大自然が遣わした正義の使者は異世界最強 (Hetzer愛好家)
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主要キャラクター紹介(ネタバレ注意)

ネ タ バ レ 注 意 ! です。
キャラクターが増えたり能力が向上する度に更新しますので、時折此方をチェックして頂けると現在の進捗状況が把握できると思います。


・本郷猛

 主人公。全世界の人間が知っている(偏見)であろう人物であり初代仮面ライダー。よく知られている濃い顔ではなく、萬画版や仮面ライダーTHE FIRSTのような文句なしのイケメン。知能指数600で運動神経も抜群な完璧超人である。感情が昂ぶると全身に醜い手術跡が浮かび上がる。

 

 物語開始直前に相棒の一文字隼人の手によって地中に埋められたはずが、気がつけば生前の姿を取り戻して異世界転生していた。暫くは家庭教師として香織の家に居候し、一年後には高校理科の教師になる。

 

 が、ある日突然エヒトのバカなお遊戯に巻き込まれて再び異世界移動。戦争をするという重たい事実に頭を悩ませながら今日も戦う。

 

 戦闘スタイルは徒手空拳。またはサイクロンを使った通り魔戦法。魔法適性こそ微妙だが、神の使徒すら軽々捻り潰し、数多くの怪人も叩きのめせる腕力と脚力、そして戦闘経験が武器。

 

 しかし彼の最大の武器は、改造人間にされた悲しみを表に出さずに赤子同然の人類を守ると決意出来る異常な意志の強さだったりする。しかし、本当は仮面の中で涙を流すことも多い。

 

 ステータスは非表示だが、推定でオール十二万。神の使徒をボロ雑巾のように潰せるのは、この圧倒的ステータスと膨大な戦闘経験にある。ちなみに魔法や自力の身体強化を行ったらもっと強い。下手したら百万に届くかも。

 

 第二の男程ではないが、感情の起伏がかなり激しい。怒りや悲しみはそのまま力となるため、実質戦闘能力はもう神クラス。

 

 知ってる人が居るのかは分からないが、仮面ライダー1971‐1973後の成長が極まった本郷猛は神クラスの新人類や真人類を戦闘限定だが圧倒できると言う裏設定がある。これを過大に取ってると見る読者様も居るようだが、私はこの設定にロマンを感じてるのでこのまま採用。本作品の本郷さんに反映させた。初期値がやけに低いのは、ステータスプレートが壊れてしまっていたから。

 

 ちなみに本郷さんが二回目の死を迎えたのは違う結末を迎えた遥か先の未来。東京オリンピックは二度と開催されず、2003年以降カレンダーすら見れないぐらい戦いが激化し、そのままノンストップで走り抜けた。物語冒頭で時間間隔が狂ってるのは、彼に時間を気にさせるぐらいの休息が一切なかったからである。

 

 この話はまたいずれ。

 

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本郷猛 27歳 男 レベル:???

天職:風の使者

筋力:???

体力:???

耐性:???

敏捷:???

魔力:???

魔耐:???

技能:変身[+仮面自動生成][+怪人]・改造人間・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作][+体力変換][+身体能力向上]・徒手空拳・剣術・人工筋肉活性化・脚力強化・風属性適性[+魔力消費減少][+効果上昇][+持続時間上昇][+雷属性]・風力吸収[+身体能力強化][+体力変換]・魔力変換[+体力][+治癒力]・物理耐性・毒耐性・胃酸強化・天歩[+空力][+瞬光][+縮地][+豪脚][+爆縮地][+神速]・纏風[+常時発動]・纏雷・薬物生成[+合成][+調合][+高速調合]・手術[+執刀]・気配感知・魔力感知・熱源感知・気配遮断[+部分遮断]・風爪・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・恐慌耐性・金剛・威圧・念話・暗視・限界突破[+覇潰]・生成魔法・重力魔法・言語理解

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補足事項

*使う技は様々な漫画やテレビで見せてくれた技全て。また、萬画版と違って変身ポーズを取って変身することも可能。設定上しか存在しない能力もガンガン活用していく。

 

それぞれに対して思ってること的なやつ

 

'香織……天使。最近は理性が危うくなってきた。多分だけど恋しつつある。

 

'シア……弟子。可愛いけど香織ほど揺らいでない。男として試されてる感じは否めないけどね!

 

'ハジメ……頼りに出来る生徒その一。無茶しがちで少し心配してる。

 

'恵里……生徒。ヤンデレという概念をこの娘で知った。ハジメとのイチャラブは声が聞こえないところでお願いします。

 

'幸利……頼りに出来る生徒その二。安心して愛子先生を任せられると思ってる。

 

'ユエ……なんだか娘っぽい。父性が刺激される。

 

'隼人……唯一無二の相棒。

 

'その他仮面ライダー諸君……地獄の道連れにしてしまって申し訳ない。

 

 

・南雲ハジメ

 原作主人公。容姿はベレト似(個人的意見)なので先入観がゼロなら普通にイケメン。性格も聖人君子か菩薩並に綺麗。見た目で人を判断せず、誰かのために手を差し伸べ、自分が傷付くことは厭わない。彼の優しさは二人の命を救い、事情を知る者からは英雄視すらされるほど。

 

 異世界に来た当初は最弱ステータスだったが、彼の壮絶な覚悟を聞き入れた猛によって右腕の皮膚だけ魔改造。想像豊かなハジメの脳によって最強クラスの武装にチェンジ可能なカセットアームになった。

 

 更にスカルマン(滝ライダー)を模したパワードスーツを着込んでいるため、ライダーマンとスカルマンのハーフ的存在。

 

 戦闘スタイルは錬成による自然のバリアとカセットアーム連続チェンジを活かした豪快な近距離戦。具現化する武器は大抵エグい物ばかり。猛パーティーの前線担当である。

 

 更にヒュドラ討伐後は仮面ライダーを模した強化服を受け取った。魔力以外の能力が百倍される強化服を着こんだハジメの強さは計り知れない。

 

 最近は左目が消えた。

 

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南雲ハジメ 17歳 男 レベル:???

天職:錬成師

筋力:13500 [最大値:20250]

体力:15000 [最大値:22500]

耐性:17500 [最大値:26250]

敏捷:16000

魔力:12100

魔耐:12100

技能:錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+イメージ補強力上昇][+鉱物系探査][+複数錬成][+遠隔錬成][+圧縮錬成][+高速錬成][+自動錬成][+想像錬成][+錬金術]・右腕強化・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作]・胃酸強化・纏雷・天歩[+空力][+縮地][+豪脚]・痛覚耐性・風爪[+三爪]・夜目・遠見・気配感知・魔力感知・気配遮断・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・金剛・威圧・念話・分解能力・生成魔法・重力魔法・言語理解

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*右腕強化

 読んで字の如く。右腕に関係するステータスを1.5倍跳ね上げる。カセットアーム使用時は勝手に発動し、任意で使うことももちろん可能。

 

カセットアーム補足説明

……ライダーマンが実際に使用していたカセットアームや設定だけの物を多くの場合は使う。出番が多いのはロープアームとパワーアーム。

 

 

 オリジナルカセットアームは今のところガトリングアームとショットガンアーム。最近アイスアームが増えた。ガトリングアームは世界最凶と名高いGAU-8をモデルにしているため恐ろしい破壊力を誇る。

 

・白崎香織

 メインヒロイン。猛の正妻(予定)。原作とは違ってハジメにはそこまで絡みに行ってない。でも仲は良い。が、彼女は猛さん一筋。猛も満更ではなさそう。

 

 ほわほわぽわわんな美少女だが、人の心情を読み取る能力に優れている。突然異世界にやって来た猛の心情を汲み取り、人外と知ってもなるべく変わらないように接する人間の鑑。猛やハジメもだが彼女も聖人君子と言える。

 

 異世界にやって来てからは治癒師として活躍中。猛パーティーの貴重な回復役を務める。前線に出ずっぱりな猛とハジメにとっては非常にありがたい存在である。

 

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白崎香織 16歳 女 レベル:76

天職:治癒師

筋力:6260

体力:6300

耐性:6300

敏捷:4550

魔力:5200

魔耐:5200

技能:回復魔法[+回復効果上昇][+回復速度上昇][+イメージ補強力上昇][+浸透看破][+状態異常回復効果上昇][+消費魔力減少][+魔力効率上昇]・光属性適性・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作]・纏雷・天歩[+空力][+瞬光][+縮地]・風爪・夜目・遠見・気配感知・魔力感知・気配遮断・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・恐慌耐性・金剛・威圧・念話・高速魔力回復・生成魔法・重力魔法・言語理解

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・清水幸利

 原作改変組。原作では友達が一人も居なかった悲しいボッチ。今作ではハジメの親友である。

 

 何処かのバカ共にイジメられていたがハジメの手によって助け出された。以降、ハジメとは唯一無二の親友になる。また、恵里とも気心の知れた友人。

 

 戦闘スタイルは闇属性を活かしたデバフや目潰しからの水属性魔法で狙撃。パワードスーツを手にしてからも戦法は変わらない。狙撃が第一。狙撃の腕前はクラス内でもぶっちぎりのトップ。ただ普通に格闘も出来る。めっちゃ強い。

 

 ハジメと同じく仮面ライダーを模した強化服を受け取った。ハジメとのコンビネーションは抜群の一言である。

 

 オルクスを出てから猛達とは別行動をすることになった。

 

 最近は雫に抱き枕にされてる。

 

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清水幸利 16歳 男 レベル:???

天職:闇術師

筋力:14000

体力:15700

耐性:13790

敏捷:14540

魔力:16400

魔耐:17400

技能:闇属性適性[+発動速度上昇][+効果上昇][+持続時間上昇][+複数同時発動][+消費魔力減少]・水属性適性[+発動速度上昇][+効果上昇][+消費魔力減少]・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作]・闇属性耐性・水属性耐性・先読[+未来予測][+因果律操作]・遠視[+収縮拡大]・纏雷[+出力上昇]・天歩[+空力][+瞬光][+縮地][+重縮地][+豪脚]・風爪[+三爪]・夜目・気配感知・魔力感知・熱源探知・気配遮断・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・恐慌耐性・物理攻撃耐性・金剛・威圧・念話・高速魔力回復・魔力変換[+体力][+治癒力]・限界突破・生成魔法・言語理解

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・中村恵里

 原作改変組。今作でも救われた人でありハジメの嫁。幸利と同じくハジメの手によって地獄から助け出された。原作では利用しあう関係だった鈴とは親友。口数は少なめで原作のユエっぽい。

 

 ドップリとハジメに依存しているのでヤンデレ気味。仕方ないね! ハジメと引き離されたら世界が滅びると猛は思っている。

 

 戦闘スタイルは火属性魔法と霊視を利用したピンポイントかつ無駄のない魔法攻撃。幸利と並んで猛パーティーの後方支援役。最近は霊力を有効活用して解放者と霊的接触を果たしている。ついでに魔法の威力も上がった。めっかわでめっつよ。素晴らしい。

 

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中村恵里 16歳 女 レベル:???

天職:降霊術師

筋力:4100

体力:4100

耐性:5040

敏捷:3950

魔力:10000

魔耐:10000

技能:降霊術[+降霊][+使役][+霊視][+対話][+霊力]・火属性適性[+発動速度上昇][+効果上昇][+持続時間上昇][+複数同時発動][+消費魔力減少]・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作]・纏雷・天歩[+空力][+瞬光][+縮地]・風爪・夜目・遠見・気配感知・魔力感知・気配遮断・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・恐慌耐性・威圧・念話・追跡・高速魔力回復・魔力変換[+体力][+治癒力]・金剛・威圧・念話・生成魔法・重力魔法・言語理解

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・ユエ

 原作の主要ヒロイン。無口無表情のクーデレ吸血鬼である。

 

 今作ではショッカーによって碌でもない目に合っていたが、ハジメの手によって助け出された。数百年にも及び想像を絶する苦痛を味わったため、失声症を患い女性としての機能を失ってる。声が出せないため、意思疎通はモールス信号で行う。

 

 魔力保有量は恵里並。魔法扱いに長けているため、猛パーティーの重要な後方支援組である。

 

 最近は「ん……」だけで感情を表現出来るようになってきた。

 

 更に簡単な言葉も喋れるようになった。

 

 ハジメは好き。ただし恵里とは種類が違い、どっちかと言えば「お兄ちゃん好き」なあれ。恵里とも最近は火花を散らさなくなった。

 

・シア

 原作では元気はつらつなバニーガール。今作ではショッカーに攫われるという不幸に見舞われたが、猛達に助けられた。

 

 以後は猛に戦闘技術を教え込まれている。ステータス値だけで見れば猛達を除けばトップクラス。特に身体能力系統。しかし技術はまだまだ発展途上。

 

 最近はステータスが推定だが全て9000を超えており、着実に強くなっている模様。猛にも手痛い一撃を与えるぐらいには成長している。更にはハジメと共に前衛に立っている。

 

 残念ウサギではない。めっちゃ逞しい。ステータスも強化なしでバグってる。

 

・ティオ

 登場予定

 

・ミュウ

 ショッカーに攫われた海人族の幼女。仮面ライダーXを“パパ”と慕っている。

 

・レミア

 登場予定

 

・天之河光輝

 勇者(笑)。善意と正義感の塊。だが猛やハジメには遥かに劣る。恵里さん曰く「偽善者」。その理由は……?

 

・檜山大介

 小悪党組。今作でも例に漏れることなく人間の屑。私情を挟めない先生であるはずの猛からは内心で嫌われている。

 

・一文字隼人

 フリーのカメラマンでありもう一人の仮面ライダー。飄々としており言葉の節々に軽さが見受けられる。だが内に秘めた正義感は本物。

 

 今後は幸利と行動する予定。ちなみにステータスはオール十万とか。結城以外は基本的に十万を超えたステータスであり、彼は一番均整の取れているステータスをしている。腕力はどっかのカブトムシ男に次いで強い。

 

 感情の起伏が非常に大きく、場合によっては本郷猛と互角。

 

・アマゾン(山本大介)

 野生児であり仮面ライダーの一人。ハルツィナ樹海に召喚された。当初こそ警戒されたが、持ち前の無邪気さを発揮して今では多くの亜人に好かれている。

 

 しかし一度変身すれば性格は豹変。獰猛な野生動物が如く敵の喉笛を噛み千切りに行く。

 

 ギギガガ両方とも保持してるので本気出したらむっちゃ強い。

 

・結城丈二

 頭脳明晰な科学者。そして仮面ライダー四号ライダーマンである。アマゾンと同じく樹海に召喚された。彼は持ち前の知識を使って町医者を営んでいる。

 

 彼の持つカセットアームはハジメの持つカセットアームより取り回しが悪いが、結城の卓越した頭脳と本郷に劣るとは言え長い戦闘経験も相まって恐ろしい強さを発揮する。

 

・神敬介

 海を心から愛するカイゾーグであり、仮面ライダー第五号。またの名を仮面ライダーX。召喚時はエリセンに居たのだが、丁度ミュウを攫われたばかりのレミアと邂逅。精神的に危ういと言うのに家へ泊めてくれたレミアに恩を返すため、攫われたミュウを助けるべくフューレンまでやって来ている。

 

 ミュウを助けることは出来たが、その際に巨大なショッカーの基地を発見。壊滅させるためと、マーキュリー回路が故障したので修復手術を頼むためにも猛に救援要請を出した。

 

 海での活動を目的とした改造人間ではあるが、普通に地上での戦闘も強い。何なら自前で武器を持っているため、対応力とリーチ面では伝説の七人ライダーの中でもトップクラス。何気に文武両道なので猛並にチーター。

 

 現在は猛と行動中。




リクエストがありましたらDMによろしくお願いします。


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第零話 困惑

開幕早々謝らせてください()
本当はペルソナ3とのクロスオーバーを書こうと思ったのですが、構成が中々纏まらずに結局再び仮面ライダーとありふれのクロスオーバーを書くことにしました……本当に申し訳ないです。

今作は「萬画版仮面ライダー」と「ありふれた職業で異世界最強」のクロスオーバーです。今回はそこまで話は進みませんが……。

また、設定として「仮面ライダーEVE」の後の話になります。


 

目を覚ますと、俺の目は知らない天井を見ていた。

 

「……何が、どうなってるんだ」

 

二度と俺は。この本郷猛という男は、景色という物を見ないつもりでいた。身体を持つことだって絶対にしないと思っていた。悪が再び生まれないことを祈って、俺は確かに長い眠りについたはずだった。

 

それなのに、今はどうだ。まず身体がある。死んでから久しい、俺の身体があるのだ。この時点で俺の生身の脳味噌は“困惑”の二文字を極めていた。

 

見たことのない天井や部屋を見ながら、俺は拳を握ったり開いたりする。足で立つことが出来るかも試してみる。

 

五体に一切の障害はないらしく、生前と全く同じように俺は立ち上がることが出来た。そしてそのタイミングで、備え付けられていた扉がガチャリと開いた。

 

「あ、目を覚ましたんですね!」

 

入ってきたのは、天使かと見間違えるほど美人な少女であった。腰まで届く長く艶やかな黒髪、少し垂れ気味の大きな瞳はひどく優しげだ。スッと通った鼻梁に小ぶりの鼻、そして薄い桜色の唇が完璧な配置で並んでいる。

 

「君は?」

「私は白崎香織です。三日前に道端でバイクと一緒に倒れてた貴方を放っておけなくて、家に運んできたんですよ。家に運んだ時は熱が凄かったんですけど……良かった。すっかり元気みたいですね!」

「あ、ああ。そうだな。わざわざ、見ず知らずの男を助けてくれてありがとう」

 

少なくとも三日間は眠っていたことに驚愕しつつ、俺は礼を言う。

 

何となく彼女のことを直視することが出来ず、思わず目を逸らしたところで俺の目にはカレンダーが視界に入った。

 

そこには、「2020年8月15日」と記してあった。どうやら今日は、俺の誕生日らしい。だが、それよりも俺は年号に目が行った。

 

「……は?」

「え、どうかしました?」

「いや、その。今年って2020年だったか?」

「変なこと言いますね。今年は東京オリンピックが開催されて盛り上がったじゃないですか!」

「と、東京オリンピック? また開催されたのか? そもそも、俺が知ってる東京オリンピックは1964年の物と、中止になった1940年の物だけなのだが……」

「え、ええ? 1964年ってかなり昔じゃないですか。でも、その割にはとても若い見た目をしている気がするんですけど」

「それはまあ、まだ二十五歳だから当たり前ではあるが……」

 

俺の困惑は広がるばかりだ。目の前で話している彼女と話と俺の記憶がこれっぽっちも一致しないのである。俺が最後に見たカレンダーは2003年と記されており、十年以上の差が付いてしまっている。

 

どう考えても不可解な事柄が発生している。それこそ、俺が目を覚ましたら脳以外の全身がサイボーグへ変わり果てていたのと同じぐらいに不可解かつ意味不明だ。

 

思わず頭を抱えて何があったのかを何とか整理しようとしていると、香織が思わずといった様子で口を開いた。

 

「あの、もしかしたらの話なんですけど。貴方はタイムスリップしてきたんじゃないですか?」

「タイムスリップ? 過去や未来から時空を移動して現在にやってくるタイムスリップか?」

「そのタイムスリップです。正直、これ以外思いつかなくて。貴方の記憶が遙か昔で止まっているのって普通は記憶喪失でもない限り有り得ないはずです。でも、貴方は特に記憶喪失ではなさそうですし……」

 

タイムスリップ。俺は住んでいた時代から未来へタイムスリップしてしまった。これなら、確かに説明はつくかもしれない。この仮説が正しいなら、俺と香織の会話のズレの原因もハッキリとするだろう。

 

それに、今から俺が話す内容も小耳にはさむぐらいには知っているはずだ。そう思って俺は口を開いた。

 

「それなら、君はショッカーを知っているか? デストロンやGOD辺りでも構わないのだが」

「しょ、ショッカー? デストロン? それって何ですか? 貴方が勤めていた会社の名前……ですか?」

「……なんだって。嘘、だろ。本当に知らないのか?」

 

彼女は、ショッカーやデストロンを知らなかった。奴らの悪魔のような所業どころか、存在すらも知らなかった。今、初めてその名前を聞いたという顔をしている。

 

どうやら、この問題はすぐには解決出来そうにない。そのことが分かり、俺はますます意気消沈して頭を抱えるのだった。

 




次回は唐突に異世界召喚(仮)した本郷さんの苦労編です。というか、あと数回は本郷さんの苦悩を描こうかなと思います。

いきなりトータスへ異世界召喚するという構成も考えましたが、本郷さんの苦悩を書いてみたくなったのでこんな始まり方になりました。

見切り発車ですので不定期更新間違いなしですが、どうか温かく見守ってくれるとありがたいです。また、感想や評価の方もよろしくお願いします。


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第一話 苦悩

あと何話で本編に入れるのだろうか()


バリンッ!

 

「うわ、また割ったのか!?」

「す、すみません」

「もの凄い握力ね。ガラスを一握りで割ってしまうって、一体どのぐらいの握力があるのかしら?」

 

俺はその後、頭を抱えながらも香織に案内されて彼女の両親と顔を合わせた。彼女の両親の名前は、父親が智一で母親が薫子というらしい。二人とも俺の体調を気にしていたらしく、顔を合わせて早々に「辛くないか?」や「無理はしないでくれ」と声をかけられた。

 

二人とも良い人らしいのは一発で分かったので、ひとまず安心した。その後リビングに通された俺は、何故倒れていたのかを根掘り葉掘り聞き出された。

 

が、俺からすれば“気がついたら部屋に運び込まれていた”という状況なので話すこともない。それよりも俺の記憶と香織の話が少しも一致しないということを伝えてかなり難しい顔をされた。

 

と、まあ最初から苦労しているのだが……それよりも問題なのは出されたコップを尽く握り潰してしまうことだ。アンドロイドに脳骸を移していた頃とは全く違う感覚に、俺は改造された当初のように手に持った物を壊してしまっているのだ。

 

その事から俺が改造人間の身体は健在であると知らされて密かに落ち込んだのは内緒である。

 

「君は本当に何者なんだい? さっきから話している事柄は全て特撮ドラマの話じゃないのか?」

「全て事実ですよ。俺がサイボーグなのも、ショッカーやデストロンといった悪魔の組織と戦っていたのも、全て事実です」

「にわかには信じがたいけどねえ。でも、ガラスをポンポンと割っていく所を見せつけられると信じてしまいそうになるわよ」

「サイボーグって、アニメや漫画で良く見るあれだよね? そういえば、最近男の子の間で“仮面ライダー”が流行ってるみたいだけど……」

 

仮面ライダー。絶対に忘れることのない、大自然がつかわした正義の使者であり、哀しみに満ちた戦士の名前。俺の二つ目の名前だ。

 

しかし、香織はあくまでも仮面ライダーは現実世界の存在ではないと言う。彼女の知っている仮面ライダーは、テレビで放送される特撮ドラマの番組という物らしいのだ。

 

だが、俺が仮面ライダーであることは紛れもない真実である。何方も間違った事を言ってないことから、俺の悩みは更に深くなっていく。

 

「まあ、余り深く追求しても分からない事は分からないからね。これ以上の詮索は止めにしよう。それよりも、家はあるのかい?」

「あなた……あるわけないでしょう? 彼の話が本当なら、住む時代も世界も違うのだから」

「そ、それもそうだったね。だが、年頃の娘も居るのに大丈夫だろうか……」

「年頃、ですか。ところで彼女は何歳なんですか?」

「ああ、今は中学二年生さ。中学校の生活に慣れたからか、勉強に今ひとつ身が入らない娘に少し悩んではいるんだけどね」

「お父さんっ! 余計なこと言わないでよ!」

 

何とも仲の良い家族だ。俺の家族は早くに死んでしまったため、ほんの少しだけ羨ましく感じた。が、次の瞬間に俺は智一さんにある提案を持ちかける。

 

「なら、自分が勉強を見ましょうか? 居候の対価として、ですけど」

「それは本当かい? 最近は家庭教師を雇おうか迷ってたんだけど……」

「心配しなくても大丈夫ですよ。こう見えても、知能指数は600あるので」

「「「IQ600ぅ!?」」」

 

俺は知能指数が600あり、城北大学生物学研究室の学生だ。小学生の頃から誰かに勉強を教えるということはやってきたので、別に苦にはならないだろう。

 

もっとも、知能指数が600ある上に運動神経も抜群であったが故にショッカーに捕まり、改造人間にされてしまったのだが……。

 

今ばかりは自分の生まれ持った能力に感謝をするべきだ。

 

「それなら是非ともお願いしたいよ! 君なら変な気も起こさないだろ『『オトウサン?』』すみません」

「ふふ、心配しなくても変な気など起こしませんよ。その辺りの常識は理解してますから」

「良かったわねえ、香織。これからはビシバシ勉強を教えてもらいなさいよ?」

「う、うん。よろしくお願いします」

 

こうして当面の寝床を確保することが出来た俺は、この後にやって来る苦悩の存在を察することは出来なかった。

 

────────────────

 

バキッ! バキッ!

 

「……ダメ、か」

 

夜になり、俺は智一さんが勤めているという建設会社の廃材処理場までやって来ていた。ここで俺は、改造人間として人間社会で暮らしていくための感覚を取り戻そうと思ったのである。

 

が、結果は散々だった。手当たり次第に掴んだ鉄柵は全てベニヤ板のようにひん曲がり、木材なんぞは軽く握った瞬間に粉々になってしまった。

 

智一さんは引き攣った笑顔で「機械を動かすことなく廃材処理をしてくれて助かる」と言ってくれたが、俺からすればその引き攣った笑顔その物が心に刺さる。

 

改造人間初心者は、己の力を手加減をすることが出来ずに物を破壊してしまうのが殆どだが、正に今の俺がそんな状態だった。

 

「これじゃあ暫くは香織に触れないで勉強を教えないとだな。触った瞬間に彼女が死ぬなんてことは避けたいし……」

「す、凄い悩みだね。とても信じられないけど、やっぱり君はサイボーグなのかな」

「無理やりサイボーグにされた、元人間ですよ。出来ることなら普通の人間に戻りたいです」

 

それは叶わぬ夢だ。悔しいが、ショッカーの技術力は途轍もない。本郷邸の研究者たちの技術力も現代日本を凌駕しているが、ショッカーはそれ以上の技術を持っている。

 

俺の身体を生身の物に戻そうとしても、現代日本の技術力では不可能だろう。

 

まあ、仮に手術を受けられると言われても俺は手術恐怖症を発症しているため、そもそも手術を受けること自体が困難であるが。

 

「……ん? 君たちは何者だ? ここは立ち入り禁止だぞ!」

「ああ? るっせえよジジイ。夜は誰も使ってないんだから別に構わねえだろお?」

「そうだよお。迷惑かけてねえんだから良いじゃねえか。けち臭えなあ」

「そんなんだからこんなボロボロな場所で働いてるんだろお?」

「そんなこと言われても、ここは関係者以外は立ち入り禁止なんだ。ルールには従うってのが社会人として普通だろ?」

 

何やら智一さんが困った声で何者かを追い払おうとしている。声から察するに、三人組の男らしい。呂律が回っておらず、酒を飲んでいるか薬を乱用しているかの何方かだ。

 

このまま争いに発展しては智一さんが危険である。俺はため息をつきながら智一さんと男達との間に割って入った。

 

「君たちは子供じゃないだろう? 駄々をこねてないで早いところ立ち去るんだ」

「ああ? るせえな。俺達に指図してるんじゃねえよ」

「如何にもお坊ちゃんみたいな顔してやがるなあ。やっちまおうぜ」

「そのイケメン面に傷を付けられるなら本望だなあ!」

 

ダメだ。聞く耳を持っていない。というか、言葉が届いてすらいない。すぐに攻撃が来ると悟った俺は咄嗟に足を肩幅ぐらいに開いて腰を落とし、飛来してきた拳を紙一重で躱すと逆に肘鉄を腹部に突き刺す。

 

かなり手加減した踏み込みで肘鉄を放ったが、攻撃してきた男は後方へ数十メートル吹き飛んでしまった。遠目にだが血は噴き出していないので、命に関わる怪我はしてないはずだと信じたい。

 

空気が破裂したような音を立てて男が吹き飛んだため、近くで攻撃の機を伺っていた男二人や智一さんが目を見開いている。

 

内心は「やってしまった」と思いつつ、俺は残された男二人を睨みつけた。

 

「あんな風に吹き飛ばされたくないなら、彼処で転がっている奴を回収して早急に立ち去れ」

「「は、はいぃ!」」

「はあ……すみません。お騒がせしました」

「い、いやあ……そんなに暗い顔をしないでくれ。むしろお礼をさせてよ。アイツらは近所では有名な迷惑者だったし、僕も対処に頭を悩ませていたんだよ。礼として、居酒屋にでも行かないか? 全て僕の奢りで良いからさ」

「それじゃあ……お言葉に甘えさせてもらいます」

 

その後、居酒屋でも渡されたグラスを尽く握り潰してしまい、店主からストローを貰って酒を飲むという何とも微妙な形で料理をご馳走になったのだった。

 




早速お気に入り登録をして頂いた方、本当にありがとうございます! 今後も何とかして続けていきますので、最後まで付き合ってくれると嬉しいです。

次回は一応ですがハジメや雫が登場します。今のところハーレムメンバーは決まってません(おい)


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第二話 この世界に来れた理由

お引っ越しの片付けで遅くなり、大変申し訳ないです……。


「あ、猛さん。ここ分からないんですけど……」

「そこか? そこはさっき説明した定理をそのまま当てはめればすぐに解決するぞ」

「定理を当てはめて……あ、本当だ! ありがとうございます!」

「また分からない所があれば言ってくれ」

 

香織の教科書とノートを覗いては質問に答え、問題が解決したら俺は読書に戻る。とは言っても、読んでいるのは香織の部屋にあった漫画だ。香織が何冊か貸してくれたので、俺は時間が許す限り読書をしている。

 

ちなみに現在俺が読んでいるのは「仮面ライダー萬画版」である。どうも既視感のある表紙絵だったので開いてみたところ、俺の半生をそっくりそのまま描写していたので思わず目を見開いたのは内緒だ。

 

食い入るように読書に集中してしまうと、香織の声を度々無視してしまうことすらあってよく彼女に苦笑いをされてしまうのが今の悩みである。

 

「っと。これで宿題は終わりですね。あ、そうだ。今日は近くの河川敷で夏祭りがあるんですけど、猛さんも来ますか?」

「夏祭りか。行くのは一向に構わないけど、智一さんは何て言うかな」

「それなら心配ないです! お父さんとお母さんも夏祭りに行くので、猛さんが行っても問題はありませんよ!」

「それなら、行こうかな。念のため智一さんには伝えておくよ」

 

本を閉じて栞を挟んでから棚に戻し、俺は智一さんから貸してもらっている服を着込んでから彼の元に行く。

 

智一さんに祭りに行く旨を伝えると、「どうか家の天使(エンジェル)を不埒な奴らから守ってくれ! 君だけが頼りなんだ!」と肩を掴まれて言われた。どうやら智一さんは極度の親バカらしい。

 

薫子さんに諫められて大人しくなった智一さんに思わず苦笑しつつ、俺は二つ返事で彼の言葉を守ると約束した。その言葉に智一さんの表情がもの凄く輝いていたのは言うまでもない。

 

「河川敷まではそこまで遠くないらしいが……バイクを持っていくか。いざという時は仮面を被ることも出来るしな……」

「あの、準備出来ましたよ!」

「ああ、それじゃあ行こう……俺の目の前には天使が居るのかい?」

 

およそ俺らしくもない言い回しで香織の姿を評した理由は、そのぐらい香織が魅力的に見えたから他ならない。着物に身を包んだ香織は、普段の清楚な彼女をより一層磨き上げており、中学生だというのに何処か色っぽさまでもが出ている。

 

直視することが不可能になった俺は、香織にヘルメットを渡してからバイクの後ろに乗せ、なるべく背中に当たる感触を無視して河川敷へと向かう。どうやら香織は友人と待ち合わせをしているらしいので、俺はその場所に直行した。

 

道行く車と車の間をスイスイと通り抜け、待ち合わせ場所の近くにあった川を偶然見つけた出っ張りを利用して飛び越える。後ろから黄色い悲鳴が聞こえるが、振り落とされていないことだけを確認して俺はバイクを着地させ、峠を攻めるかのようなドリフトを決めて停止した。

 

「着いたが……生きてるか?」

「は、ひ。すごかったれふ……」

「か、香織? 白目むいてるけど、本当に大丈夫? というか、貴方は誰よ?」

 

香織の頭に乗っているヘルメットを外すと、目を回した香織が現れた。俺が少し過激すぎたと反省していると、ポニーテールにした長い黒髪が特徴的な大和撫子が現れた。

 

香織の名前を知っているところから察するに、きっと彼女が待ち合わせしていた相手なのだろう。

 

「俺は本郷猛。訳あって彼女に勉強を教えている家庭教師のような者さ」

「あら、そうなの? そういえば最近、家庭教師に勉強を教えてもらってるとはきいてたけど、貴方だったのね」

「君は……彼女の友達か?」

「ええ、そうよ。私は八重樫雫。これでも香織の親友ね」

 

フワリと優しく微笑んだ大和撫子は八重樫雫と名乗った。女性にしては高めの身長であり、引き締まった体格や一瞬見えた掌のたこを見るに、彼女は剣道をやっているのだろう。藤兵衛が剣道の達人であったため、そのぐらいの見分けは付く。

 

目つきもどちらかと言えば鋭いので、彼女を見た人はもしかしたら「格好良い」と思う人がいるかもしれない。

 

そんな雫を見て、俺はルリ子さんの面影を少し思い出した。彼女もまた、強い女性であった。父をショッカーに殺され、自分自身も危険に巻き込まれてながらも気丈に戦い続けた、とても強い女性である。

 

「うう、ん。ご、ごめんね雫ちゃん。ちょっと目が回ってたよ」

「川を飛び越えてきたしねえ。目を回さない方が不自然よ」

「でも凄かったよ! 車と車の間を通り抜けたり、飛び出してきた乗用車を飛び越したり! 風がビシビシ当たって気持ちよかったよ!」

「そ、そうなの。逆によく振り落とされなかったわね」

 

とはいえ、香織には好評だったらしい。もしも次、頼まれたら夜中の人通りが少ない時間帯にやると俺は決意した。

 

密かに決意している俺に構わず、香織たちは一歩前をどんどん歩いて行く。彼女たちが通ると、すれ違った人が思わず振り返っているところを見て俺は今日何度目かの苦笑を零す。

 

が、その苦笑もすぐに消えることになった。

 

「おいテメェ! なにぶつかってるんだこのガキ!!」

「兄貴にぶつかるたぁ、随分な野郎だなあ?」

「す、すみません家の孫が……」

「おいババァ! このスーツはよぉ。滅茶苦茶高かったんだぞ!!」

「すみません……すみません……」

「これはスーツ代と慰謝料を払ってもらわないとなあ」

「兄貴にぶつかり、スーツ汚した落とし前はつけて貰わないと、なあ?」

「お、お金は勘弁してください……」

「アア? なんだあババァ。口答えすんのかあ?」

「良い度胸してるぞゃねえか。ああ?」

「こ、これで……」

「20000円だぁ? これっぽっちも足りねえよこの野郎が!!」

「あ……財布ごとは勘弁してください!!」

 

どうやら年端もいかない子供がヤクザの末端の者にぶつかってしまい、挙げ句手に持っていたタコ焼きのソースで服を汚してしまったらしい。

 

子供はワンワン泣きじゃくる。子供の祖母と思われる女性は縮こまる。ヤクザたちはそれを見て、更に人目はばかることなく恫喝する。

 

強者が弱者を虐げる。力を振りかざして自分の思い通りになるように全てをコントロールしようとする。そんな姿を見て、俺が気がついたときには体が自然と動いていた。

 

「止めろ。そこまでにするんだ」

「ああ? 何だてめぇ」

「俺達に指図するってか? 良い度胸してやがるなあ?」

「君達こそ、良い度胸しているよ。こんな大勢の前で見苦しく恐喝してるんだからね」

 

ショッカーにも似た心構えを持っているであろう彼らに対して少しずつ怒りを呼び起こしながら、しかしなるべく顔に出さないようにして諫める。

 

が、どうしても感情を抑え込むのは限界があるらしい。言葉には何処となく刺が含まれてしまった。更に、周囲の人達が俺の顔を見ては一歩後退っていることから、きっと俺の顔には醜い手術跡が浮かび上がっているのだろう。

 

「あ、兄貴。あれはヤバくねえか?」

「う、うるせえ! あんな野郎、俺の跳び蹴りで一発だ! それに、あんな野郎に負けたとなりゃあ親父さんが黙っちゃいねえぞ!」

「兄貴……」

「やい、ふざけた野郎! 俺と一対一だ! 逃げることは許さねえぞ!」

 

どうしても衝突は避けられないらしい。既にヤクザの男が周囲の人達に大声で命じて俺とヤクザ達を囲う円を作っており、被害者を連れて逃げることはまず不可能だろう。

 

だとすれば、俺が出来ることはヤクザ達になるべく怪我を負わせることなく戦意を消失させ、この場から退散させることだ。

 

そして、被害者の二人は巻き込まれない位置に退避させるのも俺の仕事である。俺は、一番近くに居た中学生ぐらいの男の子に声をかけた。

 

「君。二人を連れてこの場から離れてくれ」

「ぼ、僕ですか? 貴方は……?」

「大丈夫だ。殺すつもりはない。殴るつもりもない。出来る限り穏便に済ませるから、警察には連絡しないでくれ。こんな顔で信用出来ないかもしれないが、頼む」

「……分かり、ました。優しい瞳をしている貴方を、僕は信じますね」

 

男の子は確かに頷くと、優しさを多分に含んだ微笑みを浮かべて被害者二人の元へ走って行き、そのまま迅速にこの場から退避をした。

 

それとほぼ同時に、ヤクザの男が助走をつけてから跳び上がって不格好な跳び蹴りを繰り出してくる。俺は一歩下がって回避をし、地面に這い蹲った男のことを上から見下ろす。

 

「ひ、ひぃ!?」

「最後の忠告だ。財布をこの場に置き、ここから今すぐに立ち去れ。もう一度言うぞ。財布を置いて立ち去れ。さもなくば……」

「わ、わわ分かった!」

「お前もだ。話は聞いていただろう。早く立ち去るんだ」

「は、はひぃ!」

 

ヤクザ二人を怪人を睨みつける勢いの視線で射貫くと、二人はアッサリ陥落した。醜い手術跡のある顔に剣呑に細められた目というのは中々に怖かっただろう。

 

その事を十全に理解している俺は、一つため息をついて周りの人達に「お騒がせしました」とだけ謝ってこの場を立ち去った。

 

香織とも顔を見合わせたが、俺はすぐに顔を背けて彼女から離れる。とてもではないが、今は一人になりたかった。

 

俺の全身に残された手術跡は感情が昂ぶると勝手に浮かび上がる。こればかりはどうすることも出来ない。特に顔の傷は、誰にでも見えてしまうのが厄介だ。顔の傷を隠すためにも、仮面を俺は被ってきた。仮面だけが、傷跡を……俺の心を、これまで隠してくれていたのだ。

 

しかし、この世界で仮面を身につけることは出来ない。ショッカーやデストロンといった怪物を生み出す組織がない以上、俺の仮面を被った姿は化物と変わらない。

 

一度、情報操作をされて“仮面ライダーは化物”と認識した人類に迫害されたこともある。あの時は落ち込む後輩達に檄を飛ばすので忙しかったが、本当は俺だって傷ついていたのである。

 

人というのは、自分と少し違うだけで忌み嫌う。そんな生き物だと俺は薄々勘づいてしまっている。

 

そんな経験も相まって、俺は仮面を被ることを踏み切れずにいたからこそ、俺は好奇の視線で見てくる人々の場から逃げてきたのだ……。

 

「あの……大丈夫、ですか?」

「……君は、さっきの」

 

人通りの少ない河川敷に座り込み、ぼーっと川を見ていると隣にはいつの間にか男の子が座っていた。声からして、ついさっき騒動に巻き込まれた被害者二人を連れて立ち去った人だろう。

 

「元気がなさそうでしたので。大丈夫ですか?」

「まあ、うん。大丈夫だ」

「そうですか。さっきの二人、何度も貴方にお礼を言いたいって言ってましたよ」

「そうか。とりあえず無事だったならそれで良かった。君もありがとうな。急に話題を振った俺の頼みを聞いてくれて」

「いえ、困ってる人を見たら助けるのは当たり前ですから。仮に、顔が怖かったとしても助けないなんていうのは有り得ませんよ」

 

彼の方を見れば、屈託とまでは行かなくても良い笑顔が浮かんでいた。

 

改めて彼の顔を見ると、かなり整った顔をしているように見える。所謂美男子という感じではないが、優しげに輝く瞳が平凡な顔を数割増にしているのだろう。

 

「でも、その顔の傷が何なのかは気になりますね。手術跡にしては箇所が多すぎる気がするんですけども……」

「そうだね。普通に手術を受ければこんなに手術跡は出てこないさ。普通の手術なら、ね」

 

彼になら話しても大丈夫かもしれないと思った俺は、香織やその家族に話した“俺の身体”についてより詳しく話す。

 

「君はサイボーグを知ってるかい?」

「サイボーグ、ですか。体の一部を機械へ置き換えたり、動物の能力をそのまま移植するって奴ですよね?」

「そうだ。ここまで話したら想像はつくだろう? 俺はサイボーグなんだよ。ショッカーによって無理やり人外にされたんだ」

「ショッカーって……まさか、仮面ライダーのショッカーですか? 待てよ、貴方の姿を萬画で見たことがあるような、ないような……まさか、異世界転生してきたんですか?」

「異世界転生……」

「この世界とはまた別の世界から何らかの理由があってやって来る現象ですよ。貴方の場合はどうしてこの世界にやって来たのかさっぱりですけどね」

 

俺の話を聞き、一切否定することなくファンタジーな推測を話してきた男の子。異世界転生という言葉は小耳に挟んだ程度の知識しか持っていないが、何となく理解は出来た。

 

俺は、何らかの力が働いて異世界にやって来てしまったのだと。

 

その理由は不明だが、兎に角俺は異世界転生をした。これは間違いなさそうだ。眠りにつく際に、一文字にはコッソリと「脳死させて何処かに埋めてくれ」と指示を出しているので時間としては一文字に地面に埋められてから転生したと考えられる。

 

「あの、仮に貴方が異世界転生をしたとしたら……貴方の名前は本郷猛、ですか?」

「その通りだ。何故、俺の存在が創作物で有名なのかは知らないが……俺は確かに本郷猛さ。そうだ、君の名前は?」

「僕ですか? 僕は……」

 

南雲ハジメ。その辺に存在している、ゲームや漫画が好きなありふれた中学生です。

 

彼は頭を下げながら自己紹介をするのだった。

 




次回から時系列的にはありふれのプロローグです。仮面ライダーTHE FIRSTと同じように本郷猛さんは先生になります。

※感想はぜひともお願いします! 少しでも感想があるとモチベーションアップに繋がります!


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第三話 先生

大急ぎ……というわけではないですが、いつの間にかここまで書けていました()
展開がかなり急ピッチですが、今回からありふれの内容に入っていきます。


あの後、俺はハジメと様々な推測を言い合ってから別れて香織を捜しに行った。突然姿を消した俺のことを、香織は少しの間プリプリしながら怒っていたが。が、雫に諫められたのと甘い物を沢山食べたことによってすぐに機嫌を直してくれた。

 

結局、俺は香織と雫に手を引かれて夜の間ずっと振り回された。美少女二人に振り回されるなら何されても嬉しいと一文字が言いそうな状況ではあったが、智一さんのことがあったので俺は大人の理性を過労死寸前まで働かせたのは言うまでもないだろう。

 

疲れて眠ってしまった香織をバイクの後ろに乗せて帰ると、すぐに智一に肩を掴まれてもの凄い勢いでお礼を言われたのも良い思い出だ。

 

夏祭りの後からこれまで勉強に自分から向かうことがなかった香織が急にやる気を見せ始めたのもまた、一つの良い思い出である。

 

さて、何故ここまで過去を顧みる形で話を進めているのかというと、あれから二年が経過したからである。

 

香織は無事に高校に受かることができ、入学の日を今か今かと待っている。そして俺は、何時までも無職なのは不味いと思って教員採用試験を受け、合格して香織の入学する高校の教師になることが出来た。

 

一年と少しで教員免許を取れたのは、俺が城北大学に在籍していた頃に教員免許を取得していたからである。生物学を専攻していたこともあり、俺は理科の教員になった。

 

改造人間としての力もある程度コントロール出来るようになり、ひとまずは安心して生活を送れる。この時点で俺はそう思っていた。

 

だが、その見通しはとても甘かったことはこの時俺は知らなかった。

 

──────────────────

 

キーーンコーーンカーーンコーーン

 

「それじゃあ、授業を終わるぞ」

「猛先生! この問題分からないので教えてくださ~い!」

「あ、ズルいよ! 私も猛先生に教えてもらいたかったのにぃ!」

 

教職に就いてから約半年。俺は改造人間であることを隠し、人間フリをしながら何とか生活していた。

 

月曜日の四時間目はこうして生徒に引っ張られ、昼食を食べながら授業では分からなかったところを教えるのがいつもの流れになっている。

 

「あれ、猛先生。やっぱり居たんですね」

「愛子先生ですか。まあ、いつも通りですよ。勉強を教えるのは好きですから問題ないですし」

 

そこへ社会科教員の畑山愛子先生がやって来るのもいつもの流れだ。

 

愛子先生は百五十センチ程の低身長に童顔、ボブカットの髪を跳ねさせながら、生徒のためにとあくせく走り回る姿はなんとも微笑ましく、そのいつでも一生懸命な姿と大抵空回ってしまう残念さのギャップに庇護欲を掻き立てられる生徒は少なくない……らしい。

 

彼女も月曜日の昼休みは教室にやって来て一緒に昼食を食べる事が殆どだ。とは言っても、大抵話すのは愛子先生が威厳ある教師になるにはどうしたら良いかという内容である。

 

「愛ちゃんもやっぱり気にしてるの?」

「愛ちゃんって言わないでくださいよ! うう、どうして猛先生のように威厳ある教師になれないのでしょうか……」

「さ、さあ。僕に言われても困りますよ」

「猛先生も真面目に答えてあげてよ~。私達、こう見えても愛ちゃんのこと応援してるんだからね?」

「そうそう! 猛先生って新任とは思えないほどしっかりしてるから愛ちゃんに色々教えてあげたら良いと思うんだよね!」

 

俺は苦笑しながら話を聞き流し、クラスを見渡す。クラス内には香織や雫が居り、更にクラス一のイケメンと持て囃される天之河光輝や脳筋だが実は思慮深いところもある坂上龍太郎が一緒にご飯を食べている。ハジメは教室の端っこで居眠りをしている。

 

いつものクラスの光景に、俺はホッコリしつつも香織が作ってくれた弁当を掻き込み、それを包みで覆って教室を出ようとした。しかし、教室を出ようとしたところで……

 

凍り付いた。

 

光輝足下に、純白に光り輝く円環と幾何学模様が現れたからだ。その異常事態には直ぐに周りの生徒達も気がついた。全員が金縛りにでもあったかのように輝く紋様――俗に言う魔法陣らしきものを注視する。

 

そんな中、俺は嫌な予感がしたために教室に居るにも関わらずサイクロンを呼び出した。この魔法陣から怪人が出てくるのでは? という長年の戦闘生活から出た悪い癖である。

 

しかし、魔法陣は怪人を召喚する事はなく徐々に輝きを増していき、一気に教室全体を満たすほどの大きさに拡大した。

 

自分の足元まで異常が迫って来たことで、ようやく硬直が解け悲鳴を上げる生徒達。未だ教室にいた愛子先生が咄嗟に「皆! 教室から出て!」と叫んだのと、魔法陣の輝きが爆発したようにカッと光ったのは同時だった。

 

咄嗟にベルトを回し、第二の皮膚を服の下に出現させたところで俺は目を閉じる。それほどにまで凄まじい光だったのだ。

 

俺は手元にあるサイクロンのハンドルの感触だけ感じながら、光が晴れるのを待つ。少しずつ光が引いてくのを感じた次の瞬間には目を開き、俺は愕然とした。

 

まず目に飛び込んできたのは巨大な壁画だった。縦横十メートルはありそうなその壁画には、後光を背負い長い金髪を靡かせうっすらと微笑む中性的な顔立ちの人物が描かれていた。

 

背景には草原や湖、山々が描かれ、それらを包み込むかのように、その人物は両手を広げている。

 

よくよく周囲を見てみると、どうやら俺達は巨大な広間にいるらしいということが分かった。

 

素材は大理石だろうか? 美しい光沢を放つ滑らかな白い石造りの建築物のようで、これまた美しい彫刻が彫られた巨大な柱に支えられ、天井はドーム状になっている。大聖堂という言葉が自然と湧き上がるような荘厳な雰囲気の広間である。

 

そして俺達は、その一番奥にある巨大な台座に立っているらしい。

 

明らかな異常事態に、俺は顔の手術跡を隠すことなく周囲を見渡す。俺達の周りには三十人程の法衣を纏った者が祈りを捧げるように跪き両手を胸の前で組んでいる。

 

徐々に視界が戻ったのか、生徒達がガヤガヤと騒ぎ立てる中、俺は一際豪奢な服に身を包んだ老人を睨みつけて質問を放った。

 

「貴様ら、何者だ?」

 

すると老人は、若干顔を引き攣らせながらも外見によく合う深みのある落ち着いた声音で質問に答えた。

 

「ようこそ、トータスへ。勇者様、そしてご同胞の皆様。歓迎致しますぞ。私は、聖教教会にて教皇の地位に就いておりますイシュタル・ランゴバルドと申す者。以後、宜しくお願い致しますぞ」

 

俺は、イシュタルと名乗った老人の顔を更に鋭い目つきで睨みつけるのだった。

 




この作品の本郷猛は、仮面ライダーTHE FIRSTのようにベルトを自力で回して変身することが可能です。一度取った不覚は二度と取らないという心構えだと思ってください。
また、教室に居るのにサイクロンを呼び出したことに関してのツッコミは受け付けません()
次回はステータスプレートの回ですので、お楽しみに!


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第四話 銀の殺意とステータスプレート

今回と次回は説明回です。ちなみに今回はいきなり原作から離れた動きがあります。


 

「……はあ」

 

俺は一つ大きなため息をつき、噴水の縁に腰をかける。先程まで行われた晩餐会で腹は確かに膨れているが、心は怒りに燃えている。その理由は、晩餐会にて聞かされた「俺達を異世界へ召喚した理由」があまりにも自分勝手な物だったからだ。

 

「エヒト神とやらから神託があったから、俺達に戦えだと? それも、年端もいかない高校生達に戦えだって? ふざけてるのか……?」

 

人間族という物が危機に瀕しているのは理解できた。助けて欲しいのも納得した。だが、神とやらの言うことを聞いた途端に行動に移し、何の疑いもなく俺達に告げるその姿は間違いなく異常であった。

 

当然、俺と愛子先生は反発した。子供を戦わせるなど納得出来るはずがない。今すぐ元の世界に帰せと。

 

しかし、「我々人間に異世界に干渉するような魔法は使えませんのでな、あなた方が帰還できるかどうかもエヒト様の御意思次第ということですな」と言われてしまったのだ。

 

更に、俺が苛ついている理由はもう一つある。

 

「それに光輝……あのバカ、戦争するのがどんな事なのか本当に分かってるのか!?」

 

そう、光輝の事だった。彼が正義感に溢れており、困っている人は見捨てられない性格なのは知っていた。だが、俺達はこれから戦争に駆り出されるかもしれないというのに彼は簡単に「世界も皆も救ってみせる!!」と言った。

 

言ってしまったのだ。他の生徒達が絶望している最中に、クラスの中心人物が、である。

 

結局、他の生徒達も次々と賛同。愛子先生の静止を聞こうともせず、俺達は戦争をすることになってしまった。

 

その後、俺達は戦争に参加するということで、戦闘訓練を受けるためにこの聖教教会本山がある【神山】の麓の【ハイリヒ王国】へ移動した。

 

そこではハイリヒ王国の支配者が教皇より立場が下だということを理解し、俺の気持ちは余計に下へ下へと向かっている。

 

「戦争なんだぞ。誰かが死ぬかもしれないんだぞ! それなのに、何でそう簡単に戦争に行きますと言えるんだ……!」

 

噴水の縁を思いっきり殴りつけると、縁が歪んだ形に変形してしまった。しかし、俺の怒りは収まらない。顔の醜い手術跡を隠そうともせず、ひたすらにやり場のない怒りをぶつけ続けた。

 

どのぐらいそうしていただろう。

 

噴水が完全に壊れた所で俺は、近くに誰かが俺のことを見ていることに気がついた。

 

「誰だっ」

「た、猛さん……?」

「……香織、か」

 

怯えた表情で俺を見る香織。俺は思わず頭を抱えて頭を振った。

 

が、それも一瞬のこと。俺は猛然とその場を離れ、その風圧で首から下を第二の皮膚で覆わせてから香織を抱えて地面に転がった。

 

「え、え?」

「くそ、奇襲かっ」

 

俺は香織を地面に置くと振り返り、殺意を感じる真後ろを睨みつけた。

 

そこには、サラサラと光の粒子となってこの世から消え去った噴水と、“殺意をたっぷりと充填した銀翼を持つ銀髪碧眼の美女”が宙に浮いていた。

 

美女は白を基調としたドレス甲冑のようなものを纏っている。ノースリーブの膝下まであるワンピースのドレスに、腕と足、そして頭に金属製の防具を身に付け、腰から両サイドに金属プレートを吊るしていた。どう見ても戦闘服である。

 

俺は尚も飛来する銀羽を引き寄せてから回避をしつつ、サイクロンから仮面を取り出して被り、クラッシャーを取り付けて女に問う。

 

「何者だ?」

「ノイントと申します。〝神の使徒〟として、主の盤上より不要な駒を排除します」

「神の使徒、だと?」

「エヒト様にとって邪魔だと思われる〝イレギュラー〟に対し、神罰を与え主の盤上より不要な駒を排除する。それが〝神の使徒〟です」

 

つまり、彼女はショッカーでいう首領が邪魔だと思った者を排除するために送る怪人という事だ。その事を十全に理解した俺は、香織に向かって指示を飛ばす。

 

「香織、今すぐ逃げろ」

「で、でも」

「早くっ!!」

「ッ、わ、分かりましたっ」

 

ベルトの左右に備え付けられたブースターを起動させ、香織が走り去ったことを確認してから俺は跳び上がった。

 

ノイントと同じ高さまで昇り、俺はホバリングしながらノイントを睨みつける。

 

「貴様が誰なのかは知らない。知ろうとも思えない。だが、大切な生徒達に危険が及ぶ可能性があるならば、俺は貴様を倒す!」

「貴方の抵抗。無駄だと分かってもらいましょう。──駆逐します」

 

風が俺に集束する。タイフーンの風車が回転し、俺の全身に力が湧き上がってくる。

 

対するノイントは銀翼をはためかせた。すると、殺意をたっぷり乗せた銀羽の魔弾が俺目がけて飛来する。

 

最低限の動きで銀羽をある程度回避した俺はフルブースト。バレルロールで最後の銀羽を回避し、すぐさま加速。一気にノイントの懐へ潜り込んだ。

 

ノイントが手に持つ大剣を振るう隙を与えずに俺は彼女の顔面を渾身のストレートパンチで殴りつける。血飛沫が上がり、仮面に血糊が付着した。

 

後方へ吹き飛んだノイントは無理やりといった様子で態勢を立て直すと、銀羽を宙にばら撒いて其れ等を前方に集め、巨大な魔法陣を形成した。

 

「〝劫火浪〟」

 

途端、炎の大津波が俺を襲う。

 

タイフーンを限界まで回転させて炎の大津波に突っ込み、俺は紅蓮に染まった世界の中で正確にノイントの位置を把握すると、一気にブースターの出力を上げて加速した。

 

炎の大津波を抜けたすぐ先にあるのはノイントの胸元。目を見開いたノイントに構わず、俺は炎に覆われた右足をノイントの心臓目がけて突き出した。

 

──ライダーキック

 

バッタの能力を得た脚力によって放たれた蹴り技は、ノイントの胸元を難なく貫通して心臓を確かに蹴り潰した。

 

足を抜くために左足でノイントの顔を蹴り飛ばし、宙返りして彼女を見やれば、何があったのが分からないといった表情で堕ちていくノイントの姿が目に入った。

 

随分とアッサリ倒すことが出来たものの、俺は彼女の戦闘能力を危険視した。ノータイムで発射されていた銀羽には命中した物質を分解する能力があり、直撃すればひとたまりもなかった。

 

また、あれだけの炎の大津波を簡単に出せるということは他の攻撃も尋常ではない範囲と破壊力で繰り出すことが可能なのだろう。

 

心底恐ろしい。俺はそう思うのだった。

 

──────────────────

翌日

 

次の日から早速訓練と座学が始まった。

 

まず、集まった俺達に十二センチ×七センチ位の銀色のプレートが配られた。不思議そうに配られたプレートを見る生徒達や俺に、騎士団長メルド・ロギンスが直々に説明を始めた。

 

メルドは豪放磊落という文字をそのまま人にしたような人物だ。「これから戦友になろうってのにいつまでも他人行儀に話せるか!」と、他の騎士団員達にも普通に接するように忠告する程であり、俺達からすればとても接しやすい人物である。

 

「よし、全員に配り終わったな? このプレートは、ステータスプレートと呼ばれている。文字通り、自分の客観的なステータスを数値化して示してくれるものだ。最も信頼のある身分証明書でもある。これがあれば迷子になっても平気だからな、失くすなよ?」

 

どうやらこの銀色のプレートはステータスプレートという物らしい。

 

その後、メルドがアーティファクトとは何かを説明していたが、俺はそれを全て聞き流して如何にも“指を刺して血を垂らせ”と言いたげな針に自分の指を刺し、血をプレートに垂らした。

 

すると、プレートに描かれている魔法陣が一瞬淡く輝いた。

 

===============================

本郷猛 27歳 男 レベル:90

天職:風の使者

筋力:15000

体力:13000

耐性:13000

敏捷:19000

魔力:100

魔耐:100

技能:変身[+仮面自動生成]・改造人間・徒手空拳・剣術・人工筋肉活性化・脚力強化・風属性適性・風力吸収[+身体能力強化]・物理耐性・毒耐性・天歩[+空力][+瞬光]・纏風[+常時発動]・薬物生成[+合成][+調合]・手術[+執刀]・気配感知・暗視・限界突破・言語理解

===============================

 

表記された。いつの間にか、俺は仮面をわざわざ手動で取り出さなくても自動で生成されるようになったらしい。昨晩にノイントの攻撃を躱しながら仮面を取り出した苦労は二度とやらなくて良いということだ。

 

〝纏風〟というのは読んで字のごとく、俺の身体に風を纏わせることだ。どうやら俺の場合は常時発動しているらしいので、例え密室に閉じ込められたとしても変身を解除したり、風を受けられない場所だと変身不可能という状況にはならないはずだ。とても助かる技能である。

 

〝薬物生成〟は生物学を学んでいたので活用は出来るだろうし、〝手術〟は後輩の風見志郎を改造人間にした時の知識があるので問題ない。人工筋肉云々は勝手に発動してくれる技能だろう。

 

ただ、〝天歩〟と〝空力〟と〝瞬光〟と〝限界突破〟はどんな技能なのか分からなかったので後々聞くことにしようと俺は決めた。

 

「よし、確認出来たな? 出来たなら一度俺に報告しにきてくれ。訓練内容の参考にしなきゃならんからな」

 

メルドの呼び掛けに、早速、光輝がステータスの報告をしに前へ出た。そのステータスは……

 

============================

天之河光輝 17歳 男 レベル:1

天職:勇者

筋力:100

体力:100

耐性:100

敏捷:100

魔力:100

魔耐:100

技能:全属性適性・全属性耐性・物理耐性・複合魔法・剣術・剛力・縮地・先読・高速魔力回復・気配感知・魔力感知・限界突破・言語理解

==============================

 

「ほお~、流石勇者様だな。レベル1で既に三桁か……技能も普通は二つ三つなんだがな……規格外な奴め! 頼もしい限りだ!」

「いや~、あはは……」

 

メルドの称賛に照れたように頭を掻く光輝。が、俺は彼のステータスに関して何か思うことはなかった。俺自身のステータスが先に表記されていたこともあるが、何より光輝が改造人間ではないという事実があるので俺のステータスを超えることは有り得ないだろうと思っていたのである。

 

その後も次々と生徒達がメルドにステータスプレートを見せに行き、彼に褒められるという光景を眺めていた。やがて俺の出番が来たので、ステータスプレートをメルドに渡す。

 

メルドは俺のステータスプレートを見つめると、笑顔のまま「うん?」と固まった。ついで「見間違いか?」というようにプレートをコツコツ叩いたり、光にかざしたりする。

 

「どうした?」

「え、ああ。どうやらステータスプレートが壊れていたらしいから、新しい物を持ってこようかと思ってな」

「いや、壊れてないはずだ。俺は人間ではないし、ステータスが高くても不自然ではない」

「そ、そんな訳ないだろう。この世界ではステータスが200を超えていれば超一流と呼ばれるんだぞ。魔力と魔耐以外は全て10000超えなど、俺は見たことがない」

 

ちなみにメルドのステータスは平均が300前後であり、レベルは62である。どうやらこのステータス値でこの世界ではトップクラスの強さを誇るらしい。現に、メルドは騎士団どころか世界最強の名を頂いてる程だと言う。

 

彼の常識からすれば、俺のステータスは異常以外の何物でもないのだろう。

 

だが、事実は事実である。俺は一つため息をつき、メルドにこんな提案をした。

 

「なら、ステータスチェックが終わったら俺と一対一で模擬戦をするのはどうだ? それなら白黒つけられるだろう」

「……そう、だな。そうしよう。後は坊主だけだからすぐに終わるさ」

 

その坊主というのはハジメの事である。ハジメは何故か額に脂汗を浮かべながらステータスプレートをメルドに手渡した。

 

メルドは、ハジメのステータスプレートを見て俺の時と同じように硬直する。その硬直が中々取れず、俺は訝しがってハジメのステータスプレートを覗き込んだ。

 

そこには……

 

===============================

南雲ハジメ 16歳 男 レベル:1

天職:錬成師

筋力:10

体力:10

耐性:10

敏捷:10

魔力:10

魔耐:10

技能:錬成・言語理解

===============================

 

俺が見た中でも、最低値のステータスがズラリと並んでいた。

 




本郷さんのステータスはとりあえずの物です。改造人間としての力はなるべく記入していませんが、脚力のみバッタの改造人間なら自由自在に強化する事も可能だろうということで技能を追加しています。
その他の技能がある理由は大概は語られている……はず。耐性については改造人間なら可能だろうというテキトーな理由です。


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第五話 模擬戦と懇願

今回は模擬戦とハジメとの絡みです。


「ああ、その、なんだ。錬成師というのは、まぁ、言ってみれば鍛治職のことだ。鍛冶するときに便利だとか……」

「おいおい、南雲。もしかしてお前、非戦系か? 鍛治職でどうやって戦うんだよ? メルドさん、その錬成師って珍しいんっすか?」

「……いや、鍛治職の十人に一人は持っている。国お抱えの職人は全員持っているな」

「おいおい、南雲~。お前、そんなんで戦えるわけ?」

「さぁ、やってみないと分からないかな」

「じゃあさ、ちょっとステータス見せてみろよ。天職がショボイ分ステータスは高いんだよなぁ~?」

 

実に嫌らしく檜山大介がハジメに絡む。よく見渡せば、主に男子生徒達がニヤニヤと嘲笑いをハジメに向けていた。

 

俺はそんな様子に腸が煮えくりかえる思いがする。が、そんな俺に構うことなく檜山はハジメに尚も口撃を叩き付けた。メルドの様子から見ても彼のステータスが低いことは分かりきっているというのに、檜山は尚も嫌らしく絡みつく。

 

強い者には媚を売り、弱い者には強く当たる。小者という存在の典型的な例と言っても過言ではないだろう。

 

「……メルド団長。戦いはこの場でも開始出来るか?」

「ん? ああ、出来ないことはない。俺も特に用意する物はないからな。それがどうか……ああ、そういうことか」

「察してくれて助かる」

 

怒りのゲージが振り切れたことで俺の額には醜い手術跡が浮かび上がっている。見る者からすれば、鬼の形相とも捉えられるだろう。

 

メルドはきっと、俺の底知れぬ怒りを察してくれたに違いない。

 

俺は上着を脱ぎ捨て、タイフーンを露わにして風を送り込んだ。

 

すると、一瞬で俺の皮膚は二つ目の物へと変化し、仮面の自動生成をイメージしていたことで俺の手には傷を隠すための道具が現れた。

 

特徴的なタイフーンの起動音によって喧騒が一気に収まり、全員が俺とメルドの事を注視する。

 

「その姿が、お前の本来の姿なのか?」

「そうだ。人としての姿はあくまでも仮の物。俺の本当の姿はこれだ。名前も本郷猛ではない。大自然が遣わした使者、仮面ライダーだ」

 

仮面を被り、クラッシャーをガチャリと装着して変身完了。俺は肩幅より少し狭めに足を開き、何時でも飛びかかれる準備をする。

 

メルドは腰に差していた長刀を抜き放ち、独特な構えで俺の事を真っ直ぐ睨みつけてくる。メルドの立ち振る舞いは明らかに“できる”と分かる物であり、彼がこの世界で最強の一角に数えられるのも納得がいった。

 

「……行くぞぉ!」

 

メルドが吠え、その勢いそのままに突進してくる。俺は左肩側を沈め、右手首でメルドが振るってきた長刀を受け止める。

 

ガキンッ! と硬質的な音が鳴ったことにメルドは驚きが隠せないらしい。が、すぐに彼は立て直して鞭のような剣打を俺に叩き込む。

 

右から来る剣打は右手首。左から来る剣打は左手首。いずれにせよ、俺が道具を使うことなく徒手空拳のみで対応しているのは明らかである。

 

徐々に生徒達もザワつき始めた。特に檜山やその取り巻きは、ペタリと地面にへたり込んでいる。その理由は、俺の化物のような姿を見たからなのか、それとも化物のように剣を素手で弾き飛ばしているからなのか……。

 

「く、はは。何て奴だ。どうやら私は、君のことを見誤っていたらしいな」

「だから言っただろう。あのステータスは本物だとな」

 

ガキッ! と音を立てながら左手で長刀を握り止め、遂にはガラスでも割るかのような速さで握り潰す。ハラハラと地面に落ちていく鉄の屑を見て、メルドは乾いた笑みを浮かべた。

 

対する俺は、右拳のストレートパンチを繰り出す。更にタイフーンに貯蓄されていた風力をパンチがメルドに直撃する一瞬前に一部開放させた。

 

──ライダー逆風(バックウィンド)パンチ

 

暴風のようなエネルギーと共に放たれたストレートパンチをマトモに受けたメルドは、何処か清々しい表情をしながら後方へ吹き飛んだ。勢いは柱にぶつかった程度では衰えず、遂には隕石でも地上に落ちてきたかのようなクレーターを壁に作り出すにまで至る。

 

呆気なく終わった模擬戦に、誰しもが黙りこくる。そんな中、俺は檜山の事を真っ直ぐ見つめて口を開く。

 

「弱い者を虐めるお前には、俺が直属で精神から鍛え直してやっても良いんだぞ」

「ひぃっ!?」

「嗤っているだけで止めようとしなかった他の人も同罪だ。今後同じ事を続けるのであれば、俺が全力で精神から叩き直してやる。以後、気をつけるように」

 

先生として、俺は本気で怒る。普段は愛子先生が小さい体を精一杯使って怒りを露わにするが、それでは効果は認められないだろう。

 

ならば、一度ぐらいはキツいお灸をすえてやった方が効果的なはずだ。この模擬戦は、メルドが俺の力を推し量るために行ったのが表向きの理由であるが、本来の理由はハジメへの侮蔑を止めようとしない生徒達への静止のかけ声と本気の説教をするための物だったのである。

 

クラッシャーを取り外し、仮面をも外した事で露わになった俺の顔。醜い手術跡。生徒達は一歩、後ろに後退った。特に動揺が酷かったのは光輝と檜山だ。きっと、思うところがあるはずだ。逆に後退らなかったのはハジメと香織ぐらいだろう。

 

俺は大きなため息をつき、第二の皮膚を引っ込めると上着を身につけ、未だに満足げな顔をして気絶しているメルドの治療をしに行くのだった。

 

──────────────────

 

「あの、猛先生。相談があるんですけど」

「ん、ハジメか? 相談とは?」

 

あの後俺は、知識を得るために図書館で本を読みまくっていた。この世界にはどんな国があるのかや、魔法の仕組み、エヒトとやらについて等である。

 

一通り必要な知識を脳に叩き込み、そろそろ図書館が閉館するので休憩してから出ようとしていた所にハジメがやって来た。

 

相談の内容には薄々気がつきつつ、俺はハジメに続きを促す。

 

「あの、僕のステータスは見ましたよね?」

「確かに見たが……それがどうかしたか?」

「僕、このままじゃ嫌なんです。何としてでも強くなって、皆の役に立てるようになりたいんです。そのためにも……!」

「稽古をつけてくれ、か?」

「いえ、違います。僕を……僕を、先生と同じ改造人間にしてください!!」

 

ハジメがガバリと頭を下げた。俺がメルドと模擬戦をしたのが昼過ぎ。そうなると、ハジメは今のさっきまで自問自答を繰り返し、とても悩んだ上に出した結論なのだろう。

 

だが、「改造人間にしてくれ」という文言に俺が納得出来るはずがない。事情は異なるとはいえ、志郎に頼まれた時も一度は断っている。今回も例外ではない。

 

「ダメだ。人間でありながら人間ではないという苦しみを味わうのは俺一人だけで十分だ」

「でも、如何しても僕は強くなりたいんです! 皆に迷惑をかけないためにも。それに、ある人を守るためにも……!」

「ある人を守るため? お前には守りたい人が居るのか?」

 

ハジメにも守りたい人が居るとは初耳だ。俺の授業以外は基本的に寝ており、何事にも無関心そうな態度であったハジメにも大切な人はクラスメイトの中に居るらしい。

 

「……僕の知り合いには、心を壊してしまった友達が二人居るんです。一人は男の子。もう一人は女の子です。二人ともクラスメイトで、教室内では滅多に話しません。が、三人で集まっては他愛のない話をして気がつけば夜なんて事はよくある。そんな仲です」

「そうか。それで?」

「二人とも、とても辛い過去を持っています。先生に比べたら小さい苦しみかもしれないけど、辛い過去を持っているんです。そんな二人が戦争に参加して更に心を壊す所は見たくない。戦争の事を僕は何も知りませんけど、戦争が人を壊すことぐらいは分かります。だから、二人が戦争に参加する必要がなくなるぐらいに僕は強くなりたいんです!」

 

彼の言う二人が誰なのか、俺には分からない。分からないが、少なくともハジメは戦争に参加するという重い事実を正面から受け止めており、それでいながら彼は大切な人をこれ以上傷つけないために壮絶な覚悟を決めている。その事だけはよく分かった。

 

ハジメが強くなりたいという覚悟は、生半可な物ではないということだ。

 

俺は目を瞑り、これまで共に戦ってきた仮面ライダー達のことを思い出す。

 

俺を含め、仮面ライダーは何かを守るために命をも投げ出して戦ってきた。最初こそ“人類の自由と平和”を守るために戦ったが、最終的には個人それぞれの理由に変わっていった。

 

例えば一文字隼人。彼は貧しい国に住んでいる子供達の笑顔を守るためにという理由で今も戦い続けている。子供達に化物だと恐れられても、一文字は悲しみを仮面の下に隠してふとした瞬間に表れる子供達の眩しい笑顔を守っているのだ。

 

また、仮面ライダーストロンガーこと城茂は戦死した相棒の墓を守るために戦っている。破天荒な発言が多い城茂だが、戦死した相棒に対しての愛情は非常に深く、時折埋められている遺体を狙ってやって来る輩を撃退しているらしい。

 

それぞれが、己の正義のために戦っているのだ。ハジメもまた、己の正義のために自ら進んで茨の道を歩もうとしている。その心意気を無辜にするのは如何な物だろうか……。

 

「………お前の覚悟は分かった」

「じゃあっ」

「それでも、俺と同じようになるのはダメだ。到底許すことが出来ない」

「そんな……」

「五体を切り刻まれ、骨を鋼と変えられる。筋を脈を肉を毛皮を強靱な物に造り変えられ、体は兵器と成り果てる。残されたのは魂だけ。そんな思いをするのは俺だけで良いんだ」

 

見るからに落ち込むハジメ。だが、俺はそこで言葉を切ることなくそのまま続ける。この話にはまだ続きがあるのだ。

 

「一つ問おう。ハジメは、心からその友達を守りたいと思っているんだな?」

「当たり前です! 例え人の身を失うことになったとしてと、僕は二人を守りたいんです!」

「……そうか。後悔もないんだな?」

「二人を守れるなら……後悔なんてするわけがないですよ。僕はあの二人が笑顔で居てくれるならそれで……!」

「……分かった」

 

俺はハジメからクルリと背を向ける。俺と同じ改造人間になることは断じて許すことは出来ない。が、道は幾らでもあるのだ。

 

「ハジメ。君は、仮面ライダー4号結城丈二のことを知っているか?」

「ライダーマンのことですか?」

「そうだ。彼は溶かされた右腕のみに改造手術を施している。俺が何を言おうとしているか、想像つくか?」

「……まさかっ!」

 

俺は頷く。ハジメの声の調子が上がったことを感じ、彼も俺の言わんとしていることを察することが出来たのだろう。

 

俺はハジメに、これから必要となる事項を彼に伝えて図書館を出るのだった。

 




ライダー逆風パンチは萬画版で披露されたライダー逆風キックを元にしています。映像版の必殺技や萬画版はもちろん、オリジナル技も幾つか出していくつもりです。

次回はハジメの過去について書こうと思います。


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第五,五話 ハジメの過去

三人称視点です。ハジメの過去といってもそこまで大層な物ではないです()


南雲ハジメ。彼は、何処にでも居そうな創作物やゲームが好きな男の子である。クラスメイトからはキモオタと認識されているが、別に彼の見た目は“キモオタ”と蔑まれる程に痛々しくはない。

 

髪は短く切り揃えており、言動を見ても普通である。趣味を人生の中心に置いている事を除けば、表向きは極々普通の高校生だ。

 

しかし、ハジメには誰にも明かしてない一面がある。それは、精神を壊してしまった友人が二人居り、その二人の心をこれ以上傷つけないために奔走している事だ。

 

事の発端は、ハジメが小学三年生だった頃と小学五年生だった頃まで遡ることになる。

 

──────────────────

とある雨の日。

 

ハジメは母親から頼まれた買い物を終えて傘を差しながら帰路についていた。

 

家に向かうために鉄橋を渡ろうとした時。彼は誰かが鉄橋から身を乗り出しているのを見つけた。訝しがって近寄ると、身を乗り出しているのは同い年ぐらいの女の子だとハジメは察した。およそ女の子らしくない乱雑なショートカットにしている姿を見たハジメは更に疑念を深めていく。

 

「危ないぞ」と声をかけようとしたその次の瞬間である。女の子は、戸惑うこともなく鉄橋から眼下の川へ自由落下を開始した。

 

まるで走馬灯のようにスローモーションで落ちていく女の子を見たハジメは、心で思うよりも先に体を動かした。買った物を全て放り投げ、鉄橋を逆走して河原に降りると、着水して流されていく女の子をその足で追いかけた。

 

当時から今と変わらない趣味を持っていたハジメは、誰であろうと自殺を図るということは何か闇を抱えていると知っていた。だからこそ、自分はせめてその闇を振り払う手伝いをしたい。そう思ったハジメは、己の危険も顧みずに川へ入り、流されていく女の子の腕を掴まえて自分の胸元に抱き寄せた。

 

「大丈夫?」や「必ず助けるからっ」と力強く励まし続け、川から出たハジメは近くに居た者に救急車を呼ぶように頼み、彼自身は自殺を図った女の子の体を冷やさないために自分が着ていた上着やレインコートを被せた。

 

落ちた場所が川だったこと。そして鉄橋から川までそこまで高さがなかった事が幸いして女の子に目立った外傷はなかった。到着した救急車に乗せられた女の子に同行したハジメも、漠然とだが女の子は助かると確信していた。

 

