SW「ヒドラジンの魔女」 (ムロ913)
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第一話「ロケットの魔女」
part.1「七夕の朝」


pixivにて投稿しているヒドラジンの魔女の微修正版です。ゆっくりと書いていきますのでよろしくお願いします。

21/11/7改稿版公開開始
章タイトルに改稿済みの明記がある章ごとに更新


 

 南向きの窓から太陽の光が差してくる。

 一九四五年七月七日、日の出を迎えた。

 三分間に及ぶエンジンの全力運転試験を終えて直ぐに、夜を徹して行われた呂式魔導エンジンの搭載は、ようやく終わった。先ほどまで、ずっと聞こえた格納庫の喧騒はすっかりと静まりかえっていた。

 

「くーっ」

 

 両手を伸ばし、体を、全体を伸ばす。薄手の寝間着の紐を緩め、被っていた毛布を無意識のままに畳んだ。

 藍色がかった黒髪は襟までもないのに、手櫛は素直に通らない。好きでもない生まれつきの癖毛。

 寝床に用意されたテーブルに、今日という日を彩るための衣装が用意されている。

 扶桑では一般的な水練着とよく似た、紺色に近い海軍指定のウィッチ用水練着。

 その上には、これまた海軍ウィッチに指定されたセーラー服を羽織る。

 ウィッチ候補は十二歳を過ぎて、尋常小学校を卒業してその能力が目覚めてさえいれば試験を受けることができ、下士官の軍曹以上の階級が与えられる。

 これは、軍隊という男所帯でウィッチの安全を守ることや、ウィッチという特殊な能力を持つ少女たちを戦場に送る以上必要な階級。

 

「あの村に残ってたら、こんな良い服を着るコトも、ご飯をおいしく食べるコトも出来なかった、かな」

 

 アタシ、犬宮豊はすっかり着慣れた航空歩兵の衣装を見やりながら、静かな部屋で一人呟く。

 七年前の事件が起きて、二年前に海軍の航空歩兵予科・・・予科練を受験するまでの五年間は、そんなコトを考えることも出来なかった。

 海軍に入るまで、そして航空機械化歩兵・・・ウィッチとして訓練を送り始めてからも紆余曲折があった。

 自身に与えられた空飛ぶ機械の箒、「秋水」ストライカーユニットは様々な苦境に立たされながらも、ようやく初飛行を迎える。

 

 

 古来より人類の仇敵となってきた怪異。未だ続く怪異・・・通称ネウロイとの第二次怪異大戦。三七年に扶桑海事変が勃発し「山」を破壊して以来、扶桑は本土を襲われることなく、平和を享受していた。

 ウラル方面やシベリア・・・大陸より扶桑海を越えてまでネウロイが侵攻してこなかったことが大きい。

 現在猛威を振るっている怪異は、黒海に現れ瞬く間に欧州を飲み込んだ。

 ダキアやオストマルクは陥落し、カールスラントは南リベリオン大陸に「ノイエ・カールスラント」という事実上の疎開国家を作った。更に西はガリアさえも陥落し、東はウラル地方奥地までも人類は後退せざるを得なかった。

 しかし、ガリアに巣を作ったネウロイは、ドーバー海峡を越えてブリタニアを呑み込むことは出来なかったのだ。

 ネウロイの弱点は水と魔法力の二つである。

 扶桑はブリタニア同様、周囲を海に囲まれた島国国家。超大国リベリオンとノイエ・カールスラントのある北・南の両リベリオン大陸もまた海に囲まれており、欧州とは接していない。故にネウロイの直接侵攻を受けることがなかった。表向きは。

 

 

 アタシは、紺のカラーがついた白い生地のセーラーの上に、更に着するように「命令」が下りていた布地をテーブルから持ち上げ、ぼやく。

 

「こんなベルト一つで受験者が増えるとは思えないケド・・・」

 

 セーラーの下、紺色のベルト。

 それは皇国陸軍のウィッチが纏う装束衣装のベルトと同じものである。陸軍のものは基本が赤色、これが白を基調とした上衣との組み合わせで人気が出た。

 なんでも、海軍のウィッチを志願する女子が増えることを企図して、人気のあった陸軍ウィッチの装束の意匠をセーラーの上衣と合わせたらしい。

 最後にオレンジ色に染められたシルクのマフラーをギュッと抱きしめ、誰かに言うわけでもなく、祈るように言葉を紡ぐ。

 

「磯巻少佐、陸軍の皆、ありがと。先に秋水を飛ばすよ。皆も、頑張って」

 

 「秋水」ユニットは陸海軍と民間共同での初めてのユニット開発計画だった。

 陸軍ではキ200として扱われ、昨年末の「秋草」滑空ユニットでの飛行試験成功を祝った宴会でとある少尉が詠んだ短歌「秋水、利剣三尺、露を払う」を由来とする「秋水」の名称を付けられた。その名前でモデルとしたメッサーシャルフ163「コメート」から呼び変えられている。

 民草にさえ仲の悪さが噂される皇国陸海軍が手を結んだ機体。

 それが、アタシのストライカーユニットだ。

 牽引された後に切り離され滑空する飛行特性訓練ユニット「秋草」や、エンジンや燃料を完全に模した重量で設定された秋水重滑空機ユニットで、どのテストウィッチよりも一歩進んで、秋水を飛ばそうとしているアタシを励ますため。

 このオレンジのマフラーは、同じ秋水ウィッチに選ばれて、富士の裾野に居る芙蓉部隊と一緒に訓練をした仲間たちが送ってくれたものだった。

 マフラーをぴったりと首元に巻いた後、残りをカラーの襟元にねじ込む。

 ここまでの道のりを思い返し、そして息を吐く。今まで、上手くやってきたじゃないか。今日の初飛行だってきっと上手く行く。

 不安が浮かびそうになる自分に言い聞かせた。

 

「準備は出来たか」

 

 物音を立てることなく、ウィッチ用にあてがわれた士官用個室の扉を開けて入ってくる人は一人しか居ない。

 この追浜飛行場には普段、ウィッチが所属しておらず、故に余っていた士官用個室を用意してもらった。

 警備兵二人と護衛ウィッチが一人、夜間警備に立っていて、その三人は不用意に接してくることはない。入ってくる前に一言をかけてくる。

 

「宇野部少佐!」

 

 自分の固有魔法が分かって以来お世話になった偉大な先輩ウィッチ・・・アタシの固有魔法を見抜いたその人である。

 アタシが、あの事件以来外に出れなくなった理由。航空歩兵予科で燻ぶっていたところを報告書一枚で見つけ、その理由である固有魔法を見抜き、扱う方法を一から教えてくれた人。

 宇野部正子、海軍少佐。今年で上がりを迎える二十二歳の熟練ウィッチ。初陣は扶桑海事変。

 本土防空部隊や訓練部隊などと違い、直ぐに戦力化出来ない秋水のための慣熟訓練の場を提供してくれた、扶桑海軍唯一の夜襲ウィッチ部隊指揮官でもある。

 少佐には何とお礼を言えば良いのかさえ分からないほどに恩を頂いた。

 

「少佐」

「なんだ」

 

 長くて綺麗、櫛を通せばスルスルと最後まで通るような黒髪を腰まで伸ばしている少佐は、アタシの呼びかけにぶっきらぼうに返す。

 

「自分は・・・いえ、アタシは。ここまでの少佐の御恩に、お返しが出来るように。精一杯飛んできます」

 

 それが、今日のアタシに出来るコト。それが、今日のアタシの目標。

 百四十センチほどしかないアタシからは見上げるほどの身長の少佐が両肩を掴んでくる。

 

「無駄には気負うな。気負うなとは言わん。無駄には、だ」

 

 いつも静かな顔色をより一層引き締めた少佐が、言葉を続ける。

 

「お前の固有魔法と秋水は扶桑を救う。私が見抜き、育てたのだ」

「だから、いつも通りのお前で。普段と変わらない犬宮豊で、やれ」

 

 短くしっかりと、その視線を見つめ返し返事をする。

 

「ちゃんと戻ってこい。秋水は危険なユニットだ。燃料はもちろん、機体特性も」

「それは、お前自身が一番よく知っているはずだ」

「はい」



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part.2「ロケットユニット」

 

 秋水は特殊なユニット。

 見た目からして、少しずんぐりむっくりとしている。これはエンジンの特性に由来する。

 秋水を動かす魔導エンジンは宮藤理論を利用した現代型ストライカーユニットと一線を画す。

 現在扶桑でも開発中の新型魔導エンジン・・・ジェットエンジンを使用したモノとも違う。

 大きな違いは、吸気するか否か。通常のストライカーユニットは空気とその中に含まれるエーテルを吸気し、燃料とウィッチの魔法力の混合で魔導エンジンを燃焼させ、呪符のプロペラを展開し、空を飛ぶ。

 メッサーシャルフ262「シュバルベ」というカールスラントが開発・運用を開始したジェットストライカーの場合は、魔導エンジンに同じく吸気し、エンジン内のタービンを回すことによって魔法の推進力を作り出す。

 秋水がコメートをモデルにしたように、シュバルベも扶桑で次世代機のベースとして技術提携を果たし、陸軍ではキ201「火龍」として、海軍では「橘花」として、少し使用目的の違う機体として研究されている。

 コメートと秋水はこれらのジェットユニットとも、既存のプロペラユニットとも全く違う形式のユニットだ。

 

 

 秋水ユニットの心臓「特呂二号/KR10」

 通称「呂式魔導エンジン」

 その名の通り、ロケット動力を利用する。

 特徴は、二つの燃料と魔法力を混合させ、一気に燃焼。燃料が尽きるまで、秋水ユニットはただ只管に上昇し、滑空しながら攻撃を加える。

 この過程において、魔導ロケットエンジンは大気と大気中のエーテルを一切、中に吸気することがない。

 大気に触れるのは、ユニット内のエンジンで魔法力によって適切な混合比で、二つの燃料が触れ合って推進力を生み出して、最後部のノズルから噴き出されたときである。

 呂式魔導エンジンの全力運転時に、飛行姿勢であるうつ伏せ状態で後ろを振り返るとよくわかる。エンジンの燃焼が空気中のエーテルに反応して、青い魔法力の炎が伸びる様が見えるのだ。

 既存のプロペラ呪符式のユニットと比べると、魔法陣の大きさも桁違いに大きい。その代償として、既存のユニットやジェットストライカーと違って、魔法力を増幅して身を守るシールドの展開の難易度が上がってた。

 ジェットユニットは、魔法力を吸い上げる魔法圧の要求が非常に高い。

 量産化が進んだ現在では、魔法力を底まで吸いきられて魔力切れなんていう事態は大きく減ったけど、適正と魔法力がある程度ないと、燃料を燃焼し続けるための魔法圧の要求に耐えられない。

 ジェットユニットに対して、ロケットユニットは魔法圧こそ要求されど、魔法力の量自体は要求されない。

 魔導ロケットエンジンの燃焼には燃料こそが重要であり、燃料は数分程度の上昇分しか搭載することが出来ない。

 仕組みとして燃料の混合比を調整し、推進力を生み出すためだけに必要な魔法力を使う時間が短いという前提があるから。

 これらのエンジンの形式ごとの違いは、運用思想の違いに現れる。

 既存のプロペラ呪符式の開発は、全盛期ほどではないが、更なる性能向上を目的として進められている。当分は、飛行時間や要求魔法力・魔法圧の問題で主力機となる。

 ジェット式は、その高速性による一撃離脱攻撃、更にはその推力が魅力的で一撃離脱を想定して開発される。次世代機として魔導エンジンの効率化、要は要求される魔法力や魔法圧の低いエンジンの開発や、効果的な運用の研究が各国で進んでいる。

 これらの研究成果は、プロペラ呪符式ユニットをいずれ代替する主力機として期待されていた。

 さて、ロケット式。

 ノイエ・カールスラントで行われた試験では、燃料を満載した状態で三分間上昇し、高度一万一千メートル以上に到達した。運用方法は至って単純。この桁違いな上昇力を活かし高速で高高度に上昇、滑空状態に入り、高高度進入してくる戦略攻撃型のネウロイに対して大火力でもって、一度の交差で確実に撃墜し、本土や要所を防衛すること。

 航続距離の異常な短さは、他のユニットとは比べるまでもなく凄まじい上昇力で補い、迎撃ユニットとして一点特化する。

 それがロケット式ストライカーユニットの運用なのだ。

 

 

 宇野部少佐と朝食を共にし、横に埋まった半楕円型の掩蔽壕まで足を運ぶ。穏やかな潮風の吹く滑走路脇を歩いて、壕に居る秋水ユニットの面を拝んだ。

 橙色のボディからは大きな形の主翼が伸び、そこに白縁に黒い内円と弦を描く赤い欠けた月。扶桑のラウンデルが描かれている。

 ユニットゲージ・・・扶桑での正式名称は発進促成装置ではあるが、大抵はゲージ、で済む。

 収まった秋水ユニットは空に飛び上るのを今か今かと待っているように見えた。

 

「・・・大丈夫。お偉いさんはゆっくり来るから、その時に思いっきり飛ぼう」

 

 足を入れる部分にそっと触れて呟いた。

 今日の予定は、昼過ぎにこの追浜飛行場を飛び立ち、燃料が尽きるまで上昇した後、ゆっくり滑空し、飛行場に着陸。

 秋水ユニットの存在は秘匿されている。初飛行を記念する報道はなく、記録写真を残すだけ。

 新型ユニットが飛んだこと、新しい海軍航空ウィッチの下士官用飛行服が出来たことの報道は、一応するらしい。

 

「犬宮一飛曹」

 

 秋水の元を離れ、お偉いさまを迎える時間まで基地内散策で潰そうと思った矢先、聞きなれない声に思わず肩を跳ねさせる。

 確か宮菱で秋水の開発主任を務めている技師だと紹介された人が、格納壕の入口に立っていた。

 

「初飛行を遅延させてしまい、申し訳ありません」

「それは自分に言うことでは」

 

 ない、と続けようとしたアタシを、技師は手で制す。

 

「一飛は既にお聴きだと思いますが」

 

 技師は深刻そうな顔をしている。

 扶桑は今、ネウロイの攻撃の危機に瀕していた。

 何故秋水ユニットの開発に踏み切ったか。

 何故地震などの災害で開発が遅延しても、続けさせたか。

 何故扶桑はそれほどまでに秋水による迎撃ウィッチの養成に焦っているか。

 それは、高高度高速進入型の戦略型ネウロイが、日々大陸側から攻撃を行おうと飛来し始めていたから。

 現在は、高高度にも対応できる海軍の紫電改や、同系統のエンジンを搭載した陸軍の疾風と言った最新鋭ユニット、屠龍ユニットや飛燕ユニットと言った上昇力に比較的優れるユニットを使用して、大陸側のレーダーや警戒哨と扶桑海に置いた通報艇などの警戒網でもって、早期での探知による迎撃を行っている。

 ネウロイの攻撃は次第に数が増し、不定期であり、高度が高くなっている現状だ。

 これを迎撃しなければならない。大本営はそう判断し、電探ユニットと呼ばれる特殊なストライカーユニットと共に秋水ユニットによる迎撃網を構築することにした。

 銃後・・・戦火の煤さえ被らないはずだと信じている国民を守らねばならない。

 日夜増しているこの危機は、国民に周知されていない。混乱を生むという理由と、現在は迎撃が出来ているがために。

 今後は追いつかない可能性がある。

 故に秋水の開発は常に急かされていた。

 

「どこか不具合があるかもしれません」

 

 それはそうかもしれない。コメートの設計図を受け取り、秋水の開発計画がスタートしてからおよそ一年。

 あの傑作ユニット、零式艦上戦闘脚・・・通称零戦でさえ開発には時間がかかった。一年間で、しかもエンジンまで新規国産というのは、エンジンの特性上生半可なものではなかった。ノイエ・カールスラントでのエンジンの研究さえ途上であるのだ。燃料の混合比に至っては扶桑で独自に割り出さなければ、攻撃が苛烈になっていくのに間に合わないとされた。

 軍部は、民間の尻を叩き続けて研究と開発を急がせた。

 

「それはアタシの腕でカバーします。この子と伊達に付き合ってきたわけじゃないです」

 

 最初は秋草ユニットの滑空でさえ上手く着陸すれば、拍手喝采になるほどだった。飛行特性もまた、秋水は変わっている。

 

「しかし!」

「大丈夫です。一度ミスをしても、そこを修正すればいいんです」

 

 天災の惨状やエンジン開発中の事故を受けながらも、この時期に初飛行に持ってこれたのは海軍空技廠と宮菱の技師たちの努力の賜物だ。

 職人気質な彼らに変な同情をするのもお門違いだとも思う。

 テストウィッチの仕事は如何にそのユニットの不具合を見破るか、それを丁寧に伝えるか、改善策を考えるか。それが仕事だ。そして、ユニットの限界を引き出すことも重要。

 

「・・・これを」

 

 技師は両腕に抱えていた袋と体につけるベルトのついた装具、落下傘を渡してくる。

 

「これは?」

 

 意図が読めないわけではない。ただ、技師たちが弱気なことが気になって聞き返してしまった。

 カールスラント技術省側から受ける定期的な報告の中で、コメートユニットのタンクからエンジンへの燃料の供給不具合が何回か上がっている。

 扶桑で秋水の設計図を引いた時には、解放されたガリアとその近辺であるベルギカ・・・特にカールスラント空軍、ルフトバッフェが部隊を置いていた場所で、ようやくコメートの実戦運用が開始されたばかりだった。

 今日アタシが履いて初飛行する秋水初号機、試製秋水にはそれらの報告が反映されていない。



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part.3「予測」

 

 二の腕を指で叩く。組んだ腕はかれこれ、数十分同じ姿勢。

 目の前には、格納壕から引き出されて男たちに取り囲まれている秋水。

 

「まだ、なんですか」

 

 言葉がついて出た。

 昼にお偉いさまが到着して陽が高いうちにと、下士官ウィッチ向けの新戦闘衣装のお披露目写真を撮った。そこまではいい。

 搭載したばかりの呂式魔導エンジンの懸架に不具合があり、整備士総がかりでの修理が始まった。

 陽は段々と落ち始め、気付けば夕方の海へと落ちていく時間となっている。

 

「そう焦るな。犬宮一飛」

 

 肩を震わせた。知らない声だ。振り返れば、普段は見ることもないような白い士官服に階級章。

 この秋水ユニット初飛行を確認しに来た、技術大佐殿。

 

「いえ、焦ってなど・・・ただ」

「ただ?」

 

 すぐそばに立った、技術大佐殿が聞き返してくる。こんなに階級が高い人と話すことなんて、今までなかった。

 宇野部少佐は固い中にも柔軟で話しかけやすい雰囲気があり、行動も階級には見合わないほど身軽だ。

 この大佐殿は顔つきは落ち着いている。話によればその道では知らぬものが居ないほどの重鎮であるらしい。その重そうな腰を上げた理由は何だろう。

 

「燃料を減らしたことも、気に掛かります」

 

 秋水が搭載する呂式魔導エンジンの最大燃焼時間は、およそ五分から七分。今回は、離陸して着陸する試飛行であり離陸を簡単にするため、燃料は二分程度のみを搭載することになっていた。

 二分、である。凡そ半分以下、そしてタンクからの燃料供給の不具合の報告もある。

 もし、その不具合の原因が燃料をタンクの底まで吸いきれないという場合、アタシは上昇もままならない状況でガス欠を起こす可能性があった。

 嫌な予感がする。

 それは総じて、あの事件から常に当たってきている。

 あの日は家に居ると不安が頭を過るので、鳥小屋に向かった。

 虫の居所が悪い、というのだろうか。どこか落ち着かない時、何かが起きる。自分にとって不都合が起きる。そんな体験をしてきた。

 今回は技術的にも疑問点がある。

 確かに呂式魔導エンジンは爆発する危険性があった。燃料の搭載を少なくして、離陸重量を軽くするというのも理にかなってはいる。技術的問題として不安が生じるのも同じ事実である。

 

「新しいものを試すときは、何事も不安が起きる。それは致し方のないことなのだよ」

 

 すぐ傍に立った技術士官、吉沼大佐はそう言った。

 整備の時間が過ぎていく間、アタシは彼に、何故秋水の初飛行に足を運んだのかを聞いてみた。

 

「・・・私はこう見えて、射撃指揮装置に関わってきていてね」

 

 吉沼海軍「技術」大佐、文字通り、技術に関わる軍人として、艦政本部で長く射撃指揮装置の開発、研究に携わってきたそうだ。

 それを聞いて思わず声に出した。

 

「有人砲弾、ですか」

 

 秋水ユニットを揶揄する言葉。

 秋水の攻撃タイミングは、上昇と滑空時のたった二回。進路を違えば一度も敵を狙うことなく帰途につかねばならない。

 言ってしまえば、高射砲の砲弾の二倍しか攻撃ができない。おまけに敵の速度や進路変更を考慮すれば、その場で発射してすぐに飛翔していく高射砲弾といい比べものになってしまう。

 上昇しながらも、地上の電探ユニットからの無線に合わせて進路を変更。射撃指揮装置が戦艦の主砲を指向するように、電探ユニットと秋水ユニットの組み合わせは、そんな関係。

 

「それと犬宮一飛、君個人の固有魔法も気になっている」

「自分の固有魔法、でありますか?」

 

 アタシの固有魔法、魔法針と未来予知の合いの子とも言われる能力。

 魔法力を展開すると、使い魔のアネハヅルの羽や尾羽だけでなく、二本の角の形状をした魔法針が前を向いて現出する。

 この朱角二つは、アタシの前方・・・視界の範囲内において魔法の電波を発信、跳ね返ってきたものを受信することで、敵の軌道を予測することができる。

 射撃指揮装置と理屈は同じだ。

 と言っても、この固有魔法は自分の予測射撃の感覚に頼らなければ、範囲の限られた、ただの魔法針でしかなかった。

 

「今後、秋水ユニットは本土防空を担うだろう。将来のユニットや戦闘機も、敵の軌道を予測できるようにならなければならない」

 

 それは高速化するネウロイに対して、現状の見越し点射撃や予測射撃ではいずれ太刀打ちできなくなるという現実。

 大佐は神妙な顔つきで続ける。

 

「もし、君のように小さな範囲を探針し、見越し点を照準器に表示できれば」

 

 アタシが使う予定の、ロケット弾発射器には専用の照準器がある。ベースは海軍の使っている光像式照準器ではあるが、魔法力の伝達を行うパーツを埋め込むことで、固有魔法の探針で敵を照準の内に収め、あとは見越し点を感じるだけ、というものだった。

 これが、汎用的なものになれば。

 現状、欧州などで第一線を飛ぶエースウィッチ達は、若干旧い機関銃と据え付けられた照準器を使っている。それを使ったこともあるが光像式照準器と違って、十字と円を描く固定式の照準器では、経験がなければ当てられない。

 光像式照準器に敵の位置を、或いは銃弾や砲弾が飛ぶ方向を表示することが出来るのならば。

 それは革命。

 敵のおおまかな位置をレーダーや魔法針で捉える技術はある。

 敵の位置を予測したり、照準に映すのは、未来予知や固有の名前がつくような固有魔法でなければ叶わない。

 

「君のように、探針したものを照準器に表示できたりそれに類するものが作ることが出来れば、確実な射爆が可能になる」

 

 大佐の顔つきは、未来を見据えていた。

 

「有人砲弾扱いをされるかもしれない、確かに、理屈は同じだ」

「今迫る脅威も、これからの脅威に対しても。電探と効率的な邀撃機の配置は扶桑の急務でもある」

「それだけ、期待をしている」

 

 大佐は、戦艦の射撃指揮装置の権威。例え、戦艦の射撃がネウロイに届かない場合でも、別のアプローチで技術開発をしている。

 

「それと我ながら似合わんと思うんだが、大佐などという階級のせいなのか」

「一飛が今後所属する邀撃研究部隊の司令は、私だ。現場を見ることも重要だからな」

 

 そこまでで言葉を切った大佐は、指を差して呟いた。

 

「出番だぞ、一飛」

 

 気づけば、秋水の整備と燃料搭載は終わっていた。

 秋水が据え付けられていたユニットゲージからは、十メートルほど離れた位置に整備士たちは避退した。

 いつもは身に着けない紺のベルトと、落下傘。それに落下傘が絡まった時のための小刀を脇差しのように固定していると、大佐とアタシの話が終わるのを待っていた宇野部少佐が肩を押してくる。

 

「ほら、さっさと行け」

「少佐!」

「万が一があれば、燃料は投棄。無理して着陸アプローチを取らなくてもいい」

「・・・了解。行ってきます」

 

 ユニットゲージに登り、靴を脱ぐ。息を吐いて、吸って。

 周囲を確認。

 秋水の大きくて丸いユニットに足を通した。セーラーの中に絞ってあるオレンジのマフラーをギュッと握り、もう一度息を吐くと魔法力が発動する。

 使い魔の羽と尾羽が、頭と臀部に生えた。

 各動翼チェック。

 事前、最後の打ち合わせではユニット背部部分の荷重許容が想定よりも軽い・・・つまりは強度不足が伝えられた。これは、秋水の合板を多く利用した設計上、他の部分もその可能性が高い。

 無駄な荷重は分解を招く。今、アタシの両脚を挟んでいるタンクの中の2種類の燃料は非常に毒性が高い。魔法力を展開し、魔法による身体への保護を張っている限りは身体が溶けることはないが・・・服は溶ける。

 飛行前の一通りの確認を終えると、私は声を張り上げた。

 

「秋水一番、発進用意、ヨシ!」



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part.4「試製秋水」

 暖かい色の光を放つ太陽が海に沈もうとしていた。辺りは黄昏時とも言える色合いの空へと変わり、アタシのすぐそばでは多くの人が固唾を飲んで見守る。

 魔法力を、ストライカーユニットの起動モーターへと回した。

 

「しどーうっ!」

 

 猛烈なモーター音にかき消されないように叫ぶと、周囲で消火器を持って待機していた整備士たちの緊張も高まる。

 魔法陣が広がり、ユニットのエンジンに火が点った。土煙を周囲にひどくまき散らしながら、呂式魔導エンジンに送り込む魔力は第一段階を超える。

 濃度八割の過酸化水素を酸化剤とした「甲液」とメタノール五割強と水化ヒドラジン三割強に、水一割弱の混合液「乙液」を化学反応させた燃焼が、秋水ユニットのノズル部分から炎の筋を伸ばしていた。

 エンジン始動は完了。

 グッと挙げた両手を握りこぶしにして、左右に開く。

 安全距離である十メートルは離れた場所に居る整備士がユニットゲージの遠隔装置を操作し、ユニットが自由になった。

 この時点で、エンジンの燃焼段階は二段階目に入っている。

 轟々と鳴り響く、ロケットの音が。新時代の音が、追浜飛行場一杯に響く。

 遠くの管制櫓で振られた発進の合図である旗を見て、腹の中から声を絞り出し叫んだ。

 

「秋水一番、発進!」

 

 エンジンの燃焼を最大にする。凄まじい推進力を感じると共に、ゆっくりと滑走路をユニットの魔法陣が滑っていく。

 加速の勢いは確実に上がり、ユニット側部に懸架された滑走保持用の車輪はガタガタと音を立てる。

 一瞬だった。

 ふわりと浮かんだ瞬間、大きな魔法陣を空気に当てるようにして姿勢を上に上げた。急上昇の姿勢だ。

 引っ掛けられていただけの車輪は滑走路に落ちていき、アタシの身体はとてつもない推力で押し上げられながら、夕日の方向へと飛び上っていく。

 燃料の混合比は問題ない。上昇も、申し分ない。高度はあっという間に、百、二百と進んでいくように感じた。魔法力や魔法圧が異常を示すこともない。

 上昇の角度を更に上げた。

 その瞬間だった。

 

 プスン。

 

 たったその音だけを残して、呂式魔導エンジンは轟音を失う。動かなくなった。ついさっきまでは大きな魔法陣を展開していたユニットのノズル方向からは、薄汚れた排煙が出るだけ。

 

「ガス・・・欠っ!」

 

 予想していた事態が起きてしまった。落ち着け。

 落ち着け、犬宮、豊。

 急上昇姿勢での推力を失った場合、それは秋草での失速テストと状況が変わらない。今回は燃料を多く積んでいるわけでもない。

 高度は目測三百メートル強、落ち着いて、落ち着いて体を捻る。

 空を向いていた視線は海面に変わった。体を捻ったから。滑走路からは少し離れている。なんとか、上昇姿勢からの失速による不安定な機動は免れた。秋水自身の、ストライカーユニットらしからぬ大きな主翼は滑空も出来る。

 

「燃料を、投棄して・・・!」

 

 毒性の強い燃料は、墜落した場合の危険性が高い。幸い眼下は水面だ。魔法力をユニットに通し、燃料を投棄する。

 燃料全てを投棄できているかは、分からなかった。燃料タンクに積んでいた燃料はおよそ二分の量。始動から停止までの時間はおよそ一分半も経っていないぐらいだ。タンクの底に、余っている可能性が高い。

 ならば、着陸をしなければ。

 ゆったりと、旋回をかける。それまでは海の方角に滑空していた自分を追浜飛行場の滑走路へと向けた。

 推力はないから、高度の下がり具合が速い。

 滑走路への降下進路には掘っ立て小屋がある。ぶつかってしまう可能性が見えた。

 落下傘を開くかどうか。その判断は素早くなければいけない。機体の速度は失速ギリギリだ。飛行場には戻れないと、直感を信じる。

 落下傘の紐を引っ張ると、腰の後ろから落下傘を引っ張り出す小さな傘が出た。その傘が引っ張られることにより、大きな大きな落下傘が引き出される。

 

「間に合わないっ」

 

 落下傘を開くということは・・・失速寸前の自分を更に減速させるということで。

 判断が一瞬遅れてしまったアタシは、急速に迫る海面を睨みつけることしか出来なかった。

 訪れる衝撃。

 ユニットの合板構成で作られた外装が、落下の速度を落としきれなかった衝撃で壊れる。

 自分の意識さえも、飛んでしまった。

 たちまちに目が覚める。

 痛い、のだ。猛烈な痛みを足が訴える。着水の衝撃で骨が折れたか?違う。燃料だ。

 身体に絡みつく落下傘を、脇に差していた小刀でパラコードごと引き裂いていく。燃料と触れ続けていてはいけない。早く海面に上がらなければいけない。なのに、落下傘の布地が水面を大きく覆っていた。

 魔法力は、再び展開できた。足の痛みは止まらない。何かが溶けるような・・・そうだ、秋水の燃料は皮膚を溶かす。ウィッチの魔法力さえあれば、掛かった程度では服が溶けるだけ。高高度の気圧の変化さえ受け止めるウィッチの身体は、保護魔法によって守られている。

 アタシは意識を失ってしまった。一瞬でも魔法力で、自分に保護を掛けることが出来なかったのだ。漏れ出した残燃料は、アタシの身体を蝕んでいく。文字通り、皮膚を溶かして。

 

「はぁ・・・!はぁ・・・!」

 

 ようやく水面へと顔が到達した。ユニットは外れ、小刀はパラコードに引っかかり見つからない。きっと、服はかなりの面積が溶けているだろう。

 近づいてくる大きな呼び声に安心したこと、そして痛みの余りに、アタシはそのまま・・・意識を手放した。

 

 

「犬宮!犬宮一飛!」

 

 着水地点に急行したカッターから手を伸ばし、気を失ってしまった犬宮を引き揚げる。両脇に手を入れて引っ張るが、意識を失っている少女一人を持ち上げるには、二十二歳の女一人の力では敵わなかった。猫の耳と尾っぽ、使い魔の一部を現出させながら魔法力で強化した身体能力で引き揚げる。

 

「・・・ひでぇ」

 

 カッターを漕いでいた水兵だろうか、誰かが唖然としながら呟いた。

 彼女の履いていた、短い丈の袴のようなベルトは溶けている。そして溶けおちたベルトの中、秋水を履いていた両脚の太もも部分が焼けただれたようになっていた。

 

「急げ!追浜飛行場に戻れ!」

 

 私は思わず大声で叫んでしまった。自分らしくはない。手塩にかけて、大事に面倒を見たウィッチが傷ついている。平静を保ってはいられなかった。

 追浜飛行場に、ウィッチは所属していない。

 治癒魔法を固有魔法とするウィッチは数が限られる。

 この周囲に居るとすれば、横須賀海軍病院・・・と、一つだけ覚えがあった。民間の療養所だが腕は確かと聞いている。

 治癒魔法は・・・既に身体についてしまった傷を、自分の保護魔法を張りなおしてしまった身体さえも治せるのだろうか。そんな不安が頭を過る。

 カッターに寝ころがるようにされた犬宮は、激痛が走ったのか目を開いた。

 

「・・・しょうさ?」

 

 弱々しくも、確かな声が耳に響く。

 

「大丈夫だ・・・大丈夫だ!あと少しの辛抱だ!」

 

 不安そうな声音に、根拠もない言葉でただ励ますしかなかった。ひたすらに、声を掛けることしか出来なかった。

 何故、私は治癒魔法を持ったウィッチを試飛行の会場に連れてこなかったのかと、後悔の念が走る。時を巻き戻すことは出来ない。進むばかりだ。時間が進むごとに、犬宮の怪我は痕が残る。

 今すぐにでも、空を飛んで治療ができる場所に連れて行かなければならない。

 すでに溶けてしまった部分から、肉や骨が出ていないことは唯一安心できることだが、この太ももの痕は確実に残ってしまう。

 痛みに顔が歪む犬宮を、少しでも楽にしてやりたかった。

 追浜飛行場の医務室にモルヒネなんて上等なものはない。ヒロポンもないらしい。

 ならば、と。富士のふもとにある飛行場から履いてきた彗星夜戦ユニットを履いて、私自身が運ぶしかない。

 急げ、急げと頭が騒ぐ。

 焦ろうとすれば、腕の中の顔が痛みに引き攣る。

 早く、行かなければならない。治癒魔法を生業とする、宮藤診療所へ。私は魔法力を彗星のアツタに可能な限り注ぎ込んで、少女を運んだ。




1話「ロケットの魔女」終わり。

ちなみに時間軸的に、芳佳ちゃんは居ません(多分ヘルウェティア・・・ですかね?)。居たら、痕も残らなかったかもしれない。

第2話「邀撃研究部隊」に続く。

次話より、ハーメルンで各パート連載。総集編をpixivで、という形になります。pixivの名義は「ムロ」です。

お気に入り、しおり等ありがとうございます。

更新は不定期ですが、よろしくお願いいたします。



(改稿版おまけ)
▽登場人物紹介

・犬宮 豊(いぬみや とよ)
 扶桑皇国海軍所属航空ウィッチ。階級は一等飛行兵曹、年齢は十四歳。
 固有魔法を含めて高い飛行能力を買われて、新鋭ユニット「秋水」のテストウィッチとして養成コースの航空歩兵予科から引き抜かれる。
 藍色がかった黒髪のショートボブで、癖毛が特徴。身長は百四十センチほどで、線が細く華奢。
 モデルは秋水のテストパイロット、犬塚 豊彦 氏

・宇野部 正子(うのべ まさこ)
 扶桑皇国海軍所属航空ウィッチ。階級は少佐。年齢は二十二歳。
 皇国海軍唯一の夜間攻撃ウィッチ部隊「芙蓉隊」を率いる、上がり間近のナイトウィッチ。豊の才能を見抜き、秋水の訓練に支援を行うなど、「秋水」計画の支援者。
 黒髪の腰丈ロングストレートで、静かな顔つきに比較的長身な背で美麗。
 モデルは「芙蓉部隊」指揮官、美濃部 正 氏(海軍入隊時の苗字は太田、結婚により改姓)

・吉沼(よしぬま)技術大佐
 皇国海軍技術本部にて射撃指揮装置に関わっていた重鎮。「秋水」ともう一つのピースをかけ合わせた本土防空計画の主案者。
 モデルは実際に秋水の運用案に関わった菅沼氏



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第二話「アタシにできるコト」
part.1「新被服」


あんなこと(前話)があったけど、豊ちゃんは元気です。

犬宮豊って名前は、モデルの方から結構弄ったような弄ってないような感じ。スト魔女の他の子よりはちょっと弄った気がする。

前回の顛末でも、モデルの方は最終的に亡くなっていますが、この世界では海に着水とか色々史実とは違う点を出してます。

あと、豊ちゃんの階級とか生い立ちは完全にモデルを無視しちゃってますね・・・モデルの方は、結構なベテランですし・・・そこらへんは、二次創作クォリティということで。

なので、この作品はスト魔女の基本より、少し史実を弄った具合が大きいですね。

章タイトルは、アニメに沿おうかと思ったんですが、擬音回を早く持ってくる都合上・・・ムリダナ


 

「ふふーん」

 

 鼻歌混じりに短く薄い布を履き、太ももに残る痕を隠す。

 服の名称に疎い自分は、この服の名称が分からない。

 これは陸軍ウィッチから譲り受けたもの。

 試製秋水の初飛行。

 結末は燃料供給不具合からの墜落とユニット全損。

 太もも部分を毒性の高い燃料に溶かされた怪我、妙年のウィッチの治癒魔法によってある程度回復した。

 治ったのは中身だけ。

 焼けただれた表面は、一か月ほど経った今なお、人に見せられない。

 霞ヶ浦飛行場に移った秋水の訓練に復帰したアタシを待っていたのは、墜落の報を受け心配を貯め込んだ仲間たちの歓迎。

 陸戦ウィッチ上がりの陸軍の子がもう使わないからと、陸戦ウィッチ用の履物を渡してくれた。

 丈は丁度、太ももの傷を隠し、ユニットの装着に問題のない位置。水練着の上に履くのは、かなり違和感があるけど・・・傷痕を見せるわけにもいかない。

 新しく誂えられた衣装もある。

 秋水ウィッチは、重要な場所の局所防空を担う。

 そのため、扶桑海側に一気に上昇して迎撃、扶桑海側の飛行場に着陸。或いは、都市部近隣の飛行場から発進、滑空して帰還。

 迎撃方法はおよそその二パターンに絞られる。

 高高度まで上昇して滑空するのは、所詮グライダーの真似事。

 翼が小さいからグライダーのように上昇気流を掴むといった技を使えない。

 前者の運用、扶桑海側に向かって迎撃に向かうウィッチは帰還出来なくなる可能性が出た。

 飛行艇や漁船に哨戒艇などが行う救助を検討されている。

 当然、滑走路に着陸することが第一の前提。不可能な場合は、ユニットを投棄するなどして安全性を保って、海岸線に落下傘で降りることが次善の案。

 電探と魔法無線を使えばどの位置で、落下傘を開いたかなどは分かるから救援もしやすい。

 海面に着水することを前提に置いた場合・・・今までの被服、特にアタシが試し履きした下士官用ベルトとセーラーの組み合わせは、水分を吸い過ぎる余りに向かなかった。

 朝日差す窓に向かってバっと、新しい服を取り出して睨む。

 

「これが新しいアタシの服かぁ」

 

 海軍は扶桑海側に配置される秋水ウィッチ向け被服を試作しなおした。

 再び新しい被服の実験台。

 秋水ユニットは設計を改善した二号機での試験飛行が上手く行き、現在は段階的な慣熟飛行を終えた一部の部隊が、大阪、名古屋、皇都の三か所を重点的に防空するために配備されたばかり。

 扶桑海側で最初に迎撃する部隊は、数が必要な上に訓練も必要。本土上空を守ればいい現在、配備されている先行部隊は改良設計が行われ量産された「秋水」ユニットを使っている。

 肝心の新しい迎撃方法。電探ユニットと秋水ユニットの組み合わせによるものは、新しい環境で実験・検証を行わなければならなかった。

 舞台は、扶桑海。

 いずれ、多くの秋水ウィッチ達が配備される場所。同じく、電探ユニットも大陸と扶桑海側各所に優先して配備される予定。

 

「結構、おしゃれじゃない?」

 

 今回は所謂「ワンピース」タイプの服だ。

 生地のベースカラーは、海上での視認性をよくする白。

 上衣部分はセーラーを模して、紺色の差しが入ったカラーがある。胸元のリボンも含めて、この辺りは制式のセーラーをオマージュしている。

 脇部分は大きく裁断され、腰の下部分からベルトの形状。

 出血時の際に簡易的な止血布にするための布の面積と、水を吸う面積を秤にかけて考えだした形だそうだ。

 開いている脇腹部分にはリボン止めするように紐がつき、前後を首と腰元で止める上衣部分のバタつきを抑える。

 裾は腰ひもにゴムが採用され、簡単な脱ぎ着が可能。ベルトの布地には階級を示すための差し色が入る。アタシの場合は1等飛行兵曹・・・下士官を表す青の線が一本。これが飛曹長に昇進すると、線の上にもう一本太い青線が入る。

 腕部分は、脇が裁断されていることもあって、ノースリーブ。

 秋水ユニットの魔力増幅装置を使って増幅した魔法力は、高高度での活動のためにほとんど保護魔法に変換する。

 高度を登ってしまえば正直、布の一枚の分厚さ程度は話にならない。

 

「多少の寒さは、我慢」

 

 言い聞かせる。試製ユニットの試験飛行中、何度か高度1万メートルまで上昇した。

 その時は、多少の寒さに効くだろうと夏場なのに下士官ウィッチの冬服を持ちだしたが、普通に寒かった。

 あれから、秋水を実戦に使用するために、通常の搭乗員が使う服が検討されたり、呂式魔導エンジンの発動用モーターの電力を使った電熱服などを構想していたが。

 結局、保護魔法を使ってしまえば身軽な方が楽、という結論に至った。

 なんせ、電熱服を含めた通常の搭乗員服は、分厚いし、ごわごわするし、下半身もツナギになっている。

 ユニットが魔法力を増幅するというストライカーユニットの技術を使えば、より強い強度の保護魔法を纏うことができる。

 秋水ユニットは、ホバリングなどの高等飛行のテクニックが不可能な代物で、増幅する部分を保護魔法に大きく割り振った設定とすることで、成層圏までの上昇を可能にした。

 その代わりの代償がシールドを強く張れないこと。

 多少の寒さはやはり我慢だ。

 

「ふふーん」

 

 背の丈よりも高い鏡に向かって、ターンを一度決める。短い藍色のボブカットは揺れないが、一繋ぎの服の裾部分がふわりと揺れた。

 丈の短いワンピース、白が基調でセーラー風のカラーがついた衣装は悪くない。

 今まで支給されていた被服は、任務のための風合いだったが、新被服は中々に洒落ている。

 かわいい衣装を着て気持ちの上がらぬ乙女など居ない。

 

「あ、あとはマフラー」

 

 落ち着いた色合いになる程度に使い込んだ橙色のマフラー。マフラーは薄手のきつく巻くタイプでカラーの中に余りを押し込める。

 上機嫌で着替えたアタシはノックに応えた。

 

「ご機嫌だな」

 

 あてがわれた部屋の扉に背を預けた宇野部少佐がぼんやりと呟く。士官用の白の詰襟の下に水練着。

 

「えへへ・・・新しい被服が中々に洒落てまして」

「・・・そうだな。似合ってる」

 

 言葉少なにアタシを褒めてくれた少佐は、ガシリと頭を撫でると準備は出来たかどうか、そう聞いてくる。

 準備。

 アタシの新しい任地に赴く準備だ。




まさかの衣装だけで1パート潰すという暴挙。

次回は、飛行機で空の旅&新部隊に関するお話です。宇野部少佐は新部隊までの引率。マジでフットワーク軽いな。

あと、更新してなかった間にいきなしお気に入りあってびっくりしてます。

ゆっくり更新してく予定なので、お付き合い、よろしくお願いします。


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part.2「ウィッチ:犬宮豊」

前回予告したのは次話に持ち越しだ。

今回はほぼ地の文。小説にあるまじき、語りシーン固め。

予約投稿と言いながら、書き終わったのはほんのちょっと前・・・


 詰まった気を抜いて、体を伸ばす。

 

「くーっ」

 

 霞ヶ浦から、次の任地へ向かう前に被服の受け取りを横須賀で済ませ、二か月前まで訓練をした飛行場で一泊。

 富士の裾野からは、南東から昇る太陽の光を受けた富岳の青色がよく見える。

 

「相変わらずここは広いなぁ」

 

