お兄様面リリィ (加賀崎 美咲)
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 つらい時、かなしい時、自分ではどうしようもない時に、人は助けを求める。ピンチの時にどこからともなく現れて恐ろしいモノを全てやっつけてくれる。そんな無敵のヒーロー。きっと誰しも一度は、そんな都合の良い存在を求めたことがあるはずだ。

 

 でも大人になると誰もそんなことをしなくなる。例えどれほど切に救いを求めても、ヒーローなんて、現われないんだって知ってしまうからだ。無駄なことはしない。助けて貰えることなんてないんだって経験を重ねて、人は少しずつ大人ってやつになっていく。私もいずれ、そういう期待をしない大人の一員になっていくのだと思っていた。

 

 あの日までは。

 

 記憶に強く残っているのは燃えて焦げ臭くなった街並み。正体不明で巨大な侵略者である『ヒュージ』によって破壊された跡形もないその場所にその人は立っていた。

 

 恐怖で足がすくみ、座り込んでしまった私と、感情の起伏を感じさせない無機質なヒュージ、その二つを分かつように彼は立っていた。振り下ろされた重厚なヒュージの腕を、こともなく片手で受け止め、乾いた血がこびりついた顔で笑みを作り、怯える私を安心させようと彼は優しい声で語りかけた。

 

「よく頑張った。もう安心して良い。ここからは俺が受け持とう」

 

 言い終わると同時に槍が振るわれる。槍を振ることで起きた爆発音と同時に恐ろしいヒュージに大穴が開いて沈黙する。あんなに恐ろしい怪物があまりにもあっけなく滅び去った。

 

 その日、確かに私はヒーローに出会った。つらい時、かなしい時、自分ではどうしようもない時に、どこからともなく現われて助けてくれる無敵のヒーロー。そんなおとぎ話のような人が確かにいた。

 

 残骸となったヒュージを踏み潰して新手が現われる。両手で数えることが出来ない大群の敵を前にして、彼は怯む様子を少しも見せず、槍を構えるとこちらに振り向いた。

 

「ここは俺に任せて君は逃げると良い。何、大丈夫だ。ここから少しいった所で軍人たちが拠点を作っているから、そこまで走って保護してもらうんだ。出来るね?」

 

 私が大丈夫だと答えると、彼は敵めがけ地を駆けた。爆発音と破砕音を後ろに私は反対側へ走り出した。後方でいくつもの戦闘音がする。あれほどヒュージがいたはずなのに、私に迫ろうとする個体は一度もいなかった。

 

 安全地帯へと駆けていく途中、私は一度だけ後ろを振り向いた。大地を蹴り、武器を手に敵と戦う彼。その姿は炎のようだった。自らを灯火にして、後から続く者たちが進むべき道筋を照らす篝火。それが彼の在り方なのだとおぼろげに私は察した。

 

 これが人類最悪の防衛戦と伝えられる甲州撤退戦で、それでも人類が絶望することのなかった圧倒的な希望、世界最強のリリィと呼ばれる新庄竜胆の戦いであった。

 

 百合ヶ丘女学院所属生徒の手記より抜粋

 

 

 

 

 リリィとは人類の希望である。50年前、突如現われた人類に敵意を持って対立する謎の巨大生命体ヒュージ。マギと呼ばれる未知のエネルギーを用い、通常兵器が通用しない彼らは瞬く間に世界各地に危機をもたらした。しかし人類が滅びることもなかった。

 

 マギを操り、CHARMと呼ばれる大型武装を振るう、うら若き少女たちが、それまでの兵器群に取って代わり、ヒュージから人類を守護する存在となった。

 

 そんな存在であるリリィたちはそれぞれ学院や企業に所属している。様々な立場から一騎当千のリリィたちが人類の存続のために戦っている。

 

 ある時、誰かがふと呟いた。無数にいるリリィの中で、最も名の通ったリリィは誰か。その疑問に対して人々は一余に口を揃えて、同じ名を挙げるだろう。新庄竜胆、その名を。

 

 最強のリリィと名高く、そして珍しい男性リリィ。年齢は18であり、紆余曲折を経て今は百合ヶ丘女学院に所属する彼は、今日帰還の日を迎えていた。

 

 鎌倉の沿岸沿いにある、放棄された土地に建設された百合ヶ丘女学院はその校舎から海が見ることが出来て、その一角には大型船を迎え入れる港が建設されている。普段は人が寄りつくこともないその場所に、普段とは違って幾人もの人影があった。

 

 百合ヶ丘女学院の生徒たちが色めきだって、やって来る船を今か今かと待ち望んでいた。その中で周囲に促されて良く分からないまま、とりあえず来ただけの少女、一柳梨璃は何故周囲がこれほど盛り上がっているのか分からずにいた。

 

「皆とても嬉しそう……。でもどうしてこんなに集まっているのかな?」

 

「ええ!? 梨璃さんご存じないのですか?」

 

 璃璃のつぶやきが聞こえたのか、隣にいた二水が大きく目を見開いて驚いている。良く分かっていない彼女の様子を見て、彼女は璃璃にも分かるように話し始めた。

 

「今こちらに向かっている船には、あの新庄竜胆様が搭乗なさっているんですよ」

 

「竜胆様って、あのテレビに良く出ている?」

 

「そう! その竜胆様です。国防軍と直接契約しているリリィで、世界最強の一人と名高いあの竜胆様です」

 

「そんな人がどうしてこの百合ヶ丘に?」

 

 新庄竜胆という名前には梨璃も聞き覚えがあった。だからこそ、そんな有名人がどうして百合ヶ丘女学院の港に来航するのか分からなかった。

 

「それはもちろん、竜胆様が防衛軍と個人契約をされながら、この百合ヶ丘に所属するリリィでもあるからです。長期の任務を終えられると百合ヶ丘に帰還なさっているんです」

 

「へー、そうなんだ……」

 

 熱弁し口調に熱がこもる二水に対して、梨璃の返事は気が抜けていた。その人物がすごいということは何となくわかったけれど、いまいち鮮明なイメージが分からなかった。むしろ自身のシュッツエンゲルである夢結とどちらが優れているのだろうかと考えていた。

 

 温度差のある二人が同じ沖のほうを眺めていると異変が生じた。

 

「梨璃さん、あれっ! 見てください!」

 

 先に気がついたのはレアスキル「鷹の目」を持つ二水だった。彼女の指さす方、静かだった海原が大きくうねった。

 

 海面が大きく泡立ち、そして爆発するように巨大な水柱が隆起した。水柱の正体はヒュージだった。

 

「潜水するヒュージ!? まだ遠いけど、……かなり大きいっ!」 

 

 無機質な装甲を持った人類の脅威が、ゆっくりと六本の足を使って海岸へ向けて侵攻を始めている。まだ海岸からは遠いため、正確な大きさは曖昧ではあるが、明らかに危険と分かる大きさをしていた。

 

 ヒュージの存在に、迎撃ししなければ、何かしなければと動揺する梨璃は自分以外の生徒、特に二年生以上の上級生が落ち着き払っていることに気がついた。それぞれヒュージを認識して各々のCHARMを取り出しているものの、動こうという様子はなかった。

 

「皆様? ヒュージ来てますよ? 動かないんですか?」

 

「ああ、そうか。そういえば梨璃はお兄様にお会いしたことがなかったわね」

 

「お姉様っ!? それってどういう……」

 

 気がつけば梨璃の隣にはCHARMを携え、こちらに向かっているヒュージを横目に見る白井夢結がいた。状況に置いていかれるばかりで、忙しないシルトに夢結ははにかむ。

 

「大丈夫、梨璃。見ていなさい。あれが私たちのお兄様よ」

 

 侵攻するヒュージのすぐそば、揺れていた波が不自然に大きく隆起すると、黒い巨体が水面から天届かんとして飛び出した。黒いそれは艦船だった。潜水が出来るように製造された船体は凹凸が少なく、どこか鯨を連想させる。丸みを帯びたシルエットの中、その先端だけが違った。

 

 小さな突起のように見えたそれは人影だ。誰かが海中から飛び出した潜水艦の先端に立って、百合ヶ丘を襲うとするヒュージを見下ろしていた。

 

 爆発するような衝撃があって、人影が潜水艦の先端から消える。跳んだ先は横にいたヒュージだ。横合いから殴りつけられたようにヒュージの巨体がくの字に湾曲する。

 

 三度の砲撃のような衝撃波が連続した。

 

 ヒュージの巨体に踏み込んで飛び上がった。空襲で体を大きくしならせ、その反動で手に持った槍型のCHARMを投擲した。CHARMが轟音を立てながら飛来して、ヒュージを竹を割るように裂いていく。

 

 そして耐久の限界をいとも容易く超えて、ヒュージは爆散した。

 

 爆風を追い風に小さな人影が海の向こうから海岸へと落ちてくる。人影は数十メートルの高さをものともせず着地し、リリィたちの前へ立った。

 

 人影の正体は青年だった。好奇心と責任感とが現れた碧眼。黒い髪を刈り上げた年若い青年。対ヒュージ用に設計された戦闘用背広に袖を通した彼の名を知らぬ者はこの場にはいない。

 

 新庄竜胆。この百合ヶ丘女学院に所属するリリィであり、世界最強に名を連ねる者の一人だ。

 

 その彼が今母校であり、活動拠点でもある百合ヶ丘に帰還した。

 

「ただいま妹たち。元気にしていたか?」

 

 

 

 ●

 

 

 

 百合ヶ丘に帰還するのは実に四ヶ月ぶり、実に一学期ぶりであった。周囲を見渡すと百合ヶ丘女学院に所属するリリィの卵たち、つまりは俺の妹たちが港に集合している。半ば恒例行事と化した俺の出迎えに、わざわざ来てもらって申し訳ない気持ちと出迎えてもらった嬉しさで胸がいっぱいになった。

 

 一人一人の顔を見ていくと見覚えのない娘たちも数多くいる。当然だ。新年度が始まっているのだから、新入生が入ってきたのだ。

 

 そこまで頭の回らない自分に呆れていると、見知った顔がいた。割と付き合いの長い夢結が新入生を二人連れていた。彼女のシュッツエンゲルである美鈴が亡くなった件があったから、ここに来ていることは意外だ。何か良い変化があったのだろうか。

 

 ふと興味を持ち、声をかけた。

 

「初めましてだ。俺は新庄竜胆。この百合ヶ丘に末席に連なるリリィであり、君たちの先達だ。君は新入生だろうか?」

 

「え? も、もしかして私ですか!?」

 

 自分に声がかかると思っていなかったようで、桃髪の新入生はひどく驚いていた。夢結の隣にいた彼女が顔を紅く染め、答えにもたついているのを見かねて夢結が割って入る。

 

「私の梨璃をいじめるのもその程度にしてほしいですね、お兄様」

 

「いじめるなど、とんでもない。かわいい新入生に挨拶をしただけじゃないか。それにしても、『私の』ということは彼女は君の?」

 

「ええ、シルトです」

 

「そうか、君は良い出会いをしたんだな」

 

「……何ですその緩みきった笑みは。もうっ」

 

 生暖かい視線がむず痒いのか、顔を紅くして夢結はそっぽ向いてしまう。顔を紅くする癖は彼女のシルトによく似ている。そんな彼女の様子が面白くて、クツクツと笑いが溢れる。

 

「あ、あの! 私、一柳梨璃っていいます! 夢結様とはシュッツエンゲルの契りを交わした一年生です!」

 

 ひとしきり笑った後、夢結のシルトから自己紹介を受けた。他愛のない話をしながら脳裏で思考する。

 

 ──そうか。ではこの子が、例の第一発見者の。

 

 事情を聞かねばならない子を探す手間が省け、世間の狭さを感じる。これがこの百合ヶ丘に帰還した目的は二つ。一つは単純な定期的な武装のメンテナンスのため。

 

 もう一つは百合ヶ丘の砂浜に打ち上げられたという身元不明のリリィの調査。

 

 ──ああ、気が重い。これがあの悪名高い、妹たちに被害を被ることも辞さないGEHENAからの依頼でなければ、どれ程良かっただろうか。

 それでも構うものか。ヒュージから妹たちを守れるのなら、ヒュージを滅ぼせるのなら、俺はどんな手段だって使ってやる。妹たちは守る。ヒュージは壊す。もう二度と間違えないために。




次回
フィギュアの間接を直したら


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「……それで。ろくに連絡もせず、唐突に帰ってきたバカ息子に、私はなんと声をかければ良いのかな?」

 

「理事長代行、俺でも傷つくのですよ。連絡をほとんどしなかったのは俺の落ち度ですが、そこまで言われると……」

 

 バカ息子と呼ばれるだけまだ温情があると見るべきか。港に潜水艦を入港させた後、まっすぐ向かった理事長室は微妙な空気に包まれていた。

 

 しばらく見ないうち、すっかりロマンスグレーの髪に変わった理事長代行、高松咬月のいさめる様な口調に俺はすっかり弱っていた。

 

「言い訳がましいですが、本当に忙しかったのです。艦船自体も数ヶ月海底を這うように潜行していましたから、電波も通じていませんでした」

 

「数ヶ月の潜行……? ということは奴の足取りを掴んだのか?」

 

「はい。すでに三度の交戦を経ましたが、いずれも有効な打撃にはならず。通りがけに二つのネストを潰しましたから、戦果としては申し分ないのですが、逃げられている事実には変わりありません」

 

「そう気負うでない。アレはそうそう容易に討てる脅威でもない。お前は十分にやっている」

 

 自分を労う理事長代行の言葉に思わず顔をうつむける。そもそもアレは俺が上手くやっていれば解決していたはずの問題の類いなのだ。過去のことを思いだし胸の内に鋭いモノが刺さって仕方がない。

 

「……そう言って頂けると励みになります」

 

 理事長代行には今まで世話になっている。

 

「それで、だ。竜胆、お前、GEHENAと繋がっているな?」

 

 だからこそ、この人を失望させてしまう自分が嫌いになる。リリィへの非人道的な実験も辞さないGEHENAを、この人は蛇蝎のごとく嫌っている。

 

「……ご存じでしたか」

 

「確証はなかったが、いくつかの状況証拠から推測は出来る。やはり奴を追うためか?」

 

「ええ、潜水艦を私物化するのには人員も含め、先立つものが必要でしたから」

 

 嘘はつけない。極めて個人的な目的のため、その達成にはGEHENAのようなイデオロギーも各国の思惑も関係ない営利企業の協力が不可欠だった。

 

「それだけの協力をとりつけるのに、どれだけの対価を支払った? 決して安くはあるまい」

 

「いくつかの試験技術の被検体、およびGEHENAが欲する研究試料となるヒュージの蒐集。特に体はメスの入っていない場所はないと思います」

 

「……そうか」

 

 短い言葉の後、理事長代行は口をつぐんだ。あるのは沈黙ばかりだ。

 

 時に人を傷つける言葉より、ただの沈黙が深く突き刺させることもある。いらない経験だ。

 

「GEHENAとの契約で、少なくとも俺が関わる部署に関して、彼らはリリィに対する非人道的な実験の延期を約束しました」

 

 俺は何に言い訳をしているのだろう。GEHENAのリリィに対する非道な措置がなくなったわけでもないのに。

 

「お前が必要と考えたのならそれは必要なことだったのだろう。私からとやかくは言わん。せいぜい後悔しないように考え、行動しなさい」

 

「……はい」

 

「お前が今回突然帰ってきたのも、GEHENAの意思によるものか?」

 

「はい、俺も子細は聞かされていませんが、GEHENAは百合ヶ丘で、先日保護された身元不明のリリィにひどく関心を寄せています。はっきり言って異常なほどの執着です」

 

 理事長代行の視線が鋭くなる。GEHENAに興味を持たれる。その一言が彼の警戒心を危険域に移していた。

 

「竜胆。君に与えられた役割は何だ。まさかとは思うが、あの子の拉致誘拐だとは言うまいな?」

 

「ええ、まさか。俺が妹たちを傷つける仕事を請け負うわけがないでしょう? 俺とGEHENAはあくまでヒュージ撃滅という目的で共同歩調を取っているだけです。もし彼らがリリィを傷つけることをするのなら、それまでの関係に終わります」

 

「君のスタンスが本当に変わっていないことを願おう」

 

 完全には言い分を信用してはもらえないらしい。

 

 まあ、当然だ。突然消息を絶ったと思えば、思想的に相容れないはずの組織に所属し、何やら疑わしい任務に就いているなど、どう考えても信用ならない。

 

