転生したので、たった一人で地球と貿易してみる ~ゲーム好き魔術少女の冒険譚~ (あかい@ハーメルン)
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第1話 プロローグ

小説家になろうで連載しているものを投稿してみます。
よろしくお願いします。


 プロローグ

 

 

 前世の俺が死んだのは、1995年の事だ。

 高校三年という大事な受験シーズンに俺は、ゲームにのめり込んでいた。

 少年ジャムプのドラグンボールが連載を終えたこの年。

 スクエイアからクロナ・トリガーや聖賢伝説3という大作が発売され、年末にはお待ちかねのドラクア6が発売予定。

 RPG好きにはたまらない年だった。

 

「あんた、またゲームばっかして。ドンキューはいつでも出来るやないの」

 

 母は、よくこうして俺を叱りに来る。

 丁度俺は、発売したばかりのスーパードンキューコング2に夢中だった。

 第一作が提示した圧倒的なグラフィックはそのままに、新たなアクションのチャレンジが満載だった。

 

「ゲン君が一緒に勉強しよって電話してきたから。行ってきなさい」

「わかったよ」

 

 当時はスマホもなく、友達が家の電話にかけてくるのが普通だった。

 ゲンとは小中と学校が同じで、腐れ縁の仲だ。

 通っている高校は違ったけど、よく一緒に遊んでいた。

 あいつが勉強するってんなら、俺もやらないとまずい気がした。

 しぶしぶ、俺は鼠色の丸いコントローラーを置いて立ちあがる。

 ゲームの電源はつけたまま、テレビだけ消して部屋を出た。

 鞄を持って一階に降りると、すぐに甘い匂いが広がる。

 うちは和菓子屋だ。

 将来はここを継ぐ事も考えていたが、父親は「まず自立しろ」と言っていた。

「受験勉強したくない」という消極的な理由で家業を継がれるのが嫌らしい。

 

 まあ、確かに俺は怠惰だった。

 そんな奴に大事に育てた店を継がせるのは、嫌かもしれない。

 やはり、勉強はするしかないのだ。

 でもどうせ頑張るならゲーム会社に入りたいな。

 あの時は、そんなことをぼんやりと考えていた。

 店の外に出て歩くと、遠くに鹿が歩いている姿が見えた。

 俺の地元は奈良で、家は観光地の圏内にあった。

 有名な大仏さんは、二十分ほど歩いた所にいる。

 そこからゲンが住む市街のマンションまで、駆け足で向かう事になる。

 

「あそこのボーナスステージは、デクシーじゃないと行けんのかな……」

 

 頭の中にあるのは、まだゲームの事だった。

 肌に感じる冷気に冬の訪れを感じながら、広い道路まで出る。

 通りはいつものように、大仏さんや奈良公園を見に来る観光客でにぎわっていた。

 

 いつもと変わらない道。

 いつもと同じ空。

 ゲンと遊んで、勉強して。

 面倒な事を何とかやり遂げて。楽しいゲームが待っている。

 そんな日々がずっと続くと思っていた。

 

 

 その時。

 道路の脇に、小さな女の子が見えた。

 右側の道を見る彼女のしぐさに、何か嫌な予感がした。

 この道は急にカーブしているため、左側からやってくる車がわかりにくい。

 

「おい、そこは……」

 

 声をかけようとしたその時。少女は駆け足で道路を通り始めてしまった。

 そして案の定。突然左側から車がやってきたのだ。

 それを止めれるのは、事故が起きるのを予測できた俺だけだった。

 だから、俺がやるしかなかった。

 俺は道路に飛び出し、思い切り車に向けて体を広げた。

 後ろには、とぼけた顔の少女が立っていた。

 車はキキィと音を立てながら、俺の体を弾き飛ばす。

 体を引き裂くような痛みが走った。

 コンクリートの上に倒れた俺の体は、まるで言う事を聞かない。

 だが運よく上を向いた目から、少女が無事である事が確認できた。

 

 周囲から叫び声がした。

 誰かが駆け寄ってきていた。

 だが、世界の全てが俺から遠のいていく感覚があった。

 目の前がどんどん暗くなっていく。

 

 そして、俺の人生は終わった。

 何の結果も出さないまま。

 ろくに親孝行もしないまま。

 

 ごめん母さん、父さん。

 そんな一言すら言えずに、俺の意識は失われた。

 

 そして、俺は私へと転生する事になる。



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2話

 

 私が新しく生まれたのは、マルデアという星。

 地球とは異なる文明、異なる文化を持った、魔法という概念を持つ惑星だ。

 

 私の新しい名前は、リナ・マルデリタ。

 そう。私は前世と異なる性別を得て、女になっていた。

 桃色の髪に、華奢な体。丸い目に丸い顔。

 

「リナは可愛いねえ。お姫様みたい」

 

 お母さんや周囲の大人たちに、そんな風に言われながら幼少期を過ごした。

 スカートを履いたり、髪を伸ばして可愛らしくしたり。

 そういうのに戸惑いや恥ずかしさはあったけど、新しい自分として受け入れる事にした。

 新しい父と母はとても優しく、私は人と環境に恵まれた。

 

 この星に生まれて一番驚いたのは、やっぱり魔法がある事だ。

 魔術に支えられたマルデア文明のレベルは凄い。

 電車のかわりに、ワープステーションというのがある。

 国内ならどの駅でも一瞬でワープできるのだ。

 それにカバンには魔術がかかっていて、どんな大荷物も小さくして軽々運べる。

 他にも、あらゆる日用品に至るまで便利な魔術品が溢れていた。

 この世界は凄い。私は感激した。

 だが、どこか面白味に欠ける部分もあった。

 この星にはどうも、ゲームがないらしい。

 マルデアは娯楽方面はあまり興味がないのか、家にもそういうものは置いていなかった。

 ただ、違う星に来たのだし、それは仕方がない事だ。

 前世への色んな未練はあったけど、諦めるしかないと思っていた。

 私はいつしか新しい星に慣れ、家族の愛を受けて幸せに暮らすようになっていた。

 だが小学院に入った時、衝撃の事実を知る事になる。

 

「蛮族の星、地球……?」

 

 そう。マルデアの教科書には、地球の事が載っていたのだ。

 

『地球は遠い銀河の星であり、とても野蛮な文明を持っています。

 地球人たちはマルデア星の存在に気づく事もなく、今日も下らない争いを繰り返しているのです』

 

 そんな記述があった。

 マルデアはどうやら、地球を見下しているらしい。

 まあ、それは仕方がないかもしれない。

 マルデアには凄い文明がある。

 それに、戦争も二千年以上起きていない。

 自然災害は魔術の力で抑え込み、台風や地震の被害者が出る事もない。

 そんな星から見たら、地球は遅れた星に見えるのかもしれない。

 実際、先生も『地球人は野蛮ですから、私たちマルデア人は地球に関わらない事にしています』と言っていた。

 

 ただ私にとって重要なのは、今世でも地球がちゃんと存在するという事だった。

 なら、もしかしたら地球に行けるんじゃないか。

 私はそう思った。

 なにしろ、私が死んでから随分経ったはずだ。

 地球はどんなふうに変わったんだろう。

 ゲームはどれだけ進化したんだろう。

 それに、母や父は生きているだろうか。

 そんな考えが頭をよぎった。

 でも地球はまだ、マルデア星の存在を知らないらしい。

 なら、こっちから行くしかないんだろうか。

 

「地球に行く方法? マルデリタさんは変わったことを言うね」

 

 先生に聞いてみると、訝しげな目で見られてしまった。

 

「先生は、どうすれば行けると思いますか?」

「そうだねえ。地球は遠いから、星間ワープじゃないと行けないだろうね。

星間ワープを扱えるのは、魔法省か首都の魔術研究所だけだ。偉ーい魔術師になれば、行けるかもしれないね」

 

 先生はきっと、私の発言を冗談と受け取ったんだと思う。

 私も、漠然とした感覚で質問をしただけだった。

 

 でも、その日から私は真面目に勉強するようになった。

 才能に恵まれたのかもしれない。

 同時に、この世界には魔法くらいしか面白い事がなかったというのもある。

 小学院ではトップの成績になり、魔術の腕もめきめきと成長した。

 そして、飛び級で名門の魔術学院に合格したのだ。

 あれだけゲームバカだった私が、エリートの道に足を踏み入れたのである。

 

 

 そして現在。

 私は十五歳という若さで魔法省に合格し、魔術師として勤める事になった。

 新人ではダメだろうけど、偉くなったら星間ワープを使わせてもらえるかもしれない。

 そんな希望を抱きながら勤務を始めた、ある日。

 魔法省のオフィスにあるニュースが駆け巡った。

 

『報告です。マルデア星に地球からの信号がありました。地球からの信号がありました』

 

「ち、地球!?」

 

 私が驚いていると、すぐに会議が開かれる事になった。

 

 地球からの信号はすぐに解析され、マルデア語に翻訳された。

 それまでも、地球は宇宙めがけてデタラメに信号を送りまくっていた。

 だが、今回は違った。

 明確に、アメリカがうちの星に向けて交渉を望む旨のメッセージを送ってきたのだ。

 つまり、地球人がマルデア星の存在に気づいたという事だ。

 まさに歴史的瞬間であり、私は体が震えるのを感じた。

 だが、会議室に集まった魔術師たちはどうも嬉しそうって言う感じではなかった。

 

「地球め、野蛮人の分際でわが星と対等に交渉しようというのか」

「いかにも稚拙で矮小な民族の考え方だな。変なウイルスを持ってこられては困る。交渉は拒否だ。無視しろ」

 

 お偉いさんたちは、完全に地球を相手にしていなかった。

 それどころか、バイ菌扱いして鬱陶しがっていた。

 うん。まあ、そうなると思ったよ。

 マルデア人たちの結論は、「地球とは交流すべきではない。無視しよう」

 というものだった。

 

 元日本人の私は、地球との交流がしてみたい。

 でも、私に国の方針に逆らうような力はなかった。

 

 オフィスに戻ると、局員の一人がまだ部長に報告していた。

 

「地球からまた交信が来ております。なんとか交流したいと、英語という地球の共通語で書いています」

「ふん、こちらの言語もわからん野蛮人め。いいから無視しろ。地球文明などたかが知れている。取るに足らん」

 

 どうにも、魔法省は完全に地球を黙殺する構えだった。

 

 

 翌日の朝会でも、地球の事が話題になっていた。

 

「地球が昨日からずっと交信してきているようだ。あちらには科学力があるのだとか。無視をするなと繰り返している。

それをどう対処するかについて議論したい」

 

 議長がお題を出すと、お偉いさんたちは笑って言った。

 

「ははは、論外だね。野蛮な連中がこちらに足を踏み入れたら、マルデアの治安が落ちる」

「ええ。調書は読んだけど、未だに国家間で醜い争いをしているそうね。それに災害から民衆を守る事もできないなんて。話にならないわ」

「星の運営もまともにできない連中が、外部の星とまともに交流できるわけがない」

「うむ。うちの星に来る技術もないのなら、相手にすべきではないだろうな」

 

 本部のえらいさん連中は、意見が完全に一致しているようだった。

 ただ、一応朝会は誰にでも発言権がある。

 ここで言わなければ、チャンスはもうないだろう。

 私は意を決して、手を上げた。

 

「あのー、ちょっといいでしょうか」

「君は、誰だね?」

 

 議長はこちらを見た。普通、こんな場で一局員レベルの自分が手を上げるべきではない。

 黙ってえらいさんの話を聞くだけの場なのだ。

 

「ああ、彼女はリナ・マルデリタ君だ。私の部下になった新人魔術師だよ。で、リナ君。何だね」

 

 部長が私を紹介してくれたので、私は立ちあがって行った。

 

「は、はい。貴重なお時間を失礼します。

私が思うにですが、地球はそこまで捨てたものじゃないと思うのです。その、結構面白いものもありますし」

 

 私の言葉に、偉いさんたちは不機嫌に眉を寄せる。どう見ても、歓迎モードではない。

 

「なるほど、君は地球を調査しているのか。しかし、それならわかるだろう。

彼らは愚かな争いを繰り返し、大気や海の汚染は見るに堪えん。

自分たちが住む星の環境を破壊しながら、ひと時の快楽に溺れているのだ。

救い難いとは思わんかね」

「は、はい……。でも、せっかく同じ宇宙に住む人たちなので。

悪い部分は、交流しながら彼らに改善を促せばいいのではないでしょうか」

「ほう。君は我々の意見を覆して、地球と交流せよというのかね」

 

 少し機嫌を損ねたような議長に、私は冷や汗が止まらない。

 だが、そこに部長が割って入った。

 

「いいじゃないか、若い者には意欲があるという事だ。リナ君は面白い事を言う。

だが、やはり地球は野蛮だ。地球人にこのマルデアの地を踏ませるのは、衛生的にもよくないのだ。それはわかるねリナ君?」

「は、はい……」

 

 諭すような部長の目に、私は頷くほかない。

 すると部長は場を制するように見回しながら言葉を続けた。

 

「だから、地球人を連れてくるのは禁止だ。そのかわり、リナ君が個人的にできる範囲の交流なら、許可してもいいのではないかね。

例えば、君が自分で地球と交渉し、自分で地球に行くとか。君がこの星の映像を撮影して、地球に送るとかね。それくらいなら構わない。これでどうだね」

 

 部長がそう言って周囲を見やると、周囲は頷いた。

 

「うむ、それならいいだろう」

「彼女が勝手にやるのであれば、問題はないな。星間ワープも一つ持て余しているのがある。使っても問題ないだろう」

 

 意外にも、賛同を得られたようで私は驚いた。

 

「ほ、本当ですか!?」

「うむ。これで決定だな。君に地球との交流の全てを任せる。君を地球親善大使に任命しよう。

星間ワープの使用許可は与える。だが、それ以外の予算や人員は一切無しだ。

地球のために国家予算を使うなどありえん。全部、君一人でやるんだ。それでいいかね?」

「……! あ、ありがとうございます!」

 

 こうして、私はなんとか地球に行く許可を得た。

 同時に魔法省本部からは左遷され、完全にエリートの道を踏み外したのである。

 



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3話

 

 私は一度実家に戻って、両親にこれからの事を話しておく事にした。

 居間でゆっくりと報告すると、二人はとても驚いていた。 

 

「はあ!? 地球へ行く? リナあなた、正気なの?」

 

 母は目を見開いて、信じられないといった様子だ。

 

「本部を蹴って遠くの星へ行くとは、何かあったのかい」

 

 父は、ただ心配そうに問いかけてきた。

 

「私、地球にどうしても行ってみたいんだ。その、母さんにはいつか言ったでしょ。私には前世の記憶があるって」

「……。あれ、冗談じゃなかったの?」

 

 母は、私の告白をジョークだと思っていたらしい。

 

「ほんとのことだよ。私は、地球の日本という国で暮らしてた。そのころの私は男で、若いころに死んじゃったんだ」

「……。嘘では、ないようだな」

 

 父は診療師で、魔術で相手のウソを見分けられる。私が本当のことしか言っていないのを、すぐにわかったんだろう。

 

「私は、いつか故郷の国にも行ってみたい。前世の父さんと母さんがもしいたら、会って謝りたいんだ」

 

 私はうつむきながら、絞り出すように言った。

 母は少し沈黙した後、頷いてくれた。

 

「……。そう。そういう事なら、いいわ。行ってあげなさい。それで、お母さんとお父さんに会ってあげてね」

「うむ。きっとご両親も、喜ぶだろうな……、僕がその親なら、きっと涙が出るほど嬉しいだろうさ。だから、止めはしない。だが、気を付けるんだぞ」

「うん。ありがとうお母さん。お父さん」

 

 私は出立の日まで、両親と一緒に過ごす事にした。

 

 

 

 本部は、私の仕事について一応のお膳立てはしてくれたようだった。

 その日から、地球からの交信が本部を経由して全て私の魔術デバイス宛てに届くようになった。

 二時間ごとに魔術通信(メール)が来る。

 そりゃもう、うるさいうるさい。

 アメリカの政府から、定期的に英語やモールス信号など、色んな形で言葉が届くのだ。

 あっちも言語が通じないのを予想してか、こちらが解析しやすそうな信号を送ってくる。

 

 これをどう処理するかは、すべて私に任されている。返事するもしないも私の自由である。

 だが、相手はなんというか、アメリカだ。三億人以上の代表が送ってきているのだ。

 責任は重大である。

 

 私はまず文章をデバイスで解析して翻訳し、文字を読み取る。

 内容は大体こんな感じだ。

 

『親愛なる遠き星の人々よ。我々は地球という星の代表であるアメリカ政府だ。

我々にはそちらと交流をする用意がある。ぜひとも返事をもらいたい。できる限り、そちらの意見を尊重したい』

 

 割と下手に出て、友好的に話し合おうとしている感じがある。

 とはいえ「地球のリーダーです」というアピールを忘れないのがアメリカらしい所だろうか。

 

 さて、まずはこれに返事をして、交渉の第一歩を踏み出さねばならない。

 これが私の仕事の始まりである。

 やっぱり英語だし、最初はDearをつけた方がいいかなあ。

 そんな風に悩みながら、私は文字を書き込んでいった。

 

『拝啓、地球の皆様。

リナ・マルデリタと申します。私が地球とマルデア星の交渉を任されました。

マルデアの上層部は交流を嫌がっていますが、私だけが交流するなら問題はないそうです。

私が地球に行きますので、受け入れてくれると嬉しいです。

地球の皆さんが喜びそうな品をお持ちしますので、どうぞよろしくお願いします』

 

 随分と一方的で上から目線な返事になったが、事実は書いておかねばならないと思った。

 

 この文章を送る先は、もちろんアメリカだ。

 個人的には故郷のある日本と連絡したかったが、地球側でマルデアを発見したのがアメリカだからね。

 他の国はまだマルデアを発見すらしていないのか、全く通信してこない。

 ならまずは、アメリカとやり取りするべきなのだろう。

 魔術通信(メール)を送って待っていると、二時間後に地球から返事が来た。

 

『親愛なるリナ・マルデリタよ。我々地球人はあなたを歓迎したい。

いつどこにどういう方法で来るのか、教えて欲しい。アメリカで迎えを用意させてもらう。

歓迎会を開き、地球とマルデアの今後や、貿易について語り合いたい。できればメディアに向けて会見なども開きたい。

スケジュールについて話し合いたいので、返事を頂きたい』

 

 そう書いてあった。私が送った文章は自分で見てもちょっと嫌な感じだったのに、あっちはかなり好意的である。

 まあ、文明レベルの差はあちらも何となくわかっているのだろう。

 こっちは地球に一瞬で行ける。でもあっちはマルデアに来れない。

 それだけでも、技術力の差は明らかだ。

 得体のしれない技術を持っている未知の相手に対しては、アメリカも強くは出れないのだろう。

 

 その後、私は普通に仕事の予定を立てる感じで魔術通信(メール)を送って、スケジュールを決めて行った。

 あっちは、こちらの指定に極力合わせてくれる感じだった。

 でもこのやり取り、今のアメリカ大統領とかが真顔で見てるんだろうなあ。

 あっちからしたら初の地球外知的生命体、いわゆる宇宙人との交流だもんなあ。

 この通信も、あっちでは歴史的瞬間みたいな感じなんだろうなあ。

 私は空を見ながら、アメリカのNASAとか政策本部の現状をイメージする。

 

「かの星から返事が来ました!」

「本当か! で、言語や信号は通じたのか?」

「は! あちらは英語を理解しているようで、英語で返事がきました!」

「既に英語が解析されたのか。やはり文明レベルは向こうが一枚も二枚も上手か……」

「星の名前はマルデアだそうです。これもまた、偉大なる発見と言えるでしょう」

「メディアへの発表はどうします?」

「伏せておけ。通信が成功した事を、まだ他国には知らせるな」

 

 みたいなさ。

 のちにハリウッド映画になったりして。

 マジやばいなぁ……。

 

 こっちは実家で十五歳の女子が一人、ぽちぽちデバイスに文字を打ち込んでるだけなんだけど。

 緊張感がないよね。誤字っちゃいそうで怖いなあ。

 歴史的瞬間で誤字とか、恥ずかしいよ。そのまま映画化されそう。

 

 そんなしょうもない事を考えながらも、私は開き直って通信を続けた。

 

 途中で母がデバイスを奪い取って、アメリカ政府に『リナの母です。私の娘を傷つけたら許しませんからね!』と送り付けていた。

 ちゃんと英語に変換してたから伝わってしまったと思う。

 大統領はそれをどんな顔で見たんだろう……。

 わからないけど、二時間後に返事は来た。

 

『親愛なるマルデリタの母よ。あなたの娘を傷つけない事をお約束しよう。アメリカの総力を挙げた警備を用意させてもらう』

 

 どうも、暑苦しい歓迎会になりそうだった。

 あ、そうだ。英語も覚えとかないと恥をかきそうだ。

 

 

 それから、私は来るアメリカ行きを控え、勉強したり悩んだりしながら忙しく過ごした。

 

 そして、ついに出発の日がやってきたのである。

 



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4話

 

 出発当日の朝。

 私は大きなバッグを持って、母さんに見送られて家を出た。

 そして、マルデア首都の魔術研究所へと向かった。

 

 ワープルームがあるのは第三研究室らしい。

 二階の奥にあったドアを開けると、室内に白衣を着た女性が立っていた。

 

「君がリナ・マルデリタか。

あの未開の地へ本当に行くとはね。しかも君一人でというじゃないか。きみ、正気かね?」

 

 彼女は私を心配するようにそう言った。

 

「は、はい。もちろん正気です。これから地球の人たちと交渉をしてきます。

きっと、良い未来が待っていると思います」

 

 私がまっすぐに言って見せると、彼女は渋々と頷き、腕時計のような形のデバイスを取り出した。

 

「そうか。まあ、気を付ける事だ。相手は戦争を繰り返してきた、野蛮な種族らしいからな。

このリスト型デバイスで、地球からマルデアのワープルームに戻る事ができる。ただし込められた魔力は一回分だけだ。

故障などの保証もできないので、壊さないようにな。使用方法はデバイスの説明欄を見てくれ」

「ありがとうございます」

 

 私はデバイスを受け取り、それを腕に巻きつけた。

 そして、ワープルームの中に入る。

 

「行先は、私にはよくわからないが。一応、北アメリカ大陸のワシントンD.Cとなっている。

まあこの星間ワープは多少のズレが出る事もあるが、生き埋めになる事はないから安心するといい」

 

 多少のズレ? なんか不穏な言葉が聞こえたけど、大丈夫かな。

 

「それでは、冒険心豊かな君の健闘を祈るよ」

 

 疑問を抱いた私の前で、白衣の研究者はすぐに魔術を起動させた。

 視界が白く輝き、次の瞬間には私の体はマルデアから消えていた。

 

 

 

 次の瞬間。私は草むらの上に立っていた。

 見渡すと、コンクリートの道路が目の前に広がっている。

 マルデアとは違う空気を感じる。

 ここはどこなんだろう。

 

 一応ワシントンD.Cを指定しておいたから、そのあたりだとは思うんだけど。

 道路は広く、緑も雄大だ。

 日本よりも土地の幅広さを感じるし、建物もまばらに建っていて、ものすごい広々としている。

 ハリウッド映画に出てきそうな感じだ。

 

 ただ、どれだけ正確な位置に転移できたのかはよくわからない。

 アメリカ政府には、今日のアメリカ時間で午後一時から六時頃までにワシントンD.Cにワープすると言う事だけを伝えてある。

 

 こちらの見た目は、ピンクの長髪にエルフのような長い耳をした、背の低い少女だ。

 人間に極めて近い見た目ではあるが、目立つしわかりやすいだろう。

 あちらと符合を合わせる合言葉なども用意している。

 それがダメなら、魔術で証明すればいい。

 

 だから、ここからは互いに探し合いになる。

 きっと政府側は必死こいて史上初の宇宙人来訪者を探しているだろう。

 

 ただ、下手に目立つといけない。

 どっかの国のスパイに狙われる恐れもあるという話だった。

 だから、政府関係者に会うまでは宇宙人だとバレちゃいけない。

 一般人を装って移動し、何とかアメリカ政府と接触したい。

 

 私は耳を隠すようにして帽子をかぶり、バッグを背負い直す。

 荷物の中には、地球にはない便利な魔術品が入っている。

 バッグには収縮魔術がかかっているので、実際の100倍くらいは物が入る。

 マルデアの魔法技術があれば、私個人で貿易レベルの運搬も可能だろう。

 

 さて、ここで待っているべきか、動くべきか。

 考えていると、後ろから声がした。

 

「Hey」

 

 振り返ると、建物の前に金髪の男性が立っていた。 

 

「おい、俺の庭で何をしているんだ?」

 

 彼は英語でそう問いかけてくる。

 まずいな、敷地内だったか。腰のベルトには光る銃が見える。

 

「ええと、すみません!」

 

 私は逃げるように敷地を出て、道路を歩きだした。

 はあ。ちょっとビックリして、話を聞く事もできなかった。

 それにしてもさすがアメリカだ。普通のおじさんが銃を持っていた。

 

 さて、まずはこの場所を確認しないと。

 誰かに聞くか、地図を見て現在地を確かめなければ。

 

 私は道路に沿って歩き出す。

 しばらく歩いていると、地図の看板らしきものを見つけた。

 

「ここは、アルトゥーナというのか。ペンシルバニア州?」

 

 どうやら、割と間違った場所にワープしてしまったらしい。

 確か、ペンシルバニア州はワシントンD.Cに近かったと思う。

 

 ただこれでは、政府関係者も私を見つけるのは難しいだろう。

 まあ位置さえわかれば、何とかなるかもしれない。

 

 地図を見ると、近くに学校や図書館があるらしい。

 人がいるなら、D.Cへの行き方を聞けるかもしれない。

 

