狂いのストラトス Everlasting Infinite Stratos (柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定)
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第壱部
第壱話


語ることはひとつ。

自重はないということだ。

推奨BGM:神州愛國烈士之神楽


 欧米のとある国のとある研究施設。 そこで、一人の少女が歩いていた。

 銀。

 ドイツ軍の軍服に身を包む彼女から流れる髪は銀色だ。背は低いが顔立ちは整っている──もっともその鋭利な雰囲気からは可愛さよりも恐ろしさが漂っているが。なにより目を引くのが、物々しい左目の眼帯。

 彼女は人の気配がない施設の廊下を足を進めていく。

 右手には黒塗りのサバイバルナイフ。左手はベルギー製拳銃『Five-seveN』。両腕から力を抜いて泳がせる。

 

「……ふむ」

 

 ふと、銃声が聞こえた。

 一回ではない。二回三回と連続してだ。

 少女はその音に呆れたように首を数度振り、耳の無線に手を当て、

 

「クラリッサ、いつまでかかってる。位置を転送しろ」

 

『………』

 

 無線を介しての返答はなかった。

 代わりに少女の携帯端末に位置情報が送られてきた。高い戦闘能力を誇る自分の副官がそこまで追い詰められているのか。位置を確認すればそれなりに近い。確認した場所を頭に叩き込む。

 

「行くか」

 

 走り出した。あくまで軽くだ。数回廊下を曲がればすぐに目的地の近くだ。廊下の先に広い空間があり、そこに二機のISが戦闘をしていた。

 黒と赤。

 黒いのがクラリッサ・ハルフォーフで赤いのが今回の最後の標的だろう。

 互角の闘いを見せるIS二機に少女はやはり自然体で近づいていく。

 

「っ! 隊長!」

 

 先に気付いたのはやはりというべきかクラリッサだ。

 少女と同じで左目は眼帯で隠されていてわからないが、右目は見開かれていた。

 対して、相手のIS操縦者の女は口元を歪めるだけだ。

 当然だ。

 足元の蟻に気を付ける象はいない。ISを展開してないただの少女など塵芥にも等しい。

 そう思っているのは少女もわかっていた。

 

「──くだらん」

 

 それがわかっていたから前に出た。距離は十メートルもない。クラリッサが出ようとするが右手で制する。少女の意識がクラリッサに向かった瞬間に女は手に持っていたIS専用機関銃の銃口を少女に向ける。

 小馬鹿にするように、ゆっくりと照準を定めてだ。

 引き金に、手を添えて、

 

「……は」

 

 少女が何かを投げたが、構わずに引き金を引いた。

 

「い、いいいいぃーーーー!」

 

 無様な叫びを上げたのは引き金を引いた女だった。機関銃が暴発したのだ。絶対防御などに意味はない。

 

「な、なんで、──うぐぅ!?」

 

 叫んだ瞬間に視界に銀が舞った。

 何かが口の中に突っ込まれる。何か、ではない。『Five-seveN』、拳銃だ。

 

「ひ、ひぐぅ──」

 

Auf Wiedersehen(さよならだ)

 

 問答無用で引き金を引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女──ラウラ・ボーデヴィッヒは転がっている軍用ペン(・・・・)を拾い上げる。

 先程の暴発はなんて事はない。銃口に軍用ペンを投げ入れたのだ。ペン、といっても軍用な物だ。超強化プラスチックで造られたそれは戦車に踏まれても壊れない。暴発を狙うには十分だ。後は近づいて、口に拳銃を突っ込み発砲。

 無駄な動作など一つもない。

 自らの仕事に満足して、クラリッサへ顔を向ける。

 

「隊長……」

 

 彼女は頭を抱え、顔をしかめている。

 

「どうした、負傷したのか?」

 

「違います! いつも言っているでしょう! 作戦時くらいISを使ってください!」

 

「何故だ?」

 

「絶対防御を知らないんですか!?」

 

「知っている、だがあれとて万能ではない。確実に殺るにはISなど必要ない」

 

「………………………もう、いいです」

 

「そうか、なら撤退するぞ。目的は果たした、そのISのコアはお前が持って行け」

 

「……了解です」

 

「よし。五分以内に脱出しないと施設内に仕掛けた爆弾が爆発するから気をつけろ」

 

「……は、はいぃ?」

 

「だから、五分以内に仕掛けた……」

 

「なんで、なんでそんなことするんですか! いつもいつも! ISで対地砲火すればいいじゃないですか!」

 

「面倒だ、それに──」

 

「なんですか! 私たちはIS部隊ですよ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────ISなんか乗ったら弱くなるじゃないか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんな変態は隊長だけです!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──♪──♪」

 

 フランス、デュノア社のある研究施設。IS開発を主とした大きな研究所。そこの整備された廊下を少女は歩いていた。腰まである金髪をなびかせながら、機嫌良さそうに鼻歌を歌っていた。身を包むのは真っ白な長袖のワンピースと手袋は彼女の清純さを表しているかのよう。  スレンダーな体付きだが、胸部は大きく膨らんでいた。

 

「日本♪ 日本♪ 日本に行けるのかー♪」

 

 彼女は先日発見された世界初の男性IS操縦者と接点を作るために数ヶ月以内に男性(・・)として日本に行くのだ。

 

「んー、それにしても私……おっと。()を男に変装させてまで男性ISデータが欲しかったとは」

 

 当然だ。

 それまで女性にしか使えなかったISに初めて男性が使えたのだ。IS産業で成り立っているデュノア社が食いつかない筈がない。

 

「ハッキリ言って、男か女なんて見る人が見ればすぐわかりそうなものだけど……そこらへんは僕の腕の見せ所かな」

 

 大変だ、と少女は思う。  

 それでも、日本に行けるのならいいのだけれどとも少女は思う。

 

「ふふ、日本に行ったらまずは伊賀かな? それとも甲賀かな? いや、やっぱり真庭?」

 

 最後のは違う。

 だが少女はそんなことに気づかずに歩みを進めていく。

 両開きの大きなドアの前で立ち止まり、ポケットから取り出した身分証をパネルにタッチ。

中に入っていく。その先はISの開発部だ。社の最も大事な所なので、ここではさらに荷物検査等がある。最も彼女は手ぶらだから検査は無しなのだが。チェックの警備員に軽く会釈をして通り抜けようとして、

 

 ビー、ビー!

 

 音が鳴った。床に仕掛けられたら金属探知機が反応したのだ。

 

「えーと、鍵とかコインとかあったら全部預けてくださいねー」

 

 間延びした男性の声が聞こえた。 結構若いから新入りだろうか。

 

「全部ですか?」

 

「全部です」

 

「ここで?」

 

「ここです」

 

 んー、と少女は顎に人差し指を当てて少し考え込んで、

 

「わかりました、ちゃんと保管してくださいね?」

 

 ジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラ!

 

「へ? ……ええぇぇぇぇ!?」

 

 少女のスカートとから大量の暗器がなだれおちてきた。

 サバイバルナイフ、手裏剣、苦無、短刀、短剣、小太刀、鎖鎌、千本、太刀、棍、トンファー、撥、鉄鞭、狼牙棒、鉄扇、戦輪、薙刀、石弓、巻き微志、拳銃、機関銃、突撃銃、狙撃銃、ガトリング、対戦車狙撃銃、バズーカ、手榴弾その他諸々。

 明らかに少女の体積以上の暗器だ。

 

「じゃあ、お願いします」

 

「は、はいぃ……?」

 

 目の前の大量の暗記を理解しきれないのか、生返事しか帰ってこない。  

 それを笑顔で無視し少女──シャルロット・デュノアは横を通り抜け──ようとして、一度止まった。

 

「おっと、糸も一応鉄かな?」

 

 手袋も取る。

 その上で露わになった指先を見つめ、

 

「ま、これはいいかな」  

 

 今度こそ探知機の床を通り抜けた。

 

「それにしても相変わらず面倒だね。こんなに厳重じゃなくていいのに」

 

「…………?」

 

 警備員が怪訝そうに見るから、シャルロットも答える。

 

 

 

 

 

 

 

 

「──IS乗ったてそんなに強くならないのに」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そんな変態はあなただけですよ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とある中国の山奥の滝。

 そこで少女は舞っていた。

 茶髪のツインテールを振り回しながら、山吹色のチャイナドレスに身を包んでいる。

 拳を突き出し、脚を振り上げ、手のひらを打ち出し、肘を刺し出し、膝をを打ち上げ、手刀を振り下ろし、全身を連動させて、舞う。双尾の髪は彼女の動きを追い、それはまるで翼のように広がる。美しい、とも言える光景だが、二つだけおかしかった。

 一つは場所。

 水上。

 そう、彼女は水の上(・・・)で舞っていたのだ。滝のすぐ目の前で。

 軽功。

 軽身功とも言われる内功の一種で、体を軽くする気功だ。それを少女は達人級の腕前で用いて水の上に立っている。

 二つ目は音。

 そう、音だ。

 滝から大量の水が流れることによって轟音が響くがその中でさらに大きな音があった。  

 

 パァン! パァン! パァン!

 

 紙袋を破裂させたような小気味のいい音が響く。

 音の発信原はやはり少女だ。少女が動くたびに音が響く。少女の動きが空気を打撃する音なのだ。 

 

 ぴぴー!ぴぴー!ぴぴー!

 

 動きが、止まった。

 

「……………」

 

 動きは止まったが水に沈むことはない。ポケットから携帯を取り出し、耳に当てる。

 

『もしもし!? リンちゃん!?』

 

「なによ』

 

『今どこにいるの!? すぐ帰ってきてよ! こっちは大変なんだから!』

 

「今、あたし休暇中なんだからまた今度にしなさい」

 

『そんな場合じゃないの! ホラ、この前世界初の男性IS操縦者が見つかったって聞いたじゃない?』

 

「合ったわねぇ、そんなの」

 

『で! で! その世界初のIS操縦者の名前がわかったのよ! 誰だと思う!?』

 

「さあ? どっかの運のいいヤツ「織斑一夏」──は?」

 

 右足が沈みかけた。

 

『だから! その子っていつも鈴ちゃんが話してる未来旦那じゃないの? ……って、鈴ちゃん? 聞こえてる? おーい?』

 

「ふ、ふふ、ふふふふ」

 

『……あれ? 壊れた?』

 

「あーはっはっはっはっ!」

 

 手を額に当てて、背をのけぞらせて少女──鳳鈴音は笑った。

 織斑一夏。 

 その名前は鈴にとっては、どうしようもなく大事な名前だ。

 

「ははは! ……ふぅ。まぁ、別にアイツなら何しても不思議じゃないわね」

 

 一年程前に離れ離れになったが、忘れたことはない。

 なにせ、初めて会ったその日に殺し合ったのだから。その時は半日以上やり続け、周囲を破壊し尽くし最終的には彼の姉に二人まとめてボコされた。あの時の恐怖は推して測る。

 

「てことは、アイツはIS学園に行くっことかしら?」

 

『あ、うん。そうみたいだよ、警護の意味を込めて』

 

「アイツにそんなの要らないわよ。……そうね、よし。あたしもIS学園に行くわ!」

 

『ええ!? いきなりそんなこと言われても困るよ!』

 

「許可出さなかったらこの国のIS全部破壊するわよ」

 

『ひいぃ!』

 

 冗談ではない。今のご時世でISを持たない国の力は無いに等しい。なにより冗談ではないのは鳳鈴音ならばそれが出来るということだ。

 

「さてと……」

 

 鈴は水面で軽くストレッチをして、

 

「アイツ、あの約束覚えてるかなぁ」

 

 それだけが気がかりだ。忘れてたらどうしてくれようか。

 ……とりあえず殴るか。  

 

『あのー? リンちゃん? 盛り上がってるとこ悪いんだけど、IS学園行ったらちゃんとIS使って、織斑くんのISデータとってきてね!』

 

「はぁ? なんでよ」

 

『貴重な世界初の男性IS操縦者なんだから当たり前じゃん!』

 

「やあねぇ。何言ってるのよ」

 

『そっくりそのまま言葉を返したいよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ISなんか乗ったらアイツもあたしも本気出せないじゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

『そんな変態はリンちゃんと織斑くんだけだよ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 イギリス、とある軍事施設。 広大な大地を丸々使った兵器の実験場。

 そこに少女はいた。

 

「…………」

 

 金髪は無造作に一つにまとめられ、煤や埃が付着しているが、それでも少女の持つ気品は損なわれない。

 目には無骨なゴーグルに藍色のツナギで地面にうつ伏せに寝転び、構えていたのは対戦車ライフル。

 イギリス製のアキュラシーインターナショ ナル AW50。

 それのボルトを静かに引き、スコープを覗きゆっくりと引き金を絞る。

 轟音。

 銃身先端の銃口制退器(マズル・コンペンセーター)から12.7mm の弾丸が吐き出された。かなりの反動があるはずだが、少女は顔色一つ変えない。限界有効射程距離1500メートル──それの倍の3000メートル先に設置されたターゲットに着弾したのを確認し、

 

「……まあまあですわ」

 

 立ち上がった。ゴーグルを外しながら軽く伸びをする。髪をほどきながら、後ろを振り返る。後ろには更に大量の狙撃銃。対物、対人等関係なく無造作に積まれている。全て、ISの軍用化にまだ実用可能にも関わらず廃棄されたのを少女が引き取った物だ。

 それは3つの山に分けられており、

 

「こっちは使えなくて、こっちは家に持って帰ってコレクションにしましょう」

 

「……なら、こっちはどうしますか?」

 

 質問を発したのは少女の幼なじみにして専属メイドのチェルシーだ。実に優秀な彼女だかその顔はこう言っている。聞きたくない。

 

「決まってるでしょう? ブルー・ティアーズに量子変換(インストール)しておいて」

 

「お嬢様、いつも言っていますがISを格納庫代わりにするのはやめてください」

 

 驚くことにこの少女は世界最強の兵器であるISを銃の格納庫にしているのだ。

 

「いいじゃありませんの、持ち運ぶの大変ですのよ?」

 

「まず、重火器を持ち歩かないでください」

 

 チェルシーは実に当たり前の事を言っているのだが主である少女は聞く耳を持たない。

 

「いいですか? 今度お嬢様が入学するIS学園は治外法権は確かですが、だからと言って無闇やたらにライフル持ち運んでいいわけじゃないですから」

 

「ISの装備といえば問題ないですわ」

 

「ブルー・ティアーズはBT兵器の実験機ですよ? そんなたくさんライフルがあったらあからさまに可笑しいです」

 

「ホント、面倒なこと」

 

「我慢してください。それに今年は世界初の男性IS操縦者も入学されるんですよ?」

 

「興味ないですわ」

 

 チェルシーは頭痛がしてきた。メイドとして、姉として、彼女を育ててきたがどこでまちがえたのだろう。昔から銃の類いが好きだったが、10歳のときにいきなり失踪して1ヶ月後にアフリカでライフル振り回してるのを発見したときは気絶した。さらに2、3日は寝込んでしまった。やっぱり手遅れだろうか。

 いつからこんなトリガーハッピーになってしまったのだろう。今度は懐から拳銃を取り出した少女を見て、思う。

 ダメかも、と。

 少女──セシリア・オルコットは世界中で最も有名であろうデザートイーグルを二丁両手で構える。

 

「ホント、面倒ですわ」

 

 地平線へ発砲。

 限界有効射程距離など無視して突っ切り、3000メートル離れた先程のターゲットに命中させる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────ISなんて邪魔なだけですのに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんな変態はお嬢様だけです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本のとある街のとある神社の境内。人気のないそこで、少女はひたすらに大太刀を振り回していた。演舞、といえる動きではない。自ら敵を想像しそれに対して大太刀を振るう動きだ。もっとも2メートルもある大太刀を誰に振るうのかは知らないが。

 そこには一切の美はなかった。ただ振るわれるのは無骨なまでの武。だが、それ故に──美しい。着流しに身を包んだ少女は黒髪のポニーテールを振り乱しながら動く。

 それは誰かに見せる動きではない。だが、それは誰もが魅せられるだろう動きだ。振り上げ、振り下ろし、袈裟切り、逆袈裟、横切り、突き、薙ぎ、払い。汗が流れるのも気にせずにひたすらに大太刀を振るう。 そして、大太刀を頭上に持っていき竹割りを──

 

『ほーきちゃん、ほーきちゃん、おねーちゃんだよ! おねーちゃんだよ!』

 

 ピタリ、と止まった。少し離れた所に大太刀の鞘が置かれ、水筒と一緒にその横にある携帯だ。

 

「……ふう」

 

刀を下ろし、朱塗の鞘を取りに行って納刀。鞘にかけていたタオルで汗を拭き、水筒の水を一気飲み。

 

「……ぷはぁ」

 

 体内に水分が染み込むのが分かる。それだけ後回しにしても鳴り続ける携帯を見て、またため息。そして、ようやく携帯を取り通話ボタンを押す、

 

「もしもし」

 

『ハロハロー! おねーちゃんですよーー!』

 

「静かにしてくれなければ斬りますよ」

 

 字が、おかしい。

 

『…………………』

  

 一瞬で黙った。

 

「それで? なんのようですか?」

 

『……………………………しゃべっていいの?』

 

「静かにするのなら」

 

『えーと、ね? ほら、今度ほうきちゃん、IS学園に入学するじゃない?』

 

「ええ、どっかの誰かさんのせいで」

 

 皮肉!? と電話の相手──篠ノ之束は悲鳴を上げる。うるさいと、少女は言い捨てて先を促したが。ちなみにそんなことができるのは世界で彼女を含めて三人しかいないのだが、少女はそれに気づいていない。少女にとって篠ノ之束はちょっと頭のおかしい姉でしかないのだから。

 

『それでね、ほうきちゃん。せっかくIS学園に入学するわけだからさ、ほうきちゃんの為の専用機が欲しいんじゃないかって思ったんだよ!』

 

「いりません」

 

『そうだよねそうだよね! なんたって世界最強の兵器であるISのほうきちゃんの専用機なんだもんね! ほんとうだったら各国の代表や代表候補生とか軍のエリートさんしか持てないオーダーメイドのインフィニット・ストラトスならいくらほうきちゃんだって欲しいよね──っていらない!?』

 

「ええ、いりません」

 

『ええ!? なんで!?』

 

「必要ありませんから」

 

『そ、そんな……。って、あれだよ! ほうきちゃんの専用機はね、なんとなんと第4世代なんだよ! この意味分かるよね!?』

 

「分かりません」

 

『そうだよねそうだよね! さすがにわかるよね! 兵器としての完成を目指した第1世代、戦闘に関する多様性を主眼においた第2世代、そして今各国で研究中のイメージ・インターフェイスを使った特殊兵器の搭載を目指した第3世代。それをさらに越えた第4世代といえばいくらほうきちゃんでもわか──って、わからないの!?』

 

「ええ、興味ないですから」

 

『興味無いって……一応おねーちゃんが青春捧げて、心血注いだ世界最強の兵器なん、だけ、ど、な……?』

 

「ははははは」

 

『なにその笑い!?』

 

 うーあーとか言って電話の向こうでいじけてしまった。口元を歪めながら、地面に座り込む。この姉はいつもこうだ。 些細なことに一喜一憂し、感情のままに生きている。それは誰かにとってはワガママでしかないが、少女にとっては好ましいし、うらやましい。

 少女は感情表現が苦手だから。その少女の代わりというように姉はよく感情を露わにする。だからこそ、少女──篠ノ之箒は姉である篠ノ之束が大好きなのだ。

 

「ああ、そういえば。一つ聞きだいことがあったんですが」

 

『……!? ほうきちゃんが聞きたいこと!? いいよいいよなんでもおねーちゃんに聞いちゃって!』

 

「なぜ──一夏はISに乗れたんですか?」

 

『……………それかぁ』

 

 束は痛いところを付かれたように、呟いた。

 織斑一夏。

 それは大天災篠ノ之束の世界唯三の研究対象の一人で篠ノ之箒の幼なじみ。

 

『正直言うと、おねーちゃんにも分からないんだよねぇ。どうして男性には使えないのかも分かってないくらいだから』

 

「本当、ですか?」

 

『ホントだよ、──信用できない?』

 

「いいえ、信頼してますので」

 

『……そっか。えへへ』

 

 きっと。

 きっと電話の向こうで束は笑っているのだろう。箒が大好きな天真爛漫な笑顔を。

 

『……それでほうきちゃん、ホントにISいいの? スゴいできるよ?』

 

「まぁ、今はいいです。それに知っているでしょう?」

 

『あ、ダメだよ。ほうきちゃん、それ言うと泣いちゃうよ?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──私にとってISは枷でしかないので」

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんな変態はほうきちゃんといっくんとちーちゃんだけだよ! うわーん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 チン。

 

 日本のとある剣道場。そこに少年はいた。

 真っ白な剣胴着に黒髪黒眼でかなり顔立ちの整った少年だった。

 

 チン。

 

 少年はよく解らないことをしていた。いや、何をしていたかは少年の左腰に携えられた刀とチンという音から推測出来るだろう。つまりは少年が刀を抜刀し、振り、納刀する音──なのだろう。

 

 チン。

 

 おかしかったのは──少年の右手が時折見えなくなることだ。別に右手そのものが透明になっているわけではない。ただ──肘から先が霞んで消えるのだ。

 

 チン。

 

 それと同時に音がなる。鍔なりの音が。見えない右手と音だけの鍔鳴り。

 

 チン。

 

 右手で柄を掴んで。刀を抜いて。振りすぎない程度で止めて、納刀。

 

 チン。

 

 それはつまり他人に認識させない超超高速の抜刀術。

 光速の──抜刀術。速すぎる抜刀術。抜刀と納刀という相反する現象を同時に顕現させる抜刀術。

 

 チンチン。

 

 音が、変わった。一つの音が二つに。 

 ──否。

 

 チンチンチンチン。

 

 二つが四つに。

 

 チンチンチンチンチンチンチンチン。

 

 四つが八つに。

 

 チンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチン。

 

 八つが十六に。本来あるはずの刃の煌めきはなく、音だけが増えていく。

 

 チンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチン──ヒュッ。

 

 異音が混じった。出所は少年の背後の剣道場の入口。そこから投げられビールの空き缶一つにジュース缶一つだ。 少年の後頭部目掛けて放物線を描いて跳ぶ。鍔鳴りが一瞬止まった。一瞬止まり──少年の背後一メートルを過ぎた辺りで、

 

 チンチンチンチン! 

 

 空き缶が細切れになった。縦に横に斜めにバラバラに切り裂かれる。空き缶……だったモノは床に落ち、ジュース缶はいつの間にか後ろを向いていた少年がキャッチした。

 二つの缶を投げつけたのは入口にいた長身の女性。

 黒髪に鋭い瞳、鋭利な雰囲気でどことなく少年に似た女性だった。それもそのはずで女性──織斑千冬は少年の姉である。

 そして、なにより──『世界最強(ブリュンヒルデ)』といわれる存在でもある。

 少年は文句を言うが、聞きながされる。聞きながされながら千冬は少年に近づき、ある書類の束を差し出した。

 どことなく頭の痛そうな顔をして。

 少年も困ったようにそれを受け取る。片手でジュース缶を開けて一気に煽りながら、それを見る。

 そこにはこうあった。

 

『IS学園入学説明書 織斑一夏殿』

 

 それは世界初となる男性IS操縦者の少年──織斑一夏に対する説明書という名の強制呼び出し書だった。

 

 

 

 

 




いろいろ言いたいことがあるでしょうけど感想へどうぞ。


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第弐話

織斑一夏は考えていた。 この状況をどう切り抜けるのかを。別に命の危険があるわけではない。 ヒグマ10頭に囲まれてるとかホオジロザメに追いかけられているとか頭の上から岩石が大量に落 ちてくるわけではない。いや、そうであったほうが楽だったけど。

 

視線。前から、後から、右から、左から。やたら、変な視線が注がれている。前後左右占めてい るのは全員女子。というか、前のは副担任の女性だ。なんていうのか、こう、見ていいのかよくな いのかあんまりわからない、といった視線だった。確実見られているのは分かるが、視線を追うよ うに辿ってみたら直ぐに消える。

 

まあ、どうしてそんな視線が送られるのか分からなくもない。 なにせ、織斑一夏は世界初の男 性IS操縦者なのだから。 IS、正式名称インフィニット・ストラトス。 女性のみが扱える世界を変えた究極の兵器……なのだが、一夏は大して詳しくなかった。有り体に 言って興味が無かったから。興味ないのに何故か乗れてしまったのである。そこらへんは開発者で ある姉の友人に聞いても分からなかった。 けど、一夏にとってはそんなことはどうでもいい。今はとりあえずは、この女子だらけの空間を どうすればいいのだろか。先に言っておくが一夏とて、女子に興味が無いわけではない。一青少 年、紳士のたしなみとしてエロ本の一冊や二冊持っている。だか、それでも、自分以外の人間が全 員女子なのは精神的にキツい。 大体、ジロジロ見られるのではなく、見られたり見られなかったりするから逆にストレスが溜 まっていく。 なにかおかしいのだろうか。入学初日なのだから普段は付けない整髪料も付けてきたし、制服も 着崩したりしていない。おかしいところはなにもないはずだ。

 

本当に見当がつかないので、この教室で唯一知り合いの幼なじみに目を向ける。 だが、彼女は窓際の席で背筋を伸ばしながら、目を伏せている。絵になる光景だか、あれは落ち 着いてるわけではない。 一夏には分かる。 あれでかなりテンパっているのだ。あの幼なじみは対人スキルゼロなのだ。 使えない。 さあ、どうするか。 とりあえず自己紹介のセリフでも考えよう。そう、思いながら左腰のベルトに挿した白塗りの鞘 に納められた日本刀に手を当てた。

 

 

1年1組の女子生徒29人は困っていた。 否、正確に言うならば9割ほどの日本人生徒たちだ。 彼女たちは一様に思った。

 

(どうして、織斑くんは日本刀なんて持ってるんだろう……)

 

怒られないのだろうか。余りも自然体で持っているから気づかれない、なんてことはあるまい。 明らかにおかしい。 だが、しかしいくら男性初のIS操縦者とて日本刀を当たり前のように持っている男に関わりた くはない。彼女たちにできるとこは。チラチラと盗み見ることくらいだった。

 

ちなみに数人いる外国人生徒はあれがジャパニーズサムライかと感心していた。

 

・・・・・・・・・・・・

 

篠ノ之箒は困っていた。

 

(自己紹介、どうしよう……)

 

周囲の様子には、気づいていない。

 

・・・・・・・・・

 

山田真耶は困っていた。 IS学園1年1組副担任になったことはよかった。 担任が憧れの先輩なのはかなり嬉しかったし、過去に日本代表候補だった自分の持てる技術を後 輩たちに教えることができるのも嬉しかった。その上で、生徒の一人が世界初の男性IS操縦者と いうのは正直不安だったが素直に頑張ろうと思えた。

 

だが、しかしだ。 いくらなんでも──当たり前のように日本刀を携えている少年にどうやって対応の仕方なんて知 らない。

 

(ど、どどどどどうすれば)

 

確かに彼は彼女の先輩の弟なので、剣道とかやってるのかなーとか思ったがまさか日本刀をぶら 下げているとは。 クラスの皆もチラチラとしか彼を見ていない。 というか、怖くてガン見なんてできないのだろう。

 

(あ、今刀に手を添えました)

 

もう、泣きそうである。だか、泣いている場合ではない。 自己紹介。 クラス始めの恒例行事、自己紹介。今ほどそれの存在を恨んだことはない。 彼の番は次だ。ちゃんと聞かなければ─────斬られるかも。

 

そして、彼の前の子が終わった。何やら考え事をしている彼に声をかけなければならない。

 

「え、えーとじゃあ、お、織斑くん? 織斑くんの番なので、い、いいかな?」

 

ありったけの精神力を振り絞った。南無三、と信じてもいない神に祈りすら捧げた。あれ? 仏 だっけ? それが届いたかどうかは知らないが、

 

「あ、はい」

 

あっさり受け入れてくれた。

 

「えー、織斑一夏です。なんやかんやでISを動かしてしまいました。ISに関しては素人同然な のでよろしくお願いします」

 

(あ、あれ? い、意外とまともな人?)

 

皆の心の声が重なった。

 

「趣味は家事、鍛練。特技は切断、みじん切り」

 

(……り、料理が、好きなのかな……?)

 

また重なった。

 

「あとは……えっと、好きなモノは────日本刀です」

 

にっこり笑っていた。

 

(ひいぃっ!)

 

声を出さなかったのは、奇跡だと思う。真耶の涙腺が決壊する、ホンの一秒前のことだった。

 

パパアン!

 

救世主が現れた。 何故か最初の音が連続したことには、気づかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

織斑千冬は頭痛がした。仕事を終わらせて、後輩の真耶に任せた教室に行ったら弟が教室を凍ら せていたからだ。 とりあえず、制裁として無駄だと分かりながらも頭に出席簿を振り下ろす。

 

パパアン!

 

「……はあ」

 

「……何すんだよ、千冬姉」

 

眉を顰めながら弟が文句を言ってきた。 案の定、痛そうにする気配はない。

 

「織斑先生、だ。なんども言っただろう。そしてその刀はせめて竹刀袋に入れろ」

 

「……わかりました、織斑先生」

 

「よし」

 

ほんの少しだけ頭痛が和らぐ。 が、窓際のほうから視線を感じて見れば自分の親友の妹が口の動きだけで、

 

(……残念でしたね)

 

頭痛がぶり返した。 今のを視認する人間がいること自体が頭痛の種だ。 まさか他にもいないのかと教室を見回して見れば、金髪ロールの女子が感心したように口元に手 を当てていた。

 

(……………………)

 

頭痛が、ひどくなった。 何故だ。

 

何故〈音速で振り下ろした出席簿を他人に認識できない光速の抜刀で弾き返したなんてこと〉が 視認できるのだ。

 

二度と響いた最初の音は千冬が振り下ろした出席簿が音速を超えた音。

 

二度目に響いた音は一夏が出席簿に反応して親指の動きで刀を弾いて抜刀し、刀の柄が出席簿を 打撃した音だ。

 

(また、頭痛薬が友達の日々か……)

 

教室に今のを視認する変態が3人。 大丈夫か、このクラス。 すでに真耶は涙目で生徒たちも引いている。 担任に着任して最初の仕事が教室の雰囲気の入れ替えなんて、また頭痛の種が増えるのだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

微妙な雰囲気に終わったホームルームと一時間目の授業後。 一夏は、幼なじみの篠ノ之箒と共に屋上にいた。 放課の短い時間で来るには適していない場所だが、教室で見せ物にされるよりは良かった。 開口一番彼女は、

 

「腕は落ちてないようだな、一夏」

 

「まあな、当然だろ。箒」

 

ニヤリと、二人で笑い合う。

 

「1年ぶりかくらいか。去年の剣道の県大会の予選以来だな」

 

「懐かしいなぁ、二人して失格になったよな」

 

「私はまだあの結果に納得してない」

 

「何言ってんだよ。自分で2メートルある竹刀作って失格とか当然だろ」

 

「構えを抜刀の構えにして、やる気なしと見なされて失格したヤツに言われたくないな」

 

……………。

 

「ふ」

 

「は」

 

一夏は左腰の刀に手を添えて。 箒は腕を組みながら。 笑った。

 

「相変わらずの抜刀バカのようだ」

 

「そっちこそいつものバカデカい大太刀はどうしたんだよ」

 

「あれは学校で持ち運ぶのには不便だからな」

 

そう言って、箒は左手首の金と銀の鈴がついた赤い紐を見せる。

 

「姉さんに頼んでISに量子変換(インストール)してもらった」

 

「いいな、それ。ていうか、お前の専用機ってやつなのか?」

 

「そうらしいが、まだ量子変換(インストール)機能しか使えない。開発中のをくすねてきたから な」

 

「束さん怒んなかったか?」

 

「いや、逆に喜んでた。ついに私がISに触れたのが嬉しかったらしい。あとは……なんか第4世代 がどうとか言ってた」

 

「? どういう意味だ?」

 

「知らん」

 

もし、ここに少しでもISに詳しい人間がいたら仰天していただろう。 ISを倉庫代わりにしていることと未だに詳細不明な第4世代の話が出てきたことに。

 

キーンコーンカーンコーン。

 

放課終了のチャイムだ。

 

「戻るか」

 

「応」

 

二人で屋上を出ながら、一夏は思う。 先ほどは箒に聞かれたことだか、

 

(箒も腕は落ちなさそうだな)

 

歩くという動作の一つ一つが洗練されている。バランス、体幹、姿勢、それらが全くブレない。 歩くという動作は余りも当然の事なのでどうしてもそれぞれの癖が出たり、無造作になりがちだ。 かくいう一夏も抜刀の際に右足を前に出すことが多いから、重心が僅かに片寄っている。 箒にはそういう余分な癖がない。自身の体を十割に、そして十全に扱えているということだろ う。大太刀という扱い難い武器を使っているからか、異常なまでの身体操作術だ。一夏でも、そこ まではできない。 一夏の、知る限りそんなことができるのは箒の他には──

 

パパアン!

 

後ろで出席簿を振り下ろした世界最強の姉くらいだ。

 

「織斑……次に防いだら本気(・・)で殴る」

 

「……了解です、織斑先生」

 

さすがにソレは、防げない。



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第参話

「ちょっと、よろしくて?」

 

二時間目の放課中。 授業の内容に頭を痛めていた一夏は突然声をかけられてた。 振り返れば、そこには見知らぬ少女。 金髪ロールだった。

 

「ん、おう。えっと……」

 

「セシリア・オルコットですわ」

 

「織斑一夏だ、よろしくな。オルコットさん」

 

「セシリア、で構いませんことよ? これから一年間クラスを共にするのですから。私も一夏さん と呼ばせてもらいます」

 

「わかった、よろしくな。セシリア」

 

「ええ」

 

(……いいヤツだなぁ)

 

これが、アレか。 英国淑女。 箒みたいな大和撫子(外見のみだけど)とはまた違う。 それに、話しかけてくれたことが正直嬉しい。 ホームルームの一件のせいでクラスの皆が遠巻きに眺めるだけで、話しかけてくれなかったの だ。 さすがに入学初日から友達無しというのは寂しい。 箒は別として。

 

「それで、一夏さん。もしよかったら頼まれて欲しいことがあるんですが」

 

「ん? なんだよ、言っておくけどIS関連に関しては何にも分かんないからな?」

 

「構いませんわ。私も一応イギリスの代表候補生ですがIS理論は全く知りませんもの、あんなモ ノ感覚ですわ」

 

「そ、そうか………」

 

いいのだろうか、それで。 代表候補生とやらが何かか詳しくはしらないけれど、文字的に意味はわかる。 ふと視線をズラして見れば、制服を着ぐるみっぽく改造した少女と目が合い、

 

(そんなモノなのか?)

 

(そんなわけないよー)

 

奇跡のアイコンタクトが成立した。 後で声をかけようと心に決めておく。

 

「それでですね、一夏さん。頼みというのは────」

 

「なんだよ? なんでも言ってくれ」

 

「────その刀を見せて欲しいんですが」

 

「─────」

 

驚いた。 かなり、驚いた。 無論それは一夏だけではなくクラスの皆もだし、箒でさえ視線がこちら向いている。 よもや、お嬢様然としたセシリアがそんな事を言うとは。 何を考えているのか。 分からないが、一夏の答えは決まっている。

 

「悪いが無理だ」

 

「……理由を聞いても?」

 

「理由は二つある。──まず一つ目はコイツが本物だってことだ」

 

クラスの皆がやっぱり、と肩を落としているがこれはハッキリさせなければならない。

 

「本物の刀──刃物だ。つまりはコイツで人を殺せるんだ。俺は許可を取ってるから持ってるけ ど、だからといって簡単に他人に人殺しの道具を渡す訳にはいかないんだ」

 

日本刀──つまりは人殺しの道具。 一夏自身は自分の刀で誰かを傷つけようとは思わないが。 それでも刀というのは誰かを傷つける武器だ。 振っても、振らなくても。 抜いても、抜かなくても。 刃は肉を断つし、鞘でさえ骨を砕く。 許可をとってるとはいえ──否、取っているからこそそう簡単に渡すことは出来ないのだ。

 

「そう、ですか(ていうか許可取ってたんですね)……」

 

「二つ目は俺が抜刀術士だってことだ」

 

「どういうこと──」

 

キーンコーンカーンコーン。

 

三時間目の授業の合図だ。 どうやら話はここまでだ。

 

「……時間切れのようですね。無理言ってすいませんでした」

 

そう言ってセシリアはあっさりと戻ってしまった。 もうちょっとくらいはよかったんじゃないだろうか。

 

・・・・・・・・・・・・

 

「では授業の前に再来週に行われるクラス対抗戦に出る代表者を決めておこう」

 

開口一番に千冬はそう言った。

 

「クラス代表者とは……まあ、そのままの意味だ。対抗戦だけでなく、生徒会やら委員会にも出なけ ればならないからそういうことも考えて立候補してくれ。自薦他薦も問わん。……いいか? 戦闘ス キルだけじゃなくて、事務仕事もあるんだからな?」

 

後半の方は一夏、箒、セシリアを順番に見据えながら言っていた。 三人とも気づかなかったが興味もなさそうだ。 そのことに千冬がホッと一息つこうとして、

 

「はーい、織斑くんを推薦しまーす」

 

ゴトン!

 

額を教卓に打ちつけた。

 

「お、織斑先生!?」

 

「だ、大丈夫だ。山田先生」

 

大丈夫じゃない。 一夏がクラス代表者になんかなったらさらに頭痛の種が増える。 なんとかならないかと思うも、最初の一人を皮切りに他の生徒も一夏に票を入れ出した。 あんなに引かれてきたのに。 一夏意外に立候補しようとする生徒もいない。 このままでは一夏に決定してしまう。

 

(ず、頭痛薬……!)

 

「……それで他にはいないのか? このままでは織斑が無投票当選だぞ……?」

 

誰か立候補しないだろうか。 いや、それ以前に一夏が拒否してくれれば、

 

「うーん、まあ推薦された以上はちゃんとやらないとダメだよな」

 

意外に乗り気だった。 教育が正しすぎたか。いや、正しかったらこんなにも頭痛はないはずだ。

 

「──お待ちください」

 

と、立ち上がったのはセシリアだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その人選には異議ありですわ」

 

顔を後ろに向けれない。 織斑一夏はセシリア・オルコットの発言にそこそこショックを受けていた。 さっきまで仲良く話せていたと思ったのに。 まさかだった。

 

「一夏さんは確かに人格的にも……恐らくは力量的にもこのクラスの代表としては問題ないとは思い ます。ですが──」

 

なんだ、なにがいけないんだ。 一夏は脳みそを高速回転させなにが悪いのかを考える。 そして、セシリアは言った。

 

「────今時、刀なんて前時代的な武器で戦うのはどうかと思います」

 

「─────────────あ?」

 

瞬間、二つの種類の二つの気がクラスを押し潰すように広がろうとした。 出所は織斑一夏と篠ノ之箒。 一つは怒気。 そして、もう一つは剣気と言えるものだ。

 

剣気。

 

斬る、と。 ふざけたことを言っているな斬るぞと。 言葉にせずとも二人から放たれる強烈な剣気がそう言っている。 抜刀術士と侍。 振るう刀に違いがあれど、刀を振るう二人。 その二人が刀を侮辱されて怒らないわけがない。 二つの気に真っ先に晒されたセシリアは、しかし不適に微笑む。 常人ならばそれらに触れただけで気絶してしまう密度だ。 まるで動じてない。 一夏が刀に指をかけ、箒が左手首に手を添えて怒気と剣気が他のクラスメイト達に伝わろうとし た──直前。

 

パシン。

 

乾いた音が全てを霧散させた。 余りにも絶妙なタイミングだった。 視線が音の出所──出席簿で教卓を叩いた織斑千冬に集まった。 彼女はやはり頭を痛そうにしながら、

 

「それで、何がいいたいんだ? オルコット」

 

「……ええ、ただ刀なんかを振り回している人にクラスを任せてもいいのかと思いまして」

 

さすがにカチンときた。 一夏は立ち上がりセシリアと対峙する。

 

「なんだよセシリア。馬鹿にしてんのか?」

 

「いいえ? ただ今時の武装といえば銃がいいのではないかと思いまして」

 

「銃? ああ、あの鉛玉がでる筒ね、なんだよあんなのどこがいいんだよ。刀のほうがいいだろ」

 

「なに言ってますの? 銃のほうがいいに決まってます。刀なんて刃こぼれするし折れるし錆びる し」

 

「ちゃんと手入れすればいいんだよ、然るべき達人の手で使われてるのなら滅多なことじゃ劣化し ない。銃の方が弾詰まりとか暴発とかするんだろ?」

 

「それこそ滅多にありませんわ。それに銃ならば離れても相手を制圧できます。わざわざ近づかな ければならない刀と違って。知ってます? 銃は剣より強しって言葉」

 

「避ければ問題ないだろ、そしていいか? 銃は剣より強くても刀は銃より強いんだ。知らないん だろ?」

 

「あら、それなら教えてほしいですわね。刀の怖さというものを」

 

「いいぜ? ついでに俺も教えてほしいな銃の怖さってやつ。 生憎手袋なんて持ってないから明日果たし状書いて持ってくるからな、首洗って待ってろ」

 

「首と言わず全身洗ってお待ちしますわ」

 

「は、はははははは」

 

「ふ、ふふふふふふ」

 

こうして。 IS学園最初の対戦カードが抜刀術士vs狙撃手と相成った。

 

「……お前らクラス代表はどうなった」

 

(……なんか怖いこの二人)

 

頭痛持ちの教師とドン引きのクラスメイトを置き去りにして。

 

 



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第肆話

「えーと1025室、ここか」

 

放課後、織斑一夏は女子寮にいた。別に侵入しているわけではない。彼の部屋が女子寮にあるの だ。本来なら一週間は自宅通学だったのだが大人の事情でいきなり寮暮らしらしい。 15歳の青少年を女子寮に放り込むのは倫理的にどうかと思ったが、

 

『お前がなにもしなければ問題ない。というか……頼むから問題を起こすな』

 

と、言われてはどうしようもできない。というか、一夏は姉に迷惑をかける気はまったくないの だ。 ……実際は別として。 そんなわけで、一夏は携帯の充電器と刀の手入れセットを片手に自室にたどり着いていた。

 

ドアノブに手をかける。鍵はかかっていない。 中に入れば、

 

「───」

 

まず目に入るであろう二つの大きめのベッド。まるで高級ホテルのようだ。 備え付けのシステムデスクもかなりの高級品だろう。

 

だがそれらに一夏は目を向けなかった。部屋に入った瞬間他人の気配を感じたから。織斑一夏は こと気配に敏感だ。と言うよりも、自身が把握する空間が広い。 攻撃範囲ではなく把握範囲。 だからこそ──部屋のバスルームに誰かが入るのに気づいた。仮に不審者だった場合の為に腰の 刀に手をかけ(無論、ルームメイトの場合もあるので殺気も剣気は出さずに)、目を細める。 だがドアが開き、

 

「……ん? なんだ、一夏か」

 

全裸にバルタオルだけという些か刺激的な格好で出てきた箒にはさすがに反応できなかった。

 

「んなっ!」

 

「なんだ、お前が同室か」

 

「え、お、おう。らしいな」

 

「そうか」

 

全く動じない箒に動じる一夏。

 

「まぁ、あれだ。ヘタな気遣いしなくていいな。よろしく頼むぞ」

 

「お、おう」

 

「ああ、それとお前、今日の……セ、セ、セシ、セシ………………セッシーとの決闘はどうするつもり だ?」

 

「ああ、明日やるってさ。千冬姉が面倒事はなるべく早く済ませたいんだって、とりあえず訓練機 を使うことになった。……後、お前名前分からないからって変なあだ名付けるな」

 

「うるさい。……なんだ、IS使うのか」

 

「当たり前だろ。IS学園だぞ、ここ」

 

「……つまらんな、分かっているのか? アイツは……」

 

「分かってる」

 

「…………なら、いい」

 

「おう」

 

「後は……そうだな、しばらく一緒に住むんだから色々決めておかなければな」

 

「だな。……あと、一ついいか? 箒」

 

「なんだ、こういうのは最初が肝心だからな。ハッキリ言え」

 

「なら言おう。いいか? 箒」

 

「うむ」

 

「服を、着ろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……もう一回言ってくれますか? お嬢様』

 

「ですから、明日一夏さんと決闘することになりましたの」

 

セシリアは自室で英国のチェルシーと連絡を取っていた。 というか、事後報告だが。

 

『……初日でファーストネームで呼び合う仲になったことを喜べば良いのか、いきなり決闘になった ことを嘆けばいいのか……』

 

「喜んでいいと思いますわ、まさかこの極東であんな殿方に出逢えるとは思いませんでしたわ」

 

『……そんな凄い方なんですか?』

 

「ええ、性格もよろしかったし何より雰囲気が」

 

『雰囲気、ですか?』

 

「雰囲気というより気配と言った所かしら」

 

セシリアの口元がほころぶ。

 

「なんて言うのでしょうね……刃。研ぎ澄まされ磨き上げられて尚、鞘に納められたら一刀」

 

どうしようもなく斬れる刀のような気配を持ちながら、それを無闇に垂れ流しになんかしていな い。事実として、最初のホームルームの時彼の日本刀には皆引いていたが彼自身(・・・)に怯え る生徒はいなかった。クラス代表決めの時だって誰かは知らないが彼を推薦し、他の生徒も賛同し たから間違いない。

 

そして、その上でのあの剣気。納められた一刀が抜き放たれる瞬間に放たれる剣の気配。 あれはたまらない。

 

自分が持つ中てるため気配とはまた違ったし、それにもう一人の──確か箒とかいった彼の友人 らしき少女も違った。織斑一夏が鞘に納められたら一刀なら、彼女は抜き身の刃だ。間違いなく ──彼も彼女も強い。

 

「フフ、明日が楽しみですわ」

 

『ISで闘うのですよね?』

 

「らしいですわ。ただ、急なことなので一夏さんは訓練機を使うらしいですの」

 

『……勝負になりますか? お嬢様は仮にも代表候補生で彼はISに関しては素人なんでしょう?』

 

「関係ありませんわ」

 

そう、もし仮にも一夏がろくにISに乗ったことのない素人だとしても。 自分が専用機で彼が訓練機という明確な機体の差があったとしても──関係ない。

 

noblesse oblige(位高ければ徳高きを要す). 仮にも英国貴族。決闘とならば本気と全力を もって相対するのが礼儀ですわ」

 

『……それだけ旦那様と奥様に聞かせればお喜びになさるでしょうに』

 

「そういえば、お父様とお母様は元気かしら?」

 

セシリアの両親は今時珍しいおしどり夫婦だ。彼女が幼かった頃は険悪だったらしいが今では仲 がいい。どうやって仲直りしたかは知らないが。

 

『………娘が嬉々として銃を振り回してたら、喧嘩してる場合ではないでしょうからねぇ……』

 

「? 何か言いまして?」

 

『いいえ、なにも』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで? なんで織斑くんを推薦したの?」

 

「んー、見てみたかったからねー世界初の男性IS操縦者をー」

 

「それだけ?」

 

「それだけー。凄いんだよーおりむー。どうやったかは分かんないけど織斑先生の出席簿アタック 防いでたしー」

 

「ふうん……。本音でも見えなかったんだ」

 

「見えてたのはイギリス代表候補生のセッシーにモッピーだけだったよー」

 

「……セッシーはともかく、モッピー? 誰?」

 

「えーと、篠ノ之博士の妹さーん」

 

「ああ……。それで、織斑くんとオルコットさんが明日決闘するわけだ」

 

「うんー。楽しみだよー」

 

「私も時間あったら見にいこうかな……………っ!」

 

「んー? どしたのー? 突然、意味もなく包帯が巻かれた右手を抑えてー」

 

 

 

 

「─────────っ! 落ち着け、私の右手……! だめだよ、こんなところで暴走させるわけ には……!」

 

 

 

 

「……ああー。いつもの発作かー」

 

「……ふう、危なかった。もし私の封印されている右手が暴走してたら学園が吹っ飛ぶ所だった よ……」

 

「そっかー、頑張ったねーかんちゃん。それはそうと、今日はなに造ってたの?」

 

「ん……そうだそうだ! 聞いてよ、ついにできたんだよ!」

 

「何がー?」

 

「物体の分子構造を読み取って、最も脆い箇所を線と点として映し出すコンタクトレンズだよ! もちろん色は蒼!」

 

「おおー」

 

「ふふふ、名前は……うん! 『全て見殺す魔眼(バロール)』なんてどうかな!?」

 

「かっこいー」

 

「そうでしょそうでしょ!」

 

「いえーい」

 

「これで私の『具現幻想(リアルファンタズム)』シリーズも77番目! 目指せ666番だ!」

 

「あはー、楽しそうだねかんちゃん。ていうかーISの開発はいいの?」

 

「ん? いいんだよ、だって──」

 

「テンション高いねー」

 

「──ISよりも私の発明品使ったほうがいいからね!」

 

「だよねー、あははは」

 

 

 

 

 



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第伍話

推奨BGM:唯我変生魔羅之理


IS学園第3アリーナ入学翌日。気持ちいいくらいの晴天の中、二人がいた。 一人は金髪ロールの少女。その身体にコバルトブルーの機体を纏っており、何より目にはいるのは長大なビームライフルだ。さらに は彼女の身体から独立して浮遊するビット。 彼女──セシリア・オルコットはそれらをまるで騎士の槍と盾のごとく携えていた。

 

もう一人は黒髪の少年。 その身体に無骨の銀灰色の機体纏っているが、手にしているのは右手の近接用ブレードが一振りのみ。だが、決して軽装というわけ ではない。すでに少年──織斑一夏からにじみでている剣気と合わさって感じさせる印象は武士。

 

空を飛ぶことなく一夏とセシリアは距離二十メートルほど離れて、向かい合う。

 

「いい天気ですわね」

 

「だな」

 

「──こんな日なら負けても気持ちいいと思いますわよ?」

 

「──へえ。セシリアは負けた後のことが心配なのか」

 

「あら、なに言ってますの? 一夏さんが負けたときの話しでわよ?」

 

「面白い冗談だな。誰が、誰に負けるって?」

 

「あなたが、ですわよ。大体訓練機を使って私に勝てるとでも?」

 

「余裕だな」

 

「……ふ、ふふふふ」

 

「ははははは」

 

『…………………もういいかお前ら。時間が押してるんだ』

 

乾いた笑いを浮かべ、そして目が笑っていない二人にスピーカーの声が降り注ぐ。 アリーナの管理室にいるであろう千冬だ。

 

『ルールは二つ。ISのシールドエネルギーが零になった時と降参した時を決着とする。これは今朝織斑から申告があったルールだが、 異存はないな?』

 

「はい」

 

「はい」

 

『よし、では早速始めるぞ』

 

空気が、張り詰める。 一夏の剣気とセシリアの中てようとする気配──射気とでもいうのか──が高まっていく。 一夏とセシリアは互いに笑みを浮かべ、

 

「織斑一夏、機体『打鉄』──」

 

「セシリア・オルコット、機体『ブルー・ティアーズ』──」

 

『試合──』

 

「──参る!」

 

「──参ります!」

 

『──開始!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一夏はことISに関してはセシリアよりも圧倒的劣っていると分かっていた。なにせ自分の稼働時間は精々十数分。対して代表候補生 であるセシリアは300時間を超えるらしい。 話にならない。 せめてと思い、朝から打鉄を使わせてもらったがそれでも動きの確認や自己の感覚との誤差を修正したくらいだ。 唯一救いだったのはクラスメイトののほほんさん(本名は教えてくれなかった)がセシリアの機体について何故か教えてくれたこどた。

 

イギリス製BT兵器実験機第三世代IS『ブルー・ティアーズ』 。 主な武装はビームライフルとセシリアの意思に従って自律する小型ビット『ブルー・ティアーズ』。それに近接用小型ブレード。

 

明らかに、中遠距離型の機体だ。

 

それが分かった瞬間に一夏の戦法は決まった。

 

離れたら『打鉄』装備では話しにならない。それに昨日のセシリアとの会話の後では重火器の類も使えない(使う気もないが)。故に、 一夏が選んだ戦法は、

 

(一気に接近して、斬り伏せる!)

 

開始合図の瞬間に前に飛び出す。それと同時に瞬間加速(イグニッションブースト)を発動。一歩目からフルスピードに乗った。ブ レードを下段に構え、空気抵抗を減らす為に体を大きく前に傾けて──

 

「……っ!」

 

それまで一夏の顔があった所に蒼い閃光が走った。目を、見開く。何かなんて分かりきっている。 セシリアの狙撃だ。 速い。開始の合図からまだ一秒すら経っていないのに。

 

意識を慣れないISの操作に向けていたとはいえ一夏が気づけなかったほどだ。セシリアを見ればライフルを突き出した状態で、目を 見開き口が小さく動いているのが分かる。 外れた? と。

 

互いの戸惑いは一瞬。

 

「──!」

 

一夏は加速し、セシリアは狙撃する。狙いをつけているのか怪しいが、寸分違わず一夏の各急所に放たれた。 それを一夏は回避なんてしない。

 

全て切り落とす。

 

普段から光速の抜刀を行う一夏からすれば見切るのは容易い。自身の得物でない近接用ブレードでは鞘もなく、全力で振ればブレー ドそのものが自壊するかもしれないので速度は音速を軽く超えた程度。無論、斬撃により速度を落とすことなど有り得ない。 むしろ、勢いを増していく。

 

数秒で自分とセシリアの距離を半分に詰める。 さらに瞬間加速(イグニッションブースト)を発動させようとした瞬間、視界に新たな影が現れた。 蒼い小型のビット。 先端に蒼い光を宿し、今にも発射寸前のそれが一夏の目の前に二つ。 それは、

 

「ブルー・ティアーズ!」

 

「まずは踊ってもらいますわよ! 私と『蒼い雫(ブルー・ティアーズ)』のワルツを!」

 

「生憎刀振ってばっかだったからなぁーー」

 

言葉の途中でレーザーが放たれる。 切り落とす。 だが、すでに数発分チャージされていたらしく連射してきた。それらも切り落とし、軽く跳躍。二つの内より地面に近い方を踏み潰 す。ビットごと地面が砕かれた、それの衝撃を利用してもう一方を蹴り上げる。破壊までは至らなかったがぶっ飛んだ。

 

「ーー踊れねぇよ、そんなの!」

 

そして、前へと加速─しようとして本能的にやめた。

 

「!」

 

腹と胸辺りに横一閃の光線が走る。 横から来た別のブルー・ティアーズの狙撃だ。 ブルー・ティアーズとは結構離れているので、光線自体に対処する。横から伸びているので斬っても効果は薄い。傾けていた体をさ らに前に倒す。地面スレスレに顔を近づけてくぐり抜けた。顔を上げて視線をセシリアに向ける。狙撃をすべて打破し進む一夏を前に し、それでも彼女は笑みを浮かべていた。 再加速し、距離を詰め、

 

「……シッ!」

 

振った。下段からの一刀だ。 それに対しセシリアは、

 

「お行きなさい」

 

ブルー・ティアーズを一基、割り込ませた。

 

「!?」

 

意図は読めないし、動き止められない。振り上げた一刀はブルー・ティアーズに刃を食い込ませ、

 

「うおっ!?」

 

爆発した。四基あるレーザー放つビットではなく、二基しかないミサイル型だ。それの内蔵されたミサイルが爆発したのだ。互いの シールドエネルギーが削られ、たまらず一夏も後ろへ跳躍す。ブルー・ティアーズを一基犠牲してセシリアは一夏と距離を取った。

 

「おいおい、それ一応主武装じゃないのかよ。いいのか? そんなに簡単に無くしちまってよ」

 

「構いませんわ、最終的にあなたを倒すのなら」

 

「はっ、言ってろよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

セシリアはレーザーを連射する。狙いをつける時間は零に近い。さらに同時に残ったブルー・ティアーズも稼働させながら。全ては 一夏に接近を許さない為だ。如何に訓練機といえども彼が振るえばただでは済まない。避けるのも無理だ。先ほどは彼の速度を見極め るために動かずに迎撃したが理解した。自分では織斑一夏の一刀を見切れない。なんとかブルー・ティアーズを一基犠牲にして防いだ が、何度もできる回避方法ではないしその前に想定外にもう一基潰された。

 

だから、セシリアはひたすらに距離を取る。距離を取り、レーザーを放ち、隙を窺う。空に上がれば一方的に攻撃できるが、セシリア はそれを選択しない。一夏は地上での動きならともかく、空中の動きには慣れていないからだ。

 

舐めている、わけではない。 余裕と言ってほしい。 有利になるくらいなら、自らから不利を選ぶのがセシリアの思う貴族だ。

 

noblesse oblige(位高ければ徳高きを要す).

 

常にセシリアが胸に秘める言葉だ。

 

(……そういえば)

 

昨日は聞き損ねたが、彼にも何か彼なりの信念があったはずだ。

 

「そういえば一夏さん」

 

「なんだよ」

 

「昨日の話しの続きを聞かせてもらえませんか?」

 

「んー、あれか。……でもなあ、今刀も鞘もないから話しにくいな」

 

「なら、使えばいいじゃありませんの。別にシールドエネルギーがなくなる前ならISから降りても負けにはなりませんわ」

 

「…………でもなあ」

 

どうやら彼は乗り気ではないようだ。呑気に顔をしかめている。因みにこの会話中もレーザーは途切れていないし、一夏も全て落と している。

 

「なら、いいですわ」

 

「え?」

 

「──────使わせるだけですの」

 

瞬間、セシリアは全神経をライフルとビットの銃口に集中させる。

 

中れ。 当たれ。

 

それだけを願い引き金を引き、ビットからレーザーを発射させる。 都合四本。 同時に放たれた、一夏へと走る。二本だけは分かりやすく急所を。あとの二本は急所ではないが、それ故に意識の低い箇所。だが、そ れでも一夏は全てに反応する。呆れる反応速度と把握能力だ。瞬時に弾道を把握し、刀を振るう。

 

一瞬四閃。

 

ほぼ、同時に一夏が先読みした弾道へ振った。 振って、

 

「!?」

 

空振りした。

 

レーザーが刀に斬られる直前に曲がった(・・・)のだ。

 

刀を振り抜いた一夏はレーザーが曲がったことは認識するが、体は付いていかない。故にレーザー四本は余すことなく一夏に突き刺 さり、

 

「があぁぁぁ……!」

 

爆煙を上げながらシールドエネルギーを大きく削った。

 

偏向射撃(フレキシブル)

 

イギリスの開発部の研究者は理論上可能でも未だに未確認らしいが、

 

(やればできるものですわね)

 

「──さて、一夏さん。いい加減ダンスの時間は終わりにしましょう」

 

・・・・・・・・・

 

「ああ……!」

 

その瞬間、観戦していた一年一組の生徒たちは息をのんだ。

 

・・・・・・・・・

 

「……ようやくか」

 

その瞬間、腕を組んだ箒は楽しそうに笑みを浮かべた。

 

・・・・・・・・・

 

「おおー、こっからだねー」

 

「そうだね、来るよ。その時が」

 

その瞬間、のほほんさんは笑顔でお菓子を頬張り、簪は意味もなく右目を抑えた。

 

・・・・・・・・・・

 

「ああ! 大丈夫ですかね、織斑くんっ」

 

「………………………………やはりこうなったか」

 

その瞬間、真耶は純粋に一夏を心配し、千冬は諦めたように嘆息した。

 

・・・・・・・・・・

 

「……しょうがないよあれは訓練機だもんいっくん動きについていけないからだよちゃんと専用機を使えばいいんだよだからしょうがな いよしょうがないよ………………ぐすっ」

 

その瞬間、どこかの場所で試合を見ていた束は涙目だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間、セシリアはさらにレーザーを叩き込んでいた。 偏向射撃《フレキシブル》を利用してフェイントを幾重にも重ねた射撃。 だがそれは────

 

チンチンチンチン!

 

四回の小気味よい音と共に断ち切られた。

 

「これは……!」

 

偏向射撃(フレキシブル)曲がる前(・・・・)に全て断ち切られた。光速のレーザーを断ち切る斬撃。

 

煙が晴れていく。そこには銀灰色の『打鉄』の姿はない。 『打鉄』はそこらへんに転がっている。

 

白。

 

何者にも、何物にも染められない白がそこにいた。 先に子変換(インストール)されていたのか身に纏うのはISスーツではなく、白い着流し。 腰に白塗りの鞘の一刀『雪那(せつな)』を携えて、

 

「──ああ、そうだな。セシリア」

 

織斑一夏は自然体、脱力しているとも思わせる姿勢で、

 

「──ここからは戦争の時間だ」

 

光の速度で抜刀した。

 

 



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第碌話

推奨BGM:覇ヲ吐ク益荒男


「ちょっと遠いな」

 

しゃらーん!

 

一夏は光速の速度で抜刀した。鳴った音は先ほど連続した小気味よい音ではない。少し間伸びた音だ。それの瞬間、やはり刀身は見 えなかった。 だが、

 

「なっ……!」

 

離れているセシリアのレーザーライフルが縦に断ち切られた。明らかに刀の範囲を超えている。

 

「こいつらも……鬱陶しいな」

 

しゃらーん!しゃらーん!しゃらーん!しゃらーん!

 

またも刀身は見えない。鍔なりの音だけだ。それでも、残っていたブルー・ティアーズが全て落とされた。

 

「……なるほど、これは厄介な」

 

セシリアは予想以上のモノができたことに冷や汗を流す。見切れないどころの話しではない。まったく見えない。

 

──音だけ。

 

音しかしない。おまけに一夏自身の手も霞んで消えるから予測も不可能。 ていうか、

 

「なんで刀なのに遠距離攻撃できるんですの?」

 

「それはあれだ、気合い込めて思いっきり振ったらなんだかんだで斬撃が飛ぶんだよ」

 

そんなわけがない。 でもまあ、

 

「やっと面白くなってきましたわ」

 

呟き、セシリアはISを解除(・・)した。蒼い兵装がセシリアの耳のイヤーカフスに戻る。残されたのは水着のようなISスーツ姿のセ シリアだ。

 

「おいおい、どういうつもりだよ。いいのか?」

 

「分かってるでしょうに、意地が悪いですわ」

 

口元を歪める。セシリアはISの量子変換(インストール)を解放。光が集まって出てきたのは大量のトランクケースや楽器ケース。 さらには変換しておいた、蒼いサマードレスを身に纏う。

 

「なんだそれ、言っただろ。ダンスは終わりだって」

 

「ええ、分かってますわよ? これはただの正装ですわ」

 

足でトランクケースを開けて中身を蹴り上げる。それはデザートイーグルの二丁拳銃。

 

「おいおい、カッコいいな」

 

「あなたの刀もかっこいいですわね」

 

「サンキュ、てかそれってそういう風に使う銃なのか? 二丁拳銃なんてマンガや映画の世界だけじゃないのかよ」

 

「それはあれですわ、ほら。淑女スキルですよ」

 

「そんなの淑女じゃねえよ」

 

「細かいことを言うと──」

 

セシリアはデザートイーグルを突き出し、

 

「──嫌われますわよ!」

 

ダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダン!

 

引き金を引いた。吐き出された50口径マグナム弾が、二丁の弾倉16発分余すことなく一夏へとぶちまけられる。 一発一発が普通の人間を絶命しうる威力を持ちうる。

 

だが──。

 

チンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチン!

 

一つ残らず余すことなく不視の斬撃に断ち切られる。一夏の足下に二つに分断された銃弾が転がる。一発につき一閃。十六発に対し 十六閃。 否──見えないのだから、一も十六も変わらない。人間離れした荒技を見せた一夏はしかし、自然体。

 

「あら……? これでは足りませんか」

 

「おう、足りねぇよ」

 

「では」

 

セシリアはトランクケースから弾倉を蹴り上げ、装填。

 

「こんなのはどうでしょう?」

 

さらにトランクケースからなにかを蹴り上げた。 何かではない。

 

二丁のデザートイーグル。

 

無論、セシリアは既に両手に二丁のデザートイーグルを握っている。それにもかかわらず新たな武装。一夏も他の観客も意味が分か らなかった。

 

両手でまず(・・)一発ずつ撃つ。 そして、銃口から弾丸から吐き出された瞬間、ほぼ同時。

 

「────────」

 

握っていた二丁を上に(・・)放り投げた(・・・・・)。 そして蹴り上げられ宙に浮かんでいたあとの二丁を掴む。 発砲。 瞬間、また手から離す。 さらに先ほど放り投げた二丁を掴む。 発砲。離し、掴む。発砲。離し、掴む。発砲。離し、掴み、撃つ。離し、掴み、撃つ。 それを─────三十二回。 一秒もかからない。

 

すなわち、四丁拳銃。

 

ダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダ ンダンダン!!!

 

掟破りの四丁拳銃に対し一夏は、

 

「───────」

 

チンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチ ンチンチン!!!

 

全て切り裂いた。 四丁の拳銃を使って連射するセシリアもセシリアだか、それを全て切り裂く一夏も一夏だ。

 

「足りない」

 

「これでも、ダメですか……」

 

セシリアは残念そうに呟き、

 

「なら次は八で行きましょう」

 

さらにトランクケースから四丁のデザートイーグルを蹴り上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

迫る弾丸の悉くを切り裂く。すでに一度に迫る弾丸は五十を越えた。さらに言えば、セシリアの再装填(リロード)は一秒もかから ない。ほとんど間がない銃弾の雨。 だが、それらを全て切り裂く。

 

一夏の斬撃には剣気のみが宿ってた。

 

「なあ、セシリア。足りねぇよ」

 

一夏が初めて刀を手にしたのは五歳の時だ。一夏はその時から刀を振り続けた。正確に言えば刀を抜き、戻す。 ただそれだけの動作に一夏はどうしようもなく魅入られた。 だから、

 

「俺は毎日毎日抜刀と納刀を繰り返した」

 

体が痛かろうと、熱を出そうと、腱が切れようと、肉が裂けようと、骨が砕けようと。ただ愚直に刀を振り続けた。 刀を抜いて、刀を振って、刀を納めた。 ただ、それだけ。

 

「二つ目の理由はな、俺が抜刀術士だからだ。剣士にとって剣が魂のように、抜刀術士にとっては刀と鞘が魂だ」

 

いつの頃からか、一夏から斬ったという自覚が消えていった。自己の意識と腕と一刀の意識が乖離しだしたのだ。 一夏自身が斬る対象を認識し一夏の意志で動く前に、腕が動き鞘から一刀を引き抜き対象を切り裂く。 中国拳法の練功剄拳と同じ技術。 無拍子、無意識、無殺意、ありとあらゆる雑念はなくただ、そこにあるのは剣気のみ。 かつて、一夏の知り合いの中国拳法を極めたヤツはそれでは意味がないとも言っていたが、それこそ意味がない。 一夏の一刀は一夏の魂だ。 だから、込める。

 

斬る、と。

 

それは織斑一夏の全て断ち切りたい、という渇望の具現だ。 拍子は無く、意識も無く、殺意もない。 ただ斬るという概念のみが内包された抜刀術。

 

曰わく─────無空抜刀。

 

「自分の半身を、魂を会ってすぐのヤツに渡すわけないだろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なるほど」

 

セシリアは理解した。 否、理解したと言うのは言い過ぎかもしれない。

 

「少しは触れることができましたわ、貴方に」

 

「ん? そうか、それはよかった」

 

「ええ」

 

この男はつまり馬鹿なのだ。 自らの技量にしか興味がないのだろう。

 

「ふ、ふ」

 

歪んでいた口元からさらに音が漏れた。

 

「ふふふふふ」

 

面白い、愉しい。

 

「最高ですわ、貴方」

 

「サンキューな、セシリア。お前もいい女だぜ」

 

「あら、お上手ですわね」

 

知りたいことは知ることができた。 もう、ほとんど満足と言ってもいい。 だから最後は、

 

「────終わらせましょうか」

 

足下の楽器ケースから新しい銃を蹴り上げる。銃というかそれは対物狙撃銃PGMヘカートⅡ。今、セシリアが持つ銃火器の中でも最 大級の射程距離と口径を誇るブツだ。

 

本来なら伏射姿勢で放つ銃だが、セシリアはそれを両手でしっかりと持つ。 銃身の横のボルトを引き、

 

「アンチマテリアルライフルですわ。貴方は切り裂くでしょうけど、流石に斬ったら体制くらい崩れるでしょう?」

 

「………………おいおい、なんかこの英国淑女不安なこと考えてるぞ?」

 

「おほほ」

 

「笑ってごまかしたよ、コイツ!」

 

引き金を引いた。

 

バカン!!

 

ふざけた爆音がなり、一夏に目掛けて空気をぶち抜き──

 

「────『無空抜刀・零刹那』──弐式」

 

どういわけか、一夏は全くの姿勢の崩れもなくアンチマテリアルライフルの弾丸を断ち切った。それまでで最も強い音が響いた。一 発斬ったはずなのに四回も。

 

「…………なにしましたの……?」

 

「教えない」

 

「むむ……いいですわ。自分で考えますから」

 

「やってみろよ」

 

互いに、さらに剣気と射気が高まっていく。 斬る、という意志と中てるという意志がアリーナを充満させる。 そして──

 

『そこまでだ、戯けども』

 

千冬の声がどちらも霧散させた。 ちょうど昨日と同じように。 だが、その声に込められたら疲労の度合いはヒドい。

 

「なんだよ、千冬姉。ここからがいいところだろ」

 

「そうですわよ、こっからですわ」

 

『お前ら……少しは周りを見てみろ』

 

見てみる。 セシリアの周囲には使用済み未使用関係なく大量の銃やトランクケースに楽器ケース。 一夏の周囲には切断された数えるのも馬鹿らしくなるほどの銃弾。

 

『やりすぎだ、馬鹿共め』

 

 

 

 

 

 



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第漆話

「いやぁ、それにしてもいい勝負だったな。セシリア」

 

「ええ、まったくですわね。一夏さん」

 

「それにしても、あれだな。銃ってのがあんなに怖いものだとは思わなかったぜ」

 

「なにをおっしゃるのですか、全部斬り落としていて。そして、それは私のセリフですわ。刀というのはあんなにも恐ろしいとは思いませんでした」

 

「なに言ってんだよ、セシリアの方が凄いって。なんだよ四丁拳銃って、あんなの漫画の世界だけじゃなかったのかよ」

 

「一夏さんこそ、居合い斬りというのは確かに世界最速の剣とは聞いてましたがあそこまでとは。まったく目に見えませんでしたし」

 

「まあな、抜刀術士が速度で負けるわけにはいかないしな。それにまさかまさかの八丁拳銃って。おかしいだろ」

 

「ふふ、結局全部防いでしまったじゃないですの。それにおかしいのはやっぱり一夏さんです。アンチマテリアルライフルの弾丸を斬ってどうして体勢が崩れたりしないのですの?」

 

「はは、それにはちょっとした種があるんだよ。……まぁ、秘密だけどな」

 

「あらあら、連れないお方ですわね。ふふふふ」

 

「はははは」

 

 (どうしてそんなに楽しそうなんだろう……?)

 

「ははは……ん? そういえば、クラス代表はどうなったなんだ?」

 

「さあ……? 別に私がやっても構いませんが……どうしましょう?」

 

「うーん………そうだな。俺でも構わないけどなぁ……………。そうだな、こういう時には」

 

「こういう時は?」

 

「──ジャンケンだ」

 

(ええ!?)

 

「……いいでしょう」

 

(いいんだ!?)

 

「よし、じゃあ行くぞ」

 

「ええ」

 

「「ジャーンケーン」」

 

 (全てを斬り裂く最速の剣《チョキ》よ!)

 

 (全てを撃ち抜く最強の弾丸《グー》よ!)

 

「ポン!」

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっと……一年一組のクラス代表になった織斑一夏です。ISに関しては初心者ですが、頑張ります!」 

 

 パチパチパチパチパチパチパチパチ。

 

「……………………………ああ」

 

「お、織斑先生ーー!?」

 

 世界最強の頭痛が増したのも言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても、お前がクラス代表になるとはな……」

 

「そうだなぁ……自分でもびっくりだ」

 

 一夏とセシリアとの決闘の次の日の昼、IS学園食堂にて。一夏と箒は食券の券売機の最後列に並んでいた。この食堂は多国籍な学園生徒を思ってか、様々な料理がリーズナブルな値段で食べられる。料理が好きな一夏にとっては実に嬉しいことだ。

 

「まぁ、でも任されたからには頑張んないとな」

 

「そうか…………頑張ってくれ」

 

「他人事だなぁ。一応お前のクラスだぜ?」

 

「興味ない」

 

 バッサリと言い捨てる箒。それに一夏は分かっていたように肩を竦める。いや、分かっていた。篠ノ之箒は良くも悪くも他人に興味がない。彼女にとって大事なのは姉の束だけだ。一夏はそれをよく知っている。 自分はそれなりに会話ができるが、それはただ単に自分と彼女の実力が拮抗しているからだ。きっともし自分が弱かったらきっと相手にされなかっただろう。まぁ、それでも他人をなにがしろにしたり、路傍の石ころのように接しない所は人間できてるだと一夏は思う。コミュニケーション障害だって、無意味に他人を傷つけないようにする予防策だろう。

 

(やれやれ) 

 

 クラス代表になって、いきなり幼なじみがクラスの問題となっていることに頭を痛める。

 

「あら? どうしましたの?」

 

 と、声を掛けてきたのはセシリアだ。彼女も食券の列に並んできた。よく見ればそれはセシリアだけでなくて、彼女の後ろに結構な人数が並んでいる。やはり、入学してすぐは混みやすいのだろうか。毎日これだけ混んだら大変だ。

 

「いや、なんでもないよ」

 

「そうですの。……ああ、そちらの方とは挨拶がまだでしたわね、セシリア・オルコットですわ」

 

「……………………篠ノ之、箒だ」

 

 間が、酷い。

 だが、

 

「よろしくお願いしますね、箒さん」

 

「………………ああ」

 

(スゲェ……………)

 

 あからさまに目をそらす箒に笑顔で対応している。これが英国淑女か。

 懐が、デカい。

 これは箒のコミュ障を治すいい機会かもしれない。セシリアと会話しつつ、箒にも話題を振っていく。そうしていく合間にも行列は流れていき、券売機の前に立つ俺は日替わり定食(メガ盛り)に箒はきつねうどん(メガ盛り)、セシリアも洋食ランチ(メガ盛り)だ。ちなみにメガ盛りとは全部の量が大盛りの三倍というデカ盛りメニュー。俺も箒も昔からよく食べるが、セシリアもそこまで食べるとは驚きだ。

 

「いいですか? 一夏さん。──────食べられる時には食べておかなければならないのです」

 

 同感だが、なんか遠い目をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは一夏たちが食堂のおばちゃんからそれぞれの料理のお盆を貰った瞬間だった。何の前触れもなかった。少なくとも一夏も箒もセシリアも気付かなかった。それでも彼らの列の後方。十人程を開けた所でその少女は動いていた。

 前にいる一夏を見据え、

 

「───────心意六合大鵬展翅通背拳」

 

 呟き、目の前で並んでいた少女の背に手を押し付けた。トンッ、という軽い音でしかなかった。その少女は別に少し当たっただけだと思ったし、端から見てもそうだったろう。

  

 だが。

 だがしかし。

 それの動きの直後に前方にいた一夏のお盆(・・)が弾けた。

 

 まるで、間にいた十人近くを衝撃が通り抜けて一夏の所で炸裂したように。

 

 お盆が壊れたというわけではなく、お盆に乗っていた料理の皿が上に弾け飛んだのだ。米やおかずや汁物、付け合わせが飛ぶ。数秒あれば、盆に地面に中身をぶちまけるだろう。無論それを一夏は許さなかった。

 

 一夏の右手が霞む。まず茶碗を掴み、米を掬い盆へ。次に付け合わせの小皿を取り中身を納める。さらに次へと手が動き出し、

 

「ほら」  

 

「どうぞ」

 

 箒が汁物を、セシリアがおかずの皿をつきだしてくれた。

 

「サンキュー」

 

 受け取り、列からズレて後ろを確認する。こんなことをするヤツの心当たりは──ある。

 ちょくちょくエアメールやら通信やらして、彼女がこの学園

に留学しているのは知っていた。

 彼女は一夏と目が合うと、

 

「ハーイ、一夏。ひさしぶり」

 

「……久しぶりだな、鈴」

 

 ラーメン(メガ盛り)の食券片手に、少女──凰鈴音はにこやかな笑顔を浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく。私がこの学園にいることは知ってたのに何で会いに来ないのよ」

 

「悪かったって。今日行こうと思ってたんだよ。それにいくらなんでも飯に当たるのはダメだろ」

 

「ちゃんと掴むってわかってたからいいのよ。あとアンタ、何よ昨日の試合」

 

「なんだよ、見てたのか」

 

「見てたわよ。それで?」

 

「だからなんだよ」

 

遊びすぎ(・・・・)でしょって言いたいのよ」

 

「……………」

 

「まぁ、そっちのも同じ感じだったけど」

 

「あら」

 

 指摘されたセシリアが反応した。 

 

「遊んでいた、とは?」

 

「言葉通りよ、どっちも本気じゃないし全力でもない。見せ物にはなったかもしれないけどさ」

 

「……………」

 

 あまりも明け透けな鈴に、流石の淑女スキル持ちのセシリアも目を点にする。

 実際、セシリアも昨日の試合では本気(・・)全力(・・)も出していなかったし、それは一夏もだろう。

 

「それがなによ、”戦争の時間“とか。カッコつけるにもほどがあるわねぇ」

 

「ぐぬぅ……」

 

 一夏が変な声を出し始めた。図星である。

 

「……………それで」

 

 それまで無言だった箒が口を開いた。

 うどんを啜りながら、

 

「……誰なんだ? 一夏の知り合いらしいが」

 

「ん? ああそうね、自己紹介してなかったわね。私は鳳鈴音、一応中国代表候補生ね」

 

「へぇ、私と同じですわね」

 

「そうなの? まぁ、なんでもいいわよ」

 

「ですわね」

 

(よくないだろうなぁ……)

 

 思いつつも一夏は口に出さない。 

 

「んと、一夏との関係か……。そうね、その話をしたかったのよ」

 

 鈴は一夏に視線を送る。

 それに一夏は冷や汗を流し、

 

「な、なんだよ」

 

「言うまでもないでょうが」

 

 鈴は制服の懐から一枚の書類を取り出し広げる。

 

「それで? いつ判子押してくれるのかしら?」

 

 それは所謂──婚姻届だった。

 ちなみに、鈴の所は記入済みであとは一夏が名前書いて判子押すだけである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鳳鈴音が織斑一夏と初めて出会ったのは小学5年の時。家庭の事情で日本に留学して来たその日だった。どうしてそうなったかは、よく覚えていない。多分、交流試合とかそういう理由だった気がする。出会って、互い武の世界に身を置いているからちょっとした遊びのつもりだった。その当時から既に中国拳法の大半を修めていた鈴としても、抜刀術──所謂居合い抜きを使う一夏との対戦は悪くなかった。休みの日の学校のグラウンドを使ったことから遊びの程もしれただろう。

 

 そう、ちょっとした遊びだった。遊びのつもりだったが────

 

 ─────学校が半壊した。

 

 鈴の震脚は大地を砕き、一夏の一刀は校舎を裂き、互いの激突の余波で体育館は崩壊した。おまけに引き分けだった。勝負がつかなくて、二人の激闘を知った千冬に二人して叩きのめされた。

 

 素手で。アレは怖かった。それなのに千冬自身は剣士というのは理解できない。

 

 まぁともかく、それが。織斑一夏と鳳鈴音の物騒すぎる馴れ初めだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………貴方、会う人会う人と喧嘩してますの?」

 

「そ、そんなわけじゃねぇよ」

 

 セシリアが呆れたように笑い、一夏は顔をしかめる。

 

「……………だが、私と初めて会ったときも喧嘩紛いだったではないか」

 

「ぐぬぅ」

 

 箒との出会いは鈴ほと物騒ではなったが。ただ単に箒をからかっていた男の子たちを箒が返り討ちにして、それを一夏がイジメと勘違いして言い合いになったくらいだ。

 

「まぁ、ともかく……。私と入れ替わりに転校してきたわけか」

 

「ああ、そうだな。箒がファースト幼なじみだったら、鈴はセカンド幼なじみだな。まあ鈴も1年前に国に帰ったんだけど」

 

「はぁ……。で、その婚姻届はどういうことですの?」

 

「決まってるじゃない」

 

 鈴は婚姻届を一夏に突きつけつつ、

 

「私がコイツにプロポーズして、コイツが受けてくれたのよ」

 

「あら」

 

「ほう」

 

 セシリアも箒も一応は年頃の乙女だ。

 反応を示すが、

 

「いやいや、だから受けてないって!」

 

「往生際が悪いわね、ちゃんとアンタオーケーしたじゃん」

 

「してない! してないからな! よく思い出してみろ! ハイ、というわけで回想!」

 

 

 ──以下回想・1年前──

 

 織斑家、一夏自室。

 一夏は机にて週刊誌を読み、鈴はベッドで寝ころんでいた。

 

『ねーねー、一夏。私が作った酢豚食べてよ』

 

『あ? ああ、いいけど』

 

『じゃあ、炒飯も』

 

『いいぞ』

 

『回鍋肉』

 

『おう』

 

『春巻き』

 

『任せろ』

 

『なんでも食べてくれる?』

 

『ああ』

 

『作った分だけ?』

 

『残すわけないだろ』

 

『じゃあ、毎日食べてくれる?』

 

『おうおう、毎日食べてやる…………ん?』

 

『……よし! じゃあ、一夏! これにサインして』

 

『……………いやいやいやいや待て待て待て待て!』

 

 ──以上回想・1年後──

 

 

「…………………………………」

 

「…………………………………」

 

 箒とセシリアが物凄く微妙な顔をしていた。

 

「ほら! やっぱりおかしいだろ!」

 

「そう? まあ、いいじゃないの。ほら、サイン」

 

「しねーよ!」

 

 もはや、漫才だ。

 

「なんていうか……」

 

「なんとも言えないな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ………」

 

 一夏は頭を抱え、机に突っ伏していた。悩みは勿論鈴のことだ。昔から感情豊かというか表現過多というか、いつもあんな感じとは分かっていたがあんな公衆の面前で求婚されるとは。いや、彼女が国に帰る直前はいつもあんな感じだったけど。

 

「おい」

 

 別に彼女のことが嫌いな訳ではないが。

 しかし、15歳で人生の墓場に入るのはどうなんだろう。

 

「おい、織斑」

 

 本当にどうしようか。

 大体なんで俺が悩まなきゃならないんだ。

 

「……………おい」

 

 こういうのは男から言って悩ませるもの────

 

 バシン!

 

「うがっ!」

  

 一夏の頭に衝撃が炸裂した。

 顔を上げれば鬼がいて、

 

「何かいうことは?」

 

「…………………相談が」

 

「授業後にしろ」

 

 バシン!

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 授業後、チャイムが鳴った瞬間、

 

「ハーイ、一夏! サインしなさーい!」

 

 鈴が飛び込んできた。

 

「鳳………お前か」

 

「あ、お義姉さま」

 

「違う、千冬さんだろう……って、それも違う。織斑先生だ」

 

「了解です、織斑先生。てわけで一夏ー、サイン」

 

「…………」

 

 パパアン!

 

 頭痛を堪えながら放った出席簿はいつかの一夏と同じように、防がれた。無論、ほとんどが気づいていない。

 

「鳳、今度防いだら本気で殴る」

 

「り、了解です」

 

 流石の鈴も、これにはたじろいだ。だが、早急に頭痛薬を摂取せねば。

 だから、

 

「織斑、お前のISだが今週末に専用機が届く」

 

「は?」

 

「あ」

 

 と、箒がいきなり拳で手のひらを叩いた。

 

「そういえば、姉さんが一夏のISを作るとかなんとか」

 

「はぁ!? 教えてくれよ」

 

「いや……忘れてた」

 

 忘れんなよ、と皆が思った。

 

 



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第捌話

推奨BGM:*より唯我変生魔羅之理


 白。

 

 真っ白。無垢。飾り気がない、無の色。それがアリーナの出撃ピットで織斑一夏を待っていたISの姿だった。

 

「これが……俺の、ISか……」

 

『そうだよ! そうだよ! 束さん特製の『白式』だよ!』

 

 モニターから聞こえてきたの篠ノ之束の声だ。諸事情の為、サウンドオンリーだが嬉しそうなのは分かる。

 

『とりあえず初期化(フォーマット)はしといたから、最適化処理(フッティング)はそっちでしてね!』

 

「了解です」

 

最適化処理(フッティング)自体は模擬戦でも構わないな? 束」

 

『おーけーだよ、ちーちゃん!』

 

「よし」

 

 頷き、千冬は後ろへ振り向く。そこには、見物に来た箒、セシリア、鈴がいて、

 

「……………………………………………………………………………………オルコット、お前が相手をしてやれ」

 

 物凄く、迷ってセシリアを指名した。専用機持ちである程度の技量を持つ彼女なら一夏の専用機の最適化処理(フッティング)相手には妥当だろう。箒はISに関しては初心者だし、鈴は……………鈴だから。

 

「まぁ、構いませんけ「ちょっと待った」……はい?」

 

 ため息を含んだセシリアを遮ったのは、鈴だった。

 

「……なんだ?」

 

「いやー、一夏の相手なら私がしますよ。先生」

 

「…………だが、お前は」

 

「大丈夫ですよ、私は」

 

「まぁ、俺もいいですけど」

 

「………………………………………………………………………………………いいだろう。準備しろ」

 

 沈黙は彼女の頭痛の証だ。

 

「やった! やるわよ、一夏」

 

「おう。でも、ま、軽くだからな?」

 

「分かってるわよ」

 

 鈴はウインクを決めて、

 

「遊びでしょ、遊び」

 

「教師の前で遊びとか言うな」

 

『それにIS作った人もいるんだけど、な……』

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さてさてー、いっくんの最適化処理(フッティング)までは30分くらいかかるだろうから、その間にこの束さん自ら解説をしてあげよう!』

 

「いりません」

 

『…………………………ぐすっ』

 

「……………え、ええと。束博士? お願いできるのですか?」

 

『ぐすっ…………誰?』

 

「セシリア・オルコットと申します。妹さんのクラスメイトですわ」

 

『………ふうん。聞きたいの?』

 

「ええ。お願いしますわ」

 

 IS開発者、世界を変えたといってもいい束を相手にしてもセシリアの余裕は崩れない。恐るべし淑女スキル。

 

『ほ、箒ちゃんは?』

 

「いや、べつ「聞きたいですわよね、箒さん!」……え、あ、うん……」

 

『……………………そっか、そっか! じゃあ語っちゃうよ! おねーちゃんに任せて、箒ちゃん!』

 

「あ、はい……」

 

 箒が頷くと同時にその場にいた全員の前にホロウィンドウが展開される。ピットにある備え付けの液晶よりも高画質なの流石というべきか。ホロウィンドウの中ではすでに空中で二つの色がぶつかりあっていた。

 白と黒。

 一夏と鈴だ。真っ白なのは『白式』であり、僅かに赤みがかかった黒は鳳鈴音専用機『甲龍』だ。

 一夏は近接ブレード一本で、鈴は両刃の青龍刀で何度も空中で交差する。

 

『ほらほら、一夏! 機動が甘いわよ!』

 

『初心者だぞ、俺!』

 

 言いつつも二人の激突は苛烈さを増していく。

 

『うーん、さすがだねーいっくん。とても、初心者とは思えないよー』

 

「確かに、代表候補生の私から見てもやりますわね」

 

『ん? ん? セッシーは代表候補生なのかな? スゴいね、それは!』

 

「あ、ありがとうございます」

 

「まぁ、これくらいは当然だな」

 

『あはは、なに言ってるのちーちゃん。普通はいきなりであんなふうにIS操縦できないよ! しかもリンちゃんも代表候補生なんだし!』

 

「……? 姉さんは鳳と知り合いなんですか?」

 

『まあね! 二人が小学生の時に色々あったんだよ!』

 

 因みに、色々とはいつでもどこでも血みどろの戦いを繰り広げた二人の後始末である。

 千冬が鎮圧し、束が二人が破壊したモノの修繕やもみ消しなどをしていた。その事を思い出す度に千冬はやっぱり頭痛がするのだが。

 

 ホロウィンドウの中で二人が距離を取った。いや、鈴が自ら距離を開けたのだ。

 それは、

 

『おおっ、これは来るね!』

 

「なにがですか?」

 

『『甲龍』の固有武装、衝撃砲『龍砲』だよ!』

 

「……衝撃砲?」

 

「あの非固定浮遊部位(アンチロック・ユニット)のことか?」

 

『さすがちーちゃん、鋭い! その通りだよ!』

 

「“砲”ということはやはり遠距離武装ですの?」

 

「…………だが、飛び道具は一夏には通じない」

 

『だろうね! でも、あれは特別なんだよ!』

 

 ホロウィンドウの中の衝撃砲は球状だ。砲というにも関わらず砲身らしきものもない。いや、見えないのだ。

 

『『龍砲』の特徴は見えないってことなんだ!』

 

「……………普通に見えますよ?」

 

『そうじゃなくて、砲身と砲弾が見えないんだ! 空間に圧力をかけて砲身を作り、衝撃を砲弾として打ち出す! 肉眼でも、ISのハイパーセンサーでも視認は出来ないし、察知するのもほぼ無理という優れものだよ! これならいくらいっくんでも──』

 

 束の説明の最中に鈴は衝撃砲を発射した。

 当然ながら、一夏にも箒にもセシリアにも千冬にすらその瞬間を気づかせなかった。

 初見では避けるのがほぼ無理に等しい砲撃。

 だが──。

 

『うおっ、なんだ!? なんか振ったらなんか斬れたぞ!?』

 

『──防げ、ない、はず……』

 

「思いっきり防いでますけど……」

 

『な、なんで……』

 

「…………『無空抜刀』」

 

『へ?』

 

 箒が呟き、千冬が続ける

 

「一夏の抜刀術は一夏の意思で抜いているわけではない。あいつの手と刀の意思だ。見えようが見えまいが一夏の射程圏に存在しているのなら同じだ。無論、鞘が無い分速度自体はかなりおちるだろうがな」

 

『が、がーん』

 

 ホロウィンドウの中で何度も鈴が衝撃砲を発射するが、全て一夏に切り落とされる。

 

『やっぱ、こんなおもちゃじゃ通じないか!』

 

『当たり前だろうが!』

 

『お、おもちゃ……って』

 

「ち、ちょっと箒さん? 大丈夫ですの? 束博士は」

 

「大丈夫だろう……多分」

 

 と、突然一夏が光に包まれた。

 

「あ」

 

 光が消え、現れたのは姿を変えた白式だ。角張っていたフォルムはより流線型になり、シャープな印象を見せる。

 

 最適化処理(フッティング)が終了したのだ。

 

『……ふ、ふふ、ふふふふふ! 来たよ来たよ! あれがいっくんの専用機、『白式』の真の姿なんだよ!』

 

「おい、束。あの刀は……」

 

 千冬が指したのはやはり姿を変えた近接プレート。千冬はそれに見覚えがある。というよりも、現役時代に彼女が握っていた太刀だ。

 

『そう! あれは『雪片弐型』! ちーちゃんの『雪片』の後継なんだ! 拡張領域(パススロット)を全部使って実装したんだから!』

 

 一夏の雪片弐型を一度振ったらエネルギー刃が構成される。

 純白のそれは、

 

「『零落白夜』か……!」

 

「これが、あの……」

 

「……ほう」

 

 千冬が呟いた名にセシリアだけでなく、箒でさえも反応する。当然だ。それは世界最強の織斑千冬が用いた一刀の能力の名だからだ。詳細は知らなくても、名前くらいは知っている。

 

「どういう能力ですの? それは」

 

『それはだね、セッシー。エネルギー無効化なんだよ! 相手のエネルギー兵器や、シールドバリアーまで無効化する最強の矛! それが単一仕様(ワンオフアビリティ)『零落白夜』の能力なんだよ!』

 

「なるほど……。私のブルー・ティアーズとは相性悪いですわね」

 

 一夏が叫びを上げて鈴に突っ込んでいく。 

 

『ふふん! セッシー所かあれを食らったら──』

 

『──そんなもん当たんなければいい話しでしょうが!』

 

『──イチコロ……な、ん、だ、よ……?』

 

「うまい具合に青龍刀で防いでますわね」

 

「……エネルギー刃自体は触れずに柄や一夏自身を狙って動きを阻害するとは……やるな」

 

『………………………………』

 

「た、束……?」

 

 完全に無音になったホロウィンドウに千冬が小さく声をかける。

 

『…………………………………ぐすっ』

 

「いかん」

 

 とっさに千冬側からホロウィンドウを操作して、音を自分にしか聞こえないように設定する。

 

『うわーん!うわーん!うわーん! なんだよなんだよ!いっくんもリンリンもー!』

 

 思いっきり泣け叫んでいた。子供の癇癪のようだが、仕方ない。意気揚々と説明していたことが全部覆されていくのだから。

 

「お、落ち着け束」  

 

『うー……。ぐすっぐすっ』  

 

「大丈夫か?」

 

『う、うん。なんとか………』

 

『あはははははははは! ほらほら、訳わかんない光に頼ってないで普通に来なさいよ!』

 

『言われなくても! 行くぜーーー!』

 

「あらら、『零落白夜』切って普通に戦い始めましたね」

 

「まぁ、そっちのほうが分かりやすいだろう」

 

『………………………ぐすっ』

 

(私だって泣きたくなってきたぞ……ず、頭痛が)

 

 大天災の涙と世界最強の頭痛は止まらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クラス対抗戦当日。

 第二アリーナで数週間前の『白式』の試運転と同じように織斑一夏と鳳鈴音は向かい合っていた。

 一夏は一組代表であり────鈴は二組代表なのだ。

 一夏がソレを知ったのは実は対抗戦の数日前である。

 

「まったく、こんな風に鈴と闘うとはなぁ。中学時代に路上やらバトってたのが懐かしいぜ」

 

 一夏の視線はアリーナの観客に向けられる。新入生同士の戦いということで、観客は満員だ。どころか、通路にまで押し掛けている。おまけにVIPルームには見物に来た政府などの要人もいる。

 

「別に、気にする必要ないわよ。というか、私と闘うっていうのによそ見すんな。浮気は死よ」

 

「浮気なんかしてねぇ」

 

 相変わらず鈴に一夏は困る。

 まぁ、いい。

 思考をこれから行われる戦闘に向ける。はっきり言って互いの手は全てわかっている。

 

 この数週間、日常的に鈴と模擬戦を繰り広げていたのだ。

 この数週間は飯喰って寝て、鈴に襲われ、箒に人格更正プログラムを受けさせ、鈴にサインを強請られ、セシリアと談笑し、鈴とバトり、のほほんさんとお菓子をかじり、鈴に迫られ、千冬に殴られ、鈴に抱きつかれ、なんかよくわかんない白衣と水色の髪に眼鏡の少女に監視され、鈴にその少女と一緒に監視されたりした。

 

(なんか目から汗が………)

 

 それはともかく。

 本来のスタイルではないISといえど、何をしてくるかなんて分かり切っている。さらに言えば中学時代もやはり日常的に拳と刃を交えていたのだし。どうするか。 

 とりあえず、余裕を持とうとし、

 

「あ、一夏。この試合、私が勝ったらアンタ私と同棲ね」

 

「はあっ!?」

 

 持てなかった。

 

「どういうことだよ!」

 

「そのままの意味よ、……ああ、安心してよ。箒の許可は取ってるから」

 

「箒ィ!!」

 

 ピットで観戦している箒に通信を繋げる。

 

『なんだ』

 

「どういうことだお前」

 

『ああ、別になにしてても気にしないから私の事は放っておいて好きにしてくれといったんだがな。二人きりがいいそうだ、良かったな愛されているぞ』

 

「なにってなんだよ」

 

『なにはナニだろう。睡眠の邪魔をしてくれなけばいい』

 

 なんだコイツ。

 色々終わってね?

 怒りを通り越して呆れた。

 通信を切る。

 

「人格更正プログラムを組み直さねば……!」

 

「大変ねぇ、アンタも」

 

 今一番大変にさせている本人に言われたくない。

 言い返そうとして、

 

「──時間よ」

 

『それでは両者────』

 

 アナウンスが響き、瞬間鈴から闘気が溢れ出す。

 

「……っ!」

 

 それに伴うように一夏からも剣気があふれる。

 

『─────試合を開始してください』

 

 そして、両者は飛び出した。

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

「───────────は?」

 

 互いに飛び出した瞬間一夏は自分が見たものを信じられなかった。

 それはこの試合を見ていた全員も同じだった。

 

 鈴がISをパージしたのだ。

 

 高速で互いに接近していたにも関わらず、激突の寸前に空中でISを脱ぎ捨てた。当然ながら、主を失ったISの装甲が慣性の法則にしたがって超高速で一夏へと向かう。

 

「……!」

 

 だが、驚愕したといってもその程度一夏の動きは揺らがない。

 『雪片弐型』を以て装甲へと振るい、

 

「ぜあっ!」

 

 気合いの声と共に振り抜いた。

 が、

 

「ハーイ」

 

「なっ……!」

 

 切り裂いた装甲の向こうから鈴が現れた。その姿はISスーツではなく、山吹色のチャイナドレス。鈴自身も慣性の法則に従い、一夏へと跳んでくる。一夏は刀を振り抜いた姿勢故に対応ができない。

 

 それほどまでにタイミングは絶妙だった。ほんの刹那前では一刀が音速を超えた速度でふられていたのだ。どれほどの胆力だろうか。

 

 懐に入った鈴は拳を振りかぶり、ぶち込んだ。

 

「…………!」

 

 瞬間、『白式』のシールドエネルギーの大半が持っていかれ、一気に二桁まで落ちる。同時にアリーナの外壁に一夏は叩き落とされた。

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

「悪いけど、まだ終わらないのよね」

 

 空中から音もなく、当たり前のように着地する。

 殴り落とした一夏が上げた土煙から視線は外さず、『龍砲』を掴んだ。先ほどの突撃ではそれを残していたのだ。

 

 追撃(・・)の為に。

 

「この『龍砲』さ。一応中国からスペアを用意してもらってるよね、戦闘用だから。二個まではあるのよ」

 

 だから。

 

「────二個までは壊していいのよね」

 

 掴んで、放り投げた。それが鉄の塊にも関わらず鈴は容易く投げる。

 そして、

 

「おりゃっ!」

 

 ボレーシュートのように『龍砲』を蹴り飛ばした。弾丸どころか鉄塊の蹴球。地面を抉りながら、土煙へとぶち込んだ。

 轟音がアリーナを震わす。

 

「さーて、もう一発」

 

 二個目を掴み、無造作に蹴り飛ばす。

 

「一夏ー? 死んじゃうわよー?」

 

 笑った瞬間だった。

 

「──────『無空抜刀・零刹那』───参式ィ!」

 

 同時に同じ音が響いた。

『龍砲』がこまぎれになる。

 その音に鈴はニンマリと笑う。

 土煙が晴れる。

 

 そこには白が、純白の着流しに身を包んだ織斑一夏がそこにいた。その身体には傷はない、だがその顔には険しさを宿している。

 

「…………どういうつもりだよ」

 

「なによ、IS乗ってたら私もアンタも本気で戦えないでしょ?」

 

「そうだけどなぁ……」

 

 尚も顔をしかめる一夏に鈴は、

 

「……………………………なによ、アンタ」*

 

 苛立ちを覚えた。

 そして、そのまま無造作に一夏へと踏み出した。

 

 あまりにも、無防備だ。

 だが、その身体から噴き出したのは闘気だけでない。

 

 殺気(・・)殺意(・・)

 それを纏いながら鈴は呆気なく一夏の攻撃範囲に入った。

 

「っ!」

 

 無造作に近づいてきた鈴に目掛けて抜刀する。

 それは光速を誇る一刀だ。織斑一夏の渇望の下に切断という概念を内包した絶断。ありとあらゆる存在を断ち斬る斬撃。

 断ち斬れぬものは無く、反応すらも許さない一刀──────しかし、それに鈴は反応した。

 

「───は」

 

 鉄と鉄がぶつかりあう音がアリーナに響く。片方は一夏の刀であり、もう一方は──鈴の拳。

 

 そのことにピットから観戦していた箒やセシリアは驚愕する。

 ありえないと。

 『無空抜刀』。

 一夏の有する速度の境地。

 それに対応する方法とは──。

 

「あんたができることなら私ができるに決まってるでしょうが」

 

 『無空拳』。

 それはつまり中国拳法における錬巧勁拳。無意識、無拍子、無殺意を以て振り抜かれる拳。一夏の『無空抜刀』と同じ技術だ。

 

「アンタさぁ」

 

 鈴の拳。

 それには山吹色の陽炎が宿っていた。

 それはあらゆる存在を断ち斬る一夏の一刀とぶつかり合い、しかし砕けない。拳撃と斬撃が交差しあう。

 ぶつかり合う音が連続して響く。

 だが。

 

「──私と戦ってんのに他事考えてんじゃないわよ」

 

 怒りを含んだ低い声の一撃が一夏の腹に突き刺さった。

 

「ガハァッ…………!」

 

 踏み込みの震脚により大地が砕ける。

 血反吐を吐き出し、一夏が数メートル後退する。

 

「あのさぁ……ふざけてんの?」

 

「……別に、そんなこと……」

 

「あるでしょうが、────殺す気で来なさいよ」

 

「…………!」

 

「ダメよ、そんなんじゃ。私が惚れたのはそんな男じゃないのよ。スかしてんじゃないわよ。気取ってんじゃないわよ。私が惚れたアンタはそうじゃないのよ」

 

 怒りを滲ませながら鈴は言う。

 それでは、足りない。

 それでは、不満だ。

 それは楽しくない。

 

 一夏から溢れ出す剣気。

 なるほど、それは確かに研ぎ澄まされ、研磨された混じり気なく澄んでいるのだろう。

 

 

「そんな奇麗事じゃあないでしょうが、私とアンタの舞踏《殺し合い》は」

 

 

 

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 鈴は突き放すように言った瞬間、一夏が脱力するのを見た。

 見た瞬間に────跳んだ。

 

 直後。

 

「─────っ!」

 

 鈴が立っていた場所が無茶苦茶に切り裂かれた。

 地面が割断されていく。

 誰がやったかなんて分かりきっている。

 

 一夏だ。

 一夏は顔を伏せ、

 

「は、はは、はははは」

 

 笑っていた。

 

「ははははは! ははははははははは! はははははははははははは!」

 

 腹の底から笑っていた。

 それはまるで自らをあざ笑うかのように。

 

「…………そうだな、鈴。俺、ちょっと鈍ってたのかもしんねぇな」

 

 自らの魂である刃が鈍っていたと。

 一夏は言う。それは間違いではない。

 しかし、それは間違いだ。

 

 確かに鈍っているかもしれない。 

 ここ最近は本気で殺し合うことなんて無かったから。

 命のやり取りの緊張感を忘れていた。

 

 けれども根本的に間違えている。

 鈍っているかもしれないが───────そもそも、一夏の刃は未だ抜かれてさえいない。

 

 『無空抜刀』なんて柄に手を添えたに過ぎないを

 『零刹那』でさえも鯉口をきった程度だ。

 

 鈴が怒るのも無理はない。

 一年ぶりに会えて、拳と刃を交わすにも関わらず一夏はその魂の刃を抜こうとしないのだから。

 

 でも──もう違う。

 

「悪かったなぁ、鈴。もう大丈夫だ。ああ、ちゃんと刃抜くから。お前の殺意《あい》に俺も答えるからさァ──」

 

 そしてIS学園において初めて、織斑一夏は己が魂を抜き放つ。

 瞬間、剣気だけではなく、殺意と殺気が溢れ出す。

 

 鈴はそれを感じて軽く息を吐き、身を震わせる。

 これだ。

 これを待っていたのだ。

 気を緩めれば一瞬で死にそうな殺意。

 それがたまらない。

 

「────殺し合おうぜ、鈴ーーー!!」

 

「上ッ等ーーー!」

 

 

 

 

 

 

 



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第玖話

推奨BGM:尸解狂宴必堕欲界

*より神州愛國烈士之神楽


「ははっ、ははははは、はははははははは!」

 

「あはっ、あはははは、あははははははは!」

 

 アリーナに馬鹿げた笑い声が響き渡る。

 一夏と鈴。その二人がアリーナの中央で馬鹿笑いしているのだ。

 

 刃と拳を交叉させながら。断じて、笑える状況ではない。どちらも一撃は必殺。それなのに二人は笑っていた。

 

「楽しいなぁ、鈴!」

 

 一夏の抜刀はそれまでとは一線を画していた。鍔なりの音など表記するのも馬鹿らしい。抜刀、斬撃、納刀ではない。抜刀して、数閃数十閃の斬撃の果てに納刀する。それにより、一夏の周囲に築き上げられたのは斬撃の結界だ。一夏の把握範囲内に斬撃の暴風が吹き荒れる。無論、その一閃一閃が絶対的な切断力を有する。当然ながら、刀と一夏の右腕は霞み視認する事はできない。ISのハイパーセンサーを使っても捕らえなれないだろう。常人どころかISでさえ、その絶殺絶断の結界に足を踏み入れた瞬間に細切れになるのは確実だ。

 

 そして、今の一夏は例え本当に誰かが結界内に入り込んでも気にしない。オーバーキルとも言える斬撃の嵐に蹂躙されるだけだ。もっとも、一夏自身の殺気も殺意も剣気も鈴一人に向けられているが。その結界内においては篠ノ之箒もセシリア・オルコットでさえ、後退以外の選択肢はありえない。

 

 だが───

 

「まったくねぇ、一夏!」

 

 無造作にまるで散歩にでも出かけるような気安さで鳳鈴音はその絶殺空間に存在していた。吹き荒れる斬撃に臆することはない。

 

 凌ぎ、受け流し、打ち合う。

 

 何の防具もつけていない鈴の拳は一夏の一刀と拮抗している。

 

 気。

 

 人が本来持つ生命エネルギーの発露。

 それを持って、鈴は己の肉体を強化する。もっとも、それだけではない。

 一夏が全てを断ち斬りたいと渇望するように、鈴も同じなのだ。彼女にも彼女の渇望があり、歪みがあり、それの具現が両手に宿る山吹色の陽炎なのだ。

 

 一夏が全てを斬り裂く刃なら、鈴は決して砕けぬ拳。

 

 殺意を宿した故に無空拳として機能せず、純粋な速度においては一夏より遥かに劣るにも関わらずその不砕の拳は光速の剣嵐に対抗している。

 

 なぜなら鈴は一夏の動きなど知り尽くしているのだ。小学5年の頃から中学2年まで。およそ3年に渡り、今と同じような殺し合いを続けていたのだから。

 一年離れていても忘れることはないし、忘れたこともなかった。

 もっともそれは一夏も同じだが。

 

「は、はははは! はーははははは!」

 

「あはっ、はははは! あーはっはっはっ!」

 

 笑い声は止まらないが、お互いの攻撃が入らない訳ではなかった。

 

 一夏の斬撃は致命傷とはならなくても鈴の肩や太腿、さらには細かい傷が前身に走りチャイナドレスはボロボロで血に染まっている。

 

 鈴の拳撃も致命傷には至らない。それでも、拳が数度一夏に

入りその悉くが骨を砕いている。さらには拳が掠って、こちらも細かい傷が走り白の着流しが朱く染まる。

 

 どう見ても満身創痍だ。

 

「もっと」

 

 それでも。

 

「もっとーー!」

 

 それでも笑う。もっともっとより高みへと。

 

「行けるとこまで行こうぜ、鈴!」

「行けるとこまで行きましょう、一夏ぁ!」

 

 殺気と殺意を飛ばし合い、拳気と剣気を刻み合い、鮮血にまみれながら笑う。

 

「はははははははははははははははは!!」

 

「あははははははははははははははは!!」

 

 交叉される刃と拳は百すら越え始める。

 しかし、それで満足などしない。

 

「ギア上げていくぜぇーーー!!」

 

「当ったり前でしょうが!!」

  

 一際強く刃と拳がぶつかり、僅かに間が開く。それはほんの刹那の間でしかない。だが、一夏にとってはそれで十分なのだ。

 もとより刹那など────必要ない。

 

「『無空抜刀・零刹那』────」

 

 瞬間、一夏から殺意も殺気も消え去る。ただ込められるのは剣気のみ。

 

「────参式ィーーーーー!」

 

 そして、全く同じ場所(・・・・)全く同時(・・・・)に放たれる斬撃。僅かな時間差などなく、完全に同時に放たれた九閃。

 その威力は従来の一刀の九乗。

 

「つぅっ……!」

 

 その九閃には流石の鈴も反応できない。その胸に横一文字に薙ぎ払われる。鮮血が迸る。それは間違いなく致命傷だ。だが、それで刈り取られるほど彼女は安くない。

 

「…………ああっ!」

 

 鈴は怯まなかった。むしろ、前に出た。零刹那の納刀と同時に。それは鈴だからこそ見いだせた隙。そこを突く。両手を軽く一夏の両脇に押し当てる。それには威力はほとんどない。だが、意味はある。放ったのは緩め浸透勁。それの直後に右の手のひらを打ち出す。

 一夏の腹に手のひらをめり込ませ、

 

「─────絶招凶叉ァ!」

 

 一夏の腹に自分の気をぶち込む。それは直前に打ち込まれた緩めの気と貫通力の高い気とが混じり合い、

 

「がはぁっ!」

 

 一夏の腹の中で弾けた。アバラが砕かれる。口から大量に吐血し、思わず後ろに飛びのいた。鈴も同時に跳ぶ。

 

 20メートル近く距離が開いた。互いに息は荒く、今の攻防で致命傷を負っている。

 

「…………いい加減決めるか、そろそろ終わらせないと千冬姉に止められる。それはもったいねぇよなあ」

 

「そうねぇ、まぁ、今日はこれくらいにしましょうか」

 

 口調は軽く。しかし、互いに闘気と殺意は高まり合う。

 そして、

 

 

 

「梵天王魔王自在大自在、除其衰患令得安穏、 諸余怨敵皆悉摧滅──」

 

 

 

 一夏は腰を大きく捻り、手を柄に添えた。それはこの学園において、一夏の初めての抜刀の構えだった。  

 紡がれるのは祝詞だ。

 そして、一夏から殺意が消えた。否──消えたのではない。『雪那』の鞘内に収束されていくのだ。

 

 剣気と殺意が凝縮され、結合され、収斂されて鞘の中に集っていく。

 

 

 

「木生火、火生土、土生金、金生水、水生木。陰陽太極木火土金水相成し一撃と成せ──」

 

 

 

 対し、鈴も祝詞を紡ぐ。

 それは五行思想。

 木は燃えて火になり、火が燃えたあとには土が生じ、土が集まって山となった場 所からは金が産出し、金は腐食して 水に帰り、水は木を生長させる。

 曰わく────五行相成。

 

 そして、それを叶える布石はすでに打った。先ほどの凶叉を除き、一夏にクリーンヒットしたのは五発。

 

 震脚と合わせた正拳、斬撃を受け流しながらの正拳、横払いの拳、振り下ろしの手刀、突き上げの拳。それらはつまり木行崩拳、火行砲拳、土行横拳、金行劈拳、水行鑚拳。五行拳、基本にして絶招。すでにそれらの五つの気を一夏に打ち込んだ。後は再び木行の気を打ち込むだけだ。そうすれば、それまでに打ち込まれた気と反応致死性のダメージを与えることができる。

 

 開いた距離など関係ない。

 一夏のソレはもとより遠当ての技だし、鈴のソレも僅かでも気が伝われば勝手に一夏の体内でその威力が増していく。

 

「─────────行くぜ」

 

「─────────行くわよ」

 そして、

 

「首飛ばしの颶風────蠅声ェーーーー!」

 

「五行相成─────絶招木行崩拳ーーー!」

 

 殺意と剣気の斬風と高め合いの木気を宿した裂拳。

 どちらも、必殺。

 片や、剣気と融合した殺意の塊。

 片や、世界の理を体現した拳。

 それらは、二人の中央で激突し──────

 

「!?」

 

 突如、アリーナの外壁をぶち壊して現れた『黒』に潰され消された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 斬風と裂拳の激突の中央に降り立ったのは漆黒の人型だった。異常なまでに全体を比率を狂わせる巨大な両腕。それらの姿勢を維持するための全身のスラスター。おまけに腕にはそれぞれ二門ずつビーム砲が装備されている。そして、もっとも異常なのはラバーらしき全身装甲(フル・スキン)。既存のISでは、まず有り得ない。有り得ないが────────────そんなことはどうでもいい。

 

「なにしてんだよォ────」

 

「────────アンタァ!」

 

 当然ながら、まず反応したのは一夏と鈴だ。その顔を怒りに歪めて。二人は同時に『黒』の下へ。一夏は首へ抜刀、鈴は心臓部へ目掛けて拳打。

 

「「死ねや!」」

 

 自分たちの邪魔をしてくれた存在に対するその一閃と一撃は熾烈の一言。

 

 断頭の一閃と心臓破り一撃。 

 

 その二つを同時に受けて生き長らえることができる存在など二人が知る限り織斑千冬しかいない。

 たが。

 

「な……!」

 

「は……!?」

 

 だがしかし。断頭の一閃は数センチを食い込ませるのみで止まり、心臓破りの一撃はその身をわずかに揺らしたに過ぎなかった。

 そして、

 

「……………………!」

 

 実際に声があったわけではない。しかし、『黒』は雄叫びをあげるかのように両腕を振り回した。

 

「ちっ!」

 

「このっ!」 

 

 その暴風の如き風車に回避を選ばざるをえない。今の満身創痍の身体では一発で地獄へ一直線だ。二人は大きく飛び退き、背中を合わせ合いながら『黒』と対峙する。

 

「なんなのよ、アレ。そりゃあ雑な一撃だったけどわりかし本気でぶん殴ったのに効いてないんだけど」

 

「めちゃくちゃ硬いなぁ。……なんていうか、表面のゴムぽっいので刃が滑る」

 

「確かにゴムぽっいので衝撃が拡散されちゃうわね。……さて、どうしましょうかねぇ」

 

『織斑くん! 鳳さん! 今すぐアリーナから脱出してください! すぐに先生たちがISで制圧に行きます!』

 

 真耶の声だ。緊急事態だからかいつものオドオドとした雰囲気はない。

 だが、

 

「いやですね」

 

「いやよ」

 

『ええっ!?』

 

「とりあえず、観客の避難が完了するまではどうにかします」

 

「というか、絶対殺す。人の恋路を邪魔したらどうなるかなんて相場が決まってるでしょうが」

 

『そんな!? 二人と大怪我してるんですよ! それにISもないのに──』

 

 聞けたのはそこまでだった。

 『黒』が突進してきたから。

 

「さぁ、来いよ。ぶっちゃけ俺たちマジ切れしてるからな?」

 

「ぶち殺す」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もしもし!? 織斑くん聞いてます!? 鳳さんも! 聞いてますー!?」

 

 真耶が一人で危ない人のように叫んでいるが千冬は落ち着いていた。頭痛薬入りコーヒーを飲む。乱入してきた『黒』ははっきり言って問題ではない。どの道一夏と鈴がどうにかして破壊するだろう。だからアリーナにシールドレベルが4になり扉も全てロックされているのも問題にならないし、3年の精鋭が現在ハッキング中だ。最悪、自分が出ればいい話だ。

 

 問題なのは、

 

「───────束」

 

 千冬は自分の親友の名を呼んだ。彼女に何らかの確証があったわけでもない、知っていたわけでもない。

 それでも。

 

『─────何かな、ちーちゃん』

 

 千冬の前にホロウィンドが現れて、篠ノ之束は千冬に答えた。

 

「……姉さん?」

 

『やあやあほうきちゃん。おねーちゃんだよ? 今気分最悪だから悪いけどおしゃべりは今度ね』

 

「─────」

 

「束、あれはなんだ?」

 

 問いは短く、鋭く。千冬はアレがなんなのかわからない。

 そう、開発者の親友としてISの最初期から関わっていた千冬にもわからない。

 そして、それは、

 

『わかんないよ、束さんにも』

 

「なに?」

 

『ISに限りなく近いけど────────あれはISじゃない。』

 

 あの『黒』はISではないと、ISの開発者は言う。そのことに箒やセシリア、真耶も息を呑むが千冬は別だ。

  

 あれがなんなのかわからないし、知らないけれどそれでも見たこと(・・・・)はあるから。

 

 二年前に起きた忌まわしきモンド・グロッソ事件。表向きでさえ最終的に町一つが壊滅となったIS関係における最悪の事件。

 

そして実際にあの戦いで今のこの世界があるとさえいえる出来事だ。

 

 その時に千冬はあれとよく似た雰囲気を持つものと交戦したから。

 

「……ちっ」

 

 状況は思ったより面倒らしい。どうするか。一気に自分が出るべきか、一夏たちに任せるか。

 その頭脳を回転させ、

 

「あ、あのー織斑先生」

 

 真耶が割り込んできた。正直構ってる場合ではないのだが、一応視線を向ける。ピット内で一人でオロオロとしている真耶はなにか言いたそうで───────一人?