 芙蓉部隊の訓練が行われる練成飛行場。

 宇野部少佐が率いる部隊は交代制を敷き、大陸の前線夜襲を行う戦闘部隊と、訓練を行う部隊で人員を交代している。

 常に戦力旺盛な状態を維持し、新米ウィッチもベテランウィッチも区切りなく練度と気力を保った状態を目指すため。

 既存の扶桑の航空部隊には無かった運用方法。

 各所からはいい目をされないこともある。これが上手く行くことは、戦果と現場のウィッチ達による言葉で上層部に伝わり始めた。

 少佐は、部隊の話を思い返すと顔をいつも少しだけ綻ばせる。

 彼女は、芙蓉隊を作るまでに幾度も夜襲部隊の設立を失敗し、ようやく完成させた部隊だと誇りに思っている。

 この交代制習熟理論はもちろんのこと。

 少佐自身の提唱する「猫時間」というものも、アタシ達秋水ウィッチにも応用が効いた。

 猫時間。夜間に飛行を行う夜襲・夜戦ウィッチを任務専属にするもの。

 昼は寝て、夜は起きる生活リズムを一定の期間行う。

 秋水ユニットが迎撃する時間は不規則で、配備される時は交代制を敷く予定。

 ずっと夜間に起きていると、身体の調子がおかしくなる者が出る。常に緊張した前線飛行も続けると、ウィッチの疲労が蓄積してしまう。

 リベリオンのように人員が充足している場合は、期間を開け交代すればいいし、一度の勤務で溜まる疲労も分散される。

 ウィッチの母数が少ない現状、訓練と実戦の一定期間の交代勤務を敷くことだけでも大きな改革。今までの長期間勤務と比べて、練度と士気の維持に繋がる。

 予科練の教官はリバウの撤退戦まで遣欧艦隊に在籍した経験から、休めるときに休めと教訓深く教えてくれた。

 秋水ユニットの場合は、本土に配属される。多くのウィッチを養成して交代制を敷き、危険な迎撃任務と基礎に戻った滑空訓練、療養を交互に行えばいい。

 

「アタシだってテストウィッチだ」

 

 ・・・問題は、秋水ユニットに志願するウィッチの数が増えないこと。

 航空歩兵、航空ウィッチは花形。

 養成学校、予科練、士官学校を通るなど様々な流れがある航空ウィッチは魔法力に魔法圧と言った基礎を高い水準で、航空戦闘に耐えうる気力、技量を有していると判断されなければ、養成の過程において次々とふるい落とされる。

 そのエリートたちが、自ら危険な橋を渡りたがるわけがない。

 アタシのようなテストウィッチが、もっと活躍して憧れを集めないといけない。

 

「もっと頑張らないと」

 

 五年間は幽閉されていたも同然のアタシが、予科練によく受かったと思う。

 体力試験ではビリっけつ。魔法力や魔法圧が特に優れているわけでもない。持っていたのは固有魔法の魔法針。

 当時は夜戦ウィッチが居ないにも等しかった扶桑では、魔法針一つあれば、育成してしまえばいい、という方針だった。

 アタシの魔法針は「空間把握」でも「探知」魔法でもなく、視界に捉えた敵の位置を正確に視るもので、期待に沿えなかった。

 予科練では、一に体力、二に体力。三四が無くて、五に体力だった。

 百四十センチの身長は周りと比べて一回り小さい。肉付きは・・・貢物の甲斐あってかある程度はよかった。

 体力は全くなくて、それでも空を飛ぶと思えば無限にやる気がでた。

 必死についていった予科練で、ようやく飛行訓練に入ると、今度は弾が当たらなかった。自分の感覚と、固定式照準器では具合が合わなかった。

 すわ、ふるいに落とされるかと思ったが、そこに待ったをかけたのが宇野部少佐だ。当時は大尉だった。

 芙蓉隊の設立に奔走していた少佐は、魔法針や夜間視を持つ訓練ウィッチを片っ端から当たっていたらしい。

 その当たりに当たったアタシを、少佐は一目見て固有魔法を見抜いた。

 魔力を通す光像式照準器を機関銃に搭載すると、百発百中とまでは言わないが、一発も当たらない惨状から名射手並の命中率に上昇した。

 アタシの固有魔法は、探知は探知でも、何かを媒介にしなければ具現化できなかったという寸法。

 光像式照準器を通せば、敵が見える。魔法針で探知した敵の進路に、予測射撃を放り込めば簡単に当たる。

 それまで、見えない敵に向かって我武者羅に予測射撃していたせいで、予測の幅だけが確実。

 アタシは「使えるウィッチ」になった。落ちこぼれだった、何も出来なかった、ただ航空ウィッチ適正が高かっただけのウィッチに「固有魔法」という武器が与えられた。

 それが、切欠だった。

 

「まずは乗りこなして」

 

 秋水ユニットは独特の飛行特性を持ち、攻撃機会は絞られる。既存のウィッチ達が転換するには、勝手が違う。もし、簡単に乗りこなすならば・・・欧州で名を馳せる統合戦闘航空団に所属するエースウィッチのような天才。

 他のユニットで飛行した経験を持たず。一度や二度しかない射撃機会で確実に攻撃ができるウィッチであるアタシが、秋水ユニットのテストウィッチとして採用された。

 秋水との出会いは、それが切欠。

 最初に説明を受けた時、燃料の毒性の説明は受けた。ベテランウィッチも、テストウィッチさえも尻込みしてしまうほどのじゃじゃ馬になる説明も受けた。

 

「一歩でもいい、前を向こう」

 

 アタシはこれで空が飛べる。

 それだけで頭が一杯だった。アタシの力が求められていた。

 「飛ぶ」能力だけは、教官達からの評価も高かった。

 どんな危険があろうと、どんな苦労があろうと、アタシは空を飛びたかった。秋水ユニットの上昇力で、高い高い、大空へと飛び上りたかった。

 アタシは喜々揚々として秋水ウィッチとなったが、普通の感性をしていたら普通のユニットに乗りたいと思う。

 アタシは予科練に入るまでの5年間が異常だったし、変わりものだったのだと思う。

 あの頃に読んだ「リヒトホーフェン」の伝記から影響を受けて航空ウィッチを志したが、アタシ自身には特に拘りといったものがない。

 同期たちのように、「遣欧艦隊に配属されたい」だとか「いつか統合戦闘航空団に呼ばれるようなエースになりたい」と考えたことがなかった。

 ただ、あの大きな大空に向かって飛び上りたかった。

 

「もちろん、君にもあの景色を見せるよ」

 

 そっと使い魔を撫でる。

 使い魔のアネハヅルのように、飛んで、どこか遠くの景色を見てみたかった。

 アネハヅルという鳥は本来扶桑には居ない。飛来もしないし、生息もしていない。

 アネハヅルはヒマラヤを南から上昇気流を受けて越え、北に向かう。他の鶴よりも小さな体で、翼を器用に扱って上昇気流を掴み、大空を舞いあがって、遠くへと飛び立つ。

 アタシの相棒は、感覚がおかしくなったのか扶桑に流れつき、怪我をしたところを助けたのが出会いのきっかけだ。見たこともない鶴だった。変わった鶴だった。今は亡き両親に頼み込んで、家の鳥舎で怪我が治るまで面倒を見ることにした。

 出会ったのは八年前のこの時期だった。使い魔になったのは、それから一年ほど経った、あの出来事が起きた時。

 アネハヅルは、高く、高く飛び上る小柄な鶴だ。それはまるで、アタシと秋水のようにも思える。

 長い間訓練を行ってきていつも見ていた富士を見上げ、物思いに耽っていたアタシの背中に手が掛けられる。

 

「犬宮一飛。行くぞ、舞鶴へ」

 

 宇野部少佐。家族を除けばこの世に二人しか居ない、恩人だ。

 

「分かりました!」

 

 芙蓉隊のエプロンに並ぶ、一機の複葉機。貰い物の水陸両用飛行艇。アタシの配属先でもお世話になる。

 少佐とは、その配属先での最初の飛行まで。




作品内で言及されてる「リヒトホーフェンの伝記」は「オーロラの魔女」2巻でアウロラねーちゃんがイッルに読み聞かせしてたやつです。扶桑語訳も出てるでしょ(てけとー)

最後に出てきた謎の複葉水陸両用飛行艇とは一体何者なんだー(棒読み)
ブリタニアが生み出した傑作のアレなのかー(棒読み)
丁度いい機体がね、そこにね、あったからね、お話に組み込みました。

ちなみに毎日投稿とかそういうアレを期待してはいけません。今日とかギリギリだったので。

あ、諸々のレスポンスとUAは見ながらニヤついてます。やっぱね、反応があると嬉しいです。


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part.3「ウォーラス機内にて」

 

 ウルトラマリン「ウォーラス」

 ブリタニアが誇る航空メーカーの一角。

 スピットファイアユニットを設計、生産する企業で開発された複葉飛行艇。

 ウルトラマリン社は、元は飛行艇を作っていたメーカー。お家芸の完成度を誇る。補助に引き上げ式の主脚も備えて、滑走路や空母へのランディングも可能。

 艦船から発進し、時には不時着水、時には滑走路に着陸と言った柔軟な飛行を実施するだけに、扶桑が研究用に購入した機体を転用した。

 アタシが配属される邀撃研究母艦、元軽巡「長良」の搭載機として運用する。

 操縦手席の前、機首側のハッチを開けると銃座になる。

 見た目は並列複座に見えるが、操縦席は左側に寄って隙間を通って機体内に入れる。

 コクピットはガラス張りで、複葉の主翼に挟まれて懸架した推進式のエンジンとプロペラの後ろに後部銃座席。

 普段の乗員は二名から三名。そこに、アタシだったり、生鮮食品が追加で載る。

 今日は、迎えに来た一飛曹のパイロットと少尉の航法士、アタシと宇野部少佐の四人が乗る。何の危険もない遊覧飛行。

 飛び上がれば、コクピットの窓ガラスから望む富士の青色とわずかに残る残雪がゆっくりと流れて、時間を持て余す。

 なんせ、ウォーラスは複葉機なだけあって遅い。陸よりは早いけど、複葉の大型機でエンジンは非力なものを単発。遅いことに変わりはない。

 普段から秋水でビューンと飛び上って、バーンと滑空して、減速しながら長い距離でゆっくり制動するアタシからすると、よく浮いていられる、とすら思ってしまう。

 

「・・・流石に寒いな」

 

 ぼんやりと、対面に座っていた少佐が呟いた。

 

「そうですか?」

 

 アタシは全然寒くない。これから扶桑のアルプスとも呼ばれる山間の地域を越えていくが、高度はまだ3千程度。古い機体だから確かに外気はかなり入ってくる。

 アタシはようやく合点がいった。

 少佐は、ウィッチとしての上がりが近い。保護魔法を張る力も弱くなってる。

 アタシは全盛期とも言える年齢で、普段から秋水で高度数千どころか一万を越えることもある。アタシの感覚と少佐の感覚の違いは大きい。

 

「アタシの毛布使いますか?」

「・・・すまん。ありがたく借りる」

 

 長良から迎えに来たウォーラスには、寒さ対策に毛布が積んであった。元より、不時着水時に拾い上げることを考えている、毛布も上質なものが備え付けてあった。

 段々とウォーラスの上昇する力が弱くなった。上昇限度は五千と少し。扶桑アルプスの山を安全に越えるには、四千以上は欲しい。その二つの合間辺りぐらいか。

 ゆったりとした飛行の合間、操縦士も航法士も空気を読んでくれた。

 ウィッチは二十歳を越えると基本的に魔法力が無くなっていく。俗に言うところの「上がり」。

 体質によってはずっと使える人が居るとも聞く。

 アタシを治療してくれた宮藤診療所の人たちのように、確かに居るには居るが、本当に極一部に限られる。

 アタシもあと六年ほど。短くなるかもしれないし、もう少しあがけるのかもしれない。どちらにせよ、いつか上がりを迎える時期は来るのだろう。

 少佐は上がりを迎えても、普通の飛行機に乗ると言っていた。夜間を飛ぶ能力は鍛えに鍛えているし、教官としても実際に飛行機を操縦できれば、標的曳航など地道な事も出来る。

 

「犬宮一飛」

「なんでしょうか」

「足の事は、本当にすまなかった」

 

 少佐はずっと、アタシの太ももの痕を気にしている。本人は隠しているつもりだけど、目に入れるたび悲痛そうな感情が見える。

 

「いいんですよ。望んで、こうなったんですから」

 

 アタシは秋水に乗ることを望んだ。命令でもなんでもなく、テストウィッチとして志願した。

 ご飯にありつけることになるのなら。何度でも、何のためらいもなく同じ判断ができる。

 薄い布に包まれた太ももは、今でも少しだけひりひりする。皮が薄くなったような感覚で、痛覚が強くなったような感触。

 だからと言って、日常生活に支障が生じるわけでもないし、ユニットを履いてしまえば保護魔法が増幅されて痛みもない。

 

「私は、何の怪我もなく、上がりを迎えたというのに」

「いいんです。少佐が居なかったら、今頃アタシ、道端で暮らしてましたから」

 

 少佐は、何にも悪くない。この痕は、判断の遅れたアタシ自身の怪我だ。

 アタシを、航空ウィッチとして飯にありつけるようにしてくれたのは他の誰でもなく、少佐だ。出会いが無ければ、アタシは練習生から落ちて、どうなっていたかは想像がつかなかった。

 行き場所も見つからず、帰る家もないアタシは・・・それこそ、色街に身体を売っていたかもしれない。ウィッチとしての能力も早々に無くなっていただろう。

 心の底から、恩人だと思っている。少佐無しに、犬宮豊という秋水ウィッチは生まれなかっただろう。

 

「アタシは落ちこぼれでした」

 

 機関銃を撃っても、当たらない。

 固有魔法があるのに、当たらない。

 飛ぶだけの才があっても、射爆できなければウィッチとしては使い物にならない。長距離を飛べるような体力も、魔法力も持っていないから偵察ウィッチにだってなれなかった。

 今は、新鋭機を扱うテストウィッチだ。扶桑の迎撃態勢を担うための研究部隊に配属された。

 階級だって、同期よりも一個上。

 

「アタシは、先生と少佐だけが・・・生きてる恩人なんです」

 

 家族は皆、あの事件で死んだ。あの爆発で居なくなった。どこを探しても、生きた証は残っていなかった。

 村の皆に幽閉されたアタシに、リヒトホーフェンの伝記と予科練受験の準備をしてくれたのは尋常小の恩師だった。猟師の家で自らも鉄砲撃ちだったあの先生は、アタシを事件の元凶だと、鬼だと思わなかった。

 ウィッチだと見抜き、伝説の航空ウィッチであるリヒトホーフェンの伝記をこっそりと渡してくれた。

 それが空への憧れを広げてくれて、先生の手引きで村を密かに脱出して、予科練を受けた。

 予科練で、大した結果を得られぬまま苦渋ばかり味わっていたアタシに、固有魔法を使うすべを教えてくれたのが少佐だった。

 秋水計画が始まった時、多少の打算が入っていても・・・アタシを推薦してくれたことは素直に嬉しかった。

 

「少佐、本当に・・・」

「・・・まだ、言うな」

 

 アタシが感謝の言葉を吐きだそうとすると、少佐の柔らかな指が唇を止める。

 

「お前が、立派に上がりを迎えた時に・・・それを言え」

 

 今までと違って険の取れた表情を見せて優し気に笑う少佐は、どこか寂し気で。頭を撫でる手には力が入っていなかった。




全然話の本編に入れない・・・!

次話で「長良」に到着して、初飛行・・・多分あと3話ぐらい使う。

次回は、邀撃研究部隊の云々だったり、めっちゃ架空の改造を受けた長良の艦内旅行とか・・・だけど3千文字で埋まるかなぁ・・・

てか、ウォーラスを生産してるのを史実のスーパーマリンにするか、スト魔女世界観のウルトラマリンにするかで迷った。ウルトラマリン傘下の通常航空機生産部門「スーパーマリン」にするかで迷った。

スト魔女の設定集もっと欲しいよね・・・WW画集は持ってるけど、スト魔女ってばメディアミックス色々あるから、どれがどれだか分らぬ・・・

予定ではこの章はあと3話で片付けます。毎日投稿するかは分かりません。

多分察しのいい人はここまでの豊ちゃんの太もも描写と軍艦の海水風呂という組み合わせで擬音回のタイトル分かっちゃうと思うので、メモがてら答え合わせしときますね。

第三話は










「ヒリヒリするの」です


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part.4「敵発見」

お久しぶりです。

評価を頂き、その数値を見て、作品自体の構成のことなんかを見直してました。

秋水をモデルにする以上、第一話は戦闘パートを入れると過去回想が多くなってしまう・・・しかし、第二話の現状も説明回やモノローグが多い。

評価、5という数値は、そう言った辺り・・・盛り上がりの無い構成故なのかな、などと考えつつ。最新話を書き上げました。

最近はちょっと体調も崩し気味だったこともあり、中々短い期間で投稿出来ませんが・・・気を長くしてお待ちいただければ幸いです。

あとは・・・最近、このサイトの作品を読んでると「お、これいいな」って思っても、後書きで色々レスポンスを求めることを強調するようなことが書いてあって「うーん」ってなることがあるので、自分は自分のスタンスを変えることなく、レスポンスは「求めるものではなく頂けるもの」として頑張って行きたいと思います。

・・・まぁレスポンス(評価にしろ感想にしろ、お気に入りにしろUA数にしろ)があると嬉しいのは分かるんですけどねぇ。何とも言えない・・・

追記:この話投稿する前に、ありがたいことに千UA行きました。ありがとうございます。


 

「いきなし、試験飛行なんて」

 

 そんなの聞いてない。ぼやきながら、事前に搬入された照準器と武装を確かめる。

 あまり気乗りしないが、下に重ね履きした服は外を出歩くためのカバー。飛行時には脱ぐ。替えが無い。

 アタシは徐に重ね履きのズボンを脱ぎ、水練着と白いセーラーワンピース姿になる。

 既に舞鶴を出港して北上する「長良」は、扶桑海の洋上にあるわけでよく揺れた。陶器製の燃料タンクを割らないようにどうやって管理しているのか気になる。

 

「仕様書、うん、読み直したけど・・・大丈夫かな」

 

 試し乗りもしていない新しい「秋水改」の履き心地は心配だ。

 飛行特性、マシンとしての特性や不具合の修正と仕上げは済んでいるし、一番データを取ったのはアタシだが、イマイチ乗り気にならない。

 カタパルトで発進、補助に着脱式ロケットを用いる方法はどれだけ練習しても直ぐに慣れることは出来ない。

 

「犬宮、出れるか」

 

 少佐が艦橋の方から格納庫に降りてきて、一言。

 長良は艦橋の下に格納庫を備える。かつては艦首側に滑走台などがあった名残らしいが、艦橋は大きく取られていた。

 艦橋の前に駆逐艦向けの高射砲タイプを備えて、背負い式にウィッチ用カタパルトが備え付けられる。カタパルトの向きは艦首方向固定なので、発艦時は空母のように風上に向かって艦ごと航走させないといけない。

 ウォーラスのカタパルトは、煙突がある機関区画より後ろの普通の位置。艦首に伸びる秋水用のカタパルトが異様なのは否めない。

 ウォーラスで近くまで飛んできて収容された後、司令である吉沼大佐と艦長に挨拶をする前に、艦橋へ向かう中で見たのは・・・今まで見たことがある艦船ではメインマストが存在する場所に堂々と鎮座する大型対空電探。これが、電探ユニットのアンテナと説明された時には、少し変な声が出た。

 これだけ大きな対空電探で、魔力でブーストを掛けないと性能が発揮できないこと。

 余り大きな声では話せないけれど、扶桑は電探技術の発見こそ八木アンテナの開発などで一歩リードして、その後の開発はリベリオンや常に防空体制を強いられてきたブリタニア、技術の国であるカールスラントに追い抜かれた。

 精度や信頼性はもちろん、長期運用性とか、そもそも運用に掛かるコスト的な問題とか。

 それを解決する発明が、弱い魔法力、魔法圧でも制御が可能な電探ストライカーユニット。肝心の性能についてはまだ分からないまま。

 更に、長良における飛行長アタシの直属の上司であり、肝心の電探ユニットを扱うウィッチは睡眠不足だそうで、顔合わせに現れなかった。

 顔も合わせていないのに嫌われている、というのは流石に自意識過剰だと思うけど、何を考えているかもわからない。

 

「犬宮一飛、燃料充填完了しました」

「ありがとうございます」

 

 分厚い繋ぎの耐燃料エプロンに身を包んだ整備兵は、アタシの太ももを見て吃驚して敬礼を済ませてくる。

 こういう反応には、もう慣れた。

 そりゃ、普通のウィッチは目立つ部分に怪我なんかしてない。それなりの腕前を要求されるテストウィッチやエースウィッチと言った辺りはなおさらに。

 アタシ自身のこの怪我は、自分の怠慢なわけだし、これでも良くなったほうだし。

 見た目で少し距離を置かれてしょげるほど、甘い人生を過ごしてきたわけでもない。

 数年前までは、鬼扱いで地下室に軟禁されていた。冷たい視線や、同情の視線なんて今更痛くもかゆくもなかった。

 

「九連ロケット発射器、全装填完了してます」

 

 今度は格納庫の奥、武器を収納する場所にいた担当の整備兵が円筒形の小口径ロケット筒を九つ束ねた発射器を渡してくる。受け取って、専用の光像式照準器を取り付ければ武装も完了。

 あとは、発進に備えるだけ。

 

「長良二番、発進準備!」

 

 長良二番・・・長良艦載機隊の二番機だから。一番は現れなかった電探ユニットを扱う飛行長の中尉殿で、三番はウォーラスに割り振られている。

 声に、整備兵は一部を残して秋水改の乗ったユニットゲージを押してレールに乗せ、艦首カタパルトとの接続部に合わせる。

 ロケット発射器を右肩に担ぎ、ベルトで固定した落下傘を確かめて、発艦用意よしの手を挙げた。

 それに反応して、アタシとユニットゲージの後ろにあった艦橋下格納庫ハッチが閉鎖され、耐熱塗料を塗布してある扉が推力を受けて立とうとそびえたつ。

 

「長良二番、艦首風向き合わせにつき、落下に注意」

「了解」

 

 元軽巡洋艦、現、邀撃研究母艦「長良」は大きなその船体をゆっくりと回頭させて、艦首カタパルトを風上方向に向ける。

 ゆったりとした動きに合わせて、アタシはアタシで発艦の準備。

 ロケット発射器を放り投げないように、ベルト部分を斜めに肩でかけて、背負う。

 発艦の許可が下りたらすぐに発動用のモーターに魔力を流して、すぐに出力を上げて、補助ロケットとカタパルトの火薬の点火タイミングを合わせて発艦の手順を飲みなおす。

 至って単純だが、今まで実施したことのない飛行。

 今回は緩やかに飛び上った後、高度一万まで上昇し、滑空しながら着水の手順を踏む。ウォーラスは既に発艦しており、上空待機中。

 艦首が風向きに正対し、ゆっくりと当て舵が終わるとローリングもマシになる。

 

「発進用意よろし?」

「カタパルト接続します!」

 

 モーターに魔力を流す。

 魔法陣が一気に広がって、出力の段階は第二段階に入る。第三段階に進んだら飛び上らないと燃料の無駄になる。

 轟々と鳴り響くロケットエンジンの音は穏やかな今日の扶桑海によく響いた。

 

「カタパルト接続確認、要員退避!」

「要員退避よし、長良二番発進せよ」

「了解!」

 

 カタパルトの接続部分から見て、斜め右前に用意された射出要員席に座った人間が旗をグルグルと上に回す。あれが降りた瞬間が射出のタイミングだ。

 呂式魔導エンジンの出力が最終段階に入る。

 旗が降りた。

 

「長良二番、発艦!」

 

 ストライカーユニットを引っ掛けるようにして押さえていたカタパルトの感触がないと思ったら、既に発進補助ロケットも燃え尽きた。補助ロケットを落下させ、ドンドンと燃料を科学反応させた秋水ユニットが上昇する。

 初めての発艦は上手く行った、感想が出るよりも先に次々と雲を抜けて飛び上った。昇る昇る。天にまで届くわけがないとわかっていても、あの高空へと一気に進んでいく。

 

「あー、聞こえるか。長良一番だ」

 

 感傷に浸っていたアタシの気分を止めたのは、顔を見せてくれなかった飛行長の声。

 

「説明はあとでするが、敵だ」

 

 耳の中に入れた魔法無線のスイッチを押して聞き返す。

 

「ネウロイが?」

「あぁ、大陸側の警戒レーダーが取り逃がしたらしい。舞鶴の方向に向かってる。上昇方向を俺が指定するから、そっちに向かって飛べ。こっちのレーダーでそっちの位置は分かってる」

 

 反論も許さぬ、命令だった。

 実弾を携行するのは、試飛行のためだった・・・とはいえ、なんという巡り合わせ。早速初陣じゃないか。

 

「誘導通りに飛べば、確実に撃墜スコア一だ。敵はそこまで強くない」

「了解」

「気合は適度に入れとけよ」

 

 若干気の抜けるような・・・初陣の自分を無線越しでリラックスさせる飛行長は、上昇角と方角だけ指定した。

 遂に、唐突にやってきた初陣の機会だ。

 力が入らないと言えば、嘘になる。




いよいよ次話、戦闘回です。

構成とか見直して、細かい部分は次章に持ち越すと言った感じの調整をしました。それでも・・・まだ戦闘に入ってない。

ここからは史実もない(時期的にも8月半ばを過ぎるころ)戦闘になるので、あとは日常パート面、特に秋水乗り向け(コメートパイロットもそうでしたが)専用の献立だったりとか、色々細かい部分をかきかきしつつ、戦闘も適度に混ぜ込んで行こうかな、と。

カタパルト発進のアレそれは、書き始める前で企画中だった頃(RtBでコメートが出る前)から色々悩んでて、一番好きな発艦はリアルだとジェット機のありとあらゆる発艦が好きですし。

フィクションだと0083のあの機体がせり上がってきて(そう言えばRtB1話の戦艦のカタパルト発進はあんな感じだった)カタパルトが展開ってのも好きだしなぁ、と考えつつ、結局リアル寄りになりました。

次話の構成は結構悩んでいるので、更新遅くなるかもしれません、よろしくお願いします。


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part.5「初スコア」

今回はいつもの1.5倍ぐらいあります・・・お筆が乗っちゃいましたわね・・・微修正を加えた後、2章総集編をpixivで2話として投稿します。

初感想も頂きました!めっちゃ嬉しい。けど更新ペース上がるとかそういうのはないので・・・

長い話になりますので、更新もゆったりと、お付き合いよろしくお願いします。

あ、あと今回から史実のモデルが居ないウィッチ2名が登場します(当該するようなモデルを見つけられなかった)


 

「高度は・・・九千か。方位はそのままでいい。敵は低速大型だ。万が一落し損ねても、迎撃は十分に間に合う」

「了解」

 

 上官は落ち着いた声音で、敵の状態を読み上げ続ける。

 アタシの視界ははるか高空、段々と空の色が水色から暗い青色へと染まった。まだ、まだ昇る。敵の姿は見えない。遠いのか?相手は低速型。滑空しながら攻撃するという手筈になっている。

 

「秋水の諸元は一通り目を通してある。俺の言う通りにすれば、お前の撃墜数が一増えるだけだ」

「燃料タンク、消耗ちょっと早いです」

「どれぐらい持つ」

「一万と千を上がって、追尾に一分持つか、持たないかです」

 

 発艦後、上昇するのが緩やかだったから、燃料の消耗は諸元ぴったりの勘定と合わない。そのことだけ伝えると、飛行長はあまり高くない声を少しだけ唸らせ、指示を変更した。

 

「上昇角を変更、一度上昇交差に入って初撃。斜めで交差するからそのままシャンデルで後ろに入って追尾、全弾当てる・・・出来るか?」

「出来ます」

 

 指示通り若干姿勢を倒し上昇角を抑える。速度を保って、迎撃点が早くなる。

 上昇する方向を見上げて、おでこの朱角二本が敵を捉える。目視でも大きく見えた。

 鳥とは比べようもないぐらい大きい。

 横須賀で見た二式大艇を空中に浮かべるよりも主翼幅は大きく。主翼は風を受ける菱形状で大きい。黒い胴体に赤い点があったが、あれがネウロイの黒と赤のハニカム構造。

 

「交戦距離入ります」

「そいつだ。しっかりと当ててやれ」

 

 敵の目の前を一気に上昇し、舞鶴の方向へゆっくりと進撃する爆撃ネウロイに対し、安全装置を外したロケット発射器を構える。

 安全装置・単発・三連発・斉射の「ア・単・三・斉」の一周する射撃表示を一段階クリックし、単発にクリック。

 敵の鼻っ面にある赤い光線パネルを狙って、目まぐるしい速さの上昇角で迫る距離を把握して交差射のタイミングを計った。

 相手からは光線が飛んでくるが、高高度を飛ぶ特性上、迎撃能力に割り振っているわけではないようだ。既存のユニットを超える恐ろしい上昇角度と速度で近づいてくるアタシを迎撃できていない。

 敵に思考する頭があるかは分からないが、焦っているような感覚を感じた。

 その鼻っ面に。

 全速力を出したネウロイの機首と交差する瞬間に、探針していた敵の位置は確実に光像式照準器に映り、赤いパネル部分に向かってロケット弾が飛翔した。

 

「追撃に移ります」

 

 交差は一瞬。敵はすぐさま修復に移り、進路を変えるつもりもない。ただ真っすぐ飛んでいるだけ。

 飛行長が述べた敵の諸元は間違っていなかった、電探で返ってきた反応だけで判断したのか。定期的な攻撃の周期があって、敵の種類を推測できたのか。

 とにもかくにも、顔を見せなかった彼女は・・・確かな腕を持つ。

 確かな、誘導をしてくれる。

 信頼に足りる人だ。

 それさえ分かれば、彼女の指示通り敵を墜とす。彼女の言う通り「私に記念すべき初撃墜がつく」のは分かりきった。

 高度はおよそ一万。

 アタシはそのまま上昇している。

 シャンデル、斜めに上昇した角度を活かしたループを描き、敵の背後を取った。

 爆撃機相手なら後部銃座の格好の的になるけど、アタシは軽量なユニットを履いて、軽快な機動を取ることができる。秋水の燃料は少し残っていて、空気の薄い高空でも加速する。

 敵の迎撃光線を縫いかって、射撃は単発で予測射撃を発射。最後部の赤いパネルが壊れたことでネウロイの光線攻撃は一気に弱体化された。

 

「敵のコアは!」

 

 秋水ユニットの呂式魔導エンジンはまだ息をつかない。加速したまま、敵の背後上部から一気にカミソリで切り落とすように迫る。

 

「上部、中心パネルの内側」

「了解!」

 

 ロケットの発射を三連発に切り替え、トリガーを一度引く。少し後ろに逸れた。隙間からコアが見えた。

 

「これで!」

 

 二度目の三連射。敵のコアを覆いかぶさっていた黒いパネルは結晶に変わり、赤い宝石のようにも輝くコアが見える。

 アタシは今まで実戦に参加したことがない。初めて見る、ネウロイのコアだった。ネウロイ自体を初めて見た。

 前線で飛ぶ先輩方は、こんな強大で頑強、コアの位置も特定できないネウロイ相手に機関銃一つで飛びかかっているのか。扶桑刀を使うウィッチも居るらしいが、あんなに小さなコアに向かって切りつけるなど、相当な修練が必要に違いない。

 コアに見惚れていたのかもしれない。一瞬の隙をつくように光線がすぐ横を飛んだ。

 アタシの指はロケット発射器の発射スイッチを戻して切り替えていた。

 

「止め、だ!」

 

 残る一発は、ロケットの偏差を考慮した偏差、予測射撃。探針で確かに捉えていた敵の全体像は大きすぎて頭が混乱する。コアだけを視る、魔眼魔法なら。

 墳進する煙を残してコアへと吸い込まれていくロケット弾を見つめた。

 距離、五百。着弾まで、一瞬。

 空中で結晶の雪が舞い落ちる。

 ネウロイはコアを破壊されると結晶状になり、霧散していく。

 

「撃墜確認。ようこそ、実戦へ。歓迎するよ犬宮豊一飛曹」

「ありがとうございます。長良二番、帰投します」

 

 舞い落ちていく結晶を通り過ぎ、燃料は尽きた。母艦の長良から飛んでくる誘導の指示に沿って、ゆっくりと滑空した。

 水平線の向こうには、扶桑の陸地が見える。アタシが守ったのだ。

 アタシは、戦う力を、飛ぶ力を与えられた。

 

「力は、行使するならば大きな責任が伴う。力に見合うだけの責任を持たなければいけない」

 

 少佐からの受け売り。

 長良の艦上でアタシが戦う姿を電探越しに見ていた、あの黒髪の綺麗な女性は何を思うのだろう。

 あれだけ情けなかった少女が、戦場に出れるようになってしまったことを。

 彼女だってウィッチだ、軍人だ。戦う覚悟はある、と考える。アタシだって、軍人としてご飯を食べている。戦わなければいけない。

 ネウロイが何者かなんて、分かりっこないけど。

 アタシが持つウィッチの力は、アタシが空を飛ぶためにある。戦う必要があって、戦う能力があって、戦う立場にあるのなら。

 この能力を、飛ぶだけに使うのは無責任だ。

 

「長良より二番、貴機を視認。落下傘で降下するか?」

「二番より長良。波高は?」

「長良より二番。ほとんど凪いでいる」

「了解。減速して水上滑走、着水する」

 

 高度は五千を切った。どんどん海色が近づき、途方もなく広い滑走場が広がっていた。

 

「長良三番より二番、初撃墜おめでとう」

 

 滑空して、減速、高度を減らすことを同時に行っていたら、すぐ横を長良三番、ウォーラスが並走している。航法士の少尉が優し気な口調で無線越しに呟いた。

 

「二番より三番。初めての水上滑走なので、失敗するかもしれません。早めに拾ってくださいね?」

 

 秋水を海上で運用する上での最後の手段。滑走路に届かない場合は落下傘を開き着水するが、それでもユニットは衝撃を受けてしまう。落下傘兵ですら、倒れ込むようにしないと怪我をする。

 扶桑海では珍しく海面が凪いでいる場合は、水上ギリギリまで高度を落して減速し、落下傘を後ろに向かって、減速傘として展開する。

 速度を殺しきった上で、秋水ユニット固有の橇式着陸装置で水面を滑走する。

 減速傘として使った落下傘を切り離し、速度もなくなったユニットごと海に沈むのが水上滑走。

 高度はもはや数えるまでもない。滑空して横になっていた姿勢を、上に持ち上げた。

 

「いち、にの、さん」

 

 一気に減速すると同時に上昇するユニットを押さえて、減速傘を展開。

 ユニットの展開する橇式降着装置が、揺れる波に被さった瞬間、身体ごと水面に飲み込まれそうになった。突っ込み気味に頭が落ちそうになるのを持ち上げる。

 減速しきった時には、ユニットの飛行が止まったと認識すると同時に醒める

 

「つめたーっ!?」

 

 夏、お盆が過ぎた扶桑海は冷たかった。保護魔法を張れるけど、秋水ユニットは既に停止している。ストライカーユニットの魔法力増幅は行われておらず。普通に冷たい。

 離陸時から比べたらはるかに軽くなったユニット本体で足漕ぎしながら、首を海面に上げた。

 ウォーラスの前方ハッチから航法士の少尉に振り返して、近づいてくるウォーラスの巨体を待ち続けた。

 ・・・いや、遅くない?

 

「長良一番より二番、聞こえるか」

「はい!」

 

 さぁ、早く長良に帰ろう。冷たい身体も温まる料理でもあるだろう。

 

「さっさと三番に乗って長良に戻ってこい。さもないと俺は寝るし艦内旅行もせん」

「え、えぇーっ」

 

 この時のアタシは大層間抜けな声が出ていたらしい。後で宇野部少佐に教えてもらった時、とても恥ずかしい思いをした。

 

 

「うぇー水浸し・・・」

 

 ウォーラスの機内に海水を一杯滴らせて戻ったアタシを待ち受けていた吉沼司令と艦長、宇野部少佐に、ウォーラスの二人と甲板で整列し言葉を掛けられた後。

 アタシは長良の甲板で、ワンピースの上衣を脱いで一頻り海水を絞っていた。

 

「はーやーく、来てください」

 

 そんな声が後ろから聞こえてくる。女の人の声だ。

 

「・・・眠いんだ、俺は」

「だからってねぇ!初めての部下ですよ!」

「三番の二人も俺の部下だ」

「そういう屁理屈の話してんじゃないんですよ!」

 

 随分と騒がしい。絞っていた上衣はもう濡れたままで仕方ないと諦めて畳んで、声のする方を見た。

 水兵服に身を包んだ、小柄な女性・・・陸戦隊の陸戦ウィッチか護衛担当のウィッチ。

 そのウィッチに引っ張られながら、使い魔の秋田犬にまでぐいぐいと足を押されている百六十センチほどの女性が大きなため息をついた。

 

「・・・水練着、長良二番だな」

 

 秋田犬が使い魔のウィッチがもう一度ため息をつく。眠そうな様子と声は無線越しに聞いた長良一番。飛行長殿に違いない。

 慌てて服を甲板に放って敬礼。

 

「はい!犬宮、豊、一飛曹です!よろしくお願いします!」

「俺が長良一番の栗田、階級は中尉だ。んで、こっちの煩くてちっこいのは護衛の栗山軍曹」

 

 栗田中尉は、黒髪を後ろで一纏めにしている。ハーフアップ、というやつだろうか。ポニーテールほど後ろの髪は長くない。自分の頭二つぐらいは見上げるほどの上背。眠たそうな視線に眼鏡を掛け、周りを駆けまわっている秋田犬を捕まえて、今にも眠りそう。

 栗山軍曹もアタシより大きい。百五十と少しだろうか。カールもかかっていない黒髪を短く切りそろえていた。確かに声は大きい。

 

「煩くてちっこいってなんですかっ!」

「それがうるせぇんだ・・・」

 

 今にも甲板で丸まって眠りそうな栗田中尉は徐に立ち上がるとアタシの頭をポンポンと叩く。

 

「俺のことは気軽に栗でいい。こっちは、あくまで護衛だから山とでも呼んでやれ」

「えっと・・・よろしくお願いします、栗中尉」

 

 手を伸ばす。

 栗中尉はそれを軽く握り返して、すぐに背を向ける。

 

「栗中尉は、まぁ、一癖も二癖もありますが・・・悪い方ではないので」

「これからお世話になります、山軍曹」

「うん、よろしく」

 

 ウォーラスの置いてある後部飛行甲板からゆっくりと艦橋構造物に向かっていると、電探の下辺りですぐに宇野部少佐がいらっしゃった。

 

「犬宮、これからは私はついていることもできん。軍艦勤務は色々と苦労もある、頑張れよ」

「ありがとうございます」

 

 抱えていた上衣を抱きしめ頭を下げる。軽く頭を撫でてくれた少佐はそのまま、ウォーラスの方へと戻っていった。

 今日から、始まるんだ。

 アタシの、新しい生活が。

 沈んでいく夕陽を眺めた後、先導してくれる山軍曹を追いかけた。




栗中尉・・・一体何無頼ナンダー(すっとぼけ)レーダーとかそういうのと進路のナビゲートって辺りでパッと連想したので、モチーフにしました。なんで飛ばないんでしょうね。その理由はね、ちゃんと書きますよ。モチーフでも1回似たような回がありましたねー・・・あの時は戻ってきたけど。そう言えばその逆もありましたね・・・(分かる人には分かる)

山軍曹はマジでモデルもないです。

ただ、長良でのウィッチが2人だけってのも心配なので護衛をつけました。

予告

 冷えた体を温めるため、濡れた上衣を乾かすため。アタシは長良のお風呂に入ります。ところで、アタシは知らないんですけど、軍艦のお風呂ってなんか変なんですか?