その予想通り、女の子は命に別状を来すことはなかった。

 

「良かった。助けられた」

 

そう思ってハジメは、白いベッドで寝ている女の子の手を優しく握りながら涙した。すると女の子はハジメのすすり泣く声で目を覚ましたのか、隣で手を握って泣いているハジメの事を見て訝しげな表情を浮かべた。

 

「……だれ?」

 

女の子の反応はごく自然の物だ。それを分かっていたハジメは、迷うことなく自己紹介をする。

 

「僕は南雲ハジメ。偶々近くを通ったら川に落ちた君を見つけた。だから助けたんだ。そういう君は?」

 

女の子は、光の宿らない暗い瞳で名を名乗る。

 

「中村恵里」と。

 

 

ハジメは、なぜ恵里が自殺を図ったのか無理やり聞こうとはしなかった。

 

「苦しいなら。辛いなら話さなくて良い。話したくなったら教えてくれ」というハジメの態度は、全てに裏切られた事で心を閉ざし氷のような表情しか浮かべていなかった恵里の事を少しずつ溶かしていった。

 

ハジメは、王子様のように格好良く現れたわけではないし、約束を誓ったわけではない。ただ、優しく恵里の心の傷が癒える手伝いをしようとした。それだけである。しかし、恵里にとっては着飾らないハジメの態度が何よりの救いであった。

 

何時の日からか、二人はやがてお互いを信頼するようになった。恵里はネグレクト気味であった母親から離れてハジメの家の近くに住む近所のおばあちゃんの家に落ち着き、ハジメはやはり恵里の心の傷を癒すために優しく寄り添い続けた。

 

恵里はやがて、「ハジメは自分の事を裏切らない。求めていた愛情とは違うけど、ハジメは心地よい感情をぶつけてくれる」と思い、彼にだけは心を開くようになった。

 

ハジメは、心を徐々に開いていく恵里に安心しつつ油断は出来ないと心を引き締めるも、彼女に自分のオススメの本を薦めてみるなど少しずつ踏み込んだ関係へ発展していった。

 

恵里が自分自身の過去を話したのは小学四年生になってからであるが、ハジメは黙って彼女の話を聞き、全て話し終えて涙を流し始めた恵里の頭を優しく撫でて彼女が泣き止むのを待つ紳士らしさを見せた。その一件以降、二人の仲は更に距離が縮まっていった。

 

小学五年生にもなれば、恵里はハジメと同じゲームや漫画が好きな女の子へと変わっていった。相変わらずハジメ以外には表情を変えなかったが。

 

そんな時であった。二人がとある男の子と出会ったのは。

 

──────────────────

 

放課後、その日も二人は学校の屋上でお互いに買ってきた漫画を読み合っては感想を互いに述べていた。すると、二人が気がつかないうちに屋上のフェンスに手をかけて、眼下をジッと覗き込む男の子が居た。

 

「何をしてるの?」

「人を見下ろして愉悦感に浸ってる……?」

「恵里、昨日のロードショー見たんだ……」

 

若干ふざけつつも表情が暗い男の子に声をかける二人。目の前に立っていた男の子は、髪を目元まで伸ばしており表情は分からなかった。纏う雰囲気も暗く澱んでいた。

 

ハジメは自殺を図った恵里に姿を重ね、尚も質問をする。

 

「辛いの?」

 

と。

 

その言葉に、男の子がピクッと反応した。ハジメはなるべく優しい声を心がける。男の子が底知れない「闇」を抱えていることを本能的に悟ったハジメは、彼もまた闇を払う手伝いをしたいと思ったのである。

 

「辛いなら、一緒に話そうよ。僕達、漫画を持ってきてるから読まない?」

「漫画……?」

「そう、漫画。僕達は漫画を読んだりアニメを見るのが大好きなんだ。君はどう? 好きな漫画やアニメはある?」

「……ある」

「なら、そのアニメの何処が良いのか教えてよ。漫画やアニメ好きなら仲良くしたいんだ」

「……分かった」

 

これが、ハジメと清水幸利の出会いである。幸利はハジメと同じく漫画やアニメなどを愛するオタクであり、恵里の時とは違ってかなり早いスピードでハジメに心を開いていった。

 

幸利はそれまでイジメられていたが、ハジメ達と出会ってからはイジメに反応する事はなくなり、徐々に彼に対するイジメその物が消えていった。

 

ハジメは何度も幸利に、「イジメの噂は知っていたのに行動どころか君のことを知ろうとしなくてゴメン」と何度も謝った。最初はハジメの事を信用してなかった幸利も、恵里と同じようにハジメの事を心から信頼するようになった。

 

何気ない行動。しかし、聖人のような行いによってハジメは二人の尊い命と心を救ったのである。

 

しかし、ハジメは何となくだが察していた。二人の心の傷はきっと永遠に塞がらない。案外簡単に、治りかけの傷口は開いてしまう、と。

 

だからハジメは、どんなに自分が蔑まされても恵里と幸利には矛先が向かないようにヘイトを一身に買って耐え続けてきた。

 

恵里も幸利も、元は学校の殆どの者から疎まれていた人物だ。そんな二人に突然近づき、果てには仲良くしているハジメの事が気に入らなかった檜山を筆頭とする者達がどんなにイジメても、蔑んでも、私物を壊したとしてもハジメは折れなかった。

 

異世界に召喚されても、ハジメは二人を何としてでも守ろうとした。ステータスがクラスメイトの中で一番低くても、彼はどうにかして二人が戦争に行かなくても大丈夫なぐらい強くなろうと決めたのである。

 

そんな中、彼は自分の尊敬する先生の圧倒的な力を見た。

 

最強とも言われていたメルドを赤子のように捻り潰した彼の姿に、ハジメは感服した。同時に、彼はこう思った。

 

「こんな風に、自分も強くなりたい」

 

と。

 

──────────────────

 

「……まさか、本当に了承してくれるなんてね」

 

ハジメは一人、寝室で呟く。

 

本郷に「自分と同じ改造人間には絶対にしない」と断られて一時は落ち込んだが、その後に彼が言い放った言葉で全てを察してハジメの心中は有頂天である。

 

本郷は、ハジメをライダーマン結城丈二のように右腕のみを改造する事を了承したのである。そのために、本郷はハジメに一番硬い鉱物を貰ってくるように頼み、あの場を立ち去った。

 

「これで……きっと二人を守れる」

 

中途半端に欠けている月明かりが照らす寝室で、ハジメは静かに拳を握って笑みを浮かべるのだった。

 




次回、ハジメの改造手術と説明回です。


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第六話 後悔

悩みに悩んだ末、ハジメにはとある処置を施すことにしました。苦肉の策他ならないので見苦しいとは思いますがご了承ください。


俺がハジメと約束を交わしてから一週間が経過した。

 

「先生。この世界で一番硬いという鉱石をゲットできましたよ!」

「そうか。それじゃあ今日にでも始めるぞ」

 

あれから俺は、ハジメのために“腕”を開発していた。当初はライダーマン結城丈二のように右腕その物を改造するのが早いと考えていたが、やはり彼の五体を一部とはいえ切り刻む事になるのは気が引けた俺は、この一週間寝る間も惜しんで様々な案を考えた。

 

その結果、俺は一つの妥協案を思いついた。ライダーマンはカセットアームを改造した義手と連動させて動かしていたが、俺はそれを更に改良して“装着者の神経と接続して脳の命令で二の腕から下を細胞から変化させて武器へと変形させる第二の皮膚”を作ろうと考えついたのである。

 

脳の命令によって形を変えるため、物作りに適した錬成師であり想像力が豊かなハジメにはピッタリなはずだ。

 

神経と接続させるためには当然だがかなりの苦痛を伴うが、改造手術を受けて手当たり次第に物を破壊するよりは遥かにマシ。心に傷を負って塞ぎ込むより数倍良い。俺はそう割り切って設計図を完成させた。

 

「ハジメ。これからお前の右腕半分を覆うようにカセットアームを制作する。まずは下地となる鉱石を寄越してくれ」

「はいっと……これです」

「それじゃあ俺が指示した場所を少しずつコーティングしてくれ」

「分かりました」

 

複雑な回路を先に組み立て、本来なら接着剤が必要な箇所はハジメが錬成で補強する。回路その物は既に準備してあったのであっという間に組み立て終わった。

 

次にハジメから受け取った鉱石を薄く伸ばしてから彼の右腕に合うように型を作っていく。下地となっている鉱石はタウル鉱石だ。タウル鉱石は引き伸ばすとなぜか人の肌の手触りと似たような感触が現れるため、ハジメのカセットアームには最適だと思ったので今回は使用している。

 

改造人間の力で硬い鉱石を難なく引き伸ばし、改造された目で脳にハジメの指先から二の腕までの尺を測っては第二の皮膚を少しずつ形にしていく。

 

ある程度形になったらハジメの腕に被せてみる。そして出来る限り彼の腕とジャストフィットするように何度も何度も微調整を行った。

 

しかし、それも数十分で終了した。後は回路と第二の皮膚を繋ぎ、ハジメと接続させるだけである。

 

「ハジメ。回路を繋ぐぞ。錬成を頼む」

「了解です。これは……ここですか?」

「だな。それが終わったら隣にある回路をそこにやってくれ」

 

手際良く回路を皮膚と繋いでいき、見た目は薄っぺらい紙にウジャウジャと回路がくっ付いている変な物質へと変わっていった。

 

なお、細胞から腕を変化させる機能は目に見えない程小さい機械によって成し遂げられる。腕の細胞を一度分解し、やはり目に見えない機械に腕の細胞を収納。そして代わりにタウル鉱石の細胞を腕があった部分に放出させて集束。そこから脳の命令によって形を変えた武器等が生み出されるのである。回路内には、電子顕微鏡でも見えない程小さな機械類でビッシリなのだ。

 

「……よし。これで完成だ」

「よ、ようやくですか。小さくて目が痛い……」

「少し休憩するんだ。休憩が済んだら装着する」

「了解です。あの、猛先生」

「なんだ?」

「ありがとうございます。僕の自分勝手な我が儘を聞いてくれて」

「……礼を言われる事じゃない。俺はまた、地獄への道連れを作ってしまった。むしろ謝らせてほしい。これ以外の方法が思い浮かばなくて、本当にすまなかった」

 

俺はハジメの第二の皮膚を開発しながらも、何度も彼に確認を取った。「本当にお前は腕だけでも人外にするのか?」と。強くなるなら方法は幾らでもあるのだ。例えば「俺が稽古をつける」や「パワードスーツを開発する」だ。

 

しかし、ハジメはどの誘いも断り、あくまでも腕を人外に変える道を歩もうとした。それこそ最初の頃は、ライダーマンのように義手とカセットアームを作ってくれと懇願された。

 

曰く、稽古はつけてほしいしパワードスーツも着てみたい。だけど、戦争はいつ起こるか分からない。だから腕だけでも改造して今すぐにでも強くなり、二人を守りたいらしい。

 

ついさっきも述べたが、ハジメの五体を一部とはいえ切り刻むのは何としても避けたかった俺は、何度も彼を説得し、ようやく妥協してくれたのが「第二の皮膚を己の神経と接続する」だった。

 

外部機器と脳を繋ぐというプチ手術を行うには変わりなく、それでいて彼の五体を切り刻むことない。これが俺とハジメの、限界の妥協点だった。

 

余談だが、パワードスーツは拳には火薬を、足に電撃発生装置が備え付けられており、電磁ナイフやハンドガンも完備している。顔は骸骨の仮面で隠すので、仮面ライダーというよりはスカルマンと言うべき物であった。このパワードスーツもハジメに渡すつもりである。

 

「先生。心の準備と体の準備、出来ました」

「そうか。 ……本当に付けるんだな?」

「当たり前です。完全な改造人間ではないのはまだ納得いきませんけど……」

「……ハジメ。一つ覚えておけ。改造人間の力は確かに強力だ。だが、争いの無い平和が来た日にはお払い箱になって誰も必要としてくれなくなる。それだけは覚えておけ」

「先生……」

「もっとも、人間が存在する限りは平和が来るのも難しいとは思うが……この話はここまでにするか。それじゃあ、装着するぞ」

 

これ以上この話を続けてと意味はないと思い、俺はひとまず話の流れ切ってハジメに第二の皮膚を手渡した。今するべき話ではなかったと軽く後悔をする。

 

ハジメは複雑そうな表情を浮かべたが、特に躊躇うこともなく第二の皮膚を自分の右腕に装着する。皮膚を装着した瞬間、第二の皮膚の下に隠れている接続回路がハジメの皮膚に突き刺さり、彼の神経と繋がる。

 

当然、凄惨という言葉では済まされないぐらいのとんでもない痛みが襲ってくる。

 

「ぐうあああああああ……!?」

「ハジメっ!」

「せんせ、いっ。腕が……腕が焼けてるっ」

「ハジメ、これを飲め!」

 

予め生成しておいた即効性のある痛み止めをハジメに飲ませる。味はそこまで美味くないが、良薬は口に苦しを地で行くため効果抜群だ。

 

ハジメは苦悶の声を上げ、脂汗をビッショリかいているが、何とか理性を保っている。神経接続が痛いのは最初だけなため、これさえ乗り切れば大丈夫だと分かっているからかもしれない。あとは薬のおかげもあるのだろうか。

 

やがて痛みも落ち着いたのか、ハジメは脂汗を拭いながら自分の右腕をマジマジと見つめている。

 

「……これで、僕の右腕は?」

「人外に変わり果てたさ。とりあえず幾つか試してみたらどうだ?」

「それじゃあ……〝ロープアーム〟!」

 

すると、一瞬ハジメの右腕が消えた……と思ったさらにその次の瞬間には俺の見慣れたロープアームが彼の右腕に装着されていた。どうやら第二の皮膚の開発は無事成功したらしい。

 

その後も彼は、〝パワーアーム〟だったり〝マシンガンアーム〟だったりを作り出しては目を輝かせていた。

 

が、とても喜ぶ事は出来ない。ハジメの体に異常がないことには確かな安心感を覚えたが、それでもハジメを地獄への道連れにしてしまったことを悔やむ気持ちでいっぱいである。

 

なぜあの時、もっと強く言い聞かせられなかったのか。なぜあの時、強引にでも断れなかったのか。悔やんでも悔やんでも悔やみきれない。

 

「これで二人を守れる」と目を輝かせるハジメとは対照的に、俺の瞳は暗く澱むのだった。

 




ハジメのこの処置が賛否両論なのは察してます()
が、感想にもあったように安易に改造手術に踏み切る本郷さんはらしくない→でも彼は優しいので断りきれない気がする(偏見)→ならどうしよう?→そうだ、皮膚だけ変えちまおう!
途轍もなく安易な発想で申し訳ないっす…。

さて、アンケートですが来週の火曜には締め切ろうかなと思っています。今のところ香織&シアか雫かで超接戦となってますので、投票してなければ是非ともお願いします。


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第七話 化物の力

アンケートはこの話の投稿を持って切らせていただきます。答えてくれた読者の皆様、本当にありがとうございました!


「先生、今日も稽古ありがとうございました」

「ああ。幸利と恵里は……そこで休んでるのか」

「すみません、結果的に三人の稽古見てくれて。でも先生のおかげでかなり強くなれましたよ!」

 

明るい表情でステータスプレートを取り出し、俺に渡してくるハジメ。

 

手渡されたステータスを見ると……

 

==================================

 

南雲ハジメ 16歳 男 レベル:3

天職:錬成師

筋力:80 [最大値:130]

体力:60 [最大値:90]

耐性:60 [最大値:90]

敏捷:50

魔力:50

魔耐:40

技能:錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+イメージ補強力上昇]・右腕強化・痛覚耐性・言語理解

==================================

 

大幅に上昇していた。ハジメに第二の皮膚を贈ってから早くも三日。幸利と恵里も交えて俺は稽古をつけていた。無論、この事はイシュタルはもちろんだが光輝達にも内緒である。

 

ハジメはカセットアームを使った柔軟な立ち振る舞いと、基礎的な格闘術を叩き込んでいる。カセットアームを変形させるのに必要な時間は約一秒。戦場ではその一秒が命取りなため、最低限近接格闘は出来るように仕込んでいる。

 

幸利と恵里は主にハジメの後方支援が主だ。幸利は闇属性に適性があり、敵に弱体化をかけられることに目を付けた俺は、幸利が狙った相手に弱体化魔法をかけられるように何度も何度も標的として動きまくった。

 

恵里は火属生に適性があるので、ハジメが倒し損ねた敵を逃さず倒せるように魔法の精度やコントロールを徹底して練習させた。無駄な魔力を使わないような魔法の扱いの方法を掴んだのか、今では俺が見る中だと随一の魔法コントロールを身につけている。

 

「ステータスその物は光輝には及ばない。だが、その分ハジメはカセットアームで補える。光輝はメルドに稽古をつけてもらってるらしいが、実戦経験は少ないだろう。俺が教えている事は全て実戦経験からだから、もしかしたらお前の方が強いかもしれないな」

「天之河くんはやりようによっては勝てそうですよね。彼は真面目だから、少し煽れば……」

「激情して動きが直線的になりそうだな」

 

その分、ハジメは幸利との模擬戦で散々に煽られては弱体化魔法をかけられている。煽り耐性はバッチリだろう。ちなみに闇属性魔法は対象の心の状態が強く関係しているらしく、激情していたり悲しんでいたりすると簡単に術中にはめる事が可能らしい。

 

「さて、この後はヘルシャー帝国からの使者と模擬戦か?」

「ですね。強い人なんて先生以外居ないですから、多分先生目当てでしょうけど」

 

ヘルシャー帝国とは、およそ三百年前の大規模な魔人族との戦争中にとある傭兵団が興した新興の国で、強力な傭兵や冒険者がわんさかと集まった軍事国家らしい。実力至上主義を掲げており、かなりブラックな国のようだ。

 

力のある者に従うのが当たり前な帝国に、俺は兎に角危機感を抱かずにはいられない。

 

「何でもメルドより強いという皇帝が直々に来るらしいな。どのぐらい強いのやら」

「先生とやり合うなら“人間”の域を確実に出ないと無理そうですけどね」

「……否定はしない」

 

そんなこんなでハジメと、そのうち幸利や恵里とも雑談をしながら体を休めていると時間がやって来た。俺は腰を上げ、タイフーンを露わにして歩き出す。

 

すると、ハジメが何やら悪戯を思いついたかのような表情で俺に耳打ちをしてきた。

 

俺はハジメから話された“お願い”をはたしてやる必要があるのか疑問符を浮かべつつ、可愛い生徒のお願いだし偶には茶目っ気を見せてやろうかと思うのだった。

 

──────────────────

「お前が、本郷猛か?」

「如何にも」

 

模擬戦の会場となる武舞台を中心として、凄まじい威圧の嵐が辺りを駆け巡る。既に戦いとは無縁の王室関係者の多くは意識を刈り取られてしまっていた。

 

光輝達やイシュタルは意識を保っているらしいが、その顔は見るからに引き攣らせて唇を噛みしめており、意識を保つだけで精一杯らしい。

 

俺の目の前で構えらしい構えを取ることなく此方を睥睨するのはヘルシャー帝国の皇帝ガハルドだ。だが、構えを取っていなくても彼にはメルドと同じく“できる”雰囲気があった。

 

ガハルドを一言で表すなら、“野性味溢れる男である”。短く切り上げた銀髪に狼を連想させる鋭い碧眼、スマートでありながらその体は極限まで引き絞られたかのように筋肉がミッシリと詰まっているのが服越しでもわかる。

 

「……ふん、やはり只者じゃねえな。お前、一体幾つの戦場を駆け抜けて来たんだ?」

「さあな。数えるのも嫌になる」

「お前達が元いた世界とやらは平和の権化とも言える世界だったらしいじゃないか。それなのに、そこまで戦ってきたというのか?」

「俺からすれば異世界を移動するのはこれで二度目だ。元いた世界は貴方のような力のある者がのさばり、弱い者を支配しようと活発に動いていた。俺はそんな世の中に反抗していた。それだけの事さ」

「なるほどなあ。ある意味、お前は弱者達のために戦う勇者なのかもしれねえな」

 

ガハルドとの会話の内容は、恐らくハジメ以外には意味の分からない物だろう。特に光輝は面白いぐらいのアホ面を晒している。

 

俺はガハルドの言う“勇者”という言葉を反芻して、首をゆっくりと横に振った。

 

「勇者なんて大層な者じゃないさ。俺は、ただの血塗れた化物だ」

「ハッ。どうやら名前だけの勇者くんとは違うみたいだな。しっかり人を殺している事を自覚し、それでも尚覚悟は揺らがないという目をしてやがる。ますます楽しみだ」

 

ガハルドは西洋剣のような長刀を抜き放った。瞳はギラギラと輝いており、口元はこれから始まる戦いが楽しみで仕方がないのか、三日月のように釣り上がっている。

 

俺はというと、腰をほんの少し捻りながら右腕を斜め上に掲げ、左腕を尾てい骨に合わせた。そのまま右腕を時計回りにゆっくりと移動させ、描く線が扇になるように動かした。

 

そして、左側へ腕が到達した次の瞬間……

 

「……変身っ!」

 

最初に取っていたポーズと鏡となる形を取りながら、俺は吼えた。精神統一のために吼えた。これがハジメからお願いされた事柄でもあるため、特に恥ずかしがることも躊躇うこともなく吼えた。

 

タイフーンが回転し、俺の体が第二の皮膚に包まれる。仮面も後ろから包み込むように現れて俺の顔を包み込んだ。最後にバッタのような赤い複眼が光り輝く。

 

「ほう。その姿が、お前の本当の姿か」

「ああ。少し前の人の姿は仮初め。この姿こそが、本当の俺だ」

「ならその力、試させてもらうっ!」

 

常人には目に見えないであろう速度で突進してくるガハルドを、俺は亀が歩くようなゆっくりとした速度で捉える。

 

右に左に動くガハルドに合わせて体を動かし、縦に斬りつけられたと思ったらいつの間にか横薙ぎの剣撃となっていた長刀を軽く受け止める。

 

刮目するガハルドに構わず、俺は二発のボディーブローに上段の回し蹴りと中段の後ろ回し蹴りをぶつけてから手加減したサマーソルトキックをガハルドの顎に叩き付けた。

 

彼の手にあった長刀は氷細工のようにへし折れ、ガハルドの体その物は天井まで跳ね上がり、天井にクレーターを作ってから武舞台に落ちてきた。

 

「どうあっ!?」

「……派手に飛んだな」

「つつ、いってえな。だが、手加減しやがったな? 何で手加減なんかしやがった。本気で来てくれなきゃ面白くねえだろ」

「本気で戦え、だと? 死にたいのか?」

 

風が俺の元へ集束する。特徴的な音を立てながらタイフーンが回転し、俺の身体には莫大という言葉でも足りないぐらいのエネルギーが充填されていく。

 

正義の使者を名乗ったところで、俺の身体は化物同然。複眼が怪しく光り、尋常ではない威圧感を与える。

 

「……本気で戦えと言うなら、お前は死ぬことになる。風は叫び唸り声を上げる。俺の身体の中で渦を巻き、嵐になる。大自然のエネルギーは全て俺の力だ。大自然の力の前に、お前のような弱者を虐げる者が勝つという未来は万に一つもない」

「……お、おいおい。何だそのデタラメな力。今まで見たことねえぞ」

「これ以上は止めておけ。死にたくなければな」

「……そうだな。忠告受け入れよう。今日いきなり死んだら国も崩壊するだろうしな」

「良い判断だ」

 

半ばからへし折れた長刀を鞘に納め、苦笑いをしながら引き下がるガハルド。俺も戦闘態勢を解いて変身を解除した。

 

すぐには引っ込まない俺の手術跡を見て、ガハルド「なるほどな」と頷いた。どうやら何かを察したらしい。

 

ガハルドは俺に背中を向けると、駆け寄った部下達を諫めてから何も言わずに立ち去った。その様子を多くの人が呆気に取られた表情で見送る。が、俺が武舞台から飛び降りた音で我に返ったらしい。先ほどの戦いに関しての感想がそこかしこで飛び交った。

 

そんな中、ハジメが俺の傍に近寄る。

 

「……七十五点です」

「何だと? あと何が足りなかった?」

「変身する時に“ライダー変身!”と叫んでなかったのでマイナス二十五点ですよ。本当ならそこから跳び上がってほしかったですけど……」

「……次からは善処する」

 

予想外の攻撃に、俺は少し狼狽えた。

 

更に追い打ちをかけるようにメルドの声が周囲に響き渡る。

 

「明日から、実戦訓練の一環として【オルクス大迷宮】へ遠征に行く。必要なものはこちらで用意してあるが、今までの王都外での魔物との実戦訓練とは一線を画すと思ってくれ! まぁ、要するに気合入れろってことだ! 今日はゆっくり休めよ! では、解散!」

「………はあ」

 

追加で大きいため息が出てくるのだった。

 




アンケート結果の通りに今後は話を動かします。次回は原作でいう“月下の語らい”です。


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第八話 優しさ

おお、寒い()
学校も始まったので毎日出せるわけではないです。ご了承ください。

※話数の表記間違えた()


【オルクス大迷宮】

 

それは、全百階層からなると言われている大迷宮である。七大迷宮の一つで、階層が深くなるにつれ強力な魔物が出現する。

 

にもかかわらず、この迷宮は冒険者や傭兵、新兵の訓練に非常に人気がある。それは、階層により魔物の強さを測りやすいからということと、出現する魔物が地上の魔物に比べ遥かに良質の魔石を体内に抱えているからだ。

 

魔石というのは、簡単に言えば魔法の核に成り得る素材だ。良質な魔石を粉末なり染料なりにして魔法陣を描けば、通常の魔法陣の三倍の効果を期待できるらしい。

 

とはいえ俺は魔法を使うことは殆どない。強いて言うなら風系統の魔法は使う可能性があるかもしれない。が、結局のところ俺の武器は化物の肉体と知能指数600から生まれる独創的なアイディア、そしてバイクの操縦技術である。不慣れな魔法よりも慣れてる徒手空拳の方が遥かに戦いやすい。

 

「しかし、迷宮内にサイクロンを持って行けるのはありがたいなあ」

 

生徒達の全員が強力な魔法を繰り出すための道具を支給されているのに対し、俺はサイクロン一つで良いと断っているため荷物は非常に少ない。

 

その代わりにサイクロンは俺にとって重要な役割を果たす道具なため、道具が少ないとしても問題はゼロである。

 

【オルクス大迷宮】へ挑戦する冒険者達のための宿場町【ホルアド】で、俺は割り当てられた部屋内でサイクロンの整備を行う。

 

すると、不意に扉がコンコンとノックされた。

 

「誰だ?」

「猛さん、香織です。ちょっと、良いですか?」

「……は?」

 

訝しがりながらも俺は扉を開ける。扉の先には、そこには純白のネグリジェにカーディガンを羽織っただけの香織が立っていた。

 

女の事に関しての経験は兎に角少ない俺からすれば、香織の姿はとても衝撃的な物である。

 

思春期男子のようにドギマギしつつ、俺は何か要件でもあるのか? と一番有り得そうな事柄を尋ねる。しかし、香織は首を横に振って俺に点火済の爆弾を放り込んできた。

 

「その、少し猛さんと話したくて……やっぱり迷惑でしたか?」

「いや、迷惑ではないが……うん。とりあえず立ち話もあれだし、大丈夫だぞ」

 

男の居る部屋に無防備な姿でやって来たことが気になったが、話したいことがあると来れば突き放すのも心苦しい。気がつけば、俺は扉を開けて香織を招き入れてベッドに座らせていた。

 

瞳に見え隠れする香織の不安を何となく感じ取り、俺は調合した薬を入れた温かいはちみつレモンのような飲み物をマグカップに注いで彼女に差し出す。

 

この薬はリラックス効果のある薬であり、明日の大迷宮遠征に興奮気味のハジメに同じ飲み物に混ぜることで試しており、その効果は確かなため問題はない。

 

むしろ問題なのは、目の前ではちみつレモンモドキを飲んでいる香織である。

 

「……それで、話したいことって何だ? 明日の事か?」

 

香織は俺の質問にコクリと頷くと、先ほどまでは瞳の奥にあった不安の色が表立って出てきた。明らかに異常な様子の香織を何事かと思い、俺は気を引き締めて話の続きを促す。

 

「あの……明日の迷宮なんですけど、とても怖いんです。怖くて、全然眠れなくて……」

「怖い、のか?」

「この世界に来てから心の整理すらついてないのに、いきなり迷宮に行くなんて言われて怖いんです。死と隣り合わせな場所に行くなんて……体の震えが止まらなくて……」

「……そうか」

 

なるほど、確かに納得出来る内容だ。香織は俺とは違い、日本で平和に争いとは無縁の生活を送ってきている。しかも、香織は聖人かと思えるほど生物に思いやりを持てる優しい女の子だ。

 

そんな子が、いきなり見知らぬ土地に召喚される。更にその場所で自分勝手な理由を押し付けられて戦争に駆り出される。心の整理がついていないというのに、明日はいきなり死と隣り合わせの場所へ行く。

 

恐怖を感じない方がどうかしているだろう。

 

俺が特に何も感じていないのは、単純に潜り抜けてきた戦場の数が違うから。それだけだ。

 

「私、治癒師なのに。皆を守らないといけないのに。このままじゃ、誰か傷つけてしまいそうで……」

「なるほど、な。お前は相変わらず優しい奴だ」

「猛さん……?」

 

大人が子供を安心させるように、俺は香織の頭を優しく撫でる。

 

小さい頃は泣き虫だった俺のことを、母さんはこうして落ち着かせてくれた。遠い過去の記憶を思い出しながら、俺は不安に震える香織の事を優しさで包み込む。

 

始めこそ香織は不思議そうな表情を浮かべていたが、少しずつ慣れてきたのだろうか。気持ちよさそうに目を細めており、俺の肩に頭を乗せてきた。

 

「えへへ、温かいです……」

「そうか。俺の肌は“人”の物ではないが、温もりぐらいは感じられるのか」

「たとえ猛さんが人ではないと主張しても、私からすれば猛さんは普通の人間ですよ。心も体も、どっちも強い人間です」

「俺に残されたのは心だけだ。せめてその心だけでも、人らしく在りたい。香織がサイボーグの俺のことを人間だと言ってくれて、俺は嬉しいよ」

 

せめて心だけでも。魂だけでも人のように在りたい。そんな俺の小さな願いは、どうやら叶えることが出来たらしい。

 

なら次は、俺が香織の願いを聞くべきだろう。

 

「……なあ、香織はどうしたい? 明日、メルドに掛け合って此処に残るか?」

「残るのは、ダメです。此処まで来たからにはやらないといけないですから。怖いですけど……」

「怖い、か。きっとこの世界にしばらく滞在する以上、戦いには慣れないといけないのは分かっているはずだ。今は別に構わないけどな」

「分かってます。分かってるんですよ……」

「まあ、仕方ないだろう。香織と俺やメルドとでは踏んだ場数が根本的に違う。怖くなるのも当然の事だろう」

 

頭を撫でていた手を離し、俺は香織の顔を真っ直ぐと見つめる。相変わらず完璧な配置にある顔のパーツは、今は不安の色に彩られている。

 

可憐な少女に、こんな顔を何時までもさせるわけにはいかない。せめて年上として、俺は彼女を何とか安心させるために約束を口にした。

 

「だから、慣れるまでは……俺が香織の事を守ろう」

「猛さんが、ですか?」

「不満かい?」

「い、いえ。全くそんなことないです。ただ……何というか、やっぱり優しいんだなって」

「君には助けられた恩がある。その恩を返すために、俺は君を守る。対価としては当然の物さ」

 

香織は、キョトンとした表情を作ってからクスクスと笑う。先ほどまで浮かんでいた不安の色は見受けられない。どうやら、不安の気持ちはある程度緩和する事が出来たようだ。

 

俺はというと、誰か一人のために守ると宣言したことが少し恥ずかしくて香織から目を逸らす。

 

が、我らが天使様はそんな俺のインターバルすら許してくれなかった。

 

「ぐわっ!? お、おい。いきなり抱きつくなって!」

「えへへ、ごめんなさい。でも……しばらくこうしても良いですか?」

「うぐっ、それは……好きにしろ」

 

かなり危ない服装だというのにお構いなし。香織は俺の腕に抱きついてきた。

 

俺は引き剥がそうとするも、香織の上目遣いと潤んだ瞳によってアッサリと陥落。されるがままになった。

 

柔らかい感触の物が腕に当てられ、女性特有の甘い匂いが鼻をくすぐる。ハッキリ言って、俺の心中は台風のように荒れ狂っている。

 

「ふふ。大好きです……」

「!?!?!?」

 

そして追加で落とされた必殺の爆弾により、俺の心中は更に荒れ狂うことになった。

 

香織の気が済んで俺の腕から離れ、そのまま自分の部屋へ帰っていった後も、俺の心臓は喧しいぐらいに音を立てていた。




次回はオルクス大迷宮です。


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第九話 発言と責任

アレルギー性鼻炎が辛い()
今回からオルクス大迷宮です。色々と構成は考えてますので、お楽しみください。


翌日

 

俺達は早速、【オルクス大迷宮】へと出かけた。

 

まるで博物館の入場ゲートのようなしっかりした入口があり、受付窓口まであった。制服を着た女性が笑顔で迷宮への出入りをチェックしている。テーマパークみたいだと、俺は密かに思った。

 

なんでも、ここでステータスプレートをチェックし出入りを記録することで死亡者数を正確に把握するのだとか。戦争を控え、多大な死者を出さない措置だろう。 

 

入口付近の広場には露店なども所狭しと並び建っており、それぞれの店の店主がしのぎを削っている。ちょっとした祭りのようだ。

 

どうやら【オルクス大迷宮】は初心者から上級者の冒険者達に人気の訓練場とも言えるらしく、日々多くの冒険者がやって来ているらしい。その冒険者達に物を売ることが出来れば、店としては大繁盛に繋がるだろう。

 

俺はサイクロンを押しながら周りを見渡し、戦いとは無縁の人々達がこのまま無縁で居られるように密かに願うのだった。

 

──────────────────

 

外の賑やかな様子とは対照的に、迷宮内は不気味なぐらい静かである。俺は何時でも敵が出ても良いように風をタイフーンに集めておく。

 

ハジメも人外に変わり果てた右腕を擦り、目を目一杯に開いて索敵を厳かにした。王都郊外の実戦訓練では〝錬成〟で地面を操り、確実に魔物の身動きを封じてから剣で腹を突き刺すという戦法を取っていたため、腕の力を俺や恵里達以外が見るのは初めてである。

 

ちなみにメルド達にも内緒にしている。折角なのでサプライズにしようと言いだしたのはハジメその人だったりする。

 

少し歩くと、俺達はドーム状の広場に出た。改造された耳に物音が引っかかり、俺は気を引き締める。程なく、壁の隙間という隙間から灰色の毛玉が湧き出てきた。

 

「よし、光輝達と猛が前に出ろ。他は下がれ! 交代で前に出てもらうからな、準備しておけ! あれはラットマンという魔物だ。すばしっこいが、たいした敵じゃない。冷静に行け!」

 

俺はサイクロンに跨がる。物珍しげに俺のサイクロンを見てくる生徒達を無視して俺は突貫を開始した。それなりに場が開けているので、サイクロンを扱うのも問題ないだろう。

 

サイクロンをウィリー状態で突っ込ませると、車輪の下に入ったラットマンとやらを轢き潰す。ネズミのような姿形であり、何故か二足歩行で筋肉ムキムキなラットマンであるが、サイクロンの重量の前にはその筋肉も無力であった。

 

潰した後は前輪を軸にして逆ウィリーを作り出し、ハンドルを勢い良く切って後輪でラットマンを薙ぎ払う。アフターバーナーも駆使してかなりの数を殺すと、ようやく光輝達が追いついた。

 

光輝が純白に輝くバスターソードを振り回し、雫は抜刀術で斬り伏せる。龍太郎はその巨体を活かした重たい一撃をお見舞いしていく。そして俺も、サイクロンを超角度で旋回させて相も変わらず轢き殺していく。

 

後衛の魔法使い組が構える暇もなく、ラットマンは一部を残して全滅してしまった。その一部は、俺が意図的にハジメの方向へ流した物である。

 

「ハジメ、行け!」

「あ、待て! 坊主にその量は無理だ!」

「それはどうかな……?」

 

サイクロンの上で不敵な笑みを浮かべる。ハジメは顔以外を真っ黒なパワードスーツで包んでおり、普段の姿とは明らかに違っている。本来なら骸骨の仮面を被るのだが……ハジメは今は必要ないと思ったのだろうか。

 

ハジメは右腕を前に突き出すと、己の最大の武器を呼び覚ますために吼える。

 

「見てろよ……〝ロープアーム〟!」

 

すると、ハジメの右腕がひょうたんのような形に変わる。先にはカギの付いたロープが収納されており、見るからに鋭いと分かるだろう。

 

ハジメはロープを一気に伸ばしてラットマン数匹を絡め取り、一思いに振り回す。壁に激突してグチャグチャになったラットマンの亡骸を残ったラットマンに放り投げ、更にハジメはダッシュで接近しながら腕を変えた。

 

「〝ショットガンアーム〟!」

 

ドガアン! ドガアンドガアン!!

 

「な、おい!? 南雲、それはっ!?」

「ほう。ショットガンも作り出せるようになったのか。使いこなすのが随分と早いな」

「せ、先生! 何で南雲があんな武器を持っているんですか?!」

 

この世界に来てから動揺ばかりしている光輝。それもそのはず、ハジメは生徒達の間では〝無能〟という認識をされている。

 

そんなハジメが、突然腕を変幻自在にチェンジさせながら戦い、無能とは思えない戦いっぷりを見たとなれば……動揺は避けられないだろう。特に、生徒内では最強である光輝は突然に現れた“自分を超える可能性のある同年代の人物”が目の前に出てくれば驚くのも無理はない。

 

ショットガンを使った近接戦闘により、俺が敢えて残しておいたラットマンはすぐに全滅した。ハジメがショットガンから立ち上る煙を「フッ」と吹き消す。

 

すると、何を考えているのだろうか。光輝がズカズカとハジメに歩み寄り、憤怒の形相でハジメに詰め寄った。

 

「おい南雲! それは何だ!」

「これ? ショットガンだけど……」

「俺が聞きたいのはそんなことじゃない!」

「……それじゃあ、何さ」

「ショットガンなんて卑怯な道具を使うな! 正々堂々と戦え! 早くその道具をこっちに渡すんだ!」

「ちょっと何が言いたいのか分からないよ。君だってバスターソードを持っているのに、何で僕が武器を手放さないといけないのさ? 僕が武器を持っていることがそんなに気に入らない?」

 

ウンザリといった様子でハジメが返す。俺に関しては呆れて物も言えない。

 

確かに剣よりも銃の方が強い。だが、ハジメはこの武器を人外になることを承知してまで手に入れている。ましてや、この武器はそもそも銃ではないという変なオチもつく。

 

あまりにも支離滅裂で、何故そんなことを口にしたのかも分からない。が、ハジメの覚悟を知らないのに彼の覚悟を踏み躙ろうとしている気がして俺は腹が立ってきた。

 

あっという間に手術跡が露わになり、俺は黙って第二の皮膚を表面化させてから仮面を装着した。

 

その間にも、光輝はヒートアップする。気がつけば、檜山のようなハジメを嫌う者達も光輝に賛同して「銃を使うのは卑怯だ」と言いだしている。

 

「あのさあ。僕はステータスでは皆に敵わないから、猛先生にも手伝ってもらって武器による戦闘を試みてるんだよ。魔法に適性がないなら代替案を使用するのは当然でしょ?」

「卑怯な手段を使ってでも強くなるなんて間違っている! 第一、何で先生も南雲に加担しているんですか!」

「ハジメが強くなりたいと頼んできたからだ。ステータスでは到底敵わないから、せめて自分の唯一の才覚である〝錬成〟を駆使して武器を作りたい。そのためにも協力して欲しいと言われた。それだけだ」

「だ、だったら先生が南雲の分まで戦えば良いじゃないですか! 先生は誰よりも強くて力があるから、南雲程度のカバーは出来るでしょう!? それに、そこまで強いなら戦闘経験だってあるはずです!」

「……なんだと?」

 

逆鱗に触れられた。

 

俺は仮面を外してハジメに投げ渡し、ツカツカと光輝の元に迫る。既に怒りはメーターを振り切れており、止まることは絶対にない。

 

光輝の胸ぐらを掴んで持ち上げると、俺は身の丈をぶちまける。

 

ふざけるなぁ!!!

「ッッ!?」

「力があるからカバーしてやれだと? 誰よりも強いから俺が動けば良いだと? お前はあの日、『俺が世界も皆も救ってみせる』と言っただろう! 自分の発した言葉すら忘れたのか!」

「そ、それはっ」

「第一に、だ。俺は強くなりたくて強くなったわけじゃない! 好きで戦うわけでもない!

 

望みもしないのに勝手に身体を弄くられて、扱いきれない力を手にしてしまっただけだ! そして、俺と同じ悲しみを味わう人が少しでも減るように戦った。それだけだ!

 

救えなかった人も多く居る。それでも、俺は少しでも同じ悲しみを味わう人が減るように戦った。断じて、戦いたくて戦場に身を置いたわけではない。出来ることなら戦いたくないし、俺と似ているようで異なる者を殺すのも辛かった。

 

それでも。それでも、戦ってきたのだ。

 

しかし、誰かに「戦ってくれ」と言われて戦おうとは思わない。思えない。

 

「お前にとって、ハジメはどうでも良い存在なのか! どうなんだ?!」

「ち、違います! 俺はっ」

「違うなら何故、俺に押し付けようとする! 最近、少し力を手にしたからって調子に乗りすぎだ! そんなことじゃ、戦場で皆の足を引っ張ることになるぞ!」

 

ゴツンッ! と光輝の脳天を一発チョップする。地面に盛大なクレーターを作りながら蹲る光輝に、俺は最後に一言吐き捨てた。

 

ヒーロー(勇者)なら自分の発言に最後まで責任を持て」

 

と。

 

檜山達がまだ睨みつけてくるも、逆に睨み返してこれ以上の反論を完全に封じた俺は、メルドに迷惑をかけて申し訳ないと口にして先へ進むことを促すのだった。

 




勇者(笑)はひとまず(笑)の状態です。というか、本物のヒーローが現れたので光輝の立場が危うい気がする()


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第十話 量産されるため息

アレルギーで咳が出まくって喉が潰れたのでタイトル通りため息が量産されています()
ちなみに駅でも咳をし過ぎて駅員さんにドナドナされて熱を計測されました。皆さんも公共の場での咳き込みはお気を付けて()

※また話数の表記間違えた(アホ)


一行はその後、お通夜のような雰囲気で下へ下へと降りていく。

 

時折ハジメが不機嫌そうな顔で現れた魔物を駆逐してしまい、メルドからは「成長したなあ!」と褒められる一方で、他の生徒達からの反感は増している。

 

それもそのはず、今のハジメは光輝と力量はほぼ同じかそれ以上だ。つまり、ハジメは生徒内ではNo.1かNo.2の立ち位置である。つい先日までは見下していたハジメが突然とんでもない力を手にしていたという事に、困惑と嫉妬が隠せないのであろう。

 

当のハジメは、もう慣れてしまったのか特に気にしている様子もない。自分の出番が回ってくる度に新しいカセットアームを試し、その使い心地がどんな物か調べている。

 

そんなこんなで俺達は、本日最後の階層である二十階層に辿り着いた。どうやらこの階層を突破出来るか否かで一流の冒険者かどうかが決まるようだ。

 

俺はメルドのすぐ後ろにハジメパーティーを引き連れて、狭い通路を進んでいた。地形的には鍾乳洞だ。魔物を取り囲めるような場所ではない。となると、最前列の俺が索敵を厳かにしなければならないだろう。

 

「メルド。この階層の魔物は?」

「ロックマウントという奴だな。カメレオンとゴリラを混ぜたような魔物だ」

「カメレオン、ね。 ……お、見つけた」

 

仮面を被っているためか、俺の目はすぐに壁に擬態しているロックマウントを見つけてしまった。俺はおもむろにしゃがみ込み、手頃な石を拾う。

 

ハジメ達には戦闘準備をしろとだけ伝え、俺は石ころを思いっきり壁目がけて投擲した。

 

すると……

 

「グゥガアアアア!?」

「お、当たった」

 

壁と同化していたロックマウントの体は、今は褐色となり、二本足で立ち上がる。そして目に命中したであろう石ころの痛みで悶絶している。

 

ロックマウントの悲鳴に合わせて他の場所に擬態していたロックマウントも姿を現した。

 

「ロックマウントだ! 二本の腕に注意しろ! 豪腕だぞ!」

 

メルドの声が響く。

 

俺はハジメを引き連れながら恵里と幸利に援護を頼み、一気に突撃していった。この間他の生徒達は唖然としている。俺達の行動が異常に早かっただけだが。

 

横幅が狭い通路での戦いなので、魔物を取り囲んでリンチにする事は不可能だ。しかし、だ。縦にはどうか? という面まで目が行けばこの戦闘もかなり楽になる。

 

「〝ロープアーム〟!」

 

その事をハジメも分かっているのだろう。真っ先にロープアームで天井付近まで上昇すると、同時に跳び上がっていたロックマウントを蹴り飛ばして地面に叩き落とす。

 

ハジメがヒョイヒョイと上を移動してロックマウントを撹乱している間に、俺は懐に潜り込んで一匹一撃で息の根を止めていく。

 

時折弱めに蹴って恵里と幸利の方向へ飛ばせば、非常に効率良く恵里はロックマウントを焼き尽くし、幸利は闇属性魔法で暗闇を瞬間的に作って目潰しをしてから第二に適性のある水属性魔法を叩き込む。

 

堪らずロックマウントは傍らにあった岩石を掴んで砲丸投げのフォームでぶん投げ、後方で待機している生徒達目がけて投擲した。

 

すぐに打ち落とそうと俺は壁を蹴ろうとしたが、それよりも早くハジメが動いた。

 

俺もハジメも、何故動こうとしたのか。その理由はロックマウントが投げた岩石にある。いや、岩石というよりは“岩石に擬態したロックマウント”とでも言うべきか?

 

兎に角、投げられたロックマウントは空中で見事な一回転をすると両腕を広げて恵里達の方へダイブしていった。なんだか目が血走って鼻息も荒い気がする。主に女子生徒が顔を引き攣らせて硬直しているのも無理はないだろう。

 

「〝ガトリングアーム〟! 恵里、下がれ!!」

「は、ハジメっ」

「ッ、此処に闇を求める――〝暗転〟」

「ナイスだ幸利! さあ、落ちろぉ!!」

 

キイィィィィィィィィィイイ!!!

 

悪魔の笑い声のような射撃音。彼の右腕は、凶悪なフォルムのガトリングガンへと変わっていた。どうやらあれは世界最強とも悪名高いガトリングガンである“GAU-8アヴェンジャー”を参考にしているらしい。マシンガンアームとは違ってミサイルを装填出来ないが、破壊力は折り紙付き……だそうだ。

 

いくら恵里を守るためとはいえ、少し過剰防衛ではないのだろうか……なんていう事を考えつつ、飛来してきた跳弾を蹴って後方待機していたロックマウントに当てる。

 

「恵里、大丈夫だった?」

「う、うん。怖かったけど……」

「幸利、ナイスアシスト。目眩ましをしてくれた御蔭で助かったよ」

「ハジメがあんな武器出すから一瞬反応遅れたけどな。助けになったら良かった」

「白崎さん達も大丈夫? 顔が青褪めているけど……」

「あ、ありがとう。大丈夫、だよ?」

「貴様……よくも香織達を……許さない!」

「「「「え?」」」」

 

……どうやら、光輝がまた何かを勘違いしたらしい。振り返らずとも、ハジメ達の間の抜けた声から察することが出来る。

 

仮面の中で深く、それはもう深くため息をついた。彼のご都合主義的な脳味噌では俺の言葉も届いていなかったらしい。もう少し客観的に物事を見てほしいと切に願う。

 

チラッと背中側を見れば、光輝の持つ聖剣が彼の怒りに呼応するように輝いていた。此処は狭い空間であり、彼がこれから出そうとしているような大技を繰り出せば空間その物が大崩れする可能性がある。

 

「万翔羽ばたき、天へと至れ――〝天翔閃〟!」

「あっ、こら、馬鹿者!」

 

メルドの声を無視して、光輝は大上段に振りかぶった聖剣を一気に振り下ろした。その瞬間、詠唱により強烈な光を纏っていた聖剣から、その光自体が斬撃となって放たれた。

 

まあ、別にロックマウントを殲滅しようという心意気は悪くない。問題なのは、射線上に味方が居るというのにそれ諸共殺そうとしている事だ。

 

「……タイフーン、呑み込め」

 

とはいえその力を有効活用しない手はない。後ろに流れてしまいそうな余剰エネルギーは全て拳打の風圧で掻き消し、正面から彼の攻撃を受けることにした。

 

光輝の攻撃で巻き起こった爆風は、周囲の壁を滅茶苦茶に破壊していくがタイフーンはそんなこと気にも留めずに回転する。

 

複眼が紅く光り、体の節々から蒸気が立ち上ったのを確認した俺は一気に踏み込んで最前列に立っていたロックマウントに渾身の正拳を突き出す。

 

――ライダーパンチ

 

ズドン! と大砲の発砲音のような轟音が鳴り響き、ロックマウントは後続に控えていた奴ら諸共吹き飛んだ。ロックマウント同士が激突したぐらいでは勢いが収まらず、最終的には最奥の壁を木っ端微塵に破壊するにまで至った。

 

俺は変身を解いてため息をつく。

 

「はあ……やれやれ」

「せ、先生!? そこに居たんですかへぶぅ!?」

「この馬鹿者が。気持ちはわかるがな、こんな狭いところで使う技じゃないだろうが! 崩落でもしたらどうすんだ!」

「うっ」

「というか、周りを良く確認しろ。一応俺が最前線で戦っていたのは見てたはずだが? それとも俺を殺そうと思ったのか?」

「ち、違います! 俺はロックマウントを倒そうとっ!」

 

彼の言い分を聞いた感じだと、光輝はついカッとしてあれだけの攻撃をしようとしたらしい。目の前に、同胞の仲間が戦っていたにも拘わらず、というのが気に入らないが。

 

もしかしたら、口にしてないだけで光輝は俺に怒鳴られた事が気に入らないのかもしれない。

 

なんにせよ、このまま彼が突き進んでは危険だろう。メルドの今後に期待である。

 

そんな時である。ふと香織が崩れた壁の方に視線を向けた。何事かと思って俺も目を向ける。そこには、キラキラと青白く輝く水晶のような物が花の形となって鎮座していた。

 

「あれ、何でしょうね。綺麗ですけど……」

「ほぉ~、あれはグランツ鉱石だな。大きさも中々だ。珍しい」

「「グランツ鉱石?」」

「あれは宝石の原石だ。荒削りの時点で彼処まで綺麗に輝くもんだから、ご令嬢へのプレゼントには持ってこいなんだよ。求婚の際に使われることも多いらしいな」

 

元の世界で言う結婚指輪に使われることもあるというグランツ鉱石。生徒達は、特に女子生徒達は食い入るように鉱石を見つめている。

 

ハジメは恵里に「綺麗なアクセサリーってやっぱり気になるの?」と話しており、クラス内では隠れカレカノとして有名な野村健太郎と辻綾子はチラチラとお互いを見ては頷き合っている。

 

「素敵……」

 

メルドからの説明を聞いてウットリとしている香織に、俺は日頃の感謝として何かアクセサリーを送るのもアリかもしれない。そんなことを考える。

 

が、思案に暮れていた俺は唐突に動き出した生徒を捕まえる事は出来なかった。俺が異常事態に気がついたのは、動き出した生徒が走りながら声を発してからである。

 

「だったら俺達で回収しようぜ!」

「そうだな。香織もあんなに欲しがってるし」

 

動いたのは檜山と光輝だった。二人はグランツ鉱石に向けてヒョイヒョイと崩れた壁を登っていく。それに慌てたのはメルドである。

 

「こら! 勝手なことをするな! 安全確認もまだなんだぞ!」

 

しかし、檜山は聞こえないふりをして、とうとう鉱石の場所に辿り着いてしまった。二人が普通なら聞こえない声で「うるせえなあ」とか「別に大丈夫だろ」という声を聞いて俺も二人を止めるために動こうとする。

 

が、俺の動こうとした体は一人の騎士団が発した言葉によって硬直してしまった。

 

「団長! トラップです!」

「ッ!?」

「なにっ!?」

 

その言葉も、どうやら遅かったらしい。檜山と光輝がグランツ鉱石に触れた途端、眩い光に包まれた魔法陣が現れた。魔法陣はあっという間に部屋全体へ広がり、あの日と同じように光を増していく。

 

「撤退しろ!」というメルドの声虚しく、俺達の視界は白一色に染め上げられた。一瞬の浮遊感の後、ドスンと地面に叩き付けられる。

 

「くそっ。皆、大丈夫……だな。それよりも早く撤退をっ」

 

どうやら転移をしたらしく、先ほどの狭い空間は微塵も見当たらない。代わりに、手すりのない石造りの大橋の上に俺達は立っている。

 

天井も高く、奥行きもかなりある。随分とだだっ広い空間だ。橋の下は川など流れておらず、奈落の底といった様子である。

 

そして上へ行ける階段の近くには幾つもの魔法陣が設置してあり、その反対側には一際大きな魔法陣が構えてある。どうやら撤退する事もすぐには出来ないらしい。

 

その証拠として、幾つもの魔法陣からは大量の骸骨が出現し、大きな魔法陣からはトリケラトプスのような生き物が出現した。更に、メルドの絶望したかのような声が決め手となったのだ。

 

――まさか……ベヒモス……なのか……

 

という、絶望に染まった声が。

 




次回はベヒモスです。次々と仮面ライダーの技を出していくつもりの回でもあるのでお楽しみに!

※感想や評価は出来たらよろしくお願いします。特に感想や高評価は私のモチベーションアップに繋がります。


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第十一話 ベヒモス

かなり悩んだ構想ですが、結局は無難な形に落ち着きました()
それではお楽しみください!


片面からは武装した大量の骸骨が迫る。その反対側には体長十メートル級の四足で頭部に兜のような物を装着している魔物。

 

骸骨の方は大したことないと思えたが、巨大な魔物は少し考えて戦うべきかもしれない。

 

俺は一人、骸骨戦士の中へ突入していく。ベヒモスと呼ばれた魔物はどうやらメルド達が何とかして抑え込むつもりらしく、他の騎士団を連れて障壁を展開している。

 

隊列など無視して我先にと階段を目指してがむしゃらに進もうとする生徒達よりも先に骸骨戦士の元へ辿り着いた俺は、その数に戦慄した。

 

その数は軽く百を超えているだろう。ショッカーの戦闘員ですらここまで数は見られなかった。個々の強さは皆無に見られるとはいえ、この数を一人で粉砕するのは少々苦しい。

 

が、協力を仰ぎたい生徒達はベヒモスへの恐怖によって骸骨戦士と相対しても個々の武器や魔法を我武者羅に振るっているだけだ。このままでは死人が出るのも時間の問題である。

 

「チィ、くそっ! 邪魔だ!」

 

生徒達に襲いかかりそうな骸骨戦士を優先して横薙ぎに蹴りを入れ、数体を一気に粉砕する。更に拳打一撃で骸骨の頭部を粉砕し、その余波で生まれた衝撃波で更に数体を撃破した。

 

それでも依然、生徒達の様子は戻らない。騎士団の一人が必死に声をかけてるが、誰もが己の身を優先して聞く耳すら持たない。

 

あと数分もすれば、最初の犠牲者が現れる。そう感じた俺は、敵中であるにも拘わらずに勢い良く右腕を斜め上に掲げて頭蓋骨を破壊。左腕は拳を握って尾てい骨に合わせた。そのまま右腕を叫びながらも時計回りにゆっくりと移動させ、描く線が扇になるように動かす。

 

「ライダァァァァア……変身ッ!!」

 

左側へ腕が到達した次の瞬間に「変身」と吼える。咆吼と共にポーズが入れ替わると同時にタイフーンの風車が回転し始めた。

 

俺の咆吼によって体をビクリと震わせ、此方を見る生徒達を確認してから俺は上を仰ぎ見る。

 

「トオッ!!」

 

橋から粉塵が舞う。一瞬で天井近くまで到達した俺は、そのまま前方宙返りをしてベヒモスとメルド達との間に着地した。

 

更に後ろでは、骸骨戦士に囲まれながらも仮面を取り出して叫ぶハジメの姿。

 

「僕だって……やれるっ。変身! ヤァッ!!」

「な、南雲っ!?」

「その姿はっ」

「そんなことよりもみんな落ち着くんだ! こんな骸骨達なんて恐れるに足らないよ! 訓練を思い出して!」

 

スカルマン。いや、“仮面ライダー”となったハジメはパワードスーツの力を十全に使いながらパニックに陥った生徒達の統率を引き受ける。

 

生徒のグループの中でも特に力のある者を叱咤激励し、立ち直らせてはそれぞれのパーティーに堅実なフォーメーションを取らせて体勢を立て直す手伝いをしている。

 

「危ないっ。〝パワーアーム〟!」

「ひぃっ!?」

「パワーパンチ! ヤァッ!!」

 

パワーアームを使った正拳突きで、今まさに命を散らそうとしていた女子生徒を救ったハジメ。未だに「撤退しろ」と促されているのに自分の力を過信してその場を離れず、クラスメートの危機にも気がつかない光輝よりもハジメは勇者だ。

 

そんなことを思いながら、俺は突進してくるベヒモスを正面から受け止める。

 

「メルド。他の皆も撤退しろ。此奴は俺が引き受ける。彼奴らの立て直しを手伝ってくれ」

「……くっ、すまないな。悔しいが、お前さんは一番強いからな。任せたぞ!」

「待ってください! 先生一人を置いていくなんて俺は「状況に酔うな!」そんな、俺は酔ってなんか」

「前ばかり見てるんじゃなくて後ろも良く見ろ! お前が守ると宣言した奴らが命の危機に瀕しているのが分からないのか!」

「うぐっ」

「理解したなら早く行け! お前が心配しているようにはならん! 俺は改造人間。死ぬことはないし守られる必要もない!」

「わ、分かりました! 先に撤退します!」

 

俺の怒声で慌てて仲間を引き連れて後退していく光輝。メルドもベヒモスへの挑発を兼ねた風爆の衝撃波で退避した。

 

残されたのは、俺とベヒモス。

 

組み合っている感じだと、普通のライダーキックを弾き返すぐらいの表面装甲はある。特に頭部の兜は硬そうだ。流石に腹までは重装甲ではなく、そこは救いかもしれない。

 

「下がれ。ライダァァァパンチ!!」

「グガァッ!?」

 

戦車砲の発砲音のような騒音を鳴り響かせた正拳は、ベヒモスの巨体を一瞬で数十メートル後ろへ後退させる。そこへ追い打ちをかけるように俺は軽く跳び上がり、兜に付いている角目がけて手刀を振り下ろした。

 

――ライダーチョップ

 

ボキッと鈍い音を立ててベヒモスの角がへし折れる。が、それもすぐに再生してしまった。どうやら此奴は強力な再生能力があるらしい。

 

ベヒモスの兜から噴き出す炎を風で吹き散らしながら翻弄し、何とかして側面に回り込もうとするが、巨体に似合わない俊敏さで隙を中々見せようとしないベヒモス。時折目の前に振るわれるベヒモスの兜を回し蹴りで弾き飛ばすが、大した有効打にはなっていない。

 

上段の二段蹴りで顎を飛ばし、上を向いた所を見計らって懐に入り、巨体を物ともせず跳び上がって俺はベヒモスを階段とは反対側の対岸に叩き付ける。

 

そして激烈な衝撃で空気を揺るがすベヒモス目がけ、俺は〝空力〟で空を蹴って急降下を開始。そのままライダーキックを決めた。

 

――ライダーハンマーキック

 

「グウォオオオ……!」

「効いてない、か。再生の力が強すぎる……」

 

ライダー投げとライダーキックの組み合わせ技であるライダーハンマーキックを食らっても、何事もなかったかのように立ち上がるベヒモスに、着地をしながら少しだけ感心する。

 

いや、感心している暇はない。チラリと後ろを見れば、光輝やメルドが到着したことで陣形を立て直した生徒達の姿があった。そして、俺に近付いてくる二つの人影も見える。

 

その三人が到着するまでの数十秒。俺はベヒモスの攻撃対象が目移りしないようにゆっくりと歩きながら両腕を水平に伸ばしたファイティングポーズを取る。

 

「……ライダーファイト!」

「グルァァァァァアアアアア!!」

 

咆吼を上げながら突進してくるベヒモス。ヒラリとバックステップで距離を置くと、ベヒモスの頭部が一瞬前まで俺がいた場所に着弾した。

 

「「先生!」」

「恵里。幸利。無理して来なくても良かったんだぞ?」

「……ボクなら大丈夫です。後からハジメも来てくれるって言ってますから」

「それまでは援護してやれって言われたんですよ。目眩ましぐらいなら任せてください!」

「……そうか。それなら、恵里は奴の動きを少しでも制限しろ。幸利は暗闇でベヒモスの目を潰すんだ」

「「はい!」」

 

そこまで話した俺は、再度突撃した。地面に埋まった頭を引き抜いたベヒモスは、俺の姿を認めると兜を赤熱化させる。今度は外さないと言わんばかりに細められた瞳は、見ただけで並の人間は心臓を止めるだろう。

 

が、ベヒモスが突進を始めようとした瞬間。恵里の炎渦が目の前に広がった。思わず蹈鞴を踏むベヒモスに構わず俺は低高度に跳び上がり、体を横に回転させながら足を突き出して突っ込む。

 

――ライダースクリューキック

 

着弾の瞬間に暗闇が訪れ、実質ベヒモスの死角から放たれたキックによって大きく後ろに仰け反ったのを逃すことなく再度懐に入り込む。

 

そして無防備になった腹目がけ、俺は何度も何度もボディーブローを繰り出した。

 

右! 左! 右! 左! とデンプシー・ロールの勢いを使いながら何度も叩き込んでいると、ベヒモスが苦しげな声を上げながら胃液を吐き出した。更に恵里の繰り出す炎の鎖がベヒモスの間接に絡みつき、少しずつジワジワとダメージを与えていく。

 

暴れるベヒモスだが、目は完全に暗闇に包まれているのだろう。幸利が膝をつきながら魔法を行使して、ベヒモスの視界を完璧に封じている。

 

このチャンス、掴まない手はない!

 

サマーソルトキックでベヒモスを思いっきり空中へ叩きあげる。すると、俺の耳に聞き慣れた轟音が入ってきた。

 

「せんせーーーい!!」

「ハジメかっ!」

 

サイクロンの自動操縦機能を使い、ハジメがやって来たのである。何という絶好のタイミングだろうか。

 

俺は振り向くことなく跳び上がる。ハジメもサイクロンの上に立ち上がり、そこからパワードスーツで強化された脚力で俺と同高度まで跳び上がった。

 

打ち合わせは一回もしていない。構造すら伝えたこともない。それでも、俺はハジメがこれからやる事を察していると信じて前に一回転した。

 

少し遅れてハジメも前に一回転する。そして、ベヒモスの更に上へ到達した俺達は、二人同時に叫んだ!

 

「「ライダァァァダブルキック!!!」」

 

俺が右足を。ハジメが左足を突き出した。突き出した瞬間に、ベヒモスの腹へ二人の足が釘のように打ち込まれる!

 

俺のタイフーンから噴き出た逆風(バックウィンド)。そしてハジメの足下で炸裂した電撃と炸薬。全てが絡み合った時、その攻撃は何者も耐えられない必殺の一撃へと変貌する。

 

空気層を破裂させながら下へ吹き飛んだベヒモスは、対岸の壁に叩き付けられると、そのまま力なく転がって奈落の底へと身を落としていく。

 

二人して着地をし、橋の下を覗き込めば、朧気に輝くベヒモスの瞳の光だけがやけに目立って見えるのだった。

 




必殺技の大盤振る舞いです。初期の構想では本郷が単体で「電光ライダーキック」を使って決める予定でした。


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第十二話 撤退

さ、寒い……()
気がついたらお気に入り登録者が100人を超えてました。ありがとうございます!


「か、勝てたんですかね?」

「さ、流石に大丈夫だろ? 確かに奈落の底へ落ちていったし」

「うん。それに、蹴り飛ばされた直後の奴の目は死んでいた。大勝利だと思うよ」

 

落ちていくベヒモスを見て、ハジメは骸骨の仮面を外しながら不安げに言葉を口にする。が、心配しなくても恵里の言うように俺達の勝ちだ。ベヒモスはショッカーどころかデルザー怪人並の耐久力があったが、ライダーダブルキックを食らって生き残る者は存在しない。

 

「そう、か。良かったあ……」

「おい、まだ気を抜くな。あの骸骨戦士達は一応健在だからな。この階層、いや大迷宮を抜けるまで油断はするなよ」

「分かってますよ。ただ、二人が傷つかなくて良かったと安心したんですよ」

 

屈託のない笑顔でそんなことを言われると、俺であっても何かを口にすることは出来ない。

 

仮面の中で苦笑を零すと、俺はクルリと反転しサイクロンに跨がってハンドルを手にすると、未だに骸骨戦士達と戦っている生徒の元へ行く。

 

爆音上げながらサイクロンは疾風の如く走り抜け、立ち塞がろうとした骸骨戦士の体を木っ端微塵に破壊し尽くした。

 

ハジメもやがて追いつき、電磁ナイフを取り出して上へ行く階段目指して走りながら斬り捨てていく。その姿は通り魔のようだ。

 

どうやらハジメが倒した骸骨戦士が最後の一人だったらしく、ハジメが電磁ナイフで粉砕するとパタッと敵の出現が止まった。魔法陣は輝きを失っており、在庫切れしたらしい。

 

「……どうやら、攻略出来たらしいな」

「あ、ああ。そうだな。全く、なんて奴だ」

「とりあえず撤退だ。魔力回復薬も少ないだろうし、元よりここに来るのはイレギュラーだったからな」

「そう、だな。よし、お前ら疲れてるかもしれないが早いところ撤退するぞ! 今日の訓練はこれで終わりだからな!」

「座り込みたい気持ちも分かる。が、これから上に戻るなら再び魔物に遭遇することになる。道は俺とメルド達が切り開くから、もう少し頑張るんだ。良いな?」

 

何時もの聞き慣れた、頼りにしかならない団長の喝。そして俺の言葉に、沈んだ表情をしていた生徒達に多少だが生気が戻った。

 

仮面を外したいところだが、この場で外すと未だに浮かび上がっている顔の傷跡で再び気持ちを落としてしまう可能性があるため、俺はサイクロンのハンドルを握り最前線に立つ。

 

複眼でゴールまでの最短距離を捜しだし、現れる魔物を一撃で屠る。体にも心にも来るのは、ひたすら階段を登る事だけ。それ以外は兎に角生徒達に災厄が降りかからないように進む道に立つ魔物一匹も逃すことなく蹂躙していった。

 

 

どのぐらいの時間が経ったのだろうか。

 

 

気がつけば、俺達の上方には魔法陣が描かれた大きな壁が現れた。メルドが駆け寄って確認をし、魔法陣の式通りに詠唱して魔力を流し込む。すると、扉が忍者屋敷の隠し扉のようにクルリと回転して奥の部屋を出現させた。

 

扉を潜ると、そこは随分と懐かしく感じる元の二十階層の部屋だった。

 

気が抜けたのか、次々と本格的に座り込んでしまう生徒達。それを見たメルドは悩んだ表情を見せつつももう一度だけ喝を入れた。

 

「お前達! 座り込むな! ここで気が抜けたら帰れなくなるぞ! 魔物との戦闘はなるべく避けて最短距離で脱出する! ほら、もう少しだ、踏ん張れ!」

 

少しくらい休ませてくれよ、という生徒達の無言の訴えをメルドはギンッと目を吊り上げて封殺する。それでも尚、立とうとしない生徒に対しては俺が仮面を外して睨むことで強制的に起立させた。ため息が量産される。

 

そこから一階層までの道のりは、短いようでとても長く感じた。正面門をくぐって外に出た俺は、そこで漸く一息つく。誰かを守りながら戦うというのは疲れるのだ。

 

「だあ……やれやれ。先が思いやられる実戦訓練だったな」

「すまないな。お前さんに何から何まで手伝ってもらってしまった。騎士団として面目ない」

「そう頭を下げるな。人として、当然のことをしたまでだからな」

 

俺は階段を登り切って今度こそ地面にへたり込み、緊張が解けたからか泣き出す生徒達を見ながらメルドに受け答えする。

 

すると、俺の滅入った表情が気になったのか、ハジメがクイクイっと俺の裾を引っ張った。

 

「なんだ?」

「あの、言い忘れてたんですけど。ベヒモスと戦う前に変身ポーズ取ったじゃないですか」

「……ああ、確かに取った。あれで正解か?」

「もちろんです! しかも跳んでいたので百点満点どころか百二十点です!!」

 

前回とは違ってしっかりと百点満点どころか百二十点を頂いた。そのことを嬉しく思いつつも、俺はとある懸念事を口にする。

 

「なら良かった。だが、これから変身する時は彼処まで時間かけないと思うぞ」

「え、そうなんですか?」

「そうなんですかって、お前な。変身にそこまで時間はかけられないだろう? 今回は慌てふためく生徒達を落ち着かせ、ついでに骸骨戦士への威嚇のために彼処までゆっくりやったがな」

「ううん……あ、でも威嚇目的には使えそうですね。先生の声ってよく通りますから」

「もっと他に威嚇の方法はあるだろうに……」

「ダメです! 先生も少しはロマンというのを分かってくださいよお!」

 

「先生はロマンが分かっていない!」……と、なんかハジメから叱られてしまった。先生はロマンというのが足りないらしい。

 

リアリストにそんなことを言われても困るんだけどなあ……どうしよう。

 

──────────────────

 

夜 宿場町ホルアド

 

「くっ。何で思い通りにならないんだ……」

 

勇者(笑)である光輝は、自分の部屋で一人ブツブツと今日の出来事に文句を垂れる。

 

光輝は、今日起きたクラスメートの危機に対して何の反省もしていなかった。あれは、檜山が先に触ったから自分のせいではない。自分は檜山を止めに行っただけ。そう思い込んだのである。

 

光輝にとって、正しいのは常に自分なのだ。仮に本物の勇者(ヒーロー)が現れても彼は信じようとしない。あくまでも。ヒーロー(勇者)は自分一人としか思っていないのだ。

 

「俺は間違っていない。正しいのは俺だけだ。正義は俺なんだ……」

 

完璧超人として持て囃された光輝にとって、生まれて初めての挫折。たった一度の挫折が、光輝のメンタルを完膚無きまでに破壊していった。

 

自分よりも強く、またヒーローである先生の存在。そして、無能だと心の何処かで馬鹿にしていたクラスメートが見せた八面六臂の活躍。対して光輝は何をしていたのだろうか……。

 

「……夜風に当たりに行こうかな」

 

居ても立ってもいられなくなった光輝は立ち上がり、扉を開けて外に出る。そこで彼は、一人の見慣れた少女を目撃した。

 

「香織、か? こんな時間に、あんな服装で如何したんだ……?」

 

それは、ネグリジェ姿の香織だった。随分と危なっかしい姿の香織に、光輝は思わず声をかけようとする。

 

が、彼の言葉は喉まで来たところで止まってしまった。香織がノックした扉。そこから現れたのは、本郷猛その人であったのだ。

 

光輝の頭が真っ白になる。

 

茫然と立つ光輝には気がつかず、香織は猛の部屋へ入っていった。

 

気がつけば、光輝は元いた部屋にフラフラと戻っていた。ブツブツブツブツと、壊れたオモチャのように言葉を発しながら。

 

「なんで……。なんでっ。なんでっ。なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして……」

 

香織は彼にとって幼馴染みである。小さい頃から親同士での付き合いがあり、とても長い間一緒であった。だから光輝は香織の事を何でも知っているつもりでいた。そして、超自然的に香織は絶対に自分の元を離れないという、変な確信めいた感情まで持っていた。

 

しかし、現実はどうだろう。彼女は、彼が見たことのない表情を先生である猛に見せていた。その表情は、間違いなく“女”の物だった。その事実が、光輝の精神を完全に破壊する。

 

 

召喚された当時の、夢と希望を守る勇者の姿はそこにはない。そこに居たのは、ただの殺人鬼のような顔をした少年だった。

 

地獄と絶望を呼び寄せるかのような表情をし、光輝は独り頭を掻き毟って夜通し呟き続けた。

 

心には、猛に対する呪詛を抱きながら。

 




次回は猛の部屋に入っていった香織がメインです。あと恵里とハジメについても書きます。

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第十二,五話 戦士の休息

先には進まず、猛さん(と作者)の休憩回です。


「あの、猛さん。入りますね」

 

入って良いか? とは聞くこともなく、香織はノックをした数秒後に平然と俺の部屋に入ってきた。流石に困惑せざるを得ない。

 

「男の部屋に平然と入り込むんじゃないよ、全くお前は。こんな所を智一さんに見られたら間違いなく俺が殺されるんだが」

「あれ、別に良くないですか? 猛さんなら過ちを犯す心配はないですし」

「男として見られてないのは分かった」

「いやいや、そうじゃないです! 猛さんって紳士的だから、理性も強いと信じてるんですよ!」

 

はたしてフォローになっているのだろうか。香織は多分、最大限のフォローをしたつもりなのだろう。

 

いやまあ、確かに無防備であっても女性を襲うなんて事はしない。同意すらなく一方的に襲うなど、人として有り得ない。

 

それでも、勇気のない意気地なしと遠回しに言われた気がして少しだけ悔しく思う。

 

「はあ。で、何で部屋に来た?」

「あ、その……猛さんにお礼が言いたくて」

「今日の事か? 別にお礼をわざわざしなくても気にしないんだが」

「……それでも、お礼がしたいんです。猛さん、さり気なくですけど戦うときは私の前に立ってましたよね?」

 

何ということだ。バレていたらしい。実は、俺が光輝パーティーに混じって戦うときは必ずと言って良いほど香織の前に立っていたのである。なるべく彼女が被弾しないように、俺は守ろうとしていたのだ。

 

しかし、その事を改めて礼を言われると……何というか、こっぱずかしい。

 

「……まあ、あれだ。お前達は俺と違って未来がある。それを凄惨な物にはしたくないんだ」

「ふふ、相変わらず優しいですね。猛さんって、光輝くんよりもヒーローっぽくて英雄みたいですよ」

「ヒーローだの英雄だの、俺に関してはなりたくてなっているわけじゃない。本当なら戦いたくないし、静かに余生を送りたい。それでも、目の前で散ってしまう可能性のある命を見捨てることは出来ない。だから、あんな行動をとるのさ」

 

ヒーローや英雄というのは、なろうとした瞬間に英雄にはなれなくなる。英雄に自らなろうとする者は、必ず失敗をして地位や名誉を失う。

 

その事を知ったのは、戦い始めてからかなり時間が流れてからだ。何時しか人類から「ヒーロー」だの「英雄」だのと呼ばれ、その呼称に喜ぶこともなく戦っていたときに偶然とある男と出会ったことで知ることが出来たのである。

 

その男は世間では連続殺人事件の犯人として認知されていた。しかし彼は、弱者から「英雄」と呼ばれるために復讐代行をしていた。それだけだった。本来なら、人を殺すのも辛いはずなのに、英雄になりたくて彼は犯す必要の無い過ちを犯し続けていた。

 

警察と連携して男を無力化した際に、彼から投げかけられた言葉は今でも脳にこびりついている。

 

「俺はただ、英雄になりたかっただけなのに」

 

この時に俺は悟ったのだ。英雄というのは、何時の間にか他人から呼ばれるありがたくもない称号なのだと。なりたくてもなれない。手に入れたくても手に入れられない。そんな称号なのだと。

 

そして、英雄になるためには何人もの犠牲者を生み出さなくてはならない事も同時に悟った。俺の後ろには、救えなかったショッカーの犠牲者で道が広がっている。英雄は、犠牲者の死体を踏み台にして進むのだ。

 

「香織。俺は英雄でもヒーローでもないんだ。どんなに君が俺のことを英雄だと呼んでも、俺は真の英雄ではないしヒーローでもない」

「そんな事ないですよ! 猛さんは立派なヒーローじゃないですか!」

「俺は、これまで多くの生き物を殺してきた。もちろん人も殺した。そんな奴を、本当にヒーローと呼べるか?」

 

