ベルの師匠がゼウス・ファミリアの眷属でも問題ないよね (ノムリ)
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始まった冒険

「いいか、ベル。戦いってのは何でもありなんだ。不意打ちをするのも、ナイフを持っておいて、ここぞって時に使うのも、それこそ、その辺に転がっている石ころを投げつけたり、木の枝を相手に刺したって良い。一番大事なのは、勝つことよりも生き残る事だ。勝てれば確かに一番いいさ、でもな、勝とうとして負けて死んじまったら次のチャンスなんて訪れない。分かるか、ベル」

 黒髪の青年は、自分よりも一回り小さい背丈の少年――“ベル・クラネル”に戦いの心得を教えていた。

「う~ん、でも勝たなきゃ、英雄にはなれないよ?僕は、英雄になりたいんだ!」

 ベルは、英雄譚を好んで読み。年頃の少年らしく英雄になる事を夢見ていた。

「英雄かー、そうさな、そりゃーすっごい大変だろうな。じゃあ助言を一つやろう。英雄は、なるもんじゃない、戦って勝ったり、負けたりして色々あって助けた人や、守った人や、一緒に戦った仲間からアイツは英雄だって呼ばれて初めて、英雄になるんだ」

「なるものじゃなくて、呼ばれるもの」

「そうだ、英雄なんてなろうとしてなるものじゃない、ベルが正しいと思える道を進んで、進み続けて。誰かがそれを正しいと思ってくれて人がいたなら、その人は、お前を英雄と呼んでくれるさ」

 黒髪の青年は、ベルの頭を乱暴に撫でる。

 白髪がボサボサになるが、ベルはその手を拒むことはない。

 

「師匠は、なりたかったものあるの?」

「あったけど、それは秘密だ」

「え~、教えてよ!」

「お前が、俺に勝つことが出来たなら教えてやるよ。さあ、練習再開だ!俺に傷一つ付けられないならゴブリン程度も倒せないぞ」

 ベルは、木剣をぎこちなくも握り構えを取る。

 黒髪の青年は、ロングソードを鞘に納めたまま構えた、練習を再開した。

 

 

 

@ @ @

 

 

「師匠、僕、オラリオに行きます」

「ふぅ~ん、いんじゃね?」

「軽い!?僕の決意しての言葉に対するリアクションが軽いです、師匠!」

「だー、うるせぇな!ジジィに言われてある程度は鍛えてやったろう。練習なんて何処までやってもダンジョンに潜って冒険しないと分からない事なんて山ほどあるさ。お前は、行きたいならいきゃいいだろ、誰も止めないさ。お前の人生だ、好きに生きろ」

「はい!」

「ただし、忘れるなーーー好きに生きるには、覚悟がいるからな。仲間を作るのも、敵を作るのも、全部がお前次第だ。一の行動から十の結果までお前の責任だ。その責任は、おっちんだジジィも、俺も取ってはやれない」

「はい!覚悟ですね」

「で、どうやってオラリオに行くつもりだ?」

「へ?……どうやって行けばいいんですか、師匠」

 黒髪の青年は、昼食のベーコンと野菜を挟んだサンドイッチを齧りながらこいつ、オラリオで生きていけるのか、と思った。

 

「三日後にオラリオから商人たちが来る。家にあるベーコンとかを駄賃にしてオラリオまで乗っけて行ってもらえ」

 ベルは、おー!と驚きながら黒髪の青年から渡されたサンドイッチを口にした。

「師匠は、どうするんですか?」

「俺は、そうだな。ジジィの頼みでお前を鍛えに来ただけだし、お前がオラリオに行くなら、俺も久しぶりに行くのもありかな」

「師匠も一緒に行くんですか!」

 

 そう黒髪の青年が口にすると、ベルは口に横にソースをつけたまま嬉しそうな顔をした。

「一緒に行ってどうする……この村を出た時点は、お前の旅は始まってんだ。お前一人で行くんだよ。俺は一週間くらいしたら一人で行く」

 そんな~、とベルは、ガッカリしているが、心の何処かではそう言われることを予測していた。

 黒髪の青年は、優しいが練習に関しては、厳しい。特に生き残る為にと、薬草や獣の解体方法などサバイバルの技術も叩き込まれた。なにより数年も一緒にいれば考えている事は、多少は予測ができるようにもなる。

 

「オラリオで困った時は、ギルドを頼れ。ファミリアについてや、オラリオについて詳しく説明してくる。受付の人の性格によっては適当にあしらわれるだろうが、お前なら上手くいくだろ」

 

 ギルド、ファミリアと村の中では聞くことのない単語に、ベルはすでに冒険の予感を感じていた。

「はい!ギルドですね」

 

 

 そんな話をしてからあっという間に三日が経過し、ベル―――ベル・クラネルが生まれ育った田舎の村を旅立つ日が訪れた。

 