 

「───────待て、篠ノ之とオルコットはどうした」

 

「そ、それがさっき出て行ってしまって……オルコットさんはそれに着いてってしまいました……」

 

 止められなくてごめんなさい、と真耶は半泣きだ。

 

『ほ、ほうきちゃんなんで』

 

 おかしい。あの箒が自分から行くとは思えない。まさか、二人の応援というわけではないだろう。記憶を掘り返して、原因を探る。

 すぐに思い当たった。

 

 ────やあやあほうきちゃん。おねーちゃんだよ? 今気分最悪(・・・・・)だから悪いけどおしゃべりは今度ね────

 

「あの、シスコンが…………!」

 

『へ?』

 

 

 

 

 

 

 

 

   

 

 

・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 篠ノ之箒は姉の束が好きだ。かわりにISは嫌いだ。

 というより、兵器としてのISが大嫌いなのだ。

 

 インフィニット・ストラトス、通称IS。

 女性のみが扱える最強の兵器。

 

 ISに対する世界の認識はそんな所だろう。しかし、それは違う。ISは元来、戦闘用(・・・)ではないのだ。前提が違う。

 

 

 

 ISは宇宙開発用(・・・・・・)だ。

 

 

 

 『大天災』篠ノ之束という存在ありとあらゆることを知っていた。

 

いや、どころかこの世のありとあらゆる存在からかけ離れていた。

 

箒は束がこの地球上に知らないことはないと思っていたし、事実そうなのだったろう。いつしか、彼女の興味は宇宙へと向けられていった。

 

 それの証が『果てなき空へ(インフィニット・ストラトス)』である。

 

 しかし、それも白騎士事件でそのあり方を変えてしまった。

 

 無限の空への翼は闘争の為の剣鎧に。あのころの束は見ていられなかった。いつもの屈託の無い笑顔はなりを潜め、泣き笑いしかしなかった。いや、できなかったのだろう。自分が開発した、言わば自らの子が戦争の為だけに使われ始めたのだから。

 

 第一、ISが無敵の最強の兵器というのも幻想に過ぎないと箒は思う。

 

 確かに白騎士事件においては白騎士は2341発以上のミサイルを切り落としたし、その白騎士を捕獲しようとした各国の戦闘機や軍艦の大半を撃破した。

 

 だが、それは白騎士が織斑千冬(・・・・)だったから。

 さらに言えばその時に千冬が握っていた二振りの刀。

  

 今、一夏の持つ刀『雪那』と箒が持つ大太刀『朱斗(あけほし)』の兄妹刀の二刀があったからだ。

 

 あの常軌を逸した二刀と千冬自身の戦闘力。それらが合わさっての偉業なのだ。

 

 それを誰も気づいていない。それを世界は誤解している。I Sの意味を誤解しているのだ。そして、その誤解は束の心を傷つける。

 

 彼女の渇望を、祈りを汚しているのだ。

 

 けれど、箒にはもうどうしようもない。箒には姉のように世界を塗り変えることなど出来ないのだから。だから、せめて。

 

 だから、せめて自分が出来うる限り、篠ノ之束を害なし、傷つける全てを斬り捨ててみせると。侍として、束を己の主として守ってみせると。そう誓った。

 

 故に、今。束に気分最悪と言わせるあの『黒』。

 そんな存在を許しておく訳が─────ない。

 

 ああ、つまりはそれだけなのだ。

 長くなってしまったが、結局はそういうことなのだ。

 

 ──箒は姉の気分を悪くさせた『黒』を許せない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!」

 

 正体不明の『黒』の硬さに攻め倦ねていた一夏と鈴は突然自分たちを追い抜くように現れた箒に驚かざるを得なかった。

 

「箒!?」

 

「ちょっ、なんで!」

 

「───」

 

 箒はなにも答えない。今の彼女が纏うのは深紅の十二単。

 握るのは刃渡り2メートルを超えるであろう大太刀『朱斗』。すでに抜き放たれたその刀身は僅かに朱い。姿勢を低く大太刀を下段に構え、『黒』へと駆ける。懐に飛び込み、

 

「ハアッァ!」

 

 逆袈裟の斬撃をぶち込んだ。馬鹿げた轟音が響くが、しかしそれでも『黒』に傷つけることはできない。

 さらには、

 

「………………………!」

 

 暴風の風車が箒を襲う。斬撃の技後硬直により箒は回避ができない。暴風が箒を飲み込もうとて、

 

「世話が焼けますわねぇ! まったく!」

 

 セシリアがそれを救った。既に青いドレスに身を包み、両手で構えるのはブラウニングM2マガジンの二丁機関銃。一夏と鈴の背後で堂々構え、吐き出されるのは分間650発。連続する轟音は一直線へ箒と『黒』へ。

 

 だが、大量の弾丸は箒に当たることはない。セシリア・オルコットの超絶技巧によりあらゆる弾丸はセシリアの計算の下だ。弾丸は空中を疾走するが、その途中で弾丸同士がぶつかり合い軌道を変えていく。

 

 機関銃による跳弾瀑布。

 

 それらは一方向から放たれたそれらは取り囲むように『黒』へと落ちていく。狙いは各部の姿勢制御用スラスター。それ自体の強度故に破壊には至らないが、動きを阻害していく。それらが稼いだ時間は一秒と僅かしかない。

 だが、それで十分だ。

 

「おっと」

 

 その僅かな時間で箒は暴風の圏内から外れることができた。飛び退き、一夏たちの下へと。

 

「スマン、セシリア」

 

「お気になさらず」

 

「って、そうじゃないわよ! 何横槍入れてんのよ!」

 

「どういうつもりだよ、セシリアはともかく箒が動くなんて」

 

「別に。ただ、あれは姉さんを不快にさせる。存在を許しておけるか」

 

「……そういうことかよ」

 

 つまり、箒が動くのは姉である束の為。それでは彼女を止めることは難しい。一夏はそれを知っている。

 だが、

 

「納得してんじゃないわよ。あれは私たちで殺す。絶対に、よ」

 

「分かってるって」

 

 当然だ。

 例え、箒がどれだけ怒ろうと。

 例え、束がどれだけ不快になろうと。

 あれは自分たちが殺す。織斑一夏と鳳鈴音の逢瀬《ころしあい》を邪魔してくれたのだ。

 ────赦せるわけがない。

 

 その時だった。『黒』がそれまで機械のように規則的だった動きが変わった。というよりも、動かなかった。

 動かなかったのは『黒』だが、動いたのはそれの肩だった。ズレた(・・・)のだ。

 肩部のスラスターがズレて、現れたのは──

 

「あらら、ビーム砲の砲門ですわね」

 

「……言わなくても分かる」

 

 ノータイムでそれらは発射された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 肩の二門に加え、両腕の四門。それらは同時に極太のビームをぶちまけた。しかし、それは一夏達を狙ったのでは無かった。

 

それが狙ったのは未だに避難がしきれず残っていた数人の観客がいる所や、実況席。『黒』のビームは間違いなく、彼らを消滅せるだろう。

 

 そのことに一夏たちが気づいた時は遅い。もはや、一夏と箒の斬撃もセシリアの弾丸も鈴の拳撃も届かない。

 故に一夏たちは何もできずに、

 

「─────『七天覆う至高の花弁(ロー・アイギス)』────!」

 

「ばっりあ~」

 

 ビームを虹色の花弁と黄緑色円形魔法陣がそれぞれ防いだのを見た。

 

 それらを展開したのは、

 

「やれやれ、危なかったね」

 

「ほんとだよ~」

 

 学園の制服の上に白衣を羽織り水色の髪と眼鏡の少女。

 制服を着ぐるみのように改造し、可愛らしいステッキのような物を持った少女。

 

 更識簪と布仏本音だ。

 

 実は三年生が手こずっていたハッキングをやり遂げたのは簪で、ドアを斬ろうとした箒を諫めてたのが本音である。

 

「あと………パクリじゃないからね!」

 

「はいはい、あとみんな~。それ無人機らしいからすくらっぷにしても大丈夫だよ~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本音の言葉にいち早く反応したのはセシリアだった。太もものホルスターから抜いたのはコルト・シングルアクション・アーミー。通称、ピースメーカー。それでセシリアが狙ったのはビーム砲口。無論、それ単体では尋常なる拳銃であり通常の弾丸でしかない。 

  

 尋常ならざるのはセシリア自身だ。

 

 セシリア自身の特異性により尋常の拳銃は埒外の魔砲となる。ピースメーカーの銃身がセシリアが握った瞬間に、揺らいだ(・・・・)。まるで、世界の理(・・・・)から外れる(・・・)ように。

 

 事実それらは世界から外れていく。

 

 その揺らめきが理外に身を置いた証なのだ。

 

 高速連射(クイック・ドロウ)

 

 放たれたのは一瞬にして六発。寸分違わず各砲門へと吸い込まれ、揺らめきを得た弾丸は、

 

「!」

 

 爆砕させた。

そして、その次は一夏と箒だ。セシリアが理外の魔砲を放ったと同時に走る。一夏は柄に手を当てて、箒は、

 

「────」

 

 その朱い刀身に人差し指と中指を滑らせた。それによって大太刀『朱斗』はその朱さを増していく。より朱く、もっと朱く。その輝きを増していく。

 

 相手が人でないなら箒にとっては都合がいい。もとより、彼女の刃は闘魔伏滅。人ではない存在を断ち斬るのが彼女の刃だ。

 

 

 一夏は殺意も殺気も消した。相手が人でないなら意味はない。故に高めるの剣気。一刀ではあの『黒』には通じない。なら、それ以上の斬撃を叩きつけるだけだ。第一、自分が斬れないモノがあるなんて赦せるはずがない。

 

 

「『無空抜刀・零刹那ァ────』」

 

「消え去れ、ガラクタ────」

 

 二人は同時に、

 

「─────伍式ィイ!」

 

「───我が主の道を妨げることなど赦さん」

 

 首へ全く同じ場所、時間に放たれた二十五乗の一閃。

 四肢を斬り落とす斬り上げと振り下ろしの伏魔闘滅の二閃。

 

 断頭と忠義の刃は頭と四肢を斬り落とし、

 

「───最後任せたぜ鈴」

 

 高嶺の拳士へと繋いだ。残された体へとぶち込まれるのは拳撃の弾幕。

 

「人の恋路を邪魔するヤツは────」

 

 そして、両手首を合わした両手掌低が

 

「──────龍に喰われて死ねぇ!!」

 

 龍の顎の如く『黒』を喰らいつくし、爆散させた。

 

 

 

 

 

  

 



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第拾話

推奨BGM:吐菩加身依美多女


「…………………う?」

 

 一夏は身体を包む倦怠感の中で目を覚ました。身体を起こして、周囲を見回せば黄昏時の保健室。はっきりとしない頭を動かして、なぜ自分がここにいるかを思い出してみる。

 

「確か………あの黒いのスクラップにした後に、千冬姉に担架に叩きつけられて………」

 

 怪我のひどかった一夏と鈴は自分たちで手当てをしようとして、千冬に無理やり担架に叩きつけられたのだ。そのせいで、手術着らしき服を着ていた。怪我がヒドくなった気がしたが気にしない。

 

「気がついたか」

 

 仕切りのシーツが開かれ、現れてのはその千冬だった。ここまて近づかれて気付かなかったということは、それなりに自分の身体も疲弊していたらしい。

 

「どうだ? 調子は」

 

「まあ、大丈夫だよ」

 

「そうか。ああ、そこに束が送ってきた治療用ナノマシンがある。無針高圧注射器だからお前でも打てるな?」

 

「おう」

 

「よし、………………まぁ、無事でなによりだ。お前に死なれたら────アレの開発者を殺しに行かねばならん」

 

 さらっと、物騒なことを言ってくれた。

 

「……………おっかねぇな」

 

「ふん、言っておくが鈴が相手でも一緒だ。アレを殺されなくなかったら、お前が殺されるなよ?」

 

「………わかったよ」

 

「よし」

 

 それだけ言って彼女は踵を返し、ドアに手をかけ、

 

「あか、だが箒にだけは殺されるなよ? 箒を殺しに行ったら束とも殺りあわなければならんからな。そんなのごめん被る」

 

 そう、付け加えるように彼女は言った。それは本当に付け加えるように自然な言葉で、だがら一夏も、自然にそれまで不思議と考えたこともない疑問が生まれた。  

 

「もし、そうなったらどうなるんだ?」

 

「はぁ?」

 

「だから、もし本気で千冬姉と束さんが殺し合ったらどうなるんだ?」

 

 織斑千冬と篠ノ之束。この二人がもし命を取り合ったら。

 

 心鋭き戦乙女(ブリュンヒルデ)と心優しき大天災(マーチヘア)

 ヴァルハラの導き手と不思議の国のアリス。

 一夏の知る限りの武力と知力の最高峰(ハイエンド)

 

 そんな二人が命を賭けて殺し合ったら。それはつまり最強の矛と最硬の盾、どちらが強いかという意味のない問い。今の一夏にはその強さの(高み)が理解しきることができない二人。

 

 世界最強の剣士と世界最賢の科学者。

 

 どちらがより高位の強度を誇るかという、その問いに千冬は、

 

「─────」

 

 考えたことも無かったと、目をパチクリさせた。殺りあうことは考えても、どうなるかを考えたことはなかったらしい。

 

「…………………ふむ、そうだな」

 

 千冬はドアから手を離し、顎に添える。少し、考える素振りを見せ、

 

「わからんな」

 

 あっけカランと、そんなことを言った。

 

「はぁ?」

 

「だから、わからんと言っているだろう。アレと殺し合うなど考えたくもない。アレ自身は限りなく脆弱だがな。まぁ、そうだな───」

 

 今度こそ手をかけたドアを開けて、彼女はまるで明日の天気を予測するかのように気軽に、

 

「──世界の一つや二つ壊れるんじゃないか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「イーチーカー」

 

「…………鈴か」

 

「ちょっとなによー。テンション低いわねー」

 

「そういうお前はタレすぎだろ」

 

「まーねー」

 

 千冬と入れ替わりに保健室に入ってきたのは鈴だった。自分と同じように手術着のような服に上着を羽織っていた。彼女は一夏のベッドのそばの椅子に座り込んで、タレだした。

 

「ああぁ…………」

 

 鈴は身を震わして、

 

「─────気持ちよかったぁ……………!」

 

 吐き出すように言った。何がなんて、聞くまでもない。

 

 織斑一夏と鳳鈴音の逢瀬(殺し合い)

 殺気と殺意をぶつけ合い、剣気と拳気を刻み合い、鮮血にまみれる二人きりの神楽。

 

 実に一年も開けて。

 中学時代を思い出せば考えられない。

 

「………んー、そういえば」

 

「どうした?」

 

 鈴はベッドに身体を預け、顔をうずめて、

 

「あんた、なんで大人しくなってたのよ。昔だったらすぐに刀抜いてたのにさ。それに気配も昔と比べて薄い………っていうか、やたら抑えていたし。なんかあったの?」

 

「……………」

 

 思わず一夏は頬を掻いた。相変わらずズケズケと突っ込んでくる。まぁ、それが彼女の長所でもあるのだか。

 

「そうだなぁ…………」

 

 確かに、鈴と一緒にいた頃とは自分は変わった。今は意図的に抑えているが、昔は抑えようともせずに垂れ流しだった。剣気も殺気も殺意も含めて。本来は箒のソレが近かったのだ。

 

 それが変わった切欠は────二年前。

 あの事件の日に遡らなければならない。

 

「なぁ、鈴。知ってるか?」

 

「何がー?」

 

 

「──────人って簡単死ぬんだぜ?」

 

 

「………はい?」 

 

「だからさ、人間てすぐ死ぬんだよ」

 

 心臓貫いたり。

 首切り落としたり。

 手首をはね飛ばしたり。

 小さな傷も増やせば失血死させることもできる。

 鞘で頭を砕くことができるだろう。

 頭だけでなく、首、脊椎でもいい。

 どんな方法にしろ、人は容易く死ぬ。

 それを知ったのが、

 

「二年前のモンド・グロッソ事件あっただろ? その時だ」

 

 その日、姉の織斑千冬の大会の応援に来ていた一夏は─────誘拐されたのだ。

 

 最も誘拐そのものは一夏とって脅威ではなかった。当時未熟だった故の隙をつかれて、不覚にも浚われたが特に何もされなかった。というよりも、なにかされる前に全部斬った。

 

 斬って斬って斬って斬って斬りまくった。

 

 数人の誘拐犯も一緒いたISも。

 

 人も機械もISも武器も関係なく斬って───────────殺した。驚いた。知らなかった。あんなに簡単に殺せるなんて。しかし、それでも、なにより驚いたのは、

 

「殺したことになにも抵抗がなかった…………いや、むしろつまらないとさえ感じたんだ」

 

 こんなもんか、と。

 つまらない、と。

 

 なまじ、昔から織斑千冬や篠ノ之箒や鳳鈴音という殺しに行っても殺せない連中と一緒にいたから。

 

 それまでは気付かなかったけど、気付いしまった。

 

 織斑一夏という存在はただの刃でしかないことを。

 

 その事を自覚して、してしまって。それからのことはよく覚えていない。気付けば千冬に抱かれていて、一連の事件は終わっていたから。

 それからは怖くなった。

 誰か殺しても、ただそれを己の刃の糧としか感じられない自分に。

 

「……………まあ、それが、殺意とか殺気とか引っ込めてた理由だな」

 

「………………ふうん」

 

 鈴は一夏の語りを聞いて、

 

「まぁ、いいけどさ。人の勝手だし。でも─────私相手にそんなの必要ないでしょうが」

 

 怒っていた。

 

「…………………ぐぬぅ」

 

 全くもってその通りだ。普通の人間に殺意や殺気を隠す理由は分かったが、それは鈴相手にソレら出さないのは理由になっていない。

 

「斬り足りない? 殺してもつまらない? どうせこんなもん? ……………ふざけんじゃないわよ」

 

 一夏がそんな目にあっていたとは知らなかった。

 あの日は鈴自身(・・・)も色々やっていたし。

 

「それとも、あんた。いつか私を殺してもそう言うつもり? ああ、こいつは結局とるに足らない刀の錆になったなぁ……って」

 

「っ、そんなわけないだろ!」

 

「なら、いいじゃない」

 

 あっけカランと鈴は言う。

 当たり前のことを言うように。

 

「まぁ、そうね。不安なら約束してあげる。あんたが誰か殺しかけたら私が止めて(殺して)あげるわよ。あんたがただの刃なら──────私があんたの鞘になるから」

 

 

 誰か殺しそうになったら私が殺して(止めて)あげる。

 

 

 そう、彼女は笑う。

 日溜まりのように咲き誇るような笑顔で。

 

「あんたの殺意も殺気も私が受け止めて、あんたの刃は私の拳をぶつけ合う。そんでもって私のもあんたが受け止める。それでいいでしょう?」

 

 鈴が一夏の殺意と殺気を受け止める。

 一夏の刃を鈴の拳にぶつける。

 逆もまた然り。

 

 それつまり、

 

「……………いつもと一緒じゃねぇか」

 

 苦笑がこぼれた。

 困った。

 実に困った。

 

「そうね、一緒ね。それでいいじゃないの」

 

 いつも一緒。

 それはつまり、互いに刻み合い、高みへ競い合う神楽。

 それは確かに───、

 

「────いいな、それは」

 

 困った。

 それでいいと一夏は思ってしまう。

 言っている中身はおかしいのに。 

 つまりは、互いが誰かを殺してしまう前に互いを殺そうという約束。

 歪んでいる、としか言いようがない。

 

「は、はは」

 

「なによ、ニヤニヤしてさ」

 

「鈴だってしてるぞ」

 

 歪んでいる、としか言いようがないのに─────そんな約束が心安く感じる。

 

「は、はは、ははは」

 

「ふ、ふふ、ふふふ」

 

 その心安らかさが口から笑いを零す。

 本当におかしい。

 今自分たちは殺し合いの約束をしたのに。

 こんなにも笑っていて、心を満たしているなんて。

 

「………じゃあ、頼むぜ。鈴」

 

「任せなさいよ、一夏」

 

 拳と拳をぶつけ合う。

 一夏は笑って、鈴も笑っていて、

 

「あ、どう? 惚れ直した?」

 

 その笑顔があんまりにも可愛くて、綺麗だったから、

 

「……………さあ、どうだろうな?」

 

 はぐらかすことしかできなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第拾壱話

 6月頭、日曜日の昼前のとある街の公園。本来ならば、曜日と場所も相まって街の人々の憩いの場所となる所だ。事実、この公園は昼は家族連れが、夜には恋人同士の逢瀬に使われいる。

 だが、

 

「─────────」

 

 二人の少女がぶつかり合っていた。

 一人は山吹色のチャイナドレスに無手の茶髪の少女。

 もう一人は頭にバンダナを巻き、ローラーブレードにショートパンツとタンクトップの赤髪の少女。

 

 バンダナの少女が公園内の遊具を蹴って飛び回り、無手の少女はそれを受け流す。バンダナ少女が公園内を縦横無尽、四方八方に飛び回り、それを事もなにげに受け流すチャイナ少女。それだけでも、まずあり得ないしそれを目撃すれば誰もが目を疑うだろうが、この二人はそれをさらに越えていた。

 

「────モード『荊棘(ソニア)』」

 

 呟き、ローラーブレードの後輪が変形した。ホイールが分解され、一つに繋がり、鞭ようになる。そして、バンダナ少女が深く息を吸い、吐いて、

 

「シッ!」

 

 脚を振った瞬間、空気の棘が射出された。花を守る荊棘のごとく。  数十発の荊棘がチャイナ少女へと降り注ぐ。しかし、それに臆することはない。どころか、それらを目にすらせず、

 

「…………………………」

 

 舞うように受け流す。何かを口ずさんでいるが、声が小さいのと周りの音で聞こえない。殆どは身体を廻すことによって避け、最低限のみを舞いの延長で叩き落とす。自らに触れることは許さないと言わんばかりに。

 

 自らの攻撃が全て無効化されても、しかしバンダナ少女は驚かない。

 むしろ当たり前のように次の行動に移る。

 

「──────モード『(フレイム)』」

 

 再びホイールが変形する。鞭のようだった後輪は通常の形態に戻ったが、変わったのはホイールから出る音。正確に言えばその回転数。超速回転により音が激しさを増す。それにより、超高温の摩擦熱が発生し、

 

「増えます」

 

 バンダナ少女の姿が増えた。残像ではなく、摩擦熱で生み出した蜃気楼の十数人の分身だ。それらは一人一人が超高速でチャイナ少女へと迫り、

 

「……………………しゃらくさいわねぇ」

 

 舞いの決め手。単純な震脚で全てかき消された。単純と言えどもそれは物理的な衝撃波を生み出す絶招。文字通りに大地を震わせ、地震を発生させる。公園内の遊具が大きく揺れ、地面が捲れる。

 

 バンダナ少女の分身は全て消え、

 

「!」

 

 本体が突っ込んできた。一直線に迫るその速度は鋭く、速い。両脚に摩擦熱で生み出した超高温の炎の脚甲。ソレは圧縮された青白の炎。二人の姿が交叉する直前に、右の青白の炎脚が跳ね上がる。空気を揺らめかせ、焦がすそれはチャイナ少女の鼻先まで迫り、

 

「……………ちぇ」

 

 止まった。鼻を少し焦がすがそれだけだ。止めた訳ではない。その炎脚は確実にチャイナ少女の頭を粉砕するであろう威力を秘めていた。

 

 止めたのではない。

 止められたのだ。

 止めざるをえなかった。

 

 視線をズラし、自分の腹を見る。年相応に膨らんだ胸の下に添えられたのは拳。殴られたとか、打ち込まれたとかではなく、添えられただけ。だか、もし自分が炎脚を少しでも打ち込んでいれば、そこから打撃を打ち込まれただろう。

 それこそ必殺の威力で。

 

「やっぱり、強いですね」

 

「あんたも、腕上げたわね」

 

 それぞれ、拳と脚を下げる。互いに笑みを浮かべ合うその姿はそれまで死闘を演じていたようには思えない。いや──────彼女たちからすれば、それはただの演舞のようなものでしかなかったのかもしれないが。

 

「つーか、熱っ! 熱っ! 鼻燃えてるじゃない!」

 

「え、ああ! 水、水!」

 

 と、二人で騒いでいたら

 

「ほら、ハンカチ。濡らしといたから」

 

 差し出されたのは濡れたハンカチだ。それを差し出したのは、ラフな格好の腰に日本刀を差した少年。言わずと知れた織斑一夏だ。

 それをチャイナ少女──鳳鈴音は受け取り、

 

「あー、思ったより大分熱かったー」

 

 青白いほど高温の炎が触れたのだから熱いのは当然なのだが。というより、鼻先が熱い程度で済むのは可笑しいのだが。

 

「す、スイマセン」

 

「謝ることじゃないわよ。…………ていうか、何よそのけったいな靴。一年前はなかったわよね」

 

 鈴が目を向けたのはバンダナ少女──五反田蘭が履いているローラーブレード。鈴と蘭はそこそこ付き合いが長いが、一年前になかった。昔から足技を多用していたし、機動力とか敏捷力は一夏と鈴を越えていたが、あんな靴は無かった。

 

「そういや、いつの間にか持ってたなぁ。あんま気にしたことなかったけど」

 

「気にしなさいよ、アンタ」

 

 ビシッと鈴が一夏にツッコミを入れる。

 

「え、えっとですね。半年くらい前にですね……」

 

「うんうん」

 

「……………道端で貰いました」

 

「……はぁ?」

 

「だから、貰いました」

 

「いや、貰ったて…………」

 

 どこの世界に、変形するとんでもローラーブレードを道端で配る人がいるのだろうか。

 

「えっと………半年くらい前にランニングしていたんですけど。その時にちょっと変わった人に会いまして。その人に」

 

「………どんな人よ」

 

「んー、髪は水色で」

 

「へー、珍しいな」

 

「メガネ掛けてて」

 

「ふむふむ」

 

「白衣着てて」

 

「あー、科学者ぽいわね」

 

「あ、そういえばIなぜか右腕に包帯巻いてました!」

 

「……………………ん?」

 

「……………………あれ?」

 

 髪が水色でメガネ掛けてて白衣着て右腕に包帯巻いている人物。さらに科学者ぽくて、鈴や一夏ですら驚く靴を作る人物。

 そんなのは、

 

「ナニしてんのよ………あの子」 

 

「俺、あんまり喋ったことないんだよなぁ」

 

 ──────更識簪以外にはいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

「くしゅん!」

 

「んー? 風邪ー?」

 

「ううん、そうじゃなくて…………はっ! まさか組織のヤツらが!」 

 

「はいはいー。誰かが噂でもしてたのかなー?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと、履かしてみてよ」

 

「いいですよ」

 

「っと、どれどれ? ……って何これ!?」

 

「おお、まるで鈴が生まれたての小鹿のようにプルプル震えてる」

 

「なによ、これ。見た目よりめちゃめちゃ軽くて気持ち悪いし、た、立ってるだけでも大変なんだけど……」

 

「だよなー。よくそれで走れるよなぁ、俺も無理だったし。凄いよなぁ、蘭」

 

「い、いえそれほどでも」

 

「む……ほら返すわよ」

 

「あ、はい」

 

 と、三人が話していたら。

 

「い、い、いたぁーーーーー!!」

 

 公園の外から叫びが上がった。声の主は赤髪にバンダナの青年。蘭の兄、五反田弾である。彼は鼻息荒く、全身から大量の汗を流していた。

 

「あ、お兄」

 

「よう、弾」

 

「おひさー」

 

「あ、でも、よう、でも、おひさーでもねえぇぇーーー!!!」

 

 腹からの叫びだった。

 

「なんだよ、お前らぁ! 遊びに来るっていうからゲームセットして待ってたのに、いつまでたっても来ないし! 待ってたら待ってたで、家に公園の近隣住民の方々から蘭と鈴がバトッてるって連絡来たんだぞ!」

 

 その連絡がまた文句をいうのではなく、泣きそうな声だったのだから笑えない。

 

「お前らぁ! 一体どれだけ俺のストレス溜めんだよ! ハゲたらどうしてくれる!」

 

「笑ってやるよ」

 

「あーはっはっはっ」

 

「笑うなぁ! そして本当に笑うなぁ、この殺し愛外道夫婦めぇ!」

 

「夫婦じゃねぇよ」

 

「そうよ、まだよ」

 

「いやいや鈴さん。まだって、まるで予定がある見たいじゃないですか。いや、ですね」

 

「あ? あるのよ、予定。安心しなさい。式に呼んであげるから」

 

「結構です、むしろ私が呼んであげますよ」

 

「言うじゃない」

 

「ふふふふふふふ」

 

「あはははははは」

 

「ははは、仲いいなぁ。相変わらず」

 

「どこがだよ! 恐ぇよ! なんか目から怪光線出てんだけど!」

 



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第拾弐話

 転校生が来る。

 しかも二人。

 

 ある日、朝のホームルームで山田教諭がそう言った時の反応は人それぞれ……というわけではなかった。

 

 反応は三種類。

 即ち、時期の半端さに訝しむか、純粋に新しい仲間を歓迎するか、である。

 もっともその訝しむ者も不思議がるというだけで、転校生自体に疎んでいたわけでない所は皆人間できていると言えるだろう。

 

 ………一部の変態のせいで順応性が極まっているからかもしれないが。

 

 因みにあと一種類に関しては、某侍はまた覚える名前が増えるのかと顔をしかめていた(覚えようとするあたり、某抜刀術士少年の更正プログラムの効果が伺える)。 

 

 閑話休題(そんなことはともかく)

 

 少なくとも、よっぽどの存在が来なければ受け入れることが出きるだろう。

 

 残念ながら、その転校生二人はそのよっぽどの人種だったのだが。

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 真耶に促され入ってきた転校生のに対し皆が一様に抱いた印象は、銀色である。腰近くまで無造作に延ばされた銀色の長髪。アンティークドールめいた整った顔立ち。 それの左目に付けられたら物々しい眼帯。医療用などではなく、明らかにガチ。かなり小柄だが、纏う雰囲気は氷の如く。どう見ても軍人にしか見えなかった。改造自由な制服をわざわざズボンにし、ロングブーツを履いているあたり徹底していた。

 彼女は教卓から一人分開けて、

 

「………………」

 

 彼女は腕組みをし、開いている真紅の左眼でクラスを見渡す。一通り見渡し、ある一点で止まる。

 それは、

 

「あら、ラウラさん?」

 

「セシリア……か?」

 

 セシリア・オルコットだった。紅眼と紫眼が交わる。クラスの視線が二人集中する。

 

「知り合いか?」  

 

「はっ! 半年前の英独合同軍事演習以来であります!」

 

「ええ、まぁ。私英国軍から銃火器の類を試供品やら廃棄品なんかを貰っている関係で軍に出入りしてるんですが、その関係で」

 

 なにしてるんだ、淑女(セシリアさん)

 全員が思った。

 千冬は頭痛が始まりそうだなぁ、と思いつつ、

 

「そうか……あとボーデヴィッヒ、その敬礼は止めろ。それから挨拶だ」

 

「は! 教官!」 

 

 姿勢良く返事しつつ、

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

「…………………終わりか?」

 

「はい、教官」

 

「……あー、ボーデヴィッヒ。ここは学園だ、私は教官ではないし、お前は生徒だ。織斑先生と呼ぶように。敬礼も、その軍隊ぽい返事も無しだ」

 

Jawohl(了解です)

 

「ドイツ語で言ってもダメだ」

 

(仲良さそうだなぁ)

 

 全員が思った。

 

 一夏はなんとなく、一年前に千冬がドイツに軍隊教官に行っていたからその時に知りあったのかなぁ、二人を見ていたら。

 

「…………………」

 

 視線が合った。視線が合って──────一瞬、ほんの刹那。

 一秒にも満たないその瞬間に、

 

「………っ」

 

 叩きつけられたのは殺気。殺意はなく、純粋な殺気。 一夏だけに叩きつけられたそれを気づいたのは者はいなかったし、セシリアや箒ですら違和感程度しか感じなかった。千冬だけは敏感に感じとって、頭痛を増していたが。それは本当に一瞬で、一夏が反応して刀に手をかける前にソレは消えた。

 

「……………」

 

 口元に浮かんだ笑みの意味は。一夏が睨み付けるも意に介さず、勝手に開いている席に付く。

 

「……………はぁ」

 

 千冬が額を抑えながらため息を付いた。

 

(ああ………)

 

 と、殆どの生徒が同情めいたというか、自分たちには分からない何かおきたんだなぁという、半ば諦めに似た悟りをクラスの皆が感じ(当然ながら変態共は除く)、 

 

「………そういえば、もう一人は?」

 

 誰かが言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

「は?」

 

「はい?」

 

「……………?」

 

「んー?」

 

 その誰かの言葉に、一夏とセシリアと箒、本音は首を傾げた。

 何を言っているのか、と。

 

「………ふむ」

 

 ラウラはその4人に感心したように目を細め、

 

 そして千冬は、

 

「…………………………」

 

 わかっていたことだけれど、後回しにしていた事に頭痛が酷くなることに気が滅入りつつ、

 

「気配紛らすの止めろ」

 

「あイタ」

 

 教卓の隣にずっといた金髪の男子に出席簿を軽く振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

「………………!?」

 

 彼女たちは突然現れた少年に驚愕した。

 否、現れたというのは正確ではない。

 彼はずっとそこにいたのだ。

 そこにいたのにどういうわけか、気づかなかったのだ。

 本当にそこにいたかどうかは正直自分たちにはわからないけれど、織斑一夏や篠ノ之箒にセシリア・オルコット、布仏本音が気づいていたらしいから、そこにいたのだろう。

 

 入学して2ヶ月。

 この連中の異常さには最早突っ込むのもバカらしい。

 

 だから、認識不能だったの存在にほんの一瞬驚くことはあっても意外と復帰は早かった。

 

「男の、子…………?」

 

 そう、彼は男だった。人懐っこそうな笑みを浮かべた中性的な顔立ち。黄金色に束ねられた長髪。華奢だが、スマートな体型。ともすれば女性に見えないこともないが、骨格等は男のソレである。

 

「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。日本のことは好きで勉強してきましたが、偏っているかもしれないので皆さんよろしくお願いします」

 

 あっけにとられるクラスへと浮かべられるのは爽やか笑み。

 貴公子然とした微笑。

 

「お、男……?」

 

「はい、こちらに僕と同じ境遇の方がいると聞いて本国より転入を───」

 

「──────っ」

 

 その瞬間、それまでの事、認識できなかったとか忘れて。

 

「……………………!」

 

 十代女子としての欲望が爆発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一時間目、第二グラウンドにて。一年一組と二組の合同授業が行われようとしていた。

 

「イーチーカー!」

 

「おわっ!」

 

 授業が始まる前、全員がISスーツに着替えて集合し切るまでには少し時間がある。その間を惜しむように鈴は一夏に飛びついた。首に手を回し、身長差故にぶら下がる形になる。

 

「ちょっ、お前離れろよ!」

 

「いーじゃないの、照れない照れない」

 

「そういうわけじゃあ──」

 

「あ、離れて欲しかったらサインね」

 

「しねーよ!」

 

「なら離れないからー」

  

 首に腕を絡めて離れない鈴をどうにかして落とそうとする一夏。しかし、鈴がガッチリホールドしているから、突き放そうとするその動きはただその場で回っているだけだ。

 

 その漫才とも見れる二人の遣り取りはもう周囲から生暖かい目で見守られていた。入学より2ヶ月。最早、お約束ともいえる二人の姿。今更、誰も動じない。

 ………………たとえ、鈴が飛びついたのが前からで、端から見れば抱きしめあってるようにしか見えなくても。

 

「ほらほら、このままか、サイン選びなさいー」

 

「ええい、転校生いるだから少しは自重しろ!」

 

 周囲の生暖かい視線には気づかずに、シャルルとラウラに目を向ける。

 ラウラは、

 

「…………」

 

 セシリアと会話しながらも、時折真紅の隻眼でこちらを見つめているもその眼から感情は読み取れない。セシリア以外に周りに人がいないのは彼女の持つ雰囲気が鋭すぎるせいか。

 そして、

 

「………………」

 

 もう一人の転校生、シャルルはといえば。一人きりで興味深かそうに自分たちを眺めていた。

 一人、である。

 周囲に人がいない訳ではない。彼の周りにもかかわらず何人かいるし、別にシャルルも遠ざかろうとしているわけではない。ただ、シャルルに気づいていないだけなのだ。

 

「………何よ、アレ」

 

 一夏の視線を辿って、シャルルに気づいた鈴が呟いた。

 周りに人がいるのに誰にも気づかれていないシャルルを見て、

 

「………根暗?」

 

「コラコラ」

 

 酷いこと言う。

 

「恥ずかしがりやなだけだろ、あんま触れてやるなよ」

 

「そんなレベルじゃないでしょうが……」

 

 確かに、完全に周囲と気配を同化させるその隠密スキルは見事の一言だ。ソレのおかげで、教室からの移動で一夏以外のIS男性操縦者に食いついた女子たちをスルーできたのだし。

 

 と、そうやって。

 いい加減一夏が鈴から伝わる体の柔らかさに無視できなくなりだしたあたりで、

 

「いつまで、いちゃついているそこのバカップル。さっさと並べ」

 

 千冬が現れた。 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

「さて、今日は実戦訓練をしてもらう………………すぐはじめられる専用機持ちにやってもらうつもりだが」

 

 千冬は眉をひそめて、一夏を含めた専用機持ちを見定めていた。一夏にはわかるがあれは困ってる様子だ。

 

「……………………そう、だな。うむ」

 

「はいはーい! 悩んでいるなら私と一夏で!」

 

 鈴が手を上げて叫んだ。

 元気いいなぁ。

 

「って、何言ってんだよ! 勝手に決めるな!」

 

「えー? いいじゃない」

 

 鈴は頬を膨らませた。

 が、その後に人差し指を唇に添えて、上目使いで、

 

「───────しよ?」

 

「───────────────────────ちっふゆ姉ぇー!」

 

「織斑先生と言わんか」

 

「ぐぇっ!」

 

 ズバーンという、周りが引くくらい大きな音が鳴った。首自体も変な音をならし、余りの威力に一夏の身体が錐揉みしてぶっ飛ぶ。空中を少し飛んで、地面に激突。薄いISスーツ故に地面とモロに接触し、大根おろしの気分を味わう。

  

 だが、しかしそれでも一夏は文句はなかった。もし仮に、あそこで何もなかったらイロイロ大変だった。

 ……………男の子として。

 

 どうも、あの黄昏の約束以来、なんというか……………困る。

 いや、今までも困っていたがなんか違うのだ。

 

 とりあえず、なんとか心を落ち着かせて顔を上げれば、

 

「……………………」

 

「……………………」

 

 なんか、ラウラに虫を見るような目で見られた。

 そんな一夏は無視されて話しは進む。

 

「というか鳳、何を勘違いしている。お前たち同士が戦うのではない」

 

「へ?」

 

「戦うのは─────」

 

「ああああーっ! ど、どいてくださいー!」

 

 と、会話をしていた千冬と鈴の間に落ちるよう突っ込んできた───というよりも本当に落ちてきたのは、

 

「う、う、うううう……………」

 

 地面に激突した痛みに呻く真耶で、つまり。

 

「戦うのは………まぁ、山田先生だ」

 

「……………大丈夫か?」

 

 ぼそっと、箒が呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・

 

 

 

 

・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんとかリカバリした真耶と結局自己申告で鈴が模擬戦する事となり、二人が空に上がる。そして、二人の戦闘が開始して、

 

「…………スゴい」

 

 誰かが呟いた。それは一夏や箒、セシリアだって同じ思いだったし、ラウラでさえ驚くように目を細めた。

 

 正直、誰もが真耶が簡単に負けると思っていた。生身での戦闘力なら圧倒的に鈴が上なのはわかりきっている。だから、誰もが真耶の敗北を予想し、しかし、すぐにその予想は覆された。

 

『やるわねぇ、先生!』

 

『これでも、代表候補生だったので!』

 

 驚くことに二人は互角だったのだ。真耶の戦闘力が鈴の予想を大幅に上まっていることもあるが、なによりも、特筆すべきはその巧さだ。

 強いではなく巧い。

 

 真耶は鈴に近接させないことに専念していた。近づいて、白兵戦になれば自分の方が大きく劣るのはわかっている。だから、近づかないし近づけさせない。アサルトライフルやバズーカ、ハンドガン、グレネード。遠距離武装を駆使して、鈴と距離を取る。

 

 それらは殆どが鈴の『双天牙月』にたたき落とされるが幾つかは通って、『甲龍』のシールドエネルギーを削っていく。

 

 生身の強さイコールISでの強さではない。

 

 それらの動きを地上から眺め千冬は、

 

「……デュノア」

 

「あ、はい」

 

「……!?」

 

 その場の殆どの生徒がそこで初めてシャルルに気づいた。二人目の男性IS操縦者に群がりたい気持ちを少女たちは覚えるが、千冬がいるので我慢。

 とりあえず、ガン見に抑える。

 

「折角だ、山田先生が使っているISについてできる限り解説してみろ」

 

「……できる限り、ですか?」

 

「ああ、それで構わんよ」

 

「えっとなら、アレはデュノア社製『ラファール・リヴァイヴ』です」

 

「うむ、続けろ」

 

「……………え?」

 

「……………ん?」

 

「………………………ああ、それでですね」

 

「………うむ」

 

「緑色で渋いですよね」

 

「……………………………………………」

 

「……………………………………………」

 

 それでいいのか、デュノア社。

 結局、セシリアと本音、それをラウラが補足するように解説した。

 

 

 因みに模擬戦自体はそれから五分ほど続けて引き分けに終わった。

 

 

 

 



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第拾参話

■より 尸解狂宴必堕欲界


 鈴対真耶の意外な好カードが終わった後は実習訓練となった。一夏、鈴、セシリア、シャルル、ラウラがリーダーのグループに別れる。集まりが多かったのはやはりと言うべきか一夏とシャルルだった。一夏は今更だしシャルルは実習ということもあって気配を消していない。それに千冬が頭を痛めながらグループを分けさせたのは……何時も通りか。

 

 結局、一人8人のグループに別れた。

 

「えっと、じゃあ、まずは歩行まではやろうか。最初は」

 

「はいはいはーい!」

 

 やたら元気のいい声を上げたのは、

 

「出席番号一番! 相川清香! ハンドボール部! 趣味はスポーツとジョギングだよ!」

 

「いや、知ってるけど……」

 

 仮にもクラス委員長だし、クラスメイトの名前や部活と趣味くらいなら把握している。ていうか、結構喋るし。

 

「あはは、なんとなくね」

 

「お見合いじゃあるまい……」

 

「いや、それはないでしょ。凰さんに殺されたくないし」

 

「な、なんでそこで鈴の名前がでてくるんだ」

 

「いや、なんでって言われても」

 

 ねぇ、と他の六人も同意するように頷く。因みにあと一人は箒である。いつものように澄ましたように腕組みをし、目を伏せている。

 

「え、ええい、ほら早く始めよう」

 

「はーい」

 

 なんか、からかわれているが目をつむる。そして、装着、起動、歩行と問題なく進んでいく────わけには行かなかった。清香がISから降りた時にしゃがみ忘れたのだ。当然ながらIS立った状態では次の人が乗れない。

 

「うーん、どうしようか。……………俺が踏み台にでもなるか」

 

 どうするか、と迷った時に、

 

「一夏、次は私がやろう」

 

 箒が進み出た。

 

「は? どうした……?」

 

 箒は答えなかった。

 黙って立ったままのISに近寄り、

 

「よっと」

 

 軽く飛んだ。跳んで一度ISの装甲を足場として蹴って、

 

「ん」

 

 ISに背中から倒れ込むように、装着した。

 

「……………」

 

 そのまま軽く歩いて、すぐにしゃがみ込み、

 

「ほら、これで問題なくなっただろう」

 

 無表情で言ってきた。

 

「ど、どうしたんだよ、箒」

 

「別に……」

 

「ありがとね、篠ノ之さん! ゴメンね、私のせいで!」

 

「え、あ、ああ。き、気にしないでくれ」

 

 箒が清香に握られ、キョドっている。大丈夫だろうか。テンパって変なこと口走らなければいいが。

 

「な、な、なに、クラスメイト、じゃないか。級友を手助けするぐらい、あ、当たり前、だ」

 

「ありがとうありがとうありがとうね! 箒さん友達思いなんだね!」

 

「え、え? 友達、思い?」

 

「うん!」

 

「そ、そうか……。私たちは、友達、なのか」

 

 噛み締めるように呟く箒を見て、一夏は、

 

「…………………!」

 

 滂沱の涙を流していた。ようやく、ようやく2ヶ月間頑張って人格更正プログラムを受けさせた甲斐があった。小学生が見るような道徳的映像やら道徳的な小説を読ませたのだ。見せた自分が言うのもなんだけど、この年になってああいう類の話を見るのは苦痛だ。だが、それでも無理に見せてたまに刀を抜いたりしたけれど、それでもなんとか見させた。最近部屋が変わって更新プログラムも出来なくなってしまったが同室の子にやらせるように頼んでいた。

 そして、今。

 

「清香って呼んでくれていいからね!」

 

「う、うむ、き、清香」

 

「うん!」

 

 さらには清香に続き他の女子も名前で呼び合っていく。

 

 あの箒が友達を創っている……!

 

「やりました、やりましたよ束さん……! ついに箒に戦闘無関係の友達が……!」

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

 

 その時、どこかの場所で。

 束はハンカチで目元を拭きながら、

 

「ううー、よがっだね、箒ぢゃん……! おねーちゃん嬉しいよぉ……!」

 

 

 

 

・・・・・・・

 

 

 

 

「そう気負いするな。なに、歩く事などISがあろうとなかろうと変わらんよ」

 

「な、なるほど……ありがとう、ボーデヴイッヒさん!」

 

「ふ、気にするな」

 

「そういえば、ボーデヴイッヒさんて軍にいたんだよね? 階級とかあったの?」

 

「む、一応少佐相当の権限はあったな。まあ、正確な役職らばドイツ軍IS部隊隊長というものだったが」

 

「す、スゴいね。少佐って呼んでもいい?」

 

「構わん、好きに呼べ。ほら、そろそろ次の者に代われ」

 

「ヤー!」

 

 なにあの子カッコイいい。

 というか、なんだあのノリ。

 

 

 

 意外にも馴染んでいるラウラだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、セシリアー。一夏知らない?」

 

「あら、鈴さん」

 

 放課後、銃火器のメンテナンスをしていたセシリアは第三アリーナで鈴に声を掛けられていた。

 

「一夏さんですか? 先程シャルルさんの案内に来てましたけど。さっき出て行きましたが」

 

「あっちゃー、入れ違いかー。残念」

 

 どこにいるのかなー、と早々に踵を返しアリーナを去ろうとするが、

 

「おい」

 

「ん?」

 

 横合いから掛けられたら声に顔を向けた。

 ラウラだ。

 

「織斑一夏がどこにいるか知らないか?」

 

「知らないわよ、私も探してんのよ。なに? なんかあいつに用?」

 

「ああ───少し、死合いをしたくてな」

 

「……………は?」

 

 鈴は信じられないようなことを聞いたかのようで、

 

「ん? あれ、耳おかしくなったのかしら? もう一回言ってくれないかしら?」

 

「織斑一夏と死合いをしたいから、居場所を教えろと言っているんだよ」

 

「………あんたって、そんなキャラなんだ。へぇ」

 

 数度、頷き、

 

「──ナマいってんじゃないわよ」

 

 全身から闘気と殺気を溢れ出させた。

 

「はぁ? なに言ってのよ。ぽっと出キャラが粋がってんじゃないわよ。私の許可なしにさぁ。あいつと死合い? なに、あんたあいつ殺したいの? ダメよ。全然ダメよ。あいつ殺すのは私なのよ。引っ込んでなさいよ、新キャラが」

 

「………私はただ居場所を聞いているだけなんだがな。貴様の都合などしらん、なぜ貴様に許可を取らねばならん」

 

「はぁ? 決まってんでしょう」

 

 鈴は胸を張って、

 

「あいつは私のもので、私はあいつのものなんだから」

 

(─────言い切った!?)

 

 セシリアと周囲で見ていた皆が思った。

 

「なんだそれは、子供の理論だな。そんな駄々に付き合うつもりはない。さっさと教えろ。ここに来てまだ日も浅い、一々探し回るのは面倒なんだよ」

 

「い・や」

 

「───ほお」

 

 瞬間、空気が軋む。

 

「最後だ、織斑一夏の場所を教えろ。教えなければ……まぁ、半殺し程度で済ましてやる」

 

「はぁ? 無理よ、そんなん。知ってるかしら? ぽっと出の新キャラってのは、最初に調子こいたら後で手痛い目に会うのがお約束なのよ」

 

「知るか」

 

 空気が、さらに軋みを上げていく。すでに二人の周囲にいた生徒たちは避難し、セシリアは頬に手を当て、

 

「……いつ止めましょうか」

 

 友人二人を止めるタイミングを見計らっていた。

 

「いいだろう、郷が乗ったならば見せてくれ先輩どの。古参キャラ《ロートル》の力量を。貴様を下した後に自分で探そう。セシリア、手を出すなよ」

 

「なに、やるの? いいわよ、来なさい。先輩として格の違いを教えて上げるわよ。そうね──私からは攻撃しないから。好きにやってきなさいよ」

 

「………吠えたな、蜥蜴が」

 

「蜥蜴じゃない、龍よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先に動いたのはラウラだ。鈴は攻撃しないというのだから当然だか。ラウラは腰のホルスターから拳銃を抜き、撃つ。セシリアのような美しさはない。ただひたすらに、無駄という無駄を削ぎ落とした動作。何万回と繰り返し徹底的に最適化された動き。それを以てラウラは鈴へと発砲する。狙いは、すべて急所。頭、喉、心臓、腹の中央。口では半殺し程度と言っていたがそれで済ますつもりなど毛頭ない。ボロ雑巾のようにして、織斑一夏の前に突き出してやる。

 だが、

 

「は」

 

 その最適の弾丸を鈴は当たり前のように回避した。踊るように。ステップを踏みながら。

 

「思いっきり急所狙いじゃない。酷いわね、アンタ。なるほど、女としてはともかく戦士としてはやるじゃない」

 

「生憎、女である前に軍人なのでな」

 

 軽口を吐きつつリロード。新たなマガジンを装填。撃つ。

 だが、

 

「ふうん」

 

 鈴は何でもないように回避する。いや、回避するというのは正確ではないかもしれない。鈴の動きは回避の為の動きには見えない。

 

 踊っているのだ。細かいステップを踏んで、体を揺らす。腕や足を大きく動かすことはないが、それは確かに舞いだ。

 

「アンタさ、いい女の条件って知ってる?」

 

「知らんな、聞いてなかったのか? 私は女である前に軍人なのだ。そんなくだらないものに興味はない」

 

「そのくだらないものがあるからアンタは私に触れられないのよ」

 

 言葉の間にもラウラの銃撃は止まらない。むしろ一丁だけではなくもう一丁追加され、さらには時折投擲用ナイフが混じり、苛烈さを増していく。

 だが、

 

「いい女ってのはね、惚れた男以外には触れさせないのよ」

 

 その苛烈な銃撃に身を置いても、鈴は無傷だった。むしろ、腕を組む余裕さえあった。

 

「誰かに惚れた女が、あいつに惚れた私が。あいつ以外に体を許すわけないでしょうが。いい? 高嶺に咲く華は誰にも摘まれないのよ。惚れた男以外にはね」

 

「くだらん」

 

 吐き捨てた。

 

「くだらんな、惚れた? 体を許さない? 高嶺に咲く華? だからどうした。ああ、なるほどご立派だな、貴様の矜持は。見事と言ってもいい。だがな───それらが、全て蹂躙されるのが戦というものだ」

 

 そして、ラウラが量子変換(インストール)から2つ同時に取り出したのは、

 

「……パンツァーファウスト」

 

 セシリアか目を細めながら呟く。セシリアの趣味ではないがラウラが好んで使う武装だ。だが、

 

「否」

 

 それをラウラは否定する。 本来なら乳白色や濃い緑、または焦げ茶色等が多いが、黒、赤、黄に弾頭がカラーリングされたそれは、

 

「ドイツ様式パンツァーファウストだ」

 

 ぶっ放した。

 それは真っ直ぐに鈴へと向かって、

 

「────────」

 

 爆発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鈴がいた所に大きな爆煙が上がった。それを見て、ラウラは満足げに頷く。流石は我が祖国ドイツ式が武装。カラーリングだけでなく、火薬とかも弄ったかいがあったものだ。

 しかし、

 

(いかん、死んだか?)

 

 流石に不味い。今の一撃で殺してしまったかも知れないと思うと冷や汗が流れる。下らないことをいうからつい調子に乗ってしまった。 教官に怒られるのは、イヤだなぁと思いつつ、

 

「────通りませ 通りませ」

 

 聞いた。

 

「行かば 何処か細道なれば」

 

 歌を。

 

「天神元へと 至る細道

 ご意見ご無用通れぬとても

 この子の十の お祝いに

 両のお札を納めに参ず

 行きはよいなぎ 帰りこわき

 我が中こわきの 通しかな」

 

 響く、歌を。爆煙が晴れていく。いや、晴れていくのだが、晴れ方がおかしい。一点を中心として、煙が吹き飛ばされいる。

 そして、その中心にいたのは、

 

「ーーーー『私は惚れた男以外に触れられたくない』」

 

山吹色のチャイナドレス姿の鈴だ。 両腕を広げてくるくる回る姿は無傷だ。

 

「なにをした……?」

 

「知りたい?」

 

 鈴は舞いを止めることはせず、しかし饒舌で、

 

「私はね、惚れた男以外になんか触れられたくないのよ。私はそんな安い花《オンナ》じゃない。私と共にあれる人だけ。その人以外に手折られるのなんて許せない。だから私は高嶺に咲くの」

 

 自分は高嶺にいるから、誰にも触れさせない。 触れることを許さない。 手折られても、枯らされても本望と思える人間──織斑一夏以外の馬鹿は許さない。

 彼以外に触れられてたまるか。

 

「舞いそのものには意味はななくても、私の歪みは私に迫る存在を惑わし、私の魂は私自身を高嶺に押し上げる。惚れた男が私を摘みに来てくれるように、私は高嶺に咲き誇るのよ」

 

 だから舞いを舞う限り、私に攻撃は通じない。 そう、主張する鈴に、

 

「───────なるほど」

 

 ラウラは静かに頷いた。

 

「なるほどなるほど」

 

 数度頷き、

 

「おもしろい」

 

 口元を歪めながめ、凄惨に笑った。

 そして、そのまま、

 

「─────本気でやらせてもらおう。死んでもしらんぞ」

 

 制服から量子変換(インストール)しておいた軍服に姿をかえて、左目の眼の眼帯を取り外した。

 妖しい光を放つ金眼が露わになり、

 

「────いけません! ラウラさん!」

 

 セシリアの制止も聞かずに、ラウラは鈴を見た。

 見た。

 見て。

 その瞳に、未だ舞い続ける鈴を写し

 

「!」

 

 ラウラの首に銀閃が走った。

 しかしラウラは寸でのところで回避し、大きく跳ぶ。

 

「おいおい、なにやってるんだよ、鈴」

 

「一夏!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったくよ、人が案内してる時に騒がしいと思ったらすげー楽しそうじゃん。……っと、悪いなシャルル、案内はまたこんどなー」

 

「いいよー」

 

 離れたところから、セシリアの横でシャルルが手を振ってきた。

 すでに白の着流しの一夏も手を振り返し、

 

「んで? なんでこんな事になってんだよ」

 

「えーと、なんでだっけ……?」

 

 鈴が舞をとめて惚け、それに答えたのは

 

「そこの二人が、お前を巡っていきなりバトりだしたんだよ」

 

 箒だった。

 

「って、箒? こんなとこにいたのかよ」

 

「……まったく、せっかく清香たちと訓練をしていたというのに…………」

 

 ぶつぶつ文句を言いながら、セシリアの横に並んでいた。どうやら、早速できた友達と訓練していたらしい。訓練といっても、近接格闘について、箒が指導していただけなのだが。

 

「で? どういことだ?」

 

 それに答えたのは、ラウラだった。

 

「織斑一夏。私と殺し合いをしてほしいんだよ」

 

「………はあ? なんでだよ」

 

「は、お前も私も戦士だろう? 死合うのに理由なんかいるか?」

 

「いや、そんなこと言われてもなぁ」

 

「それても、その腰にぶら下がっているのは偽物か? ああ、いや本物でも、そんな鉄の棒では大して変わらんか」

 

「はぁ?」

 

「っ」

 

 反応したのは一夏と箒だ。かつてのセシリアと同じように二人から剣気と怒気が溢れ出す。違うのは止める千冬はいない。一夏が刀に手をかけ、箒も長刀を出して前に出る。

 

「あれ? なんか大変なことになってない?」

 

「なってますねわね」

 

 もう、この六人以外にアリーナから人間が消えていた。

 

「………まったくよぉ、なんだよ。セシリアもお前もよぉ。アレか? ヨーロッパ人てのは刀嫌いなのか? 銃至上主義か?」

 

「………………」

 

 二人から怒気と剣気が止まることなく流れだし、

 

「ああ、いいぜ。いいよ、やってやるよ。殺してやるよコラ」

 

「私にも残しておけよ。後でもう一回私が殺す」

 

「って、ちょっと待ちなさい」

 

「あ?」

 

「あんた、私より先にコイツ殺しに掛かるとかどういうつもりよ。そんなことしてたら、その前に私があんた殺すわよ」

 

「あー、じゃあそうだな。俺がコイツ殺しに行くから、お前が俺を邪魔しろよ。そうすればいい感じに半殺しだろ」

 

 という、一夏のふざけた提案に、

 

「…………いいわね、それ」

 

 うんうん、と頷いた。今度は舞いではなく、拳を構え、

 

「唵・摩利支曳娑婆訶―――」

 

 呟きと共に鈴の姿がズレて重なっていく。蜃気楼のように、陽炎のように。そして、それを見た一夏は笑みを浮かべ自らも、

 

「如医善方便、為治狂子故、顛狂荒乱、作大正念、心墜醍悟、是人意清浄、明利無穢濁、浴令衆生、使得清浄――――諸余怨敵皆悉摧滅」

 

 一夏は自分の在り方を変える。自らの歪みは鈴と共に受け入れた。だから、鈴が隣にいる時はその本性をさらけだそう。人斬りの狂気を正気へと変えていく。

 二人の体から殺気と殺意が物理的な質感が生まれる。

 それに対し、ラウラは、

 

「はっ、なにをベラベラと。そんなことをしなければならないから貴様らは所詮アマチュアなんだよ」

 

 瞬間、ラウラからも様々な気が質量を得て流れ出す。一夏と鈴がそれぞれの詠唱で行ったことを意識の切り替えのみで為したのだ。そして最早言葉は必要ないと前に出ようとし、

 

「おいおい」

 

「………はぁ?」

 

「……戦の作法も知らんのか、貴様」

 

 突然止まった。何も変わった様子は、ない。だが、しかし三人の、いや箒すらも目を細めて睨んだ先は、

 

「知らないよ? 僕戦士じゃないからね」

 

 ────シャルルだった。

 彼は手袋をはめた右手を突き出し、

 

「よくわかんないけど、止めたほうがいいかなっておもったんだよね」

 

「おいおい、シャルル。お前も男だろ? わかるだろ? こういう横槍本当にムカつくだよ」

 

「………わかんないよ、僕にはね」

 

 少し目を伏せて、

 

「じゃあ、止めてよね。今すぐ止めるなら何もしないからさ。でも動くっていうなさ───腕一本くらいは覚悟してよ」

 

 何かをしているようにも見えない。殺気も殺意も怒気も闘気もない。しかし、それでも背筋が凍らされるような感覚が彼にはあった。

 並の人間なら腰を抜かすだろう。

 だか、ここには並の人間などいない。

 

「アホらし」

 

「まったくね」

 

「笑止」

 

 三人は三人ともまったく怯まずに動く。何かを斬り落とし或いは引きちぎったりして、動いた。それにシャルルが再び指を動かし、箒がすでに抜いていた大太刀に指を滑らし、セシリアがいい加減止めようとして銃を抜き。

 

 そして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────────いい加減しろよ、馬鹿共」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第拾肆話

推奨BGM: 修羅残影・黄金至高天

■より 一切衆生悉有仏性


 ソレは始め箒の背後から表れた。 黒い影のソレは一夏が飛び出したと同時に、

 

「………ッ!?」

 

 箒の首筋を打撃し、彼女の身体を麻痺させ、

 

「借りるぞ」

 

 淡く光る大太刀を持ち去って行った。そして、既に互いの距離を半分ほど詰めた一夏と鈴の前に飛び出した。二人は突如割り込んできた影に驚愕し、それがなにか確認する前に、

 

「ぜあっ!」

 

「シッ!」

 

 殺意の斬撃と陽炎の拳撃がぶち込んだ。

 

 殺意を乗せてもなお光速を宿す一刀。

 可能性を広げられた陽炎を灯す一撃。

 どちらも回避は不可能だ。

 光より早く動けるわけがないし、例えどれだけの回避スキルがあってもどこかに当たるという可能性はあるはずなのだから。

 

 だが、

 

「落ち着け」

 

 光速は同じ光速で動くことで回避し、陽炎の可能性は悉くを身体機動のみで対応した。さらにはハイキック。それが一夏に叩き込まれ吹っ飛び、

 

「ガッ!?」

 

「キャッ!?」

 

 鈴ごとぶっ飛んだ。それを見届けずに影は奪った大太刀を地面に突き刺した。なにかが変わったわけではない。

 だがしかし、

 

「漸け、朱星」

 

 突き立てられた大太刀に刃を滑らし、

 

 

 ──────────!!!

 

 

 女性の悲鳴のような音と共に朱色の光の柱が起立した。それに誰よりも驚いたのは、

 

「なっ……!」

 

 ラウラだ。驚きは二つ。自分が行った爆撃が無効化されたこと。 

 もう一つは、己の隻眼に映った影を認識して、

 

「きょうか───!?」

 

「このたわけ」

 

 言葉と共にラウラがぶっ飛ばされた。

 

「!?」

 

 何をされたか理解できない。なにかをされたはずなのに。影が動いたようにも見えなかったのに。

 

 ラウラを空振りした拳の拳圧のみでぶっ飛ばした影は両腕を広げて、宙を掴んだ。それはアリーナ内に張り巡らされた極細の糸。まともに触れれば人の肉など豆腐のように斬れるそれを、しかし影は掴んだ。さらに周囲の糸も腕に巻き付かせ、

 

「邪魔くさいな」

 

 軽い動きで引いた。

 

「わ!」

 

 それより驚いたのは糸の大本──シャルルだ。その両の手袋から伸びる糸をかなり(シャルルとしては)の力で引かれ、両腕を突き出すようにすっころんだ。

 頭から地面に激突し、

 

「あいたーーーー!」

 

 叫んだ。そして影に飛来したのは輪郭が歪んだ弾丸。鈴のようにズレているのではなく、輪郭が掴めない。認識ができないそれは世界の法則から外れた証。それを放ったのはもちろんセシリアだ。

 

 それを放ったのは、偏に彼女が知らなかったから。その人影の強度を実感したことはなかったから。 故に、突然飛び込んできた未知数の影に引き金を引いたのは間違いではない。間違っていたのは、その影である。

 

「ちょこざいな」

 

 その一言で理外の弾丸を掴んだ。掴んで、手のひらの中で転がして、

 

「返そう」

 

 親指で弾いた。

 

「キャッ!?」

 

 それはセシリアにすら反応できない速度で飛び彼女の額に直撃する。しかし、彼女にケガはない。そういう風に弾いたのだ。

 

 そして、

 

「ハァ………」

 

 後に立っていたのは黒い人影…………スーツ姿の織斑千冬だ。それまでの全ては本当に一瞬だった。一秒すら掛かっていない。 さらに言えば千冬は無傷で、一夏たちにも目立った傷はない。それほどまでの───差。

 しかし、それに千冬は誇るわけでもなく、

 

(ああ、頭痛薬頭痛薬)

 

 スーツの内ポケから携帯頭痛薬を取り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・ 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(やれやれ………)

 

 ひとまず落ちついた頭痛にホッとして周りを見渡す。ようやく一夏たちが全員起き上がっていた。 キチンと立つのを確認し、

 

「まったく、貴様らはどこまで私に手間をかけさせてくれる」

 

 実は八割私怨が籠もっている。

 

「いいかよく聞け、お前らがじゃれあったりするのは構わん。好きにしろ」

 

 後始末とかは面倒だが、束が協力してくれるだろう。

 

 (ついでに一杯やりたいなぁ……)

 

 なんて、思いつつも、

 

「だが、さすがに貴様ら六人が同時にやりあうのは目に余る。少しは考えんか」

 

 主に私の頭痛のこととか。

 

「たがら、場所を整えてやる。異議も異論も反論も認めん。いいか?」

 

 私の平穏のために。

 

「月末のトーナメントで決着をつけろ」

 

 それならなんとかなるだろう…………多分。

 

「………わかった」 

 

「……はい」

 

「……Jawohl.」

 

「……知道了」

 

「……OK」

 

「……Oui」

 

 その六通りの答えに満足し、

 

「──ではこれよりお前たち六人の私闘を一切禁止する!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、参った参った。まさか糸が掴まれるなんて」

 

 一連の騒動の後。シャルルは一人で寮の廊下を歩いていた。向かう先は自分の部屋だ。

 

「えーと、一夏と同じ部屋なんだよね」

 

 自分と同じ境遇……ということになっている彼を思う。

 

「……うん、いい人だね」

 

 初対面の自分にも優しくしてくれたし、気さくに話しかけてくれた。仲良くなれるだろう。だからこそ、謝っておくべきか。

 

「いや、でも目の前で殺意ぶつけ合いだしたら止めるよね」

 

 死んでてもおかしくない。自分はそれを防ごうとしたのだ。死ぬくらいなら腕の一本くらい安いものだろう。

 

(あれ? ボク悪くなくない?)

 

 まあ、それも合わせて距離感とか考えなければ。近づきすぎて───女とバレでも困る。

 

「んー、でも織斑先生にバレてるだろうなぁ」

 

 骨格まで変えているんだけど。多分気づいている。

 隠してる意味あるかなぁ。

 

 そうこう考えているうちに部屋の前に。鍵を開けて中に入ってみれば、大量のダンボール。日本観光で集めたお土産類だ。

 それの片付けは後に回すとして、

 

「よい……しょっと」

 

 腰に手を当てて捻る。ゴキッ、という音がして、さらに腕や肩、脚、全身を鳴らして、

 

「ふう、……やっぱりこっちのほうが楽だよね」

 

 それまでより高い女性の声で呟いた。声だけではない。身体も女性特有の丸みを帯びて、胸も大きく膨らむ。 そのままの姿で脱衣場に向かい、

 

「よーし、一夏が帰ってくる前にシャワーでも浴びますか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり、千冬姉は規格外だなぁ」

 

 首を鳴らしながら一夏は自分の部屋へと向かっていた。あの後、大した怪我もなかったから即解放されたのだが。

 

「鈴め……」

 

 鈴が燃え足りないとか言って、襲ってきたから逃げてきたのだ。さすがにあの直後でバトるのはどうかと思う。もし本気で怒らせたら、

 

「消し飛ぶ……?」

 

 いやいや。嫌な考えを振り払い、自室へと。部屋の中には見慣れない荷物──シャルルの荷物が所狭しとダンボール箱に詰まっている。なんか、手裏剣とか苦無の模造品とかへんな置物とかが覗いているけど、まあ、気にしない。

 

「っと、あれ? シャルルは………シャワーか」

 

 シャワー室から水音が聞こえてくる。

 

「それにしてもどういう風に接すればいいんだ……?」

 

 少し話した時は仲良くなれると思ったが、先ほどの騒ぎでは少し、というか結構物騒な感じになってしまった。どうにかして仲直りをしたいのだけれど、どうすればいいか。 

 ちょっと考えてみて。 

 

「……………そういえば、ボディソープ切れてたな」

 

 引っ越してきたばかりだからシャルルは気づいていなかっただろう。困ってるかもしれない。

 

「うむ、ここは裸の付き合いからやり直せば……」

 

 そうと決まれば話しは早い。 クローゼットから替えのボディソープを取り出す。出来る限りに気配を消して、忍び足で脱衣場へ。持てる限りの隠密スキルを発動。手早く服を脱いで、大事な所だけ手ぬぐいで隠して、

 

「よお! シャルル!」

 

「へ?」

 

「一緒に風呂で、も……は、いろうぜ…………?」

 

「い、いち、か?」

 

(………あれ?)

 

 一夏は自分の目が信じられなかった。 目の前にはシャワーを浴びているシャルルがいた。

 それはいい。

 よくないのは、シャルルの体だ。

 というか、胸の辺りがおかしい。箒ほどではないが、かなり立派な膨らみがある。シャワーの水が滴り落ちていてかなりエロい。

 

「え? あれ? どう、いうこと、だ?」

 

「え、えーと……………一夏! 後ろの洗面台から万能の霊薬WAKAMEが!」

 

「な、なにぃ!?」

 

 なぜワカメ。

 というかいつからワカメはそんな大層なものになったんだ。思わず振り返った直後。ゴキッゴキッ、という音がして振り返れば。なぜか胸が平らになったシャルルが半笑いで、

 

「あ、あははー。どうしたの? 一夏。なにか気になることでもあったの?」

 

「いや、それはないだろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………なんというか」

 

「あ、あはは」

 

 とりあえず、互いに服を着てベッドで向かい合う。一夏は部屋着用の着流しで、シャルルはジャージだ。そこでシャルルから詳しい話しを聞いていた。

 

 つまりは世界初の男性IS操縦者の情報を探るためにわざわざ男装して学園に潜入したらしい。

 

「なんという、安直な……そんなのすぐバレてもおかしくないだろ」

 

「だから、ボクが来たんだよ」

 

「ああ、うん。そうか」

 

 そりゃあ、骨格レベルで変装──そこまで行くと変体だ──をできるシャルルならそうそうバレることないだろう。

 

「いや、でも現にバレてるだろ。バレたらどうするつもりだったんだ?」

 

「そこは、ホラ。この学園って治外法権だからさ。とりあえず三年間は通ってその間にどうにかするつもりだったんだよ。ていうか、バレるつもりなかったし」

 

 自信あり気に言うシャルルだが、うなだれて、

 

「でもなんでか、織斑先生バレてるぽかったから気抜いてたら一夏にもバレちゃったし」

 

「まあ、千冬姉に関しては諦めたほうがいいと思うぞ。いろいろ規格外だから」

 

「それは身に染みて味わったよ……」

 

 自分も含めて一夏たち六人が一秒もかからずに蹴散らされたのだ。

 なんといか、色々おかしい。

 

「……そういや、親父さんに言われてきたんだっけ? なに考えてるんだ」

 

「なににも考えてなかったと思うよ」

 

「は?」

 

 シャルルはにっこりと笑って、

 

「僕って愛人の子なんだよ」

 

「────────」

 

 今、この子スッゴくダークな事をさらりと言わなかった?

 

「それでさー、昔なんかお父様と碌に喋ったこともなかったし、一回本妻の人からぶん殴られたよ。『この泥棒猫の娘が!』って。いやーあの時は参ったよ。あははー」

 

 断じて。

 絶対に。

 笑えることじゃない。

 

「それでさ、なんかそのあとウチの会社が経営難になってね」

 

「あ、ああ、あのデュノア社か」

 

 今現在世界のIS産業の世界第三位の大手企業だ……った気がする。

 確か。

 

「で、それを利用したんだよ」

 

「………どういうことだ?」

 

「だからさ、さっきみたいに骨格変えて母さんとお父様と本妻の人に変装してね。個別にあって地道にお互いの好感度あげてたんだよ。吊り橋効果ってヤツ? そんな感じで一年くらいしたら、皆仲良しになったんだよ。」

 

 何回かバレそうになって焦ったけどねーあははは。なんて笑う所じゃあないはずだ。ていうか、なんでこんな話しになったのか。

 

「それで今は皆で暮らしてね、一夏の事を知ってある日お父様がポツリと言ったんだよ」

 

「……………なんて?」

 

「シャルロットが男に変装して彼からデータとか取ってきてくれたら会社的には大助かりだなーって」

 

 それは間違いなく。

 語尾に『かっこわらい』が付くだろう。

 

「……………」

 

 空いた口が塞がらない。

 

「たまたま聞いちゃったからには、これは一肌脱がないとって思っちゃったんだよ」

 

「……思っちゃったのか」

 

「うん」

 

 一夏は思った。

 

(こ、コイツ───天然!)

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 一夏がシャルルの天然さに愕然とした直後。

 

「一夏ー。ご飯食べに行くわよー」

 

 と、ノックも無しに鈴が入ってきた。

 

「今日はもうバトらなくていい、から、さ………」

 

 そして、鈴の目に入ったのは、

 

「げぇ……!」

 

 呻きを上げる一夏と。

 

「……あーあ凰さんにもバレちゃったなぁー」

 

 ため息をつくシャルルで。二人はベッドで上で向かい合っており。シャルルはその胸の膨らみからどう見ても女だ。しかもその膨らみは鈴なんか足元にも及ばない。

 

「ま、待て、鈴。ご、誤解だ。お前の考えてるようなことじゃないから。落ち着け、な?」

 

「…………ええぇ。大丈夫よぉ……? わかってるぅ。わかってるわよぉ?」

 

「り、鈴……?」

 

「ええぇ、私は大丈夫だからさぁ……。アンタこそわかってるぅ?────────浮気は、死って言ったでしょうがァァァァァアアアアアァァァッッ!」

 

「だから違えぇぇえええぇぇぇッッ!」

 

「うわー、壮絶な夫婦喧嘩になっちゃったなー」

 

「いや、アナタのせいでしょうに」

 

「……ていうか、お前女だったのか」

 

「まねー、あははー」

 

 

 

 

 

「結局胸かー! おっぱいかぁーー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒは食堂の行列に並んでいた。隻眼の視線は揺らぐ事はなく、姿勢も凛と伸びていた。さすがは軍人というべき直立不動。

 

 それが揺らいだのは、

 

「だから、悪かったってー。でもねぇ、アンタも悪いのよ? あんなのに鼻伸ばしてるから」

 

「だから、伸ばしてないって……」

 

「ていうか、あんなのって酷くない?」

 

「そうですわよ、こっちでコッソリ箒さんもショックを受けてますわよ」

 

「……別に、そういうわけでは」

 

 先に命の取り合いまで発展しかけた五人が騒ぎながら食堂に入ってきたからだ。なぜか顔を腫らした織斑一夏と目が合い、

 

「む……」

 

「おま……」

 

 どちらも何かを言おうとして、

 

「聞いてんの!? コラ!」

 

「ぐはっ!?」

 

 凰鈴音に背中を蹴られた一夏はバランスを崩し、顔面から床を滑って、

 

「……………よう」

 

 午前中の授業のようにラウラの足下まで来たから、

 

「…………………」

 

 とりあえず、蔑んだ目で見ておいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 六人掛けのテーブル。

 織斑一夏、凰鈴音、シャルル・デュノア。

 反対側にラウラ・ボーデヴィッヒ、セシリア・オルコット、篠ノ之箒。

 

 その面子が一同に同じテーブルに着席したのを見た他の生徒たちは、

 

(……いつでも織斑先生を呼べるようにしなきゃ……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………………」

 

 気まずい。ただ、気まずい。それが、気まずさを誤魔化すようにひたすら箸を進める一夏の感想だった。自分に理由もわからず殺意を向けてくる相手が対面に座っているだ。落ち着ける訳がない。 

 どうする? どうする?

 助けを求めて視線をズラす。

 隣の鈴。ダメ。怒りは収まったようだが、ラウラに対する不信感はまだ感じられる。

 その隣、シャルル。端でニコニコしながらパスタを咀嚼しているが、彼──彼女もどうかと思う。この男装天然に任せたらまたとんでもない発言が飛び出しそうだ。

 その向かい、箒……………は論外として。

 

 やっぱりこういう時は、

 

(頼むぜ! 淑女(セッシー)!)

 

 そのアイコンタクトが通じたかはどうかはわからないがセシリアは溜め息をつきながら、しかし笑顔で頬に手を当てながら口を開いた。

 

「そういえば、来月のトーナメントはタッグマッチ……皆さんはどうしますか?」

 

「タッグマッチ? そんなこと言ってたっけ?」

 

「ええ、先ほど織斑先生から連絡がありました。正式な告知はもう少し先のようですが……その……」

 

 セシリアは言い淀むみ、

 

「『お前らと他の生徒と組ませると悪影響しかないから先にお前ら同士で組んでおけ』……と言われまして」

 

「………そうか」

 

 まあ、確かに自分たちの戦闘スキルで一般生徒と組めば危険だろう。ぶっちゃけ熱くなりすぎて殺しかねない。  自分たちに組めるとしたら、蘭にとんでもブーツを渡したらしい水色の髪の少女に、なんだかよくわからないのほほんさんくらいだろう。セシリアに真っ先に連絡したのは彼女の対人スキルあってのものだろう。

 

「なら、私は一夏と組むわよ? 文句無いわよね」

 

「あーうん、いいぜ」

 

「あ、断ってもいいわよ? その代わりサイン」

 

「よろしくな!」

 

 いい笑顔でいう一夏に、ちぇーと舌打ちする鈴だった。

 次いで、

 

「ならば、セシリア。私と組んでくれ」

 

 意外にもラウラはあっさりと口を開いた。

 

「お前以外にこの中で背中を預けられるのはお前しかいない。お互い、やり方もわかっているだろう。お前しかおらん」

 

 ラブコール。そう言ってもいいストレートな要求。お前になら命を預けられるというラウラの率直な求めに。

 

「……相変わらずですわね。ええ、構いませんわ。よろしくお願いします」

 

 僅かに照れながらも頷いた。

 そして、

 

「じゃあさ、篠ノ之さん。僕と組もうよー。、余りだけどさー」

 

「え、いや、私は……」

 

 トーナメント自体できる気がないと、そう言おうとして、

 

「……………」

 

「…………う」

 

 ニコニコとしたシャルルの笑みにたじろぐ箒だった。

 

「わ、私は……」

 

「ん、どうしたの?」

 

「うう……」

 

 笑顔が。

 

(笑顔が眩しすぎる……!)

 

 その純粋すぎる笑顔はコミュ障の箒にはキツい。

 

「お願い、篠ノ之さん。一応代表候補生だからこういうの出といたほうがいいんだよね」

 

「そ、そう、か……」

 

「うん」

 

 ニコニコ。

 ううぅ。

 ニコニコ。

 ううぅ。

 ニコニコ……。

 

「…………わかった」

 

「ホント!? ありがとう、箒さん! 僕のことはシャルルでいいからね!」

 

「ッ! そ、そうか! よろしくな、シャルル!」

 

 ちょろい、と誰もが思ったが口にしなかった。

 篠ノ之箒友達追加である。

 

 

 

 

 

 そんな感じで。

 

 織斑一夏&凰鈴音による殺し愛夫婦タッグ。

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒ&セシリア・オルコットによる軍人タッグ。

 

 篠ノ之箒&シャルル・デュノアによる侍忍者タッグ。

 

 それぞれ結成である。

 

 

 

 

 

 

 



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第拾伍話

推奨BGM: .Holocaust


学年別トーナメント、第一試合。各国政府関係者や研究所員、企業エージェント等、そうそうたる顔ぶれの中で、最初に火蓋が切って落とされたのは、織斑一夏&凰鈴音とラウラ・ボーデヴィッヒ&セシリア・オルコットである。一試合目から濃すぎると言わざるを得ないが、濃すぎるからこそである。

 

 不気味なくらいの静けさの中でアリーナ内に立つのは四人。言うまでもなく一夏、鈴、ラウラ、セシリアだ。当然ながらISなどという枷はなく、各々、着流し、チャイナドレス、軍服、サマードレスを纏っている。纏っているのはそれだけではないが。

 

 物理的な質量を得た殺意。

 

 それらが、観客たちを黙らせる。ISを使おうとしないことに対する野次も出ない。出すことなどできない。口の中をカラカラに渇かせながら、眼下で他愛ない雑談を交わす四人を見つめることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

「結局さあ、お前何しにIS学園来たんだよ。てっきり、千冬姉をドイツに連れて帰るつもりかと思ってたんだけどな……」

 

「まさか。あの人は誰かを導くために生きていることは貴様とて分かっているだろう。たとえ導く対象が英雄ではない凡夫だとしても、世界最強(ブリュンヒルデ)の邪魔をするなどしないし、できない。……私がここに来たのはな」

 

 一つ区切って、

 

「──私が私であること証明するためだよ」

 

「………?」

 

「わからんか、……いや、覚えていない、と言うべきか……」

 

 小さく、小さく、誰にも聞こえない音量で呟いた。

 

「それにしても、意外でしたわ」

 

「ん? なにがよ」

 

「いえ、てっきり鈴さんは一夏さんと組むことはないと思ってましたから」

 

「ああ、それねー」

 

 セシリアの言葉に鈴は手をヒラヒラと揺らし、

 

「別にタッグ組んでも殺り合えないって訳じゃないでしょ。それに千冬さんに戦うの禁止されてるじゃん、だからとっとトーナメント終わらせる。みーんな倒して、その後に殺り合えばいい話しゃない」

 

「……なんというか、相変わらずですわね」

 

「ほめ言葉として受け取っておくわ」

 

 

 なんて、殺意の中で当たり前のように言葉を交わしながら、開始の時を待つ。

 

 そして、その時が──。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ」

 

「』織斑一夏」

 

「凰・鈴音」

 

「セシリア・オルコット」

 

 それぞれが、己の名を名乗り、

 

「来い」

 

「行くぜ」

 

 そして、たった四人で成される戦争が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

「Panzer──、まずは小手調べだ」

 

 開始直後に誰よりも先に動いたのはラウラだ。それは小さな口の動き。それの呟きと共に、彼女の周囲に展開されたのは二十七のドイツ様式パンツァーファウスト。それに一夏たちは驚愕する。なぜならばそれらが、展開されたの空中。二十七丁の対戦車擲弾発射機が浮遊する。

 

「一応、新技だよ。AICを応用して火器を空中に固定する、無論この状態で発射可能だ」

 

 そう言いながら、一夏たちの反応を確かめるまでもなく、

 

「── Feuer 」

 

 言葉通りにパンツァーファウストが火を吹いた。それらに一夏と鈴は驚きながらも身体が勝手に反応する。無空抜刀、無空拳。二人とも同時に刀と拳を繰り出そうとし、

 

「セシリア」

 

「了解ですわ」

 

 二人が切り落とし、撃ち落とす前にセシリアが全て撃ち抜く。

 

「!」

 

 爆散する。

 かつて、鈴を包んだ爆炎よりも遥かに大きな炎が二人を包み込んだ。

 それだけでもビルの一つや二つなら壊せるだろう威力を秘めるだろうが、

 

「まあ、終わらんだろうな」

 

「当然ですわ」

 

 同時に、爆炎の花が散る。爆炎は吹き飛ばされ、晴れたそこから

 

「首飛ばしの颶風───蝿声」

 

 無数の殺意と剣気が溶け合った斬風がラウラとセシリアへと降り注ぐ。さらには、

 

「唵・摩利支曳娑婆訶―――」

 

 陽炎を宿した鈴が突っ込む。そして両手には山吹色の輝き。

   

 そして、斬風と陽炎を前にしたラウラは、

 

「───は」

 

 口許を歪めながら、息を吐く。そして眼帯を外し、

 

「やはり、こうでなくてはなぁ……!」

 

 叫び、その金色の隻眼で見た。瞬間、陽炎と斬風を含んだ空間が歪んだ。

 捻れられて、歪んでいく。

 

「……?」

 

 その歪みは視覚的には全く見えず、しかし一夏と鈴に違和感のみを与えていく。その歪みの中に身を置く鈴は言うに及ばず、圏外の一夏ですらそれを感じている。

 そして、その歪みが限界を迎えるかのように、

 

「!」

 

 鈴を巻き込み、空間ごと破裂した。

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

「んー? 魔眼かなー、アレ」

 

 観客席で本音が首を傾げながらポツリと呟いた。

 

「ふうん、本物?」

 

「多分ねー、久しぶりに見たよー」

 

 ラウラの右目に宿る本物の魔眼。

 それは、

 

「多分、視認した空間を歪めて通常の空間とのズレで空間を砕いていてるんだねー、そのせいで爆発して見えるんだよー」

 

「へぇ…………カッコいいね!」

 

「そうじゃないよねー、かんちゃん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 己の右目に手を当てながら、ラウラは土煙りの中へ目を凝らす。いつでも、再び己の異能を発現出きるように。

 

 空間歪曲の魔眼。

 

 それがラウラ・ボーデヴィッヒが宿したスキルである。元々は『越界の瞳』と呼ばれる疑似ハイパーセンサーと呼ばれるナノマシン措置処理である。危険性はまったくない。不適合すらおきないはずだが、しかし越界の瞳としては発現しなかった。ただ色が金色に変わっただけ。  それに対して、ラウラ自身は、思うこともなくただそういモノだと思っていた。それは、二年前のモンド・グロッソと世界最強(ブリュンヒルデ)の導きにより、全てを歪める魔眼となった。

 

 どうしてそういう風の魔眼になっかは彼女にも不明だ。ただそういモノだと認識しているし、それでいい。

 この目は私の血肉となっているのだから。

 

「ふむ……、範囲を広めたから威力が低かったか」

 

「いや、結構危ないわよ。アンタ」

 

 土煙りが晴れた中から現れたのは無傷の鈴。

 当然だ。

 例え、空間を歪めた爆撃でも僅かでも当たらない確率があるのなら彼女を犯すことは出来はしない。

 

 その姿に苦笑しつつ、

 

「無傷でよく言う……。まぁいい、お前はどうだ? 織斑一夏?」

 

「あ? んー、空間歪めてるだがなんだか知らないけどさあ───その空間ごと斬れば問題ないよなぁ」

 

 当たり前ように一夏は呟く。

 

「というか、ラウラさん。その歪み、私の弾丸まで巻き込まないでくださいね?」

 

「知らん、跳弾でなんとかしろ」 

 

「そういうと、思いましたわ」

 

 首を振りながらセシリアは嘆息し。

 

「さて」

 

 ラウラは他の三人を見回し、

 

「───続けるぞ、英雄の舞いだ。死力を振り絞れ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 織斑一夏・凰鈴音vsラウラ・ボーデヴィッヒ・セシリア・オルコットによるタッグマッチ。その対戦カードにおいて、多くの者は二対二、コンビネーションの極致を見ることができるとると思い、しかし実際はそんなモノは見ることができなかった。変わりに見たのは───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「凶れ」

 

 小さくラウラが呟き、彼女の視界に入ったの空間が曲がっていく。

 曲がり、捻れ、凶っていく。

 それは一夏を中心としているが、技の性質上どうしてもある程度範囲が必要とされる。故に歪みが臨界を超えて空間が破裂し、一夏だけでなく鈴も飲み込み──セシリアですら歪曲の破砕を受けた。

 

「蝿声ェ!!」

 

 叫びと共に破砕の余波を被ったセシリアへと一夏が無数の殺意の斬風を放つ。自身も破砕を受けたがその程度で怯むほどの正気など持ち合わせていない。斬風はセシリアへと降り注ぎ、彼女を刻み込み、また彼女に距離を詰めていた鈴すらも等しく刻んでいく。すでに高嶺の位置に存在し、セシリアの弾丸を受け流していたがその舞いの性質として、自分か惚れた男の斬風を受け流すことはできない。

 刻まれ、その鈴に、

 

「レスト・イン・ピース」

 

 差し出されるようにセシリアの右手からピースメーカーの弾丸が吐き出される。

 さらに左手には機関銃。鈴は世界からズレた弾丸は無理に体を捻ってよけるが物理的な弾丸は避けれない。否、避ける必要がないのだ。惚れた男の斬風でもなく、世界からズレた弾丸でもないただの鉛玉は高嶺の花に届くことはない。変わりに一夏とラウラへと注がれて、二人の体を穿つ。それを大して見届けずに刹那の間も開けずに鈴にさらに理外の弾丸を放とうとするが、

 

「陀羅尼──孔雀王!」

 

 大地へと拳を叩き落とした。莫大な生命力である山吹色の陽炎を纏ったそれにより、局地的な地震どころか地割れが起きる。 衝撃波がセシリアだけでなく、他の二人にも襲う。単純な一撃故に防ぐことはできない。 

 

 一瞬、四人が四人とも動き止まる。

 止まり。

 

「凶れ」

 

「首飛ばしの颶風──蝿声」

 

安らかにお眠りください(レスト・イン・ピース)

 

「陀羅尼孔雀王……!」

 

 歪曲が、斬風が、魔弾が、陽炎が。

 アリーナを蹂躙する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「く」

 

 ラウラは血にまみれながらも、笑っていた。迫りくるのは殺意の刃。光速を宿すそれをしかし、ラウラは回避する。

 

 これは、ラウラが織斑千冬のように全身を光速で駆動させているわけではない。タネは勿論歪曲の魔眼だ。自分の周囲、或いは一夏の周囲に極小の歪曲を展開する。小さすぎるゆえにそれ自体では破砕を生み出すことは出来ないが、

 

「振りにくいだろう?」

 

「全くだな!」

 

 一夏の刃に触れ、それだけでは意味のない極小の歪みもほんの僅かだけ速度を落とし、或いは軌道を変える。それである程度は軌道が読めるのだ。無論変えられたら軌道はランダムだからもし少しでも読みを誤れば文字通り光の速さでラウラを断ち切るだろう。

 

 だか、それがどうした。そんなことに構っている余裕はないし、構うつもりもない。笑みを抑えることができない。極小の歪みはラウラ自身も犯すのにだ。

 

「ク、ク、ハハハハハハハハハハ!」

 

「楽しそうだな、オイ!」

 

「楽しいさ! 楽しくて愉しくてたまらない! 最高に愉快だよ! 貴様はどうだ、織斑一夏!?」

 

「聞くなよ、そんなこと!」

 

 瞬間、一夏から殺意が消える。

 

 『無空抜刀・零刹那 参式』。

 

 全く同時に全く同じ箇所に放たれる無殺意、無拍子、無意識の九閃。

 

 それがラウラの体を斬り裂きくが、それにラウラは怯むまずに、

 

「──凶り狂え」

 

 空間が狂う。軋みを上げ、世界がイカレていく。 

 それに一夏は咄嗟に斬撃の結界を展開するも、

 

「ガア……!」

 

 左肩が抉れた。

 だが、

 

「くっ……!」

 

 ラウラも九閃をモロに受けて、肩から脇腹にかけて痛々しい傷を受ける。

 さらには、

 

「!」

 

 二人を覆うように弾丸が降り注ぐ。セシリアによる跳弾瀑布。

 それを急所のみを守り対処するが、

 

「陀羅尼孔雀王!」

 

 二人の中央に鈴が落ちてきて、陽炎を灯した拳を振り下ろした。それにより、一夏とラウラがぶっ飛んぶ。

 

「二人だけで盛り上がってんじゃないわよ」

 

「全くですわ。一応タッグマッチということになってますのよ?」

 

 二人の文句に飛ばされた二人は即座に姿勢を立て直しながらも、

 

「いやいや、今更タッグマッチとか……」

 

「そうだな。バトルロワイアルだろう、コレは。最後に立っていた者のペアの勝ちでいいではないか」

 

「そうそう」

 

「なに便乗してんのよ」

 

「情けないですわよ、一夏さん」

 

「ぐぬぅ……」

 

 言葉を詰まらせた一夏とそれを責める鈴とセシリアにラウラが苦笑し、

 

「──────────────────────────────────────────────え?」

 

 彼女の瞳から、光が消えた。

 

 

 

 

 

 



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第拾録話

推奨BGM: 黄泉戸喫

※~※間より 覇ヲ吐ク益荒男


 ラウラ・ボーデヴィッヒの人生においてなにが最も己に影響を与えたか。

 かつて越界の瞳を移植され、それが制御不能となってしまったことではない。

 世界最強(ブリュンヒルデ)に出会い英雄(エインフェリア)として導かれたことではない。世界を歪め、捻り、軋ませる歪曲の魔眼をその身に宿したことでもない。

 確かにそのどれもがラウラの生において大きな意味を与えているがしかし、それでも一番とは言い難い。

 

 ではなにが。一体、なにがラウラ・ボーデヴィッヒの魂に楔を打ち込んだのか。

 

 その全てを今は語ることはできない。故に彼女、ラウラが体験した場面のみを切り取ろう。

 

 時は巻き戻り、二年前。場所はモンド・グロッソ。IS関連事件において、白騎士事件に匹敵し或いは凌駕するであろう歴史に名を残した災厄。

 そう、災厄だ。

 事件や事変などという言葉では終わらなかった。

 

 街は半壊し、世界大会に参加したISは殆どが破壊された。

 

 その渦中だ。

 

 彼女は彼に出会った。

 否、出会ったなんて話ではない。

 より正確に言おう。 

 

 ──────ラウラ・ボーデヴィッヒは織斑一夏から逃げ出した。

 

 それが彼女のあり方を変えたのだ。

 

 その日、大会の警備員の一人として配置されていたラウラはすでに火の海となった街を駆け抜けていた。右手にはハンドガン、左手にはサバイバルナイフ。別に目的があったわけではなく、ただ一刻も早くもその地獄から出ようとしていた。その途中にラウラはとある少年を見かけた。

 それが織斑一夏。

 誘拐されていたはずの世界最強(ブリュンヒルデ)の弟。そんな彼がどうして自分の視界に入っているかは理解できなかったが、一応保護しようと思ったのだ。その選択が彼女の魂の根幹を揺るがすとも知らずに。

 

 何度か声をかけたが、しかし周囲は火の海であり狂乱が支配していた地獄。その瞬間にも爆発音が響いており、声は届かなかった。加えて日も傾きかけていたから、僅かに薄暗くあるのは炎の暗い光のみ。

 だから気づかなかった。

 

 その手に血で濡れる刀を持っていた事に。

 

 誘拐されたはずの彼がどうしてラウラの目の前にいるか。なんてことはない。ただ誘拐犯たちを斬り殺して来ただけだ。斬り殺しさまよっていただけだ。

 まるで、まだ斬りたりないと餓えるように。

 殺意と殺気と剣気を撒き散らしながら忘我の中でさらなる糧を探していたにすぎない。

 

 それにラウラが気づいたのは何度かかけた声がようやく届いた時だった。自分の声に反応した織斑一夏が此方を向いて、目があった瞬間に。

 

 

 踵を返して逃げだした。

 

 

 なんだ、なんだ、なんなんだ、アレは。

 人じゃない。人間じゃない。人にあんな殺意が出せるわけがない。

 ただ斬る。己以外は全て斬り捨てるという唯我。

 自分以外の悉くは斬る対象でしかない狂気。

 剣の鬼──剣鬼。

 ありえないありえないありえないありえない。 

 そんな存在を認めることはできない。

 認めたくなんかない。

 

 

 そうして。

 ラウラ・ボーデヴィッヒは逃げ出した。

 勝つわけでもなく、負けるわけでもなく。 

 戦うことすらせずに、逃げたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お前は、逃げたのだ』

 

 ああ、そうだ私は逃げた。

 無様に、みっともなくただ背を向けて惨めに逃げた。

 

『なんて、情けない』

 

 そうだな、情けない。

 どうしようもない劣等だよ、私は。

 

『力が、欲しいか』

 

 ああ、欲しいさ。

 私は強くなりたい。

 己を誇れるような強さが。

 

『ならば────くれてやろう』

 

 ──いらん。※

 

『────なに?』

 

 だから、いらんと言っておろう。

 

『なぜた』

 

 他人から与えられたら力が何になる。

 他人に用意されたものがなんになる。

 私は、他の誰かの脚本で踊るつもりない。

 

『な、にを』

 

 大体なんだ、貴様は。人が折角楽しんでいるところを横からピーチクパーチク。ギャーギャー耳元で叫びおって。

 何だ。何様だお前は。

 確かに私は一度逃げた。

 それは覆せない、私の恥だ。

 戦士としてあるまじきことだろう。

 

『なら……ば』

 

 だが、貴様にどうこう言われることではない。私の恥は私が乗り越える、そこに他人の力などいらん。それにすでに私は一度力を借りているのだよ。

 

『な、ん、だと』

 

 私にとって織斑一夏から逃げ出したことが人生最大の恥部ならば。

 あの人に導かれたことは最も誇るべきことなのだ。

 

『なん、だ、お前、は』

 

 は、私か?

 私はあの人に導かれた英雄(エインフェリア)

 歪み歪む黒ウサギ。

 ラウラ──ラウラ・ボーデヴィッヒ。それが私を指し示すたった一つの真実だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「く、くくくくくく」

 

 忘我に沈んだのは苦笑したほんの刹那。その刹那で再び浮かび上がったラウラは笑っていた。

 

「お、ご機嫌だなお前」

 

「ああ……当然だとも」

 

 当然だ。 かつて逃げた相手を前に自分は笑っている。戦っている。

 それだけで、かつての己は乗り越えた。

 ならば、あとは──

 

「……そろそろ決めよう」

 

 目の前の剣鬼を打倒するだけだ。手の平を重ね合わせる。重ねたそこに歪みを集中させる。

 

「是非もなし」

 

 相対する剣鬼は一刀を腰溜めに構える。そうして、鞘に収束されるのは殺意と剣気。馬鹿の一つ覚え、などと馬鹿にすることはできない。込められたそれらはそれまでを大きく超越している。

 

「は、上等」

 

 そして、黒ウサギに応えるのは剣鬼だけではない。高嶺に咲き誇り、陽炎を纏う龍もその拳に山吹色の光を宿す。込められた気によって周囲の雑草等が活性化し成長していくほどの生命力だ。乾坤一擲を体現した拳。全てを砕く不砕の拳。

 

「ふふ、楽しんでますわね」

 

 その揺らめきに応えるように魔砲の射手は世界から外れていく。世界の外側へとズレていく。なにが変わったかなんて彼女自身にも分からない。

 しかし、確実に何かか変わっていくのだ。

 

 そうして、四者四様。

 自分以外を打倒せんとする意志。 

 それらが高まり、昇華し。

 

「凶り、狂い、歪めぇぇぇぇええ!!」

 

 手の平の歪みの塊は潰されることで周囲を歪曲し、

 

「首飛ばしの颶風──蝿声ェ……ッ!!」

 

 純粋なる殺意の斬風は空間を断ち斬り、

 

「陀羅尼孔雀王ォ……ッ!」

 

 山吹色の陽炎は大気を穿ち打撃し、

 

「レスト・イン・ピース!!」

 

 理から外れた埒外の魔砲は世界を撃ち抜き、

 

「!!」

 

 アリーナを蹂躙した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん……」

 

 全身が心地よいだるさに包まれながら、ラウラの意識は浮上していく。ぼんやりと目を開け、視界に入る黄昏の光に目を細めた。彼女は基本的に睡眠というのは疲労回復の為のものであり、意識的に睡眠時間を変えられる。寝られる時に寝る。軍人にとって基本スキルであり、セシリアも同じようなことができる。だからこそ、今こうして意識が明確に覚醒せず曖昧模糊というのはめったにないことだ。全身の筋肉が弛緩しており、体を包む布団の心地よさに身を委ね再び意識が埋没していき、

 

 

 

「ーー起きたのか?」

 

 

 

「ーーーーッ!?」

 

 耳に届いた声に跳ね起きる。全身の弛緩なんて完全に忘れていた。

 同時に記憶が戻ってきて、

 

「……! 教官、試合はどうなって……!」

 

「落ち着け」

 

 目を見開き、声を荒げたラウラの頭にポンと、出席簿が落とされる。

 

「………ッ」

 

 大した痛みではないが、千冬に止められた以上は止まらなければならない。

 止まらなかったら、

 

(木っ葉微塵……!)

 

 思わず冷や汗が流れた。不安を押し殺しながらも、

 

「試合なら中止だよ」

 

「中止、ですか……?」

 

「ああ、そうだ。お前たちが盛大に暴れたせいでアリーナが崩壊したからな、当分は使いものにならん。ついでに各国のお偉方もお前たちの試合にビビっ……満足したようでな、お帰りになったから中止、ということになった」

 

「……そうですか」

 

 アリーナが崩壊、というのは全く不思議ではない。最後の瞬間は特大の歪曲、殺意の颶風、陽炎の一撃、理外の魔砲。それら四つが激突したのだ。いかにIS用アリーナだとしても只では済まない。と、そこまでは不思議ではないが不思議なことがないわけではない。

 

「……幾つか質問宜しいでしょうか、教官」

 

「構わん、なんでも聞いていいぞ」

 

 無駄に男前である。

 

「傷が全て治っているんですが……なにか特別な治療を?」

 

「寝ている間に治療用のナノマシンを打っておいた。あと、アリーナから運んだ時に布仏がなにかしていたが……恐らく治癒魔術の類だろうな」

 

「魔術……ですか」

 

 別にそれ自体は珍しくない。ISが時代を担っているが、そういうオカルトがないわけではない。実際ドイツ軍には魔術専門の部署があった。それにラウラ自身の魔眼も似たような物だ。珍しくはない、がしかしラウラが驚いたことは別のことだ。

 彼女が最後に放った特大の歪曲。あれは歪曲の塊を両手で潰して圧縮した歪みを広範囲に展開させることで周囲を破壊するものだが、性質上どうしようもなく自傷技である。故にあの技を使えば最低でも両腕は当分使い物にならなくなるはずだ。 

 

 が、しかし彼女の両腕に傷はない。

 

 手を握ったり開いたりしても自分の感覚に誤差はない。寧ろ良好だ。さらに言えば、全身にも痛みはなく、有り体に言えばベストコンディション。寝起きとは思えない。

 

「本音は、そこまでの魔術師なんですか?」

 

「魔術師、かどうかは知らんがな。本人曰わく魔法少女らしいが……なんでも、治療や補佐は専門分野らしい」

 

「……」

 

 魔法少女て。自分の副官であるクラリッサがそういう類の日本文化が好きで、彼女も一緒になって見たりしたが、その称号は高校生につけるものではないんじゃないだろうか。それとも、自分の知識が足りないだけか。

 

 閑話休題。

 

「まあ、怪我に関してはそんな所だ。痛みはないだろう?」 

 

「ええ、ありません」

 

「そうか、お前の怪我が一番酷かったからな。だったらいいのだが」

 

 自分が一番酷かった。

 その言葉にラウラは僅かに眉をひそめ、

 

「織斑一夏やセシリアたちは……」

 

「あいつ等ならピンピンしてるよ。まあ、怪我もそれなりにあったがな。それも布仏が治したしな」

 

 それはつまり、自分だけがこうして伏していたというわけか。それは少し、或いはかなりの屈辱だ。

 

 というか、普通にムカつく。

 

 苦虫を噛んだような顔をしていたらしく、千冬は苦笑して、

 

「どうした? 珍しいじゃないか、お前が熟睡など……なにかあったか?」

 

「……」

 

 あった。あったのだ。それの為にこのIS学園に来たのだし。二年前のモンド・グロッソ事変。あの時、自分は織斑一夏から逃げ出してなにもできなかった。あの地獄の最中でなにもできなかった。なにもできずに逃げ出した。それはラウラの魂に刻まれた傷であり、それを払拭するためにこの学園に来て、そして、

 

「私は……戦えてましたか?」

 

 かつて、逃げ出した相手に。かつて、自分は恐怖に怯えて震えていて。なにもできない兎のようだった自分を英雄(エインフェリア)へと導いてくれた人に。

 小さく、か弱く問う。

 なるほど、確かにその姿は凛々しい戦士ではなく、ただの少女でしかない。

 

 それに、千冬はふむ、と少し頷き、

 

「率直に言えばーーーーーーーまだまだだな」

 

「……そう、ですか」

 

「ああ、まだまだお前たちは甘すぎるよ」

 

 そう、彼女は言う。わかっていた。今更悔しさなんて出てこない。この人は自分たちとは立っている存在の位階が違うのだ。だからそれは当たり前のことで、自分はまだ弱いことを思い知らされる。織斑一夏には立ち向かうことはできたけど、勝つことはできなくて。結局大して前に進んでいないのか。思い、ヤケッパチの苦笑を浮かべかけて、

 

「あ……」

 

 固く布団を握りしめる自分の手に気がついた。

 そして、

 

「だがな」

 

 千冬の言葉がまだ続いていることも。

 

「ーー強くなったよ、お前は」

 

「え?」

 

「なにを驚いている。ああ、確かにまだまだ甘いがな。だがそれでもお前は強くなった。一年前にと比べても見違えたぞ? そして、お前たちは若いんだ。いいか? これからもっと強くなれるさ」

 

 呆気にとられるラウラに対し、千冬はとめどなく言葉を紡ぎ、

 

「この世界にはな、無限の可能性が満ちている」

 

 千冬は僅かに目を伏せそう呟く。

 

「だから、安心しろ。ラウラ・ボーデヴィッヒ。安心して強くなれ。未来は決まっていない、面倒なことにこの世界には運命やら宿命だって存在しない。だから、お前が、お前たちが切り開く未来は無限なんだ」

 

 私やアイツとは違ってな。アイツ、というのはおそらく篠ノ之束のことだろうか。それとも。別の誰かなのか。

 それはラウラにはわからなかった。

 

「……教官だって、まだお若いでしょう」

 

 だから、出てきたのはそんな大した意味もない言葉で。

 

「ふ……、まあな。お前らが一人前になるまでは現役だから、安心しろ」

 

 そう、微笑みながら頭を撫でる千冬の手の心地よさにラウラは目を細めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラウラの見舞いを終え、校舎の外へと向かうために下駄箱に足を運んでいた千冬の携帯に着信音がなった。

 彼女が携帯を出す前に、

 

『やほー、ちーちゃん!』

 

「ああ、束か」

 

 千冬の前にサウンドオンリーのホロウィンドウが出現する。

 

『そっちに『被害治すくん』送っといたからね! 明日にはアリーナ元通りのはずだよっ』

 

「いつもすまんなぁ」

 

 『被害治すくん』というのは、束が作った無人の建造物修繕機械である。中学時代に、一夏と鈴の殺し愛による周囲の被害が出た場合、千冬が二人を制圧し、束が修繕をしていたのだ。ちなみに、かなり高性能で各国政府や民間企業に試作品を無償で配布しており、大活躍していたりする。

 

 ネーミングセンスとはどうかと思うが。

 

『それでそれで、今度の林間学校のことなんだけど………って、どうしたの、ちーちゃん?』

 

「ん、どうかしたか?」

 

『いや、ちーちゃんこそ。なんか珍しく嬉しそうな顔してるけど……』

 

 言われて、口元に手を当ててみた確かに頬がつり上がっていて、唇が曲がっていた。自分は笑みを浮かべている。

 そのことにまた苦笑し、

 

「なに、まだまだ子供だと思っていたら存外に成長していてな。導きが本懐の私としてはこれ以上の喜びはない」

 

『……そっか。それはよかったね!』

 

 見えないけれど、間違いなく束は笑みも浮かべている。箒が、自分が大好きな天真爛漫な笑みを。

 

「ああ、まったくだ」

 

 そう、苦笑ではなく微笑み、

 

 

 

 

「はははははーーー!」

 

「あははははーーー!」

 

 

 

 

「……………」

 

 いつの間にかついていた下駄箱の外から雄叫びと爆音が轟いた。

 声の元は、

 

「あの殺し愛夫婦(バカップル)が……!」

 

『あ、あははー、相変わらずだなー』

 

 試合の後にも関わらず殺し愛するか。

 ラウラと話して納まっていたはずの頭痛がぶり返してきた。

 この後にはまだ試合に関しての報告書ーーという名の始末書を書かなけらばならないのだ。

 実は事務仕事は好きじゃない。

 

 千冬はなにも聞こえていないかとように、外に出て沈みゆく夕焼けを眺めて、

 

「なあ、束」

 

『な、なにかな?』

 

「………帰って布団被ってスナック菓子でも食べてていいか?」

 

『ち、ちーちゃん! しっかりしてー!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、今度飲みに行く約束をして精神を安定させた千冬だった。

 



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第拾漆話

推奨BGM:一霊四魂万々無窮

*より神祇之幣帛


 音をたててはじける波、白い砂浜、突き抜けるような高い空。海である。IS学園臨海学校である。

 

 

 

 

 

「いやー、でもあれだな。さすがに男が俺だけっていうのは肩身が狭いなあ」

 

 更衣室にて至ってシンプルな白のトランクスタイプに着替えながら織斑一夏はぼやいていた。外に出れば周りにはほぼ全てがIS学園の女子。その全員が水着ともなれば目の保養になるのは確かだが男一人というのは今更ながらも厳しいモノがある。

 

「ま、女子ってのは着替えに時間かかるし少しのは間は砂浜を独り占めか?」

 

 それは少しいいなと思いつつ、着替えを終え砂浜へと繰り出せば、

 

 

 

「例え海水浴だろうと甘く見るな! 準備運動不足で足が吊ったり、いきなり飛び込んで心臓麻痺など起こしたら死ぬぞ! キビキビ体操しろ!」

 

「ヤ・ヴォール!」

 

「声が小さーい!」

 

「ヤ・ヴォールーー!」

 

 

「なんだあれ……」

 

 

 スク水姿のラウラとクラスの何人かがノリノリで準備運動をしていた。それ以外は黄色の水着の少女が眺めているたけだ。

 

「ラウラズ・ブートキャンプ……」

 

「いーちーかっ!」

 

「うおっ!?」

 

 後ろから一夏の首に飛びつく影があった。かなり高く跳躍したらしく、両足を首に絡めて肩車の体制になった。誰か、などというのは分かり切っている。

 

「鈴……危ないだろ」

 

「コレくらいなら問題ないでしょうが」

 

「いや、お前が相手だと首折れないか心配なんだけど……」

 

「あっはっはーー」

 

「否定しろよ」

 

 一夏の首に飛びついたのは言うまでもなく鈴だ。このセカンド幼なじみ、昔からプールや海水浴の度に一夏に肩車をせがむのだ。拒否しても勝手に乗ってくるし。

 

「まあ、いいでしょ? 重さなんか感じないでしょうし」

 

「いや、そうだけどさ」

 

 鈴が軽く感じという訳ではなく。本当に全く重さを感じないのだ。鈴が言うには軽功らしいのだが、

 

「それって体重移動の技術じゃなかったか……?」

 

「細かいことは気にしなくていいのよ。それよりも」

 

「それよりも?」

 

「サンオイル塗ってー?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんな感じでいいか?」

 

「んー、いい感じよー」

 

 手のひらに塗ったサンオイルを鈴の背中に塗り込んでいく。

 華奢な身体から驚くほど柔らかい感触が伝わってくる。最後に塗ったのが数年前だが記憶にある感触よりも好ましい。引き締まった身体に薄く脂肪が張っていて弾力のある柔らかさだ。

 

「んふふー、どう? いい身体でしょ。いつでも好きにしていいのよ? こう……獣のように。荒々しく」

 

「……遠慮しておくよ」

 

 背中越しに挑発じみた視線を送ってくるが受け流す。内心では色々大変なのだけど。

 

「おー、相変わらず仲いいねー。おりむーとりんりんはー」

 

「ん? ののほ、ん……さ、ん?」

 

「そーだよー? のほほんさんだよー?」

 

 のほほんさんはのほほんさんだったが、水着がすごかった。 露出が凄いとか装飾が凄いというのではなく、着ぐるみだ。

 

「説明しようっ!」

 

「うぉっ!?」

 

「本音が着ているこの水着は今回の臨海学校の為に作った新発明! その名も『海龍(シードラゴン)』! 一見だだの着ぐるみ水着だけどその実態は!?」

 

 突然叫びながら現れたのは簪だった。水色のワンピースタイプの水着の上に白衣を羽織っている。当然右手には包帯が巻かれている。その右手を額に当ててポージングしていた。余りにハイテンション過ぎて、通りがかった金髪の少女が抱えていたスイカを驚いて落としてしまった。

 

「なんと驚くべきは乾燥性! 濡れてもホンの数秒で乾くという乾燥機要らず! 家計に大助かりだよ! やっほい!」

 

「えーとね。かんちゃん、臨海学校楽しみ過ぎて昨日寝てないからテンション高いんだよー。これもぶっちゃけただの水着だじー。生暖かい目で見てあげてねー?」

 

「小学生かよ……」

 

「小学生ね……」

 

「それにしてもー、おりむーなんかオイル塗り慣れてるねー」

 

「まあな、昔からやらされてたし」

 

「仲いいねー。お似合いだねー」

 

「披露宴には前の方の席には招待するわ!」

 

「おい」

 

「あははー」

 

「あははー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オイルを塗り終えて本音や簪とも別れ、再び肩車スタイルの二人は砂浜を歩いていた。

 

「んー、じゃ、そろそろ泳ごうかしら?」

 

「ビーチバレーとかっていう手もあるな」

 

「あーそれはダメよ。見なさいアレ」

 

 鈴に指された見た先は。

 

 

 

「では行きますわよ皆さん。華麗に雄々しく美しく。淑女のなんたるかを見せつけあげましょう」

 

『かしこまりー!』

 

「行くぞ、我らに勝利以外の文字は存在しない! 勝利万歳(ジークハイル・ヴィクトーリア)!」

 

勝利万歳(ジークハイル・ヴィクトーリア)!』

 

 

 

 

 セシリアチームとラウラチームが火花を散らしていた。

 

「なんだアレは……」

 

 基本二対二のビーチバレーだがコートを広くして大人数でやるという徹底ぶりだ。

 五対五。

 セシリアがブロックしたボールを金髪の女の子が打ち上げ、ラウラがスパイク。それをさらに巨乳の女の子がブロックする。

 

「アレに横やり入れる気ある?」

 

「ないなぁ……」

 

 多分それをしたら蜂の巣かねじ巻きだ。

 

「あ、織斑くーん」

 

「ん? 相川さんか、どうかしたのか?」

 

「箒さん、見てない?」

 

「箒? そういや見てないな」

 

「そっかー。一緒に遊ぼうと思ったんだけどなぁ」

 

 あはは、と笑ってくれる相川さんに思わず一夏は泣きそうになる。

 コミュニケーション障害の箒にいい友達が出来てくれたものだ。

 

「どこにいるのかなぁ、アイツ……」

 

「ね、一夏一夏」

 

「あ? なんだよ」

 

「いるわよ、箒」

 

「どこに」

 

「海。5、6キロくらい沖合ね」

 

「遠泳でもしてたのかよあいつ……」

 

「スッゴいスピードで戻ってきてるわね。ーーーーバタフライで」

 

「バタフライ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 揃えた両手が水面に潜ると同時に両足を強く蹴る。それにより水中へと潜り、一気に十メートルは進んだ。両手が水面に浮上し、再び両足を蹴り、両腕で水ををかけ分ける。上半身が水面を飛び出した。どれだけの筋力で泳いでいるのか、一連の動き一回分で数十メートルは進んでいた。

 

 思うことはたった一つ。

 それだけの為に遠泳を途中で打ち切り、今のような飛び魚も真っ青なバタフライで泳いでいたのだ。

 それは、

 

 

 

 

 

「清香が遊んでくれるだと……!」

 

 

 

 

 

 篠ノ之箒。

 海水浴に来て友達と遊ぶのは初めてである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんともいつも通りにカオスであった海水浴も終わり、夜。

 大宴会場にてーーーー宴会である。

 そして、その宴会は

 

「いえーい! IS学園の生徒諸君! こんばんわー! 皆大好き束さんだよー!」

 

「ア、アシスタントの蘭ちゃんでーす! い、いいえーい!」

 

『いえーい!』

 

 『大天災』篠ノ之束と街の少年たちか『舞姫』と称される五反田蘭であった。世界中が探している科学者と完全部外者が司会をしていててもIS学園一年生は普通に受け入れていた。

 

「なぜ、だ……!」

 

「姉、さん……!」

 

 篠ノ之箒と織斑千冬はこっそり影で崩れ落ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしてもなんで束さんも蘭もこんなところで司会してるんだ? ほら」

 

 一夏は揚げた白身魚のあんかけをつまみながら言う。

 

「あーん……んぐっ。そうそう、束さんって一応超重要人物じゃん」

 

 魚を口の中に放り込みながら鈴も言う。

 それに答えたのは先ほどまで司会進行をしていた蘭だ。

 

「え、えっと……なんか暇してたら、束さんがウチにご飯食べに来まして。それはいつものことなんですけど。昨日はいきなり海に行こうって。まあ、やることもなかったんでよかったんですけど」

 

「なんというか、相変わらずフリーダムだなぁ……ん? そういえば、弾はいないのか? 」

 

「いますよ? 厨房で料理作ってます」

 

「道理で中華ばっかなわけだ……。あーん」

 

「ん。……てか、学生にご飯作らせていいのかしら……?」

 

「一応お兄ぃ、調理師免許はとってあるので。……束さんの力で」

 

 ふと束の方を三人が見た!

 

「いえーい! もう一曲行っちゃうよー!」

 

『いえーい!』

 

 なんかノリノリで歌っていた。ついでにシャルロットが五人くらいに分身してバックダンサーをしていた。

 

「あれ? あの子忍者だから目立っちゃだめじゃなかったけ? はい」 

 

「ぁむ。まあ、宴会だからってことでいいんじゃねぇ、のか? てかそういえば、セシリアとラウラは?」

 

「二人な………あ、あれじゃない?」

 

 鈴が指を指した先。そこではセシリアとラウラが綺麗に正座して箸を進めており、

 

「な、なんと……中華料理とはこんなにもおいしかったのですか……!」

 

「うむ……昔基地で食べたときは余りの不味さに吐きそうになったが……まあ、食ったのだが。無理に」

 

「これなら今まで敬遠していましたがIS学園の食堂でも頼んでもいいかもしれませんね!」

 

「うむ。……む、セシリア、生の魚もあるぞ! 刺身だったな? 私はアマゾンのなんかだかよくわからない色した川魚しか食べたことがないのだが(後日図鑑を見たら毒持ちの魚だった)これは大丈夫だろうか?」

 

「奇遇ですわね、私も魚はイギリスの湖で取れたのをその場で捌いたのしか食べてないので(後で知りましたがスモッグとかで危険区域の湖でした)……。日本人は勇気がありますわね……」

 

「フッ、だが我らも負けてはいられん。ドイツ人として臆するわけにはイカン! 行くぞ、セシリア!」

 

「ええ!」

 

 二人とも決死の表情で大トロの刺身を口に運んでいた。

 僅かだけ口を動かし、

 

「とろける~!」

 

 叫んでいた。

 とりあえず放っておくことにした。

 

「いやーこの臨海学校いいなぁ。美味い魚はあると思ってたけどまさか中華まで喰えるとは」

 

「全くね。…………ん? ていうか、蘭。どうしたのよ、食べないの?」

 

「……いや、ですねぇ」

 

 食事の手が止まっていた蘭が肩を震わせていた。

 バキッ、と握っていた箸が割れた。

 

「な、なんで一夏さんと鈴さんがお互いにあーんとかしながら食べさせ合ってるんですか!」

 

「え?」

 

「え?」

 

「え? じゃないですよ! なんで当たり前のようにそんな羨ましいことしてるんですか!」

 

 そう、一夏と鈴はお互いに食事を食べさせあっていた。まるでそれが当たり前かというように。

 

「え? いや、なんか鈴がそうしてくれって言うから」

 

「こいつがあっさりやってくれたから」

 

「ええー!? なんでですか一夏さん! 羨ましいです! 私にもしてくれなければ」

 

「しなければ?」

 

「蹴り殺します!」

 

 怖っ! 周囲の生徒が引いて、

 

「別にいいぞ?」

 

 いいんだ! と仰天していた。

 

「……え? いいんですか」

 

「いいわよ」

 

「なんで鈴が答えるんだ……? まあ、いいんだけどさ」 

 

「くっ……!」

 

 蘭は思わず歯噛みした。確かにここで一夏からあーんされるというのはかなりのご褒美だ。鈴が先にされていたからこれは一夏に恋する乙女としてはやらなければ鈴にさらに差をつけられるだろう。ただでさえ、IS学園に二人が入ってからなんだが親密になっているのだ。ここでやってもらわない手はないだろう。

 

 ……です、が!

 

「んー?」

 

 この鈴の余裕気な顔がムカつく。あれか、勝者の余裕とでもいうのが。その顔を見て蘭は覚悟する。

 ……ここは我慢です……!

 確かに戦局的に見ればここで乗らない手はない。が、ここで乗ると言うことは蘭が鈴に敗北するということだ。故に、我慢。凡そ理性的とは言えないが、

 ……女とは感情で生きる生物です……!

 

「はい、あーん」

 

「あーん、です」

 

 本能が理性も感情も超越した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アメリカ某所の某米軍基地。そのとある格納庫にあるISがあった。白を基調とした軍用のISだ。

 それが今、静かに音を立てて震えていた。

 

 ISには絶対不可侵のブラックボックスがある。

 

 それは篠ノ之束以外には干渉できない絶対領域。全世界の科学者、研究者たちが解析しようとし全てが諦めた領域だ。更識簪でさえ諸手を上げて諦めたほどである。

 

 これは頭の良し悪しではない。ただ単純により高い位階にある存在よって創り出されたものにはより低い位階の存在では手がだせないということ。どれだけ写実的に描かれた炎でも、画布の上に書かれた木の葉を燃やすことはできない。それだけのことだ。

 

 だからこそ、その領域を操ることができるのは篠ノ之束をおいて他にいない。

 

 

 それにも関わらずーーーーーそのISはブラックボックス内を書き換えられていた。

 

 

 まず最初に宇宙を始めとした極地への適応能力が根こそぎ喰われた。その時点でISの目的からはかけ離れている。大容量を占めていた極地適応能力が喰われ、代わりに刻み込まれたのは、

 

『・ーー金属は生きている』

 

 

 そういう概念だ。

 

 その概念を元に、命を持たない機械であったISが命を得る。

 同時にソレのなにもない空白であった世界に狂おしいまでのナニかが注ぎ込まれる。

 

 たとえ注がれたのが注ぎ手の切れ端でしかないとしても、

 

「Giーーーー」

 

 軋むような音が、或いは嘆きがソレから漏れる。

 

 注ぎこまれたそれは一つの渇望だ。 

 

 ダメか。ダメだな。悲しいな。哀しいよ。私に救いはない。どうしようもないんだ。だからーーーー嘆きのままにかきむしってやる。

 

 それは悲嘆の狂情。

 それがISを作り替えていく。

 概念と渇望によりそれまでISだったソレがそこ二つにより存在そのものから変わっていくのだ。流線型の美麗なフォルムは鋭角的でトゲトゲしく禍々しくなり、白に黒の色が混じっていく。まるで竜のような外見に。

 

 そしてそれは、乗り手がいないにも関わらず動き出した。いや、もはや乗り手は必要ないのだ。すでそれは生命金属の概念を核とし、悲嘆で肉付けされることで動く異界と化している。

 

 そうして福音の天使は悲嘆の暴風竜となり、右の手に白と黒の剣砲が握られ、

 

 

 

「Giiiiーーーーーーーーー!!!」

 

 

 

 悲嘆の下に全てをかきむしり、破壊と蹂躙の限り尽くした。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第拾捌話

推奨BGM:唯我変生魔羅之理

*より祭祀一切夜叉羅刹食血肉者


△より黄泉戸喫


 ソレは超高速で海上を飛翔していた。黒と白のカラーリングに同色の翼型スラスター。各手足は爪のように尖っており手ぶらだ。

 竜を模した人型。

 音速を容易く越え水蒸気すら纏っている。昨夜米軍基地を全壊させたソレーー暴風竜は大した目的意識も無く飛んでいた。ISコアに機械生命概念を植え付けられているとはいえ、ソレは生まれたばかりの赤子に過ぎない。故にただなんとなくで飛んでいた。なんとなくで日本へと向かっていたのだ。その地になにか求めるモノがあるかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーーーー」

 

 それは始めただの違和感でしかなかった。小さな島々の上空において視覚素子も聴覚素子もなんの異常を示さなかった。故にそれは単なる勘のようなものだった。

  

 そして直後に暴風竜は異常に襲われた。

 海上十数メートルと低空にいた暴風竜の周囲を暗器が覆った。突如として放ったのは忍び装束に身を包んだシャルロット・デュノアだった。完全になんの前触れもなく暴風竜より十数メートル離れた中空に現れ暗器を投擲してきたのだ。

 

 ISのハイパーセンサーの数倍の性能を誇る暴風竜の感覚素子。それをもってしても見破ることができなかっがために全ての暗器をモロに食らい、

 

「……あちゃ、だめか」

 

 全て装甲に弾かれ宙を舞う。

 決してシャルロットの暗器の威力が低かったわけではない。相手が並みのISならば確実に全ての暗器が突き刺さり剣山でも出来上がってだろう。ゆえに驚くべきは暴風竜の装甲の強度だ。

 

 それを目の当たりにしてもシャルロットは顔色を変えなかった。どころか口元を歪めた。暴風竜の周囲に散らばった暗器を眺めながらも、

 

「行って、皆!」

 

 叫んだシャルロットの背後の孤島から四つの影が飛び出した。

 白の着流しの織斑一夏。

 チャイナドレスの凰鈴音。 

 十二単の篠ノ之箒。

 そして、茜色のジャージ姿の五反田蘭だ。

 孤島から飛び出した後に海面を疾走し、それから散らばった暗器を足場にして飛び上がったのだ。一夏と箒は着地し、それが自重で落下する前に飛び上がるという力技だ。鈴は得意の軽身功で体重を消し、蘭は抜群のバランス感覚による体重移動によって跳ねる。

 

「行くぞぉぉっっ!!」

 

 四者四様己の得物を構え暴風竜へと跳躍する。

 

「ーーーー」

 

 無論それを暴風竜が黙って見ているわけではない。重ねて言うが暴風竜は生まれたばかりの赤子だ。生まれたばかりの赤子が突然襲われたどうなるか。

 答えは簡単だ。

 

「Luーーーー!」

 

 恐怖と驚愕による迎撃。

 泣け叫ぶかのように全身を回し、両腕と翼型スラスターの備え付けられたら各砲門から百余りの白と黒の光弾が放たれる。前日に米軍基地を破壊したのとは違い単純なエネルギー弾だが数が数だ。一瞬で四人の視界が埋め尽くされる。

 

 それでも四人は跳躍の勢いを緩めなかった。

 寧ろ勢いを増し、

 

「頼む!」

 

 叫んだ直後だった。

 一夏の目前、光弾の四分の一がねじ曲がった。鈴の前の光弾が飛来した弾丸に撃ち落とされる。さらには箒の正面に直径ニメートル程度の魔法陣が箒を守り、蘭の背後からから現れたビットからレーザーが放たれ蘭を守る。

 ラウラ・ボーデヴィッヒ、セシリア・オルコット、布仏本音、更識簪によるフォローだった。セシリア以外の三人は砂浜に陣取り、セシリアは孤島の小さな林の中で伏射姿勢でライフルを構えていた。

 

 四人の後押しを受けつつ、四人はさらに加速していく。

 一夏は刀の鯉口を切り、箒は刀身に指を滑らし、鈴は拳に陽炎を宿し、蘭は両足に風を纏う。

 

「はあああぁぁぁぁ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暴走した無人ISが日本に向かっているという情報が臨海学校にいた織斑千冬たちIS学園の教員陣に届いたのは明朝のことだった。それにより臨海学校全ての日程は中止。ただ日本に向かっているならばともかく暴走機の進路と臨海学校でIS学園が使用している場所が重なったからにはそうはいかなかった。

 

 政府からIS学園へと直接依頼があった。専用機持ちの六人に暴走機を対処せよと。

 

 そしてそれはすぐに受け入れられた。織斑千冬や篠ノ之束は反対したものの本人たちが受け入れた。

 

 そして暴走機に対する作戦はかなり単純なものだった。

 

 高速で移動と飛翔をする暴走機に対しては一度の接敵で落とす必要があった。それ故にISを使っては攻撃力が著しく落ちる。最も本より全員がISを使うつもりはなかったが。

 しかし、ISを使えば機動力が落ちるのだ。相手は飛行可能であり、一夏たちも生身では飛べない。

 

 だから作戦は先ほどの三段階。

 即ち、シャルロットによる足場形成。 

 アタッカー四人よる強襲。 

 バックス四人によるアタッカーのフォローだ。

 

 作戦なんて言えない作戦だった。最近に接敵する際に暴走機がシャルロットの攻撃圏内にいなかった話にならないし、バックス四人が暴走機の攻撃を防ぎきれるかも確信はない。相手は未知の相手であるが故だ。

 

 しかし、シャルロットは確実に足場を作り、バックス四人はアタッカー四人に繋げた。

 そして、

 

「無空抜刀・零刹那ーーーー七式ッ!」

 

覇龍双拳(パーロンサンチュン)!」

 

「鳴け、朱斗……!」

 

「Cyclone Joker Strikeーー!」

 

 全く同時に同じ箇所に放たれた四十九閃。手首を合わして放たれた龍の顎。朱色に輝く大斬撃。竜巻を纏った蹴撃。一つ一つが容易くISを破壊できるであろう超威力の一撃。それらが同時に暴走機へと打ち込まれーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁーーーーーー!?」

 

「はあ!?」

 

「な、に……」

 

「そん、な……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 斬撃は装甲に切れ込みすら入れられず、双掌底は凹みすら作れず、蹴撃は傷一つつけられなかった。

 そのことに全員が激しく動揺する。当然だ。今放たれたのは各人の最大威力だったのだ。それが容易く防がれた。その現実に一瞬だが、確実に動きが止まった。

 そして暴走機がそれを見逃すはずがなかった。

 

「Laーーーーー!」

 

 右手に白と黒の大剣を顕現させ全身を大きく回し、一夏たちを弾き飛ばす。

 

「があっ!」

 

「うああっ!」

 

「くっ!」

 

「きゃあ!」

 

 四人が四人とも水面をなんどもバウンドしながらぶっ飛んだ。それから最もはやく体制を立て直したのは蘭だ。水上に直立し、暴走機を探そうとして、

 

「なっ……!」

 

 目の前に暴走機はいた。

 大斬撃。

 とっさに蘭は自分と暴走機の間に空気の壁を作るがそれすらも一瞬で破壊され、海が割れた。またもや蘭の身体ぶっとび、しかし今度こそ海に消える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まずいよ! 蘭ちゃんが浮かんでこない!」

 

 叫んだのは鋼糸で一夏たちを回収したシャルロットだった。砂浜の八人の姿勢の先では先の攻撃で全く傷を負わなかった暴走機。そして、今蘭を沈めたのだ。

 

 そのことに誰よりも激しく反応したのは一夏と鈴。

 

「ふざ、けるなぁてめぇーーー!」

 

「人の妹分になにしてんのよーー!」

 

 再び砂浜から海上へと特攻。箒すらも無言で突っ込む。勿論他の面子がなにもしていなかったわけではない。すでに簪が思念操作型の小型ビットを蘭の救出のために出していたし、シャルロットも鋼糸を水中へと伸ばしていた。本音も蘭が回収された後のために回復魔術の詠唱を始めていた。

 

 動かなかったのはセシリアとラウラ。セシリアは狙撃手であるがゆえに最適の一瞬を待つため。ラウラは軍人として、暴走機と自分たちの戦力の差をはかるためだ。こと戦闘行為においてラウラは驚くほどシビアだった。心の中では驚愕と怒りが爆発しかけているが、頭は氷のように冷静に思考している。

 その上で戦力差を推測しーーできなかった。

 

「ーーーー」

 

 暴走機の戦力がわからなかった。

 自分たちならよくわかる。このメンツなら1日で一国を落とすことすらたやすい。にもかかわらず目の前の暴走機の力量を計りきれなかった。事前に貰っていた情報がまったく当てにならない。

 事実、目の前の暴走機が大剣の柄を向けてくるという謎の行為をしてきた。

 

「っ!」

 

 背筋が凍った。

 

「一夏、鈴、箒、戻れっ!」

 

 叫ぶがーーーーーしかし、間に合わない。

 叫んだ直前。

 柄から青い線が延び、数秒の後に、

 

 

「ーーーーーーー!」

 

 

 悉くを掻き毟ろうとする悲嘆が吐き出された。大剣ではないーーーーあれは剣砲だったのだ。

 

「曲が、れぇぇぇ!」

 

 それに対して叫びを上げたのはラウラだ。視界の中、一夏と鈴の前の空間を可能な限り歪ませて即席の空間障壁を作る。とっさに無理な歪曲を使ったために左目の毛細血管が破裂し血の涙が流れる。

 それでも、

 

「っ!」

 

 一瞬で障壁は砕かれた。

 

「うおおおおおおおぉぉぉぉぉ!!」

 

「はあああああああぁぁぁぁぁ!!」

 

「……………………!」

 

 雄叫びを上げたのは一夏と鈴と箒。それぞれ可能な限りの乱斬撃をぶち込む。神速の斬撃と拳撃が掻き毟りとぶつかり合う。一刀、或いは一撃叩き込むと同時に体の肉が削られるが構っていられない。その甲斐あって数秒拮抗し、直後に援護射撃がきた。セシリアに理外の魔砲の超高速連射。点ではなく面による絨毯射撃が掻き毟りを押し込む。当然ながらそれがなんの代償もなくやっているわけではない。通常ならばたとえ同時でも十発以上使うことはない理外の魔砲。それを今は一秒間に百発以上。脳が悲鳴をあげ尋常ではない頭痛が彼女を襲う。耳、鼻、目から血を流しているのを見ればどれだけの負担かは計り知れるだろう。

 

 それでもそれぞれ奮闘あって掻き毟りと拮抗することができた。

 だが、

 

「Gーーー」

 

 黄色に埋め尽くされる視界の中誰もが見た。暴走機の頭部が震えるのを。

 

「ーiーーー」

 

 その仕草は余りにも人間らしくかった。無人というには明らかにおかしい動き。無論それで動きが鈍るような人間はここにはいない。事実一夏たちは徐々に悲嘆の掻き毟りを押し込みだしている。

 

「Gーiーーー」

 

 どこからか漏れる声。いや、呻き。それは確かに感情が滲み出ている。

 

 悲しい哀しい辛い苦しいよ。ダメか。ダメだな。私に救いはない。どうしようもないんだ。だからーー ーー嘆きのままに掻き毟ってやる。

 

 それは間違いなく悲嘆とそれから生じる感情任せの渇望だった。そして、それは呻き共に深度を増していく。

 

「iーーーGーiーーー」

 

 この暴走機が生命として誕生したのはつい昨日のこと。本来、生まれた赤子が生み出された後、生まれて始めてなにをするか、なんて問いはだれにでもわかるだろう。まして、暴走機は生まれてすぐにその感情を注ぎ込まれたのだから。

 

 

 

 

「Giiiiiーーーーーー!」

 

 

 

 泣き喚く。鳴け叫ぶ。哭き散らす。それらにより悲嘆は各段に強さを増し一夏たちを襲う。まず最初に直接拳でぶん殴っていた鈴。彼女に最も早く影響が現れた。

 

「あ」

 

 拳を叩き込んだ瞬間に両腕が二の腕半ばから消し飛んだ。

 

「ああああああああああああああああ!!」

 

 次には一夏。掻き毟りの一つ一つに対応していた彼は鈴の両腕が消し飛んだ瞬間に、

 

「ーーーー!」

 

 無言の慟哭をあげ、それまでの斬撃の倍を叩き込み直後にその十数倍の掻き毟りが一夏を飲み込んだ。

 

 そしてその後。懐からお札のようなものを取り出し障壁を張った箒、右目がつかえなくなったラウラ、顔の至る所から血が吹き出ていたセシリア、障壁を張り出した本音、とっさビットを動かし蘭とシャルロットをこの場から遠ざけようとした簪。

 

 彼女たち五人、一人の例外もなく悲嘆の掻き毟りに飲み込まれた。

 範囲外のシャルロットや蘭も余波が襲う。

 

 

「Gーiiiiーーーー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まず鈴が感じたのは顔に張り付く砂混じりの濡れた髪の感触。似たような感触が全身にあるものの、おかしなことに両腕にはなかった。そして、目を開け見えたのはーーーーどうしようもない惨状だった。

 

「あ……っ、ぐぅあ……!」

 

 自分の両腕がない。二の腕から消し飛んでいた。感覚も無いはずだ。血を吐きながら首を動かすことで周りを見れば倒れ伏す仲間たち。

 そして、

 

「ーーーー」

 

 剣砲を自身に突き刺そうてする暴走機。いや、これをただの暴走機なんて呼ぶのは生易しすぎる。

 竜、悲嘆のままに全てを掻き毟ろうとする暴風の竜だった。

 

「くっそ……」

 

 目の前の明確な死に対して漏れたのはそんな負け惜しみだった。いや、凰鈴音はこれでいい。死ぬことになっても涙なんか流さないし、命乞いだってしてやらない。そんな無様なことしてやらない。戦って、負けたのは自分なのだから。

 

 黒の白の刃が突き出される中、鈴はそんな覚悟ーーあるいは諦観めいたことを思った

 

「ーーーー」

 

 ザシュッ、という刃が肉を貫く音。鈴の顔に生暖かい血がかかる。

 

「う、あ、え…………?」

 

 こぼれたのは痛みに対する呻きではなく理解不能の故の疑問だった。

 勝手に目が見開かれる。

 なぜならば、

 

「ごふっ………!」

 

 暴風竜の剣砲に身を貫かれたのは鈴ではなくーーーーーー織斑一夏だったから。

 白い着流しがもはや真っ赤に染まっていた。

 

「いち、か……?」

 

 剣砲が一夏の腹から引き抜かれ、彼が倒れる。明らかに致命傷だった。その彼に足と胴体で虫のように這って近づく。

 

「いちか? いちか、いち、かぁ………」

 

 呼びかけた声には驚くほど嘆きが混じっていた。瞳の中にも大粒の涙が溜まっている。

 

「あ、あんた……なにをして……」

 

 違う、そんなことはどうでもいい。早く手当てをしないと。応急処置でもいいからしないと彼が死んでしまう。なのに、なのに、鈴にはなにもできない。両腕がないのだから。

 

「………だって、よ」

 

 口の端から血をこぼしながら一夏が言葉を零す。その声には力はなく、今すぐにでも消えてしまいそうだった。

 

「俺、男だから、さ……大切な女の子、くらい……守んない、とダメ……だろ……?」

 

「いち、か……」

 

 やめてほしい。なにこんな時だけ女の子扱いしてるんだ。そん台詞はもっとロマンチックな場面で言ってくれないと。

 

 そんな場違いの思いが生まれ、しかし実際に口から漏れたのは、

 

 

 

「ああああああああああああああああぁぁぁ!!」

 

 

 

 

 悲嘆の絶叫だった。

 しかしどれだけ泣いても奇跡は起こらない。

 再び暴風竜は二人目掛けて剣砲を振り上げる。

 現状を打破することはだれにもできない。

 泣きわめいて現実は変わらないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「泣くな馬鹿者」

 

「大丈夫、大丈夫だから泣かないで、鈴ちゃん」

 

 ゆえにこの場にこの二人が駆けつけたのは奇跡でもなんでもない。

 ただ、弟と妹と妹分の危機に姉が駆けつけた、それだけのことだ。

 

 

 

 ここに『導きの剣乙女』織斑千冬と『愛の狂兎』篠ノ之束が降り立った。

 

 

 

 

 

 



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第拾玖話《加筆あり》

推奨BGM:修羅残影・黄金至高天

*.神威曼荼羅


注意、せんとうって読めよ!絶対だから!約束だぞ!