 俺はそんな人間に成り果ててしまった。それでも考えは変わっていないのだと、信じてほしいと思うのは、ただの傲慢だろう。父のように慕った人から、信頼を失ったことが今になって、いたたまれない。

 

「……では、私はこれで」

 

「例の娘のところにいくのかね?」

 

「ええ。いずれにしても、新しい妹にあいさつはしたいですからね」

 

 

 

 ●

 

 

 

 治療室は静かだった。リリィを育成する機関と言うこともあり、その実態は大型病院の病室と同等の設備だ。その一室に彼女はいた。

 

 ガラス張りの個室は外からでも、中の様子をうかがい知れるようになっていた。

 

 長い髪をそのままにし、天真爛漫さを隠しきれない幼い表情で、視線を手元の本に落としている。読んでいるのは動物図鑑らしく、キリンやライオンのページを食い入るようにみていた。

 

 ドアをノックして入る。俺が入ってくるや、彼女は本から顔を上げて俺を見た。知らない人が入ってきたからだろう、不思議そうに俺を見ている。

 

「だれ?」

 

「初めましてだ。俺の名前は新庄竜胆。リリィをやっている者だ」

 

「りりぃ? りりと同じ、りりぃ?」

 

「そうだ。俺もリリィだ。今日は君に話を聞きたくて来たんだ。いろいろ聞いても良いだろうか」

 

「おー。りんどおは話がしたい?」

 

「そうだ。君のことを聞かせてはくれないか?」

 

「んー、いいよ」

 

 彼女はそう答えながら視線をたまに手元の動物図鑑へ戻しては俺と目を合わせる。彼女の興味のほとんどはアフリカの動物に向けられて、俺はついでらしい。

 

 それでもいいかと割り切ることにした。

 

「では、君の名前を聞いても良いだろうか」

 

「んー……、んぅ?」

 

 彼女は困ったような、思い出せないようだと言わんばかりに眉をひそませて、少しの逡巡の後、手をたたいた。

 

「結梨! 私の名前は結梨!」

 

「そうか君の名前は結梨というのか。君はどこから来たんだい?」

 

「分かんない」

 

「家族は分かるか?」

 

「分かんないっ!」

 

 問い詰めるような形になってしまっていた。結梨は大きな声で否定すると体をベッドの反対側に向けてしまった。変わらず彼女は手元の動物図鑑を眺めている。

 

 彼女について聞き出そうとするあまり、彼女を怒らせてしまった。焦っていたようだ。らしくもない。

 

 ふと彼女の長い髪が垂れ、図鑑の上を覆いかぶさる。結梨はそれを邪魔くさそうに払いのけ、また別の房が図鑑を隠してしまう。むぅ、と腹立たしげな声がこちらにまで漏れている。

 

 苦笑。幼い彼女の様子は愛らしい。ずっと昔の妹にそっくりだ。こういう時、何をせがまれただろか。そうだった。

 

「結梨ちょっと良いだろうか? 少し体を起こして。そう、そのまま。……君の髪を触っても良いだろうか?」

 

「……? 良いよ?」

 

 体を起こした彼女の背後に回り、あるがままだった乱れ髪を束ねていく。毛量が思いのほか多く、束を二つに分ける。三つに分け、交互に編む。それだけで、ボサボサだった髪は背中に届く三つ編みのおさげに早変わりした。

 

「おーっ! すごい。んふー」

 

 三つ編みが気に入ったのか、結梨は面白そうに髪を手でもてあそび、目を輝かせる。目に映るモノすべてが新鮮がと言わんばかりの振る舞いに、気がつけば自分のほおが緩んでいた。

 

 三つ編みが余程良かったのか、結梨は堰を切ったように様々なことを知りたがった。

 

「りんどおは誰?」

 

「俺は新庄竜胆」

 

「どこから来たの?」

 

「生まれはここからずっと北に行った場所。今はこの百合ヶ丘が俺の帰る場所だ」

 

「りんどおは、何をしているの?」

 

「今日は君に会いに来たんだ。リリィを守るために俺は出来ることをしている」

 

 いくつもの質問を結梨は俺に投げかけた。相手への興味は、対話の第一歩。俺はやっと結梨と互いを知ることを始められた。

 

 結梨は純真無垢だ。褒める意味でもあるが、言葉のままでもある。彼女はまるで生まれたばかりの子供のようだ。何も知らず、目に映る世界すべてが鮮やかでそれに惹かれている。記憶喪失というのは本当のようで、それで説明しきれない空虚が彼女の中にはあった。

 

 どう彼女と接したら良いのだろうか、と少しの逡巡があって。

 

 ──リリィのために俺はいるんだ。なら彼女の望むままにしよう。

 

 そう、いつも通りの結論を出し、彼女の知りたいことに答える。

 

「りんどお、これはなに?」

 

「これはキリン。アフリカにいる生き物だ」

 

「あふりか?」

 

「ここからずっと海の向こう、ここから一番遠い場所だよ」

 

「海の向こう……」

 

 治療室の窓からは相模湾がよく見える。この海を沖に出て、太平洋に旅立てばいつかはアフリカにたどり着く。そんな遠い、本当に遠い地を結梨は想像しているのだろう。素敵なモノを見つめるように彼女は目を輝かせ、興奮して破顔した。

 

「りんどお、わたし、あふりかに行ってみたい」

 

「アフリカに?」

 

「うん。キリンのせなかに乗って、ライオンの髭に触って。見たことないもの、いっぱい見てみたい」

 

 今できたばかりの夢を、結梨は楽しそうに語る。

 

 ──兄さんはどうしたいの? 

 

 懐かしい彼女の声を思い出す。

 

 俺はどうしたいのか? 

 

 もう分からなくなった。今はリリィたち、妹たちを守ること以外を考えられない。考えてはいけない。その資格はもう、俺にはない。

 

 だからせめてこの子は、妹たちには人並みの幸いがあってほしい。それはきっと正しいことだ。

 

 リリィたちは幸せになるべきだ。それは普通の女の子なら当たり前の権利だ。今ここにいる結梨だってそうだ。普通の女の子。

 

 だから分からない。GEHENAがなぜ彼女に興味を持つのか。自分が座すべき立場はまだ深い霧の中だ。

 

 



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 百合ヶ丘女学院の中庭、その一角に設けられた庭園の中にいる。麗らかな日差しが眠気を誘う。春の花が色とりどりに花弁を咲かせ、庭園は花園と言うべき様相だ。

 

 思う出されられるのは過去。自分がまだこの百合ヶ丘女学院の生徒として在籍していた頃、気をかけてくれた先輩が気が紛れるからと、造園部に強引に誘われたのだ。花の世話など柄でもないと思っていたし、興味もなかった。

 

 だが始めてみれば面白かった。知らないことに触れる喜びがあった。何かを作る喜びがあった。この花園の一角も、今俺が腰を下ろしているこのベンチも、俺が作り、百合ヶ丘の一部となった。

 

 その日々は今はこうして、美しい花園の一画を形作っている。あの人はこの中庭が好きだとよく語っていた。花園はあの頃から変わらず美しいままだ。

 

 だが俺は? あの頃から変わっただろうか? ああ、そうだ。俺は変わってしまった。あの夜に、俺のすべては変わってしまった。罪を犯した。俺はもう日の下を歩くことは出来ない。許されない。

 

 GEHENAとともに地獄まで歩むと決めたとき、それは定まった。たとえどれ程、間違った道のりでも、妹たち、リリィを守る為なら、俺はいくらでも泥をかぶろう。

 

 だけど、そうならなかった日々を想うことはいけないことだろうか。百合ヶ丘は優しい場所だ。それは変わらない。あの日々の輝きはこの花園に面影を残している。

 

「本当に、ここだけは変わらない」

 

 春の日差しが暖かい。

 

「どうしたんだニャー? 見ない顔、さては新入りなのかニャー?」

 

 余韻がぶち壊された。

 

 

 

 ●

 

 

 

「どうしたんだニャー? 見ない顔、さては新入りなのかニャー?」

 

 後ろで甘ったるいくらいの猫撫で声がした。腰掛けたベンチに首をかけ、顔だけを後ろへ向ける。逆さまになった視界に寝転がる少女と猫一匹。短い金糸雀色の髪の少女は猫缶片手に、警戒する三毛猫に迫っていた。

 金髪のポニーテールが揺れ、猫が怯えて後ずさる。

 

「お前ー、見ない顔だね。猫缶食うかい? 触らせてくれるなら、ごちそうしちゃうよー」

 

 じりじりと迫ってくる少女が恐ろしくなったのか、猫はヒゲを小刻みに揺らし周囲にた助を求めて視界を忙しなく動かし、俺と目が合う。

 

 ──助けていただけませんか? おっそろしくて適いませんよ

 

 猫の顔はそう語っている。俺に出来ることはなさそうだ。諦めたまえと首を横に振る。

 

 猫が鳴いた。お前も道ずれと言わんばかりに、おびえて尻すぼんだ体を伸ばし跳んだ。こちらに向かって。

 

「このこのー、猫ちゃん。どこに行くんでちゅかーぁ、ぁ……」

 

 猫がこちらに向かってくる。そして当然、それは猫に夢中だった少女、こちらに尻を向けていた彼女がこちらを向くわけで。

 

 結果として猫撫で声で猫に語りかける姿を知人に見られる少女の図が完成した。件の少女は顔を引きつらせ、口をポカンと開けて固まってしまった。

 

 沈黙が二人の間を流れ、猫は迂回して膝の上に登る。

 

「や、やあ鶴紗。元気にしていたかい?」

 

 平素通りにするのが精一杯だった。

 

 

 

 ●

 

 

 

「いるならそう言ってくれ……」

 

 顔を両手で覆い、うなだれた鶴紗が力なくつぶやく。猫に猫撫で声で接する己の姿を見られたのがそれほど堪えたらしい。普段は男勝りと言うべきか、クールな性格なのだから余計に堪えているのかもしれない。顔を手で覆い、たまに思い出したかのように首を振っては悶えている。

 

「ハハハっ。そう恥ずかしがることもない。俺なんて初対面の女生徒に兄を名乗って引かれてるんだ。それに比べたら軽傷さ」

 

「自覚あるならやめておけば良いのに。そう言えば、帰ってたんだな」

 

「ああ。先週から。しばらくは百合ヶ丘にいる。鶴紗は迎えの一団にはいなかったな。兄は寂しいぞ」

 

 冗談でそんなことを言ってみたら、鶴紗はばつが悪そうに表情を暗くして。

 

「……なかったんだ」

 

「ん?」

 

「そんな雑談をするやつ、いないから。あんたが来ることを知らなかったんだ」

 

 思いのほか事態は深刻だった。

 

「……」

 

「……」

 

「百合ヶ丘での生活は、お前にとって良いモノではなかったか?」

 

 自然と声が震えていることを自覚した。鶴紗に百合ヶ丘女学院をすすめたのは俺だ。だから彼女がここに来たことでつらい思いをしているのならそれは俺の責任に他ならない。

 

 鶴紗は隠していた顔を上げ、ゆっくりと首を横に振った。違う、違うのと彼女は小さくつぶやく。

 

「GEHENAでの生活しか知らなかった私には、百合ヶ丘は本当に優しすぎて、どうにもな。やっぱり少し気後れしちまう」

 

 膝の上に追いた手をキュッと小さく握って、鶴紗は弱弱しく言葉を漏らす。けれど、それで終わりではなかった。彼女は小さく微笑む。

 

「こんな私でもさ、気にかけてくれる奴らがいるんだ。最近はレギオンにも入ってさ。なんか、普通の暮らしってやつを出来てる気がするんだ。今までの私じゃあ考えられないだろ?」

 

 学校生活のことを思い出して、鶴紗は顔をほんのりと紅潮させて、微笑む。

 

 ──あんたも、あいつらみたいに、わたしにいたいことするのか? すきにしろよ。ていこうなんてしないからさ。……どうしたんだよ? わたしになにやらせたいんだ? 

 

 あの感情を押し殺して自分を守ろうとしていた子が、こんなにも変わるとは。感慨深い。

 

「お前も妹にならないか?」

 

 ──は? 

 

「そうだった。私は初対面のやつに、妹に勧誘されたんだ」

 

 思い出して鶴紗は腹を抱えてクスクスと小さく笑う。あの頃の俺は、あの事件の直後ということもあって荒れていた。言動が滅茶苦茶で、八つ当たりのようにGEHENAに襲撃をかけていた。鶴紗と出会ったのはその頃だ。

 

「言ってくれるな。今思えば俺は頭がおかしかった。みんなの兄になろうとしていた。気がつけば妙な伝統になってしまったから、今更訂正する訳にもいかない」

 

「自業自得ってやつだろ『お兄様』?」

 

 あの頃から、変わった。鶴紗は闇から明るい場所に。俺はより深い闇の中に。

 

 鶴紗は切り出すように心配そうな表情で口を開いた。

 

「……今もGEHENAと繋がっているのか?」

 

「……ああ。GEHENAとの個人的なつながりは切れていない。今も協力関係にある」

 

 GEHENAに関して、鶴紗に嘘をつけない。鶴紗は困惑したような、泣きそうな顔をする。させてしまった。

 

「……っ! 何でなんだ。あんな奴らと連む必要なんて……」

 

「ヤツがまだ生きて、太平洋を悠然と泳ぎ回っているんだ。それだけで理由には十分すぎる」

 

「まさか桔梗様たちをやったヒュージ? でもあいつはあんたが二年前に甲州で……」

 

「あの時切り落としたのは、ヤツの首の一本に過ぎなかったんだ。本体は健在だ」

 

 妹を傷つけたヒュージを許せない。この五年間、ヤツを追うためだけにすべてを費やした。賭けられるものはすべて使った。時間も、自身の体も。

 

「誰も止めなかったのか? レギオンの仲間とか、先輩とか、誰かいなかったのかよ」

 

「みんな死んだよ」

 

「──っ!」

 

 俺をレギオンに誘ってくれたクラスメイト。放課後の部活で紅茶を入れてくれたお嬢様。部活で花を愛でる喜びを教えてくれた先輩。苦楽を共にしてきた妹。レギオンの仲間たち。みんな優しくて、大好きだった。みんなとならば、どんな困難も乗り越えられる。そう無邪気に信じていた。

 

 だけど、みんな死んだ。ヤツに遭遇したあの日、俺だけを残してみんな逝ってしまった。

 

 だから、あの日から俺の生きるすべては、ヤツを殺すためだけにある。仇を取らなければ、俺は許されない。

 

 俺の事情を知っている鶴紗はそれ以上何も言わなかった。立ち上がって、鶴紗は去っていく。もう自分にかけられる言葉はないと、彼女は理解しているから。

 

「私には何も出来ないからさ。あんたに復讐をやめろとか言えない。……だけど、あんたが死んだら私は悲しいよ」

 

「死ぬつもりはないさ。そのためにGEHENAを俺は必要とした。外道の集団ではあっても、その技術は本物だ。おかげで俺のレアスキルも使い物になった。あと少しなんだ」

 

 ヤツを討つ準備は整いつつある。あと少しだ。あと少しでヤツの心臓に手が届く。きっかけさえあれば、それで俺の復讐は終わる。

 

 その時まで諦めなければきっと叶う。そう信じて今日まで進み続けた。その道のりは孤独だ。戦い続けて、戦い続けて。もう、俺の隣には誰もいなくなってしまった。

 

 一人で俺は戦い続ける。もう一人だってリリィに犠牲を出したくない。そのためにヒュージを皆殺しにする。

 

 

 

 

 ●

 

 

 

「りんどお。私、リリィになりたい! 私とシュッツエンゲルになって!」

 

 次の日、結梨は俺にそう言ってきた。

 

 




序終わり


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「りんどお。私リリィになりたいの。だから私のシュッツエンゲルになって!」

 

 中庭で育ちすぎた花の枝を剪定していると、出会い頭に結梨はそう告げた。

 

「……えっと。つまりは、どういうことだ?」

 

 唐突な結梨のお願いに状況が上手く飲み込めず、返答に窮する。結梨は興奮した様子で説明を続ける。彼女は右手中指にはめられた指輪を示した。それはリリィがマギをCHARMに流し込む際に使う指輪だった。

 

「私ね、リリィになっても良いんだって! でも危ないから梨璃は誰かがいるときしか、これを使っちゃいけないって言うの」

 

