

 

 俺たちは急いで腕をクロスさせてからポーズを取っていき、パワーを充填していく。

 その間にもリザードンは地面を叩き、ストーンエッジのように地面から鋭利のある鋼を突き上げてくる。

 

「スパーキングギガボルト」

 

 そこに狙って最後のパンチで電撃の塊を打ち込んだ。

 ぶつかった瞬間、鋼の勢いは止まり、爆発を起こしながらも突き出た鋼を削っていく。

 

「えぇっ!?」

「ダイスチルが破壊されたっ?!」

 

 何やら外野では驚愕の声が上がっているが、それどころではない。この男に容赦という二文字はないのだろう。粉塵爆発から暴風でそれを痛感した。今気を緩めてはあいつになぶり倒されてしまう。

 

「キョダイゴクエン!」

 

 再び業火がサーナイトに襲いかかってくる。

 ………ふぅ、これで三発目。

 Z技の直後だからどうなるのかは心配であるが、使う順番を逆にした時のようなことにはならないだろう。

 頼むぞ、サーナイト。

 

「ーーーメガシンカ」

 

 俺のネックレスにつけたキーストーンとサーナイトのネックレスにつけたメガストーンが共鳴し、サーナイトが炎の中で虹色の光に包まれていく。

 やがて、光が弾けると同時に周りの炎も放出されるメガシンカエネルギーに呑まれ、跡形もなく消えていった。

 

「なっ!? 炎が、消えた………?!」

 

 同時に淡いピンク色のオーラがフィールドを包み込んでいく。

 

「これは、ミストフィールド……?」

「テレポート」

 

 外野の反応は無視して、サーナイトに指示を出した。

 

「ッ!? リザードン、後ろだ!」

 

 瞬間移動で巨大なリザードンの背後に周り込むと、遅れてリザードンが首を動かしてくる。

 

「かげぶんしん」

 

 そんなに見たいのなら見せてやるよ。

 これだけの数があれば、リザードンも探さなくて済むだろ?

 

「10まんボルト」

 

 まあ最も、四方を囲まれた状態で分身一体一体から電撃を浴びれば、相当なダメージになるだろうが。

 

「グォォォンンンッ!?」

 

 巨大化すること火力・耐久力ともに上がるというメリットはあるだろう。それも桁違いに、だ。

 だが、同時にデメリットもある。巨大化したことで背後に回られたりすれば、範囲系の技でもない限り捉えることが出来ないだろう。しかも身体がデカい分、狙われる箇所もかなり増える。

 ただ、ダンデの場合はそれすらも実行に移す前に倒してきたのだろう。

 

「………ようやくか」

 

 するとリザードンが段々と小さくなり始めた。巨大化していたから元に戻り始めたと言った方が正しいか。

 

「キョダイマックスを耐え切った………」

「こんなの初めてじゃないか………?」

「………あれ? サーナイトってあんなだったっけ?」

 

 一度俺のところへテレポートで戻ってきたサーナイトを見て姿の変化に違和感を覚えた者もいるようだ。

 

「………まさかリザードンのキョダイマックスを耐え切られるとは。こんな感覚久しぶりだぜ。だからこそ、絶対勝つ! リザードン、れんごく!」

「テレポート」

 

 当たれば火傷になってしまう技だが、ミストフィールドがある今当たっても状態異常にはならない。まあ、テレポートで躱すんだけどね。

 

「そう何度も同じ手は食らわないぜ! リザードン、尻尾を振り回せ! アイアンテール!」

「俺もサーナイトもお前たちが読んで動いてくるってのは読んでるんだよ。サーナイト」

 

 敢えてリザードンの真後ろにテレポートし、リザードンの攻撃を誘い、さらにテレポートして頭上を取った。

 

「10まんボルト」

 

 そして再び電撃を浴びせるとリザードンは遅れて飛び上がってくる。だが、サーナイトに届く前に身体に痺れが走ったようだった。

 あーあ、折角ミストフィールドがあったのに。無駄に飛んじゃったから麻痺するんだぞ。

 

「くっ、リザードン、フレアドライブ!」

「リフレクター」

 

 痺れを誤魔化すように身体を炎で包み再度飛び上がってくるリザードンの前に少しピンクっぽい壁を作り出した。

 まあ、予想してはいたが一瞬で砕かれてしまったが、その後にも続けてリフレクターを張っていく。サーナイトの目の前にたどり着いた頃にはすっかり勢いを失っており、そこを電気を纏った拳で地面に叩きつけた。

 やはりメガシンカしているとこのリザードンとの差が埋まるみたいだな。何なら攻守が切り替わっているまである。

 

「グォォォオオオオオンンッ!!」

 

 おっと、どうやらもうかが発動したみたいだな。

 

「サーナイト」

「サナ!」

 

 再びテレポートで俺のところに戻ってくるサーナイト。

 さて、ここからあいつらはどう出てくるか。

 

「げんしのちから!」

 

 ………ん?

 もうかが発動しているのにか?

 ………いや、使用目的はそこじゃない。追加効果の全能力の上昇を狙ってのことか。

 

「サーナイト、マジカルシャイン」

 

 これは面倒なので飛んでくる岩ともどもサーナイトから迸る光で呑み込み、リザードンが加速する前に一旦視界を奪った。

 

「トリックルーム」

 

 念には念を入れて素早さがあべこべになる部屋にも閉じ込めた。

 

「かげぶんしん」

 

 さて、仕上げといこうか。

 

「トドメだ、サーナイト。10まんボルト」

 

 分身でリザードンを囲い込み、全方位から電撃を浴びせていく。

 

「リザードン!?」

 

 ダンデがリザードンに呼びかけるも、その声も虚しくリザードンはバタリと倒れてしまった。

 

「およよ……リザードン、戦闘不能。はっちんの勝ち」

 

 倒れたリザードンの様子を見にきた爺さんがそう判定を下した。

 はあ………疲れた。

 ダイマックスは受ける側も相当体力を持っていかれるわ。巨大化するためプレッシャーが半端ない。

 さて、何となく嫌な予感しかしない無敗の男に勝ってしまったわけだが…………公式バトルじゃないんだし大丈夫だよな?

 

「チャンピオンタイムイズオーバー………オレの負け、か。………負けたのなんていつぶりだろうか」

「ダ、ダンデさんに、勝った………?」

「ハチさん、すげぇ!」

「あの無敗のダンデに勝った!」

「サナー!」

「おう、お疲れさん。身体は大丈夫か?」

「サナ」

 

 メガシンカを使ってからZ技を使った時は倒れてしまったが、Z技を使ってからメガシンカを使うと大丈夫なようだ。まだ楽観はできないが、Z技からのメガシンカという流れは固定しておいた方がいいのだろうな。

 

「お疲れさま、リザードン。ゆっくり休んでくれよ」

「いや〜、はっちん勝っちゃったねぇ」

「そっすね」

「オレもまさか負けるとは思ってもみなかったぜ。君は強いんだな」

「たまたまだ、たまたま。無敗のダンデなんて言われてるらしい有名人がガラル地方で主流のダイマックスを使わないはずがないだろ。だから、バトルする前にミツバさんからダイマックスの効果時間を聞いておいたんだよ。それで耐え切る算段を立てておいたってだけのことだ」

「まず、耐え切るポケモンってのが初めてなんだがな」

 

 やっぱりそうか。

 何となくそんな気はしていた。

 

「公式ルールだったら話は別だ。限られた技で対処するのは無理がある。耐え切ったとしても大ダメージは免れないと思うぞ」

「ダンデちん、これが非公式バトルでよかったねん」

「オレとしては堂々とバトルしたかったですがね」

「あ、だったらはっちんジムチャレンジに挑戦したらどう?」

「ジムチャレンジ? ジム戦に行けと?」

「うん、ガラル地方ではジムチャレンジってイベントが年に一回開かれるのよ。期間中にジムバッジを八つ集めることができたら、チャンピオンカップに出場できるってわけ。非公式ルールとはいえダンデちんに勝ったはっちんならもしかしらたチャンピオンになれるかもね」

 

 ジム戦か。それにチャンピオンカップ。

 やっぱりそういうことなのだろう。

 ………まあ、今すぐには無理だな。

 流石にあいつらを出すわけにもいかないし、そうなると手持ちが圧倒的に足りない。ガラル地方の情報を集める上では本土を練り歩くいい材料ではあるが、それは要相談ってところだな。

 

「そのチャンピオンが誰なのかは知りませんけど、次は最高の舞台でなんて気が早すぎるでしょ」

「………ん? オレのこと知らないのか?」

「知らんな。無敗のダンデとか言われてるのすらさっき知ったくらいだ。ましてやチャンピオンがこんな野良試合で負けるとは思えん」

「なっ………!?」

 

 というかこんなところでチャンピオンに勝ったなんて話が外部に漏れてみろ。面倒なことになる未来しか見えないっつの。

 

「いいだろう! だったら、必ず君にはジムチャレンジに参加してもらうからな! そこで勝敗を付けようじゃないか!」

 

 そう言い残してダンデはさっさと行ってしまった。

 

「………はっちん、実は気付いてるでしょ」

「そりゃ、自分でチャンピオンタイムとか言ってましたし。無敗のダンデなんて呼ばれ方するのもそこしかないでしょ」

 

 やっぱりこの人は俺が気付いてることに気付いていたか。ダンデ本人はどうか分からなかったが、この爺さんに至ってはノリが軽くとも師範なだけはある。

 

「よく見てるね〜」

「特技は人間観察なんで」

「さてと、これからはっちん忙しくなりそうだね」

「勘弁してください。ただでさえ今のバトルで他の門下生たちの目の色が変わってるんですから。新たな面倒事は起こさないでくださいよ」

「なるべく気をつけるよん。なるべくね」

 

 ………絶対何か企んでるだろ。

 一体どこまで上から話を聞かされているのやら。それとも何も知らないのにこんななのだろうか。

 つくづく掴めない爺さんだわ。

 

「あ、それとみんなも。今日のことは内緒だからね? くれぐれも外部に漏らしちゃメッ! だよ?」

 

 ………ほんと、マジで。



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37話

 ダンデとバトルした翌日。

 三日目ということもあり、これからどうしようか道場前の砂浜でボーっとしている。

 水平線になんかデカいのが見えるなーとか、頭が黄色いヤドンが一昨日と同じところに同じ格好をしているなーとか、そんなことばかりが目に入ってくるのだが………いや、つかあのヤドンずっとあそこであのままなのか!? 三日も?!

 ヤドンだから仕方ないのかもしれないが、腹減ったりしないのだろうか。

 

「ニャ、ブ!」

 

 その隣ではサーナイトが操る石に火の粉を当てる練習をしているニャビー。

 ………ひとまず修行のプランでも立てるか。

 まず、ニャビーのニトロチャージ習得が喫緊の課題だろう。そのまま他の技を習得させてもいい。まとめてニャビーの強化ってところか。

 それから国際警察の方のミッションとしてウルガモスの捕獲か。爺さんにでも聞けば居場所は特定できるだろうけど………まず、この島の土地勘を掴まないとどうにもならないな。あと、タイミングが合えばニャビーがどれくらい強くなったか試すいい機会にもなりそうだ。

 ジムチャレンジはどうなるか分からんが、早急に対応する必要はない。年に一回って言ってたし、毎年行われるのなら今年出なければいけない理由もない。あいつら抜きでフルバトルできるくらいのメンツが揃ったら前向きに検討する方向で調整するとしよう。

 

「およ? はっちん、こんなところでどったの?」

「師匠……」

 

 爺さんと呼ぶのも何なので、一応師匠と呼ぶことにした。心の中では爺さんだけどね。

 

「これからの予定を整理してたんすよ」

「へぇ、何するか決まった?」

「そっすね。取り敢えず、ニャビーの強化とウルガモスの捕獲ですかね。この島に来たのもウルガモスがいるってのをネットで見つけたからなんで」

「ウルガモスならチャレンジビーチってところと離れ島海域ってところにいたりするよん。進化前のメラルバは集中の森と円環の入り江にいたりするんだけど………言っても分からないよね?」

「そうなんすよ。だからこの島の地理も覚えないとなーって考えてました」

 

 地名というか、まあ地名か。それぞれ生息域を言われてもこの島がどんな形をしているのかさえ知らないのだから、さっぱり分からんわ。

 一度地図持ってブラブラした方がいいかもな。

 

「はっちんは頭で考えてから動くタイプなんだねぇ。どこかの誰かさんとは大違いだよ」

 

 一体誰のことを言っているのやら。

 まあ、爺さんの言う通り俺は頭で考えてから動くタイプだと思う。ぼっち故の性だったのだろう。

 一度付いた習慣は中々変えられないからな。それが無意識下で行われていることとなれば、最早手の出しようがない。指摘されたところでそう易々と変えられるわけではないので、どうしようもないというものだ。

 

「昔から特に何かあるわけでもなくいつの間にか面倒事に巻き込まれてるってことがありましたからね。情報は多い事に越したことはないし、感情的に動いたらそれこそ命取りになるってことを経験則で知ってるんすよ」

「まだ若いのに苦労してるんだね」

「同年代の中じゃ抜きん出てるでしょうね。普通じゃ味わえないこととかもありますし」

「普通じゃ味わえないことって?」

「あー、例えば伝説のポケモンに出会う、とか?」

「なるほどねぇ。確かに伝説に名を残すポケモンに遭遇できるなんて、ワシちゃんでもなかなかないことだよん。この島を買ってからだね。ワシちゃんが出会ったのも」

 

 ………ん?

 それって………。

 

「………いるんですか? この島に。そういうのが」

「いるよん。ダクマとその進化系のウーラオスってポケモンと、ジャングルのどこかに何かがいるのよね」

「へぇ」

「ウーラオスはダクマから進化するポケモンなんだけどね。元々ガラル本土にいたらしいんだけど、交易やら探検やらで人々と移動し、その行った先で野生化したって伝承があるのよ。その一つがこの島ってわけ」

 

 移住した伝説のポケモンか。

 話を聞く限り複数体いる方の伝説ポケモンみたいだな。

 ダークライやクレセリアと同じ感じか。

 ただ、進化が確認されているってなると、アローラの伝説ポケモンとも共通点がある。

 

「そのウーラオスってのはどういう伝承が残されてるんすか?」

「ウーラオスの伝承は格闘技の元となったとか闘気で邪気を払ったとかそういうの。ガラル地方にはガラル空手ってのがあって、その原型じゃないかって説もあるのよ」

 

 ガラル空手がどんなものかは知らないが、カントーにも空手はあった。格闘家とかも普通にいた。だからまあ、あの辺の格闘技をイメージしておこう。

 となると、同じではないがウーラオスと割と近しいのはエビワラーとかサワムラーとかかな。伝説ポケモンということであそこら辺よりも格上としよう。

 実は格闘技はガラルから世界に広まりました、なんて言われても違和感ないかもな。

 仮定の話で想像したところで所詮想像でしかないが。

 

「それで、もう一種類の方は?」

「あっちはワシちゃんもちゃんとは知らないの。時折強い気を感じたり、ジャングルを駆け巡るシルエットが見えるくらいだからね」

「そのウーラオスっていう可能性は?」

「シルエットがウーラオスより細いくて手足が長いから別物だよん」

「そっすか。シルエットが違うなら別物と考えてもいいでしょうね」

 

 実は同じポケモンでしたって展開はなさそうな確率が高いな。

 となるとこの島には伝説の格闘家とジャングルの主の二種族が、それぞれ縄張りを持っているということか。

 のんびりとした島かと思えばこれか。

 なるべく遭遇しないようにしよう。

 

「…………」

「………なんすか?」

「うーん、ワシちゃんの直感なんだけどね。はっちんはジャングルのポケモンに出会いそうだなーって」

「えぇー………」

「あれ? いや?」

「面倒なことに巻き込まれそうですもん」

「大丈夫だよ、きっと。はっちんなら乗り越えられるよん」

「いや、乗り越えられる以前に面倒事にならないのが理想なんですけど」

 

 フラグ立てようとしないでもらえますかね。

 もう現状が面倒事に巻き込まれているんだからね?

 これ以上、事態がややこしくなるとかマジで勘弁してくれ。常人に比べれば比較的経験のある俺ですら、手一杯な事態なんだぞ。これ以上のこととかに発展しようものなら、人もポケモンも近いうちに滅びることも無きにしも非ずだからな。

 

「強者の宿命ってやつよ」

「そんな宿命捨てちまえ」

「事のレベルに違いはあれど、ワシちゃんも結構苦労してるのよ。だからはっちんも大丈夫大丈夫」

「全然嬉しくねぇ…………」

 

 根拠もなければ、同じ目に遭っているわけでもないのに、そんな大丈夫と言われてもねぇ。そりゃこの人にだって想像を絶するようなことがあったはずだ。そこは否定しないし、苦労してきたのも分かる。でも暗殺未遂に遭い、半年かけて戻ったかと思えば三年前にタイムスリップなんてレベルの話は、まず誰も持ち合わせてないだろう。

 一緒にするな! なんて声を荒げる気はないが、大丈夫という言葉で片付けられるようなことでもないのは事実だ。だって、元の時間軸に戻れるかどうか全く読めないんだし。最悪ジョウトに行ってセレビィを見つけ出すって手もあるが、先が長すぎる上に出会える可能性がまず低い。

 

「ま、はっちんも自分のペースで焦らず考えてね。まだまだ若いんだから、焦ってもいいことないよん」

「そうっすね」

 

 そう言って爺さんは回れ右をして道場へと戻っていく。

 爺さんに言われるまでもなく、焦る必要がないのは分かっている。期間は決められているし、異世界にいるわけでもないから、いずれあいつらに会う事はできる。元の時間に戻れなくとも、そこだけは可能だ。

 ただ、同じ時間軸に同一人物が二人いるということに世界がどう反応を示すかが心配ではある。

 

「あ、そうだ、はっちん」

「はい? まだ何か?」

「ニトロチャージ、そろそろ実践に移せば完成すると思うよん」

 

 振り返った爺さんはそう言うだけ言って行ってしまった。

 ………ははっ。

 

「よく見てんな………」

 

 恐ろしい。

 昨日の今日でそこまで分かるのかよ。

 ダンデとバトルした後にニャビーの特訓を行ったのだが、その時にそろそろバトルでニトロチャージを使ってみるかなーなんて思ったけどさ。それも二ヶ月くらい見てきたからの話なのに、それを一瞬で見抜くとは。

 いや、まあ確かに思い返せば俺もそういうところはあったかもしれん。でもここまで早く的確に見抜くことはできていなかったはずだ。

 

「フッ、ハハッ」

 

 どうやら俺は当たりの人に出会ったのかもしれない。あれは本物だ。本物の強者だ。見た目はあんなんだが、絶対にまやかしだ。本性を見せてきた時こそが本当の始まりだろう。

 

「いいじゃねぇか。絶対に本性出させてやる」

 

 もう一つ目的が増えたな。

 いずれあの人と本気のバトルができるようにしないと。ダンデとのバトルよりも楽しみなまである。

 

「よし、ニャビー。今日はバトルするか」

「ニャブ!」

 

 爺さんと話している間もサーナイトと的当てをしていたニャビーに声をかけると、てててとこっち駆け寄ってくる。

 

「うわぁぁぁぁっ!?」

 

 するとどこからか悲鳴のような叫び声が聞こえてきた。

 え、今度は何だよ。

 

「シャァァァァァァメッ!!」

 

 遅れて海の方からザパーンッ! と何かが打ち上がった。

 大型の口が特徴的な海のポケモン。

 

「サメハダー……!」

 

 ホウエン地方では珍しくもない海のポケモンだが、ガラル地方にも生息してるんだな。カロスには………いたっけ? そんなにアズール湾に行っていたわけではないが見かけた覚えがない。もしかしたらどこか違うところが生息域だったのかもしれないな。そもそもいない可能性もあるが。

 

「た、たすけてくれぇー!」

 

 その先には浜に上がって一直線にこちらへ走ってくる海パン野郎とニョロゾ。

 これ、否が応でも巻き込まれる奴だよな。

 つか、サメハダーがアクアジェットで追っかけて来てるんですけど!

 

「サーナイト、サメハダーにリフレクター」

 

 サメハダーの直線上にピンクの壁を作らせた。

 あの勢いで直線的な動きをしていたら避けられないはず。

 

「ニャビー、アクロバット」

 

 案の定勢いよくサメハダーが激突し急停止した。

 そこへニャビーが突っ込んでいく。

 すると態勢を崩し、砂の上に半身が埋まってしまった。

 そんな威力合ったのか……?

 

「ニャブッ……!」

 

 あ、しまったな。

 サメハダーの特性のことを忘れてた。

 特性さめはだ。皮膚が細かなギザギザになっているのか、直接触れた相手にダメージを与えるため、今のでニャビーにもダメージが入ってしまった。

 サメハダーなんてホウエンで見たか見ないかのレベルだから、細かく覚えているわけがない。

 

「メシャァァァアアアアアアッ!!」

 

 激昂したサメハダーは再度水を纏って加速し出した。

 

「逃げろ、ニャビー」

 

 サメハダーは速い。そして攻撃力が高い。だが、防御力はそこまでないので、はがねタイプみたいに弾かれることはない。上手くやればさっきみたいに吹っ飛ぶくらいだ。

 

「そのまま加速していけ。捕まるなよ」

 

 サメハダーに追いかけ回されるニャビー。

 身体が小さいのを生かして小回りの効いた逃げに徹しているが、直接的な動きのアクアジェットだからどうにかなっているレベルだ。もし他の技に切り替われば、技次第ではすぐにやられてしまうだろう。

 だから、ある意味賭けだな。

 このままニャビーがピンチを打開できるかそのままやられてしまうのか、あいつの底力を見せてもらおうじゃないか。

 

「サーナイト、ニャビーがやられた時は頼むぞ」

「サナ!」

 

 今回はサーナイトに出番を待ってもらうことになるが、それはサーナイトも分かってくれているようだ。

 

「ニャビー、右から来るぞ」

 

 そう言うとニャビーは右に切り返してサメハダーに向かっていき、ぶつかる直前にサメハダーの下に滑り込んでいく。

 目標を見失ったサメハダーはそのまま過ぎていき、後ろの山に突き刺さるまで方向を変えなかった。

 結構浜から山まで距離あったんだけどな。サイホーンみたいに前にしか進めないバカなのだろうか。

 

「シャァァァッ!」

 

 山から抜け出したサメハダーが吠えると俺たちの頭上に岩石が作り出されていく。

 あいつ、ニャビーを見失ったことで目標を俺やサーナイトにしただろ。

 

「サーナイト、まもる」

 

 ドーム型の防壁で降り注ぐ岩石を弾き飛ばしていく。その間にもサメハダーは再度アクアジェットでこっちへと距離を詰めてきている。

 なんか思ったよりもバカじゃないのかもしれない。それとも獲物を狩る時の本能的な動きなのか?

 

「メェェェェッ!!」

「ニャビー、ほのおのうず」

 

 ずっと走り続けているニャビーに次の技を指示すると、ニャビーの上を通過しようとする時に纏った水ごとサメハダーが炎の渦の中に呑まれていった。

 だが、すぐに内側から水の渦に呑まれていき消火されてしまう。

 

「うずしおか………?」

「ンニャ!?」

 

 気付いた時には大きくなっていった渦が下にいたニャビーも呑み込んでしまっていた。

 

「ニャビー、アクロバットで抜け出せるか!」

 

 声をかけてみるがやはり聞こえてないようだ。

 仕方ない、サーナイトに頼もう。

 

「サーナイト、ニャビーをサイコキネシスで脱出させられるか?」

「サナ!」

 

 敬礼! したサーナイトが渦に囚われたニャビーを超念力で救出していく。

 ぐったりしたニャビーを地面に下ろすとブルブルと身体を振るった。

 

「ニャビー、大丈夫か?」

「ニャァァァアアアアアアアアアッ!!」

 

 これは……。

 

「………一撃でもうかが発動するにまで至るのかよ」

 

 あのサメハダーとはそれだけの力量差があるというわけか。

 

「ニャニャニャニャニャニャニャニャニャーッ!!」

 

 すると、もうかが発動したニャビーが炎を纏い始めた。いつも見ていた炎よりも安定していてしっかりしている。ポケモンがよくピンチなると新しい力に目醒めることがあるが、今がまさにその時らしい。

 

「ニャビー、思うがままにやって来い。ニトロチャージ」

 

 ダッ! と走り出したニャビーは徐々に加速していく。

 そして、うずしおに気が入っていたサメハダーに体当たりした。

 

「シャア!? シャァァァァァァッ!!」

 

 くるくると回転したサメハダーが口を大きく開いて噛みついてくる。

 

「とんぼがえり!」

 

 ニトロチャージが完成したこともあり、俺はニャビーを戻すことにした。

 

「ンニャァァァッ!!」

 

 だが、身体を捻ったニャビーが決死の覚悟でサメハダーに噛み付いた。

 

「シャァァァッ?!」

「………あれはかみつくか?」

 

 ………それにしては悶えすぎな気がするが。

 サメハダーは噛み付かれたところで効果は今ひとつなため、あそこまで悶えることはない。となれば、何か他の技………しかも効果抜群レベルの技……………。

 

「きゅうけつ……?」

 

 今思い浮かべられるのはそれくらいだ。

 みず・あくタイプのサメハダーに効果抜群を取れるとすれば、でんき、くさ、むし、かくとう、フェアリーの五タイプ。その中で噛み付く系の技となれば、むしタイプのきゅうけつくらいしか思いつかない。

 きゅうけつは相手に噛み付いたりして体力を吸い取り自分は回復する技だ。

 だが、いくら効果抜群の技でも力量差のあるニャビーの攻撃でここまで悶えるものだろうか。急所に入って尚且つ振り払えない位置で長く噛みつかれていたとしても、だ。アクロバットで全然ダメージが入らなかった時と差がありすぎるように思えてしまう。

 

「ンニャァァァアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 すると突然ニャビーが雄叫びを上げると白い光に包まれた。

 ………ああ、そういうことか。

 なんてことはない。ただ単にニャビーが進化できるところまで達していたというだけの話だったみたいだ。ニトロチャージを完成させたことで一気に力が解放されたのだろう。だからその次に使ったきゅうけつが思った以上のダメージを与えることに繋がったのだ。

 

「ニャヒ!」

 

 進化して姿が変わったニャビー改めニャヒートはサメハダーを蹴り上げ、海の方へと蹴飛ばした。

 あ、あれにどげりか。

 あいつにどげりも覚えたのか。

 サメハダーもなすがまま、海へと帰って行った。

 

「ニャヒ」

「おう、お疲れさん。ニトロチャージも完成して新技を二つも習得したんだ。サメハダーには感謝しないとな」

 

 進化しても飛びついてくるところは変わらないらしい。

 図体だけが大きくなり、受け止める俺としては足腰をもっと鍛えないといけないのでは思ってしまったくらいだ。

 

「帰ってお前の身体も回復させような」

「ニャヒ!」

「サナ!」

 

 思わぬところでニトロチャージが完成し、ニャヒートへと進化を果たした。進化のことなんて一切考えてなかったから、またプランを練り直さないとな。そんな変更することとかはないだろうけども。

 つか俺、全然進化の予兆を感じられなかったわ。そろそろかなーとか漠然的に思ってたくらいで、これをバトルの展開に組み込むいろはすってマジパネェのでは………?

 



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38話

 きゅうけつを覚えたんだったら、もうかみつくとかも使えるんじゃねぇの? と試してあっさりと使えてしまった、なんてこともあったこの一週間。

 俺は毎日この島をウロウロすることにしていた。

 と言ってもそんなに遠出をするわけではなく、せいぜい爺さんがウルガモスがいるんじゃないの? と言っていたチャレンジビーチ辺りまでにだが。

 それでもまあ広いこと広いこと。

 いろんなポケモンはいるわ、目的のポケモンは見つからないわで結構疲れ切っている。

 相手がウルガモスだから仕方ないのかもしれないが、それでもねぇ……。

 

「今日こそいてくれると良いんだが……」

「はっちん、全然ヒットしないもんねー」

「一応条件は満たしてるはずなんすけどね」

「ポケモンも生き物だからね。そういう時もあるよん」

「というかこの島って雨降るんすか? 俺が来てからずっと晴れてますけど」

「降るよ? これだけ晴れてるのは珍しいことよ?」

「マジっすか……」

 

 暑い上に晴れが何日も続くと流石に嫌になってくるというもの。外を出歩く分にはいいのだが、偶には雨を降らせて引きこもらせて欲しいわ。

 

「それにしてもはっちん強いね。また負けちゃったよ」

「まあ、前のハードでやってましたからね」

 

 テレビ画面に映し出される『Winner!』の文字。

 何を隠そう俺たちはゴーカートゲームで対戦しているところだ。

 この爺さん、まさかのゲーマーだったようで、門下生たちに偶に相手をさせていたらしい。ただ、みんなそこまでやってなかったかやったこともなかったらしく、手応えがなかったんだとか。

 いや、まさかポケモン道場に来てゲームすることになるなんて俺も思ってなかったからね?

 

「ハチさんすげー!」

「いや、コース覚えてドリフトとミニダーボ使ってれば大体上位にはなれるからね?」

 

 あとは途中で拾うアイテム次第か。

 走行中の順位によって出てくるアイテムの強さが変わってくるため、一発逆転を狙われることもある。そういうのがなければ、ドリフトからのミニダーボの連発で上位にはいられるというもの。

 

「んじゃ、俺はウルガモスを探してきますよ」

「ほいほーい、いってらっしゃーい」

 

 軽いノリで送り出され、サーナイトとニャヒートとともにウルガモスを探しにチャレンジビーチへ向かうことにした。

 が、一歩外に出てみれば頭が黄色いヤドンが玄関前に居座っているという謎の事態に遭遇。

 こいつ、俺がここに来てから橋を渡った先の砂浜にずっといるやつだよな………?

 いくらぼけーっとした顔のヤドンでもこれだけ顔を合わせていれば、見分けはつくぞ。

 

「おい、そこにいると邪魔になるぞ?」

「…………」

 

 返事はない。

 じーっとこっちを見てくるこのヤドンは一体何が目的なのだろうか。

 

「………俺たちは行くところがあるからな。邪魔にならないようにしてろよ」

 

 よく分からないため、取り敢えず邪魔にならないようにだけ言って道場を後にした。

 マスター道場があるとこらは一礼野原というらしい。そこから道場を背にして右に曲がり北西に抜けると清涼湿原というところに出る。この清涼湿原を西に抜けるとようやくチャレンジビーチに到着するのだ。

 ただ、湿原というからには沼地も多く、そうでなくとも水捌けが悪い土地なため泥の溜まった水溜まりが多い。また、そういうところであるため、ポケモンたちもウパーとかヌオーとかの沼地にいるようなポケモンたちが多く、遊んでいるつもりなのだろうが泥がよく飛び散る。おかげで服が汚れるのなんの………。

 ただ、ポケモンたちが襲ってくることは今のところない。他の地方のポケモンたちよりも人馴れしている、とでも言ったらいいのだろうか。俺が横を通っても気にする素振りすら見せないやつもいる。これがコダックとかだったら分からなくもないが、ニョロゾとかニョロボンもなんだよなー。

 というかあれだな。ここはマッドショッドとかどろあそびを使える奴が多いよな。そうでないのもいるけど、泥の被害は基本そういう奴らだし。

 

「セキタンザン、ニトロチャージ!」

 

 今日はまだ被害に遭わないなーとか考えながら歩いていると人の声がした。

 誰かがバトルでもしているようだ。珍しい。

 

「今です! いわなだれ!」

 

 四つん這いになったカメックスみたいな奴の頭上から次々と岩が降り注いでいく。

 だが、背中の甲羅は頑丈なのか何か技を使っているのか岩が弾かれていっている。

 

「くっ、やはりこの島のポケモンたちは強い………」

 

 えっ、そうなの?

 野生のポケモンとはまだバトルをしたことがないから知らなかったわ。結構みんな普通に過ごしてるし、そこら辺にいるような奴らと同じなんだと思ってたが………。

 あ、じゃああのヤドンも?

 ………全然イメージが湧かん。強いて出てくるのは攻撃しても反応するまでタイムラグが生じるんだろうなってところか。遅れて目を回すっていうのが一番しっくりくるんだが………、まあポケモンも見かけに依らないってことにしておこう。

 

「っ!? セキタンザン、来ますよ!」

 

 口を大きく開いたカメックス擬きは水砲撃を発射し………ドデカイ溶岩のようなポケモンが躱すと………あ、ヤベ………これ俺に当たるパターンじゃん。

 

「サナ!」

 

 するとサーナイトが俺の前に出てドーム型の防壁を展開させた。

 水砲撃は弾かれて上に方向を変え、勢いを失うと雨のように降り注いでくる。

 

「だ、大丈夫ですかっ?!」

「あ、ああ」

 

 コマチくらいの少年が慌てて俺のところへ駆け寄ってきた。

 いや待て。お前、目の前の相手を放ってきちゃダメだろ。

 

「ガージ、ガッ!」

 

 あ、ほら。

 あっちはお構いないしに攻撃を続けてんじゃん。

 

「ったく。サーナイト、こっちはどうにかする。だからあいつにくさむすびだ」

 

 そう言って俺は足で合図を送り黒いのに指示し、防壁を展開させた。

 今度はいわなだれだったらしく、俺たちの頭上から次々と岩が降り注いでくる。

 今日は超局所的な雨や岩が降ってくる日なのだろうかと思いたくなるくらいの巻き込まれ事故だな。

 

「10まんボルト」

 

 ハイドロポンプを撃ってたしみずタイプと予測しての攻撃。

 じめんタイプを持ってないことを祈るしかない。

 

「ガァァァッ!?」

 

 うん、効いてる。

 じめんタイプではないことは確認できたな。

 草で拘束して電撃を浴びせたんだから抵抗のしようもない。

 さて、ここまでされてあいつはどう出てくるか。まだやるというのであれば、あとはもう戦闘不能に追い込むしかない。

 

「ガ、ガ………」

 

 絡めた草を解放するとカメックス擬きはノソノソと森の方へと向かって行った。

 ふぅ、面倒事が悪化することはなくなったか。

 

「す、すみませんでした! 巻き込んでしまって………」

「お、おおう。まあ、気にすんな。俺たちは大丈夫だから」

 

 グレーの半袖短パンサングラスでちょっとふくよかな少年から出てくるとは思えない直角に曲がった謝罪。ギャップに驚くなという方が難しいだろ。

 

「で、ですが……」

「あー、ならこの先のチャレンジビーチでウルガモスを見なかったか?」

「ウルガモス、ですか………。確かお昼頃によく飛び回っているのを見かけますね」

「昼か………。なら、ひとまずビーチに向かっておくか。情報サンキューな」

「あ、いえ………」

 

 いないということはないみたいだな。

 これまで会えなかったのはタイミングが悪かったのだろう。

 なら、ビーチにいれば会えなくもなさそうだな。

 あと、こいつといると謝られ続けられそうなのでさっさと退散したい。

 

「んじゃ」

 

 そう言って俺はその場から立ち去った。

 しばらく歩けば最後の関門、ちょい広い川にたどり着いた。この川、橋がないのよ………。態となのか流されてなくなってのかは分からないが、爺さんが絡んでそうなのは間違いない。あの人の思惑でこうなっているところは大きいんじゃないだろうか。

 これはあれだ。試されてるんだ。多分。知らんけど。

 まあ、俺の場合はサーナイトの超念力で行けちゃうんだけどね?

 

「サーナイト、今日もよろしく」

「サナ!」

 

 ふわーっと浮いた身体が川の上を渡っていく。

 そのまま歩き続けると無事ビーチに到着した。広々とした海が水平線を作っている。

 さて、ウルガモスはどこにいるのやら………。

 振り返っても川近くにはいないし、空を飛んでもいない。かと言って海の上ではキャモメたちが飛んでいるだけでウルガモスの姿はない。

 平和とはこのことなんだろうか。

 

「今日もダメかな」

 

 伝説になれなかったポケモンとはいえ、太陽の化身と崇められたポケモンだ。見つからないのはそれ故にってことにしておこう。格が違うんだよ、多分。

 

「モォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオッス!!」

 

 すると突然、北の方から地響きのする唸り声のようなものが聞こえてきた。

 音のする方へ向かうとそこにはーーー。

 

「ウルガモス………」

 

 いた。

 いたけど………。

 

「巨大化してんじゃん」

 

 めっちゃ巨大化してる。

 どうするよ。

 でもすげぇ暴れてるし、このままだと被害が広がるだけだよな…………。

 

「やるしかない、か」

 

 ただ、サーナイトはエスパータイプを持ち合わせているため、むしタイプの技を使われると痛い。そこは注意していかないとな。

 あとダイマックスに対しては最初からメガシンカを使わないとキツイと思う。トレーナーがダイマックスさせる分には技を三回使うってのが目安だったが、野生のポケモンだとどのくらい巨大化しているのかも分からない現状、三回使わせてはい終わりなんて考えは捨て去るべきだろう。

 

「サーナイト、メガシンカ」

 

 キーストーンとメガストーンが共鳴し、サーナイトの姿を変えていく。するとその眩しい光はウルガモスの注意を惹きつけることとなり、こちらに炎を放ってきた。

 メガシンカのエネルギーが上手く炎を相殺し、霧散させていく。

 同時に淡いピンク色の光が地面に広がっていった。

 

「まずは動きを鈍らせるぞ。テレポートで背後に回ってでんじはだ」

「サナ!」

 

 かげぶんしんで近づくという手もあったが、広範囲技を喰らえば意味をなさなくなってしまう。やはり奇襲をかけるならテレポートで背後に回った方が確実だ。

 

「モォォォオオオオオオオオオオオオッッ!?!」

 

 上手く効いたみたいだ………ッ!?

 

「サーナイト、まもる!」

「モォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!」

 

 二度目の咆哮はさらに大きくなり、暴風に乗って木霊していく。いや、もうこれ暴風とかのレベルでもない。間違いなく大災害を生み出す災害級だ。立っているのも無理。飛ばされないでいるのも黒いののおかげだ。

 サーナイトも何とかドーム型の防壁を展開して防いでいるが、舞い上がった砂が激しくぶつかり、次第にヒビが入っていく。

 

「ヤバいな………」

 

 最早語彙力も低下し、まともな感想すら思いつかない。

 それくらい身の危険を感じてしまう。

 それに今気づいたがいつの間にか日差しが強くなっていた。恐らくウルガモスが関係しているのだろう。技を使ったのか技の効果なのかは分からないが、これは非常にまずい。

 

「こうなったら………」

 

 辺りを見渡しても人はいない。というかいたらいたで逆にすごい。ポケモンたちですら避難して誰もいなくなっているし、本当にあるのは巻き上がった砂や小枝やらその他諸々だけである。

 アレを使うとなると先にZリングにイワZを装着しておいた方がいいよな。

 

「来い、ウツロイド」

 

 誰かに見られようものなら色々とまずいことになりかねないが、今はそんなことを天秤にかけてもいられない非常事態。

 俺はZリングにイワZを装着した後、ウツロイドのボールを取り出して開閉スイッチを押した。すると待ってましたと言わんばかりにウツロイドが飛び出し、俺を呑み込んでいく。

 

『「サーナイト、ニャヒート、サポートハマカセタ」』

「サナ!」

「ニャフ!」

 

 最初から黒い本気形態。

 ウルガモスはむし・ほのおタイプ。今俺の手持ちにいるポケモンでは唯一ウルガモスの弱点をつけるのがウツロイドだけである。

 というかだ。こんな姿になったとはいえ、巨大化したポケモンに立ち向かっていくとか超ドキドキするな。迫力が桁違いだ。ギラティナを相手にするのとはまた違ったプレッシャーを感じる。

 まあ、どの道やらなければやられるのみ。死にたくなければ勝つしか方法ない。

 

『「ウツロイド、パワージェム」』

 

 岩を飛ばして巨大化に対するウツロイドの火力を測っていく。超効果抜群の技でも一撃で倒れることはまずないようだ。となると重たい一撃でトドメを刺しにいかないとこちらがピンチになる可能性もあるというわけだ。地道に削っていくのも巨大化がどのくらい継続しているのかも分からない現状、持久戦は避けたいところ。

 それにテレポートを覚えていないため、サーナイトのような闘い方は無理だ。いわタイプの技を基軸として反撃される隙すら与えないようにしようと思うと………。

 

『「サイゴハZワザデイクトシテ……ッ!?」』

 

 危ねっ……!?

 まさかのノーモーションでソーラービーム撃ってきやがった!

 しかもすぐに次の技かよ………!

 この展開の速さが野生かどうかの違いってとこか。既に技は三回放たれているのに元に戻る気配が一切ない。何なら、さらに活性化しているのではと思えるレベル。恒常的に巨大化していると思って臨んだ方が身のためかもしれない。

 

『「ミラーコート」』

 

 今度は炎の塊が弾丸のように飛んできた。巨大化していることで一発の技の大きさも桁違いで、通常時の二倍くらいはありそうなこの黒い身体でも余裕で呑み込まれてしまう。テレポートがなければ躱そうとしても逃げきれないだろう。

 ミラーコートでも返せるかどうか怪しい。ただ、まもるを使って防壁を展開したとしても防ぎ切れないのは分かっている。Z技をポンポン撃たれるようなものだ。

 やはり反撃する手段が欲しい。

 いわなだれかがんせきふうじ辺りが使えたらいいんだが………覚えてないんだよな。

 …………果たして俺にできるのだろうか。

 ウツロイドに呑み込まれて自分の意志で技を放ったりしているとはいえ、俺は人間だ。新しく技を習得するできるのだろうか。

 

『「ヤッテミルシカナイカ。サーナイト、ニャヒート、チョットノアイダマカセタ」』

「サナ!」

「ニャフ!」

 

 技の展開はどちらも頭の上から岩石を降らせるものだ。純粋に岩を落とすのか岩石を落とすかの違いしかない。技の効果も怯ませるか素早さを低下させるかの違いで、似たような性質を持つ。

 だったらその辺の細かいことは後から考えるとしよう。まずは頭上から岩なり石なりを落とす。それだけに意識するんだ。

 出現ポイントはウルガモスの頭上……三メートルもあれば充分か。巨大化しているため、そもそもの距離を測るのが難しい。ただ、巨大化している分、的が大きいのは助かる。落とすところまで細かく意識しなくてもただ落とすだけで当たるだろうからな。

 だから、なるべく威力が出るように尖った岩とかになるのが理想か。

 

『「…………ウツロイド!」』

 

 ウルガモスの頭上にダークホールを作り出すイメージで円描き、その穴からドバドバ岩石を落とすイメージで両腕を広げて一気にエネルギーを解放した。

 これは………がんせきふうじだな。

 やはり俺自身がイメージして作り出すのでは難しいところがあるみたいだ。

 だが、今はそれでいい。この姿でも新しく技が作り出せるということが分かっただけでも収穫だ。

 あとは一気に攻めるのみ!

 

『「サーナイト、オレガツクリダシタガンセキヲツカエ。サイコショック」』

 

 サーナイトがウルガモスの周りに落下した岩石をサイコパワーでウルガモスに当てている間に、俺はウルガモスの背後へと回っていく。

 ちなみにニャヒートはサーナイトに飛んでくるものを蹴りで撃ち落としていた。にどげりがあんなに役立つとは………。

 

『「クッ………ボウフウガヤッカイダナ」』

 

 勘が鋭いのか、俺を近づけさせまいと再度自分の周りに暴風を起こして岩石諸共巻き上げていく。

 けど、俺たちを甘く見てもらっちゃ困るな。

 

『「サイコキネシス」』

 

 超念力で暴風の流れを停止させた。巻き上がっていた岩石が次々と地面に落下していく。

 

「ウゥゥゥモォォォオオオオオオオオオスッッ!!」

 

 するとウルガモスが炎を纏い、くるくると舞い始めた。巨大化しているくせに軽やかに動くため、遠心力により纏った炎が無作為に振り撒かれていく。近くにあった木は燃え、草も焼かれていく。

 最早災害たわ、これ。

 あーだこーだ効果的な技を考えるのもアホらしくなってきた。

 こんなもん一発ドデカイのをさっさとぶち込んでやらねぇと収拾もつかないぞ。

 

『「ウツロイド」』

 

 腕をクロスさせてイワZのポーズを空中で取っていく。

 次第に俺の前に地上から巻き上げた岩石や砂やら焼けた木やらが集合し、圧縮されて一つの巨大な岩へと変化していった。

 

『「オラヨッ!」』

 

 ーーーワールズエンドフォール!

 

「モォォォオオオオオオオオオッッ!?!」

 

 投げ飛ばした巨大な岩はウルガモスの顔面に突き刺さった。

 これ、いろんなもん巻き上げて圧縮して巨大な岩石にして投げ飛ばすんだよな。

 実は巨大化したポケモンに一番いい技なのではないだろうか。ウルガモスが放ってくる炎の塊くらいの大きさはあるぞ。これまたいい収穫だわ。覚えておこう。

 ただ、倒せてないんだなー……。

 超が付く程の効果抜群な技なんだけどなー………。

 

『「アレデモマダタエルノカ。ダイマックスハ、タイキュウリョクモイジョウニナルンダナ」』

 

 だが、一番ダメージが入ったのも確か。

 ついでに痺れも効いてるみたいで動く気配はない。ただ、まだ元の大きさに戻らないところを見るに戦闘不能には陥っていないのだろう。

 

『「ウツロイド、トドメダ」』

 

 ハチマンパーンチ!

 ついでにキックもあるよ!

 ………じゃねぇよ!

 おいこらウツロイド。お前その技でもない技好きすぎるだろ。それとその技名は何とかしろよ。何で自分の名前の入った技を使わなきゃならんのよ。恥ずいっつの!

 

「モォォォ………」

 

 あ、段々と小さくなり始めた。

 ウルガモスが無抵抗だったとはいえ、あの技でもない技の方が効いた感触があったのは何なんだろうな。

 最初からこいつのことは分からなかったが、また一段と謎が増えたような気がする。

 

「よっと」

 

 ウルガモスが倒れたことで俺もウツロイドから解放された。ウツロイドはそのままボールへと戻っていく。

 さて、想定を超えた出会いとはなったが、一応バトルには勝ったんだ。初のバトルしてのゲットに講じるか。

 俺は空のボールを出して倒れているウルガモスに押し当てた。

 あ、これハイパーボールじゃん。

 まあ、いいか。コロコロ左右に揺れていたボールも開閉スイッチがカチッとロックされたし、ミッションクリアだ。これで、晴れてウルガモスが新しく仲間になるわけだな。

 言うこと聞いてくれるかなー………。今までポケモンたちの方からボールに入ってきたから、自分で捕まえたポケモンとどう対応すればいいのやら。

 

「はっちん!」

「「ハチさん!」」

 

 すると後ろからドタドタと団体さんが押し寄せてきた。

 道場の面子が揃っている。爺さんまでいるみたいだが、こんなところにまで来てどしたの?

 

「………え、なに? そんな大勢で」

「あ、いや、え? あれ? ウルガモスは………?」

 

 あ、こいつさっきの半袖短パンサングラス君だ。

 もしかして見られてたのか? それで人を集めて来たとか?

 

「倒して捕まえたけど?」

「はっ……? いや、ですがあれはダイマックスした野生のポケモンですよ! 一人で倒せるような相手では………」

「ほらね、マクワちん。ワシちゃんの言った通りでしょ?」

「そんな………あり得な………」

「はっちんは最近来た子だけれど、道場にいる誰よりも経験と知識が豊富でバトルも強いのよん」

 

 というか何で俺はこいつに心配されてるのん?

 確かに炎が飛び散って災害みたいになってんなーとか、恒常的に巨大化しているとダンデの時とはまた違った感覚だなとかは思ったけどさ。

 

「えっと、俺は何で心配されてんの?」

「はっ………?」

「「「えっ………?」」」

 

 あれ?

 なんか半袖短パンサングラス君だけじゃなくて門下生たちもお口あんぐりなんだけど。

 えっ、野生ポケモンのダイマックスってそんな危険なもんなの?

 聞いてないんだけど。そういうのはちゃんと先に言っておいてくれよ。

 

「師匠……」

 

 恨めしげに爺さんを見やるとてへぺろってしていた。

 この爺、帰ったら覚えとけよ!

 



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39話

「えっと、つまり………? 野生ポケモンのダイマックスは恒常的に巨大化しているから多人数で………最低でもトレーナー四人で挑まないと危険ってことか?」

「はい、僕たちが使うダイマックスバンドによるダイマックスは技を三回程使えば、時間切れとなり元の大きさに戻ってしまいますが、自然発生した野生ポケモンのダイマックスは倒さない限り元の大きさには戻りません。そのため、多人数での対応が推奨されているんです」

 

 はぁ………。

 道場に帰ってきて門下生たちと半袖短パンサングラス君に改めてダイマックスについて説明をされたわけだが………。

 

「それをあなたは単独で、しかもこの島にいるポケモンがダイマックスしたのを一人で倒したんですよ! 無謀にも程があります!」

 

 こいつはさっきからそればっかりだが、そうは言われてもいけちゃったものは仕方ないじゃないか。誰かがやらなければ被害が広がる一方だったし、ギラティナや暴君様を相手にするよりは遥かに楽だったし。

 

「………悪いが俺はもっと上を知っている。巨大化していようがあれよりもっと強いのを相手にしたことがあるし、あれを一撃で仕留めそうな奴も知っている。何ならこれくらい出来なければ俺は死んでいた可能性だってある。お前にはそういう経験があるのか?」

「い、いえ………ありませんが…………」

 

 だろうな。

 そもそも俺みたいな経験をしている奴なんて他にいて堪るかっての。いいとこ図鑑所有者たちだが、一時的にとはいえ記憶をなくしたりタイムスリップしたりなんかはしていないはず。だが、窮地に立たされたというのはどいつも同じだろう。

 それがこの男にはあるかって話だが、どう見てもない。

 災害級とはいえあの程度のことでここまで喚くようでは、伝説のポケモンにすら会ったことがないだろう。

 それが普通だ。

 俺が普通じゃないだけである。だからどちらが危機的状況に強いかなんて比べるべくもない。

 

「だったらお前の物差し程度で俺を測ろうとするな」

「で、ですが単独でなんて………」

「言われなくとも危機管理くらい常にやっている」

「は、はい………」

「だがまあ、心配させたのは事実。その点については謝る。悪かった」

「いえ、こちらもあなたの実力を知りもしないで勝手に測っていました。申し訳ありませんでした」

 

 とはいえ、爺さんまで駆り出してすっ飛んできたことには素直に謝っておく。

 こんなことで面倒事が増えるのは御免だからな。

 

「うーん、青春だねぇ」

「どこがだよ」

「そうだ、マクワちん」

「聞けよ」

「はっちんとバトルしてみない?」

「「はっ?」」

 

 俺の言葉に一切耳を傾けることのない爺さんが、また突拍子もないことを言い出した。

 おかけでマクワと声が重なってしまったではないか。

 

「さっきははっちん本人にああ言われてたけど、やっぱり自分の目で確かめてみないといけないと思うのよ」

「おい、この流れつい一週間前にもあったよな。またか? またなのか?」

 

 ダンデの時も強制的にバトルをさせられたな。しかも全力を見せろって。

 確かにダンデは強かった。バトルしてどうだったかといえばいい経験になったと言わざるを得ない。

 けど、ジムリーダーの息子ってだけじゃあまりにも弱すぎる。ダンデを知ってしまったがために、今更感が半端ない。

 

「はっちん、師匠命令」

「えぇ、それ職権濫用でしょ。それかパワハラだ」

「じゃあ、一週間前のバトルの結果をマクワちんに教えるね? マクワちんのお母さんは現役のジムリーダーだから、すぐに他のジムリーダーたちにも情報が拡散されるだろうね〜」

「パワハラ通り越して脅迫じゃねぇか………」

「どうする、はっちん?」

「やればいいんでしょ、やれば」

「うんうん、はっちん頑張ってね」

 

 この爺い、絶対いつか張っ倒す。

 女将さんにこの爺いの弱み聞いてみようかな。なさそうだけど………。というか女将さんが弱みすら可愛いところとしか認識してなさそうでもあるし。

 

「マクワ、だったか」

「はい」

「俺の土俵の一端を今から見せてやる。ただし、内容は全て黙秘しろ。いいな?」

「はい!」

 

 はぁ、面倒くさい。

 折角ミッションを一つクリアしたってのに、その報告やらウルガモスをボールから出す暇も与えてくれない。しかも今度は現役ジムリーダーの息子とバトルって………。

 

「ハチさんのバトル、また見られる!」

 

 何か門下生たちは喜んでるし。

 悪いけど、今回は純粋なバトルにするつもりはない。俺の本名がバレるわけにはいかないが、これ以上マクワに拘束されるのも御免だ。きっちり叩きのめしておかないと、また過剰に心配してくるだろう。

 いっそ、心も折ってやろうかな。

 ………いや、そこまでしたら今度はこの道場にいられなくなるか。それだけは避けなくてはな。

 

「セキタンザン、お願いします!」

 

 マクワのポケモンはセキタンザンというらしい。

 さっきカメックス擬きとバトルしていたポケモンか。

 見た目的にはいわタイプであるが………、もう一つのタイプがあるのかどうかも気になるところだな。

 

「………あの、ポケモンは?」

「見えてないポケモンの力を使って俺がバトルするから問題ない」

「はっ?」

 

 そりゃ「はっ?」ってなるわな。

 俺もお前の立場だったらその反応だと思う。

 けど、今の俺は良くも悪くも普通の人間じゃないんだ。サイボーグとかクローンでもないが、ある意味そいつらよりもかなりヤバいと思う。その自覚はある。

 ただ、こっちはまだいい方だろう。黒いのの力はただ俺がポケモンの技を使っているように見えるだけだからな。それよりもあの白いUBさんの方だ。あれ、俺呑み込まれてるからな。下手したらボスキャラだぞ。

 

「ほら、技撃たせてみろ」

「し、知りませんよ、怪我しても!」

 

 攻撃が当たったら怪我どころの話ではなくなると思うけどな。

 だからこそ、当たらないようにするんだよ。

 

「セキタンザン、いわなだれ!」

「まもる」

 

 まあ、初手は何が来てもドーム型の防壁を展開するつもりだったんだけどね。

 しかも使用者が黒いのだから防壁の耐久性も強い。何なら防壁のカーブに沿って角度を変えて弾かれている。

 つか、降り注ぐ岩を弾くって…………、しかも弾かれた岩が他の岩とぶつかって破砕し、その破片が他の岩を貫通して破砕とか、最早気味悪いレベルで連鎖している。

 

「なっ………?!」

 

 大丈夫、俺も驚いてるから。

 サーナイトでもここまでできないと思うぞ。

 

「サイコキネシス」

 

 その砕けた岩も含めて超念力で持ち上げ、セキタンザンにお返ししていく。

 

「くっ、セキタンザン! ニトロチャージ!」

 

 突っ立ってたのではただダメージを受けるだけと判断したのだろう。炎を纏わせてセキタンザンがこちらへ突進してくる。炎と突進の衝撃でそれなりの大きさ以外の破片に近い岩は粉々に破砕されてしまった。

 

「きあいだま」

 

 身体を斜に構えて脇腹辺りでエネルギーをチャージしていく。

 そしてセキタンザンがあと五メートルというところまで踏み込んだ瞬間にアンダースローでエネルギー弾を投げ放った。

 エネルギー弾は上手いことセキタンザンの顎の下に入り、岩の巨体がひっくり返る。

 

「セキタンザン!?」

 

 驚きたいのは俺の方だわ。

 巨体がひっくり返るほどの威力が出てたってことだろ?

 セキタンザンをよく知らないから何とも言えないが、そんなあっさりいくようなポケモンとは思えないんだが…………。

 やっぱりサーナイトやニャヒートが日々成長していくのと同じように、ダークライたちも成長してるってことなのか?

 伝説のポケモンたちが成長って、ただただヤバい生き物になっていくだけなようにも思えるけど………同じポケモンなんだし、そっちの方が的を射ている、か。

 

「もう一丁」

 

 追い討ちをかけるようにもう一発エネルギー弾を倒れているセキタンザンに向けて放った。

 

「起きてください、セキタンザン!」

 

 セキタンザンに声をかけるが起き上がる気配が一向にない。

 

「くっ、ならばストーンエッジです!」

 

 かろうじて地面を叩いて岩を生やしてくるが、エネルギー弾を相殺するには時間が足りていなかった。

 あの重たそうな巨体では咄嗟の動きなんて無理があると思うがな。

 

「効果抜群の技を二度も………! 致し方ありません! セキタンザン!」

 

 セキタンザンをボールに戻すとリストバンドからエネルギーがボールへ流れていき、どんどん膨張していく。

 確かダンデも同じようにしてたな。ということはダイマックスが来るってことか。

 

「キョダイマックス!」

 

 あ、違った。キョダイマックスの方だった。

 放り投げられたボールから再度出てきたセキタンザンが巨大化していく。何というか火山というか溶岩というか、そんなイメージを彷彿させてくるな。名前が名前だし強ち間違っていないのかも………。

 まあ、それよりもだ。

 

「マクワ、生身の人間相手にこれはやり過ぎじゃないか?」

「いえ、あなたは普通の人間ではない! ポケモンと同列、あるいはポケモンそのものです! であれば、遠慮はしません! 全力であなたを倒す!」

 

 おう、非人間説を唱えられてしまった。

 一応まだ人間のつもりではあったんだが………そうなると俺は随分前から人間じゃなくなってたんじゃね?

 

「キョダイフンセキ!」

 

 するとセキタンザンの背中からまるで噴火の如く高熱の岩が次々と噴き出した。

 技のふんか並みかそれ以上。いわなだれも組み合わせているんじゃないかと思える感じだ。

 

「ダークホール」

 

 あんなもん生身の身体で浴びてしまえば死体も残らず死ぬのは確実。

 両手を開いて黒いのに合図を送って、落下してくる噴石の軌道上に黒い穴を作り出していく。穴の行き先はあちらの世界ではなく、セキタンザンの頭上。自分の技で自分を苦しめるがいい。

 

「な、なんだ今のは………っ?! セキタンザン!!」

 

 気付けば噴石に囚われたのはセキタンザンの方。

 マクワにとっては信じられない光景だろうな。

 

「もう一度、キョダイフンセキ!」

 

 噴き上げる勢いで岩の囲いを弾き飛ばす算段だろうか。

 ならば、俺が陣取る位置は上しかないな。

 足下に黒いオーラで足場を作り、マクワからはセキタンザンで見えない位置から階段を昇るように駆け上がる。

 

「おおー、あいつの背中あんな感じなのか」

 

 ガチの火山だわ、これは。

 噴出口が火口そのもの。名前の通りのセキタンザンである。

 あ、てかキョダイマックスで姿が変わってるんだっけ?

 元の姿も覚えてないから比較のしようがないな。

 

「おわっ!? 危な………っ」

 

 巨大な身体は吹き飛ばす威力も半端ないな。加えて背中からも噴出してるし、ここも危険だったわ。まあ、下にいても変わりはなさそうだけど。

 

「きあいだま」

 

 噴石を掻い潜り、背中の火口にエネルギー弾を投げつけた。

 ああいうのって内部に入ったら中で爆発とかしそうだし、何かしらの効果はあると期待したい。

 

「ザァァァアアアアアアアアアアアアアアアンンンッッ!?!」

 

 さあ、あと一発。

 

「セキタンザン、何としても次で決めますよ! ダイバーン!」

 

 噴石の方では俺を捕らえられないと判断したか。

 ということは範囲技になるのだろうか。

 ここは潔く引いておこう。

 

「よっと」

 

 セキタンザンから離れて元の定位置に戻るとマグマのような炎が波のように降り注いできた。

 

「まもる」

 

 咄嗟にドーム型の防壁を作り出させる。

 が、それで耐えられないのはダンデ戦で確認済み。かといってテレポートが使えるわけでもない。

 やれるのはあの技でどうにか相殺していくくらいか。

 

「あくのはどう」

 

 黒いオーラで俺の周りを取り囲み、押し寄せる炎の波を黒い渦で呑み込んでいく。

 にしても暑い。超暑い。サウナとかのレベルじゃない。火山の火口を覗き込んで………いや落ちたかもしれないな。それくらいの熱気が肺を支配し、呼吸が辛くなってくる。

 粉塵爆発の中をゆらりゆらりと歩いていたどこぞの第一位さんも酸素奪われてこんな気分だったのだろうか。

 んなどうでもいいことを考えられるくらいには俺も余裕ありそうだな…………。ごめんな、マクワ。

 

「くっ、キョダイマックスでも降参させられない………!」

 

 時間切れになったようでセキタンザンが元の大きさへと戻っていく。

 畳み掛けるならここだな。

 

「ダークホール」

 

 元に戻った瞬間に足下から黒い穴を開いて落とした。そして、再度出すとセキタンザンは眠りこけていた。

 

「ゆめくい」

 

 ここぞとばかりにダークライの養分をもらっておくことにする。

 対価に俺のを使われても今回ばかりは辛いからな。

 

「………なっ、なにが……………」

 

 最早続きの言葉も出てこないって感じだ。

 ちょっとやり過ぎたかな。いや、現実は甘くないってのを解らせるためだ。これくらいやらないと優しい世界でまとめられてしまうか。

 

「これはワシちゃんもびっくり。セキタンザン、戦闘不能。はっちんの勝ちだよん」

 

 ドサッと倒れたセキタンザンはピクリとも動かない。

 眠りこけながら戦闘不能になったのだから当たり前っちゃ当たり前か。

 

「………と、こんなもんだな」

「戻ってください、セキタンザン………」

 

 呆然としているマクワだったが、何とかセキタンザンをボールに戻す思考は持ち合わせているみたいだ。

 バトルしてみて一つ分かったことがある。爺さんが唐突に俺とバトルさせた理由だ。まがいなりにも爺さんはここの道場主。元チャンピオンという経歴を持つ実力者である。ダンデとのバトルで俺の実力は把握しているはずだ。それを分かった上でバトルさせたのは、恐らく俺に何かしらを求めているから。

 そしてそれは、敢えてジムリーダーの息子という情報を俺に与えてきたところを察するに、英才教育を受けてきた甘ちゃんを圧倒的な実力で叩きのめせということだったのだろう。どういう意図でそんなことを要求してきたのかは定かではないが、だったらここから先が重要になってくる。俺の立ち回り次第では、こいつがここに来るのも最後になるかもしれない。

 

「どうだ、分かったか? お前の価値観なんて俺には無意味だって」

 

 と言っても、やはり俺にはこれしかない。

 ここまでやったのなら徹底的にこっち側を演じる以外、俺はやり方を知らないんだ。

 

「そういえば、ウルガモスを発見する前にお前と会ったけど、あの時のポケモンにすらお前は手こずってたよな。その程度の実力で俺に価値観を押し付けようだなんて自己中にも程があるんじゃねぇの?」

 

 タイムスリップさせられてまでこんなことをやる羽目になるとは………。

 

「ハッキリ言って、ウルガモス相手でも余裕だったからな? それなのに一般的には最低四人で挑むものだとか、一般論に縛られ過ぎだろ。ましてや公式バトルでもなく対人戦でもないレイドバトルとやらで、そこまでルールに縛られていたらお前、死ぬぞ」

 

 ルールはあくまでも人間が決めたルールだ。

 それを危機的状況に陥ってもなお守っていたら、死の確率を上がるだけである。

 ああ、なるほど。こいつはまだ死と隣り合わせの状況に放り込まれたことがないのか。だからこんな甘ったれた考えでいられるんだな。

 

「…………あなたは」

 

 ようやく口を開いたかと思えば、何を言っているのか聞こえない。

 

「あなたは何者なんですかっ!」

 

 ………急だな。

 得体の知れない強さに恐怖を覚えているって感じか。

 

「………俺が何だったらいいんだ? ジムリーダーか? チャンピオンか? それとも、悪党か?」

 

 言葉と同時に殺気も放っておく。

 睨みを効かせるとマクワは一瞬怯み、一歩後ろずさった。

 

「一ついいこと教えてやるよ。悪党ってのは俺よりももっと無慈悲だ。狡猾で悪巧みの知恵が働く、それでいて残酷で残忍だ。今のバトルの口封じとしてバトル中の事故に見せかけて、お前を殺していた可能性だってある。悪党ってのはそういうやつらだ」

 

 ロケット団って殺しもしてたしな。

 フレア団なんか人もポケモンも関係なく殺そうとしてたし。

 

「んで? こんな得体の知れない強さの男を前にして、お前はどうしたい?」

 

 容赦ない自覚はあるが、あの妙に定石に当てはめたがる感じが癇に障ったのも事実。死と隣り合わせの状況を経験してないからなのは分かるが、今ここでその状況を作り出すわけにもいくまい。なら、心が折れたならばそれまでと割り切ることにしよう。

 

「………悪党、じゃないのですか?」

「はっ、悪党みたいな顔してるってか。元々だよ、コンチクショウ」

「あ、いえ………そういうことでは…………」

「ま、答え合わせをするならば、俺はチャンピオン並みの実力者ってとこだな。それ以上でもそれ以下でもない」

「チャンピオン並み………」

「………あっ、ごめんねマクワちん。実ははっちん、一対一の非公式戦でだけどダンデちんに勝ってるのよ」

 

 言ってなかったね、と続ける爺さん。

 おい、それトドメ刺しにいってるぞ。自覚ないだろ。

 俺知らんぞ。最後にへし折りにいったのは爺さんだからな!

 

「マクワちん。何でもかんでもルール通りに事を運ぶ人生ほど、つまらないものはないのよん」

 

 ルールは破るためにあるもんな。

 あ、違う?

 

「チミの人生はチミだけのもの。メロンちんの後をそのまま継がなくだっていいんだよ」

「………今日のところは帰ります。ありがとうございました」

 

 今にも消えそうな蝋燭の炎みたいだ。実際、マクワの心がそんな感じになってるのかもしれない。

 トボトボと歩く悲しい背中を見送っていると脇腹に肘が入った。

 いや、めちゃくちゃ痛いやめろよ。

 お説教なら後でちゃんと受けるから。

 

「………はっちんが生きてきた世界は残酷で残忍なものだったんだね」

「現在進行形でって言ったらどうします?」

「それはどうだろうね」

 

 どうだろうねって言われてもマジで現在進行形なんだよなぁ。

 タイムスリップって当事者になると結構残酷だぞ?

 ようやく手にしたというか自覚した大切な存在に会えないんだからな。

 

「………あいつ、どうなりますかね」

「ここから先はマクワちんの問題だよん。ワシちゃんたちが気にすることじゃない。というかワシちゃんとしてはこんなやり方しかできなさそうなはっちんの方が心配なのよ」

「生憎、そういう機会には恵まれなかったんでね。ただ、明確な敵がいれば再起する可能性もある。少なくとも俺がそうだったんで」

 

 サカキに直接会ってから、いろいろ変わったからな。それまではぼんやりとしていたリザードンの問題もサカキと出会ったことでいろいろと知ることとなった。何ならマチスとナツメがお仲間だったと知ったのもサカキと出会った後だったからな。

 

「さすがハチさんッス! 悩んでいるマクワ君に敢えてヒール役に徹する事で師匠がマクワ君の欠点を指摘できるような機会を作り出すなんて、すごいッス!」

 

 え、何よいきなり。

 

「あ、いや、俺は別に………」

「尊敬するッス!」

 

 で、このキャラの濃い門下生は………?

 好意的なのが異様に見えるんだけど。

 

「あれは演技だったのか……?」

「超怖かったよ」

「呼吸が止まったかと思った」

 

 この異様な門下生に感化されてか周りもなんだーって感じで受け止め始めた。

 こいつ、実は爺さんの仕込みなんじゃ………?

 まあいい。嫌悪感を持ち続けられる可能性はちょっと下がったようだ。シコリで残るやつもいるだろうけど、それはそれ。

 今日明日出て行かないといけないなんてことにはならないだろう。

 

「………マクワが何に悩んでいるかなんて知らないし、師匠が何をしたいのかもさっぱりだが、あいつに言ったことは全部本心だ。演技でも何でもない」

 

 ただ、あれを演技だったってことにしておくのは、何か違う気がした。マクワと同じ感覚のやつは門下生の中にもいる。というかジムリーダーの息子ですらないのだから、より甘い考えになるだろう。相手がマクワでなくとも今回のようなことは起きていたはず。

 なら、そんな煩わしいことが今後起きないように門下生にも同じように認識しておいてもらわなければならない。

 ………ダメだな。今この場に居続けたらまた新たなシコリが生まれそうだ。門下生の一旦引いた嫌悪感も再び再熱してきそうだ。

 

「ちょっと外の風当たってきます」

 

 俺は逃げるようにして外に出た。

 



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40話

 マクワ騒動から一ヶ月。

 ウルガモス捕獲というミッションを終えてしまったため、特にすることがない毎日。やることなんて毎日場所を変えてはニャヒートとウルガモスのバトル育成しているくらいだ。おかげでニャヒートが新たにリベンジを覚えた。

 対して、ウルガモスはぼうふう、ソーラービーム、ほのおのまいの他にも、ねっぷう、むしのさざめき、ちょうのまい、にほんばれを覚えていた。太陽の化身らしく、ちゃんと文献通りに晴れ状態にできるんだよな。多分、使おうとしないだけで大技に昇華する前の技も覚えているだろうし。

 まあ、その変はいいのよ。

 それよりもこの一ヶ月、道場横の浜辺にずっと佇んでいる奴がな………。

 

「今日もそこで日向ぼっこか?」

 

 最早見慣れてしまった光景。

 頭の黄色いヤドンが一体、海を眺めたり伸びていたりしている。時折声をかけると何故か俺の声には反応を示すのだが、どうも他の誰かの声には全く反応しないらしい。

 

「ヤン」

 

 ポツリと啼いて会話終了。

 それでも反応を示すだけで羨ましがられている。

 本当にこいつの目的は何なんだろうな。そもそも目的を持ってここにいるのかすら怪しい。頭黄色くてもヤドンだし。

 

「あ、ハチくん。これからおでかけ?」

「あー、まあ、今日はどうしようかなって取り敢えず外に出てみただけっす」

 

 ぼーっとヤドンを眺めていると、花壇の水やりをしていたミツバさんに声をかけられた。

 よく見ると彼女の横にはゴミ袋に入った枝の塊があった。掃除でもして集めたものだろうか。道場前に枝とか落ちてるイメージなかったんだけどな。道場後ろのバトルフィールド周りならあってはおかしくなさそうだけど………。

 

「………木の枝とかってこの辺落ちてましたっけ?」

「ああ、これ? これはガラナツの枝だよ」

「ガラナツ?」

「この島に生えている木に赤い実がつくものがあってね。この木の枝をブレスレットやリースにするとガラルのヤドンが喜ぶんだよ」

「へぇ、あのヤドンがねぇ………」

 

 俺にしか反応を示さないそこのヤドンも反応するのだろうか。

 

「そうだ! ハチくんも作ってみる? そこのヤドンに気に入られてるんだしさ」

「あー………、あんな感じですけど、喜ぶと思います?」

「もう既に反応してるみたいだよ」

「えっ?」

 

 指を刺された方を見やれば、ばっちりヤドンと目が合った。あいつ、俺たちの会話聞いてたのかよ。

 

「最早ガラナツという単語にすら反応するレベルなんすね。分かりました、作ってみます」

「ヤン」

 

 いや、お前が啼くなよ。

 どんだけ好きなんだっつの。あ、のそのそ動き出したし。ここに着く頃には完成してそうな鈍さだけどな。

 はぁ、仕方ない。連れてくるか。

 

「あいつ連れてきますわ」

「はーい」

 

 一言断ってからヤドンの方へと向かう。

 目の前に立つとじっとこちらを見上げてくる。

 

「ガラナツ」

「ヤン」

 

 マジでガラナツって単語に反応したし。

 何がこいつを虜にしているのだろうか。そんなにいいものなのか? ガラナツってのは。

 

「はぁ………よっと」

「ヤン?」

「完成したら付けてやるからこっちに来てろ」

「ヤン」

 

 ヤドンを抱き上げると最初から抵抗する気もないようで終始力が抜けきっている。ダラーとした両手両足が下に垂れ、しっかり脇に手を入れてないと滑り落ちそうなレベル。

 何故俺にだけここまで気を許しているのだろうか。というか他のやつには何故気を許さないのか不思議だわ。

 

「………連れてきました」

「それじゃ、作ろっか」

「うす」

 

 ヤドンを下ろして地べたに座り込む。

 

「まず二つの枝を取ってね」

 

 ゴミ袋からガラナツの枝を二つ取り出し両手に持った。

 

「軸になるのは枝の下の少し太めな方ね。これをもう一つの枝の先端の枝分かれして細くなったところで編み込んでいくの。こんな感じに」

 

 そして言われた通りに太い方を下にして、もう一つの枝の先を絡めていく。

 

「枝先はしなやかなんですね」

「そう。だから折れないのさ」

「なるほど。んで、これの繰り返しで編み込んでいくんですね」

 

 枝はパキッと折れることはなく、しなやかに曲がり簡単に編み込めた。

 

「うん、そう。でも中には長さが足りない枝や折れちゃう枝もあるから気をつけてね」

「うす」

「あと、なるべく赤い実は残すようにね。実が残ってないとアクセントもなくなって華やかさがなくなっちゃうから」

「うす」

 

 それを繰り返していき、輪っかになるように編み込んでいく。一重ではやはり弱々しいため、簡単には崩れないようにもう一回りさせた。

 慣れれば難しくはなく、いっそマスターして商品として売りに出してもいいかもしれない。

 

「ほら、出来たぞ」

「ヤン」

 

 なんてことを思いながら完成したブレスレットをヤドンの左腕に付けてやった。

 

「………こんな感じかな」

「あら、上手」

「ミツバさんのに比べたら所々飛び出たりしてますけどね」

 

 ミツバさんが作ったのに比べたら素人感満載なのだが、どうやらヤドンはお気に召したらしい。じっと左腕を見て固まっている。

 

「ヤドンにはお気に召したみたいだね」

「ミツバさんの方がいいと思うんですけどね。本人がいいならいいけども」

「それじゃあ、次はリースの方を作ってもらおうかな」

「喜んで」

 

 今日はこのままガラナツアクセサリー製作でもいいかもな。ここのところ毎日、ブラブラしてはバトル育成ばっかりだったし。

 …………よし、今日は休みにするか。

 

「お前ら、今日は好きにしていいぞ」

 

 ボールからサーナイトとニャヒートとウルガモスを出して休みを言い渡した。

 

「サナ!」

「ニャ、ニャヒ」

「モス……!」

 

 …………お前らさ。

 好きにしていいとは言ったけど、サーナイトは俺に抱きついてくるし、ニャヒートはウルガモスともに砂浜を駆けていったかと思うと、バトル始めちゃったよ。

 おい、休みの意味!

 

「元気だね」

「ニャヒートにとってはサーナイト以外ともバトルできるようになりましたからね。相手が同じだとどうしても同じような攻め方にもなってしまいますし、同じほのおタイプってこともあっていつも以上に積極的なんすよ」

「やっぱりウルガモスの方が強いの?」

「今のところは。でもニャヒートにはまだ進化が残ってますからね。まだまだ強くなる素養は充分にある」

 

 まあ、今のところはほのおのうずで捕らえてもぼうふうで掻き消されたり、アクロバットで突っ込んでいっても躱されるのがオチなんだがな。

 やっぱり飛翔能力があるポケモンはそれだけで逃げる位置が増えて、相対的に強くなる。

 

「でも、そうなるとサーナイトちゃんは………嫉妬してるわけではないのね」

「むしろ俺にこうしてられる時間が増えて喜んでますよ」

 

 ミツバさんは俺に抱きついているサーナイトを見て、想像とは違った反応に苦笑した。

 

「ハチくんはポケモンに好かれるのね」

 

 ポケモンに好かれる、か。

 あいつらにも人間には嫌われるくせにポケモンには懐かれるよねーってよく言われたな。

 

「………人間はポケモンの言葉が分からないのに、ポケモンは人間の言葉が理解できる。これ、不思議に思ったことありませんか?」

「確かに、言われてみればそうだね」

「その点で既に人間よりもポケモンたちの方が種として上だと思うんですよ。少なくとも俺はポケモンを下に見ることはできない。それに俺にはポケモンみたいに技を出すこともできないし、いろんな点で負けてるんです」

 

 だから常々思うのだ。

 何故ポケモンたちは不当な扱いをされても人間を殺そうとはしないのか。

 もうそれだけで人間の器の小ささが窺い知れる。

 

「その割にはマクワ君とのバトルで技を使っていたように見えたけど?」

「そう見せているだけですよ。人であろうがポケモンであろうが、人間は技を使えないという認識を利用して動揺を与えるための戦い方です。俺にはこいつらの他にそういう契約をしたポケモンもいるんすよ」

 

 それでも勝てない相手はいる。というかあんなのはどこぞの組織の下っ端に通用してたってくらいだ。ただ初見殺しにはなるし、ポケモンがポケモンだから、生半可なポケモンでは俺には太刀打ちできなくなるため勝手がいいのも事実。

 

「そりゃマクワ君の心配も的外れなわけだ」

「常識が通用しない相手に常識に則ったやり方をしていては、逃げられませんからね。それに、そういうことができる代償が何もないと思いますか?」

「えっ……?」

 

 代償、という言葉に初めてミツバさんの動揺する顔が見えた。

 さすがにそういう話には耐性がないか………?

 

「マクワには言いませんでしたけど、あんな芸当を何の代償もなしでできませんよ。俺の場合は一時的に記憶が飛ぶ。そのせいで傷付けた人もいるし、段々おかしくなっていったこともあります」

 

 苦い表情を浮かべるミツバさん。

 俺の言葉の一つ一つを想像しているのだろう。

 

「おかしくなっていったのは何も記憶喪失だけが原因じゃないですからね。それに、そんな代償を抱えてでも俺にはそいつが必要だし、そいつも俺を必要としてくれている。俺にとってはそいつも大事な家族なんすよ」

「………ハチ君は、強いのね」

「別に強くはないですよ。止めてくれる奴がいてくれたってだけです」

 

 今でこそ思い出しているが、一番傷付けたのは最初の関係をすっぱり忘れてしまっていたユイだろうし、一番重い責任を背負わせてしまったのはユキノだろう。あの二人のことは特に傷付けてしまったが、それでもあいつらは俺の側にいてくれた。そして、それが俺の帰る理由にもなっているんだから、俺自身が強くなっているわけじゃない。あの二人が強靭だっただけ。俺はそれに報いたいだけである。

 

「その人たちとは今は………?」

「………訳あって当分会えませんよ。俺がこの島にいるからとかあいつらがガラル地方の外にいるからとかって理由でもないです。それこそ、伝説のポケモンの力を使わなければ会えないような状態ですよ」

「っ……!?」

「だからと言って諦めるつもりはありませんよ。最終手段はありますから」

「………ごめんなさい。ハチ君のこと、無神経に聞きすぎたわ」

「いえ、気にしてませんよ。というか俺の方こそすんません。急に暗い話になって」

 

 聞かれたからつい答えちゃったけど、こんな話するつもりはなかったんだよなー。

 ………ミツバさんは不思議とそういう話を溢させる何かがあるのかも。これも母性だと言われたら何も言い返せないが、爺さんもそういうところに惹かれたのかもな。

 

「………と、こんな感じですかね」

「あ、うん。そうだね。いい感じだよ」

「んじゃ、早速ヤドンにでも………」

 

 ………えっ?

 

「あ、おい!? 腕食われてるぞ?!」

 

 出来上がったリースをヤドンに付けてやろうと視線を泳がせると、そのヤドンの左腕が何かに噛まれていた。

 

「ヤン……?」

 

 ヤドンも俺が言うまで全く気づかなかったようで、ようやく首を動かして確認している。

 つか、あれシェルダーか?

 尻尾に噛み付いたり頭に噛み付いたりするならともかく腕って…………。

 

「はっ?」

 

 すると突然、ヤドンが白い光に包まれた。

 はっ?

 いや、えっ?

 進化………?

 

「ヤン………」

 

 白い光が弾けると、むくりと起き上がったヤドンは不思議そうに左腕を見ていた。

 

「早速進化したわね」

「えっ? 知ってたんですか?」

「そりゃそうさ。今作ってるアクセサリーは両方ともヤドンが好み身につけるとシェルダーがよって来て噛み付くのよ。そしてそれがガラルのヤドンたちの進化の条件」

 

 マジかよ………。

 成長したヤドンの尻尾は旨味を増して、それをシェルダーが求めて噛み付くから進化するんじゃねぇのかよ。

 これがリージョンフォームの違いってことか。

 

「で、これはどっちなんですか?」

「ヤドランの方だよ」

 

 これ、ヤドランの方なのか。

 なんか尻尾にシェルダーがいないヤドランって不思議だわ。

 

「因みにヤドキングの方は?」

「頭にリースを付けてあげるとシェルダーが寄ってくるわ。ガラルのシェルダーはきっとガラナツの実が好きなんだろうね」

 

 だから実も残すのか。

 つまり、ヤドンは実付きのガラナツの枝で作ったアクセサリーを好み、シェルダーはガラナツそのものを好んでいるってことか。リージョンフォームしても自然の摂理ってのは上手く成り立ってるもんなんだな。

 本当に不思議な生き物たちだわ。

 ………てか、ヤドキングは結局頭なのかよ。

 

「ヤン」

 

 するとヤドン改めヤドランが、俺のシャツをくいくいと引っ張ってきた。

 

「な、なんだよ」

「ヤン」

 

 いや、そんなどうしたらいいの? って顔するなよ。

 

「と、取り敢えず海に向けてなんか技でも使ってみたらどうだ?」

「ヤン………」

 

 自分の左腕をじっと見つめるヤドラン。

 知らなかったとはいえ、望まぬ進化をさせてしまったのだろうか。そうであれば、俺も責任を感じなくもない。

 ………身体に慣れるまでは俺も側にいることにしよう。

 

「ヤン……!」

 

 フン! って感じで鼻息を漏らすと左腕から紫色の何かが海に向かって飛んでいった。

 何だあれ………。

 毒か………?

 

「なんすか、今の」

「シェルアームズだね。ヤドランがよく使うどくタイプの技さ」

 

 へ、へぇ………。

 やっぱり毒なのか。腕から毒を飛ばすとか、なんて恐ろしい子!

 

「因みにヤドランのタイプはどく・エスパータイプだよ」

 

 みず・エスパーじゃないのか。

 まあ、確かに黄色かった頭が紫になってるわ。そのせいで顔色が悪く見えてしまう。

 

「お前、どく・エスパータイプだってよ」

「ヤン」

 

 うん、全然理解してないね。

 どうしたものか………。つか、何で俺はこんなにもヤドランのことを考えているのだろうか。こいつ、普通に野生のポケモンだぞ? ほぼ道場に居着いているような気もしなくはないが、まだ誰もボールに入れてはいないはず。

 

「それってヤドンもっすか?」

「んーん、ヤドンはエスパータイプのみ。ヤドキングもどく・エスパータイプだよ」

 

 えぇー………。

 なにそれ、シェルダーさんに噛まれたことでどくタイプが増えてんの?

 ガラルのシェルダーって毒持ちとか?

 

「ヤン……」

「進化して両手が使えるようになったのに、シェルダーが邪魔で左腕が上手く使えないってか?」

「ヤン!」

 

 あ、そこはちゃんと自己主張するのね。

 相当不便なんだな。物も上手くとれないのかもしれない。

 

「もうそこは慣れるしかないんじゃないか?」

「………」

 

 うわ、物凄い落ち込みよう。

 ドヨーンとした表情か読み取れるのだから相当なのだろう。

 

「ヤン」

「あ? ………まさか取れってか?」

「ヤン」

 

 いやいやいや!

 そんな簡単には取れないでしょうよ。

 あと痛いから頬にシェルダーだったものを押し付けるな。ぐりぐり痛いからね。

 

「わ、分かったよ。腕が捥げても知らないからな」

 

 言われるがままにシェルダーだったものを掴んで引っ張ってみる。

 

「…………」

 

 うん、分かってたことだがビクともしない。

 というかこんなんで取れていたらバトルに取れまくってると思うんだけどな………。

 

「………ヤン」

「俺の腕が先に捥げそう………」

 

 取れないことに肩を落とすヤドン。

 そんな儚げにされるとこっちも居た堪れない。

 

「つか、これ取れたらヤドンに戻るんじゃねぇの?」

「…………ヤン?」

 

 うん、すんごいアホ面。コテンと首を傾げているのがさらにアホを強調している。

 

「はぁ………、こうなっちまったのは俺にも責任があるしな。上手く使いこなせるように付き合ってやるよ」

「ヤン」

 

 望んでいないタイミングで進化してしまったんだ。その原因が紛れもなくガラナツのブレスレットにあるのだから、作った俺が責任取るしかないだろう。こうなっては野生で過ごすのも大変そうだし。

 

「あ、だったらガラルのヤドンたちのことをハチくんも勉強しないとね」

「そうっすね。何か資料でもあれば貸してください」

 

 こうして、ここに来た初日から何かと見かけるヤドン改めヤドランの面倒を見ることになった。

 いや、にしてもどくタイプって………。

 シェルダーもリージョンフォームとかって可能性もあるよな。折角だし、こっちも追々調べてみるかね。

 



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41話

『今年のジムチャレンジに向けて新たなジムリーダーに就任したサイトウですが、………強いですね!』

『実力のお披露目という意味合いで連日ラテラルジムでイベントが開催されていますが、そこでのエキシビションマッチでまだ無敗ですからね。相手にまだジムリーダーが来ていないというのもありますが、これから組まれるであろうジムリーダー対戦でどのような結果になるか楽しみです』

 

 ある日、時間潰しに本棚を眺めているとテレビからそんなニュースが流れてきた。

 どうやら新しいジムリーダーが就任して連日エキシビションマッチを行っているようだ。ただ、どこからどう見ても子供である。

 

「およ、おはようはっちん」

「師匠、おざます」

「おー、サイトウちんも頑張ってるねぇ」

「知ってるんですか?」

「ガラル空手の申し子なんて言われてるよん。同じかくとうタイプ専門ってことで、ジムリーダー就任前に最後の手解きをしたからね。まあ、ワシちゃんの弟子ね」

「へぇ」

 

 それはつまり、彼女は俺の姉弟子になるというわけか。

 つか、かくとうタイプが専門なのね。

 

「でもまだマイナーリーグだからね。ここから良い成績を残していけば、来年メジャーリーグの方に昇格してジムチャレンジの壁として出てくるかもだよん」

「なんすか、そのマイナーリーグやらメジャーリーグとやらは」

「あれ? はっちんに話してなかったっけ?」

「知りませんよ」

 

 知らないから聞いてるのに…………。

 

「ガラル地方のポケモンジムはね、メジャーリーグとマイナーリーグに分かれてるのよ。メジャーリーグはジムチャレンジで巡ることになるジムリーダーたちのことでもあり、マイナーリーグのジムリーダーたちはジムチャレンジに参加出来ないのよ」

「………つまり、メジャーが一軍でマイナーが二軍みたいな扱いで、ジムリーダーたちはメジャーリーグを目指していると?」

「まあ、そういう認識でいいと思うよ。だからその年によってジムチャレンジのジムリーダーが変わるってこともあり得るのね」

 

 ガラルのジムリーダーってマジで大変だな。

 ジム戦が興行イベントと化すわ、メジャーとマイナーの枠組みがあって常に実力を測られてるわ、落ち着く暇もない。

 俺だったらガラルではジムリーダーになりたいと思わないわ。

 カロスとかのあのゆるーい感じが性に合っている。

 

「ヤン」

「ん? どした、ヤドラン」

 

 ガラル地方のジムリーダー事情に辟易していると、ヤドランがくいくいと裾を引っ張ってきた。未だ野生のままであるが、ほぼほぼ俺と行動するようになっており、普通に道場内に溶け込んでいる。

 

「なに? もう腹減ったの?」

 

 差し出される皿。

 ポケモンフーズをもっとくれと言っているらしい。

 こいつ何気によく食うな。まさかシェルダーに噛まれたことで一気にエネルギー消費が倍増したとかなのか?

 ヤドンの頃は飲み食いしてるのかも怪しくなるくらい不動だったのにな。本当に不思議な生き物だわ。

 

「………ところではっちん、その子捕まえないの?」

「ボールに入れることだけがポケモンとの付き合い方ってわけでもないでしょ。まあ、その時が来たらお互いに決めると思いますよ」

「はっちんは年齢の割に深いこと言うねぇ」

「最初のポケモンからしてそんな感じだったんで。俺、サーナイトやニャヒートの他にも仲間がいるんですけどね。自分で捕獲したのって何気にウルガモスが初めてなんすよ。他のやつらはどっちかつーと俺を捕獲したって感じで、しばらく行動を共にしたのちに自分からついてくることを選んだっていうか………」

「それはまたワシちゃん超びっくり。はっちんはポケモンたちにモテモテだねぇ」

 

 サーナイト以外、今のところオスばかりなんだけどな。

 ヤドランにポケモンフーズを出しながら答えるとニヨニヨと含み笑いを浮かべてくる。

 爺いのニヨニヨとか誰得だよ。

 

「その分、癖が強いやつらばっかりですけどね。特に周りから三巨頭とか呼ばれてる三体なんか単身でダンデのポケモンに勝ちそうで怖いくらいですよ」

「………ん? サーナイトより強い子がいるの?」

「サーナイトなんてまだまだ可愛いもんですよ」

 

 うん、サーナイトは可愛いレベル。今の手持ちには三巨頭よりもヤバいのが三体もいるんだし。あ、でもその中でもクレセリアは可愛い方か? いや、ダークライとタッグを組んだ時は絶対恐ろしいことになると思うわ。ダークライが眠らせて悪夢を見せて、クレセリアが起こしてまた眠らせて悪夢を見せるとかいう無限ループが起きかねない。

 えっ………普通に怖いんですけど。

 やらないよね? 絶対やるなよ? 相手の心が壊れるからな。

 

「………んー、そんなに強いのならどこかで名前くらいは聞いたことがあるはずなのよ。でもワシちゃん思い出せないのね」

「まあ、有名になるようなことはしてないですからね。目立ちたくないですし」

「もったいないなー、はっちんの実力ならジムチャレンジでダンデちんのところにまでいけそうなのに」

「そもそも今はまだ六体もポケモンがいませんからね。あいつらとも今は会えない状態ですし。ジムチャレンジ中に捕まえて育てるって手もあるでしょうけど、それじゃダンデを倒すには時間的に足りない。どうせやるなら徹底的にやらないと」

 

 ジムチャレンジ。

 ダンデの意向により来年俺も強制参加させられそうなガラル地方のバトル大会。その名の通り、ジムバッジ集めのイベントだ。カントー地方とかではいつでもジムに挑戦できるが、ガラル地方では興行化しており、ジムチャレンジ中にしかバッジを集められないのだとか。

 バッジを集められる期間が決められていると、より計画性を持たなければジムチャレンジは失敗に終わることだろう。それにジム戦の予約ですら争奪戦になりかねない。

 ………参加条件とかで絞って参加人数少なくしてたりしないのかね。

 

「そういや、そのジムチャレンジって参加条件とかあるんすか?」

「あるよん。ジムリーダーやポケモン協会、大会のスポンサー企業の関係者からもらえる推薦状が必要なの」

「推薦状……?」

「そんな堅苦しいものじゃないのよ。ただ、バトルの実力やトレーナーとしての素質を見て判断するだけ。ジムチャレンジに参加するのに相応しいって思われれば推薦状はもらえるよん」

 

 推薦状ねぇ………。

 まあ、興行化しているわけだし、バカなトレーナーはメディアには出せないわな。ヤバいのを推薦しちまったらスポンサー側も信用を失うだろうし。

 

「あ、そうだ。それなら、来年ワシちゃんが推薦してあげるよ」

「えっ………はっ?」

「こう見えてワシちゃん元チャンプだからね。前にも言ったと思うけど。だから推薦する権利を持ってるのよん」

 

 これ、絶対に逃げられなくね?

 ダンデに勝って、ダンデに誘われ、推薦状を爺さんに突きつけられるとか、跳ね除ける方が非難されそうだぞ。

 

「………まだ出るとは言ってないんすけど」

「どうだろうねぇ。みんなあの手この手ではっちんをジムチャレンジに参加させようとするんじゃない?」

「えぇ………」

 

 そんなのただの嫌がらせじゃねぇか。

 何されるんだよ。長引くと何してくるか分からない恐怖があるぞ。

 はぁ、もういいや。今は考えないようにしよう。どうせ一年くらい先の話だ。最悪この島から脱出してしまえばどうにかなるはずだ。

 気分を変えよう。何か面白そうなのないかな………。

 

「……ん? ヒスイ図鑑?」

 

 ヒスイ………って鉱物の種類の図鑑とかじゃないよな。

 

「ああ、それ? 最近見つかった古文書の複製版とかって言ってポケモン協会から送られてきたのよん」

「へぇ……」

 

 手にとって開いてみる。

 えっと……『ヒスイ地方ポケモン生態系及び分布図』?

 

「ヒスイ地方………? 聞いたことないな」

「なら、読んでみるといいのよ。ワシちゃん、もう読み終わってるしね」

「んじゃちょっとだけ」

 

 ヒスイ地方。地方というからにはどこかにあるんだろうけど、聞いたことすらない。

 ということはまだ俺が知らないポケモンが載ってたりするのかね。

 早速読み始めてみると、まずこの本を作ったのがラベンという人物であることが分かった。どうやらこの人はガラル地方から三体のポケモンを連れてヒスイ地方というところに向かったらしい。そしてギンガ団所属の研究者としてヒスイ地方の生態系を調査していたようだ。

 なのだが、それよりもギンガ団………?

 もしかしてあのギンガ団か?

 いや、でも時代が全然違うみたいだし、名前が同じなだけの別の集団ということもあり得るが………。

 パラパラと読み進めていくとようやくポケモンたちの図鑑項目へと差し掛かった。最初のポケモンは………モクロー? って、確か最終進化がジュナイパーなんだっけ?

 あ、そうそうこんな………のじゃないな。少なくともムーンのジュナイパーはもっと顔見えてたぞ。しかも色が赤いし。

 ………はっ? 色? カラーで載ってるんじゃん。つか、これ写真じゃね?

 いや、これほんといつの時代のものよ。

 

「で、次が………え? ヒノアラシ?」

 

 ニャビーじゃないの?

 

「バクフーン………もなんか違うな」

 

 バクフーンは色こそ似たような感じだが、耳が垂れてたり、炎が立ったなかったりと、どこか気怠げな印象を受けた。もっとこう勢いのあるポケモンのイメージだったんだけどな。

 ………これ、もしかしたらリージョンフォームなのか?

 

「んで、ミジュマルに………ダイケンキ、か…………えっ? どこが違うんだ?」

 

 流れ的にはダイケンキも違いが見受けられそうなものだが、その違いが見つけられない。そもそも比較できる程、ダイケンキを知らないってのもあるな。

 ビッパ系、ムックル系、コリンク系、ケムッソ系………で、ポニータ系にイーブイ系………あ、ニンフィアいるし。やっぱり昔から進化先としてあったんだな。でもイーブイの進化の中では一番珍しかったのかもしれない。それ故に資料とかも少なくて確定させるには時間がかかったのかもな。

 

「………これ、何体載ってるんだ?」

 

 この後はズバット系、フワンテ系、コロボーシ系、ブイゼル系と続いているが………、これ最後の方って誰が載ってるんだ?

 気になって後ろの方のページを捲ってみると丁度ギラティナさんだった。

 ………はっ?

 何故にギラティナ?

 その前はパルキアにディアルガもいるし………つか、えっ、何この四足歩行のディアルガ、パルキアっぽい奴らは。まさかフォルムチェンジ? まあ、ギラティナもフォルムチェンジするし?

 あ、ギラティナの次は創造神だわ。

 

「………師匠、これシンオウ地方と何か関係が?」

「っ!! 流石だね、はっちん。ちょっと見ただけでそんなことも分かっちゃうんだ」

「あー、まあ、後ろの方にいるポケモン見たら一発でしょ」

「ガラルの子たちは意外と知らないのよ、外の神話のことは」

「へぇ。それで? シンオウ地方との関係は?」

「あるとだけは言っておくね。はっちんなら中を読めば理解できそうだし」

「そすか……」

 

 やっぱり関係はあるのか。

 そりゃそうか。ディアルガ、パルキア、ギラティナ、アルセウスと続いていたら、関係ないわけがないわな。

 となるとますますヒスイ地方ってのが謎だな。それとジュナイパーやバクフーンのリージョンフォーム的な奴とか。

 

「しばらく借りますね。じっくり読んでみたい」

「いいよー。読んだ感想も聞かせてねぇ」

「うす」

 

 これはマジで読む価値がありそうだ。ヒスイ地方なんて聞いたことがないし、シンオウ地方に関係しているのなら、ダークライたちのことも書いてあるかもしれない。しかもリージョンフォーム的なのもいるみたいだし、そういうのをピックアップしておくのもいいだろう。

 

「師匠! 緊急事態です! 師匠!」

「およ? ダンデちん。そんな慌ててどうしたのよ」

 

 ヤドランも食べ終わったみたいだから片付けをしようと皿を拾ったところで、バタン! と道場の門が勢いよく開かれた!

 うるさいぞ、チャンピオン。もっと静かに入れよ。

 

「き、緊急事態です! ワイルドエリアのげきりんの湖周辺のパワースポットで野生のポケモンたちが次々とダイマックスするという謎の現象が起きています!」

「「ッ!?」」

 

 内容を聞いて驚いてしまったが、まずげきりんの湖ってどこよ。それに周辺の野生ポケモンの強さは? 強いポケモンが巨大化してたらウルガモスの比じゃなくなるぞ。しかも次々とって言ってたから複数体確認されてるってことだろ?

 地形が変わってたりするんじゃないだろうか………。

 

「今、キバナとカブさんが先に向かって対処に当たっています。ただ、二人だけでは到底どうにかできるレベルの話じゃない。他のジムリーダーたちにも招集をかけていますが、全員が来れるかどうか………! なので、師匠! お願いします! ガラルのためにも力を貸してください!」

 

 ダンデが来た理由はこれか。

 要は人手が足りないから力を貸してほしいってわけだ。元チャンプで今でもかなりの実力があるのは日々感じとっているが、そうは言ってももう老体だぞ。いくら実力と経験があろうともそれに老体がついていけるのかどうかは別問題だろ。

 

「げきりんの湖ってワイルドエリアでも一、二を争う強いポケモンが生息してるところだよな………?」

「そんなところでダイマックスが次々とって………」

 

 チラホラと聞こえてくる門下生たちの声。

 やはりそういうところだったんだな。だからここまでダンデが焦っているわけだ。

 

「………ダンデちん、今回のことはワシちゃんでも力になれるか分からないよ? 状況が状況だからね。ワシちゃん、これでもおじいちゃんだから若い子たちについていけるかどうか………だからね、はっちん」

「………はっ? 俺?」

 

 頭の中で少ない情報から状況を想像していると爺が笑顔でこっちを見てくる。

 

「カモン!」

「えぇー………。俺、目立ちたくないんだけど。これ、行ったら絶対メディアが中継してるでしょ? やだよ、映りたくない」

 

 元来そういうのが苦手ってのもあるが、今の俺は表舞台で活躍していい人間じゃない。ましてやメディアになんか取り上げられたりなんかしてしまったら、ガラルから強制帰還だって有り得るだろう。

 

「ハチ、オレからも頼む! 正直言ってオレとやり合えるトレーナーなんてそんなにいない。その実力、今だけはオレに貸してほしい」

 

 ………はぁ、現職チャンピオンに頭を下げられるとは。

 門下生たちもダンデが頭を下げたことに驚いていて、次に俺の方に期待の眼差しを向けてくる。

 ………ったく。

 

「条件がある。集まってくるであろうメディアを規制しろ。そうだな、ドンパチしてるのが遠目で分かる程度まで下げておけ。ドローンとかも飛ばすな。それと、映像が放送される前に必ずお前自身がチェックして、俺の存在を消せ」

「………分かった」

「もし、この約束が反故にされたと思えたら、分かってるよな?」

「っ……、あ、ああ………分かってる」

 

 全てのメディアから消すというのは無理があるだろうが、可能な限りは俺の存在を消すようにしてもらわないと。

 あ、あと移動はどうするんだろうか。緊急事態ってことは刻一刻を争う状況だろうし、交通機関を使ってなんかいられないだろう。かと言って老体も行くみたいだからな。どうするつもりなんだ?

 

「で、移動の方はどうするんだ?」

「オレはリザードンで一気に飛ばすつもりだが………」

「ワシちゃんもアーマーガアがいるから大丈夫だよん」

 

 二人とも飛べるポケモンがいるのか。

 アーマーガアはガラルの空のタクシー便に使われてるからな。老体を乗せて飛ぶのは問題ないだろう。

 

「飛ばして耐えられます?」

「ワシちゃん、これでも丈夫な身体してるからね。問題ないよ」

「そっすか」

 

 なら、問題はないということにしよう。

 

「あ、ハチくん。これ着てくかい?」

「ミツバさん………それ、何の服っすか」

「ワイルドエリアに常駐しているスタッフが着ているのと同じものだよ。これ着てたらメディアに撮られても言い訳が立つんじゃない?」

「そもそも何でそんなものがここに………?」

 

 この道場ってそういう仕事もしてたりするの?

 というかワイルドエリアにスタッフが常駐してるなんて初めて聞いたわ。

 

「ここに来た子の中にワイルドエリアのスタッフもいてね。その着替え一式を洗濯したんだけど、忘れていっちゃったのよ」

「へぇ……借りていいんすかね」

「もう一度洗えばいいんじゃない?」

「なら、お借りします」

「んじゃ、オレはハチが着替えてる間に一本電話を入れさせてもらうぜ」

 

 どこにかけるつもりかは知らんが、俺の知ったことではない。早速、道場のジャージを脱いでスタッフ用の白いジャージに袖を通していく。今日はたまたま短パンを履いていたため、下は上からジャージを履くことにした。そしてスタッフ用の帽子と愛用のサングラスをすれば完成である。

 

「ヤン……」

 

 着替え終わったのを見計らってか、ヤドランがくいくいと裾を引っ張ってきた。

 

「ヤドラン、悪いが今回はお前を連れていくことはできない。実力云々の前に俺がお前のポテンシャルをまだ知らないだ。お前を上手く使ってやれる自信もないし、多分余裕もなくなる。だから、留守番よろしくな」

「ヤドラン、アタシと一緒にハチくんを待ってよう? ハチくんは必ずあなたの元に帰ってくるから。ね?」

「………ヤン」

 

 ミツバさんに諭され、一応は引いてくれたみたいだ。

 せめてものと思いヤドランの頭を撫でておく。

 場所が場所らしいからな。まともにバトルしていないヤドランを連れていったところでやられるのがオチだ。リージョンフォームのヤドランについてはまだまだ知らないことだらけだし、上手く使ってやれる自信がないのもある。

 

「……あのヤドランはハチの新しいポケモンですか?」

「まだ野生のままだよん」

「野生!? その割には………」

「はっちんはポケモンとの関係性に拘りがないみたいなのね。手持ちだろうが野生だろうが、接し方に変わりはないみたい。だからなのか、ポケモンたちの方からついてくることばかりなんだって」

 

 ん?

 二人は何の話をしてたんだ?

 最後の方しか聞こえなくて気になるんだけど。

 

「これでいいか?」

「サングラスは違うが………確かにスタッフとして違和感ないな」

「へぇ、ならどうにかなりそうだな」

「それにしても何故そんなに目立つのを避けるんだ?」

「えっ? 普通に嫌だろ。恥ずかしすぎる」

「その割には徹底しすぎだと思うが………」

 

 徹底せざるを得ない理由はあるものの、それを表立って言えるようなことじゃないからな。

 さて、どう言い訳したものか。

 

「………ネットを甘くみるなよ。映像が流れて一人だけ知らない奴がいれば調べる奴らが必ず出てくる。そうなると個人を特定されるのも時間の問題だ」

「そ、そうか………」

 

 あ、これ絶対ダンデが分かってないパターンだな。まあ、バトル以外のことにはポンコツそうだしな。

 

「それじゃ、行こうか」

「おーけー」

「へいへい」

 

 三人揃って外に出る。後ろからはミツバさんや門下生たちがついてきており、どうやら全員で見送ってくれるらしい。

 

「リザードン、行くぞ」

「アーマーガア、げきりんの湖までよろしくね」

「んじゃ、ウルガモスよろしく」

 

 ポンポンと出された二体に合わせて、俺もウルガモスをボールから出した。

 

「ウルガモス………捕まえたのか?」

「まあな。ここに来た理由の一つでもあったし。ウルガモス、背中な」

「モス」

 

 ウルガモスが背中にぴっちりとくっついていることで俺に羽が生えたような姿になっていることだろう。

 さすがにここでクレセリアを出すのは憚られた。目立ちたくはないといいつつもあいつらを出してしまったら嫌でも目立ってしまう。

 あいつらの出番は無いに越したことはないが、今から向かう戦場では状況次第で出さざるを得なくなることもあるだろう。その時は全てを捨てる覚悟をしておくしかない、だろうな………。



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42話

 ダンデのリザードンの案内(決してダンデの案内ではない)でげきりんの湖なるエリアが見えてきた。

 いや、何で急いでるっていうのにあらぬ方向へ行かせようとするんだよ!

 方向音痴にも程があるだろ!

 ユキノ以上にやべぇぞ!

 まあ、目の前にはもっとヤバい光景があるけどな………。

 湖の上に巨大化したギャラドスが。その奥の陸地に巨大化したキュウコンが。

 うん、湖の方は地獄絵図だな。巨大化したギャラドスとかもはや破壊の権化じゃねぇか。

 

「キバナ! カブさん!」

 

 リザードンから飛び降りたダンデは、キュウコンと戦っていた二人のトレーナーに声をかけた。

 どうでもいいけど、足腰丈夫そうだな。

 

「遅ぇよ、ダンデ」

「待ってたよ、ダンデ君」

 

 続いて俺たちも陸に着地する。

 

「状況は?!」

「オレ様とカブさんがここ、ルリナとメロンさんが湖上の巣穴をやってる」

「二ヶ所で発生しているというのか……!」

「ああ、こっちはキュウコンで五体目だ。流石のオレ様たちでも参っちまうぜ。ジュラルドン、ストーンエッジ! ヌメルゴン、ハイドロポンプ!」

 

 既に二人で五体も相手にしているのか。

 疲労はかなり溜まってそうだな。

 

「それにしてもマスタードさんを召喚するとは。ダンデ君も大胆だね」

「カブちん、久しぶり」

「マスタードさんもお元気そうで何よりです。マルヤクデ、ねっさのだいち! バシャーモ、スカイアッパー!」

 

 あ、バシャーモがいる。

 ガラル地方にもバシャーモがいるのか?

 

「悪ぃ、カブちゃん! 遅れちまった!」

「ピオニー君! 来てくれて助かるよ!」

 

 するとまた一人、肌が黒いおっさんがやって来た。

 カブと呼ばれる初老に近そうな人の知り合いだろうか。

 

「うぇっ?! 鋼の大将!?」

 

 対して、ダンデに声をかけられていた長身の肌黒青年は、おっさんの登場に驚いている様子。

 なに? この人有名人なの?

 

「よぉ、キバ坊!」

 

 ニカッとハニカム色黒オヤジ。

 表情一つをとってもうるさい人だな。

 

「んで、ダンデよぉ。何でスタッフ連れて来ちゃってんの? バカなの?」

「キバナ、彼も戦力の一人だ」

「はっ?」

「マスタード師匠の道場にたまたまいたから連れてきたんだぜ」

「いやいやいや! 無理だろ!」

 

 ワイルドエリアのスタッフがどれくらいの実力なのかは知らないし、そもそもトレーナーなのかも分からないが、すごい言われようだな。それだけダンデの言動を信用されてない証なのかもしれない。

 突拍子もない奴だもんな。

 

「ウルガモス、ぼうふうで砂を巻き上げろ」

 

 仕方ないので戦力になることは見せつけておくことにした。

 巨大なキュウコンの周りを暴風で覆い、砂を巻き上げていく。

 

「サイコキネシスで固定しろ」

 

 そして巻き上がった砂を超念力でその場に固定させた。

 これでキュウコンがいつ攻撃しても自滅してくれるだろう。

 

「お、おい何を……」

「キュウゥゥゥウウウウウウッ!?」

 

 キュウコンが炎系の技を出した瞬間、キュウコンの周りで次々と爆発が起きていく。

 ダイマックスって巨大化してる分、狙いところが多くて使い勝手悪そうだよな。

 

「これは……! 粉塵爆発!?」

 

 何の炎系の技を出そうとしたのか分からないが、攻撃が飛んでくることはなく、キュウコンが元の大きさへと戻っていった。

 

「要は倒せばいいんだろ?」

「あ、ああ………こんなん有りかよ……」

「そもそもこんな緊急事態で真っ向から勝負してたんじゃ、こっちの身が保たないだろ」

 

 巨大化したポケモンなら自分の技を受ければ相当のダメージを受けると思うんだけどな。そのやり方だって色々あるだろうに………。

 

「で、湖上の方の助けはいかないのか?」

「そうだった! 誰か水上で戦えるポケモンはいますか?」

 

 忘れてやるなよ。今も必死に戦ってるんだろう?

 こんな連中と肩を並べないといけない女性陣も大変だな。

 

「ヌメルゴンなら水は好きだが、流石に水上戦は無理だな」

「僕も基本ほのおタイプだからね。みずタイプが出てくる巣穴では効率が悪いと思うよ」

「ワシちゃんも難しいね。アーマーガアくらいだよ」

「なら、オレがいこう。みずタイプはガマゲロゲしかいないが、飛行能力があるのは三体いるからな。ちなみにハチは?」

「あ? 無理、パス」

 

 ウルガモスくらいしか飛べないし、俺がいったらウルガモスに掴んでいてもらわないといけないから結局攻撃ができなくなるんだよ。しかもこっちもほのおタイプだし。それくらいお前分かってるだろ………。

 まさかこのチャンプ、それすらも分からないバカ……ってことはないよな?

 

「飛行能力ってんならオレもハッサムとドータクンがいるぜ」

「よし、ならオレとピオニーさんがルリナたちと合流だな。ここはキバナたちに任せる!」

「おい、こいつ置いていくのかよ!」

 

 こいつ呼ばわりのどうも俺です。

 指刺すなや。

 へし折るぞ。

 

「あ、それとキバナ。ネズは?」

「あいつはマスコミを抑えてる。映像を拵えようとするバカをはっ倒してくるってよ」

「そりゃ、何よりだ」

 

 やっぱりいるんだな、メディア関係者。

 

「ところで師匠、この二人は?」

「キバナちんとカブちんだよ。二人とも現役のジムリーダーで、それぞれドラゴンとほのおタイプを専門としてるのよ」

「へぇ………だからバシャーモか」

「でもカブちん、バシャーモは基本バトルに出さないよね?」

「公式戦ではね。一応ジムリーダーが使うポケモンはガラル地方に生息している種族ってルールがありますから」

「そうだっけ? ワシちゃん忘れちった」

 

 へぇ、そんなルールもあるのか。

 ………ん? てことはバシャーモはガラルには生息していない?

 

「ん? ああ、僕はホウエン地方出身なんだ。そしてバシャーモが僕の最初のポケモンでね。公式戦では使わないけど、実力は僕のポケモンの中でもトップなんだ。だからこういう時には大変頼もしい相棒なんだよ」

 

 なるほど、そりゃバトルに参加させてるわけだ。

 こういう時にこそ、頼れる相棒を使う場面だもんな。

 

「バシャーモ………うん、いい毛並みですね。ほのおタイプらしく、戦闘モードでは毛が立っている」

「君はブリーダーなのかい?」

「いえ、ちょっとばかしほのおタイプにもバシャーモにも縁があったってだけですよ」

 

 バシャーモの毛並みを観察していると右腕にあるものを見つけた。

 

「へぇ」

 

 これはこれは。

 まさかガラル地方に、それもジムリーダーに使い手がいたとはな。

 

「カブさん、次バシャーモの本気見せてもらってもいいですか?」

「おい、お前……! 何勝手に!」

「いいよ。どうやら君はこれを知っているようだからね」

 

 そう言ってカブさんは首から下げたペンダントを見せてきた。

 ああ、そこに入っているのね。

 

「ッ!? カブさん、まさか!」

 

 ん?

 こいつも知っているのか?

 

「ヒヒィィィィィィイイイイイイイイイイイイッッ!!」

 

 するとさっきキュウコンがいた方向から鈍い雄叫びが聞こえてくる。

 見るとなんか白い雪だるまのようなポケモンが巨大化していた。

 

「次はヒヒダルマのようだね。これは好都合だ。いくよ、バシャーモ。燃え上がれ、メガシンカ!」

 

 あ、あれイロハが仲間にしてた方のヒヒダルマだ。

 ということはリージョンフォームか。やっぱり頭ぼっこりしてんな………。マジで雪だるまだわ。

 火だるまから雪だるまねぇ………。

 

「カブさんのメガシンカ………久しぶりに見たぜ」

 

 白い光に包まれたバシャーモは姿を変えてヒヒダルマの方へと駆けていく。

 メガシンカしたことで特性はかそくなっている。時間が経てば経つ程目にも止まらぬ速さになるだろう。

 

「ウルガモス、バシャーモを援護しろ。ねっぷう」

「コジョンド、とびひざげり!」

「ジュラルドン、ラスターカノン!」

 

 相手が雪だるまならこの面子でどうにかできそうだ。ヒヒダルマのリージョンフォームはこおりタイプ。イロハのヒヒダルマのようにダルマモードになればこおり・ほのおタイプになるんだっけか。

 各々が攻撃を仕掛けていく中、バシャーモがヒヒダルマを駆け登っていく。

 

「バシャーモ、インファイト!」

 

 顔面に向けて攻撃が集中しているところにバシャーモが背後から連続で殴りつけた。

 

「ヒヒィィィィィィイイイイイイイイイイイイイイイッッ!?!」

 

 すると激昂したヒヒダルマが高速で回転し始める。

 バシャーモ、ウルガモス、コジョンドはその場からすぐに離脱したが、どっしりとしたジュラルドンとやらは即座に反応出来ずに吹き飛ばされてしまった。

 

「ジュラルドン!?」

 

 一直線に壁面に衝突したジュラルドンに反応はない。

 多分、戦闘不能に陥ったのだろう。

 

「チッ、バクガメス!」

 

 トレーナーの方はちゃんと状況を理解しているようで、代わりのポケモンを出して、ジュラルドンの方へと向かっていった。

 

「連続で五体も相手にしているんだ。しかもタンク役はジュラルドン君に任せてたからね。ジュラルドン君には相当疲労が溜まっていたんだと思うよ」

 

 カブの呟きに一撃でやられたわけではないのは分かった。

 緊急事態に呼び出されるようなジムリーダーだしな。そんな柔な鍛え方はしてないか。

 

「受け止めろ、トラップシェル!」

 

 振り下ろされる拳に向けて、バクガメスとやらが突っ込んでいき、背中を向けた。

 拳がぶつかると同時に甲羅が爆発し、ヒヒダルマが後ろへと仰反る。

 

「ウルガモス、畳み掛けろ。ほのおのまい」

「バシャーモ、フレアドライブ!」

「コジョンド、インファイト!」

 

 そこへ畳み掛けるようにそれぞれが攻撃を加えていった。

 だが、あと一歩決定打に欠けている。倒し切れていない。

 

「どうやら壁が貼られてたみたいだね」

「壁?」

「巣穴に出現するダイマックスポケモンは時折見えないシールドを貼るんだ。身体がデカいから攻撃が入っているように見えるけど、壁によってダメージが入りきらない。厄介な防壁だよ」

「お前、ワイルドエリアのスタッフだろ? 常識じゃねぇか」

 

 ほっとけ。

 ウルガモスの時にはなかったから知らねぇんだよ。

 要はその壁を失くせばいいって話だな?

 

「メガバシャーモの特性かそくを活かして攻撃を加え続けてください。バクガメスとコジョンドはその援護。あいつの攻撃はウルガモスで引きつける」

「いや、何でお前が指示出して……!」

「分かった。やってみよう」

「いやカブさん、信用し過ぎでしょ」

 

 うん、それは指示を出した俺も思うわ。

 

「マスタードさんのところにいる人だよ? しかもバシャーモのメガシンカを一眼見ただけで見破って、というかそもそもメガシンカを知っていてかつメガバシャーモの特徴を理解しているんだ。それに砂を巻き上げて粉塵爆発を起こすような発想の持ち主は、今この場において十二分の戦力だと思うよ」

 

 淡々と述べられる俺の評価に俺も色黒男も若干引いた。

 自分のことながらここまで評価されると逆に気持ち悪くなってくるわ。

 

「キバナちん、はっちんはダンデちんとやり合えるくらいには強いから大丈夫だよん」

「……はっ? ダンデと? マジ?」

「マジマジ」

 

 よし、なんか目の色が変わったしさっさと戦闘に戻ろう。

 会話を続けてたら面倒なことになりそうだ。

 

「ウルガモス、ヒヒダルマの顔面にいかりのこなを振り撒いてやれ」

 

 いかりのこな。

 捕まえた時には既に覚えていたみたいなのだが、俺も使い所がないなーと思っていた技。

 だが、こうして徒党を組んでレイドバトルをするとなると、役に立つ場面もあるというわけだ。

 

「ヒッヒィィィイイイイイイイイイッッ!?!」

 

 うわっ、アレくしゃみか?

 奥の岩壁が衝撃波でヒビ入ったり、ちょっと崩れてるぞ。あれ、絶対次衝撃が加わったら雪崩れのように崩れるんじゃねぇの?

 最早軽い災害レベルじゃん。くしゃみで災害とかマジで笑えねぇよ。

 

「チッ、今だけはお前の案に乗ってやる! バクガメス、かえんほうしゃ!」

「バシャーモ、連続でブレイズキック! シールドを壊すんだ!」

 

 ヒヒダルマの視線はずっとウルガモスを追っていて、いつ攻撃しようかと狙いを定めている。

 そこへ背後からバシャーモが現れ、連続で攻撃し続けていった。

 そして追撃となったバクガメスの炎とコジョンドの蹴りがトドメとなり、パリン! と割れた。

 見えなかったけど、本当にあったんだな。

 ひかりのかべに近いものがあるのかもしれない。

 

「ウルガモス、ヒヒダルマの顔面にオーバーヒート!」

 

 多分巨大化しても顔は弱いはずだ。

 至近距離から後先考えないフルパワーの炎を受ければ、一溜りもないだろう。

 

「ヒヒィィィィィィイイイイイイイイイイイイイイイッ!?!」

 

 顔面から煙を上げながら後ろにバランスを崩したヒヒダルマが、どうにかバランスを保とうと両腕を振り回すために、周りの岩壁が破壊されていく。

 

「畳み掛けろ! バクガメス、お前もオーバーヒート!」

「コジョンド、きあいパンチ!」

「バシャーモ、インファイト!」

 

 ウルガモスに続くように他三体の猛攻撃が始まった。

 始まってしまえばそこはジムリーダーたち。あっという間に俺たちの出番が奪われていく。

 そうこうしているとヒヒダルマが最後の悪足掻きのように両腕を振り回し始めた。

 

「バクガメス、トラップシェル!」

 

 そこへバクガメスが背中を差し出したことでヒヒダルマの拳が直撃し、爆発した。

 

「………やっと倒せたぜ」

 

 ようやくか。

 確かにここのポケモンたちは猛者の集まりなのかもしれない。

 

「やったね、キバナちん。今回のラストアタック賞だよん」

「なんか釈然としねぇな……」

 

 元の大きさに戻ったヒヒダルマの様子を見に行くとピクリとも動かない。

 …………死んでないよな?

 オーバーキルで内部の氷が溶けたとかになってたら洒落にならんぞ。

 

「な、なんだ!?」

 

 するとどこからか低い唸り声が聞こえてきた。

 遅れて地響きもし、軽く地面が揺れ、岩壁がさらに崩れていく。

 

「チッ、丘の上にも発生しやがった!」

「………ピンチだね。人手が足りないよ」

 

 どうやらこの奥にも巨大化したポケモンが現れたらしい。

 この件に何人が戦力として導入されているのか知らないが、ダンデの方は水上戦らしいし、こっちにまで手は回せないだろう。出すなら陸上戦側からしかない。

 仕方ない、あいつらを出すか。

 

「んじゃ、ここは三人でお願いします」

「「はっ?」」

 

 うわっ、めっちゃこっち見てくるじゃん。

 

「お、おい、待て! 一人でレイドバトルなんて無茶だ!」

「それにこれは君が背負う責任じゃないよ!」

「はっ? 責任? んなもん微塵も感じてないですし、単にこれが妥当な組み分けってだけですよ」

 

 元チャンプの爺さんもこっちにいるんだし。多分、いざとなったら本気を出して対処してくれるはずだ。

 

「それにこのウルガモスはレイドバトルで俺が単独で撃破したポケモンっすよ。ちゃんと実績はあるんで」

「い、いや、だからってだな………」

「マスタードさん、彼を止めなくていいんですか?」

「大丈夫だよん、はっちんなら。まだまだ本気を出してないもの」

「………粉塵爆発で?」

「あれは序の口序の口」

 

 粉塵爆発が本気とかどんなトレーナーだよ。逆に危険すぎるだろ。

 

「というわけで師匠。俺も本気出すんで、師匠も本気出してくださいね」

「オーケーオーケー、ワシちゃん超がんばっちゃうよー」

 

 すごく不安を煽る軽快さだが、多分大丈夫だろう。大丈夫ってことにしておこう。

 後ろ手に手を振って俺は丘の上へと向かった。緩やかにカーブしており、右の岩壁から巨大化したポケモンが段々と見えてくる。

 

「お、おお……」

 

 巨大化していたの全体的にピンク色の四足歩行ポケモンだった。

 つか、これあいつだ。リージョンフォームしたギャロップだ。 

 確かエスパー・フェアリータイプ。カントーでの会議の時に説明されたのを思い出したわ。

 なるほど、リージョンフォームしたギャロップはこんな感じなのか。

 炎の立髪がパリピのロン毛みたいになっててちょっとナルシストっほい。

 まあ、どんなポケモンが来ようともやることは決まってるんだがな。

 

「お前ら出てこい」

 

 爺さんたち三人が見えなくなったところでウツロイド以外のポケモンをボールから出すと早速サーナイトが抱きついてきた。もうお決まりパターンになりつつあるな。

 

「サーナイト、ウルガモス、クレセリア、ダークライ。あのデカブツを倒して沈静させるぞ」

 

 一応四人は必要とか言ってたので、ダークライとクレセリアも呼び出した。

 一人だし、こっちに気にかける程あっちにも余裕はないだろうし、見られることはないはず。

 

「ニャヒートは俺を守っててくれ。こんな地形で暴れられたら絶対何か飛んでくるから」

「ニャフ!」

 

 ただ、ここは岩壁に囲まれた丘の上の断崖絶壁。ちょっと下を見やればミロカロスの頭が見える。多分ダンデたちが相手にしているポケモンなのだろう。

 そんなところなのだから、巨大化したギャロップが技を使ったりすれば壁が崩れたりしかねない。ダークライを投入する今、ニャヒートには俺を守ってもらわないと。最悪ウツロイドを出すという選択肢もあるが、あいつは最後の切り札だ。

 

「さて、やるとしますか」

 

 何が起きているのか。そもそもの原因が掴めればいいのだが………。

 



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43話

「ダークライ、さいみんじゅつ」

 

 恐らくダークホールではあの穴に入れるだけで一苦労しそうなので、正面から眠らせることにした。

 どうやら巨大化しても眠ってくれるらしく、ギャロップは立ったまま眠り始めた。

 

「ウルガモス、ちょうのまい。サーナイト、ダークライはシャドーボール。クレセリアはダークライの手助けだ」

 

 ギャロップの弱点タイプとなるむしタイプの技を高威力で放つために、ウルガモスには能力を上昇させ、サーナイトとダークライに攻撃をさせる。

 二発の影弾を当てると唸り声のような奇声が漏れるが、目が覚めることはない。

 それなら攻撃の手を緩める必要はなし。

 

「全員で総攻撃。サーナイト、ダークライはもう一度シャドーボール。クレセリアはシグナルビーム。ウルガモスはむしのさざめきだ」

 

 二発の影弾に加えて、今度はクレセリアとウルガモスにも攻撃させていく。

 さっきのバトルやウルガモスとの戦闘から、ダイマックスしたポケモンに馬鹿正直に真正面から挑むのは無謀だという結論に至った。それよりも使えるものは何でも使う精神くらいないと、破壊されていく地形の変化に巻き込まれて二次被害に遭う確率が高くなる。現にさっきのバトルでは岩壁が破壊されて崩れていっているんだ。一歩間違えれば、岩壁の雪崩に巻き込まれる大惨事になりかねない。

 生き埋めで死ぬとか一番嫌な死に方だぞ。ただでさえ通り魔に刺されて死人扱いされているんだし。もっと普通にのんびりと過ごしたいわ。

 

「ギュロロロロロロロロロロロロロッッッ!!!」

 

 効果抜群の技を当てまくってるというのに倒れる気配がない。何なら目を覚ましやがった。無駄に体力あり過ぎだろ。

 

「来るぞ。サーナイト、メガシンカ」

 

 一発目の攻撃をやり過ごすためにサーナイトをメガシンカさせて、そのエネルギーで相殺していく。

 

「次が来るぞ。クレセリア、ダークライ、前に出てまもる」

 

 だが、それだけでは終わらず、すぐに次の技を発動してきた。技の規模がデカい分、対処するのにもそれ相応の時間がかかるし、その間に次の技を用意されたのでは、こちらが仕掛ける隙もない。

 なるほど、それが巨大化したポケモンの強みということか。そして巨大化するポケモンの実力が高ければ高いほど、ドデカい技を乱発できてしまうというわけか。ここからはオレのターン! みたいなことが始まるわけだ。

 

「サーナイト、シャドーボール。ウルガモス、むしのさざめき」

 

 だからこそ、多人数での対処が推奨されてるんだな。

 タンク役とその後ろから攻撃する役と大まかに二手に別れて対処する。

 レイドバトルという名称にもしっくりくるな。

 

「これでも倒れないか………」

 

 やはりメガシンカしたサーナイトしか攻撃が通りそうにないな。あとはダークライくらいか。だが、巨大化したポケモンの攻撃技はクレセリアだけでは防げない。それこそ、ダークライも入れて伝説二体で防御に徹してもらわなければ、俺たちが保たないだろう。

 本当にここのポケモンたちは野生でも実力が相当だ。並のトレーナーのポケモンでは勝てないらしいのも頷けるわ。

 

「一斉に攻撃だ! リザードン、かみなりパンチ!」

「おうよ! ドータクン、チャージビーム!」

「ラプラス、フリーズドライ!」

「カマスジョー、じごくづき!」

 

 この声………ダンデ……と他の三人か?

 あいつら………この下で戦ってる………っ!!

 あるじゃねぇか、手っ取り早い攻撃手段が。

 

「ウルガモス、下のミロカロスにいかりのこなだ。奴の気を惹きつけろ」

 

 さっと崖から見下ろして巨大化してるポケモンを認識するとウルガモスにミロカロスの意識を張り付けさせに行かせた。

 

「ロォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!?!」

 

 下の方からこちらに向けての雄叫びが響いてくる。その声に反応するかのように、ギャロップも声の主の方向へ顔を向けエネルギーを溜め始めた。

 片方はよく見えないけど、まるで怪獣バトルの様相だな。ガラル地方は巨大化現象を使って怪獣バトル物の映画とかも作れるんじゃねぇの?

 

「モォォォォォォスッ!」

「ミロォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」

 

 戻ってきたウルガモスは上手くミロカロスの気を惹きつけたようで、ハイドロポンプやハイドロカノン以上の水砲撃ーーーZ技ならあんな感じなのかなと想像してしまえるような巨大な水の塊に追いかけられている。

 

「ウルガモス、ギャロップの方へ向かえ」

「ロロロロロロロロロッ!!」

 

 遅れてギャロップも技を発動してきた。ただ、こちらは普通のマジカルシャインだった。

 身体中から光を迸らせて、迫り来るウルガモスに備えている。

 頃合いだな。

 

「ダークライ、クレセリア。サイコキネシスでウルガモスを強制離脱させろ。ウルガモスは身体の力を抜いて急降下」

 

 ガクンと身体の力を抜いたウルガモスが方向を変え、ヒラヒラと落ちていく。そこへすぐに二体の力が加わり加速して急降下していった。

 一方でウルガモスの頭上をぶっとい一閃が走り、ギャロップに命中した。恐らくウルガモスを挟み込もうとしていたのだろうな。突然ウルガモスが急降下したことで目標を失い、水の一閃から身を守る行動が取れずに諸に喰らい岩壁に激突した。

 

「ニャヒート、にどげりで飛来物を頼むぞ」

「ニャフ!」

 

 二次被害の対処は任せ、サーナイトに視線を送った。

 あっちも分かっていたようで影の弾丸を溜め込んでいる。

 

「サーナイト、シャドーボール」

 

 それを発射させ、その間にウルガモスが無事に戻ってきたのを確認して、ダークライとクレセリアにも指示を出した。

 

「追撃だ。ダークライ、シャドーボール。クレセリア、シグナルビーム」

 

 防御もクソもない状態で次々と効果抜群の技が打ちつけられて、鈍い絶叫を吐いている。

 

「最後だ。ウルガモス、むしのさざめき」

 

 再びギャロップの顔の前に躍り出たウルガモスが声を荒げる。身体中に打ち込まれたダメージに耐えながらも何とかウルガモスを睨み返してくるが、それだけ。反撃の動きすら見せないギャロップはとうとう限界がきたのが見て取れた。

 その音波でギャロップの意識が完全に途切れ、巨大化した身体も徐々に戻っていく。

 

「これで終わりだ、ミロカロス! リザードン、ソーラービーム!」

「ドータクン、チャージビーム!」

「カマスジョー、すてみタックル!」

「ラプラス、フリーズドライ!」

 

 崖下からはダンデたちがトドメを刺しに行く声が聞こえてくる。あっちもあっちでどうにかなったみたいだな。

 バタリと倒れたギャロップに近寄ってみると、すやすやと寝息を立てていた。膨大な力から解放された故の睡眠、と捉えるべきなのだろうか。そうなると意図せずこのギャロップは巨大化して力に呑まれていたってことになるのか。

 ………考えすぎかもな。ギャロップの心情までは読み取れないが、状況的にはそういうのが一番あり得そうな話だ。

 ただ、そう仮定した場合、何故この一帯にだけ巨大化するポケモンが次々と現れるのかが疑問になってくる。ダンデたちの反応を見る限りこれは異常現象。何ならダンデはそう口にしてもいた。

 考えられるのは巨大化させるエネルギーが何かの拍子にこの一帯に集まるようになってしまった、あるいは龍脈辺りが変わって温泉みたいに吹き出しているかってところだな。

 分かっているのはーーー。

 

「結局、この穴で何が起きてるんだ………?」

 

 穴を覗き込んでみるも、暗くてよく見えない。

 巨大化させるエネルギーはこの穴を通じて広まっている。しかもこの穴はさっきのところにも似たようなのがあった。恐らくダンデたちが戦っている下の湖上、あるいは湖内に同じような穴があることだろう。

 そういえば、島でも似たような穴を見かけたっけか。

 となるとこの穴が巨大化現象が起きるポイントってわけなんだが………、内部を調べてみないことには分かりそうにないな。

 

「行きたくはないが、原因が分からなければこの戦いに終わりはないだろうしな………。ダークライ、クレセリア、ウルガモス。お前らは目立たないように草葉くらいで待機しててくれ。ニャヒートは一旦ボールな。サーナイト、穴の中を調べに行くぞ」

「サナ!」

 

 各ポケモンたちに指示を出してサーナイトと共に穴の中へ飛び込んだ。途中で超念力が掛かり、落ちるスピードが緩やかになっていく。

 光が入り込むのが穴だけなので、着地することには足下はすっかり真っ暗だった。

 まるで下水道に入った気分だな。異臭がしないだけマシではあるが。

 

「明かりが欲しいな」

 

 とは言ってもサーナイトはフラッシュを覚えてないからな。せめて火をとも思うがこちらも未習得だ。

 仕方ない、ニャヒートを出すか。

 

「ニャヒート」

「ニャフ」

「おにびとか使えるようになってたりは………しないよね?」

「ニャフ」

「ですよねー」

 

 そう都合よく技を覚えているわけないよなー。

 となると………負担はデカいだろうけど、サーナイトに頼むしかないか。できるかは分からんが。

 

「サーナイト、マジカルシャインを維持したままいけるか?」

「サーナー………サーナ!」

「おお……!」

 

 頼んでみたら意外とできてしまった。

 

「………結構制御するの大変だよな?」

 

 そう聞くとコクリと首を縦に振る辺り、光を放出しすぎて俺たちに攻撃しないよう、制御に集中しているのが伺える。

 

「すまんが、しばらくはそのままで頼む」

 

 再びコクリと頷くので俺はそのまま先へ進むことにした。

 明かりを得て分かったのだが、この空間……異様に広い。さっきのギャロップが余裕で入りそうなくらいはある。

 地下にこんな空間があって地盤とか大丈夫なのか?

 

「……ニャ?」

「どうかしたか?」

「ニャフ」

 

 足元にいたニャヒートがペシッと何かを俺の方へ投げてくるので、キャッチしてみるとなんかザラザラというかゴワゴワした感触に手が襲われる。

 何だろう、アスファルトっぽい? いや、それにしては硬い部分もあるしな………。

 ボロボロというわけでもなく力を入れても崩れない部分があり、サーナイトの方に翳してみると硬い部分だけが光を跳ね返していた。

 ………金属か?

 まさか鉱石が発掘できる隠れ穴だったり……?

 

「んなわけないか。ニャヒート、サンキューな。取り敢えずこれは地上に持ち帰ってみることにするわ。先に進もうぜ」

 

 ひとまず謎の感触の石っぽい何かを持って先に進むことにする。

 しばらくすると壁にたどり着き、一箇所だけ穴が空いているのを発見した。

 その穴は先に続いているようで、まるでポケモンが掘ったような綺麗さである。

 そして先に続く地味に下り坂がしんどそう。

 

「行くか」

 

 結局、何が起きているのかは入っても分からなかった。なら、可能性がありそうなところに進むしかないだろう。

 

「ん?」

 

 ただ、先に進むにつれてちょいちょいキラリと光る時が増えてきた。恐らく光を反射するような鉱物が四方に埋まっているのだろう。

 ニャヒートもそれくらいには反応しなくなり、ずんずん奥へと進んでいく。夜目が効く生き物にはサーナイトの光で充分先が見えるんだろうな。羨ましい限りだ。

 

「うお、何だこれ………」

 

 暗闇の中、突如大量に光を反射してくる場所があった。

 一面銀世界、とまではいかないが無数に反射してくるため、今いる場所の広さも特定できるくらいは明るい。

 

「同じ………?」

 

 手に取ってみると感触はさっきニャヒートが投げてきた鉱物と似ていた。大きさこそバラバラだが、どれも光を反射して輝いている。

 

「何なんだろうな、この石」

 

 疑問は残るが、まだ先があるようなので進んでいく。下り坂は終わったらしく平坦な道だ。徐々に光る鉱物も増えていき、両サイドに転がっている反射する石で足元からの街灯のようになってきている。

 そして道なりに進んでいくとまたしても異様な広さの空間に出た。中央付近には天井から光が差し込むポイントもある。

 つまり、あそこと同じような穴の地下にたどり着いたということか。

 ここまでは一本道。

 なのにここだけ謎の鉱物が大量に転がっていた。さっきの場所よりも遥かに多いと思う。何なら穴の真下で山になっており、俺の身長を優に越している。

 こんなところで山にして積まれてるなんて、それこそ上から落とされないとこうはならないと思う。あるいは穴からここまでの壁が崩れて落ちてきたか?

 

「ッ!? お前ら、戻れ!」

 

 急に鉱物の山が濃いピンク色に光出したかと思えば、天井の穴を抜けて地上へとぐんぐん伸びていく。

 嫌な予感がしてサーナイトたちをボールに戻したが、正解だったな。

 鎧島でもたまに見かけたピンク色の光。ミツバさん曰く、ポケモンが巨大化する現象を起こすエネルギーなのだそうだ。

 このエネルギーがあるからガラル地方ではダイマックスが発生する。それが今異常な頻度で次々と巨大化するようになっているのが問題、というわけだ。

 つまり、このエネルギーを発生させている、という表現でいいのかは分からないが、この謎の石の山を除去してしまえばピンク色の光の発生頻度も抑えられるかもしれない。

 だが、今はそんなことをしている余裕がない。一刻も早くここから出なければ、人間に効果があるのかは分からんが、こんな地下で巨大化してしまったら洒落にならん。巨大化したポケモンがすっぽり収まるような空間とはいえ、暴れられたら最悪崩落する可能性もある。

 

「くそっ、上り坂……!」

 

 忘れていたが帰りは上り坂になるんだった。

 くそ、めっちゃキツい。

 こうなったらーーー。

 

「来い、ウツロイド」

 

 ウツロイドに憑依してもらい、浮遊して一気に駆け上ることにした。

 

「マジカルシャイン」

 

 サーナイトと同じ要領で身体を光らせ、先を示す。

 あっという間に俺たちが潜り込んだポイントまで帰還し、そのまま急上昇して脱出に成功した。

 折角なので上空から状況を見渡してみる。

 俺たちがいる周辺は俺のポケモンたちが警戒しているだけで何か起きた様子はない。倒したギャロップも多分ダークライたちが運んだのだろう。草むらの方へと移されている。

 

「モス」

 

 するとウルガモスが近寄ってきた。

 おかえりとでも言っているのだろうか。

 

『「ナニカヘンカハアッタカ?」』

 

 そう問いかけると首を横に振る。

 やはりここは何も起きてないみたいだな。

 ならばと、次に崖下のダンデたちの方を見下ろすとミロカロスから変わっていた。何だあの青色………ポケモンか?

 

「ボォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!」

 

 あ、ちょっとそれとなく見えた。あれは多分、ホエルオー………ホエルオーっ!?

 

『「マジカ………」』

 

 いやいやいや!

 一番巨大化したらまずい奴じゃね?!

 バトルどころではないだろ………。最悪津波とか起きてそうだ。けど、加勢する前に一度爺さんたちと合流しておいた方がいいだろう。穴の中にあった鉱物のこととか聞かないとだし、あわよくば俺が加勢にいかなくても済む。ほら、ダンデたちの方はメディアとかに取られそうな位置だったじゃん?

 こことか一番奥まってて見えなさそうだし、出来ればここで対処してたいくらいだ。

 んで、その爺さんたちの方は………リザードン……いや、ダンデのリザードンが巨大化した時のような姿だからキョダイマックスの方か。方角からしてさっきたどり着いた穴があそこだったんだろうな。出現のタイミング的にも。

 すると一瞬下から照らされた感覚を覚え、ウルガモスとともに咄嗟にその場から離れると、俺たちのところの穴からもピンク色の光が伸び出し、穴の近くに戻ってきていたポケモンが巨大化していく。

 

「次は何だ………?」

 

 ………いや、本当に何だこのポケモン。

 全身生クリームというかホイップクリームというか、その辺のを絞って出したみたいな身体してるぞ。

 ………うーん、ケーキ?

 甘そうで美味そう…………うん、もうこいつ種族名が分からないからクリームポケモンでいいな。

 つーか、何で逃げてないんだよ。こんな状況の時に戻ってきたら巻き込まれるって思わないのかね。

 それとも日常茶飯過ぎてガラルのポケモンは巨大化することに危機感がない、とか?

 分からんが、こいつも倒して元に戻さないと被害が出るんだろうな。

 

「ウツロイド」

 

 ウツロイドに声をかけ解除してもらう。

 

「サーナイト、ニャヒート。第二ラウンドだ」

 

 ウツロイドをボールに戻し、代わりにサーナイトとニャヒートを呼び出した。

 さて、さっさとこのクリームポケモンを倒して穴の中のこととか爺さんたちに聞きにいかないとだな。

 



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44話

「ウルガモス、ちょうのまい。サーナイト、サイコショック。ダークライ、あくのはどう」

 

 巨大なクリームポケモンにサーナイトとダークライが攻撃していく。その間にウルガモスは舞いながらクリームポケモンの上を取りーーー。

 

「クレセリア、ウルガモスにてだすけ。ウルガモスはねっぷう」

 

 クレセリアのパワーを与えられたウルガモスの灼熱の熱風が吹き荒れた。

 

「マァァァホォォォォォォオオオオオオオオオオオオッッ!!」

 

 うげっ!?

 なんか巨大な星が次々と降ってくるんだけど?!

 これこそ流星群なんじゃねぇの!?

 

「ッ、全員防御!」

 

 こんなの躱す云々の話じゃねぇわ。

 隕石が落ちてくるようなもんだから、下手に動く方が被害が大きくなる。

 みんなそれぞれが防壁を張り、身を守っていく。

 

「ニャヒート、ほのおのうず」

「ニャフゥゥゥ!」

 

 後方にいる俺たちのところにはまだきていないみたいだが、いつ降ってくるか分からんからな。それに防壁にぶつかって衝撃波が生み出されているのだ。被害がなくて安全とは言い難い状況である。

 

「………やっぱり押し返せないか。ニャヒート、アクロバット」

 

 ニャヒートではまだまだ火力不足が否めないな。

 ニャヒートはジャンプして回転しながら一度後退し、一気に巨大流星群に突っ込んでいく。俺たちの方へ落ちてきていた隕石擬きは粉砕され、空中分解していった。

 ただ、地面のあちこちに着弾した破片がピンク色の淡い霧のようなオーラを作り出していく。

 これは………ミストフィールドか?

 だが、巨大流星群のすぐ後に技を使った動きはなかった。ということはあの巨大流星群の影響している可能性が高い、か………。

 取り敢えず、このクリームポケモンはフェアリーあるいはエスパータイプの可能性が高い。ドラゴンタイプもいなければドラゴンタイプの技を使える奴もいないからあまり効果はなさそうであるが、少なくともドラゴンタイプは避けておくべきだろう。

 

「ダークライ、あくのはどう」

 

 このクリームポケモンがエスパータイプなら効果抜群であるが………巨大化してると効いてるかどうかも判別しにくいな。

 色々技を撃って反応を確かめるしかないか。

 

「クレセリア、シグナルビーム」

 

 クレセリアの光線もあまり効いている感じがない。

 なら、次は対フェアリータイプでやってみるか………と言いたいところだが、どくやはがねタイプの技を使えるのってウツロイドだけなんだよな………。

 あいつをまた呼び出すのが一番手っ取り早いのだが、一応ここは地上だ。穴の中の地下通路とは違い、いつどこで見られるかが分からない。分からない以上、迂闊に外に出すわけにもいくまい。ましてやここにはダークライとクレセリアもいるのだ。最早それだけで新聞の一面は愚か、世界中のトップニュースになり兼ねない。そこに未確認生命体が加われば、俺がメディアに吊し上げられるのは目に見えている。そうなれば、当然トレーナーはいるのか、トレーナーは誰だと騒ぎ立てられることになり、俺もガラルにはいられなくなるだろう。

 カロスにいる時はそこまで気にしてもなかったし、協会の立て直しをする頃にはクレセリア共々あっちの世界にいたからな。気を使う必要もなかったが今は違う。マスコミが来てて、俺自身も身バレを防がなければいけない現状、限られた手札の中でどうにかやり過ごすしかないだろう。

 まあ、それは成り行きということもあるが、一応は自分で決めた道。あいつらのところに戻るためのことと思って割り切るしかない。

 ………そう思うといちいちタイプ確認なんかするのも面倒だな。バトル自体に余裕はあるが、知らないポケモンだからとタイプ相性を探ろうかとも思っていたが、なんかアホらしくなってきたわ。

 

「ダークライ、さいみんじゅつ」

 

 まずは眠らせて。

 

「ウルガモス、ほのおのまい」

 

 空中にいるウルガモスがクリームポケモンの顔面に炎を踊らせている間に。

 

「サーナイト、Z技だ」

 

 サーナイトと同じポーズを決めて黒いリングから力を注ぎ込んでいく。デンキZのポーズってベルトでもあれば変身ポーズっぽいよな。今はどうでもいいか。

 

「スパーキングギガボルト」

 

 そして、サーナイトに充填されたエネルギーを解放し、雷撃の塊を拳で叩きクリームポケモンにぶつけた。

 

「マホォォォオオオオオオオオオオオオオオオッッ!?!」

 

 すると打ちどころが悪かったのか後ろに傾いていくクリームポケモン。明確な脚もなさそうなその身体は支えを失い段々と倒れていく。

 ……寝てるってのもあるか。いや、寝ててあの叫び声って、どんな夢を見させられてるんだ? 想像したくねぇ………。

 

「畳み掛けろ。ウルガモス、ねっぷう。クレセリア、サイコショック。ダークライ、あくのはどう」

 

 タイプ相性なんか捨てて己と同じタイプの技を使わせ、畳み掛けていく。顔面に熱風を受け、下からは隕石擬きの残骸を打ち込まれ、最後に黒いオーラで包み込まれて、オーラの嵐の中で隕石擬きの破片が何度も何度も打ち付けられていった。そのことには巨体が横たわっており、黒いオーラが消え去ると既にその巨体の姿はなく、元の大きさにへと戻っていた。

 ………思ったよりも小さいポケモンなんだな。

 さて、早いところあっちと合流しないとか。

 

「ウルガモス、しばらくここを見張っておいてくれ。俺は一度あの人らのところへ合流してくる。巨大化したポケモンが現れたら叫ぶなりして知らせてくれ。ただ、無理はするなよ」

「モス」

 

 ウルガモスを見張りに残し、クレセリアをボールに戻してサーナイトとニャヒート、それと俺の影に戻っていったダークライを連れて、丘を下って爺たちのところへと向かった。

 

「まだあっちは決着ついてないのか」

 

 カーブしている丘を降りると巨大化したポケモンとバトルしていた。

 俺が離れてから何体目のポケモンなのかは知らないが、今相手にしているのはダンデのリザードンが巨大化した時の姿とよく似ている。恐らくキョダイマックスの方なのだろう。

 

「ヌメルゴン、ハイドロポンプ!」

「バシャーモ、かみなりパンチ!」

「ルガルガン、ウーラオス! ストーンエッジ!」

 

 ………真昼の姿のルガルガンは分かるが、なんだ………あの黒いポケモン。爺のポケモンなのか………?

 俺ガラルに来て二ヶ月半くらい経つが一度も見たことねぇぞ。

 つまり、あのポケモンは爺の本気モードってことか?