 私は十五歳だし、同世代の学生に聞くのが自然でいいかもしれない。

 最悪、警察の場所を教えてもらおう。

 ポリスさんなら、何とかしてくれる気はする。

 

 私はまず学校の場所へ向かう事にした。

 少し歩くと、大きな建物とグラウンドが見えてくる。

 ちょうど放課後らしく、広い芝地で学生たちがスポーツに励んでいた。

 

 そんな脇で少年がぽつんと一人、車椅子に腰かけていた。

 他に誰もいないし、話しやすそうだ。

 私は彼に近づき、声をかけてみる事にした。

 

「こんにちは。きみ、ここの学生さん?」

「え? ああ、そうだよ」

 

 少年は頷いた。何やら、少し悲しそうだ。

 

「怪我をしたの?」

「ああ。試合中に足をやってね。医者にもうフットボールは続けるべきじゃないって言われちゃったのさ」

「……、そっか」

 

 この国でフットボールと言えば、アメフトの事だろう。

 何しろ目の前で学生たちがスクラムの練習をしてるからね。

 

 詳しくはないけど、見るからに当たりの激しいスポーツだ。

 学生でも、怪我をして二度とスポーツの出来ない体になる事はあるだろう。

 

「じゃあ、私の質問に答えてくれたらいいものあげるよ」

 

 私が笑顔で言って見せると、彼は顔を上げた。

 

「何だい? 暇だし、わかる事なら答えるよ」

「きみ、ホワイトハウスのあたりに行ったことある?」

「ああ、あるよ」

「行き方はわかる?」

「北側にある駅に行けば、コロンビア特区に行く電車があるよ。結構かかるけどね」

 

 少年は駅の方向を指さした。

 やはり、移動は金がそれなりに必要そうだ。

 でも私、ドル持ってないんだよね。やっぱポリスかな。

 

「そっか。じゃあ警察のオフィスがある場所はわかる?」

「うん。その道をまっすぐいけばあるよ」

「ありがとう。じゃあ、お礼にこれをあげるね」

 

 私はバッグの中から透明な石を三つほど出すと、学生さんの包帯を巻いた脛に当てがい、そこに魔力を込める。

 すると、石がキラキラと輝きだした。

 その光は少年の足に吸い込まれていく。

 

「な、なんだいそれはっ。あ、足がっ……」

 

 少年が足を抱えると、石は溶けて消えていく。

 すると、彼は車椅子から勢い良く立ち上がった。

 

「た、立てる。足を動かせるよっ。何がどうなったんだ!?」

 

 少年はとても驚いたのか、目を丸くしながら体を動かす。

 私は慌てて彼を手で制止した。

 

「ああ、いきなり動かない方がいいよ。回復力を高めただけだからね」

「回復力?」

「うん、しばらくは安静にして、完全に治ったらまたフットボールをするといいよ。これからは怪我に気を付けてね」

 

 私はそう言って、彼に注意事項を告げた。

 そして、すぐにここを立ち去る事にした。

 

 ちょっと普通ではない魔法的な事をしてしまったし、目立つ前に退避だ。

 まあ、少年一人が騒ぐくらいなら大丈夫だろう。

 同い年くらいの少年がやりたいこともできなくなるのは、見ていられなかったんだ。

 

「あの、ありがとう!」

 

 後ろから、少年が笑顔で手を上げていた。

 

「うん、じゃあね!」

 

 私も手を振って、その場を離れた。

 さて、もうポリスマンたちになんとかしてもらおう。

 

 通りをまっすぐ進むと、Police と書かれた看板が目に入った。

 

「あの、すみません」

 

 私が中に声をかけると、警官らしき女性がこちらを見下ろした。

 

「どうしたの?」

「私、ワシントンD.Cに行かなきゃいけないんですけど、ちょっとお金もなくて」

「何をしに行くのかしら? あなた、名前は? どこから来たの? どこに住んでるの?」

 

 何やら職質みたいな感じになってしまった。まあ、そりゃ見た目的にも怪しいだろうな。

 ただ、彼女の言葉にはアメリカと取り決めた合言葉が含まれていた。だから、私は一応こちらの合言葉で答えてみる事にした。

 

「私はリナ・マルデリタです。"遠いマルデア"から来ました」

「WHAT!?」

 

 と、後ろで見ていた壮年の男性が合言葉に反応して立ちあがった。

 



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5話

 

 警察のオフィスで、私は合言葉を告げた。

 すると、後ろで見ていた壮年の男性が驚いたように立ちあがる。

 

「きみは、マルデアから来たと言ったのか」

「はい」

 

 私が頷くと、彼は神妙な調子でこちらを見下ろす。

 

「では、この問いに答える事はできるか。"我々の交流は?"」

「"空の未来をつなぐ"、ですか」

「……。間違いないようだな。ケイシー。彼女が政府の定めた重要保護指定人物だ。詳細は私も知らされていないが、丁重に扱え。私は本部に報告する」

「は、はい」

 

 ケイシーと呼ばれた女性警官は、あわてて敬礼をする。

 男性はすぐに電話をかけ、誰かに向けて喋り出した。

 

「こちらはペンシルバニア州、アルトゥーナ第三オフィスです。マルデアから来たという指定人物を保護しました。

ええ、桃色の髪をした少女です……。はい、了解しました。命にかえても彼女をお守りします」

 

 何やらとんとん拍子に事が運ぶらしい。

 男性警官は電話を終えると、私に一礼して言った。

 

「失礼しました、マルデリタ嬢。これからあなたをコロンビア特区までお送りする予定ですが、準備に少し時間がかかります。

何かあればケイシーに言ってください。私はここを出るまであなたのガードとなります」

 

 彼はすぐに入口に立ち、銃に片手を添えながら周囲の警戒を始めた。

 なんというか、この辺はアメリカっぽい感じだ。

 ケイシーさんは事情がわからないようで、

 

「あなた、どこかの国のお姫様だったりするのかしら?」

 

 と私に問いかけてきた。

 

「いえ、そういう立場ではないんですけど。まあ、一応親善大使的な感じですかね」

 

 顎に指を当てながらなんとか説明すると、彼女は首をかしげていた。

 

「そうなの? そういうのって一団で飛行機に乗って来るものだと思ってたけど、違うのね」

「あはは、ちょっと特殊な所から来たので」

「特殊な所ねえ。まあ、重要保護指定って言うんだから、相当な案件よね。

そうだ、飲み物でも飲む? アップルジュースくらいしかないけど」

「あ、ありがとうございます」

 

 ケイシーさんにもてなされながら、私たちはしばし時を過ごしたのだった。

 

 

 それから二時間後。

 ガチガチのでかい車が来て、私は軍人っぽい人たちに囲まれながら移動することになった。

 

「Let's GO!!」

「イエッサー!!」

 

 男たちの怒号が響いていた。

 そりゃもう、移動中も息も詰まる思いだった。

 

 そしてやってきたのは、コロンビア特区。

 アメリカの中枢と呼ばれる政府の本拠地である。

 車が停止したのは、何やら荘厳な白い建物の前だった。

 

「こちらがホワイトハウスです。大統領がお待ちです。どうぞ」

 

 うわあ、生前にニュースとかで見た場所だよ。

 軍人さんが私を丁重に案内していく。

 しかし、最初から大統領が出てくるとはね。もう少し警戒するかなとも思ったけど。

 アメリカはある程度、開き直っているのかもしれない。

 

 さて。これから私は、地球という星のトップとたった一人で会談、そして交渉しなきゃいけないんだ。

 マルデアの上層部は、地球になんて一切興味がない。だから、全部私がやるんだ。

 さすがにアメリカとの交渉だ。「こんにちは、ではさようなら」では済まされない。

 何かしら、少しでも今後の交流や貿易と呼べるような形を作る必要がある。

 なんか心臓に悪いよ。

 私なんてあの車椅子ボーイと会談するくらいがちょうどいいよ。

 どうしてこうなったんだろう。

 

 そんなふうに思いながら、私は荷物を手にホワイトハウスに足を踏み入れたのだった。

 

 案内されたのは、そりゃもう豪華な客室だった。ソファに腰かけて待っていると、奥の扉が開いて要職っぽい人たちがやってきた。

 私のそばに立ったスーツの女性が、目の前の男を紹介する。

 

「マルデリタ様。彼がアメリカ大統領、ショー・ガーデンです」

「こ、これはどうも」

 

 私が頭を下げると、大統領と呼ばれた白髪の老人は手を差し伸べてきた。

 

「Welcome to the earth, and welcome to the United States of America.」

 

『ようこそ地球へ、そしてアメリカへようこそ』

 そんな挨拶とともに、私と大統領はがっちりと握手を交わした。

 

「あ、あはは。初めまして、リナ・マルデリタと申します。アメリカはとても素敵な所ですね」

 

 彼のペースに飲まれてはならない。だが、挨拶なのだから相手を立てる必要がある。

 私は慌てながら、ペコペコと挨拶してしまった。

 すぐ頭を下げるのは元日本人の癖だ。

 それを見たガーデン大統領は、ニッコリと笑って言った。

 

「ありがとう。ご所望なら、合衆国が誇る美しい観光地をいつでも紹介しよう。

地球とマルデアの未来のために、我々は君を歓迎したい。

長旅でお疲れだろう。君の好みはわからないが、地球上の様々な料理を用意させてもらった」

 

 それから、派手な歓迎会が開かれ、料理が並べられた。

 その中には、なんと寿司もあった。

 ほんとに宇宙人の舌がわからないから、あらゆるものを用意したんだろう。

 私は思い切り寿司にがっつき、ニコリと笑った。

 

「これ、とてもおいしいですね!」

「それはスシと呼ばれるものです。魚肉を酢飯に乗せて生で食べる珍しい料理ですが、お好みのようで何よりです」

 

 隣についたシェフが説明してくれる。至れり尽くせりである。

 

「ええ、とても上品な、それでいてどこか懐かしい味です」

 

 本当の意味で懐かしい味だった。寿司なんて、十数年ぶりだろう。

 マルデアにはこんな細やかな味わいのある魚料理はない。

 

 

 さて、その後。

 さっそくとばかりに、私は大統領やお偉い高官たちと会談をする事になった。

 大きなテーブルを囲んで、スーツ姿の大人たちが前にズラリと並ぶ。

 その対面に、私はちょこんと腰かけた。

 何だこの状況。

 アメリカ対リナ・マルデリタじゃないか。

 私はプルプルと足を震えさせながら、なんとかぎこちない笑顔を保っていた。

 

「今回こうしてアメリカに来ていただけたことを、とてもうれしく思う。我々は友好的にマルデアと交渉したいと考えている」

 

 会話を進めたのはキリリとした眼鏡の白人男性だった。

 こういった場では、当然外交や交渉に強い人間が前に出るのだろう。

 大統領は座ってニコニコしていた。

 

「ええ、こちらも地球のみなさんと仲良くしたいと考えています。

まあ、うちの上層部はちょっと排他的なんですけど。

私にできる範囲から交流させて頂きたいと思います。そこで、お近づきの印なんですが」

 

 そう言って、私は立ちあがる。

 向こうは、こちらと交渉する価値があるかどうか見定めようとしているのだろう。

 何しろ星同士の交流という形をとっているものの、事実上はマルデアではなく、私個人と地球の交渉である。

 もちろん、私にもプランはある。

 たとえ私個人でも、地球に提示できるメリットは色々あると思っている。

 だがまずは私自身に価値がある事を、この場でわかりやすく教える必要がある。

 

「まずこちらの品を、土産物として持ってきました」

 

 私はバッグから透明な石を二つ取り出す。

 

「ほう、美しい石だ。マルデアの宝石かな?」

 

 宝石はそれだけで価値があるものだ。地球にない物質であれば、その価値は跳ね上がるだろう。

 だが、これはそれだけのものではない。

 

「この石は、マルデアでは宝石という扱いではありません。魔石と呼ばれるものです」

「魔石?」

 

 首をかしげる大人たちに、私は説明を始める事にした。

 



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6話

 

 アメリカ政府の偉いさんたちが見守る中。

 私は透明に輝く魔石を置いて、説明を始める。

 

「魔石はマルデアにおいて資源という扱いですが、まあ簡単に言いますと。

この石を使えば、念じるだけで簡単な魔法を扱う事ができます」

「魔法、ですと」

 

 私のプレゼンに、席についていたエリートな高官たちが、目を輝かせた。

 やはり、地球人たちの興味はそこにあるだろう。

 私が生きていた頃の地球では、創作の世界に山ほど魔法の類があったが、現実にはなかった。

 憧れはするが絶対に実現できないもの。それが地球にとっての魔法だ。

 

「ええ、このように念じるのです。飛べ」

 

 石を手にして呟くと、私の体がフワリと宙に浮く。

 

「おおっ」

「浮いたぞ!」

 

 さすがに、政府のお偉いさんたちもこれには驚いているようだ。

 

「素晴らしい。それは我々地球人にも使えるものなのですかな」

「マルデアでは小さい子でも出来るので、使えると思います。

ただ前例がないのでやってみなければわかりません」

「なるほど。ならば実際に試してみてもいいかね」

「ええ、どうぞ」

 

 私がテーブルに石を置くと、眼鏡の男はそれを手に取り、「飛べ」と口にした。

 すると、彼の体がフワリと浮き上がる。

 

「ほ、本当に浮いた!」

「実在する魔法をこの目で見れるなんて、夢のようだわ」

「なんということだ……」

 

 彼らはかなり驚いているようだ。

 

「あ、石が……」

 

 地上に降りた眼鏡の男は魔石に目を落とす。

 

「石が先ほどよりも小さくなっているな」

「ええ、魔石は魔力の結晶であり、消耗品です。一定の魔力を消費したら消えてしまいます」

「なるほど……」

 

 彼らは魔石の価値を見積もっているようだ。

 

 魔石は他にも、数をたくさん集めれば色んな使い道がある。

 軽い魔法を使えるだけの代物ではないのだ。

 それを説明すれば、もっと大きな価値があるとわかってもらえるだろう。

 ただ今回は、もう一つ別のものも持ってきた。そっちの方が実用性を即時に伝えられるだろう。

 

「次に、これです」

 

 私はバッグの中から、大きな収納ボックスを取り出した。

 

「なっ……。バッグより大きなものが出てきたぞ」

 

 それを見た高官たちは、目を見張っている。

 

「おわかりになったでしょうか。このバッグもそうですが、こちらのボックスにも収縮の魔術がかけられています。

実際のスペースよりも遥かに多くの物を入れる事ができます」

「そ、それは凄い。どれくらい入るんだね」

「これは百倍くらいですね。体積と同時に質量も収縮するので、ここに入れた物の重さは百分の一になります」

「百倍……。しかも、重さが百分の一だと」

「これが出回れば、物流に革命が起きるぞ!」

 

 今度は、高官たちが騒ぎ始めた。

 物流というのは、世界を支える重要なものだ。

 トラックや船、飛行機などで食料や製品、荷物を運ぶ。

 これをスムーズに行うために、どれだけの金をかけて道路を整備しているか見当もつかない。

 また、物を置いておく倉庫にどれだけのスペースを取っているか。それを百分の一に出来るとしたら、地球にとっては革命だろう。

 その分排気ガスが減ったら、環境にも良いとは思う。

 ただまあ、今の私が持ってこれる量ではそんなに出回らないだろうけど。

 

「これ一つで、トラック二台分は入るのかしら……」

「輸送の規模が格段に変わりそうですな」

「在庫管理の概念も変わりますよ」

 

 ボックスに群がるスーツの男女。

 やはり、国を動かす高官たちである。

 実用性が高そうなものに対するリアクションがいい。

 まあ、今回はこれくらいでいいだろう。

 

「この魔石と収納ボックスを、こちらは商品としてご用意します。まあ、現状調達できる量には限度がありますが」

「素晴らしい。魔術文明の力は偉大ですな」

 

 賞賛する高官たちだが、色々とまだ解決しなければならない問題はある。

 何しろこの魔石もボックスも、私の給料で買ったものだからね……。

 政府のサポートがないから、こっちはギリギリなんだよ。

 

 ともかく、こちらの出し物は終わった。今度は向こうが貿易品を提示する番だ。

 武器とか技術とか、そういうのはいらない。

 マルデアの魔術文明には勝てないと思う。

 

 私が席に戻ると、眼鏡の男性は気を取り直したように語りだす。

 

「それでは我々地球が提示するものになるが、先日通信させて頂いた中でマルデリタ嬢の要望によれば、珍しい娯楽品が欲しいという事で」

「ええ、そうです」

 

 マルデアはすごい魔術世界だけど、娯楽はしょぼい。なんていうか、エンタメを作る気概があんまりないのだ。

 

「そこで、我々は地球の娯楽品を一通り用意させて頂いた。

我らがアメリカが誇る映画から、世界中の各種玩具まで揃えている。

地球の創意工夫が生み出した自慢の一品たちだ。

その中から、マルデリタ嬢のお眼鏡に叶うものを今回は差し上げたい。

電気が必要なものであれば、必要な環境まですべて準備させてもらう」

 

 なるほど。料理と同じパターンか。宇宙人の趣味とかよくわかんねえから全部そろえた。好きなのもってけというやつだ。

 

 私は用意された部屋に入り、中にあった娯楽品を眺めていく。

 モニターに映し出されるド迫力の映像や、何やら未来感のある乗り物。

 子ども用の玩具まである。

 その中で、私の目を引いたのはやはりというか、アレだった。

 

「……これは、Play Static 5!? そしてこれは、スウィッツ? Xbaxってなんだ!」

 

 そう、ゲーム機だ。

 私が死んだ1995年当時、PlayStaticという機種が出ていたというのは知っていたが、それが5代目にまでなったのか。

 ソフトを見れば、どうやら今Final FantasiaはPlayStaticから出ているらしい。

 やばい、スクエイアとエニクスが合併してる……。しかし洋ゲーが増えたみたいだな。リアルな絵の渋いパッケージが多い。

 スウィッツのソフトは日本産っぽく、カラフルなキャラがパッケージを彩っている。

 それに、Xbaxという見慣れない名前。新しい参入もあったんだろう。

 こっちは完全な洋物っぽさがある。このパワー感はきっとアメリカだろう。

 どれもデザインが昔とは似ても似つかない。最新のゲーム機という感じだ。

 と、近くにいた男性が声をかけてきた。

 

「ビデオゲームがお気に召しましたかな」

「ええ、ぜひやってみたいです。あ、ゼルド!?」

 

 『ゼルドの伝承』は、子供時代に夢中でやっていたアクションパズルゲームだ。

 ゲームを起動すると、なんと3Dの立体世界を自由に駆け回るゼルドになっているではないか。

 壁も登れる。木を切れる。

 遠景がとってもきれいだ。しかもグライダーで飛んでいける。

 すごい。これはすごいぞ。

 

 だが、私はここで思いとどまった。

 今は交渉中である。

 あまり子どもっぽい所を見せてはいけない。

 私はマルデアの代表として、アメリカのトップと交渉しにきたのだ。

 

「……。我々マルデアとしては、ビデオゲームを試しに幾つか頂きたいと思います。非常に興味深い娯楽ですね」

 

 私はそう言って、震える手でゲームをやめた。

 今ここでもっとやりたかったけど、我慢だ。

 

 金塊をもらってもマルデアでは何の価値もないけど、ゲームなら売れるかもしれない。

 ただ、市販するならマルデア向けに仕様を合わせる必要がある。

 地球の家庭は電源で機械を動かすけど、マルデアは魔力でデバイスを動かしてるから。

 この辺は、一度持って帰って考えなきゃいけないだろう。

 

 そんなわけで、こちらは魔石、向こうはビデオゲーム。

 今回はこんな感じで、よくわからない物々交換が成立した。

 

「魔石は私が地球に来る際、毎回お持ちします。もちろん、今後も地球にとって有益なものを提示できると思います」

「それはありがたい。これからも、末永くお付き合いいただきたいものですな」

「ええ、よろしくお願いします」

 

 最後は外交官と少し談笑し、初の交渉は終わった。

 でも、明日はついに世界に向けた会見があるんだよね。

 

 



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7話

 

 地球人類との初交渉を、ひとまず良い形で終える事ができた。

 まあ、商売として形にするのはまだこれからだけど。

 

「ふう……」

 

 大統領が見えなくなると、私は深く息をつく。

 もう、へとへとだ。

 地球のお偉いさんに囲まれて、しかも私が話の中心とか。

 何なのこの仕事。

 ともかく、今日のスケジュールはこれで終わりらしい。

 

「マルデリタ様。こちらへどうぞ」

 

 案内の人が招いてくれたのは、豪華なベッドルームだった。

 高級ホテルのスイートな感じだ。

 私は恐る恐る中に入って、ベッドに腰かける。ふわっふわだ。

 

「明日は大統領と共に会見に出て頂く予定になっております。

ご不便がありましたら、何なりとお申し付け下さい」

 

 案内の人が丁寧に頭を下げるので、私は開き直ってお願いをする事にした。

 

「あの、インターネットとかってあります?」

 

 前世で死んだ1995年の時点では、インターネットはあまり普及していなかった。

 友達の家にFMU-7やwindowzがあって、PC用のゲームをやらせてもらっていたのを覚えている。

 当時は最新のOSがwindowz95だったと思う。

 

 

 さて、少し待つと準備が整ったようだ。

 

「こちらが最新のPCになります。インターネットにもお繋ぎ頂けますが、書き込みなどはお控えください」

 

 パソコンの画面に表示されたのは、Windowz10という文字。

 ああ、会社は変わってないんだね。

 そんな感想を抱きながら、私は手探りでパソコンを触っていく。

 

 基本の操作は変わっていないようで、マウスを操作してブラウザを開いてみる。

 

 すると、ニュースの画像とタイトルが表示された。

 

『アメリカ政府が緊急記者会見を予定。人類の歴史を塗り替える発表か!?』

 

 気になる見出しをクリックしてみると、どうやら明日の会見についてらしい。

 

『アメリカ政府は明日、世界に向けて重大な発表を行うと発表した。

詳細はまだ発表されていないが、「人類の歴史を塗り替える記念すべき日となる」という。

よほど重大な発表のようだが、ポジティブなものである事は間違いないらしい』

 

 そんな内容だった。

 うん、私の事だよねこれ。

 まだ今は秘密にしておいて、明日の会見で一気に説明するつもりらしい。

 うわあ、世界中に発表するってこんな感じなんだ。

 

 今頃日本でもニュースになってるのかな。

 そんなことを考えながら、ブラウザで検索していく。

 このあたりはマルデアの魔術通信ネットと似ているので、すぐに使い方はわかった。

 と、コミュニティサイトみたいなものが出てきた。

 

 

 ツイットーというサイトらしい。

 

『アメリカ 記者会見』で検索すると、大量に人々のコメントが表示される。

 

xxxxxx@xxxxx

『アメリカの記者会見。この予告はよっぽど自信のある内容らしい』

xxxxxx@xxxxx

『新しい資源でも発見したのか?』

xxxxxx@xxxxx

『見当もつかないわ。でも、良い事であってほしいわね』

xxxxxx@xxxxx

『宇宙開発系なら宇宙における生命体の発見かもしれない』

xxxxxx@xxxxx

『政府の自慢なんてどうせ大した事はないだろう』

xxxxxx@xxxxx

『今の苦しい時代に、光明となるような何かであってほしい所だ』

 

 各々が予想や希望を語り合っている。

 物凄い量の書き込みだ。言語も多種多様。やっぱり、世界が注目しているんだ。

 こんなの胃が持たないよ……、なんか頭も痛くなってきた。

 私はパソコンを消し、ベッドに潜る。

 どうってことはない。

 ただ会見に出て、ちょっと話すだけなんだ。

 自分にそう言い聞かせながら、私は何とか眠りについた。

 

 

 そして、朝。

 うん、あまり寝れなかった。

 ベッドから出ると、なんか家政婦さんっぽい人が身支度を手伝おうとしてくる。

 私は丁重にお断りして自分で着替えた。

 

 

 それから私はスーツの男性に案内され、早速会見場へと向かう事になった。

 私は、とんでもなく緊張していた。

 アメリカ全土、いや世界に向けた記者会見だ。

 場所は、ホワイトハウス内にある会見場らしい。

 広い場所ではなかったが、席にはメディア関係者らしき人たちが集まっている。

 カメラを持った人間も、壁際にずらりと並んでいた。

 控室で待っていると、時間がやってきた。

 

 まずガーデン大統領が壇上に向かい、メディアに向かって挨拶をする。

 そして場が温まった所で、彼のスピーチが始まった。

 

「アメリカがNASAを発足したのは、1957年のことだ。

我々は宇宙開発に本腰を入れ、1969年には史上初の月面着陸を成功させた。

それからも、我々は宇宙への探求心を絶やさず燃やし続け、研究を続けた。

その結果、なんと我々はついに知的生命体の住む星を発見したのだ」

 

 その言葉に、メディアが「おおっ」と反応した。

 大統領は満足げに笑みを浮かべながら続ける。

 

「NASAはそんな彼らとの交信を試み、ついに交流を成功させた。

相手は予想以上の存在だった。異星の人々は我々の信号を解析し、すぐに返事を送ってくれたのだ」

 

 ガーデン氏の説明は、情熱的でとてもドラマチックだ。

 ただマルデアに完全に無視された部分はカットしたらしい。

 

「そして、今日この日。我らが友好星マルデアから、親善大使が地球に訪れた。

このアメリカに、素晴らしい文明を届けてくれたのだ」

 

 大統領の言葉に、会場が今度は大きくざわめく。

 さあ、私の出番だ。どうしよう、震えてきた。

 

「紹介しよう。マルデアに住む我が友人、リナ・マルデリタ嬢だ」

 