次話「ヒリヒリするの」

豊ちゃん、頑張ってお風呂を乗り切ったら美味しいご飯やで。というわけで次話は長良での生活を描きつつ、新キャラ登場とか・・・

(改稿版おまけ)
▽登場人物紹介
・栗田 頼(くりた より)
 長良飛行隊長、中尉。愛称は「栗中尉」年齢は十九歳で上がりが間近。黒髪のハーフアップで、眠たげな態度と眼鏡が特徴。背丈は比較的高い百六十センチ以上ある。使い魔は秋田犬の「サブ」
 モデルは名作漫画「ファントム無頼」より栗こと栗原。

・栗山 仁美(くりやま ひとみ)
 長良所属護衛ウィッチ、軍曹。愛称は「山軍曹」
 黒髪ショートボブで小柄に見えるが百五十センチの背丈を生かし、豪快に人を投げることの出来る特殊陸戦ウィッチ。
 扶桑海事変時にウィッチを志望したものの魔法力の量など適正が足りなかったかわりに、高い身体能力を見込まれ、生身で護衛等を行う特殊陸戦ウィッチとして養成された。
 モデルはなし。



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第三話「ヒリヒリするの」
part.1「居場所」


しばらくぶりです。体調を崩していたり、忙しかったり、してました。

第3話は擬音回・・・といっても本家ほどのネタ回ではなく、日常を描いていきます。

あ、あと前回に頂いたと言ってた感想の返信部分から若干裏話をば。

まず、感想ありがとうございます。
やりたいストーリーを応援して頂けると、やる気も一段と上がります。


この2次創作、スト魔女RtBでコメートが登場するまでもう少し温める予定の企画でした。

秋水ユニットと犬宮豊ちゃんというキャラ、ストーリーなどはある程度練っていて、それを練る前にも「ヒドラジンの魔女(仮)」というタイトルでpixivで全く内容が違う短編を書いていたんですね(現在非公開)

RtBでコメートが登場したので、これは書かなきゃ時期を逸する・・・!と思って速攻で書き始めたのがこの作品です(ここまで返信内容)


んで、まぁ、本家でコメートが出てきて、あんなオチだったけど、それを普通のウィッチに、そして史実の試製秋水のお話と組み合わせたらどんな結末になるか・・・そこらへんを1日程度で練り直した以外は、ある程度朧げにストーリーを考えてたんです。

そっからある程度連載していく内に、色々練った部分を練り直しながら・・・とりあえず現状完結部分までの2部構成、すべて大まかな話は思いついているので、あとは時間ですね。

感想は、出来る範囲内でお返ししていきます(多分次のパートを投稿する際になります)が、その中で、時々かいつまんで、裏話をしていきたいと思います。

・・・あ、Twitterのスレッド見ちゃったら、今後の大まかな展開分かっちゃうので、予め。

前置き長くなりましたが、第3話「ヒリヒリするの」よろしくお願いします。


 

 邀撃研究母艦の元は、軽巡洋艦長良型のネームドシップ「長良」

 アタシが配属されたのは、吉沼司令が率いる邀撃研究を行うための航空隊。

 

「空からと実寸大じゃ全然違う・・・」

 

 旧式とはいえ、水雷戦隊を率いる軽巡洋艦は大きさがそれなりにある。

 対空電探ユニットの大型アンテナを艦橋後部構造物として備えるスペース。ウォーラス向けのカタパルトと運用甲板を備え、艦橋下部にもユニット発進カタパルトを艦首備えている。

 三本の煙突の横から並べられた対空機銃と単装高射砲群に、多連装対空ロケット砲。艦尾側も同様の対空区画。

 ネウロイが接近してきても単独で対空戦闘が行えるだけの装備を持っている。

 推進部を新しく改装して、水兵を対空区画に回した設計。

 

「人も多いし、曲がりなりにも巡洋艦なんだなぁ」

 

 何かと人の多い艦になるのは当たり前、軍令部も邀撃研究だけに大型艦を回す余裕もない。

 民間徴用の特設母艦だと母艦が危険すぎる。そんな経緯で、旧式で比較的手が空いた「長良」に白羽の矢が立った。

 そんな長良の中は慌ただしかった。

 山軍曹はアタシが濡れ鼠なことに気づいて、拭くものを取ってくると言った。

 宇野部少佐がウォーラスで飛び立った今、頼りにできるのは直属の上官「飛行長」の栗中尉に、護衛の山軍曹。

 ほかの人はほとんど面識がない。

 目の前を整備員たちが忙しく働く。艦橋下の格納庫は忙しなく怒声が飛び交っている。

 吉沼司令は試製秋水の飛行前に話して、着任挨拶と帰還した時に一言二言かわした程度。他の人とは会話をした記憶もない。テスト飛行や霞ヶ浦飛行場で整備に携わっていた整備兵の方が居るのかもしれないが、思いつく記憶からは見当たらなかった。

 

「真水持ってこい!潮一つ残すな!」

 

 海水面に着水したせいで、木製合板をベースにしたユニットは塗膜があっても潮を早く落とさなければならない。

 軍艦の真水事情というのは非常に切羽詰まったものだとも聞く。

 空母などの大型艦であっても同様。扶桑が誇る大和型辺りになってくれば、また事情は変わってくるのだろうか。

 どちらにせよ、海水の塩分を落とす作業はユニットの保全に関わってくる。

 水練着姿のまま保護魔法を使うために使い魔の一部を現出させているアタシのそばを通る若い水兵の顔色が、驚愕に変わる。

 水練着姿で濡れ鼠だからか。違う。ウィッチが珍しいのか。それも違う。

 格納庫には零戦ユニットの主力形式五二型がユニットゲージに収まり、おいてある。

 栗中尉が使うのだろう。栗中尉がいる限り、ウィッチという存在は珍しくないはず。

 言わなくてももう分かる。

 隠してもいないアタシの責任だとも分かっている。

 こんな風に焼けただれた痕を太ももに大きく残しているのは、世界のウィッチを探し回ってもアタシぐらいだろう。

 邪魔にならないようにと考えて、よった格納庫の一番奥。

 しまいこまれている零戦のゲージに腰を掛けて、喧噪をぼんやりと眺める。

 自分で分かってるけど明るい性格じゃない。この忙しなさにアタシが声を掛けても邪魔になるだけだ。

 

「ふぅ」

 

 ため息を大きくこぼしてしまう。

 居場所はどこにあるんだろうかと。そんな風にふと弱気になる。

 予科練でも、固有魔法のせいで距離を置かれた。

 秋水のテストウィッチになるのが決まってから、予科練を途中で抜けて訓練や予行、座学に追われて周囲の優しさを受け取ることが出来なかった。

 貰ったマフラーも濡らしてしまったと山軍曹が洗濯に持っていったから、握ることもできない。

 首元をすかした手の空を切る感覚が妙に虚しくなって、より一層気落ちした。

 

「ナニしけた面してんだ」

 

 眠そうな声がすぐ横の上から聞こえ、俯いていた鉄板の床から視線を持ち上げる。

 

「栗中尉・・・なんでもないです」

「んなわけないだろう。山はどこ行った」

 

 眠そうな様子から少しイラつきが染みた声が横に響く。声は、格納庫の中でアタシにしか聞こえない音量だった。

 

「山軍曹は拭くものを取ってくると、濡れた服を乾かしに」

「・・・入れ替わり、か」

 

 ぽつりと呟くような声の栗中尉は、潮を落とす作業が行われている秋水を眺め、その視線を追うように自分の視線を愛機に移す。

 

「拭くもん、持ってきた」

 

 ばさりとアタシの頭にかけられたのは、タオルケットだ。

 

「うぇ⁈あ、ありがとうございます栗中尉!」

 

 礼をしようとすると、座る位置と立ち位置で身長差が強調される高さから頭をポンポンとたたかれる。

 出たのは咄嗟の言葉だけ。

 

「それ、拭いたら風呂だ。その怪我、多分染みるぞ」

「染みる・・・?」

 

 怪我、というのはアタシの太ももにある痕に違いない。この時ばかりは染みるという意味が分からなかった。

 後で痛いほど分かる羽目に会う。このときのアタシはそんなことを知らなかった。

 軍艦の浴槽の中身が、海水を温めたものだなんて。

 考えてみれば、当たり前。

 人っ子一人の身長もない、腰ほどの長さと太さしかないユニットを真水洗いするだけで大騒ぎ。

 何人も入る軍艦の浴槽を満たすことなんて、いくら浴槽に体を漬かせることができる数が限られているとはいえ。

 支給される桶に決まった分だけ入れられる水の量で手早く甲板上で体を洗う水兵さんよりも、ずっと恵まれているというのに。

 濡れていた髪も拭き、肩から太ももの辺りまでタオルで覆うと、息を切らした山軍曹がやってきた。

 

「栗中尉・・・!先に行ってタオルを持っていくんなら、それぐらいおっしゃってください!」

「別にいいだろ・・・寝ようと思って、居室ン中見たらあったから持ってきただけだ」

「えっと、山軍曹、とりあえず体は拭けましたから。アタシ、ここにいても何も出来ませんし」

 

 場所を移しませんか、という言葉を聞くなり山軍曹は自由気ままな栗中尉を問い詰める言葉を止めて、アタシに振り返った。

 

「そうでした!入浴に関してはご用意をしておきました!」

 

 用意されていたのは竹桶とタオル。替えの水練着に上衣のワンピース。

 

「お着替えは・・・その、お食事などもありますし、この後士官食堂で歓迎会もありますので、通常の制服をご用意しました」

「ありがとうございます」

 

 すごい。何から何まで、着替えから入浴の準備、予定までこのウィッチは管理してくれるらしい。まるで、お姫様やお貴族様・・・それこそ、上等な華族のご令嬢にでもなった気分。

 

「うし、行くか。風呂だ、風呂」

「栗中尉、着替えとか、石鹸とかは」

 

 山軍曹が、分かりきった様子で栗中尉の方を睨む。白い詰襟の制服と水練着の士官ウィッチの組み合わせの中尉は、特に何か持っているわけではなさそう。

 

「着替えはこのまんまでいいだろ。石鹸は犬宮のを借りる」

「ご自分のものを取りに行ってください!」

 

 軍曹は、もう「呆れた」と中尉の肩を両手で掴んで背中を押した。

 士官用区画の居室に戻った栗中尉が居なくなると、軍曹はアタシに視線を合わせた。

 ・・・そうだ、アタシ、ずっとユニットゲージに座り込んでた。

 

「一飛、足の方は染みると思いますが、浴室にご案内します」

 

 本当に、この時。アタシは知らなかったのだ。あんなに、ヒリヒリするなんて。




長良は、もう、史実にない完全な魔改造ですね・・・しいて言うならば防空巡的になった機銃を乗せた五十鈴みたいな。高射砲と言っても、そんなに載ってないですし、砲類になるとサイズ的には艦尾側の砲塔部分になるかと思います。あとは全部、対空機銃と墳進砲。

実のところ、母艦はかなり迷った部分です。

次回更新、少し時間がかかるかもしれません。・・・お風呂回、書いたことがあんまりないので、とても分からない。

そういえば、行水描写では光人社NF文庫の彩雲の本の記憶を参考にしました。

そんなわけで、そこら辺の描写が甘いのは・・・勉強不足です。

あんま詳しくないので、湯船を使えるのはごく一部・・・だけど、ちゃんと湯船はつける改装したよって感じです。


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part.2「守られている」

遅刻しました・・・というわけではなく。

お気に入りと評価をしていただいたので、嬉しくなってなんとか今日中にあげようとしただけです。

レスポンスがあると、書くモチベにつながりますし、ありがたいことです。

あ、入浴は次回に持ち越しになりました。すまぬ・・・すまぬ・・・




 

 狭い浴場の手前にある簡易的な脱衣所。

 金属の壁があるはずの壁面に竹細工の壁掛けが掛けられて、床には民芸品のような薄い敷物が用意されている。

 敷物を取り外せば掃除が簡単な上、使う間は足の裏が汚れない、という配慮。

 ここまで案内した山軍曹は、警備をすると立ち番をしている。

 

「軍艦のお風呂、か」

 

 何気に、初めてだ。

 着替えを棚に置き、竹桶に石鹸とタオルのセット、今まで着ていた水練着を一緒に入れる。

 栗中尉は畳んだ新しい詰襟と普通のズボンを用意して、同じ竹桶のセットを棚に置く。待っていたアタシに視線をやる。

 

「・・・あの、あんまり見ないでください」

「あ、すまん」

 

 アタシの太ももの痕は確かに目立つかもしれない。

 気にしていないわけではないけど、それが自分の楔になっているとも思わない。

 周りからの一歩引かれた視線は慣れっこ。

 

「ただ、肌が綺麗だな、って。すまん」

「うぇっ」

 

 肌が、綺麗?

 そりゃそうだ。こっちは五年間も、文字通り日の目を見れなかった身。

 ウィッチとして正式に訓練をするようになってから外に出るようになったが、病的にも青白い肌を周囲から心配された。

 綺麗だなんて言われるとは思わなかった。

 不健康とか、外に出て運動しなさいと言われることはあっても、綺麗なんて褒められることなかった。

 栗中尉のその言葉がたとえお世辞でも、今まで掛けられたこともない言葉を掛けられると、思いもせず顔が熱くなる。赤くなる。

 

「入り方は、俺が教えるしかないか」

 

 ちょっと待ってろ、と言った中尉は水練着を脱ぎ始める。

 アタシよりも頭は二つほど上で背丈も当然、二回りは大きい。

 ぼんやりと視線を横に振ると、水練着の圧から放られた大きな瓜が二つ。ブルンと揺れる。

 

「・・・大きい。いいなぁ」

 

 パッと見たときは山軍曹の方が大きかったけど、直に見てみると、栗中尉はかなり着痩せするようだ。

 

「よし、行くか」

「は、はい!」

 

 バルンバルンと揺れる大きなお椀形の山に視線が行くのを抑えて、浴場に入る。

 むわっとした湿気が顔をなぞり、木でできた簀の子の床をしっかりと踏みしめて、三人分の身体を洗うスペースに来た。

 

「竹桶に入れていいのは真水と、そこの湯船の海水」

 

 真水はコックを一度ひねると定量が出る、中尉は自分の座った椅子の前にあるコックを捻って竹桶に水を入れる実践をしてくれた。

 アタシは湯船を指さして続けられた言葉を復唱する。

 

「海水?」

 

 長良に改装で新設された大きくない大浴場の中身が海水を温めたもので出来ていると知った。

 見よう見まね、おっかなびっくり丸出しで竹桶を蛇口の下に入れて、コックを捻る。

 竹桶の七割を満たした後、水は止まった。整備で潮を落とすのにも大慌てだったから、これだけ用意するのも大変だろう。

 

「んで、まずは髪を洗う。潮は髪にダメージ与えるからな。湯船でも浸かっちゃだめだから最初に洗って、塩分を落とせ」

「はい!」

 

 竹桶の中から両手で水を掬い、短く切りそろえる藍色がかった黒髪に水をかける。

 隣では、あまり長くない一纏めの黒髪を降ろした栗中尉が濡らした手の手櫛を通していた。

 スルスルと通るのは、どこか宇野部少佐を彷彿とさせる。

 

「いいなぁ」と思う。

 

 アタシの癖毛は、あれを真似して手櫛を通そうとすると引っ掛かる。

 丹念に、けれど手早く髪を洗い終えた。

 すぐ横でペースを見せてくれるから、真似するだけ。

 髪の毛の量だって、短く切りそろえているアタシの方が少ない。

 

「次、水練着を真水洗いする。ここじゃ、山が居るから野郎どもも洗濯とか乾かしてある水練着やズボンをギンバエするやつは居ねぇけどな」

 

 逆に言えば、ウィッチの数が少なかったらそんな大騒動が起きるのか。

 

「俺が空母乗ってた時は、一人の助平が盗んで大騒ぎ。お縄についたら速攻軍法会議行きだったよ」

 

 予科練の初等教育でも、ウィッチは男子兵との接触は最小限。

 物が盗られる可能性もあるって習った。

 そういうやつらは同じ水兵からも白い目で見られるし干されるとも聞いた。

 アタシたちは、そうやって守ってもらっている。山軍曹にだって、今こうやって守ってもらっている。

 

「山はな、扶桑海事変が終わった後のウィッチ募集で海軍を受けて、ユニット適正がなかったから兵士としての教練を受けたんだ」

「前の所属も鎮守府の特別陸戦隊とか、そっち」

 

 水練着を水洗いする。

 

「んで、こっちに来て。長良の改装作業中に俺が寝ぼけててよ、変なやつに絡まれたことがあってさ」

「絡んできたやつ、そのまんま柔術で担いで、乾ドックのコンクリにぶん投げよったよ」

「予科練でも習ったろ。大抵の軍人共は、俺らの重要性が分かってるけどって」

 

 アタシたちは、怪異やネウロイに対しての攻撃力を持つ。優遇されているし、周りの兵士たちは守らんとしてくれる。

 事実を、甘く見てはだめだし、厳しく見てもだめ。現実を見て、男性兵士との距離感を常に保て。

 そんなことも分からない、ヒドイ一部のバカも居ないわけじゃない。

 故に、アタシたちには山軍曹が居て、ユニット適正がなかったウィッチは護衛として働いている。

 

「俺たちは、沢山の人に助けられてる。守ってもらっている。なんでかは、分かるよな」

「・・・アタシたちが、戦うから」

 

 ウィッチは、性的な身体接触を行うと魔法力を失う可能性がある。

 予科練でも口酸っぱく言われること。

 二十歳ほどになると減衰が始まるが、それ以外でも純潔を失うと使い魔との契約が続かなくなるというのが、一般的な見解。

 

「そうだ。俺たちが、たまたま、敵と戦う能力を持ってるから。ただ、それだけだ」

 

 ぽつり、栗中尉が言葉をこぼす。

 

「俺も、ウィッチとしてはそう長くない」

 

 洗い終わった水練着を置き、石鹸で身体を洗い始めながら、中尉はそう呟いた。

 

「栗中尉が電探ユニットを履かれるのはそれが理由だったんですか」

 

 ウィッチとしては長くない、魔法力の減衰が始まっている。

 「上がり」ということ。

 電探ストライカーユニットは魔法力や魔法圧が低くても使うことができることが特徴。

 経験豊富で丁度いい塩梅に魔法力の減衰が進んだ中尉が割り当てられたのだろうか。

 隣の女性は大人びている。眠そうな様子だった顔つきは少しだけ、凛々しく引き締まって目の前にある鏡を睨んでいた。

 

「いや、アレを使うのはまた違う事情だ」

 

 自分自身を責めるかのような口調。昔を思い出すような口調。栗中尉は鏡の中の自分を睨んでいるようにみえるが、その視界はどこか、遠く・・・昔のことを見ているようだった。

 

「すみません」

「いいんだ。ただ、伝えておいた方がいいな・・・」

 

 アタシは起伏の少ない体を洗いながら、続きの言葉を待つ。

 

「俺は、飛ぶことを拒否してるんだ」




実際、現実でも一部の人が同類項の人たちのイメージをがっつり傷つけてることってありますよね。

SWの世界観でも、一般的な価値観をしてる人は「戦闘でもない限り守らなきゃ」って思ってるだろうし、だけど、変なごく一部のせいで、極度に距離を置くように教育されてんのかな・・・とか思いつつ。

まぁ、アフ魔女の総集編(同人版)見てると、SWの男性陣、めっちゃ男気あるよなぁって(そういう描写とはいえ)

でも、やーなやつが居ることもあるんだろうな、的な話でした。

あとは、山軍曹の心持とか、栗中尉が飛ばない理由、ここらへんは今後とも描いていく予定です。

ただ、栗中尉、結構隠す感じしません?
何かがトリガーになるんでしょうね、ここらへんのエピソードはね。(他人事)

次回はみんなお待ちかね浴槽回です。・・・描写できるかなぁ。


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part.3「ヒリヒリするの」

第3話「ヒリヒリするの」終わり!閉廷!

スベスベ、ぷにぷに(うっ・・・癒ぷに)、ちょん、ペタペタ、フニフニ、じんじん、ヒリヒリ、めっちゃ擬音使った。

ちょっとぐらい文章に「人参しりしり」混ぜててもばれなさそう。


 

「俺は、飛ぶことを拒否してるんだ」

 

 泡がついた身体を洗い流すために浴槽へ入れようとした竹桶を落とす。

 栗中尉の独白にすっかりと動揺させられた。

 静まり返った浴場に竹桶が落ちる音が響き渡るだけ。

 静寂に耐えきれなくなって、アタシはただ無心で湯船のお湯を身体にかけた。ジンジンと温まり、血流がよくなる感触。会話の流れは全く進まず硬化していた。

 

「それは」

「いつか、話すよ。話さなきゃいけない時がくる」

 

 今は教えてくれない。上官の言葉はどうしようもなく頭に響いた。

 飛ぶことを拒否する。空戦ウィッチではないということか。違う。栗中尉のためのユニットはある。履くことはできる。

 零戦ユニットは、最新の紫電改とかと違って必要な魔法力も多くないから、魔法力が減っていても飛べる。

 初スコアをとった時の指示は、栗中尉自身が空を飛びネウロイや怪異と対峙した経験がなくては無理だった。栗中尉は元々航空ウィッチだと思う。

 

「昔は飛べたんだ。あの頃は、うん。ちゃんと飛べてた」

 

 栗中尉は、何かが切欠で空を飛ばなくなった。

 それは一体、どんなことだろう。

 出会って数時間、話した回数を数えられる程度の関係性では、中尉の気持ちなんて分かりっこなかった。

 

「それでもアタシは、栗中尉に従います。さっきの戦いで分かりました」

 

 静かだった浴場で、アタシの小さな声が反響する。

 栗中尉の指示は的確。レーダー上のアタシと敵の位置関係を正確に把握し、アタシの状態を掴んだうえで、細かい指示を飛ばす。彼女が言ったとおりにすれば、ネウロイを撃墜することができた。

 

「そういってくれると、助かる」

 

 話はそこまでだった。栗中尉はタオルに髪の毛をすべてくるんで頭ごと結び、浴槽に肩まで沈む。

 アタシもそれに倣って、ボブカットの頭をタオルでくるんで海水風呂に足を入れた。

 海水を温めたからか、それとも身体が冷え切っていたからか。

 立派な浴槽に右足を入れると、足の先っぽから血行がよくなる感触とともに、血が巡ってくる。

 両足を入れ、ゆっくりと腰を下ろして肩までつかった。

 ぽかぽかと、身体が温まる。無機質な浴室の壁を眺めながら、思わず息をついた。

 

「今日は、まだ色々とあるからな」

 

 中尉はぼんやりとしていたアタシにそう声をかける。声音に眠気は含まれておらず、さっきの凛々しい表情をそのまま落とし込んだ静かな言葉だった。どこか、少佐を思い出す。

 霞ヶ浦に行ってから、陸海の隔てなく色々なウィッチがアタシに優しくしてくれた。

 基地が違うのに、しょっちゅう面会に来た少佐は一歩引いて見ていたけど、泊まる日は決まってアタシと入浴を共にしてくれた。

 

「ふむ。この後は偉いさんとの食事会か、めんどくせぇ」

 

 栗中尉が両腕を組んで、足を伸ばせない程度の広さの浴槽で背を壁に預ける。

 プカリと浮かぶ、二つのお椀。大きい。いいなぁ。

 

「なぁ、豊・・・あ、下の名前で呼んでいいか」

「あ、はい、大丈夫です!」

「豊って、なんでそんなに肌綺麗なんだ」

 

 栗中尉は、アタシの二の腕の辺りをしげしげと見つめた。

 生まれてこの方肌荒れの類があったこともなく、ウィッチになってからは使い魔の保護の自己治癒力で整えられて、肌は綺麗だ。

 栗中尉だって肌が荒れてるようには見えないし、アタシと同じくらいの色見の肌は静かな雪国の新雪みたいな優しさを感じさせる。

 さっきから触れ合っていた肩だって、とってもスベスベだ。

 

「なんかなぁ、若いっていいなぁ」

 

 栗中尉はアタシが顔を赤くしていることなんてお構いなく、二の腕をぷにぷにと触り、しきりに自分の二の腕と比べる。

 

「やっぱ若さか、年は、十四だったな」

 

 海水風呂の温かさの影響か、まっかに火照ったアタシの頬をちょん、と栗中尉はつつく。

 アタシの変調には未だ気づいていない。栗中尉はこういうお肌の触れ合いとかに抵抗はないんだろうか。

 ペタペタとあちこちを触られるたび、フニフニと当たる柔らかい山脈の感触で頭がフラフラしてくる。そして妙にじんじんとくる太もも。

 アタシはそろそろ限界だった。

 

「おーい、のぼせたか?もう上がるぞ?」

 

 気づいたときには、栗中尉は湯船から上がっていて、アタシの手を引っ張っていた。

 

「・・・はっ」

 

 もしかしなくても、意識が飛んでいたかもしれない。

 あんなに肌に触れられたのも、触れたのも初めてだった。

 

「ほら、上がるぞ」

 

 手を貸してもらって、力が抜けてしまった身体を立ち上げる。少しだけのぼせてしまったかもしれない。ちょっとふわふわした感触。

 

「あ、あぁ、うぅ」

「あー今染みてきたか」

「ヒリヒリするっ」

 

 足、太ももの傷跡部分がとてもヒリヒリする。さっきまでジンジンとした感触は、血の巡りがよくなったものだと思っていたが、日焼けにお湯を当てたものが酷くなったやつらしい。

 

「大丈夫か」

「くぅ、うっ、だ、大丈夫、で、です!」

 

 とても痛い。ヒリヒリする。溶けて皮が薄くなった部分を温かい海水風呂に浸していたから、とても痛い。

 漏れ出る声を聞いたのか、浴場の扉がすさまじい音を立てて開く。

 

「犬宮さん!」

 

 山軍曹だった。腕まくりをしてアタシの貧相な体をお姫様抱っこしてしまうと、あっという間に脱衣所に運んでくれた。

 

「栗中尉、久しぶりの入浴だからって長風呂しすぎです」

「あ、あぁ、すまん」

「犬宮一飛、お身体拭きます」

 

 いうが早いか、山軍曹はアタシの身体についていた水分をさっさと分厚いタオルケットで拭い、痕の部分は優しく水っ気をふき取ってくれた。

 

「あ、あの、あとはじ、自分でやります!」

 

 痛みが引いてきた辺りでなんとか声を上げる。タオルケットを奪って、髪の毛を乱雑に拭いた。

 

「山、俺は先に士官食堂上がってる」

 

 下には大人なデザインのレースがあしらわれたズボンを履き、上にはへそ丈のキャミソールを着た栗中尉が白い士官服に袖を通しながら出て行く。

 

「了解しました。一飛はゆっくり後でお連れします」

「頼んだ」

 

 後に残されたのは、顔を真っ赤に火照らせたアタシと、海兵の服に身を包んでいる山軍曹。

 

「すみません。お怪我に配慮が足りなくて」

「いいんです。自己管理できてなかったアタシが悪いんです」

 

 それはあの時だってそうだし、今だってそうだ。お風呂もさっさと上がってしまえばよかったのに、必要以上に浸かってしまった。

 

「あ、あとお食事のことなんですが、霞ヶ浦では」

「ここでも特別献立なんですか?」

 

 霞ヶ浦で秋水の訓練を行っていたウィッチは全員、特別な献立のもと食事が用意されていた。

 高空に高速で上昇するため、高度1万メートルを越すとなるといくら保護魔法があるとはいえ、気圧の変化の影響もある。特に消化中に発生する腸内ガスの発生を極力抑えたりするなど、工夫を凝らした献立作りが行われていた。

 

「はい、先日着任した烹炊員が一人担当することになっています」

 

 献立は、先だってコメートユニットを運用していたカールスラントのメニューを参考に、扶桑海軍の補給で用意できるものに限られる。その辺りの塩梅が難しいのか、アタシが霞ケ浦を出立した時点で、献立表は定まっていなかった。つまり、研究途上のもの。

 その水兵はアタシのためだけの食事と夜食を準備してくれるらしい。

 

「長良では常に警戒することになっているので、毎晩のお夜食と三回の食事は特別献立を用意してます」

 

 もしかしなくてもだけど・・・

 

「好物とおっしゃっていた蒸かし芋は・・・舞鶴で補給するまで」

 

 やっぱりかぁ・・・

 アタシの好物は、芋。蒸かし芋も好きだし、サツマイモの焼き芋も好きだ。予科練の頃、畑で収穫したサツマイモを焼き芋にして食べたこともあるし、秋草での滑空訓練の間は頻繁に食べていた。

 お芋は高高度要員の食事には向かない。特別献立からも真っ先に外されていた。

 髪の毛を拭き終わったアタシは替えの水練着を身に着け、太ももの痕を隠す布を履き、セーラー風のワンピース型上衣を上から羽織る。脇の隙間をリボン止めで締めれば、着替え完了。

 

「よし、まだちょっとヒリヒリしますけど、お食事行けます!」




お気に入り、ありがとうございます。

ちょっとずつ伸びてくのが嬉しい・・・


21/11/19 改稿版に差し替えました。


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第四話「とある烹炊員の苦難」
part.1「ランフォードスープ、バゲットを添えて」


就活とかレポートとか忙しくなるけど、完結はしたいです。
とりあえず就活解禁までは創作とお勉強ですね。


 

 誰が言っただろうか。海兵団に居た頃聞いた同期の話だったか。

 

「二宮ァ!盛り付け急げ!」

 

 烹炊所は戦場。まさにその言葉が似合う。

 慌ただしい烹炊所にある、揚げ物焼き物何でもござれ万能調理機械の揚焼器から、天ぷらの入ったトレーを取り出す。

 二等水兵、舞鶴海兵団を出たばかりのペーペー新兵である自分が士官用烹炊所に居る理由はただ一つ。

 実家が洋食屋で調理経験が見込まれていたから。

 艦艇用のまな板は、テーブルと変わりない大きさのそれに向かって、先輩が材料を淡々と切っている。

 方や、炊きたての麦飯が船のボイラーから回された熱気とともに烹炊所いっぱいに、炊きあがりの蒸気を吐き出す。

 

「遅いんじゃア!」

「ッぐ」

 

 揚焼器の天ぷらを一通り盛り付け、塩をまぶしたところで烹炊長に大きなしゃもじのバッター制裁を食らった。

 炊いたばかりの蒸気釜に突っ込んだばかりのそれがぶつかると、熱いことより、骨盤が痛いと泣きたくなる。

 小型艦になればなるほど、烹炊員のしごきは弱くなる。海兵団で主計科課程を歩んでいた同期達はそう言っていた。それがどうか。

 俺が長良に配属されたのと同時に、長良の士官用烹炊所班長となったのは、元戦艦、しかも兵員烹炊所の班長経験者。

 今までのルールや、先輩方など何のことやら。邪知暴虐の権化となった烹炊班長は、新兵の俺に無茶ばかり押し付けてくる。

 

「二宮!犬宮一飛曹のための特別献立はどうした!」

「今から取り掛かります!」

 

 犬宮一飛曹、特殊な飛行脚を取り扱う特別なウィッチ。

 その飛行脚とは高速で超高高度まで上昇するもの。魔法力による自己保護も越える影響を伴うものであるために、芋などの腸内ガスを起こす食品を取り除いた特別献立と、特別な警戒態勢のために一日四食を用意する必要がある。

 そうして白羽の矢が立ったのが、舞鶴では知らぬ人は居ないような洋食屋の倅で、海兵団に主計科で入った水兵の自分だった。

 海兵団を卒業後は皇都に招集され、高等学校で特別な献立のために栄養管理の教育を受け、長良で「秋水」を履くウィッチのために創意工夫を凝らすことが命じられた。

 元々、洋食屋の長男として食文化に恵まれ。

 実務経験がある場合は士官用の烹炊所に配属されると噂を聞き、異国の料理を探求したいという気持ちだけで舞鶴海兵団の門を叩いた。

 あわよくば遣欧艦隊にでも配属されて、と考えていたら、扶桑海での哨戒任務艦での特別任務。

 創作料理を試すことが出来る機会だと、海兵団の教官に送り込まれた。皇都では様々な食文化や、栄養管理学を学んだ。

 長良に来てみたらどうだ。

 

「そんなことより飯上げを早くしろ!米が炊けたらすぐに盛り付けろ!」

「分かりました!」

 

 皇国海軍の中でも、立ち位置が低いと思われるのが主計科の中で俺たちのような烹炊員。大型艦になればなるほど、兵員烹炊所と士官用烹炊所でも大きな差がある。

 大型艦になれば、艦長や司令と言った天の上に居るような方々専用の調理場があり、お抱えのシェフなどもいる。しかし、大型艦の兵員烹炊所では、先任烹炊員からのしごきが余りにも理不尽なのだと聞く。

 そんなところから転属してきた烹炊長は、新兵にも拘わらず特別な待遇を受けている俺に目をつけた。

 犬宮一飛の料理は時間がかかる。烹炊所にある調理器具は一人前だけを作るようにはなっていない。

 普通の調理を手伝いながら、時間がかかる料理の下ごしらえなど間に合うはずもなく。おまけに、隙あらば班長によるしゃもじのバッター制裁。

 

「覚えてろよ」

 

 消えた班長の背に恨み言を呟く。

 このバッター制裁は、普通のそれよりも酷かった。人が一人入る圧力釜を混ぜる木製のしゃもじの薄い部分で、垂直に臀部に当てる。

 長良に配属されてから、一日と経たない内に痣が残るようになった。

 他の先輩方は、班長が着任する前から烹炊所に居たから、班長は俺にしか手を上げないし、俺にしか無茶ぶりを言わない。反抗されて仕事が回らなくなり主計科長に咎められることが分かっている。

 

「士官用食堂に配膳急げ」

 

 班長が怒鳴り、目が回るような勢いで先輩方が士官用食堂に出来上がったプレートを出していく。

 自分にはもう一仕事があった。

 息切れした呼吸を整える間もなく、取り分けてもらった野菜の材料を剥く。

 電気を使って野菜などを磨り潰す合成調理器に、人参と玉ねぎの野菜を投入。これだけでも一人前を作るには無駄が多い。仕方がない。

 件の秋水ウィッチは今日配属され、今晩に歓迎会が開かれる。歓迎会でさえも他と違うメニューを用意しないといけない。

 昨日は牛肉を使ったカレーの日で、今日はカレーと同じ具材を使った肉じゃがが兵員烹炊所で出ている。

 歓迎会であり、祝いの日であるからと朝に輸送された魚を天ぷらにして、豪勢な食事会が士官用食堂で行われて。副菜として肉じゃがも提供されるという面倒な理由がおまけでついてきた。

 

「豪勢なもん食ってるよな、ウィッチって」

 

 揚焼機で明日の朝食の分も纏めてバゲットを焼き、一緒に焼き目をつけた牛肉の賽子焼きを取り出す。

 

「スープはまだ煮込みが甘いな」

 

 缶詰の乾燥エンドウ豆をベースに、カロリーとタンパク質を取れる料理。

 リベリオン生まれブリタニア人のランフォード氏が生み出した食事をベースに改良を施したものが「ランフォードスープ」

 第一次怪異大戦後の恐慌にあたって、炊き出しの文化とともに発展した料理で、カロリーという部分が栄養面的に欠けがちだったことを補う。

 ビタミンやタンパク質と言った栄養素を纏めて一度に摂ることが出来、比較的安価な素材で作れるというのがこの料理の特徴。

 前もって長時間煮出した丸麦とエンドウ豆でベーススープを作り、出汁は海軍伝統のスープストック。野菜のペーストと牛肉の賽の目切りを放り込んで煮詰める。

 スープストックは出航前に買った牛のあまりが元だ。

 軍艦が生肉類を補給する時は基本的に一頭買い。

 一頭買いすれば、当然骨や余りが出る。長時間煮出して出汁を作れば、例えばカレーの隠し味であったり、肉そばのスープであったりに使える。

 イリコに関しては、水出しで用意をする。

 これが皇国海軍伝統のスープストックという文化。

 今回はシチューに似た肉入りのスープで、牛骨の汁を味付けに用意する。

 煮詰まってきたのでスープを配膳し、胡椒を振りかける。

 味見している余裕はない。バゲットを盛り付けて、スープとパンの体裁を整えて終わり。

 一通り作業が終わった頃には、意識がふらふらとしてきた。

 

「二宮!特別献立はまだか!」

「今出来ました!」

 

 何とかプレートに盛り付けたところで、烹炊長が怒鳴り声を上げて調理場に入ってきた。

 

「遅い!もう歓迎会は始まっている!」

 

 今日からこれが毎日続くのだと思うと気が重い。

 特別献立のプレートをウィッチの護衛である栗山軍曹が運んで行ったのを見送った後。

 大きな、大きなため息をつきながら、班長のお召通りに洗い物を始めた。



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part.2「豊のごはん」

豊視点。


 

 士官の皆さんとの歓迎会。

 湯あたりしたアタシは山軍曹に支えられて、毎日食事を摂る士官用食堂に入った。

 アタシは一等飛行兵曹、下士官に当たる。

 一緒に食事を摂るのが栗中尉と山軍曹だけ。長良に居る女性もこの三人だけなので、士官待遇になった。

 ワンピースの制服のアタシが食堂に入った瞬間、それまで騒がしかった空間が水面から波紋を消すように静まりかえる。

 

「犬宮豊一飛曹、本日より長良でお世話になります。よろしくお願いします!」

 

 士官用食堂、司令が座る席の正面。そうそうたるメンツが階級順に上座からこちらを見る。

 しっかりと正面を向いて、頭を下げて礼をした。

 

「ンなわけで、我が長良飛行隊も正式始動ということになります」

 

 頭を下げたままのアタシの横に、栗中尉が並ぶ。

 栗中尉は顔を上げ、風呂場では外していた眼鏡のブリッジを押し上げた。

 

「犬宮はまだ若いですが、素質はお墨付きです」

「ウィッチを運用することも、特殊な作戦運用も、日常も。皆さんにご迷惑をおかけすることになりますが、どうかよろしくお願いいたします」

 

 誰かが栗中尉に同意の拍手を送ると、自然と食堂の空気も緩んで喧噪が戻ってくる。

 

「栗田中尉、犬宮一飛の運用にはもちろん君の電探運用も肝要だ。飛行長としても、作戦に関わるウィッチとしても期待している」

 

 司令がそう応え、今度はアタシの方を見る。アタシは顔を上げるタイミングが分からずじまいで、ずっと俯きながら周囲を伺っていた。

 そんな気持ちを反映してか。

 

「犬宮一飛。男所帯というのは喧しいと思うが、どうか勘弁してほしい」

「・・・それと、使い魔を出すほど緊張する場ではない。もっと気を大きく持ちなさい」

 

 え、使い魔を出す?

 その言葉を聞くや否や、頭を触る。アネハヅルの羽、水練着の上下の隙間から伸びている尾羽。

 スーッと血の気が引いていく。

 額の方を必死に睨むと、当然のように鬼の朱角が伸びていた。

 やらかした。完全にやらかした。

 緊張が高ぶりすぎて、魔法力が増幅され、固有魔法まで発動してしまった。

 

「す、すみません!」

 

 てっきり恐れられるのだとばかり思っていたら、周りの士官たちはアタシを緊張させないためか、微笑んでいる。

 それで余計に小さくなりたくなってきて、横に立った中尉がトントンと背中をさすってくれたおかげで落ち着けた。

 

「さて、食事にしようか」

 

 司令が音頭を取ろうとした瞬間、申し訳なさそうに山軍曹が手を挙げる。

 

「犬宮一飛の食事がもうしばし時間がかかるとのことで」

「特別献立だ。致し方ない。この後上番する方はお先にどうぞ」

 

 栗中尉の言葉の後、申し訳なさそうな顔色で何人かの士官が食事を摂り始めた。普段はもっと多くの人が上番している交代制、今日はアタシの顔見せがあったから席を詰めて多くの士官が入っていた。

 しばらく待った後に山軍曹が持ってきたのは、お世辞にも美味しそうには見えない、湯気を立てている粉もののドロッとしたスープにパン。

 

「これ、人の食いもんか?」

 

 栗中尉がぼやく。

 確かに、ドロドロしすぎているし、具も溶けている。

 スプーンでスープを掬うと賽子のような牛肉が出てきた。

 それ以外の具は全部細かく切り刻んであって、泥の土や砂の部分のよう。

 バゲットはしっかりと焼き目がついていた。

 

「その、見た目はアレですけど。作った人は、アタシのことを考えてくれてるんです」

 

 見た目は、お世辞にも美味しそうには見えない。おかゆと似てるけど、野菜が混ざった麦色。

 掬ったスプーンでそのまま一口食べる。

 野菜の味、塩と胡椒の味付け。ほのかに感じるビーフシチューの味わい。

 ドロドロのスープへ一切れのバゲットを入れてみる。

 

「美味しい・・・!」

 

 口の中から水分が持っていかれるが、味は悪くはない。見た目だけが損をしている、野菜たっぷりのシチュー。

 

「山、これ、ちゃんと飯なのか?」

 

 俺には餌にしか見えん、と栗中尉が天ぷらを食べてぼやく。

 

「私も確認したんですが、ランフォードスープというスープの一種らしいです。野菜をみじんにして、丸麦と乾燥エンドウ豆で煮込んだと」

「美味しいですよ」

 

 初めての作戦飛行とお風呂の疲れもあってすっかり空きっ腹な身体に大盛の食事を収めていく。

 空腹は最大のスパイスと聞いたことがある。スパイスと言えば、毎週出てくるカレーに入っていると聞く。

 食べることしかしないアタシや、普通の和食しか食べない銃後の人たちにとってなじみのないもの。

 この「ランフォードスープ」というものを作った人は、色々な料理を作れるのかもしれない。この料理を作る烹炊員はアタシのためだけに長良に配属された。凄腕の料理人だったりするのかな。

 

「ごちそうさまでした」

 

 あっという間に大盛のスープを平らげて手を合わせる。

 

「栗中尉、この後はどうしますか?」

「そうだな、居室は俺と山の部屋に入ってもらう。山が歩哨してる時は山のベッドで、そうじゃない時の仮眠はハンモックだな」

「山軍曹、これからよろしくお願いします」

「はい、こちらこそ!」

 

 山軍曹だって休息をとらなければならない。

 今までは栗中尉との二人住まいだったから居室も二段の備え付けベッドで十分だったけど、今日からアタシが居る。

 ハンモックをひっかけるスペースを増設したらしいけど、狭いことに変わりはないだろう。

 山軍曹はアタシたち二人が寝ている間は部屋の前で歩哨に立ったり、部屋の中のハンモックで仮眠するとは言うけど、ベッドをアタシだけが分捕るなんてことは出来ない。

 それは栗中尉も分かってくれた。

 

「ふー、疲れた疲れた」

 

 詰襟を脱いだ左肩を右こぶしで叩いた中尉はベッドに倒れこむ。

 掛けていた眼鏡は部屋に入ってすぐに外した。若干の近視。ウィッチとしてある程度飛んでいた時期から目が効かなくなってきたそう。

 眼鏡のウィッチが居ないわけではないが数は多くない。

 多くが予科練や養成学校の試験資格である身体検査の項目に引っ掛かる。カールスラントには特注の眼鏡をつけて戦うエースウィッチが居ると聞くし、かの有名な夜戦ウィッチ、ハイデマリー少佐も眼鏡をかけている。

 アタシの履く秋水も元を辿れば、カールスラントのコメート。

 コメートを扱うウィッチも今日みたいなスープを食べたのだろうか、なんて考えてみた。特別献立のせいで好物が食べられないし、栄養が第一なものばかりは正直寂しいものがある。

 ぼんやりと二段ベッドの上でくつろいでいると、眠気がやってきて。うつら、うつら。

 

「夜食の時間になったら起こす。豊。おやすみ」

「おやすみなさい、栗中尉」

 

 こんな早い時間に寝るのも不思議な気分。

 今日はいろいろなことがあった。とっても疲れた。初めての撃墜もした。

 栗中尉と山軍曹、それに長良の皆。これからどんな日々をおくるのか、楽しみだった。

 どこか嫌な予感がするのも、アタシの予感がよく当たるということも、この時ばかりは忘れたかった。





前回、久しぶりの投稿にも拘わらずお気に入りと評価を頂きました。大変ありがとうございまする。


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part.3「やるせない怒り」

 

 眠い。ただひたすらに眠い。臀部の骨盤が痛む。

 ハンモックから降り、夜番に立つ烹炊員を追って重い足取りで向かった。

 軍艦勤務は陸の勤務よりも夜食を作る。兵員用烹炊所で航海科や機関科の乗員の夜食として握り飯を作る。

 俺の場合は、新しいウィッチの夜食を作るよう命じられていた。

 夜食なら他の兵士たちと同じものでも構わない、と思う。

 これも、今晩は豪勢に肉じゃがなどに使った材料を入れた味噌汁がつくことになったせいだ。班長様が、主計科長に材料を使い切りたいと申し出た。

 

「覚えてろよ」

 

 班長への恨みつらみは溜まる。

 じゃが芋を犬宮一飛に食べさせるわけにはいかない。かと言って夜食をおにぎりだけにするのも酷だと、主計科長は言う。

 たかが夜食。それほど多くない飯と休息で、大量に働き、睡眠時間を削って夜食作り。

 文句も言わずに作れ、と料理人の性は叫ぶが、軍に入って楽を覚えたもう一人の自分は夜食なんて握り飯で済ませてほしいと思ってしまう。

 航空兵と飯炊き兵。階級も全然違うし、なる為の試験や訓練の厳しさも違う。任務だってそうだ。ウィッチという存在はネウロイに対する魔法力という銀の弾丸を持ち、そしてシールドや自己保護魔法と言った盾も持つ。

 彼女たちは、俺たち水兵より若く。心労や苦労は遥かに乗り越えてきた。

 文句を言ってしまうのはお門違い。俺が間違っている。

 けれど。

 

「朝昼晩と普通の勤務に夜食作りとか溜まったもんじゃねぇよ」

 

 他の烹炊員と分かれ、士官用烹炊所に入って一人になると思わずこぼれる。

 長良に配属されてから、朝昼晩と班長にしごき倒され、使い回されている。疲労が毎日溜まって、痛みのことなど忘れて寝付くのが日常になったのに、今日から毎日夜食作りも関わらなければならない。

 それが俺に課せられた、特殊なウィッチのための、栄養管理、献立管理の仕事だから。

 もし彼女に食事が原因の何かが起きようものなら、冗談抜きに銃殺刑だってあり得る。

 主計科長からはみっちりと、献立管理の重要性、そのウィッチの任務の特殊性から来る食事の重要性を言い伝えられて、仰せつかっている。

 そんな重要な任務とは別で、班長は普通の烹炊員としての仕事を与え、目の上のたん瘤と言わんばかりにしごき倒してくる。

 自分が一体何をしたのか。どうしても心の奥底でそう思ってしまう。

 

「そりゃ、ウィッチと、たかが一人の水兵じゃ価値が違うのは」

 

 分かってる。

 俺みたいな有象無象が死んでも、何も起きない。何も変わらない。

 実家の洋食屋は弟が継ぐし、両親は俺が海軍に入ったことで家の敷居をまたぐことすら許さなかった。

 俺一人がどうにかなろうと、お偉いさん方にとっては意に介すこともない。

 ただ一つ大きな問題があるとすれば、俺が失敗した場合。特別なウィッチの命が危険に晒されるという事態がある。

 特別なテストウィッチという希少な存在。

 微塵の存在の俺とでは天と地ほども離れた立場だ。

 温めなおした牛骨スープが少し吹きこぼれたことで、無情な現実に戻る。

 背後に迫る影に、考えに耽っていた俺は気づかなかった。

 

 

 嫌な予感がする。虫の居所が悪い。

 今の気分を言葉にすればこんなところだ。

 

「・・・んあぁ、山?もう朝かぁ」

 

 寝ぼけている栗中尉はとりあえず放っておこう。

 軍曹の姿は居室の中にはない。とすればドアの前。

 本来は逆向きにノックするが、今回はすぐ外にいる人に用事がある。

 軽いノックがしてゆっくりと開き山軍曹の大きな体が部屋に入ってきた。

 

「どうかされましたか、犬宮さん」

「あの・・・嫌な予感がするんです」

「嫌な予感?」

 

 怪訝そうな顔色が目線の上で浮かぶ。突拍子もない言葉だ。ネウロイは大陸側のレーダー網で確認されているはずだし、いつもの周期的にも今晩はないと予測された。

 栗中尉がぐっすり眠っているし、それが理由ではないから中尉を起こさなかった。

 アタシの予感はよく当たる。

 未来予知なんて持った覚えはないし、ただの直感でしかない。アタシは嫌な予感ほどよく当たる。今までの経験則でそう知っている。

 

「待ってください」

 

 すっと山軍曹が言葉を止め、耳を澄ます。魔法力が出て、使い魔の耳が髪と同化して、尻尾はぴょこんと水兵服の隙間から覗く。

 

「烹炊所で騒ぎがあったようです」

 

 山軍曹が声の高さを低めて呟いた。やっぱり、当たってしまった。

 彼女は一度アタシの方を見て、ここで栗中尉を見守っていてほしいと伝え踵を返す。

 水兵服の裾を掴んだ。

 

「あの!」

 

 アタシは思い切った。

 烹炊所で騒ぎ。この時間帯ということは、アタシの夜食を作る烹炊員に何かがあったんじゃないかって。そんな気がする。

 

「アタシもついてきます。それに、中尉は・・・ほら」

 

 アタシが指を出すと、先ほどまで栗中尉の横で伏せていた秋田犬がペロリとアタシの指を舐めた。使い魔は身体から出てくることも出来る。

 こうやって主人を守ることだって出来る。

 

「・・・分かりました。行きましょう」

 

 暗い艦内の通路を歩き、食堂のそばの士官用烹炊所から声が聞こえた。若い男性の呻くような声と、男性のもっと大きな怒鳴る声。嫌な感覚が走る。

 アタシは艦内通路を走りだしていた。

 

「何を、しているんですか」

 

 烹炊所の灯りが目にまぶしい。眩んだ目が慣れたのと同時に目に入ったのは、まだ成年するかしていないかぐらいの若い水兵が、上官と思しき水兵に殴られている様子だった。

 

「何をっしているんですか!」

 

 声を張った。そうでもしなければ耳に届かないと思ったから。

 普段の弱弱しい声じゃ、止められないと思った。

 アタシの言葉は、声は、届かなかった。

 若い水兵は殴られ続ける。顔には大きな青あざが出来ていて、上官水兵の大柄な体格から飛び出る拳の威力が垣間見えた。

 

「貴様ら、何をしている!」

 

 烹炊所の入口に立ったままのアタシを押しのけた軍曹が上官水兵の大柄な上背すらも構わず、羽交い絞めにする。

 大きくなった騒ぎで現れた栗中尉に手を取られて部屋に戻る。

 

「殴られてた水兵、あいつがお前のための特別献立を作る水兵だ。んで、殴ってた方はその烹炊所の班長」

「殴った方の言い分としては、今まで夜間に烹炊所に入ることがなかったから、てっきりギンバエしてたって」

 

 アタシは、どうすればよかったのだろう。

 あの場を止めることは出来なかった。

 

「豊、お前が気に病む必要はない。重要事項を聞いていなかった、いや無視した班長だけが悪い」

 

 拳を振るっていたあの上官水兵は、若い水兵がアタシのために夜食を作るということを事前に知らされていた。それを無視して、皇国海軍の汚点とも言える「しごき」を加えたのだ。

 おまけに判明した事実。

 アタシのために配属された、若い水兵は他の烹炊員と同じように朝昼晩と作らされていたらしい。

 主計科長はこの件を艦長と話し合うことに決め、処遇は今後出てくることになる。

 

「もう一度言う」

 

 栗中尉は、顔を俯かせて目を見せられないアタシに言葉を掛けていた。アタシは衝撃を受けていた。

 

「豊。お前が気に病む必要はないんだ。あいつは、ちゃんとした待遇で豊の飯を作るし、今後暴力沙汰にもなったら烹炊班長も首が飛ぶんだ」

 

 言い聞かせるように言葉を紡ぐ中尉に顔を合わせられないのも、彼を助けることが出来なかったことも。全てが頭を過って、心持ちが落ちる。

 アタシは、アタシのためにご飯を作ってくれた彼を守れなかった。

 あの時、声を上げたのに。彼に向った暴力は止まらなかった。

 どうしても、どう気持ちを変えてもやるせない思いが、心の中でぼんやりと浮かび続けていた。




お気に入り、評価、ありがとうございます。もう少しでゲージに色がつきそうでありがたいことです。

しおりの数とかも、ここまで読んでもらったんだな、と一つの指標に出来ているのでありがたいです。

次回の更新は少し時間が空くかと思います。

今回のご飯描写は、ネットで調べたのと「海軍さんの料理帖」という書籍を参考にしました。特に後者は、烹炊所の器機や実際のメニュー、コラムなどがあり、読み物として大変面白い書籍です。


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第五話「銀のネウロイ」
part.1「電探ストライカー」


 

 気分の悪い寝覚めが続く。起床ラッパが艦内に響き、夜間警戒の仮眠を終えた。

 ネウロイが扶桑海上空に侵攻する周期はある程度分かるから、仮眠も出来た。でも、少し疲れている。

 今日で扶桑海の警戒は一区切り。各種実験飛行のデータと電探ユニットの調整のため、舞鶴軍港に帰港する。

 アタシの初陣のように大陸側の電探が敵を捉えられず取り逃すこともある。常日頃警戒をしていなければならない。

 

「ーっ」

 

 グッと伸びをして寝間着を緩めた。

 相も変わらず身長は伸びず、お胸もつるつるすとーんと落ちている。

 栗中尉は大きいし、山軍曹も大きい。

 アタシだって成長期に入ったのに、そんな気配が一向にしない。

 水練着の上に一繋ぎの制服を被って両脇のリボンを締め、2段ベッドの上段を降りた。ぼさぼさの黒髪セミロングを梳いて、声を掛ける。

 

「栗中尉、おはようございます」

「んあぁ、もう朝か」

 

 中尉がのそのそと毛布の山から抜け出せば、寝間着の紐は寝相ですっかり解けて、でかい瓜が盛大にはだけた。

 彼女のロッカーから水練着を取り出し、綺麗にしわ取りされた詰襟も用意。

 今まで山軍曹が栗中尉のあれこれをしていたけど、目覚めたての注意は動きがとてもおぼつかない。傍で見ていると危なっかしくて仕方がない。

 

「明日は舞鶴か」

 

 眼鏡をかけた中尉が日めくりを見て呟いた。

 今日は朝から夕方まで緩い警戒態勢、夜間は少しだけ厳しめの警戒。

 ネウロイ予報とも言える、今までの侵攻周期は最近、乱れ始めている。特に夜間、大陸側でのネウロイの探知が活発になっているのに、、偵察の情報は特に異常は見受けられない。

 ユーラシア大陸は広大な土地。オラーシャ東部からウラルに行くまでが広大過ぎて、扶桑軍も管理できていない。

 もしかしたら、新しい巣が出来たのかもしれないし、ネウロイの行動パターンが変わっただけかもしれない。

 甲板の方から海軍体操の声が聞こえてきた。身体を動かす機会が少ない艦船勤務、特に長良は元が軽巡洋艦で、空間が狭いから身体を動かすことが重要そうだ。

 

「あ、豊」

 

 姿見の前に座る中尉が、彼女のぼさぼさな髪の毛を良い櫛で梳いているアタシに声をかけた。

 

「今日は俺の仕事でも見るか」

 

 言われてみれば、アタシはいつも格納庫から飛び立ってウォーラスで帰還しているだけで、中尉の仕事場を見たことがない。

 

「見たいです!」

 

 格納庫から直通の電探制御室内に、実験ユニットの姿で機器に取り囲まれると聞いてはいるが、想像がつかなかった。

 アタシがユニットを試験したときは、ユニット基部を履いて魔法力を通し固定されたエンジンが燃焼されていた。

 

「うし、それじゃ飯行くか」

「はい!」

 

 

 暗い室内、魔法力の青い光が部屋中を明るく照らす。

 栗中尉が電探ユニットを装着した。いつも傍にいる秋田犬のサブも使い魔として魔法力を発揮する。

 身体の感覚として、魔法力の波動を感じる。魔法力はある程度の周波数があって、魔法圧なんかにそれが影響する。

 中尉は魔法圧も魔法力も減衰している上がり間近でこそあれど、まだ飛べるはず。それだけの魔法力を共鳴で感じた。

 

「マスト電探同期開始」

「電探同期開始」

 

 中尉の言葉を技師が復唱し、操作盤のスイッチを捻る。

 電探ユニットの後ろにある柱で、艦橋後部のマスト電探をゆっくりと回していく。

 大きな電探が魔法力で増幅され、中尉がいくつか操作をすると、技師が目を走らせるレーダースコープにいくつかのドットが浮かぶ。

 

「これは鳥の群れだな」

 

 目を瞑っている栗中尉が呟く。

 レーダースコープを見てもちょっとした光点が映るだけ。これを鳥の群れと判断する術はなんだろう。

 速度?