 まあいい。効果抜群の技を受けてもストーンエッジくらいしか痛手になってなさそうなお強いリザードンを大人しくさせるとしますかね。

 

「ダークライ、さいみんじゅつ」

 

 影の中から腕を伸ばして背後からリザードンを眠らせていく。不意打ちだから抵抗されることもない。

 

「今だ!」

「ヌメルゴン、ハイドロポンプ!」

「バシャーモ、ストーンエッジ!」

「ルガルガン、ストーンエッジ!」

 

 俺が合図を送ると水砲撃が一閃と、両脇から地面を突き上げる岩がリザードンに襲い掛かる。

 

「トドメじゃ! ウーラオス、すいりゅうれんだ!」

 

 その岩を足場にして爺の黒い………リングマ的なポケモンが走り込み、懐に飛び込むと四肢全部を使い、連続で殴りつけていった。

 

「ウー、ラゥッ!」

 

 最後に重たい一撃を入れるとあの巨大が後ろへ傾き倒れ始める。

 こっちはZ技で何とか押し倒せたってのに、素手で押し倒せるとか………。

 

「……はぁー……ったく、リザードンのキョダイマックスは毎度ヒヤヒヤさせられるぜ」

「ダンデ君のリザードンを思い出すからね。でもやっぱりダンデ君のリザードンは別格かな」

「っすね。ありゃマジでバケモンだぜ。ま、それを今年倒すのがオレ様だがな」

「ふふっ、頼もしい限りだね」

 

 元の大きさに戻ったリザードンを見て、鼻を高くしている色黒男は放っておこう。

 

「おかえり、はっちん。怪我はないみたいだね」

「そんなヘマしませんよ。それよりあっちにもあった穴の中を調べてきたんすけど、この鉱物って何か分かります?」

 

 早速例の鉱物を爺さんに見せた。

 

「おお、これはねがいのかたまりだね」

「ねがいのかたまり?」

「この巣穴に投げ込むとピンク色の光の柱が立ち昇り、ダイマックスしたポケモンが現れるようになるのよん」

「へぇ、なら方角からして多分この穴の中になると思いますけど、これと同じようなのが大量にあったのも全部投げ込まれたものってわけか」

 

 それらしい積まれ方だとは思ったが、マジでそういうものだったんだな。

 

「………それ、どれくらいの量だった?」

「俺の身長を優に越すくらいには山になってましたよ。何ならそいつよりも」

 

 色黒男を指差して言うと当の本人がこちらに詰め寄ってきた。

 色黒で高身長とか威圧感半端ねぇな。性格もオレ様気質だし。

 

「いやいやいや、待て待て待て! お前、この穴の中に潜ったのか!? 一人でっ?!」

「いや、ポケモンとだが」

「そういう意味じゃなくてだな……言い方を変える。お前とポケモンたちとだけで潜ったのか?」

「あ、ああ、原因が掴めればと思ってな」

「………とんだ怖いもの知らずなスタッフだな。いいか、あの巣穴にはダイマックス現象を引き起こすガラル粒子が多分に充満してるんだ。それもこんなダイマックスが連続で発生する中で潜り込むとか自殺行為だぞ!」

「別に自殺願望もなければ何の対策もしないで潜ったわけでもない。最悪の場合に備えて外で待機させたポケモンもいるし、もし巨大化しても早々に眠らせるように先にバトルで示しておいた。それに、一応スタッフの仕事はしておかないとだろ?」

 

 知識もないのに何の対策も立てずに潜るわけがないだろうに。それくらいの危機意識は持ってるっつの。

 

「ハッ、お前バカだろ」

「そうだな。バカかもな。けど、お前に俺と同じことができるか?」

 

 俺よりはダイマックスに関して知識はあるだろうし、現役のジムリーダーらしいからそれなりの実力はあるだろうから俺がやらなくても穴の中に潜ってたかもしれないがな。それでも一人でやろうとはしないだろう。俺だってウツロイドという手札がなければ、穴には潜っても奥を探ろうだなんて思いもしないからな。

 

「まあまあ、キバナ君。彼のおかげで何となく状況は掴めたんだ。彼を問い詰めるより先に僕たちにはやるべきことがあるでしょ?」

「っすね。すみません」

 

 カブさんに宥められた色黒男は素直に怒りを収めた。

 

「………はっちんって実は好戦的?」

「んなわけないでしょ。今だって嫌々来てるレベルですからね?」

「その割には積極的に調べてくれてるじゃん?」

「さっさと片付けて帰りたいだけですよ」

 

 この爺、によによとしやがって。

 誰が好きでこんな面倒事に首を突っ込むかよ。今まで散々巻き込まれてきたんだからもう充分だっつの。

 

「………状況は分かった。恐らく原因はオレ様よりも高く山になっているねがいのかけらだと思う。それとこれは、経年蓄積によるものじゃない。オレ様を超える高さの山になっているなんて話は聞いたことがねぇ。それにここはげきりんの湖周辺のパワースポットの中でも人気の巣穴だ。山になる前に中でダイマックスしたポケモンが暴れてその辺に散らばっちまう。だから例外だとしても異常だ。オレは今回のこれは故意による犯行だと考えるぜ」

 

 …………え?

 ダイマックスってこの穴の中で起きるもんなの?

 あ、じゃあ地上で巨大化してることからして異常事態ってことだったのか………?

 うわ、マジか………。知識がないって本当に支障しか出ねぇな。

 

「そうだね。それだけ蓄積されているんだったら、それだけダイマックスしたポケモンが現れたということ。なら、その度に地下のポケモンが暴れるだろうし、それだけのバトルで山が残っていることがおかしいよ。十中八九、誰かが一度に大量に……ダンプカーで積んできて投げ込んだくらいのことは想定しておくべきだろうね」

 

 そりゃダンデが爺さんと、ついでに俺も狩り出すわけだわ。

 異常事態どころかガラル滅亡の危機くらいまであるんじゃねぇの?

 ただまあ、この件がどれだけヤバいことなのかは理解した。ついでに状況とそこに至った経緯もカブさんの推測が妥当なところだろう。

 となると次はこの状況をどう打開するかだな。

 

「なるほど。んで、対処法は?」

「まず考えられるのは、ねがいのかけらの山を除去することだね。でも穴の中にある以上、地上に引き上げるのは困難だね。僕たちが対応に当たってからもう七体を相手にしている。倒して次のポケモンがダイマックスするまでに長くても十分がいいところだ。そんな短時間で引き上げ作業なんてしていられないよ」

 

 あの石ころの山を十分で地上へ引き上げるのは無理だろうな。ポケモンの力を借りて数の力でどんどん引き上げるって手もあるが、この場合ひこうタイプ及び飛行能力のあるポケモンを揃えるよりはサイコキネシスを覚えたポケモンを揃えたいところ。それも相当の実力がなければ運び出す前にまた光の柱が立つことだろう。そうなれば数で押し切ろうとした反動で大量の巨大化ポケモンが一気に現れることになる。人とポケモンを集めるのも一苦労な上にリスクがデカ過ぎだ。

 これなら他の手を考えた方がまだマシと言える。例えば………焼くとか?

 

「………なら、焼くのはどうです?」

「焼いて力が霧散すればいいんだけどね………」

「無理だろうな」

 

 まるで焼いたことがありますって顔してますよ、カブさん。いくらほのおタイプが専門のジムリーダーだからって、それはまずいでしょうに。

 

「うーん、みんな賢いねぇ。ワシちゃん、若い子たちの成長が超うれぴいよ」

 

 一人俺たちの会話を聞く事に徹していた爺さんが軽快な口調で笑い出した。

 緩すぎだろ、この爺。

 

「師匠は何かないんすか?」

「そうだねぇ、マグノリアちん曰く、ねがいのかたまりはねがいぼしの欠片のようなもの。つまりガラル粒子の塊みたいなものだからね。それだけ大量にあれば、地上に引き上げてもダイマックスするポケモンが現れるんじゃない?」

 

 ………はあ。

 緩い割にちゃんとした思考は持ち合わせてるんだよな………。

 マジで食えない爺さんだわ。それと誰よ、マグノリアちんって。聞いたことがあるようなないような名前だが…………。

 

「………なら、どうしろってんだよ! どこかガラル粒子のないところに一瞬でワープさせられない限り無理だろぉぉぉぉ!」

 

 手の打ちようがないことに苛立った色黒男がポケモンかと思える悲鳴を上げ出した。

 ………ガラル粒子とやらがないところに一瞬で、か。

 

「………やっぱり、それしかないか」

「あァ?」

「な、何か方法を思いついたのかい?」

 

 ねがいぼしだとかねがいのかたまりだとかガラル粒子だとか、ピンときてないことは多々あるが………。

 できるできないは抜きにして、深く考えずに手っ取り早く片付けられるのは、あの山を一瞬でワープさせることだ。それもあっちの世界に。あそこならガラル粒子とやらもないだろうから、ポケモンが巨大化することもない。というかポケモン自体があいつ以外にほぼいない。

 

「できるかどうかは分かりませんけど、やってみる価値はあるかもってだけですけどね」

「「ッ!?」」

「………はっちん、ワシちゃんたちは?」

「別に何も。ここで待機しててくれれば」

「おい待て! 何をする気だ!」

「何ってお前が言ったんだろ。ガラル粒子とやらがないところに一瞬でワープさせるんだよ」

「はぁ!? んなの無理に決まってんだろ!」

 

 だからできるかどうかは分からないって言っただろうが。

 それでも試してみる価値はあると判断しただけだっつの。

 

「………もしかしてサーナイト君はテレポートが使えたりするのかい?」

「ええ、まあ。使えますけど」

「………いや、は? テレポートで? ガラルの外に出すっていうのかっ?!」

「あー、うんまあ、そんな感じ?」

 

 やべぇ、その手もあったか。

 でもサーナイトがここからカロスにテレポートできるわけでもないし、できたとしても距離と持っていく質量が桁違いだ。負担がデカすぎるからどっちにしろ却下だわ。

 

「んじゃ、そういうわけなんでパパっとやってきますよ」

 

 時間は有限。

 ここでうだうだしていたら、次のポケモンが現れてしまう。その前にさっさとできるかどうかの確認して、可能ならさっさと終わらせないといつまでも帰られない。

 だから言うや否や穴の中へ飛び込んだ。

 すぐ後についてきたサーナイトの超念力により身体がゆっくりと降下していく。

 徐々に明かりも少なくなり、それを見越してかサーナイトがマジカルシャインで照らしてくれた。広い空洞の中央付近にしっかりと乱反射する鉱物の山があり、ここがさっき地下を進んできたところと同じなのが分かった。

 

「っと……」

 

 改めて見るとすげぇ量だな。こんなもんを投げ込んだ奴がいるかもしれないんだろ?

 世も末だわ。

 

「ダークライ、この山あっちの世界で保管できたりするか?」

「……………」

 

 ダークライにあっちの世界で保管可能か確認してみる。

 そもそもあの冥界で物の保存とかできるのだろうか。冥界だぞ?

 生身の人間が踏み込むのも結構危険だと思うし、物に関しては消滅してもおかしくはない。

 

「ライ……」

 

 だが、その心配はないらしい。

 

「なら、頼む。ギラティナの手にも渡らないようにしてくれると助かる」

 

 どこにどう保管するつもりなのかはダークライに任せるしかないが、保管ができるのであればありがたい限りである。用途はまだ何も思いついちゃいないが、特殊な力を秘めた石がこれだけ大量にあるのだ。消滅させてしまうのは勿体無い。

 ダークライは黒い穴を鉱物の山の上から下ろしていき、次々と呑み込んでいく。どうかギラティナには見つかりませんように。

 

「………よし、山は無くなったし一度戻ってみるか。まだ立て続けにダイマックスするようであれば、その辺に散らばってるのも回収するしかないだろうな」

 

 綺麗さっぱり鉱物の山が無くなったのを確認し、地上へ戻ることにした。

 これで地上での巨大化現象が止まないようなら、もう一度潜って欠片残らずあっちの世界に送り込むか、他の原因を探るしかないだろう。後者なら振り出しに戻るようなものだ。

 既に疲弊が溜まってきている対処組では戦力が足りなくなってくるし、休ませなければトレーナーの集中力も切れてくる。他の実力のあるトレーナーに応援を要請しないとだろうし、それで人が集まるかどうかも分からない。今現在ガラルの実力者はジムリーダーや四天王しかいないってことなら、間違いなくガラルはめちゃくちゃになるだろうな。そしてこの件は世界に広められて、ようやく外部から戦力が補えるかどうか。それまでに現在の対処組が保つかなんて想像しなくても分かることだろう。

 

「サーナイト、地上まで頼む」

「サナ!」

 

 俺としてはそうはならないことを祈るしかない。悪い方へ悪い方へと事が進むようであれば、いよいよもって俺が対処しなければいけなくなってしまう。それだけは何としてでも避けければならない。

 

「よっと」

 

 さて、どうなったか。

 今のところ新たに発生してはいない。ウルガモスからの合図もなさそうだし、丘の上も未だ出現はしていないのだろう。残るは湖上のだが、ここからでは見えないため判断のしようがない、か。

 

「お、終わったのか………?」

「そりゃもう作業の方は一瞬で」

 

 色黒男があり得ないものを見るかのような目で俺たちを見てくる。

 いや、テレポートってことになってるんだから、一瞬で終わるだろ。テレポートでも時間を食うようなら最初からこの案を遂行してないっつの。

 

「無茶苦茶すぎるだろ………」

「ポケモンたちが優秀なんでな」

 

 こいつを適当にあしらい老人たちの方に視線で様子を伺った。

 

「今のところ出てくる気配はないよ。ただ君の仕事が思ったよりも早かったからね。クールタイムはまだ切れてないんだ」

「なら、俺は丘の上で待機しておくことにしますよ。もしあっちで出たとしても人がいないんじゃ対処もできないですからね」

 

 そう言って俺はこの場を離れる事にした。さっきも突然丘の上の穴でも巨大化したポケモンが現れたんだ。最悪を想定して動いておく必要があるだろう。

 

「はっちん、よろぴくねー」

 

 とても軽い見送りを背にウルガモスが待つ丘の上へと向かった。

 



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行間

〜手持ちポケモン紹介〜(44話現在)

 

 

ヒキガヤハチマン 持ち物:キーストーン、Zパワーリングetc………

・サーナイト(ラルトス→キルリア→サーナイト) ♀

 持ち物:サーナイトナイト

 特性:シンクロ←→フェアリースキン

 覚えてる技:リフレクター、ねんりき、まもる、テレポート、マジカルリーフ、シャドーボール、マジカルシャイン、トリックルーム、シンクロノイズ、サイコキネシス、いのちのしずく、しんぴのまもり、ムーンフォース、サイコショック、さいみんじゅつ、ゆめくい、あくむ、かなしばり、かげぶんしん、ちょうはつ、サイケこうせん、みらいよち、めいそう、でんげきは、チャージビーム、10まんボルト、でんじは、こごえるかぜ、シグナルビーム、くさむすび、エナジーボール、のしかかり、きあいだま、かみなりパンチ、ミストフィールド、スピードスター、かげうち

 Z技:スパーキングギガボルト、マキシマムサイブレイカー、全力無双激烈拳

 

・ウツロイド

 覚えてる技:ようかいえき、マジカルシャイン、はたきおとす、10まんボルト、サイコキネシス、ミラーコート、アシッドボム、クリアスモッグ、ベノムショック、ベノムトラップ、クロスポイズン、どくづき、サイコショック、パワージェム、アイアンヘッド、くさむすび、でんじは、まきつく、からみつく、しめつける、ぶんまわす、かみなり、どくどく、がんせきふうじ

 Z技:アシッドポイズンデリート、ワールズエンドフォール

 憑依技:ハチマンパンチ、ハチマンキック、ハチマンヘッド

 

・ダークライ

 特性:ナイトメア

 覚えてる技:ダークホール(ブラックホール)、おにび、ゆめくい、あくのはどう、かげぶんしん、ふいうち、さいみんじゅつ、あくむ、かなしばり、ちょうはつ、でんじは、でんげきは、チャージビーム、10まんボルト、サイコキネシス、きあいだま、でんこうせっか、シャドークロー、だましうち、かわらわり、まもる

 

・クレセリア ♀

 特性:ふゆう

 覚えてる技:サイコキネシス、みらいよち、チャージビーム、くさむすび、シグナルビーム、ムーンフォース、サイコシフト、みかづきのまい、てだすけ、つきのひかり、サイコショック、さいみんじゅつ、サイケこうせん、めいそう、でんじは、こごえるかぜ、エナジーボール、のしかかり

 

・ニャヒート(ニャビー→ニャヒート) ♂

 特性:もうか

 覚えてる技:ひのこ、アクロバット、ほのおのうず、とんぼがえり、かげぶんしん、ニトロチャージ、きゅうけつ、にどげり、かみつく

 

・ウルガモス

 覚えてる技:ぼうふう、ソーラービーム、ほのおのまい、ねっぷう、むしのさざめき、にほんばれ、ちょうのまい、サイコキネシス、いかりのこな

 

控え

・リザードン(ヒトカゲ→リザード→リザードン) ♂

 特性:もうか

 覚えてる技:かえんほうしゃ、メタルクロー、かみつく、おにび、えんまく、はがねのつばさ、かみなりパンチ、ドラゴンクロー、シャドークロー、つばめがえし、りゅうのまい、かみくだく、カウンター、じしん、フレアドライブ、ブラストバーン、げきりん、じわれ、だいもんじ、ソーラービーム、リフレクター、はらだいこ、ぼうふう、ねっぷう、あなをほる、れんごく、かげぶんしん、ブレイズキック

 飛行術

 ・ハイヨーヨー:上昇から下降

 ・ローヨーヨー:下降から上昇

 ・トルネード:高速回転

 ・エアキックターン:空中でターン

 ・スイシーダ:地面に叩きつける

 ・シザーズ:左右に移動して撹乱

 ・ソニックブースト:ゼロからトップに急加速

 ・コブラ:急停止・急加速

 ・ブラスターロール:翻って背後を取る

 ・グリーンスリーブス:連続で攻撃して空中に釣り上げる

 ・デルタフォース:空中で大きな三角形を描くように連続攻撃

 ・ペンタグラムフォース:空中で五芒星を描くように連続攻撃

 ・バードゲージ:スピードを活かして相手の動きをコントロールしていく

 ・スモール・パッケージ・ホールド:背面飛行で相手の下を飛行する

 

・ゲッコウガ(ケロマツ→ゲコガシラ→ゲッコウガ) ♂

 特性:きずなへんげ(へんげんじざい→きずなへんげ)

 覚えてる技:みずのはどう、あなをほる、かげぶんしん、れいとうパンチ、れいとうビーム、つばめがえし、ハイドロポンプ、くさむすび、グロウパンチ、えんまく、がんせきふうじ、いわなだれ、まもる、かげうち、みずしゅりけん、どろぼう、つじぎり、ハイドロカノン、めざめるパワー(炎)、とんぼがえり、とびはねる、ほごしょく、けたぐり、ぶんまわす、あくのはどう、どろあそび、ふぶき、たたみがえし、ダストシュート

 

・ヘルガー ♂

 持ち物:ヘルガナイト

 特性:もらいび←→サンパワー

 覚えてる技:かみつく、ほのおのキバ、ふいうち、おにび、かえんほうしゃ、かみくだく、れんごく、ほえる、はかいこうせん、アイアンテール、あくのはどう、みちづれ、だいもんじ、ハイパーボイス、ヘドロばくだん、ちょうはつ、ほのおのうず、まもる

 

・ボスゴドラ ♂

 持ち物:ボスゴドラナイト

 特性:がんじょう

 覚えてる技:ロックブラスト、あなをほる、なげつける、メタルクロー、アイアンヘッド、アイアンテール、てっぺき、メタルバースト、ボディパージ、ヘビーボンバー、ロックカット、ほのおのパンチ、もろはのずつき、ラスターカノン、ドラゴンダイブ、でんじふゆう、だいちのちから、カウンター、ばかぢから

 

不明

・ジュカイン(キモリ→ジュプトル→ジュカイン) ♂

 持ち物:ジュカインナイト

 特性:しんりょく←→ひらいしん

 覚えてる技:でんこうせっか、リーフストーム、リーフブレード、ドラゴンクロー、タネマシンガン、ギガドレイン、かみなりパンチ、スピードスター、くさむすび、ソーラービーム、エナジーボール、シザークロス、くさのちかい、マジカルリーフ、タネばくだん、こうそくいどう、つめとぎ、いやなおと、こうごうせい、くさぶえ、やどりぎのタネ、グラスフィールド、なやみのタネ、ハードプラント、つばめがえし、ものまね、みがわり、じならし、アイアンテール、けたぐり、つじぎり、グロウパンチ、まもる、ぶんまわす、あなをほる

 

 

ダンデ 持ち物:ダイマックスバンド

・リザードン

 特性:もうか

 覚えてる技:かえんほうしゃ、エアスラッシュ、だいもんじ、はがねのつばさ、ねっさのだいち、ひのこ、ぼうふう、れんごく、アイアンテール、フレアドライブ、げんしのちから、かみなりパンチ、ソーラービーム

 

・ガマゲロゲ

 

 

マクワ

・セキタンザン

 覚えてる技:ニトロチャージ、いわなだれ、ストーンエッジ

 

 

マスタード

・アーマーガア

 

・コジョンド

 覚えてる技:とびひざげり、インファイト、きあいパンチ

 

・ルガルガン(真昼の姿)

 覚えてる技:ストーンエッジ

 

・ウーラオス(連撃の型)

 覚えてる技:ストーンエッジ、すいりゅうれんだ

 

 

キバナ 持ち物:ダイマックスバンド

・ジュラルドン

 覚えてる技:ストーンエッジ、ラスターカノン

 

・ヌメルゴン

 覚えてる技:ハイドロポンプ

 

・バクガメス

 覚えてる技:トラップシェル、かえんほうしゃ、オーバーヒート

 

 

カブ 持ち物:キーストーン

・マルヤクデ

 覚えてる技:ねっさのだいち

 

・バシャーモ

 持ち物:バシャーモナイト

 特性:???←→かそく

 覚えてる技:スカイアッパー、インファイト、フレアドライブ、ブレイズキック、ストーンエッジ

 

 

ピオニー

・ハッサム

 

・ドータクン

 覚えてる技:チャージビーム

 

 

ルリナ

・カマスジョー

 覚えてる技:じこくづき、すてみタックル

 

 

メロン

・ラプラス

 覚えてる技:フリーズドライ

 



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45話

 巨大化現象から数日。

 ねがいのかたまりとやらを除去したからなのか、その後巨大化現象が外で発生することも多発することもなくなった。

 事態が収束したとなればマスコミが動き出すだろうということで、俺は一足先に離脱し鎧島まで帰ってきたのだが、そこでまた門下生たちに質問攻めに遭うという苦難が待ち構えており、まあ疲れたね。

 どうやら門下生たちはテレビで見ていたらしく、帰ってきてからもニュースで取り上げられる程だった。ただ、幸い映像は遠目にドンパチやっているのが分かる程度で、誰が対処しているのかなんて判別もできなかった。パッと見て分かったのは、湖上の巨大化したポケモンが認識できたくらいである。これならダンデに頼まなくても俺が映ることはなかったのかもしれないが、どこで誰が取材しているか分からないからな。念には念を入れておくに越したことはないか。

 ただ、ホエルオーが巨大化した時には相当パニックになったらしく、取材陣も津波から逃れるために一時避難を余儀なくされたようだ。あの時、ダンデたちはどうしてたんだろうな。逃げたか、あるいは距離を取ってバトルを続けたか………いや、逃げることはないだろうな。あのバトルと聞いて二つ返事で了承するバカだ。逆に喜んでそうなまである。それに付き合わされる女性陣からしたら堪ったもんじゃないだろうに。

 まあ、その辺は俺が関わるところの話じゃない。というのも一応壱号さんに事のあらましを報告してあり、新たに指示されたのが島での待機である。どうやら俺が関わったことで国際警察がガラルで公的に動くきっかけになったようで、拠点作りの任務ご苦労とまで言われた。

 拠点作りってこういうのでいいのかよと口から出そうになったが、仕事が増えそうだったため、待機という休暇に甘んじることにしたのだ。

 後は爺さん伝に原因究明の経過を教えてもらうというか聞かされるというかなのだが、情報は入ってくるため自分で動く必要がない。

 今のところ俺たちの推測通りの経緯になっているが、その犯人は未だ特定できていない。まあ、それもその内特定されるだろうしな。

 これで突如現れた非日常は沈静化したと言ってもいい。

 

「ヤドラン、シェルアームズ」

 

 で、俺たちはというと、ヤドランが進化してしまった身体に慣れないようなので、ヤドランとしての動き方を身体に染み込ませているところだ。元々動きが鈍いヤドランはリージョンフォームしてもその性質が変わることはなく、普段の動きはゆったりしている。加えてこのヤドランはそこまで好戦的でもないためバトルになってもその場から動こうとはしないみたいだ。

 ただ、それを補うかのように進化したことで習得したシェルアームズという技がすごい。この技、毒を打ち出す技かと思ったら、シェルダーの部分で殴る技でもあるという訳の分からない技だった。

 一つの技で二通りの攻撃法がある技なんて聞いたことがない。確かに技の応用で変わった使い方をしたりはするが、それでもやはり技の発展の域を出ることはない。それこそ、カメックスがハイドロポンプとして背中の大砲でぶん殴るみたいな話だぞ。カメックスも大砲で殴ること自体はあってもハイドロポンプとしてのものではないのだ。だから、シェルアームズは前代未聞である。

 

「随分と打ち込み方が成ってきたね」

「そっすね。片腕だけってのが使い難いところですけど、最初の頃に比べたら断然よくなってますよ」

 

 で、ヤドランの特訓相手は同じどくタイプを持つエンニュートというポケモンである。シェルアームズがどくタイプの技ということもあり、どく・ほのおタイプを持つエンニュート………引いてはそのトレーナーのミツバさんが相手役を買って出てくれたのだ。

 というかだ。

 普通にこの人強そうなんだけど。

 ヤドランの打ち込みの練習だから本気のバトルなんてしてないが、こう何と言うかフィールドに立った時のオーラがヤバい。それでいてあのエンニュートの技の受け流し方から足の運びまで一切の無駄がない。これが攻撃に転じれば、ヤドランなんて軽くいなされて倒されてしまうだろう。ニャヒートでも無理だな。多分、ウルガモスくらいの実力はあると思う。やっぱり爺さんの奥さんなんだなと納得できてしまうレベルだ。それでいて爺さんと結婚してからバトルの腕を磨いたというのだから恐ろしい。

 俺たちは子供の頃の呑み込みの早さや突拍子のない想像力が育まれる時期にポケモンのこと、バトルのことを叩き込まれたが、大人になってからこの完成度はかなりのセンスがなければなし得なかったことだろう。というか言い換えてみれば弟子一号の完成度がこれだからな。流石現役引退しても尚、今の現役ジムリーダー以上の実力を持つ爺さんだわ。

 

「なら、次は射撃の方かな?」

「そうですね。的とか作れます?」

「んー………エンニュート、おにび」

 

 今度は射撃の練習となり、エンニュートが身体の周りに火の玉を作り出し大きな円を描いて回転させていく。

 

「これとかどうだい?」

「誤射で技がエンニュートに当たることだってあるでしょうけど、大丈夫っすか?」

「ああ、それは問題ないよ。そのためのどくタイプのエンニュートなんだしね」

「なら遠慮なく。ヤドラン、シェルアームズ」

「ヤン!」

 

 毒の弾丸を左腕の巻き貝から打ち出していく。

 一発目二発目は外に大きく外れたが三発目からは火の玉を掠めるようになり、掠めなくとも回転する軌道上をすり抜けていくくらいには感覚を修正できたようだ。あとは回転速度に合わせてタイミングを合わせられれば、第一関門はクリアだろう。

 

「ヤン!」

 

 っ!?

 な、なんだ今の速度………?

 今一発だけ狙った瞬間に発射されなかったか? しかも綺麗に撃ち抜いているし………。

 

「なるほどねー。そのヤドラン、特性がクイックドロウなのね」

「クイックドロウ? 早撃ち……ってことっすか?」

「三割くらいの確率でね。撃つ瞬間に一瞬だけゾーンに入ったみたいに無駄のない動きになって、構えた瞬間には撃ち終わってるってダーリンが言ってたわ」

 

 ゾーン。

 無意識化での最適化された動き………か。

 なるほど。普段動きの遅いヤドランには打ってつけの特性だな。

 これが意識的にできるようになれば、ヤドランが無双するということもあり得るのか。

 ただ、今のところヤドラン自身も自分の特性を理解していなさそうだ。何が起きたのか自分でもよく分かってない顔をしている。女将さんも三割くらいの確率でって言ってたし、これは只管シェルアームズないし、砲撃系の技を撃ちまくって、身体を慣らさせるところから始めないとな。一瞬で形成逆転狙えるような特性に自分が惑わされていたら、それこそ命取りとなる。

 

「で、お前らは何してんの?」

「サナ?」

「ニャフ?」

「モス」

 

 気付けば外に出して好きにさせていたサーナイトたちが、それぞれ火の玉を作り出していた。

 

「きっとおにびの練習してるんじゃないかい?」

「はぁ……そうなのか?」

「サナ!」

 

 どうやらエンニュートのおにびを見て、全員で真似していたらしい。

 ニャヒートとウルガモスはほのおタイプだから分かるが、サーナイトまで手を出すとは………。

 何気にほのおタイプの技は初なんだよな………。しかもサーナイトはダークライから一つの技から発展させて技を習得していく方法で叩き込まれている。その内ほのおタイプの技の数も増えてるんだろうな、きっと。

 はぁ………、着実にあいつらへと近づいていってるよな。このままだと三巨頭が四巨頭になりそうだわ。いっそ呼び名を変えて四天王にした方がいいかもな………ハッ、笑えねぇ。

 

「まあ、覚えておいて損はないか。ニャヒート、ウルガモス。相手はお前たちと同じほのおタイプのエンニュートだ。自分に使えそうなところがあったらしっかり盗むんだぞ」

「ニャフ!」

「モス」

 

 とは言っても、三巨頭たちとサーナイトとの間にはしっかりとした差がある。それは、俺がいなくともあの三体は自分でバトルを組み立てられることだ。リザードンはずっと俺の指示を受けてたため、身体が覚えているみたいだし、ゲッコウガはポケモントレーナーとしての素質も見せつけている。ジュカインに至っては自分から一人でやらせてくれってよく言うくらいだからな。その点、サーナイトはまだまだバトルの経験が浅いし、俺なしでバトルしたことなんてないに等しい。それを鑑みるとまだまだあいつらの仲間入りは果たせないだろう。

 

「サナナー? サナナー?」

「サーナイトはそうだな………ほのおタイプの技の出し方をしっかり見ておくとかかな。折角おにびを出せるようになったんだし、その炎をどう活かすか自分なりに考えてみ」

「サナ!」

 

 だからまあ、その前段階として自分で技をモノにしていくというのも大事な過程だろう。何でもかんでもトレーナーが口出ししていたら、一瞬の閃きも生まれはしない。サーナイトには頃合いなのだと思う。

 

「………ポケモン自身に考えさせる、か」

「バトルするのはポケモンたちなんで。トレーナーの視点とポケモンの視点は全く別物で、戦っている本人にしか感じられないこともありますからね。普段から自分で考えて技を使うということも身につけておけば、咄嗟の判断をトレーナーなしでも行えると思いませんか?」

「こりゃダーリンも認めるわけだわ………」

「………師匠が何か言ってたんですか?」

「『はっちんがベストメンバーを揃えた時、ワシちゃん手も足も出せなくなっちゃうよ』って。ダーリンがそんなこと言ったのってダンデ君くらいよ」

「それはどうでしょうね。師匠の本気も未だ未知数だし」

「強者同士通ずるものがあるってことかしら」

 

 そもそも爺さんと通じているとは全く思えないんだが。

 飄々としているせいで何を考えているのか掴めないし、厳しい修行をさせられるわけでもない。未だ本気モードの爺さんを見たこともないから、実力も未知数だ。この前は俺の見たことのないポケモンを使っていたが、帰ってきてからは一度も見てないし、分からないことだらけである。これで通じ合っているのなら、誰とでも通じ合ってるようなものだと思うがな。

 

「少なくとも俺は師匠と通じ合ってるとは思ってませんよ。師匠は俺のことを理解したつもりかもしれませんけど、俺はまだまだ師匠のことを理解できていませんからね。マスター道場とは言うものの、基本自主練ですし、未だ師匠直々の手解きを受けたわけでもないので、師匠のことなんてゲーム好きな軽い爺さんというイメージしかありませんって」

「アッハッハッ! そりゃ確かにそうだね。ハチ君は現役の頃のダーリンのことも知らないから、そう思うのが普通だよ」

 

 割と厳しめに言ったつもりだったのだが、ミツバさんは笑ってそう言ってきた。

 

「でもね、ダーリンは今でも強いよ」

 

 かと思えば、ギラつく目で俺を見てくる。まるで背後に爺さんがいるようなプレッシャーだ。

 

「……なら、師匠の本気を出させるにはどうすればいいですかね」

「そうだね………、ハチ君は強い。ダーリンがもう認めてるくらいには強いからね。だからどっちかと言えばダーリンの方かな。ハチ君と本気でバトルするために準備が必要になると思うの」

 

 ………はっ?

 

「………それ、俺どうしようもなくね?」

「そうなんだよ………。道場開いてからここまで強いトレーナーが来たのなんて初めてだからね。今のダンデ君ならハチ君に並べるけど、あの子が来たのはもっと小さい時なのよ。それにダイマックス以外の技術を使ってくるから、ダーリンも調整に難航してるんじゃない?」

「………そんなにですか?」

「そんなによ。気づいてなかったの?」

「いえ、全く。これぽっちも」

 

 あの三巨頭がいないし、俺は精々ダンデに運良く勝てた奴くらいの認識だと思ってたわ。

 違うんだ………。

 

「それにこの前の件の功労者は間違いなくハチ君だって言ってたからね。ダーリンが調整している間にハチ君も仲間を増やして強くなっていくだろうから、相当先を見越してるんじゃないかしら」

「ってことは、当分は無理だと?」

「多分ね」

 

 爺……。

 結局、俺にはどうすることもできないのか。その時が来るまで精々フルバトルできるようにしておくしかないな。

 

「あ、仲間で思い出したわ。ハチ君、ポケモンボックスって知ってる?」

「………ポケモンボックス、箱………? ポケモンを収納……収監でもしておくところですか?」

 

 急に話を替えてきたかと思えば………。

 何だ、そのポケモンボックスって。言い換えてみたものの、ボックスっていうからには多分収納という表現の方が適切なんだろうけど。収監だと檻のイメージが強いし。

 

「まあ、近いっちゃ近いけど、収納するのはボールに入ったポケモンたち。ポケモントレーナーが持ち歩ける手持ちの数は六体って決まりがあるでしょ? そこから漏れた七体目以降のポケモンたちをポケモンボックスに入れることで持ち運べるってわけ。旅の途中でも道端で手持ちの入れ替えなんかもできる便利なアイテムなの」

 

 ああ、なるほど。

 モンスターボール等ポケモン捕獲用のボールは中にポケモンが入っていると七体目以降だと電磁波か何かでロックされるのか出せなくなるって機能もあったりするからな。ポケモンボックスとやらはその電磁波を阻害する作りになっているのだろう。

 

「まあ、確かに。便利と言えば便利ですね。でも何で俺に?」

「サーナイト、ニャヒート、ウルガモス。それにマクワ君とバトルした時の契約してるってポケモンで既に四体。そしてヤドランも可能性があるってなると、この勢いならすぐに手持ちが六体いっちゃうと思ったの。だからおすすめしてみたんだけど………」

 

 それでか。

 まあ、もう六体いるんですけどね。

 確かにこのままヤドランが加わることになったら、数の上では七体目になっちまうもんな。一応ダークライは常にボールの外に出て俺の影に潜んでいるから、ヤドランまでならとは思っていたが………。

 そういう製品があるのなら、是非に欲しいところだ。六体いるとはいえ、その半数は表立って出せるポケモンじゃないから、ジムチャレンジに参加するのであれば、あと三体は捕獲したいところ。そのポケモンボックスがあれば数を気にせず捕獲することできるだろう。ボックスの上限にもよるが。

 ただ…………。

 

「そもそもこの島、店ないですよね」

「あ、そこはほら、通販で何でもいけちゃうから」

「輸送料とかバカにならんでしょ」

「それも大丈夫。なんせ届け先がダーリンの道場だからね。お金なんて取れないって配達業者さんが負けてくれてるの」

「権力の乱用じゃねぇか」

 

 何だそれ。

 めちゃくちゃ優遇されてるじゃねぇか、この島。

 

「ダーリンはそれくらいすごい人だったのよ」

 

 それだけの影響力があの爺さんにはあるってことか。ある意味、ガラルの影の支配者だな。

 

「なら、注文しておいてください。金はある………ここって金の引き出しとかできましたっけ?」

「そこも問題ないよ」

「何でもありだな、この島は………」

 

 この島に来てから金の使いどころがなかったため確認すらしてなかったが、何でも揃ってるじゃねぇか。

 

「だって、この島の所有者はダーリンだもの」

 

 ………………………………。

 

「………マジで?」

「マジで」

 

 ………………………………。

 うん、俺は何も聞いてない。何も知らない。

 さらっとすごいことを言われたような気がするけど、何も知らない。聞いてないぞ。

 

「よし、射撃の訓練再開させてもらいますよ」

「逃げたね……」

 

 マジかー………。

 この島自体、あの爺さんのものだったのか……………。

 権力つよつよなくせに一ミリもそんな素振りを見せることもない爺ほど、恐ろしいものはないわ。

 



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46話

「ヤドラン、シェルブレード」

 

 鎧島に来て三ヶ月が過ぎた。

 相変わらず自由気ままに修練している。本当にこんなんでいいのかと思い、他の門下生たちに聞いてみたところ、彼らには爺さんに度々言い渡される試練があったりするんだとか。

 門下生たち曰く、『ハチさんはダンデさんと対等に渡り合えるので、師匠も出す試練を悩んでいるのでは?』とのこと。

 んなことあるか、普通。一応ここはポケモン道場だぞ。門下生たちも初心者トレーナーってわけではないし、なんかあるだろ………。

 いやまあ、自由気ままにできるのはそれはそれでありがたいんだけどさ。道場としてどうなんだって話なわけよ。

 

「ルガルガン、もう一度ストーンエッジを頼む」

「ルガゥ!」

 

 てなわけで、爺さんからルガルガンを借りて引き続きヤドランの特訓をしている。

 

「ヤドラン、連続でみずのはどう」

 

 ヤドランは元々みずのはどうは覚えていたらしく、進化したことで左腕の巻貝から撃ち出すようになり、その結果シェルブレードを新たに習得するに至った。

 他にもねんりきやずつきといった攻撃技から、あくびやドわすれなんかも使えるようで、鍛え甲斐はありそうだ。

 

「ヤン!」

 

 それにしても…………。

 もう少しクイックドロウの発動をコントロールできたらいいんだけどな。今のままだと運任せになりすぎててここぞというところで狙えるかどうか怪しいレベルだ。それだと逆にペースを乱すことになりかねないから、何とか意識して使えるようになれるといいんだが…………。

 

「お疲れさん。シェルアームズ以外の技も様になってきてるぞ。これならバトルでも攻撃できるだろ」

「ヤン」

「はっちーん、お客さんだよん」

 

 …………爺さんか。

 俺に客とか何かの間違いじゃないのか?

 それかダンデでも来たか?

 

「師匠、俺に客とか何冗談言ってるんすか。ガラルに知り合いのいない俺に客が来るわけないでしょうよ」

「やあ、ハチ君」

 

 ………………。

 

「…………人違いでは?」

 

 うん、人違いだと思う。

 だって、俺のところに現役ジムリーダー様が来るとかおかしな話だぞ。

 

「いやいや、ちゃんとマスタードさんから君のことは確認を取ってるから間違いではないよ」

「チッ、爺あとで覚えてろよ」

 

 この爺……。

 何のために変装して行ったと思ってるんだよ。

 

「んで、今日は何用で? 現役ジムリーダー様が態々俺のところに来るなんて、面倒事は勘弁してくださいよ」

 

 ほのおタイプの現役ジムリーダーのカブさん、だっけ?

 白髪の初老っぽいのに首にタオル巻いてめっちゃ健康そうなんだけど。太腿とかも俺より太いし。走っても抜けなさそう。

 初老のおっさん怖い。

 

「あ、僕のこと覚えててくれたんだね。よかった、今日はこの前のお礼を言いに来たんだよ。ありがとう。僕たちジムリーダーだけではあの緊急事態を収束させることはできなかった。何より人手がなくて原因を調べる余裕もなかったくらいだ。君やマスタードさんが協力してくれたおかけで今のガラル地方の平和がある。本当にありがとう」

 

 そう言って深々と頭を下げる現役ジムリーダー。

 何の用かと思えば、この前の件のお礼参りだったか。律儀な人だな。爺さんに聞いてまで島までやって来るとか、真面目すぎる。

 これじゃさっさとお引き取りくださいとも言い難いではないか。

 

「………犯人、まだ見つかってないらしいじゃないですか」

「それは今捜査中だよ。僕も捜査の中心にいるわけではないから耳にした程度なんだけどね。国際警察の方も協力してくれてるみたいなんだ。だからすぐに見つかると思うよ」

「そっすか」

 

 早速国際警察本部の方も動き出したみたいだな。

 これで俺もゆっくりできそうだ。待機命令が出されているし、あとのことは本部の人たちに任せるとしよう。

 

「ところで………」

 

 うんうん、と俺のこれからを安堵していると、カブさんがヤドランをじっくりと観察していた。

 

「そのヤドランは君のかい? この前は連れて来ていなかったと思うんだけど」

「いえ」

「なら、マスタードさん?」

「いや、その子はまだ野生のままよん」

 

 恥ずかしくなったのか、ヤドランが俺の後ろに隠れてくる。

 お前にも羞恥心というものがあったんだな。そこに驚きだわ。

 

「………はい?」

 

 カブさんは、こいつ何言ってんだって顔で小首を傾げた。

 

「バトル……というか技の練習してたよね?」

 

 記憶を反芻しているのか、額に手を当てている。

 

「思いがけず進化してしまって、この姿にまだ慣れないみたいなんで」

「手持ちにしないのかい?」

「………カブさんは人間とポケモン、どっちが上だと思います?」

「えっ? 人間とポケモン? そんなの比べようがないんじゃないかな。どちらも同じ生命体だし、自我を持っているからね。…………あ、そういうことか。少なくともポケモン君たちの意思を無視した行動はトレーナー失格だと思ってるよ」

 

 ………流石はベテランジムリーダーといったところか。

 俺が何を聞きたかったのかよく分かったな。

 

「………よく分かりましたね、今の質問で」

「技の特訓を請け負いながらもヤドラン君を捕まえていない。そしてそんな質問とくれば、何となく察しがついたよ。君はヤドラン君が決めるのを待ってるんだよね? 野生のまま生きるのか、君のポケモンになるのか」

「人間の言葉を理解して技を使えて身体能力も桁違いとくれば、ポケモンを下に見ることなんてできないでしょ。何なら人間よりも優れているまである。俺はそういう考えなんで、仲間にするかしないかって時にはポケモンたちの意思に任せてるんですよ。野生のまま生きるのならそれでも良し。俺のポケモンになるのなら、全力で力を引き出すまで。ボールで従わせるってことだけは絶対にしたくない」

「………ますます君のことを知りたくなってくるね。どうだい、僕と手合わせ願えないかな?」

「………それが本当の目的なのでは?」

「あ、バレちゃってた? あの時は見せてもらえなかったけど、君もできるんでしょ?」

 

 チラリと胸元のペンダントを見せてくるカブさん。

 ああ、なるほど。バトルも誰でもいいってわけじゃないのか。

 仕方ない。ガラルでは珍しいメガシンカ使いだ。ジムリーダーとしては使ってやれないって言ってたし、数少ないバトル相手になってやろう。

 

「分かりましたよ」

「ありがとう」

 

 カブさんがフィールドに出て来る間に俺も所定の位置に移動する。今回はヤドランに見学してもらわないとだから、俺たちが本気でバトルしたらこうなるってのを見せてやるとしよう。それで仲間になるかを判断してくれても遅くはない。

 

「ヤドラン、俺たちのバトルを見ててくれ。仲間になったらこんなバトルをすることもあるってのを見せるからさ。まあ、仲間になったところで無理強いはしないから参考程度でいいからな?」

「ヤン」

 

 俺の後ろにヤドランを移動させ、フィールドにボールを投げ込んだ。

 

「サーナイト」

「いくよ、バシャーモ」

 

 案の定、カブさんが出してきたのはバシャーモだった。

 ほのお・かくとうタイプ。それでいてメガシンカするため、特性がかそくに変化する点に注意しておかないとだな。

 

「ルールはどうします?」

「一対一の一騎打ち。他の制限はなしでいいよ。君の実力が見たいからね」

「そすか」

「審判はワシちゃんがするね」

 

 ジムリーダーもたまには制限なしでやりたいのかね………。俺としてはいろんな組み立て方ができる分、楽でいいけど。

 

「バトル、始め!」

「バシャーモ、ビルドアップ!」

 

 最初は全身の筋肉を膨らませて攻撃力と防御力を上げてきたか。

 

「みらいよち」

 

 なら、こっちは未来に種を蒔いておくとしよう。

 

「ニトロチャージ!」

 

 炎を纏ったバシャーモが加速しながら突っ込んでくる。

 真っ直ぐきたかと思えばサーナイトの目の前で切り替えてサーナイトの背後へと回り込んだ。

 

「ブレイズキック!」

「まもる」

 

 回り込む遠心力を活かして身体を宙に投げ出し、身体を捻りながら炎を纏った左脚を蹴り込んでくる。

 当然バシャーモのこの動きにサーナイトの目は追いついていないが、追いつく必要はない。どうせ攻撃してくるということは分かっていたのだ。なら、どんな攻撃がきてもいいようにドーム型の防壁を張ってしまえば攻撃は防げるというもの。

 そして、防壁によりバシャーモの左脚が弾かれた瞬間、バシャーモの背後の空間が歪んだ。

 きた。

 

「ッ!?」

 

 バシャーモは背後から一閃に貫かれ地面をバウンドしていく。

 

「サイコキネシス」

 

 追い討ちをかけるようにバシャーモの身体を操りカブさんの方へと吹っ飛ばした。

 効果は抜群。

 だが油断はできない相手だ。今の攻防だけを見てもバシャーモの動きは洗練されていた。素の状態で特性がかそくということも考えられるが、先にニトロチャージを使っていたから、恐らく特性はもうかなのだろう。特性が違う分、ニトロチャージで補っているといったところか。

 それもこれもメガシンカを意識したものなのだろう。メガシンカすれば特性はかそくに変化する。当然根本的な能力も飛躍するため、最高速度になった時にバシャーモ自身が処理できなくなるのを考慮してのこと。ちゃんと考えられた育て方をしているようだ。

 

「まさかみらいよちを仕掛けられているとは………!?」

 

 へぇ。

 何が仕掛けられていたかまで見抜けるのか。

 流石はベテランジムリーダー。相当数の挑戦者を相手にしてきただけのことはある。

 

「攻めていたのにいつの間にか返り討ちに遭ってしまったか。………様子見している場合じゃなさそうだね」

 

 そういうとカブさんは胸元からペンダントを取り出し、強く握りしめた。

 

「燃え上がれ、バシャーモ! メガシンカ!」

 

 早速使ってくるか、メガシンカ。

 なら、こっちも応えてやるとしよう。

 

「サーナイト、メガシンカ」

 

 サーナイトもバシャーモも虹色の光に包まれて姿を変えていく。

 そしてその光が弾けた瞬間、フィールドには淡いピンク色のオーラが広がっていった。

 

「ミストフィールド………? いつの間に………?!」

 

 何度見ても特殊だよな………。

 メガシンカしたら自動的にミストフィールドが展開されるなんて、他じゃ見られない現象だぞ。メガストーンを生成する過程でクレセリアの力が加わったからなのか、それともダークライの力が加わったからなのか。あるいはメガストーンの核にZクリスタル的なものを使ったからなのか。どちらにしろ普通じゃない方法で生成されているため、普通じゃないことが起こるのだろうな。

 

「バシャーモ、いわなだれ!」

 

 今度距離を詰めてくる前にサーナイトの頭上に仕掛けてきた。

 

「サイコキネシスで受け止めろ」

 

 万歳をして両手で降り注ぐ岩々にサイコパワーを送り込んでいく。落下する力は失われ宙ぶらりん状態である。

 

「距離を詰めるんだ! ブレイズキック!」

 

 対処している間に、って戦法だな。この辺は想定内の動きだ。

 

「リフレクター」

 

 右手を下ろし左から来る右脚の蹴りを物理障壁を張って受け止めた。

 いや、受け止め切れてはいないか。受け止めた衝撃波でサーナイトの身体が飛ばされるとは、俺も予想だにしていなかった。速さもだが、パワーもかなりのものだな。流石はメガシンカといったところか。

 

「かわらわりで壁を壊せ!」

 

 右手左手と突きを繰り出し、最後に回し蹴りで粉々に壁が砕けていく。

 

「サイコショック」

 

 砕けた瞬間を狙って、壁の破片を操りバシャーモを襲わせた。よもや砕いた壁で攻撃されようとは発想にもあるまい。

 

「バシャーモ、距離を取りながらかえんほうしゃ!」

 

 素早くなっている身体がどうにか反応したという感じで距離を取り、襲いくる破片を口から炎を吐き出して溶かしていった。

 技の選び方が巧妙だな。普通に楽しめている。少なくともあの太っちょサングラスを相手にしている時よりは遥かに楽しい。

 楽しめているお礼というわけでもないが、こっちも攻めさせてもらうとしよう。

 

「テレポート」

「バシャーモ、もう一度距離を詰め………ッ!?」

 

 テレポートでバシャーモの背後上空に移動。

 距離を詰めようとしていたバシャーモは既にサーナイトを見失っていた。カブさんも言葉を詰まらせて遅れて気づいたようだ。

 

「ッ?! バシャーモ、後ろだ!」

「遅い。サーナイト、マジカルシャイン」

 

 静かに着地したサーナイトは振り返るバシャーモを呑み込むように自らの身体を発光させた。

 距離が近かったカブさんは腕で目を覆い、光の中からは顔のところで腕をクロスさせたバシャーモが飛び出してくる。

 

「きあいだま」

 

 そこへエネルギー弾を撃ち込んだ。

 

「バシャーモ、躱してフレアドライブ!」

 

 隙間から覗いていたのだろう。エネルギー弾を引きつけてから的確に躱したバシャーモは一気にサーナイトとの距離を詰めていく。

 

「トリックルーム」

 

 あと十メートルというところで命令を出し、あと五メートルというところで素早さが逆転する空間を作り上げた。

 

「ッ!?」

 

 瞬間、サーナイトが作り上げた空間に囚われたバシャーモの動きが止まった。ただ、慣性の力が働いたのかバシャーモの身体はサーナイトの目前にまで迫っている。

 

「サーナイト、さいみんじゅつ」

 

 サーナイトは目の前で燃え盛る炎をふわりと躱し、バシャーモの背後から眠らせた。

 纏う炎は消え、膝から崩折れていく。

 

「ゆめくい」

 

 そして、バシャーモから夢というエネルギーをどんどん吸収していくサーナイト。バシャーモも魘されているようであるが、一向に起きる気配はない。

 このまま二度、三度と夢を吸い上げていくと、いつしかバシャーモは魘されることすらもなくなりぐったりと横たわっていた。

 

「バシャーモ、戦闘不能。はっちんの勝ちだよん」

 

 ついにメガシンカも解け、それを見た爺さんが判定を下した。

 

「………くははははっ! 流石だよ、ハチ君! 完敗だ!」

 

 バシャーモをボールに戻しながら高らかに笑い出したカブさん。急に笑い出すとかびっくりするからやめて欲しいんだけど。心臓に悪い。

 

「お疲れはっちん。カブちんとのバトルはどうだった?」

「………そっすね。普通に楽しめましたよ。特性かそくを活かすために、普段からスピードを意識したバトルをしているのが伝わってきましたし、そのスピードに呑まれることなく技のキレも洗練されていた」

「最後は君の策にやられちゃったけどね」

「洗練されていたからこそですよ、あそこまでインパクトを与えることができたのは。素早いポケモン程、トリックルームに囚われた瞬間の隙は大きくなりますからね。加えて攻撃に意識が傾いていた分、時が止まったように感じたんじゃないですか?」

「はははっ、何もかもお見通しというわけか。全く、恐ろしい限りだよ。ダンデ君が戦力として引っ張ってくるだけのことはある。いや、それ以上だったかな」

 

 そんなに煽てられても何も出ないんだがな。

 それにしてもカブさんでこの実力ってことは、他のジムリーダーたちもこれくらいのはいるってことだろう。それでもやはりダンデには見劣りしてしまう以上、あいつの強さが桁違いなのは理解できるわ。俺、よくそんなやつを倒せたな。マジで運が良かったとしか言いようがない。

 

「………これでもバシャーモはジム戦で使えないんすよね」

「そうだね。ジムリーダーにも細かい規約があるからね。それに元々外の地方出身のジムリーダーっていうのが僕しかいないから、ガラル地方にいないポケモンを使ってくるっていうこと自体、想定されていなかったんだ。それにジムリーダーは子供の憧れにもなるからね。僕が使うガラル地方にいないポケモンが欲しい、なんて言い出しかねない年代の子たちも見てくれているから、親御さんからのクレームもね………」

「ああ、なんか想像できましたわ………」

 

 あなたのせいで、子供がガラル地方に生息しないポケモンに憧れちゃったじゃない!? どうしてくれるの?! なんてクレームも入ってきそうだもんな。

 そう言われてみるとカロス地方のジムリーダーたちもカロス地方に生息しているポケモンばかり使っているような気がする。どこの地方にもジムリーダーの規約にその地方のポケモンのみを使うこととされているのかもしれないな。気にしたことなかったが。

 

「ヤン」

「ん? どした、ヤドラン」

 

 そんなくだらないことを考えていると、ヤドランに後ろからくいくいと袖を引っ張られた。

 

「どうやらヤドラン君も君たちのバトルを見て看過されたみたいだよ」

 

 看過ねぇ………。

 まあ、ポケモンからしたらああいうあまりダメージを受けないバトルっていうのに憧れるのかもしれないが。特にヤドランは進化したことで戦い方が不安定になっている分、余計に心が踊った可能性はある。

 はあ、また一人そっち路線に足を踏み込む奴が現れてしまったか。

 

「ヤドラン、別にあんなのを求めるわけじゃないが、いずれバシャーモみたいな強敵とバトルすることにもなるぞ? それでもいいのか?」

「ヤン」

 

 めっちゃ目を輝かせてるやんけ。

 キラッキラッしてるぞ。

 分かったよ、俺の負けだ。ヤドランがそう決めたのなら俺がとやかく言うことではない。

 

「そか。なら、俺から言うことは何もない。来い、ヤドラン」

「ヤン」

 

 空のボールを出してヤドランの前に差し出すと、自らボールの開閉スイッチを押して中に吸い込まれていった。

 

「………いやはや面白いゲットの仕方だよ。野生のポケモンを捕まえてから友情を育むんじゃなく、友情を育んでからのゲット。本来、これがトレーナーとしてのあるべき姿なんでしょうね」

「そうだね。口で言うのは簡単だけど、実際にやるのはとても難しいことだよ。それを普通にやってのけてしまう、というかそれが当たり前になっているはっちんは、やっぱりすごいトレーナーなのねん」

「それだけでも今日ここに来た甲斐がありましたよ。僕もジムリーダーとして勉強になりました」

 

 こうなった以上、徹底的にヤドランを鍛えることにしよう。多分、ヤドランにも憧れたイメージというものがあるはずだ。それが再現できるかどうかはさておき、どういうバトルをしたいかの参考にはなるだろう。

 

「これからよろしくな、ヤドラン」

 



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47話

「ハチはいるかーっ!」

 

 鎧島に来てもうすぐ五ヶ月が経とうとしていたある日。

 道場に変なおっさんが乗り込んできた。

 いつもなら道場内にいることは少ないため、客人と鉢合うこともないのだが、今日に限って中でヤドランのための貝殻の鈴を作っていたばかりに、その侵入者とばっちり目が遭ってしまった。

 つか、声でけぇよ。

 

「親父、うっさい!」

「シャ、シャクちゃん!?」

 

 しかも色黒の女の子までいるし。この二人親子か?

 

「およ、ピオちんにシャクちんじゃない。急にどしたの?」

 

 なんか俺のことを探してるみたいだったし、ここはそっと退散しておこう。絶対面倒なことになる。

 正面は塞がれているし、裏のフィールドの片隅にでも避難しておくか。あと少しで貝殻の鈴が完成するんだし、さっさと作ってしまいたい。

 

「ま、待ってよ、ピオニー君………。急いだって事情を説明するのは僕なんだからさ」

「悪ィ悪ィ。気が早っちまったぜ」

「親父せっかちすぎー」

 

 あれ? この声………。

 うん、マジで退散しておこう。

 現役ジムリーダー様まで来てるんじゃ、絶対何かしらある。

 

「ヤドラン、場所変えるぞ」

「ヤン」

 

 作業を中断し、道具をまとめてヤドランとともに道場裏から外へ出ることにした。

 門下生たちもカブさんたちの登場に意識がそっちにいっているため、誰も俺のことを気にしている奴はいない。

 そっと扉を閉めてフィールド端の海の見えるベンチに持ってきた道具を広げた。そして最後の作業である貝殻に頑丈な紐を通していく。紐通しは難なくいけたが、それまでの貝殻に穴を開けるのがすげぇ大変だった。思いの外硬いのよ、この貝殻。シェルダーの抜け殻らしく、そりゃもう無駄に硬い。というか本当に中身はどこにいったんだろうな。

 貝殻の鈴の作り方はもちろんミツバさんに教わった。あの人、何でも知ってるからすげぇ助かる。

 

「よし、完成だ。ヤドラン、右腕出してくれ」

「ヤン?」

「………この辺に巻き付けて、と。ヤドラン、貝殻掴めるか?」

「ヤン………ヤン」

 

 ヤドランの右腕に完成した貝殻の鈴わ括り付け、それを掴めるかどうか試してもらった。

 問題はなさそうだな。紐にも余裕があるし掴みにくさはなさそうだ。

 

「なら、垂らしておくと………?」

「ヤン………」

 

 手を離して宙ぶらりんにさせると掴みやすくした分、紐の長さだけブランと垂れ下がってしまう。

 

「邪魔か?」

 

 小さく首を横に振るヤドラン。

 本人が邪魔でないなら問題はなさそうだな。

 

「そか」

 

 よし、これで完成だな。

 道場前の砂浜でこの貝殻を見つけた時に閃いたはいいが、本当に完成してしまうとは。あとは実践で役に立つかどうかだ。本来の効果としては攻撃する度に振動で鈴がなり、その音が癒しの効果となって回復する、というものなのだが、ちゃんと機能してくれるかどうか………。それにもう一つの使い方も気になるところだ。

 

「ハチーッ! バトルするぞーっ!」

「ハチくーん、ごめん! 僕じゃピオニー君を止められなかったーっ!」

 

 そんなこんなしていると先程の騒がしいおっさんの声が聞こえてきた。

 まだ呼んでるよ。カブさんも諦めモードだし。

 

「ここかっ!」

 

 バーン! と開かれた扉から色黒のおっさんが出てきた。

 

「うるせぇよ、おっさん。バカみたいにデケェ声で騒いでんじゃねぇよ」

「ひぃっ!?」

 

 あまりにもうるさいため、一睨み効かせるとめちゃくちゃ怯えられた。

 

「カカカカブちゃん、なんかヤベェ奴がいるぞ!」

「あ、ハチ君。ここにいたんだね」

「うぇっ!? こいつがハチ?!」

 

 うわっ………なんかカブさんさっきより窶れてない?

 

「………今度は何の用ですか? バトルバトル騒いでますけど、今日はバトルするつもりないですよ」

「あはは………、お見通しだね」

「あんだけバカデカい声で叫んでたら嫌でも聞こえますって」

 

 カブさんには悪いけど、おっさんの要望を受けるつもりはない。そもそも誰だよ、このおっさん。

 

「ねぇねぇ」

 

 するとくいくいと袖を引っ張られた。ヤドランかとも思ったが、見下ろすと色黒の女の子がおり、にこぱーっと笑みを浮かべている。

 

「兄ちゃん、バトル強いの?」

「お、おおいシャクちゃん………そんな近づいちゃ………」

「どうだろうな。相手によるんじゃないか?」

 

 俺より強いトレーナーも普通にいるし、そもそも強いのはポケモンであって俺じゃないし。

 

「アタシ、シャクヤ! 兄ちゃんは?」

「俺はハチだ。シャクヤは偉いな、ちゃんと自己紹介ができて。お前の父ちゃんなんか名乗りもしないで大声で叫び回るような典型的なダメな大人だぞ。シャクヤはあんな大人になっちゃダメだからな」

「うん、わかった! 親父さいてー」

 

 あんな父親の娘とは思えない素直でいい子じゃないか。騒がしくもないし、本当に血が繋がってるのか怪しいレベルだ。

 

「うぐ………」

「ピオニー君、今回は君に非があるんだから、ちゃんと謝らないと。それにシャクヤ君の前だよ?」

「分かったよ、カブちゃん………」

 

 いい歳したおっさんがおっさんに諭されるって…………。

 しかもカブさんの言葉のチョイスよ。どうも娘を溺愛してそうなこのおっさんには効果抜群の言葉だわ。娘を出汁に手綱を握るって、カブさんもこのおっさんの扱い方に慣れてるみたいだな。

 

「あー、その……騒ぎ立てて悪かったよ。オレはピオニー。今朝カブちゃんと久しぶりに会って、げきりんの湖での異常事態の時に手を貸してくれた奴の話になってな。カブちゃんが会ってきたっていうからオレも気になって会いにきたんだ」

 

 まあ、そんなところだろうとは思っていたが。

 はて、このおっさんあの時いたっけか。

 うーん………。

 

「彼はあの時ダンデ君たちと事に当たってたからね。君が覚えてないのも無理ないよ」

「ああ、そういうことか。てことは………鋼の大将、だったか?」

「そうそう。ピオニー君は昔ジムリーダーだったからね。その時の二つ名が鋼の大将だったんだ」

 

 確かヒバナとかいう背の高い色黒のジムリーダーがそう驚いていたはず。あれ? ハナビだっけ? まあ、何でもいいや。

 ということは、このおっさんははがねタイプの使い手、なんだろうな。流石に鋼のような精神で粘り強いバトルをするところから『鋼の大将』と呼ばれてるとは思えないし。つか、このおっさんに粘り強さとか一番かけ離れてると思うわ。もう少し欲望を抑えろよ。娘を出さないブレーキが効かない危険すぎるだろ。

 

「それでだな、頼みがあるんだが………オレとバトルしてくれねぇか?」

「はっ?」

 

 俺、今日はバトルしないって言ったよな?

 それでもバトルを申し込んでくるとか正気か?

 

「カブちゃんに勝ったその実力、オレにも見せて欲しい」

「えぇー………」

 

 面倒くさっ………。

 何でこうも俺の来客はバトルバトルとバトルジャンキーしか来ないんだ。新手の刺客か何かかよ。

 

「親父、すっごく強いんだよ!」

 

 すると真下からキラキラしたオーラが溢れ出した。

 何そのキラキラした目。めっちゃいい笑顔じゃん。目がバトル見たいバトル見たいってすげぇ訴えてくる。頭の周りに効果音として『キラキラッ!』とか『わくわくっ!』とか付きそうな勢い。

 無邪気さって時に恐ろしい。これに抗えとか、マジで無理難題過ぎるだろ。

 

「………そんなにバトル見たいか?」

「見たい!」

 

 そりゃもう一切迷いのないいい返事だった。即答だよ。

 

「はぁ………。おっさん、娘に免じてバトルはしてやる」

 

 負けた。無邪気な好奇心には勝てなかった。

 いや、最強過ぎるわ。あんな純粋な目を向けられたら、俺の心も浄化されちまうっつの。天に召された気分だわ。バトルジャンキーなおっさんのこととか超どうでもいいわ。この子が喜ぶならバトルするのも吝かではない。

 

「ねぇ、ハチ君。君って妹とかいたりする?」

「………よく分かりましたね」

「シャクヤ君への対応が普通に妹を悲しませないように頑張るお兄ちゃんだったからさ」

「何その超具体的なチョイス。そんなに出てました?」

「そりゃもう見事に」

「マジか………」

 

 顔を寄せてきたカブさんにそんなことを言われてしまった。

 えっ、マジで?

 キモすぎるだろ………。

 爺は見てない、よな? 見られてたら絶対後々ネタにされかねないところだぞ。

 

「ところで君、ここで何してたの?」

「貝殻の鈴作ってました」

「えっ? あれって自分で作れるの?」

「ミツバさんが作り方知ってましたよ」

「………彼女、何でも知ってるよね」

「ね。この道場のラスボスってミツバさんなんじゃないかと思う時ありますよ」

 

 ミツバさん、何でも知ってるから恐ろしいの何のって。

 権力つよつよで底の知れない爺よりも底が知れない人だと思う。絶対逆らってはいけない人だ。

 

「いいか、おっさん。これはシャクヤのためだからな」

「いや、うん、バトルしてくれるなら何でもいいんだがよ………。お前にシャクちゃんは渡さねぇからな!」

 

 このおっさん、何か盛大に勘違いしてらっしゃる。

 誰も子供をもらおうなんざ考えてねぇよ!

 いつ誰が子供相手に結婚を申し込んだよ。

 

「あ、はっちんバトルするんだね」

「口説いたのはシャクヤ君ですけどね」

「ほほー、はっちんは歳下の女の子に弱い、と」

「妹さんがいるみたいですよ」

「はっちんはなんだかんだ言いながら面倒見はいいもんね」

 

 早くも観戦組へとジョブチェンジしたカブさんと最初から他人事な爺のなんてことのない会話が聞こえてくる。そういうのは本人に聞こえないように話してくれませんかね。

 

「シャクヤ、危ないからカブさんたちのところに行っててくれ」

「はーい」

 

 ヤドランと戯れていたシャクヤをカブさんのところに行かせて、俺もフィールドへと向かうことにした。

 せっかちなおっさんは既にスタンバイしており、今か今かと待ち構えている。どんだけバトルしたかったんだよ。

 

「んで、おっさん。ルールは? フルバトルは無理だぞ」

 

 三体程出せないポケモンがいるからな。あいつらを抜くとフルバトルはどうしてもできない。いや、やろうと思えばできなくはないが、サーナイトの負担が増えるだけだからな。そんな無茶はさせたくはない。

 

「手持ちの数だけ、でどうだ?」

「………なら、四対四だな」

「おうよ、交代は自由! 技も好きに使え! お前の本気を見せてくれ!」

「へいへい」

「審判は僕がするよ。と言っても戦闘不能かどうかの判断くらいだけどね」

 

 本当にガラルのトレーナーはジャンキーな奴らばかりだな。そんなにバトルに飢えてるのかね。公式戦に則らなくていいのはこちらとしても楽でいいのだが、それならカブさんと二人でバトルしてればいいんじゃないのか?

 態々俺にバトルを申し込んでこなくとも、実力者同士近くにいるんだし。マンネリ化するっていうのなら分からなくもないが、だからと言って俺を選ぶ必要はないだろうに。それこそ爺がいるだろうが。

 まあ、やると決めた以上はやってやりますかね。

 貝殻の鈴の効果も確かめたいところだし、あっちの使い方もできるか試してみるか。ヤドランの出番があればの話だが。

 

「いくぜ、ニャイキング!」

 

 っ!?

 あれ、は………確かリージョンフォームしたニャースの進化後じゃなかったか? 名前もそれっぽいし。タイプはニャース共々はがねタイプだったか。

 

「ニャヒート」

「ニャフ!」

「知らねぇポケモンだな………」

 

 おっさんはもちろんニャヒートを知らないか。

 ニャイキングとやらがどんなバトルをするのかは定かではないが、タイプ相性だけでみればこちらに分がある。

 そこを上手く活かせれば、ニャヒートにも勝機が見えてくるはずだ。

 

「来ねぇならこっちからいくぜ! ニャイキング、ねこだまし!」

 

 速いっ!?

 一瞬で詰め寄ったニャイキングがニャヒートの顔の前で一拍手し、ニャヒートを怯ませた。

 

「きりさく!」

 

 その一瞬の隙を逃さず、立てた爪で切り裂いてきた。

 ねこだまし。それに続く攻撃技か。

 確かに戦い慣れしているのは分かった。元ジムリーダーというのも間違いではないのだろう。

 

「ニャヒート、撹乱しろ。ニトロチャージ」

 

 なら、こっちも撹乱させるくらいしないとか。

 ニャヒートは炎を纏い、加速しながらニャイキングの周りを取り囲んでいく。

 

「動きをよく見ろ! 捉えたらじごくづきだ!」

 

 ジロジロとニャヒートを観察するニャイキング。その爪は黒く染まり、いつでも攻撃可能状態となっている。

 そして奴がニヤリと口を緩めた瞬間、何もないところに向けて動き出した。

 

「にどげりで弾け」

 

 迷わず俺もニャヒートに次の指示を出した。

 するとニャヒートはバク宙し、前脚でニャイキングの黒い爪を受け止めると、回転する身体を利用して後ろ脚でニャイキングを蹴り飛ばした。

 

「ほのおのうず」

 

 そして逃すまいと炎の渦で取り囲んでいく。

 

「潜れ!」

 

 チッ、あなをほるを覚えてやがったか。

 

「ニャヒート、下からくるぞ。ニトロチャージで適当に走り回れ」

 

 突っ立ってたらただの的でしかない。

 ジグザグに走り回ることで地面から飛び出てきた時に外す可能性は高くなる。

 

「ニャフ!?」

 

 ッ!?

 あいつの目というか索敵能力高すぎるだろ。一応ニトロチャージのおかげで素早さも上がってるんだぞ?

 

「そのままじこくづきだ!」

 

 正確に突き上げられたニャヒートに黒い爪で深く突いてきた。

 いけるかどうか指示してみるか。

 

「ほのおのキバ」

 

 腹をド突かれた状態で攻撃するのはなかなか難しいところだが…………。

 

「ニャ、ニャフ!」

 

 ニャヒートもこのまま負けるのは嫌だったみたいだな。意地と根性だけでニャイキングの腕に噛みついた。

 

「チッ、ニャイキング! なげつけろ!」

 

 本当に戦い慣れしている。

 終始こう来たらこうっていう対応をされている感覚だ。二体には圧倒的な経験の差がある。

 これをどう覆すかはトレーナーの腕次第ってか………。

 

「うーん、こんなもんか………? カブちゃんに勝ったとは到底思えんのだが」

 

 地面をバウンドしていくニャヒートを見て、おっさんが唸り声を上げた。

 

「そうだな。カブさんに勝ったのはこいつじゃないからな。そりゃ期待通りのバトルにはならねぇよ。それにこいつはまだ進化の途中段階だ。発展途上のポケモンに多くを求める方が酷ってもんだろ」

 

 ダークライ、クレセリア、そしてギラティナに鍛えられたサーナイトと一緒にしたんじゃニャヒートがかわいそうだわ。

 

「ヘッ、だったらさっさと倒してお前の最強のポケモンを引き摺り出してやるよ! ニャイキング、シャドークロー!」

「ニャヒート、ニトロチャージで躱せ」

 

 ニャイキングが地面に爪を突き刺した。

 ニャヒートは炎を纏ってその場から離れると、そこに爪の影が地面から生えてきた。

 危ねぇ。一歩でも反応が遅かったらまた突き上げられてたわ。

 

「そのまま奴の背後に回り込め」

 

 加速しているため、そのまま攻撃に移らせた。

 このまま背後に回って一噛みするか、あるいは蹴りを入れるか。

 ………絡め手を入れないことには崩すことはできないな。

 

「かげぶんしん」

「躱してじごくづき!」

 

 あろうことかニャイキングはバク宙してニャヒートを躱し、頭上から本体に黒い爪を突き刺してきた。

 あいつ、分身に惑わされることもねぇのかよ。

 ニャヒートは力が変な方向に加わったのか、またしてもバウンドしていく。

 

「ほのおのうず」

 

 その状態のまま、ニャヒートは炎を放ってニャイキングを取り囲んだ。

 視覚に対する撹乱はあまり意味をなさないのかもしれないな。音や空気の流れから気配を察知していそうだ。

 そうなってくるとまだまだ戦闘経験の浅いニャヒートには分が悪すぎる。

 

「ニャヒート、ふるいたてる」

 

 あの巨大化現象から二ヶ月あまり、おにび以外にも技を習得した。それが先のほのおのキバだったり、このふるいたてるだったりする。だが、やはりというかまだ大技を一つも持っていないのが決定打に欠ける感じだ。相性で優っても経験という面で圧倒的な差があるこのバトル。そろそろ交代も視野に入れておいた方がいいのかもしれない。

 

「ニャフ……!?」

 

 ッ!?

 まさかさっきのを学習して自ら動いていたのか………?!

 おっさんは何も指示を出していなかったから、別の方法で炎の中から出てくると思っていたが………これは俺の失態だ。

 

「ニャ、ヒィィィィイイイイイイイイイイイイイイイッッ!?!」

 

 するとニャヒートが雄叫びを上げ出した。

 

「な、何だっ!?」

「こ、これは………もうかっ!?」

 

 どうやら今の攻撃で特性のもうかが発動したらしい。身体中が赤いオーラに包まれ、ニャヒートの周りの空気がメラメラと揺れている。

 

「ニャイキング、技を使われる前にそいつの動きを封じろ!」

「ニャヒィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイッッ!!」

 

 ニャイキングがニャヒートを地面に突き落とそうとした瞬間。

 ニャヒートから特大の炎が弾け広がった。

 

「ヤベェ……ニャイキング、メタルバーストで押し返せ!」

 

 これはオーバーヒートか?

 あいつ、この土壇場で大技を習得しやがったよ。自分でも決め技に欠けると思ってたのかもな。

 だが、ニャヒートの覚醒はそれだけで終わらなかった。

 

「進化、だと………?!」

 

 メタルバーストで受け止められ、押し返されそうになると、ニャヒートの身体が白い光に包まれていった。

 そして姿形を変え、二倍以上の体躯になったニャヒートーーいや、ガオガエンはこっちも二倍以上になった業火でメタルバーストを呑み込んでいく。

 

「ガオガエン、ニトロチャージ」

 

 ニトロチャージで追撃させにいくと、纏う炎も二倍以上になっていった。

 

「………ッ!?」

 

 こっちも進化したのか。

 フレアドライブ。激しい炎で身を包み突撃する技。その激しい炎に反動のダメージを受けることになるが、それを抜いても強力なほのおタイプの技だ。

 

「め、メタルバースト!」

 

 ニャイキングに反撃の余地を与えぬまま、ガオガエンはニャイキングを吹っ飛ばしてしまった。

 丸焦げになって地面をバウンドするニャイキングはピクリとも動かない。

 

「ニャイキング、戦闘不能!」

 

 カブさんの判定が下され、まずは一勝を上げた。

 

「まさかあの土壇場で進化までするたぁ驚きだぜ。しかもめちゃくちゃパワーが上がってるじゃねぇか」

 

 俺も正直進化までするとは思ってなかったわ。

 いろいろ攻撃を仕掛けてもみてもニャイキングの方が上手だったのは事実。もうかが発動して一発逆転を狙えるかなってところだったのに、よもや進化して勝利するとは………。

 多分、オーバーヒートやフレアドライブ以外にも技を習得していることだろう。次の相手次第だが、確認するのはおっさんとのバトルが終わってからだろうな。

 

「もうかが発動してる上に効果抜群の炎技だったんだ。そこに進化したという要素が加われば、大ダメージになるのも頷けるだろ」

「にしたってだ。カブちゃんを見てみろよ。お前のポケモンに目をギラつかせてるぜ」

 

 えっ?

 うわっ、めっちゃこっち見てるんだけど。俺というかガオガエンをだけど。

 ほのおタイプのジムリーダーだけあって興味がそそられるのかもしれない。

 

「よし、次だ次! 次はお前だ、ハッサム!」

 

 ………本当自由だな、このおっさん。

 無意識なんだろうけど、自分のペースに持っていこうとしやがる。

 

「距離を取ってからエアスラッシュ!」

 

 出てきたハッサムは早速宙を舞い、上空からガオガエンに向けて無数の空気の刃を降らせてきた。

 

「ほのおのうずで呑み込め」

 

 ガオガエンは自分の前に大きな炎の渦を作り出し、降り注ぐ空気の刃を悉く呑み込んでいく。

 

「今だ、あまごい!」

 

 だが、おっさんの狙いは攻撃がメインではなかったようだ。

 ガオガエンが空気の刃を対処している間に雨雲を作り出させ、雨を降らせてきた。

 さっきから降らせる技が好きだな、このおっさん。

 

「ヘッ、これでハッサムの弱点はカバーしたぜ! ハッサム、バレットパンチ!」

 

 嫌に手の込んだ弱点対策だこと。

 むし・はがねタイプのハッサムにとって唯一の弱点がほのおタイプである。そのほのおタイプから出される炎技を雨を降らせることにより、火力を落とさせる算段だろう。そして元はがねタイプのジムリーダーということもあり、弱点は共通するため、他の手持ちポケモンの弱点対策も兼ねている。

 そして対策した上での得意の接近戦に持ち込むってわけか。

 

「おにび」

 

 殴られつつも、しっかりと火の玉をハッサムに当て、火傷状態にした。

 

「なっ!?」

「よくやった、ガオガエン。ゆっくり休んでろ」

 

 もうかが発動した時点で残り体力は少ないところに、耐性があるものの数発殴られたのだ。ニャイキングを倒してハッサムを火傷状態にしたのだから、充分仕事はしてくれた。

 だからガオガエンを交代させて休ませることにした。

 それにーーー。

 

「ウルガモス」

 

 ーーー雨が降っている状態でも強いほのおタイプがいるってのを見せてやらないとな。

 

「ぼうふう」

 

 出てきて早々、ハッサムを暴風で呑み込んだ。

 雨が降っている状態だと必ず発生する技で、しかも規模も若干大きくなる。だからいつも以上に荒れる暴風に呑まれたハッサムは、抜け出すのに必死だろう。

 

「ハッサム、エアスラッシュ!」

 

 中で何とかして抜け出そうしているようだが、そんな柔な風じゃない。

 

「ちょうのまい」

 

 その間に舞い、素早さと遠隔系の攻撃力と防御力を上げておくことにした。

 

「チッ、ダメか………。なら、次はすなあらしだ! 逆風で相殺しろ!」

 

 おお、考えたな。

 風には風、というか嵐で相殺する気か。

 だが、そこですなあらしを選んだのが命取りだと思うわ。

 逆風によりみるみると嵐が収まっていく。それに伴い雨も上がった。

 そして砂が目視で確認できた時、次の指示を出した。

 

「砂を固定しろ、サイコキネシス」

 

 パワーも上がっているため、ハッサムを覆うようにして超念力で広く砂を固定していく。

 

「ッ!? まさかっ………?!」

 

 今気づいてももう遅い。

 ここまできたら、後は火を放つだけである。

 

「おにび」

 

 火の玉を送りつけた瞬間、ハッサムを中心に大爆発が次々と発生していく。

 まあ、この粉塵爆発でどこまでダメージが入るかはよく分かってないんだけどな。ポケモンの技ってわけでもないし。何ならダメージ計算とか苦手だし。

 

「出たね、粉塵爆発。ハチ君のポケモンにすなあらしや粉系の技は命取りだよ、ピオニー君」

 

 そういえばあの時二人とも見てたんだよな。

 確か実力を見せつけるためか何かで粉塵爆発を起こしたはず。

 意外とこれ、リザードンたちにはできない芸当なんだよな。炎技と超念力を使える奴じゃないとできないから、超念力を使えないリザードンにもゲッコウガにも無理。

 そう考えると今の手持ちーー仮に後輩組とでもしておこう。後輩組ならではの戦い方になりつつある。

 

「ウルガモス、ほのおのまい」

 

 ウルガモスは炎を纏い、羽ばたいて猛烈な炎を送り込んでいく。

 あー……ちょっと収まり出してたのに、また爆発が盛んになっちゃったよ。

 

「ッ、ハッサム! はかいこうせん!」

 

 突如、禍々しい光線が飛び出してきたが、ウルガモスに当たることはなかった。

 多分爆発で焦点を合わせられなかったんだろうな。

 

「………届かなかったね。ハッサム、戦闘不能!」

 

 ドサッという音と共にハッサムが地面に落ちた。

 その身体は煙が出ており、所々黒くなっている。

 

「バトルの次元が違ぇ………。こんなんじいさんでも見たことねぇぞ」

 

 ハッサムをボールに戻しながら、おっさんがそう嘆いた。

 さっきまであんなに好戦的だったのに、いつの間にか意気消沈してないか?

 

「ボスゴドラ、ウルガモスを落とすぞ!」

 

 あ、そうでもなかったわ。

 よかった、まだまだいけそうだな。

 

「いわなだれ!」

 

 今度は飛んでいるウルガモスを落とすのが狙いだな。

 

「ちょうのまいで躱せ」

 

 舞う、舞う、舞う。

 ひらひらと舞いながら雪崩のように降り注ぐ岩々を躱していく。

 

「待ってたぜ! ボスゴドラ、ストーンエッジ!」

 

 ………なるほど。

 岩を避けるために上下左右に動き回っているため、高度が下がったところを狙って地面から岩を生やしてきたのか。

 だがまあ、悪いけどそれくらいでどうこうなるような育て方はしていない。何なら現状後輩組の中で唯一飛翔能力があるポケモンだ。アレを覚えさせていないわけがなかろう。

 

「ブラスターロール」

 

 最初はリザードンと一緒に覚えていった飛行技。

 後にユキノたちも自分のポケモンたちに覚えさせていたくらいにはバトルで有用性がある、アニメの動きの再現した技術だ。

 下からの攻撃を翻ることで躱し、一気にボスゴドラとの距離を詰めていく。

 

「とんぼがえり」

 

 そして、ボスゴドラの腹に体当たりをして、そのまま俺が構えたボールへと戻っていくウルガモス。

 突撃した反動でボールに戻っていくというちょっと不思議な技であるが、ハッサムを倒した今、一旦ウルガモスの役目は終わった。いわタイプを持つボスゴドラに無理して居残る必要はない。次エアームドみたいな飛べるはがねタイプが出てくるまでは、ウルガモスの出番はないかもしれないな。

 

「ヤドラン、みずのはどう」

 

 交代で出したヤドランには、そのまま水を波導で操りボスゴドラを呑み込ませた。

 リージョンフォームしたとはいえ、ガラルのヤドランも水技は扱える。

 

「まだやれるな、ボスゴドラ」

「ゴラァ!」

 

 まあ、今のでボスゴドラが倒れるとは思わないがな。

 のそりと起き上がったボスゴドラは、大きく腕を広げて天に向けて吠える。

 

「バランスを崩せ! じしん!」

 

 そして、勢いよく地面を叩くとグラグラと地面が激しく揺れ、バランス感覚を奪われた。

 

「おわっ……とと………。ヤドラン、なみのりで揺れをやりすごせ」

 

 思わず転けそうになったが、何とか踏み留まり、ヤドランに指示を出した。今ので指示が遅れた分、どくタイプを持つヤドランには効果抜群の大ダメージになってしまったかもしれないな。

 水を広げて波を起こし、その波に乗って後半の揺れをやり過ごしたが、今のは痛かった。

 

「ボスゴドラ、れいとうビームで凍らせろ!」

 

 対してボスゴドラは割と冷静で、目の前に波に焦ることなく冷気を吐き出し、波を凍らせていく。

 妙に芸術作品が出来上がってしまったが、誰もそこに関心を持ってはいなさそうだな。バトル中にそんなことを考えている俺がおかしいくらいだ。

 

「詰めろ、シェルブレード」

 

 波が凍ったところで、ツルツル滑るようになっただけなので、そのまま凍った波に沿ってボスゴドラへと飛びかかっていく。

 

「ヤドランのシェルブレードは左手しかねぇ! ボスゴドラ、かみなりパンチで掴め!」

 

 振り下ろした左腕を電気を纏った右の拳で掴み止められてしまった。

 

「じごくづき!」

 

 そして、左手が黒く染まっていく。

 次期にヤドランに腹に叩き込まれるのだろう。

 

「貝殻の鈴を使え。シェルブレード」

 

 だから早速用意していた策を使うことにした。

 ヤドランは右手に巻き付けていた貝殻の鈴を掴み、水の剣を伸ばして迫り来る左手を上に弾き上げる。

 

「ゴラァ!?」

「みずのはどう」

 

 衝撃で離れた左腕の先から水を放射して、ボスゴドラの顔面に浴びせた。

 ヤドランは放射の反動を使ってちょっとだけボスゴドラから距離を取っていく。

 

「ラァ……ラァ………」

「一旦戻れ、ボスゴドラ」

 

 肩で息をし始めたボスゴドラをおっさんはボールへと戻した。

 まあ、妥当な判断だよな。あのまま続けてたら普通に倒せそうだったし。

 

「ダイオウドウ、お前の力でひっくり返すぜ! 10まんばりき!」

 

 次に出てきたのは知らないポケモンだった。

 軽く三メートルを超える四足歩行の巨体は、身体が青銅でできているような見た目をしている。そして鼻が長い。そこだけはドンファンに近いものを感じる。

 その巨体がドシドシと駆けてくるのだから、まあ恐ろしい。

 

「サイコキネシス」

 

 超念力で足止めをしてみるものの、一歩の距離が縮まるだけで止まることはない。

 

「躱せ」

 

 時間を稼げたために躱すことはできたが、ふとした瞬間に距離を縮まられては堪らないだろう。

 

「まだまだァ! ダイオウドウ、ヘビィボンバー!」

 

 踏み留まる力を利用して高々とジャンプしていくダイオウドウ。あれが降ってくるということは、相当のエネルギーを抱えて落下してくることになる。直撃なんてすれば、一発で戦闘不能になるだろう。

 

「躱してシェルアームズ」

 

 一応知らないポケモンなので、はがねタイプではあるだろうが確かめておくことにする。

 転がるようにして躱したヤドランは、起き上がりと同時に毒を放射してダイオウドウに浴びせた。

 だが、案の定毒は弾けダメージも一切入っている気配がない。

 

「お前正気か? ダイオウドウにどくタイプの技は効かねぇよ!」

「やっぱりこいつもはがねタイプか」

 

 鋼の大将なんて呼ばれてるみたいだから、こいつもはがねタイプってことでいいんだな。

 それが確認できれば、もうシェルアームズを使う必要はない。

 

「ダイオウドウ、ストーンエッジ!」

 

 クレーターを作ったダイオウドウは鼻で地面を叩き、岩を突き上げてくる。

 

「ヤドラン、シェルブレードで砕け」

 

 それを左腕の巻貝に水を纏い剣にして次々と砕いていく。

 

「いわなだれ!」

 

 前方の対処をしている間な今度は上からも岩々が降り注いできた。

 

「右手も使え」

 

 貝殻の鈴も使い、二刀流で上方の岩を砕いていく。前方からのはもう止まった様子なのがせめてもの救いか。

 

「ヘッ、この状況じゃ躱せねぇだろ! ダイオウドウ、じならし!」

 

 ダイオウドウはさらに地面を前脚で何度も叩き、揺さぶりをかけてきた。

 前方、上方、さらには下方。

 揺さぶりの掛け方が尋常じゃなく上手い。しかもどくタイプに効果抜群のじめんタイプの技を最後に持ってくる辺り、攻め方に慣れを感じさせる。

 

「ヘビィボンバー!」

 

 急変する攻撃の方向に終にはヤドランもバランスを崩してしまった。

 上方には高々とジャンプした巨体が降り注いでいる。

 

「ヤドラン、躱せ」

 

 アクアジェットでも使えればよかったのだが、無理なものは仕方ない。またしても転がるようにしてその場から離脱するも、即座に落ちてきたダイオウドウの衝撃により吹っ飛ばされてしまった。

 

「………直撃は免れたが、それでもこれか」

 

 ただの衝撃波なのに転がるヤドランの身体はボロボロになっている。見た目だけかもしれないが、あれは衝撃波でも相当のダメージになりそうではある。

 

「チッ、仕留め損なったか。なら! デッカク増量、デカバルク!」

 

 おっさんはダイオウドウをボールに戻すと右手のバンドからエネルギーが流れ、ボールが巨大化していく。

 

「キョダイマックス!」

 

 放り投げられたボールからは姿の差異が見受けられる巨大化したダイオウドウが現れた。

 キョダイマックス。

 姿が変わるダイマックスか。

 

「ダイオウドウ、キョダイコウジン!」

 

 ヤドランが起き上がったと同時に無数の鋼の棘が降り注いできた。

 

「ヤドラン、まもる」

 

 ドーム型の防壁を張って受け止めていく。

 弾けた棘は周りに散っていき、撒菱が広がっているように見える。

 

「………ヤンッ!」

 

 すると次第に棘が防壁に刺さるようになり、刺さった点と点を結ぶように筋が出来上がっていった。

 

「押し切れ!」

「ダァァァァアアアアアアアアアアアアアアアイッッ!!」

 

 地響きのする唸り声とともに、防壁に刺さる棘の数が一気に増していく。筋はヒビとなり、防壁に広がっていく。

 

「ヤンッ!?」

 

 そして、終には防壁が割れ、そのまま無数の鋼の棘にヤドランは襲われた。

 

「…………やっぱり無理があったか」

 

 ダンデとバトルした時にも思ったが、巨大化した時の技の一撃はZ技に匹敵する。防壁を張ったところで力負けするのは当然といえば当然かもしれない。それが三発は必ず飛んでくるとなると普通に耐えるというのは、取るべき策ではないのだろうな。

 それが明確になっただけでもヤドランは充分やってくれた。貝殻の鈴の有用性も確認できたし、ボスゴドラを交代させるまで追い込んだのだ。勝ち星はなくとも初陣としては上出来だと思う。

 

「ヤドラン、戦闘不能!」

「っしゃーっ! 一本取ったぜ!」

「戻れ、ヤドラン。………初陣でここまでやれたのは充分すごいからな。あまり自分を卑下するなよ」

 

 まだまだヤドランの成長はこれからだからな。

 ヤドランをボールに戻して、トリのボールに手をかけた。

 

「サーナイト」

 

 恐らくカブさんから聞いているであろう今バトルのメインイベント。

 おっさんの要望に素直に応えるのは癪だが、現状あのキョダイマックスを打ち破れるのはサーナイトしかいない。

 

「サナッ?!」

 

 ただ、サーナイトがフィールドに降り立つと地面に飛び散った鋼の棘によりダメージが入ったようだ。

 なるほど、あの技にはそういう追加効果もあったのか。撒菱みたいに飛び散るなとは思ったが、本当に撒菱の役割を果たすことになろうとは………。

 

「ヘッ、はがねタイプを使うオレにフェアリータイプを出してくるとか、自殺行為でしかねぇぜ!」

 

 …………ん?

 そりゃカブさんとバトルして勝ったポケモンなんだから出すに決まってるだろ。つか、こいつが目的じゃなかったのかよ。

 そう思ってカブさんに目配せすると、フルフルと首を横に振ってきた。

 あれ………?

 まさかカブさん、俺とのバトルのこと話してない?

 いや、話そうとしたがせっかちなおっさんが即俺のところにきてしまったため、話せなかったってところか?

 有りそうではあるよな。

 まあ、サーナイトの情報を持ってないのなら好都合だ。

 

「ダイオウドウ、キョダイコウジン!」

 

 こう来るのは読めている。

 

「まもる」

 

 だからまずはドーム型の防壁を作り、無数の鋼の棘を受け止めていく。

 

「さっきと同じ戦法じゃ、ダイオウドウのキョダイコウジンは防げねぇぜ!」

 

 だが、やはり防壁に無数の棘が刺さり、次第に点と点が繋がってピキピキと防壁にヒビが入っていった。

 やるならここだな。

 

「サーナイト、メガシンカ」

 

 防壁が壊れる前にキーストーンとメガストーンを共鳴させ、サーナイトを虹色の光で包み込んでいく。

 そしてメガシンカエネルギーの解放と同時に防壁が粉々に砕け、拡散するエネルギーが叩きつけられる鋼の棘を一掃してしまった。代わりにフィールドには淡いピンク色のオーラが立ち上り、ミストフィールドを作り上げていく。

 

「な、ま、まさか………!?」

「頭上だ、テレポート」

 

 おっさんが驚いている隙にテレポートでダイオウドウの頭の上に移動させる。

 

「なっ!? ど、どこへ行きやがった?!」

 

 一瞬で消えたサーナイトをキョロキョロと探し出すおっさん。

 

「サーナイト、きあいだま」

 

 だがもう遅い。

 サーナイトはダイオウドウ自分で確認できない頭上に移動し、エネルギー弾を思い切り叩きつけた。

 

「きあいだま」

 

 叩きつけてーーー。

 

「きあいだま」

 

 ーーーさらに叩きつけた。

 

「ダイオウドウ!?」

 

 三発のエネルギー弾を無防備な背中に受けたダイオウドウは、そのまま伏してしまった。

 すると何段階かに分けて徐々に身体が元の大きさにへと戻っていき、それを見たサーナイトが俺の元まで戻ってくる。

 

「ダイオウドウ!」

 

 おっさんがダイオウドウに呼びかけるが反応はない。

 ………まさかアレでってことなのか?

 様子を伺っているとカブさんがダイオウドウの元へ向かい、顔を覗き込んだ。

 

「………ダ、ダイオウドウ、戦闘不能!」

 

 そして震える声でそう宣言した。

 

「き、きあいだま三発で戦闘不能だと………!? 一体全体どうなってやがる…………!」

 

 こっちもこっちで声が震えているな。

 タイプ相性や撃ち所にもよるのだろうが、普通はきあいだま三発で倒れるはすがないということなのだろう。

 やはりダイマックスにはメガシンカで対抗するしかなさそうだ。Z技では一発しか相殺できないし、使うのならメガシンカする前にか他のポケモンでだろうな。

 

「お、おい………なんだそのポケモンは………。サーナイトのようでいてサーナイトじゃねぇ…………まさかっ!?」

「そうだよ、そのサーナイトの姿こそが僕が勝てなかったメガサーナイトだよ」

 

 サーナイトの姿に頭を回転させるおっさんは、カブさんを見て何かに気づいた。

 

「チッ、これがメガシンカ………ド・強いじゃねぇか!」

 

 ああ、なるほど。

 カブさんがメガシンカ使えることを知っていて、尚且つバシャーモの姿が変わるのも見ているのだろう。

 

「戻れ、ダイオウドウ」

 

 倒れたダイオウドウをボールに戻すおっさんの顔は何故か嬉しそうだった。

 

「ボスゴドラ! お前のド・根性を見せてやれ!」

 

 最後に残ったボスゴドラはヤドランがダメージを与えている。それに加えてダイマックスを既に使っているため、新たに巨大化してくることもない。きあいだまを当てれば負けることはないだろう。

 

「ストーンエッジ!」

 

 地面を叩き、岩を突き出してくるボスゴドラ。

 最後のポケモンになってしまったからか、さっきとは気迫が比べ物にならないくらい鋭さを感じられる。

 

「テレポート」

 

 とは言っても、こっちにはテレポートがあるため、躱すのはそんなに難しいことではない。

 

「まだまだァ! がんせきふうじで自分を取り囲め!」

 

 テレポートで空中に退避するとボスゴドラは岩石で自分の周りを囲んでいく。

 きあいだまを当てられないようにするためだろうか。これだとボスゴドラも視界を塞がれているようなものだと思うんだが………。

 

「岩を使え、サイコショック」

 

 ボスゴドラを囲む岩をサイコパワーで支配し、全方位からボスゴドラを押し潰していく。

 

「なっ………?!」

 

 おっさんも流石に岩を操ってくるとは思わなかったみたいだな。

 となると、まずは脱出を考えるだろう。

 

「チッ、ボスゴドラ! あなをほる!」

 

 穴を掘って逃げたか。

 

「サーナイト、空中で待機だ」

 

 地上にいてはボスゴドラの思う壺になりそうなので、サーナイトを空中で待機させておく。

 どこから出てくるのかは分からないが、距離があればその分対応もできやすくなる。

 

「かげぶんしん!」

 

 うん、前言撤回。

 どこからどれだけ出てくるのかも分からなくなったぞ。

 地中で動き回るとか、洞窟に棲むボスゴドラならではの動きを取り入れてくるとは………。

 

「ラスターカノン!」

 

 するとサーナイトを囲むように全方位から鋼の光線が地面を突き破ってサーナイトへと集約していく。集中砲火だな。ただ、このままテレポートで躱すとそこにボスゴドラが現れるのは読めている。敢えてそれを見越して移動するのも有りだが、ボスゴドラからの直接攻撃をもらいやすくもなる。

 

「まもる」

 

 ここは一旦様子見で塞ぐことにした。

 恐らくその隙に何か仕掛けてくるはずだ。それもボスゴドラのことだからより直接的になるだろう。

 

「そこだ! アイアンテール!」

 

 そして案の定、ボスゴドラはサーナイトの背後から飛び出し、鋼の尻尾を大きく横殴りに叩きつけてきた。

 

「チッ、リフレクター」

 

 咄嗟にリフレクターを作り出して受け止めるも、その衝撃波は半端なく、壁ごと地面に叩きつけられてしまった。

 

「まだまだァ! ボスゴドラ、アイアンヘッドでぶっちぎれ!」

 

 ボスゴドラはそのまま落下運動も加えて頭から急降下してくる。

 鋼の頭は角もあることで別の技に見えなくもないが、一応は頭突きなのだろう。先に二本の鋼の角の方が当たりそうだけど………。

 

「テレポートからのきあいだまだ」

 

 サーナイトはテレポートでボスゴドラの上を取り、背中にエネルギー弾を叩きつけた。

 すると運良くなのかボスゴドラの身体に回転がかかり、背中から地面に落ちていきバウンドしていく。

 

「ド・根性見せろよ! ボスゴドラ、ストーンエッジ!」

 

 おっさんの厳しい要求にボスゴドラは自分から身体を捻り、右手で地面を叩きながら体勢を立て直していった。

 その衝撃で地面からは岩が飛び出してサーナイトに襲い掛かる。

 

「テレポートで躱せ」

 

 再度テレポートで躱し、ボスゴドラの上を取るとーーー

 

「トドメだ、きあいだま」

 

 ーーーエネルギー弾を無防備な背中に向けて投げつけた。

 

「仰向けになれ! メタルバースト!」

 

 ッ!?

 すげぇな、あのボスゴドラ。

 身体を転がして反転し横腹にエネルギー弾を受けながらも、そのダメージの一切をメタルバーストに乗せて打ち上げてきた。

 流石に対応しきれず打ち上げられてしまい、高く舞い上がったサーナイトは俺の方へと落下してくる。

 

「サーナイト」

 

 何とか受身を取って着地したサーナイトのメガシンカは解ける気配がない。一応、戦闘不能になることはなさそうだ。

 

「ボスゴドラ!」

 

 対して、ボスゴドラの方はおっさんの呼びかけにも応じる気配がない。

 様子を見に行ったカブさんは静かに首を横に振った。

 

「………ボスゴドラ、戦闘不能。ピオニー君、君の負けだ」

 

 ふぅ、ようやく終わったか。

 何つーか、ダイオウドウがエースなのかボスゴドラがエースなのか悩む気迫だったな。キョダイマックスを使っていたからダイオウドウの方がエースなんだろうけど、最後に残ったボスゴドラの気迫は鬼気迫るものがあった。

 それに油断していたわけではないが、まさかこの直感で動いていそうなおっさんが地中で影を使って手数を増やしてくるとは思わなかった。もっと直接的になるんだろうと予想していただけに、驚きは強かったな。

 

「すっげぇーっ! 親父に勝っちゃった!」

「だぁーっ、クソッ! 進化した辺りから全然勝ち筋が見えねぇ!」

 

 シャクヤは目をキラキラさせて俺を見てくるし、おっさんは両手で頭を押さえて天を仰いでいる。

 二人とも声デケェよ。流石親子だわ。

 

「ヤドラン倒しただろ」

「んなもんオレたちの意地でしかねぇよ」

 

 ヤドランが倒されたことを突っ込んだら、なんか違うと返されてしまった。

 勝ちはしたものの納得のいくバトルではなかったのかもな。俺としてはヤドランの先が見えるバトルだったから充分だが、純粋に勝ちを望んでいたおっさんには色々思うところがあるのだろう。

 

「つか、キョダイマックスが圧倒されるってどういうことだよ! 聞いてねぇよ!」

「テレポートがあんなチート技だとは思わなかったしねー」

「………ダイマックスは技が強化される上に巨大化することで攻撃に重さを乗せることができる反面、的がデカいからな。対応できない箇所からの攻撃にはなす術もないと思ったんだよ」

 

 だからこそ思う。

 ダンデのリザードンには隙がねぇ。

 テレポートで移動したところで、あの獄炎はフィールド全体を呑み込んでしまえる。その上、獄炎の柱でもあるため縦にも攻撃が飛んできて正直逃げ場がない。

 あの時は様子見で守り、Z技で相殺し、メガシンカ時のエネルギーで吹き飛ばして何とか耐え切ったが、そこまでしないといけないのだからダイオウドウの比じゃないのが分かる。

 

「ねぇねぇ、ハチ兄。アタシも自分のポケモンが欲しい!」

「はっ?」

 

 ハチ兄?

 それって俺のことか?

 俺にはコマチという世界一の可愛い妹がいてだな………。

 おいやめろ。そんなキラキラした目で俺を見上げるな。

 

「…………ポケモンスクールとか行ってるのか?」

「行ってるよー?」

「成績は?」

「親父の偏った知識のせいでアタシも偏ってる」

「なら、ポケモンのことをもっと勉強しないとな。ちゃんと賢くなった子にはポケモンを捕まえにいくのに付き合ってやるよ」

「ほんと!?」

「ああ、だからちゃんと勉強するんだぞ。あと、どのポケモンがいいのかも候補を絞っておいてくれると助かる」

「分かった! アタシ頑張る!」

「おう、頑張れ」

 

 …………これでいいよな。

 先のことなんて分からないのだし、具体的な数値も出していないし。その場だけでの口約束なんて、時間が経てば忘れるもんなんだからさ。何かあったら未来の俺に託そう。

 

「あ、あれほど勉強が嫌だったシャクちゃんがこうもあっさりやる気になるなんて………」

 

 …………これは多分、もっと先のことになりそうだな。

 

「あっ、そうだ。ハチ君」

「ん? 何すか、カブさん」

 

 何かを思い出したカブさんが俺を手招きして呼び寄せてくる。三人に見えないように背中でガードしながらスッと一枚の写真を手渡された。

 ………人の顔?

 

「この前の件の犯人と思われる人物だそうだよ。目撃証言などから警察が割り出したみたいで、あの時対応に当たってくれた人含めてジムリーダーに公開されてるんだ。君もこの顔の人物を見かけたら注意してね」

 

 なんとまあ、まさかの被疑者と思われる人物の顔だった。

 

「………本来の用件ってこれですか?」

「そう、なんだけど来る途中にピオニー君に君の話をしたら………」

「ああ、そういうことでしたか。カブさんも大変ですね」

「彼は昔からそういうところがあるからね。僕はそれで救われた身でもあるから、なるべくフォローするようにしてるんだよ」

 

 この人、苦労してるんだな。

 それでもあのおっさんをまあまあコントロールできているのだから、長年の付き合いの賜物だろう。

 心の中で手を合わせる他ないわ。お疲れ様です。

 

「それとシャクヤ君のことだけど、知識が偏ってるって言っても基礎的なことは理解してるよ。ただ、父親がピオニー君ってこともあってはがねタイプのことは他より詳しいって感じかな。あと自分のポケモンがいないからバトルの経験は乏しいね」

 

 なるほど。

 父親があんなんで勉強が嫌いってことだったから、てっきりおバカなのかと思ってしまったが、実はそうでもないようだな。

 特別賢いというわけでもないのだろうが、基礎ができていて得意分野が一つでもあるのなら、それでいいと思う。

 あとはそこからさらに他のことに関心を向けられれば、だな。

 

「それなら、他のことにも目を向けさせれば……」

「うん、だからシャクヤ君に聞かれたことはできるだけ丁寧に説明してあげて」

「了解です」

「ハチ兄、カブさん。何コソコソ話してるの?」

 

 そんな会話をヒソヒソとしていたら、後ろからシャクヤに声をかけられてしまった。

 写真をポケットにしまって振り返ると、誤魔化すようにシャクヤの頭を撫でる。

 

「別に深い話はしてないぞ? シャクヤのことよろしくお願いねって頼まれただけだ」

「じゃ、じゃあ、勉強で分からなかったところとか教えてくれる?」

「俺の分かる範囲でならな」

「うん!」

 

 一体何がやる気にさせたのかは分からないが、自ら勉強しようとする気持ちがあるなら俺もそれに応えるまでだ。

 と言っても本土の方に帰るだろうし、連絡先とか交換しておくべきかね。

 



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48話

「それじゃあ、しばらくはこの島に滞在するのねん」

「はい、おばあさまからこの島の生態系を勉強して来いと言われまして」

「マグノリアちんも相変わらずだねぇ」

 

 さらに一ヶ月が過ぎ、ここに来て半年が経とうとしている頃。

 道場に一人のギャルがきた。

 爺さんたちとは知り合いのようで、再会の挨拶をしているらしい。

 まあ、俺は爺さんに借りたヒスイの本を読み返すのに忙しいため、自然と入ってくる会話を聞き流してるんだけどな。どうせ声をかけようものなら面倒事に発展しかねないし、そうでなくとも話しかけ方とか分かんねぇし。

 あ、で、そう。このヒスイ地方とやらのポケモンの中にもリージョンフォームと思われるポケモンが結構いた。

 具体的いくとジュナイパー、バクフーン、多分ダイケンキ、ハリーセン、ドレディア、ヌメイル、ヌメルゴン、ガーディ、ウインディ、ビリリダマ、マルマイン、ニューラ、クレベース、ゾロア、ゾロアーク、ウォーグルが姿を変えていた。それに加えてハリーセンとニューラは進化先があったり、別のポケモンになっていたりして、ハリーセンの進化後はハリーマン、ニューラの進化後がオオニューラというポケモンらしい。何気に俺の知るリージョンフォームしたポケモンで、通常の姿の進化形とは全く別のポケモンに進化するなんて話は聞いたことがない。だからこれを新たに発表したら激震が走るかもしれない。

 

「ソニアちんなら大丈夫だと思うけど、この島のポケモンたちの中には凶暴なのもいるから気をつけなきゃだよん」

「はい、一応ポケモンたちは連れてきました。ただ………」

 

 あと驚いたことでいうと、オドシシ、リングマが更なる進化を遂げていたり、ストライクにハッサムとは別の進化先があったりした。それぞれアヤシシ、ガチグマ、バサギリというらしいが、進化条件がちょっと特殊なようで、それ故に現代では姿を確認できていないようである。

 

「バトルから離れて結構経つもんねぇ」

 

 何にせよ、この一冊には多くの新情報が認められており、研究者にとって喉から手が出る程、価値のあるものであった。というか情報がちゃんとしていて、この本を作ったとされるラベン博士とやらがいかに優秀だったのかを思い知らされる一冊だ。

 

「はぁ………バスラオだけはどう区別したらいいのやら」

 

 ただ、まだ上手く自分の中に落とせていないポケモンもいる。それがバスラオなのだが、現代の赤と青の筋の姿ではなく白い筋をしているのだ。それだけならまだいいのだが、そこからさらに進化してイダイトウというポケモンになるのだ。このイダイトウはオスが赤い筋、メスが白い筋をしており、現代の赤と青との関係性を考えるとオスが現代バスラオの起源なのかとも思えたりしてきて、全く整理ができていない。極め付けにはラベン博士はこのガラル地方出身らしく、ガラルに生息域していると思われる赤と青のバスラオと白のバスラオを比較しており、何故白い筋だけ進化するのか……というコメントを残しているのだ。

 

「誰か護衛に連れてく?」

「い、いや、それは悪いですよ!」

 

 マジでこのバスラオ問題だけは複雑すぎて頭が痛くなってくる。リージョンフォームという見方もできるが、それなら赤と青は何故リージョンフォームとして扱われないのかという新たな疑問が浮かび上がったりで…………。

 

「マジバスラオだわ………」

 

 だから本の後ろの方にいるもっとヤバいポケモンたちのことまで考えることもしたくない。

 ねぇ、何なのあのディアルガとパルキア。アルセウスに何されたのよ。

 あとあのピンク色のポケモン。ラブトロスだっけ? 何故かシンオウの地にトルネロス、ボルトロス、ランドロスがいたみたいだし、名前的にもそこと関係するんだろうけど………。

 マジでこの本一冊で頭が痛くなる。

 

「はっちーん、ちょっとカモーン」

「今忙しいんで後にしてください」

「バスラオのことばっかり考えてるとハゲちゃうよー」

「こんなことでハゲるなら、俺の毛根は既に死んでますよ。つまり現時点でハゲてない俺はハゲない」

 

 何だよ、人がバスラオのことで頭を痛めてるってのに。

 つか、何でバスラオのことだって分かるんだよ。

 

「ミツバちんの美味しいご飯、はっちんだけ抜きにするよん」

「………はぁ、食い物で脅すとか性格悪すぎるだろ」

 

 多分割とマジでやりかねんからなー。

 飯抜きは流石に俺も嫌だ。

 面倒事になるのを覚悟しておくしかないか。

 

「その割には反応するじゃん?」

「ミツバさんの料理が食べられないとか、この島にいる意味がないでしょ」

「そう言ってくれるとワシちゃんもうれぴーよ」

 

 爺がうれぴーとか言うなよ。

 俺でもうれぴーとか言ったことねぇぞ。若者言葉を意識してるのかもしれないが、チョイスが古いんだよなー。

 

「んで? 何の用すか?」

「はっちん、バスラオのことで頭を悩ませるくらいには暇でしょ? だからソニアちんの護衛をお願いね」

「………別に俺である必要ないでしょ」

「………はっちん。ソニアちんはね、この島のポケモンたちの生態系を勉強しにきたの。それはもう砂浜から山から海まで幅広く回ることになると思うのよ。そして当然、ジャングルにもねん」

 

 ジャングル。

 この島でジャングルといえば、以前言っていた『いる』という奴のことを言っているのだろう。だから敢えて最後に言って強調もしてきているってわけか。

 

「……………念には念をってことっすか?」

「よろぴくねー」

「はぁ、分かりましたよ」

 

 皆までは言わせないという意思が込められた『よろぴくねー』には、ただただ溜め息が溢れるばかりだ。

 生態系を勉強ってことになると普段足を踏み入れないようやところにまで入ってしまう可能性もある。そして、ポケモンたちには縄張り意識もあるため、人間との境界線を超えてきた者に対して、集団で攻勢を仕掛けてくるのだろう。それが一般的なポケモンたちであれば逃げ切れるのだろうが、爺さんのいうポケモンはそれも難しいのかもしれない。

 それで、戦力的に俺しかいないというわけか。

 

「あ、それとソニアちんはしばらくキャンプするんだって」

「おい」

 

 この爺!

 さっきは飯抜きとか脅しといて結局食えねぇじゃねぇか!

 ふざけんな!

 

「えっと……よろしくね?」

「………俺が逃げろって言ったら、さっさと逃げること」

「う、うん」

「逃げる時は必ずこの道場を目的地とすること」

「うん」

「そうならないようにするためにも、ポケモンたちの縄張りに踏み込まないこと」

「うん、分かってる」

「それと、ミツバさんの飯が食えなくなるんだ。分かってるな?」

「うん! 任せて! わたし料理には自信があるから!」

 

 本当に分かってるのだろうか。

 自信満々になってるが、しばらくミツバさんの料理を食べられなくなる男に出す料理なんだぞ?

 そんじょそこらのもんでは口が肥えてしまって、受け付けない可能性があるからな!

 

「それにしてもさっきから思ってたんだけど、ミツバさんの料理に対するその熱量は何なの?」

「ばっかばか、ミツバさんの料理は最高だろうが。この島にきて半年、胃袋なんてとうの昔に掴まれて、今ではこの島での楽しみがミツバさんの料理になってるんだからな」

「めちゃくちゃ掴まれてるー! いや、分かるけどさ!」

 

 最早、ガラルといったらミツバさんの手料理だからな。

 異論は認めん。

 

「あ、そうだ。自己紹介がまだだったね。わたしはソニア。研究者見習いなの」

「ハチだ。………特に肩書きとかねぇわ。強いて言えばここの門下生ってことくらいか?」

「いや、ハチさん! そこは『最強の』をつけないと!」

「そうですよ、ハチさん! 『最強の門下生』って言わないと!」

 

 なんか外野がバカなことを言ってるが、ハチマンナニモキコエナイ。

 

「ハチくん、強いの?」

「さあな。門下生の中では強い方って話だ」

 

 ここでダンデに勝ったなんて話をしたら、余計面倒なことになりそうだ。絶対口が裂けても言わないでおこう。

 

「あ、そうだ。はっちん、ジャングルもだけどハニカームの海辺りも気をつけてねん。最近ポケモンが暴れてるって近くを通った子たちから聞くのよ」

「…………それは見て来いと?」

「可能ならどうにかしといてね」

「えぇ…………」

 

 雑っ………。

 それだけの情報で俺にどうしろと?

 見て来い言われても……海なんだろ?

 泳げと?

 水着なんてないし、そもそもみずタイプのポケモンなんていないぞ?

 強いて言えばヤドランくらいじゃね? 水の中いけるの。

 

「強いかどうかはともかく、頼りにされてるんだね」

「仕事を押し付けられてるの間違いだろ」

 

 それも難易度の高いのばかり。

 やはりダンデに勝ってしまったのが影響しているのだろうか。かと言って態と負けるというのはサーナイトたちに申し訳ないし。俺自身が戦うのであればそれでもいいんだけど、戦うのがポケモンたちだからな。下手な采配をするわけにもいくまい。

 まあ、その分ジムリーダーたちとのパイプができちゃってるわけだが。最初が現役チャンピオンな時点でおかしな話ではあるが、それだけは大きな成果と言えよう。当初の目的であるガラルでの拠点作りという点でも、あの巨大化事件は役に立っている。しょーもないことで駆り出されることもあるが、それだって道場内での立ち位置を上手く作る材料になってくれている。

 だからこそ、俺も爺さんの頼みは強く断れない。師匠の采配はいつだって何かを残してくれている。今回も何が残るのかは分からないが、ここまで押し付けてくるということは意味があるのだと思っておこう。

 

「まあいい。準備してくる」

「う、うん……」

 

 そう思うことにして、俺は準備をしに部屋に戻った。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「おかしい………!」

 

 あれからソニアに同行して道場より北西の湿地帯で野生のポケモンの動向を探った後、チャレンジビーチに入ったところでキャンプをしている。

 なんかよく分からんが、ソニアの相棒のワンパチとやらには異様に懐かれてしまい、今も俺の膝の上で腹を見せてきているのは何なんだろうな。普通に撫で回してるけども。あとこいつの鳴き声独特すぎない? イヌヌワンって…………。

 

「何がだよ」

 

 得意料理は何なのかと期待していたらカレーで、まあ味はよかったし俺が無駄に期待したのが悪いんだけど、ちょっと拍子抜けしていると、急にソニアがふんすと立ち上がった。

 

「昼間のことだよ!」

「昼間?」

 

 何かあったっけ?

 

「何でそんなにポケモンのこと詳しいの! 留学して勉強してきたわたしより詳しいとかあり得ないでしょ!」

 

 えぇ………。

 そんなこと言われても俺も昔勉強したからだし。

 それに今日出会ったポケモンがカントーやカロスにもいたポケモンだから聞かれたことに答えられたわけで、毎度そんなことがあるわけないだろ。

 

「…………留学してたのか?」

「そうよ。ホウエン地方にね」

「へぇ」

 

 何でまたホウエンなのかはアレだが、俺って留学してたやつより詳しくなってんの?

 それって絶対周りの爺らのせいだよな。オーキドのじーさんとか爺ではないがカロスの変態博士とか。

 ああ、なんか博士ズが手招きしているのが脳裏に浮かび上がってくるわ。こんな時だけ鮮明に映し出さなくてもいいだろうに。メンバーがメンバーだから、まるで三途の川の向こう側から手招きされているようで怖いんだよ。

 

「………え? それだけ?」

「何が?」

「何がって、普通ホウエン地方に留学してたって聞いたら、何勉強してきたのー? とか聞く事あるでしょうが!」

「いや、別に興味ねぇし」

「なっ……!?」

 

 だって、興味ねぇもんは興味ねぇんだからいいじゃないか。

 

「どうせ有名所の話だとホウエンの大災害の時の古代ポケモンのことだろ? グラードンとカイオーガ、いるだけで天候を変化させてしまう二体の衝突によりホウエン地方では各地で異常気象が発生。そしてその衝突を鎮めるべく動いたレックウザ」

「………本当に何でも知ってるんだね」

「有名だからな」

「あっ、じゃあこれは? そのホウエンの大災害の時に封印されていた三体のポケモンを呼び起こした話」

「ああ、レジ三体の話か?」

「…………もう嫌。わたしの四年間返してよ」

「何でだよ」

 

 こいつ、まさか自慢するためだけに留学してきたわけじゃないだろうな………。

 

「というか、何でこっちの人がそんなに外の話に詳しいのよ!」

「はっ?」

 

 こっち?

 こっちってどっちだよ。

 外って言ってるし、まさか地元がここだと思われてるのか?

 

「いくらカブさんの出身地方だからって………まさかハチくんってカブさんの熱烈なファン?」

「なぁ、お前バカなの?」

「はぁ!?」

「いつ俺がガラル出身だって言ったよ」

「えっ…………?」

 

 本当にこいつはホウエン地方で何を見てきたのだろうか。

 いや、留学してたのだから普通に賢いんだろうけど、どうにも思い込みが激しいところがありそうだ。もっと視野を、考え方を広く持たないと研究職なんてやっていけないだろうに。

 

「つか、おかしいって言えば、お前の方こそだろうが」

「………何よ」

「その格好だ。何でフィールドワークやるって分かってるのに、そんなオシャレしてきてるんだよ」

「はぁ!? オシャレは大事でしょうが! わたしはまだ十代よ! オシャレしてなんぼの歳なのに、オシャレしないでズボラな格好してろっていうの?!」

「時と場合を考えろって言ってるんだよ。しかもお前、無防備すぎだろ………。少しは気にしろよ。見えてるぞ」

 

 何でフィールドワークやるっていうのにオフショルダーのニットミニスカなんだよ。しかも生足だし。気を抜くと無防備になるのか見えてはいけないものがチラッと見えたりするから、ソニアの方に顔を向けられないの、分かってるのかね。

 

「エッチ! スケベ! 変態!」

「自業自得だろうが。嫌ならジーパンでも穿いて来いっつの」

 

 怪我でもしたらどうするんだよ。

 

「嫌よ、荷物が増えるじゃない! スカートなら生地も薄いし軽く済むのに、ジーパンとか替えを用意するの重たいじゃない。邪魔なのよ!」

「いくらこの島だからって女一人でふらふら無防備にしてたら、変態に襲われるぞ。それにいつ何が起きるか分からないんだ。一人で行動する以上、対策くらいはしておけよ」

「わたし、これでもジムチャレンジでガラル地方を回ってたことあるし、ポケモンたちもいるんだから、これくらい慣れてるわよ」

 

 …………ダメだこりゃ。

 怪我してからでは遅いって絶対分かってないだろ。

 

「…………お前、研究職舐めてるのか?」

「な、舐めてなんかないし………」

 

 ちょっと声を低くして問うてみると、一瞬身体を震わせて、それを悟られないようにそっぽを向きやがった。

 

「オシャレするなとは言わない。お前の言い分も理解できる。だが、フィールドワークはそんな甘いもんじゃない。特定のポケモンを目当てに訪れるならまだしも、生態系の調査という未知の領域に足を踏み入れる時は、なるべくフットワークの軽くなる格好がベストなんだよ。そりゃ、お前の今の格好もフットワークって意味だけで考えれば軽い格好だろうけど、素肌を出し過ぎだ。ポケモンに引っ掻かれでもしたら、最悪死ぬぞ」

「………ハチくんには関係ないじゃない」

「そりゃ、ここに来るまではそうだったろうよ。けど、現に俺は今お前の護衛に駆り出されてるんだ。怪我でもされたらこっちが良い迷惑だっつの」

「なら怪我しなきゃいいんでしょ?」

 

 ………はぁ。

 こいつ頑固すぎるだろ。

 一体何をそんなに反発してるんだか…………。

 あ、まさか反抗期か?

 

「師匠に海で暴れているポケモンを見て来いって言われてただろ? 俺は今お前の護衛なんだから、当然調査にはお前も来ることになる。それで巻き込まれて怪我する可能性は充分にあるんだが?」

「心配しすぎだよ。わたしまで海に入るわけじゃないんだからさ」

 

 楽観視。

 実に怖い思考回路だ。

 多分、こいつはあまり危険な目に遭ったことがないのだろう。あるいはかなりの頻度で遭っていたがために、悪い慣れ方をしてしまっているか、だな。まあ、後者は俺じゃあるまいし、なかなかないだろうけど。

 

「………それに、そんなことでわたしから折れるなんてムカつくじゃない」

 

 ボソッとそう呟いたソニア。周りが静かだからちゃんと聞こえてんぞ。

 ただ、この言葉は俺に対してっていうよりももっと誰かここにはいない人物に反発しているような…………。

 何があったのかは知らないが、そういうのは俺のいないところでやって欲しいものだ。こんなもんに付き合わされたんじゃ巻き込まれ損でしかないぞ。

 

「あっそ。一応俺は忠告したからな。それで怪我されてもこっちは面倒見る気ないぞ」

 

 こうなると、痛い目に遭わないと自分で気づくことはないだろう。

 焚き火がバチバチと小さく弾ける音がしばらく続いたかと思うと、再度ソニアが口を開いた。

 

「…………ハチくんって何者なの? ポケモンのこと超詳しかったり、やけにフィールドワークに対して心配性だったり」

「ただのポケモントレーナーだが?」

「絶対嘘でしょ」

「じゃあ訳ありのポケモントレーナーってことで」

「その訳ありの詳細を聞いてるのよ」

「やめとけ。自分でたどり着いたなら話は別だが、聞いたが最後お前は消される」

 

 俺の事情は好奇心で聞くようなものではない。聞いたが最後何らかの形で巻き込まれる可能性があるのだ。その覚悟は持ってないとあいつらみたいに身を守れないだろう。ましてやフィールドワークの服装でこうなのだから、危機意識はまだまだ低いと言えよう。

 

「は、はぁ!? ま、まさかハチくん、犯罪者?! 指名手配犯なの!?」

「ある意味指名手配はされてるんじゃないか?」

 

 裏社会のブラックリストに、だがな。

 

「俺はもう寝る。お前も一晩その服装のリスクくらいは考えとけ」

 

 ワンパチとともに俺は寝袋に潜り込むと瞼を閉じて意識を手放した。

 こいつマジあったけぇ………。



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49話

「あのさ………」

 

 翌日。

 ワンパチに叩き起こされると、適当に朝飯を食って、今日の目的地へと向かうことにした。

 その道中、ずっと黙りこくっていたソニアがようやく口を開いた。

 

「ハチくんに言われてこの服装のリスクを一晩考えてみたわ」

「ほう」

「で、結論からいくと、わたしに欲情したハチくんに襲われるという可能性が一番高いんじゃないかってことになったわ」

 

 …………………………。

 

「ほら、わたしってナイスバディじゃん? ハチくんが異様に心配するのも欲情しないように頑張ってる反動なんじゃない? だからいろいろ理由をつけてわたしに素肌を醸させないようにしてるんだと思うの」

「まあ、客観的に見てその可能性が一番高いかもしれんな」

「ほら、やっぱり」

「だが、悪いが俺には既に先約がいる。それもバラエティ豊かに。その中にはお前以上のナイスバディのお姉さんもいるわけだ。今のところその劣化版でしかないお前に、俺が欲情するとでも?」

「えっ、なに? まさかハチくんってハーレムクソ野郎なの?」

 

 クソはやめろよ。

 否定できないから。

 

「………色々深い事情があるんだよ。これでもそいつらのことをいっぱい傷つけてきたからな。何なら今もその真っ最中って言っても過言ではない。だからこそ、俺はあいつらのことを大事にしたいんだよ」

「傷つけてって、もう傷物にしちゃったの?」

「……………なんか俺の方が貞操の危機を感じるのは気のせいか?」

「ごめんごめん、冗談だから。でも、今も傷つけてる真っ最中ってどういうこと?」

「それ以上はお前の命を保証できないが、それでも聞きたいか?」

「うん、怖いからやめとく。…………ハチくんって、絶対犯罪者じゃないでしょ。目はアレだけど」

「どうだろうな………」

 

 目のことは一言余計だが、俺が清廉潔白とは言い難いから何とも答え難い。サカキのせいでやることやってるっちゃやってるからな。

 

「っと、ハニカームの海はこの先よ」

「ほーん」

 

 アホな会話をしていたら今日の目的地であるハニカームの海とやらの近くにやってきたらしい。

 どこからそのハニカームとやらなのかはさっぱりなのだが………。そもそもハニカームって何ぞ?

 しかもここってチャレンジビーチじゃん。その北に広がる海がハニカームってことでいいのか?

 

「特に異常な現象は見当たらないな」

「今は、かもしれないよ」

「だな。どうやって調べたものか」

 

 爺さんが言っていた海で暴れているポケモンとやらは見当たらない。何なら海は穏やかな波で、荒れているという形跡もない。本当に暴れているポケモンがいたのかね。そういうレベルである。

 

「取り敢えず、ウルガモス。空から異変がないか見てきてくれ」

「モス」

 

 ひとまずウルガモスをボールから出して、空からの調査を依頼した。浜からでは見えないことも空からなら見えることもある。それでも何もないようなら、水中に何かしらがあるかもしれない。

 

「なあ、この先に陸から移動できる場所はないのか?」

「ないよ。この先はずっと海が広がってるだけだもん。ハニカーム島ってのがポツンとあるくらいかなー。あとはもっと北西に小さい島があるくらい」

「マジか………。これ背中に乗れるみずタイプとかひこうタイプがいねぇと調査どころじゃなくね?」

 

 流石に崖を移動する芸当は持ち合わせていないしな。

 こういう時、リザードンがいてくれたら便利なのだが、無い物ねだりしてもしょうがない。

 

「だね。ダンデくんのリザードンがいればひとっ飛びなのになー」

 

 ん?

 えっ………?

 こいつ、まさかの知り合い?

 

「………なぁ、お前ってまさかダンデの知り合いなのか?」

 

 年齢的にも多分近いんだろうし………それに、あの道場に来るのって割とダンデも知り合いっていうか同業者だし。逆にソニアの方が異端な方だ。特に肩書きもない自称研究者見習いとジムリーダーとでは明らかにダンデとの接点の近さが違う。

 

「おいこら、こっち向け」

 

 なのに、この自称研究者見習いはぷいっと顔を逸らしてしまった。しまった!? って感じで顔に冷や汗が垂れそうな勢いだ。

 

「嫌だ。絶対わたしとダンデくんを比較して笑いものにするじゃん」

「しねぇよ。あのバトルバカと比較できる程、ソニアのことも知らんし、何ならダンデのことも知らねぇよ」

 

 一体ダンデと何があったのかは知らないが、ダンデと比較しようだなんて思わねぇよ。向こうはチャンピオンだぞ。

 

「んで、結局どういう関係だよ」

「………幼馴染です」

 

 観念したのかぼそっと爆弾を落としてきた。

 なるほど、だからそんなことを聞いてきたのか。

 距離が近ければ近い程、幼い時は比較されやすいからな。流石に今ではあっちはチャンピオンなんだし、比較対象にもならないだろうが、過去の嫌なことは意外と鮮明に覚えてたりするから、自分からダンデの名を口にしてしまったのに焦ったのだろう。

 

「……………大変だったんだな」

「分かってくれる?! あの方向音痴には手を焼かされてばっかりだったわよ! そのくせ好奇心だけは強いから、ちょっと目を離した隙にフラフラとどこか行っちゃうし! 探す方の身にもなれっての!」

 

 あ、そっち?

 同情した俺がバカみたいじゃねぇか。

 いやまあ、確かにあの方向音痴は常軌を逸しているけども。

 

「………ハチくんはダンデくんとどういう関係なの?」

「道場に入った翌日にたまたまあいつが来て、師匠にバトルさせられた」

「ダンデくんとバトルしたの!?」

「あ、ああ」

 

 えっ、何?

 幼馴染とバトルしたことがそんなに嫌だった?

 

「………よくやるね。ダンデくんとバトルしても結果は見えてるのに」

 

 そう言って顔を背けたソニアはどこか遠くを見ている目をしていた。

 ああ、諦観の方だったか。

 確かにあの強さは方向音痴と同様に常軌を逸しているが、ソニアが想像してる結果とは真逆なんだよなー。

 

「道場に来て二日目の寝起きでどこの誰とも知れない奴とバトルさせられたんだぞ。少ない情報から相手はチャンピオン級なんだろうってことくらいしか分からなかったし」

「分かったのにバトル続けたんだ………」

「ポケモンが巨大化するってのも気になってたからな。チャンピオン級ならまず切り札として使ってくるだろうと思って最後までバトルしたんだよ」

「…………で、負けたと」

「いや、勝ったぞ」

 

 サーナイトに使える手札は全部使ったがな。

 これでダンデと再戦する時は対策もされていることだろうし、何より俺の手札にサプライズがなくてダンデの隙を突くことができなくなってしまった。

 

「はっ?」

「モース!」

 

 ソニアがあり得ないものを見るかのような目で俺を見てきたのと同じタイミングで、ウルガモスが帰ってきた。

 

「おかえり、ウルガモス。暴れてるポケモンはいたか?」

「モス、モス!」

 

 コクコクと首を縦に振るウルガモス。

 マジか。

 ここから見えないだけで奥で暴れてるポケモンが本当にいるのか。

 

「ちょちょちょちょっと! それよりも今聞き捨てならないこと耳にした気がするんですけど!? ダンデくんに勝ったって本当なの?!」

「ほんとほんと。それよりこの先に足場になるようなところとかってあるのか?」

「軽っ!? 君、自分が何したか分かってるの?! 無敗のチャンピオンに勝ったなんて世間に知れたら大問題なんだからね!」

「非公式戦の、それも一対一のサシだ。しかも道場内でのことってなれば、どうにでも言い訳はできる」

「うっ…………、これが終わったらちゃんと聞かせてもらうからね」

「はいはい、お好きにどうぞ」

 

 ダンデに勝ったことが大問題になることくらい、俺も理解してるっつの。だからあの巨大化事件の時も顔出しNGしたんだし。今のところ俺の噂が広まっているという話は聞いてないため、多分大丈夫なのだろう。

 

「うーん………何だったら、ハニカーム島まで行ってみる?」

「え、島なんてあんの?」

「さっき言ったじゃん。この先にそのハニカーム島ってのがあって、その周りの海がハニカームの海なの」

 

 あ、そういう感じでしたか。

 すんません、聞き流してたわ。

 思いがけずハニカームの正体が分かってしまったな。でもハニカームってどういう意味なんだろうか。

 

「ウルガモス、最初はわたしを連れてって。そのハニカーム島まで案内してあげる」

「モース」

「お前、飛べるポケモンいないの?」

「いないよ?」

「フィールドワークに必要じゃね?」

「と言っても移動はアーマーガアタクシーがあるしねー」

 

 こいつ、贅沢を覚えやがって。

 俺は最初からリザードンだったから飛ぶことに関しては特に問題はなかったが、ユキノなんかは後にボーマンダを仲間にしているし、イロハもフライゴンとかガブリアスがいるからな。あれ? ユイの手持ちに飛べるポケモンっていたっけ? コマチですらプテラに懐かれたっていうのに……………あ、いたわ。あいつのウインディが空を駆けるんだった。翼を持つポケモンがいないから一瞬いないと思ってしまったぞ。

 うん、やっぱり皆手持ちに空から移動できるポケモンは必ずいるな。

 これが文化の違いってやつなのか?

 

「んじゃ先に行ってるね」

「はいよ」

 

 ウルガモスに抱えられたソニアがヒラヒラと手を振ってくる。

 ウルガモス、そいつが何かしたら海に落としてもいいからな?

 

「それにしても………」

 

 あの出島の浜の木製の塔は何なんだろうな。

 ここに来る度にそう思うのだが、帰ると忘れてて結局何なのか聞いていない。

 ただ、ジョウト地方にあんな建物あったよなーとは思う。確かエンジュシティ辺りに。一個は焼けて焼失しているけど。

 実はここにも僧侶的なのがいたりしてな。マスター道場で力を付けた門下生が定期的に試練を受けに来るとか。ずっと試練が与えられない俺が特殊なだけで、普段門下生たちは爺から与えられた課題をこなしているし。その一環でここを使うって考えるとしっくりくる。

 というか、だ。こんな砂浜の上に木製の塔を建てるとか、潮風に晒されてすぐに倒壊するんじゃねぇの? 大丈夫なのか?

 

「モース!」

「お、もう戻ってきたのか」

 

 そんな感じでぼーっと辺りを眺めているとウルガモスが帰ってきた。ソニアがいないということは無事にハニカーム島にまでたどり着いたのだろう。

 

「んじゃ、俺も頼むわ」

「モス」

 

 そういうとウルガモスは俺の背中に引っ付き、身体を持ち上げていく。リザードンの背中に乗って空を飛んでいた時とは違って、俺に翼が生えたかのような気分になるな。そしてそのまま太陽に向かって飛んでいったら翼が溶けて落っこちてしにましたってことにはならないけど。何なら背中が直射日光を浴びたように暑くて、俺の背中が溶けそうだわ。

 しばらく海の上を飛んでいると、ポツンと島があるのが見えてきた。方角的にも目的地はあそこなのだろう。

 

「おーい、ハチくーん!」

 

 あ、ソニアもいた。

 なんだ、ウルガモスに何もされなかったのか。

 

「んな呼ばんでも見えてるっつの」

「だって、ハチくん。まるでウルガモスの餌にされて囚われてるのかと思うくらい顔が死んでたんだもん」

「何でその位置からそんなこと分かるんだよ………」

 

 島に着地すると俺を見てケラケラ笑うソニアに悪態を吐いておいた。

 

「上から見た感じ暴れてるポケモンはいなかったが、もっと奥ってことか…………?」

「んー……………」

「つか、双眼鏡はちゃんと持ってきてんだな」

「当たり前じゃない! ポケモンを観察しなきゃいけないんだから当然でしょ!」

 

 そのせいで俺の顔もドアップで眺めてたってことだろ。悪趣味もいいところだわ。

 

「あっ! いた! なんか一体だけ動きが激しいポケモンがいるよ」

「へぇ……ここからじゃ何も見えんわ」

 

 双眼鏡の先に何かが映り込んだらしいが、生憎肉眼では何も見えない。

 

「えっと……あ、ヤバッ! 渦潮が出来始めたよ! どんどん大きくなっていってるから肉眼でも見えるようになるかも!」

 

 渦潮か。

 となるとみずタイプのポケモンか? ここ海だし。

 目を細めてソニアが指す方を見やると、確かに水面に渦が発生しており、段々と竜巻のように高さが作られていく。

 ここまでくると普通に肉眼でも見えるな。

 

「………あー、あれね。ポケモンの正体は分かったか?」

「渦潮で見えないなー………」

 

 まあ、そうか。

 渦潮を発生させているポケモンはあの渦の中心にいるだろうしな。位置的にも海の中が濃厚かな。

 双眼鏡で渦の中、引いては海の中まで見えたら、その双眼鏡の価値は莫大に膨れ上がるまである。

 

「あれ? そういえばあの方角って…………」

「東だな」

 

 道場から大雑把に西にある浜の木製の塔から北に進んできたのだから、今見ている方向は大雑把に東だろう。

 それが何だというのだろうか。

 特にここら一帯の地理感覚はさっぱりなので、聞かれても困るんだわ。

 

「えっと、確か………」

 

 すると双眼鏡から顔を外して砂の上に六角形を書いていくソニア。

 そしてその東側に少し離れて丸を書き、北にも一つ丸を書いていく。続けて東の丸の上の方に二つの丸をちょっとだけ間隔を開けて丸を書いていき、最後に東の丸の南東にもう一つ丸を付け加えた。

 

「ハチくん、多分あの暴れてるポケモンがいるところってポケモンの巣穴の近くだと思う。それと他の丸がこのハニカームの海のポケモンの巣穴の大体の位置。あ、六角形がここね」

 

 砂に書いた絵を使って説明してくれるソニア。

 なるほど、ポケモンの巣穴か。鎧島に点在してるのはもちろん、本土のげきりんの湖とやらでの巨大化現象の時にも湖上に巣穴があったため、海上にあったとしてもおかしくはない。

 ただ、何だろう。何かすごく嫌な予感がする。

 

「………光の柱!?」

 

 するとボゥッ! と渦潮の方から赤い光の柱が天に向かって伸びていくのが見えた。

 いよいよ以ってヤバい状況になってきたな。発生当初を知らないから何とも言えないが、あの時のことを彷彿させてくるのは言うまでもない。しかもここは離島のさらに離島。ジムリーダーたちがいる本土とは違って、実力者はメインの鎧島にいる爺さんとミツバさんくらいだ。門下生たちも束にならないと対処はキツいだろう。加えてソニアの地理通りなら基本海上で戦うことになる。爺さんも海上でのバトルには向いてないみたいだし、ミツバさんも未知数。門下生に至っては人数が必要な上に何人が海上で戦えるか分からない。最悪、応援を呼んだところで足手纏いにしかならないだろう。

 それならば、俺の手持ちをフル稼働させた方が手っ取り早いか。幸い、口を閉ざさせるのはソニアただ一人でいい。

 

「………ソニア、一応聞いておく。手持ちのポケモンは?」

「え?」

「いいから。今いるポケモンだけ名前を言え」

「えっと、今の手持ちはワンパチにエレザード、それにストリンダーにサダイジャ、ニョロトノとラグラージだよ」

 

 ストリンダーとサダイジャだけ知らないな。

 

「ストリンダーとサダイジャのタイプは?」

「ストリンダーがでんき・どく、サダイジャがじめんタイプ」

「背中に乗って海上移動は?」

「無理だと思う」

 

 つまりでんきタイプが三体、みずタイプが二体ってことか。ただし、ソニアが背中に乗りながら戦えそうなポケモンはいない。つか、ラグラージを連れてることに驚きだわ。留学先のホウエン地方で捕まえたのだろうか。

 

「バトルの腕は?」

「………ジムチャレンジに参加したことはあるけど」

「今は?」

「うっ、わ、わたしも戦うからね! ハチくん一人でレイドバトルなんて危険すぎるよ!」

「正直逃げてくれた方が助かるんだけど」

「何でよ! ハチくんだけ置いて逃げるなんて、わたしがハチくんを見捨てたみたいになるじゃん! それだけは嫌よ! どんなにバトルが嫌でもそれだけはしたくない!」

 

 ソニアの中にも何か譲れないラインがあるのだろう。正直に言えば、ソニアがこの場から離れてくれた方が気兼ねなくあいつらを使えるから楽なんだけどな。巻き込む可能性も考えなくて済むし、俺のやりたいようにやれる。

 

「ヴォォォォバァァァアアアアアアアアアアアアアアアスッッ!!!」

「えっ、な、なんで巣穴の外にダイマックスポケモンが現れてるの…………?」

「チッ、益々予感が的中しそうな嫌な流れだ」

 

 これはもう、そういう流れとしか考えられないな。

 普通はポケモンの巣穴の中でダイマックスが発生するはずなのに、内部のエネルギーが充満しすぎているのか、巣穴の外に巨大化したポケモンが現れてしまう現象はあの時と同じである。いや、もっと前に遡ればウルガモスもそうだったか。

 そうなるとやはり一つだけ俺の手に負えない、というか面倒なのがあるんだよな………。

 

「ド、ドラッ、ドラ………」

「うぉっ!? びっくりした………キングドラか」

 

 なんて考えていたら、いきなり足元にキングドラが流れ着いてきた。

 身体中がボロボロで渦潮にでも呑まれて流れ着いたように見受けられる。

 

「………あっ! 多分この子だよ、暴れてたの!」

「まさかの本人かよ………」

 

 それってつまり自分の技に呑まれたってことか?

 或いはーーー。

 

「おい、キングドラ。起きる元気はあるか?」

 

 キングドラの身体を揺すって意識があるのか確認してみる。

 

「ドラ? ドラ、ドラ!」

「ちょ、おま、イテッ、コラッ、バカ、痛いっつの!」

 

 すると目を開いたキングドラが俺の顔を見るなり、口先で俺の腹をド突いてきやがった。

 いや、マジで痛いから。お前身体デカいんだから、腹にかかる力も相当なんだぞ。リバースしたらお前のせいだからな!

 

「…………お、落ち着いたか?」

 

 口先を強引に掴むと息切れし出してようやく落ち着いてくれた。

 

「ドラ……」

 

 よかった、墨を吐かれなくて。戦う前から汚れるとか、気力を失くすところだったわ。

 

「ウルガモス、こいつが何をしていたのか聞いてくれるか?」

 

 それと同時に黒いのに通訳の合図を送る。

 

「モス、モス」

「ドラ、ドラドラドーラ! ドラ!」

『ハヤクニゲロ。ココノエネルギーガタマリスギテイル。キケンダ』

 

 火の玉に文字が浮かび上がり、そう書かれていた。

 なるほど、ただ単に暴れ回っていたわけじゃないってことか。それにエネルギーが溜まりすぎているということは、まさにあの時と同じ状況ということだろう。つまりは巣穴の中にねがいぼしが大量に投げ込まれている可能性がある。人為的、しかもあの時の犯人が未だ捕まっていないとなれば…………そういうことでいいのだろう。

 あーあ、嫌だなー。働きたくないなー。

 

「……お前、自分が暴れることによってこの周辺に人やポケモンを近づけないようにしてたんだな」

「ドラ! ドラ!」

「分かった、わかった。だから落ち着けって」

 

 まあ、何にしてもキングドラの意図は理解した。理解したらしたで分かってくれたかと、またしても俺の腹に口先をグリグリしてくるキングドラ。痛いからマジでやめてね。

 

「………ふぅ、お前の意図は分かった。だが、これを放置しておいたところで恐らく悪化の一途辿るだけだ。何なら最悪巨大化したポケモンがこの周辺一帯を、いや鎧島の西側が破壊される可能性もある。そうなるとこっちとしても黙っちゃいられないんだわ」

 

 キングドラの目を見てそう伝えると、さっきの反応とは打って変わって真面目な目付きになりやがった。

 最初からそういう反応してくれるとこっちとしても無駄な体力使わなくて済んだんだけどな。もういいけど。

 

「あ、あのさ、ハチくん。君、何気にすごいことしてるよね?」

「何が?」

「ポケモンと普通に会話してるじゃん!」

 

 ソニアの言葉にキングドラと顔を見合わせてみるも、当のキングドラもだから何? って顔をしている。

 俺としては翻訳してもらわないと会話にならないし、割と一方的に伝えてるだけな気もするが………。

 まあいい。やることは決まった。

 ただ片づけに行く前に懸念を一つ潰せるようにしておくか。

 

「ソニア、お前はここで待機してろ」

「えっ? ちょ、わたしもいくって言ってるじゃん!」

 

 置いていくと言われたソニアはビクッと身体を揺らして焦った様子で反論してくる。

 

「北にもあるんだろ。ポケモンの巣穴」

「う、うん………それが何?」

「最悪を想定した場合、そこにもダイマックスしたポケモンが地上というか海上に現れる。その前に北東の二つにも現れる可能性があるが、幸い東側は縦ライン上に点在してるっぽいから俺が何とかする。だが、一個だけ遠い北側のだけはソニアに頼みたい」

「それって………」

「俺の予感が的中しないことを祈るが、四ヶ月前のワイルドエリアと同じかもしれない」

 

 置いていく理由を説明すると、ソニアも四ヶ月前のあの事件を知っているのか、状況が伝わったみたいだ。

 

「で、でもそれじゃ一人でレイドバトルすることになるじゃん。四人は必要なのに。だからせめて二人でやらないと」

「それは違う。レイドバトルに必要なのは四人のトレーナーじゃない。四体のポケモンだ。トレーナーが一人だろうが、ポケモンが四体いればどうにかなる」

「っ!?」

「いいか、常識だけに囚われるな。ここは公式バトルの場じゃないんだ。使えるものは全部使え」

 

 ソニアは恐らくこうあるものこうあるべきという固定観念が強い方のような気がする。頑固ってのもあるな。

 研究者の孫らしいし、周りからの期待に応えていく内に決まった型に嵌っていったってところかな。

 だが、緊急事態なんてそんなことを気にしていたら、手札がショボくなるだけである。そこにあるもの全てを使わなければ、最悪こっちが死ぬ羽目になる。そうでなくても死にそうになるんだから、俺みたいに。

 

「………分かったわ。北側はわたしが何とかする」

「頼む。それとソニア、シンオウ地方の伝説ポケモンについてはどこまで知ってる?」

「えっ? なに? 急に話変わってない?」

「いいから」

「一応創造神アルセウスからディアルガ、パルキア、ギラティナ。それに湖の三体と満月島と新月島のポケモンとレジギガスについては勉強したけど」

「よし、ならこいつを使え」

 

 それだけ分かっているならこいつの力を見せても大丈夫だろう。口外しないように念を押しておかないとだが。

 あ、ヒードランには心の中で合掌しておこう。

 

「うぇ!? ク、クレセリア?!」

 

 ボールからクレセリアを出すと、流石のソニアも口元を押さえて驚いている。そりゃ、目の前に伝説のポケモンが現れたら、その反応が普通だよな。お前かよ、みたいな反応になってしまう俺が異常なのは重々自覚してるさ。

 

「俺がこいつを連れていることは誰にも言うなよ。例え師匠でも」

「う、うん………命の保証がなくなるんだよね………?」

「ああ、そういうことだ。留学して培った知識をフル活用してこいつを使いこなしてみろ」

 

 昨晩の会話がいい感じに機能しちゃったよ。

 あれ、単なる脅しという名の冗談だったんだけどな………。まさかアレを信じてくれるとは。

 

「クレセリア、ソニアを頼む。拙い指示になるかもしれんが、お前の機転でフォローしてやってくれ」

「リア!」

「いくぞ、ウルガモス」

「モス!」

 

 クレセリアにソニアを預け、俺はウルガモスに抱えられながら赤い光の柱へと向かうことにした。

 

「ドラ! ドラ!」

 

 するとその下からボロボロのキングドラが自分も連れてけ! と言わんばかりの目で追いかけてくる。

 

「キングドラ、お前も一緒に戦うってか?」

「ドラ!」

 

 その目はさっきと同様真剣な目をしていた。

 

「分かった。なら、力を貸してくれ」

「ドラ!」

 

 ボロボロだろ、というのは野暮だ。

 こいつは元々自分が暴れることで周りに警戒させていたくらいだから、俺たちがいなくても戦っていただろう。

 

「ザァァァァメェェェエエエエエエエエエエエエエエエエッッ!!!」

 

 どこか別の場所で別のポケモンが現れた咆哮を聞きながら、俺たちはまずは一つ目に向かった。



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50話

ついにポケモンSV発売ですね。
投稿日と発売日が被るとは………。


「ウルガモス、サイコキネシス!」

 

 最初の巨大化したポケモンは、見た目青いオクタンのような姿をしているオトスパスというポケモンだった。

 タイプはかくとう。半年もこの島にいれば、名前と姿くらいは覚えてくるというもの。ましてや爺さんが「ガラルのポケモンだよん」って言って本棚から漁ってきた図鑑を俺に手渡してきたからな。ただ、あの爺さんのはかくとうタイプ中心のものが多かったため、何故かガラルのかくとうタイプには詳しくなってしまった。

 いや、今そんなことはいい。

 とにかく奴はかくとうタイプであり、あの触手に絡まれると厄介なのが分かっていれば、対処は可能だ。

 

「サーナイト、ひかりのかべで足場を作れ」

 

 ボールからサーナイトを出して、見えない床を作らせていく。そこへ一度着地すると、ウルガモスを解放して攻撃へと向かわせた。

 

「ウルガモス、ぼうふう!」

 

 着いてきたキングドラもウルガモスに負けじと水砲撃で攻撃を加えていく。

 さて、どうバトルを組み立てていこうか。ウルガモスとサーナイトはこのままでいいとして、ガオガエンとヤドランをどう使ったものか。俺自身は黒いのの力で足場を作ることだって可能だから、俺に対する防御を用意する必要はない。最悪白いのもいるしな。

 ただ、やはり懸念されるのは連鎖的に起こるであろう他の巣穴での巨大化だ。一発目がここから発生したところを見るに、根源はこの穴の中にあるのだろうが、エネルギーが充満すれば他の穴にまで影響を及ぼしかねない。いや、もう影響は出ているんだったな。どこかで二体目が出ていたはずだ。となると同時に巨大化したポケモンを相手にすることになるため、手札を残しておきたいのも事実。

 

「やったことはないがこの手が一番効率良さそうだな」

 

 基本サーナイトとウルガモス、それに協力を買って出たキングドラに攻撃を任せ、俺がその間を潜り抜けオトスパスの上でガオガエンに攻撃させる。オトスパスが攻撃に転じたら、とんぼがえりでボールに戻し、ヤドランの超念力で一気に離脱。そしてオトスパスを弱らせたところで、俺がもう一体の方へ攻撃を仕掛けにいく。恐らく注意を引きつけることはできるだろうから、そのタイミングでウルガモスに攻撃を躱しながらこちらに来てもらうとしよう。オトスパスの技を使ってもう一体にダメージを与え、ダイマックス同士でバトルさせてどちらかのダウンを狙い、残ったもう一体を俺たちで一気に片付ける。

 これだな。

 

「ガオガエン、ヤドランも出てこい」

 

 見えない足場にガオガエンとヤドランも出した。

 二体とも足場がないのに落ちないことに目を見開いている。

 

「今から作戦を伝える。サーナイト、ウルガモスは自己判断で攻撃を加えててくれ。可能ならキングドラにも指示を出してやってほしい」

「サナ!」

「モス」

「ガオガエンとヤドランは俺と一緒にオトスパスの頭の上に突っ込むぞ。ガオガエンは奴の上で好きなだけ暴れろ。ただし、俺がとんぼがえりを指示したら、それだけは何が何でもやってくれ。離脱の合図だ。ヤドランはその交代として出す。サイコキネシスを使って一気に離脱してくれ」

「ガゥ!」

「ヤン!」

「二体目がもう出ているが、オトスパスにある程度ダメージが入ったと判断したら、俺たちの方で二体目に攻撃を仕掛けにいく。注意を惹きつけたタイミングで、ウルガモスにはオトスパスの攻撃を惹きつけながらこっちに来てほしい。合図として黒いオーラを打ち上げる」

「モス!」

「恐らく巨大化したポケモン同士でバトルになるはずだ。だから片方が落ちたタイミングで、もう片方を一気に片付ける。いいな?」

「サナ!」

「モス!」

「ガゥ!」

「ヤン!」

「んじゃ、それぞれ役割を頼むな。解散!」

 

 作戦を伝え終わるとガオガエンとヤドランをボールへと戻し、サーナイトとウルガモスはオトスパスの方へと向かっていった。

 俺もその後を追うようにして黒い足場を走っていく。

 

「ダークライ、お前にはこの前のように巨大化したポケモンを倒したら穴の中に潜って、原因であろうねがいのかけらをあっちの世界に送ってきてほしい。危なくなったら影に潜るなり、あっちの世界に潜るなりしてくれ」

「……ライ」

「それまでは俺が死なないようにサポートは頼むぜ」

 

 走りながら最後の一体に指示を出していると、丁度オトスパスの触手が俺の方へと突っ込んできた。

 足場を階段のようにして躱し、触手に沿ってオトスパスを駆け登っていくと、巻き戻される触手に追いかけられる羽目になったのは言うまでもない。

 

「あくのはどう」

 

 だが、それくらいなら黒いオーラで弾くことは可能だ。

 そして、そのままオトスパスの頭の上に到着すると、ガオガエンをボールから出した。

 

「いくぞ、ガオガエン。アクロバット」

 

 かくとうタイプのオトスパスには効果抜群。

 何気にアクロバットって使い勝手がいいんだよな。

 今みたいにボールから出した勢いでそのまま攻撃に転じられるし、攻撃した後は相手を蹴って離脱し、くるくると後転しながらエネルギーを溜めてまた突撃していけば、理論上永遠に攻撃することだって可能だ。身体が大きくなったからといって使いにくくなることもなかったし、何より威力がすごい。

 流石全身を使った技なだけはある。

 

「サーナ!」

「モォォォッ!」

 

 サーナイトとウルガモスは連携し、ぼうふうで巻き上げた海の漂流物をサイコパワーで操り、次々とオトスパスに投げつけている。ついでにぼうふうによる荒波に足元が呑まれてオトスパスはバランスを崩し、次の攻撃が中々来ない。

 

「ガオガエン、好きなだけ打ち込め!」

「ガゥガゥガァ!」

 

 ………あれ?