 大統領の声に、私はカチカチになりながら舞台へ出て行く。

 シャッター音が会場に響く。

 逆に、誰も声は上げていなかった。

 みな、私という宇宙人を観察しているのだろう。

 さて、ご挨拶しなきゃいけない。

 私は一礼してから客席を見やる。

 

「は、はじめまして。私はマルデア星から来た、リナ・マルデリタです。

地球という素晴らしい星に来れた事を嬉しく思います。よろしくお願いします」

 

 マイクを前に挨拶すると、大統領は微笑んだ。

 

「彼女はとても流暢に英語を使う。どうやら、こちらの文明について熱心に勉強してくれたようだ。

耳の長さを除けば、まるで普通のアメリカ人にも見えてしまうね。だが、そうではないことを証明しよう。

マルデリタ嬢。お願いできるかな」

 

 芝居じみた大統領のフリに、私は頷く。

 

「風の力よ」

 

 魔力を込めて念じると、私の服が大きく揺らめく。

 すると体がフワリと宙に浮き、魔法の輝きを放ち始める。

 

 会場の注目が、さらにこちらに集まるのがわかる。

 

「マルデア星が持つ魅力。それは、我々が娯楽世界で夢見てきた魔法文明だ。

彼女はその力を、我々にも分けてくれたのだ」

 

 大統領の言葉に合わせるようにして、今度は右手から男性が現れる。

 スーツの彼は、手に魔石を持っていた。

 どうやら魔法のパフォーマンスをするらしい。

 

「飛べ」

 

 そう念じるだけで、男性の足が床を離れて浮かび上がる。

 彼は髪を揺らしながら、ぎこちなくも宙に漂っていた。

 

 政府は収縮ボックスではなく魔石をこの会見の見世物に選んだらしい。見栄えが良いからだろう。

 それを眺めながら、大統領は話を進める。

 

「これは魔石と言って、魔力のない人間でも魔法が扱えるようになる道具だ。

彼女は、これを交易品として持ってきてくれた。他にも、便利な魔法の品を頂いた。

これを見たみなさんは、何かのトリックと思うかもしれない。

大統領がマジックショーを始めたぞ、などという冗談も聞こえてきそうだ。

だが、これはトリックでもなんでもない。上から紐で釣りあげているわけでもない。

疑うなら、この映像を記録して十分に解析してみるといい。

これは完全に本物の魔法であり、科学技術によって生み出された現象ではないのだ」

 

 そんな説明に、場内はシンと静まり返る。

 まだみんな半信半疑なのかもしれない。

 だが大統領は力強く拳を握り、熱を入れて語り出す。

 

「私はアメリカ大統領として、責任ある発言をしているつもりだ。

大勢のメディアを前に、バカげた嘘をつくような事はない。

アメリカ政府の代表として、ここに堂々と宣言する。

我々人類は、魔法との邂逅に成功したのだ」

 

 すると会場が徐々に沸き上がり、拍手に包まれ始める。

 どうやら盛り上がっているようだ。

 



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8話

 

 スピーチが終わった後。

 私はカメラの前で大統領と握手し、星同士の友好をアピールした。

 私は個人で来ているんだけど、やはりマルデアの代表扱いだ。

 

 最後に、私のスピーチの時間が用意された。

 はじめての宇宙人として、地球人全体に声をかけてほしいという事だった。

 私は緊張しながら、なんとかカメラを見据えた。

 

「地球人のみなさん。私はマルデアという星で生まれた、マルデア人です。

あなた方から見れば宇宙人になると思います。

これから私は大使として、この星に何度もお邪魔させてもらう事になります。

マルデアと地球の交流は、二つの星により良い未来をもたらすと信じています。

私も、微力ながら尽力させて頂きたいと思います」

 

 言い終えた私は、小さく礼をした。

 そしてそのまま舞台の袖に走り、衆目から逃げ出したのだった。

 

 私はこの地球という星と、たった一人で交流していく事になる。

 地球は豊かな文化を持ってるけど、争いやら汚染やら問題のある星だ。

 マルデアは文明は凄いけど排他的で、娯楽に興味がなく少し退屈だ。 

 二つの星を、もっと好きになれる星にしたいとは思ってる。

 まあ、一人でどれだけできるかはわからないけどね。

 せっかくこんな奇妙な仕事をもらったんだ。

 リナ・マルデリタとしての人生を、前向きに生きていきたいと思う。

 あとまあ、日本にも行きたいよね。

 

 

 

 会見後。

 私はベッドルームに戻り、パソコンを立ち上げてインターネットを確認した。

 ネットでは、会見の話題でもちきりだった。

 

xxxxx@xxxxx

『あれが宇宙人なのか?』

xxxxx@xxxxx

『すっごい可愛いかった!』

xxxxx@xxxxx

『緊張しながら頑張って挨拶してたよね』

xxxxx@xxxxx

『ほとんど人間だったな。エルフみたいだ』

xxxxx@xxxxx

『中学生みたいな子と大統領が握手してるの笑う』

xxxxx@xxxxx

『大体あの子どこから来たんだ。アメリカ政府が宇宙人を捏造したんじゃないのか?』

xxxxx@xxxxx

『いや。映像解析が進んでいるが、あの魔法はCG映画やマジックショーのような作り物ではないらしい』

xxxxx@xxxxx

『じゃあ、ほんとの宇宙人で、ほんとの魔法なの?』

xxxxx@xxxxx

『大統領はそう言ってる。これが嘘だったら大暴動だね』

xxxxx@xxxxx

『まあ、信じるべきなんだろうな』

xxxxx@xxxxx

『正直、どう受け止めて良いのかわからない。これによって何が起こるんだ?』

xxxxx@xxxxx

『魔法が地球に普及するかもしれない』

xxxxx@xxxxx

『私でも使えるようになるの?』

xxxxx@xxxxx

『魔石があればね』

xxxxx@xxxxx

『ウィンガーディアム・レヒオーサ!』

xxxxx@xxxxx

『ハリ・ポッタの世界だ!』

xxxxx@xxxxx

『ようこそ地球へ、リナ・マルデリタ!』

 

 疑っている人も多かったが、徐々に歓迎ムードの人が増えてきていた。

 私はどうやら、一気に地球規模の有名人になってしまったらしい。

 

 まあいいや、今回の地球訪問の目的は果たした。

 魔石を渡してゲームのサンプルをもらってみんなに挨拶した。

 それで十分だと思う。

 まだ日本に行けるようなムードじゃないし、これで帰る事にしよう。

 

 

 少し休憩した後、私は政府の人たちと挨拶をした。

 アメリカ側から各所への挨拶や見回りを提案されたが、さすがにしんどい。

 というか、まずは帰ってゲームしたい。

 

 私はビデオゲームとモニター、そして電源供給のセットをもらった。

 圧縮バッグに詰めれば、軽々と持ち運ぶ事ができる。

 

「それでは、今回はこれで失礼します」

 

 腕についたデバイスに触れると、ワープが起動する。

 私は光に包まれ、地球から消えた。

 

 

 

 

 次の瞬間、私は魔術研究所のワープルームにいた。

 どうやら、ちゃんとマルデア星に戻ってきたようだ。

 白衣の女性は、その前の部屋でずっと研究をしていたようだ。

 私に気づくと、立ちあがってこちらに近づいて来た。

 

「やあ、帰って来たのかね。どうだったね地球は」

「ええ。大変でしたけど、とても面白い星でした」

 

 笑顔で答えると、彼女は驚いたように目を丸くした。

 

「ほう。野蛮な星に行ってけろりとした顔で戻ってくるとは。なかなかタフだな君は」

「は、はあ」

 

 研究者と二、三言葉を交わした後、私は研究室を出た。

 通路を歩くと、所員たちがこちらを振り返る。  

 

「何あの子、見ない顔ね」

「リナ・マルデリタよ。一人で地球と交流してるらしいわ」

「はあ? なにそれ、変人?」

「野蛮な星に一人で行くなんて、考えられないわよねえ」

 

 職員の女子たちは、私の噂をしているようだ。

 この際、気にしないでおこう。

 

 私は研究所を出て、ワープステーションから実家に帰る事にした。

 

「ただいまー」

 

 普通に玄関で靴を脱いで中に入ると、母親がとぼけたような顔で出てきた。

 

「あら、リナ。もう戻ったの? 地球はどうだったの?」

「楽しかったよ」

「そう。ならいいんだけど。って、何その荷物?」

 

 私がバッグから取り出したゲーム機を見て、母は驚いたように目を見開く。

 

「地球の娯楽品だよ。私が検分するから、部屋に入れるね」

「ふうん。って、ええ!?そんなもの家に入れるの?」

「私の部屋だからいいでしょ!」

 

 私は荷物を自分の部屋にぶち込んだ。

 そして部屋の鍵を閉め、ゲームを設置していく。

 アメリカから大量のバッテリーをもらったから、これに繋げば電気はつく。

 実際にマルデアで販売するには、魔力で電気がつくようにしなきゃいけないけど。

 今日はちょっと置いておこう。

 

「えっふえっふ~!」

 

 私はその後、母親に怒られるまでゲームに没頭した。

 だってFinal Fantasia大好きだったのに6までしかやった事なかったもん。

 1995年で死んだんやもん。

 いきなり7のリメイクとか出てたら、そりゃやりまくるでしょ。

 地球のゲーム、めっちゃおもろい。

 

 

 

 それから数日、いや二週間くらい経ったかもしれない。

 私は地球の最新ゲームの魅力を存分に堪能……、検分した。

 

 その後、私はマルデアの魔法省に魔術通信(メール)を入れた。

 一応ちゃんとした業務なので、上には伝達しておかなければならない。

 

『地球に魔石をあげたら、娯楽品のゲームをくれたよ。

 あっちの世界のトップと一緒にメディアに露出して、交流をアピールしてきたよ』

 

 という旨の報告だ。

 

 部長からは「あっそう。好きにやれば?」みたいな返事が返ってきた。

 とてもその……、放任主義だよね。

 うん。好きにやろうと思う。

 

 地球からマルデアへの連絡は、相変わらず全て私宛に送られてくる。

 アメリカとは毎日連絡を取り合う関係になっていた。

 こうなるともう、相手が政府だろうが何だろうが慣れてくるね。

 

 なんでも魔石と収縮ボックスが死ぬほど好評だから、できる限り持ってきてほしいとの話だ。

 とりあえずこちらの商品の価値はしっかりと地球に通用したらしい。

 ただ、これからやるべき事は沢山ある。

 

 貿易を通して、互いの星をより良い世界に導いていくと言ってしまったわけだからね。

 うん。壮大すぎるけど、大まかな目標としては次の二つだ。

 

 一。

 マルデアの魔術品を地球に輸出し、地球という星を少しでも便利でエコで安全な世界にする事。

 二。

 マルデアには楽しい地球の娯楽を輸入し、少しでも笑顔を増やす事、かな。

 

 御大層な感じになっちゃったけど。

 まあ単に、みんなで安心してゲームとかで遊べる世界にしたいだけだ。

 私の私利私欲丸出しである。

 

 あと、今はアメリカとだけ交流してるけど。

 一つの国に魔石を独占させるのはよくないから、その辺も釘を刺さなきゃいけない。

 それに、やはり故郷のある日本とも交流したい。

 前世の両親に会うのが、一つの目標でもあるからだ。

 

 でも「元日本人だから日本に行きたいです」なんて、さすがに言えない。

 国交という形で自然に日本に行く成り行きを作り上げるしかない。

 大変そうだけど、一つ一つ地球とのやり取りを進めるしかないようだ。

 

「お母さん、明日から出張してくるね」

「あら、また地球に行くの? 二日くらいかしら」

 

 母に報告すると、彼女は軽い感じで問いかけてきた。

 

「ううん。今回はちょっと長くなると思う」

 

 次の訪問は、本腰を入れる事になりそうだった。

 



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9話

 

 

 翌朝。

 私は自分の貯金を使って魔石を百個と、収縮ボックスなどの交易品を購入した。

 それを魔術バッグに入れると、部屋を埋め尽くすほどの量が全部すっぽりと中に収まる。

 

 仕入れを済ませた私は、早速魔術研究所へ向かった。

 ワープルームの前で待っていたのは、やはりこの間の研究者だ。

 

「やあ、君か。また地球へ向かうようだな。懲りない事だ」

 

 白衣の女性は、すでに準備をしてくれていたらしい。

 前回と同様、帰還ワープ用のリスト型デバイスを手渡してくれる。

 

「今回は少し長くかかると思いますので、帰るのは来月になるかもしれません」

「そうか。冒険好きなのはいいが、命を大切にするんだぞ。気が付いたら野蛮な地球人のディナーになっていた、なんて事もあるかもしれん」

「あはは、お気遣いありがとうございます」

 

 まさか、そんなことはないと思う。よっぽど変な場所に落ちない限りは……。うん。

 私は研究者と少し話した後、ワープルームに入った。

 そして、再び地球へと向かって飛んだ。

 

 ついたのは、前回と全く同じ場所だった。

 銃を持ってやってきた人の庭だ。

 

 今回は詳細な地図を用意してホワイトハウス直行を目指したはずなのに、どうしてこうなるのだろう。

 星間ワープに多少問題があるとはいえ。

 あの研究者、ちょっとポンコツなんじゃないだろうか。

 ただ、この私にマルデア本部があれ以上の設備を貸してくれる事はないと思う。

 この欠陥品で交流しろという事なのだろう。

 

「まあいいや。同じ場所なら、同じように行けばいいんだから」

 

 私はバッグを背負って歩き出す。まずは、学校が目印だ。

 

 

 道路沿いに歩いていくと、大きな建物とグラウンドが見えた。

 前と同じように、生徒たちがアメフトにいそしんでいる姿が見える。

 違うのは、車椅子がない事くらいか。

 

 私は少しその光景を眺めていると、一人の少年がこちらに駆け寄ってきた。

 

「きみ、きみっ!」

 

 顔がメットで覆われていたが、よく見ると見覚えのある風貌だった。

 

「あ、こんにちは」

 

 私が手を振ると、彼はヘルメットを取った。やはり、あの時の子だ。

 

「きみ、宇宙人だったんだね! テレビで見たよ。大統領の記者会見に君が出てきてさ。

魔法を使ったよね。それでわかったんだ。君が魔法で俺の足を治してくれたんだって!」

 

 感激したように声を上げたのは、こないだの車椅子の生徒だった。

 もう元気に地に足をつけて歩いているようだ。

 

「そっか。治ったんだ。よかったね」

「ああ。クラブにも復帰できたよ。もう何の問題もない。本当にありがとう!」

「うん、どういたしまして」

 

 話していると、他のクラブ生たちが何だ何だとやってくる。

 

「きみにお礼がしたいんだ。何か俺にできる事はあるかな?」

 

 少年は笑顔で私に問いかける。だが、このままだと注目される。

 

「ごめんね。人が集まってきたし、もう行かなきゃ」

 

 私は手を振って、駆け足で道路を逃げていくのだった。

 

 それから、私は前と同じ警察のオフィスへと向かった。

 中に顔を出して、「こんにちは」と挨拶する。

 

「あ、リナちゃん。またここに来たの?」

 

 女警官のケイシーさんが私を見つけて驚いたようだ。

 

「すみません。またちょっと場所を間違えまして。あの、ワシントンD.Cまでお願いしたいんですけど」

「ちょ、ちょっと待っててね。巡査長! リナちゃんです! マルデアの親善大使が来ました!」

「なにぃっ!」

 

 巡査長さんは私を見つけると、また同じようにどこかに連絡を取り始めた。

 

「ネットで記者会見の動画、見たわよ。すごかったわ。

大統領と対等に挨拶して、魔法で空に浮かんじゃうんだもの!」

「あはは、照れますね」

 

 ケイシーさんは興奮しながら、魔術を見た時の感動を語っていた。

 彼女と話しながら待っていると、前回よりだいぶ早く、あのごつい車がやってきた。

 

「Let's GO!!」

「イエッサー!」

 

 ものすごく周囲を警戒しながら、私を車に案内してくれる軍人さんたち。

 この人たちも大変だね。

 私は軍人さんたちに守られながら、国の中枢に送られていくのだった。

 

 ホワイトハウスにつくと、早速大統領とご挨拶をする。

 

「やあ、また来てくれたようだね」

 

 彼は私の前では常にニコニコしている。そういう仕事なのだろう。

 だが、やはり大統領は忙しいらしい。十分ほど話すと、すぐにどこかに行ってしまった。

 

 私のメインの会話相手は、アメリカが誇る外交官だ。

 

 ランデル・スカールという丸い眼鏡をかけた壮年の男性だった。

 会議室に入ると、私は早速彼と話し合う事になった。

 傍には、私が持ち込んだ魔石を用意してもらっている。

 

「マルデリタ嬢。前回より多くの魔術品を持ってきてもらったようで、感謝している。

さて、具体的に貿易について話し合いたいと思うのだが……」

 

 早速、本題に入ろうとするスカール氏。

 

「はい、私もそのつもりです。ただその前に、魔石の使い方についてご説明しておく事があります」

「使い方? 念じるだけではないのかね」

 

 私の勿体ぶった言い回しに、スカール氏は眼鏡の奥を光らせる。

 

「ええ。以前は、一つの魔石を使って小さな奇跡を起こせるという事を説明しました。

ですが、それに大した効果はありません。

魔力を持たない方ならなおさらです。せいぜい、水を出す、火を起こす、少しだけ宙に浮かぶ。

それくらいのことしか実現できなかったと思います。

なので今回は、複数の魔石を合わせて使う方法をお伝えします」

「複数の魔石……?」

「はい。多分前回渡した分だけでは少なすぎて、そういった試行も出来なかったのではないかと思います」

「う、うむ。それは確かに。貴重すぎて消費すらしていない状況だ。

今現在、魔石を研究所に回しているところでね」

 

 スカール氏は苦い顔をしながら顔を落とす。

 まあ、そうだろうな。

 地球側もなんとか自前で作れないかと魔石や魔力そのものを解析するだろう。

 ただ魔石と同じものを別の素材で作る事は出来ないし、地球人が魔力を再現するのは無理だろうけどね。

 ともかく、私は説明を始める事にした。

 

「魔石というのは、魔力の結晶です。魔力とは、願いを叶えるための力です」

「願いを叶える力、か」

「ええ。資源のように考えて頂けるとわかりやすいです。

一つの魔石では大した事はできませんが、二個、三個と合わせると、その力は増していきます。

例えばですね。その、失礼ですがあなた。髪の毛はあった方がいいと思いますか?」

 

 私は、頭の頂点がツルツルな男性にそう問いかけた。

 すると男性は、顔を赤くしながらも頷いた。

 

「ええ、あった方がいいでしょう。坊主にするにしても、伸ばすにしても、髪があればこそ自由に選べるのですから」

 

 彼は何やら深刻そうな顔をしている。

 やはり、髪は欲しいのだろう。

 

「そうですか。ならば、少し失礼します」

 

 私は魔石を三つ合わせ、彼の頭に向けた。

 

「生やせ」

 

 言葉と共に、彼の頭がピカピカと光り始める。

 すると、涼しげだった頭皮から短い毛が大量に生えてくるではないか。

 

「お、おお?」

「きみ、毛が生えているぞ!」

「本当だ、私の頭に毛の感覚が……!」

 

 男性は感激したように呟き、窓ガラスに映る自分の顔に目をやっていた。 

 

「と、このようにですね。魔石を合わせると、少し特別な願いが叶うようになります。

それでも、そこまで大きなものではありませんが。五個、十個と合わせれば、もう少しずつ力は上がっていくでしょう」

「……素晴らしい。魔石の力は、我々が思った以上だな」

 

 スカール氏は目を見張っていた。

 だが、魔石が持つ可能性はこんなものではないのだ。

 

「ええ。魔法の力、願いの力は偉大です。我々マルデア人はその力を使って、正しく管理された世界を実現しました」

「管理された世界?」

「ええ。一つお尋ねしますが、地球には災害というものはございますか?」

「もちろんだとも。火事や台風、地震や噴火など様々だが……」

「そうですか。我々は既に、それらの災害をほぼ未然に防ぐ事に成功しています」

「ほ、本当かね!」

 

 スカール氏のみならず、会議室にいた人みなが驚き、体を乗り出す。

 まあ、これは当然の反応だろう。

 前世を思い出せば、地球はいつも災害に悩んでいたからな。

 私は頷いて続ける。

 

「ええ。マルデアでは二千年前から大規模な災害の被害はありません。

例えばマグマや台風も、災害対策省の魔術師たちが常に管理し、鎮静化させています」

「それは、例えば魔石で出来たりするものなのかね」

 

 体を乗り出してくるスカール氏は、額に汗を流している。

 

「ええ、マルデアでも魔石を使った災害排除を、千年ほど前までやっていました。

私一人でも魔石が大量にあれば、台風などを未然に防ぐ事が可能でしょう」

 

 私の言葉に、場内は静まり返っていた。

 



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10話

 

「私一人でも魔石が大量にあれば、台風などを未然に防ぐ事が可能でしょう」

「なんと……君一人でか」

 

 私の言葉に、外交官のスカール氏は息を呑む。

 

「はい。ただ、大きな願いを叶えるためには膨大な数の魔石が必要となります。

私一人でそれを調達して地球に持ってくるのが大変かもしれませんが……」

「ふむ。やはり簡単ではないか。

しかしそれが本当に地球で実現できるなら、我々の未来は明るくなるだろうな」

 

 スカール氏と高官たちはみな頷き合っていた。

 『災害が排除できる道具』というプレゼンは、かなり効果的だったようだ。

 

「時間をかけて、なんとか地球でも実現したいと思っています。

あと、これから貿易を始めていく上で一つお願いがあるんですが……」

「なんだね」

 

 外交官が首をかしげる。

 前提として、これだけは言っておかなきゃいけない。

 

「縮小ボックスはともかく、魔石は地球全体のために使ってほしいんです。

ですから、国連などの国際組織で保有するとか、そのあたりを他の国とも話し合ってもらいたいんです」

「……ふむ。確かに魔石をアメリカで独占すれば、世界から総叩きに遭うだろうな。

わかった。魔石については他国と話し合う方向で考えよう」

「ありがとうございます」

 

 とりあえず、最初の前提条件は受け入れてくれたようだ。

 私がほっとしていると、スカール氏は厳しい顔をしながら話の本題に入った。

 

「それで、災害排除には具体的にどれくらいの石が必要なのかね」

「災害と呼ばれる規模を対処するには、最低でも一万個。

台風なら数万。大災害なら百万個あっても足りないでしょう。

それだけの量を調達するために解決しなければならない問題は、山ほどあります」

「そうか……。遠い星から運んでくるのなら、輸送一つとっても大変だろうな。

一度に地球に持ち込める魔石の量は、このくらいが限界なのかね?」

 

 私の荷物を見て、スカール氏はそう問いかけてきた。

 彼は既に、地球から災害を排除する事を考えているのだろう。

 

「量はもっと行けると思います。専用の輸送機があれば、今の百倍、千倍以上は持ち込めるでしょう。

ですが、問題はお金です。あちらで魔石を仕入れるには、マルデアのお金が必要になります。私にはそこまでの資金はありません」

 

 私が手を広げて見せると、スカール氏は腕組みをした。

 

「こちらが宝石や石油などの資源で支払う事はできないのかね」

「難しいでしょう。マルデアが貴金属や資源を欲しがるとは思いません。

どんな美しい宝石も、魔術で生成できてしまうからです。

魔力が最高にして万能の資源であるため、石油も必要ありません。

技術力も同じく、必要としないでしょう」

「むう……。厳しい話だな」

 

 スカール氏は唸りながら眉を寄せる。

 さあ、ここからが私のご提案だ。

 

「ですが、娯楽品は別です。

マルデアは優れた技術と芸術を持っていますが、大衆向けの娯楽には弱いのです」

「娯楽か……。具体的には?」

「この前頂いたビデオゲームはとても素晴らしかったです。

あれは、マルデアにはない娯楽です。

地球のゲームをマルデアに売り、あちらの資金を稼ぐ事を考えています」

 

 私が手を広げて見せると、外交官は少し考えるそぶりを見せた。

 

「ふむ。他に音楽や映画などはどうかね」

「それらは、マルデアでもそれなりに市場があります。

やってみてもいいですが。地球のものを流通させようとしたら、大手に邪魔されるような気がします。

私一人では、できる事に限りがあります。

ゲームは既存の市場がありませんので、邪魔してくる人たちもいないでしょう。

利益も高く、魔石を買う資金を作るには良い商材かと思います」

 

 魔石とゲームというと、いびつな取引に思えるかもしれない。

 だが、ゲームは地球ではハリウッド映画を超える巨大産業だ。

 そして、マルデアにおいて魔石の価値はそれほど高くない。

 災害も、魔石なしで排除する方法が確立されているからだ。

 マルデアの大地には魔力が溢れているため、魔石は捨てるほど産出される。

 仕入れに関しても問題はないだろう。

 

 そのあたりを説明すると、スカール氏は納得してくれたらしい。

 ゲームで取引するという前提で話を進めてくれる事になった。

 

「……、そうか。ならば、まずはゲームメーカーに手配しよう」

「はい。ただその……。それを実現する上で、幾つか問題があります」

「それは何だね」

「まず内容です。マルデアは地球文明に好意がないので、最初は現実から離れた世界観のゲームから展開していくのが望ましいと思います」

「ふむ。そちらの星の趣向については君に任せる。

商品の調達は、我々がゲームメーカーに連絡しよう」

「いえ、それではダメなんです。私が直接メーカーに出向いて話し合わなければいけません」

「君が? どうしてかね」

「マルデアで売るには、ゲーム機自体をマルデア向けにいじる必要があります。

地球では電力をエネルギーとするのが一般的なようですが、あちらは魔力ですから。

更に、言語のローカライズも必要です。

それらの問題を解決するためには、マルデア人であり魔術師の私が行く必要があります。

ゲーム機やソフトの開発者たちと直接話し合い、開発に参加しなければなりません」

「ふむ。ならば、そうだな。ミクロソフツに連絡して……」

 