 これが一番最初に思いつく。全体的な大きさもその判断材料だろう。

 魔力でブーストされたレーダー。今までの通常の電探とは比べようもなく、正確性が高い。

 

「・・・十時の方角、高度一万一千、何か反応がある」

 

 栗中尉の言葉にアタシの心も切り替わる。高度一万と千、そんなところを飛ぶ鳥はいない。

 

「今までのネウロイとも反応が違う」

 

 そんなことまで分かるものなのか。

 少しの驚きと一緒に、アタシは秋水を履く心持を込めた。

 マフラーをぎゅっと絞って首元に入れ、格納庫側で燃料の充填準備が始まった秋水の様子を見る。

 

「豊、飛べ」

「了解!」

 

 栗中尉の低い声をバネにしてアタシは格納庫に飛び込む。

 

「秋水発進用意!」

 

 アタシの声に反応してすぐさま、二種類の燃料が充填され始める。燃料の特殊性故に貯蔵タンクは陶器で出来ている。格納庫の下で吊り下げ式に隅でワイヤーをかけ、テンションをつけることで割れを防ぐ。

 燃料が充填されるまでは時間がかかる。

 専用武器の扶桑版フリーガーハマー、9連装ロケット弾発射筒を取り出し、弾薬を装填、照準器を取り付け、背中にかけた。

 

「風上進路よし、カタパルト用意よし、長良二番、発進用意よろし?」

「大丈夫です」

 

 格納庫に響き渡る伝声管に返答し、電探制御室でネウロイの様子を確かめている栗中尉と魔法無線を同期させておく。

 

「長良二番です。栗中尉、あと二分程度で発進できます」

「一番、了解。敵はそのまま北西から北東に向かって進んでいる。目標は、分からない」

 

 燃料充填完了の声にアタシはすぐさまユニットゲージに足を進め、一つ呼吸を置く。

 胸元のマフラーを握り、秋水に足を通す。

 アネハヅルの羽と尾羽が伸び、魔法力の淡い青の光が周りに浮かんだ。

 

「二番発進準備完了!」

 

 ユニットゲージが固定され、格納庫ハッチが閉まる。

 カタパルト係が旗をぐるぐると振るのを見て、魔法力のモーターを始動。

 秋水の呂式魔導エンジンに炎が点る。燃焼段階が二段階目に入り一気に発進。

 すぐさま方位を変え、上昇、ドンドンと高度が上がった。

 

「敵との接触まであと五分、高度は一万一千で変わらず。速度は凡そ五百、方角も変わらない」

「了解」

 

 栗中尉の指示に合わせ上昇角を少しだけ持ち上げる。

 

「先に上がって、上から刈り落とす感じで行きます」

 

 敵は電探の探知範囲内で十時の方角から現れ、二時の方角に向かって進んでいる。このまま上昇と距離を稼いだ上で速度が早くないネウロイを刈り取るように飛ぶ。

 

「分かった。陸軍さんもバックアップを上げてる、未知の敵だ、気ィ張ってけ」

「了解です」

 

 発射筒を握る手に、少しだけ力と手汗が浮かんだ。



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part.2「接敵」

お久しぶりです。更新です。遅れた言い訳は後書きで。


 

 雲を突き抜け、高度を上げた。空気は保護魔法越しに冷え込み、呼吸が苦しくなる。酸素濃度が薄くなってきている。

 

「・・・目標視認」

 

 敵の、ネウロイの大きな姿が見えた。

 大きく、後退角のついた主翼に丸い胴体。識別表にはない。特段の特徴らしい特徴もない。

 

「銀の、ネウロイ?」

 

 呟いた言葉に、魔法無線の相手が息を呑んだ。

 

「なんだと」

「豊、間違いないか」

 

 銀のネウロイ。ネウロイは、黒い胴体に赤い線とパネルで形成された外面が特徴。アタシの習った常識。

 もう一つ該当する事例がある。

 扶桑海事変当初のネウロイ。怪異と呼ばれていた頃は、まさに銀色で構成されていた。

 燃料を燃焼し、滑空状態に入ったアタシが数百メートルの高度有利から柔術の大外刈りで方角を変えれば、鈍い銀色のネウロイが見えた。

 

「間違いないです。敵は銀色の、ネウロイ。渡洋型に近い形状で主翼は後退角」

 

 報告を続ける。

 二つの朱角、魔法針から身体を伝って戻った魔法の波を照準器へ流し込んだ。アタシの中にある感覚と固有魔法の推測が合った位置に照準点が表れる。

 

「攻撃開始」

 

 同航戦に入る斜め上の角度から突っ込み、高度の位置エネルギーを運動エネルギーたる速度へ一気に変える。

 空気の薄い高高度、音もどこか遠く感じた。

 セレクターを三連射に切り替え、追い越し一度交差。ロケット弾は偏差を取って敵の筒状胴体に向かっていく。

 高度を下げ、再び上昇。二度目の三連射。敵の速度は変わらないものの、後部のパネル部分を剥いだ。コアは見あたらない。

 

「くっ」

 

 敵にあと一歩届かない。

 エネルギー量が足りない。高度差が少ししか取れなかったこと。距離があったこと。2つが重なって滑空状態でジリ貧に陥っている。

 照準器を睨み、狙いをつけ、トリガーを引いた。

 

「当たれェェェェェ!」

 

 必死だった。ここであいつを逃してはいけないと直感した。銀色のネウロイ。

 どこから現れて、一体いつからいるのか。

 そんなこと分かりっこない。

 だけど、今、ここであいつを倒さなければ。

 最後の三連射、山なりの弾道で燃焼煙を描き、ロケットが銀のネウロイに飛んでいく。

 届かない。敵は突如、不可解な行動を取った。

 大きな葉巻の胴体から、楕円を伸ばした棒がストンと落下する。

 銀色の何かが、確かに落ちていく。まさか、子機?いいや、爆弾?

 

「栗中尉!敵から何かが分離して・・・飛んだっ」

 

 その「何か」は、再加速するみたいに放物線を描き水平線の本土へ飛んでいく。

 あれは子機か、いや、推力を発生させながら滑空する爆弾のようなものか。分からない。追いつけない。ただ、無力さだけが心に残る。

 

「こっちでも確認した」

 

 段々とエネルギーが無くなった。大きく旋回して、大陸側に戻る鈍い色のネウロイを睨み続けることしか、アタシにはできなかった。

 

「それはいい!二番、帰投しろ!」

「・・・了解」

 

 

 息をついた。潮を落とし湯船には浸からず、髪を適当に乾かして、タオルを巻く。飛行の予定はないから、寝間着を着て。山軍曹に付き添われ、士官食堂で夕食を待つ。

 

「初めて、でした」

「初めて?」

 

 アタシの呟きに、山軍曹がオウム返し。

 初めて、敵を撃墜できなかった。今まで五度出撃して、四体撃墜。エースになれなかったのも事実だけど、それ以上に気分の悪い寝覚めが続きそうな予感がする。

 銀色のネウロイ。速度はそれほどない。反撃の光線もない。自身の防護力を武器として耐え忍び、胴体下から何かを射出するだけ。

 あの何かが着弾した先はどこだろう。地上型ネウロイをばらまくものだったらどうしよう。

 そんな考えは当然のように頭の中で走った。

 帰投して一通り事情を話した。栗中尉は司令と会議をして、本土に居る陸軍さんの報告を待っている。あのネウロイがどこに戻ったのかも、大陸側の電探で調べるしかない。

 

「エースになれなかったのは時の運ってやつですよ」

 

 分かっていることは、今回が異常だということ。

 大きな胴体に、見当たらないコア。二度の三連射が当たってもコアが見当たらない。移動型なのか。ただ小さいだけなのか。分からない。

 

「分からないんです」聞こえないようにつぶやく。

 

 あいつはなにかも分からないのに、覚えた恐怖心。

 人間という生き物は、分からないことが怖い。自分たちの理にないものを恐れる。

 分かってしまえば対策できる。分からないということが一番怖い。

 寝覚めの悪い気分があのネウロイのせいなんじゃないかって、思い始めてる。

 得体の知れない敵、どうやって撃墜すればいいのか、そしてあの射出物はどう対応する。

 秋水の滑空スピードでは母機を撃墜し、そのまま子機も撃墜しなければならない。それがどれほど難しいのか、この数週間で痛いほどに分かった。

 明日には舞鶴で補給をする。アタシは飛ぶ予定もない。

 

「むしろ、今まで初出撃から撃墜を重ねていたのも、犬宮さんぐらいなものです」

 

 山軍曹は励ましてくれる。違う。アタシは敵を逃したことを悔やんでいるわけではない。

 あの敵を見つけてから、ずっと。

 魚の骨が喉につっかえたようなイガイガが心の中に残り続けている。

 この感情をどうすればいいのかなんて、分からない。

 

「豊、ご苦労さん」

「栗中尉!お疲れ様です」

 

 立ち上がって敬礼すると、中尉は手で制してくる。

 

「会議は一応終わった。あの敵の行方も分かった。母機の帰投は高高度過ぎて捉えられなかったらしい」

 

 つまり、総論すれば、鈍色のネウロイは高高度を飛ぶことで扶桑の警戒網を破り続け、隠れていた。

 

「今司令が問い合わせているが、俺の予感じゃあのネウロイは・・・」

「七、八割、扶桑海事変の頃に居たやつがベースだ」

 

 中尉はそこまでで言葉を区切ると、眼鏡に息を吹きかける。

 

「ベース、ということは?」

「あんな子機を引っ付けてはいないが、似た機影は扶桑海事変の時に一般的だった」

 

 だから無線上で中尉がたじろいだんだ。今生き残っているはずもない、七年近く昔のネウロイが生き残っているなんて誰も予想だにできなかった。

 

「子機の方は」

「石川の海岸線で爆発したらしい。そうだな例えるなら」

 

 研究されている滑空爆弾に推力を加えたもの。母機で凡その進路を決めて、ロケットのように推力で飛ばして滑空。そのまま、爆発させるもの、そんな推測。

 

「放物線を描く、ロケット弾」

「ある程度の補正も効くんだろう、誘導爆弾とも言える」

 

 そんなものが、もし扶桑の要所に着弾すれば。

 

「司令はあれを滑空弾道弾と名付けた。あの銀のネウロイは自分で扶桑までたどり着いて攻撃する能力を持たないがゆえに、子機の弾道弾を得たんだ」

「それじゃまるで」

「それじゃあ、まるでネウロイが進化してるみたいじゃないですか!」

 

 アタシの言葉を継ぐように山軍曹が声を上げる。

 

「・・・してるんだよ。あのネウロイに限ってはな。今までにも今回と同じような弾道弾の攻撃と思しき報告もあるみたいだ」

 

 進化するネウロイ。何年も前から存在し、扶桑を攻撃してきた。

 もしかして。

 七年前のアタシが見た光景を蘇らせる。




すまないとは言わない。全て私が悪い(訳:ウマにドがつくほどハマり、勉強とウマのアプリをやっているだけで一日が終わるような気がしてさぼっていましたごめんなさい)

時間が出来たら書かないとダメですね・・・

次回は・・・早く出来たらいいかなぁ。

なんとなく濁してきた豊ちゃんの暗い過去が次回で明らかになります(いや伏線張りすぎてわかりやすいけど)

あと滑空弾道弾は最近話題のやつをモチーフにしてたりらじばんだり。

そう言えばスト魔女の世界観だとあそこが無いから、今回だと「敵を知り、己を知れば~」のクッソ使いやすい文章が使えなかったんですよ。

色々思考を巡らせてセリフ回ししないといけないのが楽しいところ。


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part.3「思い出」

今回は前回頂いた感想の返信を後書きにて、ボチボチ語りますのでよろしくお願いします。


 

 気持ちの悪い寝覚め、それはあの時を思い出す。

 アタシは、扶桑海を望む片田舎の良家に生まれた。武家の一族で、華族。土地を持ち、家業は酒造。実家に大きな蔵がいくつもあった。

 尋常小に入ったばかりのアタシと高等小の兄、まだ幼い弟の真ん中に生まれ。両親や祖父母にも恵まれ。

 とてつもなく充実していた。尋常小の授業は簡単すぎてよく居眠りして、猟師の腕前を持つ恩師によく怒られていたものだ。

 出来が良い子供と言われた。

 事件が起きるまでは、近所の子と一緒に里山を駆け回り、元気いっぱいな生活を送って。誰もが温かく見守ってくれていた。

 扶桑海事変が起きてからも、生活は特に変わらなかった。

 

「変わらなかったんです。そう思っていました」

 

 言ってしまえば対岸の火事であり、悪く言えば平和ボケで着飾っていた。

 扶桑海は広大だ。

 広がる海の水平線を見渡しても、見えるのは佐渡島。

 それ以上に、アタシたちは日常のように作物のことがよっぽど大きな心配だった。

 扶桑酒を作るには、米や芋などが収穫できなければ意味がない。

 先祖代々受け継いだ土地には、多大な金と時間、労力がかけられてる。

 尋常小に入る前から、春は近くの水田で田植えをして、秋になれば鎌で収穫。

 村の皆も、家の皆も一緒。稲の収穫作業でひと段落すると、近くの畑でサツマイモを掘り出し焼き芋にする。それを皆でいただくあの瞬間が何よりも楽しかった。

 楽しかったあの日々は突如、終わりを告げる。

 大きな屋敷が火の海に包まれて、何が起きたのか、全く分からなかった。

 

「もしあの時、逃げていなかったら」

 

 あの時アタシは、不安な気持ちをかき消すため、アネハヅルを飼う鳥小屋にいた。

 爆発と共に、蔵が燃え盛って倒壊していく。屋敷が、家族が団欒のひと時を過ごしていた家が燃え盛っている。

 銀色の胴体をした大人一人はあろう大きさの蜘蛛怪異が目の前に現れた。

 

「今でも、思い返せます」

 

 余りの出来事に放心した。何が起きたのか、脳が思考することを放棄して、指一本動かなかった。手足が震え落とした腰を上げられないまま、迫ってくる銀色の何かが迫ってくる。

 戦わないと。相手へ手が届くほど近づいて気がついた。

 今、アタシは命を狙われている。目の前の、得体の知れない銀色の何かに。

 戦え、戦え、何を使って?

 アタシの指に触れたのは、鳥小屋を構成して転がってきた鉄のパイプ。何も考えていなかった。無心にその棒を握った、尖った先端を突き出して。

 その時。身体が青白く光る。アネハヅルと契約を結んだ瞬間に魔法力が宿り、手に持った鉄パイプに魔法力が伝わる。

 青白く光る鈍い先端を、鈍い色のパネルに突き刺す。何度も。何度も。声をからして突き刺し続けた。

 目の前の敵はあっさりと粉雪のように結晶を落とし消えた。燃え盛る屋敷、必死に走り回る。

 兄と、弟と、両親、祖父母の名前を叫び続け。

 気分が悪くなったと伝えたつい数分前、顔を合わせていた人たちを呼び続けた。

 

「誰も、いませんでした」

 

 返ってこない返答。朽ちていく屋敷の隙間を必死に縫いかい、熱で肌が火傷しても気にすることなく探し続けた。皆の、姿を。あの優し気だった姿を探し続けた。

 村の皆は、爆発の騒ぎを聞いて屋敷に集まった。燃え盛る屋敷は、周りに建物がないことをいいことに燃え尽きるのを待つ。

 火が弱まった跡地で、村の皆が見たのは。

 火を纏って、自己保護魔法で身を守って、固有魔法の朱角が飛び出した、異形のアタシ。

 

「それからです。村の皆から、鬼と恐れられたのは」

 

 屋敷の地下蔵、魔女の存在を見たこともない皆がアタシを恐れるなんて分かっていた。

 家族の名前を呼んでいただけだった。

 あの爆発も、燃え盛る屋敷も、全てアタシが起こした災厄だと、村の皆はそう考えた。

 母方の祖父母はそれを忌み嫌ってアタシの身受けをしなかった。

 

「豊、どうやって予科練に入ったんだ。少なくとも五年は地下暮らしだったんだろう」

 

 栗中尉の言葉に短く返す。

 

「尋常小の恩師がアタシを夜中に山に連れていってくれたんです」

 

 恩師は鬼だと思わなかった。ウィッチの存在でやけに現実味のある不思議な存在を認めなかった。

 何故なら、恩師は軍人だったから。

 ウィッチは、彼が陸軍に居た頃から魔法力を持ち身体能力が強化された異能の兵士として共にいた。肩を並べて戦った。

 羽が頭に、尾羽が臀部から現出するようになったアタシを見て、形は違うが「ウィッチ」だと見抜いた。

 

「んで、なんで予科練」

 

 扶桑海事変で多大な損害を受けたものの、戦争映画で航空歩兵受験者の倍率が上がった陸軍ではなく、地元から大きく離れられる皇国海軍に推薦してくれた。

 予科練に入るための最低限の体力は、恩師が夜中のハイキングに連れていってくれたから身に付いた。

 そうでなければ、病人のように歩くことがままならなくなったことは想像に難くない。

 

「あとは、人並ですけれど、リヒトホーフェンの伝記を恩師に頂いて。読んだことが目指した理由です」

 

 自由に飛べる翼があるのなら。アネハヅルのように。自分の身体で、見たこともない景色を。高く、遠い場所を見たかった。それだけ。

 それだけの理由で、予科練を志望した。

 魔法針を持つウィッチ不足と固有魔法の希少性から合格した。それから一度も故郷に帰っていない。帰る場所もない。

 悲しくもない。過去のことだと割り切れる。割り切れていた。

 ネウロイなんて存在が扶桑本土にやってくるわけがないと思って高をくくっていた。

 何事にも比べられない悲しい出来事だった。けれど、これまで生きた七年の歳月は想いすら風化させた。

 

「そうやって割り切れた、はずなんです」

 

 今になってあの時の悲しみが、苦しみが、復讐心が滾々と湧き出している。

 あのネウロイが発射した「弾道弾」という兵器。

 あれがアタシの家族の仇なんじゃないかって。

 アタシを殺そうとした、蜘蛛型怪異のことも栗中尉に伝えた。

 これでもし、鈍い色のネウロイと家族の仇が同定されたのなら、アタシは鬼となろう。

 あの日の朝も寝覚めが悪かった。




あそこが無い問題、最近のスト魔女作品だとあそこの地図が海だったのが砂漠という設定に変わったりしてたりして、更には「扶桑語」という概念の根幹から揺るいだりして、意外と大きな問題なんですよね。

例えば、故事成語の由来がないと前回の後書きで書いたのですが、これはちょっと行き過ぎで。

漢字がなければ、平仮名もないことになるわけで・・・そうなると扶桑語って何ぞや?ってなるわけですよね。

だから、もし漢字がある程度出来て扶桑に渡来した(or別の島や半島部分にその国に居た人たちが逃げてきて文化が残っていた)場合なら、扶桑語の概念もかなり分かりやすくできる。

けれど、故事成語の由来となった言葉が出来てるかどうかは分からない・・・というのが前回の後書きで言いたかったことですね。

扶桑どころか世界全体の歴史がはっきりと分からないのが難しい。

そも、いつからあそこが無くなったのか、何が原因なのか、怪異なのか。とか。

そこらへん考えだすとキリがないですね。


以上、ぼんやりと考えていたことでした。


感想ありがとうございました。感想をいただいて、改めて色々思考してました。

お気に入りやしおりなども分かりやすい数字として見れるので助かっています。

今後もゆったり更新ですが、よろしくお願いします。


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第六話「蒸かし芋」
part.1「リバウの蝙蝠」


 

「コウモリより赤城」

 

 あいつが居なくなって、2日と少し。

 最後の戦闘行為が確認されたのは、リバウから南100キロ。歩きで帰るとして、リバウの先はネウロイの癪気範囲。

 

「定時報告、現在リバウ南70キロ、天気良好。敵反応無し。哨戒エリアを広げる」

 

 どれだけ幸運に陸上のネウロイを避けたとしても、体力お化けが魔法力で走っても、競技マラソン2回分は限界を迎える。

 リバウから近距離は、三羽烏が率いて探している。見つかる気配がない。

 

「赤城、了解。2時間で天気が悪化する。帰投限界になり次第再度連絡する」

「コウモリ了解」

 

 夜間を飛ぶ能力に関して、俺が誰よりも一番。

 液冷アツタで高速な夜戦仕様二式艦偵ユニットを使える俺しか、この空域に派遣出来ない。

 あいつが居ないから。

 あいつが居れば、あいつは目がいいから。

 異国の大地で凍えている仲間を見つけることは容易。

 居なくなったのは、よりによってあいつだ。

 

「落ち着け、栗田。俺は神原なんかの手助けなんて無くても。戦える」

 

 この空域は怖くない。相棒が居なくとも、自分の身は自分で守れる。

 月夜はどこも変わらない。扶桑も、ブリタニアも、リバウも。変わらない。空はどこに居たって変わらないのがいい。

 相棒が居ないことがこれほど寂しいことだとは思わなかった。

 一人で飛ぶ空が、こんなにも静かなものだとは思わなかった。

 あれほど煩わしい相手が居ないこと。

 喧しく、当たり前のことを当たり前に話しかけてくるバカが居ないことが、これほどにも気分悪いとは思わなかった。

 宇野部大尉に無線を切られ、単独で初めて夜間飛行した状況訓練でもこんなことは思わなかった。

 あぁ。

 

「やっぱり、背中が寒い。寒いぜよ神原ぁ・・・」

 

 こんな弱気な自分は初めてだ。

 他人が恋しいこんな自分は初めてだ。

 母親を失い、一人で生きるために予科練に入って海軍に入隊して。

 これほど喪失感に襲われているのは、初めてだ。

 どうして、なんて言葉や、何故、なんて言葉は思い浮かばない。

 あいつが俺の相棒だ。

 あいつ以外に俺が背中を任せられるヤツは居ない。

 坂本だろうと、西沢だろうと、竹井であろうとも。リバウの腕利きに認められる技量のアイツが、こんな簡単にくたばるか。

 そうは思えない。思えないから、失った気持ちが大きくなった。

 

「夜は冷え込むな」

 

 思い出す。夢に見てしまったあの時は、これよりも寒かった。緯度が違う。

 さざ波の音。海は凪いでいる。夏の扶桑海は涼しく心地よい。寝間着の軽装で艦内を出歩くのは不用心だと山は言う。俺が気にしたことではない。なにかあれば使い魔のサブが噛む。

 

「どうされたんですか?」

 

 あどけなさを残す部下が横に立つ。

 

「思い出に耽っていただけだ。すぐに戻る」

 

 舞鶴の灯りが見える。今晩は港の外で投錨して、明日に入港。

 あの時に誓った。俺はもう、飛ばないと。

 

「思い出、ですか?」

「俺が飛ばないと決めた出来事だ」

 

 豊を見て、思い出した。

 俺がこいつの年頃の時だ。こんなにちびっこくはなかったけど、心は幼かった。

 あの戦場に俺のような若輩が居たのは、今では異質かもしれない。

 当時はリバウの三羽烏と呼ばれた奴らも同じくらいだった。

 俺と豊は似通ったウィッチ。

 同じ人に見込まれ、しごかれ、若くして夜に飛ぶ。俺は魔法針適正が高いだけで固有魔法は無く、豊は固有魔法を持っていたから任務に投じられたことが違い。

 

「大きいですよね、レーダー」

 

 豊がブリッジ上を見上げて呟く。

 扶桑が電探魔法陣を研究した成果、二式艦偵の電探搭載型。あれはユニット側に魔法陣が搭載されて、八木式の魔法針が頭から伸びる代物だった。経験があったからこそ、今のポジションに居る。

 

「あの零戦、まだ飛べるんですよね」

 

 豊は格納庫から取り出したユニットゲージを指さした。

 

「艦長がうるさいんだよ。2人も航空ウィッチが居るのに1機も普通のユニットがないのはどうなんだって」

 

 零戦52型。試製の烈風ユニットが初飛行し、紫電改ユニットが続々と配備された今では旧世代機。

 誉と栄では、飛行性能が違いすぎる。零戦も金星に換装した54、64型が配備されていた。栄を使えば魔法力消費は抑えられる。

 時代遅れで、上がり間近な俺にとっちゃ丁度いい具合ではある。

 

「・・・お二人とも、明日は半舷上陸です。早くお休みになってください」

 

 甲板から海を眺める俺と豊を、後ろで見守った山が声を掛ける。

 月あかりが差し込むデッキは静謐に包まれ、波と優しい音が聞こえてくるだけ。

 

「ウィッチと言えど、レディの夜更かしは見過ごせませんな」

「吉沼司令!」

 

 豊の敬礼は今が真夜中なんて考えられないぐらい元気。俺は少し遅れて、艦橋横のウイングから声をかけた司令に敬礼。

 長良を率いる司令と艦長はとても温容、オフの時間を考慮して言葉遣いも軽い。

 

「敬礼はいいよ。明日、犬宮君は休みでいいかな」

 

 俺は今、下っ端じゃなくて飛行隊長。

 

「はい、飛行隊は全部休みです。特に豊は昼夜問わずですから」

 

 ウォーラスの二人も飛ぶ機会が多かった。明日から2日は港で投錨。

 2週間の航海で補給も当然、半舷上陸をして乗員の休息もする。

 豊は朝昼晩と警戒を強いられた。まだ身体が出来上がっていない年頃、経験からしてもう少しゆっくりさせたかった。魔法力を持つウィッチとはいえ、少女だ。

 どれだけ努力しても、どれだけ我慢しても限界が来てしまう。

 

「豊はうまいもんでも食って、ゆっくりしろ」

 

 豊の好物は芋と聞いた。高高度に高速で飛ぶ必要から腸内でガスが発生する芋類を避けた献立。好きなものが食べられないのはもどかしい。

 扶桑海軍の配給は渋いもので、空母とか戦艦みたいな大型艦じゃないから自前のアイスクリームメーカーもないし、携行食のチョコも前線が優先される。

 迎撃研究のためのウチに回ってくるのは、警戒時の食事用で娯楽の食べ物はない。

 

「明日、明後日、豊に関してはそもそも飛ばしません」

 

 2週間、警戒を続けて、4つもネウロイを撃墜している。最初の撃墜が、初めての実戦。

 初陣から4回の出撃で立て続けに撃墜4。気を張り続けた。ゆっくり休ませたい。

 

「さ、豊。もう一度寝よう・・・」

 

 明日飯炊きに言って蒸かし芋でも作ってもらおう。




お気に入りとか、諸々ありがとうございます。

一昨日、昨日、ぶっ通しでエリ8を読んだんですが、流石にあの量を読むのは大変でした。なんせ同じ作者さんの全5巻を履修してたので、それぐらいの勢いだろうと思ったら23巻。凄まじいボリュームでしたね。

7月から求人票出るので、それまでにはこの小説も完結していると・・・いいなぁ。

展開は全部決まってるので、あとは書く時間を用意するだけです


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part.2「連想」

 

 グラウンドでサッカーに興じる同僚たちの姿が遠くに感じる。

 騒動以来、しごきはすっかり無くなった。主計科長によっぽど絞られたのか、それとも逆恨みを隠しているのか。分からない。本当に分からない。

 

「このままで済むとは思えん」

 

 大型艦の兵員烹炊所に配置されたことがないから、あの人の価値観が分からない。

 舞鶴海兵団でもしごかれた。カッターで尻の皮は剥けたし、寝具を整えることに関して1ミリ単位で細かく、難癖をつけられた。

 下っ端の水兵で入隊する時点で覚悟している。

 

「一飛の、せい、なのか。おかげ、なのか」

 

 食事の用意と献立管理だけの仕事で休養は取れている。好待遇過ぎて、同僚からの目が少し怖い。

 俺だって自分から率先して、他の作業を手伝う。それでも、特別扱いには変わりない。

 長良の乗組員が舞鶴鎮守府の畑から収穫した芋を洗い、火の加減を見ながら蒸かしているところ。

 

「みんな楽しそうだねぇ」

 

 芋掘りのお次はサッカー、士官も下士官も水兵も関係なく、垣根無く、広いグラウンドで球技に興じている。

 あっちでは野球、こっちでは庭球と言った具合。

 

「俺にもあんな頃があったんだろうか」

 

 洋食屋の長男として、小さい頃から料理を覚えて台所に立った。あいにく、店の調理器具と家の扶桑家屋では違いがありすぎたが、基本的な料理は大得意。いつかは店を継ぐものだと心の中では思っていた。

 店のキッチンに立たせてもらったのは13歳かそこらの頃。

 周りが高等小に入ったり、家業を手伝う中で俺も当たり前のように洋食の修業をした。

 両親が店を回していたが故に、3つ下の弟と6つ下の妹を子守りして尋常小に通い、2人と両親の朝昼晩を作った。

 だから、尋常小では勉学に励めなかったのは否めない。

 当然、サッカーや野球なんて遊びに関わることも出来なかった。

 他のやつらが遊ぶ時間に、買い出しに行って、キッチンに立たせてもらって。

 ちょっとした反骨心だった。海軍に入って世界の料理を学びたいなんて言い出してしまった。ずっと溜まっていたフラストレーション。

 

「もう勘定されちまったもんなぁ」

 

 実家の洋食屋で学べないことも、修行の名目で皇都や大阪まで出してもらって、いくらでも学べたのに、家から破門にされてもいいから、なんて海軍に入った。

 海軍でもこうして好きなことをさせてもらえるけど、別に殴られたいから水兵になったわけじゃない。

 

「いいにおい!」

 

 すっと。気配をいきなり横に感じる。

 

「犬宮一飛?!」

 

 かまどのある畔からグラウンドの地面にひっくり返った。

 

「だ、大丈夫ですか!驚かせるつもりはなかったんです!」

 

 手を伸ばすのは、はるかに小柄で腰ほどに頭があると思うほどの影。

 水練着の上に白いセーラーワンピース。スパッツと呼ばれるズボンの上の太ももを隠す服装。

 端正で優し気な顔つき。藍色がかった黒髪のカールを描くボブカットの少女。

 この人こそが、俺が献立管理をしている「秋水」ユニットのウィッチ。

 

「あの、二宮二水ですよね」

 

 差し出した手を掴まないのかと首を傾げる犬宮一飛の手を借りずに立ち上がる。

 

「はい!」

「あの、かしこまらなくていいんですよ」

 

 そんなことを言われても階級がある。俺より6つ下の歳なのに、ウィッチで、一飛曹だ。兵曹だ。

 撃墜数は長良ではもっぱらの話題で、あと1つ落とせば飛曹長も夢じゃないと聞く。

 それと比べて、俺はどれだけガタイがでかかろうが、どれだけ歳が上であろうが、階級は二等水兵。

 下っ端も下っ端が下士官様相手の手を借りる・・・それが年下のウィッチなんて大事だ。

 慌てて立ち上がると、畔の上にもっと怖い人が居る。

 

「豊、なにやってんだ」

 

 眼鏡をかけ、隣に秋田犬のサブを引き連れているのが長良の飛行長、栗田中尉。

 

「えっと、驚かしちゃったみたいで・・・」

「そりゃ、あんだけ勢いよく近づいたらな。二宮二水、怪我はないか?」

「あ、はい。大丈夫です!」

「ウチのガキンチョがすまんな」

 

 栗田中尉はまだいい。年頃が近いし、最近は犬宮一飛と一緒の食事を時折摂るようになって俺の料理の腕を認めてくれた。物腰は怖いが、心根は優しいお方。

 ついでに透き通ったセミのポニーテールと眼鏡の姿が凛としてお美しい。

 

「二宮二水、ウィッチとの接触は」

「分かってます!」

 

 問題は飛行ウィッチ二人の護衛、栗山軍曹。この人は怖いったらありゃしない。軍曹という階級もそうだし、それ以上にウィッチとしての膂力で制裁を加えられるという特権持ち。

 こっちがウィッチに触れるつもりがなかったとしても、あっちにどう捉えられるかは分からない。

 この軍曹は、俺を犬宮一飛から遠ざける節がある。こっちは職務の一環で食事がどうだったか、飛行したうえでの消耗、何が食べたいかの希望なんかを聞き取りするのに、栗山軍曹は自分を介した伝書鳩をする。

 ウィッチと男性の接触が御法度なのは分かる。

 仕事で必要な会話ですら齟齬が発生する伝言では面倒にもなる。

 

「やっぱおっかねぇ」

「何か言いました」

「いえなにも」

 

 烹炊班長にぶん殴られた時に救ってもらった恩はある。あの時、確かに聞こえた。犬宮一飛が声を上げていた。真っ先に駆けつけて声を上げたことを俺は知っていた。

 どれだけ殴られて前が見えなくても、声は聴き間違えない。犬宮一飛の可愛らしい声と栗山軍曹の甲高く響く声は全く違う。

 一見すれば得体の知れない食事でも食べてくれて、あまつさえ、ほめてくれる犬宮一飛が、あの時助けようと声を上げてくれたことが嬉しかった。

 そこから何か発展した考えを持ったわけでもないのに、栗山軍曹は犬宮一飛にお礼すら伝えてくれない。

 

「それじゃ、二宮二水。豊に芋食わせてやってくれ」

「了解!」

 

 栗田中尉が港の方に踵を返すと、俺の方を軍曹が睨んでくれぐれもと言いつけ、中尉を追いかけて行った。

 

「疲れた」

 

 あの二人を相手するのは大変。中尉はいささか無防備で目のやり場に困るし、栗山軍曹は怖い。

 その点、隣で蒸し器を眺める犬宮一飛は年相応で可愛らしい。

 

「おいも、おーいも。おーいも!」

 

 変わった歌を口ずさんで、蒸かし芋が出来るのを楽しそうに待っている。台所で俺の背中を見ながら料理の歌を歌っていた妹を思い出した。

 妹と同じ年齢なんだよな。溢さんばかりの笑顔を見せる犬宮一飛を見て、もう二度と顔を合わせない実の家族の顔が頭に浮かんだ。

 




ゴールデンウィーク、出来れば投稿頻度頑張りたいと思います。時間が余る予定なので。

そう言えば今日書店に行ったら、秋水のエンジン分野に関わられた方のノンフィクションの秋水の文庫本が出ていました。(できれば書き始める前に欲しかった)

あとお気に入りとか、多分今回で3千UAを越すことになるのであらかじめお礼を申し上げます。

あと、「おや?」と思った方。安心してください。豊ちゃんは恋を知りませんし、何よりも空を飛ぶことが好きです。

まぁ・・・どっちかってぇと、二宮の方がヒロインなんだけどね。


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part.3「命令違反」

 

「おいも、おーいも。おーいも!」

 

 段々に積み重なった中で蒸かされるじゃが芋を考えるとお腹が鳴る。

 芋が大好き。

 秋水ユニットを扱うに当たって芋類を食べられない制限がついたのは、ちょっと辛かった。

 アタシは今日と明日、長良の着岸する間は警戒任務を解かれ、休養する。栗中尉は、ついでに芋を食べてもいいと言ってくれた。

 

「あの、出来上がるのはもう少し先ですよ」

 

 グラウンドを望む畔に座り込んだアタシに、屋外かまどの火加減を見ていた烹炊員の人は問いかける。

 

「いいんです、やることなくて暇なので」

 

 午前中は栗中尉に連れられ舞鶴の街まで、本や雑貨の買い出し。

 

「サツマイモはまだ先ですよね」

「そうですね」

 

 アタシの言葉に同意した烹炊員、二宮二水は用意していた直方体で銀紙に包まれた何かをくれた。

 

「なんです、これ」

「バターです」

 

 バター、牛乳を使った製品だっけ。何に使うんだろう。

 

「サツマイモみたいな甘みを楽しむことが、じゃが芋では出来ません。バターの塩気がよく合うんです」

 

 蒸しあがったお芋を二水がトングで掴み皿に入れて、仕草で教えてくれる。ここにバターを入れると美味しいらしい。

 

「いただきます!」

 

 二宮二水に感謝の言葉を伝え、手を合わせていただきます。

 ホカホカの蒸かし芋は、皮が所々剥けていて、湯気がふわふわと顔の周りを漂う。

 これだけのじゃが芋の芽を取るのは大変な仕込みだったに違いない。グラウンドで遊ぶ兵士たち全員に回る量を作っている。

 

「あふっ・・・んー!美味しい!」

 

 蒸したては口の中を火傷しそうになるけど、ホクホクとした食感が楽しめる。そこにバターの塩気とじゃが芋の味わいが見事にマッチしてとてつもなく美味しい。

 夏の終わりを感じる風の涼しさを肌に当たりながら、大きなじゃが芋を箸で掴んで食べた。

 気づけば、二宮二水がグラウンドに大きな呼び声を上げて皆を呼び寄せ、ある程度冷めた蒸かし芋を配っていた。

 彼は戻ってくるなり、蒸し器の類を引き車に乗せて撤収しようとしていたので思わず声をかける。

 

「二宮さん!」

「どうされました」

「いつも、美味しい食事をありがとうございます」

 

 彼は制限のつく献立で本当に美味しい食事を作ってくれた。ここ2週間、ずっと彼の食事を食べたせいで、他の人が作った食事との違いも分かる。

 他の人が下手なわけじゃない。むしろ、長良の食事は美味しいものだと思う。

 二宮二水の作る珍しい料理は決まって美味しいし、普通の料理も特別と言っていい程美味しい。

 

「仕事ですから」

 

 困ったような笑顔を浮かべて、二水は頬を掻く。優し気な瞳がアタシを優しくみてくれて。彼の表情を見て、アタシの声はどうしても震えてしまう。

 

「あの時、止められなくて」

 

 二宮二水が上官に殴られているところは、アタシでも止められたハズ。声が弱弱しくても、魔法力を使って力づくに止めることは出来た。

 アタシが人に接するということが苦手で。あの時どうすればよかったのかと、パニックに陥ってしまったと言い訳して、逃げていた。

 冷静であったとしても、自分の1.5倍はあろう大柄な人を、山軍曹のように止める勇気があったのかは今でも分からない。

 アタシには勇気がなかった。それが、悔しかった。

 

「いいんです。一飛曹が悔やむことなんて何一つありません」

 

 声音は変わることなく、アタシを撫でてくる。臆病なアタシは。それがどうしても、彼の本心とは思えなくて。どこかで、自分を恨んでいてくれた方がよかったとさえ思ってしまう。

 そんなふうに考えていた時。

 グラウンドに。舞鶴鎮守府中に響き渡るサイレンの音。

 

「防空サイレン?!」

 

 たちまち、グラウンドは大騒ぎになった。半舷上陸する乗員に伝えられた連絡事項。

 防空警報が発令された場合は長良を一時的に港から離して、塞がれないようにする。

 そのため、半舷の乗員は防空警報が発令された場合長良に戻り、戦闘に関わらない乗員は鎮守府内の防空壕に入る取り決めがあった。

 長良のボイラーには火が入ったままだ。いつでも緊急出港ができる。

 

「一飛曹、防空壕に行きますよ!」

 

 行かなきゃ。舞鶴で防空警報が発令されるってことは、扶桑海にネウロイが侵入して攻撃が迫ってる。

 定期便の時期にはないし、「弾道弾」持ちの鈍い色のネウロイなんじゃないかと思うと、頭に血が登った。

 手首に力がかかる。

 

「一飛曹、あなたを飛ばすわけには行きません!」

 

 誰?