一人を殺害すれば犯罪者。万人を殺害すれば英雄。自分の命を脅かす者を殺してもらえば、人はその人物をヒーローと崇める。

 

「誰かのことをヒーローや英雄と、簡単に呼んではいけないよ。歴史上に名を残すヒーローや英雄と呼ばれる者は、それだけ多くの苦しみと悩みをを抱えて生きてきたんだから」

「猛さんも……やっぱり苦しいしいんですか?」

「そうだな。俺は、今でもこの手で殺したショッカーの犠牲者の事を夢で見る。この十字架は一生背負う物だから仕方ないけどな」

 

時には親友を。時には恩師を。俺はこの手で殺した。俺は、一人を守るより万人を守る道を選んだ。彼らは、そのための犠牲者でもあった。

 

「辛くは、ないですか?」

 

香織が身を乗り出して俺に尋ねる。距離感がとても近く、絶世の美女ともいえる香織の顔に俺の心臓は限界まで高鳴る。

 

が、すぐに煩悩は消え去った。香織の瞳には、心から誰かを心配している色が浮かんでいたのだ。

 

俺は香織よりもずっと長い月日を生きてきた。年下に甘えるのも何処か気後れしてしまう。だが、香織の真っ直ぐな瞳を見ていると、俺は意識せずに言葉を発した。

 

「……辛いさ」

 

一度口にしてしまえば止まることは困難だ。約十数年の間も心の内に溜めていた「辛さ」は、とめどめもなく溢れ出て行く。

 

「辛いし、俺は憎い。己の運命が憎い。なんで俺がこんな目に遭わなければいけないんだ。俺は平々凡々な人生を送りたかったのに……」

「猛さん……」

「すまない、香織。今日だけは。今夜だけは、君に甘えても……良いだろうか」

 

俺は人のように弱さを見せ、甘えても良いかと聞く。香織はただ優しく微笑み、俺の頭を抱き締めて自分の胸元に引き寄せた。

 

十数年ぶりに流した涙は、俺の長年溜め込んだストレスを優しく流していくのだった。

 

───────────────────

 

一方その頃

 

「ねえ恵里。自分の部屋には戻らないの?」

「……イヤ。ここで寝る」

「参ったなあ。ここには幸利も居るんだよ?」

 

ハジメは相部屋の幸利や猫のようにやって来た恵里と談笑していた。

 

一人勝手に傷ついている光輝や溜め込んでいたストレスを吐き出している猛とは違い、彼らは純粋に今日体験したオルクスでの出来事を共有していた。

 

……ハジメは恵里を膝枕しながら。

 

「気にするなって。俺も慣れてるから」

「……ごめんね幸利」

「恵里が甘えん坊なのは知ってるから気にしないさ。むしろ、今日の奮闘を労うためにも膝枕以外に何かしてやったらどうだ?」

 

幸利の事も労いたいのに、とハジメは内心で口にする。二人の的確な援護がなければベヒモスを圧倒する事は出来なかったのは事実なので、ハジメの内心はとても複雑だ。

 

「……ハジメ、顔が硬いよ」

「誰のせいだと思ってるのかなあ……全くもう」

「あ、髪の毛撫でられるの気持ちいい。もっとして欲しいかな」

「恵里は変わらないなあ。あ、そうだハジメ。お前が今日装着していたパワードスーツって一着しかないのか?」

「あれは猛先生が作った物だから僕は分からないな。明日にでも聞いてみたら?」

「そうだな。中々に決まってたから俺も欲しくなったんだよ。情報提供サンキューな」

 

マイペースな恵里に振り回されつつも幸利の質問にはしっかり答える。が、撫でる手が疎かになるとすぐに恵里から指摘が入る。

 

苦笑しつつも、ハジメは恵里の頭を撫で続ける。時折頬にも触れ、モチモチとしたほっぺたの感触を楽しみながら。

 

「ねえハジメ。ボク、お願いがあるんだけど」

「なんだい? 出来る範囲でよろしくね」

「キス、してくれないかなあ」

「「ぶふっ!?」」

「え、えっと……」

「あー、その、なんだ。ごゆっくりな。俺は夜風に当たってくるから」

「ちょ、幸利!?」

 

そそくさと部屋を出て行く幸利の事を、ハジメは恨み顔で見送る。

 

実はハジメと恵里は恋人関係ではない。ハジメの甘やかし度合いを見れば「いやいや待て待て」となるだろうが、断じて恋人関係ではない。

 

……と、ハジメは思っている。

 

どこまでも鈍感なハジメさんだが、恵里のシチュエーションを考えれば彼女が彼に惚れるのは当然の結果である。

 

「ダメ、なの? それても、ボクとするのはイヤなの?」

「いやいや、そうじゃないよ! でもさ、こういうのは恋人同士じゃないとダメでしょ?」

「恋人同士なら良いの? お互いに好きなら、ハジメは良いの?」

「え、うん……僕はそう思ってるけど」

 

ここまで膝枕をしておいて何を言っているんだという話である。ハジメの己に対する評価が最低レベルをぶっちぎっているので仕方ないかもしれないが、これは中々に酷いだろう。

 

逆にこれだけハジメが鈍感でもめげない恵里は称賛されるべきだ。

 

恵里はさらにハジメとの距離を詰めると、真っ直ぐ彼の瞳を見つめる。

 

「ハジメ。ハジメは、ボクの事が嫌い?」

「そんなこと有り得ないよ! 恵里の事を嫌ってたら何でこうして受け入れてると思うの!?」

「そう、良かった。ボクもハジメの事は好きだから。異性としてね」

「……え? い、異性?」

「それが違うなら何だと思ったのさ」

 

何時の間にかハジメの事を押し倒し、彼の上に覆い被さるように抱きつく恵里。脳処理が追いついていないハジメの耳元に、囁くように言葉を口にする。

 

「大好き。愛してる。ハジメ」

「うぐっ……」

「ねえ、返事を聞かせて?」

 

内心ではアドバイスをしてくれた親友の谷口鈴に感謝の言葉を述べつつ、恵里は熟れたリンゴの様に顔を赤くしたハジメに尚も迫るのだった。

 

その後なにがあったのかは……幸利の「臭え」が全てを物語っているだろう。

 




今作はR-15ですので前作とは違い行為描写はないです。前作なら間違いなく書いてましたが、ないです(しつこい)。
次回はもう一度オルクスに潜ります。


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第十三話 戦士に休みはない

遅くなりました。更新です!
前回、もう一度オルクスに潜るとは言いましたが……ただ潜る訳ではありません。最早原作の形すらありませんが、これでも良いのかしら()


翌日

 

オルクス大迷宮の入り口近くにある広場は騒然としていた。

 

いや、入り口付近の広場が騒然としているのは何時ものことらしい。正確には、悲鳴や怒号が彼方此方に飛び交っているといったところだ。

 

その理由は……。

 

「「「「「アーッ!!」」」」」

 

特徴的なフェイスペイントにベレー帽と。胸にはこれまた特徴的なマーク。黒い服が四体に赤い服が一体。旧ナチスのような敬礼をする変人が人間とは思えない力で暴れ回っているからである。

 

俺はその場に到着して、思わず目を見開いた。いや、目を見開いているのは俺だけではない。ハジメや幸利、香織も目を見開き、驚愕を露わにしている。

 

「そんな、まさか。何故ここに居るんだ」

 

正直言って信じたくない。その名前を口にすらしたくない。俺にとって、奴らは忌まわしき者でしかない。

 

だが、俺の目の前で起きている出来事は確かに現実であった。認めざるを得ない。

 

「何故、ショッカーがここに居るんだ?」

 

そもそも、何で俺達がオルクスの入り口付近に居るかである。が、別にその理由は大した物ではない。今日は前日にかなり疲労したので自由行動なのだ。結果、俺達含めて全員が広場の露店にでも行こうということになったのである。

 

そして、来た結果がこれだ。

 

俺達は、というより俺は不幸や厄介事を引き寄せる何かでもあるのだろうか。

 

とりあえず、ショッカーが人を襲っているのを黙って見ていられる訳がない。

 

「待てショッカー! 俺が相手だ!!」

「「「「「イーッ!!」」」」」

「来い!」

 

俺の声に反応してすぐに取り囲んでくる戦闘員達。どうやら、ショッカーの者で本当に間違いないらしい。

 

此奴らが何故この世界に居るのかは謎だが、このまま放置しては多くの人の尊い命が犠牲になってしまう。そんなことは許せるはずがない。

 

「幸利、恵里。他の生徒も一般人の避難誘導を頼む! ハジメは来い!」

「変身はした方が……って、右腕なら案外余裕ですね」

「スゲえな。ハジメ、右腕だけで戦闘員を殴り倒してるぞ」

「無駄話してる暇があったらそこに居る小さい子を運んでくれない?」

 

それぞれが各自で行動をする。俺は手慣れたように戦闘員を蹴り飛ばし、ハジメも負けじと右腕で何度も殴って戦闘員を戦闘不能にしている。

 

しかし、倒しても倒しても戦闘員達はどこからともなく現れる。これぞショッカーの戦闘員だ。一体どこから湧いて出てくるのだろうか。隼人によれば、此奴らは半分クローン人間で半分は改造人間だから幾らでも作れる……らしい。

 

その話を聞いたときに、ブラック企業に勤める平社員みたいと思ったのは内緒である。

 

「〝パワーアーム〟! 先生、此奴ら何体居るんですか!? もう十以上は沈めましたけど!」

「無尽蔵だと思え! これだけ戦闘員が倒されたとなれば、必ず作戦執行のための怪人が出てくるはずだ!」

「か、怪人って。もしかして露店の屋根に立っているカメレオンみたいな奴の事ですか!?」

「……ああ。何時の間に現れたのか。隠れてたみたいだな」

「先生ぇ!?」

 

ハジメが指さした場所には、確かに見覚えのある造形をした怪人が不気味な笑い声を上げながら此方を見ていた。

 

ハジメの言葉通り、怪人の姿はカメレオンをそのまま人間にしたような見た目である。端的に言えばすっごく不気味。リアルすぎて怖く感じる。

 

「カメレオン男。まさか、お前が居るとは思わなかったぞ」

「……!? 貴様、何故この私の名を知っている。さてはスパイか、それとも裏切り者か? 貴様の名前を言ってみろ……!」

「俺か? 俺は……本郷猛。貴様らショッカーに歯向かう人間であり、大自然が遣わした正義の使者だ」

「ふざけているのか、貴様。我らがショッカーに歯向かえる人間などこの世には存在しない」

「それはどうだろうな」

 

ビシッ! と音が鳴る勢いで右腕を斜め上に上げ、左腕は拳を作って腰に当てる。

 

「ライダァァァア……」

 

右腕をゆっくりと時計回りに動かし、叫びながらカメレオン男の事を威圧して動きを封じる。そのまま俺は鏡写しのようにポーズを反転させた。

 

「変身ッ! トオッ!!」

 

ゴウンッ! と何処からか音が鳴り響く。俺は跳び上がり、空中で身体を改造人間の物へと変えてカメレオン男の後ろに降り立った。

 

「貴様、その姿は我々と同じか?」

「ショッカーに身も魂も売った怪人と一緒だと? 冗談は休み休みに、寝言は寝て言え」

「貴様っ!」

 

殴りかかってきたカメレオン男の腕を掴み、露店の屋根から引きずり下ろす。

 

カメレオン男。そして俺の姿を見てパニックになった人々を何とか抑え込んでいる幸利と恵里が居なかったらかなり戦いにくい状態であった。

 

「トオッ! ハアッ!」

「フゥ! ヒィーヒッヒッ……!」

 

バキッ! バキッ! と拳がぶつかり合う。その度に起こる風で露店の一部が吹き飛ばされる。

 

その風を利用してカメレオン男は後ろへ下がり、カメレオンのような長い舌で俺の首を締め上げてきた。

 

息苦しさに耐えつつ、俺は奴の舌を握り締めて周囲を見渡す。

 

ハジメは戦闘員を全て片付けたのか、一般人の避難誘導に加わっている。先に避難誘導をしていた二人も今ではパニックに陥った人達を沈静化させていた。

 

唯一気になるのは、本来なら謹慎を言い渡されたはずの光輝が俺とカメレオン男の、特にカメレオン男の事を食い入るように見ていることだ。

 

が、気にしている場合ではなかった。

 

すぐに視線を逸らし、カメレオン男の舌を手刀で切断。俺は悶絶するカメレオン男に向かって跳び上がった。

 

だが、跳び蹴りが着弾する一歩手前でカメレオン男の姿が消えた。どうやらカメレオン男は、その名の通りカメレオンのように姿を消すことも出来るらしい。その反面、近接の格闘は苦手のように見えるが……逃げ足の速い奴め。

 

「む? 何処へ……」

「あ、あれ? 消えた?」

「……いや待て。消えてはいない。まだ気配や足音が残っている」

「気配が……は? 気配と足音ですか?」

「足跡は……おい待て。大迷宮に続いてるじゃないか。早いところ追いかけるか」

「あ、ちょっ。先生!?」

 

改造人間の特性をフルに活かしてカメレオン男が何処に逃げたかを見破ると、サイクロンを呼び出して運転席に跨がり、俺はスロットルを全開にして入り口に立っていたお姉さんを無視して大迷宮へ突入した。後からあの場に居た生徒達が慌てて追いかけてくるが、一切を無視してカメレオン男に追い縋る。

 

途中で戦闘員達が足止めのつもりか立ち塞がるも、犯罪者のように轢き殺して階段をバイクで駆け下りる。足跡は二十階層のグランツ鉱石の近くで途絶えていたため、おそらくは転移を使ったと見て俺も迷いなく鉱石に触れて転移魔法陣を起動させる。

 

「待てぃ!」

「げっ、貴様っ!?」

「今度は逃がさんぞ!」

「ぐ、くく。そう強気で居られるのもここまでだぞ!」

「なに?」

「今度は私一人ではないのでなあ!」

 

すると、確かにカメレオン男以外の強い気配を感じた。それも一つや二つではない。ザッと八つはあるだろう。

 

対する俺は一人。ハジメ達が到着するにはもうしばらく時間が必要だろうし、そもそも役に立つかも分からない。百歩譲ってハジメと今朝パワードスーツの予備を渡した幸利や的確な援護が出来る恵里は戦力になるが、後は厳しい。

 

ベヒモスの強さがデルザー軍団の怪人と同じぐらいだとすれば、目の前に立っている怪人軍団は個々がその三分の二ぐらいの強さだ。しかし、数が多いため少々厄介である。

 

というか、この場に謹慎しているはずの光輝がやって来たら余計に面倒になる。怪人に挑発されては特攻して死ぬ未来が余裕で思い浮かぶぞ。

 

「驚いたか? ショッカーの改造人間は貴様ら如きに遅れを取る訳がないのだ」

「そうだ。まさか改造手術を施したベヒモスが倒されるとは思わなかったが、これより下の階層はショッカーの秘密基地。何度倒そうとも、破損箇所を再改造して蘇るのだ!」

「貴様に勝ち目は万に一つもない!」

「遅れを取る訳がない、だと? フッフッフッフ……ハァーッハッハッハッハッハッハッ!」

「っ、何がおかしい!?」

 

だから、少しでも時間を稼ぐために俺は挑発的に嘲笑う。

 

カメレオン男含む怪人軍団は俺が笑うとは思っていなかったのだろう。明らかに動揺したと分かる佇まいをする。中には一歩、無意識に後退る怪人まで見受けられた。

 

内心でほくそ笑み、俺は更に笑う。

 

「クックックッ。ショッカーは何者にも負けない、と言いたいのだな? そうだとすれば、片腹痛いぞ!」

「何だと!?」

「この世に悪が栄えた例など一つもない! そんな現実にも目を向けず、都合の良い夢だけを見ている貴様らはこのように笑い飛ばされるのがお似合いだ!」

 

隼人や茂ならどうやって挑発するか。それを必死に考えながら言葉を口にしていく。俺はそこまで挑発をする人間ではないため、不慣れには変わりないが……どうやら井の中の蛙になっているこの世界の怪人には効果てきめんのようだ。

 

そして、俺の剣幕に怪人達が気圧されている間に、漸く俺の心強い味方が到着したらしい。

 

「先生! 待たせました!」

「げえ、何だ此奴ら。テレビで見る数百倍は気色悪いデザインだな……」

「そんなこと言ってる暇があるなら早く戦闘準備しなよ。役立たずとはいえ、他のクラスメートが到着するまでもう暫く時間はかかるよ。ザッと見てあと五分かな」

 

どうやらハジメパーティーだけは俺の行方を察知して鉱石を使った転移をしてきたらしい。彼らの言動から知るに、他の生徒達は悠長にも階段を使っているのだろう。

 

だが、必要な役者はこれで揃った。

 

「変身ッ! ヤアッ!!」

「変……身!」

 

ハジメは漆黒のスーツを纏ったスカルマンに、幸利は十字が施された仮面を被ってハジメとは対照的な白いスーツを纏う“十字火面(クロスファイヤー)”へと姿を変えた。

 

ハジメが近から亜中距離特化の武器を多数所持しているのに対し、幸利には幅広い間合いに対応出来る武器を託している。一例を挙げると狙撃銃剣やカッターブーメランである。

 

「先生、一つ質問です。あの化け物達は……人間ですか?」

「……人間だ。救われなかった、人間だよ」

「そう、ですか」

「幸利と恵里は奴らを倒すとは考えるな。足止めしてくれるだけで良い。俺とハジメで奴らを倒す。ハジメ、出来るな?」

 

わざわざ指示を飛ばしたのは言うまでもなくハジメから事情と覚悟を聞いていたからだ。それとなく、俺は彼の覚悟をもう一度見せてもらおうとしているのである。

 

彼が返した言葉は、俺の思った通り。いや、想像以上に良い物であった。

 

「男なら出来る出来ないじゃないですよ。やるかやらないかでしょう? それに、先生なら僕が如何するかなんて分かってるはずです」

「……そうか。悪かったな」

「他のクラスメートが到着する前にケリをつけましょう。それでは、お先に!」

 

すっかり逞しくなったようだ。

 

俺は仮面の中で滅多に零さない笑みを浮かべ、ハジメの後に続いて怪人軍団に突撃するのだった。

 




とりあえず戦闘員は旧1号時代の者です。叫び声が「アーッ!」なのはカメレオン男の配下だから。あと初期は叫び声が固定ではなかったからです。ついでにカメレオン男にした理由は、透明化というわりかし扱いやすい能力があったから()
怪人軍団はトカゲロン以外の旧1号勢です。今のところはショッカー(ゲルも?)のみのつもりですが、今後他の勢力も出す……かも。

※なんか運対という理由で検閲済みの感想が見受けられますが、私個人としては毎回の感想が本当に嬉しくありがたいです。評価の色を付けて頂いた皆様も本当にありがとうございます。


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第十四話 賭けの一撃

漫画版のハジメくんとファイヤーエムブレム風化雪月の主人公ベレトって似ているね(唐突)。そう思ったのでハジメくんには槍や弓矢や斧を使わせてみようか検討中です()
今回は怪人軍団戦です。お楽しみください。


「殺せぇ! 生かして帰すな!!」

「〝パワーアーム〟! 来い、ショッカーの改造人間共!!」

「小癪な! 殺れ!」

 

最前線に飛び込んだハジメを怪人が取り囲もうとする。俺はとりあえずハジメと背中側に居た蝙蝠(コウモリ)のような怪人を背負い投げで引き剥がし、その左隣に居た(サソリ)男を殴り飛ばして注意を此方に向ける。

 

右隣の蜘蛛(クモ)男は恵里の繰り出した紅蓮で退避させ、幸利の正確な狙撃でハジメ一人を狙えるという状況を作らせない。

 

俺は蝙蝠男と蠍男を同時に相手取る。

 

「シュッシュッ! シッ!」

「キキキキッ」

「……毒蠍に電磁鋏。蝙蝠男は飛行能力と鉤爪だな?」

 

注意を引きつけた二体の攻撃を軽く受け流して特徴を理解する。蝙蝠男はそこまで格闘は強くなさそうだが、蠍男の毒蠍による包囲網と電磁鋏との連携は厄介極まりないだろう。

 

蠍男の電磁鋏が付いた左腕を掴み、空中から突撃してくる蝙蝠男を蹴り上げて対処。兎に角連携を取らせないようにしないと苦しい。

 

「幸利、蝙蝠男の翼を撃て!」

「は、はい!」

 

蝙蝠男は空での機動力を封じてしまえばどうにでもなる。幸利に任せて俺は目の前の蠍男に集中することにした。

 

蠍男の顔面をデンプシー・ロールを駆使した左右のフックパンチで攻め進み、フラついた所見てすかさず懐に入り、リフトアップして空中に投げ捨てた。そして、俺自身も跳び上がる。

 

「ライダーシザース!!」

 

身体を捻りながら蠍男の首を両足で挟み込み、肩車のように固めてから前方に回転して壁目がけて放り投げる。突然の出来事なため確実に受身が取れない反則のような技であるため、俺は蠍男が壁に向かって回転しながら吹き飛んだのを横目に見るとすぐに〝空力〟で上へ跳び上がった。

 

そこから俺の目の前に映る怪人は翼に無数の穴を空けてフラフラ飛行する蝙蝠男だ。当然見逃すことはなく、蝙蝠男の足を掴まえて俺は落ちながらもジャイアントスイングする。

 

「キキキッ!?」

「覚悟しろ蝙蝠男。此奴は効くぞ!」

「キイーッ! キキィー!」

 

暴れて脱出しようとする蝙蝠男だが、元々力は改造人間にしては非力なのだろう。俺の腕力から逃れることは叶わない。

 

俺は無慈悲に、蝙蝠男を蠍男が打ち付けたであろう壁に向かって投げ捨てる。

 

「ライダースクリューブロック!!」

 

哀れ、蝙蝠男は凄まじく、しかし不規則な回転をしながら壁に激突。鮮血を散らして地面へ崩れ落ちた。

 

そこで一息をつき、俺は下を覗き込む。ハジメはロープアームに切り換えて似たような鎖鎌を使う螳螂(カマキリ)男と壮絶な戦いを繰り広げており、その他の怪人は恵里の炎渦と幸利の狙撃によって二人を始末しに動こうにも動けずにいる。

 

それを見た俺は全員の優秀さに苦笑いしつつ、〝空力〟で一気に地上へ向かった。その勢いを使い、上を確認していなかった蜘蛛男の頭蓋骨を急降下キックで叩き割り、その反動でヤモリ男の胸に腕を潜り込ませて心臓を潰してから着地する。

 

「恵里、豪火を頼む!」

「わ、分かった。暗き炎渦巻いて、敵の尽く焼き払わん――〝螺炎〟」

 

炎の螺旋に俺は突っ込み、突発的に発生した暴風と炎を全てタイフーンで吸収。炎に包まれた拳をコブラのような怪人の腹に打ちこんだ。

 

更に残り火を使った回し蹴りでサラセニア人間を焼き尽くし、その勢いでオマケのように蜂女を焼き殺した。

 

「な、なんてことだっ。何故貴様ら如きに、我々改造人間がこうも簡単に!」

「人類の平和を脅かす悪が栄えると考えている以上、蹴散らされるのは当然の結果だ。人類と大自然の守護者である仮面ライダーの前に立った己の運命を精々呪え」

 

現実を受け入れられないカメレオン男に辛辣な言葉を返し、俺は跳び上がる。逃げようと透明化しようとするカメレオン男だが、即座に幸利の無慈悲な弾丸によって阻止。逃げる機会を完全に失った。

 

「ライダァァァキック!」

 

ドゴアアアアン!

 

「アァッアッ。アッ……」

「トドメだ。ライダーチョップ!」

 

バギィ!

 

鈍い音を立ててカメレオン男の頭蓋がパックリ割れる。立て続けに死体を踏み台にして跳び上がり、延髄切りのようなライダーキックでコブラ男を絶命させる。

 

そのタイミングでハジメがトドメへの布石を打ったらしく、螳螂男をロープアームで振り回して三半規管を狂わせてから引き寄せ、拳に内蔵された炸薬を爆裂させるパンチで腹をぶち抜いた。

 

残るはコンドルのような怪人一体のみ。

 

「フゥエー!!」

「ぐぅ!?」

 

腕の翼膜で一飛びして繰り出された突撃をモロに受けて思わず怯む。何とか踏ん張って殴り返すも、すぐに切り替えされてやり返された。

 

どうやら此奴は格闘戦に強いらしい。それもかなりのレベルだ。殴れば殴り返される。蹴れば蹴り返される。とんでもない耐久力も備えている。

 

もしかしたらこの怪人は、世界の要人を確実に消せるための能力を持って生まれたのかもしれない。俺からしたら厄介でしかない……。

 

「トオッ! ハアッ!!」

「フゥエ! ギイイ!」

「……ダメだ。これじゃあ狙えないぞ」

「ボクも無理だ。先生を巻き込んじゃう」

「僕が、出来ることは……」

 

あまりに白熱し過ぎて三人が付け込む隙間がない。というか、気にする余裕すら削がれている。此奴ばかりは目を逸らしている暇がない。

 

いい加減に均衡した状況に焦ってきたところで、ハジメが何を思ったのか大声でカセットアームチェンジを行った。

 

「〝ドリルアーム〟!」

「「ド、ドリルゥ!?」」

「先生! 僕の方へ投げてください!」

 

何だって? ハジメは今、此奴のことを自分の方へ投げろと言ったのか?

 

いくら何でも危険すぎる。第一、この怪人は空を飛べるので投げ飛ばそうにも空中で体勢を立て直されてしまうだろう。

 

ハジメの魂胆は、ドリルアームでコンドル男の腹を貫通しようという物なのだろうが……流石に危険すぎる気がしてならない。

 

……だが、戦いに動きが見られない今は博打を打つ方がもしかしたら良策かもしれない。ここは賭けてみるとするか。

 

「ギヒイ!」

「そこだ!」

 

飛びかかり腕を伸ばしたコンドル男の攻撃を何とか受け流してから右腕を掴み、一度背負い投げで地面に叩き付け地面でバウンドさせ、空中に浮いたコンドル男の腕を手放す自分も跳び上がる。

 

バウンドさせた勢いを再利用し、俺はもう一度空中で背負い投げを繰り出した。

 

――ライダー二段返し

 

隼人のオリジナル必殺技であるライダー二段返しを見よう見まねだが繰り出す。ただし、隼人と違うのは二段目でも手を離さないことだ。その理由は単純明快。

 

「この一撃を受けてみろぉ!」

「ハジメ、やってしまえ!」

「ドリルアーム出力最大! エヤァ!」

 

ギキュルリリリリリリリリリ!!

 

鉄をフォークか何かで引っ掻くような、耳に残る音とハジメの咆吼が木霊する。俺はと言うとロケットブースターを起動させてハジメにコンドル男が激突しないようにしている。

 

ドリルがコンドル男の背中に突き刺さり、血の代わりの紅い物質がビチャビチャと飛び散る。ハジメの仮面である骸骨が凄惨な色に染まった。

 

「くたばれええええええ!!!」

 

最大出力を超えたのだろうか。ドリルから火花が散る程の回転でちょっとずつ、しかし着実にコンドル男の背中に穴が開いていった。あと数秒続ければ、土手っ腹に穴が開通するだろう。

 

計九体だった怪人軍団も、これで全滅する。そう思い安心した。その時であった。

 

「た、猛さん! 無事でしたか?」

「げえ!? 何だあのバケモンはよお! って、ドリルだと!?」

「恵里は……良かった。無事だね」

「………怪人、か」

 

どうやら香織達が追いついたらしい。タイミング的には微妙なところだが、怪人達とワチャワチャしている間に来なくて良かった。

 

……なんか光輝のハジメを見る目が親の仇を見るような目なのが気になるが。ついでのようだがハイライトがオフな檜山も気になる。

 

まあ、今すぐに行動は起こさないだろう。多分、きっと……。

 

「デエヤァ!」

「……フンッ!」

 

ドシュウ! ズドオオオオン! バキッ!

 

ドリルが完全に貫通したのを見た俺は、即刻コンドル男を地面に投げ捨ててオマケのように顔面を踏み潰した。確実に殺す。大切である。

 

「……ハア。流石に多かったな」

「あ、緊張解けたら足に力が入らない……」

「は、ハジメくん! 今すぐ回復させるね!」

「恵里ぃ! 良かった、無事だった~!!」

「鈴、苦しいよ……」

「一気に賑やかになったことで。ところで幸利、スーツの調子はどうだ?」

「最高っす。仮面に未来予測機能あるのがありがたくて仕方ないですね」

「ま、気になる点があれば随時改良するさ。何かあれば言ってくれ」

 

幸利にそんなことを言って、俺はバレないように光輝と檜山を見やる。彼らの表情は髪の毛で隠れてよく分からないが、負のオーラが立ちこめている。

 

その事を理解した俺は、一刻も早くあの二人から離れるという目的も兼ねてこんな提案をした。

 

「彼奴ら、この迷宮内に基地があるみたいな発言していたよな。折角だし、このまま潰しに行こうかと思うんだが……」

 

と。

 




次回から本格的にオルクスに潜ります。ユエさんもそのうち登場しますので気長にお待ちくださいな。形は変わる……かも。表現的にアカンと思ったらまたR-18になるかもです()
別にエッチなシーンじゃないですけどね。超絶胸糞です。そのためにR-18にするのもなんかあれな気がしますけど……とりあえず考えてます()

※コンドル男はゲバコンドル。分かった人が殆どかな?


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第十五話 ドン引き

とりあえず一言。書いててこんな人が現実に居たらイライラが止まらねえ! と思いました()


「彼奴ら、この迷宮内に基地があるみたいな発言していたよな。折角だし、このまま潰しに行こうかと思うんだが……」

 

俺の発言に真っ先に反応したのはハジメだ。まだ口にはしていないが、オルクス内に在ると思われるショッカーの基地を放置するとどうなるのかを理解しているのだろう。

 

当然、ハジメは同行すると声高らかに宣言した。そしてハジメが同行するとなれば、恵里と幸利も自然と同行する流れになる。

 

ここまでは想定の範囲内だ。この先は完全に予想が出来ていないが。

 

「……あの、猛さん。私も行きます」

「香織もか?」

「猛さんの作る薬品だけで完全回復は難しいはずです。恵里ちゃんも何方かと言えば攻撃魔法寄りですし、ヒーラーが居ないと苦しくなると思いますよ?」

「そうか。それもそうだな」

 

香織を誘おうか迷っていたが、彼女自身から付いていきたいとの願望があるなら断る必要はないだろう。実際問題、俺の作る薬品だけでは回復にも限界がある。とてもありがたい提案だ。

 

しかし、その事に異を唱える者が当然ではあるが出てきた。

 

まずは我らが勇者である。

 

「待ってくれ。香織がパーティーを抜けるなら、誰が俺達の回復をしてくれるんだ? 先生達は強いんだから、回復役なんて要らないじゃないか」

「「はあ?」」

「それに香織。先生の姿は見ただろう? 先生は危険な化け物だ。元々は人だった怪人でも躊躇なく殺すような化け物なんだぞ? そんな奴に付いていったら君の命が危ない」

 

何を言っているのか分からない。端的に言うならば、光輝は俺が殺しを躊躇うことのない狂人だと言いたいのだろうか。

 

……ふざけてるのか? 俺が好き好んで殺しをするなど有り得ない。怪人を放置したら、より多くの命が消えてしまう。その事を十全に理解しているから、俺は自分の手を汚してでも人々の未来を守ろうとしているのである。

 

仮初めであっても平和というものを実現させるなら、誰かの犠牲が必ず必要だ。その犠牲に、俺は進んでなっているのだ。好き好んで人を殺すなど、断じてない。

 

「そ、そうだぜ白崎。こんな化け物の側に居たら、白崎も化け物になっちまうぞ?」

「檜山の言う通りだ。香織、どうか思いとどまってくれ。これは君のために言ってるんだ。あんな化け物に付いていっても不幸になるだけだ!」

 

更に檜山が加勢した。流石に腹が立った俺は、一言文句を口にするために仮面を外そうとする。

 

が、それを香織が何故か止めた。いつも通りに見える笑顔で。ただし、背中には日本刀を持った白夜叉を背負って。

 

暗に口出しは不要と悟り、開きかけた口にチャックをする。

 

「……さっきから黙って聞いていれば、好き放題言ってくれるね。光輝くん達がそんな人だとは夢にも思わなかったよ」

「か、香織?」

「幻滅したよ。私は、光輝くんは誰にでも手を差し伸べる優しい人だと思ってたのに。本当は自分と少し違う人は嫌っていたなんて。表沙汰にならないだけで、本当は障害を持っている人や肌の色が違う人を差別しているんじゃない?」

 

恐ろしい形相で光輝に詰め寄る香織。とんでもない迫力に、俺ですらも動けずにいる。

 

「檜山くんもだよ。猛さんの事を何も知らないのに、どうして化け物だと言い切れるの? 貴方は猛さんの何を知ってるの? それとも人を見た目で判断しているのかな? かな?」

「ち、違う! 彼奴は誰が見ても殺人鬼だろ! 俺は白崎のためにっ」

「うん、確かに猛さんは強いよ。誰も敵わないぐらいね。でも、それと猛さんが殺人鬼なのは話が違う。ましてや、猛さんは自ら望んだ訳ではない力で戦っている」

「それが、何だって言うんだよ!?」

「望みもしない力で自分の生き写しを殺すという現実と、人ではない身体にされたという事実で誰よりも辛い思いをしてきた猛さんが殺人鬼になるはずがない。なれるはずがない。世界中の誰よりも苦しんで、悲しんで。だけど誰よりも人の命の尊さを知っていて、誰かのために手を差し伸べる。世界一優しくて孤独な真のヒーロー。それが本郷猛さんだよ」

 

……驚いた。昨晩、俺は香織にこれまで辛かったことを全て吐き出しているが、ここまで見られているとは思わなかった。

 

俺が戦う理由の大半は“誰かのため”だ。自分のためじゃない。それを知っているのは隼人ぐらいだったのだが……香織にはつくづく脱帽した。

 

「……何も知らないのに、猛さんの事を見た目や上辺の行動で判断して化け物呼ばわりする貴方達と一緒には戦えない。ここまで言っても止めるなら、私は貴方達を殺してでも猛さんと共に歩んでいくから」

「そ、そんな……」

 

香織はクルリと背を向けて、俺の元へやって来た。呆気に取られている俺に向かって、先ほどの悍ましい空気は何処に行ったのかとツッコみたくなるぐらいの笑みを浮かべて。

 

さっきまで言い縋っていた二人は、どうやら香織の決意が固いことを理解したらしく、誰が見ても分かるぐらい落ち込んでいる。

 

……いや、気分が悪いのは俺もだからな?

 

という言葉はとりあえず呑み込んでおく。何故なら、光輝は懲りることなく恵里と幸利に話題を振ったからだ。

 

「な、なら中村と清水はこっちに残ってくれないか? 南雲なんかの傍よりも絶対に居心地が良いし、何より二人が抜ける穴は大きすぎる」

「……ふざけてるのか?」

「ふざけてなんかない! 先生と香織。そして南雲の三人が居ればパワーバランスは十分だろ? それに比べてこっちは『これ以上、干渉してこないでよ。この偽善者』ッ……!?」

 

半ば呆れて物も言えない俺の代わりに恵里が絶対零度と錯覚する声音で割り込んだ。

 

恵里の瞳からは生気が完全に失われており、はたして生きているのか? と思わずにはいられない。まあ、恵里はハジメにドップリ依存しているので引き離されそうになったら断固拒絶するのは分かり切ってる。

 

……分かってはいたが、流石に身震いする。女ってのはやっぱり怖い。

 

「そんなに驚く必要はないでしょ。君は偽善者だし嘘つきだよ。そんな人の傍に居たら毎日嘔吐して過ごしてしまいそうだからお断りだね」

「賛成だな。俺もお前と一緒にパーティーを組むなんて血を吐いてでも断るぞ」

 

とんでもない断り方だ。そう思う反面、二人の言い分にも納得してしまう辺り俺も偽善者なのかもしれない。

 

ただ、恵里と幸利の様子が尋常ではない。長く人の負の感情に触れてきた俺だからこそ分かるぐらいに僅かな物だが、二人の瞳の奥には今にも射殺しかねないほどの殺意があった。

 

そしてその理由は、幸利の次の言葉によって知ることになる。

 

「第一、俺と恵里の事を大多数と違うからって除け者にしたお前らとは戦いたくないね。恵里は知らないが、少なくとも俺は何度も何度も自殺行為に及んだんだが? その謝罪も、自覚もされてない奴らと一緒に過ごしたい人の方がどうかしているだろうよ」

 

空気が凍る。

 

ハジメにどういう事かと尋ねてみると、恵里は一人称が「ボク」で女なのに男っぽい髪型だから。幸利は誰も知らないような漫画やアニメが好きだからという幼稚な理由で学校中から除け者にされていたらしい。

 

そしてその中心に居たのは、いつも光輝と檜山だったという。

 

いや、実際には表だって行動していたのが檜山であり、いつも傍観者で止めようとせず、余計に火種を撒くのが光輝だったそうだ。

 

流石の俺もドン引きする。

 

「謝罪しない。反省もしない。自覚すらない。人の気持ちを一切考えられない奴らと仲良しごっこするのは当たり前だけど無理なんだよ。俺と恵里が信用しているのはハジメと猛先生だけさ」

「ボクもだよ。何より、ハジメと引き離そうなんて納得いかないから」

 

最早取り付く島はない。手段を片っ端から折られた光輝は愕然としている。

 

いや、愕然するのはおかしいと思うけどな。

 

とりあえず、これで邪魔者は消えた。一応、念のため香織に、

 

「雫と別れの挨拶しなくても良いのか?」

 

と聞いたが彼女は満面の笑みで既に話は付けてるからと答えられた。オマケにメルドとも話を付けてると言われて、俺は思わず苦笑せずにはいられない。一刻も早く立ち去りたいという無言の訴えでもあるのだろう。

 

香織の意向もあるので、俺はクルリと背中を向けてサイクロンを押しながら橋を渡る。目指すはこの先に多く待ち構えているであろうショッカーの基地だ。

 

餞別代わりに飛んできた火球や斬撃をスイスイ躱し、俺達は六十五階層を抜けて下へ下へと下っていくのだった。

 




ようやく次回からオルクス潜りです。表の迷宮はサッサと駆け抜けるように終わらせるつもりです。基地と言えば地下ですし。

そろそろキャラクター紹介に一話使おうかな()


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第十六話 潜入

ヒロインが一人登場します。此処で登場させるか迷いましたが、とりあえず踏み切ることにしました。


一行は足音しか響かない暗い道を行く。あまりに静かすぎて、自分の心音が喧しい。

 

「……なあ、香織。一つ気になることがあるんだけど」

「え、何ですか?」

 

気分転換のためにも、俺はサイクロンを偵察に出してから香織にずっと疑問に思っていたことを尋ねてみた。

 

「雫を同行させなかったのは何故だ? こんなこと言うのもあれだが、あの地獄のようなメンバーの中に人の機微や心を読める雫とは相性最悪なはずだが……」

「……私も、何度も一緒に行こうって誘ったんですよ? でも、雫ちゃんが頑なに断ってきたんです。『私が居なかったら誰が止めるのよ』って」

「……ショッカーの基地を壊滅させたら雫に何か甘い物でも買ってあげよう。雫は甘い物全般が好きだったはずだよな」

 

彼女のためにも、なるべく早く基地を壊滅させのうと決意する。あの連中のストッパーになるのであれば、尋常ではない負担が心にかかるだろう。

 

それを請け負うと自分から切り出すのだから、彼女の精神は軽く人間離れしてる。

 

「……お、帰ってきたな」

 

雫は何を食べたらメンタルヘルスが回復するだろうかを一心に考えながら歩いていると、聞き慣れた爆音を鳴らしてサイクロンが帰ってきた。

 

「結果はどうですか?」

「……いや、ダメっぽい。この階層に基地は存在しなさそうだ。魔物一匹すら居ないのは不気味すぎるけどな」

 

六十六階層は外れだ。そうなれば、早いとこ階層を下げるべきである。

 

俺達はサイクロンが見つけた下へと続く階段を使って更に下へ行く。六十六階層に滞在した時間は僅か十分程度だった。

 

その後も下に降りては探索を続けるが、少なくとも六十六階層から八十五階層までは基地や強化された魔物どころか戦闘員すら見当たらない。見つけられたのは、七十七階層と八十階層にあった基地らしき跡地のみである。

 

念のために跡地も隈無く探索してみたが、めぼしい物は殆どなかった。一応サイクロンに押し込んであるのは改造人間の造り方についての説明書だけだ。役に立てば良いが……使いたくはない。

 

さて、ここまで特に収穫もなく淡々と下った訳だ。しかし、今やって来た八十五階層は階層に降りた途端に雰囲気が明らかに変わった。

 

「む……」

「これは、居ますね」

「ハジメも分かるか。気をつけろよ。間違いなくこの階層には怪人と戦闘員が居る」

 

長年の戦闘経験が警告を発している。と言うのも、八十五階層は入り口からいきなり基地のような見た目なのである。如何にも居ますよ! みたいな雰囲気だ。

 

しかも、電気に当たる機材がつい最近付け替えられたような痕跡も見られる。間違いなくこの階層には何かある。

 

そして、この階層に何かあるのを裏付ける“多数の声”が俺の耳に入った。

 

そのうち一つの声は、しきりに「止めて!」「誰か助けてください!」と叫んでいる。他の声は「栄あるショッカーに選ばれた英雄よ」という物。間違いない。此処には、改造人間を生み出すための道具が置いてある!

 

一目散に俺はサイクロンで走り出した。目的は当然、声がした場所だ。

 

ブウゥゥゥゥゥウウン! ドゴアン!!

 

サイクロンで声がした場所の扉を突き破り、中へ突入する。ついさっき居た場所からそう遠くはないため、ハジメ達もすぐに追いつくだろう。

 

が、問題は目の前の光景である。

 

白衣姿の人間が「侵入者だ!」とか「殺せ!」と叫んでいるが耳に入らない。

 

「……なん、だと」

 

何故なら。何故なら、俺の目の前にある手術台に拘束されていたのは、まだ中学生ぐらいのウサ耳少女だったからだ。

 

まだ、何処からどう見ても子供である。特に手術跡が見受けられないことから、まだ手術に及んでいなかったことに安堵する。が、それと同時に俺の怒りは臨界点を超えた。

 

襲いかかってきた戦闘員の顔面を掴み、難なく握り潰す。後ろから羽交い締めにしようとする戦闘員は肘鉄で胸に穴を開ける。腰が抜けた白衣姿の人間は容赦なく手足と喉仏を踏み抜く。

 

少女を改造しようとしていた者は、僅か数秒で全滅してしまった。

 

「……あなたは、誰ですか」

「………怪物さ」

 

少女の質問に、俺は端的に答えた。

 

とても短い会話。ほんの数瞬だけ合う視線。マトモに顔すら見ていないが、少女は随分と綺麗だなと思う。少し青みがかった白髪に透き通るような碧眼。白磁のような肌を持つウサ耳美少女。何故、こんな場所で拘束されているのかは謎であるが、並の男なら速攻で堕とされるぐらいには可憐である。

 

とりあえずウサ耳美少女の手足に付けられた枷を素手で破壊。何故か少女は裸だったのでサイクロン内から予備の上着を手渡す。

 

そのタイミングで、息を切らしたハジメ達が到着した。

 

「た、猛さん? その人は?」

「ここに拘束されていた。理由は知らないけど、見捨てることは出来なかったんだ」

「そう、ですか。それにしてもウサギの耳ですか? その子の頭にあるのって」

「さあな」

 

手術跡は見受けられないので大丈夫だとは思うが、実はウサ耳は改造で取り付けられたとか言われたら目も当てられない。

 

が、その心配は杞憂だったらしい。

 

「あ、このウサ耳は元からの物ですよ。私は兎人族の者なので……」

「兎人族……と、いうことは亜人族か?」

 

知識だけは頭に入っている。確か、亜人族というのは半分人で半分動物みたいな見た目をしていたはずだ。

 

人間というのはつくづく呆れたもので、人間とは見た目が違い魔力も基本的には持たない亜人の事を酷く差別しているらしい。特にヘルシャー帝国ではショッカーの奴隷のように働かされているそうだ。しかと、奴隷扱いされているのは帝国だけではないのである。

 

目の前に佇むウサ耳美少女は、外に出れば忽ち欲に汚れた人間に捕まってしまうことだろう。その内に、偶然ショッカーが居たのだろうか。

 

……いや、ショッカーが人を攫って強制的に改造手術を施すのは、優秀な人材を見つけた時だ。現に俺も、そうしてショッカーに目を付けられたからこうして改造人間なのである。

 

だとすれば、このウサ耳美少女は何か他と比べても優れている点があるのだろうか?

 

「失礼を承知してお尋ねしたい。君は、他の亜人と違う部分や優れた部分があるのか?」

「………はい。残念ながら」

「やはりか」

「本来なら魔力を持たないはずの亜人族に生まれたのに、何故か私は魔力を保持しているんです。それも、その辺の人間では敵わないぐらいの魔力を保持しています。それに、自分固有の特殊能力まで持っているんです」

 

話を聞くに、このウサ耳美少女はステータスで表せば1000を超えるぐらいの魔力を保持しているらしい。それに加え、〝未来視〟という能力まで生まれ持っているそうだ。そこだけ見れば、光輝や俺の魔力量を軽く超えている。

 

なるほど、確かに彼女は並の人や亜人よりも優れているだろう。この場合は皮肉にも、という但し書きが付くが。

 

「何時、何処で捕まった?」

「えっと……ボンヤリとしか覚えてませんけど、何時ものように寝ようとしたら突然寝室に黒ずくめの人間が入ってきたんです。叫ぼうとしたら猿ぐつわを付けられて、抵抗する事すら許されずに運ばれたところで私の意識は途切れました」

「……堂々と不法侵入して攫ったのか。ショッカーのやる常套手段だな」

「あ、あの。さっきからショッカーについて色々知っているような素振りを見せてますけど、貴方はショッカーの関係者なんですか? もしそうだとしたら、私を如何するつもりですか?」

 

不安げな顔で俺のことを見上げる少女。彼女の目から見れば、俺の姿はつい先ほどまで己を改造しようとした化け物と何ら変わらないだろう。

 

ハジメ達にも目配せをし、俺はクラッシャーを外してから仮面を脱いだ。ハジメと幸利も仮面を外す。更にハジメは、恵里を連れて基地内の探索を始めた……って、大人しくしてくれよ。

 

次々と現れる人間の顔に、少女は目を白黒させている。

 

「俺はショッカーの改造人間さ。脳改造される前に脱出したから洗脳はされていない。今はショッカーの裏切り者として人類のために戦っている。君に何かするつもりは毛頭ない」

「ショッカーの、裏切り者……」

「俺達はこの迷宮内にあると思われるショッカーの基地を潰しに来たんだよ。君に危害を加えるつもりは一切ないから安心してくれ」

「……分かりました」

 

一応は信用してくれたらしい。まだ半信半疑ではあるみたいだが、完全に信用されていないよりは遥かにマシと言えよう。

 

そうだ。そういえば目の前に佇むウサ耳美少女の名前を俺はまだ聞いていなかった。

 

少なくともこの迷宮内の基地を潰しきるまで、この少女を保護した方が良い。そう考えた俺は、彼女に名前を尋ねることにした。

 

「お嬢さん。君のことをこの迷宮内にある基地を潰すまでの間は護らせて頂く。それに辺り、君の名前を教えて欲しい」

「保護、してくれるんですか。私のことは放っておいても構わないのに……」

「そうも行かない。厄介なことに、俺は目の前で困り顔をしている人を放置は出来ないんだ」

「……自分のことを厄介って。貴方も変わってますね」

 

クスリと笑った少女。なんか香織がふくれ面しているのが気になる。え、優しくし過ぎですか? 参ったな。君も俺の性格はよく知っているだろうに。

 

……はいはい分かった。後で構うよ。

 

で、改めて聞こう。君の名前は?

 

「……シアです。シア・ハウリア。兎人族の忌み子として生まれた者です。短い間ですが、よろしくお願いします」

 




性格が違うのは出会ったばかりなの攫われたのがショックだから。後々に皆さんのよく知る性格に戻ります。


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第十七話 下って下って

仮面ライダーに恋愛要素って難しいですね。特に悲哀の象徴的な初代だと()
猛さんをハーレムさせるならユエとティオ辺りも候補に挙がりますが、如何せん恋愛感情は封印している猛さんですので如何したものかなと()


「シアね。オーケー、覚えたよ」

「あの、貴方の名前は……」

「本郷猛。短い間だが、以後お見知り置きを」

 

シアとの話を一度切り上げ、俺は周囲に視線を巡らせる。改造人間として強化された聴覚と戦闘経験から鍛えられた第六感が、半径十メートル以内に敵が居ることを捕捉したのである。

 

仮面を被り、普通の人間なら卒倒するレベルの殺気を振り撒きながら敵を探す。

 

……あ、シアが気絶した。うん、香織はシアの保護を頼む。

 

俺の殺気を感じ取ったのか、近くに居た幸利も仮面を被り、狙撃銃剣の引き金に指をかけて何時でも撃てるようにしている。

 

足音は一つ。鼓動音も一人分。徐々に、この部屋に近付いてきている。

 

「……幸利。お前から見て後方斜め20°の位置だ。部屋に入った瞬間に狙撃してバックステップで後退しろ」

「うっす。改造人間っすか?」

「だな。鳴き声からして蠍男だ。どうやら怪人は量産されているらしい」

「再生怪人ではないんですかね。まあ、二度目の会敵なら何とかなりますよ」

 

そこで会話は途切れる。あと数メートルの距離だ。俺は拳を握る。

 

幸利は腰を落とし、反動の少ない射撃体勢を取る。確実に急所を狙い撃つためなのだろう。ちなみにどの改造人間でも共通の弱点がある。それは防御力が比較的低い間接部分だ。そこを狙撃すれば、どんな改造人間でも怯む。

 

「……あと十秒だ」

 

足に力を込める。更にタイフーンに蓄えたエネルギーを少し解放する。一撃で敵を殺し、急速離脱しなければ危険が伴う。落ち着け。落ち着け。

 

誰の耳にもコツコツと足音が聞こえ始めた。俺は天井まで跳び上がる。

 

そして、俺が天井を蹴った次の瞬間、蠍男が部屋に足を踏み入れた。

 

ドパンッ!

 

「ライダァァァパンチ!」

 

ズゴア!!

 

幸利の狙撃によって一歩後退った蠍男に対し、容赦なく顔面に鉄拳を叩き込んで地面の染みにする。念のために心臓付近を踏み抜き、俺は幸利と香織に「付いてこい」とだけ口にしてハジメのパワードスーツに取り付けられた無線に連絡する。

 

「座標を送る。基地の出口付近で合流だ」

『分かりました。ご武運を』

「そっちこそ。油断するなよ」

 

ハジメと恵里のコンビなら、怪人数体であれば相手する事は可能だろう。戦闘員程度なら余裕で蹴散らせるはずだ。

 

心配はしていないが、やはり俺は過保護。ハジメに厳しい言葉を投げかけてから無線を切った。

 

「イーッ。イーッ……イッ!?」

「イーッ?! イーッ……!」

 

シアをサイクロンに乗せ、自動運転で運びながら俺は時折現れる戦闘員をその辺の石を投げることで事前に殺す。極力目立たないように。しかし迅速に移動をした御蔭で俺達はものの三十分程で基地の出口付近に辿り着いた。

 

此処に来るまでの間、怪しげな施設には全て大量の手榴弾と幸利の有毒ガス爆弾を投げ入れているため俺達が立ち去ればこの基地は時間が経てば壊滅するだろう。

 

問題はハジメ達だが……。

 

「先生」

「ハジメ。問題は……なさそうだな。手持ちの手榴弾は使い切ったのか?」

「研究室や発電所に投げ込んでおきました。途中からは恵里の魔法で跡形もなく燃やしてますよ」

「……そうか。よくやった」

 

問題あるどころか百二十点満点超過の解答用紙を投げつけてきた。もうこの二人だけで旧ショッカーの基地を全滅させられるのではないだろうか。ビッグマシンの能力も改造人間ではないから通用しないし、案外余裕で行けたりして。

 

まあ、それは置いておこう。

 

このまま基地を立ち去るのは構わないが、階段をバイクに乗ったまま降りるのは流石に戴けない。俺はシアの頭をペシペシ叩いた。

 

「ほら、起きろ」

「ん、んう!? 此処は!?」

 

耳がキーンとする。耳元で叫ばないでくれ。改造人間だから音をより鮮明にキャッチしてしまうんだ。煩いと敵わない。

 

「……よく通る声だ」

「あ……す、すみません」

「……謝るなよ。怒ってないから。とりあえず階段降りるから歩いてくれ。それとも立つのは厳しそうか?」

「……厳しそうです」

「そうか。それなら俺が運ぼう」

「「え?」」

 

え? 香織まで反応してるのは何故? え、ちょ。そんな物欲しそうな表情しないでください。なんか父性くすぐられます。

 

ナズェミテルンデスゥ! とはならないが、とても居心地が悪い。勘弁して欲しい。

 

……うん、分かった。分かったよ。後で沢山構ってあげるから今は止めてくれ。まずはシアを休める事が出来る場所を探したいんだ。一刻も早く。

 

ちなみに本音を言えば、今日は怒濤の展開だったので早く休みたい。身体は疲れていないが、流石に心が疲れた。今日は怒りっぱなしだ。

 

「ひえっ!?」

「よっと……お前軽いな」

「あ、あああああの! これって……!」

「ん? 歩けないんだろ? それなら階段を降りるまでは運んでやるから」

 

所謂お姫さま抱っこ状態でシアを運ぶと、シアがもの凄く慌てふためいた。ついでに香織からの視線がより厳しくなる。

 

なんか下から見上げてくるシアの表情がとても可愛らしくて、俺は直視する事が出来ない。若干涙目で顔を赤らめているのだ。これで胸がドキリとしなかったら男じゃない。

 

何というか、シアをお姫さま抱っこするのは失敗だったかもしれない。だが、おんぶをしたら間違いなく俺の理性が飛ぶ。シアの何処とは言わないが、メロンが二つ引っ付いてるのだ。此奴は男性キラーだろうか。

 

とりあえず煩悩退散。俺は頭を振って階段を黙々と降りていくのだった。

 

────────────────────

 

その後、俺達は警戒心マックスの状態で階層を下げていったが、ショッカーの基地らしき物は先ほどの階層で見た物以降見られなかった。

 

最終階層である百階層も、特に何もなかった。強いて言うなら、滞在にはもってこいの広い洞穴と更に下へ続く階段を見つけたことだ。

 

どうやらオルクス大迷宮は表向きは百階層で構成されているとなっているが、実際の所は百階層の後に更に百階層ほどあるらしい。

 

何となくだが、この下の階層にはショッカーの基地がわんさかある気がする。少なくとも半端な冒険者では百階層すら辿り着けずに死んでしまう。人々には知られない場所になるため、基地は作り放題のはずだ。

 

ここまで魔物が出てこなかったのもショッカーが改造するためにこれより下の階層へ連れて行った可能性が高く、一層油断が出来ない。

 

ひとまずは此処で一度休憩してゆっくり体力を回復させ、今後襲ってくるであろう災難に備えるべきだ。

 

備えるべき、なのだが……。

 

「……香織、近すぎる。少し離れてくれ」

「嫌です。今夜は離れません」

「参ったな……」

 

そう。俺は現在、香織にガッシリとホールドされているのだ。それも正面から。

 

引き剥がそうにも下手な力は入れられないし、そもそも香織の髪の毛から漂ってくる女性特有の甘い匂いのせいで俺は若干骨抜き気味だ。これに柔らかい双璧が二つと来るのだから勘弁して欲しい。正直なところ理性が保たない。

 

いや、まあ彼女がシアに嫉妬したというなら分からない話でもない。彼女が以前零した本音を聞いてからは、殆ど確信に近い形で彼女が自分に好意を寄せていることを、自惚れでも何でもなく俺は知っている。

 

しかし、俺は改造人間。人間のような恋をしてみたいとは思うが、それは叶わない願いだ。改造人間は人とは違う。改造人間と普通の人間との恋が実ることは、残念ながらない。言うならば、聴覚障害者と健常者の恋愛が上手くいきにくいのと同じようなものだろう。

 

普通の恋愛でも必ず生まれるすれ違い。それが恒常的に起こるとなれば、難しさは倍増だ。

 

故に、俺は香織を傷つけないためにも気持ちは抑え込んでいる……。

 

「もう、シアさんばかり構って。なんか依怙贔屓してませんか?」

「してないよ。お姫さま抱っこだって彼女が歩けないから仕方なくやっただけさ」

「ううー……猛さんの優しくて紳士的な所は素晴らしいですけど、なんか複雑です」

「こら、何で複雑なんだよ」

 

依怙贔屓しているつもりはない。断じてない。ついでに言っておくと下心もない。神に誓ってないと言える。それでも女性は疑ってくるのだから、とても怖い。やはり怒らせたくない存在だ。

 

「だってえ! 猛さんって誰にでも好かれるじゃないですか! 気がついたら誰かに取られてしまいそうで怖いんです!」

「え、ああ……うん。そうか」

「好きなんですよ? 大好きなんです。でも、私が告白しても猛さんは絶対断るじゃないですか。『君を傷つけたくない』とか言って」

 

……見透かされている。恐ろしい。

 

というか、今盛大に告白されたのか? 香織さん、普通に大好きとか言ってきたぞ。どう反応すれば良いのか分からず、俺はただひたすらに眉をハの字に曲げてしまう。

 

別に香織の事が嫌いな訳ではない。むしろ好きな部類に入る。だが、彼女はまだ若いのだ。何も俺を選ばなくても良いと思う。もっと良い男は他に居るだろうに。

 

「……まあ、あれだ。香織はまだ若いじゃないか。何も早とちりする必要はないよ」

「早とちりなんかじゃないですよお! もう!」

怒っても可愛いだけなんだよな……

 

誰にも聞こえないほど小さな声でそんなことを呟く。

 

結局、俺は感覚的に夜になっても香織に抱き締められたままであり、満足な睡眠を取ることが出来なかった。

 

香織が離れた後、何故か大きな空虚感があった。

 




次回からがある意味で本番です。裏の大迷宮攻略に入ります。


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第十八話 裏の大迷宮

ゔあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙足が痛いいい()
部活で三日で15km走れと命じられたので5km走ったら足が筋肉痛で()


一通り休憩が出来た俺達は、空腹を解決するという目的も兼ねて俺の生成した薬品を飲みながらも下の階層へ行くことにした。

 

百階層から階段を下りきると、目の前には石壁が現れてので問答無用で破壊すると、目前には川のような物と滝のような物が現れた。そこから更に先へ行けば、二十階層の最後の部屋によく似た通路が現れる。

 

ただし、大きさは比較にならない。複雑で障害物だらけでも通路の幅は優に二十メートルはある。狭い所でも十メートルはあるのだから相当な大きさだ。その代わりに隠れる場所も多い。

 

「………止まれ」

 

息を潜めながら壁伝いに歩いていたが、俺の耳に何かの気配が引っかかる。

 

ハジメ達を静止させ、俺は物陰から数キロ単位で物が見える目を使って索敵する。気配の正体は、案外アッサリと見つかった。

 

それは、まるで白ウサギのようだった。ただし中型犬ぐらいの大きさであり、やたらと後ろ足が発達している。そして何より赤黒い線がまるで血管のように幾本も体を走り、ドクンドクンと心臓のように脈打っていた。物凄く不気味である。

 

更に、そのウサギより数十メートルは離れた場所には二つの尻尾が生えた狼が二匹。見るからに凶暴そうである。

 

さあ如何するか。そんなの決まっている。俺は手頃な石をポイッとウサギの近くに投げ落とした。

 

「……キュキュッ!」

「敵意を向けたな。さあ……来い!」

「キュウ!」

 

ドパンッ! と凄まじい轟音が鳴った。そう思った次の瞬間には、咄嗟に動いた俺の右腕に衝撃が走る。

 

ズザーッと後ろへ強制的に下げられ、俺は思わず冷や汗をかいた。身体が勝手に動いた御蔭で怪我一つ負ってないが、さっきの一撃は通常のライダーキックの八割程度の破壊力があった。

 

マトモに食らいでもしたらいくら俺でもダメージは免れない。ハジメ達なら一撃で腕が持って行かれただろう。最悪の場合、肩その物が関節から吹き飛んだかもしれない。特に回転を加えないライダーキックでさえ、戦車を一撃でバラバラに粉砕する程度の威力がある。その八割程度だとしても、油断は一切出来ない。

 

「キュキュウ!」

「くっ、舐めるなあ!」

 

僅かな時間視界に映ったウサギの位置と、そこから動くであろう位置を予測して拳を突き出した。

 

鉄と鉄が激突したような爆音。そして衝撃波。未来予測はひとまず成功した。見れば俺の拳とウサギの後ろ足が激突し、石煙を上げている。

 

極限まで集中力を高め、全てがゆっくりに見える灰色の世界へと視覚を徐々に移した俺は〝瞬光〟を発動させた。〝瞬光〟は知覚能力を大幅に引き上げる技能だ。この感覚は、車に轢かれそうになった時にスローモーションな世界を見るのと似たようなものである。

 

活性化して知覚能力が向上した俺の脳は、ウサギが次に動くであろう座標を幾万通りの内から最適な一つを導き出した。

 

「そこだっ。ライダァァァチョップ!!!」

 

体を捻りながら手刀一閃。

 

連撃を叩き込もうと俺の真後ろに回り込もうとしたウサギは、上半身と下半身が別々の状態で地面に血のペイントを塗りつける。

 

俺の凶行を見た二尾狼が狼らしい咆哮を上げて電撃を身に纏いながら突撃してくるも、俺は首元に手刀を落とすことで一瞬で二匹の意識を刈り取る事に成功した。

 

……代償として、俺の目元からは血が零れ落ちる。〝瞬光〟の副作用だ。本来なら長時間使用しない限りは血が零れ落ちるなど有り得ないが、尋常ではないぐらい集中したので短い時間にも拘わらず血が流れたのだろう。

 

なんにせよ、危なかった。下手したら後ろに控えているハジメ達に被害が及んだかもしれない。

 

「……ふう」

 

一つため息をつく。そして地面に寝そべる三つの死体を眺めた。

 

見た目はどこからどう見てもウサギと狼だ。特にウサギは、日本に居た頃から食べられる動物だったような気がする。狼もきっといけるだろう。中身は肉だし。

 

クラッシャーと仮面を外しながらウサギに近付き、一番筋肉が発達していて美味しそうな後ろ足を引き千切る。

 

「恵里。火を頼めるか?」

「え……あ、食べるの? 分かった」

 

恵里が俺の近くに着弾させた炎で直にこんがりと焼く。魔物の肉には毒物が入っているらしいが、改造人間の俺なら多分何とかなるだろう。ぶっちゃけ、毒より酷い悪臭の方が辛い。

 

この毒というのは、魔力を直接体に巡らせ驚異的な身体能力を発揮する魔物が体内で作り出した変質した魔力である。どうやら人間の体内を侵食し、内側から細胞を破壊していくようだ。

 

が、最悪毒に侵されたとしても身体がすぐに抗体を作り出してくれるはずだ。それに俺には香織という最高の治癒師が味方に居る。

 

「むぐっ……美味しくないな。もっと焼いて調味料を使えば良かった」

「せ、先生!? 魔物の肉は食べたらっ」

「ああ、知ってる。知ってるけど、別に俺の身体は弱くないし何とかなるさ……?」

 

ハジメに軽口を叩いたところで、俺の身体に妙な違和感が走った。身体の至る所からビキッベキッと変な音が鳴り、鈍痛を感じる。特に背骨。成長痛みたいな痛みだ。弱いけど。

 

更に腕辺りに違和感が生じる。変身を解いて人間の皮膚に戻って自分の右腕を見つめると、そこには赤黒い線が追加されていた。その線に意識を送ると、温かいような冷たいような、どちらとも言える奇妙な感覚が駆け巡る。

 

「……なんだこれ」

「あ、あれ? 猛さん怒ってませんよね?」

「何処からどう見てもお腹が膨れて幸せな所だろ? 怒るわけない」

「それなら、その顔の赤黒い線は……?」

 

香織曰く、どうやら改造手術の傷跡ではないが腕にあるような赤黒い線が顔にもあるらしい。まるで毛細血管のように広がっているそうだ。

 

と、此処までは良いことが腹が膨れたぐらいしかない。が、実際は違う。なんか、さっきよりも身体が軽く力が漲っているのだ。

 

身体に異常が一応起きたということは、俺の身体の特性が変わった可能性がある。そういう時にはステータスプレートを見るのが一番手っ取り早い。

 

早速ステータスプレートを取り出し、俺は自分のステータスを凝視する。

 

そこには……

 

===============================

本郷猛 27歳 男 レベル:91

天職:風の使者

筋力:15500

体力:13500

耐性:13500

敏捷:20000

魔力:1000

魔耐:1000

技能:変身[+仮面自動生成]・改造人間・魔力操作・徒手空拳・剣術・人工筋肉活性化・脚力強化・風属性適性・風力吸収[+身体能力強化][+体力変換]・物理耐性・毒耐性・胃酸強化・天歩[+空力][+瞬光][+縮地]・纏風[+常時発動]・薬物生成[+合成][+調合]・手術[+執刀]・気配感知・暗視・限界突破・言語理解

===============================

 

「………うん?」

 

何度も。何度も俺はステータスプレートを見つめ直した。どう見てもこれはおかしい。冷静に考えても、やはりおかしい。

 

二度。三度。四度。何度見ても、俺のステータスプレートが表記している内容は変わらない。

 

俺が妙な動きをしているせいで、続々と後ろからハジメ達が近付いて俺のステータスプレートを覗き込んだ。

 

そして、俺と同じような反応をした。

 

とりあえず、俺のステータスは魔力と魔耐が2倍以上は上昇し、敏捷も20000へ到達。その他の能力も少しずつ強化されている。

 

更に目を引くのは、新しく追加されていた〝縮地〟と〝魔力操作〟だ。縮地はウサギがやっていた超高速移動であろうと即座に理解する事が出来たが、魔力操作は何のことかサッパリだ。

 

「うーむ。訳が分からないな」

「魔力操作……もしかして、魔物と同じように魔力を直接操って詠唱なしで魔法が使えるんじゃないですか?」

「……なるほど。分からん」

 

魔法は正直使う予定がなかった。技能を発動させるために多少は使うが、それ以外には特に用途がない。常日頃から発動している〝纏風〟によって少しずつ緩やかに魔力が削られてるぐらいだ。

 

それがいきなり、魔力が直接操れると言われても理解する事は難しい。

 

「……まあ、追々分かるし良いか。とりあえず、魔物肉を食べたら能力が強化されてその魔物が持つ固有技能を手にできるってことだな」

「あ、と言うことは……」

「うんハジメ。言いたいことは分かるけど、毒があるの忘れたらダメだよ。俺は改造人間だから殆ど痛みもなく食したけど、普通の人間なら死に至るはずだ。此奴は皆が食べられるように俺が何とかしておく」

 

生物学専攻は此処で活きる。久しぶりに研究が出来ることに対する俺のワクワクは止まらない。

 

ひとまずこれから必要なのは、しばらく滞在するための拠点造り。そして魔物肉の毒物の研究と中和方法だ。やることは盛りだくさん。これから忙しくなるだろう。

 

大方のプランを考えついた俺は、早速ハジメ達に今後について話をするのだった。

 




次回は休憩回。猛さんの毒物研究と、ハジメくんの兵器開発。そしてクラスメートsideです。


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第十八,五話 暗雲

前半は猛さんの一人称で後半は三人称視点です。ツッコミ所が多いですがお許しを()


「うーん……中々に難しいな」

 

拠点の一室に俺の声が響き渡る。拠点を制作して早二日。俺は魔物肉に含まれる毒素を普通の人間が死なない程度にまで中和する方法を研究していた。

 

とりあえず中和するための方法こそ見つけることが出来たものの、人間が死なないレベルでかつ肉体変化の効力が失われない程度まで中和するのはかなり骨が折れる。

 

ちなみにトライアンドエラーを繰り返している間に、俺は二尾狼の肉も食らっている。そしたら、纏風と似た技能の〝纏雷〟というのを覚えた。ステータスは大して変動なかったのは残念だ。

 

「あの……」

「ん? シアか。どうかしたか?」

「汗、凄いですよ。お水持ってきたので飲んでください」

 

うむむ……と唸りながらどうするか考えていると、シアがコップに入った水を差しだしてきた。この娘はここ数日の間、なるべく俺や兵器開発に勤しんでいるハジメの事を邪魔しないようにと無言だったのだが、何かあったのだろうか?

 

俺はシアの事を何も知らない。ただ、ショッカーに攫われて改造されそうになり、今はメンタルが不安定という認識しかしていない。とても失礼だが、特に積もる話もしていないので仕方がないだろう。

 

そういう意味では、シアが水を持ってきてくれたこのタイミングは彼女の事をよく知る絶好の機会と言える。俺は水を口に含み、飲み込んで作業を続けながらシアに問うた。

 

「なあ。君のことをもっと教えてくれないか?」

「私のことですか?」

「ああ。生憎なことに、俺は君のことを何も知らないからな。少なくともこの魔物肉を何とかするまでは此処を動くつもりはないから、少しでも君のことを知れたらと思ってね」

 

試験管に液体にした毒を入れ、燃焼石という石炭にも似た鉱石を発火させて火にかける。きっと彼女は困惑した顔をうかべているだろうが、俺はお構いなしだ。

 

すると、シアはポツリポツリと話を始めた。

 

まず最初は、彼女の家族のことだ。ハウリア族という兎人族の中でも大きな集落に生まれた彼女は、異端児ながらも家族に大切にされてきたという。

 

「父様も母様も、私が異端児と知っても他と変わらず愛情を注いでくれました。ちょっと過保護ですけど、とても恵まれていたと思います」

「自分の娘は他と変わっていても守る、か。素晴らしい家庭だな」

「えへへ。何だか嬉しいですぅ」

 

ウサ耳がピコピコ動く。何とも可愛らしい。

 

十分に熱した毒をハジメが制作した顕微鏡モドキで見ては様々な薬品を足しつつも、俺は彼女の家族に心底感心した。

 

他と違う。それだけで自分の子供であっても差別的な視線を向ける親は少なくない。特に差別意識の高いこの世界では尚更のはず。しかし彼女の家族は親として、大人として立派な人物らしい。

 

「でも、兎人族は気性が大人しくて亜人の中でも差別されています。それに、人間の愛玩用の道具として売られてしまうことも少なくないです」

「それはまた……」

「私を改造しようとしたのも人間。正直言って、人の事を信じられなくなっているんですけどね。貴方やお仲間の皆さんは信用することが出来そうです」

「そいつは嬉しいな。この迷宮を出て、君の安全が確保されるまでの付き合いだが……信頼してくれるのはありがたい」

 

薬品を混ぜた毒を飲み込み、表情筋を緩めながら頷く。シアの話を聞きながらも、俺はようやく人間が死なない程度かつ効力が現れる状態にまで毒を中和することが出来た。

 

あとは魔物肉の状態でも同じ事が出来るかを試すの繰り返しだ。ハジメ達が食べられるようになるまでもう時間はかからないだろう。

 

と、此処までやって一息ついた所でシアが俺の隣に腰掛けてきた。

 

「あの、折り入って頼みがあるんです」

「頼み? 言ってみてくれ」

「私もこのまま足手まといは嫌です。最低限戦えるように、稽古をつけてくれませんか?」

 

どうやら彼女は戦えるようになりたいらしい。表向きの思惑の裏には、これまで迷惑を沢山かけてきた家族を今度は自分で守りたいという思いも伝わってくる。

 

ハジメと似たようで、また違った意思の強さを感じ取れた。どうやら俺の周りには、意思がとんでもなく硬い者が集まるらしい。

 

シアが強くなる事にデメリットは特にないため、俺は軽く頷いて了承した。ハジメによれば、兎人族は気配操作に長けているらしいので死角から常に急所を攻撃する格闘家にでもしてみたら面白いだろう。

 

そんなことを考えていると、にわかにバタバタと足音が此方に近付いてきた。

 

「先生! 遂に完成しましたよ!」

「兵器か?」

「はい! 日本にいた頃に見た兵器を参考にして色々と制作してみましたよ!」

 

嬉々とした様子でハジメが俺に手渡してきた兵器。それは、ほんの少し。本当に少しだけ俺の表情が曇る兵器だった。だって、原理は違うとは言え俺は此奴に似た武器に殺されたんだ。表情が曇るのも致し方ないだろう?

 

全長は約三十五センチぐらいで、この辺りでは最高の硬度を持つらしいタウル鉱石を使った六連の回転式弾倉。長方形型のバレル。これは、何処からどう見てもアレだ。

 

「……拳銃?」

「正確にはリボルバー式拳銃です!」

「なるほどね。剣と弓矢と発動まで時間のかかる魔法が主な世界では驚異的な強さを誇るだろう」

「どうしてもカセットアームを取り替えるタイムラグが気になっていたので攻撃の手を緩めないためにも開発してみたんです。あ、先生の拳銃も作りましたよ」

「え、俺のも?」

「はい!」

 

興奮した顔でズイッと差し出された、最初に手渡された拳銃よりも一回り大きな拳銃。

 

オーソドックスな見た目であるが、銃身長だけでも350mmぐらいある。全長を見るなら550mmは間違いなくあるだろう。銃口も大抵の拳銃は7mm程であるのに対して此奴は25mm近くある。もの凄くデカい。

 

デカすぎて拳銃として扱うには不向きな気がしてならない。重量も狙撃銃並にはある。本当に人間が扱う兵器なのだろうか?