 スカール氏は当然とばかりに米企業の名を出す。まあアメリカ政府だからね。

 だが、ここは私のプランを押さなければならない所だ。

 私はなんとかして日本に行きたいのである。

 日本で商売ができる相手となると、対象は限られてくる。

 私は彼の言葉を遮るようにして口を開く。

 

「いえ、マルデアはまだゲームというものが何かを知りません。

最初に持って行くのは、長い歴史を持ち、わかりやすいソフトが多いスウィッツがいいと思うのです」

「スウィッツ……、Nikkendoか。日本企業だな……」

 

 スカール氏は少し渋い顔をした。

 でもここは私にとって日本と繋がるためのチャンスだ。

 日本企業に行けばパスポートとビザを合法的に獲得でき、ゴールが自動的に近づく。

 商売をしながら、しれっと実家に行く作戦だ。

 

 それにやっぱり、前世の世代的にレトロゲーム寄りの会社から行きたい気持ちもある。

 将来的に色んな会社とやり取りをするとしても、最初は一つしか選べない。

 ここは押すしかないのだ。

 

「お願いします。マルデアで魔石を大量に購入する資金のためです」

 

 私が頭を下げると、スカール氏は少したじろいだように見えた。

 

「わ、わかった。こちらから日本に君のことを連絡して、協力を要請してみよう」

「ありがとうございます」

 

 そうして、日本への扉は開かれたのだった。

 

 

 

 それから私は、ワシントンD.Cにあるホテルのスイートルームを借りて連絡を待つ事になった。

 わたし今、超セレブである。

 料理も豪華だし、ベッドもフカフカだ。

 

 ホテルでは、商売の研究として最新ゲームを遊びまくった。

 これからやり取りする企業の商品を知らないというのは失礼に当たるしね。

 スプルトーン、めっちゃおもろい。

 

 いや、ゲームばかりやってたわけじゃないよ。

 他にも、スマートフォンと呼ばれる地球のデバイスを購入して、ネットを調査してたからね。

 これは、マルデアで誰もが持つ汎用デバイスに近いものだ。

 

 ネットでは、引き続き宇宙人に対する考察で盛り上がっていた。

 つまり、私の事だ。

 宇宙人の存在を疑っている人もまだいたが、多くの人は信じる前提で話し合っていた。

 魔法がどういうものだとか、アメリカが魔法技術を独占しようとしているとか。

 そんな感じの話だ。

 私の写真がSNSに出回りまくって、玩具にされているのもわかった。

 

xxxxx@xxxxx

「宇宙人ちゃん可愛い!」

xxxxx@xxxxx

「So Cute!」

 

 と書いてあるので、まあ、うん。そう悪い気分ではなかった。

 女に生まれてから、可愛いと言われるのは純粋に嬉しい。

 ただ、男の人が好きになれるかどうかはよくわからない。

 なにせ、前世が男だからね。

 その辺は現状、あまり考えないようにしている。

 

 スマホのカレンダーを見ると、2021年という文字が見えた。

 私が死んでから25年以上経っていたのだ。

 奈良の両親は今、65歳前後という事になる。

 これくらいの年であれば無事に生きている可能性は高い。

 なら、いずれは会えるはずだ。



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11話

 

 ホテルでの待機が続き、外出もできないので私は退屈していた。

 ベッドに寝ころびながら、何となくアメリカのテレビをつける。

 と、報道番組で私の話題が流れていた。

 

 女性の司会者が、紙に目を落としながらニュースを読み上げる。

 

「宇宙の大使であるリナ・マルデリタさんが、アメリカに二度目の来訪を果たしたそうです。

政府が今日の会見で明らかにしました。

彼女は魔石に加えて、魔法の縮小ボックスをプレゼントしてくれました。

これは、百倍以上の容量を収納する事が可能な箱だそうです』

 

 司会者の説明に、隣にいたスーツ姿の男性が手を組む。

 

『実に驚くべき技術ですな。私も驚きました。これが普及すれば、世界の流通事情が変わるかもしれません』

『ええ。現状はお土産程度の量だという話ですが、是非魔法の品に触れてみたいものですね』

『そうですな。魔法は夢のある商品です。だが、政府は現実を見なければならない。

大量の輸入のためには、やはり本格的な貿易を推し進める必要があるでしょう』

『他の星と貿易を始めるには何が必要なのでしょう?』

 

 司会者の質問に、男性は大きく手を広げた。

 

『当然、売るための品物です。

マルデアは素晴らしい魔術品を見せてくれました。

次は、地球側がマルデア星の欲しがるものを提示せねばなりません。

あちらの星が何を求めるのか。

資源か、科学技術か、学問か、それとも芸術作品なのか。

そういった事を見定める必要があります』

 

 何やら、経済の専門家が真剣に語っているようだ。

 まあ、私が欲しいのゲームなんだけどね。

 

 

 

 数日の間、私はメディアを眺めながらゲーム漬けの日々を送っていた。

 そんなある日。

 私の部屋に二人の男女がやってきた。

 

「FBIのジャック・ルイスだ」

「同じく、マリア・フォスターよ。あなたがマルデア大使のリナ・マルデリタでいいのかしら?」

 

 ドアの前に立っていたのは、さわやかな金髪のイケメン。

 そして黒髪の美女だった。私服警官かな。

 

「はい。そうですけど」

 

 頷いて見せると、二人はズカズカと中に踏み込んでくる。

 

「私たちはこれからしばらくあなたの護衛になるから、よろしくね。

さて、まずは報告よ。Nikkendoがあなたの取引を受け入れたわ」

「ほんとですか?」

 

 私が目を輝かせると、ジャックが親指を立てながら頷く。

 

「ああ。なにせ魔石貿易のためだからな。

アメリカや日本政府からメーカーに支援金補助が出た。おかげですぐに話は決まったそうだ」

「それはよかったです。ありがとうございます」

「いや、俺たちは何もしていないさ。さて、これからチャーター機で日本に向かう。準備は良いか?」

「えっ」

 

 どうやら、待ち時間はないらしい。

 私はデバイスと着替え、スウィッツをバッグに詰め込み、荷物をまとめる。

 それから、彼らに案内されて車に乗って移動を始めた。

 

「これが君のパスポートだ。確認しておくといい」

 

 車内でジャックに手渡されたパスポートには、いつ撮影したのか私の顔写真が載っている。

 日本とアメリカにおいて永久に滞在可能と書かれていた。なんか特別製らしい。

 

「永久……」

 

 これはもう、住めみたいな感じなのだろうか。

 既に二つの国籍を取ったようなものだ。いつでも日本へ行けるようになったのはでかい。

 

 車での移動を終えると、今度は飛行機だ。

 

 ガチの貸し切りジェットに乗って、私はすぐにアメリカを飛び立ったのである。

 さらばUSA。また逢う日まで。

 

 私は外をちょっとだけ眺めてから、スウィッツの携帯モードで新作のシミュレーションRPGを始めた。

 これ、スーファムでもあったよなあ。紋章の秘密っていうの。

 味方が一回死んだらもう二度と生き返らない鬼畜仕様の戦略ゲームだった。

 なんか最新作はだいぶ優しくなっていた。

 それに、恋愛シミュみたいなパートがあるようだ。

 カップリングが凄い……。

 

 

 さて、アメリカから日本へは12時間ほどの時間を要するらしい。

 私はゲームをやりこんだ後、すぐに眠りについてしまった。

 

 

 起きた時には、もうすでに日本の上空にいた。

 

「リナ、すぐに関西国際空港に降りる。出る準備をしてくれ」

 

 ジャックの指示で、私は上のラックから荷物を降ろす。

 窓の外を眺めていると、すぐに飛行場が見え、ジェットはゆっくりと着陸した。

 私が荷物を手に外に出ると、何台ものカメラがこちらを捉えていた。

 

「えー、たった今、宇宙人リナ・マルデリタさんが日本に降り立ちました。我々にとって歴史的瞬間です!」

 

 遠くから、リポーターの声が響いてくる。

 

 見れば、降りた先にはスーツ姿のお偉方が立っているではないか。

 

「マルデリタさん。彼が日本の総理大臣です」

 

 日本人の通訳らしき女性が説明してくれる。

 どうやら、私の日本上陸に合わせて総理が会いに来てくれたようだ。

 まあ、世間へのアピールの面もあるんだろう。

 

「はじめまして。ようこそマルデリタさん」

 

 今の総理大臣らしい小柄なおじさんが、私に英語で話しかけてくる。

 

 そんな彼に、私は握手しながらあえて日本語で言った。

 

「初めまして。リナ・マルデリタです」

「おお、日本語がお上手だ」

「素晴らしい発音ですな」

 

 日本のお偉方は、私のジャパニーズにゴキゲンなようだ。

 そんな会話に、遠くのテレビリポーターたちも盛り上がっている。

 

「みなさん、お聞きになられましたでしょうか! リナさんが日本語で挨拶をされました」

「かなり流暢な日本語ですね。よほど勤勉に地球の言語を勉強されているのではないでしょうか」

 

 すごい驚かれてるみたいだ。

 確かに、宇宙人がナチュラルに日本語話したら笑っちゃうよね。

 ただ、政府との会談にスケジュールを取っているわけではない。

 ジャックも時計を気にしているようだ。

 私は早めに話を切り上げ、総理たちと別れた。

 

 空港利用者以外の一般人は立ち入れないようになっていたらしく、混雑するような事はなかった。

 自衛隊が来ていたのか、緊張感も漂っていた。

 車で移動しながら、私はデバイスで日本のテレビ番組を受信する。

 

 ワイドショーでは、先ほどの来日映像が流れていた。

 

「見ましたか? リナ・マルデリタさん。とても可愛らしくて、まるでファンタジー世界のエルフみたいでしたね」

 

 司会がそう言って話を振ると、女性のコメンテーターに画面が切り替わる。

 

「来日の目的は明らかにされていないんですよね?」

「はい。アメリカと日本の政府は知っているでしょうが、行先がわかったら現状パニックになるという事で伏せられているようです」

 

 モニターを指しながら説明する司会に、芸人っぽい男性が大きな声で話し出す。

 

「それにしても、日本語すごい上手でしたよね。めっちゃ勉強してくれたんやろうなあ」

「日本に対して好意的に思ってくれていると考えたい所ですね」

「ていうか、宇宙人なのに英語も日本語も使えるんですよね。すごくないですか?」

「アメリカ大統領の発表会見からまだ二週間程度ですから。

短期間で日本に来た事を考えると、地球人よりすごく学習能力が高いのかもしれませんね。

と、いったんCMです」

 

 画面が切り替わり、コマーシャルになる。

 なんか、凄い私の話ばっかりしているようだ。

 どうやら私の行動目的については伏せられているが、来日の瞬間だけ全国に流したらしい。

 

 それにしても、この日本語がバンバン響いてくる感じ。

 懐かしくて泣けてくるね。

 



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12話

 車で京都までの移動が続くので、私はスマホを眺めていた。

 ネット上のSNSでは、リナ・マルデリタが日本に来た目的についての予想が話題の中心だった。

 

xxxxx@xxxxx

「アメリカの次に日本に来るって、よっぽどだよな」

xxxxx@xxxxx

「何しに来たんだろう」

xxxxx@xxxxx

「スシ、テンプラ?」

xxxxx@xxxxx

「宇宙人が料理目的はないでしょ」

xxxxx@xxxxx

「でもさ、ホワイトハウスで世界中の料理並べたら、わき目もふらず寿司食ってたって話あるんだよな」

xxxxx@xxxxx

「かわいいw」

xxxxx@xxxxx

「適当に作ったウソじゃないのそれ」

xxxxx@xxxxx

「やっぱあれでしょ。ジャパニーズアニメ」

xxxxx@xxxxx

「アニメ見るために日本に来たの?」

xxxxx@xxxxx

「じゃあ、カタナだな。サムライ忍者、ゲイシャガールズ」

 

 もはや意味不明な予想が飛び交う中、一人すごいのがいた。

 

『なろう好き』という名前の人だ。

「実はリナ・マルデリタは元日本人の異世界転生者で、来日目的は前世の故郷見たかった説」

 

 うん。正解すぎて引くわ。ネット怖い。

 どうも日本の小説界隈では、そういう設定が流行っているらしい。

 

 元日本人である事は、世間に知られるとまずい。

 日本に全力で贔屓する宇宙人だと思われてしまうからだ。

 それを理由に他国から日本への風当たりが強くなったりしたら、目も当てられない。

 これは国際情勢に影響する問題……だと思う。

 伏せておくのが無難だろう。

 日本語が流暢に使えるのは、日本企業との交渉のために努力して覚えたという事にする。

 英語は実際、必死で話せるようになるまで覚えたからね。

 

 ていうか、この状況で奈良行けるのか。

 勝手に行動したらやばい感じだよね。

 マルデア向けのゲーム機開発になるから、長期滞在する予定ではある。

 いずれ何とかして行きたいが、そればっかり考えても仕方がない。

 

「さて、幕の内幕の内」

 

 私は空港でもらった豪華なお弁当を開け、なつかしの味に表情を緩ませるのだった。

 

「もぐもぐ、うまぁ~」

 

 

 

 

 

 さて、京都某所。

 私たちがやってきたのは、Nikkendoのロゴがついたビルだ。

 入口にはスーツ姿の社員たちが待っていて、英語で私たちを歓迎してくれた。

 

「Welcome to Japan! ミス・マルデリタ」

 

 ようこそ日本へ、と言ってくれている。

 

「ありがとうございます。日本語でいいですよ」

 

 日本語でそう言ってみせると、ゲーム会社の社員さんたちは驚きながら笑っていた。

 陽気な人たちのようだ。

 

 案内されて社内に入ると、一階のロビーは奇麗だった。

 四階までエレベーターを上がり、会議室へと向かう。

 そこでは、重役級に見える人たちがスーツ姿で待っていた。

 通訳も用意していたのか、やはり女性が私に向けて英語でしゃべりだす。

 

「あはは、日本語でオッケーです」

 

 私が直接偉いさんたちに言うと、彼らも笑顔になった。

 

「リナさん、日本語お上手なんですね」

 

 比較的カジュアルな雰囲気の人が話しかけてくる。

 

「はい。英語もですけど、訪問する国の言語はしっかり頭に入れるようにしています」

「それはすごい。僕なんて未だに英語がうまくしゃべれないからね」

 

 おどけて見せる男性は、いい人柄のようだ。

 少し談笑した後で、私は本題に入る事にした。

 

「あの、皆さんのゲーム、沢山遊ばせて頂きました。とても面白かったです。

これなら、きっとマルデアでも喜ばれると思いました。

私の話は皆さんに通っているでしょうか」

「ええ、我々の製品を選んで頂けて嬉しいですよ。

マルデアという星で私たちのゲームを販売するためには、大変な事もあると思いますが。

政府からも要請がありましたので、我々も出来る限り協力したいと思っています」

「そうですか。それはよかった」

「ただ、魔力という技術は我々にとってもまだ触れた事のないものです。

マルデア向けにどうやってハードウェアを変えるのか、ソフトをいじる必要があるのか。

これによっては開発の手間も大きく変わります。まずはそのあたりを伺いたい」

「ええ。私も、ゲーム機とソフトの仕様から知っていく必要があると思います」

 

 そうして、互いに一つずつ話し合いながら、マルデア向けのゲーム機開発が始まった。

 とはいっても、お偉いさん方とではない。

 実際にハード設計をするチームを紹介され、そこで開発がスタートした。

 大手家電メーカーの技術者も来ていて、ハード設計に関わっているらしい。

 しかし、彼らは魔力というワードに動揺していた。

 

「電気ではなく、魔力をエネルギーとする家庭環境に合わせるのか……。それは大変だな」

 

 一人の男性が頭に手を当てると、傍にいた女性も唸るように悩みだす。

 

「スウィッツはハードもソフトも全て電気を使う事を前提としていますから。

ちょっとこれは途方もないですよ」

 

 設計者たちは最初からかなり疲れたような顔で話し合っていた。

 確かにゲーム機の中身を丸ごといじったら、それこそ何年もかかってしまうだろう。

 私は少し考え、魔術師としての視点からアイデアを出す事にした。

 

「ではゲーム機自体はそのままいじらないようにして。

電源の入力部分で魔力を電気に変換する魔術機器を作ってみたらどうでしょう」

「魔術機器、ですか?」

「はい。マルデアの家庭にある魔力源にスウィッツを接続した時に、変換機がそれを電気に変えるように作ればいいのです。

これならゲーム機に入って行くエネルギーが電気になり、いつも通りに動く事になります」

 

 私の提案に、設計者たちは安心したようだ。

 

「それはありがたい。それができるなら、何とかなりそうです」

「ええ。そうなると変換機の製作と、言語や細かい点をマルデア向けにローカライズするのが中心になるでしょうね」

 

 話し合いは和やかに進むかと思われた。

 だが、壮年の女性設計者は少し困ったような顔をしていた。

 

「でもリナさん。マルデア側はあなた一人なんでしょう。

変換機と言うけど、我々には魔力についての知識が一切ないわ。

電源の規格なんかは教える事ができるけど。

あなた一人で魔力から電気に変換する仕組みを作れるの?」

「心配いりません。私はこれでもマルデアの魔術師として、地球との交渉を任された身ですから。

できない事はないと思います」

 

 15歳で名門魔術学院を卒業し、魔法省に入った実績は伊達ではない。

 今世の脳みそは、前世の百倍は早く回るのである。

 

「それは、すごいけど。変換器には魔法技術が含まれてるんでしょう?

そんなもの、地球では量産できないかもしれないわ」

 

 女性設計者は、疑問点を真っ向からぶつけてくる。

 

「そうですね。変換機の魔術部品にあたる部分は、マルデアで生産したいと思います。

小さな部品程度なら、個人でも魔術企業に依頼すれば生産してもらえます。

コストも安いと思いますし、その辺は心配しないでください」

「そ、そう。それなら、いけるかもしれないわね」

 

 一つ一つ説明していくと、設計者は戸惑いながらも何とか納得してくれた。

 

 魔力から日本規格の電気に変換する仕組みは、私が全て用意しなければならない。

 日本側には、ソフトのマルデア向けのローカライズ作業をお願いする事になった。

 重要なのは、何のタイトルをやるかだ。

 

「やはり、最初のタイトルはハイパーマルオが望ましいでしょうか」

「ええ。文化的な壁もないでしょうし、わかりやすい遊びなので良いと思います」

 

 ハイパーマルオは文字通り、まるーい顔のおじさんとして誰もが知るゲームキャラクターだ。

 1985年。

 丸顔のオヤジが飛んで跳ねて駆け回るゲームが、世界にセンセーションを巻き起こした。

 文字にしてみると、少し面白い話だ。

 だが、その魅力は折り紙つき。

 操作のフィーリングの良さに、愛らしさたっぷりの世界。

 そして、しっかりと作り込まれたアクション。

 マルデアでも人々を魅了するに違いない。

 言葉をほとんど使わないゲームなので、翻訳の手間があまりないのも良い。

 色んな意味で、最初にふさわしいタイトルだと言えた。

 

 

 私たちは一つ一つソフトについて話し合い、最初の発売タイトルを決めた。

 ゲーム機と共に出す、ローンチタイトルと呼ばれるものだ。

 一つ目は、ハイパーマルオの2Dアクションゲーム。

 もう一つは、マルオカーツというレースゲームだ。

 タイヤのついた車はマルデアから見ると前時代的だが、玩具としてはアリだ。

 何よりみんなで遊べる超定番ゲームという事で、異論なく決定した。

 いずれ他社のゲームなども踏み出して行きたいところだが、まずは第一歩だ。

 



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13話

 ゲーム開発者たちと、五時間くらい話し合っただろうか。

 一通り電源などについて教わり、今後のスケジュールも決まった。

 

 話がひと段落ついた所で、外で警備をしていたジャックが入ってくる。

 

「午後六時だ。仕事はここまでにして頂きたい。ホテルへ向かう時間だ」

 

 彼が流暢な日本語で話したので、私は少し驚いた。

 なるほど、彼が日本行きの護衛になった理由がわかる。

 と、女性設計者が前に出てきた。

 

「それじゃあ、リナさん。連絡先を教えておいてもらえるかしら」

 

 その言葉に、ジャックが慌てて割って入ってきた。

 

「勝手に連絡先を交換するのはやめてもらいたいのだが」

「なぜかしら? 開発について随時彼女と話し合わないと、仕事が成立しないわ。

別に、それ以外の事に使うつもりはないわよ」

「む……」

 

 すると、ジャックは渋々と引き下がった。

 まあ、彼はアメリカ側として私を守るべく、一定の基準を持って行動しているのだろう。

 私が変な奴に騙されて連れていかれたら……、みたいな感じだと思う。

 彼はただ、与えられた仕事をこなしているだけなのだ。

 

 私はスマホの連絡先を書いて、設計者に渡した。

 

「ここに連絡すれば、私がマルデアにいても届くようにしておきます。メールのみですが」

「ありがとう、助かるわ」

 

 何とか日本とマルデアのラインを確保した私は、開発ルームを出た。

 

「お疲れ様、リナ」

 

 通路では、マリアが待っていた。

 

「マリアさんこそ、護衛お疲れ様です」

「いいのよ。それより、技術者たちと対等に話し合っているんだもの。驚いたわ。すごいのねリナ」

「あはは、私の星にローカライズするための話ですからね。ホテルは近くですか?」

 

 私の質問に、気を取り直したジャックが英語で答える。

 

「少し距離があるが、安全な場所を確保している。日本政府からの手配だ。警備も整っているらしい」

「なるほど」

 

 こうまでガチガチだと、奈良へ行くのも大変だな。護衛もきっと離れないのだろう。

 私は車に乗せられて移動しながら、二人に訪ねてみる事にした。

 

「あの、日本観光とかってできますかね」

 

 すると、ジャックは露骨に渋い顔をした。

 

「今は君の初来日で、日本中が騒ぎになっている。なるべく安全な所にいてくれると助かる」

「料理なら、望んだものを手配するわよ」

「ど、どうも」

 

 やっぱ難しそうだ。なんとか少しずつ私の自由を勝ち取っていくしかないか。

 

「申し訳ないけど、今日の夕食はホテルで取ってもらう事になるわ。ごめんね、窮屈な思いをさせてしまって」

「いえ。お二人も仕事でしょうから」

 

 別に二人は自ら望んでこんなことを言っているわけではない。

 突然日本に来てずっと宇宙人を護衛なんて、それこそ大変な事だろう。

 少し申し訳ないくらいだ。

 

 高給そうなホテルにつくと、スーツ姿のごつい日本人が私に敬礼した。

 これが警備なのだろう。

 ロビーですぐに手続きをしてもらい、私は最上階のスイートへと向かった。

 

 

 テレビをつけると、ニュース番組では私についての報道がなされている。

 ネットでも私の噂でもちきりだ。

 

『リナ・マルデリタは今現在、間違いなく関西にいる!』

 

 というタイトルの動画が、すでに百万回再生されていた。

 SNSでも、私の話題ばかりだ。

 

xxxxx@xxxxx

「俺めっちゃ探してるわ」

xxxxx@xxxxx

「いるわけないだろ」

xxxxx@xxxxx

「いや、どこかにはいる。今はホテルかな」

xxxxx@xxxxx

「日本料理食ってるかもねえ」

xxxxx@xxxxx

「不自然に黒塗りの車が固まってたらそれだろ」

 

 なんか予想もされちゃってるな。

 yutubeでは、リナ・マルデリタを探し歩く生放送をやっている人もいる。

 

 これじゃあ、しばらくはまともに外出するのも無理だろう。

 下手な動きをすれば、各国の情勢に影響を与えてしまう。これは冗談ではないのだ。

 私が日本に来ると言っただけで、総理大臣が駆けつけるのだから。

 今の私は、そういう立場なのだ。

 ただのリナではなく、マルデアの代表として扱われる。

 

 個人的なわがままで、国や人々に迷惑をかけるわけにはいかない。

 日本に来てさえいれば、チャンスはある。

 もう少し落ち着いた後でしっかりと状況を整えてから、ひっそりと会うべきだろう。私はそう考えなおした。

 

 

 その後もネットを調べていたが、実家の店が今もやっているかどうかはわからなかった。

 両親はホームページなども作っていないようで、情報がない。

 そのかわり、SNSで面白い名前を見つけた。

 私の生前の友人であった、斎藤元気。あだ名はゲンだ。

 実名系サイトで写真も出しているので、間違いなく本人だろう。

 学生時代、一番仲が良かった奴だった。

 

 私は自分の魔術デバイスから匿名のIPを通して、元気にメッセージを送る事にした。

 

『おいゲン。94年の春に貸したロッツマンX返せよ』

 

 これで、俺だとわかるはずだ。

 ロッツマンは、ファミコム時代から流行っていたアクションシューティングゲームだ。

 ゲンに貸したっきり、ずっとあいつの家にあった。

 連絡して一時間ほど待っていると、メッセージが帰って来た。

 

『悪い冗談やめろ。誰やお前は。何でそれを知ってる。あいつは死んだんやぞ』

 

 やはり警戒されているようだ。当然だ。死んだ人間が生きているなんて、現実的に信じられるわけがないのだ。

 

『俺はお前の昔の友達だ。お前のエロ本の隠し場所は布団の間。

ギャルが好きで、かよちゃんに告白するって言って結局しなかったな』

 

 とりあえず前世の俺しか知らないであろうあいつの事を書きまくって送ったら、すぐにまた返事が来た。

 

