ドールズフロントライン ~プレイヤーズフロントライン~ (弱音御前)
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プレイヤーズフロントライン

あけましておめでとうございます、弱音御前です。

新年、気分も新たに連載を頑張っていこうと思いますので、ぜひぜひ足を運んでやって下さい。

それでは、どうぞごゆっくりお楽しみを!


 

 

「ねえねえ、指揮官。この前に相談した件なんだけど、結果はどう?」

 

 執務室へ戻る最中、廊下でバッタリと出会った戦術人形は指揮官にへの挨拶もそこそこに問いかけてきた。いかにも、期待しています、といった様子である。

 

「ああ、まだヘリアンからの返答がないんだ。分かったらすぐに教えるから」

 

「そっか・・・じゃあ、よろしくね!」

 

 ちょっだけ残念そうな表情を浮かべると、彼女、アサルトライフル〝RFB〟はいつもの軽やかな笑顔を向けて去っていく。

 そして、また次の日の一幕である。

 

「おはよう、指揮官。昨日の件はどう? 返答あった?」

 

「え? い、いや、まだ無いんだ。すまない」

 

「指揮官が謝る事ないよ。ヘリアンさんも忙しいから仕方ないよね」

 

 昨日とほとんど同じような時間、同じような場所で出くわしたRFBは彼の言葉を聞くと、やっぱり昨日と同じような様子で栗色の髪の毛を靡かせながら去っていった。

 その次の日の一幕も。

 

「指揮官、返答は?」

 

 そのまた次の日も。

 

「ねえ、まだ分からないの?」

 

 さすがに、同じ事を毎日続けているせいか不機嫌そうな様子を募らせながらもRFB恒例の挨拶は変わらない。

 嫌がらせの為にRFBがこんな事をしているのではないのを理解している指揮官ではあるが、こうも毎日毎日同じ事をしつこく質問されては気持ちも参ってしまおうというものである。

 

「RFBの件かしら?」

 

 指揮官のついた溜息を目敏く拾ったのは副官であるUMP45。こういった、精神面にまで気にかけてくれる戦術人形は彼女くらいのものである。

 

「うん・・・最近は毎日のように聞かれてさ。どう答えてあげたらいいものかと考えてた」

 

 事の始まりは、1ヵ月ほど前に実施された模擬演習である。

 その演習は、グリフィンの戦術人形でチームを組み、現実に模擬戦闘を行うという、グリフィンでは初となる戦術人形同士の戦闘訓練であった。

 戦闘能力の向上はもちろん、レクリエーションの一環として戦術人形同士の交流を深めるという目的も含めて、模擬演習は成功としてグリフィン上層部は見てくれたようだった。

 RFBは模擬演習が実施された当時、長期任務でグリフィンから離れていた為、この演習に参加できていなかった戦術人形の1人だ。後に他の戦術人形から演習の話しを聞いたのか、そんな楽しそうなイベントを私抜きでやるなんて信じられない! と、大層ご立腹な様子だった。

 もう一度演習ができるようにかけあってみる、という話しでその場はRFBを宥める事が出来たのだが、その時のシワ寄せが、今、指揮官が陥っている状況である。

 

「ヘリアンはなんて言ってるの?」

 

「それなりの評価はもらっている演習だから、次はあるだろうって。ただ、そうやすやすと出来るようなものじゃあないってさ」

 

 演習を行う為のコストの高さは理解しているし、あのフィールドは別のグリフィン支部でも使用するものなのでいつでも空いている場所ではない。年に1回とか2回やれれば良いくらいのイベントである。

 

「私から言おうか? わがまま言わないで1年くらい待ってなさい、って」

 

「ん~・・・いや、これは俺から言わないといけない事だから。それに、別の方法でなんとかしてあげられるかもしれないから、もう少し考えてみるよ」

 

 RFBは〝ゲームマスター〟と自負するくらいゲーム好きな娘で、そういう気質もあって、見方によってはゲーム感覚だったあの演習に参加したくて仕方なかったのだろう。

 明るくて素直な性格で、おまけに成績優秀な部下の為に尽力するのも上司の務め、というのが

指揮官の流儀である。

 

「ほんと、真面目っていうかお人好しっていうか。・・・でも、そんなところ大好きよ」

 

 言って45は彼に歩み寄ると、椅子に座っている指揮官の膝の上にぽすんと腰を降ろした。背中を預けてくる45の身体の柔らかな感触と微かなコロンの香りが心を優しく撫でてくれる。

 

「いきなりどうしたんだ?」

 

「ふふ、知~らない」

 

 ゴロゴロと甘えてくる45を優しく抱きしめ、執務の手をしばらく休める。

 日々常々訪れる悩みと安らぎの中に自らの生きがいを感じながら、指揮官のグリフィンでの生活は流れていく

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お昼休みは戦術人形達はもちろんの事、グリフィンの職員にとっても1日のうちで最も楽しみな一時と言っても過言ではない。

 職員イチオシのAプレートを手にした指揮官は、混みあう食堂のなかでどこか空いている席はないのものか、と周囲の様子を伺う。

 ・・・と

 

「指揮官、座るところ探してるなら一緒に食べない?」

 

 もう、すっかり耳に馴染んだ声を聞いて振り返ると、そこには案の定、RFBの姿。

 

「ん? ああ、そうだな。じゃあ、お言葉に甘えようかな」

 

 手招きに誘われるまま、2人掛けの席に着く。

 

「いただきます」

 

「どうぞ、召し上がれ」

 

 律儀に答えてくれたRFBの優しさに小さく笑みを零しながら食事に手をつける。

 RFBはというと、購買で売っている簡易栄養食のスナックバーとエナジードリンクだけ、というなんともワイルドな食事である。

 普段、指揮官を食事に誘うような事がないRFBが、今日このような場を設けたのはもちろん、例の件が気になって仕方がないというのが理由なのだろう。

 ただ、そわそわと落ち着きなく食事を続けているRFBの様子から、今朝も今朝とていつもと同じやり取りを繰り返したばかりなので、もう同じ話を切り出しにくい、といったところか。

 そうやって、気持ちも考えてくれる相手であれば尚更の事、指揮官も素直に話しをしてあげなければならない。

 

「あのさ、RFB、今朝の件なんだが・・・」

 

「進展あったの!?」

 

 指揮官の言葉を聞き、輝くような笑顔でテーブルから身を乗り出すRFB。その勢いでエナジードリンクの缶が倒れそうになるのを2人して咄嗟に押さえ、2人で同時に苦笑いを零した。

 

「現実的な話し、あの演習はコストが高いしフィールドの使用状況に空きもないんだ。次があるのは確実なんだけど、たぶん、1年に1回やるので精一杯だろう」

 

「そう・・・なんだ。じゃあ、次は来年か」

 

 RFBは今さっきの勢いから一転、肩を竦めてしょんぼりしてしまう。

 話しをした指揮官の方がすごく申し訳なく感じてしまうくらいの落ち込みようである。

 

「だから、何かほかの方法であの演習の代わりが出来ないかな? って考えててさ」

 

「他の方法で・・・?」

 

 俯き、しょんぼりしていたRFBだが、その話しでちょっとだけ持ち直してくれたようだ。

 

「そう。RFBはあの演習の何が気に入ってそこまでやりたいって思うの?」

 

「ゲームみたいなところ。損傷することも無く安全に、全力でお互いに戦い合って、仲間と勝利を分かち合えるのがすごく楽しそうだった!」

 

 やはり、キーワードは〝ゲーム〟にあるらしい。守護妖精のシールドシステムはすごくゲーム

らしさがあるというのは他の戦術人形も言っていた事なので、間違いないのだろう。

 

「なるほどね。つまり、ゲームの世界で戦いたい、っていう事なのかな?」

 

「それだったら文句無しなんだけど、私だって、現実と非現実の境くらいはわきまえてるから」

 

 RFBの言うとおり、それを実現させてあげられるのならこれだけ悩んだりはしない。

 食事の手も止め、傍から見たら2人して仲良さそうに同じポーズでうんうんと唸り思案していた・・・そんな最中だった。

 

「随分とお悩みの様ね~」

 

「うぉあ!?」

 

「きゃあ!」

 

 テーブル同士のセパレーションから覗きこんできた謎の人物の声で、2人して、これまた仲良く同じようなリアクションで驚いてしまう。

 

「失礼な、そこまで驚かなくてもいいじゃない」

 

「ペ、ペルシカさん? ここに居るなんて、珍しいですね」

 

 グリフィンの研究部門、16Labの研究員ペルシカは一旦顔を引っ込めると、セパレーションを回り込んで2人の前に姿を現した。

 そういう気質なのだろうが、いつも気だるそうなのは相変わらず、しわしわの白衣をだらしなく羽織ったその姿は年頃の女性としてどうなのだろう? と、ペルシカに会うたびに指揮官は思う。

 ちゃんと身だしなみを整えれば結構な美人なのに、というのは心の言葉である。

 

「まぁ、たまにはちゃんとしたモノを食べないとだからね。私だっていちおう人間だし」

 

 そう言いつつ、いつも手に持っているマグカップをグビリと一口。発言の真偽が良く分からない人物である。

 

「それはそうと、キミ達、なかなか興味深い話しをしていたね」

 

「私達が、ですか?」

 

 あまり慣れていない相手を前に、RFBはおずおずと尋ねる。

 

「聞くに、ゲームの中に入りたい、とか?」

 

「ああ・・・まぁ、はい」

 

 ペルシカ登場の衝撃で今しがたの話しも頭から飛んでしまっていたので、気の無い返事を返してしまう。でも、ペルシカはそんな様子を気にする風も無く、もう一度マグカップをグビリとして話しを続ける。

 

「しかし、ここは所詮現実。そんな非現実は望むべくもない、と」

 

「ええ・・・その通り、です」

 

 なるほどなるほど、と頷くペルシカを前にいよいよRFBも不安を隠せない様子である。

 

「あの~、何か名案でもあるんですか?」

 

「いやぁ、名案ってほどのものでもないんだけどね。その悩み、解決してあげられるかな~?

ってところでさ」

 

 うさんくせぇ~、と指揮官はなるべく顔に出さないようにしつつペルシカを警戒するのだが。

 

「ほ、本当ですか!?」

 

 さっきまでの怪訝そうな様子はどこへやら、今の話しに思いっきり喰らい付くRFB。

 彼女らしい言葉で表すならば、あまりにもチョロいヒロインである。

 

「まぁ、まずはRFBちゃん、だっけ? あなたから詳しい話しを聞いてみてからなんだけど、どうかしら?」

 

「ねえ、指揮官、この人とお話してみても良いかな?」

 

 RFBはもう完全にペルシカの術中にハマっているし、ペルシカもせっかく喰いついた獲物を逃がすような人物ではない。もう、止めたくても指揮官に止められるような状況でもないのである。

 

「任務に差し支えの無い程度にお願いしますね」

 

「良しきた。じゃあ、場所を変えましょうか、RFBちゃん」

 

「は~い!」

 

 手を繋いで食堂を去っていく2人の後ろ姿を見ていると、なんというか・・・とっても犯罪臭を感じえない指揮官であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まぁ、RFBからの催促が無くなったんだから、いちおう解決って事でいいんじゃないの?」

 

 RFBがペルシカに連れていかれた次の日から、RFBの毎朝の催促が無くなり、今日で一週間が経過した。不安事が1つ消えた事で執務の効率も上がり、副官である45の機嫌も良いので最近はとても平和な日々を送っている指揮官である。

 

「確かにその通りなんだけどさ。それはつまり、RFBを納得させられるような何かをペルシカが見事に提示できたっていうことだろう? それが何なのかっていうのはちょっと気になる」

 

 日常生活の中でRFBと顔を合わせる事は何度もある。その際、ペルシカと何を話したのか探りを入れているのだが、どうやらペルシカが極秘扱いしている内容らしく、RFBは指揮官にすらもその話しをしてくれなかった。

 権限を行使して口を割らせる事はできるのだが、それは一番やりたくない事だ。もし、RFBの身に危険が及ぶような事だと察した場合だけの緊急手段である。

 

「自分がRFBの悩みを解決してあげられなかったのが悔しいんだ?」

 

「べ、別に、そんな事ねえし・・・」

 

 心に押し込んでいた考えをあっさりと45に発掘されてしまい、思いっきり動揺してしまう。

 

「あはは、指揮官もまだまだね。私の事だけじゃなくて、もっと他の娘の事も理解してあげなくちゃダメよ」

 

 頭を撫でながら諭すその様子は、子供を宥める母親のよう。実際、子供っぽいリアクションをとってしまった方が悪いので、恥ずかしいがこれは戒めとして甘んじて受け入れておく。

 

「っと・・・ヘリアンからメールだ」

 

 電子音と共にデスクのモニターにメールの着信を知らせるウィンドウが展開される。

 件名が赤文字なのは重要案件だという証。半日以内にメールチェックを済ませないと、次に彼女と会った時には、それはもうゴミを見るかのような視線で睨みつけられる事請け合いなのだ。

 

「シリアスな内容みたいね。ついに、鉄血を纏めて叩き潰す大規模作戦発動! とか?」

 

「こんな通常回線でやりとりするような内容じゃないだろう、それは」

 

 メールを開き、内容を確認する。

 形式張った言いまわしの社内メールであるが、要約すれば、グリフィンに在籍する戦術人形から11人を選抜。選抜された戦術人形は3日後、指揮官と共に指定された場所へ出頭する事、という内容である。

 

「ふ~ん? なんか珍しい指示ね。武装の指示が無いから戦闘じゃあないんだろうけど、選抜って事は高戦績の娘を連れてこいって事でしょ?」

 

「大規模作戦の事前ミーティングというのも考えられるな。大まかな人選はお前に任せる。FAL達の作戦進捗はどうだ?」

 

「〝Valkyrie小隊〟はまだ時間がかかる。緊急で撤収させれば間に合うだろうけど、お疲れの娘達を駆りだすのはアナタの望むところじゃないでしょ?」

 

 彼が率いる精鋭部隊は長期作戦の真っ最中である。重要作戦であれば、ぜひとも活躍してもらいたいところだったのだが、彼女達に無理を強いるわけにもいかない。今回はタイミングが悪かったと割り切るしかないだろう。

 

「分かった。俺の方でも良い組み合わせをリストアップしてみよう。・・・くれぐれも、私情は挟むなよ。俺が言ってる事、分かるな?」

 

「えぇ~~? ヤダぁ~~」

 

 すっごい嫌そうな表情と言い方で抵抗する45。もう、2人はこれだけのやりとりで誰を使う使わないが伝わるほどに以心伝心なのである。

 その日のうちに2人で選抜したメンバーには次の日の午前中に召集通達を出し、重要案件当日に向けての準備は速やかに、滞りなく進む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待ってたよ~、指揮官」

 

「おはよう、指揮官!」

 

 選抜した11人の戦術人形を引き連れ、メールで指示された日時、場所に行ってみれば、そこに居たのはヘリアン・・・ではなく、やはりいつもと同じ風体のペルシカといつも以上に元気一杯な様子のRFBであった。

 予想外の展開を受け、扉の前で立ち尽くしたまましばしフリーズする指揮官。

 

「ちょっと、どうしたのよ指揮官。・・・ペルシカとRFB? ヘリアンは??」

 

「まあまあ、事情はちゃんと説明したげるから。まずはみんな中に入りなさいな」

 

 不思議そうな表情を浮かべながら入室する45に続き、次々と戦術人形達が入室してくる。

 

「指揮官以下、戦術人形11名。申し出通り伺いました」

 

 会社の形式として指揮官を先頭として11人が綺麗に一直線に並んでビシリと姿勢を正す。

 

「ああ、そういう堅苦しいのはいいから楽にしてよ。それにしてもまた精鋭が揃い踏みだねぇ。

良きかな良きかな」

 

 指揮官の合図と共に姿勢を崩す面々を、ペルシカはまるで値踏みするかのようにじっくりと眺めていく。

 

「あうぅ~・・・」

 

 そんな視線に怖さを感じたのか、怯えた声を漏らしてG41は隣に立つUMP9に身体をすり寄せる。

 

「平気だよ、41ちゃん。この人は基本的には優しい人だから」

 

「そだよ~。よろしくね、おチビちゃん」

 

 9の言葉に合わせるように笑顔で手を振るペルシカだが、41の恐怖は全く払拭出来ていない

様子である。

 

「そろそろ事情を説明してもらいたいのですが」

 

 これ以上41が怯えないよう、強引に話しを振るとペルシカはコホンとわざとらしく咳払いを

一つついて話しを始めた。

 

「本日、皆様にご足労いただいたのは他でもない。私ども、16Labが開発した新設備のテストへの協力をお願いしたくてね」

 

「んで、その後ろにある仰々しいシミュレーターが件の新設備ってことかしら?」

 

「その通り。さすがは優秀な副官、話しが速い」

 

 演技っぽい身振り手振りを交えて返され、45も少し呆れ気味に溜息をつく。

 

「シミュレーターというと、模擬訓練に使用されるものなのでしょうが、いつものと形が少し違うようですね」

 

「そうですわね。戦闘以外の訓練も出来るようになってくれていると嬉しいですわ。お稽古事のシュミレーションとか」

 

 見た目の感想を漏らしたのはアサルトライフル〝FAMAS(ファマス)〟と同じくアサルト

ライフル〝TAR-21(タボール)〟である。普段から組んで任務に就く事の多い2人なので、こういう会話の息もぴったりだ。

 

「おっと、そこの2人も鋭いところを突くねぇ。そう、見た目が少し違うのは、いつもと違う環境をシミュレーション出来るようになったせい、と考えてくれていい」

 

 大きく変わった点、と言えばシミュレーターの大本と言えるメインユニットの大きさくらいだろうか。使用者が身体を横たえる寝台なんかは新品になっているだけで、形状に違いは見受けられない。

 普段から使用していない空き部屋と思いきや、いつの間にかこんな大規模な設備を取り入れていたのだから、やはりグリフィンは侮れない企業だなと思い知らされる。

 

「いつもと違う環境という風に説明したけれど、正確には外部から様々な環境データを入力できるようになった、という事だ。いつも同じような風景でみんな飽きてた頃なんじゃないかな?」

 

 ペルシカの言葉に指揮官を除いた一同が揃って頷いたので、そういう事のようである。

 

「まずはテストとして、分かりやすいところで〝ゲームの世界〟をシミュレーターで体験してもらう事にした。入力するゲームデータを提供してくれたのが、ここにいるRFBってわけさ」

 

「黙っていてゴメンなさい、指揮官。ペルシカに秘密にしておいてほしいって言われたから」

 

「気にしなくていいさ。それよりも、願いが叶って良かったじゃないか」

 

「うん!」

 

 元気に頷くRFBを見て、抱いていた不安も霧が晴れるように消えてくれた。本当は指揮官自身で彼女の悩みを解決してあげたいところだったのだが、それは次の機会に持ち越しである。

 

「ゲームというものはやった事がないのですが、私なんかが参加して大丈夫なのでしょうか?」

 

「心配はありませんよ、C。RFB様がお持ちのゲームでしたら、恐らくはアクション系のもの、特に銃を使用したシューティングが多いはず。それなら、私達でも十分に活躍できます」

 

 アサルトライフル〝G36〟は妹分であるサブマシンガン〝G36c〟を勇気づけるようにして宥める。

 今は慣れない事に挑戦するというので弱気な様子のG36cであるが、G36とコンビを組んでの戦闘は他の追随を許さないほどの華麗さを見せる。非常に頼りになる姉妹である。

 

「G36さんの言うとおり、アクション系を多く選んだから、みんな安心してくれていいよ」

 

「アクション系が多めという事は、頭を使わなければいけない場面もあるのでしょうか?」

 

「何人かで組んでステージに挑む事になるのだろう? それなら適材適所で動けばいいさ」

 

「銃で戦うのも良いけど、私は乗り物が運転できるステージが良いな。せっかく指揮官に教えてもらったんだから、少しでも練習しておきたい」

 

 会話の順に、ショットガン〝M590〟 ライフル〝SVD〟 ハンドガン〝グリズリー〟と、口では言いづらいが、確かに、考えるよりも先に突っ込んでいく方が得意そうな面々である。

 

「じゃあ、ハイスコアを出した娘には何か景品を出すっていうのはどうかしら? 指揮官とお揃いの指輪とか」

 

「また恥をかく事になりかねないんだから、余計な事は言わない方が良いわよ。ネゲヴちゃん」

 

「くっ・・・今日こそは目にもの見せてやるから覚悟しておきなさい、UMP45」

 

 1ヵ月前の演習でよほどの事があったのだろう、以来、45とネゲヴは事あるごとにバチバチと火花を散らすような関係になっていた。

 相性最悪なのは彼も理解していたが、今回は精鋭を揃えろという話しだったので、45には我慢してもらってのネゲヴ選抜である。

 

「まず、キミ達13人を5つのステージに振り分ける。先にクリアした組が未クリアの組に増援として向かい、5ステージ全てクリアした時点でファイナルステージが解放される。全員でここをクリアすれば、それで全ステージクリア。晴れて現実へ戻ってこれると。まぁ、脱落したって無事に戻ってこれるのは変わらないから気楽にやってみてよ」

 

「13人? 12人ではなく?」

 

 ここにいる戦術人形はRFBも含め12人。ペルシカの言い間違いと思った指揮官が指摘する。

 

「いや、13人だよ? 1人、2人・・・」

 

「ちょ、ちょっと待った!」

 

 1人、の段階で早くも指をさされた彼が大慌てで口を挟む。

 今度は何? と言いたげに怪訝そうな表情を浮かべるペルシカだが、今の指揮官はそんな相手の気持ちを考えてあげられるような余裕はない。

 

「俺が参加できるんですか?」

 

「そうだよ?」

 

「・・・なんで?」

 

「なんでって・・・ああ、さっき言い忘れてたっけ。この新型は人間も使用できる事を目指したものでね。詳しい方法は極秘なんだけど、もう実用段階には達しているから、テストとはいえそこは安心してくれたまえ」

 

 これまでの実績を考慮してみれば、ペルシカという女性の技術は十二分に評価できるものである。しかし、今回は状況が状況なだけに、いくら有能な人物の言う事であってもさすがに不安は拭い去れない。

 戦術人形の模擬訓練は電脳世界においての経験を現実の身体にフィードバックすることで能力の向上を図る、というのが指揮官が理解している大体の概要である。

 生体である人間が電脳世界に入りこむ事も、現代の技術力をもってすれば可能なのかもしれない。しかし、聞いたところでどうせ理解出来ないだろう謎技術を施されるのは、恐怖以外のなにものでもないのである。

 

「何? もしかして、やりたくないのかな?」

 

「ぅ・・・これはさすがに・・・」

 

 無理をする必要はない。大体、12人いれば参加人数として十分に足りるだろうし、ペルシカと一緒にみんなが戦っている様をモニターする、というのは実に指揮官らしさがあって良いじゃないか。

 よし、断ろう。ぜひとも断ろう。

 決心を固め、ペルシカにハッキリと答えようとするのだが。

 

「指揮官と一緒に戦えるんだ!? 私、そんな時が来たら良いなってずっと思ってたん

だよね~!」

 

「主様と共に戦場を駆ける事ができるだなんて・・・メイドとして、これ以上に光栄な事はありません」

 

「ふふ、良い機会だ。私の指揮官がどれだけ有能な男か見定めさせてもらおうか」

 

「指揮官に直接私の活躍を見せつける事ができれば・・・UMP45に勝てる!」

 

 各々、言いたいように彼へ期待を向けてくるものだから、ついつい言葉が引っ込んでしまう。

 プライド、というものはこういう時に実に厄介なモノである。

 

「あ~あ、これはもう引っ込みがつかないわね、指揮官?」

 

 言われ、45に肩をポンと叩かれたのがトドメ。もう、完全に断れない雰囲気になってしまう。

 

「重ねて聞くけど、指揮官の安全は確実に保証してくれるんでしょうね?」

 

「もちろんだとも。万が一の事があれば、私を煮るなり焼くなり好きにしてくれていいよ」

 

 ペルシカの返答を聞いて45は満足そうに頷く。

 本当に万が一の事があれば、その時は45が彼の仇をとってくれそうなので、少しは楽な気持ちでテストに向き合えそうである。

 

「じゃあ、そういう事で俺もテストに同行する事になったから、みんなよろしく」

 

 指揮官がそう宣言すると、戦術人形みんな揃って喜びの声をあげてくれる。

 

「愛されてるねぇ、指揮官くん」

 

 肘でわき腹を突っつきながら、ペルシカはからかうような口調で言う。

 こんな感じでからかわれるのなんてもう日常茶飯事のようになっているので、今更、どうということもない。

 

「そりゃあどうも」

 

 あっさりとした答えだけ返し、指揮官と12人の戦術人形は電脳世界へのダイブ準備に取り掛かるのだった。

 

 

 

 

 

 




新章いかがでしたでしょうか?

当方の好みでレギュラーは固定ですが、できるだけ、以前とは違った娘を起用するよう意識しました。
みなさんのお気に入りの娘が活躍・・・できたらいいですね!

次回より戦闘開始となりますので、ご期待下さい!


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プレイヤーズフロントライン 2話

あまりの寒さに毛布にくるまったまま生活をおくっております。どうも、弱音御前です

今回よりプレイヤーズフロントライン本編開始となります

どうかごゆっくりとお楽しみください~


 前回のプレイヤーズフロントラインは・・・

 

 

「RFBはあの演習の何が気に入ってそこまでやりたいって思うの?」

 

 

「ゲームみたいなところ。仲間と勝利を分かち合えるのがすごく楽しそうだった!」

 

 

「その悩み、解決してあげられるかな~? ってところでさ」

 

 

「分かりやすいところで〝ゲームの世界〟をシミュレーターで体験してもらう事にした。入力するゲームデータを提供してくれたのが、ここにいるRFBってわけさ」

 

 

「俺が参加できるんですか?」

 

 

「指揮官と一緒に戦えるんだ!? そんな時が来たら良いなってずっと思ってたんだよね~!」

 

 

「じゃあ、そういう事で俺もテストに同行する事になったから、みんなよろしく」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ダイブポイント適正。システム、コンディション共にオールグリーン・・・と。うんうん、順調じゃないか。テストの必要なんてなかったかな、これは」

 

 50インチの大型モニター一杯に映し出されたステータスを眺め、ペルシカは満足気な様子で

マグカップを煽る。

 ペルシカの背後には、コネクターで繋がれた戦術人形が横たわる寝台が12台。それよりも少し大きな、カプセルを縦に割ったようなベッド1台には男性が横たわっている。

 指揮官に説明した、新型のシミュレーターテストというのは真実である。

 物理的な接続無しで人間の意識を仮想現実空間へ送り込み、そこで得た経験と技術を目覚めた後の現実で身につける。

 戦術人形達が行っている、模擬訓練と寸分違わぬ技術の人間への転用化は長い期間取り組んでいたプロジェクトである。

 フィナーレはもう目前。プロジェクトの担当であるペルシカは気持ちも一入、といきたいところだが・・・それよりも、もう一つの感心事に気を持っていかれて、プロジェクト完遂の感動もどこ吹く風なのであった。

 

「さて・・・私の予想以上である事を期待しているよ」

 

 眼を妖しく輝かせながら、ペルシカがキーボードを操作する。

 モニターのウィンドウが忙しなく閉じては開きを繰り返し、そうしてまず、ある1つのステージが映し出された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Dive A  20XX年 第19生活地区

 

 大地を焦がさんばかりに照り付ける陽光。

 逆巻く風によって、砂塵に埋め尽くされた大気は呼吸もままならない。

 見渡す限り乾いた茶色の荒野に生命の気配は希薄。

 数十年ほど前、ここが木々の緑とコンクリートの灰色が見事なコントラストを織りなす土地だった。そう言っても、誰もが笑い話だと思う事だろう。

 そんな真っ只中の一角、かつては繁栄を遂げた成れの果てが、現在、この世界で暮らす生き物の数少ない住処となっている。

 砂嵐を防ぐための数十メートルはあろう金属製の外壁に囲まれた敷地内には、まともな建築物などひとつもない。今にも倒壊しそうな建物同士がお互いを支え合うようにして寄り添い合うその様子は、ジャンクヤードさながらといったところである。

 不幸中の幸いというものか、寄り添い合っている建物が日傘の役割を果たしてくれている為、生身では1時間と耐えられない強烈な日差しは地面にまでは届かない。

 暗く、湿気た吹き溜まりが今の人類の憩いの場となっている。

 ボロ切れのような服を纏い、幽霊の様な生気の無さで路を行く人の中で、その少女の風貌はあまりにも世離れしすぎていた。

 汚れとは無縁な純白のドレスに、自分の身の丈ほどあろうかという長さの金髪。異世界からやってきたかと見紛うばかり・・・いや、実際その通りの少女、G41はいつも可愛らしくパタつかせている耳をしおらしく畳み、1人路頭に迷っていた。

 

「うぅ・・・誰か・・・誰かいませんか~?」

 

 小さく、か細い声は誰に届く事も無く、薄暗い路地に溶けて行く。

 周囲の人物は、41のような明らかな異物に見向きもせず通りすぎ、商売を続け、自分の役割を淡々とこなしている。

 まるで、自分が透明にでもなっているかのような薄気味悪さである。

 

「ステージをクリアって言われても、どうすればクリアできるのでしょうか・・・」

 

 このシミュレートステージに無事降り立ったのは良いものの、肝心のクリア条件というのは教えられもしなければ、どこかに表記されているという事もなかった。

 途方に暮れた41はひとまずこの生活区域にいる人達に勇気を振り絞って声をかけ、情報収集にあたっていたのだが、悉くに無視されてしまい、ここまで何の情報も得られずにいるという顛末である。

 

「戦闘だったら得意なのに・・・これじゃあ、ご主人様に叱られちゃいますぅ」

 

 しょんぼりと肩を落とし、でも、なんとかしなければと脚だけは動かして、どんよりとした空気が漂う路地を彷徨い歩く。

 歩けども歩けども同じような風景で、自分がどれだけの時間歩いているのかも分からなくなり、いよいよもって途方に暮れてしまいそうになった、そんな時だった。

 

「あなた、この辺では見ない顔だね」

 

「ひゃあ!!?」

 

 突然かけられた言葉に、身体を飛び上がらせて驚いてしまう。

 声の主は41のすぐ左手、ゴミの寄せ集めだと思っていた塊に紛れて座っていた女性だった。

 薄汚れてボロボロの布を羽織っているその人物の顔や風貌は全く分からず、声でかろうじて性別が分かるくらいのものだ。

 

「わ、私の事ですか?」

 

「そう。随分と立派な武器を携えて。でも、見たところ、〝ヤツら〟の仲間っていう風には見えない。ハンターかな?」

 

 愛銃を指され、41は自分の背後に銃を隠す。でも、小柄な体ではマズルとストックがはみ出して隠しきれていない。

 

「え、えっと・・・はい、私は違う町から来ました。ハンターです」

 

 少しだけ考えてから、41はあえて目の前の謎の女性と話しを合わせることにした。

 ゲームの中では個々のゲームに定められたシナリオに沿って話しが進む為、戦術人形各々はそのゲームの主人公になって対応しなければ話しは進まない。

 これは、シュミレーターが起動する直前にRFBから受けたアドバイス。ゲームの中でのいわゆる〝お約束〟である。

 今まで、41が話しかけても完全無視してきた人々の中で、初めて向こうから干渉してきたこの女性はきっと話しを進めるためのキーパーソンなのだろう。

 見知らぬ女性にウソをつくのは気が引けるが、今は話しを進める為に形式だけの主人公を演じてみる。

 

「〝ヤツら〟に盗られてしまったペンダントを取り返してもらえないかな? お礼の代わりとして〝ヤツら〟の場所を教えるから、それで賞金を稼げば良いだろう」

 

 敵を倒して、ペンダントをこの女性に渡せば次に進む事ができる、といったところか。

 戦闘ならば、41も望むところである。

 

「分かりました。ペンダントを取り返してきます」

 

「ありがとう。この裏路地の先に溜まり場がある。たぶん、リーダー格の奴がもっているだろうから気をつけてね」

 

 そう言って女性が指を指すと、さっきまで建物の壁だった場所にいつの間にか路地が真っ直ぐ伸びていた。

 その様子を見て、ちゃんとした手順を踏まないと絶対に先には進めないんだと思い知らされる。

 これまで歩いていた路地でも十分に暗かったが、尚暗く、湿った空気が充満する裏路地に足を踏み入れ、41は自然と銃を構える。

 セレクターをバーストに切り替え、いつ敵が現れても良いように五感を研ぎ澄ませながら路地を慎重に進んでいく。

 

(あの女の人、〝ヤツら〟って言ってたけど、どんな姿なんだろう?)

 

 ここで、あまりにも基本的な事に気が付いてしまう。

 ここが溜まり場だと言っていたので、この先に居るヤツが敵なのだろうが、攻撃してはいけない対象だって居るのかもしれない。

 まだ入り口からは10メートルも離れていない。安全の為に、さっきの女性にどんな姿をした敵なのか確認に戻るのが適切だろうか?

 41が足を止めようとした・・・そんな矢先だった。前方、ゴミ置き場の影で蠢く何者かの姿を視認した。

 

「! 誰です?」

 

 41の問いに何者かは言葉を返さない。

 ぬぅ、と立ち上がった人型の身長は180センチ以上。41とは比べるまでもなく大きな相手である。

 銃口を向ける41に向かってゆっくりと歩いてくる人型の姿がようやく明らかになる。

 くすんだ黒色の革パンと革のジャケットで筋骨隆々な体格を覆い、顔は骸骨を模したマスクで隠している。

 右手に持つ銃器はM1887ウィンチェスターショットガンだが、戦術人形であるM1887とは比べるまでも無く別人である。

 まぁ、革のジャケットという点は共通しているが、そこだけだ。

 99.9%ほぼ間違いなく敵であろう見た目のそいつが、ゆっくりとショットガンの銃口を41に向ける。

 そんな緩慢な動作を見てのんびりしている程41は平和な戦術人形ではない。

 敵に狙いをつけるや、躊躇なくトリガーを引く。

 タタタ、と小気味良い発砲音が路地の壁に反響し渡り、敵の身体が背後に弾き飛ばされた。

 倒したという手応えを感じながらも、41は仰向けに倒れた敵に向けて慎重に歩み寄る。

 敵の様子を覗き見ようとしたところで、地面に横たわった巨体は音も無く、まるで、風にさらわれる砂のように崩れて消えていった。

 

「ふぅ・・・今のが敵みたいですね」

 

 どんな恐ろしい怪物が待ち受けているのかと思いきや、トリガーの一引きで倒せてしまうようなのが相手だと分かり、41の心に余裕ができる。

 萎れていた耳もようやくピンと張り、見た目にもヤル気が出ているのが分かるくらいだ。

 

「これくらいの相手だったら、私1人でも問題なく・・・ふぇ!?」

 

 背後、路地の入口の方にふと視線を向けて、余裕が滲んでいた表情が再び焦りに変わる。

 目の前には、いま倒した敵と同じ姿の人型が。それも1人ではなく、大人が2人並んでようやく通れるくらいの幅の路地を埋め尽くさんばかりにひしめいていたのだ。

 41がちょっと眼を離した隙にどうやって? コイツらはどこから出てきたのか?