 

「それはパイファー・ツェリスカという世界最強の拳銃を元にして作ったんですよ。普通の拳銃と比べて弾速は遅いし反動も悪いですけど、破壊力は象すらも一撃で屠れるぐらいです。猛先生なら反動なしでかつ超精密射撃が出来そうなので思い切ってみました」

「思い切り過ぎだと思うんだが……」

「デザートイーグルと悩みましたよ。結局、デザートイーグルを模倣した拳銃は幸利に渡しました」

「……というか、これとハジメの拳銃を制作するのに何日かかった? まさかまる二日寝てないとかないよな?」

「寝てませんよ? 流石に今日はこのまま寝ますけど」

「早く寝ろ。なんなら恵里に膝枕してもらえ。可及的速やかに眠りに着きなさい。殺されるぞ」

 

なんとハジメくん。まる二日は寝てなかったらしい。その間は恵里とも構ってやれなかっただろう。きっと彼女のフラストレーションは溜まっている。

 

一度集中したり決意したら何があってもそれに付きっきりなハジメに呆れ半分感心半分を覚えつつ、俺はツェリスカを模倣したという拳銃を握ってシアを促し、早速彼女に稽古をつけるのだった。

 

──────────────────

ハイリヒ王国 王宮にて

 

「……はあ」

 

訓練を終え、自室に戻った雫は一つ大きなため息を付く。

 

親友である香織や最も信頼している大人である猛がショッカーの基地潰しに出かけて早三日。雫の心労は既にマックス近くである。

 

香織と恵里に手酷く……はないが、まあボロクソに言われた光輝は寝ているのか起きているのかよく分からない表情でブツブツと訳の分からぬ事を呟いており、檜山に至っては部屋に閉じ籠もったきり出ようとすらしない。

 

最悪の場合、檜山は放置しても問題ないと考えている雫だが、問題はメンタルブレイクを起こした光輝である。

 

「何時まで夢と現実の区別を付けられずにいるのかしらね、光輝は。必死に光輝の事を笑わせようとする龍太郎が可哀想だわ……」

 

龍太郎の様子を思い出した彼女は再びため息を付いた。いい加減見捨てようか本気で彼女は考えている。

 

幼馴染みがイジメに実は加担していたという現実を叩き付けられ、雫も心に迷いが生じているのだ。ずっと、光輝のことは手のかかる弟のような者だと思っていた彼女だが、ここに来て完全に拒絶してしまいそうになっている。

 

それでも拒絶せず、光輝にあれやこれやと手を焼いているのは人が良すぎる雫の性格が災いしている。雫は、あまりにも優しすぎるのだ。それも年不相応に。

 

猛と雫はある意味で似ている性格だ。困っている人は勿論だが、性格に難があっても矯正し、人間社会に入っても困らないように手助けをしようとする。違う点と言えば、雫と猛では圧倒的に生きてきた年月の差があることか。

 

「猛先生って、本当に凄いのね。光輝なんて比較にならないぐらいの人間と正面から向き合っては改心させて。私も彼のようになれたら……」

 

香織を苦しめることも、ハジメ達に地獄を見させることもなかった、とまでは口にしない。

 

が、それは事実であるのも彼女は理解している。故に、今夜も雫は眠れない夜を過ごす。過ごすはずだった。

 

コンコン

 

「……だれ?」

「雫、俺だ。光輝だ」

「……はあ。こんな夜中に何用よ?」

 

ガチャリと扉を開けて光輝を睨みつけようとした雫。だが、彼女の表情は氷のように固まってしまった。それは光輝の目が原因だ。

 

何処までも深い闇。ヘドロのように濁りきった瞳。ドロドロと粘着質な視線を発する目。

 

雫の肌にブワッと鳥肌が量産された。

 

それに構わず、光輝は雫のことを抱き締めようとする。咄嗟に彼女は手持ちの短刀の持ち手部分で光輝の胸を他叩いて押し退けた。

 

「雫……? 君も、俺のことを拒絶するのか?」

「光輝、どうしたのよ! 気をしっかり持ちなさい! どう見てもおかしいわよ!?」

「そうかそうか。君も拒絶するんだな。香織のように、俺を裏切るんだな。それなら、誰の手にも渡らないように、この手で俺の物に……」

「ヒイッ!? ど、退いて!」

 

途轍もなく嫌な予感が走った雫は、扉近くに立てかけてあった長刀を握って光輝が怪我すること構わず居合抜きのような動作で彼の横を駆け抜けた。そして後ろを振り返ることもなく、彼女はその場を逃げ出す。その顔には、恐怖が貼り付けられていた。

 

逃げ出して大正解。雫があのまま棒立ちしていれば、光輝にレイプされていた。元より光輝は、ただ一人残された雫を自分の物にしようと彼女の部屋へ押しかけたのだから。

 

雫は廊下を走り、王女であるリリアーナの寝室まで向かった。寝室の扉を蹴破る勢いで開け放ち、リリアーナに泣きながら抱きついた雫は、そのまま一週間は目を覚ますことがなかった。

 

雫が逃げ去った場にポツリと残された光輝は、翌日になって檜山と共に姿を消した。彼の部屋には、一枚の紙が残されていた。

 

そこに書かれていた内容に、リリアーナは口に出来ない程の恐怖を覚えた。

 

「本郷先生を殺してやる南雲を殺してやる本郷先生を殺してやる南雲を殺してやる本郷先生を殺してやる南雲を殺してやる本郷先生を殺してやる南雲を殺してやる本郷先生を殺してやる南雲を殺してやる本郷先生を殺してやる南雲を殺してやる本郷先生を殺してやる南雲を殺してやる本郷先生を殺してやる南雲を殺してやる本郷先生を殺してやる南雲を殺してやる本郷先生を殺してやる南雲を殺してやる本郷先生を殺してやる南雲を殺してやる本郷先生を殺してやる南雲を殺してやる本郷先生を殺してやる南雲を殺してやる本郷先生を殺してやる南雲を殺してやる本郷先生を殺してやる南雲を殺してやる本郷先生を殺してやる南雲を殺してやる本郷先生を殺してやる南雲を殺してやる本郷先生を殺してやる南雲を殺してやる本郷先生を殺してやる南雲を殺してやる本郷先生を殺してやる南雲を殺してやる本郷先生を殺してやる南雲を殺してやる本郷先生を殺してやる南雲を殺してやる本郷先生を殺してやる南雲を殺してやる本郷先生を殺してやる南雲を殺してやる本郷先生を殺してやる南雲を殺してやる本郷先生を殺してやる南雲を殺してやる本郷先生を殺してやる南雲を殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる」

 

暗雲立ちこめるハイリヒ王国内。その暗雲を晴らす救世主は、今は居ない。

 

誰もが待ち望む。

 

救世主の帰還を。

 




猛さんが拳銃を使う理由は、仮面ライダー1971-1973で仮面ライダーはバルカン砲だったりハンドガンだったりで魅せるシーンがあったからです。ツェリスカをチョイスした理由はロマンと猛さんなら扱えそうだから。
光輝はとことん堕とします。もう堕ちきった気もしますが、まだ堕とします。


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第十九話 駆け抜ける旋風

お気に入り登録200人超え。そしてUA30000超えありがとうございます!
光輝を堕とすって大多数に人気なんですかね?()
前作もでしたが、光輝に不幸という名の正義の撃鉄が落とされると必ず感想(歓喜ばかり)が増えるので此方としても定期的に書きたくなっていたりします。


ドゴアン!

 

「……いやはや、何という破壊力だ」

 

リロードしながらぼやく。

 

目に入った二尾狼に向かってツェリスカを発砲すると、ただの一撃で狼の脳天を貫くどころか後ろにあった壁にも先の見えない穴を空けてしまった。

 

正直言ってドン引きである。ここまで恐ろしい兵器を、ハジメはポンポン作り出せるのだ。錬成師をバカにしていた生徒達は土下座をして謝罪するべきだろう。

 

ちなみにハジメも幸利も変身することなく新たに手にした拳銃で魔物を撃破している。香織と恵里の魔法組や、修行中のシアは出番なしだ。

 

ちなみにシアは修行中とは言っても、単独でベヒモスと共に出てきた骸骨戦士ぐらいなら倒せるぐらいの技量はある。

 

その三人も、ハジメと幸利も俺が毒を中和した魔物肉を食している事でステータスは大幅アップを果たしている。

 

例えばハジメだとこんな感じだ。

 

==================================

南雲ハジメ 16歳 男 レベル:15

天職:錬成師

筋力:440 [最大値:660]

体力:500 [最大値:750]

耐性:400 [最大値:600]

敏捷:350

魔力:370

魔耐:350

技能:錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+イメージ補強力上昇][+鉱物系探査]・右腕強化・胃酸強化・纏雷・天歩[+空力][+縮地]・痛覚耐性・言語理解

==================================

 

魔物肉を食したこと。そして錬成を使い続けて実戦も怠らなかったことで着実に力を付けている。特に右腕強化を使用した時の戦闘力は目を見張る物がある。このステータスに加えてパワードスーツを着用するため、実際の彼の戦闘力はステータスの倍近くを誇るだろう。

 

と、雑談はこの辺りまでにしておく。

 

俺の耳には、これまで出会った魔物とは一線を画する強さを持つと分かる咆吼が聞こえてきたからだ。まるで熊の鳴き声である。

 

何かを咀嚼する音も聞こえてくる辺り、どうやら食事中のようだ。距離は数百メートルほど。俺は一足先に〝縮地〟を使用して気配の主の元へ一気に接近した。

 

気配の正体は予想通り熊であった。ただし、熊にしては爪が長いと感じる。

 

もっとも、その爪を使わせるつもりは毛頭ない。俺は引き金に指をかけた。

 

ドゴアン! ドゴアン!

 

「グゥウ!?」

「甘い動きは命取りだ」

 

今の二発はあくまでも態勢を崩して敵意を此方に向けるため。避けられたことで問題はない。むしろ避けて欲しい。本命はこの次にある。

 

発射された弾丸は避けられたことにより、彼方此方の壁を跳弾している。狙いはこの跳弾だ!

 

ドゴアン!! ガキンガキン!

 

三発目に発射された弾丸は、跳弾と跳弾が互いにクロスする瞬間に放たれた。跳弾は飛ぶ向けを変え、デタラメな方向へ飛ぶのを止めて一気に爪熊へと向かう。

 

「グルゥアアアアア!!!」

 

その生涯でただの一度も感じたことのないであろう激烈な痛みに凄まじい悲鳴を上げる爪熊。その両肩からはおびただしい量の血……ではなく真っ黒な液体が噴水のように噴き出している。その肩には、焼き切れたであろう配線らしき物が見受けられる。

 

狙い違う事なく弾丸は爪熊最大の武器を扱うためにある両腕を封殺した。チェックメイト。

 

トドメに眉間目がけて発砲してフィニッシュ。力なく爪熊は地面に倒れ伏せた。

 

「……やっぱり強すぎるな、この武器。改造されている魔物を一撃で貫くとはとんでもないぞ」

 

腕の取れた両肩からチラリと見えた配線からして、間違いなく爪熊はベヒモスと同じく改造によって強化されていたのだろう。

 

それを、ただの拳銃一つで戦闘不能に追い込んでしまった。これは恐ろしいことだ。

 

俺は、ハジメ達が高速移動で近付いてくる少しの間に彼が人類を破壊してしまうような兵器は作らせないようにしようと密かに誓うのだった。

 

──────────────────

 

駆け抜ける旋風。移動しては目に入った魔物を殺し回る俺達の事を表すなら、この言葉が一番相応しいだろう。

 

爪熊を殺してその肉を食した後、俺達は下へ続く階段を見つけては下り最短距離で階層を駆け抜けていった。途中で現れる新しい魔物は調理しては食しているため、新しい技能も比例して増えていっている。また、ステータスも少しずつ伸びている。

 

もっとも、俺のステータスの伸び幅は非常に小さい。ハジメ達は急成長とも言える程のステータスアップをしている。どうやら自分の力量と近い魔物を食べれば一気にステータスが上がるようだ。

 

これまで戦ってきたのは、暗闇とのコンビネーションで攻めてくるバジリスクやタールを泳ぎ気配を感じさせないサメ。あとは毒を噴出するカエルや麻痺の鱗粉を撒き散らす蛾である。

 

他にも自分の体の節を分裂させては独立させて動かすムカデ。迷宮という極限状況にも拘わらず滅茶苦茶に美味しい実を落としていくトレンドモドキも居た。

 

が、それだけの魔物もハジメの超兵器やそれぞれの戦闘技術によって難なく突破した。気がつけば、ステータスを確認出来ないシア以外の全員がオール1000を超えるステータスになっている。恐らくシアも、1000近いステータスになっているだろう。

 

そんなこんなで気がつけばもう五十階層手前は下りた。ここに来るまでの間、機械と生物の中間的存在の魔物と幾度となく戦った。が、ショッカーの基地らしき物は一つも見当たらなかった。

 

しかし、この五十階層は俺の長年の直感からショッカーの基地があると察した。ショッカーの基地特有の不気味な静けさと、機械工具類の独特な匂いが漂っていたのだ。間違いないだろう。

 

脇道の突き当りにある空けた場所には高さ三メートルの装飾された荘厳な両開きの扉が有り、その扉の脇には二対の一つ目巨人の彫刻が半分壁に埋め込まれるように鎮座していた。恐らくこの扉の奥には何かある。

 

そう思った俺は、一つ上の階層に簡易な拠点を設けて各自コンディションを整えていた。

 

「悪寒を感じて徹底してから二日。コンディションは万全、か」

「猛さん。準備が完了しましたよ」

「そうか。それなら行こう」

「あ、ハジメくん達は一足先に行きましたよ。何でも新兵器を試したいらしくて、猛さんに倒される前に敵を殲滅したいみたいです」

「……マジか。なら、この場に残っているのは俺、香織、シアか」

 

ハジメが「手榴弾を作ったんで試したいですね」なんて話していたのを思い出す。完成した新兵器は早く試して何処を改良すべきか調べたいのだろう。

 

戦闘狂ではないとは言え、彼には少しマッドサイエンティストとしての才を感じさせる一面がある。まあ、この際どうでも良いか。

 

俺はサイクロンにツェリスカの銃弾と回復薬を放り込み、拠点を後にした。目指すは五十階層。既に露払いは終了しているはず。後はちゃちゃっと攻略するだけだろう。

 

……そう思っていた時期が、俺にもあった。

 

階段を下りてまず目に入ったのは戦闘員の亡骸だ。ハジメと幸利が蹴散らしたらしく、辺りには薬莢が散乱している。上級戦闘員と思われる赤服の者も難なく倒されたようだ。

 

立ちこめる血の臭いに顔を顰めつつも俺達は先へ進む。次に目に入ったのは一つしか目のない怪物サイクロプスが地面に血の海に溺れている姿だ。これまたハジメと幸利に急所を正確に撃ち抜かれたらしい。

 

だが、此処まで見てきた物が思わず脳内から吹き飛ぶぐらいに、その次に見た光景が衝撃的であった。その光景は、つい先日見たときは閉ざされていた扉の奥にある。

 

中は聖教教会の大神殿で見た大理石のように艶やかな石造りで出来ており、幾本もの太い柱が規則正しく奥へ向かって二列に並んでいた。そして部屋の中央付近に巨大な立方体の石が置かれており、部屋に差し込んだ光に反射して、つるりとした光沢を放っている。

 

この立方体の石には何やら人らしき物が生えている。そしてその周りには、戦闘員や様々な虫をモチーフとしているであろう怪人が立っている。

 

それだけでも十分驚いたのだが、更に俺を驚愕させたのはそこから生えている人のような者の状態だ。

 

まず、立方体の石に生えていたのは女の子だ。長い金髪が某ホラー映画の女幽霊のように垂れ下がっていた。そして、その髪の隙間から低高度の月を思わせる紅眼の瞳が覗いている。年は十二歳ぐらいだろうか。

 

随分とやつれているが、問題はそこじゃない。

 

「擦過傷、切り傷、骨折跡、変色肌。どう見ても普通じゃないぞ……」

 

この迷宮内に人が存在すること自体が異常なのだが、それを差し置いても女の子の状態は誰が見てもおかしいと思える。

 

「貴様ら……人を何だと思っているんだ!」

 

そして、かつてないほど怒り狂ったハジメの怒声が何よりも女の子の状態や境遇が異常であると察する事が出来た。仮面によって隠れているハジメの悲しみと怒りが混じった表情。それを表す物は彼の震える肩。そして彼の右腕に取り付けられている凶悪なフォルムのガトリング。

 

その二つが、何よりも彼の激烈な怒りを表しているのだった。

 




次回はハジメくん視点です。それと、原作では一番のヒロインの身の上話もあります。

※感想や評価は宜しければお願いします! 少しでも感想や高評価があるとモチベーションアップに繋がります!


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第二十話 魂は変わらず

察したら胸糞なので一応注意です。
それとハジメ視点です。


ドパンッ! ズガアッ!

 

「ふう。相変わらず素晴らしい一撃だね」

「ホントな。デザートイーグルも凄まじいが、ハジメの拳銃も強すぎる。名前は〝ドンナー〟だったか?」

「……私の出番が取られてる気がする」

 

三者三様。何処かごちゃ混ぜに見えて、しかし抜群に連携の取れた動きで僕達は一足先に五十階層を探索&敵の殲滅に乗り出した。

 

ウジ虫のように現れる戦闘員をただの一撃で屠り、お供として引き連れていた魔物も拳銃や炎魔法で難なく殲滅した僕達はあっという間に巨大な扉の前までやって来た。

 

そこで現れた門番的存在のサイクロプスも文字通り瞬殺し、扉の奥へと足を踏み入れる。

 

「……なんか、臭いな」

 

とても失礼な言葉が僕の口から零れ落ちる。だが、彼の感想は残念ながら他の二人の感想も全く同じようの物みたいだ。

 

扉の奥は光が殆どない空間。暗視があっても慣れるまでに多少時間が必要なため、最初に機能する五感は嗅覚だ。その嗅覚が何やら腐ったイカのような臭いや血の臭いを捉えた。

 

仮面を外しつつも警戒心を最大にして辺りを見渡すと、徐々に慣れた視覚が立方体の石によって四肢を拘束された女の子の姿を発見する。

 

よくよく見れば、女の子は膝から下と両手を石に埋められているらしい。十字架、というよりは大の字に近い拘束だ。普通に股関節や膝は動かせるぐらいに緩い拘束に見える。その娘の身体には、見るのも憚られる生々しい傷跡が多数見受けられた。

 

「……本当に、人なんだな」

「待って幸利。近付くのは危ない。この迷宮内に人が存在することがおかしい」

「そうだけどさあ。放置してサヨナラは後味が悪すぎないか?」

 

恵里と幸利が女の子を助けるかどうかで言い争っている。が、僕はそれは気にもとめずに女の子の目を覗き込んだ。此方の姿を間違いなく捉えたにも拘わらず、口を開かない女の子。しかし、さっきから不規則に目をパチパチさせているのだ。もしや、と思って僕は彼女の目を注視している。

 

一定の規則性があるようで、まずは目をパチパチと三回間髪を明けずに瞬き。そこからパチ……パチ……とゆっくり三回。そしてもう一度パチパチと三連続。

 

「S、O、S。助けて、かな?」

「………」

 

コクっと一つ頷いた女の子。間違いない。彼女が目で表現していたのはモールス信号だ。彼女はモールス信号で「SOS」。すなわち助けてくれと言ってきたのである。

 

何故モールス信号が使えるのかはさておき、どうやらこの場所に拘束されているのには何か原因があるらしい。それと、身体にある生々しい傷跡はきっと関係があるのだろう。

 

彼女が失声症であると仮定し、僕は話を進めることにした。

 

「何で、ここに拘束されてるの?」

「………」

「裏切られた? 誰に?」

「……」

「ショッカー? まさか……いや、何でもない。君の種族は?」

「…………」

「先祖返りの吸血鬼か。拘束される前は王女として国をまとめていた。でもある日、ショッカーが侵攻してきて家族は皆殺し。君は此処に閉じ込められた……のか」

 

恵里と幸利が若干引いているのは気にしない。今はこの女の子に関する情報を集めるのを優先したい。

 

「……」

「君は不死身なのかい? え、傷を付けられてもすぐに塞がる? 首を落とされてもそのうち治る? それじゃあその傷は……あ、魔力がなければ無意味なのか」

「………」

「……それを良いことに、ショッカー怪人の対人攻撃実験台として色々されたのか。更にはありとあらゆる辱めまで?」

「……」

「そう、か」

 

沸々と怒りが込み上げてくる。元来、困っている人は放っておけない僕だが、今回は格別である。義憤は偽憤とも言えるが、それでも僕はショッカーの卑劣な行為に怒りを爆発させる。

 

二人に彼女から得た情報をそのまま伝えると、恵里は涙を、幸利は怒りを零した。

 

今すぐにでも解放してやろう。僕はそう思い、立方体に手を置いて錬成を使って破壊してしまおうと思った。

 

しかし、そこへ声が響き渡る。

 

「き、貴様ら何者だ! 何故此処に来た!」

 

バタバタと足音。そして現れたのは、無数の戦闘員と虫をモチーフにした怪人達。

 

応答する間もなく襲いかかってきた戦闘員の頭蓋骨をドンナーの持ち手で殴って地面の染みに変えながら後退する。

 

仮面を装着して周囲を睨むと、いつの間にか戦闘員が僕達の事を囲んでいた。

 

「恵里、魔法」

「ん、任せて。〝螺炎〟」

「幸利、援護」

「了解」

 

周囲を包み込むように放たれた炎の螺旋。それを合図に僕はその場を飛び出した。大多数の殲滅を行うならば、ドンナーでは手数不足。それを察したので右腕の形を変える。

 

〝スイングアーム〟に切り換え、モーニングスターのように振り回して戦闘員の顔面を削りながらも怪人達の特徴も分析する。

 

一体はカブトムシのような姿だ。立派な一本角が黒光りし、身体からは毒霧のような物を噴出させている。近付くのが利口とは思えない。

 

そしてもう一体はカブトムシとは対のクワガタの姿をしていた。これまた立派な大顎を構えている。更に両手には両刃刀を所持している。

 

両方とも虫なため、空中移動能力は比較的高いはずだ。機動力もそれなりにありそうなので、短期決戦を仕掛けたい所である。

 

「――〝暗転〟 さあ存分に食らいな――〝破断〟」

「――〝炎渦〟――〝絶火〟 はあ……もう終わり?」

 

戦闘員はあらかた片付いた。スイングアームで最後に数体を葬り去ると、僕は怪人の目の前に立ち塞がる。

 

恵里と幸利も戦闘員を全滅させ、僕の両隣に陣を構えた。

 

「ただの人間にしては強すぎる。貴様らは何者だ? それだけの力があれば我がショッカーでもエリートとしてやっていけるぞ」

「ふざけるな! 悪魔の組織に身も魂も売る道など、死んでも選択しないぞ!」

「そう言うな。ショッカーの一員になれば、巨大な力を独り占め出来るのだぞ? しかもこの基地で一員になれば、この小娘を好きに扱う権利まで与えられるのだ。悪い条件ではなかろう?」

「……ッ!」

 

スッと頭が急速に冷凍された。人間は真に怒る時、激情は心に秘めつつも脳内はクリアになると言う。一周して冷静になるのだ。

 

正に、この状態はそれに当てはまる。

 

恵里の親に対する怒り。幸利を虐めていた人達への怒り。それと同レベルの怒りの炎がブワッと心の鉢から溢れだした。

 

「貴様ら……人を何だと思っているんだ!」

 

ジャキリとガトリングアームの銃口を怪人達に向けた。気配感知には猛先生達がこの部屋に入ってきたことを知らせるが、この際そんな情報はどうでも良かった。

 

ショッカーの敵。そして人類の味方。形は違えど、その魂までは変わらず。

 

僕の名は、〝仮面ライダー〟。

 

「許さない。貴様らのように、人類を穢そうとする者は断じて許せん! 行くぞ!!」

 

〝縮地〟の超加速の衝撃波で一気に戦闘員を弾き飛ばし、無謀と分かっていながらも僕は二人の怪人の懐へ突っ込んだ。

 

かなり長いリーチの両刃刀がすぐさま迫るも、左側はドンナーで迎撃。右側はガトリングアームで殴って弾き飛ばした。

 

その反動で身体を横向きに回転させながら〝纏雷〟を発動させ、人間の血液なら軽く沸騰するレベルの電撃キックでクワガタ男を蹴り飛ばし、そこから〝錬成〟で地面を使って串刺しにする。

 

「ぐううう!? なんて事を!」

「先にお前の命を頂くぞ!」

「舐めるな、小僧め!」

 

クワガタ男を拘束していられるのは精々三十秒。だが、それだけの時間があるなら十分だ。

 

霧のように散布される毒には目もくれず、僕は左拳を突き出した。咄嗟に出されたカブトムシの角に拳が着弾し、内蔵されていた爆薬で跡形もなくへし折ることに成功する。

 

苦しみ悶えるカブトムシ男に容赦なくガトリングアームを突き付け、躊躇うこともなく引き金をガチリと引いた。

 

キイィィィィィィィィィイイ!!!

 

回転する六連の銃身から直系30mmの弾丸が分間三千発のペースで発射され、カブトムシ男の胸元へ無慈悲な蜂の巣を量産していった。ビクンビクンと身体を上下に弾ませ、悪魔のような笑い声が収まった後に、物一つ言えないカブトムシ男の亡骸はハッキリ言って無様で哀れだ。

 

これまで吸血鬼の女の子にされた仕打ちに対する怒りも込めて引き金を引いていたため、マガジンがガチャンと落ちてから漸く現実に帰る。

 

「な、何という事だ。ただの人間に……!」

「……次は貴様の番だ。塵一つ残さず消してやる。〝ファイヤーアーム〟!」

 

右腕を中心として炎が僕を包み込む。螺旋を描く炎が不用意に近付いた戦闘員を跡形もなく焼き尽くし、パワードスーツの中にある僕の皮膚が汗ばんだ。

 

何故にファイヤーアームなのか。その理由は極めて単純だ。虫というのは余りにも高熱な場合は割かしポックリ逝くからである。みんな大嫌いなゴキブリでさえも80℃以上の熱湯をぶっかければ即死する。そのぐらい高熱は虫の天敵だ。

 

殆ど勘に頼った形ではあったが、クワガタ男が分かりやすく後退りしたことで勘は確信へ昇華された。後は叩き込むのみ。

 

「ヤアッ!」

 

気合一声と共に、足のスプリングを起動させて高く跳び上がる。前方に一回宙返りをすれば、炎が見惚れるような跡を残す。

 

〝空力〟で軌道を変え、僕は重力に引きずられるように地面目がけて急降下した。

 

形は違う。破壊力は圧倒的に劣る。それでも、この一撃は僕が一番に憧れている人が繰り出す技と同じ物だ。

 

その一撃は必殺となり、怪物を滅する。

 

「ライダーキック!!」

 

流星の如く降り注いだ必殺の跳び蹴り。先生のように正確に心臓付近を蹴ることは出来なかったが、左肩を蹴り抜いてそのまま地面に押し倒すことに成功した。

 

断末魔の悲鳴を上げて、身体を溶かしていくクワガタ男を見て僕はトドメと言わんばかりにドンナーを取り出す。

 

ドパンッ!

 

ビクッ! と身体を跳ねさせると、クワガタ男はそのまま身動き一つ取らなくなった。先ほど蜂の巣にしたカブトムシ男も既に身動き一つ取っておらず、泡のような物を噴出して地面の染みになっていった。

 

それとほぼ同時刻に先生達の援護を受けたこともあって数百を超える戦闘員が屍になっていた。薬莢が落ちてないことを見るに、先生は全て徒手空拳のみで沈めたようだ。

 

後に残されたのは、傷だらけの女の子だけ。

 

「今、助けるよ」

「………!」

 

仮面を外しつつも迷うことなく立方体に近付き、僕は手を置いた。目を見開く女の子に優しく微笑みかけ、僕は錬成を始めた。

 

魔物を喰ってから変質した赤黒い、いや濃い紅色の魔力が放電するように迸る。

 

しかし、イメージ通り変形するはずの立方体は、まるで僕の魔力に抵抗するように錬成を弾いた。だが、此処で諦めるほど僕は甘くない。随分な量になった魔力をやけくそ気味に全開放した。

 

一気に紅い光が輝きを増し、部屋全体を明るく彩った。正真正銘の魔力全開放ということもあり、自分の身体その物が紅く発光している。

 

直後、女の子の周りの立方体がドロッと融解したように流れ落ちていき、少しずつ彼女の枷を解いていく。彼女の身体に付けられた傷跡が気になるが、それを差し置いても一糸纏わぬ彼女は神秘的であった。

 

「はあ……はあ……うまく、いったね」

 

初めての魔力全開放に、体力が一気に持って行かれて僕はゼハーゼハーと肩で息をする。思っていた以上に辛かった。

 

立ち上がれないのか、地面を這って近寄っていた女の子は、僕の手をギュッと握る。言葉こそ発さないし、感情の起伏も見られない。だが、彼女の瞳は「ありがとう」という感情でいっぱいに見える。気怠い腕を何とか動かし、優しく女の子の頭を撫でてやった。

 

……撫でていた所で、突然耳をつんざく銃声が五回鳴り響いたのでビクビクゥ! と思いっきり体を跳ねさせてしまったが。

 

「バカ。最後まで周囲には気を配れ」

 

僕の永遠のヒーローは、呆れた顔で僕のことを見ている。ツェリスカの銃口からは狼煙のように煙が上がり、僕の後ろには体を痙攣させながら仰向けに倒れる巨大な蠍が居た。

 

女の子を逃がさないための最後のガーディアンを僕が察知するよりも圧倒的に早い段階で先手を打った先生に乾いた笑みを送ろうとして、思わず表情が引き攣った。

 

その理由は蠍の下顎付近にある。大穴を開けて居る蠍の下顎だが、やけに強化された目で見てみると、発射されたはずの五発がまるで最初からその形であったと言われても信じてしまうほど、自然な状態で連なっていた。

 

先生は五連発、それも口径の大きいツェリスカで、一度たりとも外すことなく最初に撃った場所に命中させていたのだ……。

 

改めて、先生の力が恐ろしく感じた。

 




もう誰なのかは分かってると思いますが、あえて名前は伏せておきます。どうせ次回で明かすので。

女の子の過去を表現するとなればR-18Gタグを付けないといけないぐらいエグいです。


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第二十一話 準備万端

本命は次回。今回はサラリと流しても大丈夫な回になっています。


「………」

「そっか。辛かったね。でも、これからは僕達が居るからね」

「……!」

 

ハジメに抱きつく女の子。それを優しい手つきで撫でてやるハジメ。なんか女の子はハジメの首筋に噛み付いて何かを吸っている。

 

口を離すと、ついさっきまでやつれていたのが嘘みたいに回復していた。どうやら吸血鬼というのは本当のようだ。

 

現在、俺達はサイクロプスと蠍の肉を切り分けて毒処理をし、袋に入れてからサイクロンに放り込んで四十九階層にある拠点に来ていた。

 

一糸纏っていなかった女の子に俺の予備の服を着せているが、大きさが合ってないので上着のみでくるぶし付近まで隠れてしまっている。何とも愛嬌のある姿だ。

 

しかし、今はそんなこと考えている場合ではない。

 

「あの、話しても大丈夫ですか? 正直言って話すの躊躇うぐらいなんですけど……」

「……話してくれ。だが、話すならその娘を抱き締めて落ち着かせながらが条件だ」

「お安い御用……とは言えませんね。恵里、後で君にもするから睨まないでくれよ」

 

胡座をかき、その上に女の子をポスンと乗せるハジメ。こう見ると年の離れた兄妹に見える。だが、簡単な説明だけで判断するとこの娘は吸血鬼。実際の年齢はハジメよりも遥かに上であろう。

 

と、まあ年齢の事を考えるのは止めよう。女性と年齢の話はタブーである。

 

ハジメの様子からして、彼女の過去はかなりどころか想像を絶する物なのだろう。此方にもそれなりの覚悟が必要だ。何やら不老不死に近い力である〝自動再生〟という力を持っているらしいが、これがどうやら災いの種だそうだ。

 

「……彼女の話だと、少なくとも三百年以上はあの場所に拘束されていたみたいです。吸血鬼族が滅びたのは丁度三百年前。滅びると同時に捕まえられた。さらに、怪人はその時期よりもずっと前から存在していたことも分かりました」

「怪人もか。それが本当ならショッカーは世界を最低でも三百年裏から支配していたことになる」

「ですが、幾ら怪人とて人体実験は必須。そのために使われたのが……」

「そういうことか。付いていた傷は、そういうことなんだな」

 

ショッカーのやることだ。今更驚くこともない。俺が見てきたショッカーという組織は、幼気な子供や動けない老人を捕まえては殺すぐらい平気でやる。

 

残虐非道。血の色は黒色。人間と似ているが実際は大幅に異なる。それがショッカーだ。

 

「それに加えて、ショッカーの協力者や下っ端の戦闘員達の欲求を解消するためにも使われたみたいです。今では、女性としての機能は完全に失われてしまったそうで……」

「再生の力でもダメだったのか?」

「再生の力は魔力に依存しています。ちょくちょく魔力回復をさせられていたみたいですけど、それでも限界があります。魔力が枯渇してしまえば普通の女の子と同じなんです」

「そうか。大方の内容は理解した。で、その娘は如何するつもりなんだ?」

 

俺達があの部屋に入った時点で、あと一発でも攻撃を受けたら危なかった。そんなことを予想しながらも、俺は感じた疑問をハジメにぶつけた。

 

俺と女の子は無関係だ。女の子を助けたのも、助けようと決意したのもハジメである。更に言えば、女の子と意思疎通を図れるのもハジメだけである。どうやらモールス信号らしき物で意思を伝えてるらしいが、俺には分からない。

 

故に、この娘の処遇は一番関わりの深いハジメに委ねるのが妥当だ。

 

まあ、心優しいハジメのことだ。大体どういう答えを出すのかは察している。

 

「……僕が責任持ってこの娘を守ります。もう放っておけません」

「これ以上守る人を増やしても大丈夫か? ただでさえお前は無茶しがちだ。死んだりでもしたら世界が滅びるぞ」

 

比喩表現なんかじゃない。これは本気で忠告している。俺が改造人間だとしても、悲しみによって力を引き出した恵里を止められる気がしない。

 

間違いなく俺は殺されるだろうし、そのまま世界を滅ぼすとしても何ら不思議ではない。

 

それでもハジメの決意が揺らぐことがないのは承知の上だが……。

 

「僕は死にませんよ。死ぬ気もありません。最悪死んでも戻ってきます」

「その自信は何処からだ?」

「先生の作ったこの腕ですよ」

 

絶対なる意思を込めた彼の瞳は、何よりも強烈な光を放っていた。

 

これ以上の押し問答は不要。というより、誰が何を言ってもハジメを動かすことは不可能だろう。それに、此処まで覚悟をしているなら問題だってないはずだ。

 

ハジメを信じよう。

 

「……決めたからには、最後まで守れ。良いな?」

「無論です」

「………?」

「ああ、君のことは僕達が必ず守るよ。裏切りなんかしないさ」

「……!」

「わわ、急に抱きつかないでよ!」

 

裸エプロン同然の女の子に抱きつかれてあたふたと慌てるハジメに、俺はクスリと笑みを零した。

 

その後、名前を付けて欲しいとおねだりされたハジメは女の子に〝ユエ〟と名付けた。名前はハジメの故郷で〝月〟を表す言葉をそのまま使用したらしい。なんでも、最初女の子を見たときに彼女の姿が夜に浮かぶ月に見えたから、だとか。

 

懐いた小動物のようにハジメに引っ付いたユエは、ニコニコと笑みを作る恵里と目線だけの壮絶な戦争を繰り広げていた。なんか、二人の背中から幽鬼と雷龍が見えた気がした。

 

結局、一時休戦してお互いの身の上話をハジメの通訳付きでしていた。幸利は何かを振り払うかのように拳銃で撃った弾丸を同じ場所に連続で命中させる練習をしていた。

 

……うん、幸利にもきっと甘酸っぱい春がやって来るよ。

 

───────────────────

 

オルクス大迷宮に潜入し、ショッカーの基地を潰し始めてから早くも二週間が経過した。五十階層を超えてからは概ね二階層に一度はショッカーの基地が設置されており、発見の度に全員で文字通り叩き潰していった。

 

この時に判明したのが、ユエは全属性に適性があり魔物と同じく魔力を直接操作する事が出来るということだ。しかも保持している魔力の量は俺よりも多く、推定でも5000はあると見られた。

 

大魔力と異常なまでの発生速度を誇るユエの魔法攻撃は強力無比であり、格段に基地を潰す速度がアップした。その代わりにユエは近接戦闘は苦手という弱点があるが、そこは腐っても近接戦闘のプロである俺とハジメ。まだ発展途上だが随分と強くなったシア。そして完璧な援護をする幸利が居る。

 

結果、後衛には香織、恵里、ユエの三人態勢になり、中衛に幸利。前衛に俺とハジメ、そしてシアになった。苦戦どころか全戦圧勝で階層を下げていくことが出来たのは何とも言えない。

 

そんなこんなで裏の大迷宮も百階層まで辿り着いた。

 

百階層の入り口は大層な扉がデンと構えてあり、その先にはこれまでとは一線を画す空気を感じられた。何か嫌な予感がしたため、俺達は一つ上の階層に何時もの如く簡易の拠点を制作し、そこで道具を揃えて鍛錬を繰り返し、なるべく万全かそれ以上の状態を作ろうとした。

 

ハジメはドンナーの十倍以上の威力を持つ対物ライフルを作ったり、幸利は俺とほぼ同等の射撃腕前になったり。シアは推定ステータスがオール4000になっていたり恵里は降霊術を活かした霊的物質でより強力かつ精確な魔法を使えるようになったり、ユエは恵里ほどではないが微細な魔法コントロールが出来るようになったり。

 

兎に角色々あったが、全員が強くなったのは間違いないだろう。参考なまでの俺の現在のステータスはこんな感じだ。

 

===============================

本郷猛 27歳 男 レベル:???

天職:風の使者

筋力:17500

体力:14000

耐性:14000

敏捷:21000

魔力:5000

魔耐:5000

技能:変身[+仮面自動生成]・改造人間・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作][+体力変換][+身体能力向上]・徒手空拳・剣術・人工筋肉活性化・脚力強化・風属性適性[+魔力消費減少][+効果上昇][+持続時間上昇][+雷属性]・風力吸収[+身体能力強化][+体力変換]・物理耐性・毒耐性・胃酸強化・天歩[+空力][+瞬光][+縮地][+豪脚]・纏風[+常時発動]・纏雷・薬物生成[+合成][+調合][+高速調合]・手術[+執刀]・気配感知・魔力感知・熱源感知・気配遮断[+部分遮断]・風爪・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・金剛・威圧・念話・暗視・限界突破・言語理解

===============================

 

ある時からレベル表記はされなくなり、魔物を食べても能力が上がりにくくなった。初めて見た魔物なら食べたら能力が上がり技能も手に入るが、それ以降は完全にただの食料と化した。この点はハジメ達も同様である。唯一ユエだけは魔物肉を食べていないため、俺達のような急成長はしていない。まあ、その分ユエには豊富な知識があるため何の問題もない。

 

長ったらしくなったが、これだけ準備をしておけば万事にも対応可能だろう。最悪対応不可能になってもアドリブでどうにかなる……はず。

 

俺らしくもない雑加減だが、きっと何とかなるだろう。そう信じてる。

 

「……大丈夫だな。うん、きっと大丈夫」

「……!」

「ん、どうした? ……私達ならきっと大丈夫と言いたいのかい?」

「……っ!」

「はは、そうか。そうだよな。俺達ならきっと、誰にも負けないよな」

 

ユエに力強く頷かれた俺は、癖一つない彼女の頭をポンポンと叩く。変化が分かりにくいが、確かに笑ったユエに俺は微笑み返すと、第二の皮膚を発現させて仮面を被り、サイクロンのハンドルを手にした。

 

俺に倣い、ハジメと幸利も仮面を付けた。香織と恵里は魔法の杖を手にする。シアは籠手をガチリと鳴らす。ユエは黄金の魔力を身に纏った。

 

戦闘準備は完了した。後は、ただひたすらに駆け抜けるのみ。

 

俺は、目の前に立ち塞がる扉にその拳を叩き付けるのだった。

 




次回は原作で言うヒュドラ戦です。が、当然ショッカーが絡んでるので一筋縄では行かず…?


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第二十二話 切り札

オルクス大迷宮の大トリです。


扉の先はこれまでに見ない超巨大な空間になっていた。此処まであった基地では見られた機械類は一切なく、ただ巨大なだけの空間である。強いて言うなら、巨大な洞窟だろうか。

 

数百メートル先は行き止まりをになっている。いや、行き止まりではなく、それは巨大な扉だ。全長十メートルはある巨大な両開きの扉が有り、これまた美しい彫刻が彫られている。特に、七角形の頂点に描かれた何らかの文様が印象的だ。

 

そして目の前の扉と俺達との間に、巨大な魔法陣が現れた。赤黒い光を放ち、脈打つようにドクンドクンと音を響かせる。その魔法陣を守るように、すっかり見慣れたショッカー戦闘員が此方に殺意を飛ばしてくる。

 

「……先制狙撃。良いっすか?」

「無論だ」

 

ドパアアアアアン!!!

 

俺の言葉に頷き、狙撃銃を構えた幸利。何故か戦闘員は殺意こそ飛ばすが動かないため、彼は難なく戦闘員の頭蓋骨に銃弾を命中させた。

 

バタバタと倒れる戦闘員から視線を外した俺は、一層輝きを増す魔法陣を注視する。

 

すると、魔法陣は俺の視界を潰すかのように強烈な光を放った。咄嗟に腕をかざし目を潰されないようにする。光が収まり、目を開いて腕を退けると、そこに現れたのは……

 

体長三十メートル、六つの頭と長い首、鋭い牙と赤黒い眼の化け物。例えるなら、神話の怪物ヒュドラだった。随分と神々しい。

 

「……なるほど。ここに来て、随分とファンタジーな世界らしくなったな」

 

サイクロンに跨がってそんなことを呟く。ツェリスカはとりあえずベルト横に取り付けた収納ケースに放り込み、ヒュドラの出方を様子見する。

 

すると、ヒュドラの中心にある赤い紋章が刻まれた頭がガパリと口を開いた。何か攻撃が来るのかと思って身構えるが、それは見当違い。予想外の出来事が発生した。

 

『貴様らか。我らがショッカー首領の崇高なる目的を邪魔する不届き者の屑は』

「……喋れるとは驚いたな」

 

なんと、ヒュドラが喋った。あの見た目だと喋れないとばかり思っていたため、少々度肝を抜かれた気分だ。

 

どうやらヒュドラは直接喋ってる訳ではなく、テレパシーのように脳内へ声を送り込んでいるらしい。つまり、この声は俺達にしか聞こえない。

 

「崇高な目的だって? ふざけるのも大概にしてくれ! お前らは何の罪もない一般人を襲うために怪人を送り込んでたじゃないか! そのせいで何人もの死人だって出たんだぞ!」

『真の世界平和を目指すためには大なり小なり犠牲は出る物だ』

「嘘をつくな! お前らが世界平和だなんて一ミリも『ハジメ、落ち着け』っ、でも!」

「ヒュドラ。貴様らの首領が唱える世界平和とは、どんな物だ?」

 

俺の知るショッカーは、世界征服を目論む悪の秘密結社。しかし、その裏には全ての人類を改造人間にすることでより効率的かつ平和的に世界を進化させるという目的があるのだろうと俺は予測している。

 

改造人間というのはあくまでもその手段だ。人類をより発展させ、一人が支配する事で考える必要のない永久の世界平和が訪れる。きっと、そういうことのはずだ。

 

『より発展した人類を首領が支配し、二度と争いの起こる事のない世界を作るのが我々の目的だ。人類は争いすぎたのだよ』

「なるほどな。確かに人類は性懲りもなく争いを続ける。貴様らの首領がそう考えるのも無理はないかもしれないな」

『それに、邪神エヒトルジュエの魔の手から人類を救うためでもあるのだよ』

 

邪神エヒトルジュエ? なんか聞いたことあるようでない名前だ。もしかして、教皇のイシュタルやこの世界の多くの者が信仰するエヒト様とやらのことか?

 

「エヒトルジュエ? それって教皇達が信仰しているエヒトとやらのことか?」

『その通りだ。エヒトルジュエとは、エヒトの本名よ』

「へえ。まあ、狂信しているみたいだから怪しいとは思っていたが、エヒトルジュエとやらはそんなに悪い神様なのかい?」

『……エヒトルジュエは。いや、奴を含めたこの世界の神は、人類同士で争わせることを遊戯と表して楽しんでいる』

「なに?」

 

何やら聞き逃せない言葉だ。この世界の神であるエヒト達は、救いようのない屑なのだろうか。

 

ヒュドラに先を話すように促した。念のため、今にも飛び出しそうなハジメには釘を打った上でだ。

 

『もう何百年、何千年、何万年と神々は人間を駒にして争わせ、それを楽しむという遊戯をしているのだ。それを止めるために立ち上がったのが我らの首領だ。そして私は、首領に同調して自ら望み改造された。既に千年以上は此処を守り続けている』

「なるほどな。貴様らの首領。そして貴様ら改造人間は曲がりなりにも人類を何とかして救おうとしているのか」

『理解してくれる者が現れるとはな』

 

まあ、正直言って今更驚くこともない。何事もアクションを起こすなら動機が必要だ。ショッカー首領はバカではないため、人類を救おうと動いていたとしてもおかしいことではない。

 

そう、おかしくはない。やり方は間違っていると思うが。

 

「……その話が本当なら、俺もエヒトは間違っていると思うさ。だが、首領のやり方が正しいとは残念ながら思えない」

『なんだと?』

「首領のやり方は、多少の犠牲が出ても目的を果たそうとするやり方だ。それは、尊く美しい人の命を失うことも厭わないということだ。俺は、誰一人として死なずに世界平和を目指したい。綺麗事だと分かっていても、だ」

 

エンジンを掛ける。けたたましい排気音が鳴り響いた。

 

仮面の中にある俺の表情は、誰が見ても複雑その物と言えるだろう。ショッカーの考えと俺の考えは似ているようで、実際は相容れない物。一つ違えば分かり合えるのに、それは不可能。その事実が、俺の心境を複雑にしている。

 

しかし、それで悩んで戦うことを躊躇うことはない。俺が守りたいのは美しい人の命の輝きと自然だ。それを守るためなら、何処までも突き進む覚悟がある。

 

「俺の考えと、貴様らの考えは決して相容れる事のない物。本質は一緒なだけに残念だが、俺はそれでも貴様らショッカーを壊滅させる」

『……そうか。貴様とは、相容れぬ存在同士か。誠に残念だ』

「来世では共に道を歩めることを祈る。だが、今は殺し合いの時間だ。此処で出会ったが運の尽き。互いに生きるか死ぬかだ」

『そうだな。何方が先へ進むべきか、此処で白黒させようではないか』

 

ヒュドラの頭が全て此方を向く。それぞれが目に殺意を宿しており、並の人間なら睨まれただけで心臓を止めるぐらいのプレッシャーを放っている。

 

俺とヒュドラの雰囲気に触発されたのか、ハジメ達もまた絶大な殺意を目に宿した。

 

一触即発。正にそんな空気。訪れる静寂。

 

その静寂を破ったのはヒュドラ。これで最後と言わんばかりの声音。

 

『……貴様の名前を聞いておこう』

「俺は、改造人間本郷猛。全ての悪の敵。そして人類の味方。大自然が遣わした正義の使者だ」

『貴様も改造人間、か。本当に残念だ。こうしてでないと出会えなかったとは……!』

 

クワッと目が見開かれた。本能で何か来ると悟った俺は、アクセルを全開にした。

 

そしてその少し後、

 

「「「「「「クルゥァァアアン!!」」」」」」

 

不思議な音色の絶叫を上げると同時に赤い紋様が刻まれた頭がガパッと口を開き火炎放射を放った。それはもう炎の壁というに相応しい規模である。

 

俺はサイクロンを走らせ、壁を登ってから宙に飛び出した。

 

その場を飛び退いたハジメとシアは直接頭を叩きに行き、幸利は青い文様の頭が口から散弾のように吐き出した氷を目にも止まらない早撃ちで相殺していく。

 

緑の紋章が刻まれた頭が繰り出す風の刃は、魔力よりも純度の高い〝霊力〟を使用した恵里の魔法によって吹き飛ばされ、その隙をついたユエの炎の槍が頭を貫いた。そして消耗した二人を即座に香織が回復させる。

 

しかし、絶命したはずの緑頭は白い文様の入った頭が「クルゥアン!」と叫ぶと何事もなかったかのように復活してしまった。

 

ほぼ同時刻にサイクロンで跳び上がった俺が黒い紋章の入った頭を轢き潰したが、やはり復活された。さらに、黒頭に睨まれると改造されてから目が覚めた時に味わった電撃の感覚が甦る。

 

どうやら黒頭はその人のトラウマを穿り返す能力があるらしい。

 

「ッ、たかが昔の出来事だ!」

 

強引にマイナスビジョンを振り切り、サイクロン後部に取り付けられた六つのマフラーを全噴射させて空を飛ぶ。そしてツェリスカを抜き、旋回しながら引き金を引いた。

 

が、その弾丸は割って入り肥大化した黄頭によって防がれる。多少の傷は負ったらしいが、それも白頭によって無意味とされた。攻撃に回復に防御に弱体化とバランスの良い奴らである。

 

ハジメとシアがタイミングを合わせてダブルキックを赤頭にぶつけたが、やはりと言うべきか白頭によって振り出しに戻された。

 

白頭を狙って銃撃しても、黄頭が邪魔をして攻撃出来ない。更に言えば、黄頭は周囲にある岩壁を即席の壁に出来る錬成のような能力まであるようだ。正直言って面倒である。

 

直接噛み付いてきた黒頭を〝風爪〟で切り裂き、口内に銃弾をぶち込んでから俺は近くに居た恵里と共に策を練る。

 

「同時攻撃が必須、か? いや、最悪攻撃役と黒頭は後回しでも良いか。それなら黄色と白を早急に叩くべきか」

「それなら、ボクが道を開くよ。突破は先生とハジメとシアに任せたい」

「……よし、分かった。ハジメ! シア! 一緒に行くぞ!」

 

サイクロンの座席から跳び上がり、ハジメ達と合流する。俺の真横を恵里の〝螺炎〟が通り抜け、黄頭を前に出させたのを見計らって一足先に突撃した。

 

肥大化した黄頭に張り付き、抵抗のつもりか頭を振り回されるので落ちないように目を握り潰しながら取って代わりにする。絶叫を上げる黄頭だが、白頭がすかさず回復させようとした。

 

そこへ間隙を縫うように現れるのはハジメとシアだ。

 

「〝ネットアーム〟! シアさん!!」

「了解ですぅ! うりゃあ!」

「グルゥウウウウ?!」

 

ハジメのネットアームでがんじがらめにし、動けなくなった白頭にシアの美しいフォームから繰り出される二段回し蹴りが直撃した。兎人という特性を存分に活かした強烈な回し蹴りは、一撃目に白頭の意識を刈り取り、二撃目に脳骸を飛び散らせた。

 

そして俺は、ツェリスカの銃口をを黄頭に接地させて四回引き金を引く。連続した発砲音が鳴り響き、鉄壁を誇った黄頭は遂に力を失って地面へ落ちていった。

 

ここまで行けば後はすぐだ。俺は幸利達の後方支援に後を任せる。

 

「存分に食らいな」

 

カッターブーメランを投げた幸利は、それを狙撃で銃撃して一気に加速させ、黒頭と緑頭の首を落とす。

 

「これでサヨナラだ――〝緋槍〟」

 

恵里の繰り出した炎の槍が、青頭の繰り出す氷の弾幕を均衡から突破に持っていき遂には消し飛ばす。

 

「……!!」

 

目を力強く見開いたユエは、六つの放電する雷球を赤頭を前取り囲む様に出現させた。そして次の瞬間、それぞれの球体が結びつくように放電を互いに伸ばしてつながり、その中央に巨大な雷球を作り出す。

 

ズガガガガガガガガガッ!!

 

中央の雷球は弾けると六つの雷球で囲まれた範囲内に絶大な威力の雷撃を撒き散らした。当然逃れる術はなく、赤頭は呆気なく融解した。

 

「はい、回復だよ――〝回天〟」

 

そしてアフターケアも完璧だ。香織の回復魔法により、消耗した恵里とユエは完全回復。俺達の精神も同時に癒された。どうやら詠唱もなく精神を癒す魔法も放ったらしい。

 

ハジメ達は互いに健闘を称え合っているが、俺だけはヒュドラの残骸に目を向ける。どういう訳か、未だに生命反応が消えないのだ。俺の本能が、まだ気を抜いてはいけないと警告を発っしている。

 

そしてそれは、間違ってなかったらしい。

 

音もなく七つ目の頭が僅かに残った胴体部分からせり上がり、此方を睥睨してきた。どうやら目を離さなかったのは正しい選択だったようだ。

 

『中々やるな。しかし、これはどうだ!』

 

ヒュドラの声と共に、七つ目の銀色に輝く頭がノータイムで絶大な破壊力があると思われる極光を俺達目がけて発射した。

 

ハジメ達からすれば突如放たれた極光であり、全員が茫然としている。そんな中、俺だけはこの場に居る全員が生き残るための手を打った。

 

タイフーンの風車が通常とは逆向きに。つまり反時計回りに回転を始める。独特な音を立てて回るタイフーンにより、俺の体に蓄えられていた全エネルギーが一気にベルトへ集まった。

 

「風よ叫べ! そして唸り声を上げろ! 俺の身体の中で渦を巻き、嵐になれ! 全てを吹き飛ばす暴風となれ!」

 

極光が目前まで迫ったと同時に俺の咆哮がビリビリと周囲を震わせる。そして、半ば飲み込まれながらもタイフーンから尋常ではない旋風が飛び出し、極光を押し返しながら吹き荒れた。

 

仮面ライダーV3の切り札である逆ダブルタイフーンと原理は大体同じだ。ベルトの風車を逆回転させ、全エネルギーと引き換えに超強力な旋風を発生させる。正に切り札だ。

 

切り札という名は伊達ではなく、ヒュドラの放った極光を押し返して均衡状態まで持っていった。そして、奴の極光が徐々に細くなっていくのと同時に旋風も収まっていく。

 

「ぐっ……」

「猛さんっ!」

「「「先生!」」」

「師匠!」

「……!」

「大丈夫だ。この戦い、勝つぞ」

 

仮面が消え、第二の皮膚も奥へ引っ込み俺の生身の肉体が表に出た。駆け寄る仲間を制し、俺はただ「勝つ」と伝える。

 

切り札を使えば変身は丸一日不可能だ。だが、それはあくまでも仮面ライダーに変身不可能なだけである。

 

実は、仮面ライダーとしての姿は怪人としての姿を不完全に現しただけに過ぎない。完全な怪人に変身してしまえば、理性が失われてしまうため、これまでは不完全な怪人態へ変身していたのである。

 

その為には厄介なプロセスを取る必要があり、風力を取り込まないと理性を抑えられなくなるのだ。原理は不明だが、兎に角風を使わないと正真正銘の怪人になってしまう。

 

怪人に変身するだけなら風力は必要ない。必要なのは、強い気持ちだけ。今の場合なら、何者にも動かせない「勝利」への気持ち。

 

「ハジメとシアは俺が万一トドメを刺せなかった時の保険で構えろ。幸利達は援護を頼む」

「猛さんは……如何するんですか?」

「俺か? 俺は……バケモノになるさ」

 

服を脱ぎ捨て、強く「勝利」を願い思う。すると、体内からビキバキと骨格が変形していく音が聞こえてきた。

 

目が充血し、全身の筋肉が膨張する。腕の外側やふくらはぎ裏からは鋭い刃が生え揃い、手足の指には鋭利な爪が伸びていく。そして、バッタのような触覚が額から二本生えてきた。

 

想像を絶する痛みが俺を襲い、思わず地面に膝をつく。口元は鬼のように裂けて広がり、その奥にある歯は全て牙へと変わる。体色はバッタでよくある緑色へ変わってしまった。

 

少しずつ、意識が失われていく。

 

俺の脳内に浮かぶ文字が変わっていく。

 

「潰せ」

 

「戦え」

 

「闘え」

 

「殺せ」

 

殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。コロセ。コロセ。コロセ。コロセ。コロセ。コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス。

 

「ア゙ア゙ヴヴヴガア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!゙」

 




本郷さんが最後に変身したのはバッタ男。見た目は仮面ライダー真とほぼ同一です。相違点はベルトが付いてるのと第三の目がないことです。
ヒュドラの声は渋めのおっちゃんボイスを想像してください()


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第二十三話 真実と裏切り者

お待たせしました。最新話更新です。
実は小説家になろうで一次創作を制作していたので更新が大幅に遅れてしまいました……()
作者名は変わりませんので、暇がありましたら閲覧と評価等々をよろしくお願いします。


体全体が、何か柔らかく暖かい物に包まれている感触がする。敷き布団よりも寝心地が良いため、微妙に目覚めた意識をもう一度夢の中へ落とそうかと俺は思った。

 

「……ここは?」

 

ついさっきまで、俺はヒュドラと相対していた。しかし中々倒せず、切り札も使ってしまったので俺は禁忌とも言える怪人態へ変身した。そこまでは確かに覚えている。

 

完全な怪人になれば理性は吹き飛ぶ。というか、意識が失われる。本能のままに行動するバケモノになるのだ。その分リミッターが外れている状態なため、仮面ライダーとして戦うよりも遥かに強力な力を扱える。

 

が、正直そんなことはどうでも良い。今現在、俺が寝ているこの場所は何処なんだと知りたい。

 

二度寝したら起きれる気がしないため、己に鞭打って無理やり意識を覚醒させ、周囲を見渡す。周りにはパルテノン神殿のような支柱が生え並び、その中心に俺が寝ているベッドがあった。そのベッドは天蓋付きという何処か落ち着けない豪奢な物だ。

 

何とも言えない気持ちで更に辺りを見渡していると、枕元付近に人が居ることに気がついた。そこに居たのは、椅子の上に座りながら寝ている香織だ。その頬には、涙が流れた跡。

 

「……そうか。看病してくれたのか」

 

胸の奥が暖かくなる。そして、香織の寝顔を見てほんの少しだけドキリとした。

 

生まれそうになる恋愛感情を封じ込め、俺は起き上がって香織の肩を叩いた。

 

「ん……う。あ、起きたんですね……って、猛さんもう大丈夫なんですか!?」

「お、おう。何ともないさ」

「し、信じられない。猛さん、心肺停止していたんですよ?」

「ちょま、え? 心肺停止?」

 

心肺停止するのは一度目ではないとはいえ、流石に驚いた。それこそヒュドラが喋った事よりも、である。

 

完全な怪人態になった時の副作用ってそこまで酷かった? と一人百面相する。

 

確かに理性は吹き飛び完全なる暴走状態にはなる。思う存分暴れた後は丸一日近くは目が覚めないのも自覚している。だが、心肺停止までした覚えはない。

 

「これは、何が起きたか知る必要があるな。香織、俺がバケモノになってから何があった?」

 

俺の質問に、あたふたとした様子だった香織は何事もなかったかのように気を取り戻し、あの後何があったのかを話し始めた。

 

───────────────────

 

まるでバッタのような姿へ変わった猛さんは、獣のような雄叫びを上げると“バッタ男”の名に恥じない跳躍力でヒュドラに飛びつきました。

 

ヒュドラの放つ極光は全て“空を跳躍”したり予備動作のない動きで躱し、あっという間に距離を詰めた猛さんは如何したと思いますか?

 

……いいえ、跳び蹴りではないです。バッタ男だけど違います。正解は、“鋭利に尖った爪でヒュドラの目を潰した”ですよ。普段は絶対に見ない戦法ですね。

 

目を潰してからの展開はあっという間でした。ヒュドラの背面に降り立った猛さんは、大砲のような音を鳴り響かせる回し蹴りでヒュドラの事を地面に這い蹲らせ、抵抗する時間も与えることなく首元を手足の刃で切り裂き、切り口に手をズボッと入れました。

 

そして、何の躊躇いもなく猛さんはヒュドラの首を切断し、残された頭も容赦なく踏みつけて地面の染みにしたところで倒れたんです。

 

変身が解除され、全裸で倒れた猛さんを見て……ああ、何でもないです! それは関係ないので! だからそんな目しないでください!

 

……コホンッ。取り乱しました。その後は、油断せずに警戒していた私達の目の前で機械の首が持ち上がりました。

 

ですが、流石に二度も同じ事は起きませんでした。機械の首が持ち上がった瞬間にハジメくんがエレキアームでショートさせて幸利くんが首の繫ぎ目を狙撃してヒュドラの体勢を崩し、最後にシアの回し蹴りと恵里ちゃんの炎の槍が炸裂して完全に首を破壊しました。

 

その後、魔力枯渇したり集中力切れで疲弊した皆を癒していると突然奥にあった扉が独りでに開きました。新手かと思って身構えましたが、ハジメくんが何も居ないと言ったので警戒しながら扉の奥へ進みました。

 

すると、中は広大な空間に住み心地の良さそうな住居があったんです。念の為数回ハジメくんと幸利くんが見回りをして安全確認をして、問題ないと把握した上で猛さんをこのベッドに寝かして看病していました。

 

途中で心肺停止して焦りましたけど、何度も最上級回復魔法をぶつけたので半日と少しが経つ頃には容態が安定したので、私はそのままここで寝てしまって……。

 

はい、私が話せるのはこのぐらいです。なんかハジメくんが三階に気になる物を見つけたらしいですけど、私はまだどんな物なのか分からなくて……。

 

え、これから一緒に行くんですか? もう身体は動かしても大丈夫なんですかね? なんせ心肺停止していたので心配で。

 

……あ、大丈夫なんですね。それなら心配ないかな。全くもう、何時命の灯火が消えてしまうかヒヤヒヤしたんですからね? 今日は心配させたお詫びも兼ねて甘えさせてください。

 

───────────────────

 

香織に変な約束を取り付けられたが、一通り何が起きたかを把握した俺は彼女を連れてハジメが気になると言っていたらしい三階の部屋へ向かった。

 

三階は一部屋しかないらしく、突き当たりにある扉一つしか見当たらない。扉を開けると、そこには直径七、八メートルの今まで見たこともないほど精緻で繊細な魔法陣が部屋の中央の床に刻まれていた。いっそ一つの芸術といってもいいほど見事な幾何学模様である。

 

しかし、それよりも注目すべきなのは、その魔法陣の向こう側、豪奢な椅子に座った人影である。人影は骸だった。既に白骨化しており黒に金の刺繍が施された見事なローブを羽織っている。薄汚れた印象はなく、お化け屋敷などにあるそういうオブジェと言われれば納得してしまいそうだ。

 

その骸は椅子にもたれかかりながら俯いている。その姿勢のまま朽ちて白骨化したのだろう。魔法陣しかないこの部屋で骸は何を思っていたのか。寝室やリビングではなく、この場所を選んで果てた意図はなんなのか……

 

「……怪しすぎないか? これ、実は怪光線を出すとかじゃないよな?」

「ハジメくんが確認済みなはずなので大丈夫だと思いますよ。私もちょっと怖いですけど……」

「まあ、何かあるとすればこの魔法陣だろう。足を踏み入れたら何か起こるはず。念の為警戒しておいてくれよ」

 

腰に常に巻き付いているタイフーンに風を送り込みながら、俺は魔法陣に足を踏み入れた。すると次の瞬間、カッと純白の光が爆ぜ部屋を真っ白に染め上げる。

 

そして、これまでの出来事が走馬灯のように脳裏を駆け抜けてから光が収まった。眩しくなくなったので目を覚ませば、さっきまでは確実に居なかったであろう男が現れている。

 

敵意は一切感じられないが、警戒心を緩めずに男を睨みつける。よく見れば、男は後ろの骸と同じローブを着ていた。

 

「試練を乗り越えよくたどり着いた。私の名はオスカー・オルクス。この迷宮を創った者だ。反逆者と言えばわかるかな?」

「反逆者? 何だ、それは」

「ああ、質問は許して欲しい。これはただの記録映像のようなものでね、生憎君の質問には答えられない」

 

何でやねんとツッコミを心の中で入れる。

 

そんなことお構いなしに、男はとあることを話し始めた。

 

まず、エヒトルジュエというのはヒュドラの言う通り外道極まりない性格であり、彼の周りに居た神もまた外道といえる性格である話から始まった。

 

ヒュドラが話したように、神々は人間同士を争わせることをあくまでも遊戯として楽しんでおり、人が死ぬのを何よりの蜜として味わっていた。しかし、それを耐えきれないと思った一人の者が立ち上がり、〝解放者〟と名乗って同士を募り神々へ戦いを挑んだ。

 

「最初は順調だった。次々と神の送る天使を撃破し、遂には神々が〝神域〟という場所に居るということも突き止めた。だが、いざ〝神域〟へ突入しようと準備を進めていたときに、突如として解放者の一人が裏切った」

 

裏切った解放者は、裏切る直前の夜に「遅すぎるのだよ。儂は儂のやり方で世界を救ってみせる」と呟いたという。

 

裏切った解放者が引き連れてきたのは、様々な動植物と人間が合成された怪物のような物であった。そして、裏切った解放者の姿は赤い三角頭巾とマントを身につけた奇怪な姿へと変え、驚いた解放者達を容赦なく蹂躙していった。

 

最後に残されたのは、先祖返りと言われる強力な力を持った中心の七人だけであった。彼らは追い縋るショッカーと神の追っ手から何とか逃れ、バラバラに散って大陸の果てに〝大迷宮〟を創ってそこに潜伏した。

 

試練を用意し、それを突破した強者に自分達の力を譲り、何時の日か神の狂った遊戯と自分達を裏切り何の罪もない人々を犠牲にしていくショッカー首領を止められる者を待つために。

 

「話は以上だ。実は、もう此処も長く保ちそうになくてね。すぐ下まで裏切り者が送り込んできた怪人が迫っている。せめて、試練を突破した君だけでも真実を全て知ってほしかったが、残念ながら時間切れのようだ。……君に、私の力を授ける。どう使おうと君の自由だ。だが、願わくば悪しき心を満たすために遣わないでほしい。それでは、私は最後の戦いに行くとするよ。話を聞いてくれてありがとう。君のこれからが自由な意志の下にあらんことを」

 

記録映像はそこで途切れた。代わりに、俺の脳内に何かが侵入してきた。ズキズキと頭が痛み、脂汗が吹き出すがどうやらオスカー・オルクスの力を授けられているのだと理解して俺は静かに痛みに耐える。

 

ショッカー首領は、実は神々を討ち滅ぼして人類を救おうとしていた。これはどうやら間違いなさそうだ。やり方は間違っているが、首領も人類のために今も戦っているらしい。

 

だが、何度でも言おう。やり方が間違っている。力を持たないただの人間を脆弱と蔑み、少数を斬り捨てながらも神を倒そうなんてやり方は間違っているのだ。そうであると信じたい。

 

誰も泣くことなく、絶望することもなく俺は世界を平和にしたい。ただの理想論であるのは分かっている。実現がほぼ不可能なのも分かっている。

 

それでも俺は俺のやり方で人々を救うために、自分が悪人としての片棒を担ぐ事になったとしても人々を守る。それだけだ。

 

人間とは、一つではとても弱い生き物。そのままでは希望を見ることは叶わない。

 

ならば。この世界に希望がないなら、俺自身が誰かの希望になる。希望の風になる。それが、仮面ライダー本郷猛の生き方であり人々の守り方だ。人々を守る戦いが永遠に続くとしても、俺の決意が揺らぐことはない。

 

改めて俺は、ショッカーを討ち滅ぼすと同時に狂った神々も倒して人類に真の平和を見せるために戦うと心に決めるのだった。




一部設定は仮面ライダー1971-1973を参照しています。ちなみにハジメくんか幸利くんが仮面ライダー1971-1973の仮面ライダースーツを着るかもしれない予定があったりなかったり()


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第二十四話 ある種の拷問であり試練

ギャグに走ってるわけではないです。ないですが……タイトルがギャグかも()


頭痛がすっかり治まった俺は、どんな能力が脳に刷り込まれたのかを確認するためにステータスプレートを取り出した。

 

能力値は死にかけたからと言って特に変わってはいない。しかし、言語理解の左隣に新しい能力がポツリと増えていた。

 

その名も〝生成魔法〟だ。どうやらこの魔法は神代においてアーティファクトを作るための魔法らしい。アーティファクトは現在ステータスプレートぐらいしか流通していないが、遙か昔はもしかしたらそこかしこにアーティファクトが溢れていたのかもしれない。

 

素材さえ有れば今後はアーティファクト類を造ることも可能だろう。なんならハジメの右腕を強化することも出来そうだ。予備として仮面ライダースーツを造るのも良いだろう。

 

今後どんなアーティファクトを造ろうか。そんなことを思案していると、香織も生成魔法を手に入れたらしく若干涙目で此方に近付いてきた。

 

「いてて……なんか、一気に情報が流れてきて困惑してます」

「それは俺もだな。だが、今後俺がやることは変わらないぞ。ショッカーを潰し、ついでに狂った神々も討ち滅ぼす。それだけだ」

「すっごい簡単に言いますね」

「宇宙人とだって戦ったことあるからな。目新しい物は何もないさ」

 

軽い調子で言葉を投げかけながら、俺はオスカー・オルクスの骸の前に立って膝を付いた。

 

何万年もの間こうして待っていたのだろうか。アーティファクトが消失した時期を考えると途方もない年月の間、骸になっても此処で自分達の意思を継ぐ者が現れるのを待っていたのだろう。

 

目を瞑り、俺はオスカー・オルクス含む全ての解放者の冥福を祈る。もう心配しなくて良い。貴方達の意思は俺が継ぐ。

 

「……安らかに眠ってくれ」

 

骸が心なしか微笑んだ。そんな気がした。

 

近くには畑のような物が見受けられる。俺は骸を抱き抱えると、傍らに置いてから畑の土を掘り始めた。人一人が入るぐらいの穴を掘り、骸からローブを脱がせると、骸をその穴に入れて再度土をかける。

 

最後に平べったい石を探し出し、そこに「偉大なる解放者オスカー・オルクス此処に眠る」と文字を描いて骸を埋めた箇所に突き立てる。

 

簡素な墓を建て、もう一度手を合わせてオスカー・オルクスの冥福を祈り、俺は香織を連れて下の階層へ降りた。

 

「君に、全てを託すよ」

 

そんな声が俺の耳に入った気がした。

 

───────────────────

 

その後、俺はハジメ達と合流して住処内を見せてもらった。

 

住処は三階建てであるが、何故か川のような場所があったり太陽と月のような物が宙に浮いていたりと俺を唖然とさせるには十二分すぎる物ばかりが見られた。

 

しかし、その中でも特に驚いたのはライオンが熱湯を吐き出しすというお約束の元造られた温泉である。

 

実は、迷宮攻略中は風呂なんぞに入る余裕がなく痒みが気になったら恵里に頼んで水を出してもらい、それで全身流してタオルで汚れを拭き取るぐらいしか出来なかった。久しぶりに暖かい風呂が入れると知り、俺の心は上昇傾向である。

 

そんな俺に、ハジメがこんな提案をした。「折角だし裸の付き合いでもしませんか?」と。何やら話したいこともあるらしい。

 

断る理由もないため俺は快諾し、その後に幸利も加わって男三人で風呂に入ることになった。

 

「先生。もう大丈夫なんですか?」

「大丈夫だ。心肺停止したと聞いたときは流石に驚いたけど、こうしてピンシャンしてるからね」

「流石改造人間、なのか? なんにせよ凄いことっすよ」

 

湯船に浸かりながらとりとめのない話をする。やれ改造人間は長生きしそうだとか、やれ仮面ライダーになるには何処を弄れば良いのかだとか。後者に関してはすぐに「魂さえ変えれば立派な仮面ライダーになれる」と発してしまった。まあ、ハジメも幸利も魂だけなら間違いなく正義の使者仮面ライダーだ。心配することはない。

 

そして、今度はそこから「仮面ライダーを模した強化服なら作れるのでは?」という話に変わる。何でも、ハジメの錬成を使えばかなり短時間で完成させることも可能らしい。もっとも、設計図があればの場合らしいが。

 

「先生は何か良い案ないですか?」

「やっぱり仮面ライダーの姿になってみたいんだよなあ。男の夢というか」

「ロマンでもあるね。仮面ライダーになりたいは誰しもが通る道だし」

「まあ、仮面ライダーを模したアーティファクトなら数日あれば完成させられると思うぞ。二人に渡したパワードスーツは仮面ライダーの試作品のような物だからね」

 

何となくではあるが、既に仮面ライダーと同じ姿をしたパワードスーツの構想は脳内で完成している。後は図面に書き出して実際作れば数日のうちに完成するだろう。

 

ちなみに強化服の内容としてはガス等の化学兵器が一切通用せず、暗視ゴーグルやサーモグラフィ機能といった様々なモニタリング機能を備えた仮面、全体装甲は対物ライフルのゼロ距離射撃でも傷一つ付かない程度、それに加えて心臓といった重要臓器を守るために胸元にコンバータラングという増加装甲を取り付けると言ったところだ。後は単にパワーアシスト機能も入れたら大体は仮面ライダーである。

 

他には風力発電を使用しており起動させると内部から一瞬で身体に強化服が装着される機能を持つベルトや専用のバイクを用意して完璧と言えるだろう。

 

その構想を話すと、ハジメと幸利は唖然とした表情を晒した。

 

「や、やっぱりIQ600の考える事は違いますね。絶対強いじゃないですかその構想の強化服」

「しかもベルトから展開されるっていう事は今のパワードスーツに重ねて使えるってことだろう? だとしたら基本性能がとんでもないことになりそうだな!」

「そこまで構想が出来てるなら風呂を上がってからでも制作を始めましょう! 図面が出来たら錬成を使っちゃえばすぐに完成しますよ!」

「ああ、うん。でも、今日の所はゆっくり休ませてくれ。香織に今日は一緒に居てくれと頼まれているからね」

 

子供のように目をキラキラさせる二人に俺は苦笑いを零す。どうやら、男の子というのは強い何かに強い興味を惹かれるらしい。

 

一刻も早く仮面ライダースーツを作りたいらしく、ハジメと幸利は一足先に上がって体を洗いに行ってしまった。後に残された俺は、より詳しく仮面ライダースーツではなく専用バイクの内約を考える。

 

基本性能はサイクロンと同じで良いだろう。唯一、一般車両に偽装する機能は再現が極めて困難である。あれはショッカーの制作したナノマシンが必要だ。それもハジメの錬成があれば何とかなってしまいそうではあるのが何とも言えないところだ。まあ、この世界ではまずバイクを知っている人物が殆どいないので偽装機能は再現しなくても良いかもしれない。

 

ちなみにサイクロンを完全再現するなら垂直な壁でも難なく駆け上がり、何らかの信号で自立操作出来る機能や急発進と最高速からの急停車に耐えきれる強度も必要だ。マフラー部分は正直再現しなくても良いと思うのだが、それはきっと二人が許さないと思う。環境破壊にならない成分を噴出しているとはいえ見た目がかなり気になる。

 

一人悶々とどうしようか思案していると、いつの間にかかなりの時間が経過しておりハジメと幸利は気が付かない間に風呂場から出ていた。あまり長湯をするのは体内の機械に良くないので、俺も風呂から上がって体を洗い、火照る体を自身の能力で冷やしながら香織の待つ部屋へ向かった。

 

今夜は既にかなり寝ていたのもあって寝られないだろう。もしかしたら他の理由で寝られない可能性があるのだが、今は考えないことにした。

 

──────────────────

 

「あ、猛さん」

「来ましたねぇ!」

「……ん? シアも一緒なんだな」

 

部屋に入った俺を出迎えたのは、ベッドの上に座る香織とシアだった。てっきり香織だけだと思っていたので、俺はちょっと驚く。

 

二人はそんな俺にお構いなしだ。ニコニコと笑いながらベッドに腰掛けるように促してくる。

 

シアが居ること。そして香織達は何を話すのだろうかという疑問に頭を悩ませながらも、俺はベッドに座った。

 

「で、甘えさせてくれって俺は何をすれば良いんだ? 生憎女のことは分からないけど」

「ふふふ。それはですねぇ……えいっ!」

「よっと……こうするんです」

「……抱きつくのか?」

 

左右から抱きつかれた。両手に花状態になり、俺は困惑する。特に何処とは言わないが腕に当たる柔らかい感触。理性が飛びそうだ。

 

別に二人に抱きつかれる事が嫌なわけではないのだが、この状態が一晩は続くと考えるとある種の拷問である。

 

俺は改造人間だ。恋愛感情や煩悩は基本的に封印している。表に出そうになっても鋼の意志で抑えつけている。それがいとも簡単に崩されそうになるため、俺は意識を飛ばしてしまおうかと考え始めた。

 

「はふぅ。師匠の身体って引き締まってますよねぇ。惚れ惚れしちゃいますぅ」

「やっぱり猛さんの人肌は心地良いですよ。何度でもこうしたくなります」

「……人肌の下にはより強靱な筋肉だったり血管だったりが敷き詰められているけどな。というか、シアはこの短期間で心を開きすぎじゃないのか? 俺は男だぞ?」

「私、師匠にだったら何されても文句は言いませんよぉ」

 

これは俺の理性を試しているのだろうか。香織は言わずもがなだが、シアも初見で美少女と思うぐらいに容姿が整っている。そんな二人に挟まれているというこの状況は汚れた感情を封じ込めてる俺からしたら試練としか思えない。

 

困ったことに、香織もシアも俺になら何されても良いというスタンスなことだ。幾ら感情を封印していても、そんなこと言われたら揺らぐに決まっている。

 

「悪いことは言わないから、俺以外に男を捜すんだ。俺より良い男なんて幾らでも居るぞ」

「「嫌(ですぅ)!!」」

「おいおい……」

 

結局その後、二人を引き剥がすことは叶わなかったので一晩中引っ付かれたままだった。

 

改造人間であるために数日は睡眠を取らなくても問題がないという特性に、俺は初めて感謝をした。

 

でも翌日にハジメから「昨晩はお楽しみしたんですか?」と聞かれたことは心に軽いダメージを負うことになった。変なところで弱い俺の心は治りそうになさそうだ。




次回は今回出てきた仮面ライダースーツのお披露目です。あとは新道具だったりステータスだったりでしょうか。オルクス大迷宮編は次回辺りで終了だと思われます。


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第二十五話 旅立ち

説明回です


「さて、造るとするか」

「先生ぇ。顔色悪いけど大丈夫なんか?」

「幸利。先生は昨晩お楽しみでね」

「やかましい。早く造るぞ」

 

設計図は脳内に叩き込んである。あとは〝生成魔法〟を使って特殊な鉱石を創り出し、出来た鉱石を形にしていくだけだ。

 

まず制作していくのは強化服だ。本来なら一々ハンマーで叩いて形を整える必要があるが、俺達にはハジメという最高の錬成師が味方に居る。ハジメに絵を含めた設計図を渡して後は一任させても大丈夫だろう。

 

錬成によってものの数秒で形が殆ど完成したのを見て、今度は仮面を造るように指示する。仮面には便利な機能が多数盛り込まれている他、バイクに電波を飛ばして連携も取れる優れものだ。

 

「ベルトは複雑な機構が備わるから俺が造る。その間にバイクを頼んだぞ」

「分かりました。あの、バイクの形は僕達で勝手に決めても……」

「好きにしな。とりあえずバイクがあれば良い。仮面装着は手動でもベルトを起動させて強化服さえ身に纏えば何とかなるからな」

 

ベルトに必要な機能は風力発電によって強化服が一瞬で装着されるという複雑極まりない物だ。そのため、俺は〝瞬光〟を使って脳の処理能力を引き上げながら作業をする。

 

外見はタイフーンとまるっきり同じにして、あとはショッカーから学んだオーバーテクノロジーとも言える機能を次々と放り込み、数十分もした頃にはベルトの原型が二つ完成した。

 

そこからハジメが制作した強化服をベルトに搭載された“原子レベルまで一度は分解しベルトの起動によって再構築される”というハジメの右腕と似たような機能とリンクさせベルト内部に収納した。

 

ベルトを起動させるためにはベルト横にあるダイヤルスイッチを捻れば完了だが、二人がロマンを追い求める事も加味して彼らの脳信号によって任意のタイミングで変身出来る機能も念の為備え付けてある。

 

「ほら、試してみろ」

「ありがとうございます! それじゃあ早速……」

「これで念願の仮面ライダーになれるんだな。出来栄えはどんなもんかなっと」

 

ハジメと幸利がベルトを受け取り、ベルト横にあるダイヤルスイッチを捻る。するとベルトの風車が回転し、一瞬で強化服が二人の身体に纏われた。

 

デザインは俺のと似通っている。違いとしては手足の装甲が俺のは白に近い銀色に対して強化服はモスグリーンな事だ。あとは全体的に色合いが暗く見える。ちなみに幸利の強化服には腕や脚に銀色の太いラインが一本入っている。

 

最後に二人は仮面を被り、クラッシャーを装着して変身を完了させた。この仮面もハジメと幸利でデザインが異なり、ハジメの仮面は濃淡色でピンク色の複眼をしておりクラッシャーは灰色だ。対して幸利のは複眼が赤く仮面の色もモスグリーンとなっておりクラッシャーは銀色である。

 

参考程度に、俺の仮面の色は黄緑色であり胸部装甲の色も明るい。また、クラッシャーは口元だけを隠すのに対して二人の仮面は鼻から下全てを隠す物だ。ライダーマンにクラッシャーが加わった感じである。

 

「あの先生。この状態で手合わせしてもらっても良いですか?」

「俺も一緒に頼みたい。強化服の力を知りたいからな」

「構わないぞ。何なら二人同時に来い」

 

言葉と共に服を脱いで皮膚を変化させ、更に仮面を装着する。風が吹き荒れ、深紅のマフラーがパタパタとはためいた。

 

肩幅弱に足を開いて腰を落とし、二人にかかってくるように促す。

 

「……行きます! 幸利!!」

「おうよ! 先生、覚悟!」

 

左右同時に鉄拳が飛来する。ハジメのパンチは右手で軽く受け流し、幸利のパンチは体を少し動かして攻撃その物を回避。連続で、かつ不規則に鉄拳が連打されるが一つ一つを受け流すか回避するかしているので結局のところ俺にダメージはない。

 

突出した幸利を踏み台にして俺は跳び上がると、天井を蹴って急降下してハジメのコンバータラング目掛けて拳を振り下ろす。

 

だが、俺の拳は確かに突き刺さったがコンバータラングには傷一つ付けられなかった。どうやら装甲は完璧らしい。我ながら素晴らしい設計だ。

 

パンチの衝撃波で後ろに跳んだハジメは幸利と並ぶ。そして互いに頷き合うと、こちらを一瞬睥睨してから宙に跳び上がった。おそらく、あの技を試すつもりなのだろう。以前、ベヒモスを葬り去った一撃必殺の大技。かつて俺達も数多くの怪人を地獄へ送ったあの技。

 

「「ライダァァァダブルキック!!!」」

 

息は完璧。ハジメが右足。幸利が左足。一糸の乱れも見られない挙動でシンクロした二人は同時に跳び蹴りを俺に見舞った。

 

無抵抗のまま食らえばタダでは済まない。俺は足に内蔵されている小型原子炉を20%だけ起動。右足に炎を纏わせて二人が突き出してきた足に叩きつけた。

 

ゴォガアアアアアアアアアアン!!