「では、師匠、行ってきます!」

「はいはい、行ってこい。つっても一週間後には俺もオラリオに行くんだ。その前にベルが死んでなければ会えるだろ」

「ちょっと師匠!怖い事言わないでくださいよ!」

「ベル、お前は知らないだろうが、オラリオ良い面も、悪い面もある。直感がヤバイって言ったなら逃げろ」

「はい、勝つことよりも生き残る事が大事、ですね」

「分かっているならいい、あとは頑張んな」

 

 馬車の荷車から顔を出した手を大きく振って、黒髪の青年に別れを告げた。

 村人の大半がベルの出発を見送り、小さかったべルを可愛がっていた近所のオバチャン方から選別とばかりに新しい衣服なども渡され出発の準備をした時よりも少し荷物が多くなったものの無事に出発して行った。 

 

 

「さて、ジジィの報告しておくか」

  

 

 

 

 

 村から遠く離れた場所に建てられている小さな小屋の中。

「アンタの孫は、オラリオに行ったぞ―――ゼウス様」

「そのようじゃな。お前にも迷惑をかけた。アスラ・セブルタ」

 黒髪の青年、いや、アスラは向かい側に座る老人と呼ぶには正確ではない。

 数年前にオラリオには、二大派閥として【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】が存在していた。二つのファミリアは、三大冒険者依頼最後の一つ“黒竜”の討伐に赴き負けた。

 六十人以上もの精鋭たちは敗北を喫し、重傷を負いながらも生きて帰還したのは、当時【ゼウス・ファミリア】Lv.8『雷童子(らいどうじ)』の二つ名で呼ばれたアスラ・セブルタのみだった。

 その後、上級冒険者がいなくなった二大派閥の席を狙い攻め込んできた【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】を重傷の身体を引きずってたった一人で退け、二つのファミリアの主神、ゼウスとヘラをオラリオの外へと逃がしたアスラ。

 文字通り死ぬ一歩手前まで行ったがゼウスとヘラや同行していたファミリアたちの協力もあって、死ぬことはなかったがまともに動けるようになるまで長い時間を要し、いつしかオラリオでは、アスラ・セブルタは死亡したと噂されるようになった。

 

「別にいいさ、家族の忘れ形見だ。大事に育てたくもなる」

「そうじゃの、いい子に育ったもんじゃ」

「だな、女の尻ばっかり追いかけているジジィの元でよくもあんな初心に育ったもんだ。てっきり村の女を食い荒らすプレイボーイになるんじゃないかと、一時期はヒヤヒヤしたもんだ。今は初心すぎたヒヤヒヤするけど」

「儂を反面教師にして育ったからじゃないかのぅ」

「そうかもない」

「おい、否定せんか」

「事実なんだ否定なんて出来るかよ」

 机に向かいに座っているずっとジジィと呼んできた人物、アスラにとって主神となるゼウスは残念ながら変態だ。

 近くで水浴びしている女性がいると知れば覗きに行き、美人がいるならば口説く、あれや、これやと理由をつけては見知らぬ女性をナンパする。

 どうしてこんな主神のファミリアに入ったのだろうか、と幾度となくアスラは悩んだが結局は、そのまま来てしまった。

 

「お主もオラリオに向かうのか」

「ああ、俺も冒険者に戻りたくなった」

 ベルに冒険者としての心構えや戦い方を教えている中で幾度となく仲間の顔が過った。悩み苦悩して事もあるが結局は、冒険をしたく冒険者になったという原点に立ち返るいい機会にもなった。

 

「ファミリアはどうする?」

「ヘルメスのファミリアに誘われてはいるけど、あの人は主神っていうより飲み仲間って感じだからファミリアに気はないかな。当分は今のまま。【ゼウス・ファミリア】の冒険者として冒険するさ。必要になったら新しいファミアにコンバートも考えるけど、その時なってみないと分からないな」

 呆気からんに答える、アスラの態度に、ゼウスは昔からのマイペースに行動していた眷属の変わらない姿を嬉しくも思っていた。

 

「そうか、まあ、好きにするといい」

「ああ、好きにするさ。じゃあ、俺は行くから悪いねステイタスの更新をしてもらってさ」

「田舎に引っ込んだ神の仕事などたかがしれとるわ」

 ペラペラとアスラの背い刻まれてステイタスを写した用紙を手に小屋を出て行った。

 

 ゼウスは、アスラに渡したものとは別のステイタスを写した用紙に視線を落とす。

「Lv.9か。お前にとって仲間と共に死ぬことが出来なかった事は大きな傷なのか、アスラよ」

 ステイタスの魔法の覧に今まで持っていた魔法とは、新しい魔法が発現している事を知ったゼウスは誰もいない小屋の中で静かにそう呟いた。

 

 



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