機動戦士フラッグIS (農家の山南坊)
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プロローグ

「少年!」

 男は、青いガンダムに乗っているであろう少年にむかって叫ぶ。

 彼、グラハム・エーカーの乗る機体はその大部分を金属異星体に覆われ、グラハム自身もその体を浸食されていた。

「未来への水先案内人は! この、グラハム・エーカーが引き受けた!!」

 赤い流星のような軌跡を描きながら、己のMSを、少年が大型金属異星体に付けた裂傷へとわき目も振らず飛翔させる。

「これは、死ではない!」

 そう、断じてこれは無駄死になどではない。

 彼はその言葉を血にまみれさせながら吐き、唯一動く右腕で機体のTRANS-AMのリミッターを解除する。

「人類が生きるための――!」

 MSの四肢が吹き飛ぶ。

 胴体のみとなった機体が閉じゆく裂傷の中に滑り込む。

 GN粒子の光に包まれた彼の口元は笑っていた。

 

―生きて、未来を切り開け、少年(ガンダム)!!―

 

 直後、莫大な粒子を放ちブレイヴは光と消えた。

 だが、それが本来機体の生成できる量をはるかに超えていたことに気付いた者はいなかった。

 そして、グラハム・エーカーが爆発に巻き込まれていなかったことも……



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ISとフラッグファイター
#1 異世界


 意識を取り戻したグラハムが最初に見たのは、空だ。

「ここは……」

 私は確か宇宙でELSと戦っていたはずだが…

 最期にいたのはELSの軍勢の最深部。

 しかも少年の道を切り開くために超大型ELSに特攻を仕掛けたはずだ。

 何かの間違いで脱出できていたとしても地上にいることなどありえない。

 グラハムは自分の体を見る。

 彼はパイロットスーツを着ており、大部分を浸食していた金属異星体の姿を確認できない。

 不思議なことだとグラハムは思った。

 立ち上がるとそこには海が広がっていた。

 どういうことか、彼は砂浜に倒れていたらしい。

「成程」

 どうやら、私は涅槃にいるようだ。

 海があるとは聞いていないが。

 だが、とグラハムは自分の格好を見て、

「死後の世界というものは存外、現実的なものだな」

 そばにヘルメットが落ちていた。

 拾おうと手を伸ばしたとき、

「動くな」

 鋭い女性の声が聞こえる。

 グラハムが振り返ると黒色の鎧を纏った女性が鋭い視線を向けている。

 まるでMSのような鎧は腕と脚に重点的に装甲を持ち、肩部には袖を思わせる大きな装甲が宙に浮いている。

 そして彼女の右手、握られているのはまるでウンリュウを思わせる刀状のサーベル。

 あのような兵器は地球連邦軍には存在しない。

「理解した」

 ここは私のいた世界ではない。

 そして、おそらく涅槃でもない。

 まったく私の知らない世界だ。

 フッ、久しぶりにセンチメンタリズムな運命を感じる。

 だが、何故死んだはずの私がここにいるのか…

 いや、とかぶりを振る。

 それは後でいいことだ、と。

 グラハムは女性と向き合う。

 向けられる殺気や漂う貫録から、搭乗者は只者ではあるまい。

 こちらはMSがなく、武装は護身用のハンドガンとソニックナイフしかない。

 勝機はまずないといってもいい。

 この場を切り抜けるために武を振るうのはナンセンスだな。

「私は地球連邦軍ソルブレイヴス隊所属グラハム・エーカー少佐だ」

 敬礼をとりつつ名乗る。

「地球連邦軍? なんだそれは」

 訝しげに尋ねる女性。

(ふむ、彼女は地球連邦軍を知らないか)

 グラハムの持つ疑問の一つが解ける。

 思った通り、ここは私の知る世界ではないようだ。

 だが彼の疑問がすべて解けたわけではない。

「すまないがどこか話ができる場所はないだろうか。このようなところではゆっくりと話せまい」

 まるでよく研がれたナイフのような鋭い視線をグラハムはまっすぐ見つめ返す。

「いいだろう」

「感謝する」

 グラハムは頭を下げた。

 すでに女性は彼に背を向け、ついて来いと言わんばかりに宙へと浮いた。

 

 これが、グラハム・エーカーに待ち受ける乙女座の数奇な運命の始まりだった。



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#2 IS

 IS操縦者育成特殊国立高等学校。

 通称IS学園。

 ISと呼ばれる武装の搭乗者を育成することを目的とした教育機関。

 いや、学校というよりは私が所属していた航空教育・訓練軍団(AETC)に近いかもしれない。

 学校を名乗っているが、施設やセキュリティを見る限り明らかに軍事施設といっても差支えのないものだ。

 下手をすればランドルフ空軍基地のそれよりもレベルが高いかもしれないな。

 そんなことを思いながらグラハムは周囲を見渡す。

 IS学園の地下、おそらくは50mぐらいは下りただろう。

 幾多のセキュリティを潜り抜けた先にある施設に彼はいる。

 そこにはISが幾つか置かれていた。

 その機体にグラハムは見惚れる。

 わずかな動作しか見ていないが、間違いなくMSクラスの高等技術がつかわれている。

 さすがはこの世界の主力兵器だ。

 と、しばらく考え込んでいた先ほどグラハムが出会った女性、千冬が口を開いた。

 一応グラハムはこの世界に現れるまでのことを一通り説明していた。

「……つまり、お前は200年以上先の未来からやってきたと?」

「200年? 今は西暦何年だ?」

「20XX年だ」

 その時代はまさにイオリア・シュヘンベルグが生きていた時代だった。

 だが、その時代にそのような兵器が存在したという話をグラハムは聞いたことがない。

 おそらく記録にもあるまい、とグラハムは考える。

 イオリア・シュヘンベルグが開発して秘匿していたなら頷ける話だが、そうなるとこの施設の存在自体が矛盾する。

 それに、彼の計画が彼の死後200年も先になってから実行する必要はなかっただろう、とも。

「ISを私は見たことがなかったし、存在していたことすら聞いたことがない。おそらくだが、この世界とは違う世界から私は来たようだな」

「そうだろうな」

「驚かないのか」

「MSという18m級の兵器や宇宙空間での巨大な太陽光発電システムなどはこの世界とは発想が大きく違う。それに、イオリア・シュヘンベルグという人物の名は聞いたことがないからな」

 

 織斑千冬という女性の洞察力にグラハムは内心感心した。

 私の話から情報を整理し、この世界との矛盾点を即座に見つけるとはな。

 それにしても、と彼は疑問をぶつける。

 

「私の話を信じるのか?」

「全てではないがな。だが、それならば納得できる」

「どういうことだろうか?」

「その前に、この世界の話をしよう」

 

 

 

「男女の力関係を逆転させた兵器、ISか」

 

 話を聞き終えたグラハムの口からわずかなため息が漏れる。

 社会すら大きく変革させてしまうほどの力を持った兵器。

 まるでガンダムだとグラハムは思った。

 圧倒的な性能を誇るISへの好意。

 そしてこの世界の『歪み』の象徴という認識。

 ISという存在に私の心が作り出した、相反する思い。

 これもまた矛盾だな。

 その矛盾がグラハムにこれが夢ではないと、現実であると強く認識させた。

 彼は口端に笑みを浮かべる。

 

「まさに、興味以上の対象だな」

 

 そばに鎮座するISへと手を伸ばす。

 手が触れた瞬間、

 

「なんと!?」

 

 淡い光とともにグラハムは奇妙な感覚に襲われる。

 同時にISのコンソールが立ち上がった。

 

「おい、何をした?」

 

 千冬の顔にわずかばかりに驚愕の色が浮かぶ。

 その表情から、グラハムは自分が何をしてしまったのかを理解した。

 

「まさかな。よもや起動するとは」

 

 本来、女性にしか起動できないISを乙女座であるとはいえ、起動させてしまうとは。

やはり私には、センチメンタリズムな運命が付きまとっているようだな。

今立ち上がったばかりのISをグラハムは見つめる。

 鏡のように磨かれた装甲に映った自分の顔が目に入る。

 

「?」

 

 グラハムはその顔に違和感を覚えた。

 ここまで幼い顔立ちだっただろうか、と。

 いや、と彼は即座にそれを否定する。

 確かにグラハムは童顔で年齢よりも若く見られることが多いが、せいぜい20代前半ぐらいである。

 だが目の前に映る顔はまるで10代半ば。

 童顔であることを差し引いても20歳が上限だろう。

 

「……千冬女史」

 

 グラハムは視線を千冬に向ける。

 二人の目線はほとんど同じである。

 

「君の身長はいくつだろうか」

「? 166cmぐらいだ」

 

 その言葉にグラハムは驚いた。

 当初、千冬を大柄な女性だと考えていた。

 だが実際は彼の身長が縮んでいたのだ。

 今のグラハムの身長は170cm程。

 そして、異常な童顔。

 

「…若返ったのか?」

 

 彼の乙女座理論をもってしてもこの事態は理解しがたいものだった。

 

「乙女座の運命とは、ここまで数奇なものなのだろうか……」

 

 彼の呟きは千冬の耳には入らなかった。

 

「何を考え込んでいる。戻ってこい」 

 

 失礼、とグラハムは思考から意識を戻す。

 さて、と千冬は前置きをしてから話し始めた。

 グラハムも顔を引き締める。

 

「お前のこれからの処遇についてだが」

「どうするのかね、私を」

「ISを起動できたのならば、IS学園に入学してもらう」

「なんと!?」

「どういうわけかお前は実年齢よりも若いようだし生徒としてここにいてもらう。そうすればお前の出自他は私の方でどうにでもなるし、お前のしばらくの生活は安定するだろう」

 

 私の年齢の話は一切していなかったはずだが……

 グラハムは千冬の言葉に疑問を得ながらも頷いた。

 この世界でグラハムは自身の身の振り方をどうするかを決めていなかっただけにこの話は願ってもないことだった。

 世界からの干渉を拒んできた学園で一生徒として生活するなら正体の露見する可能性はほぼなくなるだろう。

 

「それに」

 

 千冬は言葉を続ける。

 

「お前の協力を得るのにはこれが最善だからな」

「何……?」

 

 グラハムの表情がわずかにこわばる。

 

「先ほど、納得できる、と言ったな」

 

 リモコンをモニターに向ける。

 映像が映し出される。

 グラハムの表情が明らかに変わった。

 その映像に映し出された全身を白い装甲で覆われた存在。

 黄色いV字を頭部に戴き、緑のツインアイを光らせる顔。

 背からまるで夕焼けのような彩色の粒子を放つそれはまさに、

 

「ガンダムだと!?」

 

 サイズはISだが、グレーと白のガンダムが大観衆の中でISを攻撃していた。

 右手に握られたビームサーベルが相手の右の翼を切り裂く。

 同時に腹部に蹴りを入れ、吹き飛ばされるIS。

 体勢を立て直せないところにガンダムのビームライフルの連射が浴びせられる。

 高い出力を持つビームを受け、力尽きたのかISが強制的に解除される。

 ガンダムはISを纏っていた女性には目もくれず、高度を上げる。

 同時に背部のコーン型スラスターから大量の粒子がまるで翼のように展開される。

 その翼をまるで羽ばたかせるかのようにガンダムは飛び去って行った。

 

「これは第二回モンド・グロッソ大会の最終戦に突如現れたIS、通称『天使』だ」

 

 千冬はモニターを切り替え、今度は文面が映される。

 

「私はこの場にいなかったが、これが現れた際、レーダーや通信機器、電子装置が使用できなくなったらしい。そして、飛び去る『天使』をどの国のレーダーも探知できなかった」

 

 成程、とグラハム。

 

「そこで、先ほど話したガンダムの話が合致したというわけか」

「そうだ。現在でも実現されていないほどの高火力、ステルスを持ち、光る粒子を放出するIS。MSの技術が転用されているというならば納得がいく」

 

 それに、と千冬はリモコンを操作する。

 

「お前がこの世界に現れた際、周囲の通信装置が遮断された。飛ばされた話を聞く限り例の粒子がこの世界にも流れ込んでいたんだろう」

「しかし何故2年前の映像を見せる。その後現れたガンダムの情報は?」

「この後、ガンダムは現れていない」

 

 何故だとグラハムは考え込む。

 映像の状況はグラハムが初めてガンダムに出会った時と酷似している。

 あの時と同じならば、ISを要とする各国の軍備増強への警告と考えられる。

だがその後ガンダムは現れていない。

 各国がISの開発を続けているのにもかかわらず、だ。

 ということは他に目的があったことになる。

 少年が言っていた『人類を革新へ導く』というイオリア・シュヘンベルグの目的の遂行だとしてもただ一回だけの介入では意味がない。

 その前段階だった世界の統合も現在の情勢から考えにくいことだ。

 それに、とグラハムは思う。

 ガンダムそのものにも疑問がある。

 あの映像にあった機体は0ガンダム。

 カタギリによれば、最初期のガンダムだという。

 何故、そのような機体を使ったのか。

 粒子の色が[T]の物であるのか。

 

(わからないことが多すぎるな)

 

 ふぅ、とグラハムはため息をつく。

 

「すまないが、現在のままではあまりにも情報が少なすぎる。だが、今後ガンダムが現れたならば協力すると誓おう」

「期待させてもらおう。私も奴が現れないなどと考えていない」

「ご期待にはお応えしよう」

 

 グラハムは自信あり気に笑う。

 

「ならまずは実力を見せてもらおう」

「実力?」

「学園に入ってはもらうが、一応実技試験だけは受けてもらう。転入後のランク付けにも必要だからな」

 

(ガンダムがISの姿を得ているならば、私もISを使える必要がある)

 

 いきなりの要請にグラハムは驚く様子もなく不敵な笑みを浮かべる。

 

「望むところだと言わせてもらおう」




 グラハムさんはランドルフ空軍基地で訓練を受けていたそうです。
 なので、ランドルフ空軍基地に実在する米空軍の航空教育・訓練軍団(通称AETC)に所属していたことにしました。
 AETCは空軍の隊員の募集をしたり、新入隊員の教育、訓練を行う組織です。


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#3 試験

 実技試験を受けるためにグラハムはアリーナのピットに移動した。

 目の前には先ほど起動させてしまったIS《打鉄》が鎮座している。

 

「背中を預けろ」

 

 千冬の指示に合わせてグラハムは打鉄に身をゆだねる。

 すると、幾多の機械音が重なり彼は打鉄を纏った。

 

「装着はできたようだな」

 

 ああ、とグラハムは頷く。

 

「ならば、まずは機体の説明だが―」

「その必要はない。今すぐ模擬戦を始めてくれ」

 

 遮って発せられた言葉に千冬は顔をしかめる。

 

「何を言って―」

「どうのような状況でも即時に対応する。そういう資質がパイロットに必要だと私は考えている」

 

 意志の強い目を千冬の目に向けるグラハム。

 ハァ、と千冬はため息をついた。

 

「ならば好きにしろ。ただし、泣き言は聞き入れんからな」

「心遣い、感謝する」

 

 千冬は答えず管制室へと向かった。

 グラハムはMSに乗っているときのように機体のチェックを行う。

 武装は近接ブレードが二振りにバルカンが袖にそれぞれ一門ずつ。

 まるでサキガケだな、とグラハムは呟きながらチェックを終えた。

 カタパルトへ足を固定し、身を屈める。

 

「グラハム・エーカー、出るぞ!」

 

 アリーナへと飛び出したグラハムは中央部へと飛ぶ。

 MSよりも直感的な動きが要求されるな、とグラハムは心中で感想を述べる。

 この独特な操作には慣れが必要だが、この模擬戦でものにできるだろうか。

 いや、

 

「そうする必要があると見た」

 

 と、センサーがISを認識する。

 正面、反対側のピットからISが一機こちらへ向かってくる。

 打鉄と比較すると装甲が明らかに少ない水色のIS。

 センサーが機体名称を提示してくる。

 

「第3世代型IS《ミステリアス・レイディ》か」

 

 右手にランスを持ったその機体がグラハムと中心から同距離で止まる。

 相手が武器を持っていたのでグラハムも抜刀するような動きで左手にブレードを握る。

 水色のショートヘアーに赤い瞳の女性は今のグラハムと同年代に見える。

 

『グラハム、聞こえるか』

 

 オープンチャンネルから千冬の声が聞こえる。

 

「ああ、聞こえている」

『今から目の前にいる更識楯無と模擬戦をしてもらう。シールドエネルギーを0にすることが勝利条件だ』

「了解した」

 

 グラハムは目の前の女子にブレードを突き付け、古武士のように名乗る。

「あえて名乗らせてもらおう、グラハム・エーカーだ」

「更識楯無……この学園の生徒会長よ」

 

 よろしくね、と楯無は微笑む。

 端から見れば人のよさそうな笑み。

 だがグラハムはそこからただならぬ強者のにおいを嗅ぎつけていた。

 わずかに口端が緩みかかっていることに気づいた。

 

「全力を望む!」

 

 これからの戦いにグラハムは自身の高揚を感じ取っていた。

 

『では始める』

 

 千冬の合図とともにブザーが鳴り響く。

 先に動いたのはグラハム。

 彼はブレードを振りかぶり、前方向へと突進した。

 横一文字に振られたブレードを楯無はランスの穂先を当てることで受け止める。

 何かを察知したかのように火花が散る前にグラハムは大きく後方へと飛ぶ。

 直後、ランスに搭載されたガトリング砲4門が展開し無数の弾が放たれるが、後退することで得た空間の中で最小限の動きで回避する。

 突き出された穂の側面に右掌をあてて受け流す。

 わずかにシールドエネルギーが削られるがグラハムに対して楯無が背後を晒すことになる。

 楯無は振り返りざまにランスを振ろうとするも一瞬早く背にグラハムの蹴りが浴びせられる。

 下へつんのめるところへ両手で握ったブレードを叩きつける。

 一撃目は振り向きざまにランスで受け止められるが続く二撃目、左手のみでの下からの斬り上げで弾くと三撃目、右手で再度柄を握り、無理やり振り下ろす。

 ブレードは楯無の右肩から斜めに斬り下され、エネルギーを削る。

 ここで流れを掴んだグラハムがその後も優勢に進め、楯無とのエネルギーの差も大きく開いていった。

 だが状況に反してグラハムの表情は険しい。

 相手は第三世代型。

 第三世代型は相応の特殊兵装を持っているというのが先ほどの千冬の話から知り得たことだ。

 だがこの相手はそれをまだ使っていない。

 全力できていないのだ。

 その状況に怒りすら覚える。

 グラハムは軍人であり武人でもある。

 おそらく彼女は試験官として本気を出しているであろうことは軍人としてのグラハムは理解している。

 だが、久しぶりに目を覚ました武人としてのグラハムがそれを由としなかったのだ。

 こちらは全力を望んだにも関わらず出し惜しみをするとは……!

 

「……手を抜くか。それとも私を侮辱するか!」

 

 得物をぶつけて鬩ぎあいになった状態から楯無を弾き飛ばしブレードを構え直す。

 

「引導を渡す!!」

 

 止めとばかりにブレードを振る。

 だがそれは何かに弾かれた。

 それは水を螺旋状に纏ったランスだった。

 

「――これは」

「これが私のミステリアス・レイディの力。少しお姉さんも全力でいかせてもらうわ」

 

 楯無が水をドレスのように纏う。

 このISは水を操ることができる。

 不思議なことではあるがグラハムはそれを些細なこととして思考から切り捨てる。

 相手は全力になった。

 それで十分だ。

 では、ワルツの時間と洒落込もう。

 グラハムは一気に加速し上段に構えたブレードを振り下ろす。

 楯無は後ろに跳ぶことで斬撃をかわし、ランスを勢いよく突き出す。

 突き出される直前にグラハムはバルカンを撃つがそれらを全て水のヴェールによって防がれる。

 その合間から繰り出されてきた突きを横薙ぎに振るったブレードで防ぐ。

 弾こうとするグラハムより先に楯無はランスを戻し、新たに左手に握られた剣を振るう。

 だがその振るい方に違和感を覚えたグラハムは咄嗟に右手を剣先から自身を守るように構える。

 直後、右手の衝撃とともにエネルギーが削られる。

 ――蛇腹剣か!

 あのヴェールにバルカンは無意味と判断したグラハムは直後にブレードを振るい牽制する。

 楯無はランスを振るい、振るわれたブレードの軌跡をずらしそのまま一気に突き出す。

 

「蒼流旋!」

 

 突きはグラハムを捉え、回転するランスにエネルギーを大きく奪われる。

 

「グッ!?」

 

 不覚を取ったグラハムはしかし内心では喜びがあった。

 そうだ、これとやりたかった!

突き出されたランスを蹴り上げ、右拳を左腰で握る。

すると出現したブレードを引き抜くように後ろへ引く。

 突き出した右のブレードは蛇腹剣によって防がれる。

 それこそが狙い!

 右手を柄から離し、踏み込みと同時に加速を入れる。

 左手に持ったブレードを最大速度で突き出す。

 刃は水のヴェールを貫き、楯無を穿たんとばかりに直撃する。

 シールドバリアーによって穿たれはしないが、故に楯無は突き飛ばされる。

 ブレードを両手に握り直し追撃しようとしたとき、

 

「……ねぇ」 

 

 と、オープンチャンネルから楯無の声が聞こえる。

 

「湿度が高いと思わない?」

 

 グラハムはセンサーに提示された情報に目を疑う。

 異常なまでに湿度が上昇している。

 そのときグラハムは気づいた。

 楯無の狙いに。

 

「IS学園の生徒会長と言うのは、最強の称号なのよ」

 

 楯無の言葉が聞こえた直後、グラハムを包み込むように爆発が起きた。

 

 

 

爆発を見た楯無は左手の蛇腹剣『ラスティー・ネイル』を量子化した。

わずかに上がっている息を整える。

「織斑先生に怒られちゃうわね」

 試合前にこれは入学試験だということで『アクア・クリスタル』の機能を封じて戦うことを要求されたためそうしていた。

 だが彼の異常な操縦センスと情熱を前に全力で戦ってしまった。

 それにしても、と楯無は思う。

 これほどの男の子がいたなんてね。

 聞けば孤児院を飛び出してきた子らしいが正直信じがたい。

 本当に信じられないことばかりやってのけてくる。

ランスを構える。

 

「まさか耐えるなんてね」

 

 水蒸気を切り裂いて、打鉄がその姿を現した。

 そのISに乗る童顔には似つかわしくない大きな傷跡を持った少年。

 彼の顔はまさに笑み一色だ。

 ほんと、なんなのかしら。

 

 

 

 ここまでやるとは!

 グラハムは興奮を抑えることができなかった。

 私に全力できてくれた。

 その全力にさせた私が何者か気になるか!

 ならば礼儀を尽くそう!

 そう、改めて名乗ろう!

 重心を前に倒す。

 

「グラハム・エーカー、IS(キミ)の存在に心奪われた男だ!」

 

 

 

「!?」

 

 動揺する楯無。

 あまりにも意外な言葉に彼女の踏み込みがわずかに遅れた。

 ブレードを振り下ろすグラハムに向ってランスを突き出す。

 二人の得物が交差する。

 直後、模擬戦終了を告げるブザーが鳴った。



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#4 茶会

 試合後ピットに戻ったグラハムを千冬が迎えた。

 

「まさか、初めてISに乗って更識と引き分けるとはな」

「最初から全力で来られていたら負けていたさ」

「確かにISの技量はまだまだ未熟だ。だがそれを補うだけのパイロットとしての実力があることは確認させてもらった」

「そうか」 

 

 言葉だけなら落ち込んでいるようにとれるが、グラハムの表情は清々しかった。

 

「とりあえず、お前の専用機を用意させよう。ガンダムのようにはいかないが要望があるならできるだけ応えさせる」

 

 打鉄から降りたグラハムは思案気に顎に手をあてる。

 少し考えてから口を開いた。

 

「機動性と運動性を重視した全身装甲の機体にしてもらいたい。無論、装甲を可能な限り薄くしてくれて構わない」

「無茶を言ってくれる」

 

 と言う千冬に

 

「多少強引でなければ、ガンダムは口説けんよ」

 

 とグラハムは微笑んだ。

 

 

 

 一週間が経った。

 グラハムは宛がわれた来校者用の宿泊棟の一室でISの設計図と向き合っていた。

 本来ならば今日からが新学期だが、転入の形をとっている彼は明日からの登校である。

 模擬戦から最初の三日間はISについての勉強に明け暮れていた。

 最初に参考書の山を見たグラハムは、

 

「さすがは武士道の国日本、勉学もできてこその漢だ!」

 

 と(事実上の)女子校なのにも関わらず感動していた。

 それからは漢字に苦戦しつつも用意された参考書を読み解いていった。

 だが三日目、千冬経由でパソコンに送られてきたグラハム専用機の設計図を見て事態は変わった。

 一応要望は伝えた、と千冬からの短い文章に添付された設計図はグラハムの期待を大きく下回っていた。

 《打鉄改》と名付けられたISは軽量化という要望に反して人革連のMS《ティエレン》を彷彿とさせる鈍重な見た目。

 ガンダムはシールドを突破できるほどの攻撃力を有している。

 それ故に装甲を強化したというのが向こうの言い分だ。

 だが装甲を厚くしたせいで機動性は打鉄から大きく落ちているにも関わらず装甲自体の耐久性は従来機の約一割増し程度でしかない。

 グラハムは思わずため息をつき、

 

「これで勝てるなら私の世界でガンダムはティエレンにすら劣るな」

 

 とぼやき、携帯を取り出す。

 幸い日本の某社の携帯用充電器が対応していたため持っていた携帯を使うことができた。

 携帯の保存ファイルには親友のビリー・カタギリが話の種に送ってきた多くのMSの設計図が保存されていた。

 正直機密といってもいい情報をここまで流してくる親友は本当に軍属なのかと頭をひねってしまうがこの場合においてはグラハムにとって非常にありがたかった。

 数ある設計図の中から非GNドライヴ搭載機のものを選び出す。

 SVシリーズの設計図数枚を携帯に映し出させつつパソコンに映る設計図に手を加え始めた。

 そして四日後、パソコン画面に映る打鉄改は名を変え、ようやくグラハムの望む形になってきた。

 カタギリとの会話とグラハム自身のテストパイロットとしての経験が意外なところで生きる結果となった。

 あとは武装の確認となったとき、グラハムは作業の手を止めた。

 そして備え付けのお茶の準備を始めた。

 お茶を()()の湯呑に注いだグラハム。

 

「用があるなら入りたまえ」

 

 グラハムの言葉に部屋のドアが開く。

 

「いつから気づいていたのかしら?」

 

 扇子をあおぎながら楯無が入ってくる。

 

「今から二十三分前に君が私の部屋の前に来てからだ」

 

 それに、と付け加える。

 

「この一週間に渡って窓ごしに私を観察していただろう」

 

 楯無はわずかに驚いた顔をした。

 一週間完全に気配を消していたのにもかかわらず気づかれていたことに驚きと彼に対する興味の感情を持ったことに間違いはなかったと彼女は思った。

 

「さすがはグラハム・エーカー少佐と言ったところかしら」

「千冬女史から聞いたのか」

 

 さして驚いた様子もなくお茶を飲むグラハム。

 彼はIS学園にある孤児院を飛び出してきた少年として転入することになっている。

 国籍に関してはハーフというふれこみで日本国籍を取得した。

 正体を知っているのは千冬だけである。

 ただし、対ガンダムに協力するという約定から幾人かに正体を明かすことについては了承もしていた。

 だが、それでもいきなり正体をつかれても自然体なグラハムに楯無は興味を強くする。

 グラハムの向かいに腰かけた彼女はお茶を飲む。

 

「……おいしい」

 

 見ればインスタントのお茶のパッケージが置かれている。

 

(ここまでおいしくお茶を入れられるなんて、虚ぐらいしか知らない)

 

 やはりただものじゃない、ともう一口飲む。

 

「用件を聞こう」

 

 グラハムが自分の湯呑にお茶を注ぎながら言う。

 

「窓ではなく、ドアからこちらを伺っていたんだ。用件は何かね」

 

 そうね、と湯呑をテーブルに置く楯無。

 

「とりあず、挨拶かしら」

「挨拶?」

「貴方は一年生として入学するけどボロが出ないように私が学園内での生活をサポートすることになったの」

 

 バッと扇子を開く。

 

「そして一段落ついたら生徒会にも入ってもらうわ。一応学内での有事の際に自由に動けるようにね」

「ほう」

「しばらくは私と織斑先生、それとグラハム君の三人で有事の際に活動することになるわ」

「生徒会長に『ブリュンヒルデ』。精鋭中の精鋭だな」

「ええ。あなたのいた部隊にも劣らないはずよ」

「それは楽しみだな」

 

 グラハムが笑う。

 

「とりあえずよろしくね、グラハム君」

「こちらこそよろしく頼む」

 

 両者が丁寧に頭を下げる。

 ああそれと、と頭を上げた楯無は何かを思い出したように告げる。

 

「部屋は私と相部屋ね」

「何!?」

 

 さすがのグラハムもこれには驚いた。

 

「私はてっきり千冬女史の弟とやらと一緒なのだと思っていたのだが」

「そっちの方が何かと便利でしょ」

 

 それとも、と扇子を口元に当てて笑う。

 

「お姉さんと一緒は恥ずかしいかしら?」

 

 顔を近づけてくる楯無。

 対するグラハムは余裕の表情で軽くかぶりを振り、

 

「さてね。それよりも今日中に設計図を送らねばならないのでね。すまないがお茶の時間はここまでだ」

「あら、つまらないわね」

 

 拗ねたように楯無は席を立ちあがる。

 だがその目は全く別の感情が映っていた。

 楯無は出会ったのである。

 興味以上の対象に。




興味以上の意味はあくまでグラハムさん的な感じですのであしからず。


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#5 転入生

オリキャラ出します。
嫌な人はここでバックを。


 一日が経ち、グラハムがIS学園に通う第一日目を迎えた。

 白い制服をきっちりと着込んだ彼は所属するクラスの担任である千冬の後に続いて廊下を進む。

 先行している千冬が教室の前で止まる。

「待機していろ」

 それだけを告げ、彼女は教室に入っていく。

 入室と同時になる歓声と何かを強くたたく音が響く。

 その時間に改めて室名札を眺める。

 一年一組。

 IS初心者であるグラハムは、一年生として学ぶこととなった。

 グラハム自身、この待遇は感謝していた。

 いくらかつてワンマンアーミーを気取っていたとはいえ、男女比1:30は厳しいと彼は思っていた。

 しかし、これから出向く戦場でも2:30という戦力差が存在する。

 それでも友軍一人がここまでありがたく思う日が来るとは思わなかったな。

 

「エーカー、入ってこい」

 

 千冬の呼ぶ声にグラハムはドアに手をかける。

 

「失礼する」

 

 教室のドアをくぐる。

 

「グラハム・エーカーだ。国籍は日本。好物はマッシュポテト。以後、よろしく頼む」

 

 反応がない。

 

「私はすでに挨拶をした。反応の一つや――」

『きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!』

 

(なんと!)

 

 まさに音の爆弾といえる大音量に内心わずかにたじろぐグラハム。

 反応しろとは思ったが、ここまでとは予想外というもの……!

 だが、武士たるものこれに耐えてこそとういものだろう。

 

「男子! 二人目の男子!!」 

「しかも金髪のイケメン!」

「織斑君もいるしもうサイコ―!!」

 

 ……あえて言おう、なんだこれは。

 よもや、こちらが反応に困ることになろうとは……!

 

「毎度毎度……なんでこう騒がしいんだ。静かにしろ!」

 

 おお、とグラハムは感心した。

 千冬女史の一括に教室が静まり返るとは。

 『ブリュンヒルデ』の名は伊達ではないとグラハムは実感した。

 

 

 

 自分の席へ向かうグラハムに一人の少年が手を差し伸べてきた。

 

「俺、織斑一夏。よろしくな」

「初めましてだな、一夏。グラハム・エーカーだ」

 

 グラハムも手を差し出し握手をする。

 

「男子が俺だけで知り合いが箒だけだったから助かったぜ」

「私もだ。まさか、ここまで視線を集めることになろうとはな」

 

 彼らは今教室内外からの視線に晒されていた。

 

「ほら、彼が」

「くせっ毛の童顔と傷跡のギャップって萌えるよね」

「どっちが攻めでどっちが受けかな」

 

 一部危険な会話もなされているがともかく彼らは注目の的となっていた。

 そして次の休み時間。

 席で一夏とグラハムが談笑していると

 

「ちょっとよろしくて?」

「へ?」

「なにかね」

 

 一夏の背後から降ってくる声に二人は顔をあげると一人の女子生徒が居た。

 ロールのかかった腰までのびる長い金髪。

 頭頂部でそれを抑える青のカチューシャ。

 碧眼をもつ顔は高慢な表情をしている。

 

「まあ!何ですの、そのお返事。わたくしに話しかけられるだけでも光栄なのですから、それ相応の態度というものがあるのではないかしら?」

「……」

 

 一夏はポカンとしている。

 対してグラハムは、

 

「失礼。では名前を聞かせてもらいたい。私か一夏に用があるのだろう?」

「わたくしはその態度のことを言っているんですの!」

「失礼だと言った。君は何者だ。答えてもらわなければ話にならんだろう」

「わ、私を知らない!? このイギリス代表候補のセシリア・オルコットを!?」

「ほう、代表候補生だったのか」

「あら、代表候補生については知っていらっしゃるのね。褒めて差し上げますわ」

 

 一応は会話になっているようだ。

 だが、一夏の質問がそれを断った。

 

「代表候補生って、何?」

 

 その言葉にクラス全員がずっこける。

 もちろんセシリアも。

 

「国家体表IS操縦者の候補生として選出されたパイロット達を指す言葉だ」

 

 その中で平然としているグラハムは一夏に説明する。

 

「詳しいなグラハム」

「一応参考書の類は読んだのでね」

「そう! エリートなのですわ!」

 

 ビシッと二人を指さしてセシリアが会話に割り込む。

 

「本来ならエリートたるわたくしの様な人間とは、クラスを同じくすることだけでも奇跡・・・幸運なのよ。その現実をもう少し理解して頂ける?」

「……」

「まぁでも?わたくしは優秀ですから、あなた方のような人間にも優しくしてあげますわよ」

 

 二人の反応を見ることなくセシリアは続ける。

 

「ISの事で分からないことがあれば、まあ、泣いて頼まれたら教えて差し上げてもよくってよ。なんせ私は入試で唯一教官を倒したエリート中のエリートですから」

 

 『唯一』という部分だけを強調して言うセシリア。

 

(まさか、自分でここまで言うとはな)

 

 いくら気位の高いヨーロッパ人でも滅多にはいまい。

 『スペシャル』を強調する男なら一人知っているがね。

 グラハムは内心苦笑する。

 と、何かを思い出したように一夏は言う。

 

「入試ってあれか? ISを動かして戦うってやつ?」

「それ以外に入試などありませんわ。」

「あれ? 俺も倒したぞ、教官。」

「は………?」

「グラハムは?」

「残念ながら相打ちでね」

「一応倒したんだな」

「倒したという意味は肯定しよう」

「わ、わたくしだけと聞きましたが?」

「女子だけっていうオチじゃないのか?」

「そういうことになるな」

「そ、そんなことあるわ――」

 

 セシリアに割って入るように授業開始を告げるチャイムが鳴る。

 

「っ……! また後で来ますわ! 逃げないことね! よくって!?」

 

 セシリアが去ると同時に千冬と副担任の山田が入ってくる。

 

「では、授業を始める……。だが、その前に決めることがある」

 

 最初に千冬はそう言った。

 

「再来週あるクラス対抗戦に向けてクラス代表を決めなければならない。誰かを推薦するものはいるか。自薦でも構わんが」

 

 ざわつく教室が色めき立つ。

 

「はい! 織斑君を推薦します!」

「お、俺!?」

「私はエーカー君を!」

「なんと!?」

 

 と、次々と女子生徒がグラハムと一夏を推薦した。

 

「織斑とエーカーか……。他には」

「待ってください!納得がいきませんわ!」

 

 すると、机を叩いてセシリアが立ち上がった。

 

「そのような選出は認められませんわ!大体、男がクラス代表なんていい恥さらしですわ!このセシリア・オルコットにそんな屈辱を一年間味わえとおっしゃるのですか!?」

 

 と、セシリアは言い放つ。

 

「実力からすればこのわたくしがなるのが必然。それを物珍しいからという理由で極東の猿にされては困ります!わたくしはこのような島国までIS技術の修練に来ているのであって、サーカスをする気は毛頭ございませんわ!」

 

 言いながらセシリアはヒートアップしていく。

 そんな中、冷静に事態を見つめるグラハム。

 

「大体!文化として後進的な国で暮らさなければ行けないこと自体、わたくしにとっては耐え難い苦痛で――――」

「イギリスだってたいした自慢なんかねぇだろ!世界一まずい料理で何年覇者だよ!」

 

 そして一夏は机をバンッと強く叩いて立ち上がると言い放った。

 

「なっ!?」

 

 それを聞いてセシリアは顔を真っ赤にしていく。

 

「あ、あなた…わたくしの国を侮辱すると言うのですか!?」

「先に侮辱をしたのはお前のほうだろ。イギリスも日本と同じ島国だろ」

「…うっ……」

 

 その事を言われてセシリアは言葉が詰まる。

 千冬が目を閉じて鼻で笑っているのがグラハムは見えた。

 どうやら弟を誇っているようだ。

 ふっ、とグラハムも口端がわずかに緩む。

 

「あ、あなた、わたくしを侮辱なさいましたね!?」

 

 と、セシリアが今度はグラハムにかみつく。

 どうやら彼がセシリアを嘲笑したように見えたようだ。

 

「座っているだけの道化にわたくしを笑う資格はありませんわ!」

「……」

「やめておけ」

 

 今にも怒り出しそうな一夏に、グラハムは立ち上がりなら左手で制する。

 

「グラハム」

 

 だがグラハムは一夏を見ず、セシリアと向き合った。

 

「君が何を思おうとも構わん。だがその汚名、戦場で晴らして見せよう」

 

 まっすぐと目を見てくるグラハムにわずかにセシリアはたじろいだが、

 

「……いいでしょう。お二方共、そこまで言うのでしたら……決闘ですわ!!」

 

 二人を指さし、言い放った。

 

「ああ、別にいいぜ」

「私もそれで構わない」

「勝手に話を進めるなといいたいが、まぁいい。他にはいないか」

 

 千冬の声に一人手を挙げた。

 

「……あの、私もいいですか?」

「スレーチャーもか」

 

 その苗字にグラハムがわずかに動揺するが誰も気づかない。

 

「なら、来週の月曜日に第三アリーナで総当たり戦を行い、その結果で決める。構わないな」

「は、はい」

「了解した」

「わたくしもそれでいいですわ」

「はい」

 

 よし、と千冬は応答を受けると、

 

「では、授業を始める」

 

 

 

「まさかな」

 

 放課後の教室でグラハムは呟いていた。

 よもや、クラス代表に名乗り上げることになろうとは。

 本来ならばセンチメンタリズムものだが。

 ……正直、私はクラス代表には興味がない。

 私の興味はあくまでIS。

 実際に操縦してみると、やはりISの性能には驚かされる。

 MSとは違い直感的な操作を要求される機体だが、その性能はまさにMSのそれだ。

 楯無の専用機はまさにガンダムと戦っているかのような気分だった。

 そして代表候補生を鼻にかけるセシリアが専用機でないはずがない。

 フッ、私も大概だな。

 パイロットとしての血が騒ぐ。

 

「織斑、エーカー」

 

 すでに授業が終わっている。

 女子生徒達が教室を出ていく中、こちらに来る千冬に呼ばれたグラハムは思考を止める。

 

「千冬姉―」

 

 バシン、という音とともに一夏に出席簿がさく裂した。

 グラハムが見ているだけでもこれで三回目。

 懲りないものだな。

 

「織斑先生だ。二人に話がある」

 

 よく聞け、と彼女は前置きをする。

 

「お前たちのISだが、予備機がない。そこで、学園で専用機を準備することになった」

 

 あらかじめ聞いていたグラハムは今さら驚かなかった。

 

「?」

 

 事情が読み込めていないらしい一夏に千冬はため息をつく。

 

「教科書を読め」

「ハ、ハイ」

 

 簡単にまとめよう。

 ISのコアは世界に467機分しかない。

 コアはプロフェッサー篠ノ之にしか作れないうえにプロフェッサーはもうコアを作っていない。

 コアは基本的に国家機関と企業、研究機関にしか与えらず、コアに関してはアラスカ条約で厳しく管理されている。

 

「つまりそういうことだ。本来なら専用機は国家代表、もしくは企業の所属の者。そして一定の実力を持つ代表候補生にしか与えられない。が、お前たちは事情が事情だ。データ収集が目的で専用機が与えられることとなった。分かったか」

「な、なんとなく」

 

 よし、と頷くと女史は私を見た。

 

「エーカー、お前の部屋のキーを渡すから職員室まで来い」

「了解した」

 

 グラハムと千冬は職員室に入った。

 千冬はデスクからルームキーを取り出した。

 

「一応言っておくが二人部屋で、更級がルームメイトだ」

「了解した。ところで私のISは?」

 

 鍵を受け取りながら気になっていたことをグラハムは尋ねた。

 

「あまりに独創的だったから馬鹿にいろいろ聞かれる羽目になったがおそらくもう制作に入っているだろう」

「馬鹿?」

「いやなんでもない。それよりも仮に設計図通りに作らせたら、搭乗者への負担は現行のISをはるかに超えるぞ」

「無視していただいて結構。それに前にも言った通り、多少は強引でなければガンダムは口説けんよ」

「……わかった。だが、後で音を上げても聞かんからな」

「望むところだと言わせてもらおう」

 

 ああ、とグラハムは付け加える。

 

「ただし、期限は月曜日までにしてもらいたい」

「そればかりは作る連中の腕次第だな」

「そうだったな」

 

 フッと二人は笑った。

 

 

 

 

「ちょっといいかな?」

 

 職員室を出てすぐにグラハムは呼び止められた。

 見るとクラス代表に最後に名乗り出た女子が立っていた。

 薄い金髪をショートカットで整え、淡い水色の瞳をしていた。

 短めのスカートではあったが制服を堅実に着込んでおり背はグラハムよりも幾分か小さかった。

 どこか気弱そうな表情の中に不釣り合いなほど強い意志を宿した瞳が印象的だとグラハムは思った。

 

「グラハム・エーカー君、だよね?」

「そうだ。君は確かスレーチャーだったか」

「ルフィナ・スレーチャー。ルフィナでいいよ。一応アメリカの代表候補生をしてるの」

「……」

 

 アメリカ。スレーチャー。

 これらがグラハムにある人物を彷彿させる。

 

「えっと……名前、変かな?」

 

 困った表情をするルフィナ。

 

「……失礼。気にしないでくれ」

 

 冷静を装って答えるグラハム。

 

「用件を聞いても構わないだろうか」

「さっき、セシリアさんと話していたよね」

「ああ」

「あの人男性に対して高圧的だったけど、私はそういうのが好きじゃないんだ」

「なぜそれを私に?」

「一夏にも話したんだけどね、学園のみんながああいう人だとは思わないでほしいなって」

 

 その言葉にフッとグラハムは笑みをたたえた。

 

「おそらく一夏も言っただろうが、私も皆がそうだとは思っていないさ」

「うん。……良かった」

 

 安堵するルフィナ。

 その様子に()()()()が重なる。

 いつも話をするたびに安堵を見せた女性に……。

 それを隠すようにグラハムは尋ねた。

 

「だが不思議だな。今の情勢は男卑女尊だというのに」

「それはそうなんだけど……今まで社会の中心を担ってきた男性に対してISが使えるだけで下に見るのは失礼だと私は思うの」

「ほう」

「だから、男性も尊重するべきじゃないかなって」

「……」

「……変、かな? そういうの」

 

 また不安げな顔をするルフィナ。

 

「いや。私は君の考えを支持するよ」

「……ありがとう」

 

 ルフィナは微笑む。

 グラハムも応じるように笑うがその内心はやはりある人物の影が付きまとっていた。

 

 スレーチャー、か……。




すいませんね。
いろいろ意味わからないと思いますが、これは作者の文才のなさに起因するものです。


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#6 漆黒の翼

「……朝か」

 

 目を覚ましたグラハムは時計に目をやる。

 AM5:30。時間通り。

 この時間に起きるのが昔から続けている彼の習慣である。

 睡眠はキッカリ5時間。

 起きた瞬間から目は冴えている。

 半身を起こす。

 となりのベッドから人が動く気配がした。

 本来ならこの時間から起きているのはグラハムだけなのだが、

 

「…おはよう、グラハム君」

 

 どうやらもう一人も起きているようだ。

 朝の挨拶を謹んで送らせてもらおう。

 

「おはよう」

 

 ルームメイトである楯無の方を向いて挨拶をする。

 

「……」

「なにかね?」

 

 ため息をつく楯無。

 彼女はYシャツ以外なにも纏っていなかった。

 その上、上のボタンが幾つか開いており肌がのぞいている。

 それにも拘わらず目の前の男は無反応だったことに不満なのだ。

 だが、表面上は冷静さを装っているグラハムも男性である。

 ――柔肌を晒すとは、破廉恥だぞ、楯無。

 内心楯無の格好に苦言を呈していた。

 

「今日、代表決める試合があるんでしょう?」

「ああ」

「がんばってね」

「ご期待にはお応えしよう」

 

 いつものようにグラハムの表情は自信にあふれていた。

 

 

 

 放課後。

 教室の生徒はまばらでセシリアとルフィナはすでにアリーナへと向かっていた。

 グラハムと一夏は教室から出ようとしたところで千冬に呼び止められた。

 

「千冬女史、何か用だろうか?」

 

 直後、千冬の出席簿がグラハムの手につかまれていた。

 チッ、と舌打ちをすると

 

「目上にはそれ相応の態度をとれ」

 

 と短く言い放ち一夏へと視線を移した。

 

「織斑」

 

 ビクリと肩を震わす一夏に苛立ちを覚えるが彼女は用件を優先した。

 

「お前の専用機の準備が先に終わった。お前とスレーチャーの試合を先に行う」

「ハ、ハイ!」

「女史、私のISは?」

 

 グラハムの質問に視線だけ向け、

 

「エーカーの機体はまだアリーナには運ばれていない。だからお前は控え室で待機していろ」

「了解した」

 

 彼の返事を聞くと、千冬は踵を返し、一夏もあわててついていく。

 その光景を少し眺めてから、グラハムも歩き出した。

 

 

 

「………………」

 

 アリーナの控室で、グラハムは座禅を組んでいた。

 まもなく、彼の試合が始まる。

 昂る精神を落ち着かせるには、やはり座禅が一番だとグラハムは思う。

 もともと愚行に走っていた頃に覚えたことだがこれだけはいまだに続けている。

 己のテンションが良い具合を保ち始めた時、

 

「エーカー……何をしている」

 

 呼びに来た千冬の声に、目を開いた。

 

「気持ちが高ぶってしまってね。座禅を組んでいた」

 

 千冬は少し呆れているようだが気にするつもりはなかった。

 ……日本人は私が持っていたイメージとだいぶ違うようだしな。

 これはグラハムが日本で過ごしているうちに気が付いたことだ。

 ホーマー司令の方が日本人らしく見えるのは、武士道を志しているか否かの差なのだろうか。

 ――もっとも、彼の武士道も本来のものとは違っていたようだがな。

 同じく歪んだ武士道を理解しているつもりでいた私に言えたものではないが。

 

「――別の世界にトリップするな!」

 

 ふと前を見ると、出席簿が見えた。

 だが甘い!

 咄嗟の動きで千冬の腕を掴んだ。

 

「私の番、ということだろうか?」

 

 舌打ちが聞こえるがグラハムは気にしない。

 

「そうだ、準備をしろ」

 

 第三アリーナのピットに着くと、そこには漆黒のISがグラハムを待っていた。

 

「――これが」

 

 座禅で落ち着けたはずの心が高揚する。

 背部と腰部に取り付けられた大小のバックパック。

 大小二対の翼。

 なによりも、この洗礼されたフォルム。

 これはまさしく。

 

「お前の専用機、《カスタムフラッグ》だ」

 

 千冬の言葉が、グラハムの高揚感をさらに高める。

 まるで、旧友に出会えたかのようだ。

 

「可能な限りお前の要望に応えさせた」

「私の我儘を聞いてもらったこと、感謝する」

 

 つくづく私は幸せ者だ。

 再びフラッグファイターとして戦えるとは。

 見ていてくれ、ハワード、ダリル。

 フラッグファイターとしての矜持を、この世界に見せつける!!

 最大限の敬意を表して敬礼したグラハムはフラッグを装着する。

 

『Access』

 

「感謝する暇があるなら試合に勝て」

「了解した。

グラハム・エーカー、カスタムフラッグ出るぞ!」

 

 

 

 アリーナへと飛び出したグラハムはセシリアと対峙した。

 

「逃げずに来たこと、まずは褒めて差し上げますわ」

「男の誓いに訂正はない」

 

 そう、とセシリア。

 

「ならば、最後のチャンスをあげますわ」

 

 なに、とグラハムはわずかに眉をひそめた。

 

「わたくしが一方的な勝利を得るのは自明の理。ですから、惨めな姿を公衆に晒したくなければ、今ここで謝るというなら、許してあげないこともなくってよ」

 

 降参を促しつつもレーザー砲『スターライトMk―Ⅲ』をグラハムへと向けた。

 だが彼はフッと笑みさえ見せた。

 

「悪いが、その意見は却下させてもらう。フラッグファイターには意地があるのでね」

「そう…残念ですわ……でしたら――」

 

 ブルー・ティアーズの非固定ユニットに衝撃が走った。

 咄嗟にユニット、前の順で視線を動かすセシリア。

 フラッグの左手に握られたライフルの銃口が着弾点を向いていた。

 

「射撃なら私も少々腕に覚えがあってね」

 

 余裕の笑みを浮かべているグラハム。

 対するセシリアは怒り心頭だ。

 

「よくも、わたくしのブルー・ティアーズを!」

 

 レーザーを放つが、グラハムはそれを後退しながら躱していく。 

 若いな。

 動きに感情が乗っている。

 回避を続けながらグラハムもライフルのトリガーを引いた。

 

 

 

 連続して襲い掛かる青の弾丸をセシリアは回避するものの、グラハムとは違い余裕のない彼女はなかなかレーザーを放つことができない。

 ぎりぎりの位置を狙われ続け、ついに一発のリニア弾が直撃する。

 先程よりも大きな衝撃が走る。

 シールドエネルギーが大きく減少していることが表示された。

 いったい何が!?

 動揺と衝撃の大きさのあまり、ライフルの連射を浴びてしまう。

 

 

 

 フラッグが左手に装備しているリニアライフル『トライデント・ストライカー』。

その名の通りオーバーフラッグス所属の機体に装備されたものと同一の機構を持っている。

 銃口を三つ持ち、中央は威力の高い単射用でその両隣に連射用となっている。

 単射用の電力チャージ時間を連射用で補うのが基本的な運用方である。

 グラハムはそのセオリーに準じた遠距離戦をしている。

 本来なら近接戦闘に持ち込みたいところだったが、

 ――フラッグの速度が私の反応についてこない!

 理由はわかる。一次移行を完了していないためだ。

 だが人間の反応速度に機体がついてこれないのは戦闘において不利でしかない。

 ライフルで牽制しつつグラハムはそのときを待っていた。

 だがなかなかそのときがこない。

 セシリアが苦し紛れにレーザーを放つ。

 難なく回避するも連射にもわずかな隙が生まれる。

 

「ブルー・ティアーズ!」

 

 セシリアの声とともに非固定ユニットから四つの小型兵器が射出される。

 それらはグラハムの周囲を縦横無尽に飛びそれぞれからレーザーが放たれる。

 

(ファング……いや、ビット兵器か!)

 

「さぁ、踊りなさい。わたくし、セシリア・オルコットとブルー・ティアーズの奏でる円舞曲で!」

 

 セシリアの一声にビットの攻撃が激しさを増す。

 レーザーを回避、または右腕のディフェンスロッドで弾くことでダメージを抑える。

 だが確実にエネルギーを削られていく。

 このままではまずいとグラハムは思った。

 私と機体の間に反応の齟齬がある状況下でのオールレンジ攻撃は防御に徹するしかあるまい。

 それでもこの状態が続けばこちらの敗北は必須。

 何か手を打たなければ……

 

『フォーマットとフィッティングが完了しました』

 

 突如、機体の速度が上がる。

 本来の速度をフラッグは得たのだ。

 同時にグラハムの顔を黄色のバトルマスクとクリアブラックのバイザーが覆った。

 レーザーの雨を潜り抜ける。

 さらに文字が表示される。

 

『クルーズポジション使用可能です』

 

 その言葉を待っていた!

 グラハムはフラッグを変形させた。

 

 

 

「へ、変形!?」

 

 セシリアは驚愕の声を上げる。

 いきなりブルー・ティアーズの攻撃から脱したかと思えば飛行機のような姿に変形したのだ。

 そのままこちらへ向かってくる。

 距離を詰めさせないようにセシリアは後ろへ飛ぶ。

 その背をグラハムは機首のライフルを撃つ。

 連射される弾をなんとか回避しながらセシリアは飛び続ける。

 

「グッ」

 

 今までとは違う大きめの弾丸を回避する。

 直後、弾丸が通った位置をグラハムが飛び去った。

 そのままセシリアも追い抜く。

 

「なっ!?」

 

 センサーがこちらを突き放す機影を捉える。

 速い! あの速さで飛ぶISがいたなんて……

 ですが、

 

「好きにはさせませんわ!」

 

 レーザーを放つ。

 だが旋回することで回避される。

 鼻先をこちらへ向け、一直線で向かってくるグラハム。

 もう出し惜しみはしません!

 

「ブルー・ティアーズ!」

 

 先の四機にミサイル搭載型二機を加えた六機でフラッグを前から包囲する。

 レーザーとミサイルが同時に放たれる。

 一気に直進する敵に回避する手段はない。

 これで決まりましたわ!

 が、まさに着弾しようとしたとき、グラハムの機体が躍った。

 飛行機のような形態からIS本来の人型へと再び変形したのだ。

 変形による減速と空気抵抗によりフラッグが上昇。その股下をレーザーとミサイルが通り抜ける。

 あまりにも無茶な回避行動に本日数回目の驚きの声をセシリアは上げた。

 

「なんなんですの。あなたは!?」

 

 

 

「人呼んで、『グラハム・スペシャル』!」

 

 グラハムは笑っていた。

 体にかかるGはすさまじく、骨をきしませるが、その機体の手ごたえに満足していた。

 この空中変形、このGの感触。まさしくフラッグだ!

 素晴らしい。やはり千冬女史には改めて礼を述べねばならんな。

 この機体の性能が信じられんか、セシリア。

 それを操る私が何者か知りたいか、セシリア。

 ならば。

 セシリアとの通信を開く。

 

「あえて言わせてもらおう――!」

 

 左手を右前腕に当てる。

 ――右腕部装甲展開。

 ――抜刀。 

 左手にプラズマソードを出現させる。

 スラスターをふかし、一気にセシリアへと加速する。

 

「グラハム・エーカーであると!」

 

 こちらとセシリアの間を隔てるビットを切り捨てる。

 そのまま突撃する。

 

 

 

 ……本当に名乗ってくるとは思いませんでしたわ。

 ビットを突破されたことよりもそちらに一瞬気をとられるセシリア。

 それでもすぐにレーザーを放つ。

 だがそれらをグラハムは軌道変更することで回避する。

 ついに目前まで迫ってくる。

 ここまでの接近を許すなんて!

 フラッグが青の光剣を振りかぶる。

 

「イ、 インターセプター!」

 

 近接ブレードを呼び出し、刃を支えることでプラズマソードを受け止めた。

 

「わたくしに剣を使わせるとは!」

 

 

 

「身持ちが堅いな。セシリア!」

 

 軌道変更による減速があったものの勢いは突進した側にある。

 このまま倒させてもらうぞ、セシリア!

 だが小さな影がグラハムの左右に現れた。

 咄嗟に離れる。

 その目の前をビームが飛び交う。

 残りのビットか!

 セシリアがレーザーを放ちながら後方へと飛ぶ。

 右のディフェンスロッドでそれらを防ぎながら追う。

 私のアプローチを袖にしてくれるとは。

 やはり、代表候補生はだてではないな。

 だが、私のしつこさはMSWAD、オーバーフラッグス、ソル・ブレイヴスの全てにおいて折り紙つきでね。

 決めさせてもらうぞ、セシリア!

 フライトユニットすべてのスラスターの出力を上げ、一気に最大速度まで加速する。

 セシリアに並ぶ。

 その一瞬、バイザー越しにセシリアと目があった。

 ワルツを踊りきれたな、セシリア!

私の勝ちだな!

 追い抜きざまに最大出力のプラズマソードを一閃。

 ブザーが鳴った。

 セシリアのシールドエネルギーが尽きたのだ。

 

 

 

「さすがだな。代表候補生を倒すとは」

 

 グラハムがピットへ戻ると千冬が待っていた。

 

「彼女が慢心していたからにすぎんよ。それに空中変形ができたからだ」

「――そうだ。空中変形だが」

 

 なにかな、とISを待機状態――文字盤に面具が彫られた腕時計――にしたグラハムに鋭い視線を千冬はむける。

 

「すぐに医務室で検査を受けてこい」

「なんと!?」

「あんな速度で可変機構を使用すればどうなるかわからんお前でもあるまい」

「だが、私はこれから一夏やルフィナと…!」

「それは後だ。それと今後、スタンドポジションで出せる速度を超えた状態での変形を禁止する」

 

 唖然とするグラハムをその場に残し、千冬はピットを出た。




ようやく題名の機体を出せました。
フラッグの可変機構はMSのままでは背骨が確実に逝くので変えてあります。
もう少ししたら説明を出しますのでそれまでお待ちください。


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#7 雫

 結局、骨にいくつも小さなひびが見つかりそのまま医務室のベッドにグラハムは寝かされていた。

 本来の肉体なら問題はなかっただろうが今は成長途上の体。

 グラハムが思っていた以上に空中変形は負担となってしまったようだ

 怪我そのものはたいしたことはないが、大事をとって一日入院することになった。

 初戦でのこの怪我。

 学園側が大事を取らせたいのは理解できた、が。

 

「口惜しいな」

 

 そう悔しさをにじませながらつぶやくグラハム。

 一夏達の専用機とやらとも戦ってみたかったものだな。

 とくに一夏はルフィナに勝利したらしい。

『あの千冬女史のISと同様の力を秘めている』

 これを聞いてますます口惜しくなったものだ。

 だが、私とて人の子だ。

 そう何度も無理はできない。

 次の機会を待つほかあるまい。

 と、ドアが開く音にグラハムは視線を向けた。

 

「失礼しますわ」

「セシリア・オルコットか」

 

 医務室に入ってきたセシリアがグラハムのベッド横まで歩いてきた。

 

「お加減はいかがですか」

「骨に軽いひびが入った程度だ。心配は無用だ」

「そうですか……」

 

 セシリアの表情からあの高飛車な雰囲気はうかがえない。

 

「あの、申し訳ありませんでした」

 

 突如頭を下げてきたセシリア。

 

「なんのことかね」

「あなたのこと男子というだけで下に見ていましたわ。……今回のことで自分の不甲斐なさが嫌というほどわかりました」

「………………」

 

 どうやらセシリアはあの試合で思うことが多々あったらしい。

 それがグラハムにも分かった。

 普段人の内面の機微の変化に鈍感な彼ですらわかるほどセシリアは変化していた。

 そんなセシリアにふっとグラハムは笑みを見せた。

 

「不甲斐ないのは私も同じさ。ちゃんとしたパイロットなら私のように怪我することもなかっただろう」

 

 だから、とグラハム。

 

「私にISの操縦法をレクチャーしてもらえないだろうか」

「え?」

 

 それはセシリアにとって意外な申し出だった。

 

「先の試合は勝てたがやはりISの操縦は難しい。やはり個人的に誰かに師事したいと思っていてね」

「ですが、わたくしなどに……」

「セシリア。少なくとも、君は私よりもISの経験が豊富で技量もある。君が負けたのは視野が狭かったからだ」

 

 これはグラハムの本心だった。

 楯無の時とは違い、最初からセシリアは全力だった。

 セシリアの慢心がこちらに有利をもたらしたのだ。

 だがたとえ慢心していても全力で戦ってくれたことをグラハムは称えていた。

 

「今の君にそう簡単に勝てるなどとは思わない。だが私も負けたくない気持ちはある。そのためにも私は君に師事し、互いに切磋琢磨したい」

「………………」

 

 黙り込むセシリア。

 その顔をグラハムはしっかりと捉えていた。

 

「わかりましたわ」

 

 しばらくしてようやくセシリアが目線を上げる。

 

「わたくしに何ができるかわかりませんが、お受けいたしますわ」

 

 そうか、とグラハムは表情を緩める。

 

「よろしく頼む」

「では、退院なさったらすぐに始めますからそのおつもりでいてくださいな」

「望むところだと言わせてもらおう」

「で、では失礼いたしますわ」

 

 顔をそらすようにこちらの視線を避け、セシリアはそそくさと出て行ってしまった。

 すぐにはそう打ち解けられんか。

 閉まったドアを見てグラハムは思う。

 

「……だが」

 

 私はセシリアとわかりあえたのだろうか。

 いや違うな。

 わかりあうためのまだ一歩を踏み出したところだ。

 わだかまりを完全になくし打ち解けることができてはじめて『わかりあう』ということなのだろう。

 それにこれはあくまでこれは個人同士の話。

 人と人とがわかりあう道を模索し続けた少年にはまだまだ遠く及ぶまい。

 それでも少しは近づけたのだろうか。

 

「少年……」

 

 君はELSとわかりあえたのか。

 世界ともわかりあうことができたのか。

 いつか超えなくてはならないと誓った人を思い、グラハムは目を閉じた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 シャワーノズルから熱めのお湯が噴き出す。

 シャワーを浴びながら、セシリアは物思いに耽っていた。

 

(今日の試合、わたくしの完敗でしたわ……)

 

 いつだって勝利への確信を抱き続けていたセシリア。

 だが速射で負け、ブルー・ティアーズを破壊され、その自信を打ち砕かれた。

 それなのに相手は勝利を鼻にかけなかった。

 その上、自分の至らなさを自覚し、あれほど高飛車に接してきたこちらに教えを乞うてきた。

 互いに高めあおうと手を差し伸べてきた。

 

(――グラハム、エーカー――)

 

 父は母の顔色ばかりうかがう人だった。

 そんな父を幼いころから見ていたセシリア。

 父のような情けない男とは結婚しない。

 そう抱かずにはいられない程に父は情けなかった。

 それはISの発表からさらに拍車がかかり、そんな父を母は疎んでいるきらいがあった。

 

「………………」

 

 母は強い人だった。

 厳しくもあったが憧れの人だった。

 だがそんな両親はもういない。

 陰謀論もささやかれたが状況がそれをあっさりと否定した。

 死傷者百人を超える大規模な鉄道事故で両親は他界した。

 手元に残った莫大な財産を群がる亡者から守るためにあらゆる勉強をした。

 その過程で受けたIS適性が評価され国家代表候補生に選ばれた。

 強くなければならない。

 強くなくては亡者たちに勝つことができない。

 両親の残してくれたものを守れない。

 ……けれど本当に自分は強くいれているのだろうか。

 どうしてもその不安を払しょくできない。

 プライドの下に隠した弱い心が出てきてしまう。

 そんなとき、自分のそばにいて支えてくれる人がいてくれればと考えてしまう。

 弱い心を吐露できる人が。

 強い意志をした瞳の、理想の男性が。

 

「グラハム、エーカー……」

 

 彼の瞳は強い意志を宿していた。

 自分で未来を切り開いていく、そんな強さをしていた。

 

「………………」

 

(――なんなんですの、この気持ちは)

 

 彼のことを意識すると途端に胸が熱くなる。

 今まで経験したこのない感情の奔流に心が苦しくなる。

 

(――知りたい)

 

 彼のことを。

 その強い意志をたたえた瞳の奥にあるものを。

 そして、この感情の正体を。

 

「……………………」

 

 浴室にはただただ水の流れる音だけが響いていた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 翌朝 SHL。

 

「一組のクラス代表は織斑一夏君に決定しました。一繋がりでいいですね」

「あの、先生」

 

 山田の言葉に一夏は手を挙げた。

 

「どうして俺なんですか?」

「そ、それはですね――」

「それはわたくしが辞退したからですわ!」

 

 席を立ったのはセシリアだ。

 

「まぁ、勝負はあなたの負けでしたが、しかしそれは考えてみれば当然のこと。なにせわたくしセシリア・オルコットが相手だったのですから。それは仕方のないことですわ」

 

 事実故に一夏は反論できない。

 

「むしろ、初見でわたくしにあそこまで喰らいついたことは賞賛に値しますわ。それで、まぁ、わたくしも大人げなく怒ったことを反省しまして、クラス代表を譲ることにしましたわ。やはりIS操縦には実戦がなによりの糧。クラス代表ともなれば戦いに事欠きませんもの、早くわたくしに追いついてくれることを期待してますわ」

「いやぁ、セシリアわかってるね!」

「そうだよね~。せっかく世界でたった二人の男のIS操縦者がいるんだから、同じクラスになった以上持ち上げないとね!」

「私たちは貴重な経験を積める、他のクラスの子には情報が売れる。一粒で二度おいしいね、1組は!」

 

 クラスメイトで商売するなよ、と一夏は内心呟くももちろん誰も気づかない。

 

「でも、グラハムとルフィナは?」

「私もこの件は辞退させてもらった」

 

 一夏の疑問に今度はグラハムが席を立った。

 

「今回のように怪我をしていては、一組は笑いものだろう。だから辞退させてもらった」

 

 わずかに肩をすくめるグラハム。

 

「教師としても負傷者を選出するわけにはいかないからな」

「残った織斑君とスレーチャーさんでは織斑君が勝っていたので織斑君になりました」

 

 千冬と山田の説明に一夏はただただ唖然とするのみ。

 だが、千冬は気にすることもなく

 

「クラス代表は織斑一夏。異存はないな」

『はーい!!』

 

 ――なんでだよ。

 女子の声が重なる中、ただ一人一夏は肩を落としていた。




ちなみにですが一夏、セシリア、ルフィナの中での三人の戦績は一勝一敗です。


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#8 生徒の日常

 一夏が一組のクラス代表に就任してから数日が経った。

 グラウンド。

 千冬の前に生徒が整列していた。

 

「ではこれよりISの基本的な飛行操縦を実践してもらう。織斑、エーカー、オルコット、スレーチャー。試しに飛んでみせろ」

「はい」

「了解した」

「分かりましたわ」

「分かりました」

 

 千冬の指示に四人が列の前に出る。

 セシリアとルフィナが同時にISを展開し、続けてグラハムもフラッグを展開する。

 二人は0.5秒で私は0.55秒。

 グラハムは体内時計の出した結果に息を吐く。

 やはりMSを思い浮かべる方法では二人に勝てんな。

 となりを見るとまだ一夏が展開できていないようだ。

 

「遅いぞ。熟練した操縦者なら展開に一秒とも掛からないぞ」

 

 千冬の声に一夏は焦りながらも、右手に装着された白式の待機状態であるガントレットに左手を添える。

 0.7秒後、一夏に白式が装着される。

 

「よし、飛べ!」

 

 グラハムとルフィナがほぼ並んで空を上る。

 性能上ではグラハムのフラッグが最も出力の高い機体である。

 だが搭乗者の技量差でルフィナと並んでしまう。

 ――やはり感覚がまだ掴めていないようだな。

 『自分の前方に角錐を展開させるイメージ』という教本に従い、角錐の形を何度かかえながら想像するもなかなか速度が上がらない。

 そのまま二人は同時に上空で止まる。

 次いでセシリア。少し間をおいて一夏も到達する。

 

『織斑、エーカー、何をやっている。スペック上の出力はスレーチャーよりも高いはずだぞ』

 

 通信で入る千冬の叱責に一夏は苦虫を噛み潰し、グラハムは苦笑する。

 

「一夏さん、グラハムさん、イメージは所詮イメージ。自分がやりやすい方法を模索する方が建設的でしてよ」

「そう言われてもなぁ」

「一筋縄ではいかないところはISもMSも変わらないということか」

「MSって何?」

「さぁ、何かな」

 

 ルフィナの問いをはぶらかしながら彼女のISをグラハムは眺めた。

 深いグレーを基調としたIS《ガスト》。

 脚部に反重力翼をもつのが特徴的なアメリカの第二世代型。

 コンセプトが空戦能力向上であったことから他のISと比較するとどことなく戦闘機のような印象を受ける。

 そのせいだろうか、グラハムにはUNION系のMSに酷似しているように思えた。

 

「………………」

『お前たち、急降下と完全停止をやって見せろ。目標は地表から十センチだ』

 

 千冬からの通信にグラハムは意識を戻すとすでにセシリアとルフィナの二人は降下を終えていた。

 二人とも完全停止まで難なくこなしたようだ。

 

「さて、次は私が行かせてもらおう」

 

 『背中にロケットファイヤーを噴出しているイメージ』をグラハムは思い浮かべる。

 突如、すさまじい勢いで地面へとグラハムは一気に降下していく。

 

「なんと!?」

 

 彼の想像以上の速さにわずかに顔をゆがめる。

 だが心の内では恐怖だけでなく高揚も感じ取れていた。

 ――懐かしいな。

 自分でも予期できぬ速度での急降下。

 フラッグのテストパイロット時代に味わった限界実験を思い出す。

 フッ、と笑みがこぼれる

 地面はもはや目前に迫っていた。

 このままでは激突は必至である。

 ――この機体はISだがまぎれもなくフラッグだ。

 ならば、

 グラハムは咄嗟にクルーズポジションに変形させる。

 地面ぎりぎりのところで機体を浮かし、体勢を立て直す。

 そして刹那に変形、スタンドポジションに戻る。

 

 グラハム・スペシャル&リバース!

 

 セシリアたちのとなりで停止した。

 間一髪というやつだったな。

 グラハムは満足げだ。

 

「………………」

 

 周囲は無言だ。

 セシリアとルフィナも目を丸くしているが達成感を味わっているグラハムは気づかない。

 

「……本来なら怒鳴りたいが今の体勢の直し方に免じて見逃してやる」

 

 千冬でさえもグラハムの変態変形に怒る気になれないようだ。

 ため息をつくと一夏に指示を出す。

 直後、すさまじい音とともに一夏は盛大に墜落、地面にクレーターを作り上げていた。

 その様に一歩間違えていたらこうなっていたなとグラハムは肝を冷やす。

 

(私がこうならなくてよかった)

 

 

 

「織斑、エーカー、武装を展開しろ。それくらいは自在にできるようになっただろう」

「は、はあ」

「了解した」

「返事は『はい』だ」

『はい』

 

 一夏は右手、グラハムは左手に意識を集中させる。

 ――物体を斬る、刃のイメージ。鋭く、堅固な物体。強い、武器――

 ――右前腕の装甲展開、抜刀――

 上から一夏、グラハムのイメージである。

 一夏は白式の右手に『雪片弐型』を展開した。

 それよりもわずかに早く――0.38秒だと言わせてもらおう――フラッグの左手にプラズマソードが握られていた。

 

「遅いぞ織斑。0.5秒で出せるようにしろ。エーカー。展開時間はなかなかだ。だが、左手を右腕まで持っていくな。両手を使えるようにしろ」

「了解」

 

(やはり右手も意識しないとこうなってしまうな。セシリアにも言われたがこればかりは数をこなさねばな)

(ぐあ。これだって一週間訓練してものにしたのに。またこの人は厳しいんだからなぁ)

 

「エーカーを見習って少しは反省しろ!」

 

 出席簿が一夏に飛ぶ。

 頭を抱える一夏を背に千冬はセシリアの方を向く。

 

「オルコット、武装を展開しろ」

「はい」

 

 左手を肩まで上げ、真横に腕を突き出すセシリア。

 すぐにその手には『スターライトmkⅢ』が握られている。

 さすがだとグラハムは内心で呟く。

 銃器にはすでにマガジンがセットされている。

 私よりも早くセシリアは射撃準備を整えたか。

 やはり、技量が勝敗を分かつか……。

 だが――

 

「さすがだな、代表候補生。――ただし、そのポーズは止めろ。横に向かって銃身を展開させて誰を撃つ気だ。正面に展開できるようにしろ」

「で、ですがこれは――」

「直せ。いいな」

「――、……はい」

 

 有無を言わせぬ千冬にうなずくしかないセシリア。

 千冬の言はグラハムも気になっていたことを指していた。

 実戦では横よりも正面に敵がいる場合がはるかに多いだろう。

 そうなると横への展開では正面へ構え直す必要が出てくる。

 構え直す動作一つでも戦場では大きな隙となる。

 そういう意味では正面に構えた方が初撃を隙なく撃てるために矯正した方がよいのだ。

 

「次、スレーチャー」

 

 千冬に名前を呼ばれたルフィナは右腕を正面に構え、アサルトライフルが出現する。

 ライフルも銃身に取り付けられたグレネードランチャーも完全な射撃体勢をとれる状況だ。

 

「展開時間、方向ともに問題ない。さすがは代表候補生だな」

「ありがとうございます」

 

 千冬の言葉にルフィナはうれしそうにうなずき、アサルトライフルを戻す。

 

「……時間だな。今日はここまでだ。織斑、グラウンドは片づけておけよ」

「う……」

 

 助けを求めるように一夏はチラッと箒を見るも顔をそらされてしまう。

 どうやら手伝ってくれる様子ではないようだ。

 さらにグラハム、セシリア、ルフィナと視線を向けようとするも彼らはすでにいなかった。

 

「………………」

 

 哀れ、一夏は一人で穴を埋めなくてはならなくなった。



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##登場機体##

登場順に説明していきます。


《教員用 打鉄改》

 

 グラハムがIS学園入学試験において装着したIS。

 教員用にチューンアップされており、《打鉄》と比べて鋭い外見をもつ。

 遠距離攻撃用武装を持つが、改修途中であったことからバルカン砲しか搭載していない。

 機体カラーは深い黒。

 

 武装

 近接用ブレード×2

 バルカン砲×2

 

 

 

SVIS-01E 《カスタムフラッグ》

 

 SVMS-01《ユニオンフラッグ》、SVMS-01E《グラハム専用ユニオンフラッグカスタム》の設計図を参考にグラハムが設計した専用IS。

 IS世界で確認されたガンダムに対抗するために機動性を極限まで高めた機体で、スラスターも一般的なISよりも高い出力のものを採用している。

 これにより、一年生の専用機の中では最も高い出力を誇る。

 また、可変機構を搭載するために関節部分を除いたほとんどに装甲をもつが徹底的な軽量化により総合的な重量は《打鉄》よりも軽くなっている。

 なお、MS《カスタムフラッグ》との外見上の大きな違いは腕に反重力翼が折りたたまれていること、胸部装甲を縦に割ったような外見の非固定浮遊部位(アンロックユニット)を持つことである。

 

クルーズポジション(高機動形態)への変形

1、胸の高さまでに曲げられた膝と肘の装甲を接続。同時に腕の翼が展開。

2、脚部装甲が後ろへスライドする。

3、背部のフライトユニットの前に非固定浮遊部位とリニアライフルが取り付けられる。

  (ここがMSでいう胸部と機首になります)

4、腰部スラスターが消え、同時に脚部装甲に同形のスラスターが展開。

以上の動作が一瞬で行われる。

 

 武装

 プラズマソード(ソニックブレイド)×2

 リニアライフル『トライデントストライカー』

 ミサイルポッド×2

 ディフェンスロッド

 

 

 

VIS-02 《ガスト》

 

 アメリカ空軍主導で開発されたルフィナ・スレーチャーの専用機。

 第二世代機だが、アメリカでは第三世代機の試験機という扱いを受けている。

 空戦能力の特化をコンセプトに開発され、高い機動性、旋回性を有している。

 また航続距離向上と広範囲での作戦を可能とするために《フラッグ》同様に高機動形態への可変機構を持つ。

 だが、高機動形態には外部からパーツをとりつける必要性があるため、人型から高機動形態への自立可変機構を持たない。(パージを行うことで高機動形態からの変形は可能)

 高機動形態では脚部に主翼を持つため、折りたたまれた大型反重力翼など脚部に重点的に装甲を持つ。

 この機体で得たデータを元に将来的には自立可変機構を搭載した第三世代型機を開発する計画だったが《フラッグ》の登場により計画の見直しが進められている。

 機体カラーは深いグレー。

 ガストは英語で突風の意味。

 形式番号のVは可変を意味するViliableから。

 

 武装

 アサルトライフル×2

 グレネードランチャー×2

 ソニックブレイド

 (刀身の長さは《フラッグ》のプラズマソードとほぼ同じ)




いろいろと言葉が不足していすいません。
可変機構が意味わからんという方には土下座のしようがありません。
何故フラッグの可変に摩訶不思議な展開があるのかは別で説明する予定です。
こんな文章しか書けませんがこれからもがんばっていく所存です。


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#9 パーティー

今回はあまりグラハムさんが出てきません。


「というわけでっ! 織斑くんクラス代表決定おめでとうですぅ!」

『おめでと~!』

 

 食堂にクラッカーの音が鳴る。

 夕食後、一組は食堂に集まり一夏のクラス代表就任パーティーが催されていた。

 女子達が盛り上がる中、沈痛な面持ちが一人。

 主賓の一夏は壁に貼られた横断幕を見て場に合わぬため息を一つ。

 横断幕には『織斑一夏クラス代表就任パーティー』と大きく書かれている。

 ――本人がめでたく思ってないのにな。……はぁ。

 

「これでクラス対抗戦も盛り上がるねぇ」

「ほんとほんと」

「ラッキーだったよねー。同じクラスになれて」

「ほんとほんと」

 

 あのさっきから相槌打ってる子って二組だったような気がするんだけど……?

 そう思い一夏は周りを見渡す。

 軽く見ただけで四十人以上はこの場にいる。

 ちなみにだが一年一組は男子二人合わせて三十一人である。

 

「人気者だな、一夏。楽しいだろう?」

 

 左から箒の尖った声がする。

 

「……本当にそう思うか?」

「ふん」

 

 鼻を鳴らしてお茶を飲む箒。

 かなり虫の居所が悪いようだ。

 

(……俺、なんかした?)

 

「はいはーい、新聞部でーす。今日は学園で話題の、織斑一夏君とグラハム・エーカー君に特別インタビューをしにきました~!」

 

 女子達の山をかき分けて女子生徒一人が宴の中心までやってきた。

 ボールペンとメモ帳を持ち腕に新聞部と書かれた輪をつけた姿はまさにジャーナリストといった風貌だ。

 インタビュアーの登場にさらに女子達が盛り上がる。

 

「あ、私は黛薫子。よろしくね。新聞部副部長やってまーす。はいこれ名刺」

 

 差し出された名刺を一夏とグラハムは受け取る。

 画数の多い漢字だ。書く本人は大変に違いない。

 名刺に書かれた名前にそんなことを一夏は思う。

 右を見ると、グラハムが難しい顔をして携帯を取り出し名刺と画面を見比べている。

 その横からセシリアが覗き込んで話しかけている。

 あの試合以来、一夏とグラハムはセシリアとの仲は良好状態にある。

 特にグラハムとの仲がかなりよいらしく、練習以外でもこの組み合わせは一夏と比べるとかなり多い。

 

「まずはずばり織斑君! クラス代表になった感想を、どうぞ!」

 

 薫子はボイスレコーダーを一夏に向ける。

 その瞳はまるで無邪気な子供のように輝いている。

 

「えーと、まあその、がんばります」

「えー。もっといいコメントちょうだいよ~。俺に触るとヤケドするぜ、とか!」

「自分、不器用ですから」

「うわ、前時代的! ……しょうがないから適当に捏造しよっと」

 

 ジャーナリズムとはなんなのか。

 そんなことを一夏は思うが薫子は気づかない。

 気づいたとしても気にしないだろう。

 

「じゃあ、グラハム君。男性操縦者としてクラス代表の織斑君に一言!」

「ならばあえて言おう。一夏、ISの性能差が勝敗を分かつ絶対条件ではない。だからこそまだ見ぬ高みを目指すのだ! そうとも、そこは我々の場所だ!! それを誰よりも可能とするクラス代表(場所)にいる君を私は敬服する!」

「お、おお」

「いいねいいね、熱血漢って感じがするよ。あ、セシリアちゃんもコメントちょうだい」

「わたくし、こういったコメントはあまり好きではありませんが、仕方ないですわね」

 

 そんなことを言いつつもセシリアは満更でもなさそう、というよりも自分もインタビューされることを見越していたのだろうか。

 グラハムがインタビューを受けている間もそばにぴったりとくっついていた。

 

「コホン。ではまず、どうしてわたくしがクラス代表を辞退したかというと、それはつまり――」

「ああ、長そうだからいいや」

「さ、最後まで聞きなさい!」

「いいよ適当に捏造するから。じゃあ最後にルフィナちゃん。織斑君たちに一言」

「え? え、ええっと」

 

 予想していなかったのかルフィナはしどろもどろだ。

 流れ的に来るとは思わなかったのかと思った一夏だがルフィナのそのしぐさに思わず。

 ――ちょっと萌えるなぁ。

 突如、ガツンという衝撃が一夏の後頭部に炸裂した。

 

「……一夏」

 

 箒だった。

 

「ちょ、なんで殴んだよ!」

「………………」

 

 睨むなよ、怖い。

 そんな一夏たちをしり目に薫子はズイッとルフィナにボイスレコーダーを突き出す。

 

「なんでもいいからちょうだい」

「じゃ、じゃあ。……みんな注目してくるけど気負いすぎず自然体でやっていくといいと思う……よ?」

「……まぁ、その可愛さに免じて改変はなしにしておくよ」

 

 んじゃ、とカメラを取り出す薫子。

 

「とりあえず四人ならんでね。写真撮るから」

「えっ?」

 

 気落ちしていたセシリアが声を上げる。

 だがそれは驚きというよりは喜色が強いように聞こえる。

 

「注目の専用機持ちだからねー。これはいい絵になるよ」

「そ、そうですか……。あの、撮った写真は当然いただけますわよね?」

「そりゃもちろん」

「でしたら今すぐ着替えて――」

「時間かかるからダメ。はい、さっさと並ぶ」

 

 中心に一夏とグラハムが立ち、その脇をルフィナとセシリアが並ぶ。

 どことなくセシリアの表情に喜色が浮かんでいる。

 

「それじゃあ撮るよー。35×51÷24は~?」

「え? えっと……」

「あえて言わせてもらおう、答えは74.375であると!」

「おお、正解!」

「すげえなグラハム!」

 

 思わず三人がグラハムの方を見る。

 その瞬間にシャッターが切られる。

 ……だが。

 

「……なんで全員入ってるの?」

 

 そう、その場にいた全員が撮影のまさにその瞬間に四人の周りに集結していたのだ。

 結果としては完全に集合写真状態である。

 

「あ、あなたたちねえっ!」

「まーまー」

「セシリアさんとルフィナさんだけ抜け駆けはずるいですぅ」

「クラスの思い出ってことでいいじゃん」

「ねー」

 

 丸め込まれたセシリアは苦虫をかみつぶしたような顔をしている。

 もっとも不服なのはセシリアだけで他の三人は特に気にしていないようだ。

 ……人数的にクラスの思い出になるのかというのは野暮というものである。

 その後もパーティーは十時過ぎまで続いていった。




 一応は原作に沿っているのでグラハムさんがほとんど出てこないという場合はこの先もちょくちょくでてきます。
 その辺りはご容赦のほどを。


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クラス対抗戦
#10 確執


 夜の八時。セシリアとの訓練を終えたグラハムは夕食後、格納庫へと向かっていた。

 目的はフラッグの整備だ。

 一年生であるグラハムには彼の盟友のような技術顧問をつけてはもらえない。

 必然的に自分でISの点検も行わなくてはならない。

 自己修復機能があるとはいえ、整備作業は大事であることに変わりはない。

 ――私はそこまで万能ではないのだが。

 あえて言わせてもらうが、ISの知識は素人に毛が生えた程度しかない。

 MSの知識は熱く語る盟友によって今でもある程度覚えてはいるがね。

 

「おや?」

 

 大きなバッグを抱えた小柄な少女が歩いている。

 東洋人には間違いないがあの鋭角な目つきはおそらく中国人。

 あの歩き方からして何かを探しているようだ。

 見かけない顔だが、話しかけるべきだろうかグラハムは思考を始める。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 数分ほど前。

 

「ふぅん、ここがそうなんだ」

 

 艶やかな黒髪を左右それぞれ高い位置で結んだ少女が正面ゲート前に立っていた。

 

「とりあえず、受付はっと」

 

 上着ポケットから紙切れを取り出す。

 くしゃくしゃなそれはメモと呼ぶにはあまりにも雑な扱いで、少女がどのような性格かをよく表している。

 

「本校舎一階総合事務受付……って、だからそれどこにあんのよ」

 

 メモには名前しかなく地図の類は載っていない。

 ぐしゃ、という音とともにメモをポケットに押し込む。

 恐らくメモはもうその機能を全うできないだろう。

 だがそんなことを気にするような彼女ではない。

 

「自分で探せばいいんでしょ、探せばさぁ」

 

 ったく、と足を動かす。

 出迎えがないとは聞いてたけど、ちょっと不親切すぎるんじゃない?

 中国はIS開発の着手の遅れから他国、特に日本に対してその後塵を拝していた。

 政府も今回の件ではかなり下手にでたらしく、IS学園の都合に何もかも合わせなくてはならなくなった。

 

「それでも連中もなんか思うところないわけ?」

 

 思わず不満が口から出るが周囲に人が見当たらないこともあり少女は気にするそぶりもない。

 学園の敷地内を歩きながら、きょろきょろと人影を探す。

 時間帯的に多くの生徒は寮にいるのだろう、人がいない。

 

「あーもー、面倒くさいなー」

 

 空飛んで探せばいいや、と閃く。

 まさに名案だという気持ちが湧く。

 だがそれも一瞬で霧散する。

 転入の手続きなしでのIS起動は最悪外交問題である。

 下手にでてる中国政府側としてはそれだけは避けたい。

 そのためか、政府高官は何度も転入前の行動の自重を懇願していた。

 そんな彼らの情けない顔を思い出して、少女の気分が少し晴れた。

 

「ふっふーん。まあねー、私は重要人物だもんねー。自重しないとねー」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 おお、今度は笑うか。

 つくづく飽きない少女だとグラハムは思う。

 校舎の影だからだろう、向こうはこちらに気付く気配がない。

 声をかけるか考えていたが少女の多彩な表情の変化と独り言の観察にいつの間にか移行していた。

 だが私も用事がある身。

 そろそろ頃合いだろう。

 そう思い、グラハムは声をかけることにした。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 少女は思い出していた。

 とある少年を。かつて日本に住んでいたころに出会った少年。

 そして、IS学園に転入までして会いたいと思った少年。

「元気かな、いち――」

「失礼。ここで何をしているのかね?」

「!?」

 少女の体がビクッと飛び跳ねた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「あ、あ、あんたこそ何してんの! なんでこんなところに男子が!?」

 

 独り言の途中で声をかけたせいか、少女がかなり焦っている。

 

「なにと言われても、私はこの学園の生徒だとしかいいようがないな」

「ああ、あんたがISを起動させた二人目の男ね」

 

 少女は納得したようにポン、と手を叩く。

 

(やはり私の存在は明るみに出ているのか)

 

 本来存在しないはずのグラハムの存在がすでに世間で広まっている。

 学園に入る際に了解していたことだがいざ言われると緊張がはしる。

 なぜならグラハム・エーカーは嘘を由としないからだ。

 そんな不器用な男が出自を聞かれたら真実を答えてしまわないか。

 それをグラハム自身が警戒しているのだ。

 妙な話だが生真面目な彼にとっては真剣な事案なのである。

 

「ちょうどよかった。総合受付事務ってどこ?」

 

 そんなグラハムの内心を知る由もない少女はうろうろと探していた場所を尋ねる。

 なぜかそわそわしているがそんなにこの少女は急いでいるのだろうか。

 挙動にわずかな不信感を覚えつつも表情には決してだすことはない。

 

「それなら、そこの校舎が本校舎だ。それで――」

 

 グラハムはアリーナの後ろの建物を指さす。

 ちょうどアリーナから箒とそれを追いかける一夏が出てきた。

 よくわからんが、一夏はまた何かやらかしたな。

 そんな他愛のないことを考えていると、ふと殺気を感じた。

 それも目の前からだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 目の前にいる男子に場所を尋ねようとしたとき、聞き覚えのある男の声が聞こえてきた。

 

「だから、そのイメージがわからないんだよ」

 

 かつて日本に住んでいた時いつも一緒にいた男の子の声と同一の声。

 祖国に帰ってからも想い続けた少年。

 ――間違いない!

 予期せぬ事態に少女の鼓動が急ピッチでペースを上げる。

 だが、それは急激に萎むことになった。

 

「一夏、いつになったらイメージが掴めるのだ。先週からずっと同じところで詰まっているぞ」

「あのなぁ、お前の説明が独特すぎるんだよ。なんだよ、『くいって感じ』って」

「……くいって感じだ」

「だからそれがわからないって言って――おい、待てって箒!」

 

 そして足早にアリーナから出てきた女子を男子が追いかけていくのが見えた。

 

「………………」

 

 誰? あの女の子。なんで親しそうなの?

 っていうかなんで名前で呼んでんの?

 先程とは打って変わって少女の胸中にはひどく冷たい感情と苛立ちが渦巻いていた。

 

「――それで一階に受け付けはある」

「……そう。ありがと」

 

 見るからに不機嫌であるという返事を少年にし、少女は走り出した。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「行ってしまったな」

 

 何故か不機嫌そうではあったが……

 アリーナを見ながらグラハムは思う。

 一夏たちと関係でもあるのだろうか。

 まぁ、いい。

 仮にそうだとしても、一夏に聞けば済む話だ、と結論付ける。

 まずは我が愛機の整備が先だな。

 グラハムは格納庫へ足を向けた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 第二格納庫には、ISの調整を行う一人の少女がいた。

 水色のショートカットの髪をした彼女の表情は暗い。

 眼鏡型の投影ディスプレイに映るISの各所には、エラーを示す赤い光が駆動部を中心に点滅している。

 

「………………」

 

 彼女は作業の手を止め、ため息をつく。

 目の前のISは未完成だ。

 なんども調整を施すも赤い光が消えない。

 どうして、と少女は沈鬱な気持ちになる。

 あの人にはできるのに……。

 止めていた手を再び動かそうとしたとき、背後にある格納庫の扉が開いた。

 

「……!」

 

 その音を聞いた少女は咄嗟にISを収納し、壁際の大型機材へと走る。

 そして機材の裏へと隠れた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 格納庫へと着いたグラハムはフラッグを目の前に展開する。

 

「うむ、いいな」

 

 フラッグはISでありながら関節部分を除いた大部分に装甲を持っている。

 それでいて、徹底した軽量化を図ったその姿はまさにかつての彼の愛機、カスタムフラッグそのものである。

 千冬にもらったブック型端末機器を取り出し電源を入れる。

 そこにはカスタムフラッグの全身が映しだされている。

 ふむ、損傷個所等はないようだな。

 昨日の授業中の連続変形で機体に無理が生じてないか不安があったが杞憂に終わったようだ。

 だが、とコンソールをいじるグラハムは思う。

 まだ設計どおりのスペックを発揮しているとは言い難いな。

 やはり、パイロットである私がまだ完全に乗りこなせていないせいなのだろう。

 正直、こればかりは仕方がないと思った。

 先の試合もMSパイロットとしての勘があったからこそ得られた勝利だ。

 グラハム自身にISの高い操作技術があるわけではないことは自覚していた。

 だからこそ、セシリアに頭を下げたのだ。

 いずれはものにせねば。

 

「……次は武装だな」

 

 端末に武装のデータを表示させる。

 グラハムはまるで親友がとりついたかのように整備に没頭していった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――  

「さて」

 

 グラハムは端末を操作していた手を下す。

 一段落ついたことだし、そろそろいいだろう。

 

「盗み見はよくないな」

「!?」

「出てきたまえ」

 

 機材の後ろから眼鏡をかけた女子が出てきた。

 無言でこちらに近づいてくる彼女だがちらちらとフラッグに視線を向けている。

 

「フラッグに興味でもあるのかね」

 

 ビクッ、と肩が震えたがグラハムの質問にうなずきで答えた。

 そう警戒しなくてもいいだろう。

 だが、その目にはISへの並々ならぬ情熱があることがグラハムには感じ取れた。

 

「そうだ、自己紹介がまだだったな。私の名はグラハム・エーカー。ご覧の通り学生だ」

 

 先に出会った少女との会話で学んだことを生かして名乗る。

 

「……更識…簪」

 

 ――更識?

 成程、そういうことか。

 

「楯無の妹君という――」

「あの人のことは言わないで!」

 

 突然、簪が叫ぶ。

 まるで、何かを拒絶するように。

 

「失礼」

「………………」

 

 警戒心をあらわにする簪。

 どうやら怒らせてしまったようだ。

 同時にグラハムは理解した。

 何がこの少女を駆り立てるのかを。

 

「――簪」

「………………」

「お詫びといってはなんだが、一つ面白いものを見せしよう」

 

 端末を操作する。

 それに合わせてフラッグがクルーズポジションへと姿を変える。

 

「!」

 

 フラッグへの興味がこちらへの警戒心に勝ったのだろう。

 簪は物珍しそうに触る。

 どうやら、私やカタギリと似たところがあるようだ。

 物で機嫌を取るとは、私もだいぶ狡賢くなったものだ。

 わずかに自嘲めいた笑みを口端に浮かべるも、目を輝かす少女を見てすぐに消えた。

 入口の方に気配を感じながらもグラハムは簪としばし談笑して過ごした。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 自室に戻っていたグラハムはベッドに腰掛けていた。

 手に握られた携帯にはテレビのニュースが映っている。

 

『ここ、旧スリランカも紛争状態が激化し周辺諸国や欧米が警戒を強めています。以上、現地から池田がお送りしました』

 

 ニュースを消す。

 ここ数か月で紛争が中東をはじめ多くの国で起こっている。

 だがその一方で突如紛争の終結を宣言する国や地域も多い。

 しかも国連をはじめとする機関が介入を行う前にだ。

 間違いなく何かが起きている、そうグラハムは思った。

 

「………………」

「あら、帰っていたのね」

 

 楯無が部屋に入ってきた。

 その表情はどこか冴えないようにグラハムは見えた。

 

「茶を入れよう」

「ええ、お願いするわ」

 

 楯無は自分のベッドに腰掛ける。

 入れ替わりに立ち上がったグラハム。

 互いに無言で湯が急須にそそがれる音のみが響く。

 

「……ねぇ」

「何かね」

「気づいてたんでしょ? 私が格納庫の入り口にいたこと」

「ああ、そうだ」

「……何も聞かないの?」

「私は君から話そうとしない限り追求するつもりはない」

「………………」

 

 お茶を二人分淹れて戻ってきたグラハム。

 片方の湯呑を差し出す。

 謝意を述べて受け取る楯無の顔にはいつもの覇気がない。

 そんな彼女の目をジッと見る。

 

「だが、君が簪とわかりあえる道を模索するのであれば、私は君の想いを肯定しよう」

 

 あの少年ならどう言うだろうかとグラハムは考えてしまう。

 おそらく楯無と簪の間には確執がある。

 そしてそれが楯無に遠因があるのではないだろうかということ。

 それ故に楯無は恐れている。

 かけがえのない存在である簪との繋がりを失うことに。

 仲を修繕しようとしても拒絶されてしまうことを。

 そんな恐れからだろう。

 あのように隠れて見守っているのは。

 ――わかりあう道を常に探し続けている少年なら目の前の彼女になんと言うだろうか。

 私ではうまく言葉が見当たらないな。

 

「………………」

 

 フッ、と肩をすくめるように視線をずらす。

 

「独り言だ。気にしないでくれ」

 

 自分のベッドに腰掛ける。

 茶を一口、飲む。

 熱い茶が疲れた体全体へとしみわたっていく。

 そんな心地よさに身をゆだねていると、

 

「……ありがとう」

 

 そんな言葉が聞こえグラハムは楯無を見る。

 うつむいているせいか表情は見えない。

 だがその言葉にはいつものようないたずら好きな猫ではなく感謝の念が隠れていた。




本当は鈴のとこで終わらせる気満々でしたが、一緒の部屋なのに楯無さんが空気だと思ったらこんなことに……。


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#11 昼食会

CMでグラハムさんの声が聞こえた瞬間にご飯を吹きました。


「織斑くん、エーカーくん、おはよー」

「おはよう」

「おはようという言葉を謹んで送らせてもらおう」

 

 翌朝。

 席に着いた二人にクラスメイトが話しかけてきた。

 

「ねぇ、転校生の噂聞いた?」

「転校生? グラハムが入ったばっかりなのにか?」

「そう、なんでも中国の代表候補生なんだって」

「中国……?」

 

 グラハムの脳裏に先日出会った少女が浮かぶ。

 

(もしや、あの少女が?)

 

「おお、エーカーくんは興味ありのご様子ですぅ」

「気、気になるんですの?」

 

 何とも形容しがたい髪型の女子の言葉になぜか反応するセシリア。

 やはり、代表候補生としては気になるところなのだろう。

 それに応ずるようにグラハムは大真面目に頷く。

 

「ああ。ここへ転入するにはかなり厳しい条件があると聞く。私は別として、転入できるとなると専用機持ちである可能性が高い。強く興味を惹かれるよ」

「確かにかなりの実力があるのは確かだろうね」

「だが二組の話だろう? 騒ぐほどの事でもあるまい」

 

 ルフィナと箒も集まってきた。

 セシリアはどこか安堵したような表情をして、会話から遠ざかっている。

 なにやら独り言がいっているようだが誰も気にしない。

 

「どんなやつなんだろうな」

「お前も気になるのか?」

「ん? ああ、少しは」

 

 一夏も興味があるようだ。

 

「今のお前に女子を気にしている暇はないだろう」

「そうですわ。 来月のクラス代表選は是非勝っていただかないと!」

「まあ、やれるだけ頑張ってみるさ」

「男たるものそのような弱気でどうする」

「織斑君が勝つとクラスみんなが幸せだよー」

「まあまあ、そんなに追い詰めないで」

 

 セシリアや箒たちが口々にまくし立てるのをルフィナが宥める。

 

「気負いすぎるとパイロットとしての判断が鈍る。今ぐらいの方がむしろいいだろう」

「サンキュ、グラハム、ルフィナ。そう言ってくれるのはお前たちだけだよ」

 

 一斉に一夏は箒たちから睨まれる。

 どうやらこの場での味方は本当にこの二人だけのようだ。

 

「まあでも、今のところ専用機持ってる代表は一組と四組だけだから余裕だよねー」

「――その情報、古いよ」

 

 教室の入り口から声が聞こえる。

 その声に敏感に反応するのは一夏だ。

 誰よりも早く彼の視線がドアへ向けられる。

 

「2組も専用機持ちが代表になったの。中国代表候補生のこの鳳鈴音が。そう簡単に勝つ事なんて出来ないから」

 

 腕を組み、片膝を立ててドアにもたれかかっている少女。

 

「!? 鈴……? お前、鈴か!」

「そうよ。中国代表候補生、凰鈴音。今日は宣戦布告に来たってわけ」

 

「成程」とグラハムは驚く一夏と昨晩の少女、鈴音を見て呟いた。

 やはりこの少女が中国の代表候補生。そしてあの時不機嫌になった原因は一夏の可能性がある。

 何故かは知らないがな。

 そんなことを思いながら一方でグラハムは鈴音に疑問を得ていた。

 

(以前とはだいぶ話し方……いや、雰囲気そのものが違うようだが)

 

 ふっと小さく笑う鈴音の姿はあのときの子供らしい感情に素直な少女と似つかない。

 

「……何恰好つけてるんだ? すげえ似合わないぞ」

「んなっ……!? なんてこと言うのよ、アンタは!」

 

 先程の堂々とした雰囲気が一瞬で消え失せる。

 やはりこちらが地か、とグラハムは頷く。

 こうやって気取りたがるのもまた若さか、とも。

 

「おい」

「なによ!?」

 

 バシンッ!と声のした方に向いた鈴音に強烈な打撃が入る音が響く。

 この学園でその音を響かす人物はただ一人しかいない。

 

「もうSHRの時間だ。教室に戻れ」

「ち、千冬さん……」

「織斑先生と呼べ。さっさと戻れ。邪魔だ」

「す、すみません……」

 

 鈴音の顔色が変わり、ただでさえ小柄な体が委縮する。

 やり取りから千冬とも面識があることがうかがえる。

 だが、いや間違いなく千冬を恐れている、そうグラハムは感じた。

 

「またあとで来るからね! 逃げないでよ、一夏!」

「さっさと戻れ」

「は、はいっ!」

 

 まるで千冬から逃げるかのように二組のほうへ走って行った。

 クラス中の視線が一夏に集まっていく。

 

「………………」

「っていうかアイツ、IS操縦者だったのか。初めて知った」

 

 何気ない一夏の言葉を機にクラスの大半が彼に質問をこれでもかと浴びせる。

 そんな中、先が見えていたグラハムやルフィナといった数人は席に着いた。

 そして、千冬の出席簿が一夏と周りの女子達に振り下ろされる。

 

「席に着け、馬鹿ども」

「しかしなんでまたこう知り合いとばっかり再開するんだろうな。人生っていうのは不思議なもんだなぁ」

 

 女子達が頭を抱えつつ席に着く中、一番に回復した一夏は首をかしげる。

 

「君が乙女座ならこういうのをセンチメンタリズムな運命というのさ」

「――俺はてんびん座だ」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 昼休み。

 

「グラハム、食堂行こうぜ」

「私は構わないが。あの少女はどうする?」

「まあ大丈夫だろ。あいつも昼飯食べてから来るだろうしな」

「なら、行こう」

 

 もちろんこの注目の二人組だけということはなく、箒やセシリア、ルフィナ他数名の女子が食堂までついてきた。

 彼らは食券を買いそれを引き換える。

 一夏は日替わりランチ、箒はきつねうどん、セシリアは洋食ランチ、ルフィナはスパゲティという塩梅だ。

 そしてグラハムは……

 

「なあ、グラハム」

「何かね?」

「なんでいつも和食ランチにマッシュポテトとソーセージなんだよ」

 

 グラハムの盆にはサバの味噌煮定食の隣に山盛りのマッシュポテトとチョリソーが載っている。

 

「人呼んで、グラハム・スペシャル!」

「ただ好きなもの載せただけじゃんかよ……」

「ふっ、そうとも言うな」

「そうとしか言わねぇ」

 

 そんな風に座る場所を探していると、

 

「待ってたわよ、一夏!」

 

 鈴音が長テーブルに座っていた。

 周りには空席が幾つかある。

 

「おお、鈴。席いいか?」

「え? ま、まあ好きにすれば?」

「じゃあ座ろうぜ」

 

 一夏達十人近い人数がどやどやと席に着く。

 

「それにしても久しぶりだな。ちょうど丸一年になるのか。元気にしてか?」

「げ、元気にしてたわよ。アンタこそ、たまには怪我病気しなさいよ」

「どういう希望だよ、そりゃ……」

「で、いつ日本に帰ってきたんだ? おばさん元気か? いつ代表候補生になったんだ?」

「質問ばっかしないでよ。アンタこそ、なにIS使ってるのよ。ニュースで見たときびっくりしたじゃない」

「一夏、そろそろどういう関係か説明してほしいのだが」

 

 およそ一年ぶりの再会に会話に弾む二人に箒が棘のある声を上げる。

 どうやら疎外感を持ったようだ。

 他のクラスメイト達も興味津々とばかりに頷く。

 

「……もしかして、一夏はこの人と付き合ってるの?」

 

 少し顔を赤らめながらルフィナが尋ねる。

 

「べ、べべ、別に私は付き合ってる訳じゃ……」

「そうだぞ。なんでそんな話になるんだ。ただの幼馴染だよ」

「…………………」

「? 何睨んでるんだ?」

「えーと、一夏が悪い気がするんだけどな」

「?」

 

 ルフィナの控えめな突込みにも一夏は意を介さない。

 

「幼馴染? 箒のことではないのか?」

 

 グラハムが箒と鈴音を見比べるようにしながら聞き返す。

 明らかにこの二人は初対面だとその場にいる全員がわかっていた。

 

「それはだな。箒が引っ越したのが小4の最後で、鈴は小5の始めに来た。そこから中2の最後に鈴が国に帰るまで一緒だったんだ」

「つまり、入れ違いだったというわけか」

「まあ、そういうことだ。で、こっちが箒。前に話しただろ? 小学校からの幼馴染で、俺の通っていた剣術道場の娘」

「ふうん。これからよろしくね」

「ああ。こちらこそ」

 

 そう言ってにこやかにあいさつを交わす二人。

 だが、その二人の目は決して笑ってはおらず、火花が散っている。

 そしてそこから放たれる恐ろしいまでの威圧感。

 間違いなく何かが起きるとその場にいた一夏以外が確信した。

 

 ……非常に重い空気での食事となった、そう誰もが思った。



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#12 歩む

「………………」

「………………」

 

 黒と青のIS。

 向かい合ったまま動かない。

 互いに無手。

 ISの踏み込みならばすぐに埋まるであろう距離。

 その距離を互いに埋めることなく、しかし互いにその間合いへ踏み込もうと機会を窺っている。

 時間ばかりが流れていく。

 

「……!」

 

 最初に動いたのは黒のIS。

 振りかぶった左手にプラズマソードが瞬時に展開される。

 青のISへと一閃する。

 だが青のISも即座にブレードを展開、プラズマソードを受け止める。

 完全な鍔迫り合い。

 動いたのはやはり黒。

 後方へと飛びつつ横薙ぎに得物を払う。

 その最初の飛びに合わせて前へとブレードを振るう。

 火花が散る。

 再び間合いを取った両者。

 静かな空間にはその荒い息遣いのみが聞こえる。

 やがてその音も収まっていく。

 静寂。

 

「………………」

「……………!」

 

 青のISが飛び出す。

 迎え撃つように青い光が振るわれる。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「またわたくしの負けですわ」

「フラッグファイターの意地というやつさ」

 

 制服姿の男女二人がアリーナから出てくる。

 放課後、グラハムとセシリアはアリーナで自主訓練をしていた。

 グラハムの疑問をセシリアが答えるという形での操縦法のレクチャー。

 互いに直すべきところを指摘しあいそれを練習。

 最後に模擬戦をこなすというのが主な流れである。

 

「それにしても、こうも早くものにするとは。さすがは候補生と言わせてもらおう」

「い、いえ。グラハムさんのアドバイスのおかげですわ」

 

 照れたのかセシリアは赤くなっている。

 

「だがこれで近接戦闘の不安も減るだろう。あとは実戦あるのみだな」

 

 最近の訓練の主題は『近接武器』だった。

 グラハムは両手を使わない展開。

 セシリアも声に出さずすぐに展開することを主眼において訓練を行った。

 そして今日、二人とも片手で瞬時に近接武器を展開できるようになったのである。

 

「グラハムさんもかなり上達なさいましたね。完全にフラッグを乗りこなしているように見えましたわ」

「ふっ、まだまださ」

 

 MSのようにはいかない、そう言いかけてグラハムは止めた。

 どうしてもMSの事を相手に話してしまいそうになる。

 MSを知らない相手に。

 やはり比較してしまう。MSを駆っていた頃の自分と。

 それがさらなる高みへの渇望につながるのであれば良いのかもしれない。

 だがそれでいいのだろうか。そうグラハムは思った。

 ……いずれ、この気持ちにも区切りをつけねばなるまい。

 気持ちを切り替え、今の愛機の待機状態に目をやる。

 腕時計の指す時間はすでに七時を回っていた。

 

「そうだ。夕食はどうする?」

「わたくしは一度部屋に戻ってからにしますわ」

「そうか。なら、私は先に行かせてもらおう」

 

 グラハムは食堂へ、セシリアは寮へと別れる。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「おや?」

 

 焼き魚定食にマッシュポテトとチョリソー、トマトのスライスを載せた盆を持ったグラハムはものすごい勢いで掻っ込んでいる少女を見つけた。

 ――あのツインテールは確か……。

 

「あ。アンタ」

 

 顔を上げた鈴音と目があった。

 鈴音がグラハムを手招く。

 招かれるがままに向かいに座る。

 

「確か凰鈴音、だったか」

「鈴でいいよ。堅苦しいの嫌なんだよね」

「ならば鈴と呼ばせてもらおう」

「ホントに堅苦しいやつねぇ……」

 

 苦笑する鈴音。

 やはりそういうのは気にしない性格のようだなとグラハムは思った。

 そんな彼女だが、

 

「ここ数日姿を見なかったがどうかしたのかね」

「ああそうだった」

 

 パン、と鈴音が手を叩く。

 どうやらグラハムに用があったらしい。

 

「一夏は反省した?」

「反省?」

「だから、あたしを怒らせて申し訳なかったなーとか、仲直りしたいなーとか、そういうの言ってなかった?」

「その手の話は一切なかったが」

「ないの!? あんなことしといて放っておくわけ!?」

「落ち着け。まるで意味が分からんぞ」

 

 いきなり怒り出した鈴をグラハムは至って冷静に宥める。

 

「何があった?」

「それがさ――」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 三十分後。

 

「ほんっとに信じられないよね、一夏の奴!」

「………………」

「何が『毎日酢豚おごってくれる』よ! 何が!!」

「………………」

「それで放っておいてって言ったら放っておくとか、ありえないでしょ!」

「………………」

「っとにもう!」

 

 一気にがっつく鈴音。

 山盛りの酢豚がみるみる内に無くなっていく。

 これが自棄食いかとグラハムは少女の動向を見つめる。

 だが御蔭で情報を整理できる。

 どうやらあの昼食の日の夜、一夏の部屋で一悶着あったようだ。

 そこで鈴との約束とやらの意味を一夏が理解できていなかったらしい。

 それに対して鈴は怒り、彼が謝ってくるのを待っていたようだ。

 だが意味を理解できていない一夏はいつも通りに過ごしていた。

 そのせいでここまで鈴を怒りに駆り立てているというわけか。

 まさか、三十分も要するとはな。

 女性の話は長い、と内心苦笑するグラハム。

 だがこれは一夏だけに非があるとは言い難いな。

 

「あんたもそう思うでしょ!?」

 

 見ると鈴音の皿はきれいに空になっていた。

 ちなみにグラハムの盆は鈴音の三十分にも及ぶ話の中で空になっていた。

 

「……私見だが、鈴にも非があると私は思う」

「な、なんでよ!?」

「約束というものがあまりにも抽象的だ。一夏の性格を考えればそれをそのままの意味でとらえかねないことぐらい幼馴染の君なら考えられたはずだ」

「……だけどっ!」

「確かに一夏にも非がある。だが、君にも想定できたはずの事柄で彼を怒鳴り、絶交にまでいきかねない一方的な行動は少々自分本位ではないかね?」

「…………………」

「……分かりあうというのは難しいことだ。だがまずは一歩、歩み寄ることが大事だと私は思う」

「歩み寄る……」

「そうだ。どう一歩踏むかは君次第だがね」

「………………」

 

 グラハムは席を立った。

 ああそうだ、と立ち去ろうとした足を止める。

 

「今度のクラス対抗戦初戦の組み合わせは君と一夏だ」

「え!?」

 

 驚いて顔を上げる鈴。

 見上げるグラハムの顔は微笑んでいた。

 

「これを生かすも殺すも君次第だ」

 

 そう言い残し今度こそグラハムは立ち去って行った。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「わたくしを放っておいて凰さんと夕食だなんてひどいですわ!」

 

 帰り道に出会ったセシリアになぜかグラハムは怒鳴られてしまうがそれはまた別の話である。



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#13 強襲

 クラス対抗戦当日。

 第二アリーナで行われる第一試合は織斑一夏と凰鈴音。

 注目の組み合わせであることからアリーナはまさに満員御礼という状態だ。

 すでに二人はアリーナの中心で開始の時を待っている。

『それでは両者、規定の位置まで移動してください』

 

 山田の合図に二人は距離を五mまで縮める。

 一方のグラハムたち一組の専用機持ちに箒を加えた四人は管制室にいる。

 山田と千冬が画面前の椅子に座り、その後ろに立って試合を見ることになっている。

 三人の視線が一夏に向くのに対してグラハムだけは鈴の方を見ている。

 先日の件もあるが何より鈴の纏う専用機に目を奪われていた。

 中国の開発した第三世代型IS『甲龍』。

 赤黒い装甲に特徴的な非固定浮遊部位を持つ機体。

 中国と聞くとどうしても鈍重な人類革新連盟のMS『ティエレン』を浮かべてしまうグラハムは優美さすら見受けられるISに、同じ国とは思えないそのギャップに魅了される。

 何故か緑色であってほしかったとか腕が龍を模していないことに違和感を覚えてしまうがそれは気にしないことにする。

 視線を一夏に移す。

 違うISを操縦する二人だが共通点があった。

 ――いい目をしている。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「一夏、この間の約束……覚えてるよね?」

「ああ。勝った方が負けたやつになんでも言うこと聞かせられるってやつだろ?」

 

 アリーナの中心で対峙する二人は前日に決めた賭けについて確認をしていた。

 グラハムの話を鈴は数日間考えていた。

 そして思いついたのがこの賭け。

 鈴は勝てたら二人だけで話せる時間と場所を要求するつもりでいた。

 ただ、何を話すかまでは決めてはいないが。

 

「俺が勝ったらこの間の意味を説明してもらうからな」

「わ、わかってるよ」

 

 頬を赤らめて頷く鈴。

 その様子に一夏は首をかしげるだけだった。

 

『それでは両者、試合を開始してください』

 

 管制室にいる山田の合図に合わせブザーが鳴り、二人は武器を構える。

 一夏は太刀『雪片弐型』を。

 鈴は両刃の青龍刀『双天牙月』を。

 飛び出したのはほぼ同時。

 初動がわずかに早かった鈴の斬撃を一夏はなんとか受け止める。

 そのまま押してくる鈴の勢いにあわせて距離をとる一夏。

 後方へと飛ぶ一夏に対して鈴は前へ前へと得物を振るう。

 鈴は両端の持ち手に刃がついたような青龍刀と呼ぶにはいささか異形な武器をまるでバトンのように軽々と弧を描くように扱い、途切れることのない連撃を浴びせる。

 対する一夏は様々な角度からまるで流れるような動きで斬り込む鈴に、その攻撃をさばくことしかできない。

 今のところはなんとかすべてを弾くことに成功しているもののこの状態が続くのは決して一夏に有利に働くものではない。

 

 (ここは、一度距離をとって――)

 

 鍔を双天牙月の中心にぶつける。

 鍔迫り合いに近い形をとる。

 このまま一気に下がれば、と一夏は飛ぶ。

 が、

 

「――甘いっ!!」

「!?」

 

 空間が爆発するような衝撃に一夏は吹き飛ばされる。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「あれは!?」

 

 何もないはずの空間から吹き飛ばされる一夏に箒が声を上げる。

 

「『衝撃砲』と呼ばれる第三世代兵器だよね、確か」

「衝撃砲?」

「空間自体に圧力をかけて砲身を生成、余剰で生じる衝撃を砲弾として打ち出す兵器ですわ」

「つまり、不可視の砲撃ということか?」

「ええ」

 

 三人の話にグラハムは表情を強ばらせる。

 砲身が見えないということは射角から射線を予測することができないということだ。

 幸いISのセンサーは空間の歪み値と空気の流れの変動を感知することができる。

 だが、それらが発生しているということはすでに射出されているということ。

 回避は難しいだろう。

 さらに鈴のパイロットとしての実力が一夏の状況を悪くする。

 たとえ回避したとしても下手な方法では双天牙月による連撃を受ける結果となる。

 先の近接戦闘を見る限り一夏が優位に立てることはありえない。

 モニターを見る限り、先の一撃の後一夏はなんとか衝撃砲を上手く回避できているようだ。

 やはり白式の機動性はなかなかのものだ。

それでもこのあたりで起死回生の一手を撃たなければ敗北は必至。

 だが、その一撃を持っている一夏なら勝機はまだある。

 ――あえて言うぞ一夏。ここが正念場だ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 

 

「よくかわすじゃない」

 

 衝撃砲『龍咆』を次々と放ちながら鈴は余裕の表情を見せる。

 上下左右さらには真後ろまで制限なく放たれる龍咆。

 それを最初の一撃以外すべて一夏はぎりぎりで回避する。

 一夏の表情には余裕などない。

 そんな中で彼はあるタイミングを見計らう。

 雪片弐型を握りしめ、思い出す。

 それは試合の一週間前に千冬から学んだこと。

 『瞬時加速』からの『バリアー無効化攻撃』。

 『瞬時加速』とは、後部スラスター翼からエネルギーを放出、それを内部に再度取り込み、それを圧縮して放出することにより一瞬で最高速へと到達する加速方法。

 『バリアー無効化攻撃』は雪片弐型の能力で、その名の通り相手のバリアーを完全に無視した攻撃により強制的に『絶対防御』を発動させることでシールドエネルギーを一気に削ることのできるまさに必殺の一撃。

 代表決定戦において一夏がルフィナに勝てたのもこの一撃をあてられたからだ。

 その攻撃を確実に当てるために瞬時加速との併用を試合間までの一週間ひたすら一夏は練習した。

 だが、これは一度相手の目に触れさせれば警戒され次からは通用しにくくなる。

 それ故に一夏は一回で決めるべくひたすら回避行動の中でタイミングを計る。

 鈴が龍咆を放つ。

 地面ぎりぎりで上方に飛び、避ける一夏。

 衝撃砲が地面で爆発、放たれた衝撃により砂塵が舞う。

 砂塵により視覚を一瞬奪われる鈴。

 ――今だ!