疑問が頭の中をぐるぐると駆け巡るが、そんな悠長な事を考えている暇はなかった。

 

「~~~~~~~!!」

 

 言葉と呼ぶにはあまりにも原始的な雄叫びをあげながら、敵が一斉に走り寄ってくる。

その様はさながら、子猫に襲いかかるバッファローの群れといったところだろうか。

 1人の幼女に迫りくるマッチョな大人達、という表現はあまりにも犯罪的な為、前述の表現でぜひとも勘弁していただきたい。

 

「きゃあ~~~!!?」

 

 これにはさしもの41も大慌てで路地裏の奥へ向かって全力退避。

 先の様子も分からない路地をただひたすらに駆け抜ける。

 途中、行く手を阻むように々見た目の敵が現れるが、すぐさま排除して足を止める事なくやり過ごす。

 

「っ! 弾がもったいないです」

 

 頭部に1発で倒せると見抜き、セレクターをセミオートに切り替える。

 小柄が故にすばしっこさには自信のある41だが、行く手を阻む敵の排除が思ったよりも面倒で、少しずつ背後から迫る敵の濁流との差が縮まってきてしまう。

 逃げつつも背後の敵の排除を試みるが、一向に数が減る様子はない。撃ち倒した分だけ補充されているかのようにも思えてしまうほどの物量である。

 ついに手持ちのマガジンも切れ、残弾は装填しているマガジンの中に半分入っているだけ。下手な反撃は止めて逃げに専念していると、路地の先が開けているのが確認できた。

 

「良かった。あそこまで逃げ切れば」

 

 一本道の路地では分が悪すぎるが、抜けてしまえばいくらでも逃げ回れる。この謎の仮面集団との追いかけっこから解放される、という安堵から41の脚も自然と早まる。

 かくして、41は後続集団との距離を十分にとったまま路地を抜け・・・そうして、また愕然とする。

「そ、そんな・・・」

 裏路地の先が開けているように見えていたのは、表の道に繋がっていたわけではなかった。

 四方をコンクリートの壁に囲われた袋小路には、薄汚れたソファーや椅子などの家具が乱雑に置かれ、テーブルの上に散乱した瓶や食べ物と思しき物体が発する異臭が周囲に充満している。

 まさに、41を追いかけてきた謎の骸骨マスク集団のアジトといった様子であるが、こんな中でくつろげる者の神経を本気で疑いたくなるほどの環境の悪さだ。

 絶望からその場で佇む41に、アジトの中に居た数人の敵が銃口を向ける。

 

「っ!」

 

 反射的に応戦。片っ端から一撃で仕留めてみせるが、路地で追いかけてきた敵もどんどんアジト内に入り込んできている為、焼け石に水である。

 そうして、トリガーがカキンと虚しい金属音をあげるまでにそう時間はかからなかった。

 

「うぅ~・・・」

 

 周囲360度を完全に包囲されて成す術が無くなる41。撃てないと分かっていても、戦意は消えていない事の証として銃口は降ろさず敵に向け続ける。

 取り囲みこそすれ、一向に撃ってくる気配の無い敵の間から、一層に体格の大きい者が1体、

41の前に姿を現した。

 見たところ、この下っ端達のボスなのだろう。41にこの任務を頼んできた女性が言っていた、ペンダントを持っているヤツに違いないが、弾切れで戦えない今の状況では倒しようもない。

 弾薬を補給して再びこの路地に戻るのが最善。というか、そうするしか道は無い。

 

「ていっ!」

 

 その場から大きく跳躍、手近な敵1体の肩に飛び乗るとそこを踏み台にして再び跳躍、建物の壁沿いに伸びているパイプに飛び移った。

 このまま、パイプ伝いに四方の壁を昇って屋上へ抜けて逃げ切る。それが、土壇場で41が考え付いた活路だった。

 まるで小動物の様に機敏な動きをみせる41に敵は狙いをつけられずにいる。

 逃げ切れる。今度こそ41はそう確信するが、ゲームとはいえ、やはり上手く事が進む世界ではなかったようである。

 ズドン、という重い銃声と共に41が飛び付いたパイプが外れ落ちる。ボス格の敵が撃った散弾がパイプとコンクリート壁の接続部を抉ったのだ。

 

「あ・・・」

 

 パイプと共に41の身体も落下していく。

 10メートル近い高さからの自由落下であるが問題はない。猫の様な身のこなしで体勢を立て直すと、音も無く地面に着地する。

 そのタイミングを狙っていたのだろう、41のすぐ正面にまで迫っていたボス格の敵は、41の髪を鷲掴みにすると背後の壁に叩きつける。

 

「きゃあ!」

 

 叩きつけられた音と衝撃こそ大きかったものの、痛みがないというのはシュミレーターの良いところである。

 

「この! 放してください~!」

 

 41の力では、樹の幹のように太い腕からはどれだけもがいても逃れられない。

 相手を蹴り飛ばそうとして、でも、全然足が届いていない41の可愛らしい仕草にどうこう思うような様子もなく、敵は銃口を41の顔に突きつける。

 

「あ・・・ぁ・・・」

 

 目前、数センチの位置には真っ黒な穴。吸い込まれたら最後、どこまでも落ちて行ってしまいそうな漆黒が41の恐怖を煽りたてる。

 ああ、自分が今まで壊してきたモノ達はこういう気分だったのか、と思い知らされる。

 

「ごめんなさい、ご主人様・・・」

 

 指揮官の役に立てなかった事を最後に悔い、41は静かに眼を閉じた。

 銃声が41の耳を劈く。

 訓練終了を告げる音だと41は瞬間的に認識したが、そうではなかった。

 

「ふぇ?」

 

 ぽすん、と地面に尻持ちをついた衝撃で気の抜けた声が口から漏れてしまう。

 正面に目を向ければ、そこには41を掴んでいた左腕を失った敵の姿。

 

「そのまま伏せてろ、41!」

 

 何が起こったのか分からず呆然としていると、頭上から声が響いてきた。

 連続する銃声と共に降り注ぐ弾丸の雨。それを浴びた片っ端から、まるで糸の切れた人形のように次々と倒れ消えていく。

 12人が倒れたのと同時に、先ほどの声の主なのだろう真っ黒な人影が41と敵軍団を遮るように降り立った。

 黒いロングコートを纏っているので、それが何者なのかは41には把握できない。

 突然の乱入者で敵が混乱しているうちに、黒コートの人物は両手に携えた拳銃を高速リロード。スライドロックを外すやいなや敵の群れに向かって踏み込んでいく。

 ショットガン相手の接近戦だというのに、その人物の動きからは少しの躊躇すらも感じる事はできない。

 身体が触れるくらいに接近した敵と体を入れ替えながら周囲の敵に弾丸を撃ち込み4人を始末。

 両手を広げ、回転しながらの水平撃ちで弾丸をばら撒き、7人を瞬時にダウン。

 あまりにも華麗なクロスレンジでの銃撃戦を前に41は思わず見惚れてしまう。

 一体、目の前の相手は誰なのか? という疑問すら頭からすっかり抜け落ちてしまっていた。

 片腕を失い、部下の群れに逃げ込んでいたボス格だったが、周囲の部下が次々と倒されていき、いよいよ身を隠しきれなくなっていく。

 そうして、ついに黒コートの人物とボス格との間がクリアになる。

 周囲の部下は圧倒的な力量の前に怖気づき、続々とアジトから逃げ出してしまっている。

 壁に追いつめられたボス格に歩み寄りながら、黒コートの人物は悠々と拳銃をリロード。

 そこに勝機を見出したのか、41を捕まえた太い腕が伸びる。

 

「避けて!」

 

 自分を助けてくれた人物に協力しなければ、という思いで41が思いきり声を張り上げる。

 しかし、そんな心配は杞憂に終わったようだ。あっさり巨腕をかわすと、弾丸を4発腹部に撃ち込む。

 ずしん、と重い音をたてて巨体が転がる頃には、あれだけ居た敵の姿は1人たりとも見えなくなっていた。

 

「ふぅ。大丈夫かい、41。ケガはない?」

 

 黒コートの人物は戦闘終了とみるや、踵を返して41に歩み寄ってきた。

 やはりサングラスで顔はよく確認できないが、その顔立ちも、声も、41がとても良く知っている人物に間違いはなかった。

 

「ぁ・・・あの・・・あの・・・」

 

「? ああ、これをかけてたら誰か分からないか」

 

 あまりの嬉しさに言葉を失ってしまっていたのを怯えていると勘違いしたのか、彼は41の前で跪くとサングラスを取り外してくれた。

 かくして、41の目の前にはご主人様こと、指揮官の優しい笑顔が現れてくれたのだった。

 

「ご主人様・・・ご主人様ぁぁぁぁ!」

 

 溜まりに溜まっていた寂しさと共に涙も溢れ、その場で泣きじゃくってしまう。

 本当に、この場に誰もいないのが幸いだと41自身も思えるくらいの泣きようだ。

 

「見つけるのが遅れてごめん。怖い思いをさせちゃったね」

 

「うぅ~・・・ぐす・・・いいえ、ご主人様が謝る事ではないですぅ~」

 

 優しく頭を撫でられて、それでようやく気持ちが落ち着いてくれたおかげか、自分がこんな場所に来た目的を思い出した。

 ボス格の骸骨マスクが倒れていた場所に視線を向けると、そこには小さなペンダントが1つ落ちている。

 

「ご主人様が助けてくれたおかげで、これが手に入りました」

 

「ペンダント? なんでまたそんなものを」

 

「このステージをクリアする為に必要みたいなんです。取り返してきてくれって、この路地の入口にいた女の人に頼まれました」

 

「キーイベントって事か。俺の方は、このステージの情報は集まるんだけど先に進めるような

イベントには出くわさなくって。詳しい事は移動ついでに話そうか。いつまでもこんな所に居たくないよね」

 

「はい!」

 

 指揮官が差しだしてくれた手に自分の手を重ね、2人並んで路地を引き返す。

 さっきまで怖くて仕方がなかった路地と同じ場所だというのに、傍に指揮官が居るだけで温かく感じられるのが不思議なものである。

 

「ご主人様は戦うのがすごく上手なんですね。私、ビックリしちゃいました。それに、その

お洋服・・・」

 

「ん~・・・たぶん、みんなと一緒に戦えるようにってペルシカさんが俺のステータスを弄くったんじゃないかな? 自分でも驚くくらい身体が軽く動くんだよ。あと、このコートとサングラスは初めから身につけてたもので、決して自分で選んだわけではなくて」

 

「普段のご主人様と雰囲気が違うけど、とてもカッコイイと思います」

 

 素直な感想を向けると、指揮官は恥ずかしさを少し滲ませながら笑ってくれた。

 41は指揮官のこういう朗らかな仕草がとても好きなのである。

 

「ありがとう。ところで、なんでさっきは掴まったまま反撃しなかったんだ? そういう話しの流れだったとか?」

 

「ふぇ? あ、あれは、弾切れで反撃できなくなってしまって」

 

「弾切れ? エースのキミにしては珍しい失態だね?」

 

「仕方がなかったんです! あの怖い人達がワ~って襲いかかってきて、すごく大変だったんですから!」

 

 思えば、指揮官と2人きりでこうしてゆっくり話しをするのも久しぶりの事だ。

 これまでに少しずつ募っていた寂しさのツケを払うかのように、41は今だけ指揮官に思いきり甘えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~NEXT プレイヤーズフロントライン~

 

 

「なかなかどうして、面白い事になってきましたね。戦闘準備といきましょうか、タボール」

 

 アーミー・オブ・ツー

 

 

「まあ! ファマスったら、指揮官の裸体をご覧になった事がありますの!?」

 

 グリフィン内スキャンダル

 

 

「さすがにブン殴りますよ?」

 

 鉄拳制裁

 

 

「私達の冒険はまだまだこれからですわ!」

 

 それアカンやつ

 

 

 プレイヤーズフロントライン 3話 Coming Soon




プレイヤーズフロントライン、いかがでしょうか?

今回はシミュレーター世界なので普段以上に好き勝手できます。やったね!

前作には出なかった人形もとりあげる予定なので、今後もどうぞお楽しみに~


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プレイヤーズフロントライン 3話

今週も懲りずにやってまいりました、どうも、弱音御前です。

相変わらず、外に出づらい毎日。ちょっとした暇潰しにでも読んでくれたらな~と思います。

それでは、今回もごゆっくりお楽しみください~


 これまでのプレイヤーズフロントラインは・・・

 

 

 

「ゲームの世界で戦いたい、っていう事なのかな?」

 

 

「いつもと違う環境という風に説明したけれど、分かりやすいところで〝ゲームの世界〟を

シミュレーターで体験してもらう」

 

 

「俺もテストに同行する事になったから、みんなよろしく」

 

 

「これくらいの相手だったら、私1人でも問題なく・・・ふぇ!?」

 

 

「そのまま伏せてろ、41!」

 

 

「ご主人様は戦うのがすごく上手なんですね。普段のご主人様と雰囲気が違うけど、とてもカッコイイと思います」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Dive B エジプト地下遺跡

 

「ねえ、ファマス。指揮官はどれくらい御上手に戦闘が出来る方だと思います?」

 

 すぐ横を歩くファマスに問いかけ、タボールは上前方に向けてトリガーを引く。

 ヒラヒラ、と風に舞い上げられたチラシのように吸血コウモリが一匹、地面に落ちてきた。

 

「軍事組織の指揮官になるくらいですから、基本戦闘は問題なくこなせるのでは? しっかりした体つきですし、運動能力は良さそうに思えます」

 

 すぐ横を歩くタボールに答えを返すと、ファマスは右前方から金切り声をあげて飛びかかってきた爬虫類のバケモノに向けてバースト弾を撃ち込んだ。

 キュウ・・・、という倒してしまったのが申し訳なくなりそうな可愛らしい声と共に緑色の巨体が地面に倒れ込む。

 

「まあ! ファマスったら、指揮官の裸体をご覧になった事がありますの!? 私をさしおいていつの間にそのような仲に・・・」

 

「服の上からでもどんな体格かくらい見分けがつくでしょう? 全く、あなたはまたそうやって私の事をからかって」

 

 よよよ・・・、と袖で涙を拭うような大げさなウソ泣きをするタボールを軽くあしらって、

ファマス達は石造りの壁で囲われた通路を真っ直ぐ進んでいく。

 ファマスとタボールの2人組みは、このステージでは世界を股にかけるトレジャーハンターという役割であるらしく、今は地下遺跡に隠された秘宝とやらを探す任務の真っ最中だ。

 秘宝というものが人間にとってどれだけの価値があるのかファマスには良くわからないが、そういう役割なのだから、という事で、様々な危険生物と罠がひしめくここを探索しているという次第である。

 

「ファマス、もっとこちらを歩きなさいな。そこの床、罠のスイッチのようですわよ」

 

「っと・・・ありがとうございます、タボール」

 

 矢が飛んできたり床が開いて落とし穴になったり、この遺跡に足を踏み入れてから散々見てきたトラップなので注意深く観察したつもりだったのだが、タボールに指摘されなかったら、また面倒な事になっていたところだ。

 ファマスとタボールは同じブルパップ機構のアサルトライフルという事もあって、出身は違えど、それなりに仲良くなれた間柄である。

 そんな2人の事を指揮官も知ってか知らずか、同じ部隊で任務に就かせる事が多かったのも、

互いの信頼が深まる要因の一つでもあった。

 タボールと一緒ならどんな敵にも負けはしない。

 彼女の為なら、危険に身を投じる覚悟でいる。

 今日もまた偶然なのか、共に戦える機会が与えられた事に、ファマスは表には出さずも大きな

安心と喜びを感じていた。

 

「・・・この先、どうやら開けた場所の様ですね」

 

「ようやくですか。いい加減、この狭い通路に飽き飽きしていたところですわ」

 

 広い場所という事は、その分、潜んでいる危険も多いという事。2人揃って銃を構え直すと、より慎重に歩を進めて行く。

 入口を仕切る格子のように垂れ下がったツタを払うと、その先には石室が広がっていた。

 一体、なんの目的で使用されていたのか、広さ30メートル四方ほどの室内には瓦礫や人骨がちらほらと落ちているだけで、他には何も置かれていない。

 

「あら? もしかして行き止まりですの? ここまで一本道だったはずですのに」

 

「ふむ・・・もしや、どこかにスイッチがあって、作動させると隠し通路が開くのでは?」

 

「ゲームの世界というお話ですものね。それくらいベタな展開でもおかしくはありませんわ」

 

 石室を左右に分け、2人で壁、床、天井、落ちている骨に至るまで、あらゆる場所をくまなく調べて周る。

 

「もし、少々お尋ねしたい事があるのですが。この辺りに隠し扉のスイッチなどありませんこと?

ご存じない? それでは、ごめんあそばせ」

 

 ファマスを和ませるための冗談なのだろう、落ちていた骸骨から情報収集してみせるタボール。

 戦場みせる彼女のこんなユーモラスなところも、ファマスが彼女と一緒に居て心地良さを感じるひとつである。

 自分も彼女にとってそんな存在でいるのだろうか? と微かな不安を抱きつつ壁を観察していると、明らかに周りの壁とは違った造りの一角を見つける。

 

「タボール、こちらの壁にスイッチの様なモノを見つけましたよ」

 

「私に構う事はありませんわ、見つけたもの片っ端から押してしまいなさい。さぁ、ポチっとどうぞですわ」

 

「簡単に言ってくれますね。さっきまでのような罠だったらどうするんですか」

 

 押す前に自分の周囲を確認する。石の継ぎ目からノコギリが飛び出してきたり、床が開いて

落とし穴になったり、罠があるとしたらそんなところだろうか。

 すぐに逃げ出せるよう身構え、違和感のある石壁を押してみる。

 ズズ・・・と渋い手応えと共に完全に押し込まれたのを確認するや否や、ファマスは立っていた位置から後方に大きく飛び退いた。

 何かを作動させたのは間違いないが、何かが襲いかかってきたりどこかが開いたりといった

アクションは今のところ石室内のどこにも見受けられない。

 

「・・・何も起こりませんわね。フェイクのスイッチで弄ばれたのではなくて?」

 

「いや、そうでもなさそうです。・・・この音、聞こえますか?」

 

 ファマスの言葉にタボールも口を閉じ、息を殺す。

 静寂が支配する石室の中に、ファマスが微かに捉えた異音が際立って聞こえてくる。

 

 カサカサカサ・・・カチカチ

 

「何ですの、この音? 金属音ではないようですが、何か硬いモノが当たるような」

 

「壁の向こうから聞こえてきますね。それも、段々と大きくなってきている」

 

 カサカサカサカチカチカチカチカサカサカサ

 カチカチカチカサカサカサカチカチカサカサ

 

 言い知れぬ不安を覚え、2人して自然と壁から離れるが、それもあまり意味は無い。音はこの

石室の全周360度から聞こえてきているのだ。

 

「っ! ファマス、入口がありませんわ!」

 

 タボールの慌てた声を聞いて、ついさっき通ってきたばかりの入口に目を向けると、そこは一面石の壁になっていた。

 これで2人は密室に閉じ込められた事になる。

 

「なかなかどうして、面白い事になってきましたね。戦闘準備といきましょうか、タボール」

 

「ええ、よろしくってよ。これこそ、私たち戦術人形の本分ですものね」

 

 背中あわせに立つタボールからの了承を受け取ると、ファマスはポケットから予備のマガジン

2つと接着テープを取り出した。

 銃に刺さっているマガジンに取り出したマガジン2つを上下逆向きにして挟み、接着テープでしっかりと固定する。こうすることで、リロードの為に外したマガジンをそのままひっくり返せば、横に固定した新しいマガジンをリロードできる。

 いわゆる〝ジャングル仕様〟と呼ばれるものだ。

 謎の敵が部屋の四方八方から大物量で襲いかかってくると、そう見越しての作戦だ。

 

「マガジン2本纏めで間に合うのですか?」

 

 チラリと後ろを見やれば、タボールもファマスと同じ事をしている。しかし、マガジンは2つ纏めである。撃破数を気にする割とアグレッシブな彼女にしては控えめだ。

 

「私、3つも纏めるとマガジンがお胸に当たってしまって銃を構えられませんの。お淑やかなお胸のファマスさんが羨ましいデスワ~」

 

「さすがにブン殴りますよ?」

 

 にっこりと笑って返してやると、タボールは乾いた笑いを零した。

 本気で怒った、という旨を理解してくれて何よりである。

 2人が立つのは石室の中央。背後をタボールに任せ、視界内のあらゆる場所を注意深く

観察する。

 謎の音が耳を覆いたくなるほどに大きくなった時点で、ファマスの上前方、天井の穴から黒い

染みのようなものがブワッと染み出てきた。

 

「な・・・!?」

 

 あまりに気味の悪い現象を目の当たりにして言葉を失うファマスだが、良く見れば、それは染みなどではなかった。

 あまりにも密集しすぎて黒い染みのように見える虫の大群である。

 

「きゃあ!? なんか、黒い墨のようなものがあちこちから出てきましたわよ!?」

 

「墨ではなく、虫の大群です。応戦しますよ!」

 

 ファマス達に向かって広がってくる大群に向けて弾丸を撃ち込む。

 着弾した部分から、子供の握りこぶし大の昆虫がボロボロと床に落ちていくが、

バーストでは大群を一掃しきれない。

 

「ちぃ!」

 

 セレクターをフルオートに切り替え、トリガーを引きっぱなしで弾幕を展開する。

 マガジンを1つ使いきったのと同時に群れを一掃すると、ファマスの目の前、床に転がっていた虫の亡骸が石の床に溶けるように消えていった。

 

「なんですのなんですのこの虫は!? もしや、噂に聞くカブトムシというやつなんですの!?」

 

 タボールの言うとおり、黒く艶やかな硬い外皮に覆われたこの虫は、かつて世界中に何百という種類が生息していたカブトムシに近い見た目をしている。

 だが、これは資料で見たその品種とは所々で相違のある虫だ。カラダは大きく、移動速度も速く、なにより、他の生物に襲いかかってくるような凶暴性は非常に特徴的である。

 

「違いますよ、タボール。これはたぶんスカラベです」

 

「すからべ・・・とは?」

 

「詳しい性質や原産は忘れましたが、厄介な性質として言えるのが、凶暴な肉食性の昆虫だという事です。まぁ、私も映像作品で見た事があるだけなので、実在した生物なのかも分かりませんが」

 

「うぇ・・・お肉を食べる昆虫ですの? ああ、でもそれなら私達は安全ですわね。なんたって、戦術人形にお肉はありませんから」

 

「本来ならばそうですけどね。ただ、ここはシュミレーターの世界ですから。主人公を襲わない敵、というのはまさに本末転倒というものです」

 

 再び、カサカサというスカラベの足音が大きくなってきたのを受けてファマスはマガジンを

リロードする。

 

「また来ますよ」

 

「正体がわかってしまえば、もう怖くなんてありませんわ。今度は本気でお相手いたしますわよ、ファマス」

 

 言って、タボールが部屋の奥に向かって駆けだした。

 部屋の中央に留まっての防戦ではなく、駆け回って相手を撹乱させての迎撃戦に持ち込むつもりである。

 そう理解するや、ファマスもタボールと反対側に向けて走り出す。

 正面、行く先の床からスカラベの大群が這い出てきたのを視認して左に大きく迂回する。

 すると、その行く先の床ところどころから黒い染みがどんどんと沸き出してくる。

 いよいよもって、プレイヤーを殺しにきているような激しさだ。

 

「ふっ!」

 

 大群に踏み入れるまであと一歩、という所まで走り込み、前方の壁に向かって大きく跳躍。

スカラベの大群を飛び越えた。

 5メートルは越えようかという大跳躍の先に待ち受ける壁を足で蹴飛ばすと、三角飛びの要領で更に高く舞い上がる。

 鮮やかな赤色のジャケットを翻し、優雅に宙を舞うファマス。その真下には、目標を見失った

スカラベの大群が続々と集まっている。

 中程度の塊が部屋中に点在するというのは非常に厄介なものだが、こうして一カ所に纏まってくれれば話は別。美味しいカモだ。

 空中で射撃姿勢を整え、眼下の大群に向けてフルオート射撃をお見舞いする。

 ファマスが華麗な着地をみせる頃には、池のように広がっていたスカラベの大群はキレイさっぱり消え去っていた。

 

「ファマス~! こちらに手を貸していただけませんこと~!」

 

 焦りの様子が滲み出ている声を聞いて、タボールの方に目を向ける。

 ついさっき見た時は上手く立ち回っていたようだが、どこかで手順を違えたのだろう、タボールは部屋の角に追い詰められ、その周囲はスカラベの黒色で完全に染まっていた。

 ファマスがあの立場に追いやられたとしたら、もう声が震えそうなくらいの大ピンチである。

 

「お胸のお肉を千切って囮にしたらどうですか~? 私のようなお淑やかなお胸の戦術人形にはできない芸当ですけどね~」

 

 言われて本当にイラッときていたネタでタボールに仕返しをしてやる。もちろん、タボールがまだギリギリのところで凌げていると分かっていての仕打ちだ。

 

「そ、その件に関しては心より謝罪致しますわ~! ですから、ホントに早く助けて下さい~!」

 

 足元まで攻め込まれ、いよいよもって防衛も限界だとみるやファマスはタボールの救出にとりかかる。

 ファマスを足止めするかのように沸いてくるスカラベを一掃しつつ、部屋の中央に差し掛かったところでポケットから〝とっておき〟を取り出した。

 

「タボール、これが見えますか?」

 

 もう、部屋の3分の1を覆ってしまっているスカラベを一掃するのはアサルトライフルの制圧力では難しい。ファマスの榴弾を使用すれば広範囲を吹き飛ばす事も出来るが、持ち弾1発だけではまだ足りない。

 そこで登場するのがこれ。倒した敵が消え、代わりに出現する補給用の弾薬の中から、こんな事もあろうかとくすねておいた12ゲージバックショットだ。

 

「見ている暇はありませんが、いちおう見えますわ~!」

 

「そっちに放りますから、適当な位置で撃ちなさい!」

 

 鷲掴みにした4つのショットシェルをスカラベの大群の頭上、等間隔に放り投げる。そうして、まるでシンクロしたかのようなタイミングでお互いに2つずつショットシェルを撃ち抜いた。

 石室内の空気を揺さぶる爆音をあげ、ショットシェル内のペレットが床に向けて降り注ぐ。

スカラベからすれば、さながらクラスター爆撃を受けているかのようなものなのだ。

 一瞬にして広範囲のスカラベを殲滅するその光景は、見ていてとても気持ちの良いものである。

 

「ふぅ~・・・これで全部ですかね」

 

 砕けた床の粉塵が晴れると、床に掌ほどの大きさの円盤が落ちているのが目についた。

 スカラベを全滅させた事で現れたのだろうそれは、すり傷だらけでくすんだ金色の円盤。拾ってくれ、と言わんばかりに存在感を強調している。

 きっと、これがこの遺跡の秘宝というものだろうと理解したファマスはその円盤を拾い上げる。

 

「ファマスぅ~!」

 

「ちょっ! タボール、いきなりなんですか!?」

 

 粉塵に紛れて突っ込んできたタボールが勢いもそのままに抱きついてくる。いきなりの衝撃で

倒れそうになるが、寸でのところで踏みとどまった。

 

「散弾を誘爆させて敵を一掃するだなんて、やっぱりファマスの悪知恵は頼りになりますわ!」

 

「それは褒めてるのですか? それともけなしているのですか?」

 

「うふふ、もちろん褒めていますわ。戦闘においては私もまだまだ貴女には及びませんもの」

 

 からかって言っているのではない事は、長い付き合いだかこそ分かってしまう。

 一番に信頼している仲間から真っ直ぐな感謝の気持ちを向けられ、とても嬉しい反面、気恥しさが込み上げてきてしまう。

 だが、恥ずかしがっている事がバレたら何を言われるか分かったものではないので、ファマス的には頑張って隠し通すつもりである。

 

「あら? もしかして、それが目的の秘宝というモノですの?」

 

 タボールの興味が円盤に移ってくれたのが幸い、とファマスは心の中で安堵の息をついた。

 

「これまで、敵を倒してもこんなもの出てきませんでしたからね。間違いないでしょう」

 

「では、これで晴れて任務完了・・・と言いたいところですが、どうやって帰りますの?」

 

「う~ん・・・どこかに入口が現れるような様子もありませんね」

 

 2人で周囲を見まわすが、石室は依然として密室のまま静まり返っている。

 入口を開くスイッチは別にあるのだろうか、という考えが頭をファマスの脳裏を過った。

 ・・・そんな矢先だった。

 

「あら?」

 

「へ?」

 

 ガコン、と重い音と共にいきなり石室の床が傾いた。ちょっとだけ角度がついた、程度の話しではない。底が抜けたのかと勘違いするくらいの急斜面に変化したのだ。

 

「あららららららら~~!?」

 

「きゃああぁぁぁぁ~~!?」

 

 咄嗟の事で面食らった2人は止まる事も出来ず、成す術なく床を滑り降りていく。

 石造りだというのにやたらと摩擦係数が低いという謎性質のおかげで、自動車がちょっと頑張って走っているくらいのスピードが出てしまっている。

 

「あははは! これ結構楽しいですわね~!」

 

「笑っている場合ですか! いつまでも滑り降りているわけにもいきませんよ!?」

 

 何が楽しいのか、タボールはキャーキャーとはしゃいでいるが、行く先が真っ暗な中を滑り続けるのは危険以外の何ものでもない。

 高速で背後に吹っ飛んでいく景色の中で、ファマスは打開策を見つける為に思考を巡らせる。

 

「・・・そういえば」

 

 身体を捩らせると、ファマスはストレージの中から一本のロープを引っ張りだした。

 ステージ開始時、ファマスとタボール共に幾つかの装備が入ったストレージを所持していた。

 タボールはピッキングツールやバールなど、少し考えれば何に使えそうか想像がつくモノが多かったが、ファマスは古びた手帳やメガネなど、深く考えても何に使うのやらさっぱりな物ばかりであった。

 だが、これはそんな中でも唯一、利用方法が丸分かりのお役立ちアイテム。ライフルグレネードを改良した射出型アンカーである。

 アンカーの後端にはフック付きの長いロープが結び付けられているので、アンカーを撃ち込んだ先と自分の身体を繋ぐ事も出来るという優れモノだ。

 

「ゲームというのは都合よく出来ているものですね」

 

 フックを自分のベルトに掛け、アンカーをマズルに差し込もうとするが、雑なハンドメイド

仕上げのせいでなかなかマズルに刺さってくれない。

 

「ファマスファマス! 先に光が見えてきましたわ。どこかに出られそうですわよ!」

 

 タボールの言うとおり、目下に煌めく小さな光がどんどんと大きくなってきている。

 このまま安全な場所に飛び出てくれれば結果オーライなのだが・・・嫌な予感がビリビリと奔るファマスはアンカーを取りつける手は止めない。

 そして、やはり当然の如くというか、嫌な予感は的中してしまうのだった。

 

「こ、この先ってもしかして・・・崖ですの~!?」

 

 滑ってきた勢いそのままに、まるでダストシュートに放り込まれたゴミのように揃って宙に投げ出される。

 流転する景色の中で、広大な地下洞穴だということだけは確認する事が出来た。

 

「タボール、私の身体に掴まりなさい!」

 

「よくってよ~! 私たち、死ぬ時も一緒ですわ~~!」

 

 自由落下の最中、死ぬつもりでタボールはファマスの脚にしがみついてくる。けれど、ファマスはここで終わるつもりなど毛頭ない。

 宙に放り出される直前に装着完了していたアンカーを正面の岩壁に向け、躊躇なくトリガーを引いた。

 炸裂音と共に撃ち出されたアンカーが岩壁に突き刺さった事を遠目に確認、ロープが瞬く間に伸びていく。

 そうして、ロープが完全に伸びきったところでファマスの落下に急ブレーキがかかる。

 

「くっ!」

 

「きゃあ!?」

 

 ガクン! と落下の勢いを急に止められた影響で身体に強い衝撃がかかるが、シュミレーターの中では痛みがないのは幸いだ。

 タボールも衝撃で少しだけ脚からずり落ちるが、なんとか堪えてくれたようである。

 しばらくの間、振り子のようにロープの先で揺れる2人。ようやく揺れが落ち着いてくれたところで、揃って大きく息をついた。

 

「ふぅ~・・・貴女には助けられてばかりですわね」

 

「困った時はお互い様ですよ。崖伝いに降りられますか?」

 

「ええ、これくらい造作もありませんわ・・・っと」

 

 2人がぶら下がっている位置から地上までは目測で20メートルほどあるが、タボールは臆する事も無くファマスの脚から崖にひょいと飛び移る。

 起伏に富んだ崖なので、伝い降りるのは難しくなさそうである。

 タボールが難なく降りている事を確認して、ファマスも崖に身体を移してロープを切り離す。

 危なげなく崖を降りること数分。先に着地していたタボールに並んで周囲の様子を確認する。

 

「これは・・・シュミレーターとはいえ圧巻ですね」

 

「戦闘訓練だけではなく、指揮官様との観光で訪れたいものですわ」

 

 地下洞穴内には、地上の主要都市に勝るとも劣らないほど広大な都市が広がっていた。

 古い造りの都市群ではあるが、それらは外壁、路地、モニュメントに至るまで全てが金色に染まっており、火も電灯も無い広大な洞穴を明るく照らしあげている。

 自生の発光コケを光源として周囲の金色がそれを反射、照明とする原理なのだろう。現代では考えられないシステムである。

 

「エルドラドというものでしたか。資料で見た事がありますわね」

 

「黄金郷・・・私達にはよく分からないモノですが、きっと、人間にとっては理想の都なのでしょうね」

 

 まだステージが続いているということは、秘宝を手に入れる、というクリア条件を達成していないという事になる。

 さっき手に入れた秘宝らしきものは残念ながらハズレだったわけだが、この先に進むのに必要なアイテムという可能性もあるだろう。

 

「さて、早いところあの黄金郷の捜索といきたいところですが・・・」

 

「まずは、あの方達を始末してからですわね」

 

 ファマス達の前方、黄金郷へと伸びる一本道を悠然と歩いてくるのは、これまた黄金一色の

歩兵軍である。

 鎧兜姿に剣と盾を携えたその一団は、さしずめ、ここを護る黄金像の軍団といったところか。

 

「私達の冒険はまだまだこれからですわ!」

 

 なんとなく縁起の悪い台詞と共に特攻をかけるタボール。

 

「本当に、あなたと一緒だと退屈しませんね」

 

 もう、これまでに何度も呟いた言葉。タボールと一緒に居る事に心からの喜びを現す言葉を

呟き、ファマスもタボールの後に続くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~NEXT プレイヤーズフロントライン~

 

 

 

「今日この場で叩きのめしてやるわ、UMP45!」

 

 

 逆襲の桃色と

 

 

 

「はい、ネゲヴぼっち~」

 

 

 煽ってくるスタイルの正妻

 

 

 

「えへへ、ご主人様の香りがしますぅ」

 

 

 無邪気なる小悪魔に癒されて

 

 

 

「なにやってんだお前らぁぁぁあぁぁ!!」

 

 

 指揮官怒りの咆哮

 

 

 

 プレイヤーズフロントライン 4話 Coming Soon




ファマス&タボールのコンビ、いかがでしたでしょうか?

ファマスはもともと好きな銃だったという事もあり、ゲームでも早々にLv100まで育てた思い入れのあるキャラだったりします。

ちょっと忖度してますけど、しかたないですよね、うん。

ということで、次回もどうかよろしくお願いします


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プレイヤーズフロントライン 4話

懲りずにやってまいりました、弱音御前でございます。

プレイヤーズフロントライン、今週で4話ということですが、相変わらずこんな調子で進んでいく今作になります。

どうか、温かい眼で読んでもらえたら嬉しいです


 ここまでのプレイヤーズフロントラインは・・・

 

 

 

「ハイスコアを出した娘には何か景品を出すっていうのはどうかしら?」

 

 

「また恥をかく事になりかねないんだから、余計な事は言わない方が良いわよ。ネゲヴちゃん」

 

 

「そのまま伏せてろ、41!」

 

 

「ご主人様は戦うのがすごく上手なんですね。私、ビックリしちゃいました」

 

 

「戦闘準備といきましょうか、タボール」

 

 

「私達の冒険はまだまだこれからですわ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 右手のスロットルを一杯に捻り、エンジン回転計の針をレッドゾーンに放り込む。

 雄叫びをあげて浮き上がろうとする前輪を加重移動で無理やり押さえこみ、車体は一直線に伸びるアスファルト上で狂ったように加速していく。

 

「41、これくらい近づけばいけるか?」

 

「はい! ご主人様の期待にお応えします!」

 

 タンデムシートに座っていた41が彼の肩を台座代わりにして銃を構える。

 狙うは、バイクに先行して走る一台の車。その運転席に座る巨漢のスキンヘッドだ。

 〝ジャッカル〟と呼ばれるならず者集団のボスであるその男を倒す事が、このステージの

クリア条件。今、2人は分厚い鉄板で四方を固めた改造車で逃走中のボスを追いかけている

真っ最中である。

 車に近づき過ぎれば火炎放射で火炙り、離れすぎればボスを取り逃がしてしまうという条件下、食堂のトレー程度しかない大きさの窓から頭を撃ち抜くしか攻撃の術は無い。

 路面の悪さで左右に振れるバイク上、という最悪の条件であるが、戦術人形アサルトライフル

部門でトップクラスの実力者である41にとっては、さほど気にかけるような事態でもなかったようだ。

 風切り音とエンジンの咆哮に3発の発砲音が混じる。それに数瞬遅れ、斜め前方を走る車両が

コントロールを失うやいなや、路肩に乗り上げて盛大に宙を舞った。

 スピードが出ていた事が災いし、高速で回転しながら地面に激突。轟音と部品を撒き散らしながら道路を転がっていく。

 41の狙撃成功を確信した指揮官がブレーキをかけ、車体を停車させた。

 

「さすがだね、41」

 

「えへへ、褒めて褒めて~」

 

 笑顔で甘えてくる41の頭を撫でまくっていると、突然、眼の前にウィンドウが現れた。投影型のヘッドアップディスプレイのようなウィンドウである。

 

「これ、模擬訓練終了の時に出るリザルト画面ですよ」

 

「そうなんだ? じゃあ、これでステージクリアって事か」

 

 ウィンドウにはステージリザルトと共に、元になったゲームのリザルトランキングも表示されていた。

 ランキングトップのクリアタイムは15分。

 ここまでくるのに80分かかったというのに、一体どうやればそんなタイムが叩き出せるのか? RFBを問い詰めてやりたいところだが、それはまた別の時である。

 クリアの喜びを味わうのも束の間、2人はまだ未クリアのステージへと送り込まれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Dive C ブロウニング邸外縁

 

 ほんの僅かの浮遊感の後、目を開くとそこには、ついさっきまでのステージとは正反対の光景が広がっていた。

 

「ここは・・・現代に近いステージなのか?」

 

 サングラスを外し、まずは周囲の様子を観察する。

 スタート地点はどうやら町の中のようである。

 建物の様式や石畳、街灯の造りからすると、指揮官が生きている時代よりも少し前。西洋のどこかの住宅街といったところか。

 空は今にも泣き出しそうな一面の灰色で、風はコートの上からでも感じられるくらいの冷たさ。雨どころか、雪が降ってもおかしくない気温である。

 

「あぅ~・・・寒いですぅ」

 

 声に気づいて視線を落すと、すぐ足元で41が身体を震わせていた。

 どうやら、ステージをクリアした組は揃って別ステージに送られるというルールであるらしい。

 

「その恰好じゃあ寒いよね。ほら、これ着て」

 

 自分のコートを脱いで41の小さな身体に掛けてあげる。

 背丈が違いすぎるので裾を引きずっているが、41はいつも裾を引きずっているような装いなので、大して変わらないのである。

 

「ご主人様は寒くないのですか?」

 

「大丈夫だよ。このシャツ見た目よりも厚手だから」

 

 本当はちょっと寒いのだが、ここは指揮官として良いところを見せる方向でひとつ。

 

「ありがとうございます。えへへ、ご主人様の香りがしますぅ」

 

「・・・さて、このステージでは何が目的なのかな?」

 

 嬉しそうにコートに顔を埋める41を見ていると気恥しくて仕方がないので、無理やり話題を変える。

 まずはこのステージの情報を集めたいところだが、周囲には人の気配は無い。

 目につくところといえば、すぐ傍の柵の向こうに佇む巨大な屋敷なのだが・・・

 

「ご主人様、声が聞こえませんか?」

 

「声? ・・・確かに、誰かの・・・・・・っていうか、この声は」

 

 身に覚えのあり過ぎる2つの声が遠くから聞こえてくる。

 すでに声の出所にアタリがついたのか、耳をパタつかせながら進む41に指揮官も続く。

 柵沿いに歩いていくとそれに伴い、喚きあう2人の声も段々と大きくなってくる。

 どうやら、声は柵が左に折れたその先から聞こえてくるようだ。

 

「ご主人様、この声ってもしかして」

 

「ああ、たぶんキミの予想は正解だよ」

 

 かくして、石畳の曲がり角に沿って折れる柵の向こう、お話の中でしか見た事の無いような豪奢な正門の前では予想通りの2人がケンカの真っ最中であった。

 

「らふぁらアンファのふぉとヒライらのよ、UMP45!」

 

 頬を摘ままれて上手く喋れてないのもお構いなしに、45の髪をグイグイと引っ張るネゲヴ。

 

「それで結構! アンタに嫌われたって私は痛くもかゆくもないんだから!」

 

 結わいた髪を引っ張り回されながらも、ネゲヴの頬を摘まんで反撃を試みる45。

 大方、口論で済む2人であるが、今日は手まで出ていつもよりもエキサイトしている様子だ。

 シュミレーターの中でまで展開される馴染みの光景を前に、溜息と共に頭を抱える指揮官。

 

「あ! 指揮官にG41。増援に来て頂いたのですね。助かりました」

 