 キングドラは?

 あいつ何してる?

 

「ドラ!」

 

 オトスパスの触手が上がったかと思えば、そのまま固定されたように動かずーーー。

 

「ドラ!」

 

 それならばと水中からウルガモス目掛けて伸びた触手も、ウルガモスに届く前に動かなくなりーーー。

 

「ドラ!」

 

 苛立ったオトスパスが口を開こうとすると、半開きのままそれ以上は開かなくなりーーー。

 

「いや、めっちゃかなしばりしてるやん…………」

 

 何その地味な嫌がらせ。

 お前、そんな戦い方するのかよ。暴れてたのは何だったんだってくらい陰湿なんだけど…………。

 そりゃ攻撃が飛んでこないわけだわ。

 だが、よくよく見てみればすぐに解除されているようで、本当に一瞬だけ効果が発揮しているみたいだ。ダイマックスしたポケモンにかなしばりって効きにくいのかもな。

 それでもウルガモスが躱す時間を設けたり、オトスパスにストレスを与えているという点ではめちゃくちゃ優秀である。

 

「パァァァアアアアアアアアアアアアアアアスススススッッ!!!」

 

 ついに激しい咆哮を上げ、全触手を振り回し始めた。

 うわー………めちゃくちゃ苛立ってるぅ………。妙なストップを食らって相当頭にきてるぞ。

 

「戻れ、ガオガエン! とんぼがえり!」

 

 流石に何をしてくるか分からないため一旦離脱に走る。

 

「ヤドラン、離脱だ」

「ヤン!」

 

 とんぼがえりで戻ってきたガオガエンをボールに戻し、代わりに出てきたヤドランに捕まり、一気に加速してその場を離脱。

 

「なみのり」

 

 着地する場所もないため、荒れ狂う波を支配し足場にした。

 うん、このメンバーなら俺たちがいなくても何とかなりそうだな。思いの外、キングドラが陰湿なサポートをしていることで被弾の確率が格段に少ないし、こいつらだけで大丈夫だろう。

 そうと分かれば、俺たちはもう一体の下へ向かってしまおう。

 

「サーナイト、こっちはもう一体の方に行ってくる! オトスパスは任せたぞ!」

「サナ!」

 

 何となく嫌な予感はする。

 聞き覚えはあるのだ。野太くなったとしても鎧島に来てから割と身近にいるし。

 

「ザァァァァメェェェェェエエエエエエエエエエエエッッッ!?!」

 

 ほーら、やっぱり。

 北西の方へ移動すれば想像していた通りのポケモンが巨大化していた。

 また厄介なポケモンが巨大化してるじゃないの。

 

「サメハダー………」

 

 海を眺めていると普段から他のポケモンを襲っている姿が見受けられるのだが、事人間に対しては砂浜に立っていても目が遭うと一直線にこっちへ向かってくる凶暴なポケモンである。

 多分、野生のポケモンの中での遭遇率は一、二を争うレベル。というか俺に向かってアクアジェットで吹っ飛んでくるのが名物にでもなっているのかと問い質したいくらいだ。

 そうは言っても門下生たちも俺程ではないが遭遇というか襲撃されているみたいだし、そういう奴らなのだろう。それが巨大化したとなれば…………ため息しか出ないな。

 

「ラァァァァァァァアアアアアアアアアアアアイイイィィィッッ!!」

 

 するとどこかで新たなポケモンの野太い唸り声が聞こえてきた。恐らく三体目が出たのだろう。願わくばソニアが見ている方であって欲しいのだが…………。

 というかもうここまできたら、あの事件の再来ってことで間違いないだろう。となれば、対処の仕方も当初の見込みで問題ない。

 まずは巨大化したポケモンを倒し、エネルギーを発散させないとな。そのためにもサメハダーの攻撃を利用しよう。

 

「ヤドラン、サイコキネシスでサメハダーの上に行ってくれ」

「ヤン」

 

 なみのり状態から切り替わり、超念力でヤドランとともに身体が上昇していく。

 途中巨大化したサメハダーの口の正面に来たのだが、絶妙なタイミングで口を開くもんだから、尖った歯が何本も見えて、今にも食われそうな絵面だった。

 

「ダークライ、さいみんじゅつ。完全には眠らせずに身体を支配しろ」

 

 そのまま上昇し、サメハダーの上を取る。

 そしてダークライにさいみんじゅつでサメハダーの身体を乗っ取らせることにした。

 これが上手くいけば怪獣バトルも夢じゃない。

 

「ザァァァァ、ザァァァァ、ザァァァァアアアアアアアアアッッ!?」

「ぐっ……!?」

 

 サメハダーが踠いているが、最後には黒いオーラで包み込み、乗っ取りに成功した。

 ただ、ダークライでも相当力を必要とするのか、俺も一瞬意識を飛ばしそうになった。

 ダイマックス、戦えば戦う程どういうものなのかが分かってきたが、想像以上のエネルギーだな。ダークライを以ってしてこれだ。サーナイトでは眠らせることもできないだろう。なるほど、かなしばりも効かないわけだ。

 

「オトスパスの方へ向かえ」

 

 そのままサメハダーの頭の上に着地し、今もサーナイトたちが戦っているオトスパスの方へと移動する。

 

「サーナイト! ウルガモス! キングドラ! 一旦離脱しろ!」

 

 オトスパスの背後へと辿り着くと、マジカルシャインを放つサーナイトと、ぼうふうとたつまきでオトスパスの触手を押さえつけているウルガモスとキングドラに離脱を促した。

 

「サナ!」

「モス!」

「ドラ!」

「ダイストリーム!」

「ザァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!」

 

 そして三体が離れたのを確認してから、サメハダーにダイストリームを撃たせるようダークライに指示を出した。

 

「パァァァアアアアアアアアアアアアアアアススススッッ!?」

 

 後頭部に巨大な水砲撃が直撃したオトスパスは前のめりに倒れていく。

 それに合わせて雨雲が発生し、雨が降り出した。

 これはダイマックス技を出すとタイプごとに追加効果が発生し、みずタイプのダイストリームの場合は雨が降り出すのだ。

 

「ダイストリーム!」

 

 オトスパスの反応を待たずに二発目を発射させる。

 丁度振り返ったオトスパスの顔面に直撃し、今度は後頭部から海に倒れていった。

 二度も巨大な身体を海に沈み込ませれば、津波が発生するわけで…………。

 

「キングドラ、波を操ってオトスパスを呑み込め!」

「ドラ? ドラー!」

 

 その波をキングドラになみのりで制御させ、オトスパスを呑み込ませた。

 流されるオトスパスは波を突っ切るように触手を伸ばし、何とか立て直そうと踠いているが、巨大な身体を起こすには至っていない。あの身体を起こすのなんて海の上では無理じゃないか………?

 

「ダイアタック!」

 

 最早見ていられなくなり、さっさとトドメを刺すためにサメハダーを突っ込ませた。

 

「パァァァアアアアアアアアアアアアススススッッ!?!」

 

 だが、踠いていた触手を重ね合わせた一撃がサメハダーを受け止めた。

 恐らくあれはダイナックルだろう。あくタイプのサメハダーには効果抜群だが、体勢が不安定なオトスパスでは勢いのついたサメハダーを撃ち返すことはできないはずだ。

 

「ザァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 案の定、サメハダーが押し切り、オトスパスの身体を吹っ飛ばした。その吹っ飛ばされたオトスパスは、とうとう限界がきたのかエネルギーを飛散させていく。そして、身体の大きさが縮み出し、元の大きさへと戻っていった。

 これでダイマックス状態は終わったな。ついでにここからでは見えないが戦闘不能になっていることだろう。

 

「よし、まずは一体。次はこいつだ! 一気に倒すぞ!」

 

 まあ、まずは一体撃破。

 次はこのサメハダーを倒す番だ。

 

「サナ!」

「モス!」

「ドラ!」

 

 俺の合図を皮切りに三体ともサメハダーへと飛び込んできた。

 

「ヤドランは一旦戻ってくれ。ガオガエン、出番だぞ。にどげり」

 

 ヤドランをボールに戻し、再びガオガエンを出してサメハダーの頭上で攻撃させていく。

 

「サーナ!」

「モース!」

「ドラドラドラ!」

 

 サーナイトはマジカルシャイン、ウルガモスはむしのさざめき、キングドラが…………うん、なんか異様に速くなってて何してるかが見えない。取り敢えずサメハダーの周りを動き回っては攻撃しているのだけは分かるのだが…………待てよ? 今雨降ってるんだよな……。もしかしてキングドラの特性ってすいすいか?

 それならば急劇に速くなったのも納得がいく。あるいはこうそくいどうを使っているかだな。

 

「ガゥ!?」

「どした、ガオガエン」

「ガゥ……」

 

 すると頭を何度も蹴り付けていたガオガエンが脚を気にし出したため、様子を見てみることにした。

 赤く腫れ上がっているな………。

 特性さめはだか。

 ならば、技を変えてみよう。

 

「ガオガエン、きゅうけつで体力を吸い取ってやれ。んでもってお前も回復してしまえ」

「ガゥ!」

 

 ガブッとサメハダーの頭に噛み付いたガオガエンはちゅーっと体力を吸い上げていく。

 これで足の腫れも引いてくるだろう。

 

「ザァァァァ…………ァァァ………ァ…………」

 

 しばらくすると四方から攻撃を受けていたサメハダーの身体からエネルギーが飛散していき、元の大きさへと戻り始めた。

 攻撃力が高い反面、防御が低いサメハダーはやはりオトスパスよりもあっさり倒れてくれたな。

 

「戻れ、ガオガエン。今だ! ダークライ!」

「ライ!」

 

 合図を出すと俺の影から飛び出したダークライがオトスパスが巨大化した巣穴から中に潜っていった。

 まあ、速くて黒い何かが穴に吸い込まれていくようにしか見えなかったけどね。

 

「お、おお、おおおおおおっ!?」

 

 ただな。

 忘れてたわけではないんだけどな。

 ダークライが俺の影からいなくなったことで、足場がなくなったわけですよ。しかもサメハダーも元に戻って真下には海しかない状況。

 

「サナ?! サナァァァアアアアアアアアアアアア!!」

 

 それを見たサーナイトがめちゃくちゃ焦った顔で俺の方に飛び込んできた。

 おかけで海ポチャしなくて済んだんだが、代わりにサーナイトの腕が腹にめり込んで身体がくの字に折れ曲がっているのは…………うぷっ。

 

「………はぁ、はぁ、気持ち悪っ…………」

 

 そのままサーナイトが作り出した見えない床に降ろされたのだが、マジで吐き気しかない。身体を真っ直ぐにしようなんて以ての外だ。

 四つん這いで吐き気を抑え込んでいると遅れてウルガモスとキングドラもやってきたようだ。顔を上げるのすら辛くてどういう表情をしているのか分からないが、視線が突き刺さってるような気がする。特にキングドラの。何してんだ、こいつって思われてそう。

 

「………ライ」

 

 しばらくするとサメハダーが巨大化した方の巣穴からダークライが戻ってきた。

 やはり地下では繋がっているみたいだ。さっさと対処していなければ、ここら辺一帯で次々とポケモンが巨大化していただろう。しかもソニアが砂に描いていた巣穴の位置と数を考えると、ワイルドエリアの時よりも大惨事になっていた可能性もある。

 

「どうだった?」

 

 俺のところまで戻ってきたダークライに聞いてみると、コクリと首を縦に振った。

 

「そうか、やっぱりあの時と同じだったんだな。全部取り除いたんだよな?」

 

 再びコクリと首肯。

 これでハッキリした。

 今回のもあの時と同じだ。つまりはこれを起こした犯人がおり、ワイルドエリアの時と同一犯の可能性が高い。となると今この島には犯罪者が潜んでいる可能性が高いってわけだ。

 …………多分、今この瞬間も俺たちのことを見ている可能性もあるのか。

 

「よし、ならソニアのところに戻るか」

 

 犯人には悪いが俺のテリトリーに侵入した以上、それ相応の報いは受けてもらわないとな。最悪生きて帰れるとは思わないことだ。国際警察だとかは関係ない。絶対に見つけ出して報復してやる。

 



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51話

 ハニカーム島まで戻ってくると、その北側でクレセリアに乗ったソニアが巨大化したライボルトとバトルしていた。

 

「サダイジャ、受け止めて!」

 

 ウルガモスに担がれながら様子を見ていると、ライボルトの巨大な雷撃を茶色いポケモンが前に出て全身に浴びていく。

 

「エレザード、りゅうのはどう! ストリンダー、ヘドロばくだん! ラグラージ、10まんばりき!」

 

 その間に波に乗ったエレザードとソニアの後ろにいる紫色のポケモンが遠隔から攻撃していき、それに気をやった瞬間にラグラージが突撃していった。

 だが、それで倒れるわけではないようで、再度巨大な雷撃を作り出し始めた。

 

「次くるよ! サダイジャ、てっぺきで受け止めて!」

 

 雷撃の発射と同時にこれまた先程と同様、茶色いポケモンが鉄の壁を張りながら突進していく。

 あいつ、じめんタイプか?

 ということはあれがサダイジャってやつか。で、ソニアの後ろにいる黄色いモヒカンで身体が紫色のがストリンダーってやつだな。

 道場に帰ったら詳しく調べてみよう。

 

「エレザード、ラグラージ! なみのりで挟み込んで!」

 

 バトルが苦手という割には組み立て方が普通に上手いと思うのは俺だけだろうか。

 役割分担をしっかりしており、今もサダイジャが攻撃を受け止めている間にエレザードとラグラージで挟み込んでいる。両側から押し寄せる波に足元が安定しないライボルトは撒き散らすように電撃を放っているが、ラグラージとサダイジャには効果がなく、エレザードも平然としており、唯一効きそうなクレセリアもしっかり防壁を張って守っている。

 

「トドメよ! ストリンダー、ベノムショック!」

 

 そんな中一体だけが既に反撃に移っており、毒の衝撃波を撃ち放った。

 ベノムショックは相手が毒状態ならば、さらに技の威力が上がるのだが、ライボルトも例に漏れず毒状態になっていたようで、その一撃でダイマックスエネルギーが飛散していく。

 これでバトルが苦手とかおかしな話だよな。ポケモンのタイプから技の相性まで、全てにおいて無駄がない。無駄に攻撃するわけでもなくしっかりと役割分担させるなんて、なかなかできることではないんだけどな。

 一体誰と比べてバトルが苦手とか言ってるんだか…………。

 

「た、倒せた………」

「お見事。普通に戦えるじゃねぇか」

「ハチくん!?」

 

 当の本人は一人でレイドバトルを切り抜けられたことに心底驚いているようだ。

 声をかけたらめちゃくちゃ肩が飛び跳ねたぞ。

 

「………たまたまだよ、たまたま。クレセリアがわたしのことを守ってくれてたし、みんなのサポートもしてくれていた。だからみんなもわたしのことを気にせずに戦えたから勝てたのよ。クレセリアがいなかったら、こんな海の上でなんて無理よ。地上でも一人でレイドバトルなんてしたことないんだし」

 

 背中から負のオーラが出てそうな程暗くなるソニア。

 今ならあくのはどうも撃てそうな暗さだぞ。

 あくまでも頑張ったのはポケモンたちであり、自分はずっと守られていたただの役立たずとでも思っているのだろう。俺もそう思わなくもない時があるため、その気持ちは分からなくもない。

 

「だとしても。お前の采配でバトルして勝ったのは事実だろ。それを否定したんじゃ戦ったポケモンたちに失礼だと思うぞ」

 

 ただ、あまりに卑下しすぎると、それはそれで戦ったポケモンたちにも失礼だとも思っている。ポケモンたちはトレーナーを信じて前に出ているのだから、トレーナーの采配で動いた結果勝てたとなれば、ポケモンたちからすれば自分のトレーナーの勝利と感じていてもおかしくないからな。強敵相手ならば尚更だろう。

 まあ、そうは言ったってっていうのがソニアなんだろう。どんな闇を抱えているのかは知らんが、その闇を取っ払わない限りはこのままなんだろうな。

 

「ラグラ」

「あ、ラグラージ。お疲れさま。ライボルト、連れてきたんだね」

 

 なんてソニアの背中を見ながら観察していると、ソニアのラグラージが背中に気を失ったライボルトを連れて戻ってきた。

 

「放っておくのも忍びなかったんだろ。海の上にみずタイプでもない奴を放っておくのは危険だからな」

「う、うん、そうだね………」

「取り敢えず、ビーチの方にまで戻ろうぜ。こんな状態じゃポケモンたちも休まるもんも休まらんだろ」

「………うん」

 

 心配そうにラグラージがソニアの顔を覗き込んでいるが、一度入ったスイッチは中々切り替わらないのだろう。

 面倒くさい。実に面倒くさい。見た目は陽キャのくせして中身が陰キャとかタチが悪いにも程があるだろ。

 俺も含めて面倒な奴は多々いるし、実際周りにもユキノとかザイモクザとか面倒なやつはいたからな。それでもソニアに比べれば可愛いものだ。何ならユキノの面倒くささは超可愛いまである。

 いや、うん。それはいいとして、ソニアの知り合いにガツンと言える奴はいないのだろうか。それともそれすらも言えない過去がこいつにはあるというのだろうか。

 あまりにも知らないことだらけで俺にはお手上げだわ。

 だからと言って知りたいとも思わんがな。どうせこいつとは今回きりの関係だし。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「で、キングドラさんや。そちらは?」

 

 チャレンジビーチに戻ってきた俺たちは、それぞれポケモンたちの回復に務めているのだが、その一環で俺たちについてきたキングドラに一体のポケモンが付着しているのを発見した。

 クズモー。

 どく・みずタイプ。

 カロス地方の海にも生息しているポケモンだ。

 

「ドラ、ドラドラ」

「『キガツイタラワタシニヒッカカッテイタ』と。ほう、それで?」

「ドラドラ、ドラ、ドラドラ」

「『ホゴシテホシイ。ツイデニワタシモホゴシロ』。おう、なんかお前遠慮ねぇのな。絶対後半が目的だろ」

 

 こいつ、引っ付いてきたクズモーを出汁に自分の保護を要求してきやがったぞ。

 

「ドラドラ!」

「いて、いっ、ちょ、バカ、乗るなっつの!」

 

 悪態吐いたらこれだからな。

 こいつ、つつけば何とかなるって思ってないだろうな。

 

「分かった分かった、分かったから! お前ら二人とも保護するから!」

 

 まあ、しちゃうんだけどね。

 だって痛いんだもん。

 キングドラって間近にいると俺よりも身体デカいし、その身体にのし掛かられてつつかれたんじゃ堪ったもんじゃない。

 ったく、クズモーはいいとして、何故にキングドラまで…………。

 

「ライボルトの回復終わったよー………って、何してるの?」

「な、んか、自分を、売り込んで、きやがった…………ふぅ、おもっ………」

 

 チャレンジビーチに戻ってくる頃には明るくなったソニアが、訝しむんでくる。

 おい、見てないで助けろよ。マジで重いんだよ。

 

「ちょ、いて、こら、つつくなっつの!」

「めっちゃ懐かれてんじゃん」

「これのどこが懐いてんだよ。めっちゃ攻撃してくるんだけど……いて」

 

 保護すると断言したのに未だに俺の上から退いてくれないんだけど。しかもつついてくるし。何なのこいつ。ボールに入れてそのまま海にポイするぞ。

 

「………白い髭。ということはその子、メスだよ」

「だから、なんだよ……っ」

「惚れたんじゃない?」

「サナ!?」

 

 いや、待て。

 何故そこでお前が驚くんだよ、サーナイト。

 

「サナー! サナサナー!」

 

 あ、キングドラを弾き飛ばして馬乗りになったよ。

 おかげで俺は解放されたけども。

 

『ダメー! パパハサナノー!』

 

 スッと出される鬼火にはそう書かれていた。

 ………いや、うん。

 そこは訳してくれなくていいからね。

 そして何気にパパと呼ばれているという事実に驚きだわ。確かにそんな関係性に近いかもとは思っていたが………。実父はカロスにいるでしょうに。

 

「ドラ?! ドラドラ………ラァ…………」

 

 あーあ、サーナイトの勢いに負けてブンブン揺さぶられたかと思えば、ぐったりとしていくキングドラ。

 これ以上はいくらキングドラ相手だろうと、流石に止めないとだな。

 

「サーナイト、締めすぎ締めすぎ。落ち着け。キングドラが白眼剥いてるぞ」

 

 馬乗りになって揺さぶるだけで戦闘不能に追い込んでしまうなんて………。

 

「サナー!?」

「大丈夫大丈夫。死んでない死んでない」

 

 気づいてなかったのか、サーナイトはキングドラの様子を見てガチめに焦っている。

 

「サナー!」

「俺はお前から離れる気はないから落ち着け」

「サナ………」

 

 だから後ろから頭を撫でて引き寄せると、ようやく落ち着きを取り戻してくれた。

 キングドラもこれで少しは分かってくれただろうか。下手に俺にちょっかいを出すとサーナイトにやられてしまうことに。俺も初めて知ったけど、まさかここまでの反応を示すとは。

 

「………ハチくんを見ているとわたしが培ってきたもの全てが意味を為さなくなるような気がしてくるよ」

「はっ? 急に何言ってんの?」

「バトルはダンデくんに勝つくらい強いし、レイドバトルだって結局二体ともハチくんが倒したんでしょ? それでいてポケモンの知識もおばあさま並みだし。ううん、実践経験がある分、ハチくんの方が上かも………」

 

 何だ、こいつ……急に。

 ハイライトを無くした目で、ソニアは何が言いたいんだ?

 

「何故俺と比べる必要がある。お前はお前だろうが。さっきのライボルトとのバトルだって、道場の門下生に比べたらポケモンの知識もバトルのセンスも上だと思ったぞ。なみのりを覚えたエレザードとラグラージが陽動、じめんタイプのサダイジャを壁役、飛べないストリンダーをクレセリアに乗せてどの位置からでも攻撃を可能にするという的確な役割分担に、技の組み合わせ。最初の方にライボルトを毒状態にしておいたんだろ? でなければ、ベノムショックの威力があそこまで上がることはない。これでバトルが苦手だなんておかしな話だと思うんだがな」

「………こんなのまだまだ下の下よ。わたしの知るポケモントレーナーはもっともっと巧妙で一撃が重くて、圧倒的なんだから」

 

 いや、下の下って。

 少なくともジムリーダークラスだと思ってたんだが、こいつは一体誰を基準に考えてるんだよ。

 あれで下の下だったら、他のジムリーダーたちーーカブさんたちはどうなるんだよ。中の中にすら届かねぇんじゃねぇの?

 それに俺と比べるのは間違ってるだろ。こいつに言ってはいないが、俺は特殊な部類だぞ? 手を汚しまくった強さと比べるもんじゃねぇだろ。

 

「なら、尚更俺と比べるなよ」

「最強のトレーナーにも最高の研究者にもなれるハチくんには分からないでしょうね! この惨めさは!」

 

 だが、一度封を切ったソニアの感情は火山のように湧き出てくるようで、俺の言葉に耳を傾けている素振りもない。

 これが所謂感情的になっている、の究極バージョンってやつだろう。最早感情の暴走だな。

 

「小さい頃からマグノリア博士の孫って見られて、いつでもどこでも期待される! ジムチャレンジに参加したってその目は変わらず、何ならダンデの幼馴染だって目でも見られる! これでプレッシャーを感じないわけないじゃない! 片や順調に勝ち進んでチャンピオンにまでなったダンデくんに対して、わたしはバッジ五つ目でプレッシャーに呑まれて敗退……。SNSにだって何度も何度も誹謗中傷の言葉を書かれるわ、実際に被害に遭うわで………。トレーナーを辞めて研究者の道を目指しても今度は留学先でもマグノリア博士の孫って肩書きがついて回るし。もう、うんざりなのよ! ダンデの幼馴染だとかマグノリア博士の孫だとか、ちゃんとわたしを見てよ! わたしはわたしなんだから! 二人の顔を見る度に黒い感情しか芽生えなくなっちゃうじゃん!」

 

 ………なるほど。

 昨日から時折感じていたソニアの闇はこれだったか。

 有名博士の孫という生まれた時から言われ続けた肩書きに、もう一つ背負うことになったチャンピオンの幼馴染。いつの頃に参加したのかは知らんが、恐らくジムチャレンジ中もダンデはバトルを楽しみ、ソニアはプレッシャーに呑まれて思うようにできなかったのだろう。それが今ではトラウマになってるってわけか。

 

「………だからこれ以上大好きなダンデくんを大嫌いにならないように距離を取って、憧れのおばあさまからも離れられるようにこの島の調査を買って出たっていうのに、何でこの島でまで二人のことをチラつかせるあなたがいるのよ…………やめてよ…………わたしにこれ以上惨めな思いをさせないでよ! 二人を大嫌いにさせないでよ!」

 

 全く以って理不尽極まりない。

 俺の存在そのものがソニアにとって悪とか、なら俺にどうしろって話だわ。

 爺も爺だ。あの爺のことだから、当時のソニアのことも知ってるだろうし、何があったかも承知のはずだ。だから俺の存在はソニアにとって二人を想起させる原因にしかならないと分かるだろうに、敢えて俺に護衛の任務を押し付けてくるとか、何を考えるんだよ。

 あれか? 感情を吐露させて受け止めてやれってか?

 生憎俺にそんな高度な対人スキルは備わってねぇし、同情もしてやれるわけないだろ。俺も訳ありだから理解してやれるとでも思ったのかもしれないが、今回ばかりは采配ミスでしかない。ケースが違い過ぎるんだよ。

 

「もう、わたしに関わらないで!」

「あ、おい………!」

 

 最後にそう言い残して、ソニアは走り去ってしまった。

 どうするよ。今行ったって絶対喧嘩になるし、感情がさらに暴走するだけだろう。

 あー、くそ。何で俺がこんな役回りしなきゃならねぇんだ。アホ臭いい。結局あいつ、二人のことが大好きなんじゃねぇか。嫌いになりたくないから距離を取るって…………あー、もう面倒くさい!

 

「………ったく。すまん、ダークライ。あいつの影にいてやってくれ。俺が今行っても悪化するだけだろうから。何かあったら空に黒のでも打ち上げて合図をくれ」

「ライ」

 

 一応護衛としての役目は果たしておくことにする。さっきまで第二の巨大化事件が起きるところだったんだ。犯人はまだこの島にいるだろうし、ソニアが鉢合わせる可能性もある。

 

「ワパ」

「おー、ワンパチー。お前のご主人様は面倒な生き物…………えっ? ワンパチ?!」

 

 振り返ればワンパチの他にもエレザード、ラグラージ、サダイジャ、ストランダー、ライボルトと回復するためにボールから出ていた面々が佇んでいた。

 

「おいおいおい、マジかよ………」

 

 あいつ今手持ちのポケモンほぼいねぇじゃねぇか!

 そんなんでどっか行くとか……………。

 

「だぁぁぁ、もう! 次から次へと!」

 

 どうするんだよ、こいつら。ボールはソニアが持ってるだろうし、ここに残して追いかけるわけにもいかないじゃねぇか!

 

「ワンチャン、戻ってきたりしねぇかな…………」

 

 そんな俺の希望的観測は太陽が傾き始めても叶うことはなかった。

 



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52話

 ドォォォン!!

 辺りが暗くなり始めた頃。

 クズモーを起こして事情を話し、クズモーの意思を確認してからキングドラ含めてボールに収めたりしていると、チャレンジビーチの北東にある集中の森の方から、黒いオーラが打ち上げられた。

 

「………マジで何かあったのかよ」

 

 さて、どうするか。

 ソニアのポケモンたちを全員連れていくのも大所帯だし、かと言って置いていくのもな…………。

 

「お前ら、マスター道場への帰り方は分かるか?」

「ワパ!」

「なら、ワンパチの先導で道場に戻っててくれねぇか? ソニアのところには俺が行くから」

「レザ!」

「ラグ!」

「えぇー………」

 

 めっちゃ拒否られたんだけど。

 エレザードとラグラージは特に強い意思を見受けられる。

 

「何が起きてるのか分からないんだぞ?」

「レザ!」

「ラグ!」

 

 ストリンダーやサダイジャはじっと俺を見てくるだけだが、その目は笑っていない。恐らくこいつらもエレザードたちと同じ意思なのだろう。

 

「………はぁ、連れていくしかないか」

 

 ………あれ?

 ライボルトは?

 いなくね?

 

「なあ、ライボルトは?」

「ラグ」

「レザ」

 

 声を発しないストリンダーとサダイジャも一斉に北東の方を指した。

 …………えっ? マジで?!

 

「あいつ、真っ先に行っちゃったのか?」

「レザ」

「えぇー……」

 

 いつの間に………。

 逆にこいつらはよく残ったな。こいつらの方が真っ先に駆けつけそうなのに。一応この場にいる俺の判断を仰いでからってつもりだったのかね。

 

「分かったよ。お前らも連れていく。ライボルトだけにおいしいところ取られるわけにはいかないもんな」

「レザ!」

「ラグ!」

 

 よっしゃー! って感じで拳を握る三面にサダイジャとワンパチも跳ねている。

 ………一応、壱号さんに報告しておくか。もしかしたら犯人確保の可能性もあるわけだし。本土にいる国際警察がヘリでも寄越してくれるだろう。

 スマホを操作してメールを一通送っておく。ソニアが走り去ってからも事のあらましを報告するためにメールを一通送っているが、これですぐに対応してくれるはずだ。犯人確保とならずとも捜査員がこの島に上陸してくるのには変わりない。犯人もそう簡単には逃げられなくなるだろう。

 

「………さて、メールも送ったし、行くとしますか」

 

 まあ、こんな悠長にしていられるのもソニアの側にダークライを行かせているからなんだが。そうでなければ、ソニアのポケモンたちと一緒に走り出していたと思うわ。

 

「………森とかほとんど行ったことねぇんだけど」

「ワパ!」

「ん? どうした、ワンパチ」

「クンクンクン、クンクンクン」

「あー……ソニアの匂いを探すのね。そりゃ妙案だわ」

 

 森にいることは分かったが、森のどの辺りかまでは分からない。それをワンパチの鼻で探り当てようということらしい。

 探す手間が省けていいね。ワンパチに感謝だわ。

 先導するワンパチに続いて俺たちは砂浜を北上し、森の中へと脚を踏み入れた。

 

 

 

   *   *   *

 

 

 

 集中の森に入った俺たちは、川沿いをただひたすらに北上していた。

 もうね、日が暮れそうな森の中とか薄暗くてほとんど何も見えないわけよ。

 ワンパチが匂いでソニアを探しているが、最早こいつの鼻だけが頼りかもしれない。

 夜の森とかマジで勘弁してほしいわ。それもこれも今回の巨大化事件を引き起こした犯人のせいだ。巨大化したポケモン二体とバトルする羽目になるわ、そのせいでソニアのトラウマを過剰に刺激することになるわ、こんな暗い森を散策しなければいけなくなるわ………踏んだり蹴ったりである。犯人を取っ捕まえたらどうしてくれようか。

 

「ニョロトノ、みずのはどう!」

 

 すると聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 はぁ………マジかよ。

 

「きひひっ、ヨノワール……シャドーボール」

 

 もう一人、怪しい人物の声が聞こえてくる。

 この状況でこんな悪人口調の男の声なんて一人しかいないよな………。

 予想が的中とかマジ勘弁しろし。

 

「ハッ、勝ち組から負け組に堕ちた雑魚に、オレたちが負けるわけねぇだろォが!」

「くっ……」

 

 聞こえてくる状況的にソニアの方が劣勢なようだ。

 それにしてもこの男、典型的な悪人口調すぎない? 笑えるレベルだぞ?

 

「ほーら、叫べ! 泣き喚け! お仲間の男に聞こえるくらい泣き叫べよ!」

「ライラ!」

「なんだァ? もうヒーローのご登場か?」

「ライボルト………なんで………」

 

 そこへ先に行っていたはずのライボルトが到着した。

 あいつ、本当にソニアのところにまで向かっていってたのね。でも何で俺たちの方が早くたどり着いてんの?

 

「待て。今あいつは自分からバトルをしてるんだ。劣勢だが、それでも足掻き続けている。もう少し、もう少しだけ様子を見ててくれ」

 

 ライボルトに呼応するかのように俺といるソニアのポケモンたちも飛び出して行こうとするが、ソニアが状況的に仕方なくとはいえ自らバトルしているのだから、もう少し様子を見るために待ったをかける。

 ポケモンたちもソニアの葛藤を見てきているからか、しばらく見守る事を選んでくれたようで、前に出かけていた脚を引っ込めていく。

 

「このライボルトはさっきあなたが仕掛けた大量のねがいのかたまりによって、強制的にダイマックスさせられた被害者よ」

「あぁ、なるほど。あの男が戦ってた二体にライボルトはいなかったからなァ。お前も戦ってたのか。トレーナーを引退した出来損ないのシンダーソニア」

 

 よし、取り敢えずボイスレコーダーを起動っと。

 ところでシンダーソニアってなに?

 

「要はお前に倒されるくらい弱いポケモンってことだろ? 相手にならねぇよ。ヨノワール、おにび!」

 

 ライボルトの目の前に現れたヨノワールが火の玉でライボルトを包んでいく。

 

「たたりめ!」

 

 そして男の方に戻ったヨノワールが藍色の光線をライボルトに向けて放った。

 

「ライボルト、ほうでん!」

 

 ライボルトはソニアの指示で放電し始めるも、その隙間を縫うようにして藍色の光線がライボルトに突き刺さっていく。

 火傷状態にたたりめは威力が高くなるコンボ技だ。まともに受けたんじゃ………。

 

「ほーら、だから言ったじゃねぇか。雑魚に雑魚が合わさっても雑魚でしかねぇんだよ」

 

 男の言う通り、ライボルトは一撃でボロボロになっていた。

 それでも立ちあがろうと足掻いている。

 

「………わたしのことを悪く言うのは一向に構わないわ。事実だもの。サンダーソニアなんて通り名も今ではシンダーソニアって呼ばれてるみたいじゃない? ふふっ、笑えるわね。シンダーソニア。まるでわたしが死んだみたい。………そうね、引退したのだからトレーナーとしてのソニアは死んだも当然か」

 

 あっ、シンダーソニアってそういう?

 つか、ソニアにも通り名があったんだな。

 サンダーソニア。名前から察するに当時からでんきタイプを使っていたのだろう。

 そして、負けたから、あるいはトレーナーを引退したから通り名もシンダーソニアに変わったと。シンダーって死んだと掛け合わせてんの? ガラルの人たちの言葉選びのセンスよ。最早有名人に対するいじめじゃねぇか。

 そら、ソニアも嫌になるわけだ。ただでさえ祖母の偉大さを押し付けられ、その上稀代の天才の幼馴染として名前が出てしまえば、プレッシャーの桁が違うというのに、負けたらこんな言われようでは精神がおかしくなっても仕方がない。バトルから離れることを選んだソニアの判断は正しかったのだろうな。続けていれば、ソニアはソニアでなくなっていただろう。

 

「でもね、あなたのそのポケモンを下に見る発言は、ポケモン研究者の端くれとして看過できないわ! ましてや野生のポケモンを巻き込んだ実験なんて許されるものではないのよ!」

「ハッ、何とでも言えばいい。だが、いずれガラルは恐怖に陥るだろうな。今回や前回の比じゃねぇ。ガラル中でダイマックスしたポケモンたちが暴れ回り、ガラルは崩壊だァ」

 

 うん、もうこれは的中だね。もしかしなくても今回の犯人だわ。

 ただ、時折見える顔がカブさんからもらった写真の顔と違うように見えるんだよなー………。いや、うーん………そういうことと判断していいのかね………。

 

「あら? いいの? そんなにベラベラ聞いてもいないことを話しちゃって」

「構わねぇさ。お前は今ここで死ぬんだからな! 文字通りのシンダーソニアになりやがれ!」

 

 おっと、ソニアのおかげで聞きたい情報は聞けたのだ。

 最後の手持ちと思われるニョロトノも駆けつけたライボルトもこれ以上戦えそうにないとなると、こいつらを引き止めておく理由はない。

 ソニアも闇堕ちしそうな雰囲気もないし大丈夫だろう。

 

「GO」

「ワパ!」

「ラグ!」

「レザ!」

 

 俺が一言合図を出すとワンパチとラグラージとエレザードの三体が真っ先にソニアの前に躍り出た。

 

「ジャーッ!」

「ダァァァァ!」

「みんな!?」

 

 それに気を取られている間に闇夜を移動し、男たちの背後から襲い掛かるサダイジャとストリンダー。

 こいつらトレーナーいなくても連携取れるのね。ヨノワールを倒している辺り、先に誰がどう動くかを決めていたのだろう。

 

「チッ、まだいやがったか。戻れ、ヨノワール。ゲンガー、タチフサグマ。全員の息の根を止めろ」

 

 ヨノワールを戻した男はゲンガーとタチフサグマを繰り出した。

 さて、ボイスレコーダーはオフにして、と。

 そろそろ仕事しますかね。

 

「「ッ!?」」

 

 俺は帽子を深く被り、殺気を放っていく。

 

「な、なんだァ? この……プレッシャーは………」

「ぁ……ぁ………」

 

 それに気づいた二人はバトル中にも関わらず辺りを見渡し始めた。

 ポケモンたちも目の前の敵を忘れて索敵し始めている。

 

「全員動くな」

 

 一歩一歩とソニアの背後から姿を見せると男と目が合った、ような気がする。

 

「な、何者だ?!」

 

 震えた、だけどそれを見せないように気高に振る舞っている男の何という滑稽なことか。

 ソニアなんかペタンと尻餅ついてめっちゃ震えてるからな。バイブレーションかって感じだ。

 

「………国際警察本部警視長室組織犯罪捜査課特命係。コードネーム、黒の撥号」

 

 低く、ドスの効いた声でそう応えると男の目が見開いた。

 

「国際、警察………だと!?」

 

 そして口をわなわなさせて段々と怯え出していく。気高に振る舞うことも出来なくなったか。

 

「随分とやってくれてるみたいだな。しかも出回っている顔とは別の顔。まさか複数犯だったとは……」

「何故ここに……警察が………!」

「何故? ハッ、そんなもんお前を殺すためだが?」

「なっ………!?」

 

 殺してやりたいのは本音。

 だけど、そういうわけにもいかないので半殺し程度に留めておこうと思う。

 ただ、ソニアの影から戻ってきたうちの演出家はいつもながら上手いな。俺の言葉に合わせて徐々に黒いオーラを纏わせて、男の恐怖心を煽ってるぞ。

 

「く、くそ、クソォ、クソがァァァ! ゲンガー、シャドーボール!」

「ダークホール」

 

 影の弾を黒い穴で呑み込みながら一歩近づく。

 

「な、に………」

 

 それだけで男は一歩後退りした。

 

「お前らのような雑魚に俺を殺すことは愚か、傷一つ付けることすら不可能だ。ダークホール」

「ゲンガー?!」

 

 ゲンガーを黒い穴に落とすと男は悲鳴のような声でゲンガーに呼びかけた。

 だが当然、ゲンガーからの応答はない。

 

「ほら、もっと叫べ。泣き喚け。本土にいるであろうお仲間に聞こえるくらい無様に泣き叫べよ」

 

 さっき男がソニアに放っていた口調で言葉も真似てそっくり返してやりながら一歩近づくと、みっともなく股が濡れ始めた。

 あいつ、とうとうお漏らしし始めたぞ。

 

「うぁ、うぁ、うぁぁぁっ! タチフサグマ!」

「ダークホール」

 

 タチフサグマが一歩前に出た瞬間に黒い穴で呑み込む。

 

「ぅぁ……ぁぁ………ぁぁああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ………!?!」

 

 すると、とうとう男の精神が壊れてしまったようだ。

 こうなったらしばらく目を覚ます事はない。目を覚ましてもまともに会話が出来るかどうかも怪しいレベル。

 過去、こんな目に遭った奴らはそれなりにいる。特にRが目印の人たち。多分、ダークライがさいみんじゅつを施し、奴の特性の効果が発動して、俺の殺気を何倍にも増長させているんだと思われるが、その辺のことはダークライのみぞ知ることだ。うちの演出家はやるならとことんまでやるからな。

 でもなんか懐かしいな、この荒んだ気分は。

 だが、それでいい。俺はいつだってそうしてきたのだ。カロスでの日常が日常過ぎただけのこと。

 

「………チェックメイト」

 

 ただ、一度あの日常を手にしてしまったから、こっちの手を使ってでも足掻いているのだ。

 俺の邪魔する奴らはーーー。

 

「ガラルの裏も一寸先は闇、か」

「……ぁ、ま……って……」

 

 口から泡を吹いている男の首根っこを掴んで引きずって行こうとすると、枯れた声で呼び止められた。

 

「ハチ……くん、だよね?」

「通りすがりの国際警察だ」

「絶対、ハチくん………だよ、その返しは………」

 

 おっと、名乗りもしてないのにバレてしまったぞ。

 お股を濡らしているくせにそういうところだけは勘が働くのね。

 

「たかだか殺気くらいで腰抜かしておしっこ漏らしてる奴は、知らんふりをしておくもんだぞ」

「も、漏らしてな………っ!?」

 

 あっ、こいつ今気づいたらしい。

 みるみる内に顔が赤くなっていっている。耳まで赤いぞ。

 

「ッ!? ソニア!」

 

 俺は男を投げ捨て、ソニアを押し倒しながら覆いかぶさった。

 するとヒュンヒュンという音が次々と俺たちの周りに降り注いでくる。

 ポケモンたちも自己防衛に勤しみ、ソニアにまで気が回っていない。

 

「ワンパチ、ラグラージ、エレザード! 死にたくなければ今すぐソニアを担いで道場へ向かえ!」

「ちょ、まっ、なっ……!」

 

 音が止んだ瞬間に身体を起こしてポケモンたちに指示を出していく。

 

「ストリンダーはライボルトを連れてけ!」

 

 倒れているライボルトを二足歩行のストリンダーに任せ、ポケモンたちに無理矢理担がれていくソニアを見送った。ソニアは気づいてないみたいだが、この散らばった葉っぱの攻撃を受けたポケモンたちは状況のヤバさを理解しているみたいだな。

 新たな敵。

 犯人の男とは比べるべくもなく危険な殺気を放っている。しかも一つや二つではない。

 

「団体さんのおでましか」

「ライ………」

 

 とうとうダークライも姿を見せ、辺りを警戒し始めた。

 ダークライですら反応するということは、それ相応の手練れということだろう。

 ジャングル、手練れ、そしてこの殺気ともなれば、話でしか聞いたことないが奴らで間違いないだろう。

 いつぞやに爺が言っていたジャングルの主。格闘家のウーラオスよりも細いシルエットの複数体いる先住ポケモン。

 

「「「ザルゥゥゥゥゥゥッッ!!」」」

 

 四方から取り囲んでくる黒い身体に長い腕、闇夜でも分かる赤い目の集団。

 ジャングルで過ごす内に頭の炎が危ないのでなくなり、夜行性になったため身体が黒くなった、ゴウカザルのリージョンフォームと言われても、まあまあ信じてしまいそうな見た目である。

 

「サナ!」

「ガゥ!」

 

 するとサーナイトとガオガエンが勝手にボールから出てきた。

 

「ガゥ、ガウガ」

「サナ? ………サナ、サナサナ!」

 

 二人で会話し始めたかと思うと、ガオガエンが一歩前に踏み出した。

 ………お前が戦うっていうのか?

 正直、メガシンカしたサーナイトかダークライくらいでないと対応できないと思うんだが…………仕方ない。やるというのならやらせてみよう。

 さて、あいつらのタイプは何だろうな。

 黒い見た目からあくタイプか? んで、腕の先にある緑色のアームカバーのようなものからくさタイプ………なんていうのは安直すぎるか。くさとあくの組み合わせならワンチャンウルガモスもいけそうな気がしなくもない。ガオガエンだって、その組み合わせなら正気はありそうだが、いかんせんここは奴らの縄張りだ。勝って知ったるフィールドでタイプ相性なんざ意味をなさなくなるだろう。

 最悪かくとうタイプという可能性もある。身軽さなのは囲まれるまでに見せてくれた。長い腕から繰り出される技は危険だろう。

 

「さて、誰から相手してくれるんだ?」

 

 俺たちのことを取り囲みはしたが、なかなか飛びかかってこない。

 警戒はされているため、どう出るか様子を伺っているのだろうか。

 

「ザルゥゥゥ……」

 

 ただ俺たちが戦闘態勢に入ると、ジャングルの主の一体が前に出てきた。

 

「お前からか。ガオガエン、まずはご挨拶だ。ニトロチャージ」

 

 てっきり集団で来るものだと思っていたため、単独で出てきたのには驚きだ。だが、一対一を望むのであればこちらもそれに応えるとしよう。

 挨拶代わりに炎を纏って突進していくと、ジャングルの主は腕から蔦を伸ばして頭上の木に巻きつけ、大ジャンプして躱された。

 

「っ!?」

 

 腕のあれは蔦を巻き付けていたのか。

 だが、おかげであいつはくさタイプの可能性が高くなった。

 

「ザッ!」

 

 振り子の要領で勢いをつけて、上から飛び掛かってくるジャングルの主。

 

「ガオガエン、フレアドライブで腕をクロスして受け止めろ」

 

 振り下ろされる拳を炎を纏って腕をクロスさせて受け止めた。

 

「弾け」

 

 反対の拳で腹を狙ってきたので、弾き飛ばして距離を取ると、ジャングルの主は着地と同時にガオガエンの足元から蔦を伸ばして脚を絡めとった。

 

「ガ、ガゥ……!?」

「ガオガエン、ニトロチャージで蔦を燃やしてそのまま脱出しろ」

 

 炎を纏い足元の蔦を焼き切ったガオガエンは、地面を蹴り出し加速しーーー。

 

「ガゥ!?」

 

 ーーーようとした瞬間、暗闇から現れたジャングルの主により足払いされてしまった。

 こいつ………戦い方に無駄がない。というよりも暗闇を自分のフィールドにしていやがる。恐らく現状況下において一番役に立たない目をしているのは俺だ。ガオガエンも夜目が効く方だろうし、ダークライたちも経験から勘が働くだろう。それに対して俺の目は人間の至って普通の目だ。夜目は効かないし、動体視力もポケモンたちには追いつかないだろう。

 

「………チッ、暗闇に逃げられたか」

 

 しかも暗闇を利用したヒットアンドアウェイ。

 どう見ても指示を出す側ーーつまり俺を機能させないようにしている。

 

「ガオガエン、お前の勘で躱せ」

「ガゥ!?」

「この暗闇ではお前の目の方が優秀だ」

「………ガゥ!」

 

 こうなっては俺が下手に指示を出すよりもポケモン自らが判断して躱した方が勝率は高くなるだろう。

 いやはやジャングルの主というのは、対人間に対して非常に慣れている。だからこそ、人間に見つからずジャングルの主としていられるのかもしれない。

 

「ガゥ?!」

 

 突如、飛び上がったガオガエンの真下に拳が打ち込まれた。

 パンチ一つで地面が割れるこの威力。今のはアームハンマーか。

 

「アクロバット」

 

 ジャンプしていたのをいいことに、空気を蹴り上げ突撃させた。

 くさタイプを持つであろうジャングルの主には効果抜群のはず。

 

「ザ、ルゥッ!」

 

 だが、主には届かなかった。その前に岩石で守りを固められてしまったのだ。

 がんせきふうじをそういう風に使えるくらいの手練れなのか。最早人間の発想と同じレベルである。それだけ知能も高いのが伺えるな。

 

「にどげりでぶっ壊せ」

 

 勢いをそのままに目の前の岩壁を二度蹴り付けて、吹っ飛ばした。

 だがその瞬間、蹴飛ばした岩に何かが突き刺さり、そのままガオガエンへと向かってくる。

 

「ガゥ!?」

 

 真っ直ぐ突っ切ってきたであろう蔦を身を捻って躱すも、捻ったことにより主側に背中が向き、その一瞬で背中から叩き落とされた。

 つるのムチ………いや、パワーウィップか?

 こんな大きな隙を軽い技で突いてくるとは思えない。それだけの知能はあるはずだ。

 

「ガオガエン、オーバーヒート!」

 

 これ以上追撃されないように一度身体から大量の炎を迸らせる。

 この炎が主に届くかどうかは考えるまでもないだろう。

 

「ッ!?」

 

 ガオガエンの炎が一旦落ち着くと、ジャングルの主がいるであろう方角から一際輝く剣が見えた。

 なんだ、あの剣は?!

 炎を……いや、光を吸収している………?

 まさか炎の熱を…………?

 ソーラー………ブレード……………。

 

「ザ、ルッ!」

「ガオガエン、躱せ!」

 

 ジャングルの主は光の剣を携え、斬り込んでくるものとばかり考えていたら、まさかのそのまま投げつけてきた。しかもガオガエンの後ろには俺もいるわけで、咄嗟に俺も右の草むらに飛び込まざるを得なかった。

 

「ガッ!? グゥッ?! ガァァァッ!?」

 

 顔を上げるとガオガエンがジャングルの主にめっためたに殴りつけられているところだった。

 インファイト。

 防御を捨ててなりふり構わず殴りつけるかくとうタイプの高威力技。あくタイプを持つガオガエンには効果抜群だ。

 

「ガ……ゥ…………」

 

 ドサッ! と地面に叩きつけられたガオガエンは息をしてはいるものの、起き上がる気配もない。身体もピクリともせず、完敗だった。

 

「ザルゥゥゥウウウウウウウウウウウウウウウッッ!!」

 

 強い。

 根本的に強そうではあるが、この夜のジャングルという特殊な状況下においては無類の強さを発揮していたと思う。何よりトレーナーである俺が機能していなかった。それも故意に。

 狙われていたのは終始俺だったというわけだ。

 

「………全く、バカ野郎が。お前のおかげでこいつらの戦い方は掴めたよ。ゆっくり休め」

 

 …………ふぅ、ガオガエンのおかげでどう動くべきなのか方針が決まった。

 

「サーナイト、犯人が起きて逃げ出さないか見張っといてくれ」

「サナ!」

 

 狙われているのは俺。

 その邪魔をするからガオガエンはコテンパンにされてしまった。

 

「ザッ!」

「ザッ!」

「ザッ!」

「ザッ!」

「ザッ!」

「ザッ!」

「ザッ!」

「ザッ!」

 

 なら、こうするしかないよな。

 

「来い、ウツロイド」

 

 ジャングルの主たちに全方位囲まれながら、俺は一つのボールから白い魔獣を呼び出した。魔獣は俺を呑み込んでいき、その白い身体を黒く染め上げていく。身体も膨張し徐々に身体が浮遊感に襲われ始めた。

 勝ったもん勝ち。

 ガオガエンを倒したジャングルの主たちの仲間は、そう主張するように襲いかかってくる。

 

『「マジカルシャイン」』

 

 それを光を迸らせて一掃した。

 こんな暗闇で夜目の効く相手には持ってこいの技である。ガオガエンも使えたらよかったんだがな。生憎とフェアリータイプの技とは相性が悪いみたいだし、ガオガエンという種族自体がフェアリー技のイメージがない。

 まあ、ウツロイドもウツロイドでイメージはないんだが。

 

「ザゥ!」

 

 だが、一体だけ攻撃に参加していなかったためか、遅れて俺に飛び掛かってきた。ガオガエンを倒した主だ。

 

『「カラミツク」』

 

 そいつを触手で絡み取り拘束していく。

 

『「シメツケル」』

 

 そして力を加え脱出しようとする気概を奪っていく。

 

『「サイコショック」』

 

 折れた木の枝や石を操り、背後から拘束した主にぶつけた。だが、主に触れるとサイコパワーは消滅し、枝や石がボトボトと地面に落ちていく。

 ………なるほど、そういうことか。

 この主たちは恐らくくさ・あくタイプ。少なくともあくタイプは決定だ。くさタイプも腕から蔦を出したのを見るに間違いないと思われる。

 

『「ドクヅキ」』

 

 身動きの取れない主に触手で次々と殴りつけていく。

 それにしても誰も助けようとはしないんだな。仲間が拘束されてやられているというのに。

 

『「マジカルシャイン」』

 

 毒状態にこそならなかったものの、何度も殴られ続けたジャングルの主はぐったりしている。そこへトドメと言わんばかりに再度光を迸らせると主が白眼を剥いてしまった。こいつが反撃してくることはないだろう。

 拘束を解くと地面にドサッ! と落ちたのが何よりの証拠だ。

 

『「サァ、ツギハダレガコロサレタイ?」』

 

 死んではないが他の奴らにそう問いかけると、一歩一歩じりじりと後退しているのが見えた。本能的にヤバいと判断したのだろう。

 そりゃそうだ。ポケモンじゃなくトレーナーの方にやられるなんて、こいつらからしたら前代未聞だろうからな。ましてやそのトレーナーが謎の生物に寄生されてるんだ。いくらジャングルの主とはいえ、手に負えるレベルではないだろう。

 そして遂には仲間を捨て、音もなく去っていってしまった。

 

『「ウツロイド」』

 

 危機も去ったことだしウツロイドに促して寄生を解除する。

 ふぅ………、どうしようか。このジャングルの主も、今回の犯人も。一応連絡はしてあるのだから誰かしらは来るとは思うが…………。だとしても主の方はマジでどうしよう。こちらとしても遭遇するのは想定外だし、本部の方も預けられたところでって感じだろうし。やっぱり俺が連れて帰るしかないのか………?

 するとこちらに走ってくる足音が聞こえてきた。

 

「………遅くなりました。国際警察です」

 

 ようやく来たか。

 

「遅かったな」

「先に向かわせていた部下が途中で腰を抜かしていました。恐らくあなたの殺気に充てられたのかと」

「ああ、それはすまなかった」

 

 なんだ、他にも来てはいたのか。

 だけど、ソニアみたいに腰を抜かしていたと。

 

「国際警察本部警視長室組織犯罪捜査課特命係。コードネーム、黒の撥号。巨大化ポケモン大量発生に深く関わっている男を拘束した」

「了解しました。その男が犯人ですね」

「ああ」

 

 そう言って俺の横を過ぎて男の元へいくスーツ姿の女性警察官。ただその一瞬、俺は彼女の横顔を見てしまった。

 そうか。

 もうこの時には既にーーー。

 

「そのポケモンは………?」

「さあ? このジャングルの主の一体としか……」

「そのポケモンも彼が?」

「いや、これは副産物だ。俺の殺気に反応して集団で襲撃してきた」

「その割には………」

「追い返したからな」

 

 男に手錠をかけ、引き立ってくる彼女は俺の傍らに倒れている黒いポケモンが気になったようだ。

 

「伸びたままここに放置しておくのも、か。犯人輸送の任務はそちらに任せる。俺は引き続き、自分の任務を遂行させてもらう」

「了解しました」

 

 なんか敬礼されたので俺も一応敬礼で返しておく。手の角度とか細かい規定があるんだろうけど、知ったこっちゃない。

 

「………Fall」

「はっ?」

 

 だが、俺の横を通り過ぎようとした際、彼女はそう呟いた。

 Fall。

 どこかで聞いたような気もするが、一体何を指す言葉だったか。

 

「ここにきてからずっと、あなたからウルトラビーストたちと同じオーラを感じます。もしやあなたも………?」

 

 記憶を辿っているとウルトラビーストなるキーワードが彼女の口から出てきた。

 ああ、そうか。そうだったか。Fall、ウルトラビースト、そして彼女ーーリラ。ようやく何を指している言葉なのか合点がいったわ。

 

「そう感じたのならそうなんじゃねぇの。俺にはさっぱりだが」

 

 Fall。

 それはウルトラホールに囚われた人間が、ホール内のエネルギーを取り込んでしまい、身に纏った状態になった者を指す。そしてホール内のエネルギーはウルトラビーストも纏っているため、同じをオーラを感じたしまうというものだ。

 …………これ、気をつけないと自分はFallですって言ってるようなものなんだけどな。国際警察内では周知の事実なのかね。

 

「で、では何故そんなに普通でいられるのですか!」

「知らねぇよ。異界だろうが何だろうが、生き物は生き物だ。人間同士ですら相性があるんだから、どんな相手にだって相性はあるだろ。俺はたまたま順応しやすい体質だった。それだけのことじゃねぇの?」

 

 ただ、一つだけ彼女と違うのは、俺にはさっぱりそのオーラを感じ取れないということだ。ウルトラホールに囚われていた時間は短いだろうが、ウツロイドに寄生されるというもっと濃厚な接触をしているのだから、こちらもリラのオーラを感じ取れてもおかしくはないと思うのだが、分からないものは分からない。

 やはり彼女にはホール内でもっと何か重大なことが起こっていた可能性がある。

 

「あ、そうだ。犯人のポケモン出してくれ」

 

 ホールで思い出したが、犯人のポケモンを呑み込んだままだったな。

 黒い穴からポイッと投げ出されるゲンガーとヨノワールとタチフサグマの三体。眠りこけているため、襲いかかってくることはない。

 

「黒い穴から……!? まさかウルトラホール?!」

「この三体はその男のだ。ついでに連れてってくれ」

 

 どうやら黒い穴をウルトラホールと勘違いしてくれたらしい。ダークライのことを広めるつもりもないので、勘違いしてくれたのならそれでいい。

 

「アンタにもポケモンたちがいる。記憶がないからって自分を見失うなよ、リラ」

「な、何故わたしの名前を………!」

 

 まあ、今はこれ以上関わる気はないのでさっさと退散するに越したことはない。

 今の俺が彼女と関わったところであの会議での再会が矛盾してしまいそうだし、俺が言わなくとも分かっているかもしれない。

 彼女に関しては未来の俺に託すことにしよう。

 そう結論付けて、伸びているジャングルの主を引きずってマスター道場に帰ることにした。

 



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53話

今年最後の投稿です。
本作二年目も無事終えられることが出来ました。
昨年の最後の投稿で三分の一くらい進んだと言っていましたが、なんだかんだでまだ五分の二にも到達してなさそうな予感がします。
来年の四月くらいには本土に行けるといいなー………でもそこからまだ長い気がするなー………と完結するまでにあとどれくらいかかるのか分からない状況です。意外とソニアの話が膨らんだのが原因でしょう。
とはいえ、完結に向けて地道に進めていくので来年もよろしくお願いします。
それでは皆さん、良いお年を。


 道場に戻る途中で、引きずってきたジャングルの主を一応ボールに入れておくことにした。意識はないため同意は得られないが、人間から比較的隔離されたジャングルで人知れず生きているこいつを、道場に堂々と連れて帰るのもそれはそれで新たな火種になりそうだからな。これ以上俺の仕事が増えないようにするためにもボールの中に隠れてもらうのが一番手っ取り早いのだ。

 

「ただまー」

「およ、おかえりはっちん」

 

 うん、いつも通りの軽い爺さんだわ。爺だけは。

 俺の声が聞こえるや否やドタドタドタッ! と道場内を駆ける音が複数聞こえてくる。

 

「ハチさん、怪我はないっすか!?」

「犯人捕まえたって本当っすか!?」

「ってか、またあのダイマックスの鬼連チャンが起きてたんすか!?」

 

 ソニアから事情を聞いたのであろう門下生たちが次々と俺を取り囲んでいく。

 同時に質問されても順番にしか答えられないからね?

 それも聞き分けられたのくらいしか無理だよ?

 だから一旦落ち着こう?

 ………多分、興奮してるこいつらには言っても意味ないだろうな。

 

「別に怪我はない。鬼連チャン引き起こした犯人は捕まえたし、警察に引き取ってもらった。鬼連チャンも原因となるねがいのかたまりの塊を除去したから、もう大丈夫だと思うぞ」

 

 鬼連チャン。

 なるほど、上手い表現の仕方だ。今度から使わせてもらおう。

 

「で、ソニアは?」

「………裏のフィールドよ。ポケモンたちに運ばれてきた時には大変なことになっていたからお風呂に入ってもらったんだけど、それから一人にしてって」

「そうですか」

 

 遅れてやってきたミツバさんがソニアはあっち、と道場裏のフィールドを指した。

 

「………ソニアさん、お風呂から出てきた時、めちゃくちゃ目が赤かったっす。多分お風呂で泣いてたんじゃないかな」

「道場に運ばれてきた時も『ハチくんが! ハチくんが!』って、ずっと心配してましたし」

「それでよく事情を聞き出せたな」

「ソニアちんが聞く前に全部話してくれたからねん」

 

 器用なやつだな。

 いや、事の詳細をしっかり伝えることで救助を確実なものにしようとしたのかもしれないな。そこまで考えられていたかは定かではないが。

 

「因みになんて返したんだ?」

「師匠が『はっちんは大丈夫だよん。あれは化け物だから』って」

「おい」

 

 誰が化け物だ、誰が。

 

「一人の方が強いっても言ってました」

 

 まあ、それは間違いないな。下手に気にかけなきゃならん奴がいる方がやりにくいのは確かだ。

 

「………ハチ君、今のソニアちゃんはジムチャレンジが失敗に終わった頃に近い状態だと思う。少なくともそっち方面に向かってる状態なのは確かだよ」

「それ、俺があいつの事情を知ってる前提で話してません?」

「聞いてないの?」

「聞いてますけど」

「だと思った」

 

 本当にこの人は恐ろしい。

 何で俺がソニアの事情を聞いたって分かるんだよ。絶対理由を聞いても女の勘としか答えないだろうし。………マジで恐ろしいわ。

 

「はっちん、ソニアちんをお願いね」

「へいへい」

 

 ジムチャレンジの頃のソニアがどんな感じだったのかは知らないが、話を聞く限り良くはないのは確かだ。

 はぁ………帰ってきてからもまだ仕事しないといけないとか。残業手当出ないかな………。

 

「あ、ならこいつら回復しといてください」

 

 そう言って爺さんにガオガエン、ウルガモス、ヤドラン、キングドラ、クズモーのボールを投げ渡した。ダークライ、クレセリア、ウツロイドとジャングルの主の四体は人前で出すわけにもいかないし、サーナイトはまだピンピンしてるからな。

 

「あれ? なんか増えてない?」

「二体くらい増えましたね。キングドラとクズモー」

「モテモテだね」

「キングドラのせいですよ。そいつに保護しろってしつこく言われて」

「普通自分から保護しろなんて言わないのよん?」

「でしょうね」

 

 だから俺も驚いたし。

 まあ、そう言ってくるのも理解できなくもないが。元々キングドラは危険を知らせるためにハニカームの海で暴れ回っていたのだ。だから他のポケモンたちからすれば縄張りを荒らす邪魔者でしかないし、群れがあったとしても再び引き戻そうとはしないだろう。クズモーに至っては意識がなかったからな。あのまま海に漂流させておいたらどうなっていたか分からないし、キングドラがまとめて保護しろというのも正しい判断だと思う。

 

「んじゃ、俺はもう一人の問題児を相手してくるんで。あいつのためにも覗かんでくださいよ」

「はいはーい」

 

 門下生共々、笑顔で俺を見送ってくる。

 なんだろう、あの嫌な笑みは。なんか含みがあり過ぎて、ドッキリを仕掛けられている気分だわ。俺はこれからどんな目に遭うのだろうか。

 裏のフィールドに出るとフィールド上にソニアの姿はなかった。

 さて、あいつはどこへ行った?

 こんな真夜中にかくれんぼとか本当にやめてほしい。ついさっき暗闇での戦いで苦戦を強いられたってのに。まだ目を酷使しろってのかよ。

 

「………!」

 

 すると気配もなく後ろから軽く引っ張られた。

 

「………おかえり」

「お、おう……ただいま」

 

 声でそれがソニアだということが分かった。

 これ服を引っ張られて何かを押し当てられてるよな。柔らかくはないからそんな嬉しいものではなさそうだけど。

 

「怪我は……ないの?」

「ああ、ガオガエンがコテンパンにされたが、逆にコテンパンにしてやったら、お仲間さんたちも逃げてったぞ」

 

 震える声はか細く、今にも消え入りそうである。

 

「犯人は………?」

「警察に引き渡した」

 

 対して服を引っ張る力は段々と増している。

 

「………なんでわたしを逃したの」

「危険だと判断したからだ」

「わたしはまだ戦えた!」

「無理だ」

 

 ぎゅっと服を強く握られる。

 それだけ本人には戦う意思があったのだろう。

 だけど、ジャングルの主たちはそんな気持ち程度で相手になるような奴らではなかった。

 

「俺の殺気に腰を抜かして、襲いかかってきた奴らの殺気も感じ取れないような奴に、あの場で残られても迷惑なだけだ」

「………やってみないと分からないじゃない」

「やってみた結果、死ぬことになってもか?」

「ええ、いいわよ。わたしなんか生きている価値もないんだから、死んだって誰も悲しまないわ」

 

 っ!?

 これは驚いた。

 まさかここまでの状態になっていたとは。

 これはもう自暴自棄になっていると見て間違いないな。何が原因か、までは考えるまでもないだろう。

 

「………残されたポケモンたちはどうする。少なくともお前のポケモンたちはお前が死んだら泣くぞ」

「それは………」

「それにダンデたちだって、この道場の奴らだって流石に死んだら悲しむに決まってんだろ。カブさんなんか逆に落ち込むぞ。守ってやれなかったって」

 

 自暴自棄になっているとはいえ、ポケモンたちのことを考えさせるとまだまだ心が揺らぐようだ。ただ単に自分だけ安全な場所に送り込まれたやるせない気持ちだけが先走っているだけかもしれない。

 つくづく人間は面倒な生き物だと思う。

 本能とは別に理性なんてものを有するが故に苦悩し、上手くコントロール出来なければ破壌してしまう。感情にして吐き出せればまだ抑えられるかもしれないが、俺やソニアみたいな内に溜め込むタイプはそれが出来ないから、一気に爆発することがある。

 今のソニアはその時なのだろう。

 

「でもその時だけじゃん! 結局、わたしなんてダンデくんみたいにもなれないし、おばあさまみたいにもなれない! 半端者のいる居場所なんてどこにもないのよ! わたしはハチくんとは違うの! ダンデくんに勝てたり、おばあさま並みの頭脳を持ち合わせていないわたしなんか生きてたってしょうがないじゃない!」

 

 そしてその起因は強い劣等感。

 大勢の前でバトルを楽しめ、尚且つ最強の座を手にしている幼馴染。

 ガラルでは有名なポケモン博士という、どこぞのじーさんと図鑑所有者のような関係の祖母。

 その二人と比較され続けていれば、自分の価値を見失い存在価値が見出せなくなり、死をも考えてしまうといったものか。

 まあ、俺は幸い劣等感に苛まれることはなかったため、死にたくなるということはなかったが………。

 とはいっても自分が傷つくことを厭わない、ある意味死んでも構わないような立ち回りをしていたのも事実なわけで、そういう意味では俺もソニアも似ているのかもしれないな。

 ただ、そんなことを考えられるのは死を目の前にしたことがないからだ。暗殺未遂に遭った今だからこそ、やる側とやられる側の両方を体験したからこそ、分かったことだ。

 

「………それは生きてるから言えるんだよ」

「えっ……?」

「死んだら何もかもが終わりだ。ダンデがだのおばあさまがだの、そんなことを言ってられる内はまだいい方なんだよ」

 

 背中からはさっきの勢いから一転、虚を突かれたかのような素っ頓狂な声が漏れた。

 

「忠犬ハチ公って知ってるか?」

「………聞いたことない」

「そうか。そいつはな、カントーのポケモン協会の奴なんだが、ある組織に大ダメージを与えたことで協会内では有名なんだ。それも畏怖の対象として。…………そいつが乗り込んだアジトは一人残らず姿を消される。怪我人も死体も残らない、生きたままあの世送りにされるんだ。そいつを目の前にしたが最後、一瞬で消されるんだとよ」

「っ………!?」

「終わりなんていつくるか分からない上に一瞬だ。だから生きていられる内は、無駄に死のうとするな」

 

 やる側は特に何の罪悪感もなく、ただただ敵と見做した者を次から次へとあの世送りにし、やられる側の時は何としてでも生き残ろうと踠いたものだ。

 結局、人間は口では死んでやるとか死にたいとか言ったりするものの、心のどこかでは絶対に死にたくはないし、死ぬのが怖い。

 そもそも何で人様の都合で死ななきゃならないんだって話だ。俺の人生は俺のものなんだし、死ぬのも生きるのも俺の勝手だろうが。それを人と比べて劣等感を抱いて、承認欲求が満たされないから死を選ぶとか間違ってるとしか言いようがない。少なくとも正しい死ではない。まあ、生きたまま殺めた俺が言えたことではないがな。

 

「それに、何も周りの奴らみたいに成功する必要なんてないだろ。ダンデたちはダンデたちでお前を羨んでると思うぞ。何にも縛られず自由に生きられる、まだまだこれから選択していける人生なんだ。既にチャンピオンやジムリーダーになんて就いてたら、新たな道を開拓していくのも難しいからな」

 

 それに今のソニアは何の役職にも就いていないフリーな状態だ。それは持てそうで中々持てない自由というものを手にしている状態なのだ。毎日ニュースの記事に取り上げられることも人前に出る必要もない。今だからこそ、得られた貴重な時間なのである。

 それをみすみす手放すとか勿体ないどころの話ではない。

 

「喜べ、自由人。ダンデたちがもっと羨むくらい自由を謳歌してやれ」

 

 振り返ってソニアに面と向かってそう言うと、彼女の瞳は揺らめき、目尻からツー……と一雫の涙が溢れていった。

 

「ああ、それと周りの目が気になるのなら、ぼっちになることをお勧めするぞ。ぼっちはいいぞ。自由の塊だからな。何をするにも誰かの意見を聞く必要もない。好きなことを好きな時にできる。プロぼっちともなれば、周りの目すらも気にならなくなり、気配を消すこともできる。まさにぼっちの中のぼっちだ」

 

 早口で捲し立てるとソニアは袖でゴシゴシと涙を拭い、トスッと一突きのパンチを入れられた。力は篭っておらず、そのまま服をぎゅっと掴まれ、胸に顔を埋められてしまう。

 

「なんでそんなにぼっちを熱く語れるのよ、バーカ」

 

 多分、顔を見られたくなかったのだろう。

 声はさっきよりも明るく、憎まれ口を叩けるくらいには気持ちも前を向いたであろうことは分かるが、涙だけはコントロール出来なくなってるのだろうな。

 それなら出るもの全部出してしまえばいい。結局のところ、こいつは吐き出し方が分からず溜め込み過ぎて、その上で劣等感に狩られて承認欲求が満たされなくなっていったのだろう。だから本能的に二人から離れられる環境を選び続けていた。

 ……………うん、やっぱり人間は面倒な生き物である。

 

「ぅ、ぅぅっ…………、ぅぁぁ………っ……」

 

 遂に決壊した嗚咽がしばらく俺の胸の中で鳴り響いていた。

 

 

 

   *   *   *

 

 

 

「ねぇ、明日わたしとフルバトルしてくれない?」

 

 どれだけそうしていただろうか。

 ようやく涙が引っ込んだかと思うと、ソニアの口からそんなことを言い渡された。

 

「………正気か?」

「正気よ」

 

 出すもの出せとは思ったが、出し過ぎて頭がおかしくなったのかと思っちゃったぞ。

 

「なんでまた急に……」

「ハチくんとだったらわたしも緊張しないで済むかなって」

「なに? 俺舐められてる?」

 

 一応ダンデに勝ったって伝えてるよね?

 ダンデを想起させるから会いたくなかったとか言ってたよね?

 それなのに俺相手だと緊張しないかもってどういうことだってばよ?

 

「んーん、ダンデくん相手に勝ち越せてる人に勝てるとは到底思ってないよ。ただ、知っておきたいの。ダンデくんが見てる世界を。今はまだダンデくんに会いたくないし」

 

 ダンデが見ている世界、か。

 高みの世界のことなんだろうが、ダンデが見ている世界なんて言い回しだと、おバカな世界しか想像出来ないのは俺だけだろうか。そんな世界だったら絶対に見たくないけどな!

 

「それはいいが………面子は揃っているとはいえ、ここでは出せないポケモン入れないとフルバトルにならないぞ?」

「サーナイト、ガオガエン? だっけ? それにウルガモス、ヤドラン、キングドラ、クズモーで揃ってるじゃん」

「クズモーは無理だろ。キングドラもやるかどうか分からんし」

「ハチくんなら一枚二枚抜いたって大丈夫でしょ? ハンデってことで」

「そんなにフルバトルがいいのかよ」

 

 一枚二枚抜きにしてでも俺とフルバトルがしたいとか、涙と一緒にバトル嫌いも流れてっちゃったのかね。

 

「………昔ね、思い描いたバトルがあったんだ。そのためにポケモンたちにもいろいろと技を覚えさせたりもした。けど、本番で緊張して何もできなかったから…………さ」

 

 ああ、元々ダンデより強かったんだもんな。それにソニアは頭脳派だろうから、バトル前に作戦を組み立てておく方っぽいし、それを今になって実践してみたいとか、そういうことなのだろう。

 それならまあ、付き合ってやらなくもない。理不尽とは言え、俺が原因でソニアのトラウマを強く刺激してしまったのは事実だからな。最後の吹っ切れるキッカケに使われるのも吝かではない。

 

「分かったよ。ただし、俺はそれを超えるかもしれないぞ?」

「望むところよ!」

 

 ようやく上げた見せたソニアの顔には笑みが戻っていた。

 サンダーソニア、お手並み拝見だな。

 



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54話

 皆が寝静まった夜更け。

 俺は裏のバトルフィールドに再度来ていた。

 

「出てこい」

「ザルゥ」

 

 ジャングルの主をボールから出すと、流石に意識を取り戻していた。

 よかった。このままずっと意識戻らなかったら、こいつをどうしようか悩むところだったわ。

 

「どうやら目が覚めてたみたいだな」

 

 辺りを見渡しているジャングルの主からの反応はない。それくらい人里が珍しいのだろう。

 隔絶されたジャングルで同族たちと群れていれば、人間に関わろうなどとはしないだろうし、それが普通の生態系だ。だからこそ、ジャングルの主だなんて呼ばれてたりするのだろうしな。

 

「取り敢えずこれ食っとけ」

 

 俺は持ってきていたオボンの実を投げ渡すと匂いを嗅いでから一噛みし、そこから無くなるのは時間の問題だった。

 腹も減ってたのだろう。

 もう三個投げ渡すとびょんぴょん飛んでキャッチし、勢いよく腹の足しにしていっている。

 

「伸びたお前をあのまま放置しておくのも何だったからボールに入れて連れてきてたんだが、回復したみたいだしどうする? 帰るか?」

「ザルゥ」

 

 元気を取り戻したジャングルの主は首を縦に振った。全くこっちを見ないがな。そんなにオボンの実が美味いのかよ。

 

「ん。お前らの森はあっちな」

 

 あ、こっち見た。

 んで、俺が指刺す方を見て……………腕を組んでなんか思案顔である。

 えっ、なに?

 帰るじゃないのん?

 

「ザル、ザルゥ」

「え? 何だよ……」

 

 するとポゥッと鬼火が現れ、文字が浮かび上がってくる。

 流石うちの通訳さん。分かってらっしゃる。

 

「えっと、『ワレラハニンゲンニホドコシヲウケルワケニハイカナイ。カリハカナラズカエス』。いや、借りとか思ってないから」

「ザルゥ」

「分かったよ。なら、そん時は頼むわ」

「ザル」

 

 俺が了承したことを理解すると闇世の中に消えていった。身体が黒いからすぐに見えなくなったな。

 あまり機会はなかったが、今後は夜に黒い身体のポケモンとバトルする可能性も視野に入れて策を練っておかないとな。今日みたいに集団で襲われて、ダークライたちを使えない状況に陥っていたら、今のままだと万策尽きてしまう。

 今日はその気づきを得られたってことで良しとしとこう。

 

 

 

   *   *   *

 

 

 

「さて、クズモーさんや。ここがどこで俺が誰だか分からないとは思うが、こいつのことは分かるか?」

「ドラ!」

「モ?」

 

 翌日。

 ソニアとのバトルの前にクズモーの様子を伺うことにしたのだが、ボールから出すとずっとキョロキョロと辺りを見渡している。

 そこへぬっとキングドラが顔を覗かせても動じることなく、小首を傾げるのみであった。

 案の定ではあるが、まあ想定内の答えではある。

 さて、どうしたものか。

 陸に生息するポケモンなら家族を探すこともまだ可能ではあったのだが、海の中ともなるとな…………。

 

「お前、家族と逸れたのか?」

「モ? …………ズモズモ」

 

 家族のことを聞くとクズモーは首を横に振った。

 ということは元々家族と離れて生活していたということか。なら、家族を探す必要性は低そうだな。あとはクズモーがどうしたいかだ。

 

「一応説明しておくとだな。クズモーたちが住んでいた海でポケモンたちが巨大化してな。その時にこのキングドラも一緒に戦ってたんだが、恐らくその時に周辺に広がる大波に攫われて、こいつに絡まってたんだわ。しかも意識を失ってたみたいだからそのまま海に放置しておくのも危険だと判断して、一旦ボールに入れさせてもらって今に至るわけだ」

 

 黙ってじっと聞いているクズモー。

 

「それでだ。クズモーはどうしたい? 海に帰るか?」

「ズーモ………」

 

 ここで即答しない辺り、外の世界への興味もあるのかもしれない。

 独り身ということもあり、どうしたいかは自由だ。

 

「別に今決めてくれなくていいぞ。お前は俺たちのことを知らないんだ。それでここに残りますって言われても逆に心配になる。今からバトルするんだわ。それを見ながらでも考えててくれ」

 

 事態の把握もままならないだろうし、こいつが今後どうするかを決めるまでは俺はここにいてくれて構わないと思っている。まあ、ヤドランの時と同じだな。クズモーが海に帰るのなら見送るだけだし、ここに残るというのなら、クズモーの力を引き出してやるまでのこと。

 

「それでだ、キングドラ。お前はどうする? 何ならバトルしてみるか?」

「ドラドラ!」

「分かった分かった。分かったから、そんな押し倒すなって」

 

 何故こいつは事あるごとに俺に体当たりしてくるのだろうか。地味に身体デカいんだから押し倒されるこっちは堪ったもんじゃないんだぞ。

 

「そ、それならお前が使える技を教えてくれ。ああ、影に向かって口で言ってくれればいいからな。優秀な翻訳者がいるから」

 

 影にも聞こえるように伝えるとキングドラは捲し立てるようにドラドラ言い始めた。そしてすぐにぽわっと火の玉が出現した。

 

「えっと、『うずしお、たつまき、なみのり、かなしばり、あわ、バブルこうせん、みずでっぽう、ねっとう、ダイビング、クイックターン、りゅうのいぶき、りゅうのはどう、えんまく、あまごい、かげぶんしん』か。ダイビングは今回使えないが、いい技もあるじゃねぇの」

 

 ハイドロポンプやげきりん、りゅうせいぐんといった高威力の技こそないものの、なみのりやりゅうのはどう、それに皆大好きえんまくや特性を活かせるあまごいもあるから、充分に戦えるだろう。ねっとうとかも面白いかもな。

 これで五体目は確保できたし、あとはどう組み立てるかだな。ソニアは自分で自分の実力を理解してないみたいだし、それで昔構築したバトルをやろうってわけなのだから、何が出てくるのか不安と楽しみが混ざり合って複雑な気分だわ。

 しかもこっちは一枚抜きでって言われてるし………できればメガシンカもZ技も使わないで済むといいんだけどな。

 

「んじゃ、お前の戦いぶりを見せてもらうのも兼ねて、ソニアとのバトルを始めますかね」

「ドラァ」

 

 何故かやる気満々なキングドラであるが、果たしてどこまでやれるのだろうか。一緒にレイドバトルをしたとはいえ、結局はサポートに徹していたからな。実力はまだ推し測れないでいる。

 できればこいつのポテンシャルを引き出してやれるといいのだが…………。

 

「準備はいい?」

「ああ、いつでも構わん」

 

 既にバトルフィールドに出ていたソニアが真剣な目でこっちを見てくる。

 どうやらあいつも覚悟は決めたようだ。

 今回のバトルには俺とソニア以外、誰もこの場にはいない。ソニアが俺となら緊張しないでバトルできるかもってことだったため、渋る門下生たちを抑え、道場内で待機させている。だから当然、審判もいない、

 まあ、どうせ爺さんを筆頭に窓から覗いていそうだけど。

 

「ソニア、まずは結果を求めるよりもバトルを楽しめよ」

「うん、分かってる!」

 

 ソニアからバトルしたいと言い出したものの、トラウマというものはそう簡単に克服できるようなものではない。ましてや比較対象を間違えていることに気付いていないおバカさんでは、傷を抉ることになりかねない。

 ソニアが俺たちのバトルを見て倒れるようなことがあれば、即中断しよう。

 

「いくよ、エモンガ!」

「んじゃ、早速頼むぞ。キングドラ」

「ドラ!」

 

 ソニアの最初のポケモンはエモンガのようだ。

 昨日聞いていた手持ちのポケモンの中にはいなかったところを見るに、このバトルのために手持ちを入れ替えてきたのだろう。

 となると昨日の手持ちポケモンたちと予想してバトルを組み立てていくのはやめておいた方がいいな。何がくるのか分からない、初対面のバトル相手と見做すべきだ。

 

「エモンガ、こうそくいどう!」

「キングドラ、あまごい」

 

 でんき・ひこうタイプのエモンガはすいすいとキングドラの周りを飛び回り加速していく。

 その間にキングドラは雨雲を呼び出し、雨を降らせた。

 

「10まんボルト!」

「たつまき」

 

 素早さの上がったエモンガに対して、雨が降っていることによって特性すいすいが発動したキングドラが食い下がっていく。

 キングドラに向かう電撃は、キングドラを中心にした発生した竜巻により、上へ上へと向きを変えて放電していった。

 

「やるね、ハチくん」

「これくらいは読めて当然だろ」

「なら、もっと速く移動するのみよ! エモンガ、こうそくいどう!」

 

 今のキングドラにこれ以上素早さを上げる術はない。故に三回目以降は封じさせてもらおう。

 

「かなしばり」

 

 高速で移動しているエモンガに変化は見られない。

 多分、気づいてもいないのだろう。それならそれで構わないからな。次使う時に技が焦ってくれればそれでいい。

 

「エモンガ、バトンタッチ!」

 

 とか思っていたら逃げられた。

 まさかソニアのバトルスタイルって割と陰湿だったり………?

 

「お願い、ジャラランガ!」

 

 ボールから出てきた鉄の鎧を着たようなポケモンが、エモンガとタッチして能力を引き継いでいく。

 ジャラランガ。この島にも生息するドラゴン・かくとうタイプ。何故知っているかと言えば、かくとうタイプだから。爺の与太話にはかくとうタイプのポケモンが出てくることがあるため、そのおかげで一部ではあるが俺の知らないポケモンのことも知れたりするのだ。特にこの島に生息するポケモンや、本土の方に生息するポケモンのことについてだと、直近で必要になってくる知識であるためすごく有難い。言わないけど。

 

「すなあらし!」

 

 はっ?

 ジャラランガはいわタイプでもじめんタイプでもはがねタイプでもないんだぞ?

 だが、ソニアがそんなヘマをするとは思えないし…………いや、待てよ。確か特性に何かあったはずだ。

 えっと……ぼうおん……ぼうだんでもなくて…………ぼうじんだ!

 って、珍しい方の特性じゃねぇか。

 しれっとそういうの出してきやがって。

 おかげでキングドラの特性を無効化されちまったじゃねぇか。これはタイミング見て、再度雨を降らせないと厄介だぞ。

 

「ドラゴンクロー!」

 

 ジャラランガは目にも止まらぬ速さでキングドラを竜の爪で切り付けた。

 流石はジャラランガ。弱いわけがない。

 

「大丈夫か、キングドラ」

「ド、ドラ……!」

 

 ドラゴンタイプにドラゴンタイプの技は効果抜群。一撃で落ちなかったとはいえ、あと何発耐えられるか定かではない。

 ならば、当たらないようにするしかないか。

 

「かげぶんしん」

 

 キングドラは分身を増やしてジャラランガの周りを取り囲んでいく。一方向に集まってしまえば、範囲技でやられると判断したのだろう。

 ただ、このままだといつまで経ってもダメージが蓄積していくはがりである。今のうちにさっさと天気を変えてしまおう。

 

「キングドラ、あまごい」

 

 これでジャラランガの攻撃に立ち向かえるだろう。

 

「ジャラランガ、スケイルノイズ!」

 

 チッ、今度は広範囲へのノイズ音か。

 キンキンして耳がイカれそうだ。

 

「りゅうのはどうで包み込め」

 

 ノイズ音の発生源に向けて一斉に赤と青の竜を模した波導が、ノイズ音を押し返していく。

 正直ここまでの時点でソニアのトレーナーとしての力量は一般人を超えている。ジムリーダー辺りが使いそうな戦略をポンポン出してきやがる。というか技のチョイスがいちいちいやらしい。

 本当、何でダンデなんかと比較してしまうかね………。

 

「回り込んでねっとう」

「かみなりパンチ!」

 

 ノイズ音を相殺した爆風の中、キングドラがジャラランガの背後に回り込み熱湯を吹きかけた。

 当然、素早さが上がっているジャラランガは反応速度も上がっており、振り向き様に電気を纏った拳で殴りつけてきたようだ。

 両者、弾き飛ばされながら距離を取っていく。

 ドラゴンタイプにみずタイプの技は半減されてしまったが、それでも雨の効果もあるし、狙い通りジャラランガの右腕は火傷を負っていた。ついでにキングドラも麻痺をもらってしまったが………。

 あそこで咄嗟にかみなりパンチを選択してくる辺り、覚えるポケモンには全員にでんきタイプの技を覚えさせていそうだ。流石はサンダーソニアといったところか。

 

「ジャラランガ、ソウルビート!」

「ジャラァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 何やら雄叫びを上げているが攻撃してくる気配がない。恐らく、能力上昇の技なのだろう。ソウルビートに関しては後で確認しておくとして、それならこっちは一度離脱だな。

 

「キングドラ、えんまくだ」

 

 黒煙を撒き散らして俺のところまで離脱してくるキングドラ。

 身体が痺れて特性が意味を成していないな。

 

「ついでにかげぶんしん」

 

 時間稼ぎにしかならないだろうが、その間に次の手を打たないと。

 

「今だよ、すなあらし!」

 

 ッ!?

 あいつ、この時を伺ってたのか!

 

「ハイパーボイス!」

「ジャラァァァアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 雨が止み、砂嵐が吹き荒れ出した中、轟音が鳴り響く。黒煙は既に砂嵐によってかき消され、分身も轟音によって消滅してしまった。

 

「ド、ドラ………!?」

 

 マジか。

 こんな時に痺れて動けなくなるとか、タイミングが悪すぎるだろ。

 身体が痺れて動けないでいるキングドラは、諸に轟音を浴びせられてしまった。

 恐らく轟音の振動がより痺れを際立たせているに違いない。

 

「いっけぇー! ドラゴンクロー!」

 

 そしてそんな大きな隙を取りこぼすような奴ではないのがソニアだ。

 砂嵐の中、ジャラランガがキングドラを竜の爪で掬い上げて切り飛ばした。

 ドサッ! と俺の前に不時着したキングドラの意識は既にない。

 キングドラ、戦闘不能……か。

 

「まずは一勝! だよね!」

「………ああ、そうだな。戻れ、キングドラ。すまんな、勝たせてやれなくて」

 

 キングドラのポテンシャルを確認するつもりであったが、なかなかどうして終始ソニアの掌で踊らされていた気分だ。

 何が敗因か、なんて自分のポケモンのことをちゃんと知っているかどうかの違いもあるし、心のどこかで舐めていたとか数え出したらキリがないだろう。ただ、一つ言えるのは特性を活かそうとして天候操作に手を出したが最後、ソニアのペースに呑まれたということ。恐らく、天候操作はソニアの得意分野なのだろう。

 本当、こんな高度なバトルを最初から仕掛けてくるなんて、バトルが苦手とか吐かす奴がやることじゃないぞ。

 

「サーナイト」

 

 分かってはいたが、想像以上にソニアは強い。

 心のどこかでソニアの言葉に騙されている俺がいる。

 ソニアは手加減とかする必要もないし、する暇もない。既に一枚抜きになっているのだから、それで勘弁してくれと言いたい。そういうトレーナーだ。

 だからこそ、俺もスイッチを入れないとな。

 

「サイコキネシス」

 

 サーナイトに砂嵐を超念力で止めさせた。

 

「へっ!? 砂嵐が………!」

 

 一瞬の出来事にソニアもジャラランガも驚いているが気にしない。

 

「おにび」

 

 漂う砂の中に火の玉を投げ入れる。

 

「しまっ………!?」

 

 ソニアの焦った表情は連続する爆発に隠され、漂う砂の中にいたジャラランガを呑み込んでいく。

 

「くっ、ジャラランガ! アイアンテール!」

 

 流石の反応速度だ。

 ソニアの指示を待たずに自ら粉塵爆発の中から飛び出してきた。

 

「トリックルーム」

 

 そして、そのまま鋼の尻尾を振り下ろしてくるが、あと五メートルという辺りで素早さが反転する空間を作り上げた。

 

「マジカルシャイン」

 

 エモンガから引き継いだ素早さのおかげでジャラランガは止まっているように見える。

 そこへサーナイトの身体から眩しい光を迸らせ、ジャラランガを包み込んでいった。トリックルームの部屋の壁により乱反射も起きて、光が二度ジャラランガに襲いかかっているようだ。

 

「サーナ!」

 

 そのまま光を強くして衝撃波を生み出すと、ジャラランガは部屋の壁を突き破りながらソニアの方へと吹き飛ばされていった。

 

「ジャラランガ!?」

 

 ソニアが声をかけても反応はない。

 そりゃそうだ。ドラゴン・かくとうタイプのジャラランガにフェアリータイプの技は超効果抜群。加えてあんな無防備な状態で至近距離から攻撃されたのでは、意識がある方がおかしいわ。

 

「一勝したからって気を抜くなよ。流れが変わるのは一瞬だ」

「………性格悪」

「聞こえてんぞ」

 

 俺のことを性格悪いと言ってくれるが、ダンデならこれくらいのことはやってのけるだろう。そうでなければ、無敗のダンデは生まれるはずがない。チャンピオンの座を虎視眈々と狙うカブさんたちもいるのだから、これくらい切り替えが早くなければすぐに相手のペースに呑まれてしまう。

 

「戻って、ジャラランガ」

「サーナイト、お前も一旦交代な」

 

 お互いにポケモンをボールに戻して次のポケモンのボールに手をかける。

 

「いくよ、サダイジャ!」

「ヤドラン、出番だぞ」

 

 ソニアの三体目はサダイジャか。

 巨大化したライボルトとのバトルではタンク役を買って出ていたようだが、今のところ俺はじめんタイプということしか知らないからな。

 既に読み合いではタイプ相性で失敗しているし、そこら辺をどうカバーしていこうか。

 

「みずのはどう」

「とぐろをまく!」

 

 とはいえヤドランは元々みずタイプを持っていた種族。リージョンフォームしてとはいえ、元々の適正も残っているわけで、さらにたまに発動するクイックドロウもいい仕事をしてくれる。

 

「ッ!?」

 

 初手からサダイジャの動きを封じるように攻撃を当てたものの、その直後何故かサダイジャの身体から大量の砂が撒き散らされ、砂嵐が発生し出した。

 俺が驚いている間にもサダイジャは鳥栖を巻いていく。

 

「あくび」

 

 恐らくサダイジャの特性辺りなのだろうが、発動条件がさっぱりだ。

 

「ヤーン」

 

 分からないのなら眠ってもらおうとヤドランにあくびをさせると、釣られてサダイジャも大きなあくびをした。

 これでその内眠ってくれるだろう。

 というかやっぱりヤドランにあくびは似合うな。

 

「くっ………、眠ってしまう前に倒すよ! サダイジャ、ドリルライナー!」

 

 交代という選択肢もある中、身体を回転させて攻めの一点張りを選択してきた。

 

「シェルアームズで受け止めろ」

 

 軌道が一直線だったため、左腕の巻貝で受け止めること自体には最高した。ただ、押し込む力はサダイジャの方が上らしい。ギチギチと徐々にヤドランが後退させられている。

 それならーーー。

 

「ーーーヤドラン、左手を引いて右手でシェルブレード」

 

 一度左腕から力を抜き、前のめりになっていたサダイジャのバランスを崩すと、すかさず右手のかいがらのすずを使って水の刃を作り出し斬り込んだ。

 またもやサダイジャから大量の砂が撒き散るものの、砂嵐によるダメージはかいがらのすずのおかげで帳消しになっている。

 

「左手も使ってもう一度シェルブレードだ」

 

 今度は二刀流でサダイジャを斬りつけ、ソニアの方へと吹き飛ばした。

 

「二刀流?!」

 

 再三に渡り攻撃を加えるとサダイジャから大量の砂が撒き散るのを見るに、攻撃をもらうと身体から大量の砂を撒き散らし、砂嵐を発生させるような特性なのだろう。少なくともそれに近い能力を有しているのは明白。

 となるとこっちもうかうかしていられない。かいがらのすずがあるとはいえ、こんな視界の悪い中でのバトルは、ヤドランにとって不利な状況でしかない。

 

「グー………」

 

 あ、寝た。

 よし、今のうちに徹底的にやってしまおう。

 

「サダイジャ!?」

「ヤドラン、うずしおで砂嵐を呑み込め」

 

 ヤドランが左腕の巻貝から出した水を回転させて渦潮にしていく。次第に大きくなっていくにつれて、砂嵐も巻き込み呑み込んでいった。

 

「そんなことまで………。それなら賭けだけど………サダイジャ、ねごと!」

 

 ねごとは技を覚えているだけ何を使うか分からない博打の技でもあるからな。ねごとで使う技を思うように選択させたトレーナーなんて聞いたことないし、俺だって無理だ。ボーマンダで使っていたユキノですら、運が良かっただけのこと。

 

「おおっ!?」

 

 するとサダイジャが振るう尻尾によって地面が揺れ出した。

 規模的にはじしんではない。あれはもっと経っていられなくなるような技だからな。威力が低い似たような技だとじならしか、あるいはマグニチュードの低い数字か………。

 

「サダイジャに投げつけろ」

 

 ヤドランはフラつきながらも渦潮をサダイジャへと投げ込んだ。

 

「シェルブレードで追い討ちだ」

 

 まだサダイジャに当たってもいないが、眠っているため躱せるとも思えないので、そのまま追撃に向かわせることにした。

 

「サダイジャ、もう一度ねごと!」

 

 今度は何がーーー。

 

「おわっ!?」

 

 ーーーくっ、これ、今度こそじしんだろ………。耐えるのに精一杯だぞ。

 

「ヤ、ヤドラン!」

「ヤーンンンン………」

 

 ヤドランに呼びかけると、ヤドランも踏ん張っていた。

 だよな。もうこんなん攻撃どころじゃないわ。

 

「………ふぅ、ヤドラン!」

「ヤン!」

 

 揺れが治ったのを見計らってヤドランに再度呼びかけると、ヤドランは既に駆け出していた。

 分かってるじゃないか。

 

「ジャァァァーッ!」

 

 ここで目を覚ますか!?

 

「サダイジャ、てっぺき!」

 

 目を覚ましたサダイジャは寸でのところで鉄壁を張り、ヤドランの水の剣を受け止めた。

 

「回り込め」

 

 鉄壁に何したところで時間の無駄だ。それよりも回り込んで背中を狙った方が確実である。

 

「ヤン!」

「サダイジャ、躱して!」

 

 流石のサダイジャも背中からの攻撃には上手く反応出来なかったようだ。

 二度の斬撃を受けたサダイジャは大量の砂を吐きながら転がっていく。どうやらまだ意識が残っているようだな。

 

「……まだ倒れないか。ヤドラン、そのままみずのはどうでトドメを刺してやれ」

「ヤ、ン!」

 

 サダイジャが振り向くのも許さぬまま、ヤドランは水を弾丸にして撃ち込んだ。

 

「サダイジャ?!」

 

 ………ふぅ、やっと倒れたか。

 無駄にしぶとかったな。

 それに最後まで大量の砂を吐き出しやがって、また砂嵐状態である。もういちいち対処するのも面倒になってくるわ。やってもやってもキリがない。

 

「お疲れ様、ゆっくり休んで。………何なのよ、ヤドランがシェルブレードを二刀流って。聞いたことがないよ」

 

 サダイジャをボールに戻しながら、そう聞いてくるソニア。

 

「かいがらのすずは知ってるか?」

「知ってるけど………はぁ!? まさかそういうこと?!」

「かいがらのすずだって立派なシェルだろ?」

「いやいやいや、そんな言葉遊びみたいに言われても無理があるでしょ!」

「知らねぇよ。試しにやってみたら出来たんだからいいじゃねぇか」

「………ハチくんの思考回路ってどうなってるのよ」

「迷路になってるんじゃね?」

「こっちが迷路に迷い込みそうだよ…………」

 

 答えてやったのにその目はどういうことだってばよ。

 俺だって何も迷路に彷徨った結果閃いたってわけじゃない。基本的に戦闘中ポケモンに効果をもたらす道具は、例えば腕とかに付けていた場合、相手の技を一緒に受けることになったりするのだから、それでも壊れないということはそれなりの耐久性を兼ね備えているのと同じだと思っている。だから、攻撃にも使えたら一石二鳥ではないか。

 

「なら、こっちも聞くがサダイジャのあの大量の砂は何なんだ?」

「特性だよ。特性すなはき。攻撃を食らうと大量の砂を吐き出して砂嵐を発生するの」

 

 割と予想通りだな。

 耐久力を上げたサダイジャなら、ダブルバトルとかで永遠と砂嵐を発生させることもできるかもしれない。使い方次第では特性すなおこしを持つバンギラスよりも使い勝手が良さそうな場面もありそうだな。

 ソニアもぼうじんのジャラランガを連れていたことだし、狙ってはいるのだろう。

 

「へぇ、ぼうじんといい砂パでも目指してんのか?」

「あー………いや、まあ、サダイジャの特性に巻き込まれないポケモンも必要かなって、昔………」

「結構ちゃんと考えてたんだな。サンダーソニアなのに」

「それは言わないで。最初はそういうんじゃなかったの」

「なら、そのサンダーソニアって言われた所以を見せてくれよ」

「はあ……、分かったよ。いくよ、エレザード!」

 

 四体目はエレザードか。

 でんき・ノーマルタイプ。

 先のレイドバトルではなみのりも使ってたっけか。

 

「こうそくいどう!」

 

 おい、こいつもかよ!

 砂嵐の中、駆け出したエレザードの姿は見えなくなった。

 エレザードってそんなに速いポケモンだったっけ?

 というかこの砂嵐の中、よくそんな速い動きが出来るな。

 

「エレキボール!」

 

 ソニアの指示は聞こえるが、肝心の電気の弾が見えてこない。俺が聞こえてるくらいだから、エレザードにも届いているはずだし、聞こえてないって線はないだろう。

 となると………。

 

「ヤドラン、この砂嵐を利用して近づいてくるーーー」

「レザッ!」

「ーーーッ!? シェルアームズ!」

 

 言い終える前に正面からエレザードが現れ、尻尾に溜めた電気の弾丸を弾き飛ばしてきた。

 反応が遅れてしまったものの、幸いクイックドロウが発動してくれたおかげで毒の弾丸をぶつけることに成功し、事なきを得た。

 

「10まんボルト!」

 

 だが、それも束の間の安堵で、続け様に背後から電撃を浴びせられてしまう。

 ………またもや見えなかった。

 ジャングルの主といい、俺の目を封じてくる戦法はガラルのポケモンなら当たり前なのだろうか。

 

「みらいよち」

 

 ひとまず未来に向けて攻撃を仕掛けておくことにした。

 それまでにエレザードをどう捉え、どう攻撃を加えるかを考えないとな。

 

「でんこうせっか!」

 

 まあ、考える時間を与えちゃくれないか。

 

「シェルアームズ!」

 

 再び左腕の巻貝にエネルギーを溜め、一直線に向かってくるエレザードに向けて振りかぶった。

 

「ヤン!?」

 

 が、間に合わなかった。

 

「エレザード、じならし!」

 

 立て続けにエレザードは地面を蹴って揺さぶってくる。

 あ、そうだ………!

 

「ヤドラン、俺を運んだ時のことを思い出せ。サイコキネシスで身体を浮かせろ」

 

 緊急事態だったため何をしていたか忘れていたが、ヤドラン君に結構すごいことをさせていたんだった。しかも出来ちゃったんだから、技術として覚えさせておくべきだったな。

 

「砂嵐も終わり、か………」

「レザッ?!」

「エレザード!?」

 

 超念力で自身の身体を浮かせてエレザードの攻撃を回避していると、ピタリと砂嵐が止んだ。それに併せて何もない背後から撃ち抜かれているエレザードの姿も急に見え始めてくる。

 そうか、そうだったな。

 エレザードの特性はどれも天気に関係するもの。その内、ソニアのエレザードはすながくれなのだろう。特性すながくれは砂嵐状態の中だと、姿が見えにくくなり技の回避率が一気に上がるものだ。だから、砂嵐の中ではエレザードの姿を確認出来なかったのだろう。

 ………やっぱり砂パだな。サンダーソニアはどこだよ。

 

「あくび」

 

 姿が見えるようになったので、取り敢えず寝てもらうことにした。

 

「そう簡単には眠らないよ! エレザード、エレキフィールド!」

 

 うわ………本当こいつどこが弱いんだよ。

 瞬時に眠りの目を詰んできやがった。そりゃ、サダイジャで学習済みだろうけど、一度見て、次のポケモンで対策してくるとか割と高度なことしてると思うんだけどな。

 これだけの実力があるのにジムチャレンジのプレッシャーには耐えられなかったとか、どんだけ重圧を背負わされてたんだよ。ソニアの中でのダンデと婆ちゃんは、偉大なる二大巨頭なのかね。

 うん、やっぱり大好きすぎるだろ、二人のこと………。

 

「ライジングボルト!」

「シェルアームズ!」

 

 ライジングボルト。

 知らない技だが、地面から特大の電撃が立ち上っていく。恐らくフィールドに広がった電気によってここまで大きくなっているのだろう。電撃はヤドランを襲い、一瞬骨格が見えた気がする。

 その中を左腕の巻貝から打ち出された毒の弾丸が突き進んでいく。さながらレールガンのようだ。

 あ、加速して一気にエレザードに当たった。

 

「どっちも戦闘不能、だな」

 

 バタリとヤドランもエレザードも後ろに倒れ、ピクリとも動かなくなった。

 お互い躱す余裕もないくらい最後の技に集中していたのだろう。

 まあ、指示を出す俺たちですらタイミングを失ってたからな。力を出し切る以外の選択はなかったと思う。

 

「お疲れさん、ゆっくり休め」

「戻って、エレザード。いいバトルだったよ」

 

 二人ともポケモンたちを戻し、次のボールに手をかけた。

 

「ふぅ………、ここまでやって相打ち、か」

「俺としてはまだ砂パの続きかよって思ったがな。だが、最後の一撃はサンダーソニアの一端を垣間見たような感じがしたわ」

 

 特性すながくれを持つでんきタイプっていう妙なチョイスをしやがって。まあ、確かに硬いサダイジャを使うなら後続には砂嵐のダメージを喰らわないポケモンの方がいいけどもだな。それにしたって次はエレキフィールドだぞ? どんだけフィールド操作が好きなんだよ。

 

「エレザードはうちのエースだからね。そのエースがヤドランと相打ちってのが、今のわたしの実力ってことでしょ」

 

 え、エレザードってソニアのエースなの?

 ………思い返せば、ライボルトとのレイドバトルでも前衛で掻き回してはいたか。だとするとメイン火力になっていたストリンダーとやらは?

 あいつはどういう位置付けなんだ?

 エレザードでヤドランと同等というのなら、ストリンダーはキングドラ並みにしかならないぞ。そうじゃないだろ。

 

「はっ、あれでサンダーソニアの実力なら、お前を散々煽ってプレッシャーをかけていたマスゴミたちの目は節穴だったってことだな。流石はマスゴミ。見る目がない。この程度で持て囃すなんざ時間の無駄だろうに。それに踊らされたお前も大概だけどよ」

「言ってくれるね………。わたしは弱い。それは変わらない事実よ。でも、サンダーソニアは野良のバトルでは強かったのも事実なのよ! だから、あの頃よりも知識をつけた今のわたしがあの頃のわたしより強いって証明してみせる!」

 

 ちょっと煽ったらこれだ。

 こいつ煽り耐性なさすぎない?

 だからマスゴミたちの声に踊らされて、無駄にプレッシャーを感じる羽目になったんじゃねぇの?

 ………結局、バトルが強かろうがメンタルが弱けりゃ実力を発揮することも出来ないってわけだ。

 

「もう一度だよ、エモンガ!」

「ウルガモス」

 

 再び出てきたエモンガに対し、こちらはウルガモスで対峙することになった。

 相性でいえば、むしタイプがひこうタイプに弱い分、不利ではある。

 

「こうそくいどう!」

「ちょうのまい」

 

 お互い最初は動きを速めるための技を繰り出していく。

 

「エモンガ、エアスラッシュ!」

 

 そしてウルガモスの周りを高速で旋回するエモンガから仕掛けてきた。

 空気の刃を無数に作り出し、中央にいるウルガモスに向けて次々と飛ばしてくる。

 

「ぼうふうで自分の周りに壁を作って受け止めろ」

 

 移動しながらということもあり、全方位から迫り来る空気の刃を、自分の周りに暴風を発生させて呑み込んでいった。

 

「うそっ!? 全部呑まれた?!」

 

 暴風の外ではソニアとエモンガが驚いている。

 

「それなら! エモンガ、ライジングボルト!」

 

 まだフィールドに残っていた電気によりに、まるで雷のような電撃が地面から立ち上ってくる。

 

「最大パワーでぼうふう」

 

 だが、出力を最大にしたことで、電撃が地面から立ち上がった瞬間に暴風に呑まれ、弾けて霧散した。

 

「………攻撃が………届かない…………っ」

 

 全方位からも下からの攻撃も全て暴風により呑まれてしまったことに、ソニアは唖然としている。

 

「エモンガ、バトンタッチ!」

 

 やはりそれを選んできたか。

 エモンガの攻撃が届かないと判断したら、すぐに使ってくるとは思ってたからな。読み通りではある。

 

「ラグラージ、アクアブレイク!」

 

 交代でエモンガとタッチして能力を引き継いだラグラージが、そのまま水の力を利用して突進してきた。

 その間にフィールドの電気が弾け、エレキフィールドの効果が収まった。

 

「くっ、届かない………っ!」

 

 突進してきたラグラージをひょいと躱すウルガモス。

 

「にほんばれ」

 

 その流れで日差しを強くしていく。

 今度はこっちがフィールドを制圧する番だ。

 

「ッ! それなら、いわなだれ!」

「ラグゥゥゥ!」

 

 着地したラグラージはすかさずウルガモスの頭上から岩々を出現させて落としてきた。

 

「躱せ」

 

 これもひょいひょいと躱していき余裕の表情。

 

「ラグラージ、上から狙って! アクアブレイク!」

 

 ただ、下からラグラージが落下してきた岩を次々と足場にし、ウルガモス以上の高さまで到達してしまった。

 

「ウルガモス、ソーラービーム」

 

 そして最後の岩を蹴り飛ばし、ウルガモスの方へ方向を変えたラグラージに対し、太陽のエネルギーを得た光線を撃ち放った。

 軌道が一直線になっていたため、ラグラージは躱すことが出来ず、近距離で直撃したラグラージはそのまま地面に落下していく。

 一応渦巻く炎の中に閉じ込めておくか。

 

「ほのおのうずに閉じ込めろ」

 

 着地の瞬間に渦巻く炎で取り囲んだ。

 効果はあまりないが、あそこから出てくるまでじわじわとダメージを蓄積させられればそれでいい。

 

「ラグラージ、なみのりで消火して!」

 

 すぐに消火に動いたラグラージは波を起こして炎の根本から一気に消していった。

 次第に上の方の炎も消えていき、ラグラージの少し焼けた姿が見えてくる。

 

「ソーラービーム」

「ラグッ!?」

 

 すかさず太陽光を浴びせ、ソニアの方へと押しやった。

 二度も高威力で超効果抜群の技を受けたというのに、ラグラージはまだ倒れることがない。だが、青色のオーラがラグラージから漏れ出したということは、特性げきりゅうが発動したということだろう。

 運良くギリギリ耐え抜いた、といったところか。

 

「一度もダメージを与えられてないのに、もうげきりゅうが………!」

 

 エモンガにもラグラージにも未だダメージを与えられていないウルガモスは、ソニアの目にどう映っているのだろうか。

 

「ラグラージ、ストーンエッジ!」

 

 地面を叩いて岩を次々と突き上げてくるが、高さを保ってしまえば怖くない。

 

「全てを貫け。ソーラービーム」

 

 しかもそのまま太陽光で破壊してしまえばなんてことはない。

 

「アクアブレイク!」

 

 ウルガモスの真下から水を使って飛び上がってくるラグラージ。

 未だ光線を出し続けているウルガモスがそれに気づいて下を向けば…………ねぇ。

 ウルガモスも「あっ……」って感じで言葉を失ってるぞ。

 なるほど。何となくソニアの悪い癖というか追い込まれた時の心境が見えてきたな。

 プレッシャーやら何やらあったのだろうが、バトルに関してだけ言えば、結局のところ追い込まれると冷静さを失って、打開策が一直線になってしまうのが敗因だろう。

 追い込まれている時こそ、冷静に状況を分析して、相手の動きを予測し、攻撃の芽を摘んでいかないと勝てるものも勝てなくなってしまう。

 

「…………ヤドランとウルガモスの実力、違いすぎない?」

「そりゃそうだろ。現時点でサーナイトに次ぐ強さだぞ」

「サーナイトってこれよりも強いんだ…………」

 

 何を今更。

 ヤドランなんてこの半年ほぼ毎日道場前の砂浜でぼーっとしてたような奴だぞ?

 対してウルガモスは一人でレイドバトルした時から割と強かったからね?

 そりゃ、実力の差は開いているに決まってるだろ。

 

「ウルガモス、交代だ」

 

 まあ、ウルガモスはここまでだけどね。

 ソニアのポケモンもエモンガ含めて残り二体だし、まだバトルしていないガオガエンを出してやらないと拗ねそうじゃん?

 昨日はジャングルの主に負けているし、ここで挽回したい気持ちもあるだろうしな。

 

「………交代するんだ」

「例外供を除いて全員出してやるつもりだからな」

 

 ウルガモスをボールに戻すと、気に食わないって顔でソニアが呟いた。

 多分、一撃だけでもウルガモスに攻撃を当てたかったんだろうな。

 だが、それはまた今度。いつの日かまたバトルすることがあれば。俺はないと信じるが。

 

「ガオガエン、昨日のことは気にせず気楽にやれよ」

「ガゥ」

「いくよ、エモンガ! あの余裕面に吠え面かかせてやるんだから!」

 

 うわ………なんか物凄いこと言ってるんだけど。

 しかしこうまでして六体目は最後まで出してこないとなると、やっぱりエース以外の何かってことだよな………。

 

「エモンガ、こうそくいどう!」

 

 先手で動いたのはソニアの方。

 まあ、ここまでくるとどう動くかなんて予測出来ちゃうんだけどね。

 

「ガオガエン、ニトロチャージで動き回れ」

 

 ガオガエンは炎を纏いフィールド上を走り出し、エモンガがその上を高速で動き回り始めた。

 なんだこれ………。異様な光景すぎるわ。

 

「あっ、日差しが戻ったか」

 

 そんなこんなしていたら日差しが弱まり元に戻ってしまったではないか。

 

「10まんボルト!」

「躱せ」

 

 俺の気が日差しにいった瞬間、ソニアが動き出した。

 エモンガはガオガエンの背後を取り、電撃を走らせる。

 だが、ガオガエンも急に方向転換することで背後からの電撃を上手く躱していく。

 

「かげぶんしん」

 

 ついでに分身も作り出して、逆にエモンガを取り囲んだ。

 

「エモンガ、ほうでん!」

 

 囲まれたエモンガは身体から放電し、次々と分身を貫いていった。

 その間にガオガエンの本体と目が遭い、顎で後ろへいくよう指示すると、そそくさと移動していく。

 

「オーバーヒート」

 

 後ろを取られたのだから、今度はこっちも後ろから攻撃してやった。

 燃え盛る炎を身体から発して、エモンガを呑み込んだ。

 ふわふわ飛んでいた身体は火傷を負って、地面に落ちていく。

 

「DDラリアット」

 

 ガオガエンは両腕を開いてぐるぐると回転しながらエモンガへ突進し、ラリアットをかました。

 どうやら昨日負けたことで、寝て起きたら使えるようになっていたのだとか。

 そんなことで新しく技覚えたりすんの?

 ポケモンってマジ不思議な生き物だわ。しかももう一つ使えるようになった技もあるしな。

 

「エモンガ、大丈夫?!」

「エ、エモ……!」

 

 何とか立ち上がったエモンガは、それでも飛ぶまでには至っていない。

 

「エアスラッシュ!」

 

 ようやく技を放つのにジャンプし、空気の刃を作り出すものの、飛ばしたところでストンと着地している。

 

「ガオガエン、フレアドライブで全部燃やせ」

 

 飛んでいないというのは何と狙いやすいことか。

 襲い掛かる空気の刃を全て炎で溶かし無効化しながらエモンガに突進していった。

 

「エモンガ、躱して!」

 

 ソニアは躱すように指示を出すも、当のエモンガは火傷したところを押さえて動けないでいる。

 そしてそのままガオガエンにタックルされてソニアの方へと飛んでいく。

 何というか一方的過ぎないか?

 ガオガエンが昨日の憂さ晴らしをしているみたいではないか。

 

「トドメだ、ガオガエン。じこくづき」

「くっ……エモンガ、あまごい!」

「エ、エモーッ!」

 

 ガオガエンがエモンガの元へ辿り着く間に、エモンガは雨雲を呼び寄せた。

 それを見届けながら、エモンガはガオガエンの黒い拳で意識を手放した。

 

「………最後のポケモンに繋げたな?」

「あの状態では躱せないと思っただけだよ」

 

 最後に雨を降らせてくるとか、絶対最後のポケモンのためだろ。

 よく、あの瞬間にそっちへ思考がいったものだ。

 視野が広いんだか、狭いんだか。焦ってるんだか、冷静なんだか状況によってムラがありすぎだろ。そういうところもソニアのトレーナーとしての欠点なのかもしれないな。

 

「どした、ガオガエン」

「ガゥ……」

 

 戻ってきたガオガエンが、右手を気にしているようだったので声をかけてみた。

 すると見せられたのはバチバチと電気が時折走る右手。

 

「えっ……痺れてんの?」

「戻って、エモンガ……………何でせいでんきが発動するのが最後なのよぉ………」

「あ、エモンガの特性ってせいでんきなのね………」

 

 特に考えていなかったわ。

 すまんな、ガオガエン。気づいていれば、他の直接触れない技でトドメ刺させたな。

 

「まあ、ソニアのポケモンも最後だし、お前はゆっくり休んでてくれ」

「ガゥ」

 

 ガオガエンをボールで休ませ、ついに大トリのボールに手をかけた。

 

「ソニア、これが最後だ。マスゴミたちがお前を持て囃したサンダーソニアとしての全力、俺に見せてくれ」

「見せろっていう癖に、さっきから見せることすら出来てないんだけど」

「こっちも下手に手を抜くといつやられるか分からんからな。現時点で既に並のトレーナーよりは上だという思ってる。特にこれだけのフィールドへの干渉はなかなか出来るものではない。だからこっちも手が抜けないんだよ」

「余裕な癖に………いくよ、ストリンダー!」

 

 お、最後は黄色いモヒカンのストリンダーではないか。

 モヒカンという特徴が強すぎてすぐに名前と姿を覚えられたわ。

 

「かみなり!」

 

 早速使ってきたか。

 そのための雨だろうし、何というかソニアの手は読みやすいものが多いな。

 

「まもる」

 

 まあ、それも経験の少なさってのがあるのだろう。

 手が読めればこうやって防ぐことも容易だ。そう思うとダンデのあの超攻撃スタイルは攻撃がくるのは分かっていても、どの技でくるのか、威力はどれくらいなのかと読めない点が多く、やり難さはあったな。

 

「サイコショック」

 

 ラグラージが残した岩石の破片を使い、サーナイトはストリンダーに襲い掛かる。

 

「ほうでんで相殺して!」

 

 それをストリンダーは細かい制御を捨て、無作為に放電し撃ち落としていく。

 ストリンダー、エレザード、ジャラランガだと割といい動き見せるんだな。逆にエモンガ、サダイジャ、ラグラージはまだまだ戦略を練った上での育成が必要な気がする。ただ、エモンガはサポートがメインだったし、自分で倒すとなるともう少し様子を見てみないと分からないこともありそうではある。

 なるほど、サンダーソニアか。主にでんきタイプを得意とするというのは伊達ではなさそうだ。

 

「ストリンダー、ギアを上げてくよ! ギアチェンジ!」

「サーナイト、こっちもめいそうだ」

 

 ストリンダーは内側に意識を集中させ、ギアを上げているようだ。

 それに併せてこっちもサーナイトに瞑想させて集中力を高めさせた。

 

「かみなり!」

「まもる」

 

 かみなりの「か」が聞こえた瞬間にサーナイトに防壁を張らせて正解だったな。

 雨が降っていると落雷は一瞬だ。

 目で追って対処しているんでは間に合わなかっただろう。初手のかみなりのあの読みやすさは本当にトレーナーとしてどうにかした方がよさそうだ。ダンデなら場の空気だけで手を読んでくる可能性だってあり得るぞ。

 

「どくづき!」

 

 防壁に雷が突き刺さった時には既にストリンダーが地面を蹴り出していた。

 力を溜めている右腕は紫色に光り、毒々しさが増していく。

 

「テレポート」

 

 防壁を連続で張らせると効果が薄くなってすぐに壊される可能性もあるため、ここはテレポートで回避しておく。

 

「サイコキネシス」

 

 そして背後を取ったサーナイトは超念力でストリンダーを拘束し、地面に叩きつけた。

 

「ストリンダー!?」

 

 お、ようやく雨が上がったか。これで落雷はなくなるだろう。

 

「おにび」

 

 ダメ押しでいくつか火の玉をストリンダーに飛ばす。

 

「ストリンダー、ばくおんぱ!」

「ンダァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 するとストリンダーは起き上がりながら、大口を開いて爆音を発し、火の玉を全て霧散させた。

 ………急にばくおんぱを発するのはやめておしい。ハイパーボイスといい耳が痛いんだよ。

 

「ほうでんしながら距離を詰めて!」

 

 俺もサーナイトも耳を塞いでいる間に、ストリンダーが放電しながら走り迫ってきた。

 

「どくづき!」

 

 そして再度紫色に光った右腕を振りかざしてくる。

 

「テレポート」

 

 それをテレポートで躱し、こちらも再度ストリンダーの背後を取った。

 

「サイコキネシス」

「まもる」

 

 先程と同様、超念力でストリンダーを拘束しようとしたら、防壁を張られて塞がれてしまった。

 二度も同じ手は食らわないってか。

 

「ストリンダー、エレキフィールド」

 

 ストリンダーはソニアの元に戻ってフィールドに電気を張り巡らせてきた。

 

「いくよ、ストリンダー!」

 

 っ!?

 あれは………っ!!

 

「キョダイマックス!」

 

 ストリンダーはソニアが持つボールに吸い込まれていき、右腕に巻き付けてあるバンドからエネルギーが送り込まれ肥大化していく。

 そしてボールから投げ出されたストリンダーは四つん這いの巨大化した姿になっていた。

 キョダイマックス。

 そうか、ストリンダーもキョダイマックスした姿があったのか。

 なるほど、だからエレザードはエースなわけね。切り札は別にキョダイマックスを隠していたわけだ。

 

「キョダイカンデン!」

 

 こうなると俺も使わざるを得ないな。

 

「サーナイト、メガシンカ」

 

 巨大な雷撃が当たる瞬間、メガシンカエネルギーが放出し、過剰なエネルギーのぶつかり合いにより大爆発が生じた。

 

「えっ……なに?! 何で耐えられてんの!? しかもこれ………ミストフィールド?!」

 

 煙の中に佇むサーナイトのシルエットにソニアは驚愕しているようだ。ホウエン地方に留学していたのならメガシンカを知っているかもと思ったが、どうやらそこまでは勉強してきていないらしい。

 まあ、実物を見たことなければ、例え知識でメガシンカのことは頭にあったとしても結びつかないかもな。

 

「ストリンダー、ダイアシッド!」

 

 煙諸とも呑み込まんとする大量の毒がストリンダーの口から吐き出された。

 これもう最早………言葉にはしないでおこう。

 

「テレポートで頭の上を取れ」

 

 あんなのに呑み込まれたら一溜りもないので、テレポートで回避の意味も込めて、ストリンダーの頭の上に移動させた。

 

「のしかかり」

 

 折角なのでそのままストリンダーの頭を踏みつけさせた。メガシンカしたことで特性がフェアリースキンになっているため、ノーマルタイプの技であるのしかかりはフェアリータイプの技になり、でんき・どくタイプのストリンダーには効果があまりないけどね。ついでだついで。

 

「キョダイカンデン!」

 

 するとやはりというかストリンダーの背中から巨大な雷撃が放出された。

 ッ!!

 一つ思いついたが………やれるか? というか効果あるのか? ポケモンには効果あっても技に対してはーーー。

 

「ーーーサーナイト、トリックルームに閉じこもれ!」

 

 未知数だが、やってみる価値はあるだろう。

 雷撃の速さはポケモンの比じゃない。圧倒的にサーナイトよりも速いため、素早さが逆転するトリックルーム内ではもしかしたら躱せるかもしれない。何なら貫通しなかったら儲けもんだ。

 

「な、何する気なの………?」

 

 俺もどうなるかは分からん。

 賭けではあるが、今後のためにも試しておく価値はあると思う。

 巨大な雷撃が直撃する直前にサーナイトはサイコパワーで作られた部屋の中に閉じこもった。

 そこへ雷撃がぶつかるも案の定貫通。ただ巨大なままではなく無数に分裂し細くなった電撃となり部屋に侵入していった。

 中で動くサーナイトの姿は速くて目で追えないが、一応は直撃を免れているように見える。

 これはいい勉強になった。トリックルーム内では技も速さが逆転する可能性が出てきた。雷撃一発でそう結論付けるわけにもいかないので可能性として留めておくが、これは大きな発見だろう。あるいはメガシンカしている状態でのトリックルームだからという可能性もある。色々と検証は必要だが、ジムチャレンジに参加させられるのが決定している以上、これは武器になりそうだ。

 

「うそっ………キョダイマックス技を、耐え切るなんて…………」

 

 巨大な雷撃をやり過ごしたサーナイトはテレポートで俺のところまで戻ってきた。

 その間にキョダイマックスのタイムリミットが来たのか、ストリンダーが元の大きさへと戻っていき、ソニアの顔は蒼白としており、あり得ないものを見る目でこっちを見ている。

 

「ガラル地方においてダイマックスは切り札とされる傾向があるようだが、やりようによってはこうやってやり過ごすことも可能だぞ」

「ッ、ストリンダー! オーバードライブ!」

 

 流石にやり過ぎたか?

 だが、これくらいの現実をぶつけてやらないとダンデ以外にも上には上がいると分からせられないと思う。

 

「ハイパーボイス」

 

 ストリンダーが胸の突起を掻きむしり、ギターのような音を鳴らしてきた。

 そのため音には音ということでハイパーボイスで相殺させていく。

 

「トドメだ、サイコキネシス」

 

 相殺時に軽い爆発が起きるも、その最中にストリンダーを拘束し、ソニアの方へと投げ飛ばした。

 

「ストリンダー!?」

 

 ふぅ、やっと終わったか。

 ストリンダー、中々だったな。切り札感はちゃんとあった気がするわ。

 

「は、ははっ、あはははっ! ハチくん強すぎ! サーナイトにもガオガエンにもウルガモスにも全然歯が立たなかったよ………」

 

 ストリンダーをボールに戻しながら急に笑い出すソニア。

 急に笑い出すとかホラー感強いからやめてくんない?

 しかもバトル終わったらって、俺のせいで頭がおかしくなったみたいじゃん。

 

「ダンデくんもこんなバトルするのかな………」

「いや、今回は結構抑えてた方だからな。ダンデを相手するとなるともっとあの手この手と尽くさないと無理だ。ましてや俺はまだダンデのリザードンとしかバトルしたことがない。フルバトルともなると未知数過ぎてどうなることやら…………」

 

 この島に来て二日目でのダンデとのバトルは、ある意味不意打ちだったからな。だから勝てたのであって、これが公式戦ともなれば技の使用制限も相まって、より苦しい戦いになるだろう。手札を全部使って勝てたあの時とは違って、少ない手札でダンデに勝てるかといえば無理だろうな。

 それくらいのトレーナーなんだから、このバトルの俺の強さがダンデの強さだとは思わないで欲しいね。

 

「まあ、何にせよ最後までバトルが出来たんだ。当初の目的は達成だろ?」

「そう………なんだけどさ。サーナイトのあれなに? 何でキョダイマックス技を耐えられるの!? ちょっと姿が違ったように見えてたのと関係あるの?!」

「そこは自分で調べろ。お前の婆ちゃんなら何か知ってるかもだし、調べてる内に無駄知識が増えてくぞ」

「いや、今教えなさいよ。何でそんな焦らすのよ」

「お前が研究者だからだ」

 

 メガシンカについてはやはりというか知らないみたいだ。それならそれで研究者の卵らしく自分で調べたらどうなんだって感じだ。

 研究者見習いというか助手見習いなら、そういうところから始めて自分の婆ちゃんを超えないと一生コンプレックスで終わるぞ。

 

「いいか、自由人。お前は時間を持て余した研究者見習いだ。なら、その間に知ってることも知らないことも自分で一から調べてみろ。研究者にとって必要なのはどこに興味を持つかだ。興味を持つためには知識が必要だし、見聞を広めなければ興味の幅が狭まるだけなんだよ。俺の知り合いの研究者たちはみんな変人ばかりだぞ。ただ、全員がどんなポケモンについても興味深々だ。ソニアもそれくらいポケモンに没頭出来れば、自分のテーマも見つかるんじゃないか?」

「………ハチくんって何でもお見通しだよね」

「お前が分かりやすいだけだ」

 

 分かりやすいというか、何というか。

 ソニアは予想通り、本当に先のことに目がいってなかったみたいだ。ずっと過去に囚われて過去から逃げることに必死で。先のことなんて考える余裕もなかったのだろう。

 

「なあ、ちなみになんだが、ポケモンたちの捕まえた順番とか覚えてるか?」

「えー? 捕まえた順番? ハチくんに見せたポケモンでいうと小さい頃から一緒だったワンパチが最初でしょ。それからおばあさまからもらったタマゴから孵化したストリンダー。で、エレザードにサダイジャ、この鎧島でジャラランガとエモンガとニョロトノでしょ。トレーナー辞めてから留学先のホウエン地方でラグラージ。そしてライボルトって感じかな。他にもいるけど、トレーナーを辞めてからはちょっとギクシャクしてたりお別れした子もいるから………」

 

 あ、全部進化前からね、と最後に付け加えるソニア。

 なるほど、最初はちゃんとでんきタイプが中心だったんだな。だから割とでんきタイプの扱いには長けていたのか。

 

「それがどうかした?」

「いや、割とでんきタイプの扱いには長けていたから、サンダーソニアの名もそういうところから来てるんだろうなって」

「そんなに差があった?」

「あったな。俺が中々攻撃させなかったってのもあるだろうが、それでもサダイジャとラグラージはまだまだ使いこなせてない感じがあった」

 

 サダイジャはまだ特性を活かしてる部分があったが、ラグラージはほとんど長所を活かせていなかった。相手がウルガモスだったからってのもあるが、それならそれで交代も視野に入れておくべきだっただろう。

 

「やっぱりわたしはでんきタイプしか使えないのかな………」

「そこは何とも言えないな。ただ、ソニアの武器はフィールド操作なのは確かだ。あれをどう活かすか、それに合わせてどのポケモンを使うか、ポケモンたちをどの順番で出していくか。それを意識するだけでも案外コロッと変わるもんだぞ」

「バトルってやっぱり奥が深いね…………」

「そこはもう経験だな。ソニアの最大の欠点は圧倒的な経験不足だろうし」

「そりゃ、まあ………ね。自覚はあるよ。トレーナー辞めた身だし」

 

 自覚があるそれでいい。

 一番怖いのは自覚がないことだから。自分の実力を分かっていなければ、課題も理解できず強くもなれない。

 まあ、ソニアに関しては強くなるつもりもないだろうがな。

 

「でも、その、ありがと。ハチくんのおかげで今でもバトルは出来るんだって分かったから。ただその………まだダンデくんたちとはやりたくないかな」

「当たり前だ。逆にやり過ぎた気もしてトラウマを増やしてないかってヒヤヒヤしてたくらいだぞ」

「本当だよ。折角トラウマ克服の第一歩かもしれないのに、逆にトラウマになりそうな強さ見せつけてさ」

「でも、トラウマにならなかったんだろ?」

「うん……」

 

 もしこれでトラウマが増えたとかって言われてたら、俺はどうしてただろうな。土下座かな。土下座だろうな。ここまでトラウマを植え付けるような原因にもなった存在と同列にはなりたくないしな。ソニアの気がすむまで謝り倒していただろう。

 

「………ソニア、別に逃げることが悪いことじゃない。逆に自分を本能的に守ろうとする正しい行動だ。俺なんか自ら記憶喪失になってまで逃げたこともあるからな。まあ、流石にそれは俺を知る奴らに心配させてしまったからやり過ぎたとは思うが、それで非難されるならお前が俺たちが逃げたことをやってみやがれ! って言ってやれ。ドッペルゲンガーやクローンでもない限り、個人差があるのは当たり前なんだから、結果に拘る必要はない。ソニアはソニアらしく、なんて言うと『らしく』って何だよってなるからアレだが、好きに生きろ。人のペースに呑まれるな。お前の人生なんだ。その代わり、自分の尻は自分で拭くんだぞ」

「あーもー、だからどうして君はさらっとそういうこと言えちゃうのよ! 聞かされるこっちが恥ずかしいじゃない!」

 

 ギャーギャー騒ぎ出すソニアは、心なしか嬉しそうである。

 俺にはこんなことを言ってくれるような存在はいなかったからな。あったのは守らなければいけないと心のどこかで思っていた存在だけ。ただ、その存在があるかないかで人は必死さが桁違いになることも思い知らされた。

 

「そんなの決まってるだろ。俺の仕事を増やさないためだ」

「………ああ、うん。確かに君の人生は逃げてばっかなんだろうね。説得力ありすぎ………」

「なんだよ、悪いか」

「別に。気楽そうでいいなーって思っただけよ」

「………気楽になれたのもあいつらのおかげだけどな」

「………? ハチくんの大切な人?」

「そうだな。俺の大事な家族だ」

「そっか……」

 

 昔は俺も余裕がなかったからな。

 強さを求めるのに必死で周りが見えず、ふと見た瞬間には自分が拉致されてたり、ユキノが人質になってたりと散々だったし。コマチに何も危害が及ばなかったのがせめてもの救いかもしれない。

 

「ところでさ。あの人たちどうしよっか」

「いないことにしとけ。無駄に絡まれるだけだぞ」

「自分の師匠に冷たくない?」

「いいんだよ、どうせどこかで絡んでくるんだから。それなら絡まれる回数を減らすしかないだろ」

「やっぱりハチくんって冷たいよ………」

「へーへー、すんませんね」

 

 まあ、その後案の定爺さんたちが乗り込んできて、いいバトルだっただの散々絡まれたのは別の話だ。

 クズモーとライボルト?

 二体とも無事に俺たちのポケモンになったぞ。どうやらそれぞれ俺たちのことを気に入ってくれたみたいだ。

 



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行間

〜手持ちポケモン紹介〜(54話現在)

 

 

ヒキガヤハチマン 持ち物:キーストーン、Zパワーリングetc………

・サーナイト(ラルトス→キルリア→サーナイト) ♀

 持ち物:サーナイトナイト

 特性:シンクロ←→フェアリースキン

 覚えてる技:リフレクター、ねんりき、まもる、テレポート、マジカルリーフ、シャドーボール、マジカルシャイン、トリックルーム、シンクロノイズ、サイコキネシス、いのちのしずく、しんぴのまもり、ムーンフォース、サイコショック、さいみんじゅつ、ゆめくい、あくむ、かなしばり、かげぶんしん、ちょうはつ、サイケこうせん、みらいよち、めいそう、でんげきは、チャージビーム、10まんボルト、でんじは、こごえるかぜ、シグナルビーム、くさむすび、エナジーボール、のしかかり、きあいだま、かみなりパンチ、ミストフィールド、スピードスター、かげうち、おにび

 Z技:スパーキングギガボルト、マキシマムサイブレイカー、全力無双激烈拳

 

・ガオガエン(ニャビー→ニャヒート→ガオガエン) ♂

 特性:もうか

 覚えてる技:ひのこ、アクロバット、ほのおのうず、とんぼがえり、かげぶんしん、ニトロチャージ、きゅうけつ、にどげり、かみつく、おにび、ほのおのキバ、ふるいたてる、オーバーヒート、フレアドライブ、DDラリアット、じごくづき

 

・ウルガモス

 覚えてる技:ぼうふう、ソーラービーム、ほのおのまい、ねっぷう、むしのさざめき、にほんばれ、ちょうのまい、サイコキネシス、いかりのこな、おにび、とんぼがえり

 

・ヤドラン(ガラルの姿)(ヤドンG→ヤドランG) ♂

 持ち物:かいがらのすず

 特性:クイックドロウ

 覚えてる技:シェルアームズ、みずのはどう、ねんりき、ずつき、シェルブレード、あくび、ドわすれ、なみのり、サイコキネシス

 

・キングドラ ♀

 特性:すいすい

 覚えてる技:うずしお、たつまき、なみのり、かなしばり、あわ、バブルこうせん、みずでっぽう、ねっとう、ダイビング、クイックターン、りゅうのいぶき、りゅうのはどう、えんまく、あまごい、かげぶんしん

 

・クズモー

 

ガラル控え

・ウツロイド

 覚えてる技:ようかいえき、マジカルシャイン、はたきおとす、10まんボルト、サイコキネシス、ミラーコート、アシッドボム、クリアスモッグ、ベノムショック、ベノムトラップ、クロスポイズン、どくづき、サイコショック、パワージェム、アイアンヘッド、くさむすび、でんじは、まきつく、からみつく、しめつける、ぶんまわす、かみなり、どくどく、がんせきふうじ

 Z技:アシッドポイズンデリート、ワールズエンドフォール

 憑依技:ハチマンパンチ、ハチマンキック、ハチマンヘッド

 

・ダークライ

 特性:ナイトメア

 覚えてる技:ダークホール(ブラックホール)、おにび、ゆめくい、あくのはどう、かげぶんしん、ふいうち、さいみんじゅつ、あくむ、かなしばり、ちょうはつ、でんじは、でんげきは、チャージビーム、10まんボルト、サイコキネシス、きあいだま、でんこうせっか、シャドークロー、だましうち、かわらわり、まもる

 

・クレセリア ♀

 特性:ふゆう

 覚えてる技:サイコキネシス、みらいよち、チャージビーム、くさむすび、シグナルビーム、ムーンフォース、サイコシフト、みかづきのまい、てだすけ、つきのひかり、サイコショック、さいみんじゅつ、サイケこうせん、めいそう、でんじは、こごえるかぜ、エナジーボール、のしかかり

 

カロス控え

・リザードン(ヒトカゲ→リザード→リザードン) ♂

 特性:もうか

 覚えてる技:かえんほうしゃ、メタルクロー、かみつく、おにび、えんまく、はがねのつばさ、かみなりパンチ、ドラゴンクロー、シャドークロー、つばめがえし、りゅうのまい、かみくだく、カウンター、じしん、フレアドライブ、ブラストバーン、げきりん、じわれ、だいもんじ、ソーラービーム、リフレクター、はらだいこ、ぼうふう、ねっぷう、あなをほる、れんごく、かげぶんしん、ブレイズキック

 飛行術

 ・ハイヨーヨー:上昇から下降

 ・ローヨーヨー:下降から上昇

 ・トルネード:高速回転

 ・エアキックターン:空中でターン

 ・スイシーダ:地面に叩きつける

 ・シザーズ:左右に移動して撹乱

 ・ソニックブースト:ゼロからトップに急加速

 ・コブラ:急停止・急加速

 ・ブラスターロール:翻って背後を取る

 ・グリーンスリーブス:連続で攻撃して空中に釣り上げる

 ・デルタフォース:空中で大きな三角形を描くように連続攻撃

 ・ペンタグラムフォース:空中で五芒星を描くように連続攻撃

 ・バードゲージ:スピードを活かして相手の動きをコントロールしていく

 ・スモール・パッケージ・ホールド:背面飛行で相手の下を飛行する

 

・ゲッコウガ(ケロマツ→ゲコガシラ→ゲッコウガ) ♂

 特性:きずなへんげ(へんげんじざい→きずなへんげ)

 覚えてる技:みずのはどう、あなをほる、かげぶんしん、れいとうパンチ、れいとうビーム、つばめがえし、ハイドロポンプ、くさむすび、グロウパンチ、えんまく、がんせきふうじ、いわなだれ、まもる、かげうち、みずしゅりけん、どろぼう、つじぎり、ハイドロカノン、めざめるパワー(炎)、とんぼがえり、とびはねる、ほごしょく、けたぐり、ぶんまわす、あくのはどう、どろあそび、ふぶき、たたみがえし、ダストシュート

 

・ヘルガー ♂

 持ち物:ヘルガナイト

 特性:もらいび←→サンパワー

 覚えてる技:かみつく、ほのおのキバ、ふいうち、おにび、かえんほうしゃ、かみくだく、れんごく、ほえる、はかいこうせん、アイアンテール、あくのはどう、みちづれ、だいもんじ、ハイパーボイス、ヘドロばくだん、ちょうはつ、ほのおのうず、まもる

 

・ボスゴドラ ♂

 持ち物:ボスゴドラナイト

 特性:がんじょう

 覚えてる技:ロックブラスト、あなをほる、なげつける、メタルクロー、アイアンヘッド、アイアンテール、てっぺき、メタルバースト、ボディパージ、ヘビーボンバー、ロックカット、ほのおのパンチ、もろはのずつき、ラスターカノン、ドラゴンダイブ、でんじふゆう、だいちのちから、カウンター、ばかぢから

 

不明

・ジュカイン(キモリ→ジュプトル→ジュカイン) ♂

 持ち物:ジュカインナイト

 特性:しんりょく←→ひらいしん

 覚えてる技:でんこうせっか、リーフストーム、リーフブレード、ドラゴンクロー、タネマシンガン、ギガドレイン、かみなりパンチ、スピードスター、くさむすび、ソーラービーム、エナジーボール、シザークロス、くさのちかい、マジカルリーフ、タネばくだん、こうそくいどう、つめとぎ、いやなおと、こうごうせい、くさぶえ、やどりぎのタネ、グラスフィールド、なやみのタネ、ハードプラント、つばめがえし、ものまね、みがわり、じならし、アイアンテール、けたぐり、つじぎり、グロウパンチ、まもる、ぶんまわす、あなをほる

 

 

ダンデ 持ち物:ダイマックスバンド

・リザードン

 特性:もうか

 覚えてる技:かえんほうしゃ、エアスラッシュ、だいもんじ、はがねのつばさ、ねっさのだいち、ひのこ、ぼうふう、れんごく、アイアンテール、フレアドライブ、げんしのちから、かみなりパンチ、ソーラービーム

 

・ガマゲロゲ

 

 

マスタード

・アーマーガア

 

・コジョンド

 覚えてる技:とびひざげり、インファイト、きあいパンチ

 

・ルガルガン(真昼の姿)

 覚えてる技:ストーンエッジ

 

・ウーラオス(連撃の型)

 覚えてる技:ストーンエッジ、すいりゅうれんだ

 

 

カブ 持ち物:キーストーン

・マルヤクデ

 覚えてる技:ねっさのだいち

 

・バシャーモ

 持ち物:バシャーモナイト

 特性:???←→かそく

 覚えてる技:スカイアッパー、インファイト、フレアドライブ、ブレイズキック、ストーンエッジ、ニトロチャージ、いわなだれ、かわらわり、かえんほうしゃ、ビルドアップ

 

 

ピオニー 持ち物:ダイマックスバンド

・ダイオウドウ

 覚えてる技:10まんばりき、ヘビィボンバー、ストーンエッジ、いわなだれ、じならし

 

・ボスゴドラ

 覚えてる技:いわなだれ、ストーンエッジ、じしん、れいとうビーム、かみなりパンチ、じごくづき、がんせきふうじ、あなをほる、ラスターカノン、アイアンテール、アイアンヘッド、メタルバースト、かげぶんしん

 

・ハッサム

 覚えてる技:エアスラッシュ、バレットパンチ、はかいこうせん、あまごい、すなあらし

 

・ドータクン

 覚えてる技:チャージビーム

 

・ニャイキング

 覚えてる技:ねこだまし、きりさく、じごくづき、あなをほる、なげつける、シャドークロー、メタルバースト

 

 

ミツバ

・エンニュート ♀

 覚えてる技:おにび

 

 

ソニア 持ち物:ダイマックスバンド

・ストリンダー(ハイの姿)

 覚えてる技:ヘドロばくだん、ベノムショック、かみなり、ほうでん、どくづき、ばくおんぱ、オーバードライブ、ギアチェンジ、まもる、エレキフィールド

 

・エレザード

 特性:すながくれ

 覚えてる技:りゅうのはどう、なみのり、エレキボール、10まんボルト、でんこうせっか、じならし、ライジングボルト、こうそくいどう、エレキフィールド

 

・サダイジャ

 特性:すなはき

 覚えてる技:ドリルライナー、じならし、じしん、てっぺき、とぐろをまく、ねごと

 

・ジャラランガ

 特性:ぼうじん

 覚えてる技:ドラゴンクロー、スケイルノイズ、かみなりパンチ、ハイパーボイス、アイアンテール、すなあらし、ソウルビート

 

・エモンガ

 特性:せいでんき

 覚えてる技:10まんボルト、エアスラッシュ、ライジングボルト、ほうでん、こうそくいどう、バトンタッチ、あまごい

 

・ラグラージ

 特性:げきりゅう

 覚えてる技:10まんばりき、なみのり、アクアブレイク、いわなだれ、ストーンエッジ

 

控え

・ワンパチ

 

・ニョロトノ

 

・ライボルト

 

 

野生

・ジャングルの主

 使った技:つるのムチ、ドレインパンチ、くさむすび、けたぐり、アームハンマー、がんせきふうじ、パワーウィップ、ソーラーブレード、インファイト

 



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55話

 ソニアの来訪から一月。

 あいつとバトルした後も島のフィールドワークに同行させられ、振り回されまくったものの、無事ソニアも研究所に帰還した。

 道場内も落ち着きを取り戻し、ソニア来訪以前の日常が繰り広げられている。

 

「ガオガエン、かえんほうしゃ」

 

 この一月でポケモンたちも新たな技を習得した。その一つがガオガエンのかえんほうしゃであるのだが、どうも覚えた直後程の安定さが炎にない。というかガオガエン自身、この一月どこか心ここに在らずという感じだ。

 

「どうした、ガオガエン。いつにも増して炎に勢いがないぞ」

「ガゥ……」

 

 全て理由は一つに直結する。一月前にジャングルの主に負けたのを相当引きずっているのだ。

 

「ジャングルの主に負けたのをまだ気にしてるのか?」

「………」

 

 返事はないが、下を向くあたり図星である。

 

「あれはどっちかっつーとトレーナーの俺が標的にされたようなものだって言ってるだろ。トレーナーの目を使えなくしたら、そりゃ半端なバトルになって勝てるもんも勝てなくなるって」

 

 ただ、あれはジャングルの主がガオガエンと戦いながら、トレーナーの俺を機能不全に陥らせたがための結果だ。つまり負けたのは俺だ。人間であるという性質をよく理解していた主に俺が負けたのだ。

 そうずっと言っているのだが、ガオガエンは落ち度は自分にあると一人で抱え込んでしまっているのが現状である。半年前はニャーニャー鳴いて甘えてきてたというのに、進化したら異様に責任感じるようになっちゃったもんだから、本当どうしたもんかね………。

 

「ガゥ………」

「………ふぅ。ん? 『………サーナイトミタイニツヨクナリタイ』。強くなりたい、ねぇ…………」

 

 再会してからというもの、一段と俺専用の翻訳機になりつつある影の中の住人から火の玉が送られてくる。そこにはサーナイトのように強くなりたいというガオガエンの呟きが記されていた。

 サーナイトのように強くなりたい、か。

 確かに俺たちが出会った頃には既にサーナイトは今のように強くなっていたが、それはあっちの世界でダークライとクレセリアに鍛えられ、ギラティナと対峙したからに他ならない。ガオガエンもあいつらに鍛えられればあるいは、と思わなくもないが恐らくそれは無理だろう。サーナイトはタイプや戦闘スタイルがダークライやクレセリアに近いものがあったからあいつらのやり方を真似れたのであって、ガオガエンでは戦闘スタイルから異なるため、あいつらでもサーナイト並みにガオガエンを強くするというのは難しいように思う。

 

「どうしたものか………」

 

 手っ取り早いのはジャングルの主と何度も実践積み重ねることだろうが、人間と一定の距離を取るあいつらではそれも期待できないだろう。

 ここにゲッコウガやジュカイン辺りがいれば楽だったのだが、いないものを強請ってもしょうがない。

 それにガオガエンだけに時間を割いてもいられない。育てなきゃいけないのはヤドランもキングドラもクズモーも同じである。クズモーに至ってはまだ子供に近いため、自ずと使える技も攻撃はようかいえき、あわ、みずでっぽう、たいあたり、だましうちしかないし、変化技に至ってはえんまくしかなかった。

 なので今はヤドランとキングドラの指導の下、どくとみずタイプの技を中心に海で練習中である。まあ、ヤドランは砂浜で見てるだけなんだが。

 それでもヤドランとキングドラ自体がガオガエンレベルにすら至っていないため、本当に入りの段階なのだ。

 だからゆくゆくはあの三体もまとめてどうにかしたいのだが………悩みの種が増える一方である。

 

「およ、はっちんどったの? 難しい顔して」

「師匠……」

 

 そんなことを考えていると後ろから爺さんが声をかけてきた。

 振り返ると爺さんの後ろにいたウーラオスと目が遭う。

 

「あっ………!」

 

 いた。

 ガオガエンと同じ戦闘スタイルのポケモンがこの道場にいたではないか。しかもガラル空手の元となった武術の使い手だとか諸説あるポケモンが。

 

「えっ? なに? ワシちゃんそんなに見つめられちゃうと照れちゃう」

「気持ち悪いこと言ってんじゃねぇよ、爺。あとクネクネすんな」

 

 俺がウーラオスのことをじっと見ていると何を勘違いしたのか爺が照れだした。

 何故照れる。何故クネクネする。いい歳した爺さんが気持ち悪い動きするなよ。

 

「ガオガエン、しばらくウーラオスにガラル空手を教えてもらったらどうだ?」

「ガゥ?」

 

 爺のことは放っといてガオガエンに提案してみる。

 そのガオガエンはキョトンとした顔だ。

 

「サーナイトみたいにって言っても、お前とサーナイトではバトルスタイルが違い過ぎる。同じようなことをしても今よりもジャングルの主には勝てないと思うぞ。それよりもお前の長所である肉弾戦に幅を持たせられるようになれば勝ち目は出てくる。ただ攻撃を当てるだけにしても、身体捌き一つで相手の攻撃するタイミングを奪うことも出来たりするからな」

 

 結局のところ、今のガオガエンに必要なのはバトル中の身体捌きである。それをサーナイトやダークライたちでは戦闘スタイルが違うために無理がある。

 

「俺の最初のポケモンはリザードンだったって話は覚えてるか?」

「ガゥ」

「あいつも旅をする中で伸び悩んでる時期があったんだ。その時にアニメで見た飛び方をリザードンにもさせてみたら攻撃に幅が出てくるようになってな。そこからは負けることも少なくなった」

 

 元々負けることは少なかったが、それでもナツメには勝てなかったし、サカキとやり合おうとも思わなかった。とにかく強さを求めていた。ただそれだけだったのだ。そこにアニメからいろいろな飛び方を仕入れたことで再戦したナツメにも勝てたし、リザードン一体でポケモンリーグ優勝までいけたのである。

 

「リザードンみたいにアニメから肉弾戦のやり方を仕入れるにしても、今の環境だとそれも難しくてな。だからガオガエン。ウーラオスに習ってお前もポケモンの技ではない業を習得してみろ。確実に勝てるようになるとは断言出来ないが、攻撃の幅は広がると思うぞ」

「……ガゥ!」

 

 だが、そこまでいっても上には上がいる。世界なんてそんなもんだ。

 

「つーわけで師匠。ウーラオスにガオガエンのこと任せていいっすか?」

「いいよん。まさかワシちゃんもこんな形でちゃんと師匠らしいことができるなんて、ワシちゃんうれぴーよ」

 

 師匠らしいこと、ね。

 確かに他の門下生に比べたら師匠らしいことをしてもらったことは数えられる程あるかどうかだろう。何ならゲームに付き合わされたり、面倒事を押し付けられたことの方が多い。けど、そのおかけで俺はここでの人脈が増えていったのも事実。俺的には態々自分から働きかけなくても仕事をこなせていくので、どっちかつーと有難い限りだ。

 

「というわけでウーラオス。これからガオちんに肉弾戦のやり方叩き込んであげて欲しいのね」

「ラオス!」

「ウーラオス、俺からもよろしく頼む」

「ガゥ」

 

 ガオガエン共々ウーラオスに頭を下げるとウーラオスはコクリと深く頷いた。

 

「さて、はっちんはこれからどうするのん?」

 

 ウーラオスに連れられ、フィールドの端にいくガオガエンの背中を眺めていると、横からそんな問いが飛んできた。

 

「育てなきゃならんのはあいつだけじゃないんで。キングドラたちの力をどう引き出していくか調べてみようかと」

「ワシちゃんの本だったら好きに使ってくれていいからねん」

「うす」

 

 元々爺さんの本棚も見てみようと思っていたので、本人から了承を得られたのなら話は早い。

 俺はガオガエンをウーラオスに任せて道場に戻った。

 途中、玄関近くの窓から海を眺めるヤドランの姿が見えたが、相変わらずぼーっとしていたのは言うまでもない。

 

「………さて、何かあるかな……と」

 

 爺さんの本棚を上から見ていく。

 ここにはヒスイ図鑑の複製版があったからな。今回も何かあると期待しているのだが………あるといいな。

 

「特にみずタイプのことに関するのがあればー………と」

 

 みずタイプは大きく二種類に分けられる。

 一つはゲッコウガのように手足があるポケモン。もう一つはキングドラやクズモーのように手足のないポケモンだ。

 基本的に手足のないみずタイプのポケモンは泳ぐ以外の移動方法がなく、手足のないアーボなどとは違いウネウネと陸を移動するのは苦手としている。何ならコイキングのような姿をしているポケモンは飛び跳ねたりする以外に方法がない。

 

「海のポケモンに関しての本は…………この段にはないか」

 

 だからその特殊性をトレーナーがしっかり理解しておかなければ、咄嗟の対応もミスしてしまう可能性がある。それだけは避けたいし、しっかり理解しておけばバトルスタイルの確立にも繋がるというもの。

 なのだが………目ぼしい本が見つからない。

 やっぱりアレだな。一回この本棚を整理してジャンルごとに分けた方が良さそうだよな。一応通巻本はまとめられてはいるが、雑誌から専門書まで一緒くたに収められているため、非常に探しにくい。

 確か各タイプの基本書的なのは一番下の段にあったはずだから、最悪それを読み漁るしかないか。

 いっそ、雑誌も読んでみるか?