あとふざけてない、マジだ。これが魔改造だ。


「……やれやれ、こんなことになっているとはな」

 

「全くだよ。IS使ってればこんな大怪我にはならないのにー」

 

 両腕をなくし倒れ伏した鈴と腹に風穴が開いた一夏の目の前にその二人はいた。

 

 暴風竜が振り下ろした剣砲を五指でガッシリと掴み動きを止めさせた黒スーツ姿の織斑千冬。

 

 千冬が止めた剣砲の目の前に、一夏と鈴を庇うように立ちふさがる篠ノ之箒。剣砲と束との間は数センチもない。

 

「束、お前私が止めてなかったらどうするつもりだったんだ?」

 

「ちーちゃんが止めてくれるって信じてからねー」

 

「まったく……。ああ、束。こいつらの治療を頼む」

 

「あいあいー」

 

 嘆息する千冬に微笑む束。束は暴風竜に背を向け一夏と鈴に向く。

 

「な……たば、ねさんっ!」

 

 その動きに鈴は焦るように声を漏らす。いくらなんでもアレに対して無防備に背中を向けるとは危険すぎる。

 

「Gーーiiー」

 

 事実、剣砲を掴まれていた暴風竜がさらなる挙動を見せようとした。

 だが、

 

「黙れ」

 

 動こうとし、動きを見せる前に暴風竜の腹部に千冬の蹴りがぶち込まれた。

 轟脚一閃。

 先ほどまで無空の刃も忠義の刀も陽炎の拳も竜巻の脚も全てが傷つけることが出来なかった暴風竜の装甲。

 

「iーーーー!!」

 

 それが叩き込まれた千冬の蹴りによって粉砕される。いや、粉砕されるだけではなく海を割りながらぶっ飛んだ。

 

「束、あれの相手は私がする。こいつらの治療は任せる」

 

 それだけを言い残しながら千冬が消える。いや、消えたのではなく鈴ですら認識できない速度で暴風竜を追ったのだろう。だがどうやって移動したのか鈴は理解できなかった。いや、恐らく海面を走ったのは間違いないのだろうが、海面がまったく揺らがなかったのだ。一夏や箒でも結構勢いで水がはねるし、鈴や蘭でもそれは止められないのだが。

 

「でたらめ、な……」

 

 視界の中で水面をバウンドしていた暴風竜の直上に千冬が出現し拳を振り下ろす。果たしてどれだけの速度で放たれたのか放射線上に水蒸気が生まれ叩き込まれた暴風竜が水中へと、なすすべもなく身を落とす。馬鹿デカい水柱が立った。

 

「さて、あっちはちーちゃんに任せて……」

 

 束がパチンと指を鳴らした。音と共に魔法陣が鈴の体を覆うように砂浜に浮かんだ。それは鈴だけでなく一夏や他の仲間たちも同じだ。先の一撃で島そのものが消し飛んだらしくそこそこ大きかった島には砂や土が掻き毟られた後しかない。

 

「ふむふむ……やっぱり特に重傷なのはいっくんに鈴ちゃんか。あ、セッシーも危ないかな? 脳を酷使しすぎだね。蘭ちゃんもちょーと危ない」

 

 眉を顰めながら頷き、

 

「とりあえず応急処置」

 

 指を再び鳴らす。先ほどより少し大きい音が響いた。鈴たちの体が桃色に淡く光る。それは鈴の両腕や一夏の腹といった重傷部分が強く光っていた。重傷の所は強く光るのだろうか。離れた所にいる他の仲間たちは目が霞んでいて光の塊にしか見えなかった。

 

 応急処置と言っていたが確かに痛みが引いていき、血も止まった。

 

「鈴ちゃんの腕、新しく生やすにも義手付けるにもここじゃあやれないから今はガマンしてね。とりあえず旅館に転送するから」

 

「いち、かは……」

 

「大丈夫。治すだけだからむしろ鈴ちゃんより治療は簡単だよ。もう意識ないしね、私たちが来た時に落ちてたよ。安心したのかな? ーーま、それはいいとして……愛されてるね」

 

「……は、はい?」

 

「ふふっ」

 

 束が今度は両手をパチンと合わせる。それに伴い立体的な魔法陣が鈴や一夏の身体を覆った。

 

「二年前はどうなるかと思ったけど、大切な人を庇う。そういうことが出来る男の子になってくれてよかった」

 

 視界が光に包まれていく。それは暖かい光で、鈴の意識を沈めていく。

 

「そう、だから。だからこそ私とちーちゃんはーーーー」

 

 続きを聞く前に光が増し鈴の意識は消え、何処かへと運ばれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……行ったか」

 

 島ーーというよりもそれらの跡地から一夏たちが消えたのを感じならがら千冬は呟いた。

  

 彼女がいたのは先の島から数キロ離れた海上だった。海上にて無手で直立する二十メートルほど先には、

 

「ーーiーー」

 

 呻きを漏らす暴風竜がいた。装甲が八割方砕かれ、翼型スラスターは左右二つとも折れている。人間ならば満身創痍、ISや機械、兵器的に言うならば大破であろう。だが、

 

「めんどうだな」

 

 それらの損傷が全てが徐々に修復されていく。先の損傷そのものに大した消費はないが、それでも自動修復というのは面倒だ。

 

 いや、自動修復云々の前にーーーー

 

『ちーちゃん』

 

「束か」

 

『いっくんたちは転送した旅館に送っておいたよ。弾くんがしばらくは看てくれると思うけど……そっちはどう?』

 

「いや…………」

 

 ため息を吐いたと同時に粗方修復された暴風竜が千冬へと突進してきた。間の距離を一瞬で詰め剣砲を千冬へと振り下ろす。大気を切り裂き、水面を破砕する一刀だった。

 

 しかし千冬はその一刀を避ける。紙一重、ギリギリの所で回避し暴風竜の後ろを取る。そのまま背中に右腕の裏拳を叩き込む。だが、

 

「Giーーーー!」

 

「……なに?」

 

 空振りした。その刹那、完全に暴風竜は千冬の感知域から逃れていた。どこにいるか、それが分かったのはさらに次の刹那。肌から感じる風が暴風竜の居場所を教えていた。それは彼女の頭部への大斬撃。

 

 即ち真後ろ。

 

 千冬が裏拳を叩き込んだ刹那、暴風竜は確実に彼女の死角へと移動していた。振り下ろされる剣砲は完全に千冬を捉え、そのまま行けば千冬の身体が縦に真っ二つになるだろう。

 

「ちっ」

 

 死角からの大斬撃。それを知覚することは出来なかった。ゆえに知覚させずに千冬は動いた。肘を支点にして腕を曲げて頭の上に持って行く。人差し指と中指は広げて、

 

「Giーーーー!?」

 

 受け止めた。

 二指真剣白羽取り。

 

 見えない死角からの攻撃ならば見ずに対応するまでというふざけた動きを千冬はやりとげた。

 剣砲を受け止めるために曲げていた右腕を伸ばした。それによって開いた暴風竜の右わき腹を蹴り飛ばす。

 

「----千冬(せんとう)裂襲脚!!」

 

 水面を割りながら吹き飛ぶ暴風竜へ、蹴りを叩き込んだ勢いで回転しながら腕を振る。

 

「千冬剣山大瀑布!」

 

 袖から弾き飛ばされたの苦無が二十数本。シャルロットばりの暗器。但し威力が桁違いだった。一本一本が音速の十数倍という破格の速度だ。

 

 だが、

 

「ほう……」

 

 漏れたのは驚愕か感嘆か。

 

 一本目の苦無が突き刺さる瞬間に暴風竜は姿を消していた。そして表れたのはまたもや千冬の背後だ。先ほどの斬撃とは違い突きだ。千冬の真後ろ、正中線への一撃。単純故に避けがたい一閃だった。一夏や鈴たちならば避けれないだろう。

 

 それでも千冬ならば避けられる。突き出された刃に身を合わせるように身体を回転させた。避けるというよりもただターンしただけの動きにも見えた。それだけの動きで死角攻撃を回避する。

 

 ターン回避により千冬と暴風竜が零距離で向き合う。トンッと軽い音と共に千冬が暴風竜に拳を添えた。軽く気を吸い、

 

「ーーーーー千冬爆裂寸剄」

 

 拳を装甲へとめり込ませた。余剰の衝撃波が海面を割砕される。背後の翼型スラスターが完全に破壊した。

 

 中国拳法、それの寸勁と言われる技術。

 

 それを打ち込み、

 

「----からの、千冬大暴投!」

 

 逆の手で暴風竜の肩を掴み投げ飛ばす。今度は掴んでも死角に回られることはなく、海の中に落ちる。

 

「悲嘆……なるほど、悲嘆から逃避。それによる攻撃回避と死角移動か」

 

 悲嘆。

 それに対する人間の負の反応は大別して二つ。

 嘆きのままに掻き毟るかーーーー目を背けて逃げるかだ。

 前者は掻き毟りの砲撃、後者は死角移動。それぞれが暴風竜の能力として顕現している。最も連続ではできないようだし、寸勁のような最初は触れるだけの打撃、投げには対応できないらしいが。

 

「まあ、面倒なのは変わらんなぁ……」

 

「いやちーちゃん、話の途中でバトル始めないでよ」

 

 いつの間にか千冬の横に束はいた。千冬のように海面に立つのではなく空中に浮いていたが。 

 

「それで、どうなの? アレ」

 

「どうもこうもーーーーっ」

 

「ーーーー」*

 

 千冬が言葉を続けようとした瞬間、暴風竜が沈んだはず海面に二人が同時に目を向ける。海面にはなんの異常はない。

 そう、海面には。

 

「あちゃー、これはマズいよマズいよ」

 

「頭痛薬頭痛薬」

 

 海面が暴風と共に爆発した。二人の眼前、大質量の海水が宙を舞う。全身びしょ濡れになりながら二人の耳にはっきりとした声が聞こえた。喚び起こる神威が二人の肌をチリチリと焼く。

 

 

 

 

 

 

 

『ーー太・極ーー   神咒神威 八大竜王・悲嘆の怠惰』

 

 

 

 

 

 

 

 全身の装甲は完全に修復されていたが、それ以上に目を引いたのはその背後。

 

「おっきーねー」

 

 巨大な竜。竜を模した機体である暴風竜ではなく、それの背後に正真正銘の巨大な竜が存在した。大きさは山を超えるほど。暴風を纏う白亜の体表。暴風竜の周囲を蜷局を巻いている。蛇のように長大な身体の所々に剣のような翼が幾つもあった。あや、剣ではないーー爪だ。万象悉くを掻き毟るための悲嘆の暴爪。

 

 それはもはや一つの異界。全てを掻き毟りたいという渇望により構成された暴風竜の本体。

 

「……八分の一のそのさらに何十分の一とはいえアイツ(・・・)の断片には変わりないということか」

 

「あーどうしようね、ちーちゃん。太極開かれると……」

 

「ああ、()の私たちではコレ倒せない」

 

 倒すわけにはいかない、と千冬は言った。

 

「Giーーgyーーaauaーー」

 

 漏れる嘆きは今までよりははっきりしているがそれでもやはり声とは言えない。

 

 ならば。

 ならば、先ほど悲嘆の理を宣言したのは()の声だったのか。 

 それを千冬は知っているのか、誰かへと向けて言葉を紡ぐ。

 

「お前は二年前から変わらないな。やはり誰よりもお前は人間らしい」

 

 目の前の悲嘆の神威ーー剥き出しの感情を前にしても千冬の顔色は変わらない。暴風竜ーーいや、その先にいる誰かを悔やむように、慈しむように、あるいは悲しみさえ感じさせる瞳で見つめる。それは束も同じだ。

 

「そうだね、■■■ちゃん。あなたは変わらない。この子を見ればわかるよ。こんな断片でも見れば分かっちゃうんだよ」

 

 千冬に続き、束もここにはいない誰かへと語りかけ、そして。

 

 

 

「変わらないさ、私は。お前たち全てを喰らい尽くすまでは」

 

 

 

 瞬間、巨竜が顎を大きく開けた。そこから放たれるのは悲嘆の掻き毟りだが、それまでとは規模が全く違う。恐らく放たれれば数十キロ単位で猛威振るうだろう。しかし、それを前にしても二人は揺るがない。いや、動揺こそしていても掻き毟りに対してではなく、先ほど聞こえた声に対して。一瞬だけ感じた■■■■■の残滓。だが、それもすぐに消え去っていた。

 

「で、どーするちーちゃん。コレ」

 

「……まあ、倒しきるのはマズいがしばらく行動不能にさせるくらいはしておいてやろう。どうせあいつらに戦わせるんだ、時間稼ぎくらいはしておいてやろう。どの道この程度倒せなければこの先話にならない」

 

「おーけー。んじゃ、その後転送するから。あとわかってるよね? 三つ……ううん、二つまでだよ」

 

「ああ。本体は私がやろう。後ろのデカブツはお前にまかせる」

 

「えーめちゃくちゃでかいじゃん」

 

「広範囲術式使えばいいだろう」

 

「うわ超正論」

 

 いつの間にか千冬の片手に剣が握られていた。刀身が緋色の片刃の長剣。それそのものには大した神格も神威もない。

 ただ、刀身に巻きつく鎖と九つの緋色の宝玉が異様なまでに不気味だった。

 

 そして束は軽くため息をつきながら、パシンと音を鳴らせて両手を合わせ、

 

契約に従い(ト・シュンボライオン) 我に従え(ディアーコネートー・モイ・ヘー)氷の女王(クリュスタリネー・バシレイア) 来れ(エピゲネーテートー) 永久の(タイオーニオン)(エレボス)永遠の氷河(ハイオーニエ・クリュスタレ)

 

 重ね合わせた両手の隙間に冷気が生じる。それは一瞬にして周囲の大気の温度を下げる氷結の波動。足元の水が音を立てて凍っていく。

 

「■■■■ 第二解放」

 

 束の冷気とともに宝玉が弾け飛び、長剣の一部が解放された。瞬間、長剣から焦熱の神威が溢れ出す。何もかも焼き焦がすという獄炎の概念の焔だ。刀身から生み出される熱で周囲の海水が蒸発していき、凍結の神威とせめぎ合う。

 

全ての(パーサイス)命ある者に(ゾーサイス)等しき死を(トン・イソン・タナトン)其は(ホス) 安らぎ也(アタラクシア)

 

 今束が謳う詠唱にて紡がれる言語は二つだ。一つは今この世において使われている言語であり、誰にでも聞き取れる言葉。そしてそれに重なる今の世の者では理解することのできない言語。まったく別の言語系統によって紡がれる旧世界の言の葉。

 その二つにより、束の掌の中に生まれたのは絶対零度という概念の結晶。それに触れたのならば凍る以外の末路は許されない。

 

 千冬は獄炎纏う長剣を振り上げ、頭上へと剣を持って行く。束もまた詠唱を最後の一節のみを残し込める神威を高めていく。

 それと同時に、

 

「Giyaaaaーーーー!」

 

 掻き毟りが放たれ、

 

「千冬焦熱大斬撃!!」

 

“終わる世界”(コズミケー・カタストロフィー)!!』

 

 

 

 焦熱と共に激痛の剣が振り下ろさ、絶対零度を生じさせる波動が全てを凍らせようとし、それに抗うかのように悲嘆の掻き毟りが激突する。

 

 

 

 



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第弐拾話

推奨BGM:神心清明

*より離一切苦一切病痛能解一切生死之縛

*2より神州愛國烈士之神楽

*3より神威曼荼羅


「俺は刃だ」

 

 小学五年生の頃、初めて会って凰鈴音が織斑一夏と出会った時、彼はそんなことを言った。

 

「一度抜けば布津(フツ)と斬る刀だ。他は知らない、どうでもいい。天下一の剣士になるまでーー俺はこの世の全てを斬り続ける」

 

 そんなことを真顔で一夏は言っていたのだ。

 唯我の剣鬼。

 求道の極地。

 伊達や酔狂でもなく彼が本当にそう思っていたことは見ればわかった。なぜならばーーーー凰鈴音も同じだからだ。

 だからそれは同族嫌悪だったのかもしれない。

 

「はっ」

 

 彼の渇望を鈴は笑い飛ばしてやったのだ。

 

「くっだらないわね。斬って斬って天下一? ああ、そう。男の子らしく馬鹿丸出しじゃない。笑えるわね。大体、天下一の剣士とやらになってどうすんのよ」

 

「……さあ?」

 

 鈴の問いにきょとんとした顔で一夏は首を傾げた。

 

「だから、それすらもどうでもいいんだよ。なった後のことなんてなってから考えればいいだろ」

 

「あっそ」

 

「つーか、お前にはないのか? そういう夢とか願いとか」

 

「んーそうねぇ」

 

 少しだけ鈴も首を傾げて考える。思いついたことに少し口元を歪め、

 

「とりあえず、あんたみたいな馬鹿には触れられたくないわね。私はそんな安い女じゃない、もっと高嶺に咲いてる華なのよ」

 

「女? 笑わせるなよ、そんなしょっぱ身体してよ」

 

「だまりなさい」

 

 一夏が刀を腰溜めに構え、鈴も両の拳を構えた。

 

「はっ、ならよ。その馬鹿である俺がお前を斬ってやる。最終目的は千冬姉だけど、まずはお前からだ」

 

「やってみなさいよ、私には届かないから。あんたがもっとマシな男になったら話は別だけど」

 

「そうかよ、なら約束だ」

 

「?」

 

「俺は■■■■■■■になる」

   

 その言葉を鈴はどういう風に感じたのか。自分でもよく覚えていない。ただ、胸の奥から湧き上がる感情を隠すように笑い、

 

「なら私は、その時まで■■■■■■■■■■■■■になるわ」

      

 そう、なにか約束の言葉を交わし、

 

 

「ーーーーぶった斬ってやるッ!」

 

「ーーーー届かないわよッ!」

 

 

 初めての殺し合い/殺し愛を始めたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、ぁ…………」

 

 淀んだ微睡みから鈴の意識は浮上していく。まず感じたのは網膜を刺激するやさしい黄昏の光。そして肌にふれる畳の感触。畳敷きの部屋で寝ていたらしい。頬に熱があるからきっと畳の跡がついているだろう。

 もっとも頬の熱はそれだけではないだろうが。

 

「つぅ……」

 

 いつの間にか寝ていた。寝る直前のことを明確に意識することは中々できないだろう。故に基本的には睡眠はいつの間にか、落ちるものである。だから寝る前『いつの間にか』の記憶の直前を思いお越しーー

 

「ーーーー!」

 

 跳ね起きた。腹筋と背筋のみでだ。両腕はないから。

 

「いち、か!」

 

 彼は隣にいた。意識を落とす前と変わらず意識はないままで床に伏している。外傷はすでにない。全て束が治癒を施してくれたからだ。

 

「いちか…………」

 

 こぼれたのは涙混じりの声だった。

 

「う、くっ……」

 

 両目に透明な雫が溜まっていく。それは溜まるだけでなく、鈴の身体が震える度に涙が零れる。もっともそれは今初めて流れるものではなかった。寝ている間も鈴が気づかないうちからソレは流れていた。

 

「ひ、ぃ、あ……ぁ……」

 

 涙が頬を伝い、ポタポタと畳へと落ちていく。

 泣くな、と自分でも思うが止められない。

 凰鈴音はこんなところでみっとなく泣く女じゃないはずだ。だってほら、女の涙っていうのは最強の武器だし。普段は卑怯過ぎて使わないが、一夏だってイチコロだし。だから、もっとロマンチックな場面に使わなきゃ、と思う。

 思うが、涙は止まらなかった。

 

「うあ、ぁ……っ」

 

 両腕があればきっと拳からは血が滲んでいたであろう。それでも今の身体ではソレすらもできない。

 

「ゴメン……すぐ、止めるから……」

 

 言いつつも涙は強まるばかりだ。例えどれだけ強くても凰鈴音は十五歳の少女なのだ。年頃の女の子が好きな男の子が自分のせいで傷ついたなんて現実は堪えるものがある。

 

 そう、自分のせいだ。鈴が弱かったから。本来なら倒れているのは自分のはずなのに、そんな自分を庇って一夏は負傷した。

 

 それが悔しい。自分が憎らしい。怒りが沸いてくる。情けない。

 

「こんなんじゃ……アンタとの、約束果たせないよね……覚え、てる?」

 

 正直明確に思い出したのは今の夢でだ。あの時殺し合ってその後に千冬という規格外の存在に圧倒されて、その後はなあなあで付き合っていた。今みたいに攻めだしたのはいつ頃だっただろうか。婚約迫ったのが最初だったような。

 

「覚えて、なかったら……ぶっ殺してやる」

 

 ああ、こんなこと言ってもこれだけみっともなく泣いてたら負け惜しみにしか聞こえない。

 

 そうーーーーあれ負けだった。

 

 負けだった。敗北。凰鈴音は負けたのだ。

 

 負けて、殺されかけて、大事な人を傷つけられてーーーー。

 

「ーーーー次は負けない」

 

 確かに負けたけど、凰鈴音は負け犬ではないのだ。

 

 頭をふって涙を振り払う。泣くのは終わりだ。これだけみっともなく泣いた以上はもう負けられないのだ。負けるわけにはいかない。

 

「あんたは寝てなさいよ、あんたの代わりに私が勝ってくるから」

 

 両腕がないからバランスが不安定だが、それでも何とか立ち上がる。未だに目を覚まさない一夏には背を向ける。もう、振り返らない。扉は脚を使って器用に開けた。

 

 一度立ち止まり、

 

「ーーーー先に、行くから」

   

 振り返らずに部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー空気重いねー」

 

 臨海学校に使われている旅館から少し離れた河原に訪れた本音は思わず呟いた。 

 日が落ちていく河原のそばで水面を見つめるセシリアやラウラはまだいいだろう。辛気臭いのは膝を抱えて座り込む蘭や木の枝に足を引っ掛けてぶら下がるシャルロット。

 

 ほとんど全員が身体のどこかに包帯を巻いていたり、ガーゼが張られている。ラウラは左目が塞がれているし、セシリアは頭部に包帯が巻かれている。蘭は両足、シャルロットは両腕を覆うように巻かれている。かく言う本音も着ぐるみ服の下には包帯巻かれているし、ここにはいない簪も頬に馬鹿でかい絆創膏を貼っていた。

 

 もうすでに夜。昼ごろに暴走機と戦い、6.7時間は経っているか。掻き毟りを受け、意識を失った本音たちが目を覚ましたのは旅館の一室だった。その直後に束と千冬が戻り自分たちは束の治療を受けた。それでも未だに一夏は目覚めない。

 

 

「本音か、どうした?」

 

 赤い隻眼はどことなく力がないし声にも力がない、気がする。

 

「んー、皆どうしてるのかなーって思ってふらついてたらいつの間にかここに」

 

「……そうか、なら私たちと同じだな」

 

「?」

 

「私たちも、なんとなくふらついてたら皆ここに来てましたのよ」

 

「なるほどー。で、皆どう?」

 

「どう、とは?」

 

「体の調子とかーそういうのー」

 

「よくないな」

 

「よくないですわ」

 

 声を揃えたのはラウラとセシリアだ。

 

「魔眼がまったく反応しない。ウンともスンとも曲げられん。篠ノ之博士曰くあと48時間は使い物にならんらしい」

 

「私もですわ。理外の弾丸が使えません。……使えないというより使おうとすると頭痛が耐えられなくて。篠ノ之博士が言うには無理して使うと脳が吹き飛ぶとか」

 

「あーそうだろうねー。二人とも入力器官の歪みだからね。空間歪曲と理からズレる。セッシーの方はガチで脳味噌吹き飛ぶから気をつけたほうがいいよー? こう、ポップコーンみたいに」

 

「いやなこと言わないでくださいよ……」

 

 げんなりと顔を歪めセシリアが嘆息する。つられるようにラウラもため息。

 

「間に合わん」

 

「ですわ」

 

 そう、間に合わない。

 自分たちから遅れて帰ったきた千冬が言うには、暴風竜にある程度のダメージを与えたが動きを止めているのは大体24時間。それだけあれば暴風竜は全ての損傷を回復させるらしい。つまりは明日の昼まで。その昼までになんとかしなければならないが、二人とも間に合わない。

 

「んじゃーシャルルんとらんらんはー?」

 

「とりあえずランランはやめてください」

 

 鬱な雰囲気が吹き飛んで怒っていた。その渾名になにかトラウマでもあるのだろうか。いや確かに安直な渾名だろうけど。

 

「で、どうなのー? らんるーは」

 

 らんるー、という渾名にたじろきつつも、

 

「……私は体は大丈夫です。脚も、もう少し休めれてれば問題ない程度まで動けますけど……」

 

 言いつつも取り出したのは彼女の主武装であるローラースケートだ。一見して大破しているのがわかる。

 

「ご覧の通り私のも使い物になりません。恥ずかしながら、これが使えないとなると、私の戦力半減です」

 

 蘭の戦闘能力は簪から譲り受けた『頂きの七王(セブンスレガリアズ)』によるところが大きい。それがないとなると確かに蘭の弱体化は否めない。

 

 もっとも、それくらいならなんとでもなるのだけど。

 

「シャルルんはー?」

 

「…………できれば僕もその渾名はやめてほしいんだけどなぁ」

 

 木の枝にぶら下がっていてたシャルロットが閉じていた目を開けて苦笑する。

 

「僕も、別に大した負傷はしてないしね。問題ないよ。正直、今戦えって言われても戦えるだろうね……ま、僕じゃ大した戦力にならないけど」

 

 自嘲気味にシャルロットは呟く。確かにシャルロットの戦闘能力はこの面子の中でも下位だ。身内同士で真っ向から戦った場合勝つのは難しいだろう。

 だがシャルロットは忍者ーー忍ぶ者だ。

 真正面から戦う存在ではない。奇襲、闇討ち、暗殺がメインなのだ。

 シャルロット自身だってそれをわかっていて、なりよりそれを誇りに思っているだろう。

 けれど、やりきれない思いがあるのだろう。

 ああいう奇襲も闇討ちも暗殺も通じない規格外を相手にした場合は。

 

「……なるほどなるほどー」

 

 小さく、小さく本音は笑った。

 思っていたよりも状況は悪くない。なぜなら一人も戦うことは諦めてないからだ。セシリアとラウラ己の歪みが使えないことに嘆いているだけだし、蘭とシャルロットは自分の不甲斐なさを悔いているだけだ。

 誰も次に勝つことを諦めていない。

 

 これならなんとかなる。

 

 旅館では簪が束からいろいろ貰って部屋に籠もっているから戦力不足はある程度補強できるだろう。

 

 本音自身ーー未だ切っていない切り札もある。

 

 もっともそれだけでどうにかなる相手ではないというのも確かだ。

 だからーー

 

「えっとね、皆ー」

 

 少し声を大きめに張り上げた。全員の視線が本音に向く。それに内心おおっと思いながらもいつも通りに口元に笑みをたたえる、

 

「織斑先生と篠ノ之博士からの伝言だよー。まだ戦う気があるなら、ラウラっちとセッシーとシャルルんは織斑先生の所に、らんるーは私と一緒に篠ノ之博士の所に来いっていわれたんだけど………………どうする?」

 

 

 返ってきた答えがなんなのか言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーーーーー」

 

 本音たちがいた河原から少し離れた小さな滝壺。そこで箒は滝を浴びていた。岩の上に腰を下ろし胡座をかいている。夏とはいえ川の水は冷たい。冷水が箒の頭上から降ってくるが、箒は身じろぎ一つしない。IS学園の制服でも真紅の十二単でもない、薄い赤襦袢姿だ。肌に張り付いた繊維の下には傷一つない。

 

 そは治療云々ではなく単純に箒の体が頑丈なのだ。箒のそれは他の面子と比べてもずば抜けている。事実箒は既に全快しているのだ。

 

 最も箒はそれを誇ったりはしない。むしろ忌々しくも思う。異様なまでの頑丈性はつまりそれだけ人間を離れているから。

 

 箒の耐久力は性能ではなく特性なのだ。一夏の剣気や鈴の陽炎やセシリアの魔弾やラウラの歪曲やシャルロットの隠行、それによく知らない簪や本音に蘭も持っているであろう歪みと同じだ。

 

 そして箒はそれを使いこなせていない。自らに宿る歪みを己のものにしているとは言い難いのだ。

 

「ーーーーーー」

 

 故に行うことは精神潜行。それも個我を失うほどの超深度。さらに言えば潜る対象は、己ではない。

 

「ーーーーーーー『朱斗』」

 

 朱色の大太刀。胡座をかいた膝におかれた一刀。箒の歪みの源だ。

 

 箒の歪曲ーーさらに言うならば一夏もーーは他の面子のソレとは別物だ。

 

 鈴、ラウラ、セシリア、蘭は千冬から。

 簪と本音は束から。

 

 それぞれが二人から流れ出た二人の色、即ちこの世界の歪みなのだ。

 

 例外は一夏と箒だ。 

 一夏は『雪那』を、箒は『朱斗』を源ととしている。

 もっとも一夏は既に渇望(イロ)が決まっていて、さらに言えば無意識下で鈴を経由して千冬と繋がっている。

 かく言う箒も束から加護を受けているのだが。

 そして箒の渇望(イロ)もそれに繋がる。

 

 篠ノ之束を、たった一人の姉を、大好きな家族を守りたい。

 

 昔から変わらない篠ノ之箒のたった一つの祈り。でもそれはどうしようもなく破綻しているのだ。

 束を守ることなんて箒にはできない。束のほうがどうしようもなく高みにいるから。自分が彼女を守ろうなんておこがましい。だから束本人にその願いを言ったことはない。

 

 それでも。

 例え秘めていても、守りたいと思うのた。

 人の位階を超えている束を。

 

 そのためには、人を超えている束を守るためにはどうすればいいのか。 

 ピラミッドの頂点に並び立つにはもう一つ同じ大きさのピラミッドを創るか。

 それかーーーーピラミッドそのものから外れるか。

 それはつまり

 

「ーーーーー人を外れるということ、か」

 

 目を開ける。曖昧になった自己を再構成する。

 視線を落とせば『朱斗』の刀身がわずかに発光していて鞘から朱い光が漏れている。

 まったく、なんてじゃじゃ馬な刀だ。まさしく妖刀だろう。

 

 滝から出る。冷え切った体に夜風が染みた。さすがに寒くては体を縮こませる。瞑想はこのくらいしようと思う。

 

 恐らく、今頃鈴が束が簪に義手をつけてもらっているだろう。それが定着するまではおそらく数時間。暴風竜相手に再出撃するのは明朝だろうか。

 なんにせよ、あと数時間休ませてもらうとしよう。 

 握りしめた大太刀が僅かに震え、それはまるで箒になにかを問うようで、

 

「ああ、構わない。コレが私の選ぶ道だ」

 

 小さな声は夜に溶けて消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝日が昇る。とある孤島にて輝く曙光に照らされる少女たちがいた。

 

「えーとヤツは……うん、ここに少しづつ近づいてくるね。もうすぐ来るよ」

 

 砂浜に腰掛けた簪がタブレット型PCを操作しながら言ういつも通りIS学園の制服の上から白衣を着ていた。タブレット型PCに表示されているのは今いる島近辺の海域の地図だ。

 

「ーー♪ ーー♪」

 

 簪の隣で鼻歌を歌いながら、脚で砂を蹴り上げるのは本音ただ。クリーム色の質素なワンピースに身を包んでいる。見た目上では普段と変わらない。

 

「………よいしょっと」

 

 その隣。茜色のジャージでストレッチをするのは蘭だ。脚には機械的なシューズを履いている。普段は赤髪をバンダナな纏めていたが今はポニーテールにしていた。

 

「ちなみに後どれくらい?」

 

 五本の苦無を指で遊ばせながら簪に聞いたのはシャルロット。肩から脇腹が露出する緑の忍装束に口元を隠す長めのスカーフ。

 そしてその問いに答えたのは、

 

「ホントにすぐですわよ。五分もありませんわ」

 

 三人分離れて、昇る朝日と水平線上へと目を向けるのは青いサマードレスのセシリアだ。朝日に金髪とその上に乗られたティアナが煌めく。彼女の視線を追うようにシャルロットたちも水平線上へ目を向けるが、

 

「なにも見えんぞ……」

 

 形のいい眉をひそめたのはラウラだ。ドイツ軍の軍服をカッチリと着込み、左目には包帯ではなくいつもの眼帯が巻かれていた。彼女も視力はかなりいいが、それでもなにも見えない。

 

「いや、見えるほうがおかしいよっ!? まだ百キロ近く放れてるんだけどっ」

 

「そう言われましても……ま、点程度にしか見えませんけどね」

 

「それでもおかしいでしょ……」

 

「ま、なんでもいいじゃない」

 

 会話に割り込んだのは、両の拳を打ち鳴らした鈴だ。山吹色のチャイナドレスから露出する肩の先にはーー両腕があった。一見すればただの腕だが、勿論義手だ。昨日の夕方に束に取り付けてもらった特別性。なんでも人肌を再現しつつ、ダイヤモンド並みの硬度だとか。取り付ける際に、筆舌し難い激痛があったが、その甲斐あり反応は悪くない。誤差も修正範囲内だ。こんな義手を数時間で用意してくれた束にはまったく頭が上がらない。

 

「箒を見習ったら? 凄い集中してるわよ」

 

「……………」

 

 鈴の隣、箒は目を伏して刀を抱えたまま座り込んでいた。先ほどからの会話にはまったく反応せず、その落ち着きぶりに皆が感心したところで、

 

「ん………ん? どうしたお前たち、………ふわぁ」

 

 まばたきを繰り返しながら顔を上げた箒が目をこすりながら欠伸をした。

 

「寝てたんかいっ!」

 

 全員からツッコミが入った。

 

「いや、冗談だよ。さすがに寝てない。冗談だ」

 

「あんたの冗談分かりにくいのよ……」

 

 げんなりする鈴に他の皆は苦笑する。一頻り笑って、

 

「ーーーーーー」

 

 一様に暴風竜を補足した。簪、箒が立ち上がる。

 

「じゃ、手順通りで。カウントダウンは五秒前からでいい?」

 

 タブレット型PCを操作する簪が問うのはーーーーラウラだ。

 

「構わん。ーーーー開戦の号砲は私に任せてもらおう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「5」

 

 ゆるりとラウラは眼帯は外した。露わになった左目に宿る光は薄い。やはり依然として歪曲の魔眼は使えない。その上でラウラは考える。なぜ、魔眼が使えなくなったのかを。

 それはつまり暴風竜に敗北したからということではなく。もっと根源的な理由がある。束も本音も無理に使えば脳が耐えきれないと言っていた。それはつまり、

 

「ーー私が至らないからだ」

 

 ラウラが弱いから、自身が魔眼についていけないからなのだ。それはーーーーラウラにとって屈辱だ。なぜならラウラは、

 

「4」

 

 昨夜、ラウラたちを呼び出した千冬は暴風竜の話を何一つしなかった。ただの雑談。ジュース片手に学校生活はどうだとか、美味い学食のメニューはなんだとか。そんな話だけで、アドバイスのようなものは一言もなかった。

 

 ただ、ラウラの頭を撫でながら、

 

『私はお前を信じてるよ。お前は私が導いた英雄(エインフェリア)なのだからな』

 

 そんなことを言っていた。嬉しかった。誇らしかった。照れくさかった。そしてーーーー悔しかった。千冬に導かれた自分が千冬によって受け取った力についていけないなんて。

 なんてーーーー屈辱。

 

「3」

 

「ーーーーーーPanzer」

 

 ラウラの周囲に三十二丁のパンツァーファウストが浮かぶ。無論それは今近づいてくる暴風竜にはなんのダメージも与えられないだろう。それでも、それは諦める理由にはならない。届かないならば届かせればいい。至らないならば至ればいい。それができるとラウラは信じる。

 なぜなら、

 

「私はあの人に導かれた英雄(エインフェリア)なのだから」

 

「ーーーー2」

 

 それはなにものにも譲れないラウラ・ボーデヴィッヒの矜持。

 

「1」

 

「ーーーー」

 

 カウントダウンは残り一。そして暴風竜がこの上を通るのはほぼ一瞬。ラウラの役目はその一瞬を見計らってなにがなんでも暴風竜の進行を止めること。今のラウラのコンディションでそれは至難の業だ。だからこそ、彼女にやる意味がある。カウント1と共にパンツァーファウストを射出した。狙いはほぼ直上だった。

 

「ーー0」

 

「giーー?」

 

 射出したパンツァーファウストが上空で暴風竜とぶつかった。爆炎と爆煙が膨れるが、それだけでは暴風竜は止まらない。だから、

 

「ーーーーー抉れ」

 

 金混じりの両目を見開き暴風竜の周囲に広がっていた爆炎と爆煙が空間と共に消え去った。

 

「giーー!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラウラが行ったのはそれまでの空間歪曲ではない。空間そのものを掘削し抉り取るというともの。爆炎や爆煙はマーキングによるものだ。

 それはそれまでのよりも空間歪曲よりも上位の歪み。彼女はただ己の矜持のみで己の力量を上げたのだ。

 

「さすが、ですわね」

 

 英雄の矜持を見せつけたラウラ。それに応えるのは当然ながら同じ英雄の気質を持つセシリア。

 暴風竜の動きは戦友が止めた。ならば次を繋げるためにセシリアは動く。腰に溜めて構えたのは二丁のアンチマテリアルライフル。通常のそれとは違い弾倉が簪に改造され連続して各百発放てるようになっている。それらを天へと向け、

 

「レスト・イン・ピース!」

 

 叫び、引き金を引く。アンチマテリアルライフルでの超高速連射。一発撃つごとに身体が軋むが構わない。計二百発の弾丸を数秒で撃ちきる。放たれた弾丸はセシリアの超絶技巧によって弾道が操られている。織斑千冬をして絶賛するほどの魔技。それによって全ての弾丸は軌道上にて互いを弾きあうことによって一つ残らず上から暴風竜を打撃する。

 

 

 そして、それで終わりではない。

 魔弾に続いて夜明けの空に朗々と響く詠があった。

 

「幸いなれ、癒しの天使

  Slave Raphael,

  その御霊は山より立ち昇る微風にして、黄金色の衣は輝ける太陽の如し

  spiritus est aura montibus orta vestis aurata sicut solis lumina

  黄衣を纏いし者よ、YOD HE VAU HE―――来たれエデンの守護天使。

 アクセス、モードラファエル 」

 

 本音だ。ワンピースを裾をはためかせながら足元に魔法陣を浮かべ詠っていた。詠唱が終わると同時に高度を下げていく暴風竜の周囲に四本の竜巻が生まれた。勿論それらはただの竜巻ではない。触れた空間を切り刻み、空間断裂を起こさせる死の風。

 そしてそれらはーーーーー暴風竜には当たらず、

 

「行き、ますっ……!」

 

 蘭へと向かった。高度を下げる暴風竜の上に彼女はいた。その彼女へと死の風が激突した。普通に考えれば最悪のミス。フレンドリーファイア。だが、

 

「う、あああ……」

 

 死の風の中において蘭は驚くことに軽傷だった。僅かに肌を裂かれた程度。四本の竜巻の中に舞うように翻弄されていた。いや、舞っているのた。死の風の中を事実蘭を飲み込んで数秒足らずで四本の竜巻はより大きい竜巻となる。そしてそれの始点は蘭の双脚だ。

 それが蘭の歪み。

 風も炎も雷も茨も牙もありとあらゆる全てを残らず纏い、自分の力を高める心の翼。全部纏めて吹き荒れる嵐の魂。それが蘭の本質だ。

 

「はあああああああああっっ!!」

 

 竜巻を纏った双脚を暴風へとぶち込んだ。死の嵐が暴風竜を飲み込み、ついに水面へと落ちた。

 落とされ、しかし暴風竜は海中へと落ちることはなかった。だが、

 

「頼んだよ、箒、鈴!」

 

 目の前に現れたシャルロットが箒と鈴を運んでくるのは止められなかった。

 完全に暴風竜の感覚素子外。それもシャルロットだけではなく、箒や鈴もだ。先の敗北を経て己の隠密を他人にも行使できるようになっていたのだ。シャルロットの役目はつまりそれだ。箒と鈴の最大火力二人を確実に暴風竜の前に届けること。

 

 簪が立てた作戦は最初とそうかわらない。

 それぞれの最大威力攻撃で足止めしつつ攻撃し、箒と鈴の本命の一撃を叩き込む。

 単純すぎるがそれが一番勝率が高い。互いの力量の差が大きいのは分かり切っている。だから、長期戦は避け、短期決戦に望む。つまりそれでしか暴風竜に勝つ手段はない。ラウラ、セシリア、蘭、本音が落とし、簪、シャルロットがサポート。そして、

 

「………!」

 

 ラストアタックの箒と鈴。

 箒が大太刀の刀身を四分の一ほど滑らす。瞬間、大太刀から朱色の光が溢れ、箒の右腕に染み込むようにまとわりついた。いや、実際に箒の右腕に染み込み、朱色の腕が染まる。肩まで染まり、さらには右目も朱くなる。

 

 鈴が腕に気を込める。それにより両腕が黒く輝く。義手が人の感触を消し、ダイヤモンドを超える硬度を発揮しているのだ。腕が元々堅いということは腕の硬化に使っていた気を破壊力に回せるということだ。黒と山吹に輝く拳にもはや説明はいらないだろう。拳を射出するための前運動としての震脚のみで周囲に地震が起きたかと思うほどの衝撃がはしり、

 

「叫べーー『朱斗』!!」

 

「陀羅尼孔雀王ォォーーー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*3

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ハア……ハア……どう、よ」

 

 間違いなく過去最高の一撃だった。いや、それは自分だけではなく他の仲間たちもだろう。これで通じなかったらもう笑うしかない。

 

 箒と鈴の一撃で巻き上がった水煙は中々晴れない。

 否ーーーー一瞬で晴れた。

 水煙の中から現れたソレによって。

 

「は、は、……はは」

 

 自然と口から笑いが漏れた。勿論それは歓喜ではない、絶望によるものだ。空中にて装甲に傷一つ無い暴風竜。

 

 そしてその暴風竜の周囲で蜷局を巻く白の巨竜。

 

「これはないわー」

 

 暴風竜と巨竜が纏うのはおぞましいまでの悲嘆。それに当てられてて全員が等しく同じことを覚悟した。

 

 即ちーーーー死、だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーーーー」

 

 気づけば一夏はよくわからない場所にいた。どこかの真っ白な砂浜だった。何色にも染まらない、ただありのままの砂浜。そこを一夏は意味もなく歩いていた。どうにも記憶が曖昧だ。

 

 なんだろう、確かなにかをしていたはずだった。なにか大事なことがあったはずなのに、どうしても思い出せない。

 

「………うーん、なんだっけ」

 

 そう一夏が呟いた次の瞬間。

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

「ん?」

 

 誰かが一夏への話しかけてきた。

 

 

 

 



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第弐拾壱話

推奨BGM:黄泉戸喫

*1から*2まで祭祀一切夜叉羅刹食血肉者

*3より吐菩加身依美多女

*4より我魂為新世界




 

 

 

 

 

 

 

 

天下一の剣士になりたい。一度抜かれれば全て切り裂く一振りの刀。なるほどとてもわかりやすい夢で渇望です。きっと男の子ならば一度は夢に見る願いでしょう。剣の道に限らずともそれ以外の道だとしても一度は頂点に辿り着くことを夢想するはずです。せずにはいられないでしょう。

 

 

 一夏の耳にどこからか声が聞こえてきた。いや、耳に聞こえるというよりは頭の中に直接響いてくるというほうが正確か。本来ならばそうそう有り得ない現象。しかし一夏はそれに動揺することはなく、寧ろ何故だが落ち着いた。これまでも聞いたことがあると感じたから。

 だがら、響いた声に一夏は答えてきた。

 

「ああ、そうだな。俺なんか物心ついたときからそんなんだったし」

 

 

そう、物心がつくような時期。世間を知らないような幼い時分に願うことです。そう、なにも知らない白痴の願いと言えるでしょう。井戸の外を知らない蛙。井の中の蛙と笑われてもおかしくないでしょう。いえ、あなたくらいの年でそんなことを大声で叫ぼうものなら馬鹿にされるでしょうね。あなたはーーどうでしょうね。

 

 

「…………」

 

 少し、黙る。

 いや、大した意味はないけど。ただ、自分でも考えてみる。今一夏は十五。高校一年生。世間でも大人扱いされる頃だ。しかも自分は世界で唯一人でISを使える男だ。普通の高校一年生よりは立場が重い。IS開発者から直接専用機貰ってさえいる。

 なのに、自分は禄にISを使わずに刀ばっか振っている。

 

「あれ、それってダメじゃね?」

 

 そういえば千冬はいつも頭痛そうにしてたし、束は涙目だったような。それを大して気にせずにバカ笑いして刀振っているというのは、なんだろう。

 

 

ふふふ。そう、多くの人は今のあなたのように自らの行いを省みるのです。自分のしていることは他人に迷惑をかけてまで通す願いなのかどうかを。己の祈りを通すということは他を蔑ろにするということです。そんなことはできないでしょう? 愛する人を犠牲にしてまで通すような祈りに価値はない。愛する人のためにこそ祈りがあるのですから。人は唯我ではいけないのです。

 

 

「ゆい、が……」

 

 それはつまり己のみであればいいということだ。確かにそんなのはダメだ。

 ダメだけど。

 

「それ、は……!」

 

 それは、自分のことじゃないのか。

 

 

違いますよ。あなたは唯我ではありません。ただ自分に正直に生きているというだけです。確かにあなたの祈りも渇望も内向きですが、己のみを愛しているわけではないでしょう? 姉を信じ、友を信じ、仲間を信じているのでしょう。他人が自らの付属品だなんて思ってはいないはずです。

 

 

「それは……そうだろ」

 

 千冬姉や束さんは規格外過ぎて自分なんかじゃ計れないし、箒は堅物に見えてただのコミュ障だし、セシリアはいつも頼れる淑女だし、シャルロットは忍者のくせにちょこちょこ目立つし、ラウラは軍人というか男前過ぎるし、本音はどうにもみていて癒されるし、簪は……なんだろうよくわからないし、蘭は大人しく見えて何気によく無茶するし。 

 そして、鈴はーー

 

 

どうですか? あなたの周りの人達はそんな安い人じゃないでしょう? 皆、ありのままに生きている。ただ、それだけなのです。この世界を占める唯一の法。あなたが自分の行いを省みているはここ(・・)にいるからです。ここ(・・)は私に近すぎるから、逆に色が薄くなってしまってるんですよ。ここ(・・)から出れば気にならなくなりますよ。

だから、最後に一つだけ聞いておきたいんですよ。

 

 

「………?」

 

 

あなたが望むのはなんなのか。正直、今の状況は見ていられません。あの人たちには少しばかり怒られるかも知れませんけど……まあ、いいでしょう。一度だけ力を貸します。一度だけ背中を押しましょう。だから教えてください。

 

 

何を求め、何を願い、何に飢えるのかを。あなたの言葉で聞きたいのです。あなただけの渇望(いのり)を。

 

 

「それはーーーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 水が弾ける爆音と共に鋼が大気を切り裂く。

 

「おおおおおおぉぉぉ!」

 

 叫びの主は箒だ。海面を疾走しながら振り下ろされる白亜に竜尾を回避し、反撃の一刀を叩き込む。

 朱の光はそれまでの上回り、それに伴い斬撃の威力も跳ね上がっている。それは巨竜の攻撃を凌ぐことができるということからもわかるだろう。

 たが、それだけだ。

 

「ぐうっ……!」

 

 凌ぐことはできる。だが凌ぐだけで、箒の体は傷ついていく。骨が砕け、血が吹き出る。なんとか反撃しても巨竜の巨体により暴風竜本体には届かない。

 

「ーーーーgiーー」

 

 暴風竜にはほとんど動きはない。ただ、己を取り巻く巨竜に全て任せ黙してる。それで十分だからだ。

 

「はぁっ、ぐぅ……!」

 

 変わりに箒はかなり様変わりしていた。着ていた十二単がボロボロだとかそんなレベルではなく箒自身が。先ほどまで腕を染めていた朱色は領域を広げ、肩から顔の半分にまで及んでいる。右目も先ほどよりも濃い朱色に。

 その朱色が広がれば広がるほどに箒の力は強まっていた。確実に自分たちから頭二つ三つは飛び出ているだろう。悔しくもそれは歴然とした、そして明確な差だ。

 

 なぜならーーーー箒以外はもう誰も動けないから。

 

 彼女以外は悉く倒れた。

 

「はあああああああ!」

 

 唐竹割りの大斬撃。

 間違いなく過去最高の一刀だと自負できるがそれでも巨竜に全て塞がれる。直後にはまた竜尾が真上から降ってきた。海上だからまともに受け止めるわけにはいかない。斬り上げ、斬撃をぶつけることでなんとか逸らす。

 

「まだだ……」

 

 逸らしただけで刀を持っていた右腕の骨が粉砕された。だが、

 

「もっと、持って行け『朱斗』……!」

 

 甲高い音と共に大太刀から朱の光が噴き上がり、右腕を癒す。先ほどからダメージを受けた側から『朱斗』が負傷を治していた。

 

「がっ、ゴホッ」

 

 無論代償は存在する。大きな血の塊を吐き出した。無理な駆動と治癒出体が悲鳴を上げているのだ。いや、それは治癒ではない。箒を染める朱光が箒の体を作り変えているのだ。より強い肉体に。人を外れた人外への領域へと。

 それでも。

 

「それが……どうしたっ!」

 

 構わない。再び巨竜へと大太刀を構える。

 

「人であろうが、そうでなかろうが私は私だ。篠ノ之箒だ」

 

 半身を朱色に染めながら、つまりは半分人を外れた箒は叫ぶ。

 

「私のやることは、私の渇望(いのり)は変わらない!」

 

 篠ノ之束を、姉を守る。それだけだ。

 だから、箒は暴風竜を許さない。

 元々暴風竜はISだったはずだ。無限の空への翼だったはずだ。なのに今は悲嘆の竜なんかに成り下がっている。

 

「目障りなんだ……私の姉の翼を、姉さんの色を! 汚すのもいい加減にしろぉぉぉぉっっっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 箒が雄叫びを上げながら暴風竜へと突撃する。それを鈴は掠れた視界で見ていた。すでに両腕両脚は砕かれ、行動不能だ。それは鈴だけでなく他の仲間たちも同じだ。視界には見えないけど皆同じだろう。

 肌から伝わる感覚はこの前の敗北と同じで濡れた砂の感触。

 額から流れる血が涙と混じって零れおちる。

 

「また、負けた」

 

 茫然と鈴は呟く。もう、それしかできない。こんな身体じゃもうどうしようもない。

 

「………くっそ……!」

 

 

本当に?

 

 

「ーーーーえ?」

 

 声が聞こえてきた。そう思った瞬間に世界は一変した。周囲にはなにもない真っ白な砂浜。体には傷も痛みもなく、ただそこに鈴は立っていた。

 そして、また声が聞こえた。頭の中に直接。

 

 

本当になにもできませんか? 腕が動かない。足が動かない。その程度であなたは諦めるのですか? 力で蹂躙された程度で、あんな泣いて、喚いてるだけの存在に手折られる程度なんですか?

 

 

 

「それ、は……」

 

 頭の中に響いてくる声の内容は厳しい。けれども驚くほどの優しさと暖かさを感じた。まるでいつも触れているかのような暖かさ。だから、鈴は素直に答える。

 

「そんな、わけない……でも」

 

 

でも? なんでしょうか。あなたはまだ生きている。死んではいません。腕があり、脚があり、こうして言葉を交わすこともできる。負けたくないと思う意志があります。

 だったら諦める必要なんてありませんよね。

 

 

「それはそうだけど……」

 

 でも。今の自分では勝てない。

 自分たちより数段上の箒でさえ、凌ぐのがやっとなのだ。

 どうにかして、勝ちたいと思う。でもどうすればいいのだ。

 生憎、何の根拠もなく勝てるだなんて思わない。

 

 

その思考は間違っていませんよ。いいえ、それでいいんです。よくわからない相手に勝たされるなんて気持ち悪いですから。ですから、私がすることはあなたの背中を押すだけです。あなたの祈りを後押しするだけです。

 

 

「後押し……?」

 

 

ええ、後押しです。ですからあなたの祈りを教えてほしいんです。あなたがどうしたいのかを。どうありたいのかを。教えてほしいんです。

高嶺。

あなたはいつもそう謳います。だれにも触れられない孤高の華。それがあなたのあり方ですよね。それを聞く度に、見る度に私は思うことがあるんですよ。

誰にも触れられない。

あなたはーーーー本当にそれでいいのですか?

 

 

「ーーーー」

 

 

誰にも触れられない。それはつまり誰にも触れることができないということ。他人が伸ばした手は決して届かない。触れられたくないということは触れたくないということではないのですか?

そんな存在に誰が手を伸ばすのですか?綺麗だから、美しいから。そういう理由であなたに触れようとする人はいるでしょうし、いましたでしょうね。でも触れ続けようとする人がいましたか?

わかりますよね。たとえどれだけ綺麗でもーーーー

 

 

「ーー誰も見てくれない華に意味はない」

 

 

ええそうです。誰も見ていないなんて、なにも無いというのと変わりません。無限の蜃気楼。どこにもないというならソレと変わらないでしょう。それを悪いとはいいません。ただ、どちらもただそれだけでは大切なものが欠けているということです。

だから、最後に一つだけ聞いておきたいんですよ。

 

 

「………?」

 

 

あなたが望むのはなんなのか。正直、今の状況は見ていられません。あの人たちには少しばかり怒られるかも知れませんけど……まあ、いいでしょう。一度だけ力を貸します。一度だけ背中を押しましょう。だから教えてください。

 

 

「なにを……」

 

 

何を求め、何を願い、何に飢えるのかを。あなたの言葉で聞きたいのです。あなただけの渇望(いのり)を。

 

 

「それはーーーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*3

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「渇望か、そうだな。天下一の剣士、全て斬れる刀になりたいっていのは本当だせ。ーーでも、違うな」

 

 頭に響く声は無かったから一夏は続ける。

 

「今の俺は何もかも斬りたいなんて思ってないよ。約束、したからな」

 

 

 

                           「渇望ね、そうね。誰にも触れられない高嶺の華でありたいのは嘘じゃないわよーーーーでも違うのよ」 

 

                   頭に響く声は無かったから鈴は続けた。

 

                                「誰にも触れられたくないというよりも、一人だけに触れてほしいのよ。そう約束したのよ」

 

          

             ーー約束ですか?ーー

 

 

「ああ。俺がなによりもまずアイツを斬る。なんでもかんでもただ斬るだけの頭悪い刀じゃなくて、アイツを斬るっていう約束だ」

 

 

                                                           「ええ、私はアイツにだけ触れてほしいのよ。他の有象無象じゃなくて、私が惚れた馬鹿に触れてほしい。そしてなによりアイツが摘みたいと思うような華でありたいのよ。そういう約束をしたの」

 

 

 

 

 

               ーーーー

 

 

 

 

「ああ、そうだ。俺はまだ何一つ約束と言えるものを果たしていない。俺が斬るのはアイツだ。俺が斬りたいのはアイツだけだ。俺は天下一の剣士なんてどうでもいい。全て斬れなくてもいい。俺はただ、なによりも綺麗なアイツを斬りたいんだ」

 

 

 

                                                            「ええ、そうよ。私はアイツが約束を果たしてくれるまで待ち続ける。それまでアイツ以外には触れられない孤高の華であり続ける。あの馬鹿に誰も届かないはずの私にたどり着いて欲しいから」

 

 

 

  

   ーーーーそうですか。では答えを。あなたたちはどうありたいんですか? いいえ、もうそれはいいですかね。では、こう聞きましょう。あなたたちはお互いを思っているんですか?ーーーー

 

 

 

 

 

「俺はーー」

 

                                                                    「私はーー」

 

「凰鈴音をーーーー」

 

                                                               「織斑一夏をーーーー」

 

 

 

              ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、目の前には鈴がいた。

 音もなく驚き、それは鈴も同じだったようだ。

 なんでここにいるかとか。怪我はどうしたとか。いろいろお互いに聞きたいことがあるのだろう。二人とも視線が泳ぐ。一夏なんかは意識不明で倒れていたのに。

 それでも。

 お互いからこぼれたのは力の抜けた笑みだった。

 はは。

 ふふ。

 一夏は鈴へと手を伸ばした。

 伸ばした手を鈴が掴む。

 行こうぜ。

 うん。

 そして、言葉と共に世界は砕けた。それと共にその場所から二人が弾き出される。

 その間際、誰か、見たことのな少女が二人に優しく微笑んだ気がしたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………え?」

 

 一体どれだけ戦い続けたのか。体感時間ではもう何時間も続けたような疲労を感じ、それでも己の体に活を入れようとした瞬間だった。

 背後から二人が駆け抜けた。

 白と山吹の背中。

 

「は、はは」

  

 見えたその二人がどうしようとなく頼もしくて、活を入れたはずの体から力が抜けた。

 まったく最高のタイミングで来てくれる。狙っていたのではないだろうか。ま、いいや。他の連中ならともかくあの二人なら任せられる

 身体から自ら力を抜いた。そして、砂浜に倒れる寸前、

 

 

「勝てよ、このバカップル」

 

 

 

 そしてーーーーー戦友の激励を受け、今ここに颶風と高嶺の神威が吹き荒れ、咲き誇った。

 

 

 

 

 

        

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜明けの風でなびく髪を抑えながら束は目を細めた。

 

「…………」

 

 林間学校が行われる砂浜にて束は水平線を眺める。水平線の向こうで行われていることを。

 その瞳に浮かんでいる感情はなんなのだろう。ああ、そうかという納得と少しばかりの憤り、頑張れという激励の意。そしてそれらを包み込むような慈愛の感情。

 

「………?」

 

 ある感情が束の思考に割り込むようによぎった。

 

「ーーーー」

 

 それを理解し、頭の中で咀嚼し、

 

「ふふっ」

 

 口元に手を当てて笑みを零した。

 

「いいんだよ、あなたたちが望むならそれで。自分の主の力になりたいという願いは決して間違ってないよ。だから、謝る必要なんてないんだよ。それに」

 

 束は水平線の向こうに笑みを、優しい笑みを浮かべ、

 

「自分の子供の成長を喜ばない母親なんていないんだよ? 白式、甲龍?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*4

 

 

 

 

 

 

       『壱 弐 参 肆 伍 陸 漆 捌 玖 拾

         布留部ーーーー由良由良止 布留部』

 

 それは単なる力量の上昇ではない。

 新たなる生命の誕生だ。一夏と鈴、二人が歌い上げる祝詞は二人の魂から奏上されるものであり、誕生の産声だ。自己の存在、己の在り方。それらを神域までに昇華しているのだ。

 

『曰く この一児をもって我が麗しき妹に替えつるかな すなわち 頭辺に腹這い 脚辺に腹這いて泣きいさち悲しびたまう』                                            『通りませ 通りませ ここはいずこか細通なれば 天神もとへと至る細道 御用ご無用 通れはしない』 

 

 二人が魂より渇望する願い、それらは内向きであるが故に二人の存在の質の面において急激なまでに高めていく。人間という矮小な個体に莫大なまでの神気が集い、人間という位階から外れていく。

 ■からのブーストとインフィニット・ストラトスという無限へと挑む翼。それらが今現在では足りない神気を補っていた。もはやインフィニット・ストラトスその在り方を大きく変えたいた。

 ガントレットだった白式もイヤリングだった甲龍も形状から根本的に変革する。白式は肩甲つきの純白の羽織、甲龍は腕を覆う黒の手甲。それはもはやISとしての機能はない。ただの己の主にとって不必要の機能を廃除した結果だ。

 白式も甲龍もどちらも一夏と鈴の専用機としてありながらどちらもそれぞれの主の力になっているとは言えなかった。だから、こそ。今、この瞬間に二機は歓喜する。今間違いなく、己が主の力になっているから。

 

『その涙落ちて神となる これすなわち畝丘の樹下にます神なり  ついに佩かせる十握劍を抜き放ち  軻遇突智を斬りて三段に成すや これ各々神と成る』

                  『この子十五のお祝いに 御札を納めに参り申す 行きはこわき 帰りもこわき 我が中こわき 通りたまへ 通りたまへ』

 

 口から零れる息にさえ神気は宿る。前を向く視線すら、指先の動きにすら。

 内向きの渇望を己の内に永久展開するその存在は世界から独立した単細胞生物的構造。人間大の宇宙。後押しを受け、生まれたばかりとはいえその存在の質に限っては既存の三柱に匹敵する。

 

『黄泉比良坂より連れし穢 これ日向橘小門阿波岐原にて禊ぎ これ我が祖なり 荒べ 、荒べ、嵐神の神楽 他に願うものなど何もない』

                               『ナウマク・サマンダボダナン・インダラヤ・ソワカ オン・ハラジャ・ハタエイ・ソワカ』

 

 二人ーーーー否、今ここに新たに新生した二柱は歓喜の哄笑を上げる。互いに共に神域まで昇り詰めたことが嬉しくてたまらない。何故ならばどちらもそういう渇望でここまで来たから。

 

『八雲たつ 出雲八重垣妻籠に 八重垣つくる 其の八重垣を 都牟刈・佐士神・蛇之麁正――神代三剣 もって統べる熱田の颶風 諸余怨敵皆悉摧滅 』

                             『如来常住ーー 一切衆生悉有仏性・常楽我浄・一闡提成仏 ここに帰依したてまつる 成就あれ』

 

           何よりも綺麗な高嶺の華を斬りたい。

 

         惚れた馬鹿が摘みたいと思うような華でありたい。

 

         『ーー太・極ーー』

 

      『神咒神威ーーーー素戔嗚尊・天叢雲剣』

  

      『神咒神威ーーーー帝釈天・嶺上開花』

 

 高嶺の華を斬りたいと願う颶風はそのために己の刃を研ぎ澄まし、高嶺の華は惚れた馬鹿にいつまでも手を伸ばして欲しいからより美しく咲き誇ろうとする。

 

 二つの渇望は二つの宇宙を接続し、二つで一つとなり互いを思い合うことでお互いの神気を高めあう。恐らく遠からず■のバックアップも必要なくなるだろう。そのためにはこれまで以上の神楽を舞う必要がある。

 

 だから、

 

「邪魔なんだよ、お前」

 

「全くよ、人の恋路を邪魔すると龍に喰われて死ぬって、知らないの?」

 

 一夏と鈴はどちらも刀と拳を暴風竜と巨竜へ向ける。白銀の神刀より斬気が溢れ出す。鞘は一夏が太極に至ると同時に風に溶けて消えていた。もはや、必要ないから。代わりがあるから。

 

「ああ、そうだ。今ならわかるよ同じ目線にたった今ならな」

 

「アンタはただ泣いているだけなのね。悲しくて、哀しくて、苦しくて、ただ嘆いているだけ」

 

 二人の声は驚くほど穏やかだった。

 

「ーーーーーiーー」

 

 暴風竜はそんな二人を理解できないという風に眺めていた。

 

「別にそれが悪いとは言わねぇよ。他人の渇望をどうこう言うつもりはないし、俺だって誉められたらものじゃない。渇望なんて我を通してこそだろうしな」

 

「鬱陶しいのよ。悲劇のヒロインだか主人公でも気取ってるわけ? 泣いて祈れば、何かが変わるとでも思ってるの? そんなんで得た奇跡に意味があるって信じてわけ?」

 

 一夏は暴風竜を肯定し、鈴は否定する。なるほどどちらの言い分も間違ってはいない。他人の渇望を否定するなんてよっぽど下衆の渇望でなければできないし、泣いて祈れば叶うような奇跡に意味はない。

 

「けど、な。俺はお前を赦さない」

 

「だから、ね。私はアンタを赦さない」

 

 何故ならば。

 箒を、セシリアを、シャルロットを、ラウラを、本音を、簪、蘭を傷つけたから。

 そして、なにより。

 

「ーーーー人の女に手出してんじゃねぇよ」

 

「ーーーー人の男に手出してんじゃないわよ」

 

 異口同音に同じことを告げていた。

 

「giーー」

 

 鋭さを増した二人の視線に暴風竜は僅かに後ずさる。そう、暴風竜は恐怖を感じていた。

 

「なあ、だからよ。泣いてろよ。嘆いていろよ。お前の悲嘆のなにもかもぶっ斬ってやるから」

 

「来なさいよ。いい女っていうのはそういう悲嘆を乗り越えてこそなれるものだって教えてあげるわ」

 

「ーーーーgiiiーー!」

 

 黙れ、黙れ、黙れ。お前たちに何がわかる。誰かに触れ合っているお前たちが、誰かに愛してもらえるお前たちが。私の何かわかるーー!

 

「Giiyaaーーーーー!」

 

 瞬間、暴風竜から溢れ出す神威が跳ね上がった。例え、暴風竜が偽神とはいえ、神格には変わらない。神格を害するのは神格でなければ不可能だ。

 

 神格は神格でなければ殺せない。

 

「うるせぇ」

 

「黙れ」  

 

 そして、今この時は一夏も鈴も神格だ。ならばこれまでのような一方的な戦闘にはならないし、させない。

 

 ギチリと空気が軋む。殺意が空間に罅を入れ、そして、

 

 

「行くぞぉぉぉっっっ!!」

 

「Giiyaaーーーーーー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「Ilaaaーーーー!」

 

 悲嘆の叫びと共に暴風竜が飛び上がりながら回転する。それに伴い翼から放たれたのは掻き毟りの光弾。一発一発が先日放たれたの悲嘆の掻き毟りと等しい。その時は一夏、鈴、箒、セシリアの四人で拮抗がやっとだったそれが、千を超えて一夏と鈴へ降り注ぐ。

 

「首飛ばしの颶風ーーーー蠅声」

 

 一閃。

 少なくとも一閃したように暴風竜の視覚素子は捉えた。

 にも関わらず、

 

「Gi……………!?」

 

 千にも及ぶ掻き毟りの光弾が全て切り裂かれた。全てがほぼ同時にだ。ただの一閃にて斬られたわけではない。すべての光弾はどれもが斬れられたら角度が異なる。

 

「ーーーースゥーーハァーー」

 

 息を軽く吸って吐いて、

 

「ほら、まだまだ行くぜ」

 

 刀を振る。

 振った瞬間にーーーーー刀身が消えた。刀身が消え鍔のみとなる。だが、それは刃が消え去ったわけではない。刀身は消えても刃はそこにある。

 

 刀という武器が強いのは何故か。

 それは刀という武器が長くて重いから。ある程度長いから間合いがあっても斬れるし、重ければ自重によってさらによく斬れる。もっともだからといって長くて、重いだけの刀が最強なわけがない。刀が長くて、重いということはそれだけ振りにくいということ。強さは時に転じて弱さになる。

 

 だからこそ、一夏は刀身という鞘から更なる刃を抜く。それは颶風の刃。形を持たず、しかしだからこそ既存の刀法則に捕らわれない。それが織斑一夏の魂の刃。

 

 鋼という錘から解き放たれたが故に斬撃の速度は跳ね上がっている。一度風の刀身を振り抜き、振り終わったら再び鋼の刀身へと納刀する。

 また、一々鞘に納刀する必要がなくなったから、斬撃を振り抜いた箇所から再び新たな斬撃を放つことができる。

 

 つまり、鞘から刀を抜いて鞘に納めるのではなく、刀身から風刀を抜いて刀身へと納めるのだ。

 風の刀ならば形がなく、さらには今の一夏は距離すらも斬ることができる。

 

 故に光速を超え神速となった斬撃は掻き毟りの悉くを切り裂くことを可能にした。その斬撃は剣速においてならば既存の全ての神格を凌駕するほど。

 だが、それでも一夏は満足しない。

 

 全てを斬る刀になりたいのではない。求めるのは唯一人を斬ること。なにもかも斬れなくてよくて彼女だけを斬りたいと願うけど、彼女を斬るためには大抵のものを斬れなきゃ届かない。

 その渇望がさらに一夏の神威を高めていく。

 

「ゼァッ!」

 

 またもや暴風竜の視覚素子では一閃としか認識できなかった。にも関わらず、装甲を千を超える颶風の斬撃が切り裂いた。

 

「ーーgiiiーーーー!」

 

 暴風竜を颶風の刃が切り裂かれるその直前。掻き毟りの光弾が断ち切られると同時に巨竜も動いていた。その巨大な尾を一夏へと振り下ろす。小さな島程度なら粉砕する一撃。それを、

 

「はあああっっ!」

 

 真下から鈴が拳を叩き込む。どう見ても、竜尾と鈴の拳それらがぶつかり合えば竜尾が押し勝つだろう。だが、

 

「…………!」

 

 竜尾が跳ね上がった。それだけではなく、鈴が打撃した部分の肉が弾け飛んでいる。その打撃痕が異常だった。鈴が叩き込んだのは確かに拳だった。にも関わらず打撃痕は拳だけではなく、蹴りや手刀、肘、膝、貫手。肉体で可能な全ての攻撃が放たれたの痕があった。

 

「ほら、行くわよ……!」

 

 跳ね上がった竜尾に鈴が飛び乗り、竜の巨大を駆ける。蜷局を巻いた身体を打撃しながら跳躍する。

 

「こんな感じ、かしら……ッ!?」

 

 呟き、打撃する直前に鈴の身体がブレる。拳を突き出す鈴、蹴りを叩き込む鈴、手刀を放つ鈴、肘を打ち出す鈴、膝をぶち込む鈴、貫手を射出する鈴。

 それらの鈴の影が一瞬のみ数十、数百は乱立しーーーーそれらが着弾の瞬間には一つに戻る。

 そしてその攻撃の打撃痕にはそれら全ての痕があった。

 

 それが鈴の能力だ。

 一度無限に己の可能性を広げーーーーその後、それら全てを統合し収斂するのだ。

 可能な限り、平行世界からも攻撃する可能性を一度全て乱立させてからそれらを全て収束する。

 それによりその一撃は攻撃可能な全ての可能性を伴った一撃。

 

 何故ならば彼女は無限の蜃気楼ではなく、高嶺にて唯一咲き誇る至高の華だ。

 

 常に最善の自分でありたいのではない。求めるのは最高の自分。たった一人見てくれればそれでいい。だからこそ、彼に恥じない自分でありたいと願う。彼と向き合うならばなによりも綺麗でありたいから。

 

 その渇望がさらに鈴の神威を高めていく。

  

「崩れ、落ちろぉ!」

 

 巨体を駆け上がって頭部へと至り、拳を叩き込む。鼻面から巨竜の顔面が弾ける。

 無論、巨竜も黙っているわけではなかった。時にその巨体を鈴にぶつけ、さらには爪翼による掻き毟り。それらが鈴を蹂躙せんと迫るが、

 

「届かないわよ」

 

 そう、届かない。

 鈴は高嶺に咲く華だから。高嶺とは高き頂。つまり頂に至れないような生易しい攻撃は届かない。今の鈴に触れるには鈴自身が望むか、鈴の渇望を上回るどちらかでなければならない。そして、巨竜はどちらもできない。

 

「……………!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一夏が展開した斬撃による結界。それはもはや結界と呼べるものではない。一夏の視線に入る存在はことごとくが颶風抜刀に斬り裂かれるのみだ。

 

「く、っはははは」

 

 零れた笑いに宿るのは殺意と剣気だ。常人が聞けばその場で卒倒するような笑い声。そして、この短い笑いの間にも数百、数千の斬撃が放たれる。それは避けられる術を持つ者はここにはいない。もとより神速の神格。およそ攻撃速度に関してなら彼に届く者は存在しない。暴風竜の装甲を斬り裂き、巨竜の身体を蹂躙し、

 

「あはっ、はははっ! まだよ、まだ届かせないわよ、一夏!」

 

 鈴のみは笑い声を上げる。高嶺におき、その上で一夏の斬撃を足りないと断ずる。それ故に斬撃は鈴に触れた瞬間に威力は減衰されその身に大したダメージを与えることは無い。それに対し、一夏は笑みを強くする。

 

「ああ……斬りてぇなぁ。やっぱお前だよなぁ……お前以外、いないんだよぁ!」

 

 暴風竜でも巨竜でなく鈴ただ一人を見据えて一夏は叫ぶ。同時に斬撃の質を変えた。それまでの数をメインにしたものではなく、質を高めた颶風。

 

 十の斬撃を千放つのではなく、千の斬撃を十放つのだ。

 

 そうだ、高嶺の華を斬るのに有象無象の刃なんて必要ない。何よりも鋭く研ぎ澄まされた刃でなければならない。

 ああ、だから己を研いで、自らを全てを斬れる刃とするのだ。

 

 放たれたのは十閃だが文字通り、千倍の神威が込められた颶風だ。それらは全てが鈴へと向けられている。

 

「ぐっ、ああ……!」

 

 届いたのは十の内二。右のわき腹と左の肩から血が噴出する。それの一滴ずつが一つの天体に匹敵する規模を持つ。そんな己からこぼれる血を見て、

 

「はっ、あははははっ! まだっまだぁ!」

 

 大気を踏みしめる。大気を足場とした超震脚。それも空間に亀裂が入るほどの規模。まさしく高嶺の領域から振り下ろされた一撃。 

 

「-------iigiiーーー!」

 

「がぁ……!」

 

 暴風竜にも一夏にも等しく亀裂を入れる。こと防御力に限ってはどちらもそれほどの強度をもたない。二柱とも攻撃力に特化しているのだ。暴風竜は装甲の回復が追いつかないほどに破砕され、一夏も身体中の骨が砕かれ、体中から血飛沫があがる。

 

 それでも、

 

「は、ははははは」

 

 一夏の笑みは止まらなかった。

 だって斬れないから。先に放った斬撃は間違いなくそれまで最高の自負があった。なのに届かない、あの華を斬りつくせない。今こうして神格の領域にまで達したのにも関わらずあの高嶺は高嶺で在り続けているから。

 

「はははは……ああ、ほんとに。お前と会えてよかった」

 

 その想いが、愛が、一夏をさらなる高みへと押し上げる。そして再び、さらなる斬撃。

 数は十、しかし込められた神威は先の十閃をはるかに上回る。大気どころか空間を斬り裂く神速の刃。巨竜の尾を輪切りにし、暴風竜の右肩から腹まで開かせながら鈴をと向かう。

 

「ふ、ふふふふふ」

 

 鈴の笑みも止まらない。

 だって一夏が自分のことを斬ろうとしてくれるから。自分の届かせるために刃を研ぎあげているから。馬鹿みたいに、愚直に自分という華をしている。飾り気のない無骨な刃でいてくれるから。

 

「ふふふふ……ええ、そうね。私も、あんたと会えてよかった」

 

 その想いが、愛が、鈴をさらなる高みへと押し上げる。そして斬撃に対して拳を叩き込むのだ。

 拳を振りかぶった瞬間に可能性が無限大に分岐し、斬撃を迎撃する全ての鈴が生まれて、一つに集束する。

 

 

「ぜあああああああっっ!!」

 

「だあああああああっっ!!」 

 

 颶風と高嶺の神威が激突し、余波で世界が軋む。形を持たぬはずの刃が粉砕され、鈴の腕が肩まで裂かれる。それでも。

 

「はははははははははははは!!」

「はははははははははははは!!」

 

 愛してる。

 

「ああ、そうだ」

「ええ、そうよ」

 

 愛してる。

 

「ぶった斬ってやる」

「届かせないわ」

 

 愛してるーーーー

 

「殺したいほど、愛してるっ!」

「殺したいほど、愛してるっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「iーーgiーーiiーー」

 

 目の前、自らを置き去りにして行われる神楽に暴風竜は声を漏らす。いや、それははたして本当に暴風竜だったのか。込められていたのは悲嘆だけでは無かった。それまでもようにただ悲嘆を垂れ流しているのではない。

 

「----」

 

 そこに込められていたのは確かなーーーー羨望だ。

 羨ましいと、妬ましいと。互いに刻みあう二人への嫉妬。互いに自分の感情を余すことなくぶつけあってる二人が、意思と渇望と魂を貫いている二人が羨ましい。

 暴風竜の本体とも言える神格『■■■■■■』からさらなる渇望が流れ込む。

 その嫉妬が、焦がれの感情が。

 

 

 

「ーーーーーーGiiyaaaaaaaaaaaーーーーー!!!!!」

 

 

 

 暴風竜と巨竜の傷の全てを癒しきり、さらなる神威を宿して再臨する。

 

「へぇ」

 

「やるじゃない」

 

 それでも、一夏と鈴の二人は揺るがなかった。

 

「俺は刃だ」

 

 そうだ、織斑一夏は颶風の刃。颶風と斬撃の二重概念。なによりも早くフツと斬る神速の一刀なのだ。

 

「斬ることだけを求め続けたから、それだけは絶対に負けられない!」

 

 放たれる神速の颶風。それらを暴風竜が全て防ぐことはできない。斬撃を身に受けながら暴風竜は距離を取る。先ほどまでに無残に切り刻まれることはなく、その身は健在だ。今の一夏に距離という概念は意味がない。だが、暴風竜には意味がある。

 

「ーーiyaaーー」

 

 剣砲の柄を一夏へと構える。柄から光の仮想砲身が生まれた。それは昨日一夏たちを落とした悲嘆の掻き毟り。剣砲から伝わる神威はそれまでとは比べものにならないほどだ。

 

 それに対して一夏は静かに刀を構える。恐れも焦りもない。なぜなら悲嘆はすでになんども斬っているから。一度斬った以上、いくら規模が変わろうと斬れない道理はないのだ。

 

『神の御息は我が息、我が息は神の御息なり。 御息をもって吹けば穢れは在らじ、残らじ、 阿那清々し――』

 

 祝詞を上げたと同時に剣砲から赤の掻き毟りが放たれた。それでも一夏に動揺はない。

 一夏、鈴、そして巨竜の動きすら用い、視線と身体の動きにより数百、或いは千に及ぶまでの死角を生み出す。

 生命である以上、必ず存在する死角。それらを一夏は生み出していた。

 

 

『早馳風――御言の伊吹』

 

 

 生み出した死角悉くから斬撃が発生し、暴風竜を切り刻む。それは極限域の視線誘導と体捌きによる乱撃技。千にも及ぶ斬撃の全てから死角から放たれるが故に回避は不可能。遍く剣士が夢見る天地史上最高の剣。

 放たれたら最後、対象は己の世界が獣に食い荒らされたような斬撃を受けるのだ。

 それは掻き毟りにさえも及び、掻き毟りの砲撃は内側から切り刻まれ、暴風竜ももはや修復不可能なまでに切り刻まれた。

 

 そして、

 

「じゃあな、特に言うことはない」

 

 止めとなる断刀の一閃が暴風竜の首を切り落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 再生した山一つ分の大きさもある巨竜。鈴は縦横無尽に巨竜の身体を駆け巡る。

 

「いい加減、うっとおしいのよ!」

 

 収斂された可能性を叩き込みながら鈴は叫ぶ。

 

「泣いてたってなにも変わらないわよ! 泣いてから、どうするかっていうのが大事なことでしょうが! 悲劇のヒロイン気取ってムカつくのよ!」

 

「………………!!!」

 

 鈴の言葉に憤るように巨竜が体を揺らす。だが、鈴の動きは止まらない。

 

「泣いてる暇が会ったらできることしなさい! 今時のヒロインっていうのはね……男引っ張って当たり前なのよッ!」

 

 一際高く鈴が跳躍した。巨竜の頭上。そして、空中を蹴る。

 

 

『太ー宝ー楼ー閣!』

 

 

 右の拳に莫大な神気が宿る。ありとあらゆる可能性が一瞬のうちに乱立し、その全てがその一撃へと収束する。

 それは遥か高みから振り下ろされる拳。

 

 

『善住陀羅尼ーーー!』

 

 

 それは所謂浸透勁の極限域。本来ならば任意の箇所に莫大な衝撃を叩き込むという技だが、可能性を収斂により衝撃を打ち込めるありとあらゆる箇所に同時に打ち込むという技に昇華されている。

 つまりどこにでも打ち込める衝撃ならば対象の全てへと打ち込めるということだ。

 ぶち込んだ。

 

「……………!!!!」

 

 莫大な衝撃により巨竜の巨体が弾けた。

 そして、残ったのは呻きを上げることしかできない頭部。唯一消えず、しかし顔面にはそれまでの面影がなくなったそれに、

 

「もうちょっと見栄張って生きなさいよ。いい女ならさ」

 

 再び莫大な神気を宿した拳が叩き込まれ、今度こそ消え去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暴風竜と巨竜が光の粒子となって消え去った直後、二人の意識からそれらは完全に消えた。

 事実、未だ残る光の残滓には目もくれなかった。二人が見ていたのはお互いだ。

 

「ーーーー」

 

「ーーーー」

 

 その刹那に放たれた間違いなく過去最高の一閃と一撃だった。真実、渇望にのみによって構成された神威の一閃と一撃。

 それが、お互いしか見えていない二人の愛の形だ。

 

 そして、その一閃が鈴の首を。

 そして、その一撃が一夏の心臓を。

 

 それぞれ断ち切り、穿ち抜くーーーーーその直前。

 

「…………な?」

 

「…………え?」

 

 二人に宿っていた神威。その全てが霧散した。二柱は二人へと戻り、神格から人間に還ったのだ。

 

 

 

 

 



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第弐拾弐話

推奨BGM:吐菩加身依美多女


 夜の潮風が一夏の頬を撫でる。満月の下、水着姿の一夏は岩場の上に腰掛けていた。彼の髪が濡れているのは先程まで泳いでいたからだろうか。

 

「…………」

 

 濡れた前髪の間から水平線を見つめる瞳は遠い。

 想うことは、今朝の戦闘だ。

  

 暴風竜との戦いが終わりもうかなりの時間が経っていた。あの後、千冬たちIS学園たちの教員が負傷した箒たちを搬送していった。一夏と鈴は怪我などは無かったが、皆はかなり重傷だったらしい。もっともすでに回復しているが。

 

 それよりも。いや、そのことも大事だけが、今の一夏にはもっと気になることがあった。

 

「あの感覚は……」

 

 新たな生命へと生まれ変わっような感覚。人の領域を超えて遥か高みへと疾走していのだ。 事実あの時身を包んだ万能感と光速抜刀をさらに超えた神速の颶風抜刀。それまで手も足も出なかった暴風竜を終始圧倒していた。

 そこまで至った切欠。それは、

 

「あの時の………あの声……」

 

 あの真っ白な砂浜で出逢った声。自分の背中を後押ししてくれた声。

 無垢な声だった。どこか幼くて、それでいて母性を感じるようだった。どこかでーーーー聞いたことがあるような、いや、感じたことがあるような温もりだったのだ。

 

「そう、どこかで……。どこかで感じているような」

 

 記憶を思い起こす。出来る限り、記憶にある限りを。いつどこで感じていたのか。思い出さなきゃいけない気がしたのだ。彼女にあった以上、忘れたままなのはいけないのだ。例え、一夏自身が知っていることが僅かだともしても、それでもーーーー

 

 

 

 

 

 

「…………一夏?」

 

 

 

 

 

 

「!」

 

 背後からかけられたら声に振り返る。思考は完全に途切れた。

 

「なにしてんのよ、こんなところで」

 

「え、あ、ああ。なんでもない」

 

 再び前を向いて、隣に座ってきた彼女に声をかける。茶のツインテールにオレンジ色のタンキニタイプの水着。しなやかな猫を思わせる体躯とつり目。

 

「お前こそ、どうしたんだよ、鈴」

 

「別に、私もなんでもないわよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「他の皆はどうした?」

 

「箒の誕生日会よ。旅館の大広間でどんちゃん騒ぎしてるわ」

 

「ああ、そうか……」

 

 そういば、今日は箒の誕生日だ。暴風竜相手にしていたせいでスッポリと頭から抜け落ちていた。プレゼントもなにも用意していない。怒られるだろうか、束に。

 

「あんた、宴会始まる前にさっさと抜け出したんでしょ? 私探してたのに中々見つかんなかったし」

 

「ああ、悪い。さっきまで泳いでたんたよ」

 

「元気ね、というか、身体大丈夫なの? 腹に風穴開いて意識不明だったのに」

 

「ああ、よくわかんないけど。なんか全部治ってた。てか、俺的には腹刺されて、千冬姉たちが来てくれてから意識無くして気づいたらあの砂浜だったんだよなぁ」

 

 我ながら濃い。

 

「………あれ、なんだったのかしら」

 

「さあな、千冬姉か束さんならなんか知ってるだろうけど、教えてくれないだろうな」

 

 暴風竜を倒して、帰ってきても千冬も束も怪我を心配するだけで、特になにも無かった。そう、何一つ言われなかった。それが一夏には不思議だった。

 あの領域に至って初めて理解した。あれが織斑千冬と篠ノ之束がいる位階なのだ。一夏は二人のことを存在のレベルが違うと想っていたがまさしくそういうことだったのだ。

 

「いや、でも俺や鈴とは少し違うか……」

 

 あの時の一夏と鈴は己の渇望により存在が完結していた。それは己の内側へと祈りが向かっていたから。

 だが、多分あの二人は違う。

 祈りが外側に向かっている、とでも言うのか。自分たちのように己だけとして独立するのではなく、他を引き連れ、率いる覇者の祈り。

 一夏と鈴が求道というならば、千冬と束は覇道とでもいうのか。

 一夏たちとは別物だ。その渇望も、深度も、強さも。

 

「……一夏? ちょっと一夏? どうしたのよ」

 

「ん、ああ、どうした?」

 

「どうしたって、あんたが話しかけても反応しないからでしょうが。そっちこそどうしたのよ」

 

「いや……なんでもない。鈴こそ、どうかしたのか?」

 

「えっ、あ、いやそうね……」

 

 なぜだが鈴の顔が真っ赤になった。月明かりしかないのにわかるくらいはっきりと。

 

「えっーと」

 

「ん?」

 

 人差し指を突き合わせていて、目が物凄く泳いでいた。なんか汗もやたらかいているし。

 

「今朝の戦いで、さ……その、アンタ言ってなかった?」

 

「そりゃいろいろ言ったけど、なにをだ?」 

 

「だから、その…………れの、おん…………が、どう、だとか………」

 

「は?」

 

 どうしたんだろう。完全にらしくない。いつもサバサバしている鈴がこんなふうに言葉を詰めるのはかなり珍しい。

 

「だから……その、……………のがって、言ってた、じゃない?」

 

「………? 悪い。聞こえなかった。もっとはっきり頼む」

 

「だからっ!」

 

 顔を真っ赤にした鈴が身を乗り出して叫ぶ。

 

 

 

「あ、あんた私のこと自分の女とか、ほかにもいろいろ言ってたけど、あれどういうつもりよ!」

 

 

「…………………」

 

 一夏の意識が一瞬とんだ。超高速で、多分今だけは神速で記憶を巻き戻す。言っていただろうか。あの時はなんというかテンションマックスだったからいろいろ叫んでいたような気がする。超神速で思い出して、

 

『ーーーー人の女に手出してんじゃねえ』

 

『お前と会えてよかった』

 

『殺したいほど愛してるっ!』

 

 めちゃ言っていた。

 頬が一瞬で熱くなる。顔が真っ赤なのが自分でもわかった。その場の勢いで物凄いことを言っていた。

 

「あ、いや、………なんていうか」

 

「なによ……はっきりしなさいよ」

 

 いや、まてまて。とりあえず、上目つかいで涙を浮かべないでほしい。あと足モジモジしないでくれ。なんかほんといろいろつらい。

 

「その、だな……あれは」

 

 口が上手く回らない。ていうか、今さらだけど近い。一夏と鈴の間の距離は数センチのみだ。お互いの体温がモロに伝わってくる。それだけじゃない。潮風に混じって鈴の髪とか身体からいい匂いがして頭がぼーっとしてくる。

 

「つまり……えーっと」

 

「うん……」 

 

「あー……」

 

「……………」

 

 だから、頬を染めるな上目つかいするなモジモジするな。可愛すぎてなにも言えなくなる。

 だが、それを鈴は一夏が答えに迷っているのかと感じたらしい。それか間に耐えられなくなったのだろうか。

 

「だー! 焦れったいわね!」

 

「うわ!」

 

 横から抱きつかれて押し倒される。同時に岩場から滑り落ちた。

 

「うが!」

 

 背中から地面に落ちる。下が砂だったからよかったが岩だつたら大怪我だ。

 だが、一夏にそんな思考は働かなかった。背中から落ちた次の瞬間には、

 

「んぐ!」

 

 唇に柔らかい湿った感触。鼻孔をくすぐる甘い香り。そして驚きで見開いた目の前には、

 

「……ん、ふぅ、んん……」

 

 息を漏らす鈴。

 キス。

 一夏は鈴にキスされているのだ。押し倒されながら、唇を押しつけられている。

 それは数秒だけ続いて離される。

 

「…………ぷはぁ」

 

「…………」

 

 離されたといっても未だ、間の距離は数センチ程度だ。互いの吐息が交わる。

 

「……もう離さないわよ」

 

「鈴……?」

 

「私は、あんたしか見えないから。あんたじゃないとダメなのよ。私はあんたに触れてほしいから高嶺に咲きたいのよ」

 

 こつん、と鈴が一夏の額に自分の額を下ろす。文字通り目と鼻の先。

 

「私、聞いたから。私はあんたの女なんでしょ? 今更違うだなんて言わせない。言ったらぶっ殺してやるんだから」

 

「……それは、怖いな」

 

「でしょ?」

 

 二人とも小さく笑う。

 

「私、あんたが好きよ。あんたみたいな馬鹿がね。刀ばっかり振って斬ることしか考えていない人格破綻者だけどさ……でも、そんなあんたが好き」

 

「俺は………………っ」

 

「ふん………ん、あ……」 

 

 言葉を重ねようとして、また唇を重ねられたら。

 

「ん……ふぅん……ちゅっ」

 

「ん……!?」

 

 それも今度はただ重ねるだけではない。鈴が一夏の唇をこじ開けて舌を差し込む。

 鈴の小さな舌が一夏の舌とが絡み合う。

 

「ふぁあ……んん、あうん………」

 

 砂浜に水音が響く。

 

「……ちゅっ……ふぁっ………………ん」

 

 離れる二人の唇の間に唾液の橋が出来る。それを視界に納めつつも、

 

「………俺、まだ何にも言ってないぜ?」

 

「それは、その……なんか聞くの怖いじゃない」

 

「なんだそれ」

 

 舌まで入れてきて、怖いとか目を逸らすとかおかしいだろう。

 その様子を見て一夏の腹は決まった。いや、再確認と言ったほうがいいだろうか。昔からそうだったのだ。きっと初めて会った時からそういうことで、あの日の黄昏の約束の時からその想いは強くなっていたのだ。

 

「鈴」

 

「なによ……っんん!」

 

 今度は一夏から鈴の唇を奪った。顔を上げた拍子に歯がぶつかったがそれでも舌を差し込む。

 

「んふぅ……ちゅっ……ふわぁ」

 

 鈴の舌に絡み、歯茎を舐める。

 頭が回らなくなってきて、衝動のみで舌を動かしていた。

 

「ん………」

 

 時間としてはそれほど長くなかったけど、心臓が痛いほど鳴っていた。それは鈴も同じだと思う。

 鈴の肩に触れて軽く押して起き上がる。鈴をさっきまで座っていた岩場に押し付けた。

 

「あ……」

 

「俺は、そうだな。お前を斬りたい。お前だけを斬りたい。こんなことを思うのは間違いなくお前だけだよ」

 

 歪な、愛と言えるかどうかも分からない。イかれているし、狂っているだろう。それでも、恥じることはないと、一夏は思う。

 だから、一夏は言う。

 

「ーーーー俺は、お前が好きだよ」

 

 そうだ、殺したいほど愛してる。誰かに殺されるくらいなら俺が殺したい。

 同時に、殺されてもいいと思えるほど愛しているのだ。

 

「いち、か」

 

 鈴の両目が大きく見開かれる。

 それも可愛いと感じた。 

 

「……………っ」

 

 感極まったように鈴から涙が零れる。

 それが嬉し涙だってことはいくら鈍い一夏でも分かった。

 嬉し泣きの涙は留めなく流れる。

 

「ちょ……止まらないじゃない、これ……どうしてくれるのよ、あんたのせいなん、だからね」

 

 強がるように上目つかいで睨んできた。

 

「責任、取りなさいよっ」

 

 プツンと何かがいった。なにか、ではなくて。それは一夏の理性がぶち切れる音だった。

 

「ああ、いいぜ」

 

「え……?」

 

「だって、お前俺の女なんだからな。俺だって、お前を離さないぜ。…………いいよな?」

 

 一夏の宣言に鈴はさらに顔を赤く染めて、

 

「………うん」

 

 コクンと、頷いた。

 その仕草に思わず、

 

「……お前、可愛いすぎ」

 

「え………んひゃあ!」

 

 一夏が首すじを舐めた。舐めるだけでなく吸う。

 

「んん……ちょ、い、いちかぁ」

 

 甘い吐息が一夏の衝動を後押しし、

 

「その………優しく、してよぉ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うひゃーうわー。いっくんすごっ。いつの間にか男の子になってたんだねー」

 

「……………」

 

「わーいっくん積極的ー。ひゃー………ってどうしたの? ちーちゃん?」

 

「あのな、束。いいか、よく聞け?」

 

 月明かりの下、束は岬の柵から身を乗り出して、千冬は背中を預けていた。

 

「なにが悲しくて弟と妹分の情事を覗かねばならんのだ……!」

 

「まあ、独り身には辛いよねー」

 

「お前もだろうが」

 

 体を震わせる千冬に束が遠い目をする。

 千冬も束も二十代半ばにして、恋愛経験ゼロである。

 もっともそれを本人にいうとガチで殺されかけるのだが。

 

「んで、どう? ちーちゃん、身体」

 

「まあ、なんとかな。一応問題ない。正直、思ってたより負担は軽いさ」

 

「気をつけてね。……私とちーちゃんは自分の力を使えば使うほど消耗するんだからね」

 

「わかってるさ。この世界(ここ)アイツ(・・・)の世界だからな。アイツのおかけでこうやって話せているんだ。私たちが自分を流れ出すわけにはいかない」

 

「だね、■■■■■がいなかったら私たちはこうして話すことは出来なかったわけだし。ただ存在するだけで(・・・・・・・・・)消耗する(・・・・)っていうのも案外安いよねぇ」

 

「全くだ」

 

 二人とも柔らかく微笑む。

 それは掛け値なく愛と母性に満ちた微笑みだった。

 そう、まるで娘の自慢話をしていたかのようだった。

 

「だが、■■■も動きだした。いや、戻ってきたかと言うべきか」

 

 微笑みが一転して鋭さを得て、口元が堅く結ばれる。

 

二年間(・・・)か…………。長いというべき、短いというべきか。まあ、完全に傷を癒しきったわけでもない」

 

「多分、もう少し猶予はあると思うよ……ただ、それが」

 

「あいつらの成長に間に合うかどうか、か。一夏と鈴は一度至ったから、遠からず再び至れるだろう。他もまあ遠からず行くべき領域へと行けるだろうな。だが……」

 

「箒ちゃんなら大丈夫。絶対に。私の、魂に掛けて堕ちさせはしないよ」

 

「ーーーーそうか」

 

「うん」

 

 もはや語ることはなかった。二人はそれだけで通じあっていたから。

 

 そして、

 

「だから束、覗きはやめてやれ」

 

「えーー」

 

 

 

 

 



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夏休み編第壱話

 

 

 

 

 

 

シャルロットの日記

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏休み初日

 

 いろいろあった臨海学校も終わって、夏休みになりました。大けがを負った僕たちもすっかり回復。これからはじまるひと夏のアバンチュールを楽しもうと思っています。ちなみにこの夏はフランスに帰ったりしませんでした。別に大した理由もないけれど、今後のことを考えるとこっちで修行でもしようかなと。だからこそ、今こうして、日記を付けているわけで。年末には一回帰ろうと思うので、その時パパとママたちに話すためにまとめているわけです。

 

 とりあえず、書き始めだし普通のことから書いておこう思う。まずはルームメイトのラウラ・ボーデヴィッヒのことを少し。綺麗な銀髪にゾッとするような金眼赤眼のオッドアイ。筋金入りのガチガチの軍人の女の子。もっとも、確かに眼帯が怖いイメージを醸し出しているけど案外ユーモアが通じて話していておもしろかったする。

 

 そんな彼女に関して、よくクラスで聞かれるのだけれど。別にラウラは早起きというわけではない。なんだか軍人というイメージが先行して、皆彼女が毎朝四時とかから起きて訓練でもしていると思い込みがちだが、まったくそんなことは無い。寝れるときに寝るというのが彼女のスタンスだ。

 

 こんなことがあった。

 

 少し前の夜にラウラが明日は六時に起きるって言ってことがあった。別にそれ自体は大したことでもなかったけど、とりあえず、次の日僕自身は六時数分前に起きた。数分前といっても、寝ぼけ眼で見た時計の針はほとんど六時。数分どころか数秒で六時になるところだった。寝ているラウラに手を伸ばし、起こそうとした瞬間、時計の針が六時を指して、

 

 パッチリとラウラの目が開いた。

 

 六時〇〇分〇〇秒〇〇きっかりに両目をカッ!と開いた。

 

 ぶっちゃけるとちょっと怖かった。叫ばなかった自分はエライと思う。ニンジャとしての精神訓練の賜物だった。なまじお人形みたいな顔をしているので余計恐怖だった。

 

 思い出したら怖くなってきたからここで書くのを止めようと思う。初日にしてはそこそこ書いたと思うし。後はこれを毎日続ければいいのだ。

 

 

 

 追記

 ラウラといえば、もう一つ。毎朝毎昼毎夜ひたすら牛乳を飲んでいるのはなんなのだろうか。体の為とかじゃなくて異様な執着を感じる。なんでも織斑先生並みに尊敬する英雄に対するリスペクトだとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏休み八日目

 

 

 

 

 

 

 いや、別にサボっていたわけじゃあなかった。ただ、この七日間書くに書けない理由があったんだよ。とはいうものの、初日に書いたラウラのこと。実は彼女も日記を付けていたんだよ。日記と言うか、日誌。というか……記録? なんというか、最近は電子媒体、パソコンとかが多いわけで、僕みたいな紙に書くのは減っていたりする。といってもまぁ半々くらいなわけだけど。

 なのにだ。ラウラ。あの子はホントにすごかった。

 文字通り紙。紙というかコピー用紙みたいな、始末書みたいな感じでその日あったことをズラーと書いてる。マジで始末書みたいなんだよ。いやほんとに。その日あったことを事細やかに正確に、分刻みで書いてるんだよ。だから、記録。なんなんだろうねあの子。ラウラ自身は真面目にやってるんだろうけど、机に向かって白紙に向かってものすごい速記で定規も使わずに細かい字を狂いなく書いてる絵は中々怖い。なるべく見ないように心がけたい。見てると書く気が失せるし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏休み十日目

 

 早くも日記というものが面倒臭くなってきた。とはいうものの、ここ最近は修行で忙しい。先日の福音との戦闘で圧倒的な格差をみせつけられて不甲斐ない思いをしたのは記憶に新しい。さすがにあれは悔しかった、だからこそ、僕たちは誰も故郷に帰ったりせずに、修業三味だ。やることはただひたすらに模擬戦。勿論模擬戦といっても命掛けで、下手したら死ぬレベル。致命傷はわりかし当り前のレベルだ。それくらいしないと足りない。幸い、ほとんどの怪我は本音が治療してくれるから、無理はしやすい。腕の一本くらいならすぐにくっつけられるのはすごい。特に一夏や箒はすぐに腕とか足とか斬り飛ばすから止めてほしい。代わりに全身苦無でハチの巣にしてやるけど。ここ最近の一夏と鈴、そして箒には間を開けられているから悔しいものがある。それは僕だけじゃなく、ラウラやセシリア、蘭ちゃんも同じらしい。結構皆で突っかかったりする。ただ、あの殺し愛夫婦がタッグ組むとやたら強いから余計に腹立たしい。

 

 そういえば、模擬戦でISアリーナボロクソにしてるのに、次の日には治ってるから不思議な今日この頃。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏休み十八日目。

 

 夜、大浴場からの帰りに変な物体を見つけた。とりあえず、気配を消して天井から観察してみた。水色と白の物体。というか簪だった。どういうわけか、寮の廊下にぶっ倒れていたのだ。その、なんというか、彼女の名誉の為にあえて表現をぼかすけど、……少し、臭ったのだ。確か、簪は夏休み始まってから即引きこもっていたような。本音がそんなことをぼやいていた。模擬戦の時は自室からの映像オンリーだったし。よく見れば、髪は枝毛だらけのぼさぼさで、肌も潤いがない。女の子としてどうかと思う様子だ。正直どう扱うか迷った。ぶっちゃけ、めんどくさいのだ。たまになに言ってるかよくわからないし。忍術に関してなら一緒に熱く語れるんだけど。関係ない話に飛ぶと付いていけない。

 

 困っていたら本音が表れた。

 

 仕方なさそうに溜息をつきながら、大浴場の方向へ引きずって行った。文字通りに足掴んで引きずっているので、簪が変なうめき声を上げていた。扱いが何気に酷い。

 

 ついでに言えば、物影でこっそりその様子を覗き見していたのはだれだったのだろうか。簪に良く似てたけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏休み二十三日目

 

 簪に遊びに誘われた。

 コミケ、というのに行った。

 

 真のヴァルハラがそこにあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏休み二十九日目

 

 いい加減書くことがなくなってきた。修行しかしてない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏休み三十日目

 

 そんなことを思っていたのは僕だけじゃなかったらしく、皆でプールに行くことにした。それはよかったのだけど人ごみに出るのを嫌がった簪と箒、そして簪に味方についた本音とプール行きたい組で軽く戦争になった。ヒートアップしかけたら織斑先生が現れて、やむなく、大富豪による戦いとなったんだけど、そこからが大変だった。

 

 中立の立場のラウラが一番最初の負けて、むくれちゃったのだ。なので、もう一回と続けていたら、そこは負けず嫌いが多い面子だから、気付けば大ゲーム大会になってた。

 UNO、スピード、ババ抜き、ジジ抜き、神経衰弱。名前もよく知らないゲームとかいろいろ。

 楽しかった。こういうのもありだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏休み最終日

 

 

 明日から学校だ。結構楽しみ。夏休みが終われば、文化祭はすぐ。ものすごく楽しみ。ウチのクラスは何をやるんだろうか。わくわくがとまらなかったりする。

 

 振り返ってみれば夏休みはほんと有意義なものだった。

 日記に書いた通り、ほとんど修行だったけどたまに遊んだりしたし。

 勿論、ここに書いていないこともいろいろあった。それを語るのは別の機会、あるいは別の口から語られると思う。

 

 

 だから、今この瞬間。この守りたい日常。皆でいろいろ馬鹿やってると言う刹那。それを何よりも大事にしたと思う。

 

 以上、シャルロットの夏休みでした!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 追記

 

 僕は後にこの夏休みのことを何よりも大事な記憶として忘れないこととなる。

 

 何故ならば、この夏休み、そしてそれからの文化祭を始まりとして。

 

 

 

 

 

 

 

 僕たちは------

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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夏休み編第弐話

篠ノ之箒は他人から注目されるのは嫌いだ。

 

「……」

 

 だがそれでも、得てして注目を集めることがあるだろう。

 今この瞬間のように、ついうっかり食堂でセラミック製のコップを音を立てて割ってしまった時とか。

 手の中に細かい破片が散らばる。一つ一つは小さく鋭い。普通ならば手を傷つけてしまうだろうがそれでも彼女の手に傷はない。

 同時に周囲を見回せば、やはり他の生徒は自分を見ている。夏休みということもあってか普段よりも生徒が少ないから余計に音が響いた。皆が心配そうに見てくれるがそれでも、注目されるのは好きではない。

 

「…………はぁ」

 

 溜息をつく。幸せが云々などは勿論気にしていない。

 手にしたセラミック製のコップの残骸。頭が痛いのはコレが最初ではないということだ。今は夏休みのお盆の終わりかけ。この時点ですでにコップは十数個。箸は二十組以上。自分の文房具は数えきれないし、自室のドアも数回壊している。

 

「あんた、また? 相変わらずの馬鹿力ね」

 

 目の前にてあっけからんと鈴が言って来る。相も変わらず、歯に衣を着せぬ物言いだ。ラーメンをすすりながら、やれやれと首を振っているが不思議と嫌な感じはしないのだけれど。というか、鈴だって同じことができるだろう。

 

「ああ……すまんな」

 

「大丈夫ですの? 怪我は……」

 

「ああ、大丈夫だ」

 

「気をつけろよ、お前昔から不器用なんだから」

 

「うるさい、お前に言われたくないぞ」

 

 心配してくれるセシリアや悪意を欠片もないがそれでも嫌味のようなことを一夏と言葉を交わしながら、食べ終わった朝食のお盆と共に流し場へと運ぶ。歩いて行く間にも何人かの女生徒心配そうに声を掛けてくれてそれに応えながら考えるのは自分の身体のことだ。

 

 夏休み前、臨海学校においての暴風竜との死闘。そのおり、箒は一時的とはいえ暴風竜と相対した。巨竜の攻撃を一夏と鈴に繋ぐまで凌ぎ続けたのだ。

 そして、その代償が今のこの過剰な身体能力だ。

 コップやらなんやらが割れるのは当たり前ながら力が強すぎるから。そして問題なのはその強すぎる力を箒は未だもてあましているのだ。

 

 

 箒の能力は上書き能力といえるもの。

 

 

 大太刀『朱斗』から掬いあげた命の燃料とでもいえる朱の波動。それを全身に浸透させ肉体を強化させる。それが基本的な箒の異能だ。使い方によっては他種の異能は無効化できる……らしいのだが、箒自身は出来た事は無く、千冬が使ったことを見たことがあるだけだなのだが。

  

 重要なのは、元の箒のステータスに上書きしているということだ。つまり一度朱の波動を掬いあげて肉体を強化すると、強化したまま戻せないのだ。一方通行、一度きりの強化。

 

あるいは書き換え能力と言ってもいいだろうか。存在そのものを人間から別の者に書き換えているのだから。

 

 砕けたコップや食べ終わった食器を預けて、一夏たちに軽く手を振って自室へ。

 ルームメイトの鷹月静寐は帰郷しているので今は部屋に一人で、箒としてはそれは嬉しい----わけではないが、素直に有難い。正直、今他人とルームシェアしている余裕はないのだから。

 ベッドにうつ伏せに倒れ込みながら息を大きく吐き、それまで張り詰めていた気を緩める。なにかが変わったというよりも戻ったような感覚を覚えた。体を転がし、仰向けになりながら右手を掲げる。

 そして見えたのは、

 

「…………」

 

 赤褐色に染まる腕だった。肌色とか小麦色とかの普通ではありえない腕だ。爪は黒いし、鋭く尖っている。赤褐色の色は肩まで広がっており、今は目に見えぬが、顔半分も同じような色だろう。右目に至っては瞳は紅くなり、白眼の部分は黒くなっている。

  

 それが書き換え能力の分り易すぎる代償だった。

 

 暴風竜戦後に真っ先に束が処置してくれたから、意識の切り替えで隠せるからまだましなのだが。

 

 やはりどうにも過剰な身体能力が困る。最近少しましになったとはいえ完全制御に至るにはもう少し時間が掛るだろう。

 

「夏休み中には慣れなければな…………ん?」

 

 ふとカレンダーを見てなにかが引っかかった。なんとなく忘れているような事があった気がしたのだ。

 

「んー」

 

 カレンダーを凝視。良く見れば、今日の日付の所に何書かれていて。

 

「あ」

 

 すぐさま飛び起きた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全身を巫女服に包み、頭には金の飾り、唇には紅を塗り、両手に篠ノ之神社の御神刀と扇を手にしてる自分を鏡で見て、大きくため息を付く。思い切り忘れていたが、今日は箒の生家である篠ノ之神社の祭りの日だったのだ。祭りというだけなら別に箒は動く気はなかったのだが、生家の祭りで在る以上は箒にも役目がある。

 

 それが舞いの奉納だった。

 

 舞いは鈴の領分だろうと思うが、まあしょうがないと割り切る。それでも大勢の目にさらされると言うのは憂鬱だ。

 

 自分の役目に気付いてからすぐに飛び出したからIS学園の連中はまず来ないだろうからまだましなのだが。とりあえず、出店にはで掛けずに神社にこもっていた。禊をしてからはぼっーとしていたが、気付けばもう時間が迫っている。

 

「憂鬱だ……」

 

 やっぱり帰ろうかなと思う。

 だが、

 

「箒ちゃーん、出番よー」

 

「…………」

 

 間延びした箒の叔母の声が聞こえた。さすがに逃げられなさそうだった。

 箒の叔母である雪子に案内されて、舞いの舞台へ向かう。神社の本殿の正面に設置された舞いの舞台は本殿側からは向こうは見えないがかなりの人数の観客がいるのがわかり、また憂鬱になる。

 

「…………すぅ」

 

 小さく息を吸い、いい加減覚悟を決めに行く。そうでないと逃亡しそうだ。舞いそのものは正確に記憶している。あとはそれをなぞればいいだけだ。

 

 

 そして、目を伏せながら舞台に上がりきり、

 

 

 

 

「………………………え」

 

 

 

 

 その瞬間、箒の思考は完全に止まった。

 なぜならば、

 

 

 

「おーい箒頑張れよー!」

 

「ほらっ、股力入れて舞いなさい! それがコツよ!」

 

「ちょ、鈴さんそんなことを大きな声でいうのははしたないですわよ」

 

 まず目に入ったのは、舞台の正面に陣取る一夏、鈴、セシリアだ。それぞれ、白、オレンジ、青の浴衣姿で一夏と鈴は片手に屋台で買ったらしきイカ焼きやら焼きそば、ワタアメなんかをもっている。てか、開いてる腕を組むのやめてほしい。セシリアは横の二人に仕方なさそうにしながらも声援を送ってくる。さすがは淑女、停止した思考に優しさがしみわたる。

 

 すこし離れた所では、

 

「ぬ、ぬぐぐぐ………!」

 

「がんばれ、頑張るのだシャルロット! お前の頑張りが箒に繋がる……!」

 

 分身して何人かで体文字で『がんばれ』を作っている緑の浴衣のシャルロット、それに喝を入れているラウラ。というかシャルロットは忍者のわりには目立ちすぎだろう。なんか関節はずして見事な体文字だし。銀の浴衣姿のラウラも無駄に喝に気合いが入っていて、周りの人をびびらせていたり。

  

 それの隣には、

 

「うあーヤバイ死ぬ。ダメだよ。日光は私の天敵なんだよ。黄昏時でもそれはつまり神々の黄昏《ラグナロク》なわけで」

 

「はいはいー今はモッピーのダンス見ようねー」

 

 木陰でだらけている簪とそれに団扇で風を送る本音だ。というかもうすでに夕方なんだが、それでもダメなのだろうか。

 あと本音はモッピーとかやめてほしい。まだ言っていたのか。それに水色の浴衣の簪はともかく本音はゆかたもいつものきぐるみ風に改造するのかはどうかと思う。

 

 

「…………!」

 

 

 一瞬でそこまでは把握した。やっぱりいつもの連中はキャラが濃いからすぐわかる。

 それでもはやり驚いた。今朝方にすぐ出たので他の皆には何も言ってないのだから、多分一夏が皆に教えたのだろう。だから、それはまぁ、わからなくもない。

 だから本当に驚いたのはそれからだ。

 濃すぎる気配の一夏たちに混じっていたのは、

 

「きゃー箒さーん!」

「きれいーー!」

「ふつくしぃー! 抱いてー!」

「この為に北九州から帰って来たよーー!」

「今年の薄い本には間に合わなかったけど描くわ! 巫女もの描くわ……!」

 

 クラスメイトの女子たちだ。中には帰省中だった子もいる。なんで、と思い、頭上にわずかな気配を感じた。

 頭上ということはつまり神社の屋根の上で、そんな罰あたりなことをするのは、

 

「ねえ、さん……」

 

「…………ふふ」

 

「ふっ……」

 

 優しくほほ笑む束と苦笑する千冬だ。束は人さし指を唇にあてていた。妹だからわかるが、あれはなにも言わなくていいと言っているのだ。

 

 つまりはそういうことだ。

 

 どういうわけか、どうやったかもわからないがクラスの皆に今日のことを教えた、ということのようだ。まぁ、お盆最終日なのだから今日帰ってきてもおかしくはないが、学園に帰ってきてすぐ祭りなんて疲れるだろう。なのに、来てくれた。

 

 ……………?

 

 なにか自分ではよくわからない感情が胸の中で湧き上がってきた。

 それでも、それがなにか自覚する前に太鼓と笛の音。

 

 舞いの始まりだ。

 

 半ば自動的に腕が動いて抜刀し、扇を広げる。

 体を、腕、肩を、腰を振り、刀と扇を躍らせる。

 扇を揺らし、刀を振う。

 刃を扇に乗せ、ゆっくりと空を斬る。

 

 動きそのものは体が勝手にしてくれるが、しかし内心はそう勝手に整理はされなかった。

 

 だってこうして多くの人に見られてるのに。

 だってめんどうな神楽舞をしているのに。

 だって恥ずかしい姿をみんなに晒してるのに。

 

 なのに、なのに、なのに。

 

 

「………はは」

 

 

 笑いが零れた。

 

 誰かが綺麗って言ってくれるのがこそばゆい。

 誰かが感嘆の息を漏らすのが嬉しい。

 誰かに名前を呼ばれるのが気持ちいい。

 

 なぜか、そう思えた。

 

 太鼓と笛、祭りを囃す音が、箒の身体を動かしていき、笑みは絶えなかった。

 そして、舞いが終わり、

 

「………ふぅ」

 

 大きく、長く、息を吐き出す。体力的にはともかく精神的には疲れるものだ。それにより汗が一筋ながれる。  

 

 神社は静寂の一言だった。音はない。

 そのせいで、少しだけ不安に駆られ、その一瞬の内に、

 

 

 

 

「--------!」

 

 

 

 

 境内の中で歓声が爆発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 箒の記憶に残る祭りの中で最も盛り上がった神楽舞の後。正直疲れて、箒は寝るつもりだった。なのに、神社の控え室にクラスの皆が押しかけて来て、それどころじゃなかった。

 だから、嫌々、そう正直乗り気ではなかったけれど、反抗するのには億劫だったからそれだけ。

 他に他意はない。

 

 だから、しかたなく皆でお祭りを回った。人生で初めて、家族以外の人と、友達屋台巡りをしたのだ。

 

 それは、まぁ。

 楽しかった、のかも、しれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 この日篠ノ之箒は人に注目されるのが少し、嫌いではなくなった。

 

 

 

 

 

 

 



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第弐部
第壱話


第弐部ですよっと。
かるいジャブです


 IS学園生徒会長。

 それはすなわちIS学園内で最強であるという証明だ。学園そのものが治外法権であるがために他国から生徒を護るのが生徒会長。そのために生身、ISに関わらず生徒会長、すなわち全ての生徒の長たる存在は生徒の中で最強でなければならないのだ。実際に現生徒会長は常時襲撃許可という条件の中で何度も襲撃を受けながらも撃退し、最強の座を己の物としていた。

 そして、今。

 そのIS学園最強の生徒会長――更識楯無は、

 

「……私、生徒会長止めるわ」

 

 遠い目をしながら『辞職』という文字が書かれた扇子を机の上に置きながら、どこか遠くを眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやいやいやいや! お待ちくださいお嬢様!」

 

 遠い目をして、意識をどこかに飛ばしていた楯無を彼女の付き人である布仏虚が全力で叫んで、全力で止めていた。肩を掴んで、生気の抜けた瞳をした楯無の肩を揺さぶる。

 

「いやだってコレ見てよ」

 

 言って、操作したのはタブレット型の携帯端末だ。そしてその液晶に移ったのは、

 

『ははははは!』

 

『あはははは!』

 

『――斬る』

 

『――Rest In Peace』

 

『Sieg Heil Viktoria!』

 

『ニンニン』

 

 それぞれ、思い思いに爆笑したり呟いたり叫んだりしている一夏たちだった。虚と二人で少し見る。

 

 アリーナが半壊していた。

 

「……」

 

「……」

 

「……私、こんなのと戦ったら五秒で死ねる自身あるわ」

 

「私なら一秒も持ちません」

 

 楯無も虚も完全に画面の中の惨状に引いていた。夏休み中、ずっとどこかのアリーナを借りてこの連中が模擬戦というか死合いとかをしていたはずだが、夏休みも終わって新学期始まってからさらに苛烈さを増している気がする。というか間違いなくグレードアップしているだろう。

 何故ならば、

 

『あ、おい箒! すぐ人の腕切断するな!』

 

『うるさい黙れ斬られる方が悪い』

 

『バランス悪いだろ!』

 

『ならもう一本ももぎ取って上げるわよ!』

 

『銃弾でめちゃくちゃというのはどうでしょう』

 

『いや、空間ごと抉ってやろう』

 

『いやいや、それよりも僕のデュノア忍法で……』

 

『デュノア関係ないだろ!!』

 

 なんか恐ろしく物騒な会話しながら、シャルロットがボケて全員に突っ込まれていた。ていうか半分くらいの面子が腕やら足やら欠けている。物騒すぎる。

 あと確かにデュノア家は関係ないだろう。ないと信じたい。

 

「……」

 

「……」

 

「……私生徒会長止めていい?」

 

「いいんじゃないでしょうか」

 

 虚が折れた。

 いや当然だろう。だれがあの連中を差し置いて主をIS学園最強なんて称号を持たせるのか。下手に生徒会長の意味をしって襲撃されでもしたら敵わない。

 

「そっかーじゃあ私これからは一生徒として学園生活するわー。具体的には部屋で炬燵にも丸くなってミカン食べる」

 

「あー、いいですねー。私もお供します、お嬢様。あーでもこの季節だとまだ早いですよー」

 

「そうねーじゃあとりあえず布団にくるまってポテチでも食べるわー、あはは」

 

「うふふー」

 

 完全に現実逃避している二人である。

 が、当然ながらそんな逃避も続かなかった。出来もしない夢を語る二人だが、人の夢と書いて儚いのだ。

 

「いやーダメだと思いますよー。かいちょーはお嬢様じゃないとー」

 

 二人を現実に引き戻したのは間延びした声。制服を着ぐるみ状に改造した虚の妹で、楯無の幼馴染。言うまでもなく、布仏本音だ。先ほど現実から逃げる前に虚が入れた紅茶と事前に買ってあったショートケーキに舌鼓を打ちながら、

 

「おりむーたちに会長職なんて無理ですよー、皆やりたいことしかやらないから雑務とかできないですよー。ほらーかんちゃんと一緒でー」

 

「かん、ざし、ちゃん……!」

 

 何気なく本音は発した名前に盾無が血相を変えた。お腹を押さえてうずくまる。

 

「う、うう……!」

 

「お、お嬢様ー! しっかり! しっかりしてください!」

 

「胃が……、胃が……」」

 

「お薬! お薬ですよ、お嬢様!」

 

 虚がすぐさま楯無に胃薬をさしだす。痛みが出た時用の即効性の薬だ。錠剤タイプのそれを飲み込み、

 

「…………そう、ね。生徒会長の云々を置いておいて、そっちの話もしましょうか」

 

 お腹を押さえながら、フラフラと立ち上がり。

 

「簪ちゃんは……簪ちゃんの専用機進めてるのかしら……?」

 

「いえーまったくこれぽっちもー」

 

「……うう……」

 

「お嬢様ーーー!」

 

 まったくのためらいのない言葉に再びお腹を押さえてうずくまった。顔色が、さらに悪い。

 

「なんかずっと同じのというか、新しい発明品作ってるぽですけど……IS関係はまったくですねー」

 

 夏休み中、ろくに風呂に入らずになにかしらの発明していた簪だったが、IS関係はまったく関わっていないだろう。というよりもこれまでの発明品とはまったくかけ離れたナニカを作っているようだった。

 少なくとも本音には理解できなかったし、多分分るのは篠ノ之束くらいだろう。

 

「ああ……もう、簪ちゃん……、お願いだから打鉄弐式完成させてくれないかなぁ……。もういいかげん上の人たちから小言言われるの嫌なのよ……」

 

 更識の家はかなりの名家だ。日本政府を支える陰の一族である。楯無もその更識家で十七代目の党首、十七代目更識楯無なのである。だからこそ、盾無は日本政府に繋がりがあり、ここ最近は、

 

「何時になったら打鉄弐式が完成するのか苦情が多いのよ……」

 

 簪はあれでも日本代表候補生だ。それなのに彼女の専用機は何時まで経っても完成していない。機体自体は簪が保有しているが、

 

「作る気まったくないですねー」

 

 そう、簪はアレに手を出す気はまったくないようだった。

 

「……どうすればいいのかしら……」

 

「さぁーわたしが言っても聞かないですからねぇー」

 

 それはつまりどうしようもないという事だ。一番仲がいい本音がどうしようもできないなら、他の誰かがどうこうできることではない。例え、姉の楯無でも、だ。

 

「はぁ……」

 

 ストレスで穴の空きそうなお腹を押さえながらため息を吐き、

 

「私も胃薬常備してようかしら……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うむ、あいつらと関わり合うならそれは必須だな」

 

 生徒会室で交わされる会話を盗み聞きしながら千冬はしみじみと頷いた。

 

『いやー、あの、ちーちゃん?』

 

「なんだ?」

 

『そんなしみじみ頷いてるのはいいんだけどさぁ』

 

「うむ」

 

『なんでそんなところ(・・・・・・)で盗み聞きしてるの?』

 

「……」

 

 そんなところ。そんなところとは、生徒会室の天上裏だ。天井裏のほんのわずかのスペースに千冬は潜んでいた。人一人は存在するのはギリギリの空間で、本来ならば、人が存在する空間でも無い。そこから下の部屋の様子を千冬は盗み聞きしていたのだ。

 

「更識とて、私の生徒には変わりないからな。生徒の悩みを把握しておくのも教師の務めだ」

 

『いや、どうしてそんな密閉スペースにいるのかが不思議なんだけど』

 

「いやなに、悩みを聞きたいが、それでも教師の言う前では言えないこともあるだろう。だからこうやってこんなところに潜んでいるんよ」

 

『へー』

 

 サウンドオンリーのホロウィンドウだが、なぜか束が半目な気がした。何故だろう。

 

『そんな面倒な所に潜むの止めようよ、ちーちゃん』

 

「ふむ……だが、それでは更識の悩みを盗聴できないな」

 

『モーマンタイだよ! ちーちゃん!』

 

「ほう?」

 

『私がIS学園中に盗聴器と監視カメラ勝手にセットしてるからそれを見よう!』

 

「お前人の学校になにしてるんだ」

 

 

 どっちもどっち、という言葉を恐らく二人は理解していない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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第弐話

推奨BGM:.幸魂奇魂守給幸給or賑やかな日々の中(境界線上のホライゾンⅡより)

ホニメⅡ期のサントラ買ったので推奨BGM追加。
賑やかな日々の中でというのは、ええ、ホニメⅡ期で言えば浅間のオパーイ揺れ曲ですよ。ここまで言えば分かるよね?