 そんな白熱している2人の傍らで腰を降ろしていたモスバーグM590は、2人の姿を見つけると、まるで神様でも見つけたかのように安心しきった顔で駆け寄ってきた。

 

「お疲れ様です、モスバーグさん」

 

「3人とも無事な様子でなによりだが、アレは一体なんの騒ぎなんだ?」

 

 笑顔でG41の頭を撫でまわすモスバーグに問いかけると、彼女は再び曇った表情を浮かべて

状況を説明してくれた。

 このステージが始まって、屋敷に入らざるを得ないと分かった3人は正門を開けるための暗号

解読に取り掛かる。だが、なかなか意見が合わず、暗号が一向に解けない45とネゲヴはいよいよもってケンカに突入し、この有様。だそうだ。

 

「って事は、ステージが始まってから90分くらいかけて少しも進んでないの?」

 

「90分? いいえ、まだ20分ほどしか経過していませんが」

 

 指揮官と41が前のステージで経過した時間とは明らかに流れがズレている。

 恐らくは、管理者であるペルシカがここの状況を見かねて指揮官と41のステージ到着時間を

調整してくれたのだろう。

 

「そうか。すまなかった、モスバーグ。本当にすまない!」

 

「ど、どうしたのですか、指揮官!? そんなに深々と頭を下げなくとも」

 

 副官であり、それ以上の存在でもある45が迷惑をかけた事に対して、指揮官はモスバーグに

深く深く謝罪する。

 

「弾を避けるしか能が無いくせに偉そうに! マンティコアくらい1人で倒せるようになってから出直してきなさい!」

 

「何よ、アンタなんかドンくさいだけのただの置き物でしょう! 置き物は大人しく宿舎にでも飾られてればいいのよ!」

 

「っ~~~! スペシャリストの私に向かってよくも! 今日この場で叩きのめしてやるわ、

UMP45!」

 

「やれるもんならやってみなさいよ、桃色マシンガン!」

 

 当の45とネゲヴは指揮官が居るとも知らず、ついに取っ組み合いに発展。

 ここまでくると、もう泣きたくなってくる指揮官である。

 

「ここは俺が責任をもって治めよう。モスバーグ、悪いが41の事を見ててくれないか?」

 

 頭を上げると同時に思考を切り替える。

 彼女達に対して腰を低くするのはここまでである。

 

「一体、何が始まるんですか?」

 

「指揮官は2人と大事なお話をするようですよ。少し離れていましょうか」

 

 そんな彼の意図を目敏く拾ってくれたモスバーグは41を連れて、今しがた彼と41が曲がってきた角まで離れてくれた。

 本当に気の利くモスバーグは、やっぱり優秀な部下だなと痛感させられる。

 ヒステリックな声をあげ、組み合いながら床をゴロゴロと転がる2人の傍に歩み寄る。

 ここで気付いて矛を収めるのなら、まだ情状酌量の余地も認められようというものだが、もう

遠慮の必要は無いと判決を下す。

 すぅ~、と大きく息を吸い込み・・・

 

「なにやってんだお前らぁぁぁあぁぁ!!」

 

 普段は絶対に出さない、腹の底からの怒号が氷のように冷たい空気を容赦なくシェイクする。

 指揮官自身、何年ぶりかの全力大声だったので、ちょっとだけ耳がキンキンしてしまう。

 

「あら? もう増援に来てくれたのね。嬉しいわ、しきか~ん」

 

「御機嫌よう、指揮官。スペシャリストの私に増援など必要ないはずだけど?」

 

 その怒号を聞くや否や、何事もなかったかのように直立不動で挨拶を返す2人。

 それを見て、また指揮官の怒りのボルテージが上がる。

 この時点で、さっきまでのケンカの事を謝るのならば、まだ可愛げがあろうというものだ。

 

「まったく、お前らはシミュレーターの中でまでケンカしやがって。一体どういう了見だ!」

 

「でも、ネゲヴが」

 

「だって、UMP45が」

 

「でももだってもない!!」

 

 再び響き渡る怒号。真っ向からのこれはさすがに効いたのか、2人揃って身を竦める。

 今しがたのしれっとした態度も身を潜め、反省の様子が垣間見えたところで一息、指揮官自身も心を落ちつける。

 

「どうしても気の合わない相手、気に入らない相手がいるのは俺達人間だって同じだ。無理にお互いの仲を取り持つような事まではしない。ただ、そうやっていがみ合って、他の誰かを困らせるような事をしてはいけないよ」

 

「・・・ネゲヴの事はどうでも良いけど、指揮官に迷惑かけたのは悪かったわ」

 

「スペシャリストとして至らない点があったのは認めるわ。UMP45の事は置いといて」

 

「はぁ・・・俺の事はいいよ。それよりも、まずはあの娘に謝ること」

 

 背後、柵の角から41と一緒に3人の様子を覗きこんでいるモスバーグを指差す。

 

「お前達がケンカしてる間、モスバーグは傍で困り果てていたんだぞ? さっきまでの事を謝って、一緒にこっちに戻ってきなさい」

 

 はい、と素直に返事をすると45とネゲヴは肩を落としながらモスバーグのもとへと向かう。

 ちゃんとモスバーグに謝っているような様子を遠目に確認。4人で指揮官のところへと引き返してきた。

 

「2人からちゃんと謝罪があったかな?」

 

「はい! しっかりと謝っていただきました! ありがとうございます、指揮官!」

 

 普段から礼儀正しいモスバーグであるが、いつも以上に姿勢が正しすぎて逆に不自然な様子にも見えてしまう。

 

「あ、ああ、それならいいんだ。? どうしたんだ、41?」

 

 そんな彼女の脚にしがみつき、見上げている41に気がつく。

 頭を撫でようと手を伸ばすが、なんと、41はそんな指揮官の手から逃れるようにモスバーグの背後に完全に隠れてしまう。

 

「ご主人様・・・怖いですぅ」

 

「っ!!?」

 

 それは例えるならば、清々しい秋風がそよぐ朝。ブレックファーストのパンケーキセットを堪能している最中、こめかみにダネルの大口径弾をお見舞いされたかのような突然の衝撃。

 いつも嬉しそうに撫で撫でされてくれる41に怖がられた事で、指揮官はショックのあまり、その場に崩れ落ちてしまう。

 

「そりゃあねぇ。怒ってる指揮官、すっごく怖かったもの」

 

「ええ、それはもう、スペシャリストの私もシビれるほどにね」

 

 へたり込む指揮官の頭上で45とネゲヴが揃って頷き合う。

 

「お前ら、こんな時だけ仲良いのな」

 

 まだダメージは残っているが、いつまでもこうしているわけにはいかない。

 立ち上がり、ステージ攻略に取り掛かる事とする。

 

「それで、正門のセキュリティ解除ってのはどういうものなんだ?」

 

 45とネゲヴに案内され、正門に向かう。

 艶の無い、見るからに堅牢な金属製フレームで組まれた門の脇に、タッチ式の電子パネルが設置されている。

 パネルの下には数字やアルファベットが書かれたボードが貼り付けてあり、一見、ランダムに羅列されている文字群にも見えるが、ある法則を用いて解読すれば、それが門を開く解除コードになる仕組みだ。

 

「もうちょっとで解除出来そうだったんだけどね。横でネゲヴが口を挟むから」

 

「はぁ? これっぽっちも解読できてなかったくせに。指揮官の前だからって良い恰好するのは

やめてくれないかしら?」

 

 また再燃しそうになる2人を視線だけで収めると、指揮官は再び暗号ボードに視線を戻す。

 

「私はこういう解読作業には疎くて。お役に立てず申し訳ございません、指揮官」

 

「いや、気にしなくていいよ、モスバーグ。というか、これは・・・」

 

「とても簡単な暗号文ですね」

 

 あれだけ悩みまくっていた3人を気遣って言わなかった事をサラっと言ってしまったのは41である。

 途端に45、ネゲヴ、モスバーグがバツの悪そうな表情を浮かべるが、あえて見なかった事にしておく。

 

「やってみるかい?」

 

「はい!」

 

 すでにコードを解いていた41は、ササッとパネルを操作する。

 ブザーの音と共に門が開いた事が、解除コードが正しかった証である。

 

「こ、これくらい、スペシャリストの私なら1人でも解けたんだから!」

 

「本当にもうちょっとで解けたもの! 本当よ!?」

 

 途端、表向きで強がる2人の心象を現すかのように、ぽつりぽつりと雨が降ってきた。

 

「降ってきたか。みんな、早いところ屋敷に入ろう」

 

 大粒の冷たい雨は瞬く間に勢いを強め、ほんの数秒の後にはバケツをひっくり返したかのような豪雨へと変貌する。

 正門から屋敷までの石畳はかなり長く、全力疾走してもまだ半分くらいしか走破していないくらいだ。

 

「ふわぁ~! 走りづらいです~!」

 

「失礼しますよ、41」

 

 ずぶ濡れのコートを引きずり、辛そうにしている41をモスバーグがひょいと抱き上げる。

 

「しきか~ん、私も抱っこして~」

 

「身軽なUMP45は放っておいて、重装備な私を助けなさい!」

 

「お前ら、バカなこと言ってる暇があったら脚を動かせ!」

 

 モスバーグと41の様子を見て便乗しようという魂胆か、甘えてくる2人をスルーして全力疾走を続ける。

 ようやく屋敷の玄関屋根下に到着した頃には、外は数メートル先も見えないほどの集中豪雨に

見舞われていた。

 風も一段と強さを増し、嵐といってもいいくらいの様相を呈してきている。

 

「このまま屋敷内に入りますか? 差し支えなければ私が開けますが」

 

「ああ、頼むよ、モスバーグ」

 

 まるで、板チョコの様な装いの玄関扉にモスバーグが手をかける。

 ガコン、と重厚な音を響かせて扉が開く。

 その先に広がる光景を目の当たりにして、指揮官は警戒すらも忘れて見入ってしまう。

 広大なエントランスは見るからに高級そうな赤色の絨毯が一面に敷かれ、絵画や胸像で豪奢に飾り立てられている。

 エントランス中央に鎮座する、2階へと伸びる中央階段の煌びやかな装飾が、それら周囲の装いを更に引き立てているように見える。

 現代においては少ないながらも、まだ祭事の会場として使用されるものが残ってはいるが、

指揮官はこれほど絢爛豪華な邸宅に足を踏み入れた事は無い。

 いくらシミュレーター内での事とはいえ、あまりのリアリティに圧倒されてしまっていた。

 

「ずぶ濡れになっちゃったけど、払えばすぐに乾くんだからシミュレーターって本当に便利よね」

 

「コートは私がやってあげるから、脱いで自分の身体を払いなさい」

 

「はい、ありがとうございます、45さん」

 

「指揮官、どうなさったのですか? 早く入っていただかないと、扉を閉められないのですが」

 

 ・・・などと、この空間に対して小さくも感動を覚えてしまうが、戦術人形4人はさっさと中に入って身体をぽんぽんと払っている。

 慣れた空間だから、という事で特に感慨を抱く事もないのだろうが、なんだか、1人だけで驚いている自分が恥ずかしくなってしまう指揮官なのであった。

 

「すまない、モスバーグ。閉めてくれ」

 

 言って、指揮官がエントランスに踏み入れたのを確認すると、モスバーグが扉を閉めてくれる。

 急激に強まった雨風が打ち付ける音が、まるで獣の唸り声のようにエントランス内に響き渡る。それを聞いているだけで、この屋敷から出るという考えは完全に失せてしまった。

 

「ごめんくださ~い。誰かいらっしゃいますか~?」

 

 勝手にお邪魔してしまった手前、家主に向かって言葉を投げかけてみるが、その声は、煌びやかで冷たい空間に溶け込んでいくだけだった。

 これだけ豪華な装いにも関わらず、人の姿も気配も全く感じられないというのは気味の悪いものである。

 

「誰も出てこないわね。外には出られないのだし、このまま屋敷内を捜索しろって事なんじゃない?」

 

「そうだな。まずはこのエントランスから見て周ろうか。何があるか分からないから、全員、警戒は怠らないように」

 

 了解、と4人揃って返事をすると、エントランスを上手く散開して捜索にあたってくれる。

 エントランスの間取りは、玄関扉を南において、西と東に扉が3つずつ。北に扉が1つ。

 4人のやりとりを聞いたところ、東西の扉1つはそれぞれ応接間と食堂に繋がっており、2つは廊下が伸びているようである。

 まずはエントランスの捜索が目的なので、廊下の先がどこに繋がっているのかは後回し。

 最後に、中央階段の裏に隠れるように設けられた北側の扉を調べてみる。

 

「ご主人さま、この扉だけ他のと違いますね」

 

「重要な扉です! って言ってるようなもんだよな、コレ」

 

 エントランス内、他の扉と違って両開きというだけならまだそれほど気にならないのだが、扉には鍵がかかり、解錠する為の鍵穴の様なものは見当たらない。その代わりという事なのだろう、

左右のドアノブの傍に何かを嵌め込むような窪みがついている。

 どこかでキーアイテムを見つけてきて鍵を開ける、というゲームらしさ満点なギミックだ。

 

「鍵がかかっているのですか? でしたら、私にお任せ下さい」

 

 背後からは、聞くからに自信満々なモスバーグの声。

 鍵になりそうな物でも見つけたのだろうか、と振り返ると、彼女は大きな〝カギ〟を両手で構えて歩み寄ってきていた。

 

「ちょ、何する気だ!?」

 

「鍵開けは私の最も得意とするところですよ」

 

 その言葉でモスバーグが何をしようとしているのか分かった指揮官は、きょとんとしている41の手を引いて扉から離れた。

 

「41、耳を塞げ!」

 

 2人が耳を塞いだ、その直後だった。

 内臓にまで響くような、ショットガンの重い発砲音が3回、エントランスに響き渡った。

 至近弾で扉の蝶番を吹き飛ばし、ドアをぶち破る。お手本の様なショットガンの運用方法である。

 

「なになに!? 敵? 敵がいたの!?」

 

「殲滅ならスペシャリストの私に任せなさい!」

 

 騒ぎを聞きつけて彼のもとに走り寄ってくる45とネゲヴに問題ない、とサインを送る。

 

「あれ? 傷一つ付かないとは」

 

 散弾を撃ち込まれたというのに蝶番も壁も無傷。これは、ステージを1つクリアしてきた指揮官には予期出来た結果である。

 

「無駄だよ、モスバーグ。ステージには決められた進行手順っていうのがあるみたいで、その手順を飛ばして先に進む事はできないんだ」

 

 この場合は専用の鍵を用いて扉を開けること、というのが正式な手順なのだろう。モスバーグがやったように扉をぶち破って先に進む、という〝ズル〟はこの世界では不可能である。

 

「そうなのですね。先走ってしまい、申し訳ありませんでした」

 

「気にする事はないよ。これは遊びの様なものなんだから、気楽にやろう」

 

 しゅん、とした様子のモスバーグを慰めてあげたところで全員が扉の前に集合する。

 

「この扉の先に進む必要があるんだろうが、見ての通り鍵がかかっている。みんな、周囲を捜索している最中に鍵は見つからなかったかな? もしくは、ここの窪みに嵌りそうなモノとか」

 

 4人ともに首を横に振る。家具類はもちろん、調度品まで調べるように言っておいたので、

エントランス内に必要なモノは無いだろう。

 そうなると、いよいよこの広大な屋敷の中を捜索しなくてはならない。

 前ステージでは色々と大変な目に場面も多かったので、今回は慎重に事を進めたいところだ。

 

「それじゃあ、お屋敷内の大捜索ね。2チームで東西に分けて捜索するのがベストだと

思うんだけど、どうかな、指揮官?」

 

「それで構わないよ。チーム分けはどうする?」

 

「グーパーで決めよう!」

 

 握り拳を高らかに掲げ、45が宣言する。

 各々じゃんけんのグーとパーを出し、同じ手を出した者同士で分ける、というのが45の言うグーパー分けである。

 てっきり、いつものように戦力を考えて的確なチーム分けを行うのかと思いきや、かなり手抜きな分け方だったものだからガクリと力が抜けてしまう。

 だが、今さっきモスバーグに遊びだからと言った手前、口出しする気もない指揮官である。

 

「それで良いのかしら? 大好きな指揮官と別になって泣きベソかいても知らないわよ?」

 

「あら、心配してくれてありがとう。でも、私と指揮官は特別な縁で結ばれてるから、離れるなんて有り得ないのよね~」

 

 さっき怒鳴られてしんみりしていたのもどこへやら。再びバチバチし始める2人だが、もう疲れたのでスルーを決め込む。

 

「一緒のチームになれると良いですね、41」

 

「はい! モスバーグさんとご主人さまも一緒だととても心強いです!」

 

「俺も心強いよ。キミ達2人がいてくれて本当に良かったと心から思っている」

 

 指揮官にとって、このチームの癒しである41かモスバーグのどちらかは同じチームにしなければならない。

 45とネゲヴに挟まれでもしたら、それはもう目も当てられない状況になる事請け合いなのだ。

 

「じゃあ、いっくよ~。ぐぅ~ぱっ!」

 

 45の掛け声に合わせ、円になった5人が中央に向かって同時に手を出す。

 指揮官と同じパーを出したのは、45、モスバーグ、41。

 グーはネゲヴだけ。

 悲惨な結果であるが、こういう結果になる可能性が十分にあるグーパー分けは、任意の人数で別れるまで繰り返し行われるのが基本だ。

 ・・・しかし

 

「はい、ネゲヴぼっち~」

 

 超ドヤ顔で45が言ったが最後。もう、この先の展開が読めてしまって、指揮官の頭痛も数割増しである。

 

「い、いいもん、1人だって! むしろ1人の方が戦いやすくて楽だし! ぜんっぜん、どうってことないし!」

 

「いやいや、1人じゃあさすがに危険だろう。2対3になるまで継続だ」

 

 顔を赤らめ、無理してるのみえみえで言うネゲヴをフォローしてみるが、効果はかなり望み薄だ。プライドが高いという事もあって、一度ムキになったネゲヴは、もう動かざることなんとやらなのである。

 

「いいの! 私1人で鍵みたいなの全部見つけてやるんだから、首洗って待ってなさいよ、

指揮官!」

 

 いつのまにか指揮官に矛先を向けるや、ネゲヴは踵を返し、1人でずんずんとエントランス西側に向かって突き進んで行ってしまう。

 逆効果になりかねないとは分かっていても、本当に1人で行かせてしまうのは躊躇われる。

ネゲヴを追いかけようと踏み出す指揮官だったが・・・

 

「私が行きますよ。指揮官が行ってはおそらく逆効果ですから」

 

 それを制止したのはモスバーグだった。

 本当にもう、モスバーグには頭が上がらないどころか、脚を向けて眠れない立場である。

 

「すまない。頼んでもいいかな?」

 

「ええ、マシンガンの彼女とは相性の良い私ですから」

 

 そう柔らかく微笑むと、すでにエントランスから出て行ってしまったネゲヴを追いかけていく。

 

「やっぱり頼りになる娘だな」

 

 感心するその視線の先、モスバーグは扉を開け、エントランスから出て行くが・・・それは、

ネゲヴが出ていった扉の横の扉であった。

 まさか、そんな面白い事をするとは夢にも思わなかった指揮官には、それを注意してあげる暇すらもなかった。

 

「・・・ま、まぁ、ちょっと抜けてるとこもあるけど。頼りになるのは変わらないよな、うん」

 

 自分を無理に納得させるように一つ頷いておく。

 

「さぁ、一緒のチームで楽しく探検しましょ~」

 

 両腕を広げ、体いっぱいで嬉しさを表現する45。ネゲヴを追い払った事に対しての罪悪感など微塵も感じてないご様子だ。

 

「お前、少しは罪悪感とか無いのかい?」

 

「1人でも平気だって言ったのはネゲヴだもの。私は何も悪い事してませ~ん」

 

 やっぱり45は予想通りの罪悪感ゼロで、見ていていっそのこと清々しく感じるくらいである。

 

「はぁ~・・・っていうか、41はどこに行ったんだ?」

 

「モスバーグに感化されたのか、私達の為に先行して様子を見てくるってさ。だから~、今は

2人っきり!」

 

 言って、腕に抱きつこうと飛びかかってくる45をヒラリと避けてみせる。

 もう、45の行動は初動で大体見抜ける指揮官なのだ。

 

「な、何で避けるのよぅ?」

 

「今はダメ。41を追いかけるのが先だから」

 

「え~? きっと、41は私達に気を遣って2人っきりにしてくれたんだよ? ご厚意には甘えるべきだと私は思うけどな~」

 

「俺は思わん。何があるか分からない場所なんだから、できれば目の届く範囲に居てもらいたい」

 

「む~~」

 

 頬を膨らませ、拗ねてみせる45が可愛くて仕方ないところだが、今はそれよりも重要なことがあるので我慢。指揮官としての威厳を見せる為に、歯を食いしばって超我慢である。

 エントランス東に設けられた3つの扉のうちの1つ、41が入っていった扉を開くと、2人が並んで通れるほどの広さの廊下が真っ直ぐに伸びていた。

 その先、右に折れた角で銃を構える41の姿が確認出来る。

 

「41、先に何かあるのか?」

 

 接敵している可能性も考え、銃を抜いて41に確認を行う。

 

「いえ、廊下の先に扉があるだけです。ご主人さまと45さんはゆっくり付いてきて下さい」

 

 そう答え、41はまた先に進んでいってしまう。

 45の言うとおり、なんとなく指揮官達の事を気遣っているような雰囲気を感じられる。

 

「扉の先には進むな! 俺達が付くまで待機してろ!」

 

 分かりました~、という返事が先から響いてくるのを聞きながら廊下を進む。

 相変わらず床の絨毯はフカフカだし、真っ白な壁紙には染み一つ無い。これだけ手入れが行き届いているのに、この屋敷内には指揮官と戦術人形達以外の生気というものは微塵も感じられない。

 いよいよもって、指揮官の本能が警鐘を鳴らしはじめている。

 

「指揮官、その服装カッコイイね」

 

「そりゃあどうも」

 

「・・・サングラス掛けないの? もっとカッコ良くなると思うよ」

 

「眩しくないから必要ないよ。前のステージからの流れで持ってるだけだし」

 

 背後に付いてきている45の様子が、ちょっと変だとここで気が付く。

 こういった、リアクションに困る内容を振ってくるのは稀なことなのである。

 

「もしかして、さっき俺が怒鳴った事を気にしてる?」

 

「・・・・・・うん」

 

 背後を見やると、45は浮かない表情のまま後ろで手を組んでいた。

 45がこれだけヘコんだ様子を見せるのは、ボロボロにやられて任務失敗した時くらいのものである。

 指揮官の素っ気ない返答を聞き、さっきの事を怒っていると思ってしまったようである。

 どうやら、お説教による45の精神的ダメージは予想以上に大きかったらしい。

 

「さっきネゲヴとケンカした事、本当に反省してるわ。だから、私の事を嫌いにならないで

ほしい」

 

 まさか、これほど直球な台詞を投げかけてくるとは思わなかったので、つい笑いが零れて

しまう。

 真面目に怒ってやればこんなにしおらしくて可愛い45を見られるんだな、と心の隅で悪い事を思ってしまったのは内緒の話しである。

 

「何だよそれ。もう、そのくらいでどうこうなる程度の仲じゃないだろう?」

 

「・・・本当に?」

 

「少なくとも、俺はそう思ってる。45は俺がちょっと悪い事したらすぐに嫌いになったり

する?」

 

 静かに首を横に振る45の様子を見て安心する指揮官。後ろに振り返り、45の頭をそっと抱き寄せる。

 突然の事に少し驚いた様子の45だったが、すぐに自分から指揮官の胸に身体を預けてくる。

 

「分かってくれたなら良し。服装を褒めるとか、そんなご機嫌伺いみたいな真似するんじゃないの。お前らしくないから」

 

「そんなつもりじゃないよ。指揮官のロングコート姿、すごく似合ってる。たぶん、他の娘もそう思うんじゃないかな?」

 

 45の言うとおり、この恰好を見た41も随分と褒めてくれていた。しかし、鉄血のエリート

人形みたいな格好にも見えかねないので、万が一、誤射されたらたまったものではない。

 褒めてくれたという事だけありがたく受け取っておいて、でも、現実では着る事の無い服装として封印されるのが運命であろう。

 

「・・・でも、〝ソレ〟はちょっと気に入らないかなぁ」

 

「何だよ、ソレって?」

 

 今までのしおらしい様子から一変、45の声色が氷の様な冷たさを帯びる。

 普段通りを装っているが、指揮官の背筋に嫌な予感が迸った。

 

「何、その銃?」

 

 〝銃〟が〝女〟に空耳してしまいそうなフレーズと共に45が指差したのは、指揮官が手にしている拳銃だった。

 

「これ? これは、前のステージ開始時から持ってた銃で」

 

「そういう事を言ってるんじゃないの! それ、カスタムされてるけどベースはガバメント

でしょ!」

 

 つまり、お姫様は自分とお揃いの銃を持っていない事がお気に召さないご様子。それも、

グリフィン内の別の戦術人形と同じ銃だったものだから尚更だ。

 

「俺がガバメント使ってるからって妬く事ないだろう? 大口径でパワーあるしグリップは握りやすくて使いやすいし」

 

「や、妬いてなんかないし! 私の前で他の銃を褒めるなぁ! バカ!」

 

 ぼすん、と指揮官の胸を叩いて捲し立てると、45は乱暴な足取りで先に進んで行ってしまう。

 

「しょんぼりしたり怒ったり忙しいな」

 

 ぼやきつつ、でも、いつものような彼女に戻ってくれた事に安心して、指揮官も45の後を

追って歩き出す。

 

「45さん、ご主人さまと仲直りできましたか?」

 

「もちろんよ。さあ、一緒に先に進みましょう」

 

「ふぇ? ご主人様を待たないと・・・」

 

「いいからいいから、あんなの放っておけばいいの」

 

 まだ指揮官は廊下の角を曲がったところだというのに、先に41と合流した45は指揮官を置いて2人で先に進もうとしている。

 

「お~い。俺を置いて行かないでくれ~」

 

 そんな、45なりの意趣返しを甘んじて受け止める指揮官は、言いつつも、急いで2人のもとに駆けつけるようなことはしなかった。

 41に見えないよう、指揮官に向って舌を出す45の姿が扉の先に消える。

 

「まったく、可愛いヤツめ」

 

 言葉と共に、つい笑顔まで零してしまった事に気恥しさを感じてしまうが、この廊下には他に誰もいやしないのでセーフとしておく。

 少し早足に廊下を進み、突き当たりの扉に手が届くまであと数歩。

 ・・・別段、何が聞こえたわけでも、違和感を感じたわけでもない。ふと、何気なく背後に視線を移した時だった。

 

「・・・?」

 

 今しがた歩いてきたばかりの長い廊下。その先、左に折れる角から、こちらを覗き見る人影が目についた。

 ネゲヴでもモスバーグでもないのは一目瞭然。でも、指揮官が警戒態勢に移行しなかったのは、その人物が年端もいかない少女だったからだ。

 

「えっと・・・こんにちは。キミは、このお屋敷に住んでいるのかな?」

 

 笑顔で語りかけてみると、少女は廊下の角から進みでてくれた。

 背の中ほどまで伸びた金糸のように煌びやかなブロンド。蒼天を思わせる澄んだ青色の瞳。

指揮官が屈んで、ようやく目線が合うくらいの身長の少女は、ドレスの様な装丁が施された黒い

ワンピースの裾を揺らしながら、とてとてと歩み進んでくる。

 あまりにも出来過ぎた愛らしさを纏う少女に、既視感を抱いてしまう。

 

「1人なのかな? お父さんかお母さんはどこにいるの?」

 

 屈みこみ、少女と目線を合わせて会話を試みる。

 ステージ内に存在する人物との会話は、あるキーワードを含めた会話でなければ成立しない。

今の状況を考え、相手が反応してくれるまで会話を投げかけ続けるという、少々めんどくさい方法になってしまうのだ。

 思いついた会話を投げかけ続けるが、少女は一向に反応を見せる事なく、じっと指揮官の事を見つめ続けている。

 生気の薄い、透き通った瞳を間近で目の当たりにして、ついさっきの既視感の原因に心当たりが浮かんだ。

 この少女の纏う雰囲気は、共に過ごしている仲間達、戦術人形達にとても似ているのだ。

 

「一緒に来るかい?」

 

 そんな彼女達に合わせたら何かリアクションがあるかもしれない。そう思って聞いたこの言葉が大当たり。少女はコクリと頷いて、小さな手を差し出してくれた。

 

「よし、じゃあ、行こうか」

 

 立ち上がり、少女の手を優しく握る。

 その最、少女の首にかけられているネックレスに目が止まった。

 革紐に繋がれたトップには、血のように濃い赤色の宝石。その大きさ、形ともにエントランスの扉の窪みにピッタリと嵌りそうである。

 

(この子がカギを握ってるってところか? さて、ここからどうやって話しを進めたものか・・・)

 

 さしあたり、この子を45と41に合わせて反応を見るのが先決。

 ピッタリと寄り添う少女を連れて、指揮官は扉の先へと進んで行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~NEXT プレイヤーズフロントライン~

 

 

 

 

「このっ! すぐにスクラップにしてあげるわ!」

 

 

 バトったり

 

 

 

「一部の人間はね、こうして犠牲になった仲間へ祈りを捧げるんだ」

 

 

 しんみりしたり

 

 

 

「ネゲヴと指揮官の子供かと」

 

 

 でもやっぱり

 

 

 

「ああ、あのオッパイお化けね」

 

 

 いつものクオリティです。はい

 

 

 

 

 プレイヤーズフロントライン 5話 Coming Soon




やっぱり確執のある45とネゲヴですね。

前作からの続きということもあるのですが、個人的にはこの2人がギスギスする様子が非常に良い感じなので、これからも2人はこんなきっと感じです。

それでは、来週もどうかお楽しみに。


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プレイヤーズフロントライン 5話

ネット回線の脆弱さに四苦八苦する、そんな今日この頃。どうも、弱音御前です。

今作も中盤に差し掛かろうというところですが、お楽しいいただけていれば幸いに思います。

それでは、今週もごゆるりとどうぞ


 これまでのプレイヤーズフロントラインは・・・

 

 

 

 

「聞くに、ゲームの中に入りたい、とか?」

 

 

「そういう事で俺もテストに同行する事になったから、みんなよろしく」

 

 

「スペシャリストの私に向かってよくも! 今日この場で叩きのめしてやるわ、UMP45!」

 

 

「本当に反省してるわ。だから、私の事を嫌いにならないでほしい」

 

 

「えっと・・・こんにちは。キミは、このお屋敷に住んでいるのかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アナタ、1人なのかしら? 他にこの屋敷に住んでいる人はいる?」

 

 1人で屋敷内の捜索にあたっていたネゲヴは、エントランスから伸びる廊下の先、書斎を見回っている最中に見知らぬ少女と出くわした。

 ブロンドの長髪にドレスの様な装丁の黒いワンピース。瞳は、見つめていると吸い込まれてしまいそうな澄んだ青色をしている。

 ネゲヴよりも少しだけ身長の低い、まだ年端のいかない少女だ。

 

「ん~・・・言葉がわからないのかしら?」

 

 自身が知っている限りの様々な言語で質問を投げかけるが、少女は黙したまま、ジッとネゲヴを見つめているだけである。

 

「もういいわ。勝手にしてちょうだい」

 

 捜索を続けた方が有意義、と判断したネゲヴは少女に背を向けると再び書斎の中を周りはじめる。

 エントランスに負けず劣らずの広さを誇るこの部屋には、天井まで届くほど高い本棚が何列も

立ち並び、それらには隙間がないほどキッチリと本が詰め込まれている。

 この屋敷の主の性格が良く分かる部屋である。

 

「はぁ~、役に立ちそうなモノは無いわね」

 

 家具類や絨毯の裏など、おおよそ物を隠せそうな場所は一通り目を通したが、気になるような物は見つからない。

 この部屋にところ狭しと並べられた本のいづれかに隠している、となってしまうとそれこそ

ネゲヴ1人ではお手上げなので、誰かの協力を仰がなくてはならない。

 まぁ、1人でムキになって飛び出してきてしまった手前、そんな事を言えやしないので、他の誰かが自然と探しに来るのを待つというのが妥当だ。

 流石わたし、スペシャルな作戦だわ、と心の中で頷いて、この部屋の捜索の打ち切りを決める。

 

「・・・一緒に来る?」

 

 背後について来ていた少女に問いかける。

 ネゲヴが部屋を歩き周っている間、少女が一定距離を保ったままついてきていたことには気が付いていた。

 敵意を感じない少女なので、放っておいても構わないという考えのネゲヴだったのだが、このままだと部屋の外にまでも付いてこられそうなので、いちおう確認してみた次第である。

 これまで何を言っても無反応だった少女が、コクリと小さく頷く。

 

「言葉わかるんじゃない。それなら、返事くらいちゃんとしなさい。礼儀をわきまえないと、せっかくの美人が台無しよ?」

 

 差し出された少女の手を握り、2人並んで書斎をあとにする。

 エントランスから伸びる長い廊下の突き当たりに書斎は存在し、その途中には扉が2つ設けられていた。まずは一番奥の部屋から捜索する、というのがネゲヴの考えだったので、廊下を戻りつつ、手近な扉から捜索を続けていく。

 

「名前はなんていうのかしら?」

 

 廊下をゆっくりと歩きつつ、傍らの少女に問いかけてみるが、やはり無言のままネゲヴの事を

見上げるだけである。

 手を繋いでくれているということは嫌われてはいないのだろうが、ここまで頑なに口を紡がれ続けるというのも少し寂しいものである。

 廊下の角を曲がり・・・急に現れた人物を視認してネゲヴは足を止める。

 

「ようやく見つけました。もう、1人で勝手に進んではいけませんよ、ネゲヴ」

 

 すぐ目の前、これから捜索しようとしていた扉の前にはモスバーグが立っていた。

 ネゲヴと同様に扉の先を調べようとしているのか、ノブに手をかけて今まさに扉を開けようという様子だ。

 

「アナタだって1人でいるじゃない。私みたいにUMP45に厄介払いされたクチかしら?」

 

「ネゲヴの事が心配で追いかけてきたんですよ。私と一緒に捜索して周りましょう」

 

 指揮官には合わせる顔がない。41みたいな幼い感じの戦術人形に頼るのは恥ずかしい。45に頼るくらいなら死んだ方がマシ。まだ面識が薄く、ロクに会話をした事もないモスバーグが来てくれた事は、ネゲヴにとって最高の展開であった。

 

「私は1人で平気だって言ったはずだけど。ついてくるっていうなら、好きにすれば?」

 

 ただ、嬉しいという気持ちをモスバーグに露わにするのはどうしても憚られてしまう。本当は、モスバーグのように真っ直ぐな言葉を向けるのが適切なのは理解しているが、こればかりはどうしようもないのである。

 

「ええ、ではそうさせてもらいますね。・・・おや? その子は?」

 

「ん? ああ、この先の部屋にいた子よ。1人で放っておくのもかわいそうだったから連れて

きたの」

 

 廊下の角に姿が隠れていた少女にモスバーグがようやく気が付く。自分よりもかなり身長の高いモスバーグを見ても、やはり少女は表情ひとつ変える事はない。

 

「そうなのですか。てっきり、ネゲヴと指揮官の子供かと思いましたよ」

 

「んな! ななななな何を言ってんのよ、アナタ!?」

 

 規律正しく凛とした彼女から、まさかこんな性質の悪い冗談が飛び出すとは思わなかったので、スペシャリストとしてあるまじき態度を表してしまうネゲヴ。

 クスクスと可愛らしく笑うモスバーグには何も言い返せず、視線を逸らすことで反撃として

おいた。

 

「こんにちは、お嬢さん。私はモスバーグといいます。お嬢さんのお名前は?」

 

「無駄よ。この子、いくら話しかけたって一言たりとも返して・・・」

 

「私はリリア。ブロウニング家の屋敷にようこそ、モスバーグさん」

 

「ちょっと! 何でモスバーグにだけ返答するのよ!?」

 

 ワンピースの裾を摘まみ上げ、恭しいお辞儀と共に挨拶を返す少女を見て、つい全力でツッコミを入れてしまうネゲヴ。

 これもまた、スペシャリストにあるまじき失態である。

 

「それはネゲヴがちゃんとした挨拶をしなかったからではないですか? 相手の名を訪ねる前に、まず自分から名乗らなければいけませんよ?」

 

 思い返してみれば、確かにモスバーグの言うとおりである。

 戦闘であればグリフィン内の誰にも負けないという自信があるネゲヴだが、まさか、こんなところで自らの至らなさを思い知らされることになるとは思いもしなかった。

 真のスペシャリストへの道はまだもう少しだけ続いているようである。

 

「まあ、この子の事はひとまず置いとくとして。アナタもこの先を調べようっていう魂胆だったのかしら?」

 

「はい。向こうの扉の先は用具室で役に立ちそうなモノは見つかりませんでした。次はこの部屋を、というところです」

 

「じゃあ、さっさと済ませましょう。ここに何も無かったらアナタの手を貸してほしい事があるから、よろしくね」

 

 書斎大捜索の旨を予告しておき、廊下の扉を開く。

 グリフィン宿舎の一室よりも少し広い程度の応接室には、見るからに高級そうなテーブルに

ソファー、デスクが並べ置かれている。

 

「あれは暖炉というものでしたか。初めて見ましたが、素晴らしいですね」

 

 この室内でもっとも目をひくレンガ造りの暖炉を見て、モスバーグが嬉しそうに歩み進んで

いく。

 

「この部屋は調べるような箇所が少なそうね。助かるわ」

 

 捜索を開始する為に歩み出すと、そこでネゲヴが握っていた少女の手が離れた。

 

「どうしたの?」

 

 やはりネゲヴの問いには答えてくれず、少女は扉の前で佇んだままだ。

 好きにさせてあげればいい、とネゲヴはそれ以上は何も言葉をかけず捜索に移る。

 分厚い木製のテーブルの裏側を覗きこみ、ついでにソファーの下も探るが気にかかるものは見つからない。

 

「ネゲヴはお付き合いのある友人は多いのですか?」

 

 ネゲヴが立ちあがったところで、部屋の隅の棚を調べていたモスバーグが話しかけてきた。

 

「さあ、どうかしらね。色々とお話できる相手くらいはいるけど」

 

 出身が同じタボールなどは任務はもとより、一緒に食事や遊んだりもするくらいの仲だ。あとは、前回の大規模演習で同じチームになった戦術人形の中で数人、といったところである。

 それが多いかどうかは分からないが、困ってはいない。グリフィン内でも気難しいメンタルであると自分でも理解しているネゲヴなので、それを考慮すれば妥当な人数なのだろう。

 

「そういうアナタはどうなのかしら。まだショットガンの娘は少ないでしょう?」

 

「なにも、ショットガンの娘達しか友人がいないという事もないのですが・・・ああ、先日

ようやくスパスと仲良しになれましたよ」

 

「ああ、あのオッパイお化けね」

 

 スパスという名にあまり良い思い出はない。

 1ヶ月ほど前に実施された大規模演習では、スパスがいなければ、45のチームに遅れをとることは絶対になかったのだ。

 ネゲヴにとって、スパスとは死神に等しい名である。ただ、そんな死神からもあれ以来、懐かれてしまっているようで、顔を合わせる度ににじり寄られる日々が続いている。

 まぁ、そんなスパスを無碍にしきれないあたり、ネゲヴもまだ甘ちゃんという事だ。

 

「オッパイお化けとは、また面白い呼び名ですね・・・っと、これはライターでしょうか?