『お前マジで誰や。あいつの友達やったんか?』

 

 前世の俺の関係者くらいには思われたようだ。

 私は更に文字を打ち、彼に確認を取る事にした。

 

『俺は今日本にいる。今は難しいけど、いずれ地元にも戻りたい。なあゲン。俺の母さんと父さん、まだ生きてるか?』

 

 すると、少しして返信があった。

 

『……。ああ。中田裕司の両親は先月会ったけど、まだ元気に店やってる。

お前の事は知らんけど、それは事実や』

 

 その文字を見て、私は崩れ落ちた。

 中田裕司は、前世の私の名前だ。

 母さんも、父さんも、生きてる。

 なら、いつかきっと会える。

 もう、電車で一時間のところまで来ているのだ。

 焦らず、ゲンと連絡を取りながら時期を待とう。

 私はスイートルームの窓から、日本の地上を眺めて夜を過ごした。

 

 

 

 それからしばらくの間は、ホテルとNikkendoを行き来する日々を繰り返す事になった。

 私は半月ほどかけて、魔力を電気に変換するデバイスを完成させた。

 与えられた開発室でこもって作業していた私は、一人で喜んだ。

 だが、実際にテストしてみなければ。

 私は完成品を持って、設計者たちのいる部屋へと向かう。

 

「お疲れ様です。見てください、変換機が完成しました」

「本当ですか!」

 

 早速、みんなの前でテストプレイを行う事になった。

 私が用意した魔力源とスウィッツの間に変換器をかまし、ゲーム機を起動してみる。

 

 すると、モニターにスウィッツのロゴが出た。

 

「おお、スウィッツが起動しましたよ!」

「ゲームはどうだ」

 

 実際にハイパーマルオをプレイしてみると、電気でやった時と同じように遊ぶことができた。

 携帯モードでも、同じようにプレイすることができた。

 

「これでマルデアでもスウィッツが遊べますね!」

 

 嬉しそうに画面を見下ろす開発者に、私は顔を上げて頷く。

 

「はい。あとはスウィッツの映像出力をマルデア向けに変換すれば、あちらのモニターでも遊べるようになります。

これも同時にほぼ完成していますので、一度星に帰ってテストしておきます。

変換器の魔術的な部品は、マルデアでなんとか量産してみせます」

「わかりました。我々はソフトのローカライズを進めておきます」

 

 開発者たちと握手をして、私は一度マルデアに戻る事になった。

 バッグに必要な荷物を入れ、私はアメリカの二人に別れの挨拶をした。

 

「ジャックさん。マリアさん。ここまで護衛ありがとうございました」

「ああ。君の帰還は報告しておくよ」

「頑張ってねリナ!」

 

 二人の声を受けながら、私は腕につけたデバイスを起動した。

 次の瞬間、私の姿は地球から消えていた。

 

 



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14話

 

 マルデア星。

 戻ってきたのは、いつもの研究所のワープルームだ。

 私の帰還に気づいたのか、いつもの白衣の研究者が顔を上げた。

 

「ん? おお。君か。久しぶりだな」

「あ、どうも」

 

 この人、いつ家に帰ってるんだろうか。

 常にいるから少し不安になる。

 

「随分と長かったじゃないか。地球で遊び歩いて来たのかね」

「いえ、仕事ばっかりでしたよ。あっちの企業と一緒にマルデア向けのデバイスを開発してました」

「ほう。なかなか面白そうな事をやっているではないか。何を作ったのかね」

「ビデオゲームというものです」

 

 私がスウィッツを見せると、彼女は瞬きしながら眼を近づける。

 

「古めかしいデバイスのようだが、これに何かあるのかね」

「やってみましょうか」

 

 私がスウィッツを起動してゲームをやってみせながら、説明する。

 

「この左右についたボタンで、キャラクターを操作して遊ぶのです。一番右に行ったらゴールですね」

「ほう……これは変わった遊びだ。映像を動かすのか」

「やってみます?」

 

 私がスウィッツを渡して操作を説明すると、彼女はピッピとボタンを押して主人公を操作し始めた。

 

「ぬおっ、死んでしまったぞ!」

 

 カメに当たって落ちていくマルオに、彼女は慌てふためく。

 生真面目な風貌に似合わない、何とも可愛らしいリアクションだ。

 

「すぐ生き返るので、何度でもトライできますよ」

「なるほど。ほう……。これは悪くない。なかなか興味深い遊びだな」

 

 まんざらでもない表情でプレイを続ける研究者。

 どうやら気に入ってもらえたようだ。

 

「ええ、これをマルデアで売ろうと思うんですけど、どうでしょうか」

「うむ。他では見た事がない娯楽だし、良いのではないか。

下らないと言う者もいるかもしれんが、のめりこむ者もいるだろう。

どれくらいで売るつもりだね?」

「一台とソフト一本つけて、500ベルですね」

「むう、遊び道具にしてはそれなりだな。だが、そこまで高くもない」

 

 大体、500ベルは日本の感覚でいうと、五万円くらいだろうか。

 日本で売っている価格より高くなる。

 ただマルデアは金銭的に余裕のある家庭が多いし、そもそもゲームに相場がない。

 最初は出荷できる量も限られているし、この値段からスタートしたい。

 

「将来的に、このデバイスに色んなソフトを入れて遊べるようにします。ソフトは一つ80ベルで売るつもりです」

「なるほど、色んな遊びができるようになるわけか。それはいいな、何か私も手伝えるかね」

「え、手伝ってくれるんですか?」

「うむ。面白い試みには、関わって見たくなるものだろう」

「お仕事はいいんですか?」

「私の仕事は、私の興味あるものを研究する事だ。今はこのスウィッツという遊びだな。

地球人め、なかなか面白いものを作るではないか」

 

 そうして、ようやくマルデアにおける一人目の協力者が現れたのだった。

 地球人たちは全面協力みたいな感じだけど、マルデアは一人。凄い落差だね。

 

「私はガレナ・ミリアムだ。よろしく」

「リナ・マルデリタです」

 

 研究者であるガレナさんが仲間になったのは心強い話だった。

 彼女は変換器の魔術部品の量産にもあっという間に目途を立て、コストも立て替えてくれた。

 

「ワープルームも、自由に輸送用に使っていい」

 

 そう言って見せるガレナさんは、私の目にとても頼もしく見えた。

 

「ありがとうございます! あの、次から日本に飛ぶ事は可能でしょうか」

「ああ、地図で指定してくれればな」

「……」

 

 この人の地図指定、あんまりあてにならないんだよね。

 まあ、基本は優秀なんだろうけど。

 

 ともかく、日本とマルデアの輸送経路は作っておかなくてはならない。

 ただ、一度家に帰らないとね。

 

 私は研究所を後にして、実家へと戻った。

 

「ただいまー」

「あら、リナ。おかえり! 仕事はどうだった?」

「うん、結構うまくいったよ」

 

 母が出迎えてくれて、すぐに夕食を用意してくれた。

 あー。やっぱ実家おちつく。

 日本は日本でなつかしいけど、あっちは護衛がピリピリしてるからね。

 誰も私に注目しないってのが、なんか素晴らしい事のように思える。

 私は父や母と話しながら、ゆっくりと時を過ごしたのだった。

 

 

 

 

 翌日。

 私は実家で寝そべりながら、地球と連絡を取っていた。

 アメリカ政府ではなく、国連から連絡が来たのだ。

 ちゃんと話し合ってくれたらしく、魔石については世界全体のために使う事になったらしい。

 今後は、国連の本部に届ける事になりそうだ。

 まあそれも、ゲームが売れてからだけどね。

 

 さて、ゲーム会社からもメールは来ている。

 マルデア向けのスウィッツ完成の目途についての話し合いだ。

 とはいえ、ローカライズや変換機の量産などには時間がかかる。

 しばらくは待つ必要があった。

 

 そんな空いた時間で、少しやってみたい事があった。

 私はデバイスをいじって地球のネットに繋ぐ。

 開いたのは、yutubeというサイトだ。

 個人で動画を投稿し、世界に向けて発信できる地球最大の配信プラットフォームである。

 

 これを使って、地球のみんなにマルデアの映像を届けたらどうだろう。

 そう思ったのだ。

 魔法省の部長も許可していたし、いい星間交流の形になると思う。

 各国のトップや大企業とだけ話し合うのは、少し味気ないよね。

 

 マルデアのことを、地球の人たちみんなに知ってほしい。

 優れた魔法技術だけじゃなく、日常的な生活も含めてだ。

 もしかしたら、前世の両親も見てくれるかもしれない。

 直接会うのがまだ難しいなら、そこから始めたいと思った。

 

 

 そんなわけで私は、yutubeに動画を投稿してみる事にした。

 私のデバイスから、日本で買ったPCに直接指示が出せる。

 それによって、マルデアから地球のネットに投稿できるのだ。

 

 さて、まずは撮影だ。

 手に持ったカメラを自分に向ける、いわゆる自撮りである。

 どうせすでに私の顔は地球中に割れているのだから、恥ずかしがる必要はない。

 自宅の前に立って録画ボタンを押し、私は緊張しながらカメラを見据える。

 

「えー、こんにちは地球のみなさん。リナ・マルデリタです。

現在私は、マルデア星の実家にいます。このチャンネルでは、みなさんにマルデアの事や私のことをお伝えしていきたいと思います!」

 

 英語で話しながら、私はカメラを家に向ける。

 

 マルデアの家は、日本の家屋とはだいぶ違う丸みを帯びた建物だ。

 

「ここ、私の家です。地球のとはだいぶ違うでしょう。これは、建築魔術によって作られたものです」

 

 私は歩いて撮影しながら説明する。

 そして、家の中に入っていく。

 

「この人が、私のお母さんです!」

「はあーい! こんにちは、地球の人たち」

 

 お母さんがカメラに向かって挨拶する。

 もちろん、マルデア語なので通じないだろうけど、別にこれでいいのだ。

 ありのままを届けるのが、交流らしくていい。

 

 ホームビデオみたいなものを十分近く撮影し、私は出来た動画をyutubeに投稿した。

 チャンネル名は英語でリナ・マルデリタ。

 特に誰にも断りなしに立ち上げたので、初日はそれほど再生されなかった。

 

「Is this real thing?」

 これ、本物なの?

 

「It looks like real Rina, but I can't believe it.」

 本物のリナみたいだけど、信じられないよ。

 

 コメント欄にも、半信半疑のような言葉が目立った。

 ただ途中からネットに噂が広まったのか、翌日から爆発的に再生数が伸びていった。

 すでに一千万回とか、わけのわからないレベルになっている。

 人気すぎて逆に心が落ち着いてきた。

 なんというか、私が人気というよりただ希少な宇宙人が見たいわけだ。なら問題ない。

 SNSでも、この動画について沢山つぶやかれていた。

 

xxxxx@xxxxx

「この動画は偽物じゃないよ。完全に記者会見のリナ・マルデリタと顔も声も全部一致してる」

xxxxx@xxxxx

「背景の映像もCGじゃないよね」

xxxxx@xxxxx

「映像解析班もガチだって言ってる」

xxxxx@xxxxx

「本物の宇宙人がユーチューバー始めちゃったw」

xxxxx@xxxxx

「異世界エルフかわいい。お母さんも可愛い」

xxxxx@xxxxx

「いや、これ何気にアップされてるけど世紀の発見レベルの映像だよな……」

xxxxx@xxxxx

「異世界の映像は貴重すぎる。そしてリナも可愛い」

xxxxx@xxxxx

「チャンネル登録しました」

 

 私が動画出しただけで、凄い騒ぎだ。

 デバイスで日本のテレビを確認すると、私の動画がワイドショーで取り上げられていた。

 

『宇宙人リナ・マルデリタのお母さん初登場!』

 

 そんな見出しで、私の母がテレビにドアップで映っていた。

 地上波では、ちゃんと日本語の字幕をつけて伝えてくれている。

 これなら、ネットに疎い人たちにも広まるだろう。

 

 母さん。父さん。見てる?

 私、今こんなところで、新しい親と暮らしてるよ。

 

 

 



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15話

 

 世界初の宇宙人yutuberとなった私は、あれから何本か日常的な動画を上げた。

 再生回数は毎回億を超え、もう天文学的な数字にも慣れた。

 まあ世界で唯一リアルな異星人の生活が見れる場所なのだから、当然と言えば当然だ。

 

 世界中の研究所や大学で、学者たちが私の動画を解析しまくってるらしいからね……。

 一般の人たちも、私が使う魔法やマルデア星の雰囲気を楽しんでくれている。

 コメントも沢山ついて、いい形で地球人と交流出来てるんじゃないかな。

 

 こうなるとyutubeから広告収入をもらえるんだろうけど、地球マネーが増えてもあんまり意味はない。

 魔石の購入に必要なのは、マルデアの金だ。

 それを稼ぐために、今はゲームに賭けている。

 

 

 少しして、ゲーム会社から変換機の生産体制が整ったという連絡があった。

 あとは、こちらで生産した魔術部品を地球に届け、マルデア向けのスウィッツとして製造してこちらに持ってくる経路の確立だ。

 

 そのために、ガレナさんが素晴らしいものを用意してくれた。

 荷物を手軽に、大量に運ぶための魔術輸送機だ。

 研究所の裏手に用意されたワープルームの前に、ガレナさんは部品を詰め込んだ輸送機を持ってきてくれた。

 

「この輸送機に乗せた荷物には、自動的に空間縮小の魔術がかかる。

変換機の部品はもちろん、ゲーム機本体を五万台くらいなら入れる事ができるだろう」

 

 やはりマルデアの技術は段違いである。輸送機というよりはただのリアカーみたいに見えるが、千倍の容量を詰め込む事ができる。

 なおかつ、手で押してもほとんど重さがない。タイヤなどついておらず、底は少し浮いている。

 これ一つあれば、大きなビジネスを動かすような輸送が簡単にできてしまうスグレモノだ。

 

「今回は手始めに部品を一万セット載せている。元手を増やせば、もっと生産できるだろう」

「色々ありがとうございます」

 

 商売の始まりは、やはり慎重にいかねばならない。

 一万台のゲーム機をマルデアで売れるかどうか。それが始まりだ。

 この商売は普通とは違い、マルデア側において金を作れればそれでいい形になる。

 地球側の製作費などでいくら円やドルの赤字を出しても、アメリカや日本の政府が補填するから問題はない。

 とにかくマルデアの通貨であるベルを稼げばいいのだ。

 

 

「ガレナさんは一緒に行ったりしませんか?」

 

 私が誘い掛けてみると、白衣の研究者は冷めた目で首を横に振った。

 

「私はゲームには興味があるが、地球という星には興味はない」

 

 どうやら、マルデア人の地球拒否反応はみな同じらしい。

 

「そ、そうですか。では、行ってきます」

「うむ。気を付けるといい。輸送機は貴重品だから、地球人にあげたりしてはいかんぞ」

「はい、わかりました」

 

 ここまでの輸送車は、高級品だろう。私のポケットマネーでは手が届かない代物だ。

 少し丁重に扱いながら、私はワープルームに荷物を持ち込んだ。

 

「では、健闘を祈る」

 

 そうして、私は再び地球へと旅立ったのだった。

 

 降り立ったのは、真っ暗な空の下だった。

 あれ、何で夜なんだろう。

 左右はビルに囲まれていて、ネオンが周囲を照らしてるおかげで足元は明るい。

 車が走り、排気ガスの臭いがする。

 

 どこだここは……。

 わかりやすくゲーム会社のビルを指定したはずなのに、やっぱガレナさんのワープはあやふやだ。

 

 私は輸送機を引きながら、ゆっくりと周囲を確認していく。

 あ、でもこれなんか来た事ある場所だ。

 遠くにそびえるタワーは、あれ通天閣じゃないか。

 それにこの、都会なのに溢れ出る謎の下町感。

 

「ここ大阪じゃん!」

 

 やばい。浪速王国だよ……。しかも夜中とか。

 いや、別に大阪が嫌いなわけではない。前世では何度も遊びに来た場所だ。

 でも、今の私にとってはあまりよろしくない場所だ。

 

「なー、見ろよあれ」

「へんなリアカー引いてる子おるな」

 

 早速、その辺を歩いていたカップルが私を指さす。

 さすがは野次馬根性日本一。すぐに気づかれてしまった。

 

「なんかあの子宇宙人のリナちゃんに似てない? めっちゃ可愛いし」

「え、すごい似てる!」

 

 大学生らしき集団が私を見つけた。やばい凄い勢いで写メされてる。

 

「ほら、めっちゃリナに似てるわ」

「ねえ、こんなとこで何してんの? コスプレ?」

 

 ついに近づいて来た学生軍団に声をかけられてしまった。

 

「い、いえ。そういうわけじゃないんですけど……」

 

 私が何とか答えると、女子大生は楽しそうに笑う。

 

「そうだよね。だってさあ、こんな夜中に一人でリアカー引いてコスプレとか、めっちゃ笑えるやん」

「え、じゃあ本物?」

 

 問いかけてくる学生に、どう答えていいものやら。

 

「いや、あの……。私、京都に行きたいんですけど……」

 

 戸惑いながら声を上げると、男子学生は呆れたように言った。

 

「京都って、もう終電終わってるで。朝にならんと行けんわ」

「しゅ、終電っ!?」

 

 十二時超えてた……。

 

 そうか。今までアメリカ時間に合わせてたから、日本時間に合わせるの忘れてたのか。

 あのポンコツワープ、どうしようもない。

 ああ、どうしよう。でかい輸送機があるからタクシーも使えないし。

 日本政府には昼に行くって言っちゃったしなあ。

 とりあえず朝まで待って、それから連絡を取るかな……。

 頭を抱えて悩んでいると、女子学生が声をかけてきた。

 

「ねえ、あたしらそこの焼き鳥屋で夜明かしするから、もしよかったら来る?」

「そうそう、一人でこんなとこいたら危ないで。お店で朝までいたら安全や」

 

 どうやら誘ってくれているようだ。

 焼き鳥屋か。飲み屋みたいなもんかな。

 まあ、夜中に大阪の街をさまよい歩くよりはマシかもしれない。

 私は魔術師だし、自衛する手段もある。

 普通の学生に何かされてしまうほど弱くはない。

 ここはお言葉に甘えて、朝になってから行動しよう。

 

「じゃ、じゃあよろしくお願いします」

「よろしく! あたし、土田あかり」

「……私は、リナ・マルデリタです」 

 

 私はあえて本名を名乗った。

 バレバレならもう、堂々と行こう。

 

「え、ほんとに本物なの?」

 

 大学生たちは、私の自己紹介に驚いていた。

 

「俺yutubeでチャンネル見まくってるからわかるわ。声もまんまやし、間違いないって」

 

 彼らはスマホを取り出して、yutubeの映像と現実の私を確認しているようだ。

 

「ほんまや、完全に同じ顔で同じ声やん」

「よっしゃ、リナちゃん俺がおごったるわ! ついてきー!」

「ちょ、チャンネル登録者5000万人おるやん。億万長者やろこの子」

「小さいのにお金持ちやなあ」

 

 陽気な大学生に囲まれながら、私は近くにある飲み屋に入った。

 だが、一つ問題がある。輸送機をどうするかだ。

 盗まれないように魔術ロックをかける事は簡単だが。

 店に入れる事はできないしな。

 とりあえず、店員さんに聞いてみる事にした。 

 

「すみません。これ、店の前に置いていいですか?」

「えっ、ちょっとそれは……」

 

 輸送機を見た店の人が渋い顔をする。

 

「店長さん、この子リナ・マルデリタやで! 宇宙人が困ってたら、融通したるのが大阪人やろ?」

 

 と、あかりさんが私を勝手に紹介し始めた。

 

「えっ、ほんまにリナちゃんかいな?」

 

 店長はこちらを振り返る。

 こうなったらもう、店も味方につけるしかない。

 私はパスポートを出し、顔写真と名前の欄を見せた。

 すると、店長さんは目を丸くして私を見下ろした。

 

「ほ、本物……。それやったら歓迎や。どうぞ、車でも宇宙船でも置いてってや!」

「ど、どうも。あんまり他の人には言わないようにお願いします。ちょっとワープ間違えて、夜中の大阪に来ちゃいまして」

「そういう事かいな、わかった! 朝までこの店がリナちゃんを守ってみせるで!」

 

 気合を入れて腕まくりをしてみせる店長。

 なかなか頼もしい人だ。

 

 私は店内に入り、朝まで時間を潰す事にした。

 



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16話

 

 

 私は飲み屋の中に入り、大学生たちとテーブル席についた。

 にぎやかな学生たちの飲み会は、どこか懐かしいものがある。

 

「リナちゃん、ピンクの地毛すごーい。サラサラやん」

「目とか宝石みたいやし、可愛い~」

 

 周囲の女子学生たちは、私の見た目に興味津々らしい。

 

「リナちゃん、何でも頼みや。宇宙人さんからお代は取らへんから」

 

 店長さんは嬉しそうに、店の壁に書かれたメニューを指した。

 

「あはは、ありがとうございます」

 

 とても優しい人らしい。

 メニューを見ると、串焼きの種類が色々と書かれていた。

 どれにしようか眺めていると、ある違和感に気づいた。

 壁の柱に、大きなヒビ割れが入っているのだ。

 

「そのヒビ、どうしたんですか」

「ああ、震災でちょっと傷ついてな。だいぶ前の事やから、倒れたりする心配はないで」

 

 私の問いかけに、店長さんは安心させるように笑っていた。

 でも、これから老朽化していくと危ない気がする。

 朝まで置いてもらう上に、食事もサービスしてくれるのだ。

 少しばかり恩を返さないといけない。

 

「すみません、ちょっと失礼します」

 

 私は立ち上がり、バッグに残っていた魔石を三つほど取り出した。

 そして、ヒビの入った柱に手をかざす。

 

「願いの力よ、災厄の傷を癒せ」

 

 呪文の言葉と共に魔石が輝き出し、柱を包んでいく。

 

「おお、なんやこれ!」

「すごい、魔法だ……」

 

 驚く周囲が見守る中、光が消えていく。

 すると柱の傷は消え去り、たくましい元の姿を取り戻していた。

 

「き、キズがない! 直ってる!」

「ホンモノの魔法や!」

 

 湧き上がる客たちの傍で、店長は体を震えさせていた。

 

「店の柱が……。り、リナちゃん。おおきに……。ありがとう……」

 

 気丈に振舞っていた店長が、深く頭を下げる。

 やはり不安な部分があったのだろうか。

 心の内はわからないけど、喜んでくれるならそれでいいや。

 

「いえいえ、せっかく一晩置いてもらう縁なので」

 

 私が軽く言って席に戻ると、店長はバンとカウンターを叩いて声を張り上げる。

 

「よっしゃ、柱の復活祝いや! 今日はみんな、ビール飲み放題やで!」

 

 その宣言に、客たちが沸き上がる。

 そんなこんなで、私は楽しく賑やかな夜を過ごした。

 

 

 

 そして、朝。

 

「リナちゃん。せっかくやし、京都まで送っていったろか?」

 

 少し仲良くなった女学生のあかりさんがそう言ってくれた。

 でも、私は首を横に振った。

 

「いえ、警察に行った方が安全だと思うので」

「そっか、じゃあ、またね!」

 

 朝日を浴びながら、大学生たちは去って行った。

 はあ。これが彼らの青春か。だいぶ疲れるね。

 私は輸送車を引いて、教えてもらった交番へと向かった。

 

「あの、すみません」

 

 朝早くから立っている警官に声をかけると、彼はこちらを振り返る。

 

「はい、どうしたの?」

「私こういう者で、京都までサポートをお願いしたいのですが……」

 

 私が何とかパスポートを手渡すと、警官は目の色を変えた。

 

「り、リナ・マルデリタ! 本物じゃないか……」

「あの、政府から何か指示は出てますか?」

「え、ええ。近畿一円で今朝から捜索の手配が出ています。

上に報告して、京都までお送りすることになると思います。中でお待ちください」

 

 彼は手際よく私を案内し、連絡を入れていた。

 そして、ようやく私は京都に向かう事になったのである。

 のちに分かったことだけど、交番は二十四時間営業してたから、夜中でもすぐ行けばよかったらしい。

 まあ、これもまた経験だ。

 

 私は車の中でグウグウと眠りながら、京都へ向かったのだった。

 

 

 

 夜通し飲み屋にいたのが悪かったのだろうか。

 体調を崩した私は、午前中は休憩をもらう事にした。

 午後からはゲーム会社へと向かい、仕事を再開だ。

 

 久しぶりに開発者さんたちと顔を合わせ、握手をした。

 

「リナさん、お久しぶり。体調を悪くされたそうだけど、大丈夫だったの?」

 

 女性設計者は心配そうに私の顔色を伺う。優しい人たちだ。

 

「はい、面目ないです。魔術部品を一万個生産しましたので、持ってきています」

「本当に作って来れたんですか……」

「半信半疑だったけど、やっぱりマルデアの技術はすごいのねえ」

 

 やはり口だけでは信じられなかったのか、驚く開発者たち。

 その傍には、デザイナーの人たちの姿もあった。

 

「それで、ローカライズの方はいかがですか?」

 

 彼らに問いかけると、すぐに頷いて完成品のサンプルを出してくれた。

 

「準備できています。マルデア語の部分についてはチェックをお願いします」

 

 私はまず出来上がったマルデア語版のソフトをプレイして、言葉を一つ一つ確認していく。

 といってもハイパーマルオのシンプルな文章なので、特に直す所はなかった。

 

 中身の確認を終えたら、今度はパッケージのチェックだ。

 ゲーム機の箱のデザインや、そこに描かれたマルデア文字をしっかりと確認して、修正を要求する。

 

「本体は問題ないです。外箱だけ少し手直しをお願いします。この字体はかっこいいですが、マルデア人が見ると別の文字に見えてしまうので」

「わかりました。すぐに修正しましょう」

 