 こんなところに一緒に入れてるくらいだからコマチらが読んでいるような頭の悪そうなのでもなさそうだし、ポケモンに関することが何か書かれているだろ。

 

「意外とこういう雑誌に載ってたりして………」

 

 手に取ったのは『月刊オーカルチャー』という雑誌。

 ペラペラと流してみていくとポケモンらしき写真を見つけた。

 

「あ、なんかいた。ディグダの顔に似てるけど、こんなディグダ見たことないな」

 

 ディグダのような顔をしていながら、その身体は白く細長い。ディグダのリージョンフォームか?

 

「ウミディグダ。みずタイプ……『浜辺に生息し、敵の気配を察知すると地中に潜る。その行動と見た目からディグダの亜種と思われがちだが、全く別のポケモンである』、か」

 

 全く別のポケモンということはリージョンフォームではないということか?

 ガラルにはこんなポケモンもいるのか。

 

「『ちなみにパルデア地方の陸にはディグダも生息しているため、気になる方は両者を捕まえて見比べてみるのもおすすめ!』……はっ? パルデア地方?」

 

 パルデア地方って確かカロスの南西にあったよな………。

 すると何か?

 ウミディグダってのはパルデア地方に生息しているポケモンで、そんなポケモンを記事にしているってことは…………この雑誌、パルデア地方のってことじゃね?

 

「……………うわ、マジか。これガラルの雑誌じゃねぇ」

 

 最初の方から見返していくと、ちょいちょい文章にパルデアの文字が出てくるではないか。

 マジか………何でそんなもんがこんなところにあるんだよ。

 

「つか、表紙。めっちゃパルデア地方って書いてあるし………」

 

 背表紙しか見てなかったわ。

 じゃあ、最初の方のグルメのページもパルデア地方ので直近の俺には何一つ役に立たないと。

 いや、まあ取り敢えず最後まで目を通すか。

 月刊って書いてあるし、棚にも3月号より前のも5月号以降のも並んでいるから、キングドラやクズモーに近いポケモンのことが書かれている可能性だってある。読んでみるだけ読んでみよう。

 というかこれ4月号か。

 

「……………はっ? パルデア未確認ファイルNo.04? 『原始のボーマンダ!? 謎の生物トドロクツキ。奇書スカーレットブックに書かれた謎の生物が名前の由来になっている。その姿はほかの地方でボーマンダに発生するとある現象の結果に酷似しているが関連性は不明。羽毛をまき散らしながら高速で飛びまわり獲物を襲う。その凶暴な性質はボーマンダ以上と考えられており遭遇することがあっても絶対に接触を避けるべきである』

 

 なんだこれ。

 パラパラめくっていくと一ページ丸々使った白黒スケッチのポケモンと思しき絵が出てきた。

 確かにここに書いてあるようにボーマンダに似てなくもない。というか姿形だけならメガボーマンダの方に似ている。三日月型の翼なんかまさにそうだ。綺麗な三日月型かギザギザとした毛が立っている三日月型かの違いはあるものの、よく似ている。これがカラーの絵だったらよかったのだが、古い文献からの引用なのだろう。体色までの判別が付かないところが惜しい。

 身体もメガボーマンダをさらに野生味溢れる姿ともすれば、表題の原始のボーマンダってのも頷ける。

 えっ、なに、マジでこれ原始のボーマンダなのか?

 パルデアの雑誌であることからパルデア地方に生息していたと思われるが…………今も生息しているのだろうか。遭遇することがあってもって書いてあるし、いるのだとしたら新たなリージョンフォームとも言えなくもないぞ。

 ただ原始のって付けるところが引っかかる。パルデア地方には既に現在の姿のボーマンダが生息している可能性だってある。

 いっそマンムーやモジャンボみたいにげんしのちからを覚えたことで進化するコモルーからの分岐進化だったら、現代にも蘇らせることも出来そうなのだが、そもそも本当にいるのかどうかすら検証できないのではどうしようもないか。

 原始のポケモンーー古代のポケモンといえば、化石ポケモンやげんしのちからを覚えて進化するポケモン、それにホウエン地方の伝説ポケモングラードンとカイオーガのゲンシカイキが挙げられるが、それと同等の力を得たレックウザ発祥のメガシンカもそれに近いものがある。メガボーマンダとこのトドロクツキを見ても何かしら関係はありそうだ。

 ああ、そうだ。確かプテラもメガシンカすることで古代の姿を模倣しているとかって話を、化石研究所の職員から聞いたことがあるな。

 なんだこれ。めちゃくちゃ面白そうな題材じゃないか。

 たった一体の存在でここまで話が膨らむとは、これがガセネタだったとしても夢のある話だぞ。

 

「この本棚って意外と宝庫だな」

 

 もしこの本棚の前にあの博士軍団を放置したら、皆が皆本を手に取りああでもないこうでもないと議論が繰り広げられるだろう。何なら世界的権威ばかりであるため、新たな論文作成にまで発展しそうである。

 既に俺が目を通しただけでもリージョンフォームと思しきポケモンがわんさかと出てきてるのだ。何かしらの発見はあるだろう。

 果たしてその時ソニアを博士ズの中に放り込んだらどうなるだろうか。

 ………オーキドのじーさんたち爺ズには萎縮し、変態一号二号にはドン引きだろうし、まともに会話できそうなのってウツギ博士とオダマキ博士くらいじゃね?

 まあ、あいつはいずれあの軍団に入り込めるように精進することだな。

 

「………っと、こんな寄り道してる暇じゃなかった。キングドラたちの育成方法を考えねば」

 

 これはこれで面白かったので、後日改めて月刊オーカルチャーを読み漁ることにしよう。

 多分ヒスイ図鑑と同様頭を悩ませる何かに遭遇するだろうが、時間はまだまだある。バスラオ問題と併せて地道に思考していくしかない。というかバスラオ問題のヒントの一つでもあれば嬉しいんだけどな。まあ、ないだろうな。

 



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56話

 月刊オーカルチャー。

 あれ、マジで凄かった。

 トドロクツキの他にもムウマらしきハバタクカミ、モロバレルを進化させたかのようなアラブルタケ、砂鉄を操るレアコイルのようなスナノケガワ、メラルバの姿のままウルガモスの特徴を取り入れたようなチヲハウハネ、ドンファンにマンムーの牙が付いたイダイナキバ、プリンがポニーテールにしているかのようなサケブシッポ、と各月で古代の姿のようなポケモンが特集されていた。これがもし本当ならポケモン進化論やリージョンフォーム、さらにはメガシンカにも何かしらの関係が出てくるだろう。

 残念ながら当初の目的であったキングドラやクズモーの育成方法のヒントになるようなことは見つからなかったが、この一ヶ月とにかく海で泳ぎをマスターしたためか、クズモーの動きは飛躍的によくなった。

 あとクズモーが陸でも浮いていられるようになった。イロハのキングドラもシードラの時から浮いていたし、最終進化形がドラゴンタイプだとその進化前の姿でも浮いていられるのかもしれない。ほら、ドラゴンタイプってポケモンによっては翼がなくても飛べたりするじゃん? 多分その辺と何かしらの関係があるのだと思われる。

 ただ一つ懸念材料とでも言えばいいのだろうか。今のところクズモーはアクアジェットが使えない。どうも水を纏うよりも水を操る方に長けているようで、典型的な遠距離射撃派だった。

 そのおかげか新たに習得したみずのはどうは最初から使いこなせていたし、逆にポイズンテールは不発になることもある。唯一攻撃したらボールに戻っていくクイックターンだけは何故か毎回上手く発動できた。謎だ。

 もう少し技の種類が増えればクズモーの得手不得手の基準が分かってくるのだろうが、今のところはまだ手探り状態である。

 とはいえ、俺もクズモーが加わったことでようやく表立って出せるポケモンが六体になったわけで、いよいよ爺とフルバトルする日が迫ってきている。まあ、今の状態ではまだまだであるが。

 

「ハチはいるかーっ!」

 

 さて、今日も一日クズモーたちの特訓と並行して、ガオガエンの様子も確認しておかないと、などと考えていたら嵐が来た。

 

「おう、ハチ! 手持ち六体揃ったそうじゃねぇか! フルバトルしようぜっ!」

 

 このおっさん、どこからそんな情報を仕入れてくるんだろうか。

 

「ハチ兄、バトルの後は勉強教えて!」

 

 あ、いたわ情報源。

 出会ってからというもの、シャクヤは月に何回かは道場に来るようになり、俺が勉強を見てやるという行事が出来上がっていた。基本シャクヤに聞かれたことを解説してたりするのだが、チラッと手持ちが六体揃ったって話をしたかもしれない。いや、あるいは前回四対四のバトルをおっさんとしているため、キングドラとクズモーの名前を出しただけで手持ちが六体になったと計算した可能性もある。シャクヤは決してバカではないからな。それが今に繋がっているのだろう。

 

「毎度毎度普通に入って来れねぇのかよ、おっさん」

「いいじゃねぇか、別に。コソコソ入って来られる方が嫌だろ」

「そもそも唐突に来て唐突にバトルを申し込まれる方が嫌だわ」

「ケチくせぇなー」

 

 俺はジムリーダーじゃないんだ。

 いつでもバトル歓迎なんて営業はしてないし、する気もない。

 

「んで、今日はカブさんは?」

「あん? カブちゃん今日はいねぇよ。何か用あったのか?」

「おっさんのお守り役はいないのかなと」

「親父のお守りはアタシだよー」

「シャクちゃん!?」

 

 娘にまでお守りされてるのか。

 このおっさん、やっぱり外に野放しにしておいていい存在ではないのでは?

 これのフォローをしてるってカブさん、相当苦労してるんだろうな。

 

「おおー、誰かと思ったらピオちんじゃん。はっちんとバトル〜?」

「おうよ! つーわけで裏のフィールド借りるぜ!」

「おっけーおっけー。みんなもはっちんたちのバトル観戦するよー」

「「「押忍!」」」

 

 によによと不敵な笑みを浮かべながらやってきた爺の合図で、門下生たちが一気に観戦モードへと相なった。

 いや、お前ら自分たちのメニューやっとけよ。

 呆れた目で門下生たちを見ていると、シャクヤに手を掴まれ裏のフィールドへと連行されていく。

 何この一気に道場内で味方がいなくなる感じ。

 ふと目が遭ったミツバさんに目で助けを求めたが、案の定微笑まれただけである。

 俺に味方はいないのだろうか。

 事俺がバトルを申し込まれる時に限っては、道場内の団結力が凄まじい気がする。そうでなければ誰かしら待ったをかけるだろ。

 これ、俺が本気でボイコットしたらどうなるんだろうな。場が白けるのは目に見えているが、その後の門下生たちの目も気になるところだ。一応集団生活をしている手前、下手な行動にも移せない。これがプライベートであれば、最終的に俺が道場を去れば終わる話なのだが、ガラル地方でのパイプを作るという仕事がある以上、素直に従う他あるまい。

 本当、世知辛い世の中だこと。やっぱり社畜にはなりたくねぇわ。

 

「はぁ、フルバトルとか面倒な………」

 

 シャクヤに無事フィールドの所定の位置にまで連れて来られた俺は、自然肩が下がってしまう。せめて事前にフルバトルするぞって連絡してくれれば、こちらもそれに向けて嫌々ながらも準備したってのに。

 

「爺さんに聞いたぜ。いずれ爺さんとフルバトルするんだろ? だったらその前に数こなしておくに越したことはねぇだろうよ」

「そうは言ってもようやく陸でもバトルできそうな段階に入ったところの奴らもいるんだぞ。陸上での技の使い方はこれからだってのに……」

「硬ぇこと言うなよ。それこそ実践を伴わなければ成長出来ねぇだろ」

 

 はぁ、ダメだこりゃ。

 この豪快な性格は言ったって聞き入れはしないだろう。言ってることに間違いはないのだが、もう少し様子を見ていたかったというのが俺の本音だ。

 

「じゃあ、俺が勝ったら賞金として一万円な。それくらいないとやる気が出ん」

 

 金はまあ月々振り込まれてくるから困っちゃいないけどな。何ならまだ給料に手をつけてねぇし。そもそもこの島で金を使う場所がない。唯一取り寄せたポケモンボックスも結局はミツバさんが買ってくれたし。

 

「チッ、わーったよ! 勝ったらな!」

 

 語気を強めた辺り勝つつもりでいるのだろう。

 そんなに前回のバトルが悔しかったのだろうか。そんなにバトルしたいのなら、またジムリーダーになればいいのに。それくらいの実力は充分にあるだろ。

 

「んじゃ、審判はワシちゃんがやるよん。ルールは前回と同じでよろぴー?」

「ああ、いいぜ! ハチに全力を出させた上で勝つ!」

 

 ルールはいつも通り、手持ち全て戦闘不能になった方が負け、技に使用制限をかけない、交代有り………なのだろう。

 最早ルール確認も適当になってきたか。ソニアとのバトルなんか戦闘不能になったかどうかしか見てないし、いいんだけどね。

 

「いくぜ、エアームド!」

「クズモー、対人戦は初陣になるが気楽にな」

「ズモ!」

 

 最初は小手調にくるだろうとこちらもクズモーを出したものの、まさか一体目からエアームドがくるとは………。

 これは流石にクズモーでどうにかできる相手じゃない。というか初陣のクズモーにおっさんのポケモンの相手はまだ無理だろうし、様子を見てクイックターンで戻すとしよう。まずはクズモーには格上とのバトルに出て、その空気だけでも味わってもらうだけでいい。無茶させてソニアみたいにトラウマになられても困る。

 

「最初からぶっ放すぜ! ブレイブバード!」

「クズモー、えんまくで撹乱してそのまま躱せ」

「ズモーッ!」

 

 勢いよく突っ込んでくるエアームド目掛けて黒煙を吐き出した。身体の小さいクズモーはすぐに黒煙に包まれて視認できなくなっていく。

 そこへエアームドが突っ込んできて、そのまま黒煙が流されていき一瞬で黒煙タイムは終わってしまった。

 だが、当初の目的は果たせたようなので良しとする。

 

「チッ、躱されたか。エアームド、ステルスロック!」

 

 あ、あのクソ親父、厭らしい手を使いやがって!

 ソニアが帰ってからのこの二ヶ月、ポケモンたちに色々と技を覚えさせといて正解だったな。

 

「クズモー、だましうち」

 

 エアームドが尖った小さい岩を無数に撒き散らしている間にクズモーを視線で合図し、エアームドの背後に回らせておき、終わった瞬間に技の指示を出す。

 当然、ステルスロックを仕掛けることに意識が傾いていたエアームドは背後のクズモーにようやく気がついたようだがもう遅い。

 クズモーの体当たりがエアームドの首に入った。

 よりにもよってそこを狙うか。いい判断だ。

 

「そのままクイックターン」

 

 恐らく同じ手はもう使えないだろう。となると対エアームドにおいてクズモーの取れる戦略はどうにも寂しいものになるため、迷わず交代させることにした。

 下手に攻撃を受けようものなら一撃でやられる可能性もあるからな。それでバトルは怖い、なんて思われてもだし、初戦はこれくらいでいい。

 

「なっ!? いいのか、交代しても!」

「いいんだよ。本当はよくねぇけど………ウルガモス」

 

 クイックターンの効果でボールに戻ってきたクズモーの代わりにウルガモスをボールから出した。

 すると鋭利の効いた無数の岩の破片がウルガモスに襲い掛かる。いわタイプの技でステルスロックが発動すると、むし・ほのおタイプのウルガモスには痛手だな。だが、後のことも考えるとステルスロックに対処できるのもウルガモスしかいないため、このダメージは仕方あるまい。

 

「ウルガモス、きりばらい」

 

 最近覚えた技その1。

 相手の回避力を下げたり、リフレクターやひかりのかべを吹き飛ばせる他、フィールドに仕掛けられたトラップやエレキフィールドなどのフィールド変化も解除できる優れもの。ぼうふうやねっぷうでクズモーたちの技を吹き飛ばしていたら、いつの間にか覚えていた。多分、羽ばたき方を色々調整して手加減していたら、上手く噛み合ったのだろう。

 

「んなっ!?」

 

 ウルガモスが大きく羽ばたくと、無数の岩の破片が砕けていった。

 ウルガモスがそんな技を覚えているとは思いもしなかったおっさんは、お口あんぐりで驚いている。

 

「狙いはこれだったか………。エアームド、エアスラッシュ!」

 

 だが、すぐに切り替えて次の指示を出してきた。こういうところはやはり元ジムリーダーなのだろう。

 

「ぼうふう」

 

 無数の空気の刃を暴風で呑み込み一掃。

 そもそも遠隔系の技はエアームドよりもウルガモスが得意とするところ。これくらい当然の結果だろう。

 

「おいおい、マジかよ………」

 

 おっさんは呆気に取られているが、そのせいで隙だらけである。

 

「にほんばれ」

 

 まずはウルガモスが得意とする状況に持っていくことにした。

 日差しが強くなり、エアームドの鋼の身体に太陽光が反射して眩しい。

 

「エアームド、いわなだれでウルガモスを撃ち落とせ!」

 

 どうしてもウルガモスを撃ち落としたいのか、さっきから上方からの攻撃ばかりになっている。攻撃される方向が限定されれば対処も楽だ。

 

「ウルガモス、ソーラービーム」

 

 瞬時に降り注ぐ岩を太陽光を凝縮した光線で消し去る。

 チャージ時間がないと相手の次の動きまでの時間ができるため、その間に回復することも可能だ。

 こんな風に。

 

「あさのひざし」

 

 ウルガモスが新しく覚えた技その2。

 太陽光からエネルギーを吸収して回復する技。

 日差しが強いと回復量が増えるため、太陽の化身とか言われているウルガモスには打ってつけである。

 

「チッ、エアームド! ドリルくちばし!」

 

 隙あらば回復してくるというのを見せつけたためか、おっさんの顔がより険しくなっている。ただでさえ怖いのに、バトルに夢中になると余計に怖いな。

 

「ウルガモス、ちょうのまいで躱せ」

 

 嘴を突き出し、身体ごと回転させて突っ込んでくるエアームドを、ちょうのまいでヒラヒラと躱した。

 

「ステルスロック!」

 

 一直線に突っ切っていったエアームドがターンすると、その勢いを利用して再度鋭利の効いた岩の破片をフィールドにばら撒いていく。

 ひこうタイプにいわタイプとこちらの弱点を突いてくる技はいくらでもあるってわけか。隙あらばあちらもステルスロックをばら撒いてくると。

 これはもう一気に片付けるしかなさそうだ。

 

「ウルガモス、連続でほのおのまい」

「エアームド、ブレイブバード!」

 

 エアームドが翼を折り畳み、急加速して突っ込んでくる前に次々と炎をぶつけていく。何度か遠隔系の攻撃力が上がり、一発一発の威力が増している。

 だが、エアームドはそれを耐え切り急加速してきた。

 

「モォォォォォスッッ!!」

 

 それでもウルガモスは炎をぶつけることを止めず、エアームドの嘴が差し迫ったところで顔面に炎をぶつけ、ようやく撃ち落とすことに成功した。

 無駄に頑丈な身体をしている。はがねタイプを持つエアームドには効果抜群のはずなのにこれなのだから、相当鍛えられているのだろう。現役を引退した今でこれなのだから、当時はもっと凄かったのだろうと窺い知れる。

 

「………エアームド、戦闘不能だよん」

 

 まずは一体。

 まだこれが五体も残っているのかと思うと、ただただ面倒だ。

 

「チッ、戻れエアームド。やるじゃねぇか、ハチ。あの速さで連射撃ちとか、えげつねぇことしやがるぜ」

「そりゃ、ウルガモスだからな。これがガオガエンだったら無理であるが、元々実力のあるウルガモスならではの連射撃ちだ。ほのおのまいってのも肝だな」

 

 技を撃ちながら次の技を用意し、自分の周りを回転させて一周したら撃ち出すというのをやっているのだが、あくまでも同じ技ーーーそれもほのおのまいという炎を自在に操る技だからできるのであって、他の技であればこうもならない。しかもそれを制御する技術も必要となり、如何にウルガモスの実力が高いかが分かるだろう。俺もそんなことできちゃうのかと驚いたくらいだ。

 何だろうな。ウルガモスにはリザードンやゲッコウガみたいな派手さはないのに、地味に強さを誇示してくる感じ。

 俺としてはそういう奴もいていいと思う。というかあの三巨頭が無駄に派手なだけだと思いたい。ただガオガエンはどちらかというとそういう派手な、豪快な感じが好きそうではある。

 あれかな………肉弾戦もやる奴らはそういう傾向になりやすいのかもな。

 

「まずはそのウルガモスをどうにかしねぇとな。いくぜ、ボスゴドラ!」

 

 おっと、ここでまさかのボスゴドラかよ。

 あいつ、おっさんのエースポケモンの一体じゃねぇの?

 それくらいのを出さないとおっさんには手がないってことか?

 そりゃいい。地味でも相手のエース級を出させられるというのは、それだけの実力がある証拠だ。

 

「ストーンエッジ!」

 

 ただ、同時にエアームドとは目に見て分かるくらいの実力の差があるということ。

 

「ウルガモス、ソーラービームで撃ち砕け」

 

 地面から突き出してくる岩々に向けて太陽光を凝縮した光線を放ち一掃した。

 あ、日差しが弱まってしまったか。

 なら、今のうちにステルスロックを解除しておこう。

 勝負はここからだ。

 

「きりばらい」

 

 ウルガモスが羽ばたくと鋭利の効いた岩の破片がフィールド外へと吹き飛ばされていく。岩の破片同士、あるいは地面に当たることによって最終的には粉々に砕けていってしまった。

 

「チッ、このタイミングでか。ボスゴドラ、ほえる!」

「ボラァァァァァァッ!!」

 

 あ………………。

 

「ヤン?」

 

 ウルガモスが強制的にボールへと戻されてしまった。

 代わりに状況をあまり理解していなさそうなヤドランが小首を傾げている。

 お前は相変わらずだな………。

 

「ヤドラン、ウルガモスが強制的に交代させられたんだ。しっかり頼むぞ」

「ヤン!」

 

 それだけ伝えればちゃんと伝わる辺り、聞き分けはしっかりしている。

 多分、普段からぼーっとしている分、自分の目で見たものは頭を通さず流れているのだろう。

 

「ボスゴドラ、じしん!」

「ヤドラン、サイコキネシスで身体を浮かせろ」

 

 ハニカームでのレイドバトル以降、ヤドランは超念力により自分の身体を浮かせて自在に移動することができるようにまで成長した。最初は目標地点を定めて、そこまで一直線ってのが常だったのに、今では不規則な動きまで可能としている。本当にポケモンの成長というのは早いものである。

 

「はぁ!? んなのアリかよ! 戻れ、ボスゴドラ!」

 

 ヤドランがフラフラと宙を移動しているのを見たおっさんは、さっさとボスゴドラを引っ込めてしまった。

 あれ?

 交代すんの?

 マジでウルガモスを引っ込めさせるためだけの役割だったくね?

 いいのか、エース級をそんな扱いで。

 ウルガモスをステルスロック解除要員に使っている俺が言えたことじゃないけども………。

 

「いけ、ニャイキング! ねこだまし!」

 

 と思ったらこれだ。

 ボールから出てきた勢いのままヤドランの元へ飛び出していくと、目の前で一拍手し驚かせた。

 

「そのままじこくづき!」

 

 間髪入れずに拳が黒いオーラを纏いーーー。

 

「じならし」

 

 ーーーヤドランの腹に打ち込まれる瞬間、ニャイキングがバランスを崩した。

 

「ニャイキング?!」

 

 ヤドランの特性クイックドロウが発動したようで、一瞬の間に地面を揺らしてニャイキングのバランスを軽く奪った。

 

「シェルブレード」

 

 そして、隙だらけのところに左腕のシェルから水の刃を伸ばし、横一閃に殴りつけた。

 

「後ろに躱せ!」

 

 おっさんの指示よりも前にニャイキングは胸を逸らして水の刃を躱し、その態勢からバク転しながら距離を取っていく。

 おっさんのポケモンの中では一番小回りが効きそうなポケモンだからな。これくらいの動きをしてきても当然だ。

 

「ニャイキング、いやなおとを出しながら走れ!」

 

 爪を地面に突き立てながら、こちらに走り出したニャイキング。

 たったこれだけの動きで耳が痛くなるような音を出してくるとは。身体の奥からゾワゾワしたものを感じる。恐らくヤドランもこの不快音に気持ち悪くなっていることだろう。

 

「じごくづき!」

「かえんほうしゃ」

 

 防御力を下げられた今、下手に動くよりは待ち構えて一発ぶち込んだ方が得策と考え、限界まで引きつけると、ヤドランは口から炎を吐いてニャイキングを押し返した。

 

「ニャ!?」

 

 不意を突かれたニャイキングの声が炎の中から聞こえてくる。

 やっぱりあれ一発では戦闘不能にならないか。

 

「チッ、メタルバースト!」

 

 効果抜群の技を受けたことで大ダメージが入ったのを見越して、おっさんはメタルバーストを指示してきた。

 

「シェルブレードを上から振り下ろせ」

 

 左腕の水の刃を振り下ろし、鋼の光線を真っ二つにした。割れた光線はヤドランの両側を抜けていき、俺のすぐ側で綺麗に霧散していく。

 

「へっ、足下がガラ空きだぜ! ニャイキング、シャドークロー!」

 

 あ?

 何言ってんだ? と思ったらヤドランが打ち上げられてしまった。

 ニャイキングが爪を地面に突き立て、ヤドランの足下から爪の形をした影が伸びている。

 そういえば、前回もシャドークローって使ってたっけな?

 効果抜群の技を受け、まあまあなダメージを受けたヤドランは、相変わらずアホ面をしている。

 まあ、ヤドランだしな。

 

「ヤドラン、マッドショット」

 

 それ故に攻撃されてもあまり怯むことなく次の行動に移すことができる、というのを最近知った。

 ヤドランはニャイキングに向けて左腕のシェルから泥を撃ち出していく。

 

「メタルクローで弾き落とせ!」

 

 空中から撃ち出したことでニャイキングに降り注ぐ形になったのだが、当の本人は鋼の爪で弾いて全て軌道を逸らしてしまった。

 

「わるだくみ!」

 

 そして悪い顔が一層悪い顔をしている。

 

「構わずじならし」

 

 何を悪巧みしてるのか定かではないが、遠距離技の威力を上げてもニャイキングの得意とするところではない。

 その技を使うくらいなら、つめとぎの一つでも使っているところだ。

 

「ねっとう」

「ニャイキング、バトンタッチだ!」

 

 着地と同時に地面を揺らしニャイキングのバランスを崩すと、追い討ちをかけるように熱湯を放った。

 だが、熱湯は当たることなく、ニャイキングはおっさんの方へと戻っていき、代わりに出されたドータクンとタッチしてボールへと吸い込まれていった。

 

「ドータクン、みらいよち!」

 

 なるほど、悪巧みしていたのはこれだったか。

 遠距離技の威力を能力上昇を引き継がせて、最も邪魔されにくい初手にみらいよちを仕掛ける。

 中々嫌な戦い方をしてくるな。

 当たらなければいい話ではあるのだが、どこに仕掛けられたのか全く読めない。発動前に空間が歪んだりするのだが、その兆候に気づいた時にはヤドランの脚では躱すことも難しいだろう。

 一つ分かっているのは、相手が技を二回使った、あるいは使う動きをした後くらいに発動するということ。そこを意識しておかなければシャドークローのダメージもあり、一撃で戦闘不能にされられてしまうことも考えられる。それまでの攻防でダメージを受けてしまえば尚更だ。

 

「ヤドラン、マッドショット」

 

 だが、その前に一つ確かめなければならないことがある。

 ドータクンの特性だ。たいねつかふゆうかによって使う技も変わってくる。ヘビィメタル? あれは特にこちらの技に影響ないから知らん。

 

「ジャイロボール!」

 

 ドータクンはヤドランが撃ち出した泥の弾丸をジャイロ回転して弾き飛ばしていく。

 マッドショットにはこの対応か。

 なら次だ。

 

「かえんほうしゃ」

「ドータクン、引いてシャドーボールをぶつけろ!」

 

 すかさず口から炎を吐き出すとドータクンは後ろに下がり、自分がいたところに影の弾丸を撃ち飛ばした。ドータクンの代わりに炎とぶつかり小爆発が起きる。

 なるほど、じめん技は弾きほのお技は躱すのか。

 となるとたいねつではないと疑いたくなるが、そんな分かりやすいことをする程バカだとも思えない。

 

「戻れ、ヤドラン」

 

 俺はさっさとヤドランをボールに戻し、交代先のボールの開閉スイッチに指をかけたところで、空間に歪みが生じた。

 あっぶね。下手に考え込んで交代が遅くなってたらヤドランが撃ち抜かれてたな。

 

「ガオガエン、ウーラオスに鍛えてもらった実力を俺に見せてくれ」

 

 はがね・エスパータイプのドータクンにほのお・あくタイプのガオガエンはタイプ相性だけ見れば最高である。ここに特性たいねつが加われば、ほのお技が思ったよりも効かないという決め切れない事態になりかねないので、さっきは特性を確認していたのである。

 まあ、恐らくはたいねつの方だろう。ふゆうと思わせた上でほのお技を耐え、反撃に出る。おっさんならそれくらいのことはやってきてもおかしくはない。

 

「かえんほうしゃ」

 

 まあ、はがねタイプを持つドータクンがたいねつを持っていたとて、効果抜群ではなくなるってだけで普通にダメージは入るし、ダメージを蓄積しないに越したことはないので、躱すって選択はそもそもが当たり前である話なのだが。

 

「ドータクン、ジャイロボール!」

 

 身体を包み込んだ炎をジャイロ回転して消し去っていく。

 

「ニトロチャージで詰めろ」

 

 

 その間に炎を纏い加速して、一気にドータクンとの距離を詰めさせた。

 

「くるぜ! 力を溜めろ!」

 

 力を溜める?

 ソーラービームでも撃つ気か?

 

「ガオガエン、かげぶんしん」

 

 何を企んでいるのか分からないので、一応予防線として分身を作らせておこう。

 

「メテオビーム、発射ァ!」

 

 ガオガエンが分身体でドータクンの周りを取り囲むと、ドータクンはくるっと一回転して全方位に向けて水色の光線が撃ち放たれた。

 

「ガゥ!?」

 

 チッ、背後にいても顔に掠めたか。

 

「構うな、じごくづき」

「ガゥアッ!」

 

 メテオビーム。

 知らない技だが、メテオというからにはエスパーやいわタイプ辺りの技だろう。いや、あくタイプを持つガオガエンに効いたのだ。エスパータイプという線はないか。となるといわタイプ………? はがねタイプという可能性も考えられなくもないが、まあいい。

 ガオガエンはドータクンの真下に潜り込むと拳を掬い上げ、ドータクンを真上に突き上げた。

 

「そのまま押しつぶせ! ボディプレス!」

 

 だが、それで終わる相手ではない。

 突き上げられたのを利用し、体重をかけて落下してきた。

 

「にどげり」

 

 それを一度目の空中蹴りで勢いを半減させ、二度目の回し蹴りで停止させる。

 

「ブレイズキック」

「ガゥアァッ!!」

 

 そして一度着地してすぐに炎を纏った三度目の蹴りでおっさんの方へと蹴り飛ばした。

 

「ガオガエン、ほのおのうずで閉じ込めろ」

 

 そして間髪入れずに渦巻く炎に閉じ込めた。

 まあ、これまでを見るにあの炎はすぐに消されるだろう。

 タイミングは消している最中だ。

 

「ドータクン、渦とは逆にジャイロボールだ! 渦を掻き消せ!」

「今だ、詰めろ。最後はお前自身の選択で決めてこい。ウーラオスに鍛えてもらった肉弾戦の成果をここで見せてみろ」

 

 炎の中でジャイロ回転を始めたのを確認して、最後の一撃をガオガエンの判断に委ねることにした。

 ともするやガオガエンは勢いよくジャンプし、一度両脚を折りたたむと炎を纏った右脚を伸ばして、渦巻く炎の中ジャイロ回転するドータクンへと突っ込んでいった。

 それはもう正にライダーキックであった。

 

「ドータクン!?」

「ドータクン、戦闘不能だよん!」

 

 俺はいつから特撮ヒーローを育てていたのだろうか。

 いやまあ、ブレイズキックなんだろうけども。

 これはあれかな。ライダーパンチも覚えさせるべきかな。いや、もしかするともう習得しているかもしれない。

 というか、だ。何故俺のポケモンたちは技でネタを披露しようとするのだろうか。そりゃリザードンにはアニメを参考に飛び方を仕込んだぞ? けど、ゲッコウガは違う。あいつは勝手にネタを仕入れては披露してくるし、ウツロイドは技なのかも分からんハチマンパンチ以下三つの技を持ってるし、ついにガオガエンもその路線に走る気なのだろうか。

 

「………水で作ったギャラドスの首だけとか、ハチロイドとかよりは全然いいけどよ。見栄えもよかったし」

 

 まあ、よしとしておこう。

 エンターテイメントを求められるジムチャレンジでも使えるかもしれないし。

 

「お疲れさん」

「ガゥ!」

「最後のキックもよかったが、落下してくるドータクンを受け止めた三段蹴りも見事だったぞ」

 

 俺としてはそっちを褒めたかったんだけどな。ウーラオスに鍛えてもらう前はあんな動きできなかったんだし。それがものの一ヶ月であれだけの動きができたのだ。その上で最後のライダーキックともなれば上出来である。

 

「んじゃ、一旦休憩な」

「ガゥ!?」

「心配するな。お前の見せ場はちゃんと作ってやる」

「ガゥ!」

 

 ここまでやってまだエアームドとドータクンしか倒していないんだよな。ニャイキングもボスゴドラも交代してしまい、恐らくあとの二体はハッサムとダイオウドウだろうから、必ずガオガエンの出番は回ってくる。ただ、それ全部を連戦で倒せるほどの実力はガオガエンにはまだない。

 それなら折角ライダーキックを習得したんだから、最後まで出番を残しておいた方が心躍る展開ってもんだ。

 ………うん、俺もあのキック一発で相当心が踊ってるな。自覚なかったわ。何なら今度は誰かにプリティでキュアキュアな技を覚えさせてみるか?

 

「キングドラ」

「もう一丁、いくぜ! ニャイキング!」

 

 ガオガエンを戻し、再度キングドラをボールから出すと、おっさんも再度ニャイキングを出してきた。

 

「ねこだまし!」

「えんまく吐いて下がれ」

 

 二度も同じ手に引っかかるわけがないだろうに。

 黒煙を吐いてその場から下がらせる。

 

「チッ! ニャイキング、ジャイロボールで黒煙を消せ!」

 

 すると黒煙の中に取り残されたニャイキングがジャイロ回転をして黒煙を消し去ってしまった。

 まあ、それは時間稼ぎでしかない。

 

「あまごい」

 

 どうせ初手はねこだましだろうというのは読めていたし、キングドラの得意とするのは雨が降っている状況下である。ニャイキングの身動きを一瞬でも封じて雨を降らせられればこっちのもんだ。

 

「タネばくだん!」

 

 キングドラの姿を見つけたニャイキングは口から何かの種を撒き散らしてきた。

 

「躱してバブルこうせん」

 

 だが、特性すいすいを持つキングドラはいとも容易く躱し、ニャイキングの背後へと回り、次々とバブルを吹き付けていく。

 あれ、何で弾けるだけでダメージ与えられるんだろうな。怖いよな、泡なのに。要はアレ、デカいシャボン玉だぞ? それが破裂してダメージになるとか怖すぎるだろ。

 ただ、キングドラがいたところもタネばくだんにより次々と小爆発が起き、今度は白煙が立ち上っていく。

 

「ンニャ!?」

「なっ!? まさか特性すいすいかっ!」

「なみのりで呑み込め」

 

 驚いてるところ悪いが、片膝立ちになっているニャイキングではもう間に合わないぞ。

 

「ニャイキングーッ!」

 

 大きな津波に呑まれたニャイキングはどこへ流されただろうか。

 

「…………どこだ、ニャイキング!」

 

 ニャイキングに呼びかけて頭を忙しく振っているが、多分そんな流されてはいないと思うんだよな。

 

「ピオちん、中央中央」

「ニャイキング!」

 

 爺に促されようやく気づいたおっさんが大声で呼びかける。

 声デカすぎ。耳痛くなるわ。

 

「………うん、ニャイキング、戦闘不能だよん!」

 

 そりゃあね。ヤドランとのバトルのダメージもある上に、雨が降っている状態でのタイプ一致の技を受けたんだ。耐えられるとは思えねぇよ。

 

「くぅ………そいつ新入りだろ? 何でそんな強ぇんだよ」

「いや、単に特性活かしただけだし。セオリー通りのバトルしてるだけだろうが」

 

 ニャイキングをボールに戻しながら嘆いている色黒のおっさん。その内あの人泣き出したりしないよな?

 ああいうタイプってなんか豪快に泣き出しそうじゃん? 男泣きっていうか。

 

「そのセオリー通りにバトルを進められるだけの技量がすげぇつってんだよ」

「んなこと言われても………」

 

 普通じゃね?

 セオリー通りのバトルすらできないのなら、それはもうトレーナーとしてダメだろ。その上でポケモンたちがやりたいバトルに変えていくのが普通だと思ってたんだがな…………。

 俺の基準ってやっぱり狂ってるのか?

 

「だったらこっちもセオリー通りのバトルをさせてもらうぜ! ハッサム!」

 

 次に出てきたのはハッサム。ハッサムのセオリー通りのバトルってなると…………特性テクニシャンからのバレットパンチ?

 

「キングドラ、なみのり」

「こうそくいどうで躱せ!」

 

 逃げられないように全体的に襲うなみのりを選択。

 津波を起こしてハッサムを呑み込んでいくが、多分もういないだろう。

 

「すなあらし!」

 

 上空に現れたハッサムは両腕を広げて風を起こし、砂を巻き上げていく。そのせいで雨雲も流されていき、雨が降り止んでしまった。

 セオリー通り、というわけでもないがまずは自分が有利な状況を作り上げたってことか。

 

「ハッサム、バレットパンチ!」

 

 一瞬で姿を消したハッサムがキングドラの目の前に現れ、両腕の鋏で連続で殴りつけていく。

 

「キングドラ、かなしばりだ」

 

 最後一発を入れられたところで、かなしばりでバレットパンチを封じることに成功した。これでしばらくはセオリー通りのバトルをしてくることはない。

 

「チッ、バレットパンチを封じてきたか」

「たつまきで砂嵐を呑み込め」

「させるかよ! ハッサム、でんこうせっか!」

 

 砂嵐を呑み込むほどの竜巻を起こそうとすると、瞬間移動するかのようにハッサムが体当たりしてきた。

 だが、そこはキングドラの意地で竜巻を起こし、砂嵐を呑み込んでいった。

 よし、これで交代も可能だな。

 

「よく耐えた、キングドラ。最後クイックターンだ」

「落とすぜ、ハッサム! アクロバット!」

 

 キングドラが水を纏って突撃していくと、ハッサムが一度くるくると回転しながら後退し、勢いよく飛び出してきた。

 二体が衝突すると、その瞬間キングドラが俺の持つボールに吸い込まれていき、いきなり押し返す力を失ったハッサムが地面に落ちていく。

 

「ウルガモス、ねっぷう」

 

 代わりに出したウルガモスはそのままハッサムの斜め上に飛び出し、大きく羽ばたいて熱風を吹き付けた。

 ハッサムには超効果抜群なのだが、まだ耐えている。

 

「ハッサム、もう一度こうそくいどうだ! ウルガモスをぶっち切れ!」

 

 そして、熱風から脱出するかのように姿を消したハッサムは、次の瞬間にはウルガモスの背後にたどり着いていた。

 二度も使われたらこうなるか。

 

「サム!?」

 

 だが、よく見るとハッサムは火傷を負っていた。

 

「なっ?! 火傷だと!? ハッサム、時間をかけるな! ダブルウイング!」

「ちょうのまいで躱しながら、いとをはく。ハッサムを捕まえろ」

 

 動きは速いが火傷を気にするあまり、軌道が単調になり、ウルガモスが読めるくらいには精度が荒くなっている。

 それを見逃すはずもなく、ヒラヒラとハッサムの翼を躱すウルガモスにハッサムを白い糸で捕獲するように指示した。

 

「サムッ………!?」

 

 火傷に反応して動きが止まってしまったハッサムを白い糸でぐるぐる巻きにし、地面に落下させる。

 

「だいもんじ」

 

 そして、大の字の炎でハッサムを焼き尽くしていく。

 

「ハッサム!?」

「トドメだ。ウルガモス、ほのおのまい」

 

 まだ意識が残っているようなのでトドメに炎を踊らせると、メラメラとさらに焼き尽くされていくハッサムは、遂に意識を手放した。

 

「ハッサム、戦闘不能だよん!」

 

 ふぅ………。

 やっぱりキングドラではハッサムの相手は辛いところがあるな。

 はがねタイプだからドラゴンタイプの技は効果薄いし、むしタイプもあるからほのおタイプの技しか受け付けない。

 ドラゴンと言っても水系のドラゴンなため、ほのおタイプの技を覚えられないが結構痛いな………。

 キングドラでこれなのだからクズモーはまだまだおっさんのポケモン相手にバトルは難しいだろう。

 だから本当、急にくるのはやめてほしい。

 

「戻れ、ハッサム。…………ったく、まさかいとをはくで捕らえられるとはな。あの速さに正確に捕らえてくるとかエグすぎだろ」

「偶に糸を出しては摘み食いしてたからな。俺ですら、それいとをはくじゃね? って気づくのに半年以上かかってるし、それくらい違和感なく使いこなしてた技だ。何ならウルガモス本人が技だってことを忘れてたくらいだ」

 

 ウルガモスも野生時代にバトルで使うことなかったんだろうしな。だからバトルで使える技として出してこなかったのだろう。

 ポケモンだって生き物だ。そういうこともあるだろうさ。

 

「………お前のポケモン、癖が強いの多すぎないか?」

「俺は特に何もしてねぇよ」

 

 俺が手を施す前から一癖二癖あるんだから、俺のせいにされても困るんだけど。

 サーナイト、ガオガエンは割と純真な奴らだから癖が強いと感じたことはないが、こっちに来てからのポケモンたちはまあまあ癖があるよな。折角新たなパーティーを作ることになったんだから、もっと純真な奴らが来てくれてもよかったんだが、何でだろうな。

 

「ウルガモスをぶっ潰せ! ボスゴドラ!」

 

 残り二体。

 先に出てきたのはボスゴドラの方か。

 

「ウルガモス、にほんばれ」

 

 まずはボスゴドラに動かれる前にウルガモスに有利な状況を作っておく。

 

「ボスゴドラ、いわなだれで落とせ!」

 

 日差しが強くなるのと同時にウルガモスの頭上から岩々が次々と落下してくる。

 

「ちゅうのまい」

 

 連戦ということもあり、ウルガモスの素早さは上がった状態のままためなくても躱せそうだが、躱す動きに合わせて使っておく方が後々都合がいいだろう。

 

「チッ、ボディパージ!」

 

 岩を全て躱すとおっさんは舌打ちした。

 まあ、おっさんも分かってはいたんだろうな。

 それでも予想通りというのが悔しかったのだろう。

 

「ねっぷう」

 

 少しでも追いつけるようにか、ボスゴドラは身体を軽くして素早さを上げてきた。

 

「ハイドロポンプ!」

「っ!?」

 

 驚いた。

 まさかボスゴドラがハイドロポンプを使ってくるとは………。

 つか、覚えられたんだな。なみのりとかみずのはどうを覚えるくらいだし、いけなくもないのか………?

 

「攻撃の隙を与えるな! いわなだれ!」

 

 まさかの出来事にウルガモスも完全には躱しきれず、翼に掠ったようだった。

 そこへ頭上から岩々が落下してくる。これには素早くなっているウルガモスも高度を下げて距離を取るしかなかった。

 

「そこだ! ストーンエッジ!」

 

 ただ、それを見逃すほど甘くはない。

 高度が下がったウルガモスに対し、地面から岩が次々と突き出してくる。

 

「ソーラービーム」

 

 地面から突き出す岩々を太陽光で破壊し、ついでに上を向いて降り注ぐ岩々も破壊していく。

 

「へっ、だいちのちから!」

 

 だがその瞬間。

 地面が割れ、高エネルギー体が放出され、ウルガモスは爆発に呑み込まれていった。

 

「待ってたぜ! ボスゴドラ、もろはのずつき!」

 

 ああ、これは無理だな。

 おっさんの策に一本取られたみたいだ。

 

「おにび」

 

 こんな状態ではウルガモスがボスゴドラの捨て身の頭突きを躱せるはずもないので、最後の運任せで火傷を狙うことにした。

 すまん、ウルガモス。

 今のは誘導されていると分かっていながら、対策を立てられなかった俺のミスだ。

 

「おぉー………ウルガモス、戦闘不能だよん!」

 

 爺もウルガモスが倒れたことに感心している。

 

「よっしゃーっ! まずは一本!」

 

 ふぅ、やはりボスゴドラと他のポケモンたちとでは実力が明らかに違うな。

 

「よくやった、ウルガモス。今は休んでくれ」

 

 だが逆に言えば、ウルガモスを倒したボスゴドラを倒せたら、ガオガエンもちょっとは自信を取り戻せる可能性もあるというわけだ。

 なるほど、それはいい案だ。

 

「ッ!?」

 

 ふと、おっさんと目が遭うとビクッと肩を跳ねらせた。

 えっ? なに? 何でそんな怯えられてんの?

 

「ガオガエン、ニトロチャージ」

 

 ガオガエンをボールから出し、そのままの勢いで炎を纏わせて走らせていく。

 

「ボスゴドラ、じしんでバランスを崩せ!」

「ジャンプして躱せ」

 

 ボスゴドラが地面と叩いて揺らしてくるも高くジャンプすることで、それを躱した。

 

「かえんほうしゃ」

「ハイドロポンプ!」

 

 そしてボスゴドラの真上から炎を放射すると、相殺するように口から水砲撃を打ち上げてくる。

 おかげでガオガエンがずっと滞空したままとなり、一向に降りてくる気配がない。

 

「ゴラッ?!」

 

 だがそれも長くは続かず、ボスゴドラが一瞬苦しみ出したことで、技の均衡が崩れ、ガオガエンが地面に落下してきた。

 

「おにび当たってたのか!?」

 

 どうやらウルガモスの最後のおにびがしっかりと効いていたようだ。

 この隙は大きいぞ。

 

「けたぐり」

「てっぺき!」

 

 着地と同時にボスゴドラの身体を脚で薙ぎ払うも、寸でのところで鉄の壁を挟まれ、あまり大きくはバランスを崩さなかった。

 それなら攻撃させる隙を与えなければいい。

 

「反撃の隙を与えるな。インファイト」

 

 膝立ちから立ち上がるボスゴドラに向けて両手両足を使い、殴る蹴るの攻撃を休む暇もなく与えていく。

 

「ハイドロポンプ!」

 

 ボスゴドラが口を開けた瞬間に顎を蹴り上げーーー。

 

「かみなりパンチ!」

 

 右拳が電気を纏えば右肩を殴りーーー。

 

「だいちのちから!」

 

 脚で地下にエネルギーを送ろうとすれば、上げた脚を薙ぎ払いーーー。

 

「きしかいせい!」

「角を掴め」

 

 そんなこんなしていると、とうとう全身にエネルギーを溜め始めたため、二本の鉄の角を掴み上げ、突っ込んできたのと同時に持ち上げてボスゴドラの力を利用して後ろへ反り、鉄の角を地面に突き刺した。

 あれま、まさかここまでのことをするとは。よくて放り投げれたらいいかなって感じだったのにな…………。

 たった一ヶ月のウーラオスとの修行でここまで成長するなんて思ってもみなかったわ。

 

 こうなってしまってはボスゴドラには為す術もなくーーー。

 

「トドメだ。ガオガエン、ブレイズキック」

 

 ガオガエンは足に炎を纏い、三歩走ってジャンプするとまたしてもライダーキックでボスゴドラの腹に一蹴り入れて蹴飛ばした。

 うん、これはもう確定だな。

 ガオガエンがウーラオスとの特訓で得たのはガラル空手じゃなくてライダーキックだわ。

 空手要素どこいったよ。さっきの角を地面に突き刺したのも空手の技じゃねぇだろ!

 

「ボスゴドラ、戦闘不能だよん!」

 

 あーあ、ついにガオガエンがネタ枠に走り出しちまったよ。

 どうするよ。

 こんなはずじゃなかったのに。

 

「戻れ、ボスゴドラ。………だぁぁぁっ! 角を地面に突き刺すとか性格悪すぎだろ!」

「いや、やったのはガオガエンだからね。俺は掴むところまでしか考えてなかったし、ボスゴドラの力を利用して投げ飛ばせたらなーって感覚でいたのを、俺の想定以上のことをしてくるとは思わんだろ」

 

 それだけウーラオスとの修行で身体の使い方を学んだという証だ。

 ただ技を撃つ、相手の技を躱すだけでは戦略に幅がないが、バランスを崩す、技を受け流す技術が身につけば、今みたい相手の動きを封じることも可能になる。

 いやまあ、今のはヤバかったけどな。まさかボスゴドラの角を掴ませたら、相手の勢いを利用して角を地面に突き刺すとか、俺の発想にもなかったわ。

 

「ガオガエン、いいぞ。もっとやったれ」

 

 ここまでくれば指示は出すが、身体運びや技の捌き方はガオガエンに任せた方がよさそうだ。

 

「ガゥ!」

「ぜってー、トレーナーの頭がイカれてんだよ。いくぜ、ダイオウドウ! がんせきふうじ!」

 

 最後のポケモンとして出てきたダイオウドウは、そのままガオガエンを取り囲むように岩々を落としてくる。

 

「ガオガエン、ニトロチャージ」

「チッ、だったら! デッカク増量、デカバルク! ダイオウドウ、キョダイマックス!」

 

 炎を纏って躱していくと、おっさんがダイオウドウを一度ボールに戻して巨大化したボールを投げ放ってくる。

 ボールから出たダイオウドウは段階的に巨大化していき、キョダイマックスの姿になっていった。

 

「鼻を駆け登れ」

 

 ダイマックスないしキョダイマックス。

 攻撃に重さが加わり威力が桁外れに増大するのだが、いかんせん身体がデカい分、的も大きくなってしまうのが欠点だと思っている。特に四足歩行のポケモンがダイマックスする時は注意が必要だ。背中を取られたら身体の大小関係なく為す術がなくなってしまう。ふんかとかそういう背中から発動させる技ならばあるいはとなるが、ダイマックス技ではダンデのリザードンが使っていたキョダイゴクエンくらいではないだろうか。しかもダイオウドウには長い鼻があり、俺には背中への正規ルートにしか見えない。

 前回はサーナイトにテレポートを使わせたが、そこまでしなくてもいけそうな気がする。

 

「ダイオウドウ、振り落とせ!」

「両脚に炎を纏って踏みつけてけ」

 

 頭を振って鼻に遠心力を乗せてくるが、身体が硬い分、動きも遅く、両脚に炎を纏わせて長い鼻を踏みつけていけば、揺さぶられる回数も自ずと減っていく。

 

「こうなったら、ダイロックで押し潰せ!」

 

 ダイオウドウが巨大な岩の一枚壁を作り出すと、自らに向けて倒してくる。

 

「走れ!」

 

 ギリギリでダイオウドウの鼻を登り切ると、ダイオウドウの顔面に巨大な岩壁が直撃した。粉砕した岩壁が粉末状になっていき、砂嵐と化していく。

 

「砂嵐を気にするな! ガオガエン、連続でインファイト!」

 

 目的地に到着したため、ここから一気に攻め上がることにした。

 何度も何度もダイオウドウの背中を殴りつけ、ダメージを与えていく。

 

「気張れ、ダイオウドウ! キョダイコウジン!」

「オォォォォオオオオオオオオオドォォォォォォッッ!!」

 

 するとダイオウドウの咆哮とともに、巨大な鋼の棘が次々と出来上がっていく。

 ダイロックを見るに防御力の高い身体を活かして捨て身の攻撃をしてくるのは予想できる。

 

「ガオガエン! 降りながらだ!」

 

 だから決めるのはここだろう。

 俺はZパワーリングにカクトウZをつけて、ガオガエンに見せつけるように右手を高く上げて叫んだ。

 使えるかどうかは分からないが、ニャビーの頃から近くでずっと見てきたガオガエンなら覚えているはずだと信じてーーー。

 

「ーーー全力無双撃烈拳」

 

 ポーズを取っていくとガオガエンもダイオウドウの背中から飛び降りながらポーズを取っていく。

 そして着地と同時に超高速で拳を叩き込んでいった。

 

「ダイ、オウドウ………!」

 

 上からは自分の鋼の棘を浴び、下からは超高速の拳を受けたことでダイオウドウは強制的に元の大きさへと戻り始めていく。

 

「………うん、ダイオウドウ、戦闘不能だよん! はっちんの勝ち!」

 

 そして、地面に伏したダイオウドウの様子を確認した爺さんが判定を下した。

 

「ガオガエン、お疲れさん」

「ガゥ」

 

 ………ふぅ、何とかいけたな。

 ウルガモスが倒されたとはいえ、サーナイト抜きでおっさんのポケモンを全員倒し切れた。クズモーには自分も参加したバトルに勝利を与えることができたし、キングドラとヤドランの成長も見られた。ウルガモスの安定した強さもさることながら、ウーラオスとの修行で飛躍的に成長したガオガエンの存在は大きい。ネタ枠に走ろうとしているが、それも強さあってのものである。要はただの見せ方なため問題にはならない。

 

「だぁぁぁっ!! 結局サーナイト出してねぇじゃねぇか!」

 

 ダイオウドウをボールに戻したおっさんの開口一番がこれである。

 頭みで押さえて………。

 そんなにサーナイトともバトルしたかったのかよ。

 

「折角やるんだ。サーナイトなしでどこまでやれるのか確認してたんだよ」

「ハチ兄強すぎ………。結局一枚抜きと変わんないじゃん。親父よわー」

「シャクちゃん!?」

 

 シャクヤ、容赦ねぇな…………。

 勝ったから俺が何か言ってもアレだし、口を挟む気はないが………おっさんが不憫でならない。

 

「どう? はっちん。ガオちんの成果は」

「俺の想定を超えてましたよ。ちゃんと自分なりに決め技も作ったみたいですし、あとは俺がガオガエンの望むバトル展開を作り出せるかっすね」

 

 ウーラオスには感謝しかない。

 よくここまでガオガエンを強くしてくれたものだ。

 

「………この天才め。常人はまずそんなセリフすら出てこねぇよ」

「何言ってんだよ。バトルをするのはポケモンたちだぞ? ならポケモンたちが楽しめるバトル展開を作り出すことこそが、トレーナーの至上命題だろ。その結果ダメージを抑え、相手に攻撃させる隙すら与えないバトルになったりするんじゃねぇの?」

「「ないわー…………」」

 

 親子で声を揃えてドン引きされた。しかも同じように手で「ないない」ってしながら。

 ひでぇな、この親子。

 

「やっぱ親子だな………」

 

 顔は似てねぇけど、間違いなくシャクヤはおっさんの娘だわ。ここまでそっくりの反応するとは…………。

 この後、やっぱりというか門下生たちに憧れの眼差しを向けられたのはいつものことと流しておいた。

 俺みたいなになるのはマジでやめておけ、マジで………。

 



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57話

 おっさんとバトルして、その午後。

 一足先におっさんは帰り、代わりに面倒な来客もきたが、今はシャクヤの勉強を見ているところである。

 

「ハチ兄、このタマゴ技ってタマゴの時に覚えるんだよね?」

「そうだな、だからタマゴ技っていうんだし」

 

 今日のはどうやらポケモンの技についてらしく、指定の技を覚えるポケモンを四択で選ぶクイズ形式のプリントを何枚も持ち込んできやがった。

 まあ、そこはおバカではないシャクヤであるため、然程問題はなかったのだが、タマゴ技が出てきた瞬間に手が止まったのである。

 

「何でそんなん分かるの?」

「さあ? そこは研究者じゃないから俺も詳しいことは知らん」

 

 こいつ、こう見えて疑問に思う点が鋭いんだよな。

 教えるこっちも結構気が気でないぞ。

 

「というわけでそこの研究者見習い。出番だぞ」

「…………わたし、知らないんだけど」

 

 面倒な来客ーーもといソニアに話を振ると明後日の方を向きやがった。

 

「なんだこいつ、使えねぇ………」

「ソニア、バカにされてるわよ」

「うぅぅ、だって知らないもんは知らないし!」

 

 その隣にはどこかで見たことがあるようなないような色黒の女性がソニアをつついている。

 …………うん、誰だっけ?

 

「つか、何でここにジムリがいるし」

 

 するとシャクヤが単刀直入に聞きやがった。

 おい、もう少しオブラートに包んでくれよ。てか、この人ジムリーダーなのかよ。

 

「ソニアがある時から『ハチくん』とやらの話をよくするようになってね。やれバトルはダンデみたいだ、やれ知識はおばあさま並みだってうるさいのよ。だからそいつがどんな奴かこの目で確かめにきたってわけ」

「「へぇ」」

 

 シャクヤも俺も反応が薄くなってしまった。

 代わりにその隣のギャルに二人して視線が向かっていく。

 

「そ、そんなにいつも話してないじゃん。ちゃんとダンデくんの話もするし、研究の話とかもしてるじゃん」

「そうね、そして最終的に『どっちも持ってるハチくんが羨ましい』で終わるじゃない」

「うぐ………」

 

 こいつ、いつもそんなこと言ってるのか。

 一応吐き出せるようになったことを褒めないといけないのだろうが、吐き出したら吐き出したで俺の話ばかりとかやめてほしい。

 

「ハチ兄、もしかしてモテ期到来?」

「ふっ、悪いがモテ期は既に通り越した」

「えー、ほらここにも美少女がいるよー?」

 

 にこぱーと両人差し指を頬に当てて笑顔を見せてくるシャクヤ。

 うん、可愛い。

 なんかコマチを思い出すやり取りだ。

 

「はいはい、可愛い可愛い。ほら、続きやったやった」

「ぶー、テキトーだー」

 

 頭を撫でながら適当に流すと、ぶーたれながらもプリントに目を向け直した。

 

「あ、で結局タマゴ技は何なん?」

 

 かと思いきや、まさかのタマゴ技の説明を求めてきた。

 

「あー…… ポケモンは各種族で異なる遺伝子を持っていて、技にも相性があるんだ。種族的に覚えられるものとそうでないもの。だから自力で覚えることもあれば、教えてもらって習得するって方法もあるし、タマゴ技のように親からの遺伝で生まれつき使える技だってある」

「遺伝?」

「そう、タマゴ技ってのは親からの遺伝技という見方もできるんだ」

 

 タマゴから孵化した瞬間に、既に強力な技を覚えていたらーー例えばヒトカゲがブラストバーンを覚えていたら、それは自然に覚えたものとは考えにくい。生まれる前からの何かしらの要因がなければ無理な話だ。まあ、ブラストバーンは言い過ぎだが、生まれる前のからの要因となると大いに考えられるのが、親からの遺伝というわけだ。

 

「ほら、親子で手先が器用なやつとかいるだろ?」

「ああ、なるー」

 

 上手く想像できてなさそうなので人間で例えてみたらあっさり理解してくれた。

 

「ただ、俺から言わせてもらえば、タマゴ技なんてのは単なる分類分けでしかない。結局は各ポケモンの遺伝子に付随するものならば、適正がある技は後から教えていけば習得できる。現に俺のポケモンたちは後からタマゴ技に当てはまる技を覚えたりしてるからな」

「「へぇー」」

「なるほど……」

 

 若干二名ほど反応が増えているが、流石にお前だけは知っておいてほしかったな。

 

「ソニア、本当に知らなかったんだな………」

「だって、専攻は考古学だし。どちらかといえば生態系の方の分類だから、各ポケモンの技についてなんて別ジャンルもいいところだよ」

「あー、グラードンやカイオーガのことは勉強してたんだもんな」

 

 どうして研究者ってのは自分の分野だけにしか目がいかないのだろうか。大きな括りで見れば全部ポケモンについてのことなのだから、技一つ一つを覚えておけとは言わないまでも概念くらいは一通り理解しておいてほしいものだ。そうでなければ、ただただ視野が狭くなる一方だぞ。

 

「なら、一つだけ。研究者は専攻に固執するな。お前らが研究しているのは考古学だろうが何だろうが、結局はポケモンについてなんだ。だったら分野問わずポケモンについて詳しくなれ。ポケモンについて多角的に見られる研究者こそが一流の証だぞ」

 

 少なくとも俺の知っている研究者たちは、分野問わずにある程度の知識を持っていた。だからこそ、他の分野の博士たちとも意見交換が可能になっているわけで、今のソニアのポケモンへのアプローチの仕方では次世代のポケモン博士にはなれないだろう。

 

「………ハチくんに言われなくたって、わたしの知識はまだまだだって分かってるし」

「そうか。自覚があるならそれでいい。あと俺が言えることはオーキド博士、ナナカマド博士、ウツギ博士、オダマキ博士、プラターヌ博士、ククイ博士、ナリヤ博士。この辺りの論文を読み漁って理解しておくことだな」

「うぇ?! ちょ、ちょっと待って! め、メモさせて……!」

 

 一応有名どころを挙げたつもりなんだがな。

 やっぱりあの中にも影の薄い博士はいるのか………。

 

「ねぇ、それだけ名前を挙げられるってことは、アンタはその人たちの論文を目にしてきたってわけ?」

「まあ、全部とは言わないがな」

 

 ジムリーダーの女性は頬杖を突きながら訝しんでくる。

 博士本人たちはアレなのもいるが、研究結果は勉強になることばかりだ。何ならプラターヌ博士の論文には一枚噛んでいるのもある………と、今はまだ発表どころかカロスで再会すらしてないんだったな。

 

「なに? 研究者でも目指してるわけ?」

「いや? 全くこれぽっちも考えたことないな。何なら働きたくないまである」

「ソニア、将来ニート希望のトレーナーに全部負けてるよ?」

「ルリナ、言わないで…………」

 

 およよ、と泣きつくソニアをジムリーダーの女性ーーもといルリナはよしよしと頭を撫でている。

 

「ねぇ、ハチ兄って大学とか行ったの?」

「行ってないな。トレーナーズスクールを一年前倒しで特例卒業して以来、学校というものに足を踏み入れてないぞ」

「ん? それって成績よかったってこと?」

「成績だけはな。授業態度とかそもそも出てないこともあったから評価すらされてないんじゃないか?」

「わたし問題児に負けてるぅ……………」

 

 問題児、だっただろうな。

 けど、それを容認してくれていたヒラツカ先生には感謝しかない。

 ……………だからこそってわけでもないが、あの人はもう俺の中では誰にも渡したくない人である。それを物理的にも精神的にも傷つけたカーツたちは絶対にぶっ殺す。

 

「じゃあ、何でそんなポケモンに詳しいんだよぅ」

 

 ソニアのぶーたれる声で無意識に握り拳を作っていたことに気がついた。

 ああ、今はまだその時じゃない。

 いつか来たる日のためにコネクションを築いていく準備期間だ。

 

「スクールの図書室でよく本を読んでいたからじゃないか? 気になるポケモンを見つけては生息域が近くだと探しに行ってたりもしたし。まあ、ヒトカゲと出会ってからはそれに拍車をかけたのは間違いないな。色々あってリザードに進化して、その後サシでバトルすることになって捕まえられたが、多分そこからリザードと進化後のリザードンのことを勉強する過程で色々調べてた」

「端折ってるけど、絶対その『色々』が重要なんだってぇ………」

 

 まあ、確かに後々その色々ってのにはリザードンの正体やらロケット団やら色んなもんが含まれてくるしな。そうでなくともバトル相手のポケモンがどんな奴なのか知っておかなければ対策も対応もできないということで、一通り目を通しているし。

 あー、そうか。結局は強くなるためだったんだったな。あらゆるポケモンを知っていてこそ、あらゆる局面を乗り越えられる。俺の掲げた理想を完遂するべく勉強したんだっけか。

 それは今でも変わらない。未だに知らないポケモンは山ほどいるし、ヒスイ地方なんていう過去の歴史に埋もれたポケモンもいたことだし、俺の知識なんてまだまだである。多分、ポケモンについては死ぬまで勉強することになるのだろう。

 

「あ、シャクヤ。問24間違ってるぞ。フレアドライブじゃない。高威力とも反動で自分もダメージを受けるとも書いてないだろ」

「え? あ、ほんとだ。じゃあ、炎を纏って加速して攻撃する体当たり技って…………」

「あ、それニトロチャージのことじゃない?」

「あーね!」

 

 横目に見えたシャクヤのプリントの間違いを指摘すると、ソニアが問題を聞いて正解を言い当てた。

 

「…………なによ」

「いや、こういうのは解けるんだなと」

「そりゃ、昔はダンデくんに教えてたくらいだしね。ダンデくんが何でも聞いてくるから、わたしも答えられるようにしてたんだよ」

 

 あー………あいつ自分で調べようもはしなさそうだもんな。そもそもどこを見ればそういうのを調べられるのかも分かってなさそう。多分脳の九割はバトルのことで占められてるじゃないかと思えるくらい。

 

「あのバトルバカの幼馴染は大変だな」

「そう、そうなの! 今でこそ無敗のチャンピオンとか言われてるけど、昔はポケモンのことは好きなくせに知識はからっきしで、しかも方向音痴なくせしてすぐ興味が惹かれた方へと行っちゃうから、探すのも説明するのも何もかもが大変だったんだよ!」

 

 お、おう………。

 なんか前も聞いたような気がするけど、ダンデのことを話す時のソニアってやっぱり生き生きしてるよな。それが例え愚痴だろうと。

 

「………どこか吹っ切れた感じがあると思ったら、彼のおかげだったってわけね」

「へっ?」

 

 ん?

 何突然。

 頬杖をついたまま、ルリナがソニアの頬をつつく。

 

「ん? 気付いてないの? ソニア、ここ三ヶ月くらいで随分と明るくなったわよ?」

「え、そんなに暗かった? 割と明るい性格だと自負してたんだけどなー………」

「表向きわね。ま、無理もないわよ。マグノリア博士の孫でダンデの幼馴染なんて肩書き、私ならごめんだもの。周りからの重圧に耐えられないわ。あんなこともあったわけだし」

 

 あんなこと、とは恐らくソニアのジムチャレンジの時のことだろう。掻い摘んででしか話を知らない俺が口を挟めるような話ではないな。

 

「…………何故はがねタイプの技だけ全部正解してんの?」

「え? あー………親父のせいじゃね?」

「あー………なんか納得したわ」

 

 シャクヤの解答欄を見ていると、所々間違えているところが見受けられるのだが、はがねタイプの技だけは全て正解していた。

 親が元はがねタイプのジムリーダーともなると、幼い内からはがねタイプのポケモンと自然と触れ合う機会も多くなるってやつかね。

 

「そりゃ正直、ハチくんと出会った日は一緒に行動することになったんだけど、おばあさま並みの知識があって嫉妬したよ。次の日にはダンデくん並みにバトルが強くて慄いた。辛くて辛くてついハチくんに当たっちゃったんだけどさ、ハチくんはわたしに世界の広さを教えてくれたの」

 

 そういえば最初に知識は偏ってるかもとは言ってたっけか。

 なるほど、こういう風に目に見えて如実に現れるのか。けど、決して他のタイプの技が分からないわけではなさそうだ。時折見てきたシャクヤの過去のプリントでもそれは明らか。

 あとは技のキーワードというものしっかり身につけていけば、どうにかなりそうではある。

 

「彼に乗り換えたの?」

「いや、それはない。ハチくんには既にお嫁さん候補がたくさんいるみたいだし」

 

 うん、聞かないようにしていたけど、流石に無理だわ。聞こえてくるこっちが恥ずかしい。

 

「なあ、最後まで聞いといてなんだけど、本人ここにいるからね?」

「っ?!」

 

 おい、こいつ忘れてやがったぞ。

 ものの数分で存在を抹消されるってどゆこと!?

 

「うわー、ソニア顔真っ赤………」

 

 恥ずかしいことを口にした自覚はあるのか、ソニアは顔を真っ赤にして机に突っ伏してしまった。

 ルリナさん、めっちゃ楽しそう。こいつ、さてはドSだな?

 

「アンタ、ハーレム王か何か目指してるの?」

「『ハーレム王に、俺はなる!』なんて思ったことねぇよ。………まあ、いろいろとあるんだよ。そりゃ嫁候補がたくさんいるのは否定しないし、何なら全員誰にもやる気もない。けど、もうなんつーか全員で家族って感じなんだよ。だから失いたくない。それだけだ」

 

 ずっと捨ててきた反動なのか、どうも俺を受け入れてくれた彼女たちの中から誰か一人を選べなかった。誰か一人にいて欲しいんじゃなくて、みんながいて欲しい。そう思ったが最後、全員を選ぶという選択肢か思いつかなかったのだ。それに彼女たちも互いに大事な存在になっていたことだし、その関係も壊したくなかった。

 

「………なんかカッコいい感じに言ってるけどさー。結局ハチ兄ってクソ野郎ってことじゃね?」

 

 結局のところ、シャクヤの言う通りであり、俺は英雄でも何者でもない、ただの優柔不断なクソ野郎である。

 

「まあ、そうとも言うな」

「そこは否定しなさいよ」

「いやほんと。俺はクソ野郎だよ。今でもあいつらに心配かけてばかりだし」

 

 しかも現在進行形でまたあいつらに心配かけてしまっているのだ。何なら時間軸さえ飛び越えてしまっているため、どう足掻いたところでなるようにしかならないという悲しい現実しかない。

 

「もしかしたら目の前であんな光景を見せられてトラウマになってるかもだしな」

「「「えっ………、なにしたの?!」」」

 

 つい、イロハのことが心配になりあの時のことを思い出していたら、三人が口を揃えて身を乗り出してきた。

 

「それは言えない」

 

 こいつらまで巻き込むわけにはいかないし、そもそも話すと俺の素性やら何やら全部説明していかないとだから無理だし。

 

「命の保証がなくなる、から………?」

「そうだな。関わったが最後、巻き込まれて殺されるかもな」

「っ!?」

 

 ソニアは何度もこの文言で踏みとどまらせているため、今回の話もそうなのだと理解したようだ。

 

「えっ、なに、どゆこと?」

「ハチ兄、マジでなにしたん?」

「さあな。俺が知りたいくらいだ」

「………怪しい」

 

 それを知らない二人は俺とソニアへ交互に訝しんだ視線を送りつけてくる。

 

「ソニア」

「知らないよ。何かあるってことしか知らない。知ったら命の保証がなくなるってストップかけられてるの!」

 

 何も詳しいことは知らないソニアは必死で弁明している。

 

「………悪いこと言わないわ。自首しなさい?」

「おい、こら。俺を犯罪者だと決めつけんな」

「あ、だからそんな目してるのか」

「シャクヤさん!?」

 

 それが逆に二人のさらなる疑心を掻き立てたのか、慈悲の眼差しで自首を促してきやがった。

 

「ーーー大丈夫だ。お前らが巻き込まれないようにする。もし万が一巻き込まれて標的にされたとしてもちゃんと守るから」

 

 だが、言葉とは裏腹に横にいるシャクヤは見えないように俺の服を摘んでくる。その手からはちょっとやそっとじゃ離そうとしないだろうというのだけは伝わってきた。

 だからシャクヤの頭を撫でて落ち着かせると力は緩み、逆に俺にもたれかかってくる。

 

「ハチくんを狙うって、命知らずな人もいるんだね」

「そうだな。次は必ず取っ捕まえてやるさ。んでもって半殺しにする。正直抹殺したいくらいの感情はあるけど。いや、いっそ抹殺してもいいかもな。あのゴミども」

「あ、うん、なんか狙われる理由分かったかも」

「冗談だぞ?」

 

 本心では殺してやりたいのは山々だが、今日のところはシャクヤに免じて冗談ってことにしておいてやろう。これ以上下手に心配事を与えてしまうのは俺の本意ではないからな。黒い空気が漂わないように気をつけなければーーー。

 



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58話

「さて、ヤドラン。今日はお前に剣捌きを叩き込んでいくぞ」

「ヤン?」

 

 おっさんとのフルバトルから半月、キングドラとクズモーを海に連れていった後、そろそろヤドランも次の段階に至るべく剣捌きを身につけさせることにした。

 ヤドランは足こそ遅いもののゲッコウガ、ジュカイン以来の斬撃技が使えるため、俺のサブカル知識を活かせると判断したのだ。実力もそれなりに付いてきたしな。

 うん、それはいいんだ。日に日に成長している証だから。

 

「………で、なんでお前までいんの? 暇なの?」

「そうね、今のわたしは自由人。そう言ったのは君じゃない? だから自由人らしく自由を謳歌している真っ最中よ」

 

 海から戻る際、丁度アーマーガアタクシーから降りてきた厄介者と目が遭ってしまい捕縛されてしまった。

 いや、マジで笑顔でタックルしてくるワンパチってどうなの………?

 

「あーはいはい、俺が言いましたよ、クソ暇人め」

「暇じゃないしー? これも立派な学習だしー?」

 

 まあ、確かに?

 本に書いてあることだけが全てではないからな。実物を見て観察して、同族であっても各個体によって若干の差が生まれてくるもの。ましてやトレーナーのポケモンともなれば、育成方法によってはガラッと変わってくるからな。

 けどな、俺を参考にするのはどうかと思うわけよ。

 自分で言うのもなんだが、俺は特殊な部類にカテゴライズされてるぞ? それを参考にするとか、何の役にも立たないだろうに。

 

「なら、尚更だろ。俺を参考にしたんじゃ、全て狂ってくると思うぞ」

「うわー………、そんな自覚はあったんだ……………」

 

 おい、そこで引くなよ。

 悲しくなってくるだろ。

 

「参考にならんとか言われても知ったこっちゃないからな」

「言わないよ」

 

 なら、いいや。

 好きにさせておこう。どうせ何を言ったところで満足するまで諦めないだろうし。それこそ、命の危機とかない限り、飽きるまでここにいるだろう。ジャングルの主が奇襲を仕掛けてきたあの時に、意地でも残られてたらどうなっていたことやら。想像もしたくないな。

 

「んじゃ、ソニアは放っといて。ヤドラン、まずは単発斜め斬り、スラントからいくぞ」

「ヤン!」

 

 影にいる奴に足で合図を送り、黒いオーラで右手に剣を作り上げていく。影で話は聞いているようで合図だけで何を求めているのか分かる辺り、思考回路も似通ってきているのかもしれない。

 そして、黒い剣を振りかぶって右上から左下に振り下ろした。

 それに合わせてヤドランも左手のシェルから水の剣を作り出し、右上から左下したに振り下ろした。

 なんかやりにくそうだな…………あ、そういやシェルがあるのは左手なんだった。

 

「あ、すまん。左手の方がよかったよな」

 

 いずれは二刀流で右手でも使えるようになってほしいが、まずは自分のシェルでブレードを作り出せる左手に合わせて見本を見せた方がよさそうだな。

 

「んじゃ、もう一度な」

 

 今度は左手に持ち替えて左上から右下に振り下ろして見せる。

 それを真似るようにヤドランも左手の水のブレードを振り下ろした。

 

「いい感じだ」

 

 初めてでも若干の剣風が走る。

 この感じなら他の基本の型を一通り教えて、その後に素振りをさせていけば型の習得も時間の問題だろう。

 どちらかと言えば、そこからの発展技。連撃技を習得していく方が大変である。二連撃くらいならまだいけるだろうが、四連撃までくるとな…………。

 

「次は水平斬り、ホリゾンタルな」

 

 一通り見せるために次は右から左に黒い剣を振って見せる。

 それに続けてヤドランも水平に空を斬ってみせた。

 

「三つ目は垂直斬り、バーチカルだ」

 

 最後に上から真っ直ぐに剣を振り下ろして剣風で砂を飛ばすと、これまた同じようにヤドランも垂直に水の剣を振り下ろし、剣風で俺よりも遠くに砂を飛ばした。

 

「一応、この辺が基本となる動きだ。この辺は別にただの縦斬り、横斬り、斜め斬りだから名前なんて何でもいいんだけどな。ただ、ここから発展技として連撃技があるから、一応名前分けしてあるってだけ覚えといてくれ」

「ヤン」

「………ハチくんってどこかで剣術でも習ってたの?」

 

 じっと見ていたソニアがそんなことを聞いてきた。

 

「いや、全く? ただのサブカルからの輸入もんだ。だからネーミングもそのまま使ってる」

「サブカルって…………君、他のポケモンたちにもこんなことを?」

「今の手持ちにはそんな教えた記憶はないが、離れている奴らには結構教えたぞ」

 

 サブカルは結構役に立つ。元ネタを知らない人が多いため、瞬時に対応されることはまずない。しかも意外と合理的だったりするため、ポケモンの技以外で戦力強化に繋がる。

 

「あ、そうそう。この二週間で、有名どころの研究者たちの論文は見つけられたものだけでも全部目を通してきたよ」

 

 急に話を変えるなよ。

 それを報告されたところで俺にどうしろと?

 

「だから何だよ」

 

 ヤドランは黙々と素振りを始めたので、仕方なくソニアの相手をすることにする。

 

「ハチくんは全部読んだんだよね?」

「まあ、多分大体は目を通してると思うぞ」

「ならさ、誰のどの研究が印象的だったとかある?」

「そりゃ、全部だ。結局のところスクールで習うようなことなんてほんの触り程度でしかない。より深くポケモンを知ろうするなら、図鑑や実際にポケモンに触れ合うのもだか、ああいう論文に目を通しておくのも必要なことだと思う。足りない知識を補完してくれるし、何より理論的に理解できるようになるから、知識を結びつけやすくなる」

 

 誰がだのどれがだの特別印象に残っているような論文はない。そもそもどの論文も為になり、理解を深める上で欠かせないものとなっている。だからどれか一つというよりかは全ての論文が印象的だったと表現しても間違いではないだろう。

 まあ、今読み返せば個性出てるなー、なんて感想は抱きそうだが。

 

「そういうお前はどうなんだよ」

「うーん、印象的というか理解が追いついてないのがいくつかあるかなー」

「へぇ」

「えっ?! 終わり!? 解説してくれるとかないの?!」

 

 何で俺がそこまでしてやらねぇといけないんだ。

 研究者目指してるんだったら、それくらい自分で理解できるようになってくれよ。

 

「やだよ、面倒くさい。それくらい自分で何とかしろよ」

「だ、だっておばあさまに聞くのもなんか違うじゃん? ダンデくんなんか以ての外だし」

「お前の交友関係狭すぎんだろ………」

 

 ここで名前が挙がってくるのが婆ちゃんとダンデってのがな。この前のジムリーダーとかはどうなんだ?

 

「この前のあいつは?」

「ルリナ? 無理無理。モデルの仕事もあるから忙しいもん」

「他に頼れそうなのは? ホウエンのツテとかねぇの?」

「ないよ。ずっと勉強ばっかしてたし」

「使えねぇ………」

 

 何のために留学までしたんだか。

 いやまあ、当時のことを想像するとガラルから出るためだったんだろうけど、折角の留学をただ勉強するためだけに費やしたというのは勿体ないぞ。

 

「…………ハチくんって何でそんなに頭いいの?」

「別に頭いいわけじゃねぇよ。どうせお前が言いたいのは、何でそんなに論文読んで理解できるのって話だろうが、それはただ読解力があるだけだ。昔から本は読んでたし、今も師匠の本棚を漁っては読んでいる。そういう習慣が身についているから、文章を読解していくのはそう難しいことじゃない。けど、ここに研究データの検証とかされられるなら、俺も流石にお手上げだ。細かい数字のことまでは分かりかねるし、何より変な公式とか出されてもさっぱり分からん」

 

 読んで理解するだけなら、数字は特に必要ないしな。あってもまだ理解できる範疇だし、特に計算する必要がないだけで楽である。それをこの論文を実際に検証してみましょうとか言われたら、俺だってさっぱりだ。そういうのは研究者の仕事だろ。

 いつだったかオーキドのじーさんや変態プラターヌにこちら側の人間だとか言われたが、どう頑張ってもあちら側へはいけないと自負している。

 

「うぅ………ハチくんにも苦手分野があるのは分かったけど、わたしも読解力ほじぃよぉ………」

「だったら、本でも論文でも何でもいいから文章に触れろ。内容を深く読み解け。それしか言えることはない」

 

 およよと天を仰ぐソニアに俺が言えるのは、もうそれくらいしかない。

 ないので、さっさと突き放して当初の目的であるヤドランの様子を見てみると、相変わらず素振りを続けていた。

 

「さて、ヤドラン。ただ素振りしてるのも飽きるだろ? 俺相手に試しに振ってみるか?」

「ヤン? ヤン!」

 

 一人で黙々とさせるのも飽きてくるだろうと思い、そう提案してみるとあっさり乗ってきた。

 

「んじゃ、取り敢えず俺の剣の向きに直角にぶつけるように打ち込んでみろ」

 

 俺が黒い剣を垂直に構えると水平に斬り込んできた。

 よし、俺が言ったことは理解できているようだな。

 なら、次だ。

 水平に構えると今度は垂直に上から振り下ろしてくる。

 水の剣が離れたら次は水平から三十度くらいに上に傾けて構える。すると垂直になるように斜めに斬り込んできた。

 その後はその三つを順番を変えながら、何度も構え直してヤドランの剣を受け止めていく。

 意外とこいつ間違えないんだな。連続で同じ構えにしたり、角度を変えたりしても、しっかりと合わせてくる。

 普段ぼーっとしているくせに呑み込みだけは早いのな。いいことだ。

 

「あら、楽しそうなことしてるじゃない」

「ミツバさん!」

 

 そんなこんなしているといつの間にかミツバさんがバトルフィールドへとやってきていた。

 

「あれ見て楽しそうって感想の前に、普通何やってんのってなりません?」

「そうだねぇ、あれが他の子たちなら危ないことしてって思うけど、ハチ君だもの。ダーリンの手の余るような逸材なら、あれくらいやってのけてもおかしくないよ」

「手に余ってるんだ………、問題児じゃん」

「あ、そうだ! ハチ君! ヤドランに教えられるんだったらさ、ハチ君もできるってことだよね? だったら、アタシのエルレイド相手にハチ君の本気の剣術見せてくれない? その方がヤドランも最終目標が見れていいと思うんだ」

「ミツバさん、マジ………?」

 

 なんか言い出したぞ、あの人。

 横にいるソニアがすごいゲテモノを見るような目をしている。

 

「だって。ヤドラン、どうする?」

「ヤン、ヤンヤン!」

「え? マジで? 見たいのか?」

「ヤン!」

「へいへい。どうやらヤドランも見たいそうなのでお願いしますよ」

 

 ヤドランに聞いてみたら、めっちゃ期待する目を向けてきたので、その提案に乗ることにした。

 とは言ったものの、ちゃんとはやったことないんだよな。俺の身体動くかね………。

 

「はーい。エルレイド、ハチ君の剣捌きを全部受け切ってみて」

「レイ」

 

 出てきたエルレイドはやる気みたいだ。

 取り敢えず、エルレイドの腕の刃狙っておけばいいよな?

 黒いオーラで両手に黒い剣が作られていく。

 

「えっ?! 二刀流!?」

 

 それを見たソニアは驚いているが、前にバトルした時にヤドランが二刀流で戦ってたでしょうが。

 ヤドランのためにやるんだから、いずれマスターしてもらうためにも俺が二刀流でやらずしてどうするんだよ。

 

「ヤドラン、さっきの打ち込みでは型を教えたけど、バトル中はあんまり気にすることないからな。それを前提で見ててくれよ」

「ヤン」

「んじゃ、まずはホリゾンタル・スクエア」

 

 最初は水平斬り四連撃。

 俺は左の剣を後方に構えエルレイドに飛びかかった。

 遠心力を利かせて、左剣で左から右に斬りつける。そしてすかさず切り返して右から左へと振りエルレイドの右腕を弾くと、そのまま一回転して左腕を右から左へ斬りつけた。最後に左下から掬い上げるようにエルレイドの胴を狙うと、ガードするように両腕で胴を隠され受け止められた。

 

「バーチカル・スクエア」

 

 今度はそのガードを崩すべく縦斬り四連撃。

 右の剣を振りかぶって右上から左下に斬りつけて、すぐさま切り返して左下から右上へと掬い上げる。その勢いを利用して無防備になった右脇を狙って左上から右下へと斬りつけ、着地の踏み込みを使って右上から斬りつけた。

 

「レ、レイ………」

 

 縦に横にと揺さぶられたエルレイドは重心が上手く乗らなくなっていたようで、後ろへとバランスを崩すも倒れるまでには至らなかった。ポケモンとしての意地が踏ん張ったのかね。

 

「エルレイドが押し込まれるなんて………」

「これはまだ片手での剣捌きだ。どうせならヤドランには二刀流としての技も身につけてもらわないとな」

「………何が違うの?」

「まあ、見てろって。俺の体力が保たないだろうから、最高位の技だけになるけど………んじゃ、ジ・イクリプス」

 

 どちらかと言えばスターバーストストリームの方が有名だけど、二つもやってたら俺の体力が尽きてしまう。だって、あっちは十六連撃だけど、今からやるのは二十七連撃なんだからな。多分終わったら肩で息してると思うわ。

 エルレイドとの距離を詰めた俺は、まず右剣を振り上げて右上から左下へ斬り下ろし、続けて左剣も振り上げて左上から右下へ斬り下ろした。

 そのまま♾字を描くように左剣を右上から左下へと斬り下ろし、掬い上げるように右剣を左下から斬り上げていく。

 ここまではバーチカル・スクエアの流れを彷彿させるものがあり、エルレイドも受け身が取れているようだ。

 五撃目のために一度右脚を後ろに下げ、右剣を振り上げて遠心力を伴いながら右上から斜めに斬り下ろし、一回転しながら左剣をエルレイドの左腕に斬りつけていく。真正面に立ったところで右剣を垂直に振り下ろすと、エルレイドは七撃目にして距離を取った。

 なので、俺は距離を詰めるために前に出ながら左剣を後ろに構え、飛びかかるのと同時に振り下ろし、すかさず右下から左上へと掬い上げた。そして勢いをそのままに右下から右剣も掬い上げてエルレイドのガードを揺さぶると、右剣を左から水平に斬りつけていく。流れのまま左上から左剣を振り下ろし、すかさず左剣を右下から掬い上げると身体が慣れてきたのか一歩下がられ躱された。

 なるほど、だから次の十四撃目は突き技なのか。まるで相手がそう動くであろうタイミングでの突き技とは恐ろしいものだ。

 俺もその一歩を埋めるべく右剣を突き出し、エルレイドの胴へと飛び込んだ。エルレイドも流石にこの突きは読めなかったのか、無防備に胴へと黒剣が入ってしまう。

 右剣を引きながら今度は左剣を左から水平に振り回し、後ろに回った右脚に体重を乗せて一気にジャンプして右剣を右上から斜めみ斬り下ろした。そしてすかさず右剣を左下から掬い上げると同じように左剣を左上から斜めに斬り下ろし、すかさず右下から掬い上げていく。

 またもや無防備になったエルレイドの身体に右剣を右上から斬り下ろし、八の字を描くように左上からも斜めに斬り下ろした。その流れのまま左剣も同じ位置から斬り下ろし、身体で隠れた右剣で再び突きを入れるとそのまま右上に斬り上げる。

 そして右剣を下ろす流れで態勢を低くしながら一回転し、左下から右剣を斜めに斬り上げていく。

 回る身体を止めず今度は左剣を左上から斜めに斬り下ろし、再び一回転して右剣を左から水平に胴を斬りつけ、最後二十七撃目に左剣でエルレイドの身体を突き飛ばした。

 

「はぁ……はぁ…………きっつ…………」

 

 マジでこれ人間の身体でやるような動きじゃないわ。

 素人には過重労働もいいところだ。

 普段しない動きばかりしたため、明日には筋肉痛になってるかもな。

 

「レ……イ………」

 

 後半ガードが緩くなり無防備になった辺りから、エルレイドは何も出来なくなっていたし、起き上がれなくなるのも無理ない。

 つか、腕の刃へのダメージがすごかったのか赤くなっている。それ以外のところにも入ってしまっているため、傷だらけである。

 

「うそっ……?! エルレイドがあんなに疲弊するなんて………」

「そりゃ、あれだけあくのはどうの形を変えた剣で斬りつけられたんだ。後半はガードもままならなくなっていたんだから当然だよ。何なら、あれが全部つじぎりだったらエルレイドは戦闘不能になっていたかもしれないさ」

「マジですか…………ハチくん、人間じゃねー………」

 

 失礼な。

 一応まだ人間のつもりだぞ。

 

「ヤン」

「おう、ヤドラン。最終的にはこんな感じだ。やれそうか?」

「ヤン!」

 

 トコトコとやってきたヤドランに感想を聞いてみると力強く返事してきた。

 まあ、俺がかろうじて出来てるんだしその内出来るようになるだろ。

 

「よしよし」

「エルレイド、お疲れ様。ハチ君、強かったでしょ? 今はゆっくり休みなさいな」

「エル」

「あ、そうだ。ついでにガオガエンの方もやっておくか」

「ガゥ?」

 

 エルレイドをボールに戻すミツバさんを見ていると、どうせ筋肉痛になるのは目に見えているのだし、ガオガエンの決め技をそれっぽくするための特訓もやっておいてしまおうという案が出てきてしまった。

 もう明日は覚悟しておいた方がいいだろうな。

 

「お前にはブレイズキックっていう決め技ができたみたいだからな。ただ、どうせやるならもっとカッコよく見えるようにやりたいと思わないか?」

「ガゥガ?」

 

 ボールから出したガオガエンにそう言うと、どういうことだと首を傾げてくる。

 

「黒いの、オーラで俺の足下にドンカラスみたいな模様を描いてくれ」

 

 そう指示を出すと俺の足下にドンカラスのような黒い翼が広がっていく。

 

「んで、このオーラを全部右脚に凝縮してくれ」

 

 その翼が折り畳むようにして俺の右脚に集中していくと、俺は走り出してジャンプしながら脚を折り畳み、落下と同時に右脚を前に突き出した。

 うん、こんな感じだろう。

 

「ガゥガ、ガゥガ!」

 

 着地して振り返るとガオガエンがめちゃくちゃ目を輝かせていた。

 あ、気に入ったみたいだな。

 

「ねぇ、ハチくん」

「なんだよ、毎度毎度」

 

 すると、それも見ていたソニアが複雑な顔をしながら口を挟んできた。

 

「………それ、もサブカル知識?」

「そうだよ」

「というか何でいとも簡単に再現できちゃってんの? ていうか再現できてるんだよね?」

「元はリザードンにどういう戦い方が合うのか探っているところから、アニメに目をつけたんだよ。元々好きだったし。んで、やってみたらこれが意外と使えてな。だから、他のポケモンたちにも取り入れてんだよ。さっきも言ったろうに」

「いや、うん、聞いたけどさ…………マジかー……………」

 

 あ、ついにソニアが遠い目をし出した。

 そんなに現実を受け止められないのだろうか。

 数ヶ月俺を見てきたのなら、これくらい今更だと思うんだけどな。まだ生身の人間で留まってるんだからな。

 人間やめたレベルっってのはウツロイドさん出てくるからね。今はまだ軽い方よ?

 

「あ、ついでにパンチも覚えとくか?」

「ガゥ!」

 

 そういえばライダーパンチもあったなと思い提案してみると、二つ返事で指を立ててきた。

 あいつ、絶対分かってないよな。多分カッコよくなるなら何でもいいのだろう。

 こうしてライダーキックの他にライダーパンチを教えることになった。技はもちろんほのおのパンチだから、まずはそこからだけどな。

 



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59話

 ブレイズキックとほのおのパンチによるライダーキック&パンチの特訓を始めて早一ヶ月。

 ようやく完成といっても差し支えないレベルにまで達した(というかガオガエンが満足のいくものに仕上がった)ので、実践で試すべく再びジャングルに赴いていた。ここを選んだのも単にガオガエンがジャングルの主にリベンジしたいからって理由だし、場所も相手も誰でもよかったふしはある。ただ、この一ヶ月の入り込み様は多分リベンジに燃えていたからだろう。

 まあ、来るに当たって俺も何も調べていないわけではない。爺さんの本棚を読み漁り、やっとのこさで見つけた資料でようやくジャングルの主の正体を暴いてやった。

 名はザルード、あく・くさタイプ。ジャングルの奥深くて数十体の群れを作って生活しているポケモンらしい。他の種族に対しては攻撃的なようで、それ故に他のポケモンから恐れられてジャングルの主と呼ばれるようになったんだとか。

 あの日も十数頭に取り囲まれたし、実際に襲われたわけだし、攻撃的な性格なのは事実だろう。

 それでも知能は高いようなので、ガオガエンをコテンパンにしたあいつみたいに意思の疎通が図れないこともないと見ている。それにはまず拳と拳をぶつけ合うなりしないとダメだろうが………。

 

「ガゥガ! ガォォォォオオオオオオオオオオオオオオオンンン!!」

 

 約三ヶ月前にザルードと戦ったところに着いた途端、ガオガエンが雄叫びを上げた。

 恐らくザルードを呼んでいるのだろう。

 あっちはあっちで縄張りに侵入してきたのを察知しているだろうから反応はしてくれるとは思うが…………また集団できたりするのかね。

 

「………ザッ」

 

 きたか。

 待つこと数分。

 俺たちの前に黒いポケモンが現れた。

 ああ、なるほど。姿形の全容はこんな感じだったのか。

 そりゃ確かに暗闇の中を得意とするわけだ。

 

「ザルゥ……」

 

 なんか威嚇されてるな。

 やっぱりあの時の個体じゃ、ない?

 

「悪いな、ザルード。ガオガエンがあの時のリベンジをしたいそうなんだ。付き合ってもらえないか?」

「ザ………ザルゥゥゥウウウウウウウウウウウウッ!」

 

 試しに用件を伝えるとザルードは雄叫びを上げ始めた。

 

「ザ!」

「ザ!」

「ザザッ!」

「ザザ!」

「ザッ!」

 

 すると次々と四方八方取り囲まれていく気配を感じる。

 これはまずいな………。

 恐らく目の前の個体はあの時のではない。あいつは最後ここまでの敵意を見せることはなかった。だが、この集団の中にいないとも限らない。元々俺たち人間とは隔絶した生活をしてきたのだ。それがただの一度ボールに入ったことで人間に好意的になるとも考えにくい。

 そう、ガオガエンとバトルしたあいつだけは少なくとも敵意を持たないでいてくれているという俺の願望だ。だからこそ、あいつと他の個体との違いを判断できないのが悔やまれる。

 

「ガオガエン、一旦あいつとのバトルは諦めろ。どうやら俺たちは未だにこの群れの敵らしい」

 

 あいつに会えるかどうかは分からない。

 だが、呼び出してしまった以上、こいつらの相手をするしかないだろう。まず逃してはくれないだろうからな。

 幸い、今は真っ昼間。こいつらの得意とする闇夜に溶ける戦い方はできないのがせめてもの救いだろう。

 

「ガオガエン、後ろは何とかする。視界に入るやつら全員にかえんほうしゃだ」

 

 まずは牽制として前方にいるザルードたちへ向けて炎を吐きつけていく。

 まあ、これでダメージを受けるやつなんていないとは思うが。

 

「ザッ!」

「ザザッ!」

「「ザルゥァァァッ!!」」

 

 今のが開戦の合図になったのか、一気にザルードたちが襲いかかってきた。

 

「サーナイト、ウルガモス。ガオガエンのサポートを頼む」

「サナ!」

「モス!」

 

 ガオガエンだけでは手数が足りないと思い、サーナイトとウルガモスをサポートにつかせる。

 

「ダークライ、あくのはどう」

 

 そして俺はダークライに背後のザルードたちの前に黒いオーラで壁を作らせた。

 

「ザルゥゥゥ!」

 

 すると、一体のザルードが真上から降ってきた。

 前方後方だけでなく上からも仕掛けてくるとは………。

 

「………ザル」

 

 なんだ………?

 何故仕掛けてこない?

 俺たちの前に着地したザルードはそこから一向に動こうとせず、じっとこっちを見てくるだけ。

 

「ルァァァッ!」

 

 そんな中、黒い壁をすり抜けて一体のザルードが飛び出してくる。

 

「ザッ!」

 

 それを目の前にいるザルードが腕から蔦を伸ばして、弾き飛ばしてしまった。

 はい………?

 どゆこと? 仲間割れ?

 

「ザルード………、お前は俺たちに味方してくれるのか………?」

「ザルゥ」

 

 どうやらこいつはマジでこっち側らしい。

 

「ガゥガ!」

「ザルゥ!」

 

 ザルードに気づいたガオガエンも好意的な反応を示している。

 

「………お前、あの時のか?」

「ザ!」

 

 そうか。

 そういうことか。

 こいつがガオガエンとバトルしたザルードだったか。

 

「数は多いが頼むぜ」

「ザルゥ」

「来い、ウツロイド」

 

 協力してくれるということなので素直に甘えておくことにする。

 そして、俺はウツロイドを呼び出して憑依させた。最初から白い身体は黒くなり、一回り以上大きくなった第二形態。戦闘モードである。

 

「ザルァァァ!」

 

 そうこうしている間にザルードたちが突っ込んできた。

 パワーウィップ、アームハンマー、タネばくだん、タネマシンガン、アクロバット、つばめがえし。

 技という技を携えて四方八方を埋め尽くされる。

 

『「ウツロイド、ドクヅキ」』

 

 最初の一体の胴に紫色の触手を打ち付ける。

 

『「デンジハ」』

 

 そしてその後ろからくる二体をでんじはで落として、そいつら三体を触手で掴み上げた。

 

『「ブンマワス」』

 

 ふと見るとザルードも同士討ちをしていた。

 本当にこっち側なんだな。しかも手口を知ってるからか、誘い込み方が上手い。

 俺は三体のザルードを振り回して後続のザルードたちにぶつけていった。

 

『「ヘドロばくだん」』

 

 反撃されないように追撃でヘドロを撒き散らしていくと、じわじわと後退している。

 

『「………ン? アレハナンダ?」』

 

 すると後方にいる待機組の周りに緑色のエネルギーが充満し、心なし回復しているように見えた。

 

『回復の隙を与えるな!』

 

 どこからかそんな声が聞こえてきたため、奥にいる回復組に向けてヘドロを投げつけた。

 だが、流石にあそこは死守する場所なのか手前のザルードたちが蔦を使ってヘドロを弾き返してくる。

 こうなると面倒だな。

 集団の利点を上手く利用して、回復しながら永遠に攻撃してくるパターンだ。そうなると回復の術が薄いこちら側が圧倒的に不利になる。それだけは避けなければならない。

 さて、どうしたものか。一応タイプ相性では今この場に出しているポケモンたちは全員ザルードに対して有利ではある。だが、回復し続けられて数の力で押し返してこようものなら力負けする。

 一発逆転。形勢を一気に逆転させられる方法はないだろうか。

 

『「ツルノムチカ。アマイナ」』

 

 バトル展開を考えあぐねていると真正面からの攻撃は危険と判断されたのか、俺たちを拘束しようと無数の蔦が伸びてきた。

 ザルードとサーナイトはそれぞれ躱し、ガオガエンは巻き付けられながらも逆に蔦を燃やして炎を送り込んでいる。ウルガモスに至っては巻き付けられた瞬間に蔦が燃えていく始末。

 あらやだ怖い。一人だけ特に何もしてないぞ。

 そして、俺の方はというとーーー。

 

「ザルゥ!?」

「ザザッ?!」

「ザ、ル……ゥ……」

「ザァァァァァァッ!?」

 

 驚く者、咄嗟に蔓を切る者、意識を失う者、絶叫する者。

 巻き付けられた蔓を触媒にしてザルードたちへ毒を注入していくと、各々の反応を見せてきた。

 後者二つの反応を示した者はぐったりとしていて、木から落ちる者も見えた。あれではもう戦力にはならないだろう。呆気ないな。

 これで半分とまではいかなくともまあまあ減ったか。

 

『「サーナイト、リフレクターヲツクレルダケツクッテクレ」』

 

 ここからは一気に片付けるとしよう。

 サーナイトに無数にリフレクターを作るように指示し、その間に俺はウツロイドにベノムトラップを仕掛けさせた。多分、ウツロイド本来の戦い方はこんな陰湿な感じじゃないだろうけど、相手がくさタイプってのもあって毒を撒き散らしておくに越したことはない。あと最近ヤドランやクズモーも仲間になったことで毒ってめちゃくちゃ便利じゃね? と思ったのもデカい。実際使ってみるとはがねタイプ以外は基本嫌がるし、自分の周りに撒き散らしておけば近づかれることも躊躇われるため、バトル面でも役に立つ。それに加えて本来の毒の効果というシンプルに恐ろしいものもあり、何でどくタイプって毛嫌いされてるんだろうなと思っちゃうレベル。

 ムーンの感性は正しかったのかもな。

 

『「ガオガエン、ザルード。カワラワリデリフレクターヲ、スベテコナゴナニブッコワセ」』

 

 作り出したリフレクターをガオガエンとザルードに粉々に砕かせていく。

 パリンパリン割れていき、破片がキラキラと宙を漂う。

 これで準備は整った。

 

『「サーナイトイガイハメヲツブットケヨ」』

 

 サーナイト以外にそう指示を出して、サーナイトと背中合わせで立つ。

 

『「ウツロイド、サーナイト。マジカルシャイン」』

 

 そして一気に体内から光を放出させていった。

 光は宙を漂うリフレクターの破片を伝って乱反射し、二倍三倍の光量と熱量に膨れ上がっていく。

 辺りは真っ白に包まれていき何も見えない。

 やり過ぎたかな。けど、これくらいしないと反撃されても怖いし。いくら昼間とはいえ、地の利はあちらに有利。ジャングルの主とまで呼ばれているのだ。集団相手に勝てる手を抜いていては勝てる道理がない。

 

『「………マダイッタイダケタオレナイ、カ」』

 

 白い光が収まると、ドッサリと倒れるザルードたちの中に一体だけヨロヨロと立ち上がろうとしているザルードがいた。

 

『「シユウハケッシタ。コノサンジョウヲミテモマダヤルトイウノナラ、イクラデモアイテニナッテヤル」』

『………その裏切り者を連れてさっさと消えろ』

『「ウラギリモノ?」』

 

 ん?

 え?

 会話できてる?

 つか、裏切り者って?

 

『そいつは群れの掟を破り、人間に下った。一度でも人間に下った者は我らの仲間ではない。掟破りの裏切り者は排除されて当然なのだ』

 

 あーね。

 こっちにいるザルードのことね。

 人間から隔絶した生き方をしてきたこいつらにとって、人間側に付くことは掟破りもいいところなのだろう。

 どんだけ人間を敵視してんだって話だが、これだけ身近にポケモンたちが溢れかえっている現代の方が珍しいのだ。こいつらは昔から生き方が変わっていないだけのこと。

 と、頭では分かっているものの、この状況でそれを言うのもどうかと思う。捉えようによっては挑発しているようにも見えてしまう。

 

『「ナラ、イマココデオマエタチゼンインヲ、ボールニイレタラゼンインガウラギリモノニナルッテワケダ」』

『だからこそ、我らは人間を、排除する!』

『「ソレデコノザマデハ、ハナシニナラナイガナ」』

 

 クワッと目を開いたボロボロのザルードがこちらに向かって走り込んできた。

 めちゃくちゃ目が血走ってんな。

 

『「ガオガエン、トドメダ。キレイニキメテコイ」』

 

 俺がそういうとガオガエンは待ってましたと言わんばかりに右足に炎を纏わせていく。そして分身体を作り出し、無数のガオガエンが一気に飛び上がった。上昇から下降に変わるタイミングで一度脚を折りたたみ、右脚を突き出してボロボロのザルードへと降り注いでいく。

 うん、やっぱいいよな。ライダーキック。ロマンがあるわ。

 逃げ場を失ったザルードは何度もガオガエンの蹴りをくらいそのまま意識を手放した。

 これで全滅か。姿が見えたらそれ程驚異でもない? それともガオガエンたちの実力が上がってるからか?

 どちらにせよ、マジカルシャインがエグかったのは確かだ。

 

『「アリガトナ、タスケテクレテ。ナノニカッテニツレダシチマッテ、ナンカワルイナ………」』

『気にするな。聞いただろう? オレは群れから弾かれた身。お前に負けて一度でも捕縛されたのだ。どうせ戻ることは出来ず、ジャングルを彷徨うだけだったところにお前たちが現れた。いい機会だ。オレを連れていけ』

『「イイノカ?」』

『オレは既にお前に捕縛された身だ。まだそのボールとやらは生きているのだろう?』

『「ア、アア。オマエヲサガステガカリニナラナイカトオモッテ、ノコシテアルガ」』

 

 一応何となくで残してはいたが、まさか帰ってくることになるとは………。

 というかやっぱり会話できてるな。まさかとは思うけど、憑依した時のウツロイドの機能が増えたとか? 俺たちと一緒にいて言葉を覚えて翻訳できるようになったとか、なんかそんな感じで。

 あり得なくはない話だ。ダークライもウルガモスも、リザードンだって人間の使う文字を炎とかで写し出すことは可能だし、それで会話を成り立たせることが可能なのだから、こうやって憑依という新たな形では直接俺とウツロイドが繋がっているようなものなので、そういうことができても不思議ではない。そもそもウツロイドは自分が使える技を俺の脳に直接伝えてきた過去がある。

 その特殊性を鑑みればポケモンとの会話を成立させることだってわけないのかもしれない。

 

『「ウツロイド、カイジョ」』

 

 流石にこの状態ではボールを取り出すこともできないので、ウツロイドに解除させる。

 

「ふぅ………、んじゃザルード。よろしくな」

「ザル」

 

 解放されてザルードを入れた時のボールを取り出すと、会話かできなくなっていた。

 やっぱりウツロイドがいないと無理っぽいな。

 再び俺の持つボールへと吸い込まれていくザルード。

 結局、俺のところに戻ってきてしまったな。

 この島から連れ出していいのか知らないが、本人が着いてくると言ったんだ。大丈夫だろう。

 はぁ………これでまた人に見せられない枠が増えちまったな。どうしようか。

 



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60話

「ハチ君、準備はいい?」

「ええ、いつでも」

 

 ザルードを連れ帰ってから半月。

 ガオガエンのリベンジマッチが有耶無耶になってしまったものの、当のガオガエンは肉弾戦の相手役を手に入れたことで上機嫌な毎日を謳歌している今日この頃。

 ミツバさんの提案により、彼女とダブルバトルすることになった。何でもジムチャレンジの最後のジムリーダーはダブルバトルなんだとか。「ハチ君自身は問題ないだろうけど、ポケモンたちはそうでもないでしょ?」という有難いお言葉を添えられてしまえば、受けるしかないじゃないか。

 一応、複数体とのバトルはポケモンたちも経験しているが、あれはあくまでも野良でのバトル。公式バトルともなれば、技の使用制限がかけられる上に相手もトレーナーがいる。それもポケモン巨大化事件の犯人のような雑魚ではなくジムリーダーが。指示の質も違えば策略も段違いである。

 そういう意味では俺は大丈夫でもポケモンたちには不安が残るところだ。

 

「いくよ。ヒヒダルマ、エルレイド!」

「まずはお前たちだ。キングドラ、クズモー」

 

 というわけでのミツバさんとの公式に則ったダブルバトルを敢行するに至ったのだが、今日も今日とて入り浸っている奴が一人………。

 

「ミツバさーん、ハチくんをコテンパンにしちゃってくださーい!」

 

 あいつ何で今日もいるの?

 二日前か三日前くらいに帰らなかったっけ?

 日を置かずしてすぐにまた来るとか、どんだけ暇なんだよ。暇を謳歌しろとか言ったけど、態々道場に脚繁く通わなくなっていいだろうに。

 まあ、一応これでも今回の審判だからな。ミツバさんがそう決めたのだから仕方あるまい。

 

「キングドラ、まずはあまごい」

 

 意識をポケモンたちに戻して、まずはキングドラの特性すいすいを発動させるべく雨を降らせていく。

 

「ヒヒダルマ、キングドラにつららおとし! エルレイド、作戦通りによ!」

 

 攻撃技ではないと分かれば一気に仕掛けてきたか。

 だが、俺もこの島に来て十ヶ月が経つ。ガラルのポケモンについては割と知識を深めてきたつもりだ。何ならガラルのヒヒダルマはイロハが暗殺未遂事件から第二回カロスポケモンリーグ大会の間に新しく仲間にしていたポケモン。真っ先に調べたポケモンの内の一体でもある。

 

「躱せ、キングドラ」

 

 ガラルのヒヒダルマはこおりタイプ。ごりむちゅうという最初に出した技しか出せなくなる代わりに威力が上がる特性を持っており、リージョンフォーム前と同じくダルマモードもあるらしい。イロハのヒヒダルマは特性がダルマモードだったために、炎の雪だるまになっていたというわけだ。

 

「クズモー、えんまくで視界を奪え」

 

 クズモーに黒煙を吐かせてヒヒダルマたちの視界を奪っていく。

 これで今の素早いキングドラであれば、ヒヒダルマたちの背後に回るのも容易である。

 

「キングドラ、ぼうふう」

 

 キングドラは黒煙ごとエルレイドを暴風の渦に呑み込んでしまった。

 

「ヒヒダルマ、キングドラにフリーズドライ!」

 

 被害を免れたヒヒダルマが暴風の渦の前に躍り出てくる。

 

「クズモー、キングドラのカバーだ。みずのはどう」

 

 攻撃される前にクズモーに牽制させたものの、キングドラの体温が急激に冷やされ、くるっと丸まった尻尾が凍りついていく。

 

「キングドラ、ラスターカノン」

 

 このままでは全身凍ってしまう可能性もありそうだったので、技の使用者であるヒヒダルマに向けて反撃を指示した。

 

「ドラ……?」

 

 のだが…………。

 あれ?

 

「ドラ……ドラァァァ………?!」

 

 何故か技が上手く出せなかった。

 突然のことに焦るキングドラ。

 何度試してもうんともすんともしない。

 折角覚えた技なのに何故だ………?

 

「ふふっ、スキルスワップでヒヒダルマの特性をキングドラにあげちゃった♡」

 

 ッ!?

 スキル、スワップ………!

 いつの間に………。

 なら、今のキングドラの特性はごりむちゅうってことか?!

 

「エルレイド、キングドラにサイコカッター!」

 

 事の真相をようやく理解したところで、暴風の渦が真っ二つにされ、そのままサイコエネルギーで出来た刃が一直線に向かってくる。

 

「ズモー!」

 

 クズモー!?

 必死に再思考する俺と指示が飛ばされず身動きが取れないキングドラの前にクズモーが割って入り、水を噴射して刃を受け止めた。

 だが、エルレイドとのパワー差が仇となり、ジリジリと押し込まれていく。

 

「ズモォォォオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

 あのままクズモーが受けてしまえば効果は抜群。最悪一発で戦闘不能にされてしまうだろう。

 

「モォォォオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」

 

 それでもここを退くわけにはいかない、とクズモーは身を挺して抗っている。

 すると水は次第に赤と青の竜へと変化し始めた。

 りゅうのはどう………!?

 それにあの光は………!

 

「進化………」

 

 ここにきて、とうとうクズモーの進化が始まった。

 キングドラの三分の一もなかった身体が、キングドラと並び立つまで大きくなっていく。

 

「あらまあ、追い詰めたつもりがクズモーの成長を促しちゃったわね。逆にこっちがピンチかも」

 

 口ではそう言っているものの、ミツバさんはそこまで焦りを見せてはいない。

 

「ヒヒダルマ、つららおとし! エルレイドはサイコカッターだよ!」

 

 すぐに切り替えて攻撃を指示してくる。

 

「キングドラ、ぼうふうで呑み込……っ?!」

 

 はっ?

 何でもうエルレイドがドラミドロの前にいるんだ………?

 

「ドラミドロ、クイックターン!」

 

 急いで指示を出すもエルレイドはまたしても消え、次の瞬間にはキングドラが打ち上げられていた。空を切ったドラミドロはターンすることも出来ず、キョロキョロとエルレイドを探している。

 自身に何が起きたのか理解が追いついていないキングドラに大きな氷柱が降り注ぎ、訳も分からず地面に叩きつけられた。

 俺も反応出来なかった。

 何故エルレイドが急に見えなくなったんだ?

 見えなくなるのなら特性が入れ替わったヒヒダルマの方…………っ!?

 そうか、そういうことか!

 

「ヒヒダルマ、フリーズドライ!」

 

 だが気づいた頃には時既に遅し。

 キングドラの体温が急激に冷やされ、今度こそ動かなくなってしまった。

 

「………うわー、マジか。キングドラ、戦闘不能」

 

 ちょっとドン引きしているソニアの判定が下された。

 ガラル地方をまだちゃんとは理解していない外から来た俺。

 ガラルのヒヒダルマ。

 ダブルバトル。

 そして最初の方で存在感を薄めていたエスパータイプを持つエルレイド。

 それらの材料が合わさって俺はミツバさんの掌で踊らされたというわけだ。

 種を明かせば、ヒヒダルマの特性ごりむちゅうをエルレイドがスキルスワップで自身と交換。ごりむちゅうの効果でスキルスワップしか出せなくなっていたかもしれないが、再度スキルスワップでキングドラの特性すいすいと交換したため、そのリスクも見当たらなかった。逆に密かに行われていた策略に気づかなかった俺とキングドラは、見事術中にハマっていたわけだ。途中でスキルスワップを使ったということを口にしていたが、あれも口調からしてヒヒダルマ自身が使っていたと思わされた。俺の調べが甘かっただけで、もしかしたらガラルのヒヒダルマはスキルスワップが使えるのではないかと。バトル中の迷いは時間の浪費でしかない。

 そしてクズモーの進化という恐らくミツバさんも予期していなかった事態はあったものの、キングドラのお株を奪って自分のものにしていたエルレイドを前に対処する暇さえ与えられなかった。

 強い、というか上手い。その一言に尽きる。

 

「はぁ……今のはしてやられましたね。俺もキングドラも判断が間に合わなかった」

「ふふん、ハチ君とバトルすると決めた時から一泡吹かせる方法を考えてたからね。でも今のは不意を突けたからであってハチ君の実力はこんなもんじゃないでしょ?」

「言ってくれますね………」

 

 狙っていたのは分かるが、ここまで俺の手の内を利用されたのも久々だな。

 ダブルバトルってのもあるし、これはちょっとスイッチを切り替えていかないと本気でまずいことになりそうだぞ。

 

「キングドラ、お疲れさん。悪いな、俺が未熟なばっかりに」

「ハチくんが未熟ならわたしら初心者レベルなんだけど………」

 

 審判が何か言っているが知ったこっちゃない。

 俺は別に完璧超人なわけでもないし、ミスだってする。挑む側から挑まれる側になった時点で常に対策はされるんだし、逆に久しい気分を味わってるようだ。カロスにいた頃はイロハやコマチがいたからな。ユイに挑まれることは少なかったが、それでも挑む側になることは稀だったと思う。ジム戦くらいか? それでも挑んでいるって感覚は薄かっただろう。

 

「………俺でこれなんだからジムリーダーたちはもっとなんだろうな」

 

 そう思うとガラルのジムリーダーたちは常に挑まれる側でありながら、チャンピオンに挑む側にもなっているのか。案外こっちの方が向上心を常に抱えられて、トレーナーとしていいのかもな。

 

「ガオガエン、遠慮はいらん。最初から飛ばしていくぞ」

 

 キングドラをボールに戻して交代にガオガエンを出した。

 今回は実力的にサーナイトとウルガモスは申し分ないので、残りの四体だけでのダブルバトルとなっている。

 

「エルレイド、ガオガエンにドレインパンチ!」

 

 未だ雨が降り続けている中、エルレイドの姿がまた消えた。

 

「ガオガエン、ニトロチャージ」

 

 だが、もう手の内は分かっているため、こちらも素早さを上げてギリギリのところで躱していく。

 

「ヒヒダルマ、ストーンエッジで阻んで!」

 

 躱した先ではヒヒダルマが待ち構えており、地面を叩いて岩々を次々と突き出してきた。

 

「そのままニトロチャージで左に切り替えせ」

 

 軽いステップで左に切り返したガオガエンの脇を岩々が通り過ぎていき、残るのはガオガエンを視線で追うヒヒダルマ。

 

「ドラミドロ、ガオガエンの援護だ。みずのはどう」

 

 一人取り残され気味なドラミドロにも指示を出して、ヒヒダルマの側面から攻撃を加えていく。

 

「ヒヒ?! ヒア……ア〜……ア?」

「えっ、うそ?! 混乱!?」

 

 上手くヒットすると打ちどころが悪かったのか、挙動がおかしくなり混乱し始めた。

 恐らく波導で脳が強く揺さぶられたのだろう。雨で威力が上がっていたのもある。

 ただ、そこで雨が丁度上がってしまった。

 雨雲が切れ、日差しが濡れた地面に乱反射していく。

 

「ドラミドロ、えんまく」

 

 そこへドラミドロに黒煙を投下させた。

 俺の目が辛かったというのもあるが、まずは一体確実に倒すには絶好の機会である。

 

「ガオガエン、ヒヒダルマにブレイズキック」

 

 雨が上がり、エルレイドに奪われた特性すいすいも効果を失い、混乱して状況を理解していないヒヒダルマを狙わないわけがないだろ。

 右脚に炎を纏い高々とジャンプするガオガエン。

 一度身体を小さく折りたたみ、右脚だけを伸ばして黒煙の中に急降下していく。

 ズドン! と炎が破裂し、その衝撃波が黒煙を消しとばしてしまう。晴れたフィールドには黒焦げになったヒヒダルマの姿が。

 

「ヒ、ヒヒダルマ戦闘不能!」

 

 よし、これでイーブンだな。

 

「あらあら、さすがだね。ここに来た頃とは大違い。進化もしてとても成長してるわ」

「そりゃどうも。サーナイトやウルガモスとまではいきませんけど、ガオガエンも強くなりましたからね。特に大きな敗北を味わってからは」

 

 ガオガエンはジャングルの主、ザルードに負けてから一気に成長したように思う。決め技も作り上げ、肉弾戦においても駆け引きを学んだ。ポケモンの技ではない業を倣って戦略に幅も出てきたし、ウルガモス超えをするのも時間の問題だろう。

 

「ヒヒダルマ、戻ってゆっくり休みなさい。いくわよ、エンニュート!」

 

 ヒヒダルマを戻しエンニュートを出してくるミツバさん。

 エンニュートにはヤドランたちが世話になってるけど、まだ一度もちゃんとバトルしたことないんだよな………。

 

「ドラミドロ、エンニュートにみずのはどう」

 

 進化はしたもののみずタイプ系譜であることには変わりないドラミドロをエンニュートに向かわせた。同じどくタイプだしガオガエンを向かわせるよりはいいだろう。というかドラミドロにエルレイドの相手をさせる方が難しいし。

 

「エンニュート、ほのおのムチで落として!」

 

 ええー………。

 ムチって………。

 エンニュートってメスしかいないんだろ?

 女王様感半端ねぇな。

 水を弾丸にして飛ばしたら、まさかの炎で作られたムチにより叩き落とされてしまった。

 

「ガオガエン、DDラリアット」

「エルレイド、インファイト! エンニュート、ドラミドロにどくどく!」

 

 それで思考を止めてしまうわけにもいかないので、ガオガエンにはエルレイドとの肉弾戦に当たらせた。

 

「はっ? いや、どくタイプ………あれ? マジ……?」

 

 そこはよかったのだが、エンニュートの反撃に一瞬「ん?」となってしまい、次の瞬間ドラミドロが猛毒を浴びてしまったのを見てようやく理解した。

 確かエンニュートの特性にはふしょくというものがあり、言葉通りはがねタイプにもどくタイプの技が効くようになる。そこはいい。言葉からも想像出来ることだ。

 ただ、もう一つ。対象ははがねタイプのみではなく、どくタイプにまで及ぶのだ。要するに毒状態にならないタイプにもダメージが入るようになるってことであり、またしても俺のミスだ。

 やっぱりアレだな。あいつらと離れてから鈍ってるな。バトルする回数も減り、誰かに説明する機会も減っている。そうなることで俺もポケモンを見て、情報をまとめ、警戒をするということが緩くなってのかもしれない。

 このままジムチャレンジに参加していたらと思うとミツバさんに感謝だな。

 

「エンニュート、りゅうのはどう! エルレイド、サイコカッター!」

 

 猛毒状態になったドラミドロは集中砲火を浴び、エルレイドと肉弾戦をしていたガオガエンも間に合わず、吹き飛ばされてしまった。

 効果抜群の技を同時に受けて耐えられるわけはないだろう。

 

「………ドラミドロ、戦闘不能。ふしょくって怖っ………」

 

 ふしょくの恐ろしさにソニアまでもが慄いている。

 

「お疲れさん。ゆっくり休め、ドラミドロ」

「ハチくん、なんか手落ちた?」

 

 ドラミドロをボールに戻していると流石にソニアもおかしいと思ったのか、直球で投げつけてきた。

 

「俺のミスが続いているのは認めるが、ミツバさんが上手いってのもある」

「ハチくんがやられてるのなんて解釈違いなんだけど」

「そんな暴言吐かれる方が解釈違いだわ………」

 

 なんだよ、解釈違いって………。

 こういう場合で使う言葉じゃないだろうに。

 まあ、それだけソニアの中での俺は強いイメージなのだろう。

 やだわ、下手に負けられないじゃん。負ける気もないけど。

 

「ヤドラン、トリックルーム」

 

 ボールから出して早々、素早さが反転した空間を作らせ、そこへ四体とも閉じ込めた。

 

「エンニュートにシェルブレード」

 

 鈍足なヤドランの姿が消えて次の瞬間にはエンニュートにバーチカル・スクエアを浴びせていた。

 まだ二刀流の大技は使えないが、四連撃程度なら使えるようになってきたからな。

 

「ガオガエン、エルレイドにアクロバットだ」

 

 間を置かずガオガエンにも指示を出した。

 地面を蹴り上げ、くるくるとバク宙していき、空気を蹴り上げて一気にエルレイドへと突撃していく。

 

「受け止めて!」

 

 そのエルレイドは左腕の刃を伸ばして防御姿勢に入っている。

 何か、狙っているのか………?

 

「エルレイド、ドレインパンチ! エンニュート、ほのおのムチ!」

「ヤドラン、シェルブレードで捌きながらエルレイドにシェルアームズ」

 

 保険としてヤドランに一発毒を飛ばしてもらおうと思ったら、案の定ガオガエンの激突と同時にエルレイドが右の拳を掬い上げていた。

 その左腕に毒を浴び、緩んだ防御姿勢によりバランスが崩れ、ガオガエンの勢いに呑まれて弾き飛ばされていく。

 

「ガオガエン、トドメだ。ブレイズキック」

 

 地面に炎を走らせて、その炎を右脚に凝縮していくと、地面を蹴り上げて両脚を一度折りたたみ、右脚だけを前に突き出して急降下していった。

 さっきとちょっと演出が違う。気分の問題だろうか。

 

「エルレイド、戦闘不能。なんかガオガエンのブレイズキックって独断だね」

「ジムチャレンジでは受けよさそうじゃないか?」

「あー、確かに。こういうパフォーマンスは有りかもね」

「ゆっくり休みなさい、エルレイド。………ここに来た頃は可愛いニャビーだったのに、こんなに逞しくなっちゃって」

「そうっすね。ガオガエンとヤドランは結構成長したと思いますよ。逆にキングドラとドラミドロはまだまだこれから成長の余地がありますし、どんな方向性にも向けられる」

 

 ニャビーはもちろんヤドランも俺がここに来て日が浅いうちに仲間になったからな。キングドラやドラミドロよりは成長幅が激しいのも当然といえよう。

 

「そうだね。ハチ君なら、彼らをちゃんと導けると思うわ。それじゃ、最後のポケモン。いくわよ、トゲキッス」

 

 げっ!

 ミツバさんも白い悪魔を連れていたのか。

 どうか特性がてんのめぐみじゃありませんように。そうでなくとも耐久性もそれなりにあるから、やりにくいことこの上ないというのに。

 

「ヤドラン、シェルアームズ」

 

 フェアリー・ひこうタイプのトゲキッスにはどくタイプの技は効果抜群。ただし不用意に近づくと何されるのか分からないので、初手は毒を砲撃するに留めた。

 

「トゲキッス、ひかりのかべよ! エンニュートはかえんほうしゃ!」

 

 だが、それもあっさりとひかりのかべにより防がれてしまう。

 その横をエンニュートが抜け出し、ヤドランに炎が飛んできた。

 

「躱せ」

 

 まだトリックルーム下であったため容易に躱すことは出来たが、これが切れた時が怖いな。

 

「ガオガエン、かえんほうしゃ」

「トゲキッス!」

 

 次が来ないように炎で牽制させるとミツバさんがトゲキッスをボールに戻した。

 するとボールが巨大化していく。

 ああ、そりゃ当然か。爺さんの一番弟子でもミツバさんが使えないわけないわな。つか、初日というか二日目にそんな会話したような気もする。

 

「大きくなーあれ、ダイマックス!」

 

 片手で投げられた巨大なボールから巨大な白い悪魔が現れた。

 うん、怖い。

 巨大な真顔が差し迫ってる感じがあって超怖い。

 

「トゲキッス、ダイジェット!」

 

 大きく空気を吸い込んでいくトゲキッス。

 嫌な予感しかしない。

 

「ガオガエン、ヤドランの後ろに回れ。ヤドランはひかりのかべだ」

 

 トリックルームの壁があるとはいえ、どうなることやら………。

 

「ギィィィイイイイイイイイイッッッスゥゥゥゥゥゥッ!!」

 

 吸い込んだ空気を一気に放出する白い悪魔。

 キングドラのぼうふうが可愛く感じるレベルのそれは、トリックルームを破壊し、あまつさえひかりのかべさえパリンパリン割っていく。

 エグいエグいエグい!

 ダイマックス技にそんな効果なかっただろ!

 何でトリックルームもひかりのかべも壊されるんだよ!

 ただ、その二枚の壁のおかげでガオガエンもヤドランも吹き飛ばされてはいない。ギリギリ耐えられたようだ。

 相棒を組むエンニュートはしっかりとトゲキッスの真下に避難している。あいつずるすぎだろ。一番遠い俺の身も危険に晒されてるんだからな!

 

「もう一丁!」

「ギィィィイイイイイイイイイッッッスゥゥゥゥゥゥッ!!」

 

 待て待て待て!

 ガオガエンたちに指示出してる余裕がないんですけど!

 俺自身が吹き飛ばされそうなんですけど!

 

「ふぉ!?」

 

 今一瞬身体浮いたぞ!

 股間が一瞬ヒヤッとした。

 つか、俺でこれならガオガエンたちは…………?

 

「あ…………」

 

 しっかり吹き飛ばされてますね。

 しかも地面に跳ね返った上昇気流に呑まれて打ち上げられている。

 

「ガオガエン、ヤドラン! DDラリアットとシェルブレードでそのまま回転してろ!」

 

 取り敢えず回転しておけば多少は軽減されるだろう。そう願うしかない。

 

「最後にもう一発!」

「ギィィィイイイイイイイイイッッッスゥゥゥゥゥゥッ!!」

 

 やっぱり白い悪魔は巨大化しても白い悪魔だわ。

 いや、最早魔王と言っても差し支えないだろう。

 白い暴風の魔王。

 うん、なんかしっくりくるわ。

 

「ようやくか」

 

 三度ダイマックス技を使ったことにより効果が切れて、元の大きさに戻り始める白い悪魔。

 

「エンニュート、トゲキッスが立て直すまでかえんほうしゃで牽制よ!」

「ヤドラン、エンニュートをサイコキネシスで抑えろ。ガオガエンはその間にDDラリアットだ」

 

 その間にエンニュートを先に倒すべく、空中でヤドランに超念力でエンニュートを押さえつけさせて、ガオガエンにそのままDDラリアットで突撃させることにした。

 あっちはあっちでトゲキッスの態勢が整うまでエンニュートで耐えるつもりだろう。

 戦いはトゲキッスの態勢が整うまでのほんの数秒間。

 

「ガゥガゥガァァァアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

 なんかこれでもかってくらい回転してんな。

 さっきのダイジェット三連発にガオガエンも怖かったんだろうな。今片方だけでも倒してしまわねば、あの白い悪魔は危険だと、そう感じているのだろう。

 変な態勢で撃たされたエンニュートの炎を回転することにより弾き飛ばしながら、エンニュートに突撃した。

 

「トゲキッス、エアスラッシュ!」

 

 エンニュートが弾き飛ぶと同時にエンニュートの脇から無数の空気の刃が降り注いでくる。

 DDラリアットの回転により空気の刃は地面に叩きつけられていくが数が数である。

 全てを弾き落とせるわけもなく所々にダメージを受けていった。

 

「………エンニュート、戦闘不能。…………審判って大変なんだね」

 

 位置的に逸れてはいるものの、ソニアも吹き飛ばされそうになっていたのだろう。

 いや、ほんと。ガラルの審判たちには感心するわ。ダイマックス技が飛び交う中でよく仕事をしていられるな。

 

「エンニュート、戻って。トゲキッス、しんそく!」

 

 くそっ、あの人このまま続行する気かよ!

 ダイジェット三連発の後に休みなしとか、対処するこっちが保たないわ。

 

「ガゥ!?」

 

 エンニュートをボールに戻すと、白い悪魔が間髪入れずに懐に入られ、ガオガエンは「く」の字に身体を折り曲げながら白い悪魔に押し込まれていく。

 

「ヤドラン、トリックルーム」

「そのままはどうだんよ!」

 

 だからエグいって!

 身動きが取れない状態のガオガエンに超至近距離で波導の弾丸が撃ち込まれた。というかチャージすらガオガエンの腹に隠れて見えなかったからね。

 

「ヤン!」

 

 ただ、何とかヤドランの横を通り過ぎる直前に再度トリックルームが完成し、部屋の中に侵入した瞬間に急加速していたトゲキッスの動きがまるで止まっているかのようになった。

 

「シェルアームズ」

 

 まずはガオガエンを助けるべくヤドランに右側から左腕のシェルで殴りつけさせる。

 トゲキッスから解放されたガオガエンは、そのままトリックルームの壁に激突した。

 

「立てるか、ガオガエン?」

「ガ、ゥ………」

 

 無理そうだな。

 意識がまだあるだけでも奇跡的だ。

 

「ヤドラン、連続でシェルブレードだ」

 

 意識をヤドランに戻し、トゲキッスが起き上がる前に連続で斬りつけていく。

 バーチカル・スクエア、ホリゾンタル・スクエア、バーチカル・スクエアと計十二撃。

 

「トドメのシェルアームズ」

 

 最後に左腕のシェルで殴りつけてトドメを刺した。

 

「あー………トゲキッス、戦闘不能! よって勝者ハチくん!」

 

 …………ふぅ、危なかった。

 マジで白い悪魔が怖すぎる。

 しかもミツバさんのバトルは、何というか上手い。別に弱いってわけではないのだが、ダンデ程の強さを感じないのにここまで追い込まれるなんて思いもしなかったわ。

 よく見ているというか、強かというか。バトル中に心理戦も仕掛けられている感覚だった。

 

「お疲れさま、トゲキッス。ゆっくり休みなさい」

「ガオガエン、ヤドラン。よくやった。今はゆっくり休め」

「………結局ハチくんが勝っちゃったか」

「何だよ、俺に負けて欲しかったのか?」

「べつにー」

 

 ソニアは何故か俺が勝ったことにぶーたれているが、あなたがミツバさんとしたら確実に負けるからね?

 ポケモンたちの実力はマチマチとはいえ、やり方次第では互角に渡り合えるだろう。ただ、その指示を出すトレーナーの力量差が圧倒的に開いている。

 というかこんなに翻弄された気分のバトルはいつ以来だろうか。

 

「お疲れー、はっちん。ミツバちんにも勝っちゃったのねん」

「師匠………やっぱり見てたんすね」

 

 ここの門下生たちは人のバトルを観戦するの好きだからな。師匠が率先して俺のバトルは見せようとしてるし、今日も見られてるんだろうなと思っていた。

 

「これでワシちゃんもようやくはっちんとのバトルに臨めるよん」

 

 おっ?

 ということは実はこのバトル、爺さんからの試験だったり?

 

「もうしばらく先にはなるだろうけど、はっちんも心しといてね」

「うす」

 

 そうか………ようやく爺さんとバトル出来るんだな。

 ミツバさんでこれなんだ。爺さん相手は相当骨が折れることだろう。

 戦略、立てておかないとな。今日の反省も含めて、これから忙しくなりそうだ。

 



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61話

 ミツバさんとのバトルから一ヶ月が経ったある日。

 何故か俺はガラル本土へと上陸していた。

 二度目の上陸もよく分からないままとか………。

 

「おばあさま、連れてきました」

 

 理由も言わずに俺を連れ出したのは、ここ数ヶ月道場に入り浸るようになったソニアである。

 遂に俺は拉致られたのだろうか。

 だが、理由が分からん。

 俺を拉致ったところで大金があるわけでもないし、拉致ってるのがソニアだから犯罪臭はしないし…………おっと? これまで通い詰めていたのも俺にそう思わせるためだったとか?

 手段としてはあり得るな。

 あるいはソニア本人にはその意思はなくとも利用されている可能性だってある。

 急展開だが国際警察としての仕事が舞い込んできたか………?

 

「初めまして。私はマグノリア。ソニアの祖母です」

「はぁ……ども」

 

 どこかよく分からない村? に連れてこられて、村の南側にある森の前に一人の壮年の女性がいた。

 そうか。

 この人がソニアの婆ちゃんか。

 …………ん?

 ソニアの婆ちゃん?

 それって………。

 

「何故マグノリア博士がここに?」

「申し訳ありません。ソニアに理由を説明させないまま、島から連れ出してしまい………」

「それはまあ、ソニアなんで」

 

 嵐のように来て嵐のように去っていくソニアだからな。今回も拉致られたかとは思ったが、その犯人がソニアな時点でいつも通りなんだろうとは思っていたさ。

 

「実はここ最近、この森の奥に強力なポケモンがいるという噂をよく耳にするようになりまして。半年程前からチラホラと耳にするようにはなっていたのですが、その噂が広まり続けて、そのポケモンを倒す或いは捕まえようとこの森に足を踏み入れるトレーナーが増えているのです」

 

 そう、いつも通りの面倒事。

 

「それが、何か?」

「この森は見ての通り立ち入り禁止の立て札があるくらいには有名な立ち入り禁止区域でして、それを破って侵入して返り討ちに遭い、慌てて森からトレーナーが逃げる被害が連日発生しているのです」

 

 言われて初めて知ったわ。

 そりゃこんな堂々と策をしてたら何かあるんだろうなとは思っていたけどよ。策なんかしたところで飛び越えていけるんだし、あってないようなものだろ。

 

「ですので、一度この森の調査を行うことになったのですが、私たちの実力ではそのトレーナーたちと同じ結果にしかならないと判断し、実力のあるトレーナーを探していました」

 

 ほうほう。

 つまり俺は用心棒的な役割ってことか。

 それ、俺でなくても他にいただろ。ダンデとか。

 

「ダンデくんやジムリーダーたちも候補には上がったんだけど、みんな忙しくてさ。何の役職にも就いていない実力者はいないかってことで、ハチくんに白羽の矢が立ったの」

「立てたのはお前だろ」

「あ、分かる?」

 

 こいつ………。

 そもそも俺のことを知ってる奴なんて数えるくらいしかいないんだぞ。

 絞れないわけがないだろうに。

 

「いや、他に候補に名前を出すような奴いないし」

「ソニアからはあなたの話を聞いていましたので、実力は申し分ないと判断しました。こんな急な話ではありますが、ご協力頂けないでしょうか?」

「まあ、もうここに来ちゃってますから、それはいいんですけど………なに? ソニアって俺のこと品定めしてたの?」

「違うよ! 偶々だよ! 偶々こんなことになって自由に行動出来そうなのがハチくんしか思いつかなかっただけだよ!」

「本当か………?」

 

 あれだけ入り浸ってると逆に品定めされてたのではと思えてならないんだが…………。

 

「あなたはバトルだけでなくポケモンの知識も豊富だと聞いています。今回の調査には打ってつけだと私も判断した次第です」

 

 はぁ………なんかいいように動かされてる気がするなー………。

 ソニアがそんな器用なことできるとは思えないし、意外とこの婆さんが腹黒かったりしてな。理由を説明させないまま連れてくる時点で、ちょっと不審に思うのは当然だと思う。

 

「そもそもここ立ち入り禁止区域なんですよね?」

「ええ、今回は特別に許可を得ていますので、その点に関しては大丈夫です」

「いや、そうじゃなくて。それも大事なことですけど。ここが立ち入り禁止区域にされた理由は? 聞いても?」

 

 俺がそう言うとマグノリア博士とソニアが目を合わせる。

 そしてソニアの方が口を開いた。

 

「………その、昔から霧が立ち込めていて危険な上に、何かがいるって噂されているの」

 

 ………ん?

 

「強力なポケモンがいるって噂されてるんだよな? んで、昔から何かがいると」

「うん……」

「その何かがその強力なポケモンのことじゃねぇの?」

 

 というかそうとしか考えられないだろ。

 昔から何かがいて最近になって強いポケモンとバトルして追い返されるトレーナーが続出してるなんて、どう考えても同じポケモンってことじゃねぇの?

 

「そう、かもしれないし、そうじゃないかもしれないの。だから調べないとって」

 

 何とも歯切れが悪い。

 一体何があるっていうだよ。

 

「因みに二人の個人的な意見は?」

「恐らく別物かと。勘でしかありませんが」

「わたしも別物だと思う。あまり人前で言えた話じゃないんだけど、わたしも小さい時に森に入って怒られたことあるから。もっとおどろおどろしい雰囲気だった。それにこの森での今までの被害はどれも霧の中迷って気づいたら寝ていて、起きたら霧が晴れていて一目散に逃げてきたとかそんな感じなの。でも最近の被害はポケモンに襲われている。こんなこと今までなかったと思うんだ………」

 

 なるほど、これまでの被害と最近の被害とでは被害状況が異なるときたか。

 それもソニアは前者を体験済みなため、余計に違和感を感じるのだろう。

 

「………分かった。調査には行く」

「ほんと!?」

「ただし、俺一人でだ」

「えっ……?」

 

 これは調査する必要がありそうだ。

 だが、どちらの話を検証しようとしても強いポケモンが出てくるのは必須。

 それをソニアとマグノリア博士の護衛しながら、しかも深い霧に覆われているかもしれない森の中でバトルになったら、いくら俺でもどうしようもないだろう。

 なら、一人で行った方が断然動きやすい。

 

「理由は簡単だ。そんな危険な場所に二人を連れて守り切れる自信がない。俺一人ならまだ何とかなるだろうが、戦闘になったら二人の面倒までは見ていられないはずだ」

「でも………」

「ソニアは知ってるだろ。俺がどういうトレーナーか」

 

 多分、いきなり連れてきて一人で調査させるのは気が引けるのだろう。だから調査くらいは自分たちでと思っていたんだろうが、状況が思った以上によくない。

 危険区域とはまさにその通りかもしれないまであるのだ。

 ここは奥の手を全て使ってでも一人で行く方が安心出来るってもの。

 

「………おばあさま。ここはハチくんに任せましょう。着いていっても足手纏いになるのは明白です。それに実力はダンデくん並みだけど、問題への対処能力はハチくんの方が上だから」

 

 ソニアも俺がどういう人間なのか思い出したようで、しぶしぶとはいった感じではあるものの、マグノリア博士を説得するように動いてくれた。

 

「………というかさ、その強力なポケモンと戦った奴が結構いるんだよな?」

「うん」

「ポケモンの名前とか言ってなかったのか?」

「それがガラルでは見たことないポケモンってことしか………。写真を撮った人もいたみたいだけど、全部ぼやけてて何が写ってるのかも判別出来ないんだって」

 

 ……………それはもうアレだな。

 幻のポケモンとかいるようなところだろ、ここ。

 

「そうか……」

 

 取り敢えず、ソニアたちが想像しているポケモンよりももっとヤバいのがいるってのは確定だろう。

 だからこそ、昔からここは立入禁止区域に設定されていたってところか。

 

「んじゃ、行ってくる」

「気をつけてね」

「何かあれば至急ソニアに連絡を入れてください」

 

 さて、行きますか。

 俺は二人に背を向けて鬱蒼とした森の中に足を踏み入れた。

 森の中は入った途端薄暗くなり、冷んやりとした空気に包まれる。

 話にあった深い霧はまだ発生していないが、それもまだ入り口だからだろう。

 それにしても…………。

 

「道が綺麗すぎやしないか?」

 

 立入禁止区域に指定されているみたいだが、それにしては道がはっきりとしている。平坦な道であるため階段とかはなさそうだが、登山道と言っても差し支えはない。少なくとも獣道のように道なのか怪しいということは全くない。

 誰かが手入れしているとしか思えないのだが、立入禁止区域に入れる特例でもあるのだろうか。

 そもそも立入禁止なら道も必要なのか怪しいまである。

 これじゃ不法侵入しても無事に奥にまで辿り着けてしまうわな。

 

「あるいは態と黙認しているとか………?」

 

 怪しい。

 そもそも何がいるのかも分かっていないのに立入禁止区域に指定するとかあり得ないだろ。

 逆に定期的に忍ばせることによって、言い伝えを残せるようにしてきたとか………?