 

「一飛曹は、飛んじゃダメなんです!」

 

 二宮二水が、朗らかな顔を必死にきつく怒らして。今にも飛び出さんと長良の方に走り出したアタシの手首を掴んでいる。

 

「行かせてください!」

「今秋水で飛べば、腸内ガスが発生して意識を失います!」

 

 そんなことがどうした。今は舞鶴が危機なのに。

 

「ごめんなさい、行きます!」

 

 使い魔を発現させた。強化した膂力で振り払い、走り出す。緊急出港した長良に乗り込み、秋水に燃料を充填して飛ばなきゃ。

 どう頑張っても、普通の迎撃機やストライカーユニットは間に合わない。防空警報が鳴った理由がそれ。

 桟橋まで走り、沖着けした長良に向かうカッターに便乗。

 息を荒げたアタシ以外にも多くの水兵が乗り込んでいる。他の軍艦はボイラーに火が入っていないので出港できない。動けない。

 アタシの乗った最後のカッターが長良に横づけされると、タラップを飛んで格納庫に走る。

 出港用意の慌ただしい艦内では静かな格納庫。秋水が整備を受けている最中で、燃料搭載を命じる。

 燃料を入れる時間がもどかしい。

 長良は動き出したけど、沖に出るには時間がかかる。

 

「固形ロケット搭載して!急いで!」

 

 秋水には固形燃料の発進促成ロケットがある。魔法力を最大限につぎ込み、燃焼段階を最大まで叩き込んで、ロケットで飛び出せば艦の全速航行と合わさって飛べる。

 魔導無線のスイッチを入れた。

 

「あ?」

「長良2番、発進準備できました!」

「・・・豊、え、あ、バカ!」

 

 動揺しきった栗中尉の声が耳から骨を伝わって、聞こえてくる。

 ユニットゲージのロックを外し、カタパルトの上を進む。

 格納庫のシャッターが閉まらない以上、秋水が吐き出す有害な燃焼煙と凄まじい圧力の魔法陣は、電探室から格納庫に飛び出した栗中尉に怪我をさせてしまう。

 

「長良2番、発進します!」

 




前半と後半の落差よ。


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part.4「長良2番、還らず」

 

「ぐぅっ」

 

 高度が上がって、腹部の痛みが全身に染み渡る。

 栗中尉の声は遥か遠く、敵の位置も知らず上昇している現状からも目を逸らした。

 芋を沢山食べた。きっと消化されているところ。

 身体の中で発生したガスは地上の気圧。保護魔法の向こうは高度が上がって気圧が下がる。保護魔法の風船に腸内ガスという水を入れ続けている。

 

「くっ」

 

 いずれ破裂する。魔法力があるから、高度数千に数分足らずで登っても耐えられる。

 身体の内部と外部の気圧の違いまでは保護出来ない。

 上がりが近ければ、魔法力を使っても寒さを感じることと一緒。

 魔法力は戦うための補助。身体に大きな能力を授けてくれるが、万能ではない。

 

「ぁ、っ!」

 

 視界が眩む。目の前が暗くなる。強い勢いで旋回を掛けた時の負担が内部から身体中にかかる。

 高度は1万まで上がった、燃料は尽きた。上昇姿勢を辞めて水平飛行に移る。ストライカーの操作しかできない状況でも、固有魔法で敵を見つけた。

 舞鶴の沖合から真っすぐに上昇してきた結果、敵とかち合った偶然。

 空を我がものと飛ぶ、鈍色のネウロイ。

 

「ぁぃっだ!」

 

 間違いない。胴体下には大きな「弾道弾」を抱えている。

 倒せ、あいつを。ここで、今すぐに。

 頭の中が痛いぐらいに叫ぶ。腹部の痛みか。それとも戦闘での興奮か。

 今までにないほど血気が盛んになっている。

 

「長良2番、攻撃開始!」

 

 やや上方からまっすぐ、ぶつかる勢いでロケット弾を3連射。敵の先端部分でパネルが砕け散る。コアは見つからない。

 敵の真下を潜り抜けた。

 普通の飛行機の背面方向、身体の前を敵に見せてもう一度。

 翼と弾道弾部分にダメージが入った。次の瞬間、アタシの中に過去の記憶がよみがえる。

 

「こいつがっ」

 

 一瞬の交差で分かった。忘れもしない7年前の事件。アタシを殺そうとした怪異と全く同じものが、弾道弾の弾頭部分に包まれていた。

 もう一つ気づく。

 前と形状が違う。

 前回はロケット弾のように洗練した弾道弾だったが、交差した敵の腹の下は小翼の形状で出来た何かを輸送する形状。

 翼だけの小さな飛行機。先端部分から零れた蜘蛛型は扶桑海に落ちた。

 あの1匹だけじゃない。あれだけの大きさを誇る弾道弾。同じような陸上型ネウロイが中に何匹も入っているに違いない。

 インメルマンターンで降下スピードを追撃に移し、背後から1発ずつ。敵のコアを探るように。

 

「くそっ」

 

 地平線の方に舞鶴が見えた。もう射程圏内。

 反撃の光線すら撃たない銀のネウロイ。こいつが何者かなんて、分からなくていい。

 ただ、こいつを撃破しないと、辛い思いをする人が出る。家族を失ってしまう人が出る。舞鶴が悲劇に包まれる。

 ならばこそ。

 最後の1発。エネルギーを失い、降下した最後の追撃。敵の弾道弾、後部部分を狙い撃つ。

 

「当たれェッ!」

 

 トリガーを引くのと意識を失ったのは同時だった。

 

 

「豊の反応が急降下してる」

 

 目の前が真っ暗になった。高度は1万もある。呪符のプロペラを持たない秋水ユニットは降下の速度が緩まない。

 体内との気圧差が影響して、ほとんど意識がない状態でネウロイと戦っていた。

 この反応は間違いなく、意識を失って墜落しているところ。

 次第に電探の探知範囲内から映らなくなった。

 

「長良3番!ウォーラスを出せ、墜落地点は」

 

 落下傘が開いたことを祈るしかない。豊が落下傘を身に着けて出撃したかも確認できていない。凄まじい5分だった。

 

「ネウロイが弾道弾発射。方角は舞鶴市街」

「司令、鎮守府の特別陸戦隊を出せるように連絡を。それと小松から航空ウィッチの支援もお願いします」

 

 豊の身の上はある程度、聞いている。詳細も宇野部少佐に聞いた。

 彼女の家族が死んだのは弾道弾の着弾で、蜘蛛に似た地上型ネウロイを倒したことも知っている。

 そのネウロイが舞鶴の市街に大量に着弾し、暴れまわった場合。

 かつてリバウで見た陸戦の地獄を再び見る。一般市民が一方的に屠られる無残過ぎることが起きるかもしれない。

 そうじゃなくても。

 加速から滑空に移った弾道弾の速度を迎撃出来ない。石川に落ちた前回も、爆発した。その時は水辺近くで、水を苦手とする地上型ネウロイが発見できなかった。銃後で敵の攻撃による爆発が起きる事態は看過出来るものではない。

 

「どうする、どうするよ、栗田」

 

 つくづく嫌になる。だから俺は昇進なんて嫌いなんだ。責任が伴うことが大っ嫌いなんだ!

 

「栗田君、舞鶴市内への弾道弾の着弾を確認した、現在陸戦隊が急行中」

「地上型ネウロイを着弾地点に空挺する可能性もあります」

「分かっている。陸戦隊に居る陸戦ウィッチも出したが、市民の避難が遅れている」

 

 魔法力を抑えた。あの銀色のネウロイはもう飛び去ってしまった。もはや俺の能力では何も出来ない。残るは舞鶴市街の被害状況と豊の生死。

 頭の中がぐちゃぐちゃになった。

 

「こちら、長良3番。栗中尉、聞こえますか」

「あぁ、感度良好。着水地点はある程度推測出来てるが、秋水は滑空ユニット。風に流されている可能性が高い」

 

 波も高くなっている。沖合に出た豊が海岸に辿りつけるとは思えない。

 ともすれば最後の手段は低速で海面ぎりぎりを飛行できるウォーラスの能力に頼ることしかできない。

 

「違う、違うだろ!」

 

 俺は飛ばなくちゃいけない。何のための零戦ストライカーだ。何のための魔法力だ。何のためのウィッチなんだ。

 俺は飛べる。飛ぼうとしない。

 飛ばなくちゃいけない。

 

「・・・山」

「栗中尉、行きますか」

 

 山に問いかけられて、俺の頭の中であの時が蘇る。

 相棒は墜落して、魔法力を使い果たして走りきり、リバウに還ってきた。代償がウィッチの能力を失うこと。使い魔が死んでしまった。

 豊は魔法力の量自体、相棒より少ない。あいつは体力お化けで、リバウの山間すら走ってこれたが、豊は晩夏の海の体力を失う条件に、少ない体力。腸内ガスの膨張でダメージも受けている。

 想像した瞬間、手が震え。瞼が重くなり。吐き気がする。

 

「もし俺が見つけられなかったら」

 

 豊は、どうなっちまうんだ。

 カタ、と電探監視室の床に腰を落とした魔導無線に雑音が走った。

 

「豊、豊か!」

「おあいにくさま、その豊ってやつとは違うな」この声は。「呆れかえった。お前は一人で空も飛べないのか?」

 

 忘れもしない。あの減らず口。

 

「神原!」



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part.5「長良1番、飛翔」

 

「どうしてここにいる」

 

 久方ぶりに顔を見せた相棒は、後部甲板の方を握りこぶしの親指で指す。

 

「オートジャイロの試験で来たんだ。線が後部甲板まで伸びない小型艦は改装した長良だけだから」

「オートジャイロってなんだ」

 

 話をするより実物を見た方が早い。格納庫のある艦橋構造物から出て、普段はウォーラスを載せる後部飛行甲板を見る。

 

「カ号観測機って言うんだ」

 

 空冷エンジンが搭載された丸い飛行機の胴で主翼が無いものに、大きな柱をつけて大型のプロペラが軋んで乗っていた。

 エンジンでゆっくりと加速して上のプロペラが揚力を発生させる。

 

「今、行方不明のウィッチが居るんだろう」

「あぁ、早く探さなきゃならねぇ」

 

 これならゆっくり空中を進んで捜索が出来る。観測機だ。主翼で揚力を発生させている飛行機より速度を落として滞空できる。これほど捜索に適した機材はない。

 

「取引だ」

「俺がカ号で、その豊っていうウィッチの手がかりを見つける」

 

 神原は飛行服姿で、飛行帽とゴーグルを持つと俺に一言呟いた。

 

「飛べるんだろ。リバウの蝙蝠」

 

 あぁ、飛べる。飛べるともさ。どうしても手が震える、足が震えてしまう。心が怯えてしまう。

 俺が豊を見つけられなかったら、神原みたいに魔法力を失う。

 

「それとも俺の目を信用できないか」

 

 神原がこちらを再び、試すように聞いてくる。大事な部下なんだと聞いてくる。

 豊は俺にとって代えがたい部下。今は一緒に戦う戦友で、俺の手足となってくれる。

 まだ若い。幼い。

 

「5分後には上がる」

「空で会おう」

 

 拳を突き出され突き返すと、俺たちは背を向けた。

 

「山。零戦を出すぞ」

 

 山は静かに頷く。艦橋構造物に上り、魔導無線をつける。豊の反応は返ってこない。

 

「今度は絶対に、俺が見つける」

 

 緩めていた詰襟の襟を上までしっかりと閉じる。今の俺は、過去に囚われた臆病なウィッチではない。

 勇猛果敢にして、冷静沈着。夜においてリバウでは他の誰の追随も許さなかった、あの頃の俺でいい。

 

「回せーっ」

 

 カタパルトにユニットゲージが誘導される。足を突っ込めば、52型は素直に俺を受け入れた。魔法陣が広がり、栄エンジンが回る。

 サブの耳と尻尾が現出し、ユニットゲージのロックを解除。呪符のプロペラは勢いよく空間を切り刻んでいく。カタパルトに一歩ずつ踏み出す足に震えはなかった。

 

「長良1番発艦用意よし!」

 

 深呼吸、1、2。大きく息を吸い、腹から搾りだして吐き出す。

 覚悟は決まった。翼はある。飛ぶだけ。

 カタパルト要員の持った旗が回りだす。あれが下がった瞬間、カタパルトで射出されて空に飛んでいる。出力を最大に上げる。

 

「っ発艦」

 

 ユニットを引っかけたシャトルの感覚が無くなった。魔法力の保護によって強い風圧も感じない。俺は飛んでいる。あの頃のように飛んでいる。

 

「栗、遅いぜ」

「あぁ。遅かった。取り返しがつかないかもしれない」

「だが」

「俺はあきらめるような女じゃない。諦めの悪いウィッチだ」

 

 カ号は当然として、ウォーラスも複葉機だからよっぽどのことがない限り、俺は速力で負けない。

 普通のユニットである以上、ホバリングやシールドを張ることも出来る。

 

「待ってろ・・・豊」

 

 墜落が考えられる地点から潮を読み、概算した哨戒エリア。余りにも広大なそこを俺が高速で飛び回り、ウォーラスが低速低空飛行で探し、神原の乗るカ号が集まった情報の詳細を探る。

 

「栗、聞こえるか」

「海軍機の緑塗装、破片が見つかった。ラウンデルもある」

 

 豊が使う秋水改は、通常の扶桑皇国海軍機と同様の深緑色と灰色の塗装を施される。ラウンデルがあるから、主翼か。普通のストライカーの胴部分には描かれない。

 主翼が捥げた。着水の衝撃か、墜落の衝撃では原型が残らない。

 落下でついた速度超過で捥げた可能性もある。

 豊は生身で墜落したことになった。

 ストライカーからの増幅がない秋水ユニットとはいえ、最終手段で短い瞬間だけシールドを張ることも出来る。

 肝心の燃料が尽きているし、無線に応答出来ないほど苦しむ状況からそんな判断も叶わない。

 これほど、生存が危ぶまれる状況において。俺には不思議と直感があった。

 懇願にも近いものだった。

 

「豊は生きている」

 

 神原が破片を見つけた地点から流れを辿る。ユニットがこちらに流れたことが分かったなら、後は豊自身を探せばいい。

 一向に返答がない無線は水には弱いし、耳から外れたことも考えられる。最後まで諦めずに探す。

 こんな時、固有魔法があればどれほどよかったか。未来予知や空間把握。使える固有魔法があれば、電探ではカバーできない範囲まで視ることが出来た。

 ノーセンスの自分が憎い。力のない自分が憎い。

 

「・・・っ」

「どうした、栗!」

「マフラーだ」

 

 オレンジ色のマフラーだった。正確には布の断片。オレンジ色で薄く高価な生地で誂えたソレは、秋水ウィッチの仲間たちから貰い彼女が大切にしていたもの。

 

「マフラー、身に着けていたものの断片か」

「豊!応えろ・・・犬宮豊一等飛行兵曹!」

 

 ホバリング姿勢に移り、大声で叫ぶ俺に反応して波の合間が揺れた。不規則な揺れ。もっと大きなオレンジ色の布が浮かんでいる。

 

「居た」

 

 その布を手放し脱力した姿で浮く白い服。

 一瞬でもマフラーを見つけるのが遅かったら、波に流されていた。

 

「豊!」

 

 海面に向けてシールドを張り、ホバリング姿勢で豊の小柄な体を掬いあげる。

 浅くではあるが息をする音が聞こえる。海水を飲んだらしい。朧げな意識で、呼吸をしようと水を吐く。

 

「長良1番より報告。長良2番を発見、長良2番は生きてる。舞鶴鎮守府に連絡、医療班を」

「こちら長良。了解した!栗田中尉よくやった」

 

 報告を終えて舞鶴の方向に全速力を出した俺は、荒い呼吸をする豊の頭を撫でる。

 

「あと少し、あと少しの辛抱だ」

 

 俺の情けないそんな声が聞こえたのかもしれない。

 豊がゆっくりと瞼を開けた。

 

「くり、ちゅうい?」

 

 弱弱しい声が途切れる。舞鶴はもうすぐ。

 怒らないといけないことが沢山ある。謝らないといけないことも沢山あった。

 それは豊が生きてなくちゃいけない。

 

「そうだ!お前の上官だ!命令する、死ぬのは絶対に許さない!」

「ごめん、なさ・・・い」




これで次の話に移ります。次話は、今回の顛末。そしてそこから始まるひと騒動。

その次のお話では、新メンバーが長良に着任します。

GW中に連載が終わる気がしないので、就活解禁までになんとか終わらせたいっすね。


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第七話「処罰」
part.1「人を頼れ」


 

 やってしまった。罪悪感に押しつぶされて、重たい瞼を開く。眩しい明かりは人工のものではなく、太陽の強い光。

 

「豊、起きたか」

 

 ずっと握られていた手が少し痛い。ベッドの隅に座っていた栗中尉は、少しだけ息を吐いた後、アタシの頬に手を寄せた。

 

「ごめんなさい」

「本当だよ馬鹿」

 

 冷静で一歩下がった普段の姿からは想像できない動揺で、中尉がアタシの頭を撫でる。

 

「飛ぶなって言ったよな」

「はい」

「なのに、勝手に飛び上がって。おまけに気を失って墜落」

 

 分かってる。分かっている。

 あの時は頭に血が登った。あのネウロイはアタシの仇であることが分かった。

 

「今は舞鶴鎮守府中が大騒ぎだ。処分は後日言い渡す」

 

 陸上型ネウロイは。

 

「ネウロイは舞鶴市街に着弾、昨日の夕方までに蜘蛛型は全部掃討されたが、被害が出た」

 

 アタシがあそこで仕留められなかったから被害が出た。

 海軍を中心に情報統制が敷かれているが、舞鶴市街で爆発が起き、ネウロイが跋扈した。予め出撃した舞鶴鎮守府の特別陸戦隊所属の陸戦ウィッチの活躍で早期に掃討はなされたが、多くの市民が犠牲になった。

 

「弾道弾の着弾、蜘蛛型ネウロイの空挺。これらのケースは、豊の家族を襲った時と類似している」

「弾道弾の弾頭部分にロケットを当てたら、ネウロイが落ちていきました」

 

 鮮明に覚えている。痛みさえ乗り越えて脳裏に焼き付いている。

 

「1万もの高度から気を失って。どうやって生き残った」

 

 どうやって生き残った、か。

 

「分かりません」

「分からない?」

「アタシの意志で体勢を持ち直したわけじゃないんです」

 

 高度はほとんど失ってから、気を持ち直した。

 既に秋水ユニットが風で滑空し、姿勢をゆっくり機首上げ、主翼部分が捥げた。錐もみに陥るかと思ったら、海面ギリギリまで主翼は耐え。

 水上を滑走着陸する要領で、シールドを張って減速と着水の衝撃を逸らした。

 ユニットは空中分解して、ほぼ生身で、シールドで海面を滑った。

 気づけば、栗中尉の胸元で起きていた。

 中尉は少しだけ唸った。

 

「理論的に考えれば、落下して速度超過寸前まで加速、高度と速度で自然と引き起こしモーメント。海面真上でユニットが空中分解して、シールドで衝撃を緩和した、と」

 

 総括して。

 

「幸運だな」

 

 アタシの意思で引き起こそうとしたわけじゃない。アタシは気を失った。秋水ユニットを使って枯渇した魔法力でシールドを張れたことも偶然。

 

「ここで止まっちゃダメだって気づきました。軽率な行動だったと思います」

「軽率だ。あまりにも軽薄な考えで、ストライカーユニットという兵器を扱った。本来は許されることじゃない」

 

 アタシの命は自分だけのものじゃない。今回に至っては、飛行停止とも言うべき休養命令が出た中で、独断の出撃。あまりにも軽々しい行動。

 代償が、墜落死する可能性もあり得た高空での気絶。

 命令違反だけじゃない。もっと重い意味を持つ行動だった。

 

「豊、今から伝えるのは命令だ」

 

 中尉は、眼鏡を外してレンズの部分に息を吹きかける。

 

「飛びたかった理由は分かる。あの状況で迎撃できたのは、お前だけだ」

「飛びたくても。上官から飛ぶなと言われれば飛ぶな。自分の状況も考えられるようになれ」

 

 飛ぶなという命令を守る代わりに蒸かし芋を食べた。

 アタシはあそこで二宮二水の進言を受け取り、防空壕に行くべきだった。

 銃後が爆撃されるのを指をくわえてみているのも仕方がない。あの場面でアタシは、飛ぶべきではなかった。

 

「お前はまだ若い。自分のことが分からない時がある」

「周りを頼れ」

 

 周りを頼れ。アタシはいつも、周りを頼れない。頼るときは、大抵相手から手を差し伸べてもらった時。

 恩師の先生、宇野部少佐。

 この二人だって、アタシからコンタクトを取ったわけではない。

 山軍曹も自分からアタシの世話を焼いて。

 栗中尉も。上官の彼女は、文句は言っても優しくしてくれる。

 それに甘えていた。正しい頼り方ではない。ただの甘え。

 これから大人になっていく。軍人として、ウィッチとして、部下を持つ。

 

「はい」

 

 犬宮豊という一等飛行兵曹のウィッチは、自主性にかけている。自分自身を変えなければいけない。

 他人に甘えていた今を顧みて、自分の意志で物事を決めて。自分の力が及ばない時に、助言をこう。

 

「俺から伝えることは以上だ。長良は1週間、舞鶴で停泊する。処分が下るまでは、療養すること」

「了解」

 

 アタシの返答をジッと睨んで待った中尉は、アタシの頭を軽く撫でると立ち上がる。

 引き留めるように、心残りを聞こうと思った。

 

「二宮二水が処罰されることは、ないですよね」

 

 飛んだのはアタシの独断。アタシは彼を突き飛ばした。

 

「お前や上層部が納得していようとも、周りが納得しない時がある。そういう時もあるんだ」

 

 中尉は呟くと、そのまま医務室を去って行ってしまった。

 もしかしなくても。二宮二水は、アタシにお芋を食べさせた責任を被って処罰を受けてしまったのか。

 きっと、自分の責任にしようとする。それほどまで責任感を持ってアタシの献立管理をしてくれた。

 蒸かし芋を美味しく食べるために、バターを渡してくれた彼は。アタシを引き留められなかったことを、罪と感じている。

 

「あぁ、どうしよう」

 

 ウィッチと一般人では、どう頑張っても力で抑えられないというのに。力を使って振り払ったというのに。

 中尉の言葉が意味することは、上層部と上官の中尉自身が彼の責任はないと考えていても、周りには関係ないという意味。

 胸元が騒ぎ出す。

 

「嫌な予感がする」

 

 疲れの溜まった重い足をベッドから出す。病衣姿のまま草履を履いた。

 

「犬宮さん!ベッドで安静にしていてください!」

 

 医務室から出て山軍曹に引き留められる。アタシの動きはふらついている。頭だってガンガン痛むし、お腹は痛みを引きずったまま。

 こういう時に、アタシは人を頼るべきか。



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part.2「懲罰房」

お気に入りとかしおりとかありがとうございます


「昼か」

 

 叫びをあげる腹の音。どこか雨漏りして、薄暗く狭い部屋は水の滴る音と空腹が協奏曲を奏でる。

 食事はある。ちゃんとした食事というわけでもない。余りの麦飯に少しの漬物、小さな煮魚に味の無い汁もの。同じ材料でも自分で作った方がおいしく作れる自信はある。

 

「自ら望んだとはいえ、独房はつらい」

 

 薄暗い空間、鎮守府内にあるコンクリート造りの独房。

 薄い畳一つに布団と肥溜め。

 空を睨む部分と出入り口は格子で、後はコンクリート。夜になれば通路の灯りと月の光以外、全て暗闇。

 初秋に入った時期で朝晩はかなり冷え込む環境で、三日三晩過ごして体調不良になった。頭がくらくらする。手足は悪寒が走り、背は冷たい汗が浮かぶ。心持ちも段々と悪くなる。

 どうして自分が悪いなんて言ってしまった。

 上層部の方々は俺に非があるなんて考えていない。

 問題は、犬宮一飛曹の戦果を自分のことのように喜んでいた長良乗組員たちの意見。

 彼らにとって、戦場の女神たる一飛曹の墜落は大きな出来事で、引き起こした原因の一端を担い、引き留められなかった俺に強く当たることが想像されること。

 上層部は俺を処罰したという名目を立てたかった。

 一般水兵たちの陳情が名目だけでは済ませなかった。

 処分を行わざるを得ないほど水兵たち、特に烹炊班長が中心の一派が大きな声を上げた。

 

「自分で育てた種とはいえ」

 

 状況を鑑みて、自分を悪者にすることでその事態を乗り切ることにした。

 振り払われたとはいえ、彼女の独断を止められなかったのも事実。

 芋だって沢山じゃなかったらここまでにはならなかったのに、食が進むものまで渡してしまった。

 俺が悪いことにすれば、上層部は突き上げを避けられる。裏では主計科長と艦長が頭を下げてくれたが、お上を恨む気は更々ない。

 あの烹炊班長が水兵を扇動しただけに過ぎない。直接的行為に走れないから、回りくどく情けない行動に出た。

 

「昼食です」

「栗山軍曹、ありがとうございます」

「いえ」

 

 三日、この独房に食事を運んでくるのは、護衛の手が空いた栗山軍曹だった。

 

「栗田中尉に食事の改善を申し入れたのですが、今は鎮守府中の烹炊員が舞鶴市内の炊き出しに追われていて」

 

 たった一人、独房で処分を受けた俺に飯を作ってくださるのが、烹炊班長。

 行動が陰気臭い。どこまでも性根が曲がっている。わざわざ別に食事を用意してまで私罰を加えたいらしい。

 

「いいんです。栗田中尉にも申し訳ないですし、長良が出港するまであと4日です」

 

 4日耐えれば、俺は長良から離れる。霞ヶ浦に移動して、秋水ウィッチの食事を作る部隊に転属。

 俺の存在は、長良において禍根を残した。あの烹炊班長の一方的な恨みでしかない。水兵たちはそれに振り回されているだけ。敵を間違えてはいけない。心の中では納得がいかない。

 

「ダメです。納得行きません!」

 

 握りこぶしを平手にぶつけた音が檻の外から聞こえる。栗山軍曹は、義に厚い人物であり、自身の考える義にはどこまでも正直。

 

「貴方がこのような処分を受けること自体が間違っている。陰気臭いいびりまで!」

「いいんです!」

 

 俺は別に構わない。それで、乗員達が満足するなら構わないのだ。

 

「それよりも、犬宮一飛曹はお元気ですか」

 

 ウィッチの方が大切。俺にはいくらでも代わりが居る。切り捨てられても仕方ない。力がないから。

 目の前のまだ若い女性や、医務室で痛みと戦っている少女と違って、戦う力を持たない。一介の飯炊きに過ぎない。どこまで行っても変わらない。

 

「はい。食事制限もありませんから、周りと同じ食事を全量。元気も出していますが」

「俺のことは、さっさと忘れるようにお伝えしておいてください」

「・・・分かりました」

 

 これで三日も同じ言葉を伝言してもらった。

 彼女が処分に罪悪感を持つ理由は理解できる。彼女は切羽詰まっていた。

 栗山軍曹が去る足音を耳に入れ息をついたら、別の足音が聞こえる。

 懲罰房には俺以外居ないから、新たな処分者か。俺に用事か。

 

「二宮二等水兵」

「艦長、どうかされましたか」

 

 檻の前に立つのは詰襟で髭を蓄えた、上官。

 姿勢を正し、敬礼する。

 

「顔色が良くない、大丈夫か」

「皆さんが置かれている立場は分かっているつもりです」

 

 上層部は、烹炊班長を中心とする一派の突き上げと水兵同士の不和に頭を悩ませている。

 解決法が、俺の懲罰房行き。

 使われる機会の少なかったここは、長い時間を過ごすのに向かなかった。

 これが冬だったら一晩掛からず凍死していた。そうなって仕方ないという設計。

 

「一つ悪い知らせがある」

「君の実家、確か洋食屋をしていただろう」

「はい、もう絶縁されましたが」

 

 家の敷居を跨ぐなと言われ、長良で出港する直前に絶縁を言い渡された。

 今まで仕送りをする先はなかったから余ったお金が随分とある。

 

「そこに、ネウロイの攻撃が着弾した。ご家族の全員のご遺体も確認した」

 

 のどに言葉がつっかかる。

 なんて言った?俺の実家が攻撃された?家族が全員死んだ?

 絶縁されたとはいえ、血の繋がった実の家族。両親との折り合いは悪かったが、弟や妹は可愛らしいことこの上なかった。

 弟は洋食屋を継ぐため、今度の春に神戸へ出ることが決まっていた。妹もそれについて、洋菓子店に修行に行く。夢のある家族だった。

 

「全員が亡くなっている。ご親戚が葬式のためにいらっしゃるそうだが、絶縁されていることは」

「親戚にも伝わっています」

「そうか。特別に懲罰房から出る手続きを済ませてある」

 

 家族の死に顔を見せてくれる。もう3日経過している。火葬は済ませたのか。

 懲罰房の入り口が開き、俺はふらつく身体を抑えて外に出た。

 ふらつきは体調不良のせいなのか、ショックからなのか。分からない。

 水兵服姿のまま、懲罰房のあるコンクリート建ての棟に横付けされたくろがね四駆に乗ると、艦長の指示のもと車は基地から出た。

 思考の整理が追いつかない。



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part.3「決めた」

 

「そうですか」

 

 二宮二水が懲罰房に入って3日。体力を失い、日に日に衰弱している状況を変えようと栗中尉を介した交渉を試みたが失敗した。

 環境が悪いのは食事だけじゃない。

 コンクリートむき出しの棟は夜にとても冷え込む。防寒は無いに等しい。物を送ろうとしても、それを止める勢力が居る。

 どうにかしたいという気持ちがある。山軍曹の調べで、二宮二水を殴った上官が水兵たちを扇動して、アタシを出汁に彼と上層部を追い込んだと分かった。

 アタシはどこまでも、彼に迷惑をかけている。

 

「山軍曹、アタシ決めました」

 

 こうなったら、アタシが取れる手段は一つ。出汁にするならそれを利用してやるまで。

 自分の考えを山軍曹に伝えると、止められた。

 アタシはのうのうと惚けて生きていられるほど阿呆じゃない。自分の起こした責任は自分で取り返す。

 

「アタシは今日から、二宮二水の作った食事以外口にしません」

 

 決意を固めて、夕焼け空に染まる空を見上げた。

 まずは、二宮二水が作ったと言って普段と変わらない食事を出す。それを一口だけ食べて拒否する。

 次に、二水を一時的に解放して作らせた食事を他の乗員が作ったと言って持ってくる。

 それを二宮二水が作ったものだと看破すればいい。そこまで持っていけば、この陰気臭いことしか出来ないあの烹炊班長に対して直談判。

 前回は怯えて、竦んでしまった心を奮い立たせる。

 なんとしてでも。自分の起こした顛末はすべて自分で責任を取ってみせる。

 アタシが引き起こした事態は、長良の上層部と水兵を巻き込んだ小さな諍いに発展している。この騒動を煽動した陰気な烹炊班長を打倒し、アタシが直接水兵たち皆に訴えなければ意味がない。

 今日から長良が出港するまで四日を切った。それまでに決着をつける。

 

「そうか、分かった。俺はお前の言った方法に合うように発言しておく」

 

 幸い、山軍曹はあの騒動以来二水と烹炊班長の間にアンテナを張り巡らしていた。栗中尉はアタシが決めたことを否定しない。

 

「よろしくお願いします」

「それと、幾つか知らせることがあってな」

 

 まず、と一区切りを置いた栗中尉はアタシにいくつかの書類を手渡す。

 

「秋水ユニットの初飛行、並び開発に多大な貢献を果たし、前線で新しい戦法を開発したことで、カールスラントから勲章が来ることになった」

 

 扶桑はカールスラントから、コメートとシュバルベの設計を頂いて自国で改良開発した。カールスラントは、ベルリン奪還を目指し連合軍と共同して進軍中。

 現在進行形で進軍する部隊や、後々ベルリンを奪還した時には、防空体制の迅速な展開が急務。

 そのため、カールスラントは扶桑の電探ストライカーユニットに目をつけた。上がり間近でも簡単に扱え、航空ウィッチの適性がなくても空間把握さえ出来ればレーダーとして大きな役割を果たす。

 電探ストライカーは、リベリオンやノイエカールスラントで製造されている高性能レーダーと組み合わせることでより強大なものになる。

 勲章は、司令と電探ユニット開発者、栗中尉に渡される。

 アタシには、勇敢に秋水ユニットの開発、初飛行に携わり、戦果を挙げたことで鉄十字勲章が授与される運びになったという。

 

「んなわけで、出港する前に階級が上がる。部下も出来る。秋水改も新造機が2機来る」

「待ってください、情報量が多すぎます!」

 

 階級が上がるのはまだ分かる。そうしなければ勲章を渡したカールスラントと見栄が合わない。

 皇国海軍だってそれぐらいはする。

 部下が出来る?秋水ユニットを扱うウィッチの養成すら途上なのに?

 

「あー、部下はカールスラントから来るぞ」

「もっと情報量が増えた?!」

 

 カールスラントから来るってことは、コメートユニットを扱うウィッチ。秋水改とコメートはある程度近い筈だし、納得はできる。

 アタシより、ノイエカールスラントから来る部下になる子の方が経験が豊富なことが問題。

 

「扶桑系のカールスラント人で、扶桑語もペラペラなんだそうだ」

 

 よかった、とはならない。

 

「その方、コメートで飛んでたんですよね」

「あぁ、ノイエで訓練していたらしい。実戦はまだだが、あ、その資料だな」

 

 アタシに手渡されたいくつかの資料の内、氏名らしきものがカールスラント語で記載された書類に、翻訳した扶桑語版が添付されている。

 筆跡は堅苦しいものやタイプライターではない。新しく来る子の直筆。

 

「サエ・ツィーグラー・・・苗字がすごく発音しづらい」

「サエで大丈夫だろ。階級は軍曹、実戦経験はなし。現在は霞ヶ浦で秋水に習熟中」

 

 歳はアタシと同じ14歳。生まれはベルリンだけど、お父さんは扶桑人。

 カールスラントが陥落するまでは扶桑で暮らしていた。

 カールスラントが陥落してからはノイエカールスラントに行って、ノイエ在住扶桑人とカールスラント人双方のための診療所を父が開き、移住。

 その後、ルフトヴァッフェに入隊。コメートウィッチを志望した。

 ツィーグラーという苗字は明らかにカールスラント系だから、お父さんは婿入りしたらしい。

 

「この補給物品にあるFG42ってなんですか」

 

 リストにある銃らしきナンバリングと弾薬類の項をさすと、中尉が一枚資料を取り出す。アタシが腰かけたベッドは資料まみれになった。

 

「こういう形をした空挺機関銃だ。威力もあるし、反動も魔法力で十分抑えられる。何より、豊の固有魔法に合うと思ってな」

 

 固有魔法は、照準を未来予測して光像式照準器に映し出すこと。

 今までは威力的な問題でロケット発射機を使っていたが、FG42での狙撃の方がコアを狙い撃ちしやすい、と見たらしい。

 サエ軍曹がアタシの使っていたロケットを使うから、役割分担という面もある。

 

「これ、照準器つくんですよね」

「あぁ、着けさせる」

 

 光像式照準器は、固定出来れば照準を光の像で描くだけだから衝撃にも強い。固定式の照準器や、スコープと言ったものでは反動でずれてしまう。

 

「しっかし、豊も一番機かぁ」

「まずは、二宮二水のことをどうにかしてから考えます」

「そうだなぁ」

 

 これから四日間、怒涛の時間が訪れると感じた。




ツィーグラーという苗字は、この二次創作書き始める前に資料として読んでたコメートの文庫「ロケットファイター」の著者の方からとりました。

あと気づかれた方はいらっしゃると思いますが、栗田中尉と前回まで出てた神原さんは、ファントム無頼の神栗コンビの苗字を入れ替えて、結構性格とかをイメージしたキャラクターです。

次回で一応この騒動は決着、するつもりなんだけど、次回の文章を思いついているわけではないので、ちょっと細かい展開を考えるのに時間がかかるかも。


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part.4「反抗」

 

「これは、二宮二水が作りましたよね」

 

 病床に腰掛けテーブルの食事を一口食べて判断した。分かった。

 昨日の夕食でアタシが食事を摂らないと出て、朝食は予想通り、嘯かれたものが出てきた。

 文句を言いつけて持ってきたまったく同じ献立を食べて判断した私の言葉に、呼び出された烹炊班長は顔を青くする。

 栗中尉と山軍曹が背後を固めた。

 いい加減に堪忍すればいいものの、とぼけるつもりらしい。

 

「アタシの舌はごまかせません。彼の作る食事はもっと味が繊細です。味の違いは分かっています」

「なんの知識もなく、文句だけつけるのはよしてください!」

 

 烹炊班長は明らかに苛立ちを抑えてアタシにたてつく。背後に山軍曹が控えているから手を出すことが出来ない。どこまでも卑怯だ。ここで手を出せば、それはただの蛮勇。全てが終わりを告げる。

 

「以前、二宮二水を殴りましたよね」

「はい」

「彼に何の落ち度があるのですか」

 

 ゆっくりと怒りを思いのナイフにこめて、刺しこんだ。

 二水の落ち度はどこにもない。山軍曹の下調べで判明済み。目の前にいる大柄で卑怯者なやっかみものをどうにか、長良から離したい。

 

「彼はアタシたちのために食事を作っているだけです。それに最近の言動は、ただの逆恨みでしかない」

「うるせぇ!小娘が!」

 

 遂に大柄な姿が動き出す。大きな拳が張り手をしようとアタシの頬に向かってきた。大きな張り手は大きく、顔面全てを覆ってしまいそうだ。あれが当たればどうなるか、分かっているからこそ、誰も止めない、止められない。

 ここはアタシの舞台、出番。

 周りが青白く光る。使い魔の身体能力強化が伝わり、自己保護魔法が発動した。

 ただのヒトでしかない目の前の男は、どれだけ大柄でも痛みを伝えることは出来ない。

 

「サブ、噛め」

 

 手を出したことを確認した栗中尉が、愛犬に指示を出した。

 烹炊班長は慌てて逃げだした先には、上陸している長良の乗組員たちが勢ぞろいしている。上層部も、水兵も、関係なく。

 山軍曹がタイミングを指定して、騒ぎの丁度に集まるよう仕組んだ。上層部には栗中尉が提案した。

 艦内の風紀を乱した烹炊班長は、処分できない邪魔者だったが、アタシに手を出したことでいくらでも処罰できるようになった。

 

「卑怯だと思うでしょう」

「貴方がやりたかったこと、こういうことですよね」

 

 魔法力があるからこそ、勇気を出せたのか。勇気を出したからあの一瞬で魔法力を展開できた。

 

「もう、誰も貴方についていきません」

 

 アタシを出汁にして、皆を煽動した。あまりにも陰気臭い、卑怯な手段。アタシたちの帰る長良を騒動に陥れた重罪。

 陰に隠れて糸を引く行動だった故に、上層部も処罰出来なかった。

 

「艦長」

「あぁ。皆聞いてくれ」

 

 アタシからバトンを受け取った艦長がゆっくりと語る。

 

「これまでの混乱、彼の言葉についていった者も多いだろう。彼は犬宮一飛曹に対して心配などしていなかった。ただの材料でしかなかった!」

 

 煽動された水兵は、アタシのことを心配してそう走った。煽った張本人が、アタシに対して暴力を振るったとなれば怒りも大きい。

 ガヤが大きくなり、一触即発になる。

 

「しかし、暴力を振るい弱いものイジメをすることはいかん。いくら、悪いことをしようがそれは構わんのだよ。規則に則って処分するべきだ」

「賛成と思うものは手を挙げよ」

 

 医務室外の庭いっぱいに集まった長良の水兵たちは我先にと手を挙げる。ここまでアタシを慕ってくれるのはありがたいと思うような・・・迷惑な気もしないでもない。

 

「以上だ。二宮二水はただいまをもって懲罰房から解放。変わりに、処分が決定するまで板田伍長は懲罰房にて謹慎、解散」

 

 艦長がそう締めると、アタシは山軍曹に案内してもらい懲罰房に向かった。

 二宮二水はこの情報が伝わっていない。

 彼に大きな事件が起きたことも教えてもらった。

 アタシが取り逃したネウロイが発射した弾道弾は、彼の実家に着弾した。

 彼の実の家族は全員、爆発に巻き込まれたか、蜘蛛ネウロイによって惨殺された。

 火葬された遺灰と焼け落ちた実家の敷地を拝んだ後に懲罰房に戻ったそうだ。

 アタシは、彼に自分の過去を話そうと思う。同情をもらうためじゃない。謝るためでもない。

 ただ、自分の中での覚悟を決めたかった。

 

「二宮さん」

「犬宮一飛」

 

 弱り切った表情を強張らせて、独房の中、横になっていた二水がこちらを振り向く。吹きっ晒しの檻の窓とコンクリート造りの壁、夜は相当冷え込む。温度変化で体調を崩すのも致し方ないと言えた。

 

「懲罰房は取り消しになりました。今から医務室に連れていくので、休んでください」

「食事は自分が作らなきゃ!」

 

 アタシ、そんなに固執してる変人みたいに見えるの。

 

「そんなこと言いませんよ。今までのは、あの伍長を追い出すための作戦です」

 

 体調が悪いのを承知でわざわざ食事を作ってもらった。早く実行しなければ、もっと具合を悪くして、二宮二水が調理することが出来なかった。

 かなりギリギリ。

 

「ゆっくり休んで、体調を良くして。またアタシにご飯を作ってください」

 

 アタシは貴方の食事が好きだから。

 

「迎えに来れるのが遅くなって・・・ごめんなさい」

 

 優し気な笑顔で、アタシたちの制限のある食事を作る二宮二水の価値は測りしれない。

 

「あの時、突き飛ばして、ごめんなさい」

 

 アタシは負い目もある。あの時突き飛ばしてしまったこと、銀のネウロイを仕留めきれなかったこと。彼は実の家族を失った。

 魔法力を発動した山軍曹に肩を貸されて、医務室のベッドに座った二宮二水はアタシのことを見る。

 

「何か、お話したいことでもあるんですか?」

 

 見通された。

 この7年間隠した喪失感を共有できる相手を見つけてしまったから、高揚してしまったのか。それは間違っている。

 アタシがこれから彼に話すことは、アタシ自身に覚悟を決めさせるためのもの。

 

「はい。聞いてください、アタシの7年前の出来事を」

 

 それからは1時間ほど話していた。

 アタシの簡単な身の上。弾道弾ネウロイの攻撃で家族を喪ったこと。それがあの時突き飛ばした理由の切欠であること。

 

「命に代えてでも、あのネウロイを撃墜します」

「自分の家族のことで犬宮一飛が思いつめているわけではないというのは、分かりました」

 

 でも、と二宮二水が一区切りを置く。

 

「自分は、犬宮一飛曹が無理をするようなことは二度と見たくないんです」

「どうして、ですか?」

 

 アタシの純粋な疑問に返答が返ってくることはなかった。




さて、次のお話に進みます


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第八話「勲章」
part.1「仲間」


お久しぶりです。新しい変更点として、感想をログインなしで書きこめるようにしましたのでよしなに。

更新ペースはまちまちになる予定です。当分は忙しい。


 胸元にやった手が空を切る。

 

「あ」

 

 皆からもらったマフラーは墜落してどこかに行った。代わりに支給品の白マフラーを使うけど、気が向かない。

 あのマフラーはそれだけ気に入っていた。

 必要なものや人に執着してしまう癖がある、と言われた。それはどうも二宮二水のことも入っている。

 

「まるで、アタシが彼のこと好きみたいじゃんか」

 

 自分に自覚が無かったのか、と聞かれると返答に窮する。

 アタシ自身、物に執着する癖があるのは知っていた。小さい頃は、怪我をして弱り切ったアネハヅルを治してあげると言って憚らず、実際に行動に移した。

 予科練に行けば、先生にもらったリヒトホーフェンの伝記を時間が出来れば読み耽って、今も売ることなく持ち込んでいる。

 捨てられない。空を飛ぶという切欠を与えてくれたこの本を捨てられない。

 きっとアタシが空を飛ぶことを辞める時に捨てる。

 ずっと楽しかった今までの思い出を切り捨てる時。

 あの本に与えられた影響は大きい。アタシの人生は、空を飛ぶだけで一変した。

 だから、目の前の少女が語った言葉を理解しないわけじゃない。

 

「自分はベルリン奪還までにノイエに戻ります!」

「ベルリンの空を守るんです!」

 

 アタシと同じ年頃、身長はずっと高く。二つのおさげに分けた綺麗な金髪と、黒い瞳。サエ・ツィーグラーという少女の瞳は悲壮的だった。

 自分がベルリン奪還に加われないことに対し、怒りを覚えている。

 

「任務には従うのが軍人だろう」

 

 栗大尉が呆れたように語り掛けた。

 任務に従うのが軍人。アタシたちは自分をコントロールできない少女でもある。相反する二面性。

 それでも、アタシたちはウィッチで軍人だからこそ、違う。

 大尉の語る言葉は正論。でも、サエ軍曹の思うことも違う。

 

「長良飛行隊改め、試験迎撃統合飛行隊・・・なげぇな。とにかく俺たちは、統合軍という枠組みでやっていくんだ」

「その中で、サエだけを特別扱いするわけにはいかない」

「それはそこに居る犬宮飛曹長もそうだ」

 

 うっ。

 現在進行形で処分を受けている。毎朝早く起床して、艦首の上甲板をモップ掛けしている。命令違反したのが悪いだけにその言葉はよく刺さる。

 特別扱いをするわけにはいかない。

 栗大尉は、アタシにも二度と命令違反をするな、と釘を刺した。暗にアタシが銀のネウロイを倒すことだけに行かないようブレーキをかけた。

 

「サエ軍曹」

「なんでしょう犬宮曹長!」

「アタシも、故郷の空を取り戻すために行きたいって気持ちは分かるよ」

 

 それは。

 

「栗田大尉だって同じことを考えてるよ」

「・・・っ」

 

 この第二次怪異大戦、対ネウロイ戦争に対して何の感慨も沸かないわけがない。

 男の人たちは、ウィッチや、自分の戦友と家族を喪うこと、大けがをすることを望んじゃいない。そんな世界は来ないでほしいと思っている。

 それでも、ネウロイには何の関係もない。ネウロイにとってアタシたちは攻撃対象でしかない。

 ネウロイのことをアタシたちが分かりあおうとすることも、出来ないのだ。

 

「だから、話し合おう」

 

 生き物同士の場合は違う。人間には言葉という能力がある。動物も身動きや吠えを持つ。

 人同士は、言葉を交わし続けて、互いの意思を確認する。

 

「でもっ」

 軍人になる以上、上に従わなければいけない。

 

「落としどころ、アタシの座右の銘」

 

 自分の意志でやりたい作戦があっても、自分の意志でやりたい行動があっても。上官がダメだと言えば、仲間を危険に晒すと分かっているなら、絶対に行動に移してはいけない。

 人は社会という組織を作る。軍の中だって同じで、動物の群れとしてもいい。

 仲間の不利益になることを自分がすれば、仲間から切り捨てられる。群れから置いて行かれる。

 現代ではいくらでも挽回するチャンスがある。

 

「アタシたちは郷を失ったことはないから、サエ軍曹の考える気持ちがどれほど重いかは分からない。でもね、大切な人を喪ったことはあるんだよ」

 

 家族のことを思い出し、瞼を閉じて語る。

 

「今も長良の仲間を喪うかもしれない気持ちと、帰る場所が無くなる気持ちで戦っている」

 

 扶桑はそれだけの危機的状況に陥っている。脳裏を過るのは家族を喪った二宮二水の乾ききった、辛そうな笑顔。

 

「扶桑が貴方にとっての第二の故郷なんでしょ、なんて縛ったりはしない。それだけ、ベルリンに想いを寄せているのは分かるから」

 

 アタシはウェーブがかった藍色の黒髪をいじくって、言葉を伝える。

 

「アタシたちはこれから一緒に飛ぶ。戦っている間だけは他のことに目を向けないで」

「ま、そんなこと言ってるお前も」

「・・・言わないでくださいよぉ!」

 

 締まりがなくなっちゃった。

 初めての部下に言葉を掛けた後、水を差した栗大尉の言葉でアタシは真っ赤になった。

 紅色の頬を覚ますように振り払った後、サエ軍曹の肩に手をかける。

 

「大丈夫。なんとかして、ベルリンに行けるようにするから」

「え」

「ね、栗大尉?」

 

 アタシが上官を見ると、大尉は再び呆れて肩を落とすと眼鏡を外し、レンズ部分に息を吹きかける。

 

「上官をあてにするな、とはいうが。サエ、お前の任務は」

「俺たちの迎撃任務の方法を観戦武官と一緒に吸収してベルリン防空に役立たせることだろう」

「成果を出せば、ノイエのお偉いさんからベルリン行きがすぐに告げられるだろうよ」

 

 サエ・ツィーグラー軍曹に与えられた任務は2つ。

 長良に所属する飛行隊の一員として戦闘任務に関わること。

 もう一つが本題の、観戦武官の役割。電探ユニットと最新のストライカーによる迎撃網の構築。これは領土奪還後を見据えるカールスラントにとって必要不可欠。

 扶桑語とカールスラント語の両方を流ちょうに話せるサエ軍曹が選ばれた。

 

「サエ・ツィーグラー、階級は軍曹であります!これから、よろしくお願い致します!」

「俺は隊長の栗田。階級は大尉だ」

「アタシが戦闘隊長の犬宮豊飛曹長」

 

 よろしく!の言葉が、格納庫に響き渡った。



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part.2「君の見るものは」

なんか更新していない間にお気に入りとかじわじわ増えてたみたいです。ありがとうございます。

感想は前回の前書き通り、ログインなしでも書けるのでお気軽にどうぞ。

評価は・・・あと1件で色付きゲージになるぐらい?