 

夏休み明け九月三日の放課後の一年一組。その放課後、教室内はにぎやかな喧騒に包まれていた。

 各々思い思いに友達と談笑したり、一人物思いにふけったりしているが、総じて和やかで騒がしい。授業ではないからHRであるが故に普段ストッパーである千冬がいないからかなり自由な雰囲気だ。

 

 パンパンと黒板の前で一夏が手を鳴らして、クラスの注目を集める。 

 彼の背後の黒板に書かれた文字は『文化祭』で、

 

「よーし、文化祭の出し物決めるぞー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真っ先に手を上げたのは意外にもラウラだった。腕がピンと延びている。誰もが意外そうな顔をして、

 

「……んじゃあ、ラウラ」

 

「ああ」

 

 一夏が彼女を指名し、立ち上がる。やはりピンと伸びた背筋で、周囲を見回し 

 

「このクラスには三人の代表候補生がいる」

 

 そんな前置きで語りだした。意外に真面目な雰囲気に全員が身構える。

 

「そして世界唯一の男性操縦者も、開発者である篠ノ之束博士の妹おり、担任は世界最強である織斑千冬だ。加えて言えば服担任も元代表候補性でもあったわけだ。……つまり、このクラスは世界的にもてもかなり重要であるわけだ。故に」

 

 拳を握り、言う。

 

「――ドイツ博覧会をやろう!」

 

「前置きは!?」

 

 いい顔で言いきるラウラに全員が突っ込んだ。

 

「待て。ちょっと待て。いやすごい待て」

 

「なんだ」

 

「いや、お前……最初のあの下りはどこ行ったんだ。なんだ、すげー真面目な話してどうなってんだ」

 

「うむ、あれは最初に真面目なことを言っておけばなんやかんやで通ると思ってな」

 

「通るか!」

 

 叫ぶ一夏に、しかし不思議そうに首を傾げ、

 

「なんだ。なにか不満でもあるのか? ほら大ドイツ帝国の博覧会をやるのだぞ? 諸手を上げて喜ばんか。これでいいだろう」

 

「ダメだ却下だ席に付け」

 

「解せぬ……」

 

 解せるよ。理由は自分で言っていただろうに。こんなクラスで一つの国のこと取りあげたらそれこそ問題だ。

 とりあえず相変わらずの愛国精神のラウラは座らせる。基本彼女のナショナリズムはいつものことなので皆も苦笑いだ。

 

「んじゃ、他に誰かないか?」

 

 改めて見回して、スッと延びたのは、

 

「……んじゃあシャル」

 

「ん」

 

 指名されたシャルが起立して言う。だが、大体皆は彼女が何を言うか予想はしていた。

 

「忍者屋敷がいいな! 教室とか改造して派手にやろう!」

 

「うん、まぁだろうな」

 

 大体予想してた通りだ。この忍者マニアならそう言うと誰もが思っていた。

 

「うーん、でも、そうだなぁ……」

 

 結構アリかもしれないと、一夏は思う。

 短い間だが同居していたから知っているが、シャルロットは結構おもちゃ関係も持っているのだ。なんでも日本に来た時にいろいろ回って買いあさったらしい。実際モノホンの忍者であるシャルロットが案外行けそうだし。

 

「それにほら、皆にも分身の術教えるから。案外できるよ?」

 

「出来ないよ!」

 

 皆からツッコミが入った。

 が、

 

「ああ、うん。確かに案外できたよなぁ」

 

「流石にシャルさんほどの数は無理ですけどね」

 

「それに私たちの出来るのは実体持たせたのではなくて残像とかだしな」

 

「私は魔力で再現できるけどねー」

 

「……私も行けたぞ。それでも五人だがな」

 

「……」

 

 そうだ、こういう人たちだったと皆が半目を向けていた。

 ちなみにシャルのような実体をもたせられるのは箒と今ここにはいない鈴と蘭、魔力で再現する本音。一夏やセシリア、ラウラは歩法による残像と目の錯覚によるモノだけだ。

 

「んー、まぁ分身の術はともかく忍者はアリだな、うん」

 

 軽く頷き黒板に“忍者”と書き込んだ。黒板に書かれた文字は“文化祭”と“忍者”。

 だが流石にこれだけはどうかと思う。

 

「他になんかないか?」

 

 呼びかけるが、今度は手は上がらない。それぞれ隣や前に席の子と話すだけだ。再び教室が騒がしくなる。

 意見を求めるだけではアレなので一夏もなにか考えてみる。真っ先に思いついたのは、

 

「刀剣博覧会……」

 

「……」

 

「は、だめだなうん。物が無いし」

 

 呟いた瞬間騒がしさが消えて一斉に半目を向けられたので撤回する。実際物が無い。実家に帰ればそこそこあるだろうが、中々帰れないし、一夏が持ってるのは美術的価値を無視してかき集めた人斬り包丁ばかりだ。さすがに危ない。あと美術的価値を無視してあるが、結構値の張るのものあるらしい。持ち出すと千冬に怒られる。それは避けたい。というか避けないと死ねる。

 

「そうだなぁ……」

 

 腰の刀に手を当てて考える。柄をなでながら、

 

「無難に喫茶店とか……」

 

 悪くないんではないかと思う。無難と言えば無難だが、王道と言えば王道だろう。問題は食べ物関係だが、

 

「えっと、料理とか出来る人は?」

 

 問われ、クラス全体の三分の一の手が上がった。まぁこんなもんだろう。大体こういう時に手を上げるのは自信がある者だけだろうから実際には最低限くらいできるのはもう少しいるはずだ。一夏もそれなりに出来る。千冬が生活力皆無なので束に教えてもらったのだ。確か、鈴も同様だったはず。

 

 ちなみに束の料理はプロ級である。基本的にどこの世界の料理もめちゃくちゃ旨い。  

 

 そこら辺が箒が料理まったくできない所以であるが。

 

「ふむ……じゃあ、一応候補にっと」

 

 “喫茶店”が追加される。

 これで“文化祭”“忍者”“喫茶店”だ。

 これで三つ。だがやはり案としては物足りないだろう。

 ではどうするかと言われたら困るのだが。雑談を交わす皆を見回し、聞き耳を立てて様子を探ってみる。事によれば、誰かがポツリと呟いたことを拾うしかない。

 そして、聞こえたのは。

 

「……すぅ……すぅ……」

 

「…………」

 

 寝息だった。それもうたた寝とかではなく結構ガチな眠りだ。誰が、なんて問うまでもない。こんなタイミングで寝る人間は一夏の知り合いでは二人であり、一人は四組であるがゆえにここにはいない。だから当然候補は一人で。

 

「……すぅ……すぅ」

 

 篠ノ之箒しかいない。

 

「おい、ほ……」

 

「ちょっと待て織斑君っ」

 

「……相川さん?」

 

 箒を起こそうとしたの一夏を制止したのは箒の隣の席の清香だ。彼女はあくまでも小声で、箒にも意識を配りつつ、

 

「ダメだよ、箒さん寝てるんだから」

 

「え、でも今HR……」

 

「でも、こんなに気持ちよさそうにしてるんだから。起こしたらダメだよ。ほら、意見とかは他の皆が出すからさ。ね?」

 

 清香がクラス全体に目配せをしたら、大半が頷いていた。例外は苦笑しているセシリアや未だ自分の意見が通らなかったことに納得してないよで渋面のラウラに、

 

「…………」

 

 なんか遠い目をしていた本音だ。一夏も同じような目をしているだろう。

 二人は思う。

 ああ、こうしてコミュ障は進んでいくんだなぁ。

 なまじ周囲が優しいから改善されない。なんか見守ろうもたいな雰囲気なのだ。特に本音は自分でも簪を甘やかしている自覚がありそうだから尚更だろう。一夏も同じだし、束なんかはだだ甘だから始末に負えない。人格構成プログラムやら性格矯正プロジェクトが一定以上に進まない所以である。

 夏を終えてかなり皆と打ち解けた思ったら今度はマスコット扱いである。そういうのは本音だけでいいと思うんだが、

 

 とりあえず、その本音に振ってみた。

 

「え、えっと……じゃあ、のほほんさんはー?」

 

「え、えっと……そうだねー、コスプレとかーいいんじゃないー?」

 

 コスプレ。

 なるほどこれも王道と言えば王道だ。

 基本的にIS学園の生徒たちは綺麗所揃いだ。全体的にレベルも高い。一夏も男であるし、そこらへんの価値感はかなり独特だが、それくらいはわかる。というかよく弾から羨望のメールやら電話が来るし。夏休み中は毎日だった。蘭なんかは修行目的で名目上学校見学で毎日のように来ていたたが、当然弾は入れない。いや、束や千冬が取り計らおうとしてくれたのだが、蘭によって蹴落とされた。だから様子を聞くのと血涙混じりの連絡が頻繁だったのだ。

 まあそれはともかくとして、

 

「うん、“コスプレ”というのはアリだな」

 

 黒板に書き込む。

 これで黒板に書かれた文字は“文化祭”“忍者”“喫茶店”“コスプレ”だ。

 ふむ、とやはり刀の柄をなでながら考える。四つだ。さてどうだろう、これは多いのか少ないのか。中学の時は無数の候補が出て、結局これくらいの数で多数決をしていたはずだ。三年間とも。

 中々判断しにくいところだ。“とりあえず”としての案なら少ないし、“本命”としては多い。

 そして皆は少ないと取ったようだった。

 

「喫茶店と被るけど料理は?」

「ペットボトルとかのガラクタでアート作ったり」

「絵とか漫画とか書いたりってどう?」 

「劇とかはー? いろんな役やったりしてさ」

「バンドは、どうかな。出来る人でローテ組んで、出来ない人は音響やったりさ」

「ならダンスもやったら?」

 

 一度出れば結構出てくる、とりあえず一夏もどんどん書きだして行って。

 黒板に書かれた文字は結構増えた。

 “文化祭”“忍者”“喫茶店”“コスプレ”“料理”“アート”“劇”“バンド”“ダンス”。

 結構出たのではないかと思う。

 だから、決めるために多数決を取ろうとし、

 

「ちょっとよろしくて?」

 

 セシリアが手を伸ばした。

 

「……!」

 

 とたんにクラス全体がざわつく。

 

「セシリアさんだ……」

「セッシーさんが遂に」

「大本命キタコレ」

「ウフフ、来る名言を録音しなきゃ……!」

 

「えっと、よろしくて?」

 

「はい!」

 

 騒がしくなった皆にセシリアが聞いた瞬間に、一斉に静聴体勢である。

 そして、皆を代表して、

 

「じゃあ、どうぞ、セシリア」

 

「ええ、では」

 

 コホンと、前置きをし、

 

「全部やればいいんではないでしょうか?」

 

「は?」

 

「ですから、基本をコスプレ喫茶店にして、それの一環として忍者の格好をしたり、キャラを作ったり、本格料理をしたりしてはどうでしょうか。それに余興として一定時間ごとにバンドやダンスをしてはいかかですか? これなら、コスプレや料理等で色々な国の文化を使うわけですから、始めにラウラさんが言っていた世界の立場の話もクリアできますわよね?」

 

「…………」

 

 セシリアの発現に一瞬皆黙る。

 そして、

 

「流石セシリアさん!」

 

 全員から歓声沸き起こった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……それで、ウチのクラスはコスプレ喫茶メインでバンドとダンスとアート制作をするのか……?」

 

「ええ、まぁ」

 

「……」

 

 職員室にて。全てが結成した一夏は千冬に文化祭の決定内容を提出していた。ざっと目を通した千冬は小さくため息を吐き、

 

「お前らな……言っておくがそこまで時間は潤沢ではないのだぞ? むしろ少ない。にもかかわらずこれだけのことをやるきか?」

 

「ああ、それは俺も思いましたが。セシリアが

『確かに日程的には厳しいかもしれせんが、きっと皆さんとならできますわ』

って」

 

「ふむ……」

 

 一夏から聞いたセシリアの言葉に僅かに思案気に首を傾げたが、

 

「まぁ、オルコットが言うならば間違いないだろう。よし、承認だ。この申請書に必要なこと書いておけ。一週間以内だ」

 

「了解です」

 

 さすがセシリアさん、信頼度抜群である。

 

 

 

 

 




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第参話

推奨BGM:.幸魂奇魂守給幸給or賑やかな日々の中


まだギャグですよっと


 

 

 IS学園早朝六時ほど。その寮のキッチンである。

 

「ふんふんふーん」

 

 鼻歌交じりに一人の少女が部屋着にエプロン装備で生徒用のキッチンで料理をしていた。ツインテールを揺らしながら食材を切ったり、炒めたり、上げたりしている。

 動きは速い。

 かなり手慣れているのか、無駄なく効率的な動きだ。同じように数人の女生徒が少女と同じように弁当を作っているが、一人だけ動きが別格だ。元々最新器具が揃っているIS学園のキッチンだが、それらは全く使わずに中華包丁と木製のまな板、それにいくつかの中華鍋だけだ。だがしかし、周囲には大量の食材。

 

「えっと……凰さん?」

 

「ん、なに?」

 

 素早く動き回る鈴に、見かねた女子の一人が声を掛ける。

 

「なに、つくってるかな?」

 

「んー、聞きたい?」

 

「うん、まぁ……」

 

「そうねーどうしよっかなー教えちゃおっかなーどうだろうなー」

 

 うぜぇ。

 その場にいた全員が思った。だが、構わずに鈴は満面の笑みで、

 

「しょうがないなーどうしてもって言うなら教えちゃおっかな―」

 

 うぜぇ。

 たびたび思った。

 動きを止めた鈴は、振り返り、

 

「満漢全席よ!」

 

「……」

 

 空気が止まった。その場の誰もが鈴のドヤ顔をウザがりながらも言葉の意味を咀嚼し、

 

「……うん?」

 

 満漢全席。

 古来中国の民族である満族と漢族の部族のあらゆる御馳走を集め、皇帝が三日三晩かけて食すという中華最高のフルコースだ。所謂珍味などという極稀な食材も使われていた日本ではそうお目にかかれないし、本場中国でも中々食べれない。

 そう、いくらなんでもIS学園だとしてもそう簡単に作れるものではない。

 

「……マジ?」

 

「おおマジよ。本国からいろんなところでお話して取り寄せたのよ」

 

「お話」

 

「そうお話」

 

「その時拳は?」

 

「まったく他意はないけど気纏わして握りしめていたわ」

 

「それ恐喝だよ!」

 

 その場の全員が突っ込んだ。だが、それに構わずに動きを再開し、

 

「いいのよ。だって彼女(・・)彼氏(・・)の為に作るのよ? 愛故よ。愛さえあれば全て許されるのよ」

 

 全員が半目になって、手で扇ぎだした。

 

 彼氏彼女である。つまりそういうことだ。

 夏休み前の林間学校から凰鈴音と織斑一夏が付き合い始めたのは周知のことだ。もとより入学当初からそういう雰囲気だったから納得こそしても驚く者は少なかった。

 少なかった、が。問題は付き合いだした後だ。

 別に鈴に対する嫉妬とかあったわけではない。常時刀装備の人斬り侍が相手だうらやましく思うわけもない。アレに釣り合うのはそれこそ鈴くらいですかないのだからそれでいいのだ。真顔で斬りたいとか言う愛情表現とか嫌すぎる。

 

 話を戻すが。

 ともかく問題は付き合い始めた後。それまで無自覚にいちゃついていた二人が互いの気持ちを確認しあい、正式な交際になるとどうなるのか。

 一言で言うならば、そしてIS学園全員の総意を一言で表すならばこれだ。

 

 リア充爆発しろ。

 

 ぶっちゃけて言うなら非常にウザい。精神的気温が非常に上昇した。基本的にほぼ女子高、それもエリート高であるIS学園の生徒は一般からしたらかなりの高嶺の華だ。だから、大体の生徒は彼氏等はいない。例外的な何人かが地元でフラグ立てたり立てていなかったり。また何組かは女子同士の恋愛に発展することもあるが、一夏と鈴はIS学園唯一の男女カップルなのだ。その唯一だからというわけではないにしろ、ものすごくウザかった。七割の生徒が目が半分しか開かなくなり、二割の生徒が鼻血で倒れ、その他は苦笑した興味なかったり同人誌のネタにしたり。

 ちなみに独身の女教師勢は大体が泣いた。

 

 ちなみに言えばこの二人の交際、IS学園内ではこんな感じだったが、世界的にもいろいろあった。

 IS学園内ではかなり忘れられているが織斑一夏は世界唯一の男性IS操縦者だ。世界的に貴重であり、現在は国籍すら曖昧で宙ぶらりん、各国が自国に引き入れようと――また国によっては押しつけようと――しているわけだが。

 ここにきて中国代表候補性である凰鈴音との交際である。

 当然中国的には焦った。それはもう焦った。なにせ一人で中国総軍と喧嘩できると言われている『高嶺華』凰鈴音、それと同等の戦闘力を保有するであろう『剣鬼』織斑一夏、その姉は『世界最強(ブリュンヒルデ)』織斑千冬なのだ。ぶっちゃけ核爆弾よりも危ない。中国首脳陣が頭痛を引き起こし、胃に穴が開いた。他国も同情しかできない。

 どう扱うべきか、世界的に混乱し――なにを血迷ったか二人に介入しようとする国もいた――救いの手を指しのばしたのが、

 

 篠ノ之束だった。

 

 彼女が各国にメッセージを送ったのだ。

 ようやくすれば、

 

『二人のお付き合いは清く正しいお付き合いなので、束さんとちーちゃん公認でもあるので介入しなように。なにか手を出した場合は私が“お話”に行きます』 

 

 という感じである。

 一気に混乱は収まった。束の“お話”はそこまで効力があるのだ。

 世間一般では476のISコアの開発者として世界を変えた『大天災』として有名ではあるが、実はそれだけではない。むしろIS関係における軍事産業よりもナノマシン等の医療や災害救助用のロボット関係では一部では有名である。

 ISで世界を変えたわけだが、医療技術においても革新をもたらし数十年分は技術レベルを上げたとすら言われている。それまで不治の病と言われている病気も束の活躍により治療が可能になったのだ。

 災害救助用に至っては束謹製の物を災害発生時に無償で提供しているのだ。設計図込みで。

 

 そりゃあ、ファンクラブだってできる。

 医療警察消防関係や難病保有者からすればカルト的な人気だ。合い言葉は『束さんマジ女神』。中国首脳部もそれに入ったとか入らなかったとか。

 

 まあ、そんなこんなで二人の交際は世界公認であり、誰も止められないし、公認でなくても止められるものでもない。

 

「うふふ」

 

 満面の笑み。親譲りの料理に束からの教えもあって鈴の腕前もプロ級だ。外見上では頼りないくらいの細腕で中華鍋を易々と振う。

 基本的に作るのにかなりの時間が掛るはずだが、かなり出来上がり、それぞれタッパに詰め込まれていく。当然ながらかなりの量だ。

 

「てか、それ何人で食べるの……?」

 

 満漢全席はフルコースであるから言うまでもなく量は半端ではない。確かに一夏はかなり大食漢だが、それでもこれはキツイだろう。

 

「ん? 勿論一夏と私二人で。まぁ大体は一夏に食べさせるけど」

 

「食べきれるの?」

 

「食べさせるのよ」

 

「怖っ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、まぁ作ってくれたのなら食うけどさ」

 

 お昼休み。屋上にて胡坐をかきながら一夏は鈴特性の満漢全席に舌鼓を打っていた。箸を動かしながら、会話の話題は来るべき文化祭のこと。

 

「鈴のクラスはなにやるんだ?」

 

「中華喫茶よ。飲茶……つまり軽食と点心とかのお菓子ね。まぁ、前日の仕込みと当日の接客販売を除けばそう大変じゃないわよ」

 

「まあウチなんか気付けばバンドダンスアートにコスプレ喫茶だからなぁ。文化祭当日まで苦行だよ」

 

「大丈夫なの?」

 

「ああ、今セシリア主導で担当分けされてるよ。バンドはラウラやシャル、セシリアメインだし、コスプレはのほほんさんに任せてるし、ダンスは意外に箒が乗り気でやってくれてる。アートは担当の子が思い思いに色々作ってる。俺もまぁ刀使ってなんか作ろうと思うし」

 

「アンタがやったら大体なんでも一瞬でできるからねぇ」

 

 なにせ光速だ。図さえあれば一瞬でその通りに切り刻めるだろう。

 

「ま、セシリアいるならなんとかなるでしょ」

 

「だろうなぁ」

 

 ここにはいないセシリアを思いながらシミジミと呟く。今この屋上には一夏と鈴だけだ。基本昼休みは気を遣ってか、あるいは関わりたくないからか二人きりにしてくれる。他の生徒もいない。いや、いないというか二人が来て退散した生徒も何人かいたのだが。

 

「……」

 

「……」

 

 しばし無言で箸を進める。あまり喋っていたら昼休みが終わってしまう。量そのものは問題なくても食べきる時間が問題なのだ。

 食べきれなかったら、色々拙い。無理矢理口に詰め込まされたりするし。

 だから、味を噛みしめつつも箸を動かし、

 

「……平和だなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一夏は思う。

 そして思いかえすのは夏休み前の林間学校。その際の暴風竜との戦闘。“ナニカ”に後押しされ至った極地。

 あれからかなりの時間が経ったがしかし記憶は鮮明だ。そう簡単に忘れられるものではない。

 そして、記憶を辿り思うのは、

 

 ……なんだったんだろうなぁ、あれ。

 

 疑問の一言だ。理解できることが全くない。わかったのはあの戦闘時のみに己の武威が加速度的に高まっていたことだけ。いや、これがセシリアとか簪とかならもっとわかることがあるのかもしれないが生憎一夏は刀振うしか能がない。難しいこと考えるようにはできていないのだ。

 餓鬼の頃から刀ばっか振ってたのは伊達ではない。

 だが、しかしだからこそ理解できる。

 

 アレ(・・)はまだ早い。

 

 本来ならば今の自分では届かないはずの境地だった。それくらいは理解できる。

 あの砂浜にいた“ナニカ”に後押しされなければ辿りつけなかっただろう。

 それにISのこともある。

 本来ならばパワードスーツであるはずのインフィニット・ストラトスだが、一夏と鈴のそれに限っては在りようを大きく変えていた。

 少なくともISとしての展開は不可能になった。一夏は白の羽織、鈴は黒の手甲で形状が固定されているのだ。

 機能に関しては現在検証中であるが、束曰く、

 

「在るべき姿、ね」

 

 在るべき姿に生まれ変わったと、彼女はそう言っていた。

 

 やっぱりよくわからない。

 

 結局はこの感想になるわけで。

 できることは修行と、

 

「……平和だなぁ」

 

「そうねぇ……」

 

 今この瞬間の陽だまりを噛みしめることだけなのだ。

 

 




感想、評価等おねがいします


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第肆話

推奨BGM:手を取って輪を出よう(境界線上のホライゾンⅡより)

ついに始まる兄姉の会


学園島の空に乾いた音が響く。訓練用ISが放った空砲。それは一つだけではなく生徒から選抜されたパフォーマンス部隊の十数人が、色とりどりにカラーリングされた『打鉄』や『ラファール・リヴァイヴ』を用いて軌跡を描いている。

 そして、彼女たちの目下。

 海上に増設された学園島、それと地上を結ぶモノレールも普段よりもかなり活気に満ちており、それはIS学園全体でも同じだ。全体的に人が多い。

 そして、もっとも活気があり、同時に抑えつけられているのが、その場所だった。

 その場所とは、

 

「さて」

 

 パシン、と、音が鳴る。そこは体育館だ。IS学園、全校生徒が優に収まる巨大な体育館。一年生から三年生まで、教師の大部分までも揃っていた。この大人数の前、舞台の上にて仁王立ちしながら、扇子を手にし、不敵な笑みを浮かべるのは、IS学園生徒会長更識楯無だ。現在ストレス性の胃痛に悩まされている彼女だが、全校生徒の前で立つ程度では問題ない。

 広げた扇子に描かれた文字は“祭”。

 そして、彼女が告げた言葉は、

 

「――これよりIS学園学園祭を始めるわ!」

 

 開催の音頭はスピーカーを通して、学園全体へと響き渡り、各地にて、そしてこの体育館でもっとも大きく歓声が上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっと……どこだここは?」

 

 五反田弾は迷っていた。

 高校生にもなる身で恥ずかしいがこの広い、それも始めてきたIS学園だから仕方ないことにしてほしい。

 そう、彼は今天下のIS学園にいた。本来なら女子高であり、治外法権であるこの学園には整備担当や事務員以外の男は入れない。勿論、不法侵入ではない。この学園の学園祭は生徒一人ごとに招待券が一人分のみ配られる。弾は一夏の分のソレを貰ってここにいるのだ。

 あっさり渡してくれたからよかったのは良かったが、彼の妹は招待状要らずの顔パスで入っていたがコレは如何に。

 その蘭も着いてすぐに勝手知ったるなんとやらで一人でどっかに行ってしまった。

 というわけで、見知らぬ地にて絶賛迷子なのだ。

 

 バンダナを巻いた赤い髪を掻きながらも、どうするべきか困る。蘭、一夏や鈴に携帯で電話を掛けたが出ない。いやまあこの面子が弾の電話に出たことなんて滅多にないのだが。

 

「あーしかたないなぁ。あんま頼りたく無かったが」

 

 愚痴を言いつつ携帯を取り出して電話を掛ける。数コールの後に出たのは、

 

『はいはーい、束さんだよー。どしたの、弾くん?』

 

 篠ノ之束だ。絶賛指名手配中の彼女だが弾はそんなことは気にせずに、

 

「あーすいません、道に迷っちゃって……」

 

『あははー、そっかー。今どこらへんかわかる?』

 

「えっと……とりあえず、玄関というか昇降口ですかね」

 

 周囲の状況を伝える。学校の校舎に辿りつき、ある程度フラフラしたが結局分らなかった。

 自分でもかなり拙い表現だと思いながら伝え、

 

『おっけー。じゃあそこにいてね。迎えに行くから』

 

「すいません、ホント。お願いします」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっと……こっちでいいのでしょうか」

 

「の、はずだが。ううむ、些か人が多いな。下手な軍事基地よりも複雑だ」

 

 二人の女性がいる。

 一人は所謂侍女服、それも昨今流行りのスカートの丈が短い物ではなく足首を隠している本格的な侍女服だ。ネクタイと腰のベルトが特徴的である。歳は二十歳少し前程度の桜色の髪の女性だった。

 もう一人は軍服。正規ドイツ軍のソレであり、軍帽付きである。侍女の彼女と歳は同じくらいであろう。濃い青い髪と左目の眼帯がやたら目立つ。

 二人ともおよそ普通とは言い難い服装だが、しかし学園祭だ。制服でいる生徒そのものがまず珍しいし。生徒以外でも空気に当てられて個性的な格好をしているものも少なくない。それに二人とも見目麗しいので、大人っぽい学生に見えないこともない。

 二人は一緒にパンフレットを片手にしながら周囲を見回し、

 

「困りましたわね。誰かに聞いた方が早いでしょうか」

 

「それがいいかもしれんな。あちこち回りすぎて辿りつけなくても拙いだろう」

 

「です、ね。ではええと……」

 

「あそこ二人なんかいいんじゃないか? いかにもといった感じだが」

 

 軍服の方が指さした先は二人の生徒。水色の髪に扇を片手にした少女と茶髪のポニーテールに眼鏡の少女だ。二人は周囲を巡回するように歩いている。腕の腕章は“生徒会”だ。

 

「なるほど」

 

「うむ」

 

 二人で頷き。

 

「あの、すいません」

 

「はい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっほー弾くんお待たせー」

 

「あ、すいま、せ、ん……?」

 

 玄関口で一人居心地悪く束のことを待っていた弾は、自らを呼ぶ声に反応した。が、その声の主は自分の予想した姿ではなかった。朱色の髪のポニーテールの女性である。朱色のアンダーフレームのメガネに黒のレディーススーツ、下はスカートで同色のストッキングだ。地味といえば地味な格好だが豊かな胸元、スカートから延びる艶めかしい足元が周囲の視線を引き付ける。一瞬、誰なのか理解できなかった。

 

「おい束、少しは声を落とせ」

 

「大丈夫だよぅ、ちーちゃん」

 

 隣にいたのも一瞬だれか分らなかった。普段と違いメガネを掛けていたからだろうか。朱髪の女性と同じようにスーツ姿で下はスラックスだ。黒髪と鋭い瞳、朱髪と同じく豊かな胸。

 当然ながら、篠ノ之束と織斑千冬。

 一夏繋がりで弾とは二人とも結構な付き合いの長さだ。主に、暴走する弟や妹たち関係で。愚痴を言い合い酒を飲む二人につまみを作る事はよくあった。 

 

「束さんと千冬さん、ですよね?」

 

 だと言うにも関わらず、一瞬二人のことが分らなかった。分らなかったというよりは認識できなかったという感じだろうか。

 

「ああ、うん。束さんだよ。目立ちたくないからちょっち細工してあるんだよ」

 

「ま、コイツは良くも悪くも有名人だからな」

 

「なるほど」

 

 世界規模で指名手配が掛っている束だ。いかに治外法権のIS学園とはいえうかつにフラフラしていてはすぐに居場所が知れ渡る。メディア関係も多く出這入りしている学園祭ならなおさらだ。そしてそれは千冬も同じだろう。

 多分メガネあたりがなにかの発明品なのだろう。

 それくらいは見当がついた。

 

「じゃ、行こうか。まだ私たちも箒ちゃんの所いってないんだよねー。楽しみ愉しみ」

 

「私も基本ノータッチだったからな。なにが出てくるのか、お手並み拝見といった所だ」

 

 微笑み合うメガネ美女二人を視界に入れながら眼福眼福と思いながらも、

 

「……なんかやらかさなきゃいいっすけどね」

 

 本音がポロリと零れ、

 

「……」

 

 空気が死んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、ここが一年一組の教室ですよ」

 

 パシンという音と共に扇が広がり描かれていた文字は“到着”だった。楯無は開いている手で示す先は一年一組の教室。隣には虚がいて、目の前には、

 

「わざわざ申し訳ございません」

 

「すまなかった、ありがとう」

 

 礼を言う侍女と軍服の二人だ。侍女はスカートの裾をつまみ上品に。軍服は軍人らしく姿勢良く敬礼して。一見やり過ぎに見える礼だが、口元の端が二人とも笑っている。存外茶目っけのある人物のようだった。

 そして、楯無もまたそういう人間であるし、そういう人間が好きだ。

 

「んーそうね。虚、私たちも少し休憩していきましょうか」

 

「え、いいんですかお嬢様?」

 

「会長と呼ぶように。せっかくの学園祭だしね、生徒会といえでも休息は必要よ。ということで御両人、私たちも御一緒してよろしいかしら?」

 

「ええ、私は構いませんよ」

 

「無論、私も」

 

「結構。ありがとうございます」

 

「はぁ。まったく会長は……きゃっ」

 

「うお! すいません!」

 

 溜息を吐いていた虚に誰かかぶつかった。それは太く低い声で女子のものではなく反射的に四人とも身構える。

 

「あ、、いや、ほんと、すいません」

 

 視線が集まって頭を何度も下げてきたのは、やはりというべきか男子だった。赤い髪にバンダナの少年。虚や楯無よりはいくつか年下だろうか。思わず身構えたが平謝りしてきて毒気を抜かれる。

 

「ああ、いえ。私も不注意でした。ごめんなさい」

 

「あ、いえいえ。俺こそ」

 

「いえいえ、私こそ」

 

「いえいえ」

 

「いえいえ」

 

 どういうわけか二人でぺこぺこ謝っていた。なかなかにシュールな絵である。見かねた楯無が声を掛ける。

 

「そこらへんにしときなさい、二人とも」

 

「まーまー、そこらへんにしておこうよー」

 

「あら?」

 

「ほえ?」

 

 声を掛けたのは楯無だけではなかった。もう一人、少年と共にいたであろう朱髪とメガネのスーツ姿の女性だ。が、なんだろうか視界に入れた瞬間、どういう顔か良くわからないが、些細な、しかし確かな違和感を覚える。そしてその違和感を上乗せするように、

 

「おい、そろそろ中に入ったら……ん? お前は」

 

「え? あ、うそ、え、お、織斑教官?」

 

 軍服の女性が隻眼を見開かせる。その名前に侍女の彼女も驚いたように目を見開いたし、楯無や虚も同じだ。その様子に朱髪の女性が手を頭に当てて、

 

「あちゃー、やっぱ知り合いいると効果薄れるなぁー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「織斑一夏の姉、織斑千冬だ」

 

「篠ノ之箒の姉、篠ノ之束だよー」

 

「セシリア・オルコットの侍女、チェルシー・ブランケットでございます」

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒの副官、クラリッサ・ハルフォーフです」

 

「更識簪の姉、更識楯無よ」

 

「布仏本音の姉、布仏虚です」

 

「五反田蘭の兄、五反田弾です」

 

 立ち話もなんだということで七人は一年一組に入り、やたら豪華な机に相席している。男は弾しかいないし、男子高校生、女子生徒会長、、女子生徒会員、侍女、軍人、教師、科学者といろいろバラバラであるし、まったく無名であったり、ものすごく有名であったり、知り合いだったり、初対面だったりの七人であるが。

 

「…………」

 

 なぜだろう。初めて会った気がしない。

 

「…………」

 

 なんとなく、言葉に詰まる。やたら親近感が湧いてきて怖い。おまけにやたらめったらになにか変な空気というか宿命と言うか運命を背負っていると直感で分かる。お互いに。

 

「…………」

 

 なんか空気が重い。華やかな学園祭にはふさわしくないと思うが気まずさは消えない。

 誰もがなんか助けてとか、思い、

 

「あ、いらっしゃいませー。御注文をどうぞ」

 

 救いの主が来た。

 メイド姿の相川清香だ。余りの気まずさに周囲を見ていなかった七人だったが、良く見ればメイド以外にも、ゴスロリや巫女服、バニーガール、セーラー服、チャイナドレス等多種多様だ。コスプレ要素はしっかりと生きている。給仕役は数人いるが、それぞれに似合うようにアレンジされているのはこだわりが深い。

 メイド服の清香は男子である弾や生徒会である楯無や虚、軍服や侍女服のクラリッサやチェルシーにはまったく動じずに、サービスの水を配りながら笑顔で注文を聞いてきたが、

 

「あれ、織斑先生に束さん? どうしたんですか、メガネなんかかけて」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 千冬と束は問いには答えず、思わず清香に背中を向けて、

 

「おいどういうことだ。この眼鏡認識阻害効果あるんじゃなかったのか?」

 

「あっれー? おっかしいなぁ、よっぽど仲いいか鋭くないと気付けないはずなんだけど……」

 

 口元を手で隠しつつ、冷や汗を流しながら言い合う。

 二人がかけているのは束謹製の他人の認識を阻害する効果を持つメガネだ。言った通り一定以上の付き合いか第六感的な鋭さが無ければ気付かないはずなものだ。

 担任である千冬はともかく、林間学校で始めて会ったはずの束には気付きにくいはずなのだが、

 

「あ、そういえば林間学校で箒ちゃんの誕生日会で箒ちゃんの可愛さについて一晩中語り合ってた」

 

「何してんだお前」

 

 半分くらい酔ってたから今思い出したが、そんなことがあったからまぁ気付かれてもおかしくはないだろうか。

 

 前を向く。

 

「あははー、久しぶりだね。きょーかちゃん!」

 

「はいお久しぶりです束さん。御注文どうします? いろいろありますよ。他の皆さんも」

 

「あ、そうだね。どうしよっかなー」

 

 言われ束が清香が差し出したメニューを見る。千冬や弾たちも釣られ、

 

「……なんだこのメニュー」

 

「『執事の御褒美セット』……だと?」

 

「ザワークラフトにヴァイスブルスト、アイスバイン? ドイツの家庭料理か」

 

「フィッシュアンドチップスやフィジットパイはイギリス料理ですね」

 

「ああ、そこらへんの家庭料理はセシリアさんやラウラが張りきってくれたんですよ」

 

 なるほどと、二人の副官と侍女は頷く。彼女達の愛国精神や淑女振りは言わずもがなだ。あの二人なら色々駆使して本格てな物を用意してくれるだろう。

 

「いや、待て。なんだこの『執事の御褒美セット』は」

 

「ああ、それは執事姿の織斑君が奉仕してくれるというセットです」

 

「お前ら神聖な学び舎でなにしてるんだ」

 

 呆れつつも苦笑し、千冬が水を口に含む。釣られて他の皆も水が入ったコップを傾け、

 

「まぁ、多分このセットは売り切れというか打ち止めですよ、ほら、アレ」

 

 清香が指した先を見る。

 そこは、

 

「どうぞ、お嬢様。あーんをお願いします」

 

「うむ」

 

「あーん」

 

「あーん」

 

「……お口に合いましたか? お嬢様」

 

「うむ、くるしゅうない」

 

 執事姿の一夏とチャイナドレスの鈴が主従プレイでピンクオーラ出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ブッーーーー!」

 

 千冬と弾が飲んでいた水を思いきり噴き出した。綺麗なアーチを描いたが他人に掛る前に慌てて楯無がISの機能を使って回収する。

 二人は想いっ気咳き込み、

 

「なんだアイツら、ほんとになにしてんだ!」

 

「え? なに、アイツら付き合ってんの!? 聞いてないぞ!?」

 

「え? 林間学校終わったあたりからずっとあんな感じだよ?」

 

「あんなって、あんなピンクオーラ丸出し!?」

 

「うん」

 

 思わず弾が頭を抱える。なんだろう、凄く複雑。妹が一夏に惚れているのは知っている。正直義弟がああいう人格破綻者で親友なのはどうかと思っていたし、一夏と鈴は夫婦みたいだったが、実際にそんな話聞かされると複雑だ。

 

「ま、まぁ、とりあえずコーヒー貰おうかな、うん。他の皆は?」

 

 コーヒーで皆が同意する。

 

「はい、コーヒー七つー。少しお待ちください」

 

 ペコリとお辞儀をして、清香が去る。予め用意されていたのをカップに注いだだけなのか来るまでにそれほど時間は掛らなかった。結構混んでるがテキパキ動けているから客周りは早いようだ。

 清香がコーヒーを配りながら、

 

「あ、そろそろ時間ですね」

 

 時間? と七人が配られたコーヒーを口に運び、

 

「あちらを御注目ください」

 

 指した先、パンクスタイルセシリア、ゴスロリラウラ、バニーガール箒、水着エプロン本音、スーツシャルロットがそれぞれ楽器ケースを持って現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ブッーーーー!」

 

 全員が一斉にコーヒーを拭いた。

 そして、

 

「きゃあああああ!」

 

「ぎゃあああああ!」

 

 響いたのは妹のあられもない姿に発狂した虚が弾に叫びながら眼つぶしをし、それを受けて叫んだ声だった。

 

「な、な、な」

 

 驚き見る。

 セシリアは柄入りのTシャツにレザージャケット、ダメージジーンズ。体の各所にシルバーアクセサーアクセサーの鎖や指輪があり首にはトゲトゲのチョーカー。

 ラウラはヘッドドレス付きの黒のゴスロリ、それも全身に大量のフリルやレースが付いたものだ。コルセットや一部だけは白く、眼帯は何時ものではなく医療用のに変わっていた。

 箒の赤いバニーガールは至って王道だ。だが王道故にスタイルのいい箒が着ると際どい。大きすぎて隠し切れていない胸や網タイツが艶めかしい。

 本音に至っては前から見れば裸エプロンだ。何時も着ぐるみで隠されていて知られていなが、彼女もかなりスタイルがいい。水玉模様の普通のエプロンが逆にいかがわしい。

 シャルロットがマトモといえばマトモだろうか。元々中世的な顔立ちなのでスマートなダークスーツがかなり様になっていた。

 それぞれのコスプレをして楽器ケースから取り出したのは、バイオリンやチェロ、カスタネット、トライアングル、フルート。

 

「って、なにトライアングルとカスタネット!?」

 

「バンドとは聞いていたがクラシックバンドだったのか!?」

 

「はい、普通のバンドだとスペース取り過ぎるからあんまり場所とらないようにあんな感じに。カスタネットとトライアングルは箒さんとのほほんさんが楽器できないからアレになったんですよ」

 

「いや、待ってください! なぜお嬢さまはあんな姿に!?」

 

「そうだ! 隊長もあんなあからさまにキャラじゃない格好に何故!?」

 

「普段したことない格好したいということであれになりました。可愛いですよね」

 

「確かに可愛いですが!」

 

「確かに可愛いが!」

 

 若干頬の紅潮している二人である。

 

「ちょっと、会長、先生! あれいいんですか、風紀的に!」

 

「う、うーん、どう、だろう、ね……」

 

「一応全体的に仮装許可だからな……。普通の学校ならともかくほぼ女子高のココでは注意しにくい」

 

「というかあの箒ちゃんがあんな際どい格好するのが驚きなんだけど!」

 

「皆で可愛いって言ったら案外アッサリ来てくれましたよ」

 

「ちょろいっ! 私の妹ちょすぎるよっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




が、書いてて一番たぎったのは女教師スタイル束さんである。

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第伍話

推奨BGM 手を取って輪を出よう

*より至深魔可魔神変

レッツシリアス


 どういうわけかコスプレバンドは異常なまでに上手かった。

 どういうわけかヴァイオリン、チェロ、フルートそしてカスタネット、トライアングルが何故か絶妙にマッチしていたとかしていないとか。そこらへんは束にすら理解できなかったとか。いや理解したくなかっただけかもしれないが。

 結局千冬は見回りに、束、チェルシー、クラリッサはその場に残り自分の身内の仕事ぶりを見届けることに。弾は学園全体を見学で虚がそれの案内だ。楯無は仕事にもどったらしい。

 

「でも、よかったんすか? 俺なんかの相手してて」

 

「ええ、まぁ。あの人はああ見えて結構凄いのよ? 本当はあの人一人で生徒会切り盛りできるくらいには」

 

「それは、凄いっすね」

 

 肩を並べながら弾と虚が歩きながら会話している。やたらニヤニヤしている束に進められたのだ。初対面の二人であるが、意外にも話は弾んでいた。

 

「まぁ、普段は妹のことでお腹かかえてるんだけどね……私も人のこと言えないけど」

 

「ははは……」

 

 その気持ちは弾もよくわかる。弾も胃痛や頭痛は他人事では無い。最近の悩みはストレス性の禿げだ。怖い。

 一夏は刀振り回すな。

 鈴は拳で地面とか壁と砕くな。

 蘭は訳のわからない不思議ブーツで空飛ぶのやめてほしい。

 マジでストレスがヤバい。

 思考を打ち切る。深く考えだすと色々危ない。

 

「でも、虚さんの妹さんはそんなにアレな感じじゃなかったすけど」

 

「そんなことないわよ。……あの子何考えてるかよくわからないしね」

 

 呑気すぎるというか空気がやんわりしすぎていて思考が読めない。それでいていきなり鋭いことを言ったりするから周囲を驚かせる。

 

「それでも、まぁ……簪お嬢様のお世話してくれるからありがたいんだけど。簪お嬢様、私や楯無お嬢様がお世話しに行くと嫌がるし」

 

「お姉ちゃんたちに迷惑かけたくないとかじゃないんすかね」

 

「そうだといいんだけど……」

 

 苦笑。互いに苦笑いを浮かべる。

 ちなみにこの文化祭後に生徒会役員の一人に春が来たという噂があったりなかったり。

 

「なんだかんだで簪お嬢様も楯無お嬢様のこと大好きだと思うけど」

 

「虚さんの妹もそうだと思いますよ」

 

「弾君の妹さんもね」

 

 笑う、今度は苦笑ではなかった。

 

「さ、次行きましょうか。せっかく来たんだから、巡回している分のお嬢様の分も楽しませてもらいましょう」

 

「なんか、悪いすっけどね。いまなにしてんすかね」

 

「あの人の考えてる事は二つしかないわよ? 一つは妹のことで」

 

 虚は人さし指を唇に置いて、誇らしげに言う。それは思わず弾が見とれてしまうような仕草で、

 

「この学園の平和よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「少し、よろしいですか?」

 

「ああん?」

 

 更識楯無は人気のない学園の廊下で一人の女性と二人の少女と対峙していた。

 スーツ姿に蛇のごとき切れ目の女性だ。黒髪のロングヘアー。美人の部類に入るだろう、が、雰囲気は荒々しい。二コリと笑顔でも浮かべていれば、さぞ男の視線を集めるだろうがその雰囲気で台無しだ。どこかのクラスで買ったのかビニール袋にホットドックやらフライドポテトやらのジャンクフードが大量にある。今も口に一つホットドックを咥えていた。

 特徴的な女性に対して二人の少女は顔が分らない。

 パーカーのフードを被っていて顔までもわからない。背格好は大体小学生、十歳前後だろうか。スカートと僅かに除く顎で少女と判断できるくらいだ。

 

「んだよ、人が人ごみ疲れて逃げてきたのになんで来るんだよおい」

 

「それは失敬。ですが少しお話よろしいかしら?」

 

「やだよ、ほっといてくれ」

 

 否定しながら手にしていたホットドックを口に放り込む。それでもまたすぐにビニール袋の中から新しくフライドポテトを取り出し、口の中に流し込む。彼女を挟むように立っている少女たちには動きはない。

 

「そういうわけにはいかないんですよ」

 

「はぁ? なんでだよ」

 

「それは」

 

 一度区切り、

 

 

「――貴方たちは不法侵入でしょう?」

 

 

 目が細まり、手にした扇子がパシンと鳴り描かれた文字は“取締”。

 しかし女性は大した興味も無さげにポテトをつまんでいるだけだ。楯無はそのことに眉をひそめつつも言葉を繋げる。

 

「どうやって侵入したのかわからないけど、貴方たち招待券持ってないでしょう? 学園内の監視カメラでずっと監視してて、招待券も招待客全員にチェックしてあるけど、明らかに貴方たちはカメラに写っていないのよねぇ」

 

「漏れたんじゃねえのかよ」

 

「ありえないわね。うちの自慢の妹がプログラミングした監視システムよ。見間違えじゃない」

 

 あまり知られていないことだがIS学園内の監視警備プログラムは大部分が簪によるものだ。そのせいで不登校気味でも無理矢理連れ出されたりしないのだが。そのせいでコミュ障になってるのは皮肉だろうか。

 今ここにまったく人気がなかったのも不法侵入者らしき三人がいたから、この近辺にいた生徒たちを携帯等で一斉に連絡つけて誘導したのだ。昨今のSNS様様だ。

 

「というえわけで、貴方も、それにそっちの二人も。動向お願いしようかしら? 拒否すれば」

 

 楯無がISを展開する。水色の装甲。アーマー部分の少ないドレスのようなISだ。手には、水を纏った突撃槍(ランス)、そして楯無の周囲に一対で浮遊するクリスタルパーツから生じる水のベールを全身に纏っていた。

 

「実力行使よ」

 

 突きつける。

 だが。

 

「あー」

 

 女性は変わらずに興味無さげに残りのポテトを口に放り込み、

 

「嫌だね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ……!」

 

「知るか、てめぇみたいな塵のいうことなんか聞いてられるかよ」

 

 塵が、と女は言いきる。本当に路傍の石ころを見るように、いや、それ以下のようにしか見ていない。間違いなく女は楯無への興味を欠片ももっていないのだ。彼女を挟む少女と同じように。

 

「…………そう」

 

 呟き、動いた。

 ISの加速器を発動させ前に出ながら、突撃槍を突きこむ。通常ならば諸に当たれば即死級の一撃だが、しかし楯無の技量ならば腕一本程度で押さえることが出来る。

 IS生徒会会長はIS学園において最強の存在である。例外である織斑一夏たちや教師である織斑千冬を除けば間違いなくIS学園内では彼女が最強だ。いや一夏たちでもISを使用すればあるいは凌駕できる可能性もある。

 IS戦闘において彼女に匹敵するのは各国軍の上位者や各国代表でなければならないだろう。

 IS学園生徒会でありロシア代表の実力とはそういうものだ。

 だが、しかし。

 

「え……?」

 

「なにしてんだお前。攻撃してるつもりか?」

 

 ISのパワーアシストを以って放たれ、音速すら超えていた刺突は女の僅か二指によって止められていた。

 あり得ない。

 そう、こんな現象があるはずがない。この女はISを展開していないのに。こんなことができるはずがない。ISというモノはそんなに生易しい兵器ではないのだ。たった一機で既存の戦場を塗り替える超常兵器。少なくとも現在この地球上にはIS以上の兵器は存在しない。例えパワータイプではないISである『ミステリアス・レディ』だがだとてしても、だ。一部の例外があるのみだ。

 

 故に、この三人もまた、その例外であると楯無は悟る。

 

「ッーーーー!」

 

 悟ってしまった事実に楯無が槍を引きもどそうとするが動かない。ピクリとも、しない。ISのパワーアシストを全開にしても変わらない。焦る楯無を下らないものをみるかのように、見て、

 

「うっとうしいなおい」

 

 蚊を払うかのように女の手が楯無の胸を貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、あ、え」

 

 楯無の身体が崩れる。いかな技法を持ってか、あるいは単に力任せの一撃なのか女の放ったソレは絶対防御を貫き、確実に楯無に致命を与えていた。床に倒れ、少し後にISの生命維持機能が働き彼女の命を繋ぎとめようとする。

 

「うわ汚ねぇ」 

 

 だが、やはり女は構う様子はない。血に濡れた自らの腕を振うだけだ。

 

「ま、いいか。まぁ、ここまでやったんだから、ちと早いが始めるか。……クァルトゥム」

 

 少女のうちの片方の名前を呼ぶ。(クァルトゥム)。呼ばれた名は明らかな偽名であるがそれを気にするものはここにはいない。元より彼女たちにとって名前とは記号でしかないのだから。

 名を呼ばれ、右にいた少女がフードを取る。

 フードから紫の髪が零れおちる。腰辺りまである長い髪だ。目は鋭く細く、髪と同色のメガネ。顔立ちは鋭利であるが、

 

「……はぁ」

 

 気だるげな雰囲気が全てを台無しにしている。嫌々、と言ってもいいだろう。心の底から嫌そうに、鬱鬱とため息を吐く。なにもかもに絶望してでもいるのか、目は濁り、覇気はない。

 彼女を見たならば、誰もが驚愕するだろう。

 その憂鬱とした雰囲気が、ではなく。

  

 クァルトゥムと呼ばれた少女の顔が織斑千冬に酷似しているのだから。

 

 年齢、髪形と色、雰囲気を除けば瓜二つだ。

 クァルトゥムはその顔で、気だるげに、しかし、それでも腕を振りあげ、

 

 

 

「――――Jud.」

 

 

 

 

 その手に握られていたのは黒と白の長剣。一夏たちが見れば即座に築いたであろう。その長剣の意匠が、かつて相対した暴風竜の剣砲と酷似していることに。

 逆手に持ったそれを振りおろし、

 

「“嫌気の怠惰”」

 

 床に突き刺し、

 

「――――超過駆動」

 

 

 

 

 

 




次回からバトルバトルバトルですよ。
中二成分、魔改造成分マシマシで。


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第碌話

推奨BGM:祭祀一切夜叉羅刹食血肉者

*より唯我変生魔羅之理


 

 それは発生した瞬間に爆発的に広がった。

 クァルトゥムが振り下ろした長剣から放たれたの黒紫の波動だった。刃が地面に突き刺さりそこを中心にして、一瞬にして学園島全体を襲う。対象は、この学園にいる全員の人間にたいしてだ。

 それは束縛だった。

 青白い光の輪が老若男女関係無く全員を縛り、

 

「重、い……?」

 

 誰かが呟く。加重を受けるように絞めつけ。いや、性格に言えば下に落ちるものではなく空間に繋ぎとめられるような重さだ。その場から動くことさえ嫌がっているのかのようのに。

 

「なにこれ……いや…」

 

『そう、嫌気(アーケディア)だぜ』

 

「!」

 

 突然声が響く。それは各所のスピーカーから生じる女の声だ。

 

『おめーら一人一人が持つ“自分にとって悪である”ってとこに“嫌気”の力がかかるんだとよ。ははは、どうよ高校生(ガキ)ども、コンプレックス持ってるかぁー?』

 

 耳障りな、嫌味たっぷりの声に思わず誰もが青筋を立てる。だが、その怒りが当然の束縛に対し余裕を持てたのか周囲を見回せば、誰もが嫌気の束縛を受けていた。女性が多いから、やはりというべきか胸や腰、尻に多い。  

 

「ちょっと、アンタそんなに胸大きいのにどこにコンプレックスあるのよ」

 

「大きいのにもいろいろあるんだよ……」

 

「ちょ、上げ底と胸パットとコルセットがばれるっ」

 

『案外余裕だなおい』

 

 呆れるような声が聞こえ、

 

『んじゃあ本題に入らせてもらうぜ』

 

 空気が変わる。各所から放たれるスピーカーを通してというだけでなく、その声の主から直接放たれているのではないかと思わせる。

 そして、

 

亡国企業(ファントム・タスク)、“暴食(ガストリマルジア)”オータムだ』

 

 名乗り、

 

『ちょっくら蹂躙させてもらうぜ』

 

「……ひっ」

 

 ひきつった呼吸音が各所で響いた。それだけでなく、驚愕と恐怖により足から力が抜けて転倒する者までいた。“嫌気”により空間に留められていなければ、もっと転んだものが多かっただろう。

 

 IS学園上空に突如として現れたのは竜だった。

 

 黒と白の機械の竜。しかもそれは一体で無く、無数にだ。大きいので三十メートル前後、小さいのでも十メートル近くある。大型の数は十程度であり、小型のは数えきれないほおどもある。全身を機械の装甲に包まれた白黒の竜たち。形も四肢がわかりやすく発達しているもあれば、全体的に流線系で脚部が小さいのいる。

 空を埋め尽く竜たちに大地に縛り付けられている人間はどうすることもできない。見上げる竜の目には感情は無く、ただの視覚素子でしかないが、恐怖は確かに伝わってくる。

 

『はははは、中型機竜十三機、小型機竜五十八機だ。どうよ、ISなんか目じゃないぜ? ちとオーバーキルぽけどよ。まぁ気にすんなよ、ははは』

 

 笑う。あざけるように。

 

『ほら頑張って抗えよ餓鬼どもよ、頑張って私の目に止まったら直接私が喰らってやるさ』

 

 笑う。そして、

 

『おら、どうだよ“世界最強(ブリュンヒルデ)”“狂い兎(マーチヘア)”。自分の生徒たちが断崖目前だぜ? なにかしないのかよ』

 

「ふむ」

 

「んー」

 

 答えたのは、当然ながら名指しされた織斑千冬と篠ノ之束だ。場所は学校の屋上だ。変わらず女教師スタイルの二人は聞こえてくる声に軽く首を傾げる。

 その姿に束縛はない。

 その程度の嫌気は二人には届かないということを暗に表しているのだ。

 束縛がなく、自由の身でありながら動く気配は二人には無い。

 

「ふん、くだらんな。なんだこの茶番は」

 

 鼻を鳴らす。

 

「私の生徒を脅すためにパシられてきたのか貴様は。話にならんよ。この程度で私が動くとでも思うのか?」

 

『おいおい、いいのかよセンセ。今時教育委員会に訴えられちまうぜ? 助けなきゃダメだろ』

 

この程度で(・・・・・)?」

 

 言いきる。

 オータムが楯無を完全に見下していたように、千冬もまたオータムを格下に見ている。無言の束も同じだ。二人からすれば上空を竜に占められているということさえ脅威ではないのだ。

 そして溜息を軽く吐き、髪をかき上げる。

 

「いい加減にしろ」

 

『あ?』

 

 呆れるように、叱るように。鋭く短く、言う。その言葉はただの空気の振動ではない。千冬という世界から放たれる理性だ。大罪を身に宿すオータムとその背後の■■■へと向けられた言葉。それを吐くと言うことは今ここにいる千冬の存在を欠落させる要因になるとしても、言わずにはいられない。そして、千冬が言うからこそ、対極である束は沈黙を貫く。

 

 

 

「――貴様ら、何時まで己の持っているものに満足できない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――――黙れ』

 

 その言葉に果たしてどんな意味があったのか。聞こえた声はオータムだけではなく三人分。オータムとクァルトゥム、そして残りの一人の声だろう。千冬が告げた言葉に過剰と言えるまでの感情を乗せた反応が返され、

 

『やれクァルトゥム』

 

『Jud.』

 

それまでの余裕はどこにもなく感情の任せた声が聞こえ、“嫌気”の束縛は強まる。同時に、

 

「――――!」

 

 機竜が動き出す。全身の人工骨格や人工筋肉を軋ませながら落ちる。錐もみしたり、そのまま真下に落ちたりと落下による進撃が為される。

 白黒の装甲が急激な加速と落下による大気摩擦で加熱される。それぞれが十単位の巨体だ。僅かな落下で音速を超えて水蒸気爆発を生む。

 向かう先は学園校舎。半分以上は千冬たちへと向かっている。

 機竜たちの大質量が落ちれば間違いなく木端微塵だ。千冬や束はともかく校舎内に残され、“嫌気”により束縛された生徒たちは助からないだろう。

 だが、それでも千冬は揺らがなかった。やれやれと首を傾げ、

 

「この馬鹿共、何時までへタれているのだ」

 

 呟く声はオータムたちに向けられたものではなく、

 

「この程度で嫌気を覚える程度なのか? 貴様たちが求める道は。それでは何も為せないんだよ。この程度、下らないと断じて見せろよ」

 

 言いきるのと同時。

 

 校舎からいくつかの影が飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――」

 

 真っ先に飛び出してきたのは日本刀を腰に携える執事服の少年と赤のチャイナドレスの無手の少女だ。執事服のソレは蝶ネクタイは取られ鎖骨当たりまで開けられ、チャイナドレスは通常彼女が着ているものよりも露出が多く、普段ツインテールの髪にもシニョンが付けられていた。

 二人は跳び上がり、目上の竜を眺め、

 

「……スゥ……ハァーー」

 

 息を吸い、体から力を抜く。跳び上がった二人には殺意はなく戦意すらない。自然体ともいえる姿勢。この状況で、それは誰もが自殺行為だと思うだろう。機竜もオータムたちも、束縛されていた者たちもそう思った。

 

 そして、

 

 

『千条千鏃――――無空抜刀』

 

『七条大槍――――無空拳』

 

 

 ノータイム、溜め無しで放たれた斬撃と拳撃が機竜を刻み穿つ。

 

「!」

 

 放たれたのは千の鏃の如き極細の斬撃と七の槍の如き極大の拳撃。

 そこに殺意はなく戦意はなく意識もない。無拍子。拳と手と刀の意思のみにて放たれる純粋な技術。歪みではなく二人の魂から放たれる技だ。単なる斬撃と拳圧でしかないが、それ故に破格の威力を誇る。

 

 織斑一夏と凰鈴音は数ヶ月前、太極という存在の最高峰にまで至った。それはISと■のブーストにより押し上げられた結果であり暴風竜を打倒した直後に人間の戻ったとしても至ったという事実は残っている。

 

「はは、気付いたんだよなぁ」

 

「ええ、そういうことよね」

 

 至ったその極限域のおいて、二人は己の渇望と魂と向き合った。そして知った自らの渇望。

 

「俺が斬りたいのはこの女だけなんだよ」

 

 織斑一夏は斬りたいのは凰鈴音だけだ。

 

「私が触れてほしいのはこの馬鹿だけなのよ」

 

 凰鈴音が触れてほしいのは織斑一夏だけだ。

 

「だから」

 

 そう、だから。

 

「てめらみたいな有象無象に」

 

「向ける殺意(アイ)は欠片もないのよ」

 

 二人のアイの向かう先はお互いだけ。

 例外として、殺意を抱いて相対しなければ戦闘にならない場合があるが、基本的には殺意は必要ないし、もったいない。

 例えそれが狂気でしかないとしても、

 

「コレが俺だ」

 

「コレが私よ」

 

 己の魂と渇望を抱き、己の求道を貫く。IS学園においても求道者として突出している二人。互いへの愛で互いを高め合うからこそ、

 

「シッ」

 

「ハァッ」

 

 その身に降りかかる嫌気を己の求道にて振り払いながら刃と拳を振う。

 機竜が両断され穿たれ、一気に数を減らしていく。だが、

 

『……まだだ』

 

 減らされたはずの機竜が新たに追加され落下してくる。新たに追加された機竜の内小型一機が一夏と鈴の斬撃と拳撃を加速任せに突破してくる。多くの損傷を受けながら落ちてくるそれは千冬たちがいる場所からは少し逸れる。各学年の通常の教室が集まっている箇所。おそらく今最も人が多い場所だろう。

 そこに落ちる直前に、

 

「…………」

 

 再びいくつかの影が飛び出す。一年一組の教室からだ。

 

「歪め」

 

 その内の一人、銀髪にゴスロリ少女が機竜を、いや、その直下の空間を睨みつけ呟き、

 

「――――!」

 

 機竜が鼻先からひしゃげる。まるで壁にぶつかったようにだ。そうそれは確かに壁だった。空間を歪め、空間そのものに隙間を作り、障壁とする。視覚素子まで砕けたが、それだからこそ最早方向の意味すらなくただ無理矢理に全身の加速器を用いて障壁を砕きにかかり、

 

「邪魔だ」

 

 一閃。

 朱色の大斬撃。

 十メートル近い体が見事に盾に真っ二つになる。

 それを為したのには朱いバニーガール。起伏に富んだ体型を惜しげもなくさらし、ながら大太刀を振り上げ、さらにはその大太刀を地面に突き刺す。それは数分前にクァルトゥムが行ったのと同じ動きで、

 

「喰らえよ、『朱斗』」

 

 同じように朱色の光が弾ける。

 それは地面に亀裂が入るように広がり、黒紫を喰らっていくのだ。掛けられた嫌気の束縛が和らいでいく。大太刀の朱色が嫌気を喰らっているのだ。

 

「く……っ」

 

 その代償とでいうのかのように篠ノ之箒の肉体が擬体が解け、変質していく。右半身が朱色に染まり、顔半分も染まり、右目も白眼は反転して黒くなり、瞳孔も開いて朱くになる。

 これこそが、この人から外れた姿こそが今の箒の真実だ。これまで抑えていた体をあっさりと晒してしまった事にわずかに悔みつつ、刀を振りあげる。

 束縛は解いたから避難誘導はセシリアやシャルロットに任せる。特にシャルロットならばかなり効率良くできるだろう。

 故に箒がやることは、

 

「――斬る」

 

 人を外れたバケモノの力を、しかし人の理性を保ったままで振うのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 IS学園学園祭は、完全に一つの戦場あるいは異界となっていた。

 そして、未だにこれらは前哨戦である。

 

 

 

 




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第漆話

推奨BGM:覇ヲ吐ク益荒男



 IS学園は人工島だ。IS学園が創立されたときに海上に建造されたものである。東京湾の沖合数キロほどにあり、主な移動手段はリニアレールと航空機だ。特にリニアレールは学園外だけでなく学園島全体の主要な移動手段として島全体に張り巡らせれている。

 そして今そのリニアレールを支配するのは、二つ。

 

「----!」

 

 一つは破壊の足音だ。 

 それの主は機械の竜。

 それも四肢が発達し二脚にて走る格闘に特化したタイプ。中型の三十メートルのソレが三機だ。リニアレールを中心に右に二機、左に一機。白黒の機械竜は一歩動くごとに全身の加速器から光を放ち、水蒸気の尾を引き、地面を砕きながらも尚疾走する。

 

 そして、もう一つは、

 

「明日 何処に行こう 今日 何処にでも」

 

 歌だ。 

 それの主は舞いの歌姫。

 三機の機竜、それよりも先。背を前に向きながら走る凰鈴音だ。後ろ走りだが、当然転倒するような無様はさ無く、むしろ気軽さすら持ち、歌を口ずさみながら後ろへと走る。

 

「今日 何処に行こう あの 場所に行こう」

 

 テンポは、速い。自分の足音や時たま鳴らす手の音で拍子を取り、リズムを刻む。

 

「明日 何処に行こう 今日 何処にでも 

 今日 何処に行こう あの 場所に行こう」

 

 機竜の足音、咆哮、疾走による大気の爆発。それら単なる戦場の響きが鈴が口ずさむ言葉と合わさり歌となっていく。

 無論、機竜たちもただ音楽の一部となっているだけではない。先ほどまで五十メートル近くあった互いの距離は除々に縮まっていた。

 加速器から洩れる光はさらに強まり、叫びの声も大きくなっていく。距離が残り十メートル程度まで縮まり、機竜たちが手を伸ばし、

 

「!?」

 

「踊りに行くの 町の何処にでも 貴方のいない 町の何処かへ

 唄いに行くの 何時でも行ける 貴方を探す 明日の何処かへ」

 

 竜が転倒する。地面を砕きながら転がる。

 それすらも響きの一部としながら、

 

「手を取って そして踊って そして笑って いつもの我が儘を聞いて

 明日もまた 何処かで出逢い 明日もまた 今日の背中を押して」

 

 歌と共に放たれたのは無拍子の拳。純粋な拳圧にて機竜を打撃し、転倒させている。無論、ただ殴っているだけではない。飛ばした拳圧の先は機竜の関節部分だ。格闘型は二脚にて走っているから、他の機竜たちよりも体幹のバランスが人間に近い。だからこそ、動きを己の舞いと重ね合わせ、機竜が鈴に接触する直前に関節部分を打撃することによってバランスを崩しているのだ。

 勿論、簡単なことではないが、

 

「余裕よねぇ」

 

 口の端に笑みを浮かべながら舞う。

 その程度の困難出来ない凰鈴音ではない。

 

「ララ……」

 

 間奏のハミングを口ずさみ、再び距離を取る。

 だが、

 

「お?」

 

 機竜の内一機が新たな動きを見せる。二機はそのままこちらへと疾走し、再加速していくが、一機ののみは比較的に鈍速になりながらもリニアレールに飛び乗る。四つん這いになりリニアレールを砕きながらも跳びはね、

 

 その顎に光が集う。

 

「それは拙いわね」

 

 その光は加速器から放たれるものと同質であろうが、しかし規模はまったく違う。遥かに圧縮、凝縮された光芒だ。

 それを見て鈴は即座に足を止め、歌を切り替える。

 相手の動きの流れを自らの流れに乗せるにする“今昨舞”から惚れた馬鹿以外己に届かせないとする“高嶺舞”に。

 

「通りませ 通りませ 行かば何処か 細道なれば」

 

 足を止めたから、他の二機が近づいてくる。だがそれでも己の代名詞ともいえる“高嶺舞”を発動させる。

 

「天神元へと 至る細道 御意見御無用 通れぬとても」

 

 周囲の空間が歪み、鈴の存在が高嶺に運ばれる。それは常人には届かず、唯一人の男にしか届かない場所だ。

 だがしかし、

 

「----!」

 

 竜の顎より放たれた咆哮はその高みに牙を剥く。

 竜砲。

 機竜が機竜たる最大の所以。基礎能力においてはあらゆる存在を超越している最大の理由だ。本来ならば全身の加速器から放たれる流体と呼ばれるエネルギーを口という極一か所にのみ限定させて放つ所謂必殺技だ。小型のソレでも容易くビル一つ分は破壊するし、中型ならばもっと大規模な破壊も可能だ。

 

 それが、鈴を飲み込む。

 

「くぅ……っ!」

 

 鈴の視界が青白に染まった。その色は破壊の色だ。肌が焼け、全身の衝撃を受ける。だが、

 

「この子の十のお祝いに 両のお札を納めに参ず

 行きはよいなぎ 帰りはこわき」

 

 歌う。

 

「我が中こわきの 通しかな」

 

 歌いきる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゼハァッ……ハァ……!」

 

 荒く息を吐き出す。舞いの完了と共に竜砲は防ぎきった。だが、しかしかなり消耗を強いられた。今の鈴の両腕は機械であるから動きそのものに支障はないが、しかし動かすのは鈴自身だ。今の防ぐのはさすがに骨が折れる。

 だが、当然ながら

 

「第二射来るわよねそりゃあ」

 

 他の二機も同様に顎に光を溜めていた。加速器から放たれる流体は減っているが、それを補って余りあるのが竜砲だというのを理解している。

 正直止めてほしい。

 

「止めてくれたりする?」

 

 止めることはなくまたもや竜砲が放たれた。

 

「唵・摩利支曳娑婆訶ァーー!」

 

 即座に意識を切り替える。己の魂による舞いではなく歪みを用いた陽炎。全身を揺らめかせ、存在を分岐させながらも拳を振りかぶる。右の拳に莫大な量の陽炎色の気が集い、

 

「陀羅尼孔雀王ォォ!」

 

 先に放たれた竜砲へとぶち込む。

 青白と陽炎が激突し、二色が飛沫を上げ、

 

「ハァァッッ!」

 

 陽炎が打ち勝つ。拳撃に乗せられた莫大な気が竜砲を押し返し、発生元の頭部が爆砕される。

 だがそれでも。

 

「まっず」

 

 さらに放たれようとするもう一機のソレは回避できない。技後硬直により反応が遅れる。回避は不可能で防御するにも不十分、可能性分岐と高嶺領域も先に一度破られた以上はある程度の負傷は免れない。

 そして、

 

「!」

 

 機竜の頭部が爆発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーい大丈夫?」

 

 竜砲が放とうとした機竜の首が頭から吹き飛んだと同時に、耳に聞こえたのは間延びした声だ。突然鈴の横に現れたのは執事服姿のシャルロットだ。手には鎖が付いた一メートル大の手裏剣がある。

 

「……」

 

「あれ、余計なお世話だった?」

 

「……いえ、正直助かったわ」

 

 素直に礼を言う。

 先に突然機竜が爆発したのはシャルロットが大きく開いた顎に手裏剣付きの鎖を巻きつけて、無理矢理閉じたのだ。それのせいで行き場を失った竜砲により自爆した。

 あのタイミングでは危なかった。

 

「いいよいいよ、あとついでに」

 

 シャルロットが視線を動かす。その先は一番最初に竜砲を放った機竜であるが、

 

「あんた何時の間に」

 

「鈴が竜砲殴ってる隙にね」

 

 全身を手裏剣付きに鎖で雁字搦めにされていた。そしてその鎖の各所のは何かの文字が刻まれた符がいくつもあり、

 

「ナウマク・サマンダヴァジュラダン・カーン」

  

 爆発する。数十枚以上あった符が全て爆発し、至近距離からの爆炎と衝撃が機竜の身体を砕く。

 

「デュノア流、縛鎖爆炎陣、てね」

 

「だからデュノア関係ないでしょうに……」

 

 それでも助かったのは確かだった。

 

「それで? どうなの、アンタは」

 

「避難はまだ半分かなぁ。さすがに学園内の全員を誘導したりするのはキツイねぇ」

 

 機竜の襲撃に対し、鈴たちは自然と役割が分れていた。一夏と鈴は地上迎撃で、箒、ラウラ、セシリアは校舎の防衛、そしてシャルロットは学園内の人間の避難勧告だ。最大百人規模までに分身できるシャルロットだからこそ任せられることだろう。避難先は学園地下のシェルターらしい。

 

「このドラゴン、デカブツは結構減ったね。これで三機、一夏がもう二機相手してて、箒たちも二機……でもまた追加されそうだなぁ」

 

「嫌な事言わないでよ。……まぁ大本叩く必要はありそうよね、どこにいるのかわかんないけど」

 

 言いきり、上空へと顔を向ける。

 機竜が未だ多くある空の中、空戦迎撃を任された本音が飛翔し機竜たちと交戦していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空中戦、それは人の領域ではない。人間は己の足で立っているのが大体の前提だからだ。跳躍ならばともかく自由自在に動き回ると言うことは不可能である。だが、しかし、それは竜には可能だ。その巨体を自由自在に動かしながら空中を飛翔する。特に脅威なのは四肢が退化しているが、全体のフォルムが流線形の竜だ。極限まで空気抵抗を減らしているのか、他の竜に比べてやたら早い。跳躍することしかできない人間では相対不可能だ。

 

「エレメントリライト 

 因子変更――――

 モード“エノク”より、シェムハザ実行――」

 

 だからこそ、本音は人を外れ、より高位の存在へと己を塗り替える。同時に背に光の翼が生じた。それは機竜の持つ流体に酷似した光で色は真白。翼の形の光。それ自体が超振動する天使の翼だ。いや、それは正確に言えば天使では無くまったく逆の存在、反天使よばれる存在の欠片だ。最早残滓でしかない、かつてあり、消え去った世界の欠片を“愛の狂兎”がつなぎ合わせて生み出された偽りの人工超越存在。光翼は超微細な、肉眼では視認できない文字列にて編み込まれているそれらに力が宿り、名付けられたら天使の名がさらなる力を抱く。

それを知らずとも本音はその権能を振う。

 

「いっくよぉーっと」

 

 いつも通り、間延びした声で跳ぶ。跳躍ではなく本物の飛翔だ。エプロンはすでに破れ意味をなさなくなり、すでに棄てた。故に身に纏うのは黄色のビキニタイプの水着だけだ。裸同然であるが、

 

「喰らわなければ問題なぁーし」

 

 機竜の突進も竜砲も肩口にある副砲もなにもかも避ける。

 数十メートル単位の機竜たちに対して、160センチ程度の本音は機動性で遥かに上回る。単純な最高速度では分が悪いが、高速軌道や複雑な軌跡を描くのは本音の方が上手い。だから全て避ける。

 その上で、

 

「てりゃー」

 

 自らの周囲に浮遊させていた拳大の光弾を放つ。数は三十以上だ。一つ一つは巨大な装甲を持つ機竜に対しては心もとない威力だろう。トラック一つ分吹き飛ばせる程度では足りないのた。だからそれは牽制に過ぎない。

 視覚素子や方向転換の際にぶつけて、速度を落とさせ、時間を稼ぐ。

 そして詠う。

 

「ATEH MALKUTH VE-GEBURAH VE-GEDULAH LE-OLAM AMEN

 

 YOD HE YAU HE  ADONAI EHEIEH AGLA

 

 BEFORE ME RAPHAEL       BEHIND ME GABRIEL

 我が前にラファエル―――我が後ろにガブリエル―――

 

 AT MY RIGHT HAND MICHALEL   AT MY LEFT HAND URIEL

 我が右手にミカエル―――我が左手にウリエル――― 」

 

 紡がれた聖歌は人に位階のものではない。

 織斑一夏と凰鈴音が己の歪みを己の魂と融合させ高みに昇っていくように、篠ノ之箒が人間の位階序列そのものから外れていくように、本音もまた己の歪みを以って存在の質を高みに押し上げる。“愛の狂兎”の魔導的因子(歪み)を保有してる本音だからこその在り方だ。

 

「BEFORE ME FLAMES THE PENTAGRAM BEHIND ME SHINES THE SIX-RAYED SATER 

 我が前に五芒星は燃え上がり、我が後ろに六芒星が輝きたり―――

 

 ATEM MALKTH VE-GEBURAH VE-GEDULAH LE-OLAM

 されば神意をもって此処に主の聖印を顕現せしめん―――

 

 アクセス、マスター

 封印因子選択 ―――

 モード”エノク”より、バラキエル実行――― 」

 

 今の本音の位階で接続できるのは■のほんの一端でしかなく、掬いあげられる力も僅かだ。かつて大極にまで至った一夏たちには遠く及ばない。だがそれでも、

 

「十分だよ……!」

 

 詠唱の完了、高次元への接続により出現したのは、爪のような装備。

 それを目前の小型機竜へと振った。

 

「せいっー!」

 

 瞬間、

 

「!」

 

 二機の機竜が縦に五等分に分割された。

 それは爪から放たれた斬撃ではなかった。彼女の爪が切り裂いたのは空間そのもの。爪の軌道上に空間断層が生じ、機竜を断ち切ったのだ。

 

「そーいっ」

 

 振り回す。光翼にて飛翔しながら爪を振い機竜を分割させていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 制空権は本音が確実に確保させていた。その一方、

 

「ハァ……ハァ……ハァ……ッ」

 

「キツイ、ですわね……」

 

 校舎防衛に回ったゴスロリとパンクファッションのラウラとセシリア。すでにラウラは眼帯を外し、セシリアも両手に拳銃を持ち、周囲には呼びの銃火器が散らばっている。

 

 そしてすでにボロボロだった。二人とも額から血を流し、汚れも多い。せっかくの衣装も所どころ破れている。

 

 校庭の箒は別として、屋上にいる二人は、有体に言って――――絶体絶命だった。

 

 

 

 




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第捌話

推奨BGM:尸解狂宴必堕欲界

 *より神州愛國烈士之神楽


 

 屋上にて防衛線を任されたラウラ・ボーデヴィッヒとセシリア・オルコットが苦戦を強いられているのには、実に単純な理由だ。所謂相性である。

 

「歪めッ」

 

 飛翔し、突進してくる機竜をラウラが歪曲の障壁を作り、動きを止める。視覚素子を破壊して視界を封じる。動きを止めた機竜に、

 

「――削れ」

 

 指を鳴らし、背後に展開したパンツァーファウストを射出する。無論それは単なる爆撃ではない。ラウラ自身の保有する魔眼により空間掘削の性質が付与されている。かつて暴風竜の動きを一瞬とはいえ停滞させた砲撃だ。

 当然機竜相手にも有効だ。実際にその空間の歪みは小型機竜の半身を抉る。機竜とは名の通り機械の竜であり、列記とした生命体。正確にはこの機竜たちの本体でクァルトゥムの一端だ。だからいかに竜と言う超越種とて半身を失えば生きていられない。

 

 そして、死んだ機竜、すなわち空中にて浮力を失った大質量はどうなるか。

 

「ラウラさん!」

 

「わかって、いる……!」

 

 当然ながら、落下だ。数トン、あるいは数十トンクラスの大質量だ。そんなものを学園の校舎の落とすわけにもいかない。一機でも落とせば大崩壊をもたらすのは目に見えている。現在学園内の人間は分身したシャルロットや、ソレ以外の動ける者により学園直下のシェルターに避難中だ。半数は避難完了したとはいえ、まだ半分は地上、校舎に人間は残っている。

 だから、こそ、

 

「ガ、ア、ア……ッ!」

 

 左目を限界まで見開く。林間学校にて己の矜持のみでその歪曲の位階を上げ、さらには両目にまで開眼させたが、今はその歪みを左目に集中することでその効果を上げている。

 半壊した機竜を中心に黒い球体が発生し、

 

「砕け、散れッ!」

 

 その一点を中心にし、莫大な負荷が生まれ機竜の機体が音を立てて崩壊する。細かく零れた破片が地面に落ちるが、その程度では流石に校舎は無事だった。

 無事でないのは、

 

「く……!」

 

 頭に激痛が走り、思わず膝を突く。小型機竜の半身とはいえ五メートル大の質量を丸ごと歪みで崩壊させたのだ。負担がないわけがない。彼女の能力はその眼球を媒体としており視覚を使ったから負担がダイレクトに脳に響くのだ。実際今のラウラには常人ならば発狂しててもおかしくないほどの激痛を負っている。

 

 そして、それはセシリアも同じだ。

 

「……!」

 

 膝をついたラウラを庇うようにセシリアが前に出る。足元に置いたデザートイーグル二丁を蹴りあげる。手にしたもう二丁を使った四丁拳銃。狙いは二機同時に迫る小型の機竜だ。音速超過、大量の水蒸気爆発を引き起こしながら迫る鋼の竜にセシリアは引き金を引く。それはセシリアの持つ歪みにより通常の弾丸よりも威力速度射程距離共に強化されているが、概念的な防護を有する機竜の装甲には効果が無い。命中したとしても弾かれるだけだ。ただ銃弾としての基礎能力を上げただけでは足りないのだ。

 

 だから狙うのは各所の加速器だ。

 

 跳弾を用いて、世界からズレる魔弾にて加速器を狙う。大量の流体が吹き上げるが、それでも世界から半歩外れた弾丸なら亀裂を入れるくらいのことは出来る。そして、音速超過の世界ではその亀裂は致命的だ。僅かに入った小さな亀裂は噴出する流体により広がり、加速器の破壊をもたらす。

 そしてそれは撃墜に繋がる。

 二機同時に全身各所の加速器から爆煙を上げ、失速し校舎に突っ込みかける。だから、拳銃から機関銃に装備を変え、即座に連射した。腰だめに二丁構え暴風の如き弾丸を放つ。機竜の装甲をハチの巣にするそれは一発一発が世界から外れている。

 

「くぅ……!」

 

 当然それは莫大な負荷だ。本来ならば虎の子の一発。切り札であるのが理外の魔弾だ。暴風竜戦を経てかつてに比べ、連射可能ではあるもの、それでも負担は大きい。ラウラの魔眼と同じように脳に直接響くのだ。それを機竜が粉々になるまで連射している。

 

「ハァ……ハァ……ハァ」

 

「クッ……!」

 

 二人とも息は荒く、セシリアの膝は微かに笑っているし、なんとか立ち上がったラウラも同様だ。

 

「まったく、何故私たちが……こういうのは鈴とかのほうが向いているであろう」

 

「その鈴さん含めあの殺し愛夫婦が真っ先に飛び出してしまいましたからね。避難誘導にはシャルロットさんは欠かせませんし、空を飛べるのも本音さんのみです。ついでに言えば、箒さんは校庭で大きいのを一人で相手していて、簪さんと今日来ているはずの蘭さんは姿が見えない、と。私たちがやるしかありませんわ」

 

「つまり悪いのはあのアホ二人というわけか」

 

「ですわね」

 

 軽口を叩く事で、頭の激痛を紛らわす。だが、もう既に何度も繰り返してる以上、簡単には消えない。何時ぶっ倒れてもおかしくはないが気力のみで意識を繋ぎとめる。

 それでも周囲を飛ぶ機竜たちや各所から聞こえる戦闘音は嫌になる。

 

「このままでは拙いな……」

 

「ですわねぇ」

 

 早めに校舎を空してもらわなければラウラもセシリアも本領発揮できない。二人とも戦争、広範囲殲滅を得意としているから、周囲を守りながら戦うと言うのは得意としていない。

 

「ん?」

 

 ラウラの視界の隅に見慣れないものを捕えた。正確に言えば、見知っていることは見知っているが、今日一日では始めてみた姿。

 それは一人の少女。茜色のジャージ姿に赤い髪とバンダナ。足元にはジャージと同じ色のスポーツシューズ。

 

「蘭、さん?」

 

 セシリアも見えたのは、五反田蘭だった。

 屋上の扉から現れ、歩いてくる。足取りは定まっていない。周囲が碌に見えていないのか飛翔している機竜には反応していない。

 だが彼女が現れたと同時に、

 

『セシリア、ラウラ!』

 

 叫びの声は箒だった。ISのプライベートチャンネルを用いた通信で、

 

『スマン、一体そっちに行った!』

 

「!」

 

 即座に周囲を探り、そして即座に見つける。

 

「蘭さん!」

 

 蘭の目の前だった。中型で格闘型のそれは高速で走り蘭へと迫る。そして、その口には流体の光が溜まっている。竜砲だ。

 

「イカン!」

 

 叫び、魔眼を発動仕掛けるが遅い。すでに蘭の目前だ。竜砲が放つ方が早く、セシリアも蘭も間に合わない。

 

「蘭!」

 

「蘭さん!」

 

「----!」

 

 竜砲が放たれ、

 

「!?」

 

 閃光の柱は機竜を撃ち抜いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は……?」

 

 セシリアとラウラは今起こったことを理解するのに僅かながらの時間を有した。

 なにが起こったかは至って単純である。

 放たれた光の柱。蘭へと無情に突き刺さる光の大剣は確かに絶大な威力を誇っていた。

 それを、

 

「蹴っ、た……?」

 

 そう、蘭はその竜砲を蹴ったのだ。彼女に激突する直前にハイキック。それにより竜砲は止まり、進む方向が全く逆となり機竜をぶち抜いたのだ。

 なにがあったといえば、そういうことだ。

 だがしかし、それだけでも無かった。蘭の足には彼女の武装である『頂きの七王(セブンスレガリアズ)』は装備されていない。ただのスポーツシューズをはいているようにしか見えなかった。

 

 それなのにも関わらずキックの瞬間に彼女の足には複数の魔法陣が浮かんでいた。

 

 いや、魔法陣というよりは円形状に構成された数学式かなにかだろう。大量の記号と数学、文字式が彼女の足元に展開されていたのだ。それが、竜砲を押し返していた。

 

「…………」

 

 そう、ラウラやセシリアが思考を巡らしている間も蘭は無言だった。

 だが、しかし肩は震えていた。それは恐怖でも驚愕でも無かった。

 顔を上げた。彼女は無表情で、息を吸った。大きく吐いて、

 

 

 

「――――うんがぁーーーーー!」

 

 

 

 叫んだ。

 

「は?」

 

「え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんなんですかこんちくしょーー!」

 

 叫ぶ。よく見れば彼女の眼は赤く腫れていて、

 

「学園祭なんだからちょっとくらい一夏さんに構ってもらえると思ったら案の定ずーっと執事スタイルで鈴さんといちゃついてて回り見えてなくて、“ああやっぱ完全に脈ないなぁわかってたけど”て傷心していたらいきなり胸に変な負担掛って身動きできなくなって頑張って、なんとか気合いで動いたと思ったら周りにはでっかい飛び機械トカゲ飛んできて波動砲撃ってくるってどういうことですかこんちくしょーー!」

 

 叫ぶ、というか爆発していた。

 セシリアとラウラは自分の目が点になるのを自覚した。

 

「なんですかあれですか貧乳馬鹿にしてるんですかそうですかええそうですよ私は本物じゃないですからね鈴さんやラウラさんみたいな未来ない末世貧乳じゃなくて未来がある新世界貧乳ですからね夢と希望が詰まってるんですよ気にしてませんですよ笑えばいいじゃないですか哀れな失恋小娘笑えばいいじゃないですかあーはっはっはて大きな声で!」

 

 言いきり、

 

「あーはっはっは!」

 

 笑った。

 

「…………」

 

 誰も笑えなくて、全員動き止めて、目を逸らした。鈴とラウラは額に青筋浮かべていたが。機竜でさえも動きを止めていて、

 

「----」

 

 思い出したように動きだす。

 そして、蘭へと迫る新たな機竜が虚空から出現した。中型が一機だ。すでにその顎に膨大な流体を溜めていた。

 そしてそれだけではなく、

 

『……自虐ってのはつまり自分への嫌気だよなぁ』

 

 半ば同情したオータムの声が機竜から発せられ、同時に、

 

「あーはっ……は?」

 

 蘭へと嫌気の束縛が放たれる。それは先ほど学園島全体に放たれた者よりも強く濃い。範囲指定でなく個人指定だ。それゆえにその束縛は比べ物にならない。全力でも本気でもないが、しかしその力は膨大だ。

 束縛に蘭はその胸を中心として嫌気の靄と輪に縛られ、

 

「うんがー!」

 

 叫びと共に全てを振りはらった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「恋破れし乙女にそんなもの効くとお思いですか!?」

 

 振り払った瞬間に足元に出現したのは七つの複雑な円形魔法陣。本来存在していた簪製のローラーブレードは無い。彼女がはいているのは確かに唯のスポーツシューズでしかないのだ。だが、しかし、

 

「形成せ――――轟の風車」

 

 六つの魔法陣が消え去り、一つが残り蘭の足元に展開される。

 それは踵の左右に二つ、つま先に一つの歯車が生まれ、高音は発しながら超高速で回転していく。 

 同時、竜砲が放たれた。

 大量の流体が閃光の剣となって蘭へとぶち込まれ、

 

「はああああああ!」

 

 それを蘭はなんの迷いもなく右の蹴りを叩きこんだ。接触の瞬間につま先の歯車がさらに回転速度を増して、

 

 流体を吸収していく。

 

 ラム・ジェット理論と呼ばれる理論がある。主に航空機やミサイル兵器に応用されている理論だ。単純に言えば一度吸入した空気を圧縮し、そこに燃料を噴射させて燃焼させた排気の反動で推進力を得るという理論だ。

 そしてその理論を応用したのは『頂きの七王(セブンスレガリアズ)』のモード『轟《オーヴァ》』だ。

 本来ならば受けた風や衝撃をラム・ジェット機構で高温、高圧にし“超臨界流体”とよばれる状態にして壁として放つのは『轟』の能力だった。

 だが、それはあくまでも科学の範囲での話で、高密度、高質量の流体や魔力、気にまでは対応していなかった。

 だがしかし、今蘭はその現象を再現していた。『頂きの七王(セブンスレガリアズ)』がないのにだ。

 ならば、どこにあるのか。轟の力はあくまでも『頂きの七王(セブンスレガリアズ)』の力を昇華させたものであるからソレが無関係ということはあり得ない。

 

 『頂きの七王(セブンスレガリアズ)』――――それは今、蘭の魂と同化していた。

 

「悔しかったんですよ……! アレが無くちゃなにもできない自分が!」

 

 そう、五反田蘭の戦闘力は大部分を『頂きの七王(セブンスレガリアズ)』に依存していた。勿論素の蘭自身も並大抵ではなく、益荒男たる気質を保有している。

 それでもソレが無くては一夏や鈴たちに並び立て無かったのはまた事実だ。

 暴風竜との相対より自らの歪みを理解したが、しかしそれでも悔しさは残っていた。

 それが理由で己の恋が実らなかったとは言えないし、思ってもいない。

 『頂きの七王(セブンスレガリアズ)』が己の力の一部であることも真実だ。愛着もあった。だから棄てるという選択肢も無かった。

 

 故に本当の意味で己のものにする為に蘭は『頂きの七王(セブンスレガリアズ)』を己の魂へと同化させた。

 

 当然それは簡単なものではなく、“導きの剣乙女”と“愛の狂兎”から歪みをどちらからも受けている蘭だからこその行いだ。

 

 まず蘭以外にはできないだろう。

 

「決めたんですよ」

 

 歯車を流体が吸収しきる。蹴り抜き、一度身を回す。右足に思いきり力を溜めて、

 

「私は」

 

 爆発させる。同時に吸収した流体を解放。轟風を纏う足を、

 

「――私の翼で飛ぶっていう事を!!」

 

 振り抜く。

 竜砲の数倍の規模の質量と威力を持った超臨界流体の“壁”が機竜を完全に粉砕させた。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 機竜が完全に粉砕され、蘭が跳躍し宙を舞うのをラウラとセシリアは呆然と見ていた。彼女の結果はめざましく、瞬く間に機竜たちを粉砕していく。

 そして、その光景を見て、

 

「ふ」

 

「は」

 

 二人の口から息が漏れた。それは連続し、

 

「ふ、ふふ」

 

「は、はは」

 

 笑いだした。始めは小さかったそれだが、すぐに大きな笑いになる。

 

「ふふふふふふふふ!」

 

「はははははははは!」

 

 口を大きく空け、目じりに涙さえ浮かべて二人は笑った。脱力さえしている二人はおよそ戦闘中の者には見えなかった。

 

「ねぇ、ラウラさん?」

 

「ああ、なんだ」

 

「なんて、滑稽でしょうか」

 

「まったくだ、嗤わずにはいられない」

 

 互いの状況を二人はそう評した。

 

「まさか、やることやりきれずへたっているところに年下の女の子頑張らせてるどん底女二人なわけですが。どうするべきでしょうねそんな二人は」

 

「死んだ方がいいな」

 

「ですわね」

 

 が、こんな所で死ぬわけにはいかない。

 ならばどうするべきか。やるべきことは、一つしかない。

 

「――――今ここで、至るべき所に至ればいい」

 

 口をそろえて、言う。

 その事に、先ほどとは違う意味で笑みを濃くし、

 

「幸い、いい見本がうんざりといますしね」

 

 見回したのは機竜。そしてそれから伝わる“嫌気”、大罪の一端だ。

 

「大罪、それはすなわち人であるならば誰もが持つ者。それを以って彼女たちが力を得ているのならば私たちに同じことが出来ぬ道理は無し」

 

「業腹ではあるがな。教官以外から教えを求めるなど」

 

「教導と言えますかこれが? 私たちが勝手に盗むだけでしょう」

 

「まあ、な。だがいいのか? 大罪など、お前にはまったく似合わんだろう」

 

「外道であるのは確かですし、性に合わないのも確かです。ですが、そんな性分で仲間を、友を、愛する者を護れないなどあってはならいことですわ。愛する者のためと言うならば、私は何処までも己の身を落としましょう」

 

「ふ、お前も大概狂っている」

 

「自覚してますわ」

 

 互いに小さく笑い、そして目を閉じる。

 そして――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アクセス――――我がシン」

 




つまり蘭のは聖遺物ぽいのになったということですね。


感想、評価等いただけると幸いです。


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第玖話

推奨BGM:禍津血染華


反天使(ダストエンジェル)……。懐かしいなぁおい」

 

「いや、私としては幼い頃の日記を除かれている気分だよ……」

 

 目を閉じ、動きを止めたラウラとセシリア、そして上空にて光翼を羽ばたきながら飛翔する本音を眺めながら千冬と束は呟く。

 

「……反天使、あの世界(・・・・)にのみ存在した聖書神話から抽出し、神々に抗う為にお前が作成した対神格術式“反天使(ダストエンジェル)”、か」

 

「言うほど単純なものじゃないけど。アレの本質は人間の(シン)そのもの。聖書において神に逆らった存在の概念を超ウルトラメガマックス複雑な文字式とそれぞれの名前を付けて、概念でブーストしまくって、気合い入れ過ぎて完成した時には世界は平和でお蔵入りなったていう束さんの黒歴史だよ………]

 

「おまけに術式に耐えられるような(にくたい)が碌になかったからなぁ」

 

「だよねぇ……」

 

 まぁ、いいけど。

 二人は同時に苦笑しながら小さく頷く。

 

「だがまぁ、今こうして、この世界では器が見つかったんだからよしとすればいいだろう? アイツらなら、ちゃんと使いこなせるはずだ」

 

「そうだね。そこらへんは心配していないよ。実際、アレの発現は皆の助けになるだろうし。なにせ、神格や天使そのものと相対するために創ったんだから。まだ成り立て、不安定状態だとしても」

 

 一度、区切り、

 

「安定すれば、機竜武神自動人形混成十万体にだって互角に渡り合える」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 セシリア・オルコットとラウラ・ボーデヴィッヒが行ったのは己という存在、魂への潜水行為。個我すら曖昧になってしまうほどの超深層に落ちるまでそれを行う。

 

 己はどういう存在なのか。

 己の望むものはなんなのか。

 己が認めるわけにはいかない現実はなんなのか。

 己の持つ罪とはなんなのか。

 

 今この瞬間自らをさらに理解するために自らに埋没していく。最早周囲の戦闘音も歪みの負担による頭痛もなにもかもは消え去っていく。

 本来ならば、非常に困難な行為であるが、今この場に限っては例外だ。何故ならば、周囲には罪そのものと言ってもいい、大罪の竜、その端末たる機竜が大量にいる。故にそれを手本として、己の罪と向き合う。

 そうして埋没し、至るのは常軌を逸した意識階層。それはすなわち忘我の境地、さらなる高次元への接触。

 

 すなわち■との接続だ。

 

 

「アクセス――――我がシン」

 

 

 ほぼ、無意識で二人は同時に詠う。

 ■との接続と言っても二人のソレは■そのものではなく、その守護者たる“導きの剣乙女”への接続だ。導き教えるという事に関して、彼女以上の存在はおらず、故に今、セシリアとラウラはその存在の質を跳ね上げる。

 

 

「イザヘル・アヴォン・アヴォタヴ・エル・アドナイ・ヴェハタット・イモー・アルティマフ 」

 

 

「ディエスミエス・イェスケット・ボエネドエセフ・ドゥヴェマー・エニテマウス

 

 無頼のクウィンテセンス」

 

 

 紡がれるのは異界の言語。既に存在せず、今この世界へと繋いだ旧世界の概念。

 暴食と傲慢の(シン)だ。

 本来ならば、そのどちらも二人の本質とはいえない罪だろう。だが、■から汲み上げ己の取りこんだ術式がそういう罪だ。そして、二人はそれに抗わない。

 

 

「イフユー・ネゲット・アドナイ・タミード・ヴェヤフレット・メエレツ・ズィフラム」

 

「肉を裂き骨を灼き、霊の一片までも腐り落として蹂躙せしめよ

 

 死を喰らえ―――無価値の炎 」

 

 むしろ、上等と言わんばかりに詠唱を完了させた。

 その瞬間に、二人は存在の根底から変質した。

 人の形をしていながら、中身は、魂も、精神もまったく別のものに。

 人間を超え、魔人となる。

 変化は外見にも表れた。

 セシリアは右腕から顔にかけて神経や血管が浮かび上がり、ラウラの左目から血の滴が落ち、左頬を伝う。そしてそれは刺青に変質する。

 それだけではない。

 主の変質に従い相棒であるはずの二機のISも新生する。この二機も、白式や甲龍と同じだ。主の為に創られたにもかかわらず、主の力になっていない。故に今度こそ、と存在を変質させ、形すらも大きく変える。

 ピアスだったブルー・ティアーズ、レッグバンドだったシュバルツ・レーゲン。そのどちらもが今の主にふさわしい形態に。それらは一度光に包まれ、二人の身体に展開する。

 そして現れたのは、一丁の拳銃と三叉の鎖だ。

 所どころに赤のラインが入った蒼い拳銃は一見した通常の自動拳銃と何一つ変わらない。だが、魔弾の射手たるセシリア・オルコットの力量に見合うために、既存の銃の性能を超越している。

 ラウラの周囲に浮遊するのは黒い鎖は三つの先端に獣の顎を有していた。それは地獄の番犬であり、冥府よりの使い。それ自体が自律しており、主の命が無くとも敵へと喰らい付く魔の鎖だ。

 

「――――」

 

 目を開ける。

 視界の中は何も変わらず、学園内を縦横無尽に機竜たちが蔓延り蹂躙している。一夏や鈴箒、蘭、本音たちが戦っているのも見えた。だから、こそ、全員に向けて、

 

「避けろよ」

 

「当たったら申し訳ないですわ」

 

 聞こえるか不確かだが、しかし聞こえると確信し、

 

「消え去れ」

 

「Rest In Peace」

 

 反天使、魔人たるその力を振う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まず発生したのは黒い炎だ。無論それはただの炎ではない。ラウラの魔眼より生み出された大罪の具象。それが彼女の視界内の全ての機竜より発生した。

 

 それこそが無価値の炎(メギド・オブ・ベリアル)

 

 この世界に存在するありとあらゆる存在を無価値と断じる冥府の業火。この世界存在する万象を蹂躙し、消滅させる炎。ラウラが身に宿した魔刃(ベリアル)の最強の矛。

 それらが機竜を消滅させていく。

 元々持っている機竜の概念防護にすら意味は無い。触れた瞬間に片っぱしから消え去っていく。なにもかも、唯一つの例外は無い。

 結果、中型機竜六体、小型機竜二十七体が無価値となり塵の如く消えた。

 

 そして、残った機竜の尽くを貫いたのは赤混じりの蒼光だ。

 

 放ったのは言うまでもなくセシリア。それは彼女が身に宿した魔群(ベルゼバブ)も異能によりプラズマと化した弾丸だ。暴食の力を宿した超高温の弾丸は大気を焦がし、機竜を打ち抜く。概念防護も一瞬の内に蒸発する。

 機竜一機に付き一閃。

 ただそれだけ。だがそれだけで閃光は無価値の炎を逃れた竜たちを撃ち貫いたのだ。

 学園各地に爆煙の華が咲く。

 

 結果、中型機竜四体、小型機竜四十三体を爆砕させた。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひゅー、やるなぁ」

 

「つーか、やりすぎよ」

 

 戦っていた機竜の全てを破壊したラウラとセシリアに一夏は素直に感心し、鈴は呆れた様に肩をすくめる。学園内にいた全ての機竜を破壊したのは流石という他ない。一夏と鈴は二人とも戦争よりは決闘の方が好きな性質で、ああいった広範囲殲滅系の攻撃手段は得意ではない。だから素直に賞賛しておく。

 

「で?」

 

「は?」

 

「あれ、どう思う?」

 

「あ? いやすげぇなぁとは思うけど」

 

「そんだけ? 斬りたいとか思ってない?」

 

「んー、まあまあ?」

 

「ならよし」

 

 謎の会話だった。

 

「さて、どう来るか」

 

「大本叩かないと、この感じじゃあどうにもならないでしょうねぇ。もうそろそろ避難とかも終わってるだろうし、私たちも全力でやれる」

 

「だな」

 

 先ほどのラウラとセシリアは言うに及ばず、一夏や鈴たちとて、周囲を気にして力をセーブしていたのだ。殺意を封じ込めていたのは相手が有象無象ということもあるが、二人の殺気に当てられて、動けなくなったということを無くすためだ。

 だが、周囲にはもう人の気配はかなり消えている。ならば、抑える必要は、ないだろう。

 

「お、どうやら向こうもやる気のようね」

 

 見上げた空、そこにはこれまでの中型や小型の機竜は存在しなかった。

 いたのはそれらを遥かに超える大きさを持つ機械の竜だ。全長三百メートルクラス大型機竜。全身各所に大量の砲門があり、頭部も肩に二門の副砲、そして主砲たる顎は以上なまでにデカイ。それが、二機だ。黒と白のが一機ずつIS学園を覆うように浮遊している。無論、ただ浮いているのではなく、すでに顎には流体が溜まっていて、全身の砲身も発射直前だ。

 

「あーさすがにあれはヤバいんじゃないだろうか」

 

 全てが一度に放たれれば確実に学園島がぶっ飛ぶ。

 

 故に、一夏も鈴も箒もセシリアもラウラもシャルロットも本音も蘭も。

 

「行くぞォォッッ!!」

 

 全員がその場から同時に動いた。

 

 前哨戦は終わった。これより第二ラウンドだ。

 

 




パラロス系は結構改変入ってます。能力そのものは変わらないですが、成り立ち見たいのが

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第拾話

推奨BGM:神州愛國烈士之神楽

微熱で書いたのでいつも以上にアレな内容になってますはい。


 

 爆炎の華が空に咲く。

 大気を震わし、焦がしながら砲撃されるのは大型機竜二機の主砲を除いた全砲門から一斉射撃だ。主砲を除いたとはいえ、肩部の副砲二門に全身の機関銃や流体砲、迫撃砲等大きい物から小さい物まで合わせて数百門にも及ぶ。

 それら全てが学園島に落とされれば、まず間違いなく表層部は焼け野原であり、地下のシェルターといえど無事では済まされない。

 それ故に、

 

「加減が出来ん、上手く避けろよ」

 

 それらを防ぐのは魔刃(ベリアル)たるラウラの役目だ。

 今の彼女の無価値の炎は神格を除いたありとあらゆるものを消滅させる負の奔流だ。それは彼女の戦友達に対しても平等に作用する。

 だが、それでも

 

「――――」

 

 渇望を深め、己の異能を発動する。

 そう、渇望。

 彼女のそれは言うまでもない。

 かつての己は織斑一夏と相対することで乗り越えた。それにより過去は清算されたとラウラは認識した。それゆえに今の彼女が望むことは一つだ。

 

 師に認められたい。

 

 織斑千冬に、あの白銀の女騎士に認められたいと彼女は渇望する。導きを本懐とする彼女が認めてくれるような、彼女が誇ってくれるような教え子に、英雄(エインフェリア)になりたいと。

 そう、ラウラ・ボーデヴィッヒは現実を否定する領域で狂信している。

 魔人の領域へと身を落としたが故に、彼の存在が未だ遥か遠いことを認識させられる。だが、もうそのことに落胆したりなどしない。むしろ、届けと、追いつけと、渇望を強化していく。 

 

「ヘメンエタン・エルアティ・ティエイプ・アジア・ハイン・テウ・ミノセル・アカドン

 

 ヴァイヴァー・エイエ・エクセ・エルアー・ハイヴァー・カヴァフォット」

 

 その渇望と狂信を以って詠唱を完了させた。

 

 そして生じるのは黒炎の壁だ。

 学園全体を覆うほどの直系数キロメートルは越えるであろう障壁。

 魔刃の炎は万象燃やし尽くす冥府の業火だ。だからこそ、壁として展開すれば絶対的な防壁となる。

 機竜の全砲撃が黒炎の降り注ぎ、

 

 欠片も残さず消え去る。

 

「――――」

 

 防衛は為した。だが、勿論これで当り前では無い。

 大型機竜二体は依然と宙に存在している。

 空、というのは厄介だ。空中を飛べるのは本音のみであり、跳躍や遠距離攻撃で届くのは蘭とセシリアのみ。他は遠距離攻撃手段が無いわけではないが、それでも本来の威力よりも著しく劣化する。そして機竜二機はその程度で打倒できるほど生易しい相手ではない。

 だからこそ、

 

「形成せ――血痕たる爪牙」

 

 蘭の足の魔法陣が轟きのそれから形と位置が変わる。大きめの歯車のそれぞれの歯が鋭いのがつま先と踵に一つづつ。両足のソレらが超速回転させるが、一度脱力し、

 

「シッーーーー!」

 

 舜発させた。こと瞬発力や加速力ならば益荒男内で最上位を誇る蘭のソレは一瞬で音の壁をぶち破り、音速の十数倍までに加速する。初速から全速力で放ち、振り抜いた直後には完璧に脱力する。

 (ゼロ)100(マックス)(ゼロ)

 それらの運動差を付けて放たれるのは巨大な真空の牙だ。

 二撃放たれたそれが黒炎が消え去った空を昇っていく。

 それは攻撃手段ではなく、

 

「日陰の女になったわけじゃないですからねーー!」

 

 牙に一夏、鈴、箒、シャルロットが乗っていた。 

 黒へと向かったのが一夏と鈴であり、白へと向かったのが箒とシャルロットだ。

 

「梵天王魔王自在大自在、除其衰患令得安穏、諸余怨敵皆悉摧滅」

 

「唵・摩利支曳娑婆訶」

 

「―――篠ノ之の巫女たる高神の剣巫が願い奉る。破魔の曙光、雪霞の神狼、鋼の神威をもちて我に悪神百鬼を討たせ給え」

 

「デュノア流忍法、秘伝」

 

 静かに、厳かに、目の前の大質量の鋼の竜を前にして四人は揺らぐことない。先にラウラとセシリア、蘭がその力量を跳ねあげた事に対し、四人が無反応だった訳が無い。追い抜かされる訳にはいかぬとばかりに四人もまた全霊を以って力を振う。

 殺意が鞘に集束していく。

 莫大な気が拳に集い、輪郭が歪んでいく。

 刀身に朱の光が纏い、周囲を符が乱舞する。

 鎖に繋がれた三メートル近い手裏剣がそれぞれ、火、水、風、雷を纏い、一つは他の数十倍の硬度を得る。

 放たれる。

 

「首飛ばしの颶風――蠅声!!」

 

「陀羅尼孔雀王!!」

 

「舞威姫――雪霞狼!!」

 

「天魔覆滅・五行五葉刃!!」

 

 殺意の大斬撃。陽炎の大拳撃。破魔の大閃光。五行の大乱閃。

 蘭の牙から跳び上がり、至近距離で炸裂させる。一撃一撃が絶大な威力を誇る言うならば必殺技。

 一夏と鈴のは二人の代名詞的な技だが、それまで以上に渇望を深めた一撃であり、『朱斗』の破魔の性質を高めた箒の閃光、シャルロットに五行を以って互いに威力を高め合ったそれらの必殺技は、二機の機竜を穿ち、断ち切り、ぶち抜き、蹂躙する。

 

「----!」

 

 全身を削られ、機竜が空中にて身をよじる。ダメージを負い、全身を蹂躙されてからの動きは巨体故にわずかの身じろぎでも周囲に水蒸気爆発を生みだす。

  

 だが、それでも機竜は落ちない。

 

 四人の攻撃に半身を砕かせながらも、顎の流体は未だに健在だ。むしろ、その身を顧みることがなくなり、自身の身体への負荷を無視して、

 

「!!」

 

 竜砲を放った。その威力はこれまでの中型や小型の威力とは比べ物にならない。その二条はまず間違いなくシェルターすらも破壊し尽くすだろう。

 

「アクセス―――我がシン

 

 イザヘル・アヴォン・アヴォタヴ・エル・アドナイ・ヴェハタット・イモー・アルティマフ……

 

 イフユー・ネゲット・アドナイ・タミード・ヴェヤフレット・メエレツ・ズィフラム 」

 

「ATEH MALKUTH VE-GEBURAH VE-GEDULAH LE-OLAM AMEN

 

 BEFORE ME FLAMES THE PENTAGRAM BEHIND ME SHINES THE SIX-RAYED SATER 

 我が前に五芒星は燃え上がり、我が後ろに六芒星が輝きたり―――

 

 ATEM MALKTH VE-GEBURAH VE-GEDULAH LE-OLAM

 されば神意をもって此処に主の聖印を顕現せしめん―――」

 

 

 朗々と響く歌はセシリアと本音の詠唱だ。

 セシリアは蒼銃を竜砲へと掲げ、本音もまた空中から機竜の顎に手を向ける。

 

 

「おお、グロオリア。我らいざ征き征きて王冠の座へ駆け上がり、愚昧な神を引きずり下ろさん

 

 主が彼の祖父の悪をお忘れにならぬように。母の罪も消されることのないように

 

 その悪と罪は常に主の御前に留められ、その名は地上から断たれるように

 

 彼は慈しみの業を行うことを心に留めず、貧しく乏しい人々、心の挫けた人々を死に追いやった」

 

 

「虚空より、陸空海の透明なる天使たちをここへ呼ばわん

 Huc per inane advoco angelos sanctos terrarum aepisque,

 

 この円陣にて我を保護し、暖め、防御したる火を灯せ 

 marisque et liquidi simul ignis qui me custoriant foveant protegant et defendant in hoc circulo

 

 幸いなれ、義の天使。 大地の全ての生き物は、汝の支配をいと喜びたるものなり

 Slave Uriel, nam tellus et omnia viva regno tuo pergaudent

 

 さればありとあらゆる災い、我に近付かざるべし

 Non accedet ad me malum cuiuscemodin

 

 我何処に居れど、聖なる天使に守護される者ゆえに 

 quoniam angeli sancti custodiunt me ubicumeque sum 」

 

 響く詠唱による生み出される力は彼女たちのオリジナルには程遠い。

 魔群(ベルゼバブ)中傷者(クリミナトレス)は単独にて神格を打倒しうる可能性を持った存在だ。本来ならば機竜如きは片手間で十分なのだ。

 今詠唱を行ってまで二人が己の力を高めているのはそういうことだ。二人そのものの位階が術式に届いていない。

 セシリアはまず第一に()が整っていないし、本音もまた■と“愛の狂兎”とのリンクが弱い。

 だから、二人が放つ一撃は恐ろしく劣化している。

 

 セシリアの拳銃の銃身が肥大化する。ただの拳銃サイズだったのが銃身一メートル程度のライフル並みの大きさに。同時に周囲の大気が銃身に集まっていく。常人ならば呼吸困難になるほどに周囲の大気を喰らっていき、銃身の中で集束されていく。

 

 本音の手に平の中に小さな火の玉が生まれる。それは即座に周囲にある瓦礫や機竜の残骸を取り込み肥大化し、五メートルほどになって固定化し、周囲の大気を焦がす。

 

「彼は呪うことを好んだのだから、呪いは彼自身に返るように

 

 祝福することを望まなかったのだから、祝福は彼を遠ざかるように

 

 呪いを衣として身に纏え。呪いが水のように腑へ、油のように骨髄へ、纏いし呪いは、汝を縊る帯となれ

 

 ゾット・ペウラット・ソテナイ・メエット・アドナイ・ヴェハドヴェリーム・ラア・アル・ナフシー」

 

「斑の衣を纏う者よ、AGLA―――来たれ太陽の統率者。

 

 モード”パラダイスロスト”より、ウリエル実行――― 」

 

 詠唱の完了と共にそれぞれの必殺の一撃を放った。

 それは暴食の罪によって生み出されたプラズマの砲撃。

 それは太陽の化身の概念を宿した核熱の炎球。

 地上と天空から竜砲へと放たれ、

 

「!!」

 

 一瞬でぶち抜いた。

 IS学園上空の大型機竜二体がプラズマ弾と核熱の炎弾にぶち抜かれ崩壊していき、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オーケーオーケー、認めてやるぜ、テメェらは私自ら喰らってやる。こっからは私たちのターンだぜ」

 

 そう、オータムが、己の神気を解放すると共に白と黒の石弩をその手に出現させ、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「残念、私たちのターンは終わっていないんだよねコレが」

 

 更識簪が戦場に現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




戦争開始
機竜増殖
変態出陣
変態乱舞
悪魔覚醒
変態フィーバー機竜フルボッコ編
中二病始動←今ここ

インフレはまだまだですねー

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第拾壱話

推奨BGM:陰陽歪曲


 

 数十分前、更識楯無がオータムに体を貫かれた瞬間に更識簪はそのことに気付いていた。簪が作成し、学園内に張り巡らせれている監視防衛プログラムには生命探知システムも存在している。学園内で生命力が著しく劣化し、死亡寸前の場合は即座に生徒会、教師陣に報告が入るようなプログラムだ。

 

 だが、それだけではなく。

 

 簪は楯無のISに細工をしてある。性能的な面では無く、一種の発信器を仕込んであるのだ。地球上に入れば何処にいようと存在を探知できるすぐれものであり、健康状態から毎月来る女の子の日のことも管理しているのだから発信器と言うよりは一種の医療機器だろう。

 

 それにより、一早く楯無の命に危機に気が付いた。

 

 その瞬間に、簪は寮の自室にいた。学園祭であったがそんなことは関係なく、林間学校からここ最近はほとんどがあるもの為に徹夜続きであり学校が始まってもそれは同じだった。碌に風呂にも入らずに引き込もっていた。

 それほどやりたいことがあったのだ。

 そして学園祭前日に遊びに来ていた束にも少し手伝って貰って制作途中だったものを完成寸前にまで辿りつき、仕上げを残して爆睡していた。

  

 そして、楯無の生命の危機を知り――――簪は動かなかった。 

 

 いや、動かなかったというのは、部屋から出なかったという意味であり、自室すなわち研究室(ラボ)にて行動を開始した。

 動揺は、なかった。

 楯無は更識楯無十七代目であり、裏の仕事により命の危険を伴う仕事は必然の義務だ。こういうことを見越しての彼女に発信器をこっそり仕込んでいたのだし。

 

 簪の胸中を占めたのは激怒だった。

 

 なるほど暗部の仕事。それは危険だろうが必要なことだ。『更識楯無』の名にはそれだけの義務と責任がある。更識に仕える分家も多くある。雇っている工作員も大量だ。

 だが、簪は思う。

 

 だから(・・・)どうしたと(・・・・・)

 

 責務義務責任債務? なんだそれは知らぬ存ぜぬ聞こえない。

 更識楯無はまず第一に更識簪の姉だ。

 更識簪はまず第一に更識楯無の妹だ。

 それはないがあろうと絶対であり、なにがあっても変わる事のない絆。

 

 故に、身を焦がす程の激情に、理性を以って蓋をする。

 楯無の怪我は致命傷であり通常の治療では追いつかない。故に治療する術を求める。

 彼女は誰よりも静かに、密かに己の存在の位階を上げていた。

 嚇怒を理性にて抑えきり――――ソレらを完成させ、彼女は戦場に降り立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先に言っておくよ、お前たちのターンなんてのは来ない。ここから先はずっと、私たちのターンだ」

 

 そう言いきり、現れた簪に誰もが戸惑った。

 現れたこと自体にではなく、簪自身にだ。

 彼女は見るからに戦闘する人間には見えなかったから。一夏や鈴の無意識や無殺意とかそういうレベルではなく、単純に病人とかにしか見えなかったのだ。

 頬は痩せこけ、瞳は濁り、目の下のクマは濃い。髪はパサパサで肌も見るからに潤いがない。高校一年生の少女にはあるまじき容姿だろう。

 

「かんちゃん……?」

 

 空中にて浮遊していた本音もまた戸惑っていた。誰よりも付き合いの長い故に彼女の状態に気付いていたから。

 

 

「…………」

 

 簪の直前に現れ、倒壊した瓦礫の上に立っているオータムたちもまた訝しんでいる。明らかに病人かなにかの簪だ、不審がるのは当然だ。

 なにより、

 

「なんだ、お前と、ソレは」

 

 そんな病人かなにかの簪であるにもかかわらず、伝わる存在感は大きい。

 それに加えて彼女の足元に転がる白のケース。それが四つだ。どれも二メートル近い大きさだ。それに対し強烈な違和感を感じていた。

 

「これ? さぁ、なんだろうね」

 

 簪は答えない。メガネに手を当ててるだけだ。とても臨戦態勢には見えない。

 凪いでいるというか静まっているとでも言えばいいのか。

 何時もやたらハイテンションな時が多い簪にしては不気味だ。

 

「でも、ふぅん」

 

 一度区切り、オータムたちを一瞥して、

 

「分らないんだ、へー」

 

 明らかに煽っていた。  

 それに対し、

 

「うっざ」

 

 クァルトゥムは明らかに嫌がり、

 

「ははは、いいなぁお前。喰い甲斐がありそうだ」

 

 オータムは口元を歪め、

 

 

「――なによアンタわぁーーーー!!」

 

 

 最後の一人、“憤怒(オルジィ)”、クィントゥムは声を張り上げ激怒した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ!? アンタ馬鹿にしてんの? なにそれ、もしかしてもったいぶる私カッコイイとか思っての?うわダッサ! 痛った! あちゃー無いわ。アレでしょアンタみたいな痛い系女子、中二病とか言うんでしょ? うわちゃー、チョー腹立つ!」

 

 一息で叫んだ。

 クィントゥム。第5。五番目の大罪保有者は怒りと共に素顔を露わにした。

 

「……!」

 

 その顔に誰もが、特に箒は驚愕する。いや、クァルトゥムがそうであったのだからある程度の推測は立てていたがしかし現実として、己の目で見れば驚きを隠せない。

 

 クィントゥムの容姿が篠ノ之束に酷似していた。

 

 クァルトゥムと同じで年齢や髪や瞳の色は違えど、顔立ちはそっくりだ。

 髪と瞳の色は真紅。燃える炎の如き赤だ。髪形は腰まで延びている三つ編みだ。

 

「大体貴女、気付いていなら教えて上げましょうか。貴女の姉、更識楯無だっけ? 今頃死んでるわよ、探しに行ったほうがいいんじゃない!? 死んじゃうわよ!?」

 

 叫ぶ。楯無の致命を伝えることで簪の動揺でも狙ったのか、それともただ単に激情に任せただけだったのだろうか。

 少なくとも、どっちにしろ、

 

「はぁ?」

 

 簪にはなんの精神的ダメージもなかった。

 

「なに言ってのさ、誰の話をしているのかな?」

 

「だから、貴方の!」

 

「あり得ないね」

 

 言いきった。

 

「私の世界一強くて綺麗でカッコ良くて凄い私のお姉ちゃんが貴方たちなんかにやられるはずがない……」

 

 言って、空中にホロウィンドウを展開し、

 

「そうでしょ、お姉ちゃん?」

 

『世界一云々は流石に頷けないけどねぇ……』

 

 そこから楯無が苦笑した顔を見せた。

 

「なっ!」

 

「へぇ」

 

 クィントゥムは声を荒げて驚き、オータムは感心したように目を見開く。

 ホロウィンドウの中、楯無の制服は血にまみれ、脂汗も多く、顔も青ざめているがしかし、確かに意識を保ちながら、

 

『どうも、お久しぶり。さっきはよくもって言った方がいいのかしら?』

 

 “復活”と描かれた扇子を広げながらホロウィンドウ越しに言う。

 

「驚いたなおい。あのレベル致命傷からこうまで早く回復するとはな。なんだよ治癒系の歪みでも持ってたのか?」

 

『悪いけど、私はそんな貴女たちみたいな飛トンデモ超能力は持ってないのよ。私がこうしてのは』

 

「愛故に、だよ」

 

「はぁ!? ふざけ」

 

「ふざけてない」

 

 言い捨てながら、足元のケースの一つを足で蹴る。その軽い衝撃で蓋が開く。

 そして取り出されたのは、シールドであり、

 

聖譜顕装(テスタメンタ・アルマ)――――“意欲の慈愛(アニムス・カタリス)旧代(ウェストゥス)”」

 

 告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 更識簪は科学者だ。

 それもマッドサイエンティストと呼ばれる科学者であり、友人の本音の協力により魔術領域も科学的に分析し、一種の科学領域として扱っている。

 現行の科学領域の数十年分は先に行っているという自負はあったし、技術革新をしろ言われれば不可能ではなかった。

 だが、しかし。そんな彼女が唯一解析できなかった物がある。

 

 篠ノ之束製のインフィニット・ストラトスだ。

 

 アレを解析した時に簪は愕然とした。何もかもが理解できなかったから。

 パワードスーツとしてでも、宇宙開拓用としてでも、兵器としてでもない。 

 その本質だ。

 あれは断じて、ただのパワードスーツでも兵器でもない。もっと別のナニカだ。

 主の進化によって姿を変えた百式たちを見れば明らか。

 

 インフィニット・ストラトスの本質はどこかに至る為の補助輪機構だと簪は予測する。

 

 そのどこかというのについては未だ簪には理解できなかった。

 だが、それでも理解できずに終わったわけがない。

 だからこそ『具現幻想(リアルファンタズム)』だった。兵器としてならばISを凌駕しているという自信があった。

 それでも、大罪の担い手。悲嘆の暴風竜には届かなかった。

 

 故に新たなる力を創りあげた。

 

 相手が枢要罪の、感情の担い手ならば、こちらはを枢要徳を、理性を以って相対すればいいい。

 

 その理を以って彼女が創造したのが――――

 

「『聖譜顕装(テスタメンタ・アルマ)』。束さんから教えてもらった私の歪みを以って概念の力と枢要徳を以って生み出したよ。そして、この“意欲の慈愛(アニムス・カタリス)旧代(ウェストゥス)”の能力は、味方の負傷を一日一回限定で前回復させる、というもの。それでお姉ちゃんの傷を癒したんだ」

 

 言う。

 

「まぁ、まだ作成途中だから出力弱めで安定も為していなけどね。あの程度の怪我なら十分だよ」

 

「へぇ、言ってくれるねぇ」

 

 オータムが手にした石弩を引き金の部分でクルクル回しながら舌なめずりをする。あからさまな煽りを行う簪がよほどお気に召したのか顔は喜色満面だった。

 

「……はぁ」

 

 クァルトゥムにも怒りは無い。あるのはうんざりとした嫌気のみで、鬱鬱とした雰囲気で白と黒の長剣を握りしめる。

 

「いいかげんに……!」

 

 クィントゥムのみが変わらずに激怒していた。肩を震わせ、拳を強く握りしめ、告うより取りだしたのは白と黒の弓だ。  

 

 異様な三人だろう。

 

 オータムとクァルトゥムはいくらなんでも、反応が薄い。怒る気配が欠片ない。簪の煽りに対して全く反応しないのはさすがに不気味だ。

 対し、クァルトゥムもまた怒り方が異常だ。さすがに過剰反応だろう。

 

 だが、しかし彼女たちはこういう存在だから。

 

 魂を占めるのは己が該当する大罪のみであり、その他の感情は持ち合わせていないのだ。

 それが彼女たちなのだから。八大竜王。■■■■■の一端なのだ。

 

「“飽食の一撃(フィオゴス・ガストリマズジア)”」

 

「“嫌気の怠惰(アーケディア・カタスリプシ)”」

 

「“憤怒の閃撃(マスカ・オルジィ)”」

 

 それぞれの武装を構えながら、神気を放ち、

 

「“超過く――」

 

聖譜顕装(テスタメンタ・アルマ)――――“意欲の慈愛(アニムス・カタリス)新代(ノエム)

 

 それよりも先に新たな聖譜顕装(テスタメンタ・アルマ)の能力を簪が解放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!!」

 

 三人が超過駆動を発動する直前に発動したソレに、オータムたちは完全に行動を停止させられた。

 

「“意欲の慈愛(アニムス・カタリス)新代(ノエム)。その能力は敵対行動を一瞬停止させること」

 

 掲げたのは翼の如きタワーシールドで、

 

「たかが一瞬されど一瞬」

 

 ニッコリとした笑みを浮かべながら、

 

「言ったでしょう? 私たち(・・・)のターンはまだ終わっていないって」

 

 瞬間。

 三人の背後に一夏、シャルロット、鈴が現れた。シャルロットの歪みにより気配を消失させて完全に停止した瞬間の隙を突いた奇襲だ。

 シャルロットは苦無をクィントゥムの頭部へ振り下ろし、鈴はクァルトゥムの心臓に拳撃を叩きこみ、

 

「――――首、置いていけ」

 

 必殺たる断頭の一閃を容赦なく叩き込んだ。 

 

 

 

 

 




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第拾弐話

推奨BGM: 祭祀一切夜叉羅刹食血肉者


「――首、置いていけ」

 

 オータムの背後より放たれた断頭の一閃。ただの抜刀術。無空抜刀。鞘から抜き、刃を振る。ただそれだけの動き。だがそれは織斑一夏自身の魂と歪みにより、一種の芸術にまで高められた動作。

 彼が幼少の頃より、ひたすらに高められた一閃。

 ただそれだけを己の本懐としてきたからこそ至れる境地。

 彼だからこそ届き、彼にしか届けない極点。

 かつて神格に至った時のソレには遥か劣るとはいえ、人の領域で出来る動きとしてはこれ以上はない。

 オータムの首に引かれた白の閃。

 

 そしてそれだけではなく。

 

 クィントゥムとクァルトゥムに放たれた鈴とシャルロットの一撃もまた必殺だ。

 一夏と同じ無空拳。そしてシャルロットのは彼女の歪みにて存在感を消されたものだ。無論威力や殺傷性自体は二人には劣るとしても、絶命に至らせるのは十分だ。

 

 そしてまだそれだけでもない。

 

 破魔の大斬撃、無価値の炎、暴食の雨、堕天の魔爪、血痕の爪牙。

 箒、ラウラ、セシリア、本音、蘭から放たれた援護攻撃。いや、もはや援護などというレベルではなく、一夏達も巻き込む事もよしとした攻撃だ。

 

 過剰攻撃。そう取られてもおかしくないが、しかし、彼女たちはそうは思わない。

 かつての暴風竜との相対においての敗北は彼女たちの魂に染みついている。あの時、一夏と鈴が■からのブーストを受け、大極位階に至ったからこそ、打倒しえたが、彼女たちだけでは決して倒すことはできなかった。

 

 だからこそ。

 

 一夏たちは刺し違える覚悟をも持ってしてでも、決殺の一撃を放っていた。

 そして、それらがオータムたちの身体に届く、その瞬間。

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「超過駆動、“淫蕩の御身(ステイソス・ポルネイア)”」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 発生した新たなる神威。

 それにより起きた現象はわかりやすすぎるほどに単純だった。

 

「――は?」

 

 例えば一夏。彼の場合は――刀が手からすっぽ抜けたのだ。光速の速度を宿していたはずの一閃が、しかしオータムの首に叩きこまれる直前に手から抜けたのだ。

 白刃が、宙を舞い、日光に煌めく。

 ありえない、と彼は一瞬目前の現象を理解できなかった。

 自分が、織斑一夏が、剣鬼たる己が斬撃途中に刀から手を離すなどあり得ない。

 あっては、ならない。

 織斑一夏の魂にとってあってはならない事象なのだ。

 にも関わらず、その現象は発生した。

 それゆえに一夏の全身が硬直し、中空から落ちる。そしてそれは、視線の片隅の鈴やシャルロットも同じだった。いや、それだけでなく。

 発生しかけていた無価値の炎も集束していたプラズマも断ち切られようとされていた空間も瞬発しかけていた風牙もなにもかも。

 その一瞬に骨抜き《・・・》にされた。

 

「これ、は……、ッ!」

 

 宙を投げだされたことを認識したのと同時。オータムたちよりもさらに十空から。尋常でない神気と殺意を感じた。

 落ちてくる。

 人影だ。

 超高速で落ちてくるソレは空中で一夏の刀を掴み、

 

「フッ……!」

 

 投げる。

 一瞬で音速の数十倍まで越え、水蒸気爆発すら棄てて落下する。

 届くまで、一秒もない。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」

 

 落ちる。防御も回避もままならずにに、そのまま大地へと一夏諸共落下していく。

 

「一夏ァ!!」

 

 鈴が叫んだ時にはすでに遅い。すでに地面と激突していた。

 鈴の視力をでも、土煙りで一夏がどうなったかはわからない。

 だからそのまま、

 

「っざけんぁああああ!!」

 

 大気が震えるほどの叫びを放ち、

 

「うるさいわよ小娘」

 

「があッ……!?」

 

 巨大な鉄槌が彼女の小さな体を打撃した。鈴の咆哮を優に上回る轟音が響いた。

 それを為したのは女だ。

 金の豊かな髪と長身のモデルのような体型の女。

 地面に落ちた一夏と鈴、そして落下していくシャルロットを一瞥したがすぐに視線を上げ、

 

「大丈夫かしら? あなた達?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「スコール……」

 

「なんで貴女が!」

 

「しかも余計なのも連れてきやがって」

 

「あらあら酷いわね。助けてあげたっていうのに」 

 

 スコールと呼ばれた女は手にしていた戦鎚を肩に担ぎ、当り前のよう浮遊しながら苦笑する。 

 

「太極開いていなかったんだから、あなた達でも危なかったわよ?」

 

「うるさい……」

 

「余計なお世話です」

 

「あらあら連れないわねぇ」

 

 苦笑を崩さず、しかし彼女たちの主導権はスコールが握っているらしく、彼女を無視し動こうとする様子はない。

 スコールは動こうとはせずに、少し上に浮遊する共に現れたもう一人に問いかけ、

 

「ねぇ、貴方はどうかしら?」

 

「…………」

 

 答えは無く。

 彼は、地面に落下した一夏とは違い、自ら地へと降りていく。

 その様子に肩を竦めながらも、視線を移し、

 

「さぁ、貴方たちはやるべきことをやりなさい」

 

「お前はどうするんだ?」

 

「そうねぇ」

 

 眼下、下降していった青年(・・)に目をやり、

 

「まぁ、あの子心配よね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐ、が、はっ……!」

 

 口の中に溜まっていた血を吐き出す。

 

「くそ、が……ッ!」

 

 己の腹部に突き刺さった刀を、刃を握りしめ無理矢理引き抜いていく。激痛と共に血が吹き出るが構わない。それよりも己の半身である『雪那』 が自分を傷つけていることのほうが許せない。

 高所からの落下により全身の身を砕かれながらも、それでも刃を握る。

 砕けた地面に身を置き、手に刃を喰い込ませながら、力を込める。

 だが、

 

「無様だな。素戔嗚尊」

 

「な、っくぁ……!」

 

 驚愕する。

 それは突如現れた男が『雪那』の柄を踏みつぶし、引き抜きかけていた刀を押し戻したからではない。

 それは、その男の顔立ちが一夏そっくりであり、目元は黒い布で覆われていたからでもない。

 それは、

 

「て、てめぇ、は……!」

 

「久しいな」

 

 その青年の魂の色とでもいうのか。

 彼を見た瞬間に一夏は悟っていた。

 

「“悲嘆(リピ)”。プリームムとでも他の呼び方でも好きに呼べ」

 

 かつて、己と相対した悲嘆の暴風竜と同じだと、一夏は一目見た瞬間に理解させられていた。

 

「な、んで……」

 

「なんで俺が生きているか? ああ、そうだな。お前と帝釈天により俺はやられたが、生憎はこの身はアレの端末に過ぎない。替えなんていくらでも効くんだ」

 

 悲しみが滲んでいたのか、一夏にはわからなかった。そこまでの余裕はなかったのというのもあるし、プリームムの顔があまりにも無表情だったから。

 そしてその無表情のまま、言う。

 

「無様だ」

 

 やはり、感情は見えない。

 

「こんな様の男に俺は負けたのか? こんな男に俺は敗北させられたのか? この程度の男に俺は終焉されたのか? この程度の刀に俺は斬られたのか?」

 

 嘆きは訥々と。一切の感情は無く無機質に語られる。

 

「神威が無ければ、■からの後押しが無ければこれだけか。なんだそれは、木偶じゃあないだろう」

 

「なん、だと、てめぇ……!」

 

 木偶と、そう呼ばれたことに、驚愕により抜けていた力が戻る。

 

「く、お、お」

 

 怒りの声と共に腕に力を入れ、刀を抜いていく。

 少しずつ、少しずつだが、プリームムに押し込まれた刃が抜かれていくのだ。

 その一夏に僅かにだが、プリームムは口の端を歪める。

 そして、

 

「ああああああああああああああああ!」

 

 抜いた。

 瞬間、指の動きで刀身を回し柄を握りしめる。寝転んだ姿勢から足が上がったプリームムへと放つのは刺突。

 余裕はないが、だからこその鋭さを持つ一閃。

 だが、それは、

 

「なにを、遊んでいるのかしら?」

 

 スコールの登場と共に、またもや手の中から滑り落ちる。

 

「くそっ……!」

 

「スコール……なんのようだ」

 

「何の用だ、はないでしょう。貴方はまだ調整したばっかりなんだから無茶するのをやめなさい」

 

「知らないな。俺は俺の好きにする」

 

 言って、落とした刀を握り直そうとする一夏を見る。

 一夏は刀を拾い、距離を取ろうする。その上で刀を構え掛け、

 

「やめなさい」

 

「っ……!」

 

 またもや、力が抜ける。

 明らかになんらかの異能であり、それはこの女を源として放たれている。

 この力は、

 

「骨抜き、か……?」

 

「Jud.鋭いわね坊や。この“淫蕩の御身”の能力は敵対行動を骨抜きにして武装解除させることよ……武装としての効果はこの程度だけど、本来なら全身すら動けないんだから、まだマシでしょう?」

 

「知るか、糞……ッ」

 

「口が悪いわね……っと」

 

 スコールの背後から飛び出してきた影が在る。

 鈴だ。

 陽炎を纏い、振りかぶった拳をスコールへと向けている。

 だが、

 

「ふふ」

 

「っーー!」

 

 スコールに視線を向けられただけで、勢いが緩まる。陽炎は消え去り、速度も落ちた。

 スコールはすずしげな笑みを浮かべ、鈴は顔をしかめたが、しかし怒り破消さずに、

 

「人の男に色目使ってんじゃないわよ!」

 

 殴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぐっ!」

 

「鈴!」

 

 スコールの頬を殴った鈴は勢いを消せずにそのまま地面を転がり、一夏に抱きとめられる。一夏も致命傷を負っているが、鈴もまた重傷だ。両の義手には亀裂が入っているし、頭からの血もかなり流している。

 

「…………」

 

「ほう」

 

 スコールのは殴られた頬に手を当てて驚き、プリームムは僅かに納得したように頷く。

 

「なるほど、ね。面白いわ、あなた」

 

「うっさわよ、このババア。アンタに面白がられる筋合いはないわ」

 

「そんなの私の勝手よ小娘」

 

 驚きを残したままの呟きに鈴は即座に反応し、スコールもまた即答する。

 

「プリームム」

 

「なんだ」

 

「この小娘は私によこしなさい」

 

「構わん、好きにしろ」

 

「人を物みたいに語ってんじゃないわよ」

 

「勝手現れて好き勝手言ってふざけんなよテメぇら」

 

 一夏も鈴もふら付きながらも立ち上がる。二人とも自分の怪我に頓着などしない。一夏は己を木偶と言われて許せるわけがないし、鈴もまた淫蕩なんて力で自らの男を穢した男を許さない。

 

「残念ながら、今日はもう続けられないのだけれど。そうね、次までには体を癒しておきなさい。負けた言い訳でも付けられたら不愉快だわ。小娘」

 

「ならアンタは負けた時にいいわけでも考えて起きなさいよ。敬老精神よ。有難く思いなさいババア」

 

「木偶、木偶、木偶だと? ふざけるなそんなこと認めるかよ。ああ、いいぜ。何度でも斬ってやるからよぉ。その首置いていけ」

 

「ああ、そうだ見せろ素戔嗚尊。俺を敗北(なっとく)させてみろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――宣戦布告。新たなる戦火の余兆を以って、この戦場の幕は引かれたのであった。

 

 

 

 

 

 

 




学園祭編はこれで終了。
消化不良というかインフレ不足ですけど、まだまだまだまだ。

感想、評価等お願いします。


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等級解放

ネタバレあり。
また、学園祭終了時点なので意図的に説明省いている箇所もあります


学園祭終了時点

 

 

名称:織斑一夏

等級:唯狂曼荼羅・颶

神咒:無し

筋力:13 体力:12

気力:24 走力:10

咒力:9  歪曲:14

 

技・術

 無空抜刀

 言わずと知れた織斑一夏の代名詞。無拍子、無意識、無殺意で放つ抜刀術。

 一夏の持つ魂と歪みの融合により、剣速を光速にまで高めたられ、基本的にこの斬撃を回避するのは不可能。呼吸や断ち筋を読まれている鈴や、そもそもレベルが違う千冬は除く。

 

 無空抜刀・零刹那

 無空抜刀の応用技。同じ時間、同じ場所、同じタイミングで斬撃を放つ。多重次元屈折現象。

 現在弐拾壱式まで可能。

 

 光速抜刀

 殺意、無殺意関係無く、一夏が放つ斬撃は基本的にこの速度。

 

 首飛ばしの颶風

 早馳風・御言の息吹

 殺意を用いた斬撃各種。

 一夏は殺意を鞘に消息することで威力を高めている。

 

 “雪那”

 一夏の持つ白塗り白刃の日本刀。折れない、砕けない、朽ちない刀であり、なにもかもを断ち切る概念を保有した一刀。基本的には保有している性質はそれだけだが、それゆえに強靭。兄妹刀である“朱斗”のような目立った異能を持ち主にもたらすわけではないが、光速の斬撃や神域の斬撃に堪える以上、当然ながら尋常の刀ではない。 

 

 

 

名称:凰鈴音

等級:唯狂曼荼羅・華

神咒:なし

筋力:15 体力:17

気力:22 走力:14

咒力:12 歪曲:17

 

技・術

 無空拳

 織斑一夏の無空抜刀と同じ技術の拳撃版。

 

 陀羅尼孔雀王

 大宝楼閣孔雀王 

 自身の気を用いた拳撃。単純故に非常に強力。

 

異能

 高嶺舞

 凰鈴音の本質といえる異能。

 己が認めた存在、自分を摘み取ってほしいと願う相手以外のなにもかもを遠ざける能力。弾丸斬撃拳撃魔術科学ありとあらゆる技術異能を彼女の渇望が足りるのであれば全てを無効化する。

 

 

 

名称:篠ノ之箒

等級:???