 瞬時加速を発動させる一夏。

 直線方向に急激なGがかかる。

 その勢いに身を任せ、一気に鈴の懐へと飛び込む。

 振り下ろされる刃が鈴をまさにとらえようとした時だ。

 

 ズドオオオオオオオオオ!!!!!

 

 すさまじい衝撃がアリーナを襲った。

 同時にステージ中央から発生した炎と粉塵が爆風に巻き上げられ辺り一面を覆う。

 その中に奇妙なものを一夏は見た。

 

「なんだ、あれ?」

 

 アリーナの上からまるで夕焼けのような鮮やかな小さな光がいくつも舞い落ちてくる。

 状況が呑み込めずにいた一夏に鈴から通信が入る。

 

『一夏、試合は中止よ! すぐにピットに戻って!』

 

 声から察するに鈴にも想像できなかったような事態が起きているようだ。

 いったい何が、と思う間もなくハイパーセンサーが緊急通告をしてきた。

 

『ステージ中央付近に熱源。数は三。所属不明のISと断定。ロックされています』

「なっ――」

 

 アリーナの遮断シールドとはISのシールドと同等以上の堅牢さを誇っている。

 それを破るほどの攻撃力を有するISに一夏は狙われている。

 その事実が一夏を大きく動揺させた。

 

『一夏、急いで!』

「お前はどうするんだよ!?」

『何やってんの! 早く!!』

 

 こちらの通信が届いていない。

 オープンチャンネルが完全にジャミングされているのだ。

 プライベート・チャンネルでしか通信ができない。

 それはプライベート・チャンネルを新規に開けない一夏にとって大きな問題となった。

 そのとき、粉塵に見える影が揺れる。

 

 「あぶねえっ!!」

 

 間一髪で一夏が鈴音を抱かかえ攫う。さっきまでいた空間を赤い粒子の塊が通過していた。

 

「ビーム兵器かよ……。 しかも、セシリアのISより出力がはるかに上だ」

 

 ハイパーセンサーの簡易分析によって提示されるデータに一夏は背筋が凍るような感覚に襲われる。

 ――あんなのまともに喰らったらISを纏っててもやばい。

 

「ちょっ、ちょっと、馬鹿! 離しなさいよ!」

「お、おい! 暴れるな。――って馬鹿! 殴るなよ!」

 

 おそらく一夏には何の問題も、他意もないだろうが、鈴音にはあった。

 彼女は今、一夏に抱きかかえられている。

 つまりお姫様抱っこをされているのだ。

 あまりの恥ずかしさに、たまらず一夏を殴りつける。  

 

「う、うるさいうるさいうるさいっ!」

「だ、大体、どこ触って――」

 

 鈴音の言葉をかき消すような風切り音とともに侵入者が姿を現す。

 

「なんなんだ。こいつら……」

 

 姿を現したのは全身装甲(フル・スキン)のIS三機。

 その『全身装甲』こそ、一夏に異形なものを見せた。

 本来、シールドエネルギーの存在からISは部分的な装甲しか必要としない。

 たとえ装甲が多くてもフラッグのように動きを妨げないよう関節部には持たない。

 それ故に全身に装甲を持つISの存在を一夏は信じ難かった。

 不気味な頭部の形、そして光る二つの目がさらに三機のISの異様さを醸し出していた。

 その巨体は一夏や鈴音たちの優に1.5倍以上はあるだろう。 

 非固定浮遊部位を持たず、背部からオレンジ色の粒子を放出していることも尋常ではないことを物語っている。

 そして黒のISの右肩に持つランチャー砲、緋色のISが手に持つ大剣、そしてワインレッドのISが背部に形成している光の翼。

 いずれをとっても普通のISではありえない存在だった。

 

「お前ら、何者だよ」

『………………』

 

 一夏の問いにも敵は答えない。

 当然だよな、と一夏は呟く。

 

「やれるな、鈴」

「だ、誰に言ってんのよ。そ、それより離しなさいってば!」

 

 悪い、と一夏が腕を離すと、鈴音が自分の体を抱くように離れる。

 心なしか顔が赤いようだが、それを気にする間はない。

 敵のISの内の一機、緋色のISが大剣を振りかぶって突進してきた。

 二人は余裕をもって回避する。

 ふん、と鈴音が鼻を鳴らす。

 

「向こうはやる気満々みたいね」

「みたいだな」

 

 緋色のISはその緑の目で二人を一瞥すると他の二体のところへと後退した。

 それに対するように二人は横並びに得物を構える。

 

「一夏、あたしが衝撃砲で援護するから突っ込みなさいよ。武器、それしかないんでしょ?」 

「その通りだ。じゃ、行くぞ!」

 

 互いの武器の切っ先を当てることを合図に一夏と鈴が即席ではあるがコンビネーションで飛び出していった。



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#14 思いの剣

「もしもし!? 織斑くん聞こえますか? 鳳さん! 応答してください!」

 

 管制室。

 ISのプライベート・チャンネルで必死に一夏と鈴音に山田は呼びかけている。

 ちなみにだがプライベート・チャンネルは声に出す必要性がない。

 それを失念するほど山田は焦っており、またそうさせるだけの事態が起きていた。

 

「……だめです。通信できません」

「そんなことって……」

「ありえませんわ! プライベート・チャンネルが妨害されるなんて!」

「落ち着け。教師陣には通信できたんだ。じきに収拾されるだろう」

 

 コーヒーだ、と黒い液体の入ったカップを山田に差し出した。

 

「……先生、塩ですよそれ……」

 

 先程までコーヒーに入れていた白い結晶の容器を見る。

 『塩』と大きくシールが貼ってある。

 

「………………」

「あ! やっぱり弟さんのことが心配なんですね!? だからそんなミスを――」

 

 いやな沈黙が流れる。

 しまった――!?

 山田は自分の失言に気付くがもう遅い。

 

「山田先生、コーヒーをどうぞ」

「え? そ、それって塩が入ってるやつじゃ……」

「どうぞ」

 

 もはやあきらめるしかない。

 そう思って涙目になりながら塩入コーヒーを受け取る。

 

「い、いただきます」

「熱いので一気に飲むといい」

 

 まさに悪魔である。

 だがその悪魔も内心苛立ちがあった。

 モニターに映っていた夕焼けのように鮮やかなオレンジ色の光の粒子。

 それが目に入ったとき、嫌な予感が走った。

 そしてこのジャミング状態。

 かつて目に通した報告書通りの状況はまさにその予感が正しいことを意味していた。

 そしてもう一つ。

 

「あれ? 箒は?」

「グラハムさんもいませんわね……」

 

 グラハムがこの場にいないことが侵入者の正体を千冬に決定づけた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「――オオォ!」

『―――』

 

 一夏と『緋色』の剣がぶつかり合う。

 火花が散り、同時に刃を離す

 距離を開け一拍、一夏が斬りかかる。

 二度、三度と二人は刃を斬り結ぶ。

 四度目、『緋色』の一撃に耐えられず、一夏が弾き飛ばされる。

 そこに左腕についたハンドガンの銃口が向けられる。

 

「一夏っ、離脱!」

 

 すぐそばで『黒色』と砲撃戦を繰り広げていた鈴音が一夏たちの方へ衝撃砲を放つ。

 衝撃砲は『緋色』に直撃するも動きを止めるだけにしかならない。

 威力は期待していない。はじめから一夏がその場から離脱する間はつくることを目的とした一発だ。

 そしてその通りに彼は離脱に成功する。

 

「なんなのこいつら!」

 

 イライラしたように言葉を吐く。

 何度も『黒色』と『緋色』に龍砲をあてているのにもかかわらずダメージ一つ受けた様子がないのだ。

 そのうえ相手は二機のみ。

 残る一機はアリーナ上空で大きな光の翼を展開したまま静止している。

 おそらくジャミングはその翼のせいだとわかっているのに二人は攻撃を通すことができないでいた。

 それらの事実がプライドの高い鈴音の神経を逆なでしていた。

 その一方で一夏はある違和感を敵に覚えていた。

 

「なあ、鈴。あいつらの動き、変じゃないか?」

「変?」

「あいつらこっちが武器構えてないときは攻撃してこないんだよ」

「そういえば……」

 

 実際、今も敵は攻撃するそぶりを見せていない。

 

「ロボットなんじゃないか? 腰だって異常に細いし」

「でも、ISは人が乗らないと絶対に動かない。無人機なんてありえない」

 

 それは教科書にも載っていることだ。

 だが奇妙な動きと人のウエストよりも細い腰はそうとしか一夏は考えられなかった。

 ――黙っているだけで、開発したとかありえるもんな。

 仮に無人機なら、一機は確実に倒せる策が一夏にはある。

 

「……鈴、あとエネルギーはどのくらい残ってる?」

「180ってところね」

「なら、最大威力で衝撃砲を撃ってくれ」

「さっきから何回かやってるけど通用しないのよ」

「いや、次で決める」

 

 自信ありげな笑みを浮かべる。

 その笑みに鈴音もニヤリと笑みで答える。

 

「じゃあ、全力でいかせてもらうわ」

「ああ。じゃあ――」

 

 一夏が『雪片弐型』を構える。

 動きに反応した『緋色』が腰のスカートのような装甲から六つの槍頭のようなビットを放つ。

 それらはセシリアのビット兵器を上回る三次元方向への動きで一夏達を翻弄する。

 

「グッ」

 

 だがそれらは一つとして当たることなく、まるで二人の動きを封ずるように飛び回る。

 このままでは埒が明かないと突撃体勢をとろうとした瞬間、スピーカーから大声が響いた。

 

『一夏ぁっ!』

 

 アリーナのスピーカーの発信源は中継室にしかない。

 見れば、箒がマイクを握っている。

 

『男なら……男なら、そのくらいの敵に勝てなくてなんとする!』

 

 肩で息をしながらまた大声を上げる箒。

 その表情は怒りや焦燥、そして何より不安の色が濃く出ているように一夏は見えた。

 

『――――』

 

 『黒色』が右肩のランチャー砲を中継室へ向ける。

 砲身が展開する。

 ――まずい!

 たとえ避難を促したところで間に合うはずもない。

 やるしかない。

 

「鈴、やれ!」

「わ、わかったわよ!」

 

 衝撃砲を構える鈴音。

 最大出力で砲撃を行うために甲龍の後部に補佐用の力場展開翼が広がる。

 そして一夏がその射線上に躍り出る。

 

「何してんのよ!? どきなさいよ!」

「いいから撃て!」

「どうなっても知らないわよ!」

 

 巨大なエネルギー反応の出現と同時に龍砲が放たれる。

 射出された衝撃砲はそのまま一夏の背に叩きつけられた。

 その瞬間に一夏は『瞬時加速』を作動させる。

 『瞬時加速』はエネルギーの放出から一度取り込むことで爆発的な加速力を実現する。

 取り込むエネルギーは別に自分から放つ必要はない。

 外部に存在するエネルギーなら理論上すべて『瞬時加速』に使用することができる。

 一夏はそれに賭けた。

 最大出力の『龍砲』のエネルギーは莫大。

 それを取り込もうと一夏は考えたのだ。

 そして『瞬時加速』は使用するエネルギーと速度が比例する。

 通常のそれよりもはるかに高い加速力を得ることができる。

 だが、タイミングがずれれば一夏もただではすまない。

 だからこその賭けなのだ。

 衝撃とともにエネルギーをその背に感じる一夏。

 

「――ウオオオッ!」

 

 そして一夏は賭けに勝った。

 一気に加速する。

 ―――【零落白夜】・使用可能。エネルギー転換率90%オーバー。

 右手の『雪片弐型』が強い光を放ち、エネルギー状の刃を形成する。

 一夏の意識が澄み渡る。

 そしてなにより、全身から沸き立つような力をその身に感じていた。

 

(俺は・・・箒を、鈴を、千冬姉を、関わる人すべてを――守る!)

 

 ――これがその為の力だ!

 必殺の一撃は爆発を生んだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 グラハムは逃げ惑う観客の生徒の波をかき分けるように走っていた。

 モニターに映る光の粒子を見つけた瞬間に彼は管制室を飛び出した。

 ――まさかな、よもや今現れようとは。

 この世界に来てから、あの映像を見た時から、いつかは出会う運命にあるだろうと思っていた存在。

 もう七年もの間、グラハムの人生から切り離すことのできなかった存在。

 彼を魅了し、歪め、そして変革へと導いた存在。

 愛を超え、憎しみをも超越し、宿命となり、さらには生きることを決意させた存在。

 ガンダム!

 そう、そのガンダムの主要機関であるGNドライヴから発せられる光の粒子の色だ。

 見間違うはずもない。

 グラハム自身、もう何年もGNドライヴ搭載機を駆っていたのだから。

 だからこそ、焦りがあった。

 グラハムを変革させたガンダムたちはすべて緑色の粒子を発生させていた。

 だが現れたのはオレンジ色の粒子。

 GNドライヴ[T]の粒子だ。

 もともとソレスタルビーイングの裏切り者から送られたMS、GN-Xに搭載されていた赤い粒子を放っていたドライヴを改良させたものから放たれる色だ。

 それを所有していたのは主に地球連邦軍、アロウズ、そしてイノベイタ―。

 以前見せられた映像に映っていたのは0ガンダム。

 そうなると考えられるのは後者だ。

 もし彼らがこの世界にいて、もしガンダムのデータを持っていて、もし三機で1ユニットとするガンダムを建造したとしたら――。

 グラハムの中に最悪のシナリオが作られていく。

 敵の目的は分からない。だが確実に言えるのは、

 このままでは二人が危険だ!

 そのとき、けたたましい警告音とともに照明が落ち、非常用電源に切り替わる。

 さらに前方、ブロック同士の境に隔壁が降りてきたのだ。

 どうやら、一夏たち以外は完全に締め出す魂胆のようだ。

 周囲には生徒が多く、このままでは間に合わない。

 だが、私はあきらめが悪いのでね!

 咄嗟にフラッグを展開し地面を蹴るようにして飛び上がり空中変形、クルーズポジションとなり一気に加速する。

 隔壁をいくつも潜り抜け、アリーナへと続く最後の隔壁を床ギリギリのところで潜り抜ける。

 直後に変形、着地する。

 そのときだ。

 何かが連続して刺さるような音にグラハムは咄嗟に視線をアリーナ中心部へと向ける。

 

「織斑一夏!」

 

 グラハムは叫んだ。

 そこには金属の牙『ファング』に機体を突き刺された一夏の姿があった。




あまり今回はグラハムさんが出てきませんでしたね。 
次は見せ場を用意できればと思っています。


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#15 阿修羅

 確かに一夏の一撃は『黒色』に当たった。

 だが、ランチャー砲を切り裂いた瞬間、行き場をなくした圧縮された粒子が爆発し、一夏と『黒色』は同時に吹き飛ばされた。

 身動きが取れない一夏。

 鉄の牙が襲いかかる。

 一機、二機と襲いくるファングをISの絶対防御が働き、弾く。

 だがついに三機目の牙が白式の脚部に突き刺さった。

 そこから一気に各所に突き立てられてしまった『白式』。

 ダメージは限界を超え、一気に操縦者生命危険域へ突入する。

 そこで『白式』は力尽き、強制的に解除されてしまった。

 宙でISを失えば、落ちるしかない。

 

「一夏!」

 

 鈴音は落ちていく一夏へと身を飛ばす。

 だがそれを許すほど敵は甘くはない。

『緋色』が牽制するようにビームを放つ。

 連続して襲い掛かるビームを避ける鈴音。

 その間に『黒色』の右手が一夏の肩を掴む。

 

「ぐッ、く……」

 

 一夏が弱々しく呻く。

 無理のある加速に爆発の衝撃、そしてファングの連撃により一夏本人の体力も限界に等しかった。

 

「い、一夏を離しなさいよ!」

 

 鈴音は悔しかった。

 全力で戦っても歯が立たず、目の前の一夏を助けられない自分が。

 そんな鈴音のISをビームが掠める。

 その衝撃さえも今の鈴音は体力的にも、精神的にもつらかった。

 あまりの悔しさに涙が出てくる。

 そのときだ、青い弾丸が『黒色』の手の甲を直撃した。

 衝撃に手が一夏から離される。

 

「――え?」

 

 敵のビーム砲火もなくなっている。

 見れば、敵は一点を見ていた。

 それは、一夏ではない。

 

「やはり新型か!」

 

 漆黒の翼が現れた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 グラハムはリニアライフルを乱射する。

 二体のガンダムが無作為に飛来する弾丸をすべて回避する。

 敵も、ワインレッドのガンダムを含め、ビームを放つがグラハムは急旋回することですべてを回避する。

 そして空中変形、旋回した勢いを殺さずに加速し、再び落下した一夏を抱きとめる。

 

「大丈夫か?」

「……グラハム?」

 

 腕の中で満身創痍の一夏が呻くように名を呼ぶ。

 その姿に言い表せぬほどの怒りをグラハムは感じた。

 

「なにも……できなかった。守るって決めたのにさ……」

「何を言う。箒は無事だ。君が彼女を守ったんだ」

「そうか……できたんだな、オレ」

 

 大切な人を守ることができた。

 その事実は完全に打ちのめされた一夏の心を救った。

 グラハムの言葉に弱々しく微笑んでみせると一夏は気を失った。

 

「……君の矜持、しかと見せてもらった」

 

 安らかな一夏の表情を見るグラハムの目は静かに、しかし激しく闘志を燃やしていた。

 

「あとは、私に任せてもらおう!」

 

 地に一夏を下すと鈴音にプライベート・チャンネルを開く。

 GN粒子散布下でも近距離のプライベート・チャンネルを使った通信はできるようだ。

 

「一夏を頼む」

『あ、あんたまさか戦う気!?』

「答えるまでもない」

『一対三よ!? 私達だって駄目だったのに――』

 

 地を蹴り、クルーズポジションへと姿を変える。

 機種の先に捉えるのは『新型』とかつて呼ばれたガンダム。

 

「そんな道理、私の無理でこじあける!」

 

 通信を切った。

 スラスターを吹かし加速した。

 センサーがUNKNOWNとしてガンダム三機を表示する。

 表示されるガンダムのうち緋色のガンダムの名をグラハムは知っている。

 『ガンダムスローネツヴァイ』

 かつてAEUによって鹵獲された機体。

 国連軍がとったデータからその名称が明かされた数少ないガンダムである。

 『ツヴァイ(2)』から他二機も『ガンダムスローネ』という名称だと考えられ、三機の作戦行動から砲撃型の黒は『アイン(1)』、支援型のワインレッドは『ドライ(3)』と仮称されている。

 グラハムはギリッと歯を強く食いしばる。

 その目には闘志だけでなく憎悪の色さえ見て取れる。

 かつて、MSとして現れた彼らによってグラハムは部下と恩師、戦友を失った。

 そして今また、一夏が彼らによって深く傷つけられた。

 ――堪忍袋の緒が切れた!

 眼前に迫る六機のファング。

 六つの槍頭が縦横無尽に飛び回り、あるものは吶喊武器のようこちらを貫かんとし、あるものはビームを放ってくる。

 さすがだ、セシリアのブルー・ティアーズの比ではない。

 だが、動き自体は読みやすい軌道。

 そしてアインとドライはファングの邪魔にならないように攻撃を仕掛けてこない。

 なにも、あの時から変わっていない。

 機体性能に頼り切った――

 

「馬鹿の一つ覚えが!」

 

 六機のファングの攻撃を軽々とかわして見せる。

 脚部からミサイルを二発放つ。

 

『――――』

 

 ツヴァイが残していた二機を放つ。

 まるで、こちらの狙いが甘いというように。

 だがそれはこちらの台詞だ!

 直方体型ミサイルの側面が開き、それぞれから八発ずつ計十六発の小型ミサイルが放たれる。

 ファングがそれらを喰らう。

 その瞬間、爆発は起きず火花を散らしてスモークが噴出される。

 辺り一帯に白い煙が充満する。

 その中をグラハムは飛翔する。

 放ったのは対ガンダム用に二発分用意させたスモーク弾。

 はなからミサイルで攻撃しようなど考えていなかった。

 目くらましこそが狙い。

 さらにチャフのおかげで相手のセンサーも一時的にではあるが無効化される。

 子供だましでしかないが一瞬、動きを奪うことができた。

 白煙の中、ガンダムはこちらを見失っている。

 ならば、こちらから姿をお見せしよう。

 空中変形と同時に一気に上昇をかける。

 殺人的な加速にISの搭乗者保護機能をもってしても体にかかる急激な負担を抑えきれなかったのだろう。

 肺から空気を絞り出されるような感覚に襲われる。

 だが決して勢いを殺さず、勢いのまま白煙から飛び出す。

 眼前にドライがいた。

 動きを止め、粒子散布に集中していた敵の位置など、センサーに頼るまでもない。

 グラハムはプラズマソードを左手に出現させる。

 そして一気にドライへと突き出す。

 狙いは頭部、コントロール・システム。

 機体形状からグラハムは最初から無人機と踏んでいた。

 スローネの特徴であるその細い腰はどう見ても人間のそれよりも細い。

 その予想はファングを回避した際に確信へと変わっていた。

 ――何も成長のない敵が人間であろうはずがない。

 そして無人機なら、頭部にセンサー系統をはじめ、MS同様コントロール・システムがあると読んだ。

 そのグラハムの読み通り、右目から頭部へと貫かれたドライから弾けたような音が鳴る。

 回路が焼き切れ、コントロール・システムの基盤がショートしたのだ。

 光の翼を失い、がくりと落ちていくドライ。

 ――しばらくは動けまい。

 少なくともGN-Xが相手ならこれで動きは封じれるはずだ。

 と、下から放たれる粒子ビームを、機体を翻すことで回避する。

 そのままクルーズポジションへ変形、降下する。

 擦過するような勢いで無手のアインのすぐ横を通り過ぎた。

 センサーがアインの右腕を拡大する。

 肩から肘にかけて大きな裂傷がある。

 おそらく一夏がつけた傷だろう。

 そのせいか右腕を動かせないようだ。

 ―― 一夏。

 君の戦いは箒を守っただけではない。

 勝利への活路を見出させた!

 スタンドポジションへと変形し空気抵抗を利用して旋回する。

 グラハムの目はアインを捉えていた。

 かつてオーバーフラッグスの基地を強襲し、プロフェッサー・エイフマンを屠ったガンダム。

 アイリス社の軍需工場を襲い、八百名以上の民間人を殺したガンダム。

 先も箒の命を奪おうとしたガンダム。

 やはり少年たちのような気位の高さを持たないようだな。

 もはや貴様などガンダムに非ず!

 ただの殺人鬼に私は甘さを持って戦うつもりはない!

 速度を上げた時、センサーが小型の反応八つを示す。 

 ――ファングか!

 だがファングはビームを放ってくるも単調なものだ。 

 その動きはアインに当たらぬようにしているのがグラハムにはわかった。

 奴らなりの戦術行動なのだろう。

 射線にアインが入らぬように限定した動きになっている。

 だがその動きで私を止められると思うな!

 二本目のプラズマソードを握る。

 応じるようにアインは左手にビームサーベルを抜き、全体重をかけるように振るってくる。

 青と赤の刃が交わる。

 だが火花の散る前に青の刃が消失する。

 グラハムがあえてプラズマソードを量子化したのだ。

 同時に背部スラスターを吹かし飛び上がる。

 空振りをさせられたアインはそのまま前のめりになる。

 タイミングがわずかにでも狂えば機体を切り裂かれかねない動作を、しかしグラハムはやってのける。

 そのままつんのめったアインの顔に膝蹴りを浴びせる。

 左膝に激痛が走るが、膝の突起がカメラカバーを割り、内部の機械を露出させる。

 蹴り上げられた頭部に、脚部からパージされたミサイルポッドが直撃する。

 ポッド内部にはミサイルが搭載されており、ポッドごと爆発を起こした。

 先程とは違い攻撃用であったために多分に火薬を含んだ衝撃を発し、アインの頭部が内部から破壊される。

 だがグラハムは結果を確認することなく飛び越える。

 残りはツヴァイのみ。

 グラハムの知る中で最も高潔なフラッグファイター、ハワード・メイスンの直接の仇である。

 軍人である彼は任務で仲間を失うことについて敵を恨むことを一切してこなかった。

 もちろん、人間であるため感情として悲しみや怒りは残る。

 それは対ガンダムの任務でも同じだった。

 タクラマカンで部下を三人失った時も決してガンダムを恨まなかった。

 四機のガンダムが持っていた潔さを敵ながらあっぱれと、その心意気や由としてきた。

 だがただの殺人者と化したスローネ三機は別だ。

 彼らは無意味に軍の基地を襲い、果てには民間人までも攻撃したのだ。

 そんな存在を決してグラハムは由としなかった。

 今も一夏がツヴァイによって深く傷つけられた。

 その姿にグラハムはハワードが重なって見えた。

 

『隊長……フラッグは……』

 

 ハワードの最後の言葉が頭に響く。

 彼もスローネに挑み、ファングによって機体を貫かれ命を落とした。

 ――そして私は誓った。

 『フラッグでガンダムを倒す』と!

 あの時から私はそのことだけを思い生きてきた。

 感情を表に出して戦ってきた。

 そして今、同じ感情をむき出しにして私は行動している。

 その感情がかつて自分を歪めたものであると知りながらも理性を捨て去った。

 襲い掛かるファング一機を右手のリニアライフルで叩き落とす。

 最大出力で撃ったために次を撃つためにはチャージする必要がある。

 だがそんな余裕などあるはずもない。

 ビームサーベルを形成して襲い掛かる一機へとライフルを投げ、プラズマソードを形成する。

 いくつかビームが掠めていくがなんとか吶喊機を落としていく。

 目前に捉えたツヴァイは右手にバスターソードを構えている。

 刀身がスライドしGN粒子を纏っている。

 GN粒子を纏っている武器にはプラズマソードを何度もぶつけることはできない。

 事実、右手のプラズマソードはファングのビームサーベルと何度も打ち合ったせいで刀身のソニックブレイドが溶解している。

 もはや使い物になるまい。

 役目を終えた得物を量子化する。

 そして左手の白い柄を構える。

 それはビームサーベルの柄だった。

 アインを飛び越えた際に右肩にマウントされていた一本を奪取したものだ。

 

「どれほどの性能差であろうと――!」

 

 深紅の刃が形成される。

 それを見てツヴァイがバスターソードを振り上げようとする。

 遅い!

 腰部のスラスターからエネルギーが放出される。

 同時に背部のスラスターに取り込む。

 

「今日の私は!」

 

 圧縮されたエネルギーを一気に放出する。

 

「阿修羅すら凌駕する存在だ!」

 

 『瞬時加速』を作動、一気に加速した。

 一夏のよりは出力で劣るものの敵の予測を大きく上回る速度を得る。

 そして左腕を振るう。

 ビームサーベルがツヴァイを左胸から斬りあげる。

 高く斬りとばされた右腕からバスターソードがこぼれ落ちる。

 激突寸前で下へと向けられていた腰部スラスターを吹かして無理やり飛翔させ、バスターソードを掴み突進する。

 迎え撃つようにハンドガンを構える敵をファングが守るようにこちらへ吶喊してくる。

 グラハムとツヴァイの影が交差する。

 腕を引きちぎられ胴部を深く抉られたスローネツヴァイがその身を崩す。

 それに合わせ、ファングが機能を停止し落下していく。

 グラハムはマスクを解除した。

 その呼吸はひどく乱れていた。

 

「……仇は討った…………」

 

 ぐほっ、と込み上げてきたものを吐き出した。

 赤黒い塊が宙を舞う。

 それをグラハムは苦々しく見た。

 あのときと同じだった。

 怒りに、憎悪に身を任せガンダムと戦う。

 私は、変われていないのか……。

 仇敵を打ち倒したのにもかかわらず、グラハムの心は晴れることはなかった。



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#16 蠢くもの

 某所。

 

「あれれ?」

 

 女性がモニターを眺めて首を傾げていた。

 

「ウサぴょん一号からのデータが来ない」

 

 うー、と幼い子供のように唸る。

 

「それなのにこの騒ぎはなんなの?」

 

 モニターに表示されるのはIS学園のセキュリティ状況。

 第二アリーナが何者かのクラッキングによりシステムの権限が奪取されている。

 そのうえで遮断シールドレベルが4になっている。

 

「だれだよ~いっくんたちにちょっかいだしてるの~」

 

 今度はぷくっと頬を膨らませた。

 

「束さんの邪魔するやつは束さんが邪魔してやる~」

 

 女性の手がコンソールを尋常ではない速さで操作する。

 

「で~きた♪ さっすが束さん」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 グラハムは落下した三機のスローネを見下ろした。

 三機のうちツヴァイは完全に動きを止めている。

 その一方でアインとドライは頭部のコントローラを失っただけである。

 予測通り、機体が動きだしていた。

 二機は飛翔しグラハムへと向かっていく。

 正直なところ、グラハムは先の攻防ですでに満身創痍になっていた。

 このまま戦いが続けば間違いなくやられるのは彼の方だろう。

 だがGN粒子の散布をさせないためにもドライだけは仕留めなければならない。

 体中が悲鳴を上げているのを無理やり押し込め、グラハムはバスターソードを握りしめる。

 だがグラハムが動く前にドライが爆散する。

 すさまじい振動とともにグラハムの脇を通ったビームが直撃したのだ。

 咄嗟に振り返るもその間に放たれた粒子ビームがアインを破壊した。

 

「ったく、面倒くせぇことしやがって」

 

 粗野な感じのする男の声だ。

 グラハムの視線の先に現れたのは、全身装甲のIS。

 

「GN-X!?」

 

 驚きを隠せなかった。

 目の前に新たに出現したのはGN-Xのような頭部にスローネの手足を持つグラハムから見ても異形の存在。

 スローネとは違い、GN粒子発生器が胸部と大腿部から計四機突き出る形で配置されている。

 しかしGN-Xのそれよりも大型であり、人型から逸脱したような印象を与える。

 

「てめぇか。スローネをやりやがったのは」

 

 グラハムに向って発せられる声。

 

「ったく、邪魔しやがって!」

 

 ISがビームサーベルを振るいながらグラハムへ突撃してくる。

 何とかバスターソードで受け止めるも衝撃にグラハムの体が激痛にさいなまれる。

 

「こちとら仕事なんだよ!!」

 

 ぐるりと身を回して回し蹴りをグラハムに浴びせる。

 そのままビームサーベルを振るってくるがそれをなんとかグラハムは打ち合いに持ち込む。

 白と赤の軌跡が空中で何度も交わる。

 そのたびに火花が散り、衝撃が痛みとともにグラハムを襲う。

 だが意識ははっきりしていた。

 思考がその声に反応しているのだ。

 グラハムは一度、その声を聞いたことがあった。

 それは国連軍の通信で聞こえてきたもので――。

 

「ゲーリー・ビアッジ少尉か?」

 

 もう十回目となる剣戟を凌ぎ切り、間合いが開いたところでグラハムはISに名を問いかける。

 その名はたしかスローネツヴァイを鹵獲した男だとグラハムは記憶している。

 そして、緑のガンダムと相打ちになったとも聞いている。

 ――そんな男がなぜここに。

 黒幕をイノベイタ―と考えていたグラハムにはどうしてもつながらなかった。

 ああ?と疑問の声をISは発した。

 

「何故その名を知っていやがる?」

 

 その声にグラハムは答えた。

 

「おそらく、貴様と同じ状況にあるとだけは言わせてもらおう」

「……てめぇ、なんて名だ」

「私は旧ユニオン軍のグラハム・エーカーだ」

 

 グラハム、と男は呟く。

 少しの間を開けてクク、と笑いが漏れてきた。

 

「そうかい、あのユニオンのフラッグファイターさんかよ」

 

 ハハハ、と狂笑をあげる。

 そのまるで身の毛のよだつような笑いがアリーナに響く。

 

「あの当て馬共のデータじゃ勝てねェわけだ! ハハハハハッ! 楽しくなってきたじゃねェか!!」

「ゲーリー・ビアッジ」

「そいつは偽名でね。アリー・アル・サーシェスって今は名乗ってるんでなァ、そっちで呼んでもらおうか。フラッグファイターさんよ」

 

 アリー・アル・サーシェスも偽名だがそんなことをグラハムが知る由もない。

 

「その機体はなんだ」

「スローネヴァラヌスだとよ。詳しいことは知らねぇ」

「スローネ……。貴様たちがこいつらを差し向けたのか」

 

 おうよ、と軽く、しかし並みの人が聞けばすくむような声音でサーシェスは答える。

 

「……何が目的だ」

 

 グラハムが核心を突く。

 

「さぁてな。とりあえず織斑一夏を捕まえてくるのがお仕事だったんだが、まさかてめぇみてぇのがいるとは思わなかったぜ」

「……ほう。なら、もっと詳しく聞かせてもらおうか」

 

 突如現れたIS《打鉄》が近接ブレードをサーシェスに振るった。

 

「ちょいさぁ!」

 

 不意打ちに近い一撃にもかかわらずサーシェスは造作もなくビームサーベルでブレードを斬りとばす。

 そのまま機体の勢いで蹴りを打鉄に叩き込む。

 

「ブリュンヒルデにそのお供までお出ましたァ、豪勢じゃねぇか!」

 

 弾かれた打鉄を纏う女性、千冬は蹴り飛ばされた勢いを利用してグラハムの横まで飛ぶ。

 さらにはサーシェスを囲むように十数人の教員が武器を構える。

 だが何人かの顔にはわずかではあるが動揺が走っている。

 無理もない。

 織斑千冬はこの世界においてはまさに最強の代名詞と言える存在だ。

 その彼女の一撃、しかも不意を突いたにもかかわらず敵はあっさりと攻撃を跳ね返し、蹴りまで浴びせたのだ。

 それだけ敵は性能、技量共に並々ならぬことを知らしめられていた。

 そんな教員たちをサーシェスはセンサーで眺める。

 別に不利だと彼は思わなかった。

 相手が動揺しているだけではない。

 千冬を含め、教員のISはすべて量産機。

 実力は教員の中では強い方なのだろう。

 だがサシではまずサーシェスに敵わない程度の事は見ぬけていた。

 問題があるとすれば正面の二人。

 一人は世界で唯一、旧世代機単独でガンダムを撃退したフラッグファイター。

 今もサーシェスと防戦一方とはいえほぼ互角に切り結んだ男だ。

 もう一人はこの世界で最強と呼び声高いブリュンヒルデ。

 たまらねえ。

 ニヤリ、と口が緩む。

 たまらねえな。

 ここまで燃える戦場は久しぶりだ。

 なぜこいつらが出てこれたのかはしらねぇが。

 こんな奴らを一度に相手取れる機会なんざ滅多に来ねえ。

 血が滾る。

 心が躍る。

 織斑一夏なんてガキは興味がねえが、こんな戦いが味わえるのは最高だ!

 だが任務が先だわな、と傭兵としての頭が働く。

 今回の任務はあくまでスローネの破壊とイレギュラーの存在の確認。

 ドンパチする許可まではもらってねぇんだよな。

 ――まぁいいか。

 大将についてりゃこの先何度でもこの戦場に立てる。

 それに、とセンサーが提示するカウントに目をやる。

 すでに残り三分を切っている。

 

「――このまま楽しみてぇとこだが。そこまでオレらも暇じゃあねぇのよ。悪いが次の機会にさせてもらうぜ!」

「……逃げられるとでも思っているのか。この状況から」

「残念ながらてめぇらじゃ無理なんだよォ。……ファング!」

 

 サーシェスの一声とともに地上に落下していた八つの牙が教員部隊に襲い掛かった。

 それは先の武器と同じにもかかわらず明らかに動きが違っていた。

縦横無尽に飛び交うファングに陣形を崩され、教員たちはサーシェスに構うどころではない。

 

「あばよ、ブリュンヒルデ、グラハムさんよ」

 

 追撃をかけようとした千冬とグラハムに牽制のビームを放つ。

 回避行動しつつも二人は決して目を離してはいなかった。

 だが、瞬きのほんの一瞬のうちにサーシェスの姿は消えていた。

 何をしたのかすら二人は認識できなかった。

 GNドライヴ搭載機であるヴァラヌスをレーダーで見つけるのは不可能。

 文字通り取り逃がしてしまったのだ。 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「――そうか、スローネは処分したか」

 

 スーツを着たが青年がデスクのモニターに話しかける。

 

『データは随時送らせてあったし、鹵獲されるよりはましじゃねぇか』

「まぁ、そういう指示だったからな」

 

 とある高層ビルの個人用オフィス。

 青年は三十歳を過ぎた頃だろう。

 ブランドもののスーツや部屋の装飾からも社会的に高い地位にあることが窺える。

 しかしモニターに映る無精ひげの男はまるで敬う気配がなく軽口をたたく。

 

「それで、イレギュラーの件は?」

『ありゃなかなか骨がありそうだぜ。ターゲットのガキよか楽しませてくれんだろ』

 

 ニヤリ、と獰猛な笑みを浮かべる。

 知りたい情報ではなかったがこの男にそれを求めるのは無理だろう。

 幾つか言葉を交わし、指示を出した後、青年は通信を切った。

 背もたれに身を預けながらデータを眺める。

 スローネの戦闘データだ。

 『白式』のデータも興味深いがやはり漆黒のISの方に目が行く。

 スローネ三機相手に大立ち回りを演じているその姿に青年は驚嘆を覚えた。

 やはり、ただものではあるまい。

 本来ならば織斑一夏のデータもしくは本人の捕獲が目的だったが、ここにきて明るみになったイレギュラーの存在。

 計画には存在しない二人目の男性IS操縦者。

 その存在を確かめることが今回の任務に追加されていた。

 結果としてイレギュラーにスローネは倒される結果となった。

 明らかに代表候補生以上の実力を持っている。

 目下の最大の障害である織斑千冬、篠ノ之束に比肩する存在にもなりかねないという危機感が現れる。

 いずれ大きな障害になる前に取り除かなくてはならない。

 だが今回の件でIS学園は警備を増強するだろう。

 そうなればしばらく手出しはできなくなる。

 幸い織斑一夏の捕獲にはまだしばらくの余裕があった。

 ――その間にどうにかして芽を摘まねばならん。

 青年はデータから視線を離し、宙を睨んだ。

 数年の歳月をかけたのだ。

 一人のイレギュラーごときに『計画』の邪魔はさせん。

 彼の目には強い意志が宿っていた。



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#17 それぞれの想い

一話に纏めようとしたら長くなりました。
オリジナル要素はほぼグラハムさんパートしかありません。


「う……」

 

 全身の痛みに呼び起こされ、一夏は意識を覚醒させる。

 最初に見えたのは白い天井。

 周囲にはカーテンが閉められている。

 保健室だと一夏はすぐにわかった。

 その狭い空間に息苦しさと安堵を感じた一夏は、気を失う前の事を思い出していた。

 

(ええと、どうなったんだ……? 俺の攻撃が失敗して、グラハムが来て、それから――)

 

「あー、ゴホンゴホン!」

 

 一夏の思考をわざとらしいせきばらいが遮った。

 このせきばらいをするのは一夏の知る中では一人しかいない。

 カーテンが勢いよく開かれる。

 そこには彼の予想通りの人物が立っていた。

 

「よう、箒」

 

 そう言いながら体を起こそうとするも、体中の激痛に断念する。

 

「無理をするな。命には別状がないとはいえ全身に酷い打撲があるそうだ」

 

 箒は腕組みをしてフンと鼻を鳴らした。

 その表情は怒っているようにも上機嫌にも見えない微妙な色をしていた。

 

「あ、あのだなっ。今日の戦いだがっ」

「ん? そういえばアイツらはどうなったんだ? グラハムは?」

「あの後、グラハムが奮戦して一機は倒せたんだ。ただ……」

「ま、まさかグラハムが!?」

「いや、グラハムは多少のけがはしているが無事だ。ただあの後四機目が現れたんだ」

「!?」

「そいつが残り二機を破壊した後、先生方が包囲したんだが逃げられてしまった」

 

 そうか、と箒の話に一夏は安堵と悔しさが入り混じった息を吐いた。

 

「……何者だったんだ? アイツらは」

「千冬さんの話では現在のIS技術を遥かに凌ぐ技術を持っていたことぐらいしか分からないそうだ」

「なんでそんな奴らが俺を?」

「当然だろう。世界でたった二人しかいない男性IS操縦者。しかも千冬さんの弟という意味ではグラハムよりも調べる価値は高い。そうやって自分たちもISを操縦できるようになろうと考える連中は多くいるはずだ」

「………………」

 

 千冬の名前が出たからかわずかに一夏の表情が曇る。

 

「ただ千冬さんも今回の敵は異常だったと言っていた」

「どういうことだ?」

「IS学園は世界的に見ても最大のIS施設だ。あらゆる軍事施設の比ではない程のISや研究施設、そしてセキュリティがある。それにもかかわらず容易く侵入をゆるし、あまつさえ取り逃がしている。いくら技術力が高いといってもここまで突破できる組織なんて存在するはずがなかったんだ」

 

 言っていて自分でも信じられないというような顔をしている幼馴染に一夏は敵の強大さを改めて思い知らされる。

 敵の姿を思い浮かべるとやはり三機とも信じられないような装備を持っていた。

 第三世代兵器をどこよりも早く複数完成させた組織が自分を狙っている。

 その事実が一夏に重くのしかかる。

 

「それなのに、お前は何を考えているんだ!」

「へ?」

 

 突如憤慨する箒に口から間抜けな声が漏れる。

 だがその中に別の感情があるように一夏は思えた。

 そんなよくわからない怒りを表面に出して箒が怒鳴る。

 

「無事だったからいいようなものの……あのような敵、先生方に任せておけばいいだろう! 過剰な自信は身を滅ぼすという言葉を知らんのか!?」

「……もしかして心配してくれたのか?」

「し、していない! 誰がお前の心配などするものか!」

 

 肩で息をするほど興奮したのだろう。

 箒の顔は真っ赤になっていた。

 

「と、とにかくだ! これで訓練のありがたみもわかったことだろう。これからも続けていくぞ! いいな?」

「あ、ああ、わかった」

 

 どことなく気圧されてしまったのだろう。

 ただただ一夏は頷く。

 

「わかればいい。……では、私は戻る。千冬さんにもお前が起きたと伝えねばならんしな」

 

 落ち着きを取り戻した箒だがまだ顔は赤い。

 

「……。一夏」

「ん?」

「その、だな。戦っているお前は……か、かか、かっ」

「?」

「格好良か……い、いやなんでもない!」

 

 最初の方は小声だったために一夏には聞こえなかった。

 だが箒が言った通りになんでもなかったことに彼はした。

 

「で、ではな!」

 

 そう言い残してそそくさと箒は保健室から逃げるように出て行った。

 ちなみにだがドアもカーテンも開いたままだ。

 それを戻す気力も湧かず、眠気に襲われる一夏。

 彼は抵抗することなくそのまま眠りに落ちて行った。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 グラハムは自室にいた。

 あばら骨と左足を骨折した彼はベッドに腰掛け、ブック型端末を操作している。

 画面を覗くグラハムの表情は厳しい。

 

「ずいぶん派手に怪我したわね」

 

 グラハムの隣に座る楯無が服の下に包帯のまかれた背中をさする。

 

「さすがね。織斑先生から聞いたけどガンダム一機を大破、二機を中破させたんでしょ?」

 

 ああ、とグラハムは端末から目を離さずに頷く。

 正直、勝利という実感はなかった。

 あのときは差し違えてでもガンダムを倒すと、仇を討つことに命を捨てていた。

 私は、生きるために戦うのではないのか?

 にも関わらず、スローネを目にした瞬間、かつての自分が戻ってきたような感覚に陥った。

 敵のすべてを否定し、勝利にのみ固執する愚かな存在。

 ――近づけたと思っていた目標から自ら離れて行ってしまった。

 自然と悔しさが表情に滲んでくる。

 そんなグラハムを見て、楯無は話を変える。

 

「――アリー・アル・サーシェス、だったかしら。あなたの意見、聞かせてもらえないかしら」

「聞かせるも何も考えるほど疑問が出てきてしまってね。……奴が何故この世界にいるのか。何故一夏を狙うのか。それにもかかわらず中破したスローネを破壊しただけで去って行ったのは何故か。正直、尽きることをしらんよ」

 

 ドアが叩く音がする。

 視線を向けると千冬が入ってきた。

 

「エーカー。ついて来い」

「どこへ?」

「ついてくれば分かる」

 

 それだけ言うと千冬は部屋から出ていく。

 一瞬、二人は顔を合わせると楯無の補助を受けてグラハムは立ち上がる。

 左足をかばうように歩きながらグラハムは千冬の後をついていった。

 しばらく歩くと、二人は教員用の巨大なエレベーターに乗り込んだ。

 グラハムはこのエレベーターが常用ではないことを知っている。

 千冬に会った日に、これに乗って地下に降りた。

 あの日と同じくすでに幾つものセキュリティを通っている。

 恐らく重要な案件なのだろうとグラハムは理解した。

 

「今回の件は可能な限り秘匿にすることにした。だがそれでも上に報告しなくてはならなくなったとき、お前の功績は敵一機を中破したとして報告される」

「しかもアインを、か」

「察しがいいな。悪いが一夏が傷つけたところに止めを刺したという扱いになる」

 

 グラハムは功績というものには興味はなかった。

 そもそもどこの国の代表候補生ですらない一般生徒が無人機を撃破したとなると世界が黙ってはいまい。

 事実のままに伝えると正体を話さねばならなくなるだろう。

 それをグラハムは避けたかった。

 

「私はそれで構わない」

 

 エレベーターが目的の階に着いた。

 千冬について降りたグラハムは辺りを見回す。

 どうやら何かの研究施設のようだ。

 さまざまな装置やモニター、そしてISが並んでいる。

 

「こんなところに――」

「ちぃぃぃぃぃぃちゃぁぁぁんっ!」

 

 グラハムの疑問は突如響いた声にかき消された。

 施設の一室のドアが開き、女性が飛び出してきた。

 そして女性は勢いそのままに千冬に飛びつこうとする。

 メキッともメキョッとも聞こえる音とともに千冬のアイアンクローが頭を捉える。

 宙吊り状態になる女性。

 間違いなく指がめり込んだな。

 グラハムには音がそう聞こえた。

 

「いちいち飛びつくな」

 

 鬱陶しい、と腕を振るいながら手を放す。

 解放された女性は頭を抱えながら着地する。

 

「痛いよ、ちぃちゃん」

「うるさいぞ、束」

 

 束という名前にグラハムが反応する。

 無論、その名は知っている。

 

「あなたがあのプロフェッサー・篠ノ之か!?」

 

 そーだよっ、と元気よく頷く女性。

 手がどけられた頭にはウサギの耳のようなものがついたカチューシャをしている。

 それに服装は青いワンピースとおおよそ研究者のようには見えない。

 カタギリのチョンマゲもかなり特徴的だったがそういうものなのか……?

 優秀といって差支えのない技術者の親友を思い浮かべるグラハム。

 

「そう、その束さんなのだよ! ISを開発した天才束さんだよ!!」

 

 ……カタギリ以上だな。

 頭脳も奇人度も。

 ――そういえば、行方知らずと聞いていたが。

 何故ここにいるのだろうか。

 その天才科学者は左右の親指人差し指を合わせてまるで写真を撮るかのようなポーズをとっている。

 

「それにしても君がハムくんか~。本当に興味深いよね~」

「はぁ」

「ちぃちゃんにあの設計図見せてもらった時はびっくりしちゃったよ~。変形しちゃうISなんて発想からしてちがうよね~」

「恐縮です、プロフェッサー」

 

 完全に束のペースに巻き込まれるグラハム。

 疑問を問おうにもタイミングをつかめない。

 

「いいから早くあれを持ってこい」

「ちーちゃん強引~」

 

 またしてもアイアンクローが束に襲い掛かるもそれを回避する。

 そのまま出てきた部屋に入り、台車を押してまた戻ってきた。

 その上には白色の円錐形の機関が載っている。

 それはまさしく、

 

「GNドライヴ」

 

 グラハムが噛みしめるようにその機関の名前を呟く。

 

「……どこでこれを?」

 

 ふっふっふっ、と胸を張る束。

 

「ハムくんがぶった斬った『緋色』の子に搭載されていたやつをいったんバラして組み立て直したんだよ~」

「ツヴァイのドライヴか」

「他の子はコアもドライヴも吹っ飛んじゃってたけどこの子はドライヴだけは無事だったんだよね~」

 

 成程、と頷くグラハム。

 あのときツヴァイの機能が停止したのはコアを破壊されていたからなのか。

 運よく私の一撃がコアに当たっていたのか……。

 だが、何故サーシェスはGNドライヴを破壊しなかったのか。

 新たな疑問がグラハムの頭に浮かぶ。

 現段階では、ISのコアよりもGNドライヴの方が機密性ははるかに高いだろう。

 しかもここは学園とは名ばかりの軍事施設と研究施設を合わせたような場所。

 解析されることなど容易に予想できたはずだ。

 

(……残すことに意味があったのか?)

 

 だがそれによっておこる利点がない。

 敵はすでに量産体制も整えている。

 ISのデータにしてもガンダム以上のGNドライヴ搭載機などそうそう生まれないだろう。

 奴らの狙いはいったい……。

 

「すごいよね~。シールドエネルギーを変換してGN粒子を作ってるんだけどエネルギー量比1対2以上はあるんじゃないかな~? これ考えた人は束さん並みに天才だね!」

 

 束が説明を始めたのでグラハムも耳を傾けることにした。

 

「確かに、あの出力は異常だったな」

「でも、これだけのエネルギーで動くなんて考えられていないし、載っけるなら新しくISを開発しないとダメだね」

「……そうか。ドライヴの方は作れそうか?」

「それなんだけね、ちーちゃん。いくつか束さんでもほとんど手に入らないようなパーツがあって作れって言われても手持ちだと二個が限界かな~」

「二個か……」

 

 今束の言う手持ちはIS学園に貯蓄されているものを含めている。

 つまりツヴァイのものを含めると三基存在することになる。

 だが間違いなくこの馬鹿が持っていくから実際は二個しかない。そう千冬は考える。

 どう使うかが問題になってくる。

 上からの要請がない限り今回の件は黙殺するつもりでいるが、追求があった場合は鹵獲したドライヴは提示する必要がある。

 となると、自由に扱えるのはわずか一基のみ。

 それならば、

 

「グラハム。GNドライヴを一基、お前に預ける」

「私に?」

「そうだ。お前以上の適任者はいない」

「でもちーちゃん。ハムくんのISに載せるのは厳しいよ?」

 

 束の言うことはもっともだとグラハムは思った。

 フラッグは二つの形態を両立させてこそ真価を発揮する機体だ。

 さらに軽量に軽量を重ねたということもある。

 そんな機体にあの大型のドライヴを搭載すればどうなるか、それをグラハムが一番わかっていた。

 何故なら彼は駆っていたからだそのフラッグを。

 SVMS-01X 『ユニオンフラッグカスタムII』

 フラッグでガンダムを倒すと誓ったグラハムのためにユニオンが完成させたMS。

 だがそのMSはバランスが大きく崩れ、可変機構と廃止した格闘戦特化の機体となった。

 今でもあの機体で戦いに臨んだことを後悔していない。

 だがやはり格闘戦のみのフラッグは心苦しいものがあった。

 そんな思いが親友にもあったのだろう。

 彼は後に完成版GNフラッグと呼ぶべきMS『ブレイヴ』を作り上げた。

 だからこそ言わせてもらおう。

 

「GNドライヴ、ありがたく使わせていただく」

「でもハムくん」

「ただし、私がGNドライヴ搭載型フラッグの設計図を作り上げるまでは千冬女史に預けさせてもらおう」

「ほう」

 

 お~、と束が目を輝かせる。

 

「さっすがハムくん。これは束さんも負けていられないね!」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 束にGNドライヴを任せた二人は地上へと向かうエレベーターに乗っていた。

 

「……エーカー」

「何かね?」

「奴らは何故、一夏を狙う?」

 

 その声は苛立ちと不安がわずかに隠れているのをグラハムは聞きとっていた。

 特に後者は今までの彼女からは想像できないような濃さを持っていた。

 

「私にもわからない。ただ男性でISが使えることに興味があるのか、他に理由があることも否定できん」

「……そうか」

 

 やはりどこかがいつもの千冬ではないと思った。

 正直、グラハムは後者の方が可能性は高いと思っていた。

 敵がもしイノベイタ―なら、あそこまで人間を卑下していた者たちが果たしてISを使えるだけで狙うだろうか?

 もしかしたら、一夏には何かあるのではないだろうか、そう考えてしまう。

 実際に彼は唯一仕様と思われる能力を使用している。

 そこに秘密が――。

 いや、ナンセンスだな。

 ISとパイロットの関係によって発現するか否かが決まるものを、第一形態で発現しただけで不思議な存在扱いするとは、私らしくもない。

 なにより一夏はてんびん座だ。

 そんな事とは無縁のはずだ。

 煮え切らない思考にそんな風に結論付け、エレベーターから降りた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 時は少し遡る。

 保健室のベッドの上で寝ている一夏。

 その脇に小柄な少女が立っていた。

 

「………………」

 

 少女はゆっくりと顔を一夏の鼻先へと近づけていく。

 そんな気配を感じてか一夏の意識が覚醒し始める。

 

 (……誰だ?)

 

 人の気配もそうだがあれからどのくらい寝ていたのかが気になり徐々に意識が目覚める。

 

「一夏……」

「鈴?」

「っ!?」

 

 知っている声に目を開ける一夏。

 鼻先2cmもない位置まで鈴音の顔が近づいていた。

 

「なにしてんの、お前」

「おっ、お、おっ、起きてたの!?」

「お前の声で起きたんだよ。で、どうした? 何をそんなに焦ってるんだ?」

「あ、焦ってるわけないじゃない! 勝手なこと言わないでよ馬鹿!」

 

 どうみても焦っている様子だがそこにはあえて一夏は触れなかった。

 

「あ~、そういえば試合、無効だってな」

「え? ああ、まぁ、そりゃそうでしょうね・・・」

 

 言いながら、ベッド脇の椅子に腰かける鈴音。

 あ、と一夏が声を上げる。

 

「な、なに?」

「勝負の結果ってどうする? 次の再試合って決まってないんだよな?」

「そのことなら、別にもういいわよ」

「え? なんで?」

「い、いいからいいのよ!」

 

 鈴音の申し出に一夏は従おうと考えた。

 ただ、その前にやらなくてはならないことがあるとも。

 

「鈴」

「なによ」

「……その、なんだ、わ、悪かったよ。色々と、すまん」

「ま、まぁ、あたしもムキになってたし……。いいわよ、もう」

 

 ――やっぱりけじめはつけないとな。

 一夏には鈴音に対して悪いことをしたという自覚はあった。

 だからこそあの賭けにも乗ったし、今も頭を下げているのだ。

 素直に頭を下げる一夏に面食らったような顔をするもすぐに取り戻していた。

 頭を上げると彼の目に窓の外の夕日が見える。

 ――夕日。

 

「あ! 思い出した」

 

 あのときも夕暮れだった。

 小学校六年生のときの記憶が蘇る。

 それは教室で一夏は鈴音と約束をしていたときのこと。

 

「あの約束って、正確には『料理が上達したら、毎日あたしの酢豚を食べてくれる?』だったよな。で、どうよ? 上達したか?」

「え、あ、うぅ……」

 

 しどろもどろになって視線を左へ右へ視線をやると鈴音は俯いてしまった。

 その顔こころなしかは赤い。

 

「なぁ、ふと思ったんだが、その約束って違う意味なのか? 俺はてっきり飯を奢ってくれるんだとばかり思っていたけど――」

「ち、違わない! 違わないわよ!? だ、誰かに食べてもらったら料理って上達するじゃない!? だから、そうだから!」

 

 いきなりまくし立てられ、少し一夏は気圧される。

 

「た、確かにそうだよな。いや、もしかしたら『毎日味噌汁を~』とかの話かと思ってさ。そんな訳ないよな。深読みしすぎたな、俺」

「………………」

「鈴?」

「へぇっ!? そ、そうよ! 私がそんな恥ずかしいこと言うわけないじゃない!? あは、あはははは・・・」

 

 突然笑い出す鈴音。

 その様子はまるで何かを隠すように一夏には見えた。

 だがそれを追及するのも野暮だと彼は聞かなかった。

 そこまでは見えていたが笑い終えたときの小さなため息までは聞き取れなかったようだ。

 

「なぁ、鈴」

「ん、なに?」

「今度、どっか遊びに行かないか? 勝負とか関係なくさ」

「え!? それって、そのデー――」

「五反田も誘って、中学の時みたいに3人で集まるか」

「………………」

 

 明るくなった表情が数秒ももたずに一気に不機嫌になってしまった。

 これほどの表情の変化を見ても何も気づかない一夏。

 鈍感とは恐ろしいものだ。

 

「行かない」

 

 不機嫌さを丸出しにした発言にもただ首を傾げるだけの一夏。

 

「あ、あんたと2人っきりっていうなら行ってあげても……」

「……そうだな。もともとお互いにって賭けだったんだし、そうするか」

 

 その言葉に再び顔を輝かせる鈴音。

 

「本当!?」

「ああ」

「や、約束だからね! 怪我治したら空いてる日教えなさいよ!」

「わかったよ」

「じゃ、じゃあもう行くわ。しっかりと怪我治しなさいよ!」

 

 にこやかに病室を出る鈴音。

 

(やったわよグラハム! これで一夏と……!)

 

 少女はこれまでにないほど、晴れやかな気分だった。



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#18 決意

 六月初頭。

 一夏は無事に医務室から出ることを許され、今日は友人宅に出かけて行った。

 その際に一夏はグラハムを誘おうとした。

 この時代、兵器のみならず医療関係の技術も大きく発展し、骨折程度なら一週間あれば動くことができる。

 だがグラハムは足を休ませたいと一夏の誘いを辞退した。

 もともと彼は先端医療などの不自然な治癒法を好まなかった。

 元の世界では医療用カプセルを一度も利用しなかったほどだ。

 静養して自然治癒にまかせたいということも大きな理由ではある。

 だがそれ以上にGNドライヴ搭載型フラッグの開発がまったく進んでいないことが理由になっていた。

 当然ながらMSとISは技術的に大きな違いを持つ。

 『カスタムフラッグ』(IS)に関しては軽量化をメインにしたため、『フラッグ』と『カスタムフラッグ』(MS)の違いを調べ上げ、『打鉄改』の設計図に反映していた。

 だがGNドライヴ搭載機となると勝手が違ってくる。

 この世界におけるGNドライヴのデータ、搭載に際して必要となる新規パーツ開発に機体の整合性、拡張領域など多くの課題が存在する。

 今のところIS学園内の技術者などから得たツヴァイやGNドライヴのデータを元にスタンドポジションの設計をほぼ完成させている。

 ただ可変機構やクルーズポジションの設計は難航していた。

 『ブレイヴ』の設計図を反映できるだけの技術がこの時代にはないのだ。

 そうなるとMSの知識が豊富であるとはいえパイロットであるグラハムには手の付けようがない。

 

「………………」

 

 グラハムは苦渋の決断を下した。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 午後。

 グラハムは格納庫にいた。

 彼の正面にはフラッグがスタンドポジションで展開され、周囲にはさまざまな機器が並んでいる。

 さらに手には端末を持っており設計図一枚分のデータが表示されている。

 SVIS-01X『GNフラッグ』と名を与えられたISのスタンドポジションでの設計図である。

 ツヴァイの解析データを元にSVMS-01X『ユニオンフラッグカスタムⅡ』、GNX-Y903VS『ブレイヴ』のデータを可能な限りで反映されたフラッグの改修機である。

 とはいうもののクルーズポジションは未完成であり、現段階では可変機構は使用できないものになっている。

 グラハムは可変機構を後から追加できるよう可能な限りでフラッグの現在の可変機構を残せるように設計し直した。

 そのために外見はフラッグを周到している。

 現在、必要なパーツを発注しており、大きな改修作業を行えない。

 今日はあくまでフラッグの微調整と下準備である。

 

「では、はじめよう」

 

 グラハムはスパナを握った。

 設計図の映ったのとは別の端末を操作する。

 

「……少し、感度が落ちているな」

 

 左手のスパナ型検査機で異常を見つけ、右手で端末を操作し修正する。

 機会が触れ合う音。

 端末を操作する音。

 静かな空間にそれだけが響く。

 いつ聞いても心地よいものだとグラハムは思った。

 それらを奏でているグラハムを何度もちらちらと見ている少女がいる。

 簪だ。

 グラハムから少し離れた格納庫の端でISの調整をしていた。

 だが何度調整を施してもなかなか形にならない。

 ふと最初にグラハムが目に入ったとき、彼女の目は明らかに羨望のまなざしをしていた。

 本人はパイロットと言いながらも彼はISの調整を滑らかに進めている。

 その姿が羨ましかったのだろう。

 何度も何度もグラハムの方へ視線が向く。

 もう二桁は見ているだろうか。

 ついに目が合ってしまった。

 

「どうかしたかね? 簪」

「な、何でもない」

 

 慌てて簪は目をそらし、作業に戻る。

 屈み込み、脚部の調整を行う。

 何度か配線を直すと、エラー表示が眼鏡型ディスプレイから消える

 ホッと息をつく簪。

 

「ほう、これが君のISか」

「!?」

 

 突如、上から声が降ってきた。

 顔をあげるといつの間にか後ろに回り込んでいたのだろう。

 グラハムは後ろから簪のISを見ている。

 

「頭部のセンサー系は打鉄のものだが、だいぶ外見が違うな。なんという機体かね」

「……『打鉄弐式』」

「成程。発展機というわけか」

「でも、まだ未完成」

 

 そうか、とグラハムは物珍しげに打鉄二式の周りをゆっくりと歩く。

 正直簪は自分のISについて触れられるのを嫌っていた。

 たいていの人は簪と姉を比較する。

 この機体にしてもそうだ。

 姉である楯無は自分一人で専用機『ミステリアス・レイディ』を作り上げたと言われている。

 妹である簪も姉に負けぬよう自分でISを作ろうとした。

 だが周囲はその姿も当たり前であると、楯無の妹なのだからといらぬ目を向ける。

 だから未完成であるその機体を見られるのを嫌がった。

 姉は完成させたのに妹は完成させられない。

 そう見られるのが怖かったのだ。 

 けれどもグラハムの目は嫌じゃなかった。

 おそらく彼の興味が打鉄弐式そのものにあるからなのだろう。

 たったそれだけなのかもしれない。

 それでも楯無の妹という視線でISを見ないグラハムは簪には他の人たちとは違うように見えた。

 

「ふむ。外見はかなりできているんだな」

「でもまだ中身とか武装が……」

「成程。どういう風にするのかね?」

「荷電粒子砲とかマルチ・ロックオン・システムを載せようかと」

「おお! それはおもしろそうな機能だな」

「でもまだそっちも未完成で……」

「それは残念だな。できることならば私も手伝えれば良いのだが……」

「いいよ。私一人でできる。……それにあの様子じゃちょっと無理だよね」

 

 そう言って簪は機器に囲まれたフラッグを見る。

 各部装甲が開き、回線が覗いている。

 

「何をしていたの?」

「うむ。私はIS学園の新型機器のテスターをしていてね。今回新しく開発された動力源を搭載できるように調整を施していた」

 

 半分は嘘だが半分は真実である。

 今回のフラッグ改修案には学園の一部技術者が関わっている。

 センサー類などは彼らの開発した新型に換装される予定だ。

 動力源はもちろんGNドライヴであり、表向きではIS学園が新規開発した動力源扱いになっている。

 それらの都合を合わせるために千冬がグラハムをテスターに任命した。

 

「……やっぱりグラハムはすごいね」

 

 どこか羨ましそうにグラハムを見つめる。

 

「どういうことかな?」

「イギリスの代表候補生に勝てる実力があって、ISにも詳しい。そうじゃなきゃテスターなんてやれないもんね」

「私はそこまで万能ではないよ」

「そんなことない」

 

 ううんと簪は首を振る。

 

「あの人も専用機を一人で作り上げたり、ロシアの代表する実力がある。そして生徒会長もやってる」

「………………」

 

 グラハムは黙って簪の話を聞いた。

 

「私は何もできない。……二人にはかなわない」

「……簪。知っているか?」

 

 完全に俯いてしまっている少女にグラハムは口を開く。

 

「楯無は一人でISを作ってなどいない」

「え……?」

「誰がいつそう言ったのか私は知らん。だが私は本人からそう聞いている」

 

 驚く簪。

 だがかまわずグラハムは言葉を続ける。

 

「誰かしら支えを受けて人は物事を行える。楯無も、私も誰かに支えられている」

 

 そう話しながらもグラハムの脳裏に親友の姿が浮かんだ。

 いつも無理難題を言っても快く引き受けてくれた友だ。

 ワンマンアーミーを気取った際も彼は助けてくれた。

 彼がいなければ私は何もできなかっただろう。

 

「人と人のつながりとはそういうものだ」

「………………」

「だからもし、手を差し伸べてくれる相手がいるのならば、素直につかむべきだと私は思う」

 

 そういうと簪の頭をポンと軽く叩き、フラッグの整備へと戻っていった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

(人と人とのつながり、か……)

 

 グラハムは調整を施しながら簪に言ったことを考えていた。

 消えていなかったガンダムへの憎悪。

 それは元をただせばハワードやダリルといったグラハムとの繋がりの深い人物をガンダムが奪っていったことに起因するのではないだろうか。

 あのとき、スローネへ向かっていった彼がかつての自分が宿っていたような感覚に陥ったのは一夏というこの世界で得た友人を傷つけられたことが原因ではないだろうかと。

 

「………………」

 

 人とのつながりを断たれることに恐怖を覚えているのか……?

 再び孤独になるのを私自身が恐れているのだろうか?

 かつて、私は孤独だった。

 孤児院や軍の訓練基地でも友人と呼べる存在はいなかった。

 軍に入って初めて得たハワード、ダリルという友。

 彼らを失ったことが矛盾を認めぬ私の心を蝕み、その歪みを大きくしていったのではないか?

 ならば、再び歪まないためにも、私は一夏達を守れればいいのだろうか?

 ――いや違う。

 彼らを守り、私も生きなければならない。

 それが、生きるために戦う。

 私は友を、仲間を守る。

 だからこそ生きるために戦うのだ。

 決めたぞ、少年!

 これが私の決意だ。

 グラハムは姿勢を正すとフラッグに敬礼した。

 

「宣誓しよう。私、グラハム・エーカーは、仲間を守り、そのためにも生きることを」

 

 敬礼を解く。

 今の私なら、少年の背中を追えるだろうか。

 いや、そうする必要があると見た!

 グラハムは頷き、再び整備に取り掛かろうとしたとき。

 

「かーんちゃん、きたよ~」

 

 のそーりした声が格納庫の静かな空間に響く。

 グラハムが視線を向けると言わばのほほんという例えの似合う女子が入ってきた。

 布仏本音。

 それがこの女子の名だとグラハムは記憶している。

 同じクラスで一夏はのほほんさんと呼んでいることも。

 

「……来たの? あの人に言われてなら……」

「ううん。私はかんちゃんのメイドさんだから~」

「………………」

 

 黙り込んでしまっている簪。

 その表情はどこか嫌そうにも見える。

そんな様子を気にするそぶりを見せない辺り、本音はマイペースである。

 

「あ~、ハムハムだ~」

 

 グラハムを見つけてぶんぶんと手を振る。

 ちなみにハムハムはグラハムにつけられた渾名である。

 

「本音か。どうかしたのかね?こんなところに」

「う~ん? かんちゃんのメイドさんだから手伝いにきたの~」

 

 メイド、というのはグラハムにはいまいち理解できなかったが本音が簪を手伝いに来たことは分かった。

 

「そうか。それは是非手伝うと良い。ちょうど簪も困っていたところだろう?」

「え?」

「お~。じゃあ何すればいい~?」

「え、えっと。じゃあ――」

 

 そう言うと戸惑いながらも簪は本音とともにISの調整を行う。

 多少強引かもしれないが、こうしてきっかけは作らねばな。

 そこから彼女も何かしら決意してくれれば、とグラハムは思った。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 午後五時半。

 グラハムは整備と調整を終え、寮へと向かっていた。

 

「おーい、グラハム」

 

 そこに一夏が手を上げて歩いてくる。

 

「帰ったか。一夏」

「ああ。ただいま」

 

 並んで寮へ入る。

 ふとグラハムは一夏が右手首を振っているのが見えた。

 

「手をどうしたのか?」

「ん? 弾の奴とゲーセンでホッケーやってさ。六連戦全勝したんだが手がダルくてな」

 

 因みにだがそのホッケー六番勝負。

 九割は自殺点によるものである。

 

「弾? ああ、例の友人か」

「そうそう。本当はお前も誘いたかったんだけどな」

「申し訳ない。まだ怪我が完調とはいいがたくてね。次の機会を楽しみにさせてもらうさ」

「おう! ……ところでさ」

 

 そう言いながら一夏が掲示板に張り出されたお知らせを指さす。

 

「ついに今月だな。学年別個人トーナメント」

 

 その言葉にグラハムはいつもの挑戦的な笑みを浮かべる。

 

「そうだな。ついにこの時が来た。私の心は震えているよ」

「負けないからな」

「全力を望む!」

 

 互いに握り拳を作り、戦いを誓う二人。

 

「そういえば」

 

 その拳を下ろしながらグラハムが尋ねる。

 

「今、君は一人部屋だったな」

「そうなんだよな。箒が別の部屋に移るからてっきりお前が来ると思っていたんだけどな」

「……まさか」

「ん?」

「三人目の男子がいるということなのか?」

「だったらいいんだけどなぁ。ニュースにもなってないんだぜ」

「そうだったな。私の思い違いか」

 

 ハハハ、と二人は笑う。

 だが、それが現実になるとはこのときの二人には知る由もなかった。




やばいです。
グラハムフィンガー。
やばいです。


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学年別トーナメント
#19 三人目の男


 月曜日。

 

「やっぱりハヅキ社製のがいいなぁ」

「え? そう? ハヅキのってデザインだけって感じしない?」

「そのデザインがいいの!」

「私は性能的に見てミューレイのがいいかなぁ。特にスムーズモデル」

「あー、あれねー。モノはいいけど、高いじゃん」

 

 クラス中の女子がカタログを持ってあれやこれやと意見を交わしている。

 話題はISスーツだ。

 IS学園指定のスーツである必要はなく、自由に選べるのだ。

 無論、それには理由がある。

 ISは百人百色と言えるほど仕様が個人によって変化する。

 故に早いうちからの個人のスタイル確立のためにスーツの自由化を認めている。

 もっともこの時点の彼女たちがそこを真剣に考えているかと言えばそうでもないようだが。

 ともかく朝から女子達に熱気がある。

 

「そういえば織斑君のISスーツってどこのやつなの? 見たことない型だけど」

「あー、特注品だって。男のスーツがないから、どっかのラボが作ったらしい。えーと、もとはイングリット社のストレートアームモデルって聞いてる」

 

 一夏はところどころ思い出しながらなのだろう、たどたどしく答える。

 

「エーカー君のは?」

「私のはエドワードズ社のユサフモデルをベースに作られていると聞いた」

 

 グラハムはさらりとつっかえることなく答えた。

 ――なにしろ私が自分で選んだのだ、覚えているのは当然というものだろう。

 ちなみにだがエドワードズ社は米軍御用達でルフィナのスーツと同じものを原型としているが、この場においては気付いた者はいない。

 ただ、少し離れたところで頬を染めていることからルフィナは気づいているようだ。

 

「諸君、おはよう」

「お、おはようございます!」

 

 教室に入ってきた千冬の挨拶に皆が引き締めて返す。

 あれだけ騒がしかった教室が水を打ったように静まり返る。

 

「今日からは本格的な実戦訓練を開始する。訓練機ではあるがISを使用しての授業になるので各人気を引き締めるように。各人のISスーツが届くまでは学校指定のものを使うので忘れないようにな。忘れたものは代わりに学校指定の水着で訓練を受けてもらう。それもないものは、まあ、下着で構わんだろう」

 

 ――そこは構ってもらいたい。

 グラハムは苦笑する。

 一夏も同じ意見らしく、千冬に向けられている顔にも苦笑いが浮かんでいる。

 おそらく何人かの女子達もそう思ったことだろう。

 

「では山田先生、ホームルームを」

「は、はいっ」

 

 連絡事項を言い終え、千冬は山田にホームルームを促す。

 彼女は眼鏡を拭いていたらしく、慌ててかけ直した。

 

「ええとですね、今日はなんと転校生を紹介します!」

「え……」

「しかも二名です!」

『えええええっ!?』

 

 いきなりの転校生紹介に静かだったクラスが一気に騒がしくなる。

 無理もない。

 噂好きな十代女子が大半と言っても過言ではないIS学園。

 そのまさに巨大な彼女たちの情報網に一切引っかからなかったのだから。

 さらに二人という情報がさらに事を大きくする。

 そんな中、男子二人は別の事を考えていた。

 

(普通、転校生ってのは分散させるもんじゃないのか?)

(鈴のことを考えれば、間違いなく実力のある専用機持ちだろう。心躍るのは否定しないが、何故このクラスに入れる必要がある?)

 

 勿論、上から一夏、グラハムである。

 

「失礼します」

 

 クラスのざわめきと思考がピタリと止まる。

 それもそうだろう。

 二人のうち一人は、少年だったからだ。

 

「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。この国では不慣れなことも多いと思いますが、皆さんよろしくお願いします」

 

 クラス中の視線が少年に向けられる。

 わずかな沈黙の後、

 

「お、男……?」

 

 誰かがそう呟く。

 

「はい。こちらに僕と同じ境遇の方がいると聞いて本国より転入を――」

 

 中性的な整った顔立ちに、人なつっこさの中に品が見え隠れしている表情。

 首の後ろで纏められた濃い金髪はよく手入れがなされている美しさがある。

 華奢な体からみてもまさに『貴公子』というべき姿をしていた。

 ちなみにだが、グラハムもかつては『空戦の貴公子』などと呼ばれていた。

 無論、本人は由としなかったが。

 

「きゃ……」

 

 咄嗟にグラハムと一夏は身構える。

 

『きゃあああああああ――――ッ!』

 

 事は彼らの予想通りに起きた。

 女子達の歓喜の声が爆発したのだ。

 

「男子! 前代未聞の3人目の男子!」

「しかもうちのクラス!」

「しかも二人とは違う守ってあげたくなる系!」

「地球に生まれてよかった~~!」

 

 こればかりは漢でも耐えきれん!

 グラハムの顔がわずかに歪む。

 それだけのすさまじい音量が響く。

 耳を抑えたくなるのを我慢しつつ三人目の男子を見る。

 

(よもや、先日の話が本当になろうとは……)

 

 おそらく彼は一夏と同じ部屋になるだろう。

 そこまで考えて思考が再び遮られる。

 窓もドアも閉まっているだからだろう。

 女子たちの声が反響しそれによって音量がさらに上がったのだ。

 

「あー、騒ぐな。静かにしろ」

 

 そんな中でも動じない千冬が面倒くさそうにぼやく。

 

「み、皆さんお静かに。まだ自己紹介が終わってませんから~!」

「………………」

 

 少年の隣に立つもう一人の転校生。

 男性の転入生の隣にあって強い印象の残る出で立ちをしていた。

 その姿にクラスが持った印象は『軍人』。

 綺麗な長い銀髪を腰まで伸ばしているが、隣の少年と比べると手入れがなされるとは言い難い。

 だが何よりもクラスの注目を集めているのは左目の黒眼帯。

 凍てつくような色を浮かべている右目と合わせ、その小さな身長からは想像もつかないほどの鋭い気配を感じさせる。

 

「……挨拶をしろ、ラウラ」

「はい、教官」

 

 少女は敬礼を千冬に向ける。

 その様になっている敬礼にほう、とグラハムは呟いた。

 グラハムの部下がよくしていた敬礼だ。

 

(あの敬礼はAEU系の……成程、ドイツ軍人か)

 

 AEU式の敬礼と千冬に対する態度からグラハムはラウラと呼ばれた少女の身分を理解した。

 

「ここではそう呼ぶな。もう私は教官ではないし、ここではお前も唯の一生徒だ。私のことは織斑先生と呼べ」

「了解しました」

 

 背筋を伸ばした受け答えはまさに軍人のそれだ。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

「………………」

 

 沈黙が流れる。

 どうやらこれ以上口を開くつもりもないようだ。

 ふと彼女の視線は一夏に向けられた。

 

「貴様が――!」

 

 つかつかとそのまま一夏の前まで歩き、手を振るう。

 だがそれは空を切るだけだった。

 

「軍人が一般市民に手を上げるとはな」

 

 冷静な声音で呟くグラハムをラウラが睨みつける。

 彼の左手には一夏の後ろ襟が掴まれていた。

 何が起こるか判断したグラハムは咄嗟に前に座る一夏の襟を後ろに引っ張ったのだ。 

 おかげで一夏は謂れのない暴力を回避した。

 

「………………」

 

 舌打ち一つ二人の少年に落とし、

 

「私は認めない。貴様があの人の弟であるなど、認めるものか!」

 

 そう吐き捨てて自分に宛がわれた席へと歩いて行った。

 

「サンキュ、グラハム」

「気にするな」

「あー、……ゴホンゴホン! ではHRを終わる。各人はすぐに着替えて第二グラウンドに集合。今日は二組と合同でIS模擬戦闘を行う。解散!」

 

 気まずい沈黙のクラスを千冬が手を叩いて行動を促す。

 一夏は先の事に怒りをいだいていたが今はそれどころではない。

 これから男子は着替えにアリーナの更衣室まで移動しなければならないのだから。

 

「おい織斑、エーカー。デュノアの面倒を見てやれ」

「はい」

「了解した」

「えっと、織斑君に、エーカー君だよね? 初めまして。僕は――」

「ああ、いいから」

「移動が優先だ」

 

 一夏がシャルルの手を取り、そのまま教室を飛び出した。

 

「とりあえず、男子は毎回空いているアリーナ更衣室で着替えるから、早く移動に慣れてくれ」

「う、うん……」

 

 その様子に二人は違和感を覚える。

 シャルルが先程と違って落ち着きをなくしている。

 

「トイレか?」

「トイ……っ違うよ!」

「そうか。なら急ぐぞ」

 

 三人は階段を駆け下り一階へ。

 速度を落とすなど愚の骨頂。

 何故なら――

 

「ああっ! 転校生発見!」

「しかも織斑君とエーカー君と一緒!」

 

 すでにHRは終了しているからだ。

 情報先取をかけて全学年全クラスから尖兵が行動をすでに開始している。

 捕まれば最後、授業に遅刻は確定で、鬼教師の特別カリキュラムが待っている。

 そうなることだけは彼らは避けたかった。

 

「いたっ!」

「者ども出会え、出会えい!」

 

 後ろを見ると法螺貝を吹く女子生徒の姿が確認できた。

 さすがは武士道の国、法螺貝まで取り出すか!

 一瞬グラハムの気がそれかける。

 だが正面に女子たちが並んでいるのを見るとすぐに思考を戻す。

 完全にふさがれているが厚みは一人分しかない。

 ならば、

 

「一夏、フォーメーションEだ」

「おう!」

 

 三人の中からグラハムが前に飛び出す。

 そのまま膝立のような姿勢をとる。

 

「え?」

「後に続けシャルル!」

 

 状況を呑み込めていないシャルルに一夏は声をかけ、跳躍。

 そのままグラハムの背を踏み台にさらに高く飛び上がる。

 

『何ィ!?』

 

 驚く女子達を飛び越えて走り出す一夏。

 

「来いシャルル!」

 

 グラハムの合図にシャルルもまた一夏に続く。

 二人を壁の向こうに送り出した彼はそのまま女子達に向かって走り出す。

 そのまま床を蹴る。

 ただし横へ。

 廊下の壁を蹴り、自身も女子達の作り上げる壁を超える。

 着地。

 そのままわき目もふらずに更衣室へと走り出した。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「よーし、到着!」

「ふむ、今回も任務成功だな」

 

 一夏を先頭に更衣室のドアをくぐるグラハムたち三人。

 

「な、何でみんな騒いでいるの?」

 

 先程の状況が飲み込めなかったのか、シャルルは困惑顔で聞いてくる。

 

「そりゃ、男子が俺らしかいないからだろ、此処に」

「?」

「現在のところ、私たち以外にISを操縦できる男性はいない。だから珍しいのだろう」

 

 

 そう言いながらグラハムは腕時計に目をやる。

 時間はあまりない。

 

「うわ! 時間ヤバイな! すぐに着替えちまおうぜ」

 

 焦ったように一夏は制服のボタンを一気に外し、それをベンチに投げて一呼吸でTシャツも脱ぎ捨てた。

 続くようにグラハムも悠々とした表情で制服を脱ぐ。

 

「わあっ!?」

『?』

 

 上半身裸の二人を見て頓狂な声をシャルルは上げる。

 

「早く着替えることを推奨しよう。千冬女史は時間に厳しいからな、遅れるわけにはいかんのだよ」

「う、うんっ? き、着替えるよ? でも、その、あっち向いてて……ね?」

「ん? いやまあ、別に着替えをジロジロ見る気はないが……って、シャルルはジロジロ見てるな」

「み、見てない! 別に見てないよ!?」

 

 両手を突き出し、慌てて顔を床に向けるシャルル。

 その大げさとも取れる動作に一夏は訝るような表情をしている。

 

「一夏、シャルル。手を動かせ」

「あ、やべッ」

「うん」

 

 シャルルの視線に動じることなく、すでにグラハムは着替えを完了していた。

 一夏は壁を向いて着替えを再開する。

 

「私は先に行かせてもらう。シャルル、先の事をもう一度推奨させてもらおう」

「う、うん!」

 

 シャルルも一夏とは違う方向を向いたのを確認し、グラハムは更衣室を出た。

 

「……ふむ」

 

 あそこまで動揺するものだろうか。

 それに自分の置かれた状況への理解の薄さ。

 どうしてもグラハムにはシャルルの言動が不審に思えた。



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#20 教員の実力

 グラハムが第二グラウンドに到着してから約五分後。

 一夏とシャルルがやってきた。

 

「遅い!」

「すいません」

 

 二人は千冬に頭を下げ、列の端に並ぶ。

 

「ずいぶん遅かったじゃない」

 

 一夏の後ろに並んでいた鈴音が声をかけた。

 

「道が混んでいたんだよ」

「ウソおっしゃい。グラハムさんは間に合っていらっしゃるのに」

 

 今度は横にいるセシリアだ。

 

「大方なにかなさったのでしょう? 今朝のように」

「なに? アンタまたなんかやったの?」

「こちらの一夏さん、今日来た転校生の女子の方に危うくはたかれるところでしたの」

 

 その会話をセシリアの隣で聞いていたグラハムは何かを感じたのか人知れず息を吐いた。

 そんな彼の様子に気づくこともなく会話は進んでいく。

 

「一夏、アンタなんでそうバカなの!?」

「――安心しろ。バカは私の目の前にも二名いる」

 

 視線を後ろに向けたセシリアと鈴音の目に出席簿が飛び込んできた。

 ――気配を消して忍び寄るとは。

 えげつないものだなと思うグラハムの耳に間近で出席簿のさく裂する音が届いた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「では、本日から格闘及び射撃を含む実践訓練を開始する」

『はい!』

 

 いつもよりも大きな返事が響く。

 今回は一組と二組の合同であるために人数はざっといつもの倍である。

 先程出席簿で叩かれた二人も頭を抱えながらも返事をする。

 

「今日は戦闘を実演してもらおう。ちょうど活力が溢れんばかりの十代女子もいることだしな。――凰! オルコット!」

 

 専用機持ちは準備に手間取らないからだろうが、指名された二人は不承不承といった表情だ。

 

「どうしてわたくしが……」

「一夏のせいなのになんでアタシが……」

 

 見るからにやる気がない。

 そんな二人に千冬が歩み寄る。

 出席簿かと皆がビクつくが違うようだ。

 何かを小声で二人に告げている。

 

「やはりここはイギリス代表候補生。わたくしセシリア・オルコットの出番ですわね!」

「実力の違いを見せるいい機会だよねー。専用機持ちの!」

 

 その何かのせいだろう。

 二人の表情がやる気に満ち溢れていた。

 

「それでお相手は? 鈴さんとの勝負でも構いませんが?」

「ふふん。それはこっちの台詞」

 

 いったい何がそこまで駆り立てているのだ?

 グラハムは首を傾げていた。

 そんなときだ。

 どこからか風切り音がわずかにするのをグラハムは感じた。

 

「慌てるなバカども。対戦相手は――」

 

 どんどん風切り音が大きくなってきている。

 グラハムが空を見上げると

 

「ああああ―――ッ!! どいてくださあ~~いっ!!」

 

 涙目の山田がまっすぐに落ちてくる。

 

「なんと!?」

 

 咄嗟にグラハムは前へと飛び込んだ。

 直後、すさまじい音が響く。

 受け身をとったグラハムは大したダメージもなくすぐに立ち上がる。

 先程まで立っていた場所へ目を向けると小さなクレーターができていた。

 少し横に目線をずらすとISを纏った一夏が同じく纏っている山田の上に馬乗りになっていた。

 どうみても一夏が山田を押し倒したようにしか見えない。

 突如、いつぞやのような殺気を察知したグラハムは反対側へと視線を移す。

 

「………………」

 

 青筋を立てた笑顔の鈴音が両刃形態『双天牙月』を振りかぶっていた。

 

「うおおおっ!?」

 

 のけ反って一夏は投擲された青龍刀をなんとかかわす。

 だが、ブーメランのような形状をもつそれは旋回をし、再び一夏の首を狙って飛んでいく。

 銃声が二発なる。

 同時に『双天牙月』は軌道を変え、一夏に当たることはなかった。

 

「………………」

 

 一夏や鈴音はもちろん、その場にいたほぼ全員が唖然としている。

 驚くのも無理はない、そうグラハムは思った。

 その射撃を行ったのが山田だったからだ。

 いつもの雰囲気やついさっきクレーターを作り上げたことからはまるで想像がつかない。

 

「山田先生はああ見えて元代表候補生だからな。今くらいの射撃など造作もない」

「む、昔のことですよ。それに結局は代表候補生止まりでしたし」

 

 ぱっと雰囲気がいつもの山田に戻る。 

 眼鏡を両手で戻すしぐさや少し照れくさそうにしている表情は生徒たちの知るものだった。

 

「さて小娘共、いつまで惚けている。さっさと始めるぞ」

「え? あ、あの二対一で?」

「いや、さすがにそれは……」

「安心しろ。今のお前たちならすぐ負ける」

 

 千冬の言葉が癪に障ったのだろう、セシリアと鈴音の瞳に強い闘志が宿る。

 

「では、はじめ!」

 

 千冬の号令と同時にセシリアと鈴音が空へと昇る。

 それを目で確認した後に山田も飛翔する。

 

「手加減しませんわ!」

「覚悟してね先生!」

「い、行きます!」

 

 少しどもってはいるが山田の表情は冷静そのもの。

 確かにこれでは負けるな、とグラハムは結果をすぐに読んだ。

 二人は完全に山田女史の実力を見誤っている。

 特にセシリアは試験で勝利を得た相手。

 そのときと同程度にしか見ていないのだろう。

 セシリアがレーザーを放つがいとも簡単に山田は回避している。

 その動き一つとっても彼女の実力がいかほどのものかグラハムには理解できた。

 さて、と話を始めた千冬の方へ耳だけを傾ける。

 

「今の間に……そうだな。デュノア、山田先生が使っているISの解説をして見せろ」

「あっ、はい。山田先生のISはデュノア社製『ラファール・リヴァイブ』です。第二世代開発最後期の機体ですが、そのスペックは初期第三世代型にも劣らないもので――」

 

 大半の生徒がシャルルの説明に聞き入っていたがグラハムには聞こえていなかった。

 彼は今、空での戦いに魅せられていた。

 山田の戦い方はただ技量が高いだけではない。

 先を完全に見据えた高度な戦いをしているのだ。

 例えば今、山田の射撃をセシリアが難なく避けているように見える。

 だがその実、衝撃砲を展開した鈴音にぶつかるように誘導していたのだ。

 それにセシリアが気づいたのは二人が衝突した後。

 そこにはすでにグレネードが投擲されていた。

 山田はセシリアを誘導することで鈴音の衝撃砲を潰し、さらには一纏めに倒せるように自分が二人に対して上をとる形に行動していたのだ。

 これほどとは、とグラハムは感動すら覚えていた。

 爆発が起き、黒煙の中から二人は墜落し、クレーターをグラウンドに作り上げた。

 その中心でセシリアと鈴音が言い争いをしている。

 

「さて、これで諸君にも教員の実力が理解できただろう。以後は敬意を持って接するように」

 

 グラハムは瞳を輝かせながら千冬へと歩み寄った。

 

「千冬女史! 私にも戦う機会を与えていただきたい!」

 

 ヴンッ! 

 

「授業が先だ馬鹿者」

 

 出席簿が振るわれる。

 無念、という表情をしながらもグラハムは難なく回避して見せた。

 そんな彼を無視して千冬は手を叩き、生徒たちの意識を切り替えさせる。

 

「専用機持ちは七人か。では出席番号順に七つのグループに分かれて実習を行う。各グループのリーダーは専用機持ちがやれ」

 

 その後、三つのグループで黄色い声が上がったのはまた別の話である。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 夕方。

 グラハムはセシリアたちとの特訓を終えて職員室にいる。

 最近ではGNドライヴの使用許可を得るために千冬のもとに向かうのは日課に近い。

 

「では、鍵はお借りする」

「ああ、なくすなよ」

 

 現在、グラハムに割り当てられたGNドライヴは格納庫内の十号ロッカーに厳重に保管されている。

 そのため、使用するには千冬のみが持つ専用のカギを借りなくてはならない。

 ここ数日は新規パーツが届き始め、GNドライヴを用いた調整をグラハムは繰り返し行っている。

 

「完成までどのくらいかかる」

「まだすべてのパーツが届いていないから何とも言えないが、遅くても来月中には完成するはずだ」

「そうか」

 

 ただ、この完成というのはあくまでスタンドポジションのみに限定した話であって、全体の完成はかなり先になりそうである。

 

「……千冬女史」

 

 グラハムは声のボリュームを落とした。

 

「なんだ?」

「シャルルのことなのだが」

 

 千冬が顔をしかめる。

 どうやら彼女もグラハムと同じ疑問に突き当たっていたようだ。

 

「お前の言いたいことは分かっている。……何故、今の今まで存在の秘匿されていた男性操縦者がいるのか、だろう?」

「ああ。先ほど彼の実力を見たが明らかにおかしい。あれほどの技量があるのに男性という理由で秘匿する意味があるまい」

 

 グラハムは特訓の際にシャルルと一夏の模擬戦を見ていた。

 機動性やキレもさることながら特筆すべきは武装の高速切り替えだ。

 戦闘と同時進行で武器を切り替えるのは非常に高度な戦闘技術だ。

 まさに代表候補生というに相応しい実力を持っている。

 だからこそ秘匿する必要性がグラハムには理解できなかった。

 

「もっともだ。それに秘匿されていたという前提がおかしい。デュノアの実家はIS関連企業。秘匿する意味がない。公表した方が注目は集まり、企業にもプラスにしか働かないだろう」

「千冬女史、彼はもしや――」

「言わんでいい。だが確かにそう考えるのが妥当だろう」

「………………」

 

 グラハムは千冬とほぼ意見が一致したことを確かめると、一礼をして職員室から出て行った。

 やはり、裏に何かある。

 そう彼は確信した。




この話ではシャルルは初日から特訓に加わっています。


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#21 一触即発

 二人の転校生を迎えてから五日後。

 土曜日の午後、一夏達は解放されたアリーナで特訓を行っていた。

 今までも一夏は箒と鈴音に操縦を学んでいたがシャルルも転入してからその中に加わっていた。

 

「一夏のISは近接格闘オンリーだから、相手の射撃武器の特性を深く理解しないと勝つのはやっぱり難しいよ。特に一夏の瞬時加速は直線的だから軌道が読みやすいしね」

「直線的か……」

 

 一夏は視線をシャルルから空へと移す。

 グラハムとルフィナが空中戦を繰り広げていた。

 縦横無尽に飛ぶのは共通しているが、その動きには大きな違いがあるらしい。

 ルフィナの動きは一見無茶苦茶に見えて、その実かなり論理的な動きをする。

 一零停止、特殊無反動旋回などをまさに予測してないようなタイミングで行う。

 セシリア曰く「教科書通りの動きしかできない人では勝てませんわね」

 一夏が勝てたのは接近戦に彼女が持ち込んだのが要因だと千冬も言う。

 一方のグラハム。

 彼は一見無茶苦茶に見えて本当に無茶苦茶な動きをしている。

 なぜならISの戦闘技を使うことはほぼなく、使ったとしても自分なりのアレンジを加えているからだ。

 本人曰く「勘」で動いているらしく、その勘が外れたのを誰も見たことがない。

 セシリア曰く「常識にとらわれてはいけませんわ」

 そんな両者の空中戦はアリーナにいた他の生徒達からも視線を集めている。

 白式のセンサーがエネルギー反応をフラッグのスラスターから検知する。

 

「グラハム・ブースト!」

 

 急激な加速とともにルフィナへと突撃をかける。

 その直線的な動きに上へ飛びことでルフィナは回避をとる。

 直後、グラハムの軌道が大きく曲がる。

 腰部スラスターによる急激な上昇をかけたのだ。

 プラズマソードを構えたグラハムが飛びかかる。

 勢いあるグラハムの斬撃を受け止めようとソニックブレイドをルフィナは出現させる。

 だが斬撃は届かなかった。

 グラハムはプラズマソードを振りおろす際にプラズマを消していた。

 刀身であるソニックブレイドはサバイバルナイフ程度の長さの刃しか持たず、ルフィナの剣の手前で空を切った。

 にも関わらずルフィナは横に吹き飛ばされていた。

 振り下ろしの際に体をひねり、蹴りを浴びせていたのだ。

 予想外の動きにルフィナは対処しきれなかった。

 

「そこまで!」

 

 セシリアの声に追撃をかけようとしたグラハムの動きが止まる。

 その後緩やかに降りるとルフィナ、セシリアの二人と会話を始めた。

 そこで一夏は視線をシャルルへと戻す。

 

「……ああいうのすればいいのか?」

「瞬時加速中の無理な軌道変化は最悪骨が折れるからやめたほうがいいよ」

「……なるほど」

 

 苦笑いをするシャルルに一夏は頷く。

 

(やっぱ、グラハムって人間超えてるな)

 

 その後、一夏はシャルルの銃器を借りて実技を絡めて銃の特性のレクチャーを受けた。

 一夏が一マガジン分使い果たした時だ。

 

「ねえ、ちょっとアレ……」

「ウソっ、ドイツの第三世代型だ」

「まだ本国でのトライアル段階だって聞いてたけど……」

 

 急にアリーナがざわつき始める。

 一夏達も注目の的の方へと目を向ける。

 

「………………」

 

 そこにいたのはもう一人の転校生、ラウラ・ボーデヴィッヒだ。

 

「おい」

 

 オープン・チャネルで声が飛んでくる。

 一夏達にはその声が誰のものか分かっていた。

 ラウラのものだ。

 転校初日以来、誰とも話している姿を見たことはないが一夏は初日に危うく平手打ちされるところだったのだ。

 その声音を忘れるはずもない。

 

「……なんだよ」

 

 一夏が通信を返す。

 

「貴様も専用機持ちだそうだな。ならば、話が早い。私と戦え」

「嫌だ。理由がねえよ」

「貴様にはなくても私にはある」

 

 一夏が苦い表情をする。

 勿論、ラウラの言うことに覚えがあるからだ。

 第二回モンド・グロッゾ決勝戦において千冬は不戦敗をしている。

 その原因となったのが一夏だ。

 彼は正体不明の『謎の組織』に誘拐、監禁された。

 その弟を助けるために千冬は決勝を棄権し監禁場所へ向かったのだ。

 その際に一夏の居場所を特定したドイツ軍に『借り』を返すために一年程教官の仕事を受けた。

 おそらくラウラとはそのときに出会ったのだろう。

 

「貴様がいなければ教官が大会二連覇の偉業をなしえただろうことは容易に想像できる。

だから、私は貴様を――貴様の存在を認めない」

 

 その言動は千冬を師として尊敬しているというより強さそのものにほれ込んでいるように見える。

 故に彼女の経歴に傷をつけた存在として一夏が憎いのだろう。

 実際、一夏自身あのときの無力な自分が許せない程だ。

 信奉者ならば存在を否定したくなるのを彼は理解できた。

 

「また今度な」

「ふん。なら、戦わざるを得なくしてやる」

 

 言うが早いか、ラウラはその漆黒のISを戦闘状態へとシフトさせる。

 刹那、左肩に装備された大型の実弾砲が火を噴いた。

 一夏のISは戦闘状態にはなっていない。

 高速で飛来するそれはまさにぶつかろうとしたとき。

 

「……こんな密集地帯でいきなり戦闘を始めようとするなんて、ドイツの人はずいぶん沸点が低いんだね。ビールだけでなく頭もホットなのかな?」

「貴様……」

 

 間一髪という位置に割り込んだのはシャルル。

 彼はシールドで弾き、同時に右腕にアサルトカノンが展開、銃口をラウラへと向ける。

 

「フランスの第二世代型(アンティーク)ごときで私の前に立ちふさがるとはな」

「未だに量産化の目処が立たないドイツの第三世代型(ルーキー)よりは動けるだろうからね」

 

 互いに涼しい顔をした睨み合いが続く。

 だが静かな均衡状態は一瞬で崩れる。

 互いにほぼ同時に得物のトリガーを引いたのだ。

 ラウラは先の大型の実弾砲、シャルルはアサルトカノンからそれぞれ弾丸が放たれる。

 だがそれらは別方向から飛来した青の光弾によって撃ち落された。

 

「止めておけ」

 

 グラハムだ。

 リニアライフルを構えたまま宙から二人を見下ろす。

 

「教員がこちらに来ているようだ」

 

 突然スピーカーのハウリングが鳴る。

 

『そこの生徒! 何をやっている! 学年とクラス、出席番号を言え!』

 

 続いて声がアリーナに響いた。

 恐らくはグラハムの言っていた担当の教師だろう。

 

「……ふん。今日は引こう」

 

 横槍を何度も入れられて興が削がれたのだろう。

 ラウラはあっさりと戦闘状態を解除してアリーナゲートへと去っていく。

 その姿がゲートの向こうへと消えるとグラハムが一夏達の元へ降りてきた。

 

「大丈夫か?」

「うん。一夏は?」

「あ、ああ。助かったよ」

 

 シャルルはいつもの人懐っこい顔で一夏の顔を覗き込む。

 グラハムもマスクを解除している。

 だがその目はどこか鋭いものが光っていた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 訓練を終えた一夏とグラハムは更衣室へと歩いていた。

 シャルルは何故か先に更衣室へ行ってしまっていた。

 

「グラハム。センサー変えたのか? マスクのデザインがいつもより鋭かったしさ」

「センサーの調子が悪くてね。千冬女史に頼んで装甲ごと変えてもらった」

「そういえば頭部のアンテナみたいのも変わってたな」

 

 そんなことを話しながら二人は更衣室のドアをくぐる。

 すでに着替えを済ましたシャルルがそこにいた。

 

「お疲れ様、二人とも」

「ああ。シャルルも」

「悪いなシャルル。待たせて」

 

 そう言いながら二人は着替え始めた。

 転入初日以来、授業やそれ以外でも三人で着替えるということをしていない。

 たとえあったとしてもシャルルは制服の下にISスーツを着込んでいる。

 それ以外は今回のように先に着替えて待っているということしかない。

 そのことに二人は疑念を抱いていた。

 ただその中身は違ってはいたが。

 

「あのー、織斑君とエーカー君、デュノア君はいますかー?」

 

 ちょうど二人が着替え終わった頃、ドアの外から山田の声が聞こえてきた。

 

『はい』

 

 三人が答える。

 

「入っても大丈夫ですかー?」

「着替えは済んでます」

「そうですかー。それじゃあ失礼しますねー」

 

 そう言いながら山田が入ってきた。

 

「何か用だろうか? 山田女史」

「ええとですね、今月下旬から週二日で大浴場が使えるようになりました」

「本当ですか!」

 

 山田の話に一夏が感激している。

 彼女の手を取り、

 

「嬉しいです。助かりますありがとうございます、山田先生!」

 

 と熱心に礼を述べている。

 恥ずかしいのか山田が照れている。

 

「……これで一夏は無意識なんだもんね」

「ああ。いつか刺されかねんな」

 

 呆れる二人。

 そんな視線を感じたのか、一夏は手を離す。

 山田も背を向けてしまう。

 

「――風呂に入れるというのは僥倖だな」

「――そうだね」

「もっと喜べよ、二人とも」

 

 無表情に感想を述べる二人に一夏が言う。

 ああ、と山田が再び一夏の方へ向いた。

 

「織斑君にちょっと書いてほしい書類があるので来てもらえますか? 白式に関するものなので少し枚数が多いんですが」

「わかりました。じゃあ二人とも、悪いけど先に戻っててくれ」

「うん。わかった」

「了解した」

「じゃ山田先生、行きましょうか」

 

 一夏が山田とともに更衣室から出て行った。

 その際に山田の顔がわずかに赤いのを二人は見逃さなかった。

 

「間違いなく刺されるよね、一夏」

「同感だな」



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#22 シャルル

 グラハムは一度部屋に戻ると購買へと向かった。

 どうしてかふとコーヒーを飲みたくなった。

 

(この世界に来てからコーヒーを口にしてないな……)

 

 そう思いながら角を曲がる。

 反対側から一夏が来た。

 彼は購買部の袋を持っている。

 

「もう終わったのか?」

 

「いや。山田先生が書類を間違えて捨てちゃったらしくて今新しいのを用意してもらってる。だからその間にボディソープをシャルルに届けようと思ってな」

 

 一夏は袋を掲げてみせる。

 中からボディソープの絵柄がうすく見える。

 

「なら、私が持っていこう」

 

「いいのか?」

 

「構わんよ。早くいって終わらせてくると良い」

 

「サンキュ」

 

 一夏はグラハムにビニール袋を渡すとそのまま来た道を引き返していった。

 こうしてはいられんな、とグラハムも一夏達の部屋へと向かった。

 部屋の前まで来たグラハムはまずドアを叩いた。

 

「シャルル。いるかね?」

 

 だが返事がない。

 ドアノブに手をかけると何の抵抗もなしにドアが開く。

 どうやらシャルルは鍵をかけ忘れたらしい。

 部屋に入ったグラハムだがそこにはシャルルの姿はない。

 だが水の流れる音は聞こえている。

 

「ふむ。すでに入っていたのか」

 

 ならば脱衣所に置くのがいいだろう。

 そう思ったグラハムは洗面所のドアを開けた。

 同時に二重にドアの開く音が耳に入る。

 ――なんということだ。

 すでに彼は出てきてしまったのか。

 だが開けてしまったものは仕方あるまい。

 

「失礼すr」

 

「ぐ、グラ……ハム……?」

 

「なんと!?」

 

 グラハムの目の前にいたのはシャルルのようでシャルルではない人物。

 顔立ちは間違いなくシャルルだろう。

 髪型も身長もシャルルと言って差し支えないだろう。

 では何が違うのか。

 その答えは華奢な体にあった。

 その胸部には男性ではありない膨らみがあったのだ。

 この人物は間違いなく女性だ、とグラハムは判断。

 それと同時に、

 

「失礼した!」

 

 彼はドアを閉めた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 グラハムは部屋の中心で正座をしていた。

 なんということだ、と己の迂闊さを恨む。

 彼が彼女である可能性に至っておきながらこのような事態を招くとは……!

 その上女性の裸を堂々と見るなどとはこれは失態で済むことではあるまい。

 しかも相手に涙まで……!

 ――かくなる上は……。

 護身用のソニックナイフを取り出す。

 志半ばで無念ではあるが、こうでなくては責任をとれまい。

 

「武士道とは……」

 

 ナイフの鞘に手をかける。

 

「死ぬことと見つけたり」

 

 ナイフを逆手に持ち直す。

 そのとき、洗面所のドアが開いた。

 シャルルが出てきたのだ。

 

「……!? な、なにやってるの!?」

 

 グラハムの様子に気づいたのかシャルルが慌てふためく。

 

「これが、漢の生き様だ!」

 

「意味わからないよ! とりあえずナイフを仕舞って!」

 

 少しの口論の後、渋々グラハムはシャルルに従った。

 ナイフを仕舞い立ち上がったグラハムはシャルルを見た。

 シャープなラインの入ったスポーツジャージを着ており体の線がはっきりと見える。

 胸部にはやはり膨らみがある。

 見られたせいなのだろう、さらしの類をしていない。

 

「……さらしはしなくていいのかね?」

 

「いいよ、別に……」

 

 そう言ってシャルルは自分のベッドに腰掛けた。

 

「どうせ、気づいていたんでしょ?」

 

「ああ」

 

「……やっぱりね」

 

 グラハムは眉をひそめた。

 彼は確かにシャルルについて疑問を抱き、実家だというデュノア社について調べてはいた。

 だがそのことは誰にも言っていない。

 ――いつ、感づかれた?