 誰も立ち寄らなければいつしか忘れ去られた森になるだけだろうからな。その可能性もなくはないだろう。

 でも道があるのはまた別の話だ。森に足を踏み入れるくらいなら、道はなくとも何とかなるはずだ。ここまでくると道なりに行けば何かがあると言っているようなものではないか。

 

「橋まであるし………」

 

 しばらく歩いていくと川があり、橋がかかっていた。

 昔の名残、というには些か綺麗である。

 

「人工物なんだよなぁ………」

 

 橋を渡り川を越え、そのまま道なりに進んでいくと、ようやく道が右に曲がっていた。単調な直線だったのがここにきてようやくの変化である。

 そのまま右に折れ、ぼちぼち歩いていると今度は分かれ道があった。

 さて、どっちにいったものか。分かれ道ともなると帰り道で迷う原因でもある。しかもここは初めて来た森。適当に進んでいては帰られなくなるだろう。

 よし、取り敢えず分かれ道は全て左へいくとするか。何もなかったらここまで戻ってきて今度はずっと右にいくようにするとかしていけば、何かは見つけられるだろう。

 というわけで一つ目の分かれ道を左に折れる。

 するとまたしても分かれ道になったので、これも左に。

 そして道なりに進むと右にカーブしていて、その先でまた分かれ道になった。

 何となく、何となくだがこれを右に曲がるとさっきの分かれ道に出そうな予感がする。

 なんて考えながら左へ折れると、すぐにまた分かれ道となった。これも左に折れるわけなのだが、左へ行くとここからでも分かれ道が見えている。どんだけ枝分かれしてんだよ。

 左、左と二度曲がり道なりに進んでいくとまた右にカーブしていた。

 方角を戻されてる気分だな。

 ただ、その先で左に曲がるとこれまでとは打って変わって直線になっていた。心なしか霧が出てきているような気もする。

 あ、左側には川もあったのか。さっき渡った川だろうか。道が蛇行していたからか川が蛇行しているのか、どちらにせよ、迷ったらこの川を頼りに道なき道を進むのも手だな。

 そのまま薄暗い森を突き進んでいくと、急に開けた場所に出てきた。

 川はそのまま大きな池となっており、道の先には祠のような………少なくとも何かの儀式で使われそうなものがある。道はそこで行き止まりのようだ。

 ………なるほど、立入禁止区域なのに道があったのはあの祠の参道だったってわけだ。

 ふと、気配を感じて祠をよく見ると凭れ掛かる何かがいた。

 

「………カイ?」

 

 俺たちに気付いたのか顔を上げるとーーー。

 

「ーーージュカ、イン?」

 

 見知ったポケモンがいた。

 黄緑色の身体にシダ植物のような尻尾、クールな佇まい。

 

「カイ?! カイカイカイカイィィィッ!!」

 

 あれ?

 まさか襲われる?

 いや、違う。この反応、俺知ってるぞ。身に覚えがある。いや、でもそんなわけ…………。

 

「ぐふっ?!」

 

 ハチマンはジュカインに押し倒された。

 

「………お前、俺のジュカインなんだな?」

「カイ!」

「そうか。そうか………!」

 

 ………………生きてた。ジュカイン、生きててくれたんだな。

 あ、でも今は過去にタイムスリップしている状態だから………いや、この時期はまだホウエンのトウカの森にいたはずだ。だからこんなところにいるのはあり得ないし、あり得るとしたらやはり…………!

 

「生きててくれて、ありがとな」

「カイ!」

 

 よかった、本当によかった。

 ジュカインを見つけ出すと誓った矢先に俺も暗殺されかけてそれどころではなくなってしまっていた。どうにか生き延びて帰ってきてからも問題は山積していて、あろうことかこんなタイムスリップまでして………。

 正直、まだ大々的に動けない今、時が経つのを待つしかないと思っていた。

 それなのにこんな巡り合わせがあるとか………マジ泣きそう。

 

「お前、どうやって生き延びたんだ? アクジキングに喰われただろ? 助け出してくれた奴でもいるのか?」

 

 そう聞くとジュカインは首を横に振った。そして火の玉を出して文字を浮かび上がらせてくる。

 いや待て。お前その技術までものまねで習得したのか?!

 

「えっと、『アクジキングニノミコマレタケド、クチノナカニクサデアミヲハッテ、ヤリスゴシテイタ』………マジか。んで、『ジリキデメガシンカシテ、イクドトナクスイコマレソウニナッタノヲタエヌキ、ツイニウルトラホールガヒライタカラ、クチノナカカラトビダシテミレバ、ウルトラホールカライキオイヨクトンデキタクロイナニカニブツカリ、メガサメタラココニイタ』か……」

 

 すげぇな、こいつ自力で脱出してきたのか。

 なのに、こんなところに飛ばされてあまつさえタイムスリップまでくらって………。

 やっぱり俺のポケモンだからかね。身に降り注ぐ危険も似たようなものじゃねぇか。

 そう言えばテッカグヤをウルトラホールに押し込んだ際、アクジキングがいてそこから勢いよく緑色の何かが飛び出してきたような…………。

 しかもあの時の俺はウツロイドの第二形態、すなわち黒色だ。

 

「………すまん、ジュカイン。その黒いのってのは俺かもしれん」

「カイ?」

「あの後、俺も何やかんやあったんだが、ウルトラビーストのテッカグヤってのをウルトラホールに押し返す事があってな。その時にウツロイドを憑依させてたんだ。色は黒。んで、俺もウルトラホールに入ったんだ。そこでアクジキングと出会した。その時口の中から勢いよく緑色の何かが飛び出してきて真っ逆さまに落ちていってイッシュ地方にたどり着いたんだ」

 

 多分、あのまま口から飛び出してウルトラホールから現世に戻れば帰ってきましたーって終われてたんだと思う。それが俺とぶつかってしまったがために今に至るのだろう。まあ、俺も同じことを言えるんだが。

 

「ああ、ちなみになんだが、ここはガラル地方だ。恐らく俺たちはお互いにぶつかりウルトラホール内で正規のルートから外れて別々の場所に降り立ったんだと思う。しかもタイムスリップっていう時間移動付きでな。今はあの時から約二年前だ。お前はどのくらいここにいたんだ?」

「『イチネンクライ』、そうか。俺もタイムスリップして一年くらい経つ」

 

 やはり同じように落ちたため、同じ時間にタイムスリップしたのだろう。ただし方向がバラバラだったために地点もバラバラになったってわけだ。

 推測でしかないが、恐らくこんなところだと思う。

 

「さて、帰ろうか」

「カイ。カ、カイ」

「ん?」

「『ココノマモリガミタチニオレイガシタイ』? やっぱりいるのか」

 

 もしやとは思っていたが、やっぱりいるのか。

 伝承と噂、それぞれ違うポケモンであり、伝承がその守り神たちであり噂がジュカインだったってことで確定だな。

 あ、ということはこの祠がその守り神たちを祀るためものってことか。

 

「………なんか霧が濃くなってきてないか?」

 

 すると急に霧が濃くなり、世界が段々と白くなっていく。

 何が起こるか分からないので二人して立ち上がり辺りを警戒する。

 

「クォォォン」

「グォォォン」

 

 ッ?!

 

「ジュカイン」

「カイ」

「そうか」

 

 隣に立つジュカインに短く聞くと首を縦に振った。

 そうか、この二体が守り神なんだな。

 何つー登場の仕方だよ。

 

「ありがとな、ジュカインとの再会の場に使わせてくれて。おかげで俺たちは再会できた」

 

 ルガルガンよりも大きく、それぞれ青とピンク、青と赤が入り混じった身体の見たことのないポケモンに頭を下げた。

 すると二体は音もなくスッと消え、すぐに霧も晴れてしまった。

 

「今度こそ帰ろうか」

「カイ」

 

 祠にもう一度頭を下げて、その場を後にした。

 ちなみに森を出てからマグノリア博士に報告はしたものの、何故か絶句するソニアから質問攻めにあったのは言うまでもない。

 あ、それとあの守り神たちのことはジュカインに秘密にしてくれと言われたので、詳細は話さなかったぞ。多分守り神たちにそういと言われてたんだと思う。

 何はともあれ、一つ肩の荷が降りてよかった、よかった。

 



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62話

最近少しずつ忙しくなってきており、前回はお休みさせていただきました。


 こんにちは、あるいはこんばんは。黒の撥号。

 ガラル地方でのコネクション作りは順調のようで何よりだ。チャンピオン、ジムリーダー、引いてはマグノリア博士と面識まで持てたことには一同驚いている。

 さて、挨拶はこれくらいにして。

 今回のジムチャレンジ参加の許可要請であるが、結論から言うと許可しよう。まだ面識を持てていないジムリーダーたちとの出会いの場ともなろう。我々としては願ってもないことだ。

 しかし同時に懸念事項もある。我々黒シリーズはあまり人前で活動する側ではない。ひっそりと陰に隠れた存在である。故に公の場で顔を見られるないようにして欲しい。見せるのはコネクションを持った相手だけにだ。あとは好きにしたまえ。ガラルを盛り上げることで新たなコネクションを手にすることも出来るであろう。

 健闘を祈るーーー。

 

「ーーー毎度思うが、あの挨拶は何なんだろうな」

 

 ジュカインと再会して一ヶ月、もうすぐここに来て一年が経とうとしていた今日この頃。

 本部の方から正式にジムチャレンジへの参加許可が降りた。

 これで気兼ねなく参加することは可能であろう。あまり気は向かないが。

 

「ただ条件付きってなるとはな………」

 

 内容としてはあまり気にならない、どちらかと言えば喜ばしい内容ではある。顔を隠す口実が出来たのだからな。

 ただ、そうなると………どう隠したものか。

 帽子……だけでは無理があるだろう。眼鏡かける? あ、サングラスの方がいいか? というかそういうの付けててルール違反になったりしないのだろうか。

 

「さーて、はっちん。いよいよこの日がきたよん」

 

 着々とジムチャレンジの用意が整っていく現実を嫌々ながら受け入れていると、軽快な声で現実に戻された。

 声の主、マスタード師匠が目の前でによによしている。

 今日は待ちに待ったってわけでもないが、爺自らバトル相手になってくれる日である。

 

「そうっすね。ようやく師匠を引きずり出すことが出来ましたよ」

「それについてはワシちゃんも随分悩んだからねん。許してほしいのよ」

「それで? ルールは?」

「本当はルール無用くらいにはしたいんだけどね。一応、はっちんをジムチャレンジに送り出すための儀式みたいなものでもあるから、公式のルールに則ってだよん」

 

 ………ミツバさんといい、ジムチャレンジに向けての俺の推薦材料でも探しているのだろうか。というかジムチャレンジでやれるかどうかを判断してるのか?

 まあ、何にせよ爺さんを倒さない限りは進まないからな。

 公式ルール下における元チャンピオンとのフルバトル、さながらダンデとのフルバトルを想定して臨んだ方がいいだろう。

 

「了解」

「本来はこの島にある二つの塔のどちらかでやるんだけど、はっちん相手だと塔が壊れかねないからね。だからここではルールの範囲内で好きにやってくれたらいいよん」

 

 二つの塔?

 もしかしてあれか?

 チャレンジビーチの砂浜にあった木造の塔。あれと似たようなのが山の方にもあったはずだし。あっちは山登るのが面倒で近くまで行ってないんだけどな。

 

「また難しいこと言いますね。たった四つの技でできることなんて少ないですよ」

 

 好きにしていいと言われても公式ルールのフルバトルともなると、下手に四つ全ての技枠を一気に使い切ることなんて無駄でしかない。どれだけ使う技を少なくできるかが一つの鍵になってくる。だから派手な演出はなかなか難しいのだ。

 

「審判は任せて!」

 

 お、おう………。

 ミツバさんが審判とか、ちょっと道場総出でフルバトルやろうとしてない?

 門下生たちもほとんどいるよね?

 そんな大掛かりなことだっけ………?

 

「………なんか人多くないっすか」

「そりゃはっちんのバトルだからね。みんな興味津々だよん」

 

 結局は野次馬が大半ってことか。

 まあ、いつもいる野次馬ギャルは珍しくいないみたいだが。

 

「興味持たれてもねぇ………」

「それだけはっちんがすごいトレーナーってことだよ。受け入れる受け入れる」

 

 余り期待されても仕方がないだがな。

 基本目立ちたくないのに初っ端からダンデの相手をしちゃったがために、この道場でも持ち上げられてるし。

 まあ、それももうあと少しの辛抱か。ジムチャレンジが始まれば自ずと本土に行くことになる。この好奇な目ともおさらばだ。…………おさらばできるといいな。

 

「んじゃ、始めようか」

「うす」

 

 爺さんはそう言うと、黒い帽子をミツバさんの方へと投げ、後ろへ連続でバク転していった。

 ………………はっ? バク転………!?

 

「ハチ! 全力でワシにかかってこい!」

 

 ッ………?!

 スタッと着地した爺さんの目は、いつものへらへらした軽いものではなく、獰猛な野獣のような目をしていた。

 呼び方も『はっちん』から『ハチ』に変わっている。恐らくこれが爺さんの本気モード、というよりは現役時代の姿なのだろう。

 

「いくぞ、コジョンド!」

「ドラミドロ、まずはお前からだ」

 

 爺さんの最初のポケモンはコジョンドか。

 かくとうタイプの素早い部類に入るポケモンだ。

 

「コジョンド、ねこだまし!」

 

 やはりというべきか。

 初手は躱せない速さで一気に距離を詰めてきての一拍手だった。

 それに怯んだドラミドロは一歩二歩と後退りする。

 

「ドラミドロ、どくびしだ」

 

 ただ、ドラミドロの役割はコジョンドを倒すことではない。

 この後のキングドラが優位になる状況を作り出すことだ。

 そのためにドラミドロには砂浜で見つけた湿った岩を持たせている。あんなもんのどこに雨を長続きさせる効果があるのかはよく分からないがな。謎だわ。

 

「はっけい!」

 

 だから攻撃を受けるのは想定内。

 胴に突きを入れられ、強い衝撃波がドラミドロの身体を伝っていく。

 

「あまごい」

 

 幸い麻痺状態にはならなかったが、コジョンドの動きが速い。

 

「とびひざげりじゃ!」

 

 雨雲を呼び寄せると間髪入れずにコジョンドの膝がドラミドロにクリーンヒットした。

 ようやく雨が降り出す。

 よし、これで整ったな。

 

「ん………?」

「………毒、じゃと?」

 

 ふとコジョンドを見やると顔色がどんどん悪くなっていっていた。

 どくびしは使ったが、あれが発動するのは次の交代のタイミングだ。だからコジョンドが毒状態になるとしたらーーー。

 

「特性、か」

 

 確かドラミドロの特性はどくのトゲとどくしゅ、珍しい個体としててきおうりょく、だったか?

 攻撃技は未だ使ってないのを考えるとドラミドロの特性はどくのトゲなのだろう。

 

「ドラミドロ、クイックターンだ」

「くっ、ストーンエッジじゃ!」

 

 雨が降り続く中、水を纏ったドラミドロは迫り来る岩々を粉砕しながらコジョンドに突進していった。

 そして体当たりと同時に身体を反転させ、俺の持つボールへと吸い込まれるように戻っていく。

 

「キングドラ、ぼうふうでコジョンドを呑み込め」

 

 交代で出したキングドラがすぐさまコジョンドを暴風の渦で呑み込んだ。中でどうなっているかは分からないが効果抜群の技だ。毒もあってダメージは相当だろう。

 

「キングドラ、頭上から入ってハイドロポンプ」

 

 特性すいすいのおかけで目で追えない速さになったキングドラが暴風の側面を大ジャンプして、そのまま渦の中心に潜り込んでいった。

 少しの間の後、暴風が消え去り地面に伏したコジョンドとそれを見下ろすキングドラがいた。

 

「………コジョンド、戦闘不能!」

 

 コジョンドの様子を確認してミツバさんが判定を下す。

 まずはこちらが一本か。

 進化したとはいえ、爺さんのポケモンたちと真正面からやり合えるだけの強力な技を持ち合わせていない以上、まだサポートに回ってもらうことになったが、期待以上の成果を得られたと思う。もう少しすれば充分に戦えるだけの力は付いてくるはずだ。それにキングドラとドラミドロとではスタート地点から差があったのだ。なのに今回効果はいまひとつとは言え、コジョンドの技を耐え抜いたのだから、それだけでも充分強くなっていると思う。

 

「戻れ、コジョンド。………流石じゃ、ハチ。お主の手持ちを考えれば次にキングドラが出てくるのは分かりきっていたこと。ドラミドロの動きも全てキングドラを出すためのものだったのは理解出来る。じゃが、それを抜きにしてもドラミドロの成長はワシの想像よりも上をいっていたようじゃ」

 

 ああ、なるほど。

 爺さんの手としてはねこだましで怯ませ、はっけいで麻痺状態にし、とひひざげりで大ダメージを与えて、残りの一技で一気に片付ける算段だったのだろう。それが思いの外ドラミドロが耐え、攻撃する度にフィールドへの仕掛けが増え、あまつさえ直接攻撃してしまっていたことで毒を浴びてしまったのは計算外だったのだろう。

 

「そりゃどうも」

 

 俺としても毒は想定外だったからな。

 ただ、ここからは毒を伴ってくる。爺さんはどう対処してくるのだろうか。

 

「次じゃ、レントラー!」

 

 二体目のポケモンはレントラーか。

 どくびしが発動し、レントラーの足元に紫色の棘が突き刺さっていく。

 レントラーはでんきタイプ。どくタイプやはがねタイプでない限り、毒状態になってしまう。除去されることもない。

 ただタイプ相性だけで見れば、みずタイプを持つキングドラにでんきタイプのレントラーをぶつけてくるのは間違っちゃいない。

 爺さんはどうする気だ?

 

「キングドラ、ハイドロポンプ」

 

 先が読めないため、先に攻撃を仕掛けることにした。

 雨が降っている状況は有限。この間にできるだけ攻撃しておきたい。

 

「レゥッ!?」

 

 消えたキングドラはレントラーの背後を取り、超至近距離で水砲撃を撃ち放った。

 

「レントラー、かみなりじゃ!」

 

 激しい勢いで俺の方へも飛ばされてきたレントラーが呻き声を上げる。

 するとピシャリッ! と稲妻が走ると、そのままキングドラに落ちてきた。

 雨が降っているとかみなりは必中になるからな。爺さんもそこは狙ってきているだろう。

 

「でんこうせっか!」

 

 毒に犯されて震える身体を奮い立たせて、爪を地面に突き立てると一気にキングドラとの距離を詰めていく。

 

「そのままじゃれつくじゃ!」

「躱せ」

 

 そう易々と食らってやるわけにはいかないので、キングドラはまたもや一瞬で姿を消してレントラーを躱した。

 

「りゅうのはどう」

「ワイルドボルトで突っ込むのじゃ!」

 

 続け様に背後から赤と青の竜を模した波導でレントラーを呑み込まんとすると、身体を捻り地面を蹴り上げて反転し、電気を纏いながら再度キングドラへと突っ込んでいく。

 これ、雨が降ってなかったらキングドラで対処できていただろうか。というか毒状態なのに、それを伺わせたのはさっきの一度きりだけである。

 ………エグいな。

 

「やられる前にやるってか………」

 

 レントラーの捨て身の攻撃にキングドラもとうとう押し切られてしまい、初めてレントラーの体当たりを受けて弾き飛ばされてしまった。

 だが、ワイルドボルトはフレアドライブと同じく反動でダメージを負う技だ。それに加えてキングドラの攻撃を受けているのだから、ダメージは相当蓄積していることだろう。

 保ってあと数回。

 

「かみなり!」

「ぼうふうで自分を包め」

 

 でんこうせっかにしろワイルドボルトにしろ、一度防御としてぼうふうで身を守ろうと思ったら、予想を外して雷が落ちてきた。

 だが、雷も暴風の渦に呑まれてキングドラに当たることはなかった。

 …………これ、上手く風を利用すれば自分の周りだけ雨粒も微細な埃もない無菌状態にして、雨の中でもかみなりが当たらないようにすることもできたりするのではないだろうか。相当技術を要する話ではあるが。

 

「キングドラ、回り込んでハイドロポンプ」

「レントラー、もう一度ワイルドボルトで突っ込むのじゃ!」

 

 キングドラが暴風の渦の中から出てきてレントラーの背後に回り込むと、レントラーが暴風の渦の中へ電気を纏って突っ込んでいった。

 その背中を追うように水砲撃が放たれる。

 すると渦の中で切り返してきたのか、水砲撃の中を雷獣が走り迫ってきた。

 

「じゃれつく!」

「ーーーげきりん」

 

 どこまでも捨て身な攻撃は躱せないと判断し、最後の技を指示した。

 ボコボコに殴り合う両者の攻防はお互いに頭突きで頭をかち合わせたところで、パタリと止んだ。

 

「………あらまあ。キングドラ、レントラー、共に戦闘不能!」

 

 人間でいうところの脳震盪でも起こしたのだろうな。

 ミツバさんの判定が下されると、丁度雨も上がった。

 

「戻れ、キングドラ。お疲れさん」

「戻るのじゃ、レントラー」

「………はぁ、あの捨て身の攻撃には驚きっすよ」

「フッ、すいすいが発動した状態のキングドラに守りに入っても間に合わんからな」

「そもそもすいすいが発動していなければ、レントラーにキングドラでは太刀打ちできていなかったでしょうね」

「それはどうじゃろうな。お主の手腕とお主が育てた技量が合わされば………ワシも気が抜けん」

「そっすか」

 

 …………なるほどな。

 圧倒的な速さの前には守りなど意味をなさないこともある。それならば攻撃に極振りした方がまだどうにかできる可能性があるってわけか。

 まあ、それを可能にするくらいまで実力がなければ無意味ではあるが。

 俺のポケモンたちはどちらかと言えば、圧倒的な速さで翻弄する側だったからな。別口なのはボスゴドラくらいだったし、あれもでんじふゆうを使うことでまあまあ速さを手に入れることができていた。

 うん、これは今までの俺になかった新鮮な戦法だな。頭に隅にでも入れておこう。

 

「さて、次といこうかの」

「ああ。ヤドラン、いくぞ」

「ルガルガン!」

 

 三体目はルガルガンか。それも薄い茶色の真昼の姿。

 ルガルガンはヤドランの的撃ちとかで世話になった。

 ここでその成果を見せる時ってところかな。

 

「アクセルロック!」

「ヤン!?」

 

 どくびしにより毒を浴びたルガルガンは、コジョンドよりも素早いポケモンで四足歩行の脚力を活かして、一気にヤドランとの距離を縮めてきた。

 まあ、ヤドランに比べたら圧倒的な速さだわな。それでレントラー同様、捨て身の攻撃に転じれるかと言えば、答えはノーだ。

 

「ヤドラン、トリックルーム」

 

 それよりもこっちを圧倒的な速さで翻弄する側に変えてしまえばいい。

 ヤドランが左腕のシェルを地面に叩きつけ、素早さが反転する部屋を作り上げていく。

 

「シェルブレードでホリゾンタル・スクエア」

 

 左腕のシェルと右腕に巻き付けた貝殻の鈴を掴み、二刀流の水の剣を携えて、ルガルガンに斬りかかった。

 さっきとは打って変わって、ヤドランが圧倒的な速さを見せている。

 

「ふいうち!」

「ヤン?!」

 

 だが、この素早さが反転する部屋の中でもその効果の影響を受けない技がいくつかあり、その一つであるふいうちによりヤドランの左の一太刀目を躱され吹飛ばされた。

 

「チッ、………それなら。ヤドラン、シェルブレードでバーチカル・スクエア」

 

 ヤドランと目を合わせると再度接近させ、右の一太刀目を振り上げる。

 

「もう一度ふいうちじゃ!」

 

 すると予想通りふいうちを使ってきた。

 

「サイコキネシスでルガルガンの動きを止めろ」

 

 それを超念力で動きを止め、今度こそ右の一太刀目を右上から左下に振り下ろした。そしてすぐさま切り返して左下から右上へと掬い上げる。その勢いを利用して一回転しながら無防備になった右脇を狙って左上から右下へと斬りつけ、着地の踏み込みを使って右上から斬りつけた。

 

「ルガルガン、交代じゃ」

 

 おっ、と?

 まさか爺さんが交代を選択してくるとは。

 ルガルガンではヤドランに歯が立たないと判断したか?

 いや、それとも………そう思わせての本命、とか?

 …………後者の方があり得そうだな。

 

「アーマーガア、はがねのつばさ!」

 

 四体目のポケモンはアーマーガアだった。

 ワイルドエリアで巨大化ポケモンが大量発生した時に、あいつの背中に乗ってってたもんな。しかもはがねタイプを要するひこうタイプだ。どくタイプの技は無効。飛んでいるからヤドランの攻撃も限定される。

 

「ヤドラン、もう一度シェルブレードでバーチカル・スクエアだ」

 

 あの勢いを止めるべく、再び右の剣を振りかぶって右上から左下に斬りつけて、すぐさま切り返して左下から右上へと掬い上げる。その勢いを利用して無防備になった右脇を狙って左上から右下へと斬りつけ、着地の踏み込みを使って右上から斬りつけた。

 

「ホリゾンタル・スクエア」

 

 続けて遠心力を利かせて、左剣で左から右に斬りつける。そしてすかさず切り返して右から左へと振りアーマーガアの鋼の身体を弾くと、そのまま一回転して同じ場所を右から左へ斬りつけた。最後に左下から掬い上げるとようやくアーマーガアの動きが止まった。

 八連撃も必要とかどんだけのパワーがあるんだよ。

 

「しっぺがえし!」

 

 すると急に目の色を変えたアーマーガアが勢いよくヤドランを突き飛ばした。トリックルームを突き破り俺の方へと飛ばされてくる。

 

「ヤドラン………大丈夫じゃなさそうだな」

 

 しっぺがえしときたか。

 圧倒的な速さを前にする逆にそれだけ威力が上がる技を選ぶとか………。

 ルガルガンのふいうちに加えてアーマーガアのしっぺがえしは結構痛いな。どちらもあくタイプの技であり、ヤドランには効果抜群だ。しかも威力の乗ったしっぺがえしだから、ヤドランのダメージも相当入っただろう。

 空を飛ばれては手を出せなくなるし、ここは一度引かせた方が賢明か。

 

「戻れ、ヤドラン。一旦交代だ」

 

 ゆっくりと立ち上がったヤドランをボールに戻して、次のボールに手をかけた。

 

「ウルガモス、アーマーガアを焼き尽くせ。ねっぷう」

 

 出した瞬間にウルガモスが熱風を起こし、アーマーガアが呑み込まれていく。

 

「アーマーガア、ぼうふうでかき消すのじゃ!」

 

 熱風の中から激しい暴風が吹き荒れ、二つの風が相殺されていく。すると熱を帯びて赤くなったアーマーガアが白い煙を上げていた。

 

「ほのおのまい」

「ブレイブバード!」

 

 技を切り替えて、炎を踊らせるとアーマーガアが翼を折りたたんで突っ込んでくる。

 お互い効果抜群の技を受け、一度地面に撃ち落とされた。

 

「ウルガモス、ねっぷう」

「アーマーガア、ぼうふうじゃ!」

 

 再び羽ばたき熱風と暴風がぶつかり合うと、せめぎ合いになった。

 ウルガモスが早く羽ばたけば、アーマーガアも早くなり………ともすれば、アーマーガアは火傷していたのか一瞬顔を顰めたことでリズムが崩れ、熱風が再びアーマーガアを呑み込んでいく。

 

「押し込め、ほのおのまい」

 

 トドメに炎を踊らせ、アーマーガアを呑み込み、地面に撃ち落とした。

 

「アーマーガア、戦闘不能!」

 

 それを見てミツバさんが判定を下した。

 

「アーマーガア、戻るのじゃ」

「戻れ、ウルガモス。よくやった」

 

 爺さんがアーマーガアを戻すのに合わせて、俺もウルガモスをボールに戻した。

 爺さんのポケモンは残り三体。

 あとはガオガエンとサーナイトでどうにかできるだろう。

 

「ハチ、やはりお主の判断は正確で早い。ワシですら読み間違える」

「そりゃどうも。俺としては師匠が意外とパワー系ってことに驚いてますよ」

 

 捨て身の攻撃とか俺の想定外だったしな。

 

「ワシは元かくとうタイプのジムリーダーじゃからな。力でねじ伏せてきて十八年間チャンピオンの座を守っていたのは否めん」

「なるほど」

 

 一応道場の師範だからかくとうタイプのイメージはあっても、普段のあの軽いノリを見てたら、パワー系ってのには結びつかないか。

 まあ、それも込みでの試験なのかもしれない。

 

「んじゃ、次いきましょうか。ガオガエン」

「ジャラランガ、お主の出番じゃ」

 

 さて、次だ次。

 五体目はドラゴン・かくとうタイプのジャラランガか。ソニアも連れていたポケモンだ。

 あの見た目ではがねタイプじゃないってのに驚きだよな。俺もここにきて初めて知ったくらいだし。

 だからどくびしもちゃんと食らって毒状態になっている。

 

「ジャラランガ、インファイト!」

 

 そんなことを考えていると、爺さんが先に動いた。

 

「ガオガエン、DDラリアット」

 

 最初から肉弾戦とか、マジでパワー系過ぎるだろ。

 ガオガエンが両腕を広げて高速回転しながら、ジャラランガのガトリングを弾いていく。

 

「スケイルノイズ!」

 

 するとジャラランガの激しい動きに全身の鱗が擦れ、不快なノイズが響き渡った。

 高速回転していたガオガエンもその不快なノイズに思わずバランスを崩し転倒。

 ハイパーボイスよりも耳に気持ち悪さが残り、耳奥に響いている。

 

「ガオガエン、ニトロチャージ」

 

 すぐに態勢を立て直すために、炎を纏わせてその場から離脱させた。

 

「ジャラランガ、ソウルビートじゃ!」

「ジャララァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 一度ジャラランガから距離を取ると、ジャラランガが長い雄叫びを上げる。それだけで竜の気が活性化し、強いオーラを感じるようになった。

 ソニアとのバトルの際に、あいつのジャラランガも使っていたため、あの後どういう効果の技なのかは調べてある。体力を削って全能力を上昇させるドラゴンタイプの技。

 はっきり言ってこれはさっさと倒さないとヤバいやつだ。

 

「ガオガエン、アクロバット」

 

 ガオガエンはくるくると回転しながら後ろに飛び、空気を蹴ってジャラランガに一気に突撃していく。

 

「ドレインパンチ!」

 

 それを迎え撃つように拳を握りしめるジャラランガ。

 激突と同時に突き出された拳により、ガオガエンの身体が受け止められてしまった。

 時間にして数秒。

 だが、ニトロチャージによりスピードが上がっていたからか、ジャラランガの拳に負荷がかかり、お互いを弾き飛ばすに留まる結果に終わった。

 それでも拳から体力を吸い取られてしまったのは痛い。お互いに効果抜群の技の競り合いだっただけに、回復されたことによりちょっと差が後々影響してきそうで怖い。

 どうにかして倒してしまわないと、長引けば能力を上げたジャラランガが暴れ回ることになるだろう。

 

「ニトロチャージ」

 

 だが、こっちにはニトロチャージくらいしか能力を上げる技がない。ふるいたてるもあるが、この公式ルール下においてはあと一枠しか技を選択することができず、限られた手札でどうにか対処しないといけない。

 やっぱりルール無用の野良バトルの方が俺には合っていると思う。非常にやり辛い。

 まあ、それも含めてのジム戦であるのだから、一種の競技と言っても差し支えないだろう。

 

「ジャラランガ、スケイルノイズ!」

 

 炎を纏った素早い動きで二度体当たりを繰り返すと、再度ジャラランガの鱗から不快なノイズが響き渡る。

 

「一旦距離を取れ」

 

 三度目をやめてジャラランガから距離を取り、ノイズ音から逃れた。

 ニトロチャージではやはり削れても微々たるもんか。

 

「DDラリアット」

 

 未だノイズ音が走る中、両腕を広げて高速で回転しながらジャラランガへと突っ込んでいく。

 ………岩とかを飛ばす系の技もある便利そうだな。全部が全部殴り合いの技になると結構接近する手が狭まってくる。

 

「インファイト!」

 

 多少はノイズ音によるダメージを受けていたとしても、ニトロチャージで突っ込むよりかはダメージが少ないはず。これは単なる俺の希望的観測でしかないから何とも言えんが、かと言って最後の技枠を選択してしまうのも時期尚早な気がする。というかどうせなら決め技のブレイズキックにしてやりたい。

 高速で回転するガオガエンに対し、ジャラランガが拳のガトリング攻撃を始めた。

 初手よりも纏うオーラのおかげか威力が桁違いになっており、DDラリアットを以ってしても弾き返せなくなっている。

 

「ガオガエン、そのままアクロバット」

 

 それならと、逆に弾かれることによりその勢いを使って後転していき、踏み込んで空気を蹴り上げた。

 

「ドレインパンチ!」

 

 やはり素早さだけは上回っているようで、ジャラランガが拳を掬い上げている途中で顔面にガオガエンの頭が直撃した。

 さっきとは打って変わってジャラランガが弾き飛ばされ、地面を二度三度とバウンドしていく。

 効果抜群な上にガオガエンには何も持たせていないため、アクロバットの威力は相当なものになっているだろう。

 

「ニトロチャージで詰めろ」

 

 炎を纏い、ジャラランガとの距離を詰める。

 

「ジャラランガ、躱すのじゃ!」

 

 咄嗟に両手脚を使って飛び退いたことで、ガオガエンの体当たりは空を切った。

 だが、ガオガエンは空を切ったことに気付くと地面を蹴り上げ、ジャラランガを逃がさない。

 

「っ!?」

「ブレイズキック」

 

 爺さんもガオガエンが踏み込んできたことに驚きを見せている。

 そのままガオガエンは左脚に炎を纏い、空中でジャラランガの胴を回し蹴りし、地面に叩きつけた。

 

「決めろ、ブレイズキック」

 

 そして着地と同時に地面に炎が広がり、その全てが右脚に集中していく。

 その脚で駆け出したガオガエンは地面を強く蹴り上げ、一度両脚を折り畳むと、起き上がろうとしているジャラランガに一気に右脚を突き刺しにいった。

 接触と同時に右脚から炎が溢れ爆発を起こす。

 ………うん、いい感じにライダーキックのパターンが増えていってるな。

 

「………ジャラランガ、戦闘不能!」

 

 ふぅ、なんか手強かったな。

 やはりあのソウルビートが痛い。しかも爺さんの場合はドレインパンチによる回復もあったため、ソウルビートにより削った体力を攻撃しながら回復してくるという理想的な技の使い方をしてきたから、余計に面倒だった。まあ、この辺がソニアと元チャンピオンの実力の差といったところか。それでもソニアも本人の自覚がないだけでそれなり以上の実力はあるんだがな。

 

「戻れ、ジャラランガ。………こうもあっさりとジャラランガが敗れるとはな。元々高い能力を全て上昇させた上で攻撃しながら回復していく、理想的な技の組み合わせとポテンシャルを兼ね備えたポケモンだったのじゃが………。やはりハチには敵わぬか」

「スピードでどうにか上回れたからでしょ、勝てたのは。それとインファイトで防御力は下がりますし。一応その辺は頭に入れて立ち回ってましたからね」

「そうじゃな。それが出来ない者がジムチャレンジでも苦戦を強いられる。かと言ってポケモンが対応出来るかは別問題じゃ。一年前はまだバトル初心者という感じであったニャビーを、よくここまで育てたものよ」

「そりゃどうも」

 

 やっぱり慣れないな、この素の口調。いや、あの軽い感じも素なんだろうけど、急に変わられると違和感を覚えてしまう。

 

「では、次へと参ろうか。ルガルガン!」

 

 再びルガルガンの登場。

 恐らく最後のポケモンはウーラオスなのだろう。

 ヤドランが体力を削っているとはいえ、いわタイプだからな。タイプ相性ではガオガエンの苦手とするところだ。しかもさっき見せてきたのはアクセルロックとふいうちという素早く動く技だったからな。ガオガエンの素早さが上がっていても簡単に並ばれる、あるいは上回られる可能性がある。

 

「アクセルロック!」

 

 ほらきた。

 

「グ、ガゥッ!?」

 

 咄嗟に躱したガオガエンの左腕にルガルガンの顔が掠めた。

 

「もうかが発動したか」

 

 左腕を押さえるガオガエンが赤いオーラを纏い始める。もうかが発動したようだ。

 ということは体力ももう少なくなってきている証でもある。

 長引かせるのだけは避けないとな。

 

「ルガルガン、ストーンエッジ!」

「DDラリアット」

 

 ルガルガンが前脚で地面を叩き、次々と岩が地面を穿ってくる。

 それを両腕を広げて高速回転し、粉砕していった。

 

「アクセルロック!」

 

 ただ、それは囮だったのだろう。

 ルガルガンが再度急加速してくる。

 

「飛び退け、アクロバット」

 

 間一髪で後ろへくるくると飛び退き、そのまま踏み込んで空気を蹴り上げた。

 

「アイアンテールで迎え撃つのじゃ!」

 

 まあ、一筋縄ではいかないのは分かりきっていたこと。

 ルガルガンの鋼の尻尾によりガオガエンは弾かれてしまった。

 

「アクセルロック!」

 

 すかさず急加速してくるルガルガン。

 狙いは空中で何とかバランスを取る際に背を向けてしまったガオガエンが着地したタイミングだろう。

 

「ガオガエン、ブレイズキック」

 

 だが、ガオガエンはブレイズキックでの回し蹴りを覚えた。さっきも一度使っている。

 だから着地と同時に右脚に炎を纏い、身体を回転させた。

 右脚は丁度ルガルガンの左頬に入り、軌道を逸らすことに成功した。

 

「トドメだ、ブレイズキック」

 

 上げていた右脚で地面を叩きつけると地面に炎が走っていく。

 

「ルガルガン、ストーンエッジ!」

 

 起き上がったルガルガンが再度地面を叩き、岩々を突き出してくる。

 地面に広がった炎を今度は両脚に纏わせたガオガエンは、突き出してくる岩を足場に二段ジャンプで高く飛び上がると両脚を折り畳み、両脚を突き出して急下降していった。

 

「アクセルロック!」

 

 ルガルガンも負けじと急加速し、ガオガエンへと突進していく。

 脚の炎が爆発し黒煙が上がると、その中からお互いに弾き飛ばされてきた。二体とも着地には成功するものの、その場で力尽きてしまいそのまま地面に倒れ伏してしまった。

 

「ガオガエン、ルガルガン、戦闘不能!」

 

 ミツバさんの判定が下された。

 爺も人が悪い。ガオガエンの上がった素早さを活かす場面がなかった。そうなるようにルガルガンがアクセルロックを使いまくっていたのが辛い。

 

「ガオガエン、お疲れさん」

「戻れ、ルガルガン。よくハチのガオガエンを相打ちに持っていった」

 

 ほんとそれな。

 どくびしで毒状態になっているってのに、それをおくびにも見せずに意地と根性だけで粘られてしまった。そこに爺さんの采配が加わればこの結果も頷ける。

 

「………ダンデみたいに派手というわけでもなく、カブさんみたいに熱いわけでもなく、ピオニーのおっさんみたいに単調というわけでもないけど、パワーもスピードも知恵も知識も経験も、何もかもが高水準ってのは分かりましたよ」

「これでも現役の頃に比べたら判断力もバトルの組み立て方も衰えておる。これが今のワシの本気じゃよ」

 

 それでもこのレベルなのだから、現役の頃は相当すごかったのが伺える。

 まあ、タイプ相性的にはガオガエンが不利ではあったし、ジャラランガとのバトルでダメージが蓄積してたしな。そう思うとルガルガンを相打ちに持っていったガオガエンも凄いということにもなる。

 

「ハチ、お主のトレーナーとしての実力は既にチャンピオン並みじゃ。ワシが手取り足取り教えることは元々ない。だからワシは考えたのじゃ。考えて考え抜いた結果、現役の頃に少しでも近づけたワシのバトルを見せることにしたのじゃよ」

 

 爺さんとのバトルは確定事項ではあった。だけど、ずっと先延ばしにされていたのは、バトル内容をどうするか、どのポケモンで挑むか、そもそも自分の実力が足りているのか、とかそんなことを考えていたのだろう。

 ある意味、俺はこの道場の問題児なのかもな。

 あ、でも問題児第一号はダンデってことにしておこう。

 さて、爺さんとの最後のバトルといこうか。

 

「サーナイト、最後よろしく」

「これが最後の手向じゃ。しっかり受け取れぃ! いでよ、ウーラオス!」

 

 やはり最後はウーラオスだったか。

 ただ、ウーラオスは二つの姿があり、ぱっと見区別が付かない。サーナイトとのタイプ相性はどちらもこちらが不利になることはないため、どちらでもいいっちゃいいんだけどな。

 

「すいりゅうれんだ!」

 

 と思いきやさっさと判別させてくれた。

 すいりゅうれんだを使うということはかくとう・みずタイプの連撃の型だ。流れるようなしなやかな動きで攻撃してくるため、技と技の息継ぎが上手い。実際にバトルしたことはないが、ガオガエンを鍛えてくれたのもウーラオスである。

 

「テレポートで躱せ」

 

 ダダダッと迫り来るウーラオスをテレポートで躱す。

 

「マジカルシャイン」

 

 サーナイトはウーラオスの背後に回ると身体から光を迸らせた。

 サーナイトの動きを追っていたウーラオスには突然の光に、目がやられたことだろう。

 それでも咄嗟に距離を取った辺り、危機管理は高そうだ。

 

「ウーラオス、ストーンエッジ!」

 

 ウーラオスが地面を叩き、次々と岩々を地面から突き上げてくる。

 

「躱せ」

「アイアンヘッドじゃ!」

 

 今度はテレポートを使うことなく躱すと、すかさずウーラオスが突っ込んできた。

 

「サイコキネシスで止めろ」

 

 それを超念力で捕らえて動き止める。

 

「押し潰せ」

 

 そしてそのまま地面に叩きつけ、重圧をかけた。

 見えない力に押し潰され、ウーラオスは起き上がれないようだ。

 

「ウーラオス!」

 

 自力では起き上がれないと判断したのか、ボールに戻すことで強制的にその場から離脱させた。

 そして右手のリストバンドからエネルギーが流れ込み、ボールが巨大化していく。

 

「巨大な拳となりて目前の敵を挫け! キョダイマックス!」

 

 再度ボールから出てきたウーラオスは青と白の巨体へと変化していた。

 これがキョダイマックスの姿か。

 

「キョダイレンゲキ!」

 

 水を纏った巨大な右拳が振り下ろされてくる。

 

「テレポート」

 

 それをテレポートでウーラオスの背後へと移動することで躱すと左脚が振り回されてきた。

 

「まだじゃぁ!」

「テレポートだ」

 

 左脚の遠心力を使って右脚でジャンプし、そのまま右脚を大きく振り回してくる。

 当たりはしなかったものの、風圧だけでテレポート後のサーナイトの身体が吹き飛ばされてしまった。

 

「ダイスチル!!」

 

 そこへウーラオスが地面を叩き、巨大な鋼の棘が次々と襲いかかってくる。

 さて、そろそろこっちも使うとするか。

 

「サーナイト、メガシンカ」

 

 俺の持つキーストーンとサーナイトのメガストーンが共鳴し、サーナイトが虹色の光に包まれていく。

 メガシンカエネルギーの拡散に伴い、巨大な鋼の棘を呑み込んでいき、代わりに淡いピンク色の光がフィールドに広がっていった。

 

「………やはり、か。ウーラオス、キョダイレンゲキ!!」

 

 再び巨大な拳が振り下ろされてくる。

 

「サイコキネシスで止めろ」

 

 それを超念力で一時的に止めた。

 

「テレポートだ」

 

 その間にテレポートでウーラオスの背後へと回り込む。

 

「まだまだぁ!」

 

 またしても回し蹴りが飛んできたが、俺もサーナイトも二度目ともなれば読めているので、それもテレポートで躱していく。

 

「もう一丁ぉ!」

 

 そして三撃目がきてもそれは変わらず、ただひらすらに躱していくが、四撃目以降には風圧も増してきた。

 

「サナッ?!」

 

 それには流石のサーナイトも吹き飛ばされてしまった。

 しかし、そこでタイムリミットが訪れてウーラオスは元の姿へと戻っていった。

 ふぅ、ここからは反撃だな。

 

「はぁ、はぁ………ウーラオス、ストーンエッジ!」

 

 元の大きさに戻ってすぐに接近戦は身体が追いつかないと判断したのか、ストーンエッジを挟んできた。

 地面が叩かれ、地面から岩々が迫り来る。

 

「サーナイト、ハイパーボイス」

 

 折角メガシンカして特性がフェアリースキンになったことなので、俺は耳を塞いでハイパーボイスを指示した。

 

「サナァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 塞いでても耳がキンキンしてくる。

 爆音により迫り来る岩々は粉砕され、衝撃波はさらに奥にいるウーラオスを呑み込んだ。

 最初は何とか踏ん張っていたものの、段々と踠き出して片膝を着くまでに至った。

 

「す、すいりゅうれんだじゃ!」

 

 爺さん自身も今ので耳がイカれたのか、声が上擦っている。

 

「マジカルシャイン」

 

 爆音が止むとすぐにウーラオスが両拳に水を纏って駆け出してきた。

 サイコキネシスで止めようかとも思ったが、耳をやったのならば次は目だと考え、マジカルシャインを選択。

 あと一投足というところで光を迸らせ、ウーラオスを包み込んでいく。

 目の前で光を浴びるとは考えていなかったのか、ウーラオスの脚が止まった。

 

「くっ、アクアジェット!」

 

 それでも爺は冷静を保ち、目が見えなくともこの距離なら当たるだろうと判断し、アクアジェットを選択してきた。

 ほんとこういう地味なところで流石だと思わされるわ。

 

「サ、ナ……ッ!」

「ふっ、よく受け止めた。そのままハイパーボイス」

 

 だが、耳をやられ目もやられたウーラオスに本来の力強さはなく、腕をクロスさせたサーナイトによって受け止められた。

 そのままサーナイトはバッ! と腕を広げてウーラオスを弾き、再び爆音の波で爺さんの方へと吹き飛ばしてしまった。

 ドサッ! と地面に落ちたウーラオスはピクリとも動かない。

 

「ウーラオス、戦闘不能! よって、勝者ハチ君!」

 

 その様子を見てミツバさんが判定を下した。

 ふぅ、疲れた。

 やっぱり元チャンピオンの道場主なだけあって一筋縄ではいかなかったな。パワーも経験も組み立て方も他とは段違いで新鮮だったわ。

 

「戻れ、ウーラオス。よくやったのじゃ」

「サーナイト、お疲れさん」

「サナ!」

 

 労いの言葉をかけるとメガシンカを解いて俺に抱きついてくるサーナイト。

 

「ハチ、約束通りお主をジムチャレンジに推薦しよう。マスター道場の師範として胸を張って送り出せる」

「そりゃどうも」

 

 俺は爺さんの話を聞きながらそのままサーナイトの頭を撫でていると、爺さんは何故かミツバさんから新たなボールを受け取っていた。

 

「しかしじゃ。もう一バトル、ワシの余興に付き合ってくれぬか?」

「………はい?」

 

 もう一バトル………?

 どゆこと?

 



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63話

次回からようやくジムチャレンジを始められそうです。


『もう一バトル、ワシの余興に付き合ってくれぬか?』

 

 爺さんのその一声でフルバトルが終わっても何故かもう一バトルだけさせられることになった。

 いや、てか、えっ、七体目ってこと?

 

「………何が目的で?」

「言ったじゃろう? 『本当はルール無用くらいにはしたいが、ハチをジムチャレンジに送り出すための儀式みたいなものだから、公式のルールに則ってやる』と」

「………まあ、言ってましたね」

「今のはそのためのバトルじゃった。だが、ワシは今のバトルでハチの実力を引き出せたとは思っておらぬ。だから、今度はルール無用のバトルをやろうって話じゃよ」

 

 ギラリと光るその瞳には何か企んでいるようなものだった。

 

「つっても七体目っすよ?」

「いるじゃろう? お主にも。七体目と言わずに」

 

 ああ、なるほど。

 狙いはこれか。

 どこの誰から聞いたのだろうか。

 いや、最初から何かいるのは気づいていたか。

 だとしてもそいつらは人前で出せないって理解してたと思うんだがな。

 となるとその後に仲間になった奴か?

 ジャングルの主、ザルード。元々この島にいるのを爺さんは知っていた。なら、その気配も知っていたとしたら、身近にいるのを感じて俺の手持ちにいると推測していてもおかしくはない。

 まあ、何にせよ人前で出すわけにはいかないけどな。

 

「はぁ………分かりましたよ」

 

 だからと言ってこの申し出を断るわけにもいかない。

 それはそれで観戦している門下生たちに、見せられないポケモンを連れていると確信を与えてしまう。

 それならやはりここは伝説のポケモンでもない七体目を出すしかないだろう。

 丁度俺としてもこいつの今の実力を見てみたかったところである。爺さんなら相手として不足ない。

 

「ハチ! 今なお研ぎ澄まされてゆく、ワシの強さに見惚れるなよ! いでよ、ウーラオス!」

「今のお前の実力、俺に見せてくれよ。いくぞ、ジュカイン」

 

 一ヶ月前に再会したジュカインはまだちゃんとバトルをしていない。ジュカインが本気を出せば、今のメンツでは誰も手がつけられなくなる。恐らくサーナイトでも、だ。だからジュカインの今の実力を知るためにも相手を探していたわけなのだが、どうせ一ヶ月先にはジムチャレンジが控えているのだし、本土に行ったらカブさんかピオニーのおっさんとでもバトルしようかな、なんて考えていたところにこの提案である。

 

「ジュカイン………?」

「何すか? 想像してたのと違いました?」

 

 爺さんはジュカインが出てきたことに少なからず驚いていた。

 

「ふははははっ! やはりお主はワシの予想の斜め上に裏切ってくれる! ハチ、そのジュカインはサーナイトより上じゃな?」

「ええ、上ですよ」

 

 こっちとしては爺さんがウーラオスを二体連れていたことに驚きだけどな。

 恐らくさっきのがかくとう・みずタイプの連撃の型だったから、こっちのはかくとう・あくタイプの一撃の型なのだろう。本当に見分けがつかん。

 

「上等じゃ! いくぞ、ウーラオス! ストーンエッジ!」

 

 ご挨拶と言わんばかりに地面を叩き、地面から岩々を突き上げてくる。

 

「ジュカイン、躱してリーフブレード」

 

 これくらいならば余裕で躱せるぞ。

 ひょいひょいと躱したジュカインは素早い動きでウーラオスとの距離を一気に詰めた。

 

「迎え撃て、ウーラオス! ほのおのパンチ!」

 

 右腕の草のブレードを叩きつけると同時に、ウーラオスの炎を纏った拳で受け止められてしまう。

 ジュカインは左脚を軸にくるっと一回転し、今度は左腕の草のブレードでウーラオスを斬りつけた。

 

「ローキック!」

 

 少し立ち位置をスライドされたウーラオスは地面を踏み込み左脚でジュカインの足下に滑り込んでいく。

 

「躱してくさむすび」

 

 それをジャンプで躱し、そのまま後転して距離を取ってから、地面にエネルギーを送りつけた。

 するとウーラオスの足下から蔦が伸び、ウーラオスの身体に絡みついていく。

 

「ッ?! これがくさむすび、じゃと!?」

「連続でグロウパンチ」

 

 両手脚を拘束したところに、ジュカインは開けた距離を一気に詰めて連続で拳を打ち付けた。

 

「ウーラオス、DDラリアットで抜け出すのじゃ!」

 

 身体全体に力を込めて蔦を千切り、高速回転でジュカインの拳を弾き距離を取っていく。

 無防備な状態で威力は低いと言えど効果抜群の技を何度も受ければ、それなりのダメージになっていることだろう。何なら攻撃力が上がる効果もある。威力はそれだけ上乗せされているはずだ。

 

「ストーンエッジ!」

 

 そのまま地面を叩きつけて、地面から岩々を突き上げてきた。

 動きと技の組み合わせは流石と言えよう。

 だが、何度も似たような動きをされると面倒ではある。

 ここはいっそ思いっきりやった方が爺へのインパクトも強くなるであろう。

 

「ハードプラント」

 

 ジュカインが地面を叩き、太い根を次々と掘り起こしてストーンエッジを粉砕していく。

 

「究極技じゃと!?」

 

 それだけではなく、そのままウーラオスを包囲するように太い根が襲いかかっていった。

 

「あんこくきょうだで地面を叩くのじゃ!」

 

 すると激しい衝撃波が生まれ、襲いかかる太い根を弾き飛ばした。中には千切れた根もある。

 

「ベアク!?」

 

 だが、ジュカインの本命はそこではなかったようだ。

 どんなもんだとウーラオスが身体を起こした瞬間に、ウーラオスの足下から太い根が現れ、真上に突き上げた。

 爺さんが究極技を知っていたことには驚きだが、そんな技をフェイントを入れながら使うジュカインは結構ヤバい気がする。

 

「ウーラオス!」

 

 無防備に真上へ突き上げられたウーラオスは爺さんの掛け声にハッとなり、落下する身体の向きを変えて受身を取って地面を転がっていく。

 流石武闘家。

 そういうところでの身体の使い方はやはり上手い。

 

「よもや究極技を覚えているとは………」

「俺としては究極技を知ってることに驚きですがね」

「………チャンピオンを引退してから世界中を旅したのじゃ。それでカントーへ渡った時にどこかの島でそんな話を聞いただけじゃよ」

 

 どこかの島って………。

 あの婆さんがいるのはナナシマの内の2の島だったはず。

 案外、婆さん本人から究極技について聞いたのかもな。習得出来るポケモンを連れていかなかったため、話だけで門前払いされたってところが濃厚か。

 

「なら、こういうのはどうっすか? ジュカイン、かげぶんしん」

 

 拘束からの連続攻撃、究極技ときて、次へ手数で仕掛けてみようと分身を作らせた。

 うん、量がエグい。

 

「………、ウーラオス!」

 

 異様な数の分身に何かを決心した爺さんが、徐にウーラオスをボールに戻した。

 そして腕のリストバンドからエネルギーが送られ、ボールが巨大化していく。

 

「巨大な拳となりて目前の敵を挫け! キョダイマックス!」

 

 投げ出されたウーラオスは先程のとは違い身体は黒かった。あくタイプは黒、みずタイプは青ってことなのだろう。

 

「キョダイイチゲキ!」

 

 そしてすぐに巨大な拳が振り下ろされてくる。

 

「ジュカイン、メガシンカ」

 

 俺は迷わずメガシンカさせることにした。

 

「ジュカァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 俺が持つキーストーンとジュカインのスカーフに付いているメガストーンが共鳴し、全ての分身が虹色の光に包まれ、巨大な拳諸共ウーラオスを呑み込んでいく。

 なるほど、かげぶんしんと合わせることでメガシンカエネルギーを広範囲に広げることも出来るのか。

 これは一つ勉強になったな。

 ただ、まあ………これでもダンデのリザードンの炎をどうにか出来るとは思えないんだよな…………。

 やっぱりあいつらは異常だ。

 

「ものまねでハードプラント、ブラストバーン、ハイドロカノン」

 

 追い討ちをかけるようにものまねで究極技の三位一体攻撃を指示した。しかも分身が数え切れないくらいいるため全方位から三位一体の技が飛んでくるという始末。

 

「な、に………ッ?!」

 

 まあ、もちろん爺さんは驚いているが、本気を出せと言ったのも爺さんだ。

 ものまねに無限の可能性を見出したジュカインを出したんだから、これくらいはしてやらないと。

 

「ウーラオス、ダイウォールじゃ!」

 

 咄嗟に防壁を張られたが…………おかしいな、段々ヒビが入っていってるぞ。

 

「目を潰せ、ものまねでマジカルシャイン」

 

 それでも一応防壁としての役割はしているため、その間にこちらに攻撃を仕掛けてくることも考えられた。なので、ジュカインにウーラオスの巨大な身体を駆け上らせ、目の前で身体から光を迸らせた。

 

「ラァオォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオッッ!?!」

 

 超近距離で、しかも巨大化したことで目もデカくなっているため、受ける光の量はエゲツないものになっただろう。

 

「………ものまねだとしてもじゃ! 何故ワシらが使っていない技ばかり使える?!」

 

 あの爺を以ってしても最早何がなんだか分からなくなっている。

 爺さんの反応に観戦している門下生たちもザワザワとし始めた。

 

「ウーラオス、全てを押し潰すのじゃ! キョダイイチゲキ!」

 

 よく分からない。だが、全て消し去ってしまえば脅威はなくなる、と判断したのだろう。

 

「躱せ」

 

 巨大な拳が地面に叩きつけられ、足下から突き上げられるような強い衝撃が上昇気流のように立ち昇り、次々と分身を消し去っていく。

 ただ、今ので時間切れとなり、ウーラオスが元の大きさへと戻り始めた。

 それを見ながらジュカインは音もなく俺の前に戻ってくる辺り、こっちに飛ばされてからのこの一年、あの森で随分と鍛え上げられたみたいだ。

 三巨頭とは言っても、ゲッコウガもジュカインもリザードンには………というのが正直なところではあったが、ここまでくるとジュカインも負けず劣らずリザードンの域までいっているように感じられる。

 まあ、ゲッコウガも次会うまでにはその域に達してそうだが。

 

「やどりぎのタネマシンガン」

 

 ひとまず、大きさが戻った瞬間にやどりぎのタネのタネマシンガンを打ち付けておいた。

 

「DDラリアットで弾くのじゃ!」

 

 案の定、DDラリアットで弾き飛ばされたものの、地面に飛び散るとタネから芽が伸び蔦となり、ウーラオスを巻き上げていく。

 

「ラ、ラァ? アグゥ!?」

「宿木?! ッ、そういうことじゃったか!」

「ハードプラント」

 

 気付いたところに申し訳ないが、この絶好の機会を逃す手はない。

 ジュカインは地面を叩きつけて太い根をウーラオスに向けて走らせた。

 

「まもる!」

 

 しかし、寸でのところでドーム型の防壁によって弾かれてしまった。

 

「今の内にほのおのパンチで焼き尽くすのじゃ!」

 

 その防壁の中ではウーラオスが拳から炎を蔦に走らせ、身体に絡みついた蔦を焼き切っていく。

 

「リーフストーム」

 

 防壁を壊すために尻尾を切り離して、鋭利の効いた先を回転させながらウーラオスへと飛ばした。

 

「尻尾が千切れるじゃと?!」

 

 パリン! という音と共に防壁は壊され、ウーラオスは上半身を後ろに晒して何とかジュカインの尻尾を躱す。

 

「シザークロス」

「ベアク!?」

 

 丁度後ろに晒したことで上空からジュカインが降ってくるのが見えたのだろう。

 

「上じゃ! あんこくきょうだ!」

 

 上半身を起こす勢いを利用して、黒い拳がジュカインの身体を受け止めた。

 それどころか弾き返してしまったのだから、あれを無防備に食らったが最後一発で気を失うレベルだろう。

 流石一撃の型。ハードプラントの太い根も衝撃波でぶった斬られてたからな。

 

「今の内にビルドアップ!」

「かげぶんしん」

 

 ジュカインとの距離が離れた内にウーラオスは攻撃力と防御力を高めていく。

 こちらも着地と同時に分身体を増やしていき、ウーラオスを取り囲んだ。

 

「ものまねで三位一体攻撃」

 

 そして三種の究極技で四方からウーラオスを狙い撃ちにしていく。

 

「地面に連続であんこくきょうだじゃ!」

 

 そのウーラオスは両拳を何度も地面に叩きつけ、凄まじい衝撃波は生み出し、三位一体の攻撃を食い止め始めた。

 あれ、ひょっともすると衝撃波で相殺されちゃうんじゃないか?

 ジュカインと視線を交わすと、大ジャンプしてウーラオスの真上へと移動した。衝撃波を生み出してるのが両拳だから、ウーラオスの真上が一番影響少なそうなんだよな。

 

「それ全部囮っすよ。ジュカイン、でんこうせっか」

 

 そのまま一気に落下していき、ウーラオスの背中にダイブしていく。

 衝撃波が弱まり、究極技にウーラオスは呑まれていった。

 もちろんジュカインはギリギリのタイミングで抜け出して、俺の前に戻ってきているがな。

 恐ろしい身のこなしだわ。

 

「………ウーラオス戦闘不能! よってこの勝負の勝者もハチ君!」

 

 ふぅ………。

 余興とは言っていたが、普通に強かったと思う。

 ジュカインだからこんなに余裕で戦えていたが、これがガオガエンたちだったら負けていただろう。それくらいあの黒い拳の一撃は半端ない。

 

「…………参った。まさかこれ程とは…………分身体が皆違う動きをしたり、ものまねでこちらが使っていない技を使ってきたり、剰え究極技を三つとも使ってくるなぞ、ワシの想像を遥かに超えるバトルじゃった…………」

「そりゃどうも。俺も師匠のおかげでダイマックスにはかげぶんしんで全方位囲めば何とかなりそうなのが分かりましたよ」

「それが出来るのはお主だけじゃよ………」

 

 あと目を狙うのも手だということもね。

 

「さて、ものまねの種明かしをしてもらおうかな」

 

 うおっ!?

 急にいつもの調子に戻るなよ!

 変わり身早くて心臓に悪いっつの。

 

「………聞きます?」

「ワシちゃんちょー聞きたい。みんなもちょー期待してるよん? ほら」

 

 促されて道場の方を見やると門下生たちがキラキラした目でこっちを見ていた。

 

「俺のジュカインはくさタイプの技を自分が覚えられるものはコンプリートしちゃったんすよ。んで、ものまねを習得してからはあらゆるくさタイプの技を、とか言ってる間にものまねの可能性を見出しましてね。くさタイプの技をコンプリートするだけの記憶力を活かせば、ものまねであらゆる技を再現出来るのではないかと。ただそれだけです」

「「「「……………………」」」」

 

 あー、やっぱりか。

 皆絶句してやがるわ。

 そりゃそうだろうよ。

 

「はっちん、ジムチャレンジ頑張ってねん」

 

 あ、これもう聞かなかったことにしてるな。

 爺ですらお手上げかよ………。

 こうして俺の卒業試験的なものは終わった。

 

 

 

   *   *   *

 

 

 

 それから一週間程の後、とうとうジムチャレンジ開催当日がやってきた。

 見送りには爺さんとミツバさん、それに門下生たちが集まっている。

 

「はいこれ、この前ワシちゃんの余興に付き合ってくれたお礼のプレゼントだよん」

「………なにこれ」

 

 最後に手渡されたのは何かの布………?

 広げてみるとガオガエンの顔をそのままマスクしたものだった。

 肌触りは悪くない。

 

「ガオちんになりきれるマスクを作ってみたのよ。ジムチャレンジに推薦するとはいえ、はっちんは人前に立つの苦手でしょ? だからこれを被れば顔を見られなくて済むよん」

「いや、これはこれで超目立つでしょ………」

「はっちんの実力なら遅かれ早かれ目立つのは当然。なら、目立ち方を考えた方がいいってわけよ」

 

 なるほど…………?

 いやでも目立つのには変わらないし…………。

 というか目立っちゃダメじゃね? 今の俺って………。

 まあでも、推薦者が推薦者だからな。バトルする前から目立つ可能性は大いにある。

 

「………ソニアの時のようにはならないように?」

 

 全く一緒というわけではないが、バックに有名人がいる。それだけで目立ってしまうのはソニアの件で大人たちも学習したのだろう。

 これは多分俺への気遣いなのかもしれない。

 

「………ワシちゃんのせいではっちんに危険な目に遭ってほしくはないからね。マグノリアちんもそれで後悔してたのよ………」

 

 当人は自覚してるのかは分からないが、それもあって孫からコンプレックスを抱かれているんだしな。ついでにあのバトルバカも。

 

「んじゃ、有り難く使わせてもらいますよ。でも知りませんよ? こんなの付けて出てルール違反とかになったら」

「それは大丈夫だよん。推薦書にちゃんと書いておいたから」

「マジかよ。抜かりねぇな、この爺さん」

 

 でもこれで運営側はどうにかなるだろう。

 あとは他のチャレンジャーないし観客か。

 どういう反応になるのやら………。

 

「ハチ君、頑張ってね! 応援してるから! いってらっしゃい!」

「はっちん、頑張ってねん。いってらっしゃい」

「「「ハチさん、頑張ってーっ!」」」

「うす、行ってきます」

 

 鎧島に来て早一年。

 特に待っていたわけではないが、ようやく俺のジムチャレンジが始まりを告げた。

 



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行間

〜手持ちポケモン紹介〜(63話現在)

 

 

ヒキガヤハチマン 持ち物:キーストーン、Zパワーリングetc………

・サーナイト(ラルトス→キルリア→サーナイト) ♀

 持ち物:サーナイトナイト

 特性:シンクロ

 覚えてる技:リフレクター、ねんりき、まもる、テレポート、マジカルリーフ、シャドーボール、マジカルシャイン、トリックルーム、シンクロノイズ、サイコキネシス、いのちのしずく、しんぴのまもり、ムーンフォース、サイコショック、さいみんじゅつ、ゆめくい、あくむ、かなしばり、かげぶんしん、ちょうはつ、サイケこうせん、みらいよち、めいそう、でんげきは、チャージビーム、10まんボルト、でんじは、こごえるかぜ、シグナルビーム、くさむすび、エナジーボール、のしかかり、きあいだま、かみなりパンチ、ミストフィールド、スピードスター、かげうち、おにび、ハイパーボイス

 Z技:スパーキングギガボルト、マキシマムサイブレイカー、全力無双激烈拳

 

・ガオガエン(ニャビー→ニャヒート→ガオガエン) ♂

 特性:もうか

 覚えてる技:ひのこ、アクロバット、ほのおのうず、とんぼがえり、かげぶんしん、ニトロチャージ、きゅうけつ、にどげり、かみつく、おにび、ほのおのキバ、ふるいたてる、オーバーヒート、フレアドライブ、DDラリアット、じごくづき、かえんほうしゃ、ブレイズキック、けたぐり、インファイト

 

・ウルガモス

 覚えてる技:ぼうふう、ソーラービーム、ほのおのまい、ねっぷう、むしのさざめき、にほんばれ、ちょうのまい、サイコキネシス、いかりのこな、おにび、とんぼがえり、きりばらい、あさのひざし、いとをはく

 

・ヤドラン(ガラルの姿)(ヤドンG→ヤドランG) ♂

 持ち物:かいがらのすず

 特性:クイックドロウ

 覚えてる技:シェルアームズ、みずのはどう、ねんりき、ずつき、シェルブレード、あくび、ドわすれ、なみのり、サイコキネシス、かえんほうしゃ、じならし、マッドショット、ねっとう、ひかりのかべ、トリックルーム

 

・キングドラ ♀

 特性:すいすい

 覚えてる技:うずしお、たつまき、なみのり、かなしばり、あわ、バブルこうせん、みずでっぽう、ねっとう、ダイビング、クイックターン、りゅうのいぶき、りゅうのはどう、えんまく、あまごい、かげぶんしん、ぼうふう、ラスターカノン、ハイドロポンプ、げきりん

 

・ドラミドロ(クズモー→ドラミドロ)

 持ち物:しめった岩

 覚えてる技:ようかいえき、あわ、みずでっぽう、たいあたり、だましうち、えんまく、みずのはどう、ポイズンテール、クイックターン、りゅうのはどう、どくびし、あまごい

 

ガラル控え

・ジュカイン(キモリ→ジュプトル→ジュカイン) ♂

 持ち物:ジュカインナイト

 特性:しんりょく←→ひらいしん

 覚えてる技:でんこうせっか、リーフストーム、リーフブレード、ドラゴンクロー、タネマシンガン、ギガドレイン、かみなりパンチ、スピードスター、くさむすび、ソーラービーム、エナジーボール、シザークロス、くさのちかい、マジカルリーフ、タネばくだん、こうそくいどう、つめとぎ、いやなおと、こうごうせい、くさぶえ、やどりぎのタネ、グラスフィールド、なやみのタネ、ハードプラント、つばめがえし、ものまね、みがわり、じならし、アイアンテール、けたぐり、つじぎり、グロウパンチ、まもる、ぶんまわす、あなをほる

 

・ウツロイド

 覚えてる技:ようかいえき、マジカルシャイン、はたきおとす、10まんボルト、サイコキネシス、ミラーコート、アシッドボム、クリアスモッグ、ベノムショック、ベノムトラップ、クロスポイズン、どくづき、サイコショック、パワージェム、アイアンヘッド、くさむすび、でんじは、まきつく、からみつく、しめつける、ぶんまわす、かみなり、どくどく、がんせきふうじ

 Z技:アシッドポイズンデリート、ワールズエンドフォール

 憑依技:ハチマンパンチ、ハチマンキック、ハチマンヘッド

 

・ダークライ

 特性:ナイトメア

 覚えてる技:ダークホール(ブラックホール)、おにび、ゆめくい、あくのはどう、かげぶんしん、ふいうち、さいみんじゅつ、あくむ、かなしばり、ちょうはつ、でんじは、でんげきは、チャージビーム、10まんボルト、サイコキネシス、きあいだま、でんこうせっか、シャドークロー、だましうち、かわらわり、まもる

 

・クレセリア ♀

 特性:ふゆう

 覚えてる技:サイコキネシス、みらいよち、チャージビーム、くさむすび、シグナルビーム、ムーンフォース、サイコシフト、みかづきのまい、てだすけ、つきのひかり、サイコショック、さいみんじゅつ、サイケこうせん、めいそう、でんじは、こごえるかぜ、エナジーボール、のしかかり

 

・ザルード

 覚えてる技:つるのムチ、ドレインパンチ、くさむすび、けたぐり、アームハンマー、がんせきふうじ、パワーウィップ、ソーラーブレード、インファイト

 

カロス控え

・リザードン(ヒトカゲ→リザード→リザードン) ♂

 特性:もうか

 覚えてる技:かえんほうしゃ、メタルクロー、かみつく、おにび、えんまく、はがねのつばさ、かみなりパンチ、ドラゴンクロー、シャドークロー、つばめがえし、りゅうのまい、かみくだく、カウンター、じしん、フレアドライブ、ブラストバーン、げきりん、じわれ、だいもんじ、ソーラービーム、リフレクター、はらだいこ、ぼうふう、ねっぷう、あなをほる、れんごく、かげぶんしん、ブレイズキック

 飛行術

 ・ハイヨーヨー:上昇から下降

 ・ローヨーヨー:下降から上昇

 ・トルネード:高速回転

 ・エアキックターン:空中でターン

 ・スイシーダ:地面に叩きつける

 ・シザーズ:左右に移動して撹乱

 ・ソニックブースト:ゼロからトップに急加速

 ・コブラ:急停止・急加速

 ・ブラスターロール:翻って背後を取る

 ・グリーンスリーブス:連続で攻撃して空中に釣り上げる

 ・デルタフォース:空中で大きな三角形を描くように連続攻撃

 ・ペンタグラムフォース:空中で五芒星を描くように連続攻撃

 ・バードゲージ:スピードを活かして相手の動きをコントロールしていく

 ・スモール・パッケージ・ホールド:背面飛行で相手の下を飛行する

 

・ゲッコウガ(ケロマツ→ゲコガシラ→ゲッコウガ) ♂

 特性:きずなへんげ(へんげんじざい→きずなへんげ)

 覚えてる技:みずのはどう、あなをほる、かげぶんしん、れいとうパンチ、れいとうビーム、つばめがえし、ハイドロポンプ、くさむすび、グロウパンチ、えんまく、がんせきふうじ、いわなだれ、まもる、かげうち、みずしゅりけん、どろぼう、つじぎり、ハイドロカノン、めざめるパワー(炎)、とんぼがえり、とびはねる、ほごしょく、けたぐり、ぶんまわす、あくのはどう、どろあそび、ふぶき、たたみがえし、ダストシュート

 

・ヘルガー ♂

 持ち物:ヘルガナイト

 特性:もらいび←→サンパワー

 覚えてる技:かみつく、ほのおのキバ、ふいうち、おにび、かえんほうしゃ、かみくだく、れんごく、ほえる、はかいこうせん、アイアンテール、あくのはどう、みちづれ、だいもんじ、ハイパーボイス、ヘドロばくだん、ちょうはつ、ほのおのうず、まもる

 

・ボスゴドラ ♂

 持ち物:ボスゴドラナイト

 特性:がんじょう

 覚えてる技:ロックブラスト、あなをほる、なげつける、メタルクロー、アイアンヘッド、アイアンテール、てっぺき、メタルバースト、ボディパージ、ヘビーボンバー、ロックカット、ほのおのパンチ、もろはのずつき、ラスターカノン、ドラゴンダイブ、でんじふゆう、だいちのちから、カウンター、ばかぢから

 

 

マスタード 持ち物:ダイマックスバンド

・ウーラオス(一撃の型)

 覚えてる技:ストーンエッジ、ほのおのパンチ、ローキック、DDラリアット、あんこくきょうだ、まもる、ビルドアップ

 

控え

・ウーラオス(連撃の型)

 覚えてる技:ストーンエッジ、すいりゅうれんだ、アイアンヘッド、アクアジェット

 

・アーマーガア

 覚えてる技:はがねのつばさ、しっぺがえし、ぼうふう、ブレイブバード

 

・コジョンド

 覚えてる技:とびひざげり、インファイト、きあいパンチ、ねこだまし、はっけい、ストーンエッジ

 

・ルガルガン(真昼の姿)

 覚えてる技:ストーンエッジ、アクセルロック、ふいうち、アイアンテール

 

・レントラー

 覚えてる技:かみなり、でんこうせっか、じゃれつく、ワイルドボルト

 

・ジャラランガ

 覚えてる技:インファイト、スケイルノイズ、ドレインパンチ、ソウルビート

 

 

カブ 持ち物:キーストーン

・マルヤクデ

 覚えてる技:ねっさのだいち

 

・バシャーモ

 持ち物:バシャーモナイト

 特性:???←→かそく

 覚えてる技:スカイアッパー、インファイト、フレアドライブ、ブレイズキック、ストーンエッジ、ニトロチャージ、いわなだれ、かわらわり、かえんほうしゃ、ビルドアップ

 

 

ピオニー 持ち物:ダイマックスバンド

・ダイオウドウ

 覚えてる技:10まんばりき、ヘビィボンバー、ストーンエッジ、いわなだれ、じならし、がんせきふうじ

 

・ボスゴドラ

 覚えてる技:いわなだれ、ストーンエッジ、じしん、れいとうビーム、かみなりパンチ、じごくづき、がんせきふうじ、あなをほる、ラスターカノン、アイアンテール、アイアンヘッド、メタルバースト、かげぶんしん、ハイドロポンプ、だいちのちから、もろはのずつき、きしかいせい、ほえる、ボディパージ、てっぺき

 

・ハッサム

 特性:テクニシャン

 覚えてる技:エアスラッシュ、バレットパンチ、はかいこうせん、あまごい、すなあらし、でんこうせっか、ダブルウイング、こうそくいどう

 

・ドータクン

 覚えてる技:チャージビーム、みらいよち、ジャイロボール、メテオビーム、ボディプレス

 

・ニャイキング

 覚えてる技:ねこだまし、きりさく、じごくづき、あなをほる、なげつける、シャドークロー、メタルバースト、タネばくだん、いやなおと、わるだくみ、バトンタッチ

 

・エアームド

 覚えてる技:ブレイブバード、エアスラッシュ、いわなだれ、ドリルくちばし、ステルスロック

 

 

ミツバ 持ち物:ダイマックスバンド

・エンニュート ♀

 特性:ふしょく

 覚えてる技:おにび、ほのおのムチ、りゅうのはどう、かえんほうしゃ、どくどく

 

・エルレイド ♂

 覚えてる技:サイコカッター、ドレインパンチ、インファイト、スキルスワップ

 

・ヒヒダルマ(ガラルの姿)

 特性:ごりむちゅう

 覚えてる技:つららおとし、フリーズドライ、ストーンエッジ

 

・トゲキッス

 覚えてる技:エアスラッシュ、しんそく、はどうだん、ひかりのかべ

 

 

ルリナ

・カマスジョー

 覚えてる技:じこくづき、すてみタックル

 

 

ソニア 持ち物:ダイマックスバンド

・ストリンダー(ハイの姿)

 覚えてる技:ヘドロばくだん、ベノムショック、かみなり、ほうでん、どくづき、ばくおんぱ、オーバードライブ、ギアチェンジ、まもる、エレキフィールド

 

・エレザード

 特性:すながくれ

 覚えてる技:りゅうのはどう、なみのり、エレキボール、10まんボルト、でんこうせっか、じならし、ライジングボルト、こうそくいどう、エレキフィールド

 

・サダイジャ

 特性:すなはき

 覚えてる技:ドリルライナー、じならし、じしん、てっぺき、とぐろをまく、ねごと

 

・ジャラランガ

 特性:ぼうじん

 覚えてる技:ドラゴンクロー、スケイルノイズ、かみなりパンチ、ハイパーボイス、アイアンテール、すなあらし、ソウルビート

 

・エモンガ

 特性:せいでんき

 覚えてる技:10まんボルト、エアスラッシュ、ライジングボルト、ほうでん、こうそくいどう、バトンタッチ、あまごい

 

・ラグラージ

 特性:げきりゅう

 覚えてる技:10まんばりき、なみのり、アクアブレイク、いわなだれ、ストーンエッジ

 

控え

・ワンパチ

 

・ニョロトノ

 

・ライボルト

 



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64話

 アーマーガアタクシーに揺られて到着したのはエンジンシティ。

 北西にあるポケモンセンターで降ろされた俺は、タクシーのおっちゃんに言われるがままに東へと向かった。

 街の南側はここよりも高低が低いようで一望出来る。

 街の中でこんだけ高低差があるっていうのも大変だな。断層とかでもあったりするのかね。

 人の流れに沿って少し歩けば人集りが急に増えてきた。

 聞こえてくる会話から、どうやらジムチャレンジの観戦者が多いらしい。

 まあ、ガラルの一大行事だからな。人も集まれば金も動く。そりゃこんだけ騒がしくもなるわ。

 人の多さに辟易しながらジムに入れば、中は中で人でごった返していた。カロスでのポケモンリーグ大会を想起させるな。あれがジムバッジ集めの段階から始まるってことだろ?

 

「………出るのやめようかな」

 

 なんて思いながら受付に辿り着くと、選手受付の方はガラ空きだった。

 皆もう済ませているのか、単にタイミングがよかっただけなのか。

 どちらにせよ、並ばずに済むというのはありがたい。

 

「あの………ジムチャレンジ参加希望です」

「いらっしゃいませー! 推薦書はお持ちですかー?」

「あっと、……これでいいっすかね」

 

 なんかやたら明るいお姉さんに爺さんからもらった紙切れを渡す。

 

「はい、ありがとうごさいまーす。確認させてもらいますねー」

 

 パソコンに俺の情報が登録されていく。

 

「名前は、ハチさん。推薦者は………マスタード………マスタードさん?!」

「声、でけぇ……」

 

 やはり爺さんの名前が出た瞬間に驚かれてしまった。

 人が多く騒がしいのが功を奏したのか、誰も振り向いてくることはない。

 

「あ、すみませーん。えっと、これ本物………」

「一応……本人からもらいましたし………」

「そ、そーですよねー………マジか………レジェンドが選手を送り込んでくるなんて………」

 

 あのー、めちゃくちゃ声に出てますよー?

 まあ、でも。こうなることは予想の範囲内だ。今はまだいい。受付嬢だけが知り得るところだからな。

 開会式で個々の紹介があるのかは分からないが、少なくともバトルが始まれば、途端に広まってしまうだろう。

 今から考えるだけでも恐ろしいわ。

 

「背番号はどうなさいますかー?」

「背番号?」

「はい、ジムチャレンジ用のユニフォームの背中に三桁の好きな番号を載せることができるんです。一応、選手を見分けるためのものともなっていますので、全員に何かしらの番号を選んでもらってまして」

「一桁とかできないんすか?」

 

 急に番号とか言われてもな………。

 名前被せで8しか思いつかないんだけど。

 

「できますよ。一応、トレーナー名、トレーナーIDと紐付けされて管理されるため他の選手と被ることに影響はありません。ただ、他の選手と被る確率はぐっと高くなりますが………」

 

 いけるのか。

 ただ被る確率は高くなると。

 まあ、どちらにせよ番号に先着順がない時点で被る可能性はある。そこに問題がないというのなら、これといった数字も思いつかないし『8』でいいんじゃね?

 

「なら8で」

「はーい、8番ですねー。ユニフォームのサイズはいかがされますか?」

「Lサイズで」

「では、Lサイズのユニフォームに8と印字しますねー。しばらくお時間いただきますので、少々お待ちくださーい」

 

 そう言って右手で「はよそこから退け」と促される。

 はいはい、人多くて忙しいもんね。ごめんね、手を煩わせちゃって。

 そのまま俺は受付横の壁に凭れ掛かり、ロビーを見渡した。

 どうやら観客の方は隣に三つも窓口を用意しているようで、それでも長蛇の列が出来上がっている。受付を終えた者から階段の方へと流れていき、中にはお子様連れのママ友集団もいた。こんな朝早くから子供たちも元気だな。

 

「今年こそ、絶対にキバナさんまでたどり着く!」

「その前にカブさんを突破しなきゃだろー?」

 

 ふと聞こえた会話の中にカブさんが出てきた。

 どうやら男子二人は去年も出ているらしい。それでもカブさんに負けたのか辛勝だったのか、キバナにまでは辿り着いていないようだ。それだけガラルのジムリーダーはレベルが高いという証左なのだろうが、実際にはどれくらいの強さなのか楽しみである。

 

「ハチさーん、お待たせしましたー。ユニフォームが出来上がりましたよー」

 

 なんて考えていたら呼び出された。

 意外と早いな。

 そんなすぐ出来るものなのか。

 

「一時間後に開会式が始まりますので、奥の更衣室で着替えてお待ちくださーい」

 

 白いユニフォームとトレーナーカードを受け取り、そのまま奥へと案内された。長い廊下を右に折れ、辿り着いたのは男子控え室と書かれた部屋。

 中に入ると既に人がいた。参加者だと思われる白いユニフォームに身を包み、談笑している者、緊張して顔色が悪い者、戦術を確認している者、いろんなタイプがいる。

 

「ロッカー脇から隣にもいけますのでー」

 

 それだけ言ってそそくさと案内係は去っていった。

 隣いくか。

 ずらりと並ぶロッカーの壁を抜け隣の部屋にいくと、こちらは打って変わって静まり返っていた。

 ただ、どこかしら緊張感が漂っている。

 

「………おや? もしやハチさんでは?」

 

 するとこの中に俺を知る人物がいるようだ。

 

「お、おう………ああ、マクワ……つったっけ?」

 

 いつぞやのグラサン太っちょボーイではないか。

 えっ、なに? こいつも参加すんの?

 

「はい、お久しぶりです。ハチさんも出場されるのですね」

「ああ、まあな。ダンデとの約束でもあるし」

「ということは推薦者はチャンピオン?」

「いや、元チャンピオンの方だ」

「…………はっ?!」

 

 マクワの反応が一瞬遅れたような気がする。

 気のせいか?

 

「推薦者は師匠だよ。多分、その内紹介はされるだろうって言ってたし、そうなると騒がれるのは目に見えてるからあんまり広めないでくれよ」

「え、ええ………それはまあ僕も予想が付きますね。僕もジムリーダーの息子ですので………」

「あー、母ちゃんがジムリーダーなんだっけ?」

 

 そういえばそんなことを言っていたような気もしなくもない。

 

「はい、以前もジムチャレンジには参加してるのですが、ちょっと母と喧嘩中でして。売り言葉に買い言葉で、つい僕の実力を見せてやるからもう一度推薦してくれって言ってしまいましてね」

「ふーん」

 

 ふーん、としか言いようがない。他所様のご家庭のことにいちいち口出しなんてしたくもないし、変に巻き込まれるのも勘弁だ。

 

「………なんだよ」

 

 何故かこっちをじっと見てくるマクワ。

 

「………流石に今回はハチさん自身がバトルしたりはしないですよね?」

「しねぇよ。アレは俺の実力をお前に見せつけるためだけの、謂わばパフォーマンスでしかない」

 

 そんなことをしたら目立つ以前の問題だろうが。下手したら怪しい研究機関に目を付けられたり、Rがトレードマークの組織のようなところに狙われる可能性だってある。

 

「………なあ、俺の思い過ごしかもしれないが、何かこの空間………空気感というか、妙に緊張が走ってねぇか?」

「ああ、それは恐らくあの人のせいかと………」

 

 マクワに促された方を見て俺は絶句した。

 

「………………」

 

 ……………何故いるんだよ、お前。

 ここは選手の控え室だろうが。

 お前は別の控え室があるはずだろ。

 お前のせいでみんなめちゃくちゃ緊張してるじゃねぇか。初の大舞台に立とうって子供もいるんだろ?

 それをお前が邪魔してどうするんだよ!

 

「お前、声掛けねぇの?」

「いや、流石に………。母は長年ジムリーダーをしていて気心の知れた仲でしょうが、僕は母の名代で何度かお話した程度なので………」

「まあ、そりゃそうか」

 

 さて、どうする?

 マクワでも無理となると………このまま俺も困惑する側になっておくか?

 声を掛けたら目立つのは確実だし。

 けど、今頃スタッフたちが大慌てでこいつを探しているだろうし。

 つか、マジで何でこいつがここにいるんだよ。

 

「はぁ、仕方ない。放っておいても邪魔なだけだし」

 

 かと言ってそのまま声を掛けたんじゃ顔を覚えられてしまう。

 なので、早速爺さんからもらったガオガエンの覆面をリュックから出して、帽子を外しそれを被る。なるべく周りから顔は見られないようにして、だぞ。

 横で「何してんだ、この人………」って視線が飛んできているが、知ったこっちゃない。

 

「お前、何やってんの?」

 

 そしてそのままそいつの前に立って声を掛けた。

 

「ん? おお、その声はハチか? 久しぶりだな」

「久しぶりだな、じゃねぇよ。ここで何してんだ、って聞いてるんだよ」

「えっ? 普通に開会式が始まるまで控え室で待機してるのだが?」

「どこの世界にチャンピオンとチャレンジャーが同じ控え室になる大会があるんだよ。ジムリーダーでもねぇよ」

「やはりそうか。今年は大部屋になったのかと思っていたのだが………」

 

 こいつバカか?

 いやバカか。

 いくら方向音痴とはいえ、ここじゃないことくらいは想像つくだろうが。

 

「ならオレの部屋はどこだ?」

「いや知らねぇよ。知るわけないだろ」

 

 真顔で俺に聞くなよ。

 何でお前の控え室をいちいち俺が把握してなきゃならんのだ。

 

「とにかく、お前がここにいたら他の奴らが萎縮するだろうが。さっさと出てけ」

「と言われてもだな」

「分かった分かった、取り敢えずフロント行くぞ」

「あ、ああ」

 

 ダンデを立たせて隣の部屋へと戻り、更衣室を後にする。

 途中ギョッとした視線を浴びたのは言うまでもない。

 ああ、ジムチャレンジが始まる前からこうなるのか………とほほ。

 

「よし、いこうか!」

「………待て、フロントはこっちだぞ」

 

 早速廊下を逆方向に進もうとしやがった。

 俺、絶対こいつとは旅したくないわ。というか一緒に出かけたくもない。毎度この調子でいられたらマジでグーで殴ってると思う。

 

「方向音痴にも程があるだろ………」

「どこへ向かうかは自分次第なんだぞ」

「ああ、そうだな。だから迷子になってるんだろうが」

 

 いい事言った! みたいにフンスと鼻を鳴らすが、そういうのならしっかりしてくれよ。

 ソニアってこんなのを連れてよくジムチャレンジに参加出来たな。マジで尊敬するわ。今度何か奢ってやろう。

 

「あ、いた。ダンデ、アンタどこにいたのさ」

 

 ロビーへの出口手前で白いもふもふのコートを着た女性にダンデが呼び止められた。

 

「メロンさん………控え室にいたんだが、どうやらチャレンジャーたちの控え室だったみたいだ」

「はぁ、一瞬ポケモンに拉致られたのかと思ったよ」

 

 メロンさん? とやらは俺を凝視すると深い溜息を吐いた。

 

「で、そっちのアンタはどうしてそんな格好をしてるんだい?」

「っ、顔を見られたくないからですけど?」

 

 急に話しかけないで。

 こっちにくるとは思わないだろ。

 平静を装ったが、ちょっと心臓がうるさい。

 

「確かに規約には仮面を付けてはいけない、なんてことは書かれてないからね。けど、結構怪しいよ?」

「自覚はありますよ。けど、一応推薦状もあることだし、身元は保証されてるかと」

「そうだね、逆に怪しい人物を送り込んできた推薦者の責任になりかねないしね。でもそれはそれで目立って恥ずかしいんじゃない?」

「これはあれっすよ。最早別人になりきってる、的な? 素顔が見られてない分、まだ平気っすよ」

「そうかい、まあルール違反じゃないんだ。アタシのところにまで来るのを楽しみにしとくよ」

 

 とは言われても何番目なのだろうか。

 まあ、何番目でも出会うことにはなると思うけど。

 

「ハチさん!」

 

 すると背後から俺を呼ぶ声が聞こえてきた。

 

「おや? マクワ、どうしたんだい?」

「母さん………、ただハチさんを呼びに来ただけです」

 

 声でマクワなのは分かったが………えっ? 母さん?

 

「そうかい。まずはアタシのところに辿り着くまでに負けるんじゃないよ?」

「当たり前じゃないですか。母さんを倒してセミファイナルのトーナメントに出る。そしてファイナルトーナメントも優勝して、ダンデさん! あなたに勝ちます!」

「オレは誰が相手でも全力でぶつかるまでだぜ!」

 

 急に宣戦布告されても驚きもせず全力で応えるとは。多分話の意図は理解してないと思う。

 

「ハチ、だったかい?」

「うす」

「息子と知り合いだったのかい?」

「まあ………ちょっとありまして」

 

 マクワの母親となると途端にやり辛いな。

 俺の実力を分からせるために結構手荒なことをした自覚はあるし。

 

「そういえば鎧島に修行に行かせた時に、そんな名前が出てきた気がするんだけど………」

 

 そう言ってチラッとマクワの方を見ると、マクワは顔を逸らした。

 おい、そんな反応したらバレるだろうが。

 

「やっぱりそうなんだね」

 

 ほら。

 これ、アレだろ?

 息子に何やってくれてんだとか説教されるパターンだろ?

 どうしてくれんだよ。

 

「なるほどなるほど。こりゃ益々楽しみだねぇ」

 

 …………あれ?

 なんか思ってた反応と違う。

 てっきりマクワが鎧島に危険なトレーナーがいるとか報告してると思ってたんだが…………。

 でも確かにそんな印象を持っていたら控え室で声を掛けたりはしない、か………?

 じゃあ、なんて母ちゃんに話してあるんだ?

 変な誤解されてないか心配になってくるんだけど。

 

「というかアンタも知り合いなんだね」

「ハチには一度コテンパンにされてますからね! 次こそは勝つ!」

 

 おいコラ、何堂々と言っちゃいけないこと言ってるんだよ。

 

「おいバカ。そういうのは言わなくていいんだよ。無敗のチャンピオンなんだろうが」

「公式戦での話だ。非公式戦でなら負けたこともないこともない」

「それはない奴のセリフだ」

 

 こんな会話が世間に知られたら、俺はもうガラルにいられなくなるな。

 うん、よし!

 これからはダンデを見かけたら知らないフリをしよう。下手にこいつが口を開けば、危うい単語が出てきかねない。そうなると俺の身の安全の保証かまなくなってしまう。

 

「鎧島………ダンデに勝てる凄腕のトレーナー…………アンタ、もしかしてダイマックス多発事件の時の助っ人かい?」

 

 あったな、そんな事件も。

 あれからもう半年も経つのか。

 

「ああ、オレが引っ張ってきた男だ!」

 

 おい、だから余計なことは言うなって。

 どんどん俺の印象がダンデ並みのトレーナーになっていくだろうが。

 

「ダンデ、アンタのチャンピオンの座、今年は危ういんじゃない?」

「望むところだ! ハチの強さは重々理解しているからな! メロンさんもハチ相手には苦戦を強いられますよ!」

「へぇ、そんなにかい?」

「ええ、そんなにです」

 

 ニヤリと不敵な笑みを浮かべるチャンピオンとジムリーダー。

 

「………二人とも絶対アタシのところにまで辿り着くんだよ!」

「う、うす」

「当たり前です!」

 

 この人も大概だな。

 ダンデ並みのトレーナーの印象を持っただろうに、実に楽しそうな不敵な笑みだった。

 カブさんといい、ピオニーのおっさんといい、ガラルにはそういう輩で溢れているのだろうか。

 

「さあ、ダンデ。いくよ」

「はい!」

 

 メロンさんにダンデを引き渡し、別方向へ歩いていく二人の後ろ姿をぼーっと眺めた。

 うん、後ろから見るとマクワに似てなくもないな。

 

「………あれがお前の母ちゃんか」

 

 なんかマシンガントークされたわけじゃないが、終始ペースを持っていかれてたような気がする。

 

「はい、六番目のジムリーダー、こおりタイプ専門のメロンです」

 

 あ、六番目なのか。

 それより………。

 

「こおり………?」

 

 確かマクワのポケモンっていわ・ほのおタイプのセキタンザンだったよな。他のポケモンを知らないが、親がジムリーダーともなれば手持ちも似てきたりするくね? コルニ然りセキチクジム然り。

 

「親の専門タイプに影響されなかったんだな」

「こおりタイプのポケモンが素晴らしいのは重々承知です。ですが、僕はいわタイプの魅力に気づいてしまったんです! だから………」

 

 ああ、なるほど。

 そういうことか。

 

「喧嘩の原因ってそれか?」

「うっ………、よく分かりましたね」

「あー、まあ、なんというかそんな気がした」

 

 だからいわタイプのポケモンたちで強さを証明する、みたいなことになってるんだな。

 なるほどなるほど。

 

「と、急ぎましょう。もうすぐ整列を促される時間です」

「はいよ」

 

 時間だと言うので、俺はマクワの後に着いて控え室に戻った。

 



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65話

『それでは選手入場です!』

 

 式典開始となり、俺たちジムチャレンジ参加者は選手としてフィールドに入場することになった。

 

「………やっぱり嫌いだ」

 

 案の定というか。

 俺たちが出てくると一斉に拍手喝采が起き、指笛やら声援が激しく飛んでくる。

 飛ばしている本人たちは盛り上がってるのだろうし、俺も観戦する側なら分からなくもない。だが、こう声援を受ける側になるとどういう顔をしていたらいいのか分からず、すごく居た堪れない。一応、カロスポケモン協会の理事として表に立たされることもあったし、大会でもこういうことは結構あった。だが、そのどれもが次の動きが決まっていたためそちらに集中すればよかった。理事なら決まり文句の挨拶、大会ならバトルとやることがあったのだが、ただ注目を浴びるだけというのは精神衛生上本当によろしくない。この覆面がなかったら変にぎこちなくなった顔を衆人環視の元晒すことになっていただろう。

 

「な、なんだあの覆面!」

「ポケモン……?」

 

 だからだろうな。

 こんな普段なら聞き取ろうともしない言葉まで聞こえてきてしまうくらい、無意識に観客の方へと意識が集中してしまうのは。

 つくづく自分が嫌になる。

 

『レディース・アンド・ジェントルマン! わたくしリーグ委員長のローズと申します』

 

 そんなことを考えているとスーツを着たおっさんが壇上に登ってきた。

 …………なんか、ピオニーのおっさんに似てね?

 

『お集りのみなさまもテレビでご覧のみなさまも本当にお待たせしましたね! いよいよ! ガラル地方の祭典ジムチャレンジの始まりです! ジムチャレンジ! 8人のジムリーダーに勝ち、8個のジムバッジを集めたすごいポケモントレーナーだけが最強のチャンピオンが待つチャンピオンカップに進めます!』

 

 それにしては野生みが弱いというかインテリ系にジョブチェンジしたって感じだな。それにスーツの上からでも分かるくらい腹が出てるし。

 

『それではジムリーダーのみなさん、姿をお見せください!』

 

 バン! とスポットライトが俺たちが入場してきた中央の入り口に向けられた。

 振り向くとそこには七人の男女が立っており、一列に並んでというよりは一人ずつ順に前に出るように歩き出した。

 

『ファイティングファーマー! くさタイプ使いのヤロー!』

 

 個人にスポットライトが当てられると個別紹介がされていくって感じか。

 まず最初にスポットライトが当たったのは白を基調とし、緑の絵柄やラインが入ったユニフォームを着た屈強な青年。

 あの見た目でくさタイプ使いなのか………。かくとうタイプ使いと言われても違和感ない身体してるぞ。

 

『レイジングウェイブ! みずポケモンの使い手ルリナ!』

 

 二番手は褐色肌の美女、ルリナ。

 ソニアの親友であるためか、一応知り合いの定義に収まるであろう人物その1である。

 それにしても…………露出度高いユニフォームだな。水着と言われてもおかしくないぞ。その分スタイルがいいのは丸分かりだ。

 

『いつまでも燃える男! ほのおのベテランファイター、カブ!』

 

 三人目は知り合いその2。このエンジンジムのジムリーダー、カブさんだった。あの人で三番目なんだよな。

 本人曰く、ジムチャレンジではメガシンカは使わない、バシャーモを使えないらしいが、それでも強いことには変わりない。

 因みにチャレンジャーはその限りではないらしく、ルールにもダメとは書かれていないようなので、俺はいずれメガシンカを使うだろう。

 

『ガラル空手の申し子! かくとうエキスパート、サイトウ!』

 

 四番目は腹筋の割れた女の子だった。

 いや、黒いインナー着てても腹筋が割れてるのが分かるって………。

 ざっと見た感じジムリーダーの中では最年少のように見える。多分、マクワくらいかそれより下ではないだろうか。少なくとも俺やソニアよりは下だ。

 

『ファンタスティックシアター、フェアリー使いのポプラ!』

 

 魔女や、魔女がおる………!

 いや本当マジで。

 毒リンゴ渡されても違和感ないような婆さんが五番目って。強いとか弱いとか以前に見た目のインパクトが凄いわ。

 

『ジ・アイス! こおりのプロフェッショナル、メロン!』

 

 あ、メロンさんだ。今日知り合りというカテゴリーに新たに追加されたその3。多分あっちは息子の友達くらいに思ってそう。

 で、俺の隣のマクワは顔を背けている。

 そんなに母親と目を合わせるのが嫌なのだろうか。

 まあ、俺もこういう場で身内と対面するのは嫌だけどね。

 

『ドラゴンストーム! トップジムリーダー、キバナ!』

 

 で、最後は長身の褐色肌の青年。

 あっちは覚えているか怪しいし、知り合いかどうかも微妙だがその4ってことで。

 

『一人来ておりませんが……ガラル地方が誇るジムリーダーたちです!』

 

 というか何で一人いねぇの?

 メロンさんって六番目とか言ってたよな。それにキバナはトップジムリーダーとか言われてるし、恐らく八番目だろう。ということは七番目が来てないってことか?

 

「何で来てねぇの?」

「あー、まああの人はこういうところに顔を出すと帰るに帰れなくなるらしいですからね」

 

 隣のマクワに聞いたら、意外にも予想を立ててきた。

 帰るに帰れなくなるってどういうことだよ。

 

「有名なシンガーソングライター兼ジムリーダーともなると出待ちがすごいんですよ。サインしてくれ………は他のジムリーダーにも言えることですが、ゲリラでライブをしてくれとか言われるのはあの人くらいでしょう」

「え、なにそれ。そんなことまで求められたりすんの?」

 

 怖っ。

 というか兼業って………。

 他の地方ジムリーダーたちならまだ分かるが、ガラルのジム戦は一大興行だろ?

 シーズンオフでも結構ジムリーダーたち同士でバトルしてるらしいし、ジム戦以外にもハードな仕事があるって聞いてるんだけど。その上で兼業って、俺だったら絶対やりたくないな。何なら仕事したくないまである。

 

「他にもルリナさんはモデルの仕事をしている関係でそっちのファンが出待ちしていたりしますから、兼業している人ほど大変なんですよ」

「マジか………」

 

 そういえばソニアがルリナはモデルさんなんだよー、って言ってたっけ?

 何気にハードな方を選ぶとか、ソニアに構ってる暇なくないか?

 

『そして最後にこの男を紹介しましょう! 無敗のチャンピオン、ダンデ!』

 

 そしてようやく登場の主役。

 こっちはリーグ委員長なる肩書きを持つピオニーのおっさん似のおっさんの後ろから白い煙を浴びながら飛び出してきた。

 ちゃんとあの後スタッフに確保されてたみたいだな。よかったよかった。

 ダンデにスポットライトが当たっている間にジムリーダーたちはステージに上がり、ダンデの両脇に勢揃いしていく。

 

『それではチャンピオンに選手を代表して宣誓していただきましょう!』

 

 そう促されマイクを受け取ったダンデが一歩前に出た。

 

「皆盛り上がっているか!」

 

 そしてこの暑苦しさを存分に発揮し出した。

 

「オレは今年もこの日が来たことを嬉しく思っている! 新たなチャレンジャーたちと切磋琢磨し合えるこの時を待ち望んでいた! 特に今年はオレの師匠が送り出したトレーナーが来ていると聞いている! だが、オレは相手が誰であろうと正々堂々全力で戦うことをこのチャンピオンの座に誓うと宣言しよう! だから、チャレンジャーたちも! ジムリーダーたちも! 全員全力でオレのところまで上り詰めてこい!」

 

 うぉぉおおおおおっ!! と会場は盛り上がっているが、流石にこのテンションには着いていけないわ。

 だって普通に周りを見てみろよ。どう見たって初心者って感じの子らが大半だぞ?

 ちらほらと見受けられる俺らくらいの奴もあんまり強者感がない。同じくらいでもよっぽどルリナたちの方が強者感がある。それをチャレンジャーたちと切磋琢磨とかどの口が言ってんだって話だ。蹂躙の間違いだろ。

 

『それでは最後、恒例のスペシャル催しになりますが、今年はチャンピオンからのリクエストでドラゴンストーム、キバナとの一騎打ちによるエキシビジョンマッチを行います!』

 

 はっ?

 何それ。

 そんなことまでしてんの?

 これから嫌でもチャレンジャーたちとバトルするのに?

 ガラルのジムリーダーってバトル漬けの日々なわけ?

 俺、絶対ガラルのジムリーダーにだけはなりたくないわ。

 

「今年はってことは去年は違ったのか?」

「ええ、去年はネズさんのライブでした」

「ネズ?」

「来てないもう一人のジムリーダーですよ」

「ああ、ここに来たら帰れなくなるっていう」

 

 多分、去年大変だったんだろうな。だから今年は来たくないと。

 それでいいと思う。一人くらい謎のジムリーダーってのがいたって面白いだろうし。まあ、有名人みたいだから、俺みたいに知らない奴の方が少ないんだろうけど。

 スタッフの誘導に従い、フィールドの外へと追い出される。ある意味特等席でのチャンピオンのバトルの観戦なわけで、子供たちは浮き足立っていた。しかもジムリーダーたちに囲まれて。

 危ないからあんまり前に出ないようにね。

 

『それでは用意が出来ましたので、改めて紹介致しましょう! まずはこの人! ドラゴンストーム、キバナ!』

 

 自撮りをしながら大きな歓声を受ける色黒の長身。

 

『そして! 無敗のチャンピオン、ダンデ!』

 

 対してこちらは手をパーにして小指と薬指を折りたたんだ左腕を掲げたよく分からないポーズを取っている。

 

「なあ、あのダンデのポーズってかっこいいと思ってやってんのか?」

「なっ!? 知らないんですか?! リザードンポーズを!」

「いや知らんし。なに? あれ、リザードンポーズっていうの?」

 

 知らないのがそんなに驚くことか?

 そんな有名なポーズなのか?

 

「ええ、ダンデさんがチャンピオンなる前からあのポーズを取っていたとか」

「えぇ………、ダサ………」

「……ダンデさんのファンに殺されますよ?」

 

 いやだって………。

 意気揚々とやってるけど、知らない俺からしたら何してんだ? ってしかならないぞ。しかもリザードン感ねぇし。もうちょっとリザードン要素出してくれよ。せめてあのマントがリザードンの翼みたいになってるとかさ。

 

「いけ、リザードン!」

「ジュラルドン、今日こそ勝つぞ!」

 

 ポケモンはダンデはリザードン、キバナはジュラルドンってのを出してきた。前に一度見た気がするな、あのビルみたいなポケモン。

 

「アンタも充分ダサいわよ」

 

 さあ、どうなるかって思っていると後ろから聞き覚えのある声がした。

 やだなー、振り向きたくないなー。

 でもすごい視線を突き刺してくるし、振り向かないと後が怖いよな………。

 

「…………どちら様で?」

 

 振り向くと案の定、ルリナがいた。

 

「さっき紹介あったんだから分かるでしょ。というかアンタとは面識すらあると思うんだけど?」

「あいったー。暴力系ヒロインとかもう時代遅れだぞ」

 

 ポスッと胸をグーで叩かれ、そのままぐりぐりと押し付けられた。妙に痛いからやめて………。

 

「リザードン、かえんほうしゃ!」

「ジュラルドン、りゅうのはどう!」

「誰が誰のヒロインよ。っていうか、こんなやり取り出来てるんだから分かっててやってるでしょ」

「それはこっちのセリフなんだよなー。何でバレるかな」

 

 初手はお互いに技を相殺するのを横目に、ルリナの手を引き剥がす。

 

「………ダンデが気持ち悪いくらいルンルン顔で気持ち悪かったから聞いただけよ。気持ち悪かったけど」

 

 ………………。

 どんだけ気持ち悪いを連呼するんだよ。

 あいつの笑顔とか気持ち悪そうだけど。

 つか、あの野郎、俺のことを他のジムリーダーに言いふらしやがったな。

 絶対尾鰭背鰭が追加されてて、とんでもないトレーナー像が出来上がってるぞ………。

 

「よし、あいつ殺そう。ジムリーダーにバレるのは特に問題じゃないけど、折角こっちが恥ずかしい格好までして盛り上げようとしてるのに、ジムリーダーへのサプライズ感を減らすとか、チャンピオン失格だわ。マクワ、ダンデ殺しに行くぞ」

「嫌ですよ。てか、何でルリナさんと知り合いなんですか」

「ストーンエッジ!」

「リザードン、ねっさのだいちで呑み込め!」

 

 地面を叩いて岩々を突き出すジュラルドンに対し、リザードンは飛んで躱して熱を帯びた大量の砂でジュラルドンを呑み込んだ。

 あのジュラルドンの位置にダンデがいたら、爽快な気分だっただろうなー。

 

「何でってルリナも道場に来たからしかなくね?」

 

 この一年まともに島から出たことないんだし。

 

「10まんボルト!」

「おや? ルリナ君もハチ君を知ってたのかい?」

「ええ、まあ。ここ半年ほど、ソニアが口を開けばハチくんハチくんってうるさかったので。留学する前よりずっとうるさくなりましたよ」

「そっか………ソニア君元気になったんだね」

 

 カブさんは当時のソニアを知ってるらしいからな。それにこの性格だし。結構気にしてたのかもな。

 

「リザードン、降りてアイアンテールで尻尾を地面に突き刺せ!」

「それはもうどう立ち直らせるか悩んでたこっちがバカらしくなるくらいには元気ですよ」

「よかったー………本当によかったよ」

 

 熱砂の中から飛び上がったジュラルドンが電撃を放ち、それをリザードンが尻尾を地面に突き刺してダメージを受け流す中、カブさんはしみじみとそう呟いた。

 てか、ジュラルドンってそんなに飛べたのか?!

 見た目結構重そうな身体なのに………不思議だわ。

 それにリザードンが何気にすごいことやってるし。

 おかげで二度見しちゃったじゃん。

 

「………あいつは自分の中の基準が高すぎるってことに自覚がないんですよ。ダンデと比較したり、マグノリア博士と比較したり。そうでなくても親友がモデルでジムリーダーなんかやってるんだから、おかしくなるのも道理でしょうけど。あいつは充分トレーナーとしてバトルも強いし、他のやつよりも遥かに知識はある。ないのは経験くらいで、それは若者共通の課題なんだから気にするようなことでもないし」

 

 二人に気に掛けられているここにはいない誰かさんを思い出して、俺は二人にそう言った。

 

「えっ、待って。ソニアとバトルしたの? っていうかソニアがバトル?!」

「コテンパンにしてやったけどな」

 

 あれ?

 食いつくとこ、そこなのか?

 

「いや、重要なのはそこじゃないわよ。あのソニアがバトル? アンタ、一体どんな魔法を使ったのよ」

「知らねぇよ。あいつから言い出したことなんだから。でもまあ多分、俺の推測でしかないけど、過去に囚われすぎていた自分と決別するため、だったんじゃないか? 一応バトルへのトラウマを克服するためだとかは言ってたし」

「それならそうと言ってくれれば………!」

「あいつ言ってたぞ。『わたしのことをよく知らないハチくん相手ならバトル出来るかも』って。ずっと燻ってた言いようのない感情を表に出すには、ソニアをよく知る人物じゃダメだったんじゃねぇの?」

 

 トラウマってのはそういうもんだ。

 当時を知っているルリナでは、ソニアも当時のことを思い出して逆に緊張してしまっていただろう。ソニアもそれが分かってたから俺を対戦相手に選んだのだと思う。

 建前ではあーだこーだ言っていたが、本当のところはソニアのみぞ知るところである。

 

「荒れ狂え、ジュラルドン! キョダイマックス!」

「チャンピオンタイムだ! リザードン、キョダイマックス!」

 

 つか、気付けばお互いにキョダイマックスさせていた。

 これ、チャンピオンとトップジムリーダーのバトルなんだけどな。ルリナたちと話してるおかげで全然内容が入ってこねぇ………。

 まあでも、昔はキバナの位置にソニアの姿があったのだろう。それが重荷を背負い込んだソニアがリタイアし、残ったダンデは頂点に。何とも現実は無情である。

 

「ダンデのこともあるし、最終目標にはダンデともう一度バトルするってのがあるとは思うけど、それが叶うのはまだまだ先、数年はかかるだろうな」

「キョダイゲンスイ!」

「キョダイゴクエン!」

 

 いつかそんな日が来ることを。

 俺も見てみたい気はする。

 

「それまではそっち方面のことはそっとしといてやってくれ」

「「……………」」

「リザードン、ダイアース!」

「ダイロックで防げ! ジュラルドン!」

 

 …………本当、何年かかるだろうな。

 タイプ相性や技の相性もあるのだろうが、キョダイマックスしてからリザードンが優勢過ぎないか?

 赤黒いエネルギーの刃も獄炎で一掃。無数の砂で巨大な岩の壁は貫通されてるし。

 ソニア、こんなことを今から思うのも不謹慎かもしれないが、ご愁傷様………。

 

「キョダイゴクエン!」

「ダイロック!」

 

 獄炎を岩の壁で塞ぐつもりなのだろうが…………。

 

「ありがとう、ハチ君。ソニア君を救ってくれて」

 

 やっぱりダンデのリザードンは規格外の強さだわ。熱で岩の壁が溶けるって、もういろいろと終わってるだろ。

 ジムリーダーとさえ切磋琢磨出来ているのか怪しいレベル。

 多分、端から見たら俺もそう見られてるんだろうな。

 やだわー………。

 

「別に救った覚えはないですよ。俺はただ言いたいことを言いまくっただけだし、何ならダンデに似てるだのお婆さまに似てるだの、知らねぇよそんなのってことばかり言われてただけです」

「なら、ハチ君とソニア君を出逢わせてくれた運命に感謝かな」

「あー、うん、まあ、好きにしてください」

「うん」

 

 感謝されたところでな…………。

 

「チャンピオンタイムイズオーバー! リザードン、ジュラルドンを捕まえろ!」

 

 するとようやくリザードンもジュラルドンもタイムリミットがきたのか、元の大きさへと戻り始めた。

 あの炎でもジュラルドンが倒れなかった辺り、キバナも十二分に強いトレーナーだというのは分かる。

 うん、やっぱりダンデだけが飛び抜けすぎなんだって。

 

「チッ、ジュラルドン!」

 

 元の大きさに戻ったリザードンがそのままジュラルドンを掴み上げてしまう。

 キバナはダンデがしようとしていることを理解したのか、指示は同時だった。

 

「オーバーヒート!」

「メタルバースト!」

 

 超至近距離からの弾け飛ぶ炎とそれを超至近距離で返す鋼の力。

 しばらく拮抗していたかに見えたが、炎が暴発し出してからは一方的な展開へと相なった。次々とジュラルドンの顔の周りで炎が弾け、次第に返す力も弱まり、遂には地面に叩きつけられてしまった。

 

「ジュラルドン、戦闘不能! よって勝者チャンピオン、ダンデ!」

 

 審判の判定が下され、盛大な歓声にスタジアムが呑み込まれていく。

 あ、またリザードンポーズとかいうのやってるよ。俺も何か決めポーズとか用意しておくべきか?

 ただただダサくて恥ずかしいだけなのに?

 やめよやめよ。

 こんな見た目しているだけで充分だって。

 

「ハチ、ジム戦では本気で来なさい。私も本気でアンタを倒しにいくから」

 

 だから背中をぐりぐりするのやめて…………。

 さっきは胸にだったけど、指入ってるからね?

 そしてマクワ。

 静かにあり得ないものを見るような目で俺を見るなよ。

 さっきから背景に徹しようとしてたみたいだけど、しっかり話を聞いていたのは知ってるんだからな?

 

「なるべく前向きに検討するよう善処するわ」

「それ、しない人の言い方だし」

 

 こうして開会式は終わりを告げた。

 …………バトル半分でルリナたちと話してたから、全然バトルの内容思い出せねぇわ。

 



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66話

 さて、ジムチャレンジの開会式も終わったことだし、これからどうしようか。

 どうせ今から最初のジムがあるターフタウンってところに向かったところで、着いた頃には同じ考えの挑戦者たちが挙って集まっているだろう。それに初っ端から仮面を付けたトレーナーが出てきたら注目の的になるだろうし、その後に続く挑戦者たちに申し訳ない。下手したら一つ目のジムに挑戦しないままジムチャレンジを辞退する子供たちも出て来かねない。

 となると………。

 やはりここはしばらくのんびりとエンジンシティ周辺を満喫している方がいいだろう。

 そもそも俺エンジンシティにすら来るの初めてなんだし。

 なんて考えながら歩いていると、いつの間にかエンジンシティの南門にまで来ていた。ジム前のゴンドラに乗って大通りを南に歩いてただけなんだけどな。

 それにしても、だ。

 …………………………。

 

「何この階段。何段あるわけ?」

 

 だだっ広い階段は軽く百段はあるんじゃないかと思えてしまう。

 過酷と言われているワイルドエリアを抜けてきてやっとエンジンシティに着いたと思ったら、これってことなのか?

 絶対ワイルドエリアよりも過酷だろ!

 

「おい、救援はまだなのか!?」

「やっとジムチャレンジの開会式が終わったところだ! カブさんたちだってそう簡単には出て来れないって!」

「くそ! 何でよりにもよってこんな日に!」

 

 どこかで見たことのある格好をした人たちが慌てた様子で連絡を取り合ったりしていた。

 何だっけ、ワイルドエリアスタッフとか言ったっけ?

 俺も一着貰ってるしな、忘れ物らしいけど。

 

「ワイルドエリアで何かあったのか?」

 

 思い出されるのは半年以上前の巨大化ポケモン大量発生の件。

 ダンデが慌てた様子で鎧島に来て、俺も駆り出されたからな。

 ただ、あの時の犯人は捕まえた。

 いや、違うな。あの犯人は鎧島でも同じようなことをして捕まえたんであって、同一犯ではなかったんだった。俺は捕まえただけで、後のことは国際警察なりガラルの警察なりに放り投げていたが………ということはあの時の犯人はまだ捕まっていないってことか?

 取り敢えず、状況をこの目で確かめないことには動きようがない。

 ………………降りなきゃいけないのか、この地獄の階段を。

 

「チ・ヨ・コ・レ・イ・ト………六段降りただけじゃ全然変わらねぇな」

 

 さてさて、マジで何段あるのやら。そして降り切るまでに何分かかるのやら………。

 想像しただけで憂鬱である。

 辟易しながらも心の中で段数を数えながら降りていく半分降りたくらいで息が上がった。

 

「…………ふー………、つら…………」

 

 マジで何なの。

 多いってもんじゃねぇぞ。

 何が悲しくてこんな階段を降りないといけないのだろうか。

 

「あ………マジか…………」

 

 そりゃそうか。こんだけ長いのだ。スカートを穿いていればどう考えてもパンチラするわな。

 うん、見なかったことにしよう。白かった。うん。

 そもそもいつ作られた階段なんだろうな。現代でこんな長さはいろいろと問題の種になると思うんだが………。

 

「さて、もう一踏ん張りしますか」

 

 決してパンチラに元気をもらったわけじゃない。

 うん、こんなところで立ち止まっててもしょうがないからな。

 それにしてもガラルの人たちは皆この階段慣れてるんだな。

 俺よりも遥かに速いスピードで駆け降りたり、駆け登ったりしている。年寄りでもないのにこのスピードだと却って目立ちそうだ………。

 

「………ふぅ」

 

 ようやっとの思いで階段を降り切ると、ちょっと解放感を味わえた。これ、マジでただの修行路だわ。こんなのをこれから登ったり降りたりしないといけないのかと思うと憂鬱になってくる。筋肉痛は確定路線だろう。

 

「皆さん、道を開けて下さい!」

 

 すると後ろから雪崩れ込むように人が降りてきた。

 うわー、すげぇ…………マジか………ダダダッ! て感じで降りてるよ……………。広いからぶつかることはなさそうだけど、ついつい身体が避けるように道を開けてしまう。

 って、あれジムリーダーたちじゃん。

 

「「あっ」」

「………さーて、どこ行こうかな」

 

 やっべ、今一瞬ダンデやルリナと目が遭っちまったよ。

 

「ダンデ、ゴー!」

「ハチーッ!」

 

 ルリナの指示を受けたダンデが悪い顔を浮かべて俺に飛び掛かってきた。

 逃げる!

 

「グォン!」

「くっ……」

 

 ダンデから逃げようとしたらリザードンに前に立たれて逃げ場を失った。その一瞬で背後にはダンデがドヤ顔で仁王立ちしている。

 

「…………なんだよ」

 

 くそ、逃げられなかったか………。

 どうする………?

 絶対面倒事に巻き込まれるぞ?

 

「おい、何やってんだよ、ダンデ」

「戦力の調達だぜ!」

「はぁ? そんなその辺にいたような奴を取っ捕まえてどうすんだよ。一般トレーナーだけじゃなくてワイルドエリアのスタッフたちでも手に負えないからって言われて招集されてんだぞ?」

 

 ほれ見ろ。

 やっぱりそういうのじゃねぇか。

 よし、ダンデがキバナに意識を向けている今の内に………。

 それにしてもダンデ、ルリナ、カブさん、メロンさんとマクワ、それにキバナか。一人ジムリーダーじゃないし、ジムリーダー全員がいるわけでもないのか。

 

「キバナ君、今は人手があった方がいい。去年もそうだったでしょ?」

「カブさん、けどよぉ………」

「大丈夫だよ、彼は去年のあの時にもいたから」

「えっ………マジ? あ、まさかダンデが連れて来た助っ人の奴?」

「そう」

「んな偶然………」

 

 そろりそろりと集団の中から抜け出していると、何故かそれ以上前に進めなくなった。

 うん、引っ張られてるね。

 誰にとは言わないが。言わなくても誰かなんて分かる。

 

「あの………離してもらえませんかね」

「嫌よ。折角貴重な戦力見つけたんだから、そう簡単に逃すわけないでしょ?」

「デスヨネー」

 

 ルリナさんマジぱない。

 

「手伝ってくれたらソニアのこと好きにしていいわよ」

 

 耳元に顔を寄せてきたかと思えばなんてことを言い出すんだよ、こいつは………。

 

「そこはルリナが、私のこと好きにしていいわよ、とか言ってくれる流れでは?」

「ああん?」

「あ、はい、すんません。調子に乗りました。是非とも手伝わせていただきます」

「分かればいいのよ」

 

 ………何というか、何というかだわ。

 ルリナさんマジぱない(二回目)。

 

「はぁ……分かったよ。なら、まずは戦力の振り分けをしようぜ。オレとカブさんはワイルドエリアの管理をしてる側だし、分かれた方がいいよな」

「そうだね」

 

 ふむ、カブさんとキバナが分かれるとな。

 なら、もう俺の希望は決まったもの同然だな。

 

「じゃあ、俺カブさんの方行くわ。ダンデはそっちな」

「えー、オレはハチと一緒にバトルしたかったのに」

「絶対嫌だ」

「なら私はカブさんの方にしよっと。アンタのバトルも見てみたいし」

「決まりだね。アタシとマクワはダンデたちの方に回るよ」

 

 ごめんね、メロンさん。貧乏くじ引かせて。

 でも、いると面倒なダンデとも絶対絡まれそうなキバナとも一緒にやりたくないのよ。

 うん、今度どこかで出会った時にはお礼をしよう。忘れなければ。

 

「なあ、後のジムリーダーたちは?」

「去年のこともあるからね。後から他の場所で同じようなことになった時用の第二軍に回ってもらったよ」

 

 ここにはいない面子を考えるとマッチョのくさタイプジムリーダー、腹筋が割れた格闘少女、老魔女とネズとかいうシンガーソングライターが第二軍に回ったみたいだな。

 ああ、それで数合わせにマクワが母親に引っ張り出されてきたのか。

 

「カブさん、そっち三人で大丈夫っすか?」

「大丈夫だよ、ハチ君もいるしね。それにそっちは今二体出てるんだから人手を多く回さないと」

「おい、お前! カブさんに迷惑かけんじゃねぇぞ!」

「ねぇ、その言い方だと私には迷惑かけていいって言ってない?」

「言ってねぇよ」

 

 やっぱり喧嘩腰なのね。

 それなら組まなくてよかったと一安心である。

 

「ほら、いくよ」

 

 ねぇ、ルリナさん?

 さっきから俺の扱い酷すぎません?

 あなた一応俺と出会って二回目だよね?

 それでここまで遠慮がないって、一体ソニアに何を吹き込まれてるんだ?

 回答次第ではソニアにお仕置きしなきゃいけなくなるぞ?

 何が悲しくてルリナに首根っこを掴まれながら連行されなきゃならねぇんだ…………。

 

 

 

   *   *   *

 

 

 

「あれか」

 

 ルリナから解放されて自分の脚で走ることしばらく。

 ようやく目的地へと着いたようだ。

 ………疲れた。

 何でこの二人はあれだけ走っても元気なんだよ。

 

「そっちに向いたぞ!」

「躱せ!」

「あー、もー! 何でこんな硬いのよ! しかも一撃が普通じゃないし!」

 

 件の場所へ近づくと聞き覚えのある声がワイルドエリアスタッフに紛れて聞こえてきた。

 いや、何でいるの?

 しかもバトルしてるし………。

 

「ソニア!?」

 

 大親友のルリナは一目散にソニアの元へと行ってしまった。

 

「君たち、このポケモンで合ってるかい?」

「はい、あーよかった………これで休める………」

「カブさん、あとはお願いしてもよろしいでしょうか………?」

「うん、任せて」

 

 カブさんはスタッフたちのところへと行き、交代の引き継ぎをしている。

 ………それにしてもシェルダーか。

 みずタイプのシェルダーにソニアが苦戦するって、やっぱり巨大化しているからか?

 いや、それにしてはクレセリアがいたとはいえ、単独で巨大化したライボルトを撃破しているソニアだぞ?

 なんか腑に落ちねぇんだけど。

 

「ハチ君」

「この辺に特に強いシェルダーがいるとかって噂、ありました………?」

「いや、僕は聞いたことがないね」

「そうっすか………」

「それがどうかしたの?」

「いえ、ただでんきタイプを得意とするソニアがみずタイプのシェルダーにダイマックスしてるとはいえ苦戦するとも思えなかったので」

「確かに………でも、ポケモンたちに実力差があれば………」

 

 強いシェルダーがいるって噂もなく、かと言ってソニアと実力差があるように見えないんだよなー………。

 

「ルリナくらいの自信と経験があれば、ジムリーダーくらいにはなれるポテンシャルはありますよ? 現に倒せてはいないけど、倒されてもいない」

「………言われてみるとそうだね。今のソニア君の実力が如何程なのかは分からないけど、実力差があれば普通は倒されているはず。なのに、頑張って耐えられるくらいには実力に差はない、か」

「と思うんですけどね。まあ、まずはあいつを倒してからにしましょう。他でもまた起きるかもしれないし」

「そうだね」

 

 ソニアのポケモンであろうストリンダー? だったか?

 紫色のポケモンはまだ倒されていない。

 

「いくよ、バシャーモ!」

「サーナイト」

「いくわよ、カジリガメ!」

 

 俺たちはそれぞれポケモンを出してソニアの加勢に入る。

 あ、そういえばルリナのポケモンは初めてみるな。確かあれはカジリガメだったか? 四つん這いになったカメックス的な奴だよな、鎧島にもいたし。

 

「………なんかめっちゃニヤけてね?」

 

 ふと横に立つルリナを見ると気持ち悪いくらいにニヤけていた。

 こいつの表情をそんなに知ってるわけじゃないが、それでも気持ち悪いと思えるくらいにはニヤけていた。多分、開会式前のダンデもこんな感じだったのだろう。

 

「当たり前じゃない! あのソニアとこうして一緒にバトル出来るなんてもうないと思ってたんだから!」

「あっはははー………なんか、ごめんね」

 

 当の本人は苦笑してるぞ。

 まだそんなに吹っ切れてはいないと思うから、変なプレッシャーになるようなことは言わないでね?

 

「くるよ!」

 

 カブさんの声で三人とも意識をシェルダーに戻す。

 見るとシェルダーがドデカい水の塊を作り出していた。

 

「カジリガメ、てっぺき!」

「サーナイト、テレポートでシェルダーの頭に乗れ」

 

 中央にいたルリナはカジリガメで水の塊を受け止める準備をしていく。俺はサーナイトをシェルダーの頭の上に行かせて、そそくさとルリナの背後まで下がった。

 

「バシャーモ、右から回り込んでかみなりパンチ!」

「ストリンダー、左から回り込んでオーバードライブ!」

 

 両脇にいるカブさんとソニアが左右から攻撃を仕掛けさせた。

 うん、何というか特に決めてなかったけど、丁度いい立ち位置になったのではないだろうか。

 

「10まんボルト」

 

 真上と左右から同時に攻撃を加えられたことでシェルダーが仰け反り、水の塊は俺たちの頭上を走り抜けていった。

 ただまあ、被害がないわけではない。水の塊が走った後にはその水滴が雨となり降り注いできた。

 多分、今のはダイストリームなのだろう。追加効果で雨が降ってきてるからな。ダイストリームで思い出すのは去年の巨大化したサメハダーだな。オトスパスと怪獣バトルを海の上で繰り広げたのを覚えている。あのバトルを第三者視点で見たい気持ちもあるのだが、映像に撮られてたら撮られてたで大問題になるんだよなー。

 まあ、近くで新たに出てきたら巨大化ポケモンで怪獣バトルをするのも一つの手として考えておこう。

 

「まあ、そうだよな………」

 

 今の攻撃でシェルダーの攻撃は逸れたものの、戦闘不能には至っていない。

 確かに硬いな。

 一撃が重いかどうかはあの規模になると判断出来ねぇわ。

 

「ハチ君、どうする?」

 

 えぇ……俺に聞く?

 どうするかな………、やっぱりここはメガシンカとダイマックスをどのタイミングで使うかだよな。

 

「次の攻撃時にバシャーモをメガシンカさせて技を相殺、その後特性を活かしてシェルダーのヘイトを買っててください。ソニア、ダイマックスバンドとやらは?」

「一応持ってるけど………」

「よし、ならダイマックスはソニアのストリンダーで。シェルダーの意識がバシャーモに向いたら使ってくれ」

「えっ、ちょ、わたし?! ルリナもいるじゃん!」

 

 そんな驚くことでもないだろ。

 今回はみずタイプのシェルダーが相手なんだし。

 

「タイプ相性から言っても今回はお前の方が適任だろうが。大丈夫だ。それで倒せなくても最終手段はまだある」

「分かったよぅ、やればいいんでしょ」

 

 渋々といった感じではあるが了承してくれたようだ。

 それにあいつらもいるしな。最悪みんなの視界を遮った上で一気に片付ければバレないだろう。ただ、そんなことを最初からやったのでは俺が怪しまれかねないので、マジで最終手段である。

 

「………何でアンタが仕切ってるのよ」

「いや知らねぇよ。カブさんが聞いてきたから答えたまでだ。何なら変わってくれ、ジムリーダーだろ?」

「………ムカつくけど、カブさんが判断を求めるくらいだから無理よ」

「さいですか………」

 

 ルリナはどうやら俺が仕切っちゃってるのが気に食わないらしい。

 まあ、そりゃそうだろうよ。ジムリーダーが二人もいて、しかも親友の前だからな。それに後ろに控えるスタッフたちの目もある。

 プライドが高いとやっぱり気にするんだろうな、そういうの。

 

「ハチ君はどうする?」

「俺は取り敢えずサーナイトに上から攻撃させておきます。ただ、異常事態の時は何が起こるか分からないってので相場は決まってますからね。念には念を入れて準備しておきますよ」

「シェエエエエエエエエエッダァァァァアアアアアアアアアアアアアアア!?!」

 

 するとシェルダーが地響きのする咆哮を上げた。

 次がくるな。

 

「任せて! 燃えろ、バシャーモ!」

 

 カブさんもそれを感じ取ったのか、早速バシャーモを前に出させる。

 

「ストリンダー、オーバードライブ!」

「カジリガメ、ロックブラスト!」

「サーナイト、10まんボルト!」

 

 左から爆音、真上からは電撃、正面から岩を次々とぶつけられてる中、シェルダーが巨大な氷の塊を落としてきた。

 これはダイアイス、か?

 全てが俺たちに向かってくるわけではないようで、衝撃波を生み出しながらも俺たちの周りへと落ちていく。

 ただ一つ、本命の氷の塊が落ちてきたので、それをバシャーモがメガシンカすることで弾き飛ばしてやり過ごした。

 そして一気に周りの気温が下がり、雨は霰へと変わっていく。

 

「バシャーモ、グロウパンチ!」

 

 バシャーモが加速しながら次々と拳を当てていく。作戦通り、シェルダーのヘイトを買うつもりなのだろう。

 さて、そうなると俺たちはどうしようかな。機を見てソニアにはダイマックスしてもらわないとなのだが、それまでにも出来ることは色々とある。

 

「サーナイト、でんじは」

「ストリンダー、あまごい!」

「カジリガメ、ストーンエッジ!」

 

 俺は麻痺させることを選び、ソニアは再び雨を降らせ、ルリナは攻撃を選んだ。

 

「かみなり!」

「かみなりパンチ!」

 

 ただ一人だけ次の攻撃の布石にもなっている奴がいたけどな。

 何で一番経験が浅い奴がそういうことやってんだよ。あいつ、マジでメンタルさえ鍛えればジムリーダーには軽くなれるぞ。

 

「シェエエエッダァァァァアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

「ストリンダー!?」

「バシャーモ?!」

 

 咆哮とともにシェルダーの舌が大きく振り回されて、ストリンダーとバシャーモが弾き飛ばされてしまった。

 

「ルリナ、あの舌を狙え。サーナイト、チャージビーム」

 

 頭から降りたサーナイトが伸びた舌に電撃を送り込んでいく。

 

「カジリガメ、シェルダーの舌にかみくだく!」

 

 さらに追い討ちをかけるようにカジリガメがシェルダーの舌に噛み付いた。

 ついでにチャージビームの追加効果で遠隔攻撃力も上がってくれた。狙って使ったものの、使ったら必ず上がるわけでもないため割と嬉しい。

 

「ソニア!」

「オッケー! ストリンダー、キョダイマックス!」

 

 その間にソニアに合図を送り、ソニアが一度ストリンダーをボールに戻すと右腕のリストバンドから淡いピンク色のエネルギーが溢れ出し、ボールを巨大化させていく。

 そしてそのボールを後方へ投げると四つん這いになった巨大なストリンダーが現れた。

 

「キョダイカンデン!」

 

 ソニアの声とともにサーナイトとカジリガメがシェルダーの舌から飛び退き、俺たちのところへ戻ってくる。

 その直後、シェルダーの頭上から雷撃が落とされ呑み込んでいった。

 

「シェエエエエエエエエエッッ!!」

 

 先程とは打って変わって短い咆哮が走り、雷撃が霧散していく。

 あの咆哮にそこまでの威力があるとは驚いたな。

 すると足元から地響きがして段々と揺れが激しくなってきているではないか。

 

「これは……ダイアタックだ! みんな逃げるんだっ!」

 

 おい、マジか!

 

「サーナイト!」

 

 サーナイトも同じ考えだったのか、俺に抱きつくとそのままテレポートで後方へと下がった。

 狙いはストリンダーじゃないのかよ………。

 

「おいおい、マジか………」

 

 地面から噴き出したエネルギーの衝撃波により、ソニアたちは大きな怪我こそしてはいないものの、吹き飛ばされて地面に倒れていた。

 特にルリナとカジリガメが噴出点に一番近かったためか、ボロボロである。今機能しそうなのはバシャーモとストリンダーくらいか。カブさんもソニアも起き上がるので精一杯そうでトレーナー側は全滅だな。

 

「ルリナ!?」

「チッ!」

 

 状況の確認をしているとシェルダーの巨大な舌がルリナとカジリガメ目掛けて振り下ろされようとしていた。

 これはもう出し惜しみしている状況ではなさそうだ。

 

「サーナイト!」

 

 再度サーナイトにテレポートさせてルリナの元へと移動した。

 そして振り下ろされた舌を黒いオーラで受け止める。

 

「なっ………ん………!?」

「ストリンダー、キョダイカンデン!」

 

 後ろで覚悟していた衝撃が来ないことに驚いているルリナの顔は、モデルがしていい顔ではなかった。

 

「………これだから協力プレイってのは苦手なんだよ。自分たち以外のことまで気にかけなきゃならんとか無駄に疲れる」

 

 これが一人だったらもっと楽に倒せていただろう。

 何なら人前で出せないあいつらも出せるから、あっという間だったかもしれない。

 …………そうだな、もういっそのこと自らそういう展開にしてしまえばいいんじゃね?

 カジリガメの立て直しを待っていられる程の余裕はないんだ。

 

「ルリナ、後は俺がやる。ソニアやカブさんと一緒に下がってろ。キングドラ、ドラミドロ、えんまく! 三人を守っててくれ!」

「ドラ!」

「ミー!」

「えっ!? ちょ、ハチ?!」

「サイコキネシス!」

 

 黒いのに指示を出し、シェルダーの舌を弾き返して前に出ると、俺がいたところから横一線にキングドラたちが黒煙で幕を下した。

 これでシェルダーからはルリナたちを認識出来なくなっただろうし、あいつらからも俺たちを認識することは難しいだろう。

 

「ルリナ君!」

「ルリナ! 大丈夫!?」

「だ、大丈夫だけど………それよりあいつが一人で! ってか、さっきのはなにっ!?」

「ちょ、落ち着いて。大丈夫、ハチくんなら終わらせてくれるよ。ストリンダー、最後にもう一発! キョダイカンデン!」

 

 どうやらソニアとカブさんがルリナの元へと駆けつけたようだ。

 それに三発目の雷撃もシェルダーへと降り注いでいる。

 ソニアは俺の一端を知っているためか、身を引くのも早いな。

 

「ジュカイン」

「カイ」

 

 ジュカインをボールから出すと既に臨戦態勢だった。

 

「一撃で仕留めるぞ。メガシンカ」

 

 今回はもう他のメンツを出す必要はないだろう。俺たちが駆けつけるまでにソニアとワイルドエリアのスタッフのポケモンたちが与えたダメージに加え、俺たちも追撃している。さらにはストリンダーの雷撃を三発とも受けているのだ。見た目ではよく分からないが、ダメージは相当蓄積しているはずである。

 

「ハードプラント」

 

 姿を変えたジュカインが地面を叩くと太い根が唸り、再び振り下ろしてくるシェルダーの舌に螺旋を描くように絡みついていく。

 目指すは殻の中。外の殻は頑丈でも中身を攻撃されたら呆気ないのがシェルダー系統である。しかもシェルダーは舌を引っ込められなければ殻が閉じられないというおまけつきだ。

 

「シェエエエエエエ…………ダァ……………ァァァ…………」

 

 そうしてシェルダーを突き飛ばすと地面に倒れ、元の大きさへと戻り始めた。

 うん、本当に呆気ないな。

 あの時間は何だったのかと思いたくなるレベル。

 

「サンキュー、ジュカイン。サーナイト、サイコキネシスで煙を払ってくれ」

「サナ!」

 

 俺はメガシンカを解いたジュカインをボールに戻し、サーナイトに黒煙を払わせた。

 

「ケホッ、ケホッ………ハチ、シェルダーは………?」

「見ての通り倒したぞ」

 

 煙を吸い込んだのか、ルリナが咽せている。

 ちゃっかりソニアは鼻と口を手で覆っているというね。

 

「はぁ?!」

「あっははは………やっぱり…………」

「流石だね、ハチ君」

 

 三者三様の反応を見せてくるが、ルリナだけは初めてなため終始驚いているだけである。

 さて、シェルダーを倒したことだし、今のところ他に発生する兆候も無さそうだな。

 取り敢えず、シェルダーの様子を確認するとしますかね。

 



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67話

「んで、シェルダーは………と」

 

 巨大化したシェルダーを倒し、元の大きさに戻ったシェルダーの様子を見に来たのだが、これはーーー。

 

「ーーーダーク、オーラ……だと」

 

 意識のないシェルダーは禍々しい黒いオーラを放っていた。

 

「ねぇ、なんかこのシェルダー黒いオーラ纏ってない?」

「見えるのか?!」

 

 俺の後ろから覗き込んだルリナにも見えるらしい。

 

「見えるけど」

「わたしも」

「僕も見えるね」

 

 どうやらソニアもカブさんも見えるようだ。

 いや、待て。それはおかしくないか?

 ダークオーラは見える目の方が特殊だと言われていた。俺もロケット団の実験の副作用で見えるようになっているのだとばかり思っていたが、特にそういうのもない三人が見えるということは、これはダークオーラじゃないのか…………?

 となるとそれはそれで別の問題が発生してくる。どちらにせよ、これが何なのかを突き止めなければ、いずれ良くないことが起こるのは間違いない。

 

「すまん、このシェルダーもらってくわ。なんかきな臭さを感じる」

「…………そんなにヤバいの?」

「ヤバいな。黒いオーラを纏ってるってのも問題だが、それを三人が見えてるってのも問題だ」

「え? なに? え?」

「大丈夫だよ、ルリナ。ハチくんはそういう人だから」

「えっ? ちょ、説明になってないんだけど?!」

 

 うん、確かに説明になってないな。

 けど、俺の正体を明かされるわけにもいかない。

 取り敢えず、モンスターボールを当てて捕獲しておいた。

 

「ハチ君、このことは………」

「黒いオーラのことは伏せておいてください。進化してないポケモンでも強いポケモンが発生している。こんな感じで上手く誤魔化しておいて欲しいです」

「分かった。ただし、ジムリーダーたちとは共有しとくよ」

「ええ、対応出来る体制だけは確保して欲しいですからね」

 

 そんなやり取りをカブさんとしていると、ルリナの質問攻めに遭っているソニアが懇願する目で訴えかけてきた。

 

「は、ハチくん、たすけて! ルリナがめっちゃ詰め寄ってくる!」

「ソーニーアー! いいから質問に答えなさい!」

「うぅ………なんだよぉ」

「こいつは一体何者なの!」

「し、知らないよ………本人に聞いてよ………どうせ教えてくれないだろうけど」

 

 めっちゃ迫られてめっちゃ揺さぶられてる。可哀想に。

 

「アンタ一体何者なのよ」

「ポケモントレーナー」

「それは分かってるわよ。そうじゃなくて!」

 

 何者と言われてもだな………。

 素直に国際警察官です、とか言えるわけもないし、カロスでポケモン協会の理事をやってました、なんて言えるわけでもないし。

 

「………ダンデの体細胞クローン体」

「んなわけないでしょ」

「えっ?」

「えっ? ソニア?」

「え? あ、だよね! そんなわけないよね………!」

 

 すんなり信じてくれるかと思ったけど、全然だったわ。使えねぇな、ダンデ。

 まあ、ソニアはなんか一瞬引っかかったみたいだけど。というかダンデって単語に反応しすぎでしょ。

 

「一瞬信じただろ………」

「………し、信じてないし」

 

 少し間があったぞ。

 こいつ、いろいろとチョロすぎないか?

 

「ルギァァァアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 すると突然どこからかギャンとした呻き声が聞こえてきた。

 なんか、聞き覚えがあるようなないような…………。

 

「うわっ!?」

「な、なによ!?」

「くっ……」

「………みんな、空だ!」

 

 急に突風が吹き荒れ、吹き飛ばされそうになる。

 カブさんの声に釣られて空を見上げると白い鳳が翔け抜けていった。

 

「メタグロス、コメットパンチ! ネンドール、いわなだれ!」

「ギャラドス、クロバット、かみくだく!」

 

 その後すぐに鳳を追うようにフライゴンに乗った男とマンタインに乗った男が過ぎ去っていく。その周りではメタグロスとネンドール、ギャラドスとクロバットが左右から大回りして白い鳳を囲み込んでいっている。

 いや、おい、それ、そいつはーーー。

 

「な、ぜ………ここに、ルギアが…………」

 

 ルギア。

 ジョウト地方に伝わる伝説のポケモン。海神。

 最近の記憶だと一昨年ーータイムスリップをしてしまっているため、俺の感覚で二年前になるが、カロスに来た時にフレア団に利用されて魔改造されていたハヤマが黒いルギアを捕まえていた。

 …………………………。

 

「ルギア?」

「ジョウト地方に伝わる伝説のポケモンだよ」

「伝説!?」

 

 カブさんの説明にルリナが大きな反応を示す。

 ホウエン地方出身のカブさんはジョウト地方のことも知ってるみたいだな。

 

「確か海を司るポケモン、だったはず………」

「ど、どうするの………? あのままだと伝説のポケモンが捕まっちゃうわよ」

「ハチくん、どうしよう………ハチくん?」

「ちょっとハチ、聞いてるの?!」

「ルリナ君、落ち着いて………」

 

 何だろう、なんか引っかかるんだよな。

 今俺がいるのは一昨年の時間軸だ。つまり本来の俺は今カロスにいる。そしていずれあっちの俺は黒いルギアと対峙することになる。

 というかこの時間軸にカロスにもガラルにもヒキガヤハチマンが存在していることになるんだよな。何ならこの後セレビィの力でタイムトラベルをしているため三人になる時間帯もあるというわけだ。それまでに今の俺が元の時間軸に戻れたら話は別になるが、まあ無理だとは思う。だってジムチャレンジに参加している以上、少なくともジムチャレンジが終わるまでは帰してくれなさそうじゃん? まだ最初のジムにすら行っていないんだし、時間的猶予もないから十中八九、三人になっているだろう。

 今は超どうでもいいか。

 

「あーもう! 私だけでも止めにいくからね!」

「えっ、ルリナ!?」

 

 あー、もう少し落ち着いていられないかね。

 こっちの考えをまとめさせてくれよ。

 

「………何するのよ」

 

 誰も止めようとしないのをいいことにルリナがルギアたちを追いかけようとするので、その腕を掴んで動かないようにした。

 

「やめろ」

「はっ?」

「これ以上はこの件には関わるな」

「はぁ? あれ絶対伝説のポケモンとやらを変なことに使う連中よ! 離して!」

 

 それはそうかもしれない。

 だけど、まだ断定は出来ない。相手が誰なのか、情報が少なすぎる。もしここで止めに入ったとして、違っていたらどうしようもなくなる。何なら問題として定義すること自体無理になってくる。

 そもそも今はジムチャレンジが開始直後であり、ジムリーダーが下手に問題を起こすとジムチャレンジ自体に影響しかねない。

 

「その根拠は?」

「………伝説のポケモンを手に入れようとする人間が真っ当な人間だと思う?」

「俺は伝説のポケモンに認められたトレーナーを知っている。もちろんそいつらは伝説のポケモンを手持ちに加えている。要はトレーナーに捕まえられているんだ。それとあいつらと何が違うんだ?」

「それは………」

 

 俺がその一人だからな。

 別に伝説のポケモンを捕まえること自体が悪なのではない。それを悪事に利用するから悪なのである。

 

「ルギァァァアアアアアアアアアアアアアアアッッ!?!」

 

 このまま好きにさせていたら、恐らくルギアは捕獲されるだろう。

 

「全員でやつあたり」

 

 総攻撃を仕掛けていく彼らのポケモンたち。

 

「ッ!?」

 

 一瞬見えたトレーナー二人の顔。

 見覚えがある。

 あれは、あの顔は………ダキムとボルグ、だったか。シャドーの元幹部たちだった。

 それにあいつらのポケモン。シェルダー程ダダ漏れというわけではないが、黒いオーラを纏っている。

 シャドーの元幹部、ダークオーラのようなもの、ルギア、そして本来の俺は今カロスにいるという時間軸。

 何となく嫌な点と点が一気に繋がってきたような気がする。

 この結びつきが正しければ、ただのポケモンハンターとかの事件を超えている。素人が首を突っ込むようなものでは断じてない。それこそ本当に死ぬことになるだろう。

 まさかな…………。

 だけど、それが一番辻褄が合う。

 何故カロスのアズール湾にルギアが現れたのか。

 何故そのルギアは黒かったのか。

 何故オリモトたちがあのタイミングで現れたのか。

 

「…………ガラルにあいつらが潜伏していてルギアを捕獲した後、ダーク化させた、か」

 

 そしてそれが今俺の目の前で起きている。

 これがあのルギアが現れた背景であり、始まりなのだろう。

 

「………ハチ君、何か知ってるんだね」

 

 点と点を繋ぎ合わせて事の重大性を纏めていると、カブさんが捕まえられようしているルギアを一瞥しながらそう断定してきた。

 知っている、か。

 まあ、少なくとも三人よりは知っているだろうな。

 だからこそ言わなければならない。

 

「ええ、もちろん。だからこそ忠告します。これ以上首を突っ込むな。首を突っ込んだが最後死ぬぞ」

 

 敢えて俺はそれを認め、だからこそ忠告という形にした。

 これはジムリーダーたちが汗を流すようなことではない。ジムリーダーであろうと首を突っ込めば消されるかもしれない事案だ。

 

「………命の保証はない、じゃないんだね」

「ああ」

 

 どうやらソニアは俺の言い回しに引っかかりを覚えたようで、確認を取るように聞いてきた。

 ソニアは今の俺が国際警察官だってことを知っているからな。微妙な言葉の違いだけで、危険度を正しく判断したらしい。

 

「ルリナ、手を引いて。わたしはルリナに死んでほしくない」

「なに、言って………」

 

 それに頷くとソニアは血相を変えてルリナの説得を始めた。

 肩に手を置いてしっかりと自分の方へと向かせ、目を見て訴えかけている。

 

「ハチくんが死ぬと断定した! なら、それは本当に死ぬことになるような危険なことなんだよ! それくらいヤバい事案なんだよ。だから関わっちゃダメ!」

「じゃあ、どうするのよ!」

 

 そうは言ってもみすみす悪人に伝説のポケモンが行き渡るのを防ぎたい、というのがルリナの本音だろう。ただ、それはここにいる全員が同じ思いだ。ルリナ一人だけが危惧してることではない。

 

「国際警察を使うの」

 

 一瞬俺を見た後、ソニアは国際警察の名を出した。

 

「国際警察に報告して調べてもらう。そして対処してもらうの」

 

 普通ならばあまり出てこないような単語がソニアの口から発せられたからか、ルリナは目を見開いている。カブさんも然り。

 ソニアは俺の名を出すことなく、俺が調べられるように話を持っていくようだ。出会った頃のソニアなら、ルリナと同じような反応をしていたかもしれない。少なくともこんな手段を取ろうとはしなかっただろう。良くてダンデの名を出してくるかどうか。

 そう思うとこの半年で随分と成長したみたいだ。成長、というようは余裕が生まれた、の方がしっくりくるかもな。

 

「そうだね、僕たち素人が首を突っ込むようなことじゃない。僕たちはジムリーダーだ。街の安全を守るのは仕事だけど、これはその範疇を超えている。関わるとしても単独行動、その場の判断での行動は慎むべきだろうね。それが後手に回ろうとも専門家を交えないのは得策じゃない」

 

 二人の成り行きを見守っていたカブさんが遂に口を開き、方針を纏めた。

 

「カブさん………」

 

 上空ではメタグロスたちから何とか振り切り、南へと飛んでいくルギアとそれを追う二人の男とそのポケモンたち。

 

「………分かったわよ」

 

 それを見ながらルリナは溜め息を吐いた。

 

「でもこれだけは言わせて。何かあったら、止めたアンタの責任だからね!」

「ああ、その時は俺が何とかする」

「何とかって………相手は伝説のポケモンなんでしょ?」

「大丈夫だよ、ハチくんは強いから」

「そうかもしれないけど………伝説のポケモンは遭遇するのすら極めて珍しい強大な力を持ったポケモンなんでしょ? 一トレーナーが御し切れるようなポケモンじゃない。それをアンタが一人でどうにかするだって?」

「ああ、ルギアとバトルした経験もあるからな。どんな技を使ってくるのかも、その対処の仕方も知っている。というか知識のない奴に加わられても邪魔でしかない」

 

 何なら俺の推測が正しければ、この結末も知っているしな。

 さっきも思ったけど、今の俺は一人の方が動きやすい。

 

「………はぁ、ソニア。アンタ、なんて男を引っ掛けてきてんのよ」

「はぁ!? ひ、引っ掛けてなんかないし! そもそもどういう意味よ!」

「もう好きにして。私には着いていけない世界だわ」

「そうしてくれ」

 

 ソニアを茶化すことでモヤモヤとした気分を晴らすなよ、ルリナさんや。ソニアの顔がめちゃくちゃ赤くなってんじゃん。

 

「ハチ君、最後に一つ聞いていいかい?」

「何ですか?」

「ルギアを捕まえていった彼らを君は知ってるね?」

 

 本当にこの人はよく見ている。

 

「………見間違いでなければ」

「そっか、分かった。僕たちはこれ以上手を出さない。何か情報があれば君にも回すようにするよ」

「ありがとうございます」

「無茶はしないようにね」

「うす」

 

 カブさんには気付かれたかもしれないな。

 何故ソニアが国際警察の名を出したのか。

 何故俺がルリナを引き止めたのか。

 だけど、敢えて口にしなかったのは俺が何も言わないからだろう。言わないようにしているのを悟って、自分たちが踏み入れる線引きをしてくれたのかもしれない。

 まあ、ソニアもルリナも危険なことには巻き込みたくないって年長者の思いもあるのかもしれないが。

 カブさんはそういう人だからな。

 そのカブさんはまだ残っていたスタッフたちのところへ行き、今後の対応について話し合いを始めた。

 

「あー、もう! ホント嘘みたいに変わっちゃって……! 後ろ向きになってたあの頃とは大違いだわ。どんだけハチのこと信頼してるのよ」

「べ、別に信頼してるとかじゃないし………!」

「信頼じゃなかったら何だって言うのよ」

「………ハチくんはその………道標、みたいなものかな。ポケモンのこともバトルのことも国際警察のことだって全部ハチくんに教えてもらったようなものだから。だから、うん、道標だよ」

「俺、特に何かを教えたつもりはないんだが? フィールドワークのことくらいしか言ってないぞ」

 

 道標って………。

 俺は標識か何かなのか………?