 

凄まじい轟音と衝撃波がほぼ同時に広がり、ハジメと幸利は後方へ吹っ飛ばされた。俺もジンジンと痛む足を抑えて蹲る。想定の十倍ぐらいは破壊力のあったライダーダブルキックに俺は強化服の出来が百点満点以上であることを実感した。

 

とんでもない物を作り出してしまったものだ。下手したら俺の設計した強化服や前型スーツは世界を滅ぼしかねない物だ。もう二度と、俺は兵器類を設計しない方が良い気がする。

 

騒音によって駆けつけてきた香織の姿を見つめつつ、俺は密かに新しい決意を固めるのだった。

 

───────────────────

 

強化服が完成してから一週間が経過した。

 

毎晩、美少女二人によるある種の拷問(ご褒美)を受けながらある時は戦闘技術の精進をし、またある時はハジメの開発した兵器を試してみたりとしているうちに全員ステータスが軒並み上昇していた。

 

俺のステータスは全能力値が非表示になってしまったので例に挙げられないので今回は幸利のステータスを参考にしようと思う。

 

====================================

清水幸利 16歳 男 レベル:???

天職:闇術師

筋力:12950

体力:14700

耐性:10790

敏捷:13540

魔力:15400

魔耐:15400

技能:闇属性適性[+発動速度上昇][+効果上昇][+持続時間上昇][+複数同時発動][+消費魔力減少]・水属性適性[+発動速度上昇][+効果上昇][+消費魔力減少]・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作]・闇属性耐性・水属性耐性・先読[+未来予測]・遠視[+収縮拡大]・纏雷[+出力上昇]・天歩[+空力][+瞬光][+縮地][+重縮地][+豪脚]・風爪[+三爪]・夜目・気配感知・魔力感知・熱源探知・気配遮断・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・恐慌耐性・物理攻撃耐性・金剛・威圧・念話・高速魔力回復・魔力変換[+体力][+治癒力]・限界突破・生成魔法・言語理解

====================================

 

以前のステータスを考えると信じられない成長率だ。レベルはいつの日からか表記されなくなり、全能力が10000を超えている。技能もかなり増えており、強化服やハジメお手製の装備もあると考えれば幸利も凄まじい力を手にしたことが分かるはずだ。

 

ちなみにハジメはというと幸利よりほんの少しだけステータスが低いがその代わりに錬成のスキルが大幅に向上している。遂には錬成に関しては魔法陣を必要としなくなり、普段から身に付けている手袋を外しても問題なくなった。更には錬成の派生で錬金術まで使用できるようになり、ハジメはかなり喜んでいた。

 

「某鋼の男の子みたいになれますね!」と興奮するハジメの頭をペシリと叩いて恵里が諫めていたのはとても微笑ましかった。

 

その恵里さんはと言うと霊力の使用に慣れたのか、精神体をあの世へ飛ばして解放者と接触。改めて解放者が何をしようとしたのかを聞き、ついでに大迷宮が何処にあるのかも教えてもらってくれた。魔法の破壊力もユエ程ではないが一つ一つが凄まじい物になっている。

 

ユエはハジメと恵里に相変わらず懐いている。生きた年月だけで言えばユエは最年長なのだが、これまで受けてきた仕打ちもあって精神年齢が年相応か少し下になっており、ハジメと恵里にベッタリだ。

 

だからと言って戦力外になる訳ではなく、むしろ恵里と並んで後方支援攻撃の要として魔法の精度を十分に高めていた。単純な破壊力ではユエに。精度では恵里に軍配が上がるだろう。

 

シアはすっかり逞しくなり、最近の手合わせではちょくちょく手痛い一撃を受けるようになってきた。これはシアがある程度先の未来を見れるが故の一撃らしいのだが、正直言って十分過ぎるぐらいだと言える。脚力限定で見れば俺と殆ど同等かもしれない。

 

香織はステータスが誰かより突出しているわけではない。だが、彼女はもはやチートと言っても過言ではない速度と量の回復魔法を同時発動させられるようになった。香織の仕事は消耗した味方を回復させることだ。仮にステータスが低かったとしても関係ない。彼女には彼女にしかできない特別な仕事があるのだ。

 

新装備にも少し言及しておこう。

 

まず、俺は特殊薬品を一ダース制作した。この薬は魔力や体力を細胞レベルで修復させることで問答無用で全快の半分を回復させ、更に一定時間脳の処理能力を上げることで戦闘能力を向上させることも出来る優れモノだ。あまりに強力なので多くは作れなかったが、これ一つで強化と回復を兼ねられるので強力無比である。

 

また、人数が増えてきたのでハジメがバイクの技術を応用した電力駆動の四輪を制作してくれた。排気ガスを一切出さないエコ仕様なため俺の評価は百点満点だ。他にもハジメはオスカー・オルクスの骸から抜き取っていた〝宝物庫〟という指輪を使ってドンナーに空中リロードができるようになっていた。

 

当然墓荒らしに相当するので滅茶苦茶怒った。久しぶりに手術跡をビキビキに浮かび上がらせながら怒った。ハジメ含めその場に居た人達は皆反省してくれたので良いとしているが、まさか骸から抜き取っているとは思わなかった。

 

ちなみにこの指輪。正確には指輪型アーティファクトで、指輪に取り付けられている一センチぐらいの紅い宝石の中に創られた空間に物を保管して置けるというものだ。空間の大きさは、正確には分からないが相当なものだと推測している。持ち物を片っ端から詰め込んでも、まだまだ余裕がありそうだからだ。そして、この指輪に刻まれた魔法陣に魔力を流し込むだけで物の出し入れが可能だ。半径一メートル以内なら任意の場所に出すことができる。

 

これを活用してハジメは空中リロードを覚えたというわけだ。俺はというと弾薬を必要な分だけ空中に投げてから撃ち切りそのまま弾倉に直接リロードしている。攪乱も狙えて一石二鳥だ。

 

装備は揃った。力も十分。そう判断した俺達は遂に住処を出ることを決めた。

 

「さて、いよいよ出るわけだが……幸利は一度王国に戻るのか?」

「ああ。愛子先生の護衛をしようと思ってな。ついでにクラスの連中がどうなっているかを知りたい」

「そうなると、ここを出たらしばらくの間はお別れだな」

「なに、心配は要らないさ。先生が作ってくれた装備があるからな。それに愛子先生を死なせるわけにはいかない。そのためにも俺は王国へ戻るよ」

 

今後の旅は大迷宮攻略とショッカーや神の殲滅を目的としている。その旅に幸利は同行せず、愛子先生を守ると決意してくれた。誰かがしなければならなかった事だけに、とてもありがたい。

 

俺は幸利の強い眼に頷くと、三階の奥にあった巨大な魔法陣を展開させる。

 

光が少しずつ広がっていく中、俺は後ろに控えている頼もしい仲間達に告げる。

 

「これからの旅は間違いなく危険度が上がる。俺達の力を教会は黙っていないだろうし、ショッカーや神から刺客が送られる事もあるだろう。それでも、幸利以外は同行するのか?」

「当たり前ですよ、猛さん」

「弟子は師匠に一生付いていきますよぉ!」

「誰かを救えるなら、僕は迷いませんよ。もちろん付いていきます」

「ボクはハジメの行く所へ一緒に行く。ユエもだろう?」

「……(コクリ)」

 

他の者の考えは全員同じらしい。それぞれが強い決意を眼に宿している。

 

それを確認して、俺は決意を改めて口に出した。

 

「救うぞ。この狂った世界を」

 




強化服は完全に仮面ライダー1971-1973のアレです。変更点があるとすれば変身ポーズを取ってから変身も頑張れば可能と言ったところです。その際、仮面とクラッシャーは宝物庫から空中リロードの要領で取り出さないといけないので完全にロマン機能です。

次回は久しぶりですが王国に視点を向けます。ですので次回は三人称です。


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王国side 絶望と希望

ちょっと変更して王国sideにします。
光輝と檜山が失踪した王国はどうなったのか? そして新キャラも…。
あと「その音色は異世界まで響き」のお気に入り登録が700をいつの間にか超えてました。ありがとうございます!


猛達がオルクスを出た頃。王国はまるで墓場のように静まり返っていた。

 

希望の星であった勇者とその仲間の失踪。この事実は、教会が隠し通そうとしたが何者かによって情報が外に出てしまい、ハイリヒ王国は大パニックに陥った。

 

それもそうだ。国民は勇者である光輝とその他のクラスメイトに人類を救ってもらえるとばかり信じていた。それがある日、一番の力を持つとされる光輝が突然失踪してしまい、置き手紙の内容も不穏な物だったのだ。混乱を招いても仕方ない。

 

しかし一時は騒然となった王国も、今ではすっかり静かになった。いや、静かにはなったが漂う空気が絶望感を感じられる物であるが。一部はオルクス大迷宮入り口付近で無双していた一人の男が自分達を救ってくれると確信めいた思いを抱いていたが、それはほんの一部。多くの者は絶望していた。

 

そんな国民の様子に、リリアーナは心を痛めていた。父親と母親は教会が告げる神託とやらを妄信しており話を一切聞き入れない。特に父親は、今の国民が最悪皆殺しにされても神が助けてくれると心から信じている。

 

しかし、リリアーナは心根が優しい少女である。年不相応に大人びているところもあるが、それでも感受性の高いごく普通の少女だ。

 

「雫も、どうしてこうなってしまったのでしょうね……」

「ん~? おねえちゃ?」

 

光輝が失踪する前日、彼に襲われた雫は精神を完膚なきまでに壊してしまった。見た目こそ変わらないが、精神年齢が三歳程度にまで幼児退行してしまっている。

 

一般生活を送るので精一杯なぐらいにまで幼児退行化しており、現在はリリアーナが離れることなく世話をしている。リリアーナ以外の者には徹底した拒絶反応を見せるため、リリアーナの精神も徐々にすり減らされているのが悩み処だ。当然、こんな様子では戦えないので戦線からは遠のいている。

 

雫の幼児退行化はクラスメイトにも多大な影響を及ぼしている。幼馴染みである龍太郎は光輝の失踪とのダブルパンチですっかり頬が痩せこけており、これまで雫によってバランスがなんとか取れていた他のクラスメイトのメンタルもガクガクと不安定な物になってしまった。癒しの女神とも言える香織が居ないのも一つの原因ではあるのだが……。

 

そんな空気に耐えきれず、一部の生徒は愛子の元へ同行して王国を離れていった。表向きは〝愛ちゃん護衛隊〟としているが、実態は心を根元から折られた生徒の集まりである。真面に戦えるかと言われれば疑問符が付く。

 

心強い先生であり、みんなのヒーローの欠落。そして精神的支柱の失踪と幼児退行化。脆い支柱に縋っていた他のクラスメイトの精神が一気に削られるのは想像するのも簡単であろう。

 

もっとも、リリアーナが精神をすり減らしている理由は他にもあるのだが……。

 

現状、最も心の負担になっているのは雫で間違いないだろう。友人に対してそんな感情を持つのは許されないとリリアーナは言い聞かせているが、それでも思わずにいられなかった。

 

純粋無垢な瞳でリリアーナに抱きつく雫の頭を撫でながら、リリアーナは窓の外に見える青空を眺める。

 

そして、窓を横切った白い鳥を見てポツリと零した。

 

「私も、あんな風に自由に飛べたら良いのに」

 

誰ともなく零したリリアーナの弱音。同情してほしいとか、何か意見を述べてほしいとかそんな物はない。一切ない。翼を持って自由に飛び回りたいという、純粋なうら若き少女の抱える弱音であった。

 

それだけに、彼女の言葉の後に被さるように響いた声にリリアーナはビクリとした。

 

「おいおい、現状に満足いかないなら自分から行動をすれば良いだろう?」

「ひえっ!?」

「んぅ?」

 

声がした方向。すなわち扉側を見るリリアーナ。聞いたことのない男の声にリリアーナは警戒心マックスだ。一方で雫は何故か大人しい。

 

扉にもたれ掛かるようにして立っていたのは、リリアーナも見たことのある“仮面”を小脇に抱えながら片眉を上げている男だった。精彩な顔立ちをしており、身長も高く街に出れば多くの人から声をかけられるぐらいである。本郷とはまた別ベクトルで男前だ。

 

少なくとも彼女の知る仮面を持つ人物は一人である。しかし、その人物は現在オルクス大迷宮にあるというショッカーの基地を叩き潰している最中とリリアーナは認識している。故に、この場に立っている男は彼女の知る者ではない。

 

混乱の極みに達したリリアーナを見た男は彼女から視線を外し、今度は雫のことを見やる。リリアーナ以外の者には拒絶反応を示すはずの雫だが、これまた何故か男のことを真っ直ぐ見つめている。

 

「あ、貴方は……貴方は誰なのですか? どうやって警備態勢が万全の王城に入り、この部屋まで……」

「あの程度で警備態勢が万全? 随分なザル警備……って、ショッカーの基地とまるで違うのは当たり前か。すまん、失言だった」

 

空いた手で頭をカリカリと掻く男。しかし、リリアーナは男の発したとある組織の名前に反応を示した。直接関係者から聞いたわけではないが、情報を持って帰ってきた幼児退行以前の雫から話は知らされている。父親は何の対策も取っていないが、ただ一人危機感を持っていたリリアーナは独自に調査を開始していた。

 

その際にショッカーが断片的ながらも恐ろしい組織であることが判明し、早急にでも対策を打ち出すべきと思案していた矢先にこの男が現れた。

 

ショッカーについて少しでも多くの情報が欲しいリリアーナは、警戒心を少し緩めて男に尋ねる。

 

「ショッカーの関係者なんですか?」

「ん? 君はショッカーを知っているのか。意外だが……なるほどね。この世界にもショッカーが居るのか」

「この世界……? まさか、貴方は……!?」

 

この世界という単語。この一つでリリアーナは目の前に立つ男が何者なのか検討を付けた。つい一カ月前に召喚された勇者一行。それと等しい、または近しい存在であるという事を。

 

彼が勇者なのか、はたまた悪魔なのか。それは分からないが、リリアーナは何故かこの男が何かをもたらしてくれるのではないかと感じる。

 

男はリリアーナの様子は気にも留めず、ただマイペースに自分の名を名乗った。

 

「俺は一文字隼人だ。本業はフリーのカメラマン。こんな見た目だが柔道六段、空手五段の改造人間であり、大自然が遣わした正義の使者さ」

「まさか……仮面ライダーですか?!」

「なんだ、知ってるじゃないか」

 

突如として目の前に現れたもう一人の仮面ライダー。その名は一文字隼人。

 

本郷を追って異世界に迷い込んだもう一人の勇者は、目を白黒させるリリアーナにこれから進むべき道の一つを示し、彼女が反応を返す前に雫の頭を優しく一撫でしてからベランダに出て飛び降り、場を去った。

 

最後に、「また来る」と一言残して。

 

彼が立ち去った数秒後、慌てた様子でリリアーナの部屋に駆け込んだ騎士が「侵入者は!?」と聞くが、リリアーナは上の空で聞き流してついさっきまでは確かに居た男の言葉を脳裏に思い浮かべていた。

 

「後悔してからじゃ遅い。現状に満足してないならまずは動け」

 

(私は、どうしたら良いのでしょう。ねえ、雫……)

 

隼人を見ていた時は大人しかった雫が泣き出したため、彼女の頭を撫でながら尚もリリアーナは悩む。王女としてではなく、リリアーナという一人の人間として決断する時は刻一刻と近づいていた。

 

そんな時である。にわかに王城の入り口に居た人々が騒ぎだしたのは。何事かと思ってベランダから下を覗いたリリアーナは、入り口付近に佇む人物を見て驚愕を露わにした。

 

「あれは……幸利さん!?」

 

見慣れない二輪に跨り、ヘルメットを取って髪をかき上げたのは大迷宮に潜ったはずの幸利であった。腰には見慣れないベルトを巻いているが、紛れもない本物の幸利だ。

 

リリアーナは居ても立っても居られなくなり、雫の手を引いて部屋を飛び出すのだった。

 




一瞬だけ現れたもう一人の仮面ライダーはちょくちょく登場します。主役はあくまでも本郷さんですが、彼も重要人物の一人です。
また、王国に舞い戻った幸利視点の物語もたまに書きます。


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第二十六話 久方ぶりの外気と暫しの別れ

毎度コメントしてくださる方ありがとうございます! これからも頑張っていくので最後までお付き合いしてくれると嬉しいです!


光が晴れた先。明らかに空気が変わったと感じるが、まだ外ではないことも同時に悟った。秘密の通路であるだろうし、いきなり外というのはないと先に考えていたためショックは比較的薄かった。

 

暗闇が支配する洞窟を警戒しながら進む。途中、幾つか封印が施された扉やトラップがあったが、オルクスの指輪が反応して尽く勝手に解除されていった。そして、数十分歩いたところで光が見えた。

 

その光を抜けた先に待っていたもの。それは……。

 

「……これは、外なのか?」

 

目の前に広がった光景は断崖絶壁の崖と乾ききった石の地面だ。眩しいぐらいの日光が肌を焼き、目に刺さる。

 

生まれて初めて、空気が旨いとはこういうことなのだなと思いながら俺は後ろを振り向く。

 

香織とシアは久しぶりの外気を胸いっぱいに吸い込んでいる。ハジメは無表情がデフォルトなはずのユエが見るからに笑っていることに驚いており、そんなハジメに恵里は「何かしてやれ」という視線を投げる。幸利は手を組み、思いっきり天に向かって伸びた。

 

仲間の微笑ましい光景に俺の頬も緩む。緩ませながら、俺は真後ろにツェリスカの銃口を向けて引き金を引いた。

 

ドゴアン!

 

突如響いた銃声に目を見開くハジメたち。俺が振り向くと同時に、鳥のような魔物が脳骸をまき散らしながら地面に落ちた。射撃の精度は落ちてないらしい。

 

俺の目は、一キロ先に多くの魔物が存在しており、それらがこっちに向かってきている様子を捉えていた。

 

「ハジメ。幸利。魔物が十体ぐらい来るから二人で迎撃しろ。お前たちのコンビネーションをもう一度見てから幸利を送り出したい」

「そう言われたら……」

「やるしかねえな!」

 

ダイヤルスイッチを捻り、強化服を纏った二人は仮面を装着して肉眼でも確認できるぐらいの距離まで近づいた魔物に飛び掛かった。深紅のマフラーをたなびかせ、ハジメが無駄のない回し蹴りで鳥型の魔物を撃墜し、幸利は地上を進む虎型の魔物の顔面を容赦なく殴って粉砕する。

 

「ヤアッ!」

「トウッ!」

「ライダー……」

「ダブル反転……!」

「「キック!!」」

 

空中で互いの足の裏を蹴って反転し、その勢いでキックを放つとハジメは跳ね上がってドンナーを抜き、幸利は狙撃銃剣を取り出した。銃剣を投げて魔物の頭部を粉砕した幸利はそれを回収しながらハジメの目の前に浮かび上がると銃口を残りの魔物に合わせる。

 

そして幸利が引き金を引いたコンマ数秒後にハジメも引き金を引いた。

 

電磁加速した弾丸が狙撃銃から放たれた銃弾を後押ししながら猛進し、反応すら許すことなく残った魔物を駆逐した。

 

「あっけないなあ……」

「ま、俺らが強くなりすぎて普通の魔物じゃ相手にならないんだろうな。成長が感じられて俺は良かったと思うよ」

「……それもそうだね」

 

仮面を外して互いに微笑み合うハジメと幸利。彼らはきっと、体は離れていても心は常に一つであることだろう。

 

幸利は自分のバイクを取り出すと、それに跨ってからハジメを再度見る。ハジメもまた、真っ直ぐ幸利を見つめた。

 

「じゃあ、達者でな。仮面ライダーハジメ」

「ふふ、そっちこそ。仮面ライダーユキ」

 

お互いの拳をバシッと打ち付け合い、ニヒルな笑みを浮かべた二人は同時に目線を外した。幸利は、俺にもニヒルな笑みを投げかけると、最後にペコリと頭を下げてスロットルを全開にするとあっという間にこの場を立ち去った。

 

俺達は、幸利の背中が見えなくなるまで彼の事を見送るのだった。

 

───────────────────

 

「さて、行くとするか」

 

完全に姿が見えなくなったことを確認すると、俺はサイクロンに跨った。背中側にはシアが乗り、俺の前には香織が搭乗する。美少女サンドの出来上がりだ。理性が試される。

 

ハジメは後ろに恵里、前にユエを乗せると何時でも出発できるという意思表示なのか俺にコクリと頷きかけてきた。俺も頷き、サイクロンを発進させた。目指すはシアの故郷であるハルツィナ樹海だ。

 

本来ならシアとは家族に引き渡したらそこでお別れの予定だが、彼女の希望があれば今後の旅の同行も許可しようと思っている。ただ何にせよ、一度シアの家族とは会っておくべきだろう。そう考え、まずは樹海に向かい、そこにあると言われる大迷宮を攻略することになっている。

 

サイクロンで途中現れる魔物を轢き殺しながら時速400kmhで爆走する。ハジメの操縦するバイクも後ろから空を飛ぶ魔物を撃ち殺しており、何者も近づけずに俺たちはザッと三十分はノンストップで走行した。

 

すると、俺の超強化されている耳に何者かの悲鳴が入ってきた。どうやらそれはシアも同じだったらしく、少し身を乗り出して前を確認している。

 

「……聞こえたか?」

「はい。あの、多分なんですけど……この声って私の家族の声ですよ」

「なんだって?」

「もしかしたら、私が突然居なくなったのを心配して捜しに来たのかもしれません。何でこの渓谷に来たのかは分かりませんけど……」

 

その言葉を聞いた俺は、サイクロンのスイッチを入れてマフラーを全噴射。ハジメにも事情を話してから急加速した。

 

声がした場所はおよそ五km先。サイクロンなら数十秒で到着するだろう。

 

十秒もしないうちに俺の目は岩陰から岩陰を忙しなく逃げ回る人らしき影と、空からそれを襲おうとするワイバーンのような魔物が見えてきた。

 

タイフーンを起動させて変身し、サイクロンの設定を弄って自動運転に切り換えた。そして香織とシアには「落ちるなよ」と注意をして、俺は座席の上に立つと一思いに跳び上がった。

 

ツェリスカを抜いて銃口を合わせ、敵の数を確認する。合計六体のようだ。

 

すぐさま引き金を引きながら銃口を高速でずらして狙い違うことなくワイバーンの頭を狙い撃ち、俺自身は最後に残されたワイバーンに向かって急接近する。

 

呆気に取られて間抜け面を晒している兎人族を飛び越してワイバーンに組み付いた俺は、長い尻尾をガシリと掴んで勢い良く背負い投げした。

 

「ライダァァァ返し!!」

 

ズドオオオオオオオオン!!!

 

轟音を立てて地面に激突したワイバーンは辺りに血を撒き散らす。すぐ傍に着地して仮面を外した俺は、未だにポカンとしている兎人族達にケガがないことを確認して安心のため息を吐く。

 

兎人族達は、俺が着地しても誰一人として我に返らなかった。が、サイクロンの爆音によって漸く我に返ったらしく、爆音がした方向を一斉に振り向いた。

 

「みんな~、無事でしたかぁ~!!」

「「「「「「シア!?」」」」」」

 

サイクロンが徐々に速度を落とし、驚きの声を上げた兎人族達の目の前で停止した。完全に停止するのを待ってから、シアは中年で濃淡色の髪の毛をしておりウサ耳が生えた男に駆け寄る。

 

「シア! 無事だったのか!」

「父様! はい、この通りです!」

「お前がショッカーに連れ去られたと聞いたときは腰を抜かしたぞ! 夜も眠れず食事もマトモに出来んかったんだからな……心配したぞっ」

「でも、こうして無事に帰って来れましたよ!」

 

兎人族に揉みくちゃにされながらも、シアは満面の笑みで無事を伝える。兎人族の中には涙を流す者もおり、余程心配していたことがうかがい知れた。

 

その間にハジメたちのバイクも到着し、この場に全員が集合した。するとシアの父親らしき人物が俺の前に進み出る。

 

「本郷猛殿で宜しいか? 私は、カム。シアの父にしてハウリアの族長をしております。この度はシアのみならず我が一族の窮地をお助け頂き、何とお礼を言えばいいか……」

「偶然とは言え、シアの尊い命が失われなくて良かったですよ。それに困っている人が居れば助けるのは当たり前です」

 

自分より年上だと思われるカムには敬語で話す。ちなみに俺が敬語で話すのは、学校の先生や香織のご両親。そしてルリ子さんだ。自分の周りに年上が少ないので敬語を使うことは案外少なかったりする。

 

そのためか、シアやユエはかなり面食らっている様子だ。まあ仕方ない。見たことないんだし。

 

「ところで、何故あなた方はこんな峡谷に居るのですか? 兎人族は樹海に生息しているはずです。それに、兎人族は気が弱く樹海から出ることはなかったはずですが」

「ああ、それはですね……」

 

カムは事情を簡単に話し始めた。

 

シアが攫われたハウリア族は大いに狼狽え悲しんだ。しかもその様子を樹海深部に存在する亜人族の国【フェアベルゲン】の使者であるエルフに見つかってしまい、そのままシアという忌子が居たのに存在を隠していたという事がバレてしまったらしい。

 

そのまま留まっては一族諸共処刑である。それを逃れるため、ハウリアはシアを探すという目的も兼ねて樹海を出たらしい。だが、不幸なことに樹海を出て直ぐに運悪く帝国兵に見つかってしまったという。巡回中だったのか訓練だったのかは分からないが、一個中隊規模と出くわしたハウリア族はただ逃げるしかなかった。

 

そこでハウリア族は魔法が使えないらしいこのライセン峡谷に逃げ込み、ほとぼりが冷めるまで待機することにしたようだ。しかし、帝国兵は出入口を兵士で固めて封鎖し、ハウリア族が魔物に襲われて逃げるのを待ち伏せしているという。

 

「なるほどね……よし、それならここから脱出する手伝いをしましょう」

「ほ、本当ですか? 何も、そこまでしてくださらなくても……」

「さっきも言いましたよね。僕は困ってる人を見逃すことはしませんよ」

 

相手が例え同族になったとしても、俺は変わらない。俺が守りたいのは美しい自然と命の輝きだ。下衆の汚い命の輝きは出来る事なら見たくない。

 

ハジメにも目線で確認を取るが、彼は微笑みながらコクリと頷いた。どうやら了承してくれたらしい。道は決まった。俺はサイクロンを回収すると、カムに峡谷の出口まで案内するように頼んだ。

 

呆然とする他のハウリア族にも出発すると声をかけ、俺は変身を解いてカムの後ろを追従するのだった。

 




他の昭和ライダーは出そうか迷ってますが、一応どこで出すかはある程度の目星が付いています。出すなら七人ライダーまでかなと思ってたり…。
少なくとも一文字は既に出てますのであとは五人ですね。

幸利が向かったのは王城です。前回の最後に出て来た幸利は、ここで出発してから王城に到着しています。


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第二十七話 ロンリー仮面ライダー

原作では帝国兵と戦う場面です。


ウサミミ四十二人をぞろぞろ引き連れて峡谷を行く。

 

途中で魔物が襲ってくるも、俺のその辺の石ころの投擲かハジメの射撃によって全ての魔物が近づくことすら許されずに死んでいった。

 

破裂音が響くか風切音が鳴るたびに魔物がバタバタ倒れていくため、大多数のウサミミたちは畏怖の表情を浮かべている。もっとも、年端の行かない子供はまるでヒーローでも見たかのように目を輝かせているが。

 

俺はたまに子供たちの頭を撫でてやりながら尚も進む。ハジメは子供から純粋な視線を送られてむず痒いらしく、しきりに頬をカリカリと掻いている。

 

遠目には既に出入口へと繋がる中々に立派な階段がある。岸壁に沿って壁を削って作ったのであろう階段は、五十メートルほど進む度に反対側に折り返すタイプのようだ。階段のある岸壁の先には樹海も薄らと見える。ライセン大峡谷の出口から、徒歩で半日くらいの場所が樹海になっているようだ。

 

そして階段を上った先には多くの帝国兵が居るらしい。完全武装しているようなので衝突は避けられないだろう。

 

俺の剣呑な雰囲気を感じ取ったのか、カムが心配そうな顔でこちらを見てきた。

 

「あの、猛殿。本当に同族と争いになるのですか?」

「何を今さら言うのです。助けると言ったら助けますよ」

「しかし、そう簡単に割り切れる物ですかな。同じ種族の者を、その……迷いなく殺しに行くなど」

「僕が守りたいのは美しい大自然と命の輝きです。それ以上でもそれ以下でもないです」

 

あくまでも決意は変わらない。元より人殺しは経験してきてる。殺した人間の数が増えたところで何てことない。

 

カムの言葉にも迷いを含ませることなく言い放つと、彼は少し驚いた表情を作った。悪いが、そんなに俺は優しい人間ではないぞ。軽蔑されようが関係ない。俺は何時の時代も独りだ。

 

何時までもロンリー仮面ライダーである。荒野を渡る風は飄々と。独り行くは仮面ライダー。悲しみを噛みしめて独り戦う。それが俺だ。

 

一行は階段を登りきる。登りきった崖の上、そこには……

 

「おいおい、マジかよ。生き残ってやがったのか。隊長の命令だから仕方なく残ってただけなんだがなぁ~こりゃあ、いい土産ができそうだ」

 

三十人の帝国兵がたむろしていた。周りには大型の馬車数台と、野営跡が残っている。全員がカーキ色の軍服らしき衣服を纏っており、剣や槍、盾を携えており俺たちを見るなり驚いた表情を見せた。

 

だが、それも一瞬のこと。直ぐに喜色を浮かべ、品定めでもするように兎人族を見渡した。

 

その視線が気持ち悪かったのか、香織たち女性組は俺の背中かハジメの背中の陰に隠れてしまった。

 

目の前に立っている人型をした何かは、きっと誰かを思いやる気持ちなど持ち合わせないのだろう。良識の欠片すら持ってすらいない。

 

「あぁ? お前誰だ? 兎人族……じゃあねぇよな?」

 

ようやく俺の存在に気が付いたらしい。隊長と呼ばれていた男が俺に視線を向けた。

 

よっぽど俺は幽鬼のような表情をしているのだろう。隊長と呼ばれた男は顔を青ざめさせて一歩後退った。

 

「な、なんで人間が兎人族と一緒にいるんだ? しかも峡谷から。あぁ、もしかして奴隷商か? 情報掴んで追っかけたとか? そいつぁまた商売魂がたくましいねぇ。まぁ、いいや。そいつら皆、国で引き取るから置いていけ」

「勘違いも甚だしい。貴様らと同じにするな」

「……なんだと?」

「その耳は何のために付いてるんだ? 飾り物か?」

 

間違いなく俺の顔には醜い手術跡が浮かび上がっている。俺が一歩踏み出す度に兵士たちは後ろへ下がった。もしかしたら眼も怪人のように赤く充血しているかもしれない。

 

タイフーンが少しずつ風車を回す。特徴的な回転音が辺りに響き渡る中、俺はやけに通る声で問い質す。

 

「平和に暮らしていた者を虐げて楽しいか? 罪のない子供や老人を傷つけて楽しいか? いたいけな女性を辱めて満足か? 貴様ら、本当に何とも思わんのか?!」

「は、はあ? 亜人は魔力を持たない哀れな種族だぞ! 本来なら皆殺しにされてもおかしくない種族だ! それを俺達は、唯一有効活用する方法を取っているだけだ!」

「ッ! それでも……それでも同じ赤い血の通った人間か!!

 

姿が化け物に変わっていく。足が。胴が。腕が。変わっていく。最後に顔を仮面が覆い、俺の怒りと悲しみが入り混じった表情を隠す。

 

残された人間的要素は、この口から発される声と言葉を考える脳だけである。

 

悲しみを仮面の裏に隠し、俺は一歩前に踏み出す。俺の怒りに呼応するかのように風が吹き荒れる。大自然の怒りは俺の怒り。その怒りは俺の力になる。

 

「この悪魔達め……! これまで辛酸を舐めさせられた者のためにも、この俺が裁いてやる! 貴様らを地獄へ送る時が来たぁ!!」

「や、止めろ! 近づくなっ! おい何をしている!? お前ら助けろ!!」

 

金縛りに遭ったかのように隊長以下の兵士は動かない。動けない。技能の〝威圧〟によって魔力を放射し、物理的に動きを封じ込めているのである。もっとも、心臓を直接鷲掴みされたかのような息苦しさも襲ってくるが……。

 

風が右拳に集束し、目に見えてエネルギーが充填していくのが分かったのか、隊長は慌てて命乞いをしようとする。

 

「わ、分かった! 分かったから! 此奴らには手を出さない! だから止めてくれっ」

「聞けないお願いだな。既に剣を抜いている貴様らに後退の二文字は許されない」

「そんなっ」

「戦わないと死ぬぞ? それでも良いのか?」

「う、うわあああああああああ!!!」

 

剣を抜いて我武者羅に突進し、俺のことを殺そうとする隊長。どうなら半端ながら覚悟は決めることが出来たらしい。だが、半端なのが残念ながら命取りである。

 

大上段に振りかぶって振り下ろされた剣。それを俺は軽く殴って木っ端微塵に破壊し尽くし、茫然自失としている隊長の顔に回し蹴りを叩き込む。

 

蹴った方向に隊長の首が飛び、そのまま峡谷の底までクルクルと落ちていった。

 

「ッ……」

 

何度やっても慣れない感触だ。戦争地域に赴き、そこで何回も俺は生身の人間をこの手で殺している。幼い子供達を守るためとはいえ、俺は同族を殺してきている。

 

その感触は何度やっても慣れない。堪らなく虚しい気持ちが俺を襲い、胸の奥から悲しみが少しずつ吹き出してきた。

 

「よ、よくも隊長を!」

「行くぞお前ら! 隊長の仇を取るぞ!」

 

隊長が殺されて漸くスイッチが入ったらしい。前衛職の者が俺に直接襲いかかり、魔法組は詠唱を開始する。きっと最上級魔法を叩き込む心づもりなのだろう。

 

万が一、俺が魔法を受けても傷一つ付かないだろう。しかし、二次災害で後ろで震えているハウリア達は魔法の余波で吹き飛ばされてしまうかもしれない。速やかに片付ける必要がある。

 

人を殺すと決めた時。そして、戦闘に対して渇を自分で入れる時。俺は腕を横水平に揃えて叫ぶ。

 

それは、俺の決意のを表すためと能力の一時的な強化のための物だ。

 

「ライダーファイト!!」

 

腕を自分から見てL字になるように構えると肩のスイッチが起動してタイフーンが回転し、蓄えたエネルギーを解放する。

 

複眼が紅く光り、体から蒸気が噴出した。そして腰のダイヤルスイッチを捻ってとある機能を動かしてから俺はその場を動き出した。

 

地面を踏み抜いた瞬間に剣を振りかぶろうとした兵士の懐に潜り込み、一突き正拳を見舞ってからすぐにその場を離れてその隣にいた兵士を蹴り飛ばし、浮かせた体を踏み台にして後方で未だ詠唱している魔法使い達の頭蓋骨に踵落としを見舞っては再飛翔して次の魔法使いに踵落としを叩き込む。

 

地面に激突してストンプされ、血飛沫が飛ぶ前に離脱して未だに振り向けない前衛の兵士を後ろから殴って撲殺した。

 

……まあ、普通の兵士が振り向けないのは無理もない。俺が地面を踏み抜く前にダイヤルスイッチを捻った行為は、俺の体が通常の千倍の速度で動くための行為なのだから。正確に数値化するのは面倒くさいが、百メートルが0,006秒ぐらいだ。

 

あまり、というか殆ど知られてない能力だが、仮面ライダーには高速移動装置が取り付けられている。これまで表舞台では使ったことないが、実は戦争地域に赴いていた時は頻繁に使用して多くの命を救ったという俺にとっては思い入れの深い機能だ。

 

数秒が経過した頃には一人を残して帝国兵は無残な死体へと成り果てた。俺はダイヤルスイッチを元の位置に戻して動きを止め、最後の一人の目の前に粛然と立つ。

 

「ひ、ひぃ!?」

「何が起きたか分からない、か? それもそうだろう。貴様らは普通の人間なのだから」

「お、おおお前は……お前は何なんだ!?」

 

震えながら腰を抜かし、地面を濡らしながら俺に問う最後の兵士。

 

俺はツェリスカを抜き、弾を込めて安全装置を解除させる。漆黒の銃口を兵士の頭に向け、ただ端的に質問に答えた。

 

「大自然が遣わした正義の使者だ」

「し、使者?」

「そして、またの名を……」

 

仮面ライダー

 

ドゴアン!

 

答えと共に放たれた弾丸により、帝国兵は全滅した。脳骸を撒き散らし、後ろに倒れる帝国兵を見つめながら、俺は天を仰ぐ。

 

俺の心境とは真逆で、空は憎たらしいほどに澄んだ蒼色だ。

 

押し寄せる虚無感に耐えながら、俺は仮面の中で涙を流すのだった。




仮面ライダーは理解者こそ居ても何時の時代も独り。それが仮面ライダー。

ちなみに仮面の中で涙を流すのはクウガのオマージュです。そして高速移動装置は設定のみ存在する仮面ライダーの機能です。速度はファイズアクセルフォームと同等と言ったところです。


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第二十八話 心の痛みと意外な再会

前半は猛さんと香織メイン。後半に意外な再会が待ってます。


帝国兵が残した馬車類をそのまま拝借し、俺達は樹海へと向かう。

 

助けた礼に樹海を案内するようにハジメがいつの間にか約束を取り付けていたため、本来なら樹海に近付きたくないはずなのにハウリアは一も二もなく同行してくれることになった。

 

サイクロンやハジメのバイクを馬車と連結させ、二人して徐行運転で樹海を目指す。

 

シアは馬車内で家族と積もる話があるらしく、サイクロンの後部座席には乗っていない。代わりに香織が現在は俺の後ろに居る。

 

「あの、猛さん……大丈夫ですか?」

「……逆に、どの辺りが大丈夫じゃなく見えるんだ?」

「そんな悲しそうな顔して大丈夫だとは流石に思えませんよ」

 

どうやら、俺は随分と沈んだ顔をしていたらしい。香織に気がつかれたということは、ハジメ達ももしかしたら気がついているかもしれない。

 

俺の抱える痛みは誰も理解することが出来ない代物だ。気がつかれたところで如何する事も出来ないだろう。人を殺した時の嫌な感触に悩むなど、余程の狂人でもなければ経験しない。

 

出来ることなら、彼女らには殺人を経験しないまま元の世界に帰って欲しいところだが、きっとそれは叶わないだろう。せめてもの抵抗で俺が手を汚し続けているが……意味は薄いかもしれない。

 

単なる自己満足と分かっていても止めることが出来ない自分自身に嫌悪感を覚え、俺は歯を食いしばる。

 

すると、背中に柔らかい不思議な感触が当たった。何だろうと思ってチラリと背中を見ると、香織が俺に体重を預けるような抱きつき方をしている。思わずサイクロンから落ちるところだった。

 

「香織?」

「……ありがとうございます、猛さん」

「何のことだ? 俺はお前にお礼を言われるようなことはしてないはずだ」

「もう、本当は分かってるくせに……」

 

フニフニと二つの山の形を押し付けながら抱き締められるこの状態。生物的な本能が目覚めてしまいそうで怖い。いっそのこと香織に全てを委ねてしまおうか。そんな考えも浮かび出てくる。

 

しかし、改造人間は思い人と結ばれる事は許されない。いや、出来ない。その割には永遠の命という厄介な代物があるため、俺は永遠に孤独に生きなければならない。

 

「ならば改造人間同士なら心が通い合うだろう」という考えもあるかもしれない。だが、各々が心に抱える痛みは同族であっても理解出来ない。最も近い位置に立っていた一文字隼人の苦悩でさえも本質から分かっていた訳ではない俺が、他の改造人間と心から通い合う事など出来ないだろう。

 

「猛さん。何で貴方は、そこまでして私達の手を汚すまいとしているんですか?」

「……気がついてたか。まあ、理由は簡単だ。お前達に人殺しの感触を味わって欲しくないからだ。いつかその時が来るとは分かっていても、俺はお前達には綺麗な手でいて欲しい」

「でも、それじゃあ猛さんだけが傷付く事になりますよね。もっと頼ってくれても良いんですよ?」

「人殺しをしてくれとは頼めないな」

 

誰かに頼るという考えが抜け落ちている事は自覚している。そこを改善すれば、俺はもっと楽に生きられるだろう。

 

だが、それは許せない。我が儘でも自分勝手でも何とでも言えば良い。それでも俺はこの考えを改めず、永遠に独りでも戦うつもりだ。悲しい生き方だとしても、ずっと、永遠に……。

 

そんな俺の雰囲気を感じ取ったのだろうか。香織が俺の肩に顎を乗せ、耳に囁くように声を発した。

 

「なら、せめて二人きりの時は甘えてください。猛さんが辛そうな顔をしていると、私も辛いです」

「うっ……しかしなあ。大の大人が年下に甘えるのは如何なものか」

「大好きな人のためには何でもしてあげたいんです。歳の差なんて関係ないですよ」

 

この娘はどこまで天使なのだろうか。智一さんが彼女の事を天使と評するのも分かる。多分、俺が感じている彼女の像は智一さんとは違うと思うが、それでも天使には変わりない。

 

果たして彼女の好意を真っ向から受けても良いのだろうか。

 

という悩みの前に、鈴の鳴るような香織の声にダメにされそうである。脳が直接溶かされている気がしてならない。

 

樹海まではあと一時間。俺は自分の鋼の意志を信じてほんの少しスロットルを捻って速度を上げるのだった。

 

───────────────────

 

一時間が経過し、俺達は漸く【ハルツィナ樹海】と平原の境界に到着した。樹海の外から見る限り、ただの鬱蒼とした森にしか見えないのだが、一度中に入ると直ぐさま霧に覆われるらしい。その霧は亜人でなければ一瞬で方向を見失ってしまうモノだそうだ。

 

「それでは、中に入ったら決して我らから離れないで下さい。貴方方を中心にして進みますが、万一はぐれると厄介ですからな。それと、行き先は森の深部、大樹の下で宜しいのですな?」

「ええ。何かすみませんね」

「いえ、命を助けてもらった身としてはこのぐらい何てことないですよ」

 

カムが言った〝大樹〟とは、【ハルツィナ樹海】の最深部にある巨大な一本樹木で、亜人達には〝大樹ウーア・アルト〟と呼ばれており、神聖な場所として滅多に近づくものはいないらしい。ハジメがカムから聞いた話だ。

 

恵里の情報から樹海の大迷宮は大樹にあると聞いているため、そこを目指すことにしたのである。

 

「猛殿、できる限り気配は消してもらえますかな。大樹は、神聖な場所とされておりますから、あまり近づくものはおりませんが、特別禁止されているわけでもないので、フェアベルゲンや、他の集落の者達と遭遇してしまうかもしれません。我々は、お尋ね者なので見つかると厄介です」

「心得てます。ハジメ達もある程度は気配遮断できるので大丈夫ですよ」

 

ユエぐらいの気配遮断に合わせて俺も技能を発動させる。ユエの気配遮断術は若干粗が残るが、それでも実戦で使うには十分すぎるぐらいの物である。

 

ハウリアに囲まれ、俺達は霧の中を進む。なるほど、俺の仮面を以てしても周囲の情報が満足に把握できない。これは相当厄介だ。しかし、ハウリアにはしっかりと位置が分かるらしい。迷いのない歩行で俺達を案内していく。

 

時折現れる魔物は俺がカウンター気味に殴るかユエと恵里が魔法で殺害するかの何方かなため、一匹たりとも被害を与えた魔物は居ない。

 

ちなみに魔物は猿のような奴だった。ウッキーウッキー言いながら集団で飛びかかってくるが、俺の場合は軽い鉄拳で死んでしまうので大した脅威ではなかった。

 

どうやら樹海の魔物は、一般的には相当厄介なものとして認識されているのだが、何の問題もなかったのは何とも言えない気分である。

 

しかし、樹海に入って数時間が過ぎた頃、今までにない無数の気配に囲まれ、俺達は歩みを止めることになった。数も殺気も、連携の練度も、今までの魔物とは比べ物にならない。カム達は忙しなくウサミミを動かし索敵をしている。そして、何かを掴んだのか苦虫を噛み潰したような表情を見せた。

 

俺も気配を索敵し、確かに数が多く面倒だ……と思ったところで、一つどういう訳だか覚えのある気配を感じ取った。随分と懐かしい気配な気がして、戦闘態勢を取らなければいけないのだが、俺は気配の正体が気になって仕方がなかった。

 

やがて、殺気を伴った集団と相対する。

 

「お前達……何故人間といる! 種族と族名を名乗れ!」

 

まず現れたのは虎模様の耳と尻尾を付けた、筋骨隆々の亜人だ。目に殺気を宿しており、放置すればすぐにでも戦闘が始まるだろう。

 

だが、正直言って亜人の方へは意識が行かなかった。俺の視線は一人の男に釘付けだ。

 

肩までかかる長い癖毛。野性的な半袖の破れた服装。口元から覗く犬歯。腕には特徴的な銀色の腕輪。

 

「オレ、トモダチ守ル! トモダチ傷付ケルノ許サナイ!」

「お前、まさか……!」

 

そして片言の日本語。俺の予測は確信へと変わった!

 

「アマゾンか!?」




奴です。あいつです()
ちなみに樹海に滞在している間にもう一人と意外な再会をしますので誰が出てくるか予想してみてください。


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第二十九話 フェアベルゲンへ

やはりレジェンドライダーを出すのは反響が大きいのだろうか…()


「アマゾン、お前なのか!?」

「ム、コノ声……猛!」

「そうだ、猛だ! 本郷猛だよ!」

 

アマゾン。見た目は野生児その物だ。しかし、彼もまた立派な仮面ライダーの一人である。身体は大人のそれだが、心は昔の頃の純粋な輝きを失っていない。大切な存在は「トモダチ」として接し、トモダチのためなら彼はどこまでも強くなれる青年だ。

 

俺はこれまでアマゾンと生身の身体で対面したことはない。しかし、彼の野性的な勘ならきっと気が付ける。そう信じて俺はアマゾンの手を取る。

 

結果は大成功。アマゾンも声のみながら俺の事はちゃんと覚えてくれていたらしい。すぐに人懐っこそうな笑みを浮かべると、手を組んで独特な「トモダチサイン」を作った。

 

「本郷猛。仮面ライダー。オレ、オ前、同ジ!」

「良かった、覚えてくれてたんだな! それにしてもどうしてこの世界に来たんだ? アマゾンがこの世界に来る理由はない気がするんだが……」

「お、お前。アマゾンと知り合いなのか?」

 

すっかり蚊帳の外に居た虎の亜人が尋ねてくる。どうやらハジメ達も同じ質問をしたかったらしく、しきりに俺の反応を伺っている。

 

アマゾンとは知り合いどころか兄弟みたいな関係だ。同じ仮面ライダーとして共に戦った頼もしい味方であり、弟分である。

 

それをそのまま伝えると、亜人含めて全員が「ええ~!?」と大声を上げた。そんなに信じられないのだろうか……。

 

「なあ、アマゾン。君達はどうしてこの世界にやって来たんだ?」

「アマゾン、知ラナイ。光ガピカッシタラ移動シタ」

「光が光ったら、か。もしかしたらエヒトルジュエがアマゾンのギギの腕輪とガガの腕輪を狙って召喚したのかもしれないな」

「ヴヴ……」

 

こうして再開出来たのは嬉しいが、エヒトルジュエがまた自分勝手な理由で召喚したとなると話は厄介になる。もしかしたら他の仮面ライダーも召喚されている可能性が出てくる。

 

いや、バカスカと仮面ライダーを召喚したエヒトルジュエは不利になると思うのだが……この際は気にしないでおくか。

 

とりあえず、アマゾンは亜人族と友好関係を築いているようなので、アマゾンに頼んで樹海を案内してくれるように行ってみる。

 

すると、アマゾンは「分カッタ!」と笑みを浮かべて虎の亜人の元へ行き俺の頼みをそのまま伝えてくれた。

 

「猛、トモダチ! 猛ノトモダチ、ミ~ンナオレノトモダチ!!」

「そ、そうなのか? 君の友達だと言うなら傷付けるわけには行かないのだが……そっちの兎人族は規則に則って処刑しないといけないんだ」

「トモダチ! オレノトモダチ!」

「ああ、分かった分かった! 分かったから袖を引っ張らないでくれ!」

「ははは、アマゾンは変わらないなあ」

 

向こうの世界で経験した最後の戦いから既に数年が経過しているが、全く変わっていないアマゾンの姿に俺も笑みを零した。

 

そして俺が笑ったことにハジメ達が驚いている。なんだ、俺はそんなに仏頂面か?

 

アマゾンを引き剥がそうと(戯れてる?)している虎の亜人は、漸く俺の視線に気がついたのかゴホンと咳払いをして俺に提案をしてきた。

 

「彼の友人ならば、我々は傷付けるわけには行かない。だが、このまま亜人の国であるフェアベルゲンに入れる訳にもいかない。本国に控える長老方に入国の確認を取るために伝令を送っても宜しいか?」

「構わないさ。元より俺達は争うつもりはない。だからそんな怯えた顔をして伝令を送る許可を取らなくても良いよ」

「ご厚意感謝する。ザム! 聞こえていたな! 長老方に余さず伝えろ!」

「了解!」

 

虎の亜人の言葉と共に、気配が一つ遠ざかっていった。

 

アマゾンは早速ハジメ達に話しかけ、ハジメ達は困惑しながらも様々な話をしている。特にアマゾンはハジメの制作した拳銃に興味を持ったらしく、しきりに眺めている。

 

そう言えばアマゾンの戦闘スタイルは野生を文字にした荒々しい物だ。拳銃なんぞ握ったこともないだろう。気になるのも仕方ない。

 

「あ、あの猛さん。彼、何者なんですか?」

「うん? さっき言ったろう。彼は俺の大切な仲間だ。そして……俺と同じ仮面ライダーさ」

「あ、そうですか……って、仮面ライダー?!」

「おう。彼も立派な仮面ライダーだ」

 

またの名を仮面ライダーアマゾンである。名前の通り彼はアマゾンの大自然の中で育ったため、戦闘スタイルは噛み付いたり爪で引っ掻いたりと何処までも野性的だ。

 

これでもたった一人で二つの巨大な組織を壊滅させた英雄でもある。その当時、俺はアンドロイドの身体で戦争地域に赴き難民を改造人間にしようとするショッカーの残党と戦っていたので結果しか知らない。

 

その時期に高速移動装置を使用して多くの人を助け、またそれ以上に多くの人を殺した。色んな意味で濃い時間を過ごしたと言えよう。

 

「か、仮面ライダーって猛さんだけじゃないんですね」

「そうだな。俺を殺すために改造されたが、俺が殺されたタイミングで偶然にも洗脳を解かれて戦った奴や、大学の後輩も仮面ライダーだ。他にも一度命を落としかけながらも親の手によって仮面ライダーになることで甦った奴や復讐のために仮面ライダーになった者も居るぞ」

「こ、こここここ殺した!?」

 

仮面ライダーと言っても一括りには出来ないのが現状だったりする。

 

俺のことを殺害するキッカケを作った隼人とは初めこそ複雑な関係だったなのだが、今では良き相棒であり二人で一人の仮面ライダーだ。

 

そんな話をウダウダとしていると、急速に一つの気配が再び近寄ってきた。場に再び緊張が走る。

 

霧の奥からは、数人の新たな亜人達が現れた。彼等の中央にいる初老の男が特に目を引く。流れる美しい金髪に深い知性を備える碧眼、その身は細く、吹けば飛んで行きそうな軽さを感じさせる。威厳に満ちた容貌は、幾分シワが刻まれているものの、逆にそれがアクセントとなって美しさを引き上げていた。何より特徴的なのが、その尖った長耳だ。彼は森人族、所謂エルフなのだろう。

 

「ふむ、お前さんが問題でありアマゾンの友人であるという人間族かね? 名は何という?」

「猛です。本郷猛。貴方の名は?」

「私は、アルフレリック・ハイピスト。フェアベルゲンの長老の座を一つ預からせてもらっている。お前さん、アマゾンと友人であると聞いたのだが……それは本当かね?」

「友人というか同族というか。なんにせよ顔見知りだしこれまで共に戦ってきた大切な仲間には違いない」

 

嘘偽りのない言葉でアルフレリックに伝える。目を真っ直ぐ見つめ、嘘ではない事を暗に伝えると、アルフレリックは軽く頷いて周りの亜人に目を向けた。

 

「……なるほど、その言葉に嘘はないみたいだな。よかろう。取り敢えずフェアベルゲンに来るがいい。私の名で滞在を許そう。ああ、もちろんハウリアも一緒にな」

 

亜人の間に動揺が走る。俺達人間に関しては特に気にしていないらしいが、まさか処刑されるはずの種族まで招き入れるという事は流石に許し難いことなのだろう。

 

だがアルフレリックが一睨みすると、動揺してザワザワと声を上げて猛烈に抗議していた亜人達を一瞬で黙らせた。俺は大して緊張もしていないが、やはり亜人からすると長老としての威厳があるのだろうか。

 

「ご厚意ご協力感謝します、長老アルフレリック殿」

「いや、気にするな。アマゾンの友人であるなら敵対はしないと我々も決めたのだよ。彼の友人に悪い者は存在しないと信じているのでね」

「あの、彼がどんな者かは……」

「心得ている。彼がフェアベルゲンにやって来てから一ヶ月程が経過しているが、彼には何度も攫われそうになった亜人を助けてもらってる」

 

聞けば、アマゾンは亜人を攫いに来た帝国兵やショッカーの手先を悉く返り討ちにしているらしい。シアが攫われた時期より後に来たのが悔やまれるが……。

 

シアが攫われて慌てふためき、忌子の存在がバレたハウリアのことを内心ではザマアミロと思っていたらしい。だが、その後もショッカーが次々と実力者を攫っていくので頭を悩ませていたそうだ。

 

そんな時にアマゾンがやって来た。

 

最初の頃、亜人はアマゾンの事を忌み嫌っていたらしい。だが、アマゾンの命懸けの救援活動と彼の屈託のない笑顔が徐々に心を開かせ、今では多くの亜人の子供がアマゾンと遊んでいるらしい。

 

「実はな。アマゾンと同族である者がもう一人、フェアベルゲンで医者をやっているのだ」

「なんだって? まさか……」

 

医者を出来る程の頭脳を持った男。候補としては二人挙がるが……まさか、殆どの仮面ライダーがこの世界にやって来たのだろうか?

 

だとしたら、それぞれと顔を合わせた方が良いかもしれない。特に隼人とは今後戦っていく上で連携を取れるようにしておきたい。

 

悶々と歩きながら今後如何したら良いかを考えていると、いつの間にか到着していたらしい。俺はアルフレリックにぶつかりそうになった。

 

どうやら俺の悩みは、もう暫くの間は晴れることがなそうである。




医者ライダーって今のところMゥ!以外にいましたっけ?()


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第三十話 勇気の漢

テェスゥトォです()
間違いなく筆は遅くなる(はず)ですのでご容赦ください。


フェアベルゲン内部は、正に圧巻と言うべき光景が広がっていた。

 

門をくぐると、そこは別世界だった。直径数十メートル級の巨大な樹が乱立しており、その樹の中に住居があるようで、ランプの明かりが樹の幹に空いた窓と思しき場所から溢れている。人が優に数十人規模で渡れるであろう極太の樹の枝が絡み合い空中回廊を形成している。樹の蔓と重なり、滑車を利用したエレベーターのような物や樹と樹の間を縫う様に設置された木製の巨大な空中水路まであるようだ。樹の高さはどれも二十階くらいありそうである。

 

流石にここまでの予想は出来ていなかったため、俺は思わず唖然とした。

 

元いた世界はショッカーや人間によって美しい自然が破壊され、次々と工業施設が建設されていたので、こういう自然その物がヒトと寄り添っているのを見るのは非常に嬉しく思う。

 

「アマゾンは、こんな素晴らしい場所で生活していたのか……」

「フェアベルゲン、綺麗! 空気ウマイ!」

「ああ、その通りだな。俺もここに住んでしまいたいぐらいだ。お前が羨ましいよ」

「ふふ、どうやら我らの故郷、フェアベルゲンを気に入ってくれたようだな」

「気に入るも何も、こんな素晴らしい場所を称賛する以外に何があるのです。もっと誇っても良いと思いますよ」

 

最悪、ハイリヒ王国を捨てることになってもフェアベルゲンは守りたい。そこまで思わせるぐらいに素晴らしい場所である。

 

掛け値なしのストレートな称賛に、流石に、そこまで褒められるとは思っていなかったのか少し驚いた様子の亜人達。だが、やはり故郷を褒められたのが嬉しいのか、皆、ケモミミや尻尾を勢いよくふりふりしている。

 

流麗な町並みを眺めて目を細めていると、また不意に感じ慣れた気配が一つ近づいてくるのが分かった。すぐに誰なのか当たりを付けた俺は、気配がする方向を振り向いた。

 

そこには……

 

「先生、どこに行くの?」

「うん、ちょっと先生のお友達が来てるらしいんだ。折角だから会いたくてね」

「先生のお友達? どんな人なんだろう!」

 

ネコ耳とネコ尻尾を生やし、腕を三角巾を吊している女の子と共に一人の男が現れる。

 

見た目は何処にでも居そうな男だ。しかし、その男は右側に女の子が回ればすぐに自分も反対側へ移って徹底的に右手で触れないようにしている。時折右腕を擦ってはほんの一瞬だけ悲痛そうな表情を浮かべ、またすぐにその表情を消す。

 

間違いないだろう。彼のことを、俺はよく知っている。

 

復讐の鬼から少しずつ誰かのための正義の心という物を持ち、最終的には仮面ライダーと認められた右腕の鬼。一度死んだが、俺と隼人の手によって甦った勇気の漢。

 

「結城……!」

「え、その声……まさか本郷さんですか!?」

 

声に反応して俺のことを直と見つめる結城丈二。フェアベルゲン内にはアマゾンともう一人仮面ライダーが滞在していると聞いていたが、まさかの結城丈二である。

 

町医者をやっていると聞いているが……いや、確かに可能だ。彼の右腕は超万能なカセットアームである。メディカルアームという物があったはずだ。更に彼は知能指数が200程はあった。大体の薬の制作も可能だろう。それに、結城は元々デストロンで改造人間を制作していたこともあって人体分野に関しては非常に博識である。

 

そんな結城と俺は、こうして生身の身体で対面するのはアマゾンと同じく初めてである。恐らく彼も俺の声で判別したようだが、此方を見て目を丸くしている。

 

「アマゾンの友達と聞いたので誰かと思ったら本郷さんでしたか! お久しぶりです!」

「ああ、久しぶりだな。何時ぶりだ?」

「ガイボーグの一件以来じゃないですか?」

「そんなにか。だとしたら数年ぶりになるな。なんにせよ元気そうで良かったよ」

 

ガシッと右手で握手をして軽い挨拶を交わす。結城とは作戦を立案する時によく顔を合わせており、俺としては旧知の友に会えた気分だ。話したいことも沢山ある。

 

「ふむ、やはりお前さんは彼らの知り合いなんだな。確か……仮面ライダーと言ったか?」

「その通りです。僕も、結城も、アマゾンも。全員仮面ライダーですよ」

「え、ええ!? た、猛さん。その人も仮面ライダーなんですか?!」

「そうだな。彼は仮面ライダー第四号さ。またの名をライダーマンだ」

 

仮面ライダー第四号。またの名をライダーマン。元はデストロンの科学者だったが幹部に裏切られて右腕を失い、瀕死の所を仲間の手によって助けられカセットアームを使える義手を移植された復讐の鬼だ。

 

最初は敵対していたが後に和解して風見志郎と共にデストロンと戦い、最期は東京を救うためにプルトンロケットに乗り込んで爆発させ、瀕死の状態で海に落ちたところを俺と隼人が助け出して蘇生手術を行った。その結果、左腕でもカセットアームを使用出来るようになった。もっぱら結城は右腕を使ってるが……。

 

元は科学者だったこともあり、彼の戦闘スタイルはアマゾンと対極的である。敵に対して何が有効かを常に考え、その度にカセットアームを駆使して確実に倒していく。

 

「それなら尚更歓迎しなくてはな。お前さん達同士で積もる話もあるだろうから、ここで待っていてくれ。他の長老を呼んでこよう」

 

何から何まで気が利く長老である。俺がアルフレリックに一礼すると、彼は軽く手を振ってそれを制し、そのままフェアベルゲンの深部まで歩いて行った。

 

それを確認した俺は、今最も気になっている疑問を結城に投げかける。

 

「なあ結城。他の仮面ライダーはこの世界に来ているのか?」

「そう、みたいですね。今のところ判明しているのはこのアマゾンとハイリヒ王国に滞在している一文字さんです。他のライダーは……ちょっと分かりません」

「いや、他に来ている事が分かれば良い。その様子だと最低でも俺を含めた七人のライダーがこの世界に迷い込んだと言って良さそうだな」

「多分そうですね。転移する直前まで自分は洋と居ましたが、彼の足下に魔法陣はなかったですよ。あ、それとこれはただの予測ですけど、敬介は海の方にいるんじゃないですかね? 奴は陸よりも海が好きですから」

「有り得る話だな」

 

ちなみに町医者と聞いて挙がった候補は結城と神敬介である。結城は単純に生化学に精通しているし、敬介は風の便りで医者をやっていると聞いていたからだ。考えようと思えば他にも候補は出てくるが、それでもこの二人に絞っていた。

 

仮面ライダーの中でも最初期に生まれた七人には特に信頼を寄せている現れである。

 

「本郷さんはこれまで何をしてたんですか? その様子だと僕達より一足先にこの世界に来ていたみたいですけど」

 

後ろで未だポカンとしているハウリアを一瞬見てから結城が口を開いた。どうやら、このハウリアも全員仲間だと思っているらしい。まあ、一応仲間だが……どちらかと言えば守るべき対象だ。戦いを共にするという意味での仲間ではない。

 

本当の意味で仲間というならば、この場ではハジメ達の五人しか該当しないだろう。特にハジメは、形は違えど同じ仮面ライダーである。

 

俺はこれまでの事の顛末を簡単に伝え、最後にハジメが結城と似たような存在であることを特に戸惑うことなく明かした。

 

「それじゃあ、彼もカセットアームを?」

「結城のカセットアームを参考にした皮膚を装着しただけだから実際は違うけどな。仮面ライダーには違いない」

「強化服でとは言え本郷さんの発明には脱帽ですよ。僕としては貴方のことを一番敵に回したくないですね」

「生きてる限り敵にはならないさ」

 

その後、結城がハジメの右腕や強化服に興味を持って矢継ぎ早に質問したり、アマゾンがユエとじゃれ合ったりと比較的平和な時間が流れていった。ハジメは生粋の技術者である結城の様々な質問に答え疲れて恵里に頭を撫でられていた。

 

それに便乗したのか、香織が俺の腕に抱きついてきたり、シアが「わたしも~」と背中に密着したりと俺からすれば何とも言えない気分になる状態が更に数十分続く。

 

理性との戦いに一人悶々としていると、漸く助けと言うべき存在が近づいてきた。俺は居住まいを正して静かに待つ。

 

やがてやって来たのは……。

 

「ふむ、彼が問題の人間族だな?」

「小童には見えんな。何者だ?」

「さあ? ただ、常人ではないのは間違いないだろうね」

「さながら歴戦の戦士、か」

 

アルフレリックに連れられてやって来たのは、様々な種族の長と思われる雰囲気を纏った亜人であった。

 

場の空気が一挙重たくなり、特に亜人達は顔を強張らせている。平常心なのは俺自身と俺の頼もしい仲間達、そして結城とアマゾンだけだろう。

 

長老と俺の、一対複数の対談が始まる。




二人目(三人目?)のレジェンドライダーはライダーマン結城丈二です。予想では神敬介という人が多かったですが、彼はどうしても“海”と絡めたいのでここでは出現しません。


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第三十一話 長老会議

ほぼ一カ月ぶりの更新です……遅れて本当に申し訳ございませんでした。
艦これの方に浮気してました()


「さて。まずはお前さんが何故、ここにやって来たのかを教えてくれるか?」

 

改めて、といった様子でアルフレリックが尋ねてくる。

 

が、別段そこまで大層な理由ではない。俺達は大樹にあるとされる大迷宮目的でこの樹海にやって来たのだ。それをそのまま伝える以外何もない。

 

「樹海の深部、大樹の下へ行きたいんですよ」

「ほう? 大樹とはまた……その理由は?」

「そこに、大迷宮への入口があるからですよ。僕達は〝解放者〟の造った七大迷宮の攻略を目指して旅をしているんです。ハウリアは案内の代わりに身の安全を保障するという条件で雇った形です」

「ふむ……なるほどな。ところでお前さん。〝解放者〟というのは何処で知った?」

「オルクス大迷宮の最深部のオスカー・オルクスの住処ですね。証拠ならオルクス大迷宮攻略の証であるこの指輪と、オスカーが造ったとされる魔石の数々です」

 

ポンポンと通常では有り得ない純度を誇る魔石を取り出し、〝宝物庫〟も見せることで証明する。

 

長老達はオスカーの身につけていた指輪を見て、そこに描かれた紋章を見ることで納得したらしい。各々で首を縦に振っている。

 

「なるほど。確かにお前さんはオスカー・オルクスの住処に辿り着いたようだな」

 

アルフレリックも納得したらしい。俺に魔石を返しながら認めてくれた。すると、熊のような見た目をした亜人族の男が渋い顔をしながら俺に魔石を返して質問をしてくる。

 

「……我々長老には、口伝として七大迷宮を示す紋章を持つ者と敵対してはならないとされている。そして、その者が気に入ったなら望む場所に連れて行けともな。だが、元より我々亜人族は人間を忌み嫌っている。貴様が悪意を持つような者ではないのは分かるが、そう簡単に信じられないな」

「人間を忌み嫌う、ですか。それならその感情を僕に向けるのはちょっと違いますよ。だって、僕は……」

 

風が吹いて俺の姿がバケモノの物に変わる。これには長老も驚いたらしく、一歩後ろに後退った。

 

驚かれるのは慣れっこだ。俺は特に咎めも気にすることもない。ちょっと虚しい気持ちになるだけである。

 

見た目だけで俺のことを判断するなら、第一印象は普通の人間であろう。しかし、本来の顔は醜い手術跡を浮かび上がらせて暴れ回るただのバケモノ。人間ではない。

 

「僕もまた、アマゾンや結城と同じ仮面ライダーです。ただし二人と違って、僕は全身の殆どが鋼鉄や人工物で構成されています」

「なんと……」

 

変身を解いた俺は苦笑しながら宣言する。と言っても、俺ぐらいの若造の宣言なんて大した効力を持つとは思えないが。

 

「人間を信じる、信じない以前に僕は人ではない。それだけはご留意を。正確には改造人間です。同じ人間という枠組みには入りません」

「……すまない。此方が軽率だった。アルフレリック。私はこの者が口伝通り敵対してはならない者であると認める。貴様も同じであろう?」

「その通りだ。さて、他の者は如何かな?」

 

どうやらアルフレリックと熊の亜人──ジンというらしい──は相当な発言権を持っているらしい。彼らが賛成の意を見せると、他の長老達からも次々と俺の事を認める旨の発言が飛び出した。

 

なんか危うい感じがするが、とりあえず認めてくれるならありがたい。彼らの進む道は彼らが決めるべきであり、いくら危ういからと言って俺が口出しすべき事ではないのだ。

 

ここは普通に感謝だけしておけば良いだろう。

 

「そうなると、我々はバケモノをこのフェアベルゲンに受け入れたことになる。そうなれば忌み子を隠して処刑しようとしていたハウリアを見逃すしかないが……それでも良いのだな?」

「無論だ。ここまで来てハウリアは処刑なんぞ長老の名が廃るだろう」

「理不尽というか矛盾するからね。仕方ないでしょ」

 

……なんか話の流れ的にハウリアの処刑も無かったことにしてくれるらしい。

 

ここまでしてくれるのも何だか悪い気がするのだが、受け取れる好意は最大限受け取っておこう。そう思った俺は口を閉じる。

 

「本郷猛。我々長老は、ハウリア族をお前さんの身内と見なす。フェアベルゲンからはハウリアを一応追放という形にするが、お前さんを通して予め伝えてくれるなら一時的な入国は許すことにしよう」

「……何もそこまで無理なさらなくても。対外的に見たときに長老会議の威信が地に落ちてしまう可能性がありますよ?」

「お前さんが心配する必要はない。我々亜人はそのバケモノに何度も命を救われているし、今回もまた一人のバケモノを受け入れた。そうだと言うのに同じ亜人族のバケモノは認めないといった旨の方が長老会議の威信は地に落ちる原因となる。それだけの話だ」

 

少々疲れた表情を見せるアルフレリック。きっと、彼含めて長老は大いに悩んだに違いない。何せ話を鑑みるに、これまで生まれた忌み子は悉く処刑してきたのだろう。それを捻じ曲げるというのはリスクが高すぎる。

 

それでも決断してくれたのは、結城とアマゾンが命を賭けてショッカーを撃退した御蔭他ならない。どうやら借りが一つ出来たようだ。

 

非常に幸運とも言えるこの状況に、俺は感謝をせずにはいられなかった。

 

───────────────────

 

「表面上はフェアベルゲン外への追放なため、申し訳ないが夜以外はフェアベルゲンの周辺で過ごしてくれ」というアルフレリックの言葉を受けて、俺達は大樹の近くに拠点を設けて日が暮れるまで戦闘訓練をすることにした。

 

結城とアマゾンも同行してくれたため、結城はハジメと、アマゾンはシアと組ませている。そして恵里はハウリアに戦闘のイロハを教えている。時折シアの悲鳴や鉄金属類がぶつかり合う音が聞こえてくるため訓練は順調らしい。

 

俺はと言うとサイクロンに乗ってツェリスカの引き金を引くという走り撃ちの練習をユエとしていた。もっと詳しく言えば、ユエの繰り出す魔法の核をフルスピードのサイクロンの上から撃ち抜いている。

 

ついでにサイクロン上で弾倉交換も行っているので結構頭を使う。サイクロンと魔法の速度を割り出した上での偏差射撃なため生身の状態では技能を使わないと少々厳しい。

 

「……ふう。疲れるな、これ」

「ん……」

「お、声が大分出るようになったな。ハジメと恵里が発声訓練を手伝ってるのか?」

「んっ」

「そっか。まあ少しずつ話せるようになれば良いよ。焦らなくても大丈夫だ」

 

最初に会った頃のユエのと比較すると随分と表情筋が緩くなった。そう感じる。父性を持つハジメと母性を持つ恵里。そしてユエ本人の努力の賜物だろう。声も最初は呻き声のような物しか出せなかったのだが、今では感情がある程度分かるぐらいの声は出せるようだ。

 

全て「ん……」と返されるため、ある程度慣れないと混乱待ったなしだが……。

 

ちなみにユエは俺に対してはハジメとは違った認識をしているのか、彼よりも父親に甘えるかのような行動を取ることが多い。ハジメに対してはどちらかと言うと恋愛的な行動を多く取っている。

 

「こらこら。抱き着かれたら撃てないよ」

「……んぅ」

「休憩、だって? ううむ……まあ良いか」

「あ、猛さん休憩ですか?」

「香織、丁度いいところに来たな。休憩するから宝物庫から飲み物を出してくれないか?」

「は~い!」

 

香織から手渡された飲み物を飲みながらユエの頭を撫でる。こうしてみると完全に娘みたいだ。

 

仮にそうだとしたら香織は俺の奥さんだろうか。絵面的に。いや、まだ若すぎるか?