 そんな心情を読んだのか、シャルルが小さく首をふった。

 

「別にこれといった理由はないよ。なんとなく感づかれている気がしたんだ」

 

「……そうか」

 

 うなずくグラハム。

 シャルルは隣に座るようベッドをたたいた。

 グラハムはゆっくりとした動作でベッドに腰掛けた。

 

「………………」

「………………」

 

 沈黙が流れる。

 しばらくして、シャルルが口を開いた。

 

「……父にね、言われたの。男装をしろと」

 

「デュノア社の社長か」

 

「うん。直接の命令」

 

 シャルルの表情がはっきりと曇る。

 

「僕はね、愛人の子供なんだ」

 

「………………」

 

 その言葉はグラハムの想像をある種超えていた。

 そしてシャルルがどのような境遇にあったのか分からぬ程彼も馬鹿ではない。

 

「ようやく理解した」

 

「え?」

 

「何故、デュノア氏が自分の子供にこのようなことをさせるのか。それだけは分からなかった」

 

 グラハムはそう言うと、自分が立てていた仮説を述べた。

 

「フランスのとあるIS関連企業、仮にD社としておこうか。世界で量産機第三位のシェアを誇りながらもその会社は苦境に立たされていた。それは何故か? 第二世代機最後発であるその機体は運用実績の割には十分なデータを得られず、欧州の中でも孤立気味のフランスが急務とする第三世代機に反映できなかった。その結果、思うように開発が進められていないのが大きな要因だろう」

 

「………………」

 

「ISの開発が国からの支援が不可欠である現状、次期主力機選定に落ちれば更なる苦境に陥るだろう。そんな中、ある計画が持ち上がる。日本に現れた特異体二人。彼らとその機体のデータを開発に反映し他に類を見ないISを開発するというものだ。だがその計画は女性では接触のしにくさから難しいだろう。だが、そもそも男性パイロットがその二人しかいない。だからこそ、女性を男性に仕立て上げた」

 

 言いながら実に巧妙だとグラハムは思った。

 男性パイロットの存在はそれだけで会社のPRに繋がる。

 それにグラハムや一夏のデータから男性が扱えるISの開発に着手できるかもしれない。

 そうでなくとも《フラッグ》にはアメリカでさえ完成させていない自立可変機構が搭載されており、《白式》も第一形態なのにもかかわらずワンオフ・アビリティーを持つ謎の多いISだ。そのデータを入手できれば劣性を跳ね返すだけの第三世代機を開発できるだろう。

 だがそれだけの為にこの少女は駒のようにしか見られていない。

 その事実はおそらくシャルル自身が理解しているのだろう。

 やるせないものをグラハムは感じた。

 少しの沈黙の後、シャルルがため息をついた。

 

「そこまでわかっていたんだね」

 

「これでも世界の情勢には目をやっているのでね」

 

「でも、まあここまでかな。グラハムにはバレちゃってたみたいだし、きっと本国に呼び戻されるだろうね。父の会社も今のままにはいかないだろうけど、僕には関係ないかな」

 

「………………」

 

「あぁ……。なんか話したら楽になったよ。最後まで聞いてくれてありがとう。それと、今まで嘘を付いてごめんね」

 

 グラハムに深く頭を下げるシャルル。

 

「私にはわからない」

 

「え?」

 

 突然の言葉にシャルルは思わず顔を上げる。

 

「私には家族というものがいない。家族がどのようなものかも知らない」

 

「グラハム……」

 

 恐らくデータから知っていたのだろう。シャルルは追及しなかった。

 

「だが家族というだけで、親というだけで、人の自由を奪い、未来を、道を決めてしまってよいものなのか?」

 

「良いも悪いもないよ。僕には選ぶ権利なんて――」

 

「人はたとえ矛盾をはらんでも自分で未来を切り開いていく存在だ。それを下らんことで束縛するなど、私は認めない」

 

「………………」

 

「それに、私はこの件に関しては他言するつもりはない」

 

「え……?」

 

「私はこの件について他言しなければ君がどうのという問題はしばらく起こるまい」

 

 それに、と付け加える。

 

「IS学園の特記事項第二一、『本学園における生徒はその在学中において、ありとあらゆる国家・組織・団体に帰属しない。本人の同意が無い場合、それらの外的介入は原則として許可されないものとする』 その意味は分かるだろう」

 

 顔を上げたグラハムはシャルルに笑みを見せた。

 

「三年間、君は時間を与えられた。どうするべきか、じっくり考えるがいい」

 

「……うん」

 

「それと、君は私のかけがえのない友だ。いざというときは友を頼れ」

 

「うん!」

 

 ようやくシャルルは笑みを浮かべた。

 それを満足げに見たグラハムは立ち上がった。

 

「一夏に言うかどうかも君次第だ。仮にまだ話さないのであればすぐに着替えることを推奨しよう」

 

 そう言い残し、グラハムは部屋を出て行った。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 シャルルは一人ベッドに座っていた。

 

「………………」

 

『君は私のかけがえのない友だ』

 

 グラハムに言われた言葉がシャルルの頭の中で反芻している。

 引き取られてから二年間、彼女は居場所もなくただただ無為に過ごしていた。

 日本に行くことを命じられた時も感情は別段動かなかった。

 でもそこで母親が死んでから初めて、人生に光が見えた。

 ずっと憎まれ、唯一の血縁である父親に利用され続けてきた彼女にできた初めての味方。

 正体を知っても『友』と彼は言ってくれた。

 それがシャルルはとても嬉しかった。

 

「グラハム……」

 

 その名を口にし、鼓動が高鳴るのを感じた。

 

 ……そのせいだろうか。

 部屋に一夏が入ってくるのに気付かなかった……。



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#23 衝突

今回は一場面しかグラハムさん成分がありません。


 それは暗い闇の中にいた。

 

「………………」

  

 暗い部屋の中でラウラの赤い目が鈍く光る。

 その目は闇しかない空間に何かを見ていた。

 ――奴らを滅ぼす。

 それがもう何年も彼女の心の中に住み着いていた。

 だがそれを果たせていない。

 唯一一度だけ奴らを倒せるかと思った。

 織斑千冬が教官としてその場にいた時のことだ。

 あの時のことは今でも鮮明に覚えている。

 千冬の絶対的な強さに憧れを抱いた。

 自分もこうなりたいと願った。

 その無二の力を得たいとも。

 しかし、そんな尊敬する教官を完璧でなくする者がいた。

 ラウラはその存在を認めていない。

 

(排除する。どのような手段を使ってでも……)

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「そ、それは本当ですの!?」

 

「う、ウソついてないでしょうね!?」

 

 月曜日の朝。

 教室に向かっていたグラハム、一夏、シャルルの三人は廊下にまで聞こえる声に目をしばたたせた。

 

「なんだ?」

 

「さぁ?」

 

 一夏とシャルルが顔を見合わせながら首を傾げる。

 二日ほど前の一件がもとでシャルルの正体は一夏にもバレてしまった。

 だがそのことについては一夏も彼女の味方であると宣言した。

 結果、三人の仲は今まで通りである。

 仲良く首を傾げる二人を横目にグラハムが教室へと入っていく。

 

「なんか本当みたいだよ」 

 

「この噂、学園中で持ちきりなのよ? 月末の学年別トーナメントで優勝したら男子三人の誰かと交際でき――」

 

「私たちがどうかしたかね?」

 

『きゃああっ!?』

 

 グラハムの声に女子達が取り乱す。

 悲鳴を聞いた一夏達も教室に入ってきた。

 

「な、なんだよ今度は?」

 

「うむ。私が先の会話について問いただしてみたところ、激しく動揺されてしまってね」

 

 肩をすくめるグラハム。

 だが、先の女子達の様子から何かを感じ取っているようだ。

 

「じゃ、じゃああたし自分のクラスに戻るから!」

 

「そ、そうですわね! わたくしも自分の席につきませんと」

 

「…………じゃあ」

 

 どこかよそよそしく女子達はその場を離れていく。

 

「……なんなんだ?」

 

「さあ……?」

 

 わかっていないらしい二人がまたしても首を傾げる。

 グラハムは自分の席に着きながらチラリと箒を見る。

 平静を装っているつもりのようだがかなり焦っているようだ。

 そこで確信を持った。

 この件も間違いなく一夏の鈍感さが招いたということに。

 

(そういえば一夏が言っていたな)

 

『私が優勝したら付き合ってもらう』

 

 そう宣戦布告されたと一夏から聞かされている。

 彼は何やら買い物かなにかと思っているようだが。

 ――ロマンチックもなにもないな。

 何故、一夏はここまで鈍感なのだ。

 彼の星座ならばロマンチックな運命にあるはずだというのに……。

 本当に一夏はてんびん座なのかとグラハムはどうでもいいことに思考が走りだした。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「この距離だけはどうにもならないな……」

 

 一夏は走っていた。

 トイレが三箇所しかないため、授業終了のチャイムと同時に走ださなければ次の授業に間に合わないのだ。

 特に今はのんびりしている時間はない。

 次の授業はISの格闘技能に関する基礎知識と応用。

 近接格闘一択しかない一夏にとってはまさに死活問題となりうる授業だろう。

 間に合わなければ致命的な失態になるのは間違いない。

 焦りを多分に含みながら疾走していると、

 

「なぜこんなところで教師など!」

 

「やれやれ」

 

 声が聞こえた。

 それは曲がり角の先から聞こえてきた。

 その声に一夏は足を止めてしまう。

 聞き覚えのある声に耳を傾ける。

 

「何度も言わせるな。私には私の役目がある。それだけだ」

 

「このような極東の地で何の役目があるというのですか!」

 

 千冬とラウラだ。

 ラウラは、自分が持つ現在の千冬への不満や思いの丈をぶつけていた。

 

「お願いです、教官。我がドイツで再びご指導を。ここではあなたの能力は半分も生かされません」

 

「ほう」

 

「大体、この学園の生徒など、教官が教えるに足る人間など少数ではありませんか」

 

「なぜだ?」

 

「意識が甘く、危機感に疎く、ISをファッションか何かと勘違いしている。ISは兵器です。それを理解できないような程度の低い者たちに教官が時間を割かれるなど――」

 

「――そこまでにしておけよ、小娘」

 

「っ……!」

 

 凄みのある千冬の声にラウラの言葉が途切れる。

 

「少し見ない間に偉くなったな。十五歳でもう選ばれた人間気取りとは恐れ入る」

 

「わ、私は……」

 

 その声が震えているのが一夏にはわかった。

 それが恐怖によるものだと、彼は思った。

 圧倒的な力の前に感じる恐怖と、かけがえのない相手に嫌われるという恐怖。

 

「……私にはどうしても、教官の御力が必要なのです」

 

 どうしても伝えたいことだったのだろう。

 おびえながらもその言葉を口にした。

 

「……授業が始まるな。さっさと教室に戻れよ」

 

「……教官」

 

 だがその努力も徒労で終わった。

 声音を戻し、千冬はラウラをせかした。

 それにラウラは黙って従うほかなかった。

 

「………………」

 

 早足で立ち去るラウラ。

 

「そこの男子。盗み聞きか? 異常性癖は感心しないぞ?」

 

「な、なんでそうなるんだよ! 千冬ね――」

 

「織斑先生だ」

 

「は、はい」

 

 一夏が千冬の名を呼ぼうとすると、その頭に出席簿が振るわれる。

 

「そら、走れ劣等性。このままじゃお前は月末のトーナメントで初戦敗退だぞ。勤勉さを忘れるな」

 

「わかってるって……」

 

「そうか。ならいい」

 

 ニヤリと笑みを見せる千冬は今だけは姉として一夏に言ってくれているようだ。

 

「じゃあ、教室に戻ります」

 

「おう。急げよ。――ああ、それと織斑」

 

「はい?」

 

「廊下は走るな。……とは言わん。バレない様に走れ」

 

「了解」

 

 どうやら見逃してくれるようだ。

 一夏は教室までの道のりをバレないように全力で走り抜けていった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

『あ』

 

 二人そろって間の抜けた声を出してしまう。

 時間は放課後。場所は第三アリーナ。

 そんな声を上げた鈴音とセシリアは既にISを纏っている。

 

「奇遇ね。あたしはこれから月末の学年別トーナメントに向けて特訓するんだけど」

 

「奇遇ですわね。わたくしも全く同じですわ」

 

 二人の間に火花が散る。

 周囲には人影はない。

 放課後になってから十分も経っていないこの時間からアリーナに二人はいる。

 それだけでも、優勝に懸ける思いがどれほどの物かわかる。

 アリーナ中央まで二人は行くと、わずかに距離をとって向かいあった。

 

「ちょうど良い機会だし、この前の実習のことも含めてどっちが上かはっきりさせとくってのも悪くないわね」

 

「あら、珍しく意見が一致しましたわ。どちらの方がより強くより優雅であるか、この場ではっきりとさせましょうではありませんか」

 

 同時にセシリアは『スターライトmkⅢ』を、鈴音は『双天牙月』を構える。

 

「では――」

 

 突如、二人の声をかき消すように超音速の砲弾が飛来する。

 

『!?』

 

 咄嗟に緊急回避をとり、セシリアと鈴音は砲弾を放った相手を見る。

 そこには黒のISがたたずんでいた。

 二人の機体のセンサーが情報を提示する。

 機体名『シュヴァルツェア・レーゲン』、登録操縦者――

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ……」

 

 セシリアの表情が苦く強ばる。

 彼女とラウラの操るISは共に欧州連合の次期主力候補機。

 だが、その表情はライバル候補機に向けられる以上のものが含まれている。

 

「……どういうつもり?」

 

 衝撃砲を放てるよう肩の装甲をスライドさせた鈴音。

 そんな二人をラウラは一瞥し、口を開く。

 

「中国の『甲龍』にイギリスの『ブルー・ティアーズ』か。……ふん、データで見たときの方がまだ強そうではあったな」

 

 いきなりの挑発的の物言いに鈴音とセシリアの両方が口元を引きつらせる。

 もともと二人はラウラに対して決していい印象とはいえないものを持っていた。

 そこに今の発言はその印象をさらに悪い方へと決定づける。

 

「何? やるの? わざわざ ドイツくんだりからやってきてボコられたいなんて対したマゾっぷりね」

 

「あらあら鈴さん、こちらの方はどうも言語をお持ちでないようですから、あまり苛めるのは可哀想ですわよ?」

 

 ラウラの全てを見下すかのごとき目つきに並々ならぬ不快感を抱いた二人は、その怒りの捌け口をどうにか言葉に含めようとする。

 しかし、それは無駄の一言に尽きた。

 ハッ、とラウラが嘲笑を浮かべる。

 

「二人がかりで量産機に負けるような力量しか持たぬ者たちが専用機持ちとは、よほど人材不足と見える。やはり、数くらいしか能のない国と古いだけが取り柄の国ではそんなものか」

 

 セシリアと鈴音は何かが切れるのを感じた。

 装備の最終安全装置を解除する。

 

「はっ! どうせなら二人がかりで来たらどうだ? 一足す一は所詮二にしかならん。下らん種馬を取り合うようなメスに、この私が負けるものか」

 

 明らかな挑発にしかし完全に怒髪頂点に達した二人にはもはやどうでもいいことだった。

 

「――今、何て言った? あたしの耳には『どうぞ好きなだけ殴ってください』って聞こえたけど?」

 

「『堪忍袋の緒が切れた』とはこういうことを言うのですね。その軽口、二度と叩けぬようここで叩いておきましょう」

 

 得物を握り締める手にきつく力を込めるふたり。それを冷やかな視線で流すと、ラウラはわずかに両手を広げて自分側に向けて振る。

 

「とっとと来い」

 

『上等!』




来週から試験なので少し更新が鈍るかもしれません。


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#24 二つの黒

 廊下を一夏、シャルル、箒の三人が歩いていた。

 三人とも特訓のために解放されているアリーナへと向かっていた。

 そんな彼らがアリーナへと近づいていくほどに慌ただしい様子が伝わってくる。

 廊下を走っていく生徒も多い。

 三人が歩いている方角には第三アリーナしかない。

 どうやらそこで騒ぎが起きているらしいことは伺えた。

 

「なんだ?」

 

「皆ッ!」

 

 ルフィナが観客席のゲートから出てきた。

 ひどく焦っているようだ。

 

「どうしたルフィナ?」

 

「と、とにかく!」

 

 そう言いながら今出てきたゲートを指さす。

 ピットはまだ先にあるため、こちらの方が早く様子を見ることができる。

 三人は頷く。

 

「誰かが模擬戦をしてるみたいだね。でもそれにしては様子が――」

 

 ドゴォンッ! 

 

『!?』

 

 突如響いた爆発に視線を向けると、その煙を切り裂くように影が飛び出してくる。

 

「鈴! セシリア!」

 

 ステージで起きた爆発は観客席との間に展開されているエネルギーシールドによって一夏達に被害が及ぶことはない。

 だが同様に二人にも声は届いていない。

 そんな二人の視線の先にいるのは黒のIS《シュヴァルツェア・レーゲン》

 《フラッグ》とはまた違う黒のカラーリングのISを駆るラウラの姿だ。

 鈴音とセシリアのISはダメージを受けている。

 特に鈴音の《甲龍》はひどく損傷しており、ISアーマーの一部は完全に失われている。

 ラウラも無傷ではないものの、セシリアよりも軽微に見える。

 二人は一夏達には気づくこともなく、ラウラへと向かっていく。

 見る限り二対一による模擬戦だろう。

 だが、優位に立っているのはラウラだ。

 

「くらえっ!」

 

 鈴音が『龍砲』を最大出力で放つ。 

 現行のISならばまともに受けられないような砲撃。

 だがそれをラウラは避けるそぶりすら見せずただ右手を突き出すだけだ。

 ただそれだけの動きに衝撃砲はラウラに届くことがない。

 

「無駄だ。このシュヴァルツェア・レーゲンの停止結界の前ではな」

 

 その様に鈴音が歯ぎしりをする。

 まさか、という思いが一夏にはあった。

 鈴音の衝撃砲の威力はクラス対抗戦のときに彼は味わっている。

 その最大威力を打ち消されたことが信じられなかった。

 

「AICだ……」

「AIC?」

「ドイツが開発してる第三世代兵器。PICを発展させたもので対象の相手の動きを停止させることができるの」

「停止させる?」

「正直、一対一だと反則といってもいい能力なんだけど……」

「ここまで形になってるとは思わなかった……」

 

 シャルルとルフィナも驚いているようだ。

 一夏はPICについて聞こうと思ったが再び起きた爆発音がそれを遮る。

 鈴音を狙ったラウラのプラズマ手刀による攻撃を『スターライトmkⅢ』を楯にすることでそらしたセシリアが、接近したラウラにミサイルをありったけ放ち、自分たちもろとも爆発させたのだ。

 巻き込まれた二人は爆風によって地面に叩きつけられる。

 

「無茶するわね。アンタ……」

 

「苦情は後で。けれど、これなら確実にダメージが――」

 

 セシリアの言葉は途中で止まってしまう。

 

「…………」

 

 煙が晴れると、そこには右手を前に差し出しているラウラが宙に浮かんでいた。

 至近距離での爆発ですら停止結界にダメージを通すことがないのか、その装甲には爆発による傷がついてはいなかった。

 

「終わりか? ならば――私の番だ」

 

 ラウラは瞬時加速で地上の二人に接近する。

 その勢いを利用して、鈴音の体を蹴り上げる。

 そのまま蹴り上げた足をセシリアに叩き付けると、近距離から砲撃を当てる。

 ラウラは、六つのワイヤーブレードを利用して、二人を捕縛して並べる。

 そこからは一方的な暴虐だ。

 ラウラの拳が容赦なく二人を襲い、シールドエネルギーはあっというまに減少し、機体維持警告域を超え、操縦者生命危険域へと突入する。

 このまま続けば二人の命は失われかねない。

 それでもラウラは拳を止めることはない。

 ただ淡々と二人を殴り、ISアーマーを破壊していく。

 その表情はいつもの無表情に見えるが、その口端には愉悦の笑みが見える。

 

「その手を、離せぇぇ!!!!」

 

 ラウラに、白い機体が迫る。

 一夏の白式だ。

 『零落白夜』を発動させてアリーナのシールドを破った彼は、ラウラに対しても同様の技を発動する。

 刀が振り下ろされる。

 

「ふん……。感情的で直線的、絵に描いたような愚図だな」

 

 エネルギーの刃が届く寸前で白式の動きが止まる。

 

「な、なんだ!? くそっ、体がっ……!?」

 

 一夏の体がまるで見えない手につかまれているかのように動かない。

エネルギーの刃は次第に小さく消えていく。

 

「やはり、敵ではないな。この私とシュヴァルツェア・レーゲンの前では、貴様も有象無象の一つでしかない。――消えろ」

 

 肩の大型カノンが接続部から回転し、ぐるんと白い機体に砲口を向ける。

 しかし、引き金は引かれなかった。

 それよりも早くラウラに銃弾の雨が降り注いだのだ。

 シャルルとルフィナがその両手にアサルトライフルを構えている。

 

「ちっ……雑魚が……」

 

 ラウラは回避行動を取り、セシリアと鈴音を開放する。

 同時に一夏の体に自由が戻ってきた。

 一夏はすぐにセシリアと鈴音を抱え、瞬時加速により戦闘から離脱する。

 

「一夏、二人は!?」

 

 ルフィナが一夏達をかばうように飛んできた。

 

「う……。一夏……」

 

「無様な姿を……お見せしましたわね……」

 

「喋るな。シャルル、ルフィナ、大丈夫だ。二人ともなんとか意識はある」

 

「よかった」

 

 安堵した声で答えるシャルロットだが、その手を休めることはない。

 ルフィナも一夏達を背に、ラウラへと銃口を向ける。

 だがラウラは一夏達は眼中にはないらしく、

 

「行くぞ……!」

 

 瞬時加速で一気にシャルルへと飛び出す。

 だが途中でラウラは突き飛ばされる。

 

「……軍人の風上にも置けんというのは君のことを指すのだろうな」

 

 それはほぼ全身に漆黒の装甲を持つIS。

 グラハムだ。

 彼は瞬時加速で横から飛び膝蹴りを浴びせたのだ。

 瞬時加速を発動している相手に横から同じく瞬時加速で突っ込む。

 相変わらず無茶苦茶な動きだと一夏は思った。

 突き飛ばされたラウラはすぐに体勢を立て直し、グラハムと対峙した。

 

「ふん、種馬か」

 

「……今まで様々な渾名を受けてきたが種馬は初めてだといわせてもらおう」

 

 ラウラの嘲笑を冷静に返すグラハム。

 

「見た目だけの紙飛行機で私とやる気か?」

 

「……紙飛行機かどうか試してみるか?」

 

 グラハムは前に飛び出した。

 ふん、とラウラは鼻で笑いながら右手を突き出す。

 だが右手が上がるのと同時にグラハムは脚部に新設されたサブスラスターを吹かし、左へと軌道を変える。

 そのまま勢いにまかせてラウラを中心に旋回する。

 左手にはトライデントストライカーを握り射撃を行う。

 ラウラに青い光弾がいくつも着弾する。

 

「何をするつもりか分からんが、どうやら発動までにラグがあるようだな」

 

「だまれ!」

 

 振り向きざまにワイヤーブレードを放つ。

 だがそれも当たらない。

 回避行動をとりながらも確実に距離を詰めていくグラハム。

 ラウラの両手の初動と視線に合わせて両脚と腰部のサブスラスターを瞬時に吹かしAICをすべて回避する。

 グラハムはラウラのISにAICが搭載されていることは知らない。

 ただ彼のパイロットとして培ってきたいわば第六感ともいうべきものがラウラの動きに反応しているのだ。

 グラハムは右手に出現させたプラズマソードを至近距離で振るう。

 一瞬の隙を突かれたラウラはその身に斬撃をもろに喰らう。

 

「くそっ!」

 

 後ろに飛びながらレールカノンを向け、弾丸を放とうとする。

 

「!?」

 

 突如、レールカノンが吹き飛ばされる。

 弾丸が放たれようとしたその瞬間をグラハムのリニアライフルが撃ち抜いたのだ。

 そのまま連射するグラハム。

 ラウラはなんとか回避していくも段々と動きに精細さが欠けていく。

 なんどかAICやワイヤーブレードを放つがかすりもしない。

 怒りによるものか疲労によるものか、一見冷静だがわずかに初動が大きくなり、精度が落ちている。

 それに乗じて一気にグラハムは距離を詰めようと背部スラスターを吹かす。

 その動きをラウラの目が捉える。

 ――私の勝ちだ!

 ラウラは腕を突き出した。

 グラハムの動きが止まる。

 

「これで――」

 

 ワイヤーブレードを射出しようとしたとき、ハイパーセンサーがラウラに機体損傷を知らせる。

 見れば脚部にソニックブレイドが刺さっていた。

 

「なっ!?」

 

 グラハムの右手からプラズマソードが消えている。

 

「貴様ッ!?」

 

「この程度、私にも予想できるさ」

 

 ラウラ程の相手に愚直にいけば攻撃を受けることになる。

 ならばとグラハムはAICを受ける直前にプラズマソードを投げていた。

 手から離れたことでプラズマは解除されソニックブレイドが肩に刺さった。

 どのような攻撃が来るかグラハムは分からなかったが少なくとも隙を作れると踏んでいた。

 そしてその通りになった。

 AICによる拘束が解除される。

 左手のリニアライフルを量子化し新たな柄が出現させる。

 だがその柄は青の刃を形成しなかった。

 現れたのは深紅の光。

 振り下ろされたビームサーベルをラウラはプラズマ手刀で受け止める。

 何度も二人の刃がぶつかり合う。

 紅と二つの青い軌跡が互いに衝撃をもって動きを止めた時だ。

 ラウラの表情に明らかな恐怖が浮かんだ。

 ビームサーベルのエネルギー量にプラズマが食われているのだ。

 まさに腕を浸食しようとじわりじわりと迫る紅の色にラウラは咄嗟に後退する。

 それをグラハムは追撃をすることなく、ビームサーベルを量子化した。

 

「な、なぜ攻撃してこない!」

 

「弱い者いじめは私のするところではない」

 

「貴様ァッ!」

 

 弱いと言われて激高したのだろう。

 恐怖を押し殺したような顔で瞬時加速を発動しようとするラウラ。

 その瞬間、影が割り込んできた。

 ラウラは加速を中断し、ぶつかる寸前で急停止する。

 

「……やれやれ、これだからガキ共の相手は疲れる」

 

「千冬女史」

 

「……教官!?」

 

 千冬はいつものスーツ姿でISもISスーツさえも装着していない。

 それでいて170cmはある近接ブレードを軽々と扱っただけでなく、あの一瞬での横槍をいれる実力。

 やはり人間ではないな、と特に驚く様子もなくグラハムは口端に笑みさえ浮かべる。

 

「模擬戦をやるのは構わん。――が、アリーナのバリアーまで破壊する事態になられては教師として黙認しかねる。この戦いの決着は学年別トーナメントでつけてもらおうか」

 

「……教官がそう仰るなら」

 

 ラウラは素直に頷くとISの装着状態を解除する。

 すでにグラハムも解除している。

 

「お前たちもそれでいいな?」

 

 一夏たちも応答する。

 その言葉を聞いて、千冬はアリーナにいる生徒に改めて声を上げる。

 

「では、学年別トーナメントまで私闘の一切を禁じる。解散!」

 

 千冬は一度強く手を叩く。

 それはまるで銃声のように鋭く響いた。



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#25 タッグマッチ

「助かった。感謝する、千冬女史」

 

「ワザとらしい奴だ。わかっていて武装を解いたんだろ?」

 

「あれ以上はコンデンサーのみではもたない。ビームサーベルは消さざるをえなかったのは事実さ」

 

 肩をすくめるグラハム。

 職員室。

 学年別トーナメントが近づき、教員たちが慌ただしく動いている。

 そんな中でグラハムは千冬と話をしていた。

 

「それにビームサーベルを使う必要はなかったはずだ。アレはまだどの国も完成させていない武器。それを当たり前のように使ったらどうなるかわかるだろう」

 

「その為のテスターだと私は心得ているが」

 

「お前のテスター任命は《GNフラッグ》の完成をもってと言ったはずだ。実装するのはお前の自由だが使用に関しては少しは自重しろ」

 

「善処しよう」

 

 小さく会釈して答えるグラハムに千冬はため息をついた。

 スーツのポケットから鍵を取り出しグラハムへ渡す。

 

「それにしても、君の弟子もなかなか難儀なものだな」

 

 グラハムは受け取った鍵を制服に仕舞いながら少し呆れたように口を開いた。

 

「ラウラのことか」

 

 ああ、とグラハムは頷いた。

 

「素質はあるのだろう。ただ強さを理解できてないように見える」

 

「……あいつは昔から強さと攻撃力を同一だと思っているからな」

 

「女史には釈迦に説法かもしれんが力を持つ者はそれ相応の責任を課せられる。それを理解していなければ特に軍においては味方を殺すだろう」

 

「それをラウラがわかっていないと?」

 

「……まあ、私に言えた義理ではないがね」

 

 グラハムの口端に苦笑が浮かぶ。

 彼自身、かつてはその責任を放り捨てていた。

 強さを力に求め、その極みを得ることにすべてを費やす日々。

 そんな時期があったからだろう。

 ラウラの言動を見過ごせないとグラハムは思っていた。

 

「ともかく、あのままでは彼女はいずれ自分で自分を殺すだろう」

 

「だからお前が強さを見せようとしたとでもいうのか?」

 

「その役目を果たすのにふさわしい人物は他にいる」

 

「………………」

 

「……では、失礼する」

 

 グラハムは軽く頭を下げ、職員室を出て行った。

 

「……まさか」

 

 彼の意図を理解したのか、千冬は呟いた。

 だがその呟きは周りの喧騒にかき消された。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「………………」

 

「………………」

 

 先の一件から一時間が経過していた。

 一夏は保健室にいる。

 ベッドの上では治療を受けて包帯を巻かれた鈴音とセシリアが不貞腐れていた。

 

「別に、助けてくれなくてもよかったのに」

 

「あのまま続けていれば勝っていましたわ」

 

 二人は負け惜しみにしかとられないセリフを吐く。

 だがそれも一夏達への感謝を素直に言えないからこそだ。

 

「しかし、何だってラウラとバトルすることになったんだ?」

 

「え、いや、それは……」

 

「ま、まあ、なんと言いますか……女のプライドを侮辱されたから、ですわね」

 

「? ふうん?」

 

 言葉を濁す二人。

 ただ何かしらラウラからの挑発行為があったことは一夏には理解できた。

 そこへ飲み物を買いに行っていたシャルルとルフィナが戻ってきた。

 

「ああ。もしかして――」

 

「なななな何を言っているのか、全っ然っわかんないわね! ここここれだから欧州人って困るのよねえっ!」

 

「べべっ、別にわたくしはっ! そ、そういう邪推をされるといささか気分を害しますわ!」

 

 入りながらのシャルルの発言を一夏は聞き取ることはできなかったがベッドの上の二人はしっかりと耳にしていたようだ。

 顔を真っ赤に染めながらまくし立てている。

 

「と、とにかく落ち着いて。はい、これ」

 

「ふ、ふんっ!」

 

「不本意ですがいただきましょうっ!」

 

 ルフィナが紅茶とウーロン茶をそれぞれ差し出す。

 二人は飲み物をひったくるように受け取り、一気に飲み干す。

 かわいそうに。どうやらルフィナは割を喰ってしまったようだ。

 

「ま、先生も落ち着いたら帰っていいって言ってるし、しばらく休んだら――」

 

 一夏の言葉は途中で遮られた。

 廊下から響く地鳴りによって。

 

「な、なんだ? 何の音だ?」

 

 それはだんだんと近づいているように一夏は思えた。

 そしてその音源が保健室前に来たと感じた時だ。

 一夏達の目の前でドアが吹き飛んだ。

 揶揄ではない。

 本当に吹き飛んだのだ。

 

「織斑君!」

 

「デュノア君!」

 

「エーカー君……はいない!」

 

 同時に吹き飛ばした音源が雪崩れ込んでくる。

 それは一年生の女子数十人の団体だ。

 彼女たちによって保健室が完全に埋め尽くされる。

 しかも一夏とシャルルの姿を見つけるやいなや一斉に取り囲み手を伸ばしてきた。

 

「な、な、なんだなんだ?」

 

「ど、どうしたの、みんな……ちょ、ちょっと落ち着いて」

 

『これ!』

 

 状況が全く呑み込めない二人に紙が差し出される。

 学内の緊急告知文が書かれた申込書だ。

 

「な、なになに……?」

 

「『今月開催する学年別トーナメントでは、より実践的な模擬戦闘を行うため、ふたり組みでの参加を必須とする。なお、ペアが出来なかった者は抽選により選ばれた生徒同士で組むものとする。締め切りは』――」

 

「ああ、そこまででいいから! とにかくっ!」

 

 そしてまた一斉に手が伸ばされる。

 

「私と組もう、織斑君!」

 

「私と組んで、デュノア君!」

 

 先手必勝とばかりに迫ってくる女子達に鬼気迫るものを感じながら一夏はチラッとシャルルを見る。

 一夏とグラハムが彼女たちと組む分には何の問題もないだろう。

 だがシャルルは男子のふりをしているが女子だ。

 誰かと組むのは非常に拙い。

 今後ペア同士の特訓など二人で過ごす時間が増えるだろう。

 そうなれば正体が露見する事態が起きるともわからない。

 シャルルは困り果てた顔をしている。

 一夏は助け船を出したいがいい案が浮かばない。

 こんなとき、グラハムならばうまく切り抜けるだろうなぁ。

 そんな風に一夏は思うがないものねだりはできない。

 それならと一夏は大声で宣言した。

 

「悪いな。俺はシャルルと組むから諦めてくれ!」

 

 沈黙。

 そのいきなりの場の変化に戸惑う一夏。

 

「まあ、そういうことなら……」

 

「他の女子と組まれるよりはいいし……」

 

「男同士ってのも絵になるし……ごほんごほん」

 

 女子達はとりあえず納得したようだ。

 各々頷きながら保健室をぞろぞろと出ていく。

 それからしばらくの間をおいて喧騒が廊下から響く。

 改めてペア探を始めたようだ。

 

「ふぅ……」

 

「あ、あの、一夏――」

 

「一夏!」

 

 安堵のため息をついた一夏にシャルルが声をかけようとするが、それを上回る勢いで鈴音がベッドから身を乗り出す。

 

「あ、あたしと――」

 

「あきらめたまえ」

 

「グ、グラハム!?」

 

 グラハムが保健室に入ってきた。

 

「山田女史からの言伝だ。君のISのダメージレベルがCを超えている。よって修復に専念させるためにトーナメントへの参加は認められんそうだ」

 

「うっ、ぐっ……!」

 

 山田からの伝言に悔しそうに唸る鈴音。

 

「勿論、これはセシリアも同様だ」

 

「……不本意ですが。……非常に、非常にっ! 不本意ですが! トーナメントの参加は辞退しますわ……」

 

「苦渋の決断だろうが今はがまんのときということだろう」

 

 悔しそうな表情を浮かべながらも大人しく引き下がったセシリアにグラハムが宥めるように声をかけた。

 

「そういえばグラハム。今回のトーナメントなんだけど……」

 

「ああ。山田女史から聞いた」

 

 グラハムは一夏とシャルルを一度見てからルフィナの正面まで歩いた。

 そして彼女の目をジッと見た。

 

「ルフィナ。私と組んでもらいたい」

 

「え……!? う、うん」

 

 突然の申し出に驚くルフィナ。

 頬をわずかに上気させながら頷く。

 だがすぐにおびえたような表情に変わった。

 

「どうかしたかね?」

 

「――え、あ、ううん。な、なんでもない、よ?」

 

「そうか」

 

 引っ掛かりを覚えながらも頷くグラハム。

 彼は気づかなかった。

 ルフィナをおびえさせたものの正体が後ろにいたことに。

 セシリアの悔しさを超えた何かの表情に。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

オマケ

 

 保健室を辞した(世間的な扱いが)男子三人は食堂にいた。

 

「やはり君たち二人で組んだか」

 

「うん。一夏に助けてもらっちゃった」

 

「俺は何もしてないよ。ただあのときグラハムならもっといい案が浮かんだんじゃないかって思うな」

 

「私もそこまで万能ではないつもりだ。おそらく君と同じ判断をしたさ」

 

 三人はテーブルに着いて夕食をとっている。

 一夏はラーメンを。

 グラハムは煮魚定食にいつものを。

 そしてシャルルは焼き魚定食だ。

 男子二人の箸は進みすでに量は半分を切っている。

 その一方でシャルルはまったく食が進まない。

 

「どうした?」

 

 それに気付いたのか二人の向かいに座る一夏が尋ねる。

 

「え、えーと」

 

「ふむ。箸が苦手と見えるな」

 

「う、うん。練習はしてるんだけどね。あっ……」

 

 また箸から魚の身が落ちる。

 顔を真っ赤にして俯くシャルル。

 

「恥ずかしがる必要はない。私も箸の使い方を完璧に覚えるまで時間がかかったものだ」

 

 うんうんと頷くグラハム。

 因みに彼はホーマー・カタギリの家にいた数年の間に箸の作法を一から叩きこまれた。

 その厳しさは凄まじいものだったと今でも覚えている。

 ――なにせ、重さにして五キロはある特別製の箸を使わされたりしたからな。

 いやでも箸を扱えるようになるさ。

 

「だよな。箸って結構難しいもんな。スプーンでももらってこようか?」

 

「ええっ!? い、いいよ、そんな。これでなんとか食べてみるから」

 

「そうは言ってもなぁ。難儀だろ? 遠慮するなって」

 

「確かに努力も大事だがせっかくの焼き魚が冷めてしまっては興醒めだろう」

 

「で、でも」

 

「シャルル。私は言ったはずだ。友を頼れ、と」

 

「そうだな。シャルルはもうちょっと人に甘えることを覚えた方がいいぞ」

 

「うう……」

 

「いきなり頼れと言われても難しいことは承知している。だがせめて私と一夏には存分に頼ってくれて構わんよ」

 

「グラハム、一夏……」

 

 シャルルはしばらく迷っていたが、どうやら食事が進まないことに気をもんだようだ。

観念したように口を開いた。

 

「じゃ、じゃあ、あの……」

 

「では、取って来よう」

 

「え、えっと、ね。その……食べさせてくれると嬉しいなぁって」

 

 立ち上がろうとしたグラハムの袖を掴み言葉をなんとかひねり出す。

 

「あ、甘えてもいいって言ったから」

 

「男の誓いに訂正はない」

 

 テーブルを挟んでいるため一夏ではやりづらい。

 そこで隣に座るグラハムが引き受けることになった。

 グラハムはシャルルの箸を受け取った。

 先程落とした分を含めて鰆の身を摘まむ。

 

「では、一口」

 

「あ、あーん」

 

 ゆっくりと口の中で咀嚼するシャルル。

 それを終えるのをグラハムは静かに待つ。

 

「どうかね?」

 

「お、おいしいね」

 

「うむ。ここの魚は美味だからな」

 

「じゃ、じゃあ、その、次はご飯がいいな……」

 

「了解した」

 

 グラハムは茶碗から一口分ご飯を摘まみ、受け皿の手を添えながらシャルルの口元へ運ぶ。

 

「では」

 

「ん……」

 

 その後もグラハムは甲斐甲斐しく箸を動かし、最後の一口まで食べさせることになった。

 

 

 

 その様子を見ていた女子達によってたてられた妙な噂がしばらく学園中を席巻したのはまた別の話である。




前回の後書きで書き忘れましたがグラハムさんの機体はまだGNドライヴは積んでいません。


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#26 学年別トーナメント

グラハムさん成分は少なめの原作成分きわめて高しです。


 六月最後の月曜日。

 この日から一週間かけてIS学園では学年別トーナメントが行われる。

 一夏、グラハム、シャルルの三人は男子用に割り当てられた広い更衣室にいた。

 彼らは更衣室のモニターから観客席の様子を眺めている。

 

「各国の政府関係者はもとより、双葉商事やアナハイム・エレクトロニクスをはじめとする大企業のエージェントに研究員か」

 

「凄いなこりゃ……」

 

「三年にはスカウト、二年には一年間の成果の確認にそれぞれ人が来ているからね。一年には今のところ関係ないみたいだけど、それでもトーナメント上位入賞者には早速チェックが入ると思うよ」

 

「ふーん、ご苦労なことだ」

 

 一夏が興味なさそうに呟く。

 その姿に二人がクスリと笑う。

 

「一夏はボーデヴィッヒさんとの対戦が気になるみたいだね」

「まあ、な」

 

 一夏は、鈴音とセシリアのことを思う。

 先日グラハムから伝えられた通り、二人はトーナメント参加の許可を得られなかった。

 その為、今回は辞退している。

 だがそれは一般生徒ではない国家代表候補生、さらには専用機持ちである二人の立場を悪くする要因にもなりかねない。

 実際本国ともなにかあったのだろう。二人の表情はどこか影があった。

 原因となった騒動を思い出し、一夏は無意識のうちに左手を握りしめていた。

 

「自分の力を試せもしないっていうのは、正直辛いだろうな」

 

「……感情的になるのは構わないが、冷静さを失うなよ」

 

「そうだよ。彼女は、おそらく一年の中では最強格の一人だと思う」

 

「ああ、わかってる」

 

 グラハムとシャルルに諭され、一夏は目を閉じる。

 そのままゆっくりと深呼吸をする。

 

「そろそろ時間だ」

 

 グラハムの言葉に目を開く。

 一夏の目に冷静さが宿っていた。

 そのままモニターへと視線を向ける。

 ペアでの試合に変更された際にシステムに不具合が起き、くじ引きで作られた対戦表の発表は試合直前となっていた。

 

「一年の部、Aブロック一回戦一組目なんて運がいいよな」

 

「え? どうして?」

 

「待ち時間にいろいろ考えなくても済むだろ。こういうのは勢いが肝心だ。出たとこ勝負、思い切りの良さで生きたいだろ」

 

「私も同意見だ。全体の二番目なのはまさに僥倖というものだ」

 

「なんか二人らしいね。僕だったら一番最初に手の内を晒すことになるから、ちょっと考えがマイナス入っていたかも」

 

 因みにグラハムの引いたクジはBブロック一回戦一組目。

 一夏達の次の試合である。

 そんな話をしているとモニターがトーナメント表へと切り替わる。

 中央右のグラハムたちの相手はどうやら一般生徒のようだ。

 名前からして三組のクラス代表とグラハムは記憶している。

 問題は一夏達の組み合わせだった。

 

『――え?』

 

 出てきた文字にポカンとしている一夏とシャルル。

 その表情を不思議に思ったグラハムも一番右端の対戦カードを見る。

 ――ほう。

 グラハムは納得したように小さくうなずいた。

 二人の反応ももっともだ。

 一回戦の対戦相手はラウラ、そして箒のペアだったのだから。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 アリーナの中心部。

 四機のISが二機ずつに分かれて対峙している。

 

「一回戦で当たるとはな。待つ手間が省けたというものだ」

 

「そりゃあこっちもだ。先にグラハムに当たってたら俺たちとはやれなかったもんな」

 

 互いに睨むようにラウラと一夏が言葉を交わす。

 開始までのカウントが鳴る。

 ――五秒前。

 四、三、二、一 ――。

 開始のブザーが鳴る。

 

『叩きのめす』

 

 試合開始と同時に一夏は瞬時加速を行う。

 その一手目が入れば、戦況は一夏達に大きく傾く。

 だがそれはラウラの突き出した右手によって止まる。

 

「開始直後の先制攻撃か。わかりやすいな」

 

「……そりゃどうも」

 

 ――やっぱグラハムみたいにはできないか。

 ラウラのレールカノンが一夏へと向けられる。

 リボルバーの回転音が轟き、白式のハイパーセンサーが警告を発する。

 だが彼の表情は余裕そのものだ。

 その表情が気に食わないのかラウラの冷たい瞳が細められる。

 

「消え――」

 

「させないよ」

 

 一夏の背後から影が飛び出してきた。

 シャルルだ。

 右手に装備したアサルトカノンが爆破弾を放つ。

 レールカノンの射線をずらされ、砲弾が一夏から大きく外れる。

 さらにシャルルが左手の三連式アサルトライフルで連射を浴びせる。

 

「チッ……!」

 

 ラウラは舌打ちとともに急後退することで間合いを取る。

 

「逃がさない!」

 

 シャルルは右手にもアサルトライフルを展開する。

 突撃する。

 

「私を忘れてもらっては困る」

 

 ラウラとの間に割り込むように打鉄を纏った箒が現れた。

 構えは居合。

 打鉄特有の実体シールドで銃弾を防ぎつつ飛び込みのカウンターを狙うつもりだ。

 だがシャルルはそのまま行く。

 箒が近接ブレードを振るおうとした瞬間、シャルルは宙返りをした。

 

「俺も忘れちゃ困るな!」

 

 瞬時加速で一夏が突っ込んできた。

 AICから解放された瞬間に発動し、シャルルとの場所の入れ替えを敢行した。

 一瞬でもずれれば両者にダメージが入りかねない動作を見事なコンビネーションで潜り抜ける。

 一夏と箒のブレードがぶつかり合う。

 そのまま距離を開けることなく一夏は連続で雪片弐型を振るう。

 火花が途切れることなく発せられる。

 スラスターの出力を上げ、さらに連撃は速度を得ていく。

 だが箒も剣術を修める身だけあって空間を最大限活用していなしていく。

 相手の連撃にわずかに後退させられるもその小さな間を活かして勢いある斬撃を放つ。

 一際大きな金属音とともに両者の刃が激しくぶつかる。

 速度のある一夏に間を利用して勢いづけた箒。

 互いに拮抗する。

 性能差を埋めてここまで持ち込んだのはまさに箒の剣の強さによるものだろう。

 それでも出力差までは埋めることはできない。

 箒は、間合いをとろうとする。

 その動きに一夏は咄嗟の判断で瞬時加速を発動。

 当身を箒に喰らわせる。

 もともと後ろへ飛ぼうとしていたこともあり吹き飛ばされる。

 一夏は雪片弐式を構える。

 その刃にはエネルギーが纏わされる。

 

「切り捨て御免!」

 

 直前の箒の表情からは間違いなく当たると思った。

 だが結果はそれを裏切る。

 必殺の剣は空を切った。

 

「!?」

 

 外したのではない。

 突然、箒が一夏の眼前から消えたのだ。

 

「邪魔だ」

 

 入れ替わりでラウラが急接近してくる。

 そのワイヤーブレードの一つが箒の脚へと伸び、投げ飛ばしていた。

 だがその行動は味方の救助とは程遠かった。

 そのまま箒はシャルルに叩きつけられた。 

 彼女は味方であるはずの箒も邪魔者、よくて武器程度にしか思っていないのだろう。

 ラウラはプラズマ手刀を展開して連続で斬りかかってくる。

 出力などの機体性能差で互角に持ち込めた先とは違う。

 斬撃と刺突を混ぜた正確無比な攻撃に、一夏は押されだしてしまう。

 だが先に見せた動きと気迫をここでも見せる。

 数でも実力でも不利な打ち合いになんとか喰らいついていく。

 だがそれはラウラの手の武器のみの話だ。

 一夏に攻撃を繰り出しながらワイヤーブレードをシャルルへ放つ。

 さすがにすべてを同時にではないが、射出と回収のローテーションを上手く回し止むことのない連続攻撃を多角的に行う。

 しかもシャルルと戦う箒を巻き込んでだ。

 その姿に一夏はグラハムとの会話が思い出された。

 

『君たちがラウラに勝つにはなにもAICを完全に攻略する必要はない』

 

『え? なんでだよ』

 

『彼女は協調性のなく、自身の攻撃力にしか強さを見ていない。――協調性のない兵士は味方を殺す。ならば勝機はそこにあるだろう』

 

『……つまり、箒を先に倒して二対一で叩けってことか?』

 

『でも、二体一でもそう簡単には……』

 

『コンビネーションを鍛え上げた君たちならば答えが二で終わることはないだろう?』

 

 ――成程な。

 実際にラウラは味方を殺そうとしている。

 すくなくとも協力したり助けるということはないだろう。

 

「片方を先に潰す戦法か。無意味だな」

 

 ラウラが箒を数にはなから入れていないことはこの言葉からも容易に理解できる。

 だからこそ箒を先に倒す。

 そして今一夏がこなすべきことは一つ。

 ラウラを釘づけにしておくことだ。

 シャルルが箒との戦いに集中できるようにしなくてはならない。 

 一夏の攻撃の手数が増える。

 彼は四肢全てを武器としたのだ。

 射出されるワイヤーを狙い、腕や足で弾くことで攻撃の手がシャルルへと向かうことを防ぐ。

 それと同時に一夏へと向けられる手刀にも対処しなくてはならない。

 ラウラの波状攻撃を捌ききるのは容易いことではない。

 だが距離をとることはこの戦闘においては下策中の下策。

 近接戦闘しかできないのも理由だがなによりもレールカノンの的になってしまうのだ。

 零距離での高速格闘戦。

 途切れてもおかしくない集中力を、シャルロットを信じ必死に繋ぎとめる。

 

「……そろそろ終わらせるか」

 

 ラウラはプラズマ手刀を解除する。

 ――まずい!

 一夏は咄嗟に雪片弐式を振ろうとする。

 だがブレードは体ごと動きを止める。

 彼の予測通りAICである。

 

「では――消えろ」

 

 その言葉とともにワイヤーブレード六つすべてが射出される。

 狙いは無論一夏。

 

「くそおおっ!」

 

 叫びもむなしくワイヤーブレードに全身を切り刻まれる。

 装甲を三分の一削られた上に残りのシールドエネルギーも四割を切っている。

 さらにラウラは追撃を加える。

 一夏の腕部をワイヤーブレード二本で押さえ込み、ねじ切るような回転を加えながら、地面へと一夏を叩き付けた。

 相殺しきれなかった衝撃が背中を突き抜ける。

 呼吸が一瞬止まる。

 そのまま二度目の衝撃を背に喰らった。

 ラウラに蹴り飛ばされたのだ。

 完全に息が詰まる。

 身動きの取れぬまま再び地面へと落ちる一夏。

 彼の視線の先ではすでにラウラが大型レールカノンを構えている。

 ――体勢を立て直さなくては!

 そう思った時には遅かった。

 すでにレールカノンは照準を合わせていた。

 

「とどめだ」

 

 砲口から対ISアーマー用特殊徹甲弾が発射される。

 当たり所が悪ければ一撃で勝負がついてもおかしくはないほどの一撃。

 まだ体勢を立て直し切れていない彼は回避などできない。

 だが得物を振るうことはできた。

 一夏は右腕を上げようとする。

 

「!?」

 

 だがその動きが止まる。

 ワイヤーが右手の籠手に巻き付いている。

 まさに万事休す。

 一夏は覚悟を決めて目を閉じる。

 

「お待たせ!」

 

 重い音が響いた。

 目を開けるとシャルルの楯が砲弾を防いでいた。

 すぐさまワイヤーを切断、一夏は手を引かれるように離脱する。

 直後、砲弾の雨が降り彼らのいた場所が吹き飛ぶ。

 

「シャルル、助かったぜ。ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

「箒は?」

 

「お休み中」

 

 シャルロットの視線と同じ向きを見る。

 アリーナの隅ではシールドエネルギーをゼロにし、各部損傷甚大の箒が悔しそうに膝をついていた。

 

「一夏のおかげで残りのエネルギーも少なかったみたいだっから、なんとか倒せたよ」

 

「さすがだな」

 

「その言葉は試合に勝ってからね」

 

 両手の武器を捨て、新たにショットガンとマシンガンをそれぞれの手に形成する。

 

「ここからが本番だね」

 

 ああ、と一夏は頷きを返す。

 

「見せやるとしようぜ、俺たちのコンビネーションをな」



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#27 目覚めるモノ

今回も原作メインなのでグラハムさん成分は少なめです。


 グラハムとルフィナはピットから試合を眺めていた。

 一夏たちの次に試合のある彼らはすでにピットに入るようすでに指示がなされていた。

 

「……やっぱり、箒はすぐに負けちゃったね」

 

「早いうちに彼女を倒さなければならない以上、こればかりはしかたあるまい」

 

「でも、やっぱり後が怖いね……」

 

「ああ……」

 

 一夏は勝っても負けてもひどい目に合うだろう。

 そのことをグラハムは口にしようとしたが試合の展開に再び目を奪われる。

 一夏の動きが変わった。

 ラウラのAICによる拘束攻撃を急停止・転身・急加速でかわし、少しずつ確実に距離を詰めている。

 

「グラハム程じゃないけど随分うまく避けてるよね」

 

 感心するようにルフィナが言う。

 

「……気づいたのだろう。違和感に」

 

 数日前。グラハムはAICを回避した時のことを尋ねられた際、

 

「違和感を感じたから避けた」

 

 と一夏に答えた。

 ISは身に纏うため、体の動きが機体に表れる。

 剣を振るう。銃を撃つ。

 戦闘スタイルが個人によるとはいえ、武器の扱いは基本、手の動きがある程度共通する。

 生成する前でも指の動きから何をするか読むことができる。

 だがラウラの手の動きはそれらと違う。

 殴る動きでもない。

 それをグラハムは違和感として初動で感知し、回避行動をとっていた。

 だがそれはグラハムの長い戦いの経験によるものだ。

 一夏は初動では完全には反応しきれず、発動ぎりぎりでの回避となる。

 それでも段々と回避方法が様になってきている。

 そんな一夏に焦れてきたのか、ラウラがワイヤーブレードも攻撃に加えた。

 ここまでくると一夏一人では無理だろう。

 そう、一人なら。

 

「……括目させてもらおう」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「一夏、二時!」

 

「わかった!」

 

 シャルルの指示に従い、一夏はワイヤーブレードの猛攻を潜り抜ける。

 彼女は射撃武器でのラウラの牽制、一夏への防御を抜かりなくこなしている。

 一夏はラウラを射程距離に捉えた。

 

「ちっ……小癪な!」

 

 一夏は刀を構えた。

 その刃をエネルギーが纏われる。

 

「無駄だ。お前の攻撃は読めている」

 

「普通に斬りかかれば、な」

 

 一夏は雪片弐式の切っ先を上げる。

 正眼の構えだ。

 彼は突きを放つ。

 

「無駄なことを!」

 

 ラウラのAICの網が完全に一夏を絡め取る。

 動きを封じこめる。

 

「剣にこだわる必要はない。ようはお前の動きを止められれば――」

 

 ――待て。

 違和感をラウラは覚えた。

 以前零落白夜を止めた際、エネルギーはゆっくりと消えて行った。

 だが今回は、AICが動きを止めた瞬間には刃に纏われていた光が失われていた。

 止められることを見越していたのか?

 ――まさか。

 慌てて視線を動かす。

 そこにはほぼ零距離まで接近していたシャルルの姿があった。

 

「俺たちは二人組なんだぜ?」

 

「くっ……!」

 

 後退しようとしたがもう遅い。

 シャルルがショットガンの連射を叩き込んだ。

 轟音と共に大型レールカノンが爆散する。

 それと同時に一夏のAICが解除された。

 

(予想通りだ)

 

 グラハムは一度完全に捉えられたにもかかわらずすぐに動きを取り戻していた。

 彼によればソニックブレイドを脚部に受けたことでラウラは動きを乱したと言っていた。

 それに疲労やダメージによって動きに精細さが欠けていたとも。

 そのことから一夏が考えたAICの弱点。

 それは停止させる対象物に意識を集中させていないと効果を十分には発動できないことだ。

 現にラウラはレールカノンを破壊された動揺で一夏への拘束を解除している。

 ――もっとも、そうそう使える手段じゃないけど。

 一夏はラウラを飛びざまに蹴る。

 その勢いにのって一夏は距離をとり、ラウラは体勢を崩す。

 シャルルはすでにショットガンを捨て、離脱している。

 

「一夏!」

 

「おう!」

 

 すぐに一夏は雪片弐式を再度構える。

 ここからなら確実に当てられる。

 そう確信していた。

 だが――

 

「くっ! ここにきてエネルギー切れかよ!」

 

 幾度が放った零落白夜、さらには今までのダメージが響いたのだろう。

 その刀に纏われる途中でエネルギー刃が消失した。

 

「残念だったな」

 

 ラウラが一夏の懐に飛び込んできた。

 その両手にはプラズマ手刀を展開している。

 咄嗟にブレードで弾く。

 そこからさらに続く猛攻をブレードでひたすら凌ぐ。

 一夏のシールドエネルギーの残量はほぼ0に近く、一撃でも喰らえばエネルギーを失うだろう。

 だが精度の高さにスピードの伴った攻撃は一撃一撃を防ぐので精いっぱいだ。

 長くはもたないだろう。

 だが一夏の目はあきらめていない。

 視界の端に超高速の影を確認する。

 

「まだ終わってないよ」

 

 瞬時加速により一瞬で超高速を得たシャルルだ。

 

「な……! 瞬時加速だと!?」

 

 ラウラが初めて狼狽の表情を見せる。

 無理もないだろう。

 彼女の閲覧したデータにはシャルルが瞬時加速を使えるとは書かれていない。

 それもそのはず。

 

「今初めて使ったからね」

 

「な、なに……? まさか、この戦いで覚えたというのか!?」

 

 シャルルの器用さにラウラも驚きを隠せないようだ。

 

「だが、私の停止結界の前では無力!」

 

 ラウラが右手を突き出す。

 AICの発動体勢だ。

 だが動きを止めたのはラウラの方だった。

 機体に衝撃を受け、集中力を削がれる。

 いきなりあらぬ方向からの射撃。

 ラウラはその射線上へ視線を走らせた。

 そして射手と目があった。

 一夏だ。

 シャルルが投げ捨てた火器のうち、残弾の残っていたショットガンを構えていた。

 二人は幾度か訓練を行った際に一夏にその特性を覚えさせるため、幾つかの火器に使用許可を下ろしていた。

 そして二人はこの作戦を思いついた。

 零落白夜を打ち損ねてたときの二段構えの作戦を。

 シャルルが使い終わるたびに武器を捨てていたのはこのための布石。

 切り替えのたびに銃を捨てればラウラは気にも留めないだろう。

 その中に残弾ありのものを紛れ込ませれば下準備は終わる。

 あとはそのときがきたら使用するだけだ。

 

「これならAICは使えまい!」

 

「貴様……!」

 

 だがラウラは一夏ではなくシャルルへ攻撃の矛先を向ける。

 一夏は近接格闘がメインだ。

 そこまで射撃の命中精度は高くない。

 それならば一旦一夏を無視してシャルルに集中してしまおうというのだ。

 

「間合いに入ることが出来た」

 

「それがどうした! 第二世代型の攻撃力ではこのシュヴァルツェア・レーゲンを墜とすことなど――」

 

 そこまで言って、ラウラはハッとする。

 存在するのだ。

 それを可能とするだけの威力を誇る武装が。

 

「この距離なら外さない」

 

 シャルルの盾の装甲が弾け飛び、中からリボルバーと杭が融合した装備が露出する。

 六十九口径パイルバンカー『灰色の鱗殻』。

 『盾殺し』の異名をとる第二世代型最強と謳われる武装だ。

 それはまさにラウラの想像した武装だった。

 それを目にした瞬間、表情に焦りが見えた。

 文字通り必死の形相。

 

『おおおおっ!』

 

 二人の声が重なる。

 シャルロットは左拳を強く握りしめ、叩き込むように突き出す。

 その動きは線ではなく点。

 腕の動きを読むことは困難を極める。

 さらには瞬時加速による接近。

 全身停止をかける余裕などない。

 ピンポイントでパイルバンカーを狙わなければ間に合わない。

 ラウラはその一点に狙いを澄まそうとする。

 だが、度重なる相手の意表を突く動きと焦りにわずかに意識が乱れる。

 

 AICは標的を外した。

 

 直後、ラウラの腹部に大型の杭が叩き込まれる。

 シールドエネルギーが集中、絶対防御を発動する。

 だがその分エネルギー残量を大きく奪われる。

 相殺し切れなかった衝撃が、深く体を貫いたのだろう、ラウラの表情は少し苦悶に歪んだ。

 しかし、これだけで終わりではなかった。

 『灰色の鱗殻』はリボルバー機構を持っている。

 そう、連射が可能なのだ。

 赤い火花を散らして連続して三発分の轟音が響く。

 四発も直撃をゆるし、ラウラの機体が大きく傾く。

 その機体にIS強制解除の兆候が見えたそのとき。

 異変が起きた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 ……負けるのか?

 私が……?

 こんなところで?

 相手の力量を見誤ったのは間違えようもないミスだ。

 しかし、それでも負けられない。

 負けることは許されない。

 まだ、『奴ら』を倒していないのだから。

 『奴ら』を屠る力を欲した。

 それが強さだと信じて。

 その力をISに求め、

 その為に適性を上げる『越界の瞳』――疑似ハイパーセンサーを目に施すことも決めた。

 だが理論上、危険性のなかったはずの処置は失敗し、後遺症を残した。

 その後遺症により訓練で後れを取り、落ちこぼれの烙印を押された。

 仇敵とも呼べる存在を討つ力を得られず、私は深い闇へと突き落とされた。

 そんなとき、教官に出会った。

 教官に師事を受けて力を得た。

 IS部隊においても最強の地位を得た。

 私は憧れた。

 教官の強さに。

 その凛々しく、堂々たる姿に。

 だがその教官に優しい笑みをさせる男がいる。

 私の憧れた教官を変えてしまう存在。

 だから――許せない。

 『奴ら』を倒す力、それを見せてくれた教官の姿を別のものにする男が。

 私が必ず敗北させると。

 そう決めたのだ。

 それなのに……。

 私は負けるのか?

 

 ヴンッ

 

『弱い者いじめは私のするところではない』

 

 違う。

 私は弱くなどない。

 私は負けない。

 私は教官以外から恐怖など受けない。 

 それを、見せつけなくてはならない。

 こんなところで負けてなどいられない。

 

 そのためにも――力が、欲しい。

 

 あの光を打ち砕く力を!

 教官を変えるものを叩きのめす力を!

 『奴ら』を壊滅させるだけの力を!

 

『――願うか……? 汝、自らの変革を望むか……? より強い力を欲するか……?』

 

 言うまでもない。

 私は『奴ら』を、そして私を阻むすべてを敗北させる。

 だから、力を、その極みにある絶対的な力を――私によこせ!

 

 Damage Level……D.

 Mind Condition……Uplift.

 Certification……Clear.

 

 ――《Valkyrie Trace System》……boot.




今作ではラウラはあることに固執しています。
そういう意味ではキャラ改変なのでしょうか?


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#28 強さ

余字修正しました。


「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 突如、ラウラは身が裂けんばかりに叫びを上げた。

 同時にISから異常なまでの電撃が発生した。

 

「ぐっ――!?」

 

 シャルルの体が吹き飛ばされる。

 

「な、なんだ!? こいつは!?」

 

 一夏達は、いやアリーナにいたほぼ全員が目を疑った。

 会場全ての視線がラウラと彼女のISへと向けられた。

 

「変形だと!?」

 

 グラハムがピット内で驚きの声を上げた。

 シュヴァルツェア・レーゲンの形状が変化しだした。

 だがおかしい。

 ISの形状変化は本来『初期操縦者適応』か『形態移行』でしか起こらないはずだ。

 フラッグの変形も形状自体は変化していない。

 さらにいえば目の前の変化は液状化と言った方が正しいだろう。

 黒い液状はラウラの全身を包み込んだ。

 そのままゆっくりと地面へと降り立った。

 そして姿を変えていく。

 今、シュヴァルツェア・レーゲンだったものはラウラの姿にそって形作られた全身装甲のISへと変貌していた。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 

 

 一夏は目の前に突如として現れたISに驚きを隠せなかった。

 最小限のアーマーを手足に持つそれ。

 頭部はフルフェイスのアーマーで覆われ、目のあるであろう部位からはライン状に赤い光が漏れでている。

 手には刀状のブレードが握られている。

 その武器に彼は見覚えがあった。

 

「『雪片』……!」

 

 見間違うはずもない。

 姉、千冬がかつて振るっていた刀だ。

 いわば彼女の力の象徴。

 一夏は『雪片弐式』を握りしめ、中段に構える。

 

「――!」

 

 漆黒の機体は一夏の懐に飛び込む。

 居合いに見立てた刀を中腰に構え、必中の間合いから放たれる必殺の一閃。

 それは紛れもなく、千冬の太刀筋だった。

 

「ぐうっ!」

 

 構えていた雪片弐式が一夏ごと弾かれる。

 敵はそのまま上段の構えに移る。

 ――まずい!

 一夏は咄嗟に下がろうとするが間に合わない。

 縦一直線、落とすような鋭い斬撃が襲い掛かる。

 

「!」

 

 高速で赤い光が割り込んできた。

 裂ぱくの気合いとともに振られたビームサーベルが刀にぶつかる。

 

「シャルル、一夏、下れ!」

 

 グラハムは剣先を翻し横薙ぎに振るう。

 それを漆黒のISは雪片の刀身で防ぐ。

 続く二撃、三撃と振るうも完全に防がれる。

 さらに一撃を放つがそれは距離をとろうとした敵の速さが上回り空を切る。

 グラハムもわずかに下がり得物を露払いのように払う。

 だが視線は敵から離してはいない。

 ――明らかに動きが違う。

 少なくとも何か剣術を修得した者の太刀筋だ。

 それもかなりの熟練者。

 ラウラが剣術を修練していたのかは知らないが、以前戦ったときからは想像できない動きをしている。

 強者だとグラハムは思った。

 だが同時に違和感を得ていた。

 敵からラウラの意志を感じないのだ。

 まるで、ISの意志で動いているようにグラハムは感じた。

 ふぅ、と息を吐いた。

 そして再び飛び出そうとしたとき、白い影が漆黒のISへと向かう。

 一夏だ。

 彼は拳を握りしめて駆けていた。

 

「うおおおおおおっ!」

 

「一夏ッ!」

 

 すでに漆黒のISは動き出している。

 その切っ先は一夏を向いている。

 ぎりっと歯噛みし、グラハムは前へと飛び出した。

 最大出力で加速し、一夏より先に敵と刃を交える。

 スパークが走る。

 ビームサーベルは長時間使用のために出力を下げているため、相手の剣を斬りとばすことはできない。

 完全に鍔迫り合いの形に入る。

 出力では決して負けてはいないが下手に押し込めば勢いを利用されかねない。

 下手に手出しができないだけに自然とグラハムの動きも慎重さを伴った。

 何かが地面に叩きつけられる音が耳に入る。

 恐らく誰かが強引に一夏の動きを止めたのだろう。

 箒の怒声が聞こえる。

 

「馬鹿者! 何をしている! 死ぬ気か!?」

 

「離せ! あいつふざけやがって! ぶっ飛ばしてやる!」

 

 一夏が珍しく殺気に満ちた声を上げている。

 その声でグラハムはおぼろげながら敵の正体を理解した。

 ――そうか、この動きは千冬女史のものか。

 おそらくそうなのだろう。

 そうでなくてはここまで一夏が取り乱すはずがない。

 彼女は初代ブリュンヒルデ。

 つまりは世界最強のISパイロットの称号を得ている。

 なら、その動きをまねようと考える者が現れても不思議ではない。

 互いに力をぶつけ、距離を開ける。

 そこにルフィナがアサルトライフルから銃弾を連続で放つ。

 漆黒のISはそれらを弾くと、グラハムに対して中段に刀を構える。

 完全にルフィナの事は眼中にはないようだ。

 どうやら、私を相手取りたいようだな。

 

「ルフィナ」

 

 プライベートチャンネルでルフィナに話しかける。

 

「一夏達を避難させろ」

 

『で、でも』

 

「奴は私と一夏に用があるようだ」

 

 ビームサーベルを担ぎ上げるように構え、突進する。

 それに合わせて敵も刀を振り上げる。

 互いに振り下ろした得物が火花を散らして交差する。

 何とか敵の鋭い袈裟斬りを防ぐ。

 スラスターの出力を上げて押し返した。

 その勢いに乗って相手は間合いを切る。

 

『おいグラハム!』

 

 そこに一夏が通信で割り込んでくる。

 

『あいつは俺が殴らなきゃ気が済まない!』

 

「気持ちは分かる。だが今の君に何ができる?」

 

『そうだぞ! どのみちエネルギーが――』

 

『だったら僕に任せて』

 

 シャルルだ。

 

『僕のリヴァイヴならコア・バイパスでエネルギーを移せるから』

 

『本当か!?』

 

「だがシャルル。君の機体もエネルギー残量は少ないはずだ」

 

『どのみちこの状態じゃ僕には何もできないよ。だったらこのぐらいの事はさせて』

 

「………………」

 

『お願い』

 

「……君のエネルギー残量だとどのくらい《白式》を回復できる」

 

『たぶん、腕と『雪片弐型』が精々かな……』

 

 そうなると一撃を決めるためには供給時間と敵の隙をどう作るかが問題となる。

 だがその答えはすでに出ていた。

 

「私が隙を作る。そこに叩きこめ」

 

『おう!』

 

「ルフィナ、シャルルたちを守れ。エネルギー供給完了後、二人を避難させろ」

 

『う、うん!』

 

 グラハムはビームサーベルに取り付けられた延長用グリップを兼ねた予備用コンデンサーをパージする。

 これでもうビームサーベルの持続時間は半分を切った。

 それを左手に握り直す。

 地を蹴った。

 スラスターを爆発的に噴出させ、一直線に突進する。

 右手にはプラズマソードを出現させ縦に両手を振りかぶる。

 振り下ろされた二本の光剣を漆黒のISは刃を横にすることで防ぐ。

 互いに高い出力で勢いづけてぶつかったためにすさまじい反動で後ろに飛ばされる。

 それでも刃をなんどもぶつける。

 そしてグラハムと漆黒のISは打ち合いの中でも最大の音を響かせて激突する。

 青と赤のスパークが散り、火花が舞う。

 グラハムは交錯する三本の刃の間からラウラの目があるであろう赤いラインセンサーをまっすぐと見た。

 ――問わなくてはならない。

 これがラウラの望んだ強さなのかを。

 自分で切り開かぬ力を強さと呼ぶのか。

 マスクを左右に開き、発光パターンを浮かび上がらせる。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ」

 

『――』

 

「強さとはなんだ!」

 

『――』

 

「ただ純粋に力を求めるだけが強さか!」

 

『―――』

 

「ならば、その極みがこれなのか!!」

 

『――――』

 

「――ならば括目するがいい」

 

 通信が完了の合図を送ってきた。

 プラズマソードを量子化する。

 

「強さの答えの一つを!!」

 

 グラハムは渾身の力でビームサーベルを振り上げた。

 雪片を腕ごと弾きあげる。

 そのままがら空きになった腹部に右足の蹴りを入れた。

 わずかに相手がよろめく。

 グラハムは即座に離脱した。

 ――あとは君次第だ。

 『誰かを守ってみたい』

 強さの極みの一つを知る君が教えなければならない。

 刀を腰に構えた一夏をグラハムの目は捉えた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 グラハムの蹴りに敵はバランスを崩した。

 同時に一夏が飛び込む。

 構えは居合。

 彼が千冬の教えにならい、箒の姿に学んだ、一閃二断の構え。

 漆黒の機体は弾きあげられた腕を修正し、一夏に袈裟斬りを放つ。

 それは千冬と同じ太刀筋。

 しかし、そこには千冬の意志は存在しない。

 

「ただの真似事だ!」 

 

 一夏は叫んだ。

 腰から抜き放っての横一閃、相手の刀を弾く。

 そしてすぐさま上段に構え、縦に真っ直ぐ相手を断ち斬る。

 一夏の雪片弐型が漆黒の機体を切り裂いた。

 紫電のほとばしるその機体から、ラウラが開放される。

 気を失うまでの一瞬、一夏はラウラと目があった。

 それはひどく弱っている捨て犬のような目。

 助けて欲しいと言っているかのようだった。

 

「……まぁ、ぶっ飛ばすのは勘弁してやるよ」

 

 一夏は力を失って崩れるラウラを抱きかかえる。

 その言葉が聞こえたか否かはラウラにしか分からない。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 強さとはなんなのか。

 その答えは無数にあると教えられた。

 そしてその答えの一つに、ラウラは強烈に出会ってしまった。

 

『強さっつーのは、心の在処。己の拠り所。自分がどうありたいかを常に思うことじゃないかと、俺は思う』

 

 ……そう、なのか?

 

『そりゃそうだろ? どうありたいのかもわからねーのは強いとか弱いじゃなくて歩き方を知らないだけさ』

 

 ……歩き、方……。

 

『どこへ向かうか。どうして向かうかってこと』

 

 ……どうして向かうか……。

 

『やったもん勝ちってことだよ。そういう意味じゃグラハムはすごいぜ。我慢をしないからな』

 

『ああ。私は我慢弱く、落ち着きのない男だ』

 

『!?』

 

 突如聞こえてきた三人目の声にあいつは驚いていた。

 おそらく私もそうなのだろうが……

 現れた彼はフッと笑った。

 

『未来を切り開く。それは自分の意志でやらなくてはならないことだ』

 

 ……未来を切り開く。

 

『そうだよな。自分の人生ぐらいはやりたいようにならなきゃな』

 

 ――では、お前は? お前はなぜ強くあろうとする? どうして強い?

 

『俺は強くないよ。本当にまったく強くない』

 

 ハッキリと言い切った。

 あれほどまでの力を持ってなお、強くないと言う。

 それが理解できない。

 

『けれど、もし俺が強いって言うのなら、それは――』

 

 ――それは……?

 

『強くなりたいから、強いのさ』

 

 ――。

 

『それに、強くなったら、やってみたいことがあるんだよ』

 

 ――やってみたいこと……?

 

『俺は、誰かを守ってみたい』

 

『君の矜持そのものだな』

 

『まぁ、そうだな。前はグラハムに助けられたから今度こそは自分のすべてを使ってでもただ誰かのために戦い抜きたい』

 

 ――それは、まるで……あの人のようだ。

 

『そうだな』

 

『君はどうだ? ラウラ・ボーデヴィッヒ』

 

 ……わからない。

 私はただ、どうしても力が欲しかった。

 その先は考えたこともなかった。

 

『私もだ』

 

 ……え?

 

『私も強くなったらなどと考えたことはない。まだ自分の答えも得ていないからね』

 

 信じられなかった。

 この男もまた強さの答えを見つけられていないことが。

 ………………。

 だが、と彼は続けた。

 

『それでいいと私は思う。君も強さを知ることから始めればいい』

 

 ……私にできるだろうか。

 

『不安か?』

 

 つい頷いてしまう。

 そんな私にあの男は笑顔で言った。

 

『だったら、お前も守ってやるよ。ラウラ・ボーデヴィッヒ』

 

 そう言われて、私の胸は初めての衝撃に強く揺さぶられる。

 

『お前の答えが見つかるように守ってやるよ』

 

 私は強さの答えを括目させられた。

 だが同時に、ときめいて、しまった。



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#29 居場所

 ラウラは暗闇の中で声を聞いた。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ!」

 

 私を弱いと言った声。

 その声が名を呼んでいる。

 そして問われた。

 

「強さとはなんだ!」

 

 力だ。

 絶対的な力だ。

 それ以外に答えなどない。

 そう答えたかったが声を出せない。

 動くこともしゃべることも自分のISに奪われてしまっていた。

 

「ただ純粋に力を求めるだけが強さか!」

 

 だが声はこちらの答えを聞いたかのように言葉を続けてきた。

 そうだ。

 私は『奴ら』を倒すために力を求め、得てきた。

 そのことを正しいとも思っている。

 

「ならば、その極みがこれなのか!!」

 

 ……それは、違う。

 確かに私は力を求めた。

 その為にすべてを差し出した。

 でもこれは――

 「違う」と叫びたかった。

 だが同時に不安を覚える。

 私の求めたものの先にあるのがこれだとしたら……。

 とたんに自分が信じてきたものがわからなくなる。

 ……強さと一体なんなんだ……

 

「ならば、括目するがいい。強さの答えの一つを!!」

 

 強さは一つではないのか……?

 もし、答えが無数にあるのだとしたら何が強さなんだ?

 だがその声が聞こえてこない。

 おい!

 強さを見せてくれるのではないのか!?

 なぜいきなり消えるんだ!?

 シュヴァルツェア・レーゲンから感じる動きは斬撃。

 ……まさか。

 答えを斬り捨ててしまったのか……?

 後悔と絶望にさいなまれたかけたそのときだ。

 視界が開け、私はその答えの一つに出会った。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「う、ぁ……」

 

 まぶたの上から光を感じてラウラは目を覚ました。

 

「気がついたか」

 

 声に、ラウラは身を起こそうとする。

 その声は彼女が敬愛する千冬のものだった。

 

「全身に無理な負荷がかかったことで筋肉疲労と打撲がある。しばらくは動けないだろう。無理をするな」

 

 それでもラウラは無理に上半身を起こした。

 これは千冬の話題の誘導だと理解していた。

 

「何が……起きたのですか……?」

 

 瞳がまっすぐに千冬を見つめる。

 

「ふう……。一応、重要案件である上に機密事項なのだがな」

 

 だがかつての弟子の性分を知っているからであろう。

 千冬はここだけの話と無言で示すと、口を開いた。

 

「VTシステムを知っているな」

 

「は、はい。正式名称は『ヴァルキリートレースシステム』。過去のモンド・グロッソの部門受賞者の動きをトレースするシステムですが確か……」

 

「そう、アラスカ条約によって使用はおろか、研究、開発までもが禁止にされている。それがお前のISに組み込まれていた」

 

「……私のISに」

 

「巧妙に隠されてはいたがな。操縦者の精神状態、機体の蓄積ダメージ、そして操縦者の意志……いや、願望か。それらが揃うと発動するように細工されていたらしい。お前の場合はそこに別のものが混ざっていたのだろうがな」

 

「………………」

 

「現在、学園はドイツ軍とジオニック社に問い合わせている。近く、委員会からの強制捜査が入るだろう」

 

 ラウラはきつくシーツを握る。

 顔が俯く。

 

「私が望んだから……ですか」

 

 あのときラウラは願った。

 千冬から完全を奪う弟を。

 自分を弱いと言う存在を。

 そして、『奴ら』を。

 それらをすべて打ち砕く『力』を。 

 そして、その先にあるものを。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ!」

 

「は、はい!」

 

 いきなり名前を呼ばれ、ラウラは驚きも合わせて顔を上げる。

 

「お前は誰だ?」

 

「わ、私は……」

 

 その先の言葉は出なかった。

 答えは出ている。

 だが今は、ISに一度すべてを奪われた状態でははばかられてしまう。

 

「誰でもないのならちょうどいい。お前は今から……ラウラ・ボーデヴィッヒだ。この先三年間はここにいるんだ、時間はある。そのなかで見つけると良い。その先をな」

 

「あ…………」

 

 まさか励まされるとは思わなかったのだろう。

 ラウラは意外そうにポカンとしている。

 そんな表情を見てから千冬は立ち上がった。

 

「あ、教官!」

 

 咄嗟に呼び止めた。

 どうしても聞きたいことがあった。

 

「彼は……何者なんですか?」

 

「グラハム・エーカーのことか」

 

「はい」

 

 コクンと素直に頷くラウラ。

 

「とてもただの学生には見えません」

 

 千冬は少し考えるそぶりを見せてから口を開いた。

 

「さぁな。クールぶった態度の下に本性を隠しきれていない軍人かぶれの青二才にしか見えんな」

 

 そう言いうと、保健室を出ようとした。

 

「それと」

 

 ドアに手をかけて、振り向くことなく再度言葉を投げかけた。

 

「お前以上に堅物軍人だな」

 

 どこか面白そうに言うと、そのまま今度こそ保健室を出て行った。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「ふ、ふふ……ははっ」

 

 ラウラは千冬が出て行ってしばらくして、静かに笑い出した。

 ずるい姉弟だと思った。

 何せ、言いたいことだけ言って逃げたのだから。

 おまけに姉は肝心なところは隠すのだからずるいことこの上ない。

 笑いが漏れるたびに体に痛みが走るが、それさえも心地いい。

 それはまさに完全敗北の味なのだろう。

 だがそれがとても清々しくラウラは思えた。

 そう、ラウラ・ボーデヴィッヒはこれから始まるのだから。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 食堂のテレビ画面がニュース番組からIS学園専用チャンネルに切り替わった。

 

『トーナメントは事故により中止となりました。ただし、今後の個人データ指標と関係するため、全ての一回戦は行います。場所と日時の変更は各自個人端末で確認の上――』

 

「どうやら、ルフィナとシャルルの予想が当たったようだな」

 

「うん」

 

「そうだねぇ。あ、一夏、七味とって」

 

「はいよ」

 

「ありがとう」

 

 時刻は夜の十時過ぎ。

 彼ら四人は試合の後、教師陣から事情聴取されていた。

 解放された時には食堂のラストオーダーぎりぎりの時間。

 急いで食堂へ向かうと話を聞こうと多くの女子が待っていた。

 食事をとったら話すとグラハムが場を収め、四人は今、夕食をとっている。

 

「ごちそうさま。本当にこの学園の料理は美味くて幸せだよな。……ん?」

 

 最初に箸をおいた一夏が何かに気付いたようだ。

 三人もそちらへと視線を向ける。

 そこは女子の集団がいた。

 だが様子が先とは明らかに違っていた。

 彼らが食堂に来た時には話を聞きたくて仕方のないという表情をしていた彼女たちだが 今はひどく落胆している。

 

「……優勝……チャンス……消え……」

 

「交際……無効……」

 

『……うわああああんっ!』

 

 何かを呆然と呟いた後、数十人が走り去って行った。

 グラハムが確認できた限りでは全員が泣いていた。

 

「どうしたんだろうね?」

 

「さあ……?」

 

 一夏とシャルルは事態を理解できていないらしく二人そろって首を傾げている。

 その二人の正面に座るグラハムとルフィナはある程度分かっているのだろう。

 そのまま食事を再開した。

 と、一夏は席を立ちあがり、先まで女子の集団がいたところまで歩いて行った。

 そこには今、箒が立ち尽くしている。

 横目でそれを確認したグラハムは何かを予測したのか目をつむった。

 そして十秒後。

 その予測は現実となった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「一夏って、わざとやってるんじゃないかって思うときがあるよね」

 

「……そう、だね」

 

「ああ。私もそう思う」

 

 三人は倒れている一夏を見降ろしてどこか呆れたように話す。

 箒に殴られた一夏は気絶していた。

 やはり彼は『付き合ってもらう』の意味を『買い物に付き合う』と言われたのだと勘違いしていたようだ。

 なぜそう思ったのかグラハムには理解できなかった。

 ――ただの買い物の話ならば試合で賭ける必要がないだろうにな。

 一夏の唐変木さ加減にあきれ果てる三人。

 

「あ、みなさんここでしたか。さっきは――織斑君!?」

 

 そこに現れたのは山田。

 彼女は一夏を見つけるなり驚きの声を上げた。

 

「大丈夫ですか!?」

 

「心配は無用だ山田女史。少しすれば目が覚める」

 

「そ、そうですか」

 

 本来ならば気絶している時点で問題だが、グラハムはそこを押し通した。

 

「そういえば、何か用ですか?」

 

「あ、そうでした。実は今日から男子の大浴場使用が解禁されるんです」

 

「山田女史。それは来月からだと私は聞いていたんだが」

 

「それがですねー。今日はボイラーの点検日だったんですが早く終わったので、せっかくなら男子三人に使ってもらおうということになりまして」

 

「ほう」

 

「鍵は私が持っていますから、脱衣場の前で待っていますね」

 

 では、と山田は歩いて行った。

 ――なんという僥倖!

 グラハムは内心で感極まっていた。

 武士道を志してより、日本文化に彼は憧れを抱いている。

 風呂もその一つだ。

 だがこの世界に来てより一度もまだ風呂に入っていない。

 今まで彼は部屋のシャワーでその思いを忍んできた。

 そしてついに風呂に入れる。

 しかしそれには問題があった。

 

「あ、一夏には起きたら私から言っておくから二人は先に入ってくれば?」

 

「そうさせてもらおう。……シャルル、行くぞ」

 

「え!? あ、うん」

 

 グラハムはシャルルを連れて食堂を出た。

 

「ど、どうしよう」

 

「まずは着替えをとってから大浴場へ向かおう。急がなければ山田女史に疑念を持たれかねない」

 

「そ、そうだね」

 

 二人はそれぞれの部屋に着替えを取りに戻った。

 その間二人は思案気な顔をしていたが結局いい案は浮かばなかった。

 

「では、ごゆっくり~」

 

 二人は山田に見送られながら大浴場の脱衣所の戸が閉まる。

 どうしたものか、とグラハムはため息を内心ついていた。

 グラハム自身は別に異性と入ることにはそこまで抵抗はない。

 だがシャルルは年頃の(さらに言ってしまえばグラハムの実年齢の半分もいってない)女子。

 さすがに一緒に風呂というわけにもいかない。

 

「シャルル」

 

「はっ、はいっ!?」

 

 素っ頓狂に声を上げるシャルル。

 やはり乙女だと思いながらグラハムは言う。

 

「風呂に入ると良い」

 

「え? グラハムは?」

 

「頃合いを見てから部屋に帰ってシャワーを浴びるさ」

 

 漢たるもの我慢というものだろう。

 そう思いグラハムは風呂よりも美学をとった。

 

「僕あまり好きじゃないし。でも、グラハムって結構お風呂好きそうだよね?」

 

「ああ。好きだと言わせてもらおう」

 

「――――」

 

 無言で俯いてしまうシャルル。

 見れば彼女の顔が真っ赤に染まっていた。

 

「どうかしたかね?」

 

「ど、どうも!? は、入ってよ。それにお礼もしたかったし」

 

「お礼?」

 

「え? あ、ほ、ほら、今日もボーデヴィッヒさんを止めてくれたりしてくれたから、ね?」

 

「そのことならば――」

 

「と、とにかく! お礼をしたいの僕は」

 

「………………」

 

「だから、ね?」

 

「……その心意気、感謝する」

 

 ――こうまで言われて辞退するのも無粋というもの。

 据え膳喰わぬはとも言うしな。

 ならば、入らせてもらおう。

 グラハムはシャルルの視線に入らない場所まで移動すると服を脱いだ。

 そしてシャルルに声をかけてから浴場へと足を踏み入れた。

 

「ほう……!」

 

 すばらしい。

 グラハムはあまりの感動に言葉が出なかった。

 眼前にはいくつもの風呂があり、奥には夜景が広がっている。

 これが、日本の風呂!

 シャルルには申し訳がないが、この気持ち、たまらんな。風呂よ!

 すぐに湯船につかりたい気持ちを抑えて、まずは作法通りにグラハムは身体を流す。

 桶を手に取り、窓際の一番大きな湯船の縁まで歩く。

 そこには何かが書かれている。

『温泉。源泉かけ流し。効能――』

 

「なんと!?」

 

 温泉だと!

 気持ちがだんだんと昂ってくるのをグラハムは感じた。

 風呂だけでなく温泉まで楽しめるとは――

 

「聞いてないぞ、IS学園!」

 

 ひとまずグラハムは腰を屈め桶で湯をすくい身体に掛けた。

 なかなかの熱さが体にしみるのをグラハムは全身で噛みしめる。

 何度か湯を掛けてからグラハムは浴槽に入った。

 そしてゆっくりと肩まで浸かった。

 

「ぅ――」

 

 あまりの心地よさに声が漏れる。

 そしてそのまま目を閉じた。

 グラハムは自分の身体と湯がゆっくりと一体化していくのを感じた。

 これが、極楽と言うものか。

 ホーマー司令の話に何度も出てきた極楽。

 日本の温泉につかったときにのみ味わえると言われた。

 それを今、味わっている。

 

「極楽、極楽……」

 

 まさに極楽の気分を味わっていると脱衣所の扉の開く音が響いた。

 

「一夏か」

 

 気絶していた彼が目覚めたのだろう。

 そう思いまた目を閉じる。

 濡れたタイルの上を足が歩いている音が湯気の向こうから耳に届く。

 

「お、お邪魔します……」

 

「シャルル!?」

 

 聞こえてきた声に咄嗟に振り向いた。

 頭の上にのっけていたタオルが危うく落ちかける。

 グラハムは一夏だと思っていたが、湯気の向こうから現れたのはシャルルだった。

 

「どうしたんだ、いきなり」

 

「や、やっぱり、僕もお風呂に入ってみようかなって。――め、迷惑なら上がるよ?」

 

「いや構わんよ。私は十二分に風呂というものを堪能したし後はゆっくりすると良い」

 

 グラハムはそう言うと腰を上げようとした。

 

「え、えっとその……僕と一緒だと、イヤ?」

 

「そういう意味ではないさ」

 

「そ、それにね、大事な話もあるんだ」

 

「話?」

 

「う、うん。グラハムにね、聞いてほしい……」

 

「……了解した」

 

 グラハムは上げようとした腰を沈め、再び夜景へと目を向けた。

 背後でシャルルが湯に入る音がする。

 すぐ後ろに彼女の気配を感じた。

 

「あ、あのね。僕、ここにいようと思う」

 

「IS学園にか」

 

「うん。まだどこに居ていいのか分からないし。それに――」

 

 シャルルはグラハムの背中に手を触れた。

 

「グラハムが僕の事を大切な友達だって、頼れって言ってくれたから僕はここにいようと思えるんだよ」

 

「……そうか。そう思ってくれているのか」

 

 グラハムはシャルルの言葉に微笑んだ。

 人生を通して友人と呼べる存在が少なかったからだろうか。

 シャルルもグラハムの事を友達だと思ってくれていることが素直にうれしかった。

 

「それにね、もう一つ決めたことがあるんだ」

 

「もう一つ?」

 

「僕は自分であり方を決めようって思ったんだ」

 

「……自分の意志でか」

 

「うん。どうなるかはわからないけど、自分で自分の未来を切り開いていこうって」

 

「そうか。それがいいと私は思うよ」

 

「ありがとう。……それでね」

 

 シャルルは背中に触れていた手を前に回してグラハムを後ろから抱きしめた。

 

(!?)

 

 わずかにグラハムは動揺するがそれを心の中に留める。

 

「僕のことはシャルロットって呼んで?」

 

「……シャルロット。それが君の――?」

 

「そう、僕の名前。大好きだったお母さんがくれた、本当の名前」

 

「いい名だな。シャルロット」

 

「ありがとう」

 

 そのまましばらくシャルロットはグラハムの背に身を預けていた。




すいません。
何か詰め込んじゃいましたね。


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#30 嫁と師

 翌朝。

 グラハムは教室に入ったところで一夏に会った。

 

「おはよう」

 

「おはよう。……シャルルはどうした?」

 

「ん? ああ。なんか先に行ってろって」

 

「そうか……」

 

 グラハムは席に座りながら周囲を見回す。

 ほとんどの生徒が来ているのにもかかわらずシャルルとラウラがいない。

 

「み、みなさん、おはようございます……」

 

 教室に入ってきた山田はなぜかふらふらしているように見えた。

 

「SHR……を始める前に、二つほど。今日は織斑先生がいらっしゃいませんので私が代わりに授業を担当します」

 

 仕事が増えたからふらふらしているのかとグラハムは思ったが授業前からはおかしいことにすぐに気が付いた。

 そしてやはり山田に見えた疲労感の原因は違うところにあった。

 

「みなさんに転校生を紹介します。紹介と言うかし直すというか……」

 

 クラスの女子達はいつぞやのようにざわめき立つ。

 だが山田の歯切れの悪さに疑問の色も濃い。

 

「じゃあ、入ってください」

 

「失礼します」

 

 その声は皆聞いたことのある声だった。

 そしてドアが開き入ってきたのは、

 

「シャルロット・デュノアです。皆さん、改めてよろしくお願いします」

 

 女子制服を着たシャルロットだ。

 丁寧に礼をする彼女にグラハムを除いた全員がポカンとしたまま礼を返した。

 

「デュノア君はデュノアさんでした。ということです。……はぁ、また部屋割りを決めなければいけませんね」

 

 深くため息を吐く山田。

 

「え? デュノア君って女……?」

 

「おかしいと思った! 美少年じゃなくて美少女だったわけね」

 

 ゆっくりと調子を取り戻していく女子達。

 同時にざわざわと何かが波及していく。

 

「って、織斑君は同室だったよね!? 知らなかったってことは――」

 

「ちょっと待って!」

 

 一人が大声を上げた。

 

「昨日って確か、男子が大浴場使ってたわよね!?」

 

『!!?』

 

 その言葉が契機となり教室が一気に喧騒に包まれた。

 実際にシャルロットと大浴場にいたのはグラハムだがクラスの注目は一夏に集まっていく。

 一夏は嫌な予感に身を震わすが、その後ろでグラハムはいつものように冷静を装う。

 

「一夏ぁぁぁぁ!」

 

 教室のドアが轟音と共に吹き飛ぶ。

 鈴音だ。

 肩で息をしている彼女の表情はまさに烈火のごとし。

 ISを纏い、衝撃砲が最大威力での発射準備を終えている。

 

「ちょ、俺は――」

 

「死ねぇぇぇぇぇ!」

 

 問答無用とばかりに『龍砲』が放たれた。

 ――明日の朝刊の一面は俺だな。

 そんなことを思いながら一夏は人生を振り返ろうとした。

 だがいつまでたっても走馬灯が流れない。

 不思議に思い目を開けると

 

「………………」

 

 一夏と鈴音の間に立つようにラウラがいた。

 《シュヴァルツェア・レーゲン》を纏い右手を鈴音の方へ向けているところからAICで衝撃砲を止めたのだろう。

 

「た、助かったぜ、サンキュ」

 

 礼を言われたからなのか、一夏の方へ振り向いたラウラの表情が赤い。

 

「………………」

 

「ん? どうし――」

 

 その瞬間、時が止まった。

 教室にいる全員が動きを止めた。

 

 ラウラが一夏と唇を合わせていた。

 

 

「――――――」

 

「………………」

 

 唇を離したラウラの顔は真っ赤だ。

 

「お、お前は私の嫁にする! 決定事項だ! 異論は認めん!」

 

「……嫁? 婿じゃなくて?」

 

「日本で気に入った相手を『嫁にする』というのが習わしだと聞いた。故に、お前を私の嫁にする」

 

(なんと!? そんな風習があったとは!)

 

 冷静に事を眺めていたグラハムが何故かそこに反応する。

 さすがは武士道の国、日本! 愛する者を護るという心構えか!

 とはいうもののいつもよりも控えめだ。

 幾人の女子からの殺気が漂い始めるのを感じたからだ。

 これから始まるであろう阿鼻叫喚の様相を思い静かにため息を吐いた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 放課後。

 その後一夏はあの場にいた幾人かの女子達に強襲され、夕方になった今でも目を覚ましていない。

 一方のグラハムはシャルロットとの大浴場での件をなんとか誤魔化すことで事なきを得た。

 今グラハムはアリーナと本校舎への道の途中にある自動販売機の前に立っていた。

 ガコン、という音とともに取り口に飲み物が落ちる。

 腰をかがめて缶コーヒーを取り出すと、プルタブを開けた。

 一口飲む。

 

「…………」

 

 フッ、と笑みを漏らす。

 グラハムにとっては久しぶりのコーヒー。

 シャルロットの一件からしばらくコーヒーを飲みたいという欲求を彼は忘れていた。

 それが今となって再発したのだ。

 訓練を終え、《フラッグ》の整備をする道すがら彼は急いで自販機に向かった。

 ようやくこの世界での初コーヒーを味わい、どこか満足気なグラハム。

 

「何か飲むかね?」

 

 上機嫌のまま後ろの気配に振り返ることなく尋ねた。

 

「では、同じものを」

 

 グラハムは飲んでいるものと同じものを自販機から取り出し、後ろに振り返った。

 

「……どうも」

 

 差し出されたコーヒーをラウラは畏まって受け取った。

 

「一夏はどうだ?」

 

「まだ眠ったままです」

 

「そうか」

 

 難儀な男だ、とグラハムは思った。

 ここまでフラグを乱立させておきながら放っておくとはな。

 しかも自覚がないのだから始末におえん。

 今回の事も何故襲撃されたのか理解できずに終わるのだろう。

 そう思うと苦笑が口端に浮かぶ。

 それを消さずにラウラを見る。

 彼女は缶コーヒーを持ったまま口をつけていない。

 

「どうかしたかね?」

 

「い、いえ。いただきます」

 

 慌ててラウラはコーヒーを口にした。

 それを見てからグラハムもコーヒーを飲む。

 しばし静かな時間が流れた。

 飲み終わるのを待ってからグラハムは気になっていたことを尋ねた。

 

「一ついいかね」

 

「どうかしましたか? Herr(ヘア)・エーカー」

 

「……その口調はどういうことだ?」

 

 そう。気になっていたのはラウラの話し方。

 グラハムの事をHerrと呼び、敬語口調で話す。

 まさに千冬に対してと同じ話し方なのだ。

 

「私の記憶が正しければ、Herrは男性への敬称だと聞いている」

 

「そうです」

 

「……何故私に使う?」

 

「力を求めるだけが強さではないと私に気付かせてくれたのはHerrです。そんな相手に敬意を表さないのは軍人として、いえ人として恥ずべき事です」

 

「あれは一夏が示したのであって私ではない」

 

「ですが貴方は強さを知っています」

 

「………………」

 

 反論しようとしたがグラハムはできなかった。

 彼は強さを知っているのではない。

 見せつけられたというのが正しいだろう。

 ガンダムに乗る少年に。

 だがそれを事情の知らぬラウラに話すことはできない。

 黙るしかなかった。

 ラウラは空き缶を捨て、背筋を伸ばした。

 

「Herr、お願いがあります」

 

「お願い?」

 

 はい、とラウラは欧州式の敬礼をとった。

 

「私を弟子にしてください」

 

「………………」

 

 唐突な申し出にグラハムはしばし言葉が出なかった。

 

「……ラウラ」

 

「はい!」

 

「私は君よりもパイロット技量では劣る。残念ながら私から君に教えることは何もない」

 

「いえ、技量の話だけではありません。私は自分なりの強さの答えを見つけたいのです」

 

「それならば千冬女史か一夏に師事することを推奨しよう。以前も言ったが私はまだ自分の答えは見つけてはいない」

 

「それでも私はHerrに教わりたいのです。教官や一夏に胸を張って強さを答えられるように」

 

「………………」

 

 ラウラの瞳は真剣だ。

 言葉からも覚悟のほどが伝わってきた。

 恐らくは梃子でも動かないだろう。

 その目をまっすぐに見返し、グラハムは口を開いた。

 

「アリーナへ行くぞ」

 

「え?」

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒの覚悟、態度で見せてもらおう」

 

 それは応諾の言葉。

 ラウラの表情が明るくなる。

 

「ハイ!」

 

 すでにアリーナへと歩き出したグラハムの後ろをラウラは追っていった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 部屋の中央に女性が一人立っていた。

 そこは暗い部屋だった。

 光源は女性の正面を囲むように投影されている幾枚ものモニターだけだ。

 

『ジオニック社から押収したIS-06FVにはVTシステムが搭載されていた。これでドイツが長期間にわたってVTシステムの研究をしていたことは明らかですな』

 

『ドイツ代表理事。貴殿がドイツ軍出身である以上、責任は免れませんぞ?』

 

『その前にフランスやアメリカといった他の国での問題を上げるべきではありませんかな?』

 

『確かに。デュノア社にアナハイム社、イギリス軍等々、ドイツよりも先に議題とすべきものは多々あるかと』

 

『VTシステムは条約での問題だ。緊急性は高い』

 

『だが――!』

 

(――くだらんな)

 

 モニターに映る中年男性たちの言い争いを千冬は冷めた目で見ていた。

 国際IS委員会。

 国家のIS保有数や動きなどを監視する委員会でIS条約に基づいて設置された国際機関。

 その委員会の首脳部である主要八か国の代表者。

 その大半が今、互いに抱ええいる問題を責め合っている。

 それは千冬から見れば実に下らないものだった。

 

『――そろそろ本題に入りませんかな?』

 

 千冬から見て右上のモニターに映る男性が手を上げて罵り合っていた他国の代表者たちを鎮める。

 

『……そう、ですな』

 

『では、IS学園代表代行、報告を』

 

 はい、と頷きながら千冬の前に小型のモニターが出現する。

 同時に各国代表の前にもモニターが現れた。

 そこには全身装甲のISが映されていた。

 

「ご覧いただいているのは《ガンダム》と呼称されるISの解析の経過報告です」

 

 表示されている機体データはクラス代表選に現れた《ガンダムスローネ》のものだ。

 代表者の表情は一人残らず驚きを禁じ得なかった。

 

『このデータは本当かね?』

 

『プログラムの自動消去まで組み込まれていたのか』

 

『まさか、《天使》が他にもあったとは……』

 

 機体の出力は勿論、装甲や武装でも現行のISを凌ぐ性能に驚きを禁じ得なかった。

 二年前に出現した《0ガンダム》、通称《天使》に対抗するために各国が開発を進めていた第三世代型機。

 だがそれすらも今回出現したガンダムにはほとんど通用しなかったうえに第三世代兵器といえるものがすでに装備されているという事実。

 中国とイギリス代表の表情は特に厳しいものだった。

 

「そしてこれが《ガンダム》の動力源と思われるものです」

 

 千冬の声とともにモニター画面が切り替わる。

 そこには白い卵型をした動力機が映されていた。

 

『これが、《ガンダム》の主要機関』

 

「刻印からGNドライヴと学園では呼称しています」

 

 無人機ということを除けば現行機との最大の違いであり、《ガンダム》の根幹をなす機 関に各国の代表はGNドライヴのデータを食い入るように見つめる。

 だがそこには彼らが望んでいたような情報は含まれていなかった。

 

『……織斑君。構造に関する情報は何もないが?』

 

「先ほど申し上げた通り、経過報告です。GNドライヴの解析が不十分であるために省かせていただきました」

 

 にべもなく言う千冬に各国の代表たちは声を荒げた。

 

『IS学園で得られた技術は協定参加国に公開する義務がある!』

 

『そうだ! 《ガンダム》の存在が世界にどれほどの悪影響を及ぼしているのか分かるだろう!』

 

『SVISシリーズの件といい貴方方はIS運用協定を反故する気か!』

 

 協定という言葉を笠に公開を迫る彼らを千冬は無表情で見つめる。

 ――詭弁だな。

 内心での彼女は侮蔑の表情を代表たちに向けていた。

 たしかに協定にはIS学園で得られた技術は共有財産としてIS運用協定参加国に公開することが学園には義務付けられている。

 世界の為と大義名分も借りているがそんなことは二の次だろう。

 仕組みやGN粒子の原理すら彼らにとってはどうでもいいのだろう。

 GNドライヴの構造データから複製をつくり、自国のISに搭載することで世界に対して主導権を握る。

 そんな我欲しか彼らの目には映っていなかった。

 

『しかし解析が不十分な状態ではあまり意味もないでしょう。私はIS学園側の判断を支持しますよ』

 

 先程、代表たちを鎮めた男がここでも冷静そのものの声で他国に落ち着くよう促した。

 

『現状はどうあれ、まずは協定が履行されていることを各国に示すべきだ!』

 

『それを率先して行わなければならない貴国がそれでは委員会の意義を疑われますぞ!』

 

『まずは落ち着くべきだと私は思いますよ。物事は穏便に済ますべきです。――IS学園側としては公表まではどのくらいかかると考えているかね?』

 

 日本国代表理事はそう言って千冬に発言を促した。

 

「解析を進めていますが光の粒子に関しては専門家を呼ばなければどうしようもない部分がありますのでどのくらいかは」

 

『では、GNドライヴそのものの方はどうだね』

 

「一基を現在分解して精査しています。もう一基の方はIS学園所属の機体に搭載して性能データの収集を行う予定です。その結果しだいですが三か月は要するかと」

 

『そんなには待てん!』

 

『貴方方は黙って協定に従えばよいのです!』

 

『それに貴国も貴国だ! 二度も《ガンダム》の侵入を許したうえでこのような真似が許されるとでも!?』

 

『貴国にはIS学園の情報を秘匿する権利はない! そのことを承知の上で学園の行いを認める気ですか!』

 

『――私は()便()に済ませるべきだと申し上げたはずだが?』

 

 突如、冷えた声音で発せられた言葉に各国代表ははたと動きを止めた。

 彼らの表情は何かにおびえたような色を浮かべている。

 ――なんだ?

 今まで言いたい放題にしていたのが嘘のように全員が黙り込んでいる。

 その様子に疑問を持った千冬をよそに日本代表は静かに言葉を発した。

 

『ここに集まっている八ヵ国すべてが問題を抱えていることをお忘れではありませんか?』

 

 それに、と言葉を続ける。

 

『前アメリカ代表者の件もお忘れになったわけではありますまい』

 

『ま、まさかアレを――』

 

『穏便という意味合いをお間違えの無き用』

 

 では、と七ヵ国の代表理事をぐるりと見回すと彼は定例会議終了を宣言した。

 それと同時に投影型モニターが切れ、千冬の周囲の空間が明るくなっていった。



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銀の鐘 白の翼
#31 全力疾走


「ありがとう。手伝ってくれて」

 

「気にすることはないさ」

 

 放課後の教室。

 夕日の差し込む時間にグラハムとシャルロットの二人がいた。

 机の上にはプリントが何十枚と重ねられている。

 

「でも、よかったの? 今日はセシリアたちと街に行く予定だったんでしょ?」

 

「気にするなと言った。それに君がいなければ行く意味もあるまい」

 

「それって――」

 

 だが、シャルロットは先の言葉を紡げなかった。

 彼女の身体をグラハムが抱きしめていた。

 

「私は君が好きだ」

 

「えっ?」

 

「君が欲しい」

 

 グラハムの腕の中でシャルロットは上目使いに彼を見た。

 その表情はわずかに赤くなっていた。

 それは夕日の中にあっても別のものであることを感じ取れた。

 先程の言葉も照れ隠しなのだと彼女にはわかった。

 

「グラハム……」

 

「シャルロット……」

 

 二人の顔が徐々に近づく。

 シャルロットはゆっくりと目を閉じた。

 

「――あ、れ?」

 

 再び目を開けるとグラハムの姿はなかった。

 周囲を見回す。

 今シャルロットは自室のベッドの中ですぐそばの時計は早朝六時を指している。

 

「夢……」

 

 シャルロットは深いため息を吐いた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 早朝六時半。

 

「完成した」

 

 第二格納庫。

 グラハムは静かに歓喜の声を上げた。

 目の前にそびえるのは彼の専用機。

 だがその姿は以前とは異なっている。

 数週間にも及ぶ改修作業の末、ついに完成を見たその機体。

 SVIS-Y01X《GNフラッグ》と名をあらためたISにグラハムはゆっくりと背を預ける。

 身体がISを纏う。

 ためしに彼は格納庫内を軽く飛んだ。

 ――すばらしい。

 意のままに加速減速、さらには急停止をこなすその機体はまさに思い描いていた通りの操作性だ。

 次にグラハムは左手にビームサーベルを生成させた。

 現れるのと同時に頭部から延びる粒子供給用のケーブルが柄尻に接続される。

 深紅の刃が形成された。

 幾度かサーベルを振るう。

 左手から右手へ持ち替える際は一度ケーブルが消え、右手に握られた瞬間にまた接続された。

 完璧だ。

 マスクの中で表情が自然とほころぶ。

 グラハムが望んだとおりの機能を搭載している。

 夜を徹して作り上げた甲斐があったというもの!

 その後もしばらく、格納庫で彼は飛び回っていた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「ふぅ」

 

 グラハムは床に足を着き、ISを格納した。

 満足げな顔をしながら待機形態である時計を見た。

 午前八時二十五分。

 

「!?」

 

 しまった、と思うやいなやグラハムは走り出した。

 SHRまでの時間を残り十五分。

 今から彼は一度寮へ戻り、着替えてからクラスへ向かわなければならない。

 全速力で自室にたどり着いた彼は四十秒で支度をし、飛び出した。

 予鈴が鳴り響く。

 

「ぐっ!」

 

 今日のSHR担当は千冬。

 間に合わなければ待つものはただ一つ。

 ――死。

 グラハムの背に冷たいものが走る。

 千冬相手にこれは冗談ではすまないことはすでに体感済みである。

 それは歴戦のパイロットをして恐怖足らしめるほどのものであった。

 さらに速度を上げる。

 正面には生徒玄関が見えた。

 

「む?」

 

 一年一組の下駄箱付近に人影が見える。

 あれは――

 

「シャルロット!?」

 

「グラハム!?」

 

 シャルロットもこちらに気付いて声を上げた。

 玄関に飛び込んだグラハムは瞬時に靴を履きかえる。

 すでに時間は三分を切っている。

 二人は並んで三階へ階段を駆け上がった。

 そして教室の室名簿を視界に捉える。

 残り二十四秒。

 このまま走れば間に合うだろう。 

 だが、と後ろを見やる。

 わずかにシャルロットが後れを取っている。

 このままでは彼女は間に合わない。

 グラハムは咄嗟にシャルロットの手を掴んだ。

 

「!!?」

 

 シャルロットは顔を赤くするが、すでに赤かったために気づかれない。

 ドアを正面に捉える。

 だがすでに一秒を切った。

 ――やむをえん!

 グラハムは左腕を大きくスイングしシャルロットを教室へと入れる。

 同時に手を離したグラハムはそのまま勢いで廊下をスライディングして滑る。

 キーンコーンカーンコーン。

 無情にもそのときSHRの開始を告げるチャイムが鳴った。

 

「――遅刻だな、エーカー」

 

 頭上から声が降ってきた。

 息を荒げながら視線を向けるとそこには千冬がいた。

 

「たとえ一分に足らずとも遅刻は遅刻だ。放課後掃除をしておけ」

 

「……了解。……シャルロットは?」

 

「……ぎりぎり間に合った。安心しろ」

 

 シャルロットが間に合ったのならば悔いはない。

 そうグラハムは達成感を秘めて教室に入る。

 

「今日は通常授業の日だったな。IS学園とはいえお前たちも扱いは高校生だ。赤点などとってくれるなよ」

 

 グラハムが席に着いたのを確認して千冬がSHRを始めた。

 最初の話題に席に着いた途端グラハムは内心頭を抱えた。

 国立高校というIS学園の立場上、生徒は一般教科も履修しなくてはならない。

 数学や理科系科目においてグラハムには問題はなかった。

 だが国語の成績はひどいものだった。

 彼はつい数か月前までは英語が公用語の世界にいたこともあり日本語をまったく書けなかった。

 一応ホーマー司令の世話になっていた頃には武士道に関する書物を英訳するなどしていたがいわゆる古文でありホーマー古語辞典なるものを活用していたので、現代文になるともはや辞書なしではどうしようもないほどである。

 今のままでは試験に受かるかわからないと言われたほどであり、グラハムにとっては目下の学園生活最大の問題だった。

 

「それと、来週からはじまる校外特別実習だが、全員忘れ物などするなよ。三日間だけとはいえ学園を離れることになる。自由時間では羽目を外しすぎないように。以上」

 

 二つ目の話題、臨海学校について触れた後、SHRは終了した。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 放課後。

 教室でグラハムとシャルロットは掃除をしていた。

 本来ならグラハム一人でやることだがお礼にとシャルロットも手伝っていた。

 

「それにしても珍しいものだな。シャルロットが遅れるとは」

 

「え? あ、えーと。うん。二度寝してたら寝坊しちゃって」

 

 グラハムの質問にシャルロットは答えるものの歯切れがひどく悪い。

 だが彼は気にしないことにした。

 

「まどろみか、いい夢でも見たのかね?」

 

「え!? そ、そうだね。いい夢だったなー」

 

 やはり焦りながら答える。

 声が上ずっているがそれを誤魔化すように壁際に寄せられた机を持ち上げようとする。

 

「ん、んん~!」

 

 だが手近な机を選んだのがまずかった。

 中身が教科書でぎっしりと詰まったそれは重くうまく持ち上げることができない。

 

「そこまでしなくても、机ぐらい私がやるさ」

 

「へ、平気――うわっ!?」

 

 机の総重量に負け、シャルロットは足を滑らせる。

 咄嗟の動きでグラハムが後ろから支えに入る。

 

「大丈夫か?」

 

「う、うん……。ありがとう……」

 

 抱きしめる形で支えられたせいか、シャルロットの視線が妙にさまよう。

 

「失礼」

 

「あっ………」

 

 彼女の様子に気づいたグラハムは手を離し後ろに下がる。

 

「後は私が運ぶからシャルロットは用具を片付けてくれ」

 

「え? う、うん」

 

 そのまま二人は掃除の後片付けを進めていく。

 朝見た夢やさっきの事で完全にシャルロットはいつもの冷静さを失っている。

 教室に二人きりという夢と同じ状況も加味していた。

 

「一つ訊いていいか?」

 

「え!?」

 

「あのとき君は私に本名で呼ぶように言っていたがあの一件から君が転入し直すまでは半日もなく呼ぶ機会がなかった。そのことから私はあの夜に君が女子に戻ることを決意したと推測したんだが、何かあったのか?」

 

「あ、え、えっと、それは、その……」

 

 シャルロットはしどろもどろで何も言えなかった。

 正直なところ、このことを特にグラハムには訊かれたくはなかった。

 

「そ、その、ちゃんと――」

 

「別に答えずとも構わんよ。決意するにはそれ相応の覚悟があることを私は知っている」

 

「ええと、そうじゃなくてね……」

 

「君の決意には敬意を表するよ」

 

 勝手に結論付けて頷くグラハム。

 理由を言いたいような言いたくないようなもどかしい気持ちだったが彼の一言にシャルロットは内心唸ってしまう。

 

(ううう~っ! グラハム~)

 

 彼はこちらの心を揺さぶることを言っておきながら自分で勝手に結論付けてしまう。

 正直、ワザとなのでは疑ってしまう。

 だがグラハムの表情を見る限りそれはない。

 一夏とは違うようで彼もまた唐変木なのであった。

 

「ふむ。そうなると君がせっかく預けてくれた気持ちを無下にしてるような気がしてしまうな……」

 

 唐変木はすこし考え込む。

 

「よし。君の事は別の呼び名で呼ばせていただこう」

 

「ホ、ホント!?」

 

「君がよければな」

 

 突然の申し出にシャルロットは完全に舞い上がっていた。

 内心の盛り上がりを表情に出さないようにするも、わずかに色が漏れる。

 それはグラハムには喜んでいるように見えた。

 これは責任重大とばかりに真剣に考え込む。

 だがあまりに捻りすぎても呼びにくいと思い、シンプルにいくことにした。

 

「では、シャルと呼ばせてもらおう。変に捻るより呼びやすいし親しみやすいだろう」

 

「シャル。――うん、いいよ! すごくいい!!」

 

 シャルロットの笑顔にグラハムも満足げに頷く。

 ああ、そうだ。

 グラハムは何かを思いつくとシャルロットを真剣な目で見た。

 

「シャル。私の頼みを聞いてもらえるかね?」

 

「な、なにかな?」

 

 幸福感に浸っていたシャルロットだがグラハムの真剣なまなざしに少しドキッとした。

 

「付き合ってもらえるか?」

「――え?」

 

 完全に舞い上がっていたシャルロットは最初の五文字を聞いただけで時が止まった。




GNフラッグに関してはまた別で紹介させていただきます。


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#32 買い物

「付き合ってもらってすまなかったな、シャル」

 

「ま、まあ、お安い御用だよハハハ……はぁ………」

 

 どこかシャルロットの返事には陰鬱な陰りが窺える。

 グラハムが彼女を連れてアリーナで《GNフラッグ》のテストに向かった時からこのような状態が続いていた。

 原因の八割以上はグラハムにあるのだが本人にはその自覚がなく、ただただ内心で首を傾げるばかりだ。

 だがこのままどんよりとした雰囲気のままは由とせず、口を開いた。

 

「シャル」

 

「……何?」

 

「日曜日に予定はあるかね?」

 

「ないけど……」

 

「なら、私の買い物に付き合ってもらえるだろうか?」

 

「え? ぼ、僕と二人で?」

 

「そういうことになるな。君が誰かを誘いたいのならそれでも――」

 

「僕も買いたいものがあったし、行こうよ! 二人で!!」

 

 先程とは打って変わって満面の笑みを浮かべるシャルロット。

 何故か二人と言う言葉を強調するがグラハムは空気が良くなったことに満足して大して気にしていなかった。

 

「じゃ、じゃあレゾナンス前の広場に十時集合ね?」

 

「構わないが……」

 

 寮から一緒の方が無駄がないのでは、とグラハムは言おうと思ったが、

 

「えへへッ♪」

 

 嬉しそうなシャルロットの表情に憚れた。

 まあ、それもいいか。

 グラハムは笑顔満開なシャルロットの横顔を見て、つられるように微笑んだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「あえて言おう。晴れであると!」

 

 週末の日曜日。

 グラハムは街に出ていた。

 来週に控えた臨海学校の準備のためだ。

 あまりこの手の行事には縁のなかったグラハムは助っ人と街の駅で待ち合わせをしていた。

 時計に目をやる。

 午前九時三十二分。

 約束の十時までには十分な時間がある。

 正直、彼は学園最寄りの駅で待ち合わせをすればいいような気がしたが、助っ人がここを選択したのだ。

 ――乙女心というものは複雑だな。

 乙女座でも理解しきれたものではないな。

 時間を潰そうと彼は少し駅前を歩くことにした。

 ターミナル駅だけあって駅前には待ち合わせ場所によく使われる広場があり、街のメインストリートともいえる大きな道へと繋がっている。

 駅舎からは直接巨大なショッピングモールに行けるようになっているがこちらもなかなかの賑わいを見せている。

 

「む?」

 

 二、三分歩いたところでグラハムは見知った二人組を見つけた。

 一夏と鈴音である。

 どうやら彼らも買い物のようである。

 一夏がどう思っているかはともかくとして鈴音は間違いなくデートのつもりだろう。

 水を差すなどという無粋なまねはしないさ、と二人から距離をとろうとした時だ。

 一人の男性が二人に寄ってくる。

 明らかに不良とわかる出で立ちのその男が二人に絡む。

 喧嘩腰の鈴音を一夏が庇うように不良と向き合っている。

 目の前の友人たちの危機を見逃す程私は薄情ではない。

 そう思い、グラハムは彼らの元へ歩を進めた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「ハムパンチ!」

 

 グラハムの強烈な左ストレートが相手の顔面を捉える。

 

「ハムキック!」

 

 続いて鳩尾を鋭く蹴り上げた。

 

「ハムチョップチョップチョォップ!」

 

 たまらず体を屈めたところに手刀が三連続で首に浴びせられた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 友人の危機を救ったグラハムは颯爽とその場を後にし、集合場所へ戻っていた。

 時刻は九時四十八分。

 まだ約束には十分はある。

 そこにシャルロットがやってきた。

 

「ご、ごめん。待った?」

 

「いや。私も今来たところさ」

 

 男の常とう文句ともいえるこのフレーズ。

 グラハムとしては嘘をついたつもりはない。

 集合場所へは喧嘩番長を倒してから来たので待ったという感覚はなかった。

 

「まだお店が開くまで時間があるね……」

 

 シャルロットが自分の時計を見る。

 グラハムはシャルロットを眺めた。

 いつものようにしっかりと服を着こなしそれでいてお洒落である。

 彼はシャルロットの私服を初めて見たがやはり女子に戻ったのは正解だったと思った。

 ――男装だと私服も好きにはできなかっただろうしな。

 小さなことだが自分で切り開いている。

 自然とグラハムの口元に笑みが浮かぶ。

 

「えっと……どこかおかしいかな?」

 

 視線に気づいたのかシャルロットが尋ねる。

 

「いや。やはり君は女性だと思ってね」

 

「………………」

 

 正面から告げられて顔をわずかに俯かせて赤くなるシャルロット。

 だがグラハムは腕時計に目を向けてたためにその変化には気づかなかった。

 

「うむ。今からならちょうどいいだろう。行くか」

 

「ちょ、ちょっと待って」

 

 歩き出そうとしたところで呼び止められる。

 

「手、繋いで」

 

「確かにつないだ方がいいだろうな」

 

 完全に意図を取り違えているグラハム。

 やはり彼も相当な唐変木かもしれない。

 手を差し出され、シャルロットがぎこちなく自分の手を重ねた。

 

「い、行こっ!」

 

 自分の表情を気取られたくないのか、それとも恥ずかしいのかシャルロットはグラハムを引っ張るように歩き出した。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 一夏と鈴音、グラハムとシャルロットのそれぞれがショッピングモールへと入っていくのを八つの瞳が捉えていた。

 

「アレは……デートなんでしょうか?」

 

「はっきりと言えばそうだろうな」

 

「そ、そんなはっきり言わなくても……」

 

「あの軟弱者が! あんなに表情を崩した上に、手を繋ぐなどと……!!」

 

 上から

 引きつった笑顔のセシリア。

 冷静ないつも通りのラウラ。

 顔を赤らめているルフィナ。

 その背に阿修羅の見える箒。

 である。

 

「よし、行くぞ」

 

「ああ!」

 

 ラウラと箒が見失うまいと移動を始める。

 

「ほら、行きますわよルフィナ」

 

「え? ちょ、ちょっと……?」

 

 明らかに巻き込まれているだけのルフィナをセシリアが引っ張っていく。

 こうして駅前で結成された隠密集団が二組の男女を追う。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 グラハムとシャルロットは互いに必要なものを順を追って買って行き、最後の目的地、水着売り場に来ていた。

 因みにグラハムは当初、水着は学園指定のいわゆるメンズスパッツで行こうと考えていたが女性陣に海を分かっていないと怒られた。

 彼は一旦シャルロットと別れ男性用水着の売り場へと向かう。

 そこにはさまざまな柄や色の水着が並んでいた。

 派手な色や奇抜な模様のものが多いがそれには目もくれない。

 ただ一直線に奥へと向かう。

 奥にはシンプルな色合いの水着が並ぶコーナーがあった。

 その中でもグラハムは遠目に見て一瞬で心奪われた水着があった。

 黒のそれは左に雷のような黄色の細長い模様が入った一品。

 ――フラッグだ。

 グラハムは一目でそう思った。

 カスタムフラッグを彷彿とさせる美しい黒にフェイス部分の発光パターンのような黄色のライン。

 奪われた。

 ああ、奪われたとも。

 この水着に心奪われた!