「君は素人だから誰かが見ているべきだ。よく分からないまま無理をして、怪我をしては元も子もない」

 

「でも梨璃に頼んでも授業とかレギオンで忙しいて言うの」

 

「なるほど、それで暇そうにしている俺に目をつけた訳か」

 

「うん!」

 

 良いことを言ったと言いたそうに、結梨は鼻の穴を膨らませて、目を輝かせている。

 

 どうしたものかと考えを巡らせる。

 

「まずは、そうだな。結梨」

 

「うん」

 

「俺は君のシュッツエンゲルには成れない」

 

「ええー! 何で?」

 

「俺はすでに百合ヶ丘を卒業した身だ。今は時期的にここにいるが、しばらくしたらまた洋上に出る。だから定期的に君の面倒を見ることは出来ない。だから君のシュッツエンゲルには成れない」

 

「むぅー……」

 

 理由は理解できるけど、納得は出来ないと言いたそうに結梨は頬を膨らませ、責めるようにこちらを見ている。子供っぽい彼女の様子にたまらず笑いそうになってしまう。

 

「そう、へそを曲げるな。シュッツエンゲルには成れないが、基礎訓練くらいは見てやろう」

 

「基礎訓練?」

 

「つまり、みんなと合流出来るくらいまでは面倒を見るということだ」

 

「本当っ!? りんどお、ありがとう!」

 

 嬉しそうに結梨は飛び上がり、こちらに抱きついてきた。まるで大きな猫だ。こういう風に慕ってくれて、悪い気はしない。思わず頭をなでようと手を伸ばした。

 

 ──兄さん、頭をなでてください。兄さん、触ってますか? もう分からないんです。

 

 伸ばそうとしていた手が留まった。血に濡れて、目の焦点も合わない妹の姿が結梨に重なる。肺が凍って上手く息が出来ない。抱きつく結梨に気づかれまいと平静を装う。

 

「……? りんどお。どうしたの?」

 

「ん? ああ、大丈夫だ。何でもない」

 

 

 

 ●

 

 

 

 体育館の中にある訓練施設の中、予想外の困難が目の前に立ちはだかっている。

 

「……まさかすぐに出せるCHARMがこれしかないとは」

 

「おー、大っきい。これがりんどおのCHARM?」

 

「ああ、『元』が付くがな」

 

 滑車付きのスタンドに乗せて運んできたCHARMは俺にとって因縁深い代物だった。銘をダインスレイフ。大剣型の変型機構を有する第二世代CHARMであり、俺が在校時に使っていた学校の備品だ。

 

 反GEHENAを掲げる百合ヶ丘で、今の俺が使っているGEHENA製CHARMを持ち込む訳にはいかず、何とか使用許可の下りるものを探した。その結果、二年前から修理され、保管されたままだったこのダインスレイフが、唯一使えることの出来るCHARMだった。

 

 可能ならそのまま埃をかぶせ、時期が過ぎて破棄処分にされてしまえば良かったのにと思う。

 

 しかし使うのは結梨だ。俺ではない。ならば俺の個人的感情なんて関係ないのだろう。

 

 結梨は運んできたCHARMを拾った木の棒のように無邪気に振り回していた。

 

「りんどお、これ使って良いの?」

 

「……ああ、好きに使ってくれ。もう俺が使うことはないだろうから。君が使えば良い」

 

 ダインスレイフを振り回していた結梨に待てと声をかけ、訓練を始めることにした。

 

 まずは結梨の体内のマギをCHARMに流し込み、馴れさせる。その場に座り込み、指輪が光り、マギがダインスレイフに流し込まれていく。基本的なことは教わっていたらしい。

 

 ダインスレイフが結梨のマギと同期を終えるまで、手持ち無沙汰となった。ダインスレイフをじっと眺める結梨に、聞きたかったことを問うことにした。

 

「結梨、どうして君はリリィになろうと思ったんだ? 君には他に選べる道があったはずだ。ここを出て行き、普通の女の子として生きていくことだって出来た。どうしてだ?」

 

「りんどおは私にリリィになって欲しくない?」

 

「そういう訳ではない。ただリリィは辛いことも多い。怪我だってするかもしれない。成らないで済むならそうした方が良いと思うのは普通のことだ」

 

 結梨は少し考えるそぶりを見せる。目尻を下げて、声色は暗さを孕む。

 

「私、何もないんだ。記憶はまだ何も思い出せなくて、名前だって梨璃がつけてくれただけで、本当の名前じゃない」

 

「そうだったな。君の身元に関しては、まだ何も分かっていない」

 

「だからね。百合ヶ丘のみんなが優しくしてくれたことは、本当に嬉しかったんだ。誰かも分からない私に、名前と居場所をくれた。だから私に出来ることで、みんなの役に立つなら、私やりたいの」

 

 結梨は結梨なりの理由でリリィに成りたいと言う。ならば、俺が反対する理由もないだろう。ならば俺がすべきことなど、たかがしれている。

 

「結梨の気持ちは分かった。君の理由を、俺は否定しない。理由があるなら、君は前に進み続けられる。そのための手助けを、俺はしよう」

 

「うん! 私、頑張るよ」

 

 そんな世話話をしているうちに、ダインスレイフの同期が終了した。マギが通り、結梨は馴染んだようにダインスレイフを構えたり、振ったりしてみせる。

 

 結梨は敵を倒すための武器を構えた。その姿を見て、俺が感じていたのは期待よりも悲しみだった。

 

 

 

 ●

 

 

 

「それでは、始めていこう。リリィの身体能力はマギによって強化される。だからこれからやるのは、過剰なほど大型な武装であるCHARMを上手く扱う方法だ。結梨、俺に斬りかかれ」

 

「え? でもりんどお怪我する?」

 

「素人の攻撃が当たるほど、俺は弱くない。全力出かかってきなさい」

 

「むぅっ!」

 

 素人とバカにされたことが気に障ったのか、結梨は小さく頬を膨らませる。目に物見せてやろうと、先手を取ったのは結梨だった。

 

 マギを足にまとわせ、強化した脚力で前へ飛び出る。その動きは彼女が素人だということを忘れてしまいそうになるほど筋の良い動きだった。少しあった彼我の距離はなくなり、手に持ったダインスレイフを結梨は俺めがけて振るう。

 

「えいっ!」

 

「動きは良いが、やはり大ぶりだな」

 

 こちらに横凪になって向かっているダインスレイフの切っ先を下から蹴り上げる。思わぬ方向へ力が加わったダインスレイフに引っ張られ、結梨は重心を崩し倒れ込みそうになる。

 

 浮いた結梨の下に潜り込んで手首を掴み、腕を究めて一本背負いの要領で投げる。大きな音を立てて、結梨とダインスレイフがマットに叩きつけられた。

 

「んー! 何で当たらないの」

 

「まず武器を大ぶりにし過ぎだ。たとえ攻撃が当たったとしても、武器は放さない。どんな状況下でも反撃することを忘れるな。状況の主導権を相手に与えて受動的に成るのは悪手だ」

 

「てやっ!」

 

 言われたことを理解しているのか、していないのか。結梨はダインスレイフを拾い上げ、もう一度突貫を試みる。体を大きく使い、三次元的に動く。正面からだけでなく、横凪ぎ、潜るような一撃、様々な工夫を試しては、手を変えていく。

 

 本当に素人なのかと驚きながら、ダインスレイフをいなしていく。一回、二回、三回と武器を振るうたびに結梨の動きが洗練されていく。

 

 その動きには見覚えがあった。動きの所々には結夢の面影がある。俺の知らない誰かの動き、体裁きに俺の動きが融合していく。全く違う質の動きが、結梨の中で溶け合い、彼女の戦い方が形をなそうとしていた。驚嘆すべき学習速度だ。

 

 数時間もすれば、結梨の動きは中堅クラスのリリィと見まごうばかりに洗練されていた。

 

「よし、ここまでにしよう。これ以上は素手ではきつい。また続きは今度だ」

 

「えー、もっとやろうよ。……あっ」

 

 そう言いながらヘナヘナと、が膝を折って座り込んでしまう。

 

「あ、あれ? 足が重くて、動けないや」

 

「初日から頑張りすぎだ。次はペース配分を考えて戦えるようになることが目標だな」

 

「……うん」

 

 動けなくなったのが悔しいのか、結梨は難しい顔をして床に大の字に成って転がる。転がって動かない結梨を片手で持ち上げ、空いた手でダインスレイフを拾う。訓練室の貸出時間が迫っていた。

 

 抱えられた結梨が顔だけをこちらに向けた。

 

「りんどおは強いね。全然勝てなかった」

 

「年期が違うからな。六年も戦っていれば、それなりに強くもなる」

 

「どうやったら、りんどおくらい強くなれる?」

 

「目標を持つことだろうか。そうだな、もうすぐ競技会が百合ヶ丘で行われる。そこで活躍が出来るように頑張ろう」

 

「……うん。りんどおはどんな目標があるの?」

 

 俺の目標。なんと答えたら良いだろうか。そうだな。言葉を選べば。

 

「ずっと追っているヒュージがいる。そいつを倒すことが俺の今の目標だ。生きている理由と言っても過言じゃない」

 

「りんどお、悲しい匂いがする」

 

 そうだろうなと心の中で呟く。心当たりが多すぎる。

 

「そんな匂いがしたか?」

 

「うん、みんなみたいに……。ううん、もっと深くて、もっと悲しい匂いがする」

 

「悲しくならないために頑張っているのに、悲しい匂いはなくならないな」

 

 つい感傷的な台詞を呟いていた。目を伏せ、何を言えば良いのか分からなくなる。

 

 いつの間にか、体をひねって、結梨はこちらに抱きついていた。

 

 いつか誰かにしてもらったような、安心させようとする優しい抱きしめかたで、慰めるのために頭をなでられる。

 

「りんどお、頑張ってる」

 

「そうか、うん、ありがとう……」

 

 結梨に褒められて、ひどく満足している自分がいる。こうして誰かとゆっくり、心の中で思っていることを話したのはいつ以来だろうか。

 

「りんどおが困ったら、その時は私が助けてあげるね」

 

「そうか。頼りにしている」

 

「むぅー……。信じてない。いいもん、りんどおよりも強くなって、私がりんどおを助けちゃうんだから」

 

 それは楽しみだ。本当に。

 

 競技会まであと一週間。どこまで結梨が強くなれるか楽しみだ。



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「走れ、走れーっ!」

 

「負けるなっ、いっけー!」

 

 少女たちの声援が校庭に響いている。声援を受けた選手たちは全力を出し切ろうと奮起し、白熱する試合が声援をさらに加熱させていく。

 

 結梨の訓練を始めてから一週間が経った。今日は目標にしていた競技会当日。天気は気持ちの良い晴天、急遽建てられた父兄席テントで賑やかな競技会の様子を眺めていた。隣には学院長代理。

 

 今日の主役である生徒たちを眺めながらしかし、俺たちの表情は優れない。

 

「先日から学院周辺を何やら騒がせている連中がいる」

 

「リリィの運動会となれば注目する者たちもでましょう。言ってはなんだが、いつも通りでは?」

 

「そうだな、これまでもなかった事案ではない。問題はその連中の中にGEHENAの気配がないことだ」

 

 良くも悪くも、GEHENAのリリィへ持つ関心は旺盛。取れるデータは、どのようなものも欲しがる。それが気配もないとなると、怪しむのも無理はない。

 

 そしてその話をわざわざこの場でする意味は明確だ。何か知っているかと問われている。衰え始めているといえど、その眼光は健在。鋭い視線はごまかしを許さないだろう。

 

「いえ、私は何も聞いていません」

 

「個人的な見解で良い、どう思う」

 

「結梨君への関心があったにも関わらず、私への接触が期間前の一度きり、というのが解せません。知識に貪欲な彼ららしくない。何かに忙しくする余りこちらに手が回っていない、というのが自然でしょうか?」

 

「何か他のことを優先している……。なるほど、腑に落ちる回答だ。もし連絡があれば、こちらにも報告するように」

 

「ええ、あればの話ですが……」

 

 楽しい競技会だというのに二人の間に流れる空気は重い。胸を満たすのは親代わりだった人を苦労させている後ろめたさ。そんな気分をどこかへ追いやろうと、競技会の方へ意識を向ける。ちょうど結梨が競技に出場しようという場面だった。

 

 こちらに気がついた結梨が元気に大きく腕を振っている。こちらが手を振り返したのを見て、彼女は出場選手の一団に合流していった。

 

「そう言えば、結梨君の訓練をお前が面倒見たのだったな?」

 

「ええ。何でも一人では梨璃君が許してくれないそうで」

 

「そうか……。あの子をどう思う?」

 

「筋は良いです。経験を積ませれば、ゆくゆくは百合ヶ丘を支える逸材になるかと」

 

「そうか。卒業生のお前に余計な苦労をかける」

 

「いえ、好きでやっていることですから」

 

 そんな話をしているうちに競技が始まる。結梨が参加しているのは、空中に射出されたプレートを奪い合うもの。ブザー音と共にリリィたちが走り、跳躍する。

 

 跳び回るリリィの中で突出して動きが良いのは結梨だ。初参加ながら同級生はもとより、上級生にも食らいつき、ポイントを稼いでいる。

 

「……あの動き、お前によく似ている。ずいぶんと動きが良い。記憶を失ってはいるが、体は覚えている訳か?」

 

「いえ、結梨の動きは素人同然でした。一週間であそこまで成長した。実に感心する他ない成長ぶりです」

 

 試合の終了を示すブザー音が鳴る。

 

「やった! 結梨ちゃんが1位だよ! 偉いっ!」

 

 たくさんの声援を切り分けて、梨璃の喜ぶ声が聞こえる。嬉しさをこらえきれないようで、ぴょんぴょんと跳びはね、結梨を捕まえて抱きしめていた。

 

「どうやらお前の指導能力は落ちていないようだ」

 

 理事長代行が嬉しそうに言う。その脳裏に過っているのはきっと彼女の顔だろう。

 

「妹……、桔梗の時とは違います。今回は結梨が特別優れていたことが大きい。自分に誰かを導く能力はありません」

 

「そう卑下する必要もないと思うがな。今からでも遅くはない、また百合ヶ丘に戻って来る気は?」

 

 それはとても魅力的な話だった。けれど、それを受け入れるわけにはいかない。

 

「……お話は嬉しいですが、やはり戻れません。俺はGEHENAとの関係を切れない。それはこの百合ヶ丘では致命的です。ヤツを追うのに、GEHENAの力は必要不可欠なんです」

 

「もう、あれから五年も経ったのだな……」

 

 五年だ。たった一体のヒュージを倒すのに費やした時間。それだけの時間が経った。それなのに未だ討伐は叶わず、俺はまだ追いかけている。

 

「オロチの首は今まで何本落とした?」

 

「すでに12本。しかし首はただの末端、切り落としても意味がありません。ヤツは未だ健在を見せつけるように、時折ヒュージゲートを通じて太平洋に現れては周囲に破壊をもたらしていく。ヤツの本体さえ発見できれば……」

 

「ヤツを追うのはお前の勝手だ。だがその後はどうする? ヒュージと戦うことだけがお前の人生ではなかろう」

 

「いえ、ヒュージ殲滅が俺の生きるすべて。それを叶えるまでは他のこと考える必要はありません」

 

「一途なことは美徳だが、過ぎれば頑固と変わらない。お前が百合ヶ丘にいた頃とは違うのだ」

 

 競技会は和気藹々と進んでいく。一つ一つに試合が決着するたびに歓喜の声、悔しがる怒声が上がる。みんな楽しそうだ。

 

 こんな姿の百合ヶ丘を俺は知らない。俺がいた頃はもっと殺伐として、悲しい顔をした者の方が多かった。ヒュージ殲滅を誰もが掲げ、一体でも多くの敵を倒すことばかりを考えていた。戦いの方針も敵を一体でも多く倒すことから、一人でも多く無事に返す方向へ。

 

 あの頃の百合ヶ丘はもうない。本当は、俺もそんな流れの一つにならなければならないのかもしれないと考えてしまう。

 

 ──私たちをあんな目に遭わせたヒュージを見逃すの、兄さん? 