 ソニアの進路の交通整備でもしろと?

 

「ねぇ、ソニア」

「………なんだよぅ」

 

 うん、無視されたね。

 よし、今のうちに報告書に纏めておこう。

 

「………バトルもだけど、もう怖くないの?」

「………まだ正直、トラウマがなくなったわけじゃないよ。でもわたしにはポケモンたちがいるから、一人じゃないってのは分かってる。みんながいるから戦える、かな」

「そっか………」

 

 ダークオーラらしきものを纏ったシェルダーのこと、ルギアのこと、それを追いかけるシャドーの元幹部らしき男たちのこと。そしてそこから予測されるルギアのダーク化のこと。

 これを纏めて捕獲したシェルダーも後で転送する旨を書き加えて壱号さんに送り終えると、丁度ルリナが俺の横へとやってきた。

 

「ハチ、さっきはごめん。アンタ、私のこと、私たちのこと守ろうとしてくれてるんだよね………?」

「え? あー、別に守ろうだとかそういう気概があるわけじゃねぇよ。ただ単に俺の自己満足だ」

「そっか。…………うん、なんかやっぱりムカつくからジム戦でぶっ殺すわ」

 

 ルリナさん、マジぱない。

 



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68話

 ジムチャレンジが始まって一ヶ月が経とうとしているが、俺は未だにジム戦には行っていない。

 というのもこの一ヶ月弱、シャドーの元幹部たちが潜伏している場所の特定に勤しんでいたからだ。結果は全敗だが。

 いそうでいない、というのが多く空振りもいいところ。結局ルギアの一件からあいつらを見ることは一度もなかった。

 それと捕まえたシェルダーも壱号さんに転送したものの、何か新しい情報を得ることは出来ていない。ダークオーラあるいは類似する何か、ということくらいだ。

 

『ジムチャレンジが始まって一ヶ月が経とうとしてますが、いやー、着々とチャレンジャーたちがバッジを獲得していってますねー』

『ええ、そして何と言っても今大会での決勝トーナメント進出候補であるマクワ選手も既に五つ目のバッジを獲得しましたからね。いよいよ次は親子対決になるかと思うと楽しみですよ』

 

 今は束の間の休息といったところか。

 一応この一ヶ月の報告がてら現状を伝えたら、ジムチャレンジが終わるまでは一旦他の捜査官に任せるというお達しが来たため、ジムチャレンジを再開する前にエンジンシティのポケモンセンターでぼーっとテレビを見ている。

 テレビ、久々に見たような気がするな………。

 

『彼が今回参加したのはジムリーダーになるためだとかって噂もあるみたいですよ』

『そうなんですよね。ただ、母親のメロンさんはこおりタイプを専門としているのに対して、マクワ選手は一切こおりタイプを使わないんですよね。手持ちを見る限り、いわタイプが多くもしかするといわタイプのジムリーダーを目指してるのかもしれません』

『いわタイプですか。こおりタイプには効果抜群ではありますね。その辺の関係もいつか聞いてみたいところですよ。さあ、果たして親子対決はどうなるのか、皆さん是非会場で確かめて下さいね』

 

 マクワねぇ。

 あいつは順調にジムチャレンジを進めているみたいだな。

 番組で取り上げられるくらいだから、今回の有力株なのだろう。

 うん、それは分かる。現役ジムリーダーの息子ってだけでも注目を集めてるのに、それに違わぬ実力を見せつけているのならば問題はないさ。懸念されるのはソニアみたいにならないかだが、多分マクワは大丈夫だろう。

 じゃなくて、マクワの話はいいんだよ。

 俺が気になるのはMC二人の後ろにあるパネルの方だ。

《ジムリーダーの息子、躍進!!》

《白い仮面のゴースト使い!》

《ポケモンの仮面を付けたあのチャレンジャーは!?》

 

 一番上はマクワってことは分かる。

 二番目の白い仮面もゴースト使いじゃないため俺じゃない。

 三つ目だ。あれ、絶対俺だよな………。

 

『僕の注目選手はこの白い仮面のゴースト使い、オニオン選手ですね。恐らくまだ子供、マクワ選手に比べたら遥かに小さい子だと思われますけど、その見た目に反してゴーストタイプのポケモンならではの不気味さを、見事に体現してみせているその手腕は見事と言っていいでしょう』

『確かにあの白い仮面と合わさって不気味ではありますね。しかし、彼もまた五つ目のバッジを獲得したようですからね。実力はマクワ選手と共に今年のチャレンジャーの頭一つ分は抜きん出てますよ』

 

 画面が切り替わり白い仮面を付けた子供の姿がバトルしているところが映し出される。

 手持ちだと思われるゲンガーと併せて確かに白い仮面は不気味だな。

 

『仮面といえば、開会式の時にいたあの赤黒いポケモンのような覆面のトレーナーも気になりますね』

『今のところ、一度もジム戦には現れていないみたいですが………』

 

 MC二人がそう切り出すと、今度はガオガエンの覆面を付けた選手が映し出された。こっちは開会式の時の映像。

 うん、俺だな。

 それにしても似合ってねぇ。

 赤黒いガオガエンの覆面に上下白を基調としたユニフォームとか真反対過ぎるだろ。

 

『ネットでは「仮面を着けるくらいだから気が弱くて、ジム戦になかなか足を踏み入れられないのでは?」とか、「実は仮面を脱ぎ捨てて普通にジム戦して順調に進んでいるんじゃないか?」といった意見が飛び交っているみたいですよ』

 

 前者はまあ予想内の反応である。顔を見られたくないというのは本当だし、強ち間違ってはいないな。

 ただ、後者の反応は予想してなかったわ。そういう考え方もされているのかと驚きである。

 

『前者ならまだ理解出来ますが、後者は何のために仮面を付けたのかって疑問が出てきますね』

『「ポケモン協会が送り込んだダンデの刺客」という見方もあるくらいですからね。いつ正体を明かしてくれるのか、明かした上でどんなバトルを見せてくれるのか非常に楽しみでもあります』

 

 いつの間に俺はダンデの刺客になったのだろうか。

 あれか?

 ダンデの無敗神話が続き、毎年同じような流れになっていてつまらないという視聴者も出てきているから、一度刺激を与えるという意味で送り出されたとか?

 それこそ八百長疑惑を掛けられるんじゃねぇの?

 やだなー、ようやくジム戦を始められるようになったっていうのに、始めたら始めたで別の問題が出てくるとか勘弁してくれよ?

 マジでメディアには顔出さないように徹底しよう。それでも正体を探ろうとする輩も出てくるだろうから、変装のパターンも考えないとな。

 

『何はともあれ、今年も波乱の予感がするジムチャレンジになりそうですよ』

『皆さんも是非注目の選手を応援してあげてください』

 

 そして番組は次のコーナーへ切り替わった。

 さて、俺も最初のジムがあるというターフタウンってところに向かいますかね。

 まあまあ距離があるみたいだから急がないとな。最悪ウルガモスで飛んで行こう。

 

 

 

   *   *   *

 

 

 

 エンジンシティ南側のポケモンセンターを出て北へ進み、昇降機を経て、エンジンジム前の通りを西に歩いているとどこからか軽快な音楽が聞こえてきた。メインストリートにはそれらしき音楽を鳴らしているところは見当たらず、音のする方へと寄ってみる。

 

「こっちからか………?」

 

 フラフラと行き着いたのは路地裏。

 確かこの先は倉庫街になっていたはず。こっちにもメインストリートよりは小さいものの昇降機があり、荷物の運搬とかに使われている。

 さて、そんな場所から軽快な音楽が聞こえてくるとなると………やっぱりアレだろうか。

 不良や半グレ集団が屯って踊ってたりする感じの。

 俺の路地裏への偏見による想像でしかないが。

 

「かわいいクララにクラァ、クラァ☆」

 

 …………………。

 と思ったらなんかケバい化粧をしたアイドル? っぽい衣装を着たピンク髪の女の子が歌って踊っていた。

 

「ちょっとお兄さァん、タダ聞きなんていけないんだゾ☆」

 

 うっわ、目が合っちゃったよ。

 最悪だ。ここはさっさと来た道を戻ることにしよう。

 痛い人間はザイモクザだけで充分である。

 

「あっれー? 反応してくれない感じィ? それならァ、わたしがここで大声を出してもいいんだねェ?」

 

 うわー………こいつナチュラルに脅しをかけてきやがったよ。

 

「誰もいないところで一人で歌ってる方が悪いだろ」

「ン? 何か言ったァ?」

 

 しかもアイドルがしていいような顔してねぇ。

 

「いや何も」

「うち、アイドルやってるんですけどォ。ちょっとタダ聞きは事務所的にまずいんですよぉ」

 

 何だろうか、この既視感を覚える所作は。けれど、ただの廉価版としか思えない技術。あいつのは相当レベルが高かったのだと再認識させられるな。

 

「いや、知らんし」

 

 それにしてもこの自称アイドル。

 全くアイドルに見えねぇ………。

 

「だから、はい」

「はい?」

 

 何かよく分からんが、ジャケットの付いたプラスチックのケースを渡された。

 

「お買い上げありがとうごさいまぁす☆」

 

 …………………。

 これまさかCDか?

 

「ちなみにいくらだよ」

「たったの二千円! 超お買い得ぅ!」

 

 …………………。

 こいつ本当にアイドルなのか?

 流石にアイドルはこんなことをしないだろ。やったとしてもマネージャーとか裏方の人間であって、アイドル本人がやるべきことじゃない。

 まあ、それだけ売れてないアイドルってことは確かだろう。

 

「はぁ、分かったよ。けど、一枚だけな」

「わぁ、お兄さんやっさしィー! なら、これとこれも付けて全部で一万円になりまぁす☆」

 

 こいつ…………。

 

「………おまわりさーん、ここに押し売りアイドルがいまーす」

「お兄さァん?」

 

 っべー、マジべーわ。

 何でそんなに眼力だけはあるんだよ。なんかちょっと血走ってないか? 化粧のせい?

 

「おーおー、いたぜ、押し売りアイドル」

「自称アイドルはまた押し売り活動ですかァ?」

「「「クハハハハッ!」」」

 

 あ、おまわりじゃなくてチンピラが来ちゃったわ。というかおまわりここにいたわ。

 

「兄ちゃんも可哀想に。いくら取られたよ」

 

 どうやらこの自称アイドルの押し売りは今に始まったことではないらしい。このチンピラ共に認識されてるくらいにはやってきたのだろう。

 あるいはこいつらにも売ったか。

 

「ちなみにそっちはいくらで?」

「クハハハハ、取られてるわけねぇじゃん。こんなケバいアイドル擬きに金なんか払えるかよ」

 

 デスヨネー。

 俺だって普通なら買おうとは思わねぇもん。そもそもCDとか買ってまで曲を聞いた試しがないし。

 

「分かったら、さっさとそこを退きな。今からこのアイドル擬きに現実ってやつを教え込むからよォ」

 

 指をパキパキと鳴らして一歩一歩と近づいてくる男三人。

 一体こいつらは何をしようとしてるんだか。

 あー、面倒くさい。

 

「なんだ? ビビって声も出なくなっちまったか?」

「そりゃ、この数だからな」

「ションベンちびる前にさっさと帰りな、兄ちゃん」

 

 黙って男たちを見ているとビビって動けないでいると思われてしまった。

 どちらかというとチンピラの定型文がそのまま出てきたことに驚いてるわ。

 

「あー、いや、職業柄流石にこの場を無視するのも気が引けるし、かといって折角しばらくオフだってお達しをもらったところなのに面倒だなって」

「ちょ、ちょちょちょっと! な、何喧嘩売ってんのォ! こいつマジでキチガイなんじゃね?!」

 

 聞かれたから答えたまでなのだが、後ろからはそれを喧嘩売ってるように聞こえてしまったようだ。

 というか本当アイドルが使っていい言葉遣いじゃねぇな。

 もう最初からそっち路線のアイドル目指した方がいいんじゃないか?

 

「兄ちゃん、オレたちは被害者同士だと思ってたんだがよォ。調子乗ってんじゃねぇぞ!」

 

 いつの間にそんな仲間意識を持たれていたのだろうか。

 押し売りよりもよっぽどヤバい犯罪を犯しそうな奴らに仲間意識持たれるとか、俺も犯罪者予備軍ってか?

 すぐ頭に血が昇って、自分の意のままにならないことは暴力で片付けようとする連中と一緒にされては困る。そもそも俺痛いの嫌いだし。人を殴るのも自分の手が痛くなるだけなんだから、よっぽどのことがない限りやらねぇよ。

 つか、ポケモンバトルを挑んでくるならまだしも自ら動くとかバカだと思うわ。

 

「サイコキネシス」

 

 黒いのに合図を送りチンピラ共の動きを封じた。

 殴りかかってきてた目の前の男は右拳を振り上げた状態で止まっている。

 

「な、ん………う、動かねぇ………!」

「な、に……しやがったっ!」

「はっ? いやいや、どゆこと? あいつらの動きが止まるとか、ありえなくね?」

 

 殴られると思っていたのだろう。俺の後ろからもぼそぼそと声が漏れてくる。

 さて、どうしようか。動きは止めたもののここから危害を加えたら、解放した後でやり返されかねないし、俺が狙われるとも限らない。後ろの自称アイドルを守る義理も義務もないのだが、一応職業柄やらないといけないわけだしなー………。

 仕方ない。本名がバレるわけでも顔をじっくり見られているわけでもない。権力を行使するとしよう。

 

「国際警察本部警視長室組織犯罪捜査課特命係。コードネーム、黒の撥号。それが俺の名だ」

 

 警察手帳を見せながら肩書きを明かした。

 

「ここで手を引くというのなら見逃してやる。だが、これ以上やり合おうっていうのなら、容赦はしない」

 

 俺も仕事はしたくないためここで退けば不問することにした。

 

「あと、解放した後に殴りかかってきた場合、命はないと思え」

 

 ついでに殺気も振り撒いてやると男たちはコクコクと首を縦に何度も振った。

 了承を得られたことで男たちを解放してやると何も言わずに一目散にこの場から消えていった。

 よしよし、仕事が一つ減ってくれたわ。

 さて、次はこいつだな。

 

「………やっべェ、こっち見やがったァ」

 

 振り向くと自称アイドルと目が遭った。

 すると冷や汗をタラタラと流しながらグギギと首を捻り、この場から逃げようと動き出す。

 

「う、うちはこれでーーー」

「ほう」

「うひィッ!?」

 

 そうはさせまいと腕を掴み、耳元で低い声を出してやった。

 逃げるにしたって、グッズとかどうするつもりなんだろうか。まさかここに置いて行く気だったのか?

 

「アイドルを自称する奴が偶々通りかかった通行人に押し売り商売していたなんて事実がネットで広まったらどうなるんだろうなー」

 

 取り敢えず手を離して、嫌味ったらしくアイドルとして終わりそうなことを述べていく。

 

「事務所とは契約破棄、最悪逮捕って可能性もあるわけだし、今後のアイドル活動にも影響を及ぼすと思うんだが、その辺のことはどう考えてるんだろうなー」

 

 後ろ姿からでも分かるくらい段々と身体が震え出した。

 何だこの面白い生き物は。

 

「まあ、さっきの奴らに対しては未遂ってことで話は大きくならないが、お前も運が悪かったよなー。まさか押し売り商売した相手が国際警察だったなんて。いやー、それでもここから逃げようとするその根性は賞賛に値するわ」

「マジすみませんでしたァァァ!」

 

 ターン&ジャンピング土下座!

 アイドルの動きじゃねぇな、もう。

 

「どうか、どうか事務所への報告はァ! 警察沙汰だけはどうかァ! この売れないアイドルに温情をォ!」

 

 警察沙汰だけはとか警察の前で言ってどうするんだよ。

 ったく、だったら最初からやるなっつーの。

 土下座のまま顔を上げる気はなさそうなので、俺もしゃがんで目線の高さを合わせた。

 

「………こんなことやってるとさっきの奴らみたいなのにまた絡まれるぞ」

「うぅ………で、でもこれくらいしないとデビュー曲なのにやっと八枚目が売れたところだしィ………!」

 

 ………………………。

 

「デビューして何年?」

「一年」

 

 ………………………。

 

「………………………」

 

 マジか。

 一年でやっと八枚って、しかも状況から察するに八枚目は俺のってことだろ?

 すげぇな、よくそんな状態でもアイドルを続けようとしてるな。俺だったら売れなくて早々に諦めてるぞ。

 

「うぅ、分かってるっつのォ! うちはアイドルとして売れない、芽がないただの凡人だからァ! 凡人が何したって凡人だろって言いたいんだろォ!?」

 

 ああ、現実を理解してないわけじゃないのか。

 つーか、アイドルなんて本人の資質もそうだが、プロデューサーとかバックの力も必要になってくるからな。巡り合わせが悪かったってのもあるのだろう。

 アイドルねぇ。

 俺はそんな詳しくないがアイドルなんてわんさかいるイメージなんだよな。その中で売れてる所謂トップ組なんてほんの一握りでしかない。殆どがこいつみたいな売れないアイドルや地下アイドルとかだろう。

 ああ、そういえばホウエン地方にはコンテストアイドルとかいうのがいたな。逆にああいうアイドルはあまり耳にしないような気がする。

 そもそもガラル地方ではアイドルよりもジムリーダーたちの方が目立ってる印象があるんだよなー。最早ジムリーダーたちがアイドル的な?

 ああ、そういうのも有りか。

 

「アイドルジムリーダー」

「はァ?」

「ただのアイドルなんてのはいくらでもいるだろ。アイドル一本でやってる方が珍しいくらいで、アイドルをしながらモデル業をしてるとかの方が一般的だろ? ならポケモンを連れたアイドルが珍しいかというと、ホウエン地方とかにはポケモンコンテストってのがあって、ポケモンの美しさとかを競う大会なんだが、トレーナーがアイドル化していることも珍しくはない。けどな、ジムリーダーとかトレーナーとして役職に就いている奴がアイドル化しているのなんて世界的に見ても稀なんだわ」

「………え?」

 

 ただの思いつきの口から出まかせのようなことを言ってみたのだが、なんかそんな一筋の光を得たような目を向けられると、すげぇ居た堪れないんだけど。

 

「というか俺の個人的な感想でしかないが、ガラル地方じゃアイドルよりもジムリーダーたちの方がアイドル化しているように思えるんだわ」

「……………」

 

 口を開けてポカンとしているが、その顔は徐々にニヤついていく。

 これ、絶対想像してるだろ。

 

「今ちょっといいとか思っただろ」

「思ってないしィ」

 

 否定してはいるがニヤニヤが止まってないぞ。

 何だこいつ、チョロくないか?

 

「でもまあ、どっちにしろハードルはクソ高いだろうがな。押し売り商売するくらいの根性しかないもんな、お前」

「ハ、ハァ!? バカにしてんじゃねェゾ! うちにかかればそれくらいよゆーだしィ!」

「へぇ、そりゃ楽しみだ。カブさんに勝つアイドルが見られるのか。めちゃくちゃ盛り上がるだろうなー」

「まっかせなさい! うちが天下取ってやらァ!」

 

 うん、こいつチョロすぎだわ。

 ちょっと煽っただけで乗り気になってやがるよ。

 ジムリーダーになるのにどんだけハードルが高いか絶対分かってないやつだ。ジムリーダーになるのも一苦労なのに、そこからメジャーリーグの方にまで出てこないとアイドル化なんてしないぞ。あのカブさんでもマイナー落ちとかしているくらいの猛者の集まりなのだ。そこでアイドル化するって相当なことだと思うんだが…………まあいいか。どうせ今日限りの付き合いだろうし。後は好きにしてくれ。

 

「おう、頑張れよ。今日のことは未来のアイドルへの先行投資として不問にしてやるよ。もうこんなことするんじゃねぇぞ」

「はァ〜い」

 

 よし、話は纏まったな。

 これで押し売りの件も検挙する必要なし!

 仕事が消えたぞー!

 さっさとこの場から立ち去るのみ!

 

「んじゃ!」

 

 仕事が増えない内に俺はさっさと自称アイドルの前から立ち去った。

 



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69話

 自称アイドルとの会合後、ターフタウンに向かうべく歩いていたのだが、思いの外上り坂ばかりで、日が落ちる頃には俺の身体が悲鳴を上げていた。

 こんなことならウルガモスで飛んでいけばよかったと後悔している。

 取り敢えず、『この先ガラル鉱山』と書かれた立て札の近くにある開けたところで野宿することにしたのだが、いやはや参ったね。

 

「ザグザグ」

「ザグザグ」

「ザグザグ」

「ザグザグ」

「ザグザグ」

 

 大量のジグザグマに囲まれてしまった。しかも好意的な雰囲気ではなく獲物を狙うかのように。

 どうしようか。

 これだけの数ともなると群れを成している可能性が高い。ということは進化形であるマッスグマ、あるいはさらに進化したタチフサグマがいる可能性があるということだ。

 ただ、何というか。

 あの好奇心旺盛で知られるジグザグマがある一定の距離から詰めて来ないというのが何とも違和感を覚えてしまう。

 サーナイトもガオガエンもまだ何もしていない。

 一体何が原因なのだろうか。

 

「まあ、今のところ害はないし、飯でも食うか」

 

 リュックから縦長の缶詰を取り出し、プルタブを持ち上げる。

 中にはゴローニャのように茶色に焼き上がったパンが二つ。保存用のパンであり、こういう時には結構お役立ちの代物。そしてなんと言っても世間では『ゴローニャのパン』として知られている有名な食べ物である。ガラル地方にも売っててびっくりだったが、有り難く購入した。

 

「妙な気配がするものだから来てみれば………これはどういう状況なんだ?」

「ダンデ………?」

 

 パンを一口頬張ったところでジグザグマの群れの中から野生のダンデが現れた。焚き火の灯りにでも吸い寄せられたか?

 

「おお、ハチではないか!」

 

 あちらも俺に気がついたようで戦闘態勢に入る、ということもなくこっちに近づいてくる。

 まさかジグザグマの親玉はダンデだったのか?

 

「サーナイト、サイコキネシス」

「サナ!」

 

 なんかジグザグマよりも身の危険を感じたため、サーナイトに動きを止めてもらった。

 人間相手に何の躊躇いもなくサイコキネシスを使うサーナイトちゃん、マジ卍。

 

「んほっ!?」

 

 おいやめろ。

 気持ち悪い声を出すな。

 

「………お前、何してんの?」

「いやー、ナックルジムの裏でリザードンと合流する予定だったんだが、もう三日も合流出来なくてな」

 

 ……………はっ?

 こいつは何を言ってるのだろうか。

 ナックルジムの裏で? リザードンと合流予定? それが三日前の話で今も彷徨ってると?

 ツッコミ所しかねぇ………。

 いや、そもそもここから近いのってエンジンシティだぞ?

 それが三日も彷徨ってここまで来たってか?

 バカだろ、こいつ………。

 バカを通り越して恐ろしいまである。

 

「お前マジで一人で一歩も動くなよ。ナックルシティってあれだろ? エンジンシティよりも北にある、ワイルドエリアの北の街の。何でそんなところにいた奴がエンジンシティを過ぎてガラル鉱山前まで来てるんだよ」

 

 どこをどう動いたらこんなところに辿り着くんだよ。意味分かんねぇよ。

 

「む? ここはガラル鉱山が近いのか?」

「そうらしいぞ。そこに立て札があるだろ」

 

 俺も目印にしていた立て札を指差してやると、まじまじと文字を読んでいくダンデ。焚き火の灯りで辛うじて読めるだろう。

 

「ふむ、ではこっちにいけばナックルシティだな」

「待て待て待て! お前はもう動くな!」

 

 何でそうすぐに動こうとするんだよ。サーナイトに超念力を使ってもらってて助かったわ。

 

「くっ、立ち止まったらオレの身体は硬くなってしまったのだろうか。ふんぬっ!」

 

 おいやめい。

 下手したら身体捥げるぞ。

 

「何だよ、この面倒な時に」

 

 ダンデが力技で強引にでも動こうとしていると、俺のスマホに珍しく電話が来た。

 見ると未登録の番号。

 …………どうしようか。

 番号を教えたのなんてソニアか爺さんかミツバさんくらいだしな………。あ、あとシャクヤとカブさんもか。

 けど、シャクヤやカブさんが未登録番号でかけてくることはないし、爺さんやミツバさんは以ての外だ。候補としては弱いか。

 もしかしてソニア辺りが予備のスマホからかけてきたとか?

 あるいは国際警察の方からという線も考えられなくもないが、壱号さんを通さずにというのはまずあり得ない。となるとそこも可能性は低いだろうな。

 さて、誰がかけてきたのやら。

 

「もしもし?」

『あ、ハチ?』

 

 おっと?

 ソニアよりも気の強そうなこの声ーーー。

 

「………その声はルリナか?」

『そそ。ちょっと緊急事態でさ。ソニアに番号聞いた』

「あんにゃろ………。まあいい。それで緊急事態ってのは?」

 

 何勝手に番号教えてるんだよ。

 今度会ったらお仕置きだわ。

 

『アンタ、ダンデと知り合いだったよね?』

「まあ、不可抗力ながら」

 

 特に遭遇する気はなかったのにな。

 まさかガラルに来た翌朝にはチャンピオン登場だったもんな。世界はこんなにも狂ってるのかと思えるレベルだわ。

 

『あいつ今どこにいるか知らない?』

 

 ……………………。

 

『もう三日も連絡付かないみたいでさ。こっちから連絡しても繋がらないし。まあ、いつものことだろうってことにはなってるんだけど、それにしたって三日も足取りが掴めないってのは異常なわけよ』

 

 ……………………。

 やっぱり野生のダンデはケーシィ並みに捕獲が難しいようだ。

 というか既に方々に迷惑かけてんじゃねぇか。何やってんだよ、無敵のチャンピオン。

 

「あー、その………非常に言いにくいんだが、俺の目の前にいるんだわ」

『はあ!? マジで?!』

 

 多分ダメ元でかけてきたんだろうな。

 予想外のことにルリナの声が音割れし、思わずスマホから距離を取ってしまった。

 

「マジマジ。大マジよ。なんかさっき野生のダンデが現れてさ。一応捕獲はしておいたんだが………」

 

 それでも強引に逃げ出そうとするのだから、マスターボールでもないと捕まらないんじゃないかと思えてしまう。カツラさんに頼んでダンデ用のマスターボールを開発してもらおうかな。

 

『ナイス、ハチ! 今どこにいるの!』

「エンジンシティから出てガラル鉱山前で野宿中。『この先ガラル鉱山』って立て札があるところでジグザグマの群れに取り囲まれながらキャンプしてるぞ」

 

 不思議なことにまだいるんだよな、あいつら。もしかして腹減って何か食わせてくれって魂胆なのだろうか。

 

『はっ? え? はっ? なんか今とんでもないこと聞こえてきた気がするんだけど、まあいいわ。どうせハチとダンデだし。それよりエンジンシティから向かったガラル鉱山前ね。何をどうしたらそんなところに辿り着くのか分からないけれど、そう伝えておくわ』

「なるべく早く迎えを寄越してくれると助かる。この野生のダンデ、全然言うこと聞かねぇ………」

『ガラルのジムバッジを取ってないからでしょ』

「全部取ったとしても言うこと聞きそうにないんだが?」

『そこはもうアンタの技量次第ね。言っとくけど、私らは既に匙を投げたわ』

「おい」

 

 匙を投げたって………。

 それって最早誰にも制御出来ないってことなのでは?

 そんなもんを押し付けられても困るんだけど………。

 

「俺に面倒を押し付けられてラッキーとか思ってるだろ」

『ラッキー通り越してハピナスって感じだわ』

 

 うっわ、酷ぇ………。

 この妙に言葉遊びで返してくる余裕たっぷりな感じ。

 ダンデが俺の目の前にいると分かった途端これだよ。

 

『あ、それとハチ』

「なんだよ」

『さっさとジム戦に来なさいよ。もう殆どのチャレンジャーが私のところに来ちゃったわよ』

「へいへい」

『んじゃ、その迷子よろしく』

「へーい」

 

 さて、どうしようか。

 迎えが来るまではどんな手段を使ってでも野生のダンデを押さえつけとかないとだからな。どうしてくれようか。

 

「ルリナは何だって?」

 

 いつの間にかドカっと座り込んでいるダンデが聞いてくる。

 サーナイトちゃん、解放しちゃったの?

 

「『いい歳して迷子になってんじゃねーよ、バーカ』って」

「それ、一言一句違わずハチの心の声だよな………?」

「さあ? どうだろうな」

 

 多分、俺以外もそう思ってると思うぞ。

 

「つか、三日も彷徨っといて何で誰にも連絡入れねぇんだよ」

「連絡? ああ! 忘れてたぜ!」

「おい………」

 

 そもそもこいつの場合、迷っている自覚がないため、人に頼るという発想すら思いつかないのだろう。

 何をどうしたらこんな大人が出来上がってしまうのやら………。

 

「キバナならSNSの使い方もお手のものなんだが、オレはそういうの苦手でな。登録とかも殆どやってもらった上で使ってるぜ」

「少しは自分でやるようにしろよ」

 

 俺も人のことは言えないが。

 だから気持ちは分からんでもない。

 ただ、衆目に晒される身ともなるとそうも言ってられないのも事実。

 

「今まで使ってこなかったものをいきなり使えと言われてもな。登録したところで使うことも少ないし、連絡を取ることもないんだ。便利かもしれないが、オレの生活では優先順位がかなり下になる。それで慣れろというのは無理な話さ。尤も……これを聞かれたらソニアには呆れられるだろうがな」

「そうだな、一旦引いた後にしょうがないなーとか言ってなんだかんだで色々してくれるんじゃねぇか?」

 

 ソニアのことだ。

 ダンデに頼み込まれたらしょうがないなーって言って手伝ってくれるだろうし、色々世話しそうだ。

 

「………ん? ハチ、君はもしかしてソニアと知り合いなのかい?」

「あれ? 言ってなかったっけ?」

 

 ルリナに知られていたからてっきりダンデも知ってるもんだと思ってたわ。

 そういえば確かにダンデの前ではソニアの話はしたことないかもしれない。

 

「聞いてないぞ! ソニアは! 元気なのか!?」

「元気だよ。半年くらい前までは自分の在り方に悩んでいたみたいだが、少しは吹っ切れて前を向けるようになったぞ」

「そうか、そうか…………」

 

 ダンデは噛み締めるように事実を受け止めた。

 ソニアが言っていたように本当にダンデとソニアは連絡を取り合っていないようだ。それでもお互いの情報を仕入れている辺り、間に入っているのはルリナなのだろう。他にはカブさんという線もあるが、ソニアとの関係を考えるとルリナくらいしかいないか。

 

「連絡取ってなかったんだってな」

「ああ、オレが忙しいのもあるが、何となく避けられてるような気がしてな。ルリナたちの話を聞く限り嫌われたからってわけではなさそうだったから、まだ平静を保てていたんだが………」

 

 一応避けられていたことは自覚しているらしい。ただその理由までには至っていないようだ。

 

「まあ、有名なポケモン博士の祖母がいて、無敵のチャンピオンが幼馴染って環境だったら悩みの一つや二つくらい生まれてくるだろうよ」

「ハチは何に悩んでいるのか知ってるのか?」

「そうだな。知らないわけではない。ただこればっかりは本人の口以外から言うことでもないだろ」

 

 特にソニアの悩みの種はダンデとマグノリア博士なのだ。悩みというよりかはコンプレックスとはっきり言った方がいいか。

 こればかりは本人に知られたら立ち直れないまであるからな。俺も口を閉ざすしかない。

 

「そう、だな………ソニアが何に悩んでオレから距離を取っているのかは気になるし心配ではあるが、今はそっとしておくべきなんだよな」

「ああ、お前は無敵のチャンピオンとしてあり続ければいいんだよ。待つのがお前の仕事だ」

「分かった。…………ただやっぱりハチやルリナには嫉妬してしまうな。オレもソニアに悩みを打ち明けられたかったぜ」

「そこは立ち位置の問題だな。ルリナは女で親友。俺はソニアのことを全く知らなかった。だから話してくれたってのもある。まあ、俺の時はついに爆発したって感じだったが」

 

 あれは悩みを打ち明けられたなんてものじゃない。八つ当たりもいいところである。

 

「………なあ、ハチ」

「なんだよ」

「一発殴っていいか?」

「何でだよ」

 

 こいついつから暴力系主人公になったんだよ。

 お前無駄にマッチョなの分かってるからな?

 俺との身長差もあれば、体格がまるで違う。

 そんなのに殴られてみろ。全治一ヶ月は軽くいくだろうよ。

 俺はまだ死にたくない。

 

「なんかムカついた」

「おい………」

 

 しかも逆恨みじゃねぇか。

 そんなことで怪我させられたんじゃ理不尽にも程があるぞ。

 

「そういえば、まだジム戦に出ていないそうじゃないか」

「………誰のせいだと思って」

 

 話題を変えてきたかと思えばこれか。

 

「ん? オレが何かしたのか?」

「そうだな、一ヶ月前お前とルリナが俺を巻き込まなければこの一ヶ月、調査に明け暮れることもなかっただろうよ」

「オレとルリナ………開会式の日のダイマックス同時発生の時か?」

「そう、それ」

 

 まあ、あの時関わらなかったら関わらなかったで、そう遠くない未来で後悔しているだろうがな。

 

「確かカブさんの話だとそっちには異様に強いシェルダーがダイマックスしていたらしいじゃないか」

「ああ、カブさんからは通常であればワイルドエリアのスタッフたちだけで対処しているし、完遂出来ていると聞いた。だが、あの時はそのスタッフたちがコテンパンにやられていたんだ。どうにか俺たちが到着するまで粘ってくれていたが、結構ギリギリだったようだぞ」

「それで調査をしていたと?」

「ああ。お前の方も強かったんだろ?」

「そうだな。キバ湖東とミロカロ湖南に跨って近い場所で二ヶ所同時ってのもあったし、そもそも地上でダイマックスが起こっていること事態が異常なんだ。それにオレたちの方は陸上はアーマーガアで水上がギャラドスだったんだ。ワイルドエリアのスタッフたちが手こずるのも理解出来る範疇ではあったさ」

「なるほど、そっちは二体とも進化形だったわけか」

 

 アーマーガアとギャラドス。

 そして位置的にも近いとなると、挟み撃ち状態になっていたとも考えられる。

 それはそれでキツそうだな。

 一体を制御してもう一体に技を当てるとか出来たら楽かもしれないが、そんなことが出来てしまうトレーナーはまずいないだろう。だからやっぱりダークライはチートである。

 

「ああ、だから余計にそっちのシェルダーのことは気にはなっていたんだ」

 

 ただ、ダンデたちの方はそれだけだったようだ。

 アーマーガアもギャラドスも黒いオーラが見えた奴はいなかったらしい。進化前のシェルダーはダーク化擬きになり、進化後のアーマーガアやギャラドスは普通だった。

 ここに何か法則性があるのかもしれないが、単なる偶然とも考えられる。というか分かっていること自体が少なすぎるので、未だ何とも言えないのが実情だ。

 

「それで、何か分かったのか?」

「いや、全く。この一ヶ月を棒に振ったまであるな」

「そうか………」

 

 あれだけ調べ回ってこれだからな。

 この一ヶ月を返して欲しいくらいだ。

 

「けど、こんなところにいるということはそろそろジム戦に挑むつもりなのだろう?」

「ああ、一ヶ月調査して分からないのなら、これ以上調べたところで何も掴めないだろうからな。一旦調査は保留だ」

 

 調査してたらジムチャレンジが終わってましたじゃ話にならないからな。そろそろマジで動こうと思った矢先にこれである。嫌なタイミングで野生のダンデを引き当ててしまうとか、とことん運がないな。

 

「…………ハチは何故そこまでガラルのために動いてくれるのだ?」

「はっ?」

 

 いきなりこいつは何を言い出してんだ?

 ガラルのため?

 そんなこと全く思ったこともないんだが………。

 

「元はと言えばお前が原因だし、俺だって中途半端に関わるのは御免なんだよ。関わった以上、結果が分からないとモヤモヤして夜しか眠れなくなる」

「そ、そうか………ん? しっかり寝れてるのでは?」

「要は自分のためだって話だ。ガラルのためとか一回も思ったことはない」

「それはそれで冷たくないか?」

「そうか? もし仮に敵さんがいたとして、敵さんにダンデがボコられようが何とも思わないが、カブさんがボコられたんならボコり返すくらいは俺だってするぞ?」

「………オレの時にもボコり返してくれてもいいんだぞ?」

「無敵のチャンピオンがボコられてる時点で俺の手に余る案件だと思うんだがな」

「まあ、それもそうか。いや、しかしだな………」

 

 ダンデがボコされる未来すら見えないが、仮にそんなことがあれば俺一人がダンデを下がらせて追随したところで結果は変わらないだろう。やるんだったら誰も見てないところで、あるいは俺が俺だと分からないようにした上でやらないと、後々面倒なことになる。いっそ最初からウツロイドに憑依された上で登場した方が身バレを防げるかもしれないな。

 

「グォォォン!」

「お、この声はリザードン!」

 

 どうやらようやくお迎えが来たらしい。

 バッサバッサと降下してくるリザードンの威圧にとうとうジグザグマたちが捌けていった。

 

「探したぞ、ダンデ!」

「おお、キバナではないか!」

 

 リザードンの背中から一人の男が飛び降りてくる。

 どうやらキバナがリザードンとともに迎えに来たらしい。

 

「何悠長にキャンプしてんだよ。ほら、帰るぞ。明日はキルクスジムでメロンママとマクワのバトルを観戦するんだろうが」

「ん? もう日取りは決まったのだな!」

 

 へぇ、ニュースで話題になってたマクワの親子対決が明日行われることになったんだな。

 まあ、俺はさっさとターフタウンに行くつもりだけど。

 

「ああ、ったく親子対決の日が近いぞって話をした直後に姿を消すとかマジでやめてくれよ」

「ナックルジムの裏でリザードンと合流する予定だったんだが、気がつけば合流出来ずに三日も経っていてな。いやー、参った参った」

「参ったのはこっちだっつーの。んで? そっちは?」

「ああ、ハチだぞ。偶然出会った」

「出たよ、ハチ。お前らのその妙なエンカウント率は何なの? 何かしらある時に限っているじゃねぇか」

 

 呆れた顔で俺を見てくるキバナ。

 なんか当たりが強かったのが段々と呆れに変わってきている気がするのは俺だけだろうか。

 

「俺に聞くな。毎回寄ってくるのはダンデの方からなんだ。俺は不可抗力だ」

「そうかよ」

 

 ただ、さして興味はないらしい。

 恐らく未だに俺に対して思うところがあるのだろう。

 どうでもいいけど。

 

「つか、さっきジグザグマたちに囲まれてたよな?」

「囲まれてはいたがそれ以上何もして来なかったんだよ。あの好奇心旺盛なジグザグマが」

「そりゃ、お前から妙に強い気配を感じるからじゃねぇの?」

「ああ、オレもそれに釣られて来たんだぜ!」

 

 強い気?

 強い気なんて俺出してたか?

 殺気を放つ必要もないし、そんな強い気が放たれてるのだったら俺も気付くとは思うんだけどな………。

 

「強い気ねぇ………」

 

 うーん、俺が気付かない、あるいは敵とは判断しない気…………で強い気……………。

 

「こんなん?」

「「ッ!?」」

 

 地面を軽く蹴って黒いオーラの風をぶわっと二人に浴びせると、二人の顔色が変わった。

 

「おい、ダンデ。さっさと帰るぞ。ここにいたら殺される」

「いや、流石にそれはないだろう? ない、よな………?」

 

 おい、気持ち悪いからガタイのいい男がオロオロとするな!

 あとこっちを見るな、なんか今のお前の顔気持ち悪い!

 

「お望みとあらば」

「よし、キバナ。帰ろうか」

「変わり身はっや!」

 

 気持ち悪かったのでさらに脅しをかけてみると、ダンデはさっさとリザードンの背中に飛び乗ってしまった。

 キバナが呆れてるぞ。

 

「ったく………出てこい、フライゴン」

「リザードン、すまなかったな。帰ろうか」

「グォォォン!」

「んじゃ、帰りはフライゴン、よろしく頼むぜ」

「フリィィィ!」

 

 そして二人はそのまま飛び去っていった。

 あいつ、本当何なんだろうな。どこを歩いたらナックルシティからここまで辿り着けるのやら。普通、ワイルドエリアに出た時点でここは違うってなるだろ。いくら方向音痴だからって度が過ぎるとかのレベルじゃない。方向音痴の他にも欠けているものがあるのではないだろうか。

 いい医者紹介した方がいいのかね。

 



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70話

 翌朝、ガラル鉱山を抜けるため洞窟………というか最早トンネルと言った方が合っているであろう鉱山の中に脚を踏み入れてすぐ。

 トロッコに乗ろうとしていた作業員の男性と目が遭い、何故かトロッコに乗せてもらうことになってしまった。

 

「こんなところに足を運ぶ奴なんて毎年ジムチャレンジャーくらいなんだけどな。兄ちゃんももしかしてジムチャレンジャーなのか?」

「ええ、まあ」

「ほー、大丈夫か? ここにいるってことは今からターフタウンでジム戦ってことだろ?」

「まだ期間はあるんで大丈夫じゃないですかね」

「ほー、余裕なこった」

「まあ、初心者トレーナーってわけじゃないんで」

 

 ガタンゴトンとレールの上を走りながら作業員のおじさんが質問してくる。

 俺は質問に答えながらも洞窟とは思えない明るさの風景を目に焼き付けていた。

 

「それにこの一ヶ月は調べ物をしてたんすよ。ガラル中を結構飛び回ってました」

「そいつはまた広範囲な話じゃないの。それで調べ物は見つかったのかい?」

「いいや、一ヶ月棒に振った思いですよ」

 

 時折石炭を乗せたトロッコのようなものがレールのないところを通っていく。恐らくトロッゴンだろう。マクワが連れているセキタンザンの進化前の姿はまさに石炭を運ぶトロッコのような姿だったからな。

 

「というかトロッコに俺を乗せてよかったんすか?」

「いいのいいの。どうせ俺もあっちの出口に向かうつもりだったんだ。ついでに一人や二人乗せようが何も言われないさ」

 

 それならそれでいいのだが。

 ただ何というか。

 ちょっと俺も考えなしだったなとは思う。

 このトロッコ、鉱山で使われているだけあり、中は結構土がこびり付いている。当然、作業服でもないのに汚れるのは必至。

 

「それにしてもこの鉱山明るすぎません?」

 

 その汚れを確認出来たのもひとえにここまで等間隔に設置されている灯りのおかげである。

 

「そりゃ、毎年ジムチャレンジの子たちが通るんだ。暗闇で迷子になられても困るからな。それに俺たちも灯りがあった方が便利だしよ」

 

 何というか過保護だな。

 まあ、一大興行事業と化していればそういう配慮も求められるというものか。それか過去に事故があったとか。

 何にしても苦情が殺到すればジムチャレンジ自体が中止になりかねない。多少の予算を出してでも普通に通ることになる道だけでも灯りを用意しておく方が安く上がるのだろう。

 ただし、野生のポケモンたちがどう思うかは別問題。ちらほらと見受けられるトロッゴンたちはあまり気にしていないようだし、この鉱山に限っていえば、上手く共存出来ているのだろう。しかし、別の場所ではどうなのか。ジムチャレンジを回る上でそういうところにも目を向けて見ておいた方が良さそうだ。

 出来ることならカントーやカロスでも便利さは求めたい。それで危険に脚を踏み入れるトレーナーが少しでも減れば万々歳である。

 

「その電気とかってどうやって供給してるんすか」

「一応太いコードで電灯を繋げてはいるが、鉱山の中にも発電装置を用意していてな。そこにでんきタイプのポケモンに電撃を入れてもらって充電しながら供給してたりもするぜ」

「まあ、そりゃそうか。そもそも電気が通ってなかったらトロッコを動かすのもままならないですしね」

「そういうこった。外にもソーラーパネルを用意しているからな。鉱山の中で電気に困ることはねぇよ」

 

 運搬・移動にトロッコは必需品だろうし、それが稼働しなければ仕事にもならないだろうからな。

 

「ちなみに電波は?」

「微妙だな。動画を再生しようと思ったら外にいくしかねぇくらいには弱いぜ」

「通ってはいるんだ」

「そう、通ってはいるんだよ。ただ、場所によっては届かなかったり、磁場の影響を受けてたりするな」

「ポケモンの巣窟ともなればそうなりますよね」

「だから俺も休憩がてら外に出ようとしていたわけさ」

「なるほど。それで外に」

 

 スマホを出してみるとアンテナは一本だけ立っていた。

 ああ、こういうことか。

 ほぼ圏外に近いじゃないか。

 どこの地方でもそうだが、洞窟内で迷ったが最後、人生終わりに等しいよな。

 なんて考えていると急にトロッコが止まった。

 

「おっと、ちょっと止まるぜ」

 

 どうしたのかと思えば、答えはすぐにやってきた。

 

「おー、ご苦労さん。そっちは送迎かい?」

「休憩ついでにな」

「そうかい。んじゃ、俺たちは潜ってるぜー」

 

 俺たちが向かっている方向からトロッコがやってきたのだ。

 レールをよく見れば分岐点になっており、三人の作業員を乗せたトロッコが曲がっていった。

 一本しかないから対向車がきたらどこかで待つしかないわな。今回は丁度分岐点のところだったからよかったものの、これが何もないところだったらどちらかが分岐点があるところまで戻るしかない。

 

「あの先は?」

「採掘場まで潜る道の一つだ。地下深くに潜ることになるからな。だからああしてトロッコも三つ繋がってるってわけだ」

「一人一つって計算か」

 

 ガコンと動き出したトロッコに揺られながら三両編成になっていたトロッコの行き先を見やる。何も乗っていない最後尾のトロッコだけが見える辺り、暗くはないし恐らく下り坂になっているのだろう。

 

「あ、そうそう。ここの鉱山なんだけどな。ちっとばかし珍しいものが出る時があってな」

「珍しいもの? ポケモンの化石とか?」

「いや、化石も珍しいが俺は異様に綺麗な石を見つけてな。ほれ」

 

 そう言って作業員のおっちゃんが見せてくれたのは白っぽい丸い石だった。

 

「っ!? これは………!」

 

 いや、これバリバリ見たことある奴じゃねぇか。何なら俺も持ってるやーつ!

 

「綺麗だろ? って、どした? そんな驚いた顔をして」

「あ、いや、これが何なのかは………?」

「それがよく分からなくてな。パールでもないし、けど綺麗な石だから取っておいたんだよ」

 

 いや、まあそうだろうな。

 こっちじゃ主流じゃなさそうだし。俺以外に持っているのはカブさんくらいだろう。それも公式では使われない、オフのカブさんのバトルでしか見られないのだから知る由もないか。

 

「他にこれと似た石は見つけませんでしたか?」

「あー………そんな白い感じじゃねぇけど、丸さと大きさで言えばこいつが近いかもな」

「マジか………」

 

 まさかのもう一種類の方も発掘していたようだ。

 キーストーンとメガストーン。

 まさかガラルでも出土してくるとは。

 伝承はカロスやホウエン地方で残されてはいるが、キーストーンやメガストーンは世界各地に埋もれてるのかもしれないな。

 

「水色、ね」

 

 さて、この水色の中にオレンジ色の葉っぱのような模様。黒いラインもあるし、三色と考えるべきか。この三色でイメージ出来るポケモンは何か、だな。石の波長を測定する機械があれば一発なんだが、ないものは仕方ない。今すぐには思い出せないが、ともあれ三色なため結構搾られるだろう。

 

「何だ、兄ちゃん。欲しいのか?」

「え? あ、いや………」

 

 急に欲しいのかと言われても………欲しいというかどのポケモンのメガストーンなのか気になるってだけだし………。

 まともに返事をする間もなく作業員はにっと笑って続ける。

 

「いいぜ、二つともやるよ。その代わり、ジムチャレンジは俺たち視聴者を楽しませてくれよ?」

 

 マジか………。

 そりゃもらえるなら嬉しいけど、相当レアなものだぞ?

 

「えと……先に言っておきますけど、これはメガシンカっていうポケモンの強化現象に必要な道具で、結構なレア物ですよ?」

「なら、尚更持っていってくれ。俺はポケモントレーナーじゃないんでな。使う機会がない」

「そう、ですか………なら、ありがたく頂きます」

「おう」

 

 何と気前のいい人なのだろうか。

 メガシンカを知らないっていうのもあるだろうが、それ以前にトレーナーじゃないからくれるってのもなかなか出来ないと思うぞ。

 普通は売ったらいくらになるだとか、そういう考えになるだろ。

 こりゃ、下手なジムチャレンジはやってられんな。観客、視聴者を楽しませるバトルをしないといけないというハンデを背負うのはなかなかに厄介だ。

 

「………と、着いたぜ」

「この先が出口っすか?」

 

 ガコンと停止したトロッコから降りるとその先にはレールが敷かれていなかった。

 どうやらこの先に出口があるらしい。

 とは言っても結構な広さがある空間で、辺りにはスコップやツルハシがたくさん並べられている。何ならヘルメットも置いてあるため、ここで道具を調達して採掘に向かうのだろう。

 …………あれ?

 あっちの入り口にはそんなのあったっけか?

 

「こっちだ」

 

 作業員の後を着いていくと段々と通路が狭まり、点いていない灯りもちらほらと出てきた。

 そして人工的な明るさとは違う自然の光が徐々に差し込んできたところで、ようやく出口が見えてきた。

 大抵洞窟が出来るのはポケモンの移動によるものなのだが、ここは外に大型のポケモンが出ることがなかったのだろう。だから出口になるに連れて通路が狭まったのだと思われる。

 

「うっ……眩し………」

 

 小一時間ぶりに太陽の光を諸に受け、目がチカチカした。

 作業員の男は慣れているのか外に出てすぐ、スマホを取り出して操作している。

 

「さてと………お、始まったみたいだな」

 

 何か目的があって外に出て来たのだろうが、何を見ているんだ?

 

「何がっすか?」

「今年のジムチャレンジの目玉と評されている親子対決だよ。キルクスタウンの」

「親子対決…………それってマクワとメロンさんの?」

「そうそう。何年か前にも息子の方がジムチャレンジに出てたが、そこから成長した今回はチャレンジカップの優勝候補って言われてるんだよ」

 

 あの二人のバトルって今年の目玉だったのかよ。

 

「チャレンジカップっていうとジムチャレンジ参加者の中からチャンピオンカップに出場するチャレンジャーを決めるトーナメントでしたっけ?」

「そうそう。で、マクワはその優勝候補ってわけさ」

 

 チャレンジカップとはいえ、マクワが優勝候補になっているとは………。

 それだけ名前と実力が売れているという証でもある。

 

「やっぱり親がジムリーダーともなると人一倍に目立ってしまうんすね」

「そりゃな。ただ、マクワはちゃんと実力もある。親の七光りってわけじゃねぇ」

 

 世間的にもちゃんと実力が評価されているみたいだな。

 有名人の子供や孫ともなると親の七光りだ何だと言ってくる奴が一定数はいる。だが、ポケモンバトルは親の七光りどうこうなんて話は持ち出すだけ無駄だ。結局はポケモンの強さ、トレーナーのバトル構築力、読み合いと駆け引きが命だ。その他閃きやらメンタルやら何やらと必要なことは多岐に渡るが、少なくとも親の七光り程度の奴が勝ち残れるような甘い世界ではない。

 

「専門タイプをどうするかで母親と揉めてるみたいですからね。実力がないと自分の意見を通すことも出来ない。あれから強くなったであろうマクワとバトルするのが楽しみですよ」

 

 そしてマクワの場合は、メロンさんとは別のタイプを専門としているようで、その時点で親の七光りは捨てているようなものだ。

 そんな奴といずれバトル出来るのかもしれないと思うと、無性に嬉しくなってくる。

 この辺は俺もポケモントレーナーの一人というところか。

 

「まあ、その前に兄ちゃんもジム戦で勝ってかないとな」

 

 ニッ、と笑う作業員の顔が現実を叩きつけてくる。

 

「ああ、そうそう。その事で一つ伝え忘れてました」

 

 そういえば名前を言ってなかったような気がする。

 それにこのままの姿で出るというわけでもないのだ。俺のジムチャレンジを見ようとしても、まず見つけられないだろう。

 

「ん? なんだ?」

「ジム戦の中継で被り物を被ったハチって選手が出てきたら、それ俺なんで」

「はっ? 被り物?」

「ちょっと大勢の前で顔を出すのが恥ずかしくてですね。推薦書に被り物の許可の申請も込みで出したら通っちゃいましてね」

 

 恥ずかしいのも理由の一つではあるが、一番の目的は俺がヒキガヤハチマンだと知られないようにするため。まあ、このことは誰にも言えない秘密であるが。

 

「お、おお。取り敢えず被り物をしたハチだな。よし、覚えた。んじゃ、行ってこい、ハチ!」

「うす」

 

 痛い。

 景気付けになのか激励のつもりなのか、背中を叩かれたらめっちゃ痛かった。

 思わぬところでまさかのものを手に入れてしまったが、ようやくジムチャレンジが始められそうである。

 

「………………」

 

 そんな考えをしていた時期もありました。

 数分後には目の前の光景に言葉を失ってしまった。

 

「嘘だろ………」

 

 うげぇ………。

 鉱山を抜けたというのに今度はこのクソ長い下り道を進まないといけないのか。

 ターフタウンはここからでも見えているというのに、目的地までが長い。

 これ今日中にターフタウンに着けるのだろうか。

 

「………と、誰だよ」

 

 先が思いやられる道のりに嘆いているとスマホが鳴った。

 表示されていたのはミツバという文字。

 ミツバさんか。何かあったのだろうか。

 

「もしもし?」

『お願い、ハチ君! ダーリンを助けて!』

 

 第一声からして穏やかではない。

 急を要する慌てた様子にこっちも緊張が走っていく。

 

「何があったんですか」

『急に強い風が吹いたかと思えば、島周辺の天気が荒れ出して………何か嫌な予感がするってダーリンが様子を見に行ったっきり、帰って来ないの!』

 

 どうやら島周辺の天気が荒れているらしい。

 ただ、爺さんが嫌な予感をしたということは、多分何かあるのだろう。普通じゃない、何かが。

 

「そんなに荒れてるんですか?」

『こんなの初めてだよ! ハッキリ言って普通じゃない、異常気象だわ!』

「そんな時に外出るんじゃねぇよ、ったく………分かりました。念のため門下生たちも含めて誰も外に出さないように。道場にいてください。どうにか探ってみます」

 

 いくら嫌な予感がしたからと言って老人が一人で外の様子を見にいくのは無謀もいいところである。

 去年のワイルドエリアでのダイマックス多発事件の時でも、元々頭数に入れられてなかった俺を連れていくくらいだ。勘は働いても対処するだけの体力があの爺さんにあるかどうか………。

 確かに本気モードの爺さんは強い。身体能力も俺よりクソ高いと思う。けど、年齢が年齢だ。無茶は禁物なはず。

 

『分かったわ………』

 

 恐らくその辺も心配してミツバさんは俺を頼ってきたということだろう。

 それならば応えないわけにはいかない。

 あの人たちには世話になってるからな。恩を仇で返すようなことは出来ないし、したくない。

 ミツバさんには門下生たちを外に出さないように言い渡し、通話を切った。

 

「ウルガモス、急いで鎧島に向かうぞ」

 

 こうして俺はターフタウンに着く前に鎧島に出戻りする羽目になった。

 爺さん、頼むから死ぬようなことにだけはなってくれるなよ。

 



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71話

「もしもーし」

『どうしたのだ? 君からかけてくるなんて珍しいではないか』

「ちょっと緊急事態が起きてるみたいでしてね」

『ほう』

「ガラルの鎧島で異常気象に見舞われてるらしいですよ」

 

 鎧島に向かう途中。

 念のため壱号さんに鎧島の状況を伝えておくことにした。

 

『ふむ…………、確かに鎧島周辺だけ気象が乱れているようだ。本土には影響もなければ、その他の海域でも特に問題はない。局所的に何かが鎧島で異常気象が起こるようなことがあるのだろう。原因として考えられるのは、やはりポケモンか』

「まあ、そこが一番考えられるでしょうね。自然現象であればそれはそれで問題ですけど、雨風というよりは島が噴火するとかの方が考えられますし」

 

 パッと状況を見ただけでも壱号さんの見解はポケモンによるものだと考えられるようだ。

 その辺が聞けただけでも原因を絞り込めるため、原因の排除もしやすくなるだろう。

 

「つーわけで鎧島周辺を国際警察として封鎖しといてください。島民の避難も外部からは無理でしょうから、下手にそこも動かさないように。多分、マスター道場が避難所になってるとは思うんで、そっちはどうにかなるかと。原因の方は俺が対処します」

『何か心当たりがあるのか?』

「まあ、嫌な予感が当たらなければいいんですけどね。予感通りなら面倒なことになりそうだなと」

 

 心当たり、というものに当たるかどうかは分からないが。

 ただ、一応この時間軸においては未来人に当たる俺からすると、時期的に見て奴が関係してそうな気がするのだ。そう考える出来事も開会式の日に起きたばかり。

 今日か明日か明後日か。この時間軸の本来の俺はカロスで黒いルギアと対峙することになる。その前日譚がコレならば辻褄も合う。

 

『そうか』

「ただその場合、もしかすると人間側が何かしらやっている可能性もあります。そうなるとその犯人を見つけられたとしても生かして捕縛、あるいは姿形さえも残せる保証がない」

『そんなに危険な相手なのか?』

「危険と言えば危険ですが、こっちも手加減なんて出来そうにないので。可能な限りやってはみますが、その際は」

『いいだろう。ではそちらは君に一任する。封鎖はこちらでやっておこう。事態の収束に向けて健闘を祈る』

「了解」

 

 これで外から鎧島に入ってくる者はいなくなっただろう。ミツバさんが他にダンデとかに連絡を入れていればジムリーダーたちが駆けつけてくるだろうが、ジムチャレンジの最中である。特にマクワとジムバトルしているメロンさんは無理だ。そしてそれまでのジムリーダーたちも挑戦を受けているはず。

 仮にマクワがトップを走っているとするならば、キバナと七番目のジムリーダー辺りは駆けつけられるか。後は暇そうなダンデくらいか。

 いや、そういえばあいつは今マクワとメロンさんとのバトルを観戦しているんじゃなかったか? 恐らく公式観戦だろうから、抜けるのは無理だな。となるとやはり駆けつけられるのはせいぜいキバナと七番目のジムリーダーくらいだな。

 

「ルギァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」

 

 なんて考えていたらあっという間に本土を出て鎧島が見えて来ていた。

 そして急に風も強くなり、湿気が高くなってきた気がする。しかも見えてきた鎧島にだけ雨雲が掛かり、激しい雨を降らせているように見える。

 うん、これは異常気象だわ。

 

「やっぱりルギアだったか」

 

 そして、それを引き起こしているのはやはり黒いルギアだった。

 恐らくここから見えているのはチャレンジビーチ辺りだろう。そこに聳え立つ塔をエンジュの塔と勘違いしてたりしないよな………?

 

「さて、相手がルギアならやることは一つだな。ウルガモス、交代だ。クレセリア」

 

 まずはここまで飛んでくれたウルガモスを休ませる意味も込めてクレセリアを出し、その背中に飛び移る。そしてウルガモスはボールの中へ。

 

「ザルード」

 

 次にザルードをボールから出し、俺の後ろに乗せた。

 

「島に着いたらお前は怪しい人物がいないか探してくれ。恐らくいても対処しようとしない、観察やデータ取りをしているだろうからな。ルギアの側にはいるはずだ。そういう奴らを見つけたら見張っておいてくれ。決して深追いはするなよ。奴らはトレーナーのポケモンを強制的に捕獲することが出来る。お前も例外なくな。だから危険を感じたら逃げていい」

 

 今の俺のポケモンたちの中で一番鎧島に詳しいのはザルードだ。土地勘を持っているであろうジャングルの主に怪しい者がいないか探らせることにする。

 黒いルギアーーつまりダークルギアないしその擬き。そんなポケモンを生み出す組織は一つしかないし、そのメンツも開会式の日には既にガラルにいた。

 この一ヶ月尻尾を掴めなかったが、ここにきてようやく動きがあったと見ていいだろう。

 ルギアで何をするつもりなのかは分からないが、碌でもない事であるのは確か。それに矛盾を生じさせないためにもここでルギアをカロスの方へと追いやらないといけない。

 だから何が何でも奴らに邪魔されることだけはあってはならないのだ。

 上手くいけばあいつらも捕まえることが出来るだろうが、欲は出さない。まずはルギアの対処が最優先事項である。

 

「ダークライ、クレセリア。お前らは俺とルギアを止めるぞ」

 

 今回は黒いルギアということもあり、こちらも惜しみなく戦力を投入することにした。

 ダークライ、クレセリア、そしてウツロイド。

 ザルードには怪しい者の監視。

 逆にこれだけのメンツを出すともなると、トレーナーが俺だとバレてはいけないことにもなる。だからサーナイトたちや爺さんとバトルしているジュカインでさえも出すわけにはいかないのはちょっと痛手だ。

 それでもまあ、何とかなるだろ。

 

「相手はルギアだし一応イワZでも着けておくか」

 

 これからウツロイドに憑依されて戦うのだ。当然メイン火力となるのは俺たちだ。となるとここはウツロイドに合わせたZクリスタルにしておくべきだろう。

 

「来い、ウツロイド」

 

 そしてウツロイドをボールから出して俺に憑依させる。

 ウツロイドによりハチロイドと命名されたこの姿。白い半透明な姿から一転、黒く禍々しくなったこの姿は結構ヤバい。

 未だこの姿の最大火力を測り切れていないが、測り切れていない時点で相当のものだということだけは分かる。

 それを俺の意思で動かせるというのだからチートもいいところである。

 

『「ケッキョク、ドウジョウチカクカ」』

 

 そんなこんなで指示を出しながらルギアを追いかけていると島を半周程してしまったようで東側へとたどり着いていた。

 人気がないところであればあまり気にせず戦えたのだが、道場近くともなると、逸れた攻撃が道場に直撃しないか心配である。

 受ける時の角度とかも考えていかないとだな。

 

『「ダークライ、エンリョハイラナイ。オマエノチカラヲゾンブンニフルエ」』

「ライ」

『「イクゾ」』

 

 ザルードがクレセリアから飛び降りて、静かに木々の中へと身を潜めに行ったのを確認して、ダークライ、クレセリアと共にルギアの方へと向かう。

 近づくに連れて気流が激しく乱れ、バランスを崩しそうになる。雨や雷はさっきからあちこちで鳴り響いている。

 それだけ翼の一振りだけで激しい風が生み出されているのだろう。そして毎度角度が変われば風向きもバラバラになってくる。それが俺たちを揺るがす原因でもあり、異常気象の要因といったところか。

 

『「イツマデモアバレマワッテルンジャネェ、ヨ!」』

 

 まずは挨拶代わりにルギアの頭上まで行き、拳を叩きつけて撃ち落とした。

 これはウツロイドの強い要望によりこうなった。物好きすぎるんだよなぁ、こいつ。ハチマンパンチって名前までつけるくらいだし。

 ただ、ポケモンの技ではないのに誰に対しても強力なんだよな。

 現に拳一つで海に向けて叩き落としてるんだから、その威力は計り知れない。

 

「ライ!」

 

 そして、海に落ちる直前でダークライのシャドーボールがルギアの腹を抉り、また打ち上げる結果となった。

 

「ルギァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!」

 

 頭と腹に強い衝撃を受けたルギアが激しい咆哮を走らせる。

 そして黒いエネルギーが開いた口に集まり始めた。

 恐らくルギアの代名詞でもエアロブラスト、のダーク化したものだろう。カロスでもこんな感じだったし。

 

「レーヒ!」

 

 ダークライの後ろからダークライを守るように光の壁が何枚も形成されていく。

 俺は既にルギアの背後に回っているため攻撃が飛んでくることはない。

 

「ライ!」

 

 最後に黒いオーラで包み込むと、黒いエアロブラストが発射され次々と光の壁を砕いていった。

 被害はそれだけ。

 クレセリアもまた本気を出してサポートしているということだろう。

 

「ライ!」

 

 ダークライが砕け散った壁を再度黒いオーラで呑み込み、そのままルギアへと打ち込んでいく。

 

「ルギァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!」

 

 だが、直前でハイパーボイスにより弾かれ、破片全てが力を失い海へと落ちていく。

 本当に隙がないな。

 だったらこっちからも気を引いてみるか。

 

『「パワージェム」』

 

 背後から岩々を次々と撃ち込んでいくと、ギロリとこちらに睨みを効かせてきた。

 

『「ニランデモムダダ」』

 

 顔面に目掛けて再度岩々を次々と放つ。

 その間にダークライは動きを止めるためにさいみんじゅつを掛けてみたようだが効果がなく、パワージェムを翼で防いだところをダークホールで呑み込んでみるも眠らせるまでには至っていない。

 それだけダークオーラが強いということだろう。

 

「ダークライにクレセリア!?」

「それに、伝説の二体を従えるあの黒い生き物は………ポケモン、なのか………?」

 

 ふと砂浜の方を見ると見覚えのある男二人と少女が一人がこちらを見ていた。

 

「ボルグ、奴らのデータも取れ。ラブリナ、力を使い切ったところを狙え」

「はいはーい!」

「了解」

 

 手前にいる白衣の男はボルグ。

 その横にいる少女は初めてだが、一緒にいるということはお仲間なのだろう。

 そして、その後ろに控える一人だけ目付きの鋭い殺し屋みたいな男が、シャドーの元ナンバー2にして実質トップに君臨していたジャキラだ。

 揃いも揃ってこんなところにいるとは。

 確か俺が脱出した後に捕まってたはずなのだが………。

 

『「サスガハアクトウトイッタトコロカ」』

「ルギァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!」

 

 ルギアに視線を戻すと、雄叫びを上げながらこちらに飛び込んできていた。

 

『「10まんボルト」』

「レーヒ!」

 

 電撃を浴びせてその場に押し留めると、上からクレセリアが降ってきた。

 まさかののしかかりかよ。

 めちゃくちゃいいタイミングだったけどさ。

 ルギアが出鼻を挫かれてぶるぶると首を振っている間にクレセリアは離脱していった。

 

「ライ」

 

 それを確認してかダークライが黒いオーラで巨大な檻を作り、ルギアを閉じ込めた。

 ルギアは檻を壊そうと口を大きく開き、エネルギーを溜め込んでいく。さっきよりも禍々しく、よりダークオーラが身体に馴染んできているように見える。

 

「ルギァァァアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」

 

 激しい咆哮と同時に黒いエアロブラストが飛んでくる。

 それを今度は巨大なダークホールで呑み込んでしまい、次の瞬間にはルギアの背後から撃ち出されていた。

 うん、エゲツない。

 あのダーク化したルギアをこうも簡単に封じ込めていくとか、以前のダークライでは出来なかっただろう。

 それこそ、俺の記憶を食ってエネルギーを蓄えるくらいには有事の時のエネルギー不足が顕著だった。

 ……………あれ?

 そういえば最近、ダークライに記憶を食われた形跡がないような気がする。スクールでのことも思い出せるし、その後の旅も結構覚えている、な。

 それなのにこれって、ダークライさんマジで伝説ポケモンの風格出してるじゃねぇか。

 やっぱり破れた世界に行ったのが要因なのか?

 そうなるとクレセリアの方も同じようなことになっているのかもしれないな。のしかかり一発で仕切り直させているくらいだし。

 

「ライ!」

 

 そして、ダークライはでんじは、あやしいひかり、かなしばりと次々に技を繰り出し、眠らせること以外でルギアの動きに制限を掛けていった。

 最後に俺と目が合うと再び黒いオーラを激しく活性化させて再度巨大な檻を作り出してルギアを封じ込めていく。

 それと同時に俺はイワZのポーズを嫌々ながらも取っていき、ルギアの頭上に巨大な岩石を作り上げていった。

 

「ライ!」

 

 全てが整ったのを確認するとダークライは檻ごとルギアを勢いよく垂直に打ち上げた。

 

『「ダークライ、ヨクヤッタ」』

 

 打ち上げられた先に待っているのは巨大な岩。

 今からこれでお前は海に叩きつけられるんだよ。

 

『「ワールズエンドフォール」』

「ルギァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!?!」

 

 檻よりもデカい岩石が檻をぶち壊し、そのままルギアを海へと叩きつけていく。

 ザッパァーン! と高波が立ち、周りに波紋が広がっていく中、南の方へと移動する影が見えた。

 

『「………ニゲタカ」』

 

 ダークオーラに呑まれた中でも、何をしてもやり返されることを感じたのだろう。ここにいては危険と見て、移動を始めたのかもしれない。

 ひとまずこれでミッションは成功かな。

 あとはあいつらを捕縛出来れば儲け物ってところか。

 

「ルギア!」

 

 ッ!?

 まさかこんなところにまでいるとは。

 いや、まあ確かにあり得る話ではあるか。元々彼女たちはルギアを追ってカロスにまで来ていたんだし。

 

『「オウナラオエ。イキサキハオソラクカロスダ」』

「「しゃ、喋った?!」」

 

 ルギアを追って来ていたのであろうオリモトたちにカロスへ行くよう促し、俺はジャキラたち三人の方へと向かった。

 

「……………ッ! チカ、行こう! カロスに!」

「う、うん!」

 



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72話

「「「ッ!?」」」

 

 ジャキラたちの前に立ちはだかると三者とも目を見開いて動きを止めた。

 

『「ナニガネライダ」』

「なっ!?」

「話せるの?!」

 

 一声掛けただけでこの反応。

 流石にダークポケモンの研究をしているボルグですら尻込みするようだ。

 

「フッ、人間を取り込んだ化け物風情にとやかく言われる筋合いはない。強いて言えば貴様らのような化け物を排除するため、とでも言っておこうか」

 

 だが、この男だけは変わらない。

 恐怖のいうものを感じないのか、はたまたこの程度では恐怖にもなり得ないのか。

 まあ、ある意味こいつらも化け物を作り出している側なのだし、このくらいで驚いているようでは話にならないと考えていてもおかしくはない。

 

「ラブリナ、後は任せた」

「えっ、うそでしょ!? アタシこんな化け物の相手なんか………ッ!?」

「命令だ。捕獲して帰って来い」

「………はい」

 

 ラブリナと呼ばれたピンク髪の女は反論しようとするもジャキラに一睨みされて萎縮してしまう。

 

『「ニガストデモ」』

「逃げる? 心外だな。我々は帰るだけだ。部下に貴様の捕獲を命じただけで勘違いされては些か憤りを感じるというものだな」

「バシャァァァ!!」

『「コノテイド、ナンテコトハナイ」』

 

 背後からバシャーモが攻撃してきたが、ウツロイドに憑依されている間は飛躍的に感知能力が上がっているため、接近しているのも知覚出来ていた。

 人の域を超えたとはまさにこういうことだろう。

 黒い触手でバシャーモを薙ぎ払うと、続けてラブリナとかいう女のミロカロスが鳥栖を巻きながら突っ込んでくる。その後ろからは女の元にいるメガニウムの蔓が伸びてきていた。

 狙いはミロカロスの攻撃を躱したタイミングで蔓で拘束することだろう。不意を突いたつもりかもしれないが、これでは単調過ぎて面白さの欠片もない。

 

「舐めんじゃねぇ! ミロカロス、ハイドロポンプ!」

 

 俺がペシッとメガニウムの蔦を弾くと、開いた距離を埋めるようにミロカロスから水砲撃が飛んできた。

 

『「ミラーコート」』

 

 それを反射してミロカロスに返す。

 

「メガニウム、やつあたり!」

 

 態勢を立て直して突っ込んでくるメガニウムをよく見ると禍々しいオーラが漂っていた。

 なるほど、こいつも堕ちたポケモンか。

 

『「マジカルシャイン」』

 

 まずは光を迸らせてメガニウムの動きを止める。

 

『「ドクヅキ」』

 

 そして怯んだ隙に毒を纏った触手を打ち込んで女の方へと飛ばした。

 毒状態にはならなかったようで、わなわなと身体を震わせながら徐々に立ち上がっていく。その隣にはミロカロスも戻ってきた。

 

「メガニウム、はなびらのまい! ミロカロス、ふぶき!」

 

 今度は同時に撃たせてきたか。

 だが、何度やろうと同じことである。

 

『「ミラーコート」』

 

 全て弾き返してメガニウムとミロカロスを襲わせた。

 だが、二体が被弾する瞬間、何かが間に割って入り再度こちらに撃ち返されてしまった。

 

『「サイコキネシス」』

 

 超念力で軌道を逸らすのが精一杯というところで、恐らくただ返されたというわけではなさそうだ。

 

「カマカマネ!」

 

 ッ!?

 この声………まさかっ?!

 

『「カラマネロ………!?」』

 

 嫌な予感がする。

 カラマネロと言えば、カロスの育て屋を襲撃されたり、クチバではウルトラホールを開いてアクジキングを呼び出されてしまった。そのせいでジュカインはアクジキングに食われて命を落としかけるところだったし、その半年後のリーグ大会の最終日にはカーツと共にミアレシティを襲撃してきた。二体ともいたため育て屋の件もクチバの件も繋がっているのは確かで、何ならカーツを捨て駒として使っていたくらいだ。しかも二体とも無駄に強く、そして目の前のカラマネロときた。

 ミラーコートで返した技をさらに返してくる感触はあの二体のカラマネロに近いものを感じる。そんな奴がジャキラたちのポケモンとは考えにくい。いや、あるいはカーツのように捨て駒として利用しているか、あるいは三体ともシャドーのポケモンとも考えられるか。少なくとも今この場にいるという時点で無関係ではないだろう。

 参ったね。

 カラマネロが絡んでいるのは想定外だ。というかウルトラホールを発生させる装置を作り出すようなカラマネロたちが、ダークポケモンの技術まで持ち合わせているとなると、最早俺の手にも負えない規模になってくるぞ。

 

「カマーネ!」

 

 予想だにしていなかったカラマネロの登場で動きを止めてしまった隙に煙幕を吐かれて、その間にジャキラたちは飛んで行ってしまった。

 

「けほっ、けほっ………絶対にGOロケット団の戦力になってもらうんだからァ!」

 

 これ以上の深追いはしない方がいいだろう。

 ハッキリ言ってジャキラたちよりもあのカラマネロの方が危険だ。深追いすれば何をしてくるか分からない。しかもまだ証拠も揃っていなければ、敵の規模も把握出来ていない。そんな状態で追えば返り討ちに遭うだけである。

 シャドーの奴らだけじゃなく、あのカラマネロたちが絡んでいる。それが分かっただけでも大きな収穫としておこう。

 というかこいつ今ロケット団とか言わなかった?

 もう、訳が分からないよ…………。

 

『「ダークライ、ザルード、フカオイハイイ。マズハコイツヲツカマエル」』

 

 ダークライと隠れていたザルードに深追いさせないよう次の指示を出すとあら不思議。

 一瞬で女の足下から蔦が伸び拘束してしまった。

 ポケモンたちの方はダークホールで眠らされたのだろう。

 何と呆気ない。

 

「ふ、ふざけんじゃねぇ! 起きろ、ミロカロス、メガニウム!」

 

 蔦でぐるんぐるんにされてもよく吠える女だな。

 面倒くせぇ………。

 

『「クチゴタエハスルナ。キカレタコトニダケコタエロ」』

「ば、化け物に答えることなんかないわよ!」

 

 声が震えているのに言葉だけは強気なままだな。

 ここは一旦心を折るか。

 

『「ダークライ、ヤレ」』

「ミロカロス!?」

 

 ダークライに片方をダークホールで呑み込ませて、あたかもどこかへ送り込んだように見せる。

 

『「ミロカロスハメイカイニオクリコンダ。イマゴロメイカイノオウニ、クワレテイルダロウ」』

「な、に……言って………」

『「マズハソシキノナマエカラキコウカ」』

 

 こうして怖い怖い尋問が始まった。

 

 

 

   *   *   *

 

 

 

 真っ黒なウツロイドとダークライの圧をちょいちょい見せながら女から聞き出した内容によると、組織の名前はGOロケット団というらしい。だが、その実サカキは無関係であり、ロケット団の名を使うことで表社会にも裏社会にも圧をかけやすく、何かあれば罪をロケット団に擦りつけられるという悪どいやり方をしているようだ。哀れ、サカキ。

 そして活動内容はほぼシャドーと同じ。一つ違うのはダークオーラをさらに進化させ、シャドウオーラというものを作り出したらしい。ダークポケモンよりも凶暴になったシャドウポケモンは誰の目にも禍々しいオーラが見えるようになったんだとか。

 そして今回のダークルギアは伝説のポケモンにシャドウオーラを付与する実験だったらしい。だが、まだまだシャドウオーラも完璧ではないようで、ダークルギア止まりになり、逆に暴れられて脱走されてしまい、結果こうなったんだとか。

 はぁ…………。

 思ったよりも規模がデカい事件になりそうである。

 ただこの女、アジトの場所は知らないらしい。点在しているというが、そもそも街の名前を覚えていないため、どこにいたのかも定かではないんだとか。全く使えねぇ…………。

 ちなみに開会式の日や去年の巨大化現象は「は? なにそれ」と返されてしまい、本当に知らないようだった。

 あれはあれで別件ということだろうか。

 なに? ガラルって思ったよりも治安悪い?

 尋問を終え、下手に吠えられても面倒なので眠らせると、尋問中から感じていた気配がようやく姿を現した。

 

「ハチ」

「やっぱり見てましたか」

 

 声の主は老人。

 

「途中からであるがな」

 

 しかも普段の緩い感じではなく、戦闘モードというか本気モードの時のもの。

 

「ダークライにクレセリア。それにジャングルの主、ザルード。そして何より先程の姿。ハチ、お主は一体何者じゃ?」

 

 爺さんーーマスタード師匠は静かに俺に問いかけてきた。

 まあ、ここまで見られてしまったのだし、答えないわけにもいかないだろう。

 

「墓場まで持っていくと誓えますか?」

「よかろう。誰にも言わぬと誓う。そうでなければワシの命も、なのじゃろう?」

「そうですね。いやまあ、そこまでするつもりはないですけど」

 

 誰かに言ったからといって爺さんを殺すつもりはない。他の奴らに俺の正体がバレてしまった事実は変わらないのだから、殺したところで意味がない。

 だから一番いいのは爺さんにも話さないことなのだが、それが出来なくなったため、爺さんには墓場まで持っていってもらうしかない。

 

「国際警察本部警視長室組織犯罪捜査課特命係。コードネーム、黒の撥号。それが今の俺です」

 

 長ったらしい役職を噛まずに言えた自分を褒めたい。

 

「今の、ということは今ではないどこかでは違う名前ってことであるな」

 

 と心の中で自分を褒め称えていると揚げ足を取るかのように爺さんがニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

 

「やはりそうか。カントーポケモン協会本部理事の懐刀、忠犬ハチ公………ヒキガヤハチマン」

「ッ!?」

 

 ………………………………。

 え、いや、え…………?

 どこからその名前が出てきやがった?

 寝言で名前を言っていたとか? それとも門下生の中に俺を知っている人物がいたとか?

 いや、落ち着け。まずは落ち着け。相手は爺さんだ。ガラルのレジェンドだ。その人脈は門下生の比じゃない。門下生が知っているならば、爺さんが知っていて当然、くらいのところはある人だ。

 すー………はー………………。

 

「………ふー………、いつから気づいてました?」

 

 ヤバいな。

 めちゃくちゃ心臓がうるせぇ。血流がめっちゃ活発化しているのが分かる。冷や汗もすごい。カラマネロの登場よりもアドレナリンが出ている気がする。

 っべー、マジべーわ。

 

「今月入ってからじゃ。カロス地方に忠犬ハチ公がいる。そんな噂を耳にして調べたに過ぎぬ。ただ、その顔に見覚えがあったからな」

「なるほど。やっぱりフレア団に絡むと碌なことにならねぇな」

 

 要はこの時期にフレア団とやり合っていたため、そのせいで露出する機会が増えて爺さんのところにまで噂が流れてきたということか。それが気になった爺さんが独自に調べて俺に辿り着いたと。

 絶対にバレないとは思っちゃいなかったが、やっぱり顔かー………。ただ、爺さんも俺の言葉尻から「やはり」と言ったくらいだから、顔が同じってだけで同一人物だと断定されるわけでもなさそうではあるか。

 けどまあ、顔は要注意だな。

 

「じゃが理解できぬこともある」

「何故カロスにいるはずの俺がガラルにもいるのか、でしょう?」

 

 正体が分かると次はやっぱり同時期に二ヶ所に俺がいるという矛盾が気になるよな。

 

「うむ、じゃがこの一ヶ月ジムチャレンジの方では音沙汰なかったのは周知の事実。であればこの間にカロスに行っていたと解釈したのじゃが、相違ないか?」

 

 ジムチャレンジのために島を離れて一ヶ月。

 その間にカロスに渡り、フレア団とやり合っていた、と強引に辻褄を合わせようとしたのだろう。

 

「その筋書き通りであればどんなによかったことか」

 

 少なくとも時間軸的な矛盾がないだけでも俺の存在は説明しやすくなる。

 だが、残念ながらそうはならなかったのだ。本当に残念ながら。

 

「殺されかけて冥界行って、戻ってきたら半年以上経ってるわ、テロが起きるわで、気づいたらそこから三年前にタイムスリップ、なんて話信じます?」

「真に信じがたい話ではあるな」

 

 だろうね。

 まず殺されかけて冥界に行ってる時点で、それ死んでね? ってなるし、冥界から戻ってくるっていうのも不可思議だろうし、テロ起きて気がついたらタイムスリップしてるとか、最早小説よりも展開おかしいだろって話になると思う。つまり、ありえねー………というのが普通の人の感想だろう。

 

「じゃが、それがお主に起きたことともなれば信憑性は高くもなる」

 

 そこなんだよなー。

 何で皆俺に起きたこととなると簡単に信じてしまうのだろうか。

 

「随分と俺を買ってくれているようで」

「お主はグレーで黒ではない。そしてワシが現役の頃に八百長を吹っかけられるくらいには世界は白でもない。それに、お主がグレーになるのは黒に対してのみじゃろう?」

 

 言葉を濁してはいるが、要するにさっきの光景は黒にだけするのだろうと言いたいようだ。

 本当によく見ている。

 

「………全く、爺のくせによく見てますね」

「お主の性格がそう物語っているだけじゃよ」

 

 一体俺の性格のどこからそんな要素が分かるというのだ。

 俺は極力働きたくないただのボッチだぞ。折角ボッチ脱却出来たはずなのにボッチに舞い戻ってしまったボッチなんて、性格が一層拗れる以外にないと思うんだけどな。

 

「………ハチ、お主が強い理由もまだまだ本気を出していないこともよく分かった。じゃが無茶はするなよ。お主も人の子じゃ。殺されかけたと言っていたが、それが二度とないとは限らぬ。このワシにも届くくらいには忠犬ハチ公の名は知れ渡っている。油断は禁物じゃよ」

「うす」

 

 それはカラマネロの登場で改めて感じたわ。育て屋襲撃、クチバジム襲撃、リーグ大会最終日のテロと併せて、殺されかけた時のあの恐ろしさも蘇ったからな。一気に危機感が跳ね上がったさ。

 

「んじゃ、俺はこれで。こいつを本部に突き出さないといけないですし、報告もしないといけないんで」

 

 未だ眠っているGOロケット団の女を担ぎクレセリアに跨る。

 

「うむ。皆にはハチに助けられた、とだけ伝えておく」

「あー、それなんですけど、特にミツバさんが心配してましたよ。師匠は様子見に行ったまま帰ってこないし、何が起きているのか分からないしで、俺に助けを求めるくらいには切羽詰まった感じでしたから」

 

 ここに来たのも元はと言えばミツバさんにSOSを出されたからだし、出したのに来てないってなると信用を失いかねないからな。一応来たことだけは爺さんからも伝えておいて欲しいところではある。が、それ以上に爺さん本人にミツバさんを安心させてやって欲しいというのが正直なところである。

 

「なるほど、それで島に戻ってきたというわけか」

「ええ、しかも原因がルギアともなればこの島では師匠くらいしか無理だろうし、その師匠も歳を考えると余裕はないだろうと踏んで実際に手を出したってわけです。それに昨日偶々ダンデと会って、今日はマクワの親子対決がある日だって言ってたんで、ダンデ以下ジムリーダーたちは即刻動けるような状態ではないと思いましてね。まあ尤も、俺も島近くに来るまで原因がルギアだと知りませんでしたけどね」

「来れていたとしても彼らには荷が重かったじゃろう。それくらいアレは化け物染みていた」

 

 それは俺も思う。

 いいとこダンデが技の応酬を出来るかくらいだろうからな。

 ましてやダーク化していたのでは、よく知らないであろうダンデたちではその余裕すらなかったかもしれない。

 何はともあれミツバさんの判断は結果的に正しかったと言えよう。

 

「つーわけなんで、色々と報告はそっちでしといて下さい。どうせ俺が来ていたのなんてダンデたちは知らないのだし」

「うむ、相分かった。ハチもしっかりな」

「ええ、今度こそジムチャレンジを始めますよ」

 

 はぁ、まだまだ調べることは出てくる一方ではあるが、これでやっとジムチャレンジが始められそうだ。

 



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行間

〜手持ちポケモン紹介〜(72話現在)

 

 

ヒキガヤハチマン 持ち物:キーストーン、Zパワーリングetc………

・サーナイト(ラルトス→キルリア→サーナイト) ♀

 持ち物:サーナイトナイト

 特性:シンクロ

 覚えてる技:リフレクター、ねんりき、まもる、テレポート、マジカルリーフ、シャドーボール、マジカルシャイン、トリックルーム、シンクロノイズ、サイコキネシス、いのちのしずく、しんぴのまもり、ムーンフォース、サイコショック、さいみんじゅつ、ゆめくい、あくむ、かなしばり、かげぶんしん、ちょうはつ、サイケこうせん、みらいよち、めいそう、でんげきは、チャージビーム、10まんボルト、でんじは、こごえるかぜ、シグナルビーム、くさむすび、エナジーボール、のしかかり、きあいだま、かみなりパンチ、ミストフィールド、スピードスター、かげうち、おにび、ハイパーボイス

 Z技:スパーキングギガボルト、マキシマムサイブレイカー、全力無双激烈拳

 

・ガオガエン(ニャビー→ニャヒート→ガオガエン) ♂

 特性:もうか

 覚えてる技:ひのこ、アクロバット、ほのおのうず、とんぼがえり、かげぶんしん、ニトロチャージ、きゅうけつ、にどげり、かみつく、おにび、ほのおのキバ、ふるいたてる、オーバーヒート、フレアドライブ、DDラリアット、じごくづき、かえんほうしゃ、ブレイズキック、けたぐり、インファイト

 

・ウルガモス

 覚えてる技:ぼうふう、ソーラービーム、ほのおのまい、ねっぷう、むしのさざめき、にほんばれ、ちょうのまい、サイコキネシス、いかりのこな、おにび、とんぼがえり、きりばらい、あさのひざし、いとをはく

 

・ヤドラン(ガラルの姿)(ヤドンG→ヤドランG) ♂

 持ち物:かいがらのすず

 特性:クイックドロウ

 覚えてる技:シェルアームズ、みずのはどう、ねんりき、ずつき、シェルブレード、あくび、ドわすれ、なみのり、サイコキネシス、かえんほうしゃ、じならし、マッドショット、ねっとう、ひかりのかべ、トリックルーム

 

・キングドラ ♀

 特性:すいすい

 覚えてる技:うずしお、たつまき、なみのり、かなしばり、あわ、バブルこうせん、みずでっぽう、ねっとう、ダイビング、クイックターン、りゅうのいぶき、りゅうのはどう、えんまく、あまごい、かげぶんしん、ぼうふう、ラスターカノン、ハイドロポンプ、げきりん

 

・ドラミドロ(クズモー→ドラミドロ)

 持ち物:しめった岩

 覚えてる技:ようかいえき、あわ、みずでっぽう、たいあたり、だましうち、えんまく、みずのはどう、ポイズンテール、クイックターン、りゅうのはどう、どくびし、あまごい

 

ガラル控え

・ジュカイン(キモリ→ジュプトル→ジュカイン) ♂

 持ち物:ジュカインナイト

 特性:しんりょく←→ひらいしん

 覚えてる技:でんこうせっか、リーフストーム、リーフブレード、ドラゴンクロー、タネマシンガン、ギガドレイン、かみなりパンチ、スピードスター、くさむすび、ソーラービーム、エナジーボール、シザークロス、くさのちかい、マジカルリーフ、タネばくだん、こうそくいどう、つめとぎ、いやなおと、こうごうせい、くさぶえ、やどりぎのタネ、グラスフィールド、なやみのタネ、ハードプラント、つばめがえし、ものまね、みがわり、じならし、アイアンテール、けたぐり、つじぎり、グロウパンチ、まもる、ぶんまわす、あなをほる

 

・ウツロイド

 覚えてる技:ようかいえき、マジカルシャイン、はたきおとす、10まんボルト、サイコキネシス、ミラーコート、アシッドボム、クリアスモッグ、ベノムショック、ベノムトラップ、クロスポイズン、どくづき、サイコショック、パワージェム、アイアンヘッド、くさむすび、でんじは、まきつく、からみつく、しめつける、ぶんまわす、かみなり、どくどく、がんせきふうじ

 Z技:アシッドポイズンデリート、ワールズエンドフォール

 憑依技:ハチマンパンチ、ハチマンキック、ハチマンヘッド

 

・ダークライ

 特性:ナイトメア

 覚えてる技:ダークホール(ブラックホール)、おにび、ゆめくい、あくのはどう、かげぶんしん、ふいうち、さいみんじゅつ、あくむ、かなしばり、ちょうはつ、でんじは、でんげきは、チャージビーム、10まんボルト、サイコキネシス、きあいだま、でんこうせっか、シャドークロー、だましうち、かわらわり、まもる

 

・クレセリア ♀

 特性:ふゆう

 覚えてる技:サイコキネシス、みらいよち、チャージビーム、くさむすび、シグナルビーム、ムーンフォース、サイコシフト、みかづきのまい、てだすけ、つきのひかり、サイコショック、さいみんじゅつ、サイケこうせん、めいそう、でんじは、こごえるかぜ、エナジーボール、のしかかり

 

・ザルード

 覚えてる技:つるのムチ、ドレインパンチ、くさむすび、けたぐり、アームハンマー、がんせきふうじ、パワーウィップ、ソーラーブレード、インファイト

 

カロス控え

・リザードン(ヒトカゲ→リザード→リザードン) ♂

 特性:もうか

 覚えてる技:かえんほうしゃ、メタルクロー、かみつく、おにび、えんまく、はがねのつばさ、かみなりパンチ、ドラゴンクロー、シャドークロー、つばめがえし、りゅうのまい、かみくだく、カウンター、じしん、フレアドライブ、ブラストバーン、げきりん、じわれ、だいもんじ、ソーラービーム、リフレクター、はらだいこ、ぼうふう、ねっぷう、あなをほる、れんごく、かげぶんしん、ブレイズキック

 飛行術

 ・ハイヨーヨー:上昇から下降

 ・ローヨーヨー:下降から上昇

 ・トルネード:高速回転

 ・エアキックターン:空中でターン

 ・スイシーダ:地面に叩きつける

 ・シザーズ:左右に移動して撹乱

 ・ソニックブースト:ゼロからトップに急加速

 ・コブラ:急停止・急加速

 ・ブラスターロール:翻って背後を取る

 ・グリーンスリーブス:連続で攻撃して空中に釣り上げる

 ・デルタフォース:空中で大きな三角形を描くように連続攻撃

 ・ペンタグラムフォース:空中で五芒星を描くように連続攻撃

 ・バードゲージ:スピードを活かして相手の動きをコントロールしていく

 ・スモール・パッケージ・ホールド:背面飛行で相手の下を飛行する

 

・ゲッコウガ(ケロマツ→ゲコガシラ→ゲッコウガ) ♂

 特性:きずなへんげ(へんげんじざい→きずなへんげ)

 覚えてる技:みずのはどう、あなをほる、かげぶんしん、れいとうパンチ、れいとうビーム、つばめがえし、ハイドロポンプ、くさむすび、グロウパンチ、えんまく、がんせきふうじ、いわなだれ、まもる、かげうち、みずしゅりけん、どろぼう、つじぎり、ハイドロカノン、めざめるパワー(炎)、とんぼがえり、とびはねる、ほごしょく、けたぐり、ぶんまわす、あくのはどう、どろあそび、ふぶき、たたみがえし、ダストシュート

 

・ヘルガー ♂

 持ち物:ヘルガナイト

 特性:もらいび←→サンパワー

 覚えてる技:かみつく、ほのおのキバ、ふいうち、おにび、かえんほうしゃ、かみくだく、れんごく、ほえる、はかいこうせん、アイアンテール、あくのはどう、みちづれ、だいもんじ、ハイパーボイス、ヘドロばくだん、ちょうはつ、ほのおのうず、まもる

 

・ボスゴドラ ♂

 持ち物:ボスゴドラナイト

 特性:がんじょう

 覚えてる技:ロックブラスト、あなをほる、なげつける、メタルクロー、アイアンヘッド、アイアンテール、てっぺき、メタルバースト、ボディパージ、ヘビーボンバー、ロックカット、ほのおのパンチ、もろはのずつき、ラスターカノン、ドラゴンダイブ、でんじふゆう、だいちのちから、カウンター、ばかぢから

 

 

ソニア 持ち物:ダイマックスバンド

・ストリンダー(ハイの姿)

 覚えてる技:ヘドロばくだん、ベノムショック、かみなり、ほうでん、どくづき、ばくおんぱ、オーバードライブ、ギアチェンジ、まもる、エレキフィールド、あまごい

 

・エレザード

 特性:すながくれ

 覚えてる技:りゅうのはどう、なみのり、エレキボール、10まんボルト、でんこうせっか、じならし、ライジングボルト、こうそくいどう、エレキフィールド

 

・サダイジャ

 特性:すなはき

 覚えてる技:ドリルライナー、じならし、じしん、てっぺき、とぐろをまく、ねごと

 

・ジャラランガ

 特性:ぼうじん

 覚えてる技:ドラゴンクロー、スケイルノイズ、かみなりパンチ、ハイパーボイス、アイアンテール、すなあらし、ソウルビート

 

・エモンガ

 特性:せいでんき

 覚えてる技:10まんボルト、エアスラッシュ、ライジングボルト、ほうでん、こうそくいどう、バトンタッチ、あまごい

 

・ラグラージ

 特性:げきりゅう

 覚えてる技:10まんばりき、なみのり、アクアブレイク、いわなだれ、ストーンエッジ

 

控え

・ワンパチ

 

・ニョロトノ

 

・ライボルト

 

 

ダンデ 持ち物:ダイマックスバンド

・リザードン

 特性:もうか

 覚えてる技:かえんほうしゃ、エアスラッシュ、だいもんじ、はがねのつばさ、ねっさのだいち、ひのこ、ぼうふう、れんごく、アイアンテール、フレアドライブ、げんしのちから、かみなりパンチ、ソーラービーム、オーバーヒート

 

・ガマゲロゲ

 

 

キバナ 持ち物:ダイマックスバンド

・ジュラルドン

 覚えてる技:ストーンエッジ、ラスターカノン、りゅうのはどう、10まんボルト、メタルバースト

 

・ヌメルゴン

 覚えてる技:ハイドロポンプ

 

・バクガメス

 覚えてる技:トラップシェル、かえんほうしゃ、オーバーヒート

 

・フライゴン

 

 

カブ 持ち物:キーストーン

・マルヤクデ

 覚えてる技:ねっさのだいち

 

・バシャーモ

 持ち物:バシャーモナイト

 特性:???←→かそく

 覚えてる技:スカイアッパー、インファイト、フレアドライブ、ブレイズキック、ストーンエッジ、ニトロチャージ、いわなだれ、かわらわり、かえんほうしゃ、ビルドアップ、グロウパンチ、かみなりパンチ

 

 

ルリナ

・カジリガメ

 覚えてる技:ロックブラスト、ストーンエッジ、かみくだく、てっぺき

 

・カマスジョー

 覚えてる技:じこくづき、すてみタックル

 

 

メロン

・ラプラス

 覚えてる技:フリーズドライ

 

 

マクワ

・セキタンザン

 覚えてる技:ニトロチャージ、いわなだれ、ストーンエッジ

 

 

マスタード 持ち物:ダイマックスバンド

・ウーラオス(一撃の型)

 覚えてる技:ストーンエッジ、ほのおのパンチ、ローキック、DDラリアット、あんこくきょうだ、まもる、ビルドアップ

 

控え

・ウーラオス(連撃の型)

 覚えてる技:ストーンエッジ、すいりゅうれんだ、アイアンヘッド、アクアジェット

 

・アーマーガア

 覚えてる技:はがねのつばさ、しっぺがえし、ぼうふう、ブレイブバード

 

・コジョンド

 覚えてる技:とびひざげり、インファイト、きあいパンチ、ねこだまし、はっけい、ストーンエッジ

 

・ルガルガン(真昼の姿)

 覚えてる技:ストーンエッジ、アクセルロック、ふいうち、アイアンテール

 

・レントラー

 覚えてる技:かみなり、でんこうせっか、じゃれつく、ワイルドボルト

 

・ジャラランガ

 覚えてる技:インファイト、スケイルノイズ、ドレインパンチ、ソウルビート

 

 

GOロケット団

ジャキラ

・バシャーモ

 覚えてる技:ブレイズキック

 

 

ダキム

・メタグロス

 覚えてる技:コメットパンチ

 

・フライゴン

 

・ネンドール

 覚えてる技:いわなだれ

 

 

ボルグ

・ギャラドス

 覚えてる技:かみくだく

 

・クロバット

 覚えてる技:かみくだく

 

・マンタイン

 

 

ラブリナ

・メガニウム

 覚えてる技:つるのムチ、やつあたり、はなびらのまい

 

・ミロカロス

 覚えてる技:ハイドロポンプ、ふぶき、とぐろをまく

 



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73話

やっとジム戦が始められそうです。
長かった………。


 ダークルギアがカロスに向かった翌日。

 壱号さんに連絡してGOロケット団の女を引き渡した俺は晴れて自由の身となり、早速ターフジムの予約を入れることした。

 

「いらっしゃいませー。今日はどういったご用件でしょうか?」

「あの、今日の最終でジム戦の予約空いてますか?」

「チャレンジャーの方ですね。本日の最終は十八時からとなっていますが、そちらでご予約取られますか?」

 

 十八時か。

 まあ、その時間なら観客も少ないだろ。

 

「じゃあそれでお願いします」

「かしこまりました。それではトレーナーカードの提出をお願いします」

 

 トレーナーカード?

 ああ、なんか開会式の日に受付でユニフォームと一緒にもらったな。

 

「これでいいですかね」

「あ、大丈夫ですよー。確認しますね」

 

 受付のお姉さんはカタカタとキーボードを鳴らして認証確認をしていく。

 

「お名前はハチさん………ふぁ?! マジか、推薦者ヤバ………」

 

 おーい、心の声漏れてますよー? しかも地声になってますよー?

 やっぱり爺さんの名前は相当ヤバいみたいだな。爺さんがチャンピオンだったのって随分前の話だろう? ダンデの何代前かってレベル。それでもこの反応されるってのはなかなかないと思うぞ。それだけガラルの人間にとっては忘れられない偉人ってことなのだろう。

 …………普段があんなノリの軽い爺さんなため、同一人物だとは思えないがな。

 

「はい、登録完了です。準備もありますので、一時間前にはお越しください」

「うす」

 

 これで無事受付も終えたようなので、ターフジムから出てのんびりと町を散策することにした。

 特に当てもなく歩くこと十分。

 段々と建物も少なくなり、広大な田畑が見受けられるようになってきた。

 最早農場だな。いつの間にか農場に足を踏み入れていたんだと思えるレベル。

 爽やかな澄んだ風が花を揺らし、その風に乗ってココガラたちが飛んでいく。

 これぞ、ザ・田舎って感じでいいな。エンジンシティにはない光景だ。海と陸の違いはあれど鎧島にいた気分になれる。

 

「おや? こんな田舎町に観光ですかぁ?」

「あ、いや、まあ、はい」

 

 すると突然声をかけられてしまい、つい返答してしまった。

 未だに慣れない。こういう時咄嗟に反応出来ればいいのだろうが、やはりそこはボッチ気質の俺だ。無理難題と言えよう。

 

「この町は特にこれといったものがないんですわ。見渡す限り、農地ばかりじゃ。かくいうぼくも農家の生まれでこうして畑を耕しとるんですよ」

 

 俺よりいくつか歳上っぽいガタイのいい青年が、汗を拭いながら辺りを見渡す。

 そして近くにあったネギを掴むと一気に引っこ抜いた。

 

「ほら、これとかどうです? いい感じのながねぎに育ったと思いません?」

 

 俺は農業なんておろかプランターですら育てたことないんだから、ネギの良し悪しなんて分かんねぇよ。

 

「生でいけますんで齧ってみてくださいな」

 

 手渡されて仕方なしに齧ってみる。

 

「………意外と甘い」

 

 甘い。

 採れたて新鮮だからか瑞々しさもあり、辛味を感じない。歯ごたえもあり、シャキシャキと口の中で咀嚼音が響いていく。それでいて野菜本来の柔らかさはあるため終始ネギを楽しめる。

 

「でしょう? これをもう少し育てて食うのに適さなくなるとカモネギが好む硬さのながねぎになるんですわ。しかもガラルのながねぎは太くて長いという特徴がありまして、ガラルのカモネギもこの太くて長いながねぎを振り回すんですよ」

 

 ガラルのカモネギ………か。

 確かあの会議で登場してたっけか。ガラルのネギは太くて長い品種で、そのながねぎを振り回す内に独自の変化を遂げたとか。

 これを振り回すねぇ…………。

 

「飛ぶことを諦めてでもながねぎを振り回すことに専念したら、進化するにまで至ったんでしたっけ。確かネギガナイト」

 

 齧ったネギを振り回してみてもよく分からない。

 これを武器として扱うカモネギは頭おかしいんじゃないかとさえ思えてくる。普通にいわタイプとかはがねタイプに突き刺したら強度の問題でネギの方が負けそうなんだけどな。

 原種の方にしたって…………そういやあっちのカモネギって持ってるだけじゃね?

 

「おお、よくご存知で。そうじゃ、ガラルのカモネギはかくとうタイプ。飛ぶことを諦めてながねぎ一本で戦い抜き、相手の急所を見抜けるようになると進化するんです。不思議な生き物ですよね、ポケモンって」

「そうっすね。人間の言葉を理解し、人間が科学を以て何とか生み出せる力を難なく発揮して超常現象を生み出せるとか、どう考えても人間よりも上位種の生き物って感じがしますよ。それなのに俺たちの手持ちのように人間を主とすることもあるんだから、よく分からん生き物っすね」

「はははっ、人間の上位種ですか。そんな表現をしたのは君が初めてじゃ。なるほど、確かに納得ですわ。ぼくらはポケモンたちの足元にも及ばない。昔はポケモンを崇めて信仰する地域もあったって話ですからね。それがいつしか人間が科学を手にすようになり、ポケモンたちを下に見るようになってしまった………」

 

 この人、結構ポケモンに詳しいんだな。

 ただの農家の青年って感じなのに、いやそれにしてはガタイが良すぎるか。もしかすると兼業農家ってやつなのかもしれない。

 

「君にとってポケモンとは何です?」

 

 すると農家の青年はそんなことを尋ねてきた。

 

「何でしょうね。ポケモンによってそれぞれ違う感覚はありますし。俺の半身だったり相棒だったり右腕だったり娘だったり。いつの間にかボールに入っていて、俺も特に追い出すとかはするつもりがないからそのまま一緒にいますけど、未だによく分からん奴もいるんで。まあ、でもやっぱ家族ってのが一番しっくりくるんじゃないっすかね。友達っていう人もいますけど、俺にはちょっと違うなって」

「家族ですか。そりゃいい。ぼくらもそう感じる時は多々ありますよ。一緒に育って一緒暮らして一緒にバトルして。自分のポケモンたちの方が家族よりも長い時間を一緒に過ごしてるってこともありますからね」

 

 確かにな。

 流石にまだ親よりは短いが、付き合いの長さではリザードンが一番だ。だからこそ、こんな一年以上も離れ離れになったのなんて初めてだし、半身がなくなったような感覚がある。多分俺の身一つでこんな状態になっていたら、精神状態も不安定になっていただろう。

 そうなっていないのはサーナイトが飛び込んできてくれたおかげだろうな。俺の最高の癒し枠だ。ありがとう、サーナイト。

 

「うーん………」

 

 ……………。

 それにしても何だろうか、この感覚。妙に馴染みがあるというか、聞き覚えのある質問をされたというか、こういうことを聞いてくるような人って大体、ねぇ。

 いくら兼業農家だと言っても普通のトレーナーがそんなことを聞いてくるかね…………。

 

「どうかされましたかぁ?」

 

 じっと麦わら帽子の下を見つめる。

 穏やかな顔でこっちを見てくるが…………あぁ、なんか見覚えあるわ。

 確かエンジンジムで…………。

 

「………ジムリーダー?」

 

 なんかいたような気がする。

 そもそもジムリーダーの顔で覚えているのってカブさんとルリナとメロンさんとキバナくらいだし。残り半分は魔女と腹筋がすごい女の子とガタイのいい青年だったはず。

 多分あのガタイのいい青年だわ、この人、

 

「ふはははっ、バレてしまいましたかぁ。そう、ぼくがこのターフタウンのジムリーダー、ヤローといいます。さっきは何もないと言いましたけど、今日の夜は久しぶりにジム戦を申し込まれたようでしてね。よかったら見てってくださいな」

 

 どうやらビンゴだったらしい。

 なるほど、ジムリーダーだったのか。

 そりゃ、ポケモンにも詳しいし、妙な質問をしてくるわけだ。

 

「グメェ……」

「おや? ウールー、どうしたんじゃ?」

 

 ようやくモヤが晴れた気がしていると、足下に一体の白い毛玉が擦り寄ってきた。

 

「グメェ、グメェ」

「グメェ、グメェ、グメェ」

「「「グメェ!」」」

 

 と思いきや次々と白い毛玉がこっちに押し寄せてくる。

 

「え、ちょ、え、なっ?!」

 

 一歩二歩と後ろにずり下がり距離を取ろうとするも、あっという間に囲まれてしまった。

 

「怖い怖い怖いっ。急に押し寄せてくんなっ」

 

 取り囲まれたかと思うと今度は一斉に俺に突っ込んできた。

 いや、ちょ、おわっ!?

 

「「「「グメェ!」」」」

 

 最早ホラーだわ。

 こんな白い毛玉たちに取り囲まれて押し倒されて舐め回されて………。

 

「あれまあ、まさかウールーたちが一目で気にいるとは。君、ウールーと相性いいんですねぇ」

「いや、知らねぇし。つか、ちょ、マジ助け………うぷっ!?」

 

 やっべ、視界が白い毛玉に覆われちまった。

 何も見えねぇ。てか、目に毛が入りそうで開けてられねぇ。

 

「おい、ちょ、バカ、ぐふぅ………重い…………」

 

 ちょ、バカ、乗るじゃない!

 腹、腹が………ふぉぉぉぉっ?!

 

「「「「グメェ」」」」

「ギブ、ギブ! 流石に死ぬっ!」

 

 何でこんな目に遭わなきゃならんのだ。

 あっ、ちょ、爪が………!

 引っかかってる! 引っかかってるから!

 

「………獣臭ぇ」

 

 痛いわ重いわ獣臭いわで何もいいことねぇな。

 さっさとここから出してくれ…………。

 

「はっはっは、そりゃポケモンですからねぇ。ほら、ウールー。一旦その人から離れるんじゃ」

 

 ウールーか。

 島にもいたような気がすることもない。

 頭働いてねぇな。

 獣臭さがトドメになった気がする。

 

「ハァ………ハァ…………クソ柔らかいくせにあんだけ迫られたら重たすぎるわ…………」

 

 毛玉の感触自体は気持ちよかった。ふわふわしていて布団に包まれているような温かさだった。

 だが、それ以上に痛いわ重いわ臭いわそれどころじゃないのが解せん。

 

「柔らかいでしょう? ウールーの毛は定期的に毛刈りをしてエンジンシティにある製糸場で糸になるんですよ。ガラル地方の南にあるハロンタウンってところでもウールーを飼育してましてね。そことうちがウールー糸の生産地で有名なんですわ」

 

 まさに田舎の特産品って言ったところだな。

 

「製糸場作られた糸は服飾系の会社に卸されて、こうしてぼくらが着ている服に様変わりってわけです」

 

 だが、原産地がなければ物は造られない。

 ある意味ここはガラルの産業を支えている町の一つというわけだ。

 

「あとは色々なきのみや花畑を作ってますわ。そこに群がるポケモンたちもいますんで、結構この町では花畑が必要だったりするんですよね」

 

 それは見れば分かる。至るところに花畑はあるわきのみ農園はあるわで農業としては色んなものに手を出している印象を受ける。

 

「くさタイプのポケモンたちがよくそのお気に入りの花畑にやってきて蜜を吸ったりしててですね。これがまた可愛いですわぁ」

 

 ガタイがいい体育会系の身体しているのに、中身は超ピュアだな。

 ダンデやキバナとは大違いである。

 

「そういうのを見て育ったんで、ぼくもくさタイプのジムリーダーになったってわけです」

 

 まあ、この環境下ではくさタイプやむしタイプとの触れ合いが多くなるだろうし、自然とくさタイプのジムリーダーを目指すようになるのも頷ける。逆にほのおタイプ専門にします! とかになったら、花畑とかが燃やされそうなイメージだわ。そんなことする奴は絶対いないだろうけど。

 

「長閑な町といえば聞こえはいいですけど、これくらいしかありませんからね。若者にとってはちょっと寂しい町なのは確かですわ」

「………いいんじゃないですかね。田舎は何もないって言いますけど、何もないってのが売りなんですから。都会に疲れた奴が移住するのにはもってこいの場所じゃないですか。下手に都会被れするよりはずっといいと思いますよ」

「やっぱり君は考え方が違いますね。何もないのが売りって初めて言われましたよ」

 

 ヤローさんは「ははぁ」と口を開けて驚いている。

 そんな驚くようなことは言ってないと思うんだけど。それもこれもカロスでのミアレシティとヒャッコクシティの復興を垣間見ての感想でしかない。

 尤も、ヒャッコクシティはここよりももっと都会ではあったがな。

 

「それにしても君は本当にウールーに好かれてますねぇ」

 

 いや、ほんと。

 一旦離れてくれたってのに、さっきからまた取り囲まれてるんだわ。

 

「人懐っこいポケモンなんじゃないですか?」

「確かにウールーは人懐っこいポケモンではありますけど、これはどう見ても異常の域ですわ」

「あ、やっぱり………?」

 

 ウールーを知る人からでもこの状況は異常ともなれば、やはり俺がおかしいのだろうな。

 とは言われても俺にはどうすることも出来ない。

 

「ポケモンは心の優しさに敏感な生き物でもありますからね。君がそれだけ心の優しい方なのだという証ですよ」

「心優しいねぇ………」

 

 心優しいからこんなことになるとか言われてもただただ困るだけなんだよなぁ。

 

「おや? 嬉しくありませんか?」

「こう言っちゃなんですけど、俺の仲間に手を出したら、例えそれがポケモンでも容赦無く切り捨ててきたし、これからもそうするつもりなんですよね。だからそんな聖人君子みたいな人間じゃないし、取捨選択をする弱い生き物ですよ」

 

 本当に心優しい人間ならば、仲間に手を出した奴ですら手を伸ばして仲間にしてしまうのだろうが、俺はそうじゃない。そこまで出来た人間でもないし、そこまでやる意味を持たない。

 

「君のお仲間さんたちも大変そうですねぇ」

「何でだよ」

「いやぁ、別にぃ」

 

 なんか含みのある言い方だな。

 そういう目、コマチとかによく向けられていた気がする。

 ………コマチか。もう一年以上も会ってないんだよな。コマチ含めてあいつらに。下手したら二年くらい経つのか。カントーを回ってた頃は最初のしばらくは自宅から行ける範囲でジム戦に行ってたけど、そこから本格的にジムを回るようになってからは何やかんやで帰れなかったし、結局三年くらいは帰ってないのに寂しいとかは思わなかったんだよな。生き延びるのに必死だったってのもあるだろうけど、多分コマチだけならこんな感傷に浸ることもなかっただろう。それが今やあいつらに会えないだけでこうも弱音が漏れてくるとか、俺も弱くなったなとは思う。

 リザードンだけじゃなくてあいつらも家族そのものだからな。やっぱり会えないというのは堪える。

 

「君とは一度バトルしてみたいものじゃ」

「今日はジム戦があるんでしょ? だったらこんなところで野良バトルなんかしてたらポケモンたちが疲弊しますよ。それにジムチャレンジ中にジムリーダーが野良バトルしてたら問題でしょうに」

「はははっ、確かに。では、ジムチャレンジが終了したらどうです?」

「まあ、その時は前向き検討する方向で調整するようにしますよ」

「こりゃ手強い」

 

 だって、どうせ今夜バトルすることになるのだし。

 それにこの人とジムチャレンジ後のバトルの約束を確約したなんて話がダンデの耳に入ってみろ。絶対に次はオレとバトルだ! とか言い出し兼ねないし、それを見てたルリナとかカブさんも便乗してきそうだからマジで保留でオナシャス。

 



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74話

「では、ジムチャレンジミッションを始めます!」

 

 夜になり。

 ジムに舞い戻り、背番号8の白いユニフォームに着替えてガオガエンの覆面を付けて待機していると、ミッション場に案内されてルール説明された後、合図とともにミッションが始まった。

 ミッション内容はウールーたちを追いかけて全員を柵に追い込む、というもの。途中にはソニアも連れていたワンパチが横槍を入れてきて、ワンパチから逃げるウールーたちの習性を活かして邪魔してくるらしいが、嫌な予感しかしない。

 

「グメェ」

「グメェ」

「グメェ」

 

 ああ、ほらやっぱり。

 柵から解き放たれたウールーたちが一目散にこちらへやってくるではないか。

 このままゴールの柵まで走り抜ければ全員着いてきて柵の中に入れられるんだろうけど………最早逃げてる構図でしかないんだよなー。

 

「んな悠長にしてはいられないか」

 

 あれこれ考えていては昼間のように取り囲まれてしまうだけだ。一応制限時間もあるみたいだし、さっさと終わらせよう。下手したら埋もれて時間オーバーとかになり兼ねない。昼間のことを思うと取り囲まれたら尚更。

 

「グメェ」

「グメェ」

「「「グメェ!」」」

 

 俺が走り出すとウールーたちが丸まってゴロゴロと着いてくる。白い毛玉に追いかけられる覆面男ってどうなんだろうな。普通逆だよな、こういうのって。

 

「ワンパチ、妨害だよ!」

「ワ、ワパワパ! イヌヌワン!」

 

 ………………。

 効果ねぇ!

 

「効果ねぇぇぇぇっ?! うっそーっ!?」

「ワパゥ」

 

 ワンパチに指示を出しているお邪魔要因のお姉さんも心の声がダダ漏れである。

 ワンパチなんか出番がスルーされたみたいでしゅんとしている。

 デスヨネー。

 俺も今そんな気持ちだわ。

 他のスタッフたちもポカンとした顔で俺たちを見ている。

 一目散に俺のところに向かって来すぎだろ。

 

「「「グメェ! グメェェェ!」」」

 

 一直線にゴールの柵の奥に走り込むとあっさりとウールーたちは柵の中に入ってきた。

 よっしゃー、これで終わりーっ! かと思いきや、一体だけ中間付近でその場から動いていないウールーが取り残されていた。

 

「マジか………」

 

 あれ、も連れてこないといけないんだよな?

 

「スタッフさん、一旦柵閉めといて」

「あ、はい!」

 

 多分俺があそこまで戻るとせっかく柵の中に入ったウールーたちが出て来ちゃいそうだからな。

 一旦閉めといてもらわないとやり直しになってしまう。

 そのまま動かないウールーの方へと駆け寄ると、ようやく俺に気付いたのかこちらに顔を上げてきた。

 

「どうした?」

「……グメェ」

 

 何とも力のない鳴き声である。

 というかモコモコの毛が乱れに乱れまくっている。

 恐らく、あの大群の中でリズムが乱れ、後続のウールーたちに踏みつけられたのだろう。

 ってことは怪我してるとか?

 

「怪我してるなら見せてみろ」

 

 そういうとゴロンと仰向けになり後ろ足を見せてきた。

 いや、そんなあっさりと見せて大丈夫か? 俺のこと信用しすぎじゃね?

 あ、右の方が赤くなってるわ。

 

「キズぐすり………は荷物自体ロッカーだったな。となるとサーナイト、ウールーにいのちのしずくを垂らしてやってくれ」

 

 手荷物を持ち込むことは出来ないので、今は手元に回復薬が何もない。なので、回復系の技ということでサーナイトのいのちのしずくに頼ることにした。流石にここでクレセリアは出せないしな。

 

「サナ!」

 

 サーナイトがちょん、と指先から一雫垂らすとみるみる内にウールーの赤みが取れていった。

 いいよな、ポケモンは。怪我もこんなんで治るんだし。そもそも怪我することはあっても骨折とか中々しないしな。羨ましい限りである。

 

「いや何でだよ」

 

 するとなんか急に白い光に包まれ出した。

 いや、ほんと何でだよ。何で今このタイミングで進化が始まるんだよ。謎すぎるにも程があるでしょ。

 

「ヴォル」

 

 えっと、何だっけ? このデッカいウールーは。

 あの可愛い顔をしていたウールーがいかつくなってんな。二本の角とか、めっちゃ反り返ってるし。しかも身体がデカくなったため背中にも乗れそう。

 あ、もしかしてこの角って背中に乗った時の持ち手だったり?

 多分丁度いい大きさだぞ。

 

「なあ、スタッフさんや」

「な、なんでしょう」

 

 ねぇ、何でそんなビクビクしてんの?

 声かけただけじゃん。

 

「この場合どうなんの?」

「えっと………ウールーは全員柵の中にいるので第一ミッションは合格……ですかね」

「お、マジで?」

 

 その判定とともにクリアのブザーが鳴り、残り一分弱ってところでミッションは合格となった。

 なんか申し訳ねぇな………。

 

「ん? 第一ミッション?」

「あ、はい。まだあと二つコースの違う同じミッションがあります」

 

 ………………………………まだ続くの?

 

「ヴォル」

「え、なに? あ、乗れって?」

「ヴォル」

 

 えぇー………何故?

 いや、めっちゃこっち見てくるし。

 これ、乗るまでずっとこっち見てくるやつじゃね?

 

「で、どうすんの?」

「ヴォル」

 

 デッカいウールーはそのまま歩き出し、柵の方へと向かっていく。

 

「あ、じゃあ取り敢えずサーナイトはお戻りで」

「サナ」

 

 忘れない内にサーナイトをボールに戻し、二本の角に手を添えてみる。

 うん、めっちゃ掴みやすいいい位置にあるわ。

 パカッと開かれた柵の入り口からウールーの大群が、ということにはならず、両脇に逸れて整列していた。

 いや、だから!

 そのまま次の部屋に入るとこれまたウールーたちが待ち構えていた。当然後ろからも着いてきているため、およそ二倍。

 コースも一直線ではあるんだけど、二つの縦向きの壁でレーンが三つに別れているようだ。

 うん、でも多分意味ないと思う。

 

「そ、それでは第二ミッションを始めます!」

 

 パカッと開かれた柵を出るとその後ろから二倍になったウールーの大群が隊列を組んで着いてくる。

 おい、お前ら。丸まらなくていいのかよ。

 これじゃ、ただのウールーの大行進でしかないぞ。

 

「うぇ!? バイウールー?! に乗ってる!? ってかこれ、どういう状況!?」

 

 前の部屋で何が起きたかは、この部屋からは知りようがないのかね。

 さっきのお姉さんといい、ワンパチのトレーナーは女性ばかりなのだろうか。

 というかこのデッカいウールー、バイウールーっていうのね。

 

「あ、取り敢えず仕事仕事。ワンパチ!」

「ワパワパ!」

「ヴォル」

「ワパゥ………」

「ワンパチぃ?!」

 

 ………………………。

 なんか本当にごめんな。

 折角気持ち切り替えて仕事しようとしたのに、まさかの一睨みでワンパチを黙らせちゃうとか、俺も全然想像出来てなかったわ。

 おい、本当にこれ大丈夫か?

 

「ここからはっと………」

 

 三つのレーンに別れるところで後ろを見るとあら不思議。全く動じることなく着いて来ていらっしゃるわ。誰も右にも左にも行こうとしていない。

 はい、中央突破させていただきます。

 

「ヴォル」

「「「グメェ」」」

 

 バイウールーがウールーたちに着いてきているかと合図を送ると次々と返事が飛んできた。

 ねぇ、本当に大丈夫?

 これ、一応トレーナーの資質を測るためのものなんだろ?

 今のところウールーに追いかけられて、怪我したウールー治したらバイウールーに進化して、バイウールーに乗ってウールーの大行進してるだけだぞ?

 多分、他のチャレンジャーとは全く別物の光景になってると思うんだけど、これでもいいのか?

 

「えっと、第二ミッション、クリアです」

 

 難なく柵に到着し、ぎゅうぎゅうになりながらもブザーが鳴り、第二ミッションもクリアとなった。

 

「あの、これ大丈夫なんすかね。一応トレーナーの資質を測るためのミッションでしょ?」

「恐らくジムチャレンジ史上最も資質があると思いますよ?」

 

 にっこりと笑いながらいうスタッフのおじさん。なんか目が笑ってないように見えてしまう……………。

 

「それでは最後のミッションになります」

 

 そのままさらに奥の部屋へと案内される。

 ここにもやっぱりウールーたちが待機しているわけで………。

 

「因みに聞きたいんすけど、他の人って前のミッションにいたウールーたちも次のミッションに参加したりします?」

「いえ、こんなことは初めてですよ」

 

 デスヨネー。

 

「はぁ………、追いかける必要がない分、最終的には三倍に増えてるんだよな………」

 

 追いかけ回すのも大変だとは思うが、この量を引き連れてゴールに向かうのも中々だと思うわけよ。

 

「第三ミッションを始めます!」

 

 あ、待ってはくれないのね。

 増えたウールーたちをどうしようか対策が思いつかないままミッションはスタート。

 第三ミッションは縦向きの壁の間に横向きの壁が二枚手前と奥に並んでおり、上から見ると隙間のある四角形になっているのだろうと想像がつく。なので、これまでのように一直線で突き進むということは出来ないらしい。どちらかの隙間に入らなければいけないのだろうが、この時にウールーたちがどうなるかだ。

 大人しく着いてくれば良し。

 壁にぶつかって立ち往生なら、後でどうにか出来そうな余地はある。

 だが、狭くて入りきれず後続のウールーたちが俺たちを見失ってあらぬ方向へと行ってしまうのが一番手に負えない。

 それに加えて三倍に膨れ上がったウールーの大群をどうゴールに押し込むのかにも意識を向けておかないといけない。

 面倒くせぇ。

 

「ヴォル」

「「「グメェ」」」

 

 バイウールーの行くぞ! という合図でウールーの大行進が始まった。量は量だが、普通に着いてきている。

 

「ワンパチ! ゴーッ!」

「ヌワン! イヌヌワン!」

「ヴォル!」

「ワパゥ………」

「うぇ?! ワンパチ!?」

 

 ここでもワンパチに邪魔させようとしてきて、バイウールーの返り討ちに遭っていた。

 どんだけバイウールーの睨みが怖いんだよ。上からだと表情なんて見えないから、威嚇してんな、くらいにしか思えないんだが。

 あれかな。モザイクかけられるくらいの電波に乗せちゃいけない顔してんのかね。

 

「ワンパチ、後ろからいくよ!」

「ワンパワンパ!」

 

 別方向からもワンパチがやってきた。今度はバイウールーが見えない後ろからだ。

 まあ、お邪魔要員が二人もいれば、策は思いつくか。

 

「ヴォル!」

「グメェ!」

「グメェ!」

「グメェ!」

 

 流石に従来通り逃げるのかなと思いきや、あら不思議。

 ワンパチがウールーたちに追いかけ回されているではないか。

 

「ワ、ワ、ワパ?!」

「グメェ!」

「グメェ!」

「グメェ!」

 

 とっしんを躱したと思いきや別方向からまたとっしんされて、ギリギリ躱したところで、三体目のウールーに弾き飛ばされてしまった。これもバイウールーの指示なのだろう。

 エグい。エグいよ、君たち。それは最早蹂躙というんだよ。

 

「ワンパチ、戻れ!」

 

 まさか攻撃されるとは思っていなかったようで、一瞬戸惑ったトレーナーさんはワンパチをボールへと戻した。

 

「グメェ」

「グメェ」

「グメェ」

 

 そして三体のウールーは行列に戻ってきて、他のウールーたちの中に溶け込んでいく。

 どうやらバイウールーも少しペースを落としていたようで、ようやく横向きの壁近くに辿り着いた。

 

「ヴォル」

 

 するとバイウールーは綺麗に九十度右に折れ、右の縦向きの壁のさらに右側の通路に入っていった。

 ああ、なるほど。

 確かにここも通れるか。それに縦壁と横壁の間を通るよりも広い。大量のウールーたちも悩まずに着いてこれるだろう。

 

「後はゴールをどうするかだな」

 

 流石にこの量はゴールの柵に入り切らないだろう。

 つか、今更だけど第二ミッション入る前にバイウールーから降りて第一ミッションのウールーたちを置いてくれば、こんな悩む必要はなかったのではなかろうか。

 あ、でもそうなるとバイウールーの威嚇はなくなるわけで、ウールーたちがワンパチに追いかけ回されていたってことになるのか。

 うーん………。

 

「バイウールー、取り敢えず柵の中に入ったら出来るだけ綺麗に入るようにウールーたちを整列させといてくれ」

「ヴォル!」

 

 柵の前に辿り着くと俺はバイウールーから降りて、バイウールーを先にいかせた。それに続くようにウールーたちは柵の中に入っていき、俺のところに寄ってくる奴もいたが、何とか柵の中一杯にウールーたちを押し込むことが出来た。

 ただ、やはりというか。

 俺のところに寄ってきた奴らが後から入るスペースはなく、十体くらいが取り残されてしまった。

 

「取り敢えず柵は閉めるか」

 

 入ったウールーたちが出てこれないように柵を閉める。まあ、中ではバイウールーが指示を出してくれているので滅多なことはないだろうがな。

 

「さて、お前らをどうするかだな」

「「「グメェ」」」

 

 呑気な鳴き声だな。

 さて、どうしようか。

 本来ならばこんな満杯になるようなことはないだろうし、柵をもっと広く作っておけよという苦情はお門違いだろう。誰もこの状況は想定していないはずだ。だからミッションのルールも『全てのウールーを柵の中に入れる』というものなのだし、だとしたら俺のこの特殊な場合においてもそれは適用されてしまう。

 

「作るか。サーナイト」

「サナ!」

 

 取り敢えず、サーナイトに協力してもらおう。

 これでポケモンの協力を仰ぐのはルール違反とか言われたら、こっちだって反論の材料は持ち合わせているのだ。強気でいかなければこいつはこんな特殊なミッションになってもいいと運営に舐められてしまう。それ相応の対応はしてもらわないと。

 

「よし、お前ら。まずは横一列に整列」

「「「グメェ」」」

「サーナイト、また出番だぞ。リフレクターをこいつらの分だけ用意してくれるか」

「サナ!」

 

 全部で十二体いたウールーたちの前にリフレクターを用意する。

 

「それをウールーたちの前で寝かして地面に付けてくれ」

「サナ!」

 

 それを寝かせてウールーたちの一歩手前へ。

 

「んじゃ、ウールーたちはそのリフレクターに乗ってくれ」

「グメェ」

「グメェ」

「グメェ」

 

 これから何が起きるのか全く気にしていなさそうな呑気な鳴き声が次々と聞こえてくるが、素直に乗ってくれているので良しとしておこう。

 

「よし、全員乗ったな。動くなよ。動くと落ちるかもしれないからな。リラックスしててくれ」

「「「グメェ」」」

 

 動くな、とか落ちる、とかのキーワードを入れても反応は変わらない。多分こいつら、最初からリラックスしてるわ。危機管理とか大丈夫なのかね………。

 

「んじゃ、サーナイト。サイコキネシスでウールーたちを柵の方へ頼む」

「サーナ!」

 

 そして超念力で十二体のウールーを全員柵の中のウールーたちの上へと移動させていく。

 

「スタッフさん、これでウールーたちは全員許容量をオーバーした柵の中に入ったことになるでしょ?」

 

 一応そっちのミスでこっちはゴールが難しいんだアピールをしながら、スタッフにクリア条件を確認した。

 

「そ、そうですね………第三ミッション、クリアです!」

 

 しどろもどろにそう答えたスタッフはそのままクリアを宣言してくれた。

 よし、何とかなったな。

 なったんだけど、この後どうしようか。

 まずはリフレクターに乗せたウールーたちを戻すとして。

 

「サーナイト、リフレクターに乗せたウールーたちを戻してくれ」

「サナー」

 

 ミッションはクリア出来たので、ウールーたちを地面に下ろす。

 うん、やっぱり俺の周りに集まってくるよね。

 

「巻き込まれる前にサーナイトは戻っててくれ」

「サーナ」

 

 そんな不服そうな顔されても困るんだけど。

 だってこれから起こることを思うと巻き込むわけにもいかないじゃん?

 俺が次向かうのは柵の向こう側の通路だし、そのためには柵を開けなきゃだし、開けたら…………ね。嫌でも想像出来てしまうわけよ。

 

「流石にウールーたちに揉みくちゃにされるのは嫌だろ」

 

 昼間のことがあるし、多分確実にああなる。

 

「サーナ」

 

 ボールを向けていると、渋々ながらもサーナイトは自らボールに戻っていった。

 さて、覚悟を決めて柵を開けるか。

 願わくばこの覆面が脱げませんように。

 終わったら絶対洗濯しよう………。

 



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75話

 案の定、柵から解放されたウールーたちに一頻り揉みくちゃにされた後。

 今はスタッフの案内でスタジアムの入場口で待機しているところである。しかもコロコロローラーを渡されてユニフォームに付いたウールーの毛を自分で取らされるというね。

 で。

 そんな待機時間を過ごしているのだが、ちょっと出ればそこはバトルフィールドなため、観客の声も直に聞こえてくる。それはいいんだけど、どうも何か様子がおかしいような気がするのだ。

 いやだってさ。既にハチハチコールが始まってるのよ。しかも結構な声量で。

 ジムチャレンジが始まって一ヶ月も経ち、最前線組だと思われるマクワたちは既に六つ目のバッジを手にしているくらいで、そうでなくても多分俺以外のチャレンジャーがこのジムを一度は挑戦しに来ている状況だ。今更そんなところに観客が満員になるとは考えられないのだが、それにしてもの声量である。

 一体何がどうしてこんな盛り上がりになっているのやら。

 ………………鎧島の奴らが駆けつけたとか?

 いや、それはないな。ない、よな? 昨日の今日だし。ないと信じたい。

 

『それでは準備が整いましたので入場していただきましょう!』

 

 嫌な予感がチラつく中、とうとう入場のアナウンスが入ってしまった。

 これからのバトルよりも何が原因でこんなことになっているのか、そっちの方が気になって緊張してくるなんてどうかしてるわ。

 

『開会式ではその様相から少なくないインパクトを残しながらも今日の今日までジム戦に現れなかった仮面の人物! しかし、いざジムミッションを行えばウールーたちを追いかけるはずが逆に追いかけられ、バイウールーに進化させ、三倍にまで増えたウールーを見事ゴールにまで導いたミッションクラッシャー! 仮面のハァァァチッ!!』

 

 おい待て。

 なんだその紹介文は。

 そもそもそんな紹介のされ方するなんて聞いてないぞ。

 しかもミッションクラッシャーとか、俺の意図するところじゃねぇし、そっちの落ち度でもあるでしょうが。

 不名誉過ぎるだろ。名誉毀損で訴えたら勝てるんじゃね?

 

『そして対するは我らがジムリーダー! ファイティングファーマー、ヤロー!』

 

 っし、色々と文句を言いたいところはあるが、まずはバトルしにいくか。

 コロコロローラーを壁に立てかけてから俺がフィールドへ出ていくと対面の出口からも人が出てきた。

 麦わら帽子に白と緑を基調としたユニフォーム。ピンクがかった少しもさっとした髪の青年。

 昼間に出会った農家さんである。

 ………ちゃんとジムリーダー、ヤローと認識しておくべきだな。すんません。

 

「見てましたよ。いやはやまさか昼間に会った観光客が実は挑戦者だったとは驚きましたわ」

 

 中央のサークル上で対面するとにこにこと笑いながら、実に興味深そうな顔で一言目を発した。

 うん、バレてらっしゃる。

 

「顔見てないのに?」

「ウールーに追いかけられる挑戦者なんて初めてじゃ」

「デスヨネー」

 

 分かってたよ。

 流石にあんな風にウールーたちに追いかけられるようなトレーナーなんて早々いないだろう。それが昼間に会ってるんだから尚更印象深く残っているだろうさ。

 

「しかも怪我したウールーを助けに行ったり、そのウールーがバイウールーに進化したり、そのバイウールーに乗って残りのミッションもただの行進と化するようなそんな挑戦者なんて…………」

「なんかすんません」

 

 一応ルールは同じであったが、本来のミッションからは逸脱してただろうしな。あれでクリア判定してくれただけでも儲けもんではある。まあ、最後は俺もスタッフにちょっとアピールはしたが、それくらいは許される範囲だと思う。入らないもんは仕方ないし。

 

「いえいえ、こっちではあの大モニターで実況込みで見てましたけど、今までにないパターンで皆さん驚いたり笑ったりしてて楽しまれてましたよ。それに最後のステージは急遽ワンパチのトレーナーを二人に増やしちゃいましたからね。効果はなかったみたいですが」

 

 あ、そうなの?

 だから俺が出てくる前からハチハチコールが始まっていたのか。

 というか実況付きって何をどう解説していたのだろうか。想像もしたくないわ。

 

「あー………普段は三つともワンパチのトレーナーは一人なんすか?」

「ええ、ただこのままだと妨害にもなり得ないと思いましてね。いやはや、バイウールーの方が一枚上手でしたわ」

「それには俺も同感ですよ。俺二つ目以降、ずっと乗ってるだけでしたもん」

 

 ほんと仕事したのなんて最後に溢れたウールーたちをどう処理するかだけだもんな。

 なんか本当に申し訳なくなってきたわ。

 

「それより、ミッションってトレーナーの資質を測るものなんすよね? あんなんでクリアっていいんですかね」

「いいんじゃいいんじゃ。逆にあれ以上のことを普通のトレーナーがやれるとでも?」

「まあ、世界中探せばいるんじゃないですかね」

「もうその規模でしか探せない時点で君は稀有な存在ってことですよ。それよりもこれから大変ですよ? 初っ端からこんなミッションを見せられたら、次のミッションではどんなことが起こるのか、起こしてくれるのかって変な期待のされ方するでしょうからね」

「うっわ、想像したくねぇ………」

 

 とは言ってもこればかりはどうしようもない。

 今回のが特殊過ぎただけであり、俺だって早々こんなことにはならない。…………はず。

 

「期待されてもこんな異常事態、早々起こらんでしょうに」

「どうですかねぇ」

 

 やめい、そのニヤニヤ顔。

 そんな何回も言ってたらフラグにしかならないだろうが。回収なんてしたくないからな!

 

「まあ、尤も。ここで君が勝てたら、の話ですわ」

 

 なんて軽い挨拶をしていたかと思うと急に目付きが鋭くなり、そのままフィールドの端へと行ってしまった。

 やっぱりジムリーダーはジムリーダーだな。普段どんなに優しい顔つきであってもバトルとなると人が変わる。農家の優男であろうとそれは変わらないらしい。でなければ他の地方よりも競争率が激しそうなガラル地方でジムリーダーなんてやってないわな。

 

『ここでおさらいしておきましょう! ターフジムでのジムバトルは二対二による公式ルール基準。どちらかのポケモンが全て戦闘不能になった時点でバトル終了となります。それではミッションクラッシャーがバトルクラッシャーにもなるのか! バトル始め!』

 

 俺もトレーナーが立つスペースに移動するとルール説明が始まった。

 二対二か。

 最初のジムってことでこの数なのだろうな。本当の初心者だとここに来るまでにまだ手持ちが一体しかいないとか普通にあるだろうし、妥当と言えば妥当だ。カントーやカロスはジムを巡る順番が決まってないから、ジムリーダーが挑戦者の手持ちの数に合わせていたが、順番が決まっているガラルでは後々ジムリーダーの手持ちも増えてくるのだろう。

 

「君の実力試させてもらいますよ! ワタシラガ!」

「いくぞ、ガオガエン」

『最初はワタシラガと………見たことのないポケモンです! 恐らく外の地方に生息するポケモンなのでしょう! そして仮面のポケモンの正体とも思われます!』

 

 ワタシラガ、か。

 エンジンシティから鉱山に向かう途中にもいたような気がするな。

 島にはいなかったからどういうポケモンなのかは知らないが、くさタイプってのだけは分かる。

 

「油断は禁物じゃ! ワタシラガ、コットンガード!」

「ニトロチャージで加速しろ」

 

 頭の綿毛がさらにもさっと膨らみ防御力を高めていく。

 まあ、見たことのないポケモンにまずは防御を固めていくというのは一つの手だとは思う。

 ただ、軽そうなんだよな。いくらコットンガードで攻撃を吸収しようとしても重たい一撃が入れば身体が吹っ飛んでしまうだろう。

 

『ニトロチャージ、ということはほのおタイプということでしょうか! いやしかし、ニトロチャージはほのおタイプ以外のポケモンも使うことがあるので、まだ断言は出来ません!』

 

 となればやることは一つだな。

 

『それにしても速い! 速すぎる! ワタシラガ、ハチ選手のポケモンに完全に翻弄されています!』

 

 ワタシラガの周りを段々と加速しながら走るガオガエンに、遂にワタシラガが目で追えなくなっていった。

 

「ブレイズキック」

 

 そして。

 走りながら右脚に炎を纏い地面を蹴り上げると、一度身体を畳んで、右脚だけを伸ばした状態でワタシラガを地面に叩きつけた。

 二度三度とバウンドしていき、そのまま動く気配がない。

 

「ワタシラガ、戦闘不能!」

 

 うん、思った通りだな。

 一撃でってのはちょっと驚きだが、知らないポケモン+目で追えない+効果抜群の技ともくれば、あり得なくもない話だ。あと身体が軽いってのもあっただろう。

 

『ま、まさかまさかのブレイズキック一撃でワタシラガを倒したぁぁぁあああああああああっ!!』

「わっはっはっはっ! そうですかそうですか。ただちょっと他の子より上のレベル、なんて読みは甘かったみたいですね。試す、なんて言うのも失礼じゃ。ウオオ! ぼくたちは粘る! 農業は粘り腰なんじゃ」

 

 なんかよく分からんが、ヤローさんも燃え上がっている。

 あなた一応くさタイプのジムリーダーでしょうに。今の姿はほのおタイプと間違われてもおかしくないぞ。

 

「強いなんてもんじゃない! 本気でいくぞ、アップリュー!」

『ジムリーダー、ヤロー! ここでまさかのチャンピオンカップで使用している切り札の一体、アップリューを投入してきたぁ!!』

 

 ん?

 そりゃ、最後のポケモンなんだから切り札を投入してくるのは当たり前なのでは?

 確かタイプはくさ・ドラゴンだったか。ワタシラガと違って島にいたから見たことはある。りんごに住み着くカジッチュってのが進化して化けりんごになったポケモンだ(すごい偏見)。しかも分岐進化であり、タルップルっていうのがいたりする。進化方法も独特で与えるりんごの味によって進化先が分かれるらしい。なので、他の地方で採れるりんごだったらまた違う姿になるかもしれないとのこと。

 島のポケモンたちを一体一体説明してくれたミツバさんには感謝だな。

 

「アップリュー、りゅうのまい!」

 

 りゅうのまいによりアップリューの竜の気が活性化していく。

 さて、何を仕掛けてくるのか。

 

「ドラゴンダイブ!」

 

 活性化した竜の気を大きく纏い、そのまま突っ込んできた。

 

「ニトロチャージで捕まえろ」

 

 ならばとこちらも突っ込んでいき、一気に加速して相手以上のスピードでぶつかっていく。

 アップリューを厚い胸で受け止めて、割れたりんごで出来た翼を両腕で掴み勢いを殺した。

 

「きゅうけつ」

「なっ!?」

 

 そのまま噛みつき、体力を吸い取っていく。

 受け止めるのに多少ダメージを受けたとしてもこれをするつもりだったため、特に問題はなかった。

 

「アップリュー、Gのちからで押しつぶすんじゃ!」

 

 翼を押さえられ、噛みつかれていては出来ることは限られてくるため、恐らく身体を使った技なのだろう。

 するとガクンとガオガエンの腰の位置が下がり、重たいものを持ち続けているような状態になっていた。

 

「身体を捻って上下を入れ替えろ」

 

 すかさず身体を捻らせて、アップリューが下になるように指示すると、待ってましたと言わんばかりにガオガエンはアップリューを地面に叩きつけた。

 ほんと成長したよな。

 ムーンのポッチャマとわちゃわちゃしていたニャビーの頃が懐かしいわ。あれからここまで強くなるとは………。それもこれもザルードに負けて、ウーラオスに体捌きを習い、自分だけの必殺技を得たことで心身ともに強くなったのだろう。

 

「ブレイズキック」

 

 起き上がった瞬間を狙い、ガオガエンが炎を纏った右脚でアップリューを蹴り上げた。

 

「アクロバット!」

 

 おおー。

 流石はジムリーダーって感じだな。

 やられてもタダではやられない。

 蹴り上げられた勢いを使ってくるくると後転していき、翼で空気を打ち付けると一気に加速してきた。

 

「今度はブレイズキックで回し蹴りだ」

 

 今度は左脚に炎を纏い、その脚で地面を蹴り上げると、右脚と場所を入れ替えるように左から左脚を回し、アップリューを右側の観客席の方へと蹴り飛ばした。

 普通に正面から蹴ろうものなら、右脚が持っていかれる可能性もあるからな。それよりは回し蹴りにして力が流れる向きをガオガエンに向かないようした方がいい。

 まあ、指示しておいてなんだけど、よくタイミングを合わせられたなと思う。普通に凄いわ。

 

「一撃入れるのがこんなにも遠いとは…………なら!」

 

 するとヤローさんがボールを取り出して、アップリューを回収していった。

 

「さあダイマックスだ! 根こそぎ刈りとってやる!」

 

 なるほど。

 ここでダイマックスってわけか。

 

「アップリュー、キョダイマックス!」

『ここでアップリューのキョダイマックスだぁぁぁっ!!』

 

 と思いきやキョダイマックスの方だった。

 島にはいたのに何気にアップリューのキョダイマックスを見るは初めてかもしれない。

 何というか巨大なカジッチュって言われても違和感ないな。

 ああ、でもこっちのりんごは腐ってる? か。デロンとしていて腐っているようにしか見えない。俺の気のせい………?