パッと目に見える評価や感想はありがたいですが、無理してでも欲しいものではないので、ご気分が向いたらお願いします。

それと最近気づいたんですが、僕は文章をアウトプットしてないと体調を崩すみたいです。なんだこの体質。

そんなわけでしばらく体調崩してました。

今後もボチボチと更新していきます。

楽しみにしていた作品が更新再開されたので、復帰するなら今やるしかないと思ってたりラジバンダリ。


「うみ~の乙女だ、艦隊勤務」

 

 バケツいっぱいの水にモップを浸し、押しつぶして軽く絞ると潮を被り薄っすら白いデッキの鉄板をこすった。

 

「げつげつかーすいもくきーんきん!」

 

 軍歌を口ずさんでいると、呆れかえった栗大尉のため息が艦橋から聞こえてきた。

 長良は出港用意の真っ只中。

 弾薬補給はなく、生活用品と生鮮品を中心にした食品を積み込んでいる。

 これからまた三週間出港し、扶桑海で半島を正面に扶桑の防空任務にあたる。艦橋の作戦室では、今頃、航海長を筆頭に航海計画を練っている。

 出港は明朝早い。

 最後の休息を取って、警戒任務にあたる。

 アタシはこれから戦闘隊長。編隊の長機は実際に務めるわけで。

 

「あ~さだ~よあけ~だ~」

 

 サエちゃんは自室でぐっすり。宇野部少佐の猫時間をしみこませるため、昼間に寝てもらっている。

 部屋割りも、山軍曹が常々見張る警戒態勢での2部屋になった。

 下士官で、ウィッチといっても、豪華な待遇。

 部屋にはまだ何にもないけど、これから生活感に乱れていくと思うと、心地よい空間になりそう。

 前は、あまりにも物がないし、栗大尉自身が物を持たないので、部屋が綺麗すぎた。

 自分はちょっと生活感があるぐらいが好きで、昔からだと思う。村の皆に軟禁されて、部屋が雑然としていた。

 おとぎ話の本や、貢物で渡されてくる流行の本が散乱するぐらい読んで教養高くなったわけじゃないけど、文章を読むのが好きになった。

 

「うしおのい~ぶ~き~」

 

 一通りモップ掛けを終え、バケツの水をチェーンの手すりごしに放る。

 これが海水だったら、甲板洗いの意味がないから昨日の真水。

 甲板掃除を終えて気分のいい気持で青空を見上げた。

 今日は勲章授与の日。

 気分が良くないと言えばウソになる。アタシだって勲章がすごいことぐらいは知ってる。

 

「とーよー、いい加減その音痴な歌やめて飯食いにこーい。サエも呼んで来い」

 

 甲板の上でモップを片付けていると、大尉が艦橋横から顔を出してきた。

 

「はい!」

 

 歌、へたっぴって言われたのはちょっとショック。

 寝起き、低血圧でぼんやりするサエちゃんを起こし服の着替えを取り出した。

 寝起きが猛烈に悪いのか、それとも睡眠の質自体が悪いのか。毛布を蹴飛ばしていたサエちゃんは乱れた服装のままアタシに両手を伸ばして、「着替えさせて」と一言。

 猛烈に可愛い。

 ズボンと制服を手渡し、着替える間におさげ髪の櫛を通して結んであげる。

 こういうのは7年以上前だからへたっぴかもしれないけど、自然と楽しかった。

 

「んにゃ、あ、お姉ちゃん」

 

 髪を結んでいる前の方から聞こえる小さな声にアタシはお道化て答えてみた。

 

「はぁ~い、お姉ちゃんだよ~」

 

 同い年だが。

 

「・・・そ」

「そ?」

 

 恐る恐ると言った具合でサエちゃんが金髪を振る。

 

「曹長?」

 

 絶望に染まった顔色。やってしまったという後悔が透けてみえる顔の色。

 

「はぁ~い、お姉ちゃんだよ~」

 

 もう一度お道化て、手を軽く振る。

 

「・・・す」

「す?」

 

 すさまじい声量の謝罪。ついで扶桑の伝統的謝罪の五体投地を決めようとするのを宥めた。

 アタシにそういう経験はないけど。家族を早いうちに喪って、家族を思い出すこともない。銀のネウロイを見るまでは、すっかり記憶の端に追いやられた。追いやっていた。

 思い出したら、悲しくなって、涙が出て。止まらなくなってしまうから。

 

「遅いぞ」

 

 ピークの時間を過ぎた士官食堂。いつもの席に座ってお茶を飲む栗大尉は髪の毛がぼさぼさ。出港前の打ち合わせを終えて軽く水浴びしたみたい。ボイラーの火を落としている今は入浴が出来ない代わりに海水が出る。

 

「大尉こそ髪の毛ぼさぼさじゃないですか」

「これから寝るからいいんだよ」

 

 4膳並んだ食事の席に座ると、サエちゃんの顔がすごいことになってる。

 並んだ食事は、焼き魚にほうれん草のおひたしと味噌汁に納豆。銀シャリ。

 整ったメニューは、二宮二水が朝から張り切ってくれたんだろうな、と思う。

 

「サエちゃん、納豆は食べなきゃダメだよ」

 

 納豆は秋水ウィッチに必須。消化によく、腸内ガスの発生を抑えてくれる万能食で、航空兵が高空に上がるときにも重用される。

 発酵食品は身体にいい働きをするし、実家が酒蔵で恩恵に肖っている。

 サエちゃんは扶桑に居た頃から、カールスラント人の母が作る洋食中心の食生活だったそう。

 扶桑人以外には好まれない納豆の味は、サエちゃんのお口に合わなくても仕方ない。

 

「どうしても、ですか」

「どうしても。それとも、ずーっとあのポリッジスープにする」

「それは嫌です」

 

 仲良さげなアタシたちを不思議そうに見ていた大尉は、遅れてきた山軍曹のお咎めを受けていた。

 離席の許しをもらい、ちょうど片づけをしていた二水にこっそりお願いをする。彼ほどの料理人なら何か解決方法があるハズ。

 

「サエ軍曹の納豆嫌いを治したい、ですか」

「甘納豆にするなら、どうでしょう」

「試しました」

 

 甘納豆、砂糖を入れてあまじょっぱくするのは失敗済み。あのねばねば感が残ってしまい、サエちゃんはどうしても嫌がった。

 

「んん、そうだ、サエ軍曹」

 

 二水が、納豆以外を手早く食べたサエちゃんに声を掛ける。以前なら軍曹が間に入ってきたけど、そういうこともない。

 

「なんでしょうか」

「ネバネバがお気に召さないんですよね」

「そうです。子どもっぽいって笑ってください」

 

 サエちゃんに優しく笑いかける二宮二水の様子が違う。

 アタシと話した時とその前後。他の人にはあんなに自然に笑いかけるのに、どこか引きつった表情をアタシには見せる。

 

「誰も笑いませんよ。食事ってのは、人が居る数だけあるんですから。昼食に美味しいものをご用意します」

 

 あの時教えてくれなかった答えが原因だろうか。




豊ちゃんが概念的お姉ちゃんと重い女スキルを手に入れてしまった気がする。


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part.3「考えること」

お待たせしました。

1月ほど入院して、昨日退院しました。

少し筆の進みも悪く、読みにくいかと思います。

ゆっくりと感覚を取り戻しながら、まずは9月までにこの章をしっかり書き上げたいと思います。


 ずっと、考えた。

 

「家族ってなんだろう」

 

 7年前、あっという間に居なくなった。残ったのは財産目当ての親族ばかり。土地の名家の権力争いにたった7歳にして放り込まれた。

 サエちゃんにお姉ちゃんと呼ばれた時、家族の顔を思い浮かべた。もっと前からかもしれない。その記憶を思い出しても、ずっと捨てていただけかもしれない。

 アタシには家族が居ない。時間軸を戻すことは出来ない。

 この想いは、アタシが死ぬまでずっと、ついてくる。厄介な背後霊。

 仇は分かった。討ち果たした先に何が残るのだろう。

 

「何を目指して」

 

 守るべきものは、今では、国民や銃後。一緒に戦う仲間たち。

 最前線の一番前、空中で戦うにはそんなものが付いて回る。

 もし生き残って軍人を、ウィッチを引退したら。国から退役金が降りてくる。それだけだ。非情にも思えるが、それだけ。

 家族がいる人を僻むわけではない。

 ただ。

 

「どうやって生きていけばいいんだろう」

 

 将来が想像できない。

 小さく呟くアタシの様子に気づいた3人が振り向いた。

 

「どうした」

「犬宮さん、お顔の色が悪いように」

「曹長、大丈夫ですか」

 

 あまりに敏感にとらえられた。普段の自分がおっとりしているせいで、他の人は思っているより聞いている。

 まいぺーす、とは栗大尉に言われた。残念ながら、ブリタニア語は苦手。

 

「なんでもないです。ちょっと、マフラーの質感が合わなくて」

 

 首を回してごまかす。

 白の絹で誂えられた豪華なマフラー。

 秋水の練習飛行に付き合ってくれた仲間たちが作ってくれたものと違い、冷たく感じる。

 同じ素材で作られ、同じ想いが込められたとしても。

 どこか、他人事で成果を求められる気分。

 皇国が勲章授与に合わせ、高級品を用意してくれた。勤め先や守るべき国民からの税金で。軍人としての仕事の対価、という面があるから。

 

「マフラーなんてそんなもんだろ。俺なんて支給品余らせすぎてるし。やっぱ使い込まないとな」

「そんなに首を頻繁に振るものなのですか」

 

 前を歩いて鎮守府の運動場に設けられた勲章式典に向かう上官と部下。

 

「昔はな。俺は夜戦上がりだし、扶桑の電探の質の悪さは知ってるだろ」

「電探ストライカーも、呪符の形式が扶桑と欧州では系統が違いますから」

 

 ストライカーを起動すると現れる呪符とシールドの紋章、魔法が現出する文字と柄は欧州と扶桑で全く違う。

 電探ユニットを見学したカールスラント技術陣が頭を大きく抱えたのを思い出した。

 サエちゃんは使い道を模索している。技術陣は術式を代替して用意するよりも、質の良い自国製のレーダーを何か所も置く現行「ヒンメルビット」システムで充分だと言った。

 欧州と扶桑では戦術思想が大きく違う。

 欧州派遣軍の戦訓から、扶桑も旧来の格闘一辺倒より、欧州式編隊戦闘に変わった。

 3機編隊から、2機のロッテを2つとするシュバルム方式に変わりはじめたのは、アタシが予科練に居た頃。

 他の秋水部隊に運用経験を残せるようにサエちゃんは、アタシのロッテに僚機で入る。

 

「サエちゃん」

 

 彼女直筆の履歴書に「シャープ離陸」という項目があった。

 長良のカタパルトを見せても、何の躊躇いもなく「出力最大で打ち出されるんですね」と答えた。

 コメートユニットがどんなものか知らない。

 

「シャープ離陸、扶桑でもやりました。規定された燃料を搭載して離陸するんです」

 

 ノイエカールスラントにおけるコメートの訓練は、メッサーシャルフ110のユニットやJu機によって曳航され、滑空する第一段階。

 続いて、エンジンの特性や操作方法を学科や実技で学ぶ技術履修と滑空を行い。最後に「シャープ離陸」を行う。

 扶桑は、通常のウィッチとして初等・中等ユニットで学び、秋水ウィッチのための滑空ユニット「秋草」を扱い、実機の秋水と同じ重量の無動力滑空「秋水重滑空」ユニットを飛ばす。

 終わればすぐに、シャープ離陸と同様。

 離陸、実践を行うが、燃料を扱う頃には部隊に配属される。

 カールスラントは急ぐ必要がないけど、戦略型ネウロイに対する防空網が甘い扶桑は早期に戦力化しなければいけない。

 

「私、びっくりしました」

 

 サエちゃんが心底驚いた、と語る。

 

「整備の人がウィッチじゃないんですから」

 

 ロケットを動かす燃料2種は、非常に、非情なまでに毒性が強い。

 カールスラントでは、魔力を帯びて扱える山軍曹のような、飛ぶには魔法力が足りなかったり上がり間近のウィッチを整備士に選ぶ。

 扶桑には余裕がなく、危険な陶器製のタンクでの保存をする。

 危険なユニットを扱うウィッチ達を、ノイエではこう呼ぶ。

 「ヒドラジンの魔女」と。




ようやくタイトル回収。

次回は勲章授与をサラッとやって、二宮くんに腕を振るってもらいましょう。

・・・ていうか1か月も入院していて世間との断絶っぷりがバイヤー。


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part.4「勲章」

前回更新後、評価や感想などを頂き本当にありがとうございました。

特に、評価を頂いて、黄色ゲージにこそなりましたが。まだまだ未熟だな、と実感するばかりでございます。

長く更新を続けられている憧れの作者様に感想を頂きまして、「まいぺーす」に頑張って更新していきたいと思います。どうか応援のほど、よろしくお願いいたします。

あ、それはそれとして。二宮君の苗字については、割と偶然です。自分はキャラの命名が苦手なので、ぼんやり見ていたものとかで決めるんですが、地元の名前だと被ってしまうと一付け足しただけなんです(言い訳になってない)


「勲章かぁ」

 

 銃後の人にとって、戦時の今は遠いもの。平和な本来であれば、文民が受けるもの。

 扶桑海事変以降、扶桑は戦時。実際の戦禍を受けていないから、扶桑本土や南洋島といった主要な土地は平穏に、変わりなく暮らしている。

 もしネウロイが水という弱点を克服すれば、扶桑は孤立する。

 ネウロイの弱点、水。大量にある扶桑海や太平洋を周りに望む扶桑は、土着の怪異とは戦った。

 ネウロイ戦争における戦時体制でも、一年と少し前は最前線のブリタニアや復興途中のガリアほど苦しんでいない。

 軍部も欧州派遣を東西両戦線に行っていても、規模は大きくない。

 皇国にとって、国際協調の派遣で投入した部隊には十全な最新装備や訓練を施した。

 それは半面。頻繁に受勲する遣欧部隊が多いとして、旧態依然の本国部隊にも受勲する真似が上層部で横行しているのも事実。

 

「うん。複雑だ」

 

 今回だってそう。見栄を張ろうとする上層部は、カールスラントの鉄十字勲章の授与に合わせて、受勲を打診した軍部は薄っぺらい。

 皇国民は扶桑の勲章は簡単に出るもので、軍人が牛耳っていると白んだ目で見ている。

 アタシたち軍人は本来、身内の感状を貰うことはあっても、目が痛くなるほど勲章がついた軍服は忌避してしかるべき。

 前線に出る兵士やウィッチは勲章を嫌う。

 国民のためではなく、自分たちの職務が果たされていないと感じている。

 

「桧少佐の言う通りだよね」

 

 百里原飛行場で秋水の慣熟していた頃、秋水とメッサーシャルフのシュバルベをライセンス購入し改良した、火龍を運用する「特兵隊」の陸軍ウィッチとよく語った。

 彼女たちは、速度が速く運動性もそこそこで、特性の良く似た三式戦闘脚「飛燕」を履いていた。

 この飛燕戦闘脚は凄まじく堅牢らしく。突っ込み速度はどのユニットよりも耐えるこどができ、各務ヶ原工場で行われた強度試験では設計試算以上に強度を誇ったと陸海両方に知られている。

 それを扱ったウィッチでも特に有名なのが、桧少佐。

 彼女は、南西方面で混乱に陥ったガリア領、ブリタニア領の戦闘において、片足の膝から下を失った隻脚のウィッチ。

 鋭い顔つきに、研ぎ澄まされたカミソリのような性格。それでいて、部下想いの素晴らしい方。彼女の元で飛燕を履いたウィッチは皆、桧少佐を慕う。

 その少佐は扶桑本土の防空に縛り付けられて、武勇を果たす機会が無い。

 片足を失っても、彼女は飛び続ける。自身の仕事を果たすためにどこまでも愚直。

 そんな少佐は、勲章嫌い。感状の類を焼き芋の燃料にしたのはいつもの尾ひれ。

 

「気楽に、なんて無理」

 

 空を見上げ、ぼやく。

 

「正直、今回はどうしようもないけれど」

 

 今回はカールスラント皇帝が直々に命じたもの。

 まして鉄十字勲章とは、武勇に優れたものに受勲するカールスラント軍人やルフトバッフェのウィッチにとって、名誉のもの。

 世界に名をはせる数多くのエースウィッチが、鉄十字勲章を受け、更に上の勲章を手に入れた。

 これを拒否することは、できなかった。

 カールスラントにとっては痛くも痒くもないし、扶桑にとっては万々歳。

 一ウィッチのアタシを差しおいた外交面のうぃん・うぃんな受勲。

 

「同感だよ。俺も勲章、嫌いだわ。階級上がるし」

 

 栗大尉は、リバウに居た遣欧艦隊所属。下士官から始まり、あっという間に少尉になったらしい。

 

「お二人とも、そんなに勲章がお嫌なのですか」

「扶桑人はな、元々、栄誉は消耗品に変わる方がいいんだよ」

 

 戦国の世の武士たちは米などの禄が増える方が嬉しかっただろう。

 欧州においては肩書が増えることで土地や領が増えたが、扶桑は肩書が後からついて来る方が多い。

 

「でーも!受勲式はしっかりしてください!こっちはカールスラントの駐在武官の目にも掛けられているんですから」

「そりゃ、サエはそーかもしれねぇけどなぁ」

「アタシたち、昇進とか勲章とか興味ないですし」

 

 正面で仁王立つサエちゃんから目を逸らし、隣の大尉と視線を合わせ頷く。

 アタシたちは典型的な前線の兵士。

 

「なんでお二人はそんなに考え方がそっくりなんですかーっ!」

 

 仕方ない。一人で飛ぶ術を一から十まで教わった方が、実務一辺倒な歴戦のウィッチだから。

 舞鶴鎮守府のグラウンドに設営された式典会場に真っ黒のワーゲン車が止まる。

 カールスラント駐扶桑大使館大使に、駐在武官。お次に到着したくろがね四駆からは扶桑の秋水計画を推し進める大本営の誰かが降りて、鎮守府のお偉いさんと話す。

 全員が椅子に座り、しっかりと整えた。

 今日はいつものワンピース型上衣ではなく、皇国海軍下士官制式のセーラー服に、試験的なベルト。思い出せば、最初の一歩はこの服装。秋水の初飛行は盛大に躓いたが、あれから随分と経った気がした。

 たった2か月、あっという間。

 

「犬宮豊飛行曹長!」

「はい!」

 

 一度目を伏し、ゆっくり立ち上がる。上空を一つの機影が飛び去った。

 エンジンは双発。機影は、扶桑がライセンスを取ったDC-3、零式輸送機か。紙袋が落下傘で落ちてくる。

 上空を進入した予想外の輸送機と落下物に会場は騒然。

 落下傘は、秋水ユニット用の減速傘。

 紙袋には、「勇敢なる鳥、犬宮飛曹長に送る。特兵隊より」と達筆に書かれていたらしく、アタシの目の前で開封された。

 

「これは・・・」

「うん」大尉は察してくれた。

「どうしたんです?」

 

 サエちゃんが分からないのは当然。

 

「オレンジの、あのマフラーだ!」

 

 アタシにとっては代えがたい、一生ものの勲章と思い出。




ちなみに、ヒドラジンの魔女のテーマ曲は、ブレ魔女のEDにもなったリンドバーグの「little wing」です。アネハヅル(豊の使い魔)は小さい鶴なので、その小さな翼で見たことのない景色を見てほしいと思います。

次回・・・ようやく、サエちゃんの納豆問題が解決します。


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第九話「二人の初陣」
part.1「揚げる、焼ける、気分はどっち?」


お気に入りとか、評価とかありがとうございます。

こういう目に見える数字はありがたいもんです。

第9話「二人の初陣」スタートです!


 

「くーっ」背伸びをした。

 

 アタシたちと各軍のお偉いさんが集まった記念撮影は無事に終了。首元には、カールスラントから頂いた十字型の勲章と橙色の試製秋水色が染まったマフラー。

 

「無事終わったぁ」

 

 横でサエちゃんが胸元を抑えて、深呼吸。

 そんなにアタシたちは危ない要素か。序盤に、特兵隊からの差し入れこそあったけど、以降は万事てきぱきと進んだ気がした。それを口に出そうものなら、疲れ気味の彼女に追い討ちを与えるので黙る。

 

「よし。サエちゃん、次は訓練だね」

「はい」

 

 さーいくぞー!なんて張り切って、無抵抗のカールスラントウィッチ指定上衣の袖を引っ張った。

 

「元気なこって」

 

 後ろからは呆れかえった栗大尉の声。お偉いさんがそれを見て快活そうに笑う。今の舞鶴には一週間前の緊張感が残っていない。それが悪いこととは言えない。

 常々緊張しては心が持たないし、多くの市民を失った民草と同じく、特別陸戦隊もまた男性兵を中心に被害を受けた。

 最前線とも言えるここの空気は常に最大限緊張している。それを少しでも和らげる方法はないのか、とも上が考えること。

 あれから一週間が経った。生き残った人間は大方、全てではないが次の道を歩んでいる。舞鶴の人たちは一週間も経てば前を向いた。

 アタシはどうだろう。

 二宮二水が家族を喪ったと聞いた時、心はすっかり動揺した。舞鶴に被害が起きたから。

 身寄りが無くなり、帰る場所も無くなった二宮二水。彼はアタシと視線を合わさなくなった。サエちゃんや栗大尉、山軍曹とよく話している。

 

「もしかして避けられてる?」

「曹長が誰に避けられるんです」

「あの、ごはん作ってくれる人」

 

 サエちゃんが不思議そうに首をこてんと傾げ、一言。

 

「まささんが、ですか?」

 

 え。

 

「サエちゃん、今なんて」

「え、だから、二宮雅さんですよね」

 

 二宮、雅。もう二週間も関わって、初めて知った彼の名前。

 サエちゃんは苗字呼びより話かけやすいと、下の名前を聞き出した。

 アタシには素っ気ない態度ばかり取る。サエちゃんと大尉には至って自然な表情。それが彼の近況。また新しいネタが出てきてしまった。

 アタシってもしかしなくても。

 

「っ嫌われてる」

 

 滑走場に向かっていた足取りが止まり、サエちゃんに縋る。

 

「曹長も、マサさんみたいに難儀な性格されてますね」

「え、もしかして理由聞いてるの」

「まぁ」

 

 一言で針山に投げつけられ受け身も取れず突き刺さった。

 アタシがやらかしたこと。

 いくらでも思い浮かぶ。

 血のつながった実の家族を全員失った切欠。懲罰房に入れられた原因。体調を押してアタシの食事をつくる無理をして、アタシの前烹炊班長追い出し作戦の出汁にした。

 嫌われる理由なんていくらでもある。

 あぁ、まずい。胃を完全に握られた彼に嫌われたら心が止まる。食事も喉を通らない。

 

「サエちゃんどうしよう」

「お二人で話をつけていただきたいです」

 

 正論で返された。

 全く持ってその通り、それ以外の道がない。

 理由を作ったのがアタシ自身。彼に問いかけられるのもアタシだけ。

 長良に居る間だけは階級もあって無理に問いかけられない。

 どうにかこうにか、サテンに誘って話を聞くか。舞鶴の店は珈琲一杯に目が飛び出るほど高いけど幸いアタシは高給取りの航空歩兵。

 

「あ、丁度いましたよ」

「はぇ」

 

 サエちゃんが指差すのは、畔の竈で作業する二宮二水。

 お昼は訓練前に食べるから、食材を前もって用意していたと上陸の時のカッターで聞いた。

 昨日まで炊き出ししたこともあって、食材のあまりもある。

 

「お待ちしていました、サエ軍曹。美味しいものを用意しておきましたよ」

「ありがとうございます」

「受勲式お疲れさまでした、曹長。どうぞ、食事を頂いて午後の気力を養ってください」

 

 ほら!ほらーーーーー!

 絶対嫌われてる!アタシとサエちゃんじゃ扱いが違うもの。

 そりゃそうか。

 彼からすれば、家族が居なくなった責任が勲章を受け取ってる。そんなの許せるわけない。当たり前だ。

 互いに気まずく瞳を逸らしたアタシを呆れる周囲の視線。

 やり場のない気まずさを、サエちゃんが小皿のお豆を食べて、解消してくれた。

 今朝お着替えを手伝った分は、これでチャラ。本当ならもっと擦ってみたかったけど。

 

「美味しい!マサさん!これ!美味しいです!」

 

 サエちゃんがパクパク食べるのは茶色の豆。大きさ的に今朝見たような。

 

「試しに納豆を炒ってみたんです」

「ネバネバが胃腸に良い働きをしますが、納豆の場合は炒ってもそれほど失われるわけではないですし、企図している効果がお茶請け感覚で楽しめますから」

 

 炒り納豆。

 美味しそう。アタシも解説を聞き、一つまみ食べてみれば、納豆の味を残しつつも揚げ物のように塩味を感じる。

 汗かきなアタシからすると、塩分も一緒に補給できてお茶請けは好感触。

 チョコは栄養を補充してくれるけど、お茶とは合わないし、扶桑の味がするものと扶桑茶は絶対に合う。

 

「すごい美味しいです二水!」

 

 彼はただ料理が作れるだけではない。

 皇都に出て、高等学校の人たちや研究機関と連携を図り、高高度に上がるウィッチの食事を考えている。本来なら、彼こそが昇進するべき。彼こそが勲章を受けるべき。

 彼は辛い思いをこの一週間で何度も味わった。

 懲罰房では心どころか身体も壊れそうになった。家族を喪った。

 そんな彼に、アタシは接してもいいのか。話しかけていけないような気がする。

 自然とアタシを避けているのは、それ故。

 思えば、アタシも軽率だった。自分の身のうえを彼に話してしまった。今思えばあれは失敗。




豊ちゃんのスキル
・概念的お姉ちゃん(サエちゃんに対し)
・メンドクサイ彼女感←new!

豊ちゃんの湿度上がってきましたね。話の中では秋半ばなのに(多分45年ごろはもう9月半ばはすでに秋のような気がする)

あと炒り納豆は、ナットウキナーゼが無くなるだけで加熱で他の栄養とかに影響ない・・・よな?っていう結構曖昧な知識で書いてます。間違ってたらすまぬ。

ていうか豊ちゃんがしっとりしてるのは・・・ま、まだ恋心じゃないです。まだ彼女は14歳。恋なんて知らない。

あと二宮君の名前は雅(まさ)と呼びます。彼の年齢は16で入営して2年目なので18です。4歳差・・・何とは言わないが4歳差。サエちゃんも4歳下。なんやろね。


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part.2「シャープ離陸」

 

 手元の紙切れを、サエちゃんに片方手渡す。

 

「はい」

 

 整備した諸々が纏めてある資料。飛行前に資料を毎回用意して、万が一整備不良で危険になっても、判断出来る。

 アタシたちは「テストウィッチ」だから。今後のための不具合の洗い出しは本業。

 

「サエ軍曹の秋水には欧州タイプの魔力感知水晶を載せたから、これなら問題なく操縦できるはずだよ」

「感知水晶、載せ替えできるんですか」

 

 サエちゃんは魔力を発動した時に現れる魔法陣が欧州、カールスラントの方面に伝わる術式。

 秋水ユニットは扶桑人を載せる前提で生産されたので、個々人の魔法力を感知するセンサーに扶桑の魔法陣を組み込んである。

 昔は、これで充分だったけど、欧州派遣以降各国軍と肩を並べた皇国軍のユニットは、魔法陣の違いを乗り越えるため感知水晶の置換で対応している。

 

「うん。本当はエースウィッチがやるみたいに無理やり両方通せるのが一番なんだけど」

 

 これは他国のユニットも同様で、ほとんどそっくりと言っていい国同士以外は頻繁に行われるマイナーチェンジ。

 魔法陣、ひいては魔法の存在が国や地域で違う。それまでの歴史と地勢上の成り立ち。

 扶桑ほど他国と離れていない欧州各国は一次大戦で、魔法力の統合する動きもあったし、魔法文化も混ざりあっていた。

 魔法力感知に関しては大きく「欧州」「扶桑」の二系統に分かれている。

 

「さすがに私たちのレベルじゃ、感知には足りないですね」

 

 扶桑もカールスラントの技師を招聘して国産ユニットの開発を進めた時代に欧州式の魔法陣へと切り替えようという意見があった。

 当時現役の従軍ウィッチや、新たに入営するウィッチにとって、教官も扱いを心得ている扶桑式から、未知の世界で、整備補修にも手間が増える装備の多様化には忌避感が強かった。

 それを解決したのが、宮藤理論以降に製造された感知水晶交換式。

 

「本当に宮藤博士様様だよ~」

 

 おまけにアタシは、彼の奥方のおかげで生きながらえた身だ。

 それぞれの製造ラインで、魔法圧や魔法陣が違うのに対応して上手くハマり、魔法圧が少ないウィッチでもユニットを動かせるようになった結晶が、電探ユニット。

 魔法力の波長自体を感知する水晶が、ユニットの最も中心。

 飛行機で言うなれば操縦系統。ユニットの耐久性もここを中心に設計される。

 魔法力の波長を増幅して魔法陣を大きくすることによって推力を最適化した最新ユニットは、魔導エンジンより増幅する過程に大きな貢献をする水晶が重要。

 

「飛行前点検!」

 

 アタシたちはそれぞれ装具を確かめる。

 減速傘と降下傘の二種のパラシュートから始まり、海が近いので海軍の浮き輪になる装具。

 降下傘も舞鶴の飛行隊に借りた、足を通す通常のもの。

 アタシたちは上衣の裾を押さえ折りたたみ着用。

 歩いて外装点検。

 

「よし!」

「こちらも大丈夫であります、曹長」

 

 サエちゃんの様子を見ても、コメートで慣れている印象を受けた。

 外装点検では、同じ装備が同じ位置についていると言わんばかりの素早さ。

 コメートと秋水も似通っているが、サエちゃんの記憶力も高い。

 秋水の点検項目は霞ヶ浦に居た短い期間で覚えたらしいが、とても正確。

 

「栗田大尉!犬宮飛曹長以下1名、飛行点検のための燃料満載離陸訓練を行います!」

「ん。怪我だけはすんなよ。モニタリングはこっちでしとくから、データは二の次でいい。まずは確実で完璧な離陸からだ。以上、かかれ」

「かかります!」

「かっ、かかります!」

 

 栗大尉の合図で動き出したアタシに対してサエちゃんが返答の仕方を聞いてないと睨んだ。

 仕方ない、栗大尉があんなしっかり訓示したのは初めて。今まで邀撃直前に一言二言話したぐらいなのに。

 

「秋水1番より2番。離陸は先ほど伝えた方法で」

 

 手にした自身の武器の最終点検を行いながら、軽い通達。

 

「ヤボール」

 

 舞鶴の滑走場に臨時設置されたジャンプ台を利用する滑走離陸。ゆったりとしたピッチ角度のある台が置いてあり、合成風力とカタパルトの加速を置き換える。

 魔法力を使う。羽と尾羽が伸びる。サエちゃんから猫の三角耳とカギ尻尾が生えた。お互いに得物を背負う。

 ユニットに足を入れると、太ももに心地よい温度が触れる。

 

「行くよ」

 

 命令を待つサエちゃんの方の手を人差し指だけクルクルと回した。

 エンジンを掛けるモーターを始動。凄まじい轟音で、秋水ユニットの先に魔法陣が広がり異なる巨大な影が四つ現れる。

 

「秋水1番!出ます」

 

 エンジンの段階を2段から3段に入れて、発進促成ロケットに点火。

 取り外し式車輪が前に動こうと、盛られた土の車輪止めを乗り越えようと空転する。

 車輪止めを越え一気に滑走台を飛ぶ。車輪が落ちる。

 

「秋水2番、出ます」

 

 アタシの離陸で起きた砂煙を割り、自身を保護する青い波動に包まれたサエちゃんが飛び出した。

 飛行姿勢はしっかりと芯が入って、身体がエンジンの推力に負けていない。

 呂式エンジン特有の大きな魔法陣と燃料由来の薄黄色の燃焼煙が四本。

 秋空に轟音が鳴り響きぐんぐんと飛び上がっていく。

 雲の影はすっかり秋。実りの季節はすぐそこまで迫っている。扶桑は農業国家。アタシたちの背中はなんとしてでも守らなければならない。

 雲の中を突き抜ける秋水2人。どこまでも、きっとどこまでも飛べたらいい。

 

「秋水1番より長良1番。離陸終了。秋水編隊異常なし。現在のコースを維持し1万メートルまで上昇します」

「長良1番了解」

 

 秋水によって重力の足枷がとんと軽い。空の色は深く、深く、濃い青色。

 

「秋水1番、聞こえるか」

「感度良好です」

「すまん、水を差すようだが、敵だ」

 

 また?アタシの初陣も試飛行でやってきた。武器を持っていたからいいけど、扶桑の防空網は本当に穴だらけ。

 

「高度は、低空ですね」

「奴ら、ある程度高く上がったらバレるって気づきやがった」

 

 半島の方角、高度は5千。こちらは現在7千5百。燃料はあと一分。

 サエちゃんにハンドサインを送る。




また試験飛行で戦ってる・・・もはや恒例・・・


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part.3「二人の初陣」

そう言えば、前回出てきた魔法力感知水晶の話ですが、補足しておくと

アニメなどの媒体で各ウィッチが与えられたユニットを扱うことを理由付けしてます。じゃあ戦地で急遽ユニットの割り振りがあった場合は?っての答えは、水晶を自前で持って交換している場合が多いといった感じです。

また、少し高価になりますが、増幅する魔法力の地力が強い場合(JFW所属クラスのウィッチ)は、魔法陣が描かれていない無地のような増幅水晶が載っています。

なので、それ以外は基本的に自国のユニットを使用し、黒江さんのマスタングみたいなのは整備の過程で自国にあう水晶を載せてます。

え?アニメRtB序盤の宮藤?あれは規格外だから・・・

てかこうでも設定しとかないと、国ごとに使うユニットを分けている理由がつけられない・・・(秋水はコメートの概念図程度しか手に入らなかったが、スト魔女世界の場合、ノイエからの海路は安全なので、途中で紛失したという話に出来ない)


 滑空で指定された方角に急行。目標のレーダー反応は普段と同じ戦略攻撃型。

 鈍い色のネウロイではないが舞鶴に近づいている。

 栗大尉が話したネウロイの成長についての思考が過る。

 現に、こうして撃墜したものと同じ形状のネウロイが、迎撃を避ける行動を取り防空網を掻い潜る。

 ネウロイは何らかの指揮系統を持つと認識するべき。

 

「秋水2番、聞こえるかな」

「はっ、はい!」

 

 緊張の糸が張ったサエちゃんの声。少しでも和らげる言葉を紡いで外に出す。アタシは上官。大尉が言っていた言葉が分かった気がした。

 部下を持つ。昇進したら当たり前。部下が僚機につけば、一人や僚機だった頃の軽さはない。

 誰かを長機に持てば、指示に従うだけ。逆に言えば指示をこなすせないことが失敗で、長機のミスも補う。

 単機の場合はもっと気軽。それはつまるところ補ってくれる人がどこにも居ない。

 誰かに指示を出すには、思考し、指示を出し、互いに補い合う。

 言葉では簡単だけど、実際は難しい。自分と全く違う僚機の動き、ちょっとした旋回の遅さすら気になる。

 

「カールスラントは、共同撃墜を重視してるんだよね?」

「はい」

 

 部下の能力を計算に入れて如何に動くか、どんなふうに攻撃をしてどのように離脱するか。全てから無駄を省き、結果を頭に入れておく必要がある。

 

「コアはアタシが仕留める。その代わり、ロケットで決めた場所だけを狙い撃って」

 

 カールスラントは厳密な撃墜判定を取っている。

 陸上部隊から確認できるなら、報告を集め、ロッテやシュバルムの隊員に互いを確認させる。

 厳密な戦果確認を行うのは、カールスラント人の規律に厳しい性格らしいというか、なんというか。

 それでスーパーエースを何人も輩出するのが、カールスラントの恐ろしいところ。ユニットの基本性能が高い上、技量に裏打ちされていなければ出来ない芸当。

 

「了解、です」

 

 彼女が使うロケット発射器は、コアの破壊に弾道の精密性が向いていない。

 シュツルムファウストを開発した博士が手掛けたフリーガーハマーは、カールスラントとオラーシャのウィッチ達が愛用し戦果も残っているが、ロケット弾では撃墜することの方が難しい。

 デッドコピーとも言える、アタシの使った9連発射器では、固有魔法を持たないサエちゃんでは狙い撃てないと判断した。

 

「9割」

「え?」

「撃墜の割合は貴方が9割、アタシが1割でいいよ」

 

 戦略攻撃型は堅牢なボディが象徴。下面の対地光線パネルはもちろん、対空攻撃を掻い潜ることも決して簡単ではない。強敵の外皮をロケット弾で削り、狙撃でとどめを済ますのが最も簡単で確実。

 

「そんな鯖勘定!」

「いいから、行くよ!狙いは上面前部、赤パネル2段目!」

「了解!」

 

 斜め前から左脚、右脚、と脚を振ってバンク。

 

「秋水編隊、攻撃開始!」

 

 高度5千で時速はおよそ6百。エンジンを2段階に戻して正面に上昇し、交差の瞬間にロケット弾が着弾する。

 

「2番、行け!」

「ヤボール!」

 

 一緒に上昇するサエちゃんが背面ロールを取って、急降下。ロケット弾の斉射はあと2回。

 後方上空に遷移したこちらに向かって、ネウロイが赤から光線を飛ばす。降下しながら迫るサエちゃんを迎撃。

 彼女は器用に身体を捻り軽いロールで、機首上面に狙いを澄ます。

 アタシはそれを見てロールの最頂点でFG42をベルトで滑らせ、両手で持つ。

 

「2番は攻撃後再上昇、前面で捻って斉射!」

「ヤボール!」

 

 秋水2番、サエちゃんの影がネウロイと交差する瞬間、アタシは高度6千から降下。

 コアが上面からありありとわかった。禍々しくも、命の鼓動のように見える深紅のコア。

 これなら。

 

「2番!攻撃切り替え、単射!目標、コア!」

 

 降下で加速した速度を上昇エネルギーに変える彼女が、破壊できる。

 

「っヤボール!」

 

 全身を捻った体勢変換、身体の前面に敵を見た彼女がコアを狙う。

 アタシはネウロイの気を逸らすため突貫。コアではなく周囲を適度に痛めつけた。

 3連続の狙いを澄ました単射の内、2発は左右にはずれた。隙間を縫いかって一気に突っ込めば。

 

「コア、破壊!」

 

 残る1発が、コアを破壊した。ガラスを割った心地よい破壊音が空中に鳴り響き、光の結晶が落ちる。

 

「任務終了。長良1番、他に反応は?」

「ない。帰投せよ」

 

 アタシ「達」の初陣は終わった。

 

「秋水1番、了解。帰投します」

 

 交信を終え、編隊内に絞った魔法無線インカムのスイッチを押す。

 

「サエちゃん、お疲れ様。とりあえず、帰ろう」

「了解、です」

 

 2番機の定位置、左斜め後方のサエちゃんは緊張した糸が緩んで、気分があやふや。

 こっちも、気を抜いたのが良くなかった。

 

「サエ軍曹」

「は、はい!」

 

 キッと言葉尻を上げると返事がすぐに返ってくる。

 

「帰るまでが任務!帰ったら反省会!」

「っヤボール!」

 

 帰るまでが任務。撃墜をしようが、していまいが、帰投するまでが任務。地面に足をつけて立った瞬間まで気を抜けない。

 自分もそれが出来ているとは言いがたい。

 前回はあのざまだ。部下に同じ轍を踏ませるわけにはいかない。

 空は秋の色。夕焼けが始まる。

 舞鶴の港はすぐそこ。燃料が尽きて、滑空するだけ、高度は4千。滑走場が見えた。

 フラップを下げ、減速と降下。

 狭い滑走場を正面に見据え、ユニット胴体下部の橇式着陸装置を展開。

 地面と着陸装置が触れて、前に動く身体を抑える。

 2番機も同じく滑走。

 徐々に削れる速度。指定された十字の着陸指標から滑走場一杯を使った着陸。

 

「まぁまぁ、かな」




あと1話で、9話も完結。予定では全12話の予定です。


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part.4「夕焼けに叫ぶ」

 

 帰投して、飛行の見直しをして。

 夕食まで時間が出来たので、少し外の空気を吸おうと鎮守府をぶらついた。

 酒保に向かう。今日は何を食べようかな。

 長良では夜間待機で、偶にチョコレートが出るぐらい。

 それ以外は肝油を砂糖で包んだものが出て、酒保で食べられるおやつとは違う。

 

「ふんふーん、ふんふん、ふーん」

 

 小さくタイミングを取り、ただ歩く。

 長良では二週間も狭い艦内暮らしで、広い陸の長い道を見ると延々伸びるように見えた。

 遠くを見ていたせいだろうか。酒保の入り口で誰かとぶつかった。

 

「あ、すみません!」

「あ」

 

 ぶつかったアタシと誰かはそのままもつれあって、アタシが誰かを抑え込んでいる。

 跳ねる勢いで慌てて飛び上がると、驚いて止まったままの相手を見て止まった。

 文字通り、身体の動きも、息も止まって。心さえも止まりそうだった。

 相手は二宮二水。おやつを買い込んでいるらしく手元の紙袋から煎餅やチョコレートの銀紙がこぼれている。

 

「大丈夫です。曹長こそ、お怪我はないですか」

 

 落ちたお菓子を紙袋に戻した二水に、声をかけようと思って、こちらを向くつらそうな笑顔を見て声が出ない。

 どうしてだろう。彼に向かうと、声が出なくなってしまう。

 

「ぁ、はい。大丈夫です」

 

 言葉を絞り出した時には、彼は紙袋を左手に抱えて右手は水兵帽子を目深に被っていた。

 

「あの」

 

 引き留める言葉が口から漏れ出るのはどうしてだろう。彼に止まって欲しいなんて、なんで考えたんだろう。

 

「どう、されましたか」

 

 彼の瞳は、どこか遠くを眺めている。目の前のアタシを見ていない。その理由が知りたくて。

 彼が何を思っているかなんて、わかるわけがない。

 アタシと彼は同じ部隊に居る、少し関わりがあるウィッチと水兵でしかない。

 ウィッチは男性と関わることを良しとされない。

 万が一、なんてことが起きたら相手は上層部から重い判断をつけられてしまうから。

 

「少し、あの、その」

「お話、を、出来ませんか?」

 

 誘ったアタシは、おやつを買いに行く目的を忘れ。話しづらそうな二水が向かう場所についていく。

 こんな風に男性兵と気軽に接してはいけないことも、今だけは頭の隅においやった。

 

「それで、お話とは」

 

 彼が向かった先は、お芋を蒸かしてくれた竈の畦。

 グラウンドを大きく囲んだ畔道の横、体操座りのアタシから一段低い位置に腰を落とす二水が言葉の火蓋を落とす。

 

「ずっと、気になってたんです。いつも、アタシを見ると」

 

 とっても辛そうに笑顔を浮かべるようになった。それは、あの日以来。

 アタシを誰かと重ねているみたいに。

 

「すみません。お気づきになられていましたか」

 

 応えた二水が目を伏せ言葉を選ぶ。

 

「自分には、弟と妹が居たんです」

「妹が犬宮曹長と同じくらいの年頃で」

 

 二水は、あの日家族を失った。舞鶴でも有名な洋食店が全壊し、最も被害を受けたことは市中はもちろん、鎮守府でも話題になった。彼はあの日、自分以外のすべてを失った。

 

「アタシを見てると、思い出しちゃうんです、よね」

「すみません」

 

 彼は顔を落とし、泣いた。

 どんな言葉を掛ければいいのか分からなかった。だって、アタシの階級は飛曹長でも。中身は14歳。彼とは兄妹ほどに差があって、彼は妹さんとアタシを重ねて見てしまう。

 

「アタシは、守ります」

 

 話してくれてよかった。そう思う。アタシは彼の気持ちをようやく知ることが出来た。ずっと苦しんだ彼の声を聴けて、本音を聴くことが出来て、覚悟が出来た。

 

「今度こそ」

 

 誰になんと言われようとこれを果たす。

 鈍い色をしたネウロイは、アタシの家族を殺した仇で、任務として決して見過ごせない。

 

「曹長、お願いです」

 

 すっかり泣き腫らした二水が顔を上げ、呟いた。

 

「もう、戦いなんて、どうでもいいんです」

 

 ただ、と続く。

 

「長良の皆は悪い奴じゃないし、大尉や栗軍曹、サエ軍曹も皆よくしてくれます」

「皆が居なくなるのが、ずっと怖いんです」

 

 彼は、直属の上官に虐げられた。上官に皆が煽動され苦しい思いもした。

 

「俺は、何にも出来ないんです」

 

 至極当然のこと。彼らにとっては耐えきれない現実。

 魔法力を持たない人たちは、ネウロイを倒せない、前に出ることが出来ない。アタシたちを戦地に送っていることに苦しんでいる。

 だけど。

 

「そんなことはありません!」

 

 アタシたちが戦うためには、整備をする人、ご飯を作る人。ユニットや武器を製造する人、食事の原料を生産する人。人々一人一人の生活の上で成り立っている。

 ウィッチだけがヒーローなんじゃない。

 人は誰しもが同じ位置で、横のつながりはトラス構造で守りあっている。

 

「アタシは、こうやって支えてくれる皆の方がかっこよく見えます」

 

 今は戦時だ。誰もが苦しい。

 その苦しみを耐えて、一歩一歩踏み出している、明日へと向かって足を前に向け続ける人たちが居て、皆の足が揃って前を向くと思う。

 

「アタシは皆を守ります。もう、誰も、居場所も、失いたくないから!」夕焼けに向かって叫ぶ。

 

 それがアタシに出来ること。皆が支えてくれて、戦える。そんなアタシがやることは、戦って、皆を守ることしかない。

 

「曹長、お願いです」

 

 陽の沈む水平線を向いたアタシの背後で、二水が声を上げた。

 

「戦いに行くな、なんていうお願いは聞きませんよ」

「自分も気が弱ってました」

「アタシは、あいつを倒すまでは」

 

 墜落して骨が折れようと、燃料に生身が侵されようと。決して挫けることはない。最後まで、這いずってでも、あのネウロイを倒してやる。そう決めた。




ヒドラジンの魔女第十話
「戦爆連合会敵!」


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第十話「戦爆連合会敵」
part.1「夢見」


お気に入りとかありがとうございます!もうすぐ5千UA!あと8パート!頑張ります!