 

 いや、ダメだ。ヒュージを倒すことをやめるわけにはいかない。それ以外の自由などあってはならない。生き残った者は、倒れていった者たちの意思を受け継ぐ、責任があるんだ。

 

 逃げることは許されない。

 

「……ヤツを倒すまでです。それだけは譲れません」

 

「本当に頑固に育ったものだ。誰に似たのだか……。まあいい。今日は競技会だ。彼女らの雄志を目に焼きつけて、ゆっくりと考えるがいい」

 

 

 

 ●

 

 

 

「それでは! 本日の最終競技、選抜リリィによるエキシビションマッチを行います!」

 

 グランドの中心、特設ステージの中に影が二つある。一つはヒュージだ。工廠科が作成した模擬戦用の人工ヒュージが今日の試合のために調整され、静かに試合開始を待っている。

 

 そんな人工ヒュージに相対しているのは、なんと結梨だった。彼女が出場しているとは聞いていなかったから脅かされた。

 

 聞いてみると元々出場予定だった生徒の代理として出場しているらしい。

 

「結梨ちゃん……」

 

 心配した様子の梨璃がステージの端を掴んで縋りついていた。他の一柳隊の面々も固唾を飲んで見守る中、試合が始まろうとしている。

 

 始まる直前、結梨が一度だけこちらを見た。どこか期待するような視線、ああいう顔が何を言いたいのか俺にも覚えがある。

 

 ──が・ん・ば・れ

 

 口を大げさに動かして、口パクで言葉を伝える。伝わったようで、結梨は嬉しそうに表情をほころばせて拳を強く握って見せた。闘志は凜々としているらしい。ならば指導役がやることは何もない。

 

 ブザー音が響く。試合開始だ。

 

 ヒュージの電源が入り、動き出した。

 

 三本足のヒュージが飛び出す。大柄の機体に見合わない素早い動きで結梨に迫る。足を使った押しつぶし。結梨は大きく飛びことで足を逆に足場にして本体に斬りかかる。

 

 それは上手いかない。本体から伸びた触手を模したマニピュレータが結梨をはたき落とす。結梨も手に持ったダインスレイフを盾に衝撃を和らげ、受け身を取って着地した。

 

 互いが距離を取って、仕切り直す。

 

「すごく強い……、でも勝てないわけじゃない!」

 

 身を低く屈め、結梨が突入する。

 

 一進一退の結梨とヒュージの戦いを、周囲のリリィは手に汗を汗を握りながら観戦している。

 

「そこよ! 間髪おかず、攻撃を続けなさい!」

 

「行けぇ! 隙を突くのよ!」

 

「もっと動き回って、攻撃の隙を与えないで!」

 

 興奮を抑えられず、何人かのリリィは思い思いに結梨へとアドバイスを送っていた。百合ヶ丘のリリィの一員として、誰もが結梨を応援していた。

 

 ヒュージの攻撃を避け、結梨が大きく跳ぶ。体をひねり、膝を落として着地する。着地と同時に前へ飛び出す姿勢だ。

 

 後ろに回られ、急旋回するヒュージ。かまうことなくヒュージに向け突進する結梨。接近する結梨をなぎ払おうと、ヒュージはマニピュレータを横に大きく振るう。

 

 ──あえて受けて、流して斬る

 

 結梨が選んだのは回避ではなく、攻撃の続行。ダインスレイフを斜めにたてて攻撃をいなす。結夢がよくやる手だ。彼女の教えも、結梨の一部となっているらしい。

 

 詰まった距離。大きくダインスレイフを振る。なでるような斬撃が足の関節を両断した。

 

「まだまだぁ!」

 

 たとえ攻撃が当たったとしても、武器は放さない。どんな状況下でも反撃することを忘れるな

 

 残った二本の足を器用に使い、ヒュージは結梨に反撃を試みる。撃ち落とすようなマニピュレータの攻撃。刃を立て、逆にマニピュレータをすりおろすように切り上げた。

 

 マニピュレータを失い、重心が変わったことでヒュージが大きく姿勢を崩す。勝敗は決した。

 

「これで、終わりっ!」

 

 短いステップを繰り返し、ヒュージを翻弄する。ダインスレイフは結梨を見失い、目をもしたカメラを右往左往させた。もう遅い。

 

 結梨はヒュージの頭上にいた。ダインスレイフの切っ先を下に向け、最小限の動きで構え、体重を乗せた最高の一突きをお見舞いした。半ばまでダインスレイフが突き刺さり、ひねって引き抜く。

 

 核を破壊されたヒュージは爆散した。

 

 勝敗が決した。結梨の勝利だ。固唾を飲んで見守っていたリリィたちが、一斉に歓声をあげて彼女の勝利を祝福している。

 

「梨璃! みんな! 私やったよ!」

 

 勝ったことに喜ぶ結梨。梨璃たちが彼女を胴上げし、勝利の喜びを分かち合っていた。その姿を遠くから眺め、同じように彼女の勝利を喜んだ。

 

 席を立つ。隣にいた理事長代理に止められた。

 

「おや、どこに行こうというのかね。結梨君はおまえの言葉も待っていると思うが」

 

「いえ、それは梨璃や結夢たちがやってくれるでしょう。俺は買ってくるものがありますから」

 

「……なるほど」

 

 理事長代行が小さく笑う。こちらの意図などお見通しらしい。

 

 

 

 ●

 

 

 

 扉が閉まる音がする。潜水艦の一室。自分の部屋として使っている部屋に戻ってきた。

 

 時刻はすでに夕方。百合ヶ丘を出て、予約していたものを受け取りに出かけただけだが、思っていたよりも時間がかかってしまった。もうすぐ夕食の時間。これ以上は遅れられない。

 

 着ていた私服を脱ぎ、いつもの戦闘用背広に着替え、机の上においたものを見た。昔、園芸部にいた頃、先輩がお茶会に持ち込んでいた洋菓子店のケーキだ。ケーキの善し悪しなんて分からないから、知っている店のおいしいケーキを買ってきたが、遠くにあるから時間がかかってしまった。

 

 今日は結梨が頑張って、結果を出したのだ。なら、指導役として、お兄様として、精一杯褒美をやらなければいけない。そうしたかった。

 

 このケーキを持っていったら、結梨はどんな顔をするだろうか。喜んでもらえるだろうか。

 

 きっと喜んでもらえる。顔をほころばせ、ケーキを頬張るに違いない。今頃、結梨の祝勝会を開いている。すぐに行くと伝えている。足取り軽く、部屋を出ようとした。

 

 その時だった。携帯電話が着信を知らせた。画面を見て顔がこわばる。液晶はGEHENAの名を示していた。

 

「新庄様でしょうか?」

 

 通話口から聞こえるのはGEHENAとの連絡によく現れる声だった。

 

「……もしもし。新庄です。すいませんが、今日は立て込んでいて。可能なら明日でもよろしいでしょうか」

 

「お忙しいところすみません。しかし至急、お耳に入れたい情報が」

 

「ですから、明日伺いますから、今日のところは……」

 

「一柳結梨はヒュージです」

 

 世界が静止した。携帯電話を持つ手がこわばって、心臓の音が酷く五月蠅い。

 

 こちらが黙っているのを良いことに、GEHENAは続ける。

 

「検査の結果。一柳結梨の遺伝情報は、我々が研究していたヒュージをもととしていることが判明しました。つきましては新庄様には該当のヒュージに対処していただければ幸いです」

 

「た、対処?」

 

「ええ、細事は新庄様にお任せします。我々としては逃亡したヒュージを野放しにされなければそれで問題ありません。ではこれで」

 

 それだけ言って担当は通話を切り上げた。

 

 部屋に無音が戻ってくる。

 

「結梨がヒュージ?」

 

 手に持っていた箱を放してしまう。ベチャリと中のケーキが潰れる音がした。

 

 壁に体を預け、そのに座り込んだ。世界がひっくり返ってしまったような、足場の崩れる感覚。頭がまともに動かない。

 

 どうなっている。訳が分からない。

 

 携帯電話が光る。すがるように画面見た。GEHENAから、資料が送られてきた。結梨がヒュージであるという証拠が突きつけられる。

 

 何かも間違いだと思っても、目に映るものが現実だ。

 

 結梨はヒュージだ。人類の敵だ。

 

 俺の敵だ。

 

 でも彼女は結梨だぞ。結梨なんだ。

 

 そう思おうとしても、現実は何も変わってくれやしない。

 

「俺は……、俺はどうしたらいいんだ」

 

 答えてくれる人など、誰もいやしなかった。

 

 

 

 ●

 

 

 

 明くる日。結梨は梨璃に伸びた髪を整えてもらっていた。屋上でタオルを首に巻き、はさみが少しずつ髪を切っていく。

 

「どお、結梨ちゃん。これくらい?」

 

「うん、ありがとう梨璃」

 

 髪を切り身を整える。印象が変わるかもしれない。誰かに見られたらそう思われるかもしれない。誰がそう思うのだろう。結梨の脳裏には竜胆の顔があった。

 

 そう竜胆だ。

 

「……りんどお、昨日のパーティーに来なかったね。来るって言ってたのに」

 

「そうだね。お兄様、忙しかったのかな?」

 

 パーティーに来ると思っていたから、なぜ来なかったのだろうと梨璃は考えてみた。確かに来ると彼は言っていた。結夢が言うには私服に着替えて外出し、その後帰ってきたはずなのだ。

 

 だから分からなかった。

 

 髪を切り終わり、かたづけていると声をかけられた。そこにいたのは、百合ヶ丘の三人の生徒会長だ。三人とも難しい顔をして梨璃を、いや違う、結梨を見つめていた。

 

「結梨さん、来てもらえないかしら」

 

 三人を代表して、出江史房が問いかけた。

 

「おー……?」

 

 結梨は状況がつかめず首をかしげ、彼女を見た。

 

「……あなたに捕獲命令が出ているのよ」

 

「捕獲命令?」

 

「日本政府はあなたをヒュージと断定したのよ、結梨さん」

 

「……え?」

 

 あなたはヒュージ。そう告げられて、結梨は言葉を失う。目をぱちくりと開いては閉じ、状況を理解しようと一生懸命頭を働かせた。

 

 そしてどうにもならないことが分かった。

 

「嘘ですそんなの! 結梨ちゃんがヒュージだなんて、そんな……」

 

 沈黙する結梨をかばうように、梨璃が前に出て、史房に食ってかかった。けれど彼女は冷静だ。上に流されることはなく。

 

「……GEHENAが開示した資料によって結梨さんがヒト化したヒュージであることは間違いないのよ梨璃さん。分かったのなら、そこをお退きなさい」

 

「ダメです。結梨ちゃんを連れて行くだなんて、そんなのダメに決まっています!」

 

 それでもと梨璃は食い下がる。史房たちも無理強いは出来なかった。彼女たちだってこの決定に納得していない。みんな結梨がどのような娘で、愛すべきリリィの一人であるかを知っているのだから。だから何とか出来ないか、みんなは考えていた。

 

「──ああ、連れて行く必要はない」

 

 沈黙を破る声があった。いつの間にかその場に彼はいた。

 

 見たこともない、柄だけの槍型のCHARM。GEHENA製の『ゲーボルグ』を手に、新庄竜胆は梨璃と結梨の前に立っている。

 

「りんどお……?」

 

 一瞬、結梨は彼が誰なのか分からなかった。見せたことのない冷たい瞳で前を見る竜胆。

 

「梨璃。危険だから、そのヒュージから離れなさい」

 

「お、お兄様……? 何を言って……」

 

 手にしたCHARMにマギを流し込む。マギクリスタルが発光し、欠けていた部分を補うように、光が柄から噴出して刃を形成した。

 

 竜胆はCHARMを構え、切っ先を結梨に向ける。その瞳には結梨が映っている。滅ぼすべき、敵として。

 

「俺は新庄竜胆。俺の仕事はヒュージを滅することだ」

 

 彼は今、敵を滅ぼすためにここに来ていた。



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「俺の役割はヒュージを滅ぼすこと。だからこの場で処刑する。梨璃、そのヒュージから離れなさい」

 

 手に持ったゲーボルグの光刃の切っ先を向け、梨璃に避難を促すが彼女は動いてくれない。ヒュージと俺の間に立ち、まっすぐこちらを見ていた。

 

「結梨ちゃんがヒュージな訳がありません」

 

「さっき資料を見せただろう。あれが証拠だ。その個体はヒトの形をしたヒュージ。その結論は揺るがない。だから処刑する」

 

「それでも、おかしいです。処刑だなんて。何も悪いことなんてしてないのに」

 

「リリィがヒュージを討つのに理由がいると? ヒュージは生きているだけで俺たちを攻撃する、滅ぼすべき敵だ」

 

 梨璃はどう告げても動く気はない様子。時間の無駄だ。今納得出来ないのなら、後からしてもらえば良い。今すべきことを、迅速に。

 

「君とここでそんな論議をするため来たわけではない。今すぐそこを退くといい」

 

 一歩踏み込み、ゲーボルグを構える。狙うは最短距離、最小の動きで、急所を刈り取る。ヒト型ならば、首を切り落とせば致命傷になるはず、そうでないなら死ぬまで切り刻めば良いだけのこと。

 

 マギを励起させる。マギに比例してゲーボルグの光刃が光量を増していく。ヒュージと目が合う。人の姿をしたヒュージ。おれは今からこの子を手にかけなければいけないのか。

 

 気がつけばCHARMを握る手は力み、ゲーボルグの警告表示が空中に投影されて、レアスキルが発動仕掛けていることを警告していた。

 

「……使い勝手が悪い」

 

 周囲を見る。この場には梨璃や史房、他の生徒会の面々もいる。ここでレアスキルを使ってしまえば、周囲に被害をまき散らしてしまう。

 

「みんなこの場から離れたまえ。君たちを巻き込むつもりはない。俺に君たちを傷つけさせないでくれ」

 

「それは結梨を処分しようとしていることと、矛盾しているのではないかしらお兄様?」

 

 凜とした声がこの場に加わった。結夢だ。CHARMを手にした結夢は俺の横を通り抜け、梨璃とヒュージを守るように立ち塞がった。

 

「お兄様、あなたはリリィを守るために戦っているのではなくて?」

 

「そうだ。俺にはお前たちを守る義務がある。そのためにヒュージを討つことは、至極当然のことだ」

 

「なら、あなたは結梨を守らなければいけない。彼女はリリィよ。あなたには彼女を守る義務がある」

 

「その個体はヒュージだ。すでにそう結論づけられた。それは揺らぐことのない事実だ」

 

「りんどお……」

 

 ヒュージが悲しげに俺の名を呼ぶ。やめろ。人間みたいな顔をするな。お前はヒュージなんだろう? 