神咒:???

筋力:22 体力:21

気力:16 走力:20

咒力:20 歪曲:???

 

技・術

 上書き能力

 身体能力や異能耐性等を自分の身体に上書きする術。発動条件は願うだけと、簡単だるが、一度上げると後戻りはできず、同時に箒の身体をも変質されていく。

 

 “朱斗”

 篠ノ之箒の愛刀。刃渡り二メートル以上の大太刀。いわゆらない妖刀。大太刀としても尋常ではないが、しかし非常に強力な破魔の力を宿している。

 破魔、退魔の概念の有し、魔術的な要素を無効化、吸収でき、上記の上書き能力と連動させることも可能。

 

 異能

 ???

 詳細一切不明であるが、彼女の愛刀である“朱斗”と関連が在る模様。

 

 

 

名称:セシリア・オルコット

等級:教導曼荼羅・閃

神咒:魔群

筋力:10 体力:10

気力:27 走力:12

咒力:24 歪曲:27

 

異能 

 理外の魔弾

 世界から外れたセシリア自身の歪み。あらゆる異能に対してのジョーカー。

 

 術式・魔群(ベルゼバブ)

 反天使(ダストエンジェル)、暴食の罪によって構成された術式。“愛の狂兎”がかつてあった世界の残滓を用いて作成されたもの。罪という人間が元来保有する性質を利用しようとされたものだが、完成時は適合者がおらず、“愛の狂兎”及び“導きの剣乙女”内で因子として残存していたが、セシリアが自ら手にした。

 本来ならば、神格をも打倒しうる性能を持つが未だセシリアは使いこなせていない。

  

名称:ラウラ・ボーデヴィッヒ

等級:教導曼荼羅・冥

神咒:魔刃

筋力:14 体力:15

気力:22 走力:13

咒力:20 歪曲:27

 

異能

 術式・魔刃(ベリアル)

 ラウラの持つ歪曲の魔眼を触媒にし発現された傲慢の罪によって生み出された術式。セシリアのものと同質の異能である。またセシリア同様使いこなすまでには至っていな。

 

 無価値の炎(メギド・オブ・ベリアル)

 前記の魔刃の術式よりもたらされる冥府の業火。この世に存在するものならば、神格を除き尽く燃やし尽くす黒い炎。攻防一体であるが、敵味方関係ないので要修行。これもまた本来の性質を発揮していない。

 

 

名称:シャルロット・デュノア

等級:教導曼荼羅・翳

神咒:なし

筋力:13 体力:10

気力:16 走力:21

咒力:23 歪曲:19

 

技・術

 暗器

 全身に体積無視して暗器(というか武器ならなんでも)を仕込んでいる。

 

異能

 気配操作

 彼女の歪み。自らの気配を薄めたり、周囲になじませたり、消したりと応用可能。また他人に隠密付与もできる。

 

 忍術

 日本好きが高じて気付けば覚えていた。伊賀甲賀漫画小説からいろいろ取り入れて気付けばデュノア流などと名乗っている。勿論デュノア家は関係ない。

 

名称:更識簪

等級:狂愛曼荼羅・博

神咒:なし

筋力:5 体力:7

気力:7 走力:7

咒力:25 歪曲:23

 

技・術

 概念兵器制作

 その名の通り、概念を宿した武装兵器を開発できる。

 現在は聖譜顕装(テスタメンタ・アルマ)及び、他神格武装開発中。

 

名称:布仏本音

等級:狂愛曼荼羅・魔

神咒:中傷者

筋力:7  体力:7

気力:11 走力:7

咒力:29 歪曲:27

 

異能

 術式・魔鏡

 天使の術式の一種。が、セシリアやラウラの術式とは若干様式が異なる。また、セシリアとラウラ二人が極限状況下で■に接続したのに対し、本音は本編以前に“魔鏡”の術式を保有していた模様。また複数の術式も使用可能の様子。

 

 

 

名称:五反田蘭

等級:唯狂曼荼羅・翔

神咒:なし

筋力:10 体力:13

気力:16 走力:27

咒力:15 歪曲:14

 

異能

 天鳥船之戦輪

 彼女の固有武装『頂きの七王(セブンスレガリアズ)』を魔術的に魂と融合させ、その身に宿した術式。機能はそのままで概念的に強化されており、概念攻撃、魔術攻撃も可能。

 

 

 



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第参部
第壱話


推奨BGM:黄泉戸喫

*より一霊四魂万々無窮


 

 ――あぁ、なんたる無様。

 

 織斑一夏は己が振った剣に対して、そう感じた。

 九月半ばといえど早朝ゆえに空気は冷たく、夜明けと同時に剣を振りだした身体にはちょうどいい。人気のない雑木林故に空気も澄んでいる。白の着流しが汗を吸い、重くなって色も変わるがそれでも一夏は刀を振う。

 

 あぁ――なんだこれは。

 

 学園祭においての機竜襲撃事件から一週間ほどたった。学園島が半壊しかけるほどの大戦闘。生徒内で化け物合戦などという身も蓋もない呼称をされるあの一件からすでに一週間だ。滅茶苦茶になってしまった建造物の類はすでに修復が完了されている。大災害もかくや、あるいはそれ以上の暴威がこの学園を襲ったが、すでに爪痕はない。篠ノ之束が僅か一晩で全て修復してくれたのは流石という他ないし、やはり頭が上がらない。

 

 こんな――ものか。

 

 勿論、何もなかった訳が無く、生徒の何人かは自主的にこの学園を去っている。無理もない。あの時、一夏たちが一人でも欠けていれば、あるいは土壇場において階梯を昇らねば、被害はこの程度では済まなかった。

 奇跡的に人死には無かった。それでも、事前に建設されていた地下のシェルターやシャルロットの分身による避難誘導がなければどうなっていたかわからない。

 だから責めるつもりもないし、糾弾もしない。

 むしろ、この学園を去ったものが正常だ。だれが好き好んで命が危険にさらされる場に身を置くというのか。

 

 そう――俺は狂っている。

 

 今更だ。織斑一夏が気違いなのも狂人なのも今更でしかない。自分と相対した者は例外無く口を揃えて言うだろう。自覚は当然のようにしているし、それを恥じるつもりも悔むつもりもない。

 織斑一夏とは一本の刀であるということが真実に他ならない。

 これだけは絶対不変、永劫の果てまで回帰しようと変わらない織斑一夏の魂だ。

 

 そう、断じて――木偶の剣などではない。

 

 八大竜王が一角『悲嘆の怠惰』、プリームムと名を持ったアイツは言った。

 

 ――神威が無ければ、■からの後押しが無ければこれだけか。なんだそれは、木偶じゃあないだろう。

 

「――違う」

 

 想いは気付けば口からこぼれいた。汗の味を感じるが、それでも構わずに刀を振う。

 それだけは違う。それだけは認めてはならない。

 あの言葉を拒絶するように、刀を振う。

 ■。

 それが何を意味するのか、今の一夏はおぼろげにだが感じている。遥か彼方の頂き、かつて一度至った領域まであと少しだという実感があった。あと十程度はあっても二十はない。総体にして億や兆、あるいは京にまで届くほどの階梯を一夏はそこまで来ていた。切っ掛けさえあれば、一足飛びに届くであろう距離。

 そしてそれは一夏だけではない。

 鈴もセシリアもラウラもシャルロットも簪も本音も蘭も。その高みまで辿りついてる。箒だけは幾らか違う至り方だが、極まっているのは同じだ。先日一件以来、日を重ねるごとに己の武威は高まっている。

 まるで彼ら(・・)に相対するためのように。何かに急かされるように昇って行っているのだ。

 それでも、

 

 ――無様。

 

 織斑一夏は今の己の剣をそう評す。

 無論、単純な斬撃としての威力は極めて高い。ISならば紙のように断ち切るし、彼の仲間に向けてもそれなりの切創を与えるだろう。加えて言えば、全霊を以って振えばこの林どころか、その先にある海さら断ち切り、大陸に亀裂を入れる事も不可能ではないだろう。それだけの次元の攻撃が今の一夏には可能なのだ。

 でも、そうではなく。

 問題なのは規模ではなく深さ。量より質だ。

 惑星を丸ごと焦土に変える爆弾に耐えきる石ころがあったとして、その石ころを断ち切れる剣があれば爆弾よりも剣の方が強いことになるだろう。要はそういう事だ。規模など求めていない。求めるのは深度。

 唯、斬る。その概念を何処まで収斂させ、突き詰めているかが重要なのだ。

 

 故に、無様。

 

 刀を抜く。柄を右手で引き抜き、左手で鞘を軽く下方へ引く。鞘走りを使って抜刀。何を斬るわけでもない。人も、物、化外も関係無く、唯斬るだけ。イメージは要らない。敢えて言うならば、刀に触れている空間を斬るのだ。柄を確と握り、しかしゆとりを持って。腕のしなり、手首の伸ばしを使って振り抜いた。振りきった瞬間に手首を返し、斬撃の軌道を辿り、納刀する。

 一連の動きは、一夏が行えば物理法則を無視した光速であり神速。こと斬撃速度に限っては他の追随を許さない織斑一夏の境地。彼だけの魂。

 だが、それが、

 

「…………」

 

 揺らいでいる。

 唯我の剣鬼だったはずだ。求道の極致だったはずだ。

 なのに――揺らいでいる。

 

そういう、ことなんだよなぁ(・・・・・・・・・・・・・)……ったく、笑えるぜ」

 

 刀を振う手を止め、苦笑する。別に純度や狂気が薄れているわけでもない。ただやはり、無様という他ないのだ。

 

 自分の真実を知った上で、己の在り方を決めなければならない。

 

 それを一夏は怠っていた。

 どういう存在であるかは理解しているけれど、どういう風に為って来たのかを知らなかった。だから足りない。切っ掛けを得れない。後少しを突き詰めることが出来ない。おぼろげではだめだ。明確に、知らねばならない。そうすれば。きっと届く。あの高みへ。あの境地へ。

 木偶の剣。ああいいだろう。思い知らせてやる。織斑一夏の切れ味、天下無双の一刀の魂魄を見せつけてやろう。泣き叫ぶことしか出来ない悲嘆の竜に教えてやらねばならない。

 そうでなければ嘘だし、そうしなければこれまで積み上げてきたものへの侮辱に他ならない。

  

 そして、なにより。

 

「そうじゃなきゃ……斬れない」

 

 何故ならば織斑一夏の求道とは――

 

 想いと共に刀を振り、

 

「なにトリップしてんのよ、アンタ」

 

 頭を叩かれた。

 

 

 

 

 

 

「ぬ……」

 

 はたかれた頭を押さえながら、振り向く。

 

「鈴、か」

 

「そ、アンタのお嫁さん、綺麗なスレンダー拳士の凰鈴音ちゃんよー」

 

 ジャージ姿の鈴だ。一夏と同じように身体を動かしていたのか、汗は多く、頬も上気している。上のシャツが微妙に肌に張り付いてて艶めかしい。あと素でお嫁さんどうこう言われるとさすがに恥ずかしい。

 

「……それで? 随分気合い入ってたわね」

 

 言いながら、タオルとスポーツ飲料のペットボトルを投げつけてきた。温めで一夏の好みの温度だ。見た瞬間に、喉の渇きを思い出す。もうかなりの時間動き、汗をかいていたのだ。一気に口の中に流し込む。柑橘系の味が広がり、水分が胃に広がる感覚を感じながら、

 

「別に。お前だって張り切ってたみたいじゃねぇか」

 

「ま、そりゃあね。すぐそばでアンタが覇気撒き散らしながら刀振ってるもの。気合いも入るわよ」

 

「……そんなに近くにいたのか?」

 

「この林出た先の砂浜ね。気付いてなかった?」

 

「……ああ」

 

 大分思考に埋もれていたらしい。少し情けない。自分のことにかまけてて、彼女の存在に気づかなったとは流石にみっともない。これは殴られる。

 

「ふうん」

 

 だが、鈴はさらりと流して、

 

「そろそろ時間ね。今日は弁当ないから学食よ。行きましょう」

 

「……そんだけ?」

 

「なによ、べろちゅーでもしてほしいの?」

 

「いや、それはいいけど。え……なんかあったのか?」

 

 何時もならいるのに気が付かなかったら蹴り飛ばされるかぶん殴られるかなのに。ぶっ飛ばされて校舎に人型の穴を開けたのは一度や二度では無い。その後に千冬にまで殴られることになるのもお約束だ。

 だが殴ってこない。フェイントを疑うがしかしそんな気配もなかった。これはおかしい。こっちはすでに歯を食いしばっていたのに。

 肩を掴んで、熱が無いか確認するために額を重ねる。

 

「え、ちょ、アンタ」

 

「大丈夫だ、落ちつけ」

 

「いやアンタが落ちつけ」

 

 

 熱は、ない。いくらか熱いが運動によるモノだろう。頬も上気しているがそれもそういうことだろう。触れている肌が火照っているのも同じことだろう。

 どうやら病気とかではないようだ。ならばいい。よく考えれば病に侵される鈴というのも想像できなかった。

 ならば何か。

 

「ぬぅ……」

 

「ちょ、アンタ……っ」

 

 まさか怪我か。義腕の調子が悪いのか。束の謹製とはいえ、万が一、億が一ということもあるだろう。

 というわけで触った。

 

「……」

 

「ん、ちょ、アンタ目がマジ……」

 

 柔らかい。作り物とは思えない。肌は汗で濡れているが、今更それで嫌悪感を覚えることはない。戦闘中はかなりの硬度を有するが、鈴が気を通していないとこんなにも柔らかいのか。いや、もう何度も触れているから知っているけど。

 ともあれ以上がないか確認する。肩から手を滑らして触診。二の腕や肘、手首まで下ろして触るが。

 異常が無い。 

 何故だ。

 解せぬ。 

 

「おかしいな……」

 

「アンタの頭がでしょうが!」

 

「ぼでぃ!」

 

 顔を赤くした鈴に遂にぶん殴られた。

 手が鈴から、足が地面から離れてぶっ飛び、背骨から木に激突する。折れるかと思った。だが、それでもすぐに起き上がり、咳き込みながらも、

 

「これこそ鈴だぜ!」

 

「あんた人のことどう思ってのよ!」

 

「あごっ!」

 

 顎に蹴りが入り、宙を舞った。

 

 




魔改造、キャノンなんかと編はオールギャグとラストへの伏線ですよい。

感想評価いただける幸いです


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第弐話

推奨BGM:心中善願決定成就


 

「まったく。珍しく物思いにふけってるから気を遣ってやったのにアンタは……」

 

「だから悪かって。でもさ、いつもぶん殴られる俺からしたら調子が悪いのか心配で」

 

「そんな心配いらないっての」

 

 雑木林で一夏が要らない心配と発言を繰り返しぶっ飛ばされること十数回。若干ボロボロになった一夏と呆れている鈴の二人は自室へと向かっていた。本当は先に学食の予定だったが一夏が葉っぱやら土で汚れた為に、先に部屋に帰って制服に着替えることにしたのだ。

 

「大体ね、あんた最近弛んでるわよ? 剣のこと以外に関しては。部屋で制服畳めっていつも言ってるのにやってないし、洗濯物も出さないし。結局やる私の身にもなりなさい」

 

「うう……面目ない」

 

 まるで新婚夫婦かなにかのようだが、それもあながち間違いではなく。ここ最近、というよりは付き合い始めてから、二人はほとんど同棲状態だった。

 一夏は世界唯一の男性IS操縦者だった(・・・)から、当然ながら部屋は個室だった。最初期は部屋割の都合により箒や男装したシャルロットと同室だったが、結局は個室だ。だがそれでも、二人部屋だ。元々一夏は基本的な着替えや『雪那』くらいしか物が無い。休日に弾から貰った雑誌や漫画の類が数冊あるだけだった。当然場所は余る。そうして、鈴と付き合い始めて、当然のように鈴が部屋に転がり込んできた。基本的に修行や夕食以外は何時も一夏の部屋にいる。週に半分ぐらいは泊りであった。今更文句を言うような輩はおらず、千冬でさえ放任していた。

 まぁ、なんだかんだで。意外にも彼氏彼女をやっている二人だった。

 

「はぁ、まあいいわよ。それより急ぎましょ。あんまんびりしてると時間なくなるしね」

 

「おう」

 

 そして二人並んで寮の玄関に辿りつき、

 

「あれ、一夏、鈴。おはよう」

 

 シャルロットと遭遇した。

 

「おはよ……てか」

 

「おはようさん……んで、なにしてんだ?」

 

「んー、まぁちょっとね」

 

 すでに制服姿のシャルロットだったが右手には大量のポスターがあり、逆の手には画鋲やセロテープだ。

 

「これ、今月の目標とか標語とか。あと緊急時用の避難経路が載ってて、それ貼ってるんだ。学園全体に張ってるんだけどとりあえず今日は寮に貼るんだよ」

 

「へー」

 

「ほうほう」

 

 なるほど。あんな事件の後だ。迅速な避難のための経路図は必要だろう。アイツらが再び来ないという確証はなく、むしろ間違いなく来るだろう。そう遠くないうちに。

 だから対策としては間違っていないが、

 

「なんでシャルロットがやってんだよ」

 

「そういの、掲示委員とか生徒会の仕事じゃないの?」

 

「まあね」

 

 苦笑する。両手が塞がっているから、肩をすくめて、

 

「それでも、僕がやったほうが早いからねぇ」

 

 あっけカランと言う。確かに分身のできるシャルロットならばこういう単純作業には時間を掛けずに終わらせられるだろう。いくら拾い学園島とはいえ、百人単位で行えばあっという間だ。

 だとしても、

 

「そんな理由でやってんのか?」

 

「うん」

 

 変な奴だなぁ、と一夏は思う。いや、変なのは人のことを全く言えないけども。

 一夏の中ではシャルロット・デュノアはよくわからない奴というのが正直な所だ。掴みどころが無いというべきか。最初会った時はやたらブラックな理由で男装して転校してきた。すぐにばれたけれど。気配操作系の歪み持ちだからか、始めは影が薄くしていたせいで浮いていたがある程度馴染めば普通にクラスメイトと仲良くしていた。

 多分、いつもの面子では学園内ではセシリアの次に人気者なのがシャルロットではないかと思う。

 我らが淑女セッシーさんは語るに及ばないが、シャルロットも結構皆に好かれている。

 解りやすすぎるほどに互いに完結している一夏に鈴、一部コアな人気を集める箒やラウラ、そもそも引きこもりの簪のその介護という本音、という比べる面子も面子だが、それでもシャルロットは人気者だろうと思う。

 普段の日常生活を思い出せば、 

 

「そういや、何時もそういうことしてるよな」

 

 所謂雑用とか面倒ごととか。そういう誰がやってもいいことを進んでやる。よく寮内の天井逆さまで散歩したりして、困ったことがあると手助けしてるらしいし。

 戦闘系技能にしてもそうだ。暗器使い、忍者。それはつまり交戦は前提ではなく暗殺や奇襲などといった方面で本領を発揮するタイプなのだ。複数で強力するよりも、個人で隠密に専念するほうがいいだろう。

 

 だがそれでも、彼女は自分たちの援護に専念してくれる。

 

 最初に暴風竜と相対した時は開戦のために足止めだったし、一夏が言ない時は火力の高い鈴と箒の運搬だった。先日の一件は言うまでもない。普段の模擬戦でも、チーム戦になれば援護してくれるのが基本だ。

 損をしているというか、日陰者というか。割に合わないだろう。

 そういう風に一夏は思うが、

 

「ま、性分なんだよ」

 

 シャルロットは笑って言う。

 正直言えば一夏や鈴には理解できない。二人は求道者として極まっていて、自分のことは自分でやるのが基本だ。他人を補佐する、援護するという概念は正直理解しがたい。

 

「誰がやってもいいなら僕がやるし、誰かにとって面倒なことは大概僕からすればそれほど手のかからない。それだけ。別に深い理由なんてないよ?」

 

「ふうん」

 

「アンタ……」

 

「なに?」

 

「人間できてるわねぇ……」

 

「そりゃあ一夏と鈴に比べれば」

 

「……」

 

「……」

 

 そういえば天然でもあるのだった。悪意は無い、はず。 

 

 

 

 

 

 

 地味に反論できないことを言われて微妙に傷つきながらも一度部屋に帰って食堂へ行く。

 始業まで既に一時間もないからか混んでいる程ではないが、それなりに人はいる。

 一夏と鈴でそれぞれ朝食を食堂のおばちゃんから貰い、席を探せば、

 

「おーいおりむー、りんりんー」

 

「おー今行くー」

 

 本音がいつもの改造制服で手を振っていた。本音だけでは無くいつもの面子がいるようだ。

 

「悪い、待たせたな」

 

「誰も待っていない」

 

「……」

 

「ほら、さっさと座りなさいよ」

 

 朝から地味に精神ダメージが多い。ラウラからの精神攻撃に耐えつつも座り、隣に鈴だ。半円状の机で順番に、鈴、一夏、ラウラ、セシリア、本音、簪、箒、シャルロットだ。流石に八人も同時に座るとあまり余裕はない。気にするほどでもないけど。

 

「珍しいな、簪いるなんて」

 

「本音に引きずられたんだよ……自分からこんな人気のある場所来るわけ無いじゃん」

 

「やだなーかんちゃん、まだそんなこと言ってー――カビ生えるよ? 女の子的にヤバいとか思わない?」

 

「科学者として女なんてものはとっくの……あ、ごめんさい」

 

「弱いなー」

 

 箒ですら呆れる弱さだ。相も変わらず本音には頭が上がらないらしい。

 

「ふむ。だがまぁ、カビが身体から生えるというのは無くもない。昔、亜熱帯を行軍訓練中に服からカビやら苔やら生えたことがあった」

 

「ありましたわねぇそんなこと」

 

「いや、普通ないよそんなこと」

 

 相も変わらずラウラとセシリアはいきなり嫌な話を出してくる。さすがに顔が引きつった。たまに零すセシリアとラウラの軍事演習の過去は民間人からすると引く。普通に引く。嫌な話しか出てこない。流石というかセシリア空気に気付いて、

 

「そういえば、もうすぐキャノンボールファストですがどうしますか?」

 

 さりげなく話題を変えた。さすがセッシー。

 キャノンボールファスト。ISを使用した高速機動レースだ。市主催であり、学生出場のイベントだ。学園祭のことがあって、開催が危ぶまれたが予定通り行うらしい。逆に盛大にやってイメージアップを図るようだ。

 まぁそれはいいのだけど。

 

「どうするって、私たちやることないじゃない」

 

 そう、やることがない。

 今ここいる面子が一年生の専用機持ちが全員いるわけだが、それも過去形だ。

 一夏、鈴、セシリア、ラウラはすでにISがISとしての機能を保有していない。既により高い次元へと進んでいる。羽織や手甲としての防具、銃や鎖としての武器。それぞれがそれぞれの主に最も適した形状と性質を備え変質していた。当然ながらそれまでのパワードスーツの機能は無い。正直、改変したせいで学園を追い出されるかと心配だったが、

 

 束が言うにはある意味で正しい進化らしい。

 

 ともあれ、四人はISが無いので出れない。

 また、

 

「私と簪は未刊だからな。結局出れないのは同じだ」

 

「今更作る気もないしねー」

 

 箒の紅椿も簪の打鉄弐式も未だに未完成品だ。紅椿は結局、インストール機能くらいしか備わっていないし、簪もほとんどなにもできていない状態だ。元より箒には必要無いし、簪は自前の発明品がある。

 

「まぁ私は元々代表候補性じゃないしー」

 

 専用機を持たぬ本音は当然として、

 

「僕だけだよねー出るの」

 

 出場枠があるのはシャルロットだけだ。

 

「なんか三年生の専用機チームに混ざるらしいよ? 流石に訓練機組には、ね」

 

 キャノンボールファストは専用機組と訓練機組で別れるわけだが、一年生はもう専用機持ちはシャルロットだけだ。だから三年生の専用機というのは妥当だろう。ISで実力がデチューンされるし。

 

「なるほど」

 

「どうかしたのかよセシリア。なんか予定でもあんのか?」

 

「ええ、まぁ。それがどういうわけか当日の解説役を頼まれてしまいまして。一応皆さんのことも聞いておこうかと」

 

「へー」

 

 解説とは。さすがという他ない。

 解説淑女。

 流行りそうで怖い。セシリアの人気は留まる事を知らないし上級生、教師問わずに絶大な信頼を得ているのが彼女だ。

 

「……」

 

 いつも通り、なのだろう。こういう光景は。なんだかんだ言って、あんなことがあってもそう変わらない。それほどまともではない。学園を去った人こそが正しい選択で普通なのだ。それでも、一夏のクラスで退学した生徒はいないし、他のクラスも同じようだったらしい。中々周囲にマトモな人間はいない――というよりも、クラスの皆が人間できているだけだろう。

 

 まぁ、それでも変わったこともある。

 

 例えば、ラウラに左頬の刺青だ。

 

 機竜との戦闘で新しい力に目覚めたラウラとセシリアだが、外見上、ラウラには明確な変化があった。左目から頬にまで下りる黒い刺青。魔刃(ベリアル)となどという術式をその身に宿した彼女。簪や本音曰く科学と魔導の複合術式らしい。セシリアも似たようなものだとか。

 解りやすい外見の変化はそれだけといえばそれだけだし、顔とか気にする気質ではないだろうけど、ラウラ自身思う所が在るのではないのかと、一夏は思う。

 いや別に、思ったから何かをするわけでもないけど。

 

「ふむ……」

 

 結局変わった事もあれば、そうでないことある。

 それは、結構普通だろう。嵐の前の静けさ、この先に何かが在るのはわかりきってるけれど、平和を味わう心意気が全くないわけではないのだ。

 

 ――少なくとも今この瞬間を味わうこと以外に一夏にできることはないのだから。

 

「……そういや俺キャノンボールファストの日誕生日なんだよなぁ」

 

 ポツリと呟いたら、

  

「いや知ってるけど」

 

「まぁ、おめでとうございます」

 

「おめでとー」

 

「おめでとおりむー」

 

「誕生日かぁ、何時も研究室こもってるから関係ないね」

 

「ああ、そういえばそんなこともあったな」

 

「だからどうした」

 

「……ああうん、ありがとう?」

 

 最後の方が酷い。悲しくならないわけではないのだ。

 

 




当分こんな感じで日常ですねー。
いろいろ伏線とか張っていくので。

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第参話

推奨BGM:.一霊四魂万々無窮

*間:陰陽歪曲


 

 

 

 

 

「はいどうぞ、珈琲ですよ」

 

「ああ、ありがとうございます山田先生」

 

 特徴的な緑髪の後輩から貰った珈琲を織斑千冬は口に含む。各国政府や企業からの援助金を受けているIS学園は珈琲もそこそこ高価なものだ。豆だけなら店でも出せるレベル。残念ながらプロ級の腕前を持つ教師は中々いないが。

 コップを傾けながら腕の時計を見れば始業までは三十分程。クラスのホームルームはあり、重大な連絡事項もあるが、授業の一時間目はない。大分余裕があった。

 だから、自分の仕事とは関係のない書類を取り出す。

 

「ふむ……」

 

 それはここ二週間の退学者リストだ。この二週間で三十人以上の退学者が出ていた。

 無理もないと千冬は思う。

 学園があんな戦場になって命の危機に陥り、機竜などという化け物、さらに嫌気による束縛を受けたのだ。恐怖を覚えないわけがないし、再びの危険を危惧し学校を去るのはむしろ真っ当な選択だ。

 愚弟たちではあるまい。馬鹿げた選択をすることもないだろう。

 そう、思うも、

 

「やれやれ……馬鹿ばかり……といえば失礼か」

 

 退学者は全て二、三年生から出ていた。一年生からは一人も出ていない。

 原因は、一夏たちと接点があるかどうかだろう。あの面子の過剰なまでの戦闘力は周知の事実であり、一部からは畏怖の的だ。実際に会話するなり触れ合うなりふれば、一部除きただの社会不適合者の集まりだということがわかるのだが。そういうことを知らない二、三年性から退学者が出たのだ。

 教師としての千冬からすれば距離を取っておけばいいのにとか思わなくもない、

 

 姉としての自分は有難いの一言だけれど。

 

 箒なんかは担任の自分からすれば、保護のされっぷりが怖い。なんだあれはペットかなにかか。ごうみても愛玩動物のように愛されている。あの姉妹はどうにもファンクラブとかすぐできる。いや、千冬にもあるけど。

 それはともかくとして、退学者のリストを見直す。 

 すでに退学したのが三十人程度だが、実際はまだまだ出るだろう。実家や祖国との話し合いが落ち付いていない生徒も多いはずだ。この調子だと、今月で五十人超えるかどうか。年末までには百は行かないだろうと思う。

 

 少なくとも年末までには事は起こらないはずだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

「よう。導きの、兎。お初にお目にかかりますってな。それとも久しぶりでいいのか?」

 

 二週間前、プリームムとスコール、一夏と鈴らが宣戦布告をし合う中、オータムたちもまた動いていた。

 校舎の上で動かなかった千冬と束へと。既に戦意はないようだった。

 

「始めましてでかまわんだろう。私たちとお前自身とは初対面なのだからな」

 

「そういうわけではじめましてオータムちゃん、クィントゥムちゃん、クァルトゥムちゃん」

 

「ちゃん付け止めろよ……ってそうじゃなくてだな。おしゃべりするために来たんじゃねぇんだよ」

 

「ええ、そういうことですから。勿論、聞かないなんてありませんよね?」

 

「無論。ガキの言い分を聞くのも教師の役目だ」

 

「っ……」

 

 千冬の物言いにクィントゥムは歯ぎしりをするが、

 

「動くなよ、教官に手を上げるなど赦さん」

 

 周囲を三つ首の顎鎖が囲む。冥府の番犬には既に腐滅の炎が宿されている。いかにクィントゥムといえど、太極を開いていなければダメージは免れない。

 それだけではなく、

 

「ここまで好き勝手やって、ただで済むとお思いですか?」

 

「まーそーだよねー」

 

 蒼の銃口と白の光弾がオータムとクァルトゥムに向けられていた。

 ラウラ、セシリア、本音。屋上と空中から動きを許さぬように、覇気を纏う。蘭とシャルロットは墜落した一夏と鈴への増援に向かっている。簪は楯無の所に戻っている。

 今のこの三人、反天使(ダストエンジェル)として覚醒した今、例え強度そのものには神格にまで至らなくても、太極を開いてない今のオータムたちならばダメージを与えることが可能だ。

 それでも、

 

「退け、お前ら。心配はいらんよ、少し離すくらいだ、な?」

 

「まー、そーだな。伝言あるだけだしよ」

 

「ほら、そういうわけだ」

 

「……ヤヴォール」

 

 言われ、鎖を引き炎を消す。 ラウラが引いたのを見てセシリアと本音も銃口を下ろし、光弾を消した。それらを確認し、

 

「では聞こうか」

 

「んじゃあ言うぜ」

 

 千冬と束に向けて、言う。

 それは――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「先生? 織斑先生? せんせーい?」

 

「ん? すまない、どうしたんですか? 山田先生」

 

「いや、そろそろホームルームの時間ですよ? 今日は例の連絡事項もありますし、早めの方が……」

 

「あ、ああ……わかりました行きましょうか」

 

「はい」

 

 教室に向かうために廊下に出て、時計を見れば始業までもう数分だ。教師として自分が遅刻するわけにはいかない。ただでさえ問題児が多いのだ。教師がしっかりとしなければならない。頭痛薬は離せないけど。頭痛薬の消費の割合が増えるけど。溜息を吐きつつ窓の外を見る。まだ夏だからか日差しは強い。校舎内はエアコンが効いているのでわかりにくいが、気温も高いだろう。

 

「暑そうですねぇ。今年は残暑で秋がないらしいですよ」

 

「ふむ……」

 

 夏は長く、秋が無い。それはつまり、

 

「すぐに冬か……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え……?」

 

 ホームルームにて千冬の連絡を聞いた生徒たちは皆一様に目が点になった。セシリアやラウラは納得したように目を細めたが。

 千冬が言ったこととは、

 

「キャノンボールファスト後の緊急休暇、それも二週間も……?」

 

「ああ、そうだ」

 

 ポツリと誰かが呟いた言葉に頷き、

 

「先日に一件は記憶に新しいだろう。奇跡的に怪我人は少なく、死者が出なかったが、それでも既に各国でテロ行為として報道されていて、未だ詳細は不明だ。お前たちの親御さん方も心配しているだろう。だから、キャノンボールファスト後に二週間の長期休暇を取る事を決定した。基本的に全員帰省だ、よっぽどの特例が無い限りは居残りは無し。帰省用の航空券は緊急故に学園側から出す。……何か質問は?」

 

 千冬がクラス全体を見回すが、上がる手はない。いきなりすぎる、というも確かだろう。千冬だってなにも知らずに突然の休暇を言われれば、喜ぶよりも驚くだろう。それでも、連絡することはまだ終わりではない。

 

「……私としてもあまり言いたくない事だがな。もう既に二、三年生からはそれなりの数の退学者が出ている……そういうことも含めて、よく話し合って来い」

 

「……!」

 

 反応は二種類。驚きと納得。どういう面子が驚き、どういう面子が納得したのかは言うまでもない。

 

「せ、先生! それってつまり自主的に学校を出ていけっていうことですか!」

 

「違う。早まるな、そういうことじゃない」

 

 千冬自身でも意外なほどすぐに言葉が出た。そのことに苦笑しつつも、

 

「お前たちがどういう想いでこの学園に残る選択だろうと、それはお前たちの自由だ」

 

 でも、

 

「お前たちはまだ子供だ」

 

「……っ」

 

 息をのむ声が聞こえた。それでも教師として言うべき事は言わなければならない。

 

「親が、家族がいるだろう。お前たちの帰る場所がな。だからそれを一度知ってこい。愛されていることを、な。この学園にいるということはどうしたって命の危険はある。ああいう戦闘行為だけではない、この学園はそういう危機に常に晒されているんだよ。護っている者がいるだけだ」

 

 例えば学園長や生徒会長や教師たち。そういう人たちが生徒たちの陽だまりを守っているのだ。

 

「だから、一度戻って再確認して来い。 自分が愛されていることをな、……その上でこの学園に戻ってくるというなら私に言う事はないさ。……わかったな?」

 

 未だに納得しているわけはないだろうが、真剣な千冬の物言いに言葉が無い。それだけの重みがある。千冬としてもできるなら戻ってきてほしい、だがそれはあくまで個人的な意見だ。大人として我が儘は言えない。

 どうするべきかは、彼女たち自身にゆだねるべきなのだ。

 時計を見ればもうホームルームの時間も終わりだ。

 

「では、これでホームルーム終える。各自一時間目の準備をするように」

 

 これでとりあえずの教師としての役割は終えた。だから、これは個人のことで、

 

「織斑、篠ノ之、オルコット、デュノア、ボーデヴィッヒ、布仏の五人は昼放課に私の所に来い。凰と更識も一緒にな」

 

 

 

 

 

 

 

 

「結論から言えば、お前たちは帰省はできん」

 

 昼休み。いつもの面子を屋上に集め、千冬は開口一番にそう言った。

 

「……はぁ」

 

「了解です教官」

 

 皆、怪訝そうな顔をして頷くが、ラウラだけは即答だった。こういう所は変わらない。

 特に驚いていない様子に千冬はふむ、と一度首を傾げ、

 

「反応が薄いな」

 

「まぁ……なんとなく解ってたし」

 

「どっちにしろ帰省せずに修行するつもりですわ」

 

「私は引きこもりだから関係ないですし」

 

「はいかんちゃんはだまってようねー真面目な話ぽいしー」

 

 え、私真面目、という簪は置いておいて、話を進める。

 とりあえず、帰省できないのがわかっているのなら話は早い。まぁ、一夏たち自身とて自らの武威を上げるためにも、休暇があってもひたすら修行に身を費やすだろう。それは悪くないし、むしろ必要な事だ。

 それでも、

 

「ほら」

 

 スーツの懐から取り出した封筒を指で挟み、人数分投げる。全員が危なげなく受け取り、中にあったのは、

 

「航空券……?」

 

「ああ、そうだ。キャノンボールファストが終わったら、お前たちは私と共にある場所に行って貰う。無論五反田も共にな。修行三昧はそれからにしろ」

 

 言っている間にも一夏たちは中の航空券を確認する。そして、行き先に目を落とし、

 

「これって……」

 

「ああ、そうだ――――向かうはドイツ」

 

 ドイツ、ラウラの祖国であり、千冬自身も一年間教官を務め、ラウラ・ボーデヴィッヒを英雄(エインフェリア)として導いた。だが、今回はそれとは別で、

 

「お前たちも二年前に行ったはずだ」

 

「……千冬姉、それって!」

 

「ああ、そうだ」

 

 それと、先生だと訂正しつつ。

 記憶は二年前の彼の地。一つの街が火に包まれ半壊した。IS関連事情において始まりの白騎士事件すら上回る大事件。当時存在したISもほとんどが破壊された。表向き、報道されている限りでも悲惨極まりない。実際あの事件で色々な国が被害を被った。

 

 そして真実もまた。

 

「――己の真実を知った上で、自らの在り方を決めなければならない」

 

 その言葉に思う事があったのか、全員が身構える。それに少しだけ満足。

 

 ただ、あの日彼女(・・)が目覚めた。それだけがあの日の真実。

 それは一夏達にも知ってもらわなければならない。

 故に、

 

「第二回IS世界大会開催地――モンド・グロッソ」

 

 連れて行ってやろう。至るべき所の切っ掛けくらいにはなるだろう。

 そして知ってもらおう。

 

 ――この世界を創造し、流れ出してきた者たちの意志を。理性と感情を担って来た先人の物語を。

 

 




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第肆話

推奨BGM:幸魂奇魂守給幸給

腹筋崩壊するといいよ!


九月二十七。キャノンボールファスト当日にして世界唯一男性IS操縦者織斑一夏の誕生日。前者は市のISアリーナで二万人を超える大規模で行われ、後者はレースが終わり次第、ごく一部の身内とクラスメイトにて祝われる予定だ。絶好の快晴であり、いくつもの花火が上がっている。

 アリーナ内は満員であり、各国政府関係、IS企業関係者も多く来ているだけでなく民間の観客も多い。すでに開催宣言は済んでいて、レースも行われ始めている。そしてレースだけではなく注目されているのは、解説席だ。ボックス席に設置され、巨大な液晶ビジョンにも写されている。

 

『どうも皆さま。実況を務めさせていただきますIS学園生徒会会計、布仏虚です。よろしくお願いします。ではまず解説及びゲストを紹介します』

 

 専用のボックス席からアリーナ全体に声を届かせながら、隣に座る少女に手を振り、

 

『どうも。IS学園一年一組イギリス代表候補セシリア・オルコットです。技術解説を担当させていただきます。よろしくお願いします』

 

『はいよろしくお願いします。続きまして……」

 

 次いでセシリアの隣にいる彼女に手をやった。そのゲストとは、

 

『げ、げげげ、げす、と……のしの、しののの、ほう、き……です』

 

 絶賛コミュ障を再発している篠ノ之箒だ。手元のマイクに添えられていた手はものすごく震えていた。言葉も噛み噛みだった。冷や汗とかダラッダラだった。

 第一、箒からすればなぜ自分がここにいるのかわからない。おかしいだろう、なぜ自分みたいなコミュ障がゲストだ。おかしいだろう。おかしくないわけがあるか、いやない。セシリアが解説の役になったから、ついでにゲストに出ればいいとクラスの皆に進められて、気付いたらあれよあれよとここにいるがおかしいだろう。薄々自分でも思っていたがチョロすぎないか自分。

 思うも、解説席から望むアリーナ内の視線や意識が集まっていて、身体の震えは止まらない。

 

「箒さん、箒さん。とりあえず笑顔ですわ」

 

 マイクを介さずにセシリアが声を掛けて来てくれた。

 笑顔。笑顔とな。

 正直それは自分の特に苦手な分野だ。だが、それでもやらなければならないだろう。記憶を掘り起こして笑顔の仕方を思い出す。一夏と束が組んでいた人格更生だか矯正だかなんだかの実に不本意なプログラムから抽出する。だが力み過ぎて、つい目の色が反転した。つい牙とか伸びた。

 

「――」

 

 黒目をむき出しにし、牙をむき出しにして、舌を突き出すという渾身の笑顔を浮かべた。

 

『――――』

 

『あはははははは! なにあれすっごい爆笑ものだね! ――ね?』

 

『アハハハハハハハハハハハハハハハハ!』

 

 一瞬だけ解説席には聞こえないように音声を遮断された篠ノ之束の声が響き、アリーナ内は笑わずにはいられなかった。いろんな意味で。

 

 

 

 

 

 

「ははは……なにしてるんですか二人とも……」

 

 言葉に表せない寸劇を繰り広げる知り合いの姉妹に蘭は苦笑する。まぁ、昔からあんな感じだし、それなりに耐性はあるので気にしない。とりあえず全力で爆笑したが。

 

「さすがに人が多いなぁ」

 

 トイレからの帰り道。自分の席から近い所に行ったのにも関わらず、戻るのも大変だ。流石はIS学園のイベント事だ。自分も来年は受験するわけだが、倍率の高いから少し心配だ。成績悪いつもりはないけども。

 

「ん?」

 

 ふと視界の中に気になる存在を見かける。

 自分と変わらぬほどの年齢の女の子だ。アリーナ内のパンフレット片手にキョロキョロ顔を動かしている。セミロングの金髪にツリ目気味の翠眼。身長は自分と変わらないが全体的なバランスは良く、モデルかなにかのようで若干蘭のコンプレックスを刺激する。なんとなく誰かに似ているような気がしたが、少し眼を凝らしてみればそうでもない。気のせいのようだ。

 だが、なにより気になったのはその服装だった。

 ドレス、だろう。どうみても。お金持ちのパーティーとか映画や漫画でしか見ないドレスを着ている。豪華絢爛というほどの装飾はないが見るからに高そうだ。蒼と黒がメインの配色。そして最も奇奇怪怪というか意味不明なのが、

 

「透けてる……」

  

 スカートの正面が透けている。かなり薄い生地で太ももとかパンツが見えている。胸元も思いっきり露出していた。

 明らかにおかしい格好だ。

 よくよく周囲を見れば、結構注目を集めているがあまりにも怪しすぎて誰も話しかけれないようだ。 解らなくもない。正直蘭でも躊躇する。

 それでも声を掛けてみた。これでも中学では生徒会長だ。爆走会長やら舞姫やらそんな風に呼ばれ慕われている自分としては同じ年頃の女の子を放っておくのは忍びない。

 

「あのー……」

 

「む?」

 

 少女と目が合う。やっぱり誰かに似ている気がして、無礼覚悟で見るが――やはり似ていない。これだけ良く見ても違うということは完全に蘭の思い違いだろう。

 

「お主は……」

 

「あ、スイマセン」

 

 古風な口調だなぁ、と少し驚きつつも、

 

「えっと、迷ってるようだったら手伝おうかと思いまして……」

 

「…………」

 

 じまじまと品定めするように見られ、少したじろぐ。さすがに失礼だったかなぁと思ったが、少女はしばらく思案気な顔をしたかと思ったが、

 

「すまないな! お主がよければよろしく頼むぞ!」

 

「あ、はい」

 

 快活そうな笑みを浮かべながら応えたくれた。邪険に扱われなかったことにホッとしつつも、

 

「五反田蘭です」

 

「おお、わざわざすまないな。我は……うむ、ルキとでも呼んでくれ」

 

「は、はぁ」

 

 呼んでくれって。偽名なのだろうか。というか一人称が凄い。我って。自分の周囲も人斬りとかチャイナとかコミュ障とか淑女とか軍人とか忍者とか魔法少女とかマッドサイエンティストとかいろいろおかしい面子がいるが、それにも劣らないキャラの濃さだ。

 

「ああ、それと敬語要らんぞ。年の頃はそう変わらんだろう。普通に喋ってくれて構わん」

 

「あ、うん。じゃあ普通でに喋るね、それでルキはどこに向かおうとしてたの?」

 

「うむ、Fの44だな。正直人ごみは得意では無くてな。困っていた所だ」

 

「Fの44……あれ、それなら……」

 

 ポケットに入っていた自分の座席票を見ればFの45だ。

 つまり、

 

「私の隣だ」

 

「ほう、それはそれは」

 

「凄い偶然だね」

 

「いや、それは違う」

 

「え?」

 

 ルキは両手を腰に当てて、形のいい胸を突き出し、

 

「世界が我の為に物事を動かしているのだ! お主に会えたのも、お主が我の隣の席なのも、全て我の為に我のためなのだ!」

 

「そ、そっか……」

 

 どうしようこの子ヤバい。

 蘭の知り合いの中で類を見ないキャラの濃さだ。何が恐ろしいかといえば、ルキは本気ぽい。本当にそういう風に思っている。これは凄い。ここまで精神ぶっ飛んでいるのは一夏や鈴クラス。つまりどうしようもない。

 だからスルーする。別に現実逃避してるわけではない。

 

「ルキの服凄いね! そんなの何処で買ったの?」

 

「おお、これの良さがわかるのか! うむ、じつはこれは自作でな!」

 

「え、自作?」

 

「うむ。一か月かけて丹精込めて自作したのだがな、身内の者はケバイやら派手だとか、興味無いとか、どうでもいいとか、挙句の果てには変態とか露出狂だとか。碌に芸術を理解しておらん。いやはや蘭、お主はわかるやつだな!」

 

「あ、ありがとう?」

 

 微妙に褒められている気がしない。派手なのは否定できないだろうけど。

 まぁ、スルーだ。スルーに限る。

 

「我はただ自らの肉体を晒したいだけなのだ!」

 

「それが露出狂だよ!」

 

 落ちつけ自分。落ちつけた五反田蘭。スルー。スルーだ。

 

「……じゃあ、行こうか。もうそろそろ始まるよ」

 

「ほう? 何がだ?」

 

「何がって……ルキ何見に来たの?」

 

「う、うむ、まぁ社会見学だな……と、我の都合はまぁいい。それで?」

 

「まぁ、いいけど」

 

 肩を並べ二人ともに歩き出す。途中でポップコーンでも買おうかなと思いつつ、時計を見れば、

 

「今日のメインの専用機レースだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

『さて、本日のメインレースの時間です。一年から一人、二年から三人、三年から二人の出場となっております。格選手、すでにレース開始位置に並び始めています。開始までまだ少し時間があるので、各選手の紹介をしていきましょう』

 

 円形上のレースコースのスタート地点が巨大ビジョンに映る。六人の少女。

 まず映ったのは灰色の髪に蒼い目の少女。身に纏うのは濃い蒼のISだ。

 

『ではまずは一人目。二年二組サラ・ウェルキン選手、使用ISは『サイレント・ゼルフィス』です』

 

 液晶いっぱいに灰の髪の少女の笑顔が浮かび、歓声がわき上がる。

 

『サラ先輩は私と同じイギリスの代表候補生ですわね。夏ごろにイギリスの最新型第三世代IS『サイレント・ゼルフィス』を本国から受け取っていますわ。私の『ブルー・ティアーズ』の欠陥が埋められていて、ビットも四つから六つに増えています。またサラ先輩自身もISを用いた射撃技術は本国有数ですね』

 

『なるほど、十分優勝の可能性があると』

 

『ええ。私としても同じ英国淑女としては頑張ってほしいですわ』

 

『……先輩、お前と一緒にしないでと言わんばかりに苦笑してるがな』

 

『次に行きましょう』

 

 液晶に映る姿が変わる。映ったのは気だるげな二人。褐色の肌と黒髪黒目で纏うISも黒がメインカラーの少女と蒼髪蒼目、それに反しISのカラーリングは鮮やかな赤だ。

 

『やはりこの二人は同時に紹介しましょう。三年二組ダリル・ケイシー選手と二年四組フォルテ・サファイア選手です。使用ISは『ヘル・ハウンドVer2.5』と『コールド・ブラッド」。皆さんご存じ『イージス』と謳われる名コンビですね』

 

『注目といえば注目の二人ですわね。今回は当然ながらレース、つまりは個人戦ですわ。普段コンビである二人ですから、お互いの呼吸や手の内も読めているでしょう。そんな二人が敵同士なのも注目ですし、あるいは共闘するかもしれないですから楽しみですわ』

 

『しかしやる気のない二人だなぁ』

 

『はいでは次ですね。ああ、この人は私としては個人的に優勝を掴んでほしいですね』

 

 液晶に水色の髪の少女が映り、これまで以上の歓声がわき上がる。堂々とした笑みで赤い瞳でアリーナ内を見渡している。水色のISはまるでドレスの如く。

 

『言わずと知れたIS学園生徒会長更識楯無選手と『ミステリアス・レディ』です』

 

『名実ともにISを用いた戦闘では学園内最強の生徒会長ですわね。攻守ともにオールマイティにハイスペックでありISも幾つもの切り札があるでしょう。学園内唯一の一国の代表生というのも見過ごせませんわね。IS起動時間だけでも断トツでしょう』

 

『そ、そ、そこに痺れる、あ、こ、あこが、れる……!』

 

『……』

 

『アハハハハハハハハ! ――ん?』

 

『アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!』

 

 こっそりガッツポーズを浮かべた箒の頭をセシリアが叩いた。

 よくわからないギャグをしないでくださいまし。すいません。

 

『え、えー、ゲストの箒さんの小粋なネタはいいとして、最後の選手の紹介としましょう。……ちなみに私としては直視すると頭痛が止まりません……』

 

 不安になるようなアナウンスの後。その姿を映されたのは、

 

『一年一組、シャルロット・デュノア選手です……! 使用ISは『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』ですが……。ええっと、あれはどういうことでしょうか』

 

『ええ、勿論説明させてもらいますわ。さてこのキャノンボールファストですが、基本的に各ISは高速機動パッケージを装備していますね。これにより、超音速機動が可能になるのでキャノンボールファスト出場には必須装備です』

 

『ええ、そうですね。実際各選手パッケージ装備してますね……なのに、なのにですよ?」

 

 虚は一度区切り、

 

『――なぜデュノア選手は通常状態なのですか』

 

『シャルロットさんなら普通に走った方が早いですから』

 

『あいつ生身亜光速くらい行くからな』

 

 虚が机に突っ伏した。

 何処からともなく本音が表れて手の平から光を発して癒した。

 本音が音もなく消えた。

 虚がなんとか復帰した。

 

『せ、説明を要求します……』

 

『生身で亜光速に至るシャルロットさんですからね。パッケージなんて必要ありません。かといって生身でやればレースになりません。だから織斑先生から折衷案で通常状態のISで出場することとなりました』

 

『は、はぁ。……?』

 

『まぁIS使うとかなり力がデチューンされますからね。多分ちょうどいいんじゃないでしょうか』 

 

『驚かない……今更驚かない……驚いてたら身が持たない……!』

 

『あ、レース始まるぞ』

 

『え』

 

 始まった。

 




なかなか笑いは難しい……

新キャラの服のイメージは赤セイバーの色違いな感じで。特に意味はないですが露出狂といえば彼女が真っ先に思い浮かびましたすいません

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第伍話

いや、なんかごめんさい。すいません土下座します。

ネタ、カオス、壊れ注意

推奨BGMはおまかせでテンション上がる系をどうぞ


 

 解説席にて虚が精神的にダメージを被っている間に既にレースは開始していた。開幕の警笛の音と共に、六機のISが同時に飛び出――――さなかった。

 

『おっ先ー』

 

 飛び出たのは一機のみ。

 ISに備えられたマイクから声が拾いあげられ、アリーナ内に響くのは――シャルロットだ。PICを用いた飛行ではなく己の二脚で以って瞬発する。

 そして残りの五機は、

 

『ど、どうした事でしょう! シャルロット選手を除いた五人の選手動きません! 機体トラブルでしょうか! ってかシャルロットさん早っ!』

 

『解説しましょう。あれは』

 

『あれは!?』

 

『影縫いですね』

 

『ああ、だな』

 

『どうしよう! 当り前のように話してるけど意味がわかんない!』

 

 とりあえず、動きの無い五機にカメラがズームし、液晶に姿が映る。よく見ればまったく動きが無いわけではない。開始地点から移動こそしていないが、身体を揺らしてどうにか前に進もうとしている。

 それでも、脚部が地面に張り付いたように停止している。

 

『カメラさん、各機の背後にズームをお願いしますわ』

 

 セシリアの言葉に従い液晶に移る姿が五機の背後に移り、そこにあったのは、

 

『く、苦無?』

 

『ええ、苦無です。シャルロットさんのデュノア流忍術の内の一つ、影縫いですわ。名の通り、苦無を影に突き刺し動きを止めるというものです』

 

『……まぁ、刺さってるのが一本だからいいだろう。全力だったら影の縁に沿って何十本も止めて完全に動けなくなるからな』

 

『ですわね』

 

『なにがいいのかわからない!』

 

 言っている間にも動きがあった。今のセシリアの解説を聞いて各選手が各々の武器を背後に向けてぶっ放す。

地面が粉砕され、機体自らも衝撃を受けるが、

 

『か、各機束縛から抜けましたぁーー!』

 

『流石ですわね、一本だけだったらああやって刺さってる地面ごと破壊すれば束縛から抜けれます』

 

『ともあれようやくレースが本当に始まりました! ですが既にシャルロット選手はかなり先行しています!』

 

 キャノンボールファストのレースコースは結構複雑だ。当然ながら超音速で駆動するISではアリーナ内だけでは狭すぎる。故にレース開始から、まずは直線して――太平洋を突っ切る。

 

『ここでレースコース確認です!』

 

 液晶に浮かび上がったのは――世界地図だ。

 

地球一周(・・・・)! 地球一週です! 約四万キロ! 超音速のISならば大体一日半ぶっ続けで疾走すれば走りきる距離です! 正直言いましょう! ――頭おかしいんじゃないでしょうかこの企画!』

 

『解説しましょう』

 

『お願いしますっ!』

 

『超音速ですから。秒速で400メートルくらい越えますから。下手なコースは一瞬で終わってしまいますからね。だったら、いっそのこと地球一周すればいいだろうということになりました。ついでに各国の篠ノ之博士ファンクラブの皆さまの協力ですわ』

 

『誰が言ったんですかソレ!? 止めましょうよ!』

 

『……千冬先生と姉さんだ』

 

『止められないわねこんちくしょう!』

 

 口汚く悪態付いている間にもシャルロットが海上を疾走している。太平洋を横断するのには大体五時間ほどかかるが、すでに東京湾は出ている。液晶いっぱいにその姿が映り、

 

『あれおかしくないでしょうか』

 

『なにがですか』

 

『いや、その……水の上走ってません? シャルロット選手」

 

『走ってますわね』

 

『走ってるな』

 

『……どういうことでしょうか』

 

『解説しましょう――その方が速いからですわ』

 

『あと、片足が沈む前に反対の足を前に出してを繰り返して走ってる』

 

『……』

 

『まぁ、あれはISのPICを切ってるんですわね。ISに慣性制御を任せるのではなく、自分で調整しているのでああいう事が出来るですわ』

 

『……それってIS意味あるの?』

 

『ありませんわ』

 

『今さらだな』

 

 

 

「ううぅ……」

 

「ああ、ほら泣くな束」

 

 

 

 

『ともあれレース最序盤はシャルロット選手が独走状態です! どうなるのでしょうか……っ』

 

 言った瞬間にシャルロットに光線が突き刺さり水飛沫が立った。液晶に移る場面は移り、

 

『来ました、開始時に影縫いされて動けなかった他の選手たちです! そして、今のは』

 

『サラ先輩の狙撃ですわ、流石ですわね』

 

 言った通りシャルロットを撃ったのは未だ大きく開いた距離で狙撃銃『スターブレイカー』を構えるサラ・ウェルキンだ。

 

『ここらへんがシャルロットさんの不利な点でしょうか。いくらPICは切っても他の機能は生きてますのでやはり生身には程遠いです、IS起動時間自体もかなり短いですしね。それに反して他の選手の方々は流石というべきかかなりの長い起動時間ですからISを用いた高速機動(・・・・・・・・・・)に慣れています。これは小さいようで以外に大きいですわね』

 

『なるほど……しかしシャルロット選手大丈夫でしょうか。水飛沫に消えたままで、除除に他の選手と距離が縮まっていますぅっ?』

 

 語尾がおかしくなったのは、勿論理由がある。

 水飛沫の中からシャルロットが飛び出して来たのだ。無傷で。

 

 そして――五人も。

 

『解説! 解説を!』

 

『解説しましょう――――あれは東洋の神秘、分身の術です』

 

『十八年東洋に生きてるけど知らないわよそんな神秘!』

 

 言ってる間にも五人になったシャルロットは散りながらも疾走を再開する。即座にカメラが仕事をして液晶に五人分が各アングルで表示される。

 

「解析! 解析です簪お嬢様ッ!」

 

 虚がカメラ解析担当の簪の名前を呼ぶ。アリーナ内に響くのではなく内線での通信だ。それでカメラの操作の担当の簪に連絡取るが、

 

『無理』

 

「ええっ!?』

 

『シャルロットの分身見極めるとか無理だから。専用の解析機でも無いと。そして今はない。だから無理』

 

「そ、そんなぁ……」

 

『ちなみに解説させていただきますと、彼女の分身は本体とまったく同じ気配、質感を持ちますわ。戦闘能力は僅かに落ちるらしいですが』

 

 言ってる間にもシャルロット五人衆は等間隔で距離を空けながら、海面を疾走する。それに負けじと楯無たちも距離を詰めいていく。シャルロットは分身したせいで速度が若干だが落ちている。それを見過ごすわけがない。 

 それぞれ速度を加速してシャルロットに接近する。

 楯無は四連装のガトリング・ガンが内蔵されたランス『蒼流旋』を。

 サラは長大なライフル『スターゲイザー』を。

 ダリルは犬の顎を模したハンドカノン『レフトケルベロスⅡ』を。

 フォルテは二メートルも延びた剣爪『ブラッディネイル』を。

 それぞれ構え、接近して放ち、

 

 シャルロットが爆発した。

 

『え、ちょ、ま』

 

 先ほどの奇襲とは比べ物にならないほどの爆発。巨大な水柱が上がり、衝撃波が起こる。楯無たちもそれに巻き込まれて、ぶっ飛んだり、海中へと堕ちる。特に近接武装で攻撃したフォルテの被害は大きい。

 

『セシリアさん!』

 

『解説しましょう。――――東洋の神秘その二です』

 

『複数あるの!?』

 

『千八まであるとか』

 

『零が多い!』

 

『まぁ、ともあれ解説しますとその名の通りの分身爆発ですわ。自爆、といってもいいでしょうね』

 

『……な、ならば本体は何処に!?』

 

『……カメラ、上』

 

 ポツリと呟いた箒の言葉にカメラのアングルが動く。

 いた。

 空中を走っていた。

 

『もうやだ』

 

『解説しましょう』

 

『いや、もういいです……』

 

『空中を音速超過で蹴りつければ大気を足場とすることができます。それを連続してるだけですわね』

 

『こいつ解説気に入ったのか……』

 

 

 

 

 

 

 

『ぐ、グランドキャニオンを八艘飛びしてます!』

 

『解説しましょう』

 

『え、これいるか?』

 

 

 

 

『大西洋が割れたぁーー!?』

 

『解説しましょう――水遁の術ですわね』

 

『え、なんか違わないか?』

 

 

 

 

『ど、ドラゴンーーーー!?』

 

『解説しましょう――あれは翼の形からしてワイバーンですわ』

 

『英国の守護竜の内の一体だなあれ。シャルロット以外が手出すと死ぬぞ』

 

 

 

 

『ピラミッドの頂上が光り輝いています!』

 

『解説しましょう――光遁の術ですわ』

 

『そんなのあったのか……』

 

 

 

 

『さ、サラ選手! シャルロットの鎖鎌に絡めとられたぁーー!』

 

『解説しましょう――鎖遁の術でしょう』

 

『……ん?』

 

 

 

 

『な、なんか雪男ぽいのが並走してますが!』

 

『解説しましょう――雪男でわね』

 

『結構上位の化外だなぁ』

 

 

 

 

『だ、ダリル選手顔が! いきなり何かにぶつかったように停止しました!』

 

『解説しましょう――あれは風遁の術ですわ』

 

『あ、あれは駄目だな。近くの国に救護要請』

 

 

 

 

『万里の長城を回転しながら駆けています――縦回転で!』

 

『解説しましょう――大車輪遁の術ですわ』

 

『お前なんとか遁ってすれば忍術になると思ったら大間違いだからな』

 

 

 

 

『フォルテ選手、棄権申請きました! 私としては何故彼女がここまでやったのか謎よ!』

 

『解説しましょう――内申点稼ぎですわ』

 

『あーそう言う事言わなくていいから』

 

 

 

 

『…………はっ!? 寝てませんよ!? アリーナ内の人ほとんど寝てても私は寝てないわよ!?』

 

『……ふわっ』

 

『いやそこは解説しましょうやれよ』

 

 

 

 

『日本海に帰ってきましたーー! 一時はどうなる事かと思ったけどなんだかんだでもうすぐゴールです!』

 

『残りは楯無先輩とサラ先輩、シャルロットさんだけですわ』

 

『……こいつ飽きたな』

 

 

 

 

『本州辿りついたぁーー! やたら長かったレースもまもなく終わりです! 観客の皆さん隣の寝た人を起こして!』

 

『半分くらい寝てますわね』

 

『現実逃避で気絶しただけじゃないのか』

 

 

 

 

『トップはシャルロットさん! 次いでお嬢様! サラさんは少し遅れています!』

 

『これはシャルロットさんの勝利が濃厚ですわ』

 

『生身だったらシャルがぶっちぎりなんだがなぁ』

 

 

 

 

 

 

 

 そして。

 レースが――――終わった。

 

『え? いやいやいやいやいや。――――え?』

 

『どうしました?』

 

『え、何時の間に終わりました?』

 

『シャルが途中で負けず嫌いを発揮してISの自壊構わずに亜光速出して終わった』

 

『見えませんでした?』

 

『人類に亜光速とか見えないわよ!』

 

 ――――とりあえず終わりである。




感想とか欲しい、です、いや、はい、すいません


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第碌話

推奨BGM : 一霊四魂万々無窮

*より陰陽歪曲




あけましておめでとうございます


 周囲には現実逃避で気絶している連中やとりあえず騒いでるのやあほみたいに叫んでいるのとか、何故か脱いでいる変態とかがいて、食い散らかされた食事のゴミや食べカス、空き缶等が散らばり、毛布や枕が乱舞している。お洒落している人も結構酷くなっている。蘭は何時も通り茜色のジャージ姿だからよかったが。

 

「うむ、実に楽しかったぞ!」

 

 そんなレース終了と共にそんな感想を述べたルキに蘭は感心する。今のを見てそう言えるならば中々のバイタリティだ。今のは蘭からしてもかなり頭がおかしかった。

 地球一周て。

 一日半て。

 遅い。

 自分だったらもっと早い。

 まぁ、それはしょうがないけど。

 ともあれ、そんなレースに開始と変わらないテンションで素直に楽しかったと言えるのは中々のものだ。周囲を見れば、

 

「やべぇぼろぼろのシャルちゃんかわええええええええ」

 

「それより涙目の束様を探せ、どこかにいるだろ!」

 

「解説淑女の解説衆を今すぐネットに上げろ!」

 

 目を逸らす。

 あれは違う。少し違う。結構違う。だから別方向を見る。ちゃんと呆然自失しているまともな人たちがいた。一般のまともな人たちはそれが正しい。

 だが、

 

「いやはや次は我が出てみたいのう!」

 

 そんなこと言えるルキは中々だ。中々ヤバい。初対面の時に感じたのは間違いではなかった。自信過剰というか自信家というか。あんなのに出ようというのはそうはいないだろう。

 六人中二人は途中で脱落と棄権。走りきった二人は疲労困憊で、優勝者は亜光速稼働で機体が自壊したせいでかなり傷だらけだ。それでもシャルロットは笑顔だけれど。

 以外と負けず嫌いなのだ彼女は。目には目を、歯に歯を、を地で行くというか攻撃のバリエーションが広いのでやられたら似たような攻撃を返してくる。

 笑顔で。

 黒い笑顔で。

 結構怖い。

 思い出すと身震いする。

 だからそれは置いておく。

 

「ルキは最後まで見てく? 私はこのあと用事あるんだけど」

 

「ふむ? そうだな……見たいものは見れたからな。暇させてもらおう」

 

「そっか。あ、じゃあメアドとか交換しない?」

 

「おお、構わんぞ」

 

 メールアドレスと携帯番号を交換する。蘭のは茜色でルキは黒と青のカラーのスマートフォンだった。お互いに来ている服と同じ色で少し苦笑。新たに登録された名前には普通に笑みを浮かべる。

 

「おお……!」

 

「? どうしたの?」

 

「いや――これが身内以外始めてのアドレスと思うと感動してだな」

 

「……今度私の友達を紹介するよ」

 

「機会があったら頼むぞ」

 

 露出狂の上に友達がいないとは。

 悲しすぎる。

 コミュ障の箒でさえ友達がいるのに。かなり偉そうだが、悪い子ではないのは短い付き合いでも解る。

 

「……蘭」

 

「ん?」

 

「よければ、エントランスぐらいまでは共に行かぬか?」

 

「ん、いいよ」

 

 一日だけとはいえ、一緒にいたのだからそれくらい構わない。ルキが言わなかったら自分も言っただろうし。

 

 

 

 

 

 

「短い間だったが楽しめたぞ。礼を言おう」

 

「ううん、私こそ。ありがとうねルキ」

 

 アリーナのエントランスでお互いに握手をしながら微笑みあう。周囲にはすでに足早に帰ろうとする人も多くいる。大体八割くらいは何があったのか理解してなさそうな顔だ。

 そんな人々を横目にしながら、ルキは握り合った手はそのままで、

 

「ふむ」

 

 少し思案気な顔をしながら、ルキは首を傾げる。何か迷うようにだ。彼女の顔に憂いの色が浮かぶ。それは号外不遜な彼女にはどうにも似合わない顔だった。

 

「……? どうしたの?」

 

「いや、そうだな……」

 

 苦笑する。だが惑いも憂いもすぐに消えて、

 

「なぁ、蘭」

 

「うん?」

 

「短い付き合いだがな、我とお主は快い友になれるだろうな」

 

「え、う、うん」

 

「だから――隠しごとは無しにしよう」

 

 ルキが開いた胸元に手を突っ込む。突然の行為に戸惑う蘭を置き去りにしながら、胸元から取り出したのは――栞だ。それを口に咥えながら。笑みを、そう凄惨とすら言える笑みを浮かべ、その翠の目を見開きながら。形のいい口元を歪めながら。

 栞を口で引き裂いた。 

 

・――――罪こそが力である

 

 

 

 

 

 

 

 

 声を聞いた。どこからともかく聞こえる自分の声のような、機械的な音声のような声。そんな音の響きが蘭の鼓膜を震わし、

 

「――――!」

 

 世界から色が消えた。周囲から自分たち以外の人は消え去る。

 だが、そんなことがどうでもよくなるほどの存在が――目の前にはいた。

 

「な、あ……!」

 

「改めて名乗ろう、蘭よ」

 

 繋いだ手のひらはそのままで動かせない。驚愕と共に身を引こうとしたが身体は動かなかった。まるでルキの言葉を聞かなければならないと言わんばかりに動作が否定される。

 聞け。

 己の言葉を聞け。

 そう、ルキから伝わるのだ。

 

「八大竜王が一角、担いし(シン)傲慢(ハイペリファニア)――第2(セクンドゥム)『傲慢の光臨』」

 

 ――八大竜王。(シン)傲慢(ハイペロフォニア)第2(セクンドゥム)。『傲慢の光臨』。

 それらの言葉は知っているどころでは無い。既に二度に渡り相対している()

 そんなはずがないだとか、嘘だとか、ありえないとか、そんな月並みな反応は今の蘭にはない。栞を引きちぎった瞬間から、世界から色が失った瞬間から既に悟っていた。そういうのは(・・・・・・)はただそうあるだけで解るのだ。魂の色を見れば一目瞭然だ。いや、最早外見だけで気付けるだろう。始め彼女を見た時の既知感。つまりそれはそういうことだったのだ。髪や目の長さ、年のころは違うがクァルトゥムと同じだ。その容姿は織斑千冬に酷似している。

 

 故に蘭は即座に意識を戦闘状態へと移行し、

 

「ああ、勘違いするでない。交戦の意思はない」

 

「――っ」

 

 言葉通りに敵意も戦意も欠片もないルキの言葉に毒気を抜かれる。

 

「言っただろう。我は今日ただ社会見学に来たにすぎん。奴らの継子たるお主らの確認しに来ただけだ」

 

「……そんなこと」

 

 信じられとでも、と思った。だから力を抜かなかった。今の蘭なら初速はすなわち全速であり、彼女の全速はすなわち光速だ。限定的に一夏の光速抜刀にすら並ぶことのできる。握手という超至近距離。この距離で、言葉通りなら戦意が無い彼女ならば、一撃を入れられる自身がある。シューズの周囲に淡い光と共に幾何学的な魔法陣が浮かび始める。

 だが。

 

「友の言葉だろう、信じろ」

 

「――――そう」

 

 力を抜く。光は失う。馬鹿げていると言われてもおかしくないかもしれない。今すぐに一夏や鈴たちを呼ぶなりしたほうがいいのだろうけど。

 

「よいのか?」

 

「いいよ」

 

 片目を閉じて問いかけるルキに蘭は応える。

 

「友達同士だもんね。信じるよ」

 

「ほう、いいのか。結局言ってしまえば敵だぞ? お主がここでその気を見せれば我とて応戦せずにはいられん。ここで一戦交えても一向に構わん」

 

「無駄な戦いするつもりはないよ。戦闘狂は私の担当じゃないし」

 

「それは我も同じだな。そういうのはプリームムやオータムどもの担当だな」

 

 言って、ルキはく、と三度笑い、

 

「あぁ、賢い選択だ。そうだないいことを教えてやろう。今この空間はな、その身に内抱している罪で強度が左右される。大罪を担い、それのみしか知らぬ我らは太極を開かずともこの中ならそれなりの強度を保てるのだよ」

 

「……いいの? そんな大事そうなこと教えても?」

 

「ふむ」

 

 ルキはきょとんと首を傾げるが、

 

「悪いが我にそこらへんの勘定もできん。戦闘狂でも頭脳労働担当でもない。傲慢だぞ?」

 

「ふうん。私も頭脳労働は苦手だね。私もやることは別だよ」

 

 握りしめた手はそのままでも笑みは濃くなっている。外側は変わらなくても、互いの内側は活性化しているのだ。お互いの渇望が視線による鬩ぎ合いを行っているのだ。戦闘行為ではない、一種の語り合いだ。それは、ただ言葉を交わし合うことの万倍の意味がある。

 

「我は――驕るだけよ」

 

「私は――飛ぶだけだよ」

 

 驕る者と飛ぶ者。地を見下す者と天を見上げる者。相反する渇望。支配を望むか支配から逃れるか。

 傲慢とは己への過大評価にして過剰なまでの自己愛。そして蘭の渇望はそれらとは逆だ。自己愛もなにもない。己は己でただそれだけで、空へと往こうとするから。必要なのはそのままの魂だけだから。

 だから、この二人の邂逅は運命的とさえ言ってもいい。

 益荒男たちと八大竜王たちの中で最も対照的なのがこの二人だろう。

 

「カカッ――あぁ、快い。素晴らしいぞ、蘭よ。ここに来てよかったぞ」

 

「ははは、それはよかったよ。私としてもよかったしね」

 

「まったく、騒ぎは起こすなと言われているからが、今なにもできんのが歯がゆくて仕方が無い。まぁ、機は熟しておらぬし、時も満ちておらん。我らが雌雄を決するならばふさわしい場がある。故それまでの辛抱だ」

 

「私としては、バトル展開なくていいけどね」

 

「そうはいかぬよ」

 

 交わしていた手を離す。それがすなわち離散の合図だ。たった一日半の出会い、そして数舜の鬩ぎ合い。それだけといえばそれだけだが、魂の色を見合うことができるのだから時間はそれほど関係ない。

 

「では、さらばだ――次、相見える時は」

 

「その時も仲良くしよね」

 

「――――ああ、そうだな」

 

 そうして消える。世界に色が戻り、周囲に人が戻ってくる。

 

「ふぅ……はぁー」

 

 息を長く吐いて、吸う。強張っていた筋肉を緩めて、力を抜いた。首を曲げれば小気味のいい音がなる。

 

「ふぅ……よし」

 

 ルキの姿やあの存在感は脳裏に焼き付いていた。だからこそ、理解できる。

 

 今の自分では決して勝てない。

 

 至るべき境地に至らねば絶対に届かない。だから手を伸ばし、駆けあがる必要がある。そのために自分たちは数日後にはドイツに、彼の地に向かうのだろう。そこで切っ掛けを得なければならないのだ。

 

 ポケットに入っていたスマートフォンが鳴った。鈴だった。よく見れば今鈴だけではなくて一夏やセシリアたちからも何件も入っている。結構心配を掛けたようだ。とりあえず出て、安全を報告。会話もそこそこにして、アリーナを出る。

 屈伸して、

 

「ん」

 

 両の頬を思いきり手のひらで挟む。バシンという音が鳴った。

 強くならなきゃなぁ、と思う。出来たばかりの友達に並び立つ為に。

 

「んじゃ、ま。とりあえずドイツまでは走ろうかなぁ」

 

 

 




次回からシリアス展開で。
それと終わりのクロニクル要素が結構強くなりますよー

一応、知らなくてもいいように書くようには努力します


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第漆話

推奨BGM:葦原中津国

*より黄泉戸喫


 

 モンド・グロッソ。

 第一回及び第二回IS世界大会が行われたドイツの一都市の名だ。

 十数年前に世界を変えたIS。それの世界大会開催地であるから、世界的にも有名な都市の一つだったのだ。街の中央にはIS専用の巨大なアリーナが建設され、観光客は大会時関係なく多く訪れていた。

 

 それが何もかもが無に還ったのが二年前だ。

 

 モンド・グロッソ事変。

 まず発端は――織斑一夏の誘拐である。それも個人トーナメントで姉である織斑千冬の試合の直前にだ。それがこの日の悪夢の始まりだった。最も彼の誘拐そのものは大したこととしては扱われなかった。当時から既に一夏自身、千冬の妹として、また彼自身の戦闘力も相まってそれほど心配されなかったのだ。むしろ誘拐犯のほうが心配されたほどだ。

 

 しかし実際には、この時織斑一夏が己の歪みに溺れ、壊れかけていた。

 

 誘拐犯の尽くを斬り殺し、ISすらも断ち切り破壊させていた。それだけでなく唯我の剣鬼として、求道の境地として。唯人を斬るだけの刃に堕ちかけた。

 そしてその時にはすでに事はただの誘拐事件に構ってられなくなっていた。

 織斑一夏が誘拐された直後、決勝戦開始のその瞬間に――全てが始まり、終わった。

 

 決勝戦開始の合図と共に、その日街にあったIS、専用機訓練機合わせ百以上が――暴走した。

 

 搭乗者の有無、意識関係なくありとあらゆる制御から離れて無差別破壊行為をし尽くした。

 たった数時間で街が半壊した。暴走を免れたのは織斑千冬を始めとした三十程度のみ。彼女たちが抑えにかかるが、とても抑えきれるものでは無かった。街は火に包まれ、死傷者多数。

 避難場所のシェルターはすぐに溢れかえり、逃げ場をなくした人が多く出た。ISに対しにて無力に等しい各国軍が誘導しなければ死者は計り知れなかっただろう。

 ISはまるで悪魔のようなであり、まさしく悪夢の如く。たった半日間の宴は死と炎と暴虐に包まれていた。

 

 そして――――その宴は唐突に終わった。

 

 深夜を回る少し前に、暴走したISが突然に停止したのだ。原因は不明。公式発表では篠ノ之束が全機に同時ハッキングして機能を停止させた。そういうことになっているだろうし、彼女ならば可能だろう。

 

 そういう事になっているし、それで問題無かった。その場にいた人々はその時何が起きたのか、詳細に明確に解っているものは誰一人(・・・)いなくても。報道された事も各国で機密扱いされていることもそれほど大差は無い。

 ただ一部のゴシップ雑誌等では当時その場にいた観光客からの声を集めて、こういう風まとめ上げられていた。

 

 ――まるで世界に穴が空いたようだったと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 瓦礫の街だ。

 荒廃した都市に人の気配はなく、曇天の天気や低い気温も相まってかなり不気味だった。それなりに大きな街だが人の気配はほぼない。この街は二年前の悪夢の象徴だ。各国も復旧の案が出たが、どの国が主導で、どの国が金を出すかで揉めて、結局二年経ったままでも当時と変わらない。破壊されたコンクリには弾痕や斬撃痕が未だに残っているほどだ。恐らく少し漁ればISの部品の破片もすぐに見つかるだろう。誰も足を踏み入れず、街の周囲は封鎖すらされていた。

 そんな廃都の中に一人と少年と八人の少女たちがいた。

 

「ほ、と、と」

 

 足場すらままらないが、それらの上で両手を広げながら鈴は跳ねながら進んでいる。

 

「おい、危ないぞ」

 

「だーれに言ってんのよ」

 

 すぐ近くの一夏が声を掛けるもお構いなしだ。

 

「それにしても、なんもないわねぇ」

 

「当然だろう。本来ならば廃棄都市だ。教官や篠ノ之博士の紹介状がなければ足を踏み入れる事もままならんのだしな」

 

「ですわね。私としても、まさかここに再び足を踏み入れるとは思いもしませんでした」

 

 ラウラが言い、セシリアが続く。

 後ろにはシャルロットや本音たちも当然いた。

 キャノンボールファスト終了より五日がたった。既に学園では長期休暇が始まっていた。学園のほぼ全ての生徒は帰省し、今頃学園は用務員や教員を除けばもぬけの殻だろう。

 それと同時に一夏達はこのドイツ、モンド・グロッソまで来ていた。

 飛行機では一夏と箒とシャルロットが持ち物検査で揉めたり、蘭が一人だけ飛行機を使わずに走ってきてたりしたが、なんとかドイツまで着いた。

 だが、

 

「千冬姉も束さんも音沙汰ないもんなぁ」

 

 ドイツまで来たのはよかったのだが、そこからが困った。とりあえずモンド・グロッソに向かう前にラウラの案内でベルリンを観光して有名所を回ったり、B級グルメを回ったりなんだりしたが、結局連絡はないままだった。し硬いから、モンド・グロッソまで来たが、

 

「なんいもないなぁ瓦礫以外。どうしろってんだ、何考えてんだが千冬姉」

 

「貴様教官の考えを侮辱するつもりか――殺すぞ」

 

「怖いよお前なんで実弟の俺より信奉してんだ怖いよ」

 

「いまさらだろう」

 

「いまだらだなぁ」

 

 暇すぎる。何もないから歩きながら雑談するくらいしかすることがない。もう既に数十分も歩き続けているからいい加減それも飽きてきた。

 簪なんかは飽きてきた所が顔が青くなってきて、

 

「ほんねぇー、もう歩き疲れたんだけどぉ」

 

「はいはいがんばろうねかんちゃんー」

 

 言うも本音は取り合わない。取り合ってもどうしようもない。

 

「……だが、埒が明かないのは確かだろう。こうやって全員でガン首揃えて徘徊してもなにもなさそうだが」

 

「箒いいこと言うね! というわけで私はここで休むよ」

 

「何人かで別れて散策するってこと?」

 

 あれ、無視? とか呟く簪は当り前のように無視されて、

 

「悪くないな」

 

「そうね、範囲広げれば何かあるだろうし」

 

「分担はどうする?」

 

「まぁ、適当に、いつも通りでいいんでありませんの?」

 

「だな」

 

「あっれー私無視? あれれ? なんか最近多くない?」

 

「気のせいだよー」

 

 結局、一夏と鈴、箒とセシリア、ラウラとシャルロット、蘭と簪、本音という組に分かれることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と、まぁ分散しても……」

 

「廃墟なのは変わらないわねぇ」

 

 先ほどの地点から東西南北に別れたが、どうしたって街が崩壊しているというのは変わりない。商店街らしき場所を抜けるが、色あせた塗装の看板や朽ち果てた建造物、それに破壊痕しかない。

 

「……」

 

 そんな風景を見て一夏は少しだけ嫌な気分になる。

 思い出したくない過去がここにはある。

 二年前、自分は誘拐され、己の歪みに気付かされた。そのことは別にいいのだ。織斑一夏は一振りの刀剣であることに何の疑問もない。

 だからまぁ、思う事は、

 

「無様晒したってことだよな」

 

 二年前の自分は恥ずかしいってことだ。いやもうホント嫌になる。誘拐されたって。ガキかよ。いや子供だったけど。

 

「一夏ぁ」

 

「あん?」

 

「誘拐されるてどんな感じだったー?」

 

「お前クリティカルな事聞くなよ」

 

 嫌な顔するがお構いなしで、

 

「いーじゃん教えてよ。私誘拐されたことないもん」

 

「なくていいだろ……てか、正直よく覚えてないからな」

 

 覚えている事といえば。人を斬った、斬り殺した感覚だけだ。気付けば千冬に抱きしめられていた。それから自分という刃を鈍らせるのに結構大変だった。鈴にはあっさり腑抜けていると怒られたが。

 

「ふぅん」

 

 それだけ言って鈴は再び前を向いた。猫のように気まぐれだ。すでに慣れているからいいけれど。

 

「やれやれ……」

 

 揺れるツインテール見ながら一夏も足を動かす。

 気付けば商店街を抜けていた。駅前の通りに出る。勿論既に電車は動いていない。確か、街の郊外にもう一つあったはずだ。

 街の中心部の駅前ということもあって建物は多い。IS関係の荷物が多く運ばれていたはずだから、小さな倉庫や研究所が多い。確か試合前の調整を行われるために作られたとか。各国の機密兵器を扱うのにそれなりに重宝されたらしい。

 まぁ、それもあの日の事件で半壊し、見る影もないが。

 

「ちょっと漁ってみないか?」

 

「好きよね、男の子って」

 

「まぁな」

 

 文句を言うも鈴も着いてきてくれた。

 駅の前の広間を横切って、道を外れて壁が壊れている建物の中に入る。きっと二年前までは外見は街の美観を損ねないよう程度に装飾され、中も最先端の技術が駆使されていたのであろうが今では見る影もない。壁はぶっ壊れて入りたい放題だが、全体的に見れば結構原型を留めている。中はかなり暗いが一夏や鈴なら問題ない。

 

「なんかねぇかな、っと」

 

「あっても、どうしようもないでしょうが」

 

「まぁ、そうだけどさ」

 

 暇なんだからしょうがない。どうせ向こうが現れようとしない限り、会えないんだからしょうがない。通路に落ちているガラスの破片や瓦礫を蹴飛ばしながら進んだ先は、

 

「ラボ、かしらね」

 

「だな」

 

 比較的原型を残した広めの正方形の部屋だ。屋根もある。埃や砂まみれのパソコンやチューブがあった。恐らくはISの整備等が行われていたのだろうか。

 

「事件当時のままってところかしらねぇ、マグカップやらケーキ皿も落ちてて見るからに、途中で逃げ出しましたって感じね」

 

 ふと一夏の足が音を立てて何かを蹴った。

 雑誌だった。

 それもエロい本だった。

 風化しててボロボロだが巨乳物ぽかった。

 全身から血の気が消えて、鈴を見る。

 

「浮気は死よ」

 

「いやさすがにこんなボロボロのはノーカンだろ!」

 

 言うも、拳を握りしめた鈴から逃げるように後ずさり、再び何かを蹴って、

 

「――――」

 

 世界から切り離される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは今まで感じたことのない感覚だった。意識ははっきりとしているが、感覚は曖昧だ。五感の内動いているのは視覚と聴覚だけ。

 そして、その視界の中、一夏が見たことのない光景だった。

 夜だ。

 どこかの街の夜の風景、少なくとも一夏がこれまで見たことのある街ではない。IS学園や地元とは違っていた。何か、巨大な建造物の頂上だろうか。

 三人の男女がいた。

 一人の男と寄り添い合う少年と少女。

 男の周囲には鉄片が螺旋を描いていた。。いやそれだけではない、少年と少女の頭上、逆落としに振ってくる竜がいた。

 炎の、さらには八本も首を持った竜だった。

 既知感。炎竜そのものに対してではなく、竜の保有する神気に。かつて相対した暴風竜やかつてに至った自分や鈴と同じ領域の存在。それもかつての自分たちを遥かに超えた神威を放っている。

 しかしそんな炎竜を上にしても、少年と少女は顔色を変えることなく、声を発していた。

 腕を広げた男が、言う。

 

「私には――忘れたくても思い出せぬ名前があります」

 

 優しげな、響き渡るような声だった。

 

「問うぞ! ――**の二つ名、**と**、そのどちらが本当の咒だ!?」

 

 途中の言葉を遮るノイズに思わず一夏が眉をひそめるが、

 

「応えてくれ! 第二天の真理! 我々がどういう民であるべきなのか!」

 

 炎竜が咆える。それには計り知れない怒りと憤りと、そして悲しみが込められていた。

 少年は動き、その場の縁、断崖ギリギリとなっている場所まで駆けて、その問いに、少年は応える。

 

「答えよう! それはかの天の全てに通じる咒――」

 

 炎竜がさらに咆える。それは一夏には問いかけのように見え、

 

「**……」

 

 再びのノイズしかし、少年は続け、

 

「――そして**!」

 

 叫ぶ。

 

「この二つの咒を同時に有するのがお前だ……!」

 

 少年の答えに、男は笑みを濃くし、

 

「いいのか? その答えで? 間違えば――」

 

「舐めるな軍神よ! **の姓を持つ者が何かを告げとき、――それは絶対だ!」

 

 いいか、と前置きをして少年が叫ぶ。

 

「**とは地の人々と舞う地の風なり! 対して**とは天に人が見上げて敬う天の風なり! 両者は風、どこまでも踊り行く、形無きゆえに万物の覇道。ソレは炎の穂である**が嫌う、水の穂を生む空の竜の咒! 両の名を併せ持つお前の正体は風の雨竜だ**!」

 

 少年の叫びは終わらない。

 

「第二天の大竜よ! 間違いはあるまい。かつてその天はお前が作る天上と大地の風に統べられていたのだろう? ならば**よ。また再び異なる咒を持ち、人の地にあるなら**を名乗り、天より見守るなら**を名乗るがよい!」

 

 男の声は途中でノイズがあった。いや、それはノイズと言うわけでは無く、一夏には理解しきれないというだけのことなのだろう。

 恐らくは名前。恐らくは咒だ。

 そして少年の叫びに、男は浮かべ、

 

「――合格だ!」

 

 叫んだ。

 

 

 

 

 

 

「御免ね……」

 

「……私たち――弱かったんですね」

 

 気付いた瞬間には鈴はその光景を見ていた。視覚と聴覚以外は機能しておらず、なにもかも理解できぬままだったが、見るしかなかった。

 そこはどこかの病室だった。広めの個室でベッドには一人の男が目を閉じて眠っていた。

 そして――その床には折り重なるように満身創痍二人の少女がううつ伏せに倒れていた。

 茶の短髪の少女と黒の長髪の少女、恐らく今の鈴と同じか少し上くらいだろう。鈴から見て、黒髪の少女は茶の少女と重なっていて、顔はよく見えなかった。茶の背中と黒の足元には淡い光が翼のような形を取りかけているが、周囲の粉塵がそれを遮るのか上手くいっていない。

 

「馬鹿、ね」

 

「馬鹿ですね」

 

 自嘲するように二人の少女は言う。

 

「御免ね……」

 

「……すまん」

 

 二人が伸ばした指に何かが音を立てて当たった。

 それは壁際に立てかけられた長槍と長剣だ。どちらも半壊していおり、その隣には同じく半壊した大剣があった。 

 茶は長槍に、黒は長剣に触れて、笑みが浮かび、血を吐く。

 

「今更、解ったわ……」

 

「……弱かった」

 

「そうね――私たちは弱かった」

 

「だから」

 

「だから」

 

 二人の少女は口を揃えて、言う。

 

「だから力が欲しかったの……」

 

「だから力が欲しかったんだ……」

 

 二人の手が砕けた槍と剣を掴み、無理矢理仰向けに身体を転がした。窓の外から見える月明かりに茶の少女の顔は見えたが、以前もう一人の顔は見えなかった。

 

「御免」

 

「すまん」

 

 何度も、二人は何かに謝っていた。

 そして、一度目を閉じかけ、

 

「あぁ……」

 

 何かに気付いたように目を細めた。茶の少女は視線を動かし、ベットに眠る男に向けて、

 

「つい、やっちゃたのよね」

 

 今度は嬉しげに、誇らしげに笑みを浮かべ、

 

「有難う――御免ね」

 

「はいごちそうさまです」

 

「なによあんただって、戦場で百合ってるくせに」

 

「違いますよっ……まったく」

 

 苦笑する二人の手や視線は揺れていた。何かに迷うように、惑うように。

 しかし、それは除々に定まり、力を得ていく。

 

「私たちは弱いから、ただ力を欲しただけだから……」

 

「足りないから……何もかもが足りなかったから」

 

 御免、と涙を流しながら二人の少女は言う。そして、二人は遂に身体の動きを止めて、

 

「御免ね*―**。……でも、もし再び貴方の主になれるなら、私、二度と怯えないから。だからまた貴方の主になれるなら――」

 

「すまん、*―**。……だが、私はもう止まらない、足りない私だが、それでも何時か自分を誇れるようになるから――」

 

 二人は、掠れ、音にすらなっていない声で、

 

「弱い私の……離れる力になってくれる?」

 

「足りない私の……潰えぬ力になってくれるか?」

 

 そして、二人の少女から力が抜け。

 鈴の視界が閃光に包まれた。

 それは不屈の閃光。あふれ出る神威。長槍、長剣、大剣が色を描いて、浮遊する血と共に螺旋を描き、

 

 ――二人の戦乙女が再起する。

 

 

 

 

 

 

「――なぁ!?」

 

「ッ――!」

 

 気付いた時には、一夏と鈴の意識は先ほどの研究所後に戻っていた。

 互いに呆然としながら、周囲を見渡すが、何も変わっていない。

 

「……見た、か?」

 

「あんた、も……」

 

 忘我は一瞬だったのだろうか。一夏が蹴り飛ばし何かが音を立てて転がっていた。拾いあげれば、

 

「ビデオカメラか……」

 

 それも結構型が古く、家族向けに日本で数年前に流行ったやつだろう。

 それはそれとして、

 

「なんだったんだ今の……」

 

「……どっかの病室ぽかったけど」

 

「え? どっかのビルの上じゃなかったか?」

 

「……? 病室の女の子二人だったけど」

 

「俺は、なんか……三人と、竜、だった」

 

 見解に齟齬があった。それは、二人の勘違いでないのなら、

 

「別々の物を見たってか……」

 

「そう、みたいね」

 

 だとしても、理解できない。今見た映像がなんだったのか。どうして見えたのか。幻術とかそういう系統ではなかっただろう。攻撃の意思は感じなかった。

 本当に、唯見えただけだったのだ。

 

「唯の映像……ってことはない」

 

「ええ、そんな生易しい物じゃなかった」

 

 確かに視覚と聴覚しかなかったが、正確に言えばもう一つだけあった。

 魂だ。

 今の自分たちはある程度なら魂で人の存在見極め事が出来る。だから理解できる。一夏と鈴、互いが見た映像に違いがあれど、映画や作り物ではない。正真正銘、これから起こる事か、それとも、

 

「――過去、か」

 

 残念ながら一夏と鈴にはよくわからない。

 知っていそうなのは、ここにはいない。

 思ったと同時に、聞こえ来る音があった。

 いや、それは唯の音では無く、連続する音の羅列、すなわち歌だ。

 

「……一夏」

 

「あぁ」

 

 その場をすぐに後にする。その歌には聞き覚えあった。その歌い手にも心当たりが。

 

 つまり――この歌の下に真実があるのだ。

 

 




というわけで終わクロ勢がアップしだしました。

なんかいろいろ違うのは仕様です

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第捌話

推奨BGM:葦原中津国

*より黄泉戸喫


 

 

 箒とセシリアは歩みを進める。

 周囲に転がる瓦礫や石ころを蹴飛ばすか避けたりしながら、周囲の探索も同時進行で進んでいた。直感力や単純な視力に優れる箒やセシリアだが、

 

「……やはりなにもありませんわね」

 

「ああ」

 

 ここまで何もないとなるといっそ不気味だ。人気が無いのは仕方が無いとしても、小動物の気配すらない。

 生命の息吹が欠片もなかった。うすら寒さすら感じるほどだ。なにより今二人が足を踏み入れているのは、家屋が数多く並んでいる区画で、つまり、

 

「住宅街、か」

 

 ISの世界大会の会場として有名になってからは、世界有数の観光地だったが、それ以前にもそれなりの大きな街だったから住宅街も大きい。今では見る影もないが、きっと昔は多くの人が住んでいたのだろう。色を失っているとはいえ、煉瓦造りの西洋風の家屋には風情はあった。

 

 壊れているからこそ、という美しさもあるのだ。

 

 無論そんなものは、本人たちからすれば業腹物だろう。壊れるために創られることなんてあってはならないのだ。

 

「どこか覗いてみます?」

 

「……珍しいな。そういうこと言うの」

 

「まぁ、これだけ何もないですから。らしくない行動も取りますわよ……最近はそういうらしくないことのほうが多いですけどね」

 

 セシリアが小さく苦笑する。箒も肩を竦めながら、周囲を見回し、とりあえず目に着いた家を指さし、

 

「じゃ、お邪魔するか」

 

 

 

 

 

 

 

「とまぁ、お邪魔しても休憩しかやることないですわね」

 

「うんまぁな」

 

 入って家屋に残っていた椅子にそれぞれ座る。家の外見はかなり劣化しているが、家具はいくつか残っていた。

 入り口に使った壁の穴に二人揃って向く。

 

「水道でも取っていればお茶でもいれるのですが……」

 

「ま、仕方ないさ。落ちつけるだけマシだろう」

 

 言って、椅子に体重を預ける。背もたれはかなり劣化してるから、気を付ける。息を吐きながら、周囲を見回せば、見えるのは普通の家だ。それも当然だろう。二年前にあんな事件が無ければ、この家にはどこかの誰かが普通に住んでいたのだろうから。

 

「なぁ……」

 

「はい?」

 

「セシリアは……二年前ここに来ていたか?」

 

「……ええ、いましたわ」

 

  視線は壁の向こうの街並みへと痛ましげに向けられながら、

 

「と言っても、特に何かあったわけではありませんわ。家族で来たら、事件に巻き込まれて、家族とシェルターに避難して。そこを暴走したISから身を守っていただけです。……箒さんは?」

 

「私は……姉さんを探していたんだ」

 

 ISが暴走を始めて、まず束を探した。当然周囲にはISが暴虐の限りを尽くしていて、当時の箒でもかなり危険だった。それでも姉の姿を探し、

 

「……探して、それで……」

 

 それだけ。

 それ以外のことはよく覚えていない。炎に包まれた街の中を、悲鳴や絶叫の全てを振りはらって束を探した。ISは斬り払い、建物もいくつか斬り飛ばした記憶がある。

 でも、最終的にどうなったかは覚えていなかった。

 

「……箒さん? 大丈夫ですの?」

 

「あ、ああ……ともあれ、私はよく覚えていないというのが正直なところだよ」

 

「そう、ですか」

 

 会話が途切れる。

 自分でも話したくないし、思いだそうにも思いだせなかったから助かった。こういう所の気づかいは自分にはまねできないなぁと思い、身体を揺らし、

 

 意識が飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 箒は意識のみで、電車の中にいた。

 車窓の外には穏やかな田畑の風景が広がっている。

 

「な……!」

 

 息を吐き、驚くが肉体の概念が曖昧だ。何がおこっているかは理解は出来ず、ただ眼前の光景を見ていた。

 少年と少女が電車の席に向かい合うように座っていた。少年は黒い髪を後ろに撫でつけて、左右それぞれ一房だけが白く、少女は長い黒髪だ。

 少年はPDAを、少女はノートパソコンをそれぞれ操作していた。箒が知っているのよりかなり型が古い。

 

『この天にある』『この天にない』『それ』『なあに』

 

 それぞれの液晶のチャットルームには、そんな文字があった。

 箒には理解できず、また少年も理解できず、

 

「ええと……」

 

 少女が声を上げた。戸惑いを有しながら、少年をチラ見し、

 

『それでいいの?』

 

 少女がパソコンをタイプし、文字を打ち込む。

 

『?』『??』『???』『いい?』『いいの?』『意味?』

 

『うん』

 

『うん?』『運?』『しりとり?』『終了済み』『un?』

 

「あ、そうじゃなくて」

 

 少女が口に出して言う。それに少年が苦笑しつつ、

 

「いや、口で言っても駄目だよ**君」

 

 名前だろう場所にノイズが走ったが当人たちには聞こえなかったようで、

 

『そのなぞなぞでいいの?』

 

『これ』『これです』『これ』『***』『与えられた』『約束』『解くまで』

 

『じゃあ、そのなぞなぞに答えれば、君は一緒に来てくれるんだね』

 

 撃ち込まれた文字に少年が、僅かに驚いたように視線を上げた。

 

「**君? まさか君は答えを知っているのかね?」

 

「ん? あ、御免、知らないよ? でも……答えは、解っているから」

 

 少女は恥ずかしげに顔を赤くし、小さく笑い、

 

「外したら赤っ恥だけどね。でも、合っていると思うの。お母さんが問うたこともあるけれど……**君? 一つ覚えていないかな、****に関する、ボクと君の昔のこと」

 

「****に関する**君と私の昔というと……」

 

 少年がくねくね悶えながら考え始めた。

 

「そう、蝶のように……」

 

「……何が?」

 

 少年が立ち上がり、断言した。

 

「つまり**君は真面目な時でもいやらしいのだよ! 一言で言うと真やらしい!」

 

「真・やらしいにしか聞こえないよソレっ! というかどーいう婉曲で****の過去記憶がそうなったんだよっ」

 

 言いながら、少年へと座れというジェスチャーをしながら、

 

「***の言った事を覚えてる?」

 

 少年は座り、少し考えてから、

 

「***は今の■■が第十二天に支配されているのかを確認し、十九年間を眠っていたと言っていたね。そして、***は続けて言った。我から始まり、その少女にて終わる全ての歴史の展開を見ることになる、と。それは全ての終わりの歴史。――終わりの年代記だと」

 

「うん、ボクの記憶の中の言葉と合ってる。……有り難う。確認できてよかった」

 

「礼には及ばない。今は君が交渉役なのだから。だが……それが?」

 

 少年の問いかけに、うんと頷きながら、

 

「こういう考えはどうかな? ――十九年前、お母さんは、各概念核の研究をしながら、彼らの言葉を聞けるなら聞き、第十二天のことを知っていたの。それで****はお母さんの手伝いをしていて、さらには概念戦争に他の天の手伝いに行った事もあって、いろんな知識を持っていて、だからお母さんは疑問の相談相手になっていた」

 

「ふむ、ありえそうな話だね。――それで、どうなるのかね?」

 

「うん、お母さんは言ってたよね? 第十二天は第十一天に無い三つのものがあると」

 

 少年が無表情に頷き、先をと促しながら、

 

「その内の一つが、第十二天にあって、他の天には無い唯一のもの……、だったよね」

 

 少女は、ゆっくりと、言葉を選びながら、

 

「それって、今のなぞなぞに似てない? それでさ。……お母さんは、そのなぞなぞの答えを自分で見つけていたと思う?」

 

「それはまだ解らないよ」

 

「答えて」

 

 俯き、まるで突き放すように言う少女。それでも少年は小さく頷きながら、

 

「解っていたと思う。君の母親は、その答え、第十二天の価値を見つけていたと」

 

「そう、かな」

 

 少女は少年の言葉に、俯きの下で小さく笑い、さらに深く俯き、

 

「そう、信じたいね」

 

 キーボードを叩く。

 

『答えは』

 

 澱みも、迷いもなく、

 

『答えはボクです』

 

 誇らしげに自分の名前を露わす少女の文字を見た瞬間に――箒に意識は世界から弾き飛ばされていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――!?」

 

 突然見えたビジョンに箒が思わず、その場から立ち上がる。

 そして、それは箒だけではなく、

 

「ほうき、さんもです、の……?」

 

「お前も、か……?」

 

 額から汗を流しているセシリアも、驚愕の色を顔に残したまま立ち上がっていた。いや、それは彼女だけでなく、自分も同じだった。

 今見たビジョンが何だったのか。見たものを再確認するために、口にすれば、

 

「なんか頭のおかしい男と女の子が真面目そうな会話を……」

 

「……頭がおかしい云々は置いておいて、確かに重要そうな会話でしたわね」

 

 二人が揃って見たビジョン。電車の中の男女。 繰り返される第十二天や第十一天という単語。

 箒とセシリアは知らない単語。名前らしき所に挟まるノイズ。

 なんだったのか、まったく理解できない。

 攻撃や害を為す意志は無かったように思える。それくらいの区別は付けるつもりだし、そこまで鈍感ではない。

 だから、今の幻影は攻撃の類ではなかった。 

 ならば、なんだと言われれば理解できないのけれど。

 

「知り合いですの?」

 

「いや、知らん」

 

 そのはずだ。まず間違いなく知らない。

 

「……意味がわからない」

 

 思い――そして聞いた。

 

「……っ!」

 

 歌だ。どこからともなく聞こえ、響く旋律。箒には――聞き覚えのある声。

 思わず、駆けだす。

 

「箒さん!」

 

 背後でセシリアの声が聞こえるのも構わずに速度を上げた。

 行かなければらない。

 

 この声の下に真実があり――求める人がいるから。

 

 

 




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第玖話

推奨BGM:葦原中津国
*より黄泉戸喫



 

 気分が悪い。見ていて楽しいものではない。

 隻眼に映る廃都を見て、ラウラは素直に思った。

 ここに訪れるのは当然ながら二年ぶりだ。

 実際には一部の軍関係者が生存者救助の為に数度訪れたらしいが、ラウラは行っていない。

 何故か、なんて思いだすのも業腹で、自分でも笑えてしまうけれど

 

「膝を抱えて、震えていた」

 

 吐き捨てながら、自嘲する。我ながらなんて無様と、思わずにはいられない。

 二年前、織斑一夏という名の刀剣に怯え、震え、餓鬼のように逃げ出したのは最早忘れられない屈辱だ。

 彼自身と相対し、己自らの渇望をしっかりと抱いた所でそれは変わらない。

 黒星が着いたという事実は無くらないのだ。

 まぁ、有体に言って、気に食わないというだけなのだけど。

 

「ラウラー」

 

「なんだ」

 

「忍法お色気の術」

 

 シャルが何故か脱いでいた。

 全裸だった。何故か大事な所は煙で隠れていた。うっふんとかそんなポーズだった。

 

「うっふん」

 

 口で言っていた。

 

「……」

 

「うっふん」

 

 無視して前を向いた。

 

「あ、ちょっと待ってよラウラー」

 

「ええい黙れ、何故こんな所で脱いでいるのだお前は! 痴女か! 変態か!」

 

「忍者だよー」

 

「知るか!」

 

 全く、緊張感のないシャルロットに青筋を立てつつ、歩みを進めれば、

 

「ようやく顔の険が取れたねー」

 

 そんなことを言われ思わず足が止まった。

 

「……何?」

 

「だってラウラ、ここに来てから物凄く眉間に皺寄ってたよ? 話してる時も、無理してるって感じだったし」

 

 何かを言いかえそうとして、

 

「……」

 

 できなかった。 

 否定できない、というよりも全くその通りだっただろう。今さっきも昔の無様さに嘆いて、思考の海の溺れいていたし、先ほど全員で探索していた時もよくわからないギャグぽいなにかを一夏に向けていた。

 あぁ、なるほどらしくない。

 ラウラ・ボーデヴィッヒはもっとクールで知的で冷静なキャラだったはずだ。あんな謎のフリとか一つの事に悩んでいるのはすでに卒業したはずだろう。ああ、うん、そうだ。敬愛する教官だって常に余裕を持っているはずだ。ならば彼女に憧れる自分だって、余裕を抱かないわけにはいかないだろう。いやはや自分もまだまだだななと改めて思い。

 

「悪いな」

 

「いいって」

 

 この天然の忍者の戦友には頭が上がらない。

 

「ま、よかったらなんでテンション低めだったのか教えてくれたら嬉しいなーとか思うな」

 

「ふむ」

 

 まぁ、これだけ普段から世話になるのだから、黙っているのも余所余所しいだろう。黒星が消えないと言いつつも、乗り越えたのは確かだ。過去として過ぎ去ったと自分で認めたはずだ。

 だから、言う。

 

「二年前にここで一夏に襲われかけてそれが心的外傷になったがアイツは覚えてなかったというだけだ」

 

「よしちょっと一夏殺してくる」

 

「まぁ待て」

 

 服を着てシャルロットが飛び出したのでひとまず止める。

 

「別に私の中では乗り越えて、過ぎた事だ。今更気にしてないからな。気持ちはありがたいが余計な事だよ」

 

「そっかぁ……」

 

 ラウラの言葉にシャルロットは不満げに頷きながらも、

 

「じゃあしょうがないか――鈴に後でチクるので済ませよう」

 

「うむ、まぁ、それくらいなら構わんか」

 

 二人でうむうむと頷き、

 

「では進むぞ」

 

「あいあい」

 

 

 

 

 

 

「……意外に残っているな」

 

 ラウラとシャルロットが足を踏み入れたのは、街の図書館だった。特別大きいわけでもないが、一つの街の公共施設としては十分であろう規模だ。もっとも、所どころの天井に大小様々な穴があいているのだが。本棚は全て倒れているか、折り重なっていた。

 それでも、床にちらり埃をかぶっている本は意外と原型を留めている。

 

「うーんこんだけ紙があったら燃えまくって、大火事ーって感じになってそうだけどね」

 

「違いないな。……これだけ無事ということはそういうことを見越して、優先的に消火活動をしたのか。原型を留めているとはいえ、劣化そのものは激しいから判断に困るな」

 

 落ちていた本を拾い、パラパラとページを捲る。水でも被ったのだろうかインクが滲んでいて読めなかった。それでも表紙くらいは読めて、

 

「『ゲルマンコンクエスト』……?」

 

 文字が読めなくてよかったかもしれないと思いつつ放り棄てる。

 

「ラ、ラウラッ!」

 

「なんだ」

 

「コレ見てよ! 『ゲルマン忍者の歩み』だって! 僕以外にもこっちに忍者いたんだ! くっそー! 日本の漫画とか古文書輸入しなくてもこんなのがあったのかー!」

 

「棄てろ」

 

「ええー!?」

 

 ボロボロの本を胸に抱きかかえて感激しているシャルロットに溜息を吐きながら、周囲を見渡す。隻眼だから、見える範囲が通常の半分、ということは確かだが奈何せん他の感覚器官が飛び抜けている。空気の流れや匂い、それに直感で視覚範囲以外にも何が在るかの理解できる。

 

「……何もない。いや、無さ過ぎる。……教官は一体どいう意図で……」

 

 敬愛する師が何を考えているのかを推測し、しかし結局解らず首を振り、

 

 世界が切り変わる。

 

 

 

 

 

 

 神話の再現をラウラは見ていた。

 巨大な機械の竜。全身に銃火器を保有し、全身から溢れんばかりの神気を放っている。

 その四肢を動かすだけで大気が震え、顎から洩れる雄たけびは世界をも揺るがす。

 

 その竜に二人の人間が抗っていた。

 

 白い装降服を纏った男女。黒い髪に左右に白髪の一房ずつあり、その手には幅広の緑の大剣があった。黒い長髪の少女は身の丈もある巨大な砲を肩に担いでいた。

 贔屓目に見てもそれほど強そうには見えなかった。それなりに武術の心得もあるだろうし、身のこなしも素人ではない。特に少年の方の練度はかなりモノだ。

 だが、それは神域を覆すほどではない。

 少年や少女の存在の強度の問題だ。同じ位階に立っていなければ、どれだけ技術があっても通用しない。  だからこそ少年の大剣が異彩を放っていた。

 一見唯の剣にしか見えないが、それでも内抱した神気は尋常ではない。大機竜に劣らない。 

 

 人知を超えた神器を携えた人間と莫大な神気を宿す竜の死闘。

 

 まさしく――神話に等しい。

 

 そして視界と聴覚のみの世界の中で戦況が動く。

 人の身の二人の連携で大機竜が姿勢を崩した隙を少年が突き――突然展開された大機竜の砲身が大剣を打撃する。

 少年が吹っ飛び、大剣から力を失う。

 

『――復旧まで四秒! 捨てて逃げてくれ!』

 

 大剣が声を発したという事に驚く間もなく、

 

 大機竜の顎から閃光が放たれる。

 

「……!」

 

 少年は逃げなかった。

 少年は前に出た。

 そして少年は一人では無かった。

 少年と隣に少女が寄り添い、

 

「君に出来ないことは、ボクに任せて……」

 

 少女が少年の腕に血を掬い、大剣に文字を描く。

 聖剣、と。

 そして振う。

 

「……っ!」

 

 まず間違いなくそれは少年の全力にして全霊。心からの笑みを浮かべながら、閃光に大剣をぶち込んだのと同時に、

 

「!?」

 

 少年の左腕のグラブに光が宿る。黒の表面に+が刻まれたメダルが白く輝き、

 

 答えるように大剣が光を取り戻す。

 

『その手甲は……!?』

 

「解らん! だが、――私が受け継いだ力だ!」

 

 大剣を振り抜き、大機竜の咆哮を断ち切った。

 大轟音と共に、大陸すら断ち切るであろう神威の大斬撃。世界そのものが切り裂かれたのではないかと思うほどの一閃。

 そしてそのまま少年は前に出る。

 神気を未だ宿したままの大剣を大機竜の喉へと叩き込み、致命を狙う。

 それを、彼の背後から来た光が止める。

 大機竜の右足を破壊し、姿勢が崩れ顎が下がる。

 それに伴い、斬撃途中の刃を喉が挟みこんだ。

 それでも、少年は大剣を振り抜き、

 

「――」

 

 手から大剣が抜けた。しかし少年はそれが当然のことのように受け止めて、振り抜く。

 大剣は大機竜の根本まで突き刺さっていた。

 そして、大機竜は口を開き、紅い瞳で少年を見据え、

 

「――少年よ」

 

 静かな声で、問う。

 

「我ら第一天は、強敵だったかね?」

 

 問いに、少年は息を整えながらも、

 

「……それ以外に何があると」

 

 答えた瞬間、世界が再び切り替わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 シャルロットは一つの決着を見ていた。

 夜の街だった。

 夜の帳が落ちた世界で、一つの決着を。

 それは白の崩壊だった。

 十数メートル程度の鋼の人型。人工筋肉と装甲とフレームで構成された肉体。

 シャルロットが知る機竜がそのまま人の形を持ったような感じだった。

 それが二体。黒と白。

 白に腕のくい打ち機をぶち込み、月を見上げる黒。

 黒にくい打ち機をぶち込まれ跪く白。

 黒が勝って白が負けたのだろうか。

 周囲にはその決着を祝福するような、憤るような、悲しむような、様々な感情を乗せた叫びがあった。

 その中で、黒も白も静かに月光を浴びながら佇んでいた。

 

 そして、突然黒が吠えた。

 

 黒の腕にあるくい打ち機に光が奔る。黒の表面がへこみ、それが続いて文字を創る。 

 それはシャルロットには読めない文字だった。

 しかし、理解できる者はいて、

 

「我ら第三天は――」

 

 読み上げたのは少し離れたところにいた白い服と黒い髪の女性。赤い服の女性に支えられながらその刻印を呆然と見て、

 

「陽王と月皇の意思とともに、多くの人が集う力となることをここに誓う……!」

 

 彼女の緩んだ笑みともに告げられたその宣誓を聞いた瞬間にシャルロットの意識は決着の場から弾き飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

「――――」

 

 意識の覚醒と同時にラウラが行ったのは、自分の驚愕を抑えることだった。

 冷静さを失うことも取りみだすことも、軍人である英雄の一角たる自分にはあってはならない。

 だから流れる汗を無視して、息を大きく吸い込み、

 

「うわっ、なんだぁー!?」

 

「ごほっごほっ!」

 

 いきなり叫んだシャルロットに思わず咳き込んだ。

 

「ええい! お前はどうしてそう緊張感がないんだ!」

 

「いや、だって見た!? なんか、日曜朝七時とかにしか出ないとんでもロボットでてたじゃん!」

 

「なに……?」

 

 日曜朝七時ロボット。簪の持っているDVDを何度か見たことがあるが、今ラウラが見たのはそういうものではなくて、

 

「もっとこう……ゴツかっただろう? 日曜朝七時というか、日曜朝九時半のモンスター系に最終形態みたいな……」

 

「え?」

 

「ふむ?」

 

 意見の食い違いがあった。

 これがいつものシャルロットの天然出ないならば、

 

「見たヴィジョンが違ったのか……」

 

 時間にすれば一瞬だっただろうが、しかし確かにラウラは神話の再現を見ていた。

 ただの白昼夢では無いのは確か。

 ならば――、

 

「今のが、ここに来た意味か……?」

 

 思い、そして。

 

「……ラウラ」

 

「……うむ」

 

 聞いた。今度は刹那のヴィジョンでなく、二人とも同じものを。

 ソレは歌だ。歌自体には聞き覚えがあった。

 

「行くぞ」

 

「うん」

 

 行く。

 二人もまた、確信していた。

 この下に真実があると。

 




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第拾話

推奨BGM:葦原中津国
*より黄泉戸喫


 風が吹いていた。

 引きつける風が蘭の髪をさらい、たなびかせる。

 

「ん……」

 

 風は変わらないと、蘭は思う。

 勿論、その場の気温や空気の匂いは違うけれど。

 何よりも自由であるという事は風は変わらない。現象としての風は言うまでもなく大気の温度差でしかないけれど、感じ方で大きく変わるのだ。

 蘭は今回ドイツまで走って来たが、それも同じだ。

 海も大地も空も。吹き抜ける風は自由なのだ。

 それを蘭は好いている。

 この街はすでに死んでいて、命の息吹は全くないけれど、風だけは同じだ。

 街外れの駅まで来たけれど、風だけは吹いてくれる。それだけが、この廃都の中で救いであると蘭は思った。二年前も、今も。

 蘭たち三人が訪れていたのは街外れの駅だった。

 

「そう言えば二年前って本音さんたちもいたんですか?」

 

「まぁねー、かんちゃんがISのデータ欲しいって言ってね。録画してきてとか言われたけど、行きたいなら自分で行けって事で無理矢理引っ張って来たんだけど……まさかあんなことになるなんてねぇ。周りがどかんどかん爆発してるなかでデータ取ってるかんちゃん護るのには苦労したよー」

 

「ははは……私は逃げてただけでしたっけ」

 

 自分から振ったとはいえ、当然ながらいい話では無かった。本音も察したのか、線路へと視線を動かし、

 

「うわー、この線路すっごいねぇ。スタンドバイミーごっこしたい」

 

「あぁ、いいですねそれ」

 

 蔦が絡み、もう到底電車が通ることが出来ないであろう線路を寂れた駅のホームから眺める。

 

「でも、意外ですね。本音さんもそういうことするんですか」

 

「まぁねー。楽しそうじゃん、ポカポカのお天気の中でのんびーりお散歩とかさぁ」

 

「ははは、きっと風も気持ちいいですね」

 

「ね―――というわけでカンちゃんー? 」

 

 線路から、ホームの中屋根の影になっている当たりに本音が視線を動かし、

 

「はぁー! はぁー! ちょ、本音っ、蘭……休憩……! 当分休憩……!」

 

 息も絶え絶えにぶっ倒れかけている簪だった。膝に手を当て、呼吸もままならぬ様子だった。

 

「かんちゃんー。虚弱体質が過ぎるよ? 一時間も歩いただけじゃん。といかここ最近どんどん劣化してない?」

 

「学校、以外……部屋にこもって、る……だか、ら……体付くわけが、ない……じゃん……!」

 

「いやぁ、そんな話じゃなくて――人としてどうなの? その体力」

 

「……ぐぅう」

 

「ははは……」

 

 本音は結構簪には毒舌だった。

 正直、自分に向かなくてよかったなぁと蘭は思った。まぁ、それでも大分簪を甘やかしてるんだろうけれど。概念兵器とやらの発明でほぼ引きこもっている簪の日常生活の介護も本音が行っているのだ。確か風呂も本音が入れていたはず。正直同じ女子として、大丈夫かなと思うけれど、簪はマッドサイエンティストなので人間とか女とか棄ててるんだろうから無視する。

 

「もうしょうがないなぁかんちゃん。十五分だけだよ?」

 

「本音ーありがとうーもう結婚してー嫁に来てー」

 

「うん嫌だ」

 

「即答!?」

 

 本音の当然といえば当然の即答に驚きながら、ホームの壁に音を立てて座りこみ、

 

 三人の世界が覆される。

 

 

 

 

 

 

 

 夜の大地に青白の機竜が全身に損害を浴び倒れていた。

 素人の蘭から見ても、かなりの被害だということが理解できるほど。突如として浮かんだ光景を蘭は戸惑いながらも見ていた。

 それは沈黙していた。

 激しい戦闘があったのだろう。恐らく撃墜の傷だけではない空中線で弾丸は光線で付けられた傷も多かった。

 だから、それを蘭は既に死んだ竜だと思ったのだ。

 だが、

 

「On your mark」

 

 声があった。ソレは少年の声。伏した竜、その操縦席からの放たれ、

 

「Get set」

 

 誰か、大切な人に呼び掛けるように放たれ、

 

「――Go ahead!」

 

 青白の竜はその身に落ちてきた赤の閃光を、直前に飛翔することで回避した。

 飛ぶ。飛翔する。

 赤の閃光は先ほどまで青白が倒れていた大地を焼き払ったがそれには構わず天へと駆けのぼる。

 そして竜が、夜空を舞う。

 二機の機竜。

 先の閃光を放ったであろう赤と青、白の三色のカラーリングの竜と青白の竜。

 その二機が互いにぶつかり、空を飛翔する。

 それを蘭は視覚と聴覚のみで認識していた。理解はできず、意識が追いつかない。だから、見る。

 赤の方が早かった。そう見えたが、

 

「Oh, say can you see, by the dawn's early light

 ――おお、見えるか、この薄暮の中」

 

 青白から歌が聞こえた。少女の声だ。

 

「What so proudly we hailed at the twilight's last gleaming?

 ――我々が夜を徹し誇りもて掲げたものが見えているか」

 

 天上の星空、眼下の大地。星と街の明かりの中。

 

「Whose broad stripes and bright stars, through the perilous fight.

 ――命を賭す争いを抜けて我々が見守った土塁の上」

 

 少女は謳う。蘭は知っていた。その歌は自由の下に星を翻す歌だ。

 

「O'er the ramparts we watched were so gallantly streaming?

 ――かくも勇敢にたなびき続けたあの広い縞をと輝く星は誰かの者か」

 

 青白は加速していく。

 

「And the rockets' red glare,the bombs bursting in air,

 ――真紅の推進弾と炸裂する爆発の降り止まぬ夜」

 

 先を行く赤の竜を追い、 

 

「Gave proof through the night that our flag was still there,

 ――我らの旗は身じろぎもせずあの場所にはためいていた」

 

 全身の加速器から光を噴出し、空に飛沫を上げ、

 

「Oh, say does that star-spangled banner yet wave.