 ローカライズについての話が終わった後で、私たちはマルデア版スウィッツの生産について話をつめていった。

 

「製品が用意できるのはいつごろになりそうですか?」

 

 私が問いかけると、スーツを着た営業の男性が自信ありげに頷く。

 

「各所にご協力いただいているので、来月までには五千台。

マルデア向けのスウィッツを生産できる手筈です。輸送についてはどうしましょう?」

「現状は私がやる以外ないですから、本社まで持ってきてください。

私が輸送機で縮小して、マルデアまで運びます」

 

 そうしてすぐに話は決まり、生産の予定が決まった。

 

 さて、生産の問題が片付いたら、今度は販売の準備だ。

 製品を作っても、あっちの星で売る場所がなきゃ話にならない。

 

 地球の用事は一旦終わったので、私はマルデアに戻る事にした。

 

 

 研究所のワープルームに戻ると、私はすぐにガレナさんと相談を始めた。

 

 私たちは別に、自分たちの個人商店を開いてスウィッツを売るわけではない。

 そんな小さい規模では、一万台なんていつまで経っても売れやしない。

 マルデアの色んな小売店に置いてもらって、お客さんに届けるのだ。

 

「まずは、販売のための会社を作る必要がありますね」

「うむ。ただの個人では、販売店が相手にしてくれないだろうからな。

研究所名義で売ってもいいが、それだと利益を上に持って行かれる。起業した方がいいだろう」

 

 やはり、まずは自分たちで商社を作った方がいいという話になった。

 私はすぐに手続きをして、会社を設立する事にした。

 

 地球から仕入れたゲームを異世界で販売するための、輸入販売会社だ。

 

 社名は二人の名前を取って、『ガレリーナ販売社』とした。

 

 私はまだ十六歳なので、ガレナさんが社長に。私は副社長という立場に就く事になった。

 まあ、零細起業に副社長なんて肩書、意味ないけどね。

 

 小さな会社を作った私たちは、小さなビルの二階を借りてオフィスを用意した。

 そして、早速仕事を始める事にした。

 

 まずはゲーム機をお店に置いてもらう所からだ。

 そのために、実際に小売店に足を運んで、店長さんにお願いしていく必要がある。

 

「ビデオゲームという商品があります。魅力的です。絶対売れますから、是非お店に置いてください」

 

 こんな風に、私たちでプレゼンしていくのだ。

 店に発注してもらえるかどうかは、商品の魅力はもちろん、営業の腕も試される。

 

 一番スウィッツと相性がよさそうな店は、親子連れの客が集まる玩具屋だろう。

 私は首都圏内の玩具店を検索し、リストアップした。

 そして、店舗に売り込みに向かう事にしたのだった。

 

 



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17話

 ゲーム機の営業のために、マルデアの小売店を回る事になった私。

 最初の行き先は、ワープステーションの近くにある玩具屋だった。

 

 店長は四十代くらいの男性で、運良く手が空いていたらしい。

 私がお願いすると、話を聞いてもらえる事になった。

 

「ガレリーナ販売社? 聞いたことのない名前だね」

 

 私の名刺データを受け取り、首をかしげる店長。

 当然、この人はゲームという概念すら知りもしないだろう。

 私はゼロから商品をプレゼンする必要がある。

 地球とは違い、マルデアでの私はただの一社会人でしかない。

 しっかりと低姿勢で挑まなければならない。

 

 カウンターの前に立ち、私はスウィッツを出して画面を見せながら説明する。

 

「これはビデオゲームといって、画面の中のキャラクターを操作して遊ぶものです。

こうしてジャンプして、敵をやっつけたりして、右のゴールへ進んでいくんです」

「ほう……。珍しい遊び道具だな」

 

 玩具屋の店長は腕組みをしながら、自分でもボタンに触れて操作していた。

 

「ふむ、なかなか新鮮で面白いな。子どもが喜びそうだが、大人も楽しめそうだ」

 

 最初だが、なかなか反応は悪くないようだ。

 

「はい。全年齢向けの娯楽として作られておりますので、ご家族のみなさんで楽しんで頂けます。

実はこれ、二人以上でプレイする事もできるんです」

 

 私が二人プレイモードを見せると、店長はますます身を乗り出してきた。

 

「一緒に遊べるのか。それはいいね」

「はい。最初はこのゲームと、マルオカーツというレースゲームの二つを発売します。

そのほかにも、今後様々なソフトを発売していく予定です。

新作ソフトを買えば、遊びが増えていく。そんな魅力的な製品です」

「なるほど、娯楽専用のデバイスという事か」

 

 顎に手を当てて唸る店長。もう一押しだ。

 

「どうでしょう。試しに何台か購入してみては。ダメだったら返品で構いませんので。

ひと月くらい置いてみてもらえませんか」

「ふむ……。販売価格で500ベルか。玩具としては値段が少しネックだな。

だが魅力的な商品である事は確かだ。よし、ここは試しに発注してみるか」

 

 彼は悩んでいるようだったが、最終的には買ってくれる事になったようだ。

 

 

 それから、私は色んな店を回ってスウィッツを売り込んで行った。

 玩具屋だけではない。

 デパートやスーパー、デバイスショップなど、ゲーム機を置いてもらえそうな場所に出向いて宣伝を続けた。

 

 もちろん、商品を見る前に門前払いを食らう所も多かった。

 新規の営業は、鬱陶しがられるものだ。

 地球産の商品だと説明すると嫌がる人もいた。

 

 でも、面白がってくれる店も多かった。

 やはり真新しい遊びで、ぱっと触った感じも魅力的だったからだろうか。

 試しに発注してくれる店が次々に出てきた。

 

 まあ、これは私の営業手腕というより、商品の魅力のおかげだろう。

 時代と国境を越えて愛され続ける地球のエンターテイメントが、面白くないわけがない。

 自信をもって売り込めば、それでいいのである。

 

 

 それから一週間ほど、私はワープでマルデアの首都圏を飛び回りながら営業して回った。

 その結果。

 初期出荷の五千台のうち、八割である四千台分の受注が決まった。

 残りの千台は、トラブルや故障の際に交換品として必要になったりするので、在庫として残しておく事にした。

 4000台売れれば、一台500ベルで全部売れたら200万ベル。

 日本円で言えば二億円くらいの売り上げとなる。

 販売店がその三割くらいは持っていくけど、残りの大半はウチの稼ぎだ。

 ゲーム機の製造費は地球の政府が払ってくれるので、仕入れ値はゼロ。

 売り上げのほとんどが利益になる。

 そして稼いだ金で魔石や魔術品を買って、地球に送る。

 これが、ゲーム魔石貿易の形だ。

 

 私たちは商売の見積もりをしながら、発売までの準備を着々と進めていった。

 あ、ちなみにマルデアに消費税は無い。

 

 

 さて。

 ここまで来た段階で、ついに日本政府が動いた。

 私が日本に滞在していた理由を、政府が大々的に発表する事になったのだ。

 デバイスからyutubeを見ていると、内閣による記者会見が行われるようだ。

 ライブ映像を再生すると、首相官邸の映像が映し出された。

 カメラの光が走る中、総理が淡々と語り始める。

 

「えー、これまで水面下で進めてきた事になりますが。

マルデア星の親善大使であるリナ・マルデリタさんが来日した目的を申し上げますと。

我が国のゲーム製品をマルデア星に輸入したいと、大使から申し出がありました。

つまり、日本企業との交渉のために来て頂いたという事になります。

これは異星との公な商取引として、地球史上初という事です。

我々日本政府としてはこれを最大限にサポートし、我が国とマルデア星の関係性を深めてまいりたいと思う所存で……」

 

 あまり派手に演説しないのが、日本らしい所だろうか。

 それでも総理の発表に、日本国民たちは沸いた。

 国産のエンタメが他所の星に気に入られたというニュースを嫌う者は少ないだろう。

 それを受けて、日本のネットも色んな意味で大盛り上がりだった。

 

 

xxxxx@xxxxx

「すごーい!」

xxxxx@xxxxx

「日本のゲームを買いに来てたのか! なんか嬉しいな」

xxxxx@xxxxx

「イヤッフゥゥゥゥ!」

xxxxx@xxxxx

「リナ・マルデリタが最初の地球訪問で嬉しそうにゲーム機を持って帰ったっていう話あったけど。

あれ本当だったんだな」

xxxxx@xxxxx

「リナちゃん、ゲームやるんだ。yutubeで実況しないかな」

xxxxx@xxxxx

「一生懸命マルオを操作するリナちゃんを妄想した。可愛い」

xxxxx@xxxxx

「いやいや、史上初の星間商取引がゲームって。ちょっとおかしくない?」

xxxxx@xxxxx

「地球の科学技術はいらないってことだろ。でも、娯楽はあっちより優れてるのかもな」

xxxxx@xxxxx

「マルデア人よ、日本のゲームを楽しんでくれ!」

 

 取引の裏に見えるものを語ってる人もいるけど、基本はみんな喜んでいるようだ。

 

「うわー、責任重大だなあ」

 

 そんな事を呟いても、私に与えられた役割の重さが落ちるわけではない。

 元より、私は地球との貿易をただ一人で任されているのだ。

 うん。開き直るしかないよね。

 私は疲れた体をベッドに横たえ、明日に備えて眠る事にした。

 

 気が付けば、魔法省のエリート街道とは程遠い仕事をしている自分がいた。

 ゲームのローカライズをし、営業回りをして、自分の足で売上をつかみ取る。

 そんな日々に、私は大きなやりがいを感じていた。

 

 

 

 

 そして翌月。

 ゲーム会社から製品の納期が伝えられ、私はそれに合わせて日本に向かう事になった。

 ついに販売用のスウィッツ五千台をマルデアに輸入する時が来たのだ。

 

 今回は空っぽにした輸送機を持って、ワープルームへと向かう。

 時間も、しっかりと日本の日中に合わせている。前回のような夜中になる事はないだろう。

 

「では、しっかりと持って帰ってきてくれたまえ」

 

 私の相棒であり社長でもあるガレナさんが、ワープの魔術を作動する。

 

「あのガレナさん。このワープ、ちゃんと京都のビルに行くんですよね」

 

 私が少し咎めるような眼を向けたが、彼女は自信満々に頷いた。

 

「ああ、行くだろうとも」

「……。そうですか」

 

 こう言われたらもう何も言えない。ええ、どこへでも行きますよ。

 

 次の瞬間、私の体はマルデアから消えていた。

 

 

 ふと気づけば、青空の下にいた。

 目の前には、ゲーム会社のビル……、ではもちろんなく。

 立ち並ぶビルの数々。

 日本語の看板が出ているので、日本なのは間違いない。

 だが、ここは随分と変わった場所らしい。

 建物の壁には、どでかいアニメのポスターが貼ってあった。

 

「アニメの町……?」

 

 何でだよ。

 ここ、明らかに京都じゃないよね。

 見回すとそのビルだけではない。そこかしこにアニメの絵がでかでかと映っている。

 通りを見やれば、普通にコスプレメイド服の少女が歩いている。

 ていうか、やたらアニメっぽい服の人が多いな。

 ああ、ここってあれだ。

 多分秋葉原だよね。

 ネットで調べて何となく見た事ある。二次元の町ってやつだ。

 つうか東京じゃん。

 ついにポンコツワープがTokyoとKyotoを間違えたぞ。

 まあ、何となく目的地につかないのはわかってたけどね。

 だから一日余裕を見て早めに来たわけだし、警察が手伝ってくれるから遅刻にはなるまい。

 

 さておき、今回はまた交番を目指す……、ん?

 

「おい、リナ・マルデリタのコスプレだぜ」

「私服verとか、めっちゃレベル高いな」

 

 男の人たちが私を指さす。

 あれ、何やらカメラを持った人が集まってきたんだけど……。

 



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18話

 ポンコツワープが東京と京都を間違え、私は秋葉原にやって来てしまった。

 

「おい、リナ・マルデリタのコスプレだぜ」

「私服verとか、めっちゃレベル高いな」

 

 男性たちが私を指さす。

 すると何やら人が集まってきて、私の前でカメラを構え始めた。

 

「すみません、撮影いいですか?」

「え? はあ」

 

 振り返ると、パシャリパシャリとシャッターが光る。

 

「え、あの……」

「あ、ちょっとyutubeの感じで笑顔もらっていいですか?」

「は、はい」

 

 しゃがみこんだカメラマンに指示を受け、私はついyutube撮影の感じで微笑んでしまう。

 

「おおっ、めっちゃ似てる!」

「リナたんそっくりだ……」

「しかも、リナの使うリヤカーのレプリカまで持っているとは……」

「これは神レベルのコスプレだぞっ」

 

 また白い光がバシャバシャと走る。

 何がどうなっているんだ。

 私が持ってたリヤカーも、コスプレアイテムの一つと思われたらしい。

 カメラマンたちは謎の統率力を持ち、前列は姿勢を低くし、後列は膝立ちになって撮影する。

 何だこの文明は。私、知らないぞこんなの。

 

「あの、写真はネットに掲載してもよろしいでしょうか」

 

 と、前列にいた眼鏡の男性が訪ねてくる。

 別に私の写真なんて既にネットに溢れてるから、それはどうでもいい。

 

「いいですけど、すみません私ちょっと……」

 

 私が手を前に出すと、前列のカメラマンが顔をあげる。

 

「衣装替えですか?」

「いやその、ちょっと用事があるので……」

「わかりました。撮影中止っ。撤収!」

 

 男性の合図で、カメラマンたちは引き下がっていく。

 なんという規律の取れた集団だ。意味不明すぎる。

 

「あのカメコ、さすがだな」

「姫のトイレっぽい状況をすぐに判断してカメコの群れを動かす。まさにカメコのリーダーだぜ」

 

 遠巻きに見ていた男たちがカメラマンの振る舞いを評している。

 なんだこの世界は。

 

 私はあわてて輸送機を引いて移動し、用意した帽子を目深にかぶる。

 一番目立つのはやっぱピンクの髪と耳だから、ボウシをかぶれば目立たずに済むだろう。

 

 それにしても、なんだここは。

 そこいらで今のような撮影会が行われている。

 これがコスプレのイベントなのだろうか。 

 

 壁際では、大勢の人を集めている女性もいる。凄い際どい衣装だ。

 

 私はその場から退避し、人気のない方へと向かった。

 隅の方にトイレがあったので、ちょうどいいので入っておく事にした。

 ちょっと緊張したから、小の方がしたくなったのだ。

 輸送機を表に置いて個室に駆け込み、私は用を済ませる。

 

 ふう。

 毎回こんな調子じゃ、ランダムワープに乗じて奈良に行くとか、そういうのも難しいかもしれない。

 何しろ私、リヤカー持ってるから。

 目立ってすぐ人が集まってしまうよね。

 

 と、独り言ちていたその時。

 ガタンっ、と誰かが倒れるような音がした。

 

「ああもう、こんな時にっ」

 

 苛立ったような声が聞こえて、私は慌てて扉を開けた。

 

 見ればトイレの入口で、華やかな白いドレスを着た女性が座り込んでいる。

 

「どうしたんですか?」

「何でもないわ。ちょっと転んじゃっただけよ……。それより、あなたリナ・マルデリタのコスプレ?」

 

 彼女は私の顔を見ると、驚いたように問いかけてきた。

 否定するのも面倒だし、ここは合わせておこう。

 

「……。は、はい」

「すごいわね。帽子被ってもそっくりだなんて。羨ましいわ」

「あの、それより、その足……」

 

 女性の右足は、足首の部分がかなり腫れ上がっていた。

 これは結構な怪我だ。

 

「ヒールが合わなくて、コケた時に変に足がねじれちゃったの」

「大丈夫ですか?」

「なんとかするわ。今日は私、なんとしても目立たないと」

 

 そう言って、無理に立ち上がろうとする女性。

 だが私が見る限り、少なくとも捻挫。下手したら骨にダメージが入っている。

 

 彼女は足を引きずるようにして前に進む。コスプレにそこまでの情熱を注ぐ理由があるのだろうか。

 

「あの、ムリしないでください。すぐ病院に行った方がいいですよ、それ」

「ダメよ。約束したの」

 

 私が止めようとするも、彼女は強い眼差しでそう言った。

 

「約束、ですか?」

「ええ。私はアニメ系の小さな劇団をやってるの。

だから、こういうイベントでコスプレして劇の宣伝をするのよ。

今度の演目は、みんな気合入ってるの。

私がお客さんを呼び込んでくるって約束したから、やらなきゃ……」

 

 どうやら使命感に燃えているようだ。

 私は、彼女に手助けをしてあげたいと思った。

 

「あの、ちょっと待ってください。いい薬がありますから」

「え、薬?」

 

 私はバッグから魔石を出し、彼女の足にあてがう。

 魔力を込めて治癒を祈ると、足の周囲が小さく光り、彼女の足の腫れが引いていく。

 

「え、嘘……」

 

 彼女はそれを見下ろして、茫然としていた。

 

「これである程度は平気だと思います。歩けますか?」

 

 問いかけると、彼女は恐る恐る足を前に出した。

 

「……。ええ、治ってるわ。これ……、魔法? あなた、本物のリナなの?」

 

 女性は、信じられないと言った表情でこちらを見やる。

 

「あはは、あまり無理せずに頑張ってくださいね。じゃあまた」

 

 これ以上は、騒ぎになったら面倒だ。

 私は急いでその場を去る事にした。

 

「あの、ありがとう!」

 

 遠くから声を張り上げた彼女に手を振り返し、私はイベント会場を後にした。

 

 それからすぐに交番を見つけると、私は警官にパスポートを手渡して本人証明をした。

 そこからはいつもの如く護衛に囲まれ、私は京都へ送られて行ったのだった。

 

 

 

 夕方にはなったが、ゲーム会社にたどり着く事ができた。

 今回は、手続きをして荷物を受け取るだけだ。

 

 まずは社内で書類にサインし、我がガレリーナ社とゲーム会社の取引をしっかりと契約という形にした。

 

「これが異星の企業との契約書……」

「ああ、日本とマルデアを結ぶ史上初の契約書だ」

 

 スーツを着た営業職の人たちは、感激したように書類を眺めていた。

 その後、私たちはビジネスの状況について話し合う事になった。

 

「マルデアでは、小売さんの受注はいかがですか?」

 

 問いかける営業さんに、私は自信を持って頷く。

 

「はい、商品がとても魅力的なおかげか、既に販売店から四千台ほど発注してもらっています。

あとは、お客さんが買ってくれるかどうかですが……」

 

 私が少し不安に顔を落とすと、ビシッと七三分けの男はニコリと笑みを浮かべる。

 そして、段ボールからカラフルな紙の束を取り出した。

 

「一応、こちらで宣伝用のポスターなどを用意しました。

スウィッツを紹介する小冊子や、ポップなどもあります。是非お店に置いてもらって下さい」

 

 開かれたのは、ゲーム機と丸顔おじさんのキャラクターが描かれた鮮やかなポスターだった。

 これなら店頭でスウィッツの存在が目に留まりやすいだろう。

 他にも、宣伝用のグッズを色々と用意してくれたらしい。

 

「ありがとうございます! これなら、お客さんも目に留めるはずです。小売さんに本体と一緒に渡しておきますね」

「期待しています。販売が順調なようなら、すぐに次の五千台をご用意します。その後の増産も考えますよ」

「よろしくお願いします」

 

 商売の話を終えて、私は一階のロビーへと向かった。

 普段は何もない場所だが、そこには大量のゲーム機が置かれていた。

 五千台のハイパーマルオが入ったスウィッツと、マルオカーツのパッケージソフトが三千本。

 そして周辺機器などが入った箱がズラリと並べられている。

 

「すぐに運び込む人員を用意しましょう」

 

 営業さんはすぐに手配しようとしたが、私はそれを手で制止した。

 

「必要ありません。私一人で十分です」

 

 

 私は念動力を使い、スウィッツを一気に十台ほど浮かせて輸送機に入れる。

 すると、スウィッツは1000分の一ほどの大きさに縮小されて輸送機の隅に収まった。

 それを繰り返して、次々と本体を輸送機に入れていく。

 十分ほどかかっただろうか。

 五千台のスウィッツと周辺機器たちは、簡単にリヤカーみたいな輸送機に収まってしまった。

 

「こ、これはすごい。こんな小さい荷台に全部収まるなんて……」

 

 営業さんは私の作業に目を見開いていた。

 私はフロアに何もなくなったことを確認し、彼に挨拶をする。

 

「これで全部ですね。では、私はマルデアに戻ります」

「は、はい。本日はどうもありがとうございました」

 

 丁寧に頭を下げる男性に、私は頷いて答える。

 

「ええ。こちらも宣伝用のものまで用意して頂いて、ありがとうございました。

最初の五千台、しっかりとマルデアの人たちに届けたいと思います。

では、失礼します」

 

 私は腕につけたデバイスを起動し、マルデアへとワープした。

 

 



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19話

 マルデア星。

 ガレリーナ社に戻った私は、まずyutubeで地球のみんなに報告する事にした。

 輸送機から商品のスウィッツを一つ取り出し、カメラで自撮り撮影をする。

 

「地球のみなさん、こんにちは。

見てください、ついにスウィッツをマルデアに輸入しました。

これから、この星に地球のゲームを広めます!」

 

 ガレナさんがカメラにひょっこりと顔を出した所で、私は録画を止めた。

 十数秒の短すぎる動画だったが、構いはしない。

 このまま投稿だ。

 yutubeにアップすると、すぐにとてつもない数のアクセスが集まり始めた。

 再生メーターはぶっ壊れているのか、止まったまま動かない。

 いいねだけがすぐに一万を超えていた。

 

 他のSNSでも、画像とともに投稿はしておいた。

 瞬間的にあふれるコメントが凄まじい。

 

xxxxx@xxxxx

「ついに俺たちのゲームが宇宙へ飛び出したんだ!」

xxxxx@xxxxx

「ありがとう! 私たちは誇りに思うよ!」

xxxxx@xxxxx

「グラシアス! ありがとう!」

xxxxx@xxxxx

「マルデアがNikkendoを好んでくれるといいね」

xxxxx@xxxxx

「ビデオゲームを選んでくれてありがとう!」

xxxxx@xxxxx

「マンマミーヤ!!」

xxxxx@xxxxx

「俺たちは今、新たなゲーム史の第一歩を見ているんだ」

xxxxx@xxxxx

「WAHOOOOOOO」

 

 盛り上がっているのは、やはりゲームファンが多いらしい。

 みんな喜びを表してくれていた。

 さて、地球の人たちに伝えた所で、次はいよいよ納品だ。

 

 

 翌日から、私とガレナさんは手分けしてスウィッツを小売へと運ぶ事になった。

 ワープ局に転送を頼む事も考えてたんだけど、冊子やポスターをせっかくもらったのだ。

 一つ一つ手渡して、店に宣伝をお願いしたかった。

 ワープステーションを利用すれば一瞬で他の駅に飛べるので、地球ほど手間はかからない。

 デバイスで発注のデータを確認しながら、私はガレリーナ社のビルを出た。

 

 まず行くのは、最初に発注を取った玩具屋さんだ。

 カウンターで店長を呼んでもらい、早速現物の商品を見せる。

 

「これが本体のケースになります。既にソフトを一本同梱しておりますので、開けたらそのまま遊べます」

「ふむ、変わった箱だな」

 

 地球のパッケージが物珍しいのか、玩具屋の店長はじろじろと眺めていた。

 

「こちらは別売りのコントローラーです。追加で買ってもらえば、四人まで一緒に遊べます。

あとはレースゲームのソフトを五本ほどご用意しました」

 

 マルオカーツのパッケージを台の上に置くと、彼は表のイラストを見下ろしながら言った。

 

「華やかな絵で良いな。こちらも楽しそうだ。それで、こっちはポスターかね」

 

 次に店長が目をつけたのは、販売促進用のグッズだ。

 

「はい。このポスターを店内に飾っていただけると嬉しいです。

それから、スウィッツの説明用に冊子があります。これを読めば、お客さんもすぐにどんな遊び道具なのかわかると思います」

 

 取り出した冊子を開き、店長は驚いたように目を見開く。

 

「ほう。魔術冊子ではないようだが、十分見栄えするな。おたくは小さな販売会社だと聞いていたが、随分しっかりしているんだな」

「このゲーム機を作ってるメーカーさんが大手ですから、宣伝にもご協力頂いてます」

 

 店長は企業ロゴを見下ろしながら、唸るように感心していた。

 

 私はデバイスに出荷のチェックをつけながら、店を回っていく。

 それから数日かけて、発売日までに四千台のスウィッツを小売に全て出荷した。

 会社のオフィスでガレナさんと落ち合い、発注と出荷を最終チェックする。

 

「すべて出荷できましたね」

「ああ。これで明後日の発売日を待つだけだな」

 

 ガレナさんも疲れた顔ながら、満足そうに頷いていた。

 

「もう一つ欲を言えば、試遊台などを用意したかったのですが。さすがにそういう場所はとってもらえませんでした」

 

 前世の子ども時代、家電量販店などでファミコムの試遊台があったのを覚えている。

 両親が買い物をしている間、ゲーム売り場でずっと遊んでいたものだ。

 あれは販売促進の効果があるのだろう。

 だが、あれを店にやってもらうにはまだまだ信用が足りない。

 

「試遊台か。研究所でなら可能かもしれんな」

 

 と、ガレナさんが何か思いついたように言った。

 

「研究所で?」

「うむ。テストルームという場所がある。開発した試作機などを置いて、不特定多数に試用してもらうための場だ。

そこにスウィッツを置いておけば、好奇心旺盛な研究者連中が触るだろう」

「それはいいですね!」

 