オイルも入っているようです」

 

 戸棚の中からモスバーグが見つけたのは、くすんだオイルライター。これまでの捜索で見つけた唯一の小物なので、きっとステージの進行に役立つ物のはずだ。

 

「副官とも仲が良さそうですし、羨ましいです」

 

「はあ? 私とUMP45が仲良しとか、アンタ、眼の回路がショートしてんじゃないの?」

 

 テーブル周りには何もない事を確認し、次は暖炉の捜索に移る。

 赤いレンガ造りの豪奢な暖炉には、ご丁寧にも新品の薪がくべてある。

 

「人間の言葉には、ケンカするほど仲が良い、というものがあるそうですよ」

 

「仲が悪いからケンカするんでしょ? ほんと、人間の考える事ってわけわかんない」

 

 45とネゲヴは仲良し、というモスバーグの主張を否定する為にそう答えてはみたが、良く考えてみれば確かに、指揮官と45も言い合いをしているのを耳にした事が何度かある。

 その主張もあながち間違いではないのかもしれない、という考えがほんの少しだけ芽生えるが、わざわざ口にするつもりもないのである。

 暖炉の中を探り終え、次にネゲヴは暖炉の外観に目を向けた。

 レンガを1つ1つ組みあげた丁寧な作りの暖炉外観の中央部分には、金属製のエンブレムが取り付けられている。

 鷲が大きく翼を広げて獲物を捉えている瞬間の紋様で、捕まえられている獲物の部分には濃紺色の宝石が嵌められている。

 その宝石の大きさ、形ともにエントランスの扉に設けられた窪みと一致しそうだ、とネゲヴは心の中で静かに笑みを零した。

 取り外そうと背伸びをして宝石に手をかけるが、しっかりと取り付けされているようで指で摘まんで引っ張った程度ではビクともしてくれない。

 

「そのエンブレムを外したいのですか?」

 

「う~ん、エンブレムっていうか宝石の方が気になってるんだけど、硬くて・・・」

 

「では、私が取りましょうか」

 

 一杯に背伸びして苦戦するネゲヴを見て、背後からモスバーグが協力を申し出てくれる。

 非常に気が効いて良い事なのだが、ジャコン! と弾薬を装填する音を耳にしてついさっきの

エントランスでの一幕がネゲヴの脳裏を過った。

 

「こらこら! アナタ、また力づくで解決しようとしてるでしょ! さっき指揮官に言われた事、もう忘れたの!?」

 

 ステージを進行させるには決められた手順を踏まなければいけない。エントランスで扉をぶち破れなかったのと同じように、この宝石も手で外れない以上、何らかの方法でなければ取れないということだ。

 

「そ、そうでしたね。申し訳ございません、ネゲヴ」

 

「ったく・・・あのオッパイお化けもそうだったけど、ショットガンってのはみんな野蛮すぎるのよ。少しは頭を使うっていう事を覚えなさい」

 

 しょんぼりとしたモスバーグを背後に、ネゲヴは宝石から手を離すと次の一手を考える。

 仕掛けとして一番有力なのはスイッチの存在だ。モスバーグに指示をかけてレンガの一片が

スイッチにでもなってやしないかと全てのレンガを探ってみるが、その様子はない。

 さっき調べた場所も、隠しスイッチの存在を考慮して2人でもう一度調べ周るが、やはり、そのようなものは見つからなかった。

 

「ネゲヴの考えすぎではないですか? 実は、もっと頑張って引っ張れば外れるとか」

 

 言って、モスバーグは手で宝石を外しにかかる。宝石はビクともしていないが、モスバーグが

力を込める度に、エンブレムが固定されている暖炉全体がギシギシと悲鳴をあげているのがまた恐ろしい。

 

「ん~・・・何かある筈なのよね。何かが・・・」

 

 依然として宝石外しに悪戦苦闘のモスバーグの脚元に視線を向けて、そこで、スペシャリストの直感が鋭く煌めいた。

 

「アナタ、さっきライターを見つけたわね。貸しなさい」

 

 ネゲヴの申し出を受け、モスバーグはポケットから取り出したライターをネゲヴに手渡す。

 ローラーを指で弾くと、小気味良い音と火花を伴い、真っ赤な炎があがった。

 火がついたままのライターを手にネゲヴは暖炉の前で屈むと、中に並べてある薪に近付ける。

 まるで、燃料でもまぶしてあったのかと思える程にあっさりと薪が炎に巻かれていく。

 パチパチ、と炎は揺らめき、煙は暖炉の煙突内に吸い込まれるように立ち昇っている。

 

「これで宝石が外れるのですか? どういう原理なのでしょう」

 

「原理も何もないでしょ。ここは非現実の世界なんだから」

 

 話しをしている最中、モスバーグがあれだけ力を入れてもビクともしなかった宝石が何の前触れもなくエンブレムから外れ落ちた。

 暖炉の淵でカツン、とバウンドして飛んできた宝石をネゲヴは見事に空中キャッチ。

 

「お見事です、ネゲヴ」

 

「これくらい、スペシャリストの私にとっては朝飯前よ」

 

 自分の手が透けて見えるほどに澄んだ宝石は、やはり見れば見るほどにエントランスの扉に嵌めこむのにちょうど良さそうな形状である。

 宝石をポケットに仕舞うと、一旦、エントランスに戻ろうと踵を返す。

 

「リリアだったかしら? 廊下に出るから、そこをどいてちょうだい」

 

 部屋に入ってきた時と同様、少女は扉の前に立ったまま。ついさっきは感じなかったが、今その様子を見るとまるで扉を塞ぐかのような佇まいである。

 ネゲヴの言葉に、やはり少女は全くの無反応。無理やりどかすことも可能であるが、

シュミレーターの中とはいえ、少女を相手に強硬手段をとりたくはない。

 

「リリア、私たちは廊下に出たいのです。そこをどいてくれませんか?」

 

 何か嫌な予感を覚えたネゲヴの手が自然と銃のグリップに伸びる。

 

「お姉さんたちもここから出て行ってしまうの?」

 

「ええ、そうですね。よろしければ、リリアも一緒に行きますか?」

 

 そう言ってモスバーグが手を差し出すが、少女はその手を見つめ返すだけで、手を掴もうという素振りは見えない。

 

「ここ、ブロウニングの屋敷はお人形達のお家。私と同じである皆さんにも、楽しい時間をお約束しますよ?」

 

「そう言ってくれるのはありがたいのですが・・・」

 

「さがりなさい、モスバーグ。何か変よ」

 

 銃を構え、少女に狙いをつける。いよいよ、相手が少女だからといって躊躇ってはいられないとネゲヴの戦闘勘が告げている。

 

「なにも、こんな小さな子に銃を向けなくても」

 

 そう言って、モスバーグが再び少女に視線を戻したところで異変が始まる。

 

「私達と一緒にここにいましょう・・・私達と一緒にイッショニココカラニガサナイニガサナイニガサナイ」

 

 ガギガギ、と耳障りな金属をあげて急激に伸びていく四肢と胴体。漆黒の可愛らしいドレスは

身体の巨大化と共に背中から飛び出してきた4本の蜘蛛の脚の様な長い腕で無残に引き裂かれていく。

 少女の身体がモスバーグの身長を凌駕するほどの巨大な異形に変貌する様子は、まるで植物の

成長観察を倍速映像で見ているような気分だ。

 

「これはまた・・・トンデモないですね」

 

「RFBのゲームの趣味を疑うわ」

 

 顔を引き攣らせて後退しながらも銃を構えるモスバーグ。

 そうして、2人が並び立ったのを合図としたかのように異形の怪物が行動を開始する。

 

「~~~~~~~~!!」

 

 頭の芯まで響きそうなくらい不快な金切り声をあげ、怪物が背中から生えた脚を振りまわす。

 狭い室内だという事などお構いなしに壁を抉り、家具をなぎ倒しながら2人に迫る。

 

「屈んでいて下さい、ネゲヴ!」

 

「くっ!」

 

 ネゲヴに回避を指示し、モスバーグは展開した盾で脚を受け止める。

 重い金属音を響かせ、一旦は脚を完全に受け止めきるモスバーグ。

 しかし・・・

 

「========!!」

 

「きゃあ!!?」

 

 雄叫びと共に力を込め直した脚に負け、モスバーグの身体が軽々と吹き飛ばされる。

 

「モスバーグ!」

 

 木製の戸棚に激突し、破片が盛大に飛び散るがここはシュミレーター内の為、実際にモスバーグが怪我をする事は無い。すぐに体勢を立て直そうと破片の中でもがいているのが良い証拠だ。

 

「この! すぐにスクラップにしてあげるわ!」

 

 天井まで届くほどの巨体に向け、ネゲヴがトリガーを引く。

 鳴りやまぬ銃声、床に降り注ぐ無数の空薬莢。弾丸の集中豪雨が怪物に向けて襲いかかるが、

弾丸は命中こそすれ、外殻で火花を散らしているだけで貫いている様子が全く見られない。

 

「くそっ! 徹甲弾でも貫けないなんて、どうなってんのよ!?」

 

 悪態をつき、ベルトリンクに眼を向けてみると・・・そこに連なる弾丸はまさかの通常弾。いつも金色徹甲弾を装備させてもらっていたネゲヴには、もう通常弾を装備、という考えは頭から抜け落ちてしまっていたのだ。

 自分の装備すらもしっかり確認しないとは・・・スペシャリスト、痛恨っ!

 

「っとぉ!?」

 

 振り降ろされた鋭い足先を寸でのところで回避する。

 絨毯ごと床に巨大な穴が開くのを見て背筋が凍りつく。現実と違って痛みはないとはいえ、こんなのを見せられたら誰だって末恐ろしくなるに決まっている。

 

「鉄血の人形どもが可愛く見えてくるわね。っていうか、アンタみたいなのと一緒の人形扱いされたくないんだけど」

 

「~~~~~~~~!」

 

 ネゲヴの悪態が気に触ったかのように、怪物が雄叫びをあげて脚を振りまわす。

 4本の脚が同時に、子供がおもちゃを振りまわすかのような乱雑さで暴れ回る。

 それらを回避しつつ弾丸を撃ち込み続けるネゲヴだが、相変わらずダメージは無さそうだ。あの異形に不釣り合いな少女のままの頭部にもお見舞いしてみたが、それでも効果は無い。

 

(攻略には手順が必要・・・となると、このバケモノを倒すのも何か必要な事が?)

 

 これ以上、無駄に弾を消費できないと判断するや、ネゲヴは反撃を止めて回避と観察に専念しはじめる。

 距離を取りだしたネゲヴを前に、怪物は一旦攻撃の手を休める・・・と思いきや、どこから取り出したのか、小皿ほどの大きさの円盤カッターを投げ飛ばしてきた。

 

「ああもう! めんどくさいヤツね!」

 

 狭い室内、なぜか誘導機能付き、沢山飛んでくる、と不利なこと目白押しな中でもなんとか回避を続けるネゲヴ。

 しかし、さすがにマシンガンの回避性能では限界があった。

 目前に迫るカッター。回避を行った直後でネゲヴは体勢を直しきれない。

 

「やば・・・」

 

 もう、コンマ数秒の後には頭部が切り落とされた自分の姿を思い浮かべられるほどの絶望的な

状況。

 直後、眼前でいきなりカッターが破裂した事で一気に意識が目覚める。

 

「お待たせしました。フォローしますよ、ネゲヴ」

 

 ショットシェルが舞う毎に、カッターの悉くが砕け飛ぶ。

 飛びまわる小さな的を撃ち抜くというのも、散弾を扱えるショットガンの利点だ。

 

「ここも手順というものを踏まないと切り抜けられないのでしょう? 何か案は無いのですか?」

 

「いま考えてるから、ちょっと待ってなさい!」

 

「お願いしますよ。スペシャリストの貴女だけが頼りなんですから」

 

 こういうときだけスペシャリストと煽てやがって、と心の中で悪態をつきつつも、モスバーグが注意を惹きつけている間に再び敵の観察に集中する。

 ネゲヴ達、戦術人形とは似ても似つかないような歪な人形であるが、人の形をしているという点は変わらない。つまり、人における弱点がコイツの弱点であると推測できる。

 通常弾でも撃ち抜けるくらい外殻の薄い場所は、人の身体においてどこにあるのか?

 

「眼、口内、関節部・・・」

 

 振りまわす脚と腕に目を向けて、その関節部で見え隠れする小さな隙間を捉える。

 肌色の外殻と違う、真っ暗なその隙間は明らかに外殻内部を見通しているものだ。

 あまりにも完璧なアイディアに口元を釣り上げると、ネゲヴは怪物の関節部を狙って銃撃を開始した。

 室内でのクロスレンジ戦はそれこそ10メートルもないほどの距離。関節部の僅かな隙間を

狙っての銃撃など、戦術人形にとっては造作もない事だ。

 

「モスバーグ! 私が関節にダメージを与える。合図したらトドメよろしく!」

 

「了解!」

 

 ネゲヴの予想は的中。関節への攻撃を続けていると、あれだけしっかりと振りまわしていた腕と足の動きが段々とぎこちなくなってきている。

 

「=======!」

 

 再び、雄叫びと共に振り降ろされた足先が床に突き刺さった。

 

「そんなので私を倒そうなんて、とんだ甘ちゃんね!」

 

 すぐ目の前に現れた標的に向けて、容赦なく集中砲火を浴びせるネゲヴ。

 もう、脚の関節部は床から抜こうとしただけでもぎ取れそうな程にボロボロの状態だ。

 

「ぶち抜いてやりなさい!」

 

 合図を受け、モスバーグが関節部の大穴に銃口を差しこむ。

 ズドン! という一層大きな銃声と共に長い脚が吹き飛び、怪物がたたらを踏んだ。

 

「次は左足? いいえ、右腕の方がグラグラかしら? うふふふふ」

 

「ず、随分と楽しそうですね。そんな事では指揮官に怖がられてしまいますよ?」

 

「この事を指揮官に言ったら、どうなるか分かってるわね?」

 

「ええ、身体をバラバラにされるのはゴメンです」

 

 攻略法を掴み、ネゲヴが破壊神と化したここからの展開は早かった。

 あっという間に両手両脚と背中から生えた脚も吹き飛ばすと、もの言わぬ骸と化した胴体は、

まるで風に攫われる灰のように崩れて消えてしまう。

 戦闘が終わり、一息ついたところでお互いに勝利を分かち合うハイタッチを交わした。

 

「同じ部隊に編成された事なかったけど、アナタ、なかなか良い動きするのね」

 

「当然です。私たちはお互いに陣形効果をかけ合う仲じゃないですか」

 

「もっと風情のある言い方したらどうなのよ」

 

 厄介事を一つ片づけ、ようやくエントランスへ向かおうと廊下へ出る2人。

 そこで早速、次の厄介事が訪れたのを目の当たりにして、2人そろって大きく溜息をついた。

 

「これはちょっと勘弁してもらいたいところですね・・・」

 

「意見が合うわね。ドアまで走れぇ!」

 

 嫌な音がするな、と書斎方面の廊下角を覗きこんでみれば、そこには変形後の少女が2体、廊下を塞ぐようにして迫って来ていた。

 これだけ狭い廊下で戦うのは望むべくもない、と考えるのはどんな戦術人形も同じだろう。

 敵が歩いてくる速度が遅いのは幸いで、全力疾走すれば角を曲がってくるよりも早くエントランスに飛びこめる。

 

「ところで、あの子達は扉を開けて追ってくるのでしょうか?」

 

「知らないわよ。ただ、エントランスでなら思いっきりヤれるんだから、追ってきたらそれはそれで好都合ね」

 

 そんなやりとりを交わし、ネゲヴとモスバーグは扉を開けるやそのままの勢いで

エントランスへ飛び込む。

 扉を閉め、敵が迫りくる廊下とエントランスを遮断する。

 もう一難去って、今度こそようやく一安心・・・と思ったのもつかの間だった。

 

「ぼーっとしてんな! 馬鹿ネゲヴ!」

 

 かなり見知った声が聞こえたと思えば、いきなり背後からタックルをぶちかまされて床に押し倒される。

 

「ふぎゃ!? んな、何すんのよUMP45!」

 

 肩越しに視線を背後に移せば、そこには憎き45の姿。

 

「さっき指揮官に思いっきり怒られたってのに、続きをやろうたぁ良い度胸してんじゃないの、

UMP45!」

 

「やるわけないでしょ! あやうく腕を落とされるところだったんだから、感謝しなさいよね!」

 

 45が視線で示す先には、扉の横に突き刺さった円盤カッターが3枚。そのすぐ横では驚きの

あまり眼を丸くしたモスバーグが佇んでいる。

 

「わ、私の事を助けてくれたの? ・・・ちょっとは良いところあるじゃないのUMP45」

 

 カッターの軌道から考えて、ネゲヴに命中していたというのは45の言うとおりである。

 お礼を言うのは恥ずかしいが、かといって礼儀を蔑ろにするのはスペシャリストの礼儀に反する事だ。

 顔を赤らめながらも、一生懸命にお礼を言おうとするネゲヴだったが・・・

 

「せっかくの戦力が減るのを防いだだけよ。勘違いすんな」

 

 45はそれを一蹴すると、ネゲヴをほったらかしてさっさと離れていってしまう。

 

「~~~~っ! だからアンタの事嫌いなのよ、UMP45~!」

 

 顔に集まった熱量を一気に放射するかのように叫ぶネゲヴ。それでちょっとだけ恥ずかしさが収まってくれた。

 

「さっきから聞いていて思ったのですが、副官の事をいちいちフルネームで呼ぶのは面倒ではないのですか?」

 

「それが私のアイデンティティーだから良いの! さっさと行くわよ、モスバーグ!」

 

 気が付けばやたらと騒々しかったエントランスの状況を把握しながら、ネゲヴは

モスバーグを引き連れて中央部へと向かう。

 エントランスの中央階段では、ネゲヴ達が相手をしたものよりも一回り以上も大きい怪物が暴れ回っていた。

 階上から降りてくる怪物の足元では、黒いコートを翻しながら応戦する指揮官の姿。

 その光景を目の当たりにして、ネゲヴ、モスバーグ共に思わず脚を止めてしまう。

 

「ま、まさか、こんな光景が拝める日が来るとは・・・」

 

「ヤバい。指揮官ったら、超カッコイイんですけど・・・」

 

 薙ぎ払われる脚を潜り、飛び越えて華麗に回避。飛び交うカッター群をハンドガン2丁で瞬く間に撃ち落とし、それらの合間に反撃弾を叩きこむ。

 あわよくば、45から奪い取ってやろうと画策する程に大好きな指揮官の華麗な立ち回りに

ネゲヴはすっかり釘付けになってしまっていた。

 この光景はシュミレーターの画像データとして記録しているに決まっているので、終わったら

即ペルシカから受け取ろうと、瞬時に画策した抜け目の無いネゲヴである。

 

「しきか~ん! モスバーグと桃色が戻ってきたから、こき使ってやっていいわよ!」

 

「お! 火力のある2人が来てくれたか! 早速だけど、コイツを倒すの手伝ってくれ」

 

 攻撃をいなしながらもいつもと変わらぬ優しさで話しかけてくれる指揮官の姿は、もう戦術人形にとっては後光が差している幻すらも見えようというほどの神々しさだとか。

 

「このモスバーグM590にお任せ下さい、指揮官様!」

 

「戦闘のスペシャリストに全部お任せよ、指揮官!」

 

 指揮官にメロメロ状態の2人が戦場に飛び込んでいく。

 怪物はかなりの巨体だが、4対1であればその差を埋めてお釣りがくるほどの戦力差である。

 

「ん? そういえば、G41はどこに行ったのですか?」

 

 包囲している人数が4人しかいないという事に気がついたモスバーグが指揮官に訪ねる。どこかから狙撃しているのだろうか、けれども、視界に入る限りでは見つける事はできない。

 

「41はここだ! ココ!」

 

 モスバーグの問いに、指揮官は自分のコートの中を指差して答える。

 その答えを聞いて頭に?マークを浮かべる2人だが、次の瞬間、指揮官がコートを大きく翻した事でその言葉の意味が明らかになった。

 なんと、コートの下で41が指揮官の身体にしがみついていたのだ。戦術人形にとってはなんとも羨ましすぎるポジショニングである。

 

「あの敵を見て怯えちゃったみたいで、さっきからずっとこうなんだよ」

 

 確かに、普段から相手にしている鉄血共と比べたら大分アグレッシブな見た目をしているが、

かといって指揮官の護衛をおざなりにするほどビビるかといえばそうでもない。

 ・・・だが、それで指揮官のコートの下を勝ち取ったのかと考えると、なるほど確かに悪くない手段だと思えてしまうので悩みどころである。

 

「っと、あの攻撃はさすがにヤバい。45、パスだ!」

 

 41を抱えたままでは避けきれない攻撃だと瞬時に判断したのだろう、指揮官は41の後ろ首を摘まんで片手で持ちあげると、そのまま45に向けて放り投げる。

 怯えて丸まったままの41はそれこそボールのように華麗に宙を舞い。

 

「ほい、キャッチ~」

 

 45がそれをスライディングキャッチするという見事な連係プレーをみせる。

 ネゲヴとモスバーグが到着するまでの間、2人でこうして怪物をいなし続け、関節部が弱点だという事もすでに見抜いているというのだから、もう脱帽せざるを得ない。

 ただ、それでも45には負けていられないネゲヴは戦闘で活躍しようと、さっき以上に

攻めの姿勢を見せる。

 

「ネゲヴ、少し前に出過ぎではないですか?」

 

「これくらい平気よ。はい、そこの脚関節お願いね」

 

 さっきと同様にモスバーグに指示を送り、次の標的に狙いを定める。

 指揮官と45が半分を受け持ってくれているので、怪物の戦力は半減しているも同然。

 仕留めることなど造作もないと、思考の隅に沸いてしまった微かな油断が致命的な落とし穴になるというのは、現実だろうと非現実だろうと変わる事の無い決まり事である。

 フルオートで撃っていた弾が突然に止まってしまう。ベルトリンクはまだ残っているので、

弾切れということは有り得ない。

 

「っ!? こんな時にジャム?」

 

 給弾口に視線を移すと、リンクと給弾口の間に怪物から砕け飛んだ破片が噛み込んでいた。さっきよりも怪物の身体が大きい分、破壊時に飛び散る破片の量が多く、それらが頭上から降り注ぐというのも災いしたのだろう。

 強く噛み込んでしまっている破片を取り除こうと苦戦するネゲヴ。そんな彼女の様子を見抜いたかのように、鋭い脚先が襲いかかる。

 

「っ・・・!」

 

 見上げ、気づいた時にはもう遅い。脚を止めてしまっていたネゲヴにはその攻撃をかわす術は

残されていない。

 

「だから、出すぎだって言ったでしょう」

 

 咄嗟にネゲヴの前に割って入り、盾で攻撃を防ぐモスバーグ。

 しかし、それすらも怪物は予測していたのかもしれない。

 モスバーグの盾の死角をついたかのように狙い澄ました一撃が、彼女の身体を確実に穿った。

 

「くっ! ぅ・・・」

 

「モスバーグ!」

 

 ネゲヴの叫びが響く中、モスバーグは串刺しにされたままながらも、ボロボロの関節部に2発の

散弾を撃ち込み、見事に2本の脚を破壊してみせた。

 それからほどなく、指揮官と45が最後の腕を破壊したところで巨体が崩れ落ちる。

 灰燼と化す怪物を前に勝利を喜びあう余裕など、ネゲヴには無かった。

 

「モスバーグ! しっかりしなさいよ! ねえ!」

 

 力なく身体を横たえるモスバーグの身体を抱え、ネゲヴは必死に呼びかける。

 明らかにうろたえるネゲヴのもとに、指揮官と45がすぐさま走り寄ってきた。

 

「やられたのか? シュミレーターで致命傷を負うとどうなる?」

 

「身体の力が抜けて、眠るように意識が落ちるの。痛みは無いから安心していいわ」

 

「そう・・・なのか」

 

 痛みは無く、目覚めればいつもの現実に戻るだけ。その話しを聞いて指揮官は安心しているようだが、ネゲヴにとってはそんな簡単な話しではない。

 自分のせいで仲間がやられたのだ。非現実だろうがなんだろうが、それは決して看過できない

事実である。

 

「何を泣きそうな顔しているのです、ネゲヴ。ここは・・・シュミレーターの中ですよ?」

 

 脱落判定を受けた後の虚脱感がどれだけ強力かはネゲヴも良く知っている。そんな中でも意識を落さずに話しかけてくれるモスバーグを見て、ネゲヴはかけようとした言葉を一瞬だけ忘れてしまう。

 

「・・・ごめんなさい。私のせいでアナタがこんな目にあった。本当に、ゴメン」

 

 結局、思い出してもこんな稚拙な言葉しかかけられない自分が嫌になってしまう。

 情けなくて、こんな顔を見られたくなくて、自然とモスバーグから顔を背けてしまうが・・・

頬に添えられた手がそれを許してくれなかった。

 

「少しの時間でしたが、私はあなたと戦えてとても楽しかった。だから、謝る事なんて

ありませんよ」

 

「そんな・・・私なんかと戦えたからって、何が嬉しいっていうのよ?」

 

「あなたは知らないのかもしれませんが、ショットガンの娘達の間ではネゲヴと一緒に戦った、

というのはちょっとしたステータスのようなものなんですよ?」

 

「ぅ・・・そ、そうなの?」

 

 それはちょっと嬉しいかも、と思って聞き直すが、モスバーグは力なく笑って返すだけ。ネゲヴを元気づけようとついたウソなのだろうが、ちょっとだけ効果があったのはネゲヴ的に悔しいところである。

 

「では、罪滅ぼしという事で1つお願いを聞いて下さい。・・・最終ステージのクリアまであなたが残る事。できますか?」

 

 ステージ退去の処理が始まり、モスバーグの身体が粒子のようになって宙に舞っていく。

 その様はいつ見ても美しく、初めて目の当たりにした指揮官からは嘆息が漏れているのが

聞こえる。

 

「それくらい容易い事だわ。私達、お互いにバフを掛け合う仲だものね。あとは私に任せて、安心して現実にお帰りなさい」

 

「ふふ・・・もう少し情緒のある言い方をしても・・・いいのでは・・・」

 

 言葉を言い終えたところでモスバーグは意識を完全に手放してしまう。

 自らの腕の中でモスバーグの身体が消えていく様子を、ネゲヴは自分の記録にしっかりと刻み

込むかのように黙したまま眺めていた。

 

「申し訳ありません、ご主人様。私が・・・わがままを言わないでちゃんと戦っていれば・・・」

 

「気にしないでいいんだよ、41。キミのせいじゃないんだから」

 

 言って、指揮官は41を傍に寄せたままネゲヴの横に歩み寄ってきた。

 ネゲヴと同じように屈みこんで目を瞑ると、右手で額から胸、左肩から右肩、と一直線に当てていく。

 

「指揮官、それは?」

 

「一部の人間はね、こうして犠牲になった仲間へ祈りを捧げるんだ。シミュレーターだから大げさかもしれないけど、それでも、モスバーグの勇敢さには敬意を表したいと思ったから」

 

 そう言って両手を組む指揮官を見習い、ネゲヴ、45、41も揃って胸の前で十字をきる。

 ざぁざぁ、と雨の打ち付ける中での弔いは、しかし、ほんの数秒程の暇しか与えては

くれなかった。

 ネゲヴ達を追いかけてきていた2体の怪物が扉を破壊してエントランスに進行してきたのだ。

 せっかくの祈りの時間を邪魔された事に、ネゲヴの心の底から怒りが湧いてくる。

 

「私、今度は頑張ります! ま、まだちょっと怖いけど、モスバーグさんの為ですから!」

 

「偉いぞ、41。援護は俺に任せて思う存分暴れてやれ」

 

 指揮官と41のコンビが先陣をきって敵に突撃していく。

 

「ほら、これ使いなさいよ。ジャムったままじゃ戦えないでしょ?」

 

 45がナイフを差し出してくれる。

 今の状況ならば、嫌味の3つや4つ飛び出してもおかしくないのだが、彼女なりに気を遣っているという事なのだろう。

 

「必要ないわ。自分で対処できる」

 

 落ち着いた口調で45に返すと、ネゲヴは破片が噛みこんでいる部分のベルトリンクを

ねじ切った。

 弾薬とリンクが崩壊した事よってテンションが抜け、破片はさっきまでの強情さが嘘のようにあっさりと取れてくれる。

 落ち着いて考えればどうという事もない簡単な対処法だ。ついさっきそれが出来ていたら、今、この場でモスバーグと勝利を分かち合えたのだろうか、という考えが頭を過り、ネゲヴはギシリと歯を噛みしめた。

 

「これは模擬訓練だから、指揮官がそうしたように私も何も言わないわ。アナタなら、良く理解しているって信じてるから」

 

 ポン、とネゲヴの肩を軽く叩いて45も敵の迎撃へと向かう。

 明らかな優勢で戦闘を進める指揮官たちを遠目に、ネゲヴは大きく深呼吸を一つ。

 チャンバー内の弾薬をイジェクトすると、改めてベルトリンクを給弾し直す。

 

「まったく、こんな時だけ良い子ぶるんだから。頼りがいのあるヤツよね」

 

 その言葉を区切りとしてネゲヴが戦場に飛び込んでいく。

 エントランスに銃撃の多重奏が響いたのは、それからほんの数分の間だけ。

 扉は開かれ、人影の消え去ったエントランスには再び雨の音が静かに響き渡る。

 倒れていった人形達へ捧げる唄かのように、静かに、沈むように、しっとりと響き続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~NEXT プレイヤーズフロントライン~

 

 

 

「タボール、ここはもしかして宇宙船ではないですか?」

 

 

 孤立無援の箱舟

 

 

 

「お~い! みんな無事だった~?」

 

 

 巡り合い宇宙

 

 

 

「お前を喰ってやるぞ~、がお~!」

 

 

 その恐怖からは

 

 

 

「もうイヤです! 宿舎に帰りたいです~~!」

 

 

 泣こうが喚こうが逃げられない

 

 

 

 

 プレイヤーズフロントライン 6話 Coming Soon




モスバーグかっこいいですよね。
キャラもそうですが、フォアグリップにマズルエクステンションなど、カスタムされた銃の
フォルムがたまらないです。
ベネリM3実装されないかなぁ・・・

といったところで、来週もお楽しみに~


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プレイヤーズフロントライン 6話

ネット回線について色々と考えさせられる今日この頃。
こんにちは、弱音御前です。

プレイヤーズフロントラインもそろそろ折り返しに差し掛かりました。
テキトーな内容ですが、少しでもお楽しみいただけていれば嬉しいです。

それでは、今週もどうぞお楽しみください


 ここまでのプレイヤーズフロントラインは・・・

 

 

 

「・・・ごめんなさい。私のせいでアナタがこんな目にあった」

 

 

「では、1つお願いを聞いて下さい。・・・最終ステージのクリアまであなたが残る事。できますか?」

 

 

「まあ! ファマスったら、指揮官の裸体をご覧になった事がありますの!?」

 

 

「面白い事になってきましたね。戦闘準備といきましょうか、タボール」

 

 

「私達の冒険はまだまだこれからですわ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Dive E PTS(惑星間運搬船)ヤヨイ 第2エアロック

 

 

 

 タボールが目を開けると、そこは数秒前まで居た場所とは似ても似つかぬような場所だった。

 

「あら? 今度はやけに現代的な場所ですのね」

 

 黄金やら宝石やらに囲まれた石室で、闇の世界を復活せんとする〝古の王〟とやらをファマスと協力してボコボコにしたところでステージクリア、と合いなったタボール。それが今は一転、床も壁も天井も暗く無機質な金属作りの部屋に立たされている、といった状況である。

 雰囲気からして、グリフィン基地の内部とは違うが同じような時代の基地施設内、といった装いのステージだ。

 

「タボール、これはもしかして宇宙船ではないですか?」

 

「なんですって!?」

 

 壁に設けられた窓を覗いているファマスの言葉を聞き、タボールは、まるで餌を見つけた犬の様な勢いでファマスのもとに駆けつけた。

 

「所々にエアロックなんていう言葉が書いてありますし、窓の外はこの有様ですからね」

 

「まあまあ! なんていう美しい光景でしょう! 地球は青かった、とはよく仰ったものですわね!」

 

 窓の外、漆黒のキャンパスに青と白のコントラストが見事な球体が浮かんでいる。

 別段、宇宙というものに憧れがあったわけではないが、未知の体験が出来た事でタボールの

テンションも鰻登りだ。

 

「ですが、所詮はシュミレーターですから。映像を見ているのと変わりませんよね」

 

「ちょっと! そういう雰囲気台無しな事を言っては、めっ! ですわよ!」

 

 勢いに任せて叱るも、ファマスは呆れた表情を浮かべている。

 もう、こんなリアクションをされるのも一度や二度ではないので、めげたりはしないタボールなのである。

 

「ですが、貴女の言うとおり、観光に来たわけではないですものね。ここでも何かをしなければならないのでしょう」

 

「ただ、今回は何の指示もありませんね。タボールは何か所持しているモノはありませんか?」

 

 前ステージではストレージを所持していて、その中に攻略に必要な道具がいくつか入っているという状況だった。

 今回も何か、とポケットを探って、身に覚えの無いカードが入っている事に気が付く。

 

「これは? ・・・〝惑星間運送企業ヤマト セキュリティーチーフ タボール〟ですって。私の顔写真もちゃんと貼られていますわ」

 

「この船内で使用するIDカードなのでしょうか? 私は同企業の支店長と書いてありますね」

 

「な、なんで私がセキュリティーでファマスが支店長なんですの!? 同じ戦術人形だというのに、この格差には納得できませんわ!」

 

「私に言っても仕方がないでしょう。とにかく、このエアロックエリアから出てみましょうか」

 

 まちがって宇宙空間に出てしまわぬよう、案内表示を確認して船内への隔壁へと向かう。

 スライド式の電動ドアは、紙の一枚すらも通らないような精度で頑強に閉じられている。その横には青色に光るコントロールパネルが設置されていた。

 

「このパネルがカードリーダーになっているようですね。開いてくれるでしょうか?」

 

「支店長なんですから、どんなものでも一発なのではなくて~?」

 

 やはり、ファマスの方が役職が上というのが気にくわないタボールは放り投げるように答える。

 もう、そんな様子のタボールもいつもの事と軽くいなしつつ、ファマスがパネルにIDカードをかざしてみる。

 ブー、といういかにもダメそうなブザー音と共にパネルが赤に変色した。

 

「随分と権限の少ない支店長もいたものですわね」

 

「いつまでも拗ねてないで、今度はあなたが試して下さい」

 

 ファマスに言われ、口を尖らせながらタボールがパネルに歩み寄る。

 IDカードをパネルに当てると、今度は軽いピープ音が鳴り、パネル色が緑色になる。

 明らかにイケた感じである。

 

「ふふん、セキュリティーチーフの肩書は伊達ではありませんわよ?」

 

「はいはい。セキュリティーチーフばんざ~い」

 

 ヤル気なさげながらもタボールの話しにのってくれたファマスに感謝しつつ、パネルに表示されたオープンのアイコンをタップする。

 甲高いモーター音をあげながら扉が左右にスライドしていく。

 船内の空気がエアロックエリアにも入り込んできて・・・その空気を吸い込んだところで

タボール、ファマス共に反射的に口元を手で覆う。

 

「うっ! なんですの、この匂いは」

 

「ヒドイ匂いですね。腐臭・・・でしょうか?」

 

 スライドドアが半分ほど開き、船内の様子が見通せるようになったところで、今度は口元から手を放し、2人同時に銃を構える。

 それは、悪臭よりも目前に迫る危険に対応するのが優先と判断した故の行動。

 ドアの先、横に伸びる通路は、まるでペンキでもぶちまけたかのように真っ赤な液体が飛び

散り、所々には赤黒い何らかの塊がこびり付いている。

 エアロックとさして変わらない、薄暗い照明に照らされたその光景は、現実世界の任務で目の当たりにするものよりもヒドイ有様だ。

 

「これは、いつの間にか現実に戻っていたというオチではありませんよね?」

 

「おそらく、ですけどね。ひとつ試してみますの?」

 

 シュミレーター内では痛みを感じない、という不変の理が存在する。

 横に並び立つファマスの脚を蹴り飛ばそうとして、でも見事に避けられてカウンターで蹴りを

お見舞いされる。

 痛みは無かった。

 

「ご安心なさって、シュミレーター内ですわ」

 

「それなら良かった・・・とは言い難い状況ですけどね」

 

 先の様子を確認しようと、どちらともなくゆっくりと前に進み出る。

 横に伸びている通路の先、死角になっている位置からの音は聞こえない。

 この船内の機器が駆動している、ゴゥンゴゥン、という低い音が四方から小さく、不気味に反響し渡っているだけだ。

 

「こちらはクリアですわよ」

 

 距離にして30メートルほどだろうか、真っ直ぐに伸びた廊下はやはり赤い液体まみれであるが、生物の気配は感じられない。

 シュミレーター内だという確証は得られたが、それにしたって、これはあまりにも酷い内容の

ステージだ。先にここを攻略している組の無事を確認したい、とタボールの気持ちが自然と逸る。

 

「・・・・・・? ファマス、そちらはどうですの?」

 

 ちょっと考え事をしている間、反対側の通路の様子を確認しているファマスからの返答が無かったので改めて尋ねてみる。

 

「え!? え、ええ、こちらも敵性反応はありませんですわ」

 

 なぜか、いきなり中途半端なお嬢様言葉を使われたものだから、自分のアイデンティティーが

穢されたのかと考えてしまうタボール。

 だが、どこかそわそわと落ち着かないファマスの様子を確認したのと、少しだけ思考を巡らせたところで、ある事に気がついた。

 

(たしか、ファマスって・・・これは言わないが華というやつなんですの?)