 水着を手に取るとすさまじい速さで一直線に会計へと向かい、流れるような動きでレジ台に丁寧に置いた。

 

「この水着を頂こう!」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 グラハムは水着の入った袋を左手に持ち少し上機嫌だった。

 

「グラハム」

 

 そこへシャルロットが女性ものの水着コーナーから出てきた。

 その手には袋もなければ水着も持っていない。

 

「水着はどうした?」

 

「えっとね、水着どれがいいか迷っちゃって。……見てくれる?」

 

「私でいいなら構わないが」

 

 そう返事をするやいなやグラハムの手をシャルロットが引っ張る。

 そのまま気づけば二人は試着室の中にいた。

 なんと!?

 さすがにグラハムも事態を呑み込む。

 

「シャル。どういうことか説明を願いたい」

 

「ほ、ほら、水着って着てみないとわかんないし、ね?」

 

「なら、私が入る必要は――」

 

「だ、ダメ。あんまり人には見られたくないし……でも――」

 

 その後の言葉はごにょごにょとグラハムの耳には入らなかった。

 だが上目づかいに見てくるシャルロットに彼は浅く息を吐き背を向けた。

 頼れと言った手前、撥ねつけるわけにもいかないな。

 

「早くしたまえ。私は我慢弱い」

 

「う、うん」

 

 幾度か布の擦れる音がした後、

 

「ど、どうかな」

 

「うむ」

 

 シャルロットはライトブルーの水着を着ていた。

 

「似合っているとは思うが、しっくりこないな」

 

「じゃ、じゃあ……」

 

 着替えを始める一瞬早くグラハムはまた背を向ける。

 

「着替えるならば一言言ってくれ」

 

「ご、ごめん」

 

 先程よりも短い時間で着替えが終わる。

 

「これ、なんだけど……」

 

 今度は黄色の水着を着ている。

 うむ、とグラハムは頷いた。

 

「なかなか似合っているではないか。そちらの方が私は好きだな」

 

「じゃ、じゃあ、これにするねっ」

 

 顔を朱に染めてシャルロットがうれしそうに言う。

 

「では、私は先に出ていよう」

 

 そう言ってグラハムは試着室から出る。

 そこにいたのは――

 

「何をしているんだ、お前たちは」

 

「千冬女史……」

 

 頭に手を当てて呆れたようなそぶりをしている千冬だった。

 手には水着を二着持っていることから水着を買いに来ていたようだ。

 

「一応聞くが、お前たちと言うのは私とシャルだけではないだろう?」

 

「ああ。……オルコット、スレーチャー。お前たちもだ」

 

 柱の陰から二人が出てきた。

 

「篠ノ之といいなにをしているんだ」

 

「ええと、いろいろありまして……」

 

「し、失礼します!」

 

 脱兎のごとく二人は走り去っていった。

 それを横目に見送るとグラハムの眼前に白と黒の水着が突きだされていた。

 

「一夏にも聞いたんだがお前はどう思う」

 

 どうというのはどちらいいかということなのだろう。

 グラハムは少し考えてからフッと笑みをこぼした。

 

「黒だな。君に合うMSも黒色だしな」

 

「ふむ、お前も黒か」

 

「一夏も黒を選んだのか?」

 

 グラハムは少し驚いた。

 黒の水着は白のと比べて肌の露出が多い。

 シスコンの一夏なら姉の身を気にして白を選ぶとばかり彼は思っていた。

 

「――いや違うな。君が言い直させたのか」

 

「さて、何の事だろうな?」

 

 ニヤリと笑みを残して千冬はレジの方へ歩いて行った。

 まったく。

 この姉にして弟あり、か。

 ふっ、と笑いをこぼしながらその背を見送ると振り返らず、

 

「シャル、もう出てきても構わんよ」

 

 そう言うと試着室からシャルロットが出てきた。

 

「着替えが終わったのならば出てくればいいと私は思うのだが……」

 

「で、でもやっぱり恥ずかしいし」

 

「ま、構わないがね」

 

「じゃ、じゃあ、買ってくるね」

 

「ああ、行ってくるといい」

 

 グラハムに見送られて、シャルロットもレジへと小走りで向かっていった。



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#33 臨海学校

 カーブした県境の長いトンネルを抜けるとそこには海が見えた。

 

「おー。やっぱり海を見るとテンション上がるなぁ」

 

「ああ。実に久しぶりの海だ」

 

 臨海学校初日。

 バスに前後で窓側に座る一夏とグラハムが声を上げた。

 なかなかの絶景に女子達もはしゃいでいる。

 

「どうだ、シャル。いい眺めではないか」

 

「う、うん? そうだねっ」

 

 グラハムは隣に座るシャルロットにも声を掛けるが返事を聞く限りあまり話を聞いているという感じではない。

 因みにグラハムと一夏は最初隣で座っていた。

 前後右の女子達とも話をしながらバス旅行を満喫していた。

 だが女子達のゲームの景品に彼らの隣に座る権利が出されてから状況が変わってしまう。

 彼女たちは男子の隣の席を得るために全員が本気でゲームに参加した。

 その鬼気迫る様子に軽く恐怖を抱きながら戦いの行く末を眺める二人。

 結果としてグラハムの隣をシャルロットが一夏の隣を箒が手に入れた。

 しかし勝者二人はせっかくの権利を得たのにあまり男子に話しかけていない。

 

「向こうに着いたら泳ごうぜ。箒、泳ぐの得意だったよな」

 

「そ、そうだな。昔はよく遠泳したものだな」

 

 箒は一夏の隣でそわそわしている。

 一方でシャルロットはずっと手首に着けたブレスレットを見ている。

 

「そんなに気に入ってくれたのか、ブレスレット」

 

「えへへ~♪」

 

 グラハムの問いにただただ笑みを漏らすだけのシャルロット。

 銀色に輝くそれはグラハムがプレゼントしたものだ。

 先日の買い物の際に礼として購入したものだがここまで喜ばれるとは思っていなかったらしく少々意外そうにその様子を眺めていた。

 

「まったく、シャルロットさんたら……不公平ですわ」

 

 反対に機嫌が若干悪そうに言うのはセシリアだ。

 彼女は通路を挟んで隣に座るシャルロットをどこか恨めしそうに見ている。

 しかもその羨望の視線を向けていたのはセシリアだけではなかった。

 

「………………」

 

 グラハムのちょうど真後ろの席。

 ルフィナが座席の上に目だけを出して羨ましそうにシャルロットの左手首の一品を眺めていた。

 そんな二人の言動に対してグラハムはあることに思い当たった。

 彼がシャルロットに贈り物をしたのは買い物や《GNフラッグ》のテストなどへの感謝である。

 だがセシリアとルフィナの二人は春からずっと彼のIS操縦の特訓に付き合ってくれている。

 なのに礼の一つも贈っていない。

 これは確かに不公平だとグラハムは思った。

 

「確かに、君たちにも礼をするべきだったな。次の機会にさせてもらおう」

 

「や、約束ですわよ?」

 

「男の誓いに訂正はない」

 

 グラハムの宣誓に満足したのかセシリアは引き下がった。

 

「ルフィナもそれでいいだろうか」

 

「うん……」

 

 後ろを振り返りルフィナの目をしっかりと見て言う。

 その誠意が伝わったのだろう。目に喜びの感情を浮かべながら座席に着いた。

 笑みを残して視線を窓に戻そうとしたグラハムだが一夏が席を立ったのに気が付いた。

彼の視線をたどるとセシリアの隣に座るラウラの様子がおかしいことに気が付いた。

 

「………………」

 

「おい、ラウラ。おーい」

 

 一夏はラウラの顔を覗き込んだ。

 

「!? ち、近い! 馬鹿者!」

 

 突如気が付いたラウラは掌で一夏の鼻を押し返す。

 顔がわずかに赤みがかっているが彼の反応からして風邪程度にしか思っていないのだろう。

 相変わらずだと思いながらグラハムは視線を窓へ向けた。

 太陽の光を反射して海が輝いて見える。

 ――本当に久しぶりだな。

 グラハムが最後に海を見たのは前の世界で《ブレイヴ》の大気圏内試験飛行をした際に大西洋上空を飛んだ時だ。

 任務のとき以外でこうやって眺めるのはもう十二年ほど前までさかのぼる。

 スレーチャー少佐の娘さんと行ったときだったと彼は記憶している。

 あのときは恥をかいたものだ。

 もともとグラハムは泳ぎが得意でなかった。

 それでも足を攣って溺れるというのは非常に恥ずかしいものだった。

 助けてくれたのが娘さんだったというのがそこに拍車をかけた。

 後日、少佐に怒鳴られたのを思い出し、グラハムは人知れず苦笑した。

 ちなみに同じスレーチャー性であるルフィナは彼の後ろの席で海の先にある岬を眺めていた。

 その表情は青く、冴えない。

 ルフィナは昔から車には弱かった。

 車社会であるアメリカでは毎日の移動が彼女にとって難題であった。

 そんな娘のために軍人をしていた父親がよくVTOL機で送り迎えをしてくれた。

 勿論、無断使用であるために軍法会議ものだったのだがどういうわけか父親が処罰されることはなかった。

 そんな父の事を思い出しながら酔いを和らげようとしていると窓に何か映っていた。

 

「……?」

 

 あまり近くの景色を見るのはよくないことは経験済みだが何故か気になり窓に視線を移した。

 

「………………」

 

 窓に映るグラハムの笑みを見て顔を下に向けてしまった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 バスが目的地の旅館に着いた。

 

「ここが今日から世話になる花月荘だ。従業員の仕事を増やさないように注意しろ」

 

『よろしくおねがいしまーす』

 

 千冬の言葉の後、一年生全員が挨拶をする。

 

「はい、こちらこそ。今年の一年生の皆さんも元気のよい方たちですね」

 

 花月荘を毎年学園は利用していることもあり、着物姿の女将も挨拶を返す。

 一通りの説明が済み、生徒達が旅館の中へと入っていく。

 一夏とグラハムは部屋についてまだ聞かされていなかったために千冬の横で控えている。

 

「あら、こちらが噂の……?」

 

 女将と二人の男子の視線が合った。

 

「ええ、今回初めての男子となります。お前ら挨拶をしろ」

 

「お、織斑一夏です」

 

「グラハム・エーカーです」

 

 あいさつを済ませた後、二人は千冬の後をついていく。

 旅館の中は最新設備を備えていながらも歴史ある和の趣を決して損なわない美しい装飾を施されていた。

 

「おお! これが本場の旅館か!」

 

 グラハムが初めて日本に来た外国人のような反応をしながら軽くはしゃいでいる。

 そんな様子を女子達はくすくすと見つめている。

 

「騒ぐな馬鹿者!」

 

 千冬の手刀が飛ぶも難なく回避するグラハム。

 そのまま絵画やらなんやらに目を奪われ自分の世界に入りながらも後についていく。

 

「ここだ」

 

「ずいぶん奥に来たな」

 

 彼らの部屋は建物の端。

 さらには他の生徒たちの部屋までに教員室が二部屋間に入っている。

 

「普通に用意したら確実に就寝時間を無視した女子どもが押し寄せるだろうという話になってな。私の部屋の隣と言うわけだ。ちなみに山田先生はその隣だ」

 

「はい」

 

「了解」

 

「あとは自由時間だ。どこへでも遊びに行くがいい」

 

 千冬からの説明を受けた二人は部屋に荷物を置くと海へと向かった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 グラハムと一夏は用意された更衣室で着替えた。

 一夏はネイビー色の、グラハムは先日購入したフラッグカラーの水着を穿いている。

 

「さて、行くか」

 

「よしっ!」

 

 二人は更衣室を出た。

 男子用の更衣室は女子更衣室の並びの奥にあるために、それらの前を横切ることになる。

 

「ルフィナって胸おっきーよねー」

 

「それに水着もだいたーん」

 

「や、やめ………」

 

 突如響いた声に二人はビクッと肩を震わせた。

 この手のことが苦手な一夏は小走りで駆け抜け、その後ろをグラハムが後を追った。

 忘れていたがルフィナはアメリカ人。

 日本人よりも派手な水着できてしまったのだろう。

 グラハムは内心で合掌する。

 そんなこんなで二人はなんとか浜辺に着いた。

 薫る潮風にグラハムは思い切り伸びをする。

 日差しも強く、絶好の海日和である。

 

「一夏~っ!」

 

 準備運動を始めようとしたとき、更衣室の方から鈴音が走ってきた。

 そのまま一夏に飛び乗る。

 

「ちょっ、なにすんだよ鈴!」

 

「何って、移動監視塔ごっこ」

 

「ごっこって……てかお前も準備運動しろよ」

 

「いいじゃん。一夏、向こうのブイまで競争ね。負けたらおごりだからねー!」

 

「お、お前な――」

 

「よーい、どん!」

 

「おい、待てよ!」

 

 一夏の反論など聞くはずもなく、走り出した鈴音。

 そのままなし崩し的に彼は追いかけて行った。

 ふっ、若いな。

 すぐに小さくなった後ろ姿をグラハム(34歳)は見送った。 

 

「グラハムさん」

 

 セシリアだ。

 彼女はブルーのビキニを着ている。

 

「ちょっとよろしいでしょうか」

 

 グラハムは頷くと、近くに準備されていた簡易的なビーチパラソルの陰に入った。

 シートに腰掛けるとセシリアが何かを差し出してきた。

 

「サンオイルを塗っていただけないでしょうか?」

 

「別に私は構わないが……」

 

「で、では」

 

「先に言わせてもらうが私は手の届かない範囲しかやらないが構わないな?」

 

「ええ、それで――」

 

 とそこでセシリアは言葉を切った。

 何かを見ているようだ。

 その方向を見ると――

 

「………………」

 

「ル、ルフィナさん?」

 

 顔を真っ赤にしてふらふらしているルフィナがいた。

 どこか息も荒い。

 慌ててグラハムとセシリアが駆け寄る。

 

「だ、大丈夫ですの?」

 

「……はぅ」

 

 どこか艶がかった吐息を漏らすだけで言葉が出ないようだ。

 何が起きたのかなんとなくグラハムは察したがルフィナの為を思い黙ることにした。

 

「日射病か何かかもしれないな。セシリア、休ませてあげてくれ」

 

「え、ええ。そうですわね」

 

 セシリアが頷くのを確認してからグラハムはルフィナを支えてパラソルの陰に入れてやる。

 

「あ、ありが……とう……」

 

 弱々しく礼を述べるルフィナ。

 頭を撫でてやってからグラハムは立ち上がった。

 

「何か、飲み物を買ってこよう」

 

 そう言うとグラハムは更衣室のある宿の別館へと歩き出した。

 ――やはり、水着が悪かったな。

 ルフィナの着ていた水着はかなり大胆な代物で見る限り他の女子達とは一線を画していた。

 性格はアメリカ人らしからぬ控えめな彼女だが感性はやはりアメリカ人のそれだったことが災いしたようだった。

 

「あ。グラハム」

 

 飲み物を買い、砂浜まで戻ってきた辺りで声を掛けられた。

 

「シャルか」

 

 そう言いながら振り向いたグラハムの前に未知が待っていた。

 

「そのタオルのミイラはなにかね?」

 

 シャルロットの隣にはグラハムの言葉そのものの存在がいた。

 何枚ものバスタオルで全身を覆い隠している。

 

「なんだ、そのバスタオルお化け」

 

 一夏が来た。

 ただ鈴音はいない。

 

「鈴はどうした?」

 

「溺れたみたいだったから休ませてきた」

 

 成程、と頷きながらも一夏の声にミイラがビクッと身を震わせたのを見逃さなかった。

 この身長でこの反応。

 ラウラか。

 だがどうしたことかいつもの彼女は鳴りを潜めているようだ。

 

「ほら、出てきなってば。大丈夫だから」

 

「だ、だ、大丈夫かどうかは私が決める」

 

 バスタオルの中から

 どうやら恥ずかしがっているようだ。

 だが、せっかく着たのだ。

 一夏に見てもらわねば意味がないだろうに。

 そう思ったグラハムは『私に任せろ』とアイコンタクトを二人に送った。

 

「ラウラ」

 

「は、はい!」

 

 途端にかしこまるラウラ。

 あの日以来、Herr呼びはやめさせようとしたがさらに悪化して今では上官のように彼女はグラハムに接していた。

 

「タオルを取りたまえ」

 

「で、ですが……」

 

「何が君をそうさせているのかは知らないが、評価というものは自己完結するものではない。君がその恰好をしたいと思わせる相手の評価を受け入れる強さは君にはあると私は思っている」

 

「……Herrがそうおっしゃるなら」

 

 渋々と一枚をとると後はかなぐり捨てるように数枚を取っ払った。

 ラウラは黒のレースをふんだんにあしらわれた水着を着ていた。

 普段はただ伸ばしただけの髪も左右で一対のアップテールになっている。

 

「お、似合ってるじゃん、ラウラ」

 

 一夏の言葉にラウラは顔を赤くする。

 

「しゃ、社交辞はいらん」

 

「いや、世辞じゃねえって。なあ、グラハム」

 

「その通りだな。彼は嘘を吐く人間ではないだろう?」

 

「そ、そう、か……?」

 

 もじもじと上目づかいに一夏を見るラウラ。

 そんないじらしいラウラをシャルロットはうんうんと頷いている。

 

「そうそう。あ、この髪型は僕がセットしたんだよ」

 

 ほう、とグラハムは感嘆した。

 

「ラウラをここまで変えてしまうとは、さすがだな」

 

「えへへ」

 

 笑いながらくるんとまわって見せる。

 シャルロットはグラハムが選らんだ黄色の水着を着ていた。

 

「シャルも似合っていると言わせてもらおう」

 

「うん。やっぱりグラハムが選んでくれてよかったよ」

 

 面と向かって言われてやはり恥ずかしかったのだろう。

 髪をいじるシャルロット。

 その手首には光るものがあった。

 

「ブレスレットを気に入ってもらえるとは贈った甲斐があるというもだが、海に入れば錆びるだろう」

 

「大丈夫だよ。ちゃんと保護コートしてあるし、後で海水は洗い流すから」

 

「そこまで丁寧に扱わるとは、そのブレスレッドも冥利に尽きるというものだろう」

 

「ほ、ほら。グラハムがせっかくくれたものだから、ね?」

 

 何故最後が若干疑問形なのかはグラハムにはわからなかったがそこまで大切にしてもらっていることを素直に喜ぶことにした。

 そのまま四人はルフィナ達の待っているパラソルへと戻った。

 その後も彼らはビーチバレーをしたり泳いだりと楽しいひと時を過ごした。




やっぱりこういう場面は苦手ですね。
変だと思うところがあれば上げてください。


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#34 語らい

原作に沿ってはいますが少し趣向が違います。


 午後の七時半。

 一年生は皆、大宴会場で夕食を取っている。

 

「うん、うまい」

 

「………………」

 

 和食に舌鼓を打ち、機嫌のいい一夏の隣で神妙な顔つきをしている少女がいた。

 

(明日、か……)

 

 箒はチラッと一夏を横目に見る。

 彼は正面に座るラウラに魚を生で食すことを語っている。

 わずかにため息が漏れる。

 果たして彼は明日という日が分かっているのだろうか。

 そんなことを思いながら箸を動かす箒。

 そこから数席離れた席では、

 

「たまらんな、刺身!」

 

 グラハムが刺身を口にしながら感嘆の声を上げる。

 

「ほんと、IS学園は羽振りがいいね」

 

「おいしい」

 

 グラハムの前に座るシャルロットとルフィナも頷く。

 シャルロットはグラハムから箸の指導を受けて今では使い方がかなり様になっている。

 その手の動きを見て満足げに目だけを頷かせ、再びカワハギの刺身に箸を伸ばす。

 そしてわさびと醤油をつけて口に運ぶ。

 ツンと刺激が鼻を抜ける。

 

「さすが、本わさびと言わせてもらおう!」

 

 しつこいようだがグラハムはホーマー邸にて和の文化に触れている。

 いまさらだが和食も例外ではない。

 

「ほん……」

 

「わさび?」

 

 二人が首を傾げる。

 

「日本原産種の山葵をおろしたものを本わさびというのさ」

 

「えっ? じゃ、じゃあ、あの学園の刺身定食のは?」

 

「あれは練りわさびと呼ばれるものだ。多少は本わさびも入っているものもあるが、主にセイヨウワサビを着色したものだと聞いた」

 

 ルフィナの疑問をグラハムが答える。

 

「詳しいね、グラハム」

 

「昔、こういうことに詳しい知り合いがいてね」

 

 無論、この解説もホーマー氏から教わったことである。

 

「へぇ……はむ」

 

「む?」

 

「……え?」

 

 刺身皿に盛られた本わさびをそのまま口に入れるシャルロット。

 

「っ~~~~~~!!」

 

 当然のように顔を真っ赤にして鼻を押さえるシャルロット。

 

「大丈夫か?」

 

「ら、らいひょうぶ……。ふ、風味があっておいひいよ……?」

 

 にこりとグラハムに笑顔を見せようとするが、涙目になっていることもありいまいち決まっていなかった。

 

「茶だ。飲むといい」

 

「あ、ありがとう」

 

 鼻声で礼を述べてお茶を飲むシャルロット。

 その光景に顔を見合わせて苦笑を漏らす二人。

 そのまま食事は続いていく。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「やはり本場で味わう和食は格別だな」

 

 夕食後、グラハムは部屋に戻っていた。

 一夏は千冬に呼び出されており、今部屋には彼しかいない。

 男子に割り当てられた風呂の時間には少し早い。

 グラハムはすっと表情を引き締め、携帯用端末を取り出す。

 表示されたのはVT事件をはじめとするここ数年のうちに起きたIS関連の不祥事や事件のまとめだ。

 臨海学校前に楯無に渡されたそれは表沙汰になっていないものも含まれており、その数は小事を含めるとかなりのものだった。

 順を追って事件の詳細を見る。

 そこには情報のみならず楯無の考察も書かれており、彼女の優秀さがわかる。

 

「………………」

 

 今、画面に映っているのはアナハイム・エレクトロニクスの格納庫からISが強奪された事件。

 米陸軍の最新鋭機。

 それが引き渡される前日に何者かによって奪取された。

 他にもイギリスをはじめとする三カ国で同様に機体が奪われている。

 楯無はこれらの事件は『亡国企業』と呼ばれる組織によるものと推測していた。

 『亡国企業』は古くは五十年以上前から活動している、第二次大戦中に生まれた組織。

 その組織はほとんどが謎に含まれているが、近年ISを標的にしていることが分かっている。

 いくつかの事件でも彼らが関わったと思われるものがある。

 そして『ある事件』にも関与しているとされている。

 アナハイム社の事件への楯無の見解にはグラハムも大筋は同じだがどうしても違和感がぬぐえなかった。

 三カ国の機体は第三世代実証機であり、それぞれの軍事基地にあったものだ。

 アメリカの件は違う。

 確かに最新鋭機だが第二世代機であり、ルフィナのISとは違い、何かの実証機でもない。

 一見、既存機の焼き直し程度の印象しかないIS。

 だがグラハムには見逃せない点がその機体にはあった。

 それは装甲。

 《フラッグ》のようにほぼ全身に装甲を持ち、しかも装甲値はGNドライヴ搭載の過程で増強されたフラッグよりも高い。

 明らかに既存の第二世代機とは違う。

 そして奪取されたのは民間会社。

 いやな予測が頭をよぎる。

 似たような事が以前の世界でもあったのだ。

 

「まさか――」

 

 突如、大きな音が部屋の外から響きグラハムは思考を断たれた。

 

「なんと!?」

 

 彼は端末を仕舞い、ドアを開けた。

 最初に目に飛び込んできたのは隣の部屋の前で頭を抱える三人の女子。

 そこからわずかに視線を上げると開いたドアの向こうから覗く千冬の顔があった。

 

「盗み聞きとは感心しないな」

 

 脱兎のごとく逃げようとした箒、鈴音、ラウラの三人を捕まえる千冬。

 

「ちょうどいい。オルコット、スレーチャー、デュノアを呼んで来い」

 

『は、はいっ!』

 

 掴まれていた首根っこを解放され、三人は駆け足で呼びに行った。

 それを見送っているとグラハムにも千冬は声をかけた。

 

「エーカー。そろそろ男子の時間だ。お前も汗を流してこい」

 

「了解した」

 

「ん。そうする」

 

 千冬の部屋から出てきた一夏とともにグラハムは浴場へと向かった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 その部屋には沈黙が流れていた。

 

『………………』

 

 千冬に呼び出された六人の女子達は座ったまま固まっている。

 

「どうした? いつもの馬鹿騒ぎはどうした」

 

「い、いえ、さすがに……」

 

「織斑先生とこうして話すのはちょっと……」

 

「まぁいい」

 

 千冬は備え付けの冷蔵庫から清涼飲料水を取り出すと、全員に渡していく。

 

『あ、ありがとございます』

 

 六人が不揃いにぎこちなく礼を述べた。

 

「さあ、飲むといい」

 

 その言葉に六人は頷き、飲み物を口にした。

 それを見てニヤリと千冬は笑った。

 

「飲んだな?」

 

『え?』

 

 呆然としている女子達を前に千冬は冷蔵庫から缶ビールを取り出した。

 プルタブを開け、ビールを口にする。

 

『………………』

 

 缶から口を離し、上機嫌そうにしている千冬を唖然としてみつめている。

 

「私だって人間だ。酒くらい飲むさ。それとも、オイルを飲む機械か何かかと思ったか?」

 

「い、いえ、そういうわけではなくて……」

 

「あ、あの今は……」

 

「教務中……ですよね?」

 

「何のためにそれをやったと思う?」

 

 その言葉にようやく手元にある缶の意味を一同は理解した。

 

「では、本題に入るか。お前ら、あいつらのどこがいい?」

 

『え?』

 

 二度目の全員そろっての「え?」である。

 だがそれに構うことなく千冬は言葉を続ける。

 

「ちょうどいい、篠ノ之から交互に織斑、エーカーのことを言ってみろ」

 

「わ、私は別に……以前より腕が落ちているのが腹立たしいだけですので」

 

 最初に箒が一夏について答える。

 

「わ、わたくしは互いに腕を競う仲というだけで……」

 

 セシリアはグラハムについて。

 

「あたしは、ただの腐れ縁だし……」

 

 鈴音も上の二人のようにもごもごと答える。

 

「なら、そう伝えておこう」

 

『言わなくていいです!』

 

 三人は慌てて詰め寄った。

 

「冗談だ」

 

 そう千冬は笑って彼女たちを一蹴した。

 少し間を空けてシャルロットが口を開いた。

 

「優しいところです。僕――いえ私の正体を知っても『友』だとそう言ってくれました」

 

「あいつはああ見えて仲間想いだからな。まあ、分け隔てなく他者には接しているがな」

 

「……そうですよね。それが悔しいですけど、でも嬉しかった気持ちは本物です」

 

 照れ笑いをするシャルロット。

 頬を赤く染めている。

 

「ラウラはどうだ?」

 

「強いところ、でしょうか……」

 

「弱いだろ? まだエーカーの方が強いな」

 

「い、いえ! 私よりも強いです。それにHerrも一夏の方が強いとおっしゃっていました」

 

 珍しく反論するラウラを面白そうに千冬は見た。

 

「奴は強いを広義の意味でとらえているからな……。最後に、スレーチャーはどうだ?」

 

「え、ええっと……。ぜ、全部というかその、理想の人です。……強くて凛々しい。あ、あと真っ直ぐなところが……」

 

 何度かどもりながらもなんとか言いたいことを言いきったルフィナ。

 ニヤリ、と千冬は笑みを見せた。

 

「なんだかんだでお前が一番言ったな」

 

「え……? あう……」

 

 からかわれて顔を真っ赤にして撃沈するルフィナ。

 千冬は上機嫌なまま二本目を開けた。

 

「まあエーカーに関して言うならば今の時代には貴重な男だろうな。ただ、アイツの興味はISに向いてる。いろいろと苦労はするだろうな」

 

 三人は顔を赤くして俯いてしまう。

 その姿を楽しそうに見ながら早くも二本目を空にした。

 

「織斑は強いかは知らんがなかなか家事ができる奴だ。付き合える女は得だな。……欲しいか?」

 

「く、くれるんですか?」

 

「やるかバカ」

 

 三本目を開けて一気に飲み干す。

 

「あの二人は難しい男だ。精々、自分を磨くことだな、小娘ども」




前書きでも言いましたが女子達とと千冬の場面は原作とは少し趣向が違います。
一応理由はありますが、今のところは誰がどちらを好きなのかを分かっていただければ特に問題はありません。


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#35 紅椿

どうでもいいですがタイトルのルビは『くれないのつばき』です。


 臨海学校も二日目を迎えた。

 専用機持ちたちは一般生徒とは別の場所に召集された。

 彼らは新装備のテストを行うことになっている。

 

「さて。では始めるぞ」

 

 一列に並んだ八人の前に千冬が立つ。

 

「あの、一ついいですか?」

 

 一夏が恐る恐る手を上げる。

 

「なんで、箒も呼んだんですか?」

 

 召集された際、一夏は箒を呼んでくるように指示を出されていた。

 だが彼女は専用機を持っていない。

 そのことは誰もが疑問に思っていた。

 

「それはだ――」

 

「ちぃぃぃぃぃぃちゃぁぁぁんっ!!」

 

 千冬の言葉を遠巻きに聞こえてきた声がかき消した。

 一人の女性が砂煙を巻き上げて向かってくる。

 

「会いたかったよ、ちーちゃん! さあ、ハグハグしようっ! 愛を確かめあぼっ!?」

 

 女性は千冬に飛び込むがその顔に指が食い込んだ。

 

「うるさいぞ、束」

 

 千冬はアイアンクローをかけていた。

 

「相変わらず容赦のないアイアンクローだね」

 

 女性はそのアイアンクローをすり抜けて離れた。

 

「やぁ、箒ちゃん!」

 

 箒を見つけるとにこやかに手を振った。

 

「……ど、どうも」

 

 対する箒は明らかに表情が硬い。

 

「うんうん本当に久しぶりだね。何年振りかなぁ? 大きくなったね……特におっぱいが……」

 

「殴りますよ」

 

 どこから出したかはわからないがその手には日本刀が握られていた。

 

「ひ、ひどい! 殴ってから言った!」

 

 頭を押さえながら涙声で女性は言うが、血の一つも出てない。

 先のアイアンクローといい恐ろしく頑丈である。

 その様子を男子二人はどこか呆れた風に眺め、女子達はポカンとして眺めていた。

 

「束。自己紹介ぐらいしろ。生徒が困っている」

 

「え~、めんどくさいな~。天才の束さんだよー、はろー」

 

 それを聞いて女子達はようやく目の前にいる女性がISを開発した天才科学者、篠ノ之束だということに気付いた。

 驚きを隠せない女子達には目もくれない束は今度は男子二人の方を向いた。

 

「お久だね、いっくん~」

 

「お、お久しぶりです」

 

「そしてハムくん、しばらくぶり~」

 

「お元気そうで何よりです、プロフェッサー」

 

「あれ? グラハム、束さんと知り合い?」

 

「ああ。少しあってな」

 

 グラハムの言葉に束はそうだよ、とくるりんと回る。

 

「知らない仲じゃないのに堅苦しいハムくんはらぶりぃ束さんと呼んでくれないんだよ~」

 

「それは誰も――」

 

「それよりも、頼んでおいたものは?」

 

 箒が話に介入してきた。

 ふっふっふっ、と束の目が光る。

 

「束さんに抜かりはないのだ~。さあ! 空をご覧あれ!」

 

 天をまっすぐ差した指に従って全員が空を見上げる。

 上空から何かが降ってきた。

 ものすごい勢いで地面に落下してきたのは金属大きな箱とでも言うべきもの。

 皆が視線をコンテナに移した瞬間、二つに割れた。

 

「じゃじゃーん!これこそ箒ちゃんの専用機、《紅椿》だよ! 全スペックが現存するほぼ全てのISを大きく上回っている超高性能機だよ!」

 

 コンテナから現れたのは真紅のIS。

 紅椿はその場で膝を付くと、装甲を展開して操縦者を受け入れる体勢をとった。

 

「さぁ箒ちゃん!今からフィッティングを始めようか!すぐに終わるよ」

 

「……それでは、お願いします」

 

 箒は束に素っ気無く返事をして、紅椿に手足を入れる。

 

「一夏」

 

 こそ、とグラハムが小声で話しかける。

 

「なんだ?」

 

「プロフェッサーと箒はいつもああなのか?」

 

「いつも、ていうか何年も会ってないみたいだけど。ISが開発されてから転校しなくちゃならなくなったとかでそれ以来こうみたいだな」

 

「そうか」

 

 グラハムは納得したようにうなずいた。

 そうこう話しているうちにISの調整を終えたようだ。

 再び一夏達の方へ束が来た。

 

「いっくん、白式のデータ見せて♪」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 束が《白式》と《紅椿》いじりに入ってから約三分後。

 千冬の指示で専用機持ちがそれぞれ装備のテストを行っている。

 グラハムも《GNフラッグ》を展開し、空に上っていた。

 今日も快晴といっても差支えのない天気だが、彼の心は薄雲がひろがっていた。

 

(簪は間に合わなかったか……)

 

 専用機持ちが集合した中で簪がいなかった。

 グラハムが最後にあったのは水曜日。

 徹夜の作業に入る直前だったと記憶している。

 あのときは本音と二人で《打鉄弐式》の整備をしていた。

 話ではなかなか順調のようで駆動系統は完成したと聞いていた。

 だがやはり武装関連のプログラムが終わらなかったのだろう。

 口惜しいが、彼女は自分の道を切り開こうとしている。

 いずれ素晴らしい機体を完成させるだろう。

 

(楽しみにさせてもらおう、簪)

 

 共に空を飛ぶ日を思い、グラハムの心が晴れる。

 左手にGNビームサーベルを出現させ、幾度かふるってみた。

 柄尻にはケーブルは接続されていない。

 一応、手から粒子供給はできるように装甲も改良が加えられている。

 とはいえ出力はプラズマソードより高い程度なのでビームサーベル同士の打ちあいとなればGNドライヴからの直接供給は必要となる。

 と、ハイパーセンサーが上昇してくる機体を認識した。

 表示された座標へと視線を向ける。

 グラハムから距離を空けたところで箒が束の指示に従って《紅椿》を駆っている。

 刀身からはエネルギー波を繰り出している。

 近接戦闘型に見えて遠距離にも対応した万能型のようだ。

 左手の刀型ブレードを振るい、数本の針を形成したエネルギーが射出されミサイルをすべて撃ち落した。

 

「ほう」

 

 すばらしい性能だ。

 グラハムは性能の高さを感心していた。

 だが紅椿の性能とは裏腹に箒の動きに鋭さがないようにも感じた。

 言うならば機体に振り回されているような印象を受ける。

 彼の目には学年別トーナメントで《打鉄》に搭乗していた時の方が高い技量を有していたように見えていた。

 拡大して箒の表情を見る。

 その表情はどこか浮き立っているようだ。

 だがその表情を見たグラハムの表情は厳しい色を得た。

 機体の性能に魅了されているだけではなく強大な力に呑まれている。

 そんな顔をしていた。

 

『どう? ハムくん。《紅椿》の性能は』

 

 プライベートチャンネルから束の声が聞こえてきた。

 

「心奪われそうですよ」

 

『ふふ~ん♪ そうでしょそうでしょ。 GNドライヴにも対応させてるし、もっともっと強くなるよ』

 

 エッヘン、と地上で胸を張っているのが見えた。

 だがグラハムは束の言葉に疑問を抱いた。

 

「載せていないのですか?」

 

『まぁね。束さん一個しかもっていないし。でも、二個目ができたらすぐに着けちゃうけし、今のままでもいい線いくんじゃないかな~?』

 

 成程、とグラハムは声に出して呟いた。

 この世界における最高位の天才、篠ノ之束をもってしてもGNドライヴを思うように製造できていない。

 その事実がGNドライヴの技術の高さを示しており、同時にこれを複数、切り捨てられるだけの個数を保有している敵の強大さもグラハムは感じた。

 

 (それにしても大きく出たな)

 

 束はGNドライヴ未搭載の紅椿でもガンダムと十分に戦えると言った。

 おそらくグラハムの《カスタムフラッグ》の戦績からその自信を得たのだろうがそれは安直だとグラハムは思った。

 確かに『機体の性能差が勝敗を分かつ絶対条件ではない』はグラハムの持論だ。

 だが、と向けられた視線の先では箒が、

 

「やれる、この紅椿なら!」

 

 再びミサイルを撃墜した。

 表情を見る限り、ガンダムには勝てない、そうグラハムは判断した。

 

『専用機持ちは全員集合しろ!』

 

 突然、千冬から通信が入ってきた。

 緊急の案件だろうか、いつもより声が鋭い。

 

「了解した」

 

 グラハムは即座に機体を降下させ、すでに千冬の前に来ていた一夏の真横に着地する。

 一夏を挟んで反対側に箒が降りてきた。

 チラっ、と顔を覗く。

 嫌に自信に溢れた顔にグラハムは一抹の不安を覚えた。




紅椿のスペックは00世界で例えるならばどのくらいなんでしょうか?
私はカスフラやタオツーのような旧世代機の最高クラスだと思うのですが皆さんはどう思いますか?
因みにですがこの作品では上記のようなクラスとしてしばらくは扱います。

誤字脱字その他ご指摘がありましたらお願いいたします。


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#36 懸念

「では、現状を説明する」

 

 臨時のブリーフィングルームとなった旅館の大広間に専用機持ち全員と教師陣が集められていた

 中心には巨大な投影型モニターが映し出されていた。

 

「二時間前テスト稼働中にあったアメリカとイスラエルが共同開発した第三世代型軍用IS《銀の福音》が制御下を離れ暴走し、監視空域を離脱したと連絡があった」

 

 千冬の説明に合わせて情報がモニターに表示される。

 それをほぼ全員が真剣な目で見つめる。

 

「その後監視衛星『ゼダン』による追跡の結果、銀の福音はここから二キロ先の空域を通過する事が判明。時間にして五十分後、学園上層部からの通達により我々がこの事態に対処する事になった。教員が訓練機を用いて海域、及び空域の封鎖を行う。よって本作戦の要は専用機持ちに担当してもらう」

 

 千冬の話に一夏の表情が驚愕の色をありありと出している。

 学生である自分たちにこれほどの重要な役割を担わされるとは思ってもみなかったのだろう。

 (元)軍属であるグラハム、ラウラを除く専用機持ちの表情にも緊張が走っていた。

 

「では、作戦会議を始める。意見のある者は挙手するように」

 

 ルフィナが間髪を入れずに手を上げた。

 その表情はいつものおどおどした印象は見受けられなかった。

 

「米空軍からの通信で情報開示を行うよう指示がありました。私から説明しても構わないでしょうか」

 

「うむ。まかせた」

 

 千冬の会釈を見てからルフィナは自分の情報端末からデータを投影した。

 

「ISⅢP-2《銀の福音》。操縦士は『ナターシャ・ファイルス』。この機体は広域殲滅をコンセプトにした特殊射撃型ISです。『ブルー・ティアーズ型』同様射撃に特化しています。最大の特徴は『銀の鐘』。大型マルチスラスターと両翼合わせて36門からなる広域射撃武器を融合させた新型のシステムにより高い機動性と全方位攻撃を両立させています」

 

「格闘性能はどうなんだ? 表示されたデータにはその部分の記述が抜けているようだが」

 

「福音は射撃タイプのIS。近接戦は不向きですが主砲は全方向に同時展開可能なうえに高い機動性を有してる……。持ち込むのは難しい、かな」

 

「そうなると厳しいよね。ちょうど本国からリヴァイヴ用の防御パッケージが届いているけど、多数の砲撃を受け止めながら距離を詰めるのは難しいかな」

 

「でしたら――」

 

 ラウラの質問にルフィナが厳しい顔つきで答え、そこにシャルロットが加わる。

 セシリアと鈴音も互いに意見を述べつつ進言している。

 

「偵察は行えないのですか?」

 

「無理だな」

 

 その提案を千冬が却下した。

 

「スペック上では時速2450キロまで出すことが可能で、現在も2100キロ以上の超高速で移動しているそうです」

 

「アプローチは一回が限界だろうな」

 

「――チャンスはたったの一度。という事は一撃で決める必要があるな」

 

 グラハムが思案気に言うと、全員の視線が一人に向けられた。

 

「え……?」

 

 視線の先にいる少年、一夏は間抜けな声を上げた。

 事の大きさのあまりに未だに事態を呑み込めていなかったようだ。

 

「一夏、あんたの『零落白夜』で落とすのよ」

 

「お、俺!?」

 

 事態を理解しきれないところに本作戦の最も重要な役割を指名され、混乱する一夏。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺が行くのか!?」

 

『当然』

 

 女子の声が重なった。

 

「織斑、これは訓練ではない。もし覚悟が無いのなら、無理強いはしない」

 

「女史の言うとおりだ。これは作戦案の一つでしかない」

 

「………………」

 

 一夏は目を閉じた。

 ゆっくりと混乱が収まり、思考がまとまっていく。

 今自分が何をなすべきか。

 息を吐き、拳を握った。

 覚悟を決め、目を開いた。

 

「やります……俺がやって見せます!」

 

「よし」

 

 そう頷いた千冬の表情の微妙な変化をグラハムは見逃さなかった。

 ――やはり、一夏が心配か。

 教官として、この場の責任者としては彼の判断を尊重すべきであることは理解しているのだろう。

 だが彼は千冬にとっては弟でもある。

 やはりどこかで一夏が任を降りることを願っていたのかもしれない。

 そして姉として誇りに思うところもあるのだろう。

 喜と哀の交わった微妙な色が端から見えた。

 そんな表情をすぐに隠すと千冬は専用機持ち全員へと視線を向けた。

 

「では具体的に作戦内容を決めていく。白式は全エネルギーを『零落白夜』に割かねばならない。現在専用機持ちの中で最高速度を出せる機体は?」

 

 セシリアとルフィナが挙手をした。

 

「本国から送られてきた《ブルー・ティアーズ》の強襲用高機動パッケージ『ストライク・ガンナー』なら超高速戦闘にも対応できますわ」

 

「攻撃力を犠牲にしますが、高機動形態用テールブースター装備型の《ガスト》が最速だと思います」

 

「ふむ。そうなると戦闘能力とのバランスからオルコットが適任だが、超音速下での訓練時間は?」

 

「二十時間です」

 

「それなら――」

 

『ちょぉぉっと待った!! その作戦は待った~♪』

 

 突然、ルームの空気には場違いな明るい声が天井裏から聞こえてきた。

 全員が視線を上げると、天井の板が外され、そこから束が降り立った。

 

「ちーちゃん。私の頭の中にもっと良い作戦がナウ・プリーティング!!」

 

「出て行け束」

 

「ここは断然《紅椿》の出番なんだよ!」

 

「なに?」

 

「まずはこれを見よッ!」

 

 束の声に合わせて千冬の周囲に複数の投影モニターが出現する。

 そこに現れたのは《紅椿》のデータ。

 

「紅椿のスペックデータを見てみて! パッケージなんか無くても超高速機動が出来るんだよ!」

 

 コンソールを高速で操作し、投影された紅椿の機体スペックが変化する。

 

「これは……!?」

 

「紅椿の展開装甲をこうして、そうしてホイホイホイ♪ ほら、これでスピードはバッチリ☆」

 

「展開装甲?」

 

 束の言葉の意味が分からず一夏は首を捻った。

 それを聞き逃さなかった束は楽しそうに解説を始めた。

 おそらく一夏の為だろう。中央の投影型モニターも紅椿のスペックデータに切り替えられている。

 

「説明しましょ~、そうしましょ~♪ 展開装甲と言うのはだね、この天才篠ノ之束さんが作った第四世代型ISの装備なんだよ~」

 

「第四、世代……?」

 

 一夏のみならずその場にいたほとんどがその言葉に驚愕した。

 現在ISは第二世代型が主流。

 《ガンダム》の出現を契機に活発となった第三世代型の開発がようやく試験機として形となってきたのだ。

 だが目の前の人物はその段階を飛び越えていきなり第四世代型を作り上げたのだ。

 

「まず第一世代型っていうのはISの完成を目指した機体だね。次が『後付武装による戦術目的の多様化』――これが第二世代型だね。そして第三世代型が『操縦士のイメージインターフェイスを利用した特殊兵器の実装』――空間圧作用兵器やBT兵器、AICがこれだね。そして、第四世代型が『パッケージ換装を必要としない万能機』っていう絶賛机上の空論中のもの。これが紅椿と限定的にだけど《白式》もこれになるね」

 

「白式も?」

 

「『雪片弐型』には試験的に展開装甲を突っ込んだんだよ。んで、うまくいったから《紅椿》の全身を展開装甲にしたんだよね。フル稼働にしたら最強だね♪」

 

『………………』

 

 今にも踊りだしそうなくらいの笑顔な束に反してその場の空気は重い。

 各国が多額な資金と膨大な時間、優秀な人材をつぎ込んで競い合っている第三世代の開発。

 それを無意味だと彼女は言ったのだ。

 これほど馬鹿げた話は無い……。

 

「……話を戻すぞ。束、紅椿のセットアップにどれくらいの時間がかかる?」

 

「そうだね~。七分あれば余裕だね☆」

 

 そう言うと束は箒の元へ向かおうとする。

 

「女史、私はその人選には反対だ」

 

 グラハムが挙手をした。

 

「理由を聞こう」

 

「確かに性能では()椿()は適任だろう。だが、性能だけが勝敗を分かつ絶対条件にはなり得ないことは君も承知のはずだ」

 

「……それは、私が適任ではないということか?」

 

「その通りだ」

 

 と、グラハムは険の色を隠さず問う箒に対して頷いた。

 

「今回の作戦は失敗の許されないものだ。その状況で機体の性能ばかりに目の眩んでいるパイロットの選出には断固反対させてもらおう」

 

「どういう意味だ!」

 

「先ほどに君を見ればわかる。紅椿の性能に浮かれ力というものをないがしろにしている。……君は一夏を危険にさらす気か?」

 

「貴様……!」

 

「エーカー。確かにお前の懸念はもっともだ。だが、二人はまだ量子変換(インストール)をしていないだろう?」

 

「そ、そうですが……」

 

「は、はい……」

 

「そういうことだ。分かっているとは思うが時間がない。ならこの二人に任せるのが最良だろう」

 

「……了解した」

 

 千冬の言葉にグラハムはどこか納得のいかないのを、しかし表情に表すことはなく頷いた。

 チラリと箒の表情を伺う。

 彼女は今束の手によって紅椿の調整を施されていた。

 束に対しては相変わらず無味の声で応答しているがその表情はグラハムの不安を大きくさせた。

 先程グラハムに向けられた険はすでに消え失せ、喜色を滲ませている。

 完全にグラハムの言った言葉は頭から消えているようだ。

 ――明らかに浮かれている。

 かつて似たような表情を見せた男がいた。

 ジョシュア・エドワーズ。

 オーバーフラッグス隊時代の部下で私の事を軽んじていた。

 当時の部隊専用機《オーバーフラッグ》を受領してからの彼は私の機体とほぼ同じ性能を持つ高性能機に完全に浮かれていたふしがあった。

 大方、私やガンダムなど目ではないと思ったのだろう。

 確かに技量は高かった。

 だが彼は功を焦り、油断してガンダムに返り討ちにされた。

 そんなジョシュアが状況は違えど箒にかぶって見える。

 

「それでは本作戦は織斑・篠ノ之両名における目標の追跡・撃墜を目的とする。作戦開始は三十分後。各人速やかに準備にかかれ!」

 

 千冬が手を叩く。

 機材の運搬を手伝うためにグラハムはブリーフィングルームを出た。

 その表情は厳しい。

 ――杞憂で終わればいいが。

 そう思いつつも彼の乙女座センサーは何か嫌なものを検知していた。



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#37 陽動

忘れてましたがルビは激闘です。


 午前十一時二十八分。

 浜辺に並び立った一夏と箒は目を合わせるとうなずき合った。

 

「来い、白式」

 

「行くぞ、紅椿」

 

 ISを纏った二人はそのまま宙に浮いた。

 

「じゃあ、よろしく頼むぞ、箒」

 

「本来なら女の上に男が乗るなどプライドが許さないが、今回は特別だ」

 

 作戦上、移動は全て箒が担うことになっている。

 一夏は箒の背に乗ることでポイントへと向かうことになる。

 そのことを知らされてから、さらに浮かれているようだ。

 それはグラハム以外にも分かるほど態度に出ていた。

 そんなことは露知らずといった雰囲気で表面上は嫌がりながらも背に一夏を乗せる箒。

 

『ミッションタイム、クリア!』

 

『はじめろ!』

 

 オープンチャンネルでの千冬の合図とともに箒は高度を上げ、飛び去って行った。

 

「………………」

 

 その様子をグラハムは不安をたたえた鋭い視線で見送った。

 ――何事もなければいいのだがな。

 どうしても彼のセンチメンタリズムが感知した危機感を払しょくできないでいる。

 そこにプライベートチャンネルが開かれた。

 

『エーカー、任務だ』

 

 千冬からだ。

 その声にはわずかに緊張が含まれていた。

 

『ここから北東約五十キロの沖合を通信遮断空間が移動をしている。このままいけば十分ほどで《福音》と織斑たちのいる空域に到達する』

 

 移動する通信遮断空間。

 このようなことができるのはGNドライヴ搭載機をおいてほかにいない。

 

「了解した。迎撃に向かう」

 

 グラハムは瞬時にISを纏う。

 

「千冬女史」

 

『なんだ?』

 

「念のために誰か二人を哨戒任務に当ててもらいたい」

 

『敵の動きが陽動だと言いたいのか?』

 

「行動があまりにも不可解だ。念を入れるに越したことはないさ」

 

『わかった。その通りにさせよう』

 

「感謝する」

 

 背部メインスラスターから光が漏れだす。

 

「グラハム・エーカー、出るぞ!」

 

 コーン型スラスターからGN粒子を放出し、一気に加速、高度100mを高速で飛翔する。

 機体の速度はすでに改修前の出せる最大速度を上回っている。

 だがグラハムはそれに浸る気分ではなかった。

 敵の行動の不自然さがどうしても頭から離れない。

 出現したタイミングからして敵は対《銀の福音》作戦が展開されていることを知っているだろう。

 だが作戦が行われているということは周辺海域を学園の教師陣や国防軍、海上保安庁による厳重な警備網がしかれていることも意味している。

 その隙間のないレーダー網の中を範囲的なジャミングを行いながら移動すれば逆に探知されることぐらいは理解しているはずだ。

 にもかかわらず敵はステルスモードを使用せずジャミングしながら低速で飛行している。

 まるでこちらに補足しろと言わんばかりだ。

 陽動である可能性もある。

 いや、その可能性が高いだろう。

 だがそれでもいい。

 一夏達が任務をこなせるように私も私の任務を果たすだけだ。

 出撃から約二分もたたずにグラハムの肉眼がISを捉えた。

 敵は案の定GNドライヴ搭載機。

 そしてその機体にはグラハムは見覚えがあった。

 それはGN-Xとスローネを合わせたような機影。

 

「成程」

 

 どうやら、貴様とは戦う運命にあるようだな!

 グラハムはリニアライフルを展開し、最大出力で放つ。

 敵も同時に射撃を行ったらしく蒼と紅の弾丸がぶつかり、エネルギーがはじけた。

 だがグラハムはその衝撃をものともせずに直進、左手にビームサーベルを出現させる。

 両者はぶつかりざま、ビームサーベルで激しく斬り結んだ。

 赤い粒子の光が迸る。

 

『久しぶりだなァ、グラハムさんよォ!』

 

 《スローネ・ヴァラヌス》からだろう。

 通信から粗野な男の声が聞こえる。

 やはりその声にも聴き覚えがあった。

 

「まさかな、よもや貴様に出会えようとはな! アリー・アル・サーシェス!」

 

『てめぇと殺り合いたくてやってきたぜ!』

 

 サーシェスはグラハムを弾き飛ばすとビームサーベルを横に払った。 

 グラハムはサブスラスターで瞬時に体勢を立て直すと彼は縦に得物を振るった。

 結果として上から叩きつけられる形でサーシャスの一閃は受け止められた。

 同時に両者は距離を開け同時に距離を詰める。 

 

「はぁ……!」

 

『おらぁッ!』 

 

 激突する。

 パワーで分のある《ヴァラヌス》の豪快な一撃をしかしグラハムは機体の各所に搭載されたサブスラスターを瞬間的に調整し吹き飛ばされることなくなんとか受け止める。 

 

「はぁぁぁぁぁ!!」

 

『ずぇりゃああぁぁ!!』

 

 交差する紅の光剣を軸に幾度となく立ち位置を入れ替え、遠心力と互いの剣裁にわずかな間が開く。

 一閃。そして間をおかずしてまた一閃がぶつかる。

 互いに息もつかせぬ程に繰り出される数十合におよぶ応酬。

 その剣戟の間を縫うように蒼と紅の軌跡が幾重にも飛び交う。

 そしてまた刃が交わる。

 今度は相手の一撃の勢いに合わせてスラスターを吹かして身を横へと飛ばし、右手に持ったプラズマソードを叩き込む。

 

『ちょいさぁ!』

 

「ぐっ!?」

 

 だがサーシェスは飛び上がりざまにグラハムの右手を蹴り上げていた。

 プラズマソードが弾かれる。 

 センサーが警告を発した。 

 咄嗟にグラハムは後ろに飛ぶと目の前を粒子ビームが走る。

 さらに数発が海面に水柱を上げさせながら段々と彼の方へと近づいてくる。 

 グラハムはわずかな軌道修正を繰り返しそれらを回避しようとするもそれを読んでるかのようにビームの掃射を振り切ることができない。

 その間にサーシェスはビームを放ちながらこちらへと距離を詰めてくる。

 回避行動を止め、右腕にディフェンスロッドを出現させてビームを弾きながら左腕を振りかぶる。

 ビームの雨が止む。

 直後、粒子がはじける。

 

「あえて問おう! 何が目的だ!?」

 

『答える義理はねェなァ!』

 

 だが、とサーシェスの腕に力が籠められる。

 

『そんなに聞きてェんなら、オレをとっ捕まえてみるか? え、フラッグファイターさんよォ!!』

 

 サーシェスが力任せにグラハムを退けようとする。

 その力の流れに逆らうことなくグラハムはあえて弾かれた。

 相手の動きが大きい。

 ビームサーベルを大きく振り切った時を狙って飛び込もうと構えた。

 

『甘ェンだよ!』

 

 だがサーシェスは咄嗟の動きで左手のビームライフルを構えた。

 グラハムはディフェンスロッドで粒子ビームを弾き返しながら距離を取る。

 

『おらおらどうしたァ!』

 

 ビームを放ちながら『瞬時加速』で間合いを詰めたサーシェスの鋭い蹴りが腹部に叩きこまれる。

 わずかに体勢を崩したグラハムへとビームサーベルを叩きつけるように振り下ろす。

 咄嗟にグラハムは右手にプラズマソードを逆手に出現させ受け止める。

 ビームにプラズマの出力が浸食されていく。

 

「はぁっ!」

 

『なにッ!?』

 

 グラハムはあえてプラズマソードを振りぬく。

 ソニックブレイドが焼き切れ、プラズマも消滅する。

 遮るものがなくなり、ビームサーベルが振り切られた。

 そのままグラハムは右手を振るうように身を回し、振り下ろされたビームサーベルの上から回し蹴りをヴァラヌスの頭部に叩き込む。

 

『チィッ!』

 

 サーシェスはわずかにのけ反った身を一瞬で翻し、ビームサーベルの一閃を避けた上で間合いを取る。

 そこで互いの動きが途切れた。

 両者はまるで息を整えるように睨み合っている。

 グラハムは額に汗を浮かべていた。

 ここまでほぼ互角の戦いを繰り広げているが流れは敵にある。

 勿論、機体性能にも差があるのだろう。

 だが同時にサーシェスの実力の高さにも舌を巻いていた。

 正確無比な射撃もそうだが、近接戦闘においても私に引けを取っていない。

 かつて近接戦闘を極め、右に並ぶものなしとまで言われた私とだ。

 間違いなく、今まで戦ってきた全てのパイロットの中でも三指には入るだろう。

 以前刃を交えたとき、敵は全力ではなかったに違いない。

 そうでなければ今彼とは剣を交えることはできなかっただろう。

 そして今、グラハムは自分に死の気配が忍び寄ってくるのを感じていた。

 一瞬でも判断を間違えれば、例えISを纏っていても命を落とすだろう。

 そんな耐え難い緊張感に思わず片頬が吊り上る。

 ――やるか。

 《GNフラッグ》のGNドライヴが左肩に移動した。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「たまらねえなァ」

 

 ヴァラヌスの頭部アーマーの中でサーシェスは狂笑を上げていた。

 今回の任務は陽動。

 本命が自由に動き回れるように注意をひきつけてそいつら相手に戦う。

 正直、量産機に乗った教員が出てくるものばかりサーシェスは思っていた。

 それが現れたのは以前いた世界で《フラッグ》と呼ばれたMSによく似た全身装甲のIS。

 このときばかりはサーシャスも神に感謝した。

 なにせもっともやりたかった相手が来たのだから。

 しかもGNドライヴを背負ってきたのだ、これほど楽しいことはない。

 本当にたまらねェ。

 すでに何十回と剣戟を繰り返したがその中で何度も死の予感を覚えた。

 この感覚こそサーシェスが戦場に、戦争に浸る理由だ。

 殺すか殺されるか。

 このシンプルな答えこそサーシェスを戦争へと駆り立てる。

 そして今、久しく味わっていない戦争の甘美な感覚に酔いしれている。

 ソレスタルなんとかのいない世界でこれほどの戦場に出てこれるとはなァ。

 見れば、フラッグのGNドライヴが移動していた。

 ――なんだァ?

 そう思ったサーシェスにセンサーがフラッグが左手に持つビームサーベルの出力が格段に上がったことを告げる。

 粒子の輝きを増したビームサーベルを両手に握り、正眼の構えをグラハムはとった。

 その堂々たる姿に背筋が震えた。

 最高だ。

 ニヤリ、と表情が歪む。

 いいぜ。来いよ!

 サーシェスは快哉を叫んだ。

 

「やっぱ戦争は、こうでなくっちゃ!!」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 グラハムは正眼の構えからビームサーベルを振り上げた。

 GN粒子の供給量の大半を回して形成されたそれは刀身が一回り大きくなり、濃い紅色をしている。

 その一方で、推力はコアから直接供給されている腰部と脚部のサブスラスターに頼らなければならない。

 だがグラハムにはそれで十分だった。 

 サブスラスターにエネルギーを収束させる。

 MSにはなくてISにはあるその機能はメインスラスターの出力を補うには十分だった。

 フェイス部分のパターンが発光する。

 そして『瞬時加速』を作動させた。

 敵も応ずるように『瞬時加速』を使用してきた。

 互いに高速。

 勝負は一瞬で決まるだろう。

 

「切り捨てェッ! 御ォ免ッ!!」

 

 だが、二人の間を巨大な粒子ビームが駆け抜けた。

 

「何!?」

 

『ああッ!?』

 

 意識外からの不意打ちにグラハムは咄嗟に脚部スラスターの角度を調節、機体を反転させることで回避した。

 ビームサーベルの出力が元の状態へと戻っていく。

 咄嗟にグラハムは発射源へと視線を走らせた。

 

「ガンダム!?」

 

 海面から全身装甲のISが出現した。

 世界から『天使』と呼ばれ恐れられた《0ガンダム》だった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 浮上してきた0ガンダムがゆっくりとサーシェスの元へと高度を上げてきた。

 

「邪魔すんなよォ!」

 

 サーシェスは苛立った声でプライベートチャンネルを開いた。

 せっかくいいところだったのを水差されたのだ。

 彼の声には並大抵の人間ならば震え上がり足が竦むであろう威圧感が内包されていた 

 だがそれをものともしない冷静な声が答えを返した。

 

「撤退だと!? そりゃどういうことだ!?」

 

 サーシェスに与えられた任務の完了時刻までまだ十分はあった。

 それなのに撤退命令がなされたのだ。

 しかもそれを伝えてきたのは本命をまかされた奴だ。

 理由を問いただす。

 その回答を聞いたとき、彼から激昂が消えていた。

 むしろ笑いをその表情はたたえていた。

 

「はははッ! 成程なァ、そいつァ面白れぇ!」

 

 狂笑を漏らし、視線を《フラッグ》へと向けた。

 

「悪ィな。この続きはまたにしようぜ!」

 

『どういうつもりだ!』

 

 《フラッグ》のパイロットが当然の疑念を吐いた。

 

「すぐにわかるぜ。すぐになァ!」

 

 サーシェスは高笑いしながら『瞬時加速』を発動、二機そろって一瞬にしてその場から去って行った。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 どういうことだ?

 サーシェス達が去った後、グラハムは内心でも同じ言葉を呟いた。

 敵が突如として撤退していった。

 追いかけようにも残りのエネルギー残量からして追撃は無理だ。

 だが、なぜ――?

 

『グラハム、聞こえるか』

 

 千冬からプライベート通信が入った。

 どうやら、敵のGN粒子散布によるジャミングが消えたようだ。

 

「ああ、聞こえている」

 

『すぐにポイントJ3987へ向かえ』

 

 指定されたポイントにグラハムの眉がわずかにひそめられる。

 そこは一夏達が《銀の福音》と交戦しているポイントだった。

 

『二人が《福音》に撃墜された』

 

 グラハムの嫌な予感が現実となった。




今回は、グラハムさんVSサーシェス をお送りさせていただきました。
難しいですね、戦闘描写。
特にISの戦技を使わせるのを忘れてしまいます。
次回は原作にいったん戻ります。
誤字脱字、意味の分からないなどのご指摘がありましたらよろしくお願いします。



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##登場機体2##

今までGNフラッグの設定を説明していなかったのでここで説明します。
本編ではないので飛ばしていただいても結構です。


GNドライヴ

 

 00本編では欠かすことのできない重要な機関。

 コアから供給されるエネルギーを疑似GN粒子に変換し、出力を二倍以上に引き上げることができる。粒子の色は赤みを帯びたオレンジ色。圧縮すると真紅色になるが毒性はほぼなく無害である。

 機動させるのに必要な始動機は小型化されドライヴと一体化している。

 

 

 

SVIS-Y01X GNフラッグ

 

 グラハムの専用機《カスタムフラッグ》をGNドライヴ搭載型へと改修したIS。GN粒子と通常のエネルギーとのハイブリッド。

 IS学園のGN粒子系技術検証用試作機という立ち位置上、機体名称に試作機を示すYが入っている。

 設計にはSVMS-01X 《ユニオンフラッグカスタムⅡ》をベースにGNX-Y901TW《スサノオ》、GNX-Y903V《ブレイヴ》等のデータを参考にし、開発陣も《スローネ》シリーズの解析結果を反映させている。(スサノオやブレイヴをベースにしないのは使われた技術の多くはIS学園の技術レベルでは再現ができないため)

 フラッグカスタムⅡと比べると機体の整合性は高いレベルでとれているもののやはり別規格の機関を搭載しているためパイロットへの負担は既存のISよりは高い。

 当初はブレイヴのように可変機構を搭載する予定だったがブレイヴの可変機構は人体では再現できないことやGN粒子の制御用OSが完成していなかったことが主な要因となりオミットされた。カスタムフラッグの変形機構そのものは残されたものの新造パーツとの兼ね合いなどから事実上使用できない。

 総合性能ではスローネや《ヴァラヌス》に劣るものの機動力では引けを取らない。

 

・GNドライヴ

 《ガンダムスローネツヴァイ》のGNドライヴを機体の背部にフラッグカスタムⅡと同様の方式で搭載している。

 リミッターを備えている。これは出力を抑えるのではなく、機体制御や対Gシステムに回す量を強制的に増やす形式を取っている。

 左肩に換装した場合、粒子の約八割をビームサーベルへ供給するために姿勢制御のための最低限の粒子しか機体に回すことができない。

 なお解析したところTRANS-AMシステムは確認されなかった。

 

 

・ガントレット

 スサノオに装備されていたものとほぼ同形のものを両腕に装備している。これはビーム兵器使用時に粒子が逆流することを防ぐことが目的である。

 ガントレットの肘部分につけられた突起状のパーツからは粒子を放出する。ただしスサノオのものと比べると出力がかなり低く、姿勢制御用のバーニアにしか使用できない。

 

 

・サブスラスター

 脚部と腰部に装備された姿勢制御用のスラスターで既存のISと同様、エネルギーを放出する。粒子制御用のOSが未完成であることから機体制御の重要な役割を担う。

 

 

・GNビームサーベル

 《スローネアイン》から奪取したGNフラッグの主武装。掌からの粒子供給でも使用できるがそれ程出力は高くなく、対ビーム兵器時にはGNドライヴからの直接供給を得る必要がある。

 またGNドライヴからの粒子供給量を上げることで粒子圧縮率を上げたり、刃を長大にすることができる。

 

・GNビームライフル

 IS学園の技術者チームがスローネツヴァイのGNハンドガンを解析し独自に開発したもの。同様の構造を再現するのが困難なために荷電粒子砲の圧縮方を採用したがGN粒子の圧縮はその方法とは相性が悪くチャージに時間がかかる上に威力はGNハンドガンとそれほど変わらない。チャージする際には粒子をドライヴからの直接供給しなければならずその大きさも相まってとり回しが難しい。

 試作型リニアライフル『XLR-04』の砲身とバッテリーの持ち手に対する比率を極端に大きくしたような外見をもつ。

 

・プラズマソード

 カスタムフラッグと同様の武装。ビームサーベルが一本しかないことから予備という意味合いが強い。二本装備している。

 

・リニアライフル『トライデントストライカー』

 カスタムフラッグから継承された武器。立ち位置はプラズマソードと同じだがビームライフルよりもチャージ時間が短く、速射もできることからグラハムはこちらをメインに使用している。

 

・GNディフェンスロッド

 スローネアイン、《スローネドライ》の残骸から発見されたGNシールドを元に開発された防御用兵装。表面にGN粒子を纏わせることで簡易的なGNシールドとして扱うことができる。ビームサーベルの粒子発振器を流用しておりバーニア部から供給される粒子だけでもある程度のビーム兵器を弾くことができる。




少しオーバースペックな気もしますがどうでしょうか。
一応劇場版後のグラハムさんなので対Gシステムはしっかりと組み込まれています。

次回からはちゃんと本編に戻ります。


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#38 敗れし者

 グラハムが指定されたポイントへ到着するとすでにルフィナが着いていた。

 彼女の表情は暗い。

 

「二人はどこだ」

 

「………………」

 

 ルフィナは目を下におろした。

 習って視線を下に移すと一艘の船が停止していた。

 その甲板上にはセシリアが乗組員らしき数人と話をしていた。

 さらにその近くには二人が倒れていた。

 

「……密航船に助けられるとは、皮肉だな」

 

 と、鋭い視線を船に向ける。

 少なくともセンチメンタリズムな運命を感じることはなかった。

 話が終わったのだろう、二人を両脇に抱えてセシリアが上がってきた。

 

「二人は?」

 

「箒さんの方は特に問題はありませんでした。ただ――」

 

「一夏の状況は悪いか」

 

 ええ、とセシリアが沈痛な面持ちで頷いた。

 

「正直、ISの機能がなければどうなっていたかわかりません」

 

「そんな……」

 

 絶句するルフィナ。

 

「ともかく、帰投しよう。セシリア、一夏を」

 

「ええ、お願いしますわ」

 

 一夏をセシリアから受け取った際に彼のひどい状況が目に入った。

 包帯が巻かれてはいたが粗悪品なのか背中を中心に各所は焼け爛れているのがおぼろげながらに見えた。

 その様子をグラハムは目を逸らすことなくジッと焼き付けるように見る。

 一夏を脇に抱えチャンネルを開く。

 

「こちらグラハム・エーカーしょ――だ。一夏と箒の回収完了。これより帰投する。なお、一夏は重症。医療班の待機を頼む。また密航船を確認、教師陣に対応を求める」

 

『は、はい。了解しました……』

 

 明らかに気落ちしている山田からの返答を受けてからグラハムを先頭に三人は旅館へと帰投していった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 グラハムは帰投後、その足でブリーフィングルームへと直行した。

 

「千冬女史」

 

「戻ったか」

 

 出迎えた千冬の表情はいつも以上に硬い。

 無理もないとグラハムは思った。

 今、弟である一夏は意識不明。

 医療班による集中治療を受けているのだ。

 そのことを表に出すまいと無意識に目つきが鋭くなっているのだろう。 

 だがグラハムはそれには触れなかった。

 

「任務ご苦労。それで、敵はやはり」

 

「お察しの通りだと言わせてもらおう」

 

 だが、とグラハムは重々しく付け加えた。

 

「《ヴァラヌス》だけではなく《0ガンダム》もいた。だが結局目的他を知るまでには至らなかった」

 

「そうか……」

 

 そう答える千冬はいつも通りのようで機微の差だが覇気を感じられなかった。

 

「………………」

 

「……千冬女史。一夏達に何が起こったんだ?」

 

 千冬は表情を曇らせた。

 少し考えるそぶりの後、メモリーチップをグラハムに差し出した。

 

「この中に入っている。ただしこれを許可なく公開すれば委員会からの監視が着くことになる」

 

「配慮、感謝する」

 

「それと、お前は他の専用機持ちと同じく別命あるまで待機だ」

 

「了解した」

 

 グラハムは一礼をしてから部屋を辞した。

 廊下を歩きながら情報端末にチップを差し、記録されていた戦闘映像を見た。

 一夏が箒の攻撃から密航船を庇おうとし隙を生んだ。

 そこに《福音》が箒へと攻撃を放ち、それを一夏が身を挺してダメージを一身に受けた。

 そして一夏が箒を抱きしめるように海面へと堕ちたところで映像は途切れた。

 見る限り、責任が誰にあると言えばこの作戦要員全員だろう。

 教師陣は密航船の侵入を許した。

 一夏は密航船に気をとられ作戦の要である『零落白夜』を失った。

 箒は……言うまでもないな。

 それにしても見たところ、ガンダムの介入は見られない。

 ならば、あのガンダムは一体――。

 

『グラハム(さん)』

 

 通路の反対側からルフィナとセシリアが来た。

 

「二人はどうだ?」

 

「箒さんは意識を取り戻したんですが、放心状態なのか完全に無反応で……」

 

「一夏は今も昏睡状態ってドクターが……」

 

 そうか、とグラハムは厳しい表情で頷いた。

 

「他の皆は?」

 

「一応言われた通りには待機しているみたい」

 

「あの、グラハムさん。一夏さんたちに何があったのか織斑先生から聞きませんでしたか?」

 

 どこか躊躇うような面持ちで尋ねるセシリアにグラハムは情報端末からチップを抜き取ると差し出した。

 

「この中に入っている。私はもう見たから好きにするといい」

 

 先の約束をいきなり破るような行為。 

 だがグラハムはそうすることを前提に千冬は渡したのだろうと思っていた。

 勿論、映像を冷静に見られる自信がないというのもあるだろうとも彼は思った。

 セシリアが受け取るのを確認すると歩を進めだした。

 

「ど、どこいくの?」

 

「《フラッグ》の整備だ。おそらく数時間はかかるだろうから何かあったら連絡してくれ」

 

「一夏さんのところへは?」

 

「……おそらく箒がいるだろう。今はそっとしておくべきだ」

 

 それと、とグラハムは真剣な表情で二人に一言落とした。

 

「無策で追うな」

 

 そう言い残しグラハムは臨時で設けられたIS整備場へと歩いて行った。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 旅館の一室。

 そこはIS学園の医療班が用意したいくつかある救護室の一つとなっていた。

 その部屋に設けられたベッドの上にはいくつかの医療機器に繋がれた一夏の姿があった。

 壁に掛けられた時計は四時を指そうとしている。

 生命の危機はすでに脱してはいたが今も彼は目を覚ましていない。

 

「………………」

 

 ベッドの隣の椅子には箒が座り込んでいた。

 対福音作戦でリボンを失い、統制のきかない髪が俯いた顔を御簾のように覆い隠していた。

 もう何時間も彼女はこうしていた。

 何度一夏との思い出を思い浮かべただろうか。

 その中の彼は常に笑顔を見せていた。

 だがベッドに横たわる彼はただ目を閉じ表情を失っていた。

 箒の目線が左手首に行く。

 金と銀の鈴がついている二本の赤い紐。紅椿の待機状態だ。

 不意にグラハムが言っていたことを思い出した。

 

『紅椿の性能に浮かれ力というものをないがしろにしている』

 

 一夏が危険にさらされると彼は言った。

 本当にそうだ、と今さらながらに箒は思った。

 私は力を得たと過信して浮かれていたのだ。

 そうでなければ、一夏がこんな目に合うことは――

 悔やんでも悔やみきれない。

 今までも彼女は剣道や剣術の場において力を得るとそれを振るいたくなる衝動に駆られてきた。

 それがついに最悪の事態を招いてしまったのだ。

 

(力を私は得てはいけないんだ……)

 

 私はもう――

 ある決心をつけようとしたとき、ドアが乱暴に開く。

 相応の音が鳴るがその方向に視線を向ける気力はない。

 

「あ~、あ~、分かりやすいわねぇ」

 

 遠慮のかけらもなく入ってきたのは鈴音だ。

 あのさ、と彼女は前置きを入れてから話しかけた。

 

「一夏がこうなったのあんたのせいなんでしょ?」

 

 すでに鈴音を含む専用機持ちたちはグラハムが預けたデータによって事の次第を知っていた。

 

「………………」

 

「で? 落ち込んでますってポーズ? ――っざけんじゃないわよ!」

 

 鈴音が箒の胸倉を掴み、無理矢理に向き合った。

 

「やるべきことがあるでしょうが! 今戦わなくてどうすんのよ!!」

 

「私は、もうISは……使わない……」

 

「ッ――!」

 

 頬を叩く鋭い音とともに箒は床に倒れる。

 それを鈴音が再度締め上げるように正面から向き合わせた。

 

「甘ったれてるんじゃないわよ。いい!? 専用機持ちっつーのはね、そんなワガママが許されるような立場じゃないのよ!! ――それともアンタは……戦うべきに戦えない、臆病者なわけ!?」

 

 臆病者という言葉に箒の瞳に、心に火が点いた。

 闘志が燃え上がり、声を大きく上げた。

 

「ならどうしろと言うんだ!?もう敵の居所もわからない!戦えるなら、私だって戦う!!」

 

 ようやく自分の意志で立ち上がった箒に鈴はため息をついた。

 

「やっとやる気になったわね。…あ~あ、めんどくさかった」

 

「な、何?」

 

「場所ならわかるわ。今ラウラが――」

 

 言葉の途中でちょうどドアが開く。

 そこに立っていたのはラウラとルフィナだった。

 

「出たぞ。ここから三十キロ離れた沖合の上空だ」

 

「アメリカとドイツの衛星がそれぞれ同一ポイントに目標を確認したって。開発元のアナハイム社によればステルスは対レーダー用しかなく、光学迷彩も攪乱も持っていないみたいだから間違いないよ」

 

「さすがはドイツ軍とアメリカ軍。仕事が早いわね」

 

「そういうお前の方はどうなんだ。準備はできているのか」

 

「当然。甲龍の攻撃特化パッケージはインストール済み。シャルロットとセシリアは?」

 

「こちらも完了していますわ」

 

「僕も準備オーケーだよ」

 

 女子の専用機持ちが全員、一つの部屋に集まった。

 その全員が箒へと視線を向ける。

 

「で、あんたはどうする?」

 

「私は……戦う、戦って勝つ。今度こそ負けはしない!」

 

「決まりね」

 

 ふふんと腕を組み、鈴は不適に笑う。

 闘志を燃やす専用機持ちたち。

 だがその場にはもう一人の専用機持ちがいなかった。

 

「グラハムはどうするんだ?」

 

「彼の出撃は無理だ」

 

 箒の疑問にラウラが答える。

 

「Herrは別任務で出た際、ISに損傷を得て現在も修理を終えておられない」

 

「それに、警戒のために一人は専用機持ちが残っていた方がいいと思う」

 

 ルフィナが後を続けた。

 二人の説明に一応の納得を得たのだろう。

 箒は頷いた。

 その目には新たな決意を秘めていた。

 

「じゃあ、作戦会議よ。今度こそ確実に墜とすわ」

 

「ああ!」



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#39 リベンジ

 教師陣や専用機持ち用に急遽準備された整備場。

 グラハムはそこでもう三時間近く《GNフラッグ》の整備をしていた。

 先のサーシェスとの戦闘で切り裂かれていた装甲を自己修復機能に任せず、学園側が用意してくれた予備の装甲に取り換えた。

 これだけなら大して時間はかからない。

 だが両腕のガントレットに異常が見られたために、その換装に大幅な時間を費やすことになってしまった。

 バーニアの出力などの微調整を繰り返し、なんとか実戦投入は可能な状態となった。

 ほかにも高出力のビームサーベルを使用した際に焼き切れた粒子供給ケーブルも別のものに変えてある。

 それらの作業の中でもグラハムには不安要素が頭を駆け巡っていた。

 箒がここで折れるようなことはないとは信じている。

 だからこそ懸念があるのだ。

 まだ箒やシャルロット達とは帰投してから会っていないが彼女たちが映像を見てどう結論を出すかグラハムにはある程度の予想ができていた。

 だからこそ、二人に忠告したのだ。

 ――感情的に、無策で動くなよ。

 そこに千冬が入ってきた。

 

「グラハム」

 

「……出撃か」

 

「やはり、察していたか」

 

「現状、対処できるのは私しかいない以上、予想するまでもないさ」

 

 グラハムが念入りに整備を行っていた理由。 

 それはフラッグの対《銀の福音》作戦への投入を予期してのことだった。 

 《白式》、《紅椿》の両機が使用できない今、ビームサーベルという高火力武装を持ち、高機動性を誇るGNフラッグに撃墜任務が回ってくることは当然の流れ。

 そう判断したからこそ三時間にも及ぶ修理をしていたのだ。

 それ以前に彼の機体はこの場にあるISにおいて単純な出力では他の追随を許さぬものを有し、技量も誰もが認める実力を持っている。

 では何故彼は最初の作戦に名乗りを上げなかったのか。

 単純に撃墜するだけならばグラハムには容易なことだっただろう。

 だが相手はIS。 

 MSとは違いパイロットを外しながら機体に一撃で致命傷を与えるのはほぼ不可能といってもいいだろう。

 しかも敵は多数の砲を持つ射撃型なうえに一撃で落とすとなれば高出力でのビームサーベルしかない。

 全ての攻撃をかわしながら搭乗者に重傷を負わせないともなればグラハムでも容易ではない。

 だからこそ、機体の絶対防御を強制発動させる『零落白夜』有する白式を要とした作戦を支持したのだ。

 

「搭乗者の殺傷を問わない。すでに上層部もこの件は了承している」

 

「了解した」

 

 グラハムは短く答え、愛機を待機状態に戻す。

 そのまま千冬に従い、整備場を出ようとした時だ。

 

『織斑先生! 大変です!!』

 

 千冬とグラハムにオープンチャンネルを通して山田の声が聞こえてきた。

 かなり焦っているようだ。

 

「どうした?」

 

「専用機持ちたちが!」

 

 それだけで何が起きたのか知るには十分だった。

 おそらく、いや間違いなく全員が銀の福音の元へ出撃したのだ。

 

「……馬鹿どもが」

 

 千冬は唸るように呟いた。

 その後ろに控えるグラハムも表情が鋭くなっていた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

『………………』

 

 海上200メートル。そこで静止していた銀の福音は、まるで胎児のような格好でうずくまっている。

 膝を抱くように丸めた体を守るように頭部から伸びた翼が包んでいる。

 

『――?』

 

 不意に福音が顔を上げる。

 次の瞬間、上空から大口径の蒼弾が四発飛来、二発が着弾した。

 衝撃に福音が揺れる。

 そのすぐそばを高機動形態(クルーズポジション)の《ガスト》が駆け抜けた。

 機体の脚部に装着された高出力テールスラスターによる高機動形態の超高速化。

 人型形態でしか使用できない武装の代わりに、大型反重力翼の付け根と背部に搭載された計四門のリニアキャノン。

 さらに対地攻撃用に大型ミサイルポッドを腕部から腹部装甲にかけて取り付けていた。

 対地対空戦を超高速機動でこなすことをコンセプトとした専用パッケージ『ランサーイーグル』である。

 通常装備で使用されるスラスターを姿勢制御に回すことで海面すれすれで大きく旋回、再び高空へと飛翔する。

 

『敵機Aを認識。排除行動へ移る』

 

 福音がすぐさま迎撃を行おうとする。

 だがそこに別方向から飛来した砲弾が直撃する。

 それは爆発を伴うもので福音はその動きを阻害された。

 ルフィナはすでに高度800メートルにまで上昇していた。

 

「離脱確認。続けて砲撃を行う!」

 

 五キロ離れた場所からの砲撃。通常使用とは異なりレールカノンを左右に1つ、正面と左右には4枚の物理シールドをつけられた《シュヴァルツェア・レーゲン》。それは砲戦パッケージ『パンツァー・カノニーア』を装備した姿だった。

 砲撃により福音は目標をルフィナからラウラへと変更、その超高速でラウラへと接近する。

 その速さはラウラの想像を上回っていた。

 すでに両者の間は1000メートルを切っている。

 その間にも砲撃を続けるも半数以上は福音の翼から放たれるエネルギー弾によって撃ち落されていた。

 機動性を犠牲にしたラウラに対して、機動力に優れる福音。

 優劣は明らかだ。

 300メートルを切る。

 福音はさらに加速し、一気に間合いを詰める。

 右腕がラウラへと突き出された。

 避けることはできない。

 だが状況に反してラウラの表情には余裕がある。

 

「――セシリア!」

 

「狙い打ちますわ!」

 

 セシリアが垂直軌道で急降下しながら大型BTレーザーライフルを構え、福音に向けてレーザーを放った。

 手を弾かれた福音は瞬時に身を反転、続く二発三発を回避する。

 強襲用高機動パッケージ『ストライク・ガンナー』。

《ブルー・ティアーズ》最大の特徴である六機のビットを腰部にスカート状に接続、それらを射撃ではなくスラスターとして装備している。

 その分低下した火力を二メートル以上あるライフル『スターダスト・シューター』によって補うのが基本運用である。

 また時速500キロを超える速度下での戦闘補助の為、バイザー上のハイパーセンサー『ブリリアント・クリアランス』を頭部に装着しており、その超高感度により最高速での急降 下から即座に反転、レーザーを放った。

 放たれた四発目のレーザーは見事に福音を捉えた。

 

『敵機Cを確認。排除行動に移す』

 

「遅いよ!」

 

 高速射撃を行うセシリアに対して回避行動の中から突出しようとした福音。

 それを妨げるようにさらに真後ろから別の機体が襲い掛かった。

 それは先程の突撃時にセシリアの背中に乗っていた、ステルスモードのシャルロットの攻撃だった。

 ショットガン二丁による近接射撃を背中に浴び、福音は姿勢を崩す。

 だが一瞬で立て直し、四機目の敵機に対して『銀の鐘(シルバー・ベル)』による反撃を開始した。

 シャルロットは二枚ずつの実体シールドとエネルギーシールドをまるでカーテンのように前面に展開、放たれた光弾を遮る。

 それが《リヴァイヴ》専用防御パッケージ『ガーデン・カーテン』の機能である。

 防御の間にもタイミングを見計らいシャルロットは『高速切替』での武装の切り替えによる攻撃を加える。

 結果として、福音は三方向からの射撃の回避と防御によってわずかながらに消耗をはじめる。

 

『優先順位を変更。現空域からの離脱を最優先に』

 

 福音が三人から距離を置くため、全方向にエネルギー弾を放ち、次の瞬間には全スラスターを展開、強行突破を計る。

 

「させるかぁ!!」

 

 海面が大きく膨れ上がる。

 飛び出してきたのは《紅椿》とその背中に乗った《甲龍》。

 福音へと突撃する紅椿。

 その背中から飛び降りた鈴音は、機能増幅パッケージ『崩山』を戦闘状態へ移行した。

 パッケージによって龍砲が2門から4門に増設されている。

 それらが一斉に火を噴いた。

 放たれたのは通常使用の不可視の弾丸ではなく赤い炎を纏った弾丸。

 瞬時に離脱した紅椿の直線状に紅蓮の弾雨が福音へと次々に着弾する。

 だがそれを受けても福音の動きは止まらない。

 

『『銀の鐘』最大稼働――開始』

 

 両腕を広げ、翼を外側へと向ける。

 

「させない!」

 

 エネルギー弾が一斉に放たれたその瞬間に、急降下してきたガストからミサイルが射出された。

 ミサイルは空中で破裂し、一発につき内部の数十個もの小型ミサイルが福音に降り注ぐ。

 子弾は放たれたばかりのエネルギー弾へと直撃、爆発とともに次々と撃ち落す。

 わずかな撃ち漏らしはあるもののそれらの着弾を防ぐことは五人には容易なことだった。

 ミサイルを打ち切ったルフィナはポッドをパージ、リニアキャノンを撃ち、いまだ放たれるエネルギー弾を牽制する。

 それに応じるように鈴音、セシリア、ラウラの三人がそれぞれの火器で残ったエネルギー弾を撃ち落しつつ福音へと連射を浴びせる。

 

「はぁっ!」

 

 福音へとまっすぐに急降下するルフィナは背部のリニアキャノン二門もパージ、同時に人型形態(スタンドポジション)へと姿を変える。

 ――『グラハム・スペシャル』!

 理論上は可能でもルフィナは行ったことのない高速移動中の空中変形。

 想像以上のGを身体に受けつつもその目は福音を捉えている。

 ソニックブレイドを右手に展開、福音へと斬りかかる。

 

『――!?』

 

 咄嗟に避けようとするが間に合わず、すれ違うようにしてルフィナは福音の右の翼を斬り裂いた。

 福音に対して下を取ったルフィナはすぐさま身を反転、脚部のリニアキャノンを至近距離から撃ちこもうとする。

 

「きゃっ!?」

 

 だが福音の動きの方が早かった。

 片翼だけになりながらも瞬時に体勢を立て直し、反撃の蹴りを浴びせた。

 スラスターにより勢いを得た蹴りにルフィナは海へと叩きつけられる。

 だが叩きつけられる直前に放たれた青い光弾が福音へと直撃する。

 

『箒!』

 

「落とす!」

 

 箒は両の手に刀を持ち、福音へと斬りかかる。

 ルフィナの一撃を浴びせられた福音は紅椿の急加速に一瞬反応が遅れる。

 その右肩へと刃が食い込んだ。

 ――獲った!

 そう思った刹那、福音が刃を握った。

 

「なにっ!?」

 

 信じられない動きに箒は目を見開いた。

 紅椿の二振りの刀『雨月』、『空裂』はその刃にエネルギーを纏っている。

 それを握ろうというのであれば当然ただではすまない。

 福音の腕の装甲が焼き切れるがそれでも刃から手を離そうとはしない。

 そのまま最大限にまで腕を広げられ、刀を握る箒も無防備な姿を見せる。

 その眼前に左の残った翼が砲口を展開し突き付けられた。

 

「回避しろ!」

 

 ラウラが叫ぶが箒は武器を手放さなかった。

 ここで引くわけにはいかない。

 瞳に宿る強い意志がそれを物語っていた。

 眼前で光が溢れだす。

 エネルギー弾が放たれる。

 

「何のための力だ!」

 

 箒の声に意志に反応したのか、脚部装甲前部にスラスターが展開されその噴出の勢いで身を回した。

 そして踵の装甲も展開、エネルギー刃を発生させる。

 

「たああああっ!!」

 

 裂帛の声とともに踵落としの要領で斬撃を放つ。

 それは見事に左の翼を斬り落とした。

 ついに両の翼を失った福音は、崩れるようにして海面へと堕ちていった。

 箒は肩で呼吸しながらその姿を見た。

 

「箒!」

 

 福音が堕ちた位置から少し離れたところからルフィナが上がってきた。

 咄嗟に身をかばったのだろう。

 蹴りを受けたと思われる左腕の装甲が砕けていた。

 

「大丈夫か?」

 

「なんとか、ね」

 

 苦笑を口端に浮かべるルフィナの声を聞きながら呼吸をゆっくりと落ちつけていく。

 

「やった、のか?」

 

 二人は改めて海面を見る。

 すでに堕ちたときの波紋は消え、ただ波打つだけの静かな海。

 

「私たちの――」

 

 私たちの勝ちだ、と誰かが言おうとした瞬間、海面が突如として現れた光の珠によって吹き飛んだ。

 蒸発した海面はその場に新たな海水の存在を許さず、埋めようとするたびに姿を消した。

 その絶対的空間の中心、青い雷を纏った福音が自らを抱くかのようにうずくまっている。

 

「まずい!? これは――『第二形態移行(セカンドシフト)』だ!!」

 

 ラウラが叫んだ瞬間、まるでそれに反応したかのように福音が顔を向ける。

 無表情なバイザー状の顔。

 しかし明らかな敵意を彼女たちは感じ取った。

 

『キアアアアアアッ!!』

 

 まるで獣のような咆哮とともに、翼を失った頭部にエネルギー状の翼が生える。

 その翼は箒たちに向けられ、エネルギーを両翼の中心たる頭上へと収束、圧縮する。

 あまりのエネルギー量に各ISが搭乗者に警告を発した。

 だが、すでに遅かった。

 福音は圧縮されたエネルギーを箒たちへと放った。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 ザザァン…ザザァン…

 

「ここは……?」

 

 一夏は見知らぬ浜辺に立っていた。

 彼は聞こえてくる波の音に誘われるように歩く。

 そして海の方を見ると少女がいた。

 波打ち際、光を受けた眩いほどの白い髪とワンピースを風にたなびかせている。

 綺麗な声で歌う少女を一夏はただただ見つめていた。




 次回
『夢の先に』

仲間の為に少年は飛ぶ


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#40 夢の先に

 少女は空を眺めていた。

 一夏は少女へと近づいていく。

 

「呼んでる……行かなきゃ」

 

「え?」

 

 誰が、と問おうとしたとき、少女の姿は消えていた。

 きょろきょろと左右を見るが、人影が見当たらない。

 

「―――力を欲しますか?」

 

「え?」

 

 声がしたほうを振り向くと、膝下まで海に沈め、白の甲冑を身に纏い、大剣を逆手に海に突き刺す騎士がいた。

 背後には何かを従えている。

 だがそれはあまりにも強い光を纏っており、何なのかを見ることはできない。

 騎士の顔は下の部分しか見えず、表情が伺えないが、女性である事だけは分かる。

 

「力を欲しますか……? 何のために……?」

 

「んー? 難しい事聞くなぁ」

 

 そうだな、と一夏は答えた。

 

「仲間を……守るために」

 

「仲間を……」

 

「何ていうか、世の中って色々と戦わないといけないだろ? 単純な力勝負じゃなくってさ」

 

 一夏は自分でも驚くほど饒舌に語った。

 

「道理のない暴力だって結構多し、そういうのから出来るだけ仲間を助けたいと思う。この世界で一緒に戦う、仲間を……」

 

「そう……」

 

 騎士は静かに、頷きで答える。

 呼応するように光がわずかに動く。

 

「だったら、行かなきゃね」

 

「えっ?」

 

 後ろから声がした。

 そこにはさっきいなくなったはずの少女がいた。

 少女は一夏の手を掴む。

 

「ほら、ね?」

 

「ああ……」

 

 頷いたとき、彼の周囲を光が包んだ。

 その光の向こうにいる女性。

 一夏はあることに気が付いた。

 ――似ている。

 あの白い騎士に。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 グラハムは砂浜に出ていた。

 先に出撃した六人の保護と《銀の福音》の撃墜。

 任務は当初よりもはるかに難しいものになっていた。

 だが、とグラハムは海へ向かって苦笑する。

 私も大概だな。

 仲間の危機にも関わらず強敵との邂逅に期待をはせているとは。

 これだけはどうにもならんな、とISを装着しようとした。

 

「グラハム!」

 

 後ろから聞こえてきた声に意識を乱され思わず振り返る。

 そこには今の今まで意識の戻らなかった一夏の姿があった。

 

「……一夏」

 

 グラハムの声には驚きと安堵の色が混在していた。

 

「悪い、心配かけたな」

 

「そんなことよりも、私は君が動けていることが不思議で仕方がないな」

 

 グラハムの言うとおり、一夏はひどい重傷を負い、例え目が覚めてもすぐには起き上がれない怪我だったはずである。

 

「ああ、大丈夫だ」

 

 そう言う一夏の表情は無理をしているという印象をグラハムは受けなかった。

 快調とまではいかないだろうがひとまずは元気を得た一夏に笑みを向けると、すぐにその表情を引き締めた。

 

「では、私はシャル達の援護に向かわねばならない。君はいざというときに備えていてくれ」

 

 グラハムの言葉に一夏はまっすぐと彼を見た。

 

「俺も行く」

 

「なんと!? 正気か一夏!?」

 

「さっき言った通り、俺はもう大丈夫だ。だから、頼む」

 

「………………」

 

 何かしら反論をしようとした時だ。

 

『行かせてやれ』

 

「千冬女史……」

 

 プライベートチャンネルを介して届いた千冬の声にグラハムはわずかに目を細めた。

 

『こうなったらこいつを止めることはできん』

 

「織斑先生……」

 

『命令を下す。お前たち二人で馬鹿どもを助け、《福音》を落とせ』

 

「はい!」

 

「了解した」

 

 千冬への返答とともに二人はISを纏った。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 ルフィナはその惨状に言葉を失った。

 

「そ、そんな……」

 

 

 第二形態となった《銀の福音》が薙ぎ払うように放った荷電粒子砲は一撃でセシリア、鈴音、ラウラの三人を落とした。

 なんとか回避を取った箒、シャルロット、ルフィナも無事ではなく、それぞれがどこかしらの装甲を掻き毟られた。

 荷電粒子砲を放った福音は残った三人のうち、最も近い箒へと飛びかかった。

 箒を庇うように飛び出したシャルロットをそのシールドごと翼に包み込んだ。

 そして零距離で打ち込まれるエネルギー弾雨には四つのシールドはもはや意味をなさなかった。

 鉄壁のカーテンを貫かれ、その身にもろに受けたシャルロットは海へと堕ちた。

 

「シャルロット!」

 

 箒は自分を守るようにして倒れた仲間の名を叫んだ。

 再び箒へと襲い掛かろうとした福音。

 そこへ咄嗟に瞬時加速を発動したルフィナが膝蹴りを叩き込み、同時に脚部のリニアキャノンによる一撃を放った。

 だが青い光をエネルギーの塊が阻んだ。

 

「!?」

 

 見れば、福音は胸部、腹部、背部に持つ装甲がひび割れ、小型のエネルギー翼を生やしていた。

 光弾は胸部から生えたエネルギー翼によって受け止められていたのだ。

 そして大小全て翼からの一斉射撃。

 それをなすすべもなく浴びせられ、ルフィナは力なく宙へと吹き飛ばされる。

 

「よくも!」

 

 箒は雨月を振るい赤色のレーザー光を次々に放った。

 福音はそれを軽々と掻い潜り、箒へと迫る。

 応じるように箒も加速する。

 交差する直前、展開装甲によって軌道を変え、身を翻すように福音の正面を取る。

 

「そこだっ!」

 

 箒は両腕を振るい、自分を飛び越えていく構図になった福音を斬りつける。

 刃の速度と福音の飛翔速度によって切れ味を増した刀が小型のエネルギー翼をいくつも斬り捨てた。

 だが即座に残った翼から福音はエネルギー弾を連射する。

 スラスターを吹かしながらそれらを紙一重に避ける箒。

 後退と同時に二刀からエネルギーを放つ。

 両者がエネルギーの撃ちあいをしていると、

 

「はあああああっ!!」

 

 福音の背後を突くようにルフィナが突っ込んできた。

 だが様子がおかしいことに箒は気づいた。

 その目には明らかに負の感情が宿っている。

 まるで仇敵へと向けられるような殺気のこもった眼。

 いつもの穏やかなルフィナからは想像ができない表情だった。

 しかし戦術も何もない単純な突撃が通じるような相手ではない。

 ソニックブレイドによる斬撃は瞬時に反転した福音の右腕によって受け止められた。

 そして光の翼がルフィナの身を抱く。

 直後、エネルギー弾の零距離斉射を全身にダメージを受けたルフィナは真っ逆さまに海へと堕ちていった。

 

「うおおおおっ!」

 

 急加速とともに接近した箒は両の刀で連撃を繰り出した。

 展開装甲とブースとの併用による回避と斬撃。

 福音との間で高速度での格闘戦を繰り広げる。

 幾度かの攻防の末、出力で分のある紅椿に福音が押され出す。

 ――これで、決める!

 そのときになって箒は気づいた。

 福音の翼、その先端をこちらに向けていることを。

 

「っ!?」

 

 咄嗟に回避しようとしてわずかに攻撃の手が鈍る。

 それを見逃すことなく福音は箒を蹴りとばした。

 

「ぐっ!?」

 

 そこへ荷電粒子砲が放たれ、箒に直撃する。

 

「ぐあっ!!?」

 

 吹き飛ばされる箒を瞬時加速により福音は一気に追い詰め、右腕が首を捉える。

 首に走る衝撃に声にならない音が漏れる。

 だがそれ以上の音すら許さないかのように福音は首を締め上げる。

 さらにはエネルギー翼が紅椿を完全に包み込んでいた。

 ――不甲斐ない。

 翼が光を増していくのを目にし、ここまでかと思った箒の脳裏にはただ一つの事だけが浮かんでいた。

 それは今もなお眠っているであろう少年。

 彼に会いたいという想いが溢れ出る。

 これ以上ないほどの輝きを得た翼に、覚悟を決めて瞼を閉じる。

 彼の笑顔が浮かび上がってくる。

 

「一夏……」

 

 自分でも気づかないうちに少年の名を口にしていた。

 そのとき。

 突然、福音が箒を掴んでいた手が離される。

 福音が強力な荷電粒子砲に吹っ飛ばされたのだ。

 ゆっくりと目を開ける箒の前にいたのは、

 

「俺の仲間は誰1人としてやらせやしねぇよ」

 

 今までとは違う姿の《白式》を纏った一夏だった。

 

「い、一夏?一夏なのか!?」

 

「ああ、待たせたな箒」

 

「もう動いて大丈夫なのか!?き、傷は…?」

 

「大丈夫だ、それより箒も大丈夫か?」

 

「あ、ああ」

 

「よかった。それとリボン焼けちゃったな。でもちょうどよかったかもしれない」

 

 そう言って一夏はリボンを箒に渡す。

 

「これは…?」

 

「誕生日おめでとう。今日はお前の誕生日だろ」

 

「あっ…」

 

 箒が声を漏らす。

 昨晩、彼女は不安だった。

 だが彼は覚えていたのだ。

 七月七日。

 箒の誕生日を。

 

「じゃあ……俺は行ってくる。まだ決着がついてないからな」

 

 ウイングスラスターを噴出し、一夏は飛び出していった。




一夏と箒のくだりに違和感あるのは間違いなく私の文才のなさのせい。



 次回
『雪羅』

それは少年の望んだもの


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#41 雪羅

待たせたな、フラッグファイター。


 腕組みをして《銀の福音》を見つめるグラハム。

 彼のセンサーは箒を含め独断専行した六人全員を探知していた。

 反応からして全員無事のようだ。

 最大望遠で確認できた福音の攻撃を見る限り強制解除の上、命を奪うこともできただろう。

 だが撃墜するだけに留めている。

 ――殺生はせずか。

 センサーが箒を除く五つの反応が近づこうとしているのを示してきた。

 箒の様子を見る限り戦闘は不可能だろう。

 そう判断したグラハムは下がるように指示を出すと横に一夏が来た。

 

「もう、いいのか」

 

「ああ」

 

 清々しい一夏の表情を見てフッとグラハムは口元を緩めるがマスクの内側の事なので一夏はそれに気づかなかった。

 さて、と言う彼の口元はまだ緩んでいるがその色合いを変えていた。

 

「福音も君と同様『第二形態移行』をしたらしい。少なくとも、君が撃墜された時以上の存在になっているだろう」

 

 二人は福音を改めて見る。

 頭部からエネルギー翼が生えており、さらに全身からも小型のエネルギー翼を出している。

 無機質なバイザーは二人を向いている。

 

『敵機情報更新。危機段階AAAと判断』

 

「どうやら、君を最大の危険と判断したようだな」

 

「そりゃ光栄だな」

 

 互いに軽口を叩きながらもグラハムの視線は一夏のISへと向けられる。

 『第二形態・雪羅』

 大型のウイングスラスター四機を備え、右手に持つ『雪片弐型』とは別に左手にも『雪羅』と呼ばれる武装を有している。

 先程の一撃も『雪羅』によるものだ。

 第二形態としての名を冠する武装。

 おそらく他にも機能を持ち、何かしらの『能力』も有するだろうとグラハムは分析する。

 その能力(ちから)、今戦場(ここで)で見させてもらおう。

 腕組みをほどき、左手にビームサーベルを出現させた。

 

「一夏、私が援護する。油断などするなよ」

 

「おう!」

 

 《フラッグ》のメインスラスターからGN粒子が溢れだす。

 一瞬で高速を得たグラハムは福音へと向かう。

 福音はそのエネルギー翼からエネルギー弾がいくつも放つ。

 それらを全て回避し、ビームサーベルを叩きつけた。

 振るわれた光剣に合わせて福音は回し蹴りを放つ。

 脚部スラスターによる加速を得た蹴りはビームサーベルを弾く。

 わずかに距離が開いたところをすかさずグラハムはバーニアを吹かし、右の拳で福音を突き上げる。

 そこに福音がしたように脚部サブスラスターによる勢いを得た蹴りを叩き込む。

 吹き飛ばされた福音は体勢を立て直し、距離の近くなった一夏へと加速する。

 グラハムはプライベートチャンネルで一夏に声をかけるものの福音を追うことはしなかった。

 対する一夏も右手の雪片弐型を振るうが瞬時に福音はのけ反る。

 

「逃がさねえ!」

 

 左腕の雪羅からエネルギー刃のクローを形成、一メートルはあるだろう長大な爪が斬りかかる。

 装甲は掠めただけだが小型エネルギー翼を幾本かを切り裂く。

 

『キアアアア!』

 

 福音は頭部のエネルギー翼の先端を一夏へ向ける。

 直後、収束されたエネルギーが荷電粒子砲となり放たれる。

 だが一夏は回避せず左手の雪羅を構える。

 ――雪羅、シールドモードに切り替え!

 変形した雪羅から展開されたエネルギーが福音の一撃を完全に消した。

 

「一夏!」

 

 通信が入ったのと同時、紅色のビームが福音を捉えた。

 一夏と福音のいる高さよりはるか下方でグラハムはビームライフルを両手で構えていた。

 後部のバッテリー部分にはGNドライヴから延びるケーブルが接続されている。

 

「チャージ時間に見合う分の威力だと言わせてもらおう」

 

 威力は《スローネ》のハンドガン程度だがNGN機(GNドライヴ未搭載機)に対しては十分脅威となり得る一撃である。

 グラハムの言葉通りダメージは大きかったらしく、体勢を立て直すまでに一拍を要していた。

 彼は右手をサイドグリップから離し、ビームライフを量子化した。

 それにしても、とグラハムは一夏の左腕を見る。

 ――零落白夜のシールドとはな。

 エネルギー攻撃を主体とする福音には天敵ともいえる武装だ。

 ただの耐えうるだけの楯ならば衝撃などを利用した戦術が可能だ。

 だが無効化となればそれすらも難しいだろう。

 状況からして分はこちら側にある。

 今、なんとか体勢を立て直した福音は、一夏と近接戦闘を繰り広げる。

 一夏は二段階瞬時加速による超機動により、徐々にだが福音を追い詰めている。

 福音が蹴りを放つがそれをグラハムのリニアライフルによる精密射撃が弾く。

 

「今だ!」

 

「はああ!!」

 

 一瞬の隙を突き、零落白夜が振るわれる。

 斬撃は福音の左のエネルギー翼を斬り裂く。

 もう一撃を放とうとするも回避され、翼を掠めるだけにとどまった。

 福音はすぐに一夏から距離を取った。

 その頭部から切断されたはずのエネルギー翼が生える。

 

「どうやら、片翼だけでは無意味のようだな」

 

「つまり、両方をほぼ同時にやらなきゃダメってことか」

 

 そういうことになるな、とグラハムは福音へと目を向けるとすぐさま異変に気が付いた。

 全身から生える翼を身に纏わせるように巻き付け始めたのだ。

 

『最大攻撃力を使用』

 

 それらは球体を形成し、光の繭にくるまれたような状態へと変わった。

 敵の動きを瞬時に判断したグラハムはディフェンスロッドを形成した。

 その言葉の直後、翼が回転しながら開き、全方向へとエネルギー弾を嵐のように放った。

 グラハムは回避しきれない分を展開したGNフィールドで防御する。

 正面から福音の攻撃を受ける一夏は雪羅のエネルギーシールドを楯にエネルギー弾の中を突き抜ける。

 加速をもって雪羅を福音に叩きつけ、右腕を振り下ろす。

 零落白夜が左半身の翼を大小共に断ち切ると同時に雪羅のクローを発現した。

 すでに福音に向けられた指先から先の長大なエネルギークローが放たれる。

 爪先は完全に福音を捉えている。

 

「これで!」

 

 それは勝利を確信した一言。

 だが福音は咄嗟に身を捩った。

 エネルギークローは確かに右半身の翼を貫くも主翼は掠めるにとどまった。

 直後、福音の右手が一夏へとのばされる。

 完全に油断していた一夏の顔を掴もうとする。

 

「気を抜くなと言った!」

 

 『瞬時加速』によって飛翔してきたグラハムが福音の右腕を掴む。

 そのままグラハムに投げ飛ばされ、わずかにもんどりを打ちながらも福音は体勢を立て直した。

 すでに一夏の斬撃によって失われた翼は再生している。

 その姿を見ているとグラハムへと一夏が通信を開いた。

 

「助かった」

 

「礼ならばあとだ」

 

 それより、と言葉を続ける。

 

「エネルギー残量の方に気をつけろ。あれだけの『瞬時加速』に雪羅のシールド。すでに君の機体は限界に近いはずだ」

 

「たしかに、まずいな」

 

 すでにエネルギー残量は二十パーセントを切っている。

 このまま戦えば『零落白夜』の斬撃のみでも三分が限界だろう。

 しかも敵はビームライフルの一撃を受けながらもまだ余裕があるように見える。

 

「もともと短期決戦だったがこれ以上長引かせることはできない」

 

「じゃあ――!?」

 

 二人は会話を打ち切った。

 膨大なエネルギー反応を感知したからだ。

 福音が荷電粒子砲を放ったのだ。

 わずかに反応が遅れた一夏の前に立ち、グラハムはディフェンスロッドを構える。

 GNドライヴが光を溢れさせると同時に肘のGNバーニアを経由してディフェンスロッドが円楯状のGNフィールドを形成した。

 荷電粒子砲の直撃を受けてもフィールドが崩されるはないがその衝撃はグラハムの右腕に確実なダメージを与える。

 エネルギーの一撃を難なく凌ぐも、そのときには福音は加速でもって動き出していた。

 グラハムはディフェンスロッドを量子化する。

 度重なるフィールドの展開に回転楯本体が限界を迎えていた。

 だが彼の表情は状況に反してニヤリと挑戦的な笑みを浮かべていた。

 もともと無理を言われて搭載した機能だ。

 これぐらいの事は予想していたさ。

 だがGNフィールド展開による損耗とはいえ私のフラッグに傷をつけるとはさすが軍用ISというべきか。

 しかも、とその目はしっかりと高速で動く福音を捉えている。

 主を護るために戦い続け、第二形態移行までも行うとは――。

 最大の賛辞を送らせてもらおう。

 

「その心意気、天晴れである!」

 

 左手のビームサーベルを構えつつ、グラハムは前へと飛び出す。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「一夏……」

 

 箒は一夏がグラハムと共に福音と戦っている姿を見ていた。

 そして彼女は何よりも強く願った。

 ――共に戦いたい。

 一夏のあの背中を、私は守りたい!

 その思いに答えたのだろうか。

 紅椿の展開装甲から光りが溢れ出す。

 それは今までの赤ではなく、黄金に輝いていた。

 

「これは……!?」

 

 突然起きた出来事に箒は驚く。

 だがそれだけではなかった。

 

「エネルギーが回復している……!?」

 

 ハイパーセンサーが提示する情報に目を丸くする。

 そして画面に『絢爛舞踏』と表示されていた。

 その上にはワンオフ・アビリティーの文字。

 

「これが、紅椿の単一仕様能力!」

 

 箒は一夏からもらったリボンで髪を結ぶ。

 

「まだ、戦えるのだな。……ならば、行くぞ紅椿!!」

 

 真紅の機体を駆り、箒は一夏達の元へと飛ぶ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 グラハムが福音へと飛び込む姿を見て一夏も動こうとしたが止める。

 今行っても先までの繰り返しだ。

 グラハムならそう判断すると思い、一夏は目の前での戦いを見つめる。

 斬撃を放つグラハムの動きが先とは変わっている。

 ノーモーションでビームサーベルを振るい、スラスター制御による機動で福音を翻弄している。

 幾度も斬撃を浴びつつも福音はまだ動けるようだ。

 このままじゃ、と一夏の心に焦燥が漂う。

 

「一夏!」

 

「箒!? お前ダメージは……」

 

「大丈夫だ。それよりこれを受け取れ!」

 

 箒が一夏の手を掴む。

 

「これは……エネルギーが!?」

 

 すると紅椿を通じて白式にエネルギーが流れ込み、エネルギーが回復する。

 

「今は考えるな! 行くぞ、一夏!」

 

「お、おう!」

 

 雪片弐型を両手で構える。

 エネルギーを最大出力にまで高められ、巨大な光の剣をつくりだす。

 

「グラハム!」

 

 その声に反応してグラハムは福音に連撃を振るう。

 

「箒」

 

 袈裟切りを福音に喰らわせながらグラハムが箒に問う。

 

「目は、覚めたか?」

 

「ああ。……すまなかった」

 

 箒の言葉に口端からフッと小さく息を漏らし、福音を斬りあげる。

 ようやくエネルギーの底が見え始めたのか動きが鈍くなり始めた福音。

 体勢を上手く立て直せないところにグラハムはもう一撃叩き込むと離脱した。

 『瞬時加速』による蹴りを腹部に受け、吹き飛ばされる福音へと一夏と箒は高速で飛翔する。

 やはりダメージが響いてきているのか福音の立ち直りがあきらかに遅い。

 

「箒!」

 

「任せろ!」

 

 箒は二刀を福音に振り下ろす。

福音はそれらを両手で掴むことで防ぎ、同時に光翼を向ける。

 

「かかった!」

 

 脚部展開装甲をスライドさせエネルギー刃を出現させる。

 箒は身を縦に翻すことで回し蹴りによる斬撃が福音の本体に入った。

 予想外の攻撃に福音は姿勢を崩す。

 その隙に掴まれていた刀を引き抜くと、箒は両手を開くように振るう。

 箒へと向けられていた光の翼を全て断ち切られ、福音の動きが鈍る。

 

「一夏!」

 

「うおおおっ!」

 

 箒が身を返したところへ一夏が突っ込む。

 突きの構えを取る一夏へと福音はエネルギー弾の斉射を行う。

 だが彼は構わず突っ込む。

 ――ここまできたら、もう引かねえっ!!