――おお、輝く星を飾るあの旗は今なお翻っているだろうか」

 

 意志の下に飛翔し、

 

「O'er the land of the free and the home of the brave!」

 ――自由の祖国、勇者のふるさとに 」

 

 ――二つの竜は並び、飛翔する。

 

 そして二機は超飛翔と共に激突する。二機が纏う神気はすでに神格として遜色はなく、激突の度に世界が震える。

 全身の砲門からそれぞれ雷を放ち、時には速度を武器として打撃し、顎から閃光を放つ。

 そして、赤は大地に落ちるように、青白は天に、赤の先にある天星へと駆けのぼるように。

 止まること無く二機の竜は飛翔する。

 その中で赤は叫んだ。

 

『我が正義を貫くために――』

 

 負けぬと、咆える。主砲である口を開き、

 

『人の涙を見捨てるわけにはいかんのである……!』

 

 それ答えるように青白から少女の声が跳ぶ。

 

『貴方は……、そこから立ち上がれることを知らないんですの……!』

 

『それは強い者の言う台詞だ!』

 

 その言葉に抗うように青白が速度を上げた。

 

『**は強くなんかありません! ちょっとだけ強くなれるときがあるだけですの……!』

 

 叫び、

 

『そうさせる力こそが、……**の正義です!」

 

 言葉に構う事無く赤が顎から極光を放った。

 

 それを青白は回避した。

 

 速度任せの強引な回避だがしかし確かに避けきり、赤と激突。

 

『……いいじゃありませんの。泣きたいときは泣いてしまえば』

 

 言葉が響く。赤から力が抜けながら、

 

『そうしていると、……誰かが手を取ってくれますわ、きっと』

 

 言葉と共に、青白はさらに加速。赤は速度を喪いあがら、

 

『同じか、**・******!?」

 

 天へと昇る青白の竜へと問いかけ、同時蘭の意識は切り替わった。

 

 

 

 

 

 

「……終わった頃かねぇ」

 

 先ほどまで、簪がいた駅とは違う駅のホームでベンチに女性が座りこんでいた。鈴を思い出させる中華風の衣装に白衣に黒い髪をシニョンで纏めいてた。深夜の待合室だった。

 彼女は白衣の中から煙草を取り出し、震える自らの手に苦笑しながら、

 

「第七天の残滓、それが濃く残って時間のねじれた空間であの四人を作っていたからねぇ」

 

 焦点の合わぬ瞳を揺らしながら、煙草を咥えようとし、

 

「と」

 

 落とした。

 右脇の白衣が落とした煙草で汚れ、それにやれやれと手を伸ばしかけ、

 

「こちらの方が宜しいかと」

 

 言葉と共に真新しい煙草の箱が差し出される。口から一本突き出たそれの持ち主は、

 

「……何だ、**かい」

 

 白衣の下に赤いシャツの老人だった。

 

「ええ、皆、ここにおりますよ。**も**も」

 

 女性が、左を見る。

 その先にあった自動販売機で赤いシャツの老人そっくりの顔をした戦闘服の二人が何を買うか迷っていた。

 さらには駅舎の奥、またもや同じ顔をした老人がパンフレットスタンドの前で、

 

「兄者! この東北露天風呂などどうでござるか!?」

 

 変な語尾の老人に彼女は苦笑し、馬鹿と小さく呟き、

 

「旅行より先にすることあんだろうよ。**達は?」

 

「Tes.これから忙しいことになるかと」

 

 それを聞いて、彼女は笑みを浮かべながら、言う。

 

「旅行、行くかねぇ 」

 

 笑みを濃くしながら。

 

「昔さ、衣笠教授に連れられて行ったんだよ、あんた達を作る前に。 ……関西の、生駒山地の山奥さ。 **が崖から落ちたり、*******が術で山小屋燃やしたりとさ……」

          

 楽しかったなぁと言う風に彼女は語り、

 

「ああ、楽しかった 」

 

 言う。

 

「別に……、旅行に行かなくてもいいでゴザルよ」

 

 変な語尾の老人が言った。

 

「行ければいいけど、今でも十分楽しいでゴザルから」

 

「そうかい」

 

 その言葉に彼女は満足そうに頷き、

 

「有り難うよ 」

 

 彼女の瞳から色が失っていき、身体からも力は消えていく。

 それでも、

 

「――行こう 」

 

 トクンと、最後の心音が響き。その顔には満足げな笑みが浮かんでいて。

 それを見たと同時に簪の意識は飛ぶ。

 

 

 

 

 

 

 それは糾弾だった。

 糾弾による感情の瀑布を彼女は見ていた。

 

「――何が契約だ!! 」

 

 黒い装甲服と白い装甲服をそれぞれ纏った二人の初老の男が何処かの通路で槍を交えていた。

 黒の男が咆える。

 

「いくら言葉を重ねたところで貴様らの世界が滅ぼしたものは還らないのだぞ!」

 

 彼は槍を振りながら、

 

「ならば悪役に対して私は叫ぼう!――――我らが過去は弾劾の正義を吠えると!」

 

 槍には速度がある。威力がある。神威がある。

 だがそれ以上に激情があった。

 

「我らを死なせない? 生かす? 生かすだと!?」

 

 白の男が防御主体の構えだが、それに構わず感情の槍を叩きこみ、

 

 

「生かすとは馬鹿げた話だ!――その自惚れが六十年前も十年前も滅びを呼んだのだろうが! 貴様らは正義の照れ隠しに悪を謳うだけだ。だがその正義は偽善でもなく、――単なる誤魔化しと自惚れだぞ偽者の世界よ!」

 

 彼は叫ぶ。

 身体から血と汗を流しながら。

 それ以上に魂が啼いていると言わんばかりに、

 

「――――よく考えろ。偽者、偽者、偽者、世界を歩く全て、世界を動かす全て、そして世界そのものまでもが偽者ならば聖なる言葉も誠意も偽者だ! 全天と全地、大空と大地、深淵と海原も風も光も何もかもが否定を求めている世界だぞここは!!」

 

 森羅万象が贋作であると男は糾弾する。

 

「――しかし聞け。もはや思いの宿る場所はここにしかない。そしてここの住人は幾つもの罪を犯している。――その七つの罪状を聞かせてやろう!!」

 

 叫びは止まらない。

 

「――第十二天の罪を聞くがいい」

 

 むしろここからが本番だと、喉を絞り、

 

「それは第一に前座崩壊の発端になったこと! 第二に十の天の破壊という隣人殺し! それして第三に第十一天の破壊という親殺し! 第四にはもう一人の自分達の殺害を行い、第五には己の世界に災害を起こした自傷だ! 第六にはそれらを隠蔽した誤魔化しに――、最後の第七には罪を隠して世界を麾下に収めようとした罪がある!」

 

 七つの罪状の述べた。

 本音には何一つ理解できない罪。それでもどうしようもない感情だけは理解できた。

 

「――叫べ皆よ創世を開くため、七つの罪に対して判決の喇叭ラッパを鳴らせ!」

 

「……Judgement!! 」

 

 聖罰、聖罰、聖罰、聖罰、聖罰、聖罰、聖罰。

 我らここに七つの罪に対して七つの聖罰を与えり。

 

「滅びろ罪人! 貴様らの出来る釈明はあの世にしか存在しない!! 」

 

 どうしようもなくどうしようもない慟哭と糾弾。それが意識のみの本音の精神に響き。

 同時、その世界からも弾き飛ばされる。

 

 

 

 

 

 

 

「――――」

 

 三人は、それぞれ自分が見たものにしばし呆然としていた。

 己の意識が自分の肉体に戻ったことにすら気付かず、自分が見てきたヴィジョンを想っていた。

 

「……見た?」

 

「……かんちゃんも?」

 

「お二人も、ですか」

 

 三人がそれぞれ額から汗を流し、息を吐きながら。

 

「本音?」

 

「幻術魔法とかそんなものじゃないと、思う」

 

「科学物質っていう感じでも無い。なにこれ、意味分んない……攻撃? なにかの妨害? それとも」

 

 ただ、今の映像を見せたかっただけか。ならば、

 

「それが……今回も目的……?」

 

 簪の頭脳が回転を始め、今あったことを記憶から解析し、分析していく。

 だが、それらが本格的に始まる前に、

 

「……!」

 

 解析を止めるものがあった。

 

 歌だ。

 

 それも聞き覚えのある声。知っている歌。

 

「かんちゃん歩けるよね?」

 

「歩かないわけにはいかないよ、さすがに」

 

 疲れが抜けきってなくても、無理矢理身体を動かし簪が立ち上がる。

 

「行きましょう」

 

 三人は気付いている。 

 真実がそこにあると。

 




これで、全員分の過去終わりですね。
多分、あと二話程度かと。
そのあとは、最終決戦ですねぇ。

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第拾壱話

推奨BGM:修羅残影・黄金至高天


 

 

「ねぇ、もう諦めたら、織斑ちゃん(・・・)?」

 

「無理な相談だな、篠ノ之(・・・)

 

 夜にの空に塔があった。

 巨大な、それこそ天を貫く塔だ。

 その頂上。

 眼下の山岳地帯の戦闘音も二つの武神の激突音も遠く、夜の空を舞う二機の機竜の音もまた同じだ。

 そびえ立ち、外界から隔絶された頂点。

 そこに二人の少女はいた。

 白い装甲服に黒髪の少女。手には長剣が。

 黒い装甲服に朱髪の少女。手には何もない。

 どちらも年のころは幼い。

 黒髪の少女は大人びた顔立ちで、朱髪の少女はかなり童顔だが、二人とも十五程度だ。

 黒髪の少女は織斑千冬。

 朱髪の少女は篠ノ之束。

 

「なんでさ」

 

 束は言う。

 

「もう意味ないよ。もうすぐみーちゃんが座を取る。覇を唱え、天を取って――何もかも失わない世界が生まれる」

 

「違うな、それは佐山さんによって止められる。そんな馬鹿げた世界は生まれない――喪失が無いなんて世界は、あってはならないんだよ」

 

「……むかつくなぁ」

 

 苛立ちを隠さずに束は舌打ちをし、

 

「ほんとさぁむかつくよ織斑ちゃん? 喪わなくなって何が悪いのさ。ねぇ、織斑ちゃんにだって解るでしょう? 喪ったら悲しいよ? 胸が痛いよ? 頭の中無茶苦茶になるよ? しーちゃんが死んで、私がそうだったもん。だからさぁそういう嫌なことなくして何が悪いのさ」

 

「悪いんだよそれは」

 

 千冬は言う。

 

「そうだな、喪う事は苦しいさ。私だってこの全竜交渉(レヴァイアサンロード)でたくさんのものを喪った」

 

「なら!」

 

「――でも、生き帰ってほしいなんて思わない。それは先立った人に対する冒涜だ」

 

    ●

 

 ――Silent night Holy night /静かな夜よ 清しこの夜よ

 

    ●

 

 束の声を無視しながら千冬は続け、

 

「なぁ、篠ノ之本当はもうわかっているだろ、お前は賢いんだろう? 超天才の頭脳じゃなかったのか」

 

「あぁうんそうだよ? アッくんみたいな正義中毒でもたっちゃんみたいな年増余裕もどきでもないしハジおじさんのなんちゃって父親サーヴィスとかみーちゃんのザ脳筋よりも私の方が頭言いに決まってる――でも、なにもわかんないよ。織斑ちゃんの言うことが」

 

 束は目を伏せて目元を隠し、

 

「私はもう――なんにもわかんないよ」

 

 ――言葉と共に、束の身体から神気が溢れだした。

 

「篠ノ之!」

 

「うるさいっ! 私に偉そうなこというな、この百合女! 織斑ちゃんのせいであられもない百合疑惑掛けられてるんだから!」

 

「それはこっちのセリフだーー!」

 

 束から発せられる神威はまさしく神格の高みだ。

 同時、装甲服の中から取りだし、五指に四つも挟んでいたのは。

 

「フロッピー……いや、それは!」

 

「Jud.! 2.5インチHDD64GB! 私の魔改造で倍飛んで150GBだよ!」

 

・――文字は力となる。

・――名前は力を持つ。 

 

 追加される二つの概念条文。文字概念と名前概念だ。それらが発動と共にHDD内に蓄えられた大量の術式に介入し力を与え、

 

「もういいんだよ! 近づかないで……! 大切な人はもういらないからっ、もう他人と関わって大事なものなんか要らないんだよ……!」

 

「っ……篠ノ之――!」

 

「術式解凍――『燃える天空』『永遠の氷河』『千の雷』『引き裂く大地』」

 

 与えられた術式の名がさらなる力を付与しされる。

 HDD内に込められた術式が二つの概念によって、莫代までの神気を有し外装を破壊し、球体状の魔法陣となり輝き、

 

「四式同時展開広域殲滅――ッ!」

 

 炎が、氷が、雷が、溶岩が天を覆う。

 

 それは夜の空を四つの色に染め上げ、膨大な神威と共に世界を揺るがす。

 天破嬢砕。

 絶対零度。

 極光雷電。

 熔解瀑布。

 一つ一つが天体を揺るがすほどの威力を持っていた。

 今この時点の束は――求道神。

 それ故に彼女ではこの■■■を広げることはできないが――それでも篠ノ之束は魔導の神格だ。

 世界の仕組みというものに誰よりも深く理解があり、解析ができ、ある程度は操作も可能だ。単純な知識では彼女に勝る存在はいない。

 常軌を逸した行為こそが彼女の本懐であるが故に、

 

 宇宙を砕く規模の魔導を発動し、千冬を襲う。

 

「この――」

 

 自分を中心にして迫る四つの破壊に、しかし千冬は構わなかった。

 どれもが喰らえば神格たる千冬とて無事では済まされない。

 それでも、臆することなく、

 

「――わからず屋がっ!!」

 

     ●

 

 All’s asleep,one sole light, /全てが澄み 安らかなる中

 

     ●

 

 長剣を振う。

 一瞬にて光速にまで達し、その上で振られる途中で一瞬だけ刀身に巻かれた鎖と赤い球体九つが消え去り、

 

 四つの天災が断ち斬られる。

 

「っ――!」

 

「驚くなよ天災! 第十天の残滓から概念核を生みだす仮定で作られた試作型概念核兵器Le-sw(レジィ)! 概念核はなくとも九つの世界を断ち切る魔剣だ、この程度斬れぬ道理はない!」

 

「ごちゃごちゃ囀るなぁーー!」

 

 束が頭上に手を掲げ、巨大な黄色の魔法陣が浮かぶ。直径十数メートルもある円形魔法陣は光を放ちながら、概念の力で後押しを受け、

 

「千条注げ――雷の投擲!」

 

 生み出されるのは雷で構成された投槍が千本。空間を埋め尽くすほどに並んだ槍は一本残らず余すことなく束に告げられた言葉の通りに千冬に降り注ぐ。

 

「ッ、オオーー!」

 

 それを千冬は避けない。空中に逃げるという手もないわけではないが、今この塔の周囲の空は彼女の戦友の戦場だ。だから、飛ばない。今この場はそれぞれの因縁の決着に付けて来ているのだ、邪魔をするつもりはない。

 だから剣を振う。

 焦熱の神威を纏い、超高熱を宿す一刀。

 それを両手で握り、超高速を以て振う。

 

「っ、あ、あああ――」

 

 千本の雷槍は普通に考えれば、人間大の存在に向けるのにはオーバーキルだ。

 だが、今の束も千冬も神格だ。そんな人間のセオリーなど通じない。事実雷槍都合千本は余すことなく千冬へと命中するように束が掌握している。

 だから千冬は剣を振う。

 眼前の空間と視界の全てを統べる雷槍を真っ向から叩き落とす。

 剣速は雷速を超え光速に至ることは当然とし、纏った焦熱と合わせれば雷槍を容易く断ち切る。先ほど消え去っていた鎖は再び巻き付き、球体も五つまで復活している。

 無論全てを対処できるわけではない。

 僅かに対処が遅れた数本が千冬の頬や装甲服を刻む。

 それでも、

 

「おおおお……!」

 

 千本全てを断ち切り、

 

「堕ちろ――氷神の鉄槌」

 

 乱斬撃の技後硬直の刹那、千冬の頭上から巨大な氷の球体が堕ちてきた。

 先ほどの絶対零度ほどの冷気ではないが、単純な質量が異常に大きい。直径だけで百メートル以上。そんなものを千冬の上空で束が生み出し、落としたのだ。

 先ほどの千冬の意思を完全に構わずに。

 

「Le-sw、第六解放!」

 

『ヤヴォールー』

 

 球体がさらに一つ消えた。瞬間焦熱の神威が跳ねあがり、

 

「ぶった斬れろォッ!」

 

 氷球が振り上げの斬撃に両断される。

 

「ハッ! 流石だね織斑ちゃん、よく斬れたねソレ! ウチだとみーちゃんアッくん、たーちゃんにハジおじさんくらいしかできないよ!」

 

「つまり私の仲間ならば全員できるな!」

 

「だったら――コレならどうかな!?」

 

 言いながら、広げた右手に再び魔法陣。色は赤だ。周囲の暗闇が炎と闇に返還され纏まり手のひらの中で形を得る。

 

「沈め――奈落の業火」

 

 振り下ろしと共に千冬を闇炎が包みこむ。それは単なる炎でなく、精神汚染も付与された魔炎だ。常人ならば火の粉が触れただけで精神が崩壊するだろう。

 それに包まれた千冬はしかし焦ることなく、むしろ口角を歪ませ、

 

「『流転滅生』――破壊は再生となり! 再生は滅びとなる……!」

 

 白と黒の二色混じらせた怒涛の音が刀身となる。。幅三十メートル、長さ百メートルほどに伸長し、大気は風に解け、周囲を覆っていた氷は水になり、炎は単純な熱に、闇は単なる暗さになり、

 

 ――全てが飛沫となり弾ける。

 

「それは――」

 

「Tes.第六天『流転生滅』その一端、私が出雲さんから学んだ力だ!」

 

「あんな変態から学ぶことなんてない!」

 

「返す言葉もないなぁ!」

 

 言って、

 

「『冥府機界』――我ら陽王と月皇の意思の下、多くの人の集う力になることをここに誓う……!」

 

 右手で炎剣を握り、逆の手の平の中に雷が宿る。 

 空間を轟かす莫大な雷光は放電現象を繰り返し、轟という大音量を響かせながら一つの形に集束していく。

 長さ二メートル程の杭だ。

 神威が空間を轟かせる雷光の杭。

 投げる。

 

偽・神砕雷(ケラヴノス)……!」

 

 投擲された瞬間に杭が弾け、形を失い純粋な神鳴となって千冬の上空の空間数百メートル四方を雷撃が埋め尽くす。

 真性の雷霆には及ばぬとはいえ、下されたのは最高神のみが赦された審判の一撃だ。千冬自身の性質と相まって破格の威力を保有している。

 

「閉ざせ――凍る世界」

 

 雷が凍る。雷が氷に変質していく。

 新たに追加された二本のUSBメモリを使い放たれたのは氷結の棺。青の魔法陣から滲む凍結の波動に触れた雷光が凍っていく。

 

「ぐっ……!」

 

    ●

 

 Just the faithful and holy pair, /誠実なる二人の聖者が

 

    ●

 

 それでも全てが凍結するわけではなく、氷結波動を逃れた雷撃が装甲服や髪を焦がし、嫌な音やにおいが出るが構わず、凍った雷撃に向け指にメモリを挟んだ手を掲げ、

 

「潰えよ――冥府の石柱!」

 

 文字列が溢れたと同時に砕かれたメモリが長さ五十メートル幅十数メートル規模の巨大な六角形の石柱に変質する。凍った雷を落下しながら砕いていく。爆音と共に墜落する石柱が凍りを砕く事で、即席の氷の鏃となって千冬降り注ぐ。

 

「器用な奴だなまったく!」

 

 叫びと共に氷の鏃を叩き落とし、落下途中の石柱に跳躍し駆けあがる。五十メートルなどという距離は今の千冬ではそれこそ一瞬だ。氷の鏃も焦熱の神威に触れた瞬間から融けて力を失っていく。

 それは当然束も理解していた。

 だから手を休めない。

 

「貪り喰らえ――暴食の雨!」

 

 石柱を駆けあがる千冬、上空にて浮遊する束の二人のさらに上空。夜の空が変遷する。

 雲だ。

 束が告げた咒と共に空気中の水分が変質し、凝固し、集合し、一固まりの雲が生み出される。雨が降る。そしてソレはただの水滴ではなく、

 

「酸か……!」

 

「Jud.! 理性に縛られた言い訳ごと融けて消えろ!」

 

「違うッ! 言い訳なんかじゃ、ない!」

 

 石柱も氷鏃も尽く溶かし振る酸雨それに吠えながらも、

 

「『風空無形』――我ら何もかも護り継ごう……!」

 

 千冬の身体に光が宿る。変化としてそれだけであり、目立った変化ではない。だが、それ以外の変化は劇的だった。まずは石柱。彼女の足の裏との接地面から――凍る。先ほど凍結した雷撃を容易く砕いていたはずの石柱の表面に霜が降り、

 

 降り注ぐ酸雨が千冬に触れた瞬間に凍結する。

 

「我が名が示すは千の冬……! 一夜限りの雨に負けるわけが無かろう!」

 

 そして聞け、と前置きしながら、

 

「もう一度言う、言い訳などでは断じてない! 今ここにある力は、あらゆる魂とのぶつかり合いで受け継いできた力だ! 何も知らず、しかし何もかも知る為に前進し――今この最先端があるのだ!」

 

 そして、それこそが、

 

「教えられ導かれた私の魂の証明だ!」

 

    ●

 

 Lovely boy-child with curly hair, /巻き髪を頂く美しき男の子を見守る

 

    ● 

  

 それが織斑千冬の神格としての性質。

 自らが他者から教えられ、導かれた何もかもを己のものとし、太極の領域に昇華させる。

 自分は至らぬからこそ、受け継いだものを決して忘れず己の魂に刻もうとする彼女の渇望の発現。

 この時点の求道神として顕在する千冬の能力がこれだ。

 

「黙れッ! 導かれた? 教えられた? この私にはそんなものは要らない!」

 

 千冬の叫びを絶叫と共に振り払いながら、さらなるメモリは周囲に展開させ文字列を溢れださせながら、

 

「私に何かを教えてくれる人なんて――誰もいないんだよッ!」

 

 降り注いでいた雨が酸性を失い形を変える。空中に遺された水は引き寄せ合い刃となる。ウォーターカッター。通常に水でさえダイヤモンドを断ち切る切れ味を持つそれが太極の領域で再現されればなにもかもを断ち切る刃だ。

 性質の狂化。

 それが束の能力。

 火花は雷槍に。雷撃は氷に。破片は石柱に。暗闇は闇炎に。水分は雲に。雨は酸に。水滴は水刃に。

 ありとあらゆる物理法則、科学の仕組を、相互関係すら無視して己の望むものとなるように存在を狂わせる。本来保有する可能性も性質も知ったことでは無く、己の狂気に返還させることこそが篠ノ之束の神格として性質だ。

 なにかも狂ってしまえという彼女の渇望の発現だ。

 

    ●

 

 Sleep in heavenly peace /眠り給う 夢安く

 

    ●

 

「それは、違うだろう……!」

 

 迫る水刃を炎剣で振り払う。すでに石柱は消え去り、大気や水刃を踏みつけながら空中を疾走する。

 

「お前が、勝手に遠ざかっているだけだろう……!」

 

「違う……っ!」

 

「違わない! お前が一人で眼を背けて、背中を向けて逃げているだけだ。いい加減にしろよ、大馬鹿者!」

 

 叫ぶ。

 どこかへ行ってしまいそうな束を引きとめるように、

 

「お前だって、解っているだろう。失ったものは帰ってこないんだ……どれだけ苦しくて、辛くて、泣きそうになっても……前に進まなきゃ、ならないんだ……それが、遺された者の、役目だろう……!」

 

「――黙れ」

 

 声の震えが狂う。ただの空気の振動が、周囲の空間に等しく衝撃を叩きこむ凶器なっていく。

 

「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れェェェェェッッッーーーーーーー!!」

 

 叫びが世界を打撃し、空間に亀裂を入れる神気が高まる。

 

「私に、この私に……何かを教えようだなんて思いあがるなぁーー! そんなことが出来るのは、もう! 誰もいないんだからーーーー!」

 

「だから、それはお前の勘違いだと言っているだろうーーーーッ!」

 

 高まり合う神威と神気。理性と感情。意志と渇望。二つの想いは鬩ぎ合い――

 

    ●

 

 Sleep in heavenly peace /眠り給う 夢安く——

 

    ●

 

『**** **** **********

 

 **********************』

 

『***************』

 

 織斑千冬は謳う。

 篠ノ之束は謳う。

 

『**************************

 

 ******* *********』

 

『** ***** ****** ******』

 

 受け継がれた意志がその身に集う。

 あらあらゆる狂気がその身に集う。

 

『********** ***** **********

 

 ****** *********』

 

『************ **************』

 

 私は足りない者だから。だから教えられた全てを抱こう。

 私はイカれた者だから。だから知っている全てに狂おう。

 

『*** ***** **********』

 

『************** *****************』

 

 何時か何時の日か。己が誰かを教え導けることを願って。

 何時か何時の日か。己の狂気に意味があることを願って。

 

『********* *******

 

 ****** *********――******』

 

『*******************

 

 ****************』

 

 己という存在に内向きに渇望を流れ出す。

 

『――――*****』

 

『******──****』

 

『****――*********』

 

 完全に開かれる太極。立ち上る白銀と朱桜の神威。

 覇道神ではなく求道神であるからこそ互いの質は極まっている。

 千冬はLe-swその全ての枷を外し焦熱の神威を全開放、束は自身が持っていた全ての記憶媒体から文字式を溢れださせ魔導を紡ぎ、

 

「行くぞォォッッーーーー!」

 

 在りし日かつての若き二人はここに激突を開始した。

 

 

    ●

 

 

 

Silent night Holy night /静かな夜よ 清しこの夜よ

All’s asleep,one sole light, /全てが澄み 安らかなる中

Just the faithful and holy pair, /誠実なる二人の聖者が

Lovely boy-child with curly hair, /巻き髪を頂く美しき男の子を見守る

Sleep in heavenly peace /眠り給う 夢安く

Sleep in heavenly peace /眠り給う 夢安く——

 

 

 

 

 




過去の最後は在りし日のこの二人の激闘でした。
一気に終わらせていいかなと思いましたけど、この二人のバトルなのであえて区切りました。
まぁかなり抑え気味ですが、うん。まだまだインフレ奥義が物足りない。

次話でとりあえず一区切りです

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第拾弐話

推奨BGM:神心清明

エピローグぽいので短めです
もう大分終わりが見えてきました


 

 一夏達がそれぞれ歌に誘われて辿りついたのは――モンドグロッソ国際ISアリーナ跡地だった。十万人以上の観客を収容できる巨大なアリーナ。かつてはISの技術を見せ合い、高め合ったISにおける聖地とも言える場所だったが今では見る影もない。

 天井部は開閉可能式だったが屋根そのものが吹き飛んでいるので全体的に野ざらしで、破片だったらしき瓦礫が観客席に突き刺さっている。いたるところにコケや雑草が蔓延り、戦闘痕らしきものも大量に残っていた。

 それらの中央に――篠ノ之束と織斑千冬はいた。

 二人とも目を伏せ、束は地面に斜めに突き刺さった瓦礫の地上から十メートルほどの所に腰けて足から力を抜き揺らし、千冬はその根元で腕を組んでいた。

 歌は束のものだった。

 

 Silent night Holy night /静かな夜よ 清しこの夜よ

 All’s asleep,one sole light, /全てが澄み 安らかなる中

 Just the faithful and holy pair, /誠実なる二人の聖者が

 Lovely boy-child with curly hair, /巻き髪を頂く美しき男の子を見守る

 Sleep in heavenly peace /眠り給う 夢安く

 Sleep in heavenly peace /眠り給う 夢安く——

 

 きよしこの夜。

 聖夜に教会で歌われる讃美歌。世界で最も翻訳された数が多いだろう。

 生まれてくる者の幸いを願った歌だ。

 それを束は歌う。繰り返し繰り返し。最後まで行けば最初に戻り、歌い続ける。慈しむように、まるでなにかの記憶を思い出し、噛みしめるように歌っていた。大きな声ではないけれど、どこまでも響くような歌声だった。

 それを根元で聞く千冬もまた口の端を緩ませながら耳を傾けていた。

 絵になる光景だった。幻想的とも言っていい。崩れた天井部や周囲に突き刺さる巨大な瓦礫から洩れる日光が二人を照らす姿はどうしようもなく目を奪われ、思わず息を呑むような光景だった。 

 事実アリーナに足を踏み入れた一夏達は言葉を発すことはできず呆然自失気味で二人に目を奪われていた。

 九人が集まり、歌が止む。

 静寂が降り、静謐が支配し、

 

「ん、来たね」

 

 目を開けた束が一夏たちを見降ろしながら言う。

 

「やっとというべきか、ついにというべき……」

 

 千冬は苦笑しながら肩を竦め、一夏たちを見据える。

 

「まぁともあれ」

 

「始めようか? ――ここに至るまでの答え合わせを」

 

 

 

 

 

 

「答え、合わせ」

 

「そう、ここに来るまでに色々(・・)見て来たでしょう? それについて、どう思ったのかな? 思う所が無かった、なんてことはまさかないよね?」

 

 もちろん、ない。

 なにがなんだか理解はできなくて、所どころ言語系統さえ違ったのではないかと思えたし、言動がおかいしいとさえ感じたけれど――思うことはある。

 あれがなんのなのか、ということは置いておいて、感じ行ったものがそれぞれ九人にはあったのだ。

 

「……教官、篠ノ之博士」

 

 最初に口を開いたのラウラだった。

 

「あれは……なんだったのですか?」

 

「お前はどう思う? ラウラ」

 

「……」

 

 問いかけに問いかけで答えられ、僅かに躊躇し、

 

「……過去」

 

 一度息を吸い、

 

「二年前の……モンドグロッソの真実、ですか?」

 

「違う」

 

 違った。

 空気が凍った。ラウラが硬直し、うわぁという雰囲気が他の八人に流れる。

 ラウラは、

 

「……」

 

 完全に硬直していた。いやよく見れば耳が赤い。ラウラ自身結構自信があったのだろう。

 外れたわけだけど。

 

「ま、まぁ半分はあってるよ。そうだね、過去。これは正解だよ」

 

「う、うむ」

 

 言い方悪かったかな、と千冬は後悔しながらも、

 

「二年前のことはまぁいいんだ。大事なのは、さっきお前たちが見た光景。それを見せるためにここに連れて来たんだよ」

 

 千冬と束の目的は、あの光景を、二人の言う通りなら過去を一夏たちに見せることだった。それはわかったけれど、

 

「なんのために、だよ千冬姉」

 

 それが問題だろう。ドイツまで来て見せたということはそれだけの意味と重さがあるのだろう。もっとも肝要な理由があるはずだろうと思うが、

 

「なんのためか、まぁ……感傷、かな?」

 

「感傷……?」

 

「あぁ」

 

 その言葉は弟の一夏からすれば姉の千冬には似合わない言葉だった。そう一夏は思い、それを察したのか、千冬は苦笑し、

 

「アレがお前たちの為になると思ったから……という建前で見せたがな、実際は感傷だよ。あの光景をお前たちに見せたかっただけなんだよ。ああいうことがあったというのを知ってほしかったんだ」

 

「皆に見せたのはもうずっと昔の事でさ、私とちーちゃんしか覚えてないんだよ。だから……ね」

 

「姉、さん……?」

 

 儚げな微笑みは妹の箒でさえ見たことがないものだった。泣きそうな、辛そうな、それでも満足そうで誇らしげな笑みだった。

 

「じゃあ、あれって千冬さんたちが体験したこと……あ」

 

 気付く。

 鈴が見た過去い出てきた二人の少女、一人は影でよく見えなかったけれどあれは千冬だった。

 

「あぁ、鈴には私が出来てきたな。あの時の私たちはそれこそお前たちと変わらない……いや、蘭と同じぐらいの年頃だったなぁ」

 

「青春時代ってことになるのかな一応」

 

 今の一夏たちと同じように。

 幼くて、若くて、何も知らなくて、なにもかも足りなくて。それでいて、知ろうとする時代が二人にも合ったのだ。

 

「では、織斑先生。先ほどおっしゃっていた私たちの為になるとは? 興味深いのは確かでしたが」

 

「それは自分で考えろよ、セシリア。他人から与えられた答えに意味はないし、精々切っ掛けくらいに使え。世界の真実、とまではいかないがその一端だ。……意味は解るだろう?」

 

「……なるほど」

 

 解る。

 自分たちの今いる領域から次へと進むのには未だ足りない。実力云々ではなくてもっと精神的な意味で。分水嶺を超える切っ掛けが必要であり、それがないから今の自分たちは極まりきっていない。

 中途半端なのだ。

 

「ま、皆さ。若いから、私たちが見せたものや、私たちが与えた歪みや皆自身が抱いている魂とか。そういうの全部ひっくるめて、自分がどうありたいのかを。ちゃんと考えて答えを出してね」

 

 時間はもう少しだけあるからさ、と束は言う。

 それの根拠は、

 

「……きよしこの夜」

 

「そうだね本音ちゃん。本音ちゃんとラウラちゃんとセシリアちゃんはいたし、皆も聞いてるだろうと思うけど、この前の一件でオータムちゃんの伝言が――この歌だったんだよ」

 

 それが示すことはすなわち、

 

「来る十二月二十四日、クリスマスイブ――それが決戦の日だ」

 

 決戦。

 その言葉に皆は戸惑う。確かに夏の臨海学校から先日に至るまでに八大竜王を名乗る大罪の担い手と戦ってきた。だが、それは常にこちらが受け身で襲われてから迎撃するという展開だった。

 

「決戦って……」

 

 戦いを決める。終止符を打つという事だ。

 

「あぁ、そうだよデュノア。いい加減蹴りを付けなければらない。潮時、なんだよ」

 

「……?」

 

 その言葉の言い方に少しだけ違和感を感じたが、

 

「まぁ、そういうわけだから。クリスマスイブまで修行頑張って? 今の皆じゃああっちの子たちが本気だしたらさっくり殺されちゃうからさ」

 

 あまりにもあっけからんとした、歯に物着せぬ言い方にたじろぎながらも、

 

「はっきり言いますね……」

 

「だが事実だぞ? それに蘭、お前は敵は傲慢(ハイペリフィリア)だろう。あれはあの面子の中でも稼働時間が長い。かなり強いぞ」

 

「解ってますし……敵じゃなくて、友達ですよ」

 

「……そうか、それは悪かった。言い直すがお前の友達は強いぞ」

 

 友達と言いきる蘭を少しだけまぶしそうに見る千冬だが、それでも言う。まぁ、それはいいのだ。蘭たちにだって解っているから。

 

「それに私なんか戦闘力ゼロだしねー」

 

「ははは何言ってんの? ――科学者の戦場は研究所だよ? むしろ簪ちゃんが一番エグいよ?」

 

 え、あれエグいって何? とか冷や汗を流す簪は普通に無視された。

 

「まぁ、そういうことだから、忘れるなよ――宿題もな」

 

「……」

 

「おいこらお前ら目を逸らすな」

 

 冷や汗をかきだした九人に苦笑しつつ、

 

「決戦はあるが、お前たちの本分は学生だからな。ちゃんと勉強しろ」

 

 なにせ、

 

「戦いが終わっても――お前たちに日常は終わらないんだから」

 

 

 




以上間幕結。

以下――終幕。


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間幕

『早馳風――御言の息吹!』

 

『大宝楼閣――善住陀羅尼!』

 

 開幕と同時に放たれたのは天地至高に斬撃と浸透剄の極限域の拳。

 それらはどちらもが莫大な神気を宿し、激突の瞬間に隣接する宇宙を数十、数百単位で破壊しながらその威力を撒き散らす。

 初撃としては激しすぎる互いの一撃。かつての暴風竜との相対においては決殺であったはずに奥義を二人は迷うことなく放ち、

 

「くははははーーーーー!」

 

「あははははーーーーー!」

 

 溢れる神威と共に一夏と鈴は哄笑し、刀を、拳を構える。

 最大級の威力が激突し合ったが故に、二人自身に少なくないダメージがあるはずだが、それらにまったく構わずに笑い、さらなる一撃を放ち、

 

 鈴の右腕が飛んだ。

 

「――!」

 

 鈴の右腕、それは篠ノ之束が作成し、彼女に馴染み、武神として太極にまで至った今、それに見合うだけの神器となっている。それに鈴自身の神威を込めれば、消して砕けぬはずの鉄拳なのだ。

 にもかかわらず、それはあっけなく断ち切られた。

 

「ハッーー!」

 

 それに鈴は構わなかった。構わず、残った腕と身体を連動させ、刹那彼女の姿が数百にまで分岐し、

 

「破!!」

 

 取り戻した右の拳を叩きこむ。

 それは先ほどまでにはなかったはずの部位。だが、今の鈴には関係ない。先の一閃は決して避けれないものではなかった。激突ではなく、回避を選べば避けれるはずだった。その可能性もあったのだ。

 

 だから、その可能性を引き寄せる。

 

 引き寄せ、修復されたその一撃は、一夏に叩き込まれる瞬間に再び、分岐。今の鈴が花てる全ての攻撃は乱立し、同時に叩きこまれた。恐れるべきは数百にまで届く攻撃のどれもが邪魔し合っていないということ。あるいは避け合い、あるいは統合され、最大限の威力を見こめるように一夏へと叩き込まれる。

 

「そんだけかよ」

 

 それらを温いと断じながら、一夏の颶風の抜刀は全てを切り裂いた。

 最早速い遅いという領域では無く、時間という概念を無視した切断現象。 

 当然だ。太極にまで至った一夏は存在そのものが一本の刀剣であり、彼がそうである以上、何かを斬るのに刀は必要不可欠ではないのだ。

 視線を合わせれば、視認されれば、もっと言えば認識された時点で、対象は必ず一夏に斬られている。

 それゆえに斬る為に刀を抜くのではない。すでに斬っているのだから、その現象を具象化させるために刀を抜くのだ。 

 唯斬。切断、斬撃という概念としては歴代神格を寄せ付けず、攻撃速度という分野においても飛び抜けいている。

 鈴は防御力に優れているのに対し、一夏は攻撃力に特化している。 

 だが、それでも。二人はそんな己の特性を考慮になどせず、

 

「くはっ、はははっ、はははははははーーーー!!!!」

 

「あははっ、はは、あははははははーーーーー!!!」

 

 互いを刻みあう。

 そしてそれこそが彼らの愛。殺したい、愛したい。狂気の愛はそうであるがゆえに常識を外れ常人では届かぬ領域へと容易く至り――

 

超越(アライヴ)

 

 人間を超越し、

 

『宣誓――我らが狂気(ロウ)を此処に告げよう

響界式心奏永久機関――起動(ジェネレイト)

 

 人間大の新法則となる。

 

『我が真理は無謬の剣撃』

『我が真理は天嶮の大輪』

『我ら狂気を抱く剣鬼にして戦姫。されどこの身は修羅に非ず』

『人より超え、しかし人の輝きを忘れぬことをここに誓う』

『蒼穹の加護より羽ばたき、己が魂の元にいざ舞い踊らん』

『我ら正気に非ず。しかしその魂を刃と拳に抱こう』

『天下唯一の刀剣と天下最高の高嶺華は互いを刻みあい、それこそが我らの愛である』

響界人機(イマジネイター)最終段階到達(エクストラドライブ・イグニション)――』

 

 一夏と鈴が纏うのはそれぞれ白銀と赤黒の機械鎧。全身を余すことなく覆っていく。

 そして新たな姿となり、謳いあげられるその咒は、

 

心奏・真理(ゼロ・インフィニティ)――|愛と狂気の神咒神威、血風舞う神楽にて太極へと至らん《アルテマブレイドワークス・ハイアーザンストラトス》』

 

「行くぞォォッッーー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「あるぇー? あれれー? 私あんなの作ったけ? あれれ? あっれー? おっかしいなぁー! 束ねさんあんなのつくった覚えないんだけどなー!? あれー!? なんか、こう……はっちゃけちゃうと作品とか世界観違うんじゃないかなー!?」

 




エイプリルフールですから!
ゼロニティやったので書いてみた。
英語の名前とかオリジナル詠唱に恐ろしく違和感がある怒りの日脳


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最終章
第壱話 


推奨BGM:厭魅凄艶

秘めていたものが
今、開いていく


 澄んだ空がある。

 それは冬特有の突き抜けるような冷たい色、けれどだからこそ青の色ははっきりと認識できるような空だ。風も冷たく、気温そのものも低い。二十一世紀に入ってしばらくたったがそれでも自然環境というのはそれほど変わらない。日本という国特有の四季は健在だ。数年ごとにやたら暑い春や秋はあるし、夏が長引いたり、冬が短くも寒波が酷いという毎年少しずつ誤差はあるけれど。

 そういう意味では、今年の冬は寒いのだろう。

 十二月半ばは過ぎ去って、二十四日の夕方だ。もうすでに完全に太陽は落ちて、徐々に街の明かりが強くなっていく。

 人の営みの光だ。

 それら全てが今この街で生きている人たちに証。この東京の街だけではなく、世界に広がってもそれは変わることがない。夜という人間の感覚器官では対応しきれない世界への適応手段として光は存在して。

 だが――

 

「……」

 

 プリームムはそれらを認識しながら、しかし視界に入れることはなかった。

 奥多摩の未だ濃く残る山岳地帯、そこに場違いなまでに唐突に白亜の建物が存在していた。三階建てのマンション、と言えば解りやすいだろうか。ほぼ完全な直方体の大きな建物だ。森の中で、まるでどこからかそっくりそのまま切り取って来たような建造物からさらに数百メートルほど離れた岩の上にプリームムはいた。

 

「……」

 

 無言だ。

 口元は固く結ばれて動いた形跡も、動く気配も欠片もない。

 切り立った崖の一番上の大きな岩は長時間座ることには到底適していない。眼下の景色も見渡す限りの森と異物めいた建造物だけで美観もよろしくない。さらに言うならば東京とはいえ奥多摩の上部ともなればそれなりの高度がある。事前の準備なしに突き進めば高山病の恐れすらあるのだ。

 そのような土地で彼は。

 この季節であるにも関わらず。

 不安定な崖の上にいるのに。

 座禅を組み、目元を黒い布で覆い隠し、黒の着流し一枚という極めて軽装だった。

 どれくらい彼はそうしていたのだろう。数時間、数十時間、数日前、あるいはそれ以上。そう考えさせられるほどに彼は動かない。生きているのは確かだ。極々わずかとはいえ胸は呼吸により上下している。しかしだとしても、その光景はあまりにも人間離れしていた。

 

「……」

 

 微かに動いた。

 石像めいた彼がほんの僅か、闇に覆われているはずの両目で天を仰いで、

 

「……」

 

 何も言わない。口はわずかに開いた。舌も唇も言葉を発するように動きがあった。しかし声は生まれることなく、わずかに震えまた閉ざされる。

 まるで、一度口火切ってしまえば抑えようのないナニカが溢れだすかのように。

 それを抑えためなのか、それとも恐れているのかは定かではないにしろ、変わらずに彼は口を閉ざす。

 彼は自ら動くことはしない。少なくともあと数時間は。

 人ならぬ身の彼の想いが曝け出されるのは――さらに数時間を必要としていた。

 

「……」

 

 動きは欠片もなくとも、彼の体内に渦巻く神気は高まっていく。刀剣を研ぐように、無駄を全てそぎ落とすように。彼の感情以外、戦闘に必要な機能は今現在極限の域に達している。

 

 そう、全ては――

 

 

 

 

 

 

 広い部屋だ。優に十人以上は一度の集まって騒げるようなリビング。南に窓とそれにつながるベランダ。東には六人掛けのテーブルがあり、東と西にはそれぞれ液晶テレビとそれを鑑賞するためのソファがあった。敷かれたカーペットにはくつろげるようなクッションや折り畳み式の椅子が散乱していた。

 部屋自体は外装の白と同じ配色だ。見た感じでは大理石のようではあるが、それとも違う。専門家が見れば酷似した材質を言い当てるのだろうがここにはいない。

 いるのは、

 

「あん……ん、んぐ。あーうめぇ」

 

 ソファ横たわりスナック菓子の袋をいくつも開けて口の中に流し込む女。

 

「……」

 

 無言で、机に座って本を読む眼鏡の少女。

 

「……むむむ」

 

 それに斜め向かいで眉をひそめている三つ編みの少女。

 数か月前にIS学園を襲撃したオータムとクァルトゥムとクィントゥムたちだ。室内にはテレビの音とオータムの咀嚼音。それに明らかに不機嫌そうなクィントゥムが指で机をたたく音。

 

「……うるさい」

 

 ぼそりと、クァルトゥムが言う。声は小さく、しかしクィントゥムに負けず劣らずの険の色が含まれていた。そしてクァルトゥムもまた目を細め、

 

「うるさい? そっちが静かすぎるんでしょう? なんなの? 何をしているの私たちは」

 

「そりゃあお前、桃とセクストゥムが飯買いに行って帰ってくるの待ってるんだろうが」

 

「だから! どうして私たちは当然のようにのんきに夕ご飯なんか食べようとしてるって話よ。貴方たちね、解ってるかしら!? あと数時間で――」

 

「解ってるって」

 

 オータムはテレビから視線を外さずに応え、クァルトゥムは反応しない。その彼女たちの態度にまたもクィントゥムの不満は募る。もう何度も、何か月も前から似たようなことが繰り返されている。

 変わることの無い三人に変化が生まれたのは、

 

「ただいま……って、あれ? なんか険悪ですねぇ」

 

「ふん、そんなのいつものことでしょう」

 

 部屋に二人の少女が入って来た。

 薄桃色と藤色の髪の二人組。両手にコンビニ袋を手にしている。中にはジュースやコンビニ弁当、それにファーストフードで買ったハンバーガーなどだ。

 

「おーう、おかえり桃、セクストゥムー。ほら、早く飯寄越せっての」

 

「はいはい……スコールとプリームムはまだ帰っていないのかしら? あとルキは」

 

「我らが黒一点はまたどっかて鬱モードでスコールはそれ迎えに行ったよ。中いいねぇあのお二人さん。ま、どうでもいいんだけど。ルキならシャワーだ」

 

 桃と呼ばれた少女はオータムと同じくらいの身長だ。腰まである髪はクィントゥムと同じくらいだが、碌に手入れされていない彼女の髪とは違い毎日手入れされている。

 

「ほら、食べなさいよ」

 

 無愛想にクァルトゥムとクィントゥムのビニル袋を差し出したセクストゥムは桃春やオータムよりも頭一つ分小さい。セミロングの髪を揺らしながら、自らも椅子に座って食事を始める。

 言うまでもないだろうが――桃は篠ノ之束に、セクストゥムは織斑千冬に容姿が酷似している。

 桃は束が二十歳前くらいの頃、セクストゥムは千冬が高校生程度の頃だった容姿だ。それでもなぜか桃の肉体は束本人よりも胸が大きく、セクストゥムに至っては完全に絶壁だった。

 部屋に集まった五人はそれぞれが思い思いにビニル袋の中にあった食事を手に取って食べ始める。

 

「あ、オータムそっちのお菓子私にも頂戴」

 

「嫌だよこれは私のだ」

 

「ちょっと。もうちょっと行儀よく食べなさいよ」

 

「うるさいなぁ……」

 

「フン、私は気にならないわ」

 

 和気藹々といえるほどでもなければ剣呑というわけでもない。彼女たちは短くても数か月、長ければ数年単位で――またある意味では完全に元を同じにするというのに。なぜか絆が見られない。嫌い合っているわけではないだろう。相性の良し悪しはあれど彼女たちには元々そういう感情が存在しないのだから。

 だからどうしても。これから共に戦地に挑むというのも関わらず、たまたま一緒にいるだけというような違和感がぬぐえないのだ

 唐突に扉が開いた。

 

「我、帰還である!」

 

 皆の視線を集めたのは一人の少女。ルキだ。彼女は大きな音を立てて扉を開け閉めし、ズカズカと部屋に入ってくる。室内を見回して、

 

「む、桃にセクストゥム。帰って来たのか。使い御苦労」

 

「いや、別に貴方の為だけに買い出しに行ったわけじゃないのだけれど……」

 

「あとその超絶上から目線をやめなさい」

 

「無理」

 

 二人の言葉を聞き流しながら、ルキは残っていた弁当を引っ掴んでテレビの前に座り込んで食べ始める。

 

「おーい、見えないんだが」

 

「許せ」

 

 口で言うも、退く気配はなかった。それでも彼女はいつもこんな感じなんでオータムも気にせずに食事に戻る。だが、それでも一つだけオータムはルキへと、

 

「服着ろよお前」

 

「嫌だ」

 

 ルキは全裸だった。正確にいえば首にタオルと赤のパンツだけ。

 

「なぜ我が服を着なければならぬ! この肉体美を隠すなど世界の損失! 座の神が赦そうとも我は許さぬ! 故に、我は服などきない!」

 

「こいつ傲慢というかただのアホじゃねえか?」

 

「まったくこれだから芸術を理解しない者は……」

 

 やれやれ、と首を振っていたらクィントゥムに服を投げつけられた。

 

「なにをする!」

 

「なにをしているのかはこっちのセリフよこの露出狂!」

 

「露出狂ではないわ! 我はただ己の肉体を晒したいのだ!」

 

「それを露出狂って言うんだよ!」

 

 全員から突っ込みが入った。

 再び扉が開いた。

 

「いつまで騒いでるの貴女たち」

 

 呆れるように言葉を発しながら現れたのはスコールだ。彼女は六人を見渡して、

 

「さっさと食事を終えなさい。もうそろそろ出る時間よ」

 

「……早い」

 

「早くないわ。学園までの移動時間を考えなさい。……まさか、空飛んだりしていくつもりだったわけじゃないわよね?」

 

 全員から目を逸らされた。

 長くため息を吐いて、

 

「三十分いないに出るわよ。シャワー浴びるなり、食べきるなり、化粧なりちゃんとしておきなさい」

 

 言われ他の六人が立ち上がり自分の部屋へと退散していく。

 三十分後、建物の前の七人は集まっていた。

 いや、七人だけではなく。

 

「……」

 

 プリームムもいつの間にか姿を現していた。変わらず黒の着流しに黒い布で目を覆っている。八人が八人とも手ぶらだ。それぞれの大罪武装は概念空間に保管してあるが、

 

 もはやあんなものは必要ない。

 

 あれらは己の太極の切れ端を使いやすいように固定化したものでしかなく、使用は寧ろ弱体化だ。これまで誰も彼も、八人が八人とも己の太極を完全に開いたことはない。プリームムの悲嘆は暴風竜が開いたがあんなものは所詮切れ端のまがい物で彼女(・・)の直下の彼女たちとは完成度は比べ物にならないのだ。

 

「さて」

 

 スコールが口を開く。

 それをプリームムは興味なさげにしながら。

 それをルキは笑みを浮かべながら。

 それを桃は自分が言いたかったな思いながら。

 それをクァルトゥムは面倒臭そうしながら。

 それをクィントゥムは余計な時間を使うな憤りながら。

 それをセクストゥムは務めて無表情で聞きながら。

 それをオータムは変わらずスナック菓子を口に放り込みながら。

 聞く。

 それは戦意高揚の演説なんてものではない。そんなものが必要な次元ではないのだ。彼女たちにはそれしかない。それしか感じることができない。

 だからスコールが口を開いたのは彼女なりの洒落で、洒落にならないことを言う。

 

「――世界を壊しに行きましょう」

 

 

 




お待たせしました、最終章――開幕にございます


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第弐話

愛しき日常
穏やかな陽だまり
大切な刹那

いつかこの日を再び迎えるために――


 

 

 

 十二月二十四日のIS学園はほぼ無人だった。元々この学園は日本にあって、生徒の大半が日本人だとして実際はどの国にも所属しない。いうなれば一種の独立国家だ。生徒の三割程度は日本の外から訪れた少女たちで少なくない代表候補生が在籍している。だからこそ年中行事というものは日本をメインしながらも一部では他国、特に欧米や欧州の文化を取り入れている者が多い。 そういう雑多ないい所取りを日本風と言われればそれまでだが。

 ともあれクリスマスに関しては日本ではなく欧米寄りだ。

 日本では恋人たちのイベントだが、其方方面では家族同士のイベントという意味合いが強い。クリスマスに恋人同士で出かける人々へ小汚い顔面を歪ませながら嫉妬に燃える非リア充が怒りの日を迎えるのは日本だけなのだ。

 だから、クリスマス付近にはほとんどの生徒はそれぞれの実家に帰郷している。

 もちろんそれは三か月前の機竜襲撃事件によって帰省が強制性を帯びたのは言うまでもない。毎年であれば帰省しなかった生徒たちによってクリスマスパーティーが行われていた。

 残ったのは教師生徒含めてもたった十人程度だ。

 帰省が完了したのは二日目前のことで、一連の事情(・・・・・)により早くとも二十六日までは例外を除いて閉鎖されていた。

 人が残っている真昼の食堂の厨房で茶の髪をツインテールにした少女が忙しなく動き回り鍋を振るっていた。鍋の中には赤い餡と豆腐。他の鍋には野菜の炒め物や炒飯などが平行して作られていた。

 彼女から少し離れた所で同じく素早く動くのは鼻歌交じりの朱髪の女だ。鈴が振るっている鍋や並べられた食材は中華系が多いが、束は和洋折衷で一度に大人数が食べられるような物を作っている。カレーライスやシチュー、焼きそばといった家庭料理が目立っている。

 食堂では広いスペースの真ん中にいくつか机が並べられて、既に出来上がった料理が所狭しと並んでいる。

 一番目を引くのはウェディングケーキと見間違えんばかりの三段重ね巨大なデコレーションケーキ。それを着ぐるみを着た少女と白衣の少女が思い思いで飾りを付けをしていた。他にも金髪や黒髪の少女が周辺の飾りつけをしたりツリーを立てている。他にも料理を運ぶ少年ややたら分身した少女がそれぞれの仕事を手伝っていた。

 食堂に新しい人間が入って来た。黒髪の女性と銀髪と赤髪の少女だ。彼女たちがそれぞれ手にしていたのは大量のお菓子類。スナック菓子などの袋詰めだった。

 皆、彼女たちを待っていたのだろう。それぞれの仕事を仕上げて中央のテーブルに集まる。集まったのは八人の少女と一人の少年、二人の女。

 それぞれジュースや酒が注がれたコップを鳴らしながら叫ぶ。

 

「メリークリスマス!」

 

 

 

 

 

 

「しっかし、この広い学園で私たちだけでクリスマスパーティーっていうのも寂しい話ねぇ」

 

 自分が作った酢豚を口に放り込みながら言ったのは鈴だ。得意料理の味に満足しながら言うことはこの場以外全ての人間がいなくなった学園に対してだ。

 

「教師生徒は言うに及ばす用務員とか事務員までもでしょう? いやぁ頭が下がるわ」

 

 その言葉に応えたのはシーフードがふんだんに載せられたピザを切り分ける束だった。

 

「む、ふ、ふ、ふ。束さんに不可能はないんだよ? 帰省しにくい人にはそれぞれ行きたい所への旅行ツアーを用意して、独身の人には最近テレビで流行りのお見合い番組『ここで会ったが百の運命』の出場券を用意してあげたら喜んで旅立ったよ。……というか、私が行きたかったよ」

 

「あの吊り橋効果狙いのために移動のバスやら船やらジャックしてリアルダイハードさせて百回クリアしたら結婚完全バックアップするあれですか」

 

「そうそう百回繰り返せば吊り橋効果も本物ってね。ちーちゃんと一緒に出て無双するつもりだったのに……」

 

 その言葉に誰より早く反応したのは箒だった。姉の作った和風ハンバーグを挟んだ箸を落としながら、

 

「や、やはり姉さんはそっちの人だったのか。そ、そうか……」

 

「ちょ、箒ちゃん!? なんで大真面目に引いているのかな!? というかやはりって! 束さんのことそういう風に見てたの!?」

 

 全員が目を逸らした。

 こほん、と千冬が咳払いをして、

 

「まぁ、なんだ。束? 私はお前がどういう趣味嗜好であろうと私とお前は親友だ。そう、親友だ。……親友だぞ?」

 

「ちょ、普段言わないようなことをあからさまに協調しないで!? なんかショック受けている私もいるし!」

 

「ところで皆さん? 先ほど行ったプレゼント交換はどうなりましたか? 私にはかわいらしい着ぐるみが入っていましたが」

 

 セシリアが絶妙に話を逸らした。プレゼント交換。パーティーの初めに一人一人が用意したものをくじ引きで与え合った。その際には誰が誰に送ったのかは知らされていないままだった。

 セシリアが手にしたものは蒼い狸のぬいぐるみ。

 手を上げたのは本音だ。数種類の野菜が挟み込まれたサンドイッチを手にしながら、

 

「あ、それ私だよー。最近大人気にゆるキャラ『ピカえもん』。いろいろ引っかかってそうで危ないのがいいんだよねー。私の方はなんか万年筆だったけど、これは誰かなぁー?」

 

「あぁ、私だ」

 

 反応したのは千冬だ。ビール片手に端でイカのの塩辛をつまみながら苦笑する。

 

「誰に当たっても些か早いかと思ったが使ってくれ。そこそこ有名なブランドものだ。お前たちに白髪が生えるような年齢になっても使えることは保障しよう」

 

「わーありがとうございまぁーす」

  

 間延びした本音の声と同時に手が上がった。一リットルの牛乳瓶を傾けていたラウラだ。それを一息で飲み切った彼女は懐から小さな紙の束を取り出した。そこに書かれていたのは、

 

「お手伝い券。誰だこれは」

 

「あ、私だ」

 

 今時小学生でもやらないようなプレゼントを臆面もなく、寧ろ自慢げに胸を張っていた。

 

「十回分、私にできることならばなんでも力を貸そう。好きに言ってくれ。あ、それを使って回数増やすというのは無しな」

 

「するわけないだろう」

 

 本気か? と目線で問いかけるがそれでも箒は本気だった。寧ろなぜ受け入れられないか不思議そうで、

 

「ふむ。私は毎年姉さんにそれを送っていたのだが……要らなかっただろうか」

 

「あ、いや……う、うむ。ありがとう箒。是非使わせてもらおう」

 

 しゅんとした箒にラウラが冷や汗を流し言いよどみながら答えた。実にめずらしい光景である。少なくともここ数か月は目にしなかった様子だ。それと、篠ノ之家の教育はいつものことながらどうなっているのだろうか。

 いつも通りだなぁと簪は思った。

 

 

 

 

 

 

 十二月二十四日だ。

 三か月ほど前に訪れたモンド・グロッソで明確にされた決戦の日。それが今日だ。かねてより戦ってきた大罪の担い手たちと決着をつける日だ。三か月間、各々それに向けて修行を重ねてきたし、戦闘能力のない簪でも色々と仕込みを続けてきた。三か月前と今では随分と違っている自信がある。それも今日の為だ。今日を乗り越えるために。そう思っていたはずだ。

 なのに、

 

「というかシャルさん? これシャルさんですよね。この忍者系アニメにドラマセットは。なんですかこれ? フランスの?」

 

「そうそう。モンド・グロッソで見つけたゲルマン流忍術の使い手が主人公の『ゲルマンコンクエスト』だよ」

 

「うわ地雷臭すごいわね」

 

「あれはそんな内容だったのか……」

 

「なぁこの俺のスポーツ用品店の商品券誰だ?」

 

「あ、それ私です。その、当たった人と一緒に行こうかと思ったんですけど……あの、やっぱりお一人でどうぞ」

 

「え、そんな。ひどくね」

 

「察しなさい馬鹿」

 

 いくら何でもいつも通り過ぎないかなと思う。これが戦闘キチガイとの差か。自分のようなインテリ派には理解し難い。もっとこう、最終決戦前は厳かにお互いの夢を話し合ったり。最終奥義の秘伝書とか究極奥義専用の武装を用意したりするんじゃないだろうか。あとヒロインと明日は最後だから云々と理由つけてエロいことしたり。いや自分は相手がいないけれど。

 そこらへん一夏と鈴はどうなのだろう。ここにいるリア充は彼らだけだし。

 

「ねぇねぇ。一夏、鈴」

 

「なんだ?」

 

「なに?」

 

「やっぱ昨日は最終決戦だからってことでやることやったの?」

 

「教・育・的・指・導!」

 

「うぼぉぁ……!」

 

「あ、かんちゃんがいつも通りにいつも通り女の子として在りえない声を出してるー」

 

 解せぬ。自分もいつも通りだったとは。いや、私はこのような脳筋とは一緒にされたくない。私の灰色の脳細胞は余分な筋肉はないのだ。しかし今の千冬の一撃でどれだけ脳細胞が死んだのだろうか。勿体ない。

 

「そ、それで……どうなったの?」

 

「懲りないねー」

 

 シャルに笑われたが気にしない。

 

「え? 聞いちゃうー? どうしよっかなぁ。えっとねー。うふふ、そうねー?」

 

「あ、やっぱいいです」

 

「えー」

 

「というか教師の前でそういう話はやめろ」

 

 自分で振っておいてなんだが実にムカついた。これだからリア充は。私のような誇りある引きこもりを見習ってほしい。

 

「はぁ……」

 

 ため息をつく間にもプレゼントの披露は続いていた。

 セシリアの香水セットは千冬に。微妙に引きつった顔をしていたのは、やはり婚期とか女らしさとか気にしているのだろうか。一夏の小太刀は鈴へ。しかし刃物は使わないので包丁になった。シャルがもらったのはラウラのドイツ式パンツァーファウストだった。あのドイツ厨は今更ながら頭おかしい。箒は鈴から髪飾りを貰っていた。黒のフリル付のリボンでつけてみたら随分似合っていた。普段飾り気のない箒だから猶更だろう。

 ちなみに簪が手にしたのはウサ耳のカチューシャ。束からのものだ。コスプレに使おう。

 それらの光景を見て、いつも通りだなぁと改めて思う。

 明日なのに。

 頭おかしいなぁ思う。

 まぁ自分もいつも通りで、こういうのが私たちらしいなと思うだけ自分も大概なのだろうけど。まぁ、変に強張るよりいいんじゃないかなと思う。こういうものだ。自分たちの中でまともな精神しているのは居ないし、まともだと思っているようなのもいないだろう。入学したときからはや八か月。それが解り合えるだけの絆は生まれている。

 絆。

 変な話だ。 

 自分たちのような変人狂人がこうやって笑い合っているなんて。それぞれが世界の版図をひっくり返してもおかしくないくらいには狂っているし、実際千冬と束は世界を変えている。そんな連中がこうやってのんきにクリスマスパーティーとは奇妙な話だ。

 奇妙で。

 悪くない話だ。

 

「……ねぇこの薄い本十冊って」

 

「あ、私ですよ」

 

「教・育・的・指・導・その2……!」

 

 

 

 

 

 

「それにしても。やっぱこの広い学園に俺たちだけっていうのは寂しいなぁ」

 

 BL本をプレゼントにして千冬に拳骨を喰らって悶える簪を見ながら一夏は言う。それほど大きな呟きではなかったが全員の耳に届いたらしく視線が自分に集まった。だから肩を竦めながら一夏は言葉を続けて、

 

「やっぱもっと人欲しいよな。全校生徒帰ってきてくれとは言わないけどさ。さすがに十人じゃあ広すぎる」

 

「そうですねぇ。お兄も来たがってましたし」

 

「そうそう、弾とかも呼んでさ。クラスメイトとかあとは簪のねーちゃんとかも」

 

 痛みに呻いていた簪が脳天を抑えながら頭を上げる。

 

「お姉ちゃんもクリスマスパーティーやるって言ってたら来たがってたなぁ」

 

「うちのおねーちゃんもおなじだねぇー」

 

 本音もそれに続いて、

 

「チェルシーも呼びたいですわ。それに私の妹も」

 

「ふむ。クラリッサに我が部隊(ハーゼ)の連中もできるのなら連れてきたいな」

 

「清香たちもできれば一緒が良かったなぁ」

 

「僕はそうだなぁ。パパとママと義理ママでも呼ぼうかな?」

 

「あーそうねぇ、私はティナでも呼ぼうかしら」

 

 セシリアもラウラも箒もシャルも鈴もそれぞれ思い思いの名を上げていく。自分の友達や仲間や家族の名前だ。それぞれがそれぞれに大事にしている人たち。

 

「うんうん。みんな仲良しで良き哉良き哉」

 

「ま、私も真耶くらいは呼びたかったがな」

 

 そうできなかった理由がある。それがあるから自分たちはこの広い学園でこれだけの人員でパーティーだったのだ。こういうのが悪いとは言わないけれど、それでも騒ぐのは大人数でやった方が楽しい。

 

「んじゃあそうだな。来年も、もう一回やろうぜ。俺たちだけじゃなくて、みんな一緒にさ」

 

「なによ偶にはいいこというじゃない」

 

「いいだろ別に。反対か?」

 

「そんなわけないでしょ」

 

「まぁ悪くない」

 

「構いませんわ」

 

「いいねいいね」

 

「構わん」

 

「まぁ……もう一回くらいならね」

 

「全然おーけーだよ」

 

「もちろん大丈夫です!」

 

「年に一度くらいなら無礼講も赦そう」

 

「あはは、ちゃんと束さんも呼んでよね? 呼ばれなくても来るけど!」

 

 誰もかれも。

 鈴は口端を歪めながら。

 箒は目を伏せながらしかし頷いて。

 セシリアは穏やかに微笑み。

 シャルはニコニコと笑みを浮かべて。

 ラウラは無表情だが否定はせず。

 簪は渋々、しかし内心は来年に心を馳せながら。

 本音は間延びした答えで。

 千冬は苦笑気味に。

 束は天真爛漫に笑って。

 手には飲み物を手にして。

 

「それじゃあもう一度皆でパーティーすること願って――乾杯!」

 

『乾杯!』

 

 

 




というわけで短くも日常編終わり。

次回からはついに最終決戦です


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第参話

推奨BGM:陰陽歪曲
※より神威曼陀羅

知った。
知ってしまった。
そして始まった。


 十二月二十四日午後八時四十五分。

 八大竜王たちは閉鎖されたはずのIS学園にいた。数は八。今朝の段階から本土をつなぐモノレールは停止されており、船やヘリに関しての交通手段も学園周辺は完全にストップしている。警備員もおらず完全に周囲は無人でだが、束や簪によって電子的なロックや超硬度の物理的障壁もあった。

 それにも関わらず彼女たちはIS学園に上陸していた。

 数時間前に奥多摩の拠点を出発してから様子は全く変わっていない。足並みをそろえるわけでもなく、しかし彼女らは同じところを目指していた。

 

 

 午後八時四十六分。

 箒は校舎からほど近い雑木林の中で静かに瞑想していた。瞑想といっても数多くある木にもたれて目を閉じているだけだ。大太刀を抱えながら昼過ぎのパーティーからずっとそうしていた。いや、どころかこの数か月間そういう瞑想に最も時間を掛けていただろう。

 

 それでも苦笑交じりに、ふと彼女は言った。ISを用いたり、通信器具を使ったわけでもない単なる呟きだった。名指しした束にも届いていないだろう。それでも、言う。

 

「頼むから、怒らないでくれよ?」

 

 

 午後八時四十七分。

 セシリアは自室でぼんやりと自分の手を眺めていた。普段の淑女染みた楚々として雰囲気ではなく、一人きりであるが故の只の少女の様子で。自分の手を、自分に秘められていた力を見る。

 見て、そして、

 

「ほんと、最近はらしくないことばかりですわ」

 

 

 午後八時四十八分。

 シャルロットは分身を駆使して昼の間に使われていた食堂の掃除をしていた。全員で掃除をしなかったわけではないが、それでも広い食堂なので限界はある。そこを十五人に分身したシャルロットは掃除をしていたのだ。

 特に理由はない。強いていえばきっと明日も使うことになるだろうし、

 

「日頃の感謝を込めてってね。ついでに心の掃除もかねてたり」

 

 

 午後八時四十九分。

 ラウラは自室で日記を付けていた。日記といってもレポート用紙に出来事を記入していくというもの。日記というよりは記録でしかないものだった。数年前から続けている彼女の日課というか軍人らしくあるために自ら課していることだった。一通り今日のことを機械的に記して、最後にこう付け足した。

 

「悪くはなかった、うむ。またやりたい」

 

 

 午後八時五十分。

 簪は自分の研究室で濡れた髪を拭いていた。普段から研究三昧で碌に風呂にも入っていなかった彼女だが今日のパーティーの前には一度シャワーを浴びたし、なんとなくもう一度入っていた。別に風呂嫌いというわけでもなかった。ただ研究の時間が減るのが嫌だっただけ。女捨てて科学者やってるからわけで、

 

「だから女子力低くて仕方ない。仕方ないんだよ。誇り高きボッチには気にしなくてもいいんだよっ」

 

 

 午後八時五十一分。

 本音はぬいぐるみに囲まれた部屋で簪がまた頭悪いこと言った気がした。自分の主であるはずの彼女がどうしてああなってしまったのかは謎だ。まぁそれは人の事言えた義理ではない。変わったことがあって変わらないことがある。

 

「ぬいぐるみはいつでもどこでもかわいいよねー」

 

 

 午後八時五十二分。

 蘭はグラウンドを走っていた。思うことはとくにない。走るのが好きなのだ。体が風を切るのが好きなのだ。流れる汗や火照った体が心地いいと思う。ランナーズハイというやつだろうが、蘭にはよくあることだ。大体自分が力を使っているときはそういう感じであるが、

 

「こうやってただ走るのもいいなぁ」

 

 

 午後八時五十三分。

 鈴は教室で一夏と向かい合っていた。明かりは月しかない。パーティーの後に彼から呼び出されたのだ。自覚しているが、頬は熱い。この朴念仁が自分からこういうこと(・・・・・・)を誘うのは稀なことだ。斬ることがすなわち愛である彼は斬ること(あいすること)には積極的だが、普通の男女の付き合いに関しては鈍感過ぎる。ここ数か月ではそれなりに一般的な恋人の行為を行ってきたがそれも鈴が主導だった。一夏メインというのはまずない。

 だから恋する乙女として彼の言葉を聞く。

 鈴、と呼ばれ、聞いたのは、

 

「この戦いが終わったら、結婚しようぜ」

 

 

 午後八時五十四分。

 一夏は鈴に殴り飛ばれて教室に人間大の穴を開けた。一夏なりに男として鈴のことを想って、決戦前の緊張を和らげようと思ったのだが。いや、要らない心配だというのは重々承知していたけれど。だからあくまで冗談のつもりだった。これくらい言い合う仲ではあると思っていたのだが。

 殴り飛ばされ、転がっていた一夏は聞いた。

 

「私とアンタが結婚するなんて確定事項でしょうが! 今更言うんじゃないわよ!」

 

 

 午後八時五十五分。

 千冬は校舎内で行われていた弟と妹分の痴話喧嘩に嘆息した。頭の悪い二人は変わったといえば変わったのかもしれないけれど、根っこの部分では変わらないままだ。まだまだ子供だ。もうちょっと大人になってくれないものかなと思う。そうして大人らしくなった彼らを想像して、

 

「しょうじきないな」

 

 

 午後八時五十六分。

 束は困っていた。雑木林で自分へと言葉を向けられた箒の言葉にだ。怒らないでくれ。その言葉は先に言われたら実に困る。箒自身悪いと思っているだろうが、それでも箒はそれを選択した。それを束は怒りたいと思うし、後押ししたいとも思う。姉という立場はどうにも面倒で、同時にままならない。だから彼女に、そして彼女たちに言うべきことは、

 

「頑張れ、頑張れ」

 

 

 午後八時五十七分。

 彼女は嗤っていた。

 

「――」

 

 

 午後八時五十八分。

 彼女たちは武器を取った。

 彼女たちも武器を取った。

 誰かが言った。

 

「さぁ――行こうか」

 

 

 午後八時五十九分。

 彼女らは答えた。

 

「――Tes(テスタメント).」

 

「――Jud(ジャッジメント).」

 

 

 午後九時ジャスト。

 最後の戦いが始まった。

 それぞれの歪みが、神威が解放される。

 

         『――思は万葉三に歌思辞思為師と云る思にて、思慮なり』

 

 

 

 

 

 

『金は兼にて、数人の思慮る悟りを一の心に兼持てる意なり

 

 八意の深き悟りの謀りを 万の神と共にはからん

 

 そも舞出す我を如何なる神と悟るらん。八意深き思兼命とはそも我ことなり

 

 万民嘆き悲しむに、この所において、我思兼命は重い思慮の神にましませば、我が意に任せ日の神の御出現を祈れと、かくのり給うか

 

 晴・曇・雨・風・雷・霜・雪・霧

  

 紀州こそ妻を身際に琴の音の床に我君を待つぞ恋しき

 

 鈿女命は御神楽を奏しまつりしほどに、御両神は岩戸近くまで進み、天津祝詞の太祝詞を奏し給え』

 

 最も早くその神威を解き放ったのは――更識簪だった。

 その刹那、詠唱と共に彼女は学園の屋上、学園島のほぼ中心に移動していた。そして朗々と祝詞は謳われる。

 それは新生の産声だった。

 それまでただの魔人であった彼女がその響きと同時にその在り方を変えていく。人間でも超人でも魔人でもなく――神格の高みへと更識簪は駆け昇っていく。

 願ったのは知識だった。知りたいと願った。学びたいと思った。森羅万象悉くの英知を自らのものとしたかった。単なる知識欲。最終地点などなく、先など見えない永遠の旅路。自らを狂気の科学者だと名乗る彼女はその狂気をためらうことなく完全の物としていく。

 

『――太・極―― 

             

 神咒神威 阿智八意思兼命』

 

 そうして生まれたのは智神だった。

 知識。叡智。知恵。賢慮。才気。

 今この瞬間より、彼女を上回る智の神は同種格上の『愛の狂兎』以外を除けば最早存在しない。求道神というくくりに於いては上はいないのだ。戦闘力は武神ではないが故に持ちえないが、それでもその強度は極めて高い。求道の神。内向きにその渇望を永遠に流れだし続ける単細胞構造的生物。平均的な質に置いては覇道神を上回る個の極地。完結し、完了し、もうこれ以上変わることの無い絶対的存在。

 

「―――」

 

 誰よりも早く仲間内ではその境地へと至っていた。

 

 ――それが必要だったからだ。

 

 今至った簪は言うまでもなく、八大竜王たちも神格であり、一夏たちもまたそれに近い領域にいる。それだけの強度の存在が戦えば学園島など言うまでもなく日本列島も大陸でさえも容易く吹き飛ぶ。神格である以上はそれが最低だ。 

 神格とは即ち一つの宇宙なのだから。

 そんな存在同士が戦い合えばこの島は消える。それは誰もが認められなかった。

 この学園は簪たちにとってはかけがえのない日常だ。暖かな陽だまりであり、大切な刹那。間違いなく彼女たちの居場所なのだ。大切な友達がいる、教師がいる、仲間がいる、家族がいる、愛しい人がいる。彼らがいるからこそ簪たちは戦えるのだ。

 だから護るのだ。

 

「概念壁基盤――展開」

 

 言葉の瞬間に学園島が簪を中心として八等分される。東西南北北東南東北西南西に八分割。薄緑色の七本のラインがはしり、

 

「枢要徳:信仰、希望、慈愛、賢明、正義、勇気、節制の七徳を概念核とし――概念壁起動!」

 

 同色の光の壁が学園を八つに分ける。それは言葉通りに七つの枢要徳にて形成された概念障壁だ。簪は蘭から聞いていた。八大竜王たちには自ら内包する罪の分だけ自己を強化されるという概念を持つと。弱体化した相手に勝って嬉しいということではないが、それでも無駄に強化させる理由はない。だからこそ、相反する概念条文『・――罪は力を失う』というものでその強化を無に帰している。

 その上で、

 

「さぁ皆。戦いの場を与えよう。勝って、帰ってきて。私の戦友たち」

 

 簪は戦友たちと八大竜王をそれぞれ八分割した領域に強制転移させる。そこは既に現実空間から切り離され、例え焦土にしても現実世界に影響はない。そこでならだれもが己の全力を、躊躇いなく振るうことができるだろう。戦闘力を持たず、戦うことができない彼女ができるのはここまでだ。自分が場を用意して一夏たちが戦う。ここから先は彼らの領域だから。

 もう自分にできることは祈るくらいしかない。

 

「あぁ――」

 

 そしてそれ以上に。

 神格に至り、簪は智神であるが故に太極座の在り方を理解した。理解してしまった。

 今この世界の在り方を、この世界がどれだけ危ういかということを。いや、危ういというよりも悲しいのだ。

 織斑千冬が、篠ノ之束が。なぜ自分たちをここまで(・・・・)導いてきたのか解る。知ってしまった。あぁなるほど。そういうことか、と。簪は想い、涙する。

 

「皆勝って――そして終わらせて」

 

 言う。簪にはそれしかできない。いつだったか、束が科学者が一番エグイと言っていたことを今さながらに認識した。なるほどこれはエグイ。自分の在り方には誇りを持っているし、後悔はない。今かくある自分に疑問を持つ次元にもう彼女はいないのだから。それでも感情は別だった。歯がゆい。信じているし、彼らならばと心の底から思える。

 それでも尚、見ているだけというのは心が痛む。

 終わらせてほしい。お願いだから。

 この悲しい戦いに、終止符を打ってほしい。

 そう願い――戦いは続いていく。

 

 

 

 

 

 

 北区では織斑一夏とプリームムが。 

 北東区では篠ノ之箒と桃が。

 東区ではセシリア・オルコットとオータムが。

 南東区では凰鈴音とスコールが。

 南区ではシャルロット・デュノアとセクストゥムが。

 南西区ではラウラ・ボーデヴィッヒとクァルトゥムが。

 西区では布仏本音とクィントゥムが。

 北西区では五反田蘭とルキが。

 己が打倒すべき相対者を得る。

 八人と八柱は相対しあう。

 

 そして――その時彼女は泣いていた。

 

 

 




太極はそのうち奥伝でまとめます。
Twitterとかで簡易説明してたり


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第肆話

推奨BGM:力を見つけて(ホニメⅡ)

嫌気と虚栄。
その涙を止めるのは?


 

「久しいな、とでも言うべきか?」

 

「……別に」

 

 南西区にあるグラウンドの一つにて、ラウラ・ボーデヴィッヒとクァルトゥムは向かい合っていた。IS学園は言うまでもなく広大でグラウンドはいくつか存在する。ソレらの中でも特に広い、縦横三百メートルほどのグラウンドに二人はいた。ラウラは普段通りの軍服。クァルトゥムは黒の装甲服。モンド・グロッソでラウラが見た物と色違いではあるが意匠は酷似している。

 

「ふむ。その装甲服、なにかあるのか?」

 

「別に、知らないよ。興味もない」

 

 ラウラが語り掛けるも取り付く島もない。興味なさそうに、実際興味の欠片もなく、ラウラを視界に入れることすら億劫そうに相対している。肉体年齢的に見れば十歳前後の幼い少女がそれだけにアンニュイな様子はいかにも不自然だ。それでもこの少女はそうであるのが当然のように感じさせる何かがあった。それはラウラですら感じる。彼女が敬愛する織斑千冬と容姿が酷似した少女であるにも関わらず、あの鋭利な雰囲気とは正反対の鈍のような気配であるというよに。

 ふむ、とラウラは一つ頷く。

 おかしいと思う。何かしらの絡繰りがあるのは間違いなく、それを気づかなければならないだろう。

 それでも、

 

「あぁそうだな。今更語るような間柄でもないか」

 

 こうして戦場で相対し、殺意と戦意を交わしているのだ。細かい事情などはこの期に及んで論外だ。元々ラウラ自身意思疎通というのは得意ではない。

 戦うことこそがラウラ・ボーデヴィッヒの本懐だ。

 

「ドイツ軍IS部隊『シュバルツェア・ハーゼ』隊長及びIS学園一年一組、ラウラ・ボーデヴィッヒ」

 

「……?」

 

「名乗れ小娘。戦の作法も知らんのか」

 

「……八大竜王嫌気(アーケディア)クァルトゥム」

 

 ――交わされた名乗りが開戦の合図だった。

 

 

 

 

 

 

 南西区でラウラとクァルトゥムが名乗り合いをするのとほぼ同時。

 南区、シャルロット・デュノアとセクストゥムが転送された領域だ。学園の寮の屋上の二人は同時に転送され、

 現れたセクストゥムに数十本の苦無の刃が叩き込まれた。

 

「――」

 

 針鼠のようにセクストゥムの全身を覆う黒塗りの暗殺用の刃。灰を使って焼き入れを施し、さらには墨で塗ったことで光に反射することのない戦うためではない殺すための武器。さらにはシャルロットの異能である気配操作によって周囲の空間に紛れ込ませ、事前に察知することを赦さない暗殺行為だった。

 しかし、

 

「こっすいわねぇ」

 

 セクストゥムは無傷だった。数十本の刃は余すことなくセクストゥムの装甲服や露出した体に命中している。しかしそれでも傷は無い。当たってはいるが、刺さってはいない。殺すためだけに研ぎ澄まされたシャルロットの攻撃が殺すことができなかった。

 

「あっちゃぁ」

 

 バラバラと音を立てて苦無が屋上の床へ落ちていく。同時にセクストゥムの正面にシャルロットの姿が現れる。袖無しの緑の忍装束に口元から全身を覆う外套。見るからに軽装で今の攻撃を放ったのならばこれ以上の武装がある風にも見えない。それでもシャルは気にした様子もなく苦笑する。

 

「無傷っていうのは傷つくなぁ」

 

「はっ、そんなせこい攻撃が通じると思ってるの?」

 

「そりゃあ僕は戦士でも剣士でも軍人でも侍でもなく、忍者だ。暗殺者だから。真っ向方戦う人種じゃあないんだよ」

 

 それでも困ったなぁとシャルロットは思った。今の強襲はシャルロットなりに本気の全力の攻撃だった。それでも相手は無傷だった。倒し切れるとは思っていなかったが、それでもいくらかの手傷を負わせるつもりだった。それがダメージゼロ。言った通りに彼女は暗殺者なので真っ向から勝負することは不得手だ。

 

「でも、まぁ。頑張んないとなぁ」

 

 ここに来る前に簪の声が聞こえたのだ。

 勝ってと。

 帰ってきてと。

 終わらせてくれと。

 たぶん今の自分たちにはその言葉の真意を解っていない。一足先に太極という領域に足を踏み入れた簪が知ったことをまだ知らない。けれど、簪の言ったことだ。彼女が自分たちに伝えてくれたことだ。

 

「応えないとね」

 

 シャルロットが両手を広げる。それで目に見える変化は無かった。ただヒュンヒュン(・・・・・・)tという風斬り音が周囲に響く。

 

「んじゃあまぁ、あんま得意じゃないけどね。真っ向勝負やってみようじゃないか。えっとなんだっけ? こういう時は名乗りってラウラが何時だったか言ってたなぁ」

 

 一つ頷いて、

 

「IS学園一年一組シャルロット・デュノアだよ」

 

「八大竜王虚栄(ケドノシア)、セクストゥムよ」

 

 

 

 

 

 

「Panzer」

 

 静かに呟くラウラの背後にパンツァーファウスが並んだ。黒赤黄にカラーリングされたソレだ。かつては彼女自身が火薬を弄り、通常の数倍の火力を保有していた。そして今は、

 

「――腐滅しろ」

 

 無価値の炎が宿されている。学園祭においては加減ができず、広範囲にまき散らすだけしかできなかったが今は違う。この数か月の修練にて細かい操作が可能だ。その一端として本来の火薬の代わりに腐滅の黒炎が込められている。

 

「Feuer」

 

 腐敗が火を噴く。反天使(ダストエンジェル)としての能力であるが為にそれは例え格上だろうと、神格だろうと倒せるだけの神殺しの異能だ。故にそれはクァルトゥムにも明確な損傷を与えられる。 

 当然ながら当たればの話だ。

 

「……うざいなぁ」

 

 クァルトゥムを中心にして黒紫の靄が発生した。

 

 それが弾頭や無価値の炎を完全に遮断した。

 

 かつて学園祭でラウラ自身も受けたそれは、

 

「嫌気か……!」

 

「Jud.そういうことだ。操るのに大罪武装なんて面倒臭いものは要らない。物好きに使っているのもいるけど……僕には必要ないね」

 

 クァルトゥムの周囲に展開された嫌気の靄は無制限に発生し黒炎を防ぐが、クァルトゥム自身に動きはない。だらりと手を下げているだけだ。

 

「戦うのも面倒か?」

 

「あぁそうだよ。面倒臭い。嫌で嫌でしょうがないね」

 

「ガキが、ならば家に帰って布団でも被っていろ」

 

「生憎そうしたいけどできないんだよ。……それに、別に体を動かさなくても十分だ」

 

 クァルトゥムは動かない。軽く一睨みしただけだ。だが、それだけの動作で、

 

「く……っ!」

 

 ラウラの左目と胸に靄が発生し纏わりついていた。“嫌気の怠惰”の超過駆動によって受けた嫌気の箇所と全く同じだ。しかしその拘束の度合いは数十か、数百倍。ただ動きを止めるだけではなく締め付けるような不動縛。常人ならば一瞬で砕かれる強力な戒めだ。

 

「言ったでしょう? 必要ないって。睨むだけで、あとは本人から勝手に嫌気が生まれてくる。まぁ、その……貧乳気にしてたんだ?」

 

「否! 私はただ教官のようになりたかっただけで貧乳そのものを気にしてなどいない!」

 

「それを気にしてるっていうんだよ」

 

 やかましい。

 思いは一瞬であり、行動もまた刹那だった。

 

「冥府の魔犬よ――!」

 

 ラウラの背後から三叉の鎖が召喚される。それには頂点に獣を模した意匠が施されていた。彼女のIS『シュバルツェア・レーゲン』が己の主に応えるために最適化した武装だ。それは言うまでもなく咢に黒炎を宿し左目と胸の嫌気や喰らう。その上で、

 

「アクセス――ディス・パテル。富める者よ、汝の鎌を此処に」

 

 手刀を振るう。物理的な腕の長さで絶対に当たらないはずの行動は、当然尋常ならざる行為だ。振られた手刀は十五閃。その軌跡の通りに無価値の炎は斬撃となって飛ぶ。滅多打ちされた黒刃の波動はグラウンドの大地を腐らせながら、音の壁をぶち抜いて発生した水蒸気爆発すらも腐滅させクァルトゥムに。

 嫌気の靄と激突する。だが、数瞬拮抗するも嫌気に絡めとられて無価値の炎が消えていく。

 

「だから効かないって」

 

「だろうな――顕現せよガァプ、ナベリウス」

 

 クァルトゥムの小さな驚きは真上から発生した。黒刃を消去したのを目くらましとして同時にラウラはクァルトゥムの頭上へと跳躍、否転移していた。

 さらに中空にて三叉の魔犬が咢に黒炎を蓄える。左頬の刺青が黒く輝きそこから溢れる黒炎が魔犬たちの砲火となっていく。大きさにすれば野球ボール大ほどでしかないそれは、大きさは変わらずに密度だけを加速度的に増していく。

 放たれた。

 

「……ちっ」

 

 舌打ちはクァルトゥムのもの。頭上から落下してくる三つの炎球を一瞥し、選んだの回避だった。軽く膝を沈め跳躍する。人間離れした膂力で行われたそれは一足飛びでグラウンドの中心部から端まで百メートルばかりを一瞬で移動し、

 

 大地が爆散する。

 

 グラウンドの全域が一瞬で蒸発し腐滅し、腐りきっただけの焦土へと変生する。常人が嗅げば一瞬で錯乱しかねない協力な腐臭が南西区画に充満する。そして腐臭だけではなく大量の瘴気。これも常人が触れれば魂が蹂躙されかねない。

 それでも今更言うまでもなく、ここに只の人間はない。

 腐滅した大地の中央にラウラは立つ。周囲に蔓延る腐臭も瘴気も、未だに残った黒炎も全て構わない。

 

「はっ! 避けたなガキが。なにもかも面倒じゃなかったのか! 避けるのも面倒と言って受けんかアマチュアが!」

 

 嘲りを載せた哄笑を受けたクァルトゥムはしかし揺らがなかった。凄惨な笑みを浮かべるラウラへと気だるげな瞳を僅か細ませて吐き捨てる。

 

「この戦闘狂(ウォーモンガー)が」

 

「あぁそうだ。――私は戦争が大好きだよ」

 

 

 

 

 

 

 シャルロットの五指の駆動。関節部を複雑怪奇に蠢き、

 

 寮が丸ごと細切れに裁断された。

 

「う、お、ちょお!?」

 

 足場が崩れ、セクストゥムが跳躍しようとしたが叶わなかった。全身が動かない。指の一本すら。まるでなにかに絡めとられたように。

 なにこれやば、とセクストゥムは思った。思い、全身に力を入れてその何かを引きちぎる。引きちぎるが、それでも風斬り音と共にまた体に纏わりつく何かは増殖しセクストゥムの自由を奪う。

 

「この……!」

 

 膂力で言えばセクストゥムのそれは八大竜王の中では最下位だ。単純に産み落とされたのが最後発ということもあるし、設計的(・・・)にそういう風に作られていない。また拘束を抜け出すだけの精密な技術を持ち得ているわけでもなかった。

 だから、彼女はシャルロットの業に抗うことはできず、

 

「そいやっ」

 

 シャルロットが間の抜けた声と共に腕を振り、それに伴うようにセクストゥムもぶっ飛ぶ。引きずられるように瓦解した寮へと落とされる。

 

「デュノア流忍法地獄巡り!」

 

「なんか違うでしょそれぇ!」

 

 セクストゥムからも突っ込まれたが慣れた物なので構わずにシャルロットはセクストゥムを振り回す。ジェットコースターとミキサーの気分を同時に教えられる。それで傷がつくことはないが、不快は不快だ。数十回にもおよび、何度も地面や瓦礫に叩き付けられて、

 

「こ、こんな、の……全然っ、あいたっ……なんてこと! ないんだからあいたぁー!」

 

「やだなぁ、嘘言わなくてもいいよ?」

 

 拘束が解かれた。解かれたが頭に血が上り、目が回っていたのですぐには反応できなかった。 必然的に慣性の法則によって大地を抉りながら滑っていく。傷ができたわけではないし、装甲服に汚れが付いただけだ。口の中に入った土を吐きだしながら見たものは、

 

「デュノア流忍術風穴大噴火」

 

 派手にカラーリングされたパンツァーファウストとRPG7を両肩で構えたシャルロットだ。

 

「……それ忍者的にどうなのよ」

 

「デュノア流的には問題ない」

 

 引き金が引かれた。二つの弾頭が火を噴く。単なる火薬ではなく簪が改造した崇徳概念により祝福儀礼が施されている。罪があれば罪があるだけダメージが増えていくのだ。それを見たセクストゥムの動きは迅速だった。

 自己の概念格納庫から武装を取り出して引き金を引く。シャルロットの砲撃を上回る轟音が響き爆炎と爆風をぶち抜く。

 

「とおっ!?」

 

 驚いたように飛びずさったシャルロットの声を聴きながら爆炎の中でソレを構え直す。

 

「かっこいいでしょう?」

 

「……それは流石に僕でも中々使わないなぁ」

 

 セクストゥムが手にしていたのはパイルバンカーだった。両腕で抱えるほどの大きさで、白亜の機殻(カウリング)とビーズなどでデコレーションされている。明らかに実用性皆無で、ただの装飾目的のそれを見て、

 

「見栄っ張りだね」

 

「解ったような口を聞くのはやめてもらってもいいかしら? 吐き気がするわ」

 

 パイルバンカーの引き金を引く。通常のそれは杭に留め具が付いているが、セクストゥムのそれにはなかった。それはつまり一種の大砲と同じだ。そして杭そのものがセクストゥムの罪によって形成されている。

 即ち、

 

「アンタには防げないよわね?」

 

「っ……!」

 

 音速の数十倍で射出中の杭に苦無を放ち、砲火を放つが止まらない。物理法則を無視するようなそれは、

 

虚栄(ケドノシア)……!」

 

「Jud.! 私が虚栄を抱き続ける限り、私は自らを損なわない! そして私は虚栄の八大竜王! 私の中からそれが消えることなど在りえない!」

 

 連続して放たれる杭はシャルロットにとっては脅威だ。セクストゥムが八大竜王の中で膂力に劣るように、シャルロットもまた仲間内では耐久力はかなり低い。あれが一発当たれば致命傷だ。

 

「これはまいったなぁ」

 

 言いながら、シャルロットは回避に専念する。極限まで気配を薄め、周囲を飛び跳ね迫る杭を回避する。それでも地面や遠く概念壁に激突した際にまき散らされる破片が細かい傷を作っていく。虚栄の加護は杭だけではなく彼女自身にもかかっているだろう。

 つまり現状、シャルロットではセクストゥムに傷を付けられない。

 

「くっ……!」

 

 

 

 

 

「……戦争が好き、か。バカみたいだ。どうでもいい。どうでもいいどうでもいいどうでもいいどうでもいいどうでもいい嫌だ嫌だ嫌だ――」

 

 自身へと降り注ぐ腐滅の炎に対して、クァルトゥムは変わらず思う。どれだけ放たれたのか。どれだけ喰らったのか。気だるげにただ視線にて対処するクァルトゥムに解らない。解りやすく放たれる腐炎に交じり、こちらの認識外からも攻撃は来る。それは嫌気の靄を増やせば問題。

 問題ないが面倒だ。 

 ならばどうすればいい。

 この面倒事を終わらせるにはどうすればいい。

 あぁ――そんなのは至極簡単だ。

 

「死ね」

 

 言葉と共にクァルトゥムは自身の神威を完全に解放した。

 

「――!」

 

 ラウラの驚愕など知らない。構う気もない。どうせこれから殺すのから。それすらも正直に言えば面倒だし、嫌だけれど彼女を殺せば守護の一角は削れるのだ。ならば、ココで消せば面倒は減る。 だからこそ、

 

『――太・極――』

 

「――ベリアル!」

 

 特大の黒炎が放たれた。分割された八分の一の大地どころか島全体を腐滅させるだけの規模を持つ炎。それが刹那にてクァルトゥムに放たれ、

 

随神相(カムナガラ)――神咒神威・嫌気の怠惰』

 

 嫌気の神威が全て消し去った。

 そして同時にクァルトゥムの背後に生じる巨大な影。山ひとつ分はあるであろうそれは大罪の具現。嫌気を担う巨大な竜。かつての林間学校で見たのと同規模の、しかし感じられる神威は桁違い。

 

「これは……!」

 

 そしてラウラを驚愕させたのはかつて見たヴィジョンに出てきた大機竜がそのまま巨大化したようなものだったから。あの時みた高潔さすら感じさせる意志はどこにもなく、クァルトゥムの大罪に塗れたなれの果て。

 八大竜王。

 嫌気の大罪。

 流れる血涙は尽きぬ感情。

 それこそがこの竜の全て。

 

「■■■ーーーー!!」

 

 竜が吠える。

 世界を揺るがさんばかりの大轟音は概念壁に亀裂を入れ、

 

 ラウラの全身を嫌気の靄が包む。

 

「あ、が……!?」

 

 完全に開かれたことによって強まる不動縛。ラウラですら動けず、思わず声を漏らすほどの激痛。僅かでも力を抜けば自分の体が粉微塵になると理解できる。刺青から無価値の炎が湧き上がるも片っ端から嫌気によって消えていく。

 

「もう終わりだよ。さっさと死になめんどくさい」

 

 最後通牒を気だるげに。しかし必殺の意志を以て。

 それをラウラは抗えない。全身全霊を振り絞っても、どうにもならない絶対絶命の中で――

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒは笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「弱いわ貴方。そうよ、私は負けないわ。私は強いわ。大丈夫よ、大丈夫だから、心配することなど何一つないんだから――」

 

 無制限に放つ大罪の杭。それは少しずつシャルロットを掠める回数が増えてきた。おそらく遠からず当たる。当たればこちらの勝ちだ。負ける理由などどこにもない。セクストゥムはそう認識した。それは間違っていない。このままではシャルロットがどう足掻いてもセクストゥムには傷一つつけられないのだから。

 ならばこれ以上は時間の無駄だ。

 今すぐ終わらせよう。

 ならばどうすればいい。

 最も見栄え良く終わらせるにはどうすればいい。

 あぁ――そんなのは至極簡単だ。

 

「死になさい」

 

 言葉と共にセクストゥムは自身の神威を完全に開放した。

 

「――!」

 

 シャルロットの驚愕など知らない。構う気もない。どうせこれから殺すのから。可及的速やかに、圧倒的な力のが最高だ。彼女を殺せば守護の一角は削れるし。ならば、ココで消せば華々しい戦果となる。

 だからこそ、

 

『――太・極――』

 

「この――!!」

 

 耳をふさぎたくなるほどの風斬り音。この正体は既に看破していた。極細の鋼糸だ。それが全身に纏わりつけば人体などバターよりも容易く殺傷できる。広範囲を殲滅するのではなく、ただ個人を殺すためだけの武芸は、

 

随神相(カムナガラ)――神咒神威・虚栄の降臨』

 

 虚栄の神威が全て消し去った。

 そして同時にセクストゥムの背後に生じる巨大な影。山ひとつ分はあるであろうそれは大罪の具現。虚栄を担う巨大な竜。かつての林間学校で見たのと同規模の、しかし感じられる神威は桁違い。

 

「熱っ……!」

 

 それは熱の竜だった。全体が莫大な熱エネルギーで構成された長大な竜。腕も足もない蛇のような竜だった。何重にもとぐろを巻き、口から出た舌でさえもが熱の塊。その熱全ては浮かれたようなセクストゥムの熱。

 八大竜王。

 虚栄の大罪。

 流れる血涙は尽きぬ感情。

 それこそがこの竜の全て。

 

「■■■■ーーーー!」

 

 竜が吠える。

 世界を揺るがさんばかりの大轟音は概念壁に亀裂を入れ、

 

 刹那動きが止まったシャルロットに大罪の杭がぶち込まれた。

 

「……!?」

 

  悲鳴は喉から溢れる血が全て潰してしまった。腹にぶち込まれた杭はシャルロットの腹に巨大な風穴を開ける。杭の直径がもう数センチ大きければ上半身と下半身が両断されていただろう。それでも内臓の半分以上は潰れてしまった。

 

「終わりよ。最後はせめて美しく散りなさい」

 

 最後通牒は高らかと。しかし必殺の意志を以て。

 それをシャルロットは抗えない。全身全霊を振り絞っても、どうにもならない絶対絶命の中で――

 

 シャルロット・デュノアは笑っていた。

 




ちょっと描写不足かなぁと思ったり。
もっと書けよコラァとかあったら遠慮なくお願いします

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第伍章

推奨BGM:Mors Certa

夜の導き
影の陽だまり



 嫌気と怠惰という感情をラウラは初めて得ていた。

 もちろん面倒だと思うことや朝起きた時に寝起きの怠さはあったことはある。生きていく中ではそれは当然ことだろうし、自分は軍人として精神を強固に律しているからこそ表に出さないだけで感じことは感じるのだ。シャルロットにはそういう面をよく見せただろうし、敬愛する織斑千冬だって日常的に見れば実は面倒くさがりな人であることは知っている。

 

 けれどなにもかも放棄したくなるような感情は初めてだった。

 

「――」

 

 生きているの怠い。ここにあるの怠い。立つことも怠い。今こうして嫌気に抗っていることすらも面倒でたまらない。どうして今自分がまだ生きているのかすらも疑問に思えるほどにあらゆる事象に嫌気が生じている。

 これが八大竜王の感情か。

 嫌気に全身を絡められた瞬間に全身の八割方の感覚は全て消え去った。嫌気を喰らった直前に全身に纏うように展開した腐炎がわずかに効果を成していて、嫌気で全身に亀裂が入っていく音が聞こえる。視覚と痛覚は死んでいる。味覚もないもの、口の中に粘ついた感覚があるからかなりの吐血もあるのだろう。

 魂が汚染されているのを感じる。

 クァルトゥムの覇道によってラウラの精神が八割方は侵されている。

 声は出ないし、力も入らない。残された二割の精神で抵抗しているも全身に入る亀裂は止めれらない。いや、これは本来ならな触れた瞬間に嫌気によって自壊しているものだ。ラウラだからこそ、寸前で持ちこたえられているのだ。常人ならば自己崩壊するか、即座に自殺している。そしてそれはそう遠くない。無価値の炎ですら僅かそれを遅らせることしかできないのだ。

 これが神格。

 これが太極。

 これが神威。

 簪を除けば自分たちの誰もが未だ至れていない存在の極地。

 その壁は絶対で天地がひっくり返っても、ひっくり返せない。勿論それはラウラも知っていた。夏に戦った暴風竜。クァルトゥムとは強度が違うとはいえアレもその領域だった。その時は手も足も出ず。

 今も同じように何もできない。

 パキッン(・・・・)という音が響いた。甲高い音のそれが自らの両足が砕けた音だと気づいたのは数瞬後。切断でももげるでもなく砕けるというのは中々ないなぁ、など鈍くなった思考の中で考える。

 ここで終わるわけにはいかない、と思っている自分はわずかだがいる。しかし魂を塗りつぶす嫌気の覇道が強すぎる。一挙一動の何もかもが弱まっていく。自分はここまで弱かったのか憤る一方でその怒りにも嫌気は発生する。性質が悪いとしか言いようがない。動作も感情も何もかも、ありとあらゆることに嫌気の覇道は左右する。こんなものがあっては碌に戦えないではないか。

 腕の亀裂も大きくなっていく。両足が砕けたせいで地に伏したラウラの思考は消えかけていた。

  

 あぁ、やはり自分は至らないなぁと思う。

 

 どうにも精神的に弱い。精神が未熟だからこそ軍人という猫を被っていないとまともに立てない。昔からそうだった。モンド・グロッソで剣鬼と遭遇し無様に逃げた記憶などそれの証左だ。それから己を恥じ、教官の教導を受けたのは彼女という存在に魅入られたというのもあるだろうが、一方ではそうやって教えられているのが楽だったというのかもしれない。少なくともあの人の背中を追って行けば、道を迷わずに済むのだから――

 

「……ちが、う」

 

「……?」

 

 いいや、それは違う。なんだ今私は何を考えた。自分が至らないのは確かだ。剣鬼から逃げたのも間違いない。

 

 それも織斑千冬の導きが逃避だなんてことは在りえない。

 

 彼女という輝きに魅入られたからこそ、彼女の背を追いかけたのだ。事前に剣鬼に遭遇しようともしていなくても、私は絶対にあの人と出会ってあの人の背中を追いかけてきた。好きだから、愛しているとかそんな甘酸っぱい感情とかではなくて、輝かしいあの光に見惚れたから。

 あの光を追い求め、あの人の認めてもらいたいから。

 歪み捻じれる黒ウサギは魂を燃焼して走り抜けたのだから、だから。その尊き宣誓を以て今――、

 

「……この程度なら他の連中も、導きのも狂兎も大したことないのか。だるいなぁ」

 

「――何?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 痛いなぁと、シャルロットは思った。

 何せ腹に馬鹿でかい風穴が空いているのだ。痛くないわけがない。痛覚を無視できるといっても限界というのは憑き物だし、脳内物質がどうこう言いながらも平生でいられるわけがない。普通に生きていけば上半身と下半身が泣き別れするような状況があるわけがないのだ。そんな日常は嫌すぎる。

 嫌すぎるけど。

 なら、自分でよかったなぁと思った。

 自らが裁断した寮の残骸の上で力なく倒れこむシャルロットは自分を貫く虚栄の杭を見て考える。まるでこれは昆虫標本みたいだなとかそんな場違いなことを考えて、それっぽく簡単に抜けないかなと考えるがそれらの考えは無意味だった。震える手で杭を抜こうと思うがしかし全く動かない。目視しきれなかったが、それにしたって杭そのもの長さは長くても二メートルは無いだろう。精々一メートルを超える程度のはずだ。腹の上から六、七十センチは突き出ているのだから貫通した分のほうが短いはず。引き抜こうと思えば無理ではないはずなのに。

 それでも抜けない。

 それはつまりあの虚栄の神威がシャルロットを犯しているということだ。

 セクストゥムの肉体や武装にしか効果を持たなかったから自分たちのような求道のものかと思ったが違う。れっきとした覇道だ。杭から虚栄がまき散らされている、というわけではなく周囲から虚栄を搾取しているのだ。

 人間だれだって見栄を張っている。他人に良く思われたいというのは極々普通だし、自分たちのような異常者だって弱みを見せたくない。特にラウラとかはそうだし、男の子である一夏だって似たようなものだ。

 それが虚栄であり、それが全てセクストゥムの力となる。痛みを堪えて動こうとしているのに、頑張ろうという意思が剥奪されて力を失っていく。そしてそれはそのままセクストゥムの虚栄の糧となるのだろう。滴り落ちる花を集める蜂のように。

 これが神格。

 これが太極。

 これが神威。

 簪を除けば自分たちの誰もが未だ至れていない存在の極地。

 その壁は絶対で天地がひっくり返っても、ひっくり返せない。勿論それはシャルロットも知っていた。夏に戦った暴風竜。セクストゥムとは強度が違うとはいえアレもその領域だった。その時は手も足も出ず。

 今も同じように何もできない。

 コポッ(・・・)と口から血が湧き出た。せき込み、吐きだす血の量は意外にも少ない。腹からほとんど流れ出ているということだろうか。虚栄の搾取とは別として、単純な血の流し過ぎで意識が朦朧としてきた。大部分人間を止めているとはいえ、血を流し過ぎたら碌に動けないというのは不文律。

 血という命の不足と虚栄の搾取による意思の欠落の二重苦。常人ならば即座に存在ごと溶かされてセクストゥムの糧となっていただろう。

 

 だからシャルロットはこんな目にあっているのが自分でよかったと思う。

 

 大分控え目に見てもこれは酷いだろう。こちらの攻撃は一方的に通じなくて、向こうの攻撃はほとんど一撃必殺で、喰らったら喰らったで抗えない。ムリゲーと言ってもいいレベルで。だからこそ、セクストゥムと相対したのが自分というのは僥倖だった、いや、他の八大竜王もそれぞれ凶悪な力を持つだろうけど相性の悪さは自分たちがトップクラスだろう。相手が悪かった。

 だからこそその相性とか相手の悪さを自分が引き当ててよかったと、何度も思う。

 こういう時に苦労するのが、苦労したいと思うのが自分の性分だ。 

 忍者なんていう極東の存在にあこがれたのもそれが理由。日の当たらない影の存在だけれど、

誰かの役に立てるならそれが素晴らしい物だと思えたから。いや、誰かというよりは自分の大切な人たちか。家族とか友達とか仲間とか。そういう人が陽だまりの中で笑っていられるというならば、自分は陰の中で辛くてもそれでいいと思えたから。 

 だからそう。

 

「あぁ……そうだ。やっぱり僕は――」

 

 

 

――推奨BGM:『Ω Ewigkeit』

 

「貴様は今、言ってはならぬことを言った」

 

「な……!?」

 

 ゆらりとラウラが起き上がるのをクァルトゥムは見た。在りえない、両足は砕いたはずだ。魂をほぼすべて自らの神威で犯したはずだ。幾らか黒炎で抵抗していた、太極位階の神威を、そこに至らぬものが抗えるはずもなく数秒で両足が砕け腕にも亀裂が入り消えていくだけだったはず。消滅するだろうと思い、これから先に思いを馳せたその時。

 眼前の彼女は欠損を復活させ再起した。

 

「一つ。まず私の戦友を侮辱したことだ。確かにあいつらは色々性格に難ありの狂人どもがそれは私も同じだし、貴様らに言われる筋合いはない。そして二つ。篠ノ之博士を馬鹿にしたこと。あれは箒の姉だ。ならば私の家族も同然だ、人の家族を侮辱してただで済むと思うなよ」

 

 ラウラの全身から黒炎が吹き上がる。それはそれまで無価値の炎に見えるが違う。クァルトゥムはその差異を一瞬で感じ取っていた。

 

「そしてもう一つ。のぼせ上がるなよ――貴様如きが教官を語るな」

 

 天地焦がさんばかりの激情が、それまでラウラの中で詰みあがっていた宣誓がまとめてその燃料になり、黒炎が嫌気の覇道を焦がしていく。戸惑い、驚愕するクァルトゥムはその瞬間に理解した、先の言葉が目の前の少女の逆鱗に触れたことに。そしてそれが決定的だったことを。

 

「許さん、あの人が大したことないだと? ふざけるなガキが。あぁもう知ったことか。私は私の理由で貴様を叩きのめす」

 

 そしてそれと時を同じくして。

 

「そう、僕は陰でありたい。大切な人日常の中で笑っていられる犠牲であればいい」

 

 シャルロットの肉体が崩れ始めた。

 

「なによそれ」

 

 茫然と問うのはセクストゥム。止めの一撃をぶち込もうとした瞬間にいきなり何かを呟いたと思ったらシャルロットの体が崩れて、揺らいでいく。だがそれは彼女の死というわけではない、シャルロットの存在の密度は逆に高まっていくのを感じていたから。だからパイルバンカーにかかっていた引き金を引いた。先ほどと同じように放たれた虚栄の杭は先ほどと同じように、変わってしまったシャルロットに命中し――突き抜けてそれだけだった。

 

「いやまぁ、自分でも薄々わかってたけどね。苦労性ここに極まれりだねぇ」

 

 もはや赤黒いナニカになってしまった存在から声が聞こえた。肉体も服も武器も全てまとめてよくわからないものに。

 

「……影?」

 

 セクストゥムの印象はまさにそれだった。三次元化し、質量を以ている影。

 

「御名答」

 

 影が瞬発した。中空でまとまり、地に落ちた瞬間にはシャルロットが再構成されていた。服も体も完全で、口端には僅かな笑みが。いや、元通りなどでは断じてないそれはまさしく自分たちと同じ物――!

 

 クァルトゥムもセクストゥムもその刹那、打ち倒すべきが至ったことを認識し。

 ラウラ・ボーデヴィッヒとシャルロット・デュノアはたどり着いた。

 

 

『我は三位を司る者。我が威は彼方まで及び行く。

 

天よ、地よ、冥界よ。今こそ喝采せよ。我こそが彼の地へと至る道導である。

 

歩みを迷うならば我に問いかけるがよい。我こそは力ありし言葉を統べる者である。

 

天にあれば籠を持ち、豊穣の証となり、地にあれば弓を携え、矢を番えよう。冥府にあれば全てに破壊をもたらそう。

 

旅ゆく汝らこそを私は見守る。

 

我は狭境の守護者。吠えろ地獄の猛犬よ。狂え復讐の女。我に従いし眷属たち。

 

夜と魔術と月が浄めと贖いを約束しよう。力を足りぬのならば休むがよい。

 

旅人たちよ、死こそが約束された安息である。黄泉の国にて我は汝らを待ち続ける。

 

我こそは魔術と闇月の女神 我こそは霊の先導者 我こそは暗い夜の女王――あぁ我は我にして我ら也り』

 

 

『野を駆け、草原を抜け、森を行く。逆巻く海原を渡り、深き谷を超える。

 

七つの城門と九つの柵、それらを守護せし幾千幾万の魔獣。

 

その先にこそ座して待とう。そこは英雄たちが集う誉の地。

 

此処こそが暗き世界。傷を育み、死を生み出し、苦しみを担う場所。

 

愛しき人々の太陽と月が天に輝くならば、日の当たらぬ場は我が領域。

 

あらゆる苦しみを引き受けよう。輝きがあれば陰りがあるのだから。

 

私が陰りであるのならば、貴方たちは輝きを灯せると信じているから。

 

我は陽王と月后の意志の下、愛する人の為にある者であることをここに誓う』

 

 

『――流出――』

――Atziluth――

 

『仄暗き――夜を照らす道標』

 

 

『御霊統べし――最果ての世の影』

 

 

「泣くのが好きなのだろう? 好きにすればいいさ。貴様の地獄行きは確定事項だ」

 

「御免ね。僕は君の嘆きには答えられない」

 

 太極に至ることでラウラもシャルロットも全てを理解した。先の簪と同じように。太極座の意味を。それが単なる力量の位階ではないことを。そして今眼前にいる大罪の担い手がなんであるかを。それでももう二人は止まらない。今の二人は内向きに永遠流れ出し続け、もう二度とその在り方を変えることがない。だから止まれないし。

 或はだからこそ、ここで終わらせなければと思う。

 その変生を前にしてクァルトゥムもセクストゥムも黙ってられない。なるほど太極に至った。だからどうした。こちらは負けられない。

 負けてしまっては何も残らないから。 

 だから八大竜王の二角はさらにその覇道を猛らせて――

 

「――行くぞォォッッ!!」

 

 

 

 

 

 

「来たれ、我が眷属」

 

 ラウラが告げた言葉と共に周囲の黒炎が形を得た。それは三つ首や二つ首の犬や九つの首を持つ大蛇。翼を広げた竜は猛獣だち。冥界に巣食う魔獣や猛獣たちだ。

 ラウラ・ボーデヴィッヒとは即ち冥界の王である。この天に於いて『■■■■■』の曼荼羅に属するが故に彼女は冥府を、死を、ありとあらゆる魔を司る。故に今、ありとあらゆる魔界の存在を彼女は眷属として召喚していた。

 

「だから、どうした!」

 

 クァルトゥムの叫びと共に随神相が動く。全身の砲門を開き、火を宿しノータイムで発射される。それら全てがラウラ一人に向けられた集中砲火。地形を変えるほどの炎熱に対して指を鳴らし、

 

 同規模の黒炎が相殺しきる。

 

「これまでの腐炎は訳が違うぞ。腐らせるのではなく、現世から完全に消滅させる。単純な性質として防御不可能なのは変わらないとしても私の炎だ。同じだと思うなよ」

 

 無価値の炎。それは反天使(ダストエンジェル)の術式からラウラが得た式だ。彼女は今までそれを借りていたに過ぎない。しかし、今太極に至ったから、『魔刃(べリアル)』の式を踏み台にし、そこから新たなる式を彼女自身が生み出したからこそ。

 その強度は段違いだ。

 

「冥府の炎、というのでは些かひねりがないか」

 

 それらがクァルトゥムの嫌気を燃やし尽くしていく。

 

「くそ……!」

 

 随神相を動かそうとするがラウラに召喚された魔獣や悪魔たちが襲い掛かり動きが止められている。いや、そんなレベルではなく、

 

「あぁ、当然奴らも冥府の存在だ。……ならば言わなくてもわかるな?」

 

「っ!」

 

 つまりは魔獣たちもまた冥府の炎で生み出されているということ。言われてみれば先ほど確かに黒炎から彼らは生じていた。だからあれらが全身に冥府の黒炎を宿しているのは当然だ。

 

「なんだよ、くそっ」

 

 随神神は動けない。動いて魔獣たちを消そうともすぐにまた新たな魔獣や悪魔たちが襲い掛かってくる。嫌気の靄は完全に押し負けているわけではないがそれでも良くて拮抗だ。

 ならば――、

 

「――貴様は動かないのか」

 

「うるさい!」

 

 嫌気の靄を増やしてラウラへと放つが同時に冥府の黒炎が相殺する。

 

「うるさいと、貴様は先ほどからそればかりだ。いや、最初からか。同情に値しよう。貴様らはそういうふうにできているのだから仕方がない」

 

「だから黙れと――」

 

「だが教官を侮辱したことは許さない」

 

 刹那、クァルトゥムの体を黒炎が覆った。

 

「……!」

 

 声にならぬ絶叫。防御概念のある装甲服を一瞬で燃やし肉を焦がし骨まで至る。嫌気の靄を展開する間もなく先ほどのラウラのように黒炎にて全身を犯されていた。それは事実上のチェックメイト。それを完全に上回る力をクァルトゥムは持っていない。だからその時点でクァルトゥムの敗北は決定していた。

 もう彼女の勝ちはなく、あとは敗北と消滅だけでありながら、

 

「うああああああああああああああああ!!」

 

 彼女は吠え、大罪武装の長刀を手に生み出してまでラウラへと駆けた。

 

「……ふっ」

 

 浮かんだ苦笑は嘲りでも怒りでもなく微かな賞賛が。

 疾走するクァルトゥムを誰も阻まなかった。そして長刀を振りかぶり、振り下ろし、

 

「フンッ!」

 

「がっ!?」

 

 ラウラのハイキックが顔面に炸裂して地面を転がった。

 

「鍛錬が足りんな。まずは柔軟と走り込みからだ、出直してくるがいい」

 

「……だから、そういうのは面倒なんだって」

 

 大地を転がったクァルトゥムは力なく言った。全身を黒炎に侵され、随神相もラウラの眷属に止められた。最後の一撃も鍛錬不足の一言で終わってしまった。半身が消滅した彼女はもう戦う力が残っていない。

 

「ならば、なぜ最後に自分で挑んだ」

 

「……別に。大した意味はないさ。どうせ消えるのならってやつ」

 

「そうか」

 

 多くは語らないし聞かない。もとより敵同士で、戦いの後に友情を作りましたなんて展開を二人とも望んでいない。 

 ただそれでも。嫌気の少女が最後に自ら動いたその姿にはきっと意味があるのだろう。

 

「んじゃ、さよなら。あの世ではお手柔らかに」

 

「アウフ・ヴィーターゼーエン。徹底的にしごいてやるから覚悟しておけ」

 

 そして八大竜王の一角。嫌気の怠惰クァルトゥムは消滅した。

 

 

 

 

 

 

「このぉーー!」

 

 セクストゥムが装飾過多のパイルバンカーの引き金を引く。それは罪で形成されているからこそ弾切れという現象は起きない。放たれた虚栄の杭はシャルロットに叩き込まれ呆気なく彼女の肉体を抉る。腕が吹き飛び、足が潰れ、頭が穿たれる。

 けれど、

 

「せこいっ!」

 

「君に言われたくないねぇ」

 

 片っ端から再生していく。いや、正確に言えば今のシャルロットは陰という概念そのものだ。

 日常に対する非日常にして非常。陽だまりに対する陰り。表と裏。それは暗い影で、確たる形を持たずに闇に潜むもの。

 だから今のシャルロットは損なわない。その渇望がある限り彼女は陰であり続ける。

 

「っと」

 

 シャルロットが瓦礫の中に手を突っ込んだ。セクストゥムが訝しむ間もなく引き上げたのは、

 

「ちょ、なによそれ」

 

 全長五メートルほどの高車砲。第二次世界大戦で使用された『8.8 cm FlaK 18/36/37』。通常は自走砲に搭載したり、特定地に設置する物だがシャルロットの右腕の影が全体に巻き付いて発射可能状態へ。戦闘前に寮の中に仕込んでいた武装だ。

 

「あれ? どうしたの鳩がアハトアハト喰らったような顔をして。あ、そっかーこれから喰らうんだね?」

 

 引き金を引いた。

 発射されたのは鉛玉ではない。シャルロットから分離した彼女の影だ。求道神という一個の宇宙であるシャルロットの一部は例え血の一滴すらも天体と同じだけの規模を有している。それが8.8 cmの塊となって射出する。光速超過で放たれた弾丸をセクストゥムは避けなかった。避けれず、

 

「っあああああああ!?」

 

 肩をぶち抜いた。

 

「な、なんで……」

 

 虚栄による防御は消えていなかったはずだ。虚栄という大罪にて構成され、それしか持ちえない彼女がそれを失うということはすなわち消滅に等しい。

 故に大罪を抱いていたにも関わらずそれが抜かれるのは在りえないのに。

 

「だって――もう見栄とかそんな次元じゃないから。僕たちは」

 

「――!」

 

 神格に至るために必要なのは渇望だ。こうありたい。こうしたい。そんな誰しもが持っているような願いを狂気の域まで抱き続けることによって太極へと至るのだ。そこにはもう善悪という基準はなくあるのは強弱のみ。そしてそこに表も裏も見栄も本心も存在しないのだ。

 神格とは真実その祈りのみで完結しているのだから。一度至れば人間には戻れないし、もう二度とその在りかたを変えることはでないし、できない。

 だからつまりこれは。

 ただ単純にシャルロットの渇望がセクストゥムの見栄っ張りを上回ったという解り安過ぎるほどに明確な真実だ。

 

「……あぁ、なによそれ。それじゃあただ……滑稽なだけじゃないの……!」

 

 片腕が吹き飛び、残った逆の腕でパイルバンカーの引き金を引く。それはシャルロットに命中はする。しかし当たっても、当たった部分を吹き飛ばすだけで終わってしまう。不定形の赤黒い影となって再生するだけだ。

 

「なによ……なによなによなによなによなによなによなによなによなによなんなのよぉーー!!」

 

 引き金を引き続ける。それをゆっくりと歩み寄るシャルロットは避けなかった。

 あるでそれは駄々をこねて泣き叫ぶ子供を親が諌めるように。セクストゥムも無駄だと解っていながら抵抗を止めなかった。途中でアハトアハトは棄て、もう武器は無い。いや、全身が影であるからこそ今の彼女の体内には尋常ではない量の武器が内包されているが最早彼女はそれらを使わなかった。

 そしてセクストゥムの元までたどり着いたシャルロットは、彼女を優しく抱きしめ、

 

「ごめんね」

 

「――あ」

 

 貫手がセクストゥムの胸を貫いた。

 貫手、というか。爪だ。爪に付けられていた極小の暗器。一つ一つが真剣と同じ要領で打たれ、神威を宿した今は必殺の殺戮神器。

 

「……こういう時って普通抱きしめて終わりじゃないのかしら」

 

「僕忍者だからねぇ、暗殺がメインだし。クノイチだったらこういうのが普通だし」

 

「そう」

 

 片腕を砕かれ、胸を貫かれたセクストゥムの身体が光に包まれていく。

 

「あーあ、なんか私全然だめだなぁ。ぽっと出、すぐに負けていいとこなしよ」

 

「ははは、僕なんてまともに戦ったこと自体初めてな気がする。ま、悪くないけど」

 

「そう……そう」

 

 シャルロットの胸に包まれながら呟きセクストゥムは目を閉じた。

 

「さようなら。また会おうね。今度は君自身の名前を聞きたいな、数字じゃなくてさ」

 

「……あるわよ。言わなかっただけで」

 

 見栄を張って、数字でいいと言い続けてきたけど。それでも随分前から自分で決めていた名前はあった。その名前を小さく、自らを抱きしめる少女にだけ聞こえるように呟いた。

 そして八大竜王の一角。虚栄の降臨セクストゥムは消滅した。

 

 




二人の神咒については後ほどまとめます。
Twitterでも簡易解説してたり。


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第碌章

推奨BGM:祭祀一切夜叉羅刹食血肉者

のらりくらいのほほえみ
どれだけの怒りを流せるのか


 天を彩るのは閃光の流星群だ。

 概念空間ではほとんどの電子機器は動いておらず、明かりという明かりが全て消えている。取り込まれた人間にはそんな暗闇など意に介さない者たちばかりだから問題ないといえば問題ないのだが。地上の光が全て消え去っているから八分割された学園島の天上では地上の戦闘を見下ろす満天の星空が輝いていた。

 けれど、

 

「ちょいさー!」

 

「でぇぇぇい!」

 

 西区では二人の少女が放つ閃光が世界を照らしていた。

 本音とクィントゥムだ。眼下に学園の図書館を起きその上空でそれぞれが飛翔し、破壊の光を飛ばし合う。

 既に『魔鏡』の式、『シェムハザ』によって高速で飛翔し、背後に魔法魔法陣を展開させ、周囲に大量の光弾を置く。数十もある光の弾丸は全てが本音の指揮下に置かれ、夜空を縦横無尽に駆け巡る。一つ一つが既に神域に近い。一発毎が家の一つや二つを容易く粉砕できるだけの威力を持っていた。

 そしてもう片方。クィントゥムが放つのは光の矢だ。大罪武装『憤怒の閃撃(マスカ・オルジィ)』から本音の光弾に負けず劣らずの量との矢が放たれる。威力に関しては本音すらも大きく上回る。白と黒の大弓に弦はない。(シン)によって形成された架空のそれだ。クィントゥムの弓の力量は決して高くはない。それでも『憤怒の閃撃』は通常の弓矢の理から大きく外れている。滅茶苦茶に流体の弦をかき鳴らすその動きには技術など欠片もないが迸る激情がそれを補っている。

 それを前にして本音は目を細める。

 

「学園祭の時から思ってるけど……怒りっぽいねー」

 

「黙りなさい」

 

 本音が零した言葉にしかしクィントゥムは取り合わない。

 一蹴と共に五指が光の弦を同時に引き絞り、解放され百にも届かんばかりの流星が射出する。

 

「と、わっ」

 

 同時に本音が十指で周囲に展開する光弾を操作し、激怒の流星を対処する。光弾自体は本音にはクィントゥムには遠く及ばない。眷属とはいえ神格であるクィントゥムと手が届きかかっているとはい未だ至らない本音との差だ。それは今の本音には絶対に埋められない溝。

 だからこそ本音はクィントゥムにはない技術で少しでもその差を埋める。

 

「ほ、は、とっ」

 

 光の矢はその性質として直線ないし、曖昧な曲線しか描けない。不可能ではないのかもしれないが、今のクィントゥムにはできない。だからこそ本音は直進する光矢に対して直上直下真横、あらゆる方向から衝撃を加え軌道を逸らしていく。破格の威力故に完全に邪魔することはできないが光翼機動で回避するには十分だ。体を余波が掠めるが簪が作った白い戦闘用のワンピースは一見ただの服だが、耐久度は折紙付きだ。魔力を込めて耐久力を上げれば行動に支障がでるほどではない。

 

「怒るって疲れない? 私はあんま怒りたくないんだよねー、主義じゃないし? のらりくらりとして、笑ってるほうが楽しいもん」

 

 それは本音の本心だ。本音は普段怒らないし、笑っている。簪が女子として有るまじき行為をすると愛の鉄拳をぶち込ますことはあるがそれは愛があるので問題ない。だから怒るということは布仏本音という少女は根本から外れている。

 笑っているほうが楽しいし、楽しくしているほうが人生有意義のはずだ。

 もちろん人生や世の中そんな簡単なものではないというのは解っているが布仏本音とはそういう存在だから。これから先その自分の在り方を変えるつもりはないのだ。仲間内では比較的穏健派とも見えるかもしれないが、実際はそうではない。狂気の在り方の如何などどうでもいいというのが本音だ。善だろうと悪であろうとそれが自らにとって好ましいものであれば関係ない。

 黄昏の抱擁にも近いのが布仏本音の魂なのだ。

 だからこそ本音は彼女へと語り掛ける。

 

「ほらほら、もっと笑ったら? せっかくかわいい顔をしているだから」

 

「だから――うるさい」

 

 言葉をクィントゥムは全て否定する。掛けられる本音の言葉の全てをクィントゥムは拒絶する。

 

「下らない下らない下らないわよ。私にはどうでもいい、アンタらなんかに私の、私たちの気持ちは解らないわ。アンタ達のように世界から愛されている奴らなんかに。絶対に、だ」

 

 歯ぎしりするような呻き声だ。学園祭の時のように叫ぶわけでもなく、半ば機械的に光矢を放っている。太極は開いているが開き切っているわけではない。

 

「ねぇ、どんな気持ちなの? 神に愛されてるって、世界に抱きしめてもらって、周りに愛する人も愛される人もいてどんな気持ちなの? 真水の中で海の魚が生きているっているのはどんな気持ち?」

 

 一度問いかけ、

 

「ああどうでもいいわそんなこと。全部全部蹂躙して、踏み潰してやる。どうせにアレに染め上げられて、終わるんだから。狂気だらけの世界を私たちの感情が全て塗りつぶしてやる」

 

 五指が揃われ動いた。それまで統制されることがなかった指の動きが揃い、大きく引き絞られる。大弓が軋み、番えられたのは極大の閃光。これまでの本音が対処してきた光矢との大きさは比べ物にならないそれは光の柱だ。長さは二十メートルほど、太さして一メートルはある。

 それはクィントゥムの感情の発露。怒りの度合いによって威力を増していく激情の矢だ。 

 感情が放たれた。

 光速を超過する極光は本音でも避けられるものではない。

 故に回避行動はとらずに手を掲げた。

 

『ATEH MALKUTH VE-GEBURAH VE-GEDULAH LE-OLAM AMEN   

 汝等見張る者ども、第五天(マティ)に捕らえられし虜囚達よ、ここに魂を解放せん

 汝は蛇にしてオリオンに吊られた男、ベネ・ハ=エロヒムにして砂漠の王なり。贖罪の日は今この時なればこそ、 生贄の山羊を持ちて疾く去ぬるが宿命と知れ。

 アクセス、マスター。モード”エノク”より、アザゼル実行――グリゴリの指導者たる汝に命ずる、開門せよ』

 

 掲げた手のひらから魔方陣が生まれた。白い光が生まれた。それが高密度の魔力を生じさせ、空間を歪曲させ迫る極光に亀裂が入り穴が開いた。喝采音と共に生じたのは人がギリギリ通れるかどうかの穴。そこへと躊躇ないなく本音は身を飛び込んだ。

 体を限界まで縮めるが、身体の端々を極光が焼き付いていく。枢要徳の属性が強い本音だからこそこれだけの強度の罪を防ぐことなく受ければ、

 

「づあっ――あ、ぐ――」

 

 式によって風穴を開け、次への溜めのために防御に回すだけの余裕がない。肌が肉が焼き付いていく。まるで直接焼き鏝を当てられたかのような激痛が一瞬だが確かに本音を蹂躙し、

 極光を通り抜けた。

 そして式を放つ。

 

「!」

 

『ATEH MALKUTH VE-GEBURAH VE-GEDULAH LE-OLAM AMEN

 BEFORE ME FLAMES THE PENTAGRAM BEHIND ME SHINES THE SIX-RAYED SATER 

 我が前に五芒星は燃え上がり、我が後ろに六芒星が輝きたり――

 ATEM MALKTH VE-GEBURAH VE-GEDULAH LE-OLAM

 されば神意をもって此処に主の聖印を顕現せしめん――

 アクセス、マスター モード”エノク”より、サハリエル実行――』

 

 瞬間、クィントゥムの全身を光の縛鎖が巻き付いた。黄金に輝く鎖でクィントゥムの動きが止まる。それは物理的な力でなければ破れない束縛だ。そしてクィントゥムの膂力はそれほど高くはない。八大竜王の中では平均だ。それでも未だある愕然とした二人の格差故に光速できるのは僅か二、三秒。

 そしてそれだけあれば十分。

 

『ATEH MALKUTH VE-GEBURAH VE-GEDULAH LE-OLAM AMEN

 BEFORE ME FLAMES THE PENTAGRAM BEHIND ME SHINES THE SIX-RAYED SATER 

 我が前に五芒星は燃え上がり、我が後ろに六芒星が輝きたり―――

 ATEM MALKTH VE-GEBURAH VE-GEDULAH LE-OLAM

 されば神意をもって此処に主の聖印を顕現せしめん―――

 虚空より、陸空海の透明なる天使たちをここへ呼ばわん

 Huc per inane advoco angelos sanctos terrarum aepisque,

 この円陣にて我を保護し、暖め、防御したる火を灯せ 

 marisque et liquidi simul ignis qui me custoriant foveant protegant et defendant in hoc circulo

 幸いなれ、義の天使。 大地の全ての生き物は、汝の支配をいと喜びたるものなり

 Slave Uriel, nam tellus et omnia viva regno tuo pergaudent

 さればありとあらゆる災い、我に近付かざるべし

 Non accedet ad me malum cuiuscemodin

 我何処に居れど、聖なる天使に守護される者ゆえに 

 quoniam angeli sancti custodiunt me ubicumeque sum

 

 斑の衣を纏う者よ、AGLA――来たれ太陽の統率者。

 

 モード”パラダイスロスト”より、ウリエル実行――』

 

 朗々と響いた詠唱はかつて大機竜を粉砕した太陽の炎球。地上へと降り注いだ互いの光弾や光矢によって破壊された建造物の瓦礫を全て凝縮し融解されて生じた劣化太陽。以前のものは五メートル前後だったが十メートル近い大きさになり、それに伴い熱量も跳ね上がっている。

 叩き付ける。

 

「しゃらくさい……!」

 

 同時にクィントゥムが縛鎖を粉砕した。巻き込まれた光鎖すらも炎球に巻き込まれてその糧となる。炎熱がクィントゥムを襲う。数千度はあるであろう炎に襲われながらも欠片も動じなかった。装甲服や体を焼いているはずなのだ。しかし顔を顰めるだけで、痛みに堪える様子でもなかった。

 

「アンタが焼けろ……!」

 

 灼熱の中でしかし彼女は前進する。身に纏うこととなった炎熱は本音にとっても凶器となる。

 

「うわっ」

 

「ちぃっ」

 

 本音は自らに放たれた炎の拳に手を掲げ、障壁を張って防ぐ。

 

「あちちっ」

 

 間の抜けた声を上げながら背後へバック。去り際に光弾をばらまくことも忘れない。前後左右、あらゆる方向からクィントゥムへと飛ばす。抜群の操作性。ここまでの精密操作をできるのか彼女とセシリアくらいしかいない。

 

「だから、邪魔だと……」

 

 クィントゥムの周囲の空間が歪んでいく。それは発せられる神威の切れ端でしかない。それによって光弾の全てが消し飛ばされる。

 

「言っている!」

 

「お節介とはよく言われるんだよねぇ」

 

「な……!?