 

 口に出そうとして、でも寸でのところで心の声に切り替える。

 確証もなかったので、もう少し様子を見る事をタボールは選択した。

 

「危険な予感しかしませんが、進んでみる他ありませんわね」

 

「見たところどちらも変わらないような風景ですが、どちらに進みますか?」

 

「う~ん・・・迷ったら左の法則でしてよ」

 

 適当に選んだ、と見せかけてファマスが立っている側をわざと選んだタボールである。

 

「さぁ、お先にどうぞですわ」

 

「・・・・・・何が出てくるか分からない場所ですし、2人で並んで進むのはどうでしょうか? そうすることでお互いの警戒範囲を明確にできますし、何よりも味方を誤射する危険性が下がるというのは大きなアドバンテージであると考えます」

 

「はいはい、良くってよ。では、並んで進みましょう」

 

 やたらと自分の正当性を主張してくるファマスの言葉を遮り、意見に同意してあげる。

 全周囲への警戒を怠らず、足音を殺しながら廊下を進む。

 廊下を10メートルほど進んだところで、どうしても言ってやりたいことがあったタボールが

ここで口を開く。

 

「ファマスさん? くっつきすぎですわ。くっつきすぎ」

 

 普通、横並びに進むのなら1人分くらいの間を空けて立つものだが、ファマスはタボールの身体にピッタリとくっついたまま歩き進んできていたのだ。

 これではいざという時に反応しづらいし、振りまわした銃身を当ててしまいそうだしで、さっきファマスが捲し立てた主張なんてどこへやらである。

 

「そう・・・ですか? でも、間を空けてしまうとそこに敵が飛び降りてきたりしたら不意を突かれてしまうと思うのですが」

 

「そうならないよう全周を警戒していますのよ。ピッタリくっつかれたら動きが遅れてしまい、

それこそ、いざという時に危険だと思いませんこと?」

 

「・・・・・・道理です。では、ちょっとだけ」

 

 タボールに論破されて反論の余地もないと悟ったのか、ファマスは俯きがちながらも言う事に

従い、本当に少しだけ、半歩くらいだけタボールから離れてくれた。

 もう、ここまでの様子を見てタボールの予想は確信に変わっていたが、あえてその事を言葉に

出すつもりはなかった。

 この先、ファマスがどんな面白いリアクションをとってくれるのかをしらばっくれたまま

見たい、というタボールのイタズラ心に火が付いてしまったのだ。

 ファマスが離れてくれた事で歩きやすくなり、廊下の突き当たりに差し掛かるのもあっという間の事だった。

 突き当たりには再びスライドドアが設けられており、横の操作パネルもエアロックを開けたのと同じものである。

 タボールがカードをかざすと、難なくドアが開いてくれた。

 ドアの先は一直線に伸びる通路。さっき通ってきた通路と違うのは、両側の壁に等間隔にドアが設けられているところだろうか。

 それと、あと一点。通路のど真ん中に白衣を纏った人物がうつ伏せに倒れているのだ。

 どれだけおバカな戦術人形が見たって分かる明らかな罠だが、それでも、情報が明らかに足りない今は突き進むしかないのである。

 

「はぁ~・・・調べに行きますわよ」

 

「い、いい行くんですか!? 私はここで警戒していますから、タボールお1人でどうぞ」

 

「一緒に居た方が安全だと思うのですが。まぁ、いいですわ。お好きになさって」

 

 わざとファマスを放り出して先に進むと、後から慌てた様子で追いかけてくる。

 笑いたいのを堪えるのに必死な性悪人形タボールだ。

 

「もし? 生きておられますか? それとも、すでにお亡くなりになってますの?」

 

 出来るだけ距離をとり、銃口で背中をつついてみるが反応は無い。白衣は血まみれで顔も見えないので、生死の判別はできない状況だ。

 

「ちょっと、ファマス! 押さないで頂けますこと?」

 

「もうしわけありません。しかし、周囲をしっかりと確認しないといけませんので」

 

「だから、そんなにくっつく必要はありませんでしょう。と、何かポケットに入ってますわね」

 

 ファマスに押され、眺める角度が変わったことで白衣のポケットに入っている物が目についた。

 見たところ、小型のタブレット端末だろうか。白衣と違って汚れ一つ付いていないのは不自然

極まりないところだ。

 

(絶対に来ますわね、コレ)

 

 そう覚悟を決めつつ、タブレットに手を伸ばすタボール。

 

「平気なのですか、タボール?」

 

「来ますわよ。戦闘態勢で待機してなさいな、ファマス」

 

「来るって・・・ななな、何が来るんですの!?」

 

 銃を構えたままその場で慌てふためくファマスを横目でチラリと見て、ついに笑いが堪え切れなくなってしまう。

 笑って身体がブレた事で、タブレットを掴んだ手が身体に触れてしまう。

 大方の予想通り、それがスイッチだったのだろう。白衣の人物はいきなり動き出すと、タボールの脚にしがみついてきた。

 

「きゃあ!?」

 

「ぎゃああぁぁあぁぁあぁ~~~~~~~~~~~~!!」

 

 しがみつかれたタボールよりも大きな叫び声をあげるファマス。

 そんな彼女のリアクションを眺めていたいのは山々だが、このままでいるわけにもいかない。

 

「手を離しなさい、汚らわしい!」

 

 敵であると断定し、頭部に向けて銃弾をお見舞いする。

 セミオートの一発を受け、まるで水風船が破裂するような勢いで頭部が爆ぜた。

 

「いやぁぁぁあぁぁぁあぁ~~~~~~~~~~~~!!?」

 

 飛び散る赤黒い液体と固体を目の当たりにして、ファマスは更にワントーン高い大絶叫。

 しかし、しがみついている手は依然として外れず、身体はもがき動いている。

 

「頭を吹き飛ばしたのに!? お約束はちゃんと守りなさいな!」

 

 矢継ぎ早に両腕を吹き飛ばしたところでようやく敵の動きが止まってくれる。

 突然の事でタボールも少し慌てたが、右手にはお目当てのタブレットが収まってくれているので結果オーライである。

 

「ううぅ・・・タボール・・・タボールぅ~~」

 

 涙目でその場にへたり込むファマス。

 あまりにも可愛らしいその仕草を前に、思わず手を伸ばそうとした・・・その時だった。

 サイレンが鳴り響くと共に、通路を照らしていた照明が赤く変化した。

 

〝コード89が発令されました。繰り返します。コード89が発令されました〟

 

 女性のアナウンスがサイレンに混じって廊下に響き渡る。

 コード89とやらが一体どういうものなのかタボールには分からないが、このやかましい

サイレンと赤い照明から推測するに、かなりエマージェンシーな事態だということはなんとなく

理解できる。

 

「もう、今度はなんですの!?」

 

〝船内の全隔壁を解放します。隔壁付近の乗組員は注意して下さい。繰り返します。船内の全隔壁を解放します。隔壁付近の乗組員は・・・〟

 

 そんなアナウンスの続きと共に、タボール達が入ってきたドア、通路の先のドアはもちろん、

通路の左右に設けられたドアも一斉に開きはじめる。

 

「なにやら、すっごい嫌な予感がしますわね」

 

「タボールぅ・・・これって、もしかして」

 

 2人が恐らくは同じ予想をたてだろう、そんな矢先だった。ドアの奥から皮膚の腐った白衣の

人型、もとい、ゾンビが通路に這い出てきた。

 通路の中央に居たのが災いし、開いた扉の悉くから出てきたゾンビ達にあっという間に包囲されてしまう。

 

「こうなること、知っていましたわ!」

 

 背後からのファマスの絶叫を耳にしつつ、タボールがゾンビ狩りをスタートする。

 頭を吹き飛ばしても動き続けるという先ほどの教訓を活かし、狙うは頭と両腕。攻撃手段を失わせる事が撃退の条件なのだろう、それでゾンビの身体は床にゴロリと転がり、急速に溶けていく氷のように姿が消えていく。

 代わりに補給用の弾薬が落ちていてくれるのはとても嬉しい点である。

 敵の数は多いが、3発の弾丸で倒せる事を考えれば2人でも十分に凌ぎきれる数である。

 ヨタヨタと歩いてくるゾンビを的確に倒しつつ、ドロップした弾薬を拾って補充するという

お手本の様な戦い方をみせるタボール。

 その一方で、タボールの背後はもう大変な事になっていた。

 

「来ないで来ないで来ないで来ないで~~~!」

 

 懇願しつつ、ファマスはフルオート状態で銃口を振りまわす。よほど怖いのか、目を瞑ったままそんな事をしているものだから、タボールよりも撃破効率は圧倒的に悪い。

 銃弾の雨を運良くかい潜ってファマスに襲いかかるゾンビだが、しかし、振りまわしている銃身でぶん殴られてあっけなくやられ、結局は無事に押し留められている、といった状況である。

 そんなこんなで戦況を巻き返し、敵の数も残すところわずかという楽勝ムードを確信し始めた。

 そんな時だった。

 

「お~い! みんな無事だった~?」

 

 タボール達が向かおうとした廊下の先から、聞き覚えのある声が響いてきた。

 さっさとゾンビを倒して周囲をクリアにすると、声が聞こえてきた方に目線を移す。

 通路の先から、ブンブンと手を振りながら元気良く走ってくるのは、黄色と黒のタクティカルジャケットに栗色のツインテールがトレードマークの戦術人形。サブマシンガン〝UMP9〟だ。

 

「9さんでしたか。頼りになる方に来て頂いて、嬉しい限りですわね」

 

 9に向けて手を振って答えるタボールの背後では、ファマスが弾切れ状態になっている銃をまだ振りまわし続けている。

 もう、めんどくさいので放置をきめこむタボールである。

 

「9さんもご無事そうで何よりですわ~! 他の方々はどちらにいらっしゃいますの~?」

 

「今はそれどころじゃないから、詳しい話しは後でするよ~!」

 

 それどころではないと言う割にはやけに明るい笑顔だな、とタボールが首を傾げる。

 疑問の答えが出たのは次の瞬間だった。

 突然の轟音と共に通路天井から降り立った〝何か〟が9の行く手を塞いだのだ。

 通路を完全に塞ぐほど巨大な黒い人型、というくらいしか遠目では確認が出来ない物体である。

 

「足下がガラ空きだよ~っと!」

 

 人型の両脚の間をスライディングで滑り抜け、9が再びタボールのもとに向かって走ってくる。

 

「ほらほら、タボールもぼ~っとしてないで早く逃げる。アレに捕まったらゲームオーバー

だよ?」

 

「その割には随分余裕に見えますが。ファマス、9さんの言うとおり、一旦退きますわよ」

 

 そうして振り返ってビックリ、ファマスはすでに通路の先へと一人で全速撤退していたのだ。

 あのまま喚き散らしながら銃を振りまわしているよりはマシか、ということで自分を納得させておく。

 

「そんなに急がずとも、あの巨体ではドアを通り抜けられないのではなくて?」

 

 謎の敵は通路を完全に塞ごうかというほどの巨体。対して、通路を仕切るドアは人が1人通るのでちょうどくらいの大きさだ。

 筋骨隆々な体躯ではあるが、それでも、船内の分厚い金属製の壁を破壊して突破できるようには思えない。

 

「そう見えるでしょ? でも案外器用なヤツなんだよ、これが」

 

 ようやくタボールのもとに辿りついた9がうんざりした表情で言う。

 船内が揺れて感じられるほどの音と振動をあげながら、巨体が件のドアに差し掛かる。

 タボールの予想ではここで行き止まりとなるのだが・・・驚いた事に、走ってきたままの勢いを落さず、あの巨体はドアを通り抜けてきたのだ。

 

「んな! なんですの、あれは!?」

 

「だから言ったでしょ? 撤収撤収~!」

 

 例えるなら、小さな筒に押し通されるスポンジといったところだろうか。

 あれだけ頑強そうな身体からは想像できない異様な動きを目の当たりにして、タボールは度肝を抜かれてしまう。

 同じ通路区画まで迫られた事で、ようやく怪物の全貌が明らかになる。

 姿は人間に近いが、走り方や身体つきを見ると、体表が焼け爛れた猿やゴリラといった表現が

適切か。

 なんの対策も無しにあのような化け物とは戦えない、と判断したタボールは9と共に駆けだす。

 敵の脚も巨体に似合わず速いが、それでも戦術人形の全力には追い付けないようだ。

 

「アイツから逃げる為に隔壁を全開放しちゃったんだ。それで閉じ込めてたゾンビ達も出てきちゃったと思うんだけど、危ない目に合わせてゴメンね」

 

「お気になさらないで、9さん。あんな雑兵、私の敵ではありませんから。・・・ただ、おかげでファマスが御覧の有様なのはいただけませんが」

 

 通路区画を2つほど抜けて、怪物とはかなり距離を離した。先行しまくっていたファマスとの

距離も今や声をかけられるほどだ。

 ただ、相変わらずファマスは周りに目もくれず走り続けていて、このままだと永遠にどこまでも走っていってしまわんばかりの様子である。

 

「ファマス、どうしちゃったの? こういう時は真っ先に敵に切り込んでいきそうな娘だなって思ってたんだけど」

 

 もしかしたら、ファマス本人はこの事を他言されるのを嫌がるかもしれない。だが、共に戦う

仲間である9には本当の事を言っておいてあげないと、不信感を煽ることになりかねない。

 決して、ファマスの面白いところを共有したくて9にバラすというわけではありませんわ!

というのがタボールの言い訳である。

 

「普段は凛とした勇猛果敢な戦術人形なのですけれど、あの娘、ホラーやスプラッターが大の苦手なのですわ」

 

「へぇ~? それで、ゾンビの大群とあの化け物を見てビックリしちゃったんだね」

 

「ええ、とても可愛いところがおありでしょう? お前を喰ってやるぞ~、がお~!」

 

「私を食べたって美味しくありませんよ!? もっと肉付きの良いタボールの方をどうぞ~~!」

 

「まあ! 怖さのあまり私を贄に差し出してしまうなんて、タマリマセンワ~!」

 

「あははは! あなた達ってとても仲が良いんだね!」

 

 もう背後からの追っ手の姿が消えている事にも気が付かず、3人の疾走はその後、5区画ほど

通りすぎたところまで続いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぇぇ~~ん! もうイヤです! 宿舎に帰りたいです~~!」

 

「もう怖いのは追いかけてこないから安心して? ほら、い~こい~こ」

 

 部屋の隅に座り込み、子供のように大泣きするファマスを9が撫で撫でしながら宥める。

 恐らくは、この様子を見たら戦術人形の誰もが驚くに違いない。

 

「はぁ~、良い目の保養ですわ~」

 

 ほっこりとした表情を浮かべながら、タボールは冷蔵庫から出したばかりでキンキンに冷えた

ミネラルウォーターをくぴりと一口。

 怪物に追いまわされた末に食堂へと逃げ込んだ3人はここでしばしの休憩、というか、ファマスが落ち着くまで時間を置く事にしたのである。

 

「では、そろそろこのステージの状況を教えていただきましょうか。9さんのお仲間はどちらにいらっしゃるの?」

 

「ステージ開始時のメンバーは私とG36、G36cの3人。でも、もう2人共やられちゃった。今は私だけだよ」

 

「あのG36姉妹が!? 一体、何がありましたの?」

 

「さっきのデカイ奴、あいつと初接敵した時にG36が。次に接敵した時にG36c。スタート

から20分と経たない間にね」

 

 確かに、巨大な身体を持ちながら敏捷性もなかなか。あの剛腕で殴られでもしたら、一撃で

リタイアは免れないだろう。

 しかしそれでも、任務において並ぶ者無しとまことしやかに囁かれるほどのコンビであるG36姉妹をそんな簡単に倒せる程とは思えない。

 

「コードネーム〝ガレオン〟。軍が開発した生物兵器っていうのがこのステージでの設定みたい。これ、ガレオンのデータが入った携帯端末だよ」

 

 さきほど、白衣ゾンビから盗んだのと同じタイプの端末を9から受け取る。

 ディスプレイから、件の怪物、ガレオンの姿や様々なデータがホログラムで浮かび上がる。

 

「パワー、スピードはもちろんだけど、一番厄介なのは身体の柔らかさを変えられるっていう

ところ」

 

「ドアを潜ってきた時にぐにゃってなったアレですわね。器用なことですわ」

 

「その特性のおかげで弾丸が通らない。銃での攻撃が効かないとなると、私たちじゃあお手上げなんだよね」

 

 柔らかい物体は弾丸で貫きやすいと思うかもしれないが、必ずしもそうとは言えない。

 高速で進む物体は、横からの力にとても弱いという性質を持つ。それは弾丸にも当てはまる事で、直進方向から少しでもズレた軸からの抵抗を受けると、弾丸はあらぬ方向へとすっ飛んで行ってしまうのだ。

 弾丸が触れた瞬間に表面が変形して、貫通する前に弾道を逸らし、明後日の方向へと弾き飛ばす。身体の硬度を自由に変えられるという事ならば理論上は可能なのだろうが、ゲームの世界でもなければこれほどまでに上手く実現はできない芸当だ。

 

「死角からの狙撃はどうですの? 攻撃をしてくると気付かなければ、体質を変えている暇もないのではなくて?」

 

「それはG36cと実証済み。死角から撃ち込んでも自動で変化するみたい」

 

「じゃあ、無敵に近いような敵ですもの。そもそも倒さなくても良い敵だという事はありませんの?」

 

「それもダメ~。この宇宙船を航行可能にして基地に帰還するっていうのがクリア条件なんだけど、そいつがうろつき回っているせいで、航行機能がロックされちゃってるの」

 

「はぁ~・・・難儀ですわね」

 

 クリア条件であるガレオンとの勝負に挑むには勝算が足りない、ということで話しはそこで区切りをつける。

 次に、タボールは自分が持っていた端末を取り出して起動してみた。

 ホログラムで映し出されたのは、この船の全体図。指で映像を弄くってみると、エリアから部屋の1つ1つまで詳細が確認できる。

 

「お? これはお役立ち情報だね。全体マップがあれば、捜索もガレオンからの逃走ルートも組み立てやすいよ」

 

「全体像も分からずに、今までよくアレから逃げ回っていられましたわね」

 

「えへへ、45姉に鍛えられてるからね。生き残る事に関しては、グリフィンでもトップクラスだって言いきっちゃうよ!」

 

 胸を張って自慢げに言いきる9も可愛いが、そんな9に抱きついて、鼻をぐすぐすさせているファマスに目がいってしまうタボールなのだった。

 

「唯一、指揮官と誓約している優秀な方ですものね。一体、どうやってあのお堅い指揮官との誓約を成し遂げたのか、教えて頂きたいものですわ。私なんて、重傷にかまけて何度も誘惑していましたのに、あのお方は手もお出しにならなかったのですわよ?」

 

「あ、それ私も見た事ある。すっごい攻め攻めなポーズだったよね~。45姉、悔しそうに遠くから眺めてたんだよ?」

 

 食堂は補給ポイントになっていて、敵は侵入してこないというルールになっている。敵を警戒する必要がないので、タボールと9は談笑を交わしながら船内マップに目を通していく。

 

「船体の半分は貨物室になっていますのね? 惑星間運搬船っていうくらいですから当然ですか」

 

 船はレベル0からレベル4までの5層構造になっており、船体の半分を占有しているレベル0が貨物室になっているようだ。

 

「ああ、そこは入れないんだよね。IDカードのクラスが低くて弾かれちゃうの」

 

「9さんのクラスはなんですの?」

 

「一般セキュリティー」

 

「私はセキュリティーチーフですので、たぶん入れると思いますわ。参考までに、そこで泣きベソかいているお方は支店長、だそうですわ」

 

 貨物エリアにある積み荷の詳細まで確認できてしまう便利仕様は、ぜひともグリフィンでの導入を進めて貰いたいものである。

 

「う~ん・・・何やら色々と積んでいるみたいですが、目に付くようなものはありませんわね。

広いので、ガレオンとの決戦の場にはちょうど良さそうですけど」

 

「レベル1から4までは、幾つかの部屋を除いてほぼ見て周ってるから、ひとまず、タボール達のカードで入れる部屋を捜索するのがいいのかな?」

 

 言うとおり、未捜索エリアをあたって新しい情報を仕入れるのが順当だとタボールも考える。

 

「あの・・・タボール? 貨物室の拡大図を見せてもらっても良いですか?」

 

 その作戦でいこう、とタボールが言おうとした矢先、ファマスが控えめな声をかけてきた。

 

「あら? もう復活されたのかしら。私としては、もう少しだけよわよわなファマスちゃんでいてくれてもよかったのですが」

 

 タボールがからかうように言うと、ファマスは顔を赤らめて俯いてしまう。

 自身、恥ずかしい事をしているという自覚はやはりあったようである。

 

「その件でお2人に迷惑をかけたのは謝りますので・・・」

 

 相変わらず控えめに言うファマスに満足しつつ、タボールは再び貨物室の拡大図を表示させる。

 そこからはファマスが手を出し、指で拡大図をどんどんとスワイプしていく。

 

「これ、ガレオンとやらの撃破に使えないでしょうか?」

 

 ファマスが指を止めたのは貨物室東側の一角。

 筒の様なものが何本も立てられている様子がホログラムで映し出されており、表面には〝Nitrogen〟と表示されている事まで確認できる。

 少しだけ考えて、ファマスが考えている事を察したタボールの表情に笑みが浮かぶ。

 一方の9はというと、まるで子リスのように可愛らしく首を傾げている。

 

「さすがはファマスさん。戦闘時の悪知恵に関しては右に出る者はいませんわね」

 

「ねえ、どういう事なの? 私にも分かるようにちゃんと説明してよ~」

 

 ファマスの考えを9にも話すと、ちゃんと理解してくれた上で同意してくれる。

 3人は、一見して無敵とも思われるモンスター、ガレオン討伐に向けて動き出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ~NEXT プレイヤーズフロントライン~

 

 

 

 

「弾がまるっきり通ってなかったさっきとは大違いだよ! でも・・・

 

 

 生物兵器の恐怖

 

 

 

(まぁ、ツイていない時はこんなものですか)

 

 

 四面楚歌に立たされる少女

 

 

 

「相応の報いを受けてもらいます」

 

 

 怒りの炎を纏う獅子

 

 

 

「トマホーク? ミサイルでも飛んでくるのか?」

 

 

 そして、舞台は新たな局面へ

 

 

 

 

 プレイヤーズフロントライン 7話 Coming Soon

 




ゲームでよくあるSFホラーな雰囲気を出してみました。
ベースは、工具を手にクリーチャー達を解体してまわるエンジニア、でお馴染みの某洋ゲーです。
個人的には2が一番面白かったですね。
3は、まぁ・・・うん。

というわけで、来週もどうかお楽しみに!


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プレイヤーズフロントライン 7話

そろそろ、黄色いアイツが眼と鼻に襲い掛かってくる時期にさしかかりますね。
アンブレラ特殊作戦班みたいな装備で仕事したいな~、と思う今日この頃。
どうも、弱音御前です。

今週もまた懲りずに投稿してみましたので、どうか、気が向いた時にでも読んでくださればと思います。

それでは、どうぞお楽しみください~



 ここまでのプレイヤーズフロントラインは・・・

 

 

 

「なんていう美しい光景でしょう! 地球は青かった、とはよく仰ったものですわね!」

 

 

「これは、いつの間にか現実に戻っていたというオチではありませんよね?」

 

 

「来ますわよ。戦闘態勢で待機してなさいな、ファマス」

 

 

「コードネーム〝ガレオン〟。軍が開発した生物兵器っていうのがこのステージでの設定みたい」

 

 

「さすがはファマスさん。戦闘時の悪知恵に関しては右に出る者はいませんわね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に大丈夫ですの? ワンミスが命取りになる作戦なのですから、ウソはいけませんわよ?」

 

「たぶん大丈夫です。もうあの見た目には慣れましたから、今度はちゃんと戦えます」

 

 たぶん、と言ったところがちょっと心配ではあるが、ファマスはさっきよりも明らかに落ちついた様子で答えてくれている。

 長い付き合いでの経験上、問題ないだろうと判断したタボールは、それ以上の追及はしなかった

 

「・・・気にする事はありませんわよ。誰にだって怖いモノの1つや2つあるものです。貴女の

場合はそれだった、というだけの事ですわ」

 

 まだファマスの表情が優れないのを見て、タボールが言葉をかける。

 さきほどから、ずっとファマスをからかうような事しか口にしていなかったせいか、こんな

真面目な会話は気恥ずかしくて、タボールはファマスの顔を真っ直ぐには見られなかった。

 

「そう・・・なのですかね。タボールは何が怖いのですか?」

 

「いくら貴女とはいえ、そればかりは教えられませんわ。ちゃんと私の事を観察して、自分で見つけてごらんなさい」

 

「ふふ、分かりました。あなたがどんなモノを怖がるのか、楽しみにしておきますね」

 

 ようやくファマスの笑顔を見て、タボールの不安も消えたところでタブレット端末を手に取る。

 画面にはタイマーがカウントダウン表示されており、目的の時間まであと少しだ。

 

「そろそろ9さんが戻ってくる頃ですわね。手筈通りに頼みますわよ、ファマス」

 

 ファマスがいつもの眼で頷いた事を確認して、タボールはその場を離れる。

 真っ暗な室内では、避難路案内灯の薄ぼんやりとした明かりだけが、まるで滑走路のように延々と真っ直ぐに伸びている。

 その道に沿ってタボールが駆け抜ける。そこまで急がなくても十分に間に合う段取りは組んでいるのだが、万が一の事を考えて少し早めに着いていたい、というのがタボールのモットーだ。

 非常灯が照らし続ける先に現れたのは、タボールの身長の5倍近くはあろうかというほどに巨大な扉。その横に設置されたコントロールパネルに向き合うと、タボールはIDカードを取り出して構える。

 

(3・・・2・・・1・・・今ですわ!)

 

 タイマーの時間に合わせてパネルにカードを当てると、広大な貨物室が一瞬にして白色の灯りに照らしだされ、耳障りなサイレンの音が反響し渡った。

 サイレンの音と合わせて、ゆっくりと扉が開きはじめる。

 1人がようやく通れるくらい開いたか、と思った矢先にその隙間から9が飛び込んできたものだから、タボールはちょっとだけビックリしてしまう。

 

「ナイスタイミングだね、タボール!」

 

 立ち上がり、タボールに向けて笑顔でピースサインをする9につられて返してしまうが、今はこんなことしている場合ではないのだ。

 

「誘導は大成功だよ。私の後方10メートルくらいでついて来てる」

 

「では、このままポイントまで上手く誘いだしますわよ!」

 

 2人そろって駆けだしたすと、背後から重い足音が響いたのを耳にする。

 チラリと後ろに目を向ける。1メートルと開いていない扉の隙間から、黒い巨体が抜けだしてくる様子が確認できた。

 

「後ろを見ちゃダメだよ。タボールはとにかく全力で走る事だけ考えて。攻撃してきたら私が回避方向を指示するから」

 

「それには及びませんわ。アサルトとはいえ、私もそれなりの回避性能は有しておりますのよ?」

 

「まあまあ、そう言わずに。合図したら右に1歩分ステップだよ」

 

「へ?」

 

「はい、今!」

 

 9の有無を言わさない合図を聞いて、咄嗟に足が動いてしまう。

 タボールの身体が一歩分だけ右に逸れた、その直後、タボールがそれまで走っていたライン上を黒い杭のようなものが高速で通り過ぎていった。

 9の言うとおりに移動していなければ、確実に串刺しにされていたと断定できるだけに、背筋に寒気が奔る。

 黒い杭、ガレオンが伸ばした腕は9の方を薙ぐように振られ、再び後方へと戻っていく。

 もちろん、9はそんなもの気軽に屈んで避けている。

 

「ぜひとも指示をお願いしますわ、9さん!」

 

「オッケー、任せておいてよ!」

 

 初動から相手の攻撃を見抜くのは、回避性能がどうこうという問題ではなく、経験値がモノをいう話である。

 さすが、生き抜く事に自信があると豪語していただけの事はあるな、とタボールは9の事を見直してしまう。

 広大な貨物室内に並べられたコンテナや大型機械の傍を抜け、タボールと9はひたすら真っ直ぐに走り続ける。

 2人の目当ては、その前方50メートルほどの位置に鎮座するコンテナ。走るコース上に置かれ、両扉が開け放たれたその様子は、2人にはトンネルにも見えるような代物である。

 

「はい、ジャンプ!」

 

「よくってよ!」

 

 ピョン、と揃って可愛らしく飛ぶと、足元を鎌のようなモノが薙ぎ払っていった。

 

「ここからじゃあ影になってよく見えないけど、ちゃんと仕掛けられた?」

 

「抜かりはありませんわ。後ろとの距離は上々。私達が扉を閉めたら、後はファマスが上手くやってくれます」

 

「じゃあ、頑張ってあそこまで走るよ~。もっかいジャンプ!」

 

「よくってよ~!」

 

 50メートルの距離などそれこそあっという間なもので、横並びのままコンテナのトンネルに

突入する。

 4人くらい並べるほどの幅の、暗い金属の箱の中を瞬く間に通り抜ける。

 そこで、タボールと9は急ブレーキ。それぞれコンテナの左右に回り込むと、両開き式の扉を

閉じ始める。

 身体が少し大きい分、力も強いタボールが先に扉を閉めてロックまで掛ける。

 9が扉を閉じる少しの間、タボールはその場で待つ事になるのだが、コンテナの向こうから地響きをあげて迫りくるガレオンを真正面に見ているのが怖いのなんのって。

 

「お待たせ!」

 

 9も扉を閉じてロックを掛け終える。

 2人がコンテナから少し離れた直後、耳を劈くような轟音を伴い、目の前の分厚い金属扉が

大きくひしゃげた。

 

「っ!」

 

 もしかしたら、コンテナの扉を破って出てくるのでは? という展開も予想していただけに息を呑むタボールだが、幸い、扉を破るまではいかないようであった。

 

「今ですわ、ファマス」

 

 合図を送ると共に、コンテナの開け放たれたままの側に2人が回り込む。

 コンテナ外周を引き返す最中、ファマスの銃声が貨物室に響き渡る。

 その度にコンテナの中から破裂音とガレオンの咆哮が轟いているところから、作戦は順調に進んでいる事が分かる。

 

「閉めて下さい!」

 

 ジャストタイミングでの合図を聞き、扉に体当たりをぶちかます。

 真っ白い雲のような煙が噴き出ている入口扉を閉め、鍵を掛ければそれで作戦完了である。

 

「さあ、マイナス196度の中でも無事でいられるのか、楽しみですわね」

 

 ガレオンが暴れ回っている影響でコンテナは内側からひしゃげまくっているが、その勢いも段々と収まりはじめている。

 

「コンテナの中で液体窒素漬けにしてみようだなんて、ファマスってスゴイ作戦考えるんだね」

 

「柔らかくなるのが厄介ならば、完全に固めてしまえばいいと思いまして。ただ、喜ぶのは結果を見てからですね」

 

 〝Nitrogen(液体窒素)〟のボンベを並べた密閉式コンテナ内にガレオンを誘いこみ、ボンベを撃ち抜いて液体窒素で満たす。その後にコンテナを閉めれば、超低温冷凍庫の完成である。

 その効果は見てのとおり、閉じ込めてから数分も経たずにコンテナからは、物音一つたたなく

なる。

 

「どうやら、作戦大成功とみて良さそうですわね」

 

 イエ~イ、と3人でハイタッチを交わして勝利を分かち合う。

 

「これでこの船は航行可能になるんですね? 他の化け物は船内をうろついていませんね?

ステージクリアと確定していいんですね?」

 

「うん、そのはずだよ。船内のゾンビどもはファマスとタボールがやっつけたので最後だったから、あとはブリッジで復旧操作をすればそれで終了、と」

 

 9の話しを聞いて、実に安心しきった表情を浮かべるファマス。

 あれだけ慌てふためいたファマスをもう見られないのか、と思うと悲しくて仕方ないタボールである。

 

「でも、凍っている今であれば破壊も可能ですのよ? 念には念を入れておくのもアリだと思い

ますわ」

 

「ん~・・・開けた際に外気が流れ込みますから、それで急激に温度が上がって溶けてしまう可能性もあると思います。ただ、あなたが言うように念を押したいというのなら・・・」

 

 なんの前触れもなく、ファマスの会話が遮られる。

 静まり返っていたと思ったコンテナが、突如、轟音を伴って飛び跳ねたのだ。

 

「きゃあ!?」

 

「な、何事ですの!?」

 

「これは、ちょっとマズイ事態かもしれませんね」

 

 空荷でも数トンはあろうかというコンテナが床を跳ね、内側からのひしゃげ具合もこれまでの

比ではない。

 暴れ回るコンテナに銃口を向けながら後退する3人。

 ついにコンテナを突き破り現れたのは、身の毛もよだつような異形の姿だった。

 

「うぇ~、何ですのあの外見は? キモすぎですわ~」

 

 液体窒素がどういった影響を及ぼしたのかは知らないが、体表はまるで海藻でも絡みついているかのようにズルリと剥がれ、血が混じった赤い粘液を滴らせている。

 

「あはは~、なんかゾンビみたいになっちゃったね。第2形態ってやつなのかな?」

 

 眼球を振り子のようにぶら下げながら鋭い牙を剥くその様は、非常に出来の悪いホラー映画にでも出てくるクリーチャーそのもの。いっそのこと笑えてしまうような見た目である。

 

「こうなっては仕方ありません。応戦しますわよ、ファマス!」

 

 ガレオンと対峙しつつ、後方のファマスに指示を飛ばす。

 返事が無いな? と思いつつ後ろをチラリと見やれば、案の定というかなんというか、貨物室の隅っこで屈みこんで震えているファマスの背中が。

 

「またですの~!?」

 

「この見た目だもん、無理もないよね。とにかく応戦だよ!」

 

 ファマスちゃんは放っておいて、9の言うとおりガレオンに向けて攻撃を行う。

 タボールと9からの掃射を受け、ガレオンの身体から血飛沫が散る。

 

「あら? これはもしかして銃弾が効いているのではなくて?」

 

「そうだね! 弾がまるっきり通ってなかったさっきとは大違いだよ! でも・・・すぐに傷が治ってるっぽいからやっぱりダメだ~!」

 

 弾丸がガレオンの腐った身体を抉り飛ばすが、その直後、肉が膨れ上がって傷を塞いでいるのが視認できる。

 痛みも何も感じていないのだろう、ガレオンはタボール達の銃撃など意にも介さず、ジリジリと間合いを詰めてきている。

 

「くっ、一時撤退して対策を立て直す必要がありますわね」

 

「さんせ~い」

 

 効かないと分かっていて弾丸を消費するのは得策ではないと判断し、撤退を決める9と

タボール。

 しかし・・・

 

〝Aクラスの危険分子を検知、レベル0区画を隔離封鎖します。当該区域の搭乗員は速やかに非難して下さい。繰り返します・・・〟

 

 そんな船内アナウンスと共に貨物エリア内の照明が赤く明滅をしはじめた。

 

「はいはい、そうですわね! こういう展開はお約束ですものね! 知っていましたわ!」

 

「やれる気がしないけどやるしかないかぁ~」

 

 いよいよもって腹をくくり、徹底抗戦の構えを見せる2人。

 

「~~~~~~!」

 

 そんな戦意を感じ取ったのか、ガレオンが威嚇の咆哮をあげる。それと同時に、口から吹き出してきた粘液が2人に襲いかかった。

 

「うわぁ!!?」

 

「9さん!」

 

 粘液の噴射範囲の端に居たタボールは無事に回避できたが、直撃範囲真っ只中に立たされていた9は自慢の回避性能をもってしても避けきれなかった。

 

「何これ!? ベトベトがしつこくて・・・動け・・・ないっ!」

 

 大量の粘液を浴びた9はその衝撃で床に倒され、貼り付けにされてしまう。

 立ち上がろうともがいているが、粘液は想像以上に強力で、もがけばもがくほど身体に絡みつき、自由を奪っていく。

 

「下手に動いてはいけませんわ! 私が引きつけますので、落ち着いて引き剥がしなさい」

 

 自分に注意を惹きつけるように、ガレオンの頭を狙って弾丸を撃ち込む。

 

「そうそう、そのままこちらへいらっしゃいな!」

 

 誘導は成功し、ガレオンの注意は9から離れるように後退するタボールへと向けられる。

 グチャグチャと不快な足音を立てながら迫るガレオンとの間合いを保ち、タボールは弾丸を撃ち込み続ける。

 ・・・タボールには〝撃つ〟以外の戦闘手段というのがすぐには思い浮かばない。

 周囲の状況を把握し、起死回生の策を編み出せるような柔軟な発想力は、まだまだファマスには遠く及ばないのだ。

 制圧力には自信のあるタボールであるが、ファマスの機転を利かせた戦闘スタイルは傍で見る度に羨ましく思っていたほどだ。

 自分もこんな戦い方ができれば、もっとファマスの力になれるのに、と。

 

(こういう時に限って、ですものね。まぁ、ツイていない時はこんなものですか)

 

 真っ向からの攻撃が通じないガレオンこそ、攻略にはファマスの力が必要なのだが、当の本人があの様子では活躍は見込めない。

 自分だけでは、この状況を好転できないという結論はすでに出ている。

 ・・・だが、勝てないとはいえ、後の勝利につなげられる戦いはできる。

 このままガレオンを振りまわし、9とファマスが体勢を立て直すまでの時間を稼ぐ。

 3人で戦えば勝算は十分にあるというのがタボールの見立てだ。

 

「っ! この・・・」

 

 吐き出された粘液を避けきれず足に浴びせられてしまう。9が苦戦しているとおり、強力な粘り気で床から足が離れず身動きをとる事もできない。

 

「逃げて、タボール! そいつに掴まったら・・・」

 

 9の言葉も虚しく、ガレオンの手がタボールの身体を掴む。

 身体を完全に覆えるほど巨大な掌に握られ、タボールは自分が数秒の後にどうなるのか、直感で理解できてしまう。

 勝つ為の時間稼ぎすらもできない、自分の不甲斐なさを思い知った。

 これだけでも今回のシュミレーターテストに参加した意義はあった、としてタボールは自分を慰める。

 

「ファマス、聞いていただけますこと?」

 

 急激に身体に圧力がかかる。痛みはないが、強烈な圧迫感とガレオンの腐った皮膚の感触を感じられるというのは、非常に不快なものである。

 

「9さんのこと、ちゃんと守ってさしあげて。貴女も無事に生き残りなさい」

 

 言いたい事を言いきった直後、視界が自分の意思とは関係なく明後日の方向へと向けられる。

 ガレオンの手に握りつぶされ、消えていく自分の身体を見上げながら、タボールは遅い来る虚脱感に身を任せる。

 