 ダメージを受けながらも一夏は零落白夜で斬りかかろうとする。

 

「!? 一夏!!」

 

 箒が叫ぶ。

 福音の頭部、最も大きなエネルギー翼が一夏を向いているのにもかかわらず射撃をしてきていなかったのだ。

 眼前でエネルギーが収束していく。

 雪羅での防御は間に合わないだろう。

 そして爆発が起きた。

 だがそれは荷電粒子砲が放たれたわけではなく、小規模な爆発をエネルギー翼の間で起こしただけだった。

 

「詰めが甘いと言わせてもらおう」

 

 グラハムの声がプライベートチャンネルから届く。

 爆発の直前、収束されていたエネルギーは光の翼もろとも深紅の刃に突き刺されていた。

 長大なビームサーベルによって福音の予期せぬ位置から攻撃を止めたのだ。

 いまだエネルギー翼を刺されている福音は爆発を受けてもその位置を変えていない。

 一夏は福音に零落白夜の刃を突き立てた。

 それによってとうとう福音の動きが止まる。

 長大なビームサーベルに突き刺されていた光の翼が失われる。

 同時に装甲が消え、操縦者が海に落ちていく。

 

「しまっ――!?」

 

 ISが強制解除されることを忘れていたのだろう。

 一夏は慌てて飛ぼうとする。

 

「二度目だが、あえて言わせてもらおう」

 

 グラハムが福音の操縦者を空中で抱きとめる。

 

「詰めが甘いぞ、一夏」

 

「わ、悪い……」

 

 マスクを解除したことで覗く表情は微笑をたたえている。

 それを苦笑で返した一夏にハイパーセンサーが五機のISが近づいてくるのを示す。

 ふぅ、と一息つく。

 

「よし、帰るか」

 

「そうだな」

 

「その旨を由とする」

 

 そう言いながらグラハムは海面のある一点に鋭い視線を送った。

 だが彼の腕の中には今しがた救出したばかりのパイロットがいる。

 グラハムは背を向けると、先行する二人に続いて帰投していった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 彼らが去った後、海面に突如全身装甲のISがまるで浮かび上がるかのように現れた。

 

『………………』

 

 それはグラハムとサーシェスの戦いに割り込んできたガンダム。

 彼は先ほどまでこちらを的確に見ていた《フラッグ》のパイロットを思い出していた。

 グラハム・エーカー。

 性能の劣る機体でサーシェスと互角に渡り合った男。

 搭乗者は彼に会ったことはなかったがその名は知っていた。

 ゆっくりと空へと上がる。

 すでに撤収命令は受けている。

 どうやら『計画』の加速を確認できただけで満足のようだ。

 0ガンダムはグラハムたちとは別方向へ飛び去って行った。




なんだかグラハムさんが露払いばかりしているのは気のせいではないと思う。




 次回
『月下の語らい』

 
天災との対話に漢は何を見るか


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#42 月下の語らい

 一夏たちが帰投してから数時間後。

 宿から抜け出したグラハムは夜の岬に出ていた。

 彼は左に見える夜景を楽しむことなくひたすら歩く。

 しばらくして足を止めた。

 眼前に夜の海が広がり、その先には月が輝いていた。

 だがグラハムの視線はそれよりもはるか手前に向けられていた。

 

「やあ、ハムくん」

 

「こんばんはという言葉を謹んで送らせてもらいましょう」

 

 岬の柵に腰掛けて海原へと足を揺らしている女性、束は振り返ることなく言葉をかけてきた。

 挨拶への返答を済ませ、グラハムは数歩前に出た。

 

「単刀直入にお聞きしたい。今回の件、貴女はどこまで関わっていた?」

 

「どういうことかな~?」

 

「恍けるのは止めていただきたい」

 

「きまじめだね~」

 

「こういう性分です。今さら変えようもありません」

 

 その冗談めかした言葉とは裏腹にグラハムの声音は真剣そのものだった。

 束はディスプレイを操作する手を止めた。

 

「ねぇ、ハムくん」

 

「なんでしょうか」

 

「答えてあげるから代わりに三つ、お願いを聞いてくれるかな」

 

「わかりました」

 

 まずは、と束はくるんと足を上げてグラハムの方へと向いた。

 

「束さんのことをこれからは『ぷりてぃ束さん』と――」

 

「断固辞退する」

 

「じゃあ、話さないよ? よ?」

 

 何故か疑問符を二つ重ねる束。

 気になるがこれでは話が進まない。

 はぁ、とグラハムはため息を吐いた。

 

「では、妥協案で束女史と呼ばせていただきたい」

 

「おお! ちーちゃんとお揃いだね♪」

 

 るんるんと鼻歌を奏で始める。

 

「では、話していただけるだろうか?」

 

 おーけーおーけーと束は機嫌良く返事をする。

 その適当な発音にわずかにグラハムは眉をひそめるがこの際気にしないことにした。

 

「そだね。まあ、暴走させたのは束さんだよ~」

 

 一切悪びれる様子もなく自分が黒幕であると話す束。

 だが束の言い方にグラハムは納得していなかった。

 

「つまり、その後は束女史の管理下にはなかったと?」

 

「こっちに来る途中からね。いきなりアクセスできなくなっちゃった」

 

「………………」

 

 ISの開発者であり、常に世界の先を行く束が不覚を取った。

 そのようなこと、並大抵な人物、組織にはできない。

 この事件にはそうとうな黒幕がいる、そうグラハムは確信した。

 だがそれがサーシェス達であるかはいまいち確証が持てなかったが。

 仮に黒幕が彼らだとすると不可解な点が幾つかあるのだ。

 

「――で、二つ目なんだけど」

 

「何かね?」

 

「この話は束さんとハムくんの二人の秘密ということで――」

 

「それは無理だと言わせてもらおう」

 

 グラハムは視線を後ろへと向けた。

 向けられたのは歩いてきた遊歩道の隣にはある林。

 

「やはり気づいていたか」

 

 その木々の間から千冬が姿を現した。

 

「やぁちーちゃん」

 

「おう」

 

 特に驚いた様子もなく朗らかな表情の束。

 対する千冬もいつもと変わるところはない。

 だがすぐにその目がわずかに細められる。

 

「エーカー。今は外出禁止の時間帯だが」

 

「熟知している。もとより処罰は覚悟の上さ」

 

「本来なら、無断出撃した六人同様懲罰トレーニングを用意してやるところだが今の話でなかったことにしてやろう。早く戻れ」

 

 意外にも処罰を与えないと言う千冬にわずかながらにグラハムは驚いた。

 規律と規則に対する妥協なき姿勢を貫く彼女が無問題にするほど《福音》事件の真相を 束から聞き出すのは容易ではないということなのだとグラハムは自分を納得させる。

 千冬の指示に従ってその場を立ち去ろうとしてその足をすぐに止めた。

 

「束女史。最後の条件は?」

 

 まっすぐに束の目を視線の先に捉える。

 

「ねえ、ハムくん。今のこの世界は楽しい?」

 

「ああ。ISに心奪われ、楽しい日常を過ごしている」

 

「そうなんだ」

 

「貴女のおかげだと言わせてもらおう」

 

「それはうれしいね~」

 

 笑顔の束。

 その表情に応えるようにグラハムも微笑んでいる。

 そんな彼の裏表のない笑みを千冬は眺めていた。

 この問いがただの問いでないことは千冬は知っている。

 だが質問そのものよりも『この世界』という言葉に反応していた。

 幾度かグラハムに対して抱いていた疑問がある。

 ――あいつはこの世界で何を望んでいるんだ?

 グラハムは元々別世界の人間。

 元の世界に戻りたいと思っていないのか?

 出会ったあの日、この世界に来る直前までの出来事をグラハムから聞いている。

 グラハムは戦っていたのだ。

 一万対一という絶望的な戦力差の中を。

 戦いの最中でここにきて、未練はないのだろうか。

 話に出てきた親友の技術者や部下たちは心配ではないのだろうか。

 『ガンダム』との戦いの中で帰る方法を彼は模索するのだろうか。

 

 だが結局、千冬はそのことを尋ねることはできなかった。

 遊歩道を旅館へと歩いていくグラハムの背を鋭い視線で見送った。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 翌朝。

 ISの撤収作業を終え、グラハムたちは帰りのバスに乗り込む。

 

「大丈夫か?」

 

「あ~……」

 

 グラハムは隣に座る一夏に声をかけた。

 だが見るからにぐったりとしている彼は満足な返事すらできなかった。

 詳しい事情をグラハムは知らないがどうやら一夏も旅館を抜け出していたらしく千冬に大目玉をくらったようだ。

 解放されたのはかなり遅かったらしく本人曰く三時間寝てないらしい。

 そこに先の重労働を考えれば仕方ないことだとグラハムは結論付けた。

 しかしまだ納得のいかないことがあった。

 どういうわけか箒やラウラの視線が一夏に冷たく突き刺さっているのだ。

 そこにきてグラハムが乗り込む前にものどの渇いていた一夏の助けを二人は拒否したという。

 完全に体力的にも精神的にも重傷を負った一夏をグラハムは少し憐れむように見つめる。

 

「ねえ、織斑一夏くんとグラハム・エーカーくんはいるかしら?」

 

「む?」

 

「あ、はい」

 

 グラハムの視線がバスの入口へと向けられた。

 同時に一夏が素直に返事をする。

 二人の視線の先には金髪の女性がいた。

 ブルーのサマースーツをカジュアルに着こなした彼女はドアからすぐそばにある二人の座る席まで来た。

 

「へぇ、君たちがそうなんだ」

 

 興味深そうに二人を眺める女性。

 純粋な好奇心から向けられる観察に戸惑う一夏。

 一方でグラハムはその女性に見覚えがあった。

 

「君は確か《銀の福音》のパイロット」

 

「ええ。ナターシャ・ファイルス。君の言うとおり銀の福音の操縦者よ」

 

「え――」

 

 一夏にとっては意外な答えだったのだろう。

 冷静に腕組みをしているグラハムとは対照的に困惑していた。

 そこにさらに困惑させる事態が起きる。

 

「ちゅっ……」

 

 一夏の頬にいきなり唇が触れたのだ。

 

「――え?」

 

「これはお礼。ありがとう、白いナイトさん」

 

「え、あ、う……?」

 

「それと、ミスター・ブシドーも――」

 

「私はただ一夏の手助けをしただけの事。謝意を表してもらえるだけで私は十分だ」

 

「あら、残念」

 

 フッ、と嫌みのない笑みを見せるグラハムにナターシャも悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 何か通じるところでもあったのだろう。

 二人はどちらともなく手を差し出すと握手をした。 

 そして二、三言葉を交わす。

 

「じゃあ、またね。バーイ」

 

「また、お会いしよう」

 

「は、はぁ……」

 

 女子達の方へもウインク一つ飛ばすと、ひらひらと手を振ってバスを降りるナターシャ。

 グラハムは軽く一礼し、一夏はぼーっとしたまま手を振りかえして見送った。

 

「いずれ、また会うことになるだろう」

 

 そうグラハムは呟くが一夏の耳には入っていなかった。

 

「………………」

 

 ふと何かに気が付いたのだろう。

 通路側の席に座る一夏はゆっくりと振り向いた。

 

『………………』

 

 そこには恐ろしいほどの重圧を放つ女子達がいた。

 その圧をもろに受け、一夏は冷や汗を全身にかきはじめる。

 そんな一夏に先程のように同情をこめた視線を向けるグラハム。

 お決まりの流れにその先の展開をもはや予想するまでもない

 それにしても、とグラハムはフラッグの待機形態へと視線を向けた。

 腕時計の文字盤には黒い面具が彫られている。

 まさかな、とグラハムは苦笑いを浮かべる。

 

 この世界でもミスター・ブシドーと呼ばれるとは。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 バスを降りたナターシャは目当ての人物を見つけると彼女の元へと歩いていく。

 

「おいおい、余計な火種を残してくれるなよ。ガキの相手は大変なんだ」

 

 そう言ってきたのは目的の人物、千冬だった。

 ナターシャはわずかにはにかんで見せる。

 

「思っていたよりも素敵な男性だったから、つい」

 

 でも、とナターシャは続ける。

 

「本命さんとは握手しかできなかったわ」

 

「エーカーか」

 

「どうみてもただものじゃなかったですから。それに――あの子のことを彼は理解していた」

 

 『あの子』というのは搭乗していた銀の福音のことを指していた。

 

「強引なセカンド・シフトにコア・ネットワークの切断。それがすべて私を守るために、望まぬ戦いへと身を投じた結果だと彼は気づいていた」

 

「どこでお前はそれを知ったんだ」

 

「彼が言っていたんです『その心意気、天晴れである!』って。まるで侍みたいですよね」

 

 陽気に笑うナターシャに対して千冬はただグラハムの言に内心頭を抱える。

 しばらくおかしそうに笑った後、ナターシャは鋭い表情を見せた。

 

「けれど、いえ、だからこそでしょうか。あの子の判断能力を奪い、すべてのISを敵と認識させたその元凶を私は許さない」

 

 福音はコアこそ無事だったが暴走事故を起こしたことから凍結処理がとられることが未明の委員会で決定された。

 

「彼はさっき言ってたわ。『私と君たちは空を愛する友だ。それはこの先も変わらんよ』と。だからあの子の為にも翼を、大好きな空を奪った相手を、必ず追いつめて報いを受けさせる」

 

「あまり無茶なことをするなよ。この後も、査問委員会があるんだろ? しばらくは大人しくしておいたほうがいい」

 

「ふふ、ご心配なく。師匠(せんせい)に報告するのに比べれば怖いものはありませんから」

 

 わずかに笑みを覗かせるナターシャ。

 それに対して千冬もわずかな笑みを視線に載せた。

 一瞬、互いに正面から目を見ると、背を向ける。

 二人は言葉を交わすことなく、それぞれの帰路に着いた。

 そして彼女たちは気づいていた。

 どこからか冷たい視線が向けられていたことに。




サブタイ詐欺な気がしてしまうこの頃。
もしかしたら修正入るかもです。




 次回
『夏日(かじつ)の猫』


 人は猫にはなれない


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#43 夏日の猫

いろいろありまして久しぶりになってしまいました。


 暑さが本腰を入れる七月半ば。

 ここ数日、IS学園の生徒たちの雰囲気が引き締まっていた。

 特に一年生は昨日までの臨海学校が嘘のようである。

 しかもアリーナの人影は少なく、多くの生徒は校舎内か自室にこもっている。

 ISに関連するわけでもなく学園の空気が変わる出来事。

 それは一般科目の期末試験である。

 二期制をとるIS学園だが、一般科目の期末試験は七月に行われる。

 理由は簡単だ。

 夏休みがあるからだ。

 IS学園はISに関する教科も決して少ないわけではなく、一般的な科目に割ける時間は一般的な高校の半分以下である。

 それで同じ内容を学ぼうとすれば必然的に詰め込みになる。

 そこで学園は夏休み期間中を利用して赤点を取った生徒に補修をさせることにしている。

 だがその補講期間は最悪の場合、夏休みの全日程と被る。

 生徒たちは楽しい夏休みの為に全力ならざるを得ないのだ。

 図書館。

 ここでも多くの生徒が勉強をしている。

 

「あら、グラハム君。奇遇ね」

 

「楯無か」

 

 頭上から降ってきた声にグラハムは顔を上げた。

 彼は長テーブルの一角を占領し、ノートや参考書を広げていた。

 

「勉強?」

 

 意外そうな顔をしている楯無。

 

「そういうことだと言わせてもらおう」

 

 そう言って彼が読んでいる本の表紙を見せる。

 

「『ISと宇宙開発の終焉』」

 

 得心したのか楯無は頷いた。

 他にも近現代史の本が開かれている。

 ただの試験勉強ではないことは楯無にはわかった。

 以前聞いた話から彼女は知っていたが、ISが生まれるまでの約一世紀分、この世界とグラハムの知る歴史は大きく異なっている。

 社会情勢や、思想、科学技術等は特に顕著だといえる。

 そんなこの世界の常識を調べているのだろう。

 

「それよりも大丈夫か?」

 

 グラハムは身を案じるように楯無の顔を見上げている。

 

「何のこと?」

 

「あまり顔色が良くないと見える」

 

「そ、そんなことないんじゃない?」

 

「そうかね?」

 

「ええ。じゃ、じゃあ、生徒会の仕事があるから」

 

 楯無はまるで逃げるように図書館を出て行った。

 ――何かあったな。

 どこか彼女の笑顔に不自然さをグラハム覚えていた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 しかし、何度見ても驚きを覚えるな。

 参考書を読み終えたグラハムは正直にそう思った。

 まさか、宇宙開拓が二十世紀に計画されていたとは。

 驚かざるを得ないな。

 しかも、とノートへと視線を移す。

 そこにはISの登場と宇宙開拓への影響についてまとめられていた。

 宇宙開発を目的としたISの誕生が終止符を打つとはな。

 ISが発表されてから、その研究費用に宇宙開発の予算が宛がわれることになった。

 皮肉なものだとグラハムは思った。

 バックに荷物を詰め、本を片手に持つと立ち上がった。

 本棚に借りていた本を戻す。

 

「む?」

 

 少し離れて水色のセミロングの少女が数冊ほど手にしていた。

 

「簪」

 

 グラハムは声を掛けながら近づいた。

 

「グラハム」

 

「君も勉強かね?」

 

「私は、調べごと」

 

 簪は手に持っていた本をグラハムに見せる。

 すべてISの技術に関する本だ。

 どうやら《打鉄弐式》開発の参考にするようだ。

 

「グラハムは?」

 

「試験勉強さ。とはいえ終わったので帰るところだがね」

 

「じゃあ、ちょっと待ってて」

 

 そう言うと簪は少し急ぐようにカウンターへと向かった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「弐式の具合を聞いても構わないか?」

 

「大分できた。けど、やっぱり武装が……」

 

「機動性と重武装は兼ね合いが難しい。悩むのは仕方のないことだ」

 

 グラハムは以前見せられた弐式の設計図を思い出しながら意見を述べる。

 弐式はマルチロックオン・システムをメインにした高火力武装を持ちながらも高い機動性を追求している。

 それは同じく《打鉄》をベースとした《カスタムフラッグ》とどこか似たものがあるとグラハムは思った。

 だが妥協しているとはいえ武装も多く、軽量化を重ねに重ねた純粋な高機動型のカスタムフラッグと比べて別方向で開発の難しい面がある。

 まあ、私は図面を引いただけだがね。

 

「ここ」

 

 簪が立ち止まる。

 そこは寮内のある一室の前。

 

「ここが君の部屋か」

 

「うん」

 

 コクン、と簪は頷くとドアを開け、中に入る。

 

「失礼する!」

 

 礼儀として入室を宣言しながらグラハムも後に続いた。

 そこは一般的な二人部屋。

 その空間の半分は何かで飾り付けられていた。

 

「これは、アニメのグッズか」

 

 グラハムは近くに置かれた箱を見る。

 戦っている複数のロボットを背景に四人の男女が金色の敵に立ち向かっている姿が描かれている。

 ――どこかで見たな。

 

「それは劇場版ソルトビーンズ00(ゼロツー)のBD」

 

「これは君のか?」

 

「うん」

 

 頷いている簪の表情はどこか楽しそうだ。

 

「重ねて尋ねるがどんな話だ?」

 

「それは――」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「で、マイケルが――」

 

「う、うむ」

 

 私が尋ねたこととはいえこうなるとは。

 かれこれ十分近く簪はこの特撮について熱く語っている。

 内容はありふれたヒーローものと言ったところか。

 しかしどういうことか聞けば聞くほど既知感が湧いてきた。

 特にライバルキャラと主人公のくだりは知っているというレベルではないように思えた。

 

「ところで、私を呼んだ理由をまだ聞いていないが聞いても構わないだろうか」

 

「あ、そうだった」

 

 あっと簪は思い出したようで簡易調理場へと入っていった。

 熱いヒーロー談義から解放されたグラハムは部屋を改めて見まわす。

 おそらく簪の趣味なのだろう幅広い年代の様々なヒーローものやバトルものと思われるBDの箱がたくさん置かれている。

 そういえばカタギリの部屋にもこういうのがあったな。

 ふとグラハムは親友の部屋を思い出した。

 たしか『ふたりは――』だったろうか。アロウズ時代に彼の研究室を訪ねた際には黒い恰好をした少女のイラストが切り裂かれていた記憶がある。

 ……それはともかく。

 グラハムは先ほどの簪の話を思い出す。

 物語がどうのというよりも主人公について彼女は熱く語っていた。

 だがそれはかっこいいといった単純な憧れと違うようにグラハムには思えた。

 理想像、と仮定させてもらおう。

 自分を助けてくれる存在、とでも言えばいいだろうか。

 完全無欠と言われる姉と比較される束縛ことから逃げたいがために甘えることを架空の存在に求めている、そんなところだろう。

 誰かに庇護を求めることをグラハムは悪いとは思ってはいない。

 だが簪は自分で誰かに甘えようとしていない。

 待っているのだ。

 甘えさせてくれる誰か(ヒーロー)が現れるのを。

 それはグラハムとしては肯定しがたいことであった。

 

「お待たせ」

 

 簪が戻ってきた。

 手にはビニール袋が下げられている。

 

「これは?」

 

「あの人――お姉ちゃんに渡して」

 

「楯無に?」

 

「臨海学校のお土産。グラハム同室でしょ?」

 

「……了解した」

 

 思うところはあったがグラハムはビニール袋を受け取った。

 中から花月荘のマークの入った煎餅の箱が見えた。

 

「グラハムの淹れたお茶がおいしいってお姉ちゃんが言ってたから」

 

 そう言う簪の表情は無に近かった。

 そうか、と答えたグラハムは、

 

「これは必ず楯無に渡すと誓わせてもらおう」

 

 と宣誓をすると空いた右手でポケットの中から携帯端末を取り出した。

 

「そして、これは私からの礼だ」

 

「お礼?」

 

「ああ。端末を出してくれ」

 

 簪は自分の端末を取り出す。

 それを確認したグラハムは自分の端末からデータを送る。

 

「これって――!?」

 

 送られてきたデータを眼鏡型投影ディスプレイに映した簪は驚きの声を上げた。

 

「SVISシリーズのデータだ」

 

 グラハムが渡したのはカスタムフラッグ、《GNフラッグ》を除いたSVISシリーズの設計図と稼働データ。

 因みにこれらのデータはカスタムフラッグの存在に世界が疑念を抱かないようにグラハムがSVMSシリーズの設計図から作り上げたいわばIS版フラッグシリーズの設計図だ。

 もっとも実機は作られておらず稼働データはカスタムフラッグを元に他のISのものと比較して作られたものである。とはいえその数値はほぼ正確といっていい。

 

「ただし、これはIS学園の機密といってもいい。他言は無用に頼もう」

 

「う、うん……」

 

「それと一つ」

 

 グラハムは真剣な目で簪の目をまっすぐと見据える。

 

「自分から切り開かねば道は見えてこないと私は思っている」

 

 そう、姉とのことにしても誰かに甘えるにしても、自分から動かなければ何も変わらない。

 残念ながら私はヒーローではない。

 すべて任せろ、などとは言うことはできない。

 だがせっかく歩き出したのだ。

 歩みを止めないようにその背中ぐらいは押させてもらおう。

 

「………………」

 

 黙ってしまった簪にふっと笑みをこぼすと、

 

「では、失礼する」

 

 グラハムは部屋を出て行った。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 グラハムが自室に戻るとすでに楯無がいた。

 

「おかえりなさい」

 

「ただいまと言わせてもらおう」

 

 二人のベッドの間に備え付けられたサイドテーブルにグラハムはビニール袋を置いた。

 複雑そうな楯無の視線が袋へと向けられるもグラハムはあえて気づかないふりをした。

 そのまま自分の分のお茶を注ぎベッドに腰掛けた。

 一口飲む。

 

「………………」

 

 ――薄い。

 それがこのお茶への感想だった。

 湯を急須に入れてからまったく時間が立っていなかったのだろう。

 見てみれば色も薄い。

 対面に座っている楯無を見る。

 彼女は何でもない風をよそおいながらビニール袋から煎餅の箱を取り出していた。

 箱のすぐそばに彼女の湯呑が置かれている。

 中身は湯。

 おそらく帰ってすぐ用意したのだろう。

 そんな視線に気が付いたのか取り繕うように右肩を回し始めた。

 

「こっちゃったなー。グラハム君もんで~」

 

 空いている左手で右肩を押さえながら何故か上目使いで見てくる楯無。

 何かをたくらんでいる様子をグラハムは懲りないものだと眺める。

 無論、それが空元気であることは見ぬけていた。

 グラハムはお茶をテーブルに置き、楯無の隣に腰を下ろす。

 背を向けるように言い、肩に手を掛ける。

 わざとらしい声を楯無は上げるがグラハムは動じることなくただ淡々と肩を揉んでいく。

 

「そういえば」

 

 反応のなさに口をとがらせている楯無にそれとなくグラハムは話しかける。

 

「簪とはどうかね?」

 

「……トーナメントの少し前に話をしたわ。それからは何度か」

 

 そう言った楯無からは先までの態度はすでに鳴りを潜めていた。

 

「……でも、声を掛けようとするのを止めてしまう自分がいるの」

 

「…………」

 

「……ダメね、私」

 

 どこか焦るような表情から自嘲気味な笑みを浮かべる楯無。

 グラハムは手を動かすのをやめる。

 元から妹が姉に持っていたコンプレックスという問題。

 そんな妹を思い姉は距離を置いた。

 たとえ恐れられても嫌われないように。

 しかし出来てしまったのは深いわだかまり。

 それ故に二人は疎遠に近い状態にあった。

 だが楯無は何もしなかったわけではない。

 ただどう接すればいいのか分からず遠くから見ることしかできなかったのだ。

 それでも楯無は向き合おうとしていた。

 だからこうして歩めている。

 分かり合おうと模索し悩んでいる。

 だからこそ、グラハムは言葉を掛ける。

 彼女もまた立ち止まらないように。

 

「分かりあうことは簡単ではないさ」

 

「………………」

 

「私には家族はいない。だからどうこうしろと偉そうなことは言えない」

 

 だが、私には仲間がいた。

 だからというわけではないがこれだけは言わせてもらおう。

 

「言いたいことははっきりと言うべきだ。伝えられるうちに」

 

 テーブルの上から煎餅を取る。

 花月荘の白い印を楯無に見せる。

 

「簪もそれを待っているはずだ」

 

 やはり、うまい言葉が見つからないな。

 煎餅を手渡しながらグラハムは内心苦笑する。

 だが少なくとも簪も姉を嫌ってなどいないはずだ。

 土産を買ってきたのは勿論のこと、ISにしたってそうだろう。

 本当に嫌いならば対抗心など芽生えるはずがないのだから。

 黙り込んでいる楯無。

 残念ながらグラハムはその表情をうかがい知ることはできない。

 少しして煎餅をかじる音が聞こえてきた。

 そして音が止むと、ゆっくりと楯無はその身をグラハムに預けてきた。

 彼を見上げる表情は笑顔。

 

「やっぱり、キミは大人ね」

 

「これでも君の倍生きているのでね(34歳)」

 

「そういえばそうだったわね(17歳)」

 

 二人はおかしそうに表情を崩した。

 楯無が何を思ったのかはわからない。

 だが、彼女ならできるだろう。

 そうグラハムは確信していた。




この姉妹の関係は一歩近づいて一歩下ってという感じでしょうか?
ワンサマーという起爆剤がないので。


次は番外編になりそうです。


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番外編#1

番外編です。
飛ばしていただいても問題はありません
――が、後書きにお知らせを載せてますのでそちらの方だけでもご覧いただければと思います。


 西暦2302年。

 アメリカ、バージニア州のとある都市。

 多くの車が行きかう中を一台の大型ジープが走っている。

 運転席に座るのは波打った金髪の青年。

 今年で二十二歳になる彼だがその童顔のせいで十代にしか見えない。

 その表情はどこか緊張しているように見えた。

 チラッとバックミラーを覗く。

 ミラー越しに後部座席を見るその目は緊張感が漂っていた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 機動戦士フラッグIS アナザーストーリー

 

 『MISSION-2302』

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 しばらく車を走らせ、郊外にある住宅街で止めた。

 降りた青年は強い日差しにわずかに目を細める。

 目の前に建つのは小さいながらも庭のある一戸建て。

 一度腕時計に目をやってから呼び鈴を押した。

 朝の7時半。

 時間通りだと言わせてもらおう。

 少しして家の扉が開く。

 

「相変わらず時間には正確だな、若造」

 

 ニヤリ、と笑みを浮かべながら家主の男性が現れた。

 今年で五十歳を過ぎているが、筋肉質な引き締まった身体は年齢を感じさせない。

 

「おはようございます少佐。グラハム・エーカー准尉、娘さんのお迎えに上がりました」

 

「おう。娘なら――」

 

「お、お待たせしました」

 

 開かれたままのドアから女性が出てきた。

 父親と同じ色の長い髪。

 美人といって差支えのない彼女は、慌てて出てきたのか少し顔が赤い。

 

「大丈夫ですか?」

 

「は、はい。大丈夫です」

 

「では、こちらへ」

 

 そう言ってグラハムは助手席のドアを開いた。

 

「お、お願いします」

 

「こちらこそ」

 

 顔はまだ赤かったが女性は優雅ともいえる動作で車に乗り込む。

 

「おい、若造」

 

 ドアを閉め、運転席へと向かおうとしたグラハムに少佐が声をかけた。

 その表情はどこか真剣だ。

 

「分かってるとは思うが……」

 

「心配には及びません。下調べしましたが、路面状態には問題はありませんでした」

 

「そうじゃなくて……まあいい。娘を頼むぞ」

 

 少佐の言葉にグラハムは咄嗟に敬礼をする。

 

「ハッ! 了解しました」

 

 グラハムは運転席に乗り込み、エンジンをかけた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「大丈夫だろうなあ、若造」

 

 走り去っていくジープを眺めながら少佐はため息を吐いた。

 ……すげえ心配だ。

 だが心配ばかりしてはいられなかった。

 今日は休暇だが彼にはやらなくてはならないことがあった。

 

「ホーマーの司令殿も面倒くせえことをさせる」

 

 自室の椅子に座り込みながらぼやく。

 目の前のデスクには数十枚にも及ぶ資料が置かれている。

『次期主力MS選定 一次選考』と書かれた表紙を捲る。

 今ユニオン軍では再来年をめどに導入される新型MSのコンペが行われている。

 本来ならばこの手の仕事は軍の上層部が行うことである。

 だが『生きる伝説』の異名を持つ世界最強のトップガンである彼はその実績により、一次選考委員の一人に抜擢された。

 しかし彼は今、後進の育成に全力を注いでいるために休暇ぐらいしか選考に時間を割けないでいた。

 デスクの上には資料とは別に長大な紙が広げられている。

 和紙でできたそれは片端に漆を施された紫檀でできた芯が取り付けられている。

 

「二機に絞ってくれ、か……」

 

 ホーマー司令から送られた書面の内容を呟く。

 一機なら決まってんだよなあ。

 資料の最後に掲載されたMSの想像図を眺める。

 ぶっちゃけ現行機の《リアルド》と大差ない機体ばかりの中でこれだけは違った。

 その機体が実現すれば間違いなくユニオンは世界をリードするだろう。

 MSパイロットとしてもこれほど操縦のしがいのある機体はそうない。

 だが。

 

「果たしてものになるか? 《フラッグ》とやら」

 

 スレッグ・スレーチャーは期待半分おもしろ半分でその機体を一次選考最高の評価を与えた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 スレーチャー邸から車で一時間半ほど。

 グラハムたちは海へ来ていた。

 

「うむ。 いい海日和ではないか!」

 

 準備を終えたグラハムは女子更衣室の前で娘さんを待っていた。

 因みに彼が選んだ水着はトランクスタイプでユニオンリアルドをイメージした青系の色をしている。

 羽織っているパーカーも同系色のものだ。

 ただ、車においてきてしまったものを思うと少し不安があるようでその表情は思案気だ。

 

「お待たせしました」

 

 ミス・スレーチャーが女子更衣室から出てきた。

 彼女は白い水着を着ていた。

 ビキニタイプで豊かな胸元が強調されている。

 清楚な顔つきにアンバランスな色っぽさは並みの男なら生唾を飲まずにはいられないだろう。

 だがグラハムは冷静そのものの態度だった。

 

「どうです、少し涼みませんか?」

 

「ええ。そうですね」

 

 はにかむ彼女にグラハムも微笑みを返す。

 午前中とはいえ夏の日差しは強い。

 それに熱せられた砂浜も足にかなりの熱を伝えている。

 これではゆっくり話せまい。

 そう思ったグラハムは近くの店に入ることにした。

 この街はビーチリゾートとして発展してきたこともあり、浜辺にもお洒落なカフェが多く存在する。

 その中の一つに入った二人は海の良く見えるテラス席へと通された。

 そこで二人はゆったりと話をした。

 グラハムとスレーチャー家はグラハムが第三航空戦術飛行隊に配属されたときからの付き合いだ。

 すでに数か月になるがこうして二人きりは初めてのことだ。

 

「ほう、少佐がそんなことを」

 

「おかしいですよね。それなのにお父さん――」

 

 共通の話題であるスレーチャー少佐のことから始まり、

 

「あの高名なプロフェッサー・エイフマンですか」

 

「宝探しとか、結構お茶目な方なんですよ」

 

 ミス・スレーチャーはカレッジ時代の話を、

 

「え!? グラハムさんが――?」

 

「ふっ。よく言われます」

 

 グラハムは自分の過去を話した。

 

「――そうしたら空が見えて、その際限のない自由な光景に心奪われてしまいましたよ」

 

「ふふっ。でもそういうところがグラハムさんらしいですね」

 

「そうですか?」

 

「ええ。とっても」

 

 空に魅せられたときの話をするとミス・スレーチャーは楽しそうに笑っていた。

 つられてグラハムも笑った。

 その表情はとても柔らかかった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 昼食をそのままカフェでとった二人は再び砂浜に出た。

 午後になり、日差しはさらに強まっているように感じられる。

 

「朝より人が増えているみたいですね」

 

「確かに、そう見えますね」

 

「せっかくですし、海に入りませんか?」

 

「そうですね…」

 

 誘いの言葉に応じるグラハムの声にはどこか焦りがあった。

 だが、それに気付かなかったのかすでにミス・スレーチャーは波打ち際へと向かっている。

 グラハムは瞼を閉じた。

 一呼吸おいて開かれた眼には鋭いものが光っていた。

 

「入水!」

 

 気合いの一言を内心で唱えながらグラハムは海に入った。

 今は足がついているが油断はできない。

 

「グラハムさん、こっちですよー」

 

 グラハムのいるところより先の方からミス・スレーチャーが手を振っている。

 どうやら彼女は泳ぎがうまいらしくすでに遊泳限界点のブイのすぐそばにいた。

 二人の間には距離があるので深さもそれなりにあるだろう。

 果たして私に泳げるだろうか?

 いや、と挑戦的な笑みを浮かべる。

 

「そうする必要があると見た!」

 

 グラハムは足元の砂を蹴り、泳ぎ始めた。

 顔を水に着ける。

 海水が澄んでいることもあり、海底が見える。

 空とは違ったものがあるな。

 そう思いながらも必死にグラハムは泳いだ。

 無茶苦茶なフォームだがそれでも少しずつ前に進んでいる。

 そして、あと少しというところまで来た。

 だが――。

 

「!?」

 

 突然、痛みと共にグラハムはバランスを崩した。

 

「グラハムさん!?」

 

 ミス・スレーチャーが叫ぶもグラハムの耳には届いていない。

 いきなりのことにグラハムは焦り、海水を飲んでしまった。

 ぐっ!? くそッ!

 なんとか体勢を立て直そうともがくもすでに自分がどちらを向いているかすら分からなくなっていた。

 完全に溺れている。

 そうグラハムが判断した時にはすでに意識が遠のき始めていた。

 薄れる視界の中で淡い光が見えた。

 おそらくは太陽、空の光だろう。

 ふっ、と彼は嘲笑を浮かべた。

 皮肉なものだな。

 空を得ようとした者の最期が空から最も遠い場所とは。

 それとも、最期を空に看取られたと感謝すべきか?

 だがそれよりもグラハムの心のウェイトを占めていたのが……

 ――少佐に怒られてしまうな。

 そのままグラハムは意識を手放した。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「くっ……、む?」

 

 後頭部の柔らかな感触にグラハムはゆっくりと目を開いた。

 どうやら生きているようだ。

 

「大丈夫ですか、グラハムさん!?」

 

 少佐の娘さんが心配そうにこちらの顔を覗いている。

 体勢からして膝枕をされているようだ。

 ビーチパラソルによって日差しは遮られ、吹いてくる風が心地よかった。

 

「すいません。足を攣ってしまったようです」

 

 謝りながら身を起こそうと思ったが止めた。

 別にどこかが悪いわけでは断じてない。

 だがこのまま上半身を起こそうとすれば確実にぶつかる。

 

「どなたが私をここに?」

 

 女性の胸を注視するのは失礼と思ったグラハムは視線をそらしながら尋ねた。

 

「それは……私です」

 

「申し訳ありません」

 

 そう言ってグラハムは頭を下げるかわりに会釈をした。

 

「いえ、私の方こそ謝らなくてはいけませんね」

 

「私には覚えがありませんが……?」

 

「グラハムさんが、あまり泳ぎが得意じゃないのに無理に泳がせてしまって……」

 

「なぜ、そのことを?」

 

 その言葉にグラハムはわずかに眉をひそめた。

 彼女が言っている通り、グラハムは泳ぎが苦手だ。

 しかし、溺れた要因は足を攣ったこと。

 どちらかといえば海に入る前に準備運動をしなかったことを原因に挙げるだろう。

 それにまるで知っていたかのような口ぶりにグラハムは疑問を抱いていた。

 だがその答えは意外と簡単なことだった。

 

「実は、見てしまったんです。車の後ろにあったのは……浮き輪、ですよね?」

 

「あ――」

 

 そう実に簡単なことだった。

 ジープの後部座席に置かれた大人用の浮き輪。

 海に行くことになり、水着と共に事前にグラハムが購入していたものだった。

 それを見られていたのだ。

 小恥ずかしくなり、グラハムは苦笑いを浮かべる。

 

「見られていましたか」

 

「ええ。ちょっとかわいいなって思っちゃいました」

 

 クスッと笑いを見せるミス・スレーチャー。

 

「恥ずかしながら、泳ぎが少し苦手でして」

 

「カナヅチ、ですよね」

 

 笑顔で言われた残酷な真実にグラハムは顔を逸らしてしまう。

 その動作が子供ぽかったのか彼女はおかしそうに笑い出した。

 グラハムもおかしく思ったのか表情を崩していた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 

 

 翌日。

 ユニオン軍ラングレー基地MS格納庫

 

「おい、若造」

 

「ハッ! なんでしょうか少佐」

 

 任務から帰投したばかりのグラハムは少佐に呼び止められた。

 少佐は表情からして機嫌がすこぶる悪そうに見える。

 

「空に上がれ」

 

「今すぐにですか?」

 

「予測不可能な事態に対応しろ。それがお前のMSパイロットとしての矜持だろ」

 

 すでにグラハムは『予測不可能な事態』に対処できなかっただのと昨日の失敗を怒鳴られていたが、どうやらそれでは足りなかったようだ。

 いつもなら「反省できるならそれを次に生かして見せろ」と言ってくれる少佐だが娘に関しては別なのだろう。

 肩を怒らせながら自機に乗り込む少佐。

 その姿を目で追いながらグラハムはふと思った。

 グラハム・スレーチャー。

 そんな未来も悪くない。

 だがそれ以上に、やはり私は求めたい。

 幼き日より魅せられた空を。

 グラハムの視線がリアルドに向けられる。

 航空機形態の機体の肩にそれはあった。

 空への憧れを込めた青空に翼と剣の描かれたパーソナルマーク。

 そのマークの入った自機に彼は乗り込んだ。

 ゆっくりと隣のMSが動き出す。

 その肩には銀と漆黒の一角獣を模したマーク。

 グラハムの憧れるパーソナルマークを持った機体だ。

 スレーチャー少佐に続いて格納庫を出る。

 空へと昇る少佐のリアルドが夏の日差しに輝いて見えた。

 ペダルを踏み込み、機体が大空へと飛び上がる。

 いつか私はこの空を手にしたい。

 そのためにも。

 

「今日こそ勝たせてもらいます、少佐」

 

 グラハム・エーカー、二十三回目の挑戦が始まった。




毎度稚拙な文章を読んでいただきありがとうございます。
今回は#33にあったグラハムさんの過去話でした。
捏造です。すいません。

さて、お知らせです。
恥ずかしながら原作主人公である一夏の相手をどうするか考えていないことにこのほど気づいてしまいました。
彼のルート決定はしばらく先ですが少しずつ固めていきます。
ですので、感想でも一言でも構いませんのでご意見を伺えればと思っています。


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#44 紅き傭兵

 男は戦場にいた。

 目の前には敵が六人。

 全員がパワードスーツを装着している。

 ISが誕生する以前、宇宙開発用に使用されていたものだ。

 近年、宇宙開発が行われなくなってからはISを持たない国家やPMCで兵器として転用されている。

 ISと比較すると兵器とするにはあまりにも非力なそれにミサイルポッドや機関銃を装備している。

 対する男も同様のパワードスーツを装着していた。

 だが敵六人に彼は一人で対峙していた。

 状況的には圧倒的不利。しかし表情に怯えの色が出ているのはむしろ敵の方だった。

 彼らは男の周囲に散らばる破片群から目を離せないでいた。

 先程まで共に戦っていた仲間六人の機体の破片と体の一部らしきものがそこかしこに転がり、死屍累々の戦場にただ一機、深紅の敵のみが存在していた。

 

「おいおい、まさかこの程度じゃねぇだろうな?」

 

 男がつまらなそうに言う。

 しかしその言葉に反して表情は狂気の笑みを浮かべている。

 そして、パワードスーツ三個小隊がたった一人によって全滅させられた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「隊長。本社から通信入ってます」

 

「おう」

 

 中東某国。

 数日前に紛争の始まった国のとある小さな街。

 ここ数年で行われた開発に取り残され、砂漠の中に打ち捨てられた廃墟の街だ。

 戦闘を終え、急ごしらえの基地に戻ってきた男は部下に言われ、通信端末の置かれた小さなテントの中に入る。

 

『ご苦労だったな野原君。クライアントからすでに残り半分の報酬は入った』

 

 正面のモニターに映るのは所属するPMCの重役である。

 野原、と呼ばれた男は相手に委縮する様子を微塵も見せずに軽口をたたいた。

 

「こうも簡単に戦争を味わえるんだ、文句はねェ」

 

 が、足りねェな、と彼は心の中で言葉をつなげる。

 数日前、彼らはクライアントの依頼でこの国に紛争を起こした。

 クライアントの正体や目的は知らないがすでに金は戴いているので問題にはしていない。

 そもそもこの男にはそんなことには興味なかった。

 ただ戦争が味わえればそれでいいのだ。

 そんな戦争屋と自ら称する彼にとって戦争を起こすのは至極簡単である。

 この国は彼がかつて戦争を起こそうとしたアザディスタンのように完全に二つの勢力に分かれている。

 猜疑心の強い両者に適当な刺激を与えれば勝手に戦争が始まる。

 ソレスタルなんたらがいなけりゃ楽なもんだぜ。

 もともとこの国にはドイツ軍を主体とした欧州連合軍が抑止力として駐留していたが、ドイツで軍事施設が潰されてからというもの本国に戦力の大半を回し、十分な抑止力とはなり得なくなった。

 それが拍車をかけ、たった数日で中東数か国を戦火に巻き込んでいる。

 数年で一番大きな紛争になったが彼の渇きが潤うことはなかった。

 さっきも同様のパワードスーツ、戦闘用に改造した作業用重機で一対十二という状況下でそれなりにスリルはあった。

 だが、結局は一方的な殺戮に終わった。

 そうじゃねぇ。

 戦争は殺す、死なせるだけじゃねぇ。

 殺される、死ぬ。

 それらもそろって初めて戦争だ。

 ハードじゃねぇ戦場はつまらねぇ。

 もっとだ。

 もっとでかい、とんでもねェ戦争だ。

 せっかく大将が約定してくれた戦争が始まろうとしてんだ。

 こんなみみっちいのは早く終わらせてェぜ。

 そんな彼の心情がそうさせたのだろうか、モニターの向こう側にいる重役が思いもよらぬ指示を出してきた。

 

『君の部隊の仕事はほぼ完遂した。後は他の部隊に任せて帰投しろ』

 

「あ? 帰って来いだと?」

 

『そうだ。君のお得意様からの依頼があるそうだ』

 

 へぇ、と野原は野心的な笑顔を浮かべる。

 

「なら、すぐに帰るとするか」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 世界でも最大規模の総合企業フタバ・エンタープライズは元々双葉商事という商社だった。

 1世紀以上前からある企業で様々な物資を輸出入していたが、その中でも最大の益を生んだのは軍需である。かつて日本が武器の輸出を禁止していたころ裏ルートで各国に兵器を流し莫大な利益を得ていた。解禁されてからは国内外のあらゆる兵器関連企業や傭兵業を吸収し、一大PMCを抱える大企業へと成長した。

 それはISが生まれてからも変わらず、今では国内外のIS関連企業を数社傘下に置いている。

 結果として宇宙開発からIS開発へと早期にシフトしたアナハイム社と双璧をなす大企業となった。

 ただ今でも双葉商事時代のロゴを使っているためにいまでもそう呼ばれている。

 中東から呼び戻された巨大PMC所属の野原は、日本にあるフタバ・エンタープライズ本社の一室に通されていた。

 いわゆるVIPルームとよばれる応接室の高級なソファにドカッと腰を下ろした。

 

「で? 俺に用があるんだろ?」

 

 重役に対してと同じように敬意を払う様子もなく目の前に座る男に尋ねる。

 

「そうだ。君も知っての通り、『福音計画』は連中の思う通りにはいかなかった。それで、次の段階へと早めに計画を移すことになった」

 

「悪ィが計画がどんなのかは覚えてねェからよ、俺に何をさせてェのかを言ってくれ」

 

 どうでもよさそうに促す野原。

 まるで計画には興味がないようだ。

 

「ふふっ、すまなかった。なら率直に言おう。土産を持って『亡国企業』の連中のところへ行ってくれ」

 

「ああ? 俺にガキのお使いをしろってのか?」

 

「そうだ。まあ、いわゆる戦争への準備だ」

 

 機嫌悪そうに言葉を吐く野原を両手で制しながら冷静にクライアントは言葉を紡ぐ。

 

「それにただむこうにいろとは言わない。連中の肩慣らしを含めて幾つかの紛争地帯や軍事基地に出向いてもらう。勿論、君の新装備の試にもなる。これなら少しは暇が潰せるだろう?」

 

 それを聞いた野原はほくそ笑んだ。

 口端からは抑えきれない狂笑が漏れる。

 

(楽しくなってきたじゃねェか……)

 

 ようやくだ。

 ようやくデケェ、そりゃもうとんでもねェ戦争が始まる。

 

「旦那」

 

 人によっては寒気が走るほどの狂気に満ちた顔を上げる。

 

「イレギュラーは諦めてくれや」

 

「意外だな。てっきり織斑千冬を相手取りたいと言うと思っていたのだが」

 

「そいつもオレの獲物だが、やっぱ戦争は殺しあいだ」

 

「……そうか。まぁ、織斑一夏が殺されることがなさそうで何よりだ」

 

 じゃあ、と男は立ち上がる。

 

「接触は近いうちだ。頼むよ、サーシェス」

 

「おう」

 

 そう答えて、野原ことアリー・アル・サーシェスはクライアントにわざとらしく礼をとり、見送った。

 VIPルームに一人残ったサーシェス。

 

「ククク……ハハハハハハッ!」

 

 すでに漏れていた狂笑を口から外へと吐き出した。

 待ち遠しい。

 ああ、待ち遠しいぜ。

 IS同士によるとんでもねェ戦争だ!

 待ってろよブリュンヒルデ。

 そして――

 

「グラハムさんよォ!」

 

 ハハハハハッと高らかに狂笑を上げるサーシェス。

 この世界に現れたイレギュラー達の道が再び交わるのはそう遠くはない。




前回の後書きに書いたことでいろいろとご意見をくださりありがとうございます。
まだしばらく募集していますのでなにかしらご意見がありましたらよろしく願します。

 次回
『休暇』


それは予兆か


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夏季休暇
#45 休暇


 IS学園が夏休みに入ってから一週間が経った。

 帰省する生徒がいる一方で多くの生徒は学園に残っている。

 そんな生徒たちの中でも熱心な部類に入るものたちはISの訓練を自主的に行っている。

 第三アリーナにもそんな生徒がいた。

 

「はぁぁっ!」

 

「ッ!」

 

 漆黒のISが左手にビームサーベルを握りしめて急接近してきた。

 対するセシリアはビットと連携しながらレーザーを放つ。

 しかしその連動を読めれているのか、全て軽々と避けられてしまう。

 だが、セシリアに焦りはない。

 これぐらい、容易いことですものね。

 相手の技量を分かっているからこそ冷静に次の一手を打つ。

 二人のISの影が交差する。

直後、小規模の爆発が二か所で起こる。

 

「!?」

 

 爆発を背中に受けた《フラッグ》は煙をまるで尾のように引きながら身を崩す。

 その後ろ姿へとセシリアは飛び込む。

 上手くいきましたわ!

 ぶつかり合う直前、ビットの一機を特攻させた。

 当然相手はそれを撃ち落そうとビームサーベルを払う。

 これが普通の相手ならそこで隙ができる。

 だが普通ではない彼はそこから繋げるようにして鋭い突きを繰り出してきた。

 瞬時にショートブレードを展開したセシリアは全神経を集中させてなんとか受け流し、ビームサーベルを押さえつけている間にミサイルを放った。

 結果として彼女自身も爆発を受けることになったがどうにかミサイルを当てることができた。

 ですが、油断はできません。

 セシリアの表情に驕りはなかった。

 右手にレーザーライフルを出現させ、残ったビットを周囲に飛ばしつつ間合いを詰める。

 この距離なら――

 

「そうはいかんよ……!」

 

 セシリアの視線があるものを捉える。

 片翼のユニコーン。

 フラッグの左肩に刻まれたマークだ。

 それが正面にある。

 

「ッ!?」

 

 ほぼ反射的にセシリアはブレーキを掛けた。

 眼前を横一文字に紅の軌跡が走る。

 

「上手く避けたか……!」

 

 躱されたのに喜色を含んだ声を発する。

 対してセシリアには声を出す余裕すらない。

 彼女は左手に握られていたショートブレードを叩きつけるように振るった。

 それをビームサーベルに受け止められる。

 

「そこっ!」

 

 すかさずレーザーライフルを突き付けようとするセシリア。

 零距離での一撃なら避けられることはない。

 しかしフラッグは身を屈め、セシリアの懐へと入り込んできた。

 そして――

 

「勝負あったな」

 

 セシリアの胸部に逆手持ちのソニックブレイドが付きつけられていた。

 ここでプラズマの刀身を作られたら残量はゼロになっていただろう。

 

「わたくしの負け、ですわね」

 

 敗北を認めたセシリアだがその表情は決して暗くはなかった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「グラハムさんから一本取るのは難しいですわね」

 

「そう言うが君も随分上達したと私は思うがな」

 

 自主訓練を終え、グラハムはセシリアと食堂で昼食をとっていた。

 

「あえて言うならば、君が近接戦闘を学びたいと言った時は驚愕したというべきか」

 

「心外ですわ。イギリス代表候補生として近接戦闘もこなしてしかるべきですのに」

 

 そう言うセシリアだがその表情に浮かんだ焦りをグラハムは見逃さなかった。

 期末試験が終わってからの彼女は近接戦闘にこだわっていた。

 夏休みに入るまでB・T兵器の訓練よりもショートブレードによる格闘訓練している方がよく見かけられたほどだ。

 その理由を一夏の《白式》だとグラハムは見ていた。

 白式が第二形態となってからの授業でセシリアは代表候補生で唯一一夏に負け続けていた。

 別に技量が劣るわけではない。

 機体の相性が悪すぎるのだ。

 レーザー主体の《ブルー・ティアーズ》では『雪羅』のエネルギーを無効化する楯を突破できない。

 実弾兵器もあくまでレーザー兵器との併用が目的で装備されているため単一では突破しきれず、結果として敗北を喫してしまう。

 それはプライドの高いセシリアには耐え難いものだ。

 だから近接戦闘の技量向上を図ろうとしたのだろう。

 そんな彼女の態度に性能よりも技能を重んじるグラハムは共感した。

 だがそれを指摘するのもはばかられ、特訓の相手を頼まれた時も黙ってうなずくだけにとどめた。

 その成果が先ほどの模擬戦だ。

 グラハムの突きを凌ぎ切りると同時にミサイルを叩き込む。

 さらには一夏との戦いを想定していたからだろう、楯の向かない後方からの射撃を狙っていた。

 結果として負けはしたが実力はかなり上がっていた。

 

「これなら、鈴あたりとも切り結べるだろう。勿論、一夏ともな」

 

 賛辞を込めてグラハムは今のセシリアの技量を褒めた。

 

「え、ええ。当然ですわ」

 

 いつものように腰に手を当てたポーズは不思議と椅子に座っていても様になっていた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「今日中に発つのか?」

 

「ええ。母国でやらなくてはならないことも多いですので」

 

 昼食を終え、食堂を出た二人は歩きながらしゃべっていた。

 

「合同軍事演習、か。君もいそがしいものだな」

 

「それが代表候補生としての務めですもの。それに――」

 

「今の欧州連合軍司令はイギリス人だったな」

 

「グリーン・ワイアット大将、ですわ」

 

 言葉を取られたからなのか少し不機嫌そうだ。

 だがすぐに機嫌を直したのは相手がグラハムだからだろう。

 因みに欧州連合軍は監部のみ常設されており、その下に各国の部隊が必要に応じて傘下に入る形式をとっている。

 そして合同軍事演習は欧州連合軍でも大きなイベントの一つだ。

 すでにラウラをはじめとする欧州組の多くは演習に向けて母国に戻っていた。

 

「あ、あの、グラハムさん」

 

「なんだ?」

 

「よろしければ合同軍事演習をご覧になりませんか?」

 

「なんと!?」

 

 目を輝かすグラハム。

 合同軍事演習は一部一般にも公開しているが、その倍率は200倍を超える。

 それを見られるとあればグラハムでなくとも目を輝かすだろう。

 

「ええ。携帯電話を出していただけますか」

 

 グラハムはポケットから携帯を取り出した。

 チケットデータを受け取る彼の表情はどこか少年のような輝きを放っているように見える。

 

「それでですね――」

 

『一年一組グラハム・エーカー君。すぐに生徒会室に来なさい』

 

 放送が学内に響いた。

 

『早く来ないと今一緒にいるセシリアちゃんのスリーサイズをバラすわよ~』

 

「は、早く行ってください!」

 

「りょ、了解した」

 

 顔を真っ赤にして急かすセシリア。

 その焦りようにわずかに気圧されたグラハムは頷くと同時に走り出した。

 

「早かったわね」

 

 生徒会室のドアを開けたグラハムを楽しそうな女性の声が出迎えた。

 

「セシリアに早く行けと急かされてね」

 

「それは大変だったわね」

 

 原因を作っておきながらも他人事のように面白がっている女性の声。

 それが誰のものかはグラハムには分かっている。

 だが、相手の姿を確認できないでいた。

 その原因というのが、

 

「この紙の山は何かという質問をしてもいいだろうか」

 

 二人の間にある長テーブル。

 その上には大小さまざまな紙束の山ができていた。

 特に真ん中の山は天井に届いているほどである。

 

「んー、その真ん中の山はグラハム君たちのせいなんだよね」

 

「私たちの?」

 

「そ」

 

 テーブルをまわり込むように楯無がグラハムの前まで歩いてきた。

 その表情はこちらを茶化しているように見える。

 だが、その目は真剣な色をたたえている。

 何かあるな。

 グラハムの予想はすぐに当たることになる。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 一週間後。

 イギリス、ヒースロー空港。

 十二時間のフライトを終えたグラハムは国際線のターミナルを出てイギリスの地を踏んだ。

 

「グラハム・エーカー様ですね」

 

 声を掛けられた方を振り向くとメイド服を着た女性が立っていた。

 ――年齢は今の私と同じぐらいだろうか。

 ただ纏っている雰囲気から実年齢以上の大人びているように見える。

 そういうところもセシリアの言っていた特徴と合致するな。

 

「君がチェルシー・ブランケットか」

 

 ハイ、と件の女性はグラハムに丁寧なお辞儀をする。

 

「お初にお目にかかります。セシリア様にお仕えするメイドで、チェルシー・ブランケットと申します。本日はエーカー様のお迎えに上がりました」

 

「グラハム・エーカーだ。どうかよろしく頼む」

 

「ハイ。では、こちらへどうぞ。お車を用意しておりますので」

 

「その旨を由とする」

 

 グラハムは頷くと、チェルシーの後ろにいた男性に荷物を預けた。

 そのまま二人の後についていき、白のロールスロイスに乗り込む。

 

「目的地まで一時間半ほどですが、お休みになられますか?」

 

「いや。飛行機の中で少し睡眠をとった」

 

 隣に座るチェルシーが自分の膝を指すように手を置いた。

 柔らかな笑みとともに向けられた言葉、だが言葉通りの意味にしかとらえなかったグラハムは断りをいれた。

 

「それに、今日の事が楽しみすぎて眠る気にはなれんよ」

 

 子供のように顔を輝かせるグラハム。

 チェルシーにはこう言ったが、楽しみのあまり昨日から一睡もしていない!

 すでに起きてから24時間は軽く突破している。

 その笑顔には若干怪しいものが含まれていたのは言うまでもない。

 

「お嬢様のお話通りの方ですね」

 

「ふっ、そうかね」

 

「ええ」

 

「だが私は前評判だけで評価されるのは好まない面倒な男でね。私への評価は君の目で確かめてくれ」

 

「では。僭越ながら、人となりを拝見させていただきます」

 

 茶目っ気のある笑顔を見せるチェルシー。

 成程、とグラハムは納得した。

 セシリアの言った通りの人物だなと。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 同時刻。

 欧州連合軍司令を乗せたジェット機がフェアフォード演習場へと飛行していた。

 

「閣下、まもなく到着です」

 

「そうか」

 

 連合軍司令、グリーン・ワイアットはデスクに置かれた軍帽を手に取った。

 

「時間は?」

 

「予定通りです」

 

「紳士は時間に正確でなくてはな」

 

 物静かな笑みを浮かべるワイアット。

 だがその表情はすぐ変わることになる。

 彼が窓の外に広がる広大な演習場を眺めようとしたとき、三機のISがジェット機のすぐそばをすれ違っていったのが目に入った。

 わずかな時間だが三機とも色も形も違うのがわかった。

 

「今のISは?」

 

「おそらく、第三次イグニッションプランの候補機たちでしょう」

 

 固太りの副官が低い声で伝えてくる。

 オペレーターが顔をこちらへ向けてきた。

 

「閣下、演習場から通信です」

 

「なんだ?」

 

「演習場着陸に際し三機のISで先導するとのことです」

 

「了承の旨を伝えろ」

 

「ハッ!」

 

 そう指示を出すとワイアットはため息を吐いた。

 表情こそまだ笑顔だがその色は先とは違い冷めていた。

 また、ISか。

 口を開けばそんな言葉が出そうである。

 

「軍に長らくいたが、レディたちに護衛される日が来ようとはな」

 

「心中お察しします」

 

 ワイアットはISを快くは思っていない。

 彼だけではない。世界各国の軍がISに対して抱いている感情はかならずしもいいものばかりではなかった。

 ISは世界最強。

 これは誰しもが認めることである

 だが同時にISには大きな欠点がある。

 それは女性にしか扱えないこと。

 男卑女尊の考えの原点であるがこれこそISの弱点であると考える軍人が多い。

 研究の長期化や適性を考慮すると10~20代の女性ばかりが搭乗者に選ばれている。

 しかもその大半は非軍人だ。

 そのほとんどが間近で人の死を見たこと、ましてや殺したことなどないだろう。

 そんな彼女たちが戦いの現実を果たして理解しているのだろうか。

 綺麗ごとで飾ろうが軍という立場で人を殺すことには変わりはない。

 さらに言ってしまえばハイパーセンサーにより、歩兵や戦闘機パイロット以上に彼女たちは相手の死にざまを克明と見なければならない。

 どれだけの搭乗者がそれを受け入れられるだろうか。

 搭乗者の状態も考慮した場合、実戦で使えるISは果たしていくつあるだろうか。

 そんな不安要素の大きな兵器を積極的に導入することは各国の軍で派閥闘争に繋がるほどの問題にすらなっている。

 それは欧州連合の中にも存在し、ワイアット大将を中心とする派閥はその中心である。

 最も、ワイアット自身はISの利便性は大きく認めている。

 ただ英国紳士であることに固執する彼は女性の方が力のあるという風潮が嫌なだけなのだ。

 

「閣下」

 

 先程とは別のオペレーターがワイアットのそばに来た。

 

「デュノア社の件ですが、やはりこの演習で動くようです」

 

「そうか。引き続き監視を続けさせろ」

 

「ハッ!」

 

「閣下、よろしいのですか? フランスになど……」

 

「我が国の企業にやらせてはうまみも少ないだろう。それに、成功しようがしまいがこの情報を突き付けてやればフランスは連合での発言力を失う」

 

 そこへ最初のオペレーターが来た。

 

「閣下、我が国の諜報部がグラハム・エーカーの入国を確認したと」

 

「例の少年か」

 

「おそらく、演習へ向かうだろうと」

 

「なら、デュノア社にでもそれとなくリークしてやれ」

 

 オペレーターたちがすぐに指示を出しに戻る。

 

「さすが閣下です」

 

 ワイアットの意図を察したのだろう、副官は大きくうなずいた。

 

「ふふっ、紳士は強かでなくてはな」

 

 知恵者特有の笑みを浮かべながらワイアットはティーカップを手に取った。




 次回
『合同軍事演習』


そこは思惑の交差する場


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#46 合同軍事演習‐1

明けましておめでとうございます。
すいません、コミケから帰ってきから調子悪いと思ったらインフルエンザにかかっていろいろ遅れてしまいました。


 フェアフォード演習場。この地はかつて空軍基地だったが欧州連合軍司令にグリーン・ワイアットが就任した際に周囲の土地を買収し巨大な演習場に作り替えられた。

 イギリスが威信をかけて作り上げた演習場は数か所に分かれており、様々な状況に対応した演習施設が設営されている。

 その中心である旧空軍基地に民間の大型輸送機が降り立った。

 厳戒態勢が敷かれる中、降ろされたコンテナがゆっくりとトレーラーの上へと載せられていく。

 コンテナにはデュノア社のロゴがこれ見よがしに大きく描かれている。

 それらを眺めながら、フランス軍の制服に身を包んだ二人の男のやり取りがなされていた。

 

「私が言うのもなんですが、外国人にこんな任務任せて大丈夫なんでしょうか」

 

「上層部の考えなどしらん。よりにもよって今日になって変更とはな」

 

「まあ、期待されていると思っておきますよ」

 

「……分かっているとは思うが、コンテナの中身は極秘だ。私ですら中がどうなっているのかを知らない」

 

「しっかし、民間機でご登場とは。やっぱり噂は本当なんですかね」

 

「その件について上は一切話さない。……いや、本当なら知らないのかもしれないな」

 

 話はここまでだとばかりに大佐は咳払いをする。

 

「最新型とはいえ、IS一機に対して厳重すぎると思うんですがね」

 

 少しばかり呆れた風にそうぼやいた赤毛の少尉は、今の上官に敬礼をする。

 

「第二外人騎兵連隊所属、ゲーリー・ビアッジ少尉、只今をもって極秘任務の遂行に着手します」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 一週間前、IS学園生徒会室。

 

「グラハム君」

 

 生徒会長楯無がグラハムにソファを勧めながら話題を切り出す。

 

「デュノア社の第三世代機があるって噂、知っているかしら?」

 

「第三世代機……」

 

 腰を下ろしながら考えるように呟くグラハム。

 完全にソファに腰が落ち着いた頃、彼は否定の言葉を述べた。

 

「いや、存在するはずがない」

 

「あら、どうして?」

 

 試すような目で首を傾げる楯無にグラハムはさも当然のように理由を述べる。

 

「シャルロットだ。彼女をIS学園に送り込んだ理由は最終的には第三世代機開発の為。そこまで追い詰められていながら存在するなどありえない」

 

「そうね。でも」

 

 パサリ、と一枚のA4サイズの紙が楯無の手からテーブルへと落ちる。

 

「あるみたいなのよ、これが」

 

「………………」

 

「開発コード名《グリフォン》。今度の欧州連合の軍事演習でお披露目するみたい」

 

 グラハムはテーブルの上の紙を手に取った。

 内容は謎の新型機グリフォンについて更識家が調べたことについて。

 だが――

 

「これだけか?」

 

 グラハムはまるで肩すかしを喰らったかのような声を上げた。

 それもそのはず、受け取ったのは行数にしてわずか十行ほどの文章。

 機体については大まかスペックについて述べられただけで細かな表記はおろか、図面も写真もない。

 

「そう、たったのこれだけ。イタリアのテンペスタⅡ型は湯水のように情報が出てきたのにね」

 

 楯無もあまりの情報量の少なさに驚きを持っていたようだ。

 テンペスタⅡ型はティアーズ型、レーゲン型と同じ欧州連合次期主力コンペの候補機であり、グリフォン同様軍事演習で披露されることになっている。

 こちらは数か月前から演習での披露を含め、機体に関する多くの情報が出回っている。

 

「IS開発は国にとって機密中の機密。だけど、今回みたいに数日前まで存在すら分からなかったISは《ガンダム》以外で存在しなかったわ。……まあ、例外はあるけど」

 

「《紅椿》、か」

 

 現状唯一の完全な第四世代型。

 世界をあざ笑うかのような機体の出現は前情報などあるはずもなくまさに寝耳に水だった。

 

「篠ノ之博士の居場所を各国が掴めていない時点で分からなくて当然だけどね。一介の企業、それも委員会が観察処分にしている企業が開発しているISの情報が出回らないのはやっぱりおかしいでしょ?」

 

「委員会も荒れに荒れたと聞いている」

 

「VTシステムとかもあったから穏便に済ませたんでしょうね」

 

 デュノア社はIS学園にスパイを送り込んだとしてIS委員会から観察処分を受け、フランス政府からも株式上場停止という処分を下されたことで、社長が交代することとなった。

 ただ、シャルロットを男性という虚偽の発表をする前であったこと、IS委員会が学園に対して厳しい箝口令を敷いたことで表向き社長は会長就任という形になった。

 

「それはともかく、おかしいと思わない?」

 

「確かに、あまりにも不可解な点が多いと言えるな」

 

「で、私が思うには――」

 

「どこかからの技術提供……いや、機体そのものの提供があったと考えるのが妥当だな」

 

「お姉さんの言葉盗らないでよー」

 

 拗ねたように頬を膨らます楯無にフッとグラハムは笑みをこぼす。

 

「君のことだ。その提供元がどこか考えが付いているのだろう」

 

「そう、ねえ」

 

 考えるそぶりを見せる楯無。

 

「国以外で考えられるのは、あの男――サーシェスのいる組織ぐらいかしら」

 

 予想はしていたのだろう。出てきた名前にもグラハムは動じることはなかった。

 

「目的は?」

 

「正直、分からないわ。仮にその組織だとしてもメリットがないものね」

 

「そうだろうな」

 

 特に答えを求めていたわけでもなかった様でグラハムも一言頷くだけにとどめた。

 

「まあ、気を付けた方がいいわよ」

 

「何がかね」

 

「本当だったら、グラハム君狙われちゃうかもでしょ?」

 

 茶化すように楯無は言ったが一理あるとグラハムは思った。

 

『てめぇと殺り合いたくてやってきたぜ!』

 

 対《福音》作戦のとき、乱入してきたサーシェスにグラハムはそう言われた。

 真偽のほどは分からないが本当だったらサーシェスもしくは所属する組織に狙われていることになる。

 目的はともかく、連中にとって私は目障りなのは間違いないだろう。

 そう考えると楯無の指摘もあながち間違いではなくなる。

 つくづく人に嫌われる男だな、私は。

 そんな内心とは裏腹にグラハムは顔には強気な笑みが浮かんでいた。

 

「ふっ。精々気を抜かないようにはするさ」

 

 そして現在。

 その中心である旧空軍基地。

 

『おぉぉ……!』

 

 数えきれないほどの観客は興奮しながら空を見ている。

 その視線の先には、

 

「スピットファイヤだ!」

 

「イギリスの名機ったらこれだよな」

 

 第二次世界大戦でイギリス空軍を中心に活躍した単発レシプロ単座戦闘機が空中を飛んでいた。

 ISが兵器として世界の空を席巻する時代においては骨董品ともいえる一世紀以上前の代物。

 だが見学者たちはそんな空の古強者を見て感激と言わんばかりのため息を漏らす。

 その中でグラハムも年甲斐もなくはしゃいでいた。

 

「あぁ……!」

 

 空を駆け、風を切り裂く機体の勇姿にもはや言葉も出なかった。

 これが100年前――私のいた時代からすれば350年前だが――の時代の空を代表する飛行機。

 おおっ! あんな軽やかな動きをするとは!

 素晴らしい機動性だ!

 あの優雅さすら覚える旋回! パイロットの肌にも伝わるだろう風の流れ!

 乗ったらどれほど心地よいのだろうか……。

 この気持ちは――

 

「まさしく愛だ!」

 

「エーカー様。声に出ていますよ」

 

 おっと。

 チェルシーの言葉にグラハムは少しばかり正気に戻る。

 空への想いが体の端からにじみ出てしまったようだな。

 だが周囲も私と同じ気持ちなのだろう。

 気づいたそぶりを一切見せない。

 スピットファイヤが空の彼方へと飛んでいく。

 観客から見えなくなるとアナウンスが流れる。

 

『続きまして右手より、フォッカー Dr.Iです』

 

 先の機体よりもさらに古めかした飛行機が飛んできた。

 

「レッドバロン!」

 

「あれこそ名機の中の名機ですよ!」

 

「やっぱ俺は、ISよりもこっちだね」

 

「私もそう思う!」

 

 思わずグラハムは隣で空を見上げる少年の言葉に同意してしまう。

 二人はチラッと横目で視線を交える。

 いい目をしている。

 金髪の少年のまなざしにグラハムの口元が緩む。

 彼は私の時代に生きていたらいいフラッグファイターになっただろう。

 そう彼の直感は語っていた。

 三葉機と呼ばれる三つの翼をもつタイプの機体でドイツの撃墜王『レッドバロン』マンフレート・フォン・リヒトホーフェンの乗機としても有名である。

 スピットファイヤよりも古い時代の空を飛んでいた赤の機体の登場に会場は大いに沸き立った。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 それぞれの時代の空を象徴した航空機たちによるオープニングセレモニーが終わり、グラハムは展示された欧州各国の兵器を見て回っている。

 因みにチェルシーはセシリアの元へ行っており、彼は一人で歩いていた。

 ISがいくら軍事力を左右するほどの力があるとはいえ世界で467機しか存在しない代物。

 軍事の中心はかろうじて既存兵器が保っている。

 欧州連合軍でもそれは同じで、先程までグラハムが歩いていたエリアには連合が採用している戦闘機が展示されていた。

 少し丸みを帯びた機体はどことなくAEUの《イナクト》を彷彿とさせるとグラハムは思った。

 やはり世界は違えどデザインコンセプトは似るモノなのだろうか。

 そんな感想を抱いて歩いていると、

 

「Herr・エーカー!」

 

 軍服に身を包んだラウラがそこにはいた。

 彼女の後ろには同じような眼帯を付けた女子が何人かいる。

 

「いらしていたんですか」

 

「ああ。セシリアにチケットをもらったのでね」

 

「そうだったんですか」

 

「君は一夏には渡さなかったのかね?」

 

「いえ、嫁は帰省中で……」

 

「成程な」

 

 一夏が家に戻っているということは、姉とともに家にいるということだろう。

 ラウラが畏敬の念を抱いている唯一の相手はその千冬だ。

 気を使ったのかはたまた勇気がでなかったのか。

 どちらにせよ、誘いづらかっただろう。

 

「いずれにしても、織斑教官の弟には『かわいい』隊長を見せなくては意味がありません」

 

「お、おいクラリッサ!」

 

 ズイッと前に出てきた女性の言葉にラウラは慌てる。

 そんなラウラにまるで妹を見るかのような笑顔を一つこぼし、

 

「初めましてHerr・エーカー。シュヴァルツェア・ハーゼ副隊長、クラリッサ・ハルフォーフ大尉です」

 

「礼儀としてあえて名乗らせてもらおう、グラハム・エーカーだ。ご覧の通りただの学生だが、一応IS学園でテストパイロットを務めている」

 

 敬礼と自己紹介をしたクラリッサにグラハムも名乗る。

 隊長はラウラだが、実質取り仕切っているのは副隊長の彼女だろう。

 立ち振る舞いもそうだがラウラへの接し方はどことなく年長者としての余裕があるように見える。

 後ろにいる隊員たちも尊敬のまなざしを送っている。

 そうグラハムは分析をした。

 そしてもう一つ。

 なんとなくだが、彼女からは私と同じにおいがする。

 それがなにかは分からないが――。

 

「隊長から伺っています。強さの師だそうではないですか」

 

「私は強さの定義は決して一つではないと教えただけだ。別に師というわけではないさ」

 

「ですが、隊長は貴方の事を織斑教官と同じくらい尊敬していますよ」

 

「当然だ。Herr・エーカーはそれだけのお人だ」

 

 言葉通り、さも当然という風でラウラは頷く。

 

「その堂々さ、教官の弟の話をするときもそうあってほしいですね」

 

「なっ!?」

 

「フッ。あの積極性の裏にはそんなことがあったとはな」

 

「い、いえ、その……」

 

「そうなんですよ。片思いの相手の話をするときの隊長の可愛さといったら――」

 

「そうか。学園でのラウラは――」

 

「それはですね――」

 

「ほう、あのとき――――は―――――で、――――」

 

「隊長の――が――隊長に――」

 

「お、おい……?」

 

 段々と熱のこもっていく二人の会話にラウラは戸惑いの声をかける。

 だが、遅かった――。

 

「なんと!? 『嫁にする』宣言は君が伝えたのか!」

 

「はい! 漫画で日本の習わしを学びました!!」

 

「……そうか。君も私と同じ人間らしいな」

 

「では、Herr・エーカーも?」

 

「ああ! 私も書物で日本の真の武士道を探求している!!」

 

「確かに、私たちには通じるモノがあるのかもしれません!」

 

「ふっ。どうやら私たちは出会う運命にあったようだな!」

 

「ハイッ!」

 

 ガシッ、と擬音が聞こえてきそうな熱い握手を交わす二人。

 

「Herr? クラリッサ……?」

 

 完全に取り残されたラウラはどうにか声をかけようとする。

 だが――

 

「改めて名乗ろう。私がグラハム・エーカーであると!」

 

「クラリッサ・ハルフォーフであります! よろしくお願いします、Herr!!」

 

『おねえさまー! おにいさまー!』

 

「……ついていけん」

 

 集団の中で唯一状況に対応できていないラウラは思わずため息を吐いた。

 そんな彼女もドイツ・レーゲン型の展示場所が別の意味で周囲の視線を集めていることに気が付かなかった。



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#47 合同軍事演習‐2

大変申し訳なかったです。
大分どころか二か月近く開いてしまいました。



フッ、よもやこの世界で同志に出会えようとはな。

 満足げな表情でグラハムはISの展示エリアを歩いていた。

 あの後、彼とクラリッサの日本人からすれば突っ込みどころの多い日本談義は良くも悪くも熱を増し、多くの衆目を集めることになった。

 とはいえそのことを気にするような二人ではないが。

 グラハムの為にフォローを入れると、今の彼はミスター・ブシドーと言われていた時のような歪曲した武士道を掲げてはいない。

 二年前のラグランジュ5の無人コロニー『エクリプス』での戦いに敗れた後、自分の知る武士道が間違っていたことをグラハムは思い知ることとなった。

 彼は仮面を自らの愚行の象徴と脱ぎ捨て、武士道とは何かを考え続けていた。

 それこそ少年を超えることと同等ともいえるほど真剣に。

 だが、クラリッサの日本の知識が少々偏っていることに気が付いていないところからもわかる通り、武士道とはなにかを知るときはしばらく先の事になるだろう。

 

「さて」

 

 グラハムは腕時計を見る。

 演習開始時刻まであと一時間ほど。

 

「トイレにでも行くとしよう」

 

 彼はスペインとイギリスの展示場所の間を曲がり、小道に入った。

 

 

 格納庫などの建物で囲まれたその道をさらに奥へと進んでいく。

 

「ふむ。……迷ったか?」

 

 しばらくして、人気のない場所でグラハムは誰にとでもなく呟いた。

 その口元は自嘲めいた笑いが浮かんでいる。

 やはり、私には少年のような演技の才覚はないな。

 思い出されるのはグラハムが初めてあの少年、刹那に出会った時のことだ。

 アザディスタンでの太陽光受信アンテナ爆撃事件の調査任務の最中に現れた少年はこちらを欺くために現地の子供を装っていた。

 言葉に込められた感情といい視線の振り方といい仕草に違和感がまるでなかった。

 あの演技はまさに筆舌に耐えるというものだろう。

 共にいた親友は完全に騙されていたし、私も彼の目――何かを追い求めているあの瞳――を覗くことができなければ見抜けなかったかもしれない。

 それに比べて今の私は……道化もいいところだな。

 まあ、私は我慢弱い男だ。そもそもこういうことが似合わないのだがね。

 こらえ性のない彼は足を止めた。

 

「出てきたまえ!」

 

「っ!?」

 

 振り向くことなく発せられた声にビクッと背後で気配が大きく動いた。

 グラハムが振り返ると、先程曲がったばかりの角から男が出てきた。

 黒いスーツにがっしりした身を固めている。

 目つきからしても、一般人ではないだろう。

 だが追跡の仕方が素人だ。

 

「まさか、私の道化のような演技にここまでかかってくれるとはな」

 

「て、テメェ最初から!?」

 

「何故、あそこまで大騒ぎしたと思っているのかね?」

 

 往年の航空機達の競演に心躍らせたときやクラリッサとの語らいで、グラハムは一見大袈裟ともいえる素振りを見せていた。

 欧州連合軍合同軍事演習は一般応募枠だけでも二万人を超える観客が会場である演習基地に集まる。

 それだけの人数がいる中で見失われないようにグラハムはあえて大仰な素振りをしていた。

 とはいえ、素でもやりかねないであろう身振りの数々が果たしてどこまで演技だったのかは彼にしか分からないことだが。

 ともかく男は上手く後を着けていたつもりが完全にグラハムの掌で踊らされていたのである。

 

「く、クソッ!」

 

 中身はともかく見た目はただの子供である彼に乗せられたことへの怒りと焦りに完全に取り乱した男が何かを懐から取り出した。

 そしてそれを突き出すようにこちらへと突進してきた。

 手にした道具がグラハムは気になったが動き自体は素人丸出し。

 ヤケクソとも必死にもとれる形相で突っ込んでくる男を冷静に眺めながら護身用のソニックナイフを取り出す。

 右足を前にだし、すれ違いざまにソニックナイフの峰を右腕に打った。

 彼のナイフはここに来るまでのあらゆる探知機から逃れ、この世界に存在するあらゆる素材よりも強度の高いEカーボンと呼ばれる素材でできている。

 刃渡りは十センチほどだが相手を無力化するには十分だった。

 

「ガッ!?」

 

 右腕に走った鋭い痛みに男は道具を取り落とし、思わず庇うように身を屈める。

 そこへ首筋へと再びナイフを振るった刹那、男は気を失い倒れ込んだ。

 その姿を見下ろしながらグラハムはナイフを仕舞いこんだ。

 そして道端に転がった謎の道具を手に取った。

 大きさは十数㎝程で脚と思われるものが四つついている。

 

「………………」

 

 それはグラハムにとっても見たことのない類の機械だった。

 中心は空洞らしく四方に空いた円形の穴から内部の細かな機械が目に入った。

 素人目から見てもかなりの高等技術が使用されているのは間違いなさそうだった。

 何故、このようなものを?

 当然の疑問が湧き上がる。

 あの様子からしてもこの機械を私に向けることがこの男の目的であったことは疑いようもないだろう。

 だが尋ねたところで何も収穫はないことは間違いなさそうだった。

 おそらく金で雇われた地元のその手の類の人間だろうと先程の相手の動きからグラハムは検討をつけていた。

 しかしそうなると失敗することを、この機械を失うことを考慮していたことになる。

 解析されないという自信があったのか、それとも見せていい程度のものなのか……

 いずれにせよ、これだけの機械を作れるだけの技術力を持つとなれば裏にいるであろう組織は自ずと絞り込めるだろう。

 これが何かが分からなければ襲われた理由にもたどり着けないが、グラハムは技術者でも研究者でもない。

 グラハムは携帯端末をとりだすと教わった秘匿回線へと通信を開いた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「閣下。グラハム・エーカーの件ですが――」

 

「失敗したか」

 

「ハイ。今、警備兵が取り調べていますがどうやらガタイがいいだけの素人を使ったようです」

 

「フフッ、あのせっかちなレディらしい」

 

 部下からの報告を聞いたワイアットはティーカップをソーサリーに戻した。

 

「あの少年の件は上手くいけばという程度にしか考えてはいなかったがこうもあっさり頓挫するとはな」

 

「仕方ありません。ミス・デュノアが情報を得たのは三時間ほど前、よく手駒を用意できたものです」

 

「なら、賞賛の言葉を述べるべきかな。紳士たる者は礼儀を忘れないことが大事だ」

 

 言葉とは裏腹にワイアットの声音は馬鹿にするような響きがあった。

 同じく馬鹿にするような笑いを浮かべている部下が腕時計を見ると、

 

「閣下、そろそろ観覧席の方へ」

 

「紳士は時間に正確でなくてはな」

 

 口癖ともいえるこだわりの言葉とともにワイアットは席を立った。

 連合軍の帽子をしっかりと被りなおすと眼下の管制官達と正面の大型モニターを一瞥し、それらに背を向ける。

 

「これが、進行表です」

 

「うむ」

 

 部下の一人が演習の進行表を渡す。

 受け取ったワイアットは歩きながらもそれを眺める。

 そしてその視線は表の中ほどで止まった。

 

「……新型四機種による市街戦か」

 

「遺憾ではありますが、それが今回の目玉となるでしょう」

 

 特にISに反感を持つ派閥だからだろう。忌々しそうな副官の声に同意とばかりに周囲の面々も頷く。

 だが盟主であるワイアットは彼らを諌めるだけにとどめた。

 部下たちの先を歩く彼は数週間前に入手した書面を思い出し含み笑いを浮かべた。

 イグニッション・プランから外れたフランスの第三世代型機、その背後には亡国企業が関わっている。

 ワイアット子飼いの部下が諜報部を利用して手に入れた情報は他のどの諜報機関も入手できていないものだ。

 面白いことにMI6の報告によれば連合内の新進の国でも似たような話があったという。

 つまり、ISに関する技術提供を申し出る組織がいたというのだ。

 それらの国はイグニッション・プランに参加していることや資金不足から辞退したという。

 だが、計画外のフランスはそれに飛びついたようだ。

 しかもその話を持ちかけられたのはフランス軍ではなくデュノア社。経営危機に瀕した哀れな企業なら逆転を懸けて話にのるのも頷ける。

 しかし現社長が血統だけのいい前社長夫人だったのが彼らの運の尽きだろう。

 別件だったが一月ほど前に欧州連合の機密文書の一部データがコピーをとられていたのが諜報部の調べで分かった。

 なかなかのソフトを使ったようでアクセス元を突き止めるのは時間を要したが面白いことに突き止めた先はデュノア社の社長用のパソコンだった。

 詰めの甘いご夫人らしい失態に思い出すだけでもワイアットは噴き出すのをこらえるので苦労するほどだ。

 先進国の集まりであることを鼻にかける連合だが、紳士としては格式高い文面であった方がよかったが今回に限ってはセキュリティの甘いデータであったことを彼は感謝した。

 証拠もある今、フランスを連合内での立場を失わせることが実に容易になった。

 そしてあわよくば亡国企業から得た技術を接収する。

 理知的であり、そして強かであってこその英国紳士だからな。

 ワイアットの笑みは知恵者というよりも狡猾な者のそれであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 今、グラハムは走っていた。

 走らなければならなかった。

 すでに軍事演習は始まっていた。

 

「まさか、遅れようとは……!」

 

「エーカー様、愚痴っていても仕方ありません」

 

 並んで走るチェルシーが諭す。

 少しばかり語気に棘があるような気がするのは気のせいではないとグラハムは思った。

 心当たりがないわけではなかったからである。

 

 

 数十分前。

 

「待たせたな、セシリア」

 

 襲ってきた男を曰く斬り伏せたグラハムは小道を抜けると警備の兵に不審者を見かけたと告げてから素知らぬ顔でイギリスの展示ブロックに向かった。

 演習開始時刻が迫っているからだろうか、各展示場所からISが消え、各候補機のモックアップ等が置かれているだけにとどまっていた。

 イギリスもそれは同じでセシリアの背後には《ブルー・ティアーズ》の立体映像が浮かんでいるだけだ。

 

「随分と遅かったですわね」

 

 セシリアは代表候補生用の正装をしていたが威厳ある姿に反してその表情はどこかむすっとしている。

 その理由についてはグラハムとしては来るのが遅かったのが原因だと言葉通りに判断した。

 

「その件については謝らせてもらおう」

 

 彼は言葉に謝意を含ませた。

 それでもセシリアはふてくされた表情を崩さない。

 彼女の後ろに控えているチェルシーは主が機嫌を損ねているというのに何故か微笑んでいる。

 

「ラウラさんのところによってから何をなさっていたのか教えていただけますわよね?」

 

「後ろをつけてくる男がいたのでね。その対処に時間を費やしたとだけ答えよう」

 

「ど、どういうことですの!?」

 

 

 何でもない風を装って答えたグラハム。

 当然ながらセシリアの口から大声が飛び出すことになった。

 その驚きようもある程度読めていたグラハムは動じる様子もなく先の事を掻い摘んで話した。

 相手が素人であると踏んでいたことなど彼としては一切の不安要素のないものであったのでいつも通りに話し終えた。

 これが親友のビリー・カタギリらのようであれば呆れた後に「またか」や「キミらしいよ」などと苦笑するところだ。

 グラハム自身、そういうやり取りが好きだったし今回もそうなるとばかり思っていた。

 だが、

 

「……グラハムさん」

 

 重い声がグラハムの耳に届いた。

 何かが違う。

 目の前にいるセシリアは呆れるどころか怒りと不安が7:3で混ざったような表情をしていた。

 

「どうして……」

 

 しかしその声には純粋な怒気が含まれていた。

 あまりの響きの重さに咄嗟に視線をチェルシーへと向ける。

 親友や仲間とのやり取りから確信していた流れにはならず、その目には戸惑いの色が見える。

 

「……」

 

 藁をも掴む思いで助けを求めるもチェルシーは無情にも首を横に振るう。

 しかもその表情は笑顔にもかかわらず彼の額に汗を浮かばせる何かがあった。

 友軍無し。

 そうグラハムが判断した時にはセシリアの口から感情が爆発していた。

 

 

 それからチェルシーによって止められるまでの間、セシリアの説教を延々と受け続けていた。

 去り際もその表情が崩れることはなく、解放されたグラハムも珍しく狼狽していた。

 そんなセシリアはチェルシーにお目付け役の命を与えたようだ。

 澄ました表情ではあるがその視線はグラハムを貫かんというほどだ。

 それにしても、とグラハムは刺さるかと思うほど鋭い槍の持ち手に流し目を送った。

 今、彼らは走っている。

 メイド服を着ているチェルシーだが、駆ける速さはグラハムと同等、少なくともセシリアよりも早い。

 何故この服で速く走れるのか、疑問を抱かずにはいられないというものだ。

 それでも口にしないのは彼なりの焦りがあるからだろう。

 すでに上空を軍用機が爆音を立てて飛行している。

 警備の兵が教えてくれたところによれば、市街戦を想定して輸送機で人員や機器を運び、その後すぐに制圧戦を想定したISの演習が入るそうだ。

 なによりも楽しみにしていたISの演習だけは見逃せないと、さらに足に力を込める。

 そしてどうにか観覧席――セシリアが用意したVIP席――にたどり着いた。



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#48 合同軍事演習‐3

 総合軍事演習は毎年さまざまな各種野外戦を想定して行われる。

 今年はフェアフォード演習場の市街地を模した区画で行われていた。

 夏の青空のもと、薄緑色したISが宙を踊っている。

 イタリアの開発した第三世代型IS《テンペスタⅡ》。

 世界に対して初披露となるその機体は、市街地の上を舞うようにビル群から飛んでくる模擬弾を全て躱し、右腕を構えた。

 一瞬の間をおいてビルの屋上に並んだ的が吹き飛ぶ。

 搭載された第三世代兵器『トリアイナ』が遺憾なく威力を発揮したのを見て、VIP席に座るイタリア軍高官や開発元の技術者たちは胸をなでおろした。

 欧州連合第三次イグニッション・プラン選定候補機の中で最も開発の遅れていたのがこのテンペスタⅡ。

 それだけにわずかな不備も他の二機種と比べて選定へマイナスに大きく響きやすくなる。

 だがそれは今のところは無いようである。

 自国の機体の状態に安堵しているイタリア陣営を傍目にテンペスタⅡを観察するように眺めている女性がいた。

 中ほどよりも後ろにある列に座る彼女は観覧用のモニターではなく飛翔する機体を眺めていた。

 ブルーのカジュアルスーツ姿は公用のスーツ姿が大半のVIP席において浮いているように見える。

 

「テンペスタⅡ……まあまあね」

 

 そんな感想を口に出すと、それに応じるかのように後ろから男性の声が聞こえてきた。

 

「イタリアは欧州連合内では経済などで後れをとっている。せめてISだけでもどうにかしたいのだろう」

 

 通路の階段を下りてきたスーツ姿の男をおかしそうに見た。

 

「あら、IS学園の秘蔵っ子がこんなところに来ていいのかしら?」

 

「そう言う君もアメリカのテストパイロットだろう」

 

 隣に座りながらグラハムに返され、ナターシャは苦笑する。

 彼の反対隣にはメイドが座った。

 

「あら、そっちの子は?」

 

「ああ。セシリア――《ブルー・ティアーズ》のパイロットの家のメイドで――」

 

「チェルシー・ブランケットと申します」

 

「ナターシャ・ファイリスよ。よろしく」

 

 立ちあがった上でお辞儀をするチェルシーにナターシャも挨拶をする。

 礼儀正しいメイドが再び席に着いたところでグラハムは尋ねた。

 

「どう見る? あの機体」

 

「そうねえ」

 

 少し考えるようなそぶりの後、

 

「正直、ウチの《ファング・クエイク》とか中国の《甲龍》と変わんないかな。第三世代兵器も目新しいものではないわね」

 

 聞く人によっては怒声を上げかねないような評価をナターシャは下した。

 だが事実、イタリアの第三世代開発は先に開発された両機を参考にしている。

 集音性はそこまで高くないのだろう、幸いにも前の席に陣取る関係者やパイロットには聞こえなかったようだ。

 

「なら、《グリフォン》はどうだ?」

 

「あら、ミスターも知ってたの?」

 

「そういうことに長けた知り合いがいるものでね。……で、どうだ?」

 

「どうだも何も、たったあれだけのデータで判断しろというのが無理な話ね」

 

「やはり、情報はないか」

 

「すくなくともアメリカは機体名と第三世代兵器搭載型ということぐらいしか掴んでないわ」

 

「成程」

 

 やはりおかしい。グラハムはそう思った。

 楯無とアメリカがそれぞれ掴んだ情報がそれだけというのはこの世界の諜報においてはありえないものだ。

 いくらISの情報が世界でもトップクラスの機密であるとはいえ、公表の近い機体のデータがここまで手に入らないというのは考えにくいことだ。

 現に先のテンペスタⅡ型をはじめとする各国が開発に力を注いでるISは少なくとも試験段階である程度情報が諜報機関は掴んでいる。

 この諜報戦から逃れたISはIS学園が開発した(ことになっている)《カスタムフラッグ》と束が一から開発した《紅椿》だけである。

 前者は協定により諜報戦の舞台から一応外された場でありわずか一週間で開発されたこと、後者に至っては開発者をまず見つけることができないという世界の干渉の難しい場であることが要因となっている。

 そんな場ではなく、しかも《ラファール・リヴァイヴ》という稀代のISを開発した国だ。各国の目から逃れてISの開発などできないはずである。

 

「――そんなことよりも」

 

「む?」

 

「……ルフィナちゃん、どうしてる?」

 

「ルフィナ?」

 

 突然出てきた名前に首を傾げるもしかしグラハムは思い出す。

 ルフィナ・スレーチャーはアメリカの代表候補生。同じくアメリカでISのテストパイロットをしているナターシャと面識があってもおかしくはない。

 

「どうという意味合いはわからないが、元気にしているという意味では心配は無用だ」

 

「そう……」

 

 グラハムの答えにナターシャはそう呟いた。

 大した意味のないことだと、別に気にしていない風を装っているがどこか違和感を覚える彼女の物言いに今度はグラハムが尋ねた。

 

「ルフィナがどうかしたのか?」

 

「あの子は私の教え子だからちょっとね……」

 

「ファイルス様、お加減がよろしくないように見えますが?」

 

「そんなことはないわよ?」

 

 グラハムを挟んで覗くように表情を見るチェルシーにナターシャは変わらず笑顔を見せるがどことなく無理をしているように二人には見えた。

 それに加えただの教え子というだけには見えない。そうグラハムは思った。

 

「君は――」

 

 グラハムが何かを問おうとしたとき、彼は何かを感じたのか咄嗟の動きで視線を演習場よりも右の方角へと向けた。

 直後、爆発音が響いた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 突然の事態に演習参加者たちは驚愕した。

 たった今発生したのは本来起こりえないはずの爆発。

 それからわずかな時間をおいて爆発地点からノイズ入りの叫びが通信を通して基地全体を駆ける。

 司令室では通信士と指揮官の怒鳴るような指示が錯綜していた。

 

「同士討ちだと!?」

 

「ハッ! グリフォンが周囲の部隊に対して突然攻撃を行い、テンペスタⅡも撃破された模様」

 

「ポイントA2被害甚大。救援を求めています!」

 

「《ブルー・ティアーズ》、《シュヴァルツェア・レーゲン》両機が出撃しました!」

 

「グリフォンとの通信は?」

 

「応答ありません!」

 

「搭乗者は殺傷してもかまわんと両機に伝えろ」

 

「ハッ!」

 

 司令官用観覧室で演習を見ていたワイアットはあまりの事態に紳士らしからぬ形相で指示を飛ばす。

 馬鹿め、と彼は悪態をついた。

 

「……ハイマン准将とデュノアの担当者を呼び出せ!」

 

 苛立ちを一切隠すことなく部下に命令を下す。

 まさか、ここまで間抜けだったとは。

 フランスの最新鋭機が暴走しているという第一報が入ったとき彼は即時に状況を判断した。

 亡国企業は最初からこれが狙いだったのだと。

 機密の奪取と同時にこの演習を内部から襲撃する。

 フランス軍機としてこうする分にはワイアットの狙いのうちの一つである、フランスの権威失墜を彼の手間をかけるまでもなく行ってくれたものとしてある程度の余裕を持てたはずだった。

 だが、場所とタイミングが悪かった。

 この演習はイギリスで行われており、名目上の責任者と連合軍の代表はワイアットだ。

 つまり、この襲撃事件の責任が彼にも飛び火しかねない事態に陥ったのだ。

 あまりのフランスの、デュノア社の無能さにワイアットは自身の事を棚に上げて内心、罵っていた。

 な、なんて事をしやがるんだ! と英国紳士を気取る彼も心の中ではもはや声を荒げるていた。

 それを口には出さない辺りさすが紳士の鏡というべきだろうか。

 

「閣下!」

 

「なんだ?」

 

「A1~4までの通信機器に異常が……!」

 

 報告を聞いてワイアットの顔つきがさらに厳しくなる。

 当該エリアの部隊がすべてやられたという情報は入っていない。

 各ポイントからへの通信はつい先ほどまで多少のノイズがあるとはいえ問題なくできていた。

 しかも該当するのはグリフォンがいるであろうポイントの周辺。

 そして兵が見たという赤い粒子。

 ワイアットの脳裏に嫌でもある事柄が浮かぶ。

 

「GN粒子……!」

 

 IS学園が出した解析結果によれば現段階での対応策がない。

 半径十数メートル圏内でのプライベート・チャンネルしか使用できないという情報も上がっている。

 

「止む終えまい。フォーメーションS28で各エリアにISを配置させろ。通信手段を遮断されてはかなわん」

 

 この指示を出すのはワイアットにとっては苦虫を潰すような思いだった。

 彼自身は確かにこの事態におけるISの有効性を理解している。

 だが仮にも欧州連合の中でも反ISとして有名な彼がISの有用性をアピールするような命令を下さなければならないのだ。

 数十匹では足りない程の苦虫がいたことだろう。

 

「……閣下」

 

 副官がワイアットの耳元で囁く。

 

「これを……」

 

 声を震わせながら双眼鏡を手渡す。

 副官の様子を訝しく思いながら受け取ったワイアットは指さされた方角へと双眼鏡をのぞいた。

 撃墜に向かわせた二機のISとグリフォンと思われるISが戦闘を繰り広げている。

 グリフォンの姿を完全に捉えた。

 

「馬鹿な……!」

 

 先程までとは違う驚愕の色で言葉をワイアットは発した。

 あのISには見覚えがあった。

 それは先日イギリス軍から強奪されたはずの――

 

「BT二号機!」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 予想外の爆発に最初に気が付いたのと同様に観覧席で最も早く動いたのはグラハムだった。

 

「失礼」

 

 彼は目の前に立つ男性からデジタル式双眼鏡を借り受けた。

 

「な、なにを――」

 

「失礼と言った!」

 

 承諾うんぬん以前に問答無用に双眼鏡を手元から奪われ抗議する男性を視線すら向けずに一蹴し、多くの視線が爆発の起きた付近へと向けられる中、空へと双眼鏡を向けた。

 爆発の直後、飛び出していった小さな影を持ち前の超視力でとらえていたグラハムは双眼鏡の最大望遠により鮮明にその姿を捉える。

 黄系のカラーリングに大型のウイングスラスターを持つIS。

 色合いと国旗からしてフランス所属の機体、おそらくはあれが《グリフォン》だろう。

 見覚えのない形状の機体だ。

 しかしグラハムの注意は機体そのものではなく、翼の付け根から放出される光の粒子に向けられた。

 

「GN粒子……!?」

 

 わずかに驚愕を含んだ声をグラハムは上げた。

 同時に彼の中にあった疑問が一つ解消された。

 事前情報がまったくといっていいほどなかった新型のIS。

 GNドライヴが搭載されている時点でその機体には自前ではない技術が使用されていることが容易に想像できる。そしてそれを持つ組織も容易に絞り込める。

 ほぼ間違いなく、サーシェスの所属する組織が一枚かんでいる。

 グラハムの目つきが鋭さを帯びた。

 楯無の予想は当たったと言えるだろう。

 そしてもう一つ。

 何故彼らが機体を提供したのか。

 いや、とグラハムはその疑問に対して否定を入れる。

 最初から提供するつもりはなかった。

 グリフォンの動きを見れば一目瞭然というやつだろう。

 その裏にあることはまだ分からないがそれだけは確かだ。

 グラハムは双眼鏡から目を離した。

 

「どう? ミスター」

 

「フランスはしてやられたというやつだろう」

 

 そう言ってグラハムは双眼鏡をナターシャに渡す。

 ナターシャとは反隣でチェルシーは望遠鏡を覗いていた。

 グラハムはもう一度空へと視線を向けると左からISが二機、グリフォンへと向かっていくのが見えた。

 視線を下におろすと、眼下では観覧席の前列に座っていた各国の軍、政府関係者はそれぞれが携帯端末で電話をかけようとしたがすぐに彼らは端末を耳から離すと画面を覗きこんでいた。

 統制がとれているかのような同じ動作を見せる彼らに不審に思った周囲も携帯用端末を手にし、画面をつついたり振ったりしている。

 だが通信端末はうんともすんとも言わないようでその表情には焦りが見えた。

 GN粒子によるジャミング。

 その様子を嫌というほど経験していたグラハムは特に驚いた風も見せずに今度は肉眼でグリフォンの方へと視線を戻す。

 遠目から見ても、グリフォンの纏う光が強さを増したようにも見える。

 

「皆さん、誘導に従って避難をお願いします!」

 

 背後から階段を下りながら軍服を着た女性が避難を促してきた。

 

「やっぱり、何かあるわね」

 

 ナターシャは双眼鏡をグラハムに返した。

 

「まさか、ISの暴走でしょうか?」

 

「いや、違うな」

 

 チェルシーの疑問をグラハムは即座に否定した。

 

「そうね。少なくともあの子のようにISに目的があるかのような動きじゃない」

 

「それに、暴走ならば搭乗者があのような表情などするまい」

 

 グラハムの言葉にチェルシーは再び望遠鏡を覗きこんだ。

 彼女の主であるセシリアとラウラを相手取り、戦いを繰り広げる黄色のIS。バイザーによって顔は口元しか判別できないが――

 

「笑ってる?」

 

 搭乗者は確かに口元を歪ませていた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 フランスの暴走機を補足したセシリアは驚いた。

 塗装や国旗こそ違えどその機影は見知った機体のものだったからだ。

 BT二号機――《サイレント・ゼフィルス》。

 他のISと比べて巨大な反重力翼を背部に持つのが特徴的なイギリスの第三世代機である。

 セシリアのブルー・ティアーズとは姉妹機であり、第三世代兵器『ブルー・ティアーズ』を同様に搭載している。

 ただし通常のビットの代わりにシールド・ビットをラックも兼ねた翼に装備している。

 このビットラックこそゼフィルス最大の特徴であり、何度もその姿を見たセシリアが見間違えるはずなどない。

 ――でも、なぜ?

 ゼフィルスは数か月前に研究施設から強奪されたはず。

 それが今、フランス軍所属機として立ちはだかっている。

 しかも――

 

「GNドライヴ……!」

 

 ラウラの言葉の通り、ゼフィルスはその翼の付け根からオレンジ色の粒子を放出している。

 その光を何度も目にしていたセシリアとラウラが見間違えるはずもない。

 確か、学園が鹵獲したもの以外は誰が所有しているのかすらわかっていないものだとか。

 グラハムが言っていた言葉をセシリアは思い出す。

 そんな機関をフランスが持っていた……?

 嫌な疑念が湧き上がる。

 

「セシリア!」

 

 ハッと意識を戻し、咄嗟の動きで右へと機体を傾けた。

 直後、二発のレーザーが機体を掠めていく。

 補足されたことに気が付いたのだろう、ゼフィルスはビットを展開、レーザーを放ってきていた。

 

「なにをしている!? ボヤッとするな!」

 

「わかってますわ!」

 

 頭に渦巻いていた思考を振り払うようにレーザーライフルを構える。

 考えるのは倒してからですわ!

 レーザーを放ちながら後退するゼフィルスを狙撃する。

 だがそれは展開されたシールド・ビットによって弾かれる。

 ラウラもAICによって動きを止めようとするも相手の細かな軌道修正に当てることができない。

 

「ブルー・ティアーズ!」

 

 セシリアも自身のビットを展開するが、

 

「!」

 

 非固定ユニットから射出された四機のレーザー搭載型ビットのうち右からゼフィルスを狙っていた二機がほぼ同時に撃墜された。

 機体の次は相手の技量にセシリアは驚愕した。

 AICを続けざまに回避するという高速機動下での精密射撃を一瞬で二発同時に決めている。

 しかも六機のビットを同時に制御しながらである。

 セシリアの技量よりも高いことは敢然としているだろう。

 

「……ですが!」

 

 残りのミサイル搭載型二機を射出する。

 それらを展開した際、わずかにレーザー型二機の動きが鈍くなる。

 ゼフィルスはそれを見逃すことなくまたしても二機同時にレーザーを叩き込む。

 直撃を受けたビットが爆散する。

 生じた煙に乗じてラウラが『瞬時加速』で突っ込む。

 突撃しながら両手に展開したプラズマ手刀を叩きつけるように振り下ろす。

 チッ、と舌打ちをしながらゼフィルスはビームサーベルを展開、光刃で受け止める。

 勢いこそあったが、もともとのパワーの違いと武装の出力の差で劣る相手にラウラは手刀を浸食されるより早く身を後ろへと翻し、レールカノンを向ける。

 放たれた弾丸は直撃とまではいかなかったものの右の翼を掠め、削り取った。

 

「どうやら、接近戦は不得手のようだな」

 

「……Cナンバーとはいえ遺伝子強化素体はだてではないということか」

 

「ッ!? 貴様……何故それを」

 

「答える義務はない」

 

 わずかに眉が吊り上ったラウラに対して口元に嘲笑を浮かべながらゼフィルスはシールド・ビットを全て向けると、レーザーを放った。

 ラウラは咄嗟に回避しようとするが向かってきた光の線は四本。

 なんとか避けきるも、生じた爆音に思わず視線を向ける。

 それはシールド・ビットの砲門からはまったくの別方向、ゼフィルスにとって死角ともいえる位置。

 落下していく破片はセシリアのミサイル・ビットだったものだ。

 

「そんな……!?」

 

 信じられないという面持ちのセシリア。

 ラウラの斬撃をいとも簡単に防いだこともそうだが、死角へ放ったはずのビットを撃ち落された。

 それもあり得ない方法でなされたことが何よりも信じられなかった。

 偏光制御射撃!?

 BT兵器高稼働時に使用できるとされるが――

 わたくしですら発動できていないというのに。

 思わず悔しさに表情が歪む。

 BT兵器適性が最も高いはずのセシリアでさえも発動できないことを敵はさも当たり前のように放ってきた。

 強奪した相手の方が、適性が高い。

 その事実はプライドの高いセシリアを激昂させるのには十分だった。

 

「この……!」

 

 右手にショートブレードを出現させると残り二機となったビットを引きつれ、飛びかかっていった。



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#49 合同軍事演習‐4

 《グリフォン》が搭載されていたトレーラーはハンガーを兼ねたコンテナ部を見るも無残に破壊され、鋼鉄製の外壁は溶切されたような穴がいくつも開いている。

 だがトラクタなどは車両としての機能は一切失われてはおらず、グリフォンこと《サイレント・ゼフィルス》が飛び出した後、このトレーラーもまた走り出していた。

 その運転席でハンドルを握るのはISの護衛任務に就いていたはずのゲーリー・ビアッジ。

 彼は助手席に置かれたアタッシュケースを指でトントンと軽く叩きながらまるで笑いをこらえているかのようにゆるく閉じられた口から笑い声を漏らしている。

 おもしれえな。

 チラッとアタッシュケースに視線を送る。金属製のケースにはしっかりとデュノア社のロゴが刻まれていた。

 裏切り者の処分と連合の機密の奪取の両方をやるとはな。

 この世界に来てからというものなかなかどうして面白いクライアントに出会うと彼は一人ごちていた。

 外からは爆音が響き、爆風の衝撃を空け広げた窓から、車体越しから受ける。

 その感触がたまらなく彼の愉悦感をあおった。

 いくつもの爆発を生んでいるのは今ここからを突き破っていったフランスの最新型機。

 だけどパイロットは亡国さんの人間。

 だが関係ねえ。

 フランスのISが各国の部隊を襲っている。

 これだけなら《福音》と同じ流れで終わるかもしれない。

 だがグリフォンにはGNドライヴがついている。

 それを見せつけることでフランスは内外から疑惑の目を向けられ、猜疑心はやがてフランスのみならず全ての国へと伝播する。

 その結果行き着くのはただ一つ。

 

「本当におもしれえな」

 

 楽しそうに彼は呟いた。

 

『応答せよ、ビアッジ少尉』

 

 周辺の部隊からだろう。

 先程から何度も彼に応答を求める通信が入ってくる。

 すべて無視しながらも通信回線だけは開いたままにしていた。

 任務はほぼ完遂したし、取引相手の肝の太さを見れたりと彼としては面白味のある任務であったことは確かだ。

 ただ不満もあった。

 一つは彼自身が戦闘に参加していないということだ。

 取引先へと出向いた際にボーナスの支給をビアッジに持ちかけてきた。

 ここにはそのボーナスがたくさんいる。それにもかかわらず彼自身は戦闘を極力避けるようお達しが降りていた。

 そしてもう一つ。 

 

「なに遊んでやがんだ、あのガキ」

 

 窓枠に腕をかけながらビアッジはぼやきながら空を見上げた。

 敵を攪乱させてから離脱する手はずだったはずのゼフィルスがいまだにIS二機を相手取っていたのだ。

 量産性を重視した出力の低いタイプとはいえ仮にもGNドライヴ搭載機のゼフィルスがNGN機二機に手間取っている。

 時間、ねえんだがよ。

 面倒くさそうに舌を打ち、搭乗者を急かすために通信を入れる。

 

「………………」

 

 少しの間をおいて表情が変わる。

 ククク、とビアッジは笑った。

 あのガキ、いっちょ前にボーナスを狙うとはよ。

 

「予定変更! こっちも好き勝手やるか」

 

 思い切りハンドルを右に切ると、トレーラーを一番近くのISへと向ける。

 そのままハンドルを固定し、助手席のバッグを片手にコンテナの中へと入る。

 パチン、と指を鳴らす音がなると同時に暗い簡易ドッグの片隅に全身装甲のISが現れた。

 まるで滲むように光学迷彩を解いた《ヴァラヌス》に彼は嬉々として身を預ける。

 

『認証――完了 

 

 搭乗者――アリー・アル・サーシェス』

 

「悪ィな! 摘まみ食いさせてもらうぜ」

 

 ギラッ、とツインアイが紅く光る。

 右手にもった長大なライフルの銃口を運転席へと向ける。

 

「まずは景気づけってな!」

 

 紅色のビームが彼の乗っているトレーラーを吹き飛ばし、数十メートル離れた《ラファール・リヴァイヴ》に直撃する。

 

「ククク……ハハハハハハッ!」

 

 今までこらえていた分を吐き出すかのようにビアッジことサーシェスは盛大に狂笑を上げた。

 ライフルの代わりにバスターソードを握り、サーシェスは飛び出す。

 一撃で沈められたラファールへは一切の興味を示さず、センサーを操作しある画面を表示させた。

 

「確か、ドイツのパイロットだったな」

 

 情報を確認するとセンサーで索敵、一番近くのレーゲン型の元へと突っ込んでいく。

 わずか数秒で距離を詰めたサーシェスは大きく振りかぶったバスターソードを黒の機体へと叩きつけ、レーゲンの両手に出現させた青い光刃がギリギリのところで阻んだ。

 

「おい姉ちゃん」

 

「!?」

 

 バスターソードを押し込みながらサーシェスは通信ではなく外部用スピーカーから声を発した。

 相手はどうやら話しかけてくるとは思わなかった様で必死の形相でありながらも驚愕の色が見て取れる。

 

「遺伝子強化素体ってのはテメェのことか?」

 

「なぜ、それを――」

 

 まさか、と搭乗者の女性があえて突き飛ばされるように距離を取った。

 その表情は鋭い。

 

「まさか、貴様は奴の――!?」

 

「質問してんのはオレだろ!」

 

 サーシェスが飛び込み、その大振りな刃を持つ実体剣で斬りつける。

 並みの機体と搭乗者では対応しきれないであろう斬撃を、レーゲン型の高機動使用である《シュヴァルツェア・ツヴァイク》は持ち前の機動力を駆使して回避、同時に右手の高出力型プラズマ手刀を展開した。

 先程ヴァラヌスの一撃を防いだ標準搭載型とは違い腕部装甲を覆うようにしてプラズマ出現口を持つツヴァイク専用のプラズマ手刀。

 プラズマを纏わせた右手をサーシェスが得物を翻す前に貫手の要領で突き出した。

 

「やるじゃねえか!」

 

 GN粒子発生装置をわずかに抉られたヴァラヌスから楽しそうな男の声が発せられた。

 まさか、伸びるとはな。

 チロッとサーシェスは舌を覗かせる。

 プラズマを纏わせた右手の装甲が伸び、それがサーシェスの距離感をわずかに狂わせた。

 結果として戦いを楽しむためにGN粒子による装甲強化とISの防御機能をあえてカットしたのが仇となり、機体の左肩を抉られることとなった。

 だがサーシェスはそんなことを気にもかけずむしろ悦んですらいた。

 刃が伸びるのは見たことあるが、まさか装甲まで伸びるとはな。

 予想外の機能を持ち、斬撃をかわした上で一撃を放ってきたレーゲン型にサーシェスは口角を釣り上げる。

 

「やっぱこうで……あん?」

 

 大きくバスターソードを振りかぶろうとしたとき、横槍を入れるかのようにサーシェスの目の前にデータが映し出された。

 『敵機データ更新』と書かれたデータ項目を背景に映されている敵の動きを捌きながら読み取る。

 

『敵機《シュヴァルツェア・ツヴァイク》 搭乗者クラリッサ・ハルフォーフ 非捕獲対象』

 

 なんだよ、とツヴァイクの手刀を払いのけながらぼやく。

 

「姉ちゃん、人間か」

 

 そういや、とサーシェスは先程見ていたデータを思い出す。

 シュバルなんとかでISに乗ってんのは三人。

 そのなかで遺伝子強化素体は二人。

 ……完全に外れじゃねえか。

 センサーに映るレーゲン型三機。

 一機はゼフィルスと交戦中でもう一機は目の前。

 そしてもう一機は、ツヴァイクのすぐそばの地点にいた。

 ボーナスチャンス到来ってな。

 ニヤリ、と口元を歪めたところへ再びツヴァイクが斬りかかってきた。

 

「悪いな姉ちゃん、ボーナスかかってんだ」

 

 バスターソードで軽々と受け止め、弾き飛ばす。

 

「このっ!」

 

 クラリッサは弾かれながらもツヴァイクの肩に搭載されたリボルバーカノンを放った。

 機動性を重視した機体なので《シュヴァルツェア・レーゲン》のよりも火力が抑えられているが高い連射性を誇るカノン砲から一度に数発分の砲弾を高速で放つ。

 それらへの回避を取りながらも接近してくるサーシェスに向かって左手を突き出す。

 だが勘のいい敵はPICを軽々と避けてしまう。

 何度も接近してくる相手にリボルバーカノンとプラズマ手刀、そしてPICを駆使して応戦しようとするもヴァラヌスと呼ばれる機体は先ほどまでとは違い小刻みに動いて的を絞らせず、右手のバスターソードと、左手に展開されたライフルを巧みに操り、ラフファイトじみた攻撃法で攻めてきた。

 サーシェス独特のリズムでの攻撃に翻弄され、クラリッサは防戦一方になっていった。

 それでもクラリッサは喰らいついていた。

 この男が、奴らに関わっているかもしれない。

 何回も苦杯をなめさせ続けられた久遠の仇敵というべき相手。

 今、目の前にその敵への手がかりをもつだろう存在がいる。

 そこに部下を守るという副隊長としての矜持が加わり、サーシェスの連撃を耐える。

 

『副隊長!』

 

 最も近いエリアにいる部下から通信が入る。

 

『司令から指示が出ました。もうすぐで配備完了です!』

 

「了解!」

 

 声には出さず頭に応答の言を受かべる

 意識は完全に敵に向け、問題はないはずだった。

 だが――

 

「よそ見すんなよォ!」

 

 熟練した軍人のプライベート・チャンネル、一秒にも満たないそのわずかな瞬間を歴戦の傭兵は見逃さなかった。

 サーシェスはバスターソードを下に構えて間を詰め、クラリッサが意識のすべてを戦場に戻したころには右腕の強化型プラズマ手刀が腕の装甲ごと斬りとばされていた。

 咄嗟に左のプラズマ手刀を展開するも、

 

「ちょいさあ!」

 

 翻された刃に跳ね上げられ、残ったリボルバーカノンも背後を取られると同時に弾け飛ぶ。

 

「もった方だが姉ちゃん――」

 

 サーシェスは冷たい声音で言葉を発した。

 彼としてはそれなりに楽しめたのが本音だ。

 戦場としての死と隣り合わせという臨場感はまあまああった。

 だが同時に物足りなさも彼は覚えていた。

 まあ、とにかくだ。

 

「こいつで終わりだァ!」

 

 振り向きざまに横薙ぎにバスターソード振るおうとした時だ。

 

『サーシェス』

 

 突如、女性の通信が割り込んできた。

 落ち着いた女性の声音にサーシェスは忌々しそうに舌をうった。

 

「なんだ、スコールさんよ!」

 

『撤退しなさい』

 

「ああっ!?」

 

『すでに目的は達したはずです。これ以上そこにいるのは無意味です』

 

 それに、とは猛るサーシェスの声にまったく動じることなく言葉を繋げる。

 

『周囲の状況がわからない程、貴方はおろかではないでしょう』

 

「――わかったよ」

 

 レーダーに映る敵機の陣形を見ながらサーシェスは吐き捨てるように言った。

 彼の両腕から武装が消え、背部にコンテナのようなユニットが現れる。

 突然のことにクラリッサをはじめサーシェスを囲むように展開していたISたちは身構えるが、サーシェスは気にするそぶりも見せず、ゆっくりと高度を上げていく。

 コンテナがスライドし、オレンジ色の粒子が放たれる。

 広がっていく光の奔流は、ヴァラヌスを中心に翼を象っていきある姿を彼らに連想させた。

 

「天使……」

 

 かつて天使と呼称された《0ガンダム》が魅せたものとは比べ物にならない、夕日のごとき彩色の翼は神々しく輝き、見る者を畏怖させる。

 そしてその翼は本当の戦場と化した演習場にさらなる変化をもたらした。

 

「プライベート・チャンネルが……!?」

 

 ISの搭乗者達から戸惑いと驚愕の入り混じった声が上がる。

 GN粒子によるジャミングに唯一対応できたはずのプライベート・チャンネルによる通信が遮断されたのだ。

 ヴァラヌスが放つ粒子光の翼はただシャットアウト機能が強力なだけではなく、演習場一帯の通信網を完全に遮断すらして見せた。

 個々の通信すら不能にさせられ、演習場はわずかに残っていた冷静さを失い、機能不全に陥った。

 その光景をサーシェスは眺めていた。

 こうなるとあっけないもんだな。

 鹵獲すべき相手を目の前にして混乱に陥っているISや兵士たちを冷めた目で見下ろしていた。

 だがすぐに彼の目が、まるで獲物を見つけた獣のように輝く。

 こんなとこにいるとはなァ!