 

「やめてください、二人ともっ!」

 

 口論を続ける俺たちに梨璃が割って入った。彼女らしくもない怒りに満ちた表情で、たしなめるような口調で食ってかかる。

 

「二人ともどうしてそんな口げんかをするんですか! 結梨ちゃんが何か悪いことをするはずがありません!」

 

「本当にそう言えるのか?」

 

「……え?」

 

 梨璃は優しい子だ。当たり前の優しさを持っていて、当たり前のようにそれを、困っている誰かのために使える。だからこそ、彼女は危うさの中にいる。疑うべき前提を彼女ははき違えている。

 

「そのヒュージはリリィに見えるのかもしれない。だがその個体が本当に無害なのか、君に断言できるのか?」

 

「な、何を言って……」

 

「今はリリィの一員として頑張っているのかもしれない。けれど、それは本当に彼女がそうしたいから実行しているのか? 我々の信用を勝ち取り、好機を見て後ろから刺さないとどうして言える」

 

「結梨ちゃんがそんなことをするって、本気で言ってるんですか!?」

 

「そうなるかもしれない。そうはならないのかもしれない。しかし危険があるのなら、それは排除するべきだ」

 

「そんな理由で結梨ちゃんが死ななきゃいけないなんて、そんなの間違っています!」

 

「では、仮にその個体が真にヒュージで、誰かを傷つけたときに、君は責任を取れるのか? 死んだ誰かの家族、仲間、友達になんて言って言い訳する」

 

「だから結梨ちゃんはそんなことしませんっ!」

 

「純真だな。疑うことすら出来ない。だがそれでいい。君たちにこんなことは任せない。汚れ役は俺が受け持とう」

 

「ダメね、お兄様。梨璃も意固地ではあるけれど、あなたも人の話を聞く気が端っからないのね」

 

 あきれた声と共に、結夢が制服のボタンを一つちぎって地面へ投げつけた。簡易的な閃光手榴弾であるボタンは、衝撃で爆発して鋭い閃光を周囲にまき散らす。まぶしさに視界を奪われてしまう。光が収まり周囲を見渡しても、梨璃とヒュージの姿はなかった。逃がしたようだ。

 

「結夢。彼女たちを逃がして、どうするつもりだ」

 

「お兄様は頭を冷やしてもう一度考える必要があるわ」

 

「分からないことを」

 

 なぜ分からない。どれ程、今のこの状況が危険なものに転化する可能性があるか、理解していないのか。今一番危険なのは他ならない梨璃だ。どうして分かってくれない。逃げて、時間が解決してくれるとでも思っているのか? 頭に血が上る。ならば警告だ。こちらは本気だと教えなければ。

 

 逃げたところで意味はない。そう遠く離れていなければ、気配で追えるのだから。西へ向かっている。廃墟群の方へ逃げようという魂胆らしい。

 

 ゲーボルグの光刃を砲撃用の仮想砲身へ変形させ、狙い撃つために構える。無意識に発動していたレアスキルに対する警告をゲーボルグのが告げるが承認し、発射態勢に移行する。レアスキルの最大稼働を意味する光の翼が背から生まれ、警告画面がけたたましく警告音を鳴らし始める。

 

「いけない! 撃たせないわっ!」

 

 CHARMを持った結夢が無理矢理にでも止めようと、突撃を繰り出し始めたがもう遅い。

 

 後は引き金を引くだけだ。視界のはるか遠く、ヒュージが梨璃に手を引かれて遠ざかろうとしている。

 

 収束する光。引き金に手をかけ、そして。

 

「そこまでだ。竜胆」

 

 待ったをかける声があった。理事長代行だ。彼は手に数枚の書類を携え、この場にやってきた。

 

「理事長代行、邪魔しないでいただきたい。私にはヒュージ殲滅の役割を果たさなければいけません」

 

「そういう訳にもいかんのだ」

 

 これを見ろ、と彼は手にした書類をこちらに突きつけた。一枚はレギオン出動に関するものだ。

 

「お前の所属するレギオン『クリームヒルト』は活動休止中だ。こちらが許可を下すまで、この百合ヶ丘での一切の戦闘行動を、学院として正式に停止させてもらう」

 

「何をバカなことを。クリームヒルトはすでに解散したはず。メンバーの全滅をもって……」

 

「書類上はまだ所属していることになっている。申請をサボったツケだな。それともお前は無許可で出撃を行うつもりか?」

 

 それは暗に、これ以上行動すれば百合ヶ丘女学院からの除籍を示していた。だがそれは足を止める理由にはならない。

 

「なら、仕方がありません。それは諦めることとします。優先すべきはヒュージ……」

 

「そう言うと思っていた。だからこちらも持ってきた」

 

 こちらが本命だと、理事長代行はもう一枚の書類を開示した。それは国連の核兵器使用許可の一時停止命令だった。対象は当然、俺だ。

 

「──っ! どうやってそんな許可をとりつけた……」

 

「なに、権力や、個人的な貸し借りを駆使すればなんとやらだ」

 

 やられた。国連の許可がなければ、レアスキルを使えない。これを破ってしまえば、国連の協力を得られず、ヤツを追うことも出来なくなる。

 

 おとなしく武器を下ろすしかない。

 

 これではあのヒュージを追うことは出来なくなってしまった。これからもう一度許可を申請するとしても、半日はかかる。

 

「……ずいぶんと手が早いのですね」

 

「結梨君がヒュージに由来する個体ということは、こちらでも独自に調べ上げていた。ならばお前がどう動くかなど、火を見るよりも明らかだ。何事も予測と準備だ」

 

「……これから書類の申請をさせていただきます」

 

「ああ。ゆっくりと手続きをさせてもらおう」

 

 

 

 ●

 

 

 

 理事長代行の介入により、竜胆の追跡は一時中断させられた。梨璃と結梨はつかの間ではあるが逃走する時間を稼ぎ、鎌倉の西方、旧長谷地区まで逃走する。二人は、廃墟となったビルの一つに身を隠していた。

 

 こっそりと割れた窓から顔を出し、追っ手がいないことを確認した梨璃がゆっくりと息を吐きながらその場に座り込む。

 

「竜胆お兄様、追ってこないみたいだね……。結梨ちゃん大丈夫?」

 

「うん、平気……」

 

 そう答える結梨の言葉に覇気はない。弱ったように彼女はその場で小さく膝を抱えてうつむいたままだ。元気のない様子の結梨に梨璃は心を痛める。

 

「まったくもう。竜胆お兄様も酷いよ。結梨ちゃんが悪いことするだなんて、そんなのあり得ないのに。一方的に決めつけて……」

 

「でも、りんどおの言ってること、間違ってたのかな……」

 

「間違ってるよ! だって、結梨ちゃんは誰かに酷いことをしようなんて、考えたことないのに。それなのに危険だから処分なんて、そんなのおかしいよ」

 

 結梨を信じられるのなら、梨璃の主張も間違いではないのだろう。しかし結梨が安全な存在かなんて、結梨自身にすら証明のしようがない。リリィだと思っていた自分が、敵であるヒュージであると告げられ、自分が何なのか分からなくなってしまっていた。

 

 ヒュージということはそれ程までに悪いことなのだろうか。

 

 結梨は思う。あんなに優しかった竜胆が、出自がヒュージという一点を知ったことであれほどまでに態度を変えた。そこにあったのは冷酷なまでの殺意だった。それほどまでに竜胆がヒュージへ向ける怒り、殺意は尋常ならざる。

 

「ヒュージが憎いから、りんどおも、あんな風に怖かったのかな。みんな私がヒュージだって知ったら、あんな風に怒って来るのかな」

 

「そんな悲しいこと言わないで、結梨ちゃん……。お兄様だって、話せばきっと分かってくれるよ。だってあんなにも結梨ちゃんのことを、大切に思っていてくれたんだよ」

 

「でもそれは私がリリィだったからだよ。ヒュージって初めから知っていたら、きっとりんどおは……」

 

 ためらいもなく、感情もなく、駆除していただろう。そう思いたくはない。けれど、そうなっていたのだろう。

 

 ヒュージであるから、結梨は討たれなければならないと竜胆は言う。

 

「ねえ、梨璃。ヒュージって何? 私はヒュージに似ているの?」

 

「全然違うよ!? だってヒュージは恐ろしくて、みんなを傷つける存在で、結梨ちゃんとは似ても似つかなくて……。あっ……」

 

「そうなんだ……。りんどおは私のことを、そういうものだって思っているんだね。なら、しょうがないよ」

 

「ち、違うよ。結梨ちゃんはそんなのじゃないよ。普通の、みんなと同じ普通の女の子だって……。ヒュージとは違うよ」

 

「じゃあ、もし私がヒュージの所に行っても、そこにも居場所はないんだね」

 

「それは……」

 

 ヒュージを出自に持つリリィ。どっちつかずの半端者。敵と敵、憎み合うもの同士の間に立つもの。どちらで生きていこうと、爪弾きにされることは明白で、そのどちらの場所にも、結梨に居場所は初めから用意されていなかった。

 

 どこにもいられない。受け入れてもらえない。孤独な存在。それが結梨だった。居場所のない存在に自分は定義できない。彼女はリリィどころか、ヒュージにさえ成れない。

 

「でもね。私、生まれてきて良かったって思うんだ」

 

 ただ一つ、すがるべき縁が結梨にはあった。

 

「結梨って呼んでもらえたこと、嬉しかった」

 

 それは名前だ。結梨は誰かに望まれて生まれたわけではない。実験の副産物として、偶発的に命を成した。それがたとえただの偶然だったとしても、結梨は確かにこの世に生を受け、名を与えられて祝福された。

 

「梨璃が私を結梨って名付けてくれて、私は結梨になったんだよ」

 

 憎む敵ではなく、慈しむ同胞として。

 

「梨璃が名付けて、みんなが私を結梨って呼んでくれたから、私は自分を結梨だって、ヒュージじゃなくてリリィだって思わせてくれた」

 

 誰かがこの存在を結梨と呼んだ。そのすべてが彼女を結梨にしていった。

 

「だからね、もしこれからどうなっても、私は梨璃に感謝してる」

 

「結梨ちゃん……」

 

「ありがとう、梨璃」

 

 きっとこれから逃げ切ることは無理だろう。どれ程逃げようと、結末がどうなるか分からない結梨ではなかった。

 

 今こうして話している時間だって、運命が与えてくれたわずかなチャンス。結梨はそう思うことにした。だから後悔しないように、心残りがないように、思いの限りを、あるはずのなかった居場所を、それが限られた時間だとしても、与えてくれた梨璃に、伝えたかった。

 

 夢のような時間が終わる。その前に。

 

「……もう一回、りんどおに結梨って呼んで欲しい」

 

 そんなささやかな願いを結梨はこぼした。願ってはいけないことなのだろうか。

 

「ああ、そんなこと願う必要はない。何故なら、お前はこの場で消えるのだから」

 

 轟音と閃光。破壊の暴風が結梨たちのいる四階建ての建物を包み込んだ。隠れ潜んでいた二階より上、壁も床も天井も、何もかもが吹き飛び、青空が頭上に現れた。

 

 空には雲があるばかり。違う。吹きざらしとなった廃墟の一角に誰かが立っている。

 

 太陽の光を遮るように莫大な光量が空の一角を占める。発光するマギの翼。発生源たる青年は感情を読み取れない暗い瞳で、保護すべき少女と少女の形をした敵を見下ろしている。

 

「余計な手続きに手間取った。だがそれも、もうお終い。これから死ぬことに悲しむ必要はない。自分の境遇に怒る必要もない。せめてもの慈悲だ。痛む間もなく、楽にしてやる」

 

 ゲーボルグの光刃が結梨に向けられる。結梨の願い虚しく、竜胆は止まらない。リリィはヒュージを滅する装置だから。敵を殺すことで、一人でも多くのリリィを守る。

 

 そういう風に自分を定義したのだから。

 

「りんどお……」

 

 その名を呼べど、殺戮装置は止まらない。

 

 武器を手に対峙する以外の道は無い。彼に与えられた力で、彼と戦うことでしか、結梨は生存を勝ち取れない。何のため生きるのかも、自分では分からないのに。

 

 勝利者のいない虚しい戦いが始まろうとしていた。



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 天から熱を伴う光線が降ってくる。それは敵の生存を許さない裁きの輝きだ。ゲーボルグの光の一部が変形して発生する遠隔操作可能な光刃が放つ閃光は、命中した瓦礫やコンクリートを融解させていく。

 

 直接は命中させない。それでは梨璃まで消し飛んでしまうから。あくまで二人を引き離すために攻撃を加えていく。タイミングを見て直接切りに行くが、これを梨璃はCHARMで防いでいく。ギリギリと言えどレアスキルで加速した一撃を防ぐとは、どうやら目の良さは優れたものがあるらしい。

 

 つばぜり合ったまま、一線を越えないために説得を続ける。

 

「だが、いつまで持つだろうか。いい加減、そのヒュージを引き渡してくれないか梨璃」

 

 すでに彼女はボロボロだ。すでに制服、露出した膝のあちらこちらに擦り傷が突き、息も乱れ、CHARMを持つ手は震えている。誰の目にも限界は近かった。

 

「ダメです! お兄様が結梨ちゃんを傷つけないと約束するまで、私は結梨ちゃんから離れません!」

 

「では、君が諦めてくれるまで続けるだけだ」

 

 CHARMをなぎ払い、梨璃を吹き飛ばす。閃光、斬撃、攻撃をいくつも重ねる。

 

 余波で周囲の廃墟が破壊される中、梨璃とヒュージは皮一枚攻撃を避けて逃げ続ける。偶然では無い。手加減しているとはいえ、避けているのは梨璃自身の実力に他ならない。結夢の元でリリィとしての研鑽を重ねた、その成果だ。だからこそ理解できない。

 

「敵と戦うために鍛えた力。それを何故、敵であるはずのヒュージを守るために使う梨璃」

 

「何度も言っています! 結梨ちゃんが敵のはずはないからです。お兄様こそ、どうして分かってくれないのですか!」

 

「ヒュージは敵だ。例外は無い。君はどうして敵を許せる。君だって故郷をヒュージに奪われた被害者だろうに」

 

 俺は知っている。一柳梨璃は甲州撤退戦の折、故郷を奪われて難民となっている。家族は無事であったとしても、知人全員が無事であったはずは無く。彼女だって親しい誰かをヒュージに奪われたはずだ。

 

 そのはずなのに、どうして君はヒュージをかばえる? 

 

「分からない。君は俺と同じはずなのに、なぜ俺たちは道を違える? ヒュージが憎くはないのか?」

 

「ヒュージは敵です。でも、……でも結梨ちゃんは私たちの一員です。悪いヒュージなんかじゃないんです」

 

「悪くないヒュージ、か……」

 

 梨璃の言う言葉に手が止まった。武器を下ろし、これまでのことを思い出す。

 

 攻撃が止まったことに驚き、梨璃とヒュージは警戒をやめずCHARMを構えたままこちらを見た。

 

「200と8だ」

 

「……え?」

 

「ヒュージが俺から奪った大切な人たちだ」

 

「子供の頃を過ごした村を襲われた。俺と妹以外のみんな死んだ。たった五分の出来事だった。その日、空阿村の住人200人がたった一体のヒュージに殺された。次は五年前、津軽海峡敗戦の時。俺はレギオンのみんなを失った」

 

「それだけじゃない。仲間は敵に殺されなかった。俺が殺したんだ」

 

「……殺した? お兄様が、だれを……?」

 

「生きたまま、操られて敵になった。どうしようも無かった。助ける方法が無かった。だから、……だから。俺が殺した」

 

 それは俺の罪。今も背に重くのしかかる戦う意味。

 

「え、そんな、だって」

 

 梨璃は困惑している。告げられた言葉の意味を飲み込みきれず、動揺した瞳を揺らしたまま、俺の言葉を聞き続けた。

 

 俺は履き続ける。使命と義務感の根底にある真っ黒にくすぶったままの怒りを。敵を許せぬ理由を。その過去を

 

「生きたまま、意識があるまま、背中を預けた仲間を、愛した先輩を、愛おしい妹を、肉片になるまで切り刻んだ。お前が持っている、その忌まわしいダインスレイフでだ!」

 

 ヒュージは息をのみ、手に持ったダインスレイフを信じられぬように見た。

 

「みんな痛いと叫んでいた。助けてくれと願った。なぜ殺すと恨み言を吐かれた。……そして、それなのに俺は悪くないのだと許した」

 

 あなたは悪くないと、みんなが言った。自分を斬り殺す俺に向かって。みんなの血に濡れながら、みんな微笑んでいた。俺が少しでも傷つかないように、最期まで。頭が変になりそうだった。

 

「許せるものかっ! 皆をあんな目に遭わせたヒュージを。みんなを守れない弱かった自分を。仲間を殺してのうのうと生きている自分を!」

 

 みんなを傷つけたことを仕方の無いことだったと、過去に出来ない。したくない。みんなの犠牲は無駄じゃ無かったと胸を張れるように、少しでも多くの敵を倒さなきゃいけない。

 

 そうで無ければ許してもらえない。

 

「だから誓った。ヒュージを殺すことが俺の生きる意味だと。ヒュージに何もかもを奪われた。故郷も、仲間も、そして家族でさえも。だから死ぬその時まで敵を殺し続けると誓った」

 

 死者は沈黙などしない。暗い地の底から今も、腐り落ちた眼球のあった窪みで俺を見続けている。

 

 今も死者に背中を押されながら、前へ倒れるように進んでいく。

 

 止まることは許されないのだから、立ち塞ぐものはすべて踏み潰していくしかない。だから俺は問わねばならない。

 

「お前はそれでもヒュージをかばうのか」

 

 

 

 ●

 

 

 

 あれほど騒がしかった廃墟群は元の静けさを取り戻していた。

 

 梨璃は答えられない。復讐に身をやつした人間に向ける言葉を彼女は持っていないから。

 

 竜胆は何も言わない。幸福な未来を疑わない人間を説得する言葉を持っていないから。

 

 だから彼女は諦めないのだろう。傷ついて、傷ついて、それでも立ち向かうのをやめず。だから、それが折れるとすれば、それは周りが折れてしまった時だ。

 

「りんどお、私が抵抗しないって約束したら、梨璃は助けてくれる?」

 

 梨璃を優しく押しのけ、ヒュージが俺の前に立つ。彼女はまっすぐに俺を見ていた。

 

「結梨ちゃん!?」

 

