『常勝軍団』稲荷崎高校 (龍門岩)
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大エース
―――宮城県立烏野高等学校体育館。
そこには当たり前ではあるが、バレーボールの部活動に励む青年たちがいた。三人の三年生、五人の二年生、四人の一年生の計十二人のプレイヤーとマネージャー二人を合わせた、烏野高校排球部の彼ら彼女らである。
「ナイスキー!」
勢いよく羽があるかと錯覚するほどの跳躍でAクイックを打ったのは、わずか162cmという身長でミドルブロッカーを務める日向翔陽だ。トスを上げたのは影山飛雄。つい先日日本代表ユースの合宿に呼ばれたほどの強者である。
「うし、少し休憩!水分補給しっかり!」
「「「あい!」」」
日向の気持ちいいスパイクを機に、休憩を取ったのは何ヶ月か前からコーチングをしている烏養繋心だ。
「ふぅ〜。あ、そうだ影山。ユースはやっぱすげぇ奴がいっぱいいたのか?」
「そッスね。全員上手かったし、『自分が上手くなったと錯覚させるトス』って呼ばれてるトスも、参考になりました」
「うわ、影山にそんなこと言わせるようなセッターいんのかよ……全国怖っ」
「……王様は負けてるとか、微塵も思ってないデショ」
「てかてか、影山的に一番すげえなって思ったのは誰だったんだ?」
影山と菅原の会話をきっかけに、ユースの凄いやつの話で盛り上がっていた烏野面々であるが、一番すごかった奴を聞くと突然黙ってしまった影山に首を傾げる。
「はっきりと答えられます、一番凄かった人は」
「お、誰?」
「いや日向、多分だけどお前以外は一人の名前が浮かんでるぜ」
「え、マジですか!?」
「日向ボゲ、月バリくらい毎月読め。そうですね、やっぱり一番強くて、敵いそうにないと感じたのは―――」
「
少々もったいぶった影山に、食い気味に被せるようにその名を口にしたのはマネージャーである清水潔子だった。
「そうです、マサさんです」
「マサさん?渾名で呼ぶくらい仲良くなったん?」
「いえ、烏野って言ったら急に馴れ馴れしくされて」
「ごめんね聖潔が」
「いえ。……?」
何かに違和感を感じ、眉間にシワを寄せながら首を捻る影山だが、その答えにたどり着くには彼の頭では不可能だった。そして先にその違和感に気づいたのは、主将である澤村。
「清水、もしかして、聖潔……清水聖潔って、親戚か何か、か?」
「うん、弟」
「そっかー、弟かー、おとう……と?」
「「「「「えええ!?!?」」」」」
「義理の、だけど」
全員が揃って絶叫をあげる中、そのさまを見て珍しく朗らかに笑顔を浮かべる清水潔子。徐に傍に置いてあった鞄から携帯電話を取り出し、何か操作をし始めた。
「影山はともかく、日向とかIH全国の試合とか見てないと思うから、見せてあげる。うちの弟」
「え、見たいです!」
「……旭は見たか?」
「……スガこそ」
「俺は見たぞ」
「「流石です大地さん」」
「休憩も、もうそんなに無いからラスト何プレーかだけね」
そう言って、嬉嬉として画面を日向に見せる潔子。その際距離が近すぎて、更にいい匂いが香ってきて日向は顔を真っ赤に染め上げ悶絶していたのだが、弟の自慢がしたい潔子にはその様は視界の外のようだった。
余談だが、それを見た田中と西谷が憤り日向をハッ倒そうとしたのを、凄まじい速度で信号をキャッチした縁下によって首根っこを掴まれていたのは日向と潔子以外の知るところである。
「はい、再生」
『さぁ稲荷崎高校、21対18の三点をリードし、マッチポイントまで後少しという場面で、サーブが宮侑に渡ります!』
『今日の宮侑のサーブは、最高と言っても過言ではないほどにキレてますからね。井闥山はここが踏ん張りどころですよ』
集中した様子でエンドラインから六歩進んだ侑が、吹奏楽の演奏を止める。いつもは調子にムラがある侑も、今日、そしてこの場面に至っては、凄まじい集中と殺気の如く鋭い視線を放っていた。
静寂から轟音と共に放たれたスパイクサーブは、井闥山のリベロ古森とレフト佐久早を避けてコートを強襲するが、オポジットの意地によりなんとか上に上げることに成功した。が、無常にもそのボールは一本で稲荷崎コートに返ってしまい攻撃に繋げることは出来なくなる。
「チャンスボ―――」
「オーライ!」
チャンスボールをファーストタッチで上げようとしたリベロの赤木の耳に、今しがたサーブを打った侑の声が入ってくる。またファーストタッチをセッティングして相手に息つかせる暇も与えん気か、と赤木は思考を巡らすが、その間にもしっかり侑とボールの導線は空けていた。
稲荷崎において、侑や治の無茶ぶり兼奇想天外なプレーは最早日常茶飯事である。故にチームメイトもそれに慣れてしまっているのだ。
「レフトォ!!」
「マサっ!」
レフトからトスを呼ぶ俺―――清水聖潔に対しアタックラインから並行気味に上げられたトスは、寸分違わず俺の最高到達点にあった。
(相変わらず、機械かよってくらい正確だな)
自分はスパイクが上手いのだ。そう錯覚させると月刊バリボーにて特集されていた侑のトスは、それはもうその通りであると証明するかのような素晴らしいトスだった。
ブロック二枚、クロス閉まってる、ストレート側ボール一個分、ブロックアウト要員がコート中央後方に一人、フェイント警戒が相手のレフト側に一人、そしてストレートに古森――
ズダンッッ!!!