 観覧席へと向けられた紅のツインアイ。

 無表情であるはずの機械の顔が嗤っている、そう見せるほどにサーシェスは狂気をはらんだ笑みを浮かべていた。

 だが同時に早まるなと彼の思考は自身の欲望を諌める。

 すでにゼフィルスが離脱したのを彼のレーダーは捉えていた。

 スコールの言うとおり、もうここには用はない。

 まあ、今日のところは、

 

「挨拶ぐらいにしておくか!」

 

 右手で大型のライフルを握り、粒子ビームを放つ。

 狙いは観覧席。

 紅の光が地上へと一直線に奔る。

 それが観覧者保護のためのエネルギーシールドを貫いたところで何かに弾かれるのをヴァラヌスのセンサーが感知する。

 そして蒼い光弾がまるでビームが跳ね返ってきたかのように間髪入れず駆けてきた。

 彼はわずかに機体を逸らすことでリニア弾を避ける。

 ニヤッ、と怖気の奔る笑みを浮かべ拡大されて映るISを見下ろす。

 漆黒で彼と同じくGNドライヴを持つ機体。大振りな光刃のビームサーベルを左手に持ち、右手のリニアライフルを彼へと向けるその姿は、遠目に見ても一部の隙もない。

 さすがユニオンのトップガン、相変わらずおもしれえことしてくれる。

 連合のIS達が対応できなかった不意打ちともいえる射撃を弾き、一瞬で切り返す技量はサーシェスをもってして舌を巻くほどだ。

 それでも彼は余裕の表情を一切崩さなかった。

 

『サーシェス』

 

「おう」

 

 ゼフィルスからの呼びかけに答えるとサーシェスは《GNフラッグ》に背を向け、紅の光翼を羽ばたかせるかのように飛翔していった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 空を睨みつつグラハムは右手のリニアライフルを量子化した。

 

「…………」

 

 今しがた彼方へと去って行った機体は間違いなくスローネヴァラヌスだった。

 先程の戦いぶりからしてもパイロットはサーシェスに違いはないだろう。

 これでグラハムは確信した。

 グリフォンは間違いなくサーシェスのいる組織によって用意された機体。

 だが同時に彼には分からないことがあった。

 《スローネ》での襲撃や対福音作戦のときからサーシェス達は一夏を狙って動いているものと考えていた。

 だが今回は一夏とは考えられる限り無関係といえるだろう。

 一応一夏とは関係のない事件の背後に彼らの影を見ることはあったがここまで表立って動いたことは二年前の0ガンダムによるモンド・グロッソ襲撃以来なかったはずである。

 しかも一夏を狙っての襲撃は二件ともIS学園とIS委員会の情報統制により一般市民が知ることはなかった。

 しかし今回は一般人も二万人が観覧しており、当然メディアも取材に来ていることだろう。

 そんな中で行動を彼らは起こしたのである。

 何が狙いだ。

 自分たちの存在を世界へさらけ出す目的はなんだ?

 疑問が沸き立つ頭を落ちつけようとグラハムはかぶりを振った。

 そのときフラッグのツインアイが左手に握られたビームサーベルを捉えた。

 先程放ったハイパービームサーベル(命名グラハム)の反動ですでにビーム刃は消失しており発振器からは灰色の煙が上がっている。

 どうやら、やりすぎたようだ。

 小さい溜め息とともにガキリ、と左肩のGNドライヴが背部へと移動する。

 それとほぼ同時に観覧席へと降り立ったグラハムはフラッグを待機形態へと戻した。

 これ以上のISの使用していては千冬女史や楯無にどやされてしまう。

 ISの許可された区域以外での使用は国際法で固く禁じられている。

 それを今彼は緊急事態とはいえ破り、その上武装まで使用した。

 私とて元軍人、なにも思わないということはないさ。

 彼を知る人間が聞いたら耳を疑うようなことを内心で言いながらしかしすぐに頭を切り替えた。

 大半の避難が完了し、ほとんど人のいなくなった観覧席の階段をのぼり終えたときもグラハムの表情は厳しいままだった。




演習シリーズは設定や原作改変などの説明を主としたんですが段々と長くなってしまった上にいつも以上にグダグダになる始末。
遅れてしまった上にこれでは本当に申し訳ないです。
次でなんとか今話は終わります。

ちらほらどこかで聞いたり見たりしたような方々もいたかもしれませんが一部を除いて再登場は多分ありません。


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#50 合同軍事演習‐5

 深夜、IS学園学園長室。

 応接用のソファに生徒会長楯無は一人で座っていた。

 

「お待たせしました」

 

 重厚な音と共に彼女の背後のドアが開き、初老の男性が入ってきた。

 

「いえ。委員会の会合、お疲れ様でした」

 

 ソファから立ち上がって男性を迎える楯無はいつものような茶目っ気は一切出すことなく凛としている。

 いえいえ、と片手を振りながら柔和な笑みで応じながら男性は部屋の中で最も立派な机までいくとその机を使う人物の為の椅子に腰を下ろした。

 この温和な男性がこの部屋の主、IS学園を実質取り仕切る学園の長、轡木十蔵である。

 男卑女尊の世の中であり、その象徴であるIS学園ということもあり表向きは彼の妻が学園長をしており、彼もまた表向きは用務員をしている。

 

「委員会の緊急会合、どうなりましたか?」

 

 再びソファに座った楯無は真剣な表情を十蔵へと向けた。

 彼は組んだ手を机の上に置くとため息を一つ漏らした。

 

「フランスへの非難がひどいものでしたよ。てっきりそれだけで終わるのではないかと思いました」

 

 欧州連合軍軍事演習への襲撃から二時間後、IS委員会は緊急理事会を開き被害の確認と襲撃機や対応について協議がなされた。

 だがIS学園実務代表としてオブザーバー参加していた十蔵の言の通りフランスとイギリスへの責任追及から始まることとなった。

 アメリカと日本が頃合いを見て収拾させるも、結果として膨大な時間が割かれた。

 

「とりあえずですが、緊急の警戒態勢を敷くことになりました。すでに衛星『ゼダン』が動いています」

 

「私も先ほどロシアから通信がありました」

 

 『緊急通信』と表示された通信端末を楯無は十蔵に見せた。

 

「三時間後には学園に迎えが来るそうです」

 

「おそらくアメリカのスレーチャーさんや中国の凰さんも受け取っていることでしょう。楯無さんは大丈夫ですか? こうなると政府から更識家としても動くよう指示が出るはずですが……」

 

 更識家は対暗部の任を代々担っており、同時にその暗部を相手取る技能により諜報の任までも国から任される家系である。

 その当主である十七代目『楯無』である彼女は当然日本からも襲撃事件に関して動くことを命じられることになるだろう。

 だが彼女はロシアの代表操縦者でもあるため同時にことをなすのは並大抵なことではない。

 

「それなら大丈夫です」

 

 楯無はどこか嬉しそうににこりと笑みを浮かべた。

 

「簪ちゃんが手伝うって言ってくれたんです」

 

「妹さんですか。ですが彼女とは……」

 

「ちょっとありまして、今日も一緒に夕飯を食べたんです」

 

「そうでしたか。そこまで距離を縮められたんですね」

 

 十蔵の笑みは教育に携わる者として生徒が一つ成長していることを喜んでいるようだった。

 

「それでも、夏休みとはいえこの時期に生徒会長に居なくなられるのは私としては困るんですがね」

 

「それも大丈夫ですよ」

 

 ニコッとしかし先程とは違う少し黒い笑みを浮かべる楯無。

 

「副会長に後は任せるつもりですから」

 

「副会長……彼ですか」

 

「すでに連絡は入れてありますから、戻り次第すぐに取り掛かってもらうつもりです」

 

 ふむ、と思案気な表情の十蔵はトンと指で軽く机をたたき投影型モニターを出現させた。

 そこには一週間前に楯無が申請した生徒会メンバーの名簿が映っており、その一番下の名前に彼は目をやった。

 

「グラハム・エーカー。君も随分思い切った人選をしましたね」

 

 声に合わせるように画面にグラハムの学内データが表示される。

 学年の成績や教師陣からの評価などが細かに項目分けされており、特記事項としては千冬から学園におけるテストパイロットに近い役割を与えられていることが書かれていた。

 十蔵も用務員として校内の掃除などをしている際に生徒から話を聞くが、それらとデータでは食い違う部分もあり、グラハムという人物を測りかねていた。

 

「で、どうです? 更識くんから見たエーカーくんというのは?」

 

 そう尋ねられ、楯無は

 

「そうですね」

 

 と前置きをしたところで彼女はふとグラハムと初めて出会った時のことを思い出した。

 それは彼の入学試験の相手をした時だった。

 

 

「グラハム・エーカー、キミの存在に心奪われた男だ!」

 

 

 ………………。

 わずかに思考が停止する。

 幸いあの時よりも早く復帰するも真正面で満面の笑みを浮かべて発せられた言葉を思い出すたびになぜか楯無は調子を崩されてしまう。

 コホン、と軽く咳払いをして元の調子に戻す。

 

「冷静沈着な熱血漢、大人で子供というところでしょうか」

 

 相反する単語を合わせた二つの表現、楯無としてはこれ以上はないだろうという言葉に十蔵もおぼろげながらにグラハムを理解する。

 とりあえず教師や生徒たちの間での評価の違いがなんとなしに分かったことで彼は微笑を浮かべる。

 そこにコンコン、とノックする音が鳴った。

 

「どうぞ」

 

 そう十蔵が応じるとドアが開いた。

 

「遅くなりました」

 

「休暇中に申し訳ありませんね、織斑先生」

 

 スーツ姿の千冬がそこにいた。

 

「さて、三人そろったところで始めますか」

 

 学園二つの長と緊急時にすべてを一任されるブリュンヒルデ。学園の主要人物による会議が始まった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「ぶえっくしゅん!」

 

 分かりやすいクシャミをしたのはグラハムだ。

 体調管理は完璧であることから風邪であることを思考に浮かべることすらせず彼は

 

「誰かが噂をしていると見た」

 

 と一人ごち、ゆったりとしたシートに背を預けた。

 グラハムは日本へと飛ぶ旅客機に乗っていた。

 しかも二百万円は下らないであろうファーストクラスにである。

 幼い頃、軍に入る以外空を飛ぶ方法がなかったと語っていた彼が利用するとは思えない座席というよりはもはや個室ともいうべき空間。

 勿論、グラハムがとったわけではない。

 彼がここにいる理由は演習直後にまでさかのぼる。

 ヴァラヌスの一撃を弾きとばしたグラハムは先に避難するよううながしたナターシャとチェルシーと合流しようとしていた。

 そこを警備兵に呼び止められ、連行された先にいたのは欧州連合軍司令グリーン・ワイアットだった。

 IS無断使用について尋問を受けることを覚悟したグラハムだが、ワイアットは紳士的な微笑を向けヴァラヌスの攻撃を防いだことに対して丁重に礼を言ってきた。

 反ISで知られるワイアットだが彼はこの件に関しては緊急事態であったことを踏まえグラハムに責が及ばないことを約定し、その素早い手回しにより数時間後に開かれたIS委員会緊急会合でグラハムの名が上がることはなかった。

 そしてワイアットは、

 

「紳士は、お礼をしっかりとするものだ」

 

 と言い、グラハムに日本行の航空券を渡したのだ。

 同時にワイアットから各国が代表及び専用機持ちの召集がなされるであろうことを告げ、帰国を促した。

 携帯にはナターシャが帰国命令を受け、すでに出国したことを伝えるメールが入っていたことからグラハムはワイアットの申し出を受けた。

 それにしてもここまで豪華絢爛な席を用意されているとは思わず、案内されたときグラハムは思わず苦笑をこぼしていた。

 いろいろと裏があるのだろうが着けられたりはされていなかったので彼は気にしないことにした。

 それよりも気になることがあったといのもあったが。

 

「あのとき」

 

 グラハムは呟いた。

 窓の向こうへと向けられた視線は外に広がる空を楽しむものではなかった。

 思案気な鋭い目はモニター越しに見たISの姿が見えていた。

 機体よりも巨大な光翼を纏い、大型のライフルを向けるヴァラヌス。

 その銃口から放たれた粒子ビームの威力は以前のものより明らかに出力が高かった。ハイパービームサーベルを使用しなければ弾けなかったであろう程に。

 威力だけなら《スローネアイン》のランチャー砲に比肩するほどだ。

 それだけではない。

 GN粒子を放出したバックパックに《シュバルツェア・ツヴァイク》との戦闘で使用していたバスターソードはそれぞれ《ドライ》、《ツヴァイ》の武装だ。

 ファングを使用しているところは見なかったがサーシェスはツヴァイのパイロット、おそらくは搭載されているだろう。

 つまりスローネ三機の武装がヴァラヌスに集約されたということだ。

 この事実は正直グラハムにとっていいものではない。

 もし、ヴァラヌスと《GN-X》の関係性が私の予想通りなら――

 特に彼が以前より立てていた仮定と合わせると状況は悪い方向へと進むであろうことは容易に想像できた。

 せめて――……

 そう思ったところでグラハムの口端に自嘲めいた笑みが浮かんだ。

 

「私らしくないな」

 

 彼はかぶりを振るい、再び意識を思考の海へと沈めた。

 それは空港に降り立つまで途切れることがなかった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 某国にある亡国企業の活動拠点

 サーシェスがあてがわれた部屋で酒を飲んでいるとモニターから呼び出しのコールがかかった。

 カランと氷が滑る音を鳴らしながらグラスをテーブルの上に置く。

 彼は立ち上がり部屋を見渡した。

 洗礼された調度品が備え付けられたその部屋の奥にはベッドが二つ置かれていた。

 奥のベッドは空だったが手前のベッドでは毛布が盛り上がっている。

 サーシェスはゼフィルスの搭乗者の少女と同じ部屋を用意されていた。

 冗談半分に取引相手から手を出さないように言われているが、

 ――ガキに欲情する性癖なんざねえよ。

 と幸いというべきかそういう気はさらさなかった。

 彼はベッドに眠る少女を一瞥すると部屋を出た。

 しばらく歩くとこれはまた厳かな両開きの扉の前に着いた。

 中に入室の確認をすることもなくサーシェスは扉を開けると中に入った。

 そこは奥に広く豪華な飾りで溢れかえっており、中央に長テーブルが置かれた部屋はまるで中世貴族の屋敷の食堂を彷彿とさせる。

 だがその部屋には誰もおらず、テーブルを挟んだ部屋の奥に大型のモニターが掛けられていた。

 手近な椅子にドカッとサーシェスは腰を下ろすとモニターに女性が映った。

 

「ようスコール」

 

 彼はモニターに映る薄い金髪の女性に右手を軽く上げる。

 

『改めてご苦労様、サーシェス。あなたが奪ってきたモノは無事に届けられたわ』

 

 スコールと呼ばれた女性は笑みを浮かべている。

 薄暗い背景にあって彼女の美しい容貌はまるで夜空の月のように映えている。そんな美女に笑みを向けられるもサーシェスはハッと皮肉めいた薄笑いを浮かべていた。

 

「そっちの場所を教えてくれりゃいいものを警戒感丸出しにしておいてよく言うぜ」

 

 冷徹で鋭利な刃物を思わせる視線をスコールにぶつける。

 かつてその目を向けられた豪胆な女性記者は背中を粟立たせ、戦慄が全身を駆け抜けたほどだが彼女は笑みを崩さなかった。

 

『ごめんなさい。オータムがどうしてもあなたを信用できないと言って聞かなくて』

 

『私は構わないと言ったんだがね』

 

 モニターの向こう、スコールの隣に男性が入ってきた。

 その姿にほう、とサーシェスは口端を釣り上げた。

 

「社長自らお出ましとは光栄ですな」

 

『サーシェス』

 

『構わないさ』

 

 咎めるような口調のスコールを男は諌めた。

 

『さて、ビジネスの話をしよう』

 

 世界はゆっくりと動き出した。




グッダグダしてしまいましたが演習編はとりあえずここまでです。
説明回的立ち位置で前後編で終わる予定がどうしてこうなってしまったんでしょうか。

話は変わりますが農家の二番目の兄が
「グフに乗せて似合うキャラがいるガンダム作品は良作」
ということを言ってましたがどうなんでしょうか?

 次回

『変わる世界』


数多の刺客が漢を襲う


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#51 変わる世界

 八月も半ばに入ってもIS学園は部活動などで一定以上の活気に満ちていた。

 そんな学園の本校舎の一室でグラハム・エーカーはもう数時間以上机と向き合っていた。

 彼の目の前には山のように積まれた書類があり、かれこれ一週間近くそれらと孤立無援で対峙し続けている。

 四月に交わした楯無との約定によって生徒会副会長という立場を引き受けることとなったグラハムだが、その目的はIS学園における『対ガンダム調査隊』を生徒会と千冬で組織するからなのだが現状を見る限り、いいように仕事を押し付けられているように見えなくもない。

 イギリスからの帰路でメールを受け取った際にグラハムも何も思わなかったわけではないが事態が事態であるため『その旨を由とする』と楯無に返信をしている。

 因みに山積みにされた書類は分けると重要な案件は一割にも満たず、他の九割はさらに三分割できるが、グラハムには理解できるものではなくそのまま一纏めに山を再構築していた。

 

「ひとまず、纏ったと言えるだろう」

 

 書類を分類し終えたグラハムはひとまず筆をおき、息を吐いた。

 やはり、デスクワークというものは苦手だと肩を回しながら彼は思った。

 元軍属でテストパイロットも務め上げたグラハムだが書類仕事はあまり得意だったとはいえなかった。

 そこにどうしても先週の一件について思考が行きがちとなれば捗らないのも無理からぬ話だろう。

 その証拠に朝の八時頃から始めた仕事だがすでに正午を大きく過ぎていた。

 腹が減っては戦はできぬという言葉がある。

 ここでグラハムは昼食を取るべく食堂へと向かった。

 窓から入る強烈な夏の日差しを浴びながら外の景色へと目をやる。

 空は青く雲一つない、絶好の飛行日和だと思いつつそんな暇もなければここには愛機がいないことを彼は惜しんだ。

 《GNフラッグ》は機体の整備のために学園の整備部門に回されていた。

 本来ならグラハムが自身の手で行うことだが、襲撃事件に関連してIS委員会から早期のGNドライヴのデータ提出を求められることとなり、性能実証のデータ収集も兼ねて預けられることになった。

 その際に演習の際に奪取した用途不明の小型の機械も楯無と千冬経由で解析を依頼した。

 彼の読み通り高い技術が細部にまで使用されていることから思うように進んではいないようで、わかったこといえば四本の脚部にプラズマリーダになっていることぐらいである。

 やはり一週間で解析を終えるのは不可能ということか。

 だが悠長に構えることもできないのも事実だ。

 思考の海に沈もうとしたがハタと廊下のT字路で足を止めた。

 グラハムの前と右に伸びる通路から少女が二人、まるで粉塵を上げるかのような勢いで突っ込んできた。

 その目は爛々と輝いており、止まる気はさらさないようだ。

 前触れもなく起きた事態に対して彼は一切動じることなく角に立っている掃除用ロッカーを開け、掃除用の道具の箒を一本取り出すとブラシを剣先にして構える。

 正面から走り込んできた少女は袴姿で片手には竹刀が握っており、右手側からきた少女はその手にボクシンググローブをはめていた。

 先に間合いに入ってきた剣道少女に対してグラハムは振り下ろされた竹刀を絡め取るように箒を振り払い、返す箒で少女の鼻先ギリギリのところで止める。

 手からすっぽ抜けた竹刀を右手でキャッチすると横へ飛び込むようにボクシング少女の方へと向かっていく。

 彼女の体重の乗った重いパンチに彼もまた竹刀の柄尻を叩き込む。

 渾身の右ストレートを弾かれ、ボクシング少女は反動で後ろへとバランスをわずかに崩す。

 すぐに体勢を整えるも一瞬とはいえできた隙をグラハムが見逃すはずもなく、すでに眉間に箒がぴたりとつけられ、ペタンと腰を落とした。

 立て続けに二人を返り討ちにしたもののグラハムの目はすでに新たな敵を捕らえていた。

 それはボクシング少女が駆けてきた廊下の向こう、体育館への連絡通路と交差する角からテニスラケットを持ったこれまた少女が現れた。

 不敵な笑みを浮かべ、

 

「戦いは数よ! エーカー君!」

 

 と隣に置かれたかごに山積みにされたテニスボールをとるとグラハムへ向けて何発もサーブを繰り出してきた。

 容赦なく飛んでくる無数のボールをしかし彼は避け歩を進める。

 歩みながら最小限の動きで回避し百数十キロの速度で飛来する弾丸を回避する。

 標的を外したボールは窓ガラスを割り、壁や床をへこますなどの被害をもたらす。

 それほどの威力のもつものなのか。

 戦いの中でもグラハムはそう感嘆するだけの余裕があった。

 テニスとはすさまじいスポーツだな。

 またしても眼前に迫る黄色の弾丸。

 数にして十球。

 一つでも当たれば致命傷……

 

「では、当たらなければどうかな?」

 

 首をわずかに傾けそれらを避けてみせる。

 そうして距離を詰めていき、ついにはテニス少女を間合いに捉える。

 ここまで迫られるとは思わなかったのか少女は驚きの色を隠せない。

 だがそれは戦場では命取りなのだよ!

 竹刀と箒を持った両手を大きく振りかぶる。

 

「隙ありィィ!」

 

 前へと飛び込み一気に間合いを詰め、振り下ろす。

 その姿を見る少女の目はもはや戦意はなく涙すら浮かんでいる。

 だが裂帛の一撃はテニス少女の首筋ギリギリを挟むようにして止められた。

 身体を震わせながらも彼女は無傷だった。

 グラハムは得物を下げた。

 

「引きたまえ。離脱するなら情けは掛ける」

 

 そう言うと背を向け歩き出した。

 ここまで一切襲撃者の攻撃を受けず、同時に相手も無傷でグラハムは決着をつけた。

 軍事演習の際の一件といい並外れた技量を彼は見せている。

 この動きはグラハムが四年間修業した剣術からきている。

 最も彼としてはまさかこの世界でここまで役に立つとまでは思っていなかった様であるが。

 グラハムは竹刀を剣道少女に返し再び食堂への道のりを歩んでいた。

 

「しかし、これで9件目か」

 

 実は彼が先のような刺客に襲われるのは初めてではなく、この一週間ほぼ毎日どこかで襲撃を受けていた。

 しかも一回ではすまない日もあった。

 とはいえ鍛え上げられた心眼の前には奇襲も何もないがとそこまで問題視してはいなかった。

 ただ気になるのは、

 

「副会長を倒せば会長とサシでやれる権利を得られる、か」

 

 それは最初の襲撃を受けた際に返り討ちにした少女たち(全員先輩)から聞いた噂だった。

 IS学園の生徒会長は全ての生徒達の長である為に最強であることが求められている。

 最強である者が代々生徒会長となるため一般的な高校にあるような選挙はなく、任期もまた誰かの軍門に下るまでであるため不定期である。

 二年生であるはずの楯無が昨年から生徒会長に就任しているのもそのためである。

 完全実力主義ともいえるこの構造故に副会長職というのは学園№2の実力に与えられるととれなくもない。

 実際のところは生徒会長自らが選んだ人物を自由に生徒会に入れられるのだが、現在に至るまで副会長職についた生徒がいなかったためにそう見られているようである。

 生徒会長とサシでやれる権利というのもいつでも襲撃してもよいというルールの存在から意味はほとんどない。

 それでも彼女たちがグラハムを襲うのは実は別の理由があった。

 ここではあえて割愛させてもらうがこれを聞いた際グラハムをして思わず絶句するほどだったと言わせてもらおう。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

『――欧州連合軍の発表によりますとこの《グリフォン》はイギリス軍の盗難された試作型IS《サイレント・ゼフィルス》と極めて酷似しており、これについてフランス――』

 

 サバの味噌煮にチョリソー、マッシュポテト、スライストマトの皿を載せたトレーを手にグラハムは食堂のテーブルの間を練り歩いている。

 すでに時刻は午後の一時過ぎ。テレビではバラエティが終わり、ニュースに切り替わっていた。

 

『――と連合はフランスを擁護する姿勢を見せています。以上、ブリュッセルから池田がお伝えしました』

 

 やはり、メディアで大々的に報じられているようだ。

 テレビから離れた席に着いたグラハムだが客の少ないせいか自然と音声が耳に入ってきた。

 すでに事件から一週間は経過しているがいまだにトップニュースとして扱われている。

 

『次はシリーズ「IS物語」です。レポーターは紫電さんです』

 

『今回はアメリカにおけるISの台頭に関わった師弟についてです』

 

 番組が進行し、ニュースから特集へと変わったところでグラハムは席を立った。

 食器をかたしに向かう際にテレビ画面が目に入る。

 米軍基地らしき施設を背景に男女の写真が映されている。

 ――?

 米空軍の制服を身に着けたその姿にどこか既視感を覚えるグラハム。

 だが米軍関係者との面識などこの世界ではあるはずもない。

 他人の空似だと画面から視線を離し食堂を後にした。

 帰り道も女子生徒数人に襲撃されたことはいうまでもない。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「こんなところだと言わせてもらおう」

 

 書類を作成し必要枚数分プリントし終えたグラハムは紙コップに入ったコーヒーをすすった。

 彼の表情にはわずかながら疲労の色が見える。

 始末書や報告書などといった文面を書くのには事欠かなかったのだが、多くの人への説明を行う類の文章はほとんど書いたことがなく、少なからず苦労を強いられることとなった。

 もう一口コーヒーを飲もうとしたときデスク上に置かれた生徒会室備え付けのパソコンにメールが届いた。

 主に生徒会としての事務仕事に使うものなのでメールなどは滅多に来ないと楯無から聞かされていたのでグラハムは興味半分でボックスを開いた。

 

「なんと!?」

 

 メールの内容はどうやら注文を確認するためのもののようだが購入希望の欄がおかしかった。

 中世の姫が着用するような色とりどりのドレスが総数三ケタはあるだろうかというほど並んでいる。しかもコスプレ用とは思えぬ品々であるらしく一着当たりの値段も決して安いものではない。

 それだけに合計金額はざっと八ケタはあった。

 生徒会室のパソコンに届いたということは注文したのが誰なのかはグラハムはすぐに理解した。

 だが何故このようなことをしたのかまでは皆目見当がつかなかった。

 カーソルを下へとずらしていくとその中にあって浮いている一品をグラハムは見つけた。

 グリーンを基調としたおそらくは男性用と思われる上下一式の衣装。

 オーダーメイドらしくこれもなかなか値の張るものだった。

 しかし男性貴族が着る服というよりは――

 

「軍服に近いな」

 

 グラハムは服の違和感をおぼろげながらにそう表現した。

 理解しきれたものではないが一応楯無に連絡を取ろうとポケットに手をやろうとしたとき、

 

 

 撃ち落せッなーい♪

 

 

 携帯が鳴り、ポケットから取り出す。

 

「私だ」

 

『私だ、エーカー』

 

 電話を介して聞こえてきたのは楯無ではなく千冬の声だ。

 今日は確か休日だったはずだとグラハムは考えるも用件を尋ねることを先にした。

 

「用件を聞こう」

 

『この後時間はあるか?』

 

 そう尋ねられグラハムは自分の座るデスクを見回す。

 すでに一山ほどあった書類は処理し終え、用意したプリントを配布するのは後日でも問題はない。

 このドレスの件も急ぐほどでもあるまい。

 ああ、と答えると意外な言葉が返ってきた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「思いのほか、飲んでしまったな」

 

 頬をわずかに上気させた千冬はしかししっかりとした歩みで閑静な住宅街を歩いていた。

 夜も更けてきた頃合いだが今日は篠ノ之神社でそれなりに大きな祭があったこともありまだ人影もそれなりにあるようだ。

 篠ノ之神社は箒の生家であり、千冬も一夏もその祭りにはよく行っていた。

 そのことをグラハムに話したときの表情はまさに無念の一言に尽きた。

 日本に妙な憧れを持つ外国人特有の言動をする彼の姿を思い出し、くっくと笑いだすのを堪えるように喉を鳴らした。

 いつもの千冬ならくだらないの一言で終わるところだがそうするあたり酔っているのかもしれない。

 しばらくして『織斑』と書かれた表札の前で足を止めた。

 後ろに建つのは言うまでもなく織斑姉弟の住む邸宅だ。

 明かりはついておらずまだ一夏は帰ってきていないようである。

 家を一瞥し入ろうとしたとき、ポストに何か入っているのに気付いた千冬はそれを手に取った。

 

「!?」

 

 千冬の表情が変わった。

 青い封筒には差出人は書かれていなかった。

 宛先も詳しくは書かれておらず『千冬へ』としか書かれていない。

 だがそれだけの文字列で彼女から酔いを消し飛ばすには十分だった。

 

 

 そして、ゆっくりと世界は壊れていく。




日常パートのつもりですが多分ここから原作が徐々に崩壊していきます。
お酒のパートは長くなったのでバッサリカット……番外編で出そうかな。

もう一話日常的なのを入れてから新学期に入ろうかと。


 次回

『インターミッション』

つかの間の休息かそれとも・・・


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#52 インターミッション

 夏休みも残すところあと二日となり、多くの生徒が学園に戻ってきていた。

 学園内ににぎやかさが戻ってきているのを感じながらグラハムは朝食をとっていた。

 

「もう新学期だな」

 

「ああ。早いものだな」

 

 向かいに座る一夏の言葉に頷きながら鮭の塩焼きを口に運ぶグラハム。

 やはり、和食は美味いとマッシュポテトを摘まみつつ鮭の皮をさも幸せそうに咀嚼した。

 ここしばらくは何かと余裕のない日々を送っていたが、学園のいつもの雰囲気に少なからず影響されたのか、最近はまた和食に舌鼓を打つようになっていた。

 

「御馳走様」

 

「Herr」

 

「グラハム」

 

 あらゆるものへの感謝を込めて丁寧に礼を述べ、席を立とうとしたグラハムをラウラとルフィナの二人が呼び止めた。

 

「なにかな」

 

「ひさしぶりにISの特訓をお願い(します)(できる?)」

 

 なにかと書類仕事ばかりしていたグラハムからすれば魅惑的な二人の誘いに迷うことなく挑戦的な笑みを浮かべた。

 

「望むところだと言わせてもらおう」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「――システム、異常はないな」

 

 ピットで《GNフラッグ》を展開したグラハムは機体の確認を行っていた。

 機体が整備部より千冬経由で彼の元へ戻ってきたのは昨夜。

 実に二週間ぶりのISの使用に座禅で落ち着けたはずの心が高鳴るのを抑えつつ、目に入る機体の状況を表す数値を眺める。

 整備明けとはいえ自分の手元を離れていた愛機だが、グラハム用にしっかりと調整もなされており満足げにコンソールを閉じる。

 渡しに来た女史の様子に違和感を覚えたがそれをひとまず思考の片隅に置いておく。

 

『Herr、準備はよろしいですか』

 

「ああ、すぐにでも始められる」

 

『こっちも大丈夫』

 

 二人の準備が整い、ラウラの合図とともにグラハムは足をカタパルトへ固定する。

 

「グラハム・エーカー、出るぞ!」

 

 グラハムは飛び出した。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 二機のISが高速で動いていた。

 一つはグレーでまるで戦闘機を思わせるフォルム。

 もう一つは人型で鮮やかなオレンジを纏った漆黒の機体。

 太陽が照りつける中、床に映し出された影が交差するように接近と離脱を繰り返している。

 高機動形態の《ガスト》がフラッグを追うように背部に搭載されたリニアキャノンを放つ。

 背後から飛ぶ青い砲弾をGNフラッグは軽々と避けてみせると、機体の高度を下げると同時に急激な減速を掛けた。

 一瞬で両機はわずかな高低差の中で交差し、減速によりフラッグは再び高度を上げる。

 その結果、ガストは逆に背中を晒すことになった。

 グラハムはその身に多大な重力をあえて受けつつもマスクの中で笑っていた。

 

「後ろは戴く!」

 

 左手にリニアライフルを構え、二門の小径から蒼弾を連射する。

 威力は対してないが連射性に優れるためにガストは回避行動をとるもいくつもその身に浴びせていく。

 だが負けじとルフィナはスラスター制御により機体を無理やり宙返りさせ、その過程で向けられたリニアキャノンをグラハムへと放った。

 それが命中することはなかったものの、避けさせることでできた隙のなかで一気に急降下する。

 ――ドッグファイトがお望みか。

 グラハムが不敵に笑う。

 そうであるならば喜びをもって相手しよう。

 フラッグの機体をガストへと向け、追従する。

 機体性能ではグラハムのフラッグに軍配が上がるものの、テールスラスター装備状態であるガストの方に速度は軍配が上がる。

 グラハムがガストの真後ろを捉えたときである。

 ルフィナは突如、テールスラスターをパージした。

 切り離された瞬間に出力を失ったそれはグラハムの正面に飛来する。

 斬撃音とともに爆発をルフィナのハイパーセンサーは感知した。

 恐らくビームサーベルで斬り捨てたのだろう。

 焦りの色はルフィナにはない。

 ここまでは分かってた。

 彼の実力ならこれぐらいすぐに反応すると。

 だから次の一手を使う。

 用スラスターを真下へと向け、『瞬時加速』を発動させ、無理やり機体を高空へと押し戻す。

 その衝撃をPICにより制御、機体をすぐさま安定させ、再びグラハムに対して上をとる。

 すでに彼も身を反転させ、ビームサーベルを左手に構えている。

 ルフィナは主翼に懸架装備された38mmランチャー砲から装弾を発射する。

 散開発射された無数の小さい弾丸を前にグラハムは機体を急停止させ、ディフェンスロッドを展開した。

 回避と防御によりほとんど無傷のフラッグ。

 動きを止めることを狙っていたルフィナは機体速度を上げ、突っ込む。

 腹部のミサイルポッドと背部のリニアキャノンをパージする。

 だがその瞬間。

 

「!?」

 

 またしても爆音が響いた。

 センサーにより相手の位置はつかめているがそれでも予想外のことに動揺を隠せない。

 まさか、とセンサーの反応を見る。

 パージしたばかりのミサイルポッドの反応が消失していた。

 恐らく解除した瞬間に打ち抜かれたのだろう。

 やられた、と後悔する暇はない。

 接近してくる機影を提示してくる。

 ルフィナもグラハムへと突貫しているためもはや回避は不可能。

 だから、やる。

 

 ――高速機動下での空中変形を。

 

 四月のクラス代表決定戦でグラハムが初めて見せた戦術に、アメリカは衝撃を受けた。

 機体の失速による墜落の危険を孕んでいた空中変形。

 その失速を逆手に取ったギリギリでの回避運動や、それを起点とした可変機であることを最大限に生かした戦術は『グラハムマニューバ』と命名され、完全自立可変機構を搭載した《カスタムフラッグ》と共に、アメリカ軍のVIS計画に大きな影響を与えた。

 同じ可変機の搭乗者であり、アメリカ軍にその試合を報告したルフィナはその戦いに魅了され、グラハムを一つの目標として尊敬の念を抱くようになった。

 ルフィナは隠れて空中変形をできるように特訓を重ね、対《福音》戦で初めて高速機動下での変形を成功させた。

 その頃にはグラハムの機体は可変機構を事実上オミットされていたが、グラハムの可変機構への熱意、戦術や動きに可変機の乗り手としての高い技量は健在であり、ルフィナの尊敬の対象であることには変わりはなかった。

 周囲の事情で搭乗者になった彼女が、ISに対して初めて熱意を持ち、特訓に励んだその成果を初めてグラハムに見せつけるときがきた。

 

「なんと!?」

 

 驚愕するグラハムの眼前でルフィナの機体が躍った。

 

「『グラハムスペシャル』!」

 

 ビームサーベルの斬撃をフラッグごと股下でやり過ごす。

 同時に背部、脚部の順でウイングスラスターを前方向で吹かし機体を停止させる。

 PICを利用し複数のスラスターを一瞬で連動させることでエネルギー消費を最小限に抑えつつ瞬時に停止する『一零停止』。

 それを応用させ、減速による回避と体勢の立て直しを一連の流れで行う独自に発展させたマニューバ。

 そこで流れを止めずルフィナは機体を反転、振り向きざまに右手に出現させたソニックブレイドを振るった。

 ガキン、という音を立てて火花が散った。

 

「!?」

 

「よもや、スタンドマニューバをも使うとはな!」

 

 攻撃を回避し、死に体を晒したところへの斬撃を受け止められ驚愕するルフィナの視線と、内から湧き出る興奮を惜しげもなくさらけ出しているグラハムの視線が交差する。

 なんという実力!

 なんという技量!

 よもやここまで腕を上げていたとは、とルフィナの行ったマニューバにグラハムはある種の感動すら覚えていた。

 可変型ISの空中変形、特に人型への変形はMSのそれと同じ危険性と難易度を誇ることはグラハム自身良く理解していた。

 それを使いこなしこちらの背後を取るなどもはや見事という言葉しかない。

 カタギリ風に言うなれば、『ルフィナスペシャル』!

 だが、私とてそう易々とやられるわけにはいかんのだよ!

 グラハムは横一文字に振るった動きにあえてのせて、肘のバーニアと脚部のサブスラスターを噴出させて身を翻させ、バックハンドの要領でソニックブレイドを受け止めた。

 この瞬時の判断と動作は空中変形をものにしたルフィナの戦術をも凌駕した。

 ぎりぎりとフラッグとガストの鍔迫り合いはすぐには終わらなかった。

 二つの剣に乗せられる力は絶妙なまでに拮抗していた。

 

「ッ!」

 

 先にしびれを切らしたのは意外にもルフィナだった。

 彼女はスラスターの出力を一気に上げ、力任せにソニックブレイドを振り斬ろうとした。

 そして大した抵抗もなくルフィナは剣を振りきり、グラハムは弾かれた。

 そう、あっさりと。

 なんの手ごたえもなくソニックブレイドは空を横薙ぎに斬っていた。

 その先でビームサーベルを構えてグラハムが飛び込んできた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 模擬戦を挟んでの特訓を終えた三人はアリーナに降りてISを解いていた。

 

「まさか空中変形によるコンバットマニューバまでこなすとは、少なくとも私は知らなかったよ」

 

「あ、ありがとう」

 

「だが、最後はいただけないな。私たちのISは武装よりも技量が大きく反映される。一瞬の判断ミスが勝敗を分けると言ってもいい」

 

 一対一なら尚更だな、とグラハムは先程の模擬戦について述べ、ルフィナは熱心にそれを聞きいている。

 こうして意見を述べ合うのは彼らの特訓では当たり前のことだがラウラとルフィナが相手だとすこしばかり様相が違う。

 

「まだ、グラハムのいる高みは遠いなあ」

 

「あの一瞬の切り替えし、さすがです!」

 

 など、グラハムへの憧れや尊敬の念が言葉や態度にありありと出ている。

 そんな友人二人の言動に彼はどこか懐かしさを覚えていた。

 だからだろうか、二人と会話する際のグラハムの表情はどこか柔らかなものがあった。

 だがわずかな変化であるがためにそれに気が付く人はいなかったが。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 三人は議論をしながらアリーナゲートへと向かって歩いていると、

 

「あ~ハムハム~。あぶ――」

 

 特徴的なのそ~りした声にグラハムは名前を呼ばれた。

 アリーナで聞くとは珍しいものだと思いながら声のする方へと顔を向ける。と――

 

「なんと!?」

 

 数十発の小型ミサイルの群れがグラハムたちに襲い掛かってきていた。

 明らかに着弾点を三人へと向けているのがわかる軌道で飛来してきたそれらは、もはや走って避けられる余裕などないほど接近していた。

 だがそこは軍属三人。ISの展開と同時にそれぞれの火器が火を噴く。

 幾多にも爆音と爆炎が重なり、噴煙が周囲を覆っていく。

 

「ないよー」

 

 遅すぎた警告が終わるころにはアリーナ内に響いた轟音は止んでいた。

 緊迫した空気の中、煙が晴れていく。

 突然の事故にアリーナにいた教師と生徒たちは固唾をのんで見つめていると、

 

「な、なにが……?」

 

「ミサイルの数は正確には四十八発だったと言わせてもらおう」

 

「さすがHerrです。一人で半数を落とされるとは!」

 

 いきなりの事に動揺するルフィナ。

 ミサイルの数を冷静に数えていたグラハム。

 そのグラハムの実力に感嘆の声を上げるラウラ。

 この事態に対してそれぞれの反応を示しつつも無傷の三人にどっと周囲は安堵の息を吐いた。

 そんな周りを一切気にすることなくグラハムは両手のライフルを消すと、フッと笑みを向けた。

 

「なかなかの一撃だと言わせてもらおう、簪」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 グラハムの笑みの先には頭を下げる簪がいた。

 彼女は《打鉄弐式》を纏っていたが、両腕には装甲はなく両手をギュッと握りしめていた。

 

「私は責めてはいない。調整中の失敗などいくらでもあるさ」

 

「う……」

 

 謝ろうとして頭を下げていたはずの簪だがグラハムの言葉に俯いてしまっているように見える。

 打鉄弐式の周囲には水色のコンソール以外にエラーを示す赤の警告がいくつも点滅していた。

 機体本体も数か所から白煙が上がっている。

 フラッグを待機状態に戻し、簪の元へとグラハムが足を進めようするとスピーカーのハウリングが鳴り響いた。

 

『ちょ、ちょっとそこの! 今の模擬戦じゃないでしょ! 何してるの!?』

 

 今まで他の生徒達同様気を抜いていたのだろう、教員の声が少しばかり焦っている。

 

「あえて名乗ろう。1年1組出席番号31番、グラハム・エーカーだ。ISの不具合による事故だ。心配は無用だと言わせてもらおう」

 

 通信を開き、名前と所属クラスを名乗ってから事態について簡潔に報告を入れるグラハム。

 

『え、えーと……分かりました?』

 

「では、通信を切らせてもらおう」

 

 少し混乱気味な教員との通信を一方的に切った。

 

「動けるか?」

 

「だ、大丈夫……」

 

「なら、ピットへ戻ろう。ラウラ、ルフィナ、それと本音も」

 

「ハッ!」

 

「うん」

 

「お~」

 

 ピットに戻るとすぐに本音と簪が弐式の状態をチェックし始めた。

 周囲には幾多のコンソールが展開され、淡い光が機体を包んでいるように見える。

 少し離れたところで、二人がコンソールを操作する音とその光景をどこか心地よくグラハムは眺めていた。

 ラウラとルフィナはピットに戻るやいなやそれぞれに通信が入り、すぐに更衣室へと向かって行った。

 

「あー、マルチロックオンシステムが勝手にセットしちゃってたんだね~」

 

「それにスラスターも出力が不安定になってるから、PIC制御にも不具合が……」

 

 不具合には検討がつていたようですぐに問題点を探り当てる二人。

 

「どうやら見つかったようだな」

 

「うん。……ごめんなさい」

 

「気にするなと言った」

 

 頬を緩めながらグラハムは弐式に近づいた。

 彼が以前見たときよりも完成度は高く、システム面も二人の会話から課題はあるものの、先のように試運転が行えるようにはできているようだ。

 だが同時に以前と異なる部分も見受けられた。

 弐式は元々《打鉄》を機動力特化にしたような外見をもっていたのだが、より機体がシャープになっている。

 その洗礼された姿はグラハムにとってどことなく見覚えのあるものだ。

 

「《フラッグ》のデータを参考にしてみたの」

 

「成程、いい考えだ」

 

「でもー、そのせいで機体制御がちょおちょおちょおちょお~……難しくなっちゃたー」

 

「どういうことだ?」

 

 左手でコンソールを弄りながら、右手の制服の裾を弐式に向けて振るう本音の言葉にグラハムは問いかけた。

 グラハムとしてはフラッグの性能には自信があったし、打鉄ベースとはいえ設計も行ったのだ。本音の言葉が気にならないはずがない。

 わずかにグラハムの眉がひそめられているのを一切気にする様子もなくマイペースに本音は答える。

 

「フラッグはさ~、PICがマニュアルなのが前提なんだよー。そんなISはねー、他にはいないんだよー」

 

「マニュアル?」

 

 ISではあまり聞きなれない言葉にグラハムは首を傾げる。

 

「機体制御にはPICが使われている、でしょ? 普通はオートでマニュアルとは任意で切り替えられるものだけど、フラッグにはオートがない。だから本来ならマニュアル操作でもあるはずのオート補正もフラッグにはないから……」

 

 機体制御のPICは基本的にはオートモードで設定されている。しかしそれでは細かな動作を行うのが難しいため、マニュアルモードに切り替えられるようになっている。

 このマニュアルモードも他の複雑な操作や思考をする際に、機体制御にオート補正がかかることで、搭乗者の負担を軽減している。

 だがそもそもフラッグにはオート機能がない。

 それはつまり現行のISとはソフト面で大きく違うために、互換性が低いのだ。

 

「火器管制システムを参考にしたかったんだけど、そうすると機体制御の調整が難しいから……」

 

「そうか……」

 

 と、簪の説明にグラハムが目を閉じた。

 思い出されるのはカスタムフラッグの図面を引いたときのこと。

 あの時、不要なものだと思って削ったがよもやこのような事態を招くとは。

 

「すまない。少々差し出がましいことをしたようだ」

 

「そんなことない。とても助かった」

 

「そうだよー。推進ユニットとかはすごい助かっちゃったー」

 

 頭を下げるグラハムに簪は硬いながらも本音と共に笑顔で礼を述べた。

 

「それに、他のISに乗ったことがなかったらフラッグの操作方法が当たり前だと思っても不思議じゃ……ない」

 

「いや、打鉄を動かしたことはあるがそのときもフラッグと変わらなかった気が……」

 

『え?』

 

「む?」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「……成程、そういうことか……」

 

 夕方、生徒会の仕事を終えたグラハムは廊下を歩きながら独りごちていた。

 カスタムフラッグの設計図を千冬に渡してから何度か機体の危険性について忠告されたが、その意味が今になって呑み込めてきていた。

 オート機能による補正があって当たり前のISからその機能を取り除けばなるほど、思考から機体制御を一瞬たりとも外すことができなくなり、パイロットへの負担が大きくなる。

 まさか、MSとISの違いがこのようなところで出てくるとは。

 

「わからんものだな」

 

 校舎の外へ出るともうすでに日が落ちようとしていた。

 腕時計を見るとすでに六時半を回っていた。

 

「そろそろ夕食を――」

 

「グラハムさん!」

 

 足を食堂へと向けようとしたとき、長い金髪の女生徒が声をかけてきた。

 

「セシリア」

 

 笑みを浮かべ、グラハムは手を差し出し握手をした。

 

「お久しぶりですわね、グラハムさん」

 

「ああ、軍事演習のとき以来だ」

 

 いつもの上品な笑みのセシリアだがわずかにその表情には疲れが見えた。

 

「あの後は大変だったと聞いている」

 

 ええ、と頷くセシリア。

 その仕草一つとっても貴族らしい嫌みのない優雅さがあるが、やはり疲労によるものか、どことなく弱々しさが垣間見えた。

 

「本当は早く帰ってきたかったのですが、この時勢ですので」

 

 それに、と彼女の声のトーンが下がった。

 

「今日もあのようなことが起きてしまいましたし」

 

「何かあったのか?」

 

「ラウラさんやルフィナさんからお聞きになりませんでしたか?」

 

 グラハムはああと頷いた。

 アリーナを出ていく二人は慌てているようであったし、簪たちと弐式の調整を施した後は生徒会の仕事とグラハム自身忙しく、聞く暇などなかった。

 セシリアは周囲を警戒するように見渡した後、そっと耳打ちした。

 

「欧州連合軍と戦闘していた棄民系武装組織をISが味方をしたそうですの」

 

 しかも、

 

「アメリカ軍のISが」




スパロボUX発売しましたね。
グラハムさんは隊長やっている方がかっこいいです。


 次回
『波乱の始まり』

第2幕が幕を開ける。


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学園祭
#53 波乱の始まり


 九月になり、IS学園は新学期を迎えていた。

 そんな最初の週のある日の多目的ホール。

 そこでは全校集会が行われている。

 名目は中旬に予定されている学園祭。

 今、檀上に上がっているのは楯無だ。

 つい数時間前に学園に戻ってきた彼女だが疲れた様子は見られない。

 楯無は挨拶を学生たちへすると自己紹介をする。

 

「最近色々と立て込んでいて挨拶がまだだったけど、私の名前は更識楯無。君達生徒の長よ。よろしくね」

 

 にっこりと浮かべられているほほ笑みに多くの生徒が魅了される。

 そんな彼女たちにもう一度笑みを向けると扇子を取り出した。

 

「さて、今回話すことは今月の一大イベント学園祭についてだけど。今回だけは特別ルールを導入するわ。その内容というのが――――」

 

 取り出した扇子を横にスライドさせる。

 それに連動するかのように後ろで投影型モニターが表示された。

 

「名付けて、『各部対抗織斑一夏争奪戦』!」

 

 そして楯無が扇子を広げると、投影型モニターにそう文字が表示され、その下には一夏の写真が映し出される。

 

「え……?」

 

『えええええ~~っ!?』

 

 突然の宣言に割れんばかりの叫び声がその場にいたほぼ全女子から発せられる。

 騒動の中心ともいうべき一夏はただただ唖然とするだけだ。

 そんなホールの様子をうんうんと眺めた楯無はパチン、と扇子を閉じると視線を檀上の隅へとゆっくりと動かす。

 

「じゃ、副会長に説明をしてもらうわ」

 

 釣られて向けられた生徒たちの視線の先、ステージの端からグラハムが悠然と出てきた。

 それと同時に黄色い声が上がるも彼は気にしてはいないようだ。

 楯無が少し横にずれたことで空いた中央に立つグラハム。

 

「諸君、朝の挨拶。すなわち、おはようという言葉を謹んで送らせてもらおう」

 

『おはようございま~す!』

 

「すでに私は挨拶をした」

 

『わかってま~す』

 

 と、グラハムとの会話経験の豊富な一年一組を中心にあいさつを返す女子達。

 再び黄色い声が沸き起こるがグラハムはそれをバッサリと斬り捨てる。

 

「静かにしたまえ。私は我慢弱い」

 

 さて、と前置きしつつ若干の黄色い声やおしゃべりを残して静かになったホールを見渡す。

 

「私は回りくどいのは性に合わないと自覚している。さっそく本題に入らせてもらおう」

 

 その言葉とともにホールの全てのカーテンが閉められ外の光を締め出す。

 同時に檀上を残して天井の光も消え、暗くなる。

 

「君たちも熟知している通り、学園祭では各部活の催し物を出し、それに対して投票を行い上位に入った部活には部費として特別助成金が出る仕組みだった」

 

 しかし、と言葉を区切る。

 

「今年は生徒会長の案を採用し、一位に輝いた部活動に織斑一夏を強制的に入部させることになった」

 

 彼の言葉に合わせてスポットライトが一夏を照らし出す。

 照らし出された本人はグラハムを見ながらも混乱しているようだが「俺の意志は」と言っている気がしたので、言葉を放つ。

 

「断固無視させていただく!」

 

 傍若無人ともとれるその言動に一夏は声を上げたくなったが、それを女子達の歓声によって押しつぶされた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「さて、昼食をとりに行くか」

 

「おい、グラハム」

 

「フッ、分かっているさ」

 

 昼休みになり、グラハムが席を立とうとしたところで前に座る一夏が振り向いてきた。

 その目はどこかどんよりとしているが、グラハムは一切気にすることなく口端に微笑すら浮かべている。

 

「せっかくの昼休みだ。昼食をとりながらでも構わないだろう」

 

「じゃあ、そうするか」

 

 一夏が頷くと二人は廊下に出た。

 いつもなら箒やセシリアといった幾人かの女子達も一緒なのだが、彼女たちはそれぞれの部活の緊急ミーティングへと行っており、シャルロットも職員室へ呼び出され、珍しく本当に二人だけだった。

 因みにこのミーティングは全ての部活で行われており、題目は当然、織斑一夏争奪戦である。

 すでにいくつかの部活は行動を開始しており、特に不利な運動部、格闘系の部活は実力行使で一夏確保に動くなど、集会から四時間足らずで一夏に被害が出ていた。

 休み時間のたびに襲撃された上に授業に遅れて千冬からの出席簿制裁という流れをすでに二回受け、早くもぼろぼろの一夏を横目にグラハムは階段を下りる。

 だがこのある種レアなツーショットもすぐに終わりを迎えることになった。

 

「やあ」

 

 階段を降りたところで二人は角から声をかけられた。

 

「……会長」

 

「楯無か」

 

「おや、どうして一夏くんは警戒しているのかな~?」

 

「いや、それは……」

 

 どう答えていいのか分からないのか一夏はしどろもどろに曖昧な言葉を並べる。

 そんな一夏の反応が楽しいのか、楯無は彼の顔を一見涼しげな表情で覗きこんでいる。

 

「ん~?」

 

「……」

 

 一夏の表情は赤く、困っているようにしか見えない。

 

「あ、あの……」

 

「あら、恥ずかしいかしら?」

 

 分かってやっているのだろう。

 さらに顔を近づける楯無。

 

「止めたまえ」

 

 グラハムが一夏に助け船を出した。

 彼は楯無の表情を読み切っていた。

 あら、と扇子を口元に当てながらおかしそうに笑う楯無。

 その目は悪戯好きの子供を彷彿とさせる輝きをわずかに見せていた。

 

「面白かったのに。グラハム君と違って反応してくれるもの」

 

 ふふ、と愉快そうに楯無は応接用のソファに座った。

 そして一夏に座るよう促す。

 三人は楯無の提案で生徒会室に移動していた。

 

「さて、一夏」

 

 楯無の隣に腰を下ろしたグラハム。

 

「私たちは君に事情を説明する用意がある」

 

「俺を強制入部させるってやつか?」

 

「ああ。実を言えば、夏の休暇の前から多くの苦情が生徒会に送られてきた」

 

「苦情?」

 

「私や君が部活動に入らないことによる苦情だ。正確には君が入らないことで91件、私が入らないことで92件、私たち二人が入らないことに関しては重複なしで196件あった」

 

「……すごい数だな」

 

 一夏の感想はもっともである。

 IS学園の部活総数をはるかに超える件数。

 そして学園の生徒数は400人弱。

 その数がいかに多いか、もはや語るまでもないだろう。

 

「でしょ? だからキミをどこかに入部させないとまずいことになっちゃったのよ」

 

「それがあの学園祭の投票決戦ですか……」

 

 ため息を吐きながら頭を落とす一夏。

 だがすぐに頭を上げた。

 

「グラハムはなんでないんだ?」

 

「当然私もという話にはなった。だが学園側がテスターとしての仕事を優先させたいということでお蔵入りさ」

 

 グラハムは至極残念という表情で言った。

 それが本心かは一夏には掴み兼ねたが恐らく本心だろうと思った。

 

「でもなぁ」

 

「無論、君も忙しいことは熟知している」

 

 一夏が困っている原因はそこだ。

 彼は毎日ISの特訓をしている。

 しかも専用機持ちたちにかわるがわる技術を叩きこまれ余裕などないのだ。

 それをグラハムが見落とすはずがない。

 そこで、と対策を出す。

 

「学園祭までの間だが、楯無が君に修行をつけてくれるそうだ」

 

「よろしくね」

 

「はい?」

 

 突然ともいえる申し出に間抜けに聞き返す一夏。

 

「どうだ。君にとって得ることが多いと私は思うが」

 

「でもなんで俺を?」

 

「それは簡単。キミが弱いからよ」

 

「………………」

 

 何にも包まれることなく言われたシンプルな一言に一夏は表情を硬くする。

 

「そんなに弱くはないつもりですが」

 

「悪いが一夏。私は楯無の意見を肯定させてもらおう」

 

 グラハムも一夏の言葉を無情にも斬り捨てる。

 

「君は機体以外の要素で勝利を得たことがない。その事実を鑑みればわかるだろう?」

 

 指摘された事実に一夏は黙るしかなかった。

 実際、一夏の専用機持ち内での戦績はセシリア以外には全敗である。

 そしてセシリアに対してもあくまでレーザー兵器を『雪羅』で無効化できているだけであり、接近戦ではグラハムに鍛えられた彼女の方に分があるほどで、新学期に入ってからは負けが続いていた。

 

「まあ、そういうことだからお姉さんに任せなさい」

 

 笑顔で言う楯無にもはや頷くしか一夏にはなかった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 放課後。

 クラスでは学園祭のクラスの出し物を決めている時間だがそこにグラハムの姿はない。

 彼は生徒会室にいた。

 会議という建前でHRを抜け出してきたが、部屋にいるのは生徒会とは別の面々だ。

 

「ふむ」

 

 グラハムは読み終えた資料を閉じた。

 表示には『GNドライヴに関する研究』と書かれている。

 

「さすがはIS学園の技術者たちと言わせてもらおう」

 

「三か月でここまで調べるのは並みの国家じゃ無理ね」

 

 隣に座る楯無も感心したように資料を眺める。

 

「私もそこまで詳しくはないが、見る限り私の見識との差異はそこまでないようだ」

 

「織斑先生、この資料はそのまま委員会に?」

 

 二人に向かい合うようにして座る千冬に尋ねる。

 だが、顔をしかめたままで反応がない。

 

「………………」

 

「先生?」

 

「ッ! ……すまん」

 

「大丈夫か、千冬女史」

 

「大したことはない」

 

 そう言うと千冬は席を立った。

 

「そろそろ織斑が報告しに来るころだ。すまんが私は職員室に戻る」

 

 そのまま生徒会室から出ていく。

 出ていく際に二人が見た顔はどこか決意を秘めた鋭い表情をしていた。

 

「織斑先生、最近ああいう表情するよね」

 

 ドアが閉まると楯無は呟くように言った。

 

「確か、千冬女史が帰省してからだったと私は記憶している」

 

 正確には私と酒を飲んだ後だがね。

 一夏も帰省していた時なのでそれとなく聞いてみたが彼もわからないようだ。

 だがあのような顔つきはそう誰もがするようなものではないことをグラハムは知っている。

 しかも滅多に色を変えない千冬の表情に出させているのだ。

 何もないなどありえない。

 しかし、今の彼らにはそれを知る術はない。

 

「……まあ何はともあれ、私達にできることはやって先生が自分の事に集中してもらえるようにしなくちゃね」

 

 楯無は資料を厳重に生徒会室内の金庫に仕舞い込む。

 幾重もの鍵が一瞬でかけられる。

 それを確認するとグラハムの方へと振り向いた。

 いつものように飄々としているようでどこか真剣みのある表情だ。

 対するグラハムも表情を崩すことなく頷いた。

 

「その旨を由とする」

 

 二人は生徒会室を出て行った。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

『戦闘映像を確認しましたが、やはり奴でした』

 

「そうか……」

 

 ラウラはHRの後、自室でISのプライベート・チャンネルを開いていた。

 勿論口に出す必要はないため、はたからすればため息を吐いているだけのように見える。

 

「姿を消してから二年。まさか、宇宙に現れるとはな」

 

 また一つ、ラウラからため息が漏れる。

 それと共に彼女の脳裏に苦い思い出がよみがえる。

 シュヴァルツェ・ハーゼが本拠地を構えるドイツ国内のある軍事施設、そこに何度も現れた、あの『白い奴』。

《フラッグ》のようにその大半に白い装甲を持つことからそう呼ばれていた。

 幾度となくラウラ達は奴と戦ったが、勝利はおろか動きについていくことすら敵わず、その度に施設は大きな被害をこうむってきた。

 唯一、奴を追い詰めることができたのは、織斑千冬が教官として基地に所属していた時。

 《打鉄》を纏い、奴と互角以上に戦う姿にラウラは畏敬を覚えると同時に自身の無力さを恨みもした。

 あのとき、自分も強ければ、共に戦える強さを持っていれば、奴を倒せたのではないか、と。

 だが敵は織斑千冬ですら押し切ることのできなかった存在。加勢しても足手まといになるのが見えていた。

 結果として被害は皆無だったが、白のISを取り逃がすこととなった。

 それ以降、姿を現すことはなかった。

 だが先日、二年近い沈黙を破って奴は現れた。

 欧州連合の軌道ステーションを巡っての連合軍と棄民系武装組織の戦闘。

 そこに『白い奴』が介入してきた。

 奴はたまたまステーションで試験を行っていた宇宙仕様の《ラファール・リヴァイヴ》を圧倒し、リヴァイヴ一機以外に目ぼしい武装を持たないステーションは人為的被害こそ受けなかったものの、施設は大きなダメージを受けた。

 その情報が世界を駆け巡ったのと同時に彼女たちはあのISの名前を知った。

 

「《イステイン》、か」

 

『アナハイム社が開発した第二世代試作型ISです』

 

「公表したのはつい最近か。我が国も秘匿している分には追及はできんな」

 

 アナハイム・エレクトロニクス(AE)社の発表ではイステインが奪取されたのは一年ほど前になっているが、ラウラ達は数年前に何度も戦火を交えている。

 そこを問い詰めたいところだったが、ドイツはそれをできなかった。

 イステインが襲撃を繰り返したのはドイツ軍内においても、一部の物しかその存在を知らない施設。

 軍上層部はAE社を追及するよりも、機密を隠すことを優先した。

 基地が新型ISの試験場であることが理由であるとラウラ達は知らされている。

 レーゲン型開発以前からその施設ではISの試験が行われてきたことから、上層部の決定を彼女たちは納得することにした。

 全員が内心に疑念を持たなかったわけではなかったが。

 

『ところで』

 

 いくつか報告などの軍人としての通信が続いた後、クラリッサは声のトーンを少し上げた。

 

『学園祭のことですが』

 

「ああ。お前の教えてくれたモノを推薦したらそのまま通ったぞ」

 

『それはそうですよ』

 

 テンションが上がり始めたのかクラリッサの声に熱が入る。

 ラウラがわずかにひくのに気付くことなく彼女はしばらく熱く語った。

 

「……それで、調度品はセシリアが揃えてくれるそうだ」

 

 ゴホン、と咳払いをするとともになんとかラウラは情報をねじ込む。

 

「だから――」

 

『お任せください!』

 

 ハイテンションなクラリッサの声がラウラの頭に響いた。

 キュピーンという音がしたような気がしたがラウラは気にしないことにした。




毎度、駄文にお付き合いいただきありがとうございます。

そろそろ原作キャラにも独自設定が入ってくる頃合いです。
亡国企業に至ってはかなりの捏造が入りそうです。
せめてトップの名前とか呼び名が分かればいいんですがね。


 次回
『残滓』

痛みは時すら経ていく


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#54 残滓

「どうした一夏、疲れが出ているように見える」

 

「昨日までの楯無さんの特訓、結構きつかったんだよ」

 

 一夏はどこか疲れたように肩を回す。

 生徒会室に連れて行かれた日からすでに二週間近くが立っており、その間に一夏は楯無による地獄ともいえる特訓を受けていた。

 学園祭前日の午後。

 午前で授業はすべて終わり、生徒達は学園祭の準備に追われている。

 当然ながらグラハムと一夏も例外ではなく、二人は昇降口の外で必要な機材をトラックの荷台から降ろす作業をしていた。

 

「その状態なのにもかかわらず、荷卸しを志願するとはな」

 

「こういうのは男子がやるべきだろ」

 

 一夏は大型の段ボール箱を持ち上げた。

 相当重たいのかわずかに彼の表情が歪む。

 

「こんな重たいの女子に持たせられないって」

 

「そういうところはやはり君らしいと言うべきだな」

 

 逆にそれが不安でもあるがね、とグラハムは内心でそう締めた。

 この無条件な優しさが女性を惹きつけているのだろうが、ここまで無自覚にフラグを乱立させるその姿は同時にグラハムをして心配というものを抱かずにはいられなかった。

 いずれ刺されかねんなとひそかにそう言葉を付け足した。

 二人はそれぞれ段ボールを抱えて校舎の中へ入った。

 昇降口の中では女子達が交代で台車を引いてきており、そこまで運ぶのが彼らの仕事だ。

 

「お待たせ」

 

 二人が所定の位置に持っていくとちょうどルフィナが台車を押してきた。

 急いできたのかわずかに呼吸を乱している。

 

「では、よろしく頼む」

 

「まかせて」

 

 荷物を置いたグラハムたちに笑みで答えるとルフィナは元来た道を戻っていった。

 それを見送ってから次の荷物を取りに向かう道すがら、

 

「二度目になるがあえて問おう」

 

 グラハムがどこか改まったふうに問う。

 

「ここ最近の千冬女史の様子に何か思い当たることはないか?」

 

「そうだな……」

 

 黙り込む一夏。

 以前グラハムが尋ねた際には「わからない」の一言で終わっていたが、今回は何やら思い当たるふしがあるようだ。

 我慢弱いグラハムだが、彼を急かすことなく言葉を待った。

 

「どう言ったらいいのか分かんないんだけどさ」

 

 二往復程荷物を運んだあと、言いづらそうに一夏は口を開いた。

 

「なんていうか、昔に戻ったような感じがするんだよな」

 

「昔?」

 

 ああ、と一夏は軽めの段ボール箱を抱えながら頷いた。

 

「俺と千冬姉が両親に捨てられたばかりの頃、とでも言やいいのかな?」

 

「あまり深く尋ねることではなさそうだな」

 

「気にすんなよ。でさ、あの頃の千冬姉の目になんとなく似てるんだよ。なんでかまでは分からないんだけどさ」

 

「そうか……」

 

 グラハムはただ一言そう呟いた。

 そこから先、二人の間に会話はなかった。

 一夏は考え込んでいるようでもあったし、グラハムもまた少し険しい表情をしていた。

 正直なところ、グラハムには一夏の言ったことを理解できないでいた。

 かつて家族を守るために空を飛ぼうとした上官を「理解しかねる」と断じるなど、家族を想う気持ちに対する認識がグラハムは薄い。

 そもそも、孤児であり頼れる人もなく育ったグラハムには、家族というものが分からなかった。

 それは『少年』を目標とする彼にとって、自分自身を情けなく思わせていた。

 彼らはただ黙々と作業を続けた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 宇宙開発が盛んだった頃、ラグランジュポイントをはじめとした地球圏では、人工天体やスペースコロニーの研究開発が盛んに行われていた。

 資源の枯渇や人口の増大などの問題を解決への希望を見出し、多くの国や企業が参加したそれらの一大プロジェクトは、一世紀以上もの間続けられてきた。

 だが宇宙開発を目的として誕生したはずのISによって時代は大きく動いた。

 ISの力を世界に見せつけることとなった『白騎士事件』にて、中堅国家一国を滅ぼせるであろう火力をたった一機のISが殲滅した。

 結果、ISは宇宙開発の新たな担い手となるどころか、最強の兵器として見られるようになり、各国はこぞって軍事兵器としてISの研究開発に乗り出した。

 だが、国家予算には限度というものがある。

 予算という一枚のパイからどうやってISの研究費用を捻出するかが問題となり、その矛先があろうことか宇宙開発事業に向けられることとなった。

 これに対して反発の声を上げる国や企業は当然多くいた。

 しかし『白騎士事件』から一月、IS委員会が設立されたころにはその声はほとんど聞こえなくなっていた。

 事実上、宇宙開発事業は中止され、衛星や資源衛星はISの宇宙用装備の実験に一部が使われる以外は廃棄された。

 そういった廃棄された宇宙空間の建造物を根城とする反政府組織や武装組織を『棄民』と呼ぶ。

 彼らは元々、一世紀以上続けられてきた宇宙開拓事業に従事していたものもしくはその子孫であり、事業中止に反対して母国の政府と対立、帰る場所を失った者達である。

 ISが世界を席巻しはじめた頃、ある政治家が宇宙開拓事業を『棄民政策』と揶揄したことからそう呼ばれている。

 

 

 

 八月下旬、ある棄民系武装組織が欧州連合の軌道ステーションを襲撃し、連合軍との戦闘が行われた。

 連合側の装備は宇宙仕様の《ラファール・リヴァイヴ》一機。

 対する武装組織のパワードスーツは総数二十。

 数の上では連合側の圧倒的不利。

 だが最強の兵器と旧式の重機では数の上での勝負にはならなかった。

 一機、また一機とリヴァイヴは敵を沈めていった。

 本来なら弱点となりうる搭乗者の精神状態も、ヘルメットのカメラ越しに見ていることで幸か不幸か、平常を保っていた。

 しかし、戦闘開始後十分もたたずに事態は急変した。

 

「そ、そんな馬鹿な……!」

 

 スペースデブリの隙間を縫うようにして、リヴァイヴはまるで逃げるように飛ぶ。

 テロリストの命をいくつも奪いながらも精々眉をひそめる程度だった搭乗者の表情が、今は恐怖に引きつっている。

 全周囲モニターを何度も確認するその目は何かに怯えているようで、デブリに何度もぶつかりそうになりながらステーションへ向けて機体を動かしていく。

 

「こ、こんなはずじゃ……!」

 

 こんなはずじゃ無かった。

 彼女としてはただ馬鹿げた理想を掲げたテロリストの撃退任務に赴いただけだった。

 すでに何度も宇宙(うえ)に上がり、棄民系テロリストを狩ってきた。

 評価試験も毎回同じことの繰り返しで、慣れないヘルメットのモニターに苦戦しながらも、技術者たちとくだらない話で時間を潰す。

 魅力のない宇宙よりも、地上に戻ってからの休みをどう過ごすかを気にしながら任務をこなす。

 そんな日常が突然終わってしまった。

 

「ッ!?」

 

 ハイパーセンサーが警告を発した。

 数は一。

 だが背後から来るそれは段々と距離を詰め、それだけでもただのパワードスーツなどではないことを示していた。

 

「来るなあっ!」

 

 彼女は速度を上げようとしたが、多くのデブリが密集しているこの宙域において思うように加速できない。

 対して敵はさらに速度を上げている。

 

 その速度は、リヴァイヴの優に三倍。

 

「ッ! このッ!」

 

 逃げ切れない。そう判断したリヴァイヴは身を反転し、ライフルを構えて乱射する。

 密集地帯にありながら敵はデブリを蹴ることで減速することなく変則軌道を生み出し、銃弾に掠ることなくリヴァイヴを翻弄する。

 リヴァイヴの抵抗は白の機体を追うことはできず、ただむなしくデブリを砕いていくだけだった。

 そしてついに、リヴァイヴの眼前に白い顔が飛び込んできた。

 赤いツインアイと目があったかのような錯覚を覚えた瞬間、リヴァイヴは強い衝撃と共に機能を停止した。

 

『この程度か』

 

 白のISは、右手に持ったアックスからオレンジ色の光を消し、色のない声を発した。

 ビームアックスによる一撃はリヴァイヴを戦闘不能に追いやったが、搭乗者の命までは奪ってはいなかった。

 ツインアイをリヴァイヴから外し、その数キロ先の光点を一瞥すると、おもむろに左腕を上げた。

 装備されたシールドから放たれた弾丸はしばらくして緑色の光を発した。

 信号弾の光が周辺宙域を照らすのを確認し、リヴァイヴに背を向けた。

 AE社から奪取されたことが後に判明するその機体――《イステイン》――は、もはやその場に用はないとばかりに武装組織の生き残りたちを連れ、その宙域を去っていった。

 

 数日後、欧州連合の捜索を掻い潜り、イステインは先日の戦闘で援護した武装組織の生き残りとその仲間を連れ、自身の根城へと帰投していた。

 格納庫に降り立った彼は整備士にISを、部下に連れ帰った者たちを預けるとふわり、と最奥へと向かった。

 独自に改修したパワードスーツや作業艇が並ぶ広い格納庫は熱気に満ち溢れていた。

 ヘルメット越しにそれらを、感情を乗せていない目で見ながら最奥にある重厚な金属の扉を開く。

 三重のドアを潜り抜け、ヘルメットをとりながら部屋に入る。

 

「少佐、スコール」

 

「お疲れ様です、総裁」

 

「…………」

 

 ドアを幾重に隔てているとはいえ、熱気に溢れる格納庫にあってそこだけは静かだった。

 金髪の女性とパワードスーツを調整する一人の男性。

 スコールは入ってきた声に応じて頭を下げるが、少佐と呼ばれた彼は挨拶を目礼だけで済ませ機体の調整を続けている。

 それが少佐のアイデンティティなのか、スコールは別に咎めることもなく総裁のそばに歩み寄って行った。

 

「今回は七人の命を救ったそうですね」

 

「二十人近くいて生き残ったのは僅か七人。ISによって命が奪われている事実を地上の者たちは知らない」

 

 淡々と語る声に耳を傾けながら少佐はコンソールを操作している。

 スコールは無念そうに俯いた。

 

「できれば私も出撃したかったのですが……」

 

「君はISの調整がまだ終わっていない。ないものねだりをしても仕方あるまい」

 

「……本来なら歴史の波に飲み込まれていく命を救ったんです。多少のことは仕方ありません」

 

 ここでようやく口を開いた少佐だが、ISによって人が殺された事実に一切触れなかった。

 ISによって命が奪われることがここでは当たり前であることもそうだが、少佐の口ぶりはあえて触れなかった様にも聞こえる。

 二人もそれを理解しており、口にすることもなかった。

 

「――我々はこの時代におけるイレギュラー。時代の残滓たちを受け止めることで存在成し得ている。いわばゴーストファイターといえるだろう」

 

 そう、と相変わらず抑揚のない声が金属で覆われた室内に響く。

 

「君たちと同じように」

 

 その言葉に少佐は機体を見上げた。

 青を基調とした迷彩色のパワードスーツ。

 そのブレードアンテナの奥で、単眼センサーが赤く光った。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 仰向けに横たわったまま、千冬は今しがた疾走したばかりのように荒い息をしていた。

 右手で前髪を掻き上げると額に汗をかいているのがわかった。

 上半身を起し、右手を額に当てたまま、目を覚ますまで見ていた夢を、思い出す。

 

「チッ……」

 

 まただ。

 また、この夢を……。

 ギリッ、と奥歯を噛みしめる。

 ある日を境に、千冬は何度も同じ夢を見ていた。

 

「…………」

 

 暗がりの中、千冬の視線はテーブルの上にあるバッグへと向けられた。

 バッグの内ポケットには青い封筒が入っている。

 中にあるのは皺だらけの一枚の手紙。

 この手紙を受け取った夜から、千冬は同じ夢にうなされていた。

 千冬はベッドから出ると、部屋を横切って簡易キッチンへと向かった。

 冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取りだし、口をつける。

 冷たい水が喉を潤していく。

 

(あの日も、こうしていたな)

 

 思考も冷えたのか、千冬は冷静さを取り戻していた。

 あの日も水を飲んで頭が冷えたからなのか、ゴミ箱に叩き込んだ手紙をバッグにしまった。

 別に手紙が大事だからというわけではない。

 一夏の目に触れさせたくなかったからだ。

 こんな手紙、間違っても彼の目に触れさせていいものではない。

 冷蔵庫を閉め、ベッドに戻る。

 横になり、時計を見た。

 時間は日付が変わったばかりだった。

 まだ十分に寝る時間はある。

 

 ―― 一夏をお願いね?

 

「言われるまでもない」

 

 目を閉じて千冬は呟いた。




グラハムさんの身長は180cmといわれています。
そう書いてあるサイトが多いわけですが、同じサイトにはこうあるんです。
ハワード・メイスン 176cm
ダリル・ダッジ   176cm

アニメだと明らかに
カタギリ>ダリル≧ハワード>グラハム
だっただけに目を疑いました。


 次回
『学園祭』

 悪意が牙をむく


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#55 学園祭

 学園祭当日。

 

「ほう、これが燕尾服か」

 

 姿見の前に立ち、グラハムは自分の格好を眺めていた。

 彼が着ているのは制服ではなく、テールコート――いわゆる燕尾服――と呼ばれるものだった。

 しかも黒のジャケットに白い蝶ネクタイという本格的なホワイトタイである。

 髪も無造作のままにはせず一応はセットしており、表情も相まって一見すると有能な秘書を思わせた。

 

「グラハム」

 

 鏡の奥にシャルロットの姿が映る。

 彼女もまたメイド服を着ていた。

 

「馬子にも衣装髪形、というやつだな」

 

 そう言いながら振り向いたグラハムは肩をすくめている。

 

「すごい似合ってるよ!」

 

「そうか。なら、着てみた甲斐があるというものだな」

 

 淡々とした口調ではあるが表情はどこか柔らかい。

 そこでグラハムはシャルロットが不安そうにしているのに気が付いた。

 

「どうかしたかね?」

 

「……僕、似合ってるかな? あまりこういう服って――」

 

「また、いつもの癖かね」

 

 真面目な面持ちでシャルロットの言葉を遮る。

 

「男装時代の事を引きずっているのかはしらないが、君は女性だ。似合わないはずがないだろう?」

 

「そう、かな?」

 

「グラハム・エーカーが宣言しよう。君は似合っている、と!」

 

「あ、ありがとう」

 

 シャルロットは頬を赤らめている。

 そんな姿を優しく見てからポケットより懐中時計を取り出す。

 セシリアによれば、ホワイトタイというものは腕時計をせず、銀や真鍮の鎖のついた懐中時計を使用するものだという。

 グラハムは《フラッグ》の待機形態である腕時計を袖で隠し、セシリアから渡された銀の懐中時計を使用することになっていた。

 時間を確認し、懐中時計をポケットに仕舞い込む。

 

「そろそろ時間だ。行くぞ、シャル」

 

「うん!」

 

 笑顔で頷くシャルロット。

 グラハムはシャルロットの脇を抜けると、彼女はどこか慌てたように後を追い、二人は教室へと向かった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 グラハムが一年一組の出し物を知らされたのは学園祭前日である。

 

「『ご奉仕喫茶』?」

 

 放課後、教室で準備を始める中でグラハムは女子達の言葉をおうむ返しに言った。

 

「あれ? グラハム知らなかったの?」

 

「私は聞いていない」

 

「一夏、ちゃんとグラハムに言った?」

 

「……悪い、忘れてた」

 

 どうやら決めた際に一夏がグラハムに伝えることも決めていたらしく一夏が謝る構図ができた。

 もっとも、彼自身いろいろあったことから特に責める気はなかった。

 

「それよりも。何をするのか説明を所望する」

 

「それは――」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「お嬢様方。御帰宅を迎える言葉、すなわち『おかえりなさいませ』という言葉を謹んで送らせてもらおう」

 

 グラハムが入店してきた三人の女子グループにそう挨拶をする。

 よくフィクションなどで見かける使用人のお辞儀に女子達は歓喜の声を上げる。

 

「執事! しかもエーカー君の!」

 

「ああ、こんな嬉しいことはない!」

 

「ジーク・執事!!」

 

「では、こちらへ」

 

 そう言ってグラハムは女子達の歓声に一切動じず、席へと通す。

 入店する客を迎えるたびに黄色い声を上げる女子達だが数時間接客をしていたことからすでに慣れてしまっていた。

 もっとも、グラハムがそう動揺するはずもないが。

 席の間を歩くたびに周囲から引っ張られ、なかなか仕事がはかどらないがクラスメイトは気にしてはいないようなのでグラハムも気にしないことにしている。

 

「盛況だな」

 

 十数分後、果たして何組目であろうツーショット写真を撮り、その場を離れたグラハムは改めて店内を見渡す。

 グラハムと同じく執事服を着込んだ一夏がこれまた同じく女子達に引っ張りだこにされている。

 他のクラスメイトは全員メイド服を着ている。

 因みにクラスの内外には二十人近くのメイドがいるが全員が接客というわけではない。

 男子二人と同じ接客担当は専用機持ち五人を含めた七人が勤めている。

 他の女子達は雑務全般を担当し、接客班の手が回らない際には入店の出迎えをすることになっているようだ。

 ――彼女たちの方がよほどメイドの気がするのだが。

 そう思うもあくまで『ご奉仕喫茶』だとグラハムは納得することにした。

 そして次の客を迎える。

 

「あえて――」

 

「あら、グラハム君」

 

「楯無。それに簪もか」

 

「こ、こんにちは」

 

 コクッと会釈する簪。

 どうやら二人で回っているらしい。

 その事実に思わず表情を綻ばせそうになったがすぐに引き締め、

 

「どうぞ、こちらへ」

 

 そう言って二人を円形テーブルへと案内する。

 

「随分本格的ね」

 

 グラハムが引いたイスに座った楯無が言う。

 簪も同感とばかりに辺りを見回している。

 

「ああ。服はラウラの部下が、調度品はセシリアが吟味したものらしい」

 

 説明を入れたグラハムは「む」と何かに気付くと、

 

「失礼したお嬢様方」

 

 いかにも執事という風に言い直す。

 それでもおかしいのはご愛嬌である。

 

「あら、気を付けなさい」

 

「何か違う……」

 

 そうグラハムにツッコミを入れながらメニューを眺める。

 さすがは『ご奉仕喫茶』なだけあり、メニューはメイドや執事が手に持って見せる形である。

 

「ケーキセット」

 

「『執事にご褒美セット』ね」

 

「……かしこまりました」

 

 わずか、ほんのわずか眉がピクリと動いたグラハム。

 それでも頼まれたセットを復唱すると丁寧に腰を折ったお辞儀をする。

 端から見れば変わらないように見えるが楯無はそのわずかな表情の変化を見抜いた。

 

 (ふふ、楽しみね)

 

 楽しそうに微笑む楯無。

 その隣では簪が姉の方を見てわずかに首を傾げている。

 グラハムはすぐに戻ってきた。

 

「お待たせいたしました、お嬢様」

 

 簪の前にショートケーキと紅茶が置かれる。

 そして楯無の前には――

 

「ポッキー?」

 

 簪の言うとおり、ハーブティーと共におかれたのは冷やされたポッキー。

 

「失礼」

 

 グラハムは楯無の正面に椅子に着いた。

 その表情はいつも通りのようで何か覚悟を決めた武人の面持ちを秘めていた。

 

「あら、座ってどうかしたのかしら?」

 

 閉じた扇子を口元に当てながら楯無が笑う。

 それはまるで悪戯好きな猫のようで――。

 

(分かって言っているな)

 

 恐らく誰かから聞いていたのだろう。

 そうグラハムは断定した。

 そして同時に、彼の乙女座センサーが警鐘を鳴らし始めていた。

 間違いなく、こちらの忠告を聞かない。

 そう、私の乙女座としての勘がそう告げている。

 だがどちらにせよ、やらなくてはならない。

 

(……ハワード、ダリル)

 

 グラハムはかつての戦友を思い浮かべる。

 ガンダムより手強い敵はいるものだな。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「じゃあね、おいしかったわよ。ポッキー」

 

「………………」

 

 グラハムに笑顔を向ける楯無と顔を赤らめて黙り込んでいる簪。

 

「『行ってらっしゃいませ』と言わせていただこう」

 

 二人に深々とお辞儀をするグラハムは見えない範囲で疲れ果てていた。

 結局、グラハムの予感は的中した。

 本来は『ご褒美』としてお嬢様である客がポッキーを食べさせてあげるというのが『執事にご褒美セット』である。

 だが、あろうことかその逆を楯無は要求したのだ。

 無論、このことを要求した女子生徒は多々いた。

 そのたびにセシリア、シャルロットといった面々が制止にかかる。

 その鬼気迫るような彼女たちの表情に、大抵の客は諦めざるを得なかった。

 しかし、相手は楯無である。

 二人の制止はあっけなく突破され、

 

「『執事』なら主人の言うことは聞くものよ」

 

 と、メイドを付けている本物のお嬢様の一言にグラハムは従うことを強いられた。

 結果として口移しまで要求され、周囲の視線、特にセシリアとシャルロットの刺すような視線に晒されることとなった。

 しかもタイミング悪く現れた新聞部に写真にまで撮られ、歴戦のパイロット、グラハム・エーカーは敗北を喫した。

 なんとか体裁を保ち礼儀にかなったお辞儀をし、顔を上げるグラハム。

 そのとき去り際の楯無の言葉が耳に入る。

 

「午後のイベントもよろしくね」

 

 その一言にグラハムは少しテンションを回復させたのは別の話である。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「みつるぎ社の巻紙様。ハイ、確認終わりました」

 

「申し訳ありません。チケットがなければ入場できません」

 

「日本IS委員会の松本様ですね」

 

「チケット確認できました。どうぞ」

 

「ようこそ、IS学園へ」

 

 正面ゲートの前で布仏虚を中心とした数名の生徒が来場者のチケット確認を行っていた。

 IS学園の学園祭はセキュリティ上、一般人の入場は制限されており入ることはできない。

 例外として生徒から招待状をもらえれば入場できるが、来校者の大半は軍事、企業の関係者だ。

 虚も幾人目かとなる来校者の男性に声をかけた。

 

「チケットを確認してもよろしいでしょうか」

 

「ええ、どうぞ」

 

 人のよさそうな笑みを浮かべた男性から二枚チケットを受け取り、虚はそれを確認する。

 

「双葉商――失礼、フタバ・エンタープライズの野原様ですね」

 

「別に双葉商事でも構いませんよ」

 

 苦笑を浮かべながら野原は左の掌を見せる。

 そんな何気ない動作一つにも隙はなく、笑顔で応じながらも虚は野原を鋭く観察した。

 黒いスーツの上からでも、ハッキリとわかる引き締まった身体付きはなにかスポーツをしているかのように思わせる。

 だが彼の精悍な面立ちの中にある、鋭い目つきは笑顔であってもどこか身を強ばらせる何かがあった。

 

(PMC……傭兵部門の人かしら?)

 

 虚は笑顔を崩さず観察を終え、さりげない目の動きで野原の横に立つ少女へと視線を移した。

 

「そちらは?」

 

「ああ、娘です。今年受験でして、見学させてやろうと」

 

 野原は左に立っている少女の肩に手を置いた。

 少女はパーカーのフードを目深くかぶり、表情が見えない。

 

「…………」

 

 ただムスッとしているように口元が見えたので、少女へと笑みを向けてから虚はチケットを差し出す。

 

「そうでしたか。では、チケットをお返ししますね」

 

「ありがとうございます」

 

「…………」

 

 野原は和らい笑みを浮かべて、娘は口元を結んだまま頭を下げゲートをくぐり、学園に入っていく。

 しばらく歩いてから野原はため息を吐いた。

 

「ハァ、嬢ちゃんよ。も少しガキっぽくしたらどうだ? 怪しまれんじゃねえか」

 

 少女に向けられる野原の視線は、先ほど虚に向けたものとはまるで違っていた。

 しかし冷徹で鋭利なそれを受けても、少女は顔色一つ変えなかった。

 

「――サーシェス」

 

「今は野原って名乗ってんだよ。これも仕事なんだ、それっぽくしてな」

 

「了解…………とうちゃん?」

 

「――嬢ちゃんが使う言葉じゃねえぞ、ソレ」

 

 まぁいいけどよ、とぼやくサーシェスの口元には笑みが浮かんでいた。

 悪意をふんだんに含んだその笑みは、もはや虚と会話をしていた人のいいサラリーマンとは乖離していた。



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#56 灰被り姫

 第四アリーナ。

 

「あら、なかなか似合っているじゃない」

 

「ど、どうも」

 

 更衣室に入ってきた楯無の言葉に、一夏は微妙な表情をした。

 今の一夏の格好を一言でいうなら『王子様』というやつである。

 イメージに相応な豪華な衣装ではあるが、肝心の一夏の表情はやはりすぐれないでいた。

 

「はい。王冠」

 

「は、はぁ……」

 

 そして楯無は一夏の頭に王冠を被せた。

 

「あの、俺脚本とか台本見てないんですが」

 

「心配ないわ。基本的にアナウンスで流すから、台詞はアドリブでよろしく」

 

 某世界初のフルCGロボットバトルアニメーションみたいにね、と楯無に背を押され、一夏は舞台袖に移動する。

 その表情は言い知れぬ不安を抱いていた。

 

「は、はい」

 

「さあ、幕開けよ!」

 

 ブザーが鳴り響き、照明が落ちる。

 アリーナ内にはかなり本格的なセットが組まれており、本物の城を思わせる作りになっていた。

 その作り込まれた舞台に思わず感嘆をもらしつつ、一夏は舞踏会場の上に立った。

 それと同じくしてゆったりとしたBGMとナレーションが流れ始めた。

 

『ある時代のあるところに、シンデレラという少女がいました』

 

 思いのほか普通の出だしに、ステージ中央の一夏はホッと息を吐いた。

 だが一夏は見落としていた楯無という人物を。

 シンデレラの役を誰がやるのかと呑気に首を傾げたとき――

 

『否、それはもはや名前ではない。幾多の舞踏会を抜け、群がる敵兵をなぎ倒し、灰燼を纏うことさえいとわぬ地上最強の兵士達。彼女らを呼ぶのにふさわしい称号…それが『灰被り姫(シンデレラ)』!』

 

 突如、世紀末もかくやというBGMにかわり、ナレーションのボルテージも一機に上昇する。

 

『今宵もまた、血に飢えたシンデレラたちの夜が始まる。王子の王冠に隠された隣国の軍事機密を狙い、舞踏会という名の死地に少女達が舞い踊る!』

 

「は、はぁっ!?」

 

「もらったぁぁぁ!」

 

 一夏が驚愕の声を上げる間もなく、反射的に屈んだ。

 間一髪で、頭の上すれすれを中国手裏剣こと飛刀が通過していった。

 射手は白地に銀のあしらいが施されたシンデレラ・ドレスを纏った鈴音だった。

 鈴音はさらに二、三本飛刀を投げると、一本を逆手に構え、突っ込んできた。

 さらに――

 

「一夏、覚悟!」

 

「のわっ!?」

 

 横に飛び込むようにして鈴音の斬撃を避けると同時にガキン、という金属音が響いた。

 すぐに起き上がった一夏の視線の先で、

 

「ちょっと! 邪魔しないでよ!」

 

「それは私の台詞だ!」

 

 ドレスを着た箒が刀を鈴音の得物とぶつけ合い、火花を散らしていた。

 二人は距離を空けるもすぐに刃を交えた。

 両者の鬼気迫る表情に軽い恐怖を覚えながら一夏はチャンスとばかりに走り出す。

 

「逃がさんぞ!」

 

「またかよ!」

 

 バルコニーを模したセットから今度はラウラが両手にタクティカルナイフを持ち、飛びかかってきた。

 それをなんとか身を翻して躱す一夏。

 と同時に満員の観客席から盛大な拍手が送られる。

 

「あ。ど、どうも」

 

 一夏の必死の回避行動の数々をハリウッドもかくやという演技と思い込んでいる観客からの声援に、彼は思わず律儀に応えてしまう。

 

「ええい、余所見をするな!」

 

「おわっ!?」

 

 眼前に光るものを見た一夏はそれをなんとか避け、走り出した。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「始まったか」

 

 アリーナの天井裏に組まれた足場で、腕組みをしたグラハムは、眼下で繰り広げられている戦闘を眺めていた。

 

(とんだ茶番だ)

 

 内心で吐息しつつ、グラハムは視線を左右に振る。

 

「狙い撃ちますわ!」

 

「当たれえっ!」

 

 左手側でセシリア、右手側ではシャルロットが、それぞれ銃火器を構えて容赦なく一夏へ向けて射撃を敢行している。

 しかも狙いは王冠ではなく、一夏自身に向けていた。

 足元に落ちる薬莢の金属音からしてまず間違いなく本物の銃弾だろう。

 当たればただではすまないだろうが、一夏はレーザーポインタの赤い光線に反応して避け続けている。

 

「いけっ!」

 

 さらに正面でルフィナがアサルトライフルを構え、ラウラ達を狙って引き金を引いている。

 ラウラ達とは別の役柄で出ているのだが、三人の表情は、下の三人に負けず劣らず真剣だった。

 当然、理由がなければたかが劇に彼女たちがここまで必死になることはないだろう。

 勿論、彼女たちを冷静に眺めるグラハムにはその見当がついていた。

 一夏以外の劇参加者には、王冠を是が非でも手に入れたい理由があった。

 

 (なんでも一つ願いをかなえる、か)

 

 生徒会長権限が及ぶ限りという条件ではあったが、随分と思い切ったことを考えるものだと、眼下の劇を眺めつつグラハムは思った。

 先行参加している箒、鈴音、ラウラの三人を見れば願いの内容などある程度予想できる。

 正直、千冬という関門があるので楯無といえどもかなえられるのかは怪しいものではあったが。

 それとは別に、上でライフルを構えている三人にもそれぞれの条件をクリアすれば、願いをかなえてもらえるという密約が存在した。

 こちらに関しては、グラハムは何を願うのか思い当たることはなかったが。

 

 (そういう私も、やらねばならないのだがね)

 

 大概だな、と口端に自嘲めいた笑みを浮かべるもそれは誰の目にも映らなかった。

 

 ダーンダダーン、ダーンダーンダンダーンダダーン

 

 と、厳かなBGMが流れ始めた。

 

『こうして、各国家は己の威信と繁栄をかけて、大いなるゼロサムゲームを繰り広げていた』

 

 何故か男性の声がスピーカーを通して響く。

 

『そう、人類はいまだに一つになることができないでいた』

 

 グラハムはルフィナ達にアイコンタクトをとる。

 

『そんな世界に対して、楔を打ち込もうとする者たちが現れた』

 

 ルフィナ達は頷くと、ライフルを一斉に一夏の周囲ギリギリの位置へと連射を始めた。

 一夏へと殺到していたラウラ達がそれらを避けようと、大きく後ろに下がる。

 

『某私設武装組織が、争いの根絶を目的とした武力介入を始めたのである』

 

 その言葉を合図に、グラハムはウインチロープを手に取り、舞台上へと降下した。

 

『味方の射撃がシンデレラたちを牽制する中、一人のエージェントが王子たちの前に降り立った』

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「グラハム……?」

 

 一夏は目の前に現れた男がグラハムであると確信を持てなかった。

 それは身に纏う雰囲気、恰好が彼の知る友人のそれとは似つかなかったからだ。

 癖のある金髪は見覚えがあるものの、顔には目と口元だけを覗かせた黒い面具をかぶっていた。

 身に纏うのは軍服を思わせる深緑色の格式高い服で、その上から赤い陣羽織を重ね着している。

 ハッキリ言えば異様。だが、その立ち姿は不思議と威風堂々としていた。

 

(侍……?)

 

 目の前に立つ異形を一夏はそう思った。

 眼光は鋭く、寄らば斬るような気迫を漲らせるその姿は、まるで古武士のような印象を周囲に与えていた。

 放たれる風格は本物で、先程まで殺気めいていた箒たちも息をのんでいた。

 誰一人として動けない中でまたしてもBGMが切り替わり、先程まで流れていたもののアレンジだろうか、少しテンポが上がった曲が流れ始めた。

 

『エージェントは争いの原因を断ち切るべく、王子の持つ軍事機密を抹消しなくてはなりません』

 

「え……?」

 

 楯無に戻ったナレーションに一夏は間抜けな声を上げた。

 そんな一夏を眼前に捉え、仮面の男は刀を抜いた。

 

「許せ、一夏」

 

 構えた刀の切っ先を一夏の喉元へと向け、仮面の男は低い声で短く陳謝した。

 面具で隠れて見えないが、劇が始まる前からグラハムの表情はどこか憮然とした色を湛えていた。

 今グラハムが着ているのは、某ロボット特撮ヒーローもののライバルキャラを元にした衣装だ。

 劇の話の筋は楯無と簪が考えたものらしく、こういうヒーロー路線は簪の案だという。

 だが単純なヒーローものではつまらないという楯無の意見で、本来なら敵サイドのキャラをモデルにすることになった。

 どうやらかなり似ていたらしく、簪は目を輝かせてグラハムに握手を求めたくらいだ。

 観衆にも知っている人はいるらしく、黄色い声が少数ながらもアリーナに響いていた。

 

 もしグラハムの表情が見えたら、大半の人は難しい表情の原因をその衣装に見るだろう。

 それは間違ってはいない。

 不本意なコスプレほど好ましくないものはないだろう。

 特に生真面目なグラハムという人物をある程度知っていれば、そう思っても不思議ではない。

 だが事情を知るものからすれば、衣装はあくまで間接的な原因だと気が付くだろう。

 特にチョンマゲのようなポニーテールが特徴の親友が、今のグラハムの格好を見れば、苦笑と共に同情の念を抱いたはずだ。

 それだけグラハムの胸中は複雑なものだった。

 別にあの時の格好を忌むべきものと、彼は思っていない。

 愚行の象徴とあの面具を呼んでこそいるが、意匠は素晴らしいものだとすら思っている。

 彼があの時代で忌んでいるのはそこではないのだ。

 しかし今の格好がそれを彷彿とさせるのは事実で、やはり面具の下の表情が和らぐことはない。

 これもまた事情を最もよく知る、というよりも遠因を作った親友ならよくわかるはずである。

 

 それでも、グラハムはやらなくてはならない事情があった。

 グラハムもこの劇でしかるべき役目をこなすことで、景品をもらうことができる。

 これも彼の場合は少し特殊だった。

 学園内での事柄にはあまり興味のないグラハム。

 あるのはせいぜい食堂の和食か風呂ぐらいなものである。

 そんな彼が無骨な表情でありながらも劇に参加しているは景品の存在が大きい。

 何しろ――

 そう、何しろ!

 

 京都の料亭が待っているのだからな!

 

 一夏へ向け、横一文字に刀を振るう。

 必死の形相で避けるもハラリと、一夏の前髪が数本宙に舞った。

 さら追撃を加えようと正面に構える。

 

「待て!」

 

「!」

 

 横合いから感じた声と微風に、グラハムは刀で薙ぐことで応じた。

 鋭い金属音と共に二本の刀が火花を散らす。

 

「箒か……!」

 

「貴様も私の邪魔をするか!」

 

 箒は一度間合いを空けるとグラハムへと斬りかかってきた。

 グラハムもまた右下からの斬り上げで応える。

 そこから幾重にも二人は切り結んでいく。

 度重なる妨害に箒の顔は怒りに燃えている。

 だがグラハムもまたわずかながらに苛立ちを覚えていた。

 憧れの京都の料亭。

 日本に憧憬を持つ者たちが一度でも行ってみたいと願う場所。

 それが京都であり、料亭だ。

 物で釣られることに恥じを覚えるグラハムだが、この条件に対して即答したことへは、一切の恥じらいも後悔もなかった。

 それだけの覚悟を持って挑んだにもかかわらず、目前で闖入者によって横槍を入れられたのだ。

 

 両者にとって互いが狼藉者にしか見えなかった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「ハッハハハハハ!」

 

「――くだらないな」

 

「そう言うなって」

 

 笑い声を上げながらサーシェスは隣に座るエムに一度視線を向け、また舞台に戻した。

 彼の視線の先にいるのはグラハム・エーカー。

 いや、今の彼の姿はそういう名ではなかった。

 

(まさかな、アロウズのワンマンアーミーをこんなところで見られるとはよ)

 

 舞台に立つ面具を被ったその姿にもうサーシェスは嗤いをこらえきれていなかった。

 ガキの御遊戯にワンマンアーミー。

 そう思うだけでまた笑いが込み上げてきた。

 

「とうちゃん」

 

「だから黙ってろって」

 

 表情と同じ冷めた声音のエムに何度も冷や水を浴びせられ、わずかにサーシェスの声が威圧感を含んだ。

 

「これも俺たちのお仕事だ。それに」

 

 彼は無精ひげ一つない顎でしゃくるようにある一点を指した。

 そこには初老の男と実業家を思わせるスーツ姿の青年の姿があった。

 女子が大半を占める中で浮いていることから、エムもすぐに二人の男性を見つけた。

 

「轡木十蔵、松本幸雄……」

 

「さすがにアレの前で暴れるのは止めとくんだな」

 

 こうして素顔を晒してんだからよ、と両手を枕のようにして座席によりかかるサーシェス。

 IS学園と日本IS委員会。そのトップたちの前で暴れることの無意味さを理解したのか、エムも大人しく舞台へと視線を戻した。

 劇はすでに佳境へと入ったのか、アリーナへの入り口から百人近い女子達が流れ込んできた。

 仮面の男を含めた全員から逃げ回る王子役の少年。

 その姿は滑稽なものでしかなくエムにとって特に面白いものではなかった。

 ふと視線を舞台の下へと向けると、スーツ姿の女性が観覧席の脇を通り舞台下へと移動しているのが見えた。

 最後列に座るエムだったが、暗がりの中でその女性の顔をはっきりと見ることができた。

 女性が少年の腕を掴み、舞台から引きずり落とす。

 

「嬢ちゃん」

 

「了解」

 

 女性がアリーナの外へと出ていくのを見届けると、二人も席を立った。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「逃したか……」

 

 グラハムは大袈裟にため息を吐きながら刀を鞘に納めた。

 アリーナの外へと消えた一夏を追って来たグラハムだが、第四アリーナの周囲は建物が多く、まるで碁盤のようにいくつもの細い道が交差している為に撒かれてしまったようだ。

 あきらめの悪いグラハムが捜索を止めることなどしないのだが、楯無から入った通信により、追撃を諦めざるを得なかった。

 

「さて」

 

 グラハムが振り返ると、そこには薄い金色の髪を後ろに流した女性がいた。

 

「これで君たちの作戦通り、ということだろうか」

 

「やっぱり、一筋縄ではいかないようね」

 

 女性は薄く笑みを浮かべている。

 グラハムもまたふっと鼻で笑った。

 

「あえて尋ねよう、何者だ」

 

「私の名前はスコール、でいいかしら?」

 

「つまり、組織については語る気はないと私は捉えるが」

 

「ええ。答える気はないわ」

 

 余裕の笑みを崩すことなく、スコールと名乗った女性はスーツの懐からあるものを取り出した。

 

「! ……成程」

 

 スコールが右手に持つモノにグラハムは見覚えがあった。

 四本の脚をもつ小型の機械。

 欧州連合の軍事演習の際に、グラハムを襲撃した男が持っていたものだ。

 いまだに脚部がプラズマリーダになっていること以外は何一つ分かっていない代物だが、それを持っているというだけで、スコールについて一つの情報をグラハムは得ることができた。

 

(まず間違いなく、サーシェスの関わっている組織の一員だろう)

 

 少なくとも、あの時のようなぽっと出の捨て駒ではないはずだ。

 すぐにグラハムはそう判断した。

 何故ならスコールが纏った、緑に金のラインの入ったISが背部からオレンジ色の粒子を放出したからだ。

 しかもオーストラリアのトリトン基地より奪取された《ワトル》と呼ばれる第三世代型。

 敵側の重要な戦力であることは疑いようもなかった。

 グラハムも瞬時に《GNフラッグ》を展開、ビームサーベルを構えた。

 

「――ふっ」

 

「何がおかしいのかしら?」

 

「君が気にするほどのことではないさ」

 

 ビームサーベルを見つめ、グラハムは自嘲した。

 今、手に持つそれはマスラオのビームサーベルのように反りをもっていた。

 本来ならば直剣になるはずの光刃がなぜそうなったのか、それ自体は、グラハムにとっては些細なことでしかない。

 だが湧き上がる闘志には苦笑せざるを得なかった。

武人というよりもバトルマニアという方がしっくりくるこの高揚感。

 戦いのたびにその気分を味わってきたが、あの頃を意識するとだいぶ違うものに思えてきた。

「いや、戦場で物思い耽るのは、私の主義ではないな」

 

 なら、とグラハムはスラスターを爆発させ、前に飛び出した。




一応ですがスコールのISは農家の想像です。
原作での描写がほとんどないので当然ですが。


 次回
『激突』

最強 対 最狂


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#57 激突

グラハムさんが出てきません。


「おーおー、皆さん、お元気なこって」

 

 IS学園上空。

 今しがた始まった二か所での戦闘を見下ろす二機のIS。

 そのうち全身に装甲を持つ《ヴァラヌス》を纏うサーシェスは、揶揄するように口笛を吹いた。

 モニターに拡大されて映る戦いをサーシェスはまるで物色するかのように眺めていた。

 実のところどちらの戦局もいいとは言えない。

 スコールはグラハム・エーカーを相手に押され気味であったし、オータムも織斑一夏とここの生徒会長相手に劣性もいいところだ。

 だというのに、サーシェスも隣にいるエムも動こうとはしない。

 とはいえサーシェスの表情からそれが本人の意志ではないことは明白であった。

 

(それにしてもつまんねえな)

 

 今二人に下された指令はスコールとオータムの二人が任務を完遂できるように障害となる敵の排除することだ。

 つまり今回のターゲットである一夏とグラハムの援護に現れるであろう他のISが二人の獲物だった。

 だが戦闘が始まったというのに眼下の五機以外のISが動いている様子はない。

 サーシェスの描いていた戦場ではすでに学園のIS十数機を相手取っているはずだったのにだ。

 思いのほかIS学園の警備はザルなのかとぼやくサーシェス。

 

「しかしアレだな」

 

 暇つぶしも兼ねてエムに通信を開く。

 

「亡国さんにはまともなパイロットはいないもんなのか?」

 

『何が言いたい』

 

「スコールはともかく、オータムはなに遊んでんだってこった」

 

 オータムはGNドライヴ搭載型である《アラクネ》を駆っていながら、実質生徒会長一人に圧倒されていた。

 背中から延びるビームサーベルを仕込んだ八本の装甲脚。

 さらに両手含めて十本あるビームサーベルを、更識楯無とかいう生徒会長に軽々といなされているばかりかランスを逆に叩き込まれている始末だ。

 しかも――

 

『一本でもグラハム君の方が避けずらいものね』

 

 とまで言われている。

 サーシェスの目から見ても、オータムの技量はたかが知れていた。

 あの生贄共よりも弱いんじゃねえか?

 少なくともあの長男坊はいっちょ前に斬り結ぼうとしたぐらいだしな。

 いや、フラッグに腕斬り落とされてるし、似たようなもんか。

 だがよ。

 

「戦況を見れねえようじゃ、雑魚に変わりはねえか」

 

 オータムの周囲の気温と湿度を眺めながら誰にとでもなく呟く。

 直後、爆発がオータムを襲った。

 

『……!?』

 

「嬢ちゃんよ、状況が見えてねえんじゃオータムと変わんねえぞ? ――ん?」

 

 通信を介してわずかにエムが驚いているのを感じ取ったサーシェス。

 ククク、と彼はおちょくるように言ったとき、センサーにISの反応が現れた。

 それもGN粒子の反応も込みでだ。

 この場でGNドライヴを持つのは七機。

 そのうちフラッグを含めてサーシェスの知る機体は六機。

 つまり今現れたISは、この場においては未知の存在といえる。

 反応の出現ポイントからしてまず間違いなくIS学園の所属機だろう。

 サーシェスはISを拡大した。

 そして搭乗者を確認した時、彼の目は見開かれ、ギラリと輝いた。

 

「来たか(若干裏声)」

 

 鋭利な笑みを浮かべ、サーシェスは一気に降下していく。

 いくつかエムに指示すると通信を切る。

 

「さあ、始めようじゃねえか!」

 

 狂笑を放ち、サーシェスは狩りに向かった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「く、くそっ!」

 

 膝をつき、オータムは荒く呼吸をしていた。

 彼女が操るアラクネは、特徴である八本の装甲脚の内の四本を砕かれ、いたるところに傷を負っていた。

 すでにエネルギー残量も三分の一を大きく割り込み、ビームサーベルの出力維持すらままならず、残った四本の脚からは微弱な光刃が伸びているだけだ。

 爆発によって生じた水蒸気がゆっくりと晴れていく。

 

「あら、もう終わりかしら?」

 

 聞こえてきた声に、顔を上げると楯無がすぐそばに立っていた。

 凛としつつも茶目っ気を滲ませた表情で見下ろされ、オータムは奥歯を噛んだ。

 楯無のそばには機械の破片がいくつも散らばっている。

 その残骸の上に立つように、今回のオータムのターゲットだった一夏が《白式》を展開していた。

 こんなはずじゃなかったとオータムは悔しさに表情を歪ます。

 剥離剤(リムーバー)を使用した今回の計画。

 学園にいる特異体の二人をそれぞれ周囲から引き離した上で、ISを奪い取り、可能ならば本人の身柄も確保する。

 それがオータムとスコールの二人に与えられた任務だった。

 本来なら騒ぎを聞きつけた連中を足止めするために、サーシェスとエムの二人も派遣されてきた。

 それなのに連中が任務を果たせなかったばかりに、リムーバーは破壊され、彼女自身の使命を果たすことができなくなってしまった。

 もはやあの二人に対する恨み言ばかりが頭を埋め尽くしていた。

 

「あの、クソオヤジが……!」

 

「おう、呼んだか?」

 

 落ちてきた声にハッと見上げると、全身装甲のISが頭上に浮いていた。

 今までオータムを確保しようとしていた楯無と一夏も、突如現れたISに身構える。

 ヴァラヌスのパイロットはそんな三人の様子を気にすることもなくゆっくりと、オータムの横に降り立った。

 

「何の用だ、クソオヤジ」

 

 噛みつくような声を出すオータムだが、サーシェスはボロボロになっている彼女のISを一瞥し、

 

「いやいや、ちょっとお手伝いをね!」

 

 と侮蔑と愉悦の色を含んだ声をスピーカーから流した。

 表情こそ見えないものの、彼のその言葉に楯無たちは武器を構える。

 

「ふざけてんのか! てめえの助けなんざ……」

 

「ああ、いらねえだろうな。オレも手助けなんざする気はねえよ」

 

「じゃあ何しに――」

 

「戦争しに来てんだよ、オレは!」

 

 そう言うやいなや、サーシェスはバスターソードを構えて、地を蹴った。

 ヴァラヌスは構えていた楯無たちの上を飛び越し、大剣を振るう。

 直後、金属同士がぶつかり合う激しい衝突音が響き渡った。

 

「ようやくお出ましか!」

 

「チイッ!」

 

 サーシェスの愉悦に満ちた声が大剣の先にいる女性へとぶつけられる。

 纏っているのは、《打鉄》にGNドライヴを搭載したIS-Y02X《GN打鉄》――《GNフラッグ》を元にIS学園が開発した次世代の打鉄である。

 搭乗者が依頼し、IS学園の技術者たちは寝る間を惜しみ、わずか三週間弱で造り上げた傑作機であった。

 拡張領域(バススロット)の多くを新規の装甲、追加スラスターに割くことで、打鉄特有の重厚感を保ちつつ、GNフラッグのような身体に対する高い装甲比率を実現している。

 背部にはGNドライヴに直結した大型のGN粒子排出口が据えられている。

 IS用の大出力スラスターをベースにしており、これによって重装甲ではあるが、高い推進力を持っている。

 武装はほぼGNバスターソード一本のみであるが、搭乗者の戦闘スタイルからすれば十分な武装といえる。

 重厚感ある甲冑姿は、どことなくMS《サキガケ》を思わせるフォルムをしているが、搭乗者にはそのことなど分かるはずもない。

 

 そのISを操る女性を目にした一夏は思わず叫んだ。

 

「千冬姉!」

 

「下っていろ!」

 

 千冬は怒鳴るように返すも、決してヴァラヌスから気を逸らすことはしなかった。

 交わる二本の大剣を挟んで両者は絶巧なパワーバランスをつくりだし、一瞬でも気を抜くことは許されなかった。

 その緊張感の中で、千冬の鋭い表情とはまるで対照的にサーシェスは狂笑を浮かべ、そのおぞましさたるや、ヴァラヌスの無機質な顔が邪悪に歪んでいるかのように見せていた。

 

「楽しませてくれよ、ブリュンヒルデさんよォ!」

 

 サーシェスはバスターソードを振り回すようにして千冬を弾き飛ばした。

 そのままサーシェスは突っ込み、バスターソードを叩きつけて押し込もうとする。

 

「ッ!」

 

「うお!?」

 

 千冬は大型剣の角度を斜めにし、相手の剣を滑らすと同時に柄頭で顔を殴りつけた。

 スラスターによる勢いもあってヴァラヌスは顎から打撃を喰らい、のけ反るも、すぐに左手にビームサーベルを展開、一閃を叩き込んだ。

 中空へと間合いを取ることも含めた動きだったこともあり、千冬は直撃を免れるも右脚のスラスターを斬り飛ばされる。

 さらにそのまま空へと千冬を逃がすはずもなく、身を翻しながら右手の武装をビームランチャーに変え、まるで弾幕を張るように赤い粒子の塊を連射する。

 一見、適当に乱れ撃っているように見えるがその実、考えうる千冬の動きすべてに対応させた無駄のない砲火は、的確に打鉄へとビームを接近させる。

 

 だが搭乗者は世界最強の称号を持つIS搭乗者、瞬時の判断でバスターソードと瞬時加速を連続して使い、一発の被弾もなくビームの豪雨を抜け出した。

 驚異的な動きを見せる千冬にサーシェスは驚くどころか、喜んでいるかのように口角を釣り上げた。

 たまんねえなァ。

 ペロリ、と舌なめずりをする彼の表情は狂気に満ちていた。

 血だ。

 血が騒ぐ!