 アタシたちは、昨日起きた渡洋ネウロイ迎撃で思わぬ形の初陣を果たした。

 海軍はもとより、国内防空を担う陸軍の航空ウィッチ向け「秋水甲型」や、武装の変更と魔導エンジンの改良がおこなわれた乙型が採用され、既に陸軍の特殊ウィッチ飛行隊「特兵隊」が試験を行っているそうだ。

 試験には合格して、懐疑的で予算を出し渋った上層部を納得させる戦果を残したと評価していただけた。

 

「ふへへ・・・」

 

 海軍が先行配備した局地防空の秋水も制式に採用され、電探ユニットも、生産が加速化された。

 ウィッチ養成も完了して、長良が投錨する間にも内地から浦塩等へと急ピッチで輸送されている。

 栗大尉も、本来は昇進した時点で教育部隊に移る話だったのに、統合軍とルフトバッフェの誘いで戦術教育の面から隊長に納まった。

 

 いつか、この生活は終わる。

 

 ベルリンが解放されたら、この部隊は解散かカールスラントへの派遣。コメートウィッチ達を吸収して、という話も聞く。

 長良はやや落ち着かない雰囲気のまま出港した。

 出港が早い時間だったから見送りは鎮守府の一部で、長良側の甲板にも最低限の人員。

 不規則な生活で一日の流れがおかしくなったアタシは、甲板掃除を終わらせてすぐに寝た。さっきまで仮眠を取ったのに。

 

「曹長、また寝てる」

 

 サエちゃんにも呆れられた。階級の差がある以前に同い年なので、任務中以外は砕けてやり取りをしている。

 アタシが軍人気質じゃないのもあるし、階級の差なんて大した差でもないと思っているし。

 そりゃ兵士は上下関係が厳しいかもしれないけど、ウィッチで上下関係が厳しいのは予科練ぐらい。

 部隊配属されたら、勤務中は上下関係を守っているけど、現役となれば大きくても5、6歳も離れない。

 そんなに離れてたら階級も飛曹と佐官ぐらいに離れる。

 たたき上げの飛曹長や特任尉官も居るけど、あの人たち相手に砕けた態度を取れるのは勇者。

 

「あー。布団気持ちいー」

 

 近い階級の同い年は一番気楽。強く見せなくても弱く見せても、構わないんだから。

 堅苦しい関係というのが嫌い。思った意見を言えなくなるし、もし失敗した方向に進んでいる時に上申出来なくなる。

 栗大尉は部下を持ちたくなくて夜戦部隊を転々としたらしい。

 リバウの後は助っ人に行ったりぶらついた結果「空技廠」で電探ユニットのテストウィッチとして招集された。

 

「曹長、ご飯です」

 

 ほっぺをプ二っと押しつぶされて意識がすっきりした。

 眠さをこらえながら、艦内士官食堂に向かう。

 

「昨日もぐっすり眠れなかったんだよね」

「昨日の朝も同じことを言ってましたよ」

 

 気軽に接しているとは言っても、サエちゃんは素が敬語。誰にでも敬語。山軍曹にだってそう。

 昨日みたいに飛び出すときもあるけど、普段から戦闘中まで基本的に冷静なのはとても好感が持てる。

 秋水やコメートのような、高速故に失速が早いグライダー機を扱うには瞬時に冷静な判断を下す。

 普通のユニットを高練度のウィッチが扱えばホバリング出来るし、ホバリング出来ない練度でも、首から身体を上げて進むことは出来る。

 しかし、秋水に関しては常に前進する。魔法力を推進力に変えているが、燃料を燃焼させるだけで滑空する物理の動きだからどうしようも出来ない。

 常に動いていて失速速度が速いことは、判断を素早く出来なければ即座に事故につながる。

 アタシの傷跡みたいに、なる子は出るんだ。

 物事には。現実には「たら・れば」がない。

 

「おせぇぞ豊、サエ」

「すみません、寝つき悪くて」

「お前の寝起きが悪いときは、何かが起きる時だから怖いよ」

 

 言われてみればそうだ。最初の試飛行も、銀のネウロイを見つけた時も。アタシは寝つきが悪かった。

 最近はそれが顕著になった。

 鈍い色をしたネウロイを見つけて以来、夢の中で実の家族があの頃のまま現れる。

 どうして助けてくれなかったの、とも言わない。物言わない、蝋人形のような能面で、ずっと、家族がアタシを見る。

 そんな夢が過ぎ去っても、次がやってくる。

 家族を喪った瞬間、燃え盛った屋敷を走り瓦礫を崩したアタシを遠くから見る、村人たち。

 固有魔法で朱角が2つ。まるで昔話の鬼で、扶桑刀のようなテーパーがかかって。

 そんな目でアタシを見ないで。アタシが殺したわけじゃない。アタシだって死ぬ寸前だった。

 

「いい、夢を見たいです」

 

 血縁のある親戚も、母方の祖父母も。腫れ物扱いした。厄災をもたらした原因だと決めつけてきた。

 夢は続く。

 薄暗い、地下の蔵に閉じ込められ。燃え尽きた屋敷に、村人たちは常に視線を張っていた。

 夜にならないと、学校で教鞭を振るう恩師もこれなかった。

 夜にはハイキングに連れていってくれる。猟じゃないけど、深夜の山を恐れることなく歩く術を学んだ。

 何故だろう。夢はいつもそこまでで終わる。

 予科練に入った日は夢の中で訪れない。

 毎日、毎日、何度も、何度も。同じ夢、過去を思い出す。それは苦しかった日だからか。

 それとも、何かに取りつかれたように執着しているのか。

 分からない。アタシには何も分からない。

 

「どうした、豊」

「あ、いや、なんでもないです」

 

 他の三人からの視線を振り切ってアタシは両手を合わせ、二水謹製の野菜のスープとバゲットを食べ始める。

 今は、こんな昔のことを考えている場合じゃない。

 心に言い聞かせていた時、艦内放送で雑音交じりに音が入る。

 

「入電!輸送船団がネウロイに襲撃を受けた!距離12海里!戦闘配置!」




そんなわけで10話です。あと2話含めて各3パート(分量的には2話を3つに分けた展開)でやります。頑張るぞい。


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part.2「船団全滅」

お気に入りとか諸々ありがとうございます。

UAも5千達成(まであと5なので、実質達成)

そう言えばウマのハーフアニバーサリーイベ始まりますね(事前に投稿が間に合わないことを予告)

まぁ、ボチボチやっていきます。残り7パート・・・纏まるのか?


 

 ネウロイが船団を襲う、想像のつかない話に頭が追い付かない。

 扶桑海を通航する船団は本土所属の直掩がつく。簡単には襲われないはず。

 面した大陸側の電探で探知した場合は、半島や本土の迎撃隊を発進させる手筈もついている。

 たった12海里先、本土から15海里も離れていない距離で、迎撃機を襲えるネウロイが居た。

 戦略攻撃型ネウロイに長距離直掩のネウロイが現れたと、想像するのは容易い。

 

「大尉、零戦を貸してください」

「おう、サエは俺についてこい。電探を使う」

 

 栗大尉は詰襟の首元をきつくして艦橋に走り出す。

 アタシも手早く準備を進め格納庫へと飛び込んだ。

 

「長良2番、零戦ユニットで現場の状況確認、並び護衛任務を行うため発艦します」

「長良1番了解。航海艦橋、風合わせして発艦させたら進路を戻してください」

「艦橋了解。風上に進路を合わせ、取り舵20、黒5」

 

 FG42の弾薬を入れた直方体を、腰の弾帯ベルトに入れて巻く。

 銃と照準器を手早く確認して、三台のユニットゲージから奥の零式艦上戦闘脚52型が引き出された。

 ゲージのスターターでクランク発動、魔法力と燃料を送り発進用意。

 呪符のプロペラが回りだして風が格納庫に吹きすさぶ。

 カタパルトに接続。

 

「長良2番、発進用意よろし」

「お願いします!」

 

 シャトルが海面に落ちた瞬間に機首上げ、魔法陣を横にする。

 

「長良2番、発進完了」

 

 いつにもまして慌ただしく飛び出した。ユニットは整備済みで、すぐ発進できたから良かった。

 

「長良1番だ、2番感度知らせ」

 

 耳に入れた魔法無線のスイッチを入れ、返答。

 

「2番、感度良好です。現場上空は」

 

 12海里、戦闘脚ならあっという間。

 

「敵影はなし、護衛の海防艦より続電、船団は全滅。本艦も被弾のため総員退避以後通信なし、だけ」

「ぜ」

 

 全滅?

 

「ご、護衛のウィッチ隊は!」

「損耗激しく、小松に帰投中。ネウロイに関しては」

 

 大尉の言葉が止まる。

 嫌な予感がした。

 ここまで攻撃方法を取るネウロイに思い当たる節がある。

 自らの能力を進化で補う、鈍い色の葉巻型。

 あいつが現れてから、ネウロイの襲撃周期が不定期になった。ネウロイの侵攻方法が変化した。あいつがネウロイの親玉に、司令塔になったかのように変化した。

 こちらが対応すれば、応じた戦術をする。

 単なることかもしれない。

 

「明らかに急変した」大尉が以前語った「進化」

 

 現場空域が見えれば、凄まじかった煙が、上空へ登っている。空に溢した船たちは海の渦に吸い込まれた。

 手遅れだ。カッターや浮き輪に取りついている人が居る程度。波もある。人一人簡単に水中に引き込んでしまう。

 助けても間に合わない。

 

「ごめんなさい」

 

 高度を下げず、グルグルと旋回し始めた機影が見えたか。脱いだ衣類を旗代わりに回して救助を求めている人たちが居た。

 

「ごめんなさいっ、アタシ一人じゃ・・・救えない」

 

 嫌だ。嫌だ。ホントは皆助けたい。なんて言われようと、人が苦しむことを見るのは嫌。

 だけど。

 

「アタシには、助けられないの!」

 

 アタシに助けられる力があればなんて言わない。アタシたちはこういうことが起きないようにするために迎撃網の開発をしている。

 輸送していた電探ユニットを使えば助けられる命があることをまざまざと叩きつけられる。

 そこまで考えて、魔法無線の声が頭に響いた。

 

「豊!てめぇがやることは!」

 

 今アタシがやるべきことは、悔やんでいることでも、泣いていることでもない。

 一人でも多くの命を救うために情報収集をすること。

 左バンクを振って旋回、海域を見つめる。

 救いを求める人たち、オイルを垂れ流して深い青色に包まれていく船の残骸。潮流はある。オイルによる二次災害は当然把握しているが、それよりも重要なこと。

 

「申し訳ないけれど!」

 

 こんな状況で救助じゃないなんて、どんなことを言われても仕方ない。

 第一に必要なのは情報だ。長良も同じような被害を受ける可能性が高い。

 あのネウロイにとって長良は、最も視界に入った艦船。ネウロイが思考できるとするなら、目の上のたんこぶのような存在のはず。

 高度を下げ、ホバリングに移る。

 脱出艇、カッターに分乗する民間徴用船の乗組員からの視線が痛い。分かっている。

 貴方たちの仲間が海に、沈む船によって巻き起こされた渦に吸い込まれたことも、波に流され今も苦しむ人が居ることも、分かる。

 舞鶴を緊急出港した艦船が到達するまで少なくとも五時間。

 アタシ一人では救いきれない、二式大艇を何機出したって、海中をさまよう水兵たちを救助できるわけではない。

 内火艇を探しても見当たらない。カッターを抑えるロープを切って海に飛び降りるしかなかったか。

 水兵服を着る人間が乗ったカッターを見つけ、飛ぶ。

 海防艦「朝日」の最高階級を見つけることは容易かった。水兵服の人間が乗ったカッターの集団に一人詰襟を着用していた、目立たない方が無理だ。

 

「長良所属、犬宮飛曹長です」

 

 カッターの隣でホバリングする。敬礼姿をみせた相手は大尉の階級章を襟につけていた。

 

「朝日・・・副長だ」

「簡潔に状況を」

 

 朝日の航海長兼副長である大尉に聞いた事柄を栗大尉に伝える。

 状況はあまりにも絶望的だった。

 6隻の民間徴用輸送船舶と朝日を筆頭とする2隻の旧型駆逐艦。

 この護衛船団は、愛知県沖で電探ユニットを受領後、扶桑海に出て南下した。

 浦塩に向かう最中、護衛ウィッチ隊が小型の双胴ネウロイに襲われ、戦闘状態に。

 それが第一波だったものの、救助を求める長波通信も短波通信も効かない。

 上空には何かを搭載した銀色のネウロイが居て、ネウロイと距離を動かすと、電波の通り方が変わった。電波を阻害していた。

 双胴ネウロイの第二波がきて、ウィッチ隊が半壊。続いて戦略攻撃型ネウロイが、民間船舶をたちまち破壊。

 1時間掛からず壊滅し、残るは朝日単艦。小松からやってきた護衛の零式脚ウィッチが敢闘し、戦略攻撃型のコアを破壊した。

 

「そこまででした」

 

 最後の攻撃を朝日が受けてしまい、ウィッチ隊も戦闘不能になる。銀のネウロイと共に双胴型ネウロイの群れが逃げ去るのを横目に、救助の無電を送るしかなかった。

 助けを求めに飛んだ直掩の戦闘機も、速度が速い双胴ネウロイにたちまち撃墜されてしまったらしい。

 

「電波を阻害する、したのは、あの銀のネウロイ、まさか2体いる?」



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part.3「戦爆連合」

・・・デキちゃった(原稿が)

そんなわけで本日二本目です。


 舞鶴航空隊の飛行艇と水上機が集まり、小松の航空隊と直掩を交代したアタシは帰途につく。頭に浮かぶ事柄はもっぱら銀色のネウロイ。

 

「最初は」

 

 弾道弾を発射して石川の海岸線に着弾した。

 

「二度目も」

 

 取り逃した時は、アタシを襲った蜘蛛ネウロイを舞鶴に空挺させた。

 銀のネウロイが一体だけだと考えていた。

 最初のネウロイが発射した弾道弾でネウロイを輸送した、と。

 それは間違っている。

 最初と二回目の弾道弾の形状は明らかに違う。鈍い色をしたネウロイは弾道弾を付け替えられる、あるいは、弾道弾の違う個体が居る。

 

「今度は」

 

 電波を阻害した。レーダーから逃れる方法としてアルミシートを細かく刻んだ「チャフ」を空中に撒く方法がある。

 もう一つ机上の空論で、方法が浮かぶ。

 電波に対し、同じ周波数を発生させ通信を混乱、電探に機影を見つけられなくする方法。

 ネウロイが電探に対抗する方法を使うとすれば、これしか考えられない。

 チャフの攪乱幕は簡単に出来るけど、電探にはピンポイントでしか使えない。

 多数機の戦爆連合を探知を阻害することは出来ない。

 電波を誤魔化すなら、範囲を広げられる。

 レーダーには霞のようにも、霧のようにも見えた。

 それは扶桑の通常の電探でよくある不具合。

 電探ユニットを使っても、広い範囲で電波が攪乱されたら意味が無い。

 銀のネウロイは腹に抱える弾道弾の代わりに対電探装備を抱えた、と想像するしかなかった。

 

「ならば、相手は」

 

 大尉含めた長良上層部に持論を上申したアタシが言葉を切ると、司令がゆっくりと続ける。

 

「弾道弾ネウロイは、規模を隠すことが出来たから、本土も多勢で侵攻できると考えるだろうな」

「少数精鋭による突破で中心部を攻撃するかもしれません」

 

 大尉が続ける。

 

「あるいは、最も邀撃を行う本艦」

 

 上層部の士官たちの顔色が悪くなり始めた。ようやく現状に気づいた人もいる。

 ネウロイの思考回路は分からないが、動物なら最も脅威に思う敵を相手にする。ネウロイがそう言った考え方をするなら、邪魔をしてきた長良や秋水を相手にするだろう。

 

「手詰まり、だな」

 

 単艦で戦爆連合を相手には出来ない。

 精鋭揃いの第一航空戦隊「一航戦」の護衛でも撃沈されるぐらいだ。ネウロイにとって軍艦は、簡単に攻撃出来る。

 いくら防空能力を向上させても、単艦では限界がある。

 敵が何体居るかも分からない中、次々迫るであろう戦爆連合相手に、滑空戦闘機の秋水と旧態依然の52型の零式脚。

 無理がある。

 司令が作戦室である士官食堂を見回す。顔色を一通り見終わった彼は、ゆっくりと呼吸を取り結論を出そうとした時。

 

「電探に感あり!詳細不明なれど大規模、本艦から北西4海里、高度1万、速度500、方角は本艦!」

 

 電探ユニットは通常の探査も可能だが、魔法力が無ければ鳥の大群でも飛行機のように見えてしまう。

 時速500キロで飛ぶ鳥も、高度1万を飛ぶ鳥も居ない。

 報告を受けた艦長が無電を命じるが、案の定通じなかった。

 

「秋水隊発進!栗田大尉は零戦ユニットで救援を」

 

 吉沼司令が命じるまで1分間経った。その間に敵機は猛烈に近づいている。高度を下げ、長良を目標と見つめて。

 大尉が司令に反論するのに脇目も振らず、アタシは走り出して格納庫に向かうサエちゃんと合流した。

 

「秋水1番、発進します!」

 

 空は、西の空は、茜色に染まっている。

 

「秋水2番用意、よし!」

 

 格納庫の耐熱ハッチの外、二人で並ぶ。こんな急速発進なんて、状況が状況。

 

「秋水1番、発艦用意よし!」

 

 魔法力を注ぎ、燃焼段階を最大。

 加速力で後ろに引っ張られて、感覚が無くなったら機首を上げる。急速上昇、北東に斜めに上昇した。背後を見なくても、サエちゃんはうまく発艦できた。

 

「1番より2番。栗大尉が発艦するから、それまでは高度を上げすぎず直掩!」

「ヤボール!」

 

 敵影が見えた。高度は明らかに不利。ぽつぽつと見える小型のネウロイは明らかに多い。多勢無勢にも過ぎたものがある。

 

「長良管制!長良1番の発艦は!」

「まだですっ!栗大尉が自分も戦うと言って聞かないんです!」

 

 戦闘中、無線を切ると言ったきり、航海艦橋からの通信は切れたまま。

 

「長良1番!栗大尉!無線に出てください!」

 

 進路を変えて、少しでも高度を取る間に何度も呼び掛ける。

 魔法無線の返答はない。雑音が入るだけ。大尉は魔法無線のスイッチを押したまま固まっている。

 

「大尉っ!貴方は!また、もう一度仲間を喪うつもりですか!」

 

 昔のことをほじくり返したくはなかった。こうなったらどんな手段を使っても、救援を呼んできてもらわないといけない。

 ここで反抗の狼煙を消すわけにはいかない。

 

「あーっもう!早く救援を呼んで!そうしないと!」

 

 思いっきりに叫ぶと、返答がようやく零れ落ちた。

 

「また、あの時みたいになる、ってことか」

 

 ようやく分かってくれた。

 今は一人でも戦力が欲しい。借りれるなら猫の手だって借りたい。

 これから数分しかアタシたちの燃料は持たない。滑空して、十数分が限界。

 

「長良1番、出る!援護は無用!」

「えっ」

 

 カタパルトから発射された機影が高速で飛んでいく。

 普通の速度じゃない。最高速を超えてる。

 

「伊達にウィッチを5年やってるわけじゃない!」

 

 ユニットの後部から煙が伸びる。

 長良に常備される発進促成ロケットを数珠繋ぎで大量に搭載し、一気に使った。

 軽いユニットだから、速度は出る。ユニットの寿命は一気に燃やし尽くすが、今は出し惜しみする隙間はない。

 

「秋水2番はデカいやつを倒して!」

 

 高度を一気に上げて、サエちゃんには戦略攻撃型の撃墜を命じる。

 今回の襲撃は双胴型ネウロイ二十体とこいつ一体、電波阻害にもう一体。

 アタシの目標は。

 

「秋水1番、突貫!」

 

 最も上から俯瞰して眺めている、銀のネウロイ!

 高度は1万、燃料はギリギリ。絶対に仕留めなければならない。

 茜色の空、暖色の陽の灯りに呂式魔導エンジンの燃焼煙が照らされる。




次回!第11話「帰る場所」


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第十一話「帰る場所」
part.1「届け」


お気に入りとか諸々ありがとうございます。あと5パート。


 夕暮れの空、深みが増す色彩を秋水の剣が突き抜けていく。

 

「余裕なんてない」

 

 銀のネウロイが爆弾を持っていない確証がない。可能性を考えて攻撃しないと。

 朝日副長の証言は、ネウロイが他のネウロイを扇動していると聞こえた。親玉を撃破し、他の敵を総崩れさせるのは戦国以来、現在も活用される戦法。

 

「高度8千」

 

 敵の姿が豆粒より大きくなった。あと少し、もう少しで手が届く。

 撃墜したら高度を下げて、敵を追撃して。

 長良の通信はとっくに切れた。サエちゃんとの回線を開こうとしても、応答がない。秋水の装着姿勢では向いた方向にブレてしまうから下に目を向けられない。

 

「あと、少し」

 

 あと、少しで手が届く。FG42をスリングごと引っ張って手元に落とし、照準器を敵に向ける。

 高度9千、空気が薄い。秋水ユニットの大きな翼でも空という地面に脚を引っかけられない。滑ってしまう。

 鳥は飛べない高さ。人間が歩いてはたどり着けない高さ。

 アタシたちには、人類には、飛行機とユニットがある。これがあればどこまでも飛べる。この深い紺色の空の先、真っ暗な宙にだって、きっといつかたどり着く。

 そのために、アタシたちがネウロイを倒さなければいけない。

 次の世代のに繋ぐ。こんな苦しみを何世代も続けてはいけない。

 

「届、く!」

 

 葉巻型の全長25メートル。後退角がついた翼を持つ、ネウロイの表面が夕焼けにキラキラと照らされる。

 暖かな色に包まれた銀色の表面を睨んだ。

 腹には

 

「弾道弾?!」

 

 対電探装備を搭載したと思っていた。

 銀のネウロイが腹に抱えるのは、弾道弾と全く同じ形状、少し全長が小さいようにも見える。あれはまさか弾道弾の弾頭部分。

 それに近づけば無線の雑音が止まった。高空に一気に上がった

 高空を飛ぶ弊害の耳鳴りを突き抜けて、無音だけが空に残る。

 

「落としてしまえば・・・いい!」

 

 FG42の左側に弾倉を入れ、槓桿を引く。初弾が装填される、あとはトリガーを引き絞れば魔力で威力増加した弾丸が飛び出す。

 敵機の真正面に躍り出るよう、上昇角を上げ飛び込んだアタシの姿を捉えた。

 

「くっ!」

 

 銀のネウロイが吼えた。静かなはずの蒼空に轟音が響き渡る。高度1万なのに、地上戦のすぐそばで攻撃されたかのように聞こえた。

 静かだからこそ、この世の理を超えるような化け物の叫びが轟く。

 

「いいっ加減っに!」

 

 首から背中の筋肉を引っ張ってループ。

 ネウロイは相変わらず反撃をしてこない。奇妙だ。お前は何故撃破されない?どうして何年も生き残ってこられた?どうやって進化してきた?

 魔法力によって顕在した朱角で探知した敵の進路が照準器に映る。

 予測射撃はアタシの得意技。

 

「落ちろォッ!」

 

 FG42の弾丸が高速で飛翔し、降下の勢いがついて鈍い色のパネルに飛び込む。

 コアがない。今までと違う場所を撃っても見つからない。

 気持ちが逸った。心を抑えても、間に合わない。

 撃ち切った弾倉をリリースし二本目を差して、開いたスライドを戻した。

 下面に潜り込んで、弾道弾を狙い撃つ。そこだけが被弾を耐える。

 

「ここがコアっ?!」

 

 今までアタシたちが敵だと思っていたのは本体じゃなくて、弾道を描く爆発物がネウロイの正体。そんなことが、あり得るのか。

 どうして追尾を続けていたネウロイが大陸側の電探に引っ掛からなかったか。

 コアを切り離したネウロイは子機の旧式渡洋型を自壊させていた。

 弾頭部分が銀色のネウロイを取り込んでいた。

 

「あと一回の交差が限界っ!」

 

 歯の奥を強く噛み、呼吸を整えることなくもう一度、最後の燃焼で勢いをつける。

 軽い空の空気を蹴って、少しでも上に飛ぼうとした。エネルギーが足りない。

 

「もう少しで届きそうなのに!」

 

 ネウロイは長良の近くまで来て腹に抱えた円筒に小翼のついた本体を投下。

 

「コアを落とす、まさかっ!」

 

 狙いは長良。多少の誘導を行えるのがあの翼。

 金属を好むネウロイの性質。

 すべてを勘案した結果が頭の中に弾き出される。

 これは誘導爆弾で、乗っ取り爆弾。

 

「撃墜するしかっ」

 

 上昇姿勢を一気に倒し、急降下して加速する弾頭ネウロイを必死に追いかけた。

 秋水が耐えられる対気速度を越える。

 金属の塊を吸収し、長良の水上部分を乗っ取る。ネウロイは水に弱い、長距離を侵攻することも難しい。

 長良を乗っ取ってしまえば、扶桑海上に中継基地を作れる。

 こんなネウロイが7年前アタシの家に落ちてきた理由は分からない。

 

「そもそも、こいつじゃないんだ」

 

 アタシが今まで執念を持っていた敵はあの時に爆発した。

 舞鶴や船団を襲った敵も全て別。旧式ネウロイは単なる輸送機。敵の本質は攻撃するためだけの弾頭。

 それらは全くの別物。

 

「ぐっ」

 

 落下速度が毎時千キロを越えていく。あのネウロイはそのまま長良を破壊するつもりか。

 

「長良艦橋!敵機直上っ急降下!」

 

 必死に飛ばした無線で気付いたらしい。双胴ネウロイにまとわりつかれ、艦が横転しそうなぐらいの回避機動と、対空機銃の曳光弾が一気に上空を向く。

 ネウロイは落下軌道を修正するだけ。

 

「っしまった」

 

 弾頭ネウロイが急減速する。

 一気に位置が反転した。長良の対空砲火がアタシに向かって飛んでくる。

 加速の勢いのまま身体を捻ることしか出来ない。機首上げをしないといけない。

 そうすれば勢いで一気に身体ごと敵から離れる。そんな油断を見せれば、弾頭ネウロイは減速し長良に取りつく。

 固有魔法の魔導針で敵を探針、必死に思考を回転させてギリギリの地点を探る。

 敵に銃弾を浴びせることが出来て。

 水面に激突しないように機首上げ出来て。

 確実にネウロイを撃破出来る場所。

 アタシの身体が壊れるような機動をしない場所。

 それは一瞬しか訪れない。絶対に逃してはいけない。

 もう二度と間違えたりしない。

 時間が止まったようにゆっくり流れる。

 

「ここっだぁ!」

 

 捻った身体で半身のまま構えた。指をゆっくりと引き絞った。FG42の高レートな銃撃が一気に轟く。

 外皮が一気に削れていく瞬間、とてつもない閃光が空から落ちてきた。



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part.2「燃ゆる」

本日2本目です。


 閃光が瞬く。機首を引き上げて爆発から逃れた。

 盛大な爆発は長良に大きなダメージを与えている。百メートルをゆうに超える船体に大きな穴が開き、塞ぐように黒い表面が次々と生成された。

 

「うそ」

 

 確かに撃墜したはず。外皮を削り、コアを破壊した感触。それはアタシの妄想に過ぎなかった。

 ネウロイを破壊した時の音は一つも聞こえず、撃破すれば落ちてくるキラキラの断片もない。

 あっけにとられたアタシに双胴の小型ネウロイが飛び掛かってくる。回避機動を取る。降下でついた速度があるとはいえ、あっという間に背後につかれた。

 

「もう」

 

 無理かもしれない。FG42の残弾はない。引き金を何度絞っても弾倉には弾一つ入っていない、弾倉ベルトには弾倉もない。打つ手がない。

 家族の仇も、二宮二水や舞鶴の市民の仇も。

 この世に居ない。弾頭にコアを持つ銀のネウロイは、本体が爆発しているだけ。大きな旧型ネウロイは単なる運び屋、撃墜したって構わない。

 アタシが戦うべき相手はどこにいる。

 どうすれば戦える。

 アタシの家族を、生活を、全て奪ったネウロイと決着をつけることは叶わない。

 絶望感が目の前を覆う。意識は遠い。上の空のまま飛んでいる。

 そんな的を、双胴ネウロイが見落とすわけがない。

 秋水ユニットの大きな主翼パーツに光線が当たり次々と欠けていく。翼が。蝋で作ったように消えていく。

 痛い。痛い。痛い。

 ユニットがドンドンと空中分解する。

 まずは左脚のユニット。感知水晶が壊れて、魔法力が強制的に止まってユニットが全て飛ぶ。片翼飛行の右脚も主翼パーツが折れた。

 落下傘の紐を咄嗟に引っ張り、一気に減速。高度が無くなり、右脚もユニットが壊れる。

 落下傘で落ちたアタシに目を向けることなく、双胴ネウロイが一気に分散した。

 

「え」

 

 空を見上げる。

 そこには見回す限りのウィッチ隊。

 

「特兵隊、全機突入!」

 

 ジェットの異様な音を響き渡らせ、異様な形状を駆るウィッチ隊。

 

「空技廠橘花隊、突入!陸軍に後れを取るな!」

 

 ほとんど同じ轟音を響き渡らせるウィッチ隊。

 

「小松飛行隊、突レ!」

 

 旧式の零戦ユニットを駆る大多数のウィッチ達。

 次々と集まる部隊が双胴ネウロイを攻撃し、長良を乗っ取ろうとするネウロイの浸食を抑えようと機関銃攻撃が続ける。

 

「豊!どこだ!応えろ!」

 

 無線が聞こえた瞬間、アタシは水面に落ちた。

 荒れる秋の扶桑海、あっという間に魔法無線のインカムが波にさらわれる。必死に泳ぐ。

 

「こたえなきゃ」

 

 助けに来てくれたんだ。

 

「こたえなきゃ」

 

 波を一つ越える。体力が一気に奪われた。クロールの一つの動作がまるで百メートル走を一本走ったように感じる。何度も、何度も手を必死に漕ぐ。

 あと少し。

 白波に消える小さな機械に手を伸ばす。

 届いた。海面に向かって首を出し、立ち泳ぎ。

 

「ここです!アタシは」

 

 魔法無線が雑音すら出さないことに気づく。海水が入って壊れたらしい。

 

「ヤダ」

 

 こんなところで死にたくない。思考が頭を走る。

 アタシはあの銀のネウロイを倒さなきゃいけなくて。

 でも、あの銀のネウロイは弾頭が本体で。

 アタシの家は弾頭の直撃で木っ端微塵になった。つまり弾頭が爆発した。

 アタシが攻撃するべき目標はどこにいるの。

 アタシが戦うべき家族の仇はどこにもいない。

 じゃあなんでアタシが戦っているの。

 どうして。どうして。どうして。

 

「居たぞ!犬宮曹長だ!引き揚げろ!」

 

 壊れたお人形さんみたいにカッターに引っ張りあげられた。

 

「豊!俺が分かるか!」

「くり、たいい」

 

 返答がおぼつかない。

 

「長良は総員退艦した。山も、二宮も無事だ。間に合った」

「サエ軍曹は、それにネウロイが長良を乗っ取って!」

「サエは無事だ、さっき別のカッターに居るのを見かけた」

 

 ネウロイは。と言葉が止まる。

 長良の居た方向を見つめた。

 双胴ネウロイとウィッチ隊の戦闘は終わり、ウィッチ隊の完勝で終わった。空を見渡しても、他に敵影は居ない。

 

「長良は」

 

 アタシたちの帰る場所は。真っ黒と赤色で蜂の巣みたいなパネルに包まれた。

 次々と浸食して、長良だったものは空中に浮かぶ。水と接していた喫水線より下の赤色部分さえもネウロイの模様に包まれて。

 長良を食い荒らしたネウロイは、長良の姿形そのままを奪って北西の方角へと進路を取った。

 空域に残っている航続距離の長いプロペラユニットのウィッチ隊が攻撃を加えるが、盤石な対空装備を備える攻撃に瞬く間に数を減らした。

 長良の対空装備はおろか、ネウロイの特徴である赤いパネルからの光線攻撃まで飛んでくる。

 カッターからはとっくに遠い場所へと飛びさった。重力の枷から解き放たれた長良ネウロイを攻撃することは誰もが辞めてしまった。

 

「あ、あっ」

 

 あまりに強大過ぎる。

 悔しさが湧き出た。

 結局あのネウロイにはしてやられてしかいない。最初からずっと。やられっぱなしだ。苦汁を飲ませ続けられ、挙句の果てに母艦を乗っ取られた。

 自分の力が足りなかった。アタシじゃダメだった。

 

「くそっ」

「くそっ!」

 

 カッターの底を叩く。悔しかった。

 自分が与えられた場所を、自分の至らなさでこんな風に失うのがこんなに悔しいとは思わなかった。

 同じことを一度体験している。7年前。

 

「くそーっ!」

 

 アタシはあの時と同じ深さの後悔を今感じている。

 長良は一か月暮らしただけで大好きになった。楽しかった。心が落ち着いた場所だった。

 大切な場所が、あっという間に無くなった。

 ずっと嗚咽するアタシを。栗大尉も、水兵も皆が黙ってみるしかなかった。

 船団の救助を終え帰途についた舞鶴の軍艦たちが「長良総員退艦セリ」の無電を聞いて救助にきた。

 アタシの乗ったカッターも人を移乗させた後、海軍の輸送船がデリックで引っ張りあげて回収する。

 ネウロイは、遠い西の夕日に消えていった。

 

「曹長」

 

 木製デッキの床に座りこんで完全に唖然としたアタシの背後に、長良の皆が居る。

 首元を誰かが掴んできた。

 

「豊!てめぇはいつからそんな腑抜けになった!」

 

 栗大尉は眼鏡の無い細目をきつくして、アタシを睨んだ。

 

「俺はそんなお前を見たくもねぇ!」

「お前は、誰もがしり込みするユニットを扱う強いウィッチで!」

「お前より何年もウィッチをやってる俺から見たって大したもんだった!」

 

 そんな大したウィッチなんかじゃない。

 

「だったら!アタシは皆を助けられた!」

「そんな力がないから何度も!何度も!大切なものを失ったんですよ!」



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part.3「裏の夜」

「秋水は2機全損」

 

 零戦ユニットも重整備。

 長良がネウロイに乗っ取られ、乗員は半分以上が戦死、行方不明。救援のウィッチ隊も三分の一が損傷。長良の防空力が仇になった。

 

「壊滅、だよ」

 

 長良を乗っ取ったネウロイは、そのまま巣に戻った。自らを小さな巣、中継基地にして巣のネウロイと大編隊で総攻撃してくる可能性。

 豊の報告によれば、銀のネウロイは単なる輸送機でそのコアは弾頭にあるらしい。

 

「つまり」

 

 一つの可能性は、あのネウロイが巣を作る中心部であり、過去の扶桑本土に対する弾道弾攻撃は着弾して橋頭保を作ろうとしていた。陸上型ネウロイは外敵から自分を守るための護衛。

 多くのことが納得できる。銀のネウロイが襲撃してくるたび、帰投した方向が分からなかった。

 本体が弾頭部にあって輸送機部分を自壊させたなら、電探ユニットで探知できなかった理由になる。

 何より一番痛いのは。

 

「豊だ」

 

 報告を聞こうとして、完全に憔悴していた。

 言うまでもない。家族の仇と心の奥で意識したのだろう。どうやって感情にふたをしても、外す威力があれば感情は一気に飛び出してくる。

 予科練やウィッチの訓練、戦闘の活力が軍人やウィッチとしての義務感から来るわけがない。

 

「俺だってそうだ」

 

 むしろそんな感情だけで行動できる人間の方が少ない。誰しもが心に抱いておかしくない感情が憎しみ。

 彼女は自らの敵を見失いかけている。家族も、仲間たちも戻ってこない。人一倍優しい豊の心持を全て理解出来なくとも、感じられる。

 

「ここまでのウィッチじゃないだろ」

 

 豊は苦しんでいる。心の中の葛藤だけではなく、身体に出ている。一連の戦闘後、舞鶴に到着した俺たちは鎮守府の宿舎を間借りして同じ部屋を使っているが、睡眠も、食事もままなっていない。

 どこか歯車が狂い始めたカラクリみたいで、時間が経つほどに思考の奥で自身のコンプレックスを刺激して苦しんでいる。

 

「ふぅ」

 

 壁に打ち付けた拳を叩く。

 宿舎の外、ベンチに座った。眼鏡が無いから遠くはぼんやりする。予備はネウロイに吸収されたか海の藻屑。

 

「隊長」

 

 今一番、相手をしたくない相手がやってきた。

 

「どうした、マリナ・ツィーグラー中尉」

 

 彼女はサエではない。サエ・ツィーグラー軍曹はルフトバッフェに所属していない。カールスラント航空省の技術ウィッチなんかでもない。

 

「いつからそれを」

「最初からだ。扶桑の防諜を舐められちゃたまったもんじゃない」

 

 マリナ・ツィーグラー。名前を知ったのはルフトバッフェからウィッチを教育に送る打診があった時。

 それからサエ・ツィーグラー軍曹の存在が登場した。

 ノイエで訓練中のコメートウィッチ。それは間違いがない。どちらであっても、間違いはない。

 カールスラントが何を考えているのか思考の端に置いておかなければならない。

 今こそ肩を並べ、コメート、シュバルベのように技術提供を受けている。ネウロイとの戦争が終わったとしても戦争に入るつもりはない。

 

「欧州は、カールスラントは、どうなるんだろうな」

 

 ある遣欧ウィッチ曰く、解放されたガリアでは王党派と呼ばれる組織が暗躍していると。

 同じ敵がいる間はいい。敵に集中せざるを得ない。敵が強大ではなくなったり、居なくなれば人類は身内で争い始める。

 

「ツィーグラー、貴官の狙いはなんだ」

「自分が答えることがないと理解していらっしゃると、愚考しますが」

 

 俺が居なくなった後、カールスラントにおいて先任として本来の階級に戻して要職につく。

 部隊として長良を離れカールスラント本土に移動することは決まっている。

 元はといえば扶桑の防空任務だったはずが、戦果と政で変な方向に転がった。

 

「第400戦闘脚隊」

 

 マリナ・ツィーグラー中尉の原隊。

 

「公認撃墜数は4」

「あいにくだが、俺はそこの部隊長と知り合いなんでな」

 

 第400戦闘脚隊はコメートウィッチを養成する部隊が大元。訓練中のウィッチだ。

 しかし、偶然にも戦闘を行い撃墜数が付いた。撃墜数を厳密に数えるカールスラントでは、それなりの仕事を与えなければならない。

 それが統合される部隊の乗っ取り。実権に関わる立ち位置。建前の電探ユニット研究も行える人材。

 

「少なくとも、今は」

「サエであるとする、か」

「トヨさんの前では、そうさせてください」

 

 それまでか。そうだな。ベルリン奪還は年明けだ。豊は今回が最後の戦になる。

 

「カールスラントにはヒンメルビットがあります。シュバルベの改良も、新型ユニットの開発も全て順調」

 

 そんな状況に置かれれば。

 

「そうだな、ロケットウィッチは早々に無くなるだろうな」

「確かに局所的には使えます。でも、コストとリターンの差額が大きすぎる」

 

 扶桑とカールスラントは違う。

 扶桑では都市部や局所に工廠や要地が存在する。

 対してカールスラントは広い国土に、要所は広くで分布する。元が工業大国だ。復興する頃には、ジェットユニットが進んで防空に活用できる。

 

「お前がなんであろうと、どんな人物であろうとも」

 

 マリナ・ツィーグラー中尉の目指すべき場所は、各国の迎撃ユニットを総集することによるメリット。

 高練度の迎撃ウィッチを集めたカールスラント主導の統合部隊のカールスラント常駐。その中で実権を握るのは自国のウィッチ。そういうことをルフトバッフェの上層部は考えている。

 

「俺はほとんどあがりだ。おまけに部隊に未練もない」

 

 俺にとっても今回が最後の戦になる。

 最後にデカい任務を与えられたと思えばいい。

 

「豊だけは」

 

 あいつはもう、心が折れかけている。

 目標を見失い、心の拠り所に頼ることなくサラマンダーのように自らを燃やし尽くす。

 

「分かっています。そのために、秘策をご用意しました」

 

 息を吐く。

 

「なぁ、サエ。お前がサエで居られるようになったら、扶桑に旅行に来いよ」




次回より最終回。


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第十二話「決戦」
part.1「作戦会議」


本日2本目です。


 

 飛行隊全員に吉沼司令、専属烹炊員の二宮二水を含め計7名で一路、対長良ネウロイの本拠地たる小松飛行場に向かった。

 

「すごい量のユニット・・・」

 

 小松飛行場には、一昨日の戦闘で救援に来てくれた特兵隊の火龍ユニットに、空技廠所属で実戦試験を行った橘花。偵察機やウィッチ部隊の増援が次々と集結している。

 火龍と橘花は、カールスラントから技術提供を受けて完成したジェットユニットで、火龍は陸軍の次期主力戦闘脚として、海軍では打撃を加える戦闘爆撃脚、橘花として開発。大きな違いはサイズで、橘花は一回り小柄。

 

「小松がここまで繁盛してんのは俺も初めて見たな」

 

 これらに加えて、愛知の小牧で防空を担う5式戦ユニットや明野に所属する3式戦ユニットの教官部隊、精鋭揃いのプロペラユニット部隊も集結して、扶桑海の防空を行っている。

 沿岸部には電探ユニットが張り巡らされ、長良ネウロイを探知し次第撃破する手筈となっていた。

 

「まだ、打撃力が足りない」

 

 長良をまるごと吸収した敵は排水量が5500トンもある。

 大型のネウロイは防空能力に優れ、相手の迎撃能力を飽和できる量の攻撃を加えなければならない。

 相手は双胴ネウロイが大量に護衛で付いてくる。あいつらは高速で重武装。零戦では速度が追い付かない。

 

「どう、するんだろう」

 

 栗大尉は小松に到着するなりサエちゃんを連れ作戦会議に向かった。

 サエちゃんと一緒に来た武装を利用し大打撃を与える、と。滑走路を眺めると、南東の方角から轟音を響き渡らせる4発の輸送機が1機、と小柄な双発機が1機。

 4発の輸送機は見たこともない。太い葉巻に大きな主翼、2つの垂直尾翼。小柄な双発機は一式陸攻でも、陸軍の呑龍でもない。

 

「犬宮飛曹長、司令部がお呼びです」

「あ、はい!」

 

 暇を持て余し、宛がわれた天幕の横から立ち上がって司令部のある方向に向かって駆け足。

 司令部では張りつめた空気がこもっている。

 

「犬宮飛曹長、入ります!」

 

 全員の視線が一瞬向かうが、すぐに逸らされた。

 

「大尉」

「どした」

 

 大尉は折り畳み椅子にドカッと座って眼鏡に息を吹きかけている。

 サエちゃんは無電の横に立ち、どこかに連絡をかけていた。

 

「隊長、と飛曹長!駐留武官より許可が降りました!」

「許可?」

 

 首を傾げると、大尉が指で滑走路脇のエプロンを指さす。そこには先ほどの4発機が爆弾槽から何かを降ろす様子が見えた。

 

「カールスラントの誇る誘導技術によって開発されました誘導ミサイルX-4!を基礎として開発した扶桑の対大型ネウロイ誘導弾です」

 

 呆気にとられているとサエちゃんが胸を張って応えてくれた。

 80番爆弾のように見える大きさの弾頭。

 それを飛ばすロケット部分、形はまるでネウロイの弾道弾のようにも見える。

 巨大な誘導弾は、ドーリーと呼ばれる爆弾の台車に乗せられ、もう一機の双発機に載せ替えられる。

 双発機の機首は風防で、八木アンテナが取り付けられている。

 双発機から飛行服姿の女性が降りて、姿を見るなり大尉が立ち上がる。

 

「おせぇぞ!」

「仕方ないだろ。深山はどんくせぇんだ!銀河単体ならすぐ着いた」

 

 どんくさい、深山というのが誘導弾を輸送してきた4発機の名称。双発機が噂に聞く新型爆撃機、銀河。

 銀河の爆弾槽扉が取り外されると、誘導弾がぴったりと収まる。サイズ的はかなりギリギリで機動が重くなりそうだが、それでも構わない。

 栗大尉に引っ張られた黒髪ショートカットの女性が、司令部天幕に居る吉沼司令に敬礼する。

 

「神原です。各務ヶ原で民間テストパイロットをしています」

 

 元ウィッチか。

 

「先日の捜索の時には本当に助かったぜよ」

「んで、そこに居るチビが」

 

 捜索?チビ?もしかしなくてもアタシのことを言ってる?