「タボール!」

 

 完全に意識を手放す直前、耳に届いてきたファマスの声を耳に、タボールは自然と笑みを零していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ファマス、聞いていただけますこと?」

 

 背後から届くタボールの声を聞き、ファマスが反射的に振り返る。

 貨物室内の数十メートル先には、見るも恐ろしい異形へと変貌したガレオンの巨体と、その剛腕に握られたタボールの姿があった。

 それを見て、胸の奥で小さな火花が散る感触を覚える。

 肩掛けベルトで所在なくぶら下がっていた愛銃のグリップへと、自然に右手が伸びる。

 

「9さんのこと、ちゃんと守ってさしあげて。貴女も無事に生き残りなさい」

 

 その言葉を聞き終えた直後、タボールの身体が無情にも握りつぶされた。

 紺碧の長髪を揺らめかせて落下する頭部を目の当たりにして、ファマスの胸でチリチリと燻っていた火花が一気に燃え上がる。

 胸の底から這い出た炎は、恐怖から凍りついていたファマスの身体を、思考を、弾丸を瞬時に

呑みこみ覆い尽くす。

 

「タボール!」

 

 オーバーフローした熱量を吐きだすかのように、友の名を叫び立ち上がる。

 もう見たくない関わりたくない逃げ出したいと、散々イヤがっていた敵だという事も忘れ、

ファマスはガレオンに向かって駆けだす。

 そんなファマスに気がついたのか、ガレオンは掴んでいたタボールの残骸を投げ捨ててファマスの方へと向き直った。

 宙を舞いながら、タボールの身体が消えていく。

 友の亡骸を雑に扱われたのを見て、ファマスの身体の内で炎が荒れ狂う。

 

「よくもタボールを・・・相応の報いを受けてもらいます」

 

 言葉なんて通じるわけもない事は分かっているが、宣戦布告はいちおうの礼儀というもの

である。

 

「========!」

 

 ファマスの闘争心だけは通じたのか、ガレオンがヤル気の咆哮をあげる。

 

「がおぉおぉぉ~~!」

 

 そんなガレオンに対して、ファマスも威嚇で反撃する。

 一生懸命に怖い顔を作って叫び返すその様子は、タボールが見たら確定キュン死クラスの

出来だ。

 それを向けられたガレオンが少しだけたじろいだように見えるのは、気のせいではない。

 気迫というのは、動物の本能へと直接影響を与える貴重な武器なのだ。

 

「ファマス、1人で戦ったらダメだよ。私が抜け出すまでなんとか逃げきって」

 

「いえ、コイツは私だけで相手をさせて下さい」

 

 ナイフで粘液を引き剥がしている9に向けてハッキリと答えを返す。

 それを聞いて、9が反論できなかった事で、ファマスはそれを答えだと受け取った。

 

「~~~~~~!」

 

 再びガレオンが雄叫びをあげる。同時に、口から飛び出してきた大量の粘液がファマスに襲いかかる。

 瞬時に身を横っ跳びに投げ、粘液の吐瀉範囲から抜けだす。

 床を一回転し、体勢を直したところでガレオンに向けて発砲する。

 頭部の一部分が盛大に爆ぜるが、すぐさま何事もなかったかのように再生するのが垣間見える。

 その様子を見ても、ファマスは顔をしかめるような仕草を微塵も表す事はない。今のファマスの一挙手一投足は、ただ、親友をゴミのように投げ捨てた相手を仕留めるためだけに存在する。

 誘導を確実なものにする為、ガレオンの腕が届く範囲から外れずに、ジリジリと後退する。

 大気を根こそぎ奪っていくような剛腕をかいくぐり、飛び越え、その合間にガレオンを挑発するかのように弾丸を撃ち込んでいく。

 段々とガレオンの攻撃が熾烈になっていくのは、ムキになってくれている証拠だ。

 それで良い。攻撃に夢中になればなるだけ、ガレオンはファマスの術中に落ちていく羽目になるのだから。

 そうしてガレオンから逃げつつ誘導し、数十メートルは進んだだろうか。貨物が置かれていない、床に引かれたラインで区切られた一角にガレオン共々足を踏み入れたのを確認したところで、ファマスは攻撃の隙をついて一気に駆け出す。

 向かうは、壁に設置されたコントロールパネル。ディスプレイ内の〝Air Lock〟と表記された

アイコンをタッチすると、床のラインに沿って透明の隔壁が展開された。

 

〝エアロック起動シークエンスを開始します。しばらくお待ちください〟

 

 一層に耳障りな警報音が、ファマスとガレオンが閉じ込められた数メートル四方のエリア内に

木霊する。

 

「いくらあなたでも、宇宙空間に放り出されてはひとたまりもないでしょう?」

 

 薙ぎ払われる腕をスライディングで滑り抜ける。

 状況を理解していなくても本能で危機が分かるのだろう、ガレオンの暴れっぷりもここにきて

最高潮に達している。

 

〝シークエンス完了。操作、待機中〟

 

 あとは、コントロールパネルの横に設けられた、ガラス板に覆われた〝いかにも〟という感じのボタンを押せば、ファマスの後方にある巨大なハッチが開いてガレオンは宇宙空間に放り出される事になる。

 ただし、この状態ではファマスも同じこと。エリア内は床も壁も平らで、どこかに掴まって大気の放出を耐え凌ぐ、などという映画の様な展開は期待できない。

 

「あなたも死ぬのは嫌でしょう? 私を倒せばハッチが開く事もありませんよ。まぁ、倒せれば、の話しですけどね」

 

 両手を広げ、不敵な笑みを浮かべるファマス。

 

「~~~~~~~!」

 

 そんな意味を知ってか知らずか、ガレオンは本日一番の咆哮をあげると、粘液を飛ばしてきた。

 

「っ! と・・・」

 

 生温かい感触を浴びた左足が床としっかり貼り付けられた事を確認し、ファマスは小さく頷く。

 もちろん、これさえもファマスが組みあげた勝利への道筋である。

 

「刺し違えるのもやぶさかではないのですが、生き残れ、というのがタボールのお願いでしてね」

 

 ハッチの起動ボタンに狙いをつけるファマスに向けて、ガレオンの剛腕が振りかぶられる。

 

「宇宙遊泳は1人でどうぞ」

 

 火薬の炸裂を以って弾き出された5.56ミリ弾が真っ直ぐにボタンを撃ち抜く。

 本来ならば、破損した回路がショートしてボタンは起動すらしてくれないのだろうが、これはゲームのステージなので、そこはご愛嬌。ブザーと共に開きだしたハッチから猛烈な勢いで空気が吸い出されていく。

 掴まれる物もなく、体勢を崩したガレオンは宙に浮き、空気の流れに巻き込まれる。

 対して、ファマスはガレオンの粘液で床に固定されているので巻かれることはない。

 問題はこの後。背後のハッチへ向けてすっ飛んでいく巨体が、ファマスのすぐ目の前にまで

迫る。

 

(さあ、運を天に任せて!)

 

 このポジションになってしまった以上、吸い出されるガレオンを避けられるかは完全に運任せである。

 限界まで身体を密着させて床に伏せる。上着を掠めながら、巨体が自分の背中を無事に通過していくのを感じて小さくガッツポーズ。

 靡く髪を押さえながら、ハッチから宇宙空間へと放り出されたガレオンを確認した。

 脅威を排除し、あとはハッチを閉めれば一件落着である。

 仰向けに寝転んだ状態で、ハッチのすぐ脇に設置されているクローズボタンに狙いをつける。

 強風、無理な体勢という悪条件の中であるが、ファマスにとってこれくらいは大した問題では

ない。

 環境補正もろもろを考慮した狙いを以って、ボタンを撃ち抜くとブザーが止まり、ハッチが閉まっていく。

 段々と吸い出される風圧も弱くなり、やがて、空気の流れが完全に止まってくれたところでようやくファマスは大きく息をついた。

 

「ファマス、大丈夫!? 怪我とかしてない?」

 

 エアロック隔壁が解除され、9がファマスのもとに駆け寄ってくる。

 ファマスがハッチを開けた辺りから、9は心配そうな様子で隔壁にへばりついていたのだった。

 

「ええ、大丈夫ですよ。この気持ち悪いやつを剥がすのを手伝ってもらっても良いですか?」

 

「もちろん、お安い御用だよ!」

 

 すでに粘液剥がしのコツを掴んでいたのか、9は華麗なナイフ捌きで粘液を引き剥がして

くれる。

 

「ファマスはすごいね。本当に1人でやっつけちゃうんだもん。私なんか、タボールの事も助けてあげられなかった」

 

「あなたが気に病む事ではありませんよ。私が初めからしっかり戦えていれば、タボールがやられる事はなかった。非は私にあるのですから」

 

 泣きだしそうな表情を浮かべている9の頭を撫でながら、ファマスは絞り出すように言葉を

かける。

 幸いなのはこれがシュミレーターだったという事。もし、実戦でこのような結果に陥ったとしたなら、ファマスはきっと自分を許せなかっただろう。

 

「お互い、言い出したらキリが無くなるのでこの話しはもう止めましょう。タボールの言いつけどおり、2人揃ってこのシュミレーションをクリアしますよ。もし言いつけを破ろうものなら後が

面倒なんですから、あの娘は」

 

「そうだね。私達、頑張るから。天国から見守っていてね、タボール」

 

「いやいや、死んでないですから。そんな言い方をせずとも」

 

 両手を組み、祈りを捧げる9に華麗にツッコミを入れている自分を少し悲しく思いつつ、ファマスは立ちあがると、航行機能を回復させる為にブリッジへと向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Dive F 白神湖 湖畔

 

 

「グリズリー! 左側の湖面から敵が出てくるよ! SVDは11時の方向から飛んでくる

トマホークを撃ち落として。それから2秒後に同じ側の湖面から同じ敵が出てくるから

ヨロシク!」

 

「トマホーク? ミサイルでも飛んでくるのか?」

 

「小さい斧の事だよ! さっきから何回も飛んできてるでしょ?」

 

「お、おう・・・すまない」

 

 夜の帳の中、桟橋を走り抜けながらRFBの的確な指示が飛ぶ。

 前衛のRFBとSVDを追うように走るグリズリーは言われた通り桟橋の左側、月明かりに照らされてユラユラと揺れる湖面を見下ろしてみる。

 すると、湖面から橋脚を昇ろうとしている人影が目についた。

 このステージに存在する数人の〝シリアルキラー〟の1人、白いワンピースを着たやたらと長い黒髪の女だ。

 狙いを付けるやいなや、グリズリーは躊躇なくトリガーを引く。マグナム弾の直撃を受け、女はしがみついていた橋脚から吹き飛ばされて再び湖へと消えていった。

 グリズリーに先行し、RFBと並んで走るSVDも言われた通りの方向へと視線を向ける。

 湖に面したキャンプ場という設定の為、明かりに乏しい状況下ではあるが、それでも、こちらへと真っ直ぐに飛来する何かを視認する事ができた。

 走りながらではあるが、名手SVDにとっては迎撃になんら問題の無い距離である。

 一撃で飛来物を撃ち落とすと、飛んできた先をスコープ越しに確認してみる。

 これもシリアルキラーの1人、ホッケーマスクの大男が湖の反対岸で斧を振りかざしているのが視認できた。

 目測で2キロほどの距離があるだろうか。そんな遠いところから斧を投げてここまで届くのだから、さすがはゲームの世界である。

 RFBの言いつけどおり、SVDが斧を撃ち落としてからきっかり2秒後、再びグリズリーが

湖面に視線を落してみると、そこにはさっきと同じような様子の女の姿。これも1発で仕留めてみせる。

 

「はい、ここからは5秒くらいクールタイム。今のうちにボートに駆け込むよ!」

 

 湖を囲うように建てられた広大なキャンプ場を舞台に、シリアルキラー達の襲撃をやり過ごしながらアイテムを探し回る、というこのステージは他と比べて難易度設定が格段に高くなっている。

 しかし、RFBは最短最速のアイテム回収ルート構築、敵の出現場所にアタリを付けての逆待ち伏せ等々、流石はステージデータの元になっているゲームの提供者に相応しい、華麗なる戦術で

難なく最終局面にまで辿りついたのである。

 ・・・そんなRFBに、何が何だか分からないまま終始振りまわされっぱなしだったSVDと

グリズリーは、共に無傷ではあるものの、精神的に満身創痍なのは言うまでもない事だ。

 桟橋の終点に停泊されているモーターボートに3人たて続けに飛び乗る。勢いでボートは湖面上で激しく揺れるが転覆するほどではなかった。

 ようやく終わりか・・・、と無言のまま、お互いに示し合わせたかのように大きく息をつく

SVDとグリズリー。

 

「私がエンジン掛けるから、敵の足止めお願いね!」

 

 もううんざりだ・・・、とお互いに示し合わせたかのように揃って桟橋に視線を移す2人。

 自分達が走ってきた桟橋の先から、これまで襲いかかってきた敵がオールスターで押し寄せてきている。

 これまでの戦いから敵それぞれの戦力は把握できているので、どうしたってくい止めるのは無理だという事も断言できてしまう。

 

「おい、これをくい止めるのは無理だぞ! 私はあのホッケーマスクが大嫌いなんだ! 頭を撃ち抜いたってのに、何だって普通に動き回るんだアイツは!?」

 

「私はあの長い鉤爪男がイヤだ! 素早いし弾丸はじき飛ばすし、なにより見た目が気持ち

悪い!」

 

 いちおう反撃を試みつつ、RFBに向けて愚痴を零す。

 ここまでRFBに頼りっぱなしで来てしまった手前、もう頼れるのはRFBしかいないので

ある。

 

「ほら、これ使って」

 

 制御パネルを弄くりつつ、RFBは赤いポリタンクを2人の元に投げてきた。

 10リットル容量のタンクには液体が一杯に入っており、キャップの淵からは微かにガソリンの匂いを感じる。

 

「SVD、そっち持って! 思いっきりぶん投げるわよ!」

 

「気が合うな! 私も同じ事を考えていたところだ!」

 

 SVDとグリズリーは今まで同じ部隊で戦った事が無く、普段の生活でも接する機会は全く無かった。

 この極限の状況下、2人の間に美しい友情が芽生えた瞬間である。

 

「「せ~のっ!」」

 

 掛け声と共にタンクを大きく振りかぶり、勢いを乗せて全力で前方に放り投げる。

 綺麗な孤を描きながら宙を舞うタンクに向けて狙いを付け、タンクが敵集団の頭上に差し掛かったところを見計らってトリガーを引く。

 爆音と共に炎が周囲を赤く照らしあげ、炎熱が敵を容赦なく飲みこんでいった。

 弾丸はすこぶる効果が薄いが、炎系の攻撃に対してはとても弱いというのがここのステージの敵の特性であるらしく、桟橋の上に広がる炎の海から敵が出てくる様子は無い。

 

「お待たせっ! 逃げるよ~!」

 

 RFBの声と共にエンジンが唸りをあげ、ボートが弾かれたように湖面上を走りだす。

 あっという間に炎に巻かれ、崩れ落ちていく桟橋を遠目に、3人を乗せたボートは対岸へ向けて突き進んでいく。

 

「これでもうクリア同然なんだけど、その前に・・・」

 

「ええ、言わなくてもわかってるよ」

 

「こういうのには付き物の展開だろう?」

 

 ボート前方、左右の3方向に3人それぞれが銃口を向ける。

 最後のダメ押しという事なのだろう、ボートの淵から3体の敵がよじ登り襲いかかるが、そこはちょうど銃口の真正面。

 3種の銃声がキャンプ場に木霊して、それで本当にステージクリアを示すリザルトが表示されてくれた。

 

「さあさあ、リザルトは・・・・・・やった~! マルチプレイの記録更新だ~!」

 

 子供のようにピョンピョンと飛び跳ねて大喜びのRFBをよそに、グリズリーとSVDは床に腰を降ろして今度こそ安堵の息をつく。

 

「アイツ、指揮官よりも指揮能力が高いんじゃないのか?」

 

「このステージの事をよく知ってるからね。・・・それにしたって、RFBの下に就いての任務は

もうゴメンだわ」

 

「同感。人形遣いが荒すぎて、これじゃあ身体がもたない」

 

 ボートが対岸に到着する寸前、次のステージへの移動の為に意識が段々と落ちていく。

 願わくば、今度はちゃんと指揮官のもとで攻略にあたれますように、と切に願いつつ2人は緩やかな流れに身を任せるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~NEXT プレイヤーズフロントライン~

 

 

 

「みんな同じタイミングでスタートって事は、これで最終ステージなのかな」

 

 

 いざ、KBF(決戦のバトルフィールド)へ

 

 

 

「あぁ~・・・確かに、アレは45姉ならどうにか出来そうって思う」

 

 

 鏡に映ったアナタと2人

 

 

 

「そのままUMP45をボコボコにしてやりなさい!」

 

 

 戦乱再び

 

 

 

「私が胸が小さいのを気にしてるって言った時、それでも構わないって、言ったくせに」

 

 

 指揮官と副官のヒメゴト

 

 

 

 

 プレイヤーズフロントライン 8話 Coming Soon




オマケになってしまいましたが、RFB達のステージは高難易度という設定になっています。
あんな性質の悪い〝VSシリーズ映画〟みたいなゲームがあったら、私ならゲームディスクで
フリスビーしてやりますけどね。
投げるとよく飛ぶから、うちのマーフィーも大喜びさ!

次回より最終ステージ開幕となります。
どうぞお楽しみに


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プレイヤーズフロントライン 8話

鼻詰まりのせいで、窒息する夢を見て飛び起きた今日この頃。みなさん、いかがおすごしで
しょうか。
どうも、弱音御前です。

ダラダラと続けてきたプレイヤーズフロントラインも、今週より最終ステージに突入。指揮官と
人形達の活躍を、どうぞお楽しみください~



 ここまでのプレイヤーズフロントラインは・・・

 

 

 

「ご主人様が助けてくれたおかげで、これが手に入りました」

 

 

「お淑やかなお胸のファマスさんが羨ましいデスワ~」

 

 

「モスバーグ! 私が関節にダメージを与える。合図したらトドメよろしく!」

 

 

「9さんのこと、ちゃんと守ってさしあげて。貴女も無事に生き残りなさい」

 

 

「・・・それにしたって、RFBの下に就いての任務はもうゴメンだわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Last Dive ???

 

 

「今度のステージは・・・・・・何とも言い難いなこれは」

 

 紆余曲折の末、歪な人形達が住まうブロウニングの屋敷から無事に脱出した指揮官は、また新たなステージへ飛ばされていた。

 大木の様な太さの幾本もの柱が天井を支えている様相は、古代ヨーロッパのパルテノンといったところだろうか。

 艶やかな黒曜石を思わせる柱の表面は、まるで氷のように冷たく、彼の手に反応するように触れた部分が淡い緑色に発光している。全くもって謎な物質である。

 

「おまけに、地球じゃあないっていうね」

 

 外に目を向けると、漆黒の夜空には、まるで粉砂糖をまぶしたかのように瞬く星達の群れ。その中で、月の代わりの青い真ん丸が一層煌びやかな光を放っている。

 荒廃しきった世界だったり人形の館だったりを経験してきた今、もう大抵の事では驚かないだろうと思っていた指揮官だったが、地球外というのはさすがに予想外の展開であった。

 

「あ! 指揮官み~つけた!」

 

 遠くから聞こえてくる声。

 建ち並ぶ柱の先で、指揮官に向けてぶんぶんと元気良く手を振っている9の姿を確認し、手を

振り返しながら移動を開始する。

 どうやら他にも何人かいるようで、9に近づくにつれてその姿を確認する事ができた。

 

「45とRFBも一緒だったのか。他のメンバーは?」

 

「まだ確認できていないわ。一緒に転送されてきたはずだから、まだどこかで無事ではいるんだろうけど」

 

「私はファマスと一緒にステージをクリアしてきたの。RFBはSVDとグリズリーが一緒だったんだよね?」

 

「そうだよ~。2人とも頑張ってくれて記録更新できたし、めっちゃ楽しかったよ!」

 

 今にも飛び跳ねんばかりの勢いで喜ぶRFBを見て、指揮官の表情も自然と緩む。

 シミュレーターに入れと言われた時はどうなる事かと心配だったが、こうして良い結果を目の当たりに出来た今では、それも良い思い出である。

 

「みんな同じタイミングでスタートって事は、これで最終ステージなのかな。RFBはここがどんなステージなのか分かるんだろう?」

 

「もちろんだよ。進みながら簡単に説明するね」

 

 言って、迷うような素振りも微塵も見せずに歩きはじめるRFBに3人も続く。

 

「分かりやすく説明すると、地球を侵略しようとするインベーダーとの戦いっていう良くある

お話しなの。んで、ここはそのインベーダーの星。建物の構造なんか見ても、地球のものより進んでる感じするでしょ?」

 

「じゃあ、また見た事もないようなモンスターがいっぱい出てくるのかな? でも、今回は45姉と一緒だからどんな奴が来てもラクショ~だもんね!」

 

「こらこら、そんな調子に乗って痛い目を見ても知らないわよ?」

 

 抱きついてくる9を宥める45。未知の場所に放り込まれても、いつもの調子を崩さない流石のUMP姉妹である。

 

「いや、もうここは雑魚が出てくるような場所じゃないんだよ。この先には最後の最後に残った

ラスボスが1体待ち受けているだけ」

 

「相手が1体だけなら、残りのメンバーと合流出来ればかなり有利に立ち回れるんじゃないか?」

 

 UMP姉妹、41、ネゲヴ、ファマス、SVD、グリズリー、RFB。現実世界での部隊だったら向かうところ敵無しのメンバー勢揃いである。

 正直、敵がちょっと可哀想に思えるくらいの戦力にも思えてしまう。

 

「いや~・・・どうかな? なんたって、ゲームの世界だからね」

 

「おいおい、マジかよ?」

 

 難しい表情を浮かべるRFBを見て状況を察してしまう。

 どうやら、ラストステージに相応しい難易度に違いないようだ。

 

「これだけの戦力でも苦戦するかも、ってどんな敵が出てくるのよ」

 

「それは、説明するよりも実際に見てもらった方が早いかな。ほら、バトルの前にしっかり補給しておこう」

 

 何本もの柱を通り過ぎた先、巨大な扉の横に置かれた、この世界には何とも不釣り合いな

オリーブ色の弾薬ボックスを開く。中には大小様々な弾丸と榴弾が一杯に詰め込まれていた。

 

「わたしと指揮官は~おそろい~の~♪ 45~ACP弾~♪」

 

 謎の歌を嬉しそうに口ずさみながら弾薬を漁る45。その横で指揮官もボックスを漁る。

 

「指揮官はガバメントしか持ってないの? それなら、グレネード持っていこうよ。私は

フラッシュバン、45姉はスモークを持ってるから」

 

「そうだな。とんでもなく強い敵が出てくるっていうなら、持ってた方が利口か」

 

 掌大の丸型グレネードを2つ手に取り、腰元に忍ばせる。

 各々、行動に支障が出ない程度に持てるだけの弾薬を持って、いよいよ準備完了である。

 

「敵、正確に言えば、私達がいるこの惑星のメインフレームなんだけど、そいつはこの扉の先に

いるの。改めて言っておくけど、めっちゃ強いヤツだからみんな気を抜かず、真剣に戦うように」

 

 超真顔で言うRFBの気迫に圧され、無言のまま頷いて返す3人。

 それを合図と見てとったRFBが扉を開ける。

 黒い艶を纏った無機質な扉が音も無く開いた・・・その直後だった。

 突如、無数の銃声が耳を劈いた。

 まるで、一瞬にして戦場の真っ只中にでも立たされたかのような激しさに、反射的に4人揃って臨戦態勢へ切り替わる。

 

「お~、やってるやってる~! さあ、私たちも遅れをとっていられないよ~!」

 

 興奮気味に言って、1人突撃していくRFBを前に、一度、顔を見合わせる3人。

 行くしかない、と無言で頷きあってから戦場へと足を踏み入れた。

 まず、目の前に備え付けられたバリケードに身を寄せ。3人で周囲の状況把握から開始する。

 四面が全て鏡のように磨かれた漆黒の室内は、目測での形状把握が困難だ。

 所々で散っている跳弾の火花から推測すると、直径数十メートルほどの円形か。その円に沿うようにバリケードが設置され、中心を取り囲んでいる。

 

(中央からの弾幕がとてつもないな。どんな敵が相手なんだ?)

 

 あまりにも熾烈な弾丸の雨で、敵の様子を覗きこむ事もできない。

 横に並んでいるバリケードにはG41とファマスの姿。2人も指揮官の事に気がついたようで、嬉しそうに合図を返してくれる。

 

「こっちにはネゲヴがいるわ。グリズリーとSVDはやられちゃったみたいだから、私達の残りは7人よ」

 

 火力の高い2人の脱落は痛いところである。

 残るメンバーでの主力、G41、ネゲヴ、RFBの3人を護りつつ、この弾幕を押し返して攻撃に転じるというのがセオリーだろう。

 

「これどうにかしなさいよ、UMP45!」

 

「なんで私に言うのよ!? そっちの方が火力が高いんだから自分でなんとかすればいいでしょ!」

 

「あの見た目なんだから、アンタならどうにかできるんじゃないの!?」

 

「はぁ? あの桃色、なに言ってんの?」

 

 45だから対処できる敵、というのはどういう意味なのか? ネゲヴの言葉を聞いていた指揮官も45と揃って首を傾げる。

 

「あぁ~・・・確かに、アレは45姉ならどうにか出来そうって思う」

 

 9が覗いている位置は弾幕が比較的薄いのか、バリケード越しに敵の様子を確認できるようだ。

 

「9までそんな事を言って。どんなヤツなの・・・」

 

 9の傍に歩み寄り、同じようにバリケードの向こうを覗いた45が言葉を失う。

 驚いているとか呆れているとかいう様子ではなく、完全にフリーズしてしまっている。

 そんな45の様子に興味を惹かれた指揮官も、姉妹の横から向こう側を覗き見る。

 漆黒のラウンドテーブル中央には、サブマシンガンUMP45とマシンガンMG4を両手に携えた1人の少女の姿。片側だけ結わいた、周囲の黒色にも負けない艶やかさの黒髪を靡かせ、優美に舞い踊りながら周囲に弾丸をばら撒いている。

 

「ね? 45姉ならなんとかなりそうな見た目でしょ?」

 

 黒と赤、ツートンカラーのタクティカルジャケットは色こそ違えど、どこかで見た・・・というか、指揮官のほんの数センチ横にあるモノと同じデザインである。

 

「そう言いたくなる気持ちは分かるわ。でも、心の底から本当になんとかしてもらいたいって思ってるのは私だから」

 

 宝石のように澄んだ紅の瞳と視線が交錯して、彼女は嬉しそうに笑みを零す。

 そんな笑顔までも本物の彼女ソックリだが、その裏に潜ませた危うさだけは確実に見て透かす事が出来る。

 

「あれ、どう見ても45だよな? どうなってんの、コレ?」

 

 ネゲヴ達から浴びせられる弾丸を弾丸で撃ち落とす、などという規格外の業を見せつけるやたらと黒い感じのUMP45・・・通称、黒45を目の当たりにして3人揃って言葉を失ってしまう。

 

「私が説明しよ~!」

 

 そんな最中、隙をついてネゲヴの傍から指揮官のもとに飛び込んできたのはRFBである。

 

「あれはメインフレームの防衛システムで、標的の思考をスキャンして、最も想っている人物の

理想形を模したアバターを投影しているのだ」

 

 やたらと説明口調のRFBではあるが、状況はなんとなく把握できる。ただ、何でも有りの

ゲーム世界なので、詳細まで理解することまではすでに諦めている指揮官である。

 

「この場合は指揮官の思考が反映されてるのかな。私達、だったらきっと指揮官の姿になってる筈だから」

 

「ふ~ん? じゃあ、あの黒い45姉のおっぱいがDSRくらい大きいのも、指揮官が理想としている45姉の姿っていう事なのかな?」

 

「9、シャラップ!」

 

 RFBの説明を聞き、黒45を初めて見た時の違和感に納得いってしまった指揮官は、あえてその事は黙っていた。戦争の火種になってしまうのは明白だからである。

 9としては悪気は無いのだろうが、その話題を引きずり出されてしまったものだから、指揮官は思わず強い口調で彼女を咎めてしまったのだ。

 

「ご、ごめんなさい。私、何か悪い事を言っちゃったのかな・・・?」

 

 普段、怒鳴る事の無いものだから、今のはかなり効いてしまったのだろう。9は身を竦め、怯えた表情を浮かべている。眼の端にはうるうると涙まで溜まっていて。

 

「ごめんごめんごめん! 急に怒鳴った俺が悪かった! だから泣かないで!」

 

 戦闘中だというのもそっちのけで9に謝り倒す。そんな様子が面白かったのか、9は涙を湛えながらも笑みを零してくれた。

 その様子を見てひとまず安心・・・とはいかないのが世の中のツライところである。

 

「あ~あ、9の事を泣かしちゃうなんて、指揮官ったらイケナイんだぁ」

 

 背中にぐりぐりと銃口を押しつけられながら聞く声は、顔を見なくても分かるほどの怨念を含んでいる。

 いっその事、このまま撃ち殺してもらったほうが楽なのかもしれない。

 

「平気だよ、45姉。ちょっとビックリしちゃっただけだから」

 

「ほら、9もこう言ってる事だし万事解決! さあ、気を取り直して、あの防衛システム攻略にとりかかろうじゃないか! ね!」

 

 勢いに乗せ、思い切って振り返ってみて・・・やっぱりやめておけばよかったと後悔する。

 45は笑っているが、それは、まるでチラシでも貼り付けているような笑顔。その裏にはきっと、エリート鉄血人形も急速離脱するほど恐ろしい怒りが隠されているに違いない。

 

「私が胸が小さいのを気にしてるって言った時、それでも構わないって、むしろ綺麗だから好きだって言ったくせに。嘘つき! 立ったまま死ね!」

 

「今そんな話しする!?」

 

 怒りに任せ、もっている銃をバシバシと指揮官に叩きつける45。

 痛くはないのだが、それを受けるうちに知らず退いてしまい、銃弾が飛び交うバリケードの外に出てしまう。

 

「やばっ!」

 

 こんな無防備に身を晒しては被弾は避けられない。

 ダメージを覚悟して瞬時に身構える指揮官だが・・・銃弾を浴びるような感覚は感じない。

 咄嗟にバリケードに身を潜め直して、その直後、再び銃弾の雨が飛び交いだした。

 まるで、指揮官が外に出た一瞬だけ雨が止んでくれたような様子だ。

 

「今の・・・もしかして、指揮官への攻撃を避けてたの?」

 

 ついさっきまでの怒りもどこへやら、見出した好機へ目を向けるレスポンスの良さは流石の45である。

 怒りの矛が収まってくれて、指揮官は心底安心する。

 

「そう、これがこのステージ攻略の一歩。アバターの再現率が高すぎて、あの黒い45さんは本物45さんに負けないくらいの存在になっているの。指揮官と45さんは、お互いに撃ち合いなんてしたくないでしょ? そもそも、スキャン対象の攻撃意思喪失を狙った仕掛けらしいんだけど、それで防衛システム側も攻撃意思を失ってちゃあ世話ないよね」

 

 一個小隊でも相手にしているかのような弾幕で近づく事ができず、こちらからの攻撃も全く通じない。そんな八方塞がりの中で見つけた一縷の隙。

 もちろん、指揮官としても45の姿をしたモノに攻撃を行いたくない気持ちはあるが、だからといって、勝機を手放すほど甘い考えをしているつもりはない。

 

「それなら、俺が盾になって接近戦にもち込もう。銃が使えない距離まで近づけば勝機があるかもしれない」

 

 シュミレーターとはいえ、敵の銃口の前に身を晒すのは相当な恐怖が伴う。

 両手に銃を構え、大きく息をついて、高鳴る鼓動を少しづつ鎮めていく。

 

「人間のくせに、そういう危険な事をさらっと言うんだから。それなら、私も付いて行くわ」

 

 一緒に突撃してくれると、真っ先に申し出てくれたのは45。

 指揮官の身体でカバーしきれるのは、1人がせいぜいといったところである。

 

「アンタには荷が重いわよ。その役目、戦闘のスペシャリストが引き受けるわ」

 

 そこにネゲヴ登場。どうしても45に役目を譲りたくなかったのか、危うく被弾しそうになりながらバリケードを渡ってきた次第である。

 

「足の遅いアナタじゃあ指揮官の邪魔になるだけよ。すっこんでなさい」

 

「アンタが近づいたところで何もできる事がないでしょ。やっぱり、致命打を与えられる火力がいないと。私みたいな!」

 

 どちらが付いていくかで火花を散らす2人は、もう放っておく事にする指揮官。

 

「私は後方支援にまわるから、他の娘を連れてってあげて」

 

 ゲームマスターを自称する彼女にしては、やけに消極的な立ち回りである。

 強敵を前に燃えそうなタイプの娘なので一緒に突撃したがりそうだが、きっとRFBなりに何か考えがあっての事なのだろう。

 

「わ、私はできれば45さんと戦いたくなくて・・・ごめんなさい、ご主人様」

 

「気にしなくていいよ。9とRFBの事を頼むね」

 

 いつのまにか傍に寄ってきていた41の頭を撫で撫でして宥めてあげる。

 45とネゲヴはポンコツ。9、RFB、41は辞退。そうなると、指揮官が頼れる娘はもう1人しかいない。

 というか、突撃を仕掛けると決めた時点で、相棒の第一候補に挙がっていたのはちょうど彼女だったのである。

 

「ファマスはどう? 俺と一緒に突撃する覚悟、あるかな?」

 

「え? 私なんかで良いのですか?」

 

「キミさえ良ければ、だけれども」

 

「ちょっと! 私を放っておいて話しを進めないでよ!?」

 

「UMP45よりはマシだけど、それよりも私の方が優秀だと思うわよ!」

 

 今の話しを聞いて食いついてきた2人に冷たい視線を向けると、それで察してくれたのか黙って引っ込んでくれる。

 もの分かりの良い娘達で何よりである。

 

「・・・分かりました。指揮官のお役に立てるよう、全力を尽くします」

 

「よし! 俺とファマスで突撃を試みる。みんなは俺がファマスをカバーできなかった時の

フォローを頼む。異論は?」

 

 しっかり頷いてくれる3人と、やや拗ね顔で渋々ながら頷く2人。その様子を確認して作戦開始の合図を出す。

 援護組が左右のバリケードに展開し、位置についた事を確認。

 あとは指揮官が突撃のタイミングを計るだけだ。

 

「実は、キミと組んで戦ってみたいって前々から思ってたんだ。今の話し、みんなには内緒にしてくれよ? 45には特に」

 

「私も、指揮官と共に戦える事を光栄に思っています。必ず私がお守りいたしますので、どうかご安心を」

 

 互いに言葉を掛け合い、息を同調させる。直後、弾幕の勢いが弱まったタイミングを捉え、間髪入れずにバリケードから飛び出した。

 20メートルほど先に佇む黒45は、予想通り指揮官に向けて発砲してこない。それを利用し、背後にファマスを隠したまま疾走する。

 黒45の技量ならば、指揮官を避けてファマスにだけ銃弾を浴びせることも可能だろうが、それは援護組が許さない。

 バリケードからの援護射撃が黒45の動きを止めている、その僅かの間で標的の目前へと

到達する。

 これで黒45の持つ銃の射程から外れることが出来たが、それは指揮官とファマスも同じ事。

 銃を使えない以上、頼れるのは己の身体のみだ。

 手にしたMG4で殴りかかる黒45。鈍い風切り音を伴って襲いかかるそれを、指揮官は僅かに屈んだだけで避ける。

 空ぶった勢いでガラ空きになった顔面に肘打ちを叩きこむと、これは効いたのだろう、黒45の身体がふらつく。

 そこに、指揮官の背後から飛び出してきたファマスの掌打が追撃をかける。

 これもまた、頭部への容赦ない攻撃を受けて黒45はさらに大きくよろけた。

 

「いいわよ! そのままUMP45をボコボコにしてやりなさい!」

 

「尤もな言い分だけど、あなたに言われるとスゴく腹立つわね!」

 

 あれだけやられ放題だった事もあり、この快進撃を目の当たりにしている後衛も随分と盛り上がっている様子だ。

 体勢を立て直す暇も与えまいと、指揮官は黒45の腕を掴み、脚を蹴り払う。

 

「合わせろ、ファマス!」

 

 力の流動を上手く利用して腕を捻り上げると、黒45の身体は宙をクルリと回転。

 

「はい!」

 

 指揮官の動きに合わせたファマスの蹴りが黒45の頭部を直撃する。

 グキリ、と鈍い音を響かせ、黒45の身体が逆回転に跳ね上げられた。

 

「「せやぁ!!」」

 

 軸足の回転を以って加速された2槍の回し蹴りが、空中の黒45を刺し穿つ。

 砲弾の様な勢いで吹き飛び、ゴロゴロと床を転がること数メートル。うつ伏せに寝転んだまま、黒45はピクリとも動かない。

 指揮官とファマスの見事な連携格闘術に、後方の援護組からは感心の声が漏れているのが

聞こえる。

 

「ふぅ~・・・しっかり合わせてくれるって思ってたよ。流石だね」

 

 ファマスは指揮官が格闘術を教えた戦術人形の内の1人。こうなってくれる事を期待して

ファマスに突撃してくれるように提案をしたのだった。

 

 かくして作戦は大成功、とばかりの笑顔で指揮官はファマスに向けて握った手を差し出す。

 

「は、はい、ご期待に添えてなによりです」

 

 どこか所在なさげにしながらも、ファマスは控えめに指揮官の手に拳をちょんと合わせて

くれた。

 

「2人とも、喜ぶのはまだ早いよ! 油断しないの!」

 

 そんな喜びも束の間、RFBの声で2人の世界から引き戻される事となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~NEXT プレイヤーズフロントライン~

 

 

 

「ヤバい! 45さんとネゲヴさんは左回りに逃げて! 私達は右回りだよ!」

 

 

 プロゲーマーの立ち回り

 

 

 

「まじまじと見てんじゃないわよ、エロマシンガン!」

 

 

 散々な言われようのネゲヴちゃん

 

 

 

(45の言うとおり。こんなバカな事、現実じゃあできないよな)

 

 

 覚悟の刻

 

 

 

「9、41、フォーメーション〝デルタ〟。ヤツを部品単位までバラバラにしてやれ」

 

 

 45怒りの戦線

 

 

 

 