 彼女の提案は、魅力的なものだった。

 というより、待っているだけじゃそわそわして仕方がない。働いていたかったんだと思う。

 私は早速スウィッツを二台ほど用意し、研究所へと向かった。

 そして、三階のテストルームにやってくる。

 ガレナさんの説明通り、その広い部屋には様々な魔術試作機が置かれている。

 室内にいる研究者たちは試作機に触れ、使用感などをデバイスに書き込んでいるようだ。

 

「こんな所にゲーム機を置いていいんでしょうか」

「構わん。たまにメチャクチャな物も置いてあるから、何でもいいのだろう」

 

 ガレナさんが軽い調子でそう言った。

 私はテーブルの上にスウィッツを置いて、少し離れた椅子から眺める事にした。

 と、そこに研究者たちが近づいてくる。

 

「ねえ。これ今置いて行ったのリナ・マルデリタじゃない?」

「地球のものかしら。ガレナ・ミリアムと会社立ち上げて、なんか輸入してるって噂だったけど」

 

 白衣の女性二人が、スウィッツを眺めながら話し始めていた。

 

「デバイスに変わったボタンがついてるわ」

「ええ、遊び道具らしいけど。地球の玩具なんて初めて見るわね」

 

 と、赤髪の女性がスウィッツを手に取った。

 

「ふうん、映像が出るのね。スタートボタンは、ここね」

「遊ぶつもりなの? 私もう行くよ」

 

 一人はすぐに立ち去ってしまったが、もう一人はとりあえず遊んでくれるようだ。

 

「右に行けばいいのかしら……。あれ、当たったら死ぬの?」

 

 どうやら即死したらしい。

 すぐやめるかと思いきや、彼女はその後も割と長い事ゲーム機を操作していた。

 

「むっ、もうっ、なんで取れないのよっ」

 

 なんかムキになってボタンを押しまくっている。

 仕方がないので、私は行ってみる事にした。

 

「あの、どうかしましたか?」

「ここ、茶色いブロックに囲まれてコインが取れないのよ」

 

 画面を指さす女性に、私はすぐに状況を理解した。 

 

「ブロックを壊すには、上からお尻でドッスンすればいいんです。

ジャンプ中に下ボタンを押してください」

「ドッスン? ……、あ、できたわ」

 

 あっさりと取れたコインに、彼女は目を瞬かせる。

 

「はい、おめでとうございます」

「……ほ、褒めないでよこんな事で。ただコイン取っただけでしょ」

 

 少し恥ずかしそうにする女性に、私は笑みを浮かべながら言った。

 

「どうですか。面白いですか?」

「そうね。なかなか悪くはないわ」

 

 まんざらでもない表情で、ゲームを再開する彼女。

 

「スウィッツの発売日までそこに置いてますので、よかったら遊んで行ってください」

「わかったわ……」

 

 生返事をしながら、女性は画面に夢中な様子だった。

 どうやら、ハマりつつあるようだ。

 ゲーム女子はガレナさんだけではなかった。これなら、マルデアでも売れるだろう。

 

 そうこうしているうちに、二日が経った。

 ついに発売日がやってきたのだ。

 

 

 



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20話

 

 いよいよ、スウィッツの発売日だ。

 

 私とガレナさんは、朝からガレリーナ社の小さなオフィスに集まっていた。

 もし何か問題があった時に、すぐ対応しなければならないからだ。

 本体やソフトのパッケージには、困った時の連絡先として、うちの番号を載せてある。

 何かあればお客さんや販売店から、ここに通話が来るはずなのだ。

 

 だが、朝早くからすぐコールがあるわけではないだろう。

 しばらく時間を潰して待つ必要がある。

 こういう時は、地球のメディアを観察するのがいい。

 ネットニュースを見ていると、物騒なタイトルが目に入る。

 

『偽のリナ・マルデリタによる詐欺が発生!』

 

 何だろうと思って、中身を読んでみる。

 どうやら、「ワープでここに落ちてしまいました」と私を名乗って金品を騙し取る詐欺が発生したらしい。

 下らないけど悪質だね。

 

 それを受けてか、SNSでは動画つきのツイットがバズっていた。

 

『本物のリナ・マルデリタを見分ける方法』

 

 と書かれた文字の下に、動画が添えられていた。

 映像を再生すると、コスプレした女性が足を怪我したのか座り込んでいる。

 その足に、帽子を被った少女が手を当てた。

 すると足が光り出し、足の腫れが引いていく。

 そこまでで映像は切れている。

 

 秋葉原のイベントの時に、私が治療したやつか。

 あそこは凄いカメラを持った男たちが溢れてたから、撮られてても不思議はないかもしれない。

 コメント欄はかなり賑わっていた。

 

xxxxx@xxxxx

「すげー。これリアル治癒魔法じゃん」

xxxxx@xxxxx

「そら本物以外は魔法なんて使えんわな」

xxxxx@xxxxx

「リナを名乗る奴には、魔法使ってみて?って言えばいいんだ。簡単じゃん」

xxxxx@xxxxx

「めっちゃ優しいよリナたん」

xxxxx@xxxxx

「魔法少女リナってアニメにならないかな……」

xxxxx@xxxxx

「つうかこれ盗撮だろ」

 

 そんなリプライの中で、

 

xxxxx@xxxxx

「これ、治してもらったの私なんだけどw」

 

 というツイートに凄まじい数のいいねがついていた。

 その人のアイコン写真を見れば、確かに足を治したコスプレの女性だった。

 

「アニメ演劇やってます! 見に来てねー」

 

 と便乗宣伝もしている。たくましい事だ。

 

 と苦笑いしていた、その時だった。

 

 デバイスから通話の呼び出し音がした。

 一気にマルデアに引き戻された私は、副社長の顔で魔術回線を繋ぐ。

 

「はい、こちらガレリーナ・ゲーム販売社でございます」

「ああ、ガレリーナさん? ケララ玩具店ですけど、ちょっと困ったやら嬉しいやら、大変な事になりましてね」

「な、何でしょうか」

 

 私がドキドキしながら訪ねると、店長は言った。

 

「スウィッツがね。もう"ない"んですよ」

「はい?」

 

 ない、という言葉の意味が一瞬わからず、私は硬直する。

 すると、デバイス越しの店長が続ける。

 

「だから、全部売切れたんです。

まあうちの仕入れはそんなに多くないんだけど、朝でみんな売れちゃいましてね。

それで買いに来たお客さんが、在庫はないのかって言ってるんですよ」

「ほ、本当ですか!」

 

 何という事だろう。怒られるのかと思ったら、その真逆。嬉しい悲鳴だったのだ。

 

「ええ。うちは発売前からゲームの映像を店で流してたんだけど、評判がよくてね。

レースゲームの方も、パッケージが売り切れちゃったんです。また発注したいんですが、いいですかね」

「はい、もちろんです。ありがとうございます!」

 

 なんといきなり追加で本体を十台。マルオカーツを五本も注文してもらえた。

 とりあえず、私は千台余らせた予備を使って、今回はワープ局にお願いして玩具店に発送する事にした。

 ワープ局なら各家庭の住所に一瞬で荷物を飛ばせるので、午後には届いているだろう。

 

 

 

 と、今度はお客さんから直接の通話が来た。

 

「あのねえ、ちょっとお宅の機械の使い方がわからないんだけど……」

 

 母親らしい人だった。

 詳しく聞いてみると、コントローラーの充電方法がわからないらしい。

 

「本体ケースの中に専用のアダプターと変換機がありますので、それを魔力源にさしてください」

「あら、あったわ。ごめんなさいね、あたしデバイスに弱くて。

それよりこのマルオっていうの? うちの子がすごい喜んで遊んでるのよ」

「本当ですか、ありがとうございます!」

 

 礼を告げると、「ちょっと子どもと替わるわね」と母親がデバイスを誰かに手渡す音がした。

 すると、小さな女の子の声が耳に響いて来た。

 

「あのね、あのね。まるお、いっぱい負けちゃうけど、すごい楽しいの!」

 

 その言葉だけで、色んな事が報われたような気がした。

 私は通話の向こうの彼女に向かって、心を込めて言った。

 

「ありがとう。ゲームを作った人たちに、伝えておくね」

 

 これが、私たちの仕事の始まりだった。

 

 

 

 それから、幾つか追加発注を望む店の声が相次いだ。

 

「このままでは、在庫がもう足りなくなるな」

 

 ガレナさんがデバイスで残り数を確認しながら呟く。

 

「ゲーム会社さんに次の五千台をお願いしましょう」

 

 私は日本に連絡を入れ、販売の状況を報告した。

 あちらも喜んでいるようで、すぐに増産を約束してくれた。

 

 と、また通話の呼び出しがあった。

 

「はい、こちらガレリーナ・ゲーム販売社です」

「すみません、マルオ買ったんですけど。ゲームの質問してもいいですか?」

 

 声の相手は、中学院くらいの子どもだった。

 

「はい、どうぞ」

「あの、二の四のステージあるでしょ。そこの星のコインが二つしか取れないんです。もう一枚どこにあるんですか?」

「は、はあ」

 

 コインについての質問と聞いて、私は驚いた。

 ゲーム攻略のために通話してくる人、いるんだね。

 ただ、攻略情報も出していないし本当にわからないんだろう。

 幸い、発売したゲームについては事前に自分でもやりこんでいる。

 私は既にとった二枚について聞き、三枚目について教える事にした。

 

「そこに壁を通り抜ける隠し通路があるはずです」

「ああ、あったあった。ここ通れるんだ! ありがとう!」

 

 そう言って、少年は通話を切った。

 

「自分で攻略しないとはな。困った子だ」

 

 話を聞いていたガレナさんは腕組みをして呆れていた。

 

「ゲームを遊ぶ人には色んなスタンスがありますから。

自分でやりたい人はやって、教えてほしい人は聞けばいいと思います。

攻略情報も出しておいた方がいいのかもしれません」

「私は自分の力でやるべきだとは思うが。あんな通話が頻繁に来るようなら、仕方あるまい」

 

 全てが初めての事で、戸惑いながら私たちは対応に励んだ。

 攻略情報を聞いてくる通話は結構多く、私たちはゲームを常に起動しながら回答し続けていた。

 

 と、また通話が来た。

 

「はい、こちらガレリーナ・ゲーム販売社」

 

 毎度のように答えると、泣きそうな女性の声が響いて来た。

 

「ねえ。ゲームが、ゲームが終わっちゃったの……」

 

 どこかで聞き覚えのある声だったが、意味がわからない。

 

「ど、どうされたんですか?」

「なんかでっかい亀をやっつけたらエンドロールみたいになって、画面が黒くなったの。

もう何もないのよ……。どうするの?」

 

 問いかけてくる女性は、とても不満げだ。

 どうやら、もうエンディングまで行ってしまったらしい。

 どうするの? と言われてもちょっと困るけど。

 

「はあ、おめでとうございます。それでゲームクリアとなります」

「クリアって、これでもうないの? マルオは次どこに行くの?」

 

 女性の声は、悲壮感を漂わせている。

 どこに行くと言われたら、そらお城に戻ってお姫様と幸せになるんだろうけど。

 とにかく、彼女は遊び足りないようだ。

 

「そ、そうですね。次はマルオカーツの世界に行ったんだと思います。

そちらのソフトを購入して遊んで頂けると、ありがたいのですが」

「マルオカーツ?」

「はい、マルオたちがカートに乗ってレースするゲームです」

「そう。マルオのやつ、今度はレースに参加するのね。いいわ。やってやろうじゃないの」

 

 彼女はなぜか一気に乗り気になっていた。

 そうして、ガチャリと音をたてて通信が切れた。

 

 なんだったんだ。

 茫然とデバイスを見下ろしていると、ガレナさんがこちらを向いた。

 

「……今の、研究所の女だな」

「あ、やっぱりそうですか」

 

 ガレナさんは気づいていたようだ。

 あの声は多分、テストルームで長時間マルオを遊んでいた女の人だ。

 がっつりハマったみたいでよかったけど、なんか怖いくらいだったな。

 



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21話

 

 

 

 その日は夜遅くまで、ガレナさんと二人で通話対応を受け続けた。

 マルデアにはビデオゲームの文化が一切ない。

 どういう風に遊ぶという常識がないから、お客さんたちも戸惑って問い合わせてくるのだろう。

 

「このキノコみたいなやつ、取っていいの?」

「いいですよ」

 

 そんなやり取りもあった。

 はっきり言って、攻略とかいうレベルではなかった。

 ゲームの概念というのは、こうやって一歩一歩作っていくのだろう。

 通話対応がようやく静まった真夜中に、私は机の上で眠りに落ちた。

 

 

 翌朝。

 始業時間の九時頃に追加発注の通話が集中し、私たちは注文を取り続けていた。

 

「これは、かなり品薄のようだな」

 

 目をやつれさせながら、ガレナさんが言う。

 

「ええ、もう在庫分の余裕がなくなってきました。

デパートやスーパーからはまだ追加発注はないですが、玩具屋はかなり売れてますね」

 

 やはり遊び道具を売る店は、遊びを欲しがる客が来る。相性がいいようだ。

 既に次の生産待ちになっており、一月は待ってもらわねばならない状況だ。

 

「しかし、この通話対応はまいるな。さすがに二人ではそろそろ無理だぞ」

「ええ、人を雇う必要がありそうです」

 

 私たちは、二人で今後の業務について話し合っていた。

 と、そこへ。

 

「ちょっと!」

 

 ビルの一階から駆け上がってきたのは、赤い髪の女性だった。

 

「な、何か御用ですか」

「何もかにもないわよ。レースゲーム売ってないじゃないのぉっ」

 

 悲痛な表情を浮かべてるのは、やはりというか昨晩通話してきた研究所の女性だった。

 このオフィスの住所は通話番号と一緒に書いてあるので、それを見てきたんだろう。

 彼女はズカズカと中に入ってきて言った。

 

「さっき玩具屋に行ったら、売り切れだって言ってたわ。

今日は休みだし一日中マルオでレースしようと思ってたのに、どうするのよぉ……」

「どうするって言われましても。ガレナさん、どうしましょう」

 

 困った私が助けを求めると、ガレナさんは女性を見上げて言った。

 

「お前、第一研究室のサニア・ベーカリーだったな。そんなにゲームがしたいのか」

「何よ。したいわよ」

 

 憮然とした表情の女性に、ガレナさんは苦笑いだ。

 

「いや、まあ気持ちはわかるさ。マルオは当たるとすぐ死ぬし、目が離せないからな」

「そうよ。あいつよわっちいんだから。私がうまくよけてやらなきゃいけないのよ。

でも、操作をちゃんとしたら私の思ったようにピョンピョン飛んでいくわ」

 

 サニアさんがゲームを語り出すと、ガレナさんもしみじみと頷く。

 

「うむ。そこが面白い所だな。さて、私たちはそんなゲームを売っているわけだが、現状二人しかいなくてな。人員が足りないのだ。

お前がもし手伝うというなら、そこにあるマルオカーツを遊ばせてやってもいい」

 

 その誘いに、サニアさんはゴクリと唾を呑んだ。

 

「マルオカーツ……。でも、私は第一研究室の人間よ。ゲームはできても、仕事を手伝うほどの時間は……」

「お前、あちらの研究が楽しいのか?」

「う……」

 

 苦い顔をしたサニアさんに、ガレナさんが続ける。

 

「第一研究室にいれば、出世の近道ではあるだろう。

だが魔術研究者には選択権がある。自分が何を研究するか、その自由を得られるのがマルデアだ。

そして、自分の愛する道を行くのが研究者というものだ」

「……、私は……」

 

 サニアさんが迷いを見せると、ガレナさんはにやりと笑みを浮かべた。

 

「あとな。ウチに来れば、未発売の地球産ゲームをいくらでもプレイできる特権が得られるぞ」

「な、なんですって! 未発売ってどんなのよ!?」

「どんなのだ?」

 

 サニアさんとガレナさんが一緒にこちらを向く。

 

「そうですね。例えば、マルオたちがお互いにぶっ飛ばしあう超乱闘スマッシュブルザース。

世界を冒険して謎を解き明かすドラゴンクアストやFinal Fantasia、ゼルドの伝承。

広い世界でクリエイトを楽しむマイ・クラフト。

他にも他機種のスケールたっぷりのゲームが、ここなら未翻訳ですが遊べます」

 

 私の説明に、サニアさんは突然ドカリと席に着いた。

 

「いいわ、私は今からここの人間よ」

「ほ、本当ですか?」

「ええ。だから、マルオカーツを遊ばせてちょうだい」

 

 禁断症状でも出ているのだろうか。目にクマができたサニアさんがこちらを睨む。

 どうやら、また個性的な仲間が出来たようだ。

 マルデアでは二人目の味方である。まあ、なんであれ嬉しいのは嬉しい。

 私は最初、一人ぼっちだったからね。

 

 仕方なく、私は巨大モニターでマルオカーツを起動した。

 サニアさんにコントローラーを渡し、私も一つ握る。

 

「あんたもやるの?」

「マルオカーツは対戦ゲームですから。複数人でやった方が楽しさがわかります」

「そうだな。私も参加しよう」

 

 ガレナさんも加わって、三人で対戦することになった。

 サニアさんに簡単な操作方法を教え、ゲームをスタートする。

 

「わわっ、何よこれ。ハイパーマルオと全然違うじゃない!」

 

 奥行きのある壮大でカラフルなグラフィックに、サニアさんが目を見張っている。

 

「3Dゲームですから、画面の奥に向かいますよ」

「うむ、豪華なビジュアルだな」

 

 ハイパーマルオは2Dの安心して見れるゲームだ。

 誰でも遊びやすいゲームの入門書と言える。

 だがマルオカーツはフル3Dであり、スピード感もあって迫力満点だ。

 

「うわあああ、すごい昇ってるわっ」

 

 縦横無尽に駆け回るカートに、サニアさんが興奮していた。

 

「アイテムを拾ってくださいね。使うので」

「ふっふっふ、赤コウラだ」

 

 ガレナさんはアイテムを拾うと、わざと減速してサニアさんに投げつけた。

 

「うわっ、マルオがやられたわっ」

「はっはっは! アイテムでガードしないからだ」

 

 ガレナさんのヨッスィーが横を素通りしていくと、サニアさんもさすがに気づいたのか怒りだした。

 

「このっ、やったわね!」

 

 そこからはもう、友情崩壊ゲームである。

 互いに怒りをぶつけあい、私にも青いコウラが飛んできた。

 それでも私が一位を取ったのは、前世にスーファムで遊びまくった経験だろう。

 

「もう一回よ!」

 

 彼女はガレナさんと対戦を続け、マルオカーツにハマり倒した。

 結局、その間の通話対応は私がやる事になったのである。

 

 

 

 

「え? 私、客対応なんてしたことないわよ」

 

 それがゲームを終えた後のサニアさんの言葉だった。

 さんざん遊び倒した後で何を言っているんだろうか。

 

「今のところ、仕事は客対応が多いんです。特に質問の通話がじゃんじゃん来ます。

お客さんがゲームをクリアできなくて、攻略法を聞いてくるんですよ。サニアさんならマルオの内容わかるでしょう?」

 

 私の言葉に、サニアさんは眉を寄せる。

 

「そりゃあテストルームでやりまくって、昨日も徹夜でやったから大体わかるけど。

でもいちいち同じ事答えるの面倒だし、通信ページに攻略法出しておいた方がいいんじゃない?

私、ホームページとか色々作ってるのよ。だから、お客さん向けの情報発信の仕事ならできると思うわ」

 

 胸を張るサニアさんに、ガレナさんが頷く。

 

「ふむ。サニア・ベーカリーで検索すると、こんなページが出たな」

 

 ガレナさんが出したデバイスを見ると、サニアさんの顔写真が華やかに映ったページが表示されている。

 彼女の個人サイトだろう。

 デザインがきれいで見やすい。

 写真もすごく可愛い。

 なんていうか、リアルの三割増しくらいだ。

 

「お前、ずいぶん可愛く映してるな。目も実際より大きくなっている。画像いじったか?」

 

 嫌味な笑みで問いかけるガレナさんに、サニアさんは顔を赤くした。

 

「い、いいでしょそれくらいっ! 誰でもやってるわよ」

 

 ともかく、彼女はページのデザインが得意らしい。

 案外、頼りになる味方が出来たかもしれない。

 



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22話

 新入社員となったサニアさんには、公式ページの運営をお願いする事になった。

 彼女はさっそく私から管理権を受け取り、ガレリーナ社の公式ページをいじり始めた。

 

「どうせマルオの質問で多いのは、星のコインの場所でしょ?」

 

 手早くデバイスを打ち込みながら、彼女が問いかけてくる。

 

「そうですね、攻略のメインはそれです。あとは凄く基本的な事です。

セーブしますか? で「はい」を押していいかとか。

マルオとお別れしてないけど電源を切っていいのかとか、そういう質問が来ました」

「何よそれ……。超初歩的な事から書かなきゃダメみたいね」

 

 サニアさんはため息をつきながらも、手際よくページを作り上げていった。

 その日のうちに攻略ページが出来上がり、公式ページはだいぶ公式っぽくなった。

 

「うむ。デザインがだいぶ良くなっているな」

 

 ガレナさんが満足そうにページを眺める。

 

「夕方から質問の通話も半分くらい減りましたよ。

公式ページにアクセスが集まり始めたみたいです。ありがとうサニアさん」

 

 私が礼を言うと、サニアさんはフンと鼻を鳴らした。

 

「こんなの朝飯前よ。さあ、帰る前にもう一回マルカーするわよ!」

 

 そして、すぐゲーム機に飛びつく。

 彼女は心からゲームが好きみたいだ。

 少し変わってるけど、いい人が入ってくれたようでよかったと思う。

 

 次第にゲームをクリアした人たちから、感想のメールが届き始めた。

 珍しい遊びを楽しめたというものや、マルオ楽しい!という子どもたちの声。

 何回も繰り返し遊んだというコアな意見をもらう事もあった。

 私たちは、しっかりとマルデアにおけるゲーム販売の第一歩を踏み出したのである。

 

 

 それから少しして、売り上げたゲームの利益がガレリーナ社に入ってきた。

 4000台分近くのスウィッツとソフト、周辺機器の売り上げだ。

 運送費やガレリーナ社のコストを引けば、それが利益になる。

 

 マルオカーツが好評を受けた事もあり、120万ベル以上の金が手元に入った。

 日本円でいうと、1億2000万円くらいかな。

 ついにゲーム機によってマルデアの金を得る事に成功したのである。

 零細企業にしては、最初から結構な規模だ。

 まあ、地球の全力サポートを受けているから当然といえば当然だけどね。

 

 これを資金に、私は五千個の魔石と五十個の収縮ボックスを購入した。

 これまでに私のポケットマネーで持ち込んだものとは、桁が違う数だ。

 

 ただ、今すぐ地球に行く事はできない。

 まだ、スウィッツの次の生産分が出来ていないからだ。

 

 

 待っている間、私はゲームが売れた事を地球の人たちに報告する事にした。

 それに魔石の事についても、ある程度みんなに知ってもらうべきだと思った。

 

 まだ大衆は、軽い魔法が使えるようになる道具くらいの事しか知らないみたいだし。

 政府だけが本当の価値を知ってるというのは、あんまりよくない気がする。

 

 こういう時は、自由に情報を発信できるyutubeが便利だ。

 デバイスを構え、いつものように自撮りで撮影を始める。

 

「こんにちは、地球のみなさん。

マルデア大使のリナ・マルデリタです。

先日発売したゲーム機ですが、マルデアの人たちがとても喜んで遊んでいます。

すぐに売り切れになってしまい、みんな地球の娯楽を欲しがっているみたいです。

素晴らしい娯楽をありがとうございます。

さて、みなさんは私が初めて地球に行った時の会見を覚えているでしょうか」

 

 私は箱から透明な魔石を取り出し、カメラに向ける。

 

「地球人の皆さんも、この石があれば魔法が使える。

それをお見せする事が出来たと思います。

魔石はシンプルに使えば、このように少しの奇跡を生み出すものです」

 

 石を揺らすと、その上に小さく火が揺らめいた。

 

「ですがこれを十個、百個、千個と合わせれば、大きな奇跡を起こす事ができるようになります。

魔石とは、願いを叶える力の結晶です。

例えば、このように汚れた水の中に入れると……」

 

 私はバケツの中の黒々とした汚水に、魔石を放り込む。

 そして、そこに手をかざして魔力を注ぎ込んだ。

 すると、汚れが浄化されて水がきれいに透き通っていく。

 

 それをカメラで撮影しながら、私は語り続ける。

 

「とまあ、このような事もできます。

沢山使えば、川なんかでも綺麗になるかもしれませんね。

現状、そちらに持ち込める魔石の数は多くはありませんが。

ゲームのおかえしに、少しずつお届けしていきたいと思っています。

私たちは遠い星同士ですが、ようやく貿易の第一歩を踏み出しました。

マルデアと地球が、より良い未来を作っていけるように祈っております。

それでは、失礼します」

 

 私は一礼して、撮影を終えた。

 そしてデバイスで少し編集して、yutubeに投稿する。

 すると、これまでよりも異様な勢いで動画が伸びて行った。

 どうやら、これまで見てくれていた人たちだけではなく、政治的な方面にも話題を呼んだらしい。

 私の発言は世界中に広まり、各国のテレビでも報道された。

 

「魔石には未知の可能性がある。環境汚染の問題も、あの浄化の力があれば解決できるかもしれない。

我々はそれを私利私欲のためではなく、地球の未来のために使うべきだ!」

 

 翌日のテレビで、アメリカの人気司会者はそう主張した。

 

「願いを叶える力というなら、不治の病を治す事も可能ではないでしょうか。

様々な可能性を考えるべきですね」

 

 ヨーロッパの世界的なスポーツ選手が、インタビューでそう答えた。

 