 やっぱ殺るなら、このぐらいの奴じゃなきゃ面白くねえ。

 自分の命の危険を感じるぐらいの敵を叩きのめし、這いつくばらす。

 死ぬか、死なせるかというハードな戦場を駆けて、命を狩り取る。

 そうなってはじめて、彼のプリミティブな欲望が満たされる。

 サーシェスは滅多に味わえない戦争に心を酔わせていた。

 だが――

 

「物足りねえなァ!」

 

 小刻みに連続して瞬時加速を使うことで可能にした、千冬の高速機動を正確に捉え、サーシェスは突進する。

 武装はいつの間にかバスターソード一本に戻っていた。

 

「ブリュンヒルデェ!」

 

 大きく振りかぶり、サーシェスは千冬へと斬りかかる。

 二度、三度、空中で剣を斬り結んだ。

 刃がぶつかるたびに火花が散るが、巧みな切り返しが連なる中で、両機はその身に浴びることなくさらに剣戟を重ねていく。

 そして幾度目かとなる激突を迎えようとしたとき、

 

「!?」

 

 二人の間を、一条の光が走った。

 それはビームではなく、レーザー光のそれだった。

 

「うおおおお!」

 

「一夏!?」

 

 発射元へと視線を向けると、雪片弐型を振りかぶった一夏が一直線にサーシェスへと飛翔してくるのが見えた。

 突然の乱入者に、しかしサーシェスは一夏の渾身の斬撃を冷静に対処した。

 左腕にシールドを展開し、バックハンドの要領で一夏の刀に横から叩き込む。

 

「クソッ!」

 

「邪魔すんなよ!」

 

 苛立ってるかのような言葉とは裏腹に、楽しんでるかのような声音を嘲笑とともに一夏へとぶつけるサーシェス。

 本当ならじっくりといたぶってやりたいところだが、今は極上の獲物を狩っている最中。

 瞬殺でいいか。

 すぐに終わらせるべく右手のバスターソードを振り上げようとする。

 だがサーシェスはわずかな違和感を覚えていた。

 そしてすぐに彼は違和感の正体気づいた。

 白式の左腕、大型の楯を模した武装の先端から光が漏れだしていた。

 

「成程なァ!」

 

 サーシェスは蹴りを一夏に叩き込むと同時に身を翻す。

 その直後、彼がいたはずの場所をレーザーが貫いていく。

 

「おもしれえ事するじゃねえか!」

 

 レーザーすれすれの位置をまるで這うように一夏との距離を詰めたサーシェスはバスターソードを叩きつける。

 弾き飛ばされる一夏。

 PIC制御になれていないのか、バランスを完全に失っている獲物に対してサーシェスは追撃を仕掛けることなく、シールドの赤いパーツを展開し、ビームシールドを形成する。

 突如、横合いから飛んできた斬撃を、そのビームシールドで受け止める。

 

「随分せこいマネするじゃねえか、ブリュンヒルデさんよ」

 

「チッ!」

 

 サーシェスは左腕を払うと千冬もその力に逆らうことなく後退する。

 二人の浮いている宙よりわずかに下にはサーシェスに軽くあしらわれた一夏と、彼を庇うように構える楯無の姿があった。

 オータムの姿はいつの間にか消えていた。

 状況を不利と判断したのか、サーシェス達が戦っている間に退却したようだ。

 実質はそうではないが、構図は1対3。

 それでもサーシェスは不利に思っていないのか、ただ口角を釣り上げるだけだ。

 

(ただ、邪魔だよなァ)

 

 チラッと視線を一夏達へと向ける。

 最優先で確保すべき対象がすぐそばにいるが、そんなことはサーシェスにとってどうでもいいことのようだ。

 彼の狙いは目の前にいるブリュンヒルデのみ。

 邪魔モンにはさっさと消えてもらうだけだ。

 サーシェスは次にとるべき行動を己に下した。

 両腰にスカートアーマーを展開する。

 目の前で三人が身構える中、サーシェスは嗤った。

 

「行けよ、ファングゥ!」

 

 スカート部から六つのビットを走らせた。

 それが第二ラウンドの始まりを告げた。




とりあえず 千冬 対 サーシェス の前半です。

オータムさんェの扱いがものすごく悪い気もしますがファンの皆さんごめんなさい。


 次回
『片鱗』

それは何者かの意図か


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#58 片鱗

今回もまた

千冬 対 サーシェス

がメインです。


「グ、グラハムさん!?」

 

「グラハムが……戦ってる?」

 

「それだけじゃない、向こうでも……!」

 

 アリーナの屋根の上。

 先程まで劇でライフルを構えていた三人は、グラハムを追って作業用の出入り口から出たところで、下で起こっている闘いに気が付いた。

 彼女たちがいるのはアリーナの天井近くで周囲の建物よりは高く、グラハムが戦っているのが見えた。

 

「ど、どうする?」

 

「こうしてはいられませんわ!」

 

 ルフィナの問いかけにセシリアは毅然として答え、ISを展開する。

 

「待って! 先生たちに報告した方が――」

 

「それはお二人に任せますわ!」

 

「で、でも――」

 

 ドォン、という爆発音がルフィナの声を遮った。

 咄嗟に三人が視線を向けると、白煙が上がっている。

 そこはグラハムの戦っている場所から少し離れていた。

 同時にセシリアのセンサーにISの反応がいくつも現れた。

 そのうち二つは爆発の起きた箇所へと向かっている。

 だがセシリアの視線は他の一機へと向けられる。

 未確認機が現れる中で唯一、《ブルー・ティアーズ》のデータに該当するIS。

 ――《サイレント・ゼフィルス》。

 イギリス軍基地より奪取され、合同軍事演習に現れたブルー・ティアーズの姉妹機。

 セシリアは思わず奥歯を噛んだ。

 

「わたくしは新しく現れたISを追いますわ。お二人は下にいる方々へこのことを伝えてください」

 

 そう言うがはやくセシリアは飛び出していった。

 

「じゃ、じゃあ僕はみんなに伝えてくるよ!」

 

「なら、私も」

 

「僕一人で大丈夫。だからルフィナはセシリアの援護に行って」

 

「り、了解!」

 

 シャルロットは階段を駆け下りていく。

 それを見送ってから、ルフィナは一度深呼吸すると《ガスト》を展開、空へと飛び上がった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 《ヴァラヌス》から飛び出した六つのファング。

 その左右に広がっていく牙の群れから二本の紅のビームが飛び出す。

 一つは千冬へと向かい、もう一つは一夏と楯無へ飛ぶ。

 

「くそっ!」

 

「!? 待って一夏くん!」

 

 離れるように横へと大きく避けようとする一夏に、楯無は警告を発するも遅かった。

 

(本当は二人で死角をカバーしたかったのに……!)

 

 ファングから放たれるビームをランスで弾くも、楯無の表情には余裕がなかった。

 学年別トーナメントでの《スローネ》のデータとグラハムから教えられたファングの性能からして、個別に対応するべきではないと楯無は考えていたが、それを一夏に伝えることができなかった。

 無軌道に高速移動する六つ槍頭は、以前映像で見たものよりも動きが鋭く、楯無の実力をもってしても回避することが限界だった。

 それらをいなしながらなんとか、一夏へと近づこうとするが、彼の大振りな回避と直撃を受けた際の衝撃によってその度に大きく離れてしまい、なかなか近づくことができない。

 縦横無尽に飛ぶ牙に二人が翻弄される中で、小さな爆発音とともに一機のファングが砕かれた。

 数発のビームが掠るも直撃は免れた千冬はヴァラヌスへと駆け、その過程で一機のファングを斬り捨てた。

 勢いある千冬の斬撃を軽々と受け止めるサーシェス。

 

「ファング!」

 

 ニヤッと嗤いながら、スカートに残していた二機を放つ。

 それらは千冬の真上からビームを放とうとして、

 

「そう上手くいくと思うか?」

 

「!?」

 

 破砕音を立てて散った。

 千冬の両手はバスターソードを握っている。

 何が動いたのかとサーシェスは逡巡する。

 

「ッ! 成程なァ!」

 

 そして気づいた。

 先程まで千冬の両肩に浮いていた《打鉄》系特有の実体シールドが消えていた。

 おそらくファングに特攻させたのだろう。

 周囲にはファングだけでなくシールドと思われる破片が降り注いでいた。

 

「そうでなくちゃなァ」

 

 二人は破片を避けるようにして距離をとる。

 同時に残った四機のファングがヴァラヌスのスカートアーマーに収納された。

 ビット兵器は最新鋭機の主兵装として運用されるほど高性能な兵器だが、サーシェスはファングに頼った戦術を好まず、あくまで主体は剣や銃でのシンプルな戦いだ。

 もう必要がないとばかりにコンテナごとファングを量子化し、バスターソードを構える。

 すでに千冬は駆けだしていた。

 上から下へと振られた白刃が眼前に迫る。

 

「ちょいさあ!」

 

 サーシェスは避けようとはせず、嬉々として得物で受け止めた。

 鍔迫り合いの衝撃が、両機の間にスパークを起こす。

 幾度目となるだろう千冬とサーシェスの攻防に、楯無は信じられないものを見ているような気分だった。

 見る限り、二人の実力は拮抗しているように見えた。

 正確には、千冬の方が技量は上なのかもしれない。

 だが、サーシェスの戦闘技術は異常なものだった。

 ブレードにライフル、ビット兵器。そのどれか一つとっても、彼のように操れる操縦者などほとんどおらず、操縦技術そのものの熟練度に至ってはモンドグロッソの部門優勝者のレベルをも超えている。

 現にヴァラヌスから放たれたファングの連撃に、ロシア代表である楯無は完全に避けるのが精いっぱいだった。

 そして今もなお、千冬との近接戦闘を互角で渡り合っている。

 

(くやしいものね)

 

 目の前の戦いについていける自信などなかった。

 言葉通りの悔しさを楯無はかすかに浮かべていた。

 彼女に肩を支えられるように、ボロボロとなった《白式》を纏う一夏がいた。

 一夏は最初『雪羅』によってファングのビームを無効化していたが、死角を狙うファングの動きに対処できず、中盤以降は何度もビームをその身に受けることになってしまった。

 連携によるオールレンジ攻撃の利点を潰そうとした楯無の考えを聞くことなく飛び出してしまったのは一夏だが、やはり後輩を守れなかったという後悔があった。

 だから楯無は今自分にできることをしていた。

 それが生徒の長たる自分の役目として最低限のことだと彼女は考えていた。

 センサーの情報を確認し終え、再び空の戦いへと視線を戻す。

 

「!?」

 

 楯無は僅かの間に起きた戦況の変化に驚きを隠せなかった。

 千冬が押され出していた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 千冬は真上からバスターソードを思い切り叩きつける。

 サーシェスはそれを同じ得物で受け止め、続けざまに放たれた横薙ぎの一閃をも防いだ。

 そこから繋げて二撃、三撃と鋭く実体剣を千冬は振るうも、それすらも身を捻るようにして躱された。

 さらにもう一撃とばかりに剣先を翻すも、避けられて空を切る。

 攻勢であったはずの千冬の太刀はサーシェスに一切当たらず、逆にサーシェスの蹴りを千冬は胴部に喰らい、後方へととばされる。

 

「くっ!」

 

「おらおら、どうしたブリュンヒルデェ!」

 

 突き飛ばされた千冬はすぐさま構えるも、そこにサーシェスがバスターソードを叩き込む。

 

『随分お怒りのようじゃねえか』

 

「!?」

 

 首を伸ばすようにしてヴァラヌスが言葉を発した。

 ただし、今までのようなスピーカーではなく、プライベート通信でだ。

 

『弟をやられて怒りが、ってやつか? 泣かせるじゃねえか』

 

「黙れ!」

 

「おっと!」

 

 力任せに押し返され、サーシェスは距離をとった。

 対峙する千冬の表情は特に変化はない。

 だが動きが先程とは明らかに違っていた。

 斬撃一つ一つの鋭さは格段に上がっているが、動きに感情が乗せられているのだ。

 普通にみれば表情と同じく大差ないように見えるのかもしれない。

 しかし相手は歴戦の傭兵、その僅かな変化すら彼にとっては有利に働いた。

 ククク、とサーシェスは嗤う。

 目の前にいる獲物の変化がおかしくて仕方がないのだ。

 その笑い方に違和感を覚えたのか千冬は怪訝な表情を浮かべた。

 

「何がおかしい」

 

『おかしいだろ?』

 

 またしてもサーシェスはプライベート通信を使ってきた。

 

『白騎士様が弟の為にキレるなんてよ』

 

『ッ!? 貴様――』

 

 サーシェスの言葉にわずかに千冬の顔に動揺が走る。

 『白騎士事件』に現れたIS《白騎士》。

 世界にISの力を見せつけ、世界の構造を覆したIS。

 その搭乗者が誰であるかは、黒幕である束以外に知ることができないはずの事。

 たしかに、千冬が白騎士ではないかという見方が多いが確証はない。

 だがサーシェスは面白がってこそいるが、口ぶりは事実を述べるそれであった。

 世界中の諜報機関が掴むことのできなかった情報をサーシェスは知っている。

 思わず千冬の腕に力が入る。

 

『どこでそれを!?』

 

『オレのスポンサー様からの情報でね。それぐらい分かってるってこった』

 

『雇い主だと……?』

 

『おう、オレは傭兵でね。ギャラ次第でどんな奴の下にも就く』

 

 意外とあっさりサーシェスは情報源を口にした。

 だがそれでも千冬の疑念が尽きることはない。

 

『貴様の雇い主は誰だ!?』

 

『言うわけねえだろ!』

 

 サーシェスはバスターブレードを両手で担ぐようにして構え、突進する。

 千冬は舌打ちと共に振り下ろされた大剣を受け止める。

 

『けどな!』

 

 と狂気じみた笑みでサーシェスは言う。

 

『ブリュンヒルデさんの頼みだ、ヒントをくれてやるよ。 スポンサーは『空白の一週間』に何が起きたのかを知っている』

 

「!?」

 

 千冬の見せた反応にサーシェスは嬉々として言葉を続ける。

 

『おそらで随分お楽しみだったみたいじゃねえか、白騎士様よ』

 

「黙れッッ!!」

 

 怒気の孕んだ声と共に千冬はバスターソードを振るい、サーシェスを弾き飛ばす。

 そのままヴァラヌスへ向かってブレードを横薙ぎに払う。上に斬りあげ、真上から振り下ろす。

 だが、その全てをサーシェスによって躱される。

 感情の乗った太刀筋など、彼にとっては読みやすいことこの上ない。

 

「動きが見えんだよォッ!」

 

 斬り下ろされた剣の上から掠らせるようにして、薙ぐ一閃を腕から叩きこむ。

不覚をとったと思う前に、衝撃によって千冬は横合いに吹き飛ばされる。

 そこへ追撃とばかりにサーシェスはビームランチャーを展開し、トリガーを引く。

 粒子ビームは、容赦なく千冬に襲い掛かっていった。

 ギリギリのところでいくつもの光弾を弾くと、斬りかかってきたサーシェスと得物を交差させる。

 だが斬結んだ際の違和感を覚えつつ機体を反転させると眼前に黒煙が広がっていた。

 

「そぅらぁ!」

 

 煙が割れると同時に千冬の機体に衝撃が走った。

 両手の武装を高速で切り替えることで、サーシェスはバスターソードを振りかぶっておきながらビームランチャーで千冬と斬り結んだのだ。

 その結果、ビームランチャーが斬り裂かれたことで生じた爆発を煙幕にしてヴァラヌスの左脚を叩きつけた。

 大きく蹴り飛ばされた打鉄は地面に激突し、激しい衝撃で千冬の呼吸が一時的に麻痺する。

 

「あ、もいっちょ――」

 

「千冬姉!」

 

「どっこい!」

 

 横合いから斬りかかってきた一夏を、サーシェスは右手に持ち直した大型剣で受け止める。

 

「また突っ込んでくるとは、しぶてぇ野郎だな」

 

 ギリギリと押し合う中で、サーシェスは嘲笑を一夏へと飛ばす。

 対する一夏はすでにボロボロといえる状態だったが、手心を加えるはずもなく、さらにバスターソードを押し込む。

 

「姉がやられて突っ込んでくるたあ、姉が姉なら弟もってか!」

 

 侮蔑のこもった笑い。

 だがすぐにその表情が驚愕に変わった。

 

「はあああっ!」

 

 それは一夏の激昂と共に起きた。

 雪片弐型の装甲が開き、輝きを放つ。

 まるで一夏の声、吐き出される感情に呼応するように。

 ゆっくりとだが、バスターソードに雪片弐型の刃が食い込んでいく。

 GN粒子を纏った刀身にひびが入っていく。

 それと同時にヴァラヌスのモニターに表示枠が幾重にも重なって表示された。

 

『WARNING!』

 

 という警告と共に機体各部が赤く点滅するウインドウ。

 それらはすべて機体の異常を表していた。

 

「なにっ!?」

 

「あああっ!」

 

 一夏が雪片を横薙ぎに振った。

 一瞬早くサーシェスはバスターソードを手放して距離をとる。

 両断されたバスターソードが音を立てて地面に落下した。

 

「なんて野郎だ。これが『ワンオフなんたら』ってわけ――」

 

 いや違う。

 サーシェスは内心で即座に答えを否定した。

 聞いた話では、白式の斬撃は、対ISにおいては『相手の絶対防御を強制的に発動させる』ものだ。

 だがヴァラヌスに起きたのはそれではない。

 絶対防御は発動してはおらず、シールドエネルギーにも大した変化はない。

 そうではなく、機体そのものに異常が発生した。

 今も影響を受けているのか、赤のエラー表示がモニターを埋め尽くさんばかりに展開している。

 主にエネルギー供給のラインに問題が起きているらしく、GN粒子の変換量も通常時の半分以下にまで低下している。

 またヴァラヌスの動きの手ごたえも先ほどよりも急激に悪くなっていた。

 何がどうなってやがる。

 あのガキの機能じゃねえのか。

 わずかに苛立ちを覚えるサーシェス。

 と、彼の脳裏にあることが浮かぶ。

 

(大将が言ってたのはこれか?)

 

 それは以前、彼の雇い主から聞かされた事。

 サーシェスにとって興味のあるISについての話だったので、彼はよく覚えていた。

 仮にその通りだとすれば、納得ができる。

 そして一夏自身の驚いたような表情にそれは確信へと変わった。

 

「ククク……」

 

 おもしれえ。

 おもしれえな。

 

「織斑さん家はよォ!」

 

 後ろへと振り向きざまにサーシェスは勢いよく展開したビームサーベルを振るう。

 眼前に千冬の姿を捉えたのと同時、ヴァラヌスの装甲が大きく斬り裂かれた。




サーシェスが脳内ではもっと暴れていまして、そぎ落として静かにしてもらったら妙なことになってしまいました。
この手の失敗、何度してるんでしょうか……。


 次回
『疑念』

掴むことのできない敵


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#59 疑念

「思った以上に手強いわね」

 

 スコールは僅かに上がった息を整えつつ目の前にいるターゲットを見つめる。

 《GNフラッグ》は紅の光刀を左手に持ち、頭部を覆うバイザーとマスクのわずかな隙間から覗く搭乗者の目が、まっすぐとスコールを捉えている。

 装甲は掠り傷一つ見受けられず、日差しを浴びて鋭い光沢すら放っている。

 対するスコールの乗機《ワトル》は花弁を模した四機の非固定ユニットの内二機を斬り捨てられ、本体も決して無傷とは言えなかった。

 状況は圧倒的に彼女の不利。

 それでも表情から余裕のある微笑は消えてはいない。

 と、フラッグがゆっくりとビームサーベルの切っ先をスコールの喉元へと上げた。

 

「二度目になるが、あえて問おう。何者だ?」

 

「二度目になるけれど、私はスコール。それ以上でもそれ以下でもないわ」

 

「ならば質問を変えよう。目的はなんだ?」

 

「分かっていると私は思ったのだけれど?」

 

「生憎、私はそこまで万能ではない」

 

 そう、とスコールは微笑をわずかに濃くする。

 

「それなら少しだけ教えてあげるわ」

 

 スコールは右手を上げて掌にのっている小機械をグラハムに見せる。

 

「これを貴方に付けるのが、私の仕事なの」

 

「それは――」

 

「あら、知っているの?」

 

「欧州連合の軍事演習の際に、私を襲撃した男が持っていたものだ」

 

「軍事演習に……?」

 

 グラハムの言葉に、スコールは微笑を浮かべてはいるがその中に驚きの色を滲ませていた。

 その様子にグラハムもわずかながらに眉が動く。

 

(彼女たちは関与していないのか?)

 

 嘘である可能性もあるがそれにしては言動が自然だ。

 元々の洞察力の高さに加え、心眼を鍛えた経験のあるグラハムにはスコールの驚きようには裏がないと判断した。

 だがそうなるとあの機械の存在が気にかかる。

 勿論、スコールが知らないところで画策していたのかもしれないが、数少ないISを与えられるほどの立場にいる彼女がそれを知らないとは考えにくいことだ。

 そうなると考えられるのは、サーシェスとスコールの属する組織と、あの男の裏にいたであろう組織が別物であるという可能性だ。

 その組織から提供されたのか、はたまた第三の組織がいるのかまでは分からないが。

 もっともサーシェスの属する組織から、スコールの属する組織へと提供された可能性もあるが。

 むしろサーシェスの裏にいるであろう存在からしてそちらの方が可能性は高い。

 そこでグラハムはそれ以上のめり込まないように思考を切った。

 戦闘中に物思いに耽るのは愚の骨頂。

 幸いスコールも考えていたらしく、あくまで仕切り直しという形で収まったが。

 互いに語るべきものは語ったと言わんばかりに得物を構える。

 

(まずは自分に課せられた任務をこなすことが先だ)

 

 そう思うが早く、グラハムはスラスターを吹かして地を蹴った。

 ワトルから白の光線が十数本飛来するも、グラハムの操るフラッグには回避するのは容易であることはすでに幾度も証明されたことであり、今回もまた加速を緩めることなく潜り抜けていく。

 一気に距離を縮める中で、フラッグの動きに変化が加わる。

 スコールは思わず目を見開いた。

 正面に捉えたと思っていたフラッグが突然消えたのだ。

 だがセンサーに映る位置に変化はない。

 まさか、と思い咄嗟に視線を上げると、

 

「ッ!」

 

 いた。

 空で両手でビームサーベルを握るフラッグの姿があった。

 一瞬にして飛び上がったのだろう。

 ビームサーベルを上段に構えたフラッグがすぐそばまで詰めていた。

 

「ハアッ!」

 

 裂帛の気合いと共に振り下ろされた斬撃。

 ほぼ反射的に後ろへと下がったスコールだが、肩から延びるバインダーを切り裂かれ、衝撃に身を揺さぶられる。

 そこへ紅の光が眼前で鋭い弧を描く。

 残ったバインダーとユニットで迎撃をとろうとするも、展開する間にもう一枚のバインダーを斬りつけられ、返す刀でユニットを破壊される。

 スコールが動作を一つする間にグラハムは二発の斬撃を放ち、それでいて余裕があった。

 残った一機のユニットからレーザーを放つも身を翻すことで回避される。

 しかしそれぐらいのことは、スコールには分かっていた。

 だからこそ、放ったのだ。

 右手に持つ『リムーバー』と呼ばれる機械。

 これを使う隙を一瞬でも作り出せればいい。

 使えれば彼女の任務は達成できる。

 そしてスコールの狙い通り、グラハムは回避をとった。

 再び互いが正面で向かい合う。

 

「!?」

 

 スコールの右腕が突き上げられた。

 右腕をフラッグへと突き出した瞬間、蹴り上げられたのだ。

 しかもマニュピレータ―を正確に捉えられ、リムーバーは宙へと弾き飛ばされた。

 最後の賭けも敗れ、しかしスコールの顔は微笑をたたえたままだ。

 違和感を覚えつつビームサーベルを振り上げるグラハム。

 

「ッ」

 

 咄嗟に右腕にディフェンスロッドを展開し、GNフィールドを形成する。

 直後、すさまじい衝撃と共に紅の光矢が飛来した。

 爆発の衝撃とともにフィールドとビームが相殺される。

 グラハムはすぐさま後退し、右手にリニアライフルを展開して空へと構える。

 銃口の先、粒子ビームが飛んできた方角から数十発というミサイルが迫ってきた。

 リニア弾を連射し、十発ほど撃ち落すと右腕のディフェンスロッドを再展開して衝撃に備えた直後、ミサイルが降り注いだ。

 軌道から着弾点を見抜き、直撃を免れたグラハムだが、周囲からの衝撃を幾重にも受け身動きを一瞬とはいえ封じられる。

 爆音の収束と共に黒煙を切り裂き、辺りに油断なく意識を配るもすでにスコールの姿はなかった。

 

「逃げられた、ということだろう」

 

 グラハムは逃げたスコールよりもそれを手助けした存在が気になっていた。

 最初に放たれた粒子ビーム。

 センサーが提示してきた威力は《スローネアイン》のビームランチャーよりも高い。

 下手にディフェンスロッドのみで受けようとしたらただではすまなかっただろう。

 だが彼が引っ掛かりを覚えたのは敵の姿だった。

わずかな時間ではあったが視認できた機影は人型ではなく飛行機のソレ。

 それと気になるのはISの反応がなかったことだ。

 ステルスモードである可能性もあるが、無人航空機である可能性も否めない。

 むしろ形状からして後者の方が高いだろうとグラハムは思った。

 

「グラハム!」

 

 空から声がしたかと思うとルフィナが隣に降りてきた。

 急いできたのか息が荒い。

 

「大丈夫?」

 

「ああ。それよりも」

 

 グラハムが言わんとしていることが分かったのか、ルフィナはモニターを投影する。

 提示されるのは学園の地図で、その上に稼働しているISが点で示されている。

 すでに学園側の全ISが動いており、その大半が三つの点を追っていた。

 その三つの点は二つと一つに分かれ、それぞれ学園の外へと動いている。

 やはり先程の航空機のようなものの反応はないようだ。

 だがその一方で位置が全く動いていないISもいる。

 学園所属を表す三つの青い点ともう一つ、未確認機を表す紅の点。

 フラッグのセンサーにはその機体の名称が表されていた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 《ヴァラヌス》が振るったビームサーベルはタイミングこそ完璧だった。

 だが機体の低調が響いた。

 GN粒子の生成も十分に行えなくなったことでビームサーベルの形成も満足にできなくなったのだ。

千冬の一閃に光刃を中ほどから断たれ、サーシェスはもろに斬撃を浴びた。

 

「やってくれるじゃねえか」

 

 サーシェスは新たな機体の損傷を知らせる表示を見て口元を歪める。

 ヴァラヌスの左肩から腰にかけての装甲が切り裂かれ、内部から覗く赤いパイロットスーツがまるで血のように見える。

 何重にも展開されている警告文の奥、それらを透かした先で千冬がバスターソードを油断なく構えていた。

 《GN打鉄》は脚部をはじめ、いたるところにダメージが見て取れるが、その堂々たる姿はやはりサーシェスの内で決して眠ることのない戦争の虫を疼かせる。

 煙を上げるビームサーベルを投げ捨て、左腕にシールドを展開する。

 その動作に彼の背後でビクッと動揺が走ったのを感じ取るも無視した。

 すでに《白式》はサーシェスの興味の中での順位を下げ、戦況としてこそ意識されているものの彼の最大の獲物はまた千冬へと戻っていた。

 しかし同時に彼の傭兵としての思考が勝率を計算し、撤退を促してきた。

 いまだに続く機体の不調、粒子をまともに確保できない上に唯一の実体武装が失われていることなど、状況は悪い。

 さらにセンサーが接近してくる機影を表示する。

 その方向にツインアイを向けると、フラッグが拡大するまでもなく確認できるほどに迫ってきていた。

 

「二体一か。さすがに分が悪い」

 

 グラハム・エーカーと織斑千冬。

 この二人を同時に相手取るのは危険だということぐらい、考えるまでもないことである。 

 

「命あっての物種だからな」

 

 サーシェスは最後っ屁とばかりにビームランチャーをビルへと放つ。

 轟音を立てて一瞬にしてビルは瓦礫の山へと変貌した。

 崩れ落ちる瓦礫で攪乱すると身を翻して戦場を離れる。

 正直、敵前逃亡は癪に障る。

 だが、最低限の仕事はしたし、勝算の薄い戦いをするのは馬鹿のすることだと彼の傭兵である部分が告げる。

 それにまだ始まったばかりなのだ。

 彼の望む戦場はまだこの先にいくらでもある。

 

「ククク……」

 

 口端から狂笑を漏らしつつサーシェスは空を見上げる。

 ブリュンヒルデも、フラッグファイターもこの時点では知らない。

 遥か空の上でも戦いは起きていたことを。




今日、1.5ガンダムのプラモを買いまして、
素組みしてるときにふと思いました。
1.5でアイズ(I.S)と読ませてるわけですが、そうなると00的にこの作品名は

機動戦士フラッグ15(アイエス)

の方がいいんでしょうか?


 次回
『蒼き亡霊』

何のために飛ぶのか


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#60 蒼き亡霊

今回はグラハムさんどころかIS学園がほぼ出てきません。
どちらかといえば番外編よりかもしれませんね。


 ラグランジュ1。

 地球と月の間にあるラグランジュ点であり、宇宙開発時代には多くの国や企業によって資源衛星の開拓やコロニー開発が行われた。

 現在でも国際IS委員会がコロニーを保有するなど、IS至上時代においても比較的厚遇されている宙域である。

 それでも建造途中で放棄されたコロニーは多くあるが、数少ない完成したコロニーの一つに『インフィニット・ユニバース』がある。

 今、32万キロにも及ぶ長旅を終えた女性がいくつかのセキュリティを通った先で堅牢なドアにカードキーを通す。

 ロック解除を示す緑色の光が点灯し、空気の抜けるような音と共にドアが開く。

 

「毎度ご苦労なことだな、ナタル」

 

「ご挨拶ね、イリス」

 

 ナタルと呼ばれた女性、ナターシャ・ファイルスは笑みを浮かべて、イリスことイーリス・コーリングに挨拶を返した。

 薄暗い部屋には三方向の壁をコンピュータや計測器で囲まれ、数人の研究員がそれらを操作している。

 その中央にあるデスクに足を乗せるようにしてイーリスは椅子にもたれていた。

 ナターシャはいつもと変わらぬ光景にわずかに苦笑を浮かべながらも、デスクに近づいた。

 

「お前は休暇にやることはココにくるか師匠(せんせい)のとこに行くことしかないのか?」

 

 イーリスは半ばあきれた風に言うと、手元の携帯の画面をナターシャに見せた。

 

「今、地上はおもしろいことしてんのにさ」

 

「これは?」

 

「さっき、アメリカ軍(うち)のが撮ってよこした写真だよ。今日は学園祭なんだとさ」

 

 そこで何かに気が付いたのか、ナターシャは口元を抑えて笑い出した。

 予想通りの反応だったのか、イーリスもニヤリと悪戯っぽく笑んでいた。

 写真に写っていたのは――

 

「ルフィナのメイド服なんざ、滅多に見られたものじゃないだろう?」

 

「ええ、ほんと。可愛いわね」

 

 二人はそこで堪えられずに盛大に噴き出した。

 携帯端末に映っているのはルフィナの写真。

 『ご奉仕喫茶』の衣装であるメイド服を着ているその写真は、米国の軍事関係者が撮ったものだ。

 顔を赤らめつつ笑みを見せるルフィナの画像はすでに米国のIS、軍事、企業関係者の手に渡っている。

 否、彼女だけではない。

 学園祭でコスプレをした代表候補生たちの写真は、学園祭開始一時間以内に母国へと送られていた。

 勿論趣味というわけではない。

 代表候補生、特に専用機持ちはその国の広告塔としての役割があり、国によってはまるでアイドルのようにプッシュされ、写真集が出されたりすることもある。

 そんなイメージガールである彼女たちの写真は、時によってさまざまな意味で国家を左右することもある重要なものなのである。

 悲しいかな、これもまたISが生んだ世界の歪みなのかもしれない。

 

「いやも、師匠も驚いてるだろうよ」

 

「ルフィナちゃんの性格を考えれば誰でも驚くわよ」

 

 ひとしきり笑い終えたところで、イーリスは思い出したように尋ねた。

 

「そういや、最後に師匠のトコ行ったのいつだ?」

 

「ここに来る前だから……三日前よ」

 

「相変わらずだなー」

 

「そう言うあなたも月に一回は行ってたでしょ?」

 

 まあな、とデスクに置かれたコーヒーをすするイーリス。

 そこで客人に何も出してないことに気が付いたのか、席を立って壁際のコーヒーメーカーを操作する。

 

「そりゃ、私たちの師匠だし、米国最強の人間だぜ」

 

「あら、米国代表のあなたが言うなんてね」

 

「お前が言うなよ。 誰のせいでこんな――」

 

「……ごめんなさいね」

 

「おいおい、別にあのときのことを責めてるわけじゃないんだぜ?」

 

 突然表情の沈んだナターシャに慌てたようにイーリスは弁明する。

 

「私は代表操縦者としての責務がめんどくさいって話をしてるだけだぞ」

 

 少し困惑したような表情でコーヒーの入った紙コップを渡してきたイーリスに、ナターシャは笑みを見せた。

 

「ふふ、大丈夫よ。あの子の前で、沈んだ顔なんてできないもの」

 

 ナターシャは部屋の奥にあるガラス張りの壁を見つめる。

 そのガラスの向こう、隣の部屋は低温状態にあり、中にいる研究員たちは防寒着を纏っている。

 その中央には銀色のISが鎮座していた。

 《銀の福音》。

 ナターシャの専用機ともいえる米国の第三世代型機。

 夏の暴走事件以来、福音はこの施設で冷凍保管されていた。

 イーリスがここにいるのは福音の監視が理由の一つとなっている。

 

「ホンット、お前はアイツにべったりだよなぁ」

 

「あの子は、私の大切なパートナーだもの」

 

「親馬鹿もここまでくりゃアイツも本望だろうよ」

 

「そうかしら」

 

「私が保証してやるよ」

 

 ふふっと二人は笑う。

 しばらく二人は福音を見つめながら他愛のない会話を楽しんだ。

 安らぎすら覚える休日の一時。

 だがそれはサイレンの音によって破られた。

 二人はハッと顔を上げる。

 緊急放送の声がその部屋のみならず施設全体に響いた。

 

『センサーに感あり。数は12、IS反応はなくパワードスーツ(PS)のもよう。IS部隊は出撃の上、これを迎撃せよ』

 

「おっしゃ!」

 

 パシッ、と右掌に拳を打ち付けてイーリスが席を立つ。

 椅子を蹴ってその勢いでドアへと向かう。

 

「ほんじゃ、行ってくる」

 

「私も行くわ」

 

「お前、ISは?」

 

「ここの予備機でも使うわ」

 

「へ、足引っ張んなよ」

 

「あなたもね」

 

 軽口をたたき合いながら二人は急いで格納庫へと向かった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 国際IS委員会が管理運営をするスペースコロニー、インフィニット・ユニバースには予備機を含めて四機のISが配備され、さらに条約によって入れ替わりで理事国のISが一機以上駐屯することになっている。

 今、飛び出していったのはIS委員会に籍を置く四機のISと米国のIS一機。

 委員会のISは《打鉄》、《ヴィザクトリー》、《ラファール・リヴァイヴ》の三機種四機。

 合計で二百数十機存在するIS社会の象徴的存在であり、この三機種をIS委員会は運用している。

 一方の米国軍のISは第三世代型機《ファング・クエイク》。

 虎模様(タイガーストライプ)の機体はイーリスの専用機であり、米国で開発が最も上手くいっている第三世代型機でもある。

 五機はすぐに散開すると飛来する敵機影へと向かって行った。

 中央を突っ切っていくイーリスは、武装でもある拳で正面からパワードスーツの装甲を砕く。

 互いの勢いもあってそれを受ける敵に襲い掛かる衝撃は凄まじく、一撃で宇宙の藻屑と化した。

 

「さあ、行くぜ!」

 

 拳を叩き、次の敵へと目を向けようとする。

 だが後続は全て左右に大きく分かれ、イーリスの周辺に向かおうとする敵はいなかった。

 なんだよ、と燃える闘志に反する状況に思わず舌打ちをする。

 そこにセンサーが新たな敵を補足した。

 現れたのは二機。

 一つはIS反応がある。

 進行方向はまっすぐとイーリスへと進んでおり、やる気に満ちている彼女はラインアイを望遠に切り替える。

 

「なっ!?」

 

 思わずイーリスから驚愕の声が漏れる。

 現れたのはAE社から強奪されたIS《イステイン》と――

 

「《ヅダ》!?」

 

 青いPSであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 青い迷彩柄のPS、ヅダは背部のバーニアの出力を爆発的に上げ、加速した。

 それは、PSはおろかISでも中々出せる速度ではなく、並ぶように飛んでいたイステインを一気に突き放す。

 その驚異的ともいえる速さでヅダは戦場へと突っ込んでいく。

 眼前にISを捉え、右手に持ったマシンガンを構えた。

 照準を合わせ、撃つ。

 放たれた赤色の弾雨をクエイクは余裕の動きで避けると、右拳を振り上げてヅダへと加速を入れた。

 ヅダも速度を落とすことはなく、距離は銃撃からすぐに近接、格闘戦へと切り替わる。

 勢いよく突き出されるクエイクの拳。

 直撃すれば絶対防御を持たないPSには致命傷となり得る。

 だが、とヅダを操る男――仲間内からは少佐と呼ばれる彼は、機体を動かす。

 直後、ヅダはクエイクを軸にするようにして打撃を回避する。

 ISでもそう簡単にできることではない制動を少佐は、バーニアノズルの偏向とAMBACによって減速なしでやってのける。

 そのままクエイクの背中に回り込むものの相手にはせず、目標であるスペースコロニーへと直進した。

 ISのような高度な搭乗者保護機能をもたないヅダは、加速時にかかる体への負担は当然ながらISよりも大きい。

 その負荷を少佐は噛みしめていた。

 彼の表情は喜びを湛えている。

 

(ヅダは戦える。たとえ相手が新型のISであろうと!)

 

 ヅダのモニターが新たな敵を映す。

 数は二、打鉄とリヴァイヴだ。

 一対二。

 しかもPSで挑むのはこの時代の常識からすれば自殺行為もいいところだ。

 だが違う、と少佐は勇んだ。

 この機体はヅダなのだ、と。

 マシンガンを構える。

 そしてモニターのセンサーが敵の動きと合致する。

 しかし突如として敵はモニターから消える。

 

「ッ!?」

 

 また閃光が走り、もう一機の敵を沈黙させる。

 その色は紅。

 だがイステインではない。

 機体を反転させ、少佐はモノアイの感度を上げる。

 

「なんだ、アレは?」

 

 それは黒い全身装甲のIS。

 女性のようなシルエットはまるで黒曜石の彫像を思わせる美しさがあった。

 それでいて右の腕がブレード、左腕は肘より先が丸々砲門のようになっており、そのアンバランスさも相まって猟奇的な美を感じさせる。

 しかし何よりも少佐の目を引いたのは背より放たれるオレンジ色の粒子。

 GN粒子の光をまき散らす姿は戦乙女を彷彿とさせる。

 だがその姿に見とれている余裕など彼にはない。

 このISは何者か。

 いや、誰の差し金かと疑問を修正する。

 ヅダのセンサーからは搭乗者の反応がない。

 つまりは無人機ということになる。

 GNドライヴに無人機の技術。

 該当するのはあの傭兵、アリー・アル・サーシェスの雇い主だ。

 実際に三機の無人機をIS学園に送っている。

 

(味方か……?)

 

 そう判断しようとしたがすぐにそれを否定した。

 相手が無人機である以上、意志を読むことなどできない。

 それでも何とも言えぬ不気味さから少佐は味方とは思えなかった。

 そしてそれは正しかった。

 

『少佐、聞こえるかね』

 

 イステインから通信が入る。

 

「なんだ?」

 

『アレは味方ではない。おそらくあの博士が気まぐれで寄越したのだろう』

 

「……」

 

 『あの博士』という単語にわずかながら少佐の表情に険の色が入る。

 

『すまないが私は今手が離せない。頼んでもいいかね?』

 

「了解した」

 

 少佐は通信を切るとバーニアを噴出し、目標へと飛ぶ。

 左腕に装備された楯の裏からランチャーを手に取り、マシンガンの下部に装着する。

 ヅダの接近に反応して黒いISも右腕を振りかぶって加速した。

 その姿を見た少佐は自分の頬がわずかに緩んでいるのに気づいた。

 篠ノ之博士のIS。

 それを倒したとなれば私の願いに一歩近づける。

 そうだ、これが第一歩なのだ。

 振り下ろされる刃を飛び越え、すぐさま銃口を向ける。

 

「倒させてもらおう! 私とヅダの為にも!!」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 

 

 ナターシャはヅダが黒いアンノウンへと飛翔するのを確認すると、被弾した味方二機の救助を始めた。

 幸い、シールドエネルギーの残量が低下したことよる搭乗者保護モードへと移行しているだけで、機体そのものに深い損傷は見られなかった。

 搭乗者に声をかけつつナターシャは油断なく二つの戦場に気を配っていた。

 一つはイステインとイーリス。

 近接戦闘がメインであるクエイクに対し、イステインは資源衛星群を器用に蹴り、加速しつつライフルによる銃撃でイーリスを翻弄している。

 近くにはヴィザクトリーが力なく浮いており、感情的になりやすいイーリスが激昂しているのがナターシャには見て取れた。

 あまり分がいい戦闘とは思えないがそれ以上に、ヅダの戦闘にナターシャの意識は向けられていた。

 ヅダと黒いIS。両者が味方ではないことも一因ではあるが、ヅダが現れたことにナターシャは強い動揺を得ていた。

 

 ヅダはかつて第一世代型ISと同時期に開発されたPSで、米国の次期戦略兵器選定でISに敗れたという経歴を持つ機体だ。

 軽トラックに戦闘機のエンジンを積むかのような発想で誕生したヅダは、それまでPSの弱点であったジェネレーターの出力不足をバーニアの出力で補うことで克服した。

 換装なしでの宇宙(そら)と地上での運用を可能とし、『ベースジャバー』というサブフライトシステム(SFS)によってある程度の空中戦もこなすヅダは、当時ISを差し置いての正式採用の筆頭候補であった。

 しかしベースジャバーの事故により不採用となり、ヅダは試作機型一機のみの製造で終わり、政治的理由からそれも破棄された。そうナターシャは聞いていた。

 

 そのヅダが今、黒いISと戦っている。

 トマホークと刃が互いに弧を描いてぶつかり合い、火花が散る。

 アンノウンの左腕から放たれる光の奔流をヅダはギリギリでかわすとマシンガンを構え、弾雨を降らせていく。

 一部始終を眺めるナターシャから警戒という言葉が思わず抜け落ちる。

 武装も威力こそ違えど、かつてコンペに出されたヅダの兵装は同一だった。

 搭乗者は国家代表やブリュンヒルデのような圧倒的技量を持つというわけではないのだろう。

 だが事態を冷静に見極め、一切の無駄のない動きでISと互角以上に戦う。

 一瞬の隙をついて的確に相手にダメージを与えていく。

 まさに彼女の知るヅダの動きだった。

 ナターシャは確信した。

 あの機体は紛れもなくヅダであると。

 しかしそれを認めたくないのか、ナターシャは思わず視線を逸らした。

 人知れぬ思いを抱く彼女の前で勝負は決しようとしていた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 マシンガンを放り、右手にトマホークを握り直したヅダが、静止状態から一瞬で距離を詰める。

 応じるように黒いISも右腕を構える。

 すれ違いざまにISとヅダの得物が交差し、手首ごとトマホークが斬り飛ばされる。

 今までよりわずかに角度をずらされたが少佐に焦りはない。

 彼は手首を斬られた反動とAMBAC制御により即座に旋回し、振り向いたISに左腕に装備された楯のピックを立てて突き出した。

 狙いは頭部、ラインアイ。

 どんなに強固な装甲であろうとセンサー部は総じて弱いものだ。

 そしてそれはこの鋼の乙女にもいえることだった。

 目を刺し貫かれたISは紫電を頭部から漏らす。

 ヅダは胸部に蹴りを入れ、深々と突き刺さったピックを引き抜きつつ弾き飛ばす。

 先程までなら瞬時に立て直していただろうISは、頭部のダメージによってわずかに挙動に隙ができる。

 その瞬間を少佐は見逃さなかった。

 背部に懸架してあった銃身の折りたたまれたライフルを手に取りすぐさま構える。

 手首を失った右腕で銃身を支えるように構えたライフルは、ヅダの全長を超えんばかりに長大だった。

 かつて対艦ライフルと銘打たれた13.5㎜ライフル。

 それに改良を施したヅダ専用の大型ライフルである。

 モニターのポインタにISが重なり、少佐はトリガーを引いた。

 ライフルから発射された徹甲弾は、寸分の狂いもなくISの胸部を撃ち貫く。

 内部のGNドライヴを貫通し、背部のコーン型スラスターから弾丸が突き抜ける。

 胸部から紫電を激しくまき散らした直後、ISは爆発を起こした。

 

「ハァ、ハァ……」

 

 肩で呼吸し、ライフルを背部へと戻す。

 モニターとセンサーには黒いISの感はなかった。

 だが一息つくことはできない。

 今倒したのはイレギュラーであり、まだ任務は達成されていないのだ。

 少佐はヅダのモニターを警戒するように見つめる。

 イステインはまだ戦っている最中のようだ。

 GNドライヴ搭載型のイステインを相手にあそこまで戦えるとは中々の搭乗者のようだった。

 ヅダのモノアイが一機のISを確認する。

 どうやらこの機体が最後の一機のようだ。

 そのISを怨嗟の視線で少佐は見つめた。

 《ザクウェル》。

 かつてヅダを歴史の闇へと追いやった米国第一世代型IS。

 目の前にいるのはその後継機である。

 機体の随所に面影を残すISをまるで久遠の仇敵を見るような目で少佐は睨みつけていた。

 楯のピックを再び立て、飛びかかろうとしたとき、

 

『少佐』

 

 イステインからの通信が少佐を引き留めた。

 

「何かね」

 

『撤退する』

 

 冷静な声が響く。

 

『我々は最低限の目標を達した。福音を手にできないのは残念だが、今回のことでむこうも何かしらの動きを見せてくれるだろう』

 

「了解」

 

 少佐は目だけで頷くと機体を反転、バーニアを爆発的に噴出させ一気に戦域を離脱する。

 センサーには追ってくる機影は確認されず、少佐は今しがた得た戦闘データの解析を始めた。

 戦績は少佐の望んだものに近かった。

 武装を多く失ったが、ヅダは右手首を失っただけで大きな損傷は見当たらない。

 精査は戻ってからでなければできないが、GNドライヴの出力も安定しており、土星エンジンとの兼ね合いも良好だ。

 宇宙での戦闘データを今回得られ、地上戦のデータもいずれ得られる。

 そう、ヅダはまだ進化する。

 しかも他のPSやISと違い、ヅダはGNドライヴの高出力に改造なしで対応できている。

 

「ヅダはまだ戦える!」

 

 自身の存在する意味を成すことだけを願い、少佐はヅダを加速させる。

 わずかな機体の歪を生じさせながら。




さて、ヅダなんですが、
もともとオリ機体のPSだったんですが考えてくうちに
「これヅダじゃね?」
という謎の発想に至った次第です。
なので、皮は同じでも中身がこれでもかというぐらい違います。

ヅダファンの皆さん、申し訳ありません。
別に農家はアンチではありません。


 次回
『嵐の後に』

まだ答えることはできない。


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#61 嵐の後に

 IS学園の地下に広がる研究施設。

 その中でも特に厳重なセキュリティのかけられたエリアの一つ『GN粒子系技術研究棟』。

 名前の通り、GNドライヴに始まるGN粒子を扱う技術の解析や開発を行っている部門である。

 いくつかある研究室の内、地下にもかかわらず一面窓をとりつけた部屋がある。

 その窓のそばにグラハムは立っていた。

 

「これが《GN打鉄》か」

 

 グラハムは窓越しに格納庫に鎮座するISを見つめていた。

 格納庫の中では、千冬が搭乗したGN打鉄が固定され、二十人ほどの技術者と作業員たちがせわしなく動いていた。

 彼らはサーシェスとの戦闘でのデータ取りと、損傷の修復にあたっていた。

 先程までグラハムが会話をしていた技術主任によれば、GN打鉄のダメージレベルはCに近いBであり、中破といっていい状況だという。

 その打鉄の搭乗者である千冬は国際IS委員会の理事会に出ており、今この場にはグラハムしかいない。

 

 あーいをー知らーずー揺ーれーるゆりーかごー♪

 

 携帯が着信を知らせる音楽を鳴らし、グラハムはポケットから取り出す。

 折り畳み式のそれを開くと同時に青い画面が展開される。

 表示されるのはSound-only(音声通信)とNumber-withheld(非通知)の文字列。

 知らせもなしに突然かかってきた非通知着信。普通なら訝しんだり出ることをためらうだろう。

 だがそこはグラハム・エーカー、なんの躊躇もなく即座に通話ボタンを押した。

 

「グラハム・エーカーだ」

 

 そう彼は堂々と名乗った。

 

「やあ、ハムくん」

 

「束女史か」

 

 番号を教えていないはずの束からの突然のコール。

 それでもグラハムは通常運転だ。

 

「用件を聞こう」

 

「それがさー、ちーちゃんがポンコツにやられちゃったんだよ!」

 

「千冬女史?」

 

 グラハムは束の言っていることをすぐには理解できなかった。

 確かに千冬はサーシェスと事実上の痛み分けであり、それを『やられた』と表現するのは彼女の強さを知るものからすればありえないことではないだろう。

 だが『ポンコツ』という単語に違和感があった。

 束は『ガンダム』をライバル視しており、そのガンダムの一機である《ヴァラヌス》を、間違ってはあるかもしれないがポンコツとは言わないだろう。

 通話音量を下げるボタンを押しながら少し考える。

 レベルを三つ下げたところであるものが浮かぶ。

 

「もしや、《ヅダ》のことだろうか?」

 

 試しに言ってみると、

 

「そう! たしかそんな名前! あんなのにちーちゃんがー!」

 

 どこか恨みがましくドンドンと何かを叩く音が向こう側でする。

 束はヅダのことを言っているのは間違いないようだった。

 だがこんどは『千冬』という言葉がかみ合わなくなった。

 しかしそれは考える間もなく束の口から正体が明かされた。

 

「お手製の《GNちーちゃんVer.1》を、よりにもよってあんなポンコツにやられて束さんは大変ショックなのです」

 

「成程」

 

 これでグラハムは話の内容を理解した。

 楯無から知らされた宇宙での近年まれにみる規模での戦闘。

 そこに現れたヅダと黒い謎のIS。

 大方の予想通り、黒いISは束の開発したISだったようだ。

 そしてIS委員会のIS二機を撃墜した後にヅダと戦闘、撃破されたとグラハムは聞いている。

 

 だがこれは束の言葉からは感じられないが大きな問題である。

 現在の社会体系に深くかかわり、象徴ともいえるIS。

 特に男卑女尊という風潮は、ISが最強の兵器であるということだけで成り立っていると言っていい。

 そんなISが他の兵器、しかも男性も使えるであろうPSに負けたとなれば、社会の根幹すら覆しかねない。

 しかしそんなことには興味無いのか、束はその後一時間近く語りたいことは語りつくすと、「にゃはは」と機嫌よく笑いながらほぼ一方的に電話を切った。

 グラハムとしては尋ねたいこともあったのだが、自身を超えるマイペースである束相手では仕方ないと割り切っていた。

 

 視線をまた格納庫へと向ける。

 GN打鉄から少し距離を空けたところにグラハムの愛機《GNフラッグ》が同じようにコードに繋がれていた。

 打鉄と違い損傷のほぼないフラッグは、主にデータ取りのために運ばれており、それも一段落ついたのか作業員の姿は打鉄側と比べると少ない。

 それでもIS一機を整備するには多い人数であることは違いないが。

 フラッグと並べるようにグラハムは携帯のモニターを拡大投影する。

 映し出されるのは先ほどの戦闘のデータ。

 窓の向こうで行われているデータの収集と解析はリアルタイムでテストパイロットであるグラハムの携帯へと送られる。

 普通の携帯電話端末ならば処理しきれないような膨大なデータだが、MSの開発データを複数保存している彼の携帯にはこのぐらいは余裕でできるぐらいのスペックがあった。

 

(やはり、特筆すべき点はないか)

 

 目立った数値のないデータが並ぶ中で、ビームサーベルのものを選ぶ。

 彼が気になっているのはビームサーベル。

 スコールと名乗った女性との戦いにおいて、フラッグの光剣には反りができていた。

 だがグラハムは刃の形状を変更した覚えはなく、またそういった機能をビームサーベルやGNフラッグ本体には搭載されていなかった。

 送られてきたデータにも出力に異常があるわけではなく、原因は不明としか言いようがなかった。

 先刻、一回目に目を通した際、グラハムはこの件について誰かに尋ねてみるべきだと考えた。

 そこへかかってきたのはISの開発者、篠ノ之束からの通信だ。

 まさに僥倖というべき機会だったが結果はご覧の通り。

 しかも折り返しは不可能。

 千載一遇のチャンスを逃してしまったグラハムだが、窓越しに愛機を見る彼の様子はいつも通り。むしろ小さな笑みすらもらしていた。

 湧き上がる闘志に影響を受けたのか。

 それとも、かつての自分を髣髴していたが故か……。

 どういう理屈なのかは知らん。

 分からなければそれでいい。

 かつての自分とどう変われたのか、それを知ることができればいいのだから。

 先程の戦いで思うことがあったのか、グラハムの思考はビームサーベルから遠のいていた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 僅かな機械音と共に部屋のドアがスライドする。

 

「理事会はどうだったかね、千冬女史」

 

 グラハムは背後を振り向くことなく問いかけることで迎えた。

 

「予想以上の喰いつきだった」

 

 千冬はグラハムの隣まで行くと、ため息交じりに答えた。

 

「もともと今日資料を公表する予定だったからだろうな、今日起きた事件を二件とも先送りにしてまでGNドライヴの話にもっていった」

 

「ほう、盛況だったのか」

 

「茶化すな。そのかいあってかは分からんが、IS学園と日本への追及もなあなあに終わった。松本理事のやりとりに至っては茶番もいいところだ」

 

 辛辣な言葉を並べる千冬。

 どこか引っかかるような言い方だがグラハムは特に気にはしていない。

 IS委員会の理事たちを軽蔑しているふしがあるのはいつものことだからだ。

 

「例の件は?」

 

「報告書と共に提案はしてみたが、やはりGNドライヴの量産ばかりに目がいっているせいですんなり通るとは思えないな」

 

 そうか、とグラハムは携帯端末を操作しあるものを映す。

 ビリー・カタギリと署名された図面は、理事会前にグラハムが千冬に提案したことの核を示していた。

 改めてそれに目を通し、千冬は目だけを頷かせた。

 

「だが、GNドライヴの量産性の悪さを考えればいかに有効であるかは考えるまでもないことだ」

 

 しかも敵側には量産性に秀でたタイプのGNドライヴが存在する。

 戦闘で得たデータの範囲でしか判明していないが、放出される粒子量からして出力が低いらしく、装甲強化に回すだけの余裕がないものと思われる。

 だからこそ、グラハムの提案は理にかなっていると千冬は思った。

 二人はしばらくこの案件について話を進めていった。

 そして一段落ついたところで、

 

「さて、千冬女史」

 

 携帯を仕舞いながらグラハムは話題を変えた。

 そろそろ頃合いだと彼は思った。

 

「なんだ?」

 

「私は回りくどいのは苦手でね。単刀直入に尋ねよう」

 

 グラハムは千冬の目をまっすぐと見つめた。

 

「今回の事件。いや、サーシェス達の関わっている一連の事件。君は何を知っている?」

 

「……何故、私が知っていると思う?」

 

 千冬は睨むように視線を向ける。

 いつも生徒達や山田に見せるものより五割増しで鋭い視線を、しかしグラハムは動じることなく受け止めた。

 それが彼女の狼狽を隠すものであることをすぐに見抜いた。

 

「君はサーシェスとの戦いで、感情的だったと聞いている」

 

 グラハムは一度GN打鉄を視線の端に納めるとすぐに千冬の両目を見据えた。

 他にも夏休み辺りから疑問を抱く言動があったこともまた一つである。

 一夏の言が正しければ、『昔の千冬』に戻すだけの何かがあったことは間違いない。

 サーシェスとの戦闘とは別の事柄かもしれないが、グラハムの乙女座の勘は関連があるとみていた。

 そしてなにより、

 

「君が質問をそう返してきた時点で私の推察は当たっていると言えるだろう」

 

「……成程な」

 

 観念したのか、千冬はわずかに肩を落とした。

 表情こそ凛々しいが、どこか弱々しさがにじんでいた。

 

「思い当たるふしがあるのは事実だ」

 

「…………」

 

 だが、と千冬の表情が曇る。

 

「正直、それらがどうつながるのかがわからない。だから――」

 

「すぐに話せとは言わんさ」

 

 今はそれで十分だと笑みを見せ、グラハムは踵を返して部屋を出て行った。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 青年はデスク上に展開された、いくつものモニターの内の一つを眺めていた。

 

「結局、彼らは失敗したか」

 

 IS学園とスペースコロニーへの襲撃。

 いずれもISの強奪が目的にもかかわらず亡国企業は何一つ得ることができなかった。

 取引相手の失態を、しかし青年はただ微笑を浮かべるだけだった。

 

「織斑一夏は姉の庇護下にある以上、難しいことは理解していたが……」

 

 視線の先にとまるのは紅の光刀を振りかぶる黒いIS。

 ビームサーベルを鋭く横へ薙ぎ、緑色のISの装甲を切り裂く。

 

「グラハム・エーカー、これほどとはな」

 

 予想を上回るイレギュラーの実力に青年は驚嘆していた。

 サーシェスとの戦いを切り抜けたのは、単にあのいたぶるのが好きな傭兵が遊んでいただけだと思っていたが認識を変えなければならない。

 そう青年は思った。

 すでに芽を摘むという状況ではなくなってきている。

 だが彼の表情に焦りはなかった。

 手にしたブランデーグラスを弄びながらモニターを一つずつ眺めていく。

 それらに映されている事柄すべてが青年の思惑通りに進んでいた。

 そして最後に目を止めたのは、織斑一夏の刀が光を放っている画像とその解析結果。

 サーシェスの報告通り『零落白夜』ではなかった。

 それは計画も次の段階へと近づいていることを示していた。

 今回はこれを知ることができただけでも十分な収穫だがサーシェスのISに多大なダメージを被ることになった。

 だが、《ヴァラヌス》の最後の仕事としては十二分な働きだったと言える。

 彼の専用機はすでに完成しており、あとは武装データを反映させるだけだ。

 ブランデーを一口含み、グラスをデスクに置く。

 障害を取り除くための布石は打ってある。

 いざとなれば切り札を使っても問題あるまい。

 フフッ、と青年は自信に満ちた目を中央のモニターへと向けた。

 

「『プラーナ』」

 

 自慢の切り札を見つめ、青年の微笑は狂気の色を見せた。




IS新刊出ましたね。
残念ながら農家は八巻にはいかない予定なのです。
EOSの存在自体が話と矛盾すると思うので。


 次回
『前祭』

まだ始まりでしかない


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#62 前祭

読みは
まえまつり
です。


 翌日。

 学園祭の疲れによるものか、またこの日が休みだからか、生徒達の朝は遅い。

 そんな中、いつも通り五時間の睡眠で目を覚ましたグラハムは日課の後、七時前には食堂に来ていた。

 たまには和食以外にしようと、トレーの皿にトーストとチョリソー、マッシュポテト、スライストマトを載せ、まだまばらな席の間を歩いていた。

 

「おはよう、グラハム」

 

「おはようと言わせてもらおう、ルフィナ」

 

 長テーブルに一人で座っているルフィナに朝の挨拶を謹んで送ると、向かい側の席にグラハムは腰を下ろした。

 ルフィナの朝食はトースト、ベーコン&スクランブルエッグにヨーグルトというアメリカでは一般的なメニューだ。

 自身のメニューもあいまってどこか懐かしさを覚えるグラハム。

 わずかに頬を緩め、トーストをかじる。

 

「お、今日も早いんだな」

 

 声のした方に視線を向けると、同じく朝食のトレーを持った一夏がちょうどルフィナの後ろに立っていた。

 

「一夏か」

 

「おはよう、一夏」

 

「おう、おはよう」

 

 一夏はルフィナの隣に座り、箸を手にしたところでグラハムの朝食を見た。

 

「あれ、今日はパンなんだな」

 

「気分転換というやつさ」

 

 意外そうにしている一夏にグラハムはフッと笑いながら答え、

 

「そういう君はずいぶんな量だな」

 

 トレーにのる一夏の朝食を見てそう言った。

 彼のメニューは焼き魚定食になぜか生姜焼きが加わっていた。

 

「朝だからこそ、たくさん食べたほうがいいんだよ」

 

 それに、と何故か少しげんなりした様子で一夏は言葉を続ける。

 

「今日から貸出って言われたらことだから、今のうちに体力を蓄えないとな」

 

「そ、それは……大変だね」

 

 ルフィナはなんといえば分からないといった表情で彼女なりのフォローを入れる。

 それは昨日の学園祭の閉会式でのことだ。

 『織斑一夏争奪戦』と名付けられた部活対抗の投票結果は楯無の謀略もあり、生徒会が一位に輝くこととなった。

 学園の男子二人中二人を独占する形となった生徒会に対して当然、群衆からはブーイングの嵐が沸き起こった。

 それに対して楯無は、『一夏を各部活に派遣する』ことを宣言、一夏の唖然とするさまを除けば学園祭は生徒たちのテンションが最高潮を迎えて終幕した。

 だがその後、一夏は楯無にはあっておらず、いつから貸出が始まるのか知らないでいた。

 そんな彼にグラハムは思い出したかのように言った。

 

「昨日、しばらく先になると楯無は言っていたな」

 

「本当か!?」

 

「ウソは言わんよ。別件が立て込んでいると私は聞いている」

 

 グラハムの言葉に一夏はホッと胸をなでおろした。 

 

「はー、助かった。正直、あまり生きた心地してなかったんだよな」

 

「でも、生徒会の人なら生徒会室とかに行けばすぐにわかったんじゃ……」

 

「それが生徒会室にはいないし、探したんだけど、結局会えず仕舞いだったんだよな」

 

「それは当然と言うものだ。楯無はあの後すぐに学外へ出た」

 

「そうなのか?」

 

「ああ。どうやら仕事があったらしい。詳しいことは私も知らないが」

 

「ふうん」

 

 しばらく談話しながら朝食をとっていた三人。

 まもなく八時になろうかという時分、少しずつ食堂に生徒が増えるなか、グラハムの後方に設置されている大型テレビでは国営放送によるニュースが流れていた。

 

『――昨日IS学園内で起きた建物の崩落事故について、IS学園及び国際IS委員会は昨夜、教員用に試験導入されているIS武装『クアッドガトリングパッケージ』の暴発であると発表。現在詳細を調べており、後日担当技師他四人に対する処分を決定するとしています』

 

『このクアッドガトリングパッケージについてですが――』

 

「グラハム、これって……」

 

「ああ、昨日の一件のことだろう」

 

「なんで違う話になってんだよ……?」

 

 今ニュースに映るのは、昨日サーシェスが逃走する際に放った粒子ビームによって一部を吹き飛ばされた建物。

 だがキャスターが読んだ文には単なる事故とされていた。

 グラハムには見えていないが映像も加工され、まるで内部から瓦礫が飛び散ったかのようになっている。

 映像を目にしたルフィナと一夏は驚いているようだったが、グラハムにとっては予想の範疇だった。

 事故の原因となったIS兵装についての解説と評論家の意見の後、ニュースは別の話題に移った。

 

『――中東情勢が悪化の一途をたどる中、欧州連合と米国は軍を共同で派遣することを発表。これに対しアストビアの――』

 

 その後も《ヅダ》どころかISに関する話題がでることもなく、十分後にはキャスターたちはスポーツで盛り上がっていた。

 これはある結果を示している。

 ――昨日起きた二つの事件における情報操作。

 グラハムはどこか苦々しくコーヒーから口を離した。

 学園祭の後、国際IS委員会から通達された箝口令を聞いた時、グラハムはこの可能性に至っていた。

 《スローネ》や《福音》事件などIS関連の事件は隠蔽されることが多い。

 各国家において重要な機密であることもそうだが、なによりISは市民社会に強大な影響力もつだけに、不安や混乱を与えないことを考えればそうすることに納得はいく。

 ELS襲来に際しても市民への配慮として演算処理システム『ヴェーダ』を使った情報規制は行われた。

 それでも、グラハムは『情報統制』というものを好きにはなれなかった。

 不器用な彼の生き方には相いれないものだからかもしれない。

 

 そしてこの統制の徹底ぶりにも違和感も覚えていた。

 確かに今回の事件が実行されているところを見たものは少ない。

 だが逃走するところを目撃した人はかなりいたはずである。

 他の事件にしても、実行前後の敵を見た人は決して少なくはない。

 それなのにISを見たという話をネットでさえ見られない。

 二十四世紀でさえ、完全な情報の管理、封鎖にはヴェーダを使わなければできないことだ。

 あってないようなものである二十一世紀の情報技術で、情報を世界から締め出せるだろうか。

 完璧ともいえる情報統制が、グラハムの脳裏に違和感をこびりつかせていた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 朝食の後、グラハムは部屋に戻っていた。

 彼は愛用の端末を何度も覗き込みながらキーボードを操作していた。

 物音一つない部屋で、キータッチの音だけが途切れることなく鳴り響いている。

 モニターの中央では図面と文字列が生まれては消え、生まれては消えを幾度も繰り返していた。

 その端ではいくつものデータが流れ去っていく。

 そしてENTERを押したと思われるタンッという小気味良い音とともに一連の動きが止まった。

 慣れない作業に息を吐き、グラハムはコーヒーをすすった。

 時計に目をやるともうすぐ正午になろうとしていた。

 グラハムはここ数時間の成果を眺める。

 映し出されているのはISと思われる数枚の設計図と、円筒形や立方体のパーツ。

 携帯のモニターにも大型の人型兵器の設計図と、これもまた同じようなパーツが表示されている。

 

「思いのほか、上手くいくものだな」

 

 自分のことながら意外そうに彼は独語した。

 MSのデータのISへの転用。

 設計図があるとはいえそう簡単にできないことを、しかし彼は自身が驚くほど速くやってのけてしまった。

 しかも後に分かることだが、技術者たちの目から見てもかなりの精度の高い設計図に仕上がっていた。

 かつて《フラッグ》のテストパイロットを務め、《ブレイヴ》では設計段階から開発に関わったことで得た経験と知識。

 それが自身のISの設計でいき、また今回もそれを生かすことができた結果となったようだ。

 満足そうにうなずき、グラハムはパソコンの電源を落とした。

 今、部屋にはグラハムしかいなかった。

 同居人である楯無はいまだに戻ってきていない。

 ふと昨日の戦いの直後に見た楯無の表情が浮かぶ。

 

(何があそこまで彼女を焦らせたのか……)

 

 私が気にしても仕方ないがね、と昼食をとりに行こうとしたとき、

 

 燃え尽きてく眠りの森で~♪

 

「私だ」

 

「グラハム」

 

 コールされた携帯から簪の声が届いた。

 

「あの、お姉ちゃんから連絡きてない?」

 

「私のところへは来ていないが」

 

「そう……」

 

 沈んだような声にグラハムは尋ねる。

 

「何かあったのかね?」

 

「え? ええと――その……」

 

 もともと口下手な簪だが、それにしては歯切れが悪い。

 疑問に思ったグラハムだが、ドアをノックされ、「失礼」と携帯を片手に立ち上がった。

 ホッと安堵の息が携帯から聞こえるが、気にすることもなくドアノブに手をかけた。

 

「失礼します」

 

 ドアを開けると礼にかなったお辞儀をする楯無の侍女、虚の姿があった。

 あげられた理知的な顔は焦っていた。

 

「虚か。楯無なら――」

 

「いえ、わかっています」

 

『虚さん?』

 

 携帯から聞こえる簪の声に虚は驚いたような声を上げた。

 それはどこか先程とは別の焦りを含んでいた。

 

「簪お嬢様も……。いえ、仕方ありませんね」

 

 そう呟くと虚は頭を下げた。

 

「時間がありません。すぐに手を貸していただけませんか?」

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「ったく、一日たっても治らねえとはよ」

 

 コンソールと機器が並ぶ薄暗い空間でサーシェスはぼやいていた。

 彼の視線の先にあるのは、胸部に大きな裂傷を受けた《ヴァラヌス》。

 本来ならISの自己修復機能である程度のダメージを回復させているはずなのだが、モニターに映るヴァラヌスの状態は一向に良くなる気配はなかった。

 原因は分かっている。

 あのガキ、織斑一夏から受けた斬撃の影響だ。

 今でもコアの調子が上がらず、粒子の生成もままならねえ。

 ISの素人であるサーシェスの目から見ても、ヴァラヌスの状態が最悪であることは間違いなかった。

 チッとつまらなそうに舌打ちをした。

 

「これからだってのによ」

 

 大将との契約である戦争がようやく始まろうとしていた矢先に、これだ。

 すでに《アルケー》は九割がた完成している。

 そうスポンサーは言っていた。

 しかしそれはまだ一割完成していないということでもあった。

 しかもアルケーの製造期間を考えれば一割でもそれなりの長さがあるだろう。

 その間、彼はしばらくISでの戦闘に参加することができない。

 これがたまらなくサーシェスを苛立たせていた。

 だがすぐに口端を歪める。

 まあ、その分の鬱憤を前払いで晴らさせてもらうとしようじゃねえか。

 

「出てこいよ、『楯無』さんよ!」

 

 振り向いて狂笑を向けた先、錆び付いた金属音と共に巨大な扉が開く。

 

「あら、気が付いていたのね」

 

 差し込まれる陽光を背に、IS《ミステリアス・レイディ》を纏った楯無が、槍を突き付けるように構えていた。

 ニヤッ、とサーシェスの表情が嬉々と歪んだ。




サーシェスの『楯無』さんは楯無という立場に興味があるということでお願いします。

IS八巻、私の周りでは評価は真っ二つです。
農家個人としてはOOのドラマCDを何故か思い出しました。
勿論、仮想ミッションの方ですが。
後書きが連続で同じネタですいません。


 次回
『嗤う獣』

追い詰められたのはどちらか


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#63 嗤う獣

「よく、わかったわね。私が貴方を追っていたことを」

 

 槍をサーシェスの喉元へ向けながら、ゆっくりと距離を詰める楯無。

 対するサーシェスは獰猛な笑みを浮かべ、

 

「これ、嬢ちゃんのだろ?」

 

 と、差し出していた右手を握る。

 

「仕掛けてこねえと思ったら、こういう使い方もあったとはな」

 

 空手を何度も開いては握る。

 ただそれだけの動きに、楯無は表情にこそ出さないが信じられないものを見る思いだった。

 

「まさか、それに気づいていたなんてね」

 

 サーシェスが握り潰したのは《ミステリアス・レイディ》のアクア・ナノマシン。

 アクア・クリスタルから生成される水をコントロールしており、これによって楯無のISは水を自在に操ることができる。

 またばら撒くことでセンサーの代わりにすることもできる、まさにミステリアス・レイディの要である。

 当然、ナノサイズであるマシンは、肉眼はおろかISでも視認することは難しく、反応が小さすぎてセンサーにも映りにくい性質を持つ。

 実際、スコールは対処できなかったうえに、グラハムでさえ初見での完全な対応はできなかった。

 それを目の前の男はナノマシンに気付き、あまつさえ掌の上に載せていたのだ。

 あまりにも理解の枠を超えた傭兵の能力に、楯無は額に嫌な汗を浮かべた。

 そして思った。

 グラハム君といいこの男といい、

 

「MSパイロットというのはそういうモノ(・・・・・・)なのかしら」

 

 だからこそ、

 

「男性が乗れるのも、納得できてしまうのが恐ろしいわね」

 

 思わず漏れてしまった呟き。

 ククク、とサーシェスの面白がるような笑い声にハッとするも、彼は無精ひげをなでながら楯無を見ているだけだった。

 

「残念だが楯無さんよ。オレはISに適応した人間じゃねえ」

 

 じょりじょりという音を鳴らしながら、さらりと告げられた言葉。

 しかしその意味するところは楯無に少なからず衝撃を与えた。

 

「でも、貴方は今まで《ヴァラヌス》を操ってきたじゃない」

 

「おうよ。だが、こいつはスポンサー様の御力の賜物ってやつでね、少しの間ISの認識を狂わせてるんだとよ」

 

 まあ、持ち運びできねえがなと肩をすくめるサーシェス。

 彼は楯無の反応を楽しむように手の内を明かしていく。

 そして思惑通り、楯無の内心は驚愕に満ちていた。

 ISのコアは独自の進化ベクトルがあることしか明示されていない。

 しかも束による高度なプロテクトが駆けられているために現在誰一人としてコアを解析できた者はいない。

 彼らが行っているコアの複製自体、信じがたいことだが外部から得られた情報を元に、まさにブラックボックスの概念に即して作られたものだと考えられてきた。

 だがサーシェスの言葉通りならば、彼らはコアの内部をも知り尽くしていることになる。

 

(でも、今問題なのはそこじゃない)

 

 コアの仕組みもそうだが、学園祭の襲撃のときの彼らがどうであったか。

 サーシェスが野原と名乗ってIS学園に入っていくのを虚が確認しているし、レイディのデータとの照合では野原とサーシェスの顔は93%合致している。

 ヴァラヌスを持ち運べないということは待機形態にすることができないことを意味している。

 つまり、サーシェスはISを持たずに学園へ侵入したことになる。

 

(どうやってヴァラヌスを――?)

 

 IS学園のセキュリティレベルは並みの軍事施設よりもはるかに高い。

 そこを掻い潜ってヴァラヌスを学園内に運び込むことは本来なら不可能である。

 確かに学園祭の準備等で多くの物が外部から入っていたのでその中に紛れさせることは可能だろう。

 だが、それでも難しいことには違いない。

 学園祭に乗じるとしても手段はいくつかに限られる。

 そしてその中で楯無の持つもう一つの疑問を解き明かしてくれるものは一つだけだ。

 まさか、という思いはある。

 しかし、それ以外、今回の事件と彼らの今までの動きとの間の辻褄が合わなかった。

 だとしたら、とそこまで突き進めた思考を、しかし楯無はすぐに頭の片隅へと追いやった。

 異様な殺気を感じ取ったからである。

 

「まあ、サービスはここまでだな」

 

 冷えた声音。

 それは先ほどまで淡々と語っていたものとはまるで異質。

 先手をとろうとするも、それよりも早く、数回連続して銃声が鳴った。

 金属音と共に天井から下げられていた大型の照明器具が落下してくる。

 反射的に後ろに下がるもすぐにそれが下策だったと楯無は気づいた。

 わずかな一瞬の隙を突いてサーシェスはヴァラヌスを起動、まとわりつくコードを引きちぎり、まるで檻から放たれた猛獣のように牙をむいてきた。

 

「はっはー!」

 

「くっ!」

 

 楯無は一瞬でランスを構え直し、四門のガトリング砲のトリガーを引く。

 しかしサーシェスは左手にシールドを展開し、減速することなく、右脚を振り上げた。

 ランスを蹴り上げ、その勢いのままに左脚も身を捻りながら叩き込む。

 横合いに蹴り飛ばされる楯無。

 すぐに体勢を立て直し、ランスを振るうもそれはシールドによって阻まれた。

 ヴァラヌスが首を伸ばすようにして言う。

 

「サービスしてやったんだ。少しは愉しませてくれや、『楯無』さんよォ!」

 

 左手を振るい、楯無を押し飛ばすサーシェス。

 わずかにたたらを踏むも、すぐさま左手にラスティー・ネイルを展開し横薙ぎに一閃する。

 初見の武装なのか、ヴァラヌスは様子見とばかりに後退する。

 そこへ楯無は飛び込んだ。

 いまだに脳裏に焼き付いている千冬とサーシェスの闘い。

 あのレベルの近接戦闘に追従できるほどの実力は無いことなど、楯無自身理解していた。

 しかもミステリアス・レイディは近接戦闘こそこなせるが、特性上、防御力を犠牲にしなければならない。

 それでも、彼女はランスを突き出した。

 

「甘ェ!」

 

 ヴァラヌスはシールドを、角度をつけて突き出し、ランスを滑らせる。

 そのまま地を蹴り、肩から当身を喰らわせるサーシェス。

 後方へと突き飛ばすと、追撃とばかりにビームを刃上に形成し、突っ込む。

 だが楯無も国家代表の実力者、サーシェスの動きを呼んでいたのか素早く横へと飛ぶとラスティー・ネイルを振るった。

 蛇腹剣の一撃はヴァラヌスを掠めるだけにとどまったが高圧水流により、装甲が薄く斬られる。

 

「もっとだ! もっとこいよ!」

 

 機能が低下しているとはいえ、装甲を斬られてサーシェスの気持ちは高ぶっていく。

 わずかながら感じた身を斬られる感触。

 もっと味あわせろとばかりに、サーシェスはビームシールドを振るう。

 幾度も二人の獲物が重なり、装甲に傷を得ていく。

 ランスと蛇腹剣という異色の組み合わせに、嬉々として光刃で斬りかかっていく

 対する楯無はただひたすら喰いついていた。

 相手は圧倒的な技量を有している。

 だけれどわずかに持っていたIS学園生徒会長、ロシア代表操縦者としての意地が、サーシェスをその場から動かすまいと彼女を動かす。

 姉としては不甲斐ないと思いながらも、更識家当主としてのプライドも加味していた。

 そして幾度目かとなる火花を散らす。

 ついに狙っていた時が来た。

 ヴァラヌスの斬撃をランスで受け止めつつ、勢いをあえて殺さず後ろへと跳躍する。

 パチン、と指を鳴らした。

 

「ッ!?」

 

 刹那、空間ごとサーシェスを爆音が呑み込んだ。

 

「……これで、満足してもらえたかしら?」

 

 息も絶え絶えに楯無は呟いた。

 サーシェスのいた空間は煙が充満していた。

 アクア・ナノマシンによって周囲の水分を瞬時に気化させて水蒸気爆発を起こさせる『清き熱情(クリア・パッション)』。

 今までもオータムやグラハムに対して多大なダメージを与えてきたミステリアス・レイディの大技の一つだ。

 その最大出力での一撃を決めるために、楯無はサーシェスを決して対象範囲から彼を出さないよう、なりふり構わず喰らいついていた。

 湿度や気温の上昇などの前兆があるが、ISの搭乗者保護機能やスーツの調整機能によって逆に察知されることは滅多にない。

 そう、余程の敵でなければ――である。

 

「ククク……」

 

 嘲り笑う男の声が響く。

 そのとき楯無は気づいた。

 白い煙の中、わずかに灰色が混じっていることを。

 

「なかなかおもしれえ技じゃねえか」

 

 上から声が降ってくる。

 楯無は己の迂闊さを呪った。

 最初に響いた銃声は五発。

 落下してきた照明は一個。

 すでに彼は水素爆発から逃れる術を用意していたのだ。

 煙を切り裂き、ヴァラヌスが姿を現す。

 

「けどなァ!」

 

 一瞬だった。

 楯無はISごと地面に叩きつけられ、首元に紅の光刃を突き付けられた。

 

「きゃぁ――ッ!」

 

「ククク、いい悲鳴じゃねえか」

 

 心底愉しそうに口端を愉悦に歪めるサーシェス。

 舐めるように彼の視線は楯無を這う。

 氷のように冷たい眼光は、ISを通しても楯無に寒気を覚えさせた。

 だがサーシェスはビーム刃を消すと腰にスカートアーマーを展開した。

 彼の視線の先には倉庫のドア。

突如、爆音とともにドアが吹き飛び、ミサイルがヴァラヌスめがけて飛来してきた。

 

「ファング!」

 

 放たれた八機のファングはそれぞれ一発ずつビームを放つとそのまま吶喊していく。

 手持ち最後の攻撃武器を特攻させて、向かってきた十六発のミサイルを爆煙とともに叩き落とした。

 

「……お姉ちゃんから…離れて!」

 

 ドアの向こうに立つのは

 

「簪ちゃん!?」

 

 《打鉄弐式》を纏った簪だった。

 その手にはプラズマを纏った実体剣が握られている。

 恐怖を押し殺して睨みつけてくる双眸に、サーシェスはニヤッと笑みを浮かべる。

 ISに乗っている奴らの多くがガキだと最初聞かされた時は、つまらねえものだと彼は思っていた。

 だがなかなか肝の座ったやりがいのあるガキが多い。

 ――もう少し遊びたいところだが、

 

「オレの方もお迎えが来てるからよ、今日はここまでにしようじゃねえか」

 

 ふわり、と宙に機体を浮かせる。

 ヴァラヌスのセンサーが別に二機のISを補足していた。

 両機とも高速で宙を飛び、幾度もマーカーが交差している。

 倉庫の屋根に開けた穴から飛び立つと、サーシェスは機体を後ろへと向けた。

 

 GN粒子の光を迸らせ、激突するGNフラッグと0ガンダムの姿がそこにはあった。




なんか最近戦ってるところばかりのような気がする……。
なので今回は淡白に書いたつもりです。
大事なのはその前の会話ですしね。

次回でとりあえずこの章のラストバトルになります。
またかよ、とお思いになっていることでしょうが、いま少しお付き合いください。

 


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#64 天使の目論み

 虚から要請を受けたグラハムは《GNフラッグ》を展開し、海上を飛翔していた。

 右へと視線を向けると、並ぶようにして《打鉄弐式》を纏った簪が飛んでいる。

 虚との会話を電話越しに聞いた簪は、グラハムたちに自分も連れて行ってほしいと頼み込んでいた。

 相手は千冬と互角に渡り合った実力者だと、虚は言ったが簪はそれでもと食い下がった。

 その意思のある声にグラハムはその旨を由とし、同行することを快く受け入れた。

 今、彼女は無言でただ前を見ている。

 いつもなら完成に至った《打鉄弐式》を眺めるところだったが、グラハムもまた簪の表情をバイザー越しに見つめる。

 簪の想うことを知ることのできないグラハムだが、何かを想う目であることだけは理解できた。

 そしてそれだけで十分だと彼は視線を前方へと戻す。

 すでに目的地を視認できる距離まできていた。

 海岸線に見える工場地帯。

 そのほとんどが使われなくなった廃工場である。

 そこがサーシェスの隠れ家と思われる場所だった。

 センサーもサーシェスと楯無、二人のISの反応を示している。

 だが、それとは別のISの反応も表示される。

 まだ遠いがそのISもまた廃工場へと向かっている。

 ISに重なるGN粒子の反応、しかも《サイレント・ゼフィルス》や《ワトル》とは違い通常の[T]の反応だ。

 

「簪」

 

 グラハムはプライベート通信を開き、先に行くよう指示を出した。

 簪は頷くと共に高度を下げていく。

 打鉄弐式は背部に《フラッグ》タイプのフライトユニットを装備しており、その機動性の高さは降下だけを見ても優秀であることを物語っている。

 それを横目に見送ると、グラハムはフラッグのリミッターを解除、背部から放たれる光彩の赤みが増し、一気に加速をかけた。

 一分と掛からず、彼の目に敵が映る。

 思わず口端に挑戦的な笑みが浮かぶ。

 ガンダム!

 グレーと白の全身装甲のIS。

 額のV字型の装飾の下にもつ双つの目は緑に輝いている。

 背からは彩色の粒子を広げ、その姿は威風堂々とし、神々しささえ感じられる。

 わずかにある相違点といえば、背後に浮く非固定ユニットを持つことだが、何度も目にした《0ガンダム》という機体であることに間違いはなかった。

 ゆっくりとした動作で0ガンダムはライフルの銃口をグラハムへと向けた。

 咄嗟にグラハムは軌道を変え、ビームを回避する。

 それを皮切りに戦闘が始まる。

 

 0ガンダムはいくつもの光線を放ち、そのいくつかを掠めながらもフラッグは接近していく。

 左手にビームサーベルを出現させ、柄尻に粒子供給ケーブルが接続される。

 己を鼓舞するかのようにビームサーベルを振るい、その刀身を深紅の光で形作る。

 グラハムは、決して速度を緩めることなく光剣を叩きつけた。

 0ガンダムもまた、肩から抜くようにビームサーベルを振り下ろす。

 衝撃と共に紅の粒子光が弾けた。

 スピードと勢いで勝るフラッグのビームサーベルが押し込まれる。

 決して殺しきれるものではない速度を持った斬撃に、0ガンダムは剣をいなし、飛ぶようにして後退する。

 逃すまいとフラッグのビームサーベルが弧を描く。

 刃にかかる手ごたえを失った直後に放たれた軌跡。

 0ガンダムは背面宙返りをして逃れるとビームライフルを連射する。

 

「ッ!」

 

 至近距離からの射撃に回避が間に合わず、右腕のGNディフェンスロッドで数条の粒子ビームの軌道を逸らす。

 だがその間に0ガンダムはこちらとの距離を空け、さらにビームを放ってくる。

 グラハムはフラッグ持ち前の機動力によりその射線から逃れつつ突進する。

 リミッターを解除したフラッグの速度と機動性は凄まじく、瞬く間にその距離が縮まっていく。

 相手もこれ以上は無駄と判断したか、ライフルから再びビームサーベルへと切り替え、宙を蹴る。

 一瞬にして二つの紅刃は重ねられ、エネルギーの波紋が発せられた。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 

 

 二機のISによって繰り広げられる近接戦闘。

幾度となく粒子と火花を散らして刃を交わり、その間隙を紅の光槍が空を切り裂いていく。

常軌を逸してさえいるそれは、歴戦の傭兵でも中々お目にかかれるものではなかった。

 

「ククク、すげえなァ」

 

 廃工場から脱出したサーシェスは、海上で繰り広げられる戦いを見て嗤っていた。

 すでに十合は超えているであろう剣戟に

 身体が疼く。

 先程までの闘いも面白かったがやはり違うと彼は思った。

 ISの特殊兵装は目を見張るものがあり、初見ではいかに歴戦の猛者であろうと少しは手間取るものだ。

 だが結局はそこまでだ。

 ISの搭乗者は戦争のせの字も知らないようなガキばかり。

 そして戦い方も機体性能云々というような連中が多い。

 それだけでは物足りない。

 戦争で最後にモノを言うのはてめえの腕っぷしだけ。

 そして他者を蹂躙せしめるのもやはり武装云々ではなく実力だ。

 そういう意味ではサーシェスにとって、ブリュンヒルデやフラッグファイターは最高の獲物だった。

 その片割れであるグラハム・エーカーが魅せる戦いは見ているだけでも、傭兵の頬を狂気に釣りあげさせる。

 本当ならすぐにでも飛びつきたかったが、それを彼の傭兵としての部分が押しとどめる。

 《ヴァラヌス》は昨日今日の闘いでダメージの蓄積量が危険域に届こうとしていた。

 おまけにシールド以外の武装を失い、機体が正常にすら動かない今、あの戦いに参加することなど狂気の沙汰以外のなにものでもなかった。

 

(それに、大将からの命令は一応聞いとかねえとな)

 

 サーシェスは激闘から目を離し海面へと向けた。

 0ガンダムとGNフラッグの戦いから離れたところで、わずかだが海面に影が映っている。

 それはゆっくりと彼の方へと近づいてくる。

 

「お迎えか」

 

 つまらなそうにサーシェスは呟いた。

 彼はもう一度、空で繰り広げられる粒子の軌跡を見上げる。

 幾重にも重なる激突音に狂笑を漏らす。

 もうすぐだ。

 もうすぐ、あの感触を狩りつくすまで味わえる。

 楽しみだ。

 楽しみじゃねえか。

 次なる猟場を夢想し、目の前の戦闘を肴にサーシェスは猛った。

 その狂笑さえも旋律に加え、二機のISの戦いは佳境へ入っていく。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 

 

「はぁぁぁッ!」

 

 右手のリニアライフルで相手の動きを牽制しつつ急迫したグラハムは、左手に握られたビームサーベルを振るう。

 上から叩きつけられるような斬撃を0ガンダムはビームサーベルで受け止め、粒子が迸る。

 拮抗するパワーバランス。

 鍔迫り合いになろうかという流れを、しかしグラハムは自分からわずかに出力を抑えることで断ち切る。

 当然、相手のビームサーベルに力負けするが、刃の届く前に彼は蹴りを勢いよく喰らわせた。

 吹っ飛ばされた0ガンダムは海面をすべるように、背面で飛びながら粒子ビームを連射してくる。

 鋭角的な動きでグラハムは熱戦をかわしていくも、数発の光が掠め、機体に損傷を受ける。

 それでも怯むことなどないグラハムは0ガンダムを追って、海面すれすれを飛び、 両手の武装を消して長大なビームライフルを展開する。

 大型故に取り回しの悪いXLR-04と形式番号の振られたライフルは、改良が加えられ実戦になんとか耐えうるものとなっていた。

 引き金を引き、紅の粒子ビームが発射される。

 高速で一直線に走る光線を0ガンダムは飛びすさるようにしてかわす。

 だが、そこに隙が生じる。

 そしてそれを見逃す程グラハムは拙劣ではない。

 薬莢代わりのコンデンサーを排出するライフルを量子化し、ビームサーベルを握る。

 グラハムはフラッグを飛翔させ、光剣を横薙ぎに払った。

 ガンダムがそれを防ぎ、反転して斬撃を返す。

 そこからさらに十数合と刃を交え、両者は同時に距離をとった。

 息もつかせぬ攻防を幾重にも繰り返したからか、まるで時が止まったかのように動作が止む。

 

「はぁっ……、はぁっ……」

 

 乱れる呼吸を整えながらグラハムは0ガンダムを睨む。

 その表情にはわずかながらの苛立ちが見えた。

 すでに数十合――正確には七十六合だが――も刃を重ねた。

 だがその中で一度たりとも敵は本気で戦ってはいない。

 これはあくまで感覚的なものだが、グラハム程の実力者ともなれば剣を交えればある程度技量を見切れる。

 そしてグラハムの想像と実際では大きな隔たりがあった。

 どういうつもりかと問いただしたかったが、どういうわけか相手に通信をつなぐことができない。

 おそらく0ガンダムの目的はサーシェスの離脱の支援だろう。

 グラハムたちも楯無の救出を第一としていたため理解はできる。

 だがそれを差し引いても0ガンダムの戦い方に奇妙なものを感じていた。

 まるで、実力を試しているかのようにグラハムは感じていた。

 そして0ガンダムから漂う不気味な気配も感じ取っていた。

 サーシェスのような悪意とは違う、乙女座としての感性でも言い表せぬ何かを。

 

「……ならば」

 

 グラハムはビームサーベルを構え直す。

 すでに互いに目的を達したと言える。

 それでも目の前の敵はこちらを試し続けるつもりのようだ。

 背中のGNドライヴがガキリと左肩へと移動する。

 ならば、切り開いて見せよう。

 機体を前へ傾け、サブスラスターを吹かして飛ぶ。

 振り上げたビームサーベルの粒子の輝きが増し、刀身が伸びる。

 右手を添え、振り下ろそうとしたとき、

 

「ッ!?」

 

 グラハムは0ガンダムから感じ取った。

 笑っている――?

 そう彼は感じた。

 そして、飛び込んだグラハムの眼前で非固定部ユニットからあるものが展開される。

 それは0ガンダムを包むかのような紅の層。

 

「GNフィールド!?」

 

 しまったと思うが遅かった。

 渾身の一撃が粒子の防壁によって阻まれた。




こんにちは、農家です。
今回は
GNフラッグ VS 0ガンダム
をお送りしました。

 次回
『Break Down』

それを撃つ覚悟はあるか


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#65 Break Down

 GNフラッグの放った高出力ビームサーベルの一撃。

 身に受ければたとえガンダムであろうとその装甲を断ち切るだけの威力を誇る、まさに切り札とも言える武装。

 だがそれは0ガンダムのGNフィールドによって軽々と受け止められた。

 GNフィールドは、大量のGN粒子を高速に対流させることによって形成される防壁だ。

 ビーム兵器は干渉され減衰消滅し、実体兵器に対しては純粋に強固な壁として機能する。

 特にビームサーベルには天敵ともいえる武装で、圧縮粒子のエネルギーによほどの差がない限り突破することは叶わない。

 事実、トランザム状態の近接特化型MS《マスラオ》のビームサーベルでさえ、GNフィールドを突破しきることはできなかった。

 ハイパービームサーベルの出力が高いとはいえ、通常時のマスラオにも劣る粒子量では突破するには遠く及ばない。

 これがハイパービームサーベルの弱点の一つだった。

 いくら威力が高くても所詮はビームサーベル。

 対フィールド性能を持つGNソードではないそれが堅牢な粒子壁を切り裂けるはずがないのだ。

 

「それに」

 

 と、0ガンダムの搭乗者は紅の膜を通してビームサーベルを叩き込んできた黒のISを見る。

 その口端には冷笑が浮かんでいた。

 右手にビームライフルを展開し、銃口をフラッグへと向ける。

 咄嗟にフラッグは退き、その直後には紅の光線がフィールドを貫いて空を駆けていく。

 さらに数条の粒子ビームを相手の動きに合わせて放つ。

 フラッグは動きに精彩さを欠き、本来なら易々と回避できたであろうそれらをディフェンスロッドで弾いていく。

 こちらのビームがGNフィールドを貫いてきたことにわずかながら動揺を禁じ得なかったこともあるだろう。

 だが、グラハム・エーカーはパイロットとして見るなら優秀といえる部類だ。

 GNフィールドの存在も、0ガンダムのビーム兵器の圧縮率がフィールドに合わせて調整されていることも予想の範疇から大きく外れるはずはないだろう。

 つまり精彩さを欠いているのはパイロットにあるわけではない。

 やはりね、と彼は微笑んだ。

 今、フラッグのGNドライヴは左肩に装備されている。

 それによってビームサーベルの出力が確保されているのは明白だ。

 結果として機動力は低下していることも容易に推量できるし、フラッグの動きからそれが事実であるという確信もえられた。

 そしてドライヴを元の位置に戻す猶予を与えるほど彼は稚拙ではない。

 GNフィールドを消失させ、0ガンダムはライフルを乱射した。

 先程とは違い、正確さよりも数を優先とした射撃、それでも機動性を欠いたフラッグを追い詰めるには十分な精度をもっていた。

 十数発という数を躱され、弾かれるが、ついに粒子ビームの一発がGNフラッグの右脚を捉えた。

 右脚のサブスラスターを装甲ごと抉り、爆散する。

 それでも立て続けに放たれる粒子ビームをかわし、ディフェンスロッドで捌くさまはさすがというべきか。

 前後左右に揺れながらビームを回避する。

 フラッグの動きに対してわずかに焦れたのか、0ガンダムは機体に上昇をかけた。

 ライフルを左手に持ち直し、乱射を続ける。

空になった右腕だが、すぐにビームサーベルが構えられる。

 ビームで動きをけん制しつつ、弧を描くようにして急速に接近していく。

 フラッグは脇にビームサーベルを構えて迎え撃つ。

 二機のISは一瞬で交錯し、一瞬で離れた。

 切結んだ際に0ガンダムは浅くも手ごたえを感じた。

 だが同時に苛立ちを彼は覚えていた。

 それはフラッグから傍受したパイロットの言葉によるものだ。

 

(僕が乗せられた――!?)

 

 機体を振り返らせ、再びその目にフラッグを捉えた。

 先程の斬撃の手ごたえとして左肩の装甲に裂傷が入り、その先端を切り落とされていた。

 しかしこちらへと飛翔するフラッグの背部の中央(・・)からGN粒子が放出され、GNドライヴを換装したことを示していた。

 

「小癪な真似を……!」

 

 人間に出し抜かれたことに不愉快な感情をそそられ、彼は0ガンダムを駆り立てた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「上手く誘い出されてくれたな、ガンダム!」

 

 GNドライヴを背部に設置し直し、出力を安定させたグラハムは、フラッグの持ち味である機動力でもって接近、0ガンダムと擦過するように刃を重ねた。

 今度はこちらの斬撃にも手ごたえを得たが、フラッグの装甲に新たな裂傷が加えられる。

 すぐさま機体を旋回し、斬撃を放つ。

 一瞬の邂逅の中でぶつかり合う紅剣。

 弾かれたその衝撃を利用し、身を一回転して更にもう一撃を突き出す。

 だがその剣先をも阻まれ、その隙をビームライフルの銃火が襲う。

 咄嗟に後退し、ディフェンスロッドで弾くも、幾重にも粒子ビームを受け止めた回転楯は煙を上げ、ボロボロに歪んでいた。

 そしてそれは内部機構にも影響を及ぼし、GNフィールドの展開もほころびが現れていた。

 これ以上の酷使は逆に不利を招くと、グラハムはディフェンスロッドを量子化し、懐へと飛び込む。

 斬撃を加え、横へと薙ぎ、貫かんばかりに刺突を放つ。

 だがその全てが阻まれ、相手へのダメージに繋がらない。

 先程相手の思惑を阻んだ際、確かにグラハムは「小癪な!」という敵の苛立ちを感じ取っていた。

 しかし0ガンダムの動きはまさに自動機械のように正確だった。

 揺り動かされながらも、すぐにそれを覆い尽くすだけの冷静さを敵はもっているのだろう。

 それでも、ここまで剣捌きを無にされるとは、とわずかながらの驚きをグラハムは抱いていた。

 まるで先を読まれているかのようだ。

 明らかにサーシェスよりも実力は高い。

 身に纏う不気味な雰囲気も相まって、相当なプレッシャーをグラハムは感じていた。

 フッと挑戦的な笑みが浮かぶ。

 すでにセンサーは簪が楯無と合流し、その周囲には敵影は確認されていない。

 サーシェスを逃したのは致し方あるまい。

 私のなすべきことはこのガンダムの相手を務めること。

 

「改めて……いざ参る!」

 

 縦一文字にビームサーベルを振るう。

 エネルギーの激突は海面に波紋を生じさせ、剣戟は再開された。

 交錯と激突を繰り返し、紅の光が舞う。

 さらに刃を重ねたとき、グラハムは自身の連撃にわずかな手応えを感じた。

 先程と比べ、0ガンダムは攻めきれていない。

 その原因は何か。

 

(私の意地と諦めの悪さか、それとも――)

 

「左利きだからか!」

 

 横に払うようにして光剣を薙いだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 ビームサーベルを縦にして受け止めながら、フラッグから届いた声をくだらないと斬り捨てた。

 そんなこと、たかだか人間の小さな差異でしかない。

 僕は人間よりもはるか上位種。

 

「その程度のことでこの僕が――」

 

『だが、戦いではそのわずかな差異こそ命取りとなる!』

 

 彼はハッとした。

 まさかという思いがあった。

 

(僕の心を読んだのか!?)

 

 だが彼は知らない。

 このときグラハムは相手が言葉に反応したような気がしたから言っただけに過ぎない。 

 それでも、優良種を名乗る彼にはこの上なく不愉快なことであることには違いなかった。

 

「なら、これでどうだい!」

 

 振るわれたフラッグの左腕めがけてビームサーベルを斬りあげる。

 剣先が鮮やかに手首をかち上げた。

 フラッグの手から剣がこぼれる。

 だがそれは彼の予想とは違っていた。

 一つはフラッグの柄尻にはケーブルが接続されていたはずにもかかわらず、ビームサーベルが宙を舞ったこと。

 そしてもう一つ。

 

「グッ!?」

 

 優位に立ったはずの0ガンダムに衝撃が走ったことだ。

 

『はぁっ!』

 

 0ガンダムの顔面をフラッグの右腕、ディフェンスロッドが強かに殴りつけられた。

 さらに勢いよく突き出され、回転楯の消失と同時に今度は右手が0ガンダムの左頬に突きこまれる。

 機体が揺さぶられ、わずかによろける。

 

「殴ったね!」

 

 しかも、

 

「二度も、この僕を!」

 

 イオリアにすら殴られていないのに!

 見下してきた対象である人間に殴られ、ついに彼は怒りをあらわにした。

 咄嗟に体勢を立て直す。

 だがそこで彼の表情が変わった。

 フラッグは左腕を上へ突き出し、彼の目の前で肩から空へ飛ばされた柄へとケーブルが形成される。

 

(また、この僕を――!)

 

 出し抜かれたと、そう思うより先にあることに気が付いた。

 振り上げられた左腕、その付け根から粒子光が溢れ出している。

 彼の表情に驚愕の色が浮かぶ。

 まさか、撃つつもりなのか!

 そうだと言わんばかりにビームサーベルから紅の光が暴力的なまでに生み出されていく。

 この至近距離ではGNフィールドを張ることが出来ない。

 だがわかっているのかい、とビームサーベルを構え直す。

 その機体の状態で、ただでさえ粒子の放出量の激しいソレを使うことがどれほどの賭けであるか。

 その問いかけに答えるようにビーム光が反りのある刃を形成した。

 

『斬り捨てェ、御免ッ!』

 

 グラハムは圧縮、生成された光刀を振り下ろした。

 放たれた一閃は0ガンダムの右半身をビームサーベルごと切り裂いた。

 袈裟切りを受け、右の胸部アンテナから機体を切断された。

 

「くっ――! このおっ!」

 

 激震を耐え、残った左手に握られたビームライフルを絞る。

 一条の粒子ビームはフラッグの左肩を捉え、穿った。

 両機は紫電を漏らした直後、ほぼ同時に0ガンダムの切断面とGNフラッグの左肩から爆発が起こった。

 その勢いに乗じるようにして両機は左右に距離をとっていく。

 

 0ガンダムを遠隔操作していた彼は、思わず舌打ちを鳴らした。

 外見では右腕を失っただけだが、高圧縮粒子を機体内部に浴びたせいか目の前に浮かぶ表示枠は赤く染まり、警告を発していた。

 屈辱だね、と彼は呟いた。

 だがこれで確信は得られた。

 こちらの心情を読んだことと、あの最後のビームサーベルの形状。

 特に後者はまぐれでできることではない。

 

「本当にイレギュラーな人間だ」

 

 彼は無感動な声で呟いた。

 それでも驚きと疑念が彼の胸中で渦巻いていた。

 フラッグを一瞥し、0ガンダムを帰投させる。

 すでにフラッグもこれ以上の戦闘は不可能のようだ。

 正直、人間一人を調べるのにこの損失は割に合わない気が彼はしていた。

 しかしこの先、警戒すべきは誰かということを改めて知り得たと思えば安いだろうとすぐに考え直す。

 そう、これは計画の為に必要なこと。

 どんな小さなことでも看過しないと、彼は以前の失敗から学んでいた。

 

「だからこそ、この手を僕は選んだ」

 

 かつてある渾名で呼ばれていたグラハム・エーカー。

 それに合わせた手を彼は打っていた。

 今回の件で少し修正はいるだろうが、今はこのままで問題はない。

 彼は0ガンダムが送るデータから目を離し、別のモニターを見つめる。

 どこかの映像のようだ。

 

(他にもこそこそしているのがいるようだけど)

 

「最後に笑うのは僕さ」

 

 緑髪の少年は口端に微笑を浮かべ、そう呟いた。




とりあえず今回でこの章の戦闘は終わりです。
いつもながら露骨なフラグにすらならない何かになってしまい申し訳ないです。


 次回
『後始末』

鷹は追憶を辿る


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#65 後始末

「榊班長! ケーブル接続完了しました!」

 

「残留粒子は取り除いたんだろうな?」

 

「大丈夫です!」

 

「よし、やれ!!」

 

 GN粒子系技術研究棟にある専用ハンガーでは、サングラスをかけた班長の号令に整備士たちが黒いISを中心に駆けまわっていた。

 そんな彼らを尻目に、壁に背を預けるようにしてグラハムはコードに繋がれたGNフラッグを見つめている。

 戦闘で機体は浅からぬ損傷を受け、左腕が肩口から失われている。

 見るも無残といえる姿をさらす愛機だが、その目には哀愁の色は無い。

 シュイン、というドアの開閉音にグラハムは視線をわずかに横へと向けた。

 すぐそばのドアがスライドし、千冬が入ってきた。

 

「派手にやられたものだな」

 

 グラハムの横に立った千冬はフラッグを一瞥し、そう呟いた。

 ああ、といつもと変わらない表情でグラハムが頷く。

 

「ダメージはひどいものですよ」

 

 近くにいた研究棟主任が手にしたブック型端末を見せるようにして千冬とグラハムに報告する。

 

「二発目の高出力ビームサーベルを放った影響で左腕への負荷が限界を超えていました」

 

 主任の言葉通り、端末に映るフラッグの左腕が赤く染まっていた。

 

「もし《ガンダム》の攻撃を受けなかったとしても、左腕の消失は免れなかったかもしれませんね」

 

「それほどなのか?」

 

「むしろ、肩を撃ちぬかれていなかった場合、ビームサーベルを形成する粒子が行き場を失い……最悪、機体が爆散していた可能性もあります」

 

「そうか……」

 

 千冬と主任のやり取りを耳に入れつつ、グラハムは愛機の失われた肩口を見つめた。

 警告を押しのけてハイパービームサーベルを放ったとき、粒子の逆流を防ぐためのガントレットが負荷に耐えきれなくなり吹き飛び、粒子供給用ケーブルも焼き切れた。

 それによって光刃をつくりだしていた粒子が逆流をはじめ、肩のドライヴから供給されるはずの粒子も行き場を失い、緊急事態をつげるコンソールが展開された。

 その直後、0ガンダムが撃った粒子ビームに肩を貫かれ、衝撃に左腕が耐えきれずに爆発を起こした。

 幸い、搭乗者保護機能により爆発直前に肩のGNドライヴは射出され、グラハムは爆風に煽られただけですんだ。

 装甲を纏っていた左腕もまた、わずかな火傷をおっただけだ。

 

 それよりも彼は決着の瞬間が引っかかっていた。

 戦闘中、確かにグラハムは敵パイロットの意志のようなものを感じていた。

 だがハイパービームサーベルの斬撃で露わになった装甲の下には人体はなく、『スローネ』同様単なる機械であった。

 ISの搭乗者保護機能によって、ダメージは与えられても斬撃はISスーツの上で止められる。

 それが抵抗もなく腕を切り落とせたことに、グラハムは「なんと!?」とわずかに驚愕の色を覗かせた。

 0ガンダムが魅せたと思ったものは、センチメンタリズムが生み出した幻だったのか。

 いや違う。

 身に覚えたプレッシャーは、間違いなく本物だった。

 それが不気味な気配を携えていたこともまた覆すことのできない事実だ。

 戦闘の推移も敵への違和感を増長させるものがあった。

 ゆっくりと思考の海へと意識が沈んでいくグラハム。

 そんな彼をよそに、千冬はフラッグの進まない修復に苛立ちを見せていた。

 

「すぐにでも修復させたいところなのですが……」

 

「難しいだろうな」

 

 歯切れの悪い主任の物言いに千冬はため息を吐くと視線を上げた。

 明らかに侮蔑が込められた視線は、ガラス張りの壁のむこうに向けられていた。

 昨日グラハムが待機していた一室には、数人のスーツ姿の男性たちがおり、彼らの会話の雰囲気は遠目から見てもあまりいいものではないことがすぐにわかった。

 

「もう一時間ほどああやって言い争ってますよ」

 

「GN技術実証委員会だか知らんが、理事会の連中とやることが変わらんな」

 

 呆れた風に冷めた視線を送る二人。

 千冬たち以外にも、格納庫で作業している技師たちからも時折冷ややかな目がブリーフィングルームへと向けられている。

 外からそんな視線を浴びていることすら気づかず、言い争いを続ける彼らは国際IS委員会のメンバーだ。

 昨日の理事会において決定したGNドライヴの国際共同開発と、IS委員会によるドライヴの管理。

 その一環として専門の部署が開設された。

 だがそれはオブザーバーであるIS学園を除くすべての理事国が事前に取り決めていたことで、理事会から二十四時間経たずに新設委員を名乗る集団が学園の研究施設に踏み込んできた。

 資料やデータを我が物顔で漁り、学園にあるGNドライヴ全基の提供をも彼らは求めてきた。

 そんな振舞をする委員会に対し、当然学園側の持つ印象は最悪である。

 幸いというべきは日本国理事の根回しもあり、学園側にも一応の拒否権が与えられているということだろうか。

 ただそれもGNドライヴ搭載型ISに限るとされ、GNドライヴ自体には確固たる拒否権はない。

 そしてその文面が原因で、委員たちは仲間割れを始めた。

 原因はグラハムのGNフラッグだ。

 

 GNドライヴを失ったフラッグへ新たにドライヴを供給するかで彼らは大いに揉めていた。

 あるものはIS学園にGNドライヴ搭載型ISが複数機あることに疑問を呈し、千冬の《GN打鉄》がある以上GNフラッグの存在意義は無いに等しいと発言。

 またあるものはグラハムの技量やこれまでの経験を踏まえた上で、テストパイロットを続投させるべきであるとして擁護し、フラッグ用として新たなGNドライヴを学園に振り分けるべきだと。

 学園からすれば だがGNドライヴの管理を目的とした組織である以上、彼らの決定は無視することができない。

 すでに一時間以上に及んでいる議論だが、各国の思惑もはらんで収束の目途は立っていなかった。

 因みにであるが、IS委員会の長期スパンでの議題の一つに、男性IS操縦者二人の所属をどう決めるかというものがある。

 多くの国は織斑一夏の獲得に意欲を見せているが、グラハム・エーカーを欲する国も少なくない。

 今回の議論でフラッグ擁護を主張している者の中には、グラハムに対していい印象を持たせようという意図を働かせている者もいるようである。

 だがいずれにせよ、彼らのせいでフラッグの修復プランを構築できないのも事実だった。

 

「面倒だ。GNドライヴを載せてしまえ」

 

「いや、それだとこちらの立場が……」

 

 千冬の言葉に冷や汗を流す主任。

 

 苛立ちを隠さない千冬の鋭い視線に晒され、主任は精神的な腹痛に襲われる。

 

「なら、私から一つ提案がある」

 

 そこでようやくグラハムが会話に入ってきた。

 ポケットから端末を取り出し、そこへメモリーチップを差しこむ。

 目線がグラハムへと移り、ホッと主任は内心胸をなでおろす。

 しかしすぐに彼の表情は技術者としてのそれになった。

 端末に映し出されたのはISの設計図。

 それは可変機構搭載型のISだった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 

 

「思いのほか、上手くいくものだな」

 

 寮の廊下を歩きながらグラハムはそう呟いた。

 先程のフラッグ改修案を見せたとき、千冬たちの反応はなかなかに上々だった。

 問題は技術力だがやってもらわねばならない。

 単にGNドライヴを搭載するよりも難しい技術であることは間違いないが、いずれ委員会に技術を接収されることも考えればこれほど合理的なものはないだろう。

 あとは技術陣にかかっているというところだ。

 それにしても――

 

「カタギリのような事ばかりしているな、私は」

 

 ここに来てから自身が行ったことに苦笑を浮かべ、部屋に入った。

 すぐ目に入ったのは部屋の半分ほどを占めるベッドゾーン、ドア側にあるベッドに少女がうつぶせになっていた。

 グラハムは簡易キッチンに入ると湯呑を二つ手に取り、ポッドのボタンを押した。

茶葉を入れた急須に湯呑にいれたお湯を注いでいるとポフッという音が耳に入った。

 だがそれを気にする様子もなく三十秒ほど急須を見つめた後、湯呑に回すように注ぎ、両手にそれらを持って簡易キッチンを出た。

 先程とは違い、楯無が仰向けに寝転んでいた。

 右手に隠れて目元が確認できないが口は無表情に閉じられていた。

「茶だ」と楯無の湯呑をサイドテーブルに置くも反応が薄い。

 自分のベッドに腰掛け、入れたばかりの煎茶を一口含む。

 程よい渋みと爽やかな香りが口の中に広がる。

 玉露もいいが煎茶も悪くない。

 納得のいく出来栄えに、フッとわずかに笑みがこぼれる。

 

「私の方から聞こうとは思わんよ」

 

 さも独語であるかのようにグラハムは呟いた。

 後ろの気配が動いた。

 

「正直、今回の事件で私が誇れることは何もないわね」

 

 自嘲めいた声。

 

「いろいろポカしちゃうし、妹との約束をすっ飛ばしちゃうし……」

 

「省みることができるなら、それを次に生かすべきだ」

 

 グラハムは振り返らずに言った。

 

「簪は君を助けようとしたことは事実だ。……何か思うことがあるなら、態度で示すことを推奨しよう」

 

「……相変わらずこういうときだけ大人っぽいこと言うわね」

 

「実年齢的には所謂成人だからな」

 

 フッと笑いながらグラハムはまた一口茶を飲んだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 中東。

 一面広がる荒野の中にまるで取り残されたかのようにポツンと存在する廃墟群。

 月光に白く照らし出されるレンガ造りの廃墟の上に、巨大な影が落ちていた。

 ところどころ焦げた跡の残る深緑の飛行艇。

 ハッチが開き、数機のPSが地面に降り立つ。

 隊長機と思わしき青いPSは頭部のモノアイを油断なく動かし、降下する母艦をサンドブラウンのPSと共に警護する。

 レーダーには接近してくる敵影が見えていた。

 

『着陸完了』

 

「了解」

 

 幸い、遠距離ミサイルの類は飛来せず無事に着陸を果たしたシャトルからの通信を頷きと共に返すと機体を反応のあった方へと向ける。

 PSもバズーカや長剣を構え、遠望で確認できる敵を睨む。

 敵はIS、欧州連合のラファール三機。

 降下を予測していたのだろう、悪くない反応だなと少佐は思った。

 

「行くぞ」

 

 そう部下たちに命ずると、PSたちはホバーを吹かして砂埃を上げながら加速した。

 部隊の中で唯一単独飛行できる《ヅダ》は背部から粒子を放出し、一気に先陣を駆け抜ける。

 今回は出力を最大にはできないが、最初のデータ取りとして問題はない。

 ビームマシンガンを構え、トリガーを引いた。

 

「……ヅダの力を見せてやる」




こんにちは、農家です。
最近パソコンに触ることができず、頭の中で話があっちへフラフラこっちへフラフラしてしまい上手い形に纏ってもらえませんでした。
こう浮かんだことはすぐに書かないとだめですね……。
自分のパソコンが欲しいです。

愚痴はここまでですね。
パソコンが使えないなら携帯で投稿してしまえと思ったんですが、農家の携帯は古いのでこの作品の文字数に届きません。
そこで携帯で書ける程度の長さで一本別枠で出してみようと思っています。
やはり書いて皆様から意見を頂かないと上達しないと思うので。


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日常編 ~期末と誕生日~
#66 Anxiety……?