 プレイヤーズフロントライン 9話 Coming Soon 




黒化、オルタ化は昨今では定番になりつつありますね。
お胸を大きくしたのは100%私の趣味ですとも、ええ。

来週もどうかお楽しみに~


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プレイヤーズフロントライン 9話

今週もやってまいりました。どうも、弱音御前です。

長々と続いている今作、今しばらくお付き合いいただければ幸いです。

それでは、今回もどうかお楽しみください


 ここまでのプレイヤーズフロントラインは・・・

 

 

 

「分かりやすく説明すると、地球を侵略しようとするインベーダーとの戦いっていう良くある

お話しなの」

 

 

「めっちゃ強いヤツだからみんな気を抜かず、真剣に戦うように」

 

 

「あれ、どう見ても45だよな? どうなってんの、コレ?」

 

 

「合わせろ、ファマス!」

 

 

「2人とも、喜ぶのはまだ早いよ! 油断しないの!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今さっきのダメージなど無かったかのように、すんなりと立ちあがる黒45。

 咄嗟に銃を構えてしまったが、銃撃戦で敵わないというのは明白である。

 また接近戦に持ち込むか、と思考を巡らせる指揮官。

 ・・・そんな矢先だった。

 黒45が両手に持っていた銃を無造作に放り捨てる。すると2丁の銃は、まるで意思を持った鳥のように黒45の周囲を旋回しはじめたのである。

 あまりにも異様な光景に言葉を失う指揮官とファマス。 

 

「ヤバい! 45さんとネゲヴさんは左回りに逃げて! 私達は右回りだよ!」

 

「どういうことなの? ちゃんと説明なさい、RFB!」

 

「そんな暇ない! 言うとおりにして!」

 

 これから何が起こるのか察したのだろうRFBが指示を出した。

 それに合わせるかのように、黒45が指揮官の背後、バリケードを指さした。

 その指示に従い、宙を舞っていた2丁の銃は目前の指揮官とファマスの頭上を過ぎ、後方へ飛び去っていく。

 

「指揮官、もう一度、接近戦で勝負をかけたほうが」

 

 背後から響く後方組の銃声と喚き声を聞くに、いつまでもこうして手をこまねいているわけにもいかない。

 

「・・・やるか。いくぞ、ファマス」

 

 黒45に再び接近する。そう決めるが早いか駆けだそうとした、その一瞬、目前の黒45の姿を見失ってしまう。

 直後、息も感じられそうな程の距離に黒45の顔が現れた。

 

「なっ!?」

 

 逆に一息で距離を詰められた。あまりに突然の事で混乱している指揮官に黒45は可愛らしくウィンクを送ると、傍らに立っていたファマスに向けて強烈なハイキックを見舞った。

 

「きゃあ!!?」

 

 さっきのお返しとばかりの強烈な勢いは殺しきれず、部屋中に激突音を響かせてファマスの身体が床に叩きつけられる。

 

「うぅ・・・」

 

 ガードは間に合ったが、身体がバウンドするほどの衝撃だ。昏倒寸前のファマスが小さくうめき声をあげている。

 

(っ! 今のうちに)

 

 無抵抗のファマスを見下ろす黒45は指揮官に背中を晒している。

 隙をついて銃口を向ける指揮官だったが、そんな行動も黒45にはお見通しだった。

 振り返り際、1丁は手で払い落され、もう1丁はスライド部を掴まれ、そのまま握り潰されてしまう。

 

「ウソだろ・・・?」

 

 部品がバラバラと零れ落ちていく様子を前に愕然とする指揮官。突如として顔に襲い掛かる衝撃で、たじろいでしまう。

 これもまたお返しのつもりか、繰り出された黒45のひじ打ちが鼻先に直撃したのだ。

 

「っ!!?」

 

 顔に衝撃を受けた事で自然と涙が浮かび、視界が滲んで効かなくなる。

 黒45の姿を確認できないながらも追撃に備えて身構えていると、いきなり胸倉を掴まれて

宙づりにされてしまう。

 10メートル近い距離を一息で詰め、頭一分も小さい身体なのに軽々と身体を吊るし上げる。ゲームの世界といえど、いくらなんでも規格外にすぎる運動能力だ。

 

「コイツっ!」

 

 腕を蹴飛ばして抵抗を試みるが、まるで鉄の棒でも蹴っているかのようでビクともしない。

 そんな様子を黒45は子供のイタズラでも見守るような朗らかさなものだから、余計に悔しさが募ってきてしまう。

 最中、足元から銃声が響く。

 視線を移してみると、そこには身体を横たえながら銃を構えるファマスの姿があった。

 まだ視線が定まっていないせいで、これだけの近距離でも銃撃は外してしまっている。

 

「指揮官を・・・離しなさい・・・」

 

 虚ろながらも、戦意を込めた鋭い視線を向けるファマスを一瞥すると、黒45の手に拳銃が

現れる。

 出身を同じくする銃火器を自由に取り出す事が出来る、という事なのだろう。手に現れたのは、ハンドガン〝USP〟である。

 依然として指揮官を吊し上げたまま、片手でファマスに銃口を向ける。

 黒45にすら狙いを定められない状態なのだ。回避行動をとれるわけがない。

 

「おい、無抵抗の相手を嬲っても面白くないだろう?」

 

 ファマスへの狙いを逸らす為の強がりだが、それが通じる望みが薄いのは分かっている。

 RFBが言っていたとおり、黒45が本物と同じような思考を持っているとするなら、標的を

仕留められるチャンスは確実にモノにするに決まっている。

 指揮官の願いを嘲笑うかのように、黒45が口元を釣り上げる。

 銃声が鳴り響いたのはその直後。

 正確に狙えば1発で済むだろうに、何発も、何発も。

 マガジン内の全弾をファマスに撃ち込んだところでようやく銃声が止む。

 

「助けられなくて、すまない・・・」

 

 力なく横たわるファマスの身体が薄れていく。

 いくらシュミレーターの世界とはいえ、この瞬間は胸が締め付けられるような感覚に囚われる。

 

「私の方こそ・・・約束を守れず申し訳ございません・・・指揮官・・・タボール・・・」

 

 呟くように言って眼を閉じると、ファマスの身体が完全に消え去った。

 

「このぉっ!」

 

 自分の不甲斐なさと黒45への怒りを乗せて脚を振り抜く。

 しかし、そんな渾身の蹴りを黒45は左手で軽々と掴み止め、そのまま脚を握り潰した。

 脚を落とされても、そんな些細な事を気にしていられない。

 残った脚で抵抗を続けるが、そんな指揮官の身体を黒45は大きく一回転振りまわすと、勢いを付けて床へ叩きつける。

 

「っ! ぅ・・・」

 

 グルグルと世界が回り、床に突っ伏したまま顔を上げる事もできない。脚を落された影響もあるのか、まるで失血状態に陥ったような虚脱感に襲われる。

 意識だけは手放さないよう、気力と根性で繋ぎとめているが、それが精一杯で身体を動かすだけの力は出せない。

 

「は・・・ぁ・・・はぁ~・・・」

 

 乱れる呼吸を少しづつ整え、ようやく視界が回復してくれる。

 黒45の姿は、と確認する間も無く、彼女は傍らでしゃがみ込んで指揮官の事を覗き見ていた。

 

(っ!? コイツ、何考えてるんだ?)

 

 少しだけ言う事を聞いてくれるようになった身体を動かし、這いずるように黒45から逃げる。

 そんな指揮官にトドメを刺す為に黒45が寄ってくる・・・と思いきや、どういう風の吹き回しなのか、彼女はいきなり指揮官の身体に抱きついてきたのだ。

 それはもう、本物45がガチで甘えてくる時と見紛うばかりの甘えっぷりである。

 

「ほ、ほんとに何考えてんの、この娘!?」

 

 甘い香りが鼻をくすぐってきたり、サラリと揺れる黒髪が頬を撫でてきたり、やたらと柔らかくてフヨフヨした感触が身体に当たっていたりで、手放しかけていた意識が一気に戻ってきてくれたので、とりあえずは結果オーライである。

 

「しきか~ん。しゅきぃ~」

 

 喋れたのか!? という驚愕の事実よりも、舌っ足らずな可愛らしい喋り方に驚いて、自然と顔が火照ってきてしまう。

 

「しきかんもぎゅってして? ぎゅ~っ」

 

「ちょ、ちょちょちょちょっと待って! なんでこんな事になってるのさ!?」

 

「だめ?」

 

 きょとんとした表情で見つめられて、思わず言葉に詰まってしまう。

 ついさっきのファマスの犠牲もあった手前、絶対にダメなのだが、間近で見る黒45が可愛すぎて即答できなかった。

 

「じゃあ、きしゅ、しよ?」

 

 指揮官の返事も待たずに寄せてくる黒45の顔を条件反射で避けてしまう。

 

(俺が望んでいる姿、ってRFBが言ってたもんな。俺って実はこんな趣味だったのかな~。

きっとそうだったんだろうな~)

 

 心の中で真の自分を恨み・・・でも、良い仕事をしてくれたと少しだけ称賛してあげる。

 

「む~、なんでよけるの? いうこときかないと」

 

 黒45が明後日の方向を指差す。

 示す先に目を向けると、そこにはバリケードが1つ。宙を漂う2丁の銃がその裏側に銃口を向けている。

 嫌な予感を感じたのも束の間、黒45が指をなぞる様に降ろす。すると、それに伴って黒い

バリケードの色が透明に変化していく。

 そうして、指揮官の嫌な予感通り。バリケードの裏には逃げ回っていた後方支援組がスシ詰め状態で身を寄せ合っていた。

 後方が静かだなと思えば、いつのまにかこんな有様だったようである。

 

「みんなころしちゃうよ?」

 

 見た目の違いこそあれど、根はやはり45である。目標達成の為ならば冷酷に無慈悲に手段を

選ばない。

 まぁ、そんなところにも惹かれちゃった指揮官なので、今更どうこう言うつもりもないわけであるが。

 

「じゃあ、言う事を聞いたらみんなを解放してくれるのか?」

 

「ん~・・・かんがえる」

 

 こういうところも本物そっくり。思わせぶりな態度をとっておいて、解放する気なんて初めっから無いに決まっているのだ。

 

「こら~! ニセモノの分際で私の指揮官にくっついてんじゃないわよ!」

 

「ちょっと、下手に動かないで! バリケードからはみ出ちゃうじゃないの!」

 

「黒い45さんとご主人様、仲直りしたんでしょうか?」

 

「ん~、違うんじゃないかな? まだお話し合いをしてる最中なんだよ、たぶん」

 

「ごめんね~、指揮官。やっぱりみんなを連れたままじゃあ逃げ切れなかったよ」

 

 相変わらず騒がしい事だが、あの5人をここで失ってはそれこそ勝つ事は絶対にできない。

 

「・・・・・・言う事を聞くよ。その代わり、みんなを解放してくれ。約束だ」

 

 指揮官が小指を出すと、黒45は嬉しそうに指を絡めて約束を交わしてくれる。

 こんな約束すらも、なんだかんだと言い訳をつけて破ろうとするのだから、UMP45とは本当に恐ろしい娘なのである。

 覚悟を決め、黒45をじっと見つめる。

 改めて顔が近づいてきたところで眼を瞑ると、唇に柔らかい感触が当たった。

 

「「あああぁぁ~~!」」

 

 最近はもう良く聞く2人のハモり声が耳に入るが、聞こえなかった事にしておく。

 初めは啄ばむように控えめだった口付けは段々と激しく情熱的に。

 気分もノッてきたのか、熱い息遣いと共に舌を指揮官の口内まで伸ばしてくる。

 本当に、こんなところまでいつもの45と同じなんだな、と思ったのは絶対に内緒の話である。

 

「うわぁ~、指揮官と副官って普段あんな風にヤッてるのかな・・・」

 

「黒45さんとご主人様、口をくっつけあって何をしているんですか?」

 

「何をやってるんだろうね~? 41ちゃんはあまり見ないようにしておこうか~」

 

「な、なるほど、ああいう風にするものなのね。とても勉強になるわ」

 

「まじまじと見てんじゃないわよ、エロマシンガン! ああ~もう! アイツ、わざと私に見せつけるようにやりやがって。絶っっ対に許さないんだから!」

 

 何も聞こえない何も聞こえない、と自分に言い聞かせつつ、黒45のキスをされるがままに受け止める。

 指揮官の気分も自然と高まってしまおうというものだが、これだけ夢中になって貪ってくれていれば、それだけ都合が良い。

 決して言い訳などではなく、黒45の提案に乗ったのは逆転の策を見出したからに他ならないからだ。

 両手を自分の腰へ回し、ベルトに引っ掛けてあったグレネードを掴む。

 フックから取り外し、腕をコートの外に出したところで指揮官の方からも黒45の口内に自分の舌を滑り込ませる。

 くちゅくちゅ、とより大きくなった官能的な音にセーフティーピンを引き抜く音を紛れこませ、レバーから指を放す。

 

「指揮官! なにバカな事を」

 

 指揮官の様子を見ていた45が、バリケードの裏から声をあげる。

 それを聞いて不信に思った黒45が動きを止めるが、ここまできたらもう絶対に逃がさない。

 

(45の言うとおり。こんなバカな事、現実じゃあできないよな)

 

 細身の身体をしっかりと抱きかかえる。

 その腕の先で2つのグレネードが盛大に爆ぜた。

 一瞬だけ身体かかる強烈な衝撃。

 あとは、自分がどうなっているのか状況が全く把握できない。

 明滅する視界は、またもグルグルと回っているし、酷い耳鳴りでなにも聞こえない。

 手脚が動かないのは、まぁ、爆発で吹き飛んでいるのだろうから当然だと予想できる。

 

「~~~! ~~~~~~!?」

 

 視界に入ってきた誰かが必死に言葉をかけてくれている。

 その声に耳を傾けようと意識を集中させていると、自然と感覚が回復していく。

 

「~~官! ねえ、私の声を聞きなさいよ、指揮官!」

 

 さっきまで目前にいたニセモノではなく、いつもの45が身体を抱いてくれていた。

 

「聞こえるよ。あの黒い45は?」

 

「分からない。爆発の煙が晴れたらいなくなってたから。やっつけたのかもしれないし、逃げたのかもしれない」

 

「そっか。とにかく・・・みんな助かって良かった」

 

「良くなんかないわよ! バカ!」

 

 ベチンと頬を引っぱたかれるが、もう身体の感覚なんか無くなっていて、何をされたのかもよく分からなかった。

 

「ああ・・・あの45とキスしたの怒ってる? じゃあ、みんなを助けたって事で帳消しにしてくれない?」

 

「いやだ! 私は・・・自分を犠牲にするなんていうバカな事を考えるバカは絶っ対に許さないんだから! バカ!」

 

 実に彼女らしい言い方を聞いて、思わず笑みが零れる。

 もう、退去が始まっているのか、耐えがたい眠気が襲いかかってくる。

 

「お説教は現実に戻ってから聞くからさ。みんなの事を・・・頼む。

45副・・・官・・・・・・」

 

 急速に落ちていく意識。視界が真っ暗に染まるその寸前、45が力強く頷いてくれたのを確認して、指揮官は静かに目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 腕の中で消えていく指揮官の身体を見届け、45は銃を構えつつ静かに立ち上がる。

 

「RFB、念の為聞いておくけど、これで終わりってわけじゃあないわよね?」

 

「もちろん。私が一番手こずったゲームなんだから、こんなもんじゃないよ」

 

「なら、さっさと出てきなさいよ! 指揮官に代わって私が叩きのめしてやるから!」

 

 45の怒りの声が室内に木霊する。

 エコーが壁に溶け込み消えると、それと入れ替わるかのように、再び黒色を纏った少女が姿を現した。

 バリケードの上に腰を降ろす少女。黒45は本物からの鋭い視線を受けても意に介した様子も無く、笑顔で床に降り立つ。

 指揮官が手脚を失うほどのダメージを負ったというのに、黒45は服装の乱れ一つ見られない。

 完全な無駄死にだったという結果を目の当たりにして、グリップを握る手に自然と力が籠る。

 指揮官以外とは話しをする気などさらさら無いという事なのか、黒45は無言のまま両腕を左右に大きく開いた。

 黒45の周囲の空間が、暗がりでも視認できるほどに湾曲する。

 そこから現れる2丁のサブマシンガン。

 UMP45とUMP9。黒45の能力ならばもっと火力の高い銃器を出せるだろうに、

プレイヤーと楽しむ気満々という意思が見て取れる。

 

「・・・指揮官の仇をとる。9、41、無茶は承知で私に付き合ってくれる?」

 

 残弾の少なくなっていたマガジンを入れ替え、準備を整えたところで45が問いかける。

 戦況は理解できている。本来の45の考えであれば、一時撤退して体勢を立て直して挑むという無難な選択をしているところだろう。

 シミュレーターの中だから、という言い訳で今回の無茶は大目に見ておくことにする。

 

「もちろんだよ! 私はいつだって45姉と一緒なんだから!」

 

「わ、私も頑張ります! 頑張って黒い45さんを倒します!」

 

 大方の予想通り、2人は揃って45の言葉に頷いてくれる。

 申し訳ないと思う傍ら、こんな時でも信頼してもらえているという事への嬉しさで自然と笑顔が零れる。

 

「そっち2人はどう?」

 

 腕組みで偉そうに佇んでいるネゲヴと、そもそも銃を構えてすらいないRFBにもお伺いを立ててみる。

 

「真っ向からの撃ち合いで勝負にならないのは明白。戦闘のスペシャリストとして、勝ち目の無い戦いに挑むのは避けたいわ。いくら指揮官の仇とはいえ、ね」

 

 その言い分が正しいというのは45も理解している。引っぱたいてでも戦闘に駆り出したいくらいの戦力なのだが、強要させるつもりもない。

 

「そっか。戦う気が無いならネゲヴさん、ちょっと私に付き合ってくれるかな?」

 

「? 構わないけど、何をするつもり?」

 

「いいからいいから、このゲームマスターを信じなさいって」

 

 言うと、RFBはネゲヴの手を引いて駆け足で部屋の入口へと向かう。

 

「必勝の構えで戻ってくるから、それまで3人で頑張ってね~」

 

 あれだけの戦力を持つ敵を前に、やけに達観してるなと不信に思ってみれば。必勝の策を隠していたRFBは、さすがゲームマスターといったところか。

 だが、指揮官を失う前にそんなジョーカーを切ってくれなかったのは、45的に引っ掛かるところである。

 

「ええ、先に倒しておいてあげるから、お2人でごゆっくりどうぞ~」

 

 強がりを言って返してやると、RFBは何が嬉しかったのか、笑顔で手を振りながら外へ出て行った。

 

「・・・さて、随分と待たせちゃったわね」

 

 そんな5人のやりとりを、手にした武器を構えもせずに傍観していた黒45へと向き直る。

 

「さっさと攻撃しちゃえば良かったのに、随分と優しいところあるのね。さすがは私ってところかしら?」

 

 他ならぬ自分の事だから良く分かる。心の底から楽しみたい獲物とは小細工なしの真っ向勝負を望むのが、UMP45という戦術人形なのだ。

 45の言葉を受けて、黒45は手にした銃でクイクイと煽り、かかってこいという合図を示す。

 それを見て自分でもイラっとしてしまうあたり、流石の煽りスキルだ。

 

「9、41、フォーメーション〝デルタ〟。ヤツを部品単位までバラバラにしてやれ」

 

「フォーメーション〝デルタ〟了解しました!」

 

「え? でるた? お、おう! デルタだね、分かったよ!」

 

 脚の速い3人による高速展開包囲射撃。3対1という限られた状況下でのみ使用可能となる、まだ実戦では経験の無い戦法である。

 

「ねぇ、41ちゃん。デルタってどういう戦い方だっけ?」

 

「ふえ? 忘れちゃったんですか? デルタっていうのは・・・」

 

 ひそひそ声で41が9に説明している事に一抹の不安を抱えながらも、まずは45が標的へ襲いかかる。

 親愛なる指揮官の弔い合戦の幕が切って落とされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~NEXT プレイヤーズフロントライン~

 

 

「必勝の策があるとかウソ付いて、UMP45達を置いて逃げてきたんじゃないでしょうね?」

 

 

 疑惑の行動

 

 

 

「これが最終ステップ! 柱に抱きついているキャラに全力で飛び蹴り~!」

 

 

 もっとも~っと疑惑の行動

 

 

 

「データソースの中に迷い込んだって事?」

 

 

 深海に揺蕩う桃姫が

 

 

 

「これで黒45さんに勝てるよ! やったね、ネゲヴさん!」

 

 

 栄光への架け橋へと成る

 

 

 

 

 

 プレイヤーズフロントライン 10話 Coming Soon




黒45との戦闘も後半に突入です。

次回はゲームマスターRFBの作戦にご期待下さい!


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プレイヤーズフロントライン 10話

花粉に頭を悩ませる今日この頃、皆様はいかがお過ごしでしょうか?
どうも、弱音御前です。

佳境にはいりましたプレイヤーズフロントライン。
今回はインターミッションという感じで短めになっています。
決して、連載に息切れしたわけではないと言い訳をしておきます!

今週もどうぞお楽しみください



 ここまでのプレイヤーズフロントラインは・・・

 

 

 

「2人とも、喜ぶのはまだ早いよ! 油断しないの!」

 

 

「約束を守れず申し訳ございません・・・指揮官・・・タボール・・・」

 

 

「しきか~ん。しゅきぃ~」

 

 

「なんでこんな事になってるのさ!?」

 

 

「9、41、フォーメーション〝デルタ〟。ヤツを部品単位までバラバラにしてやれ」

 

 

「必勝の構えで戻ってくるから、それまで3人で頑張ってね~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 RFBに引っ張られるがまま、火中の部屋から飛び出してきたネゲヴは大木の様な柱が延々と

立ち並ぶ廊下を走り抜けていた。

 

「ネゲヴさんは、あの黒い45さんを見てどう思った?」

 

「その質問の真意によるわね。言い出したら、それこそキリが無いのだけれど」

 

「じゃあ、もっと分かりやすく聞くよ。黒い45さん、あまりにも強すぎると思わない?」

 

「ん・・・それはまあ、ちょっとは出来るかなってところかしら。ほんの少しだけどね」

 

 あまりにも強すぎる。グリフィンのエースクラスが5人揃っていたあの状況ですら、攻略の糸口も見えない。

 あれなら、1人で鉄血の一個中隊を潰せと命令された方がまだ勝算があるというものだ。

 

「そう、ネゲヴさんの言うとおり、アイツはあまりにも強すぎるの」

 

「そこまでは言ってないじゃない・・・」

 

 結局、ネゲヴの心中などお見通しだったようだが、下手に反論するのは控えてRFBの言葉に

耳を傾けておく。

 

「このステージの元になったゲームはね、超高難易度、俗に言う〝無理ゲー〟っていうので

ゲーマーの中で有名なタイトルなの」

 

「ふ~ん? でも、アンタ達みたいなのはそういう難しいのを好むものじゃないの? 敵は強ければ強いほど燃える、みたいな」

 

「もうね、そんなレベルじゃないんだよ。例るなら、そうだな~・・・ネゲヴさん1人で砲撃態勢のジュピター砲20基に挑む感じ」

 

「うん、それは無理ね」

 

 強がりなネゲヴもそこはハッキリとお答えしておく。

 

「よりにもよって、私が提供したゲームの中からこれを最終ステージに選ぶんだから、たぶん、

ペルシカさんはこの事を知ってたんだろうね」

 

 そんな絶体絶命的な状況にいるというのに、RFBはさも楽しそうに笑っている。

 変なヤツだな、とは思わない。ネゲヴだって、戦闘時に追いつめられると自然に笑みを浮かべるような変な人形なのだから、他人の事を言えやしないのである。

 

「まさか、必勝の策があるとかウソついてUMP45達を置いて逃げてきたの?」

 

「そんな事しないよ! 本当は使わないでクリアしたかったんだけど、でも、これを使わないと

もう絶対に勝てない状況だし。ってわけで、もう心は決めたからネゲヴさんも何も言わないで

おいて」

 

 必勝の策があるのなら、それを使う事に一体なんの躊躇いがあるというのか?

 やはりRFBは良く分からないヤツだな、とネゲヴは小さく首を傾げる。

 

「それで? 私を連れ回してるのが必勝の策とどう関係してるのか、いい加減教えてくれない

かしら?」

 

「そうだったね。これから私がやろうとしている事は、本来、まともにプレイしていたら

〝有り得ない〟状況を可能にする技、〝チート〟っていう行為なの」

 

 ゲームにはとんと疎いネゲヴには聞き慣れない言葉だが、RFBの話し方から、それが一般的には良しとされない行為なのだろうことは伺える。

 

「ハッキングみたいなものなのかしら? ここ、ペルシカが組んだシステム内だけど、そんな事して平気なの?」

 

「チートっていっても、このゲームの場合は救済措置としてシステム内に組み込まれてるモノだから、たぶん問題ないよ。そもそも、これを使わないと全クリ困難な無理ゲーなんだもの」

 

「はあ・・・そういうものなのね」

 

「そういうものなのです! そして、これからここでネゲヴさんにチートを施す為の手順を踏んでもらいます」

 

 長い長い廊下の最果て。そこでようやく足を止めたRFBが偉そうに言う。

 

「なんで私に施すのよ? アンタの方がここに詳しいんだから、アンタがやればいいじゃないの」

 

「私は玄人プレイヤーだから、そういうのは性に合わないの。ネゲヴさん、副官に勝ちたそうにしてたから声かけて連れてきたんだけどなぁ~」

 

 含みのある言い方でチラチラと目配せしてくるその様子は腹立たしいが、確かに、45に勝てるというのは非常に魅力的な提案ではある。

 そう思ってしまった時点で、もうネゲヴの負けである。

 

「・・・分かったわよ。私は何をすればいいのかしら?」

 

「まず、この柱を一本づつスラロームしながら反対端まで走ってこっちに帰ってきて」

 

「・・・・・・」

 

 このパルテノンの廊下はとても長い。先が地平線かのように見えるくらいなので、きっと数キロ程度じゃあまだ足りないだろう。そこに等間隔に建てられた柱の本数など、もう想像したくも

ない。

 その柱の一本一本を左右に蛇行しながら廊下を往復しろとRFBは言っているのだ。しかも、〝まず〟という言葉から始めたので、その後にまだ何らかしらの手順が残っていると考えて間違いない。

 ふざけたことぬかすな! と、ぶん殴ってやろうかと一瞬だけ考えてしまうが、それは

スペシャリストらしからぬ暴挙だと心の中で自分を嗜める。

 

「何してるの? ここの廊下すっごい長くて時間かかるんだから、さっさと走る!」

 

「もう! いいわよいいわよやってやるわよ! そのチートとやらが大した代物じゃなかったら、その時は覚悟しときなさいよ!」

 

「はいはい、その時はお好きにどうぞ。1本でもスラロームし忘れたらやり直しだから、正確に

お願いね~」

 

 正確に、とはいえのんびりやっていたらどれだけの時間がかかるか分かったものではないので

全力疾走。

 一体これは何の罰なのだろうか? と悲しく思いつつネゲヴは1人黙々とスラロームに取り組み続けた。

 

 

 

    ~20分後~

 

 

 

「思ったより速かったね。途中でズルしてない?」

 

「してないわよ! スペシャリストなめんな!」

 

 結局、果てしなく続いているように見えたのは反射による錯覚だったようで、往復するまでの

時間は予想よりも短く済んでくれた。

 それでも、戦術人形の運動能力だからこれくらいの時間で済んだのだ。人間だったら倍以上は

かかっている距離である。

 

「オッケー。そしたら次はあの柱に行って」

 

 立っている位置から6本先の柱を指差しながらRFB。その指示に従い、ネゲヴは柱のもとへと歩いて行く。

 

「じゃあ、柱に抱きついて頬ずりして」

 

「何で!?」

 

「理由なんか私だって知らないよ。そういう手順なんだもん」

 

 確かに、これはRFBに怒鳴っても仕方が無い事である。

 

「あぁ~もうっ!」

 

 悪いのはこのゲームを造った顔も名前も知らない何処かのバカ野郎だ。その人物に副官45の顔を重ね、頭の中でソイツを存分に痛めつける事で自分への慰めとしておく。

 自分の身体より何倍も太い柱にしがみつき、顔をスリスリと擦り付ける。

 鉱石のような質感の柱はひんやりとしながらもどこか温もりのようなものも感じられ、ちょっとだけ気持ち良く感じられてしまうところがまた憎い。

 

「よし、次はこの角度から・・・いや、もうちょい左かな? よし、ここでいいや」

 

「アンタ、次は何をするつもりなの?」

 

 ネゲヴの背後、やや離れた位置からRFBの声が聞こえる。言われた通り、すりすりと柱に

頬ずりをしている最中なので、彼女が一体何をしているのか見る事はできない。

 タタタ、と駆け足の音が聞こえる。どうやら、RFBはネゲヴに向けて走ってきているようだ。それも、結構な速さである。

 

「何する気!? ねえ、何する気なのよ!?」

 

「これが最終ステップ! 柱に抱きついているキャラに全力で飛び蹴り~!」

 

「ホント、このゲーム作ったヤツ馬鹿なんじゃないの!?」

 

 背中に強烈な衝撃を受け、ネゲヴの身体が前方に吹き飛ばされた。

 ・・・柱にしっかりと抱きついていた筈なのに・・・である。

 

「な・・・何なのよ、これ?」

 

 漆黒のパルテノンに居た筈なのに、RFBに蹴り飛ばされた瞬間、ネゲヴは数字の0と1が無数に浮かぶ〝海中〟に漂っていた。

 海中だと表現したのは身体に感じる浮遊感ゆえの事である。

 

「0と1・・・データソースの中に迷い込んだって事?」

 

 おおよその電子システムは0と1の組み合わせで構築される。このシミュレーター内でネゲヴが認識していたモノ全ては、0と1が素材となって表現されているのである。

 そんな素材達に囲まれたここは、言うなれば〝世界の外側〟。世界の創造主のみが存在を知りえる、本来ならばネゲヴの様な一存在が足を踏み入れてはならない空間だ。

 手元でユラユラと漂う緑色の0を掴もうとすると、0はまるでクラゲの様なゆったりとした動きでネゲヴの手からすり抜けていってしまう。

 無限に広がるデータの海に浸り、安らぎを覚えるネゲヴだったが、そんなリラックスタイムは

時間にしてほんの数十秒足らずの出来事であった。

 

「きゃあ!?」

 

 突然、身体に重力を感じたと思えばそこは再びパルテノン。抱きついていた柱の反対側から、

蹴り飛ばされた勢いのまま飛び出してきた様である。

 驚きながらも、咄嗟に状況を理解して床に上手く着地する。

「よし! これでチートのフラグは立てたんだけど・・・なんか変わったような感じする? すっごい身体が軽くて超高速で動ける~とか」

 

 駆け寄ってきたRFBに言われ、その場でピョンピョンと跳ねてみたり足を動かしてみたりするが、特に変わったような感覚は無い。

 

「おっかしいな~? 確か、ステータスへの超々高倍率バフだったはずなんだよな~」

 

 身体を舐めるように見回してくるRFBの訝しげな表情がネゲヴの不安を煽ってくる。

 

「ん~・・・もしかしたら、ペルシカが先手を打ってチートデータだけ抜きだしちゃったのかもしれない。そうだったらゴメンね」

 

 可愛らしく舌を出しておどけて見せるRFB。

 RFB自身、予期していなかった事だというのはネゲヴも分かってあげたいところだが、あれだけの手間をかけさせてくれたのだ。

 有言実行。情状酌量の余地は無い。

 

「ふふふ・・・つまりは失敗という事? それじゃあ、覚悟はできているでしょうね、RFB?」

 

 目一杯RFBを怖がらせてやるために、薄ら笑いを浮かべながら、すぐ傍らの柱を拳で叩いた。

 あくまでも、怒っていますよアピールの為に叩いただけであって全力を込めたわけではない。

ドアをノックするよりもちょっと強いくらいの力である。にもかかわらず、いかにも頑強そうな

柱は、まるで爆薬で吹き飛ばされたかのように大きく抉り飛ばされてしまった。

 

「・・・」

 

「・・・」

 

 パラパラと破片を落す柱の有様を見て、2人して言葉を失う。

 自分の手は無事なのだろうか? と開いたり握ったりを繰り返してみるが、特に異常は見受けられない。

 ネゲヴの力で柱を叩き壊した、とみて間違いなさそうである。

 

「だ~いせいこ~! これで黒45さんに勝てるよ! やったね、ネゲヴさん!」

 

「よくやったわ、RFB! 待ってなさいよ、UMP45! 今日こそは目にモノ見せてやるんだから!」

 

 成功と見るや、RFBを泣かせてやろうと思っていた事も忘れて45達のもとへと引き返す、

かなりチョロいスペシャリストネゲヴなのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~NEXT プレイヤーズフロントライン~

 

 

 

「私の姿でおっぱいプルプルさせやがって! ムカつくのよ!」

 

 

 理不尽な怒りが黒45を襲う

 

 

 

「お待たせ、副官。言った通り、必勝態勢で戻ってきたよ」

 

 

 ヒーローは遅れてやってくる

 

 

 

「もっと私を恐れなさい。もっともっと、良い声で啼けぇ!」

 

 

 スーパーネゲヴちゃん大暴れ

 

 

 

「いいわいいわ! こんなに良い気分になったの初めてよ! こういうのって、なんて言うんだったかしら」

 

 

 そして、ゲームは幕を降ろす・・・?

 

 

 

 プレイヤーズフロントライン 11話 Coming Soon




チート、ダメ絶対!

ということで、次回は反則級に強くなったネゲヴちゃんのターンの活躍をお楽しみに!



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プレイヤーズフロントライン 11話

温かいんだか寒いんだかよく分からない今日この頃、皆様、いかがお過ごしでしょうか?
どうも、弱音御前です。

新年にスタートした今作も、本編最終話となりました。
ここまでお付き合いいただいた事に大変感謝っ!

相変わらず、大した内容ではありませんが、少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです


 ここまでのプレイヤーズフロントラインは・・・

 

 

 

「必勝の構えで戻ってくるから、それまで3人で頑張ってね~」

 

 

「まさか、必勝の策があるとかウソついてUMP45達を置いて逃げてきたの?」

 

 

「これから私がやろうとしている事は、本来、まともにプレイしていたら〝有り得ない〟状況を

可能にする技、〝チート〟っていう行為なの」

 

 

「これが最終ステップ! 柱に抱きついているキャラに全力で飛び蹴り~!」

 

 

「ホント、このゲーム作ったヤツ馬鹿なんじゃないの!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふわぁ!?」

 

 逃げ道を塞がれ、脚を止めてしまった隙に銃撃を浴びてしまう。

 小柄である事が幸いして致命弾は受けていないようだが、被弾の影響で41はその場で膝を付いて蹲る。

 

「9、カバー!」

 

 黒45を反対側から挟撃している9が指示を受けて掃射を行う。

 9の射撃線上には45も居るため、掃射は45への被弾の危険性もある。しかし、41を救うためには必要なリスクだ。

 周囲を飛び交う9の弾丸を意にも介さず、45は蹲っている41の元へと駆けつけるや、首根っこを掴んで釣り上げる。

 掴み上げられた41はまるで猫のように身体を丸めてくれるので、こういった緊急時にはとても回収しやすいのだ。

 バリケードに逃げる45の背後から、黒45の銃撃が浴びせられる。

 可能な限り身を屈めながら走ったので、バリケードに転がり込むまでの被弾は掠り傷程度で済んでくれた。

 

「ふぅ、まだ動けそう?」

 

「ふぁい・・・まだまだへいき、ですぅ~・・・」

 

 バリケードに背中を預けた41は眠気を必死で堪えているのがみえみえで、平気そうには見えない。

 時間経過による回復を待たないと、戦闘は不可能な様子である。

 

「ここで少し休んでいなさい。動けるようになったら、加勢をお願い」

 

 コクリと頷いてくれたのを見届け、45はバリケード淵から敵の様子を伺う。

 いつの間にか9も反対側のバリケードまで退いたようで、姿を晒しているのは黒45のみ。

 45の方にはUMP45を、9の方にはUMP9の銃口を向けているのは彼女なりのアテ付けなのだろう。

 こういう所作のいちいちが45は気にくわなくて仕方が無い。

 

「コンビネーション〝サーペント〟! 行くわよ!」

 

「りょ~かい!」

 

 号令と共に2人同時にバリケードから飛び出し、黒45に向けて不規則に蛇行しながら駆け

寄る。

 簡単に言えば同時突撃指令の事で、被弾率を下げる為に蛇行しつつ突撃する為、サーペントという通称を用いている。

 本来、射撃能力の低い敵に接近戦を仕掛ける際に用いる戦法で、黒45のように強力な弾幕を

展開できる敵とは相性が悪い戦法だ。

 しかし、45とて自棄になって特攻作戦に打って出たわけではない。考え付く中でも一番勝算が見込める戦法をとったのである。

 髪の先を、ジャケットの袖を、肌の表面を凶弾が空気を巻き込みながら掠めていく。

 だが、45も9も掠りこそすれ、数十発に及ぶ弾丸は1発もその身体を穿つ事は出来ない。

 それは決してただの幸運によるものではなく、45達が意図して回避している故の事だ。

 今、45に向けられている銃器はUMP45。戦術人形である彼女にとって、それは自分自身に他ならない。射速、弾速、反動によるブレ、弾道のクセ等々、自分に関するありとあらゆるデータを用いれば、黒45が向けている銃口から弾道を限りなく正確に求める事が可能となる。

 これがもし、UMP9が向けられていたのなら回避しながらの突撃は難しいものだっただろう。

 自分の趣向を表に出したばかりに敵に付け入る隙を与えてしまうとは、愚かにも程がある。

 明日は我が身である45は、その教訓をしっかりと胸に刻み込む事にする。

 近接射程に入るやいなや、45は左足のシースケースに収められているナイフの柄を掴む。

 引き抜き際に大きく振り抜いた銀色のブレードが綺麗な孤を描き、黒45の胸元わずか先を通過する。

 この一撃が回避されるという事は織り込み済み。むしろ、これくらいやってもらわないと張り合いが無い。

 

「っ?」

 

 黒45が小さく息をつき、背後を見やる。

 視線の先では45と同様、近接距離まで潜りこんだ9がナイフを振りきっている。

 ステップ回避の直後を狙った斬撃が、見事に黒45の左わき腹を切り裂く。

 

「ぼーっとしてんな!」

 

 左手の中でナイフをクルリと回して逆手に持ちかえると、振り返しの勢いを乗せて黒45の身体に切っ先を叩きこんだ。

 胸の中央、人形であればコアが埋め込まれた位置に深々と突き刺さったナイフを一捻りして、

ダメ押ししておくことも忘れない。

 途端、黒45の身体が力を失ったようにグラリと傾いた。

 

(勝った! 間に合わなくて残念だったわね、ネゲヴちゃん!)