 

あまり変な想像を膨らませるのも香織に悪いのですぐに止めたが、香織が将来良い母親になれるだろうと思うのは止めなかった。

 

「猛さんと子育てしたらきっと楽しいと思うんですけどねぇ」

「おい待て。何で心を読めるんだ?!」

「ふふふ、それは秘密ですよ」

 

……滅多な想像もしない方が良さそうだ。そのうち自ら墓穴を掘りそうである。

 

密かに訳の分からない決意を固め、ユエからは変な物を見たという目で見られる。

 

そんなことをして過ごしてると、急激に結城とハジメが此方に近付いてくるのが分かった。急に如何したのだろうと思って立ち上がると同時に二人が目の前に現れる。

 

「本郷さん、ちょっと手伝ってくれませんか? ここから南西五キロぐらいの場所にショッカー怪人の軍団が確認できたんです」

「何だって? 数はどのくらいだ」

「軽く百は超えてそうなんですよ。流石に自分とハジメくんだけで対処できる数ではないんです」

「分かった。ならアマゾンとシアも呼び戻してくれ。五人で前線に出て片付けるぞ。後のメンバーは後方支援を任せる」

「了解です。この付近を通過するまでそんなに時間がないので僕も急いで準備します」

 

どうやら、俺は戦いから逃れることは出来ないらしい。

 

最早仕方のない事だと割り切り、俺は香織にハウリアと恵里の出迎えとユエの護衛を頼んでその場を離れた。

 

一戦の始まりだ。

 

 




話の流れを忘れかけているので現在復習中です。復習が終わり次第、次を執筆しようと思います。
ちなみに次回は清水くんがどうなったかを(確認込みで)描こうと思います。


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清水sideその1

三人称視点です。時折こうして清水くんsideを描いていこうと思います。


時は少し巻き戻る。

 

「はあ? 八重樫が幼児退行した?」

 

ハイリヒ王国に到着し、とりあえず城に入って生還報告でも……と思っていた幸利に帰ってきて早々にリリアーナが捲し立てた新事実に彼は困惑の声を上げる。

 

しかし、リリアーナの服の裾を掴んで話さない雫を見て納得せざるを得ない。

 

幸利は大きなため息を付いて何があったのかを尋ねる。

 

「何でまた……」

「……実は、光輝さんが雫の事を襲おうとしたんです。その時のショックと、これまで溜め込んできたストレスが原因らしいです」

「おいおい、あのクソ勇者がやらかしたのかよ。じゃあ何だ。王国がお通夜みたいに静まり返ってるのはそれが原因なのか?」

「正確には、光輝さんと檜山さんが行方不明になったからです。その、お二人は光輝さんが雫を襲った翌日に姿を眩まして……」

「クソ勇者と檜山のバカが行方不明程度でお通夜ムードとかやってられねえな。これじゃあ戻らない方が幸せだったかもな」

 

本当なら顔を出すだけにして、すぐに愛子の元へ向かおうと思っていた幸利。しかしいざ帰ってみればとんでもない厄介事を知ってしまった。

 

自分の決断を後悔しているわけではないが、それでも「あのクソ野郎共……」と言わずには居られなかった。

 

チラッと雫を見れば、それこそ幼子のように幸利の事を震えて見ているため更に幸利のため息は大きくなる。

 

「で? 俺に如何しろって言うんだよ。俺は猛先生やハジメとは違って精神崩壊した人の心を癒すなんて芸当は出来ないぞ。いや、白崎なら多少は出来るか……?」

「え、やっぱり皆さんご無事だったんですか!?」

「は? 当たり前だろ。猛先生が一緒なんだぞ。逆にあの人の事を何だと思ってるんだよ」

 

幸利の口ぶりからオルクスに潜った全員が無事だと分かったリリアーナの心に久しく光が差す。雫の事は勿論心配しているが、ショッカーの事を調べ始めてからはその巨大な力故に基地を潰しに行った猛達を心配していたのである。

 

まあ、幸利からすれば猛が居れば自分達が死ぬことはまず有り得ないと思っているのだが……彼はそれを口に出す事まではしなかった。それに近しいことは吐いたが。

 

「まあ精神崩壊したならご愁傷様と言ったところだな。だが俺には関係ない。そっちはそっちで頑張れよ。俺は愛子先生の元へ行くからな。今日も一応顔を見せに来ただけだ」

「そ、そんな事言わないでくださいよ! 同じクラスの仲間でしょう!?」

「いや、仲間じゃないね。俺の仲間はハジメ達だけだ。困っているのは分かったが、それでも俺に如何にかしろと言うなら却下する」

「だ、だったら雫を連れて行ってください!」

「はあ?」

 

リリアーナは必死だった。悲しいが、彼女では雫の心を取り戻すことは不可能なのだ。しかしこのまま放置しては何時か雫が死んでしまう。それは何となく察しているリリアーナは、こうして現れた最後の希望に願いを託したかったのである。

 

だが幸利からすれば、精神崩壊した雫はただの足手まといだ。邪魔でしかない。他の同級生とは違って雫の事を美人だとも可愛いとも思っていない彼からすればクソ以下の価値の申し込みだ。

 

ちなみに幸利が可愛いと思っているのはハジメの前の恵里とユエ。そして猛の前の香織とシアである。

 

「俺に何の得がないじゃないか。同郷の者だからって何でもすると思っているのか?」

「でも、貴方しか居ないんです! 雫が他人の前に出て泣かないのは貴方ともう一人しか居ないんですよ! そのもう一人も神出鬼没で頼めないんです!」

「勘弁してくれよ。何度も言うが、俺はカウンセラーじゃないんだ」

「愛子さんの元に送り届けてくれるだけで良いんです! どうか、どうかお願いします!」

 

遂には土下座をしてまで幸利に頼み込むリリアーナ。流石に女性、しかも王女に土下座されたとなれば幸利も焦る。

 

……と思いきや、意外にも幸利は冷静だった。

 

幸利はリリアーナが「雫を送り届けるだけで良い」と言ったのを確かに聞いた。送り届けるだけなら、後は愛子に丸投げすれば良いだけだ。

 

そうとなれば其処まで面倒でもない。そう感じた幸利はまた大きなため息をついた。

 

「……で、愛子先生は何処に居るんだ?」

「え、え? あ、えっと……今は湖畔の町ウルに向かっています」

「そのウルとやらは此処から何日ぐらいだ?」

「馬車で大体二日ぐらい……でしょうか」

「そうか。ならバイクならあっという間に到着するから八重樫の着替えなんかは最低限で良いな」

「え……?」

「間抜け面晒す時間があったら早く準備を始めてくれよ。今日中に八重樫を送り届けたいんだ」

 

分かりやすいぐらい目を輝かせたリリアーナに幸利が向ける視線は冷たい。しかし、それでもリリアーナは歓喜せずにはいられなかった。

 

そのままバタバタと奥の部屋に引き返してリリアーナが雫の荷物の支度を始めたため、場には幸利と雫だけが残された。

 

雫は泣くことはなく、ペタリと地面に座ってジッと幸利の事を見つめている。悪い人なのか否かを見極めているようだ。

 

特に幸利は言及することもなくリリアーナを待つ。雫にはとことん興味がないらしい。某金髪でツンツン頭のソルジャーの言葉が聞こえてきそうだ。

 

「俺は何してるんだか……」

「あい?」

「いや、お前には何も言ってない」

「おにいちゃ、だれなの? おなまえは?」

「本当に幼児退行したんだな。名前すら覚えていないか」

 

思っている数倍は幼児退行だ進んでいたことに驚く幸利だが、「まあ仕方ないか」と割り切ってすぐに自分の名を名乗った。

 

「清水幸利だ。まあ、好きに呼びな」

「ゆきおにいちゃ?」

「……まあ、それでも良い」

「ゆきおにいちゃ。ゆきおにいちゃ」

「うん、何て言うか……複雑な気分だな。同い年に兄呼ばわりされるなんて思ってもみなかったぞ」

 

もの凄く微妙な表情である。悪い気がしないと言えば嘘になるが、それでもむず痒いことには変わりないため幸利の表情は微妙な物になる。

 

そうこうしているとリリアーナが小さなバッグに荷物を詰め込んだのか、額に汗を浮かべながら向かってくるのが見えたので幸利はもう一度「仕方ない」と呟いて前を向くのだった。

 

 

雫の荷物をバイクの収納スペースに放り込み、雫本人は自分の前に座らせて幸利は地図を眺めながらバイクを発進させた。

 

その様子を、カメラを構えた男はパシャリとシャッターを切るとそのまま颯爽とその場を立ち去った。

 

男は幸利に期待しているのがすぐに分かる含み笑いを浮かべていた。

 




清水くんの性格は原作の魔王ハジメに近い物があります。が、魔王ハジメよりも分別を付けられる大人でもあります。周りの大人って大切です。


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第三十二話 迎撃戦

お待たせしました。更新です。
タイトル通りですが、結構アッサリしてると思います……()


迎撃態勢を整えた俺達は前衛と後衛に分かれて確実陣取って何時でも戦えるようにする。

 

俺は仮面ライダー三人と共にショッカー軍団がやって来るであろう方角を睨んでいた。この中で一番目が良いのは俺なので、俺が発見したらすぐに変身するつもりらしい。

 

本来ならシアもこの場に立つ予定だったのだが……アマゾンがコテンパンに叩きのめしてしまったので香織にストップを言い渡されている。

 

サイクロンに跨がりながら俺は南西をひたすら睨みつける。到着までそこまで時間はかからないはずだ。怪人や戦闘員が馬車を使って移動しているとなれば尚更である。

 

そしてその予測はどうやら当たっていたらしい。

 

「……来たな」

 

タイフーンを起動させ、変身ポーズは取ることなく一瞬で変身を完了させる。スチャッと仮面が装着されると、それに合わせてハジメ達も動き出した。

 

「ライダァァァァア……変身ッ!!

 

見様見真似なのだろうか。ハジメが俺と同じポーズを取って声を張り、そして跳び上がった。降りて来た時にはあら不思議。既に姿が仮面ライダーの物へと変わっている。

 

結城もコクリと頷くと、自分の拳を打ち付けた。

 

「変身……ヤアッ!!

 

頭上に手をかざすと、そこにライダーマンヘルメットが現れる。それを掴むと躊躇うことなく頭に乗せた。

 

すると瞬く間に結城の身体が変わり、あっという間に“ライダーマン結城丈二”へと変身を遂げる。顔の下半分は剥き出しと変わった見た目だが、これでも仮面ライダー四号だ。

 

「ロープアーム!」

 

本家本元。オリジナルのロープアームを装着した結城は俺に一つ、力強く頷いた。

 

「ヴヴヴヴヴァ゙ァ゙ア゙ア゙ア゙……

 

ア゙ァ゙ァ゙マ゙ァ゙ァ゙ゾ゙ォ゙ォ゙ォ゙ン゙!

 

ヒトが野性に帰ったかのような唸り声を喉から絞り出し、闘争本能が指図するがままにアマゾンは叫んだ。

 

彼の身体が炎のような何かに包まれ、少しずつその肉体を変えていく。トカゲのような身体へと変わったアマゾンは低く姿勢を取り、威嚇するように唸り声を上げる。

 

役者は揃った。仮面ライダーハジメ。ライダーマン。仮面ライダーアマゾン。そして俺。ショッカーを迎撃するのには最適なメンバーと言っても過言ではないだろう。

 

肉眼で確認できる距離に怪人が迫ったと同時に、俺はサイクロンを急速発進させた。その後ろを少し遅れて結城がロープアームを使ってターザンのように追いかけ、アマゾンも木々を飛び移って付いてくる。ハジメは唯一地面を〝縮地〟で駆け抜ける。

 

ついさっきの鍛錬と同じようにツェリスカを取り出して移動しながら弾を装填し、面食らって動きを止めた戦闘員に俺が容赦なく弾丸を叩き込んだのを皮切りとして大乱戦が始まった。

 

俺は迷うことなくサイクロンで敵中を真っ直ぐ突き抜けた。そうして生まれた陣形の隙間に今度はアマゾンが飛び込んで大虐殺を始める。

 

「ケェーッ! ケケケケェーッ!!」

 

腕に付いた切れ味抜群のヒレを使って怪人の胴体を簡単に切り離してしまうその姿は恐ろしい。

 

更には敵の頭蓋を何度も踏みつけて叩き割ったり首を曲がってはいけない方向に曲げたりとやりたい放題である。

 

「キエェーッ! アマゾンキック!!」

「グウガアアアア!?」

 

しかしそんなアマゾンもただ野性的に戦うわけではない。時には理に適った仮面ライダー伝家の宝刀のライダーキックで怪人を撃破する。

 

「ハジメくん、ネットアームを!」

「は、はい! ネットアーム!」

「ようし! エレキアーム、出力最大!」

 

ハジメの右腕から発射された蜘蛛の巣のようなネットが怪人の動きを止めたのを見て、結城は右腕に集まった電撃をハジメのネットを通して伝導させ、一気に数体の怪人を片付けた。

 

ハジメは右腕でネットアームを操りながらも左腕でドンナーを握り、ドパンドパン! と正確無比な連射で怪人の首と胴体の付け根を狙い撃って沈黙させる。

 

「カマアーム……! 此処は誰一人とて通さんぞ!!」

「ギイエ!?」

「ゲアッ!」

 

不退転の金剛力士像が如く。結城は鉤爪状のロープアームを使ってアウトレンジから一方的に怪人を蹂躙していく。勇気。そして幽鬼の漢と言い表すのが相応しい。

 

そんな結城を見て何かを感化されたのだろうか。ハジメの体捌きとカセットアームチェンジも加速していく。

 

「俺だって……俺だって仮面ライダーだ! 例えお前らが元は人間だとしても、こんな所で俺は負けてられないんだぁぁ!!」

 

パワーアームで一体。ショットガンアームで二体。俺が伝授した二段回し蹴りで更に一体と着実にハジメも怪人の屍を積み上げていった。

 

気が付けば初動のみでかなりの数の怪人と戦闘員が散っていた。

 

残りは数十体。俺はサイクロンから飛び降りてツェリスカの残弾を発射してから宝物庫に放り投げ、一番近くに居た怪人の頭部を粉砕してから着地する。

 

「「「「イーッ!!!」」」」

「性懲りもなく現れては人攫いか。そんな事を許すわけには行かん」

 

一体を背負い投げで沈め、もう一体を鉄拳で破壊。離れようとした戦闘員にはその辺の枝を拾っては神速で投げつけて心臓を貫き、死角から攻めようとした怪人には咄嗟に出た回し蹴りで首を吹っ飛ばす。

 

「ライダーパンチ! ……そこか、逃がさん! ライダーフライングチョップ!」

 

基本は鉄拳。しかし空中に逃げようものならクロスチョップを叩きつける。

 

どれだけの怪人を殺してきても、この人を殺すという感触は好きになれない。だが、守りたい人が俺には居るのだ。普通の人間ではなかったとしても、守るためなら俺は……。

 

「……ライダーヘッドクラッシャー!」

 

何でも出来る。何でも、だ。この身体と心を汚してでも俺は守り抜く。それだけだ。

 

「な、何故だ! 何故、仮面ライダーがこんなにもっ! 前回は二人でっ」

「……貴様がこの怪人軍団を統率する者か」

「ありえないっ。仮面ライダーは二人のはず……!」

「諜報を怠るからだ。残念ながら仮面ライダーは二人じゃない。此処で戦う仮面ライダーも全体のほんの一部でしかない」

 

ライオンのような見た目をした怪人を睥睨する。彼の言葉から察するに、何度もこの樹海に怪人軍団を引き連れては何人も攫っていたのだろう。

 

こんなにまで狼狽しているのは、きっと勝ち戦しか知らないからだ。実に哀れである。

 

大切断ァァァン!

「ハジメくん、行くぞ!」

「はい、結城さん!」

「「マシンガンアーム!」」

 

チラッと横目で戦局を確認すれば、アマゾンは腕のヒレを肥大化させて敵を真っ二つに切断し、ハジメと結城はマシンガンアームで殲滅戦に入っている。

 

怪人の全滅も時間の問題だろう。

 

だとすれば、俺はこの目の前に立つ怪人を殺すだけだ。

 

「来い。此処を貴様の墓としようではないか」

「ふ、ふざけるな! それは此方のセリフだァァァ!!!」

「ッ……!」

 

ライオン怪人の咆哮で周囲の草木が焼き払われた。熱線で少し後退した俺は腰を落として戦闘態勢を整える。一部はタイフーンに取り込んだので体からは蒸気が立ち込める。

 

三本の鉤爪が付いた両手を振り下ろすライオン怪人を右腕一本で動きを封じ、逆にカウンターの足払いを引っかけてから裏拳を叩き込み、怯んだところに再び取り出したツェリスカで殴打して距離を取る。

 

そして……。

 

ドゴアン! ドゴアン!

 

発砲した。

 

「ぐ、うう!?」

「そこだ」

 

ドゴアン! ドゴアン! ドゴアン!

 

サッ ガチャッ

 

「う、腕が取れた!?」

 

凶弾は難なくライオン怪人の右腕を吹き飛ばした。すぐさまリロードすると、俺は弾倉を使い切る勢いで装甲の脆いであろう首と胴体の繫ぎ目部分を狙撃した。

 

ドドドドガアン! ドガアン!

 

弱点を狙われたのだと思ったのか、ライオン怪人は残った左腕でガードする。しかし着弾した弾丸に続く連弾によって無情にもライオン怪人の左腕は吹き飛ばされた。

 

そして、少し遅れて射出された弾丸がガードの解けた首と胴体の繫ぎ目部分に突き刺さる。

 

「が、ふうっ!?」

「終わりだ」

 

ツェリスカの精密射撃を受けてもまだ生きているのを見るに、此奴はデストロン怪人ぐらいの耐久力はあるらしい。

 

しかし、むざむざ取り逃がすほど俺は甘ちゃんではない。仮に取り逃がしたとすれば、きっと今後も多くの亜人が攫われていくだろう。攫われた者は、余程の奇跡が起きない限りは二度と家族や友人と再会することは出来ない。

 

奇跡が起きても待っているのは地獄と言える日々だ。つまり攫われたが最後、普通の生活を送る事は不可能になるのである。

 

改造人間の辛さを誰よりも俺は知っている。今になって、俺と同じかそれ以上の苦しみを味わう人が増えるなんてことは許せるはずがない。

 

「ライダァァァキック!!!」

 

故に、俺は万感の思いを込めて必殺の跳び蹴りを繰り出した。

 

前方に浮き上がりながら一回転宙返りし、ジャンプの頂点に達する前に蹴りの姿勢を取ってそのまま急降下する。

 

「く、くく、来るなァァァ!」

 

狂ったように叫び散らかし、無い腕を振ろうと肩を小刻みに震わせるライオン怪人の姿は、はっきり言って哀れであった。

 

熱線は俺の足にぶち当たるも難なく掻き消される。それどころか熱線が巻き起こした風が俺の身体能力を更に強化していく。

 

もう逃れる術はない。

 

ズドオン!!!

 

「ギイヤアアアアアアア!!」

「……散滅しろ!」

 

蹴りを叩き込み、ライオン怪人から背を向けた俺はたった一言吐き捨てる。

 

後ろでバタッと何かが倒れる音と、それから少し後に爆発音が耳に入ったが俺は振り向かなかった。

 

「先生!」

「ハジメ。それに結城も。怪人は全滅したようだな」

「ええ。やっぱり本郷さんが居ると楽ですね。それにハジメくんとのコンビネーションも上手く取れましたし。前はこんな早くは終わりませんでしたよ」

 

マスクを取った結城が苦笑いしている。アッサリと終わった事が少し信じられないようだ。

 

まあ、二人であの数の怪人を相手するなら必然と時間は必要になるだろう。特に結城はアマゾンと比べて体力が低いため、頭脳もより働かせないといけないのが辛いはずだ。

 

最悪の場合は結城が後方支援に徹してアマゾンをカバーすれば勝てるだろうが、それはきっと責任感の強い結城が許さないだろう。

 

「猛、ヤッパリ強イ!」

「おう、アマゾンも相変わらずだな。流石はガランダーとゲドンを滅ぼしたライダーだよ」

「本郷さんは別格として、アマゾンも相当に強いですからね。少し前に風見とアマゾンで模擬戦をやっていたんですけど、最終的に風見が逆ダブルタイフーンを使って引き分けにせざるを得ない状況まで追い詰められてましたからね」

「そ、そうなのか。恐ろしいのはアマゾンの闘争本能とギギガガの腕輪だな」

 

思っているより数倍は後輩も育っているようだ。もしかしたら俺なんかは随分と後ろに置いて行かれているのかもしれない。

 

「……いや本郷さん。貴方にはどうやっても敵いませんよ」

「そんな訳あるか。俺は唯一死亡した仮面ライダーだぞ? それぐらい弱いって……」

「いやその理論はおかしいですって。本郷さんはその一戦しか負けてないじゃないですか」

「それは……まあそうだが、だとしても死に追いやられている時点でダメだろう」

「何なら僕達後続に出現した仮面ライダーの総意でも教えましょうか? 全員が本郷さんには勝てないって言いますよ」

 

……こっちの方が遥かに驚きである。結城やアマゾンの戦闘力よりも、だ。

 

そんなに過大評価されても俺が困るだけなのだが、生憎なことに結城やその隣で頷くとアマゾンはどうやら本気で俺には敵わないと思っているらしい。

 

この誤解をどうやって解こうか……。




本郷さんは謙遜していますが、結城の言っていることは正しいです。
一文字…戦闘経験の差で本郷には勝てない。勝てたのは集団かつ奇襲したから
風見…能力自体は勝っているがそもそも本郷は制作者なので弱点も知り尽くされている
結城…身体能力の時点から勝ち目がない。頭脳戦でも三倍近くの差を付けられて圧倒される
敬介…水中戦で漸く互角。しかし本郷の爆発力次第では水中でも圧倒されかねない
アマゾン…腕輪が不思議な事を起こしても勝てるか分からない
茂…チャージアップしてギリ互角。しかし本郷が自身の能力をフル活用したら勝てない

そもそも、異世界にやって来る前の本郷さんの時点で結城達が勝てないと評価しています。能力の差で勝てない訳ではないですが、膨大な戦闘経験数と卓越した本郷さんの頭脳が相まって勝つことは不可能レベルです。

今の本郷さんの強さはキングストーン二つ持ち全盛期の創世王より上……とだけ言っておきます。


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第三十三話 予定変更と再出発

小説を描く以上は批判が来るのも織り込み済みですが、それでも少し悲しい気持ちにはなりますね。批判するぐらいなら何で自分で納得のいく作品を作らないのかなと度々思っています。
…と、まあ愚痴はこの辺にしておきましょう。今回は短めです。お楽しみください。


結局、誤解を解くことは叶わなかった。

 

何を言ってもそれらしい言葉を結城に投げかけられてしまい、俺は反論するための言葉が足りなくなったのである。

 

「絶対違うだろ……」

「そう思っているの、多分だけど猛さんだけですよ」

「ウソだろおい……」

 

もう反論する気も失せた俺は、黙って霧が晴れるのを待ってから大樹を目指すために寝ることにした。何でも大樹へ行くためには一際濃い霧が晴れる周期を待たないといけなかったらしい。後からアルフレリックから聞かされた。

 

次に行けるようになるのは三日後らしい。それまでは正直言って暇だ。

 

……いや、今日みたいにショッカーが樹海を襲撃してきたら暇とは言えなくなるか。まあ、今回撃破した怪人の数は軽く百を超えている。そう簡単には数を補充できないだろう。

 

多分、あと一週間は補充に時間を割く。そう信じたい。

 

コートを羽織り、目元にタオルを置いた俺はそのまま地面に寝転がった。こんな時でも香織は寄り添ってくれるのが何だか申し訳ない。膝枕なんてしてくれる香織は天使の域に達している。

 

改造人間なので戦闘後に疲れが出ることはないのだが、俺は普通に睡眠を取ることが好きなので外であろうとも難なく眠れる。睡眠時間は至福の時間だ。ましてや、こうして膝枕されているので普段の三割増しで良い時間である。

 

 

そのまま俺は、日が暮れるまで眠り続けるのだった。

 

香織の膝枕は、俺にとっての安眠枕だった。

 

その事をそのまま伝えると、香織は喜んでくれたが代わりにシアの機嫌がすこぶる悪くなった。

 

「ズルいですぅ! 私もしたいですぅ!」

 

ただでさえシアは戦闘に参加できなくて不機嫌気味であったのに厄介なことになってしまった。

 

しかし残念ながら、この状況を打破できる知識を俺は持ち合わせていない。

 

暫くの間は、俺を挟んでやいのやいのと口撃し合う香織とシアを見守ることにするのだった。

 

───────────────────

 

漸く三日が経過したので、俺達は大樹へ向かうことになった。アマゾンと結城も同行したため、かなりの大人数である。

 

この三日でシアが俺に対してやけに積極的になったり、恵里が訓練したハウリアが見違えるほど逞しい顔付をしていたりと、まあ色々な事があった。

 

あ、シアは俺達と旅を続けるという道を選んだ。何でも、もっと俺の下で修行して強くなりたいらしい。自分で鍛錬するという道も考えたらしいが、結局は今の結論に至ったそうだ。

 

俺はシアの決めた事なら否定しないし、香織達もそれは同じだったらしいので特に揉めることもなくシアの同行が決定した。

 

「カムさん。後どのぐらいで到着しますか?」

「そうですな。ざっと見て十分でしょう。ああ、魔物が出ることもありますが手出しは不要です。恵里殿に鍛えられた御蔭で、樹海の魔物程度なら難なく倒せるようになったんですよ」

「そうでしたか。すっかり逞しくなりましたね」

「いえ、とんでもない。ですが、何時かは猛殿ぐらい強くなりたいですなぁ」

 

和やかな雰囲気で。しかし油断は一つも見られない顔付のハウリアを見ていると、超短期間でここまで仕上げた恵里は人に物を教えるのが上手なんだろうと認識することになった。

 

そのまま特に何かが起こるという事はなく、俺達は遂に大樹の下へたどり着いた。

 

その大樹を見た俺の第一声は、

 

「枯れてる……?」

 

であった。大樹についてフェアベルゲンで見た木々のスケールが大きいバージョンを想像していたのである。しかし、実際の大樹は見事に枯れていたのだ。

 

大きさに関しては想像通り途轍もない。直径は目算では測りづらいほど大きいが直径五十メートルはあるのではないだろうか。明らかに周囲の木々とは異なる異様だ。周りの木々が青々とした葉を盛大に広げているのにもかかわらず、大樹だけが枯れ木となっているのである。

 

「大樹は、フェアベルゲン建国前から枯れているそうです。しかし、朽ちることはない。枯れたまま変化なく、ずっとあるそうです。周囲の霧の性質と大樹の枯れながらも朽ちないという点からいつしか神聖視されるようになりました。まぁ、それだけなので、言ってみれば観光名所みたいなものですが……」

「そうなんですね。しかしまあ、大きいのに勿体ないというか……」

 

こんな大樹に桜でも咲いたらきっと綺麗である。そんな事が起きたことはないと言うので少しガッカリしたが。

 

大樹の根元には石板が置いてある。そこには、七角形とその頂点の位置に七つの文様が刻まれていた。よく見ればオルクス大迷宮の扉と全く同じだ。

 

そして石板の裏側には表の七つの文様に対応する様に小さな窪みが開いていた。

 

「これは……オルクスの指輪を嵌めてみるか」

 

その言葉通りに俺は指輪を対応しているであろう窪みに嵌め込む。すると、石板が淡く光りだし、それが収まると文字が浮かび上がっていた。

 

「なんだ……? 〝四つの証〟〝再生の力〟〝紡がれた絆の道標〟〝全てを有する者に新たな試練の道は開かれるだろう〟……ってどういうことだ?」

 

紡がれた絆の道標、というのは亜人と友好関係を結ぶということだろうか。亜人は滅多に樹海から出てこないし、こうして案内して貰えること事態が奇跡であるぐらいだ。

 

とすれば、後は〝四つの証〟と〝再生の力〟の意味を考えないといけない。

 

香織達も石板を覗き込んで意味を考えているのか、首を傾げながら考え事をしている表情である。

 

「……もしかして、四つの証というのは四つの大迷宮を攻略しろってことじゃないですか?」

「あ、なるほどな……流石はハジメだ」

「仮にそうだとしたら、再生の力を持つ神代魔法もあるってことじゃないですかね。それ含めて四つ以上の大迷宮攻略の証を持ってこい、みたいな?」

「多分それで正解だと思うぞ。この枯れた大樹を再生させる必要があるんだろうな」

 

だとすれば、現状この大迷宮に入ることは不可能である。折角やって来たのに入れないのは悔しいのだが、此処でウダウダ悩むよりは次の大迷宮を攻略するために動いた方が良いだろう。

 

「結城。それにアマゾン。わざわざ同行してもらったのに悪いが、今はこの迷宮に入ることは無理らしいから他の大迷宮を攻略する事にするよ。それまでの間、このハルツィナ樹海を任せても大丈夫か?」

「勿論ですよ。僕はこの美しい町を傷付けさせるつもりはありません」

「アマゾン、ミンナヲ守ル! 猛、安心シテ出発シテイイ!」

 

何とも頼もしい仲間を俺は持ったらしい。これなら安心して任せることが出来るだろう。

 

結城とは握手し、アマゾンは頭を軽く叩いて別れの挨拶を済ませる。長ったらしい言葉は不要だ。俺達は、言葉がなくてもお互いに通じ合っている。

 

俺はカムさんにも握手をして、別れの挨拶をする。

 

「僕が居ない間、結城達と一緒にショッカーの魔の手から亜人を守ってやってください。貴方達はもう、誰かに助けられるのが当たり前の弱い種族ではありません」

「猛殿にそう言われると感慨深いですな。よし、亜人族の命と自由はこのハウリア族にお任せくだされ。必ずや一つでも多くの命と自由を守って御覧に入れましょう」

「頼みます。その代わりと言ってはあれですが、僕は全力でシアを守ります」

「猛殿が守ってくれるなら一安心ですな! 心から安心して送り出せますよ」

 

カムさんともう一度だけ笑い合い、俺達は手を離した。

 

サイクロンに跨ると、香織を前に、シアを後ろに乗せて俺はエンジンをかける。ハジメも、ユエと恵里をバイクに乗せて出発の準備を整えた。

 

カムさんに貰った樹海の地図を脳内に叩き込むと、俺はハジメに声をかける。

 

「それじゃあ、行くか」

 

俺の一言で爆音が二つ上がり、土煙を上げながら二輪は発進する。ぶち当たる風を感じながら、俺は次々と通り過ぎていく色とりどりの木々に暫しの別れを告げる。

 

次の目的地はライセン大峡谷にあるというライセン大迷宮だ。そこを目指すためにも、当面の食料や調味料、そして替えの衣類。そして素材を換金したりとやりたいことは沢山ある。

 

 

数時間ほど走り、そろそろ日が暮れるという頃、前方に町が見えてきた。入り口付近には人だかりが出来ているらしく、そこから聞こえてくる楽しげな声に俺は頬を綻ばせた。

 

それは香織とシアも同じらしい。香織は此方を微笑みながら見てくるし、シアはより強く抱き着いてくる。

 

俺は二人の髪を優しく一撫ですると、アクセルを全開にして町に向けて全力疾走するのだった。

 




ハウリアは恵里が訓練したこともあって厨二病を発症していません。これで歴史が変わる……かも。


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第三十四話 ブルックの町へ

別作品と並行で進めてる関係上、更新が遅れる可能性大です。ご了承ください。その別作品と言うのは以前「その音色は異世界まで響き」を完結させた直後に予告していた作品です。先にこっちを始めたのはお許しください……。


遠くに町が見える。周囲を堀と柵で囲まれた小規模な町だ。街道に面した場所に木製の門があり、その傍には小屋もある。おそらく門番の詰所だろう。小規模といっても、門番を配置する程度の規模はあるようだ。

 

「ふむ、結構充実した買い物が出来そうだな」

「ですねぇ。調味料とか買えそうですかね?」

「だな。今までは大味な事も多かったが、これで料理の味もより美味しく出来るだろうな。生憎なことに、俺は料理は出来ないけど……」

 

独り暮らし出来るぐらいには料理が可能だが、それでも香織やシアのように凝った料理は出来ない。ちなみに俺の好物は梅干し入りおにぎりとカレーライスだ。

 

もうそろそろ遠目から俺達の事が町からも見えそうなので、俺はゆっくりブレーキをかけてサイクロンの速度を徐々に落としていった。

 

テクテクと歩いて行くと、遂に町の姿が大きく見えるようになった。

 

案の定、門の脇の小屋は門番の詰所だったらしく、武装した男が出てきた。格好は、革鎧に長剣を腰に身につけているだけで、兵士というより冒険者に見える。その冒険者風の男が俺達を呼び止めた。

 

「止まってくれ。ステータスプレートを。あと、町に来た目的は?」

 

規定通りの質問なのだろう。どことなくやる気なさげである。

 

「ちょっと買い物と、あとは一日の宿泊だな。旅の途中なんだよ」

「ふうん……えっ?」

 

ガサゴソと懐を弄ってステータスプレートを出して、男に手渡したところで「しまった」と思った。

 

ステータスプレートには隠蔽機能があり、能力値や技能を隠せることも可能なのだが、それを俺は忘れてしまった。

 

やってしまった感が凄まじく、俺は内心で冷や汗をダラダラと流す。しかし、それを顔に出しては終わりである。

 

さて、どうしようか……。

 

「え、と。こんなステータスは見たことないんだが……」

「……ああ、それか。実はな、さっき魔物に襲われた拍子に岩石にぶつけてしまったんだ。それから表記がおかしくなってな」

「ああ、つまり壊れたってことか。聞いたことないけどな」

「ステータスプレートを新調したいってこともあって町に来たんだ。それに、俺が指先一つで世界を滅ぼせるような男に見えるかな?」

「はは、見えないよ。そうだな、何事にも初めてってもんがあるよな!」

 

人の良い男で助かった。嘘を付くのは心が痛むが、改造人間でありながら一般社会に溶け込んでいる時点で既に他人に対して嘘を付いていることになっていると思い込んで自責の念を掻き消す。

 

その後、俺は「連れは魔物の襲撃でプレートを紛失した」ともう一つ嘘を付いて無事通してもらえることになった。ついでに素材の換金が出来る場所も聞き出してそのまま町へ足を踏み入れた。

 

町の名はブルックと言うらしい。ホルアド程ではないが、かなり活気づいた町らしくそこかしこに露店が展開されている。人々の表情も明るく、住み心地は良いと分かる雰囲気だ。

 

明るい雰囲気というのは自然と気分を高揚させる。見れば香織達も楽し気な表情だ。あのユエも僅かにだが表情を緩めているのが決定打である。

 

「あれ、もう恵里は何か買ったの?」

「……焼き鳥を貰った。ハジメも食べよう」

「え、お金は? ……あ、もしかしてあのおっちゃんが無料で渡してくれたの?」

「うん。彼氏さんとお幸せにって」

「ぶふっ!?」

「んぅ……」

「あ、ああ。ごめんねユエ」

 

何とも仲睦まじい姿を見せているハジメ達。先生は二股することは否定しない。まあ、二股するからには両方を幸せにしろとは言うが。

 

他国では重婚を許可する所もあるが、決まって「全員を平等に愛せ」となっている。その考えは俺であっても変わらないのである。

 

ハジメ達の様子を見て楽しみながらメインストリートを数分歩くと、一本の大剣が描かれた看板を発見した。かつてホルアドの町でも見た冒険者ギルドの看板だ。規模は、ホルアドに比べて二回りほど小さい。

 

何の躊躇いもなく、俺は重厚そうな扉を開ける。

 

中は意外と清潔であり、左手には飲食店が、正面にはカウンターがある。ギルドに入るとすぐに視線が集まったが、それらを全て無視して俺はカウンターに向かった。

 

カウンターには大変魅力的な笑顔を浮かべた老婆がいた。恰幅がいい。だが、人を見た目で判断してはいけない。この笑顔を見るに、きっとこの人は優しく知的なんだと思う。

 

「おや、アンタはこれまでの冒険者とは一味も二味も違うね。まるで文句の付け所が見当たらないよ」

「それは嬉しいですね。それよりも、素材の買取をお願いしたいんですが」

「素材の買取だね。じゃあ、まずステータスプレートを出してくれるかい?」

「あれ、買取にステータスプレートが必要なんですか?」

「おや、アンタは冒険者じゃなかったのかい? ステータスプレートを提示して冒険者だと分かれば買取額は一割増されるんだよ。他にも、宿の値段が安くなったり少し良い部屋に泊まれたりするね」

 

どうやら特典がかなり多いらしい。これは冒険者登録するのもアリだろう。

 

その旨を伝えてから登録費用は買取額から引いてくれと言うと、老婆は「可愛い子を大勢引き連れているのに一文無しなのかい? しっかり上乗せしとくから安心しな」と言われた。やっぱり良い人である。今度はしっかりと隠蔽してからステータスプレートを老婆に手渡した。

 

老婆が登録の手続きをしている間に、俺は適当な素材を取り出す。買取してもらう素材はとりあえず樹海やライセン大峡谷の魔物の魔石や毛皮、そして爪や牙である。すると老婆の表情が面白いぐらいに変化した。

 

「これは……とんでもない物を持ってきたね。この毛皮と爪は樹海の、魔石と牙はライセン大峡谷の魔物だね?」

「ですね。こう見えても腕っぷしには自信があるんです」

「だとしてもこれはとんでもないよ。滅多にこんな良質な素材を持ってくる冒険者は居ないんだ」

 

まあ、樹海は動くことすらままならないしライセン大峡谷は魔法が使えないしで滅多に持ってこれる人間が現れないのだろう。

 

ちなみに此処で真のオルクス大迷宮の魔物の素材を出すという選択肢もあったがそれは我慢した。そんな事したら大騒ぎになって面倒になるだろう。

 

「本当に大した人間だね、アンタは。まるで邪気や煩悩を感じらないのに誰よりも強いだなんて初めて見たよ」

「それは褒めすぎですよ。僕はそんなに大層な人間ではないです」

 

肩を竦める俺に老婆は苦笑いした。本心を喋っただけなのにこれは如何に。老婆と言い結城と言い、俺の事を過大評価しすぎだと思う。

 

老婆は苦笑いしながらも査定を終えたのか、金額を提示してくれた。合計金額は六十万七千ルタ。結構な額になった。

 

このルタというのはありがたいことに日本の円と同じ計算方法を取るので非常に楽だ。つまりに俺が受け取れる金額は日本円で約六十一万円ということだ。

 

「これでいいかい? 中央ならもう少し高くなるだろうけどね」

「いえいえ、大丈夫ですよ。査定ありがとうございます。あ、そうだ。この町の簡単な地図って貰えますか? 折角なので少し観光したくて」

「ああ、ちょっと待っといで……ほら、これだよ。おすすめの宿や店も書いてあるから参考にしなさいな」

 

手渡された地図は、中々に精巧で有用な情報が簡潔に記載された素晴らしい出来だった。これが無料とは、ちょっと信じられないくらいの出来である。

 

感心して「凄いな……」と呟くと、老婆は書士の天職持ちなのでここまで精巧な地図が作れるという話を聞いた。しかもこの地図、なんと趣味で書いたらしい。とんでもなくハイスペックな老婆である。

 

受け取った通貨を上着のポケットの入れ、地図を一通り見てから俺は老婆に一礼してその場を立ち去った。

 

……そして、すぐに顔を顰めることになった。

 

「はあ、しつこいですよ。私は貴方の奴隷なんかまっぴらごめんです」

「……シア、何があったんだ。」

「あ、師匠。この粗大ゴミ達が私の事を連れ去ろうとしてきたのでちょっと気絶させたんです」

「お、おう。何というか、お疲れ?」

「はいですぅ!」

 

すっかり失念してたが、兎人族は愛玩用奴隷として大人気だ。シアはそんな兎人族の中でもトップクラスに見た目が良いのでフラフラと釣られる男が後を絶たないのだろう。

 

シアの戦闘能力を考えれば心配は無用だが、それでも大切な弟子が攫われそうになったという事実には頭を抱えたくなった。シアだって大切にしたい人だ。勝手に居なくなられたら困る。

 

思わぬところで現れた厄介ごとに俺はため息を量産するのだった。

 




次回は再び清水くんSIDEです。定期的に挟まないと放置になってしまうのでこれもご了承を。
ちなみに原作では「オバチャン」と表現していた所は全て「老婆」に変えています。本郷さんがオバチャンと言う姿はちょっと想像できなかったです……。


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清水sideその2

本作品にお気に入り登録されていたお方はお久しぶりです。ご存知の通り、しばらくの間ペルソナ3×ありふれのクロスに走っておりました。が、紆余曲折の末に再び戻ってきました。ペルソナ3×ありふれもボチボチ更新しますが、こちらも並行して行きますのでよろしくお願いします。


荒野を一台の大型二輪が駆けていく。土煙を上げ、時折現れる魔物を文字通り瞬殺しながらもその足を止めない。

 

それを操るのはまだ成人もしていない少年。その後ろにヒシと抱き付くのは同い年ぐらいの少女。そんな事実を知ったら、きっと大人は卒倒してしまうだろう。

 

「おい、大丈夫か? ここで眠っちまったら落ちるかもしれないぞ」

「う、ん……むにゃ……」

「……ダメだこりゃ」

 

すっかり夢の世界に入ってやがる。そう幸利は悪態をついた。

 

仕方がないのでバイクをその辺に生えてる木の傍に停車させ、うつらうつらしている雫を降ろすと木陰に寝かせる。体が冷えないように自分が来ていたコートを被せ、彼自身は幹に寄りかかるようにして地面に座る。

 

時刻は既に夕方。出発から数時間が経過している。幼児退行している雫が疲れから寝てしまうのも仕方がない。そう割り切った幸利は、今日は外泊だなあ……とため息を付いた。

 

「まあ、ここから湖畔の町ウルまでそう遠くないから偶には外で寝るのも良いか。飯は持ってるし何とかなるな」

 

携帯食として便利な乾燥させたオニギリを取り出すと、魔法で水を掛けて多少柔らかくしてから口にした。味は少々落ちてしまうが、すっかり慣れた大迷宮攻略中の食事だ。特に気にもせずオニギリを二つ完食する。

 

「ん、んう……ゆきおにいちゃ?」

「あんだ? もう目が覚めたのかよ。もうちょい眠っても問題ねえぞ」

「おにいちゃもいっしょにねるぅ……」

「はあ? おいこら、何を言って……もう寝てやがる」

 

片眉を吊り上げる幸利。しかし雫はそんな彼にお構いなしだ。幸利の腕を取って無理やり引き寄せてそのまま抱き枕にすると、再び眠りに落ちてしまった。

 

「この野郎……」と再度悪態をつく幸利だが、一向に雫が起きる気配はないので、遂には諦めて自分も横になった。

 

まだ寝るには明らかに早い時間だ。しかし、離れられない以上はこのまま仮眠を取ってしまうのが最適解だろう。ある程度仮眠を取ったらそのまま出発、という流れを改めて幸利は構築していく。

 

……と、思ったのだが。どうやら外では寝ることすらままならないらしい。

 

「……おい、マジかよ」

「「「「イーッ!!」」」」

「キエーッ!」

「何度殺っても出てくるな、お前ら。一体どのぐらい居るんだ? それとも改造人間は不死身ってか?」

 

雫を起こさないようにして立ち上がると、ダイヤルスイッチをカチカチと捻って強化服を身に纏ってから仮面を被った。

 

深紅のマフラーが風によってはためく。怪しく光る複眼が怪人達を威圧する。

 

無粋な襲撃者は、これから襲う相手の本質をしっかりと見抜けなかったようだ。連れている戦闘員の数も少ない。大部隊であれば、今だ呑気に寝ている雫を人質に取ることも出来るだろう。しかし、この人数ではどの位置に立ったとしても幸利に感知される。下手な動きをすれば即座に抹殺されるだろう。

 

拳銃に弾を装填して冷静に銃を構えると、「何時でも良いぞ?」と挑発。それに乗せられて、戦闘員は我先にと飛び出した。

 

途端に響く銃声音は三つ。あっという間に風穴を開けて倒れ伏せる哀れな戦闘員達。

 

「ほら、どうした? その程度か?」

 

「弱いな」と吐き捨てるように侮蔑すると、拳銃を雫の傍に投げてからその場を飛び出す。近接格闘はハジメの方が今では上手だが、怪人程度には後れを取らないだろう。

 

ドパンッ! と空気が破裂するような轟音を鳴らして繰り出される拳打。肘打ち。裏拳。正拳。そして回し蹴り。

 

数分もしないうちに戦闘員は全滅した。

 

「後はお前だ。その見た目は……ハヤブサか」

「キィエーッ!」

 

バサリッと翼を広げて空に上がると、某オールレンジ兵器のような機動で羽毛を飛ばすハヤブサ怪人。相違点と言えば、レーザー等は発射せずに自爆攻撃を仕掛けてくることか。

 

あっちに行ったりこっちに行ったり。偶にフェイントをかけたり。非常に複雑怪奇な機動だ。しかし、ハジメが扱う数々の兵器の御蔭で幸利は動揺一つしない。其れ処か、鼻で軽く嗤う余裕すら見せる。

 

それが気に食わないのはハヤブサ怪人だ。自動生成される羽毛を此れでもかと言うほど発射。幸利がどんな動きをしても直撃出来る思われる位置に羽毛を飛ばした。

 

その努力を嘲笑うかの如く、幸利は羽毛を蹴り飛ばして活路を見出す。

 

遂には一発が直撃するが……。

 

「直撃してもなんてことないけどな」

「キエーッ!?」

 

無傷の幸利が現れる。それもそうだろう。彼が身に纏ってる強化服は、仮面ライダー本郷猛の“普通の”ライダーキックの直撃を耐えられるぐらいには頑丈なのだから。

 

少なくとも戦車を一撃で破壊する蹴りを耐えられるだけの耐久力は保障されているため、幸利は特に焦ることなく雫の方へ向かった羽毛だけを叩き落としつつも徐々にハヤブサ怪人に接近していく。

 

そこまでして、漸く攻撃が一切通用しないとハヤブサ怪人は気が付いたらしい。その翼を使って大空に逃げようとする。

 

しかし、それはあまりにも遅すぎた。まあ、そもそも上昇する速度が遅いのだが……。

 

「そらっ」

「キエッ!?」

 

バッタの跳躍力を最大限活かして跳び上がり、右膝でハヤブサ怪人の横っ面を打ち抜く。

 

横っ面を打ち抜く都合上、体は左方向へスピンしている。幸利はその勢いを利用する形で180°回転すると、落下しながらも左足を振り上げてそのまま顔面を蹴り抜きにかかった。

 

「墜ちやがれっ!」

 

ヒュッ! グギ!

 

変則的な蹴りは、ハヤブサ怪人の首をいとも簡単にへし折ってしまった。

 

所謂“ムーンキック”である。本来はトリッキングの技なので破壊力は無いに等しいのだが、そこは仮面ライダークオリティ。バッタの脚力があれば魅せ技も立派な必殺技になる。

 

魅せと破壊力を両立するのを秘かな目標にしていた幸利は大満足だ。

 

ちなみに、羽毛が爆発する音で目が覚めた雫も格好良い戦い方に大満足である。

 

「おにいちゃ、つかれた?」

「あん? お前、寝てたんじゃなかったのかよ。寝たり起きたりと忙しい奴だなぁ」

 

着地した幸利を雫が出迎える。仮面を外した幸利は、さっきまで寝ていた雫が目を覚ましている事に呆れながらも木陰に連れ戻した。

 

「少し寝る。何かあったら起こしてくれ」

「わたしもねる~」

「……ホントに忙しい奴だな」

 

腕に抱き付く雫は諦めたらしい。もう何も言わずに幸利は目を閉じる。何だかんだで人肌を感じると寝やすい、なんて事を考えてるぐらいだ。

 

一時間ぐらい仮眠を取ったら出発。それだけを頭に入れて、暫しの休眠に幸利は入った。

 

雫は眠ってしまった幸利の頬をツンツンと触る。寝ているときは穏やかな顔をしている幸利を見て、雫はニコリと無邪気に笑う。

 

その笑顔は、日本にいた頃では見られなかった心からの笑みだった。皮肉なことに、幼児退行したことによって彼女は本来の笑顔を取り戻したのである。何処か陰のある苦笑は、もう影も形も見当たらない。

 

何も知らない人が見れば、ただの純真無垢な素晴らしい笑顔。事情を知る人から見れば、悲しいぐらいに明るい本来の笑顔。

 

そんな笑顔を、今夜も幸利だけに向ける。今の彼女にとって、幸利は世界一格好良いヒーローだから。英雄だから。誰よりも信頼出来る優しい人だから。幼児のような笑顔を向ける。

 

結局、幸利が目を覚ますまでの一時間もの間、雫はずっと彼の顔を見つめて笑顔を浮かべていた。

 

目を覚ました幸利は思わず「うおっ」とたじろいだが、すぐに我に返ると少しストレッチをする。そして、雫を自分の前に座らせてからバイクに跨がる。今度は途中で寝てしまってもどうにかなる体勢だ。

 

幸利はゆっくりと魔力をバイクに流す。緩やかに発進したバイクは、音を立てず静かに夜闇へと消えていった。




ムーンキックは説明するより動画を見た方が早いです。You Tubeで調べたらすぐに出てきますが、トリッキングの技の中でも私が特に好きな技です。清水sideはライセン大迷宮を攻略した辺りでもう一度挟みます。


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第三十五話 宿にて

長いってレベルじゃないぐらい期間空いてしまいました……。本当に申し訳ないです。長らくお待たせしました。
今回は前半が猛視点。後半は三人称です。


さて、シアの件で一悶着はあったが、俺達は何とか宿へと移動する事が出来た。

 

シアを攫おうとした奴らはトラウマを抱えたのか、目が覚めてシアの姿を見るなり逃げ出してしまった。成敗している場面を見ていなかったので、彼女がどんな風に戦ったのかは知らない。だが、穏やかじゃない事をしでかしたのは明白であろう。

 

御陰様で、町ですれ違った人々に怖がられる始末である……。

 

老婆に貰った地図で顔を隠しながら、何度溜息を吐いたか分からん。

 

「……此処か」

「あ、あの師匠。騒ぎを起こして申し訳ないですぅ……」

 

声に疲れが多分に含まれていたらしく、シアがウサ耳をペタリと倒して謝ってくる。

 

別に怒っている訳ではない。ただ、人々から向けられる視線に疲れた。かつて浴びた、バケモノを見るような好奇の視線に。

 

軽く手を振ってシアに返事をしたが、彼女には怒っているから素っ気ない返事をしたのだと捉えられてしまった。益々落ち込んで香織に泣き付いている。

 

宿に入った瞬間に物凄い数の視線を向けられはしたのだが、如何せん気分が落ち込んでいるのであまり気にならない。視線を無視して、俺はカウンターらしき場所へ行くと、十五歳くらい女の子が元気よく挨拶しながら現れた。

 

「いらっしゃいませー、ようこそ〝マサカの宿〟へ! 本日はお泊りですか? 其れともお食事だけですか?」

 

見ているだけで元気を貰えそうな女の子だ。ちょっとだけ落ち込んだ気分が戻った。

 

「宿泊でお願いするよ。このガイドブックを見て来たんだけど、記載されてる通りで大丈夫かな?」

「ああ、キャサリンさんの紹介ですね。はい、書いてある通りですよ。何泊のご予定ですか?」

「一泊で。其れと食事に風呂もお願いするよ」

「はい。お風呂は十五分百ルタです。今のところ、この時間帯が空いてますが」

 

俺の申し付けに、女の子はテキパキと作業をしながら質問してくる。

 

チラリと女性陣を見てから少しの間考え、夕食後の一時間をお願いした。女の子は「え、一時間!?」と驚いているが、理由を説明すると納得してくれた。理由と言うのは、男と女で分けて入れば丁度良い塩梅になると言う物だ。

 

「其れでは、お部屋はどうされますか? 二人部屋と三人部屋が空いてますが……」

「そうだな……二人部屋を三つ頼もうかな」

「了解です! こちら、ルームキーになります。お夕食はこの時間からですので、其れまでごゆっくりとお過ごしくださいませ!」

 

チェックイン終了。部屋分けを適当に行うと、俺はハジメと共に部屋へ入った。

 

見ればハジメもかなり疲労している。視線に疲れたのは俺だけではなかったようだ。

 

「流石に疲れました……」

「やっぱりか。まあ慣れないよな。あんな感じの視線」

「先生は慣れてそうですよね。ちょっと失礼な言い方になりますけど、普通の人とは根本から違いますし。主に頭脳面が」

 

否定はしない知能指数600ともなると、周りと考えが異なる事がかなり増える。改造される以前から、好奇の視線に晒されて来たのでかなり慣れっ子だ。

 

でも疲れるのは変わりない。普通じゃない視線に常時晒されていて、精神的に疲弊しない人間はまず存在しないだろう。

 

互いに疲れていた事もあり、俺達はベッドに寝転がってご飯の時間まで睡眠を取る事にした。よっぽど疲れていたのか、一時間程で目覚めた俺に対し、ハジメは恵里が起こしに来ても相変わらず熟睡していた。

 

「あの、先生。ご飯此処まで持って来てもらっても良いですか?」

「……ああ。分かった、頼んでみるよ」

 

仲の良い事は素晴らしい事だ。愛し合ってるなら尚更。可愛い生徒のために、此処は一肌脱ぐとしよう。

 

──────────────────

 

「ん、うう……あれ、恵里じゃないか」

「起きた? 先生が夕食を持って来てくれたよ」

 

膝枕されていた事に気が付いて、ほんのり顔を赤くしたハジメは上体をムクリと起こす。

 

ちなみに猛はかなり苦労して夕食を部屋へ持って来る事に成功した。受付嬢に頼み込んだのだが、その際に事情を説明しなければならなくなってしまったのである。そして発生した嫉妬と羨望の視線に晒され、階下に居たのはごく短時間でありながらも彼は疲れてしまった。今は香織達が居る部屋で眠っている。

 

「ごめん、相当疲れてたみたいだ」

 

風呂の時間はまだ来てない事に安堵したハジメは、謝罪しながら皿に乗った夕食を口にしようとする。

 

が、スプーンとフォークを電光石火のような早さで恵里に奪われてしまった。

 

困惑するハジメを恵里は無視。奪い取ったスプーンでスープを掬い、そのままハジメの口元まで持って行く。

 

「……あーん」

「えっ?」

 

恵里が猛にわざわざ部屋に夕食を持って来させた理由はこれだ。誰にも邪魔されない場所でハジメとイチャつきたかったからである。其れを猛も察し、苦労してでも夕食を持って来た。

 

目が覚めたら恋人の膝枕で寝ていて、更に「あーん」までしてくれるこの状況。オタクであるハジメからしたら夢にも見たシチュエーション。ちょっと現実的じゃない事もあり、今は困惑の方が上回ってしまっているが……。

 

文句を言ってスプーンとフォークを取り戻そうとしたハジメだったが、恵里のキラキラと輝く瞳に一瞬で陥落。諦めて口を開いた。

 

「恵里って凄いよね。全身で“好き“を表現してるって言うのかな」

「……? ハジメの事は愛してるから、態度に出るのは当然だよ。愛してなかったらこんなにはならない」

「そーゆーとこだって」

「……良く分からないや。あ、私とお風呂は一緒に入るよ。先生にも頼んであるから問題ない」

 

愛情のストレートパンチ。効果は抜群だ!

 

この後、ご飯を全て「あーん」で完食したハジメは抵抗せずに恵里と混浴した。ついでに部屋割りも変更され、オルクスの時のように恵里と同じベッドで眠った。

 




しばらくはリハビリのようなお話が続きます。ご容赦ください。


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第三十六話 ライセン大迷宮……なのか?

翌日、俺達はライセン大迷宮を発見して攻略するためにライセン大峡谷へと再度足を踏み入れた。

 

発見するとは言え、恵里が降霊術でオスカーと対話してある程度の場所を割り出してある。そこまで時間は掛からないだろう。

 

昨晩はとても良く眠れた。人形のように引っ付くユエを抱き、両隣ではずっと俺の頭を撫でてくる香織とシアと言う、何とも豪華な状態であったので快眠しなきゃどうかしてるのだが。

 

ちなみにハジメと恵里は少しだけ寝不足気味な様子であった。もう何も言わんぞ、俺は……。

 

さて、大峡谷に入ってから早数時間。サイクロンを最高速度で走らせながらも、前に立ち塞がる魔物には容赦をしない。

 

「そこだ」

 

ドガアン!!

 

無論、容赦をしていないのはハジメ達も同じである。

 

「ほいっと」

 

ドパンッ!!

 

「一撃必殺ですぅ!」

 

ズガンッ!!

 

「……邪魔しないでよ、もう」

 

ゴバッ!!

 

主に暴れているのは香織とユエを除いたメンバー。俺とハジメは射撃で。シアは大槌で。恵里は炎魔法で文字通り魔物を駆逐している。

 

戦闘をしていない香織は魔力を消耗したハジメ達の回復に務めている。また、ユエに関しては力を温存させ、大迷宮に入ったら頑張ってもらうつもりだ。

 

死屍累々。

 

そんな言葉がとても似あう様相になっているこの大峡谷を見て、地獄だと嘆いた先人は何を思うのだろうか。

 

さて、大峡谷を生息地としている魔物達に地獄を見せている俺達であったが、日が落ち始めたので野宿をする事にした。適当な場所を見つけてサイクロンを止める。

 

ハジメが制作した野営セットに仲間が入ったのを確認し、俺自身は何となくその辺を探索する。まだ腰を下ろす気分ではなかった。

 

野営セットの裏手にある岩壁を眺め、様々な角度から見ているうちに、一箇所怪しいと思える場所を発見した。

 

目を凝らして見てみると、巨大な一枚岩が谷の壁面にもたれ掛かるように倒れおり、壁面と一枚岩との間に隙間が空いている場所がある。

 

道中、このような場所は一切存在していなかった。興味が湧いたので、俺は警戒しながらも岩の隙間に入る。中へ入ってみると壁面側が奥へと窪んでおり、意外なほど広い空間が存在している。これは怪しい。何かあるだろう。

 

「……ん?」

 

空間の中ほどに入った所で、俺は遂に見つけた。ライセン大迷宮だと思われる場所を。

 

ただ、何と言うべきか。これは本当に正しい物なのか?

 

俺の視線の先には、壁を直接削って作ったのであろう見事な装飾の長方形型の看板があり、それに反して妙に女の子らしい丸っこい字でこう掘られていた。

 

〝おいでませ! ミレディ・ライセンのドキワク大迷宮へ♪〟

 

「大迷宮ってドキワクするっけ?」

 

しない。絶対にしない。命の危険が常に隣に立っているのだ。そんな気分になれる訳がない。

 

文字が妙に腹立たしい事もあり、俺は顔を大いに顰めてしまった。だが、幾らおふざけのように見えていたとしても、これが貴重な手掛かりになるのは間違いない。

 

心に生まれた疑念は晴れないが、恵里に聞けば嘘か真かが分かるだろう。ひとまずは仲間を呼ぶ事にした。

 

「ハジメ。皆もちょっと来てもらっても良いか? 特に恵里。君に確認して欲しい物を見つけた」

「……もしかして、ライセン大迷宮の入り口を見つけたんですか?」

「それっぽい物だ。ただ、イマイチ信憑性が欠けていると言うか、そもそも信じたくないと言うか……」

 

俺の発言に皆顔を顰めるが、見たら分かるはずだ。少なくともシア。君は絶対に表情に出ると思う。

 

皆をさっきの場所に案内し、全員が岩の隙間に入ったのを確認すると、俺は黙って壁を指す。

 

すると、まあ変わるわ変わるわ。皆の表情が面白いぐらいに変化した。

 

「なんじゃあこりゃ」

「「「なにこれ」」」

「……んっ」

 

五人の声が重なる。その表情は、まさに〝信じられないものを見た!〟という表現がぴったり当てはまるものだ。全員、呆然と地獄の谷底には似つかわしくない看板を見つめている。

 

唯一、恵里だけは黙ってその看板を見つめ、そして口を開いた。

 

「此処でおそらく正解です」

 

正直言って信じたくない。誰かの悪戯ではないかと思っている。だが、彼女が言うなら間違いないのだろう。オスカーと対話した、彼女の言葉なら……。

 

変身して視力を強化し、俺は壁の窪みの奥の壁を眺めて入り口を探す。

 

俺が変身したのを見て慌てて戦闘準備をするハジメ達を尻目に、俺は一箇所だけ形状が微妙に異なる壁の一部に手を掛けた。

 

すると、

 

ガコンッ!

 

「うお!?」

 

壁が回転した。忍者屋敷の仕掛け扉のように。

 

だが驚いている暇はない。無数の風切り音が徐々に迫っているからだ。俺の目はすぐに飛来物の正体を見抜いた。それは矢だ。全く光を反射しない漆黒の矢が侵入者を排除せんと無数に飛んできているのだ。

 

すぐ後からハジメ達が入って来たのが分かったが、それと同時に飛来物の数は増えている。此処はすぐにでも動ける俺が全て対処するとしよう。

 

ツェリスカで数発射撃して矢を撃墜し、それでも残った物は徒手空拳で叩き落としていく。一発の漏れも許さない。後ろに居る仲間を、誰一人とて傷付けさせはしない。

 

本数にすれば五十本。一本の金属から削り出したような艶のない黒い矢が地面に散らばり、最後の矢が地面に叩き落とされる音を最後に再び静寂が戻った。

 

と、同時に周囲の壁がぼんやりと光りだし辺りを照らし出す。俺達のいる場所は、十メートル四方の部屋で、奥へと真っ直ぐに整備された通路が伸びていた。そして部屋の中央には石版があり、看板と同じ丸っこい女の子文字でとある言葉が掘られていた。

 

〝ビビった? ねぇ、ビビっちゃった? チビってたりして、ニヤニヤ〟

〝それとも怪我した? もしかして誰か死んじゃった? ……ぶふっ〟

 

「……」

 

無言で石板を殴って破壊した。ただの一撃で。

 

しかし砕けた石板の跡、地面の部分に何やら文字が彫ってあり、そこには……

 

〝ざんね~ん♪ この石板は一定時間経つと自動修復するよぉ~プークスクス!!〟

 

「……なあ、ハジメぇ」

「は、はい! 何でしょうか!?」

「ミレディは解放者云々は関係なく、人類の敵って事で良いか?」

「え、ちょ、ま。急にどうしたんですかって、歩くのはやっ!? ちょ、ちょっと待って下さいよぉ!」

 

俺、彼女が嫌いだ。人の神経を態々逆撫でてくるこの感じ。千発殴っても気が収まるか分からない。こんな気分になるのは学生の時以来である。

 

隼人や茂なら笑って流すのに……と、自分の意外と短絡的な部分を嘆きつつ、俺は道なりに進み出すのだった。




次回から本格的に大迷宮攻略です……が、身体能力が純粋に高いメンツが三人。そのうちの一人は割と何でも出来ちゃう化け物と来れば……ね?


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第三十七話 イライラ

ライセン大迷宮攻略編ですが、原作のように長くは描けないのでかなりあっさりしてます。


ライセン大迷宮は思ってた以上に厄介な場所であった。

 

まず、魔法がマトモに使用が出来ない。ライセン大峡谷以上の魔力分解が働いており、俺程度ではタイフーンに微風を送るぐらいが限界である。

 

魔法の扱いに長けているユエと恵里ですら、中級魔法を数メートル圏内で何とか発生させるので精一杯だ。これが並みの魔法使いであれば、一瞬で置物状態にされてしまうだろう。

 

以上の理由から、これまでのように魔法で一撃必殺で決める訳にはいかなくなった。身体能力強化系統の魔法は変わらず扱えるため、近接戦闘が特異な俺とシアが攻略のカギになる。

 

で、そんな俺であったが……。

 

「顔見たら絶対に殴ってやる……」

 

まあ冷静ではなかった。改造人間の特性を最大限に生かして人の気配を探り出し、最速で其処に辿り着くためのルートで前進と言う手法を取っているのだが、久しぶりにはらわたが煮えくり返ってるので時折現れる文字が書かれた壁を徹底的に破壊していた。

 

あの空間から道なりに進んだ俺達の目の前には、如何にも大迷宮と言うに相応しい、迷路のようなゴチャゴチャの道が現れた。しかし、一刻も早くミレディを殴りたかった俺は、迷路に付き合わないでためにも上述の方法を取っている。

 

人の気配が存在している事から、ミレディは生きているであろうと思われる。いや、性格の悪いミレディだ。しぶとく生き残っているに違いない。

 

数十歩進む毎に罠が作動する。円形のノコギリにロープで繋がれた斧。岩に落ちる天井。ショッカーの基地で見たような物ばかりだ。全部真正面から受け、そして破壊して進んでいるので何の問題もない。

 

……問題のだが、俺の後ろを歩くハジメ達の事は随分と怯えさせてしまっている。後で埋め合わせをしなければなるまい。

 

さてさて、迷宮攻略を開始してからおよそ数時間。見知らぬ気配はもう随分と近い。所要時間は二時間と言った所か。

 

「た、猛さん。少し休みませんか?」

「……疲れたのか?」

「いや、私達は大丈夫ですけど。それよりも気を張り詰めてばっかの猛さんが心配なんです」

「俺の身体なら気にするな。改造人間は疲れや痛みの神経を自由に操れるから、急に倒れたり眠ったりはしないぞ」

「それはっ! ……そうかもですけど。でも、やっぱり休みましょう? 幾ら疲れや痛みを感じないとしても、心までは分からないじゃないですか」

 

……大丈夫。それは間違いない。人の心を持っている事は改造人間として致命的な欠点であるのだが、この欠点は割と簡単に克服できてしまう。

 

だが、それを行ったら彼女が間違いなく悲しむのも事実。俺を信じてくれているハジメ達にも迷惑が掛かってしまう。

 

幸い、此処までノンストップだったので時間はタップリある。ハジメ達は一切消耗をしていないので、何時戦闘になっても問題はない。

 

「……分かった。少しだけ休むとしよう」

 

だから、俺は香織の提案を受け入れた。

 

敵の影が無さそうな場所を、壁を殴る事で無理やり作り出す。ほんのちょっと皆が引いてしまっているが、これが一番早く場所を確保できる。

 

「せ、先生ぇ。別に消耗してなかったですし、僕が錬成しても良かったんですよ?」

「阿呆。ハジメが錬成を使ったら魔力が根こそぎ持ってかれるだろうが。最終試練と真正面から戦える戦力はなるべく残しておきたいから、奴の居る場所に辿り着くまでは俺に任せてくれ」

「分かりましたけど、何だか退屈ですね……」

 

退屈で良い。出来るだけ君達から命の危険が及ぶ事から遠ざけたい。

 

不満顔のハジメ。そして恵里。それを苦笑しながら宥めている香織。

 

その様子を眺めていると、ユエが胡坐をかいている俺の上にスッポリ収まるように密着してきた。

 

「ユエも退屈だったか?」

「んっ……」

「そうか、それは悪かった。普通に歩いていても魔力が抜け落ちていく状況なのに、動けないと来れば退屈で仕方ないよな」

「んぅ」

「そう拗ねるなって。生きているであろうミレディを見つけたら、存分に暴れて良いぞ。それまで我慢してくれ」

「……ん」

「ふふ、こうして見ると完全に親子ですねぇ」

 

ならば、隣で見ているシアはお姉ちゃんと言った所か。彼女は兎人族の子供と仲良しだったので、子守りはかなり得意そうである。

 

そんな俺の気持ちを感じ取ったのだろうか。ユエは俺の上からシアの膝の上に移動した。

 

そして……

 

「……おねぇ」

「「んん!?」」

 

喋った。言葉を。失語症であった、あのユエが。

 

暫くの間、驚きから俺は動けなくなってしまった。

 

──────────────────

 

「……なるほど。少しは言葉を口に出来るようになったんだな」

 

硬直が解けるまで軽く十分使った。

 

シアの口から驚愕の事実を聞かされたハジメ達三人も驚きから固まってしまったので、どうやらユエが喋れるようになった事は誰も知らなかったらしい。

 

見た感じ、ユエは単語程度なら喋れるようだ。まだ長文は無理そうだが、それは時間が解決してくれるだろう。何にせよ、彼女の容態が快方に向かっていて嬉しく思う。

 

休息も十分に取れたので、俺達は探索を再開した。ハジメの強い要望もあったので、今度は彼が先頭に立っている。

 

少し歩くと、俺達はそれなりに豪奢な扉の前に辿り着いた。それをハジメがヤクザキックの要領で蹴倒すと、部屋の内装が明らかになった。

 

その部屋は長方形型の奥行きがある大きな部屋だった。壁の両サイドには無数の窪みがあり騎士甲冑を纏い大剣と盾を装備した身長二メートルほどの像が並び立っている。部屋の一番奥には大きな階段があり、その先には祭壇のような場所と奥の壁に荘厳な扉があった。祭壇の上には菱形の黄色い水晶のようなものが設置されている。

 

「奥の扉は封印済みと。先生、どうしますか? この騎士甲冑達、途轍もなく嫌な予感がするんですけど」

「部屋の真ん中ぐらいで起動するんじゃ『ガコンッ!』……やっぱりな」

「ああ……」

 

トラップ発動の時と全く同じ音が鳴り響くと共に、騎士達の兜の隙間から見えている眼の部分がギンッと光り輝いた。そして、ガシャガシャと金属の擦れ合う音を立てながら窪みから騎士達が抜け出てきた。その数、総勢五十体。

 

騎士達は、スっと腰を落とすと盾を前面に掲げつつ大剣を突きの型で構えた。窪みの位置的に現れた時点で既に包囲が完成している。

 

俺はすぐさま指示を飛ばした。

 

「ハジメとシアは俺と来い。騎士を殲滅する」

「「了解(ですぅ)!」」

「ユエは封印の解除を。恵里と香織はその手伝いと護衛だ。道は俺が切り開くから任せたぞ」

「はいっ! 任されました!」

「ユエ、行こう」

「んっ!」

 

ツェリスカを手に、俺は真っ先に包囲網の一角に向かって飛び出す。そして、祭壇へと続く道を塞ぐ騎士に向かって躊躇いなく発砲した。

 

ドガアアアン!!

 

一発に聞こえる銃声。だが、実際に発射した弾丸の数は五発。魔法を全く使用しなくても異常な貫徹力を誇る弾丸は、騎士甲冑であろうとお構いなしに打ち砕いていく。

 

一瞬で包囲網が崩壊し、封印解除メンバーが通り抜けられるぐらいの隙間が出来た。そこを三人が一気に駆け抜けていく。

 

扉の封印の解除を邪魔しようと騎士甲冑は襲い掛かるが、俺を含めた三人がそれを許さない。

 

「シアさん、左の甲冑をよろしくね! 行くぞ、パワーアーム!!」

「はいですぅ! でぇやぁああ!!」

 

ドォガアアア!!

 

流石は弟子達。ハジメは右腕で、シアは拳一つで騎士甲冑を粉砕してる。

 

俺も負けてはいられないな。

 

「ライダーファイッ!」

 

真正面の騎士甲冑にまずは正拳突き。ヒトを遥かに超えた鉄拳が巻き起こす突風によって何体もの騎士がバランスを崩したのを見て、俺はすぐに跳び上がった。

 

騎士の胸元を、頭を、肩を。蹴って破壊しては跳び上がり、次の獲物に向かって急降下を繰り返す。

 

破壊した傍から徐々に再生しているが、それでも一時的に数が減るのは間違いない。最初はほぼ密集していた騎士甲冑であったが、今は所々に穴が生まれていた。

 

ハジメとシアの戦いぶりも素晴らしい。

 

ハジメは騎士が再生すると知った瞬間、パワーアームからロープアームへと切り替えた。そして数体の騎士を纏めて縛り上げ、それを振り回して他の騎士にぶつけている。騎士の破壊こそは積極的には行っていないが、敵に攻撃させる隙を全く与えていない。

 

シアは拳打から蹴り技へと移行している。一撃必殺となった彼女の蹴りを受けた騎士は数メートル吹っ飛ばされ、近くに居た騎士を巻き込んで後退していく。シアの蹴り一発で多くの損害を与え、侵攻を確実に食い止めており、かつ体力もそこまで消耗しない戦い方をしていた。

 

「猛さん! 封印の解除が終わりましたよ!」

「うっざ。ミレディうっざ。絶対殴る……」

「んっ……」

 

そして、俺達が戦闘を繰り広げている間に、三人は封印の解除に成功したらしい。見れば奥にあった扉が開いている。

 

そのまま扉の奥へ突入するぞ! と言おうとして、俺はすぐに口を噤んだ。

 

何だか嫌な予感がする。このまま奥へ進んだら、とても面倒な事が起きる。そんな気がしてならない。

 

「シア、一度下がれ」

「うぇ? 騎士はどうするんですか?」

「俺とハジメが抑える。お前はその間に〝未来視〟を使え。この扉の奥へそのまま進んだらどうなるか。そしてミレディの居る場所まで進むにはどうしたら良いか。それを見るんだ!」

 

シアの固有技能。少し先の未来を見る事が出来る〝未来視〟を使うように頼んだ。消費魔力はべらぼうに高いが、それだけの代償を払ってでも使う価値はある。

 

後方に下がったシアの隙間を埋めるように俺とハジメが立つ。

 

「行くぞ!」

「はい、先生!」

 

目指すは最低限の消耗で出来る限りの数を押し戻す事。

 

俺はツェリスカに弾丸を装填する。ハジメは腕をロープアームからガトリングアームに変えた。考えている事は同じらしい。

 

狙いを定め、俺は弾丸を騎士の顔面部に当たるように発射。一体が体勢を崩すと、連鎖的に奥に居た騎士も巻き込まれて後退していく。それが何よりの目的だ。

 

ハジメは最早凶器的とも言えるほどの弾丸を一瞬にしてばら撒いた。理由は俺と変わらない。騎士を少しでも後退させ、シアが邪魔されないようにするためである。

 

ドガアン!! ドガアン!!

 

ドゥルルルルルルルルルル……

 

投擲される盾や槍も意味を持たない。圧倒的な精度と数の弾丸が、全てを尽く後退させていくのだから。

 

「師匠、結果が出ましたよぉ! この扉を通ってから十秒以内に、前方数メートル先にある通路へ辿り着けば、後は道なりですぅ!!」

「でかしたぞシア!」

 

全員が少しずつ扉に寄って行く。ハジメも後退し、比較的動きやすいと思われるショットガンアームに変えている。後は俺だけか。

 

「ハジメ。俺のバイクを持っていたりするか?」

「在りますよ。念の為に回収しています」

「なら出してくれ。そしてシアを除いた女性メンバーを乗せるんだ。自動操縦で運ぶぞ。お前達が出たのを確認したら、すぐに俺も追い掛ける」

 

装填しながら指示を飛ばすと、彼はすぐさま動いてサイクロンを取り出し、俺の指示通りに三人を乗せて扉に歩み寄った。

 

そして、ハジメが「行くよ!」と掛け声を飛ばし、一目散に駆け出した。サイクロンが真っ先に加速して扉の奥へ消え、続いてハジメが。そしてシアが外へ出る。

 

俺はベルトの横にあるダイヤルを捻った。

 

「加速装置……!」

 

抉れるぐらいに地面を踏んで加速。魔力を消耗しているからか、足が若干重い動きをしているシアを小脇に抱え、一跳びでシアの言っていた通路まで辿り着いた。

 

限界まで加速装置を起動させてないため、俺の走る速度は時速数百キロ程度。頑強なシアならギリギリ耐えられるぐらいの速度だ。凄まじいマイナスGが彼女に掛かっているとは思うが、此処は我慢して頂きたい。

 

「うお、先生はやっ!?」

 

走り出しておよそ二秒でハジメに追い付く。サイクロンには後一秒あれば行けるだろうか。それいしても、スーツの力があるとは言え、彼もサイクロンに置いて行かれないぐらいの速度で走っていたのは大した物だ。

 

「ハジメは自分のバイクに乗れ」

「わ、分かりましたぁ!」

 

走りながら自身のバイクを自動操縦状態で取り出し、一歩先を行くバイクにハジメは飛び乗る。

 

それを確認した俺は更に加速。サイクロンに追い付くと、恵里とユエをシアと交代させるようにして降ろし、そしてハジメに向かってパスした。

 

「いや流石に雑すぎますよ先生ぇ!」

 

ごめんハジメ。後で彼女達に謝るから、今はご立腹だと思われる二人の機嫌取りを何とかしてくれ。

 

俺もハジメのようにサイクロンに飛び乗る。そして自動操縦を解除してフルスロットル。通路を一気に駆け抜け、その先に見える光へ飛び込んだ。

 

通路の先は巨大な空間が広がっているようだ。道自体は途切れており、十メートルほど先に正方形の足場が見える。

 

道はない。なら、飛ぶしかなかろう。

 

サイクロンのスイッチを全て入れてから叫ぶ。

 

「降り落とされるなよ? 今から飛ぶぞっ!」

「は、はい!」

「了解ですぅ!」

 

ロケットエンジンが全て点火した。徐々に前輪が浮き上がっている。だが、俺は構う事なくウィリージャンプした。本来設定されていた最高速度を遥かに超えた状態でウィリージャンプを敢行すれば、当然バイクは宙に浮き上がる。

 

ただ浮かぶだけでも良かった。しかし、あのミレディが制作したこの大迷宮。何が起こるか分からん。それなら、万全を期して対策を施すべきであろう。

 

サイクロンのカウル両脇からウイングが生え、まるでグライダーのように緩やかに降下していく。この世界にやって来てから密かに改造していた機能なのだが、問題なく動作してくれて何よりだ。

 

轟音を立てながらサイクロンが足場に着地する。ドリフトするような形でスピードを殺していき、そのまま停止させた。後からハジメも同じような手段で着地した。無事に飛び越えられたようである。

 

「……先生。ちょっとあれは怖かったです」

「んぅ」

 

……降りてすぐに文句を言えるぐらいには元気らしい。

 

「いや、その……ごめんな? 予め言っとけば良かったな」

「気が立ってるのは分かりますけどね。あれはやり過ぎですよ、もう」

 

俺は苛立ったら大雑把かつ乱雑になる。ある意味で新発見である。この欠点、如何にかして直さないといけないな……。




次回、奴とご対面。


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第三十八話 ご対面

話しが纏まらないので早めに切ってます。ご了承ください。


さて、ご機嫌斜めになってしまった二人を何とか宥めた俺は、気を取り直して周囲を眺める。

 

俺達が入ったこの場所は超巨大な球状の空間だった。直径二キロメートル以上ありそうである。そんな空間には、様々な形、大きさの鉱石で出来たブロックが浮遊してスィーと不規則に移動をしている。完全に重力を無視した空間だ。だが、不思議なことに俺達はしっかりと重力を感じている。おそらく、この部屋の特定の物質だけが重力の制限を受けないのだろう。

 

そんな空間を、さっきも見た騎士甲冑がフワフワと浮きながら此方を睨んでいた。まるで落ちるように方向転換を繰り返しており、相当に細やかな動きを繰り返していた。ちょっと気持ち悪いとまで思ってしまう。

 

あれだけの細かい動きを、しかもかなりの速度で行っているとすれば、あの騎士甲冑を操る仕掛けなり人なりが近くに居るに違いない。

 

もっとこの空間を調べるため、俺は目を凝らして前を見つめる。

 

と、その時であった。シアの焦燥に満ちた大声が発されたのは。

 

「逃げてぇ!」

「!?」

 

その声を聴き、咄嗟に俺以外は後方へと全力で下がるようにジャンプした。これからやって来るであろう、とんでもない破壊の一撃を避けるために。

 

唯一、俺だけはその場に留まってタイフーンに蓄えていたエネルギーを放出。右拳を力の限り突き出す。

 

ゴォガアアアアアアアン!!!