「ふんっ!」

 

 《ヅダ》の振るう戦斧のビーム刃が、《リヴァイヴ》の装甲に喰らいつき横へと薙ぎ払う。

 勢いよく吹き飛ばされたラファールはなすすべもなく砂に叩きつけられた。

 搭乗者が意識を失い、シールドエネルギーもその大半を削られ、搭乗者保護機能を残して動きを止めた。

 

「全員無事か?」

 

『少しやられはしましたが、大丈夫です』

 

「よし、よくやった」

 

 GNビームホークを脚部へと戻しながら少佐は部下たちに労いの言葉をかけた。

 部下連中の扱うPSはどれも無傷ではなく、手を失った機体もあるがパイロットに関しては、問題はなさそうだった。

 彼らの足元には女性が二人倒れている。

 接敵時にヅダがダメージを与え、GNコンデンサー搭載型とはいえPSでISを倒すあたり彼らもなかなかのやり手のようだ。

 さすがは亡国企業の誇るエース達である。

 彼らを見るたびに一刻も早くヅダを与えなければと少佐は思う。

 

『少佐』

 

 母艦から通信が入る。

 

『そろそろ会合時間です』

 

「了解した。戻るぞ」

 

『了解!』

 

 PSたちがホバークラフト走行をする中で、ヅダも背部のスラスターを点火し地面を疾る。

 ものの二分もかからずにヅダは母艦へと戻っていた。

 

(地上のクラフト走行の速さも期待値に近い数値が出ている。先ほどの戦闘も含め、幸先のいいスタートだな)

 

 満足げにヅダを見上げていると、女性オペレーターが近づいてきた。

 

「少佐、いらっしゃいました」

 

「うむ。すぐに行く」

 

 少佐は手早くキーボードを叩くと端末の電源を落とし、格納庫を後にした。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 学園祭が終わってから最初の月曜日。

 早くも生徒達からはお祭りムードが抜けていた。

 二期制であるIS学園の期末試験が近づいてきたのだ。

 高校生としての通常科目の試験は夏に行われ、今度はISに関する専門科目のテストが九月の末に行われる。

 IS学園はISの搭乗者及び技術者を養成する学校である。

 当然ながら専門科目の方がウェイトは高い。

 すでに九月も三週目に入り、教師も生徒も熱が入ってきていた。

 放課後前のSHR。

 教壇に立つ山田が期末試験の日程の説明を終え、最後に千冬が口を開いた。

 

「分かっているとは思うが合格を得られるまで何度も追試が行われる。一年の科目はISに関しての基礎になる部分だ、たとえ一学期の内容でも最悪留年させてでも受けてもらうから覚悟するように」

 

 クラス一同を見渡す刃物のように研ぎ澄まされた眼光に、一夏含め何人かはまさに蛇に睨まれた蛙のごとく固まっていた。

 入学して半年近くたつが実の弟でさえ苦手なのだ、慣れることのない生徒がいるのは当然というものだろう。

 

「それと、代表候補生は例年通り、実地研修を受けてもらう。ガイダンスは来月行うのでそれまでに各自母国との調整も忘れるな」

 

『ハイっ!』

 

 真剣な表情で返事をする国家代表候補生四人へ視線を送ってから「では解散」と放課後となった。

 

「織斑、篠ノ之、エーカー」

 

 千冬に呼び出された三人はすぐに教壇の前に立った。

 いつにも増して鋭い表情の姉に一夏はわずかにたじろぐも気にするそぶりを見せず千冬は言った。

 

「先ほどの実地研修だが、お前たちにも受けてもらう」

 

「それは三年生と候補生用のカリキュラムだと私は聞いていたが」

 

「お前たちは特例だ。専用機を持っている以上、候補生と同様にこのプログラムを受けてもらう」

 

 なるほど、と言っていることを理解したらしいグラハムは頷いた。

 だがそこまでの洞察力のない箒はただ何故と首を傾げている。

 一夏も、

 

「あ、あの織斑先生」

 

 とおずおずと手を上げた。

 

「なんだ?」

 

「あの……実地研修ってなんですか?」

 

 バシン!

 見事な音を立てて振るわれた出席簿がさく裂する。

 

「四月に説明しただろう!」

 

「す、すいません」

 

「実地研修というのは一定期間軍に出向し、ISが今後どのような局面で使用されるのかを学ぶプログラムだ」

 

「国家に属する進路の三年が国家に属することで発生する責任などを学ぶことを目的にしていると書いてあったな」

 

「でも、どうして私たちが?」

 

「私たちが専用機持ちだからだろう?」

 

 箒の疑問にさも当然と言わんばかりにグラハムは答え、千冬はそうだと頷いた。

 

「本来専用機持ちは代表候補生の中から選ばれる。当然ボーデヴィッヒたちも国家に属しているが、お前たちは国家に属することなく専用機を与えられている。これは企業を除き初めてのケースだ」

 

「今までも福音事件がありましたが、専用機を持っている以上、候補生たちと同等の責任が今後皆さんには課せられることになります。なので、それを少しでも学んでもらうためにプログラムへ参加してもらいます」

 

 いつもより三割増しでまじめな山田に一夏と箒は緊張した面持ちでハイと答えた。

 

「さっきも言ったが、ガイダンスは期末試験の終了後に行う。辞退は許されんから覚悟だけはしておけ」

 

「了解した」

 

 その中でもやはりグラハムはいつも通り冷静そのもので応答した。

 話はここまでだと千冬たちが教室から出ていくと彼らもまた日課である特訓の為にアリーナへと向かった。

 だがいつもなら道すがら会話があるものだが、一夏も箒も黙りこくっていた。

 アリーナの更衣室で着替えているときも一夏は少し神妙そうな顔をしていた。

 

「なあ、グラハム」

 

「なにかね?」

 

「専用機持ちの責任って感じたことあるか?」

 

 グラハムは着替えの手を止め「ふむ」と少し考えてから、

 

「あるといえばある」

 

「俺も福音事件とかで専用機持ちだって思わされてきたけど、責任って言われるとなんか、こう……」

 

 どうやら千冬と山田に言われたことについて思い悩むふしがあったらしい。

 福音事件では作戦の要を務め一度は失敗し、学園祭では一夏自身が狙われて楯無に助けられ、サーシェスには軽くあしらわれてしまった。

 そこに専用機持ちとしての責任を自覚しろという話になれば何も思わない方がおかしいだろう。

 フッとグラハムは笑みを見せた。

 

「そう思い悩むことはないさ。私もISパイロットとしての責任感はそう強いとは思っていない。だが、私にはフラッグファイターとしての矜持がある。責任感があればこそ矜持を持てる。貫こうとすれば自ずと責任を感じるものさ」

 

「そういうものか?」

 

「まあ、持論だがね」

 

 グラハムはかつて最新鋭MS《フラッグ》のテストパイロットを務め、量産型も初号機を受領した。

 当時その生産数の少なさからフラッグのパイロットたちはフラッグファイターと呼ばれ、他とは一線を画すエースの称号を与えられた。

 それ故にパイロット達は多かれ少なかれ責任とプレッシャーに襲われることとなった。

 そんな重圧の中で彼らを元来持っていたエースとしての矜持がフラッグファイターとしての矜持を見出させた。

 だからこそグラハムたちは逆境を跳ね除け、トップファイターとしての責任と矜持の中でいくつもの武勲を立てた。

 ガンダムによって矜持を打ち砕かれたとき、グラハムはエースとして軍人としての責任も彼の中から喪失した。

 そうした経験の中でグラハムは矜持と責任に表裏一体に近い何かを感じていた。

 専用ISを操縦してもそれは変わらず、フラッグファイターの矜持とともに責任を覚えていた。

 

「さて、私は先に行かせてもらおう。《フラッグ》がないからには学園のISを借りてこなくてはならないのでね」

 

「今日はグラハムとだな。負けないからな?」

 

「望むところだと言わせてもらおう」

 

 挑戦的な笑みを浮かべ、グラハムは更衣室を出た。

 ドアが閉まる瞬間、一夏の「よしっ!」という声が聞こえてきた。

 憂慮に過ぎたかと安堵に口端を緩めて教官室へと向かって行った。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 中東カタールにある米軍基地。

 かつて中東最大規模の米軍拠点だったこの基地は中東の情勢安定化とともにその規模を縮小したが、ここ一か月は対棄民系テロリストの中枢として欧米各国の軍が駐屯している。

 司令棟最上階にある基地司令官執務室のデスクに着いた壮年の基地司令は部下からの報告を聞いていた。

 

「ラファール部隊が全滅……か」

 

「先頃、救援部隊が回収しましたが搭乗者、コアともに無事とのことです」

 

「それで、敵は?」

 

「ヅダと数機のPSとのことです」

 

「……ご苦労、さがってくれ」

 

「ハッ! 失礼します!」

 

 部下が教本通りの敬礼と共に部屋を出ていくと司令はため息を吐いた。

 

「どうやら、亡国企業も本腰を入れ始めたようですな」

 

 基地司令はデスク上の大型端末へと話しかけた。

 モニターには彼と同じように軍服姿の男性が映っている。

 黒人系と思わしき肌色の将校は、階級章を見る限り将官クラスのようだ。

 

『ここしばらくの棄民系テロリスト共の動きが活発化していたのは連中が糸を引いていたとみて間違いないだろう』

 

「どうやら、上の思惑通りに進んでしまいそうですな」

 

『このままいくと『空白の一週間』の再来になるだろう。だが、IS委員会と幕僚会議はこの案を会合で推し進める気でいるようだ』

 

 はあ、と基地司令はため息を吐いた。

 その目には静かに怒りと哀しみが込められていた。

 

「……嘆かわしい限りですな」

 

『夏の一件以来、各国では反IS派が幅を利かせているのが現状だ。彼らを牽制したいのだろうが……』

 

「しかしコーウェン中将。士官候補生ならともかく子供を――」

 

『大佐』

 

 コーウェン中将は窘めるように遮った。

 

『彼らは国家所属を希望しているし、その多くが士官クラスを嘱望される人材だ。考えようによっては行われるべきなのかもしれん』

 

「しかし――!」

 

『軍としての正規の教育をうけていないIS搭乗者が多いことは君も知っているだろう。勿論、その質に関しても』

 

「…………」

 

『たしかに、今回の件は第二の『空白の一週間』を引き起こしかねない。だが急進派の表面上とはいえ言い分は尤もだ。『ISは世界最強』、『ISはISでしか倒せない』という荒唐無稽な幻を信じ、軍人扱いとしてその責務を理解していない搭乗者はあまりにも多い』

 

「それならば例年通り、日本に任せればよろしいでしょう」

 

『大佐、その教育が上手くいっていない学生が多いのは君の方がよく知っているはずだ。危険な賭けだが、意識改革を行わなければ『空白の一週間』以上の悲劇だって起こりうる』

 

「それは……承知しておりますが」

 

『言いたいことは分か――なにか?』

 

 画面の向こう側で電話の鳴る音が響いた。

中将の視線がこちらから外れ、受話器を手に取ると、そのまま短い会話を一分ほどしてからまた司令の方へと向けられた。

 

『すまない大佐。どうやら緊急の会議があるようだ。追って情報を入れることにする』

 

「いえ。こちらこそ、少々取り乱してしまったようで。……失礼します」

 

 司令はモニターを切ると椅子から立ち上がった。

 窓の外には滑走路が月明かりに照らされ中々壮大な雰囲気を醸している。

 だがその光景を見ても彼の気持ちは晴れなかった。

 

「杞憂であればとは思うが……」

 

 そう言葉をこぼし、執務室を後にした。




御無沙汰しています。農家です。
一月も空けてしまい申し訳なかったです。

オリ章……の予定でしたが変更して平和な話を少し入れます。
さすがに事件ばっかりではグラハムさんはともかく、一夏達は大変でしょうし、五話ほどテスト期間という名の日常編を書きます。
その間にしっかりとオリ章の下地も用意できるよう頑張ってまいります。

これからもお付き合いいただけますと幸いです。


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#67 誕生日

自分の星座にはすごい興味あるけど生まれた日にはそこまで、という話です。


 特訓を終えたグラハム達いつもの面々は寮で夕食をとっていた。

 一昨日の事もあり、遅くまで特訓をしていた彼らは反省会もそれなりに煮詰まったところでわいわいと談笑が始まった。

 そんな中、一夏が正面に座るグラハムと話していた話題に意外な人物が喰いついてきた。

 

「なにっ!? 27日がお前の誕生日だと!?」

 

「お、おう」

 

 一夏の右隣に座るラウラが驚きの声を上げた。

 いつもは冷静沈着である彼女からは少し想像しにくいことに一夏も驚きの中でなんとか頷いた。

 どうやら一夏の誕生日を知らなかったのはラウラだけのようで、他のメンバーはラウラの珍しく慌てる姿の方を意外そうに眺めていた。

 

「何故、そういう大事なことを早く言わん!」

 

「い、いや、別にそこまで大したことじゃないしさ」

 

 憤りをみせるラウラをなんとか宥めようとする一夏。

 フン、と椅子に座り直すラウラだが、

 

「――どうやら知っていながら隠そうとしている奴らもいたようだな」

 

 ジロッと敬愛する教官譲りの鋭い視線を左へと投げかけた。

 一夏越しに襲ってくる殺気に、矛先を向けられた箒と鈴音は固まる。

 

「べ、別に隠していたわけではない! 聞かれなかっただけだ!」

 

「そ、そうよそうよ! み、みんな知ってると思ったから言わなかったんじゃない!」

 

 少々苦しいことを言いながら誤魔化すように白米をほおばる二人。

 どうしてそこまで怒っているのか分からない様子の一夏は、困ったようにだし巻き卵に箸を伸ばしていた。

 そんな一夏にグラハムは、

 

「相変わらず、ロマンチックもなにもないな」

 

 と呟くもやはり彼は困ったようにただ苦笑いを浮かべるだけだ。

 

「そういえば――」

 

 焼き魚定食を食べていたシャルロットが左に座るグラハムを見た。

 

「グラハムの誕生日っていつなの?」

 

「9月10日、生粋の乙女座さ」

 

『えっ!?』

 

 肉じゃがを食べる箸を止めることなく、さらりと発せられた言葉。

 だがそれにシャルロットとセシリアが大声を上げた。

 そのリアクションはラウラよりも激しく二人とも席から立ち上がっている。

 

「そう驚くこともないだろう」

 

「驚きますわよ!」

 

「だ、だってそんな、過ぎてたなんて!」

 

 今日は九月も中ほどの14日。

 すでに四日過ぎていた。

 この時二人は迂闊だったと内心頭を抱えていた。

 いつも『乙女座の――』や『センチメンタリズムな――』と言っていたのになぜ気が付かなかったのかと。

 何故もっと早く聞かなかったのかと。

 そして自身への怒りと共に矛先はグラハムへと向けられた。

 

「ど、どうして教えてくれなかったの!?」

 

「別に言うほどのことでもあるまい」

 

「あるよ!」

 

「ありますわよ!」

 

「……すまない」

 

 いきり立つ二人にさすがのグラハムも僅かに気圧された。

 何故か分からないまま彼は何か不手際であったのだろうと、とりあえず謝罪することにした。

 しかしそこで終わってはくれず、乙女心を理解しないグラハムへ両側に立つ二人からの理不尽(?)な追及が繰り広げられることになった。

 果たしてグラハムは目の前で起きていたことから何も学ばなかったのだろうか。

 そしてそれは一夏も同様で、目の前で珍しく攻め立てられるグラハムからついさっきのことについて何も思うことがなかったようだ。

 鈍感というのは実(げ)に恐ろしいものである。

 

「あ、そういえば」

 

 しかしここで救いの手を差し伸べたのは以外にも一夏だった。

 

「27日って日曜日だろ? 中学の頃の友達が祝ってくれることになってんだけど、グラハムの分も一緒に祝おうぜ」

 

「いや、私は別に――」

 

「いいね!」

 

「是非やりましょう!」

 

「――よろしく頼む」

 

 本当にグラハムの救いになったかは別として、セシリアとシャルロットの追及からようやく彼は解放された。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「あら、遅かったわね」

 

「いや、少しシャル達に問い詰められてね」

 

 いつもより少し疲労の色が濃い状態でグラハムは自室へと帰ってきた。

 一夏の提案によってひとまず収束に向かうと思われていたが、今度はシャルロットにグラハムを上官のように慕うラウラとルフィナも混ざっていろいろと問われたのは別の話である。

 

「あ、さっき織斑先生がメモリーチップを置いていったわよ」

 

「ああ、すまない」

 

 ベッドに腰掛けていた楯無からチップを渡されたグラハムは早速端末に差し込み、データファイルを開いた。

 内容は《フラッグ》の改修作業の途中経過についてだ。

 先日からIS委員会の監視が強くなり、傍受の可能性も考えて通信ではなくチップによって報告が行われるようになるっていた。

 夏から続けられているGNコンデンサーの開発は順調に進んでおり、圧縮率も以前よりも大幅に改善しているようだ。

 肝心のフラッグについては作業の二十%が完了しているものの、機体に搭載するコンデンサーの調整が難しく、完成は早く見積もって一週間はかかる見通しだという。

 とはいえ学園祭からまだ二日、GNフラッグが運び込まれてからまだ二十四時間と少ししかたっていない。

 その中で千冬の《GN打鉄》と並行しての修復作業でこのスピードは、一重に学園の技術陣と整備士陣営の不眠不休の努力によるものである。

 技術者を盟友に持つグラハムにそれが分からないはずもなく、それを事実として我慢弱い中で粛々と受け止めることにした。

 

「それで――」

 

「ああ、今日戦ってみた」

 

 示し合せた通りにチップのデータを消去し、端末から取り出してポケットに仕舞い込んだグラハムは頷いた。

 

「どうだった?」

 

「結論から言えば、変わりはなかった」

 

「そう……」

 

 パタパタとスリッパを揺らしながら楯無はうーんと唸った。

 

「何かあると思ったんだけどなー」

 

「私が見落としていた可能性もあるが、少なくとも斬り結んだ際、《打鉄改》には異常は見られなかった」

 

 そう言ってグラハムは端末を操作し先程とは別のデータを呼び出した。

 それはつい数時間前に自主練で使用した打鉄改の、《白式》との模擬戦のデータだった。

 映像と共にリアルタイムでの数値の変移が表示されるが特に目立った点はなかった。

 

「そうそうこの楯無おねーさんの勘が外れることはないと思ったんだけどなー」

 

 楯無が疑問に思っているのはサーシェスとの戦いで白式がみせた斬撃についてだ。

 ISの実体式ブレードよりもはるかに強度の高いGNバスターソード、それを零落白夜のような光を纏った一撃で一夏は切り裂いた。

 だが、零落白夜はシールドバリアーを斬り裂いて相手のシールドエネルギーに直接ダメージを与える能力で、エネルギーを纏わないバスターソードに対してはそれほど有効な一打にはなりえない。

 それがエネルギー刃を形成した瞬間にバスターソードは両断された。

 しかもあの一撃の後からサーシェスのIS《ヴァラヌス》の性能が一気に低下したかのようにも楯無には見えた。

 そうでなければ、あれほど有利に立っていたサーシェスが逃げるように撤退するはずもなく、そもそもビームサーベルが両断されることすらなかったはずである。

 そうなった原因は間違いなく白式にある。

 しかも零落白夜とは別の能力を発動させたからだと楯無は考えていた。

 しかし学園祭の後、戦闘に参加していた全ISは一度整備に出されたが一切の異常が見当たらなかった。

 そこで今日、グラハムに頼んで実戦の中で白式の変化を見極めてもらおうとするも、どうやら結果は芳しくなかったようだ。

 

「一夏くんの方は?」

 

「見ての通り、いつもより気合いが入っていた。フッ、私もうかうかとしてはいられんな」

 

 打鉄改は専用のチューンが施された教員専用機だが、やはりフラッグシリーズには劣る。

 それでも今まで以上にグラハムといい勝負を見せたのは一夏の成長によるものだろう。

 どこか嬉しそうに話すグラハムだったが、

 

「そういえば」

 

 と、何かを思い出したようだ。

 

「模擬戦を終えた後だが、何度か一夏が刀を振っていたな」

 

「雪片を?」

 

 ああ、と頷くグラハム。

 

「気が付いてたのかしら?」

 

「あの場にいなかった私には何とも言えんがね」

 

「ま、一夏くんが何か気づいてるっぽいのが分かっただけでも由としようかしら」

 

「今はその判断が最良だと支持しよう」

 

 ポフッとベッドに倒れ込む楯無にフッと笑みをこぼすと、グラハムは簡易キッチンの中へ入っていった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 白式に関しての話を一旦終え、二人はベッドに腰掛け、他愛のない話をしていた。

 

「そういえばグラハム君」

 

「なにかね?」

 

「シャルロットちゃんたちとは、なにがあったのかな~?」

 

 にやにやと悪戯っぽく笑う楯無。

 対するグラハムも肩をすくめて笑顔で返した。

 

「いや、私の誕生日を教えていなかったことにシャルとセシリアから顰蹙を買ってしまったようでね」

 

「ふーん。グラハム君の誕生日って?」

 

「9月10日だ」

 

「そりゃ怒るわよ」

 

「そういうものか?」

 

 そうそう、と楯無はおかしそうに頷く。

 

「逆に不思議よ。いつも『乙女座の私には――』とか言ってるグラハム君がそこまで誕生日に無頓着なのが」

 

「別に無頓着ではないさ」

 

「えー、だって――」

 

「……ただ、誕生日を祝うことをしてこなかっただけに過ぎんよ」

 

「あ……」

 

 さっきまでと同じように何でもない風に言うグラハム。

 だが楯無は目を伏せてしまった。

 思い出したのだ、彼の境遇を。

 IS学園に入学する際の経歴を詐称するために孤児とされたグラハムだが、彼は本当に孤児なのだ。

 他の人には当たり前のことにも彼には縁がなかったのだ。

 内面はすでに三十歳を超える大人だからか、それともいつもの自由気ままな言動からか、決して思わせることのない暗い過去。

 だが十七歳の少女からすればそれは決して触れてはいけないもので、楯無は自分の不用意な言を後悔した。

 今、腕を組んで静かに目を閉じているグラハムになんと言えばいいだろうか、と言葉を探す楯無。

 

「ええっと、あの――」

 

「だが、そうなると私も一夏に渡すプレゼントを考えなくてはな。何かいい案はないだろうか?」

 

「は――?」

 

 しかしグラハムはいつも通りだった。

 彼は一夏の誕生日について考えていたようだ。

 呆気にとられた楯無へと微苦笑を浮かべ、

 

「いや、誕生日にはカタギリやハワード達ぐらいからしかもらった経験がないし、渡したこともなくてね。君も何か案があれば言ってもらえないか?」

 

「え? ええっと――」

 

 いつもの飄々とした余裕はどこへやら、慌てたそぶりすら見せて楯無は口を開いた。

 まったくと言っていいほど、グラハムは気にしていなかった。

 それは言葉の裏にも自身の出生について考えていなかったのかもしれないし、年齢による達観かもしれない。

 自分の思い違いかもしれないとしても、傷つけてしまい謝らなくてはならないと思いつめていた楯無の手をグラハムは引っ張っていく。おそらく無自覚に。

 そんな彼にすでに楯無の表情も暗いものは消え、

 

「仕方ないわね」

 

 と苦笑へと変わっていた。

 

「お姉さんがアドバイスしてあげるわ」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「昔もらったプレゼントとか参考になるんじゃない?」

 

「なるほど」

 

「なにをもらったの?」

 

「大量のゲームソフトやプラモデル……あとはカタギリから『二人は――』のBDBOXぐらいだな」

 

「最初の二つはともかく、最後のはちょっとアレよね……」




というわけで本章では誕生日までは平和にいかせてあげようという趣向になります。
しかし、ルフィナにスポットを当てる章がまた遠ざかってしまったですよ……。


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#68 名案と明暗

 翌日、第六アリーナ。

 

「はい、それでは皆さーん。今日も機動操作について授業しますよー」

 

 試験一週間前ということもあり、一組副担任山田のいつも以上に張り切った声が広いアリーナ内に響き渡る。

 

「今日も今までどおり、皆さんには順番にアリーナを一周してもらいます。テストでもやってもらうので気合いを入れてやっていきましょう!」

 

『はーい!』

 

 生徒の元気のいい声に山田もまた「よしっ」と気合いを入れる。

 そうして一般生徒達がグループごとに訓練機を受け取って練習を始める中、専用機持ちたちも愛機の準備をしていた。

 グラハムも《打鉄改》と大型スラスターを借り受け、軽い調整を終えていた。

 最初、《フラッグ》のないグラハムは訓練機組の中に参加しようと考えていたが、授業の妨げになりかねないと千冬のはからいにより、特別に教員専用機を使用することになった。

 第六アリーナに併設されたタワーの最上部に立つグラハムは、腕組みをしながら機動訓練を行うルフィナを見下ろしていた。

 ルフィナは人型形態(スタンドポジション)の《ガスト》を駆り、二棟のタワーを縫うように飛び回る。

 その手にはリニアライフルが握られ、タワーから射出されるターゲットを一つも逃すことなく撃ち落していく。

 さすがだと高速機動下での一糸乱れぬ緻密な動きにグラハムが感嘆しているうちに全てのターゲットを撃墜したルフィナは地上に降りたようだ。

 

『エーカー、準備はいいか?』

 

「ああ、問題ない」

 

 通信で入る千冬の声にグラハムは冷静な声で答えた。

 だがわずかに高揚感がその声から漏れていた。

 

『よし、始めろ!』

 

「了解した。グラハム・エーカー、出るぞ!」

 

 地を蹴ると同時に打鉄改の背部のスラスターの出力を一気に上げる。

 爆発的な加速を得たグラハムにセンサーがターゲットの出現を知らせる。

 数は二十、マシンガンを搭載した自動砲台だ。

 ニヤッ、と挑戦的な笑みを浮かべると両手にブレードを展開、左の斬撃で一機を撃墜するとすぐに機体を反転させ、実体シールドを展開する。

 シールドに取り付けられた速射式の小型レーザー砲の照準を合わせ、それぞれから一筋の光線を放つ。

 衝撃音が二つ響くがそれを確認することなくグラハムは打鉄改を飛翔させる。

 多角的に襲いくる銃弾の嵐を鋭角的にかわし、すれ違いざまの一太刀で両断していく。

 そして二十機全てを撃墜し終え、ゴール地点へと急降下するグラハム。

 地上まであとわずか、というところで警告音とともにまた新たな敵の出現をセンサーが捉えた。

 今までの訓練ではターゲットが二十機だった中での二十一機目。

 しかも終わったと思わせてのタイミングでの登場は狙ったとしか思えない。

 それでもグラハムは冷静さを一切失うことはなかった。

 やってくれるな、とわずかに頬を釣り上げる千冬に視線を送ると、グラハムは機体を急旋回させた。

 大回りな動きでの地面すれすれの旋回に生徒たちは勿論、山田や専用機持ちたちも「おおっ!」と驚きと歓声を上げた。

 だがそんなことはグラハムの耳には入っていないかった。

 ペダルを踏み込むように足に力をこめ、爆音を上げるようにスラスターを噴出させる。

 最大出力で加速したグラハムは敵に避ける暇など与えるつもりはなかった。

 右手の得物を量子化し、左手のブレードを両手で構える。

 一気に上昇し、真正面に捉えると、

 

「でえいっ!」

 

 裂帛の気合いと共に放った一撃は最後のターゲットを爆炎に変えた。

 

「さすがだな、エーカー」

 

「まさか、ああいう仕込みをしてくるとは」

 

「どのような状況でも即時に対応するのがお前の矜持だろ?」

 

「それを言われるとはな」

 

 ようやく地上に戻ったグラハムを、口端を意地悪く緩めた千冬が迎えた。

 グラハムだけにしか見えない程度の笑みに、彼は苦笑を浮かべるしかなかった。

 それでもパイロットに必要だと信じる素養をこなせたのだとすぐに頭を切り替えた。

 千冬から離れ他の専用機持ちたちのいる待機場所へ行くと、機体の調整をしつつセシリアの機動訓練を眺めていた。

 セシリアは機動制御主体の訓練であることから『ストライクガンナー』に仕様変更した《ブルー・ティアーズ》を操り、持ち前の機動力でもって駆け抜けていく。

 すでに十九機墜とし、残りは右から飛来するターゲットのみ。

 それも読みやすい機動で代表候補生ならば間違いなく撃ち落とせる。

 だがセシリアはレーザーを的外れな方向へ放っていた。

 当然命中などするはずもなく自動砲台がマシンガンを連射しながら突っ込んでくる。

 

「くっ!」

 

 咄嗟に左手にショートブレードを展開し、投擲する。

 今度は刃が見事に突き刺さり、なんとか全機撃墜を成功させた。

 それでも地上に降りたセシリアの表情は浮かない。

 千冬の評価もあまり芳しくはないようだ。

 

「ふむ……」

 

 最近、セシリアの射撃精度が悪いようにグラハムには思えた。

 しかも先程のように目標を大きく外している。

 たしかに、主兵装であるレーザーライフルは長大でとり回しに難のある武装だが、それでもいままでは高い精度を誇っていた。

 それがここ一月の訓練では一度の訓練で何発か思いきりはずしている。

 まるでワザと外してるようにグラハムは見えたが、セシリアの表情を見る限り何かわけがあるようにも思える。

 しかし、正面から尋ねようとすればはぐらかされることもあるだろう。

 少なくともセシリアは気丈に振舞おうとするだろう。

 そのぐらいは短いながらも友人として付き合ってきたグラハムにも理解できていた。

 だが、放っておくこともできない。

 こういうときは特訓にでも誘うとしよう。

 その中で尋ねればいい。

 そう思い誘ってみたのだが、

 

「……申し訳ありません。それはまた今度、お願いできますか?」

 

 と、断られてしまった。

 

「――フラれたな」

 

 セシリアの背中を見送りながらグラハムは呟いた。

 おどけたように肩をすくめるグラハム。

 だが、その目は確かに見ていた。

 微笑んでこそいたが、セシリアの表情が曇っていたことを。

 一瞬のことだったがそれを見逃すほどグラハムも鈍くない。

 かなりの焦燥感を秘めていた。

 そうグラハムは感じた。

 夏まではこういった誘いには快く応じてくれていた。

 それが急に断られた。

 つまりそれだけ自身の、特にビット兵器や射撃の修練に当てなければならないのだろう。

 なにがここまで彼女を掻き立てるのか。

 友として見過ごせることではないな。

 

「だが、どうしたものか」

 

「ん? どうした、グラハム」

 

 セシリアの次に訓練を終えた一夏が声をかけてきた。

 どうやら、少し考え込んでしまっていたようだ。

 

「いや。なんでもないさ」

 

 そうはぐらかしたものの、視線はセシリアの姿を捉えていた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 放課後。

 この日は一夏が週二回ある山田先生による特別講習を受けるなど、予定が入っている専用機持ちがいるので特訓は行われていない。

 グラハムも公平を期すために毎日機体を借り受けるわけにはいかず、自主練ができないでいた。

 因みに昨日に関しては山田から半ば強引にISを借り受けており、仮に先の約束ができていたら同じ手を使うつもりでいた。

 ひとまず自室で座学の試験範囲をノートで確認するなどして過ごした後、少し身体を動かすことにした。

 空色のジャージに着替え、ランニングを始めるグラハム。

 彼が走っているコースは、学園内にある六つのアリーナを環状に結んだものでいつもなら部活動の生徒達も走っている。

 だがすでに夕方で、何より試験一週間前ということもあって、数人ちらほらと確認できる程度だった。

 第四アリーナを通りかかったところで、グラハムは一旦足を止めた。

 視線の先には十階規模の建物が林立しており、学園祭でグラハムがスコールと名乗る女性と戦闘をした区域となっている。

 しばし先日の戦闘について思い返していると、

 

「あれ、グラハム」

 

「ルフィナか」

 

 視線を向けていたほうからジャージ姿のルフィナが声をかけてきた。

 格好とわずかに息が上がっていることから同じくランニングでもしていたのだろう。

 

「さすが候補生ともなれば、試験は余裕といったところか?」

 

「そ、そんなことはないよ。それにグラハムも走っていたんでしょ?」

 

「フッ、冗談さ」

 

 珍しく冗談らしい冗談を言ったグラハムは、ルフィナを誘って道端にあるベンチに腰掛けた。

 二人の手にはスポーツドリンクが握られている。

 

「疲れたね」

 

「そうだな」

 

 と他愛のないことを話していると、

 

「そういえばルフィナ」

 

 グラハムが突然、話題を切り出した。

 

「一夏への誕生日プレゼント、君は何を送る?」

 

「どうしたの、急に?」

 

 あまりグラハムらしくない話題にルフィナが驚きの表情を見せる。

 

「いや、何を送ればいいのか決まらなくてね。参考程度に聞こうと思っただけさ」

 

 それは楯無からもらったアドバイスの一つだった。

 昨晩、もらったことのあるプレゼントの話をしたところ、あまり参考にするなと言われた。

 かわりに箒、鈴音、ラウラの三人以外なら参考になるのではという話を聞き、実行に移してみることにした。

 

「そうだね、一応――」

 

 ルフィナは話し始めた。

 まだ一つには絞っていないようだったが、候補に挙げていたものやアドバイスをグラハムはもらうことができた。

 例えば――

 

「小物類がいいかなとは思ったんだけど」

 

「ふむ、何故だ?」

 

「やっぱり箒たちは一夏にアピールしたいだろうからあまり目立つ物は控えた方がいいかな――って」

 

「成程」

 

 さすがはシャルロットと専用機持ちの良心の双璧を成すだけあって、他の人への配慮まで考えたプレゼント選びをしていた。

 それでいて、難しいならと無難な物もいくつか例に挙げ、グラハムへの配慮もなされていた。

 区切りのいいところで時計を見るとすでに六時半を過ぎており、二人は寮に戻ることにした。

 その途中、第四アリーナへ通りかかるとセシリアが出てきたのが見えた。

 声をかけようとしたルフィナだったがそれは躊躇われた。

 いつも見せる優美な笑みは見えず、疲労と焦燥に表情が曇りきっていた。

 グラハムもそこには気が付いたのか黙って寮へと歩いていくセシリアを見送る。

 すでに日が沈んだこの時間帯、すぐにセシリアの姿は見えなくなった。

 

「最近、いつもああなんだよね……」

 

「どうやら一人で残って修練しているようだが、上手くいっていないようだな」

 

 夏の終わりに学園に戻ってきてから、セシリアは一人で遅くまで特訓することが多くなっていた。

 集まって自主訓練しても終わってから一人で黙々とブルー・ティアーズを駆っていた。

 セシリアは何かを追い求めている。

 だがこのままではいい結果につながるとはグラハムには思えなかった。

 友人として黙って見過ごせるほど我慢強くない。

 そう思うも訓練すら撥ねつけられてしまっては手の打ちようがない。

 相変わらずこういうことは上手くいかないものだと内心自嘲しながらグラハムも寮へと戻った。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 ルフィナと別れて自室へと戻ったグラハム。

 シャワーを浴び、服を着替えているとドアがノックされた。

 

「グラハム、いる?」

 

「ああ。少し待ちたまえ」

 

 手早くズボンをはき終え、グラハムはドアを開けた。

 廊下にはシャルロットがいた。

 

「何か用かね?」

 

「え、ええっと、夕食一緒にどうかなって」

 

 シャルロットの言葉にチラッと廊下の時計に目をやるとすでに七時を回っていた。

 寮へ戻る道からセシリアと一夏の件でいろいろと模索していたせいですっかり忘れていたようだ。

 そういえば空腹を感じるなとグラハムは誘いに乗ることにした。

 

「そうだな。同席させてもらおう」

 

「じゃ、じゃあ、行こう」

 

 喜色を万遍なく含んだ声と笑顔につられるようにフッとグラハムも笑みをこぼした。

 廊下に出て、階段を下りながら一夏の件についてシャルロットにも尋ねた。

 

「う~ん、僕も決まってないからなぁ……」

 

 本当は一夏へのプレゼントがあまり頭に入っていなかったのだが、そんな裏までグラハムは読み取れなかった。

 

「グラハムの好きなものってなに?」

 

「好きな物?」

 

「浮かばないならそこから考えるのもありだよ?」

 

「成程……」

 

 フム、と少し考えるそぶりを見せた後、

 

「空、だな」

 

 これしかないだろうとばかりにグラハムは言った。

 しかし大真面目に答えたのだがシャルロットは少し吹き出していた。

 

「なんかグラハムらしいね」

 

 どこか可笑しそうに笑うシャルロット。

 だがそれもグラハムの人となりをある程度知っているからこそである。

 

「でも、空かぁ……」

 

 何故かシャルロットまで考え込み始めた。

 確かに空はプレゼントの題材にするにはあまりにも漠然としすぎている。

 自分が渡す分も決まっていないのに一緒に悩んでくれるシャルロット。

 実際はそうではないのだが、やはり友はありがたいものだと思うグラハム。

 

「まあ、もう少し考えてみるとするさ」

 

「そうだね。僕も……あ!」

 

 何かを思いついたように手をポンと叩くシャルロット。

 

「試験終わったら買い物に行こうよ」

 

「君と一緒にか? しかし……」

 

「大丈夫だよ。ほ、ほら、かぶったりしたら嫌だし、一人で回るよりもいい案が浮かぶかもよ? この前いろいろあったから気分転換にもなるし」

 

 確かに一理あるとグラハムは頷いた。

 試験が終わったら店に行くことも考えていたが、一人で行ってもただ見て回るだけで終わるような気がしていた。

 なら、誰かパートナーがいてくれた方がいい。

 

「確かに、文殊の知恵とも言うからな」

 

「それ、『三人寄らば――』じゃなかったっけ?」

 

「む? そうだったか――」

 

 そのとき、グラハムは閃いた。

 訓練は断られたが、日程から考えれば買い物を断ることはないだろう。

 彼女を合わせて文殊の知恵、となるかは分からないが、気分転換にはなる。

 

「それだ!」

 

「え?」

 

 きょとんとしているシャルロットの手をグラハムがガシッと掴んだ。

 

「さすがはシャルと言わせてもらおう!」

 

「え!? あ、う……」

 

 満面の笑みを正面から向けられ、シャルロットの顔は真っ赤に染まる。

 内心あわあわと視線を外すも今度は握られた手が目に入り、これ以上ないくらいに顔が赤くなる。

 

「どうした、シャル」

 

「な、なな、なんでもない、よ?」

 

「そうか。フッ、来週が楽しみだな」

 

 にこやかにそう言うとグラハムは歩き出した。

 その後を追うシャルロットは浮かれに浮かれていた。

 だがそれも長くは続かなかった……



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#69 シャルロットのため息

 IS専門科目の期末試験は九月の第四水曜日から三日間の日程で始まった。

 大まかな内わけは最初の二日間で筆記試験四科目、最終日に実技二科目が行われる。

 最初の試験である『IS構造基礎』が始まって二十分、手早く解いていったグラハムはすでに表面の問題を全て自信のある回答で埋め尽くし、用紙を裏返した。

 

「……」

 

 裏面はボーナス問題と書かれた一問のみで、問題は以下の通りだった。

 

『あなたが打鉄の機動性を上げるとするならば、どのような改造をしますか?』

 

 まさに今後の授業展開に期待を持たせつつ、一年生の緊張を解すのにちょうどいい問題と言えるだろう。

 事実、一年生たちはこの問題には自分の想像に任せて書いている。

 スラスターの強化は全員が書き、中にはスラスターのタイプまで指定するといった解答もある中、グラハムも一切悩む素振りを見せずに解答を書いていく。

 

『チューンを施すに至って、私はまず機体の軽量化を推奨したい。草摺などの装甲は防御には向いているが機動性を阻害し、あえて言えば邪魔でしかない。なのでそこを取り除いたうえで私はさらに脚部や腕部の装甲も可能な限り削り取りたい。ただし、対Gシステムを考え、胸部、胴部に装甲を追加する。私の試算ではこれによって装甲を三割カットできるはずだ。次に高出力型のスラスター、ここでは大型プラズマジェットと置かせてもらおう、に換装する。これで出力はおおよそ倍になることが望めるだろう。制御用の翼も二対増設することで、高速状態でも機動に安定性を与えることができるだろう。次に――』

 

 もはや親友が乗り移ったのではないかというぐらいの文量である。

 ここまでだけでも他の生徒達と同じ回答のようで、その実かなり違う。

 打鉄は、防御に特化した機体で元々装甲が多いのだが、防御兵装としての装甲の撤去だけでなく、手足の必要最低限の装甲までもギリギリまで削るということで軽量化を目指している。

 それでいてスラスターは大出力型を採用するなど徹底した高機動型へと変貌させている。

 言うまでもなくカスタムフラッグへの改修方法とほぼ同じものだ。

 データもその流用である。

 もはや打鉄の面影がない。

 

『――山田女史なら理解できると思うが、この機体には対Gシステムを稼働しても相当なGがかかることが想像できるだろう。だが、そこはパイロット次第でどうにでもなる。するのがパイロットだと私は思う』

 

 最後はそうグラハムの理論で締めくくられている。

 担当教師である山田はこれを見て頭を悩ませたが、一応題意にはそっているので、後に返された答案にはしっかりと丸が書かれていた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 午前で試験が終わり、食堂は昼食をとる生徒達で込み合っていた。

 さっきの試験について話し合っている生徒が多い。

 IS学園も高校、学生の学ぶ場所であると思わせる光景が広がっている。

 その中で比較的落ち着いた様子を見せるのが専用機持ちの集団である。

 セシリアやシャルロット達にとって試験の内容は、代表候補生として知っていて当然の範囲であり、わざわざ出来具合を確かめあうことはしなかった。

 例外は試験前に猛勉強をした一夏であり、

 

「昨日ラウラが教えてくれたところが出てきたから助かったよ。ありがとうな」

 

「ふふん、それはそうだ。嫁の勉学もしっかりと支えてこそのいい亭主というものだからな」

 

 実戦訓練と同じく他の専用機持ちたちに勉強に付き合ってもらい、どうやらその成果が出たようだ。

 その様子を眺めていたルフィナがふと思い出したように言った。

 

「明日の午後はみんな大丈夫だよね?」

 

「ああ、大丈夫だ」

 

「そうでなくては困る」

 

 最終日の実技試験はほぼ一日をかけて行われる。

 午前中に高速機動の試験、午後には模擬戦という流れである。

 因みに時間がかかる原因は、訓練機が生徒の数に対して少ないからだ。

 

「グラハムさんは大丈夫なんですの?」

 

「何のことかな?」

 

「グラハムさんのIS、まだ戻ってないのでしょう?」

 

 模擬戦はランダムに選ばれた生徒同士で行われるが、公平性と成績基準の違いから専用機持ちは一般の生徒達とは別の枠組みで対戦相手が組まれる。

 グラハムも専用機持ちとして登録されているため、対戦相手は専用機持ちになる。

 その中で彼は専用機なしで挑むのにはいささか問題がある。

 事実上、一年生最強と目されるグラハム。

 彼が訓練機で専用機持ちと戦って、勝利するのは何の問題もないが、とてもではないが順当な成績が得るのは難しいだろう。

 それだけ生徒用のデチューン機と専用機のスペックには差があるのだ。

 グラハムの感覚で言えば《リアルド》でエースの乗る《イナクト》と戦うようなものだ。

 それだけのハンデが成績に跳ね返ってしまうのだ、セシリアの心配は尤もだろう。

 しかし帰ってきた回答は軽やかなものだった。

 

「今日中に仕上がると千冬女史から聞かされている。心配は無用だ」

 

「そうですか」

 

 ホッと安堵した声を出すセシリア。

 

「私も買い物は楽しみにしているんだ、反故するような結果にはさせんよ」

 

「そ、そうですか……」

 

 笑みを見せるグラハムに、今度は少し表情を赤らめるセシリア。

 ここ一週間、相変わらず遅くまで一人で特訓を続けているがどこか表情は軽やかだ。

 その理由を知っているのはシャルロットだけで、

 

「はぁ……」

 

 人知れずため息を吐いていた。

 そして少し曇った表情の原因はセシリアの件と一緒だった。

 一週間ほど前、一夏の誕生日プレゼントを悩むグラハムをシャルロットは買い物に誘った。

 彼女としてはグラハムをデートに誘ったようなもので、応じてくれたことにとても浮かれていた。

 

 そこまではよかったのだ。

 

 だがそれから十分と経たずにグラハムはその買い物にセシリアを誘ったのだ。

 しかもシャルロットの目の前で。

 その瞬間の彼女の気分の急降下ぶりは見たものを驚かせたほどである。

 誘われたセシリアも最初は二人きりかと思ったようで、わずかな間に激しいテンションの乱高下があった。

 それでもセシリアの場合、最後は上機嫌というところで落ち着いた。

 

(グラハムはいつも特訓にしか誘ってくれたことないもんね……)

 

 プライベートで遊ぶという考えがあまりないらしく、誘われない限り学園の外に出ることをグラハムは滅多にしない。

 それだけに、三人で行くことよりもグラハムから誘われたことの方がとても重要で、品のある笑顔がいつもより輝いていたのをシャルロットはよく覚えている。

 

(ライバルに塩送ちゃったかなぁ)

 

 最初に提案したのが自分なだけに沈みようのすごいシャルロット。

 グラハムは誰に対しても分け隔てなく接し、その実直な人柄は女子に対しても変わることはない。

 そこが惹かれた一因でもあるのだが、そこに不満も抱いてしまう。

 僕だけを特別に見てくれないかなぁ……

 そんなちょっとしたワガママを彼に対して思ってしまうのは仕方がないのかもしれない。

 

「はぁ……」

 

「シャル、どうかしたかね?」

 

「うわあっ!?」

 

 いつの間にかグラハムが覗き込んでいた。

 しかも目線を合わせようとする彼の性格上、真正面で見つめ合うような格好となる。

 ボンッと一気に真っ赤になるシャルロット。

 

「な、なんでもないよ!??」

 

 哀れなくらい取り乱しているシャルロットだが、グラハムがその心情を読みとれるわけもなく、

 

「無理をするな」

 

 と言うあたり、体調が悪いのかと思ったようだ。

 それでもグラハムとして大真面目に心配しているらしく、それは言葉からもわかる。

 

「だ、大丈夫だから!」

 

 慌てて顔を逸らしながらわたわたと手を振る。

 今日もまたグラハムの乙女心の疎さに若干の苛立ちと、それ故の心の揺らぎを感じるシャルロットなのだった。

 

 

 

 しかし、その苛立ちが思わぬ形で爆発するとはこのとき誰も想像できなかった……



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#70 英仏の威信

番外色のある今章ですが特に今回はズレてます。


 翌日。

 二日目の試験が終わったが、一年生達の雰囲気は緊張に満ちていた。

 いよいよ明日は実技試験。

 ある生徒達は昼食を手早くとり、ある生徒はとることなくアリーナへと向かって行った。

 そしてグラハムたち専用機持ちグループにもわずかばかりの緊張感が漂い、お昼を いつもより早く食べ終えて席を立った。

 

「よし、アリーナに行くか」

 

「すまない、一夏。先に行って始めていてくれ」

 

「何かあるのか?」

 

「それは後の楽しみというやつさ」

 

 疑問符を頭に浮かべる一夏達にフッと笑みを向けるとグラハムは先に食堂を出ていった。

 三十分後、専用機持ち五人が一夏と箒への指導を始めた頃、グラハムが姿を現した。

 彼は《カスタムフラッグ》を展開、宙をすべるようにして飛んでいる。

 その姿はGNドライヴを搭載する以前の二対の翼を持っていた。

 調整を施しているのか、何度も加減速を繰り返しているフラッグは見事な緩急をつけた旋回飛行を周囲に見せつける。

 その漆黒のISの隣に、見慣れないISを纏った少女がいた。

 二人は並び、グラハムが少女に話しかけているのが頭の動きで分かった。

 ハイパーセンサーの機能で拡大すると、映った少女の顔は何人かの記憶にあった。

 学園祭のとき、ご奉仕喫茶に生徒会長と一緒にきた会長の妹だという少女。

 あの時の出来事が出来事だったために、英仏の少女二人の笑顔にわずかな険の色が入る。

 そんなことは露知らず、見事な編隊飛行を見せた二人はほぼ同時に着地した。

 わずかに醸し出される警戒心に対してグラハムは、

 

「すまない、待たせた」

 

 と律儀に遅れたことを謝った。

 

「まだ始まったばかりだから気にすんな」

 

「そうか」

 

 そしてやはり一夏といつも通りなやり取りをする。

 

「ね、ねえ、グラハム」

 

 ここで動くのはグラハムが関わるときには、唯一と言える常識人兼苦労人のルフィナ。

 

「その娘は?」

 

「失礼。紹介がまだだったな」

 

 横へ一歩ずれ、おどおどしている少女を紹介する。

 

「隣の彼女は四組所属の代表候補生、更識簪だ」

 

 紹介された少女は人見知りなのか、なんとか頭を下げる。

 そんな彼女が纏う独特の形状を持つそれは間違いなく専用機。

 そこでグラハムがこの少女を連れてきた理由が彼女たちは理解した。

 

「そっか、専用機持ちは専用機持ち同士で組むから……」

 

「私たちの中でほぼ相手が決まるもんね」

 

 納得したように頷く五人。

 模擬戦では、専用機持ちはその実力(というよりは機体性能差)を考慮して一般の生徒とは分けて試験が行われる。

 因みに一年生の専用機持ちは九人なので余った一人は山田と組むことになっている。

 

「そういう点では、私と簪は友人同士で会ったことはまさに僥倖というものだな」

 

「よ、よろしく……」

 

 笑みを浮かべるグラハム。

 簪もまたぎこちなくはあるが一夏達に挨拶した。

 その仕草には怪しい点は見当たらず、グラハムへ向けられる視線もいたって普通。

 どうやら二人を見る限り本当に友人同士のようだ。

 セシリアとシャルロットは内心でホッと息を吐くと笑顔を向けた。

 

「これからよろしくお願いしますわ、簪さん」

 

「う、うん。こちらこそ」

 

「よろしくね」

 

 笑顔で挨拶を終え、ようやく特訓を始めようとした時だ。

 

「む?」

 

 ラウラがあることに気が付いた。

 

「この背部のユニット、HerrのISに搭載されているものと似ているな」

 

 それは打鉄弐式の背部スラスター。

 翼を持つ左右のスラスターを繋げたような形状は、色こそ違えど隣に立つカスタムフラッグのバックパックに酷似している。

 

「その通りだ。この機体は簪の半ハンドメイドだが、私が渡したフラッグのデータを一部使っている」

 

「うん。このスラスターはベクターノズルがついてるから運動性が高くて、機動性を重視していた《打鉄弐式》との相性が良かったから……そもそもISは反重力システムを利用して飛行するから空気力学的機体制御の効果をあまり受けることができず、これは超音速域や、大気密度の低い高高度飛行時といった同じく効果の薄い状況で運動性を発揮させることを目的に搭載されたアメリカ型TVノズルの設計を流用できるものであり、さらにシンプルな構造で――」

 

「長い! 長いし分かんないから!」

 

「やっぱりグラハムのフラッグにもTVノズルついてたんだ。どうりで――」

 

 専門的な話を始める簪にツッコミを入れる鈴音。

 一方で話にのめり込もうとしていたのは、同じくベクターノズルを搭載したISを持つルフィナ。

 さすがは空軍思想で開発された《ガスト》の搭乗者だけあって簪の話にも十分ついていけているようだ。

 

「前に千冬姉も言ってたけど、本当に機動性特化の機体だったんだな」

 

「ああ。それがカスタムフラッグの持ち味だからな」

 

 へー、と頷く一夏。

 そして彼はここでも鈍感さをさく裂させることになる。

 

「じゃあ、簪とお揃いだな」

 

「そういう事になるな」

 

 

 ……ビシッ!

 

 

 何かが聞こえた。

 まるでヒビが入るかのような、そんな音である。

 そしてゾクリとするような感覚がグラハムと簪を襲った。

 グラハムは咄嗟に、簪はおどおどとその出所へと視線を向けた。

 

「お揃いかぁ……」

 

「IS開発において技術提供は欠かせませんから。ええ、理解してますわ」

 

 そこには金髪の少女二人の笑みがあった。

 

「じゃあ、そろそろ始めようか」

 

「ええ。グラハムさん、簪さん、お相手願えますか?」

 

 見惚れるような美少女の微笑はだがしかし、まさに絶対零度の冷たい笑顔だった。

 簪のグラハムへの感情に恋慕がないことなど分かっている。

 それでも好きな人と『お揃い』などと呼ばれる相手には、それがISのことであろうと嫉妬の念を抱かずにはいられないのが乙女心というやつなのだろう。

 しかも、その矛先はグラハムへも向けられていた。

 今まで言動で散々やきもきさせた挙句に、お揃いであることを肯定するようなことを言えば、そうなるのも無理ないのかもしれないが。

 鈍感な二人が決めてしまったコンボはしかし、グラハムにのみ災厄として降りかかってきたのは、彼のセンチメンタリズムな運命がなせる技なのか。

 このあと、本人達からすれば理不尽としか言いようのない展開が待っていたのは言うまでもないことである。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「奏でなさい、『ブルー・ティアーズ』!」

 

 レーザーライフル、ビット兵器四基から放たれる一斉射撃を、グラハムと簪は乗機自慢の機動性により回避する。

 翻りながら簪はミサイルをビットに叩き込もうとするも、

 

「甘いですわ!」

 

「ッ!?」

 

 逆にレーザーによって発射される前にミサイルコンテナごと吹き飛ばされた。

 コンテナに搭載されたミサイルは四十八発、その全てがさく裂した衝撃は凄まじく、搭乗者保護機能によって無傷ではあるが襲う衝撃までは殺し切れていない。

 爆炎から吐き出され、機体バランスを崩している簪へ、再度セシリアはライフルの照準を合わせる。

 すでに模擬戦を始めてより十分近く経ち、その間ずっと猛攻にさらされてきた簪は体力的な限界を迎えていた。

 思うように体勢を立て直せてない相手。

 しかしセシリアは、

 

「今日の私は、容赦などありませんわ」

 

 躊躇なくトリガーを引く。

 一直線に飛来するレーザーはしかし、簪には当たらなかった。

 間一髪で黒い影がかっさらっていった。

 高機動形態(クルーズ・ポジション)のフラッグだ。

 飛翔するグラハムのISの背に乗った簪が放った青い光弾を切り裂き、セシリアは冷静な目で影を追う。

 二対二のタッグマッチ。

 個人の実力は元より、チーム内のコンビ―ネーションが勝敗を分かつ。

 今、一対一ならば絶対に避けられなかった攻撃を避け、さらに反撃までしてきたことからもわかるだろう。

 だが、それもセシリアたちにとっては想定内のことだ。

 グラハムのISは、高機動型の中でもトップクラスの出力と機動性を併せ持つ機体。

 その高機動形態ともなれば捉えることは難しい。

 しかし彼は今背に疲弊している簪を載せているので、そこまでのスピードを出せていない。

 そう、こちらの機動性でも十分対処できる程度に。

 

「……シャルロットさん!」

 

「いくよ!」

 

 『瞬時加速』で超高速を得たシャルロットがアサルトブレードを振りかぶって突っ

込んでいく。

 

「簪!」

 

 激突の瞬間、簪が飛び上がると同時に空中変形、機体を空気抵抗に任せて持ち上げる。

 ギリギリで回避したグラハム。

 

「なんと!?」

 

 股下でやり過ごしたはずのシャルロットが眼前で左拳を握りしめている。

 楯の装甲が弾け飛び、大口径のパイルバンカーがその姿を現す。

 学年別トーナメントでラウラを限界にまで追い詰めた第二世代最強兵器『灰色の鱗殻(グレー・スケール)』。

 装甲の薄いフラッグが喰らえば一撃で沈みかねない。

 防御しようにも跳弾目的であるディフェンスロッドでは杭など防げるはずもない。

 だがこの距離で、このタイミングでの完全回避はさすがのグラハムにも無理がある。

 それだけ今日のシャルロットの動きは極めていた。

 

「さすれば!」

 

 グラハムは一瞬でビームサーベルを抜刀、正面から迎え撃った。

 縦一文字に振られた紅刃はパイルバンカーを叩き割る。

 放たれた杭だけでなく、基部のリボルバーをも裂き、残弾すべての炸薬に粒子が引火し爆発を起こした。

 

「わっ!?」

 

 暴発の衝撃をシャルロットが受ける中、すかさずグラハムは空中変形し離脱する。

 そこへセンサーが、簪が撃墜されたことを提示してきた。

 負けたことが悔しいのか、簪は体を震わせていた。

 しかしいくら模擬戦といえど、今日ばかりは声をかける暇などない。

 襲いくるレーザー掃射を潜り抜け、グラハムはさらに速度を上げた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「すげえ……」

 

 激闘を地上で眺める一夏がそう呟いた。

 高機動型ISを操り、猛攻を紙一重で捌くグラハム。

 確かにすごい。

 しかしそれよりも今日はセシリアとシャルロットの動きが違うと一夏は思った。

 容赦ないオールレンジ攻撃で追い詰め、その上でショートブレードでの剣戟でついに簪を戦闘不能にするセシリア。

 グラハムの変則空中変形に対応し、あわやというところまで追い詰めたシャルロット。

 相手が代表候補生以上の実力を持っていることが分かっているからこそ、二人の戦いぶりのすさまじさを感じていた。

 それは他の皆も感じていたようで固唾をのんで見守っている。

 だけど、気になることがあった。

 拡大されて映る二人の表情。

 笑顔だ。それも清々しいほどの。

 しかも模擬戦中ずっと。

 それでいてひんやりとしたものを感じるのは何故だろう?

 そう思った一夏は隣に立つ鈴音に尋ねた。

 

「な、なあ、鈴」

 

「なによ?」

 

「あの二人、怒ってないか?」

 

「ハァ!?」

 

 まるで聞くこと自体信じられないような声を上げる鈴音。

 予想外の反応を見せる鈴音に一夏はあれ?と内心首を傾げる。

 そんな少年に呆れたようなため息を一つ零し、

 

「一夏……」

 

「なんだよ」

 

「あんた……ほんと、バカね」

 

「は?」

 

 鈴音に言われたことが分からず、思わずポカンとする一夏。

 そして宙では、決着の時が来ようとしていた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 フラッグを高機動形態へと変形させたグラハムは猛スピードで戦場を駆けて行く。

 最大速度で飛翔する高機動型ISにはさすがに追いつけるはずもなく、シャルロットも二丁のライフルでの射撃に切り替えていた。

 ブルー・ティアーズを含め、七方向からの射線を潜り抜けるグラハムは僅かな戸惑いを覚えていた。

 セシリアとシャルロットの二人は、専用機持ちの中でも比較的思慮のある人物というのがグラハムの印象だった。

 だが今の二人は的確ではあるが、周囲に一切気を配らない徹底的な攻撃を仕向けている。

 このアリーナは明日の試験へ向けて多くの一年生が集まっている。

 すでに多少の被害は出ているようで、すでに他の一年生たちはピットに引き上げてしまっている。

 いくら模擬戦とはいえ、ここまでするような二人ではない。

 全力でくること自体は、グラハムとしても望むところだ。

 しかしここまでするとなれば、さすがに対応を変えなければならない。

 しかも試験での模擬戦は一対一、この闘いは明日の備えとしては意味の薄いことだ。

 そういう意味でもこの闘いはそろそろ止めなければならない。

 グラハムは機首をシャルロットへ向け、上昇をかけながら威力の低い速射用を乱射する。

 シャルロットは無作為な弾幕を回避し、機体を下へと急旋回させて突撃してくるフラッグをかわした。

 フラッグはそのまま今度はセシリアへと鼻先を向けた。

 飛来する蒼弾を回避しながらセシリアもまた降下していく。

 二人は並び立つと、グラハムへ向けて一斉掃射を始めた。

 それを、巧みに機体を操ることでグラハムはかわし続けていった。

 まるで鷹のようにゆっくりと旋回し、機を狙う。

 そしてシャルロットのライフルの弾数がゼロになった瞬間、グラハムは一気に降下した。

 機体の先にいる二人の表情を見つめ、思った。

 私は人の感情というものには疎いことを熟知している。

 だから君たちが何に駆り立てられていたのかもわからない。

 だが、後で話を聞くことぐらいはできる。

 そのためにも、まずは決着をつけよう。

 それも明日の為に機体を傷つけることなく、終幕を迎えなければならない。

 故に、私はこの手段を選ぶ。

 君たちは女性だ。

 非難の言葉なら甘んじて受けよう。

 しかし形はどうあれ、ここは君たちが調えた舞台だ。

 拒絶の言葉には訊く耳を持たん。

 その上で、あえて言わせてもらおう!

 

「抱きしめたいな! シャル!! セシリアッ!!」

 

 急降下の中でグラハムはさらに出力を上げた。

 限界的速度の中での空中変形『グラハム・スペシャル』を決め、人型へと変形する。

 降下した勢いを両の腕に乗せ、二人の間に自らを叩き込んだ。

 広げられた腕をシャルロットとセシリアの胸部にラリアットのように喰らわせると、そのままアリーナの床面へとしたたかに背中から叩きつける。

 わずかに三人はアリーナを滑り、動きを止めた。

 空中変形による減速、ISに備わっている搭乗者保護機能により二人は無傷。

 機体そのものも、衝撃によりいくつかパーツがはじけ飛んだが剣戟や銃撃によるダメージと比べればはるかに軽傷で、ほぼ無傷のはずだ。

 ガンダム鹵獲作戦のときに使用したフォーメーションの応用だが、上手くいったようだ。

 

「私の勝ちだな」

 

 上半身を腕だけで起こすとマスクを解除し、グラハムは二人に笑いかけた。

 二人は受けた衝撃などで混乱していたようでただ頷いただけだったが、

 

「…………」

 

「…………」

 

 少し視線を動かし、状況を理解すると、

 

『!!?』

 

 一気に顔が真っ赤に染まった。

 突然のことにさすがのグラハムも少しばかり驚いたものの、

 

「失礼」

 

 と自分たちの体勢に気がつくと体を起こした。

 IS越しにとはいえ、あの時とは違い本当に抱きしめるような格好となってしまったのだ。

 女子からすれば恥ずかしいに決まっている。

 さすがの私でもそれぐらいは分かる。

 しかし、そうなると釈明も必要だろう。

 そう思い口を開こうとしたグラハムだが、

 

「お前たち、一体何をしていたんだ?」

 

 背後から襲いくる殺気に先を越された。

 先程まで顔を赤くしていた二人も今や青ざめている。

 この二人がそうなる時点、いや殺気の時点で背後の人物が誰であるかなど考えるまでもない。

 

「とりあえず、教官室へ来てもらおうか」

 

 振り返った先、アリーナの中央で仁王立ちする千冬の姿があった。




今回ばかりは謝ります。
すいませんでした。


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#71 大浴場にて

前回は戦いだったので今回は軽めの短編的なお話です。


「…………」

 

 グラハムは滝に打たれていた。

 彼は一糸まとわぬ姿で目を閉じ、修行僧のように手を合わせている。

 聞こえるのはただ、水の流れる音だけ。

 流水に身を打たれながらグラハムが思い出すのは、先ほどの戦いとその原因についてだ。

 何があそこまで二人を駆り立てたのか。

 模擬戦が終わってから二時間後、千冬の説教から解放されたときにグラハムはセシリアとシャルロットに尋ねてみた。

 

「そ、その……自分の胸に手を当ててよく考えてくださいな」

 

「そ、そうだね。僕から言えるのもそれぐらいかなあ」

 

 顔を真っ赤にしながら二人はそう答えた。

 だがその返答にグラハムは窮することになる。

 胸に手を当てて考えてみたが何も思い浮かぶことはなかったのだ。

 とはいえ、二人にそう言われたからには原因は自分の知るところであるはずだ。

 真面目なグラハムは心を落ち着けたうえで再度、自身を鑑みることにした。

 

 そこで思い付いたのが、あの四年間の修行の中で経験した滝行だった。

 滝という激しい水の中では、雑念が湧く余裕すらなくなり、精神統一が行いやすい。

 ハワイでの修行でも、ほぼ毎日していたことだ。

 後に彼は、滝行は武士道ではなく神道の修行法であると知ったが、座禅と同じく精神を落ち着けるのには最適な方法だという考えに変わりはなかった。

 打たれながらグラハムは考える。

 

(……二人は、私の中に原因があると言った)

 

 二人の言う通りなら、あの時の私の言動に問題があったはず。

 ――あのとき話していたことは簪のIS。

 その中で不用意な発言でもしたのだろうか。

 さらにグラハムは考える。

 しかし何分経っても何も思い当たることはなかった。

 

(だが、あの二人がそう的外れなことを言うはずもない。だからこそ私は考える。私が何をしたのかを)

 

 そうでなければ謝ることもできん!

 

「なあ、グラハム」

 

「…………」

 

「何してんだ?」

 

「……精神統一だ」

 

 薄く開けていた目を開き、一夏にグラハムはそう答えた。

 

「打たせ湯でか?」

 

「滝行をするものではないのか?」

 

 

 かぽーん

 

 

「………………」

 

「………………」

 

 風呂独特の音が鳴る中、二人の間に妙な沈黙が流れる。

 二人がいるのはIS学園が誇る大浴場。

 グラハムが打たれているのは冷たい水ではなく暖かなお湯。

 因みに打たせ湯は高い位置から湯を流し、その勢いでマッサージ効果を得ることを狙ったものである。

 はっきり言ってしまえば滝行とは似てまったく非なるものである。

 相変わらず日本への認識のずれているグラハムだが、今さらなので特に一夏は突込みをしようとは思わなかった。

 

「せっかくの大浴場なんだから風呂に入ろうぜ」

 

「フッ、そうだな」

 

 グラハムは打たせ湯から出ると、二人並んで湯船の前にかがむとお湯を軽く浴び中に入った。

 

「――ふっ」

 

「やっぱいいな、風呂は」

 

「ああ、私もそう思う」

 

 一週間ぶりの風呂に二人は気持ちよさそうに息をついた。

 もう少し多く入りたいと思う二人だが、IS学園の男女比を考えると二人だけの為に週に一度でも開けてもらえるのはありがたいことだと納得することにしていた。

 先程までの真剣な表情はどこへいったのか、グラハムは心地よさげに言った。

 彼の好きな日本の温泉につかっているのだから当然ともいえるが。

 

「そういえばさ」

 

「なにかね?」

 

「簪……さん、大丈夫なのか?」

 

「そのことなら問題はないさ」

 

 頭にのせていたタオルで顔を拭い、グラハムは言う。

 

「最初は保健室に連れて行こうと思ったのだが、どうやら怪我はないらしく、ルフィナが楯無のところに連れて行った」

 

「そういえば会長の妹だったな」

 

「ああ。悔しい思いをしたんだ、それを吐露できる場所にいたほうがいい」

 

 そうすることで、次へと進む活力が生まれるものだ。

 そう言ってグラハムは一夏に微笑んだ。

 シャルロットはグラハム・スペシャルに対応するだけの動きを見せた。

 セシリアの動きにもいつもの迷いは見えず、レーザー射撃もすべてが正確だった。

 何を秘めているのかはまだ分からないが、あの戦いぶりを見る限り友人としては安心できるものがあった。

 シャルロットとセシリアに気になる点を残してはいるが、模擬戦としては彼はおおむね満足していた。

 

 しかし、そう思っているのはグラハムだけなのを彼は知らない。

 少なくともグラハムに後事を託されたルフィナはそう思っていた。

 真っ青になっている簪を見たルフィナはその震えが悔しさからきている物ではないことがすぐにわかった。

 介抱しながら恐怖に震える簪が、心に傷を負っていないことを彼女は切に願っていたのは別の話である。

 そうしてもっともらしく的外れなことを言うグラハムだが、それに気づかない一夏からすればいつも通りな彼に安堵している面もあり、ため息を吐いた。

 

「さて、そろそろ出ようぜ」

 

「先に出ていてくれ。私はもう少しつかってる」

 

「そうか」

 

 んじゃお先に、とシャワーを浴びて軽く体を拭いた一夏は浴場から出て行った。

 

「さて」

 

 ピシャッと脱衣所への扉が閉まるとグラハムは立ち上がった。

 かるくタオルで体を拭いてから打たせ湯の前に立つ。

 竹でできた樋を見上げると湯がとめどなく流れていた。

 一夏が言うにはこれでは滝行にはならないらしい。

 確かに、この水量は滝と呼ぶには少ない。

 しかし部屋には楯無がいるので座禅はできない。

 瀑布には程遠いが、やるしかない。

 現に先程までは集中できていたのだ、やれるはずではないか。

 見ていてくれ、少年!

 グラハムは打たせ湯を滝に見立てて自分の手を合わせた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 結局一時間経っても答えを得られず、のぼせては無意味だとグラハムは浴場を出ることにした。

 脱衣所の扉を引き、中に入る。

 

「あら、まだ入ってたの?」

 

「楯無か」

 

 何故か眼前に楯無がいた。

 これから風呂に入るつもりなのかスカートをはいておらずシャツ一枚の姿だ。

 

「何故君がここにいる」

 

 正直部屋で見慣れてしまっている恰好なので、グラハムは動じることなく最初に浮かんだ疑問を口にした。

 

「お風呂入ろうかなって」

 

「今日は男子の日だということは君承知しているはずだと私は思うのだが」

 

「今日は実技試験だったから汗かいちゃって。こういうときはお風呂でさっぱりしたいのが日本人なんだよね」

 

「そこは大いに同情と同意の念を抱いていると言わせてもらおう」

 

 褒められたことではないがね、とグラハムは脱衣かごに入った服を手に取った。

 黙々と着替える二人。

 しばし沈黙が流れた後、楯無が口を開いた。

 

「ねえ、グラハム君。前から思ってたんだけど」

 

「なにかね?」

 

「キミって女性に興味ないの?」

 

「……どういうことか説明を所望しよう」

 

 何を言っているのかわからない、とありありと表情に出ているグラハムに楯無は扇子を口元に当てて面白そうに言った。

 

「ずっと気になってたのよね。こーいう事すると一夏くんは真っ赤になったりするのにグラハム君無反応じゃない。一部生徒の間じゃ有名な話なんだけど――」

 

 噂話をするように声を潜める。

 

「シャルロットちゃんが男の子のふりをしてた時の方が優しかったとか、ISに告白してたとかそういう方面に興味があるんじゃないかって……そこのとこ、どうなの?」

 

「………………」

 

 さすがのグラハムも思わずこめかみに手を当てそうになった。

 確かに昔はMSやガンダムに欲情してるだのと陰口を言われたことはあるが、まさかここでも、しかも陰口ではなく疑問として言われているとは思わなかった。

 グラハムが今までそういった手合いの事にほぼ無反応なのは、あまりにも楯無たちと精神年齢が離れているからであり、楯無の悪戯も少女の背伸びにしか見えなかったからだ。

 

「あえて言わせてもらうが、私は同性愛者でも対物性愛者でもない。これでも女性との交際経験もある世間でいう一般的な男性だ」

 

「え!? グラハム君付き合ったことあるの?」

 

 いつもの言動から想像できなかったことに楯無は驚いたようだ。

 

「当時の上官の娘さんと……半年ほどだがね」

 

 その頃を思い出したのか苦笑いを浮かべるグラハム。

 グラハムにしては珍しく皮肉の混じった笑みに楯無は何かを悟ったが、それを尋ねようとは思わなかった。

 そのかわり悪戯めいた笑みを浮かべる。

 

「よかった、おねーさん安心したわ」

 

「ああ。そういうことだから少しは格好には気を使うことを所望しよう」

 

「いいじゃない、面白い反応ができれば疑惑も晴れるわよ?」

 

 楯無は手を回して身体を捩らせ、わざとらしく胸を強調して見せる。

 身体に巻かれたバスタオルからわずかに覗いてくるものがあるが、それに顔色をわずかにでも変えるグラハムではなかった。

 

「はやく入ってきたまえ。この後入ってくるであろう女史達に見つかるぞ」

 

「相変わらずつまんないわね。ほんとうにホモに見られちゃうわよ?」

 

 そう言って大浴場へ入っていく楯無を見送ると、

 

「今からなら座禅ができるな」

 

 と、気を取り直して自室へとグラハムは帰っていった。



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#72 実技試験

 試験最終日。

 すでに高速機動試験が終わり、試験は最後の模擬戦を残すのみとなっていた。

 一般生徒と代表候補生、または専用機持ちへと分かれ、その中でランダムに決定された相手と模擬戦を行う。

 グラハムたちもすでに相手が決まり、それぞれ自分の番を待っていた。

 彼はセシリアと組み、山田と組むのは簪となった。

 アリーナ前に張り出された組み合わせ表で自分の相手が昨日の二人ではないことを知った簪はホッと胸をなでおろしていた。

 その様子を見ていたルフィナが困ったように苦笑いし、件の二人は事の次第をここでしることになり何か言うべきだろうかと端の方で相談していたのは別の話である。

 

 さて、二手に分かれてピットで待機している彼らの視線はそれぞれモニターへと向けられていた。

 画面に映し出されるのは一夏と箒による模擬戦。

 それぞれが一線を画し、特に近接戦闘においてはNGN機最高のスペックを誇る機体だけあって見る者を良くも悪くもうならせる。

 試合は拮抗する中でも一夏の方がわずかに押していた。

 幾度目かになる刃同士の激突。

《白式》の斬撃を箒は左の『空裂』で防ぎ、後退する《紅椿》が右手に握る『雨月』の打突からエネルギー刃を放つ。

 近距離からの飛来する長大な光弾を一夏はギリギリで回避、同時にスラスターを吹かした。

 迫る白の機体に箒は焦りを浮かべ、エネルギー弾を帯状にばら撒く。

さらに展開されていた各スラスターの出力を一気に上げ、追撃する一夏を引きはなそうとする。

 しかしそれすらも一夏は潜り抜け、白式持ち前のスピードで箒を真正面に捉えた。

構えられた『雪羅』から光が迸る。

 咄嗟に箒も応戦しようとするも全身のスラスターを全開にしたことが仇になった。

 PICをオートマで使用していたために制御システムが機体の体勢維持を優先し、出遅れたのだ。

 結果もろに荷電粒子砲の一撃を浴び、弾き飛ばされた。

 

『そこまで!』

 

 試験監督である千冬の声と共にブザーが鳴り響く。

 最後の一撃からして勝者がどちらであるかは一目瞭然……「おわぁ!?」……というわけではなかった。

 荷電粒子砲を放つと同時に一夏も後方へと弾かれるように吹っ飛んでいた。

 どうやら彼はPICをマニュアル制御で模擬戦に臨んでいたようだ。

 それが勝敗を分けた。

 一夏はマニュアル制により即座の反撃を可能とし、箒はオートマ制御のせいで致命的な隙を生んだのだ。

 誰の目から見ても技量では一夏が一歩先んじていた。

 一撃を放った直後に壁に突っ込みかけたのは彼の緊張感が緩んだせいだろう。

 今の一夏ならご愛嬌、といったところだ。

 だが、射撃の回避から一気に間合いを詰める、これを粗削りながらもやってのけたあたり修行の成果が出ているというべきだろう。

 少なくともグラハムにはそう映っていた。

 一夏がピットに戻ってきたときに

 

「括目させてもらったぞ、一夏!」

 

 と実に彼らしく湛えていた。

 はは、と差し出した一夏の拳にグラハムも合わせ笑顔を見せる二人。

 色々と語らいたかったグラハムだが今は試験中、そこまでの時間はなかった。

 

『次、エーカーとオルコット』

 

「がんばれよグラハム」

 

「ふっ、期待には応えてみせよう」

 

 いつもの挑戦的な笑みで応え、カタパルトに脚部を固定する。

 

「グラハム・エーカー、出るぞ!」

 

 カタパルトから射出され、アリーナへと飛び出す。

 中央で相手であるセシリアと向かい合う。

 

「グラハムさん、答えは出ましたか?」

 

「ああ。無礼を重ねたことを謝らせてもらいたい」

 

「……本当にわかってますの?」

 

 自分で考えろとは言ったが実のところグラハムが、残念ながら人心に関しては疎すぎる彼が分かるとはセシリアには思えなかった。

 だがグラハムはここが地上であるならば土下座をしたのではないかというほどに誠意と謝意を表情に見せている。

 あまりにも物わかりが良すぎる。

 そもそも無礼とはなんなのか。

 訝しむセシリアにグラハムは心外だなと笑う。

 

「だが、今ここでするべきことではないとさすがの私も理解している。後で一夏と共に誠心誠意謝罪をさせてもらおう」

 

「……え?」

 

 何故ここで一夏が出てくるのだろうか。

 何かしらの勘違いであることを予想していたことのはずなのに、まさかと思ってしまうあたり若干セシリアは混乱していたのかもしれない。

 念のためにとセシリアは尋ねた。

 

「えっと、何の話ですの?」

 

「ISの――」

 

「もういいですわ」

 

 最初の五文字を聞いただけでセシリアは思い切り肩を落とした。

 ――まるでわかっていませんわ。

 宣誓するかのように言おうとしたグラハムに戦う前からセシリアのテンションと疲労感は早くもクライマックスに達しようとしていた。

 しかしそれではいけないとセシリアは自身を落ち着かせる。

 

『それでは試験を始める』

 

 カウントダウンが始まる。

 ふふっと冷静さを取り戻した笑みをグラハムに向ける。

 

「手加減は無用にお願いしますわ」

 

「全力を望む!」

 

 グラハムも力強くうなずいた。

 

『はじめ!』

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 

 

 二人はほぼ同時に動き出した。

 グラハムはリニアライフルをセシリアはレーザーライフルを瞬時に展開、引き金を引く。

 左利きのグラハムと右利きのセシリア、交差するように二人の射線は交わり衝撃を生んだ。

 タイミングに寸分の差はなく、だが威力で『トライデントストライカー』のフルパワーに軍配が上がり、レーザーによってプラズマを剥がされたものの弾丸はそのままセシリアへと飛ぶ。

 だがレーザーにより弾速はかなり落ちており、決して脅威にはならない。

 冷静にセシリアはライフルで銃弾を弾きそのまま次射を放つ。 

 当たらないのは承知の上。

 

「ブルー・ティアーズ!」

 

 レーザー砲を搭載した四機のビット兵器が非固定ユニットより射出される。

 高度を一気に下げて回避し、リニアライフルを向けるグラハムへと向けて一斉に掃射をかける。

 多重に光線が伸び、上下に突き進んでいく。

 セシリアは際どいながらに光弾を避け、グラハムはリニアライフルを向けたまま空中変形、途切れることのない光雨を上っていく。

 

「がら空きですわよ!」

 

 そこでセシリアは二機のビットを上昇してくる《フラッグ》を挟み込むように飛ばす。

 高機動形態のフラッグの武装は基本機首に装備されたライフルのみ。

 腕は機体に固定されるために使用はできないために前方以外からの敵には丸腰になる。

 センサーの感度を上げて狙いを澄まし、レーザーを放った。

 完璧なタイミングでの一撃。

 しかしそれが捉えたのは空。

 

 ――外れたッ!?

 

 放たれた瞬間、グラハムは機体を変形させることにより軌道をずらしたのだ。

 グラハムの十八番ともいえるこのマニューバ、『グラハム・スペシャル』。

 彼と最も手合わせをしてきたセシリアも当然この展開は予想していたことだ。

 そして予想していたということはすでに手を打っていたということでもある。

 センサーによって変形の瞬間を鮮明に捉えていた彼女は僅かに頬を緩ませる。

 急上昇中での空中変形は難易度が上がり、スピードも相まって機体のバランスが大きく崩れる。

 それを抑えつつ攻撃に転じようとすれば機体のブレを上下だけに抑えようとする。

 つまり上昇方向の軸線上からズレがほとんどなくなる。

 そう考えたセシリアはフラッグの腕のロックが解除された瞬間に残りのビットをフラッグの頭上へと展開した。

 そして読み通り、グラハムは巧みなPIC制御によって失速と空気抵抗による影響を減速のみに抑え、空中変形を完遂した。

 その瞬間、展開された二機からセシリアはレーザーを撃ち込んだ。

 狙いは頭部。

 試合の勝利条件は相手に絶対防御を発動させること。

 頭上からの一撃、頭部を守ろうと確実にISは絶対防御を発動させる。

 それでもセシリアは勝利を確信しようとしない。

 相手はグラハム・エーカー。

 こちらの思う「ありえない」をあっさりとやってのける男だ。

 そして現にやってのけていた。

 グラハムの頭上で爆発音が響いた。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 

 

 さすがだな、セシリア!

 グラハムは笑っていた。

 彼の周囲には黒い破片がいくつも落ちてきた。

 一部青色が混じっている破片を潜りビームライフルを展開する。

 空中変形の瞬間、メインカメラの役割を担わせていたセンサーが頭上に展開する二機のビットを捉えていた。

 頭上からの射撃を本能的に読んだグラハムだが空中変形を途中でやめることはできない。

 そこで彼は空中変形と同時に機首のライフルをパージした。

 射出されたリニアライフルは高機動形態の肩部パーツごと宙を舞い、二筋のレーザーへの楯となった。

 これは変形時にすぐ手に持てるよう搭載された射出機構を用いたものだ。

 MSとは違い装甲によって変形時にライフルに手を伸ばせないISならではの機構。

 それ故にグラハムはセシリアを称賛した。

 ISでなければやられていた。

 私にライフルを失わせたのはガンダム以外では君が初めてだ!

 トリガーを絞りライフルからビームを放つ。

 紅椿のものよりは朱に近い紅色の光線が一直線に駆ける。

 身を翻して避けたセシリアは今の多段攻撃を決めてなお気を抜いていなかったようで、すぐにビット兵器とライフルによる迎撃が向けられた。

 それらを軽やかにかわしてみせるグラハム。

 距離を空けようとするセシリアにもう一度牽制の一発を放つとビームライフルを消失させた。

 バックパックに新設された小型スラスターから彩色光を漏らし加速する。

 真っ直ぐにセシリアを見据え、左手にプラズマソードを構える。

 二人の距離は直線にして十メートルを切っていた。

 高出力スラスターを搭載したフラッグにとってはまさに一足一刀の間合い。

 いつもならセシリアもブレードを展開して対応してくるだろう。

 だが彼女はライフルをこちらに向け、レーザーを放った。

 至近距離からの一発。

 機体を傾けすれすれでいなすグラハム。

 直後、四条のレーザー光が四方から飛び交った。

 しかし、いずれもあらぬ方向へと飛んでいく。

 

(何ッ?)

 

 仮にグラハムを狙っていたのだとしたらあまりにも的外れな射撃だ。

 それはここしばらく授業でセシリアがみせた失敗と重なる。

 そしてそのうち一発は……

 

「きゃあっ!?」

 

 セシリアを掠めた。

 彼女自身予想外だったのだろう、わずかに装甲を掠っただけにもかかわらずバランスを崩した。

 激しく動揺するセシリア。

 あまりにもお粗末な失態は、昨日今日とグラハム・スペシャル攻略まであと一歩まで迫ったパイロットと同一人物には思えない。

 いったい何があったのか、誰しもがそう思う中でグラハムはその動きを止めなかった。

 セシリアに急迫し、その首元にプラズマソードの蒼刃を差し向けた。

 ピタリと止められた刃をわずかにでも動かせば絶対防御は発動される。

 勝者がどちらなのか、誰の目から見ても明らかだった。

 

「……参りましたわ」

 

 うなだれ、セシリアはそう一言つぶやいて投了した。

 事ここに至るまで約三分、あっけない幕切れとなった。




お久しぶりです、農家の山南坊です。
かなり間を空けてしまいました、申し訳ありません。

一月以上間を空けてしまったので、今話でのグラハムさんの対戦相手をセシリアに変更しました。
これでセシリアの変調について再度認識していただければと思います。

これからもお付き合いいただければ幸いです。


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#73 BT計画

おひさしぶりです。
かなり空いてしまいましたが、今回は題名通り説明やらなんやらがメインなので単調です。
その分も合わせてすいませんでした。


「はぁ……、はぁ……」

 

 はたして何時間こうしていたのだろうか。

 だんだんと息が落ち着くまでの時間だけが伸びていく。

 それが疲労の蓄積によるものだということは彼女は理解していた。

 それでも無理矢理おしこめ、ライフルを構える。

 

「……いきます」

 

 言葉と共に現れたのは黒いバルーン。

 取り付けられた噴出口によって縦横無尽に飛ぶ姿はまるで彼を髣髴とさせる。

 さっきの試験での醜態に何度目だろうか、奥歯を噛みしめる。

 次こそは成功させなければならない。

 今度こそ、

 

「狙い撃ちますわ!」

 

 自身にまとわりつく焦燥感を打ち払わんばかりにセシリアは引き金を引いた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「…………」

 

 試験も終わり、昨日まで打って変わって閑散とするアリーナ。

 がら空きの観戦席に座り、グラハムは宙を見上げていた。

 真剣みを帯びた目はある一点を追っている。

 

「こんばんは、グラハム君」

 

 と、見上げる彼の視線を赤い瞳が遮った。

 その目の主へとグラハムは微笑を浮かべながらピントをずらす。

 

「試験も終わったのに随分熱心ね」

 

「そういう君もよもや特訓という殊勝なことではあるまい?」

 

「あら、学園最強の座のふさわしくあるためにこれでも結構やってるのよ? 誰かさんがいるから最強に見えるようにしないといけないし」

 

 悪戯っぽく笑いながら隣の椅子に腰かけた楯無になるほどと該当者は相槌を打った。

 

「ま、今日はかわいい妹の応援かな」

 

 あそこ、と向けられた扇子の先、アリーナの片隅では簪が《打鉄弐式》を纏って特訓をしていた。

 見上げる本音はいつも通りまさにのほほんとしているが簪の目からはなかなかの気迫が窺える。

 

「今日の試験、簪ちゃんは負けちゃったから」

 

「昨日のこともある。悔しさから向上心が焚き付けられるのはよくあることさ」

 

「……悔しかったのは、間違いないわね」

 

 昨日、という言葉にジトッとした視線を楯無は横目に向けるもグラハムは全く意に介してないようだ。

 

「簪は強くなる。そうでなくては困るさ、君もいるのだからな」

 

 相も変わらずの嫌みのない微笑に「まあ、ね」と毒気を抜かれる楯無。

 

「簪ちゃんは強くなれるでしょうね。でも……」

 

 楯無は簪たちのいるところとは別の一角へと視線を向けた。

 

「セシリアちゃんはこのままじゃ空回りし続けるだけでしょうね」

 

「同感だな」

 

 二人の視線の先にはセシリアがいた。

 《ブルー・ティアーズ》で宙に上がっている彼女はライフルやビットを展開し、幾度となくバルーンを狙うもことごとく外している。

 いくらバルーンが高速で移動をしているとはいえ、一発も当たらないというのは本来のセシリアの実力からしてありえない。

 いままでもそうだったがワザとはずしているふしが見受けられる。

 しかし何故そうしているのか、それはグラハムもそうだがセシリア自身もその本質を掴めていないのではないか。そう思えるほど今の彼女の射撃はひどいものだった。

 ただがむしゃらにレーザーを放っているようにしかグラハムには見えない。

 

「セシリアちゃんの不調の理由が分からないってとこかしら?」

 

「ああ。何がセシリアをあそこまで追い詰めているのか、そこがわからないと言うべきか」

 

「じゃあ、お姉さんが教えてあげましょう――といってもセシリアちゃんの御国事情ってやつなんだけど」

 

 コホンと咳払いをするとセシリアを見上げる目線に妹と同じ色を帯びさせて話し始めた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「グラハム君はイグニッション・プランって知ってるよね」

 

「欧州連合の次期主力IS選定だと聞いているが」

 

「正確には欧州連合における統合防衛計画ね。その次期主力機選定なんだけど、候補機である三機種の内、今一番不利な状況にあるのは……イギリスのブルー・ティアーズ」

 

「なんと!? だが先日まではドイツの《レーゲン》と一騎打ちになると私は聞いていたが」

 

「状況が変わったの」

 

 実は、と楯無は僅かに声を潜めた。

 ここから先は『楯無』として得た情報なのだろう。周囲に人はいないが無意識にそうさせるのだろう。

 グラハムもまた心なしか耳を楯無の方へと寄せる。

 

「欧州連合軍事演習襲撃事件以降、GNドライヴもしくはGN粒子技術に対応したISが早期に求められるようになったの。IS学園への早期情報開示請求が来たのもこのためね」

 

「亡国企業の機体がGNドライヴを搭載している以上、当然だな」

 

「当然イグニッションプランでもGNドライヴ機としての発展性が重視されるようになった。そうなると候補機の順位変動が起きるのは当然ね」

 

「……ブルー・ティアーズはレーザー兵器が主体、そういうことか」

 

 

 GNドライヴ搭載機のもつアドバンテージの一つとしてビーム兵器の搭載の存在がある。

GN粒子を圧縮するそれらは純粋な威力と搭載の容易さで現行のあらゆる兵装に勝ってる。

 イグニッションプランでもその点は重要視されることとなったがそれがイギリス陣営を一気に窮地へと追いやった。

 ブルー・ティアーズの最大の特徴であるレーザー兵器はその原理からしてビーム兵器とは大きく異なる点があり、GNドライヴを搭載してもレーザー兵器がその恩恵を受けることができない。

 これは軍事演習襲撃事件において《サイレント・ゼフィルス》がGNドライヴを有していながら、BT兵器はブルー・ティアーズとなんら変わらなかったことからも裏付けられる。

 

 

「――AICはドライヴ搭載機にも有効でレーゲン型自体フレーム強度に余裕があるから搭載に向いているし、《テンペスタⅡ》もトリアイナがビーム兵器としての発展も可能だとするデータが出ている分、余計に厳しいでしょうね」

 

「しかし、セシリアの様子からして自棄ではないだろう。英国は何かしらの手を打とうとしているはずだ」

 

 イギリスがイグニッションプランを投げたというのであれば、駆り立てられるように無茶な修練を繰り返すはずがない。

 そう思ったグラハムの言葉に楯無は肯定した。

 

「BT兵器の根幹、マインドインターフェースによる流動性エネルギー制御。これを発展させてGN粒子制御に用いようって話があるみたいなの」

 

 仮にGN粒子をコントロールすることができれば空中での姿勢制御や、GNフィールドやファングといった特殊兵器へと技術発展することができる。

 確かに逆転の一手としてこれ以上のものはないだろう。

 そうグラハムは思った。

 だが楯無の表情とセシリアの現状からしてそう簡単に行く話ではないのだろう。

 グラハムは無言で楯無の話を聞いた。

 

「けど、サイレント・ゼフィルスは亡国企業に奪取されちゃってるし、三号機はビット開発難航でまだ正式にロールアウトはしていないの。だから、データ収集はセシリアちゃん一人の肩にかかってるってわけ」

 

「そうとうなプレッシャーだろうな」

 

「グラハム君も経験あるんじゃない?」

 

「……私は、性能が一番であると確信があったからな」

 

 すました顔でそんなことはなかったさ、と否定したグラハム。

 ああ、機体は一番だったさ。

 

(……そういえば、《ブレイヴ》はどうなったのだろう)

 

 ふと、自身がテストパイロットを務めていた最期の愛機の事を思い出した。

 だがすぐに彼は思考の奥に仕舞い込んだ。

 今はセシリアだ。

 ブレイヴにはカタギリがついていると頭を切り替えた。

 幸い思考しかけたところから早々に復帰したことで楯無には気づかれることはなく、グラハムの言葉に苦笑を浮かべながら話を続けていた。

 

「――と、ここまで長ったらしくなっちゃったけど、大事なのはここから」

 

「まさか、ここまでが前座とはな」

 

「前座ってわけじゃないけどね。流体エネルギー制御技術は私の《ミステリアス・レイディ》とかにも応用されてて、ぶっちゃけるとアクア・ナノマシンの方が完成度が高いわ」

 

「……ブルー・ティアーズの集音性が悪くて助かったな」

 

「で、イギリスはBT兵器技術の一つの到達点として『偏光制御射撃(フレキシブル・ショット)』を完成させたいわけ」

 

「flexible……なるほど、そういうことか」

 

「まあ、グラハム君ならわかるでしょうね」

 

「レーザーを自在に曲げる技術、というわけか」

 

 なるほど、ようやく合点がいったとグラハムは頷いた。

 今までセシリアがワザと目標からはずして撃っていたのは、レーザーを偏光させ死角から撃ちこむため。

 あまりにもワザとらしい外し方だったが使いこなせばあらゆる箇所からの攻撃が可能となるだろう。

 そうなればまさに遠距離攻撃に絶対的な領域を形成することができる。

 単純にNGN機の兵装と見てもこれだけの技術は無視することはできまい。

 

「どういう理屈なのかはお姉さんも分からないわ。ただ、イギリスがこれを切り札として欲しいって話があるのは事実。セシリアちゃんに偏光制御射撃のデータ収集の命令が入ったのもね」

 

「しかし、セシリアは偏光制御射撃そのものが上手くいかない……ということか」

 

 だが、軍事演習襲撃事件の折にレーザーが屈折するのを見た覚えがグラハムにはあった。

 肉眼で見ていたことなので確証には至らなかったが。

 

「今でも再三にわたって完成させろって言われてるみたいね。それに本国と軋轢が生じてるって聞いたわ」

 

「……そうだろうな」

 

 こちらの方はグラハムとしても確証に近いものがあった。

 BT兵器のデータ収集のために学園に来たらしいセシリアだが、学年別トーナメントには出場できず『福音事件』では新兵装を早々に大破させたりと、本来なら始末書ものではすまない事態を招いており、何も問題がない方がおかしいというものである。

 

「しかもゼフィルスは偏光制御射撃ができるみたい」

 

 どうやらグラハムの見間違いではなかったようだ。

 だがそれがセシリアによるものでない。

 段々とパズルのピースがはまっていくのを感じた。

 

「それに家の方も大変でしょうし、結構限界なのかもしれないわね」

 

「家?」

 

「イギリスのオルコット家ってそれなりに有名な名家なんだけど、セシリアちゃんはそこの当主なの」

 

「それは初耳だな」

 

 たしかに普段の立ち振る舞いやプライドの高さからそれなりの出自なのだろうと思ったが、そこまで高貴な身分とはさすがのグラハムも意外だったようだ。

 

(……さすがのイギリスでもそうでなくては侍女はつけられんか)

 

 生い立ちで人を判断するような狭量は持ち合わせていない彼だが、妙に納得がいったらしい。

 

「けど、そんな立場だから……きっと弱いところなんて誰にも見せられないんでしょうね」

 

「……親友であってもか?」

 

「ああいう子は親しい人ほど心配させないように振舞うものよ」

 

 いろいろダダ漏れだけどね、と苦笑する楯無。

 どこかの誰かに重ねたのだろう。あえてグラハムは言及しなかったが楯無の表情は何かを物語っていた。

 それ故にそうか、という言葉だけを残し彼は席を立った。

 

「もういいの?」

 

「ああ。それだけ分かれば十分だ」

 

 あとは、と言うグラハムの顔はいつもの不敵な笑顔だった。

 

「……まさか、今からセシリアちゃんに挑む気?」

 

 清々しいまでの笑顔に走るのは悪寒。

 この表情を見せるとき、この男は大抵普通じゃ考えられないようなことをする。

 だが今日セシリアと戦って負かしたのは彼だ。

 しかも偏光制御射撃に失敗したところで勝負をつけている。

 やめなさい、と傷口を抉るつもりかと思わず楯無の視線が鋭くなる。

 

「さすがの私もそこまで無粋ではないよ。明日、本人から話を聞くさ」

 

「え!?」

 

「セシリア自身の言葉で聞かなければなるまい」

 

 返ってきた言葉に今度は驚愕する楯無。

 そんな楯無にグラハムは笑顔の中に強い意志のこもった目を向けた。

 

「私は君の話を疑うつもりはない。だが、私はセシリアから聞かなければ意味がないと思うのだよ」

 

 やはり、パイロットとして友人としてこの件は見過ごせまい。

 そう彼の目は言っていた。

 

「相変わらず強情ね」

 

「熟知している」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 

 

 立ち去って行ったグラハムの靴音が聞こえなくなると楯無は溜め息を吐いた。

 

(ここまで強情でしつこいと逆に潔く思えるわね)

 

 ここまで友人思いなのは彼のいいところなのだろう。

 

「…………」

 

 ただ、あまりにも実直すぎる彼はその洞察力をもってしても大切なことを見落とすだろう。

 

「今回は大丈夫でしょうけどね」

 

 視線を妹のいる一角へと戻すといつの間に来ていたのだろうか、ISスーツ姿のルフィナがいた。

 彼女を含めた三人で談笑をする簪に気付かれないように微笑むと楯無は席を立った。

 

(けど、今回は……)

 

 明らかにババを引いた子がいるわね。

 セシリアと同じく彼を想うとある少女に若干の同情の念を抱きながらアリーナを出た。



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番外編#2

もしグラハムさんたちが平和に年末を迎えたら、という話です。


「グラハム! そこが終わったらシャルロット達の手伝いに行ってくれって!」

 

「ああ! 了解した!!」

 

 クリスマスも終わり12月もあと数日を残すばかりとなったその日、グラハムは寮の大掃除にいそしんでいた。

 窓は全開で冷たい風が吹き込み、一心不乱に動かす手は真っ赤だ。

 しかしグラハムは嫌な顔一つせず――むしろ笑顔で輝かせ――熱心に動き回っていた。

 

「この風、この肌触りこそ大掃除というものだ!」

 

 窓ふき部隊故に風が容赦なく吹き付けるがそれすらも楽しんでいるようにすら見える。

 ジャージをたくし上げ、三角巾を頭に巻いた出で立ちで気合を入れたグラハム。

 その熱気は年末の厳しい寒さでも冷ますことはできない。

 彼だけではない。

 年末年始にこれといったイベントのない欧米出身者たちは年末の風習が珍しいのか、こぞって積極的に大掃除に参加していた。

 

「あ~めんどくさい」

 

 一方でどこにでも大掃除が嫌いだと宣う輩はいるもので、鈴音は箒(掃除道具)に体重をかけるようにしてサボっていた。

 日本での生活もそれなりに長く、祖国にも似たような習慣のある彼女にしてみればこの大掃除は別に珍しくもなく、実にめんどくさいものだった。

 一夏がいるからという単純明快な理由で日本に残った鈴音だが、大掃除をすることには残ったことを後悔していた。

 

「サボろうかなー」

 

 そうだ、これは一夏が悪い。

 あいつがいるから、めんどくさいことになってるわけだし。

 

「…………」

 

(なんか、すっごくアイツがムカついてきた)

 

「よし! サボ――」

 

「サボんなよ」

 

「うっさいわね……い、い、一夏!?」

 

「なにサボろうとしてんだよ。千冬姉にバレるぞ」

 

「う、うっ、うるさいわね! ど、どうせ千冬さんもサボってるわよ!」

 

 そう怒鳴る鈴音だが、いきなり話しかけられた彼女は狼狽しきっていた。

 頭の中で苛立ちを向けていた意中の相手が、よりにもよってこのタイミングでここにいるのだ。

 一方的な怒りはともかくとして、今の鈴音の心中は察するべきか。

 ただ、そんなことを一夏に求めるのは無理なことで、

 

「そういや、今朝から千冬姉を見てないな。ついでに千冬姉の部屋も掃除しようと思ったのに」

 

「…………」

 

 無神経にもシスコンを炸裂させてさらに鈴音の神経を逆なでにする。

 ひくっと青筋がたつ鈴音。

 思わず《甲龍》の腕部を展開しそうになったのをなんとか抑えた。

 それでもとりあえず一発殴ってしまいたい衝動に駆られ、右手を振り上げる。

 そんな事態に気が付かない一夏だが、今回はそれを回避することに成功する。

 

「そうだ、鈴に聞いときたいことがあったんだ」

 

「……なによ?」

 

「大晦日、空いてるか?」

 

「まあ、空いてる」

 

 拳をさりげなくおろしつつ不機嫌なのを隠さずにそう言うと、一夏がよしっと笑って言った。

 

「じゃあ、家にこないか?」

 

「――え?」

 

 突然のことに固まる鈴音。

 一夏は確かに暴力という危機から逃れた。

 しかし、それは後に悲劇として帰ってくるのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 機動戦士フラッグIS アナザーストーリー

 

 『New Year's Eve』

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「シャル! 私にできることはあるかね!」

 

「あ! グラハム!」

 

 窓ふきを終え、グラハムは食堂で掃除をしているシャルロット達の下へと駆けつけた。

 彼女も精力的に大掃除をしていたようで笑みを浮かべる顔にはうっすらと汗が見える。

 

「ぼ、僕の手伝いに来てくれたの?」

 

「ああ」

 

「そ、それじゃあ、このテーブルを運ぶからそっちを持ってくれるかな?」

 

「了解した」

 

 せえの、と息を合わせてテーブルを持ち上げるとシャルロットはすぐに違和感に気付いた。

 

(テーブルが軽い……)

 

 どうやらグラハムがシャルロットが運びやすいようにさりげなく気を使っているようだが、それを微塵とも表情に出さない彼の姿に口元が緩んでいた。

 

「……えへへ」

 

(優しいなぁ。そ、それに僕を手伝いに来てくれたってことは……少なからず僕のことを好きってことだよね!?)

 

 すでにシャルロットの心の中の季節は春を迎え、一面に花畑が広がっていた。

 本当は食堂の担当者が一夏経由でグラハムに頼んでいたことだが、都合のいい解釈で心の中が盛り上がっている。

 そんな幸福に浸ってほんわかとした笑顔のシャルロット。

 それでは気づかないことも多々あるもので、

 

「ッ! シャル!」

 

「え?」

 

 シャルロット、頭をぶつける三秒前だったそうな。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「大丈夫か?」

 

「う、うん……」

 

 数分後、思い切りメニュー用の映像装置に頭をぶつけたシャルロットは椅子に座らされ、グラハムに介抱されていた。

 頭に傷が残っては酷だ、と髪を少しかき上げるように右側頭部を丁寧に診るグラハム。

 彼の声と吐息が耳にかかる状況にシャルロットの顔は耳まで真っ赤に染まっていた。

 

「耳が赤いな。大丈夫か?」

 

「わあ!? だ、だだだ大丈夫!」

 

「そうか。傷は無いようだし、不幸中の幸いというやつだろう」

 

 腰を上げフッと笑いかけるグラハムにもはやシャルロットにはいつもの落ち着いた彼女は微塵も残っていなかった。

 とにかく自分の内心の焦りっぷりを感づかれたくないシャルロットはどもりながらも口を開いた。

 

「そ、そういえばけ、結構進んだよね大掃除」

 

「そうだな」

 

「…………」

 

(ああああ~、つ、つまらないとか思われてないよね!?)

 

 しかし口を開いたら開いたらで、実は絶好の機会だったのではないかとさらに頭を抱えるシャルロット。

 二人っきりなのにこんな話題じゃあ……、とがっくりとあくまで心の中でうなだれるが、

 

「しかし、大掃除か。年を迎えるためにこの時期に掃除をするとは、さすがは日本と言うべきか」

 

 意外にも、グラハムの喰いつきは上々であった。

 というよりもシャルロットと二人っきりで話しているなどという自覚はそもそもないのだが。

 

「そうだね。ヨーロッパにはスプリング・クリーニングがあるけど春だもんね」

 

「アメリカもそうだったな。だがこの寒い時期に年神様なる神を迎えるために掃除をする……神の修練というわけか。さすがは礼節と武士道の国というべきだな」

 

「それは違うと思うけどな……」

 

 いつも通りだなあ、といつもながら日本への変なこだわりを語る彼へ苦笑を浮かべながら、残念に思ってしまう。

 実はシャルロットは家庭的な少女だと、グラハムは改めて認識するに至っていた。

 そんなさりげない、本当にさりげないポイントアップだが悲しいかな、シャルロットは気づかなかったのである。

 そういえば、と今度はグラハムがシャルロットに話しかける。

 

「君はこの国で年を越すのかね?」

 

「僕は残るつもりだよ」

 

「そうか、ならちょうどいい」

 

 なにが? と小首を傾げるシャルロットに笑顔で彼は提案した。

 

「初詣、一緒に行かないかね?」

 

「い、一緒!?」

 

「ああ。君も知っての通り、初詣というのは日本の神聖な儀式らしい。だが一人では勝手が分からないだろう? なら一緒の方がいいだろう」

 

「うん!」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 ゴーン……ゴーン……

 

「ここが篠ノ之神社か。なかなか趣があるな」

 

「まあ、箒が言うには結構由緒正しいらしいからなー」

 

 大晦日も残りわずかという時間、遠くの寺から鐘を撞く音が響いてきた。

 そんな音を聞きながら、箒の生家である篠ノ之神社の入り口でグラハムが鳥居とその奥に見えるいくつかの社殿に感嘆の声を上げ、一夏も相槌を打つ。

 一夏宅にて、寺院で鐘を鳴らしたいという要望を却下されたグラハムだが聞こえているだけでも満足なようだ。

 すばらしいな、と現在進行形でテンションが上がっていくグラハムとは反対にテンションを落とした者たちもいる。

 

「い、いつものことだけど今年最後の夢が砕け散る音を聞いたよ……」

 

 着物姿のシャルロットが崩れ落ちそうな精神を無理やり支えているかのごとく笑っていた。

 ここにいるのは人、箒を除いたいつものメンバーがそこにいた。

 着物を着てきたのはシャルロットとラウラの二人。

 そのラウラは一夏に着物姿を褒められ珍しく舞い上がっていた。

 それなのに自分はまだ褒められていないばかりか、他の皆がいるということを知ったばかりで気落ちが激しかった。

 気品あるコート姿の目下最大のライバルは知っていたのか、ちゃっかりグラハムの隣で同じく境内を覗いている。

 

「はあ……」

 

 今年最後盛大なため息が口からつい漏れ、白く宙を漂う。

 ふと見ると一夏のそばからも白い吐息が流れてきた。

 

(ああ、そっか……)

 

 鈴音が一夏を恨めしそうに睨みながらため息を吐いていた。

 暗雲立ち込めるその表情に、同じだと思ってしまうのは悲しいところだ。

 どんよりと沈んでいるシャルロット達だがそんなことを元凶共が分かるはずもないわけで、

 

「どうかしたかね、シャル」

 

「どうした、鈴? 調子でも悪いのか?」

 

 もはやテンプレと言うべきか、体調が悪いのではないかと覗き込んでくる唐変木たち。

 そんな二人をシャルロットと鈴音はこれまたぴったりの動作でぐいっと顔面を押し返そうとする。

 しかしここで一夏は押し返されるものの、グラハムはひょいと回避してシャルロットと真正面に向かい合う。

 

「君を誘ったのは私だ。君の着物姿を見れたのはまさに眼福僥倖というものだが、それで体調を崩されては、私は間違いなく後悔する」

 

「…………はぁ」

 

 ずるいなぁとシャルロットの口が動くも白い吐息だけがグラハムにかかった。

 正直、グラハムには腹が立っている。

 それなのに真剣に心配してくる彼の瞳とちょっとキザなセリフに気分を良くしている自分にも腹が立っていた。

 熱を持っている頬はこの寒さの中だと嫌というほど感じられ、それが余計にシャルロットの顔を真っ赤にしていく。

 

「大丈夫だから、早く行こう!?」

 

「待ちたまえ――」

 

 箒がまだ、と言うグラハムの手を掴み、引っ張っていく。

 今の顔を見られたくないとばかりに突き進む。

 何故か突っ伏している一夏を鈴音が踏んづけているのが一瞬見えたがそんなことを気にしている余裕なんてなかった。

 

「ぬ、抜け駆けは許しませんわよ!」

 

「ちょっと待って、箒が……!」

 

「Herr! おい、起きろ一夏!」

 

「起きなさい!」

 

「グフッ……」

 

 怒声やらなんやらが聞こえてくるがもうシャルロットの耳には入らない。

 履きなれない履物で覚束ないながらもグイグイと先へ先へと人ごみをかき分けていく。

 

 グイッ。

 

 突然、掴んでいた手を引っ張られた。

 しかも中々の強さで。

 

(も、もしかして怒ってる……?)

 

 あまりにも強い力にシャルロットは恐る恐る後ろを向いた。

 だが、彼は笑顔だった。

 

「107回目の鐘だ」

 

「え?」

 

 なにを言っているのか分からずきょとんとしていると、

 

 ゴーン……

 

「108回目だと言わせてもらおう」

 

「?」

 

「時計を見たまえ」

 

 グラハムに言われて腕時計を見てみると、

 ――20XY年1月1日 0時01分。

 

「年明け最初の挨拶、すなわち『あけましておめでとうございます』という言葉を謹んで送らせてもらおう」

 

「あ――」

 

「今年もどうぞよろしく頼む、シャル」

 

「――――」

 

「シャル?」

 

「え、えっと、ええっと……」

 

(う、う、うわあああっ!? な、なんかすごい状況だよね今!?)

 

 周囲にはそれなりの人だかりであるとはいえ、密着状態で見つめられている。

 なんとか冷静になろうと、まっすぐにこちらの目を見てくる彼のまなざしから視線をずらすとそこにはお互いに握っている手が見えさらに頭の中がパニックに陥る。

 とにかく挨拶をしようとニコッとこれ以上ないくらい真っ赤になった顔で笑み、

 

「あ、あけましておめでとうございます」

 

 しかし言い終える前に恥ずかしさのあまりに俯いてしまう。

 不思議そうにシャルロットを見つめるグラハムだがすぐに手に気付いたのか、

 

「失礼」

 

 と手を離してしまう。

 正直シャルロットも限界だったので手を離してしまったが、それはそれで惜しい気持ちになってしまう。

 

(も、もう一度なんて言えないよね……)

 

 それでも今日は、と勇気を振り絞る。

 

「あ、あの」

 

「グラハムさん!」

 

 だがその声を上回る勢いでグラハムの後ろからセシリアが人ごみをかき分けてきた。

 どこか鬼気迫るオーラを纏い周囲を蹴散らすかのように現れたセシリアにグラハムはフッと笑んだ。

 

「あけましておめでとうございますだな、セシリア」

 

「え、ええ……あけましておめでとうございます」

 

 いつと変わらぬ彼にセシリアは安堵したのか、それとも呆れたのか苦笑混じりに頷くと表情を緩めて挨拶を返した。

 その品のある笑顔は先ほどまでの優雅さのかけらもないほどに取り乱していた人物には見えない。

 もちろんグラハムにはセシリアの見せた百面相の原因など思い当たるはずもなく、ただ先に行ってしまったことを詫びていた。

 実直な彼らしく頭を下げて謝る後ろでシャルロットは寂しさとちょっとした怒り、そしてあまりの生真面目さに吹き出してしまいそうな、そんな複雑な目表情で見ていた。

 

「…………」

 

「…………」

 

 交差する金髪少女たちの視線。

 怒ってるかなと怯えの入っているシャルロットだが、意外にもセシリアはまるでグラハムのようにフッと笑みを送った。 

 度量が深い。そう思わせるセシリアを前にして、シャルロットは自分が恥ずかしくなってしまう。

 自責の念に駆られてしまいそうになるシャルロット。

 それを救ったのもセシリアだった。

 

「さあ、グラハムさん。もうすぐ箒さんがいらっしゃるようですから参りましょう」

 

「そうか。鳥居の前か?」

 

「ええ。早く戻りましょう」

 

 そう言うとセシリアはするっとごく自然にグラハムの腕を取った。

 そのままグラハムに体を密着させて元来た道を戻ろうとする。

 シャルロットをおいて。

 

「ま、待ってよ!」

 

 いきなりかつ、まったく違和感を感じさせずに置いて行かれそうになったことに気が付き、慌ててシャルロットは追いかける。

 しかし追いついたものの、腕を組んで歩く男女の横を歩くという図があまりにも情けないと思えてしまう。

 肝心のグラハムはお国柄なのか気にしてはいないようで――というよりも気づいているように見えないが、はっきり言えば周りの視線が少し痛い。

 その分、シャルロットにもダメージが入っていく。

 どうしようと、頭をフル回転させすぐに答えを得た。

 

(もう、やっちゃえ!)

 

 シャルロットはグラハムの空いている腕を取り、自分の腕に絡めた。

 周囲からの視線はより厳しい気もするが、そんなところまで頭は回らなかったようだ。

 チラッとセシリアの方を見るとフフンと今度はどこか挑発的な視線を送ってきた。

 やっぱりライバルは強いとそう思ってしまう。

 そしてグラハムはというと、まるで子供のような笑顔をしていた。

 両手に花という状態にもどうやら彼は無頓着のようだ。

 

(こ、今年こそは進展したいなあ)

 

 それよりもまず女の子として見てもらいたい。

 どうやらそれは反対にいるセシリアも思うことがあるようだ。

 今度は出店に目を奪われ始めたグラハムを一瞥し、互いに頷き合う。

 そして腕にぎゅっと力を込めた。

 彼に対する想いを込めて。

 

「フッ……」

 

 まるで応じるようにグラハムもまた腕に力を込めてきた。

 果たして、彼は二人の想いに気付いたのだろうか。

 それは本人にしか分からない。

 それでも、今年はいい年になるといいなあと彼の腕にシャルロットは身を預けた。




――なんだこれは。
年末に、今年最大のポカをやらかした気がします。
シャルロットがメインっぽいのは本編でババを引くのでその前払いという感じです。

では、来年もお付き合いいただけますと幸いです。


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