 

 心の中で45は勝利を確信する。

 強敵を葬ったことへの安堵と高揚感から自然と笑みが浮かび・・・そんな45の事をあざ笑うかのように、舌をぺロリと出しておどける黒45と視線が交錯する。

 

「っ!?」

 

 背中に氷柱でも刺し込まれたかのような寒気を感じ、反射的に身を構え直す。

 床に倒れ込むと見せかけて、黒45は身体を宙に浮かせた状態で床に両手を付く。

 両腕、身体、両脚のバネを利用した黒45の強烈な両脚蹴りが背後にいた9の腹部に突き

刺さる。

 

「9!」

 

 9の身体が、爆風で吹き飛ばされたかのような勢いですっ飛んでいく。

 見るからに強力な打撃だったが、それでも、寸でのところで防御が間に合っていたのだろう、

バリケードに激突する直前で踏みとどまった。

 

「ふぅ~・・・危なかった。いちおう無事だよ~」

 

 45に向けて手を振っている9を見て安心したいところだが、今はそれどころではない。

 胸にナイフが突き刺さったまま、平然とした様子の黒45が両手の銃を放り投げる。

 宙を舞っていた2丁の銃は例の如く9に向けて真っ直ぐ飛びかかる。

 

「やっぱり無事じゃない! もう、これイヤなんだよ~!」

 

「反撃は考えないで、逃げる事にだけ集中しなさい!」

 

 泣きごとを喚く9に一言だけ言葉を投げ、目前の敵に全神経を集中する。

 銃口を向ける45に対し、黒45はやはり意に介した様子も無く手を胸元へと運ぶ。

 深々と突き刺さったナイフの柄を掴むと、顔色一つ変えずに引き抜き、ナイフを

45に向けて放り投げた。

 攻撃の為ではない、パスするように緩やかな孤を描いて舞うナイフを45がキャッチしたのを

見ると、黒45は近接格闘の構えをとる。

 それは45にとっては見慣れた構え。

 奇しくも、格闘術の師である指揮官と同じ構えであった。

 

「上等。相手になってやるわ」

 

 黒45がそうであるように、45も銃から手を離し、身体をやや半身に左足を前に出す。

 違いはナイフを持っているかどうかだけで、息遣いや目線までも互いに全く同じ。

 そうなれば仕掛けるタイミングすらも同時になるといきたいところだが、大抵、先に手を出すのは頭に血が昇っている方と相場が決まっている。

 この場合は45の方だ。

 

「ふっ!」

 

 一息で踏み込み、ナイフを構えた右手を振り抜いた。

 鋭い風切り音をあげて刃が虚しく空を切る。

 ならば当たるまで何度でも。

 上下左右縦横無尽に刃を奔らせる。

 秒間4撃にも届こうかという怒涛の攻撃は、しかし、それでも黒45の身体を捉える事が

できない。

 最低限の体捌きだけで避けるその動きは、まるで霞みでも相手にしているかのようで手応えの

欠片も感じられない。

 攻めているにも関わらず、明らかな劣勢に立たされている事が分かってしまうだけに45の苛立ちも更に募っていく。

 

「このぉ! 私の姿でおっぱいプルプルさせやがって! ムカつくのよ!」

 

 攻撃が当たってくれないのならせめて、ということで、目の前でやたらと揺れる黒45の胸に

向けてありったけの罵声を浴びせてやる。

 それで少しだけ気が晴れてくれたが、状況は一向に変わりやしない。

 ムキになる45をからかうのもついに飽きたのか、黒45は回避際、45の腕を掴み

捻り上げた。つい先ほど、指揮官が見せた投げ技である。

 

「くそっ!」

 

 身体が宙を舞い、視界が流転する。この技にはどうしたって力では抗えないという事は指揮官とのやりとりで体験済みだ。

 体勢を崩しながらも、床に叩きつけられる事なく着地。四つん這い状態のそこに、ボールでも

蹴飛ばすかのように乱暴な黒45の蹴りが襲いかかる。

 ガードは間に合うも、やはり規格外の力に負けてそのまま弾き飛ばされた。

 

(コイツ、無茶苦茶だ。私達でどうこう出来るレベルじゃない)

 

 床を転がり、這いつくばり、惨めながらも黒45の追撃を避け続ける45だが、その胸中では、もう勝利を諦めかけていた。

 いくら指揮官の仇とはいえ、あまりにも常軌を逸した性能を持つ敵に勝つ術は無い。

 そんなネガティブな気持ちが動きに乱れを生み、ついに、逃げ回った先でバリケードに逃げ場を塞がれてしまう。

 

「ホント・・・ネゲヴがいなくて良かったわ」

 

 バリケードを背に、惨めな姿をライバルに見られなかった事だけが唯一の救いだ、と乾いた笑いを零す。

 正面から悠々と歩み寄ってきた黒45は手を伸ばし、45の細く華奢な首を掴む。

 指揮官の脚を楽々と握り潰すくらいなので、45の首を落すなど造作もないだろう。

 

(悔しいけど、ここまでね。ごめんなさい、指揮官)

 

 喉が押し潰される嫌な感触。一瞬の後には自分の頭は床を転がるんだろうと覚悟を決めた。

 そんな矢先だった。

 

「あら? 随分と諦めが良いじゃない、UMP45。私に対してもそれくらい素直に接してくれたら良いのに」

 

 前触れも無く響き渡った癪に障る声。しかし、その声のおかげで黒45の手は止まり、寸での

ところで脱落を免れたというのは確か。

 喜んでいいのかどうなのか、45的に難しいところである。

 

「お待たせ、副官。言った通り、必勝態勢で戻ってきたよ」

 

 偉そうに腕組みで立つネゲヴの横には、一緒に部屋から出て行っていたRFBの姿。

 ダメージを負いながらも、なんとか生き残っている9に肩を貸してくれている。

 

「ちゃんと私にお願いできたら、助けてやらない事もないわよ。ほら、助けて下さいお願いします、って懇願してみなさい?」

 

 恐らく、自分に向けて言われていると思っているのだろう、黒45はさっきまで見せた事の無い鋭い視線でネゲヴの事を睨みつけている。

 その怒りが手にも込められ、45の喉がじわじわと締めつけられて、もう声も発せられない状況である。

 助けに来てくれたのはいいが、これ以上ネゲヴが黒45のご機嫌を損ねない事を祈るばかりだ。

 黒45の手に大型の銃器が出現する。

 MG5・・・グリフィンの戦術人形としても存在する強力なマシンガンだ。

 ネゲヴに向けて狙いを付け、トリガーにかけた指が微かに動く。

 まさにその瞬間、MG5の銃身が盛大に弾け飛んだ。

 チャンバー内の弾薬が破裂したかのような状況だが、黒45の脚元に座り込んで傍観するしかなかった45には真相が見えていた。

 黒45のトリガーが引かれる直前までふてぶてしく腕組していたネゲヴが、どういうわけか一瞬のうちに銃を構え、黒45のMG5を撃ち抜いたのだ。

 

「RFBの言葉、聞こえなかったのかしら? 必勝体勢で戻った、って」

 

 ネゲヴの言葉を聞いて頭にきたのか、黒45は首を掴んでいた手を離して完全にネゲヴの方に

向き直る。

 

「ネゲヴさん、さっき私が言ったヤツ試してみたら?」

 

「そうね、本当はそんなの使わなくても勝てそうだけど、せっかくだからやってみましょうか」

 

 一体、何をするつもりなのか。ネゲヴはコホンと一つ咳払いをすると一歩踏み出る。

 それに不穏なモノを感じた黒45と、床に座り込んだままの45も少しだけあとじさる。

 

「今すぐお前は、死ぬ!」

 

 ビシっ! と黒45を指差してネゲヴが高らかに宣言するが、それだけで他には何の変化も起きている様子は無い。

 一体なんだろうこれは? と黒45、45揃って訝しげに首を傾げた。

 

「いやいや、いくらなんでもラスボスに即死は効かないから。もっと常識的なデバフにしようよ」

 

「常識的って何よ? これだけで倒せるなんて、こんなスマートで効率的な事はないでしょう?」

 

「そりゃあそうだけど、そういう問題でも無くて・・・ともかく、それはゲーム的にダメなの! 違うのにして!」

 

「んもう、ゲームってめんどくさいものなのね。じゃあ、武器の無限生成禁止、攻撃力低下、

速度低下、防御力低下とか? あとは・・・」

 

 どういうわけか、この世界はネゲヴが宣言するように改変なったようで、黒45にも変化が現れる。

 武器がハンドガン1丁だけに変わったり、服を脱ぎだしたり、といった具合だ。

 

「って、なんでこの娘いきなり服脱ぎ始めてんの!?」

 

 目の前に黒いジャケットが脱ぎ棄てられる光景を目の当たりにして、思わずツッコミを

入れる45。

 

「このゲームでは衣装によって防御力が決まるからね。基本、薄着だと防御力が低いということなのだ」

 

「丁寧なご説明どうも! もう脱ぐな! お願いだから、私の姿で脱がないで~!」

 

 自分ではないにせよ、同じ姿をした者がストリップするのは恥ずかしくととても見れたものではない。

 ジャケットを拾い上げて着せようと試みるが、操り人形状態の黒45はもう頑として動いてくれない。

 

「ふ~ん? 防御力低下、防御力低下、防御力低下、防御力低下」

 

 顔を真っ赤にしている45を見てこれ幸い、とネゲヴは同じ単語を呪いのように呟き続ける。

 

「だめだめだめ! それ以上はもう本当にダメだってば!」

 

 もう、シャツのボタンなんか半分くらい外していて、大きなお胸がたゆんと外にお目見えしてるような状況。スカートに手をかけたが最後、45はもうこの場で自害して離脱する他ない。

 

「ネゲヴ~! お前ぇぇぇえぇ!」

 

 どうにもならない、と判断して諸悪の根源であるネゲヴにターゲットを切り替える。

 必死な45の形相を見てケラケラと爆笑しているネゲヴをぶっ飛ばしてやろうと、彼女のもとへと駆けつけて・・・

 

『こらこら! 一体何をやってるんだ、キミ達は!』

 

 突如、45とネゲヴの間に割って現れたホロウィンドウによって水を差されてしまう。

 ウィンドウに写っているのはペルシカの顔。彼女にしては珍しく真剣な表情だ。

 

『ネゲヴとエネミーのステータスがメチャクチャになったおかげで、システム全体が盛大にエラーを起こしてるんだぞ? 私のシステムをハッキングするだなんて、いい根性してるじゃないか。やった者は正直に名乗り出なさい。怒らないから』

 

「ハ、ハッキングなんかしてないわよ! ・・・ハッキングにはならないって、RFBが言ってたもの」

 

 そう所在なさげにネゲヴが言うと、ウィンドウがRFBの真正面へ瞬間移動する。

 

『R~F~B~? これはど~いうことかな~?』

 

 明らかに怒り心頭の笑顔を前にして、お気楽なRFBもさすがにヤバいと感じたのか、ちょっとたじろいでしまっている。

 助けてあげたいのは山々だが、状況を全く掴めていない組みは完全に蚊帳の外である。

 

「これは・・・みんな苦戦してるみたいだから、チートを使って形勢を盛り返してあげたいなって思って・・・その・・・」

 

『チート? 裏コマンドみたいなものか。・・・そういえば、使いようの分からないプログラムが隅っこに転がってたっけ。なるほどなるほど。それなら、ここまですんなり書き換えられるのも

合点がいく。そもそも、わたしが組んだシステムはキミ達ごときにハッキングされるような軟弱な代物じゃないしね。あはは~』

 

 自分なりに納得できる事態だったのか、矛を収めてくれたペルシカを見てRFBはほっと胸を撫で下ろす。

 

『ただ、あまりやられちゃうとシステムの維持が面倒だから、ほどほどにしときなさい』

 

「ほどほど、ってどれくらいならいいわけ?」

 

『あとデバフ1回。それでもう十分でしょ』

 

 そう言って、ペルシカのウィンドウが消える。

 

「確かに、弱くしすぎるのもつまらないか。それじゃあ、ペルシカのお許しも得たところで再開といきましょうか」

 

 ネゲヴの言葉で黒45の行動制限が解除される。

 依然としてシャツがはだけたままだが、黒45はお構いなしという感じでネゲヴに向けて

トリガーを引いた。

 USPの9ミリ弾が襲い掛かる中を、ネゲヴは堂々とした足取りで歩み進む。

 当然、弾丸はネゲヴに命中しているが、まるで小石でも当たっているかのように、身体に当たった端からポロポロと床に転がり落ちている。

 

「あの桃色、弾丸をはじいてるんですけど」

 

「黒45さんには高倍率のデバフを、ネゲヴさんには超々高倍率のバフがかかってるからね。

こんな風にもなっちゃうよ」

 

 そうこうしているうちに手の届く距離まで近づくと、黒45は銃を投げ捨ててネゲヴに殴りかかる。

 腹部に向けて真っ直ぐ繰り出された突きは、さっきまでの例であれば、ネゲヴの身体が後方に吹き飛ばされていたところだろう。

 しかし、高倍率のデバフがかかっている今となっては話しは別。

 ぼすん、と可愛らしい音が離れた45の耳にも届いてくる。

 

「あら、随分と可愛らしい事するのね、UMP45ちゃん?」

 

 子供をあやすかのような笑顔で言うと、ネゲブは振りかぶった拳で黒45をぶん殴った。

 チートとやらのバフでネゲヴの力も相当なものになっているのだろう、殴られた勢いのまま

黒45の身体が床に叩きつけられると、部屋中に振動が広がっていく。

 黒くてちょっと見づらいが、床にはヒビも入っているようである。

 

「私の指揮官を痛めつけておいて、このくらいで済むと思わない事ね!」

 

 立ち上がろうと、四つん這いになっている黒45の身体をネゲヴが蹴り飛ばす。

 ライナーで成す総べなく吹っ飛んでいく黒45はバリケードに激突。銃弾を受けても傷一つ付かないバリケードが大きくひしゃげている事から、その勢いの強さが伺える。

 

「うわぁ・・・痛そ・・・」

 

 9も思わず顔をしかめるくらいの光景だが、もっと嫌な気分なのは45の方である。

なにせ、自分と同じ姿をした者がよりにもよってネゲヴに痛めつけられているのだ。

 これほどやられたらさすがにダメージも溜まってくるのだろう、起き上がろうとする黒45の

動きが鈍っているのが確認できる。

 

「ん~、ダメージは受けてそうなんだけど、いつまでも無表情なのは面白くないわね。

・・・〝私を恐れなさい〟」

 

 黒45にデバフをかけた時と同じようにネゲヴがコードを発令する。

 それはデバフなのか? という疑問が真っ先に浮かぶ45だったが、それはいらぬ心配だったようである。

 ネゲブのコード発令の直後、黒45の表情がみるみるうちに曇っていく。

 

「・・・もう、やめて。ヒドイことしないで・・・」

 

 縮めた身を震わせ、恐怖で潤んだ瞳で許しを乞う黒45。

 服装が乱れているのも相まって、知らない人が見たらどうしたってアレな光景である。

 遠目に見ていたって、45ですらちょっと罪悪感を抱いてしまうような仕草。しかし、完全に

スイッチが入っているネゲヴは全く正反対の様である。

 

「ふふ・・・ふふふ・・・そう、良い表情になったじゃない。ほら、もっと私を恐れなさい。もっともっと、良い声で啼けぇ!」

 

「やだ! いたいのはイヤだ! たすけて!! だれか、たすけて!!」

 

 痛々しく泣き喚く黒45の髪を鷲掴みにすると、ネゲヴはひしゃげたバリケードの角に頭を叩きつける。

 黒45の悲痛な叫びが木霊する度にそれを原動力にするかのように、何度も何度も繰り返し打ち付けていく。

 

「うぅ・・・もう見ていられないよぅ・・・」

 

 あまりにも悲惨な有様で、ついに9も眼を逸らしてしまう。41はまだ傍のバリケード裏で

ぐったりとしてこの惨事に気づいていないのが幸いである。

 

「いや・・・これってもしかすると・・・」

 

 最中、RFBがぼそりと呟いた言葉を45は聞き逃さなかった。

 というか、もうこの状況を見ていたくないので、他の瑣末事に敏感に反応してしまうのである。

 

「どうかした? もう、ネゲヴがあれを倒してクリア、っていう状況にしては神妙な面持ちだけど?」

 

「さすが副官、目敏いね。実は、ちょっとマズイ事になるかも・・・ってところでさ」

 

 ゲームマスターがマズイって思うのならそれは本当にマズイ事態に違いない。

 詳しい内容を、というところで、これまで響いていた耳を覆いたくなるような叫びがピタリと

止んだ。

 視線をネゲヴの方に移すと、そこにはすでに黒45の姿はなかった。

 

「アイツを倒したみたいね。やりたい放題やって少しは気が晴れたかしら?」

 

 45達に背中を向けたまま佇むネゲヴからの返答は無い。

 どことなく嫌な予感を覚える45。すると、ネゲヴがゆっくりと振り返る。

 濁った赤色の瞳に三日月のように釣り上がった口元。

 これまで見てきたネゲヴの表情の中でも、ぶっちぎりでイっちゃってる表情である。

 

「あはは。あははははははははははははははは! いいわいいわ! こんなに良い気分になったの初めてよ! こういうのって、なんて言うんだったかしら・・・そう! 〝最高にハイ〟ってやつね! ヒャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」

 

 右手の指でこめかみをグリグリと押さえながら狂乱するネゲヴを前に、いよいよ45も本気で

恐怖を感じる。

 

「ゴメンなさい、副官。ネゲヴさん、チートの影響で〝反転〟しちゃってる」

 

「反転? それ、どういうことなの?」

 

 45の言葉を遮るように、突如、ネゲヴの身体が青い炎に包まれた。

 

「っ!!?」

 

 直視するのも困難な光と熱を受け、思わず腕で顔を覆ってあとじさってしまう。

 しかし、それも一瞬だけの事。天井まで一気に燃え上がった炎は何事も無かったかのように消えさり、その後には黒い衣装を纏ったネゲヴの姿があった。

 

「身に余る力を手に入れた者が辿る末路、ってヤツだよね」

 

「力に支配される・・・か。いかにもな感じの見た目、っていうかアレ、つい最近指揮官がアイツに買ってあげたスキンじゃないの」

 

 黒い鎧に薔薇のエンブレムをあしらった棺型のガンケース。青い炎を纏う漆黒の魔姫、

ダークメイズスキン〝黒石姫〟のご登場である。

 

「・・・不敬であるぞ、下郎。誰の許可を得て余の前に立つか。とく頭を垂れよ。余は寛大故、

さすれば不問としてやろう」

 

 時代錯誤もいいところな言い回しだが、言っている内容は普段のネゲヴとそれほど大差ないのものなので、気圧される必要もない。

 頭を下げるどころか、ネゲヴに分かるようにわざとらしく鼻で笑い飛ばしてやる。

 

「反転っていうからどんなのかと思えば、いつものコイツと同じじゃない。さっさとやっつけて

現実に帰りましょう」

 

 完全に無視された事が大層ご立腹だったのだろう、まるで虫でも見下すような余裕の笑みが一変する。

 ネゲヴの周囲が陽炎のように揺らめくのは、可憐な身体から溢れ出る怒りの熱量故か。

 

「虫けらにしては良い度胸をしている。ならば当然、苦しみもがきながら死ぬ覚悟も出来ているであろう?」

 

 ネゲヴが両手を大きく広げると、背後で蒼い炎が燃え上がる。

 まるで生きているかのようにうねりを上げる炎は瞬く間に姿形を変え、4丁のネゲヴが空中に

現れた。

 再びネゲヴの口元が歪に釣り上がり、一斉に銃口が向けられる。

 

「いいねいいね! これ、正規のラスボスよりも強いかも! 燃えてきた~~!」

 

 戦闘態勢のネゲヴを見てRFBはいきなりの大盛り上がり。肩を貸していた9をほっぽり出しちゃうくらいの勢いである。

 

「45副官! 私が戦闘指揮をとっても良いかな? 絶対に勝たせてあげるから。ね? ね?」

 

「え? ああ、まあ・・・そこまで言うなら任せるけど」

 

 ネゲヴ相手なら手加減一切無しの全力全開で叩き潰してやろうと策を練っていた45だったが、RFBのあまりの勢いに押されて、つい了承の返事を返してしまう。

 

「私も41ちゃんもだいぶ回復したから戦線復帰するよ」

 

「ふえ? 黒い45さんがいつのまにか黒いネゲヴさんになってます??」

 

 自らの前に立ちはだかるグリフィンの精鋭4人を前にしても、ネゲヴの余裕は全く揺らいでいない。

 こんなネゲヴを自分の指揮で完膚なきまでに叩きのめしてやったらどれだけ気持ち良い事か、と楽しみで仕方ないところだが・・・そもそも、このシュミレーターテストはRFBの希望に端を

発した一件である。

 最後は彼女に華を持たせてあげるのが筋というものだろう。

 

「どこまでも余を愚弄するか。蟲の領分を超えた行いが招くものは死ではない。滅と知れ!」

 

 ネゲヴの号令を合図に最終決戦の幕が上がる。

 

 

 

 ・・・

 ・・・・・・銃声と閃光、硝煙が奏でる多重奏が終演を迎えたのは数時間後。

 佇んでいた者は只1人であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 プレイヤーズフロントライン エピローグ Coming Soon




本編は今週で最後になります。
次回はエピローグ。本当に何気ないお話なので、気軽に読んでやってください~


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プレイヤーズフロントライン エピローグ

今週もまた懲りずにやってまいりました。
どうも、弱音御前です。

プレイヤーズフロントラインを本編からここまで読んでいただいて本当にありがとうございます。
ちょっとした後日譚のような今話ですが、ほんの息抜き程度に読んでいただけたらと思います。

それでは、どうぞお楽しみください


 Dive END グリフィン多目的室

 

 

「それでは、我らグリフィン精鋭部隊の勝利を祝して。乾杯!」

 

 簡素な挨拶に合わせ、かんぱ~い! という姦しい声が室内に反響し渡る。

 普段はブリーフィングに使用されるのが主な多目的室も、繋げて巨大化したテーブルの上に豪華なディナーを並べれば立派なパーティー会場に早変わり。

 本来、祝勝会は大規模戦闘勝利の際に開催されるものなのだが、今回は特別。試験のお礼という事で16LAB、というか、ペルシカ全面出資でテストに参加していない娘達も巻き込んでの

大祝勝会だ。

 自分達の懐が痛まないということもあって、料理のグレードも普段より2段階くらい上である。

 

「あ、45姉が飲んでるジュース美味しそう。私も飲みたいな」

 

「いいわよ。指揮官」

 

「はい、ただいま」

 

 45に答えるや、テーブルの向かい側まで早足で移動。瓶に入ったジュースをグラスに注ぎ、

すぐに引き返す。

 

「どうぞ」

 

「はい。慌てて飲んじゃダメよ、9」

 

「ありがとう、45姉」

 

 ひと仕事終え、彼は談笑する45の傍で待機しつつ自分のグラスを傾ける。

 

「45さん、そこのお料理をとってくれませんか?」

 

 お皿を出しながらお願いするのは41。テーブルの上、ちょうど45から手が届く位置にあるオードブルを御所望である。

 

「ちょっと待っててね。指揮官」

 

「はい、喜んで」

 

 明らかに45が取った方が早いのだが、わざわざ45は指揮官にお皿を渡し、指揮官もまた、

そんな非効率的な行いに対して何も言わずテキパキと行動する。

 そうして、可愛らしく盛りつけされたお皿を45に渡し、指揮官はまた45の傍で静かに待機するのである。

 自由に立食パーティーを楽しみたいという気分なのは山々だが、シュミレーター内での失態に

対してのお許しが出るまではこうして喪に服すしかないのだ。

 

「・・・指揮官?」

 

「いかがいたしましたか、姫様?」

 

 ちょっとだけ声を低くし、規律正しく頭を垂れる。

 45へのご機嫌取りのつもりでやったのだが、呆れられてしまったようで溜息を追加でつかれてしまう。

 

「もういいから、指揮官もパーティーを楽しんできて」

 

「いいの?」

 

「なんか、コキ使ってるみたいで罪悪感が出てきちゃった。ただ、あの件はまだ許したわけじゃないから、勘違いしないで」

 

 ひらひらと手を振って45は指揮官を解放してくれる。

 まだ許したわけじゃないという点に言い知れぬ恐怖を感じるが、それは今考えても仕方の無い

事だ。

 

「指揮官さま~。こちらで一緒にお食事しませんこと~?」

 

 指揮官がフリーになったのを目敏く察知し、お誘いをかけてくれたはタボール。まずはテストで頑張ってくれたみんなに労いを、という事で喜んで彼女のグループにお呼ばれされる。

 

「みんなお疲れ様。見込み以上のテスト結果だったってペルシカさんも言ってたから、俺としても鼻が高いよ。今日は沢山食べて飲んで楽しんでね」

 

 言って、ネゲヴとファマスの間の空いている椅子に腰を降ろす。

 

「指揮官様もお疲れ様でした。シュミレーターでステータス調整されているとはいえ、指揮官様の運動能力は素晴らしかった、ってみんなでお話していたところですの。ねえ、ファマス?」

 

 向かいに座るタボールから話しを振られるが、ファマスからの返事は無い。

 

「・・・」

 

 不思議に思った指揮官がファマスに視線を向けてみる。彼女は両手で可愛らしくコップを持ち、ストローでジュースを吸った状態で固まっていた。もう少しでコップの中身を吸い尽くしてしまいそうである。

 

「ファマス? ちょっと、ファマス! 聞いていますの?」

 

「・・・・・・」

 

 ついにコップの中身が尽き、ズゾゾゾ~という音が返事の代わりにタボールに返される。

 それでも、なぜだかファマスのフリーズ状態が解除される様子がない。

 

「ファマスさん!?」

 

「何ですか? そんなに大声を出さなくても聞こえますよ」

 

 突然にスイッチが入ったかのようにファマスが顔を上げ、タボールの言葉に反応する。

 どうやら、あれだけタボールが大声で呼んでいたのに本当に耳に入っていなかったようである。

 

「まあ! そんなしれっとした顔で、良い度胸してやがりますわね!」

 

「考え事でもしてたのかな?」

 

 口汚いモードのタボールに代わってファマスに聞いてみると、ファマスは再び顔を下げて

しまう。

 淡いブロンドの髪の隙間から覗くその顔は心なしか赤みがかって見える。

 

「えっと・・・指揮官様と一緒に戦えてとても嬉しかったです。次にシュミレーターを使える機会がありましたら、またご一緒していただけたら幸いだなと・・・そう思っていまして・・・」

 

 ファマスは途切れ途切れながらにでも、そう話してくれる。

 普段から真面目な彼女はこういうお願い事をするのに慣れていないのだろう。凛としたイメージの強い彼女が見せる恥ずかしげな様子はとても可愛らしく写る。

 

「もちろん。ファマスに遅れをとらないよう、俺もしっかりと訓練をしておかないとだね」

 

「ありがとうございます。私、楽しみにしていますね」

 

 柔らかに微笑んでくれるファマスの頭をつい撫でてしまいそうになるが、寸でのところで手を引っ込める。

 TPOをわきまえずにナデナデはやめなさいと、昨日45に怒られたばかりなのを思い出したのである。

 

「なんですのなんですの? ぼ~っとしたりへらへらしたり、超キモイですわ」

 

「それで結構です。これは、私だけが知っていれば良い事ですからね」

 

 得意げにファマスが言うと、タボールは頬を膨らませて拗ねてしまう。

 いつ見ても、本当に気の合う良いコンビである。

 

「私はもう遠慮したいわね。やっぱり、戦闘は実戦が一番だし」

 

 グラスを片手に頬杖をつき、まるでバーの常連でもあるかのような雰囲気を醸しながらネゲヴがぼやく。

 これでグラスの中身がリンゴジュースじゃなければ、もっと雰囲気が出ていたことだろう。

 

「ネゲヴはあまり楽しめなかったのかな? 傍からは結構楽しそうに見えたけど」

 

「そりゃあ、楽しい事だってあったわよ。でも・・・あんなやられ方じゃあ納得できないもの」

 

「では、それこそもう一度挑戦してリベンジを果たすのがお決まりではなくて?」

 

「もう一度やったって、あの黒45が出てくるとも限らないでしょ? 死角からの攻撃とか、やられた瞬間が分からずにやられるってのが一番ムカつくのよ」

 

 勢い良くリンゴジュースを飲み干すネゲヴの横で、指揮官は素知らぬ顔でグラスを傾ける。

 

「それでも、十分に活躍してたんだから良いじゃないか。心からリベンジしたいって思っているのは私達の方だよ」

 

 ネゲヴの愚痴に刺し込んできたのはテーブルの並びに座っていたグリズリーである。

 彼女の傍にはSVD、G36姉妹と、確かにネゲヴ以上にリベンジに燃える顔ぶれだろうなと

納得できる。

 

「ご主人様と出会う事すらも叶わず脱落してしまうだなんて。こんな不甲斐ない私をメイドの神は許してくれるのでしょうか? ・・・いや、許されない。許してくれるはずがありません。私を

許してくれるのはこの一杯だけ。貴女はとても美しくてお優しいのですね」

 

 目の前に掲げたショットグラスに向けてブツブツ愚痴ると、G36はその中に注がれた琥珀色の液体を一気に飲み干した。こちらはネゲヴが飲んでいた可愛いのと違い、かなり度数の高いれっきとしたアルコールである。

 その空きビンがすでに2本ほどテーブルに立てられているので、もうすっかり出来あがりだ。

 

「ああ、姉さん。こんなに憔悴なさってお可哀そうに。わ、私も頑張ってお付き合いします!」

 

「やめとけやめとけ。酒っていうのは自分だけの世界なんだ。気が済むまで、心行くまで飲ませてやればいいさ。・・・というか、アイツは酒強すぎだから付き合ってたらどうなるかわからんぞ?」

 

 そう言ってG36cのコップにジュースを注ぐのはSVD。孤高な印象を受ける彼女だが、こうしてG36cと談笑している姿を見ると彼女のお姉さん気質な一面に気がつかされる。

 

「こちらに来てくれたのですね、指揮官。お料理を持ってきましたので、よろしければご一緒に」

 

 両手のお皿に料理とドーナッツを山盛り積んで戻ってきたのはモスバーグである。

 今、こんなに元気な様子の彼女を見るとシュミレーター内で十字をきって見送ってしまった自分がとても恥ずかしく感じられてしまう。

 

「サンキュ~、モスバーグ。お! ホワイトシュガーにオールドファッションとは、良い品揃えだね!」

 

「ネゲヴもお料理をどうぞ。せっかくの宴なんですから、いつまでも拗ねていたらもったいないですよ?」

 

「拗ねてなんかないし。今日も私は至って通常営業のスペシャリストよ」

 

「ふふ、そうですね。では沢山食べて、沢山笑ってスーパースペシャリストを目指して下さい」

 

「・・・アナタ、スペシャリスト馬鹿にしてない?」

 

 口を尖らせて言いつつ、ネゲヴはモスバーグが差しだした小皿を素直に受け取る。

 指揮官から見て気難しい部類に入るネゲヴだが、モスバーグに対してはわりと素直に・・・というか、モスバーグがネゲヴを上手くコントロールしているような感じにも見える。

 シュミレーターを通してこれだけ仲良くなれたのなら、同じ任務に就いてもらってもいいかな、と指揮官は小さく頷く。

 

「ところで、今回の主役のRFBをどこかで見なかったかな?」

 

 テスト参加組でまだ様子を見ていない最後の1人の居場所を尋ねると、モスバーグが行き先を

教えてくれた。

 どうやら、この部屋を出てペルシカのところへ行ったようである。

 

「主役不在っていうのは示しがつかないな。ちょっと様子を見てくるよ」

 

 ネゲヴ達に見送られ、パーティー会場から出て行く。

 喧騒にまみれた会場から一変、いつも通りの無機質な廊下を16LABのエリアに向けて進んでいく。

 最後の最後で脱落してしまった指揮官はその場面を見届けられなかったが、ラストステージは

最後の1人になったRFBがシュミレーター内のプレイ時間換算で数時間かけてクリアしたようである。

 黒45を倒す過程で爆誕した黒ネゲヴの強さは尋常ではなく、それまで生き残っていた45、9、41はものの数分で脱落。そこからRFBは、たった1人で戦い続けたというのだから驚きである。

 黒ネゲヴというのはゲーム内で裏技を使用した影響で発生してしまったイレギュラーであり、

その所業があまりにも酷かったという事から、現在のネゲヴの記憶からは完全に消去されてしまっている。

 ついさっき、ネゲヴが黒45にやられたと言っていたのは記憶が消されているが故の事なのだ。

 そこまで徹底されると、黒ネゲヴがどんな事をしたのか興味に絶えない指揮官だが、45はもちろん、9もその事に関しては〝げんなり〟とした表情を浮かべるだけで何も教えてはくれな

かった。

 つまりはそういう事だったんだな、という事でその件に関しては蓋を閉じるべきだろう。

 そうこう考えているうちに16LABエリアに到着。

 アンロック状態のパネルに手をかざすと、静かにドアがスライドしてくれる。

 

「お? 指揮官のご登場だ。キミを迎えに来てくれたんじゃないのかな?」

 

 デスクに座っているペルシカが来訪に気付き、RFBも指揮官の方に振り返る。

 果たしてゴミなのか重要な機材なのか色々なモノが転がっているラボ内を、足元に注意しながら進む。

 

「主役が会場からコッソリ抜けだすとは感心しないね、RFB」

 

「ごめんなさい。シミュレーターテストの件で改めてペルシカにお礼を言っておかないとって

思って。あと、これを返してもらったの」

 

「? 弾薬ケース?」

 

 RFBはオリーブグリーンの重厚なケースを両手で大事そうに抱えている。

 

「それはRFBから提供してもらったゲームだよ。わざわざお礼に来てくれたから、ついでに返しておこうと思ってね」

 

「それ一杯にゲームが入ってるのか? 何十本あるんだよ・・・」

 

「100タイトルくらいかな? これでも私のコレクションの半分くらいだけど」

 

 どこからこれだけのものを集めたのか不思議なところだが、戦術人形の中にはもっと首を傾げたくなるようなモノを大量に集めている娘もいる。

 ツッコむのは野暮というものである。

 

「ねえ、ペルシカも行かない? みんなで楽しくパーティーしようよ」

 

「お誘いありがとう。でも、私はそういうのは性に合わないんだ。気持ちだけ貰っておくよ」

 

「そっか・・・じゃあ、また遊びに来るから。色々なゲームの話ししようね!」

 

 踵を返し、入口に向かうRFBに向けてペルシカは笑顔で手を振る。

 

「RFBを迎えに来たんだろう? ぼ~っとしてないで後を追いなさい」

 

 RFBがお世話になったお礼、という意味を込めてお辞儀を一つ。入口に向き直る。

 

「借りの返済は24時間365日、いつでも受付中だよ~」

 

 歩き出そうとして、ペルシカの言葉で足が止まる。

 ちょうどRFBが部屋から出て、このラボ一角には指揮官とペルシカだけになった。

 

「おや? 心当たりが無いって顔してるね。私がステータスを弄くったせいでキミはシュミレーター内であれだけの動きが出来たんだ、っていう謂れの無い罪を私は甘んじて被った。その借りだよ」

 

 ペルシカを一瞥する。

 彼女はこれまで指揮官が見た中でも一番楽しそうで妖しい笑みを浮かべていた。

 互いに会話をする事もなく指揮官は再び歩を進め、ラボを後にする。

 

「遅いよ、指揮官。早くみんなのところに戻ろ?」

 

 ドアの外ではRFBが待っていてくれた。ゲームディスクとはいえ、100本近くだとそれなりの重量だろう、箱を抱える様子は見るからに重そうである。

 

「その前に、箱をキミの部屋に持っていかないとだろう? 持つよ」

 

「ダメ。この中にはプレミアム付いてるタイトルも入ってるんだから、私が責任をもって運ぶの」

 

「はいはい、仰せのままに」

 

 歩きづらそうにしながら進むRFBの横に付いて彼も歩く。

 ここからRFBの部屋まではフロアを移動して5分くらい。ちょっとしたお散歩である。

 

「ありがとう、指揮官。シュミレーターとはいえ、ゲームの世界で戦うっていう夢が叶ったのは

指揮官のおかげだよ」

 

「俺は何もしてないよ。RFBが自分の望みをちゃんと持って、それに向けて行動できた結果なんだから」

 

 ペルシカというジョーカーが現れたというラッキーもあるだろうが、それもあの時、食堂で

RFBと会話をしていなかった引き寄せられなかった事である。

 幸運は自分で手繰り寄せ、自分で掴む事が出来るものだというのが指揮官の持論だ。

 

「えへへ。今度はみんな揃って全クリしたいな。結局、私だけで黒ネゲヴさん倒しちゃったから、いつもとあまり変わらなかったんだもの」

 

「じゃあ、まずはステージの難易度を下げる事を考えような。黒ネゲヴ、黒45よりも強かったんだろう? 勝てるイメージがこれっぽっちも浮かばないよ」

 

「指揮官もまだまだだね。・・・そうだ! 私が指揮官にゲーム訓練してあげるよ! 私のようなマスタークラスには及ばずとも、そこそこプレイヤーくらいには育ててあげる!」

 

「そうだね。じゃあ今度、時間をとってお願いしようかな」

 

「ってか、今から私の部屋でやっていかない? ほんのちょっとだけ、先っちょだけだから。ね?」

 

 パーティーに連れ戻す為にRFBを迎えに来た指揮官だったが、正直、シュミレーターステージの元になっていたゲームに興味が沸いていたところであった。

 時間に気を付けていれば平気。そんな油断が命取りとなり、結局、パーティーがお開きになるまでゲームに熱中してしまい、後ほど2人して45にこっぴどく叱られる羽目になってしまうの

だった。

 

 

END              




改めまして、プレイヤーズフロントラインを最後まで読んでいただいてありがとうございます。
いつものことながら、勢い任せで書いているので色々と破綻していることもあったりしますが、まぁ、そういうのも味かな~、なんて開き直ってみたりしています。

少しの準備期間を置いて、またドールズフロントラインでの次回作を予定していますので、気が向いたらそちらにも足を運んでいただけたら嬉しいです。

それでは最後に、先日実装されたMOD3の88式はもう別ゲーのキャラみたいになってね!?
というツッコみをもってお別れの挨拶とさせてもらいます。

以上、弱音御前でした~


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