 

 瞬間、本音はクィントゥムの背後にいた。光弾群を用いた目くらまし。そしてシェムハザによる光速飛翔。時間にすれば秒も存在しないし攻め。『魔鏡』に記された式を四つ用い

 

『幸いなれ、癒しの天使 

 Slave Raphael, 』

 

 五つ目を迷うことなく放つ。

 

『その御霊は山より立ち昇る微風にして、黄金色の衣は輝ける太陽の如し 

 spiritus est aura montibus orta vestis aurata sicut solis lumina

 黄衣を纏いし者よ、YOD HE VAU HE―――来たれエデンの守護天使。

 アクセス、マスター。 モード”パラダイスロスト”より、ラファエル実行――』

 

 かつて暴風竜へと放ち蘭へと繋いだ空間断絶の竜巻。それはその時とは比べ物にならない威力となって再び大罪の竜へと放たれる。歪曲した空間は刃となってクィントゥムへと牙を剥く。サハリエルの式によって動きを止められたクィントゥムに背後から直撃する。

 竜巻にクィントゥムが巻き込まれて、風で見えなくなる。

 

「これならっ」

 

 確かに直撃した。式を五つ重ねた波状攻撃。焦っているかのようであり、実際本音は焦っていた。

 これまで交わした光弾は確かにクィントゥムに当たっていた。自分のように掠めたわけでもなく、直撃だったはずなのだ。にもかかわらず全くと言っていいほどダメージが与えられなかった。だからこその全力の魔力を用いた全力の式。殺傷力に関しては今の本音に放てる最大の一撃だ。それを零距離。常人ならば一軍など容易く粉砕し、あらゆるものを裁断する斬風。それを喰らえば例え八大竜王の一角として切創を刻むはずだ。そう信じた一撃は、

 

「――邪魔だ」

 

 内側から生じた巨大な竜が全ての斬風を喰らいつくした。

 巨大な竜だ。山一つは下らない巨大な影。禍々しい赤黒い機械の甲皮。高層ビルと見間違えんばかりの太い四肢。蜷局を巻く竜尾に数キロは広がっているだろう両翼。発せらる神威が言うまでもなく膨大極まりない。馬鹿げた神気に本音の身体が吹き飛び空間の端まで吹き飛んだ。光翼をはためかせ、なんとか態勢を建て直す。

 

「……昔見た絵本を思い出すなぁ」

 

 それは幼少の頃に見た童話の悪竜そのものだった。絶対的な差異はそれが実物であるということだ。中空に浮かぶクィントゥムの背後に、概念空間が窮屈に感じるほどの巨大な体躯が鎮座している。

 

「っ……!」

 

 ただ視界に入れているだけで魂が潰されそうだ。砕かられなかったのが奇跡。記憶に刻みつけられたかつての暴風竜が可愛く見えるほど。同時に世界がクィントゥムの渇望と覇道に染め上げられていく。

 それは臨界を超えた嚇怒。八大竜王の一角である彼女にはそれしかない。

 怒り、憤怒、嚇怒。

 太極によって構成された壁だからこそ破ることはできないが、代わりに限定された空間を神威が埋め尽くしていく。眼下の図書館や近くにある建造物が砕かれる。憤激の覇道は即ち世界を焦がす波動。それを本音も感じていた。

 自身にも降りかかる激痛。まるで灼熱の砂漠に何の装備もなしに放り出されたようもの。全身の細胞が激情に当てられて悲鳴を上げている。この激痛ですら常時でも発狂している。

 

「っ……!」

 

 自分ですら強化魔術と防御魔術と治癒魔術を掛け合わせていなければ耐え切れなかったかもしれない。そしてなんとか堪えるだけの術式を構成しきり、

 

『――太・極――

 随神相――八大竜王・憤怒の閃撃』

 

「があっ……!」

 

 神咒の宣誓と共に完成された太極が本音の防御の全てを粉砕する。

 

「終わりよ。反天使だかなんだか知らないけどそんな前時代の遺物なんか話にならないわ。私を焦がす罪がアンタなんか消せない」

 

 その声は驚く間でに静かだった。極限を迎えて感情はその純度を増していき、猛る感情は反転して静謐なものになっていく。一点を超えた感情であるからこそ、最早それ以外には何も残っていない。

 いや、元々彼女らにそれ以外あるわけがないのだ。

 

「死ね、死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね――」

 

 零れる呪詛はそれ自体が致死の咒。秒ごとに強度を増していく神威と相まって本音の存在全てが焦がされていく。激怒に応じて覇道内に取り込んだ存在全てへと崩壊させるというものだ。

 

 それを布仏本音は――理解できない。

 

 

 




中々のスランプ。うまく書けないです。
これまでのちょい物足りなかったので一人ずつにまとめてみました。


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第漆章

推奨BGM:祭祀一切夜叉羅刹食血肉者

高みへと駆けのぼる翼
間に待つのは致死の選定




 

 そこは高低差しかない世界だった。最頂点と最底辺。空は真紅に染まり、上から下へと滝のように色は流れ落ちていく。大地という大地はなく、同心円状に立つ長さがさまざまな岩の柱の身が僅かな足場だ。それぞれ人一人が直立できるかどうかの狭さ。少しでもバランスを崩せば底なしの奈落へと転倒するしかない。軽く見積もってもそれらの柱が数十本。低いものは目視するのも不可能。

 そしてそれらの中心にして頂点には、

 

「ほうら我が友。これが我の世界だ」

 

 この世界で最も高く伸びる岩の柱。その頂点の玉座に坐す一人の少女。真紅のドレス風に改造した装甲服に金髪翠目。言うまでもなく八大竜王の一角、セクンドゥムことルキ。彼女は玉座にて足を組み、ひじ掛けに頬杖をついていた。その姿には戦闘の気配は欠片もなく、ただゆるりと座っているだけだ。

 それも当然だ。彼女の言葉の通りここはルキの、彼女だけの世界なのだから。

 セクンドゥム――第二。

 それは即ち製造番号。オータムやスコールを除けば八大竜王たちは生まれた順番に数字の名を与えられている。ルキや桃は稼働年月が長く固有の名前を持ち、プリームムや後発組でクァルトゥムたちにはない。勿論それは彼女たち自身の大罪、例えばプリームムは名に興味などないし、セクストゥムなどは己の名を定めてはいるものの虚栄が邪魔して誰にも告げたことはなかった。所詮は製造番号であり、本質たる神咒は別のものだ。

 故に今、第二の意味が発揮するのはどれだけ随神相の意味を解っているかだ。

 それを四番以降の彼女たちは理解していない。知ってはいるかもしれないが、しかし実行に移すことはなく、簪が生み出した概念空間内で戦っている。

 だがルキを始めとした他の者たちは違う。

 崇徳の概念空間に取り込まれた瞬間には己の随神相を展開し己の相対者を取り込んでいた。無論開戦の華としてある程度の一撃は交わし合ったが所詮は挨拶代わり。

 例え周囲に崇徳概念が満ちていても、随神相の中――即ち神格固有の地獄ともいえる世界では十全に力を発揮できる。

 だからこそ――

 

「……っ、かはっ、はぁ、はっ……」

 

 いともたやすく五反田蘭は追い詰められていた。見るからに満身創痍。来ている茜色のジャージは所々が破れ、流れる血と交じり色を濃くしている。傷の無いところはどこにもない。切り傷や打撲痕は言うまでもなく、原因がなんなのか解らないレベルで数多の損傷が蘭の全身を襲っていた。腕や胴体は数か所肉が抉れ、白い骨が露出しているところさえあった。傷口と口からの流血は膨大であり、並の人間ならば出血死してもおかしくないほど。己の武器である両足には致命的なダメージはないがそれでもいつ死んでもおかしくない状態だった。

 

「……悪くないよ」

 

 けれど蘭は血の味しかない口を歪め、ルキの言葉に返す。

 

「高みしかない。どこまで行っても届かない。普通だったら絶望するかもしれないけどさ、私とっては寧ろご褒美だよ。果てがないってことは、どこまでも飛べるっていうことだからね」

 

「ハッ、よく言う。流石だよ、この状況でよく言えたものだ。うむ。やはり私の友達は素晴らしい」

 

 彼女の賞賛にしかし蘭は苦笑する。

 彼女自身自分の言葉が負け惜しみだということは解っている。けれどルキには皮肉の類は通じないようだ。

 今蘭がいる足場からルキのいる玉座までは高低差で大体目測で五十メートルほど。見上げるのはきついが、顔が見れないほどではない。もとより二人ともその程度で困るような視力をしていない。その距離。五十メートルというのは普段の蘭からすれば一歩踏み出すのとそう変わらない。光速ないし亜光速を体現する彼女ならばそんなものは距離にすら数えない。

 だからこそ今開いている距離は物理的なものではなく、

 

「我と貴様の力量の差だ」

 

 厳然たる力量差が丁寧にも視覚化されたものだ。最初はもっと距離があった。百メートルほどあり、これまでの短い攻防で縮めたがしかしその先までがどうしても行かない。

 

「いやはやよく近づいたと褒めるべきよの。常人であればその足場を踏むことなく那由他の差を以て奈落の底へ落ち続けるしかない。なるほど確かにお主は我々の頂へと手が届いている。あと少し。――だが、相手が悪かったな。我が我である以上、我と並び立つことは不可能だ」

 

「……っ!」

 

 それが現状の意味。通常ならば総数那由他の域にまで届くであろう階梯の中で目視できる距離に例えられるというのは蘭が神格に届きかけている証拠。事実今彼女が自ら生み出せる風は大陸を蹂躙する台風と同等かそれ以上。光速など基本速度としているほど。

 だがそれでも最後の最後だ未だ届かない。

 他の区間の益荒男たちと同じ。あと僅かの絶対的な落差故に劣勢を強いられているのだ。どころか蘭とルキの場合は格差が酷い。蘭の力量が低いのではなくルキ自身の強度の問題だ。彼女は八大竜王の中でも高位の存在。だからこそ、ここまで一方的な展開になる。

 

「それでも……!」

 

 蘭が瞬発した。

 足元に魔方陣が浮かび、輝きを得る。生じたのは炎。収束した火炎はブースターとなって蘭の疾走を後押しする。速い、などという言葉で括れるほどの速度ではない。瞬間最速でいえば蘭は太極を開放したクァルトゥムたちよりも早いだろう。概念を無視することはできなくても神域の速度としては遜色ない。

 本来ならば五十メートル程度の高低差は刹那すら掛けることなく到達できる距離。 

 

「温いぞ、そんなマッチの火には意味がない」

 

「っああーーー!」

 

 全方位から襲う衝撃が蘭の疾走を妨げる。それは閃光。ものによって刃であったり、槍であったり、弾丸であったり、砲弾であったりと形状は様々。一つ一つの威力は言うまでもなく都市の一つや二つは簡単に灰燼に帰すことが可能だ。

 それだけならば問題はなかった。超疾走する蘭からすれば迫る閃光など光速以上の速度を以て回避すればいいだけの話なのだから。

 だから問題は別にある。

 

「っう……! 重いなぁ……!」

 

 超荷重。解りやすく言えばそれだ。高みに行けば行くほど己を締め付ける重みが強まっていき、身体に軋みを与え魂に亀裂を生じていく。

 

「仕方なかろう。この世界では我は見下すだけだ。我と同等まで来る存在を放っておくわけがない」

 

 つまりは免疫機能に近い。自分以上、もしくは自分と同等の存在を許さぬ故に自らに伍す可能性があるならば魂魄レベルで圧殺しようとしている。だからこそルキに動く必要はない。蘭が己に近づこうとするだけで免疫機構は強度を増し彼女の飛翔を阻む。それによって蘭はその身を砕かれていたのだ。

 戦闘が始まってからルキは未だ動いていない。組んだ脚は変わらず、頬杖をついた手にはなにも武器を持たない。己に近づこうと足掻く少女へと笑みを浮かべているだけだ。

 けれどそれは五反田蘭という存在を馬鹿にしているわけではない。

 実際、こうして絶対的な格差が生じているにも関わらずルキは蘭から片時も視線を外してはいなかった。愚直に己を目指す少女を決して蔑ろにはしていなかった。ルキを知る八大竜王たちからすれば信じらないことだ。他者を見下すことを当然とする彼女からすれば己が上であることが当然であり、自分以外の全ては足元の存在だ。その彼女が視界に入れ続けるということはそれだけの意味がある。

 

「もっと……!」

 

 それを蘭自身も解っているからこそ、彼女は絶対に足を止めない。全身の傷が増えていく。魂が加速度的に削られていく。言葉に表せない激痛があり。それらが動きを損なわせていく。

 

「もっと高く……!」

 

 もとより足を止める選択しなど存在していない。彼女の魂の翼は傷つこうとも健在だ。満身創痍であっても両足の輝きが潰えていないのがその証拠。蘭の魂と同化した『頂の七王』は式となった今彼女自身と直結している。どれだけ傷を負っても蘭が諦めないならば、その翼は羽ばたきを止めない。それが五反田蘭の在り方なのだから。

 

「狂気だ」

 

 それを見てルキは言った。

 

「貴様の在り方はありえない。どれだけ痛めつけられようとも、どれだけ絶望的な差があろうとも前進を止めないなど、常人ではあるはずがない。己よりも絶対的に格上の存在を知れば人は歩みを止めざるを得ないのが普通だろう?」

 

「さぁ? 私にはよく解んないね。私は誰が前とか後とか、上とか下とか興味ないし。私はただ、自分の翼で空を飛べればそれでいいんだから」

 

「うむうむ。我も同意だ。我はただ我であり、全てを見下す傲慢であれそれでいい。そして我はそうやって今ここにある。我の仲間たちもそれは同じだ。……最早言うまでもないが、己が担う大罪のみで構成されているのだからな」

 

 苦笑は自嘲気味に。諧謔を滲ませたのはその特異性を自覚しているからか。単一の感情、あるいは大罪のみで構成されているのは彼女たちだからこその存在だ。本来ならば在りえない、自然発生する確率など一つの世に一人いるかいないか。初めから外れている存在というのはそれだけに貴重なのだ。

 

「故に蘭。お主も、お主たちもまた我らと一緒だ。貴様らのような存在が当たり前のようにあるなどと在りえるはずがない」

 

「――」

 

 それは、その言葉は。間違いなく今行われている戦いの中では最も世の核心を衝いた言葉の一つだった。今の世を占める世界の根幹に触れる言葉であるから。蘭ですらも足を止めざるを得なかった。

 それはたぶん、彼女も無意識で感じていたことだった。

 生身でISを破壊する。現行科学を超越している。言葉にすれば簡単で、幼子の夢物語のようなことを自分たちは当然のように行っている。

 初めから外れている存在の如何を問うのは無粋なことだ。

 けれど、そうではないの者たちが外れているのには確たる理由ある。

 それこそ、夏に織斑千冬が蘭たちをモンド・グロッソにまで招いた理由ではなかったのか。

 

「ん、足を止めてていいのか?」

 

「く、ぅ、う……!」

 

 その思考による停滞は蘭の体に明確な亀裂を生んだ。パキリという音と共に胴の中身が消し飛んだ。腹に作られた空洞に、激痛などという生易しい言葉は最早生まれず、形容詞し難い虚無感があるだけ。

 

「でも!」

 

 前に出る。思考する時間はない。飛翔をやめることはできない。距離は少しずつ、少しずつ縮まっていく。縮めることができている。つまり蘭は少しずつだが、今この土壇場に於いて神域へと近づいている。寧ろ、今の問答を経て上りつめる速度は上がっていた。無意識の奥底に沈んでいたことが浮上し、その認識が蘭の魂の強度を高めていく。

 もちろんその飛翔に比例して蘭を襲う重圧や閃光は激しさを増していく。避ける空間など既にない。蘭も降り注ぐ破壊を避けることはせずそれら全てを己の糧としようとしている。

 茨で僅かな穴を開け、雷の網で閃光を絡め取り、轟の風車で燃料に。吸収した神気を魂の炎で着火させ、超瞬発させて、翼の道を往く。

 もとより自らに降り注ぐ全てをまとめ上げ、己の翼とするのが蘭の異能だ。相手が神威のものであろうとその根底は変わらない。当然ならば全身は砕けていく。右腕は丸ごともげた。左腕は肘から先がない。頭部もまた左半分が何時の間にか消失していた。左目がなくなったが、残った右目だけでルキを見据え続ける。

 

「く、はっ……寧ろ余分な体がなくなってちょうどいいし……?」

 

 半分しかない口でそんな軽口すら言いながら。蘭は上りつめていく。

 

「来るか」

 

 あと僅か。数瞬で己の場に至る走者を見てルキは笑みを濃くした。そうでなくてはならないと言わんばかりに。傲慢だけで構成された彼女が他人と同じ位置にあれば、他人に見下されればそれだけで存在意義を失い消滅しかねないというのに。

 精神肉体共に砕きながら、尚疾走することをやめない不屈の翼の前に待ち望むように坐して動かない。駆けあがるその姿が眩しくてたまらないというように目を細めて焦がれるのは恋に恋する乙女のよう。気を付けなければにやけた笑みが堪え切れないのをルキは理解しているから、努めて悪役のように不敵に微笑む。

 

「――あぁ、よい。やはりそういうことだ。我の答えは間違っていない。なればこそ、これをアレに届けなければならない」

 

 ついに蘭の姿が目と鼻の先だった。既に彼女から新生の兆しは生まれている。彼女の奥底から今か今かと神威の解放を待ち望む声が聞こえてくる。

 それをルキは確かに見た。

 そして彼女は初めて動く。頬杖をついていた手が掲げられ、パチン、という音を指が鳴らす。

 

 瞬間、玉座へと手を掛けようとしていた蘭の周囲に光の籠が生まれた。

 

「――鳥籠!?」

 

「そうだ。お主を止めるのにこれ以上相応しいものはない」

 

 バチバチという音を立てるそれはただでさえ崩壊しかけの蘭の身体に止めを刺さんばかりに収束を開始した。破壊の燐光に絡め取られるということがどういう意味を表すかは言うまでもない。例え目と鼻の先であろうとも、今のままでこの籠に束縛されるということは即ち死だ。

 

「楽しかったぞ。なによりお主の存在で我は確信を持てた。我は我としての個我を抱いたままにアレへと凱旋しよう――」

 

「ルキ――!」

 

「さらば」

 

 別れの言葉と共に破壊と束縛の鳥籠が五反田蘭への収束を完了した。

 

 




最近感想来なくて寂しいなとか感想乞食になってみる。
やっぱりもらえるとモチベが大分違いますので。更新速度とか結構変わります。
最終章入って寧ろ感想が大分減っていて、まさかの飽きられているのか心配。
つまなくなってきてるとかダレてるのかなぁとちょくちょく思ったり。

とかくkkkをリプレイしてセルフで渇望強めてます(白目

感想お願いします――切実に


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第捌章

推奨BGM;Gregorio L x T mix
※よりAHIH ASHR AHIH

それは炎よりいずるもの
聖なる愛の炎


 憤怒の灼熱が本音の身体を砕いていく。太陽にすら匹敵するだけの膨大な熱量。荒ぶる御魂はそれ自体が必殺だ。問答無用に魂魄まで蹂躙する神威。概念空間内はそれらに当てられて、余すことなく灰燼に帰している。おまけに余波ではなく直撃。クィントゥムとその随神相の直視によって襲い掛かる神気は周囲と隔絶している。

 故に太極の完成を以て布仏本音の肉体は燃え尽きていく。消滅しきるまではあと一瞬しか残っていない。

 

「ぁ……っ」

 

 展開していた防御の式に意味はなかった。反天使(ダストエンジェル)を身に宿してもこの程度。それはつまり本音が使いこなせていないという証拠。いつの間にか己が身に着けていた異能をしかし彼女は完全に用いることができていなかったのだ。

 時間か、運、相性か。何かが足りず『魔鏡』は布仏本音に適正しきることなく消えていく。魂に同化しているからこそ、今の状況では術式そのものも崩壊していくしかない。

 

 それでもまだ本音は諦めなかった。

 

「かんちゃん――」

 

 だって、彼女の主たる少女が勝ってと言ってくれたから。

 布仏本音は更識簪の従者だ。なればこそ、彼女の命には身命をとして果たしたいと思う。彼女は随分ものぐさで、だらしがなくて、普段本音のほうが主導権を握っているようにも見えるが実際には簪の行動がベースだ。我ながら甘いと思いつつもやめられない。

 その彼女に勝利を願われた。

 だから彼女は諦めない。

 四肢が砕け、頭部は上半分が消え去り、残った肉体も灼熱によって人としての形を保っていない。燃焼し、融解していくただの塊。必然その魂も無事ではない。『魔鏡』の術式は完全に粉砕され、微かな残滓があるのみ。本音自身も九割の損害が生じている。

 

 ――その残った残滓を用いて本音は自己改変を開始した。

 

「な――!?」

 

 クィントゥムの驚愕の声には構わない。

 『魔鏡』の残滓、崩壊しかけた魂、篠ノ之束から与えられた歪み。それらを材料として自分という在り方を根底から変えていく。同時刻、別区域でラウラやセシリアが本能で行っていることを己の意思で行っているのだ。

 

『御使彼らに言う。懼るな、視よ、この民一般に及ぶべき、大なる歡喜の音信を我汝らに告ぐ』

 

 朗々と響きわたる唄は新生の産声だ。新たに構成されていく布仏本音という固有存在。紅蓮の神威の中、彼女は不死鳥のごとくに新たな生命として誕生していく。人間、魔人としての彼女は既に消え去り神格として。

 

『今日ダビデの町にて汝らの爲に救主生まれ給へり、これ主なり

 

 汝ら布にて包まれ、馬槽に臥しをる嬰兒を見ん、是その徴なり

 

 忽ちあまたの天の軍勢、御使に加はり、神を讃美して言ふ』

 

 崩れていた肉体が十全となる。五体満足、欠けた所はどこにもない。全身に力が満ちていく。頭の上から、指先、足の先まで。漲る神気が焼き尽くされた全てを癒していく。

『いと高き處には榮光、神にあれ。地には平和、主の悦び給ふ人にあれ

 

 御使等さりて天に往きしとき、牧者たがひに語る

 

 いざ、ベツレヘムに至り、主の示し給ひし起れる事を見ん』

 

 己の在り方、魂、存在理由。これこそ布仏本音であると今この世へと叫んでいく。

 

『――流出――

   Atziluth

 天に栄えし――熾天の御使い』

 

 神咒の完成と共に背に生じる三対六枚の翼。穢れを知らぬ純白の聖気。あらゆる原罪を浄化する天使の秘跡。憤怒の覇道の中に空白が生じ、大罪の世界が本音から生まれる浄化の神気によって領域を加速度的に減らしていた。

 憤怒の世界を振り払う神聖なる翼。

 熾天を織りなすいと高き者。

 

「天使……って言うのはさすがに恥ずかしいねぇ」

 

 広げた翼に宿る光は神気と浄化の白炎。ラウラが冥界を体現するように今の本音は天上の世をその身で司っていた。求道神として存在する一個の宇宙、クィントゥムのように己の世界を広げることはないが浄化という性質であるが故に、

 

「聖なるかな、聖なるかな――」

 

 最早クィントゥムの波動では本音に損傷を与えることには不可能だった。

 

「はっ、だからなによ。成り立ての分際で粋がるな」

 

 それでもクィントゥムは怯まない。

 憤怒の波動が効かないからなんだという。所詮は随神相から勝手に漏れ出す余波でしかない。ただの視線程度振り払っただけでなんだというのか。

 

「大体その年で天使とかメルヘンぶっこいてんじゃないわよぉ!」

 

 焦熱の神威が猛る。巨大な火山が噴火したかのように世界が灰燼と炎に包まれていく。眼下に存在していた建造物の悉くは消滅し何も残らず、融解した大地が広がっているだけ。大気も高温を有し、常人が吸い込めば一瞬で体内が炭化するほど。

 

「でもこれが私だしねー」

 

 それでも本音は常と変わらず、のんびりとした笑みを浮かべながら言葉を繋げる。

 

「いいよ、クィントゥムちゃん? どれだけ怒っても全部私が受け止めるからさぁー。駄々っ子の相手は慣れてる。君みたいな分からず屋のお世話をするのが私の役目だと思うから」

 

 だから、

 

「全部終わったら一緒にあそぼーね?」

 

「誰が遊ぶかぁ!」

 

 瞬間、大機竜が咢を開いた。口蓋に蓄積されるのは赤黒い炎。これまでのようにただまき散らすだけではなく凝縮し、指向性を与えた砲火。それまでの余波などとは比べ物にならない必殺の神威。加減など欠片も考えることのない必滅の竜砲。単純な広域破壊に関しては八大竜王においても最強を誇る一撃が本音へとぶちまけられ。

 本音は避けない。 掲げた右手から彼女の背後にかけて複雑な立体魔方陣が生まれ、

 

『神なる雷霆よ――来たれラミエル』

 

 告げた名と共に白雷が生まれる。光を遮って舞い散る灰すらも切り裂く圧倒的な雷撃。神の雷の名を余すことなく体現するそれは真っ向から激突する。

 

「っ――!」

 

 黒炎と白雷の拮抗。莫大な量のエネルギーが生じ、簪が生み出した概念障壁に亀裂すら生んでいく。どちらも必殺にして最大火力だ。随神相とはいえ基本的に機竜の系譜であることに変わりなくその竜砲は主砲だ。本音もまた神の雷という己の眷属の天使の中で攻撃力では最高位。天界を司る故に彼女もまた冥界の主であるラウラと同じように配下の天使の力を使用できる。覇道神のように眷属たちがそのまま彼女の力になるということはないが、それでもそれぞれの権能の使用は思いのままだ

 黒と白が激突し、拮抗し、そして弾け合い――

 

「塵になりなさい」

 

 大機竜が広げた翼から鋼の羽が降る。その数実に数百枚。言うまでもなくどれもが黒炎の塊だ。弾幕などという生易しいレベルではない。大量の羽は最早一つの壁となって本音へと降り注ぐ。

 

『力強き者よ――来たれガブリエル』

 羽の大軍に降り注いだのはさらなる天空から飛来した流星群。羽の数を優に上回る数千の大閃光。天を埋め尽くして落下するそれは黒炎の羽よりも早い。

 

「!!」

 

 まず最初に羽が押し潰され消滅する。黒炎の代わりに白炎が占め、そのままクィントゥムと大機竜にも落ちた。それは本来ならば『魔鏡』の式の一つ。かつては発動には詠唱を必要としていたものが、神格となった今はもう必要ない。一節の呼び出しのみで発動を可能としていた。

 当然威力も桁違い。

 

「っあああああああああああああああ!?」

 

 流星雨がクィントゥムを蹂躙する。随神相への損傷はそのまま彼女へと繋がっていく。巨体故に回避することはままならい。故に黙示の天使、四大の一角を冠する御使いの権能が直撃し、

 

『四大を此処に――ラファエル、ウリエル、ミカエルよ』

 

 本音は躊躇わない。迷うことなく残りの四大を発動する。広げた両腕が魔方陣を描く。十字を描き、それらを頂点として円を一つ。そこから生まれる天使の力。

 流星瀑布に加えた空間歪曲、擬似太陽、超熱奔流。

 空間歪曲や擬似太陽は先ほどまでも使用したがその威力は比べ物にならない。一つ一つが都市どころか小国程度なら崩壊させるであろう大威力。それらはクィントゥムへと放たれ――、

 

「舐めるなぁああーーーーッッ!」

 

 全てが停止し、割砕音と共に消滅した。

 まるで全てが凍結したかのように見えるそれの原因はクィントゥムの左目。黒に輝くそれはそれまでの憤怒の神威とは根底が同じながら発言の仕方が異なっていた彼女のもう一つの力。爆発する感情ではなく、沸点を超えたが故に凪ぐ感情を表した力。二面性を持つ感情であるが故に二つの性質を持ち、これまで隠し持っていたそれを四大天使へと使う。

 空間歪曲によって生じた断層も数千万度を誇る熱量も全てを飲み込むエネルギーの奔流も神の鉄槌の如き流星雨もなにもかも。その存在全てを停止させ、薄氷の如くに砕け散っていく。

 

「もう終わりに――!」

 

 視線が動く。

 停止の魔眼は視線こそが必殺の武器。大量の光源によって本音自身を目視することは叶わなかったが存在自体は認識している。故に今度こそ目視して、その存在を完全停止と粉砕ないし、停止直後の憤怒を叩き込もうとし、

 

『アルファ、オメガ、エロイ、エロエ、エロイム、ザバホット、エリオン、サディ』

 

 停止の波動の悉くが塩と化した(・・・・・)

 本音が掲げた両手の球体状、そしてそれに絡みつく様な環状魔方陣。それが始まった瞬間、概念空間内に満ちていたクィントゥムの覇道すらも白の塩へと変換されていく。

 

『汝が御名によって、我は稲妻となり天から堕落するサタンを見る。

 汝こそが我らに、そして汝の足下、ありとあらゆる敵を叩き潰す力を与え給えらんかし。いかなる ものも、我を傷つけること能わず。

 Gloria Patris et Fillii et Spiritus Sanctuary.

 永遠の門を開けよ。

 ”Y” ”H” ”V” ”H” ―――テトラグラマトン。  

 ”S(シン)”―――ペンタグラマトン』

 

 それこそが『魔鏡』に記されていた最強最悪の式。発動したその瞬間からありとあらゆるものを浄化し、穢れなき白塩と変える無情の光。それは罪を持った者に対しては効果を最大限に発揮するからこそ。

 

『永遠の王とは誰か。全能の神。神は栄光の王である――ネツィヴ・メラー』

 

「――あぁ」

 

 あまりにもあっけなく、無機質なまでに随神相を塩とし――クィントゥムを滅ぼした。

 

 

 

 

 

 

「呆気ないものね」

 

 浄化された世界の中で、自身も塩と化しながら大地に倒れ彼女は言う。皮膚は八割方変換されている。四肢は塩となって脆く砕け、残すは胸から上程度だけ。 その中で彼女は怒らず、憤らず、ただ自分を消滅させた少女に視線を向けていた。

 六枚の翼を閉じて自分の横に膝をつく少女を。

 不思議と、怒りはなかった。

 

「ううん、違う。貴女のおかげってわけか」

 

「クィントゥム、ちゃん……?」

 

「ずるいわよ、大罪を浄化する光……私たちじゃあどうしようもないじゃない。罪でできる私たちが、それを消されたら何も残っていない」

 

 稼働年月が短い私たちは特に。

 何やら色々秘めるところがあるらしいルキや元々が違うオータムやスコールはともかく、他のメンツでは相性ゆえに絶対に勝てないだろう。酷い話だと思う。つい少し前ならば怒り狂っていただろうけど、

 

「そっかぁ……怒らないんて始めてだなぁ」

 

 大罪が浄化されたからこそ、今初めて怒り以外の何かが生まれていた。感情とも理性とも言えないような未だ弱弱しいもの。微かな、今にも消えていくだけの小さな灯は確かにクィントゥムの中に宿っていた。

 

「……ねぇ、本音だっけ」

 

「そうだよー。クィントゥムちゃん、んと。クィンちゃんでいいかなぁー?」

 

「やめてよ、犬みたい。というかただの番号だし。まぁそんなのしかなかったけど」

 

 どっちにしろあと数分もなく消え去るのだ。体はもうほぼ全てが塩となっている。少しでも衝撃を受ければすぐに崩壊するしかない。今こうして喋るだけでも皮膚が零れ落ちていく。

 それでもどうせ消え去る運命ならば何をしたって同じだ。

 

「本音」

 

「うん」

 

「多分……貴女がアレと相対するには貴女が必要よ。忘れないで、私たちが罪でできている。それしかない、それが消えれば消え去るしかないってことを」

 

 布仏本音という罪に対する切り札。少なくとも感情というアレの無尽蔵のレギオンはまともに戦っていては話にならない。求道神という在り方ではまともにぶつかっても単純な物量差で押し切られかねないが今の本音の性質ならばその差をひっくり返せるはず。

 

「それだけでどうにかなるわけでもないけど……もっと明確な鍵が必要だけど……それでも……お願い」

 

 クィントゥムの口から零れた最後の願い。

 それは多分、全ての罪が取り払われた無防備な状態だったからこそ口に出すことのできる言葉だった。こういう風になら無ければ思うことすらできなかった。

 そしてクィントゥムの懇願に、

 

「任せて。私なら、私たちなら大丈夫だよ。だからいつか――一緒に遊ぼう?」

 

 そうやって自分や自分たちの仲間のことを誇らしげに言う本音へ目を細め苦笑し、

 

「……いつか、ね」

 

 罪も何もなくまっさらなままで、たった一つの約束だけを抱いてクィントゥムは消滅した。

 

 

 

 




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第玖章

推奨BGM:我魂為新世界

繋がる道は限りなく
羽ばたく翼は嵐のように



 全身が裁断されていくのを蘭は感じていた。全方位から都合二十の光条。収束し、自らを分割していく絶殺の檻。首が腕が足が腹が頭が、どこもかしこも一部の隙もなく光に閉じ込められる。抵抗はした。けれど遅かった。例え神格へと至りかけていたとはいえ、その瞬間未だ至らなかったのは確かなのだ。だからこそ及ばない。

 耳に残ったのはルキの別れの言葉。あぁ、それは間違っていない。確実にこの瞬間蘭は死ぬ。人の身では、或は魔人であろうとも全身を分割されれば生き残ることは不可能だ。

 死に行く中、走馬灯は走らず、何も思い出すことはなく彼女はただ自らを殺していく光の檻とその先にある少女だけを見ていた。

 檻。

 つまりは束縛。

 あぁそれは五反田蘭が最も嫌うものではなかったのか。

 あぁそんなものに己が殺されてもいいのか――

 

「……いいわけが、ない」

 

 それは果たして声となっていたのか。声帯も口も切り裂かれて声が出るはずがない。けれど、確かに蘭はそう思っていた。

 

「ならばどうする?」

 

 問う声は微かな驚きと面白がるように。敵意も殺意もない声だったからこそ、いいや友達と呼び合う少女の声だったからこそ答えようと思い、

 

『大いなる古、草も砂も海も無く神も巨人達もいなかった。世界のはじまりは、原初の火焔だけがあった』

 

 

 

 

「く……くははははは! さらば、さらばだ五反田蘭!」

 

 蘭の姿にルキは哄笑を上げた。破顔一笑して、かつて人間だった友達へと決別の言葉を告げ、

 

「そしてようこそ我が友――よくぞ至った、祝福しよう。さぁ教えてくれ、お主の在り方を!」

 

『朝霧の薫りは満ちているかなと問い、すなわち吹き荒ぶ風がの天の八重雲を吹き放つ事のごとく。

 

 羽ばたく水鳥、朽ちぬ楠こそ我が様。我が命は武士どたちを戦場へと誘うことなり』

 

 ルキの絶叫の答えとして産声の唄は続いていく。彼女へと収束していた光の檻が音を立てて砕けていく。裁断されていた後はどこになく、傷一つない心の翼が再誕するのだ。

 

『炎も風も牙も荊も雷も轟も石もなにもかも。あらゆる全てを契ぎ旋律を奏でよう。

 

 いざ参れ。八道を束ねその先に。九つ首の鐘を鳴らし、鱗の門を叩こう。

 

 凱嵐の道はその彼方にある。我が世こそが無限の空だからこそ』

 

 両の踵にそれぞれ翼が生まれる膝辺りまである光の翼は五反田蘭という存在の証明。彼方へと羽ばたき続けることを願った疾走者の証だ。

 

『その羽ばたきを知らぬ者はなく、その輝きを恐れぬものはない。

 我は天空より舞い降りし者。風の客人と戯れ、世界に融け往く旅人。

 

 

――太・極―― 

神咒神威 八咫・級鳥之石楠船』

 

 そして五反田蘭は新生する。

 瞬間発生したのは五十五の暴虐の牙。超瞬発によって発揮された破壊の権化が傲慢の世界を切り開いていく。一つ一つが高層ビルの二、三本を容易く断ち切る破壊の一閃だ。それが蘭の身を蹂躙していた傲慢を切り裂いた。飛来するそれらを真正面から受け、

 

「フハハハハ!」

 

 玉座から抜いた身の丈もある巨大な大剣で全て打ち砕いた。それまで不動だったのにも関わらず、それを全く感じさせない動きだ。寧ろようやく動くことができたと歓喜の笑みを漏らす。

 そして見続けるのは、

 

「――私はどこまでも羽ばたく翼で在りたかった」

 

 静かに蘭は言う。それまで何度も想い、言い続けてきたこと。けれど今、焦がれ求めた頂に手が届いた。新生と革新による開放感。全身にみなぎる神咒神威。今ならば言葉通りのことが実現可能だと認識し、嵐の前の静けさの通りに彼女はいっそ穏やかに言う。

 

「しがらみも枷もなにもかも関係ない。私は自由だ、どこまでも飛べる。私が往く先こそが私の道だから」

 

 かつて己に誓った。自分の翼で飛ぶということを。その時は実力が足りず、果たしてどこまで行けばいいのかと走り続けてきたが、今この瞬間。太極という極地に至ったからこそ。

 

「私は行ける、飛べる。どこまでも! もうなにも私を縛るものはないんだからーー!」

 

 言葉と同時に蘭に周囲に巻き上がる暴風。随神相という世界の中に発生した人間大の異界から発せられるからこそ傲慢の世界を蘭自身の色で染め上げていく。

 

「ほう、なるほど。これが求道か。我らにはない概念だ。ククク、全くつくづく我らは無知だなぁ」

 

 蘭との間に発生した陣取り合戦を認識しルキは笑っていた。この時点で彼女の体の崩壊は始まっている。未だ微々たるものとはいえ、驕り見下すことが存在意義であるルキに同格と認めてしまった(・・・・・・・)存在が現れたのだ。この時点でルキの消滅は必然。避けようのない決定事項。例え一瞬後に蘭を殲滅しきっても一度抱いてしまった感情はなかったことにはできない。

 しかしそれでも、

 

「さぁ来い、我が友よ! 貴様のその翼を我の眼に焼き付けろ!」

 

 これ以上ないと言わんばかりに楽しそうに叫び、大剣を振るう。技術がゼロという訳ではない。二流ではないがしかし一流には届かない技量。しかし感情任せの膂力が技術不足を補っている。山脈をまるごと横切りで分割するだけの威力を内包した斬撃は、

 

『荊は鋭い。触れる者いかなる戦士といえど痛みを覚え、その中に横たわりし者。我が身滅ぼす苦しみなり――』

 

 同じく山脈をぶち抜くだけの威力と貫通力を誇る蘭の蹴撃と激突する。風の荊を全身に巻き付けて放った飛び蹴りの一種。螺旋運動によって貫通力が極限にまで高められたからこそ、

 

「ゼ、アァッ!」

 

 ルキの大斬撃を真っ向からぶち抜く。

 

「ハッ!」

 

 押し負けた。それだけの事実もルキには猛毒に等しい。それでも構わずに更なる斬撃を放つ。一撃ではなく、二撃、三撃と絶え間なく。先ほどのにも劣らぬものが二十三。大陸を粉砕しかねない大威力。最早線ではなく壁として迫る破壊に対して、

 

『戦車は館に座っている戦士達にとって容易いもの。長い道のりを旅する力強い馬にまたがる者には奮闘を要するものである ――』

 

 口ずさむ詩と共に足の生じた風車が全てを吸収した。

 

「おお!」

 

 ルキが驚くのも無理はなく。かつて機竜の竜砲を吸収し、撃ち返した轟の歯車。その時点と今の攻撃では質と量が文字通りに桁違い。にもかかわらず今蘭は完全に無傷でルキの斬撃群を吸収していた。

 そしてそれだけではなく、

 

『大地は全ての者達に忌まわしい、抗えなく死体、死者の亡骸が冷たくなり、生ある者達がその仲間として大地を選ぶ時に。果実らはなくなり、喜びは消えうせ、人が行った約束は破られる――』

 

 空間を概念的に完全固定したものを風車で打ちだしたのだ。

 

「が、はぁ……ッ!?」

 

 馬鹿げた勢い射出された空間がルキに直撃する。全身を殴打するその衝撃に悲鳴を耐えることは不可能だった。星を半ば貫通しかねない大威力など喰らってさすがの神格といえど無事で済むものではない。

 力量の天秤は完全に傾いている。蘭が成長しすぎたというよりはルキが加速度的に劣化しているのだ。蘭が己を高めれば高めるほどに、ルキの崩壊は早まっていく。

 それでも尚――

 

「ふは、フハハハハ、ハハハハハハーーー!」

 

 何が楽しいのか。血に塗れ、全身が砕かれ、神格といえど看過できぬダメージを負い、今この瞬間も消滅へと辿っていく身でありながら。ルキは笑い、剣を振るい、蘭へと行く。

 

「なにが、そんなに楽しいのさ!」

 

「知れておる! 言うまでもないだろう! この我が! 大罪の担い手が! 傲慢の降臨が! 友を見上げ、窮地に立ち、負けるしかないのに抗っている! ハハハハ! ここで笑わず何時笑うというのか!」

 

 交叉する蹴りと剣は止まらない。光速すらも超過し凡そ速度の限界域を体現する神速の蹴撃。全身が織斑一夏の颶風抜刀にも匹敵する超速度。ルキが一発の斬撃を放つ間数十、数百にまで及ぶ攻撃頻度。

 

「くは、ハハッ、あはははは……!」

 

 それでもルキの哄笑は止まらなかった。最早蘭を見下すことなど不可能。半身が崩壊し、全身が光となっていくにも関わらずそれでも尚剣を振るう腕を止めることはない。

 

「あぁ……なんだろうなこれは。今我が抱いている感情をなんという。解らぬなぁ、最早罪がない我にはどうしようもないからなぁ。――それでもあぁ、やはり我は間違っていない」

 

 ルキにはなぜか、不思議なくらいに穏やかな笑みが。これから消滅していく者にはどうしようもなく不釣り合いな微笑み。それはどう見ても敗者の顔色には見えなかった。今こうしている瞬間にも、 何か得るものがあったというように。

 二人の動きが止まる。お互い満身創痍だが、ルキは最早全身が消えかかっている。しかし、構わず腰溜めに大剣を構え、蘭もまた瞬発の溜めを行っていた。

 

「――さぁ決着を付けよう我が友。短き付き合いだったが、それでも満足だ」

 

「……ルキ」

 

 朗らかに笑う少女と痛ましげに曇らせる少女。勝敗とはまるで対照的だった。

 

「そんな顔をするでない。これでいいのだ。お主のおかげだよ。ありがとう、蘭。だから終わらせよう。例え我がここで消え去ってもお主が我の想いを忘れないでくれるのであれば――」

 

 続きは声に出して発せられることはなかった。

 それでも確かに、その想いは蘭へと伝わっていた。

 

「……うん、きっと必ず」

 

 彼女は頷き、

 

「――さよなら。また会おうね」

 

「応とも。いつかまた、な」

 

 最後の激突。暴風を纏った凱嵐の双脚と膂力任せの大斬撃。

 その勝敗は言うまでもなく。

 八大竜王の一角、傲慢の降臨、ルキは友との約束を満足を抱いて消滅した。

 

 

 

 

 

 

 生まれた求道神はこれで五柱。全く同時刻、彼女たちは真実へと至り、その身を神の領域にまで押し上げた。

 そして討滅された四柱の八大竜王。残るは半数、ここまで見れば狂気の担い手たちの完全勝利は近く――

 

 しかしこの先、この益荒男たちと八大竜王たちの戦いに於いて――誰一人太極座へと至るもの生まれなかった。

 

 織斑一夏も。

 凰鈴音も。

 篠ノ之箒も。

 セシリア・オルコットも。

 

 四人が四人とも――神と成ることは絶対にない。

 

 




ぶっちゃけルキはスクナポジだったり(

あと本音はセラフィムという天使で一番偉い存在の体現ですね。ガブリエルではないです。

さてある意味ここからが本番


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第拾章

推奨BGM:Fallen Angel (パラロスBGM

溢れる暴食と喰らいつくしの暴食
魔弾の法則は何処に


 セシリア・オルコットの超絶技巧により放たれた魔弾は秒間数百発を超える。かつて『蒼き雫(ブルー・ティアーズ)』と名付けられたISだったがセシリアと共に在るためにその在り方をハンドガンとして変えている。『魔群』の式の保有故にその拳銃も尋常のものではない。ハンドガンサイズでありながら、マシンガン並の連射性、バズーカ並の威力、狙撃銃並の精密性等の凡そあらゆる銃火器の最高スペックを実現している。放たれる弾丸もただの鉛弾ではなく、魔力ないし歪みで構成された魂にまで及ぶ。

 

「しゃらくさい、水しぶきかよ」

 

 それをオータムは直に受けながら、しかしそれだけだった。

 

「っ……!」

 

 命中している。当たっている。決して外れてなどいない。彼我の距離十数メートルという至近距離でセシリア・オルコットが狙いを外すことなど在りえない。実際に、これまでの彼女の生涯に於いて自分の弾丸が無力化されたことはあっても外したことなど一度もない。効果のあるなしは関係なく、絶対に当たっている。

 そして必中の理は今も尚健在だ。

 セシリアの弾丸は一つ残らずオータムへと当たっている。――当たっているはずだった。

 

「……着弾の瞬間や軌道上で、自ら弾けていますの?」

 

 彼女の目にはそういう風に見えた。オータムに着弾しても彼女にダメージを与えることなく装甲服の表面で弾け、または着弾するよりも前に弾丸そのものが破壊されている。明らかにおかしい現象だが、それにセシリアは動揺しない。

 なぜならばそれこそが、

 

「そう、これが私の『暴食(ガストリマルジア)』だ。この世界ではあらゆる力は飽食となって自壊を得る。お前さんはよくもっているけどなぁ」

 

 広げた腕が示すのはオータムの随神相内。戦闘開始と共に馬鹿げた大きさを誇る霧水の竜を生み出し、オータムはセシリアをその体内に取り入れていた。広がる世界は水に覆われている。所々に隆起した苔に覆われた大地がある。一件すれば恵みの世界でありなが、何故かそんな印象はない。苔の類は際限なく水を吸収し、足首まである水は常に流れを変えている。

 飽和と飢餓が両立する世界の中でセシリアは納得を得る。

 

「……なるほど、納得ですわ」

 

 つまりは強制的なオーバーヒートやメルトダウン。この世界の中にいる限りそういうことが起き続けるのだろう。

 オータムという女は学園祭の時においても主犯格でありながら、自ら戦ったり能力を用いることはなかった。セシリア自身暴食の罪の術式を用いるからこそ、一目見てオータムが暴食の八大竜王であることには気づいていたが、能力自体まで解るわけではない。

 けれど今、確かにセシリアはオータムの特性を知った。

 

「っ!」

 

 引き金を引く。弾丸が射出する時間は一瞬すらもない。その一瞬に吐きだされる破壊の弾丸は変わらず数百以上。常軌を逸した高速射撃(クイック・ドロウ)。恐るべきはその超絶技巧は歪みではなく彼女自身の魂から生じた技能だということ。

 しかし、

 

「駄目ですかっ!」

 

 結果は変わらない。全ての弾丸の悉くが飽食の波動を受けてその力を失ってしまう。

 

「……よくやるなぁお前。流石って言っておこうか? 弾丸飛ばせるってだけで十分よくやるよ」

 

「それはどうも。けれど、効かないなら意味がありませんわ」

 

 言葉と共にセシリアは銃を掲げた。最早通常の射撃では意味がないことは明白だ。量がメインの攻撃ではオータムにダメージを与えられない。

 

「アクセス――我がシン」

 

 故に彼女は己に眠る反天使の力を使用する。オータムの暴食(ガストリマルジア)とは同種でありながらまた別の暴食。蒼の銃身が姿を変えていく。より長く太く。一メートルほどにまで延び、銃口にはプラズマの閃光が集まっていく。

 

「これなら――どうでしょうか?」

 

 かつて数十の機竜を一瞬で屠った赤い破壊。それが銃口の中で臨界を迎え射出され、

 

「残念、無駄だ」

 

「――っあああああああ!?」

 

 その光は暴発し、伸びたばかりの銃身が破裂した。

 

「……なっ、これ、は」

 

「だから言ったろう? 飽食するって。プラズマだかなんだか知らねぇけど関係ねぇよ。お前が力を込めれば込めるほどに返し風は大きくなるぜぇ?」

 

「……ぐっ」

 

 プラズマの暴発は言うまでもなくセシリアへのダメージが大きい。右腕全体が焼け爛れ、全身の各所にも火傷がある。至近距離での暴発を考えれば、それで済んだというのが奇跡だ。焦げ臭い匂いが鼻を付き、彼女の自慢だった金髪も半ば焼け落ちている。

 

「それ、でも……!」

 

 触覚の消えた右手で残っている『蒼き雫』を握りしめる。常人ならば即死していてもおかしくはなく、この状態でも動けるのはセシリアの精神力に他ならない。

 

『イザヘル・アヴォン・アヴォタブ・エルアドナイ・ヴェハタット・イモー・アルティマフ

 ヴァイルバシュ・ケララー・ケマドー・ヴァタヴォー・ハマイム・ベキルボー・ヴェハシュメン・ベアツモタヴ

 呪いを衣として身に纏え。呪いが水のように腑へ、油のように骨髄へ纏いし呪いは、汝を縊る帯となれ

 ゾット・ペウラット・ソテナイ・メエット・アドナイ・ヴェハドヴェリーム・ラア・アル・ナフシー

 暴食のクウィンテセンス。肉を食み骨を溶かし、霊の一片までも爛れ落として陵辱せしめよ 』

 

 血に濡れた唇から零れるのは呪詛染みた詠唱。同時に拳銃に入っていた赤いラインが枝分かれして伸びていき――光の帯となってセシリアの腕に突き刺さる。

 

「っぐぅ……!」

 

 プラズマの暴発すらを上回る激痛。魂すらを蝕んでいくそれは罪を身に宿す代償。血管が浮き上がり、尋常ではない異物感がセシリアを襲う。思わず嗚咽を漏らしながらその浸食を受け入れていき、半壊した銃口に全てを溶かす酸が集まっていく。

 

 『死に濡れなさい――暴食の雨(グローインベル)ッッ!』

 

 引き金を引き――暴発。

 しかしそれがセシリアの狙いだった。暴発に壊れた銃身。それによって銃口に溜まっていた酸の波動は周囲にまき散らされる。

 

「……よくやるなぁ」

 

「意外としぶといんですの、よっ!」

 

 言葉共に拳銃サイズにまで落とした『蒼き雫』に今度こそプラズマ弾を放つ。周囲に広がった『暴食の雨』は一時的とはいえオータムの世界に生じたセシリアの領域だ。高速射撃(クイック・ドロウ)とプラズマの合わせ技。最小限の規模で最大限の威力を生み出した弾丸は確かにオータムへと放たれ、

 

「カカカ、英国淑女っていうのは喰い甲斐がありそうだぜ」

 

 腕の一振りで薙ぎ払われる。直に触れたせいでまたもや飽和し、力を失うが、

 

「対処しましたね」

 

 これまで不動だったにも関わらず、今のにオータムは反応した。つまりはこれまでのよりは彼女へとダメージを与えられる可能性があったということ。右腕を犠牲にし、暴食の雨の展開によって威力を高めてやっとそこまでだが、

 

「このまま続けていけばどうでしょうね」

 

「さてなぁ? 試してみろよ」

 

「言われなくても」

 

 元より暴食の雨は長時間広がり続けることはできない。セシリア自身の力ではなく反天使である『魔群』を基にしているからかろうじて随神相の中でも保っていられるのだ。

 

 だからこそセシリアが行うことは――何よりも自身の魂に触れることに他ならない。

 

 今のセシリアもまた太極位階に手が届いているのは確かだ。この世界に身を起きつつ、存在を保っていられるのが何よりの証拠。けれど変わらずにあと一歩が届かない。なにか決定的な最後の切っ掛けに未だ至っていないのだ。

 だからこそまずはセシリア・オルコットという存在の確固たる何かを己で理解しなければならないのだ。他の地区にいる者たちもそれは同じだ。

 だから迷いはない。

 

「アクセス――我が狂気(ロウ)

 

 

 

 

 

 

 

 斬撃が走る。

 朱色の大太刀が大気を割り、世界を切り裂く。一見無造作に放たれた一刀でありながら、無駄は一切なくその刀身に宿された淡い光は軌跡を描く。

 篠ノ之箒だ。真紅の十二単という凡そ戦闘向けではない服装をものともせずに二メートルもある大太刀を振るう。その足場は何もかもを引きずり込もうとする底なしの砂場。一瞬でも足を止め呆けようものならば存在を根こそぎ強奪されるしかない。故に箒はこの随神相に取り込まれてから一度も停止することはなく、ただひたすらに、愚直なまでに『朱斗』を振るい続ける。

 

「ちょっとー!? なにか一言くらいあっても、ってうわぁ!?」

 

 相対するのは八大竜王の一角、テルティウム――桃だ。彼女は名の通りの桃色の髪を揺らしながら無手で箒の鬼気迫る斬撃を避け続ける。

 避ける。

 避けている。

 ――避けざるを得ない。

 

「なんなの、よ! 全く!」

 

 『朱斗』の力は『愛の狂兎』の直轄だ。この世で誰よりも彼女の力の薫陶を受けている。あらゆる異能を無効化し、凌駕する朱色の閃光。篠ノ之束の強度に匹敵する存在でなかればその力に抗うことはできない。一夏の『雪那』と含め、この世で二振りのみの神格へと対抗できる概念兵器だ。 

 だからこそ桃は避ける。

 当たれば崩壊するとまではいかないにしても、ある程度のダメージは受けざるを得ない。

 

「あぁ、もう! なんか言うことなにのぉ! 私たちの存在とか――」

 

「――黙れ」

 

 桃が語りかけるが、しかし箒は欠片も取り合わなかった。声に込められたのは特大の怒り。あるいは八大竜王にさえ匹敵しかねない激怒。それが今の彼女の全身を支配し、動かしている。当然その姿は最早姿が変わり切っている。全身はほぼ朱に染まる。朱斗のような鮮やかなそれでは血のように濁った赤。通常なのは僅か左目の周囲だけしかない。 

 それでも箒はそんなことに構わず、大太刀を問答無用と振り続ける。

 

「いい加減我慢の限界だ」

 

 一閃一閃が海を砕き、空を断ち切る大斬撃。今彼女を焦がす怒りがその武威を加速度的に引き上げていく。

 

「貴様ら、揃いも揃って私の姉さんの顔でベラベラと――滅尽滅相、誰も生かして返さない。その首刈り飛ばして、来世の果てで姉さんに土下座させてやる」

 

「うわこの女神格級のシスコンだ――気持ち悪い!」

 

「妹が姉を好きで何が悪い!」

 

 





なぜかデジモンの二次を始めていた。解せぬ
主人公の友達が司狼臭い(白目


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第拾壱章

推奨BGM:唯我変生魔羅之理
※より神心清明


それは弱くて
けれどきっととてもまぶしいもの


 それはまるは機械に油を指すような感覚に似ている。

 あるいは泉から水を掬い上げるかのように。命は油や泉であり、機械や掬い上げる手は自分自身。そうイメージするだけで篠ノ之箒の肉体は革新する。特別な工程は要らない。ただ念じるだけで、なんの代償もなく彼女の力を増していく。上書き能力と呼んでいたそれこそが箒の異能であり、それを少しずつ使うことで彼女はこれまで戦ってきた。

 確かにこの力は箒の肉体を変えていった。肉体の色が変わり、より鋭利な爪や頑丈な肉体になっていた。けれどそれを代償と呼んでいいのか。見た目が変わった程度この世(・・・)では大したものではない。実際、学園祭において異形となった肉体を晒したが、それで箒の周囲は変わらなかった。結果的に見れば力を増しただけ。

 悪いところなど一点もない。ただ己の力を無限に上書きし続ける特権。意思一つだけで強化可能という歪み。

 

 けれど――本当に何も代償は無かったのだろうか。

 

 機械に刺される輝く液体は、掬い上げられるオーロラの如きイメージは本当に永遠だったのか。

 無論――否だ。

 源となる力は無尽蔵ではない。上限はあり、限界がある。そして限界を迎えるということはつまり人間からの逸脱だ。神格となり太極に至るのではないお。正真正銘、訳のわからない化物に成り下がってしまうということ。

 

「あぁ――だからどうした」

 

 それでも変わらずに箒は上書き能力を使い続ける。限界は近い。命の泉は枯渇を迎え、人の枠組みは崩れかかっている。そんなものはどうでもいいと言わんばかりに。

 全身が一秒一秒化外と成っていくのも構わずに大太刀を振るう。

 

「篠ノ之流――魅華月」

 

 超強化された膂力で三日月の大斬撃。砂の世界を切り開きながら桃へと飛ぶ。純粋物理破壊力であれば益荒男たちの中で最高位。加えて『朱斗』の性質を得ているからこそ異能への弱体化効果もある。

 

「うわ、っと」

 

 桃もそれを避ける。彼女といえど無事では済まない。避けて、直撃を避け、

 

「いっただきまーす」

 

 余波を喰らう。

 『強欲《フィラルジア》』。神咒を『拒絶の強欲』である彼女の力はあらゆる痛みを自身の能力の燃料とすること。本来ならばあらゆる攻撃を強奪することができたはずだが、大太刀が束の力を受けているからできないが、それでも余波程度ならば十分に奪える。本来ならば発した歪みが全て桃に吸収されるはずだったことを考えればこれでもかなり彼女の力を損なわせている。

 

「よーいしょっ!」

 

 間の抜けた掛け声と共に掌が振るわれる。武器はない徒手空拳。しかし、神格の力で、箒の斬撃の余波を喰らった状態ならばそれでも十分に必殺になりうる。

 

「あはっ!」

 

「ちぃ!」

 

 爪撃は箒の斬撃を上回る莫大な威力を生む。それは今の箒ではまともに受けられない。しかし、わずかでも動きを止めれば強欲の砂漠に存在する力全てを奪われてしまう。だから止まることは無く、

 

「――っづう、あ、がぁ!」

 

 また一滴。己の肉体を変革する。元々大太刀という武器に関して彼女の技術は極まっている。同じ刀剣使いとしては一夏の『光速抜刀』にも負けず劣らずの武威を持っているのだ。極めて精緻な肉体操作。セシリアの超絶技巧には一歩劣るとはいえ、箒自身が持つ技術。全身を化外へと変生させながらも変わることの無いソレを以て、常に数値を変える身体能力を制御していく。

 

「篠ノ之流、斬月ッ!」

 

 大上段の唐竹割。文字通りに月さら割りかねない威力を宿した巨大な斬撃。桃の爪撃と激突し、一瞬拮抗し、箒の斬撃が上回る。

 

 この時点で箒は既に能力だけならば神格の領域にへと至っている。

 

「せい、やァッ!」

 

「篠ノ流、嵐車!」

 

 乱撃と刺突。強欲の砂を爆散させながら激突する攻撃。相殺されればすぐに箒と桃は次なる一撃を。僅か数十秒間に交わされる刃と爪は数百とまではいかなくてもその分威力に関しては破格の一言。一度の衝突で街一つ滅ぼすことすら容易い。しかもそれらはぶつかる度に威力を増していく。

 

「すごいですねえ」

 

 桃は笑う。

 

「まだ成りきっていないの私と互角なんて。そりゃあ私も結構物理特化で、色々面倒な特殊能力はないですけど、それだけに強いつもりだったんですけどねぇ」

 

 言葉と共に両腕を振る。技術もなにもない力任せの動き。しかし八大竜王の中でもトップの膂力で放たれている。けれどその力に対して箒は一歩も引かない。自己に届かないならば超えるだけに自らを上書きしていく。

 それを目にして、

 

「欲しいなぁ」

 

 笑みを歪めながら彼女は言う。

 強欲(フィラルジア)

 桃という少女はその大罪を担っている。一口に強欲と言っても色々あるが、極論すれば欲しがり屋だ。あれがほしい、これがほしい。常に彼女はそういう風に考えている。彼女からすればこの世のものは欲しいか否か、手に入るか否かだ。

 だからこそ、箒の力を目にして、

 

「欲しい、その歪み。その力。一体どうすればそんな力になるんですか? 兎の妹だから? 彼女が打った刀を振るっているから? どんな色を、祈りを以てその力を振るっているんですか? ――あぁ、どうでもいいや」

 

 欲しい、と彼女は言葉を紡ぐ。強烈な感情。

 第三の名を持つ彼女は八大竜王の中でも稼働年月は長い。四番目以降に比べれば趣味嗜好も明確にあるし、人の楽しみというのも満喫している。

 けれどもその本質は変わらない。感情の具現。強欲という罪以外に彼女は何も持っていない。

 

「――欲しい」

 

 その言葉が桃の全てを表している。

 篠ノ之箒の力を欲しいと、ただそれだけの感情を載せた言葉を告げ、

 

「……欲しい、だと? この力が……? ……はっ」

 

 箒が動きを止めた。自殺行為に等しいがしかし、

 

「は、はは……ははっはははははははは! くはははははははっはは!」

 

 爆笑した。

 

「……あの、私が言うのもなんですけど頭打ちました?」

 

「――馬鹿か貴様」

 

 桃に言葉には取り合わなかった。

 大太刀から片手を外し、だらりと力を抜く。一見すれば戦闘を放棄したことにも等しい、けれど言い知れぬ違和感がある。形容しがたい不安が桃に生まれ、

 

「下らん。こんな力、欲しがるものではない。……あぁ、そうか。貴様にはコレが摩訶不思議な神通力の類にでも見えるのか。とんだお笑い草だよ」

 

 くつくつ、と失笑気味の笑み。天を仰ぎ、

 

「いいさ、決心が付いた。悪いな、皆。これが……私の進む道なんだ」

 

 そして――命の泉は枯渇する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ケララー・ケマドー・ヴァタヴォー・ハマイム・ベキルボー・ヴェハシェメン・ベアツモタヴ

 されば6足6節6羽の眷属、海の砂より多く天の星すら暴食する悪なる虫ども。  

 汝が王たる我が呼びかけに応じ此処に集え

  SAMECH・VAU・RESCH・TAU

 そして全ての血と虐の許に、神の名までも我が思いのままとならん。喰らい、貪り、埋め尽くせ

 来たれ――ゴグマゴグ』

 

 まず初めに反天使(ダストエンジェル)魔群(べルゼバブ)』を完全に起動させた。赤く染まった銃身が巨大化しまるで大砲のようになり腕と一体化する。顔には血管が浮き出て瞳は真紅に染まり魔性が浮かぶ。同時右肩甲骨よりから漆黒の翼。周囲、オータムの随神相の世界の大気を汚染し銃口へと集いこれまでとは比べものにならないほの光を蓄える。それは毒気、妖気、瘴気、この世の大気に存在するあらゆる有害物質を収束し、呪詛を交えさらに圧縮させたもの。とりわけこの世界(オータム)は『■■■■■』の眷属、つまりは存在そのものが世界の癌細胞。故に集まる有害物質は通常空間の比ではない。

 これだけで既に神格の領域へと足を踏み入れた。

 

 けれどそれではセシリア・オルコットは満足しない。

 

 接続したのは座でも狂兎でも導きでもない。己の魂、己の狂気。セシリア・オルコットという存在が行くべき道。

 更識簪が、ラウラ・ボーデヴィッヒが、シャルロット・デュノアが、布仏本音が、五反田蘭が。

 それぞれこの天に斯くと謳いあげた神咒神威。

 それこそが必要だと彼女は認識している。

 故にそれを定めるために『魔群(ベルゼバブ)』を踏み台としてさらに奥へ。かつて式を手に入れた時と同じように自らへと行う精神潜航。個我すら失う超深奥。

 そして今この刹那に。

 

「あぁ――」

 

 彼女が行く道に。

 

『――流出――』

   Atziluth

 

 生まれ出のは銀月と狩猟の女神、何よりも清らかに美しい月光の処女神に他ならない。 

 織斑千冬(ブリュンヒルデ)でも篠ノ之束(マーチヘア)でも『■■■■■』でもなく、他のあらゆる宇宙から切り離された新たな世界に。

 

 至る。

 

 届く。

 

 セシリア・オルコットという魂魄の真実を余すことなく総て抱き―― 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――あぁ、駄目ですわこれ」

 

 そんな力の抜けた言葉と共に彼女は全ての神威を振り払った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――は?」

 

 茫然と、呆けたような声をオータムを漏らした。彼女には、今なにが起きたのかが全く理解できていなかったから。

 

「……っ、はぁ……はぁ」

 

 息を荒く、全身を蝕んでいた異能の残り香の痛みに顔を歪ませている少女。今確かに、目の前の彼女は神格へと生まれ変わろうとしていた。新生の波動。募る求道の神気。それら全て掛け値なしに太極へと至る前触れだった。

 にも関わらず――今この瞬間、少女には何もない。

 

「ふ、ふふ、うふふ……困りました、わね」

 

 鮮血の色だった魔砲はただの拳銃に。

 背後の片翼も血管が浮き出ていた顔や腕には面影はなく。 

 超回復していた肉体も中途半端に。

 どこから見ても、どこから感じても。

 ただの少女としか見えない。

 

「これが……私ですか。まったく、しょうのない、くすくす……えぇ、でも悪くはありませんわ」

 

 苦痛に顔を歪めながら。この世界では立っているだけで辛いはずなのに。

 それでも彼女は、困ったように、けれどどこか晴れやかに笑っていた。

 

「神とか太極とか座とか狂気とか……私には縁遠い話でしたわ。えぇ私は特別な力を欲しいと思っていたわけではない。ノブレス・オブリージュ。私自身が持っているものに誇りを抱いていられればそれどよかったのですから」

 

 要らない、と彼女は言う。

 太極位階の全てを知りながら彼女はそんなものは要らないという。

 自分が求めた治平はそんなものではないと。

 全てを切り裂く刀剣になりたいわけではない。

 高嶺に咲き誇る華になりたいわけではない。

 敬愛する師の背中を追い求めたかったわけでも。

 自らが非日常となって日常支えたかったわけでも。

 全てを知りたいと思わず。

 何もかも受け入れたいと思ったわけでも。

 どこまで羽ばたきたいと思っていない。

 

「私にはそんな華々しい願いはなかった。ただ……家族とか友達とか、そういうちっぽけで。けれど大切な人と一緒に毎日を過ごしていられれば」

 

 だからずっと個性的な仲間たちの繋ぎ役みたいことをしていたのだ。この愛しい、当たり前の日常がたまらなくて。きっとここで進んでしまえばもうそんな陽だまりには戻れないから。きっと皆躊躇いなく先に進んでしまうような人たちだから。

 己の振るっていた武威に誇りはあっても未練はない。例え消え去っても自分の魂はしっかりとあるのだから。

 

「私は、私は淑女、ですからね。。それこそが私――セシリア・オルコットの真実ですわ」

 

 それこそ彼女が神ではなく人間として生きていくことの宣言だった。

 白銀の導きも、朱桜の狂気も、蒼穹の抱擁からの解脱。あらゆる全ての加護を振り払い、この世に己自身の両足で立っていくという彼女の宣誓。

 もう彼女にはそれまでのような力はどこにもない。理を歪める魔弾も、条理を逸脱した拳銃も、全てを溶かす暴食もなにもかも。

 解脱とは即ち自分しか抱けないということ。狂気を貫いていた時のような強さはどこにもなく、孤独から護れれることもない脆弱な存在。世のしがらみや上に喘いで、誰かと身を寄せ合うだけの弱者の性を得ることだ。

 けれどそれは――、

 

「私にしかできないことだと、思いますから。……それに淑女ですもの、暴食だなんて恥ずかしくていけませんわ」

 

 式を手に入れてからずっとらしくないと言いながら戦い続けていた。友のために、戦友のために。けれどもう、そういうのはやめにしようと思う。もう、皆はそれぞれ自分だけの道を歩いていけるから。

 

「私も、私の道を。きっとこれが……私たちの変わらぬ意思でしょう。だから、これでいいんですの」

 

 愚かしいともいえる自分の選択を皆はどう反応するのだろうか。嘆くのか、怒るのか、貶されるのか。いいや、きっと微笑んでくれる。頑張れって言ってくれる。自分だってそうだから。

 

「――なんだよ、それ」

 

 オータムは解らない。理解できない。端正な顔を震わせながら、化物を見るかのように震えている。

 

「なん、で。どうして、そんなウソだありえない――」

 

 それは彼女だから言えた言葉。太極という至高を前にしてそれを捨てて、弱いただの人であることをよしとするセシリアのことが何一つ受け入れられない。

 

「だってそれじゃああの日の私たちが取るに足らない者になってしまう――」

 

 悲鳴交じりに言葉と共に掌に握ったのは大罪武装たる弩。それに込められた能力は言うまでもなく、単純な物理威力でも簡単にセシリアを殺すことは可能だ。畢竟、少し撫でた程度でも死ぬだろう。しかしオータムは恐れている。だから近づくことなどせずに弩をセシリアへと向ける。

 セシリアに向けられた死は絶対不可避だ。

 全ての異能は無く、ご都合主義はどこにもない。あの弩の矢が放たれればそれは即ち死ぬしかない。セシリア自身の肉体も普通に少女のものでしかない。

 自らの意思に反して足が震えていた。足だけではない全身も。彼女もまたオータムという神格を前にして恐怖を抱くのは当然だ。自分がどうしようもなく弱くなったことを実感しながら。

 

「それでも……引けませんわ」

 

 死ぬのは怖い。また帰りたいと思う。

 それに戦いの前に約束した。

 また皆で一緒にパーティーをしようって。

 今度はそれぞれの親しい人を集めようって。

 皆帰ってこないかもしれないのだから、ただの人間である私がやらずして誰がやるのだと、セシリアは思う。

 だから、ここで死にたくない。

 大義も正義もなく、ただそれだけのちっぽけの願いだけで彼女は拳銃を持ち上げる。

 『蒼き雫(ブルー・ティアーズ)』、それはもう青くカラーリングされただけのただの拳銃だ。特別な仕組みはどこにもなく、色を除けばそこら辺にあるものと何一つ変わらない。けれど、それはこれまで共に在り続けてきたセシリアの半身だ。全ての能力を消失したから、この愛機はなんの力も持たないただの大量生産武装と成り下がっても自分と共にいてくれる。

 

「ありがとう、ブルー・ティアーズ」

 

 キラリと、銃身が一瞬だけ輝いたような気がした。

 それに苦笑して――

 

「死ねぇええええ!」

 

 二つの引き金が引かれる。




解説淑女は解脱淑女への複線だったのだ(ナ、ナンダッテー!?



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第拾弐章

推奨BGM:神心清明

たとえ正しくなくても
それが選んだ道だから


 

 それは果たしてなんと形容すべきなのか。

 赤銅に染まった肌は漆に似た光沢がある。一見して哺乳類のような肌でありながらも甲殻にも似た固さがある。それでいて関節の可動域は柔軟だ。指先の爪は鋭利さを増し、肘や膝には逆方向に延びる突起。それまでの彼女の異形化をより鋭角化したような姿。

 だが、大きく変わったものがある。

 額に生じた双角と臀部から伸びる竜尾、背より生える爬虫類的な翼。そして――縦に開かれた鮮血のような赤目。

 どれもが尋常のものではない。それこそ、今学園島内に生じている随神相の竜達のものだ。

 けれどそうではない。

 神格のように独自の渇望と法則によって成り立っているわけではない。

 人間のように全ての加護を捨て去りながらも己の力だけで立っているわけではない。

 化外のように理から外れてしまったようであり、しかしそんな程度でもなかった。

 

 ――これまでこの世にいたあらゆる存在とは決定的に違っている。

 

「ふむ。まぁ悪くない」

 

 呟く声ですら掠れ、二重に聞こえてくる。

 そんな様になりながら彼女は満足気でさえあった。数度拳を握ったり、広げたりして感触を確かめる。大太刀『朱斗』はいつの間にかその姿を消していた。

 まるで彼女の中に融けて消えたかのようにだ。

 

「なん、ですか、それ……」

 

 呆然とした声は桃のものだ。変生をその眼で見て、どころか己の体内である随神相の中で感じていた。つまりはこの中で行われていることは彼女の知覚内。桃の性質故に細かいことを行うことは不可能だが、何が起きているかくらいは理解できるはずだったのだ。

 けれど今、その存在のことが何一つ理解できなかった。いや、それまでも理解しているとは言えなかったが桃なりに歪みの一つだと解釈していた。それまででの戦闘では問題なかったが、今その誤差が表面化していた。

 

「……なに、なんなの。そんなの、あり、えない……」

 

 それは例えるなら胃の中に絶対に消化できないものが入っているようなもの。強烈な異物感と違和感が桃を襲う。ソレから何かされたわけではない。しかし絶対的な不理解は恐怖に直結するものだ。

 かつて篠ノ之箒(・・・・)であった(・・・・)それ(・・)に桃は恐怖を押さえることをできなかったのだ。

 八大竜王の中でも上位に強度を誇る彼女でさえもだ。

 

「なに、私の全並行存在を此処にいる私に収束させただけさ。全ての篠ノ之箒という存在の終着点になるが、まぁよかろう」

 

 震える桃に、しかし彼女は何でもないように言う。

 並行存在の収束。

 それはつまり、あらゆる平行世界に存在する篠ノ之箒は最終的に今の彼女になるということ。別の篠ノ之箒がどんな生き方であろうとも関係ない。どうやって生きていても、どうやって死んでしまっても。その魂はいずれ今のソレの糧になる。いや、既にそうなっている。時間軸など関係ない。今のソレはそんな程度ではないから。現在過去未来など些細な問題だ。

 生命の液体。かつてはそれを加工して自分の存在を書き換えていたが、今彼女は別の自分さえも存在を書き換え、あらゆる己に上書きをしていた。

 

 だからもう、元に戻ることは不可能だ。

 

「そ、そんな話じゃあないでしょう! 神格でも人間でもない貴方は、一体なんなんですか!?」

 

「決まっているだろう」

 

 叫びに、しかしソレは気だるげに答えた。

 

「――化物だよ」

 

「……!」

 

 化物。そう、それだけが今の彼女を表す言葉だ。神を最上に置き、人間を最下とする生物のピラミッドから完全に外れている。

 いや、それだけではなく、

 

「座、か。フン、それも私には関係ない話だ」

 

 神座機構からもその繋がりを切っている。太極座から流れ出る覇道にすらも染まらない完全な異物。人間となったセシリア・オルコットとは別の形で神の加護を遺さず捨て去ったのだ。

 

「どうせ私はもう、なににも関われない。こんな姿に成り下がったのだ。多分、コレが最後の世界に関する干渉だろう」

 

 もうソレには何もできない。座の枠組みから外れたからその趨勢に手を出すことはできず、やってはならないのだ。人であることに耐え切れず、神になることも我慢できなかった彼女にはだ。

 だから、今できることは、

 

「この星を見守ろう。姉さんが愛し、壊し、創り、護って来たこの世を。栄えようと、衰えようと。私が私である限り――見守り続けよう」

 

 それが化物となり、かつて篠ノ之箒と呼ばれた少女の宣誓だった。

 もう、それしかできない。あらゆる干渉ができない彼女にはその星の在り方を見届けることしかできない。

 それは終わりのない旅路だ。

 数千、数万、或はそれ以上にも続く神座の歴史の中でセシリア・オルコットと同じく唯一の存在。在り方が明確である人間とは違い、ソレは完全に未知数。死という概念すら曖昧で死ぬかどうかも不確定だ。少なくとも神格のルールに従うならば――彼女に死はない。同種に殺されなければ死なない以上、この先同類が現れることなど那由他よりも低い可能性なのだから。

 この先、座にいる神が変わろうと彼女に変化はない。宇宙が終わろうとも死ねないかも死ねない。永遠の孤独を永劫味わい続けるかもしれない。 

 なにより姉である束と離れ離れになってしまうような選択だが。

 

「私が選んだ道だ。後悔はない」

 

 故にここに観測者は誕生する。

 座の法則に囚われず、ただ見守り続けるだけの観劇者。興亡を唆すような真似はせず、本当の意味で観測し、見守り続ける唯一存在。

 神座闘争すらも俯瞰する、ある意味で神格さえも上回るより上位の存在となったのだ。

 

「……そん、な」

 

「まだ――欲しいと思うか?」

 

「!!」

 

「どうだ?」

 

 ――思うわけがない。

 例え強欲の大罪を保有した八大竜王であろうとこんな化物を欲するはずがない。

 八大竜王というキャラクターを語る場合、それぞれが担う大罪一つに尽きる。細かい誤差はあれどあくまでも表面上のものであり、真価は己でもどうにでもならない感情の瀑布だ。死ぬ間際までそれに囚われ続け、その罪以外の感情を抱いた場合は自己矛盾で崩壊するのだ。ルキの敗因はそれであり、

 

「――要らないわよそんなの……! 私はそこまで落ちぶれていない……ッ!」

 

 桃のもまた同じだった。

 悲鳴交じりの拒絶。あらゆるものを欲するという罪を持つ彼女でも、その在り方を受け入れようとは思えない。

 いいや、思ってはならないのだ。

 

「そう、それでいい」

 

「ハッ、上から目線を……。この勝負は、貴女の負け、ですから。そんな様になって勝ったと思わないで下さい、よ」

 

「あぁ、それでいいさ。私の負けでいい。いや、私の負けだなこれは、お前の勝ちだよ」

 

 それでも、

 

「最後は決めないとあいつらに顔向けができん」

 

 親指の腹を犬牙で噛み切った。どす黒い血液が流れ、それが血の刀の形を得た。大太刀となって彼女の手に握られる。

 

「言い残す言葉はあるか?」

 

 その言葉に桃は勝ち誇った笑みを浮かべm

 

「ハッ、この――シスコン!」

 

「褒めるな」

 

 苦笑と共に一刀の下に桃の首を斬首した。

 そして桃は勝利の確信を抱いて此処に消滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 心臓に叩き込まれた衝撃に喉から大量の血が湧き上がった。全身を打撃する衝撃にあばら骨は砕け、内臓がシェイクされる。避けることのできない致命傷。胸を穿つ衝撃に体が揺れ、前のめりに傾き、

 

「がはっ……ッ、ぁ……」

 

 せり上がった血の塊を吐きだし、足場である水面にぶちまけられる。体が崩れ落ち、

 

「なん、で……!」

 

 膝立ちになり――オータムは驚愕の声を漏らした。

 

「……これは」

 

 それは驚嘆の域を漏らすのはセシリアも同じだった。己は確かに引き金を引いた。生きることを諦めていたんかったが、けれどそれは確かに最後の悪あがきと言うべきものだった。ただの銃弾であり、とても神格に傷を与えられるものではなかった。逆にオータムが放った矢はセシリアを百回殺しても余るほどの威力があったのだ。

 それでもセシリアにはその矢が軽く小突かれた程度の衝撃しか感じなかった。

 

「あ、あぁ……くそったれ……そういう、ことかよ」

 

 血を吐きながらオータムは吐き捨てる。

 ただの人間が神格に傷を与える。それは確かに本来在りえないことだが、

 

 ――この場合はこれが当然の結果だった。

 

 暴食を司るオータムの力は相手の能力を飽和させ暴走させるというものだ。だからこそその力はあらゆる異能は暴食の覇道に触れれば制御を失い自爆するしかない。相手が誰であろうとも、同じ八大竜王や、かつてのセシリアや彼女以外の益荒男もそれは同じだった。

 けれど、今のセシリア・オルコットではそうはならない。

 人間とは特別な力を何一つ持たない存在だ。

 この世でもっとも脆弱であり、どうしようもない弱者だ。

 だからこそ彼女に暴食の罪は無意味だ。

 

「あぁ……ったく、こんなのが結末かよぉ……」

 

「なにを、一人で納得して……」

 

「おい、なんでてめぇが解んねぇだよ。ははっ、笑えるぜ……ほんとによぉ……」

 

 心の蔵を撃ち抜かれて即死しなかったのは一重に神格としての耐久力故だ。暴食の罪が効果を持たず防御力すらも作用しなかったが即死しないくらいには神の能力が働いていた。それでもそれは時間の問題だ。ルキや桃と同じように自分の罪の自己矛盾によって崩壊しているのだ。

 

 そんな中で思い出すのは二年前のこと。

 

 かつて彼女は『亡国企業《ファントムタスク》』という秘密結社に所属し、ただの人間だった。モンド・グロッソという世界大会の中で織斑一夏の誘拐作戦の実行犯の一人だった。直接一夏と対面することはなかったから一夏に斬り殺されることはなかったが、

 

 ――生存の代償として大罪に犯されたのだ。

 

 ブリュンヒルデとマーチヘア、そして『■■■■■』の激闘。その最中でオータムは暴食という大罪を浴び、その力故に抗うことができずに受け入れた。

 人であることを止め、神格になったのだ。

 それを愚かな選択だと攻めることは誰にもできない。それはきっと多くの人が同じ選択をしただろう。神の汚染だからこそ選択肢はないに等しい。

 けれどもし。

 それを受けたのがオータムではなくセシリアだったのなら。

 結果は違ったのかも知れない。

 

「なぁ、おい」

 

「……なんですの」

 

 わずかに怒りが込められていた声に苦笑しながら、

 

「あたしは……あの日どうすりゃあよかったんだと思う……?」

 

「……」

 

 答えはすぐにはなかった。当然だろう、回想は所詮オータムだけのものであり、セシリアには届いていない。けれど、オータムは答えを待った。

 そして、セシリア・オルコットの、人間の答えはその答えを告げた。

 

「飽いていれば、飢えていればよかったんですのよ」

 

「――」

 

「生きる場所の何を飲んで、何を喰らったとしても、それは当然満たされませんわ。けれど、生きるとはそういうことでしょう? 甘えては、いけませんわ」

 

「――」

 

「神様に頭下げて摩訶不思議な神通力を貰って、それで私は凄くてかっこいいなんて……見っともないにもほどあるでしょう? そんなふざけた者に頼らなくても、私たちは――それぞれの力で生きていけるのですから」

 

「――そう、か」

 

 神は要らぬと、人間としての生にそんなふざけた存在は必要ないと彼女は言う。

 セシリアの言葉に、オータムは小さく、けれどはっきりと頷いた。納得したように、安心したように。安らかな笑みさえ彼女は浮かべていた。

 

「……なんですか貴女。なんでそんなに嬉しそうなんですの?」

 

「はは……いいだろうが、こっちは死に体だぜ。お前さんが最後にもう一回引き金を引けばそれで終わるぜ」

 

「なぜ戦わないんですの……? 貴女たちにも、負けられない理由が」

 

「ねぇよ、なかったんだそんなもん。……寧ろ、あたしたちは負けるのが目的だったていうのは言い過ぎかねぇ」

 

「……どう、いう意味です?」

 

「さぁて、自分で考えな。ほら、早く終わらせろよ。来世で会おうぜ」

 

「……なんですのこれ。後味が悪いですわ」

 

「んなことねぇだろ。正真正銘お前の勝ちで、あたしの負けだよ。私は天地がひっくり返ってもてめぇには勝てない」

 

 それでもオータムは笑っていた。先ほどのセシリアの言葉に救われたと言わんばかりに。かつて間違えた彼女は今ここに確かに答えを得ることができたのだから。

 セシリアが銃を向けるまでもない。

 もうすでにオータムの身体は光の粒子となって消えていく。彼女の世界も崩壊していき、空が崩れて、溢れていた水も、枯渇していた大地も壊れていく。

 それがオータムの終焉だった。

 

「なぁ、スコール、お前も……答えを見つけとけよ」

 

 己と同じ境遇の彼女のことを想いながらオータムは光の飛沫となって消え去った。




八大竜王戦も遺すことあと二戦ですねー。
そいやぁ主人公とヒロインってあいつらでしたね(



感想評価おねがいますー。


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第拾参話

推奨BGM:唯我変生魔羅之理

斬って
掻いて
踊って
乱れる


 悲嘆の世界に斬風が走る。

 薄暗い空間だ。光源がどこにあるのかは謎だが、目視に困らない程度の光はある。その中で叩き付けるような暴風雨。体に触れた瞬間に全身が粉々になりかねない衝撃。それだけではなく雨粒一つ一つに付与された掻き毟りの覇道。

 それこそが悲嘆の怠惰の顕現。

 八大竜王プリームムの世界。かつて相対した暴風竜の体内こそが今この世界だ。

 掻き毟りの暴風雨は常人ならば一秒だって耐えることは不可能。雨粒の衝撃だけで全身は砕け、なまじそれに耐えても掻き毟りで全身を蹂躙される。

 

「シィ――!」

 

 それら全てを織斑一夏は己の刃によって斬滅する。それは尋常の光景ではなかった。全身に数百、数千、あるいは万にまで届こうとせん雨粒を一つ残らず両断する。光速抜刀。最早それすらも超える神速の刃。

 白刀『雪那』。篠ノ之束が打った神刀。

 折れず砕けず朽ちず欠けずの比類なき刃。刀剣としての性質を極限にまで高めた概念兵器。それこそが一夏の神速を完成させる。これが単なる業物程度ならばすぐに刃自体が自壊していただろう。けれど愛の狂兎が作成したこの刀は絶対に砕けない。だからこそ躊躇いなく彼は超光速の刃を繰り出し触れる覇道を切り裂いていく。

 

「――フン、その程度してもらわねば」

 

それを目にし、否、両目を隠されているのだから肌で感じ、しかしプリームムは無表情のまま。唇を固く結び、自身の掻き毟りを切り拓いて当然だという言わんばかり。

 

「オォーー!」

 

 完全に見下した言葉に当然一夏は黙っていない。掻き毟りを切り裂きながら、同時に放つのは殺意を極めた遠当ての斬風。一夏の奥義の中では最も単純だからこそ最も極まった武威。鞘の中で凝縮されて放たれる刃。

咲き乱れる斬撃の花に、

 

「効かんな、我らの感情(太極)を舐めるな」

 

「っづぅーー!」

 

振り下ろされた黒白の剣砲に苦悶の声を漏らすのは一夏だ。単純な技量だけでいえば一夏の方が上。魂だけでいえばセシリアの超絶技巧には劣るとしても与えれれている歪みをここまで昇華させたのは一夏をおいて他にはいない。現に太極の掻き毟りから身を守るのはその抜刀術。概念効果や魔術を用いずにただ斬っているという馬鹿げたことを体現するのは彼ならではだ。歪み無しの技術でいえばセシリアの超絶技巧には数歩劣るとはいえ魂と歪みのハイブリッドという面では一夏の抜刀術は最高峰。

 

「温い。やはり木偶の剣か」

 

「黙れ」

 

「いいや、黙らん」

 

 憤怒と殺意が込められた一夏の言葉にも構わない。

 天を割らんばかりの斬撃が一夏へと放たれる。それと同時に掻き毟の暴風は全く衰えないまま。斬撃結界を展開しながら一夏は迫る剣砲へと斬撃を叩き込む。一撃二撃では叩き潰されるのオチだ。だからこそ数十閃を以って相殺する。その程度で精一杯なのだ。単純な威力ならば一夏の抜刀斬撃もその気になれば大陸に亀裂を入れることは可能だし、通常の斬撃ですらこの世に存在するほぼ全てのものも切断可能。絶対不砕の刃と超光速の速度は一夏の殺傷力を極限域にまで高めていた。

 しかしプリームムの斬撃には拮抗しえない。数を重ねることようやく相殺という現実。

 つまりそれは物理面ではなく精神、魂の問題であることを物語っていた。

 

「ぐっ……!」

 

 その事実が、一夏を打ちのめす。彼という刃が届かないという現実。木偶と言わせたままにしている。それは織斑一夏にとってなによりの屈辱。

 やっとの思いで相殺し、それの数を重ねていけば当然斬撃結界にも綻びが生まれる。少しずつ少しずつ。長い年月を流れ続ける水が石の形を変えてしまうように。ただこの場合、その流れに捉えられた瞬間に石は粉砕してしまう。

 一合、十合、十五、二十と刃を重ね続ければ続けるほどに掻き毟りは一夏を蹂躙する。刀を振るための機能は残してある。だが両足や顔といった部分の損傷は激しい。元々整っていた顔立ちは無残に切り刻まれ、白の袴に包まれていたはずの脚は血に塗れて赤く色を変えている。

 対して同じ顔だちをしているプリームムの身体に傷は無い。時折飛んでくる一夏の斬風は飛翔する最中に掻き毟りに喰らわれた。

 

「っ……はぁ、はぁ……く、おおぉ!」

 

 けれど一夏は愚直にも刀を振るう。

 鞘から刀を抜き、振りぬいて、鞘に納めて、再び刀を抜く。ただそれだけの動作を数えるのも馬鹿らしいくらいに繰り返し続ける。その動作こそが彼の神髄であり全てと言っても過言ではない。元々一夏にはこれしかない。高嶺の華への想いを除けばこれが全て。徹頭徹尾、織斑一夏は極まっている。

 だから選択肢はこれ一つきり。

 だから止めない。

 

「……あぁ、そういうことか」

 

 その様を感じて、プリームムは頷く。

 

「学んでいるのか、俺から。 そうだな、俺とお前は近しい。当然のことといえばそれまでだが、な」

 

 同じ顔。

 抜き放ちと掻き毟り。

 颶風と暴風。

 性質の相似は偶然ではない。元々織斑千冬か篠ノ之束に酷似するように八大竜王は作られている。大本がそうなのだからある意味は当然。そしてプリームムの性別が男ならば一夏に似るのも当然だ。

 

「まぁ、貴様はアレの弟で、俺はある意味子供のようなものだ。いや、どうだろうな、或は貴様のコピー体か? さて、ここら辺は俺ではうまく説明できんのだが」

 

「ごちゃごちゃと……」

 

 斬撃結界が途切れた。即座に暴風雨が一夏の全身を掻き毟り蹂躙する。それは僅か刹那の空白。五体を砕こうとする覇道の中でしかし彼はそんなことには全く構わず、

 

『無空抜刀・零刹那――』

 

 カチャリと鍔が鳴り、殺意と殺気が消えさり剣気のみがある。

 

『――百八式ッ!』

 

 百八の二乗。都合一万千六百六十四もの多重次元屈折現象。全く同じ個所に全く同時に放たれる切断現象。

 

「――!」

 

 それにプリームムも受けざるを得ない。万を超えて重ねられた斬撃は彼と言えどもダメージは免れない。暴風の覇道を剣砲の刀身に重ねて一夏の斬撃を防御する。

 

「ッオオォーー!」

 

 雄叫びと共に莫大な割砕音。

 プリームムの剣砲と弾かれ合い、肩の装甲服に一筋の線が。現段階で一夏が放てる最高出力。成りかけの一夏が全身全霊を以て与えた結果。掻き毟りで霧散されても確かに命中し、結果が生まれている。例え線が一筋でも未だ神格に成りきっていない一夏が生んだとしては破格の一言。直前の激突により一夏の被害は甚大だった。顔は五割が削れ、脇腹も抉れている。足も所々が骨が露出し、腕も同じだ。残っているのは抜刀に必要な機能だけ。

 

「は、ははっ……」

 

 成りかけを超え、織斑一夏は再び太極座に至りかけている。彼自身の渇望、狂気。織斑千冬から与えられた歪み。篠ノ之束からもたらされた神刀。それら全てが一夏の糧となる。

 

「――もっと、だ」

 

 どくん、と鼓動が鳴る。高まる革新の波動。新生の息吹。生じた切っ掛けは小さなものでも、それで十分。全身から溢れる求道が悲嘆の覇道の中で生まれ始め、

 

 そして――ピシリと、白銀の刀身に亀裂が入る。

 

 

 

 

 

 

「おおおおおおおおおーー!!」

 

 叫ぶ。

 桃色の世界、世界に充満する淫蕩の覇道。随神相の中にあればあらゆる力は骨抜きになり、最後は自己存在すらも曖昧になって消滅してしまう。それは鈴でも同じ。一瞬でも気を緩めれば彼女の姿をこの世界に融けて消えてしまう。

 故に吠える。

 吠えて、

 

「どっせぇええいい!」

 

 拳を叩き込む。陽炎を纏い、蜃気楼の如くに分岐する可能性。数十にまで分岐している一人一人の拳が高層ビルを問答無用で粉砕する力を持つ。

 

「あらあら、無粋ねぇ」

 

 しかしそれをスコールは蠱惑的な笑みと共に柳に風と受け流す。拳がスコールに届く前に力を失ってしまう。分岐した可能性も、宿した陽炎も砂上の楼閣のように消え去っていく。

 

「ちぃ!」

 

「くすくす」

 

 何度も繰り返され、しかし拳撃を諦めない。力が解けたのならば、一度引いてもすぐに前に出て、異能を再発動して殴りかかる。近づけば消えるが、離れていればなんとか使うことができる。叫び、全身に喝を入れることで前に出る。

 

「そのすかした顔、ぶん殴ってやるわよぉ!」

 

「やれるかしらぁ小娘ちゃん?」

 

「やるに決まってるでしょうが年増!」

 

 行く。

 眼前のスコールは無手。武器をない。鈴もそれは同じだが、ただ自分という自己を保っているだけで自分が曖昧になっていく。だからこそ叫ぶ。自分の渇望確りと抱き、陽炎を全身に纏い。可能性分岐を広げていく。一歩前に出るだけでも崩れ落ちるか転びそうになる。拳撃に必要な要所要所での脱力と発勁のバランスが上手くいかない。

 だから選ぶのはただ前に足を踏み出すというだけ。細かい動きは全て忘れる。ただ自分の意思を前進に向けるだけだ。

 スコールという遥か格上の存在目がけて疾走する。

 いいや、もう遥かなどではない。あと少し、もうあと数歩分。隔絶した差はあるがそれを埋めるのに必要な欠片はほんの僅か。この数か月誰もが遊んでいたわけではない。鍛えつづけた武威は人の身でありながら神域に片足を突っ込んでいる。淫蕩の世界で理性を保ち、前に進み続けようとするのが何よりの証左。

 なにより、

 

 

「忘れてないのよ、人の男に色目使って……!」

 

 数か月前の学園祭で鈴の片割れが淫蕩の波動に触れて骨抜きにされた。それは鈴からすれば許していいものではない。だからより魂を猛らせて進む。

 

「悪いわねぇ、貴女みたいな貧相な体だじゃなくて」

 

「はっ! あのバカがそんな真っ当な感性持っているわけないじゃない!」

 

「酷いこと言うわねぇ」

 

 事実だ。それを鈴は誰よりも知っている。誰よりも彼に愛されているのだろうという想いがある。自分は彼のもので、彼は自分のものだから。

 彼に触れてほしいと願うから鈴は己を高嶺へと置くのだから。

 

「アンタみたいなただエロイだけの女に負けるかぁー!」

 

 進み、あと二歩のところまで来て、

 

「負け犬の遠吠えにしか聞こえないわねぇ」

 

「――っ!」

 

 鈴の前進から陽炎が消え去り、共に疾走していた可能性が悉く消え去る。つまり、現状の鈴では絶対にスコールに届かないということに他ならない。

 痛みがあるわけでも傷を受けるわけでもない。しかし確実に鈴の中の何かが削れている。骨抜きになり、曖昧となって消えて行っている。

 

「あぁ、くそっ!」

 

 唇をかみしめる。拳をきつく握る。次の動作に支障がでないレベルで体を固める。そうしなかれば一瞬で自分が消えそうだから。どんな些細なことも意識の確立のために行っていく。そうしながら思うのはスコールの言葉。

 負け犬と、そう言われた。

 あぁ、そう。それは否定できない。かつての臨海学校では暴風竜に為す術もなく敗北した。その後は一度太極にまで駆け上って勝利したが所詮あれは後押しを受けた結果に過ぎない。学園祭の時では目の前の女に顔面一発入れたが太極を開いていない状態なのだから話にならなかった。

 あぁ、でも、だからこそ、

 

「負け犬なんかじゃない……! 私は、負けて、そのままになんか絶対しない。絶対に負けたままでなんか終わらない……!」

 

 暴風竜に敗北した時も同じことを誓ったはずだ。だからいくら相手が強大だろうと凰鈴音は絶対に終われない。相手が強くて負けたなどという理由で止まるわけにはいかないのだ。

 そんなのは彼女の往く道ではないから。

 

「通りませ、通りませ――」

 

 歌う。

 己の意思を、狂気を、渇望を、魂を通すために。

 それこそが彼女の在り方だから。どうせあの馬鹿は考えなしに刀を振るっているのだろうけど、そこらへんは自分が懐の大きさを見せるべきだ。彼が絶対に自分を斬ろうとしてくれると信頼しきっているのだから。

 

「所詮、前座なのよ」

 

 鈴にとってもそう、一夏にとってもそうだ。自分たちが進む道とはそういうものであると信じている。

 だから鈴は高嶺の華であるためにも、その身を押し上げていく。

 

「そう。前座、それは間違っていないでしょうね」

 

 身勝手ともいえる鈴の言葉にスコールは苦笑するだけだ。どころか鈴の言葉に同意すらしていた。

 

「私もあなたも、それに他で行われている全ての戦いも。所詮は余興、前座。取るに足らない八百長試合」

 

 意味ありげなスコールの言葉だが、それに耳を傾けるのは危険だ。それでさえ淫蕩は存在している。気を抜けば自嘲気味の声が同性の鈴でさえもたまらなく魅力的に感じてしまう。だから余分な情報はシャットアウト。もとより求道の益荒男。全てが己へと収束するのが基本だ。

 だからスコールの言葉に耳を貸さない。

 

「――結果なんかどうなっても一緒なのだから」

 

 それがこの戦いの全てを冒涜するような言葉でなかったらの話だったけれど。




淫蕩さんバトルむずい。

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第拾肆章

推奨BGM:祭祀一切夜叉羅刹食血肉者

愛しているのはあの人だけだから
あなたは違う


 

 鞘走る斬風は止まらない。

 悲嘆の覇道は確かに颶風の担い手を刻んでいる。掻き毟り、削り、抉り、損なわせている。それは確実。既に織斑一夏の姿は見るも無残な有様だ。血に塗れ、肉は抉れ、骨にすらも亀裂が入っている。一歩歩く力どころか、機能的に不可能なほど。両足で立っているのが不思議なくらいだ。斬撃はもう最初ほどの馬鹿げた数はない。降り注ぐ暴雨を凌ぐことはできず、刻々と傷は広がっていく。

 けれど、それでも一夏は刀を抜く。

 身体が酷い有様? 

 傷だらけ?

 歩けない?

 その傷は未だに広がり増えていく?

 

「あぁ――だからどうした」

 

 最早口の形すら曖昧になりながら、関係ないと彼は嗤う。

 

「知らねぇ知らねぇ聞こえねぇ見えねぇ。俺の道に、そんなもん関係あるか。俺はただアレを斬るだけだから――」

 

 だから刀を抜き放つ。

 プリームムの剣砲と激突し、押し負け、数を重ねてなんとか相殺しながらも一夏は止まらない。そんなことにすら彼は構っていない。確かに今は斬れない。だがそれがなんだというのだ。織斑一夏が斬れないものなどこの世にあるはずがない。高嶺の華を斬るにはその程度できなければ届かないのだから。

 斬れないのならば。

 斬れるまで斬り続けるだけだ。

 そんな馬鹿げたことを一夏は実践している。

 

「――ッ」

 

 プリームムと重なる刃。数週前までは数十閃が必要だった。場合によっては百にまで届きかねない斬撃が必要だった。けれど少しづつ、ほんの少しづつだが、確かに必要な数を減らしていた。

 

「ははっ――」

 

 嗤う声にすらも斬気が宿り始める。あらゆる行為全て存在の一つ残らずがソレのために特化していく。

 その神刀に亀裂を入れながらも。

 

「ヂエィ……!」

 

「ヌ……!」

 

 一閃一閃の鍔迫り合いこそが一夏の存在の強度を高めている。人の身を超え存在の質を神格へと着実に至っていく。存在そのものが斬撃という概念にその身を変えていくのだ。決して常人に至れる領域ではない。

 常軌を逸した精神が肉体を凌駕しているのだ。

 

「それはなんだ」

 

 その有様に問い詰めるようにプリームムは言葉を発する。

 

「なんだそれは、在りえないだろう。なぜ貴様はその有様で生きていける。なぜだ。貴様の有様、それは在りえてはいけないものだろう。その様が何故」

 

 剣に狂う剣鬼、剣に酔う修羅。

 死の淵でありながらなお顔を歪め笑う姿は尋常のものではなく、異端でしかない。

 まき散らされる斬気は常人が触れればそれだけで切り裂かれる。

 そしてこれは今に始まったことではない。織斑一夏はその生を受けた瞬間からそういう風にできている。二年前のモンド・グロッソは所詮切っ掛け程度であり、それからその狂気を潜めていても根底は変わっていない。

 織斑一夏。

 ただフツと斬る颶風の一刀。

 それはこの一年間、より強度を増してきた一夏の存在理由だ。

 だからこそ、

 

「なぜ俺たちと戦う」

 

「……は?」

 

「貴様は世の興亡など興味ないだろう。あの帝釈天と永遠に神楽を舞っていればそれでいいはずだ。畢竟、俺とここで切り結ぶことは貴様にはなんの意味もないはずだ。解せぬのだ。何故貴様が俺と斬り合うのか」

 

 それは馬鹿げた問いだ。何故今自分たちが戦っているのか。それはこんな状況で聞く様な事では決してない。普段の一夏ならば下らないと斬って捨てるだろうし、ラウラあたりならば戦を汚すなと激怒してもおかしくない。

 けれどプリームムは真剣だった。

 両目は露わになっていなくても、それは解る。今のように剣を交えればそれくらい理解できる。目の前の悲嘆の担い手は真剣だ。

 

「――」

 

 だから一夏は考えた。

 その問いの答えを。

 なぜ今プリームムと剣を交えているのか。

 全身全霊を刃としながら、ほんの僅かに残っていた思考でそれを考えた。

 そしてそれは――

 

「――決まってる」

 

 考えるまでもなく答えが生じ、全ての真実へと織斑一夏は至った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 咲き誇る高嶺は砕けない。

 淫蕩の覇道は確かに高嶺の華を犯している。力を遊ばせ、乱し、骨抜きにし、狂わせている。本来の鈴を知る者が見たならば愕然とするだろう。普段の彼女の力強さはない。体に致命の傷があるわけではない。一見すれば無傷なのだから。本来ならば震脚は大地を砕き、大気を破砕させる。それにも関わらず今の彼女にはそのような力はない。

 けれどそれでも鈴は拳を振るう。

 力が入らない? 

 弱体化が酷い?

 全身すら困難?

 

「だから――なんだっていうのよ」

 

 発生にすらも脱力が生じながらだからどうしたと彼女は嗤う。

 

「知らない知らない聞こえない見えない。私の道にそんなもの関係ないのよ。私はただあの馬鹿の為に咲き誇るだけなんだから――」

 

 だから舞いを捧げる。他でもない己自身に。

 拳は未だにスコールに届かない。一歩前に出るだけでも困難なのは変わらない。それでも己の意思を通すために彼女は足を動かす。口ずさむのは自らを通すための歌。それ自体に意味はなくとも、鈴の精神上は別だ。その歌を歌うという行為こそに意味が与えられている。

 届かないならば。

 届くまで己を高み行けばいいだけだ。

 そんな馬鹿げたことを鈴は実践していた。

 

「通り、ませ……!」

 

 優雅さはどこ吹く風。歯を剥き出しにしながら全身を駆動させる。どうせこの場には自分と目の前の女しかいない。あの馬鹿がいたら絶対に見せない姿だが今なら構わない。だから唸り、吠え、進む。身に纏う陽炎は点滅を繰り返す。幾つにも分割された可能性はほとんどが力を失う。

 それでも確かに。

 淫蕩という負荷を受けながら、それでも高嶺の華は咲き誇ることを止めない。

 

「ははっ――」

 

 嗤う声に力が宿り始める。皮肉にも、否ある意味では当然のことながら負荷が彼女の舞いの強度を高めていた。

 

「あははっ」

 

「貴女は……!」

 

 確実に近づいていく。少しづつ消えていったはずの彼女の力が戻り始める。人の身を超え存在の質を神格へと着実に至っていく。存在そのものを高嶺という概念にその身を変えていくのだ。決して常人に至れる領域ではない。

 常軌を逸した精神が肉体を凌駕しているのだ。

 

「なんなのそれは」 

 

 その有様に問い詰めるようにスコールは言葉を発する。

 

「どうして、貴女はそこまでするの。そんな様で、そんなものが美しいわけがないでしょう、そんなの受け入られるわけがない。なのに、どうして」

 

 広がり続ける蜃。咲き誇る華。

 常人ならば彼女に触れることなど叶わない。

 そしてこれは今に始まったことではない。凰鈴音はその生を受けた瞬間からそういう風にできている。これまでずっと。自分を見てくれる馬鹿を見定めてからはより強く。

 凰鈴音。

 高嶺に咲き誇る至高の花弁。

 それはこの一年間、より強度を増してきた彼女の存在理由だ。

 だからこそ。

 

「どうして貴女は私たちと戦うの」

 

「……はぁ?」

 

「だって、貴方には座なんてわけのわからないものどうだっていいでしょう。私もかつては人で、生粋じゃないから解るのよ。人間にはそんなこと理解できない。宇宙がどうとか馬鹿げた話なんて。貴女だってそうでしょう。どうでもいいはずよ。あの坊やと一緒ならばそれで満足なはなずなのに」

 

 それは馬鹿げた問いだ。何故今自分たちが戦っているのか。それはこんな状況で聞く様な事では決してない。普段の鈴ならば下らないとぶん殴って終わるだろうし、シャルロットあたりなら関係ないねぇと受け流すだろう。。

 けれどスコールは真剣だった。

 不動を貫きながらでも、それは解る。例え直に拳を交えていなくてもそれくらは解るのだ。眼前の淫蕩の担い手は真剣だ。

 だから鈴は考えた。

 その問いの答えを。

 なぜ今スコールへと駆けているのか。

 全身全霊で舞いを行いながら、ほんの僅かに残っていた思考でそれを考えた。

 そしてそれは――

 

「――決まってる」

 

 考えるまでもなく答えが生じ、全ての真実へと凰鈴音は至った。

 

 

 

 

 

推奨BGM:我魂為新世界

 

 

 

 

「あぁだってそれは、今までずっと感じてきたことだったから」

 

「私は、私たちはずっと見守られてきたから」

 

 異口同音に、別々の場所にありながらも一夏と鈴は同じことを相対者へと答える。

 確かに彼と彼女は異常者だ。世の在り方になど微塵も興味はないし関わる気もない。求めるのは己の武威の極地であり、自らが殺したいと願う片翼。二人だけで完結しているからこそ、そもそも他者を必要としていないのだ。畢竟、彼らは彼らだけでもこの宇宙で永遠に神楽を舞い続ける。社会になどなじめる筈がない。どうしようもなくどうしようもなくどうしようもない。

 異端者としてこの世の全てと相容れない彼ら。

 益荒男たちの中でも飛び切りの外道。

 そんな道を完全に踏み外した織斑一夏と凰鈴音。

 けれど――、

 

「恩義が、あるんだ」

 

 そう、恩義。

 自分たち見たいなどうにもならない気違いが曲りなりにも友達とかいて、学園生活を送ってこれたのは彼女(・・)の恩恵に他ならないのだから。確かに二人は互い以外はどうでもいいし関係ないと思う。いてもいなくてもこの二人の在り方は永久不変だ。

 それでも――誰かと触れ合うのも悪くなかったと思う。

 

「だから、だ」

 

「アンタたちには渡せない」

 

 全てを知ったからこそ二人は理解した。

 今置かれている世界の状況。姉たちが守り受け継いできたもの全て。相対している彼らの存在意味。

 故に、

 

「終わらせてやるよ。少し違ったら俺とお前は同じだったんだから」

 

「あぁ、辛いのね? でも、やっぱ許せないわ。自暴自棄なっていいことがあるわけないでしょうが」

 

 革新と新生。解放される神咒神威。己の真実を知ったことにより、その魂はついに太極座まで上り詰める。無限に等しい階梯をついに彼らは上りつめたのだから。

 

 そしてついに、再び。真正なる神として二人はその咒を――叫ばない。

 

「どういう、ことだ……!」

 

「なにを……」

 

 プリームムとスコールの驚愕は当然。

 魂は至った。頂に足を掛けた。扉を開いた。その向こうから溢れる力を確かに身に受けている。一夏の周囲に暴雨が吹き荒れ、神刀に亀裂が広がる。鈴にも陽炎が揺らめき淫蕩の覇道と喰い合いを初めている。全身の損傷は回復し、周囲の世界の異物と化している。

 なのに、最後の一歩を彼らは踏み出さない。

 太極を前にしながら織斑一夏と凰鈴音は未だに成りきらずにいたのだ。

 本来ならば在りえないこと。同時刻にセシリアが似て非なることを体現し、スコールもまた愕然としていたがそれは当たり前だ。神格という最上位の存在となることを否定できるはずがない。

 だからこそ人間であったセシリア・オルコットにオータムは敗北したのだ。

 そして残念ながら二人は彼女ほど人間ができていない。

 太極しなかったのはこれ以上ないほどに身勝手な理由なのだ。

 

「だって、お前は鈴じゃないだろう」

 

「だって、アンタは一夏じゃない」

 

 そんなことを、さも当たり前のように二人は言う。

 

「だからさぁ、言ってるだろ。俺が斬りたいのはお前じゃないんだよ、俺が愛しているのはアイツだけだ。あの高嶺の華を斬るためだけに俺はあるんだ。俺の殺意(アイ)は一から十までアイツのもんなんだよ」

 

「お呼びじゃないのよエロ女。私の男はもっと馬鹿で、アホで、脳みそ狂った馬鹿だけど。私だけを見てくれる馬鹿なのよ。だからアンタみたいな悟ったような顔して全部諦めた下らない女なんかに私は微笑まない」

 

 それこそが織斑一夏の。

 それこそが凰鈴音の。

 決してどうなろう変わることの無い王道。

 

「くはは、あぁそうだそうだなよなぁ。なんで戦うのとか聞いたよなぁ、恩義とそれにてめぇを踏み台にするためだよ。俺が斬りたい高嶺の華がもっとずっと綺麗なんだぜ、お前くらい斬れなきゃ絶対に届かない」

 

 だから――

 

「あはは、そうよ、そうなのよ。なんで戦うのかって? 馬鹿じゃない、恩を仇で返すなんてことはしたくないし、アンタみたいな糞だけと力はある駄目な女に説教くらわして自分の株上げる為よ。ま、アンタじゃあ役不足だろうけどさぁ」

 

 だから――

 

「お前の感情はここが終焉だ」

 

「アンタの感情はここで終焉よ」

 

 迷いなく二人は言い切った。もうすでに彼らは眼前の相対者を見ていない。瞳に映っているのは異界にて哄笑する己の半身。互いに至高の神楽を舞うために。

 そしてそんな扱いをされながらプリームムとスコールが憤らぬはずがない。

 

「ふざけるなよ……。それでは、それでは……! 俺たちになんの意味もないということではないか! 認めるわけが、ないッ!」

 

「男に酔ってるだけの小娘がいうじゃなぁい? そんなの独りよがりなだけで引かれるかもよ? 重い女とか最愛よねぇ」

 

 例え一夏と鈴が魂だけでも太極に至ろうと、『■■■■■』の眷属の偽神であろうと、太極位階であることは変わらない。激情によって悲嘆と淫蕩の神威は力を増し、溢れんばかりの覇道が一夏と鈴を飲み込もうとする。

 けれどもはや二人は臆することは無く、笑みすら浮かべて、

 

「織斑一夏」

 

「凰鈴音」

 

「推して――参るッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 亀裂の入った刀身は今にも砕けそうだ。それが意味することがなんなのか一夏もプリームムも朧気にだが悟っている。故にプリームムはそれを振らせてはならないと判断し、

 

「っづ!?」

 

 背より刃を受けた。

 視線だけで振り返るもなにもない。けれど確かに斬撃を受け、

 

「どこ見てんだ」

 

「……!」

 

 さらに全方位からの斬撃がプリームムへと迫る。彼の掻き毟りの暴風雨と似て非なる現象。抉られたような傷跡ができるのに対し、これは極めて鋭利な痕。それがプリームムのものでないとすれば、

 

「俺の求道はアイツを斬ることだ」

 

 眼前にて呟く純白の剣鬼に他ならない。

 

「浮気したらぶっ殺されるとか言われてるんだよ。だから俺の求道はアイツのためだけのものだ。アイツ以外の誰にも使ったらダメなんだよ」

 

 斬風が吹き荒れる。

 動きを見せず、納刀したままの一夏はしかし口元には凄惨な笑みを浮かべて。神座史上最も特出した求道者であるはずの彼は。己が愛した、貫く求道とは別の相対者だからという理由で、その魂は一時的に覇道となって顕現していた。

 それはまさしく峰刃増地獄。

 空間そのもの全てが刃。ただ存在するだけで全身余すことなく切り刻まれるだけしかない。悲嘆の暴風雨と似て非なるものが今この随神相の中に生まれていた。

 

「おおおおおッッーー!」

 

 そしてそれは加速度的に領土を広げていく。神格の戦いは陣取り合戦に近い。そして実際一夏は悲嘆の世界の中を急速に己の領域として塗り替えていた。

 

「キサ、マ……!」

 

 そして当然プリームムも黙ってなどいない。全身から発せられる暴風が切り刻みの颶風と鬩ぎ合う。

 今の一夏とプリームムはほぼ同格だ。偽神であるとはいえただの成りかけでは相手にならないが、今の一夏は自分の意思一つで革新を繋ぎ止めいてる。例え全てが変わらなくても確実に影響は受けているからこそ、そこに互角の状況が生まれる。

 けれど、それはすぐに片方に傾いていく。

 

「くは、はは……ははははッ」

 

「く、おおおおおおッ!」

 

 斬風の数は無限にも等しい。空間そのものが刃で、存在するというだけで斬られてしまうのだから。暴雨という形で顕現している悲嘆とはどうしても差が生じてしまう。一夏は斬風にて暴風雨を全て刻み、プリームムには暴風雨では斬風を消せない。

 故に一方的に傷を被うのはプリームムだ。

 

「何故、貴様のようなものが……! 俺たちと何が違うという!」

 

 叫ぶ。それはこれまで冷静だった彼の本当の姿。彼が作られて以来ずっと想いつづけてきたこと。感情の担い手である自分たち八大竜王。狂気の担い手である彼ら益荒男。その差とは一体なにか。颶風の刃が目を覆う布を切り刻み、露わになった両目。やはり一夏と酷似しているそれには――溢れる涙が。覆い隠し続けねば流れることを止められない悲嘆の感情こそが彼の全てだった。

 

「例え片翼がいようとも、蒼穹に愛されようとも! そんな様でそんな有様で何を為せるというんだ……! 俺も貴様も、所詮は世界からの爪弾き者だろう、なのに何故、貴様は嗤っている!」

 

 なぜどうして。詰問の感情は最初から一貫している。織斑一夏という刀剣が、異端者がどうして笑えるのか。彼には理解できない。悲嘆のみしか持たぬかれだからこそ、答えが明白であり、一夏を知るものなれば誰であろうとも即答できる問いの答えを得ることができなかった。

 故に今、その答えが本人から発せられる。

 

「俺が俺だからに決まってるだろう」

 

 それが答えだった。

 

「俺は刃だ。刀剣だ。斬ることだけを求め続けたからそれだけには誰にも負けられない。あの高嶺を斬るにはそれくらい当然だから。織斑一夏が織斑一夏である為に。俺は俺であり続ける。自分らしく、馬鹿やってんだ。文句あるわけないだろうが」

 

 呆れるくらいに単純な理由。元々彼は刃なのだから。小難しいことを考えるようにできていない。そういう風にできているし、それで構わないのだ。

 

「だからお前も、泣いてばっかりいないでさ。笑えよ。今すぐには無理でも、泣くだけ泣いて、泣き疲れたら顔を上げて笑ってみろって」

 

「……それができれば苦労しない」

 

「だから俺がお前の悲嘆をぶった切る――兄弟」

 

 それは一夏なりの手向けだ。織斑一夏とプリームム。相反する鏡のような存在の差異は笑うことができるかどうかしか違いはなかった。

 腰溜めに構えられた神刀は最後の一振りが限界だ。だからこそ最後の一刀をこの泣き虫に使う。今は戦っていても、泣いていても。いつかの青空の下で笑うことができると信じて。元々憎しみとか恨みで戦っていたわけではないから。この一刀を餞別として彼の感情に幕を引く。

 

『五障深重の消除なれ。執着絶ち、怨念無く、怨念無きがゆえに妄念無し。妄念無きがゆえに我を知る。心中所願、決定成就の加ァァ持』

 

 祝詞が謳われる。それは斬人という理を突き詰めた無謬の切断現象。数を叩き込むのではなく、ただ一振りに己の全てを叩き込む。故にそれは絶対不可避の至高の一太刀。あらゆる情念を捨て去り明鏡止水の境地へと。抜き放たれた一刀は時間という概念すらも超越する零拍子。

 

『級長戸辺颶風ェ――ッッ!』

 

 鞘走る刃は刹那すら必要ない。抜かれた瞬間にはプリームムを斬首していた。そしてその最後、

 

「――ありがとう」

 

 悲嘆の担い手は涙を流しながら、それでも笑いながら消滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 陽炎が揺らめく。最早淫蕩を受けてもその力を消えない蜃気楼。それどころか負荷全てを鈴は己の糧にしている。ここにきてスコールも動く。手に挟み、周囲に浮遊するのは何枚もの概念符。近接戦闘に長けているわけではないからこそ、そういったものが彼女の武器。それぞれに斬撃炎熱雷撃爆撃等の攻撃概念が込められている。それを放ち、

 

「ハァァッッーー!」

 

「!?」

 

 全てが同時に打撃され粉砕される。それは符だけではない。

 

「でぇい!」

 

「ガハッーー」

 

 叫びともに全身に拳撃を受けた。四方八方、あらゆる方向からの打撃。直接触れられたことで淫蕩が発動し威力を三割にまで削ったが被害は大きい。高嶺の咲き誇りではない。どちらかといえば可能性の蜃気楼であるそれは、

 

「私はアイツに手を伸ばしてほしいから咲き誇るのよ」

 

 視界の全て舞い踊る陽炎の拳士に他ならない。

 

「あの馬鹿が馬鹿みたいに手を伸ばし私はその分だけ高みで舞う。それが私たちの関係。馬鹿を受け止めるのが女の仕事でしょう? だから私はアイツのためのだけに咲き誇る」

 

 だからこそスコールの前では全てを惑わす蜃気楼。

 スコールが認識する全ての感覚に彼女は偏在している。あらゆる場所、どこにでも彼女は存在し笑い、舞い踊る。

 神座史上最も特出した求道者であるはずの彼女は。己が愛した、貫く求道とは別の相対者だからという理由で、その魂は一時的に覇道となって顕現していた。

 それはまさしく烈河増地獄。

 どこにも逃げ場はない。無限に可能性を広げる鈴に溺れるように囲まれ蹂躙される。高嶺には届かせないという峻厳なる試練だ。淫蕩の骨抜きと似て非なるものが今この随神相の中に生まれていた。

 

「あははははははーー!」

 

 そしてそれは加速度的に領土を広げていく。神格の戦いは陣取り合戦に近い。そして実際鈴は淫蕩の世界の中を急速に己の領域として塗り替えていた。

 

「この、小娘が……!」

 

 そして当然スコールも黙ってなどいない。全身から発せられる淫蕩と蜃気楼とが鬩ぎ合う。

 今の鈴とスコールはほぼ同格だ。偽神であるとはいえただの成りかけでは相手にならないが、今の鈴は自分の意思一つで革新を繋ぎ止めいてる。例え全てが変わらなくても確実に影響は受けているからこそ、そこに互角の状況が生まれる。

 けれど、それはすぐに片方に傾いていく。

 

「通りませ、通りませ――」

 

「っう……!」」

 

 

 最早直接接触しなければ骨抜きに意味はない。だから符を大量に展開し、攻撃概念を叩き込む。けれどそれは可能性を無限に広がる鈴には意味がない。霞を殴っても効果がないのと同じだ。

 故に一方的に損傷を得るのはスコールだ。

 

「なんでよ……! なぜ抗うのよ。どうせアレに飲み込まれて全部終わりでしょう! あの感情の抗えるわけがない。私はそうだった、貴方だって、もしあの時あの場所にいれば……!」

 

 かつてオータムと同じくして感情を植え付けられた。神格という全能にも近い蜜に彼女は抗うことができなかった。だからこそ彼女には理解できない。太極座を前にして意思一つで留まっている彼女が。何かの間違いのようにしか思えないのだ。

 

「もう全部終わる。どうにもならない、ここで私が負けても勝っても、貴女が勝っても負けても結局結果は同じ事なんだから――!」

 

 錯乱したようにスコールは叫ぶ、淫蕩の担い手として常に余裕を持っていた彼女の姿はない。人間という存在を目の当たりしたオータムと同じように。己の相対者を認めてしまえばかつての自分たちが取るに足らない情けない存在になってしまうからだから彼女はそれを認められるわけがないのだ。

 けれど、それは鈴からすればふざけた話だ。

 

「馬ッ鹿じゃないの」

 

 一言で切り捨てる。

 

「手前で勝手に自分の限界決めて、それが来たからもう駄目ですとか泣き叫んでさぁ。おまけに他人に押し付けて、ふざけんな! アンタなんかが私の価値を決めつけるな! いい女っていうのはね、馬鹿みたいに追っかけてくる男の先を行ってなくちゃダメなのよ!」

 

 大喝破。吠える声には明確な激怒。アンタみたいな情けない女と一緒にするなという鈴の怒りだ。

 

「いいわよ、教えてあげるわ。いい女の一撃をねぇ。目ん玉開いて脳裏に刻みつけなさい」

 

「――そんなことが」

 

「アンタにできなくても私にはできるのよ」

 

 それは鈴の自負の表れだった。

 喚いてばかりいる感情任せの阿呆に喝を入れるような、或はただ怒りの腹いせのようなもの。この先彼女がどうなるのかが解らない。けれどもし次があったのなら。そんな情けない様晒すんじゃないという想いが確かにあった。だからその一撃を最後に鈴彼女の感情に幕を引く。

 

『此処に帰命したてまつる――大愛染尊よ 金剛仏頂尊よ 金剛薩たよ衆生を四種に接取したまえ!』

 

 乱立していた可能性が収束していく。そして拳に宿るのは莫大な気功。それは凰鈴音に渦巻く欲望を気力に変換する奥義。これまで一度も、彼にすら使っていない技。だってもし使って、取るに足らない威力だったら。自分の愛がそんな程度のものだったということになってしまうから。そんな恐怖があって、これまで一度も使ってこなかったのだ。けれど今ならば、今この瞬間ならば迷いなく放つことができると彼女は確信していた。

 

『陀羅尼愛染明王ォォッ! 』

 

 ぶち込まれた一撃はまさしく山脈すらも消し飛ばす大威力。鈴の想像を遥かに超える力を以て放たれたそれは違うことなくスコールの心臓に叩き込まれ一撃で消滅させていた。

 そしてその最後、

 

「これは……参ったわねぇ」

 

 そんな苦笑だけを残して、淫蕩の担い手は晴れ晴れとした思いを抱きながら消滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして八大竜王八柱全員が討滅され、

 

『さぁ――世界を壊すとしよう』

 

 彼女(・・)が覚醒し。

 

 

 

 

『させる訳がなかろう』

 

『ここで、終わらせようね。貴女の感情も」

 

 剣乙女と狂兎が真の姿を流れ出す。

 

 

 

 



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第拾伍章

推奨BGM:Jubilus

まず感じ、求めしものは
一体なんだろう
それが全ての答え



 

 

『――咎人よ、そして聖人たちよ。今こそ己の罪の重さを知るがいい』

 

 それは唐突に学園島上空に出現した。

 それまで島全体を八分割されていた概念壁を粉砕し、八つの光がソレに集う。それぞれ益荒男たちに打ち倒された八大竜王たちの核。それぞれが八つの大罪の概念を凝縮した概念核。滅ぼされ、それぞれが得た答え(・・・・)をソレは(・・・・)無意識の(・・・・)うちに(・・・)捨て去り(・・・・)、自身の周囲に展開し、

 

『我を過ぐれば憂いの都あり、我を過ぐれば永遠の苦患あり、我を過ぐれば滅亡の民あり』

 

 己の糧として喰らった。

 いいや、もとより彼女たちはソレから発生したもの。元々あるべきはずの場所に帰ったに過ぎない。八つの色を持った大罪はそれぞれが宿した色は即座に白と黒に染め上げられ何もかもが侵されていく。

 故にそれは八大竜王のような偽神ではない。

 

『義は尊きわが造り主を動かし、聖なる威力、比類なき智慧、第一の愛、我を造れり』

 

 謳われる祝詞と共に流れ出る神気は正真正銘の神威。これまでこの学園島において存在していたどの神格とも違う。そもそもが端末である八大竜王、内向きに流れ出す求道神。彼ら彼女らとは違い、それは本物であり外向きに己の渇望を流れ出させる覇道の神だ。

 

『永遠の物のほか物として我よりさきに造られしはなし、しかしてわれ永遠に立つ』

 

 広がり始める黒白の覇道。ありとあらゆる大罪を内包したそれは瞬く間に広がっていく。学園島を、日本を。そしてすぐにでも世界へと。その渇望にてこの宇宙全てを飲み込もうと己の版図を広げていく。それはまるで画板に絵具をぶちまけるような行為だ。

 

『傲慢は重い石を与え腰を折り、羨望はその瞼を縫い付けられ亡者となる』

 

 そも覇道神とはそういうものだ。

 己の太極で宇宙を、座を染め上げることこそが覇道神の有する権能。自分の渇望で全てを染め上げ、世を作り替える。そこに善悪などは存在しない。あるのはただ願いの強弱。そしてこの色はこの時点では決して極限などと呼べるものではないが、弱くもない。

 

『憤怒は朦朧たる煙の中で祈りを生み、怠惰は正しきを知らされ、知らぬならば煉獄山を巡り行く』

 

 そしてその色はこの世全ての罪。

 

 悲嘆(リピ)

 

 傲慢(ハイペリフェリア)

 

 強欲(フィラルジア)

 

 嫌気(アーケディア)

 

 憤怒(オルジィ)

 

 虚栄(ケドノシア)

 

 暴食(ガストリマルジア)

 

 淫蕩(ボルネイ)

 

『強欲は五体伏して己の欲すら消えていき、暴食は何も口に入らず骨と皮になりて、色欲はその罪に抱かれながら業火に焼かれていく』

 

 そして――嫉妬(フノートス)

 全ての罪の根源。

 焦がれるから悲しみ。

 焦がれるから見下し。

 焦がれるから欲し。

 焦がれるから嫌がり。

 焦がれるから怒り。

 焦がれるから偽り。

 焦がれるから喰らい。

 焦がれるから乱れる。

 全てはそこから生じている。

 

『汝等此処に入るもの一切の望みを棄てよ』

 

 故にそれは――あらゆるものに羨望と嫉妬を抱き、森羅万象に焦がれることに他ならない。

 

『――流出――

   Atziluth

 

 境界線を喰らいし大罪の全竜』

 

 ここに覇道神『焦がれの全竜』織斑円夏は真の姿を現した。

 黒と白の装甲服。流れる黒髪に黒の切れ目。外見年齢で言えば一夏たちと同じ頃だが外見的な特徴は織斑千冬に酷似しているし、内面的な知能で言えば篠ノ之束にも劣らない。

 そしてその背後に出現するのは両翼を広げる巨大な竜。その頭部は成層圏にすら届きかねない巨体。八大竜王たちの随神相などと比べ物にならない。全身の黒と白の機殻に覆われ、各所にも大小様々な砲門。随神相とはそのまま神格の強度を表す。つまり彼女のソレは八大竜王たちとは隔絶しているということだ。

 

「くは」

 

 そして彼女は、

 

「くははは――」

 

 眼下の大地を、己を見上げる五柱と四人を見下し、しかし彼女という存在を欠片も認識せず、

 

「くははははははははははっははははーーー!!」

 

 莫大な神気を垂れ流しながらも哄笑を上げる。

 それだけでも世界が軋みを上げていく。世界への染色もまた速度を上げていく。全てがそのためにあるのだ。覇道神は己の意思とは無関係に世界を変えてしまう。一切の容赦も呵責もそこにはない。そういうものであるのだから、どうにもならない。

 

「あぁ、ようやく来た。この時に。ついに全てを喰らいつくすことができる――」

 

 それは誰に向けられた言葉だったのか。

 眼下の益荒男たちではない。糧とした八大竜王でもない。虚空へと発せられたそれの対象は、

 

「すぐに行こう。座は遠い。だがもう待ちきれないんだ。この私が、この大罪が、お前の全てを奪ってやろう」

 

 座の神。 

 今この世を統べる彼女へと。

 最初から。

 織斑円夏が神格として生じた時点から、彼女はそのためにあった。全ては今この第十三天の治世を敷く今の神を打倒するために。そしてそれは不可能ではない。遠からず世界に穴が開く。それを落ち続ければ底にたどり着き、円夏は目的を達成できる。

 二年前は失敗した。

 力及ばず、総体に大きく損傷を受けながらも自身を分割することによって生きながらえた。たった二年というごく短い時間でも、彼女にとってはたまらなく長かったのだ。端末を生み出し、自身に力の切れ端をただの人間に与えたのだ。

 力を得て、自分に還元するために。

 この世界を壊すために。

 

「さぁ――今こそ」

 

 その言葉は、

 

 

 

 

 

『――終末の日 黄昏の刻 天地万物は終焉を迎え

 

 風と剣と狼のフィンドブルムより全ては始まった』

 

『――何も愛さぬ者には何の価値もない』

 

 座の守護神によって遮られる。

 

 

 

 

 

 まず感じたのは憧憬――求めしものは継承。

 まず感じたのは狂気――求めしものは意味。

 

『たとえどれだけの戦乱が待ち受けようとここに乙女はあり。

 

 誰より先に立ち 一人残さず讃え乞う』

 

『恋は、涙と同じで、目より起こり、胸へと落ちる』

 

 足りない。私は足りない。何もかもが至らない未熟な身だから教えを乞い、受け継いだものがある。

 森羅万象知り尽くしたにも関わらず見つけられなかった答えを、私はようやく手に入れた。

 

『我らが総軍に響き渡れ 角笛の旋律 ギャラルホルンの響き

 

 皆すべからく 我が背後に集うべし』

 

『私を喜ばせるのは貴方だけ、貴方を喜ばせるのも私でありたい』

 

 あぁだから私は私が受け継いだものを全てを以て愛し児たちを導こう。

 道を踏み外した愛し児ら。貴方たちの狂気にも意味があるのだから。

 

『彼の日 九つの世界 残された者に預けよう。

 

 されはここに誓おう。この黄昏の下に』

 

『愛は我らの炎で我らの胸を貫き、愛はかつて知らぬ熱で絶えず燃え盛る』

 

 ――かつて受け継いできたもの、これから生まれ来るものもなにもかも守り抜こう!!