「っ! ……ああ、約束しよう。元より、梨璃と敵対したのは君をかばったからだ。君を討伐したのなら、彼女と対立する必要は無い」

 

 急な物わかりの良い態度に驚いて手が止まる。

 

「ねえ、りんどお。私がいなくなる前に一つ聞いても良い?」

 

「…………」

 

 沈黙は肯定だ。彼女は笑って言った。

 

「私、みんなに会えて、りんどおに出会えて良かった。りんどおは?」

 

 花のように柔らかい微笑み。遺言のような問いかけは俺を酷く動揺させる。

 

「な、何が言いたい…………」

 

「例え短い時間だったとしても、この百合ヶ丘でみんなと一緒にいられて良かった。こんな形で終わっちゃうのは残念だけど。私、りんどおのこと、恨まないよ」

 

 あの時傷つけてしまったみんなと同じ顔で、

 

「生きることを許されない命だったとしても、私の中をいっぱいにするものが梨璃の、みんなの、りんどおの優しさだったことが嬉しい。りんどおが私に優しくしてくれたこと、忘れないよ」

 

「だからもう良いの。りんどお、私のために悲しまないで。りんどおが悲しいと、私はとても悲しい」

 

「自分を殺す相手を、お前は気遣うのか」

 

 いけない。彼女をヒュージだと思い込もうとする仮面が剥がれかけている。けれど。分かっていても、言葉を止められない。

 

「どうして。どうして今になってそんなことを言う。お前は生きたかったんじゃないのか」

 

「そうだよ。でも今、生き残れたとしても、きっと今回みたいに私は追われる。きっとそれは生きている限り続くんだ」

 

 それは諦観だ。諦めたのではなく、大切な何かのために生存を切り捨てる自己犠牲への寛容。

 

「だからもう良いの。りんどお、終わらせて」

 

「結梨ちゃんっ!」

 

 そうだ。俺は彼女にそれを強いて、だからここまで迫った。だと言うのに、この胸の内を占める気持ち悪さは何だ。

 

「……分かった」

 

 ゲーボルグを振り上げ、後は下ろせば任務は終わる。だと言うのに、それ以上何も出来ない。手が震える。力が入ってくれない。

 

 世界が止まってしまったような静けさ。俺も、梨璃も、結梨も、動けない。動いてしまえば、何かが決定的に壊れてしまうようで。

 

 レアスキルによる発光ばかりが強まっていく。背にしたマギの翼が、目を閉じたまま祈るように手を合わせる結梨を照らす。

 

 彼女は今何を考えているのだろうか。今日までの日々だどうか。自分という存在についてだろうか。それともあり得たかもしれない未来か。

 

 でもそれはやってこない。今俺が摘み上げてしまうから。

 

「なんで俺はこんなことをしているのだろうな」

 

 自嘲するような言葉と共に、頬を熱いものが伝っていく。

 

 ごめんなさい結梨。俺は酷い人間だ。誰かを守るためなんかじゃない。エゴのためにお前を殺そうとしている。ヒュージ退治なんかじゃない。これは殺人だ。

 

 俺はお兄様失格だ。

 

 ゲーボルグを振り下ろす。目映いばかりの閃光と熱量が結梨を包もうとして、

 

 真横から別の閃光が俺たちを地域一帯、もろともに吹き飛ばした。

 

 

 

 ●

 

 

 

 閃光が過ぎ去った。結梨を焼き消そうとしていた熱量はそのまま、こちらに向かってきていた熱戦の迎撃に使われた。三人分の立つ地面を残して、辺り一帯が溶かされガラス化している。

 

 こんなことを出来る存在は一つしかいない。ヒュージだ。海岸線の向こうの沖合。ここからでも確認できるほどの巨体を持ったヒュージが、鏡のような部位を使ってマギの熱戦を放ったようだ。

 

「あれがヒュージ……?」

 

 図らずもヒュージに命を救われる形となった結梨は、目を見開き初めて見るヒュージに目を奪われていた。

 

 ヒュージは結梨を助けたのだろうか。その様な意図を疑ってしまうほどのタイミングで放たれた光線。だがそうではなかった。

 

 間髪を入れず第二射が放たれた。二人を守るために前へ飛び出しながらマギを励起し、二度目の光線へマギをぶつけることで相殺する。結梨を巻き込むことを全く意に介さない強大な砲撃。結梨を同属だとあのヒュージは認識していない。

 

 後ろを振り向くと結梨は初めて遭遇する実践の空気に動揺して身をこわばらせている。梨璃も結梨を守ろうと寄り添い、動けそうにない。

 

 そんな二人をヒュージが意にかけるはずもなく、更なる攻撃の準備のためマギを収束させていく。

 

「ヒュージは私を仲間だとは思わないんだね」

 

 ヒュージに攻撃される現実を前にして結梨は力なく呟いた。これで本当に彼女に居場所がないことが確定してしまった。彼女はリリィと認められなければ、ヒュージに同胞と認知されない。

 

 どちらにもなれず、しかし異物として狙われ続ける立場にしかいられない。

 

「あれらに仲間意識なんてものはない。ただ暴れ、破壊するばかりだ。だから駆除しなければならない」

 

 更に放たれた光線をなぎ払い、ゲーボルグにマギをありったけ注ぎ込み、最大駆動に移行する。熱を伴う光線が周囲にプラズマを発生させ、光を放つ推進する巨大な弾丸を形作る。

 

 収束し、放つ。

 

 ヒュージの放った熱戦を両断しながら、ゲーボルグの光が海の上を走り、遠方のヒュージに命中する。塔のような構造だったヒュージの一部が消し飛んだ。

 

 一部が欠けたものの、ギガント級ヒュージを倒すには足りない。これくらいの阻害であれば奴らは動き続け、いずれは再生する。通常であれば。

 

 レアスキルの光を浴びたヒュージの表層が大きく膨張しては収束し、その形象を崩壊させていく。再生できないことに困惑した様子を見せるヒュージであったが、なす術もなく肉片となって散っていく。それはどこか病的な滅びの印象を与える光景だった。

 

 振り返ると、異様なヒュージの朽ち方に二人は唖然として、何もない海を呆然と見ている。

 

 ──お前もこれから、ああなる。ごめんなさい結梨。

 

 そう、思った瞬間だった。

 

 酷く嫌な、悪寒がした。周囲のマギがざわついたからだ。

 

 目が合った。蛇の目。巨大な蛇の目。青く、深く、暗い瞳が背後にいた。音もなく、その巨体を現出させて、攻撃の予備動作を終えようとしていた。

 

「オロチーっ!」

 

 ヤツの名を叫び、マギを再励起させ、光の翼を展開する。

 

 準アストラ級特異個体『オロチ』は鎌首だけの巨体を、ヒュージの使う空間跳躍能力であるケイブの湾曲した空間からもたげていた。

 

 俺のレアスキルが活性化する。マギから生成される特殊な中性子が空間に放出され、光を帯びる。ヒュージ細胞をぐちゃぐちゃに崩壊させる放射線に似たそれは鱗のようなオロチの表層を崩していくが、ヤツがそれを気にかける様子はない。

 

 ヤツは真っ直ぐただ一点、結梨を見ていた。目的は分からない。ただヤツが何をしようとしているかはすぐに分かった。無事な鱗がほつれ、連なった苔のような職種を生成し、絡み取るようにそれを結梨へと伸ばした。

 

「えっ!? い、嫌ぁ、痛い!」

 

 オロチの触手のようなものは、とりついた生物の神経系を上書きするように乗っ取り、支配下に置くものだ。ヤツは結梨を奪い去ろうとしている。痛みに耐えかねて涙を流す結梨と、目が合った。

 

 ──助けてっ、りんどお

 

「その子に触るな!」

 

 頭に血が上る感覚。あの日の悲劇の再現だった。体を乗っ取られ、敵となってどちらかが倒れるまで戦うしかない。そんなのはもうたくさんだ。もう繰り返したくなんかない。

 

 レアスキルの放射線を最大出力で放出する。青白い光と共にゲーボルグが光の奔流を吐き出し、なぎ払うように振るう。

 

 フェイズトランセンデンスで無限化したマギはヒュージを消し去り、後に残ったのは無事な姿の結梨だった。

 

「ああ、良かった……。今度は助けられたんだ……」

 

 そう安心したのがダメだった。

 

 助けることができたという喜び。それがどうしようもない油断を誘った。今回は違うと、そう安心して前を見て、また青い巨大な瞳がいた。

 

 敵はもう一匹いた。一匹じゃなかった。大きく開かれた歯のない顎。ヤツはなんとしてでも結梨を連れ去ろうとしている。のっぺりとした意思を感じさせない瞳が、大きく喜色に歪んだ。あざ笑っている。ヤツは俺を馬鹿にして、あの時と同じと笑っている。

 

 マギを放った直後で、もう一度放つことも出来ない。だから使えるものは己の身一つ。地面を蹴り、前へ飛び出す。結梨を掴み後方へ投げ飛ばし、間抜けに開いたオロチの口に左腕をたたき込む。口が閉じられ、肉がぶつ切りにされる重たい音がした。

 

「せめてお前だけでも! 腕の一本、くれてやる!」

 

 痛みに耐えながら、もう片腕でオロチの頭部を掴み逃がさない。やったことはないがマギを食われた腕に集中させ、解き放つ。オロチの頭部だったものは木っ端微塵となって内側から爆発した。けれどマギの過剰な励起よる発光は収まらず、周囲を包み込んでいく。 

 

 ●

 

 

 

 雨が降っている。気絶していたらしい。マギに当てられ、その場にいた三人とも気を失っていた。

 

 放射性フェイズトランセンデンスは核反応に似た作用で周囲の水蒸気を昇華させ、ヒュージ細胞を崩壊させる黒い雨が辺り一面に降り注いでいる。

 

 この雨はヒュージを殺す雨だ。雨は平等に降り注ぐ。俺に。梨璃に。そして結梨に。

 

 無事だ。俺も、梨璃も、結梨も。誰も傷ついていない。雨に濡れる体。彼女にヒュージ細胞がないことを証明していた。

 

 詰まるところ、俺のしたことのすべては無意味だった。独りよがりで妹たちを危険にさらしただけだ。

 

 体を起こそうとして、重心を崩してその場に倒れ込む。泥と雨の味がした。酷く苦い。

 

 左に視線をよこすと地面がある。あるはずの左腕がなくなっていた。

 

 これは身勝手に振る舞ったことへの、ふさわしい罰なのだろう。

 

 重心が乱れ、マギの枯渇する体をふらつかせながら立ち上がり、その場を後にしようと歩き始めて、

 

「待って」

 

 呼び止める声がした。結梨が意識を取り戻してこちらを見ている。倒れたときに切ったのか額から血を流している。赤い血だった。彼女は人と変わらない。

 

「どこに行くのりんどお」

 

「オロチがここ鎌倉にまで出現した。これまでなかったことだ。だから警戒網の再構築を議論しなければならない」

 

「そうじゃないよ。りんどおはどこに行っちゃうの?」

 

「この雨をもってお前がリリィであることが証明された。俺は同胞を攻撃した咎人として相応の処罰が下る。だからもう、お前に会わないよ」

 

「待ってよ」

 

「悪かったな。お前には酷いことをした」

 

 傷ついた体を引きずって黒い雨の中を歩く。冷たいな。

 

 後ろから結梨が俺の名を呼ぶ声がした。繰り返し何度も、何度も。それはすすり泣く声に変わっていって。

 

 やがて雨の音にかき消されていった。

 

 ●

 

 真島百由の調査により、一柳結梨を正式に人間と判断。政府による彼女への処分命令を撤回。

 

 本日をもって新庄竜胆を百合ヶ丘女学院を除籍処分とし、

 以降、身分をG.E.H.E.N.A.所属とする

 




前編終了


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完結編
それぞれの思いは冬の中で


 竜胆が結梨の命を狙い、暴走した事件から半年の時間が過ぎ去った。鎌倉に降る雨に雪が混ざる季節。季節は冬へ移りつつある。

 

 しばらくの時間が経ったが、結梨の周りは平和そのものだった。彼女がヒュージを由来とする存在であることは周知されたけれど、誰もそれをとやかく言うことはなかった。

 

 むしろ件の事件によって、世間の目は彼女を『被害者』として同情的に見ていた。彼女は意図せず、守るべきリリィの一員としてガーデンに身を置いていた。

 

 けれど、当の本人はめまぐるしい周囲の状況をよそに、ぼんやりと沈黙していた。テーブルの上、昼食にと選んだオムライスは半分も食べられていない。

 

 そんな結梨の様子をみかねて梨璃が心配する。

 

「結梨ちゃん。食欲ない?」

 

「梨璃……。ううん、そんなことないよ。……うん」

 

 平和であればあるほど、結梨の脳裏には彼の姿がよぎっていた。あれから竜胆は百合ヶ丘女学院に足を運ぶことはなかった。責任を取って除籍処分となった竜胆のその後の動向は以前のように百合ヶ丘女学院へ報告されることはなくなり、彼は消息不明となっていた。

 

 ──今、りんどおはどうしているのだろう

 

 そう思っても、何も分からない。周囲は意図的に結梨から竜胆の情報を遠ざけているような節があった。

 

「ん……」

 

 気が重くなって額に手を当てる。こめかみの所、少し感触が違う箇所がある。ゲーボルグの光が微かに触れて火傷のようになったところだ。

 

「傷、少し残っちゃったね。でも言ったらきれいに消せるんだよ?」

 

「……いいの。このままで、良いの」

 

 梨璃の言う通り結梨の傷は、リリィのために用意された施設を利用すれば消せる程度の傷跡だった。けれど結梨はそうしなかった。どうしても消せなかった。

 

 結梨には百合ヶ丘から部屋が与えられた。部屋には梨璃から、結夢から、結梨を知るみんなから何かが送られて、部屋にはみんなの繋がりがあった。けれどそこに竜胆のいた繋がりは何もない。額の傷が結梨に残された竜胆との繋がりだった。

 

「ま、まあ、そういうことはゆっくり考えていけば良いよ。……そういえば、もうすぐ遠征だね。どこになるのかな?」

 

「遠征……。外の世界……」

 

 竜胆事件から数ヶ月した、梨璃たちのレギオン一柳隊は相模湾ネストにいたアストラ級ヒュージの討伐に寄与することとなった。夢結とも因縁深かったネスト撃破の功績によって、一柳隊は昇格。学園担当の防衛圏を離れて周辺地域の遠征の許可が下りるようになった。

 

 そして記念すべき第一回遠征の日取りと目的地の選定が行われていた。上級生である結夢と梅が中心となって行われている選定は、安全重視の梅と経験重視の結夢とで意見が一致せず、なかなか決まらないでいた。

 

「もし行くなら、結梨ちゃんはどこが良い?」

 

 話題を変えようと梨璃がそんな質問をした。そして結梨は治療室にいた頃に読んだ本の内容を思い出していた。動物図鑑には様々な動物がいて、百合ヶ丘ではその一割も見ることは出来ない。

 

「……動物がいっぱいいるところ」

 

「え? 結梨ちゃん動物園に行きたいの?」

 

「……忘れて」

 

 いつか竜胆と見に行く。そんな約束をした。けれど約束はもう叶うことなく。結梨の胸の内に鈍い痛みを残すばかりだ。

 

 結梨は思っていることを言葉にしない。それはきっと梨璃を困らせてしまうから。もう悲しい匂いは十分だった。

 

 だから結梨に出来るのは、胸の内にある言葉にならない想いを、オムライスと一緒に飲み込むことだけで。欠けてしまったままの日常が、今日も平穏に続いていた。

 

 

 

 ●

 

 

 

 結梨と梨璃が食堂にいる間、彼女たち以外の一様隊のレギオンメンバーは、割り当てられた部屋で顔を見合わせていた。

 

 みんなで囲っている中央の大机には、各レギオンに割り当てられる遠征計画書の要項が散らかっている。

 

 みなが難しい顔をして集まっている。問題は机の中央、よく見えるように置かれた一枚の書類、その内容だった。

 

 それは言ってしまえばよくある防衛軍からガーデンへの協力要請だ。問題となっているのはその場所、目標に他ならない。

 

 目的地は北海道空阿村、目標は準アストラ級特異個体『オロチ』。半年前に鎌倉にも出現し、その後竜胆が追って消息を絶った相手を討伐するための任務だった。

 

 任務そのものは討伐にあたって、必要となる各支援をガーデンのリリィに要請するものだ。

 