 

隕石が落下したのかと思うぐらいの衝撃が右拳に来た。隕石というのはあながち間違った表現ではないだろう。赤熱化する巨大な何かが落下して来たのだから。

 

これだけの重さと破壊力。余裕で地面を粉砕する事が出来るだろう。魔法がほぼ使えない今、一般人よりは間違いなく強いハジメ達ですらも死んでしまった可能性が否定できない。

 

拳に乗っかる何かを気合で無理やりながらも押し返す。出鱈目な破壊力であったので、タイフーンに蓄えていたエネルギーをかなり消費してしまった。まだ変身を維持して戦うのは全く問題ないが、予備エネルギーが枯渇しそうなのは先行きが不安になる。

 

「猛さん、大丈夫ですか!? 怪我とかは……!」

「大丈夫。何ともないよ。香織達こそ怪我はしてないか?」

 

駈け寄ってきた香織に支えられながら立ち上がって後ろを見ると、恵里とユエを小脇に抱えて退避したハジメの姿。そして彼らを守るようにして構えるシアが居た。

 

全員無事らしい。それに一安心だ。

 

だが、一息入れる間もなく、弾き飛ばされた隕石があるであろう方向から急速に一つの気配が此方へ近寄ってきた。

 

ズシャアン! と凄まじい轟音を鳴り響かせ、接近していた何かはその場に留まった。そして、ギンッと光る眼光をもって俺達を睥睨する。

 

「これは……」

 

降って来たのは超巨大の騎士甲冑。他の騎士と同じようにして宙に浮いているのだが、迫力と威圧感は段違いだ。全長が二十メートル弱はある。右手はヒートナックルとでも言うのか赤熱化しており、先ほど俺の右拳と激突したのはあれだろう。左手には鎖がジャラジャラと巻きついていて、フレイル型のモーニングスターを装備している。

 

如何にも親玉。この迷宮の最終試練に相応しい。

 

飛来してきた騎士に包囲され、一層緊張感が増していく。張り詰めた糸が今にも千切れてしまいそうだ。心の臓に掛かる圧迫感が尋常ではない。

 

目を見開き、次にやって来るであろう攻撃に備えて殺意を充填していく。一切の遠慮は不要だ。少しでも気を抜いたら、俺は問題なくても仲間に死が訪れる。

 

まさに一触即発の状況。そんな空気を先に破ったのは……

 

「やほ~、はじめまして~、みんな大好きミレディ・ライセンだよぉ~」

 

 ……巨体騎士のふざけた挨拶だった。

 

「何ぃ?」

「「「「は?」」」」

「ん……」

 

あまりにも気の抜けた挨拶に、ハジメ達はすっかり毒気を抜かれてしまっている。

 

俺も茫然としてしまいそうになった。だが、この場で気を抜いたら一瞬でやられる。そう思いなおして情報を整理する。

 

声質は女。やたら軽いノリで、かつ妙に腹の立つ挨拶をして来た。

 

……よし、何とか此処までは整理が出来た。信じたくはないが。

 

「……貴女がミレディか。俺は本郷猛。オルクス大迷宮を攻略した流れで此処を知り、そのまま攻略に乗り出した」

「おや、しっかり反応を返す辺り、君は随分と礼儀がなっているようだねぇ! 拍手拍手ぅ~」

 

落ち着け。相手のペースに飲み込まれるな。怒りをぶつけるのはもう少し我慢しろ。

 

「何故貴女がゴーレムになっているのかは分からないが、俺達の目的は神代魔法の習得ただ一つ。これも試練だと言うのなら、破壊してでも先に進ませてもらうぞ」

「ほうほう。神代魔法がお目当て? それなら……こっちの質問に答えてくれるかな?」

 

一転。さっきまでも軽薄な様子は消え失せ、真剣味を感じさせる声色へと変わった。

 

此方が彼女の素の姿なのだろうか。表面上は取り繕っているだけで、中身は誰よりも他を思いやる。そんな人物なのだろうか。

 

俺は勿論、ハジメ達も驚いている。この迷宮を攻略する間、ミレディ・ライセンと言う人物に抱いた印象では全くこんな姿を想像できなかった。

 

「何を目的で神代魔法を手に入れる? そして、神代魔法を手に入れたら何を為す?」

 

答えは一つ。何事があったとしても、これだけは変わらない。

 

「俺の、俺達の目的は、この世界を巣食う狂った神とショッカーを散滅する事だ。もうこれ以上、非力な人間の未来を弄ばせはしない。そのためにも、神代魔法の力を借りたいんだ」

 

人類の自由と平和を守るために。一人でも多くの笑顔を守るために。笑顔に連なる、未来に輝く幸福を守るために。

 

俺は。仮面ライダーは。戦い続ける。見知らぬ誰かの幸せを守るために……。

 

「狂った神とショッカーを……」

「もう一つ、俺には名前がある。大自然が遣わした正義の使者〝仮面ライダー〟だ」

「仮面ライダー。それに大自然が遣わした正義の使者、か。ふふふ……とっても安直な名前だけど、私は嫌いじゃないよ。君みたいに強い人が、私達と共に戦ってくれていたら……」

「ミレディ・ライセン。もう一度言うぞ。俺達の目的は神代魔法の習得だ。この試練、必ずや乗り越えてみせる」

 

ミレディ・ゴーレムの眼光を真っ直ぐに見返す。彼女に伝える事はもうない。後は、この拳で力の強さを伝えるのみ。

 

「……なら、此処は君達が本当に神代魔法を手に入れるに値する力を持っているか。それを見る必要がありそうだね!」

「そうか。なら行くぞ」

「ふっふふ~……私はとっても強いけどぉ、精々頑張ってねぇ~」

 

……やっぱイラつく奴だ。

 

彼女はきっと、気高い黄金の精神を持ち合わせているのだろう。だが、今は兎に角殴りたい。

 

人を此処まで怒らせるのが上手とはある種の才能かもしれん。

 

「魔法組は通常騎士の処理を頼む。シアとハジメはペア行動でミレディへアタックだ。行くぞ!」

「はい師匠! ハジメさん、行きましょう!」

「ちょちょ、シアさん速いって! ロ、ロープアームゥ!」

「香織、ユエ。行くよ」

「あ、恵里ちゃん待って! 一人で突っ込んだら危ないよ~!」

「ん……!」

 

それぞれが自分の仕事を果たすために走り出す。俺もまた、自身に課した仕事を果たすためにミレディ・ゴーレムへ飛び掛かった。

 

七大迷宮が一つ、ライセン大迷宮最後の戦いが始った。




次回、激突


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第三十九話 決斗! 超装甲の怪物

お待たせしました。かなり長丁場になってしまいましたので、お時間のある時に読んで頂けたらと思います。


先制攻撃を仕掛けたのはシアだった。兎人族の長所である気配遮断と跳躍力を存分に活かし、ミレディの意識が向かなかった方面から奇襲を敢行する。

 

素手での戦闘だけではアドリブが効かないと言うのでハジメに制作してもらった大槌を構え、何の躊躇いもなくミレディ・ゴーレムの顔面に叩き付けたのは流石だ。遠心力を追加して確実に目標を破壊しようとする動きも、それに至るまでの判断も。

 

だが……

 

ガギイン!

 

「むっふふ~、そう簡単に壊れると思ったぁ?」

「く、このっ!」

 

硬い。シアの腕力は相当の物のはずであり、そこから繰り出される一撃は普通の鉄の鎧なら一瞬にしてスクラップになるだろう。

 

だが、ミレディ・ゴーレムには傷一つ入っていない。擦れた跡すらも見えないので、ミレディ・ゴーレムの頑丈さはとんでもない事になる。

 

飛来したモーニングスターを躱すため、大槌の内部に仕込まれたショットガンを使った激発でシアは緊急離脱。そのまま宙に浮く騎士の頭を踏み潰し、これまた浮いている足場に着地した。

 

入れ替わるようにしてハジメがロープアームでミレディ・ゴーレムに取り付き、俺は彼女が手に持っていたモーニングスターを蹴り上げて何処かへ飛ばす。何時か降ってくるだろうが、少しの間だけでも攻撃手段を減らした方が良い。

 

「ファイヤーアーム!」

 

豪火に包まれたハジメの拳。ミレディ・ゴーレムもまた拳を灼熱化させて迎え撃とうとする。

 

だが、それを俺は許さない。ハジメがやろうとしている行動の邪魔はさせん!

 

横へ竜巻のように回転してエネルギーを集め、空を蹴って両足を突き出し、そのままミレディ・ゴーレムの拳へ突撃した。

 

「ライダースクリューキック!」

 

通常よりも遥かに破壊力の増したライダーキックがヒートナックルを押し戻し、僅かながらも隙を作り出す事に成功する。

 

これだけの時間があれば、彼が拳を叩き込むだけの余裕は生まれるだろう。

 

摂氏3000℃の炎の拳によって装甲がほんのり歪んだ。装甲は熱に大なり小なり反応を示す鉱石を使用しているらしい。

 

ならば、彼が取るべき行動は……

 

「〝アイスアーム〟!」

 

一度熱した部位を急速に冷やして凍り付かせ、そして……

 

「これで逝け! パワーパンチ!」

 

力の限り殴る事だ。

 

熱した状態の金属を急激に冷やすと脆くなる。鉱物を扱う錬成師らしい、頭の良い作戦だ。おそらく彼は、自身の技能を使用してミレディ・ゴーレムの装甲を調べ上げ、即座に作戦を練ったのだろう。

 

彼の目論見通り、ミレディ・ゴーレムの装甲はパリンッ! とガラスのように砕け散った。

 

今が好機。攻め入れ!

 

「シア! ハジメ!」

「はいですぅ!」

「〝バンカーアーム〟! シアさん、僕を大槌で吹っ飛ばして!」

 

大槌に足を乗せたハジメをシアが吹っ飛ばした様子を尻目に、俺は後ろを振り返る。

 

そこには、まるで制限など無かったかのように大魔法をぶち込む恵里と、彼女が撃ち漏らした騎士を掃除するユエ。そして、二人を一瞬で回復させる香織の姿があった。

 

少しだけ考え、すぐに俺は答えに至った。恵里は〝霊力〟を駆使しているのだと。

 

詳しい事は知らないが、恵里の持つ〝霊力〟は非常に純度の高い魔力のような物だと聞いている。この迷宮の性質上、魔力は分解されて使い物にはならないが、霊力ならそこまで分解されずに済んでいるのだろう。

 

そもそもの話であるが、恵里は効率良く自身の持つ霊力や魔力を操って魔法を繰り出す天才だ。最低限の霊力で最大限の破壊力を引き出しているに違いない。

 

騎士の再生は全く追い付いていない。出待ち方式で置かれている魔法のせいで、再生した傍から再度破壊されてしまっている。ちょっと可哀そうになってきた。

 

「うおらああああああああ!」

 

ゴォガガガン!!!

 

ハジメは無事にミレディ・ゴーレムへ取り付けたらしい。右腕を変形させたパイルバンカーを起動させ、漆黒の杭を装甲目掛けて解き放った。

 

出鱈目な破壊力を持ったパイルバンカーの一撃。鳴り響く轟音は確かな手応えがあったのだろうと思わせる。

 

だが……

 

「調子に乗り過ぎだよ~」

「うおっ!?」

 

まるで何事もなかったかのように、ミレディはハジメを摘まみ上げて投げ捨てた。

 

ハジメがパイルバンカーを打ち込んだ箇所を睨む。そこには確かにヒビのような物が入っているのだが、その奥に何か見えた。

 

破壊された胸部の装甲の奥に漆黒の装甲があり、それには傷一つ付いていない。その装甲に、俺は随分と見覚えがあった。

 

「アザンチウムか、あれは……」

 

アザンチウム鉱石は、俺達の装備の幾つかにも使われている世界最高硬度を誇る鉱石だ。薄くコーティングする程度でも絶大な効果を発揮する。通常のライダーキックではとても貫けない。

 

「ハジメ、大丈夫か?」

「あ、先生。 ……アザンチウムでしたね、あれ。現状最大の威力を発揮できるパイルバンカーですら弾かれるとは思ってなかったですよ」

 

渋面のハジメ。あの一撃は彼的にかなり自信のある物だったらしい。

 

「うっふふ~、オーちゃんの迷宮を攻略したなら、装甲に使われている鉱石に気が付くのも当然かな? さぁさぁ、程よく絶望したところで、第二ラウンド行ってみようかぁ!」

 

平常時の火力ではトップクラスのハジメですら傷を付けられない。これは由々しき事態である。

 

腹立つミレディの声と共に放たれたモーニングスターを飛び退いて回避しつつ、俺は頭をフル回転させて策を練る。

 

「おっと、何時までも簡単に回避はさせないよぉ」

 

ミレディの声と共に、辺りにあった浮遊する足場がグルグルと高速で回転する。着地を諦めた俺は間一髪でロケットブースターを使って飛翔したが、着地を優先したハジメ達は足場から放り出されてしまった。

 

その隙を最初から狙っていたのだろう。実に嫌らしいタイミングでミレディのモーニングスターが飛来する。

 

ロープアームと〝空力〟で空制動を行い、恵里とユエを抱えて別の足場へ着地したハジメ。大槌のギミックを作動させて爆発を起こし、その反動で移動したシア。となれば、未だに落ちているのは一人。

 

「香織!」

 

粉塵の中であっても変わらない視界を活かして索敵し、足場を見失って落ちていた香織を捕捉。フルブーストで飛翔し、何とかミレディ・ゴーレムの足元が見える前にキャッチした。

 

「ご、ごめんなさい」

「気にするな。それより、あの装甲を砕く策を考えなきゃならん」

 

ハジメが制作したアーティファクトは、最大威力を発揮するのに大量の魔力を必要とするため却下。恵里の魔法でごり押しするのも良いが、リスクが高すぎて見合ったリターンを得られるか分からない。

 

仮に装甲を貫いても、ミレディ・ゴーレムの心臓部となる核の破壊が出来なかったら意味がないのだ。

 

岩石大首領クラスのバケモノであっても、一撃で地に伏せられるだけの一撃を放たなければならない。それが難しいのである。

 

「香織は何か良い案はないか? あの装甲を一撃で貫いて、そのまま勝負を決める方法について」

「案ですか? うーん、猛さんかハジメくんが限界まで風をベルトに取り込んで、そのエネルギーで蹴るとか……?」

「いやお前。それはちょっと脳筋過ぎないか?」

「何も片方だけが攻撃するって訳じゃないですよ? その状態の二人でダブルキックを使えば行けるんじゃないかなあ、って思ったんです」

 

……試す価値はあるかもしれない。エネルギーを貯めるのはかなり大変そうだが。

 

この作戦を遂行するには、魔法組の協力が必要不可欠だ。俺のエネルギーチャージは一人でも何とか出来るが、ハジメのエネルギーチャージは時間が掛かる。完全にチャージが終わるまで、俺とシアでミレディを抑える必要がある。

 

「試してみよう。香織は作戦を伝えに行ってくれるか? 可能ならハジメのエネルギーチャージの手伝いも頼みたい」

「任せてください! 猛さんはどうするんですか?」

「俺は足止めさ。シア、聞こえるかぁ!」

 

ハジメ達が乗っている足場に香織を放り、叫びながらミレディ・ゴーレムの眼前まで飛翔する。

 

俺のエネルギーは、俺の固有技能と戦闘の際に発生する風を集めれば良い。足止めする間にエネルギーは勝手に貯められるだろう。

 

問題はハジメ。この迷宮の性質上、魔法でエネルギーを集めるのは至難の業だ。下手したら恵里が霊力枯渇に、ユエと香織が魔力枯渇に追いやられる。

 

時間もそんなに使えない。ベルトに付いているロケットの燃料はそこまで多くない。もう十分もしたら切れてしまうだろう。そうなれば、俺自身のエネルギーを集めるのも苦労するハメになる。

 

だからこの作戦は一発勝負であり、かつ一か八かなのだ。外れたら死ぬが、当たれば勝てる。そんな作戦。

 

敢えてこの作戦に乗ったのは、これぐらいしかアザンチウムを突破する方法を考えられなかったから。我ながら不甲斐ない。

 

その責任を取ると言うのも兼ね、俺はミレディの真正面に躍り出る。

 

「来い。俺と彼女がお相手する」

「かかってきやがれですぅ!」

 

俺の近くにある足場に降り立ち、大槌を肩に乗せて吠えるシアを見て、随分と逞しくなったなと俺は密かに感心した。

 

出会ってもう数ヶ月。最初の頃こそ危なっかしい場面が目立ったが、今では立派な戦士である。俺の背中を預けるに値する戦士へと育ったのが嬉しくて、外から見えはしないが仮面の中で笑みを浮かべた。

 

人は強くなれる。改造なんかしなくても、本人の努力次第でどうにでもなる。それが証明されたのが、俺は何よりも嬉しい。

 

「何を考えてるのか分からないけど、この攻撃はたった二人で抑え切れるかなぁ〜?」

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!! ゴバッ!!

 

ガタゴトと天井付近が騒がしい。ハラハラと石の破片のような物が降って来ており、猛烈に俺は嫌な予感がした。

 

悪寒を感じてその場を動こうとしたのとほぼ同時に、シアが切羽詰まった声で叫ぶ。

 

「師匠、天井が! 天井が降って来ます!」

 

嫌な予感は的中した。クソッタレ……!

 

ミレディはまず俺とシアだけを始末しようとしているのか、天井の破片が降るのは俺達の周囲だけとなっている。半径にして数十メートルか。

 

このまま何もせずに降り注ぐ天井を受けたらひとたまりもない。すぐにツェリスカを構え、まだずっと先にある天井……と言うより岩石群を狙い撃つ。

 

残弾は二十。そのうち五発が徹甲弾で、後は爆発を引き起こす榴弾。この際、補給の事を考えるのは不要。全弾使い、なるべく多くの岩石を破壊するべきだろう。

 

シアも俺のやる事を察したのか、大槌のギミックを作動させてミサイルらしき物を発射した。数は四発。あの限られたスペースでそれだけの火力を確保したのは流石ハジメと言った所か。

 

炸裂したミサイルと榴弾。そして純粋に貫通をした徹甲弾。この三つの働きもあり、俺の目が岩石群をハッキリと捉える頃には、ビッシリと敷き詰められていたであろう岩石群の所々に穴が空いている。

 

だが、所詮は焼石に水。生き残れる確率がほんのコンマ数%上がっただけで、危険な状態には変わりない。

 

「シア、行くぞ!」

「はいですぅ!」

 

ならばやる事は一つ。岩石を可能な限り破壊して強行突破だ。俺はシアと共に跳び上がる。

 

岩石に拳を突き出すと、特に抵抗もなく木っ端微塵に粉砕された。心の奥底で、岩石の質が異常に高くて破壊が出来なかったらどうしようと懸念していたのだが、そんな事はなさそうで安心した。

 

隣を見れば、シアも多少苦労しながらではあったが岩石を破壊している。時折聞こえる声が大体「重たいですぅ!」なため、この岩石には何らかの重量か重力操作をしているらしい。

 

ちなみに岩石を躱す事が出来そうなぐらいの隙間もあったりするのだが、まあ良いだろう。

 

破壊の際に発生している風をタイフーンで取り込みつつ、無心で岩石の破壊に勤しんでいると、気がついたら結構なエネルギーを手に入れる事が出来ていた。

 

「セイッと。ちょっと拍子抜けだな」

「し、師匠。結構余裕そうですね?」

「お前こそ。話せる余裕はあるみたいだし」

 

岩石の破壊にも慣れて来たのか、息を上げながらもシアが話しかけてくる。

 

この程度で息を上げるのを指摘するべきなのかを悩んでいると、不意に頭上から声が降りて来た。

 

「……なんかムカつくぅ。こうもアッサリ回避されるとむかっ腹が立つねぇ~」

 

その声と共に、降り注ぐ岩石の数が激増した。相当にご立腹のようだ。あのミレディが。

 

してやったり。そう思いながら、俺は降り注ぐ岩石の粉砕に集中する。全ては一撃で雌雄を決すために。

 

──────────────────

 

「〝風神の舞〟……ハアハア、まだ限界にならないの?」

 

場面変わってハジメ達に視点は移る。

 

霊力をほぼ全部使って幾度も風魔法をハジメの腰にあるタイフーンにぶつけていた恵里であったが、遂に悪態をつく。

 

「〝周天〟を維持するのもそろそろ苦しいかな……」

 

所謂オートリジェネの効果を発動できる〝周天〟を使用していた香織の魔力切れも近い。魔力分解の著しいこのライセン大迷宮で、結構な時間魔法を維持していた事は驚異的であったが、その終わりも刻一刻と近づいてきている。

 

途中でユエが恵里と交代し、同じように風魔法をぶつけていたのだが、そんな彼女の魔力残量もそう多くはない。割とピンチな状況だ。

 

タイフーンに蓄積するエネルギーが一向にマックスにならない原因は一つ。猛がタイフーンを制作した際に、人間でもサイボーグと同じぐらいの力を出すためと言う理由から、自身の持つタイフーンの倍以上のエネルギーを蓄積できるようにしたからである。

 

「ハジメ、何とかならない? これ以上魔法を行使してもジリ貧な気がする」

「そう言われても……あ、いや待てよ。これならどうかな」

 

おもむろにハジメが〝宝物庫〟から取り出したのは、手榴弾やロケットと言った爆発物だ。

 

突如現れた物騒な顔触れに軽く引いた恵里だが、すぐに彼が何を考えているのか察する。

 

「爆発させろ、と」

「ちょ、恵里ちゃん!? 幾ら何でもこの量を爆発させたらハジメくんがどうなるか分からないよ!?」

 

作戦は単純明快。爆発する際に発生する爆風を受け取り、それをエネルギーに変えるのだ。

 

サイクロンで走り回る空間が確保できない以上、これしか方法はない。

 

リスクしかない危険な方法ではあったが、魔力や霊力枯渇まで秒読みな事もあり、恵里はすぐに承諾した。

 

「〝火球〟。ユエ、香織。此処を離れるよ」

「んっ」

「わ、分かったよ! ハジメくん、どうか無事でね!」

 

火球が爆発物に着弾する前に恵里は二人を連れて撤退。念には念を入れ、数キロは離れた位置にある足場に着地した。

 

ドオオゴオアアアアアアアン!!!

 

だが、数キロ離れても大量の爆発物が生み出した爆風は強烈であった。咄嗟に蹲る事で難を逃れるが、猛烈な風に吹かれて三人は呻き声を零す。

 

一瞬にして爆発の奥へハジメが消え、香織とユエは心配そうに見つめる。爆発の破壊力を彼女らは良く知っているため、ハジメが消し飛んでしまわないかが心配で仕方がなかったのだ。

 

しかし、恵里だけは特に表情を変えずにその様子を見つめる。

 

「大丈夫。私の旦那様が、あんな爆発程度で簡単に死にはしないよ」

 

絶対なまでの信頼感が、彼女の心から〝不安〟を取り除いたのだ。世界一格好良くて、世界一強い旦那様。南雲ハジメが、この程度で消えるものか。

 

彼は必ず、最高の笑顔で帰って来てくれる!

 

ハジメもまた、恵里の想いを言葉に出さなくとも感じ取っていた。最愛の人の願いと想いを。

 

「……行くぞおおお!」

 

炎が渦を巻いて消える。同時に、回転していた風車も静かに動きを止めた。

 

風。そして炎。何方も吸収してしまったタイフーンに驚きつつも、ハジメの脳内は冷静だ。

 

(先生なら、きっとエネルギー蓄積を終えたはずだ)

 

彼の視線の先には本郷猛とシア・ハウリア。

 

猛は岩石を粉砕し、今はミレディ・ゴーレムのモーニングスターやフレイムナックルをギリギリで躱し、回避とエネルギー蓄積を両立させている。

 

シアは猛が攻撃を自身に向けさせている間に、隙を見て数々の打撃技を叩き込んでいる。ちょくちょくゴーレムの第一装甲が破壊されており、ミレディは少しうっとおしそうな雰囲気を醸し出している。

 

拡大された視界の中で、ハジメは確かに見た。猛の身体から徐々に蒸気が立ち上り、複眼が輝き始めたのが。

 

「相変わらず恐ろしいけど、頼もしい人達だな……!」

 

仮面の中でニィと笑みを零し、ハジメは跳び上がった。

 

シアと入れ替わるようにして猛の隣にハジメは浮かぶ。一回の〝空力〟で相当の魔力が削られたが、今のハジメはそんな事を全く気にしない。

 

猛と同じように蒸気を立ち上らせながら、ハジメは一言だけ告げるのだった。

 

「お待たせしました」

 

──────────────────

 

「お待たせしました」

 

時は来た。雌雄を決する、その時が。

 

「行くぞ、ライダーパワー全開だ!」

「はい!」

 

それぞれが好きなように、更に上空へ跳び上がる。

 

手始めにハジメはバンカーアームを装着。ミレディ・ゴーレムの胸元に杭を突き刺し、目標を定めた。

 

俺は後方に、ハジメは前方にまずは宙返り。続いて俺は空を蹴って前方に二回転し、更にもう一回くの字の姿勢で宙返りをしてから両足を突き出す。ハジメは何度も何度も前方へ回り、シンプルながらも確実にキックの破壊力を上げてから左足を突き出した。

 

──電光ライダーキック

 

──ライダー回転キック

 

これで最後。魔力の消耗を鑑みず、俺は〝纏雷〟を使用する。

 

ミレディは俺達の行動の危険性に気がついたのだろう。最初は余裕そうな雰囲気で俺達の回転を見ていたのだが、蹴りの姿勢を二人が作り終わった辺りで、彼女は大慌てで後退しようとした。

 

だが……

 

「逃がしはしない……! 〝凍柩〟!」

「なっ!? 何で上級魔法が!?」

 

最初から見越していたかのように叩き込まれた氷属性の上級魔法。対象を氷の中へ閉じ込める魔法だ。

 

この魔法を放ったのは恵里。最後の力を振り絞ったのか、彼女の寝息が遠耳に聞こえる。

 

だが、この決死の援護の御蔭で、ミレディに致命的な隙が生まれた。後退を許さず、ほんの少しの魔だけではあったがその場に留めたのだ。数瞬だけでも後退を遅らせられたのなら上出来。戦場においては、ほんの一瞬の隙が生死を分けるのだ。

 

「「ライダーダブルキィィイック!」」

 

打ち込まれた杭。限界まで高め、そして解放した風圧エネルギー。一点突破に適した電光ライダーキックと、純粋な破壊力が抜群なライダー回転キック。

 

全てが噛み合った時、一切合切を塵へと還す究極の一撃が放たれる!

 

ドゴォオオオオオオオ!!!

 

耳を劈く轟音。ひしゃげてしまいそうな勢いでめり込んでいく杭。第一装甲は一瞬で貫通し、アザンチウムで構成されている第二装甲も猛烈な速度で貫いていった。

 

しかし、相当の段階を踏んでも完全な貫通にまでは至らなかった。確かに装甲を貫き進んでいたが、途中で勢いが殺されて止まってしまったのである。

 

「は、はは。危ない危ない。もう少しで完全に貫通をしていたよ」

 

若干、かたい声で、それでも余裕を装うミレディ。

 

だが、今ので分かったぞ。

 

あと少し。ほんの少しで、この装甲は貫ける!

 

「シア、やれぇ!」

「はいです師匠ぉ!!」

 

逆風を起こして少しでも杭を進め、俺とハジメはその場から飛び退いた。

 

代わりに現れたのはシア。ハジメと入れ替わる形で後退をした彼女は、最悪の展開を予想していたのだろう。高所にあった足場に着地し、何時でも飛び出せるようにスタンバイしていたのだ。

 

トドメは弟子に任せよう、なんて割とどうでも良い事を考えつつ。俺はシアがミレディ・ゴーレムへ突撃していく様を見届ける。

 

「おんどりゃああああああああ!」

 

兎人族の長所である脚力。それを最大限に活かした急降下キック。おそらく身体強化も行っているのだろう。彼女とすれ違い、その姿を見た俺は、この勝負の勝ちを確信した。

 

ミレディは何とかして逃げようとしていたが、俺達とシアの入れ替わりがかなりの速さで行われた事から、彼女は逃げる暇はないと悟ったらしい。身動き一つせず、シアを見上げている。

 

シアの放った渾身の蹴りを受け、半ばまでめり込んでいた杭は更に奥へと進んでいき、今度は止まらず装甲を突き進む。

 

そして、ベキリと言う鈍い音と共に装甲は貫かれ、そのままミレディ・ゴーレムの心臓部へ突き刺った。

 

ミレディ・ゴーレムの目から光が消える。心臓部までも貫いた証拠だ。

 

随分と手こずったが、これで終わりである。

 

「やれやれ。まあ、全員が生き残った状態で勝てたのなら万々歳だな」

 

ライセン大迷宮。とても厄介な場所であった。だが、無事乗り越えられた。それで良しとしよう。




ライセン大迷宮を攻略してこの章は終わり……ではないです。次回ではありませんが、この先もう一個イベントを残しています。


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第四十話 身を滅ぼす決意

戦闘後のあれです。


立ち込める煙。その奥には、先程まで戦っていたミレディ・ゴーレムが横たわっている。

 

さっきまではあんなに生き生きとしていたのに、今はただの無機質な騎士甲冑として倒れている。その姿に違和感しか感じない。

 

「あ、そうだ恵里! さっき倒れた気配があったような……」

「ええ!? それってかなり大変なんじゃないですか!?」

 

隣に立っていたハジメは恵里の元へ行ってしまった。シアもそれに追従したので、ミレディの前で佇んでいるのは俺だけとなった。

 

ミレディ・ライセン。道中の言動や此処で直接ぶつけられた雰囲気から、彼女が非常に腹が煮えくり返る性格をしているのが分かった。

 

だが、分かったのはそれだけではなかった。彼女もまた、狂った神に立ち向かうため奮闘した解放者の一人である事を、俺は再認識させられた。

 

「……ホント、根本の性格を何とかしてたらな。こんなに腹が立たなかったと思うんだがな」

「ふふ、それは無理かなぁ~、だってこの性格は大切な人から受け継いだ物だしぃ」

 

声がした。ミレディの声が。

 

警戒心を一気に引き上げる。だが、そんな様子を見たミレディは慌てた声音で付け足す。

 

「ちょちょ、そんなに警戒しなくても大丈夫だってぇ。核に残された力を使って話しをする時間を取っただけだよぉ。もう数分しかもたないから安心してねぇ~」

「……嘘ではなさそうだな」

 

彼女の言葉に噓偽りはないらしい。よく見ると、ゴーレムの目の部分の光が慌ただしく明滅している。まるで切れる前の電球だ。

 

念のため完全には警戒を解きはしないが、さっきよりは緩めてミレディに問う。

 

「何を話すんだ? 俺達の目的は言っただろ。これ以上何を話すって言うんだ?」

「そうだね。でも、もう一回聞かせてくれるかな? 何のために神代魔法を手に入れるのか。何のために此処までやって来たのかを」

 

彼女の言葉に首を傾げる。だが、俺はすぐに思い直した。

 

これは、彼女の魂が消滅する前に耳にしたかった言葉なんだと。

 

「……俺達は、狂った神とショッカーをこの世から散滅するために神代魔法を習得する旅に出ている。奴らを打ち滅ぼさなければ、彼らが元居た世界にまで進行して来そうだしな」

「そっか。君達は異世界人だったんだね。それなら、見た事も聞いた事もない武器が沢山出てきてもおかしくなかったね……」

「安心して眠れ。俺達が貴方達の意思を継ぐ。必ずや、神とショッカーを滅ぼす」

 

いつしか、ミレディ・ゴーレムの体は燐光のような青白い光に包まれていた。その光が蛍火の如く、淡い小さな光となって天へと登っていく。死した魂が天へと召されていくようだ。とても、とても神秘的な光景である。

 

もう成仏するのだろう。これ以上話す事もない。

 

右を向けば、上方の壁の一角が輝いている。先へ進むための扉はそこにあるのだろう。

 

皆を呼んで一言、「進むぞ」と告げてミレディに背を向けた。

 

「見守っていてくれ。天国でな」

「ふふ……君達のこれからが……自由な意志の下に……あらんことを……」

 

オスカーと同じ言葉を告げたのを最後に、ミレディの気配は途絶えた。

 

……と思ったのだが。全く、あの野郎は。

 

「猛さん?」

 

仮面を外して渋面している俺が気になったのか、香織が顔を覗き込んでくる。

 

あのやり取りを眠っている恵里以外は聞いていたようで、全員しんみりとした雰囲気を纏っている。そんな中、俺だけは何とも言えない表情を浮かべていたらそれは目立つだろう。

 

上の方にある光る壁の方へ向かうために足場を乗り継ごうとすると、唐突に俺達を乗せて動き出した。

 

「わわ、まさか乗せて行ってくれるんですかね?」

「ミレディさん、もしかしたら最後の最後にサービスをしてくれてるのかもね」

「……んっ」

 

シアと香織とユエは無邪気で純粋だ。気が付かないで済んでいる。

 

あ、恵里を背負っているハジメは気が付いた。と言うよりかは察したらしい。彼も渋面になった。

 

足場は十秒もかからず光る壁の前まで進むと、その手前五メートル程の場所でピタリと動きを止めた。すると、光る壁は、まるで見計らったようなタイミングで発光を薄れさせていき、スっと音も立てずに発光部分の壁だけが手前に抜き取られた。奥には光沢のある白い壁で出来た通路が続いている。

 

そのまま通路を滑るように足場は進む。このまま住処まで連れて行ってくれるのだろう。それはありがたい。

 

そうして進んだ先には、オルクス大迷宮にあったオスカーの住処へと続く扉に刻まれていた七つの文様と同じものが描かれた壁があった。俺達が近づくと、やはりタイミングよく壁が横にスライドし奥へと誘う。浮遊ブロックは止まることなく壁の向こう側へと進んでいった。

 

くぐり抜けた壁の向こうには……

 

「やっほー、さっきぶり! ミレディちゃんだよ!」

 

ちっこいミレディ・ゴーレムが居た。

 

ちっこいミレディ・ゴーレムは、巨体版と異なり人間らしいデザインだ。華奢なボディに乳白色の長いローブを身に纏い、白い仮面を付けている。ニコちゃんマークなところが微妙に腹立たしい。

 

それは良い。問題なのは、この野郎がついさっき行った〝演出〟である。

 

「あのさあ……」

 

呆れて物も言えなくなってしまった。

 

さっきの演出。普通の人であったら、ミレディが消えてしまったと間違いなく思うだろう。何なら見せられた直後の俺はそう思ってた。

 

だが不幸な事に、改造されて強化された気配感知能力は、未だにミレディが健在である事を嫌という程に伝えて来やがったのである。

 

魔法が使えないため、技能としての〝気配感知〟で彼女の事を捉えられなかった香織達三人はミレディが消えたと思ったのだろう。ハジメだけは何かの拍子に気が付いたようであったが。

 

「ハジメ。被害が及ばないように何とかしてくれ」

「あ、はい。程々でお願いしますね」

 

仮面セット。うん、いつも通りの着心地。

 

「あ、あれぇ? 何だかテンション低くない? もっと驚いてもいいんだよぉ~? あっ、それとも驚きすぎても言葉が出ないとか?」

「いや、呆れて言葉が出ない」

 

今日以上に仮面ライダーである事を呪った日はないだろう。唯一残された人間の心を恨むだなんて、これから先絶対にない。

 

「ミレディ、残念だったな。俺が完全な手術を施したショッカーの怪人なら。神に造られた使徒なら、こんな事を言われなくて済んだのにな」

「え、えっとぉ~……落ち着こうか? この身体が壊れたら流石にマズいし、ねえ?」

「この事態も予測できただろうに。まあ、今はそんな事どうでも良いけど」

 

疾風のような速さでミレディの頭を掴み、そして持ち上げる。

 

空いている手で拳を作る。何をされるか分かったのか、ミレディはバタバタ暴れているが、無意味な抵抗だ。

 

「取り敢えず殴らせろ。数発」

 

ベギィ! と鈍い音が鳴り響いた。

 

──────────────────

 

「ご、ごめんなさい~」

 

結局、あのまま五回殴った。今の身体が壊れたらマズいと聞いていたので、多少顔面が歪む程度に抑えているので問題なし。

 

顔が歪んでいるので、ニコちゃんが悲痛な表情になってしまっているのだが、まあ良いお勉強になっただろう。

 

「はあ、今回はこの辺で勘弁してやる。次は無いぞ?」

「了解であります! 金輪際やらないであります!」

「うむ。それじゃあ、君の神代魔法を授けてくれないか? 何となくどんな魔法か想像はついているんだけどな」

「此方へどうぞぉ!!」

 

案内されたのは魔法陣。全員が中へ入ったのを確認したミレディが魔法陣を起動させると、オルクス大迷宮の時と同じように、直接脳に神代魔法の知識や使用方法が刻まれていった。

 

ものの数秒で刻み込みは終了。予想通り、彼女の持つ神代魔法は……

 

「重力魔法か」

「そうですよ~ん。ミレディちゃんの魔法は重力魔法。上手く使ってね。もう一人の仮面の子とウサギちゃんはビックリするぐらい適性がないけど、金髪ちゃんとメガネちゃんはアリアリだねぇ。君と癒術師ちゃんも頑張れば実戦で使えるんじゃない?」

 

ハジメとシアは適正なし。俺、香織、ユエ、恵里はアリ。まあハジメもシアも拳と武器がある以上、魔法が使えなくても大丈夫だろう。

 

しかし重力を操るとなると、応用幅が広すぎて大変になりそうだ。その気になったら対象を星の外まで吹っ飛ばせそうである。

 

「ミレディ。一泊だけしても良いか? お前に重力魔法の主な応用方法と、ショッカーについて聞いておきたい事がある」

「構わないよ~、ミレディちゃんも長らく人と話してなかったし、君に聞いておきたい事がまだまだあるからね。一晩ぐらいなら滞在しても良いよ~」

「との事だ。此処なら魔力の分解もないし、ハジメの外泊セットを使えば如何にかなるはずだぞ」

 

時間はある。此処で焦ってすぐ外へ行く必要はない。なら、利用できる環境をフルで活用するべきだ。

 

俺の言葉に皆が頷き、思い思いに動き始める。

 

「にしても恵里起きないね。ユエも疲れてない?」

「んぅ」

「疲れたか。まあそうだよね。ほら、こっちで休んでよう」

 

ハジメは恵里とユエを引き連れて外泊セットの中へ入っていく。恵里には随分と無理をさせてしまったので、今はハジメの隣で休んで欲しい。

 

「香織とシアはどうする?」

「猛さんに構って欲しいです!」

「師匠とお話したいですぅ!」

「ええ……」

 

正直。以上。

 

自分の欲望に忠実な子達だとは思っていたが、まさか此処までとは……いや、今更だった。オルクスの時はもっと凄かった。

 

先に言っておくが、一線は超えていない。シアはそもそも恋愛感情を持っていないので当然として、香織に関しては彼女の親が何て言うか分からないので絶対に手出しできん。

 

「終わってからで良いよ~、夜は長いからねぇ」

「すまんな。また後で来る」

 

気を利かせたハジメがもう一個用意していた外泊セットに三人で入る。

 

ずっと身に纏っていた仮面ライダーの装備をすべて外して人間に戻ると、まず香織が右腕に抱き着いてきた。続いてシアも左腕をガッチリホールド。ピクリとも動きません。

 

「手が早すぎない?」

「攻略中全く構ってくれなかったので……」

「私は純粋に師匠とお話がしたかったのでこうしてますぅ」

「だとしても抱き着く必要性……もう良いや。言っても無駄だし」

 

ミレディと話す前に相当削られるのが約束されている。え、何がってメンタルが……。

 

これ、俺の体力(精神面)で耐えられるのだろうか。心配になってきた。

 

ええい、もうどうにでもなれ。

 

──────────────────

 

解放されたのはあれから一時間後でした。思ってたより短く済んだ。

 

道中での疲れもあったのだろう。今はぐっすり眠っている。

 

「あ、お疲れ様だよ~ん」

「待たせたな」

 

顔の修復が終わったらしいミニミレディ・ゴーレムが俺を出迎えた。

 

「早速だが質問だ。重力魔法の使い方を聞きたい」

「重力魔法ねぇ。君が見たように、自分自身や物体をフワフワ浮かしたり落としたりして敵にぶつけるって言うのも立派な戦術になるよ。他にも対象を地面にめり込ませたり、逆に星から追放したり。壁や水上を走る何て芸当も可能になるね~」

「何でもありだな……」

「相応に魔力は持ってかれるけどね~、でも君なら何とか出来るでしょ」

「まあ、うん。やろうと思えば」

 

この地球上に居る限りは大丈夫だろう。風さえ吸収が出来れば魔力への変換が可能だ。

 

念の為用意していた紙に重力魔法の使用用途を記しておく。今は寝ているハジメ達にも説明できるように噛み砕いておかねばなるまい。

 

改めて使用用途の幅の広さに感心していると、不意にミレディが俺に問うてきた。

 

「ねえ。君ってショッカーと関係のある人物だったりする?」

 

大ありだ。組織の中だけで言うなら、超希少種の「裏切者」なのだから。知る限りでは俺を含めても二人しか居ない。

 

頷いて肯定の意を示すと、ミレディの雰囲気が変わった。

 

「異世界にもショッカーはあるんだね。おそらく首領は全くの別人だろうけど……」

「オルクス大迷宮で知った情報なんだが、この世界のショッカー首領は解放者だったんだよな?」

「うん。神代の頃、私と共に神へ立ち向かった仲間の一人だったよ。裏切っちゃったけどね」

 

ポツリ、ポツリとミレディは首領について語りだす。

 

「名前はショウ・イグル。オーくん……オスカー・オルクスと同じく生成魔法の使い手だった。ただ、オーくんが鉱物や金属のような無機物の生成が得意だったのに対し、ショウくんは有機物への干渉も得意だった」

「有機物……」

「もっと言うなら人体錬成。最初の頃は良かった。力をあくまでも自分に向けてたからね。見た目はバケモノみたいになったけど、理性はあったし悪用もしてなかった。でも、ある日唐突にこう言ったんだ」

 

──やらなきゃ

 

「この言葉を残してショウくんは裏切った。戦わずして神に敗北した後に聞いたんだけど、彼は自分の力を使って〝人間〟を改造して新鋭組織を立ち上げてたよ。それがショッカー。詳しい話は知らないけど、無作為に強そうな人間を無理やり改造してバケモノにしてるみたい」

 

無機質に。無感情に。淡々と語っていたミレディだったが、此処に来て声を震わせた。

 

「彼ね、すっごく優しい人なんだよ。自分を改造したのも〝助けの手を差し伸べられる範囲を広げるため〟って迷いなく言い切れる人だった。そんなショウ君がだよ。こんな、ねえ?」

「ミレディ、お前……」

「誰かにそそのかされてやったんだよ。絶対にそう。だってあの日のショウくん、目が揺れてたもの」

 

彼女が生きたのはもう数えるのも億劫になるぐらい長い年月。それだけの膨大な年月、彼女は未だに信じている。

 

その姿は気丈で。しかし痛々しかった。

 

「押しつけがましいのは分かってる。でも、お願い。ショウくんを……」

「もう良い。無理をしなくて良い。俺が必ず何とかしてみせる。お前も、首領も救ってみせる」

 

言葉による自身への鞭打ちなのは分かっている。だが、幾らうざったい性格をしていたとしても。人の神経を逆撫でする奴でも。心からの笑顔で幸せを感じられるようにしたい。

 

俺個人に圧し掛かる重圧はとんでもない。だが、それでもやると決めている。

 

俺は、大自然が遣わした正義の使者。仮面ライダーなのだから。

 

少女一人の願いを叶えられなくて、何が正義の使者だ。

 

約束と言う名の鎖で身を雁字搦めにして、体中から血が噴き出たとしても。俺は止まらない。

 

強すぎる決意は身を滅ぼすと知っていても、俺は止まれないし引き返せないのだ。本郷猛と言う人物は、そういう性格をしているのだから……。




血みどろになった仮面ライダーを救うのは誰なんでしょうね。


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清水sideその3

此処で一度挟みます。時系列的にはライセン大迷宮を猛さん達が出るか出ないかぐらいの時の出来事です。


「此処か。先生が滞在しているってのは」

 

サイクロンを止め、幸利はボソッと呟く。

 

彼の目の前には、〝水妖精の宿〟と記された看板が。昔、ウルディア湖から現れた妖精を一組の夫婦が泊めたことが由来だそうだ。ウルディア湖は、ウルの町の近郊にある大陸一の大きさを誇る湖だ。大きさは日本の琵琶湖の四倍程である。

 

湖畔の町ウルの中でも特に人気のある宿だと幸利は聞いている。

 

「……!?」

「おにいちゃ?」

「いや、何でもない。気にすんな」

 

愛子先生に会うのは久しぶりだな、何てボケっと考えていた幸利だったが、不意に強烈な威圧感を感じて目を見開いた。

 

目敏くその様子を捉えた雫の言及を躱し、警戒態勢を敷く幸利。

 

プレッシャーの大本があるのは宿内。これまで感じた事のない強烈な威圧感に吐き気を催し、更に額に脂汗が滲み心臓が激しく動悸する幸利だが、覚悟を決めて宿の扉を開いた。

 

「お、来たな」

 

彼を出迎えたのは、扉の近くにある席に座っていた一人の男の軽い一言であった。しかし得体の知れない威圧感を放っているのを幸利は見逃さない。

 

幸利が感じている威圧感は、彼の尊敬している人物が持っている物と似ている。

 

幾つもの戦いを生き延びた人物だけが放つ、「何をするか分からない」圧迫感。幸利を出迎えた男は、その圧迫感を放っていた。

 

目を剣呑に細め、何時でも迎撃が出来る態勢を取る幸利。だが、此処で大きな誤算が生じた。

 

「おにいちゃ!」

「おうおう。元気にやってたか? 前よりは顔色が良くなってるみたいだが」

「……は?」

 

雫が男に抱き着いたのである。

 

彼女は鮮明に覚えていた。かつて城へ無断で入り、リリアーナと少しだけ会話をしていた男の存在を。

 

心が壊され、極度の人見知りへとなってしまった雫が、泣いたり拒絶せずに受け入れる数少ない人物を。

 

「姫さんの言いつけ通りにしたみたいだな。にしても、この娘を運ぶのがお前さんで良かったよ」

「ちょ、ちょっと待て。何であんたはリリアーナ姫からの言いつけを知ってる?」

 

一方で幸利。何も聞かされてなかったので困惑している。

 

「見てたからな。お前さんが依頼を受けてるのを。あ、見えたり感じなくても当然だぞ。相当離れた場所から俺は見てたからな」

「離れた場所って。てかあんた、纏ってる空気が尋常じゃない。何者だ? 見た感じ日本人だけど、俺はあんたみたいな人知らんぞ。俺達と一緒にこの世界にやって来たのって、愛子先生と猛先生だけのはずだが」

「俺? 俺は一文字隼人。フリーのカメラマン。パシャっと」

 

困惑を深めるばかりの幸利。本来の目的を放り出し、この一文字隼人と言う人物について色々と聞き出したいと思いだす。

 

だが、写真を撮った一文字にこんな言葉を投げかけられて我に返った。

 

「お嬢さんを先生とやらに引き渡すんじゃなかったのかい?」

「っ、そうだった。先生は……其処だな」

 

彼の視線の先には、個室のように部屋の一角を仕切っていたカーテン。

 

その奥に目当ての人物が居るのを確認し、幸利はカーテンを引きちぎる勢いで開け放った。

 

シャァァァ!!

 

存外大きな音が鳴るがお構いなし。ズカズカと奥へ踏み入り、目的の人物の前まで歩く。

 

「よお、先生」

「し、清水くん!?」

 

畑山愛子。本郷猛と同じく、異世界へ転送された人々の中では数少ない大人である。

 

幸利の目的は二つ。まずは雫を愛子の元へ届けて保護してもらう事。そして、戦争の食糧事情を一変させられる彼女の護衛をする事だ。

 

「ぶ、無事だったんですか! 他の皆さんは……」

「全員ピンシャンしてるよ。あの後ショッカーの基地をぶっ潰すついでに迷宮を攻略した。その後は俺だけ別行動をしてる」

「そう、なんですね。本当に良かった……猛先生が皆を引き連れて大迷宮に潜ってから全く音沙汰なかったので心配してたんですよ? ここ最近、八重樫さんが幼児化したり、天之河くんと檜山くんが失踪と悪い噂しか聞いてなかったのもあって、何か大事があったのかと……」

「八重樫の事は聞いてるのか。なら話は早い。姫さんに頼まれて彼女も連れて来た。先生にも八重樫の心を治すために協力して欲しいらしいぞ」

 

取り敢えず伝えるべき事柄は伝えた。そう思った幸利は勝手に其処で話を切り、一文字の元へ向かおうとする。

 

愛子としてはもっと彼から色んな話を聞きたかった。だが、不意に視界に入った雫の様子を見て考えを改める。今は雫のケアが最優先。そう思ったのだ。

 

「あんなあっさりで良いのかい? 久しぶりに会った知り合いだろ?」

「今はあんたの事の方が気になる。俺の話なんて何時でも出来るから後回しだ」

「ふうん。で、俺の何が気になる?」

「その異常なまでのプレッシャーだ。あんた、普通の人間じゃないだろ」

 

幸利の言葉に一文字が僅かに表情を顰める。その変化は微々たる物であったが、幸利は見逃さなかった。

 

反応からして一般人ではない事を見抜いた幸利は様々な仮説を立てる。

 

「軍人、ではないな。殺し屋でもなさそうだ。だとしたら……猛先生と同じとか?」

「ほう? 同じと言うと?」

「改造人間だ」

 

一瞬で空気が重たくなる。一般客は突然重たくなった空気に驚き、そして困惑した。

 

一文字の顔は笑っている。だが、目の奥が笑っていない。

 

気まずい沈黙を払拭しようと、何か言葉を口にしようとする幸利であったが……。

 

ドォゴオオオオオオオン!!

 

突然の轟音で思考を停止せざるを得なかった。

 

真っ先に反応したのは一文字。席を立ち、大急ぎで扉を開けて外へ出る。

 

慌てて幸利も立ち上がり外へ出た。猛烈に嫌な予感がしたので、何時でも戦える心構えを持って。

 

「な、何だこりゃ」

 

空を埋め尽くさんばかりの銀色の輝きを放つ女、女、女。唖然とする幸利とは対極的に、一文字は不気味なぐらい冷静だ。

 

「今の轟音は奴らが仕掛けた物だな。南東三十キロ地点に着弾してる。近くに民家があったようだが、あれではダメだろう。誰も生きちゃいない」

 

一文字の顔に変化が表れ始める。それを見た幸利はギョッとした。

 

彼は見た事がある。この変化を、表情を、間近で。

 

風神の如きその眼差しを、確かに見た。

 

「あんた、やっぱり……」

 

確信めいた何かを持ち、一文字を見やった幸利。彼の正体を、幸利は何となくだが察したのだ。

 

ゆっくりと降りてくる女達。莫大な殺気を纏いながら徐々に幸利達の居る場所に降りて来る。

 

ジッと遠くを睨むと、此処以外にも女が侵攻しているらしい事が分かり、二人は全く同じ思いで同じ行動を取る。

 

「変身だ」

「……よし!」

 

ベルトのダイヤルを捻って強化服を纏った幸利。右手には狙撃銃を持ち、天空を睨んで狙撃する対象を吟味する。

 

対する一文字は両腕を右側にビシッと揃えた。そしてゆっくりと腕を回し、

 

変身ッ!!

 

左腕はガッツポーズを、右腕は胸の前に添えるような形へと変えていき、そして叫んだ。

 

「トオーッ!!」

 

飛び上がると同時に風が舞う。彼の肉体を強化服と本来の〝改造人間としての肌〟が包んでいく。

 

女の正体は神の使徒であり、かつて猛を襲ったのとほぼ同一の個体である。猛との戦闘データは神の使徒の中で共有されており、仮面ライダーの姿と言うのも脳に刷り込まれているのだが……。

 

「貴方は……!?」

 

一人の使徒が驚愕の声を漏らす。他の使徒も同様だ。

 

「平和に生活する人を不幸に陥れるようなその行為。断じて許さんぞ!」

 

使徒の前に舞い降りた、もう一人の大自然が遣わした正義の使者。

 

名前は彼と同じだ。

 

本郷猛も。南雲ハジメも。清水幸利も。結城丈二も。アマゾンこと山本大介も。皆がこの名前で呼ばれる。

 

仮面ライダーと。

 

「やっぱりか。あんたも猛先生と同じ、仮面ライダー」

「敵は多い。だが、俺達が力を合わせれば殲滅も出来るだろう」

「ああ、協力は得意分野だ」

 

〝水妖精の宿〟の屋根に二人して飛び乗ると、幸利が開戦の合図となる言葉を発する。

 

「見せてやろうぜ。仮面ライダーの力をな!」




次回に繋がります。


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第四十一話 第一次使徒侵攻

遅くなりました。


翌日になり、俺達はライセン大迷宮を後にする事にした。

 

とても、とても濃い一晩だったと思う。色んな事が聞けたし、新たな覚悟を決めたし。これだけ濃ゆいのは初めてかもしれん。

 

「それじゃあ、そろそろ行くとするよ」

 

昨日のうちに大迷宮攻略の証や珍しい素材は受け取った。本当に別れをする以外は済ませてしまっている。

 

「はいは~い。此処から先の旅もかなり大変だと思うけど、頑張ってねぇ~」

 

そう言ってミレディが天井からぶら下がっていた紐を掴みグイっと下に引っ張った。

 

するとガコン!! と言う音と共に床に穴が開く。まるでトイレのように。

 

ちょっと趣味悪すぎである。呆れた表情でミレディを見やった。

 

「ごめん、ごめんって。あ、でもそんな顔してられるのも後数秒かな? もうすぐ水が流れて来るからねぇ~」

「……はあ。仕方ないな。癪に障る出方だが、文句を言っても仕方があるまい。皆、飛び込む準備しろよ」

 

俺の言葉が終わるのとほぼ同時で、四方の壁から轟音と共に大量の水が流れて来た。

 

タイミングを見て香織を抱えると、俺はピョンと飛び上がって激流へと飛び込む。香織を抱えたのは、彼女一人では溺れてしまうと踏んだからである。

 

「じゃあねぇ~、君達に全てを託すよ」

 

……ああ、任せてもらおうか。

 

風で膜を作り、水に流されながら外へと向かう。結構な勢いで流されるため、時折壁に激突しそうになるが、香織を傷つけない程度の強さでその時々で壁を蹴る事でやり過ごしていく。

 

そのまま進む事数十秒。徐々に出口らしき光が大きくなり、そこ目掛けて流された俺達は勢い良く射出されるような形で外へと飛び出た。

 

と、外へ出た直後に俺は違和感を感じた。十メートル近くは空へ上がっている状態なのだが、構わず思考を巡らせる。

 

まず、空の色がおかしい。今は朝八時ぐらいのはずなのだが、空が途轍もなく暗い。まるで何かに埋め尽くされているかのように、太陽が見えない。曇り空とはまた違う気がする。

 

そして、改造人間だからこそ見えた情景。銀色の羽が、まるで雪のように空から落ちてきていた。

 

銀色の羽を目にした途端、俺は顔を思いっきり顰める。

 

「まさか、奴か!?」

 

地面に降り立つと同時にサイクロンを取り出す。

 

驚いたのはまず香織。続いて降りて来たハジメ達も驚愕を露わにしている。

 

だが、この予想が真であるなら。これは一刻を争う事態となる。

 

「ハジメ。ブルックの町に戻るぞ!」

「へ、あ、ええ!? もしかして緊急事態ですか?」

「その通りだ。此奴はかなりの厄介事だぞ」

 

俺の予想。それは、この空を覆いつくしている何かは全て〝神の使徒〟であり、俺を抹殺するために送り込まれたと言う悍ましい事態だ。

 

狂った神の事だ。俺が出て来るまで、無作為に人間を攻撃してもおかしくない。

 

神の使徒の戦闘能力は凄まじい。一般人なら瞬殺だとして、其れに毛が生えた程度で調子に乗っていた生徒達でもあっという間に殺されてしまうだろう。

 

太刀打ちが出来るのは、最低でもシアと同等のステータスと戦闘経験のある人物。後方支援に徹するなら香織達女子三人組も行けるだろうが、直接の殴り合いになったらマズい。抹殺さる可能性が大いにある。

 

サイクロンを音速近くまで加速させて変身。このまま行けば数分で町へ到着するだろう。

 

今のうちに指示を出しておくか。

 

「香織。町に着いたら怪我人を少しでも多く救え。回復薬を使っても良い」

「は、はい!」

「シアは香織の援護。空から降るであろう魔法から人々を守れ」

「了解ですぅ!」

 

次はハジメ達。あの三人は集団行動で町を動いた方が良いだろう。

 

「ハジメ、聞こえるか!」

「聞こえてます! あの、空のあれって敵ですか?」

「そうだ! お前は二人を連れて奴らを迎撃しろ! 敵は手強いから、絶対に油断するんじゃないぞ!」

 

と、もう町の入り口が見えてきた。奥を見ると、燃えている民家がチラホラ。

 

指示を出せるのは此処までだ。時間がない。後はその場の判断で動いてもらうしかない。

 

サイクロンを自動操縦に切り替え、俺は空へ舞い上がる。

 

空中でツェリスカの装填を終えると、俺は天に居る神の使徒共に向かって大声で叫んだ。

 

俺は此処だぞ、神の傀儡人形共!!

 

途端に俺へ窮迫する殺意、殺意、殺意。間違いない。空を覆ってるのは全て神の使徒だ。

 

ツェリスカに装填した弾は榴弾が三発に徹甲弾が二発。一発毎に弾の種類が変わっている状態だ。榴弾、徹甲弾と言う順番で発砲して目潰しを行い、最後に残った榴弾は一番近くに居た使徒の心臓に接射する形でぶち込む。

 

まずは一体。いくら貫徹力の低い榴弾であるとはいえ、ハジメが制作した拳銃だ。超至近距離なら貫通も可能である。

 

「くっ、イレギュラー!」

「来い!」

 

数は……いや、やめよう。これだけの数を一から追うのは非常に面倒くさい。

 

調合した爆薬を数発投げつけて牽制に使い、数体が炎に包まれたのを見た俺は一気に攻勢に出た。

 

左前方に居た使徒には左の貫手を叩き込んで心臓を握り潰す。その隣の使徒には回し蹴りのようなライダーキックを繰り出して首を撥ね、攻撃の後隙を狙って飛び込んできた使徒五体は貫手によって生まれた死体を踏み台にして飛び上がる事で回避。

 

半円を描くような軌道で反転し、その勢いで使徒を蹴り殺しながら徹甲弾を装填すると、一回にしか聞こえない銃声の中で五発の鉛玉を発射。頭蓋から心臓までを一気に貫いてまた死体を作り出す。

 

数は多い。だが、かつて戦った事のある敵。今更後れを取るような強さではない。

 

確かに分解能力は厄介だし、魔法の殺傷能力も高いのは事実だ。しかし、俺はもうあの時の俺ではないのである。

 

あの時は魔法を全く使えなかったが、今では多少扱える。例えば……

 

「〝捻風〟!」

 

密集していた使徒を、猛烈な上昇気流が襲った。これは風の上級魔法であり、上昇気流で攻撃する。

 

使徒はこの程度の魔法で死ぬほど軟ではないが、受けた敵がほんの数瞬でも隙を晒すのであれば、この魔法は十分に役目を果たしたと言えよう。

 

目論見通り隙を晒した神の使徒。俺が魔法を使うとは思わなかったのか、無表情がデフォルトであるはずの顔面が醜く歪んでいた。

 

「デ、データとまるで違います。何故ですっ。何故、データにズレが!?」

「あの時に収集したデータに狂いはないはず。それなのにこれは何ですか、イレギュラー!」

「……俺が、あの時のまま止まっているとでも? そう考えていたのだとしたら、貴様らは浅はか過ぎる」

 

仮面ライダーに負けは許されない。それ故、敵に勝てたとしても絶対に手放しでは喜ばず、次に備えて鍛錬を怠らないようにしている。

 

日々精進。俺は、毎日成長を続けているのだ。

 

自身の錬磨を怠り、慢心する敵に負ける確率は、それこそ天文学的な数値以下になるだろう。

 

どれだけ数を揃えようと関係ない。

 

「仮面ライダーの力を。そして人間の力を侮ったな、神の傀儡人形共」

 

町の人々を救助する速度が、使徒の攻撃する速度を上回れば。この戦いは終わる

 

それまでの時間は、俺が無数の神の使徒を相手取る事で稼ごうではないか。

 

──────────────────

ハジメside

 

「シア、その人もこっちに!」

「はいですぅ! って、香織さん危ない!」

「え、きゃあ!?」

 

天から降り注いだ炎の矢をシアさんが辛うじて弾き飛ばした。

 

時折落ちる魔法の数々は、一つ一つが必殺の破壊力を持っている。

 

正直に言ってしまおう。空を埋め尽くさんばかりに居る敵は、これまでのどんな敵よりも強い。

 

実際に戦って感じた感想なので、きっと間違いはないだろう。

 

「恵里、僕は良いから町の人を!」

 

まあ、敵が強いと感じている理由の大半は、恵里が神の使徒を攻撃しないように指示を飛ばしながら戦闘をしているからであるが。

 

腐っても人型。遠くから魔法で焼き殺して、この手で血を感じなかったとしても、殺人の二文字は重く心に圧し掛かる。

 

ましてや恵里の心は、何時壊れるか分からないガラス細工のような物だ。刺激を与える事項は少しでも取り除きたい。

 

そのために僕が傷付くとしても、最終的に恵里が笑って人生を送れるなら。それで良い。

 

「ロープアーム!」

 

民家の屋根からロープを飛ばして敵を捕らえ、此方に引き寄せる。

 

不意打ちとなったのか、敵は崩れた自分の体勢を立て直すまでの時間が遅い。このまま仕留めに行く。

 

「ドリルアーム!」

 

ガギイン!

 

猛先生ぐらいのスピードがあればこの一撃で仕留めきれただろうが、僕の力では一歩及ばずであった。

 

敵はギリギリの所でドリルを双大剣で受け止めたのである。

 

「くっ、この!」

 

咄嗟に左腕で敵の顔面を掴み取り、最大出力の〝纏雷〟を行使することで更なる隙を生み出させ、もう一度ドリルアームを突き出して心臓を貫通させる。

 

流石はドリルアームの破壊力。綺麗に心臓部を貫いた事もあってか、命中すれば一撃でこの敵をも屠れるようだ。

 

「消えなさい、イレギュラー」

「神の前に平伏しなさい」

「次から次へと……!」

 

猛先生が風神の如く暴れているので、最初の時と比べたら随分と数を減らした敵であったが、それでもゴキブリの様に湧いて出て来る。

 

チラリと下を見やる。

 

恵里とユエは時折応戦しながらも町の火を消すために奔走しているようだ。二人で行動しているので、敵の強烈な魔法にも何とか対応している。ユエが魔法で作り出した龍を牽制に出し、更に恵里が捻じれるほどに渦を巻く炎の竜巻を向かわせているので、あの二人は暫くの間は大丈夫だろう。

 

家の崩落に巻き込まれた人々に関してはシアさんが助け出し、その後白崎さんが癒して命を救っている。あの二人が居なかったら、今頃多数の死者が出ていたに違いない。

 

敵の攻撃速度と救命活動の速度の天秤が、もう間もなく均衡から傾きそうだ。

 

そうはさせまいと。もっと多くの人の命を奪ってやろうと言うのだろうか。敵は僕から下で活動している四人に狙いを定めた。

 

「っ、させないぞ!」

 

空を蹴り、ガトリングアームを発射した際の反動を利用して急加速。弾丸の雨で先の二体をハチの巣にして地獄へ送り、僕自身は恵里とユエの前に降り立った。

 

地面に足を付けるのとほぼ同時に、十数体の敵が僕目掛けて襲い掛かる。

 

先行していた敵にはライダーパンチを見舞って首を吹き飛ばし、同時に窮迫して来た者に対してはドンナーの牽制射撃で対応。恵里達の方へ向かった奴らへは地面を〝錬成〟する事で防壁を作り出し、僅かでも二人が逃げられる時間を用意する。

 

だが、この数を一人で対処しきるのは無理がある。個々の強さが異次元であるため、先生の様に余裕を持った戦いは出来ない。

 

「スイングアーム! 〝錬成〟ぇ!」

 

地面を波立たせて飛び上がる。分銅を身体に受けた敵は仕留められているが、攻撃が直線的なので大体はガードされてしまっている。

 

恵里達の方へ向かった銀羽をドンナーで撃ち落としながらの作業なため、とても精密動作を行える状態ではないのが余計に焦りを生む。

 

何時まで恵里達が耐えられるか。そして、彼女達が力尽きる前に救援へ迎えるか。

 

厳しいタイムリミットを抱えながらの戦闘。肉体的な疲労とはまた別の疲れを感じる。

 

と、ほんの僅かだが雑念を心に抱いてしまった事により、反応が一瞬だけ遅れた。

 

「「〝劫火浪〟」」

「しまったっ」

 

天を埋め尽くさんばかりの大火。その姿はまるで炎の津波。

 

敵二体が同時に魔法を発動させただけあって、その熱量と攻撃範囲はとんでもない。

 

アイスアーム一つではとても防ぎきれない。今、自分が扱えるアーティファクトの中で、この状況を何とか打破する事が可能な物は……。

 

いや、そんなの後だ。恵里とユエが業火に飲み込まれる前に、彼女らの前に立たなくては。

 

「ロープアームッ」

 

彼女達の元へは行かせないつもりなのか、進路上に入って邪魔をして来る敵を強引に蹴散らしながら考える。

 

多少なりとも攻撃を受けるのを甘んじた御蔭で恵里達の前に立つ事は出来たが、問題は此処からだ。

 

考えろ。僕は錬成師。創造力と発想力は誰よりも強いはずだ。この右腕を、危機的状況を打破するための何かに変えられたら。そうすれば、まだ勝機はある。

 

考えろ、考えろ、考えろ!

 

「恵里、ユエ、僕の後ろに! 可能なら防壁を張って!」

「んっ」

「ちょ、ハジメはどうすんのさ!」

 

思い付いた。時間がほぼなく、頭も上手く回らないこの状態で考え付いた案が何処まで通用するかは分からないが、もうやるしかない。

 

「シールドアーム!」

 

発現したのは超巨大耐熱性シールド。更に〝金剛〟でシールドと僕自身を強化し、タイフーンも吸収が可能な状態にする。

 

シールドが展開し、足裏に仕込んであるスパイクを起動させ、魔法も全て発動と付与が終わった所で、猛烈な衝撃がシールドを伝わって右腕に襲い掛かった。

 

恵里とユエが展開した絶対防壁魔法である〝聖絶〟の効力もあり、何んとか吹き飛ばされずには済んでいる。だが、それでもジリジリと後退りしないと立っていられない。

 

防壁とシールドがあっても尚此方へ伝わる衝撃の風。それを自身のエネルギーにする事で耐えるが、ジリ貧には変わりない。この状況がずっと続いたら、そのうち僕の集中力が切れる。

 

「ぐうおおお……!」

 

だが、この業火を後ろに通す訳にはいかない。この命が尽きようとも、弁慶の立ち往生の様に立ち塞がってやる。攻撃は絶対に通しはしない。

 

大切な人を守るためになら、僕は鬼にでも悪魔にでもなれる。

 

愛する人を守るために、僕は……!

 

「でええやあああああああ!!!」

 

絶叫にも近い叫び声が最後の一押しとなり、炎の勢いで後退をする事はなくなった。

 

やがてその炎も消え、辺りには静寂が戻る。

 

腕を元に戻し、膝を落とした僕。肩で息をする僕の背中を優しく擦ってくれている恵里には申し訳ないと思いつつ、何とか守り通せた事に満足感を抱きそうになった。

 

しかし、すぐに猛烈な怖気が背筋を駆け巡った。

 

「危なぐあっ!?」

「ハジメ!?」

 

恵里とユエを庇う様にして抱き締めるのが、僕に出来た唯一の抵抗だった。

 

庇うと同時に、僕の顔面に強烈な振動が襲い掛かる。

 

脳が揺れて視界がまともに確保できないが、それでも何が起こったのかだけは察した。

 

敵は、僕が防御を終えた瞬間を狙って奇襲を仕掛けてきたのだ。咄嗟に庇わなかったら、今頃恵里とユエは真っ二つだったかもしれない。

 

振り下ろされた双大剣の片方は僕の仮面に直撃し、更にもう一つは恵里の顔面の数センチ前で、辛うじて右手で受け止めていた。本能的に動ていなかったらと思うとゾッとする。

 

仮面はひび割れてしまい、最早装着する意味を成さない。ハラハラと、破片が地面に落ちていくのが見えた。

 

「この、野郎があ!」

 

大剣をへし折り、太腿に括り付けてあった電磁ナイフを心臓に投げ付け、攻撃して来た敵を撃破する。

 

だが、今度こそ僕は顔を下に落として血反吐を吐き出した。

 

血だらけとなった仮面を投げ捨てて血を拭うが、視界が今一つハッキリとしない。脳震盪はまだ続いているのか?

 

「ハジメ、目が。左目がっ!」

「大丈夫。まだ行ける。それより恵里。敵は近くに居る?」

「少し頑張れば此処に向かえるぐらいの距離に数体。でもそれどころじゃないよ! その傷じゃもう戦うのは危ないって!」

「再起不能になるにはまだ早いんだ。それに君達を守るためなら、このぐらい……!」

 

縋り付く恵里、そしてユエ。行かせたくないのか、手をギュッと握っている。

 

「〝限界突破〟ぁ!」

「うわっ!?」

「んう!?」

 

対する僕の行動は、自身の能力を全て三倍に跳ね上げる魔法を行使して、二人の手を振り払う事だった。

 

「説教は後。必ず生きて帰るから、君達は救助の方を頼んだよ!」

「ハジメ、待って! その傷じゃ無茶だって!」

 

跳び上がった。後ろ髪を引かれる思いではあるが、それでも跳び上がる。

 

動ける時間はおそらく数分。〝限界突破〟の効力が切れたら、僕の意識は何処かへ吹っ飛んでくだろう。

 

それまでに、先生が空に居る使徒を何とかしてくれたらと思う。まあ、先生なら何だかんだで倒し切ってしまうだろうから、言うほど心配してないけど。

 

「ショットガンアーム……!」

 

骸骨の仮面を装着して最低限の防御力を確保した僕は、此方に気が付いた敵が放つ銀羽をドンナーで突破。急迫して引き金を引く。

 

ズドオン!

 

ゼロ距離でのショットガンは痛かろう。血飛沫を上げながら落ちていく敵を眺めながら、そんな事を思う。

 

あと、三体かな。

 

「な、何が起きて」

「遅いよ」

 

ズドオン!