『ンこれは、なんとか体勢を立て直し反撃に繋げようとする井闥山を跳ね除けるかのような凄まじいスパイク!!ストレートをラインキワキワ、それも強打でアタックライン前に落としました、大エース清水聖潔――!』
『いやっはは、すっごいですね。ボールが観客席までいっちゃいましたよ(笑)』
『これには高校ナンバーワンリベロとも謳われる古森も、お手上げだと言うしかないようです』
「「ウェーイ!」」
「ナイスキーマサ!」
「相変わらずえっぐいとこ打つなぁ」
「ほんまな、アラン君でも出来ひんで」
「うっさいなやかましわ!」
「侑、いつもナイストス」
「当たり前やろ?」
「そうだった、それじゃあ」
―――もう一本。
そう伝えた俺の圧に、侑は少し身震いしたかのようだった。しかしすぐにそれを狂気的な笑みに変えると、サーブを打ちにエンドラインへと侑は歩みを進めていった。
これはもう侑のサーブで決まるか?とすら感じるほどの侑のオーラであったが、今度は古森に上手く拾われ、佐久早の特殊な回転によるブロックアウトでサーブ権が交代しカウントは22対20に。
相手のサーブは俺を牽制するものであったが、オーバーハンドで上手く捌いて流れのまま助走に入った。そんな俺を警戒した井闥山の裏をつく、ライトの治への平行トス。上手く決まり、カウントは23対20。
続いてミドルブロッカー角名倫太郎のサーブは簡単に拾われ速攻ですぐさま返された。が、続いてのレセプションを俺が拾い、負けじと侑が大耳練のセンター線を使い一本で切る。カウントは24対20の俺たち稲荷崎のマッチポイント。
ここで、サーブは俺だ。
『稲荷崎のマッチポイント!ここを凌いで可能性を繋ぎたい井闥山ですが、サーブはここで清水聖潔――!』
『この人もサーブは超一級品ですからねえ。井闥山は精神的にも身体的にも強ばっているでしょう』
『そうですねぇ、高校でもトップクラスのサーバーが何度もその猛威を奮ってくる。本当に嫌なローテーションですよ』
ボールを五回地面に着きながら、エンドラインから歩を進める。二回ボールを叩き、右手でボール持って精神を統一する。
何百何千何万と繰り返してきたルーティンを、丁寧にこなした。既に笛は鳴り、そろそろ四秒が経過するだろう。
自分の中でのベストタイミングを見計らう。五秒、六秒。もうそろそろ打たなければサーブフォールトを取られ相手の点数になってしまう、七秒―――ここだ。
右手でドライブをかけるようにボールを高くあげ、三歩助走で左足の母指球に力を込めて踏切る。ドンッと鈍く体育館に響いたそれは、空高く翔ぶことの証明となった。
振り絞られた弓の弦から勢いよく矢が射出されることを意識しながら、右腕を思い切り振り抜く!
『くぉおれも、凄まじいスピードとパワーを兼ねたサーブ!稲荷崎佐久早、なんとか上にあげるが一本でコートに返ってしまう!稲荷崎はマッチポイントを決められるか!』
―――キタ!
今前衛にアランがいて、治も前衛のターン。赤木以外で四人も攻撃可能な選手がいる中、相手コートはレセプション直後ということもあり陣形が整っていない。
チャンスボールを返そうとした赤木だが、ちらりと侑を見ると嬉嬉とした表情でボールの落下地点に走り込んでくる姿が見えた。またかよっと悪態をつきながらも、それならば任せようと身を引いたそのときだった。
「オーラ―――」
「オーライッ!!!」
稲荷崎のコートは一瞬の停滞を挟み、その次に誰が侑のファーストタッチでのセットアップを阻止したのかと後ろを振り向く。
そこには既にスパイクフォームを整え、跳躍した姿の
ズドンッ!!!!
『ンンンンなぁんと!一本で返ったボールを、サーブを打った清水がバックからダイレクトで決めたぁ!!なんという発想!なんというセンス!まさに大エース清水聖潔だ!そしてこれにてマッチアップ、IH優勝は―――』
「よっっ―――」
「「「「しゃああああああ!!!」」」」
『―――常勝軍団、稲荷崎高校だ!』
「「「「……」」」」
「どう、すごいでしょ」
「……対戦表、2回戦稲荷崎だったよな」
「こんなの勝てるのか……?」
弟自慢するつもりが、仲間である烏野の自信と士気を下げてしまったと即座に悟った清水。これはまずいと表情を暗くする彼らに声をかけようとすると―――
「すっっげぇな!!試合してぇー!」
「うるせぇぞ日向ボゲ、お前程度がマサさんと同じ土俵に立てるかよ」
「んな、そんなのやってみなきゃわかんねぇだろー!」
「だから、俺がその土俵まで引っ張ってやるよ」
「ん、な、………いーーいですーー!俺の力で飛んできますー!」
やんややんや、と。能天気に言い合いを続けながら立ち上がり、コートに向かって歩き始めた一年生バカ二人組。
それを見た二、三年生はゲラゲラ笑うと、今一度気を引き締め練習しようと立ち上がった。
「うし、集合!」
春の高校バレーまでもう少し。
烏野高校は図らずも気合いが深く入ったのであった。
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プロフィール
名前 清水聖潔(しみずまさきよ)
身長 188cm
体重 77.9kg
利き手 右利き
ポジション ウィングスパイカー
最高到達点 348cm
好物 潔子が作った卵焼き
最近の悩み 潔子がストーカーを受けていないか心配
パワー5 バネ4 スタミナ5 頭脳5
テクニック5 スピード4
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