 半年前の事件後、消息不明となっていた新庄竜胆への明らかな手がかりを、一柳隊は扱いを決めかねていた。

 

「やはりここは見なかったことにするのが一番穏健ではありませんこと? 知らぬが花、などと言いますわ」

 

 もう何度目かになる意見を楓・J・ヌーベルは述べた。でも、と二川二水が待ったをかける。

 

「でも結梨ちゃんが何も知らないまま、処分してしまうのは……。その、なんというか……」

 

 つまるところ一柳隊が行ってきた議論はこの一点に集約される。竜胆への手がかりとを結梨に見せて良いのか。少女たちは揺らいでいた。

 

「だからといって私たちが議論しても、それは結局隠しているのと変わりないだろ」

 

「そうね、鶴紗の言うとおりだわ。どのような結果になるとしても、結梨が自分自身で決めたのなら納得もいくでしょう」

 

 スナックを口して投げやりな意見を言った鶴紗に、夢結がそう総括する。

 

「……それで、これを伝えるのは誰にしますか?」

 

「……!?」

 

 郭神琳がにこやかに最後の問題を示し、話題を振られた王露嘉がそんな大役を押しつけないでくれと首を激しく振った。

 

 誰が伝えるのか、と言う段階でみな押し黙って、夢結は深くため息をついた。

 

 

 

 ●

 

 

 

 北緯45度、東経141度。極寒の吹雪によって陽光の差さない冷たい暗黒となった小さな島。静かなはずの島は戦場となっていた。

 

 遙か上空からいくつもの爆撃機が編隊を組み、絨毯爆撃を繰り出す。住民の避難が完了した島は地図から消し去らんばかりの破壊をその身に受け、地上にある人工物、自然や地形が一切の区別なく白紙に消えていた。

 

 均されていく土地の上で変わらず活動する物体が幾数千と蠢いている。ヒュージだ。大小様々、数えるのも馬鹿らしくなるくらいの数のヒュージの大群が降り注ぐ爆撃をものともせず群れをなして行進を続けている。

 

 当然だ。ヒュージにマギの通わない現代兵器は足止め以上の効果を望めない。彼らは本州へ向けて足を進めていく。ヒュージの侵攻を阻めるものはないかのように見えた。

 

 極光の放射能が島を分断するように奔流として走った。溶けていく。ヒュージは細胞を崩壊させて。大地は核爆発の高熱に曝され融解して。数秒もすれば島には何もなかった。

 

 熱されて赤くなった大地を、悠然と踏みしめていく影があった。竜胆だ。中身のない左袖をはためかせながら、ゲーボルグを手に敵の生き残りを処分するために。

 

 微かに生き延びたヒュージが逃げようとちぎれた足で体を持ち上げようとしていた。けれど、生きることは叶わない。ゲーボルグの光刃が振り落とされ、ヒュージだったものは二つになって、やがて崩れてなくなった。

 

 目の前でイノチだったものが無に消えていく。しかしそれを見ても竜胆の表情に映るものはなかった。ただ無表情で敵のイノチを刈りとって摘む。

 

 一時間の時間が経ち、島だった場所から人が住んでいた痕跡も、ヒュージがいた残り香も、すべて消えてなくなった。後に残るのは放射性フェイズトランセンデンスによる黒い雨だけだ。降り注ぐ雨の音をかき消すように一機のヘリコプターが竜胆の迎えに飛んできた。

 

 跳躍し、空中に留まるヘリコプターに乗り込み、パイロットが竜胆の搭乗を確認して飛び去っていく。

 

「また、外れだったな」

 

 重いため息を吐きながら、そんな独り言が漏れていた。複数のオロチを追って、その本体の候補と目されるヒュージの集団を叩いていたが、まだ遭遇することは出来ないでいた。

 

 かれこれ五日も連続で戦闘を続け、竜胆は限界が来ていた。座り心地の悪い座席でも、ないよりはマシだった。背を預け、少しでも休める余裕があれば、気絶するのに時間はかからなかった。

 

 

 

 ●

 

 

 

「あら、竜胆。こんなところにいたのね。探したのよ?」

 

 ぼんやりとベンチに座っていると、声をかけられた。包帯のせいで半分白い視界を横に移すと、朗らかに笑う女性が手を振りながら近づいていた。

 

 白く長い髪。形の良い小鼻。長い眉毛がかかる黒曜石の瞳は優しそうに下がっている。

 

「……。友里香さ、……お姉様」

 

 友里香さんと言いかけて、慌てて言い直す。彼女をお姉様と呼ぶ口調はぎこちない。そんな竜胆に友里香は可愛さを見いだし笑う。

 

「ふふふ、ここの風習にはまだ慣れない?」

 

「いえ、別に……、ただ家族でもない人を姉と呼ぶのに、違和感があるだけです」

 

「はっきりと言うわね……。ええ、いいわ。ここに来たのなら、あなたも私たちの一員。いつか心からお姉様と呼ばせてみせて、よ?」

 

 茶目っ気をたっぷりと含んでウィンクをしてみせる友里香。ただ上手く出来ずに両目を閉じていた。

 

「……ぷふっ」

 

「あ! やっと笑ったわね!」

 

 クスクスと鈴を転がすような笑い声を向けられて、竜胆は気恥ずかしさに顔を紅く染めて逸らした。そんな竜胆の様子がおかしくて、友里香は更に笑いを深くして、可笑しいとおなかを抱えている。

 

 竜胆の横に座り、瞳をのぞき込むように顔を寄せる。澄んだ黒い瞳が竜胆を映してしまうくらいに近くて、また竜胆は顔を赤くした。

 

「怪我の容態はどうかしら? 助けたときよりも良くなっているとお医者様は言っていたけれど、そこのところ、本人としてはどうなの?」

 

「はい。すっかり良くなって、この左目以外は完治したと思います。目もすぐに包帯を外せるって聞いてます」

 

「良かった。せっかく助けた子が無事じゃなかったら嫌だもの」

 

 ぺたぺたと体のあちこちを触られても、竜胆は身動きを取れず固まっていた。恩人を振り払えるほど恩義知らずでもない。

 

「本当に、妹共々助けていただいてありがとうございます」

 

「いいのよ、私はリリィだもの。ヒュージから戦えない人を助けるのは当然よ。ここの暮らしはどう? 何か不自由はしていない?」

 

「困ることなんて、そんな……。ただここに置かせてもらって、何も出来ないのは、少し歯痒いですね」

 

「小学生が何を言っているの、もう。あなたはまだまだ子供なんだから、甘えても良いのよ」

 

 されるがままの竜胆を、後ろから抱きしめて頭をなで回す。それが友里香が想像する姉のイメージ像だった。兄弟のいない彼女には、こうした時間は少なくない憩いの時だ。

 

 だから友里香はもっと竜胆と時間を共有したいと、あることを思いついた。

 

「……そうだっ! なら竜胆もこの庭園の手入れをしない? きっと楽しいわよ、造園。ええ、決定。あなたも造園部にいらっしゃい」

 

 良いことを思いついたと言いたげに、半ば強制的に友里香は竜胆を誘い。当然、竜胆が断るはずもなく、園芸部に新入部員が一人追加されるのだった。

 

 

 

 ●

 

 

 

 目が覚める。懐かしい夢から覚めて、聞こえているのはけたたましいヘリコプターのローター音。どうやら座ったまま眠りに落ちていたようだ。

 

 眠気をはらうように首を振り、もう一度深く座り直し、感傷で胸が一杯だった。

 

 懐かしい夢を見ていた。

 

 ずっと見ていなかったのに、最近になってよく見るようになってしまった。

 

「友里香お姉様……」

 

 いったい、いつ以来だろうかその名を口にしたのは。ずっと呼んでいた名前。親愛に満ちていた響きは、気がつけば罪悪感に取って代わっていた。

 

 もう名前を呼べど、あの声が返ってくることはないのだ。

 

 ──だってあの人は、この手で……

 

「コフっ! ──!」

 

 咳き込み、何か熱いものが喉を通っていった。確かめてみるとそれは黒く濁った血液。

 

 吐血。汚く濁ったそれは放射線被爆の初期症状に他ならない。

 

 GEHENAによる自己回復系ブーステッドスキルの人工付与で、誤魔化してきたそれが、間を置かない連続戦闘で限界を見せ始めていた。

 

 レアスキルを使用している間、竜胆の体はそれ自体が極端な放射性物質に他ならず。重度の被爆を起こしていた。

 

 感覚的に理解する。人の形をなしているだけで、体の内部は崩壊寸前だと。

 

 もう寿命と言えるものは、ほとんど残されていない。

 

 だが、それがそうしたというのだ。イノチの残り時間が少ないというのなら、終わるまでにすべてを終わらせれば良いんだ。竜胆は自分に言い聞かせる。

 

 オロチへの復讐。それだけが叶えば、後はどうだって良い。

 

「友里香お姉様……。桔梗。もうすぐ、そちらに行きます」

 

 そう祈るように呟く竜胆の表情に迷いはない。もうそれだけが、竜胆のすべてなのだから。



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放棄された大地で

「結梨、選びなさい。北海道へ行って、竜胆お兄様に会うか、それとも合わずにいるか」

 

「お姉様!?」

 

 あまりにも包み隠さない真っ直ぐすぎる夢結の物言いに梨璃が絶叫した。嫌な予感がした梅は、予想が悪い方に的中して、顔を覆って天を仰いで現実から努めて目をそらしている。

 

 他の一柳隊の面々も似た反応だ。みな夢結の不器用さをすっかり忘れていた。真摯に伝えたつもりの夢結が周りの反応を解せず眉をひそめている。

 

「……いいの?」

 

 そう問いかけたのは結梨だった。竜胆にもう一度会っても良いのか。彼女はそう問いかけている。なぜみんなが彼女を竜胆から離すように動いていたのか、十分に理解していた。

 

 これからみんなの思いやりを無碍にしてしまうことも。それなのに自分を許してくれるのかという確認だった。

 

 そんな風に考えてしまう結梨に夢結は柔らかく微笑む。

 

「良いも悪いもないわ。あなたが決めて、あなたが選ぶの。大丈夫、可愛い妹の我が儘を一つ叶える。それくらいの器量、あって当然よ」

 

「夢結……」

 

 それでも、結梨に勇気はなかった。気持ちは決まっているのに、それを言葉にすることのなんと難しいこと。けれど勇気は一人で放つものではない。

 

 結梨の手を梨璃がそっと包み。

 

「結梨ちゃん、良いんだよ。結梨ちゃんがそうしたいなら私たちはきっと力になる。だって、みんな結梨ちゃんが好きで、結梨ちゃんの力になりたいって想ってるんだから」

 

「梨璃……。……うん、ありがとう。私、決めたよ」

 

 きっとそうしなければ私は一生後悔するから。だから今思うことをちゃんと言葉にしよう。

 

「私、りんどおに会いたい。会ったからって、何が出来るのか全然分からないけど。でも、何もしなかったら、きっとこのままだから。……だからみんなの力を貸して欲しい」

 

 不安はある。状況が好転する予感などほんの少しだってない、けれどみんなが一緒なら頑張れる気がした。

 

「……なら決まりね。これより一柳隊は進路を北海道にとります。目的はあくまで目標であるヒュージの討伐。ただし途中で新庄竜胆と遭遇した場合、結梨に状況を一任する。そういう感じでどうかしら?」

 

『了解!』

 

 竜胆のもとに結梨を届ける。一柳隊のなすべきことが決まった。

 

 

 

 ●

 

 

 

 一柳隊は防衛軍が保有する航空機を足にすることで北海道に向かっていた。防衛軍からの正規の要請でチャーター可能な旅客機での旅は快適だった。

 

 初めて搭乗する航空機の窓から見える景色に結梨は目を輝かせている。

 

「わーあ……、すごく高い。鳥になったみたい」

 

 リリィは身体の力をマギで強化し、それなりに跳躍することは出来るが、雲と同等の高さは目新しかった。空を見上げて遠くにあった雲がこれほど近いことに結梨は不思議な高揚感に包まれている。

 

 窓から遙か下の地上を見下ろせば、自然の風景にまばらな人工物、都市や家屋が点在していた。だが北上して行くにつれて、甲州を超えると途端に自然の緑が世界のすべてへと変わっていった。

 

 東北より以北の地域はそのほとんどがヒュージの占領下であり、ぽつぽつと防衛軍の駐留基地があるばかりだ。それ以上陸の上を飛んでいてはヒュージの対空攻撃を食らう可能性があり、航空機は新潟県を飛び越え、日本海沖から国土に沿うように進路を変えた。右側の窓からはやがて本州から隔絶された土地、北海道が姿を見せる。

 

「……あれが北海道。りんどおの生まれた場所」

 

 結梨の目に映る北の大地は大きな影を落としたようだった。人工の明かりは人類軍の基地が複数あるだけで、そのほとんどが生い茂った手つかずの森林に飲み込まれていた。

 

「ええ、あそこが竜胆お兄様が生まれた地。と言っても十年前に放棄されて、元の都市の面影すら残っていないようだけれど」

 

 ヒュージによる侵攻によって引き起こされた文明の破滅に夢結は表情に影を落とす。もし自分たちが負ければいずれ鎌倉だって、あのようになってしまうのだ。

 

 かろうじて樹木の繁殖を防いでいる基地の一つに向かって航空機が高度を下げ始める。

 

 その時だった。大きな衝突音とともに航空機が大きく揺れる。何が起きたか、窓から外を見てみると。大型の航空ヒュージが航空機に追いつき、食らいつこうと迫っていた。

 

「みんなCHARMを構えなさい。打って出るわよ」

 

「外に出るんですか!?」

 

 ダインスレイフを持ち、物々しい面持ちで夢結が突風吹く高高度へ出ようとしていた。飛行する航空機の外に出るなど自殺行為に他なく、二水が悲鳴を上げて止めようとしていた。

 

「──!? 待って、夢結。何か来る……?」

 

 結梨の中で不思議な予兆が電流のように走った。これが何なのか上手に言語化できないが、夢結が外に行くべきでないことは分かった。

 

「どういうことかしら結梨? 説明してちょうだい」

 

「言葉にはし辛いけど……。でも、どうしてか大丈夫だって分かる」

 

「よく分からないわ……」

 

 結梨の根拠のない確信めいた言葉に夢結は困った顔をする。現に航空機のすぐそばにはヒュージが迫っていて、危機にいるのは明らかだ。

 

 ヒュージが一度航空機に体当たりをして、機内は大きく浮いたような状態になった。手近なものを掴んだまま、鶴紗が待てないと動く。

 

「まずいぞ。このままだと仲良く墜落だ。牽制でも何でも、とにかくヤツを遠ざけないと──」

 

 外へ飛び出そうと、緊急脱出用の扉に手をかける鶴紗。だがその手は窓の外から漏れた極光を見て止まった。

 

 まばゆいほどの極光の正体はマギによる砲撃だった。航空機にあたるすれすれに幾つもの極大交戦が飛び交っていた。砲撃がヒュージを捉え、巨体を崩壊させながら、ヒュージが墜落していく。

 

「りんどお、だ。梨璃。あれ、りんどおの攻撃だよ!?」

 

「竜胆お兄様なの? 分かるの結梨ちゃん?」

 

「間違いないよ! バアって光って、空気が燃えていくの。あれはりんどおだよ」

 

 直感的にあれが竜胆の放ったものだと結梨には分かった。状況を飲み込めずにいる梨璃は、ただ落下していくヒュージをぼんやり眺めていた。

 

「あそこに、りんどおがいるんだ……」

 

 そのまままっすぐと結梨たちを乗せた航空機は、光線が放たれた防衛軍の基地へと降りていく。予想していたよりもあっけない再会の予感に拍子抜けをしつつも、それが叶ったことに結梨は顔を明るくしていた。

 

 

 

 ●

 

 

 

「今日はここまで。きつい練習だったけど良くついてきたわね。明日も頑張りましょう?」

 

「……はい」

 

 息も絶え絶えとなった竜胆が地に這いつくばりながら友里香へ返答する。今日は竜胆のリリィの訓練の日だった。教官役となった友里香が竜胆にリリィの戦い方を教えようと張り切っていたが、初心者の竜胆はボロ雑巾のように扱かれて動かない。

 

 動かない竜胆を心配して、離れて様子をあがめていた妹の桔梗が駆け寄った。

 

「兄さん! ……もう、ボロボロになって……、友里香お姉様も、お姉様です。こんなになるまで、イジメル必要もないじゃないですか……」

 