 

速いだろう。死の間際の脳が動かす身体は。

 

あと、二体。

 

「挟み撃ちにしましょう。あれは風前の灯火です」

「イレギュラー、これで終わりですっ」

 

挟撃。成程、死にかけには効く戦法だ。

 

けど、甘い。

 

左の敵の攻撃はドンナーで受け流し、右の敵にはショットガンをすれ違いざまに打ち込んでミンチ肉にする。

 

そして、一瞬生まれた隙を見逃さず、もう一体の敵にもショットガンをお見舞いした。

 

天を見上げると、最初よりも随分と空模様が分かるぐらいには敵の数が減っている。流星の様な動きで猛先生が敵を圧倒しているのが見えるので、きっと大丈夫だろう。

 

意識が朦朧とする中ではあったが、僕は仮面に取り付けられている遠隔会話機能を作動させる。

 

「猛先生。この辺の敵の殲滅、終わりましたよ。救助の方も良い感じです」

『そうか。頑張ったな』

「休んでも良いですか? もう体力があれなんですけど」

『ゆっくり休め。後は俺が片付ける』

 

後は任せるとしよう。誰よりも心強い、僕らの先生に……。




シールドアームは手首から先が盾になった感じです。
原作でハジメ君の目はあれでしたね。と、言うことは……。


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清水sideその4

一度こっちを挟みます。


「ライダーパンチ! そこだ、大車輪投げ!」

「な、何故なんですか。データと全く一致しない!?」

「そんな無駄口を叩く暇があるのかな?」

 

冗談は程々にしてくれ。そう思いながら幸利は隙を見せている神の使徒を次々と狙撃していく。

 

たった二人で使徒の大軍を相手取ってるのに、全く焦りも危険も感じない。そんなこの状況に、幸利はただ困惑していた。

 

姿形は尊敬している本郷猛と全く変わらないのだが、隼人の戦闘スタイルは猛と大幅に異なっている。

 

猛は基本的にその場にある物を全て駆使する超技巧派だ。石があればそれを投げて牽制に使い、岩石を使って必殺の一撃とする事もある。改造人間としての超人的な身体を存分に活かした格闘術も強力無比であるが、それ以上に身体スペックをフルに活用した型に捉われない戦闘術が脅威となっている。

 

対して隼人の戦闘スタイルは、己の身体一つのみを信じて戦い抜く、生粋の拳闘家スタイルだ。だが、脳筋に突っ込むだけではない。ジャーナリスト活動で培った多角的な視点を用い、常に相手の隙をいやらしく突く。だから通用するのだ。

 

また、彼は猛よりも先天的な格闘能力が高い。単純なパンチやキックなら、猛よりもより深く鋭く急所に突き刺せる技能を彼は持っている。

 

そして最後に、隼人は感情の起伏が非常に激しい。怒りや悲しみの強さが猛以上に己の力に変換される。だから強い。特に今の隼人は強い。猛とはまた別なベクトルではあるが、彼も強い。

 

「そこだ! ライダー返し!」

「くっ、〝劫火ろ〟……」

「させん、ライダーチョップ!」

 

一体、また一体と叩き潰していく隼人の姿はまるで雷神だ。猛が風神で、隼人が雷神。そんなどうでも良い事を考えられるぐらいに余裕があるため、激戦を予想していた幸利は拍子抜けした表情を浮かべていた。

 

一応、隼人の死角に居ると思われる使徒に狙撃を行ってはいるが、正直仕事が少なくて暇してる。

 

だって隼人。足場のない空中でも活動するために、使徒の頭を踏み潰しながら移動しているのだ。何もしなくても数が減ってくので、働かなくても良いんじゃね? と思い始めている幸利。

 

「やっぱ仮面ライダーって強すぎるわ。先生も、あの人も……」

 

彼のボヤキは、隼人の強烈な咆哮によって搔き消された。

 

「どうした、こんな物か!」

「生意気をっ。その余裕、すぐに捻じ伏せてやります!」

「三人、集束をっ。残りは続きなさい!」

 

二重、三重と姿をブレさせながら隼人に猛迫し、何としてでもその命を刈り取ろうとする神の使徒。デフォルトであるはずだった無表情はもうない。

 

使徒は必死だった。目の前に立ちはだかる巨大な山に目を奪われ、その山の陰から死の弾丸を放っているもう一人のイレギュラーが存在する事に気が付かないぐらいには。

 

〝限界突破〟に似た能力を発動させ、牽制の魔法を撃ち込みまくり、何としてでも隼人の動きを止めようとする使徒であったが、まず一人の首が爆ぜた。

 

唖然とする使徒の瞳には、全身から蒸気を立ち昇らせた隼人が映っている。

 

「ならば此方もフルパワー。全力で行かせてもらおうか!」

 

瞬間、使徒の視界から隼人の姿が消えた。

 

使徒は何が起きたのか全く分からなかったが、幸利だけはたった今起こった出来事を理解する。

 

「加速装置か……!」

 

猛と比べると、魔法が使えないので能力がどうしても劣ってしまう隼人。しかし自前での強化だけでも十分に使徒に対応可能だ。

 

特に怒りに燃えている状態なら、千や万の使徒を全滅させるぐらい朝飯前である。

 

次から次へと使徒の首が爆ぜ、ボロボロと地上へ落ちていくその光景は、かつて神の使徒と激闘を繰り広げた解放者なら度肝を抜いて気絶するだろう。

 

「まあ、念の為援護はしとくか」

 

必要はないだろうけどと内心では思いつつも、万が一をケアするためにも幸利は狙撃を続ける。

 

途中、何体かは幸利の存在に気が付いて特攻を仕掛けたが、無造作に振るわれた手から放たれる闇属性魔法で一瞬視界を失い、その隙に脳天を撃ち抜かれて絶命していった。

 

隼人よりは劣るとは言え、彼もまたオーバーテクノロジーを満載に積み込まれた強化服を着ている仮面ライダー。魔法とハジメお手製の武器が使える分、隼人よりも戦略の幅があるのも大きい。

 

幸利が着実に神の使徒を撃墜し、隼人が何百体と屠っていったため、ものの数十分で周辺に浮かんでいた神の使徒は地へと堕ちていった。

 

「これで最後だ! ライダー二段返しぃぃぃい!!」

 

ズゥドオオオオオオン!!!

 

「隕石かな? ま、念の為数発はぶち込んどくかぁ」

 

ズガアアアン!

 

最後に残った使徒も無事地面に叩き付けられ、更に幸利に眉間を数発拳銃で撃ち抜かれ。とうとう全滅してしまった。

 

「ふう。取り敢えず俺の手が届く範囲は全滅したかな? 向こうの方では本郷が戦ってるみたいだが……まあ、大丈夫か。本郷だし」

 

あれだけの殲滅戦をやっておきながら息一つ乱さずに地上に降り立った隼人を見て、幸利は大きな溜息を吐く。

 

「全滅も何も、ぺんぺん草すら残らん勢いでぶちのめしてたじゃねえか。正直ビックリしてる」

「お、急に何だ? 尊敬でもしてくれるのかい?」

「尊敬するのは猛先生とハジメだけだ。あんたは……何だか腹立つから嫌だ」

「おいおい、悲しい事言ってくれるじゃないか」

 

怒りの元凶たる使徒を存分に殴ったからか、隼人の顔には何時もの陽気な笑顔が戻っていた。

 

内心では隼人を尊敬しているが、それを口に出すと何だか負けた気分になりそうなので敢えて冷たい言葉を発した幸利は、急速に近付いてくる気配を感じとる。

 

もっとも、これは敵の物ではない。とても無邪気で、突き放そうにも突き放せない物だ。

 

幸利は何度目かの溜息を吐き出す。

 

「おにいちゃあああ!」

「何だ? うるっせぇ……って飛び込むなバカぐえぇ!?」

「おお、元気だねぇ」

 

猛烈な勢いで幸利に飛び付いたのは雫だ。

 

強化服を着ていながら吹き飛ばされるぐらいの勢いであったため、僅かに幸利が戦慄の表情を浮かべている。

 

尚、隼人はその光景を見て腹を抱えて笑っている。

 

「おにいちゃすごい! かっこよかった!」

「分かった、分かったから降りろ! これじゃあ立てねえ!」

 

興奮気味の雫は何を言っても幸利から離れようとしない。一層強く抱き着くだけだ。

 

やろうと思えば突飛ばせるだけの力を彼は持っているのだが、そうすると雫が怪我をしてしまいそうで、しようにも出来ない状態にある幸利くん。ただ黙ってこの状況を受け入れるしかなかった。

 

「なあ。あんた、さっき猛先生が戦ってるとか何だとか言ってなかったか?」

「ん? おお、言ったな。本郷が空に浮かびながら敵をボコボコにする姿が見えたんだよ。ま、あの調子なら三分ぐらいで終わるだろうけどな」

「うわあ、さっすが先生」

「アンドロイドの身体ならもっと強そうだけどなあ……」

「へえ、アンドロイド……は? アンドロイド?」

「あれ、知らなかったのか? 本郷は一度死んで、その後はアンドロイドの身体を使って戦ってたんだぞ」

「……詳しくは知らなかった。あんたは何処まで知ってる?」

「知るも何も、本郷を殺した原因を作ったのは俺だが」

「はあ!?」

 

驚愕で目を見開く幸利を不思議そうに雫は見つめる。

 

一度死んだ事は知っていたのだが、アンドロイドの身体で活動してた事までは聞かされていなかったので、その話を詳しく聞きたい衝動に幸利は駆られる。

 

隼人はそんな幸利の顔を見て何かを悟ったのか、肩を軽く竦めて口を開いた。

 

「折角だし話そうか。俺と本郷の関係性を。それと、彼奴の一度目の生涯を」

 

猛が未だ戦いを繰り広げている最中、こっちの二人は呑気に会話に花を咲かせるのだった。




本郷、一文字のダブルライダー共闘はいつかやります。
ライダー二段返しを採用した理由は、かつて本郷さんもやってたけど本家本元はこっちだからね! と言いたくて採用しました。

すっごい余談的なお話なんですが、一文字さんは感情の起伏次第では本郷さんと互角になる可能性があります。流石に魔法有りだとキツイですが、徒手空拳オンリーなら五分になります。ま、本郷さんに怒るなんてないんですけどね。

次回、使徒侵攻がひとまず決着します。


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第四十二話 吹き荒ぶ風

使徒侵攻自体はここでケッチャコ……決着でします。


終わったようだ。ハジメの方は。

 

気配が一つ途絶えたので、ハジメは無茶をした反動で気絶したのだろう。声の調子もかなり弱々しかったので、相当の手傷を負ったと見える。

 

この数の神の使徒を相手に、彼も良く戦ってくれた。初見の強力な相手だったはずだが、それでも数十体撃破してるのだから大金星だ。

 

もう、無能と呼ばれてバカにされるハジメは存在しない。

 

 

「さて、此方もそろそろ終わらせるとしようか」

 

残りは五体。ついさっきまで殲滅していた神の使徒とは違い、白金の光を纏っている。一般の使徒とは段違いの力を保持しているようだ。

 

多分、平常時は二倍程度の力。其処へ更にバフを乗せており、全ステータスがおそらくは六万を超えている。

 

「第一の使徒エーアスト。神敵に断罪を」

「第二の使徒ツヴァイト。神敵に断罪を」

「第三の使徒ドリット。神敵に断罪を」

「第四の使徒フィーアト。神敵に断罪を」

「第五の使徒フィンフト。神敵に断罪を」

 

だが、それだけだ。

 

どんなに強くても。どれだけの力を持っていようとも。君達には一つ、決定的な物が欠けている。

 

欠けている限り、俺には勝てない。ハジメにも、シアにも、誰にも。人間には勝てやしない。

 

経験を糧にして成長を続ける人間に、経験をそもそも得ないでその場に留まり続ける神の使徒が勝つ道理なんぞ、何処にもないのだ。

 

「大自然が遣わした正義の使者仮面ライダーが相手になろう」

 

風車が回り、この戦闘で蓄積した風力エネルギーが解放された。

 

複眼が光り、全身から蒸気が立ち昇り、筋肉が膨張していく。理性を保ったままの状態で発揮できる限界の寸前まで、己の力が引き出されていく。

 

「十秒だ」

「……何ですって?」

「十秒で貴様らを片付ける。これ以上時間を掛けてはいられないのでな」

「冗談を。幾ら強大な力を持つイレギュラーでも、真の神の使徒相手ではその夢は実現しません」

「これまでの戦いから、今の貴方の力のデータを完全に回収し、共有しました。そのために幾万の使徒が犠牲になりましたが、それも必要経費と言う物でしょう」

「貴方に勝ち目はありません。我々は我が主直々に力を与えられた真の神の使徒」

「地に這い蹲りなさい」

 

言ってくれるじゃないか。

 

今回の戦闘で使っているのは徒手空拳と銃術。後はベルトのブースターぐらいだ。

 

残されているのは加速装置。これまでの戦闘データを収集しているなら、加速装置込みでの俺の力もある程度は把握しているに違いない。まあ、今回に限っては稼働時間を優先してるので加速装置の出力は絞ってるが。

 

だが、甘いのだ。データに縋ってる間は、俺に触れる事は不可能。

 

そもそも、魔法まで使って力を出している俺の姿を奴らは見た事がない。

 

「甘い。貴様らのデータとやらには、まだズレがある」

 

ブースター起動。加速装置オン。人工筋肉活性化。

 

そして……

 

「〝覇潰〟」

 

自身の能力値を三倍に引き上げる〝限界突破〟の上位互換である〝覇潰〟。これを使用すれば、自身の全ての能力値を五倍に引き上げられる。

 

これでも全力には程遠いが、戦闘の早急な終結をするためにも使用を決意した。

 

〝縮地〟と〝空力〟を駆使して一歩を踏み出す。

 

ドパアン!

 

「き、きえっ」

「ライダーチョップ」

 

ガードすら許さない一撃。咄嗟に振り翳したであろう大剣を易々と貫き、手刀はたった一発で使徒の身体を真っ二つに寸断した。

 

残りは四体。白金の輝きを一層強くしているが、その努力はすぐに泡と化す。

 

音の無い踏み込みで距離を詰めて後ろに回り、呆気に取られている使徒の頸椎をバキリとへし折った。念の為に心臓にも拳を放って確実に命を絶ち、地面に向かって蹴り捨てる事で処理。

 

あと三体。

 

「くっ、〝聖絶〟!」

「障壁が役に立つとでも思ってるのか?」

 

展開された障壁を肘鉄で粉砕。更に右足を釘の様に打ち込み、遥か彼方まで吹き飛ばす。

 

そして蹴る際に生まれた反動を移動エネルギーへ変換して宙返りと半分捻り。真後ろから強襲を仕掛けようとしていた使徒の方をクルリと向く。

 

――ライダー反転キック

 

不意を突かれる形となったため、使徒は何の反応も出来ずに蹴りを真面に受けた。

 

「そ、そんなっ。ありえ――」

「終わりだ」

 

消し飛んだ使徒を呆然と見つめる最後の使徒。確か、エーアストと名乗っていたか。

 

まあ、名前なんてどうでも良い。今から滅びゆく神の傀儡人形の名前なんぞ、いちいち覚えるつもりは最初から無い。

 

エーアストの両腕を掴み、横へ幾度も回転をしながら天へと上がっていく。

 

そして天へ昇る度にエーアストを上に上にと持ち上げていき、発生した竜巻と共に彼女を彼方へと投げ捨てた。

 

猛烈な回転によってエーアストの四肢が千切れていく。手、足、首。全てが胴体の元を去り、それぞれ違う場所へと吹き飛ばされ、そのまま地面にグチャア! と凄まじい粉砕音を立てて叩き付けられた。

 

――ライダーきりもみシュート

 

敵、殲滅。任務完遂。

 

終わった。出鱈目な数ではあったが、皆の協力もあり無事に全滅させられた。

 

「……戻るか」

 

眼下の町を見れば、ボロボロではあったが人々の悲鳴は聞こえなくなっている。香織達が頑張ってくれたのだろう。

 

そう言えば、ハジメは疲労から倒れたんだった。早く様子を見に行った方が良いだろうか……。

 

『せ、先生、聞こえてる? 聞こえてたら返事して!』

「恵里か? どうしたんだ、急にハジメの無線使って」

『ハジメがっ、ハジメの左目が潰れてる!』

 

……何だって!?

 

左目が潰れてると言ったのか、今。最後の通信の時、彼から微塵もそんな様子は感じられなかったのだが……え、ウソだろ?

 

だとしたら、ハジメは左目が一切見えない状態で複数体の使徒と殴り合ってたのか?

 

「恵里、香織は近くに居るのか?」

『香織が回復魔法を魔力切れになるまで使ってくれて、それでもダメで……!』

「そうか、本格的にマズいな……」

 

目の潰れ方にもよるだろうが、最上級レベルの癒術師であっても治せないとなれば、それは相当に深い傷だ。

 

早急に手立てを打たねばならない。

 

恵里達の気配を探し当てて向かいつつ、脳を全力で回転させて策を練る。

 

酷い潰れ方をしているのは確実。摘出を行い、かつ義眼か代わりの目を見つけて移植しなければならないだろう。

 

出血も相当だと考えられるため、義眼を製作するにしても代わりの目を見つけるにしても早くしないといけない。

 

地上には仰向けに寝かされているハジメ。その周りに香織達。

 

成程、恵里が言ってた通り、ハジメの左目はメチャクチャに潰れてしまっている。出血も酷い。生きてるのが不思議なぐらいの潰れ方だ。

 

彼は仮面を付けていたはず。それでも目が潰される程の一撃を受けたと言う事になる。

 

改めて、神の使徒の持つ力は普通に見たら強大なんだと認識させられた。

 

俺は……仕方がない。身体から違うのだから。

 

「先生、ハジメはっ」

「すぐに手術だ。このままだと死んでしまう」

 

思ってたよりも状態が悪い。義眼を作る時間が勿体無いと思えるぐらい酷い状態だ。

 

代わりの目は……緊急事態だししょうがない。その辺に転がってる神の使徒の残骸から頂戴するとしよう。

 

「香織、すぐに外泊セットを出してくれ。そこで手術をする。それとシア。お前は肉体の損傷が比較的軽い敵の遺体を持って来てくれ。目を摘出して移植する」

「はいですぅ! すぐに持ってきますね!」

「恵里、ユエ、心配だろうが信じてくれ。必ずハジメを救ってみせるからな」

「……うん。絶対、絶対に助けてね」

「んっ」

 

強靭な肉体をハジメが持っているとしても、タイムリミットは迫っている。時間にして一日が限界だろう。

 

使徒の目がハジメの身体に定着するかは分からないが、つべこべ言わずにやるしかない。義眼を作っていたら、製作最中に彼があの世へ逝く。

 

ハジメを救うためにも。そして、恵里とユエの笑顔を守るためにも。俺は久方振りの手術の準備を始めるのだった。




設定集の方を少し更新しました。色々ツッコまれるのは承知の上です……


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第四十三話 目覚め

結構な数の視点移動があります。最初は三人称中盤に猛さん視点、後半はハジメくん視点です。


ハジメは夢を見ていた。

 

何もない真っ黒な空間にただ一人立つ、とても悲しい夢を。

 

寂しい風。胸の奥が締め付けられる風。頬に感じ、ハジメは顔を顰めた。

 

「此処は……」

 

何もない。誰も居ない。ただ暗闇のみが広がる空間。とても良い気分になれるような場所ではない。

 

早くこの空間から抜け出したいと思ったハジメは、適当に真っ直ぐ歩いてみる。

 

真っ暗闇ながらも足場はしっかりとあるようで、コツコツと足音を鳴らしながら前へ進む。

 

すると、目の前が急に明るくなってきた。

 

「何これ、暖かい……」

 

花があり、蝶が舞い、人々の笑顔のみが存在している。そんな気がして、ハジメは更に前へと進もうとした。

 

しかし、そんな彼の腕は誰かによってガッシリと掴まれ、ハジメは身動きが取れなくなる。

 

「誰ですか?」

 

振り向いたその先に居た人物。それは……

 

「え、貴方……何処かで会いましたか?」

「……ダメだよ。君はまだ、こっちに来てはいけない」

 

見覚えのある男だった。実際に会った事はないけれど。誰かに顔が似ている。そうハジメは感じ、剣呑な雰囲気を収めた。

 

こっちに来てはいけない。その言葉の意味が分からず、首を傾げたハジメに男は微笑む。

 

「娘が世話になってるね。これからもよろしく頼むよ」

「え、あ、はい」

「ほら、もう行きなさい。娘が待ってる」

 

ハジメの視界に、一気に光が広がっていく。同時に意識も消えていく。まだ話したい事があるのにと藻掻くが、無情にも彼の意識はブツリと途絶えてしまった。

 

空間には、笑みを浮かべた男だけが残された。

 

「僕が恵里を愛せなかった分、君に全てを託すよ……」

 

涙を流しながら。

 

──────────────────

 

「……はっ!?」

「お、やっと目が覚めたか」

 

手術が無事終了してから一週間。やっと目を覚ましたハジメに安心感を覚える。

 

何故かすぐには目を覚まさず、時折心臓が止まったり脈がおかしくなったりと、まあ随分とひやひやさせられた。

 

恵里の顔色も日に日に悪くなってたので、もうそろそろ起きて欲しいと思ってた所だった。もう見てられないぐらい酷い顔をしてたよ。

 

「先生……? あれ、あの空間は……」

「どうした、悪い夢でも見たのか?」

「……いえ、悪い夢ではなかったと思います。二度と会えないはずの人物とお話が出来たので」

 

誰と話したのかは分からない。ただ、悪夢ではなかったようだ。

 

眼帯の下に輝いているはずの左目も特に問題なさそうだ。拒絶反応が出たら色々と厄介だったので、それがなくて一安心である。

 

後はそうだな……半ば死んでる恵里とユエを一刻も早く生き返らせてもらいたい。

 

「恵里とユエを呼んでくる。説明は後でちゃんとするが、取り敢えず簡潔に。お前の左目は他者から移植した物になった」

「移植、ですか」

「ま、追々な。それよりもあの二人を早く安心させてやってくれ」

 

隣の宿泊セットで寝泊まりしてる恵里とユエを呼びに、俺は部屋を出た。

 

この一週間、本当に大変だった。恵里は取り乱して気絶するまで泣くし、ユエは食事が一切出来ないぐらいにまで体調を崩すし、ハジメは何度も生死の境目を彷徨うし。

 

香織は香織で随分と負荷を強いてしまい、今はシアが付きっきりで看病している。町の復興を手伝いつつも看病を引き受けたシアには後で何かお礼をしなければなるまい。

 

しかし、ギリギリではあったがハジメを救えた。左目に移植した使徒の目は幸いにも拒絶反応を起こさずに定着しており、問題なくこれまで通り視界を確保できるはずだ。

 

長い間寝ていたので、ハジメは体的にはすっかり元気だ。そんな彼の姿を見れば、半死状態の二人もすぐに帰って来てくれると信じている。

 

「恵里、ユエ、起きてるか? ちょっと報告があるんだが」

「……先生か。何、報告って。ハジメ絡み?」

「んぅ……」

 

おお……昨日よりも顔色が悪くなってるじゃないか。

 

人は精神を病むと顔に出るのだが、恵里とユエは特に分かりやすい。恵里の目には光が宿ってないし、ユエも頬が瘦せこけてしまっている。

 

「ハジメ絡みだ。それも吉報だぞ」

「吉報……」

「んっ」

「ハジメが目を覚ましたぞ。ついさっきな」

 

刹那、ガバリと恵里が身を起こした。

 

俺の横を物凄い速度で通り抜け、ハジメが寝ていた部屋まで一直線に突撃していく。さっきまで今にも死にそうな顔してた人間の動きとは思えない。

 

ユエも恵里に続いて俺の横を駆け抜けていった。あの様子じゃ、部屋の戸をぶち壊しながらハジメの胸元に飛び込むつもりだろう。

 

本来なら止めるべきだろうが、手術から時間はかなり経過しているし、何よりあの勢い止められる気がしないし。このまま放置だ。

 

軽く数時間はハジメは動けないだろうし、俺は香織の看病の手伝いをしに行くとしようか。

 

──────────────────

ハジメside

 

ドタバタと外が騒がしい。愛する人達の気配が近付いているので文句は言えないが、もう少しだけ静かにして欲しいとも思う。

 

だって僕、これでも一応怪我人だし……。

 

「ハジメ!」

「おにいちゃっ」

「ぐへぇ!?」

 

扉を破壊するぐらいの勢いで飛び付いてきた恵里とユエ。肋骨から悲鳴が上がり、情けない声を漏らしてしまう。少しは遠慮と言う物を知ってくれ。

 

……いや、心配を掛けてしまったのだから、このぐらいは寛容しないとダメか。

 

彼女達の想いをかなり甘く見ていた。

 

特に恵里。大切な人を失うトラウマを既に抱えていると言うのに、今回の自殺にも近い僕の行為はそのトラウマを穿り返している。

 

完全にやってしまった……。

 

「バカッ。バカ、バカ、バカァ! あのまま死んじゃったらどうするつもりだったの!?」

 

何も言い返せない。生きて帰るつもりではあったが、戦場では何が起こるか分からないのが常。死んでしまっても不思議ではない。

 

ましてや、あれだけ強力な敵とやり合っていたなら何時死亡してもおかしくないのである。

 

今回生き残ったのは、ただ運が良かった、それだけなのだ。

 

「ごめん、恵里」

 

こうして謝る事しか出来ない。恵里とユエを、そしてこの場には居ない幸利を独りにしてしまうかもしれなかった事を。死ぬのも承知の上で戦いに行った事を。

 

僕の命は、もう僕だけの物ではない事をしっかりと覚えておかねばなるまい。

 

「心配したんだから。もし起きなかったらどうしようって。目が見えなくなってしまったらどうしようって……!」

「恵里……」

「もう会えなくなったらと考えたら、一睡も出来なかった。先生からハジメの容態を聞く度に心臓がおかしくなりそうだった。ハジメが死んじゃったら、私はどうやって生きれば良いのか分からないよ……」

 

恵里は僕の胸の中に顔を埋めて泣き出してしまった。この数日間、流そうにも流せなかった涙。存分に流させてあげよう。

 

昔したように彼女の背中を撫でる。

 

少しの間そうしていると、不意にユエが僕の服の裾をチョイチョイと引っ張ってきた。

 

何事かと思ってユエを見ると、彼女もまた目に涙を浮かべている。

 

「……めっ」

「ごめんよ。君にもこんな思いをさせてしまった。僕、自分の命がどれだけ多くの人に影響を与えているのか理解してなかった」

「きをつける?」

「うん。もうあんな事はしないって約束するよ」

 

守るために命を燃やすのは変わらない。でも、限度をしっかりと見極めないといけないな。

 

「……わたしもなでて」

「わ、分かった。何だか沢山喋れるようになったね」

 

金糸の様なユエの髪を撫でると、彼女はすぐに瞼を落として眠りに落ちてしまった。

 

恵里は一睡も出来なかったと言っていた。もしかしたら、ユエも全く眠れていなかったのかもしれない。

 

ふと気が付くと、恵里も寝息を立てて瞼を落としていた。安心して糸が切れたのだろう。結構無理な体勢ではあるが、特に問題なく熟睡している。

 

ベッドの下で寝ているユエを抱えて左隣に、恵里は位置をずらして右隣に置き、三人川の字で寝るような体勢を取った。

 

もぞもぞと寝返りを打った恵里は、起きている時と遜色ない動きで僕の腕を抱き枕にした。ユエは足を絡め、意地でも離れまいとしてくる。

 

動けない。動けないが、これも僕が引き寄せた罰だ。甘んじて受け入れよう。

 

人肌に包まれ、眠気を再度催した僕は、そのまま眠りに落ちていくのだった。

 




登場した男の人がすぐに誰なのか分かったら原作をしっかり読んでいる証拠だと勝手に思っています。

今回でライセン大迷宮編はお終いです。次回からは章が変わります。フューレン支部へ出向く章ですが、当然一筋縄ではいきません。ショッカーの魔の手は世界中に伸びてますので。また、既に湖畔の町ウルに滞在している幸利くんにも注目です。


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第四十四話 意外な人物からの手紙

何か結構早く描けました。


ハジメの意識が戻ってから一週間が経過した。

 

最初の頃は変わった目の感覚に慣れず、日々疲労していたハジメであったが、今ではすっかり馴染んで前とほぼ変わらない生活を送れている。

 

ただ、使徒の目を移植したと言う事もあって、ハジメの身体には大きな変化が起こっていた。

 

これが現状のハジメのステータスだ。

 

==================================

南雲ハジメ 17歳 男 レベル:???

天職:錬成師

筋力:13500 [最大値:20250]

体力:15000 [最大値:22500]

耐性:17500 [最大値:26250]

敏捷:16000

魔力:12100

魔耐:12100

技能:錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+イメージ補強力上昇][+鉱物系探査][+複数錬成][+遠隔錬成][+圧縮錬成][+高速錬成][+自動錬成][+想像錬成][+錬金術]・右腕強化・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作]・胃酸強化・纏雷・天歩[+空力][+縮地][+豪脚]・痛覚耐性・風爪[+三爪]・夜目・遠見・気配感知・魔力感知・気配遮断・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・金剛・威圧・念話・分解能力・生成魔法・重力魔法・言語理解

==================================

 

軒並みステータスが上昇しているのにも驚いたが、それ以上に新しく増えた能力の方に俺は目が行った。

 

分解能力。これは、使徒が攻撃する際に標準装備していた超強力な能力だ。触れた物体を基本は何の抵抗も許さずにこの世から消し去ってしまう。俺が制作してハジメが身に着けていた仮面も、使徒の攻撃によって左目周辺が消し飛んでしまっている。

 

この能力に気が付いたハジメは早速実践してみたのだが、左手で能力を行使するのが限界だったらしい。

 

左目に一番近いと思われる左手で使うのが精一杯。その旨を少し落ち込んだ様子のハジメから報告を受けた。

 

「カセットアームに能力の付与が出来ない」と落ち込むハジメであったが、俺は丁度良いのではなかろうかと考えている。

 

その理由は、これまで右腕の補助でしかなかった左腕でも十分に戦えると踏んだからである。右腕は従来通りカセットアームで戦いつつ、左の間合いに入った敵には分解能力を付与した鉄拳をぶつければ、ハジメの戦闘能力はこれまでの数倍以上のレベルにまで仕上がるだろう。

 

純粋に隙がなく、しかも常に凶悪な初見殺しを仕掛けられるハジメとはあまり戦いたくない。

 

俺の見解を聞いて元気を取り戻したハジメだったが、すぐに恵里に落ち着くように諫められてた。

 

「無理したらダメだからね」

 

圧が物凄かった。ハジメは勿論だが、俺も全く動けなかった。愛する人を守るためなら鬼にもなれるのは、どうやらハジメだけではなかったらしい。

 

と、まあ色々とあったが「良い思い出」で何とか済ませられるだろう。

 

何だかんだで結構な期間滞在していたブルックの町であったが、其処ともお別れする時が来た。

 

「おや、全員で来るのは珍しいね?」

「どうも、キャサリンさん。実は明日にでもこの町を出ようと思ってるので、最後に挨拶でもしようと思いまして」

 

現在俺が居るのは何時ぞやの老婆……基キャサリンさんが受付嬢をする冒険者ギルドだ。

 

使徒の襲撃を受けてから一週間。壊された町もかなり復旧が進み、活気が大分戻って来ている。その様子がギルド内からも見受けられた。

 

「そうかい、寂しくなるねぇ。町を救った英雄御一行がこの町を去ると知ったら、きっと物凄い事になるんじゃないかい?」

「英雄だなんて。僕は出来る限りの事をしただけですよ。英雄だなんて大袈裟な称号は似合いません」

「相変わらず謙虚な男だねぇ。ま、そんな姿勢があんたの人気の秘訣なんだろうけどね」

 

キャサリンさんには随分とお世話になった。使徒を追い払った事で揉みくちゃにして来た群衆を一声で黙らせ、更に気を利かせてギルド内にある宿泊施設のVIPルームを使わせてくれたのだ。

 

御蔭でハジメ達はゆっくり療養が出来たし、俺は重力魔法の鍛錬に集中する事が出来た。

 

「さ、雑談はこの辺にしておこうか。実はあんた宛に届けられた手紙があってね。次会ったら渡そうと思ってたんだ」

「手紙ですか?」

「ほら、これだよ」

 

キャサリンさんから受け取った手紙の封筒には、見覚えのある筆跡で書かれた文字がある。

 

「これは……」

「猛さん、どうしたんですか?」

 

封を開けて手紙を読み、目を見開いた俺を見た香織が心配そうな表情を浮かべていた。

 

手紙の内容はこうだ。

 

中立商業都市フューレンで活動している者が、ショッカーの主要基地らしき何かを発見したと言うのである。どうやら巨大な人攫い組織と結託しているらしく、基地に潜入した男は幾人もの人間が売られては改造されていく様子を目撃したらしい。

 

あまりにも巨大であり、とても一人では潰しきれない事から、俺に対して救援を要請すると言う旨の手紙だった。

 

この基地を見つけ、更に手紙を書いた男の名は……

 

「敬介だな、この手紙を書いたのは。あいつもこの世界にやって来ていたのか」

 

神敬介。またの名を、仮面ライダーX。GOD機関と激闘を繰り広げたカイゾーグである。

 

てっきり海の方に居るのかと思っていたのだが、その予想は外れたらしい。

 

しかし、こうやって主要基地らしき物を見つけてくれたのは有り難い。救援要請を無下にも出来んし、これはしっかりとフューレンまで行くべきだろう。

 

「キャサリンさん。フューレンにこれから行こうと考えてるんですけど、其処に行く依頼はありますか? 冒険者らしく依頼を受けようと思うんですけど」

「う~ん、おや。ちょうどいいのがあるよ。商隊の護衛依頼だね。ちょうど空きが後一人分あるよ……どうだい? 受けるかい?」

「ええ、それで頼みます」

「あいよ。先方には伝えとくから、明日の朝一で正面門に行っとくれ」

 

依頼書を受け取り軽く一礼。とんとん拍子で話を進めたので香織が困惑しているが、彼女もしっかりと礼をした。礼儀がしっかりとなっている。

 

そんな俺に、キャサリンさんは懐から更にもう一通の手紙を取り出して手渡して来た。

 

「これは?」

「町を救ってくれたサービスみたいなもんだよ。あんた達は何か抱えてそうだし、他のギルドで揉めるかもしれないからね。もし他の町でギルドと揉めた時は、その手紙をお偉いさんに見せな。少しは役に立つかもしれないからね」

 

手紙一つでギルドのお偉方に影響を及ぼすだと……?

 

「ありがとうございます。あの、キャサリンさん。貴女は……」

「おや、詮索はなしだよ? いい女に秘密はつきものさね」

「わ、分かりました。これは有り難く受け取りますね」

「素直でよろしい! 色々あるだろうけど、死なないようにね」

 

謎多き、片田舎の町のギルド職員キャサリンさん。俺達は、そんな彼女の愛嬌のある魅力的な笑みと共に送り出された。

 

その後、俺はシアが世話になったと言う洋服屋やマサカの宿にも顔を出し、今日でお別れだと言う旨を伝えた。

 

曲がりなりにも英雄と呼ばれているのもあってか、その日の夜ご飯は町中の人々を巻き込んだ大晩餐会となり、大いに盛り上がったのだがその様子は割愛する。

 

ただ、これはだけは言いたい。心温まる人々ばかりであり、俺は感動したよ。

 

晩餐会の最中に今後の予定を全員に伝え、ついでに敬介の事を話したらハジメが大いに驚いたのも割愛する。そんなに仮面ライダーが存在しているのがビックリしたのだろうか……。

 

 

そして翌日早朝。

 

 

正面門にやって来た俺達を迎えたのは商隊のまとめ役と他の護衛依頼を受けた冒険者達だった。どうやらハジメ達が最後のようで、まとめ役らしき人物と十四人の冒険者が、やって来た俺達を見て一斉にざわついた。

 

どうやら、俺達がやった事はかなりの範囲で広まっているらしい。

 

「お、おい。まさか最後の護衛者って英雄御一行様なのか!?」

「マジかよ! 嬉しさと恐怖が一緒くたに襲ってくるんですけど!」

「オーラから違いすぎて気絶しそうなんだが? 特にリーダーらしき男。あれヤバいだろ……」

「迫りくる幾万の襲撃者をたった一人で撃滅したらしいぞ?」

「マジでぇ!?」

「見ろよ、俺の手。さっきから震えが止まらないんだぜ?」

「いや、それはお前がアル中だからだろ?」

 

……まあ、フランクな雰囲気ならやりやすい。一々首を突っ込んで言葉を放つのも面倒なので、言いたいだけ言わせておこう。

 

微妙な表情を浮かべて近寄ると、商隊のまとめ役らしき人物が声をかけた。

 

「君達が最後の護衛かね?」

「ええ。これ、依頼書です」

 

懐から出した依頼書を見せる。それを確認して、まとめ役の男は納得したように頷き、自己紹介を始めた。

 

「私の名はモットー・ユンケル。この商隊のリーダーをしている。君達のランクは未だ青だそうだが、キャサリンさんからは大変優秀な冒険者と聞いている。道中の護衛は期待させてもらうよ」

「期待は裏切りませんよ。襲撃者が来たとしても、商隊には指一本触れさせませんので。私は猛。こっちは右から香織、シア、ハジメ、恵里、ユエです」

「それは頼もしいな……ところで、この兎人族……売るつもりはないかね? それなりの値段を付けさせてもらうが」

 

モットーはおそらく優秀な商人なのだろう。首輪を見てシアを俺の奴隷だと判断したようだ。

 

だが、俺の答えは決まっている。

 

「大切な弟子なんです。そんな人を売ると思いますか? まあ、無理にでも取ろうと言うのならこの場で戦争をして良いですが……どれだけの血が流れるんでしょうね?」

「…………そこまで言われては仕方ありませんな。ここは引き下がりましょう。ですが、その気になったときは是非、我がユンケル商会をご贔屓に願いますよ。それと、もう間も無く出発です。護衛の詳細は、そちらのリーダーとお願いします」

 

俺の言葉を受け、モットーは少し顔を引き攣らせながら引き下がった。相当怖い顔をしてたと思う。ちょっと申し訳ない。

 

と、そんな風に物思いに耽っていると、不意に背中側から〝むにゅう〟と柔らかい感触を感じ、更に腕が背後から回され俺を抱きしめてくる。

 

「……師匠、ありがとうございます」

「気にするな。身内は誰にも傷つけさせはしないって心に決めてるんだ」

 

身内の中には勿論シアも入っている。彼女だって、俺からしたらかけがえのない家族の様な者だ。

 

「香織も、シアも、ハジメ達も。この手の届く範囲なら、絶対に守って見せるさ」

 

そう締め括ったのだが、何だか空気がおかしい。

 

香織もシアも顔を赤くしている。近くで聞いていた女性の冒険者も同じく顔を真っ赤にしていた。

 

……やらかしたか?




彼がフューレンに来ているのにはしっかりと理由がありますが、それはまた後ほど。


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第四十五話 夜の襲撃者

原作と違って猛さんが優しいのが印象的(なはず)の回です。


ブルックの町から中立商業都市フューレンまでは馬車で約六日の距離である。

 

日の出前に出発し、日が沈む前に野営の準備に入る。これを繰り返して早三日目。折り返し地点だ。俺達は商隊の後方を預かっているのだが、今のところは襲撃もなくのどかに前へ進んでいる。

 

基本的に襲撃してくるのは盗賊と魔物らしく、場合によっては大規模な戦闘になると聞いていたので、少し拍子抜けしてしまっていた。

 

まあ、襲撃してくる可能性があるのはショッカーの怪人も含まれる。気が抜けるのは構わないが、いざという時にはすぐに引き締め直せる範囲に留めておくべきだ。

 

折り返し地点にやって来た今日も襲撃は特に受けず、野営の準備となった。食事関係は基本的に自腹らしく、しかも超簡易な物だ。何でも凝った物を作ろうとすると荷物が増え、戦闘が発生した時に邪魔になってしまうから簡易に済ませるらしい。

 

だが、しっかりと食事をしなければいざという時に力を発揮できなくなる。

 

出来れば誰も死なずにこの任務を終わらせたい俺は、シアや恵里とも相談してこんな提案をした。

 

「皆で一緒にご飯を食べよう。料理はこっちで用意するから、しっかりと食べて英気を養ってくれ」

 

最初は半信半疑であった他の冒険者であるが、二人の作った料理を口にした途端、分かりやすく目を見開いた。

 

この二人が作る料理は絶品だ。何を作らせても必ず満足のいく料理が出て来る。

 

シアは元から一族の料理製作係を担っていたので腕は料理人クラスである。店に出しても問題ないだろうとよく話しており、ハジメ達の住んでいた世界に行ったら料理屋を開店しようと目論んでいるようだ。

 

恵里に関しては花嫁修業で培った技術を駆使して料理をするので、お店の味と言うよりかは母親の味と言うべき料理を作り出せる。口にすると何故か昔を思い出す事が多い。

 

正直言って比べられないぐらいに二人とも技術が高い。そんな二人の料理にすっかり胃袋を掴まれた冒険者達。最初は恐縮していた彼等も次第に調子に乗り始め、今では随分と賑やかな食事となっている。

 

本日の献立はシチューモドキ、ふかふかのパンを添えてである。

 

「カッーー、うめぇ! ホント、美味いわぁ~、流石シアちゃん! もう、亜人とか関係ないから俺の嫁にならない?」

「ガツッガツッ、ゴクンッ、ぷはっ、てめぇ、何抜け駆けしてやがる! シアちゃんは俺の嫁!」

「はっ、お前みたいな小汚いブ男が何言ってんだ? 身の程を弁えろ。ところでシアちゃん、町についたら一緒に食事でもどう? もちろん、俺のおごりで」

「恵里ちゃん、本当に料理が上手ねぇ。同じ女としてちょっと嫉妬しちゃうわ」

「ねえねえ、どうやったらこんなに美味しく仕上がるの? 私達に教えてくれないかな?」

「あ、私も聞きたい! 昔から料理が苦手で仕方なくて……」

 

シアは男に、恵里は女に人気のようだ。

 

事あるごとにシアを口説いている男冒険者であるが、その瞳の奥は基本曇ってない。あくまでジョークの一環であり、シアに「心に決めた人が居るんですよぉ~」と言われて撃沈するまでがセットだ。

 

恵里はちょっと困り顔が増えている。時折ハジメを見て助けを求めている。その姿が女冒険者に庇護欲を搔き立てさせるらしく、余計に質問攻めされる羽目になってるのは内緒である。

 

ちなみに香織はずっと俺の隣から離れない。ユエも人見知りを発動させてハジメの背中に隠れている。ユエはまだ分かるが、香織は別に大丈夫だろうに……。

 

「猛さんと食べたいんですっ」

 

ああ、そうですか……。

 

「先生、ちょっと助けてくれませんか? ユエがコアラみたいになって……」

「はなれたくない」

「ご飯食べにくいんだけどなぁ。ねえ、ちょっとで良いから離れたりは……」

「やっ」

「ええ~、ってか先生も見てないで助けてくださいよお!」

 

……うん、平和だ。ずっとこんな時間が続いてくれたら良いんだが。

 

虚空を見やりながら適当な事を考える。だが、世界と言うのは何時も無情である。それを俺は今更ながら理解させられた。

 

まず、のほほんとした表情を浮かべていたシアが一気に顔を引き締めた。忙しなくウサ耳を動かしているので、何かを探知したらしい。それもあまり良くない物を。

 

「師匠、北東より敵襲です! 数は百以上!」

「……魔物か? それとも怪人?」

「おそらくショッカーの怪人だと思われます。魔物にしては統率が取れすぎてますから」

 

ショッカー怪人が百以上。これだけの数の怪人と相対するのは初めてではないが、商隊を守りながら戦うとなれば難易度は段違いに跳ね上がる。

 

戦力となるのはハジメとシア。冒険者では太刀打ち不可能だ。恵里とユエも戦力になるが、二人の魔法は非常識な速度で滅茶苦茶な破壊力が出てしまうので厄介事になりかねない。

 

変身も控えたい。ハジメはただ装着するだけなので言い訳は利くだろうが、俺は肉体を変化させるため隠すのが難しい。拳銃とサイクロンで何処まで戦えるか。

 

「リーダー。貴方は商隊の死守を頼みます。そっちに飛び火しないように頑張りますが、万が一もあるので」

「え、えっ?」

「早く指示を。そして隊形を整えてください。シア、接敵まで後どのぐらいだ?」

「二十秒です。あ、それと一体の強さは大した事ないのですぐに終わらせられると思いますよ~」

 

シアが大した事ないと言えるなら大丈夫だろう。

 

敵の強さを把握した俺は殲滅までの時間を計算。ざっと二分ぐらいか。

 

ハジメは既に戦闘態勢を整えている。強化服を着て敵が来る方向を睨んでいた。早速左腕を試すつもりなのかもしれない。

 

俺はサイクロンを取り出して跨り、ツェリスカを構える。先制攻撃で出鼻を挫かせてもらおう。装填した弾薬は榴弾だ。倒せるかは分からないが、爆発で足止めぐらいは可能だろう。

 

「……見えた!」

 

ドガアン!! ドガアン!!

 

肉眼でもポツリ、ポツリと見えるぐらいの距離まで近付いた怪人集団を確認した瞬間、俺はツェリスカの引き金を引いた。

 

ヒット確認はしない。当たった、当たらないはこの際どうでも良いのである。

 

ハジメとシアが突貫するだけの時間が確保出来たならそれで良い。あの二人なら、数コンマあればキロ単位で移動可能だろうし。

 

「滅殺ですぅ!」

 

シアの鉄拳が唸る。敵の三割ぐらいは戦闘員らしく、シアの振るった拳が巻き起こす風によって四肢を飛ばされて場から消えている。

 

通常の怪人も居るが、成程。確かにシアの言う通り、其処まで強くはないようだ。合成怪人ではないため、複雑な能力を持っている訳ではないと確信した。夜に襲撃しただけあって夜行性生物が基になってる怪人が殆どだが、まあ何とかなるはずだ。

 

裏拳、回し蹴り、正拳と繋げる連携打でシアは次々と怪人を屠っていく。

 

徒手空拳で圧倒するシア。それに対し、ハジメはカセットアームと分解能力を駆使して一挙敵を葬り去る戦法を取っている。

 

「スイングアーム!」

 

怪人への牽制と戦闘員の殲滅を兼ねたスイングアームの一撃は一瞬にして数体の戦闘員の頭を潰し、更に数体の怪人に踏鞴を踏ませた。

 

何とか搔い潜って攻撃を仕掛けようとしても、今度は分解能力が付与された左の鉄拳が飛来。近接も遠距離も隙が一切ない。

 

背後から音を立てずに近付こうとする怪人も居るが、彼の死角に回ろうとする怪人は全て俺が装甲と装甲の継ぎ目を狙撃して殺害。着実に数を減らさせてもらっている。

 

ブウゥゥゥゥウン!!!

 

「邪魔はさせないからな……っと!」

「ギイヤァァア!?」

「グペッ!?」

 

ロケットで怪人を焼き殺し、更に轢き潰し攻撃を行ってキルペースを加速。残酷な殺し方を選ぶのに躊躇はない。

 

当初の予想通り、二分弱で殆どの怪人が首を飛ばされるか、腹に大穴を空けるか、姿その物を消し飛ばされるかして倒されていった。

 

シアの拳打。ハジメのカセットアーム。そして俺の操るサイクロン。通常の怪人程度なら、これぐらいの戦力で圧倒が出来る事が分かっただけ収穫だ。

 

「ハジメ、シア、トドメだ!」

「はいっ!」

「イエッサーですぅ!」

 

ラスト三体。ハジメは蝙蝠男を、シアはネズミ怪人を、俺はフクロウ人間を相手取る。

 

サッサと決めてしまおう。後ろでポカンとしている冒険者達の魂が何処かへ飛んでいかないうちに。

 

フクロウ人間は自分の羽をミサイルの様に飛ばして来る。地面に着弾すると爆発するので、当たったら痛いでは済まないだろう。

 

だが、サイクロンの機動性があれば避けるのは容易い。

 

走りながら徹甲弾を装填し、アクセルを全開にして一気に肉薄。驚いたフクロウ人間は空へ逃げようとするが、無駄な事だ。ツェリスカの射程距離に入ってる限り、空に逃げようが地面に隠れようが関係ないのだから。

 

「墜ちろ!」

 

ドガアアアン!!!

 

一発にしか聞こえない銃声。しかし、発射された弾丸は五発だ。

 

弾丸はフクロウ男の心臓に連続で命中。そのまま地面に墜落し、息をするのを止めた。

 

さて、ハジメとシアはどうなっているかな?

 

「甘い! サマーソルトキックで終わりですぅ!」

「グゲエエエッ」

 

ネズミ怪人は鋭利な牙と爪を武器としていたらしいが、近接戦の鬼であるシアには一発で見切られたらしく、カウンターのサマーソルトキックで仕留められていた。一発で。

 

流石は兎人族。蹴り技の破壊力が尋常じゃない。

 

「あ、終わりましたね」

「ハジメか」

 

どうやらハジメも終わらせたらしい。跡形もなく怪人が消えてるので、多分だが分解でもしたのだろう。右腕がロープアームに変わっていたので、引き寄せてから左ストレートでもしたのだろうか。

 

何にせよ、特に問題も無く敵を殲滅出来て良かった。

 

出番無しとなった冒険者や、守られている商隊の人々は唖然としている。結構な数居たはずの魔物(怪人)が、ものの数分で全滅してしまったのだから無理もない。

 

見た事のない兵器を繰るのにも度肝を抜かれただろうが、それ以上に殲滅速度の異常さに驚いていると見受けられる。

 

彼らが現実に戻るまで結構な時間が必要だろうし、今のうちに俺達は寝る準備でもしてしまおうか。

 

そう思ってサイクロンを走らせて戻ると、不意に香織が「ちょっと止まって!」と言ってきた。

 

「月と猛さんとの調和性が素晴らしいんですよ! 暫くそのままでお願いします! ほら、シアも早く見て!」

「わあ、すっごいカッコいいですぅ! 月明かりに照らされる師匠の武器が良い味を出してますねぇ!」

「いや何言ってるの?」

 

少しは自重しろ。恵里やユエみたいに……って、二人も似たような事を言ってるじゃないか。

 

「ハジメ、ちょっとストップ。カッコいいから」

「え、ええ? 早く元に戻りたいんだけど……」

「ダメ。十分ぐらいそのままで」

「んぅ!」

「ユエは止めてよぉ!」

 

頼むから自重してくれ。他の人々が置いてきぼりにされてる。ちょっと可哀そうだぞ。

 

この後に起きるであろう大混乱に対する面倒臭さと、自重しない女性陣への呆れから、それはもう深い溜息を俺は吐き出した。

 




次回、フューレンであの人と再会。


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第四十六話 夜叉姫

お待たせしました。


怪人の襲撃から三日。その後は特に襲撃を受ける事もなく、俺達は無事に中立商業都市フューレンに到着した。

 

襲撃を数人で撃退した事もあってか、あれからの旅はこれまで以上に騒々しくなったのは良い思い出である。

 

ずっと冒険者に構われていた面子に加え、ハジメも多くの女性に言い寄られていた。その度に恵里の表情がストンと抜け落ちるので、俺はかなりヒヤヒヤしていたのは内緒だが……此れも今となっては良い思い出の一つになったと言えるはずだ。

 

ちなみにハジメの強化服だが、同行していた商人がかなり口煩く「売ってくれ」と取引を持ち掛けてきた。初日にも会話したモットー曰く、

 

「強化服が量産が出来たなら、来るべき魔人族との戦争も有利に進むのです。そのための試作品として是非譲って頂きたい」

 

……との事である。

 

当然、強化服を売るつもりのない俺とハジメは再三に渡って断った。

 

ハジメは真っ向から「大切な人を守る為の力なんです」と言い切って出鼻を挫き、俺が「兵器量産の足掛かりになるつもりはない」とバッサリ切ったので、やがて商人達も諦めていった。モットーだけはしつこく交渉して来たが。

 

兵器量産によって起こる悲劇を知ってる俺が何度も何度も断り、最終的にはほんの少しだけ殺意をぶつけた事で、モットーも漸く諦めてくれた。

 

さて、少々暗い話題はこの辺りにしよう。

 

フューレンの東門には六つの入場受付があり、そこで持ち込み品のチェックをするそうだ。列に並んで持ち込み品検査を終え、門を通された俺達。証印を受けた依頼書を持ち、俺達はフューレンに足を踏み入れた。

 

手紙に書いてあった集合場所である冒険者ギルドへ入り、依頼達成の報酬を受け取ってからギルド内のカフェを見渡す事数分。

 

「お、見つけた」

 

少し長めのサラッとした短髪。ガタイの良い肉体。鋭さと柔和さを兼ね備えた瞳。

 

彼で間違いない。俺に救援要請をして来た男は彼だ。

 

「敬介」

 

席に座ってコーヒーを飲んでいた男は、俺の声を聞いて顔を上げた。

 

「本郷さん、お久しぶりです!」

 

神敬介。仮面ライダーX。GOD機関を叩き潰し、その後も戦い続けた俺の兄弟。

 

彼と会うのも実に数年ぶりだ。生身の身体で会った事はないが、彼もアマゾンや結城と同じく声だけで“本郷猛”であると認識してくれているようで安心した。

 

積もる話もある。ショッカーの基地云々の前に、少しだけ雑談の時間を取ってもバチは当たるまい。

 

そう思って敬介の対面に座ろうとした俺であったが、不意に彼の隣の椅子の上に何かが居たような気がして立ち止まった。

 

「パパ……?」

 

居た。確かに何かが。四歳ぐらいの幼子であったのと、敬介にしか目が行ってなかったので気が付かなかった。

 

性別は女。エメラルドグリーンの美しい髪の毛と、扇状のヒレの様な耳を持っている。

 

てか待て。今この娘は何と言った? パパ?

 

「驚かせて済まんなミュウ。この人は悪い人じゃないから安心して良いぞ」

「そうなの? 怖くない?」

「怖くない怖くない。むしろすっごく優しい人だぜ」

 

……いや、本当に何があった? 誰か説明してくれないかな。

 

敬介は確か結婚してなかったはずだ。恋人とその妹を殺され、「大切な人を失う悲しみをもう味わいたくない」と言う理由から必要以上に人間と関わりを持たなくなったはずなのだが……。

 

え、娘が出来たの? どう見ても亜人な子供をいつの間に作ってたの? それじゃあ、敬介は亜人と結婚している?

 

「本郷さん。この辺りの事も含めてお話しします」

「あ、ああ。頼むよ」

 

未だにポカンとしている香織達を席に座るように促し、俺も椅子に腰を下ろす。

 

ミュウと呼ばれた女の子は、俺の顔を穴が空く程見つめて来る。何だかとても居心地が悪い。

 

「こらミュウ。失礼だぞ」

「……悪い人じゃないか確認してたの」

 

ああ、そうなの……。

 

「先に彼女の事を紹介しちゃいますね。名前はミュウ。フューレンのショッカーの基地を偵察してた際に、改造されそうになってた所を助けたんです」

 

一気に真面目な雰囲気になった敬介。どうやら、目の前の少女はショッカーと大いに関係があるらしい。

 

改造されかけていた。その状況はかつてのシアと似ている。シアは純粋に能力値が高かったので怪人にされかけてた訳だが、この少女にはそんな強大な力が眠ってるとは思えない。

 

「あれか? 子供兵でも作ろうとしてるのか、ショッカーは」

「ええ、この娘以外にも大勢の子供が尖兵にされてました。子供兵を量産し、大人を手出し出来なくさせるつもりなんでしょう」

「下衆め……」

 

本格的に壊滅させなければならない。子供にまで手を出すとは許せん。

 

「本当なら壊滅させてしまいたかったんですけどね。ちょっと規模が大きいのと、攫われた子供が多すぎるんですよ。単騎で壊滅と救出を高いレベルで両立するのは無理だと判断したのが一つ。それと、ミュウを助ける際に能力を酷使させてマーキュリー回路が故障してしまったので、戦闘に不安があるから今回こうして救援要請を出したんです」

 

話によると、ショッカーの基地はフューレン全体を軽く覆えるぐらいの規模だと言う。オルクス程ではないが、それでもかなりの広さがあると言えるだろう。

 

壊滅だけなら単騎でも可能だと思うが、其処に人助けの要素を加えるとなると難易度は激増する。

 

ちなみに基地内を警護する戦闘員の強さはGOD工作員と同等ぐらいらしい。怪人の質もそれなりに高いそうだ。

 

それにしてもマーキュリー回路が故障するまで戦うとは、一体どれだけの怪人を屠ったんだろう?

 

「ダイナモはどうだ。動くか?」

「問題なしですね。親父に貰ったダイナモは、そう簡単には壊れません」

 

なら、俺達が加勢すれば基地の壊滅は容易になるだろうし、人命救助も上手く行くだろう。マーキュリー回路が使えなくてもXライダーは十二分に強い。心配は不要だ。

 

作戦は追々立てるとしよう。今日、特に午前中は敬介から様々な話を聞きたい。主にミュウに関して。

 

「分かった。基地壊滅作戦は明日にでも実行しよう。今日の午後から作戦会議だ」

「了解です。あ、ところでなんですけど……随分とお仲間さんが増えたんですね。知らん顔触れだらけです」

 

敬介の視線は主にハジメへと注がれている。何かを悟っているようで、ハジメの右腕と左目を見ると俺の顔をチラリと見た。

 

頷くと、彼は納得したように軽く頭を振った。

 

次に敬介はユエを見た。服に隠れているが、彼女の身体には未だに痛々しい傷跡が多く残っている。それを改造人間の目で見つけたのだろう。彼の表情が少し歪む。

 

「……どの世界にも、大変な苦労をする人は居るんだな」

「え?」

「んぅ」

 

勝手に改造された者。両親と妹を目の前で殺された者。信じていた組織に裏切られた者。父親、恋人、その妹を失った者。野性で育ったがために、中々受け入れられなかった者。親友の敵討ちのために自ら修羅道を選んだ者。

 

そんな人物がゴロゴロ存在した世界で生きていたからか、仮面ライダーが向ける大変な苦労をした者への視線はとても優しい。

 

それは敬介も例外ではなかった。

 

「君、名前は?」

「僕ですか? 僕はハジメ。南雲ハジメです」

「……ユエ」

「よろしくな。早速だが幾つか聞きたい事が……」

 

暫く二人は質問攻めされるだろう。多分、俺がちょいちょいと口を挟んでも戻って来ないと思う。

 

置いてきぼりになってる香織と恵里に目配せをして意識を向けさせ、俺は口を開いた。

 

「一応説明しておこう。彼は神敬介。俺と同じく仮面ライダーだ。彼は深海での活動に特化してる」

「あ、そうなんですね。結城さんやアマゾンさんと同じ感じですか」

「……仮面ライダーって何人居るの?」

「ザッと数えるだけでも100は居ると思うぞ」

「多すぎ……」

 

呆れ顔の恵里。ちなみに香織は慣れたのか特に表情は変えていない。

 

軽く敬介(とXライダー)の説明をしながらお冷を飲み、それなりに時間が経過したなあ……と思った次の瞬間。俺の背筋に、言いようのない寒気が走った。

 

ねっとり、ぎっとり。そんな言葉が良く似合う視線。それを香織達も感じたらしく、眉を顰めるか腕を擦るかをしている。

 

視線の先を見やると、其処には……豚みたいな容姿の男が居た。体重が軽く百キロは超えていそうな肥えた体に、脂ぎった顔、豚鼻と頭部にちょこんと乗っているベットリした金髪。身なりだけは良いようで、遠目にも分かる豪奢な服を着ている。

 

男の視線に映っているのはシアとユエ。後はミュウ。その三人を欲望の籠っている濁った眼で見ていた。シアは自衛が可能だから良いとして、ユエとミュウは問題大有りだ。

 

どうやって切り抜けようか。そう考えようとするが、ブタ男が重そうな体をゆっさゆっさと揺すりながら真っ直ぐ俺達の方へ近寄ってくる。見た目が何と言うか、バッチイので生理的嫌悪感を感じ、上手く考えを纏められない。

 

ブタ男は俺達の居る机の傍までやって来ると、ニヤニヤと目を細めながら獲物を選んでいる。

 

「お、おい男。ひゃ、百万ルタやる。この兎と魚人を、わ、渡せ。それとそっちの金髪はわ、私の妾にしてやる。い、一緒に来い」

 

随分と傲慢な態度だ。さては甘やかしに甘やかされて生きて来たか。

 

軽く手術跡でも見せたら撤退してくれるだろうか、だなんて考えて俺は席を立とうとする。

 

……が、それよりも先に敬介が凄惨な殺意を撒き散らしながら立ち上がった。

 

「ひぃ!?」

 

練りに練り上げられた殺意。近くに座っていた人間は一も二もなく意識を刈り取られ、少し離れで座っていた人間も顔を盛大に青褪めさせて椅子から転がり落ちている。

 

少し遅れてハジメも怒りが籠った目を携えてブタ男を見ていた。気絶させない程度に殺意を抑えているのが何とも言えない。

 

マズい。直感がそう指し示す。

 

敬介もハジメも本気で怒っている。このまま放って置いたら、絶対に厄介事になる……!

 

「敬介、ハジメ。二人とも一回落ち着け」

「先生……」

「分かってますよ本郷さん。ただ、このまま放って置くのは……」

「直接手出しをされていないのに攻撃を仕掛けたらこっちが加害者だ。腹立たしいのは痛いほど分かるが、此処は我慢してくれ」

 

内心ヒヤヒヤしている。「それでも」と言って殴り込みに行く可能性がどうしても拭えんのだ。

 

どっちが暴れたとしても厄介事は確実。猛烈な怒りを感じているのは分かっているが、先を考えると此処は矛を収めるべきなのだ。どうか理解して欲しい。

 

怒りを覚えているのは俺も同じだが、大人の対応をせねばならない時もある。

 

「……分かりました。此処は手出しせんでおきましょう」

「この怒りはショッカーにぶつけます」

「二人ともすまんな」

 

危なかった。もう少しで、このギルド内が血の海になってしまう所であった。

 

とは言え、このまま去るのは俺も納得いかない。

 

「手を出したらいけない」と思い知らせる必要があるだろう。

 

少し考えた末に、俺は何時もより多く手術跡を出してブタ男を真っ直ぐ見つめる。瞳が怪人の物に変わってしまうぐらいには顔面を変化させると、俺は口を開いた。

 

「二度と近寄るな。次はないぞ」

「バ、バケモノだぁぁぁぁあ!?」

 

あ、しまった。勢い余って顔面だけ怪人の姿に変えてしまった。醜い飛蝗男の顔は恐ろしいであろう。

 

……まあ良しとしよう。この際、絶対に近づけないオーラを出してしまおうか。

 

軽く床を殴ってやると、壊れこそしないが震度四ぐらいの揺れが建物を襲った。

 

「ひ、ひぃ!?」

「報復だの復讐だの、余計な事は考えるんじゃないぞ? 今度は俺も止めないからな」

 

これは冗談なんかじゃない。俺だって相当にハラワタが煮え繰り返ってるんだ。

 

人を脅すのは気が進まないのだが、今回だけ。今回だけは特別である。

 

最後に一瞥すると、俺は元の姿に戻って皆に一言。

 

「場所を変えよう」

 

そのままギルドを出ようとする。

 

だが、殺意を収めたのがいけなかった。場を支配していた猛烈な殺気が消えたからか、猛然と動いてギルドの出入り口を塞いだ大男が現れた。ブタ男とは違う意味で百キロはありそうな巨体である。全身筋肉の塊で腰に長剣を差しており、歴戦の戦士といった風貌だ。

 

その巨体が目に入ったのか、ブタ男が再びキィキィ声で喚きだした。

 

「そ、そうだ、レガニド! そのクソ共を殺せ! わ、私を殺そうとしたのだ! 嬲り殺せぇ!」

「坊ちゃん、流石に殺すのはヤバイですぜ。半殺し位にしときましょうや」

「やれぇ! い、いいからやれぇ! お、女は、傷つけるな! 私のだぁ!」

「了解ですぜ。報酬は弾んで下さいよ」

「い、いくらでもやる! さっさとやれぇ!」

 

どうやら、軽く脅した程度では虚勢を叩き潰せなかったようだ。

 

……容赦は不要か? もう警告は発したぞ。最後通告はもう手渡したはずだが?

 

怒りを通り過ぎて無表情になる。収めたはずの手術跡がまたぶり返し、悪魔のような形相へと変わっていく。

 

だが、烈火の如く怒っていたのは俺達男連中だけではなかったらしい。

 

「〝八熱地獄〟」

 

不意に響いた恵里の声に驚き、俺は動きを止めてしまった。俺だけではない。今にも飛び掛かろうとしていた敬介とハジメも動きを止めた。

 

体の芯から冷え込む絶対零度の声音。詠唱の声がやけに響いたな……と思った次の瞬間である。

 

「ぐあああああああ!?」

 

レガニドと呼ばれた大男の全身が、ボバッと言う音と共に粘度の高い炎に包まれたのだ。服が燃えるか燃えないか、ギリギリの温度で調整をしているらしい。ただ苦しめるためだけに相手を燃やしている。

 

火を消すためにレガニドは地面をのたうち回るが、魔法で生まれた火だからなのか、一向に消える気配がない。

 

冷ややかな目でレガニドを見る恵里が出す圧倒的な威圧感。まるで夜叉姫。さっき敬介やハジメが出していた殺意なんかよりも凄みがあるかもしれないとまで感じているのだが……。

 

話だけは聞いた事がある恵里のオリジナル魔法。その名を〝八熱地獄〟。別名〝八大地獄〟だ。殺人、窃盗、邪淫を行った亡者が叩き落される地獄の名をそのまま使っているこの魔法は、ランダムで様々な効果を及ぼすと聞いている。

 

今回発動したのは〝焦熱地獄〟らしい。

 

「死ね。ユエに手出しするならこっちも容赦はしない」

「ちょ、恵里!?」

 

慌てて止めに入るハジメ。レガニドを包んでいる炎は恵里が念じないと消えない。彼女の匙加減でそのまま焼死させる事だって出来る。

 

「大丈夫、殺しはしない。でも、相応の罰は受けてもらう」

 

彼女の言葉と共に、レガニドの身体を包んでいた炎が何処かへ去る。

 

レガニドは大火傷こそしているが生きているらしい。ピクピクと指先が動いている。人殺しにまで及ぶ事がなく、まずは一安心した。

 

だが、ユエとミュウ、そしてシアを間接的に傷付けようとした代償は大きく付いた。

 

「あ……」

 

レガニドの男の象徴が焼け落ちているのを偶々見てしまい、俺は声を漏らした。ハジメ達も気が付いたらしく皆が何とも言えない表情を浮かべている。特に男性陣。

 

ブタ男は汚い物を漏らしながら尻餅を付いた。腰が抜けたらしい。

 

それを目敏く見つけた恵里さん。絶対零度の瞳を携えたまま、ブタ男に向かって手を翳した。

 

「男として死ね」

 

途端、ブタ男を包む焔。無詠唱で中級魔法を発動させたらしく、一瞬にしてブタの丸焼き(去勢済み)が完成した。

 

悲鳴すら上げさせない恵里のえげつなさに盛大に顔を顰める。

 

やっぱり一番怒らせたらいけないのは恵里だった。シアでも香織でもない、ハジメでもない。

 

「あ、あの……申し訳ありませんが、あちらで事情聴取にご協力願います」

 

やりきった感満載の恵里を戦慄しながら見ていた俺の服の裾を引いたのはギルドの男性職員。腰が引けてしまっているが。

 

面倒事は避けたかったが、やってしまった事は仕方がない。

 

「分かった。ああ、済まないが倒れてる男達を早く何とかしてやってくれないか? かなり火傷が深い」

 

ギルド内の揉め事は、当事者双方の言い分を聞いた上で公正な判断を下すのが鉄則だとキャサリンさんから聞かされている。此処は素直に従うべきだ。

 

幸いな事に、恵里が上手く調整した御蔭で火傷さえ治せばすぐに二人共目が覚める程度の傷で済んでいる。最悪の場合、俺の薬を使えば一瞬だろう。

 

時間は取られるが、円満解決のためにも俺は身を乗り出すのだった。




次回、大きく動きます。


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第四十七話 支部長からの依頼

動くとは言ってもそんなじゃないかも……。


職員に連れられてギルドの応接室に通された俺達。不貞腐れ気味の恵里を宥めるハジメとシアに、怯えるミュウの面倒を見ている香織とユエ。事情聴取を受けている俺と敬介と言う割とカオスな空間になっている。

 

ちなみにブタ男とレガニドは無事に目を覚ましたらしい。二人とも男の象徴だけは戻らなかったらしいが。

 

「……はい、事情聴取は以上になります。向こうの事情聴取が終わるまで何とも言えませんが、私個人の意見としては貴方方は無罪だと思ってます。あの男、前もギルド内で問題を起こして色々と疎まれてるんですよ」

 

俺達の事情聴取を担当したのは、秘書長のドットと呼ばれた男だ。彼はメガネをクイッとさせながら、恵里が焼いた男達の素性を教えてくれた。

 

「太った男の方は、人身売買で巨額の富を得ていると言う噂が前々からあるんです。証拠がないので逮捕は出来てませんが、愛玩奴隷として人気の兎人族や高値の付く海人族を引き渡せと言った辺り、噂は本当なのでしょう」

「成程。敬介、これは……」

「十中八九はそうでしょうね」

 

おそらくショッカーの関連人物。すぐに決めつけるのは良くないが、その可能性は捨て切れない。

 

フューレンに大きいショッカーの基地がある以上、その辺の人間が関係者である可能性が大いにある。警戒を強めた方が良いだろう。

 

「ああ、忘れる所でした。身分証明のために全員分のステータスプレートを預かっても宜しいですか?」

「ステータスプレートを?」

「ああ、それなら」

「敬介、待て」

 

しまった、油断していた。

 

この中でステータスプレートを持っているのは俺、ハジメ、香織。そして素振りからして敬介も持っている。一方でユエ、シア、ミュウは持っていない。

 

全員分のステータスプレートをこの場で発行すると言う手はあるが、隠蔽を施していないステータスプレートを見たら、それはそれで大問題になり兼ねないだろう。

 

特に敬介のステータス。彼はおそらく、ステータスプレートの隠蔽機能を知らない。手渡すまでに何かやってたらすぐにバレてしまうだろうし、かと言ってそのまま渡したらステータスプレートを見た瞬間に卒倒する可能性もある。

 

とは言え、このまま身分証明を渋っているとまた厄介事が増えると思われる。早急に何とかした方が身のためだ。

 

うむむ、と悩む。すると、不意に服の裾を引っ張る者が。

 

「猛さん、キャサリンさんから貰った手紙は?」

「……ああ!」

 

そうか、その手があったか。ギルドで厄介事があった時に出せと言われた手紙。これの出番が早速やって来た。

 

「知り合いのギルド職員さんから、困ったらギルドのお偉方に見せろと言われた手紙があります。これで身分証明になるかは分かりませんが……」

「知り合いのギルド職員ですか? ……拝見します」

 

訝しがりながらも手紙を受け取ったドット。それを流し読みしていくうちに、彼の目がギョッと見開かれていった。何が書いてあるのだろうか。

 

そして、俺達の顔と手紙の間で視線を何度も彷徨わせながら手紙の内容をくり返し読み込む。目を皿のようにして手紙を読む姿から、どうも手紙の真贋を見極めているようだ。やがて、ドットは手紙を折りたたむと丁寧に便箋に入れ直し、俺達に視線を戻した。

 

「この手紙が本当なら確かな身分証明になりますが……この手紙が差出人本人のものか私一人では少々判断が付きかねます。支部長に確認を取りますから少しこの部屋で待っていてもらえますか? そうお時間は取らせません。十分、十五分くらいで済みます」

 

予想外の反応である。この手紙一枚で支部長の確認を仰ぐとは、キャサリンさん何者だ?

 

困惑しながらも頷くと、ドットは手紙を持ったまま颯爽と部屋を後にした。

 

やがて、きっかり十分が経過した時である。部屋の扉をコンコンとノックする音が鳴った。俺が応えると、一拍置いた後に扉が開かれる。

 

そこから現れたのは、金髪をオールバックにした鋭い目付きの三十代後半くらいの男性と先ほどのドットだった。

 

「初めまして、冒険者ギルド、フューレン支部支部長イルワ・チャングだ。猛君、香織君、ハジメ君、ユエ君、シア君で良いかな? 後の二人は……」

「敬介だ。こっちの海人族はミュウ」

「敬介君にミュウ君か。これからよろしく頼むよ」

「ええ、こちらこそ」

 

握手を求めて来たイルワさんに応えながら会釈する。

 

「身分証明はあれで良いですかね?」

「ああ、先生が問題のある人物ではないと書いているからね。あの人の人を見る目は確かだ。わざわざ手紙を持たせるほどだし、この手紙を以て君達の身分証明とさせてもらうよ」

 

ほっ。一安心した。

 

隠蔽を施した俺のステータスプレートは兎も角、敬介のステータスはとてもそのままでは見せられない。取り敢えずの急場しのぎではあったが何とかなって良かった……。

 

「わざわざお手数をお掛けさせてしまい申し訳ありません。身分証明が出来たなら良かった」

「ご丁寧にどうも。手紙に書いてある通り、君はとても礼儀正しい人間だね。他の皆も同様だ。これでトラブル気質なのは解せないが……」

 

目立つしなぁ。特に女性陣。全員が絶世の美女と言っても全く差し支えない。

 

装備だって人目を惹く。仮面ライダーになったら、それだけで騒がれてしまうぐらいには。

 

「色々あるんですよ……あはは」

「そうか。まあ、その辺りは追々聞かせてもらおうかな。それよりも君達に、今回の件を不問とする代わりに頼みたい事がある」

「依頼、ですか」

 

空気が変わる。どうやら、彼がわざわざやって来たのはこの件を話すためらしい。

 

今回、それなりに周りに迷惑を掛けてしまった。素気無く断るのは憚られる。

 

皆に一応確認のアイコンタクトを取ると、全員頷いてくれたので、俺はイルワさんに続きを話すように促した。

 

「ありがとう。さて、今回の依頼内容だが、そこに書いてある通り、行方不明者の捜索だ。北の山脈地帯の調査依頼を受けた冒険者一行が予定を過ぎても戻ってこなかったため、冒険者の一人の実家が捜索願を出した、というものだ」

「冒険者……と言うよりかは貴族のお坊ちゃんですかね? この依頼書を見る感じだと」

「その通りだよ。名前はウィルと言う。彼は冒険者に憧れ、半ば強引にパーティーに参加して依頼達成に向かったんだけど……」

「行方不明に?」

「ああ」

 

何でもウィルは、貴族は肌に合わないとして昔から冒険者に憧れていたらしい。

 

しかし、彼に冒険者の資質はなかったようだ。そこでイルワさんは、彼に現実を知ってもらうために、少々危険のある依頼を受けたパーティーに加えさせたと言う。

 

だが、その結果は最悪の形で返って来た。

 

ウィルの父親と個人的な付き合いがあり、かつウィルには懐かれていたと言うイルワさん。そんな彼の心労は計り知れない物がある。

 

「頼む。どんな形であれ、ウィル達の痕跡を見つけてもらいたい……」

 

行方不明者の捜索は、時間が経てば経つほど困難になる。ウィル達が行方不明になってから既に数日が経過しているそうなので、タイムリミットは近いだろう。

 

依頼を受けたいのは山々だ。救える可能性があるなら、俺は引き受けたい。

 

だが……ショッカーの方を野放しにも出来ん。

 

すぐにでも「引き受けます!」と言いたいのだが、そうも行かないので頭を抱えた。

 

「あの……先生。僕のパーティーで行方不明者捜索の依頼を受けましょうか?」

 

と、悩みに悩んでも回答が出ずにお手上げだった状態の俺であったが、そこへ救いの手を差し伸べる人物が現れた。そう、ハジメである。

 

「基地を潰すのは大変にになるかもですけど、僕達三人と先生とで分担作業すれば良いんじゃないですかね? 先生と敬介さんならきっと基地を……」

「今はこうするしかない、か」

 

お互いに大きな負担を掛ける事になるだろう。だが、今はこれしかない。より多くの人の命を救う為にはこれしかないのだ。

 

「報酬は弾ませてもらうよ? 依頼書の金額はもちろんだが、私からも色をつけよう。ギルドランクの昇格もする。君達の実力なら一気に〝黒〟にしても良い」

「いや、お金はそんなに困ってないけど……代わりにこんな事はお願い出来ます?」

 

尚も悩んでいた俺に声を掛けたイルワさんの話した内容を聞き、すかさず提案をする事にする。

 

「シアとユエのステータスプレートの作成及び、其処に表記された内容の他言無用の確約です。それともし可能なら、これから先僕らが厄介事に巻き込まれた際に味方してくれるとありがたいのですが」

「ふむ。一つ目は兎も角、二つ目の要求は……」

「依頼達成の後に詳しく話しますが、僕達は少々特異な存在です。これから先、絶対に教会やら裏世界の組織やらに敵視されるでしょう。その際に、伝手があれば便利だなと思いまして」

「敵視されるのが確実なのかい? ふむ、個人的にも君達の秘密が気になって来たな。キャサリン先生が気に入っているくらいだから悪い人間ではないと思うが……」

 

お互いギリギリのラインでの交渉。俺達は依頼を受けるなら分散を強いられるし、イルワさんはそう簡単には納得出来ない要求を叩き付けられている状況である。

 

これ以上の譲歩は出来ないので、この要求を可能な限り呑んでくれないのであれば、依頼を断ると言う選択肢も考えねばならない。

 

やがて考えが纏まったのだろう。考える素振りをしていたイルワさんは顔を上げた。

 

「犯罪に加担するような倫理にもとる行為・要求には絶対に応えられない。君達が要望を伝える度に詳細を聞かせてもらい、私自身が判断する。だが、できる限り君達の味方になることは約束しよう……これ以上は譲歩できない。どうかな」

 

ほっ。何度目かの一安心。

 

「ええ、これ以上は望みません。それじゃあ、依頼受諾の手続きを……」

 

急いで手続きの準備を進める。一刻も早く、行動に移りたい。

 

俺の心中をある程度は読み取ったのか、イルワさんは手早く依頼受諾の手続きを開始。同時に、支度金や北の山脈地帯の麓にある湖畔の町への紹介状、件の冒険者達が引き受けた調査依頼の資料を受け取った。

 

プランはこうだ。

 

ハジメ、恵里、ユエは北の山脈へ向かい、行方不明者の身柄か痕跡を発見。完了次第、フューレンへと帰って来る。そして彼らが北の山脈へ出向いている間に、残った俺達はフューレンのショッカー基地を壊滅させる。

 

大幅に計画が狂ってしまったし、滅茶苦茶にキツいスケジュールになってしまうが、これが今はベスト。そう信じる事にした。

 

「行くぞ」

「ええ」

 

最後にイルワさんに一礼し、俺達はギルドの外へ出る。

 

暫しの別れになるが、彼らならきっと上手くやって行ける。そう信じ、俺は黙ってサムズアップをしてから北の山脈へと向かったハジメの背を見送ると、後は振り返る事なく進みだした。

 

ショッカーを打ち滅ぼすために。

 




ここで猛パーティーとハジメパーティーが別行動します。ハジメが向かったのは、幸利や隼人が居るあの場所です。


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