 

『死を想う者よ 今歓喜の生を与えん――テスタメント』

 

『愛していないという人ほど人を愛している

 

 愛される事を望むならば愛したまえ』

 

 ――白銀教戒!

 ――無以狂然!

 

『――流出――』

   Atziluth

 

『終焉にて舞え──剣の乙女』

 

『嘆き狂う――全ての意志に誓約を』

 

 広がり続ける黒白をせめぎとめるように白銀と朱桜の神威が発生する。

 それは旧世界から今の世を見守り続けてきた守護神。世界の母とも呼べる二柱の女神たち。

 白銀は白の、朱桜は黒の装甲服を纏う。それはかつての世で彼女たちが纏い戦ってきたもの。白の装甲の肩には掠れて見えなくなった、けれどかすかに残っている四文字のアルファベット。

 二人の背に生まれるのは円夏之それに劣らず、いやそれ以上に巨大な随神相。

 白銀の甲冑に身を包んだ戦乙女。、右手には剣、左手には盾。どちらも莫大な神気を宿した神器。溢れる白銀の神威で包まれるその姿は天使のようにも見える。けれどそれは間違いなく戦神。英霊をヴァルハラへと導く乙女たち、その長に他ならない。

 そしてもう一つは懐中時計を持った童女。腰まで延びる金髪に水色のワンピース。無邪気に微笑む彼女は到底争いに向いた存在ではないが、発せらる狂気が愛らしさを台無しにしている。その童女は狂っている。笑顔で他人を踏み潰すことのできる異常者。常人が見たならば一瞬で発狂し魂が潰れるのは間違いない。

 

「……待ちわびたか。そうだな私も、永遠に来なければいいと思い、しかしずっと……早く終わらせなければと解っていた。故に引導を渡そう。お前はやりすぎだ。駄々をこねるガキをしつけるのも大人の役割だ」

 

 瞬間、出現したのは五百の軍勢。それはインフィニット・ストラトスという神格へと至る礼装を担い手であり、白銀という存在に導かれ、憧れたものたちだ。インフィニット・ストラトスという兵器の第一人者。全ては彼女から始まったからこそ誰もが彼女の教え子たち。そして今。それぞれのISコアに記録された最も適正に高い操縦者を載せて、四百六十三のISたちが集い、それぞれの武装を一斉に打ち放った。

 

「生まれてきたのが間違いだった、なんて私には絶対に言えない。けれど、それでも君は間違えちゃったんだよ。君は悪くない、誰も悪くない。――だから私たちが責任を取らなくちゃ」

 

 機人たちの一斉砲火。白銀によって擬似的な太極位階に引き上げられたそれらはそれだけでも莫大な威力を誇る。けれど、飛翔する最中で朱桜の覇道に触れ、その威力は爆発的に上昇した。炎熱が灼熱に。斬撃が断絶に。射撃が砲撃に。熱閃が光線に。ありとあらゆる全てが上位互換となって全竜へと叩き込まれた。

 

「はははははははははははは――!!!!」

 

 それらを受けながら変わらずに円夏は哄笑を上げる。白銀から放たれ、朱桜のブーストを得て狂化された砲火は彼女を無視できぬ規模で穿っているというのに頓着せず、現れた二柱の覇道神を認識して狂ったように笑う。

 

「あぁ久しいな我が母たち。ようやく会えた。ずっと私は貴方たちを喰らいたくてしょうがなかったんだ。私がやりすぎた? 駄々をこねるガキ? 私が間違えた? 誰も悪くない? 違うよ。私は悪くないその通りだ。私はただ当たり前のことをしているだけだ」

 

 眼前にて立ちふさがる白銀と朱桜へと彼女は言う。狂ったように笑みを浮かべ、そして欠片も己を疑わない。それは神話の中の悪竜のように。

 

「私はただ、私が虐げられた分を奪っているだけだ。不公平だろう? 私は辛い目に合って束縛された。だからその分好きにやっているだけさ。ほら、至極真っ当だろう」

 

 宇宙を染め上げるのだけの力を持った彼女はそう笑っていた。

 けれど。

 

「あぁ真っ当だ。だから言っているだろう。お前はやりすぎたんだと」

 

 導きの剣乙女――織斑千冬は告げ、

 

「やっていいことと悪いことがあるんだよ。君の不幸はそれを知ることができなかったことだ」

 

 愛の狂兎――篠ノ之束は悲しそうに呟いた。

 彼女たちは円夏に敵意も憎悪もない。それはまるで自分の子供が犯罪でも犯した親のように、怒りと悲しみと愛おしさを宿した感情で彼女の前にいる。

 そしてそれは真実。

 織斑円夏とは織斑千冬と篠ノ之束の娘と言っても過言ではない。

 

「ははっ! さすがロートルは言うことが違う。……あぁだが。いい加減お前たちは退場しろ。いつまでも旧世界の残滓が幅を利かせるな。もう終わったんだろう、お前たちの時代は。いつまでもすがっては情けない。いい加減引導を渡そう。それが私がする最初で最後の親孝行さ」

 

「ハッ!」

 

 円夏の言葉をしかし千冬は笑い飛ばす。

 

「未練がましいのは否定しんがな。お前に心配されるほどでもない。……第一、私や束の後はちゃんと任せられる奴がいるんだ」

 

 最後の言葉は円夏には聞こえないような声で。

 そして無駄口は終わりだ言わんばかりに千冬は手に長剣を生み出した。鎖と九つの宝玉で絡められた剣。彼女がいまだに人間だった頃からの相棒。気の遠くなるほどの年月を経ても、九つの世界を切り裂く魔剣は共にある。

 

「……」

 

 束は何も言わない。悲しそうに目を細め、哄笑する全竜を見つめ続ける。その瞳には形容できないだけのありったけの感情が。言葉で言い合わらすことのできない領域であり、束自身自分でも何と言っていいのかよくわからない。

 けれど――

 

「決着を付けよう」

 

 それだけは為さなければならないのだから。

 

「束!」

 

「ちーちゃん!」

 

 二対一という構図は決して、そのまま千冬と束の勝率の上昇を表すわけではない。千冬も束も覇道神。己が渇望を以て宇宙を染め上げる存在だ。今でこそ、もう一人(・・・・)の娘とも言える彼女に座を明け渡し、守護神としての役割に就いているがその前提は変わらない。そして覇道太極の流出は自動的なもの。本人の意思など関係なく、今この瞬間も千冬と束の覇道は鬩ぎ合っている。そこには二人に友情など関係ない。どころか二人の関係性(・・・・・)故に片方が削れればその分だけ片方も削れるという悪循環になっている。

 そしてそれは当然解っていたこと。

 ずっと昔から。それこそ二人が覇道神となったその時から。

 故に対応策はある。

 並び立つ二人が重ね合わせた手の中に光が生まれる。それは一つの概念。かつて、今よりも前の世界。千冬と束が求道神であったことの世界を統べていた法則。

 

「ずっと一緒だよ、ちーちゃん」

 

「Tes.腐れ縁だ。どこまでだった行ってやるさ」

 

 笑顔の束と苦笑気味の千冬。

 二人が掲げたそれこそ、

 

『・――共に在りたいと契約する意思は永遠に共にある』

 

 かつて悪役の少年とその正逆の少女が願った祈りに他ならない。

 溢れ出す閃光が加速度的に白銀と朱桜の鬩ぎ合いを緩めていく。

 それは契約の意思だ。共に在りたいと願うのならば魂が流転し、どれだけの時を重ねようとも何度でも巡り会う理。かつてあらゆる世界が入り混じった空白の世であったからこそ生まれた渇望。本気を望んだ少年と彼を支えようとした少女。千冬と束の先達とも言える二人の残滓によって、彼女たちの削り合いは瞬く間に抑えられていった。

 覇道の共存機構などというものではない。そんな奇跡はどこにもない。これまでだって千冬と束が守護神として存在し続けることができたのは今の世の法則の恩恵だが、二人とも限界まで自分たちの力を劣化させて、ただの人間としての外装を被り、自分たちを拘束していたからに過ぎない。全霊を以て流出すれば潰し合いは必須だった。

 けれどだからといって黄昏の奇跡に、彼らの契約が劣るわけでもないのだ。無条件に全てを抱きしめるわけではない。鬩ぎ合いは緩まったけれど確実に続いている。

 それでもそれでいいと二人は心から思う。

 終わりの年代記(クロニクル)

 千冬や束、その仲間たちが駆け抜けた青春。

 もうどこにも残っていないけれど確かに二人の心には残っている。

 全てを肯定する優しさは素晴らしくても、自分たちには似合わないだろうから。

 

「やるぞ」

 

「Jud.」

 

 そして隣り合う二人は。

 かつて一度全霊で戦い抜いた二人は。

 これまで受け継いできたものを護るために戦うのだ。

 

「さぁ、力を貸してくれ。私の教えは無駄ではなかった見せてほしい。生憎剣を振るうしか能がないし、自分ではパン一つ焼けない碌でもない女で、座なんか握る資格もないが――それでも付いてきてくれるのなら、私はお前たちを導こう」

 千冬が告げたのは彼女の教え子たち。それこそが織斑千冬の軍勢(レギオン)。それはなにもISの騎乗者だけというわけではない。千冬という存在に憧れる存在はいくらでもいるし、彼女の武に魅入られた者もまた然りだ。例え今こうして、人でない存在へと引き上げられ、大罪の担い手と戦うことになっても彼女に導かれたのならばそれでも構わないとここに集った者たちは誰もが感じていた。

 そしてそれは千冬に限った話ではなく、

 

「――ありがとう」

 

 束も同じこと。周囲に集うの煌めきはかつての世に於いてその異常性故に他者との繋がりを得ることができず、しかし今この世に於いては誰かと繋がることのできたものたち。武芸に、学問に、芸術に、何か一つのためにあらゆる全てを捨て去ることを惜しまない彼らは関係などに顧みない。必要ないし、そうして生きてきた。けれど、この第十三天で触れてみれて、

 

「案外悪くないよね?」

 

 束自身そう思う。一度異端を極めてしまったからよくわかるのだ。

 そんな果てにはなにもない。

 どうしようもなくどうしようもなくどうしようもない。自分たちのような存在は他者など必要ではないが、だからこそ誰かとの繋がりは希少だ。ごく普通の絆がたまらなく眩しくなる。

 そして今ここに集った魂たちは束と同じことを感じている。かつて取りこぼした絆を護るために。それを手に入れるきっかけをくれた今の世界に恩を返すために。

 

「今この時だけは修羅になろう。己だけの狂気を曝け出そう。大丈夫、私は全ての(狂気)を愛するから――」

 

 光から発生する複雑怪奇な文字式、魔方陣、概念条文。束の軍勢が生み出し、織りなす世界の法則。

 解放された白銀と朱桜の輝き。

 それは確実に白黒の汚染を浄化していく。

 けれど、円夏は笑みを崩さない。

 現状地力で劣っているのは円夏だ。

 時代の変革を担った兵器や異端者たちが集う軍勢に対して、円夏にはそれがない。覇道神であるにも関わらず、量に関しては円夏はほぼ零と言っても過言ではない。八大竜王たちは所詮彼女の切れ端、かつて亡国企業に所属していた者やモンド・グロッソの最中で占領した僅かな数だけ。

 それでも円夏は嗤う。

 ――量はともかく質に関しては十分すぎるほどにあるのだから。

 鬩ぎ合いを強める三つの神威は勢いを増していく。遠からず世界に穴が開くだろう。それは円夏には願ってもないことであり、千冬と束としては絶対に避けたいこと。

 故に全身全霊を以て三柱の神々は激突する。

 白銀は世界を断ち切る魔剣を。朱桜は森羅万象の真理を。そして黒白は光を宿した両腕を広げ――

 

「行くぞォォッッーー!!」

 

 

 

推奨BGM:α Ewigkeit

 

 

 

『白銀教戒――』

 

 初撃を担ったのは英雄たちを誘う戦乙女(ブリュンヒルデ)だ。

 彼女が率いる今の軍勢に参列する全てのインフィニット・ストラトスは第一移行(ファースト・シフト)第二移行(セカンドシフト)全てを完了させ、それぞれがそれぞれの操縦者を以て最終移行(ファイナルシフト)が完了されている。

 

『――千冬大進撃!!』

 

 そして彼女はこの覇道神三柱が集うこの場においてその全軍を同時に繰り出すという奥義を放っていた。中核を為すは言うまでもなく千冬の一閃。L-swという神格武装。最早焦熱という概念そのものとなった魔剣を魁として、全軍による一斉砲火を放つ。今より三代前、宇宙樹と神々の世界であった第十天。その因子を保有する千冬が打ち出したそれはまさしく宇宙を斬り焦がし、円夏という宇宙を八割方を灰燼に帰していた。

 

「はっ――」

 

 円夏は構わない。彼女からすればそんなことどうでもいい。例えどれだけ総体が削られようとも、

 

「――強欲(フィラルジア)よ」

 

 削れていたはずの世界に力が戻る。『拒絶の強欲(アスピザ・フィラルジア)。八大竜王ティルティウムこと桃が保有していた神威は大本である円夏に還元され使われる。

 その効果はかつてと変わらない、痛みの魔力変換。

 彼女にダメージを与えれば与えるほど円夏の力になる。

 そしてそれは当然ながら強欲だけに限った話ではない。

 

憤怒の閃撃(マスカ・オルジィ)

 

 円夏の手の中に現れたのは光の弓矢。身の丈を超える光矢と光弦。使用者の怒りに応じて威力が高まるというものであり、神域において激情を隠さない円夏が用いれば相応の威力を保有する。円夏の保有する彼女は子供の駄々のようであるが、それ故に手が付けられない。星など容易く穴を開けるほどの馬鹿げた感情。

 放たれた。

 そして、

 

『――Satis sunt mihi paucī』

 

 詩と共に突如として発生した莫大な量の水がそれを押し留めた。

 束だ。

 

『paucī, satis est ūnus, satis est nūllus.』

 

 激怒の一撃を受け止めた水の盾は即座に地表を覆うように広がった。今の彼女たちの戦いは隣接する平行宇宙にすらも影響を与える領域だ。未だ穴が生じていないのだから現世での戦闘。それゆえに束は世界を隔絶させる。星一つを丸ごと覆う水の膜。当然ながらただの水ではない神域の水。

 

 究極にまで至ったものはそうであるとしか形容ができない。

 

 彼女の行いはそれを体現したもの。

 ただの水の膜。けれどそれは覇道神から人々を護るだけの強度を宿していた。

 そして束の詠唱は続く。

 

『Bonī improbīs, improbī bonīs amīcī esse nōn possunt. 』

 

 放たれたのは熱力学の終着点だった。熱力学第二法則を打破するために生じた思考実験。長い間科学者たちを悩ませ続け、一生をそれに捧げた者たちがいる。熱と冷。それを決定づけるマクスウェルの悪魔。天秤の秤を支配する存在。 

 それは今この時、篠ノ之束の後押しを受けて完成される。

 極高温と極低温。二つの極端から生じる熱位相の絶対破壊。必滅の魔拳となって円夏へと叩き込まれる。強欲の加護を憤怒の閃光ごと破壊する崩壊。触れればなんであるかは関係なく、概念的に粉砕される魔導を前にして、

 

『――我は刻みし者』

 

 虚空より出現させた幅広の長剣で迎え撃つ。

 

『我が魂、誇り、命。かくある全てを文字として表し記そう。

 冥府へと送られし英雄たちも、現世にそうして物語を遺していく。故に続く世界はより絢爛になるであろう。

 ――名誉を以て刻印せよ』

 

 長剣が緑の光を放った。それと呼応するように円夏の全竜の下に新たなる影が。機械でできた竜。クァルトゥムの随神相と酷似したものであり、これこそが源流。円夏たちの随神相ほどではないが、しかしクァルトゥムから発生した時よりもはるかに大きいそれは

 

『聖剣グラム――機竜ファブニール!!』

 

 第一天その残滓だ。

 同時に円夏が長剣に文字を描く。

 光をインクにして書かれたのは『不変』の二文字。書き切った瞬間に必滅の魔拳が激突した。

 本来ならば刹那もおかずに消滅するのは円夏の方だ。長剣ごと一撃で全存在を消し飛ばされてもおかしくはなかった。けれどそうはならない。

 なぜならば、

 

「グラム……!」

 

「そうだ! 聖剣グラム! 第一天の太極の残滓を再生させた概念核武装! 貴様らが何千年も大事に抱え続け、二年前に私が奪ってやった物の一つだよ!」

 

 聖剣だけではない。円夏の周囲に展開される合わせて十の武装。

 神刀。雷霆。木剣。巨大な大砲。白亜の大剣、四色の宝玉。赤熱の塊。二尾の槍。機殻に包まれた長槍。

 それぞれがそれぞれかつての十の天を握った神の残滓だ。千冬と束が長い間保有していたが――二年前に奪われた。

 

「それは……!」

 

「そんな簡単に使っていいものではない? 知らんな。もう私のものだ。かつて誰が使おうとも関係ない」

 

 そして――長槍を握りしめる

 

『誇りを胸に。我ら神々は最も気高き者である

 故に我らには敗北はない。決して媚びず、引くことはないだろう。

 この生余すことなく燃やし尽くす――約束された終焉

 不滅の誇りを――

 神槍ガングニール――終焉竜ラグナロク』

 

 刹那、円夏が光の塊となって飛翔した。一瞬でたどり着いたのは成層圏。大気が薄く、本来ならば生存すらままならない空間において、

 

「T・I・T・A・N・I・C・L・A・N・C・E――真大神槍(タイタニックランス)!」

 

 莫大な光量が竜を形作る。宇宙に発生した終焉竜は地上へと落下し、その最中で形を変えていく。より強く鋭い槍となっていくのだ。それは世界を終わらせる光。概念核兵器の最終形態。神格の一撃としても最大級。地上へと落ちれば、水の防御膜もぶち抜いて星を砕き、この宇宙そのものを破壊しかねない極光。

 

『Stultum facit Fortūna――』

 

 それを食い止めるのもまた極光だった。

 束の指が跳ねる。白魚のような細指が中空に複雑怪奇な文字式を生み出し、それらが重なって魔方陣を想像していく。生み出されるはあらゆる破壊兵器の収束だ。銃、ガトリング、狙撃銃、ミサイル、バズーカ、レーザー、ビーム、荷電粒子砲、超電磁砲、相転移砲、素粒子砲。現実、非現実を問わずあらゆる砲火の概念が収束する。

 生じたのは学園島よりも尚はるかに巨大な桜色の魔力の塊とそれを取り囲む環状魔方陣。

 

『――quem vult perdere』

 

 発射した。

 まず閃光が一筋伸び――直後に極光が世界をぶち抜きながら起立する。

 

「――――!!」

 

 世界を飲み込む終焉竜と世界を砕く桜光。

 円夏の一撃が最高位の威力を誇っていたように束のこれもまた彼女の出せる最大級。

 二つの最高峰(ハイエンド)が激突する。

 余波だけで束と円夏自身の肉体にも亀裂を入れ、水の守護膜も損傷する。

 

「っぐ……!」

 

「ハ……!」

 

 必然、束と円夏は全神経を集中させることとなり、

 

「――天地爆砕千冬大割断」

 

 織斑千冬がその隙を見逃さないのもまた必然だった。

 激突する円夏の真横に現れた千冬がL-swの斬撃を叩き込む。終焉竜と星砕きの極光に割り込むのに十分な威力を持ったそれは空間自体を分断させ、その斬撃を追うように彼女の教え子たちが砲火を放ち、空間の裂け目を爆砕で満たす。

 

「……!?」

 

 横合いの一撃を円夏は避けられない。

 直撃した。

 肉体と装甲服を粉砕しながらビリヤードのように彼女の身体が吹き飛び、

 

「――随神相(カムラガラ)

 

『――Est enim amīcus quī est tamquam alter īdem』

 

 躊躇うことなく追撃の一撃が放たれる。

 胎動する二柱の随神相。白甲冑の乙女が大剣を振り上げる。同時、童女が手にした懐中時計の二針が音を立てて回転し始める。それは加速度的に速度を上げて、目にも止まらぬほど。

 それは止まることの無い永久機関。

 誰も知ることはなく、決して明かされずに世から消え去った神秘の法則。

 生じたのは尽きることの無い莫大なエネルギー。回り続ける自動輪が無限の力を乙女の大剣へと供給する。

 意志の伝達すらも必要ない阿吽の呼吸。類稀なるコンビネーションは二人の関係からすれば当然のこと。

 自滅因子とその宿主。

 そしてそれだけではないと信じる二人の絆。

 振り下ろされた神剣が全竜の右翼を断ち切った。

 

「ぐうぅ……!」

 

 円夏にも尋常ではないダメージ。拒絶の強欲のキャパシティすらも超えた決殺技。白銀と朱桜の合わせ技を前にして、生き残ったのが奇跡と言えるほど。

 そしてそれだけでは終わらない。

 右翼を断ち切った一太刀に続く二の太刀。縦に振り下ろした一閃ではなく横に振るい、全竜を円夏ごと両断しんとする断絶だった。

 

「は――」

 

『人形とは人に仕え、人に使われるもの。

 鋼の肉体、機械油の血潮、創られし我らが命。故に我らは咲き誇る鋼鉄の華。

 主に祝福を、幸いを。冥府だろうとこの機械の身は続きます。

 ――人の為にあることを誓おう。

 暴風竜テュポーン――神砕雷(ケラヴノス)

 

 過去は災いと悲しみ濡れ、今は何もなくただ時が過ぎる

 故に今西風を背負い走り出そう。涙を拭い、立ち上がり、正義がある場所へと。

 輝く星がその証――我らは護るためにある。

 ――幸いを願う宵の一等星。

 黒曜・白創――宵星砲(ヴェスパーカノン)!』

 

 白銀の神剣に神々の雷霆と夜明けの極光が激突した。

 かつて千冬自身が束との激闘に於いて雷霆のレプリカを用いたがそうではなく真正であり、夜明けの白光も同等だ。それ自体が一つの宇宙。放たれたと同時に隣接する宇宙を引き裂き、粉砕し拮抗しながら、

 

「――落ちろ」

 

 世界に――

 

「駄目……!」

 

「まだだ……!」

 

 ――穴が開く。

 

 それは画布に色を重ね過ぎたようなもの。複数の色を使い、塗り重ね過ぎればどうなるのか。答えは簡単、画布が耐え切れず穴が開く。

 そも覇道流出というのはそういうものだ。画布は世界、色は渇望。画布を己一色で染め上げる行為。

 そして今、白黒と白銀、朱桜という三色を重ね陥没が生じる。 

 

 ――落下が始まった。

 

 三柱が特異点を落下し、現世から離れ神座へと近づき始める。三つの渇望がぶつかり合うが故にそれは迅速だ。そしてそれはそのまま彼女(・・)への道ができたことを意味し、束と千冬が動揺を隠せず、

 

「――貰ったぞ」

 

 その刹那を円夏は見逃さず、二柱の軍勢を喰らいつくした。

 

「ッ……!!」

 

 声にならない絶叫。たかが一瞬されど一瞬。それだけの間に千冬と束のレギオンは消え去り、

 

「美味い。流石と言っておこう」

 

 悉くが円夏のレギオンとして変生していた。

 そもそも覇道神の鬩ぎ合いは、渇望のぶつかり合いから生じる。流れ出す渇望が宇宙を満たすために自分以外の全てを問答無用に排斥していく。

 それ故に覇道と覇道の両立は極々僅かな例外を除いて共存できない。千冬と束であっても可能な限り潰し合いを押さえているが、完全になくすことはできない。例えどれだけの友情で結ばれていても、二人の渇望は違う。

 だが円夏の場合は別だった。

 彼女は他者を焦がれる。自分以外の全てに嫉妬を覚え、奪おうとする。故に彼女にとって覇道の喰らい合いは手段ではなく目的だ。

 流れ出すために覇道を喰らうのではない。

 喰らうために流れ出すのだ。

 だからこそ千冬と束の意識を逸らした瞬間を見逃さずに円夏は二人が保有する魂を本体だけを遺して奪い去った。当然、二柱分の魂を喰らったことによって円夏の強度は爆発的に跳ね上がる。

 力の天秤は完全に崩れた。

 それはつまり二人が詰んだということだ。

 

「ははははは! よくやったさ、娘としても誇らしいぞ我が母たち。娘の踏み台になるんだ、よくやったと満足して――そのまま死ね」

 

 円夏の背後に連なるのは黒と白に染め上げられたインフィニット・ストラトスの成れの果てと単なる狂気の修羅。蒼穹の中で笑っていた魂は全て大罪に犯されている。意思などどこにもない。あるのはただ尽きることの無い罪だけだ。

 

「……これは報いというわけか」

 

「またちーちゃんは厳しいことを」

 

 特異点を落下しながら、眼前で生じた絶望を前に、しかし二人は苦笑していた。愛し児らを奪われて、余力もほとんどない。覇道神は保有する魂がものを言うのだ。個人の渇望力だけでそれらの量の差を埋めるのは不可能と言ってもいい。

 だからもう彼女たちは――

 

「なら」

 

「Jud.最後にできることを」

 

 推奨BGM:Amantes amentes

 

『――Gatrandis babel ziggurat edenal』

 

 手を重ねて謳う。

 口の端から血が零れる。これまでの戦いで傷は幾らか受けたが致命はまだない。故にこれは自壊に近い物。けれど構わない。目の前では円夏が二人を完全に消滅させようと渾身を振り絞っていた。それを二人は止めることはできないのだから。

 

『Emustolronzen fine el baral zizzl』

 

 ねぇちーちゃん。

 なんだ。

 私たち、一杯喧嘩したし、馬鹿なことしたじゃん?

 そうだな、お前は私に迷惑ばかりかけて困ったものだったよ。

 あはは、ごめんねぇ。

 

『Gatrandis babel ziggurat edenal』

 

 それで、それがどうかしたのか?

 うん、それでさ。

 あぁ。

 私たちは最高の親友だったよね。

 そうだな。

 ――ずっと一緒だよ。

 あぁ――ずっと一緒だ。

 

『――Emustolronzen fine el zizzl』

 

 奏でられた二つの絶唱は響き合い、特異点の中を、現世を駆け巡る。溢れる光輝は穴を押し広げながらも円夏が放った一撃と一瞬だけ拮抗し、

 

 直後に織斑千冬と篠ノ之束を消滅させた。

 

 そして最後、

 

「後は、任せた」

 

「頑張れ、皆なら……きっと大丈夫だから」

 

 消え去りながら、さらに深奥へと落下していく円夏を見送りながら発した言葉に――

 

 

 

 

 

「Testament!!」

 

「Judgement!!」

 

 

 応える者は、いた。

 

 

 

 

 




この話も残すところあと少しですねぇ。

感想評価お願い増します


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第拾碌章

推奨BGM: 此之命刻刹那

繋がる意思はここにも
契約するのは颶風と華


 

 

 

 世界に歌が響いていた。

 織斑千冬と篠ノ之束が残していった旋律。それは確かな意味を残して世界に漂う。その意味を理解していたのはほんの僅かな数だけでも、歌そのものは世界中の誰もが聞き、涙していた。突如空を覆った水や無差別に耳に届く歌。怪奇現象としかいいようがないのに、しかし誰の心にも染み渡っていた。

 彼女たちの絶唱の残滓――それをもまた一夏と鈴も耳にしていた。

 特異点へと駆け下りた他の五人、そもそも行くことができない二人とは違い己の意思で二人は未だ人に身であり、地上に留まっている。

 何のためであるかなど――言うまでもない。

 

「さぁ、一夏」

 

 彼女は口を開く。

 

「私たちの祝言を始めましょう」

 

 

 

 

 

 

「――」

 

 鈴の言葉にわずかに一夏は空を見上げる。先ほどまであった水の膜はなく、夜の空に戻っている。そして膜越しに感じていた三つの内二つの神気が消えていたことにも気づいていたし、それが何を意味するのかも理解していた。

 ならばそんな場合ではない――などということは微塵も思わない。

 

「あぁ……そうだな。そうだ、それでいいんだ」

 

 場所は学園校舎屋上。簪がいない今、概念空間ではない現実空間であるもの、場所など今更関係ない。

 

「待ちわびたよ」

 

「えぇそうね。この数か月のラブコメも悪くなかった、ごく普通の男女交際っていうのもね。でも」

 

「俺たちはこっち(・・・)だよな」

 

 ゆらりと一夏は刀を引き抜く。それは亀裂が入り、今にも壊れそうな一夏の刀。けれどそれは他でもない羽化(・・)の証。それに笑みを浮かべながらも鈴も拳を打ち鳴らす。

 当たり前の語らいをするつもりなど毛頭ない。

 そういう普通のことは鈴の言う通りやってきた。悪くはないし、自分たちのようなキチガイがああいうことをできるというのは嬉しかったけれど、それでも自分たちの本懐ではない。

 それぞれ、直前に戦っていたせいで互いに満身創痍だ。けれどそんなことに構う二人ではない。

 消耗は軽くない。

 世界は色々ガチでやばい。

 けれどそれがどうした。織斑一夏と凰鈴音からすれば総て戦友たちに任せたこと。

 互いの魂の猛りは最高潮。剣と華はそれぞれの求道と見定めた相手と相対しているからこそ、悲嘆と淫蕩を前にした時は立ち止まった地点を呆気なく上りつめ――

 

『壱 弐 参 肆 伍 陸 漆 捌 玖 拾  布留部――由良由良止 布留部』

 

 それはかつて二人が謳いあげた祈りと同じものであって同じではない。暴風竜の相対において一度神域に至った一夏と鈴だがそれは所詮座からの後押しがあってこそ。地力でいえば当時の二人はそこまでの強度は有しておらず、彼女が力を貸さなければあそこで死んでいただろう。

 けれど、今この刹那。最早なんの後押しもなく二人は己の渇望を高らかに叫ぶ。

 

『曰く この一児をもって我が麗しき妹に替えつるかな すなわち 頭辺に腹這い 脚辺に腹這いて泣きいさち悲しびたまう』                                            『通りませ 通りませ ここはいずこか細通なれば 天神もとへと至る細道 御用ご無用 通れはしない』 

 

 この期に及んで躊躇う理由などどこにもない。

 目の前には焦がれつづけた高嶺華。何よりも斬りたいと願い、誰よりも斬滅を抱いた至高の花弁が一夏だけの為に咲き誇ろうとしている。なればそれで鞘走るの躊躇する彼ではない。

 閃く一刀が鋭さを増している。それはただ凰鈴音という華を切り裂く為に他らない。故に少女は歓喜する。その喜びがさらに高嶺に彼女を押し上げていくのだ。

 

『その涙落ちて神となる これすなわち畝丘の樹下にます神なり  ついに佩かせる十握劍を抜き放ち  軻遇突智を斬りて三段に成すや これ各々神と成る』

                  『この子十五のお祝いに 御札を納めに参り申す 行きはこわき 帰りもこわき 我が中こわき 通りたまへ 通りたまへ』

 

 それは他の五柱と同じ求道神でありながら、その純度に関しては一線を画している。ラウラたちも内側に流れ出し続ける求道の神ではあるが、白銀と朱桜の性質を色濃く受け継いでいるからこそ軍勢の統括等の本来ならば求道ではなく覇道の役割も可能としている。

 けれどこの二人は違う。

 

『黄泉比良坂より連れし穢 これ日向橘小門阿波岐原にて禊ぎ これ我が祖なり 荒べ 、荒べ、嵐神の神楽 他に願うものなど何もない』

                               『ナウマク・サマンダボダナン・インダラヤ・ソワカ オン・ハラジャ・ハタエイ・ソワカ』

 

 正真正銘、個の極地。冥界、天界の統治もせず、それらの世界の架け橋ともならず、穢れを担うこともせず、全てを把握し管理するわけでもない。世界の理から完全に切り離された固有宇宙。それぞれ役割を担う他の五柱とは違い、ただ己の渇望のみで新生した新たな神々だ。

 

『八雲たつ 出雲八重垣妻籠に 八重垣つくる 其の八重垣を 都牟刈・佐士神・蛇之麁正――神代三剣 もって統べる熱田の颶風 諸余怨敵皆悉摧滅 』

                             『如来常住――切衆生悉有仏性・常楽我浄・一闡提成仏 ここに帰依したてまつる 成就あれ』

 

 けれどそれでこそ。

 それこそが織斑一夏と凰鈴音なのだ。できないことをやろうとは思わないし、できることを、やりたいことをやることこそが二人が恩義を感じる世の理。故にもう既に二人は互いのことしか頭にない。今やるべきことはコレだという確信があるし、穴へと落ちていった五人を信じているから。

 

『――太・極――』

 

 何一つ憂いはなくここに至高の戦神は誕生する。

 

『神咒神威――素戔嗚尊・天叢雲剣』

  

『神咒神威――帝釈天・嶺上開花』

 

 それは自分勝手に、自由気ままに――青空の輝きを以て顕現した。

 同時に音を立てて『雪那』の刀身が砕ける。初めから神域に至ることを前提とされた鈴の両腕とは違い、その神刀はかつて篠ノ之束が織斑千冬の為に打った刀。故に刀の粉砕は彼女たちからの解脱だ。

 鋼の刃が消え去り――露わになるのは颶風の刃。

 そしてそれすらも所詮はただの媒体。真の刀剣は一夏自身であり、鞘と定めたのが目の前の少女。風の刃からさらに刀を抜くという埒外の行為を当然のものとする。

 

「さぁ来なさい一夏。 アンタの気持ち、アンタの魂――私が全部受け止めてあげるから。アンタの全てを私に届かせなさい」

 

「言われなくても――」

 

 二つの神威が威裂繚乱と咲き誇る。

 個の境地、歩く特異点を言われながらそれは二柱が孤立無援を意味しない。魅せ合い、魅せられ合い、手を伸ばし、高みへと登る二人は接続した隣接宇宙。重なり合う二つの渇望は繋がる螺旋のように離れることはない。

 それはかつて二人が交わした約束。

 

『俺はお前を斬る刀剣になる』

 

『なら私は、その時まで誰にも触れさせない高嶺の華になるわ』

 

 初めて会ったとき、始めて交わして、出会ってから焦がれつづけた契約は今こそ果たされようとしている。

 ここまで来た。

 蒼穹に抱きしめられながら、姉たちに導かれながら、戦友と共に疾走しながら――

 

「ようやくここまで来た」

 

「えぇそうよ。やっと」

 

 闇夜の中、煌びやかな波動が世界を照らしていく。それは止まらない。こうして向き合うだけ二人の魂の研鑽は始まっているのだ。

 斬りたいと思う。

 触れてほしくないと思う。

 斬りたくないと思う。

 触れてほしいと思う。

 だから――、

 

「織斑、一夏」

 

「凰、鈴音」

 

 神となった二柱は人間であったことの咒を宝物のように口ずさみ、

 

「焦がれた雌雄を決するべく――」

 

「いざ、尋常に――」

 

 

 

「推して、参る――ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

『早馳風――御言の息吹!』

 

『大宝楼閣――善住陀羅尼!』

 

 開幕と同時に放たれたのは天地至高に斬撃と浸透剄の極限域の拳。

 それらはどちらもが莫大な神気を宿し、激突の瞬間に隣接する宇宙を数十、数百単位で破壊しながらその威力を撒き散らす。

 初撃としては激しすぎる互いの一撃。かつての暴風竜との相対においては決殺であったはずに奥義を二人は迷うことなく放ち、

 

「くははははーーーーー!」

 

「あははははーーーーー!」

 

 溢れる神威と共に一夏と鈴は哄笑し、刀を、拳を構える。

 最大級の威力が激突し合ったが故に、二人自身に少なくないダメージがあるはずだが、それらにまったく構わずに笑い、さらなる一撃を放ち、

 

 鈴の右腕が飛んだ。

 

「――!」

 

 鈴の右腕、それは篠ノ之束が作成し、彼女に馴染み、武神として太極にまで至った今、それに見合うだけの神器となっている。それに鈴自身の神威を込めれば、消して砕けぬはずの鉄拳なのだ。

 にもかかわらず、それはあっけなく断ち切られた。

 

「ハッーー!」

 

 それに鈴は構わなかった。構わず、残った腕と身体を連動させ、刹那彼女の姿が数百にまで分岐し、

 

「破!!」

 

 取り戻した右の拳を叩きこむ。

 それは先ほどまでにはなかったはずの部位。だが、今の鈴には関係ない。先の一閃は決して避けれないものではなかった。激突ではなく、回避を選べば避けれるはずだった。その可能性もあったのだ。

 

 だから、その可能性を引き寄せる。

 

 引き寄せ、修復されたその一撃は、一夏に叩き込まれる瞬間に再び、分岐。今の鈴が放てる全ての攻撃は乱立し、同時に叩きこまれた。恐れるべきは数百にまで届く攻撃のどれもが邪魔し合っていないということ。あるいは避け合い、あるいは統合され、最大限の威力を見こめるように一夏へと叩き込まれる。

 

「そんだけかよ」

 

 それらを温いと断じながら、一夏の颶風の抜刀は全てを切り裂いた。

 最早速い遅いという領域では無く、時間という概念すらも断ち切る切断現象。 

 当然だ。太極にまで至った一夏は存在そのものが一本の刀剣であり、彼がそうである以上、何かを斬るのに刀はではないのだ。視線を合わせれば、視認されれば、もっと言えば認識された時点で、対象は必ず一夏に斬られている。それゆえに斬る為に刀を抜くのではない。すでに斬っているのだから、その現象を具象化させるために刀を抜く。 

 唯斬。切断、斬撃という概念としては歴代神格を寄せ付けず、攻撃速度という分野においても飛び抜けいている。

 鈴は防御力に優れているのに対し、一夏は攻撃力に特化している。 

 だが、それでも。二人はそんな己の特性を考慮になどせず、

 

「くはっ、はははっ、はははははははーーーー!!!!」

 

「あははっ、はは、あははははははーーーーー!!!」

 

 互いを刻みあう。

 飛散する血肉はそれ自体が宇宙に浮遊する天体と同規模。たとえ致命傷を受けていないとはいえそれだけの切創が生まれていることから二人の攻撃の深度が伺える。かつて一夏が無様と称した剣はどこにもない。真実、今の二人の拳と剣は星を砕く破壊に耐える石を断ち切り、潰すだけの質がある。

 学園の屋上という戦場でありながら、未だに破壊されず形を遺している。求道神という性質故に触れなければその神威の影響を及ぼさないというだけではない。

 今この二人は真実お互いしか見ていないのだから。全身全霊を違いに向けているからこそ、他への余波など生み出さない。

 

「ヂェエィ!」

 

 振りぬかれる颶風の数は数えることすら馬鹿らしい。時間空間距離あらゆる概念を切り裂きながら進む斬風を阻むものなど存在するはずもない。そも、刃に実体すらなく一夏自体と関わっただけで切られているのだからどうやって防げというのだ。

 それにも関わらず、

 

「ハハッ! ああ、まだ遠いなぁ! どうなってるんだよ、斬ってるのに、何よりも早くお前に手を伸ばしているのに! お前は、斬らせてくれないんだなぁ!」

 

 斬風は天嶮の大輪を手折ることができない。確かに斬っているはずなのだ。それにも関わらず颶風の一刀は咲き誇る華の芯を捉えることはできない。

 

「あははは! 当たり前でしょうが! 私はそんな簡単に捉えられると思ったら大間違いよ!」

 

 叫びながら哄笑を上げる鈴は端々は斬られている。けれどそれは所詮切れ端に過ぎない。例えいくら削られようともその程度ならば問題ないのだ。寧ろそれらの障害がさらに鈴の強度を押し上げていく。一夏が斬ろうとすればするだけ、鈴は己の可能性を見出しよろ高みへと昇華していく。

 だからといって――一夏が立ち止まるわけがない。

 

「斬れないなら――斬るまで、斬り続ければいいだけだよな」

 

 刀と拳を交えるたびに乱立する鈴の可能性は数千、数万、あるいは数億にまで届く。総体を一夏は感じているが、全ての数を把握しているわけではない。把握はしていない、が。言葉通り目につくもの総て切り裂けば同じことだ。

 

『無空抜刀・零刹那――』

 

 それは一夏の代名詞的奥義。超光速のさらに先。同じ時間、同じ空間、同じタイミングで放たれる抜刀術。多重次元屈折現象。人の身であった時からそれだけの奥義。そして神域に至り放つ以上ただそれだけではなく、

 

『――涅槃寂静ォッーー!!』

 

 刹那、乱立する可能性総てが一刀の下に同時に断絶され、凰鈴音に無視できない切創を刻み込んだ。

 

「っづああああああああああああ!!」

 

 分岐存在の全てを斬滅され、袈裟に切り上げられる。脇腹から肩に掛けてまで開かれて生きていられるのは一重に神格としての耐久力の賜物。もし鈴が人間だったのならばこの時点で絶命し敗北していたのは彼女のほうだ。

 

「っ、……はは……ッ、あははは……」

 

 掠れた声の中で鈴は笑みを絶やさない。今の一刀はどうしようもなく避けられなかったし、避けるという選択肢すらなかった。現時点での一夏の最大威力。それも、放つ直前の限界を突破していた。だからこそ鈴は受けた。受けざるを得なかった。

 

「まったく、かっこよくなったわね……。いい男よアンタはさ」

 

 あの朴念仁がよくもまぁと苦笑しながら、

 

「だからこそ、私も――!」

 

 咲き誇る。

 総ての行為は己を高みへと押し上げる演舞。乱立分岐する拳撃や蹴撃の動作や発生音、それらもが悉く舞いの要素だ。鈴の笑みの声も、高鳴る鼓動すらもなにもかも。彼女が生み出すものは残らず高みへの燃料。

 なのに――

 

「触れてくれるのね! 私に! 手を伸ばしてくれるのね!? どこまでも、誰にも触れられないって覚悟していた私に! アンタは手を伸ばし続けてくれる!」

 

 全身全霊で高みへと駆け昇っても、鞘走る風は確実にこちらを捉えてくる。例え切り裂かれるのが数多の可能性の中でも最も軽微だとしても、届いているのは確かなのだ。誰にも届かない高みに咲き誇る彼女に、無限に広がる蜃気楼のような彼女に。そんなことは知らぬと一夏はその()を伸ばしてくる。

 

「当たり前だろうが! 絶対逃がさない! お前は、俺が殺すんだよーー!」

 

 それこそが鈴の原動力だ。彼がそうやって愚直に駆け抜けてくれるから、鈴は咲き誇れる。自分のことを見て、自分だけに手を伸ばしてくれる馬鹿がいるからこそ。

 

『木生火、火生土、土生金、金生水、水生木。陰陽太極木火土金水相成し一撃と成せ──』

 

 分岐する影が僅か五つにまで減少した。けれどそれは数ある可能性の中で最高峰であるからこそ。一つの宇宙の中、森羅万象を構成する法則を五つに分割し、分岐した鈴がそれぞれを担う。

 

『五行相成─―絶招五行拳!!』

 

「……がはぁっ……アッ……!」

 

 叩き込まれた五種の拳撃。それぞれがそれぞれの法則を担って高め合いさせ、宇宙の真理を体現する絶招となって一夏へと打ち放たれた。叩き込まれた直後に一夏の体内で爆発する莫大な神気。一瞬で五臓六腑を破裂させて、膨大な量の血が口から零れた。内臓を全て粉砕されているにも関わらず生きているのは神格としての耐久力のおかげ。これが人であった時ならばこの時点で一夏は絶命し敗北している。

 

「はは――」

 

「ふふ――」

 

 人の身であれば絶命。神の身でも無視できない損傷。けれどそれが当たり前のように一夏と鈴は嗤う。

 

「オオォ――」

 

 斬る。

 刀を振って、斬る。

 一夏が行うのはそれだけ。

 颶風から抜き放たれる織斑一夏という刀剣。天地無二の一刀。斬滅という一つの宇宙。

 斬る、斬る、斬る。斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る――斬る。

 斬って――。

 ――斬った。

 ただそれだけのこと。無駄な装飾など必要ないし、それ以外に表現できるはずもない。。真実一夏はただ斬っているだけなのだから。

 

「――あぁ、ほんと。アンタみたいな純粋な(バカ)、私は他に知らないわ」

 

 舞う。

 全身を用いて、舞う。

 それこそが鈴の真骨頂。

 天嶮にて大輪を咲かせる凰鈴音という至高の花弁。たった一人のみが触れる高嶺の華。咲き誇るという一つの宇宙。

 美しく輝かしく麗しく美々しく素晴らしく切なく可愛らしく華々しく艶やかに仄かに華やかに煌びやかに綺羅びやかに絢爛に綺麗に美麗に艶美に淡麗に秀麗に素敵に純潔に明媚に鮮烈に鮮麗に豪華に豪華絢爛に純真無垢に天真爛漫に天衣無縫に活発艶麗に花顔雪膚に威風堂々に――舞い踊る。

 咲いて――。

 ――咲き誇る。

 どれだけの美辞麗句を重ねようとも足りはしない。世界中に存在するあらゆる賛美の言葉を贈ろうとも今の鈴を表すには不十分だ。

 

「俺も、お前みたいに綺麗な(オンナ)他に知らねぇよ」

 

 互いに散る鮮血は命の証。一夏はそれを矢鱈めったらに浴び、鈴は血化粧のように纏う。全霊の一撃でなければ互いに切創を刻めず、ただ重ねるだけの刃や拳では総体の欠片をわずかに穿つだけ。だとしても徐々にその深度は深まっていく。

 

「あぁ、楽しいなぁ」

 

「えぇ楽しいわ」

 

「皆頑張ってんのかなぁ」

 

「私だけ見てなさいよ浮気は殺すわよ」

 

「言われなくても、お前しか見てねぇよ」

 

「恥ずかしい男ね」

 

「お前だって似たようなものだろ」

 

「どっちもどっち、か」

 

「ああ」

 

「愛してるわよ」

 

「愛してるさ」

 

「届かせないわ」

 

「ぶった切ってやる」

 

 殺したいほどに――

 

「お前のことを愛している!」

「アンタのことを愛している!」

 

 故に今こそ、この刹那に愛を超越()えろ。

 二人に残された力は僅かであり、次が最後の一撃であると二人は理解していた。

 長いようで短かった逢瀬。堪らない時間こそは矢のごとくに過ぎ去っていく。それはどれだけの睦言や当たり前の逢瀬や肌の重ね合いより二人にとっては最高の時間だった。

 ともすれば時間が止まってほしいとすら思えるほどに。

 未来永劫、どちらかの命が終わるまでこの神楽を舞いつづけられれば、止まった無間の中でそうすることができたのならばどれだけ素晴らしいことなのか二人は夢想して――、

 

「それは、違うか」

 

「任されたもんね」

 

 この最高の刹那を永遠に味わおうとするのは言葉にできないほどに美しい祈りであっても、きっと間違っているのだろう。

 だって彼らの姉たちはそうだった。

 彼女たちがどういう生を駆け抜けてきたのかは一夏や鈴にも解らない。けれど、今この世界を護り続けてきてくれて、次代に任せるために自分たちを導いてくれたのだ。

 だから前に進みたいと思う。

 

「千冬姉の娘ってことなら俺の娘も同然だ」

 

「そこは姪でいいじゃない。ま、私も同じこと思うけどさ」

 

 戦うことしか能がないのだから、細かいことは仲間たちに任せるしかないけど、頭を使わないことは二人でもできる。これから先の青空の世界の中で何ができるのかは未だ解らないけど、できることがあるはずなのだから。

 

「ま、それも全部これが終わったらの話だ」

 

「先に言っておくけど死んじゃっても謝らないわよ」

 

「いいさ、俺だって謝らねぇ」

 

 言葉と共に最後の一撃の溜めを。

 颶風の刃を腰為に構える。本来ならば必要ないが、人の身であった頃から名残であり、最も力を発揮するにはこの体制が一番だ。最後の一撃に最もふさわしいのが何か。

 そんなのは言うまでもない。

 

「同じことだ、全部ぶつけてぶった切る」

 

 素戔嗚という神格が保有する全てを以て帝釈天を斬滅する。元より斬るだけの神だ。鞘から抜き放たれれば森羅万象を切断する無謬の斬撃。それこそが一夏だ。鈴があらゆる可能性に分岐しても関係ない。

 そう、分岐するのならば大本があるはずだろう。元より一夏と関わることで魂魄には切創が刻まれている。故にその切創を広げ、根源に至る斬撃とすればいい。

 やることは変わらない。

 抜いて、斬ればいいだけだ。

 

「そう、アンタはそれでいいわよ。馬鹿なんだから、馬鹿らしく私を求めさない。全部受け止めるから」

 

 拳に宿すのは莫大な神気。それは高嶺という概念の具現だ。高嶺に咲く花はたった一人にしか触れてほしくないから、全てを届かせない。けれどその奥にはたった一人に触れてほしいと願っている。もはや言うまでもない鈴の真の渇望。

 故に顕現するのはあらゆる可能性の中で最高の少女。存在する一夏の可能性総てならば絶対に真正面から妥当しうるだけの誇りを己。一夏が自分という根源を斬ろうとするのならば構わない。寧ろそうしてほしいし、その上でこそ打ち勝って見せる。

 それが自分たちの愛だから。

 

『羽々斬るは十拳の剣。大蛇の叢雲が刻みし神なる神刀――』

 

此処に帰依して奉る(オン キョワミキャ キャワキャミリキャ)天の神々よ我に勝利を(アキャシュロウカバカテイ ジナハラソク)与え給へ(ソワカ)!』

 

 

『羽々斬――布都斯颶風ッッーーー!!』

 

『九・蓮・宝・燈――天帝陀羅尼!!』

 

 

 激突する神刀と神拳。それらは求道の法則など無視して――特異点の最奥へと届いていた。

 

 

 

推奨BGM:吐善加身依美多女

 

 

「く、あー……」

 

「……あぁ」

 

 全身全霊、神格としての総てをぶつけ合った一撃だった。確実に相対者を殺したという確信があり、それが不思議ではないだけの威力と質を秘めた一撃だった。

 なのに、

 

「生きてる、か」

 

「しぶといわね、私も……アンタも」

 

 互いにもたれ合うように膝をつく二人は確かに生きていた。余すことなく血塗れで、無事なところはどこにもない。満身創痍で虫の息であるもの彼らは生きながらえていた。

 

「殺したと思ったんだけどなぁ……現実はうまくいかねぇ」

 

「私のセリフよ。……ほら、もっとちゃんと支えなさい。男でしょうが」

 

「へいへい」

 

 全く力が入らない身でありながら、もう何もできない二人だ。だから愚痴めいた苦笑をするしかない。

 ――致命の深度だった。

 なのに、殺し切れなかった。 

 あの瞬間のお互いならば絶対に絶命させたのに、できなかったということは――そういうことなのだろう。

 こうやってお互いがお互いの想像を超えていくのが、二人の在り方なのだ。

 

「さて、皆どうなったかしらね。我に返ると結果が気になるわ」

 

「ま、大丈夫だろ」

 

「そうね」

 

 軽い物言いだったが、それでも彼女たちを信じていたからこそだろう。最後の激突が特異点へ潜っていた戦友たちに助けになればと思う。

 色々任せきりになってしまったけれど、あれが自分たちの最大限だった。

 

「ま、ちょっと寝ようかしらね。流石に」

 

「あぁ……俺も、限界だ、な」

 

「一夏」

 

「んー?」

 

「私だけを、見てなさいよ」

 

「当たり前だろ」

 

 そして意識を失う二人を――青空の覇道が包み込んだ。

 

 

 




鈴ヒロインになったときから魔改造はこのたまにあったと言っても過言ではない(

ちょい補足。

『羽々斬布都斯颶風』
 基本的に一夏の神格としての斬撃は、彼と関わって刻まれた切創を抜刀行為にて広げて損傷を与えているわけなのだが、これはその上位互換。向き合った時点で相手のどこかを斬っているのだからそのどこかに刻み込んだ傷を無理やり広げて対象の存在、魂、根源にまで届かせて斬滅する技。可能性の系統樹が描かれた紙があったとして、紙ごと真っ二つに断ち切るような行為。

 
『九蓮宝燈天帝陀羅尼』
可能性の収斂が鈴の神格としての性質ではあるが、それの究極系。存在するあらゆる可能性に打ち勝てる最高の自分を生み出す。同時に神格としての自分の可能性の中でも最高であるから発生する神気や闘気は当然莫大なもの。可能性の系統樹の総てに対応するというもの。



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第拾漆章

やっと会えた


推奨BGM:波旬・大欲界天狗道
※より吐善加身依美多女


 神座。

 それは気の遠くなるような昔から世界を支配してきた枠組みだった。神座、太極座、王冠、ジュデッカ、頂点、底。呼び方はいくつかあれど示すものは一つ。果たして誰が何のためにこの機構を生み出したのか今となっては定かではない。そこは物理的な徒歩や飛翔でたどり着けるような場所ではなく、もっと違う、通常の空間を超えたどこかにある。

 そこは世界の中心。宇宙の核。天はそこから流れ出し、発生した色に染まる創世されていく。

 覇道太極という究極に至ったものは座を手にすることで、それまで自分を支配してきた既存の法を覆し、己の渇望で世界塗りつぶすのだ。

 この宇宙はそんな風にできていた。ずっと昔、気の遠くなるような遥か彼方から、連綿と続き、繋げられながら誰かの法が流れ出し、既存の祈りは駆逐され、また同じことを繰り返す。

 それは――十一度続いた。十一回も世界はその在り方を変えてきた。

 第一天『栄誉刻印』。

 第二天『風空無形』。

 第三天『冥府機界』。

 第四天『全個合水』

 第五天『双極星』。

 第六天『流転滅生』。

 第七天『化生仙』。

 第八天『答理砂羅』。

 第九天『炎昼暗夜』

 第十天『神霊樹』。

 第十一天『涅槃有頂天』。

 滅び滅ぼされ、世界は続いていた。けれども度重なる交代劇の中でやがて神座機構そのものが滅びを迎えていた

 決定的だったのは第十一天だった。

 掛け値なしにその法は素晴らしかった。十一柱目の神は座の在り方への理解が深く、かつて十度の転換が行われたことも気付いていた。だからその神はそれまで消えていった法の残滓をかき集め己の世界に再誕させたのだ。それによりその世界は既存の法の欠点を補い合う、考える限り最高の世界だった。強度や完成度、以前の十の天よりも誰もが素晴らしいと判断し、彼らもまた誇りを持っていた。

 しかしそれでも綻びは生じてしまった。

 類稀なる完成度を持っていたからこそ、生きとし生ける者の多くが太極へ至る素質を持っていた。そのせいで世界の枠組みの方が限界を迎えてしまったのだ。太極というものは宇宙を繋ぎ鎖のようなもので、その鎖を通して世界の存在するためのエネルギーを供給させるわけだが、そのエネルギーが多すぎたのだ。

 気づいた時は遅かった。気づいた者も僅かな数だった。

 彼らは――第十一天を滅ぼし、しかし座を握ることをしなかった。

 空白となった太極座。その状態は即ち世界の崩壊だ。流出というエネルギーを無くしたのならば、緩やかに衰退していくしかない。さらに言えば第十一天はそれまでの座の残滓を内包し、管理していた。しかし法則が消滅した以上は残った彼らを守るものはなく、滅茶苦茶になって空白の世界に放り出された。

 そして時は流れ、第一天から第十天の残滓が混在し、しかし第十一天が忘れ去られた世界が生まれた。

 それがかつて第十二天と呼ばれ、滅びを約束されていた世界。

 その世界で――終わりの年代記は紡がれたのだ。

 

「――あぁ」

 

 特異点を落ちていく中で簪は神座の系譜を読み取っていた。

 それらを見て思う。これまでの自分たちは、それらの最先端だったのだと。自由奔放に、自分勝手に、滅茶苦茶やっていたのは全て彼らの行いの果てにあった。

 簪は知識の神だ。知ることに関しては篠ノ之束にすらも上回る。

 だから今の天のことは太極に至ったことで理解していたが、それまでの世界のことは今ここでようやく知ることができた。正直に言うならば、自分には関係ない。それまで何があろうと、自分は自分だ。今さら己の在り方を変える気にもなれないし、そもそも不可能だ。どれだけの世界があって、滅びてきたとしても、もう過ぎたことで簪はどうでもいい。

 ただそれでも、

 

「このまま何もしなければ……全部、なかったことになっちゃうよね」

 

 円夏が生み出す世界はそういうものだ。意思も魂も何もかもを、嫉妬の言葉で片付けてしまう。それだけは、いくら何でも簪だって認められない。

 何より――託されたのだから。

 元より彼女たちのような求道神は特異点を落下することはできない。そもそも特異点の落下は流れ出した覇道と既存の法との鬩ぎ合いが臨界を迎えることで発生するのだ。歩く特異点などと呼ばれることはあるが、しかし潜航することに適してはいない。もしも簪たちだけだったならば座の最深部まで落ちることは困難だった。

 しかし今は道があった。

 織斑千冬と篠ノ之束による絶唱が生じさせた世界の風穴。

 それを簪たちは通っていく。最もいう程簡単ではない。落ちれば落ちるほど『焦がれの全竜』が遺していった大罪の覇道を濃くなっていく。濃度の薄い所を簪が導き出し、蘭が他の四人を連れて進んでいた。最深部はそう遠くない。座への道の深さはそのままこれまで積み上げてきた歴史の証左だ。道のりは恐ろしく長く深い。だが、千冬や束、円夏という歴代の覇道神の中でも最高位の神格たちによる鬩ぎ合い、それに絶唱によってかなり短縮されていた。

 勿論それで簡単に済むという話ではなかったが。

 

「っづ、あ、ギィ……!」

 

 生み出された穴は当然ながら円夏が先に進んでいる。故に彼女が遺した残滓もまた皆を運ぶ蘭を置かしていた。

 大罪という誰もが必ず抱いている概念。神格となった以上、それは当てはまらないのかもしれないが、相手は覇道神だ。そのようなセオリーなど当然無視してくるし、実際蘭は進みながら苦悶の声を漏らしていた。

 だがそれでも――止まらない。

 止まれるはずもない。

 確かに襲い掛かる罪の波動は確かに辛い。導いてくれる簪は他の三人を万全の状態で届ける為にも、全て蘭が引き受ける必要がある。

 

「それが、どうした……っ」

 

 罪。

 それを無視する手段は蘭にはない。

 

「でも、ルキの傲慢はもっと凄かった……!」

 

 自らの手で散らした傲慢の少女。最後の最後まで気高き笑みを浮かべていた彼女のソレに比べれば、この程度問題になるはずもない。

 

「彼女の想いを受け取ったから!」

 

 何度も虚空を蹴りつけ、特異点を潜航していく。普通に落ちていくだけでは、円夏に追いつくことはできない。円夏が残した罪に身を軋ませながらも加速は絶対に止めない。底に届くよりも早く追いつかなければ彼女たちが得た答えの全てが無駄になってしまう。

 そんなことは絶対にあってはならない。

 

「蘭ちゃん……!」

 

「ッ……!」

 

 名を呼ばれると共に道標の概念がそのまま送り込まれ、それに従い飛翔する。

 矢面に立つ蘭と彼女を支える簪。ラウラや本音、シャルは言葉はない。既に役割は決まっている。送り届けることこそが蘭と簪の役目だからこそ、今二人は進むことのみに総てを懸けていた。

 所謂時間や距離の概念はない。渇望の流出によって生じる潜航は求道神には不可能なところを二人の神威にて無理矢理行っている。

 簡単ではない。

 困難しかない。

 

「でも、それこそ……!」

 

 どこまでも羽ばたきたいと思ったから。

 

「ふ、はは……謎があると知りたくなるのが心ってもんだよねぇ!」

 

 何もかも知りたいと願ったから。 

 

 そして――辿り着く。

 

「――!」

 

 見えたのは大罪の染まったレギオンと少女の背中だった。本体である円夏は気づいていない。しかしレギオン――千冬に導かれたヴァルキリーや束と契約した異端者達は罪に塗れた姿で彼女たちの前に立ち塞がっていた。まるで、円夏から簪たちを覆い隠すように。

 相見え、

 

「後は、お願いします――!」

 

「頼んだよ!」

 

 五反田蘭と更識簪が弾き出される。

 

「――!」 

 

直後動きだしたのはラウラと本音だ。

 天国と地獄。冥界と天界を司る相反する二柱。旅人を導く冥府の女神と炎の中で羽ばたく熾天の御使い。己の周囲に黒い炎や純白の翼を広げ、式を紡いでいく。

 

「■■■――!」

 

 当然見過ごすわけがなかった。大罪のレギオンはその精神や魂を凌辱されているとはいえ、宿す武威や狂気は変わらない。ある意味ではラウラや本音とて彼女たちと近しい性質を持っているのだ。だから何をするのか理解した。

 円夏が彼女たちを認識するよりも早く、ISの武装や狂気の概念を即座に放っていた。覇道神のレギオンが放つ一斉砲火。例えラウラや本音であろうと、直撃すれば被害は尋常ではない。ましてや大技の発動前ならば猶更だ。

 だから

 

「僕の出番だね」

 

 シャルロット・デュノアがさらに前に出た。

 

「――!」

 

 一瞬で彼女の姿が増えていく。影を用いた文字通りの影分身。一瞬にて増殖した数は数百は下らないほどだ。一人一人が手にしているものは――それぞれが聖遺物。聖剣妖刀神槍魔銃、古今東西、この世界に眠っていた伝説神話伝承の神秘をシャルロットは手にしていた。そもそも彼女は自身の戦闘力が高いわけではない。しかしだからこそ、低い力を底上げするために開いた時間で世界を駆け巡り残っていた宝具をかき集めていた。

 ただ、ラウラと本音の時間を稼ぐために。

 

「っあああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 最初の激突で分身の半数が消し飛んだ。すぐさま聖遺物を回収し、分身の数を増やし、文字通りの壁となって大罪の群れの砲火を凌いでいく。

 地味な役目だなぁと苦笑する。

 自分の役目は完全に捨て駒だ。ラウラと本音の大技を決めるために自らが犠牲となることだ。ハッキリ言って損な役という奴。仮に自分たちの行いが後世に伝えられたとしても、今自分がやっていることは特に評価されないだろう。

 でも、それでいいのだ。

 シャルロット・デュノアが望んだのはそういうものだから。

 実際に矢面に立ってた時間は一分となかっただろう。けれどその僅かな時間は永遠にも等しく、シャルロットの魂を削っていた。

 

「――ハハ、君にはよく解らないかな」

 

 そう、未だにこちらの存在に欠片も気付いていない少女に呟き、

 

「それじゃ、僕はここまで。目立つ部分は頼んだよ」

 

「見事だ、戦友(カメラード)

 

「ありがと、シャルちゃん」

 

 二人の戦友の全てを預け、特異点から弾かれる。

 即座に解放されたのは熾天の神威だった。

 

『おどろくべき十字架を見る時、

 その栄光の君の死を。

 私の利益は、損失となり、

 私自身のプライドを軽蔑します。

 禁じてください、主よ、誇ることを、

 私の神である救い主キリストの死のほかには。

 魅力があるすべてを空しいものとして、

 主のいけにえの血に捧げます』

 

 本音の体内で組み合わされていた式が詠唱となって具象する。それは、クィントゥムに対して放った塩の柱とは明確に性質が異なっている。問答無用に罪を浄化し、消滅させるのではない。それを本音は望まない。例え大罪に染まっていても、根本は剣乙女と狂兎に導かれた同胞なのだから。

 

『主の頭、主の手、主の足から、

 悲しみと愛がまざって流れ落ちる、

 悲しみと愛の出会い、

 いばらで作られた貴い冠

 

 死に渡される主の深紅の血を、ローブの様に、

 十字架の木の上にかけられた 主が体にまとわれる。

 私はすべて世の事柄に対して死に、

 すべて世の事柄は私に対して死んでいます。

 

 世界のすべてが私のものであったとして、

 それをささげても小さなものにすぎず、

 驚くべき愛、聖なる愛は、

 私の魂、私の生命・生涯、私のすべてを求めます』

 

 故にそれは大罪の禊に他ならない。その聖光を受ければ、どれだけ重い罪の因果を背負うとも一瞬で帳消しになってしまうほどの聖性。

 

『――十字架に掛かりし我が愛しき主よ』

 

「■■■■――」

 

 閃光触れた全てのレギオンが一瞬でその罪を洗い流す。こと罪という概念に関して、本音の力は絶対的なアドバンテージを誇る。

 だが、それでも、

 

「っぐ……!」

 

 円夏には届かない。それどころか、あくまで罪そのものを取り除くだけだから、本体をどうにかしない限り再び同じように大罪が補給されてしまう。元より感情から発生している大罪に限りはない。本音が何度同じことをしようとも、結果的に現状は回帰してしまうだけ。いうなれば水中で燃える花火に過ぎない。一瞬だけは燃え輝くが、すぐに燃え尽きてしまう運命だ。

 大罪を無力化したのはほんの僅かな刹那だけ。

 

『――ステュクスとアケローンを支配せし、闇と夜の御子よ』

 

 その刹那にラウラは己の権能を解き放った。

 

『櫂を振るい、襤褸を纏いて亡者を最果てに導くがよい。

 汝こそは愛の天秤。その境目にて、若々しき恋人たちに試練を。

 死者には銅貨を対価に新たな世へ。

 我こそ冥府の女王。歓喜せよ、汝の導きを我は引き続き、その誉が潰えることはない。

 あぁ、我は我にして我らなり――カロンの橋渡し』

 

 溢れ出す深淵の闇炎。本音に罪を洗い流され、円夏から供給されるよりも早く、それらがレギオンの全てに行き届いた。同時に全ての魂が特異点から弾かれ、冥府へと転送される。

 

「安心してくれ、お前たちの魂は私が責任を以て冥府に迎えよう」

 

「例えどれだけ時を重ねても、貴方たちも新しい未来が待っているから」

 

 それが、二人の役目だ。冥界と天界はかつての世界の残滓を再構成した第十二天の影響で確かに残っている。生前に善行を行えば天界に、悪行を行えば冥界に。死後はそれらの世界にて過ごし、輪廻転生概念もある故に新たな生を受けることも可能だ。そういったことらを司るのが冥界神ヘカテーと御使いセラフィムなのだ。

 故に一瞬で――円夏が千冬と束から奪ったレギオンは消滅した。

 

「――あ?」

 

 そこまで至ってようやく円夏は己を追いかけていた存在に気づいた。自身が親から奪い去った遺産が全て消えたのだ。流石に気づかないわけがない。背後に何かがいるのは解った。恐らくそれが、八大竜王たちと戦った、彼女たちの教え子であるというのも。

 だから、

 

「また餌が来た――」

 

 想い、振り返りながらその覇道を広げ喰らおうとして、

 

「下らん」

 

「ごめんね」

 

「――なに」

 

 その神気の欠片を奪うこともできず、力を使い果たし二人が去っていくのを見るだけだった。

 

「な、何故――」

 

 理解できなかった。

 『導きの剣乙女』や『愛の狂兎』という神座の系譜に於いても最高位の神格二柱すらも喰らった円夏の覇道。『焦がれの全竜』という神格が持つ最大権能が神として保有される領域を奪うこと。例外はなく、彼女が焦がれた存在は何もかも凌辱され、簒奪される運命だ。

 それにも関わらず、何も奪うことができなかった。

 それが――織斑円夏という神格に小さくも確かな亀裂が入る。

 焦がれ奪う為の存在が、それをできなかったのならば存在矛盾が生じてしまうのは道理。

 

「っづ、どうして……!」

 

 その矛盾と亀裂を、

 

 

『殺したいほど――愛してる!』

 

 

 颶風と高嶺の神威が切創として切り開いた。

 

「っあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――――!?!?!?」

 

 理解が――できない。

 円夏にはそれがなんであるのかは解らない。降り注いだ二つの天嶮の斬風が、地上にて己の持てる全てをぶつけ合った織斑一夏と凰鈴音の余波であることなど解るはずもない。例え円夏が神座の成り立ちに詳しかろうとも、そんなことを理解できるはずがない。求道神同士の激突が、特異点の最奥にまで届くことなど。

 

「どういう、ことだ……!」

 

 全身を苛む激痛に混乱を隠せない。最早目的は達成したはずだった。守護神たる千冬と束を喰らい、そのレギオンも奪った上で特異点を落ちた。例え二人と同じような神格が出てきても、今の自分には何の苦にもならず、寧ろ強化にしかならないはずだった。

 だが、今。奪ったはずのレギオンは根こそぎ奪われ、さらに突如として振って来た斬風に全身を斬り刻まれていた。それは千冬たちとの戦いで得た損傷よりも遥かに大きい。単純なダメージではない。もっと根本的な、より根源的な何かが円夏に軋みを与え、

 

『それから目を背けたのが貴女の唯一つの間違いですわ』

 

「―――――――――ッッ!!」

 

 何処からか聞こえて来た声を拒絶することに壊れていく存在の全てを費やした。

 目を逸らさなければならない。

 耳を閉じなければらない。

 触れるなんてもっての他。

 この声と言葉には何があっても受け入れてはならないと本能で察し、しかし、彼女からの言葉という弾丸は確かに円夏を貫いた。

  

『自分の足で歩んでいける人はいます。例え一人になったとしても、受け継いだものを抱いて生きていける人がいます。何もかも捨てても笑っていられる人がいます。自分一人で完成していても誰かを求められる人がいます。貴女はそれを知っていたはずなのに、彼らから逸らしてしまった。それだけは、貴女が犯した罪に他なりません』

 

「黙れ、黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ――――!! 知ったような口を聞くな! お前に、私の何が解るーーッ!」

 

『解らんさ』

 

「ッ!」

 

 また別の声。神の手を取ることを拒絶した人間ではなく、神どころかあらゆる存在からかけ離れてしまった化物だった。

 

『嫌なものは見ないで、自分に都合のいいものだけを見て、そのくせ悪いことは他人のせいにする。そんな子供の駄々を理解できるはずがない。例え誰がお前を悪くないと言っても、私はお前を赦さない。お前の行いは、何もかも間違っていた』

 

「――」

 

『だから、行って来い。お前を赦せる、たった一人の下へ』

 

 そして、織斑円夏は、最早名前すらない、己の叔母か姉であったはずの存在に背中を押され、

 

 ――底へと辿り着く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――やっと会えた」

 

 そこは真っ白な砂浜と真っ青な海の境目だった。

 波の音が耳に届き、真っ青な空はどこまでも続いている。けれど、不思議と海独特の匂いはない。見渡す限り、太陽はないが、それでも視界ははっきりと明るかった。

 何もない。ただあるがままに揺れる世界。どこまでも広がる蒼天の下の砂浜。

 そんなところに、円夏はいた。先ほど受けた痛みはない、だが同時に神格としての力もまたなくなっていた。それはまるで、誕生の瞬間と同じように。

 そしてそんな彼女を、一人の少女は背後から抱きしめていた。

 

「――」

 

 装甲服越しから少女特有の柔らかさが伝わってくる。視界の端で揺れるのは短めの真っ白な髪。背は、自分より少し少ないくらいだろう。膝立ちの自分を背後から覆いかぶされようにその少女は円夏を包み込んでいる。

 それが誰なのかは、円夏は一瞬で理解した。

 彼女こそが、円夏が求め続けていた相手だったのだから。

 

「お前は……」

 

「はい、初めまして。織斑円夏さん――もう一人の私」

 

「ッ……」

 

「篠ノ之(くるい)と、いいます」

 

 水面越しに、彼女の顔が見えた。自分が千冬とそっくりなように、彼女また、束とよく似た顔立ちで、目だけが兎のように真っ赤だ。身を包むのは質素な白いワンピース。

 何物にも染まらない、無垢な純白。

 何もかもを喰らってしまう自分とは、全くの正反対。

 そう、それが彼女たちの関係性。

 自滅因子。

 織斑千冬と篠ノ之束と同じように。円夏は狂から生み出された癌細胞。永久不変の覇道神を殺すアポトーシス。故にこれまでの行いはある意味ではその運命に従った――、

 

「いいえ、そんなの違いますよね。私が、悪かったんです」

 

 狂は言う。

 

「ごめんなさい、私はもっと早くこうするべきでした。お母さんたちに任せきりじゃなくて、私が貴女を抱きしめるべきだった」

 

「……何を」

 

「そのせいで、貴女の想いが歪んでしまった」

 

「私の、想い……? 私は、他人のものが羨ましくて、奪いたくて……」

 

 織斑円夏は織斑千冬と篠ノ之束から生み出されたクローンだった。

 彼女を創り出したのは国際テロ組織『亡国企業(ファントム・タスク)』。彼らが果たしてどのようにして二人の細胞を手にしたのかは解らない。

 ただ事実として、『亡国企業(ファントム・タスク)』の技術者たちは二人の細胞を保有し、それを使ったのだ。そうなったのは無理もない。世界最強の戦乙女と世界最賢の科学者。その二つの断片を組み合わせ、自分たちに都合のいい存在を生み出そうとした。

 結果的に言えば、それは成功であり、失敗でもあった。

 肉体や精神は千冬がメイン、だが知識や思考では束に匹敵する最初のクローンとして彼女は創り出された。第二回モンド・グロッソの直前のこと。身体に関しても十代半ば程度にまで強制的に引き上げることにも成功した。研究者たちの誤算は、その時点、生体ポットの中で浮かぶだけの状況でさえ、彼女が魂を宿していたことだ。彼女は誕生と同時に千冬と束の記憶を読み取っていた。彼女たちが駆け抜けた終わりのクロニクルを。その眩しさを知り、しかし何も持てない自分に絶望し、世界の全てに焦がれたのだ。

 その嫉妬が、円夏の起源。

 そう思っていた。

 

「――まず感じたのは寂寥」

 

 なのに、彼女はそんなことを言う。

 

「母より繋がれし物語。なんと眩しく美しいことか。私も、こんな人たちと生を駆け抜けたい。閃光となって全てを燃焼したい。あぁ、なのにどうして、私には何もないか。誰もいないのか。寂しい、寂しくてたまらない。抱きしめてくれなくてもいい、愛してくれなくてもいい、ただ一緒にいてほしい――それが、貴女の本当の渇望」

 

「一緒に――」

 

 焦がれるとは――憧れること。 

 奪うのは――欲しいから。

 欲しいのは――寂しかったから。

 

「ぁ、あぁ……」

 

「私は、貴女の悲しさに気づけなかった。だから、その想いは何時しか爛れ、膿んで、歪んでしまった。それが、この世界の法則だから」

 

 寂寥は何時しか嫉妬に変わってしまった。そして、自分がそうであると思いこんだ以上、『ただ自身の思うあるがままに』という法則の第十三天の下に、二柱の覇道神の系譜によって彼女もまた太極へと至った。

 歪んだ祈りのままに。

 狂ってしまった嫉妬は、自滅の運命と共に世界に牙を剥いた。

 

「……ここまで来るのに、沢山の人に迷惑を懸けてきました。一夏さんや鈴さんたちがそう。覇道を喰らう貴女には、私やお母さんでは絶対に勝てない。だから、彼女たちを神格へと導くことで、単体で独立した求道神という存在で、貴女の渇望に亀裂を入れなければならなかった」

 

 覇道を喰らう覇道神。  

 渇望と渇望の鬩ぎ合いを喰らう神。他者の魂をそのまま力とする覇道神に於いて、その魂を奪うという能力は絶対的なアドバンテージだった。覇道神である限り、『焦がれの全竜』を打倒することは不可能だ。

 けれど、そのアドバンテージはそれ自体が単一構造の宇宙である求道神には通じない。彼らには、奪うべき軍勢が存在しないのだから。故に円夏に対しては求道神をぶつけることが必勝法だったのだ。しかし、言う程簡単ではない。そもそも千冬と束の年代記は単純な知識となってそれらの存在を自身から消失させ、八大竜王が一夏たちとの戦いの中で円夏の真実を得たがそれすらもなかったことにした。

 千冬と束が特異点を広げ、蘭と簪が導き、シャルロットが稼いだ時間で本音が軍勢全ての罪を洗い流し、その魂をラウラが冥界を送ることで、彼女を丸裸にして、求道の極地である一夏と鈴の激突と解脱した人間であるセシリアの言葉、観測者となってしまった■の後押しを受けて、ようやくその歪みは修正されたのだ。

 

「本来ならば、私は貴女に殺されるべきなのかもしれない。でも、まだ世界は変わるには早すぎる。よりよい世界を生み出す祈りを持つ人が現れるまで、私はこの座を明け渡すことはできません」

 

 だから、

 

「その時まで共にいましょう。世界が終わるその時まで、この果てなき空の下で、境界線の上に」

 

「――あぁ」

 

 その言葉は。

 その想いは。

 その温もりは。

 

「私が、ずっと欲しかったものだ……」

 

 頬から透明の滴が落ち、彼女は背後から回された腕にしがみ付き、静かに嗚咽を漏らしていく。

 落涙と共に篠ノ之狂は自らの神威を解放した。

 これまでの戦いで傷ついた世界を癒すために。

 もう二度と、こんな悲しいことが起きないように。

 いつの日か、より素晴らしい願いを持つ誰かに世界を繋げる為に。

 

『――流出(Atziluth)――』

 

 ここまで至る全てに祝福を。

 私は全ての狂気を導き包むから。

 この空の下で、貴方達の素晴らしき魂の在り方を見せてください。

 無垢なる穹――狂然洗礼。

 

 

 

遥か彼方に広がる(everlasting)――無限の天空(Infinite Stratos)

 

 

 

 




すんげー久々ですが、その辺の言い訳活動報告にて。

ちなみにタイトルとか変わってします。

まぁこれで終わり。

次が最終話です。

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最終章

推奨BGM:神代桜


 

 

 多くの視線に晒されながら、セシリア・オルコットは檀上にて歩みを進めていた。

 IS学園の全校生徒、その父兄にIS関係者多数。全て数えれば千人も超えるし、少なくないメディアも来ている。静寂は緊張によって張りつめられ、実際の視線だけではなく、ライブとしてこの場を見ている者は世界の至る所にいるのだろう。

 それをセシリアは解っている。

 自分の姿が世界に晒され、今この場では間違いなくIS学園の代表であることを。シャッター音や小さな会話の音が耳に届いてくる。

 そしてその上で彼女は胸を張り、講壇に立つ。

 広い体育館を見渡してから、

 

「――卒業生代表セシリア・オルコットですわ」

 

 笑みと共に、ゆっくりと口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先ほどは素晴らしい送辞をありがとうございました――」

 

 事前に用意しておいた答辞の文章を読み上げながら、これまでのことを思い出す。

 あの戦いから、もう二年以上が経っていた。 

 セシリアはもう卒業を迎えているし、その間にも色々なことがあった。

 あの夜の後世界は大きく変わった――というわけでもなかったけれど。 

 そもそもあの時の自分たちは、世界を変えない為に戦ってきたのだ。大きな変革はないのは当たり前で、けれど、少しづつだけ人々は歩んでいた。

 織斑千冬と篠ノ之束の死。その二人だけではなく、古参のIS操縦者の行方不明。

 言うまでもなくそれは世界に衝撃を与え、しかし混乱ということは意外にも少なかった。悲しんだ人も泣いた人も多かった。それでも、それ以上にそんな人たちこそが涙を拭って、前に進んでいこうとしたのだから。多分、誰もが解っていたのだろうと思う。あの日を境に、世代交代が完了してしまったということを。これまで世界を守って来てくれた母たちや彼女たちに導かれた戦乙女たちも役目を終えて去っていたのだ。ならばこそ、彼女たちに誇れるように。

 そんな思いを抱えて誰もが前を向いていた。世界はこれまでにない発展を迎えている。束の死後少しして、ISのブラックボックスがほとんど解明され、新規のコア制作も可能になったし、女性限定という縛りもなくなっていた。実際、視界に映る生徒の三割弱は去年から入学した男子生徒だった。既に男性IS操縦者は増え続け、あと一年もあれば男女比も同じくらいになるはずだ。結局どうしてISが女性限定だったのかは解らないままだった。まぁ彼女のことだ。特に理由がないとしても驚かない。そういう面白い人だったのだ。

 自分はどうだろうだったのだろうと考えると、変わったこともあるし変わらなかったこともある。

 とりあえず英国代表候補性という立場は英国代表という肩書きに変わっていた。二年の時にIS学園の生徒会長になった時に本国から正式に任命され、同時に新型専用機『ブルー・エクストリーム』も送られた。ビット型兵器の『ブルー・ティアーズ』をさらに改良し、『ブルー・エクストリーム』二十七機に専用実弾ライフル『ブルー・バースト』にビームライフル『ブルー・クリスタル』の二丁対物狙撃機関銃。半年前に行われた第三回IS世界大会、復旧されたモンド・グロッソにおいて総合優勝を果たし、ヴァルキリーとブリュンヒルデの称号を手に入れた。称号そのもの興味は薄いが、織斑千冬と同じ名で呼ばれるのは素直に嬉しいし、誇らしい。勿論、あの戦いを共にした愛銃『ブルー・ティアーズ』は常に肌身離さず持ち続け、今も太もものホルスターに収まっている。立場は、まぁ変わった。じゃあ自分自身はどうなんだろうと考えると、そっちはあんまり変わっていないと思う。いや、変わったという人はいるかもしれないが、あくまで自分の意識として。

 あの聖夜、オータムとの戦いで得てしまった――いや、棄ててしまった狂気が無くなって、理を歪める魔弾も、何もかも融かす酸も、ISすらも優に上回る身体能力も無くなってしまった。セシリア自身が持っていた銃火器スキルのみ。それすらももう物理法則は無視できない。射程距離は超えないし、弾丸にも限りがある。あの日々に比べればできないことばかり増えてしまった。

 けれど、それが求めた己の在り方なのだ。

 飽いていればいい、飢えていればいい。

 かつて暴食を担う彼女に伝えた言葉はセシリア自身にも掲げられたことだ。現実に生きていけば、いいこともあるし、悪いこともある、満たされない夢を抱え、飢えていく。時には抱いた願いを捨てられず、叶わぬが故に渇きは消えないかもしれない。

 無謬の刃のように。高嶺に咲き誇る華のように。気高き戦乙女のように。陽だまりを支える陰のように。どこまでも羽ばたく翼のように。許し讃える御使いのように。全てを知る叡智のように。

 でもそれは神の領域だ。現実ではない幻想だ。

 自分たちは人間だから。憧れ求めても幻想にはなれない。

 生に真摯を。生きる場所の何を飲み、何を喰らっても足りない。それでもその今を肯定するのが人のあるべき姿なのだから。

 これから先セシリアはそういう風に生きていく。変わることはあっても、この誓いだけは変えられない。それこそが、セシリアと仲間たちの絆に他ならないのだ。

 

「――以上で卒業生答辞とさせていただきます」

 

 周囲から割れんばかりの拍手が起きる。極々在り来たりな、自分で言うのもなんだがつまらない言葉だったのに。思わず苦笑してしまう。もしかしたら、自分が何かしらやらかすことを期待していた人はいたかもしれなかったが、まぁ、こういう時に弾けるのは自分のやり方じゃないのだ。

 そんな皆は――もういないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 織斑一夏。

 凰鈴音。

 ラウラ・ボーデヴィッヒ。

 シャルロット・デュノア。

 布仏本音。

 更識簪。

 五反田蘭。

 そして――■■■■。

 共にあの夜戦った戦友たちの中で帰ってきたのはセシリアだけだった。千冬や束のように死んだというわけではなく、遠い所へと行ってしまった。人の身を外れ、神へと至った彼らは帰ってこない。

 多分、いや間違いなく二度と会うことはないのだろう。

 それでも、

 

『ありがとう、セシリアちゃん』

 

 簪に姉、更識楯無はそう笑っていた。彼女だけではない。ラウラの副官であったクラリッサ・ハルフォーフも、本音の姉の布仏虚も、蘭の兄である五反田弾も、彼らの家族も。

 

『きっと、簪ちゃんも、あの子たちも笑って、自分らしくした結果なんでしょう? あの子たちが自分勝手するなんて、今更のことよ。慣れたものよ。確かに会えないのは悲しいけれど、やりたいことをやって、頑張って、大事なお友達と一緒だっていうのなら――心配することなんてないわ。だから、伝えてくれてありがとう』

 

 涙を浮かべながらも、そう言ってくれた。

 そんな人たちがいたからこそ、彼らも胸を張って旅立ったのだろう。

 

「今頃、何をしているのでしょうかね……」

 

 校舎の屋上から、学園を見渡しながら呟く。周囲には誰もいない、セシリア一人きり。後輩や先生たちとの別れは済ましたし、夕方には英国行きの飛行機に乗らなければならない。セシリアがこの日本でやることはひとまず全て終わった。

 当分は英国代表としての職務や企業のテストパイロットをしながら英国の大学に通うことになる。この学園の景色も見納めだ。

 

「……いつも通り、でしょうね」

 

 彼らが変わるはずがない。

 一夏と鈴がイチャイチャして、それを見て蘭が気落ちして、ラウラは構わず厳しくて、簪は引きこもりで、本音は世話を焼いて、シャルロットはそんなみんなのフォローをする。それにあの二人もいるはずなのだからもっと賑やかだろう。

 例え神様になったとしても、そのあたりは一緒のはずだ。

 

「第十三天『狂然洗礼』、でしたわね」

 

 それが今この世界の理。

 己のあるがままにあればいいという法則。絶対的な神の渇望を強いるわけではなく、生きとし生ける人々の為の願い。有体に言えばストッパーがない。狂気は狂気のまま、周囲に押し潰されることなく伸びていく。そして同時に本来ならば異常として排斥されるものが、そういうものとして世界に受け入れられるのだ。その恩恵はかつての自分たちがも受けていたのでよく解る。かつて明らかにキチガイだった自分たちが学校生活を楽しんでいたのも、この理のおかげだった。

 しかし反面、狂気を全肯定する故に、神に牙を剥く存在の発生率高くなる。かつては千冬と束がそれらのイレギュラーから世界を守ってきたのだろうし、あの戦いもそれによって生じたものだった。今では一夏たちがその役目を担っている。

 いや、一夏や鈴はそんな柄じゃあないか。ラウラやシャルロット、本音が率先して行って、簪は面倒くさがりながら、蘭は苦笑しながら皆を手伝っていそう。

 

「まず感じたのは祝福――」

 

 呟くように、歌うように、心から溢れた言葉を紡ぐ。

 

「孤独の闇に囚われる魂よ。例え狂ってしまっても、誰かと繋がることを忘れないで。貴方達は一人じゃない。自分に嘘をつかないで、ありのままに生を謳歌して。私が皆を繋ぐから。辛い時は泣いて、楽しいときは笑って。手を繋いで、心を繋ぎましょう――くすくす」

 

 思わず笑みが零れる。

 全く、どうしたらこんな願いが生まれるのだろう。滅茶苦茶にも程がある。イレギュラーが生じるには当然だ。人によっては邪魔だと斬り捨てる人もいるかもしれない。

 でも、見守りたいと彼らは思った。

 自分もまた、神に頼る気はないがそんな世界の中で生きていきたいと思う。

 

「えぇ、そう。生きていきますわ。今を生きる――それが人のあるべき姿なのですから」

 

 そう、自らに言い聞かせ、屋上を後にしようとして――、

 

「さすが、人間できてるなぁセシリアは」

 

「ったく、真面目すぎるのよ。さっきの答辞も、アンタらしいっていえば、アンタらしいけどね」

 

「――」

 

 そんな、懐かしい声が背後から聞こえた。

 屋上を出る扉へ身体を向けようとした体が、止まってしまう。

 声は二つ、だけではない。

 

「貴様ら、久々に会った戦友への言葉がそれか? 祝いの場なのだから、祝福の号砲でも鳴らすのが礼儀だろうに」

 

「あはは、それは僕ら知ってる礼儀じゃないし、せっかく平和に終わる卒業式が台無しだからやめといたほうがいいよ?」

 

「ひっさしぶりー、セッシー! 元気そうでよかったよー。二年ぶりだけどまた綺麗になったんじゃないかなー?」

 

「日光つらい……セシリアのお祝いじゃなかったら、出てこなかった……というか下界に出たのこの二年で初めてだよ」

 

「卒業おめでとうございます、セシリアさん! あと、お兄たちに私たちのこと伝えてくれてありがとうございました!」

 

 かつて共に戦った戦友たちの声。

 そしてそれだけではなく、

 

「初めまして、というべきなのでしょうね。セシリア・オルコットさん」

 

「……その節は迷惑をかけたな」

 

「――!」

 

 振り返る。

 そこに皆はいた。

 見覚えのあるIS学園の白い制服で。

 笑みを浮かべたままに。一夏と鈴は寄り添い合い、ラウラは腕を組みながら堂々と立ち、シャルロットはラウラの頭に顎を置きながら、本音は袖の余った腕を振り、今にも倒れそうな簪を支え、蘭は手を後ろ組んでいた。。

 そして彼らの中央に、直接見るのは初めてな二人。

 自分たちよりも幾らか年下。 

 真っ白な髪と血の様な赤い瞳。真っ黒な髪と同じ黒い瞳。顔立ちは束と千冬にそっくりだ。

 

「どう、して……」

 

「決まってるだろ、お前の祝福だよ」

 

「!」

 

 いつの間にか隣にもう一人。同じく制服姿、濡れ羽色の髪をポニーテールで背筋のいい少女。神になってしまった皆以上に、会えないはずの戦友。

 

「ちょっとルール違反かもしれないがな、これくらいの役得はあってもいいだろう? ほら、あの夜、あの抜刀馬鹿がもう一度皆で集まろうとか言ってたが、流石に知り合い全員は無理だからな。結局、いつも通りの面子というわけだ」

 

「……気を効かせ過ぎですわ」

 

「友達思いなんだよ」

 

「……っ」

 

 気づいたら両目から涙が溢れていた。透明の滴が頬を伝い、鼻にツンとした痛み。そしてそれ以上に胸に堪らなくなる。

 いくら何でも不意打ちだ。

 さっきもう二度と会えないって思ったばかりなのに。

 こんなに簡単に会ってしまった。 

 嬉しくないわけがない。

 話したいことなんて、沢山あるのだから。

 

「行こう、セシリア」

 

 そういって――篠ノ之箒を手を差し出してくる。

 

「……えぇ」

 

 涙をぬぐい、これ以上ない笑みを浮かべてからその手を握って、

 

「今、参りますわ」

 

 

 

 




これにて本作は完結です。
後書きと最終的な等級は後日。

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等級解放・奥伝

ほぼ同時投稿で、最終話は前話ですのでお気を付けください。

最終的な等級とそれぞれの軽いコメントみたな。
裏話的なのは次に投稿されるであろう後書きにものせます。


名称:織斑一夏

宿星:蒼天曼荼羅・ 颶

神咒:素戔嗚尊

等級:太極・天叢雲剣

筋力:30 体力:55

気力:80 走力:25

咒力:25 太極:60

渇望:高嶺の華を斬れる一刀になりたい。

 

『 颶風抜刀 』

 究極的に言えば一夏の神格としての権能はこれに尽きる。

 認識された時点で、対象は必ず一夏に斬られている。それゆえに斬る為に刀を抜くのではない。すでに斬っているのだから、その現象を具象化させるために刀を抜く。 

 唯斬。切断、斬撃という概念としては歴代神格を寄せ付けず、攻撃速度のハイエンド。時間空間森羅万象斬れないものは存在しない。

 

『無空抜刀・零刹那 涅槃寂静』

 自分が認識している存在、全てに切創を刻む奥義。複数対象も一括しているので、相手の多面性が多ければ多いほどに威力が乗算されていく。

 

 

『首飛ばしの颶風』

『早馳風・御言の息吹』

『級長戸辺颶風』

 

 

『羽々斬布都斯颶風《ハバキリフツシノカゼ》』

 基本的に一夏の神格としての斬撃は、て刻まれた切創を抜刀行為にて広げて損傷を与えて いるわけなのだが、これはその上位互換。向き合っ た時点で相手のどこかを斬っているのだからそのど こかに刻み込んだ傷を無理やり広げて対象の存在、 魂、根源にまで届かせて斬滅する技。可能性の系統 樹が描かれた紙があったとして、断ち切るような行為。

『羽々斬るは十拳の剣。大蛇の叢雲が刻みし神なる 神刀――』

 

 

詠唱

 壱 弐 参 肆 伍 陸 漆 捌 玖 拾  布留部――由良由良止 布留部

曰く この一児をもって我が麗しき妹に替えつるかな すなわち 頭辺に腹這い 脚辺に腹這いて泣きいさち悲しびたまう

その涙落ちて神となる これすなわち畝丘の樹下にます神なり  ついに佩かせる十握劍を抜き放ち  軻遇突智を斬りて三段に成すや これ各々神と成る

 黄泉比良坂より連れし穢 これ日向橘小門阿波岐原にて禊ぎ これ我が祖なり 荒べ 、荒べ、嵐神の神楽 他に願うものなど何もない

八雲たつ 出雲八重垣妻籠に 八重垣つくる 其の八重垣を 都牟刈・佐士神・蛇之麁正――神代三剣 もって統べる熱田の颶風 諸余怨敵皆悉摧滅

 ――太・極――

 神咒神威――素戔嗚尊・天叢雲剣

 

 斬撃キチ。斬るために抜刀じゃなくて、斬れているから刀を抜く矛盾。貴様はニートか。鈴や戦友以外には基本興味がなく、鈴と殺し愛することしか考えていないが、一応姉たちが遺した世界を護ろうという気概はある。とかいっても結局護るとかの前に斬るだけなのだけど。

 通常の剣術は使わずに抜刀斬撃のみ。

 防御力とか走力低いけど相手の攻撃も距離概念も切断可能なのであんま関係ない。

 

 

名称:凰鈴音

等級:太極・帝釈天

宿星:蒼天曼荼羅・華

神咒:帝釈天

筋力:55 体力:50

気力:65 走力:55

咒力:45 太極:60

渇望:惚れた男が手を伸ばし続けてくれる高嶺の華でありたい。

 

『高嶺舞』

 惚れた男以外には触れさせない。基本的に紫織の可能性分岐と同じ。よりより自分を求めながら常に己の強度を上げていく。

 

 

『陀羅尼孔雀王』

『陀羅尼愛染明王』

『大宝楼閣孔雀王』

 

『九蓮宝燈天帝陀羅尼』

 可能性の収斂が鈴の神格としての性質ではあるが、 それの究極系。存在するあらゆる可能性に打ち勝て る最高の自分を生み出す。同時に神格としての自分 の可能性の中でも最高であるから発生する神気や闘 気は当然莫大なもの。可能性の系統樹の総てに対応するというもの。紙に書いた云々でいえば系統樹一本一本に修正機。

『此処に帰依して奉る(オン キョワミキャ キャワキャミリキャ)。天の神々よ我に勝利を(アキャシュロウカバカテイ ジナハラソク)与え給へ(ソワカ)!』

 

 

詠唱

 壱 弐 参 肆 伍 陸 漆 捌 玖 拾  布留部――由良由良止 布留部

 通りませ 通りませ ここはいずこか細通なれば 天神もとへと至る細道 御用ご無用 通れはしない

 この子十五のお祝いに 御札を納めに参り申す 行きはこわき 帰りもこわき 我が中こわき 通りたまへ 通りたまへ

 ナウマク・サマンダボダナン・インダラヤ・ソワカ オン・ハラジャ・ハタエイ・ソワカ

 如来常住――切衆生悉有仏性・常楽我浄・一闡提成仏 ここに帰依したてまつる 成就あれ』

 ――太・極――

 神咒神威――帝釈天・嶺上開花

 

 

 

 

 踊り子キチ。基本喜美と同じモチベ。ただし胸がベリーイージー(

自分を斬ろうとし続ける一夏見て愉☆悦ったり、『濡れるッ!』とか叫んでそう。基本一夏と同じで神座での仕事はないの一夏と殺し愛して高め合いながら他のメンツおちょくってそう。

 戦闘は紫織&喜美?攻撃は紫織ぽくて回避防御は喜美ぽくダンス回避。違いは胸だけである(

 

 

名称:ラウラ・ボーデヴィッヒ

等級:流出・仄暗き夜を照らす道標

宿星:蒼天曼荼羅・ 冥

神咒:ヘカテー

筋力:35 体力:40

気力:50 走力:45

咒力:75 太極:75

渇望:師に認められたい

 

『冥府の炎』

 冥界の黒い炎。腐滅と似て非なるもの。腐らせるんじゃなくて単純に燃やす。燃やして冥府行き。地獄へ強制送還。基本対処不可能。

 

『眷族召喚』

 世界中の冥府神話や伝説に登場する悪魔邪神魔獣を冥府の炎で構成して召喚できる。

 

 

『カロンの橋渡し』

 冥界の女王としての特権。魂を強制的に冥界に送る荒業。本来ならば戦闘用の技ではない。罪を重ね、しかしその行いを顧みない罪人に執行されるであろう神罰。

 

『――ステュクスとアケローンを支配せし、闇と夜の御子よ

櫂を振るい、襤褸を纏いて亡者を最果てに導くがよい。

 汝こそは愛の天秤。その境目にて、若々しき恋人たちに試練を。

 死者には銅貨を対価に新たな世へ。

 我こそ冥府の女王。歓喜せよ、汝の導きを我は引き続き、その誉が潰えることはない。

 あぁ、我は我にして我らなり――』

 

 

 詠唱

 我は三位を司る者。我が威は彼方まで及び行く。

 天よ、地よ、冥界よ。今こそ喝采せよ。我こそが彼の地へと至る道導である。

 歩みを迷うならば我に問いかけるがよい。我こそは力ありし言葉を統べる者である。

 天にあれば籠を持ち、豊穣の証となり、地にあれば弓を携え、矢を番えよう。冥府にあれば全てに破壊をもたらそう。

 旅ゆく汝らこそを私は見守る。

 我は狭境の守護者。吠えろ地獄の猛犬よ。狂え復讐の女。我に従いし眷属たち。

 夜と魔術と月が浄めと贖いを約束しよう。力を足りぬのならば休むがよい。

 旅人たちよ、死こそが約束された安息である。黄泉の国にて我は汝らを待ち続ける。

 我こそは魔術と闇月の女神 我こそは霊の先導者 我こそは暗い夜の女王――あぁ我は我にして我ら也り

 ――流出(Atziluth)――

 仄暗き――夜を照らす道標

 

 

冥界キチ。ロリオノーレ。ザミエルと戦闘スタイルは同じで、基本動かずに炎ばら撒く。あと召喚した眷属の使役。千冬姉さん大好きで、世に対する責任感は随一。基本的に生きている時に悪いことすると死んでから冥界でコイツに締められる。ラウラズ・ブートキャンプin冥界。

 

 

名称:シャルロット・デュノア

等級:流出・御霊統べし最果ての世の影

宿星:蒼天曼荼羅・ 翳

神咒:スカジ

筋力:30 体力:55

気力:45 走力:65

咒力:60 太極:75

渇望:日常に対する非日常でありたい

 

『肉体影化』

 非日常の体現。肉体そのものが影の集合体。基本的に耐久値はほぼゼロというか紙だけど、その分再生力と増殖力がやばい。一人死の河ただし残機無限。

 本体とか核とかいう概念もないで、全部まとめて一撃一瞬で消し飛ばすしかない。マッキーパンチだと『必殺を必殺する時間』とかで分裂して生き残る可能性があるので完全に消すならマッキー☆スマイル。

 

『暗器術』

 身体影にしているので保有限界が消えた。あと大きさも。所謂宝具とか伝説の武器とか防具とかかき集めて保有している。大きさとか重さも限度無し。そこまで来たら暗器じゃねぇよ。

 まぁ普通に苦無とか鋼糸を多用。

 

『忍術』

 オリジナル忍術。別にデュノア家は関係ないけど何故かデュノア流(

 多分所謂忍術とかは全部使える。水柱とか影縫いとか色々。

 

詠唱

 野を駆け、草原を抜け、森を行く。逆巻く海原を渡り、深き谷を超える。

 七つの城門と九つの柵、それらを守護せし幾千幾万の魔獣。

 その先にこそ座して待とう。そこは英雄たちが集う誉の地。

 此処こそが暗き世界。傷を育み、死を生み出し、苦しみを担う場所。

 愛しき人々の太陽と月が天に輝くならば、日の当たらぬ場は我が領域。

 あらゆる苦しみを引き受けよう。輝きがあれば陰りがあるのだから。

 私が陰りであるのならば、貴方たちは輝きを灯せると信じているから。

 我は陽王と月后の意志の下、愛する人の為にある者であることをここに誓う』

――流出(Atziluth)――

 御霊統べし――最果ての世の影

 

 

 NIJYAキチ。ある意味最も穏健派。基本的にセラスぽい? 高速隠密移動しながら急所狙い。ニンジャというか気づいたら一人ヘルシングしていた。鋼糸とかもろウォルターです( 

 座の内における裏仕事担当。簪が見つけた化外とかの処理が役目。

 

 

名称:更識簪

等級:太極・阿智八意思兼命

宿星:蒼天曼荼羅・ 博

神咒:阿智八意思兼命

筋力:15 体力:15

気力:20 走力:15

咒力:70 太極:80

渇望:何もかも知りたい

 

『全知全能』

 知識神なので基本的にこれ。戦闘用ではないけれど、相手の攻撃とか防御とか一目見て全部解析して仲間に伝えられる。知ることに関してはニートにすら匹敵する。流石に運命操作とかはできない。

 

『天候操作』

 奥の手的技。思兼命が天候の神らしいので。ニートの天体操作の劣化版で天変地異とか引き起こす。

 

詠唱

 ――思は万葉三に歌思辞思為師と云る思にて、思慮なり

 金は兼にて、数人の思慮る悟りを一の心に兼持てる意なり

 八意の深き悟りの謀りを 万の神と共にはからん

 そも舞出す我を如何なる神と悟るらん。八意深き思兼命とはそも我ことなり

 万民嘆き悲しむに、この所において、我思兼命は重い思慮の神にましませば、我が意に任せ日の神の御出現を祈れと、かくのり給うか

 晴・曇・雨・風・雷・霜・雪・霧  

 紀州こそ妻を身際に琴の音の床に我君を待つぞ恋しき

 鈿女命は御神楽を奏しまつりしほどに、御両神は岩戸近くまで進み、天津祝詞の太祝詞を奏し給え

――太・極――

 神咒神威 阿智八意思兼命

 

マッドキチ。原則引きこもり。思兼命って引きこもりどうにかする神なのにお前が引きこもってどうするという感じだけど、引きこもっても世の現象把握しているので仕事はしている、はず。ただ┏(┏ ∴)┓みたいなイレギュラーや新しい覇道の兆しとかいち早く見つける役目なので何気に重要。

 

 

名称:布仏本音

等級:流出・天に栄えし熾天の御使い

宿星:蒼天曼荼羅・ 聖

神咒:セラフィム

筋力:20 体力:30

気力:35 走力:25

咒力:75 太極:70

渇望:愛する人を受け入れたい

 

『天使使役』

基本的には魔鏡の式と同じだが、本音が使うことで性質が神聖方向に反転。反天使ではなくて真っ当な天使。

 

『十字架に掛かりし我が愛しき主よ』

 対象が内包する罪だけを浄化する対大罪の使途専用技。基本的に通常の神格は罪云々の概念はないので、通用しない。重すぎる因果を背負った者たちや犯した罪を悔やみ続け、償った者に使われるのだろう。

 

『おどろくべき十字架を見る時、

 その栄光の君の死を。

 私の利益は、損失となり、

 私自身のプライドを軽蔑します。

 禁じてください、主よ、誇ることを、

 私の神である救い主キリストの死のほかには。

 魅力があるすべてを空しいものとして、

 主のいけにえの血に捧げます

 主の頭、主の手、主の足から、

 悲しみと愛がまざって流れ落ちる、

 悲しみと愛の出会い、

 いばらで作られた貴い冠

 死に渡される主の深紅の血を、ローブの様に、

 十字架の木の上にかけられた 主が体にまとわれる。

 私はすべて世の事柄に対して死に、

 すべて世の事柄は私に対して死んでいます。

 世界のすべてが私のものであったとして、

 それをささげても小さなものにすぎず、

 驚くべき愛、聖なる愛は、

 私の魂、私の生命・生涯、私のすべてを求めます』

 

詠唱

 御使彼らに言う。懼るな、視よ、この民一般に及ぶべき、大なる歡喜の音信を我汝らに告ぐ

 今日ダビデの町にて汝らの爲に救主生まれ給へり、これ主なり

 汝ら布にて包まれ、馬槽に臥しをる嬰兒を見ん、是その徴なり

 忽ちあまたの天の軍勢、御使に加はり、神を讃美して言ふ

 いと高き處には榮光、神にあれ。地には平和、主の悦び給ふ人にあれ

 御使等さりて天に往きしとき、牧者たがひに語る

 いざ、ベツレヘムに至り、主の示し給ひし起れる事を見ん

 ――流出(Atziluth) ――

 天に栄えし――熾天の御使い

 

 

のんきキチ。こいつはキチとか言いにくい。多分一番マリィに似ている。似ているだけでそりゃあ違うけど。好き嫌いが激しい。好きな相手ならキチガイだろうとマッドだろうと引きこもりだろうと受け入れるが、そうでないとどれだけ聖人であろうとアウト。

 神座での役目は天界の統治。ただこっちは冥界と違って精霊とか超がつく聖人ばっかしか来ないので基本やることはない。皆で一緒にあそんでるんじゃねーかな。あとかんちゃんのお世話。

 

 

 

名称:五反田蘭

等級:太極・八咫級鳥之石楠船

宿星:蒼天曼荼羅・ 嵐

神咒: 八咫烏+ 級長津彦命 +鳥之石楠船の複合神格

筋力:35 体力:45

気力:55 走力:80

咒力:60 太極:65

渇望:どこまでも羽ばたける翼でありたい。

 

『魂の翼』

 エア・ギアのレガリア系を神格クラスで再現。元々簪が冗談で考えた物理学の結晶を蘭が自己のイメージで固めたもの。速度に関しては最高位。一夏のように時間を斬ったり因果律に干渉するのではなくてただただ単純に早すぎて時間を超越してしまう。拘束系攻撃や魔術の一切を受け付けない。

 足首に光でできた翼で具現化される。

 

『荊は鋭い。触れる者いかなる戦士といえど痛みを覚え、その中に横たわりし者。我が身滅ぼす苦しみなり――』

『戦車は館に座っている戦士達にとって容易いもの。長い道のりを旅する力強い馬にまたがる者には奮闘を要するものである ――』

『大地は全ての者達に忌まわしい、抗えなく死体、死者の亡骸が冷たくなり、生ある者達がその仲間として大地を選ぶ時に。果実らはなくなり、喜びは消えうせ、人が行った約束は破られる――』

 

詠唱

 大いなる古、草も砂も海も無く神も巨人達もいなかった。世界のはじまりは、原初の火焔だけがあった

朝霧の薫りは満ちているかなと問い、すなわち吹き荒ぶ風がの天の八重雲を吹き放つ事のごとく。

 羽ばたく水鳥、朽ちぬ楠こそ我が様。我が命は武士どたちを戦場へと誘うことなり

 炎も風も牙も荊も雷も轟も石もなにもかも。あらゆる全てを契ぎ旋律を奏でよう。

 いざ参れ。八道を束ねその先に。九つ首の鐘を鳴らし、鱗の門を叩こう。

 凱嵐の道はその彼方にある。我が世こそが無限の空だからこそ

 その羽ばたきを知らぬ者はなく、その輝きを恐れぬものはない。

 我は天空より舞い降りし者。風の客人と戯れ、世界に融け往く旅人

 ――太・極――

 神咒神威 八咫・級鳥之石楠船

 

ランナーキチ。戦闘スタイルはもうエアギアのいいとこどりとしか言いようがない。失恋して頑張った健気な女の子。振られて百合疑惑も生まれたが(

 神座としてはいろいろ複雑になった世界の連絡役。まぁ基本的には自由気ままに世界を羽ばたいているであろう。

 

 

名称:織斑円夏

等級:流出・境界線を喰らいし大罪の全竜

宿星:蒼天曼荼羅・ 罪   

神咒:焦がれの全竜

理:『大罪煉獄』

筋力:95 体力:95

気力:95 走力:95

咒力:95 太極:95

渇望:温もりがほしい→奪われた全てを奪いたい

随神相:レヴァイアサン

 

『覇道喰らい』

覇道神として必然である鬩ぎ合いによる喰らい合いを自己の意思で行うために、より効率的かつ強力。覇道を広げていく結果鬩ぎ合いが生じるのではなく、そもそもの渇望からして相手の覇道を喰らうために存在している。

 本編決戦時に千冬と束のレギオン奪って自分のものにしたのでステがカンスト気味。相手の覇道が強ければ強いほどに、自分の力が上がっていき、均衡した瞬間に喰らいつくす。

 ただし、その反面求道神に対しては極めて脆弱。

 レギオン自体は最終工程を迎えたIS全機に、何か一つを突き詰めた異常者たちの学術や技術の完成系の術式。数は多くないが質は高い。

 

『概念核兵器』

現十三天より以前の世の残滓を用いて作られた武装。

おわクロのあれら。グラムからG-Sp2。レヴァイアサンは随神相でゲオルギスもある。

 

詠唱

 ――咎人よ、そして聖人たちよ。今こそ己の罪の重さを知るがいい

 我を過ぐれば憂いの都あり、我を過ぐれば永遠の苦患あり、我を過ぐれば滅亡の民あり

 義は尊きわが造り主を動かし、聖なる威力、比類なき智慧、第一の愛、我を造れり

 永遠の物のほか物として我よりさきに造られしはなし、しかしてわれ永遠に立つ

 傲慢は重い石を与え腰を折り、羨望はその瞼を縫い付けられ亡者となる憤怒は朦朧たる煙の中で祈りを生み、怠惰は正しきを知らされ、知らぬならば煉獄山を巡り行く

 強欲は五体伏して己の欲すら消えていき、暴食は何も口に入らず骨と皮になりて、色欲はその罪に抱かれながら業火に焼かれていく

 汝等此処に入るもの一切の望みを棄てよ

 ――流出《Atziluth》――

 境界線を喰らいし――大罪の全竜

 

 ラスボスキチ――と見せかけて実はヒロインだった(

千冬と束から作られたクローンで生体ポッドみたいなので誰とも関わらずに作られ調整されていたが、二人の記憶(多分おわクロとか)を持ってしまったからあるはずのない温もりを求めた。だが当然友達もなにもできなくて、いるのはモルモット扱いする亡国企業の科学者しかおらず、次第に渇望が反転して何かもに嫉妬して喰らおうとしようとした。

 何が悪かったって大本が覇道神×2だからそう思った瞬間に太極。当時の守護神二柱に喧嘩売って一度負けてからも諦めずにマジで母神二人のレギオン奪って殺してもうた。

 まぁそれでもなんやかんやありつつ、求道神のような固有存在でありながらも他人との絆を失わなかった一夏たちのせいで渇望が元に戻って和解という感じ。ここら辺は千冬とか束が狙っていた通りになった。

 その後は皆と一緒に第十三天の守護神。

 覇道神だけど、自分に温もりを与えてくれる神がいなければ存在できないので十三天の神『無垢なる穹』篠ノ之狂と共存できる(はず)。

 

 

 

名称:無し(篠ノ箒とかつて呼ばれていた)

等級:無し

宿星:無し

神咒:無し

筋力:? 体力:?

気力:? 走力:?

咒力:? 歪曲:?

渇望:???

 

 観測者。

 神座に関われない外れ者。

 覇道神が世界で、求道神が歩く世界の穴ならば、彼女は単なる異物。

 ナラカとは関係なくて完全に見守るだけ。

 

 

名称:セシリア・オルコット

等級:無し

神咒:無し

筋力:5 体力:5

気力:10 走力:6

咒力:0 歪曲:0

渇望:自分らしく

 

解脱

語るに及ばず

 

名称:篠ノ之狂(くるい)

等級:流出・『遥か彼方に広がる(everlasting)――無限の天空(Infinite Stratos)

神咒:無垢なる穹

理:狂然洗礼

筋力:― 体力:―

気力:― 走力:―

咒力:― 太極:80

渇望:ありのままであってほしい

 

十三天の神。戦闘能力はなく、人々の最もありたいと願う風に会ってほしいという治世なのでイレギュラーが生まれやすい。

なので自滅因子である円夏や魔改造ズが守護神として存在している。

 



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後書

 どうしてこうなった。

 

 この話を振り返って思うとこの一言に尽きます、はい。

 そもそもこの話を書き始めたのは、にじふぁんで一時期えらいIS流行ってたからその流行に乗ろとして、じゃあIS書こう→でも普通にオリキャラとかつまらんよな→とりあえず魔改造は必要だ→IS棄てればいいんじゃね?という発想から生まれたものでした。

 

 以下実際に投降された活動報告のPlotです。 

 

『これが本当の魔改造・変態どものカオス』

 

合い言葉

・IS邪魔じゃね?

・打倒世界最強

・一般人<<軍人<<<(越えられない壁)<<<IS<<<<<(越えられない壁)<<<<<変態ども<<<千冬お姉様

 

一夏 変態抜刀術師。

   とりあえずなんでも細切れにする変態。光速がデフォルトで目指せ神速。やっぱりイケメン。中身もイケメン。 銃弾もミサイルもレーザーも細切れ。もちろんシスコンだよ。日本刀ダイスキ。

 

箒 変態侍

  なんでも一刀両断する変態。戦車も空母もロケットも斬れます。女子力低いよ。刃渡り二メートルないと刀にあらず。姉とは仲いいよ?大太刀ダイスキ。

 

セシリア 変態スナイパー

      どれだけ離れてても絶対弾あてる変態。10キロメートルまでなら余裕。女子力低いよ。近接戦はライフル振り回わしますの。男女どうでもいい。トリガーハッピー。重火器ダイスキ。

 

鈴    変態拳士。

     この世に砕けぬものなし鳳流、鳳鈴音。中国四千年の歴史を見せます。一番乙女。とりあえず殴る。殴るったら殴るのよ。一夏にベタぼれ。ジャッキーダイスキ。

 

シャル  変態暗器使い。

     体中に仕込んでます。一人武器庫。金髪巨乳ボクっ娘。結構乙女。一番怖い。忍者ダイスキ。、

 

ラウラ 変態爆弾魔

    ナイフとハンドカン使いに見せかけて爆弾魔。とりあえずドカン。多分乙女。ヴォーダンなんとか?あってもなくても一緒だ。教官ダイスキ。

 

  千冬 世界最強だけど常識人。苦労人。

  束 大天災だけどいつも涙目。なんとかして変態どもにIS使わせたい。いい人。

 

 とりあえず日本刀か重火器どちらがカッコいいかで一夏とセシリアして、IS使わずに生身で戦って血だらけの第一次変態大戦争したり。そこで束ねえ涙目。

 鈴が一夏にがちプロポーズしてたり、クラス対抗戦は最初はIS使ってたけど乱入されて生身。鈴が中華四千年パンチしたり一夏が四肢ぶったぎったりするカオス。やっぱり束ねえ涙目。

 

 

 という感じでした。

 うん、頭おかしいですね。ここから始まったのですが、原形あったりなかったり微妙な所。確かに二巻目分くらいまではこのプロットで進んでいた気がする。ヒロインを鈴にしたのもそのあたり。最初はハーレムのつもりだったんです。

 

織斑一夏について

 主人公。主人公……しゅじ、ん、あれ……?というのが正直な所。ISの二次なんて大量にあるわけで、かっこいい一夏や屑な一夏やただの色ボケの一夏とか色々いるけど、ここまで純粋にキチガイな一夏はそういないんじゃないのだろうか。全編を通して純粋にキチガイだった。最初は単なる抜刀フェチだったのだけれどkkkの宗次郎を知ってしまったのが魔改造の一夏というキャラクターを決定付けた。まぁキチガイにして、ヒロインも決めてしまえば書くのは楽だったというか迷うことはなかった。作者的に言うと抜刀の描写が難しかった。ちんちんはトラウマ。

 

凰鈴音について。

 ヒロイン。こいつは間違いなくヒロイン。最初から最後まで最も一貫していて書くのが楽しかった。一番女子力とか女力高い。まぁそりゃあ賢姉を精神面のベースにすれば当然ではないだろうか。紫織もインストールされててるが、違いは胸がベリーイージーな所。言ったら殺されるだろうが。最初から好感度MAXにしてたがヒロインに決めていたわけではなく、気づいたら自分の中でヒロインという立場が確立されていた。一夏共々ブレなさ過ぎてコメントがない。林間学校から最終決戦の間は普通のラブコメをさせたりすることに苦心して、それが面倒だったかもしれない。ちなみに鈴がヒロインになったのは某氏が上の奴見て「kkkの宗次郎と紫織なんだな」とか言ったのが原因。殺し愛太極最高ですね。殺し愛に関しては一次に受け継がれている。

 

篠ノ之箒。

 気づけばボッチのチョロインで超絶シスコンになっていた。束が箒好きなのは原作通りだが、その逆で愛が天元突破しているのもそうないのではないかと思う。地味に色々ネタを盛り込んでいてRewriteに度嵌りした私がノリで書き換え能力とか後付で入れてたりした。ぶっちゃけ太極しなず、観測者という立場になったのは書き換え能力見つけた結果の偶然だった。魔改造三大どうしてこうなったその1。仮にヒロインになったとしたら、ボッチが覇道に代わり箒が座の主になっていたかもしれない。竜胆ぽく変わっていた可能性が高い。最終的に平行世界を巻き込んだシスコンになってしまった。

 

セシリア・オルコット

 この作品を通して誰よりも輝いたのは間違いなく彼女だった。解脱淑女。魔改造三大どうしてこうなったその2。きっかけは某所でキャノンボールファストで解説淑女を解脱淑女を某氏が空目したのが切っ掛けだった。上手いこと嵌ったなぁと思う。文化祭あたりかららしくないことをやらせ続け、最終的には自分らしさを獲得し解脱へ。ちなみに私が原作で一番嫌いだったのは彼女で、それがこうなって最終的にトリを飾るとは思ってもいなかった。最終的に地味にブリュンヒルデになっているという。本編後は恐らく英国で貴族やったり、IS学園の先生とかやって、誰か良い人見つけて、良い家庭を築くのでしょう。

 

ラウラ・ボーデヴィッヒ

 こやつあんまり原作と方向性は変わらず、ただ強度上げまくったという感じ。超セメント。そういえば二巻の山場であるVTシステム自分で乗り切っていた。なんだこいつ。後の方ではあまり使われなかったというかグレードアップしたけど魔眼なんて持つ中二キャラでした。地味に牛乳好きでルーデル閣下をリスペクトしているネタがあったのだけれど、あまり出せなかったのが残念。まぁ書くのは難しくなかったのかなと。

 

シャルロット・デュノア

 巷であざといの代名詞だけれど、この話では普通に良心的ポジションでした。最初のほうは忍者キャラで飛ばしていた気がするけれど、そのせいで影が薄くなり自己主張が控え目で、渇望に恐ろしく困った。結局読み直して自己主張が少ないことそのものが渇望になったというこれまた偶然の産物。虚栄倒したダイヤモンドカッターの爪は実は一話からあって、どこかで使おう使おう思ってあそこで使えたのは望外の喜びでした。

 

更識簪

 こいつが一番キャラ崩壊したのではないかと思う。中二病→マッド→引きこもりという酷い変遷を経たキャラだった。ついでに魔改造世界では例によってシスコン。原作と違いお姉ちゃんlove。そりゃああのキャラで劣等感は生まれない。所謂五人娘から外れる、遅れてきたヒロインだったわけで、にじふぁんの活動報告で書いていた時も存在していなかった。今思い出すと地味に仲間加入イベントがなく、いつの間にかなし崩し的にいつものメンツになっていた。最初は束並の技術チート、或は束よりは上という気持ちで作ったのだが、覇道神設定を持ち込んだ故に相対的に劣化している。最初リアルファンタズムとかいう発明品作ってそれで戦わせるつもりだったがいつの間にか消えていた。残念。ちなみに当時ロボ系に全く知らなかったけれど、今ならガンメンかKMFとか使役しそう。

 

布仏本音

 魔改造三大どうしてこうなったその3。原作では所謂モブキャラなわけでも、アニメ化した際にやたら可愛くて二次界隈でヒロイン化が多くなったわけだけど、ヒロインでもサブヒロインでもなくてただ戦友ポジで仲間入りしたのほほんさんもあんまりいないと思う。魔法少女になったのは中の人がイリヤだったから最初は召喚士か何かのつもりだった。結果的にパラロスのアストの式をぶち込んで今の形になった。最終的にアスタロス(悪魔)からセラフィム(天使)になった。こいつも渇望で困った奴。とりあえず有耶無耶にした(。今書くならデート・ア・ライブの精霊遣いになっているであろう。

 

五反田蘭

 最強の失恋乙女。本当はこの蘭が正ヒロインになるルートも一応考えなくもなく、そのつもりでしていたし、或はダブルヒロインでもいいかなと思っていたが駄目だった。とりあえず自分の中で美脚キャラなイメージがあったので蹴りキャラのつもりだったが、当時私が度嵌りしていたエアギアが入った。kkkや終わクロのような世界観に関係ない小ネタで最後まで使用されていた貴重枠。よく考えたらののほんさんと一緒でサブヒロインならぬモブヒロイン、ファンディスクヒロインなわけでまさかの大出世だった。基本的にIS二次ではハブられがちというかフラグ立てるだけ立てて回収されないイメージ。

 

織斑千冬と篠ノ之束

 なんというかコメントしづらい二人だったりする。地味にISで一番好きなのが束さんでそのせいで非常にきれいな女神となった。そもそも最初のプロットが変態共が打倒千冬という話だったわけで、そのせいで魔改造ズとは形成(笑)さんと黄金閣下くらいの差がありますよとか言いっていたら千冬閣下が定着し、だったら束が水銀?とか言われてたが女神だったという。

 本当は終わクロの世界の出身、千冬は10thGの半神族、束はその対極であるTopG出身と知らない人には意味が解らないであろう裏設定。まぁこのあたり解らない人には一夏たちと同じ感覚なのでそれはそれでいいんじゃないですかね(暴言、この二人に関しては色々語るのは無粋というか、皆に全部預けて散っていたのでそれはそれでいいんじゃないかなと。

 多分どっかで、ただの人間同士の親友として転生しているのでしょう。

 

織斑円夏と篠ノ之狂

 所謂ラスボス組。最初のプロットでは影も形も存在しなかった。そもそも書き始めたのが確か円夏はマドカ、狂に至ってはくーちゃんとだけという謎キャラ振りでその上で原作が色々あったのでオリジナル路線に走るしかなかったのだがある程度固まって八巻出てたらくーちゃんの名前とかちゃんと出てたのでガン無視しました。原作は死んだ、もういない! 円夏がラスボスになったのは扱いどうしようかなぁと思っていたら千冬閣下、水銀束というのに波洵円夏という電波が来た。今思うと意味が解らないですね。くーちゃんは林間学校編で実はフライング出ていた。多分福音でノリで概念条文なんか使ったから終わクロが世界観にまで入ったのだと思う。あれは確かノリだった。福音とか今のだと余裕だから武神にして暴走させよう!とか言うノリだった、うん。どうしてこうなった特別篇。

 

兄姉ズ

 もっとも割を食った面子。特に楯無さん。ヒロインなのに。どうしてこうなった番外編。どう考えても本来なら魔改造ズ組。魔改造内ルールで姉兄、それに類する立場は死ぬほど苦労するというものがあったのでそのせいだった。本当のこといえば束さんや千冬姉と同じで魔改造ズを超えるキチガイでやばくなったら真の力を発揮し助けるという展開もあった。文化祭で皆集めた時は楽しかった。あのキャノンボール並に。ちなみにあれは超音速でのレースなのに東京ドーム幾つ分(覚えていない)っておかしくね? とか思ってどうするべきか悩んでいたら某氏が地球一周でいいんじゃね?とか言われたので実行された。兄姉関係ないな。

 

八大竜王

 地味に一番酷い目にあっている中ボスズ。ポッと出のポッと出連中。精神を大罪に支配されて、倒されたは倒されたが、大罪以外の感情を手にしたが円夏のレギオンとして吸収されるにあたってそれすらもなかったことになったという。報われなさすぎる。そのあたりルキや桃、オータム、スコールは理解していて、ルキはどうにかしようとし、桃はどうでもよく、後二人は諦めていた。まぁ誰が酷いって一夏、鈴じゃないからと拒絶されたオータムとプリームムであろう。ちなみに数字組はごちゃまぜになってすげぇ面倒だったので後悔。

 

 

 

 

 とまぁここまでちゃんと読んでくれたのならばお分かりいただけると思いますが設定がほぼ全てノリと勢いとテンションで決まっているという。よくもまぁ完結できましたね(真顔 いやほんと、偶然が重なりまくって今の形があるんだなぁと思うと感激します。安価スレかよとか思う。

 まぁ適当に書いて後から伏線にしてしまうという手法はこのおかげで生まれたのだと思う。行き当たりばったりでも結構いけるね。

中二病中二病と言われ続けていたけれど――まぁ否定できないですね。詠唱十個以上あるよ。改変込でもやたら多い。一番大変なのはシャルとか蘭とか簪でした。

 これで完結したわけなんですが、一応後日談も考えていたり。多分夏くらいに書くんじゃないかなと思います。

 随分長くだらだら書いてしまったけれど、読んでくれて、感想や推薦を書いてくれた皆さんありがとうございました。

 魔改造終わったけど柳之助は止まらない、落ち拳は斯く我方を書き続けていきます。そっちもどうぞ。宣伝してる場合じゃねぇ。

 

 なにはともあれありがとうございました。

 

 これがホントの魔改造だったのだ!

 



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