 ということは、この方が栗大尉の元僚機で、リバウで魔法力を失ってしまったという相棒か。

 

「あ、あの!犬宮飛曹長です」

「おう」

「その節は大変ご迷惑をおかけしました」

 

 腰を折って90度に頭を下げる。

 

「・・・いい」

「へ」

「頭下げんな」

 

 神原さんは天幕の中で会議をしている参謀たちの方に向かった。

 

「あいつ、照れてんだよ。部下居なかったから」

 

 思わず神原さんの動きに見とれていたアタシの腰を肘でつついた大尉がぼそっと呟く。そういう大尉だって、部下持ちたくないってずっとおっしゃってたじゃないですか、という言葉は飲み込んだ。

 

「よしっ」

 

 アタシとサエちゃんの肩を叩いて、栗大尉が立ち上がる。

 

「深山が秋水ユニットを2機持ってきてくれた。あとは、あのネウロイに落とし前をつけるだけだ!」

 

 大尉の言葉に、それまで入念に打ち合わせていたウィッチ部隊の隊長や司令部の参謀たちが応えた。

 これで戦いが終わるわけじゃない。だけど、あのネウロイを倒すのは大きな山場を超える。

 

「大陸側警戒哨より入電!」

 

 一気に空気が引き締まる。アイツが動き出した。

 

「高度1万、南西の方角に長良を取り込んだネウロイが巣ごと移動している由!」

 

 ネウロイは自身を動く漁礁にして、巣という漁場を持ってくるつもりか。

 巣では速度が遅すぎるし高度も取れない。簡単に攻撃されてしまうから大陸の奥地で息を潜めていた。

 長良を乗っ取ったネウロイは巨大で、巣の依体にするのには持ってこい。

 

「諸君、予定通りに作戦を行う」

 

 吉沼司令がゆっくりと重い口を開いて作戦開始の命を下す。

 全員が挙手の敬礼を行った。

 

「総員、かかれ!」

 

 時間が再び動き出した。大きな戦意がめらめらと燃え滾っている。

 

「作戦は簡単だ。豊とサエは、ユニットごと載せた深山に乗る」

 

 事前に迂回上昇する各ウィッチ隊が双胴ネウロイを掃討し、続いて誘導弾を搭載した銀河が同高度から八木アンテナでネウロイに誘導する。

 敵ネウロイにダメージが通ったところで、修復する隙間も与えず、空中発進のアタシとサエちゃんがとどめを刺す。

 

「帰還は、最優先だ」

 

 ネウロイの集団に対する攻撃は、全機帰還のために扶桑本土ギリギリまで引き付ける。

 失敗すれば扶桑本土にネウロイの巣が出来る。

 あまりにも高すぎるリスク。実行し成功すれば、扶桑を度々狙った戦略攻撃型ネウロイの巣を破壊できる。

 大陸側の捜索部隊がようやく見つけてくれた。昨晩長良ネウロイがそこに到着したことで結論がついた。

 より大陸の奥地で防空戦を行うことが出来る。扶桑の防空の負担を下げることが出来る。

 

「長良航空隊、かかれ!」

「かかります!」




次回、決戦。「小さな翼」


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part.2「小さな翼たち」

 深山の無線手が機内に叫ぶ。

 

「レ信号三回!戦闘隊突入開始!」

 

 長良を取り込み、巣も取り込んだ敵を討伐するアタシたちは、小松から新潟方面に上昇する。

 高度は8千。

 先んじて全機が上昇して、双胴ネウロイを取り巻きに飛んできた敵に対して、火龍と橘花のジェットユニットが先制攻撃。

 

「第一波は成功!成功!」

 

 アタシたち秋水隊は最後まで飛び立つのを堪えて、最も大きな打撃を加える。

 深山の爆弾槽に横向きで倒して備え付けられた2つのユニットゲージでアタシたちは己の得物の最終チェックをしていた。

 FG42の弾倉は4つ。8千メートル分の上昇用燃料が余る計算で、機体が重くなっている。本格的な戦闘が出来るのは、飛び立ってから三分後。

 

「曹長、行けます」

「うん、行こう」

 

 今まであのネウロイの巣にはたんまりとやられた。

 絶対に見返してやる。二度と、扶桑本土を危機に陥れないようにするために、迎撃網の開発をしてきた。その篝火を消してはいけない。

 苦しい思いをする人が出てこないように。

 

「そうだ!曹長」

 

 サエちゃんが待機していた後部側のユニットゲージから歩いてきて何かを手渡してくる。

 銀紙に包まれた板状のもの。葉書ほどの大きさ。

 

「チョコレート?」

「雅さんから渡すように貰っていたんです」

「それじゃあ、半分こ」

 

 手渡されたチョコレートを外紙ごと半分に折り、破る。半分をサエちゃんに押し返して自分の分を、一口大に砕いて全部一気に口に入れた。

 甘いチョコレートの味わいが、糖分を求めていた身体にしみる。

 

「・・・っふふ。曹長、リスさんみたいです」

「ふぉういうふぉいいふぁら!」

 

 確かにアタシは口をもごもごとさせていた。山で冬ごもり前の口いっぱいにご飯を溜め込んだリスと変わりない。赤くなる顔は、爆弾槽ハッチが開いたことで一気に覚める。

 

「秋水隊、発進1分前!」

 

 魔法無線に栗大尉の声が聞こえた。

 大尉は神原さん操縦の銀河に乗り込み、風防機首部分に座り誘導弾を動かす。銀河の機首には電探ユニットを小型化した空中電探ユニットが備えつけられている。

 おまけに誘導弾は爆発するタイミングを計る信管が、電探の反響波に対応する。しっかりと最後まで有線で誘導し、栗大尉の高精度な探針で爆発させられる手筈。

 

「秋水1番、発進用意よし!」

 

 チョコレートを飲み込み、息を一つ。

 

「秋水2番、用意よし!」

 

 発進十秒前。

 足はすでに秋水に入っていた。アタシたちが魔法力を注ぎ込めば大空へと飛ぶ。

 もう一度息を吸って、大きく吐き、首元のマフラーをギュッと握った。

 

「秋水隊投下!」

 

 魔法力を三段目に入れる。

 機首を上げながらアタシたちを投下した深山の影から出た頃には、エンジンが最大まで稼働した。高度は投下されて一気に千メートル近く落ちた。ほとんど自由落下。致し方ない。

 加速する勢いは止まらず、薄い空気の中を切り裂くようにして秋水が一気に天を衝く。

 

「秋水利剣三尺、露を払う」

 

 秋水と名前を決めたのは、その句が語源。アタシたちは秋水という利剣になり。ネウロイという露を払おうとする。

 背後から2番の轟音も聞こえる。視線の先は、真っ黒の雲にしか見えない、巣を纏う、長良だったものの影。

 高度を下げたところでは双胴ネウロイと戦闘部隊が戦っていた。

 近づく。一瞬で間は詰まる。

 

「誘導弾、用意!」

 

 大尉を止める。

 

「待ってください!」

 

 長良ネウロイの巣から、新たな双胴ネウロイが浮き出した。

 

「そんなこったろうと思ってな!」

 

 この声は。

 

「特兵隊、秋水全機突入!」

 

 桧少佐!

 隻脚のウィッチが命じた瞬間、燃料の多いアタシたちを軽さで追い越す秋水ウィッチ達の影。

 最後にアタシを追い抜いた桧少佐が背中で語る。双胴ネウロイは自分たちに任せろ、と。

 一体どこから飛んできたのか。訓練をする茨城の百里原から少数精鋭を新潟辺りに用意した燃料タンクで補給して一気にやってきたのか。

 

「誘導弾、お願いします!」

「投下っ」

 

 高度1万に達した瞬間、アタシたちの更に上を弾道を描いて飛んでいく誘導弾。

 遠い陸地が薄っすらと見える高さから、一気に長良の残骸に向かって飛んで行った。

 

「着弾まで3!」

「秋水2番、一斉射で削って!」

「ヤボール!」

「2、1・・・命中っ」

 

 ネウロイが纏っていた黒い癪気が一瞬吹き飛んだ。

 

「突入!」

 

 秋水2番が突撃して、一斉射。癪気の中心、長良に着弾した弾頭ネウロイが居た場所に向かってロケット弾3発。

 衝撃で、黒の六角パネルに包まれていた長良の中心部が一気にさらけ出す。

 しかし、コアはない。

 

「一旦抜けて、シャンデルで艦尾から!」

「ヤボール!」

 

 念のためFG42の弾倉を1発、一思いに撃ち抜く。交差した瞬間、長良に搭載されていた対空ロケット弾の爆風がアタシを包む。両者が高速すぎて互いに何の被害もない。

 長良の腹は赤のパネルばかりで、交差するアタシたちを狙って光線を放った。当たる気配はない。

 

「続けるよ!」

 

 ロケット弾を持った長良2番が一気に胴体を削り、アタシが狙撃をする。戦術は間違っていない。問題は、コアが見つからないこと。癪気が晴れて長良ネウロイの全体像を見れたのはいいが、肝心のコアが見つからなかったら意味がない。

 

「2番、もう一度、巣の中心を斉射で削って!」

 

 ネウロイの巣に存在するコアがどこか。そもそもネウロイの巣を破壊したことがあるのは、現状、JFWぐらいで、扶桑海事変の山は多大な犠牲を払って奇策で破壊した。

 JFWの情報は機密性が高いし、そんな希少情報は母数が少ないから当てにならない。

 最も癪気を出すところが中心だ。

 ネウロイの後部上空から突っ込むようにして二度目の降下攻撃を加えた。コアは見つからない。

 

「曹長!」

 

 サエちゃんが叫ぶ。降下して攻撃を加え、下面に交差すると背後を光線が飛ぶ。

 こちらも燃料が無くなってきて、軽い。避けることは容易い。

 何故あのネウロイは当たりもしない光線攻撃を延々と続けるのだろう?

 そうか。

 

「2番!敵の腹部中心赤パネルに全弾叩き込んで!」

 

 きっと、黒い層がある部分は守れると踏んでいる。赤いパネルは光線を放てる代わりに脆弱。

 長良ネウロイは自身に巣を取り込んで、対地攻撃も自前。下面部に赤パネルが集中している。

 地面に根ざすためにも、エネルギーの供給的にもコアは下面の中心に存在する、と推定した。

 秋水2番が一気に直上上昇、ロケット弾の最後の斉射を撃つ。

 

「っやっぱり!」

 

 ネウロイの中心に開いた開口部の隙間から、禍々しくも光る赤いコアが見えた。




次回、SW「ヒドラジンの魔女」最終回!


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エピローグ「ヒドラジンの魔女」

 夢を見る。

 

「幸せだった」

 

 7年前。家族皆元気で、笑いあって生きてきた。祖父母も、両親も、兄弟も。

 そんな日常は一瞬で消え去ってしまった。

 幸は、辛いという字に線を一本加えるだけ。簡単に変わる薄氷だ。

 大切なものはいつまでも記憶に残るけど、無くなるには時間がかからない。気づいても間に合わない。

 夢は覚める。視界が一気に暗闇へと染まった。

 

「落ちろぉっ!」

 

 FG42のファイアレートは格段に速い。撃ち切った弾倉を空に放り、残り1つとなった弾倉を叩きこむ。

 高度差は100を切った。ネウロイは赤パネルから光線を打ち、アタシを迎撃しようとする。何度ロールを打ったか覚えていない。どんな機動を取っているかも覚えていない。

 ただ、ただ撃ち続ける。

 コアの周囲は修復が追いつかず、次々と剥がれた。

 残弾が残り少ない。狙いすました一発。

 固有魔法である予測魔法針、二本の朱い角。探針した予測が光像式照準器にぼんやりと浮かんだ。

 最後の攻撃。燃料も、弾薬も、全てを使い切った。

 扶桑本土上空決戦は、扶桑の勝利という形勢が見えてきている。残るのは、決め手。

 

「とどめだ」

 

 予測、照準、呼吸、体勢、全てが整ったほんの一コマ。引き金を引き絞る。

 

「ここっ・・・だぁっ!」

 

 飛んでいく弾丸は魔法力の青い色に包まれて、紺色の空に一筋の線を描いた。

 続くのはネウロイの破壊音。それに伴って癪気で暗く染まっていた空が一気に晴れる。

 あぁ。青い。

 空は、地球は、こんなにも青く美しいものだったのか。

 今まで気づかなかった。気づかないふりをしていた。今のアタシは、何もかもを受け入れることが出来た。

 

「父さん、母さん、昌にぃ、勝、祖父ちゃん、祖母ちゃん」

 

 失った家族に呼びかける。空の向こうには、宇宙しかないけれど、お天道様に呟いた。

 

「終わったよ」

 

 アタシの身体は弛緩し力の入らぬまま空に放りだされる。

 アネハヅルの白い翼が、空の向こうに飛び上がっていく。

 お前は、小さい鳥だけど。きっとどこまでも遠く飛んでいく。

 さようなら。

 

▽5年後

 

「なぁ、神原」

「あ、なんだよ栗」

 

 百里原を出て一路東京から、東海道線を下る。鉄路の中で、俺たちはぼんやりと駅弁を食っていた。

 

「こんな忙しい時に出てって、司令、怒んないかな」

 

 目に浮かぶは、規律にひと際厳しい恩師の顔。

 

「忙しいっちゃ忙しいよな」

 

 半島にネウロイの巣が出来た。それが今年の最もたる事件。

 扶桑軍は一時釜山まで撤退したが、リベリオンとブリタニアの協力を得た部隊が上陸作戦を行って反撃を始めた。

 そのまま押せ押せムードで進んだ戦いも、半島の南半分を奪回。残るも、ネウロイの巣が残った北部の付け根だけ。

 

「つってもよ、俺たちゃ練習飛行隊だぜ。ましてユニットですらない」

 

 神原は、心配しすぎなんだよ、と笑う。

 確かに最新鋭の戦闘機を扱う。すぐに前線に向かうわけでもない。俺たちの仕事は直掩を行う航空機に対しての仮想敵業務。

 最新の装備が誂えられたジェット戦闘機で、ユニットや航空機に高速迎撃機の戦闘を見せることで練度を高めるのが目的。

 

「そもそも、ちゃんと司令に許可取ったし」

「それを先に言え」

「てか、栗気づいてないのか」

 

 神原が俺の背中を指さす。嫌な予感しかしない。

 

「栗、お前衰えたんじゃないか」

「宇野部司令ぇ・・・」

 

 俺の背後、座っている位置の真上にラフな服装に身を包んだ我が上官の頭が出てきた。

 

「全く、いきなり休暇を申し出たと思ったら。お前ら、もっと上官孝行してくれたっていいじゃないか」

 

 別に隠してたわけじゃない。

 ただ、あそこに連れて行ったら、あいつが責任を感じてしまいそうだと思ったから。

 

「豊は私が来たとしても、どんと構えてるだろうよ」

 

 そんなことを話していれば、あっという間に目的地。

 サブ、元気にしてるかなぁ。

 かつての相棒を思い出し、荷物を取って客車を降りる。

 待っていた少女が手を振ってくれる。少女と呼べる年齢でもないが、見た目はどう見ても少女。

 

「お疲れ様です!」

「おう、豊。元気にしてたか」

「もちろんです!最近はこの辺りも活気に溢れてきてますよ!」

 

 犬宮豊、元飛行兵曹長。19歳。

 もう何度も会ったが、あれから5年経っても相変わらずちびっこい。度胸も相変わらず座っている。

 

「サブはどうだ?」

「んー、最近は、食が細いです」

「歳が歳だからな」

 

 愛犬サブは、俺がウィッチを辞め使い魔じゃなくなってから、豊に預けている。

 長良に居た頃から懐いていたし、俺は軍人を続けるために官舎暮らし。愛犬を置いておくのも難しい。

 サブも、気づけばいい歳だ。犬の寿命は短い。俺たち人間からすれば、気づけば年寄りになる。

 街から外れた古い温泉街、静かな佇まいの扶桑家屋が立っている。暖簾には「秋水」の文字。

 

「皆さん。料亭秋水へようこそ!」

 

 着物に身を包んでいるとは思えないほどの軽快さで、豊は店の中に戻って慌ただしく用意を始める。

 料亭秋水。

 元は豊の親戚が持っていた熱海の別荘。

 英雄として豊が称えられ、手のひらを返した親戚が縁を手繰ろうと譲ってきた。

 すでに魔法力を失った豊のため、家屋を皇国の退役ウィッチ会が代わりに土地ごと買いあげて。

 裏の山で湧き出す魔法力を帯びた温泉に浸かれるようにした。

 この料亭秋水は退役ウィッチはもとより、治癒魔法による湯治に、やってくる人々が多い。

 

「大将、やってるかい!」

「栗さん!それに神原さんと宇野部さんも。今日は新鮮な生シラスが入ってますよ」

 

 かつて長良で腕を振るった二宮元二水は、皇国ホテルで修行を積み、今はこの料亭で腕を振るっている。

 

「あ、そう言えば豊」

 

 席に座るなり、上に羽織ったカーディガンを畳む司令が女将の豊を呼び寄せた。

 

「サエから手紙来てたか」

「はい、来てましたよ」

 

 サエ、マリナ・ツィーグラー。軍曹に身分を隠した中尉の少女は、あの後ベルリン防空の任を与えられ戦闘隊長に抜擢された。

 今はジェットユニットで迎撃飛行隊の司令となっているらしい。

 

「山さんも元気にやってるみたいです」

「あいつ、しれっと見合いで旦那決めよったからな」

 

 ぼやくと、隣に座っている神原がちょんと肘で腰をつついてくる。

 

「なんでぇ、JIW初代隊長様は周り全員から置いてかれてったってか」

「るせぇ」

 

 そもそも、豊とサエはまだそんな歳でも、いや、豊は魔法力がないし、いやいや、大丈夫だよな?

 

「大丈夫だよな。豊?」

「ふぇっアタシが何か」

「二宮とこれじゃないんだろ」

 

 小指だけを立てて聞いてみる。

 

「いつまでも同棲ってのもお互い色々ありますし」

 

 困ったように笑顔を零した豊を見て、安堵した。

 ロケットウィッチを、カールスラントでは「ヒドラジンの魔女」と呼ぶと、サエは教えてくれた。

 ロケットユニットは危険で、扱うロケットウィッチは勇敢だった。彼女たちを尊敬し、畏れていた。

 扶桑で最初にテスト飛行を行い、最も多く撃墜数を稼いだ秋水ウィッチは、やはり扶桑一のロケットウィッチ。

 彼女が無事に日常を送れている。

 ヒドラジンの魔女でありながら、大切な人と出会えた。

 二人を含めた民草が幸せに暮らせるようにするのが俺たちの仕事。

 ・・・俺も早く相手を見つけたい。




くぅーつか。

そういうわけで、SW「ヒドラジンの魔女」完結です。

ここまでのご支援、誠にありがとうございました。

お気に入りや評価、感想などのおかげでのびのび書くことが出来ましたし、無事に9月前に完結することが出来ました。

後書きらしい後書きはありませんが、次回作があればまたよろしくお願いいたします。

それでは、最後までお付き合いいただきありがとうございました。


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番外編
「料亭秋水の朝」


諸々(スランプ・体調・就活)がありまして、ずっとウマと野球とVRCで時間を浪費してました。

番外編とは言いますが、完結した際に少し書いていたエピローグ候補を一話に書き上げたものになります。


 

 夜明け。

 

「あさ」

 

 開いた雨戸から朝露と潮風がそよいでいる。

 同居人はすでに市場。

 いつもと変わらない日常。

 

「んーっ」

 

 布団の中で蹴伸びをして身体を動かし始めれば、意識はしゃっきりと目覚める。

 寝間着の紐を緩めて、枕元の下着をつけた。

 アタシがこうして軍を辞めた生活を始めて、まだ半年。

 まだ半年しか経っていない。

 15歳で、女子としての一般的な成長期が終わったからって、元がちっちゃいからまだ大きくなる。

 そう、そうに違いない。

 

「そうでなければおかしい」

 

 サエちゃんからの手紙に同梱された写真、ルフトバッフェ制服姿に映るあの膨らみは、一体なんだ。

 サエちゃんが変わりすぎ。

 制服の襟章は「中尉」扶桑に居た頃は軍曹。飛曹長のアタシですら昇進しても、准尉か特任少尉なのに、階級飛ばし。手紙で問いただしても上層部の事情と誤魔化される。

 

「ま、いっか」

 

 軍を辞めた今、彼女や元上官の栗さんにあれこれ言えないし、

する気もない。

 彼女たちが無事に軍務を終え、この熱海に訪ねてきてくれることを祈るだけ。

 

「さてさて」

 

 布団を裏手の家屋から南側に2人分干し、作り置かれていた麦飯の干しホッケ茶漬けの朝食を手早く済ませた。

 母屋の料亭側の中から外まで一通り掃き掃除をして、市場から仕入れた食材を載せたオート三輪を出迎える。

 

「雅さん、今日は?」

「新鮮な白身魚が沖合で取れそうなので、それをカルパッチョにします」

 

 じゃあ、今日はパン食だ。ご飯炊くの大変だもん。パンは買ってくるだけだし。

 

「アタシは、浴場の方をお掃除してお客さんを迎えに行ってきます」

「よろしくお願いします」

 

 同居人、二宮雅、元二等水兵。

 刈り上げの頭に薄手の和服、青いエプロン。

 半年前から変わらない敬語。

 アタシが墜落した怪我で療養し始めた頃から、ずっと。

 二人で商う料亭「秋水」は、元々アタシの療養のためだった。エーテルと魔法力が帯びた温泉が湧く場所を、縁戚が譲って恩を着せようとしたところから始まった。

 アタシはその申し出を断ったけど、退役ウィッチ会が会員のための保養地としてこの土地を買い上げ、行き場を失っていた雅さんと共に来ることになった。

 

「長い半年だったなぁ」

 

 至って普段の生活を取り戻したのが、三か月前。師走間近の大安に改装と準備を終えた料亭秋水が立ち上がり、退役ウィッチ会の会報「こうせき」の取材と、窓口業務をお任せして、経営は順調に進んだ。

 経営は。

 

「色々あったよね」

 

 この間の六か月。

 アタシと雅さんはほとんどの時間を共有したにも関わらず。敬語で互いに遠慮した同棲生活をしていた。

 理由は分かる。彼はまだ19歳、アタシも15歳。互いに一人立ちしているが、それも家庭環境が消失した特殊なケース。

 雅さんは一人立ちしてもいい歳だけど、アタシは女学生でもおかしくなくて、結納なんて法が問題になる。

 

「とにもかくにも、まだ、行けるはず」

 

 最初は役所に届け出て仮の兄妹になることも検討した。そうなれば将来的に婚姻が考えられなくなる。

 意識ある間柄で、あと数年は待ってもいい。アタシは軍を務めた分の退職金と報奨金が出て、現在の生活でも貯金を一文たりとも切り崩していない。

 仲たがいしたなら、女学校に行けるし、皇都で働ける。

 だから周りの意見、特に山軍曹の反対を押し切って、この生活を始めた。

 

「それにそれに、昨日なんて、腕枕なんてしてもらっちゃって・・・」

 

 以前、長良で一緒に居た頃感じていた距離感は段々と近づいているとは思う。

 最近はお布団を並べて一緒に寝ている。この年頃でそれは、兄妹のあれそれではない。

 いくら仲が良くとも、アタシは実の兄弟とは6歳、尋常小に入った時には別の場所で寝ていた。

 実家が士族で部屋が多かったのもある。

 今の生活はそれなりの大きさしかなく、居間と寝床に土間、風呂釜の部屋程度しかない。

 

「よし、洗濯洗濯」

 

 浴場を掃除する前に、昨日の服と今朝の寝間着を集めて桶に入れる。石鹸塊を片手に裏手の蛇口に構えた。

 これでも家のある程度を任せられている。食事は雅さんの本領で手を出さないが、それ以外は基本的にアタシが請け負う。

 

「ふん、ふーん、ふんふん」

 

 鼻歌でリズムを取って、石鹸が泡立った洗濯板に服を当ててこすり洗う。自分自身で色々やっていると、とても楽しい。裏表なくはっきりと断言できた。

 一通り濯いで、風通りのいい裏手の物干し竿に一通りかけていく。料亭という都合で、中庭は造園で家屋の二階にある布団はお客さんが来る前に陰干しにする。

 浴場は季節的にそれほど汚れない。春先や秋の終わりは落ち葉が凄かったが、夏の始まりの今は青々と茂った木々が見えて気持ちがよいぐらい。

 湧いている温泉の調子をみて、デッキブラシを使って足元を洗う。

 

「ふんふんふーん」

 

 熱海という温泉地、その中でも極めて珍しい魔法力を帯びる湯は、治癒魔法や保護魔法のように痛みを引いたり怪我の痕が薄くなるなどの効能がある。

 なんせ、最後の戦いで燃料を残したままユニットごと墜落した時についた太ももの怪我は、すっかり痛みも引き、痕も薄くなった。

 効果は抜群であると自信を持って言える。

 魔法力が残っているウィッチならば共鳴して、より効果が上がると来た。

 

「よっこいしょ」

 

 屈んでいた姿勢で固まった身体を動かして、立ち上がった。

 トントン、と腰を叩きながら駐車場に置いてあるオート三輪に向かう。

 

「雅さーん、仕入れてきますねー!」

 

 料亭秋水は基本的に市場を雅さん、それ以外をアタシが営業時間直前に仕入れている。

 わざわざ普通の漁が終わった午前中遅くに海に出てもらう分、幾らか値上がりするけど、儲けも大きいので仕入れには頓着も妥協もしない。

 温泉だけではなく、食事も最高級のものを用意するからこそ、多くのお客様に来ていただける。

 今のところは経営の大元を、退役ウィッチ会の経理さんにお任せしているものの、仕入れや稼ぎの帳簿はアタシがはじいている。

 

「気を付けてー!」

 

 オート三輪のエンジンを掛けた。心地よくかんじる発動機の音を鳴らして、海沿いの道へと走り出す。

 

「行ってきまーす!」



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「それでも私は飛んでいる」

最近、改稿版の投稿止まっててすみませぬ。
ジェットの魔女の話は一旦けしました、すみませぬ。
代替と告知のために今回のお話を書きおろしました。

同人誌版はちょっと延期してます!
ホントはこの話もご時世的に書くのが難しかったんですよ、ちょっと戦争が話題になりすぎてますので(話題になる前だって、常に世界は争いに包まれていたのを調べているだけにこの点はちょっと迷っていました)

・とりあえず、ムロ、生きてます。就活とか家庭問題とか隣人トラブルとか全部頑張ってるので、別のお話、いつか書くまでお待ちください。


 

 アタシの戦争は終わった。

 第一の人生、家族と共に生まれ育ち、美しき里山のふるさとで楽しく過ごした、美しくも儚い過去の思い出。

 転機はネウロイの攻撃。

 家族を喪った。家を失った。立場を失った。学を得る機会も。友と遊ぶ機会も。恋をする機会も。

 全て壊された。この頃は何がそんな風にしたのかも分からなくて、感情のぶつける方向が分からなかった。

 爆発で全てを失ったことが、アタシの戦争の始まり。

 使い魔と契約した。固有魔法を得た。封印された。

 

「でもね」

「ずっと苦しくても、生きたくないって思わなかったのは」

 

 アタシが「生きたい」生き続けたいという意志を確固として得ていたから。

 それは使い魔との契約が原因だろう。

 ウィッチは使い魔との契約で強い想いを得る。一般的には、多くの人を守る、ウィッチの存在価値にして使命を強く得る。

 アタシの持った想いは少し違った。

 

「私は行きたかったんです」

 

 契約を果たした夜。泣き疲れて見た、アネハヅルが見せてくれた光景。

 真っ暗闇の地下蔵で見た、蒼き空の先と緑と岩に包まれた地平線のある大地。

 アネハヅルは見せてくれた。彼が見た、私の見れなかった景色を見せてくれた。

 

「結局、彼の飛んでいた場所には行けませんでした」

 

 飛んだのも、扶桑の空と海。たったそれだけ。

 アネハヅルは本来、扶桑に生息もせず飛来もしない鶴というのは図鑑を見て知った。

 彼らは大陸の穴の先、大山脈の奥から、人類の届かぬ山麗を飛び越えシベリアに飛ぶ。

 

「見たんだ。それでも」

「アタシは誰よりも、高く、遠く、大地から離れて空を飛ぶ」

「それがロケットウィッチとしての魅力でした」

 

 深々と頭を下げると多くの方々が拍手を返す。

 

「犬宮豊名誉中尉、ありがとう」

「いえ、磯巻空軍大佐に会える機会でしたので」

 

 大講堂での話を終えて、旧陸軍厚木飛行学校の教員室で湯呑を持つ。

 久しぶりに声を張ったから、ぬるめのお茶が心地よい。

 店に出すお茶はともかく、自分でこんなお茶っぱは使わないから美味しい。

 磯巻さんは、陸軍の頃からベテランで、秋水運用部隊の陸軍部門トップだった。

 

「背は変わんねぇけどよ、でっかくなったなぁ」

「桧少佐もお久しぶりです」

 

 ウィッチとしても凄腕で、桧さんも彼女を慕って部隊を選んでいたと聞く。

 元は液冷機で速すぎた故に使い勝手の悪かった飛燕を扱うウィッチとして出会い、そのまま秋水まで扱った桧少佐。

 このお二方は、アタシが秋草を扱う頃から陸軍ウィッチと変わらず好くしていただいた。

 

「豊は本当に落ち着いたな。元々聡明だったが、落ち着きがついた」

「宇野部さんのおかげです。半人前でも空にほっぽかれたので」

「耳が痛いな。流石に今はあんな真似は出来ん」

 

 宇野部空軍大佐。彼女もまた、アタシを救ってくれた一人。

 第二の人生、ネウロイと戦える切欠をくれた人。

 予科練で、一人燻り飛行成績だけが良い生徒を固有魔法で見繕ってくれた方だ。

 

「しっかし」

 

 宇野部さんと磯巻さんが、海軍組と陸軍組、横に並んでいたところをクロスするように視線を交わしてため息をつく。

 

「私ら同僚になっちまったすねぇ」

「なっちゃったわねぇ」

 

 全員が湯呑に手を出し、一呼吸。給仕の佐官係の幼いウィッチが慌ててお茶を一回転していく。

 アタシは第二の人生で「秋水」と出会った。

 危うさを隠すこともなく、恐ろしさを覆うこともなく、毒々しい燃焼煙で大空を飛びあがっていく化け物ユニット。ロケットユニット、秋水と出会った。

 結局、仇を打ち倒すことは半分叶い、半分は幻想だった。

 第一の人生は幻覚で終わり、第二の人生は幻想で終わった。

 

「豊は最近どうなんだ」

 

 なんというか、やりきった。そんな思いはあった。

 第三の人生、今はとても楽しんでいる。

 

「怪我が治ってよかったよ、痕は残るにしろ、骨も折れてたんだから」

 

 しょっちゅうやってくる宇野部さんはともかく、磯巻さんとは所属が違う。お年賀を除けば、療養の頃に見舞いに来ていただいたぶりか。

 

「ウィッチとしても契約を失っていたからな。チビだから治りが早かったんだろうな」

 

 桧少佐は義脚に乗せていた生足を机に投げてソファに倒れこむ。

 最初に大惨事の状況に気を動転させていたのはサエちゃん。そこに無線で桧少佐が駆けつけて、経験から正確に処置をしてくれたことが、アタシに後遺症の無いもっともの理由。

 チビ、なんて呼んでつっけんどんな態度を取る割に他人を気にする。一番周りが見えているタイプなのかもしれない。

 そうでなければあんなトップエースにもなれない。

 

「未だに秋水を使うんですね」

 

 第三の人生として軍隊を抜けたアタシが講堂で演説した。

 

「空軍とは言え、まだ全部の部隊は吸収してはいないからね」

 

 宇野部さんがお饅頭を二つに割って小さい方を食べる。

 アタシも恐る恐るお煎餅に手を出す。

 

「ウチら秋水の統合運用がお国のために、民草を守るに貢献した、とご皇女さまが勧めてくださったのだ」

「ま、本土の真上で巣をぶっ壊せばな」

「・・・嫌でも必要でしたね」

 

 橘花や火龍といったメッサーシャルフのシュバルベ系統はジェットの扉を開いたが、49年現在でも新兵器の域を出ない。ジェットユニットの開発は喫緊の課題として軍民揃って開発しているが、時間がかかる。

 

「宮藤理論みたいにすぐにはいかないよね」

「アレは切羽詰まってたじゃないっすか」

 

 宮藤理論の汎用化は、戦時激しく必要性が大きかったこと、これを進めなければ全技術が進まなかったことが理由で、現状の戦況では必要な機体が多岐に渡っている。

 それでも、迎撃網の策定や迎撃戦術の開発は、アタシたちの実験が認められたことが大きい。

 

「本当はさ。豊にもっといい暮らしさせてやるために勲章とか分捕ってくるつもりだったのよ」

 

 宇野部さんは、ぽつりととんでもない言葉を零してお饅頭を平らげた。

 

「豊は、今、満足してる?」

 

 答えるまでもなく、顔を見れば分かるだろう。

 

「雅さんは全然振り向く気を見せてくれませんけど、絶対振り向かせます!」

 

 49年の晩秋の空は綺麗だった。

 使い魔に魅せられた空。今は飛んでいない。それでも気持ちは飛んでいる。それでもアタシは、飛んでいる。



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「二人の気持ち」

お久しぶりです。

pixiv版、ハーメルン版、双方、読みやすく、各所矛盾を訂正した改稿版に差し替えを終了しました。

もしよろしければ、もう一周・・・とは言えないですが、新規書下ろしを用意したのでお楽しみください。

多分、番外編はこれっきりです。


「曹長」

「曹長?」

 

 嫌だ。離れたくない。

 暗がりの中、見えるのはマサさんの瞳の二つの明かり。

 それに縋りたい。飛んでいきたい。

 

「怖いんです」

 

 明日、長良を乗っ取ったネウロイと決着をつける。

 仇は関係なく、自分が戦う理由は、自分が軍人であるからに過ぎない。

 だから、怖い。

 自分の意思として戦うことを失った今、秋水が怖い。

 アレを履けば、怪我をする。分かりきってる。生きていれば御の字だ。

 わざわざそんなことをしたいとは思わない。

 

「飛曹長」

「いえ、豊さん」

 

 腰を落としたマサさんが、抱き着く私の背に両手を重ねる。

 トン、トンと。右手で背中を叩き、左手で軽くさする。

 

「自分は、いえ、俺は、曹長の大変さはなんも分かんないっす」

「俺はメシ作るのが仕事で、それ以外知らないですし」

 

 無責任だけどと話が続く。

 そうだよ。マサさんが、ウィッチの苦労なんて分かるわけがない。

 

「俺は明日も飯を作ります」

「世界の全ては分からなくても、自分のやるべきことは知ってるから」

 

 やるべきこと。自分に与えられた運命。

 魔法力がじんわりと体に帯びる。空気中のエーテルが反応した。アネハヅルの羽と尾羽が伸びる。

 アタシは彼と契約して与えられた仕事がある。

 誰も見られない、あの青の先に飛ぶ。彼を、怪我を負っていた彼を連れていく。

 あぁ、そうだった。そうだったじゃないか。

 

「あ、は、あ・・・あ、そうだった」

 

 アタシはただ、飛びたかった。彼が見せてくれた幻覚の景色をもう一度見たかった。

 

「マサさん」

「アタシ」

 

 それまで軽く摩る程度だった両腕の力が強くなった。

 二つの灯りから、ぽたぽたと輝きが落ちる。

 

「曹長、お願いです」

「どうあってもいい、何を叶えてもいいんです」

 

 グッと強く抱きしめられている。二人して、どうしようもなく涙を零している。とめどない想いの溢れ方は、同じ境遇の傷のなめあいなのかもしれない。

 

「俺は、貴方が飛ぶのが好きです」

 

 ずっと、周りから目を離そうとしていた。

 着任してすぐは、忙しくて。

 舞鶴から飛びあがった時、防空壕に入ることも忘れて空を見上げていたそうだ。

 

「貴方の飛行機雲は、どこまでも伸びていって」

「それが、すごく綺麗で」

 

 ずっと、目を離せなくなった。

 長良が喪われた日、彼は機銃座に居て25ミリを上方に向けて固まったそうだ。

 

「貴方の鬼気迫った表情が」

「俺たちを」

「長良をこれだけ想ってくれているんだって」

 

 こんなこと思うの、おかしいですよね。そう続けて、雅さんは口ごもった。

 

「そ、それじゃあ、そろそろ明日の仕込みが」

 

 作戦前、夜も遅い。

 言いたいことも、話したいことも、話し終えた。だからもう、離れなきゃいけないって分かってる。分かってるのに、生まれたての小鹿のように足が震える。

 あれだけ覚悟を決めたのに、まだ、おびえている。怖い。

 

「俺、今度軍を辞めます」

 

 今の部隊に合流する前にお世話になった皇都の伝手で、皇国ホテルに修行に入るという。

 

「やっぱり、夢を追いかけたいんです」

「そ、それならウチの部隊は!」

 

 次はヨーロッパに行く、と言おうとして、軍機だったことを思い出して言いよどむ。彼が望むもの、世界の食事を自らのものにするという夢。

 部隊についてきても叶うはずなのに。

 

「そこに貴方は、居ますか?」

 

 どうしてアタシのことが分かるのだろう。

 そんなに分かりやすいのかな。それにしたって彼はアタシのことをなんでも見通す。

 

「銃殺になってもいいから言います。俺、貴方が好きです」

「山田大尉はお美しいですし、大山軍曹は気丈です。マリィ軍曹も可愛らしいです」

「でも、俺は貴方が好きです」

 

 グッと抱きしめられて口説き落とされる。確かめてくれる。

 アタシの気持ちと貴方の気持ち。

 どうして、こんな短い間なのに、こんな想いを持っちゃったんだろう。

 一度も恋なんてしたことない。いい年をした異性と会ったことがない。

 この想いが間違いだったら、どうしよう。そんな気持ちもある。

 

「アタシは・・・いえ」

「返事は、帰ってきて伝えます」

 

 彼の胸元に顔をうずめ、呼吸を抑える。作業服に涙を押し付けないようにして、互いに恐る恐る離れた。

 

「明日の朝ごはんは握り飯ととろろの味噌汁です。あったまりますよ」

「・・・はい!楽しみです!」

 

 

「キャーっ」

 

 カウンターの下で足を振ってしまう。

 

「この二人どうなっちゃうんでしょうね!」

「・・・突っ込んでいいです?」

 

 朝の料亭秋水。

 雅さんは漬物にした葉物を取り出しながら呆れている。

 対してアタシは帳簿とにらめっこ中。完全に手が止まった。

 置いてあるラジオは国営放送が流れている。

 

「これ、モデル、俺たちじゃないっすか」

 

 アタシたちを描いた放送。正確には、職業における恋愛を描いた連続ラジオ小説の1節である。

 改めて、似たようなやり取りをしたことが恥ずかしい。

 

「こんな直接的じゃなかったですよ!」

「回りくどくて悪かったです・・・」

 

 大分脚色された艦載ウィッチと飯炊きの恋愛物語は結末を明かすことなく終わる。

 だから、結末を知っているのは、私たち、だけ。

 あの夜を知っているのも、アタシたちだけだ。



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