「あら、これくらいで根を上げていたら、困るのは竜胆なのよ。ヒュージは手加減してはくれないのよ。それともあなたは竜胆が死んでも良いと想っているのかしら?」

 

「そういう言い方は卑怯です!」

 

「でも事実よ。リリィになりたいのなら。これくらいは乗り越えないと」

 

 厳しい訓練は生存を願う友里香の思いの裏返しだ。リリィの生存率は低い。酷いときで七割を切ることだってある。それが分かっているから、竜胆は友里香の厳しい訓練に文句を一つ言わない。

 

 ボロボロの体を起こし、もう一度与えられたCHARM、ダインスレイフを構える。瞳は闘志で輝いている。闘志を絶やさない竜胆に友里香が笑みを深くした。

 

「分かっています。俺は弱い。敵と戦える力が欲しい。そのためだったら、何だって乗り越えてみせます」

 

「そう……。戦う意志はあるのね。いいわもう少し続けましょうか」

 

「行きます!」

 

 疲労困憊の体に鞭打ち、前へ飛び出す。ダインスレイフを振るう。けれど友里香は余裕綽々と攻撃をいなしていく。攻撃と防御の応酬に気をよくした友里香が竜胆を叩きのめしながら叫ぶ。

 

「そう! 前へ常に動きなさい。まず武器を大ぶりにし過ぎ。たとえ攻撃が当たったとしても、武器は絶対放さない。どんな状況下でも反撃することを忘れないで。状況の主導権を相手に与えて受動的に成るのは悪手!」

 

 竜胆の攻撃をいなし隙を見つけては、重い一撃と友里香の助言が同時に叩き込まれる。ボロボロになりながら経験を体に刻んでいく。個人戦闘技術を重視していた世代の百合ヶ丘女学院で行われていた教育方針は、竜胆をか弱い少年からリリィへと変えた。

 

 

 

 ●

 

 

 

 結梨たちを乗せた航空機はヒュージの襲撃というハプニングこそあったものの、竜胆の遠距離砲撃支援もあって無事に防衛軍の基地に着陸した。

 

 航空機から退出し、飛行場に降りる。結梨は見せる風景を忙しく見渡している。

 

 そのマギの砲撃は竜胆によるものだ。そう確信していた結梨は竜胆はどこにいるのだろうと周囲を見回していた。

 

 そして姿はすぐに見つかった。一柳隊を出迎えるためだろう。防衛軍の事務官とともに航空機のそばで待機していた竜胆は、酷く驚いた表情で結梨を見つけた。

 

 支援のためにどこかのガーデンのリリィが派遣されると聞いていたが、それがよりにもよって一柳隊、結梨だとは想っていなかった。

 

「りんどおっ!」

 

 結梨は飛び出す。失ったものを取り戻そうとその手を伸ばして、

 

「よく来ました。私は防衛軍に嘱託しているリリィ。貴方たちの任務についての詳細はこちらの方が説明します」

 

 あまりにも事務的な声色。感情を感じ取れないそれは、明確な拒絶に他ならない。伸ばしていた手を、結梨は想わず引っ込めてしまう。結梨を見る竜胆の瞳だ。かつて彼女を追っていた時の憎悪と哀愁の混ざった激情はどこにもなく、ただひたすらに無関心に結梨を映していた。

 

「りんどお、私りんどおと話がしたい。少しでも良いの、時間を……」

 

「私はこの後に出立します。残念ですがあなたと共にする時間はありません」

 

「そんな……」

 

 とりつく島もない物言いに結梨はひるんでしまう。それ以上結梨が何も言わないのを見ると、事務官に断って竜胆はその場を後にしようと歩き始めた。

 

「ちょっと待ちなよ竜胆お兄様」

 

 竜胆を引き留めたのは意外にも鶴紗だ。彼女は怒ったように竜胆をにらみつける。

 

「こんな北方の端くんだりまで来たんだ。素っ気なくするのは『お兄様』らしい態度じゃないんじゃないか?」

 

 誰かのためにここまでもの申す鶴紗が意外だったのか、竜胆は目を丸くする。付き合いの長い鶴紗にそう言われて、竜胆は仕方がないと結梨に向き合った。

 

「先ほどの態度を謝罪する」

 

「りんどお……。なら少しでも良いから……」

 

「だが済まない。数時間後に出発するから忙しいのは本当だ。だから君と話せる時間はない。これから墓参りに行かなければならない」

 

「……墓参り?」

 

 竜胆は少し顔をうつむかせ、

 

「今年が七周忌なんだ」

 

 空阿航空基地はかつて空阿村と呼ばれた集落の跡地に建てられた施設。よく見れば竜胆の着ている背広は通常のものではなく、葬祭ようの喪服。

 

 彼は墓参りのため、偶然のこの場にいたのだ。七年前に失った故郷の追悼に。



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追悼者たち

 麗らな陽光に照らされて、百合ヶ丘女学院の中庭は萌ゆる草木に包まれていた。その中で竜胆は伸びすぎた葉や枝を剪定し整えている。その隣には友里香がいて、腰を下ろした彼女もまた、栄養を奪い過ぎてしまう花の数々を間引きしている。

 

「こうして花の世話をしていると、私たちがリリィだって言うことを忘れてしまいそう。武器を持つ手で敵の命じゃなくて、草木を摘む。なんで私たちは花の世話だけをしていられないのでしょうね?」

 

「敵と戦うことに疑問を持つのですか? 俺にはとても、そう思えません」

 

「……そうじゃないのよ。──痛っ」

 

 友里香は説明をしづらそうにしている。どうやって言語化して良いのか分からず考え込んでしまった。だから考え事に集中しすぎた余り、手元がおろそかになったのだろう。小さな茎のトゲに指を引っかけていた。

 

 小さく出来た傷口から、値がほんの少しだが滲む。血がどこかを汚してしまわないよう、友里香は玉のようになった血を唇で啄んだ。指を淡く咥えたまま、自分の手を切ったトゲを眺めなて友里香は話した。

 

「そうね……、きっとヒュージを倒すのはこのトゲを取り除くのと同じだわ」

 

 剪定鋏を入れ、伸びていた茎を切り落とす。

 

「そのままにしていたら、不注意で手を怪我してしまう。だからこうして事前に手を加えて安全な場所を作る。私の戦いってそういうものなのよ」

 

「でも、それでは敵は残ってしまう。怪我を防止するなら根こそぎ対処しなければいけない。お姉様、それはヒュージに奪われたことのない人の意見です」

 

 受け入れられないと竜胆は友里香に言う。手元のトゲの生えた茎を残さず切り落としていき、一つも残っていない。

 

「一度でもヒュージに奪われた人間はヒュージを憎悪します。奪ったものを返せと怒り、その感情のまま暴力に訴えるのです。そしてそれは危険が潰えるまで止まらない。トゲで怪我をするのが分かっているから」

 

「そういう復讐が目的の生き方。良くないと思うわ」

 

「なぜです?」

 

「だって、そうしたら、いつまで経っても落ち着けないじゃない」

 

「どういうことでしょうか?」

 

 友里香の言いたいことが理解できず、竜胆が首をかしげる。

 

「ねえ竜胆。本当にヒュージを滅ぼせると信じている?」

 

「当然です。リリィなら誰だってそう考え、日夜戦い続けているはずです」

 

「でも、現実として敵は滅びていない。どころか勢力を拡大し続けて、人類を圧倒している」

 

 ヒュージが現れて約五十年。人類は抵抗こそ続けているものの、年を追うごとに被害は拡大し続けている。人類の生存圏は減少し続け、減ることはあっても増えることは滅多にない。友里香が指摘しているのはそういうことだった。

 

「私たちが後五十年生きると仮定して、その間戦っていない時間はどれ程だと思う?」

 

「……敵が全滅していなければ、その期間がそのまま、そうなるのでしょうね」

 

 友里香は深くため息を吐いた。

 

「きっと私たちは死ぬまで武器を手放せない。だから竜胆。だからこそ、私たちは戦い以外のために生きなきゃいけないの」

 

「戦うこと以外の生きる理由……。なぜですか?」

 

 竜胆には分からない。いつだって竜胆はヒュージを倒すために生きていた。故郷を奪われたその日からそれは変わらない。

 

「戦うことは必要なことよ。生きるために、自分を守るために力は必要だもの。でも戦うためだけに生まれて、生きて、死んでいくだけ……。それってヒュージと、どう違うのかしら?」

 

「そんなの、同じのはずが──」

 

「同じように命があって、マギを操って戦う。それほどリリィとヒュージに違わないのかもしれない。リリィをヒュージと同等の脅威と唱える人だっている」

 

 でも、と友里香は言う。

 

「でも私たちには戦わない日常がある。武器を取らず、美味しい紅茶と甘いお菓子を口にして、綺麗な花を慈しむだけの日があるの。そういう時、私たちは間違いなく人間なの。私はこの毎日がいつまでも続けばいいと想って、ヒュージと戦っている。あなたにはそういうものはある?」

 

「俺は……」

 

「ええ、分かっているわ。ヒュージと戦うためなら、そういう日常を捨てられるのね。これは私の価値観だもの、押しつけはしないわ。ただ心のどこかで覚えていて。戦うだけじゃない、命を賭けてしまえるものを見つけなさい」

 

「命を賭けられるもの……」

 

「あなたが間違った時に、歩みを留めてくれるもの。きっとよ?」

 

 

 

 ●

 

 

 

「友里香お姉様、あなたの言うとおりになりましたね」

 

 手元の弔花の花束を眺めながら竜胆が自嘲する。あれから、ずっと竜胆はヒュージへ復讐する以外の生きる目的を見つけることはなかった。そして決定的な間違いを犯し、暴走して大切に思っていた結梨を傷つけ、二度と百合ヶ丘に足を踏み入れることが出来なくなってしまった。

 

 奇しくも竜胆は二度も故郷と呼ぶべき場所を失った。

 

 雪が降り積もり真っ白になった、故郷と呼ぶことも出来ないほど何も無くなってしまった場所を歩く。空阿航空基地を出て少し離れた小さな丘。そこに二つの慰霊碑が置かれている。一つはかつての空阿村に住んでいた住人たちのもの。竜胆と桔梗以外もの名が彫られている。

 

 そしてもう一つはかつてのレギオン『クリームヒルト』のメンバーの名が刻まれていた。身寄りのいない者で構成されたレギオンは、その遺体をどこに葬るかで問題となった。そしてそれらをすべて引き取り、竜胆は自身が殺害した仲間たちの遺灰をここに埋葬した。

 

 ここには竜胆の大切な人たちが眠っている。

 

 ここには死者以外誰もいない。

 

 けれど、今日はもう一人、いた。結梨が墓標の前で、竜胆を待っていた。初めて来る寒い銀世界になれず、鼻を少し赤くした結梨は真っ直ぐに竜胆を見ている。

 

「……どうしてここが?」

 

「夢結と鶴紗が、きっとここだって」

 

「……そうか」

 

 何を言うでも無く、竜胆は淡々と墓参りを続ける。隻腕では弔花を持ったまま、水桶を扱うことは難しそうだった。弔花を落とさないように、慎重に水桶から柄杓でミスをすくって慰霊碑にまいていく。

 

 見かねた結梨が口を挟んだ。

 

「りんどお、手伝う……」

 

「不要だ」

 

 そう言って腕を伸ばそうとして、危うく弔花を落としかけた。

 

「──ん」

 

 静かに結梨が竜胆から柄杓を奪い取った。冠婚葬祭の分からない結梨は見よう見まねで柄杓で水をすくって慰霊碑に振りかける。

 

「……水をかけるときは上からじゃなくて、肩からかけるように……。そうだ。縁から垂らしていくんだ」

 

「……分かった」

 

 慰霊碑を水で濡らし、水桶にかけてあった雑巾で拭いていく。少しすれば雪や苔のついていた慰霊碑はそれなりに綺麗になった。

 

 慰霊碑の前に弔花を備え、片手だけで墓前に祈りを捧げる。隣で結梨も真似る。両手で、会ったことも無い人たちのために祈った。

 

 しばらくして、ぽつぽつと竜胆は語り始めた。

 

「……ここいるのは、俺の家族や知っていた人たち、空阿村の住人だった人たち。隣の慰霊碑はレギオンの仲間たち。みんな、オロチのせいで死んだ人たちだ」

 

「ヒュージに殺された人たち……」

 

「そして、もうすぐ俺もここに入ることになる」

 

「──え?」

 

 その言葉に驚き、竜胆を見た。諦めたように竜胆は自嘲していた。

 

 残った右腕でそっと胸に触れる。手から伝わる鼓動は弱々しく、バネの錆びた時計を想わせる。内蔵など、ほとんどが辛うじて体裁を保って機能しているの過ぎない。流動食を食べ飽きてどれほど経っただろう。

 

「レアスキルの反動でそう遠くないうち、癌が全身を回りきる。今まではブーステッドスキルの回復力で誤魔化してきたが、それも限界のようだ」

 

「で、でも梨璃言ってたよ。リリィには専用の治療施設があるって。そこならきっと……」

 

「ああ、延命くらいなら可能だ」

 

「なら──」

 

「けれど、そうするつもりは無い」

 

 結梨の淡い期待を竜胆は無情に切り捨てる。

 

「な、なんで?」

 

「わずかな時間を延命するくらいなら、俺はオロチを追う。無為に病室で生き延びるくらいなら、ヤツを追って死にたい。それで相討ちに持ち込めたなら万々歳だ」

 

「──っ! そんなのって……」

 

 結梨は言葉を失う。不和で一度は離れてしまった相手を再開を果たし、その挙げ句にこれから死ぬのだと告げられ。あまつさえ死に急ぐ相手に何と言葉をかければ良いのか結梨にはわからなかった。

 

 そんなこと止めてと、伝えたら良いのだろうか。けれど結梨は知ってしまった。彼がどんな思いで敵を屠ろうと必死なのか。そのためなら命を投げ出す覚悟すらあると。そんな状態で結梨に何が言えるというのか。

 

 だから結梨は何も言えない。

 

 竜胆は何も言わない。自分のやろうとしていることが、ただの自己満足だという頃を理解して、それでも良いと、誰にも理解されなくても良いと諦めてしまったから。

 

 二人は何も言えない。自分が相手にかける言葉を見つけられないから。

 

 すぐ隣にいるというのに、二人の間には底の見えない溝が広がっていた。一人は飛び越える勇気を持てず。一人は対岸を見る意味を持てなかった。

 

 だからこれが二人が会う最後となるのだろう。竜胆は直感する。だから最後の心残りを果たすことにした。

 

「結梨、一つ頼んでも良いだろうか」

 

「……何?」

 

「俺が死んだら、この場所を畳んでくれないか。業者には頼んである。だから見届けるだけで良い。そして俺の遺体を燃やすとき、これも一緒に燃やして欲しい」

 

 首元から竜胆は何かを取り出す。それは認識票と、プレートのような金属の首飾りだった。表面にはダイヤモンドがいくつか埋め込まれていた。

 

「それを一緒に?」

 

「そうだ。これはみんなの遺灰を固めて作った俺のお守りだ。今日まで一緒にみんなを連れて世界を旅してきた。俺が死んでも、これを持っていたい。……だから頼めるか?」

 

 突然の頼み事に結梨は頭の中が一杯になって、何も答えられず。ただ黙ってしまう。無茶な頼みをしたと自覚している竜胆は首飾りを胸元に戻し、立ち上がった。

 

「済まない。不躾な頼み事だった。忘れてくれ」

 

 それだけ言うと竜胆は荷物を持って基地の方へ戻り始める。慌てて結梨も後ろからついて行くが二人が横並びに歩くことは無かった。

 

 竜胆の後ろ姿を見ながら、結梨は考えていた。

 

 ──りんどおが、もうすぐ死んでしまう

 

 言葉にすることは簡単でも、想像するにはあまりにも現実感がなかった。

 

 初めて遭遇しようとしている親しい人の死。少しずつではあるが確実に近づいている気配は言いようのない不気味さがあって。でもそれ以上に、竜胆からは静かで悲しい匂いがした。

 

 ──私、竜胆に死んで欲しくない。戦わなくたって、それでもきっと、生きていいよ。誰も竜胆に苦しみ続けて、それでも戦って欲しいだなんて願っていないよ。

 

 そんな簡単なことも言えなくて。ただ無言の時間が通り過ぎていった。



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