 

「ガオガエン、かげぶんしん」

 

 取り敢えず、かげぶんしんを使わせておこう。

 ダイマックスだろうがキョダイマックスだろうが、こちらのやることに変わりはないんだし。

 

「ダイジェット!」

 

 巨大なエアスラッシュ的なものがガオガエンに襲いかかってくる。

 

「ニトロチャージで一気に飛べ」

 

 それを分身たちが炎を纏って次々と飛び込んでいった。

 その後ろから本体のガオガエンが飛び込んでいき、相殺された中を一体だけがアップリューの頭の上に辿り着くことに成功。

 

「ブレイズキックで踵落としだ!」

 

 折角なのでアップリューの脳天を揺さぶるために、炎を纏った右脚で踵落としを入れさせた。

 

「ダイドラグーン!」

 

 だが、そこはキョダイマックス。

 巨大化しているだけあって期待した効果は得られず、代わりに青と赤の衝撃波がアップリューの周りに作り出されていく。

 

「きゅうけつで噛みついてやり過ごせ!」

 

 今更飛び降りたりしたところで、空中で狙われるのが関の山。

 だったら回復しながら耐え忍ぶしかない。

 ここからでは見えないが恐らく背中にダメージを負いながらも吸い取ったエネルギーで回復してトントンくらいになっていることだろう。

 

「アップリュー、キョダイサンゲキ!」

 

 巨大な種がいくつもアップリューの周りに撒き散らされている間に、俺たちは素早くアクZのポーズを取っていく。

 

「ブラックホールイクリプス」

 

 そして巨大な種から発射された緑色の光線がアップリューの頭上にいるガオガエンに向けて飛んでくるも、そのさらに上に出来上がったブラックホールにより全て吸収されていった。

 

『な、何が起きたのでしょう! アップリューのキョダイサンゲキが全て軌道を変えて黒い何かに吸収されていきました!』

 

 するとアップリューが光り、段々と元の大きさに戻っていく。

 

『あぁーっと! ここでアップリューのキョダイマックスの終了だぁぁぁっ!!』

 

 飛び降りたガオガエンが俺の前まで戻ってくると、アップリューの態勢が整う前に次の指示を出すことにした。

 

「かげぶんしん」

 

 分身を増やしてトドメの態勢に入る。

 

「トドメだ。ブレイズキック」

 

 足下に炎が走り、その全てがガオガエンの右脚へと集中していく。

 そして一気に加速すると地面を蹴り上げ、一度両脚を折り畳むと右脚を伸ばして次々とアップリューに突っ込んでいった。

 

「ドラゴンダイブ!」

 

 ようやく動き始めたアップリューも竜の気を纏い突っ込んでくる。

 だが、そこは数の力が物を言い、途中からガオガエンの分身に蹴り飛ばされ、そこへ次々と分身が降り注ぎ、最後に本体のガオガエンが一撃を入れて爆発させた。

 

「草の力みんなしおれた……。なんというジムチャレンジャーじゃ!」

 

 地面にゴロンと横たわるアップリューは焦げて黒煙を上げながらピクリとも動かない。

 

「アップリュー、戦闘不能! よって勝者、チャレンジャーのハチ!」

 

 よしよし。

 初戦としては上々の出来だろう。

 

『決まったぁぁぁ!! ジムリーダー、切り札を以ってしてもチャレンジャーを止められず! 今年のセミファイナルの優勝候補、さらにはあのダンデを倒す可能性まで見えてきたのではないでしょうか! 何というバトル! 何という強さ! 仮面のハチ! ここにその名を強く轟かせましたっ!!』

 

 実況もこの調子だし、仮面のハチ=ガオガエンという印象が強まったと思われる。

 これで少しはハチ=ヒキガヤハチマンという方程式も否定出来るはずだ。

 

「完敗ですわ。君のポケモンに一撃入れるのが精一杯じゃ。こりゃ、他のジムリーダーにも君の時には試す余裕はないと伝えておかないと!」

 

 アップリューをボールに戻したヤローさんがこっちに向かってきてたので、俺もガオガエンをボールに戻してセンターサークルの方へ向かうと、開口一番にそう意気込まれた。

 

「それ、ジム戦としてどうなんですかね」

「そりゃこちらが試されている気分になる時点でおあいこですよ」

 

 やっぱ俺参加するべきじゃなかったんじゃね?

 

「ジムチャレンジにおいてジムリーダーに勝った証としてくさバッジをお渡しするんだわ!」

 

 気づいたらスタッフさんが一人、お盆を持って脇に控えていた。

 どうした、その隠密性。影が薄いなんてもんじゃないぞ。幻のシックスマンにでもなりたいの?

 

「時にハチさん。君の年齢を聞いても?」

 

 気配の薄いスタッフからジムバッジを受け取ると何故か年齢を聞かれた。

 答えていいもんかね…………まあ、いいか。今の俺は本来のこの時間軸の俺とは年齢も違うわけだし。

 

「あー………十八……かな、多分」

「覚えてないんですか?」

「ほら、スクールだと学年があるから覚えやすいけど、それがなくなると今いくつだっけ? ってなるじゃないですか」

「それはもう少し歳老いてからの話じゃないですかねぇ」

「そこまで歳を気にしていないってことっすよ」

 

 実際のところマジで今いくつだっけってなることはあるし、嘘は言っていないぞ。

 

「でもそうかあ。ハチさんは黄金世代と同じ歳なんですねぇ」

「黄金世代?」

「四人の実力のあるチャレンジャーが同じ年に出場していましてね。その内の三人が今も現役で活躍されてるんですわ」

 

 …………うん、なんか分かってしまったわ。

 えぇー、マジか………。今の俺は同じ歳になるってことはあいつらの方が年上ってことかよ。なんか嫌だわー。

 

「ああ、なるほど。ダンデ、キバナ、ルリナ、ソニアってことですか」

「ッ?! いやはや参りました。四人とも名前を言い当てられてしまうなんて。あの年にハチさんがジムチャレンジに参加していたら、ダンデさんがチャンピオンになっていなかったかもしれんなぁと。それくらい君は強い。きっと他のジムリーダーたちにもいい刺激になるでしょうね」

 

 俺としてはヤローさんがソニアを評価していることに驚きだわ。

 あいつ、色々あったとはいえ途中で敗退したんだろ? それでも実力者って評価されているのだから、相当印象に残ったのだろう。

 あいつは自分には何もないとか言ってるけど、ちゃんと残せているものもあるじゃないか。

 

「やっぱりヤローさんはちゃんとしたジムリーダーですわ」

「おや? 気づかれちゃいました?」

「昼間会った時からそう感じてましたよ」

「いやぁ、そう言われるとぼくも嬉しいんだなぁ」

 

 ぽわんぽわんした空気を振り撒きながら手を差し出してきたので、俺もその手を握り返して握手した。

 全く、あいつも贅沢な奴だ。

 そりゃ、不特定多数からの誹謗中傷はたくさんあったのだろうし、それで傷付いたのも事実なのは変わらないが、ルリナ以外にもこんな力強い味方がいるってこともあいつは知らないとな。

 

「ああ、それと。帰りは気をつけてくださいね。君はもう注目の的になってるでしょうから」

 

 ああ、そうだった。

 忘れてたけど…………先を思うとここから帰りたくねぇな………。

 

 

 

   *   *   *

 

 

 

「うっわ………」

 

 案の定というかなんというか。

 ロビーには大勢の出待ち客が集まっていた。中にはカメラマンとマイクを持った女性のセットとかもいて…………あれ、絶対生中継してるよな。

 いや、マジで変装しておいてよかったわ。

 ありがとう、ミツバさん。ありがとう、道場に制服を忘れていってくれたワイルドエリアのスタッフさん。現在進行形で有効活用させていただいています。

 

「すみませーん」

「あ、はい。どうしました?」

「これ」

 

 受付のお姉さんに声をかけて一枚の紙とトレーナーカードを渡す。

 書いてあるのは『挑戦者のハチです。この事態を想定してワイルドエリアのスタッフに変装しています。お客さんには裏口から帰ったと伝えてください』というもの。

 

「分かりました。伝えておきますね。えーっと………はい、こちらは返しておきますね」

 

 トレーナーカードの確認だけしてくれると何も言わずに送り出してくれた。

 流石はプロ。

 こんな急な変装なのに何も言わずに送り出してくれるとは………。

 

「では、行ってきます」

「はい、気をつけてくださいね」

 

 ワイルドエリアのスタッフとして今から仕事に行ってきます、というのを装う会話をしてロビーに脚を踏み入れる。

 

「皆さーん! 今入った情報なんですが、どうやらハチさんは裏口から帰宅されたようです! なので、もう出待ちをされていても意味がないみたいですよー!」

 

 わーお、何というタイミング。

 皆が皆、受付のお姉さんに意識が集中してくれたおかけで、無事にターフジムから脱出することに成功した。

 今度何かターフジムにお礼の品物でも送っておこう。

 



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76話

 翌日。

 ルリナからのモーニングコールにより起こされた俺はウルガモスに飛んでもらい、急遽バウタウンへと足を運んでいた。

 

「で、この状況は?」

 

 バウジムに向かうとルリナが待っており、会うや否やガオガエンの覆面を被れと言われ、被った途端に首根っこを掴まれて確保されると、会議室に連れ込まれて椅子に座らされたのである。

 そして対面に座るルリナ………とその横に座る金髪のおばさ………お姉さんはどちらさんで?

 

「初めましてハチさん。私ローズ委員長の秘書をしております、オリーヴと申します」

「はぁ……」

 

 ローズ委員長っていうと……………ああ、ピオニーのおっさんにどこか似ているあの大会委員長ね。

 その秘書さんが何の用で?

 

「昨日はターフジムの攻略おめでとうございます」

「ありがとうございます……?」

「実は今日お呼びしたのは委員長より一つ提案がありまして、それをお伝えに参りました」

「提案?」

 

 うん、さっぱり状況が読めない。

 少なくともジムチャレンジに関することではあるのだろうが、俺に何をさせるつもりなんだ?

 ルリナの方を見てもニヤニヤしているだけで役に立たない。

 

「まずはこちらを」

 

 そう言われて差し出されたタブレットで動画が再生された。

 

『初めまして、ハチ選手。わたくし、リーグ委員長のローズと申します。まずはターフジムの攻略おめでとう。昨日のバトルは私たち大会関係者、ジムリーダーたち、他の選手たちに少なくない影響を与えることでしょう。それくらい見事なものでした』

 

 何というか、らしい感じの挨拶だな。

 こういう人って大体入りはこんな感じじゃん?

 笑顔も作り笑いというか、ザ・営業スマイルって感じである。

 これを見るとピオニーのおっさんとは似ても似つかない別人なんだろうと思えてくる。

 

『さて、挨拶はこれくらいにして本題に入りましょう。実はあるジムリーダーから君のユニフォームを赤黒いものにした方がいいのでは、という案が出ておりまして、わたくしも昨日の姿を見て一つの決心を致しました。ハチ選手、挑戦者の身ではありますが、スポンサーを付けてユニフォームを変更致しませんか? 君の仮面と合うように模様を入れ、仮面のハチとして今年のジムチャレンジを盛り上げていただけないでしょうか』

 

 うん、まず。

 提案したのは恐らくルリナだろう。

 開会式でダサいと言われたしな。

 で。

 スポンサーを付けてユニフォームの変更だと?

 俺としてはどんなユニフォームだろうが、ガオガエンの覆面以上の恥ずかしいものはないため何でもいいのだが、そんなことってまず過去に例があるのか?

 下手に特例でってやってしまうとただてさえ目立つキャラを演じてるのに、さらに悪目立ちしてソニアの二の舞になり兼ねないぞ。

 俺も流石にそうなるのは嫌だし、二つ返事では返せない案件だわ。

 

『詳しいことはわたくしの秘書兼マクロコスモス副社長のオリーブ君に伝えてあります。どうか良い返事をお待ちしていますよ』

「というわけです」

 

 最後に秘書兼マクロコスモス副社長とかしれっとぶっ込んでくるな。

 この人副社長でもあるのかよ。秘書と副社長が兼任出来るものなのかはさておき、この人結構大物なのかもしれない。

 いやまあ、マクロコスモス社がどれくらいの規模なのか知らないけど、なんか聞いたことがあるような気もしなくもないんだよな………。

 

「………取り敢えずルリナ。お前マジで打診してたのか?」

「だってダサいじゃない。その赤黒いポケモンの顔被って白いユニフォームって」

「いやまあ、そうだけどさ」

「何なら今もダサい」

「無理言うなよ。お前にモーニングコールで起こされてそのまま飛んできたんだぞ。服なんか適当になるわ」

「いつも適当の間違いでしょ」

「…………よくお分かりで」

「ほら」

 

 ルリナさんマジぱねぇ。

 まあいいや。

 ルリナのユニフォームから話が大きくなったのは分かったとして、その大きくなった話をどうするかだ。

 

「………で、本題の話ですけど、挑戦者がジムチャレンジ参加中にスポンサーを付けることってあるんすか?」

「今のところ付けた者はおりません。ですが、現チャンピオンはジムチャレンジ参加中に直接交渉がされることはありませんでしたが、各企業が目を付けていたのは事実としてあり、ファイナルトーナメント参加が決定した時点で契約書を後はサインをもらうだけ、というところまで作り上げていました」

 

 恐らくマクロコスモス社もその一つなのだろう。

 だからここまで企業の詳細を語れるのだと思われる。

 ということは少なくともダンデがチャンピオンになった当時の状況は事実ってことか。

 

「一応大会規定には、選手がジムチャレンジ参加中に特定企業をスポンサーに付けることを違反とする旨の内容はありませんので、失格になることはありません。ただし、各企業間には暗黙の了解でスポンサーの打診はジムチャレンジ終了後というものがあり、それに従ってはやる気持ちを抑えてきた、という風習はありますね」

 

 ルールとしてはないが暗黙の了解として挑戦者のスポンサーになることは御法度とされていたのか。

 まあ、開会式を見るに子供の方が多いからな。まだ右も左も分からない内から大人の世界に引き込むのを良しとしなかったってことだろう。だから暗黙の了解で企業がお互いに牽制していたってところか。

 

「つまりその暗黙の了解を破ってまでスポンサーの打診をしてきたってわけですか。………目的は?」

「ハチ選手の身の安全の確保です」

 

 …………は?

 

「え? 俺いつの間に命狙われてたの?」

 

 昨日のバトルで命狙われるような要素とかあったか?

 それともシャドーの奴らのことか?

 …………いや、そっちはないな。ハチ=国際警察の黒の撥号ってことを知っているのはソニアと爺さんだけだし、そもそも黒の撥号もまだ名前が売れているとは思えない。

 

「命、というよりは素顔の方でしょうね。昨日の今日で大きなアクションが起こされることはないでしょうが、あなたの実力ならばジム戦はスムーズに進むことでしょう。そうなると注目をさらに集めることになり、その素顔に迫ろうとするマスコミも多かれ少なかれ現れるかと」

 

 ああ、なるほど。

 これからの話ってことか。

 それはあり得そうだわ。マスコミとかここぞとばかりに俺のこの覆面を剥がしにくるだろうし。

 あるいはテレビ局とかが変な特番を作ってゲストに呼んで覆面を汚して脱がせてくるってのもありそう。

 この契約によりそれらのことが起きないように牽制するって意味合いもあるってわけか。それはこちらとしても有難い話ではあるな。

 

「それから守るためにスポンサー契約を?」

「はい」

「因みにスポンサーになる企業の名は?」

「マクロコスモス社です」

 

 やっぱりか。

 メリットがある話ではあるのだが、やはり一社独占でのスポンサー契約ってのは暗黙の了解を破った上では不公平が過ぎるだろう。せめて三社くらいはないと。

 だが、そうなると逆にあらゆる企業からオファーがくる可能性があり、その対応だけでジムチャレンジが終わってしまいそうである。

 

「一社独占ってのがネックだな………。それはそれでマスコミに別の餌を与えるようなものでは? 被害がなくなるとは思えませんよ」

 

 あるいは贔屓やら出来レースやら散々な記事を書かれて、遂にはガラルから追い出され兼ねない。それくらい世論は怖いし、何が起こるか分からない。

 うーん………一社独占にならずに、だけどスポンサーとして名前を連ねても問題視されなさそうな企業ねぇ…………。

 そもそもガラルの企業を知らないしな。知っているところで言えばデボンやエーテル財団であるが、どっちもガラルとは無縁、とまでは言わないまでもガラルの企業ではない。スポンサー企業として存在しているのかどうかってレベルの話だろう。

 …………あ。

 一つだけいけそうなのがあるな。

 それも俺の身の安全の確保を目的とするのならば、むしろそっちの方がいいような気がする。

 

「大会組織委員会がスポンサーになるというのは?」

「ッ!? オリーブ驚きだわ! なるほど。確かに大会組織なら企業ではありませんので、一社独占ということにはなりませんね。それにハチ選手の身の安全の確保が目的となると企業が動くより大会組織が動いた方が体裁が整います」

 

 いや、目がめっちゃ開いたんですけど。

 俺としてはそっちの方に驚きだわ。

 

「それにマスコミが過剰に反応しそうな選手には大会組織がスポンサーに付くという前例が出来上がれば、マスコミへの抑止力にもなるでしょう」

 

 そこまでのつもりはなかったのだが、まあソニアのこともあったわけだし、何かあれば大会組織委員会が動くべきなのは確かだ。それが出来なかったからソニアは炎上したのだろうし。

 もし当時の大会組織委員会がすぐに効果的な対応をしていれば、トラウマを植え付けられるようなことにまでは発展しなかっただろうし、ダンデから距離を置くようなことにまではならなかった可能性だってある。

 ならば、俺が前例として大会組織委員会を引っ張り出そうじゃないか。

 ただ、前例というのならもう二つ条件を付け加えておこう。

 暗黙の了解に対する公平性は保っておかなければ各企業との歪みが生まれ、来年以降の開催に翳りを落とすことになる。

 

「それともう二つ。スポンサーの期限はジムチャレンジが終わるまでの期間限定ということで。それと契約書の公開も必要でしょう」

「身の安全の確保をする必要性がなくなればスポンサーとして居座るのもおかしいですものね。契約書の公開は公平性を保つため、ですか」

 

 おお、提案するだけでその意味を理解してくれた。

 秘書兼副社長は伊達ではないな。

 

「少々お待ちを。直ちに契約書を作成致します。それとトレーナーカードを出しておいてください」

「うす」

 

 ノートパソコンを取り出すとカタカタと凄い勢いで文字を打っていく秘書さん。

 ザ・仕事人って感じでそこに痺れる憧れるぅ! というよりはカロスでの日々を思い出してくる。懐かしいってのもアレだが、ポケモン協会を立て直すってなって以降はこんな感じで連日書類作成やらしてたっけな。まあ、ほぼほぼユキノシタ姉妹がやっちゃってたんだけど。

 あの二人、無駄にその辺のスペックが高いから仕事が進む進む。

 将来あの二人もこんな感じのやり手になってたのかもしれないと思うと、俺には勿体ない気さえしてくる。

 それでも俺とともに歩むことを選んでくれたってのに、俺はこんなことになってるし、人生なんだかなーって感じだわ。

 あ、そうだ。

 懐かしさついでに俺の苦手な取材対応をお断りってのを付け忘れてたな。鍛えられたとはいえ、今の俺が取材なんざ受けてたらあることないこと書かれたりするだろうし、そうでなくてもマスコミがあることないこと書くだろうからな。口は災いの元とはいうし、出来るだけ口は閉ざしておかないと。

 

「あの、契約書の公開と同時に取材はジムチャレンジが終了するまではお断りってことと出待ちは禁止ってのも流しておいてください」

「理由は?」

 

 チラリとこちらを見てくる鋭い目。

 この人の攻撃は命中率高そうだなぁ。

 

「謎は謎のままにしておいた方がキャラが立つってもんでしょ」

「なるほど。ではそのように致します」

「それと俺を推薦してくれたマスタード師匠のところにも取材にいくのはなしでお願いします。師匠だけならまだしも他の門下生たちにまで迷惑はかけられませんから」

「分かりました。ですが、随分と周りを気になさるのですね」

「博士の孫娘だからって変な期待をされて、無敵の幼馴染と比較された奴を知ってるんでね………」

「…………なるほど。そういう繋がりでしたか」

 

 一度ルリナを見たかと思うと妙に納得してくれた。

 

「いいでしょう。他に要望があれば何でも言ってください。出来る出来ないはあるとしても言うだけタダです。こちらもそういう考えがあるというだけでも分かれば他に対策を立てられますからね」

「なら、その時は随時お願いします」

 

 淡々と了承してくれると再びパソコンに向き直り、契約書を作成していく。

 意外と太っ腹だった。

 

「あ、そうだ。アンタにこれを見せておくわ」

 

 すると彼女の隣で何かを思い出したルリナが紙袋から何かを取り出した。

 

「………仕事早ぇな。ちゃっかり背番号まで入れてあるし」

 

 どうやら既に新規のユニフォームを作ってあったらしい。

 最早規定事項だったのだろうか。

 俺がスポンサー契約を断ってたらどうしてたのだろうかね。

 にしてもよくガオガエンの顔を覚えていたな。開会式を何回も見返したとか?

 

「ソニアに聞いてガオガエンの写真を送ってもらったからね」

「え? あいついつの間に盗撮してたんだよ」

 

 まさかのだった。

 今度会ったらソニアはお仕置き確定だわ。

 何してやろうかしら。今から楽しみで楽しみで仕方がないぞ。ふへへ。

 

「はい、肩に合わせるわよ」

「へい」

 

 立って横にズレるとルリナが俺の前に立ってユニフォームを胸に当ててくる。

 俺も少し腕を広げてユニフォームの型に合わせるとサイズ的には問題なさそうなのが分かった。

 

「うん、バッチリね。流石私だわ」

「まあ、白でないだけでコロッと変わった感じはあるな」

 

 鏡で自分の姿を見ているわけではないため、全体的な仕上がりは分からないが、白を基調としていたユニフォームよりは断然こっちの方が様になっている。

 これをルリナがデザインしたっていうのだから、やっぱりルリナさんマジぱねぇわ。

 

「お待たせしました。こちらにサインをお願いします」

「マジか。こっちも仕事早ぇ………」

 

 たった数分で契約書を作成してしまう仕事の早さよ。しかもタブレットの方に転送までして俺がじっくり見れるようにまでしてくれてるし。

 オリーブさんもマジぱねぇ。

 

「………本名?」

「いえ、今回は仮面のハチという一キャラとしてで結構です。公開されるのですから」

「そりゃそうか」

 

 まずは契約書の中身の確認だな。

 定型文とかは置いといて………。

 仮面のハチとポケモンリーグ運営組織委員会との契約であること。

 この契約は仮面のハチの身の安全を確保するためのものであること。

 ジムチャレンジ終了後に契約は破棄されること。

 この契約により選手のユニフォームの変更を行い、ジムチャレンジを盛り上げることを選手に義務付けること。

 選手のグッズ関連の著作権は選手本人にあり、許可なく販売することを禁止すること。

 取材やテレビ番組の出演は本人の意向により行わないこと。またその管理・把握は大会組織委員会が行うこと。

 推薦者であるマスタード氏及び道場関係者への取材も行わないこと。

 他、問題が起きた場合は都度両者で対応を検討すること。

 

「……………」

 

 まあ、大体まとめるとこんな感じのことが書かれていた。

 なんか話になかったものまであるが、そうか。グッズ関連のことも後々出てきたりするのか。全く頭になかったわ。恐らく俺の身の安全を確保するという内容に俺の著作権や人権が含まれているということだろう。悪いようにはなっていないのでこれはこれで置いておくとしようか。

 

「問題はなさそうですね。俺の不利益になりそうなものは含まれていなさそうですし」

「ありがとうございます」

 

 特に問題点はなかったので、一通り読み終えた後にタブレットにサインを入れた。

 これでスポンサー契約は成立か。

 

「…………サインしといて何ですけど、元々マクロコスモス社との契約のつもりで来てたんですよね。大会組織委員会に変更してよかったんですか?」

「ええ、問題ありません。どちらもトップはローズ委員長であり、私はそのどちらともの秘書ですから」

「さいですか」

 

 聞くだけ野暮だったらしい。

 まあ、これだけ仕事の早い人なら何に関わるにも右腕として置いておきたいわな。俺がユキノシタ姉妹に助けられているのと同じなのだろう。

 

「では、後はユニフォームに大会組織委員会のロゴを入れておきますので」

「お願いします」

 

 これで終わりと言わんばかりにパタンとパソコンを閉じてルリナからユニフォームを預かると、そのまま部屋から出て行ってしまった。

 

「忙しいのか?」

「忙しいわね。実質会社の運営はあの人が担ってるようなものらしいし」

「へぇ」

 

 歩き方もスタスタと急いでいるような感じだったし、他にもやることがたくさんあるのだろう。

 

「あ、そうそう。今日の十八時からジム戦入れといたから」

「はっ? マジで? いつの間に?! てか、トレーナーカードは?」

「はい、返すわ」

「いや、いつの間に取ってたんだよ」

「アンタが契約書読んでる間に」

 

 流石っすわ、ルリナさん。

 もうなんかずっとルリナの手玉に取られているような気がするわ。

 

「ユニフォームは今晩来た時に受付で渡すように指示しておくから、ちゃんと受け取るのよ」

「お、おう………なんかもう全部任せるわ」

 

 多分、下手に俺が意見を挟むよりもなるようになってくれた方が楽なのかもしれない。

 そう思わせるくらいにはガラルの女性はマジ半端ねぇわ。

 



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77話

 夕方になり。

 俺は再度バウジムにやってきた。

 朝来た時には空いていたロビーも人で溢れており、少し人酔いしそうな勢いである。

 

「お疲れさまでーす」

「お疲れさまで……す? あぁ、そういうことですね。お話は聞いていますよ。まずはトレーナーカードを」

 

 嫌な予感がしてワイルドエリアのスタッフの姿になっておいて正解だったわ。ルリナにはもしかしたらスタッフの恰好で現れるかもしれないって伝えておいたのだが、どうやらそれは受付のお姉さんにまで浸透しているようだ。流石はルリナ。

 小声でやり取りをしながら登録を済ませてカードを受け取る。

 

「こちらがユニフォームになります」

「あざっす」

 

 続けて新ユニフォームも出してきてくれて、それを受け取ってロッカールームへと向かった。

 廊下はシーンと静まり返っている。

 俺の足音がハッキリと聞こえるくらいには静かだ。

 ロビーから一歩抜けるとここまで静かになるのか。

 どんだけ人が来てたんだよ。アレ全部観客ってことだろ?

 やだわー。あれの中でバトルするのかと思うとゾッとする。というかミッションの方も見られるんだよな…………。

 

「スタッフ………? あ、ユニフォーム持ってるからハチね」

「お? おぉ、ルリナか」

 

 先のことを思い、今だけでも自分を甘やかしてやりたい気分で歩いていると声をかけられた。

 振り返るとルリナがいたのでサングラスを外す。

 

「意外と溶け込めるものね、その恰好」

「めちゃくちゃ便利だぞ。昨日も今日もこれに助けられてる」

「でしょうね」

 

 俺と肩を並べながら俺と同じ方向に脚を踏み出してくる。

 

「それにしても人多すぎない………?」

「そりゃそうよ。チケット販売開始十分も経たずに完売だもの。ジムチャレンジが始まって一ヶ月経ってからのうちのジムでは快挙よ」

 

 マジかよ。

 即完売しちゃったのか。

 

「ここに来るまでの外もヤバかったぞ」

「それがアンタの集客力ってことでしょ。こっちとしては有り難くガッポリ稼がせてもらうだけだし」

「めちゃくちゃ利用されてんなー………」

 

 売上に貢献しても俺には一円も落ちないんだよな。なんか解せん。

 

「ほら」

「何だよ」

「ポケッターの私のアカウント。今日のチケット販売開始と同時に呟いたら、このコメントの量よ」

 

 スマホを差し出されてポケッター? とやらも呟き? をスクロールしていくとフォロワーさんからのコメントが万を超えていた。

 

「はっ? 万?」

 

 コメントで万超えるって相当なもんじゃね?

 俺は全くやったことないからどの程度が普通なのかも分からないけれども、そんないくもんなのか?

 えっと、『ルリナさん、頑張ってください!』『仮面のハチにはジム戦用のポケモンでいくんですか? それともチャンピオンリーグ用のポケモンでいくんですか?』『ルリナのことは応援してるけど、仮面のハチはヤバくね?』『あのポケモン、調べてみたらガオガエンっていうらしいぞ。ほのお・あくタイプ』『主にアローラ地方ってところに生息してるらしい』『ならワンチャンあるんじゃね? ガオガエン倒せば。切り札っぽいし』『もう一体がサーナイトってのには驚きだけどな!』などなど。上にあるコメントで読めたのがこれくらいだったが、既にガオガエンのことを調べられているというね。

 というかフォロワーだけで会話しちゃってんじゃん。

 

「………盛り上がってんな」

「皆がマクワとかの上位勢に目が行き始めたタイミングでの登場だからよ。正直開始一ヶ月も経てば私たち初めの方のジムリーダーはほとんどお役目御免状態。チャンピオンカップに向けてポケモンたちの調整をしているような時期なんだけど、第二弾が始まったって感じね。今日のアンタのバトル次第では、私に挑む勇気がなかった子たちもやってくるんじゃないかしら」

「意図してたわけじゃないんだけどな。開始早々最速で全ジム攻略とかする気は全くなかったし、あのシェルダーのせいで調べ回ってたらこんな時期になっちまっただけだしな」

「そんなことも言ってたわね。でもこの盛り上がりを予想した委員長が先に手を打ったのは正解だったわ」

「読みが早いというかなんというか」

 

 あのおじさん、マジもんのやり手だわ。

 ピオニーのおっさんとはえらい違いだ。

 

「それと夕方にアンタとの契約書が公開されたわよ」

「えっ、マジで? 早くね?」

 

 こっちのホテルを取ってから二度寝してたからニュースも見てなかったわ。

 仕事早いな、あのおば……お姉さん。

 

「んじゃ、アンタとのバトル楽しみにしてるわよ」

「へーへー」

 

 俺としてはあのコメントを読んだ後だと、観客の熱気に当てられないか心配である。

 コメントだけであんなにいくもんなのか?

 ちょっと恐ろしすぎるわ。

 

「あ、そうそう。ミッションの方だけど、私のポケモンたちがどうしてもアンタを一目見たいっていうから、所々に置いてきたから。ちゃんと全員に会ってあげてね」

 

 ミッションのところにルリナのポケモンたちを置いてきた?

 置いてきたってどういうことだってばよ。

 

「え、なに? どゆこと? 開始前にミッション内容変更されてる………?」

 

 俺の疑問に返さないままルリナは手をふりふりしながら行ってしまった。

 

 

 

   *   *   *

 

 

 

 ゴォォォォオオオオオオオオオオッッ!!

 ジムに併設されているミッション部屋に来るとなんか天井からいくつもの滝が落ちていた。

 いや、どゆこと?

 

「ミッション内容はこの迷路の行く先々にあるスイッチを上手く利用して天井から落ちる滝を止め、ゴールを目指してください。尚、滝の箇所には色の付いた網状の床になっているので、それを目印にしてスイッチを押してくださいね。あとスイッチを押してから滝が止まるまでに少々タイムラグが起きることもありますのでご注意を」

 

 お、おう………。

 つまりあの滝を止めないと先に進めないってことでいいんだな。多分やりようによってはスイッチを使わなくてもいけるのだろうが、ルール上スイッチを使ってってのが原則と思っておこう。

 

「それではミッション、始め!」

 

 水道代とか電気代とかヤバそうなジムだな。

 それに比べてターフジムのハイテクとは程遠い緩さよ。

 こうなるとカブさんのところがどうなってるのか楽しみだわ。

 

「さて、どうするか」

 

 正面の階段を登って突っ切りたいところではあるが、滝が落ちてきているため、水色のスイッチを押さないといけないってわけか。逆に右の方は滝が上がっている辺り、まずは右にいくしかないのだろう。

 取り敢えずは東側へと進むことにする。

 

「ようこそいらっしゃいました! まずは私と一戦お願いします!」

 

 うわ、なんかいたよ。

 え、なに? ここでバトルすんの?

 てか、ルリナと同じユニフォーム着てるな。

 

「………こんなところで?」

「はい!」

 

 下手すると俺達にも技が当たりかねないくらい狭いのだが…………。

 まあ、これも妨害の一種なのだろう。

 

「えっと、じゃあサーナイト。よろしく」

「サナ!」

「いくよ、オタマロ!」

 

 相手はオタマロか。

 オタマロねぇ………。

 オタマロってシュールな姿してるよな。

 みずの単タイプだけど、系統的にもよく似ているニョロモに比べるとその異様さが分かるだろう。

 ほぼ顔じゃん!

 あれを図解で見た時は流石に二度見したね。インパクトが強すぎるのよ。

 

「バブルこうせん!」

「サイコキネシス」

 

 バブルを吐くために口を開けようとした瞬間に超念力で口を塞ぐと、口の中にバブルが次々と弾けていっているのか、めちゃくちゃ苦しそうになっていく。

 

「オタマロ!?」

 

 すぐに超念力は解いたが、その一時でぐったりしてしまった。

 

「えっと………ここからエナジーボールでオタマロを壁にぶつけるって展開が待ってるけど、まだやる?」

「うぅ………降参です………ルリナさん、ごめんなさーいぃ…………」

 

 この後にやろうとしていたことを説明すると早々と降参してくれた。

 あの状態でトドメを刺すのも可哀想だしな。俺としても時間を省けて万々歳である。

 

「んで、まずはこの赤色のスイッチか」

 

 周りの状況としては東側の赤色の床は空いているけど、その右奥に見える黄色の床には滝が落ちてきている。逆にすぐそこの北側の赤色の床に滝が落ちていると。

 

「ポチッとな」

 

 おおー。

 北側の滝が上がり、逆に東側の赤床に滝が落ちてくるって仕組みか。恐らく他のスイッチもそういう感じなのだろう。

 にしても音が凄い。

 

「ルパ?」

「え、なに? 今度はスイッチの門番的な?」

 

 北側に進むと黄色のスイッチの前にルンパッパがいた。

 

「ルンパパ、ルンパパ、ルン、パッパ!」

 

 お、おう………。

 だからなんだよ。

 いきなり踊られても反応に困るのだが………あぁ、なるほど。

 

「お前、あれか? ルリナのポケモンか?」

「ルパ!」

 

 やっぱりか。

 

「さいでっか。なら、そこどいてくんね?」

「ルパルパ」

 

 首を横に振るルンパッパ。

 

「嫌ってか」

「ルッパ! ルッパ、ルパルパ!」

「………分からん。通訳」

 

 何言ってるかさっぱり分からん。

 

「ルッパ、ルパルパ!」

 

 俺の呟きに応えるようにポゥッと火の玉が現れ、そこに文字が浮かんでくる。使うのは久しぶりだが、なんか文字が前よりくっきりしてない?

 えっと、『強くなる方法を教えろくださいでし!』と。

 ブンッと頭を下げるルンパッパ。お前、顔と胴体が一緒なんだから全然頭下がってねぇぞ。

 あと口調のクセ強すぎ。

 マジでそんな感じなの?

 教えろくださいはまだいい。敬語を取ってつけた感は否めないが、逆にそれだけの感情的なものは伝わってくる。それよりも語尾の『でし』はなんだよ。何かキャラ付けしないとダメとか考えてたりする?

 多分、ルンパッパは何もしなくても印象に残りやすいポケモンだと思うぞ?

 

「強くなる方法ねぇ…………」

 

 ルンパッパの口調はひとまず置いといて、だ。

 強くなる方法か。

 ルンパッパはタイプの組み合わせが中々類を見ないみず・くさタイプだから、ある意味両方いけるんだよな。

 

「まあ、まずはお前のタイプを活かすことを考えるべきなんじゃないか? みずとくさタイプの組み合わせともなると天気が雨の状態だろうが、晴れの状態だろうが、どっちでもいける。特性の関係上、好ましいのは雨が降っている状況下だが、そこは言わなくても分かるだろ?」

「ルパルパ」

「で、晴れの状況下となると他のみずタイプならば、得意のみずタイプの技の威力を下げられ、逆にソーラービームとかをチャージなしで撃たれる可能性が大いにある。だが、お前にはそれが通用しないんだ。くさタイプを持ち合わせているからな。みずタイプが苦手とするくさタイプからもでんきタイプからも他のみずタイプよりは強気に出られるし、逆にお前がれいとうビームやルンパッパだと………マッドショット辺りか。その辺を覚えておけばくさタイプにもほのおタイプにも反撃に出ることだって可能だ。そして隙を見てあまごいを使えばお前の独壇場だな」

「ルパァ………!」

 

 取り敢えず考えられるものを羅列していったら、めっちゃキラキラした目でこっちを見てきている。

 

「ただ、これはあくまでも理想論だし、まだまだ言い出したらキリがない。それでも一つだけ共通しているのは、タイミングや技の判断はルリナとの呼吸が大切だから、そこは忘れるなよってことだな」

「ルパ!」

「今はミッション中だし、またルリナと会う時にでも連れてきてもらえ。その時はルリナも交えて他の方法も話そうじゃないか」

「ルッパ!」

「で、こんなもんでどうでしょう?」

「ルパルパ!」

「おう、ありがとさん」

 

 どうぞどうぞと掌を上にし、少し後ずさってスイッチを差し出された。

 コイツ、陽気な性格とかそういう系だろ。動作の一つ一つがめっちゃお調子者って感じがするんだが。

 

「ポチッとな」

 

 黄色のスイッチを押すと東側の赤床を越えた先にある黄色の床の滝が上がった。

 ということは再度赤色のスイッチを押して東側の赤床の滝を上げて先に進むって流れだな。

 

「ルッパパー!」

 

 東側へ向けて歩みを進めると左に折れたところでルンパッパが後ろでめちゃくちゃ跳ねているのが見えた。

 というかアレか。さっきのジムトレーナーもスイッチの門番だったってことだな。今更だけど。

 黄色の床も越えると次もまた赤色のスイッチにばったり。

 えっと………周りの床は………と。

 まず滝が全部上がっていれば、一周出来る作りか。

 んで、西側の滝は黄色の床。左回りは現状使えない。

 そして東側の奥には黄色と赤色の床が並んでいると。しかもこっちは両方とも滝が上がっているということは、今押すのがトラップって感じがするな。

 一旦スイッチは保留で右回りで進んでみるか。

 

「こっちは………」

 

 北側にいける階段があるが、そのすぐ先には………赤床と黄色床か。両方とも滝が落ちている。ということはさっきの赤色のスイッチを押さないといけないのだろうが、黄色のスイッチも押さないといけないわけで。

 その黄色のスイッチはこのまま西側に進んだ先の女性が立っているところ。

 となるとさっきの赤色のスイッチを先に押してしまうとここに辿り着くのは不可能となり、先にあの黄色のスイッチを押さないといけなさそうだな。

 取り敢えずは西側に進む。

 

「さあ、バトルですよ!」

 

 ああ、この人もスイッチの門番なのか。

 

「オタマロみたいになってもいいのなら………」

「私はそうはいきませんよ! さあ!」

 

 凄いやる気だ。

 仕方ない、相手するしかないか。

 

「んじゃ、サーナイトちゃん。お仕事よ」

「サナ!」

「いくよ、クラブ!」

 

 おー、なんか久しぶりに見た気がする。

 クチバにいた頃は海が近いのもあって目にする機会も多かったが、他の地方では中々見なかったし、早々出会いもしなかったな。

 

「バブルこうせん!」

「サイコキネシス」

 

 そうはいかないと豪語するだけあって、クラブは口からではなくハサミの方からバブルを吐こうとした。

 しただけであって、吐かれる前に超念力で止めてやったが。

 サイコキネシスって身体の部位目掛けて使わず、一体丸々の動きを止めてしまうのだから、口をハサミに変えたところであまり意味がないんだよなー………。

 

「甘いですよ! がんせきふうじ!」

 

 そうきたか。

 口でもハサミでもなく頭上に発生させる技ならば拘束に関係なく使える。

 

「テレポート」

 

 それでもサーナイトには届かない。

 サーナイトは一瞬にしてクラブの背後に移動し、ハサミの付け根を掴み上げた。

 

「10まんボルト」

 

 そして直接触れた状態からの電撃を喰らわせていく。

 

「クラブゥゥゥッ!?」

 

 門番のお姉さんもこれには絶叫。

 コゲコゲになったクラブだけが床に転がった。

 

「も、戻ってクラブ! ヘイガニ!」

「ヘイヘイ!」

 

 次はヘイガニか。

 また似たようなポケモンを出してきたな。

 

「クラブハンマー!」

 

 今度は何かを仕掛けることなく真っ直ぐに突っ込んできた。

 奇策が通じないと分かり、正攻法で崩しにきたのだろう。

 

「サイコキネシス」

「あ………」

 

 その正攻法が無理そうだったから奇策に走ったのでは? と思ったが、超念力で動きを止めたらようやく気づいたらしい。

 目が点になって固まっている。

 お姉さんには超念力を掛けてないはずなんだがな………。

 

「どうします? 10まんボルトにします? それともエナジーボールがいい?」

「こ、降参しまーす!」

 

 次の手をどっちにしたいか聞くと涙目で降参してくれた。

 

「ほい、サーナイト」

「サナ」

 

 仕方ないので、ヘイガニの拘束を解いてやるとめちゃくちゃ抱きしめにいっている。

 無事でよかったよぉぉぉ………とか聞こえなくもないが、聞かなかったことにしておこう。

 

「うぅ……こんな挑戦者初めてだよぅ………」

 

 そんな泣き言を背に、この黄色のスイッチを押す。

 

「ポチッとな」

 

 さてさて、読みは合ってるかな。

 

「ああ、それでいいんだよな」

 

 さっきの赤色のスイッチの左側にあった黄色床の滝が上がり、今しがた通った黄色の床に滝が落ちてくる。

 ついでに北側の赤色と黄色の床が並んだ黄色の方の滝も上がった。

 よし、ならここを左回りで赤色のスイッチに戻って、再度左回りで北側に進めるみたいだな。

 行ったり来たり面倒くせぇな………。

 

「誰だよ、こんな迷路考えたやつ」

 

 愚痴を溢しながらも左回りで赤色のスイッチに戻りスイッチを押して、再度左回りで進んで北側の階段を登り、赤色の床と黄色の床もそれぞれ越えると恐らくここがゴールであろうポイントに辿り着いた。ただ、生憎青色の床三つが並び、その三つともに滝が落ちている状態である。どこかで青色のスイッチも押さないといけないってわけだ。

 入り口から一直線にここまで辿り着けるのであろう南側にも黄色床に滝が落ちている。

 つまり今はスルーするしかない。

 

「トサキーント!」

「うぉ!?」

 

 何か急に目の前を横切っていくのがいたんだけど。

 誰だよ、トサキントとかいうやつ。

 

「………………………」

 

 え?

 もう終わり?

 登場それだけ?

 そんでいいの?

 ルンパッパとはえらい違いだな………。

 

「どこのポケモンも変なのばっかだな」

 

 うちにも変なのはいるし、どこのトレーナーも苦労しているのかもしれない。

 で、西側の黄色の床と青色の床も越えて入り口に戻るように南に向けて進むと、さてどうしたものか。

 東側には赤床に滝が落ちていて、その先に青色のスイッチがある。滝でよく見えないけども。

 んで、さらに南側に進むと十字路になっており、東側は中央の一本道に、西側には滝の上がった青床と赤色のスイッチがあるところへと繋がっているようだ。

 十字路を越えてもっと南に進むと二手に分かれて赤床が西側に、黄色床が東側にそれぞれ滝が上がった状態でここも一周出来る作りになっている。そしてそれで行き止まりのようで、その区画には黄色のスイッチが一つあるだけ。

 となると…………?

 

「先に赤色のスイッチを押すと青色のスイッチは押せるが来た道からも中央からもゴールには辿り着けなくなるって感じか? んで、黄色のスイッチを押してしまうとそこで詰むと」

 

 なら、答えは一番南側にある黄色のスイッチだろう。

 全てスルーして南側に進むか。

 

「…………あのー、バトルを…………」

 

 ここにもいたよ。

 

「やる?」

「私勝てると思います?」

「いや全く」

「デスヨネー………。さっきのバトル見てましたけど、時間稼ぎにもなってなくて…………。私も無理かなー………なんて」

「見てた? ここから見える?」

「ああ、あれです」

 

 お姉さんが上の方を指刺すので俺も見てみる。

 おう、マジか…………。

 入り口の上に巨大なモニターがあるじゃないか。しかもめちゃくちゃ俺が映ってるし。

 こうして見るとルリナの判断は正しかったのかもしれないな。ユニフォームの色が変わったことでガオガエンの覆面とよく合っている。ふさふさ感がないだけでガオガエンの着ぐるみを着ているような感じだわ。

 で、カメラはアングル的に左上からっぽいし…………ああ、いたわ。

 天井近くにドローンがいたよ。

 背景と化していてモニターもドローンも全く気に留めてなかったぞ。

 

「………あれと一緒なのがスタジアムの方でも?」

「ですです」

「なるほど、そうやって撮影してたのか」

 

 んで、その映像を元に実況も入ってスタジアムの方では盛り上がっていると。

 

「なあ、サーナイト。あの上に飛んでいるのを通して観客が俺たちを観てるんだとよ」

「サナ? サーナー!」

 

 ドローンを指刺すとサーナイトはカメラに向かってブンブンと手を振り始めた。

 大モニターにもその姿がしっかりと映されている。恐らく会場でも悶え死にする人が続出していることだろう。

 ただな。

 

「サーナイトちゃん? いつの間にファンサなんてのを覚えたのん?」

「サナ?」

 

 聞くと小首を傾げるだけのサーナイト。

 ああ、サーナイトにファンサなんて感覚は微塵もなかったよ。

 

「あ、ただの好奇心なのね」

 

 うん、好奇心旺盛で結構。

 写真にでも撮っておくべきだったな。

 

「こんな可愛いのにどうしてバトルでも勝てる未来が見えないの………」

 

 横では遠い目をしているお姉さんが。

 バトルでもってどういうことだよ。

 それだと可愛さでもサーナイトに負けたと言っているようなものだぞ。

 確かにサーナイトは可愛い。娘のように溺愛している自覚もある。だがそもそもの話、サーナイトと比べる時点で間違っているのだよ。サーナイトが可愛いのは全世界共通なんだからな!

 ………なんていう冗談はさておき、次へ行こう次へ。

 

「んじゃまあ、遠慮なく先へ進ませてもらうわ」

 

 恐らくこの西側エリアのスイッチの門番であろうお姉さんとはバトルすらしなくてよくなった。

 仕事を放棄してもいいのかと思わなくもないが、あっちからの提案なので有り難く受けて、先へと進む。

 東側の黄色床を通り、たどり着いた黄色のスイッチを押す…………と思ったけど何かいるし………。

 

「ゥゥゥ………グ………ゥゥ………」

 

 青い飛行ポケモンらしきのが何かを咥えて喉を詰まらせていた。

 こいつもルリナのポケモンか?

 

「ったく………」

「グゥ………?」

 

 このまま放っておくわけにもいかないので、嘴に捕えられている喉を詰まらせている原因を掴み、一気に引っこ抜く。

 出てきたのはカマスジョー。

 恐らくこのカマスジョーもルリナのポケモンだろう。なんか前に見たような気もする。

 なんというかこいつだけ可哀想な登場の仕方だな。

 

「ウッ!?」

 

 するとカマスジョーが尾鰭で青いポケモンをビンタして、そのまま水の中へと逃走していった。

 一応仲間なのでビンタに留めたのだろう。

 それにしてもこの青いの、やべぇ奴だな。仲間を食うとか………。

 

「ウッウー」

 

 そして青いポケモンも水の中へと潜ってしまった。

 本当に何だったんだ、あの青いのは。

 

「気を取り直してポチッとな」

 

 黄色のスイッチを押すと通った黄色の床に滝が落ちてきて、中央の通りの奥にある黄色の床の滝が上がっていくのが見えた。

 んで、ここも左回りで赤床を進み、さっきの十字路まで戻ると西側に進んで青床を越えた先の赤色のスイッチへと向かう。

 

「ここには何も出てこないんだな………」

 

 さっきから変なのに遭遇してばかりなので、スイッチのところに何かいるのではと疑ってしまう。

 多分俺だけだよな。こんな変なミッション追加されてんの。しかも追加らしきことなんてルンパッパ以外に今のところいないというね。

 赤色のスイッチを押すと青色のスイッチのところの赤床の滝が上がった。

 で、あの青色のスイッチを押せば、後はゴールに向かうだけってことだな。

 ふぅ………なんか疲れたわ。

 三度十字路を通って少し北の青色のスイッチへと向かう。

 

「ポチッとな」

 

 スイッチを押すと、ゴール前の三つ並んだ青床の滝が全て上がった。

 はぁ……やっと終われる。

 十字路を東に進み中央通りに出ると、あらいやだ。

 

「ヌオー、お前もか」

 

 ここにもいた。

 一体どんだけ解き放ってんだよ。

 

「…………………」

 

 ただヌオーなので何もしてこない。

 ぼーっと突っ立ってるだけである。

 このぬぼーっとした顔、何を考えてるんだろうな。

 さっきの青いポケモンといい、ヌオーといい、トサキントらしきのといい。

 これだと最初のルンパッパが一番まともな気がしてくるぞ。

 

「…………………」

 

 じっと見てくるだけのヌオーをスルーして、中央の通りを北へ進みゴールへと向かう。

 青色の床が三つ並んだところも越えるとやっとのことでゴール!

 

「ギャオ!」

 

 ………………そう簡単にゴールはさせてやらねぇよってか。

 ゴール前にギャラドスが現れた。しかも赤いギャラドス。

 

「……………なんかどことなく迫力がないな」

「ギャォ…………」

 

 つい漏れた一言にしゅんと影を落とすギャラドス。

 

「あ、気にしてるのね。なんかすまん」

 

 どうやら地雷だったらしい。

 コンプレックスを初対面の奴に指摘されたら、そりゃ気も落ちるわな。

 

「んで? どうやったらゴールさせてもらえるんだ?」

「ギャーオ、ギャス」

 

 翻訳さん、出番ですよ。

 

「『バトルで自信を持てるようになりたい』か」

 

 ギャラドスにしては何という繊細な悩みなんだろうか。

 あれか? 特性がいかくじゃなくてじしんかじょうとかか?

 いや、それはそれで何か腑に落ちないな。

 んー、まあそういう気の弱いギャラドスってことにしておくか。色違いだし、ルリナのポケモンになる前は何かあったのかもしれないし。

 それでも強くなろうとしているのだから、俺が言えることだけでも言っておくか。

 

「ギャラドスは物理攻撃が得意な種族だが、一方で技の種類が豊富なことでも有名だ。自分から攻めるのに自信がないなら遠隔から攻撃するという手もある。物理攻撃に比べると威力は下がるが、相手に近づけさせず、痺れを切らして仕掛けてきたところをガブッと一発入れることも可能だな。ハイドロポンプ、れいとうビーム、10まんボルト、かえんほうしゃ辺りを使い分けて、攻めたきたらアクアテールやキバを使った技で反撃。そこへ追い討ちで高威力の技をぶつければ何とかなると思うぞ」

 

 ギャラドスで思い出すのはミウラやフラダリのギャラドスだな。あとはクチバの海にいたオスとメスのギャラドス。

 ミウラとフラダリのギャラドスはまさにギャラドスって感じでバトルにおいても攻撃的だったと思う。

 クチバのあの二体は何だかんだ俺に懐いてくれたからアレだけど、あいつらもまあギャラドスしてたな。リザードンの相手にもなってくれていたくらいだし。

 となるとルリナのギャラドスも自信さえ持てればポテンシャルを発揮することが出来るだろう。ただその自信を持たせるとなると、やっぱり自信を持って使える技がないと厳しいんじゃないかと思われる。

 なら、ここはアレしかないな。

 

「あと遠隔からの攻撃を当てる自信がないなら、みずのはどうをとことんまで使いこなせるようになるのをお薦めする。水を操る技だからあれを自由自在に変形させて攻撃出来るようになれば、他の技も精度が上がるはずだ。こんな風にな。ヤドラン」

「ヤン?」

 

 見本を見せるためにヤドランをボールから出した。

 当の本人は何で呼ばれたの? という顔をしているが。

 

「みずのはどうで何か作ってみてくれ」

「ヤン」

 

 よく分からないけど分かった、という顔で水を自分の周りに渦状に発生させていく。

 そしてギャラドスの両側に持っていき、水で出来た二体のギャラドスを作り上げた。

 おう、なんか見たことあるぞ。そのギャラドス。どこぞのゲッコウガさんがノリノリで作ってたやつじゃないですか。

 あれか? お前も後々はああいう感じになっちゃう系なのか?

 

「ギャオ!?」

 

 ルリナのギャラドスもこれには目を見開き、左右に何度も見返している。

 まあ、驚くわな。水で出来た自分そっくりのオブジェが作られたら。

 

「ヤーン」

 

 そしてヤドランはその水で出来たギャラドスの口から入り口の方へ向けて水砲撃を放った。放った分だけギャラドスの身体がなくなっているのは誰がやっても同じみたいだな。

 絶対に顔だけ残すのはやめろよ。やるなら使い切ってくれ。

 

「これくらい出来れば今のお前みたいに身動き取れなくなってしまうと思うぞ」

 

 もう一度放ち、水で出来た二体のギャラドスを消滅させる。

 よかった、あのバカみたいに悪ノリしなくて。

 

「ま、そこから先はルリナ次第だな。お前にどういうバトルを望むのか、お前がどういうバトルを得意とするようになっていくかで使う技も変わってくるからな」

「ギャオ!」

「今の俺に言えるのはこんなところかな。ルンパッパにも言ったが、大事なのはルリナとの呼吸だ。バトル展開のイメージの共有が出来ていなければ、いくらお前が強くなろうとも勝てるバトルも勝てなくなる」

「ギャース!」

 

 いつの間にかルリナのギャラドスもルンパッパみたいに目をキラキラさせていた。

 いや、ギャラドスが目をキラキラさせているとか初めて見たぞ。

 そうか………、ギャラドスが目をキラキラさせるとそんな感じになるのか。

 当のギャラドスはのそのそと移動し、道を開けてくれた。

 どうやらお悩み解決ってわけでもないが、ギャラドスの納得のいく回答が出来たみたいだな。

 

「おう、ありがとさん。俺は今からお前のご主人様とバトルしてくるよ」

『ハチ選手、ミッションクリアです!』

 

 クリアのアナウンスを聞き、ギャラドスと別れて奥の通路へと向かった。

 ふぅ、なんかどっと疲れたな。

 昨日のウールーといい、俺だけミッション内容が濃すぎないか………?

 運営大丈夫? 一人だけミッション内容変更とかで炎上したりしてない?

 



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78話

今年最後の投稿になります。
今年もお付き合いいただきありがとうごさいました。今年は去年に比べて話は進んだかなと思いますが、ようやくジムチャレンジが本格的に動き出したところなので、まだまだ話は続くことでしょう。
来年も引き続き完結に向けて投稿していきますので、よろしくお願いします。
皆さん、よいお年を。


『それでは登場していただきましょう!』

 

 ミッションクリア後、フィールド中央への入り口で待機していると、俺の紹介がされていた。

 いやー、聞いてるだけで恥ずかしいわ。

 ウールーたちの懐き方が異常だの、進化させてしまうとか予想外だの、終いにはバイウールーに乗ってクリアは前代未聞だの、当の本人が一番よく分かってるっての。意図してやってないんだから、変に誇張してくれるなよな。

 そして付いた渾名がーーー。

 

『ミッションクラッシャー、仮面のハチ!』

 

 ーーーこれだし。

 こんなの聞かされて普通に出ていけるわけがなかろうに。

 覆面姿で本当によかったと思う。多分、あの紹介の雰囲気からして、覆面姿でなくともこんな扱いをされていただろうからな。

 素顔でやるくらいならキャラを作っておいた方がちょっとは気が楽というもの。

 

『そして我らがジムリーダー! レイジングウェイブ、ルリナ!』

 

 熱狂的な歓声を受けながらフィールドに出ると、対面の入り口からめちゃくちゃニヤついた顔のルリナが出てきた。

 

「見てたわよ、ジムミッション」

「お前のポケモンたち、癖強すぎない? 最初のルンパッパが一番まともに感じられたぞ。ギャラドスもまともっちゃまともだったが、ギャラドスらしくねぇし、しれっと色違いだし」

「そりゃ、アンタを一目見たくてジムミッションに参加するような子たちよ? 今更でしょ」

「確かに」

 

 普段いない奴らが俺見たさに参加してるくらいだもんな。

 癖のない奴がいないわけないわな。

 

「てか、ギャラドスのあの性格的に俺を見たがるようには思えないんだが?」

「そう? 最後の門番やりたいって言い出したのあの子よ? そこからルンパッパが最初の門番やるとか言い出して、他の子も自分も自分もって聞かなくなったから、あとは好きにしなさいって感じに放り出してきたんだけど」

「おおう、まさかの言い出しっぺがあのギャラドスなのかよ」

 

 自信なさげなくせにそういうところは自己主張強いのか。

 本当にバトルに対して自信が持てれば開花するんだろうな。ちゃんと自己主張自体は出来るんだし。

 

「それにルンパッパとギャラドスへのアドバイスはこっちでも勉強になったわ。観客も真剣に聞いてたくらいよ」

「そりゃどうも。つっても俺は考えられる一例を取り上げただけだぞ」

 

 俺としては何の変哲もない一般論を言っただけなんだけどな。

 観客までそんな真剣に聞いてるとか、皆ルンパッパやギャラドスのことを知らない系か?

 

「そう? みずタイプ専門にしている私でもみずのはどうの使い方は知らなかったわよ?」

「あれは…………まあ、何というか俺のポケモンに最初みずのはどうと他二つくらいしか技を使う気がなかった奴がいてな。進化したらしたでそのみずのはどうで変なもの作り出したりしてたからヤドランにもやらせてみたらってやつだ。ただ、案外理にかなってはいるんだよな」

 

 メモされて当然と思えるのはゲッコウガによるみずのはどうの使い方くらいだろう。コマチのカメックスもゼニガメの時からみずのはどうだんとか言って弾丸にしていたけど、ゲッコウガのはそれを含めて自由自在に操るんだから、上位互換とかのレベルではない。

 ほんと、あの頭だけのギャラドスの上に乗って悪ノリしてた光景が鮮明に思い出されるわ。マジであれは衝撃的だった。

 

「アンタのポケモンの方がよっぽど癖が強いじゃないの」

「あれは癖が強いなんてもんじゃない。異常だ」

 

 まあでも、そんな発想に至るくらいでないとポケモンがポケモントレーナーになることもないのだろう。

 

「あ、そうそう。先にアンタにこれを見せておくわ」

「何だよ………またコメント欄かよ」

 

 今度はなんだって?

 えっと……『スイッチの門番増えてるw』『何かルンパッパ講座始まったんだけど』『やべぇ、めちゃくちゃ勉強になる』『つか、仮面のハチの知識量よ』『ジムトレーナーかわいそう』『えぐっ……!』『トサキント笑』『サーナイト、尊い………』などなど。

 うん、多分この先も逐一コメントされてるんだろうな。そしてやっぱりあの横切ったのはトサキントだったか。

 

「盛り上がってんな」

「これでもほんの一部よ? で、バトルが終われば………ね」

「想像したくねぇな………」

「アンタは既に注目の的ってことよ。よかったじゃない。皆がその恥ずかしい姿に興奮してるわよ」

「言い方よ」

 

 それだけ聞くと俺の恥ずかしい姿にただただ興奮してるみたいじゃねぇか。

 そんな変態まみれの地方ってどうなのよ。薄い本とかでしか需要ないだろうに。

 ……………やっべ、薄い本で嫌なもん想像しちまったじゃねぇか。絶対俺とダンデとかで薄い本作るんじゃねぇぞ!

 やめやめ。

 

「それにコメント欄だけじゃないわよ。実際にあのモニターで実況付きで観ていたここの観客たちもサーナイトの可愛さに悶え苦しんでいたわ。実況なんか使い物にならなかったわね」

「あのファンサにやられたか。本人にはまったくその意図はなかったみたいだが」

「そのくせバトルは無茶苦茶だから、皆もう情緒がおかしくなってるわね。可愛い顔してやることがえげつないのよ」

 

 オタマロに口の中でバブルを弾かせたり、クラブのハサミを開かせなかったり、ヘイガニの背後にテレポートからの10まんボルトだもんな。

 まあ、そう指示した俺のやり口がえげつないのは確かだろう。

 

「ばっかばか。それは俺のやり口がえげつないだけであってサーナイトがえげつないわけじゃない。ここ大事」

「…………はぁ、トレーナーがトレーナーならポケモンもポケモンってことね」

 

 いやぁ、照れるぜ。

 褒めてないだろうけど。

 

「で、あそこにいた奴らはバトルには出てこないってことでいいんだろ?」

「ええ、私のとっておきでアンタのその自信も戦略も全部押し流してあげるわ。覚悟をしておきなさい!」

 

 不敵な笑みを浮かべるルリナはマジで悪人面していた。

 俺、今から何されるのだろうか。

 そんなすごいことされるのか? いや、すんごいことされるのか?

 俺はドMクルセイダーじゃないから喜ぶような性癖を持ち合わせてないんだよなー。

 そして俺たちはフィールドの両端へと移動した。

 

『それではルールを確認しておきましょう! 使用ポケモンは三体。どちらかのポケモンが全て戦闘不能になった時点でバトル終了となります。なお、公式ルールに則り、ダイマックス技等を除き、技の使用は原則四種類までとなっているのでご注意ください』

 

 ターフジムは二体だったが、ここは三体か。

 やはり順を追うごとに使用ポケモンが増えてくるのだろう。

 

『それではバトル始め!』

 

 審判の合図が送られた。

 

「いくわよ、グソクムシャ!」

「ヤドラン、よろしく」

 

 ルリナの最初のポケモンはグソクムシャか。グズマが連れていたむし・みずタイプのポケモンだな。

 

『両者一体目はグソクムシャとヤドランだぁぁぁッ!!』

「であいがしら!」

「シェルアームズ」

 

 同時に指示を出したものの。

 

「ヤン!?」

 

 速いな。

 初手だけ一瞬で詰め寄れる独特な技、であいがしらには太刀打ちするのは無理だったか。クイックドロウも発動しなかった。

 だが、弾き飛ばされただけで、どくタイプのおかげで大ダメージとはなっていない。

 

「グソクムシャ、アクアブレイク!」

 

 勢いを殺さないよう攻撃の手を緩めることなく、グソクムシャが斬りかかってきた。

 

「シェルブレードで受け止めろ」

 

 右腕にぶら下げてあるかいがらのすずを使い、グソクムシャの水の刃を水の刃で受け止める。

 

『まずはアクアブレイクとシェルブレードの交錯!! 体格がある分、グソクムシャの方が有利でしょうか!』

 

 アクアブレイクとシェルブレードってこうして見るとほぼ一緒だよな。追加効果も両方とも相手の防御力をダウンさせるものだし。威力が低い分、シェルブレードの方が不利に感じるが、それもヤドランが使うのならば話は別だ。

 

「シェルアームズ」

 

 右手でもシェルブレードを使えるようにしておけば、こんな風に受け止めた矢先に懐へ一発入れることも可能だ。

 

「ムシャア!?」

 

 左手の巻貝から紫色の毒を直接ぶつけ、グソクムシャを吹き飛ばした。

 

『ど、どういうことだぁぁぁっ!? 一つしかないシェルを使ってシェルブレードで受け止めていたはずのヤドランが、そのままシェルアームズでグソクムシャを吹き飛ばしたぞぉぉぉっ!!』

「なっ!? ど、どうしてシェルブレードで受け止めていたのにシェルアームズが使えるのよ?!」

 

 うわ、実況と同じこと言ってるよ。

 

「どうしてだろうな。ヤドラン、シェルブレードでヴォーパル・ストライク」

 

 ルリナからはどっちの手でシェルブレードを使っていたのか見えなかったみたいだな。そして実況からも。

 俺の後ろとか二体が交錯したのを真横から見ていた観客は気付いてるかもしれないが、敢えて俺が種明かしをする必要もないだろう。

 

「アクアブレイクで受け止めて!」

 

 ヤドランが態勢を立て直そうとしているグソクムシャに突っ込んでいき、水の刃を突きつけるとアクアブレイクで上に弾かれてしまう。

 

「そのままバーチカル・スクエア」

 

 だけど、二刀流ならば関係ない。

 

「二刀流!?」

 

 右手で右上から水の刃を斬り下ろし、続けて左下から斬り上げる。そして右回りに一回転しながら今度は左上から斬り下ろすと、腕の甲冑のような殻で受け止められ距離を取られた。最後の一撃を入れるために踏み込んでいくと、グソクムシャが水の刃を掬い上げてくるものの、そのまま右上から左下に斬り下ろした。

 縦斬り四連撃。

 恐らくどこかのタイミングで追加効果が発動していたのだろう。アクアブレイクが真っ二つになり、グソクムシャが跪いている。

 

『なんとヤドラン!! シェルブレードを二刀流で使っています! しかも独特の剣技で! 恐らく先程のシェルアームズもここに秘密があるのでしょう!!』

「ゼロ距離でシェルアームズ」

 

 間髪入れずに左腕から毒を飛ばしてグソクムシャを弾き飛ばすと、グソクムシャはそのままルリナの持つボールへと戻って行った。

 ん? 戻って行った?

 

「ドヒデ」

 

 代わりに水色と紫色が特徴的なドヒドイデが飛び出してきた。

 

『グソクムシャ、特性ききかいひが発動し、ドヒドイデと交代だぁぁぁ!! つまりグソクムシャの体力は半分にまで削られたということになります!』

「ああ、グソクムシャの特性ってききかいひとか言ったっけな」

 

 そういえば、グソクムシャの特性にそんなのがあったような気がする。

 

「ドヒドイデ、まずはどくびしよ!」

 

 ドヒドイデはオクタンが逆様になり、触手が地面に向けて胴体を覆うようにして垂れているような姿なのだが、オクタンとかとは違ってあれは触手ではないらしい。確か前にムーンから聞いたような気がする。あいつも進化前のヒドイデを連れていたからな。

 その触手擬きから毒の棘が無数に飛ばされ、地面に埋め込まれていく。

 ちょっと厄介だな。これで交代したら次のポケモンは毒状態にされるのが確定だ。たった一体を除いては、だが。

 けど、予定にはなかったんだよな。今日はヤドランとサーナイト、そして最後にガオガエンをと思っていたんだが。

 でもまあ、背に腹は変えられないか。

 ごめんな、サーナイト。

 取り敢えずはあの触手擬きを何とかしないとな。あの壁を崩さない限りは硬い防御でドヒドイデにやりたい放題されかねない。

 

「ヤドラン、あいつの急所はあの触手んてなのの中の本体だ。まずはあの壁を捲るぞ。シェルブレードでホリゾンタル・スクエア」

「ヤン!」

 

 ドヒドイデに突っ込んでいき、右の刃で右から左に水平斬り。戻すように左から右へ水平斬り。そのまま右回りに一回転して再度左から右へ水平に斬りつけ、最後は右下から掬い上げるように左上へと斬り上げてみた。

 ………うん、ぺろんと触手擬ぎが一枚捲れただけか。

 それもすぐ元の位置に戻ってしまうし、このまま同じことをしていても意味はなさそうだ。

 それならーーー。

 

「ワイドフォース」

 

 ヤドランがドヒドイデを左の水の刃で突くと、刃の先からカンッ! という甲高い音の波が広がり、一瞬にして衝撃波が生まれた。するとドヒドイデの触手擬きをミチミチと地面から引き剥がしていく。

 一枚、また一枚と捲れ、ドヒドイデの本体が見えた瞬間ーーー。

 

「今よ! ねっとう!」

 

 ーーーヤドランの顔面に向けて熱湯を噴射されてしまった。

 

「ヤン……ッ!」

 

 まともに受けてしまったために、ヤドランは顔に火傷を負ってしまっている。

 

「ふふっ、耐えた甲斐があったわ。ドヒドイデ、たたりめ!」

 

 不敵な笑みをよく似合う。

 なるほど、狙いはこれか。

 防御力の高いポケモンならでは戦い方だな。

 

『我らがジムリーダー! ドヒドイデの防御力を活かし、攻撃を耐え続けての反撃!! ヤドランは火傷状態になり、かつ効果抜群の技を受けた上にその威力はさらに倍!! 片膝を付いて立っているので精一杯というのが伝わってきます!!』

「毒が効かない相手にどう戦うのかと思えば………」

 

 霊気を浴びたヤドランは片膝を付いて、呼吸が荒くなっている。

 

「これくらい出来なきゃ、カブさんにもネズにも止められちゃうもの」

 

 そりゃそうだ。

 カブさんなんかは公式戦でこそ使えないが、メガシンカを習得しているトレーナーでもある。本人もバシャーモが一番強いと豪語していたくらいだ。そんなベテラン相手にこれくらい出来なければ、ダンデの相手なぞ夢のまた夢だろう。

 ちょっと舐めてたわ。

 というか最早ジム戦の域じゃない。絶対今までの挑戦者相手にはこんなことしていないだろ。俺だけ理不尽過ぎないか?

 

「戻れ、ヤドラン」

 

 まあ、それくらい危険視されているということでもある。

 ルリナなんかはソニアから俺のあることないことを吹き込まれているだろうから、余計に危険視されているはずだ。

 

「あら、交代?」

 

 だが、俺も黙ってやられるわけにはいかない。

 一応不本意ながらダンデと約束してしまっているしな。どうにかしてあいつとのバトルに在り付けないと、あのバトルジャンキーが後々面倒なこと言い出すだろう。

 それを避けるためにも勝利は至上命題。

 

「ああ、正面から崩すのは無理そうだからな。正直なところ、こいつを今回出すつもりはなかったんだよ。相性的にもカブさんのところかなって考えてたんだけど、勝たなきゃ意味ないしな」

 

 ただ、ぼんやりと決めていた予定は狂ってしまった。

 本来なら、今日はサーナイトとガオガエンとヤドランでいこうと思っていたのだが、どくびしを撒かれている以上、こいつを出すしかないのだ。

 

「アンタの予定を狂わせられたのなら、嬉しい限りだわ!」

「ほんといい性格してるよなぁ………。ドラミドロ、まずはどくびしの解除だ」

 

 ドラミドロ。

 どく・ドラゴンタイプのこいつなら、フィールドに撒かれたどくびしを吸収して解除出来るのだ。

 悪いな、サーナイト。今回は出番なくて。

 

『ハチ選手、ヤドランを交代させ、ドラミドロを出してきました! そしてどくタイプであることを使い、ドヒドイデがばら撒いたどくびしを全て回収していっています!!』

「なるほど、そのために予定変更したってわけね」

 

 ドラミドロがどくびしを吸い込んでいくのを見て、ルリナは俺の意図を理解したようだ。

 理解したようだが、それだけなら50点である。

 ただそれだけのためにドラミドロを出したわけじゃない。

 

「ドラミドロ、えんまくからのとけるだ」

 

 まずは黒煙でフィールドを覆い、ルリナからも観客からもドラミドロとドヒドイデの姿を隠した。

 そしてその中をドラミドロは液体上になり、ドヒドイデの方へと向かっていく。

 

『こ、黒煙で何も見えなくなりました! ドラミドロは何をするつもりなのでしょうか!!』

「こんな目眩しで私らが動揺するとでも? ドヒドイデ、回転しながらねっとうよ! 勢いで煙を晴らしなさい!」

 

 そのドヒドイデは全ての触手擬きを伸ばして先の方から熱湯を噴出させ、何度もジャンプしては回転を繰り返して黒煙を晴らしていった。

 

「いない?!」

 

 いやいやいや。

 ちゃんといたぞ。

 黒煙が晴れていく中、俺はちゃんとドラミドロが見えていたからな。

 

「ドラミドロ、10まんボルト」

「ラミィィィイイイイイイイイイイイイイイイッ!!」

「ヒデェェェェエエエエエエエエエエエエッッッ!?!」

 

 俺が指示を出すといきなりドヒドイデが電撃を浴びせられた。

 

『い、いいい一体どこから電撃が飛んできているのでしょうか! 実況席から見る限りではドラミドロの姿はありません!』

「もう一丁」

「ドヒドイデ、トーチカ!」

 

 再度同じ指示を出すと今度はドヒドイデが紫色の防壁を張り、防御姿勢になった。

 

「ラミィィィイイイイイイイイイイイイイイイッ!!」

「ヒデェェェェエエエエエエエエエエエエッッ!?!」

 

 だがしかし。

 効果はなかった。

 うん、だってねぇ?

 その防壁、外からの攻撃にだけ耐えられるわけじゃん?

 

「痺れたか。構わずもっとだ」

「守りが効いてない?! ………まさかッ!? ドヒドイデ、真下よ!」

「遅い」

「ラミィィィイイイイイイイイイイイイイイイッ!!」

「ヒデェェェェエエエエエエエエエエエエッッ!?!」

 

 ルリナはようやく気付いたみたいだが、もう遅い。

 再三に渡り電撃を至近距離から浴びせられたドヒドイデはダメージと痺れで動けないでいる。

 

「トドメだ、りゅうのはどうで撃ち上げろ」

 

 ズドンッ! と打ち上げられたドヒドイデはそのままルリナ方へと飛んでいき、ドサッと地面に落ちてピクリとも動かなくなった。

 

『いたぁぁぁああああああああああああっ!?! まさかまさかのドヒドイデがいた真下に隠れていました!!』

「ドヒドイデ、戦闘不能!」

 

 ドヒドイデの弱点は触手擬きの中にある本体。

 だからドラミドロは液体上になって触手擬きの隙間からドヒドイデの真下に移動したのである。そこから至近距離で電撃を浴びれば急所には入るわ、見えないから反撃も出来ないわでこの有様だ。

 いやー、見えないのは本当に辛い。

 

「ドヒドイデ、戻りなさい。ごめんなさい、気付くのが遅かったわ。はぁ、………やられたわ。まさか煙幕は私への攻撃でもあったのね。私から見えなくして煙の中を身体を溶かしてドヒドイデの脚の隙間から中に侵入。どこかに消えたように見せかけてずっと真下から攻撃し続けていたと」

「言っただろ? 正面から崩すのは無理そうだって」

「本当に憎たらしいバトルをしてくれるわね。内側に潜られてたんじゃ、トーチカも意味をなさないわけだわ」

 

 どんな防壁も中からの攻撃は防げないからな。

 そして何よりとけるという技がいけない。固体物質でもあるポケモンを液体に変化させる技なんて、こうやって隙間から入るために使って下さいって言っているようなものである。

 そう、悪いのはとけるという技が悪いのであって、俺は決して悪くないのだ。だから憎たらしいとか言われても困るのだよ。

 

「もう一度よ、グソクムシャ!」

『再びグソクムシャの登場です! ドラミドロを倒せるか!?』

 

 再度グソクムシャの登板か。

 となるとミッションに参加していなくてバトルにも出ていないポケモンとなると………………カジリガメくらいしか知らないな。そもそもルリナのポケモンを知らないわけだし、カジリガメが出てくる可能性がまだあるということだけは頭に入れておこう。

 

「であいがしら!」

 

 やはり初手はであいがしらだった。

 こればかりはドラミドロも避けられないし、避けられるとしたらサーナイトがテレポートで間に合うかどうかだろう。

 

「そのままシャドークローで地面に突き刺して!」

 

 勢いを止めずにグソクムシャは右の爪を地面に突き刺した。

 すると突き飛ばされたドラミドロの影から禍々しい爪が伸びてきて、ドラミドロを上へと突き上げてしまった。

 恐らく攻撃の手を緩めると主導権を奪われるとヤドランで学んだのだろう。

 

「今よ! ドリルライナー!」

 

 空中では身動きが取れないと考えての技選びなんだろうな。というかドリルライナーを当てるためにこの展開を作り上げたと言った方が正しいか。

 だがな。ドラミドロはドラゴンタイプを持ち合わせている上に、さっき見せたばかりのチート技を持っているのだ。

 

「とける」

 

 両腕を前に突き出して回転しながら上昇してきたグソクムシャが突き刺さる前に、身体を液体状に変化させて真っ二つにされた。分離した液体はグソクムシャの両脇をくぐり抜け、地面に向かう途中で再び合体し、元の姿に戻っていく。

 

「なっ!? そんなの有り?!」

『ド、ドラミドロ………とけるを利用し、液体状になることでグソクムシャの攻撃をすり抜けました! 何という発想でしょうかっ!!』

 

 有りなんだなー、これが。

 だってとけるだもの。

 

「10まんボルト」

 

 そして下から電撃を飛ばす。

 

「アクアブレイクでぶった斬りなさい!」

 

 くるりと空中で反転したグソクムシャが水の刃を携えて急下降してきた。

 何という力技。

 もしかするとあの水の刃は純水で出来ているのかもしれない。

 ………………ゲッコウガたちじゃあるまいし、グソクムシャがそんな器用なこと出来るかね。

 

「ドリルライナー!」

 

 水の刃で電撃を相殺すると両腕を前に突き出して、回転しながら落下してきた。

 流石にこうなるとドラミドロではしんどいか。

 今のパーティーではドラミドロが一番若手だからな。力も他の奴らに比べたら劣るし、経験も浅い。

 重力を味方に付けたグソクムシャにはここでとけるで躱したところで追撃されて徐々に体力を奪われかねない。何なら先にこっちがやられる可能性だってある。

 恐らくグソクムシャにも意地があるだろうから、何が何でもドラミドロを倒そうとしてくるはずだ。そうなったポケモンは変に覚醒したような状態になるから手に負えなくなる。

 

「10まんボルト」

 

 相討ち覚悟が関の山だな。

 ドラミドロにグソクムシャが突き刺さる瞬間、電撃がグソクムシャを呑み込んだ。

 そしてズドン! と両者が地面に叩きつけられて砂埃が舞う。

 

「グソクムシャ、ドラミドロ、戦闘不能!」

『引き分けだぁぁぁあああああああああっ!! 体力が残り少ないグソクムシャの猛攻が効いたとみるべきか、ドラミドロのサプライズが効いたとみるべきかは分かりませんが、しかし高度な攻防だったのは確かです!! バッジを掛けたバトルとは思えない、それくらいの迫力がありました!!』

 

 しばらくして砂埃が晴れるとグソクムシャもドラミドロも地面に倒れていて気絶していた。

 よかった、相討ちには持っていけたみたいだな。

 とけるを使ったことで防御力も上がり、ほんの少しだけでも攻撃を耐えられたのが功を奏したのだろう。

 うん、やっぱりとけるはチート技だわ。

 

『これで我らがジムリーダー、残りのポケモンは一体になってしまいました! やはり最後はあのポケモンでしょうか! また、ハチ選手のポケモンは手負いのヤドランともう一体。ガオガエンがでてくるのかサーナイトが出てくるのか。或いは他の初お披露目のポケモンが出てくるのか!! 期待が高まる瞬間ですっ!』

「ドラミドロ、お疲れさん。お前のおかげで後が楽になったぞ」

「戻って、グソクムシャ。よくドラミドロを倒したわ。ありがとう」

 

 さて、ルリナの最後のポケモンは何が出てくるのやら。

 カブさんならマルヤクデだろうなってのは想像できるのだが、付き合いはあってもルリナとはバトルしたことがないからな。

 ルンパッパ、横切ったトサキント、あの青いやべぇ奴とあいつに呑まれていたカマスジョー、それにぬぼーっと立ってるだけのヌオーと赤いギャラドス。そこからグソクムシャとドヒドイデときて…………うん、さっぱり分からん。

 そもそもカブさん以外、手持ちポケモンをまるで知らないからな。カブさんですら、バシャーモが出せないってのとマルヤクデが切り札だってことを本人から聞いてるくらいだし。

 これはもう知らないことを楽しむしかないだろう。

 

「………いくわよ、カジリガメ!」

「ガオガエン、派手にいくぞ」

「ガゥ!」

 

 一応仮面のハチを象徴するポケモンだからな。

 相性が悪かろうがガオガエンは出しておかないと、ネットでバカにされかねない。

 いやまあ、バカにされるのはネットを見ないしアカウントもないからどうでもいいのだが、後々引っかかってくれる人が少なくなるのは面白くないからな。

 

『両者、ようやく切り札を出してきました! 相性的にはハチ選手のガオガエンが不利ではありますが、どう覆すのか!』

 

 あーだこーだ考えても結局は想定内のポケモンであった。

 あったのだが………ガオガエンが不利すぎやしませんかね。

 みず・いわタイプとかくさタイプの技が欲しいところなのに、ガオガエンはくさタイプの技を覚えてないんだよ。何ならまだでんきタイプやじめんタイプの技も覚えてないから、抜群を狙えるのはかくとうタイプの技だけである。

 さあ、どうしようか。

 

「まずは走りながらおにびだ」

 

 取り敢えず、カジリガメには火傷状態になってもらおう。

 ダダッと走り出したガオガエンの周りに火の玉が十個程作られていく。

 

「アクアブレイクで叩き落としなさい!」

 

 するとカジリガメの口から弓のように水の刃が伸び、首を振ってガオガエンが飛ばした火の玉をぶった斬っていった。

 

「ブレイズキック」

 

 だが、こちらもそれで止まるつもりはなく、ガオガエンは地面を蹴り上げてジャンプした。

 

「てっぺき!」

 

 それと同時にカジリガメの顔の前に鉄の壁が作られていく。

 

「と見せかけてのおにびだ」

 

 両脚を折り畳んだ状態で火の玉を飛ばし、鉄壁を両側から回り込む形でカジリガメにぶつけた。

 

「ガメェ……!?」

 

 どうやら上手く入ったみたいだな。

 

「もろはのずつき!」

 

 だが、それも束の間。

 いきなり鉄壁をぶち破りながらカジリガメの顔が飛んできた。

 着地のタイミングを狙われたか。

 

「ガゥ!?」

「カジリガメの首を掴め」

 

 右半身に頭突きを食らうも何とか身体を捻り、左腕でカジリガメの首を拘束。

 いやマジか。

 カジリガメの首ってあんなに伸びるのかよ。

 ゲッコウガの水で作った顔だけのギャラドスみたいで一瞬本当に首が捥げたのかと焦ったじゃねぇか。

 

『さ、最初から読み合い、フェイントが交錯するバトルで実況席でもバトル展開を理解していくのがやっとの激しい攻防となっております!』

 

 何とも雑な実況だな。

 頑張って追いついてこいよ。

 

「………右腕をやられたか」

 

 ガオガエンはキツく絞めることでカジリガメが首を戻せないようにしているが、その右半身はダランと下がっている。

 どうやら今の一撃で右腕をやられたらしい。

 いや、あんな超高火力の捨て身の、しかも効果抜群の技を半身とはいえまともに受けてまだ立っていられるだけ儲けものと思った方がいいだろう。

 

「ガオガエン、少しでもいい。きゅうけつで体力を吸って回復だ」

「ガーゥ!」

 

 カブッとカジリガメの首に噛み付き、体力を吸い上げていく。

 これで右腕が少しでも回復してくれるといいのだが………。

 

「カジリガメ、首が戻せないなら身体で向かうまでよ! 10まんばりき!」

 

 はっ?

 おいマジか。

 

「ガオガエン、一旦離せっ」

『カジリガメ、首を戻せないからと身体から突っ込んでいくぅぅぅ!!』

 

 まさか首を戻せないからって、身体をこっちに持ってくるようにするとかめちゃくちゃだろ。

 危険なので一旦カジリガメから離すと、頭の重みでバランスが崩れたカジリガメは身体が宙に投げ出され、首を戻しながら一回転していった。

 

「………こりゃいい」

『な、なんと?! 頭の重みでカジリガメの身体が宙に投げ出され、甲羅から地面に着地してしまったぁぁぁ!! これはカジリガメ、大ピンチです!!』

 

 あーあ、可哀想に。

 甲羅から地面に落ちて、そのまま甲羅が食い込んでしまっているじゃないか。

 どうぞお腹を攻撃して下さいと言っているようにしか見えない。

 まあ、当然やるけどね。

 

「ガオガエン、カジリガメの腹に連続でインファイト」

「本当にポケモンの特徴を突いてくるわね…………」

 

 好機とばかりに突っ込んでいき、カジリガメの腹に飛び乗ると連続で拳を打ち付けていく。

 

「カジリガメ!」

 

 すると急にカジリガメが消えてボールに戻されてしまった。

 あーあ、いいところだったのに。

 ダイマックスを使える奴はずるいよなー。最後のポケモンであっても途中でボールに戻すという手が使えるんだから。

 

「スタジアムを海に変えるわよ! カジリガメ、キョダイマックス!」

『ここでカジリガメのキョダイマックス!! 我らジムリーダーが本気でハチ選手を倒しにいきます!』

 

 巨大化したボールから出てきたカジリガメは徐々に巨大化していき、二足歩行になった。

 …………はっ?

 どういうことだってばよ。

 二足歩行の甲羅持ちとか最早カメックスじゃねぇか。しかもみずタイプだし。

 

「ダイロック!」

『まずはダイロック! この巨大な岩壁に押し潰されては一溜りもありません!! ハチ選手、どうする?!』

 

 超どうでもいいことに驚いていると、早速巨大な岩の壁が作り出され、勢いよく倒された。

 全く、あれだけデカいと逃げ場がないじゃねぇか。

 

「インファイト」

 

 巨大な岩の壁に対しては出来ることが限られてくるので、押し潰される前に脱出経路を確保することにした。

 無理矢理にでも右腕も動かし、拳で正面部分だけを集中的に衝撃を与えていく。

 徐々にヒビが入り、最後に蹴りを入れると岩壁に穴が空いて、そこから脱出することができた。

 

『な、なんと?! 岩壁に穴を開けてそこから脱出しました!! この発想はなかった! いや、あったとしてもなかなか出来ることではありません!! 本来ならば地面に潜ったり両脇から急いで逃げるというのが定石なところに、真正面から壊しにいったのは過去に何人いたことでしょうかっ!?』

 

 そして倒れ落ちた岩壁の衝撃で砂嵐が吹き荒れ出した。

 

「ガゥ!?」

 

 全く、見えないってのは本当に辛い。

 意趣返しのつもりなのだろうが、これはこれで利用する価値はある。

 

「ガオガエン、一発デカいのいくぞ!」

 

 見えないことを逆手にZ技を使うことにした。

 Zリングに力を込めるとガオガエンとのパスが繋がる。

 そしてお互いにカクトウZのポーズを取り、パワーを充填していった。

 

「キョダイガンジン!」

「全力無双撃烈拳」

 

 頭上から巨大な水の塊が発射されようというタイミングで、巨大なカジリガメの脚に全力で拳のガトリングをお見舞いすると、ガクッとバランスが崩れ、発射された水の塊はガオガエンから逸れて地面を穿った。ただし、その衝撃はガオガエンにも伝わっているらしく、一瞬動きが鈍ったように見えた。

 だが、まだまだと拳を何度も何度も打ち付けて最後の一発を大きく入れると、その巨体は後ろにもバランスを崩して倒れ始めた。

 

「なっ………!? 強制、解除?!」

 

 それと同時にカジリガメの大きさが戻り始めた。

 ルリナが言うようにまだ戻るタイミングではなかったはず。

 ………なるほど、Z技にはダイマックスを強制解除するだけの瞬間的なパワーがあるのかもしれないな。

 

「これは………」

「よかった。そこまでは解除されなかったみたいね」

 

 だが、気づくとフィールド全体がトゲトゲ地獄になっていた。恐らくキョダイガンジンとやらの効果なのだろう。ガオガエンに直撃しなかったとはいえ、地面を穿つ程の威力である。これくらいはあってもおかしくはない。

 ふぅ、身動き一つ取ればすぐにガオガエンの身体に突き刺さりそうだな。

 

「ガゥ、ガォォォォンンンッ!!」

 

 おお、きたか。

 どうやらもうかが発動したようだ。

 それにしてもこのもうか、リザードン並みの猛々しさがある。

 

「さあ、そのトゲトゲ地獄に呑まれてなさい! カジリガメ、アクアブレイクを投げつけるのよ!」

 

 身動きが取れないとみて、正面から水の刃を投げつけてきた。

 躱そうとすれば岩のトゲトゲ地獄か。

 まあ、猛々しいもうかが発動した今、避ける必要はなさそうではあるが。

 

「ガオガエン、もうかの炎を爆発させろ」

「え、はぁ!? 岩が溶けてる?! しかもアクアブレイクも蒸発した!?」

 

 さらに活性化させたもうかの炎により、周りのトゲトゲも徐々に溶け始め、正面から飛んできた水の刃も蒸発していく。

 

「その炎を全部脚に回せ」

 

 周りにトゲがなくなったのを確認してから、もうかの炎を脚に纏わせるように指示。

 脚に回った炎はやがて地面に広がり、ガオガエンの周りを火の海へと変えていく。

 もちろん岩で出来たトゲトゲも溶解していっている。

 

「な、に………これ………!」

 

 ルリナも実況も観客も時が止まったかのように静まり返っていた。

 

「トドメだ、ブレイズキック」

 

 そして、その炎全てを右脚に再度吸収していき、ダダッと駆け出した。

 

「カ、カジリガメ、落下地点を予測して躱しなさい!」

「ガメェ!?」

 

 ルリナはカジリガメに躱すように指示を出すも、ここにきて火傷の痛みが走ったようで思ったように身体を動かせないでいた。

 その間にもガオガエンは地面を蹴り上げ、太陽をバックに脚の炎をさらに活性化させていく。

 

「ここで火傷の痛み!? くっ………カジリガメ、もろはのずつき!」

 

 間に合わないと踏んだルリナはもろはのずつきを指示し、カジリガメはこれに意地で応え、空中で両脚を折り畳んでいるガオガエンに向けて首が伸びてくる。

 

「ウーッ………ガァァァアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 重力を味方に付けたガオガエンはカジリガメの頭を踏みつけ、首を押し戻すように落下していく。

 それに抗うようにカジリガメも踏ん張るものの、ジリジリとその身体は後退させられていた。

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!」

 

 まるで隕石みたいだな。

 ブレイズキックがライダーキック風になり、さらに進化してその威力を増している。というかもうかのおかげだろうな。いわば、ライダーキックもうかバージョンって感じだな。

 

「カジリガメ!?」

 

 ズドンッ!! と鈍い音が響いたかと思うとカジリガメから爆発が起き、二体とも黒煙で見えなくなってしまった。

 

「ガゥ……ガゥ………ガゥ………ガゥ………」

 

 黒煙が晴れるとガオガエンが荒い呼吸で地面に片膝をついていた。右腕はダラリと垂れ下がり、身体からは白い煙が立ち昇っている。

 その横にはカジリガメが地面にめり込んでいた。

 ………え? めり込んでんの?

 

「カジリガメ、戦闘不能! よって勝者、ハチ選手!」

『き、決まったぁぁぁあああああああああっ!!! ガオガエンの渾身のブレイズキックにより、キョダイガンジンで出来上がった岩の棘も溶かされ、さらにはもろはのずつきを押し返し、そのままカジリガメを地面にめり込ませてしまいましたっ!! 何という炎!! 何という威力!! 相性など関係ないと言わんばかりの重たい一撃!! こんなバトルをジム戦で観られようとはっ!! これはチャンピオンカップがますます楽しみになってきます!! ジム戦とは思えない大迫力なバトルをした二人に惜しみない拍手を!!』

「お疲れさん。お前の新たな武器が見つかったな。今はゆっくり休め」

 

 こっちに戻ってくる余力も無さそうなので、そのままガオガエンをボールに戻すことにした。

 

「お疲れ様。まさかあんな隠し玉があったなんて私も思わなかったわ。今はゆっくり休みなさい」

 

 カジリガメも起き上がる気配がないため、ルリナもそのままボールに戻している。

 ルリナが入ってきた方の中央入り口からトレーを持ったルリナとお揃いのユニフォームを着た女性が出てきたので、俺もルリナもフィールド中央に向かった。

 

「………やられたわ。というか最後のアレ、何よ」

「あー………特性のもうかが発動した結果というか、俺もあそこまでパワーアップしていたのは知らなかったというか」

「つまり、ぶっつけ本番でああなったと?」

「まあ、そうだな。思い返せば、ガオガエンのもうかが発動したのって数えるくらいだったような気がするし。おかげで俺もいいもの見れたわ」

「はぁ…………、全くアンタといいダンデといい、なんかどっかぶっ飛んでんのよね」

「あいつと同じにするのはやめてくれ。俺はあんな方向音痴じゃない」

「アレもアレでぶっ飛んでるけども! まあいいわ。私に勝ったのだし、バッジをあげる」

 

 その言葉に従うようにジムトレーナーがトレーを差し出してきた。

 バッジを受け取るとなんかキラキラした目で見られていたのは見なかったことにしておこう。

 

「次、カブさんに負けるんじゃないわよ!」

「へいへい、分かってるよ。誠に遺憾ながらダンデとの約束もあるしな。俺は返事した記憶はないんだが、いつの間にか約束事になっていたけど」

「どうせバトルのことでしょ」

「わー、さっすがルリナさん。よくわかってるー」

「あのバトルバカはそれしかないでしょうが」

「違いない」

 

 なんかこうスタジアムでバトルしていると、ジム戦って気分じゃなくなるよな。しかも今回はルリナも本気できていたようだし、最早ポケモンリーグ大会並みの感覚である。

 どっと疲れたわ。

 今日はもうガオガエンたちをポケモンセンターに預けたら、飯食ってさっさと寝よう。

 



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79話

今作、四年目突入!


「「「あっ」」」

 

 ジム戦の後、昨日と同じようにスタッフに変装して脱出に成功。一度ホテルに戻って着替えてからポケモンセンターへと向かい、ガオガエン、ヤドラン、ドラミドロの三体の回復をお願いして、俺は遅い晩飯を食いに居酒屋へとやってきたのだが…………。

 

「ハチくんじゃん。やっほー」

 

 何故か店の前でギャル二人に遭遇した。

 

「ハチ………」

 

 うっわ、すげぇ嫌そう。

 ルリナパイセン、目がマジすぎるって。

 

「にひっ」

 

 ソニア、その不適な笑みは気持ち悪いぞ。

 

「ねーえ、ハッチくーん。ご飯おごって♡」

「何でだよ」

「ちょ、ソニア………!」

 

 なんかギャルにめちゃくちゃ媚びを売る声で詰め寄られてるんですけど………。

 近い近いいい匂い近いデカい。

 

「えー、だってわたし一人でルリナの愚痴聞くのも結構大変だしさー。ハチくんもいたらわたしの負担も減るかなーって」

 

 こいつ、甘えた声をしてるが言ってることが結構黒いぞ。

 お前、一応親友なんだろ? だったら親友らしく黙って愚痴くらい聞いてやれよ。

 

「ねぇ、ソニア。一応聞いておくわ。今日負けた相手、誰だか知ってる?」

 

 深いため息を吐いたルリナは一応の確認を始めた。

 

「え、知らないよ? でもアレでしょ? 偶にいる慎重派なトレーナー。最初の方に駆け込むようにして挑戦するんじゃなくて、充分鍛えて策を練った上でやってくる系の」

「そうね、こんな時期に負けてソニアがホウエン地方に留学してたから去年は通話でだったけど、確かにそんな感じの相手だったわ。けどね、違うのよ」

 

 なんだ、そのカテゴリー分け。

 それ、単に自信がなかったから中々挑戦出来なかったとかそういうのじゃねぇの?

 

「どうしてさっきのバトルで負けた相手とその後すぐに晩御飯を一緒にしなきゃいけないのよ。本人の前で愚痴を零せっていうの?」

「…………え? マジ?」

 

 事実を知ったソニアは目が点になった。

 変顔選手権とかあったら出れそうなレベルだな。

 

「悪いけど、マジよ」

「………そっかー。ハチくんに負けちゃったかー」

 

 何をしみじみと思い馳せているのか知らないが、本当にジムチャレンジの情報はシャットアウトしてるんだな。今でもダンデの情報が入ってこないように徹底してるようだ。

 

「じゃあ、尚更ハチくんに奢ってもらわないとだね!」

「何故そうなる」

「あー、もう! 分かったわよ。ハチ、好きに頼むからね」

「え、えぇー…………」

 

 唐突に奢らされる羽目になったんだけど。

 ルリナももう奢られる気満々なようだし………。

 

「はぁ………、分かったよ。今日だけは奢ってやる」

「やったー!」

「はぁ………何でこうなるのよ………」

 

 ほんとだよ。

 ただただ飯食いに来ただけだってのに、ばったり会ったが最後奢らされる羽目になるとか聞いてねぇよ。

 普通俺が勝ったんだから俺が奢られる側じゃねぇの?

 

「らっしゃっせー。何名様っすかー?」

「三人で!」

「奥の個室に案内しますねー」

 

 二人して深いため息を吐きながら、ずんずん歩くソニアの後を続いていく。

 案内されたのはトイレから三部屋離れた個室だった。個室といっても扉ではなくカーテンが降りてるだけなんだけどな。

 

「さあ、飲むぞー!」

「呑まれるなよ」

 

 大抵こういう奴に限ってゲロ吐くまで飲みまくるからなー。

 というかそもそも酒飲んで大丈夫なのか? 年齢的に。

 

「はい、メニュー」

「お、おう」

 

 向かいに座る二人はパネルでメニューを選ぶようだ。

 つまり俺はソニアたちが選んでる間にメニュー表から選んどけということか。

 にしてもだ。

 一枚めくってこれはないだろ………。

 

「居酒屋なのにメニューの最初がカレーってどうなのよ………。しかもカレーの種類が多すぎるだろ。いや、つかそもそも居酒屋にカレーって………」

 

 最早カレー専門店って言われてもおかしくないレベル。

 

「普通じゃない? どこの店行ってもカレーは必須メニューじゃない。その店独自のものになるし、店主の見せ所でしょ」

「はっ?」

 

 俺の独り言を拾ったルリナの言葉に、俺は理解が追いつかなかった。

 はい?

 必須メニュー?

 カレーが?

 

「あ、あー………ガラル地方はね、カレー文化が凄まじいんだよ。旅に出る前に覚える料理はカレー、旅の道中に食べるのもカレー、旅の醍醐味こそカレー、なんて感じでね。だから他の地方からすれば独特な文化なんだよねー」

 

 俺が固まっていると、ホウエン地方への留学経験があるソニアがフォローしてくれた。

 なんか初めてソニアがまともに見えてしまったのは、それだけ俺がカルチャーショックを受けた証なのだろう。

 

「あーね。なんか理解したわ」

 

 要はガラル文化ってことで片付けておいた方がいいってことね。

 

「そうなの? カレーないとか物足りなくない?」

「いやいやいや、ルリナは他の地方を知らないからそう言えるんだって。ホウエン地方でもカレー専門店とか定食屋くらいにしかなかったから」

「マジ………?」

「マジよ」

 

 こっちはこっちで少なからずカルチャーショックを受けている。

 そうなるくらいにはどこにでもカレーはあるのだろう。

 …………言われてみるとミツバさんも頻繁にカレーを作っていたような気がする。ただ、道場では人が多いから一回で大量に作れる料理ともなるとカレーが楽なんだろうなという印象だったが、なるほどカレー文化の賜物だったわけか。

 

「道場出てからは食ってないし、今日はカレーにするか」

 

 ミツバさんのカレーを思い出したらカレーの口になってきてしまった。

 

「にしても………」

 

 ホイップカレーってなんぞ?

 インスタントめんカレーとか、パスタカレーってのも気になる。麺と合うのか? うどんならまだしも………。

 あと、デコレーションカレーってのが怖い。カレーに飴細工なのか? イーブイとピカチュウを模るようにカラフルな飴細工らしきものが散りばめられている。はっきり言って着色料がヤバい。カレーに乗せていい色じゃないだろ。カラフル過ぎるって。

 

「デコレーションカレーだけはないな」

「あー、デコレーションカレーは味捨ててるから。それは写真映えするから人気なだけよ」

「味捨ててるって…………」

 

 恐ろし過ぎる。

 無難かつ食べたことのなさそうなのがいいな。

 となると………あぶりテールカレーにしてみるか。何となく見たことのある尻尾ではあるのだが、カントーやジョウトにはありそうでなかったカレーだ。というかこっちにいる奴の尻尾も食われてるんだな。鎧島にはいっぱいいたのに、一回も食べた記憶がない。ミツバさんもその辺にいるあいつらの尻尾を切り落として使おうなどとは考えなかったようだ。多分、食べた後にあいつらの尻尾を食ったのか、とならないように配慮されていたのかもな。

 

「決まったぞ。あぶりテールカレー、ノーマルで」

「オッケー」

 

 ルリナたちがタブレットを操作しているため、俺の注文もそのまま任せることにした。

 

「飲み物は?」

「お茶でいいわ」

「はいはーい」

 

 特に今はジュースを飲みたい気分でもないしな。かといってコーヒーも違うし、酒は飲んだことねぇし。

 

「さあ、今日は飲むぞー!」

「人の金だからって高いの選んでないだろうな」

「大丈夫大丈夫。ここ、元々そんなに高くないから」

 

 確かにカレーも八百円にすらいかなかったしな。

 最悪二万もあれば足りるよな?

 

「あ、そうだ。アンタ、ポケッターやってないわよね」

「ないな。何ならそういう系のを一切やってないわ」

「なら、はい。ちゃんと自分の目で確かめておきなさい」

 

 そう言ってルリナのスマホを渡された。

 

「…………一応聞いておくが何を?」

 

 多分言いたいことは分かるが、一応聞いておかねば。

 

「世間一般からのアンタの評価をよ」

 

 やっぱりか。

 

「またあのコメント欄を読めと?」

「いや、今度は掲示板」

 

 はっ?

 掲示板?

 

「え、もしかして俺のスレ立ってんの?」

「そうだけど? というか用語は分かるのね」

「一応は」

 

 まさか自分が掲示板に載る日が来るとは。

 いや、俺が知らないだけで実は前からあったりして………。

 俺じゃなくても忠犬ハチ公のこととかカロスポケモン協会のこととか。

 うん、俺絶対ポケッターやらね。やったら絶対面倒なことになるもん。というか投稿するのが面倒くさい。その時点で俺には向いてないと思う。

 まあいいや。

 見ろと言うのだから見るだけ見てみようではないか。

 一体何が書かれているのやら………。

 

『仮面のハチのポケモンが徐々に明らかになってきたな』

『それな』

『ガオガエン、サーナイト、ヤドラン、ドラミドロ』

『ガオガエン→言わずもがなヤバい。サーナイト→まだジムリーダーとはバトルしてないけど、可愛い顔して恐らくヤバい。ヤドラン→お前そんなこと出来る種族だったのかと思わされるくらいにはヤバい。ドラミドロ→とけるがチート、ヤバい』

『あと二体、何連れてると思う?』

『今のところエスパー二体、どく二体ってきてるからな。ほのお、フェアリー、ドラゴンタイプ辺りはいるんじゃないか?』

『二体ずつってことか』

『あくタイプもやぞ』

『何故?』

『ガオガエンはほのお・あくタイプらしい。だからあくタイプがもう一体いる可能性だってある』

『あいつあくタイプもあるのか。初耳』

『恐らくハチはアローラ地方ってところが出身のトレーナー。ラルトス系統も生息しているみたいだから、あのヤバそうな二体はアローラ地方で仲間にしたんじゃないか? で、こっちに来てマスター道場で修行している間に増やしていった、みたいな』

『ということは次はホウエン対アローラってことか。ガラルどこいった笑』

 

 などなど。

 まだまだ下に続いていたが、もう見る気を失せた。

 自分に関係ないことだと普通に目を通して、また対立してるよってくらいにしか思わないが、いざ自分のことを書かれると気恥ずかしくて仕方がない。

 しかもなんか俺がアローラ出身のトレーナーってことになってるし。

 それだけ俺=ガオガエンって印象が定着してきたみたいだな。

 

「失礼しまーす」

「お、きたきた!」

 

 え、もう来たの?

 飲み物だけ………じゃなさそうだな。

 早くね?

 注文から出来上がるまでの時間に驚いている間にもテキパキとテーブルに並べていくお姉さん。

 カレーはこっちですよー。

 

「かんぱーい!」

「「か、乾杯……」」

 

 ジョッキを持った辺りから、一人だけさらにテンションが高くなった。

 ルリナを励ますためにも盛り上げようと必死なのか、それとも元々こういうノリなのか。何となく後者な気はするが、だからと言って乗れるかとそれはまた別の話である。トベじゃないから無理。

 

「ぷはーっ!」

 

 うん、おっさん臭い。

 炭酸入りのジュースを一気に半分まで飲み干すとか、ユキノやユイならやらねぇな。イロハ辺りはやりそうだけど………ああ、そうか。ソニアは見た目はユイに近いものがあるものの、中身はイロハに近いのかもしれない。変に真面目なところがあるし、勤勉なところも似ている。

 それでいくとルリナはユキノに近いのかもな。我が強く、負けず嫌いなところはそっくりだ。まあ、ルリナの方が顕著な方ではあるが。ユキノが色黒ギャルになったら、こんな感じになるのかもしれないな。

 つか、ユキノがギャルって時点で違和感しかないわ。

 

「で、で。ハチくんとどんなバトルしたの?」

「それ聞く?」

 

 さて、俺もカレーを食ってみるか。

 今か今かと尻尾をブンブン振ってるように見えるソニアはルリナに押し付けておこう。

 

「うん、聞きたい」

「はぁ………私の手持ちはカジリガメ、グソクムシャ、ドヒドイデ。ハチはガオガエン、ヤドラン、ドラミドロだったわ」

「ルリナの方はガチじゃん」

「昨日ヤローが瞬殺されたのよ。んで、ジムリーダー間で情報が共有されてハチとのバトルはガチで行かないとバトルにもならないって結論になったわけ」

「あーね。それは分かるわ」

 

 まずはルーだけで。

 

「………カレーって感じの辛さだな」

 

 口が痛くなるような辛さではない。

 かといって甘くもないので食べやすい。

 

「で、私としてはアンタからハチの話を聞いていたから、共有される前からガチの構成を考えていたってのに、この有様よ」

「バトルの内容は?」

「ヤドランが二刀流でシェルブレードを使ってくるせいで、一緒にシェルアームズも警戒しなくちゃいけないとか聞いてないっての。しかもヤドラン以外にもどくタイプがいて、ドヒドイデのどくびしも効果なくなっちゃうし、ドラミドロのとけるとか何なのあの使い方! しかも私への目眩しでえんまく使ってから使ってくるし!」

 

 米と絡めると………?

 

「お、おおう………多分すんごい端折ってるんだろうけど、これだけ聞いても鬼畜だよ………」

「それで内側に入られたドヒドイデは為す術もなくやられるわ、ドラミドロをグソクムシャが何とか相討ちに持っていけたってのに、最後にガオガエンよ! 相性不利なくせにキョダイマックスは強制解除されるわ、何か急に炎が激しくなってブレイズキックの威力が上がるわ、水を蒸発させるわで、最後まで圧倒されてたわよ! 思い出しただけで腹立つわ!」

「…………やっぱミツバさんのカレーとは味が変わってくるな」

 

 カレーは作る人によって味が変わってくる。それこそ同じ材料、同じレシピにしても変わってくるのだから不思議である。

 こっちのは大衆向けって感じで、ミツバさんのは家庭のカレーって感じだ。

 

「まあ、ハチくんだからね………」

「違う! 終始覆せなかった自分に腹立つのよ!」

「あ、そっち?」

「ハチが強いのは分かってたことなのに、あそこまで差を見せつけられたら、ジムリーダーとして情けなくもなるわよ!」

 

 次はお待ちかね。

 トッピングのあぶりテールとやらを試食してみようではないか。

 

「………正直、ダンデとの実力の差に打ちひしがれてたソニアの気持ちを味わった気分よ。こんなにも実力差を見せつけられると、人ってこうも後ろ向きになれるんだなって」

「やっと分かってくれたかー。埋めようのない実力差ってどうしたらいいか分からなくて焦っちゃうし、心が穏やかではいられないよね………」

「辛っ!?」

 

 うぇ!?

 マジか?!

 こっちのヤドンの尻尾ってこんな辛いのかよ。

 あ、でも段々と口の中に旨味が広がってきた。

 これ、全部まとめて口に入れるとどんな感じなんだ?

 

「で、ハチはこれを聞いてどう思うわけ?」

「え? 俺に振る?」

 

 今からルー、米、あぶりテールを一片に口に入れようと思ったのに。

 

「ここまで聞いたんだから、答えなさいよ。一人我関せずでカレー食べてないで」

「えぇー………」

 

 取り敢えずスプーンで掬って口に入れる。

 あ、辛いのきた………!

 けど、ルーでまろやかになって、米と絡むと味に深みが出てくる。

 ああ、これは美味いわ。

 

「…………んく。別に何とも………荒れてんなーってくらいだな」

 

 さて、ひとまずカレーの楽しみ方を一通りに味わえたので、面倒ではあるが会話に混ざってやるかな。

 

「はっ? 喧嘩売ってる?」

「売ってねぇよ。負けた時の悔しさだとか情けなさだとかは俺だって何度も味わってるし、正直お前らの悩みはまだまだ可愛いレベルだとすら思う。まあ、ジムリーダーやらポケモン博士の孫やらの肩書きによるプレッシャーがどんなものかなんてのは人それぞれだから、一概に比較するようなことでもないとは思うが」

 

 別に話を聞いていなかったわけではないからな。

 聞き流していただけだ。

 だからルリナが超悔しがってんなーというのは、ひしひしと伝わってきていた。

 

「強いくせに何言ってるのよ」

「………そうだな。どんなに強くても大切なものを守れなかったり、泣かせたくないからって無茶して結局は泣かせて、あまつさえ目の前で俺が殺されかけるところを見せちまってたら、結構無茶した俺も精神的にくるものはあったぞ。感情が渋滞して発狂しそうになったわ」

「「はっ?」」

 

 俺が強いとか何寝ぼけたことを言ってるんだか。

 強かったらこんな目にも遭ってないだろうし、イロハの目の前であんな惨劇を生み出したりはしなかっただろうさ。

 そうならなかったのだから、俺はその程度の人間であり、ポケモンたちの助けがあって何とか今を生きながらえているに過ぎない。

 

「ちょ、ちょ、ちょっと待って。殺されかけた?」

「ああ、腹をナイフでこうブスっと。んで、大事なもん守ろうとして背中をブスっと」

「え、えっ……?」

 

 手振りで刺される瞬間を再現すると二人とも青ざめていく。

 

「その他にも誘拐されたこともあったな。拉致監禁、いや軟禁の方が合ってるか。強制労働を強いられて、生きた心地がしなかったわ。生きる屍状態だな。んで、そこで優しくされた女の子に告白して振られてやっと決心がついたというか、脱走する気持ちになって、最終的には同じタイミングくらいで組織は瓦解していったみたいだが、その後も後で別の組織の親玉に人質を取られてやっぱり強制労働というか組織の内部崩壊を手伝わされて………うん、俺の人生滅茶苦茶だわ」

 

 思い出すだけでも波乱の人生だったのは間違いない。

 まだ俺十八かそこらなんだけどな…………。

 一生分の危機に晒されている気がする。

 

「ねぇ、ソニア」

「な、なに?」

「なんかアホらしくなってきたわ。ハチに負けたくらいで命狙われるわけでもないし、誰かを人質に取られるわけでもないしさ」

 

 おい、目のハイライトを戻せ。

 何その珍獣を見るような目は。

 怖ぇよ。

 

「そ、そうだね…………いや、てか、ハチくん、そんな目に遭ってたの?!」

「そうそう。だからバトルに負けたくらいで死にはしないんだからそう落ち込む必要はないんだぞ」

「スケールが違いすぎて逆に参考にもならないよ!」

「えぇー………。折角俺の自虐ネタを引っ張り出してきてやったってのに」

 

 一応ルリナには効いたから良しとしておこう。

 結局、人生なんてそんなもんだ。

 どんなに強くなっても危険な目に遭う時は遭うのだし、運命には抗えない。

 抗えないながらも手を尽くすしかないのだ。

 

「え、なに? 励ましてるつもりだったの?!」

「他に何のためにこんな話してると思ったんだよ」

「励まし方下手すぎるでしょ!」

「んなこと言ったってな………」

 

 ここ二人は俺に何を求めていたのだろうね。

 コミュ障の俺に過度な期待はしないでいただきたい。

 

「でも、なんか、うん………納得したわ。アンタが強い理由。そんな経験してれば、そりゃ強くもなるわよ」

「生きるために必死だっただけだ」

 

 生きてさえいれば、どうにかなる。

 どうにもならないのなら、どうにかしてやる。

 じゃないと俺は何のために過去に飛ばされたんだって話だ。

 あいつらの元に帰るためにも俺は生きてやる。

 

「ハチくん………」

 

 それからもソニアからの質問攻めに合うルリナに度々話を振られながら、カレーを完食した。

 うん、普通に美味かった。辛いけど、こっちのヤドンの尻尾も美味かった。

 あ、やべ。

 カレー食ったからか押し出しがきちゃったわ。

 

「ちょっとトイレ行ってくる」

 

 この感じだと俺が戻ってくる頃には二人も食べ終えてそうだな。

 さっさとトイレに行こう。

 



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80話

「なあ、いいだろ。オレたちと遊ぼうぜ」

「結構よ。私、今日はジム戦で疲れてるから」

「こっちの姉ちゃんもめっちゃ可愛いぜ」

「ほら、行こうぜ。オレたちが慰めてやるからさ」

「嫌よ」

 

 トイレから出ると俺たちの個室の前に人集りが出来ていた。

 パッと見でチャラい奴ら…………多分だけど、これルリナたちがナンパされてるよな。

 どうしようか。

 なんか五人くらい屯ってるからな。店員は何してるんだ? こういう時に止めに入って…………無理そうだな。一人周りに睨みを効かせてる奴がいたわ。

 かと言ってこのまま俺が出て行ったら、まあ写真には撮られそうだよな。で、相手はルリナということもあって週刊誌とかに載るだろう。

 顔を晒すのは却下。

 となると…………ああ、これがあったか。

 一応常備しておく規則があるため所持しているが、今まで白昼堂々と使う機会がなかった黒い手帳。

 ただなー、身分証明にもなるからなー。

 なるべく顔写真のところを持ってぶら下げる感じに見せると肩書きと紋章を見せられるか………?

 顔を晒すのは嫌だが、こっちを使うとなれば話は別だ。

 てか、俺巡査なんだ。一番下っ端じゃん。初めて知ったわ。

 よし、一旦トイレに退却だな。

 

「さて、出来るだけ髪を濡らして………オールバックでいいか。んで、殺気でも放っておけば、別人に思われるだろ」

 

 ヒキガヤハチマンとは別人と思ってくれることを期待してみるが、まあ一種の賭けではある。

 あとはうちの演出家次第だな。頼むぞ、ダークライ。

 

「そんじゃ、お仕事ですよっと」

 

 トイレから出てそのまま個室の方へと向かった。

 

「なあ、お前ら。これ見てくれないか?」

「ああん? んだよ、邪魔すんじゃねぇ……よ………?」

 

 振り返った男の動きが止まっていく。

 

「警……察………?」

「なんで………?」

 

 全員が振り返って紋章を認識すると急に顔が青ざめていく。

 

「ハッ! 騙されんじゃねぇ! どうせ警察オタクのレプリカグッズだろ?! ヒーロー気取りなら他所でやれってんだ! お前ら、この雑魚を取り押さえて表に連れてけ!」

「「「「おう!」」」」

 

 が、ルリナに絡んでいたリーダー格の男だけはすぐに切り替えてきた。それに呼応するように他の四人も動き出し、俺に飛びかかってくる。

 使えねぇな、この手帳。

 

「まあ、そう思うならそう思ってくれてもいいんだけどな。サイコキネシス」

「う、動かねぇ……!」

「どう、なって……やがる………!」

 

 黒いのの超念力で動けなくすると一気に血の気が引いていくのが見て取れる。恐らく本物だと理解してきたのだろう。

 やっぱり紋章よりも力で教えないと伝わらないんだな。

 

「さあ? どうなってるんだろうな?」

「テ、メェ……!」

 

 リーダー格の男はずっと反抗的だが。

 

「一応、俺にはまだ触れてはいないし公務執行妨害ってことにはしないでおくが………公開事情聴取といこうか」

「おい、ヤバいって。これマジだって」

「なんで警察がここにいるんだよ………」

 

 リーダー格の後ろでは何やらやり取りがされているみたいだが、バカ丸出しなやつよりは余程マシと言えよう。

 

「で、何をしてたんだ? 女性二人に男五人で」

「そ、それは………」

 

 ひそひそと話してた二人に問いかけてみると視線を逸らされる。

 なんか滅茶苦茶怯えられてるんだけど。

 

「ハッ、女二人で寂しく飲んでるから一緒に飲もうぜって誘ってただけじゃねぇか!」

 

 流石リーダー格。反発心が強いからか、普通に答えてくれた。バカはやっぱり違うわ。

 

「誘ってたねぇ………俺には嫌がってるように聞こえてたんだがな」

「口ではそう言うだけだ。女は全員、男を求めてるんだよ!」

 

 うわー………。

 こんな公衆の面前で何言っちゃってんの………?

 周り見なくても野次馬たちの冷たい視線を感じるぞ。バカってすごい。

 

「そうなのか?」

 

 男たち越しにルリナとソニアに問いかけてみる。

 

「そうね、確かに恋愛対象は男だけど、そこの五人だけはないわ。どうせ抱かれなきゃいけないのなら、アンタの方がまだマシよ」

「あ、わたしもー」

 

 こんな時でもしれっと俺をディスってくるルリナさん、マジパネェ。

 二人とも怯えてる様子はなさそうだな、一応のところは。

 

「だってよ」

 

 悲しい現実を突きつけてやると、リーダー格の男だけが二人を威嚇していた。

 何なんだろうな、この下半身だけで物事を考えてそうな男は。人間社会を辞めて野生の人として生きた方が生きやすいんじゃないか?

 ただ、その性獣とも呼ぶべき男の視線が二人を貫いたのかと思うと、こいつの目玉をほじくってやりたくなってくる。

 

「ああ、それと一つ言い忘れてたんだけどな」

 

 ソニアとはここ半年くらいの付き合いでしかないし、ルリナに至ってはまだ両手で数えられるくらいしか会ってもいない。そんな浅い関係でしかないが、そこだけはなんか許せない。

 

「俺の連れにお前らみたいな下衆がナンパしてんじゃねぇよ」

「ッ!?」

 

 殺気を込めてリーダー格の男の顔の前で低い声を出すと、びくんと肩が跳ね上がった。ついでにソニアとルリナも。

 

「今日の俺は非番で外食でもしようと思ってここに来たら店前でばったり会って、ルリナがジム戦で負けたから俺の奢りで飯食うことになったんだわ」

 

 殺気をさらに強めて続ける。

 

「女二人が寂しく飲んでるからってのはどうせ嘘だろ? ジム戦で負けたジムリーダーが偶然入店したのを目にし、邪魔な俺がトイレに行ったタイミングでナンパを強行。そして現在に至るってところか。俺を見て一緒にいた連れだと分からない時点で、バカじゃねぇの?」

 

 既に俺の殺気に震え出した他の四人は冷や汗がすごいことになっているが知ったこっちゃない。

 

「ったく、舐められたものだな。有名人なら乱暴なことは出来ないから下手に出るとでも? スキャンダルを避けるだろうから強引にいけば従うとでも?」

 

 睨んでやるとようやくリーダー格の男も震え出してきた。

 

「悪いが、こいつらはお前らが手を出していい女じゃねぇんだよ。何ならお前ら程度の男に靡く女でもない。ジムリーダーとして負けたからってそれでどうこうなるような奴なら、即効ジムリーダーの地位を失ってるだろ。愚痴や弱音はそりゃあるだろうが、それで優しい言葉に靡くと思われてんなら勘違いも甚だしいわ。そもそもやっていいことと悪いことの区別すら付かないバカを相手にする奴がどこにいるってんだよ」

 

 最後に胸ぐらを掴んで耳元に顔を寄せる。

 

「分かったら、さっさと失せろ」

 

 そのまま通路の方へと押し飛ばすと、一目散に逃げ出した。

 会話の内容からちゃんと状況を判断して、俺の動きに合わせてタイミングよく超念力を解除するのは流石だわ。うちの演出家はプロよりもぷろかもしれない。それくらいの才能に溢れてるぞ。

 

「店主さーん、ブラックリストに記載する五人組がお帰りですよー」

 

 追い討ちをかけるようにどこかで見ているであろうこの店の店主に聞こえるように声を張ると、既に入り口で待機していた。

 

「テメェら、顔は覚えたからな! 二度と来るんじゃねぇ!」

 

 うわ、あの人容赦なく蹴り飛ばしてるよ………。

 哀れ、ナンパども。

 というかそれくらい出来るならもう少し早く出てきてくれててもよかったんだぞ?

 あれかな? 出ようとしたタイミングで俺が先に出ちゃった系かな?

 うん、そういうことにしておこう。

 

「ああ、それと。メディア関係者含めて野次馬たちに一つ忠告しておく。いくら有名人だからってプライベートに踏み込んだ内容やら読者受けがいい色恋沙汰の話のでっち上げ記事を書くのはやめろ。ジムリーダーだから、チャンピオンだからなんて理由は理由にすらならん。人のプライベートなことまで明かそうとするのは、最早ストーカーと同じだ。でっち上げ記事は侮辱罪になるし名誉毀損とも取れる。写真や動画なんかをアップするのも盗撮行為だ。警察はしつこいぞ。被害者を守るためなら、どんな些細なことでも調べ上げるからな。そこは弁えてくれよ」

 

 こっちも少し殺気を込めて忠告しておくと、野次馬たちが静かに戻っていくのを感じた。

 ま、これくらいは言っておかないとな。それでもバカなマスコミは記事にしたがるだろうし、その時は容赦なく職権を行使してやるだけだ。

 

「さて、帰るぞ」

「う、うん……いこ、ルリナ」

「え、ええ………」

 

 このまま長居するのも居た堪れないため帰ろうと思ったのだが、なんか二人にドン引きされていた。

 いや、君たち守るためにやってることだからね?

 そんなドン引きされると俺も結構傷付くぞ?

 

「これ会計。釣りはいらないから。迷惑料とでも思っといて下さい」

 

 会計札を持ってレジに向かうと店員がオドオドしながらも何とか会計処理をしてくれた。

 まあ、そうなるよな。

 なので、そのまま多めに決済しておいた。

 

「え、あ、ありがとうごさいます………? え、マジ………? 額ヤバ………」

 

 おーい、素が出てるぞー。

 だが、もうオドオドしている感じはなくなった。

 

「ありがとうございましたーッ!!」

 

 店主の横を過ぎるとめっちゃ大声で頭を下げられたのは見なかったことにしておこう。

 気恥ずかしいやら何やらで顔を見られない。

 店から出ると男たちが待ち伏せしていることもなく、どうやら本当に消え失せたらしい。

 まあ、どこかで報復に来るかもしれないが、その時は返り討ちにしてやるだけのこと。

 

「………その、ありがと。助かったわ」

「気にすんな。俺がムカついたからやっただけだし、正直殴りたい衝動を頑張って抑えてたくらいだからな」

「バカ………」

 

 なんかルリナがしおらしいと調子狂うな。

 

「いやー、そっかー。ハチくんに取ってわたしたちって簡単に手を出していい女じゃないんだねぇ。殴りたい衝動を必死に抑えないといけないくらいにはムカついてくれるんだ………!」

「そりゃそうだろ。あんな奴らに渡すくらいなら俺がもらってるっつの。まあ、お前らからしたら俺にもらわれても困るだけだろうけどな」

「「…………………」」

 

 ソニアもルリナもあんなチンピラに渡せるかっての。

 ソニアにはダンデという思い人がいるし、ルリナだって好きになった相手といて欲しいと思う。

 それくらいには二人のことをどうでもいい奴らとは思えなくなっている。

 全く………、いつの間に俺はこんな弱くなっちまったんだか。

 

「さらっとすごいこと言ってる自覚ないのかしら」

「時々あるんだよ、こういうの。本人は思ったことを言ってるだけっぽいんだけど」

「天然って恐ろしいわね…………」

 

 思ったことを口にして何が悪い。しかも悪口ではなく褒めてるんだぞ?

 文句を言われる筋合いはないと思うんだがな………。

 

「聞こえてるからな」

 

 これはアレだな。

 もっと明確に俺の素直な感想を示しておかないといけないみたいだな。

 

「ルリナ、これ渡しとくわ」

「なに………名刺?」

「ま、お守りみたいなものだ。………ソニア?」

「わたしもらってないんだけど」

「そうだっけ? んじゃ、ほれ」

 

 二人に俺の名刺を渡す。

 国際警察としての名刺を初めて使ったわ。

 

「おおー、これがハチくんの名刺…………肩書き長っ………!」

 

 ソニアが名刺を掲げて俺の役職を読んだのだろう。

 そんな文句を言われても俺のせいではない。

 

「国際警察本部警視長室組織犯罪捜査課特命係。コードネーム、黒の撥号………アンタが、そうだったんだ………」

「そう、とは?」

「時々噂になってたのよ。黒の撥号がまた事件を解決したとか、犯人を半殺しにしたとかって。はっきり言ってガラルでは畏怖の対象になってるわ」

「へぇ」

 

 何とまあ………。

 いつの間にか黒の撥号はガラルで有名人になっていたらしい。

 一体誰がどう広めたのやら。

 活動してたのってほとんど鎧島だけだぞ?

 しかも肩書き名乗ったのって鎧島のジャングル内での、あの時だけじゃなかったっけ?

 何なら解決した事件とかなくね?

 ………ほんと、誰だよ。有りもしない噂を広めた奴は。

 

「でもいいの? わたしは………その……成り行きだったからアレだけど」

「公衆の面前であんなことになっちまったからな。あのチンピラどもも結局はルリナと同伴してる俺が気に食わなかっただけだろうし、これは俺の責任でもある。それでお前らに何かあったんじゃ、カブさんたちにも合わせる顔がなくなる。だからまあ、お守りの一枚くらいは持たせておいた方がいいかなって」

 

 あんだけ大っぴらに国際警察の名を出したんだ。

 ルリナの側には国際警察の友人がいるというアピールになってしまったのだし、マスコミに聞かれた時用に名刺でもあれば、本当だと知らしめることが出来るはず。

 

「………ほんと、名刺だけじゃお守り代わりにしかならないわね」

 

 そりゃただの紙切れだしな。

 だからこそ、それくらいの効果はあると期待したいところではある。じゃないとこんな紙切れ役立たずもいいところだぞ。

 

「でも、そっか。だからソニアはあの時国際警察を提案してきたのね」

「うん………ハチくんがどうにかして動けるようにすれば何とかなると思ったからさ」

 

 あの時というのは開会式の日のことだろう。

 シェルダーを捕獲した後、ルギアが元シャドーの連中に狙われていたのをどうするかで、ソニアが国際警察を使おうと提案した。あの時のソニアは俺に目配せをした上で提案したくらいだ。俺がどうにか動けるようにしたかったというのがひしひしと伝わってきてたな。

 

「さて、俺はポケモンセンターに寄ってガオガエンたちを受け取ってくるかな。お前らはどうする?」

「着いていくわ」

「あ、じゃあわたしも」

「何故に?」

「なんとなく」

 

 飯も食って後は帰るだけだというのに、この二人は帰らなくていいのだろうか。

 さっきのナンパのこともあるし、二人だけにしておくのも忍びない。

 はぁ…………、俺の一日は一体いつ終わるのだろうか。

 

 

 

   *   *   *

 

 

 

 で。

 なんやかんやで現在、バウタウンの東にある第二炭鉱の中を三人で歩いている。

 それもこれもガオガエンたちを受け取ってポケモンセンターを出た後に、ルリナに「ねぇ、このままエンジンシティに向かいましょ。………だめ?」と上目遣いでおねだりされては断ることが出来なかった。

 しかもちょこんと服を引っ張ってくるおまけ付き。

 お前いつの間にキャラ変したんだと言いたくなったがグッと堪えるのに精一杯だったな。

 まあ、そうなったら仕方ないのでホテルに戻って荷物をまとめてチェックアウトを済ませて再度合流すると、待っている間にルリナは俺に負けたことを理由に明日ジムを休むと伝えたいらしい。理由が酷い。

 

「ハチくん」

「ん?」

「疲れた。眠い。おんぶして」

「えぇー………ったく。ほら」

「わーい」

 

 こんな夜中のしかも炭鉱内で喚かれても困るので、仕方なく………本当に仕方なくソニアを負ぶることにした。

 

「………くー」

「………マジか。こいつもう寝やがったぞ」

 

 俺の背中に乗った途端、ソニアが寝息を立て始めた。

 こいつ自由過ぎないか?

 俺だって今日はバトルして疲れてるんだけどな。

 つか、それを言ったらルリナは眠くないのだろうか。

 眠いとか言われてももうどうしようもないけども。

 

「ねぇ、ハチ」

「なんだ? 眠いとか言われてももうどうしようもないぞ」

「そうじゃないわよ。アンタさ、ソニアとバトルしたって言ってたじゃん」

「言ったな」

「どうだった?」

 

 どうだったって、そりゃねぇ………。

 

「どうって、ジムチャレンジを途中リタイアしてトレーナーを引退したとか言ってるような奴のバトルじゃなかったな。少なくとも現役の一般トレーナーがかわいそうなレベル。ジムリーダー一歩手前ってところかね」

「………なんだ、やっぱり実力は落ちてないんじゃん」

 

 多分ポケモンに関しての知識が増えた分、実力は上がっているのではないだろうか。

 当時の実力を見たことないから比較なんて出来ないが、それでもそれくらいのインパクトはあった。

 

「私とソニアとダンデとキバナは同期でさ。その中でソニアだけがあんなことになっちゃって、今でも結構悔しいわけよ」

 

 一人だけ無駄にプレッシャーをかけられていたみたいだからな。

 勝手に期待されて変に真面目な性格故に期待に応えなくてはと焦ってしまい、上手くいかずに勝手に幻滅される。

 馬鹿馬鹿しいったらありゃしない。

 

「他三人が現役のチャンピオンなりジムリーダーだからな。一人だけニートみたいなもんだし」

「でもその三人ともソニアがいなければ今の自分はないと思ってると思うわ。少なくとも私はそう」

 

 それでも同期のトレーナー目線ではソニアはかなり優秀だったのだろう。

 恐らくダンデがいなければソニアが優勝していたかもしれない、というレベルで。

 

「バトルしたから分かるでしょうけど、ソニアはでんきタイプが得意で私はみずタイプ。弱点を突かれることが多かったから、対策を余儀なくされた。それにあの頃からポケモンに関する知識は私たちよりも飛び抜けていたから、勉強にもなったわ。その結果ジムリーダーにもなれたってわけ」

 

 確かに言われてみるとソニアはサンダーソニアとか言われるくらい、でんきタイプがメインだったのだろう。その傾向はバトルした時にも現れていた。

 そしてみずタイプを得意とするルリナからするとまさに天敵。対策を余儀なくされ、今に至るというわけか。

 

「ダンデなんかポケモンの知識をほぼ全てソニアに叩き込まれたようなものだからね。チャンピオンの基礎を作ったと言ってもいいでしょうね」

 

 それはソニア本人からも聞いた話である。

 ジムチャレンジが始まるまではソニアの方がバトルも強く、ポケモンの知識もダンデに教え込んでいたくらいだ。ダンデのトレーナーとしての基礎の基礎を作り上げたのが誰かとなれば、間違いなくソニアだろう。

 

「んで、キバナなんだけど、あいつ天気を操るバトルを得意としててね。そのきっかけになったのもソニアなの。ソニアの天候操作を目の当たりにして負けて。そのままトレーナーを引退しちゃったから勝ち越されたままっていうね。ざまぁ、としか言いようがないけど」

 

 あの色黒男もソニアに負けてるのか。

 しかも天候操作のお手本にする程にはインパクトがあったのだろう。

 いや、マジで当時のソニア強すぎない?

 公式戦以外では無双していたからこそ、期待値も跳ね上がってしまったのかもしれないな。

 

「自分には何もないって言うけど、この子は凄い子なのよ」

 

 うん、なんかポテンシャルの塊でしかないわ。

 これを埋もれさせておくのは勿体なさすぎるだろ。

 

「今はまだダンデに頼ることは出来ないからさ。何かあったらアンタがソニアの力になってあげてよ」

「………力に、ねぇ。一応将来的なビジョンとしては俺のコネでポケモン研究者の爺らの中に放り込むことは考えてはいるが」

「はっ? コネ? ポケモン研究者?」

「だって、こいつ将来的にはポケモン博士になるつもりなんだろ? だったら必要になるかなって」

「いや、そもそも何でアンタにそんなコネがあるのよ」

「成り行き?」

「ダンデも大概だったけど、アンタはアンタで常識外れってのがよぉく分かったわ」

「あと、ダンデの度肝を抜かせるためにソニアにバトルを叩き込んで、いつの日かダンデとフルバトルさせるってのも考えてるぞ」

「まーためちゃくちゃな案出してきた」

「これぞ『ソニア魔改造計画』だ」

 

 このポテンシャルの塊はやはりあのじーさんズの中に放り込んで知識を蓄えさせて、ダンデとの和解? のためにもリベンジマッチが出来るように魔改造しないとな。

 

「これも前に言ったと思うが、ソニアのポテンシャルはトレーナーとしても研究者としても高い。どちらか一方だけなんて勿体無さすぎるんだよ」

 

 魔改造した結果、ダンデよりも手のつけられないトレーナーになったらどうしようという懸念はあるが、あの火力バカとは違うから大丈夫だとは思う。

 それに俺としてもソニアを魔改造することで一つの道筋が見えてきそうだからな。ウィンウィンの関係ってやつだ。

 

「別に公式バトルをさせようってわけじゃない。そんな晒し者みたいなことは既に遭ってるんだ。マスコミの餌になるのが目に見えているから、絶対にさせねぇよ。それよりも不必要な誹謗中傷で寸断された二人のバトルを俺が見てみたいってだけだ」

「アンタ、ソニアに肩入れし過ぎじゃない? 結構ソニアのこと気に入ってるでしょ」

「まあ、気に入ってないかと言われれば嘘にはなるし、面白い奴だとは思ってるが、別にそれだけじゃないぞ。こっちにも色々と思惑はある」

「へぇ、ソニアを利用するからには聞かせてもらおうじゃない」

 

 ただの興味からか親友を魔改造させられるからかは分からないが、そういうルリナの顔はどこか嬉しそうにしている。

 

「…………はぁ、まあいいか。ジムリーダーはある意味初心者トレーナーないし一般のトレーナーを育てるのが役割みたいなところがあるだろ?」

「まあそうね。ポケモンの育て方を含めてトレーナーの腕を試すことはするわよ」

「じゃあ、そのジムリーダーたちを育てるのは誰がやるんだと思ってな」

 

 前々から思っていたが、ジムリーダーよりも強いジムトレーナーがいるってどういうことだよって話である。ジムリーダーを代わった方がいいんじゃないかってことにもなりかねんし、かといってユイがコルニを育てるっていうのも筋違いな話だ。そうなるとやはり『そういう』施設があった方がいいのでは、と思うようになったわけである。

 

「ジムリーダーたちを育てる?」

「ああ、ガラル地方はまだジムリーダー同士でバトルする機会もあるし、チャンピオンの座を狙うチャンスもあるから自ずとジムリーダーとしてだけでなく、一人のトレーナーとして腕を磨いてもいるだろ? けど、他の地方だと挑戦者を受け入れているだけに過ぎないから、そうなるとトレーナーとしての向上は中々難しいんじゃないかなと」

「なるほど、それでアンタがジムリーダーたちの挑戦を受ける側になろうってわけね」

「ああ、まあ俺だけってわけじゃないがな。んでソニアはジムリーダー並みの実力を持つトレーナーだから、それをチャンピオンとやり合えるだけの実力にまで引き伸ばすことが出来たら、俺のこの構想も実現出来るんじゃないかと考えたまでだ」

 

 施設の建設についてはアテがあるし、何なら暗殺未遂に遭う前に連絡も入れている。作業の請負いはユキノシタ建設があるからどうにかなるだろうし、あとは具体的な感触を掴みたいところではあったのだが、こんなことになってしまい、無駄に時間だけは出来てしまったのだ。元の時間軸に、あるいはこのままあの暗殺未遂の日に至るまでに俺がどこまでやれるのかをソニアの魔改造を通して試してみるのも悪くないと思ったわけである。

 

「中々面白い発想ね。でもそういうのはダンデに勝ってからの話じゃない?」

「そりゃそうだ」

 

 まあ、それはこのジムチャレンジが終わってからでないと始められないがな。ただ、ジムチャレンジ後に元の時間軸に戻ったら、その時はその時だ。未来の俺がソニアを魔改造していることだろう。

 まずは今の俺があの火力バカとフルバトルでどこまでやれるのかを試そうじゃないか。

 

「でも…………ソニアとまたバトル出来るかもしれないって分かっただけでも嬉しいわ。ありがとう、ハチ」

「礼を言われるようなことでもないだろ。まだ始めたわけでもあるまいし」

「結構なことなのよ、私たちからしたら。それくらい、あの頃は分かっていても何も出来なかった。今もどうしたらソニアが立ち直れるのかってずっと悩み続けてる。だから、ありがとう。アンタに出会えて希望が見えてきたわ」

 

 ………全く、ソニアの周りはお人好しばかりだな。

 ルリナだけじゃなくダンデやカブさんも滅茶苦茶気にしてるみたいだし。それに師匠も気にしてたか。

 なら、お礼参りではないが、ソニアが立ち直ったアピールのためにもその時はバトル行脚でもしてもらうとしますかね。

 

「…………そう思うなら、お前もソニアとバトル出来るようにしておいてくれ」

 

 もちろん最後はダンデだが。

 



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81話

 第二炭鉱を抜けると既に朝陽が上り始めていた。

 炭鉱内は結構暗かった反動で太陽がクソ眩しく感じる。下手したら溶けちゃいそう。

 

「おや? ハチ君? それにルリナ君に………ソニア君? 寝てるのかい?」

「んあ? ああ、カブさん……おざます」

 

 もうすぐ長い長い橋だなー、などと周りを見渡していると向かい側から首にタオルを巻いたカブさんが走ってきた。

 こんな早朝からランニングですか…………。すげぇな、この人。

 

「どしたの、三人で。こんな朝早くから」

「あー……なんか昨日一緒に飯食うことになって、流れで徹夜で炭鉱を抜けてきたんすよ」

「若いって凄いね………」

「ははは、言い出しっぺのルリナは途中で寝るし、ソニアなんか炭鉱入って早々に寝やがったし」

 

 炭鉱に入って早々に眠いと言って俺の背中で寝ているソニアと、途中まで起きていたのに急にうつらうつらしてきたので仕方なくガオガエンに背負わせているルリナがいる。

 おかげで俺は一睡も出来なかった。

 

「へぇ、珍しいこともあるもんだ。昨日何かあったのかい? ジム戦してたのは知ってるけど、それだけでこうはならないと思うし」

「あー……やっぱりアレですかね。飯食いに行って食べ終わった後にトイレに行ったんすけど、その間に二人がナンパされてまして。それでまあ、俺がその男たちを殺気を放って追い払ってからというもの、ルリナがしおらしくなったんすよ」

「なるほど。多分、怖かったんだろうね」

「全くそんな素振りは見せてなかったですよ?」

 

 ナンパの相手してる時にルリナたちに話を振ったけど、俺をディスってくるくらいには平気そうだったぞ。

 

「それは彼女のプライドが許さないんだと思うよ。ジムリーダーとしてなのか女性としてなのかはともかく。弱みを見せたくなかったんだろうね。でも内心怖くてハチ君の側にいたかった。そんなところじゃないかな」

「その割にはグースカ寝てますよ?」

「安心出来たんじゃない? ほら、ソニア君なんか涎垂らしてるよ」

「え、あ、おい! おまっ………はぁ………」

 

 こんにゃろ………。

 めちゃくちゃ肩が濡れてるじゃねぇか。

 通りで何か肩が湿っぽいわけだ。

 起きたら覚えてろよ。

 

「ルリナ君はソニア君のこと心配してたけど、僕からしてみたら二人とも似た者同士だからね。心が成長してからジムリーダーになったからルリナ君はまだ耐えられているけれど、やっぱりジムリーダーは重圧が凄いからさ。無駄に期待されてその期待に応えるのも仕事で。それでいてモデルとしても活躍してるから、息苦しい時もあると思うんだ。それこそ、ソニア君みたいにね」

 

 まあ、確かにそれはあるだろうな。

 興行化しているガラルのジムリーダーは他の地方のジムリーダーに比べて露出頻度が高い。そうなると必然的に見てくる目が増えて、プレッシャーが重くのしかかってくるだろう。

 それこそ、ソニアがジムチャレンジの時に味わったような品のない目も度々向けられることだろう。

 

「立場は違えど同じ穴の狢って奴ですか」

「うん、だから君は二人にとって気を張らなくていい存在なんだよ、きっと。遠慮がないのがその証」

 

 気を張らなくていいと思われること自体は悪い気分ではないのだが、何ともまあ生きにくい世の中だこと。ポケモン協会の理事やら一応仮の四天王、何ならすぐに返上したがチャンピオンの経験もあるから、いろんな目を向けられる感覚は知っている。落ち着かないし内心気が気でなく、心休まる時なんてそれこそ職を失った時だろう。

 

「さて、帰ろうか」

「うす」

 

 立ち話をずっとしているわけにもいかないので、カブさんとともにエンジンシティへ向けて歩き出した。

 

「ハチ君。ジム戦はいつにする?」

「………今日の夕方とか夜で」

 

 流石に日中は無理。

 まず寝たい。

 あと寝たい。

 超寝たい。

 

「了解。あ、じゃあこのままジムに行こうか。手続きもしてしまった方がこっちとしてもチケットの手配とかが早くて済むし、ジムには仮眠室もあるからそこで寝るといいよ」

「大丈夫なんすか?」

「ホテルは隣にあるとはいえ、面倒でしょ? それにルリナ君たちをどうするかってのもあるし」

 

 手続きは早いに越したことはないだろう。

 カブさんの言う通り、チケットの販売もあるから準備に時間を費やせるのはジム側としても動きやすいのは分かる。

 けど、仮眠室って…………。

 そもそもジムにそんなもんまであるのかよ。

 まさかカブさんもジムで寝泊まりしてるとか?

 ……………毎日とは言わないだろうが、ジムチャレンジ期間中とかだったらあり得なくもないな。連日挑戦者が押し寄せてくるのだから、帰ってる暇もないだろう。

 

「確かに。このままホテルに行ったんでは逆に怪しまれますもんね。何ならマスコミの餌食になる」

「そういうこと」

 

 それにソニアはともかくルリナは顔が売れている。

 そんなのを連れてホテルに入ったのでは、何を記事にされるか分かったもんじゃない。あることないこと書かれて、終いにはルリナの熱愛報道とかになりかねん。

 

「いやー、それにしても昨日のジムミッションは凄かったね」

「え、バトルの方じゃなく?」

 

 というか見てたのかよ。

 

「もちろんバトルもだよ。けど………ふふ、三人目のジムトレーナーの子の反応がよかったね。まさか自分から勝てるかどうか聞くなんて」

「あー、あれね。ちょっと可哀想な気もしましたけど、バトルしなくていいならこっちも楽でしたからね。それにネットの掲示板で俺のこと考察されてるみたいですよ」

「だろうね。昨日のジム戦が終わってから僕の方にもハチ君対策はどうしてますか、とかコメントがあったからねー」

 

 やっぱりカブさんもポケッターをやってるのか。

 というかジムリーダーは全員やってるのかもな。情報発信という面では役に立つだろうし。

 

「対策してます?」

「そりゃもちろん。バシャーモが使えないからね。結構念入りに考えてはいるよ」

 

 取り敢えずバシャーモが出てこないのは分かっていたが、こうも自信有り気に言われるとこっちも選出が余計に悩んでしまうな。

 

「俺は未だに誰でいこうか迷ってますよ」

「そうなの? テッキリ決まってるもんだと思ってたよ」

「なんだかんだでガオガエンのもうかが発動したのって数えるくらいしかないんで、あんな水を蒸発させる程のパワーがあるとは思ってませんでしたからね。ほのおタイプが相手だと俺のポケモンたちは誰でもアリな気がして、逆に選出が難しいんですよ」

 

 一応ガオガエンは仮面のハチとしての顔みたいなものだから、毎回選出するとして。

 約束してしまったサーナイトを出さないわけにもいかないし、かといってみずタイプとかがいないのもってなるとキングドラとか、元みずタイプでもあるヤドランやドラミドロなんかも有りなんだよな。

 

「何ともまあ贅沢な悩みだね」

「そうっすね。他の挑戦者たちに聞かれたら、何を言われるやら………」

「でも君は今回のチャレンジャーの中では異質だからね。初心者というわけでもなければ、実力的には既に僕たち以上なんだから、比べるのも可哀想だよ」

 

 そりゃ、ジムリーダー間で本気でいかないと負ける、なんて御触れが出されるくらいだからな。

 それにミッションの方も俺だけアレンジされてるみたいだし。

 

「そもそも俺みたいなのが参加出来るってのが不思議なくらいですよ。参加条件どうなってるんですか?」

「推薦権を持つ個人、または企業からの推薦状があれば誰でもってことにはなってるんだよね」

「それ、下手したら他の地方のチャンピオンでも参加出来るってことですよね」

「そうだね。だけど、それはあくまで参加条件なだけ。それでも今までそんなことは一度たりともなかったのは、推薦権を持つ者に対して制約があるからなんだ」

「あ、やっぱりそっちにあるんすね」

 

 そりゃどこかで規制しておかないとヤバいのが出てくるわな。

 

「そう。僕たちが推薦状を渡せるのはチャンピオンや四天王、ジムリーダー等の挑戦を受ける立場にある役職の者、犯罪者、トレーナーとしての資質に疑問が持たれる者等のいずれでもない一般のトレーナーに限られてるんだよ」

 

 おっと?

 正体がバレてないからいいものの、ヒキガヤハチマンとしては推薦状もらえなさそうだぞ? 一応四天王のままではあるし。

 あ、でも時系列的にまだではあるか。

 

「まあ、それでも結構まともなトレーナーなら誰でもいけるって感じですよね」

「そうだね。ただ、やっぱりそこは慣習というか暗黙の了解で初心者トレーナーが大半ってことにはなってるんだ」

「あー………、そりゃ異質だわ。あ、でもそうなるとマクワも異質な方なのか」

 

 開会式の時にも俺やマクワ以外にちらほらと大人がいたからな。

 その辺が数回目の参加とかの異質な方なのだろう。

 

「そうそう。彼の場合はジムチャレンジに参加するのは二回目ってこともあるし、他の目的もあるからね」

「他の目的?」

「メロン君はマクワ君にこおりタイプのジムリーダーとして継がせたいみたいなんだけど、マクワ君はいわタイプに拘っていてね。それならいわタイプのトレーナーとして実力を証明してみなさいというところから、ポケモン協会が話に乗っかり、ポケモンリーグ委員会と結託してマクワ君のジムリーダー試験の参考資料にしようってことになったみたいなんだ」

「なんすか、その大人の事情………」

 

 まさかの親子喧嘩からジムリーダー試験に発展しちゃってるよ。

 協会や委員会側からすれば、実技試験をすっ飛ばせるから楽ではあるんだろうけど…………それにしても、ねぇ。

 

「マクワ君たちにも悪い話ではないからね。そのまま好成績を残せればマクワ君はジムリーダー試験を半分くらいパス出来るらしいよ」

「成績が悪ければジムリーダー試験の話もなし。メロンさんとの賭けにも負けて、こおりタイプのトレーナーとして一からやり直すって感じですかね」

「多分、そんな感じだろうね。だからこそ、この前の親子対決はメディアも挙ってニュースに取り上げていたよ。結果はマクワ君の勝利だったけどね」

 

 あー、なんかダンデが言ってたな。

 あいつも観戦に行ったらしいけど、それまでの迷子感の方が印象強すぎるだよ。最早迷子=ダンデって方程式が成り立つまであるからな。

 

「まあ、喧嘩相手に勝てないようでは賭けも何もないですからね。しかしまあ………あいつも大変なんすね」

「そうだね。でもそんな話題も全部誰かさんの登場ですぐに持っていかれちゃったけどね」

「ははは………」

 

 そういや親子対決の後になったんだっけな。

 そりゃなんか悪いことしたな。

 

「今やガラル中で仮面のハチの話題で持ち切りだよ。それこそ、テレビでも君の手持ちの予想や君の素顔、出身、個人情報のありとあらゆることを予想してるね。多分これから始まる朝の番組では次のジム戦である僕とのバトルで誰を出してくるかの予想が立てられるんじゃないかな」

「うっわ、絶対見たくねぇ………」

 

 つか怖い。

 個人情報を予想って何を予想されてるんだよ。

 手持ちの予想とか次のジム戦の予想とかなら分かるし、素顔を予想されるのも想像出来てたけど、個人情報の予想って…………。

 そりゃ、ソニアがめっためたにやられるわけだわ。

 こんな気持ち悪い感覚を子供のうちから味わってたんじゃ、トラウマにもなるって。

 今はアホ面醸して寝てるけど。

 

「それにこの一ヶ月音沙汰無しだった君が急に現れて、今日も合わせれば三日連続でバトルすることになる。追う側としても大変そうだよ」

「それは知ったこっちゃないですね。俺は別に注目されたいわけではないですし。勝手に目を付けて勝手に取り上げて勝手に予想してるんですから。嫌ならやめればいい」

「そうもいかないことくらい、君は分かってるでしょうに」

「世間が求めているからでしょう? …………ちなみにゲストで俺を知ってる人が出てたりします?」

「今のところはないね。ピオニー君も断ってるみたいだよ。ハチ君と知り合いだってこと自体伏せてはいるけど、いつどこでボロが出るか分からないって。それに…………この話はいいか」

「ちょ、気になるような言い方やめてくださいよ」

「ごめんごめん。でもこればかりは僕から話すようなことじゃないからね」

「あのおっさんにも色々あるんすね………」

「そうなんだよね。こればかりは僕にもどうにも出来ないことだからね。本人たち次第って感じかな」

 

 思ってた以上にメディアが危険だな。

 もっと警戒しておかないと何が起こるか分かったもんじゃない。それこそ、元の時間軸に戻れたらカロスでも注意しておく必要があるだろう。

 

「ところで、気になってたんだけど、ハチ君って好きな子とかいるの?」

「………何すか、藪から棒に」

 

 ちょっとー?

 話題の振り幅凄くない?

 急に変わりすぎですよ?

 

「いやー、一年近く君を見てきたわけだけどさ、なんやかんやで女の子とよく一緒にいるじゃない? シャクヤ君だったり、ソニア君だったり。今はルリナ君も。だから誰か好きな子でもいるのかなーって」

「一応聞いておきますけど、それは人としてですか?」

「またまた〜、もちろん恋愛的な意味に決まってるじゃない」

 

 このおじさん。

 実はそういう話好きだったのだろうか。

 ちょっと意外だ。

 なら、こっちも少しやり返してみるか。

 

「………いるにはいますよ。こいつらではないですけど、嫁候補が何人も。まあ、嫁候補というかその全員が俺の大事な家族みたいなもんなんで、失いたくない存在っていう方が正しいかもしれませんがね。ただ、今は諸事情により離れ離れになってまして、その話をシャクヤたちにしたらクズ男呼ばわりされましたよ。強ち間違っちゃいないんで否定のしようもないんですけど」

「………………」

「………何すか、そのびっくりした顔は」

 

 ニヤついていた顔が一瞬にして目を見開いて固まっている。

 反撃は成功したみたいだな。

 

「いや、うん、素直に驚いてるよ。普通に答えてくれたのにもだけど、お嫁さん候補何人もいるんだ」

「ええ、いますよ。候補というか全員俺の嫁確定って感じのが。最初の親友だったり、俺と同じような存在にされてしまった奴だったり、その姉だったり、後輩だったり。ああ、予約入れたきた恩師もいますね」

「予約?! しかも恩師!? …………君、見かけによらず遊び人だったりする?」

 

 女遊びとかしたことねぇな。

 というか言い方悪いが困ってもいねぇし。いや、逆に全員を娶ることになると思うとそっちはそっちで困りものではあるか。

 うん、でもまあ贅沢な悩みだな。

 

「まさか………。何なら真逆のボッチですよ。周りに馴染めず、自ら周りを遠ざけ、性格を拗らせたまま大人になって、そこでようやくそれまでに関わった女の子たちから好意を寄せられていることを、本人たちから直接言われるまで気づかなかったくらいの。いや、薄々気付いてはいても受け入れられなかったって方が合ってるんでしょうね。けど、その頃には俺も絆されていたようで、全員失いたくない存在になっちゃってたので、全員未来の嫁って感じです」

「まあ、うん、そうだね………シャクヤ君の言いたいことは分かった気がするよ」

 

 クズと言いたいのだろう。

 自覚はあるから何とでも言ってくれ。

 

「けど、ボッチねぇ。僕の知る限りではそうは感じないんだけどなぁ」

「それはあいつらに絆されたからでしょうね。おかげで弱くなりましたよ」

 

 俺一人の頃は精々コマチを守るためってくらいしかなかったのが、今では守るものが増えた分、弱点も増えてしまった。

 その結果が今に至るって言っても過言ではない。

 

「んー、ということはそのお嫁さんたちに囲まれていたから女の子の扱いも慣れているってことなんだね」

「それはないっすね。今でもさっぱりっすよ」

 

 女の子の扱い方なんて未だにさっぱりだっつの。何なら誰か教えて欲しいまである。それくらい謎の多い生き物と称してもいい。

 ずっと翻弄させられっぱなしだよ。

 

「ああ、でもカブさんの言いたいことは分かりましたよ。シャクヤとこの二人のことですよね」

「うん、そう」

 

 カブさんがこんな切り出し方をしたのは、偏にシャクヤやソニア、ルリナのことが気になってるからだろう。

 さっきも三人を例に好きな子いないのかと聞いてきたくらいだ。

 

「シャクヤはなんか妹に近いものがあってそれででしょうし、ソニアは初めての親友に、ルリナは俺と同じような存在にされてしまった奴と後輩を足して二で割ったような感じでそっくりなんですよ。だからこう放っておけないというか、変に気を張らなくていいというか、そんな感じです」

 

 シャクヤは妹感強めだし、言動も結構コマチにそっくりなところがある。

 ソニアはバトルにコンプレックスを抱いているところも含めて、身体的にも内面的にもユイに近いものがある。

 ルリナはなんだかんだでソニアを気にしているところとか、プライドが高いところが、ユイを気にしているユキノにそっくりである。あとグイグイいくところはイロハに似ているな。

 うん、こうして整理してみて改めて気づいたが、なかなかどうしてこうも似たようなキャラが集まったのかと感心してしまう。そりゃ、こんなのに囲まれていれば、俺もこの三人に絆されてしまうわけだ。

 

「ふむふむ、なるほど。シャクヤ君みたいな妹さんがいて、ソニア君みたいな子とルリナ君みたいな子がお嫁さんというわけだね」

 

 ああ、またカブさんがニヤついてるよ。

 一体何を想像しているのやら………。

 聞かないでおこう。

 

「君のその考え、というか全員家族って気持ちはお嫁さんたちは知ってるのかい?」

「知ってるも何も全員嫁にするくらいの気概はないのかって感じのことを言われましたよ。それぐらいの我儘は言っていいって」

「君、どんだけ愛されてるのさ」

「ね。俺には勿体ない奴らばっかりで」

「もうこうなったら責任持って全員を幸せにしないとだね」

 

 それな。

 そうなんだけど…………悲しいかな。俺の人生、そう上手くはいかないんだよ。

 

「そう思った矢先に離れ離れになってちゃ世話ないですよ。本当、人生上手くいった試しがないですね」

「………大変だね」

「流石に今回のは発狂しそうでしたけどね。でも生きてさえいればどうにかなるだろうって思うことにしましたよ」

 

 そうでも思わないと心がぶっ壊れる。

 まだサーナイトたちがいてくれたからどうにかなっているが、これが身一つで投げ出されていたら、すぐに壊れていただろう。

 

「その歳でその考えに至るなんて…………。僕もマイナーリーグに落ちた時は本当にもうこの世の終わりみたいな感覚だったけど、それでもやらなきゃいけないことはあったから、絶望感の中でも毎日必死だったなー。そのおかげかダンデ君とバトルする機会が巡ってきてね。そこからまたメジャーリーグの方に這い上がってこれた過去があるんだ。戻ってこれた時にようやく生きてさえいればどうにかなるもんだと思えたよ」

 

 一度マイナーリーグに落ちたとかって聞いてはいたが、カブさんも苦労してるんだな。

 そりゃそうか。そうでもなければこんな貫禄持ち合わせていないわな。

 

「あー、なんか軽くですけど、誰かにその話聞いたような気はしますね。絶望を知ってるから、カブさんはソニアのことを人一倍気にかけてるんだろうなって思った記憶があります」

「僕は今のハチ君の話を聞いて、だからソニア君の気持ちを受け止められたんだろうなーって思ったよ」

「こんな涎垂らしてアホ面晒してるくせに………贅沢な奴め」

「ははは………それもソニア君の魅力の一つってことなんだろうね」

「まあ、そうっすね。なんだかんだでしょうがねぇなーって思ってしまいますからね。そういうところもあいつに似てますわ」

「お嫁さんたちにかい?」

「そう」

 

 そういうところもユイに似ているからこそ、俺も助けてしまうのかもしれない。

 要はソニアも人垂らしってわけだ。

 解せぬ。

 

「会ってみたいねぇ、その子たちに」

「んー………俺の抱えてるゴタゴタが片付けば会えるかもしれませんよ。何年後になるか分かりませんけど」

「あれま、そんなにかかるのかい? でも楽しみにしておくよ」

 

 その後、エンジンジムに着いた俺は、ようやくベッドにありつけ、一瞬で意識を失った。

 



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行間

〜手持ちポケモン紹介〜(81話現在)

 

 

ヒキガヤハチマン 持ち物:キーストーン、Zパワーリングetc………

・サーナイト(ラルトス→キルリア→サーナイト) ♀

 持ち物:サーナイトナイト

 特性:シンクロ

 覚えてる技:リフレクター、ねんりき、まもる、テレポート、マジカルリーフ、シャドーボール、マジカルシャイン、トリックルーム、シンクロノイズ、サイコキネシス、いのちのしずく、しんぴのまもり、ムーンフォース、サイコショック、さいみんじゅつ、ゆめくい、あくむ、かなしばり、かげぶんしん、ちょうはつ、サイケこうせん、みらいよち、めいそう、でんげきは、チャージビーム、10まんボルト、でんじは、こごえるかぜ、シグナルビーム、くさむすび、エナジーボール、のしかかり、きあいだま、かみなりパンチ、ミストフィールド、スピードスター、かげうち、おにび、ハイパーボイス

 Z技:スパーキングギガボルト、マキシマムサイブレイカー、全力無双激烈拳

 

・ガオガエン(ニャビー→ニャヒート→ガオガエン) ♂

 特性:もうか

 覚えてる技:ひのこ、アクロバット、ほのおのうず、とんぼがえり、かげぶんしん、ニトロチャージ、きゅうけつ、にどげり、かみつく、おにび、ほのおのキバ、ふるいたてる、オーバーヒート、フレアドライブ、DDラリアット、じごくづき、かえんほうしゃ、ブレイズキック、けたぐり、インファイト

 Z技:ブラックホールイクリプス

 

・ウルガモス

 覚えてる技:ぼうふう、ソーラービーム、ほのおのまい、ねっぷう、むしのさざめき、にほんばれ、ちょうのまい、サイコキネシス、いかりのこな、おにび、とんぼがえり、きりばらい、あさのひざし、いとをはく

 

・ヤドラン(ガラルの姿)(ヤドンG→ヤドランG) ♂

 持ち物:かいがらのすず

 特性:クイックドロウ

 覚えてる技:シェルアームズ、みずのはどう、ねんりき、ずつき、シェルブレード、あくび、ドわすれ、なみのり、サイコキネシス、かえんほうしゃ、じならし、マッドショット、ねっとう、ひかりのかべ、トリックルーム、ワイドフォース

 

・キングドラ ♀

 特性:すいすい

 覚えてる技:うずしお、たつまき、なみのり、かなしばり、あわ、バブルこうせん、みずでっぽう、ねっとう、ダイビング、クイックターン、りゅうのいぶき、りゅうのはどう、えんまく、あまごい、かげぶんしん、ぼうふう、ラスターカノン、ハイドロポンプ、げきりん

 

・ドラミドロ(クズモー→ドラミドロ)

 持ち物:しめった岩

 覚えてる技:ようかいえき、あわ、みずでっぽう、たいあたり、だましうち、えんまく、みずのはどう、ポイズンテール、クイックターン、りゅうのはどう、どくびし、あまごい、10まんボルト、とける

 

ガラル控え

・ジュカイン(キモリ→ジュプトル→ジュカイン) ♂

 持ち物:ジュカインナイト

 特性:しんりょく←→ひらいしん

 覚えてる技:でんこうせっか、リーフストーム、リーフブレード、ドラゴンクロー、タネマシンガン、ギガドレイン、かみなりパンチ、スピードスター、くさむすび、ソーラービーム、エナジーボール、シザークロス、くさのちかい、マジカルリーフ、タネばくだん、こうそくいどう、つめとぎ、いやなおと、こうごうせい、くさぶえ、やどりぎのタネ、グラスフィールド、なやみのタネ、ハードプラント、つばめがえし、ものまね、みがわり、じならし、アイアンテール、けたぐり、つじぎり、グロウパンチ、まもる、ぶんまわす、あなをほる

 

・ウツロイド

 覚えてる技:ようかいえき、マジカルシャイン、はたきおとす、10まんボルト、サイコキネシス、ミラーコート、アシッドボム、クリアスモッグ、ベノムショック、ベノムトラップ、クロスポイズン、どくづき、サイコショック、パワージェム、アイアンヘッド、くさむすび、でんじは、まきつく、からみつく、しめつける、ぶんまわす、かみなり、どくどく、がんせきふうじ

 Z技:アシッドポイズンデリート、ワールズエンドフォール

 憑依技:ハチマンパンチ、ハチマンキック、ハチマンヘッド

 

・ダークライ

 特性:ナイトメア

 覚えてる技:ダークホール(ブラックホール)、おにび、ゆめくい、あくのはどう、かげぶんしん、ふいうち、さいみんじゅつ、あくむ、かなしばり、ちょうはつ、でんじは、でんげきは、チャージビーム、10まんボルト、サイコキネシス、きあいだま、でんこうせっか、シャドークロー、だましうち、かわらわり、まもる

 

・クレセリア ♀

 特性:ふゆう

 覚えてる技:サイコキネシス、みらいよち、チャージビーム、くさむすび、シグナルビーム、ムーンフォース、サイコシフト、みかづきのまい、てだすけ、つきのひかり、サイコショック、さいみんじゅつ、サイケこうせん、めいそう、でんじは、こごえるかぜ、エナジーボール、のしかかり

 

・ザルード

 覚えてる技:つるのムチ、ドレインパンチ、くさむすび、けたぐり、アームハンマー、がんせきふうじ、パワーウィップ、ソーラーブレード、インファイト

 

カロス控え

・リザードン(ヒトカゲ→リザード→リザードン) ♂

 特性:もうか

 覚えてる技:かえんほうしゃ、メタルクロー、かみつく、おにび、えんまく、はがねのつばさ、かみなりパンチ、ドラゴンクロー、シャドークロー、つばめがえし、りゅうのまい、かみくだく、カウンター、じしん、フレアドライブ、ブラストバーン、げきりん、じわれ、だいもんじ、ソーラービーム、リフレクター、はらだいこ、ぼうふう、ねっぷう、あなをほる、れんごく、かげぶんしん、ブレイズキック

 飛行術

 ・ハイヨーヨー:上昇から下降

 ・ローヨーヨー:下降から上昇

 ・トルネード:高速回転

 ・エアキックターン:空中でターン

 ・スイシーダ:地面に叩きつける

 ・シザーズ:左右に移動して撹乱

 ・ソニックブースト:ゼロからトップに急加速

 ・コブラ:急停止・急加速

 ・ブラスターロール:翻って背後を取る

 ・グリーンスリーブス:連続で攻撃して空中に釣り上げる

 ・デルタフォース:空中で大きな三角形を描くように連続攻撃

 ・ペンタグラムフォース:空中で五芒星を描くように連続攻撃

 ・バードゲージ:スピードを活かして相手の動きをコントロールしていく

 ・スモール・パッケージ・ホールド:背面飛行で相手の下を飛行する

 

・ゲッコウガ(ケロマツ→ゲコガシラ→ゲッコウガ) ♂

 特性:きずなへんげ(へんげんじざい→きずなへんげ)

 覚えてる技:みずのはどう、あなをほる、かげぶんしん、れいとうパンチ、れいとうビーム、つばめがえし、ハイドロポンプ、くさむすび、グロウパンチ、えんまく、がんせきふうじ、いわなだれ、まもる、かげうち、みずしゅりけん、どろぼう、つじぎり、ハイドロカノン、めざめるパワー(炎)、とんぼがえり、とびはねる、ほごしょく、けたぐり、ぶんまわす、あくのはどう、どろあそび、ふぶき、たたみがえし、ダストシュート

 

・ヘルガー ♂

 持ち物:ヘルガナイト

 特性:もらいび←→サンパワー

 覚えてる技:かみつく、ほのおのキバ、ふいうち、おにび、かえんほうしゃ、かみくだく、れんごく、ほえる、はかいこうせん、アイアンテール、あくのはどう、みちづれ、だいもんじ、ハイパーボイス、ヘドロばくだん、ちょうはつ、ほのおのうず、まもる

 

・ボスゴドラ ♂

 持ち物:ボスゴドラナイト

 特性:がんじょう

 覚えてる技:ロックブラスト、あなをほる、なげつける、メタルクロー、アイアンヘッド、アイアンテール、てっぺき、メタルバースト、ボディパージ、ヘビーボンバー、ロックカット、ほのおのパンチ、もろはのずつき、ラスターカノン、ドラゴンダイブ、でんじふゆう、だいちのちから、カウンター、ばかぢから

 

 

ソニア 持ち物:ダイマックスバンド

・ストリンダー(ハイの姿)

 覚えてる技:ヘドロばくだん、ベノムショック、かみなり、ほうでん、どくづき、ばくおんぱ、オーバードライブ、ギアチェンジ、まもる、エレキフィールド、あまごい

 

・エレザード

 特性:すながくれ

 覚えてる技:りゅうのはどう、なみのり、エレキボール、10まんボルト、でんこうせっか、じならし、ライジングボルト、こうそくいどう、エレキフィールド

 

・サダイジャ

 特性:すなはき

 覚えてる技:ドリルライナー、じならし、じしん、てっぺき、とぐろをまく、ねごと

 

・ジャラランガ

 特性:ぼうじん

 覚えてる技:ドラゴンクロー、スケイルノイズ、かみなりパンチ、ハイパーボイス、アイアンテール、すなあらし、ソウルビート

 

・エモンガ

 特性:せいでんき

 覚えてる技:10まんボルト、エアスラッシュ、ライジングボルト、ほうでん、こうそくいどう、バトンタッチ、あまごい

 

・ラグラージ

 特性:げきりゅう

 覚えてる技:10まんばりき、なみのり、アクアブレイク、いわなだれ、ストーンエッジ

 

控え

・ワンパチ

 

・ニョロトノ

 

・ライボルト

 

 

ヤロー 持ち物:ダイマックスバンド

・アップリュー

 覚えてる技:ドラゴンダイブ、Gのちから、アクロバット、りゅうのまい

 

・ワタシラガ

 覚えてる技:コットンガード

 

 

ルリナ 持ち物:ダイマックスバンド

・カジリガメ ♀

 覚えてる技:ロックブラスト、ストーンエッジ、かみくだく、てっぺき、アクアブレイク、もろはのずつき

 

・グソクムシャ

 特性:ききかいひ

 覚えてる技:であいがしら、アクアブレイク、シャドークロー、ドリルライナー

 

・ドヒドイデ

 覚えてる技:ねっとう、たたりめ、どくびし、トーチカ

 

控え

・カマスジョー

 覚えてる技:じこくづき、すてみタックル

 

・ルンパッパ

 

・トサキント

 

・ウッウ

 

・ヌオー

 

・ギャラドス(色違い)

 

 

カブ 持ち物:キーストーン

・マルヤクデ

 覚えてる技:ねっさのだいち

 

・バシャーモ

 持ち物:バシャーモナイト

 特性:???←→かそく

 覚えてる技:スカイアッパー、インファイト、フレアドライブ、ブレイズキック、ストーンエッジ、ニトロチャージ、いわなだれ、かわらわり、かえんほうしゃ、ビルドアップ、グロウパンチ、かみなりパンチ

 



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82話

 エンジンジムで仮眠して。

 起きたら15時を回っていた。

 うん、爆睡してたな。

 ソニアとルリナは俺に寝顔を見られたせいで顔を合わせられないとのこと。カブさん曰わく、恥ずかしそうに出掛けていったらしい。

 そして今、俺はジム戦に備えてユニフォームに着替えているのだが…………何でまたこいつがいるんだろうね………。

 

「なあ、ハチ。何故俺はここにいるのだ?」

「いや、知らねぇよ。お前が勝手に入ってきたんだろうが。つか、何でエンジンジムにいるんだよ」

 

 一体どれだけのファンがこいつの方向音痴を知っているのだろうか。

 無敵のチャンピオン、ダンデ。

 ………どこが無敵だよ。バトル以外は全て弱点なんじゃねぇかと思えるレベルの方向音痴。あと、バトルーーあるいはそれを含めてポケモンにしか興味がないから、恋愛も方向音痴だろう。

 うん、それについては俺もなので人のことは言えない。

 いや、俺は方向だけは示したからな。迷ってないだけマシだろう。…………マシだよね?

 

「急遽観戦の仕事が入ってな」

「おい待て。観戦の仕事ってなんだよ。それ仕事か?」

 

 バトル見てるだけで給料が発生するとか…………あれ? そもそもこいつの給与形態ってどうなってるんだ? 時給………なわけないし、年俸とか?

 

「ああ、ちゃんと仕事だぞ! チャンピオンが観戦に来る程の好カードのバトルって箔をつけるためのな!」

「何だ、その仕事。お前いるだけで成り立つ仕事とか………」

 

 成り立つとはいえ、年俸であればどれだけ観戦しようがしまいが額は変わらないんだよな。

 と考えると観戦の頻度が増えるのも考えものではあるか。

 

「で、誰の観戦だ?」

「仮面のハチという選手だな」

「うん、分かってた。分かってたが、そのニヤけ面はやめい。殴りたくなる」

 

 お互い分かった上での会話であるため、マジでそのニヤけ面は殴りたくなってくる。

 ダンデも、『お前の』とかいうならまだしも『仮面のハチ』という辺り、底意地が悪いのだろう。

 

「それにしても…………」

「何だよ」

 

 何故かジロジロと俺の全身を上から下まで観察するように見てくる。

 気持ち悪いから見ないでくれますかね。目潰すぞ。

 

「いつの間に赤黒いユニフォームになったんだ?」

「昨日ルリナが用意してたんだよ。開会式の時点でダサいって言われてて、ルリナに挑戦しに行くタイミングで俺に渡すつもりだったらしいぞ。だからこれ一ヶ月くらい寝かされてたってわけだ」

 

 つか、昨日のバトル見てたら分かるだろ。

 あれ………もしかして見てない系?

 カブさんでも見てたのに?

 

「ずるいぞ! オレも作りたかったぜ!」

「知らねぇよ。それはルリナに言え」

 

 しかも専らダンデの興味は俺の新しいユニフォームにあり、昨日のバトルについては一切触れてこない。

 え、なんか企んでる?

 バトルバカのダンデがルリナとのバトルを一切触れてこないとか、何の前兆? 災害でも起きるのか?

 

「モチーフはガオガエン………でいいのか?」

「あー、この覆面のな。色合いもガオガエン仕様だぞ」

「ふむ………ちなみにガオガエンを出してくれたりは?」

「えぇ………いいけど………」

 

 なんかちょっと大人しいと気持ち悪く見えるな。バカはバカらしくしていてくれる方が安心するというものか。

 

「ガゥ?」

「あー……ダンデの気が済むまで付き合ってくれ」

 

 ガオガエンをボールから出すと、何か用? と言いだけに俺を見てくる。

 

「うん、これでは全然ガオガエンの模様とは違うではないか」

「そりゃ、ソニアが隠し撮りしたガオガエンの写真を元にルリナがデザインしたって言ってたからな。そっくりそのままってわけじゃないだろ」

 

 というかそっくりそのままだったら、ただの着ぐるみじゃねぇか。

 

「何故だ! そこはもっと拘ろうぜ! こう、毛並み感を出したりとか!」

「だからそれはルリナに言ってくれ。何ならお前が自腹切ってお前の思うがまま作ってくれてもいいんだぞ? 着るか着ないかは別として」

 

 フサフサな毛並み感を出されたら、いよいよ以って着ぐるみじゃねぇか。

 

「いいのか!?」

「あれ? めっちゃ乗り気じゃん………」

「よーし、こうなったらとことんまで拘ってやるぞ! ガオガエン、まずはお前の写真をたくさん撮らせてくれ!」

 

 あー………うん。

 これはマズッたな。ダンデのポケモンバカのスイッチを入れてしまったようだ。

 

「ガ、ガゥ………!?」

「すまん、付き合ってやってくれ。俺にはこのバカを止められん」

 

 自腹切るのに一切の躊躇いがない辺り、金に困ってはいないんだろうな。

 そりゃそうか。

 ジムチャレンジ初挑戦からそのままチャンピオンとして君臨してるんだもんな。毎年優勝して優勝賞金とかもあるだろうし、年々人気が高まっていると考えれば、年俸の額も年々上がっている可能性もある。

 だが、遊び人かというと全くそんな感じはなく、むしろポケモン以外に興味が無さすぎて大丈夫かと思えてしまうくらいには、色恋沙汰の話もない。というかダンデが甘いセリフを吐いているところが想像出来ない。どちらかというとダンデの一方的なポケモン話で女性に引かれてそう。

 それこそ、ソニアくらいじゃねぇと相手出来ないんじゃないだろうか。

 …………ソニアか。

 

「なあ、ダンデ。お前、ソニアとルリナだったらどっちと結婚したい?」

「ソニア」

「即答かよ」

「いいぞ、ガオガエン! 今度は毛をワサッとした感じに出来るか!」

 

 めっちゃ食い気味だったな。

 最早ソニアという単語が聞こえた瞬間に答えが出ていたようなレベル。

 

「ソニアのこと好きか?」

「愛してるぜ」

 

 んー…………。

 

「うひょーっ! そう、それ! そのワサッとした感じ! いいぞ、ガオガエン!」

 

 こうそくいどうでガオガエンの周りを回りながら、次々にガオガエンの写真を撮っていくダンデ。

 

「おーい、ダンデー。ダンデさーん」

 

 ……………聞いちゃいねぇ。

 

「ソニア」

「大好きだぜ」

 

 ……………謎すぎるだろ。

 何故ソニアの名が出る時だけ反応するんだよ。

 そしていちいち気持ち悪い。

 ダンデの口から好きだの愛してるだのと出てくるだけで違和感を覚えてしまう。

 

「ふぅ………」

「………満足したか?」

「ああ、ちゃんと毛並みの質感まで完璧に記録しておいたぜ!」

 

 俺としてはガオガエンの写真よりもさっきの返しの方が気になるっての。

 いや、うん………絶対無自覚だよな。写真撮るのに必死だったし。

 それなのにソニアにだけは反応するとか、ソニアもソニアならばダンデもダンデなのかもしれない。似た者同士だわ。

 

「ハチ! ちゃんとレギンスにまで模様を入れるからな!」

「あー、うん、好きにしてくれ………」

「必ず上がって来いよ! では!」

 

 ルリナも大変だな。

 

「…………あ、おい! 待てって! 勝手に動く………あーあ、行っちまった」

 

 変なことを考えていたら、興奮をそのままにホクホク顔でダンデは部屋を出て行ってしまった。

 また迷子になるんだろうな。

 もしかすると今度は鎧島まで行ってるかも。

 それくらいには今いる自分の場所を把握出来ないみたいだし。

 俺、知ーらね。

 

 

 

   *   *   *

 

 

 

 時間になり、ミッション会場に案内された。

 途中でダンデがどうなったか聞いてみると、何とか時間内に確保出来たらしい。

 どうやらエンジンジムから出ることはなかったみたいだな。それでもスタッフ全員に情報共有された上で、発見した際には強引にでも確保を、とのお達しは出ていたらしい。

 なんて迷惑なチャンピオンなんだろうか。いつものことなのでと苦笑いを浮かべているけど、相当気を張ってたに違いない。

 もう本当にダンデを一人で出歩かせるのは禁止にした方がいいんじゃないだろうか。少なくともチャンピオンの仕事の際には専属のスタッフが常時二名くらいは側に控えているくらいしないと、仕事に支障が出ると思うのだが…………。

 いや、これくらいのことは既にやっていたんじゃないだろうか。その上でダンデが急に消えるため意味がないと判断されたとか。

 最早、病気の域に達してるな。

 

「それでは先にルールの説明をしておきますね」

「うす」

「エンジンジムのミッション内容はこの施設にいる野生ポケモンの捕獲、あるいは倒すことで合計5ポイント集めることでクリアとなります。捕獲は2ポイント、倒すと1ポイント加算という計算になるので、どうするかはご自身の判断に任せます。また野生ポケモンとの戦闘にはジムトレーナーが味方に入り、二対一の構図になりますのであしからず」

 

 おおう、マジか。

 まさかのミッション内容にポケモンの捕獲が含まれてくるとは………。

 けど、もうジムチャレンジ用に六体揃っちゃってるし、捕獲したところでなんだよな。何なら人前で見せられない組が五体も控えているわけだし、さらに増やすのはちょっと憚られる。

 となると倒すの一択か。

 五体倒せばいいんだし、まあ問題はないだろう。

 それよりもジムトレーナーが味方になるってか?

 そんなの十中八九捕獲の邪魔ないし、横から攻撃してくるに決まってるだろ。でなければスムーズに行きすぎてミッション成功率百パーセントのジムになっちまうぞ。

 

「ってか、なんか揉めてね?」

 

 なんてダンデの周りの人の心配をしていると、ミッション会場の一角でポケモンたちによる諍いが起き始めていた。

 揉めてるというよりかは一体のヤトウモリに対して多数で取り囲んで笑いものにしているような………?

 うわ、なんかこういう光景見たことあるわ。

 まあ、あの時はこんな物理的なものじゃなく、ただハブられていたってだけだったが。構図としては一緒だし、いじめであることに変わりはない。

 

「あー、あのヤトウモリはメスなんですけど、オスを惹きつけるフェロモンを持っていないようで、それが原因で仲間からよくあんな感じに」

 

 横にいたスタッフさんも認知はしているようで、状況の説明をしてくれた。

 要するに一体だけ異質な存在になっているため、仲間内で排除されているってところか。

 何でそんな個体を一緒にしておくかね。もう少し対策はあるでしょうに。

 

「なら、あの個体だけ別のところに…………ってのもいじめに加担しているようなものか。なら、誰かのポケモンにしたりとかはしないんですか?」

「ここは野生の環境を尊重しているので、人間側が手を施すというのも避けられてるんですよ」

 

 誰だよ、そんなルール決めたやつ。カブさん………じゃないよな。あの人ならこういうのは放っておけないだろうし。

 それでも黙認せざるを得ないってことは、やはり大会組織委員会とか上の立場にある者だろうか。

 

「ふーん」

「あ、スタジアムの方でも準備が整ったようですね。ハチ選手、準備はいいですか?」

「いつでも」

「それではジムミッション、始め!」

 

 後ろを見上げればバウジムと同じく巨大なモニターに俺が映し出されている。

 この映像がバトルフィールドがあるスタジアムの方ででも映し出されて、尚且つそこに実況と解説が加えられているのかと思うと、ここにはそんなに感じないはずの人の視線を強く感じてしまうな。

 

「………全く、人間もポケモンも少数派には冷たい生き物だよな。自分たちと違うからって攻撃していいわけじゃねぇのに」

 

 それでも目の前の光景に比べたら屁でもない。

 全く以って気持ちのいいものではないな。

 

「ヤドラン、味方とか言ってたけど、どうせ邪魔してくるのが目的だろうから、ジムトレーナーを先に倒しておいてくれ。遠慮はいらん。好きにやってくれ」

「ヤン」

 

 さて、ジムミッションもやらなければだし、まずは邪魔してくるであろうジムトレーナーを倒させてもらおうかな。

 

「えっ、ちょ、え?」

「ヤン、ヤン」

「あー、ジムトレーナーの皆さん。どうせ邪魔してくるのが目的なんでしょうし、先にバトルお願いしますね」

「「「えっ………?」」」

 

 三人いるジムトレーナーは三人とも目が点になっている。

 まあ、これまでにないパターンなのだろう。

 とは言ってもこっちとしては魂胆が見え見えなため、先に対処して何が悪いという話である。

 

「ヤンヤン」

「何なら一斉に掛かってきてもいいって言ってますよ」

 

 ヤドランもいつになく挑発的だ。

 君、普段はのんびりしているのに、こういう時はちゃんと啖呵切るよね。一体誰に似たのやら………。

 

「………なんか本来のやり方とは違うけど」

「チャレンジャーが言い出したことだし………」

「遠慮なく邪魔させてもらうよ!」

 

 三人とも一斉にポケモンを出してきた。男性がセキタンザンに進化する最初のポケモン、タンドンを。女性二人がそれぞれヤトウモリとカブさんのエースでもあるマルヤクデの進化前のポケモン、ヤクデである。

 その三体に取り囲まれるとヤドランは左腕の巻貝と右手のかいがらのすずから水の刃を伸ばして構えた。

 今のあいつなら三体くらいは一人で大丈夫だろう。

 

「ほれ、どいたどいた」

 

 ヤドランを見届けると俺はいじめられているヤトウモリのところへと向かった。

 取り囲んでいる群れに近づくと怯えたように群れが俺から離れていく。

 ………ジグザグマたちの時にもダンデに言われたが、やっぱりダークライの気配が恐怖を与えているのだろうか。その割にウールーたちは追いかけてきたしな。よく分かんね?

 

「よっこらせっと」

 

 じっと動かない、動けないでいるいじめられていたヤトウモリの横に座ると頭を撫でてやる。

 こいつ頭を触っても嫌がる素振りも見せないな。動けないとはいえ、嫌なら首を振るくらいはするだろうに。

 

「お前も大変だな。別に好きでそんな身体に生まれたわけじゃないのに。けどな、フェロモンがないってことはつまり、群れを形成しなくていいってことだ。言い方を変えればお前は自由なんだよ。いちいち群れに捉われることなくやりたいことが出来るんだ」

 

 ポケモンたちは種族によっては人間よりも群れの意識が強い生き物である。群れが絶対であり、右向け右の精神が強い。だからこそ、野生で生き残る可能性は高くなる一方で、少しでも異なる個体がいると群れから排除しようとする。

 その行動自体は理解出来なくもないのだが、見てて気持ちいいものではない。それは人間社会でも同様だ。そういう輩は人間だろうがポケモンだろうが陰湿に行動を起こしてくる。手を出し、足を出し、口撃し、対象の心が折れるまで、あるいは死ぬまで続ける。

 だからこそ、俺は思うのだ。そこまでして群れる必要はあるのかと。そんな面倒な輩と連んで何を得するというのか。一人の方がよっぽど自由で気楽である。

 

「な、なんなのこのヤドラン!? 全然近づけないんだけど?!」

「というかシェルブレードを二刀流ってどうやってんの!?」

「くっ、タンドン! こうそくスピン!」

 

 ヤトウモリに話しかけながらヤドランを見ると、一対三でも全然余裕そうだった。

 片手剣技を交互に使い分けるだけでヤクデを打ち返しヤトウモリに当て、反対からくるタンドンの軌道を逸らしていく。いなし方も上手くなったよなー。

 

「ボッチはいいぞ。誰かにとやかく言われることもなければ、変に足枷となるものもない。自分のやりたいことをやりたいように出来るし、煩わしい関係性も持ち合わせない。それに群れってのも大変なんだぞ。自分のために尽くしてくれる反面、平等に扱わなければ疎まれる。疎まれれば群れは半壊していく一方だ。そんな気が気でない生活なんざ、俺だったらごめんだわ。理想論でいえば、ハーレム要因同士がちょっとくらい扱いに差が出ようが超仲がいいのがありがたいんだが、そんな都合のいい話なんてないからな。特にオスなんかはメスに気に入られたくて物理的に争い合うし」

 

 取り敢えずボッチの良さについて説明していると、ヤトウモリがじっとこっちを見てくるようになった。

 一応首は動かせたようだ。ということはつまり、尚更嫌がってはいないということだろう。

 なら、そろそろ根本的な話をしておくか。

 

「ああ、それと言い忘れてたが、フェロモンがないのはお前に必要ないからなんじゃないか? 群れを形成しなくても群れ一個分の戦力を潜在的に持ち合わせている可能性があるってことだ。鍛えていけばあの辺の連中は目じゃない。ガオガエンともいい勝負になるんじゃないか? 知らんけど」

 

 あ、ヤトウモリの目が見開いた。

 そうなの?! とでも言いたそうだ。

 俺も検証まではしたことないが、大体こういう何かが欠けているポケモンは他のところが発達していたりするため、今回のヤトウモリに限っていえば、フェロモンがなくて群れを形成出来ないということは形成しなくてもいいということでもあるはずだ。それはつまりそれだけのポテンシャルを潜在的に有していることに直結する。

 ただ、本人たちは周りから疎まれ自分に対して劣等感を抱いていることが多いため、自分の実力を過小評価している傾向がある。

 

「よし、物は試しだ。今まで散々コケにしてきたあいつらにかえんほうしゃでも撃ってやれ」

 

 俺が群れの方を指して提案してみると、ヤトウモリはしばらく群れの方をじっと見て、そしてのそりと起き上がった。

 口を開いて炎を溜めていくと、群れの方ではやれるものならやってみろという感じで嫌な笑い方をしている。性格悪そうだな、あっちのヤトウモリたちは。

 

「もっとだ。もっと炎を凝縮させてみろ」

 

 轟々と音を鳴らしながら炎の色が濃くなっていく。

 

「今だ。かえんほうしゃ」

 

 マグマのように赤くなったところで口から発射された炎に、ヤトウモリたちが呑み込まれていく。

 あいつら避ける気一切なさそうだったな。

 

「一撃かよ」

 

 だが、その驕りが命取りとなってしまったようだ。

 炎が消えたところには黒焦げになったヤトウモリたちが全員倒れ伏していた。

 

「どうだ、これがお前のポテンシャルだ。あいつらくらいなら鍛えるまでもなかったようだぞ」

 

 するとヤトウモリがぶるぶると震え出して白い光に包まれていく。

 いや、待て。何故そうなる。

 

「………本当、ポテンシャルの塊じゃねぇか、エンニュート」

 

 あーあ、進化しちゃったよ。

 かえんほうしゃ一発で今までいじめてきてた奴らを倒せたのが、そんなに嬉しかったのだろうか。

 というかマジで鍛えていけばダンデのリザードン並みの火力を出せそうな勢いだったぞ。

 

「ミッションクリアです」

「おおう、マジか。今のでもポイント加算されるのか」

 

 群れに丁度五体のヤトウモリがいたからか、今のでミッションクリアになってしまった。

 俺何もせずに終わったんだけど………。

 

「さて、そっちのエンニュート。こいつとやるか? やるなら容赦はしないぞ」

 

 取り残された群れのボスであるエンニュートに睨みを効かせると、仲間を置いてその場から立ち去っていった。

 ………どこにいくつもりなのだろうか。ここはジムの施設内だし、そう簡単に外に出られるとは思えないんだが。

 俺たちから距離を取るにしても隠れるところもないこの円形の施設ではどうしようもないような気がするのだが、まあヤトウモリ……いや、エンニュートのことは諦めたってことでいいのだろう。

 あれだけの威力を見せられたのでは群れで襲っても返り討ちに遭うことを実感したことだろうし、結果オーライってことでいいのかね。

 

「さて、ヤドランがジムトレーナーを全員倒したみたいだし、俺はジム戦にいくとするかね」

 

 エンニュートの進化に気を取られていたが、いつの間にかヤドランがジムトレーナーたちのポケモンを三体とも倒してしまっていた。

 ヤドランも強くなったもんだ。

 さて、次はいよいよカブさんとだな。

 未だに誰でいくか決まってないけど、今の面子なら誰でもいけそうな気がする。

 

「じゃあな、エンニュート」

「ニュ」

 

 俺が拳を突き出すとエンニュートが拳で返してくれた。

 



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83話

『さあさあ! 皆さん、いよいよジムバトルの準備が整いました!』

 

 スタジアム内は既に喝采に包まれていた。

 俺のミッションを受けてのものだろうけど、今回は特に俺何もしてないんだよなぁ………。

 バトルはヤドランに任せきりだったし、ヤトウモリがいじめてきていた群れを丸々一つ焼き払ったことでエンニュートに進化し、同時にミッションクリアになったんだから、そりゃもうなんか申し訳ない。

 それでこれなんだから、一体観客にはどう映っていたのやら………。

 

『先程のジムミッションでは我々観客一同を驚かせると同時に泣かせに来たチャレンジャーでしたが、チャンピオンも見に来ている中で、一体どんなバトルを見せてくれるのでしょうか!』

 

 …………え?

 泣いたの?

 何に?

 エンニュートの進化に?

 それともいじめられていたから?

 まあ、気持ちのいい光景ではないもんな。酷いと思うし、人によっては悲しくて泣いてしまうこともあるだろう。

 

『まずは改めてこの人の紹介から! 三日前に突如現れた仮面の男! たった三日でエンジンジムまで辿り着き、毎度ジムミッションを圧倒的な強さと知識、そしてポケモンたちからの信頼を経てクリアし、着いた渾名がミッションクラッシャー! チャレンジャー、仮面のハチ!!』

 

 おい、だから。

 そうやって紹介のところでミッションクラッシャーとか言うから、そんな不名誉な通り名をもらっちまうことになるんだぞ。

 しかも普通に呼んでるけど仮面のハチってのも登録名じゃないからな。俺は『仮面の』なんて付けてない。まあ、そっちはいいんだけどさ。

 やっぱりミッションクラッシャーだけは不名誉過ぎるわ。

 

『そして!! ホウエン地方よりやってきて数十年! 今もなお熱い魂を震わせ、生半可な強さでは逆に灼熱の地獄を見せてきた熱く燃える男! 我らが炎のジムリーダー、カブ!!』

 

 なんだろう。

 カブさんの紹介は普通にかっこよく聞こえてくる。

 何の違いなんだろうな。いやほんとに。

 

『あ、あれ………?』

『対面から………?』

 

 俺たちの登場にどよめきが立ったかと思えば一瞬だけ時が止まったように止んだ。

 そしてまた徐々に声が上がり、盛り上がりを見せていく。

 

「………なんか反応に戸惑いの声があるような気がするんですけど」

 

 センターサークルで向き合うと開口一番にカブさんに聞いてみた。

 

「ああ、それはいつもだとチャレンジャーと一緒に僕も登場するようにしてるからね。対面から出てくるなんてことはメジャーに戻ってきてからはないんだよ」

「何でまた………」

 

 要するにいつもと登場の仕方が違ったから驚いていたってことか。

 何で俺の時だけ変えたんだよ。

 

「いつもはチャレンジャーたちと同じ心持ちでって意味合いで一緒に出てくるようにしてるんだけど、今回は君が相手だからね。同格以上の相手に同じ目線とか逆に失礼だと思ったまでさ」

 

 カブさんは俺と実際にバトルしてるからな。そう思われて嫌な気持ちにはならないが、他のチャレンジャーと扱いに差があると、それはそれで問題なんじゃなかろうか。

 

「それに君が隣にいては僕の方が緊張しそうだったからね」

「ベテランジムリーダーが何言ってんだか。そういう割には俺のミッション内容だけ変なのが混じってたみたいですけどね」

「ふふっ、ハチ君だけではないよ。今年はずっといたんだ。あの子にフェロモンがないって分かってからエンジンジムでもどうするべきかを話し合ってはいたんだけど、いい解決法が見つからなくてね。自然の淘汰を前には人間はまだまだ無力だなって感じたんだけど、ダメ元で隠れミッションとして一緒にしておいたんだ。もしかしたらチャレンジャーの誰かがあの子を捕まえるかもしれないってのもあってね。ただ、やっぱり他の子たちは怖くてあの群れには近づかなくてさ。説明を受けた通りのルールでクリアしちゃったんだけど、僕は内心君なら解決出来るんじゃないかって思ってた。そして期待通りに解決してくれた。ありがとう、あの子を救ってくれて」

 

 ああ、だから急にミッションクリアってことになったのか。

 つか、隠れミッションってなんだよ。

 そういう裏技とかあったりするのかよ。

 いや、今回が特殊なだけか。

 他のジムでは流石にない………よな?

 

「全く………俺を買い被りすぎじゃないですかね。もし俺がスルーしてたらどうしてたんですか?」

「その時は僕があの子を育てようかなって。これは最終手段として用意してはいたんだけど、あの子がそれを受け入れてくれるかどうかってところもあったからね。正直、どうなっていたかは分からないかな」

 

 そりゃそうだろうな。

 ポケモンたちにも意思ってものがあるんだ。しかも相手は虐められて心が荒んだ状態だ。ただ、捕獲してあの群れから切り離したとしてもその後どうなるかは、また別の話になってくる。

 ああいうのは、本人の意思で群れを断ち切らせるに限る。自分から群れを身限り、自分一人で生きることを覚悟させるのが重要だ。そうしなければ、結局は自然淘汰されてしまうだけだろう。

 

「で、進化までしちゃいましたけど、今後あいつどうするんすか?」

「うーん、本人次第じゃないかな」

「確かに」

 

 取り敢えず何かを強制させるようなことはなさそうだな。

 そこはカブさんも分かっているのだろう。

 

「ああ、そうそう。ルリナ君たちから伝言を預かってるよ」

 

 ルリナたちから伝言?

 

「………『カブさんを舐めるんじゃないよ!』的な?」

「それも最後に言ってたけど」

 

 言ってたのか。

 

「『昨日はありがとう。ハチのおかげでソニアの気持ちがちょっとは分かったわ』だって」

 

 ああ、昨日そんなこと言ってたな。

 ソニアも『やっと分かってくれたかー』って言ってたし。

 

「それ昨日も本人から聞いたんだよなぁ………」

「それからソニア君が『涎垂らしてごめんなさい』だって」

「伝言にするような内容じゃねぇ………」

 

 そういうのは面と向かって謝れよ。

 いいけどさ。

 

「君は不思議だよねぇ。こんなあっさりと彼女たちとも打ち解けちゃうんだからさ。ここにダンデ君やキバナ君が加わったとしても違和感ないんじゃないかな?」

 

 年齢的には近いからね。

 見た目的には………いや、無理だな。チャンピオンにトップジムリーダーにモデル兼ジムリーダーに美人ニートだぞ。

 どっかそこら辺にいそうなモブキャラ的な俺がいたら、違和感しかないって。というか俺が加わりたくない。無駄に目立つし。あとキバナのことを俺はよく知らないから何とも言いようがない。

 

「ダンデはさておきキバナとはそんな間柄じゃないんすけど」

「確かに最初の会合ではキバナ君、ツンツンしてたものね。いやぁ、でも懐かしいね。君と出会ってまだ一年も経ってないのかと思うと不思議な感じだよ。覚えてるかい? 僕と君で初めてバトルした時のこと」

「覚えてますよ。アレがあるから俺もカブさんの実力が高いって認識してるくらいですよ。けど、ジムチャレンジでは使えないんでしょう?」

 

 一人のトレーナーとしてのカブさんの実力は相当だと思う。

 だけど、その象徴と言えるバシャーモがジムリーダーとしては使えないというだから不憫でならない。

 

「そうなんだよね。こればっかりは仕方のないことなんだけれど。でもだからこそ」

 

 そこで一旦言葉を切ったカブさんが、一瞬にして目付きを変えてくる。

 

「君をガラル地方のジムリーダーとして倒してみせるよ」

 

 そしてボールを俺の方に向けて決め顔をしてきた。

 うーん、渋いおじさんの決め顔は妙な迫力があるな。闘志が漲ってるのがひしひしと伝わってくるわ。

 

「………いいっすね、そういうの。カブさん相手なら嫌いじゃないっすよ」

 

 前は一人のトレーナーとしてバトルしたけど、今度はジムリーダーとして、か。

 それはそれで面白そうだ。

 どんなバトルを見せてくれるのか楽しみだな。

 

『まずはルールをおさらいしておきましょう! 使用ポケモンは三体。どちらかのポケモンが全て戦闘不能になればそこでバトル終了となります。また、技の使用は四つまで。交代はチャレンジャーのみ有効となります』

 

 ルール説明している間に俺たちはフィールドの端へと移動し、定位置に着いていく。

 

『それでは、バトル始め!』

 

 俺たちが準備を終えた合図代わりにてをあげると早速バトルコールが降ろされた。

 

「まずはお前のジム戦デビューといこうか、キングドラ」

「いくよ、ヒヒダルマ!」

 

 まずは王道らしくみず・ドラゴンタイプのキングドラを選出することにした。

 ヤドランはさっきもバトルしてたし、ドラミドロは昨日バトルしてるからね。

 

『な、なんと!? 我らがジムリーダー! あのヒヒダルマをこのジム戦で出してきました!! こ、これは最初から本気だぁぁぁあああああああああっ!!』

 

 お………?

 ヒヒダルマ?

 しかも雪だるまの方だし。

 えっ、てかヒヒダルマ出してきたら本気ってことなのか………?

 

『そして! 仮面のハチはこれまた新顔! ガオガエン、サーナイト、ヤドラン、ドラミドロときて、五体目はキングドラを連れていたようです!』

 

 ガラルのヒヒダルマはこおりタイプにリージョンフォームしている。

 だからほのおタイプを専門とするカブさんの手持ちとしては異例だ。

 普通なら、だが。

 ヒヒダルマにはダルマモードという特性がある。それはリージョンフォームしたとて失われなかった特性であり、リージョンフォームしたことでダルマモードによるフォルムチェンジの姿も変化している。

 その姿はまるで炎の雪ダルマ。つまり、こおり・ほのおタイプとなるのだ。

 恐らくこの個体もダルマモードってことなのだろう。

 

「ヒヒダルマ、ふるいたてる!」

「キングドラ、あまごい」

 

 まずは雨を降らせてキングドラが最も有利となる状況を作り上げていく。

 対して白いヒヒダルマは己の身体を叩き奮い立たせ、攻撃力を上げてくる。

 

「至近距離でラスターカノン」

 

 雨のおかげで特性すいすいが発動し、一瞬にしてヒヒダルマの背後に移動することに成功。

 背後から至近距離で鋼の光線を放ち、ヒヒダルマを吹っ飛ばした。

 

「すいすい………!?」

 

 カブさんも理解出来たみたいだな。

 そこは流石である。

 

「ヒヒダルマ、連続でつららおとし!」

 

 効果抜群の技を受けたものの、ヒヒダルマはまだまだやる気のようで、すぐに切り替えてキングドラの頭上から次々と氷柱を落としてきた。

 

「躱せ」

 

 それを一つ一つ躱していき、さらにヒヒダルマとの距離を詰めていく。

 

「ラスターカノン」

「ヒヒダルマ、氷柱を掴んでぶった斬れ!」

 

 ヒヒダルマは自分の手元に落とした氷柱を掴み、クナイのようにして鋼の光線を真っ二つにした。

 

「フレアドライブ!」

 

 そして距離を詰めていたのが仇となり、炎の包まれた身体に弾き飛ばされてしまう。

 

「消火しろ、ハイドロポンプ」

 

 弾き飛ばされながらもしっかりと水砲撃を撃ち出し、燃え盛るヒヒダルマの身体を鎮火されていった。

 

「ふるいたてる!」

 

 おいおい。

 そんな捨て身にならんでも………。

 いや、これは態とか。敢えてダメージを受けることでダルマモードを発動しやすくし、その間に少しでも攻撃力を少しでも上げておきたいようだ。

 そして、カブさんの読みではこの水砲撃でダルマモードが発動する程までに、体力が削られるという見込みなのだろう。

 全く………静かなようでいて、攻撃的なバトルを仕掛けてくるな。

 ダンデとはまた違った攻撃的なトレーナーなのかもしれない。

 するとヒヒダルマが炎の渦に包まれ、ともすれば弾けた炎の中から目元と身体中にある水色の結晶が緋色に染まったヒヒダルマが現れた。

 

『おおっと! ここで遂に発動しました、ヒヒダルマの特性ダルマモード! 燃える雪ダルマ、ここに健在!!』

「さて、ここからが本番だよ! ヒヒダルマ、連続でつららおとし!」

 

 ヒヒダルマがさっきよりも短い間隔で氷柱を連続で落としてくる。

 

「躱せ」

 

 未だ雨が降っているため、躱すことは出来る。

 出来るのだが、躱したタイミングで次の氷柱が落ちてきて、技の精度が急上昇しているのが見て取れた。

 

「こっちの姿は置いていかれないんだよ。ヒヒダルマ、氷柱を掴んでぶった斬るんだ!」

 

 しかも炎の雪ダルマがキングドラの進行方向に現れ、落ちてきた氷柱を掴んで斬り掛かってくる。

 加速している状態で急に目の前に現れると躱せないのを分かっての動きだろう。

 

「ハイドロポンプを使って距離を取れ」

 

 だからぶつかる瞬間に口から水砲撃を発射し、ヒヒダルマを押し返し、水圧でキングドラもヒヒダルマから距離を取って後退していく。

 

「それを待ってたよ! ヒヒダルマ、フリーズドライ!」

 

 だが、カブさんの狙いはこっちだったようだ。

 撃ちつけられる水砲撃を伝い、キングドラの体温を急激に下げられ、水砲撃ごと凍りついてしまった。

 

「やっぱり持ってましたか。キングドラ、ねっとう」

 

 ただ、俺だって何も策を用意していないわけじゃない。

 こおりタイプのヒヒダルマが出てきた時点で、フリーズドライの可能性は高かった。ある意味、いつ使ってくるのかを待っていたくらいである。

 水砲撃を熱湯に変え、徐々に氷を溶かしていく。

 

「なっ?!」

 

 カブさんもフリーズドライの対策をしているとは、ましてやここまで読まれていることに驚いているようだった。

 

「そのままねっとうを浴びせ続けろ」

「ヒヒダルマ、もう一度フリーズドライ!」

 

 そのまま熱湯を浴びせ続けると、今度はその熱湯すらも凍らせる程の温度まで下げてきた。

 伊達に奮い立たせていたわけじゃないらしい。

 だが、それで力を使い果たしたのだろう。

 ヒヒダルマは顔から地面に突っ伏し、動かなくなった。

 凍りついたキングドラも二度も超効果抜群の技を受けて、かつ凍らされては、いくら熱せられた蒸気で氷が溶けていったとて、続行は不可能となっていた。

 

『ヒヒダルマ、キングドラ、共に戦闘不能!』

 

 何とまあ………初戦から相討ちですか。

 でもまあ、ガラルのヒヒダルマが出てきたこと自体が俺の中では計算外だったのだ。それを相討ちに持っていけただけでも見事という他ない。

 

「キングドラ、お疲れさん。恐らくカブさんの隠し玉であろうヒヒダルマに相討ちは上出来だ。ゆっくり休め」

「ヒヒダルマ、よくやったね。ハチ君のポケモン相手に相討ちは上出来だよ」

『な、なんとなんと初戦から相討ちだぁぁぁああああああああああああっっ!! チャンピオンカップでしか見られないカブさんのヒヒダルマ相手に、キングドラが相討ちとなりましたっ!!』

 

 お互いに労いの言葉をかけてポケモンたちをボールに戻していると、実況がすごい叫んでいた。

 ちらほらと立ち上がって拍手している観客も見受けられるため、相当すごいことをしたのだろう。まさにスタンディングオベーションってやつか。

 

「やっぱりハチ君はすごいね。ダルマモードのことも知ってたんだ」

「偶々っすよ。以前、リージョンフォームの専門家からそういうポケモンがいるってのと、俺の知り合いがガラルのヒヒダルマを使って実際にバトルしてる映像を見たことがあるんでね。炎の雪ダルマって言われてるんでしょ?」

 

 ナリヤ博士に見せられた時には驚いたし、その半年後に当たる第二回カロスポケモンリーグ大会では四天王になったイロハがユキノとのエキシビションマッチで使ってたからな。

 それが今から一年半以上先の出来事っていうだから不思議な感覚である。

 

「恐れいったよ。そう、ガラル地方のヒヒダルマはこおりタイプ。そしてダルマモードが発動してフォルムチェンジするとこおり・ほのおタイプになるんだ」

「みずタイプ対策っすか。それも一見ほのおタイプのパーティーにこおりタイプが? という疑問を抱かせた上でのフォルムチェンジによって隙を誘う。用意周到だこと」

「君相手だと本気でいかないとこっちが瞬殺されかねないからね」

 

 最早チャレンジャーに言う台詞でもチャレンジャーに向ける策略でもないな。

 ガチで倒しにきてると思う。

 まあでも、これくらいならまだ可愛い方か。

 同じほのおタイプのパーティーでもイロハのパーティーなんかマフォクシー、ガブリアス、ボルケニオン、ヒヒダルマ、バクーダ、ヒードランだったからな。

 三体と六体の違いはあれど、ガブリアスを初手で使ったりほのおタイプのパーティーにこおりタイプがいたり、何より伝説のポケモンが二体もいるんだから、カブさんのフルメンバーを想像したとてあそこまでのことにはならないだろう。それだけでもイロハのパーティーがいかに頭のおかしいレベルだったかが分かる。

 それと引き分けているユキノのパーティーも結構ヤバいよな………。

 

「さて、次のバトルといこうか」

「うす」

 

 俺もそろそろ頭を切り替えていくか。

 最後はやっぱりガオガエンなのは決定してるし、けど前回予定していたのを変更させちまったからな。約束もしたことだし、ここで正式にデビューしてもらうか。

 

「次はエンニュート、君の番だよ!」

「サーナイト、約束通りガラルのジム戦デビューだ」

「サナー!」

 

 ジム戦自体はイッシュ地方のヒウンジムでやってるからな。

 ただ、ここまでジムチャレンジの方に毎回いたのにジム戦には参加していなかったから、そういう意味ではデビュー戦ではある。

 さてさて、バトル後の掲示板でどういう評価になっているのやら………。

 

「まずはご挨拶だよ。どくどく!」

 

 カブさんのエンニュートーー恐らくさっきのヤトウモリから進化したエンニュートではないのだろう。

 というか既にエンニュートを連れていたから、あのヤトウモリは捕獲されなかったのかもしれない。

 そのエンニュートはサーナイトの足下に毒々しい液体を発生させて、サーナイトを吹きかけた。

 

「サナ?!」

 

 動きが早いな。

 躱す間すら与えてもらえなかったぞ。

 

「ベノムショック!」

「サナー!?」

 

 サーナイトが驚いている間に詰め寄り、サーナイトが崩折れた瞬間に頭に触れて、毒の衝撃波を送り込んできた。

 毒状態になっているから威力は二倍。さらに効果抜群の技であるため、さらに………か。

 しかもサーナイトの特性はシンクロなため、せめてもの抵抗をと思いきや、相手はどくタイプなため効果はない。

 

「初手から陰湿過ぎるだろ………」

 

 どくタイプの初手としては割と王道の手ではあるが、何というかカブさんらしくないというか、どっちかつーと俺がやるようなバトルだよな。カブさんには似合ってない。

 ただ、そんな手を使ってでも勝ちに拘っているのは窺える。それだけ警戒されているのだろう。バシャーモに勝っちゃったサーナイトだしね。

 

「サーナイト、落ち着け。まずはサイコキネシスで吹っ飛ばせ」

 

 起き上がるのが辛そうなサーナイトに、まずはエンニュートを超念力で壁まで吹っ飛ばして距離を取らせる。

 うん、そこは意地でもやるのね。

 勝ち誇ったようなエンニュートの顔にムカついたのかもしれない。多分壁に激突させてのは私怨からだろう。

 まあ、そんなどうでもいいことを考えているだけの猶予はないか。まずはこの毒をどうにかしないとな。

 

「さて、まずはその毒の対処からだ。サーナイト、頭の中にでっかい鈴を思い浮かべろ」

 

 確かサーナイトが覚える技の中に状態異常を治す技があったはず。エスパータイプとフェアリータイプを持ち合わせていることだし、サイコシフトとかアロマセラピーとかかなと思いきや、俺が見た本ではいやしのすずだった。

 まあ、いやしのはどうやいやしのねがいを覚えるんだし、『いやし』が付いた技の方がしっくりくるかと納得したのを覚えている。だから記憶に残っていたと言ってもいいくらいだ。

 

「ゆっくり、ゆっくりとその鈴を振れ」

 

 で。

 いやしのすずはその名の通り鈴の音を響かせて癒しを齎す技である。

 ただ、サーナイトはこれまで使ったこともないため、一から手順を踏んでやっていくしかない。何なら俺も教えるのは初めてである。

 

「な、何をする気だい……?」

「奮え、ゆらゆらと、奮え」

 

 カブさんが驚きと警戒の色を強める中、段々と鈴の音が聞こえ始めてくる。

 

「もっとだ。もっと奮え。癒しの音色を響かせるんだ」

 

 俺のイメージでは教会のデッカい鐘だったのだが、そこは今後サーナイトと擦り合わせることにしよう。

 

「そうだ、その調子だ。もっと強くスタジアム中に響かせろ」

 

 シャン、シャンと鳴り響く鈴の音が一層強く木霊する。

 いつの間にか歓声も止み、ただただ鈴の音色がスタジアムを包み込んでいった。

 

「いやしのすず」

 

 最後に一番強く鈴の音がスタジアム全体に響き渡った瞬間。

 サーナイトの身体から光が迸り、毒の毛色を消し去っていた。

 

「まさか、バトル中に技を覚えさせたっていうのかい………」

『………な、なんとハチ選手、バトル中にサーナイトに新技を覚えさせた模様です! その技はいやしのすず! エンニュートのどくどくによって毒状態になってしまったのを誰も真似できないようなやり方で回復させました!!』

 

 カブさんも実況の方も驚きの色を見せていた。

 おかげで隙だらけである。

 

「サイコキネシスで氷柱の雨を降らせ」

 

 ヒヒダルマが作り出した氷柱がまだそのまま残って散らばっているため、超念力で操らせてエンニュートに向かわせた。

 

「ッ?! エンニュート、ほのおのムチで撃ち落とすんだ!」

 

 あれま。

 撃ち落とすには物凄く相性の良さそうな技だこと。

 エンニュートは炎をムチのように振るい、次々と氷柱を砕いていく。リーチもあってなんか便利そうだ。

 

「サイコキネシス」

 

 けど、直接超念力で弾き飛ばすと、これには対処出来なかったようだ。

 再びカブさんの横を通り過ぎ壁に激突している。

 

「くっ、だったら! エンニュート、氷柱は気にせず、ほのおのムチでサーナイトを拘束するんだ!」

 

 するとその場から超長い炎のムチが伸びてきて、サーナイトを拘束してしまった。

 サーナイトちゃん、あなたそれくらい普通に躱せたでしょ?

 

「引き寄せて、きゅうけつ!」

 

 そしてムチを引いてサーナイトがエンニュートの方へと連れ去られていく。

 うちの姫さまが悪者に奪われていく感じがするのは気のせいだろうか。というかサーナイトちゃん、そういうシチュエーションを想像して楽しんでない? 大丈夫?

 

「マジカルシャイン」

 

 まあ、引き寄せられたなら、それはそれでやり様はあるからね。

 引き寄せたサーナイトに噛みつこうとした瞬間に、サーナイトから激しい光が迸り、エンニュートの視界を一時的に奪い取った。

 うーん、姫さまを奪ったと思ったらその姫さまに攻撃されるというね。

 恐ろしい姫さまだこと。

 

「サイコキネシス」

 

 そして超念力で地面に叩きつけると、エンニュートは悶えていた動きすら見せなくなった。

 うん、なんだかんだでサイコキネシスは効果抜群の技だからね。

 何度も受けてたらこうなるって。

 

『エンニュート、戦闘不能!』

『サーナイト、やはり強かったぁぁぁああああああああああああっ!! ほのおのムチで拘束出来たと思わせてのマジカルシャインでエンニュートの視界を一時的に奪ってしまい、そのままトドメまでいってしまいました!!』

「サナー!」

「おうおう、よしよし。頑張った頑張った」

 

 判定が下されるとサーナイトがこっちへ振り返り、そのまま俺のところへと飛び込んできた。

 勝ったから喜んでるというよりは勝ったから褒めてーと催促されてる気がするのは俺だけだろうか。

 だってねぇ。サーナイトちゃん、どくどくには苦しめられたけど、回復してからは終始余裕そうだったもん。

 

「お疲れ様、エンニュート」

 

 取り敢えずサーナイトの頭を撫でているとカブさんがエンニュートを戻していた。

 

「キングドラ君と相討ちになった時はいけると思ったんだけどね。サーナイト君には弱点でもあるどくタイプを当てられたと内心喜んでたんだけど、まさかバトル中に新しく技を覚えさせるなんてさ。人生初めてだよ、そんなトレーナーを見るのは」

「そりゃどうも。つってもサーナイトがどの技を覚えて、その技がどういうものかを理解していれば、そう難しいことじゃないと思いますけどね」

 

 俺は難しいと感じたことはない。

 そりゃ、技によっては急に覚えさせるには不向きな技もあるため、何でもかんでも出来るわけじゃないが、バトル中かただの特訓の時かの違いでしかないからな。

 技を覚えさせる際の最初の手順をただバトル中にやったにすぎない。

 

「いや、その量が半端ないからね。ポケモン一体に対してどれだけ技があると思ってるのさ。それを全て把握して、かつその技がどういうものかを深く理解するなんて、普通のトレーナーには無理な話だよ。ましてやそれをバトル中に行うなんてね」

「スクールに通ってた時に初めてやりましたけど、普通にいけましたよ?」

「はい?」

 

 リザードンにかみなりパンチを覚えさせてから何年経つんだ?

 七年くらいは経つよな。

 それから度々バトル中に必要だと思った技は覚えさせていたし、それ程驚くようなことではないと思うのだが。

 

「スクールにいた頃からなの?」

「ええ、まあ」

「………はあ、君には驚かされることばっかりだね。ジムチャレンジでヤトウモリがエンニュートに進化するまでの過程を見て今日一番の驚きだと思ったけれど、バトル始めたら君の知識量には驚かされるわ、バトル中に新技を覚えさせるわで、正直驚き疲れたよ。それで、次はどうやって僕を驚かす気だい?」

 

 カブさんは驚き疲れたというけれど、結構楽しそうに話してるのは気のせいですかね。言葉と表情があってないですよ?

 

「別に驚かせているつもりはないんですけどね………。俺はいつも通りのことをやってるだけなんで」

「そうだろうねぇ………捕まえる前の野生の状態のままだったヤドラン君に思いがけず進化しちゃったからって理由で、技の使い方とかをレクチャーしてるくらいだもんね。ハチ君にしてみれば日常なんだろうけど………いやはや恐ろしい」

「アレは俺のせいでもあったんでね。おかげでみずのはどうで無駄に技術のいる遊びが出来るようになったし、シェルブレードを二刀流で使えるようになりましたよ」

 

 俺も最初はそんなつもりなかったんだけどな。

 ヤドランが思いの外、優秀過ぎたのが悪い。

 

「今朝も話したと思うけど、昨日のジムチャレンジとジム戦見て、ヤドラン君のみずのはどうでギャラドスを作り出す技術とか、かいがらのすずを媒体にして二刀流にするとか、発想がすごいと思ったよ。あ、てか道場で作ってたかいがらのすずってアレかい?」

「そういえば完成した時にカブさん来ましたね。そうそうアレです」

「シェルブレードだから左腕のように右腕にもって? それで回復しながら使えるかいがらのすずをチョイスする辺り、流石の一言に尽きるよ………。今度僕も何か試してみようかな」

 

 カブさんは今でも充分強いと思うんだけどな。

 ここにさらにポケモンたちの持ち物を厳選してきたら、結構手がつけられなくなるんじゃなかろうか。ネタに走るとも思えないし。

 

「長話もこの辺にしておこうか。そろそろ観客たちも次のバトルはまだかまだかと痺れを切らしてきたみたいだし」

「そうっすね」

 

 会話を切り上げバトルの続きを、ということなのでサーナイトの背中をポンポンと叩くとフィールドへと戻っていった。

 

「さあ、ここから巻き返すよ! マルヤクデ!」

「クデェェェェ!!」

 

 やはり最後のポケモンはマルヤクデか。

 

「サーナイト、スキルスワップ」

 

 ならばと速攻でサーナイトと特性を入れ替えるように指示した。

 

「ッ!?」

『えっ?!』

 

 まさかマルヤクデが出てきた瞬間に俺が動くとは思っていなかったようで、カブさんも実況席も何なら観客たちも固まっている。

 あれだけうるさかった歓声がピタッと止まると、それはそれで不気味である。

 

「はい、ご苦労さん。交代な」

「サナ!」

 

 サーナイトは相手が最後の一体であること、そしてその相手はガオガエンがすることを理解しているため、俺に敬礼してからボールに戻っていった。

 可愛いなコンチクショウ!

 

『あ、あ? えっ?』

「くくく、あっはっはっはっ! 天晴れだよ、ハチ君! その用意周到さ! 実に君らしい!」

 

 おい、実況!

 せめて追いついてこい!

 カブさんなんかもう理解しちゃってるぞ。

 

『えっと、実況席でも状況の整理が追いついていませんが、サーナイトの技の最後一枠にスキルスワップを用意していて、マルヤクデを出してきたタイミングでスキルスワップを使い、交代してしまった………ということでしょう! マルヤクデの特性はもらいび。そのもらいびを奪い取り交代したとなれば、恐らく彼の最後のポケモンは………!』

「マルヤクデの特性がもらいびだってことに気づいてたのかい?」

「一応ジムチャレンジに参加するからにはガラルのポケモンについても勉強しないとでしょ。それにカブさんのマルヤクデの特性がもらいびかどうかは知らないですけど、もらいびなんかあっちゃ、こいつが暴れられないんでね。スキルスワップを使っておけば、まず間違いはない。ってことで。いくぞ、ガオガエン」

 

 カブさんの切り札がマルヤクデなのは知っていた。だからマルヤクデについては調べてあるし、ガオガエンを出すとなるとネックになるのが特性のもらいびだったのだ。

 ………うん、誰でもいけるとは言っていたもののガオガエンとサーナイトは初めから俺の中で決まってたのかもな。ヤドランはまだ覚えさせてないし。

 

「ニトロチャージ」

 

 まずは炎を纏いながらガオガエンを加速させていく。

 

「マルヤクデ、フレアドライブ!」

 

 するとマルヤクデは躱すのではなく、あっちも炎を纏って突撃してきた。技の威力としてはあっちの方が上。しかも身体が長いため、やや上の方からの攻撃となり、ガオガエンが弾かれてしまった。

 

「きゅうけつ!」

 

 そのままの勢いでガオガエンに噛み付くと体力を吸い取ってくる。

 ほのおタイプがあるおかげで効果抜群というわけではないのだが、あっちには回復技があると思うとちょっとばかし面倒ではある。噛み付かれるのには要注意だな。

 

「そのまま離すなよ。じごくづき」

 

 だが、噛み付かれたのを逆手に直接技を叩き込めるメリットはある。

 これも多用してはこちらが不利になるため、過信は厳禁。

 ガオガエンがマルヤクデの喉辺りを掬い上げるようにド突くと仰反るように離れていく。

 

「蹴飛ばしてアクロバット」

 

 その胴体を蹴飛ばして、ガオガエンがくるくると回転しながら後方へと下がらせた。

 そして空気を蹴り上げ一気に加速し、マルヤクデに向かって飛び込んでいった。

 

「マルヤクデ、フレアドライブ!」

 

 マルヤクデも炎を纏い突っ込んでくる。

 だが先程とは違い、今はガオガエンが上から落ちてくる構図である。しかもニトロチャージにより素早さも上がっているため、上乗せされる力は先程とは増しており、結果ガオガエンが競り勝った。

 

「マルヤクデ!?」

 

 弾き飛ばされたマルヤクデは地面に叩きつけられる。

 効果抜群というのも相まって何も持たせてはいないし、威力は出ていたことだろう。それでも見た感じ戦闘不能には至っていない。平たい身体なのに意外と耐久力があるようだな。

 

「ねっさのだいち!」

 

 するとガオガエンが着地した同時に地面が噴き上げ、高温に熱された土に呑み込まれていく。

 確かねっさのだいちってじめんタイプの技だったよな。ただ、熱を帯びているだけあって火傷の追加効果があったはず。

 いわタイプ対策にもなるから覚えておいて損はない技だな。

 

「………全く、抜け目ないな」

 

 躱しようがなくガオガエンも効果抜群の技を浴びてしまった。

 着地を狙ってくるとか、倒れた状態でよくピンポイントで狙えたものだと賞賛してしまう。

 

「熱い、熱いね、ハチ君! こんな熱いバトルは久しぶりだよ! もっともっと己の魂を燃やし尽くそうじゃないか!」

 

 いつの間にかカブさんもハイテンションになってるし。

 確かに熱いよ。さっきから炎技の応酬に熱を持った土が舞っているんだ。文字通り熱いっつの。

 

「マルヤクデ!」

 

 カブさんはマルヤクデに呼びかけるとボールに戻し、俺の方に向けてきた。

 

『こ、これはどうやら我らがジムリーダーの切り札が見られそうです!』

 

 右腕に付けていたダイマックスバンドからエネルギーが送られ、右手に持ったボールがどんどん肥大化していく。

 

「キョダイマックス!」

 

 そしてそれを上に投げつけ、出てきたマルヤクデがどんどん巨大化していった。

 とうとう出てきたか、キョダイマックス。

 三発という制限はあるものの、一撃一撃が尋常じゃなく、Z技を三発連続で撃たれるようなものである。しかも技も巨大化するため点の攻撃ではなく面の攻撃になってしまう。

 

『きたぁぁぁあああああああああああああああッッ!! キョダイマックス! キョダイマルヤクデ!』

 

 加えてダイマックスではなくキョダイマックスである。お初にお目にかかるマルヤクデのキョダイマックスの姿は最早ドラゴン。赤いレックウザと言われても違和感はない。それくらい長い身体でうねうねしている。

 さて、どう凌いだものか。

 取り敢えず、アクZは装着しておくか。

 

「ダイアース!」

 

 するとマルヤクデが尻尾で地面を叩き、その衝撃が地面を抉りながらこちらに向かってくる。

 

「アクロバットで躱せ」

 

 地面を蹴って後方にくるくると回転して躱していくものの、あっちはフィールド全体を抉ってきており、加えて衝撃で五メートル近くの高さまで土が舞い、空に逃げたガオガエンは躱しきれていない。

 というかだ。

 バトルよりも俺の命が危険に晒されている気がする。

 しれっと黒いのが守ってくれているというね。すまないね、いつもいつも。

 

「キョダイヒャッカ!」

 

 空気を蹴り上げることなくガオガエンは着地してしまい、アクロバットが不発に終わると、今度は灼熱の炎がフィールドに戻ったガオガエンを呑み込んでしまった。

 これ、ダンデのリザードンと遜色なくね?

 火力バカはあいつの称号とするとカブさんは火力お化けだろうか。うん、違いが分からんな。

 

「ニトロチャージで抜け出せ!」

 

 中にいたって仕方がないので、さっさと出てくるように指示を出す。多分聞こえないだろうから、頑張って声を張った。超恥ずかしい。仮面被ってるおかげで顔を見られないのがせめてもの救いである。

 

「ガゥ!」

「ガオガエン!」

 

 マグマのような炎の巨大な柱の中から出てきたガオガエンと目が合う。

 すかさずZリングを見せるとガオガエンは頷いて身体を反転させた。

 

「捉えたよ! ダイストリーム!」

 

 うっわ、マジか。

 やっぱり覚えていたか、ねっとう。

 マルヤクデが覚える技の一覧に異色の技があり、それがみずタイプの技であるねっとうだったのだ。

 まあ、覚えさせるよな。ほのおタイプの弱点対策としては申し分ない技だ。加えてほのおタイプがみずタイプの技!? という驚きもある。

 蓋を開ければねっとうなため、まあ納得って感じではあるのだが、ダイストリームを使ってくるということは、それ即ちねっとうを覚えている証左だ。

 よかった、準備しておいて。

 

「ガオガエン、ブラックホールイクリプス!」

 

 Z技のポーズを取り最後で両手を上げると、そのままガオガエンが上に両手を伸ばし、黒い球体が生まれ始めた。その球体はマグマのような巨大な炎の柱も抉れたフィールドの破片も全てを吸い込んでいき、段々と大きくなっていく。さらに吸い込む力が風を生み、ダイストリームすらも球体に向けて進路を捻じ曲げ吸収されていく。

 まさにブラックホール。ついでにいえば俺はそれを見上げる形となり、丁度太陽が隠れてしまっている。なるほど、それでイクリプスーー日食ってわけか。太陽をも呑み込んでしまいそうなブラックホールってか。おっそろしい。

 

「ダイストリームが、全て吸収された………!?」

『な、何が起きているのでしょう! ダイストリームが発射されるのと同時にガオガエンの遥か頭上に黒い球体が現れ、ダイアースでの破片もキョダイヒャッカの炎も、発射されたダイストリームすらも進行方向を変え呑み込まれていっています! まるでブラックホールのようです!!』

 

 無論水が飛び散ることもなくなってしまったため、追加効果の雨が降ってくることもない。

 ターフジムでも使ったけど、こんな膨大なエネルギーじゃなかったよな………?

 やっぱりアレか? 吸い込んだ量によってエネルギーの量も変わり、引いては威力まで変わってくるとか?

 俺もそこまでZ技の仕組みについては詳しいわけじゃないからな。

 ただまあ、恐らくダイマックス技に対して最強の技だと思う。何せブラックホールよろしく全てを吸収してしまうのだから。

 そして溜め込んだエネルギーはそのまま球体の大きさへと変貌し、マルヤクデへと投げつけた。

 先の二発のお返しじゃい!

 面での攻撃はこっちにもあるんだってばよ。

 

「マルヤクデ!?」

 

 近づくにつれ、マルヤクデもブラックホールの吸引力には抗えず、黒い球体が直撃してしまった。

 いやまさか。

 ここまでの威力に膨れ上がるとは………。クレーター出来ちゃってるよ。

 ホノオZを持っていないため、Z技はガオガエンのイメージ作りに役に立たなさそうだなと思っていたのだが、なんだこれは。

 むしろこっちが正解だったんじゃないだろうか。

 今の一撃で対ダイマックス技用の切り札って印象が植えつけられてしまったぞ。謎の技にターフジムの時は驚きに包まれていたとはいえ、もう少し反応がマイルドだったはずだ。少なくともこんな静まりかえったりしていない。

 

「ははっ、完璧なタイミングだな」

 

 しかもこんな時にタイミング良くもうかが発動するかね。

 ガオガエンの毛が逆立ち、メラメラと赤いエネルギーがガオガエンを覆っている。

 完璧すぎて逆に恐ろしいわ。

 

『ああっと、ここでタイムオーバー! マルヤクデが元の姿に戻り始めました!』

 

 お互いにあと一撃食らえば戦闘不能になりそうな状況だ。どちらとも疲弊の色が色濃く出ており、それだけここまでの攻防が激しかった証だろう。そこまで派手なことはしていないが、それ故に一撃が地味に効いたってところか。

 

「ガオガエン、お互い次が最後だろう。だからトドメだ。まずはもうかの炎を爆発させろ」

「ガォォォオオオオオオオオオオオオンンンッッ!!」

 

 もうかの炎が弾け、フィールドに広がっていく。

 やがて炎はガオガエンの顔のような形を作り、その全てが右脚に凝縮していく。

 ガオガエンもトドメという言葉でどの技を使うのかは分かってきているみたいだな。

 

「ブレイズキック」

 

 駆け出したガオガエンがジャンプすると両脚を折り畳み、空中で一瞬止まったところで、マルヤクデもガオガエンに照準を合わせてきた。

 

「マルヤクデ、全力でねっとう!」

 

 右脚を伸ばして下降し出すと熱湯が発射され、下からガオガエンが呑み込まれていく。

 だが、ガオガエンに触れると部分的に蒸発していくようで、白い煙が立ち上っていった。

 ズドーン! という鈍い響きがスタジアム中に響くと爆発が起きていく。

 うん、白い煙で何も見えない。

 

『白い煙で何も見えませんが、交錯の結果はどうなっているのでしょうか!』

 

 しばらくすると煙も晴れて、見えてきたのは地面に伏す二体の姿。

 

『ガオガエン、マルヤクデ、共に戦闘不能! よって、勝者! チャレンジャー、ハチ!』

 

 判定が下され、俺にはまだサーナイトが残っているということで、俺の勝利となった。

 流石はカブさんの切り札と言ったところか。

 今のガオガエンでも相討ちがいいところで、もし仮にスキルスワップで特性を交換していなければ、ガオガエンが負けていただろう。

 いくら強くなったとはいえ、まだまだ足りないということだ。

 

『勝ったのはチャレンジャー、仮面のハチィィィ!! ジム戦では異例続きの中、第三戦目でもジムリーダーのメインパーティーから抜粋されたポケモンたちに互角以上の実力を見せてくれました!!』

 

 なんか観客以上に実況が興奮してないか?

 

「お疲れさん、ガオガエン。カブさんの切り札に相討ちは上出来だよ。よくやった、ゆっくり休め」

「マルヤクデ、お疲れさま。強かったね、ほんと………」

 

 ほのおタイプ専門のトレーナーの切り札とやり合える機会なんてそうないからな。しかもエース。ガオガエンにはいい経験になっただろう。

 俺としても同じタイプ同士のやりにくさが滲み出ていたバトルだと思っている。複合タイプの方でどうにか弱点を突いたりしていたが、やはり決定打にはなりにくい。特性のこともあるし、ポケモンバトルは奥が深い………。

 

「いやはや、参ったよ。ほのおタイプがみずタイプの技!? って度肝を抜くはずだったんだけどね。ハチ君は動じなさすぎるよ」

 

 フィールドのセンターサークルの方に移動するとカブさんが苦笑いを浮かべていた。

 

「だから言ったでしょうに。ガラルのポケモンのことは勉強したって」

「勉強したからって、そんな小さな可能性を考慮されてるとは思わないよ」

「そうっすかね。マルヤクデがねっとうを覚えるって知った時、俺だったら真っ先に覚えさせておくなと思いましたよ?」

 

 ねっとうとねっさのだいちはどっちかは使ってくると思ってたからな。まさか両方使われるとは思いもしなかったが、ほのおタイプ相手だとそうならざるを得ないのも理解出来る。

 

「はぁ………、ソニア君が君を羨むのが理解出来たよ。そのバトル技量にその知識量。ダンデ君とマグノリア博士が一人になって現れたって言われてもおかしくないよ。彼女、よく君にコンプレックス抱かないね」

「あー………出会った初っ端に言われましたね。ダンデとマグノリア博士並みでコンプレックスを刺激されるって。ボロカスに言われましたよ。まあ、そこからちょっとスッキリした顔にはなりましたけど」

 

 最近、ソニアの口からダンデやマグノリア博士に対しての黒い感情を聞かなくなった気がする。

 昨日なんてルリナが理解してくれて嬉しそうだったし。

 

「青春だねぇ」

「青春してるのはあいつだけでしょ。俺はただの吐口でしかないですよ」

「君も相変わらずだね」

 

 これが青春というのなら、それはソニアとルリナだけだ。俺のは青春でも何でもない。これを青春と呼んでしまうのなら、そんな俺の青春は間違っている。

 ここに来るまでの出来事がおかしすぎるんだわ…………。死線を彷徨う青春とかマジでいらねぇ。せめてあいつらとのラブコメをくれ。

 …………いや、それはそれでいいや。もうメンバーは足りてるし、これ以上増えたらカロスにいる女性陣に何を言われるやら…………。

 そうでなくてもイロハ辺りに現地妻を作ってきたのかと揶揄われそうである。

 

「………と、準備が出来たようだね。まずはほのおバッジ。僕に勝った証だよ」

 

 スタッフの人がトレーを持ってきて、そこに乗っていたバッジをカブさんから受け取る。

 バッジねぇ………。

 

「それと……」

「ニュゥゥゥウウウウウウウウウッ!!」

「ぶべらっ!?」

 

 バッジを見てたら急に横からタックルされて吹っ飛ばされてしまった。

 え? なに? どゆこと?! というか結構横腹痛いんだけど。

 

「ニュー!」

 

 …………ジム戦に勝ったらエンニュートに押し倒されてる件。

 

「………どういうことだってばよ」

 

 全く状況が読めないんだが。

 どうしてエンニュートが俺にタックルしてきてるわけ? というか何で押し倒されてんの? そして何でエンニュートは俺の胸に顔を擦り付けてんの?

 

「まあ、この状況で考えられることは一つだよね?」

 

 ………………多分、ミッション中に進化したエンニュートなのだろう。群れのボスの方が来るとは考えにくい。というかあっちのが来たのなら闇討ちとしてさっさと攻撃してきているはず。すなわち俺は燃えているはずだ。そうならなかったということは進化した方のエンニュートなわけで…………どゆこと?

 これで考えられることが一つ?

 

「エニュー!」

「ぐふっ」

「サナー!」

「ぐえっ」

 

 ま、待って………サーナイトも勝手に出てきてエンニュートを引き剥がそうと俺に乗ってこないで。俺潰れちゃう。

 

「サナ、サナサナ!」

「ニュニュ、エニュー!」

「サナー………」

 

 俺の腹の上で女の子たちだけによる会話が執り行われたようだが、二、三言で終了。サーナイトが溜息を吐く結果に。

 

「えっ、何だよ………」

 

 そして二人して俺をじっと見てくる。

 エンニュートは何かを期待した目でサーナイトは諦めの目で………。

 

「モテモテだね」

 

 カブさんがこの状況を楽しんでいるようだが、無視だ無視。

 期待ねぇ………こんな甘えてくるってことは、やっぱりそういうことになるわけ?

 

「ああ、もう分かったよ。けど、アレだぞ? 一緒に来るのはいいけど、お前を今回のジムチャレンジで使うことはないからな? 一応俺もダンデとバトルするのが目的だし、群れ一つを焼き払って進化したとはいえ、今のお前では今後のジム戦もまだ厳しいだろうし。あといくら俺でも一ヶ月でダンデとやり合えるまでに鍛え上げるのは無理だからな?」

 

 一応俺の手持ちは六体揃っているからな。

 人に見せられない奴らもいるからそれ以上にはなるが、今の面子にさらにエンニュートを加えるとなると、ちょっと実力差が目に見えてしまうだろう。ポテンシャルはあるのだが、それだけである。それにここからはさらにジムリーダーたちも強くなってくるだろう。ルリナの話では全員本気のメンバーの中から選出してくるみたいだからな。エンニュートにはまだキツいはずだ。

 

「エニュー!」

「いいのかよ………結構酷いこと言ってるんだけどな」

 

 だが、異論反論無く抱きつかれてしまった。

 意思は固そうね。

 

「エンニュートはバトルだけが目的じゃないみたいだからね。強くなりたいのもあるだろうけど、それ以上にハチ君と一緒にいたいってことだと思うよ」

「………物好きなやつめ」

 

 エンニュートがいいというのだから、最早俺に断る理由はない。というかエンニュートは理解しているのかすら怪しく見えてくる。君、話聞いてた? 聞き流してない?

 

「はいこれ」

「なんつー準備の良さよ」

 

 するとカブさんからモンスターボールを手渡された。

 あ、今俺持ってなかったからね。控え室に行けばあるけど、ボールに入れるのはそこまでお預けかと思っていたから有難い。

 

「これはエンジンジムからのささやかな感謝の印ってことで。エンニュートが君のバトルを見て、君の元へ行きたそうにしてたから用意してくれたみたいだよ」

 

 ここのスタッフもエンニュートに進化しちゃったけど、ヤトウモリのことはガチで気にしていたんだな。アフターケアまで手厚いとか。あるいは俺に押し付けているとか?

 ………いや、それはないか。

 

「だってよ。ほれ、エンニュート」

「エニュ!」

 

 モンスターボールを受け取ってエンニュートに見せると、エンニュートは自ら開閉スイッチを押してボールの中へと吸い込まれていった。

 

「………なーんでこうなるかね」

 

 実況の興奮がバトル以上のものになっているが、最早聞き取れないレベル。早口になりすぎなんだよ。あと歓声がずっと鳴り止まない。

 ああ、またネットで色々書かれるんだろうな…………。

 



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84話

 ジムミッションでもジム戦でも色々と異様な光景を作り出してしまったことで、バトル後はメディア関係がお祭り騒ぎとなった。ポケモンリーグ委員会から俺への取材は大会が終わるまで禁止との発表があったにも関わらず、エンジンジムの受付にメディア関係者が挙って押し掛けるという事態に発展するくらいには騒がしいことになってしまった。

 こんな状態で俺を外に出したら絶対何かしらが起きるというカブさんの判断の下、俺はエンジンジムで一泊。今朝方使った仮眠室で一夜を過ごすことになったわけだが、俺としてはそれどころではないわけですよ。

 ええ、そりゃもう。

 右にサーナイト、左にエンニュート、腹の上に頭を乗せて脚の間に挟まっているキングドラ。

 これで寝ろと?

 窮屈すぎて寝れるかよ………。

 当の御三方は既に眠りこけており、俺だけが取り残されて状態である。寝返りも打てなければ起き上がることも叶わない。掛け布団も掛けられない、というか必要ないくらいにはぬくぬくである。

 さあて、どうしたものか。

 こう、真っ暗な部屋に身動き取れないとなると無駄に想像力だけは働いてしまい、ここにウツロイドまで加わったらマジでどうしようとかフラグを立てにいってしまっても、何らおかしいことではないだろう。

 うん、頼むから出てこないでね。

 

「ダークライさんや、お願いがあるのですが」

「………ライ」

「さいみんじゅつを俺に掛けて眠らせてくれませんかね。次いでに太陽が昇るのと同時に起こして頂けると助かります」

「………ライ」

「さーせん、オナシャス」

 

 短い返事の度に可哀想な目で見られていたような気がするが、黙っておこう。

 

「………………………」

 

 ウールーが一匹、ウールーが二匹、ウールーが三匹………ーーー。

 

「………………………」

 

 ダメだ。

 ウールーを数えてたら一昨日のことを思い出してしまうわ。

 あの大勢の毛玉に追いかけ回されるという謎の恐怖。

 怪我を治したら何故か進化したバイウールーの謎。

 その背中に乗せられ、二倍、三倍に増えるウールーたちと共に行進する羽目になった恥ずかしさ。

 色々あるがウールーたちって…………ーーー。

 

「………………………」

「…………はい、さーせん。無駄なこと考えてないで意識落とすのに集中します」

 

 ダークライからの無言の圧力を感じてしまった。

 そうだよな。

 無駄に思考しているとさいみんじゅつを掛けていいのか判断に迷うよな。

 ごめんな、俺から頼んでおいて邪魔するようなことして。

 大人しく意識を落とすのに集中するから。

 腹式呼吸でゆっくりと深呼吸をしていくと段々と深く落ちていく感覚になり、そこからの記憶は途絶えた。

 

 

 

   *   *   *

 

 

 

「ライ」

「ん………」

 

 何かに強制的に覚醒させられると外は少し明るくなっていた。黒から青に変わったくらいと言えば分かるだろうか。ここから水色になり、黄色………というのも変だが光に照らされていくって感じだ。

 うん、確かに日の出と同時って言ったけど、ガチ目の同時じゃないですかね。

 俺を取り囲んでいた御三方は未だに寝ている。

 だけど、俺に巻きついていた身体は離れており、腕が自由になっていた。

 ただね、キングドラだけは腹の上から退いてないんだわ。

 そりゃ重たいわけだ。

 

「ダークライさんや、この三人娘をボールに戻してもらえたりしません?」

「……………ライ」

 

 仕方ない、とばかりの間を入れられたような気がしたが、やってもらっている手前、文句は言わないでおこう。

 

「流石っすわ。………ふぅ、なんかやっと身動き取れるようになった感じだな」

 

 流石に両腕を拘束された状態で腹の上にまで乗られると寝たのに疲れが溜まっている気がする。

 これもトレーナーの務めと言われればそれまでなのだが、俺のパーティーにメスのポケモンが加わったのすら、サーナイトが初めてだからな。まさかこんなにメスポケモンに囲まれる日がやって来るなんて誰が想像出来ただろうか。

 

「さて、こんな時間なら誰も起きてはいないだろうし、さっさとお暇しますかね」

 

 とはいえ、今はそんなことを考えている場合ではない。

 日が高く登ればマスコミも活発に動き出すだろう。それでエンジンジムに迷惑を掛けるのも俺の本意ではない。

 素早く身支度を整えて仮眠室から出た。

 

「もう行くのかい?」

「うぉ!? ………びっくりした。カブさんか」

 

 正面エントランスはジム自体が営業前なので閉まっている。

 だから裏口を探そうとした矢先に後ろから声をかけられた。

 振り返るとカブさんと、ルリナとヤローさんまでいるではないか。何故に?

 

「ごめんね、驚かせて」

「いや、まあ………つか、ルリナはともかく何でヤローさんまでいるんすか?」

 

 ルリナは昨日俺と徹夜でエンジンジムまで来て、ジム戦も観戦していったのだからいてもおかしくはない。ただ、ヤローはいなかったよね? 

 それが何故ここに?

 しかも日も登り始めようとしているこんな早朝に。

 

「カブさんに呼ばれて君の見送りに来たんだなぁ」

「どうせアンタのことだから、迷惑かける前にここを離脱しようって考えなんでしょうけど、挨拶くらいさせなさいよ」

「いやー、だって、ねぇ?」

 

 どうやら三人には俺の行動が読まれていたらしい。

 そういうところだぞ。ユキノ要素増し増しなの。

 

「昨日はジム戦に加えてあの場でエンニュートが仲間になるところを中継されてたからね。選手の体調を考慮しても翌日にはマスコミが仕掛けてくるだろうって思ったんでしょ?」

「一応全ての取材はジムチャレンジが終わってからって約束は公表してても、バカなマスコミが独自スクープを狙ってくる可能性はあるものね。それで迷惑をかける前にここからいなくなれば万事解決ってところかしら?」

 

 わーお、綺麗に読まれてるー。

 マジでユキノに問い詰められてる気分だわ。

 

「気持ち悪いくらいに読まれてるな」

 

 俺の頭の中をトレースしたって言われても納得しちゃえるレベル。

 

「アンタがそういう奴だって分かったからよ。普通そういうのって私たちに相談してくるものでしょうに。一人で抱え込んで、それカッコいいとでも思ってんの?」

「別にカッコいいとか思ってねぇよ。ただの効率重視だ。これは俺が原因で起こり得る問題なんだから、さっさと消えた方が問題は起こらないだろ。特にマスコミなんかは相手にするだけ無駄だ」

 

 これはカロスでの経験上のこと。

 マスコミは記事になりそうな内容にすぐに飛びついてくる。だから今回のジムチャレンジにおいては俺の存在がその対象となり、他社よりも先に記事にしたい思いで張り込みとかさえしてくることも考えられる。いくらリーグ委員会から声明が発表がされたとしてもそれは変わらない。

 こうなったらカロスでのパンジーさんのように専用のチャンネルを用意しておくのも手かもしれないな。ただ、現時点ではガラルでその信用に足る人材を知らない。今のところその代わりとなっているのがリーグ委員会ではあるが、その効果も絶対的とは思えないし、何かしらの対策は考えておく必要はあるだろう。

 取り敢えず、応急処置はしておくかな。

 

「はぁ………、ポケモンの知識は無駄にあるのに、そういうところは鈍いんだから」

「ああ、そうだ。あの発表があったにも関わらず大会期間中に俺を嗅ぎ回ろうとするようなら、そのせいで俺はジムチャレンジを辞退するって発表しておいてくれ。今後一切ガラルにも足を踏み入れない。当然推薦してくれた師匠からはマスコミ各社に抗議、今後一切契約にも応じない。あと俺とのバトルを楽しみにしているダンデからも声明を出させれば、ネット民を中心にマスコミへの圧力になるだろ」

「うっわ………」

「何だよ」

「引くわー………」

 

 案を出したら何故かルリナにドン引きされてしまった。

 いやいや、これくらいしないとマスコミなんてすぐに図に乗るからね。

 

「ハチ君、過去にマスコミと何かあったの?」

「特に大きなことはないですよ。ただ、あれは調子に乗らせたら何を書かれるか分からない生き物ですからね。こっちも強気に出ないと舐めてかかられる。加えてそれに便乗したバカが俺の周りの奴らに危害を加えようとする可能性だってある。なら、危険な芽は早い内に摘んでおくに越したことはないんですよ」

「………君が僕たちを心配してくれてるっていうのはよく分かったよ。それなら僕たちも何か手を打つとするよ」

「そうね、オリーブさんにも連絡をしておくわ」

「ああ、そうだね。あの人に頼めばいいんだよな」

 

 忘れてたわ。

 今の案も全部あの人に言えば何とかしてくれると思う。仕事の出来るおばさ………お姉さんは半端ないからな。

 

「なら、今の全部あの人に伝えておいてくれ。やるやらないは別として効果がありそうなものはあの人が逐次やってくれそうだし」

「分かったわ」

 

 よし、これで心置きなくジムチャレンジを続けられそうだ。

 さて、俺はそろそろ出るとしようかな。日も登ってきてるだろうし、明るくなってはマスコミが動き出してしまう。一晩中張り込まれてたら終わりだが、まあ何とかなるだろ。

 

「ああ、そうそう。行く前に一つだけ聞かせてくれるかい?」

「………俺に答えられることなら」

 

 するとカブさんが思い出したかのように聞いてきた。

 

「ガオガエン君が作り出したあのブラックホールのようなもの。ダイストリームをも呑み込んだあの技は何だい?」

 

 どうやらZ技についてらしい。

 うーん、あれはまだ何なのか秘密にしておいた方がいいんじゃないかと思う。ネット民もジム戦ごとに増えていく俺の情報を元に考察していくのが楽しそうだし、俺がアローラ出身のトレーナーって誤認され始めているのなら、そう遠くない未来にZ技についても行き当たるだろう。

 一応俺にはジムチャレンジを盛り上げる義務も契約に盛り込まれているため、情報の出しどころも考えた方がいいだろうな。

 

「あー、今はまだ企業秘密ってことで。一応ちゃんとポケモンの技なんで、悪い組織の力を借りてるとかではないですよ」

「そこは心配してないよ。君はグレーではあっても黒には染まらないだろうからね」

 

 白ではないんですね。

 当たってますけども。

 見事過ぎてびっくりしたわ。

 

「まあ、ダイマックスを使えない俺の秘策その一ってことで。その内ネットで技の正体とか考察されていくんじゃないですかね」

「あら、鋭いわね。もう考察されてたわよ。アローラ地方に伝わる技を強化するZ技の一つ、あくタイプのZ技であるブラックホールイクリプス。太陽をも呑み込んでしまいそうなブラックホールでエネルギーを溜めてうんたらかんたらって書いてあったわ」

「わーお、バレてらっしゃるー」

 

 恐るべし、ネット民。

 既に考察されていたか。

 

「え? そうなのかい? おじさん、そこまで確認してなかったな」

 

 カブさんもネットを逐一確認しているわけではなさそうだもんな。

 

「おかげで反則抗議も起きてないみたいよ。よかったわね」

「あー………そうか。反則扱いにされる可能性もあったんだったな」

 

 知らない技だと反則扱いになったりすることもないこともないから。多分、知らんけど。

 取り敢えず、ポケモンが出しているのだから技という認識になるだろうし、そう簡単には反則扱いされないとは思うけど、可能性が無きにしも非ずともなると、もう少し考えておくべきだったかもしれない。

 まあ、結果論でしかなく過ぎたことを考えたってしょうがないし、問題なさそうだし、この件について考えるのはやめておこう。

 

「で、そのZ技っての。私の時にも使ったでしょ。インファイト的なやつ」

「………使ったな。砂嵐で見えてなかったんじゃないのか?」

「今にして思えばってやつよ」

「それを言ったら僕の時は同じようなブラックホール作り出してましたよねぇ。みんな何だアレは!? ってなってましたよ」

 

 それはブラックホールイクリプスの使い勝手がいいのが悪い。ブラックホールよろしく技を呑み込んでしまうのだから、ここぞって時には重宝する技になりそうだ。

 

「ネット民も考察材料が増えて楽しそうよ。はいこれ」

「今度はなんだよ」

 

 ずっと紙束持ってるなーとは思ってたが、まさかの印刷してきたのかよ。

 こいつ、どんだけ俺にネット民のコメントを俺に読ませたいんだよ。

 

「プレゼントよ。昨日のジム戦を受けてのネットでの反響とか考察とか、いろんなところから取ってきて印刷しておいたわ」

「お前、本当俺に読ませるの好きね。羞恥プレイか何かなの?」

「自分の評価を正しく受け止めなさいってことよ。興味ないとか言ってても、知っておいた方が後々役に立つと思うわよ」

 

 役に立つ………かね。

 まあ、盛り上がり具合を見てネタを仕込んでいくという点で見れば、役に立つか。

 

「………なあ、この『エンニュートが恋する乙女の顔していた件』ってなに?」

「そのまんまよ。アンタに飛びついていった時のエンニュートが正しく恋する乙女の顔をしていたってスレが立ってたの。それ読んで何故エンニュートがアンタを選んだのか想像するといいわ」

 

 恋する乙女って………。

 そりゃ、タックル紛いに飛びついてきたけどもだな。バトル関係なく俺を選んだみたいだし、好感度で言えばクソ高いんだろうけど、恋する乙女ってことはないだろ。

 

「頑張ってね、ハチ君。君の活躍楽しみにしてるよ」

「それは次にどんな驚きを見せてくれるのかって意味っすか?」

「うん、そう」

「そんな期待されても早々起きませんって」

 

 逆にこれ以上何が起きるっていうんだろうか。

 そろそろ普通のミッションをやりたいんだがな………。

 

「そう言いながら三連続で色々見せてくれたのはどこの誰よ」

「知らねぇよ。ウールーたちが変な反応してくるわ進化するわ、ルリナのポケモンには強くなりたいとか相談されるわ、ここに至っては群れの問題を見せられるわ進化するわ、挙句ジム戦後には押し倒されるわ、俺はそれに応えたまでだろ」

 

 並べてみただけでも分かるこの異常感。

 本当に次のジムでは普通のをお願いします。

 

「そうね、けどそこに至るまでが特殊過ぎるのよ」

「なら、どうしろと」

「さあね」

「酷ぇ………」

「どうせまた何か起こるんだから、下手に構えてないで気楽にしてればいいのよ」

「他人事だと思って………」

 

 この三人の中で全く仕掛けてなかってのはヤローさんだけだからな。二人は有罪だぞ。ギルティ。

 

「ハチ、エンジンシティを出たところにもう一つプレゼントを用意しておいたから、ちゃんと受け取ってね」

「はっ? プレゼント? まだあんの? まさかまたこれ系?」

「行けば分かるわ」

 

 もらった紙束を見せるとニヤニヤとするだけで詳細は教えてもらえなかった。

 つーか、エンジンシティを出たところにって、それワイルドエリアにってことだよな?

 …………デッカい宝箱とかでも用意してたりするのか? それくらいしねぇと見つからないぞ。

 

「えぇ………、俺に探せと?」

「大丈夫大丈夫。すぐに分かるって」

「………変なの入れてないだろうな」

「入れてないわよ」

 

 怪しい。

 怪しいけど、これちゃんと受け取らないと後で何か言われるんだろうな。

 それかまた何か変なことされるか。

 仕方ない、未来の俺の平穏のためにも宝箱を探すとするか。

 

「んじゃ、そろそろ行きますわ」

「うん、気をつけてね」

「ちゃんと勝ち上がりなさいよ」

「ハチさんとの再戦、楽しみにしてますわ」

 

 三人から激励? の言葉をもらいエンジンジムを後にした。

 日が登り始めたエンジンシティにはまだ閑散としていた。

 まだ活動時間ではないようで、ヒューと吹く風が余計に冷たく感じてしまう。

 人が集まる街だけに余計に寂しく感じてしまうのは俺だけだろうか。

 まずはジムの向かい側にある回転台で下まで降りる。

 これは時間帯によって動かないとかはないようだ。

 そして下まで降りると南方に向けて只管歩き続ける。エンジンシティのメインストリートともなるため、ワイルドエリアまでは一本道。

 信号は未だ点滅しており、車も通る気配がない。

 これなら余所見をして歩いていても人にぶつかる心配はないだろう。

 ……………この紙束を読みながら歩くか。

 

『今日の仮面のハチ、ヤバかったな』

『ヤバかった』

『ヤバいなんてもんじゃないだろ』

『ミッション中のヤドランが無双してたとか、新たにキングドラが手持ちにいることが判明したとか、ガオガエンがブラックホールみたいなの作り出したとか色々あるけど、それ以上にあのエンニュートよ』

『それな』

『ハチの言葉で群れ一つ焼き払うヤトウモリとか恐ろしすぎるわ。しかもその直後に進化って………』

『ウールーの時もそうだったが、ポケモンからの懐かれ方異常じゃね?』

『そりゃあんだけバトル強くて知識もあって、それでいて強制的に捕まえることはしないんだから、ポケモンたちからしたら超安全だもんな』

『俺もハチのポケモンになりてぇ』

『それはキモい』

『しかもバトル終わったら進化したエンニュートがハチにタックルしていくとか誰が想像していたよ』

『あれ、ドローンもよく正確に撮影出来たよな。おかげでエンニュートの顔が大画面に映っててよかった』

『目がハートって感じだったもんな』

『あれはガチ恋だよ』

『ポケモンすらも恋に落とす男、ハチ』

『あれは落ちるだろ。どん底から引き上げられたんだぞ』

『けど、ハチも酷いよなぁ。ジムチャレンジでは使わないって』

『そりゃ無理だろ。ガオガエン→ブラックホールみたいなの作り出すくらいヤバい奴に昇格。サーナイト→カブさんのガチ面子に対して一人だけ戦闘不能にならないくらいヤバい奴に昇格。ヤドラン→ジムトレーナー三人を同時に相手にしてコテンパンにするくらいヤバい奴に昇格。ドラミドロ→今回出てないけど、とけるがチートということを身を以って伝えてくれたヤバい奴。キングドラ→雨降ってると特性すいすいで消えるヤバい奴。だからな』

『既に六体揃ってるみたいだしな。その六体目が何なのかは超気になるが』

『その内出てくるだろ。多分、そいつもヤバい奴なのは確定』

『ジムチャレンジが終わったらエンニュートもヤバい奴になってるんじゃないか?』

『どこかでエキシビジョンマッチとかやらないかな』

 

 とまあこんな感じで書かれていた。

 まだまだ続いてたが、もう読む気が失せた。

 ただただ恥ずかしい。

 自分のことをこうも考察されているのを読むとか、どんな羞恥プレイだよ。

 後はどこかのホテルに入ったタイミングで、かな。少なくとも外で読むもんじゃないわ、これ。

 そんなこんなで三十分くらい歩くとエンジンシティの出口が見えてきた。これから長い長い階段を降りないといけないのかと思うと気が滅入るのは俺だけだろうか。

 ああ、宝箱を探さないとだっけ?

 階段降りた後に?

 ……………面倒くさいな。

 

「あ、ハチくん!」

 

 ……………………………………。

 

「お前、何でいるの?」

 

 階段だー……とげんなりしていたら見覚えのある奴がぽつんと立っていた。

 うーん、なんかもう色々理解したわ。

 

「ルリナに『ハチと行きたければここで待ってなさい』って』

 

 ほらやっぱり。

 

「はぁ…………」

「え? なに………?」

 

 思わず溜め息が出てしまうのは致し方ないと言えよう。

 

「いや、別に。ただ、プレゼントと聞いて怪しいとは思っていたが………はぁ………」

 

 怪しさの方向性が違ってたがな。

 まさかの物じゃなくて人だったとは。

 そりゃ行けば分かるし、あっちから見つけてくれるんだから探す必要もない。

 何がプレゼントだよ、全く………。

 

「ちょ、わたしの顔見て溜息吐くのやめてよ! なんかわたしが悪いみたいじゃん」

 

 ぷりぷりしているが、動きがユイそっくりである。

 怒ってますよ感を出す手の動きとか頬を膨らませたりとか、よくユイもしてたなーと懐かしく思えてくるわ。しかもあざとさがない。ここ大事。あざとかったらいろはすになっちゃうもんね。

 

「それより、これからナックルシティに向かうんでしょ? だったら一緒に行こうよ」

「えぇ………」

「なんだよぉ」

「フィールドワークの手伝いとかしないからな?」

「大丈夫、大丈夫。今回はあっちこっち行くわけじゃないから」

 

 本当かな。

 どうせまたポケモン見つけては近くで見たいとか言い出すんじゃないだろうか。

 

「俺、ワイルドエリアを本格的に歩くのって何気に初なんだわ」

「………マジ?」

 

 マジだからそんな驚くなよ。

 この一ヶ月、ほとんどウルガモスに飛び回ってもらってただけだからな。空からのワイルドエリア探索やらエンジンシティとかの路地裏を調べてただけで、観光的なことも出来ていない。故に街の様子とかもほぼ知らない。

 ワイルドエリアなんか雨は降るわ雪は降るわそれどころではない時もあったしな。酷いと砂嵐とかもあったから、あまりいい思い出すらない。

 

「おう、マジだ。つーわけで道案内としてなら同行を許可しようじゃないか」

「うへへへ」

 

 それを理由に同行を許可してしまう俺は甘いのかもしれないが、それでこんな気持ち悪い笑い方をするソニアもどうかと思うわ。女子がしていい顔じゃないぞ。

 

「気持ち悪い笑い方すんなよ」

「あ、あとルリナからこれ渡してって」

「手紙?」

 

 えっと……『護衛よろしくね』ってそれだけかよ。

 ルリナもルリナでソニアに対して過保護過ぎやしないだろうか。

 というか護衛って…………。

 道中何かあったりするのだろうか。あるんだろうな。ワイルドエリアには血気盛んなポケモンたちもいるみたいだし。何なら実力だけがクソ高いならず者的なのもいることだろう。

 確かにそんなのに出会してしまえば、ソニアといえど抵抗は難しい。あるいは過去のトラウマを刺激されて余計に何も出来なくなる可能性の方が高いか。

 どちらにせよ、それだけワイルドエリアは危険という暗示でもあると思っておいた方がいい。

 

「先が思いやられる…………」

 

 面倒ではあるが、一人で行かすのも忍びない。

 俺はまんまとルリナに利用されているようだ。

 ルリナパイセン、マジぱねぇわ。

 



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85話

 二日後。

 ようやっとのことでナックルシティに辿り着いた。

 いやマジで疲れた。

 あのまま早朝からワイルドエリアに狩り出たのはいいものの、北へ行く唯一の橋の上でカビゴンが爆睡していたり、ワンパチに飛びつかれたり、池にいたガマゲロゲに泥をかけられそうになったり、その際ワンパチに飛びつかれたり、晴れてたかと思えば急に雪が降り出したり、ソニアがヒトモシの群れを見つけて数時間立ち往生したり、暇になったワンパチに飛びつかれたり、まあ一日目はすごかった。主にワンパチが。あいつ何で急に俺に飛びつくようになったわけ? しかも顔も舐めてくるのよ。

 二日目も東の方は砂漠地帯だからってことで西回りで行き、なんか見たことあるような気がするなーと思ってたら、いつぞやのポケモン巨大化多発事件の時のげきりんの湖だった。しかもその辺はずっと登り坂で超キツかった。

 んでもってなんかニダンギルに襲われるというね。

 そして、それを見ていたカジリガメも襲い掛かってくるという、何ともまあ次から次へと襲われましたとも。

 しかもニダンギルなんて結構強かった。剣の身体してるしヤドランを出したら、ずっと打ち合ってるのよ。その間にソニアがカジリガメの進化前だというカムカメと遊んでいられるくらいには長い打ち合いだった。

 で、結局ヤドランが勝ちニダンギルと握手代わりに剣を重ねて友情を確認していた。

 うん、もう好きにしてくれと思ったね。

 そんなこんな昼過ぎにナックルシティへと到着し今に至るのだが、ソニアは図書館に行ってくるーって既に行ってしまった。

 元々の目的が図書館だったのだろう。なんだかんだで研究者の卵として研究に勤しんでいるようだ。

 

「ナックルシティか………」

 

 初めて来たわけではない。

 この一ヶ月、飛び回っていた間にナックルシティにも寄っている。

 けど、基本路地裏とか怪しそうな場所を中心に回っていたため、ちゃんと満喫したことはない。

 とはいえ、今はジムチャレンジ中。しかも俺は一ヶ月も出遅れているため、ナックルシティを満喫している暇はない。

 来るならジムバッジを全部集めて、トーナメント戦が始まるまでの余暇時間に来ようかな。

 

「あれ? ハチ兄? 何してんの?」

「ん? ああ、シャクヤか。よく俺だって分かったな」

 

 声をかけられ、「ハチ兄」と呼ばれてしまえば、嫌でも俺なのだと理解する。だって、そう呼ぶのシャクヤしかいねぇもん。

 あれだな。ユイの「ヒッキー」呼びと同じだな。暗殺未遂前には「ハッチー」って呼ばれることもあったか。多分名前で呼ぼうとしたけど、急には変えられなかったってところだろう。そうであって欲しい。

 ただまあ、ヒッキーもハッチーもまともな呼び方ではないよな。

 

「そりゃ、そんな誰も声かけるんじゃねぇよオーラ出しまくってたら、大体想像はつくでしょ」

「そんな出てたか?」

「出てた。ハチ兄じゃなかったらまず声かけない」

 

 それもう不審者だな。

 どうも不審者です。

 

「んで、こんなところで何してんの?」

「今さっきワイルドエリアを抜けてきたところだ。これからラテラルタウンに向かう」

 

 こんなところで何してるのかと言われたら、ただの移動途中でしかない。そのためにナックルシティに来たんだし。

 

「あ、じゃあ目的地一緒じゃん」

「シャクヤもラテラルに行くのか?」

「そそ。友達が頑張ってるからねー。偶にはその勇姿をこの目で見ようかなと」

 

 友達の応援か。

 次のジム戦がラテラルジムってことなんだな。

 けど、一ヶ月でまだ三つしか取ってないって大丈夫だろうか。カブさんに苦労したのは分かるが、ここから巻き返すのも結構大変だと思うぞ?

 

「ジムチャレンジに参加してるのか。一ヶ月で四つ目に挑戦ってちょっと厳しくないか?」

「それハチ兄が言う?」

「それな」

 

 痛いとこ突かれたな。

 けど、俺は三日で三つのバッジを集めたからな。エンジンシティからラテラルタウンまで移動に時間がかかるだけで、ジム戦自体はそんなに心配はしていない。

 

「それにチャレンジャーの方じゃないし。ジムリーダーの方だし」

 

 おっと………?

 ジムリーダーだと?

 

「はっ? ジムリーダー? つまり俺はお前の友達とこれからバトルしようってわけなのか?」

「そそ、サイトウは今年がジムリーダーとして初めてのジムチャレンジだからね。最初は見られたくないかなってビッグネーム以外のは見ないようにしてたんだけど、一ヶ月経ったんだしもう見ても大丈夫かなって」

 

 友達がジムリーダーとか、やっぱりおっさんの伝からなのか? 先代の娘さんとか。

 まあ、あり得なくはないわな。

 というかだ。

 割とぶっ込んでくるタイプのシャクヤが気を遣って友達の観戦を控えていたとは。おっさんも妙なところで気を回すし、そこは親子というところか。

 

「意外と気を遣ってたのか………。お前ら親子でそういうところあるよな」

「えー? これくらい気遣うでしょ」

 

 そうなんだけどな。

 普段のお前らを見てるとどうにも繋がらないんだわ。言っても仕方ないだろうから言わないけど。

 

「んじゃ、一緒に行くか」

「いいの?」

 

 目的地が同じなら一緒に行くのも吝かではない。シャクヤならこっちも気を遣わなくていい。

 

「ああ、その様子だと行き慣れてるんだろ? だったら、案内してくれ」

「おっけー」

 

 それに友達というのなら、そのジムリーダーのこととか聞けるかもしれないしな。

 

「あ、そうそう。ハチ兄にまた聞きたい問題があったんだった」

「言ってみ」

 

 聞きたい問題。

 またスクールの宿題で分からないところでもあったのだろうか。

 

「この前フェアリータイプの授業があったんだけどさ、フェアリータイプって後から追加定義されたタイプなんでしょ? その際にポケモンによってはタイプの変更が行われたって言ってたんだけどさ、それって色々とヤバくね?」

 

 授業内容の方だったか。

 フェアリータイプの追加定義の話ねぇ。

 俺も当時の学会がどういう感じだったのかはこの目で見てないし、又聞きレベルでしかないな。

 

「スクールでは何て言ってた?」

「フェアリータイプが見つかりました。追加定義されました。その際にタイプが変更されたポケモンがいます。だから古い資料では変更前のタイプで書かれていることもありますので注意してください。それだけ」

 

 何とも浅い内容だな。

 ただの雑談で聞いた話の方がよっぽど濃いぞ。

 

「具体的に変更されたポケモンとかは?」

「マリルリがチラッとだけ。でもどうやってそんなん見分けたのか分からなくてモヤッとしてるし。あとはタイプの相性とかはやったけど、それよりもタイプってそんなコロッと変わって大丈夫なん? ってなった」

「ふっ」

「…………なにさ」

 

 シャクヤの疑問に思った点が上がると、つい鼻から息が漏れてしまった。

 それを鼻で笑われたと思ったのだろう。不満ですって顔でシャクヤが俺を見上げてくる。

 

「いや、シャクヤはやっぱり地頭がいいんだなって。そういう教科書に書いてあること以上に知りたいって気持ちは大事だし、ポケモンを知る上では欠かせない感覚なんだよ。だからシャクヤはちゃんと成長してるし、今以上に成長するだろうなって」

 

 疑問に思った点だって、かなり重要なことだ。

 ちゃんと教科書の浅い内容からそこまで踏み込んだことに目がいくのは、ちゃんと知識が備わっている証である。

 こいつはなんだかんだで元ジムリーダーの娘なんだと思い知らされるな。父親があんなんだから感覚だけでバトルしてるようにしか映らないが、しっかりとバトル構成は練られているし、ポケモンの特徴だって把握していた。その上での拘りを見せてくるのだから、相当な実力者なのは確かであり、その血はちゃんと娘のシャクヤにも流れているってわけだ。

 

「…………ただ気になっただけだし」

 

 褒められているとは思わなかったようで、シャクヤはそっぽを向いて腕で口を隠した。

 耳赤いぞ。

 

「フェアリータイプは昔からあったにはあったんだ。だが、遺伝子情報や分類する過程でなかなかその違いを分けることが難しかった。そしてようやくフェアリータイプというカテゴリーに分けられた時には、既に色々なポケモンが正式に登録されていった後だったから、タイプ変更っていうことにもなったんだよ」

 

 取り敢えず、有識者会議でナナカマド博士が言っていた話をすることにした。

 あの会議からもう二年くらい経つんだよな………俺のこの身体としては。時間軸としてはまだ一年先の話なのだが、うーん。やっぱりややこしいな。

 

「んで、タイプ変更については大きく二つに分けられる。既存のタイプにフェアリータイプが追加された組と、既存のタイプからフェアリータイプに変更された組って感じにな。それでいくとスクールで例に上がったマリルリは、前者の既存のタイプにフェアリータイプが追加されたポケモンになるわけだ」

 

 フェアリータイプは結構奥が深い。

 既にたくさんのポケモンが正式に登録されていった後での発見だったため、あくタイプやはがねタイプが発見された時よりもタイプの変更を余儀なくされたポケモンが多い。変更というよりは追加の方が正しいか。

 

「フェアリータイプを具体的にどういう風に分類していったかと言えば、遺伝子情報からっていうのが多いらしい。遺伝子情報はタマゴグループにも影響してきてな。フェアリータイプの追加でそれまで登録してきた全てのポケモンを見直したとかって話だ。ただ、タイプ変更はノーマルタイプからしかなくてな。あとは全部フェアリータイプが追加された組になるんだよ」

 

 その中でも本当にタイプ変更を余儀なくされたポケモンがおり、その全てがノーマルタイプを有していた。みずタイプからフェアリータイプに、というようなことはなく、だ。数は少なかったが、その全てがノーマルタイプだったというのが何とも奇妙な話であり、それだけノーマルタイプがあやふやなタイプということにもなる。

 

「そうなの?」

「ああ、ノーマルタイプってのはそもそもの定義があやふやなところがあってな。色んな遺伝子を含んでいるから逆に分類が出来なくて纏められたと思ってもいいくらいだ。だから中でもフェアリータイプの遺伝子が特に強かったノーマルタイプだけがフェアリータイプに変更されたってわけなんだよ」

 

 ナナカマド博士も言っていたが、ノーマルタイプは明確な定義がされていない。

 俺は専門家ではないため、それ以上のことは何とも言えないが、俺の仮説としては全てのポケモンはノーマルタイプを有しており、そのノーマルタイプを掻き消す程のタイプがほのおタイプなりみずタイプなりと表に出てきているのではないかと考えている。

 潜在的タイプ、とでも言えばいいのだろうか。

 うん、俺も専門家じゃないから何とも上手く説明は出来ないな。

 

「ハチ兄詳しすぎね?」

「どこぞの博士に聞いたんだよ」

 

 フェアリータイプの話自体はカントーを旅している時に、例のストーカー博士に道ながら聞かされたからな。

 それもあってカロスで再会するまで覚えていたのだろう。

 

「ちなみにあくタイプとはがねタイプも後から追加で分類されたタイプだぞ」

「うぇ!? マジ?!」

 

 今日はよく驚くな。

 シャクヤのリアクションがちょっと面白くなってきた。

 

「ああ、そもそもポケモンのタイプを定義し、一体一体分類してまとめ始めたのはカントー地方にいるオーキド博士っていう学者でな。それをポケモン図鑑っていうんだが、そのじーさんがその作業に入ってしばらくして、イワークに進化先がありそのポケモンがハガネールだったってことが分かって、ハガネールの特徴からいわタイプじゃなく過去の文献にあったはがねタイプだってことになったらしい。あくタイプもそんな感じで追加されてな」

「………何でハチ兄がそんなことまで知ってんの?」

「これもどこぞの博士に聞かされたんだよ」

 

 割と無駄知識が増えたのはあの変態博士のおかげかもしれない。

 うっわ、なんか無性に気持ち悪くなってきたな。

 アレのおかげとか、ないわー。

 

「ハチ兄とその博士って仲良し?」

「ストーカー被害にはあったな」

「はっ? どゆこと?」

「行く先行く先にいてな。本人は偶然って言うんだけど、最早ストーカーの域での遭遇率だったわ」

 

 死にはしなくともリザードンの炎を浴びてピンピンしてたからな。恐ろしいったらありゃしない。

 よく当時の俺はそんな変態と会話が出来たもんだと思う。

 ……………もしかすると会話らしい会話をしていないのかもしれないが。そこんところ、どうなんだろうな。

 

「よくそんなのと会話したね」

「多分、一方的に話しかけてきたんじゃないか? 当時の俺も話しかけるなオーラ全開だったろうし。会話っつっても多分ツッコミ程度だろ」

「ああー………それめっちゃ想像出来るわ」

「だろ?」

「うん、ハチ兄だもんね」

 

 ハチ兄だもんね、の一言で片付けられちゃう俺、マジパネェわ。

 なんかその内ネットとかにも仮面のハチだもんな、の一言で片付けられそうな気がする。これ、流行語大賞とか取れたりしないかね。

 

「オラァ! そんなとこで下手くそな歌歌ってんじゃねぇよ!」

「耳障りなんだよォ!」

 

 そろそろナックルシティの出口に差し掛かってきたなーというところで。

 路地裏の方から男のがなり立てる声が聞こえてきた。

 ウン、ハチマン、ナニモキコエナイ。キイテナイ。キキタクナイ。

 

「………ハチ兄、助けないの?」

 

 俺がスルーしようとしてると横からくいくいと袖を引っ張られた。

 どうやらシャクヤはスルーしてはくれないらしい。何なら俺が対処しに行くものだと考えているようだ。

 俺、そんなお人好しじゃないからね?

 

「ええー………、どう見ても関わっちゃいけない奴らだろ」

「ハチ兄が負けるとは思えないんだけど?」

「負ける負けないは別の話だ。ああいうのは最初から関わらない方がいいんだよ。というか見てはいけません」

 

 これ以上面倒事は増やしたくないんだよ。

 ただでさえ、この一ヶ月元シャドーの奴らが潜んでいないか探し回ってたっていうのに、折角ジムチャレンジを再開してまでトラブルに巻き込まれるとか御免被りたいんだけど。

 

「でもほら、なんか女の人が困ってるよ」

 

 シャクヤが指差す方にはガタイのいい男二人に囲まれている女が一人。

 

「ハチ兄がいかないならアタシがいくよ?」

 

 俺が渋っているとシャクヤが爆弾を投下してくる。

 うん、やめろ。

 それだけはマジでやめてくれ。余計に仕事が増える上に、おっさんにバレたらもっとややこしいことになる。というか何言われるか分からないし、多分しばらく離してもらえなくなる。

 そうなるとジムチャレンジにも影響が出てくるわけで………。

 

「分かったよ。ちゃんと俺の後ろにいるんだぞ」

「流石ハチ兄。おっけー」

 

 はぁ、何で俺がこんなことまでしなきゃならないんだ。

 お前警察だろ? って?

 俺は国際警察な上に組織犯罪捜査官らしいから一応管轄外になるはずなんだよ。本来ならナックルシティの警察に任せるような案件だ。

 とはいえ、シャクヤが自らをレイズしてきた以上、俺が動かないとシャクヤに何かあってはこっちが困る。

 

「あー、そこのチンピラさんたちや。近所迷惑なんで今日のところは勘弁してやってくれませんかね」

「ああん?」

 

 おお、怖い。

 目付きは悪いわ、肩にタトゥーが入ってるわで典型的なチンピラ風情をしている。

 ガチ目にヤバい時は一も二もなくダークライに頼もう。

 

「げっ」

「うっわ、マジか。お前かよ‥‥…」

 

 と二人の間から見えた女と目が合うと目を大きく開き、途端に嫌な顔をされてしまった。

 俺も俺で一気に助ける気を無くしていく。

 

「お兄さァん。うち今超困ってるんですけどォ。だからた・す・け・て♡」

 

 そして不敵な笑みを浮かべたかと思うと甘ったるい声で助けを求めてきた。

 今更すぎる上に本性を知ってしまっているため、俺に効果ないって分かってるだろうに。

 

「シャクヤ、さっさとラテラルに向かおうか」

 

 俺は回れ右をしてシャクヤの背中を押し、路地裏から出て行くことにした。

 

「助けなくていいの?」

「いいんだ。売れないからって自分のCDを押し売りしてくるような地下アイドルなんか放っておけばいいさ」

「押し売り………?」

 

 あれはチンピラ以上に関わっちゃいけない地下アイドルだ。

 売れないからって押し売りはダメだろ………。

 

「ちょっとォ、何言ってるのかさっぱり分からないんですけどォ」

 

 出て行く時に新たな被害者が出る前にチンピラたちに注意しておくことにした。

 そこにいるとお前たちもカモられるぞと。

 

「アンタらもそれに関わるのはやめておけ。何故か知らない間にCDを買わされる羽目になるぞ」

 

 チンピラたちを助ける義理はないが、チンピラたちの方がかわいそう思えてしまった。気の迷いってやつだ。

 

「オレたちよりもやべぇことしてんな」

「行こうぜ、こんな女放っといてよ」

「ちょ、CDくらい買って行きなさいよ!」

 

 何がクララにクラクラァだよ。

 俺たちの方が押し売りクララにクラクラァだわ。

 



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86話

 ナックルシティを出た日の夜。

 シャクヤと共にラテラルタウンに着き、すぐにジムチャレンジの受付をしたのだが、何故か明日の夜にとお願いされてしまった。

 どうやらチケット販売やらが間に合わず、苦情の嵐になる恐れがあるらしい。

 流石にそんなことを言われてしまえば、従わざるを得ない。俺だってジムに迷惑はかけたくないしな。

 というわけで翌日の夜。

 丸一日暇になったため、ホテルで爆睡していた。

 なんか久しぶりにゆっくり寝たような気がする。

 シャクヤはお友達のところに顔を出しに昨日の内に行ってしまい、ガチですることがなかった。

 

「ハチ選手、確認が終わりました。それとこれをどうぞ」

 

 受付を終えるとスタッフからトレーナーカードと一緒に赤黒いグローブを渡された。

 

「グローブ?」

 

 フサフサとした毛が付いたグローブとか………。

 しかも赤と黒の毛ってどこかガオガエンを……………まさか?

 

「チャンピオンからハチ選手に渡して欲しいとのことで送られてきておりました」

「あー」

 

 やっぱりか。

 あいつ、マジで新しいユニフォームを作ってるのか。

 その第一作目がグローブってことか?

 何故グローブからって思わなくもないが、まあ手早く作れそうだったのがグローブだったってことかね。

 それでもまだ三日くらいしか経ってないと思うんだがな。

 あいつは暇なのだろうか。

 ………暇なんだろうな。

 仕事がジム戦の観戦だもんな。チャンピオンリーグが始まるまでメインの仕事がないというのも考えものだわ。

 まあ、だからと言って暇と金を持て余して無駄な事をし出す必要はないだろうに。

 

「それでは控え室へどうぞ」

 

 そしてそのままスタッフの女性に控え室まで案内されて、ユニフォームに着替えることにした。

 ルリナがオーダーした赤黒いユニフォームにカブさんに貰った赤黒いレギンスを履き、ダンデが第一弾として用意した赤黒いグローブを嵌める。そして最後にガオガエンの覆面を被るとあら不思議。新たなポケモンにも見えてしまう姿になってしまった。

 俺は一体何を目指してるんだろうな。当初の予定ではなんか覆面被った選手が強いらしいぞってくらいで身を隠せればそれでよかったのにな。いつの間にか衣装チェンジしてパーツが増えて、遂には毛付き衣装が入ってきたからな。

 しかもこのグローブから予想されるのは、今後送られてくるであろうユニフォーム一式は漏れなく毛付きってことである。それの何が怖いって、最終的に全身フサフサとしたユニフォームになった上で覆面を被ることになり、最早ポケモンがポケモンを指示してバトルしてる姿にしかなっていかないことだ。

 ああ、なるほど。俺はゲッコウガを目指していたのか。

 …………んなわけあるか。

 

「一体あいつの頭の中ではどういう姿が完成形として描かれてるんだろうな………」

 

 想像したくないな。

 今でも充分異質な感じがビンビンに出てるっていうのに。

 ここからさらにリアル感を増した姿にされてしまっては、ネットだけじゃなくスタジアムでも荒れるだろう。

 

「ま、なるようにしかならないか」

「ハチ選手、準備はいいですかー?」

 

 準備を終えて待機していると会場の方も準備が整ったらしくお声がかかった。

 さて、まずはミッションをクリアしてくるとしますかね。

 

 

 

   *   *   *

 

 

 

「なーにこれ………」

 

 目の前に置かれた巨大なマグカップ。

 その先に広がる滑らかな下り坂。

 所々にあるマグカップの半分程しかない壁。

 ………………………これは一体何のバラエティ番組なのだろうか。

 

「ではミッションの説明をしますね」

「え、いや、え? ミッション? これが?」

 

 俺は今からバラエティ番組よろしくマグカップに乗って面白おかしく何かをしないといけないのだろうか。

 それがジムリーダーに挑む条件って、普通にキツくね?

 テレビ映りとか俺全くなんだけど?

 取れ高って何を基準にしてるんだったか………。

 

「はい、ラテラルジムのジムミッションはこの巨大なコーヒーカップに乗ってゴールまで目指す、というとてもシンプルなものになっています」

 

 シンプル…………。

 なら、これは一体トレーナーの何を測るものだというのだろうか。

 ウールーたちが可愛く思えてくるくらいの怖さがあるぞ。

 

「途中で巨大な拳があり、ぶつかると中に仕込まれた巨大なバネがコーヒーカップを押し上げ、位置を戻されてしまいますのでご注意ください」

 

 ………………。

 巨大な拳とは?

 

「それとコーヒーカップを回す力が足りなければ手持ちのポケモンに協力してもらうことも可能です」

 

 それは暗に人間の力では回しきれない時があるってことだよな………?

 こんなことを言うのだから、過去にあった事例ってことだろうし。

 どこをとっても危機感しか覚えないミッションなんだけど、よくこんなのが通ったな。他のチャレンジャーたちもよく文句も言わずにクリアしたもんだ。

 

「嫌な予感しかしねぇけど、やるしかないか」

 

 嫌々ながら巨大なマグカップに乗り込んでいく。

 操作としては右に回せば右に、左に回せば左にって感じでいいんだよな?

 まず回せるかどうかすら怪しいけど。

 

「ハチ選手、心の準備はよろしいですか?」

「心の準備って言っちゃってるよ…………。あー、もう、うん。ちゃっちゃと始めちゃってください」

 

 確かに心の準備が必要だけどさ。

 それ言っちゃうとマジで危険度爆上がりなんですが………?

 俺、生きて帰れるよね?

 

「それでは、ジムミッション始め!」

 

 ブザーの音とともに扉が開き、徐々にマグカップが滑り出していく。

 これ、このまま一直線にゴールだったら楽なんだけど、壁があるからそういうわけにもいかない。

 真っ直ぐ滑ると正面と右側にあるL字型の壁に当たるか。その前に両側に逸れることも出来るが、まずはちゃんと回せるかどうか試すのにも安定した場所の方がいいだろう。

 クランクに当たったところで少しバウンドした。

 その間に左にハンドルを回してみる。

 

「重っ!? 硬っ?!」

 

 思った以上にハンドルが硬く、再度壁に当たって止まってしまう。

 

「ふんぬぬぬぬぬっ!」

 

 力を入れてもビクともしない。

 これ油ちゃんと刺してないんじゃなかろうか。錆びつきすぎて動かなくなってるやつなのでは………?

 

「うん、無理だな。カモン、ガオガエン」

 

 早々に諦め、ボールからガオガエンを出した。

 

「お前、これ回せる?」

「ガゥ?」

 

 腕があり、力のある手持ちのポケモンとなるとガオガエンしかいない。

 サーナイトでは無理だろうし…………無理、だよな?

 

「ガーウ!」

「おおー」

 

 試しに回してみると、案の定というか何というか。

 バキバキという異音を出しながらガオガエンは軽々とハンドルを回し始めた。

 錆び付いていたのと俺の力が足りなかったのだろう。

 ……………子供たちはどうやって回したというのだろうか。ポケモンに回してもらうにしたって人型に違いポケモンじゃないとマグカップに乗ることも難しいし、ハンドルを握ることすら出来ないはず。

 うん、色々と問題ありずきじゃね?

 

「おおー………」

 

 マグカップは左に回転しクランクから抜け出すと、再度滑り出し始めた。

 

「ガオガエン、次は右に回せ」

 

 出てすぐに中央に向けて壁が斜めになっており、それに沿ってハンドルを回してもらう。

 

「ガウガウ!」

 

 ガオガエンも楽しくなってきたのか、ハンドルを回す手が止まらない。

 

「いや、待て。回しすぎ………ぐふっ!」

 

 勢い余ってX状に交わったところをそのまま過ぎ去り、右端の壁に激突してしまった。

 衝撃がめっちゃ痛い。

 でもガオガエンは楽しそう。

 こんなところでニャビーのような習性を見せなくていいから。

 

「ひ、左………」

 

 激突した際にハンドルが腹に刺さってめちゃくちゃ痛い。

 これ、安全ベルトも用意しておくべきじゃね? 下手したら死ぬぞ?

 

「ガウガウ!」

 

 方向を変えたらようやく第一ステージゴールと書かれた旗を持ったスタッフが見えた。

 ああ、やっと終われる…………第一ステージ?

 まさかまだ次があるというのか………?!

 

「はい! 第一ステージクリアです!」

「はぁ……はぁ………腹痛………」

 

 ガオガエンの肩を借りながらマグカップから降りる。

 まだ目が回っているわけではないため千鳥足というわけではないが、既にどっと疲れた。変な汗もかいて早くシャワーを浴びたい。

 

「さあ、第二ステージの前にバトルですよ!」

 

 おい、旗持ちスタッフ。

 お前まさかの刺客だったのかよ。

 鬼畜すぎるだろ、このジム。

 

「クソ………このジム嫌いだわ」

「いくよ、ヌイコグマ!」

 

 相手は可愛らしい見た目のポケモンを出してきた。

 なんかアローラでも見たような気もしなくもない。タイプはなんだったか。

 

「アームハンマー!」

 

 タイプを思い出す暇もくれないようだ。

 仕方ない。

 

「ガオガエン、ニトロチャージからのブレイズキックだ」

 

 別に弱点を突かなくてもスタッフ相手にガオガエンなら余裕だろうと判断し、一気に近づかせて蹴り上げてもらった。

 

「ヌイコグマ!?」

 

 ぴょーんと蹴飛ばされたヌイコグマは仰向けのまま動かない。

 あれま、一撃だったか。

 

「くっ、こうなったら! キテルグマ、ばかぢから!」

 

 戦闘不能になったとみるや急いでボールに戻し、次のポケモンを出していた。

 

「クー!」

 

 ヌイコグマの進化形だったよな。二足歩行になってより身動きが取れるようになってそうだ。

 でも一緒でいいか。

 

「もう一度ニトロチャージからのブレイズキックだ」

 

 駆け出したキテルグマの懐に炎を纏って飛び込むと、その勢いでキテルグマを止め、くの字に折れ曲がったところを右足でキテルグマの顎を蹴飛ばした。

 ガオガエン、地味にエグいことするな………。

 

「キテルグマーッ!?」

 

 頭から地面に倒れたキテルグマは動かない。

 こっちも一瞬だったな。

 最早スタッフ………というかジムトレーナーではガオガエンの相手にすらならないのではないだろうか。

 

「ふぅ………ちょっと楽になったわ。んじゃ、先行きますね」

「はい………頑張ってください」

 

 しょぼーんという効果音が似合う背中を置いて奥の部屋へと向かった。

 

「さあ、どうぞ!」

 

 再びマグカップに乗せられ、第二ステージがスタート。

 

「まずは右にハンドルを回せ」

 

 出てすぐに右にかけて斜めになった壁があったので、ハンドルを右に切らせた。

 

「げっ!?」

 

 あれか、拳ってやつは!

 ぐるーんと一周二周と回転すると右奥に赤い拳が一瞬だけ見えた。

 

「ガオガエン、左に回せ! 行きすぎると拳のパンチをもらうことになる!」

「ガゥ!」

 

 急いで方向を変えるように指示すると、遠心力と慣性の力で身体に変な力が加わった。

 

「ぐぇっ………!」

 

 おかげで首が捥げそうになったわ。

 んで、次は………あっ、やべ………通り過ぎたか?!

 

「ぐふっ………!」

 

 首を気にしていたら拳からのパンチをもらってしまった。

 真っ直ぐ打ち上げられたようだが、角度が悪かったようで、パンチをもらう際に背中からいき、グキッ! と身体からしてはいけない音が響いたような気がする。

 

「ガオガエン、そこの……壁の間に…………」

 

 目は回るわ身体は打ち付けるわ、なんつー暴力的なミッションなんだよ。

 その上ゴールしたらスタッフとバトルとか鬼畜にも程がある。

 オラこんなジム嫌だ。

 

「ぐはっ………!?」

 

 まさかの左の壁の隙間を超えて直ぐにパンチングとか身体に良くないぞ。おかげでまた腹をハンドルに打ち付けてしまった。

 シートベルトもないからどこ掴んでれば安全なんだよ。

 ガオガエンはよくそんな平気そうにハンドルを回せるな。

 あれか? DDラリアットのおかげか? あれも高速回転する技だし、人間よりも身体能力的に頑丈なポケモンだから平然としているのかもしれない。

 

「ま、た……!」

 

 今度は咄嗟にマグカップの淵を掴んで密着させたため、そこまでの衝撃は来なかった。ダンデがくれたグローブに滑り止めが付いていたのも大きい。

 連続でパンチングされながら左に流れていくと、次はまさかの急降下。

 もう嫌だ、このミッション。

 早くホテルに帰りたい。

 

「ガオ、ガエン………拳のない方へ………」

「ガゥ!」

 

 さっきからどこを向いていいのか分からなくなってきた。ただただどこかに急降下していることしか認識出来ない。

 リザードンの背中に乗ってアクロバットな動きをしている時よりも方向感覚を失っている。

 トルネードよりも酷いって、結構地獄だぞ?

 

「はーい、第二ステージクリアでーす!」

 

 …………気づいたらゴールしていた。

 最後どう動いたのかすら分かっていないが、ガオガエンの判断だけでゴールまで辿り着けたようだ。

 

「だ、大丈夫ですかー?」

 

 それにしても気持ち悪い。

 そして身体のあちこちが痛い。

 何だってジム戦するためだけにここまで身体を張らなきゃならないんだよ。

 ………クソ、頭も痛くなってきた。

 酸欠か?

 あー、思考が働かねぇ………。

 

「あの………バトルは…………」

 

 あー、うるせぇな。

 人が呼吸を整えてるってのに急かすんじゃねぇよ。

 

「このままですと棄権とみなされますが」

「ガオガエン……に、勝てる…………のか?」

 

 さしてする意味もなさそうなバトルを強要してくるとか、このジムは柔軟性もないのだろうか。

 

「へっ?」

「ガオガエンに、勝てるのかって………聞いてるんだ」

 

 一向に呼吸が整わねぇ。

 頭痛いのも引かないし、相当負荷が掛かっていたみたいだ。

 ただただイライラが募るばかり。スタッフーージムトレーナーには悪いが、こんなミッションした奴を恨んでくれ。

 こっちもこっちで結構気を保つのに必死なんだよ。

 ああ、気持ち悪い。

 

「で、ですが、規定ですので………」

「だったら………ガオガエン…………好きに、やっといてくれ」

 

 ルリナのところジムトレーナーは柔軟性があったよな………。

 自分では勝てないと判断してバトルを無しにしてくれたし。

 ジムチャレンジが終わったら、ジムトレーナーたち用にルリナに何か渡しておこう。

 

「………分かりました。カモネギ、ガオガエンにいわくだき!」

 

 ………ジムトレーナーのポケモンはカモネギか。

 だが、色が黒っぽいというか濃い茶色っぽいのを見るに、ガラルの固有種の方だろう。

 ガラルのカモネギは太いネギを持っているんだったか?

 ああ、なんかちょっと頭回ってきたな………。

 するとガオガエンはカモネギが振り上げたネギをかえんほうしゃで丸焼きにしてしまった。

 

「ね、ネギが!?」

「ガウガウ!」

 

 そしてブレイズキックで蹴り飛ばして一撃で倒してしまった。

 ネギに気をやっている間にちゃっかり片付けちゃったよ。

 本当に成長したよな。

 

「うぅ………私の負けです」

 

 まさかの手持ち一体かよ。

 よく勝てると………思ってはいないか。規定だからバトルしたんだったな。

 その辺も柔軟に対応出来るようになるとジムリーダーの評価にも繋がるんじゃないですかね、知らんけど。

 

「お、っ……っ………!」

 

 マグカップから降りようとするとバランス感覚が戻っていなかったようで、段差を踏み外した。咄嗟にマグカップの淵を掴めたため転けはしなかったが、マジで危険だわ、このミッション。

 

「ガゥ?」

「あ、ああ………大丈夫、だ」

 

 大丈夫? とガオガエンが俺を引き上げてくれたので、そのまま肩を借りることにした。ハンドルも握らせてバトルもさせて、肩まで貸してもらって、なんか情けないトレーナーで悪いな。

 それに第二ステージはガオガエンもハンドルの力加減が出来てたみたいだし。ステージ自体が酷くでそれどころじゃなかったけども。

 

「つ、次………がラストです、ので………頑張ってください」

 

 なんかジムトレーナーの様子が変だったが、今の俺はそこまで気にかけている余裕がない。

 

「さあ、どう………大丈夫っすか?」

「大丈夫ではないな。かなりしんどい」

「棄権、します?」

「こんな酷い目に遭って結局は棄権って、それこそ無駄骨じゃねぇか。やりますよ」

「そう、ですか………では、お気をつけて」

 

 案内のジムトレーナーの目から見ても今の俺は酷い有様なのだろう。覆面をしているため顔は見えないというのに。

 

「………ふぅ、いくか」

「ガゥ」

 

 ガオガエンがハンドルを回し、巨大なマグカップが滑り落ち始める。

 早速右側の壁が左に向けて斜めになっているので、ガオガエンは何の指示もなく左へ舵を切る。

 

「ガオガエン、右側の壁が切れてるようだから、そこに入ってくれ」

「ガウガウ!」

 

 さっきの俺のヘロヘロ感を鑑みてか、必要最低限のハンドル回しで右の壁の隙間にはいっていく。

 このなるべくマグカップを回転しないようにしてくれる心遣い。流石だわ。今夜は美味いもんを食わせてやろう。

 

「うっわ………」

 

 なんて考えていられるのも今のうちだったようだ。右側の空間に入ると正面に赤い拳が見えるではないか。

 えっ、どこを行くのが正解なんだ………?

 右か………? 左か………?

 

「ガゥ」

 

 弧を描くように放り出されたマグカップは右寄りに滑り落ちていく。

 するとその先にもう一つ赤い拳が見えてしまった。

 

「左だ!」

「ガゥ!」

 

 ガオガエンも気づいたようで急いでハンドルを切り返した。

 ぐいんぐいんと回し、何とか左の壁の隙間に入ることが出来たのだが、ここでバキッ!! と物凄い音が響いた。

 

「バキ?」

「ガゥ………?」

 

 二人して音のした方ーーーハンドル辺りを見ると特に何も折れてはいない。

 

「「………………………」」

 

 ハンドルの下かと思い、覗き込むとハンドルの脚は立ったままである。

 ガオガエンはガオガエンでハンドルの裏側が気になったらしくハンドルを手に持ち、ひっくり返した。

 ……………ん? ひっくり返した?

 

「「…………………」」

 

 二人してその行動が出来ていることに疑問を持ったことで気づいてしまった。

 ハンドルぶっ壊れてるやーん。

 

「いや、え、ちょ、ハンドル!?」

「ガゥ!? ガウガウ?!」

 

 一気に現実に戻され、嫌な汗が大量に流れ始める。

 いやいやいや、まてまてまて!

 

「ぐふっ!?」

 

 操作性を失ったマグカップは無惨にも壁に激突し、そのまま急降下していく。

 そして赤い拳にぶつかり右側の壁に激突しながら押し戻される。

 もうね、頭真っ白ですわ。色んな意味で頭の中が渦巻いている。

 どうするったらどうするよ。

 これ、ゴールは愚か、降りることすらもままならないんじゃね?

 

「ぐぇ?!」

 

 すると今度は左の壁に横向きになった赤い拳が飛び出してきて、右側へと押し出されてしまう。

 

「いやいやいや!! 速すぎだろ!! ちょ、まっ…………」

 

 スナップがかかってしまい、回転がさっきよりも速くなってしまった。速すぎて最早どこに向かっているのさえ分からない。それ以前に振り落とされそうで、必死にしがみつくので精一杯である。

 

「くろ……いの、ま………かせ………」

 

 任せたすらまともに言えないくらいにはヤバい。

 すんません、ダークライさんや。ゴールまで目立たない程度にお願いします!

 それを最後にどこにもぶつかることなく一気に急降下を始めていく。

 これもう最早絶叫マシンだわ。コーヒーカップなんてアトラクションはこの世にはなかったんだ。あるのはコーヒーカップの形をしたジェットコースターのみ。

 尻の穴に寒気しか走らない。

 

「ミッションクリアです!」

「はぁ………はぁ………はぁ…………」

 

 止まった………ような気もしなくもないが、なんかまだ身体は滑り落ちている感覚が残っていて、悪寒がヤバい。ゾワゾワしていて恐怖が募るばかりである。

 

「うぷ………気持ちわる………吐きそう…………」

 

 そういやミッションクリアとか言ってたか?

 いやもう今はそれどころではない。

 絶叫マシンが苦手というわけでもないが、安全性が皆無な上に、ハンドルが壊れるというハプニングに加えて、積み重なった三半規管の揺さぶれに、目の前が真っ白になり、ただただ黒い線が渦巻いている状態になった。漫画とかで強調する時とかに使われる線ーーー集中線がきゅーっとこっちに向かってきているようにも見える。

 うん、もう目を開いてるのか閉じてるのかすら分からない。

 

「ハチ選手、大丈夫ですか?」

 

 意識の片隅で声が聞こえたような気がしたので、取り敢えず返しておく。

 

「揺れ………治る、まで…………話し……かけんな…………」

「は、はい!」

 

 辛うじて声が出たため、ミッションをクリアした今、しばらく放っておいてもらうことにした。

 流石にハンドルがぶっ壊れるとか思わんて………。

 早くホテルに帰りたい。

 



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