「魔法の収納箱は、流通の概念を変えるものだ。それにもし魔石が大量にあれば、地球から災厄を消し去ることができるのではないか。

マルデアが地球にもたらす利益の大きさに驚いている」

 

 アジアの名門大学教授が、カメラの前でそう語った。

 

「まだ魔石がそこまで有効だと証明されたわけじゃない。

マルデアが商品の価値を過剰に言ってたらどうするんです? 慎重に考えるべきですよ」

 

 有名評論家が、ネット配信で息を巻いた。

 

 様々な有名人や政治家が、それぞれ私の動画についてコメントし、己の主張をした。

 大衆もSNSでつぶやき、動画配信で主張し、語り合った。

 

 私の動画は、文字通り世界を巻き込んで大論争を巻き起こしたのだ。

 これはちょっと予想外の展開だった。

 でも、みんなで話し合った方が健全だよね。

 

 マルデアの影響力は、地球にとって大きくなってきているのかもしれない。

 地球の人たちのほとんどは、私が本当に一人で地球と貿易しているとは思わないだろう。

 その事実を知っているのは、多分まだアメリカの中枢だけ。

 

 私が一人でやれる事は限られている。気負っても仕方がない。

 だから、焦らずにやりがいのある仕事をしていこうと思う。

 好きなゲームを売って、一つずつ笑顔を作って。

 地球に少しずつ魔石を届けて行けたら、それでいい。

 

 奈良の親にも会って、元気な姿を確認しなきゃね。

 

 

 

 それから少しして、日本から良いニュースが舞い込んだ。

 政府の協力もあり、マルデア向けスウィッツの生産が早まりそうだという。

 数日後には六千台のスウィッツが用意できるという事だった。

 あっちに行くとなると、魔石や変換機の部品も持っていかなければいけない。

 私はまず国連に連絡を入れて、ニューヨークにある本部に向かう事になった。

 

 



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23話

 

 地球への出発準備が整ったのは翌日の事だった。

 今回向かうのは、まず国際連合の本部である。

 その後に日本に行って、ゲーム会社とやり取りをする予定だ。

 

 いつものように、私は研究所のワープルームにやってきていた。

 輸送機には五千個の魔石と五十個の縮小ボックス、二万個の変換部品を縮小して詰め込んである。

 サニアさんも誘ってみたけど、

 

「地球は嫌よ。私は今、このゲームで忙しいの」

 

 と断られた。なぜマルデア人はみんな地球行きを拒絶するんだろう。

 まあ、私も元地球人じゃなかったら行く事はなかったかもしれないけどね。

 

 サニアさんは今、私がアメリカ政府にもらった地球言語のままのゲームに夢中だ。

 翻訳機を片手にアサシン・クラッドをやってるんだから、大したものだと思う。

 

 

「さて、ガレナさん。今回はどこにワープするんでしたっけ」

「ニューヨークだな」

 

 真顔で答えるガレナさん。

 だが、すんなり目的地に着くとは到底思えない。

 私は白衣の研究者にジト目を向けて言った。

 

「是非とも、100キロ圏内には入れてもらいたいですね」

「うむ。善処しよう」

「せいぜい頑張ってきなさい」

 

 サニアさんに手を振られ、私は目深に帽子を被った。

 そして、次の瞬間にはマルデアから姿を消していた。

 

 

 

 次の瞬間。私は草原に立っていた。

 空気は、少し肌寒いだろうか。

 周囲には、西洋風の建物が見える。

 どこだここは。

 よくわからないが、またアメリカのどっかに飛ばされたんだろうか。D.Cっぽくはない。

 と、風が吹き荒れて私の帽子が飛んでいった。

 

「ねえパパ、ママ。あの子、リナ・マルデリタみたいな髪してるよ!」

 

 英語で少女の声が響いてくる。

 さて、ここはどこだろう。

 近づいてくるのは、黒い帽子を被った髭面の男性だ。

 

「……。確かにそっくりだな。君、そんなものを引いてここで何をしてるんだ」 

 

 輸送機を押しているから、当然私は目立っている。

 

「すみません。この辺の地名ってわかりますか?」

「地名? ここはオタワだが……」

「お、おたわぁ?」

 

 それ、カナダの首都じゃないの?

 アメリカじゃなくない?

 世界地図で言えばニューヨークの北あたりだったか。そこまで遠くは……、遠くはないのかな。

 でも、やっぱ国境超えてるよね。

 

 オワタ。

 終わった…。

 

 

 やばい。冗談言ってる場合じゃない。

 許可を得てない国に落ちるのは初めてだ。カナダは限りなくアメリカに近い国だけども……。

 あのポンコツワープ、とうとう国境を飛び越えるという禁断の行為に出たようだ。

 なんでニューヨークがオタワになるんだよ。

 

「君、どうしたんだね」

 

 絶望に打ちひしがれる私の前で、男性が心配そうな顔をしていた。

 

「すみません。少しばかりその、道に迷いまして」

「ふむ。君はこのあたりの子じゃないのか。どこから来たんだね」

 

 不思議そうにする男性。しっかりしてそうな人だし、この人に案内を頼もうかな。

 

「ええと、私こういう者です……」

 

 私はパスポートを出して彼に見せる。

 すると、男性は目を見開いた。

 

「り、リナ・マルデリタだと! まさか、本物なのか?」

 

 うん。怪しむよね。

 

「はい。警察を呼んで頂ければわかると思います」

 

 頷いてみせると、男性は苦い顔をした。

 

「……。私はカナダ警察のカーター警部だ。君が本物なら、身分証以外のもので証明ができるはずだが」

 

 そう言って、警察手帳らしいものをこちらに提示するカーターさん。

 どうやら第一遭遇者は、警察関係者だったらしい。

 

 彼の意味する所は、魔法を見せてみろという事だろう。当然だ。

 いるはずのない国にいるんだから、怪しむのも無理はない。

 

「では、あなたに少し魔術をかけます……。風の力よ」

 

 私が呪文と共に念じると、彼の体がフワリと浮きあがる。

 

「なっ……」

「す、すごい!」

「え、うそ。本物なの?」

 

 娘さんと母親が目を見張り、浮き上がった父を見あげる。

 カーター警部は自分の手を見下ろしながら、ゆっくりと地に降りる。

 よく見ると、彼には右腕がなかった。

 

「……。これは、疑いの余地もないな。ゆっくり休暇を取ってもいられないようだ。ようこそ、ミス・マルデリタ。まさかカナダに来られるとは思いもしなかった」

 

 帽子を取って会釈する男性に、私も頭を下げる。

 

「その、突然ですみません」

「いや、ぜひ歓迎させてもらいたい。連絡を取るので少し待っていてもらえますかな」

 

 彼はスマートフォンを出し、すぐに電話を始めた。

 

「カーターだ。すぐ上に連絡してほしい。ラ・ベ公園あたりでリナ・マルデリタ嬢と遭遇した。

いや、マルデア観光大使のリナ・マルデリタだ。冗談ではない。

本物であると私が確認した。とりあえず、護衛と車を用意してくれ。リアカーを運べるトラックもだ」

 

 話を終えたカーターさんは、スマホをポケットに仕舞ってこちらを振り向く。

 

「さて……、どちらへお連れすればいいのやら。ミス・マルデリタ。失礼ですが、オタワへはどのようなご用件で」

 

 警部は迷うように私を見下ろす。

 これだよ。さすがにアメリカに行こうとしたらミスって落ちましたとは言えない。カナダに対して失礼だ。

 

「少しその、ご挨拶にと思いまして」

「挨拶というと、我らが首相か、それとも女王にですかな」

「……、そ、そうですね」

 

 そうなっちゃうよね。別に私はおじさんにだけこんにちはしてバイバイでもいいんだけど。

 そうは問屋が卸さないよ。

 

 私が落ちてしまったからには、国のトップと会わざるを得ない。

 マルデアの大使というのは、そういう立場だ。

 

 まあ、カナダを見れるいい機会だと思った方がいいかな。

 うん、旅行気分でいよう。お仕事だけどね。

 

 すぐに近くの道路に車とトラックが停まり、スーツ姿の男たちがやってくる。

 

「迎えが来たようです。ミス・マルデリタ。行きましょう」

「はい」

 

 警部の言葉に、私は頷いた。

 

「パパ、おしごと?」

 

 と、後ろから少女が声をかけてきた。

 

「ああ、すまない。リナ・マルデリタを守る大事な仕事だ。ママと一緒に買い物でもしてくれ」

「うん……。おけが、しないでね」

 

 少女は、失われた右腕を見上げるようにしてそう言った。

 

「ああ。危険な事はないさ」

 

 警部は娘を抱き寄せてから、すぐに私をエスコートして車へと向かった。

 

「警部、その方ですか?」

「ああ、マルデリタ嬢だ。他国のスパイが来る可能性もある。何があっても守れ」

「はっ」

 

 警部の指示で、早速男たちが周囲の警戒に当たり始める。

 最近、降りてから護衛がつくまでの速度としては、これまでの最速だ。

 

 輸送機をトラックに入れて車に乗り込むと、隣に警部が腰かけてすぐに車が出た。

 

「とりあえず、議会まで来ていただく事になります。首相がお待ちです」

「わかりました」

 

 アメリカ以外の国の中枢へ行くのは初めての事だ。

 変なことにならないことを祈るばかりだよ……。

 

 ふと私は、隣に腰かける警部の右肩を見やった。

 

「……、腕、どうされたんですか」

「銃撃戦で神経を失いましてな。この仕事をしていればつきものです」

 

 何事もないように、淡々と答えるカーターさん。

 

「娘さん、心配してましたね」

「ええ。あの子は、私が危険な仕事をしている事を肌でわかっているのでしょう。

ちょっと擦り傷して帰っても泣くんです。私はダメな親だ」

 

 警部は肩をすくめ、苦笑いをしてみせた。

 

「いいお子さんじゃないですか。お父さんを失いたくないんですよ、きっと」

 

 そう言って、私はバッグから魔石を幾つか取り出す。

 そして彼の右肩に手を当て、魔力を注ぎ込む。

 光が彼の体を包み込み、願いの力が再生を促していく。

 すると、なかったはずの警部の腕が現れた。

 

「なっ……! こ、これは」

 

 突然復活した右腕に、警部は驚いて手を見下ろす。

 

「あまり、泣かせないであげてくださいね」

 

 私がウインクして見せると、彼は腕を抱えて顔を伏せた。

 

「……。ありがとう。感謝の言葉もない」

 

 それで話は終わり、車はすぐに城のような建物の前に止まった。

 ここが議会だろうか。

 



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24話

 

 車を出た私は、警部たちに護衛されたまま議会の中に入っていく。

 

 ほんとに城だよここは。

 荘厳すぎる内装に気後れしながら、私は通路を進む。

 周囲を見渡しながら案内された先で、若い首相が私に握手を求めてきた。

 

「ようこそカナダへ。リナ・マルデリタさん」

「突然の訪問を受け入れて頂いて、ありがとうございます。オタワは豊かで美しい町ですね」

 

 私が挨拶の言葉を述べると、甘いマスクの首相がニコリと微笑む。

 

「お気に召したようで何よりです。あなたの来訪に、国民たちも大いに喜ぶ事でしょう。

カナダの特産品や、観光地をぜひご覧になって行ってください」

「ご厚意に感謝します。こちらも収縮ボックスをお持ちしましたので、受け取っていただけると幸いです」

 

 私の言葉に、周囲の議員たちが湧き上がる。

 

「本当ですか! 貴重なものをわざわざ持ってきていただけるとは。

これは、カナダに幸運の女神が微笑んでいるに違いない」

「あははは、喜んで頂けて良かったです」

 

 まあ交流として考えると、色んな国に訪問する方がいいとは思う。

 どうしてもゲーム中心になっちゃうだろうけどね。

 

 私は三十個の収縮ボックスをカナダに贈り、何とか急遽の首相訪問を乗り切ったのだった。

 

 

 案の定ホテルの最上階に案内された私は、カナダの夜景を見下ろしながらデバイスを操作する。

 今日の世界のトップニュースは、やはり私についてだった。

 カナダ政府は、マルデア大使の来訪とボックスの譲渡を大々的に発表したらしい。

 

『リナ・マルデリタが突如オタワに現れ、カナダ首相と挨拶』

 

 ぎこちない笑顔で首相と握手する私の写真が、SNSのトップに表示されていた。

 

 ネット上では、このニュースについて様々なコメントが書かれていた。

 

xxxxx@xxxxx

「カナダにようこそ! 僕の国に来てくれてうれしいよ」

xxxxx@xxxxx

「首相と挨拶する時のリナは緊張してて可愛いね」

xxxxx@xxxxx

「嫌なニュースが多いけど、リナの訪問写真を見ると心が温まるわ」

xxxxx@xxxxx

「カナダを来訪したマルデアの意図はなんだい?」

xxxxx@xxxxx

「さあね。アメリカや日本以外とも交流したいんだろうさ」

xxxxx@xxxxx

「カナダでもゲーム会社に会いに来たんじゃないか?

マス・エフェクタを開発したバイオウェル社が有名だろ」

xxxxx@xxxxx

「マス・エフェクタの版権はアメリカ企業が持ってるよ。

それに、マルオの次にいきなりその辺のタイトルに手を出すのも考えづらい」

xxxxx@xxxxx

「ゲームのためにカナダに来たってのはなさそうだな」

xxxxx@xxxxx

「リナは割とドジっ子だったりして。アメリカと間違って落ちたんじゃない?」

xxxxx@xxxxx

「さすがに国は間違えないだろ」

xxxxx@xxxxx

「京都と間違えて東京に落ちたのはガチだろ。秋葉原の映像や写真がいっぱい出てるし」

xxxxx@xxxxx

「いや、目標地点を百キロ以上間違えるとか無い無い。東京に用があったんだろ」

 

 あるんだよね。うん。

 でも、公に間違えましたと言うわけにもいかない。

 今回はマルデア大使として日米以外の国にも挨拶をしてみた、という名目で良いんじゃないかなとは思う。

 そのうち、他の国にも行く事になるだろうしね。

 

 と、入り口のドアがノックされた。

 

 

「はい」

 

 扉を開けると、スーツの女性が立っている。

 

「お休みのところ失礼します。ミス・マルデリタ。明日のご予定をお聞きしておこうかと」

「ご予定?」

「はい。カナダにはどのくらい滞在される予定でしょうか。こちらとしてはオタワを案内させて頂く用意がございます。明日は女王との会談も準備しております」

「そ、それはどうも。えっと、ちょっと伺いたいんですけど。アメリカや国連の方は何か言ってますか?」

「ええ。あちらはすぐにでも迎えを寄越したいと。ですが気にする必要はありません。

地球訪問の日程を決めるのはアメリカではなく、ミス・マルデリタなのですから。あなたが望むようにお申しつけ下さい」

「は、はあ」

 

 ニッコリと笑う女性に、私は引き笑いをするしかなかった。

 なんか水面下でバチバチやってそうな予感はするけど、触れないでおこう。

 うん、平和に生きるのが一番だよ。

 

 

 翌日の午前中は、オタワの観光地を案内してもらう事になった。

 ガラス張りの大きな建物が特徴的な国立美術館。

 由緒あるノートルダム聖堂。

 そして国会議事堂が、また美しい。

 豊かな文化と、カナダの雄大さを味わう事ができた。

 

「こちらがメープルクッキーになります」

 

 お昼には、紅茶と共にお菓子が出された。

 カナダの国旗にも採用されている、サトウカエデの葉を表した三つ葉のクッキーだ。

 おしゃれでとても可愛い。

 

「こちらのクッキーは、我が国の特産であるメープルシロップを使って作られたものです」

 

 カナダと言えばメープルシロップだ。

 世界で消費されるメープルシロップの八割がカナダ産だと、案内の人が説明してくれた。

 そういえばマルデアでは、シロップのような商品は見た事がない。

 クッキーを一つかじると、濃厚な甘みが口の中で溢れる。

 うん、懐かしい味わいだ。

 

「これは、とても美味しいですね。マルデアにはない味です」

「それはよかったです。メープルシロップは食品ですが、保存も効きます。

そちらの星にお持ちいただいても、密閉さえ保てば二年は持つでしょう」

「二年ですか、それは凄いです」

 

 私のリアクションがよかったからか、周囲が騒がしくなる。

 

「おい、すぐにお土産を手配しろ」

「はっ」

 

 そうして、彼らはメープルシロップの瓶詰めを千本ほどプレゼントしてくれた。

 輸送機がなかったらどうやって持って帰るんだという話だが、まあ入ったからいいや。

 

「わざわざこんなに、ありがとうございます。マルデアに持ち帰って、みんなで頂きます」

 

 私の言葉に、カナダの人たちは喜んでいた。

 そうして、私のカナダ旅行は終わりを告げたのだった。

 

 

 夜にはチャーター機に乗り、私はすぐにニューヨークを目指す。

 オタワからのフライトは、一時間半ほどだった。

 やはり、そこまで遠くはなかったらしい。

 

 国連本部に着くと、すぐに外交官のランデル・スカール氏を中心とした国連の高官たちと共に話し合う事になった。

 会議場はなんかちょっと、重苦しい雰囲気だった。

 

 なにしろニューヨークでは国連を運営する人達が、私の来訪予定に合わせて段取りをしていたわけだ。

 そしたら、リナ・マルデリタがオタワでカナダ首相とニッコリ握手してるニュースが流れてくる。

 とんでもない話だ。

 国連のスケジュールを狂わせてるんだからね……。

 この場では、誤魔化すべきではない気がした。

 

「すみません。ちょっと落ちる場所を間違えまして」

 

 正直に自白して頭を下げると、スカール氏は納得したように息をついた。

 

「やはりか。しかしワープ技術というのは、少しの誤差で国境を越えてしまうものなのかね?」

「いえ、その、どうも私に割り当てられている星間ワープに問題があるみたいでして……。

今後はなるべくこういうトラブルがないように善処します」

「そ、そうか……。まあ、そちらも不測のトラブルのようだ。

今後は我々も、なるべくどこに落ちても対応できるようにしよう」

「すみません、色々とありがとうございます」

「いや、君を守るために当然の事だ。それで、マルデアにおけるゲーム販売の調子はいかがかな」

「ええ、とてもいいです。今後もスウィッツの生産を増やしていく予定です」

「それはよかった。何か問題があれば言ってもらいたい。できる事なら何でもサポートはしよう」

「ありがとうございます。実は……」

 

 私は、現状マルデアで抱えている問題について話しておく事にした。

 大きな点としては、やはりオンラインゲームが実現できないことだろう。

 

「ふむ。確かに難題だな。それについては、こちらでも話し合っておこう」

 

 スカール氏はそう言ってくれたが、これは一朝一夕で解決できるような事ではない。

 ひとまずその問題は先送りにし、アメリカでの話し合いは終わった。

 さて、次は日本だ。

 



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25話

 さて、アメリカとの話し合いが終わったところで、次は日本だ。

 私は久しぶりにジャックとマリアのFBIコンビと出会い、護衛を受けてチャーター機へと向かった。

 

 機内では、ゆっくり二人と話をする時間ができた。

 

「オタワからD.Cに来てすぐ日本へ行くだなんて、リナも忙しいわね」

 

 マリアが私のスケジュールを見て驚いているようだ。

 

「はい、でもやりがいのある仕事ですから。ゲームも好きなんです」

「ならいいが。君以外のマルデア人は来ないのか? 各国向けにそれぞれ大使が来てもおかしくないと思うが」

「多分、私しか来ないですね。上の人は忙しくて、ものすごい任されてるので……」

 

 ジャックの質問に、私は逃げるように窓の外を見た。

 それはもう、完全に任されてるのだ。無視や放置とも言うけど。

 二人は詳しい話を聞かされていないのだろう。

 訝し気にするFBIコンビを誤魔化しながら、私は休息を取った。

 

 さて、今回は関空ではなく羽田空港行きである。 

 さすがに日本政府からも協力を得ているし、魔術品を渡しに行きがてら挨拶しなきゃいけない。

 

 あとゲーム会社とだけの付き合いだと、京都以外の場所に行きづらい事に気づいた。

 日本自体に来訪するという名目なら、いずれ奈良観光をしても不思議ではないんじゃなかろうか。

 故郷に近づくための東京なのだ。

 ランダムワープで一発逆転もありだけど、あのワープが私の嬉しい場所に行くとはちょっと思えない。

 まるで有名な電鉄ゲームで『ぶっ飛べカード』だけ持っているような気分だ……。

 どこに飛ぶか全くわからないカードは、ゲームなら面白いんだけどね。

 

 

 羽田に降りると早速日本からもガードがつき、ジャックマリアのコンビと火花を散らせながら私の周囲を守りだした。

 

「リナちゃーーーん!」

「こっちむいてー!」

 

 空港のターミナルビルからは、人々がこちらに向かって叫んでいる。

 メディアのカメラも多く見える。

 厳戒態勢が敷かれているようで、警察が私と大衆との間に壁を作っているようだ。

 私の来日自体は報道されているのだろう。

 

「こちらにお乗りください」

 

 すぐに車に乗せられ、羽田を出る事になった。

 

 ネットを見ると、日本のSNSが騒がしくなっていた。

 

xxxxx@xxxxx

「リナちゃん近寄れないけど何とか撮影」

 

 ターミナルから撮ったのだろう。私が歩いていく動画がバズっている。

 

xxxxx@xxxxx

「かわいい!」

xxxxx@xxxxx

「リナちゃん、背が低いから子どもみたいにトコトコ歩いてるね」

xxxxx@xxxxx

「千葉に来てくれたんだ!」

 

 まるでスター来日のように喜んでいる人たちが多い中で、政治的な方面で盛り上がる人も目立つ。

 

xxxxx@xxxxx

「リナ・マルデリタはアイドルではない。

魔術品を運んで来る重要な交渉相手だ。

どれだけ輸入できるかは、政府の手にかかっている」

xxxxx@xxxxx

「たのむぞー!」

 

 そして、やはりというかマニア界隈でも盛り上がっていた。

 

xxxxx@xxxxx

「マルデリタ氏が日本に来るのは、ゲームの輸入のためだ。

今こそ我々懐古ゲーマーが結集し、彼女にレトロゲームの魅力を知らしめる時!」

xxxxx@xxxxx

「ファミコム・ミニとメガダラ・ミニを永田町に千台ずつ送り付けろ!」

 

 さすがゲーマー。わけのわからない行動に出ているようだ。

 どこを見ても、日本が異様な熱気に包まれているのを感じた。

 

 

 東京は永田町に着いたところで、私は護衛に囲まれながら首相官邸へと向かった。

 当然、国のトップとの挨拶である。

 官邸内の広い一室で、私は総理大臣との再会を果たした。

 

「総理、お久しぶりです」

「お久しぶりですマルデリタさん。やはり日本語がお上手ですね」

 

 こちらから日本語で挨拶したので、そのまま日本語で話す事になった。

 

「ありがとうございます。日本のゲームはマルデアでも好評で、このまま商売を拡大していきたいと思っています」

「それはよかった、いくらでも協力させていただくので、何かあれば言ってください」

 

 挨拶を交わし、私は十個のボックスを日本に譲渡した。

 

「少なくてすみませんが、日本の皆さんに少しでもお役に立てればと願っております」

「お気遣い感謝します。国民のために使う事をお約束します」

 

 

 

 会談を終えた私は、そのままNikkendoの東京支社へと向かった。

 

「お久しぶりです、マルデリタさん」

 

 出迎えてくれた七三分けの営業マンには、見覚えがあった。

 京都にいた営業部長が、わざわざ東京まで来てくれたのだ。

 

「販売の方はいかがでしたか」

「ええ、とても好調で。いい経験をさせて頂いています。何もない市場に一歩一歩ゲームを普及させている所です」

「そうですか。私も若い頃、ファミコムを売り込むために全国を駆け回ったものですが。

マルデリタさんも今、それを経験されているようですね」

 

 部長さんは、感慨深げにそう語っていた。

 

 それから会議室に入り、会社の偉いさんたちと今後について話し合う事になった。

 

「やはり難点はオンラインですか」

 

 こちらの状況を説明すると、ハード設計の担当者が腕組みをする。

 

「ええ。今作っているスウィッツでは、あちらでオンライン環境を整えるのは現状難しいです。

wifiや有線からマルデアの通信ネットへの変換は難題ですし、サーバを運営する問題もあります」

 

 私の言葉に、奥に腰かけた役員が手を上げる。

 

「当面はオフライン専用のゲームだけで問題ないのではないかね。大体、何もなかった市場にいきなりオンラインゲームは早すぎるよ」

「そうですね。最初のうちは、昔ながらのシングルプレイや、ローカルなマルチプレイを中心にやっていきたいです」

「となると、次はやはり『ゼルドの伝承』あたりが望ましいですね」

 

 自然と、開発者たちから今後のタイトル候補が飛び出してくる。

 

「ええ。ゼルドはファンタジー世界ですし、登場人物が亜人なのでマルデア人も受け入れやすいでしょう。

ただテキストが多いので、ローカライズは大きな挑戦になると思います」

 

 ゼルドの伝承は、マルオと同じ開発者によって生み出されたアクションパズルゲームだ。

 ファンタジーの大地を旅して、謎を解き明かし、囚われの姫を救う。

 知的なギミックを持つダンジョンが、常にプレイヤーを唸らせる。

 

 誕生から三十五年。

 今も世界中から熱狂的な支持を受け続ける名作シリーズである。

 

 私は少し考えた後、開発や営業の面々を見据えた。

 

「では、次に出すタイトルの一つは、ゼルドの伝承でよろしいでしょうか」

「おお、やるかね!」

「よし。ローカライズは慎重に、時間をかけてやっていこう」

 

 やはりゲーム開発の人たちだ。

 ゼルドについてはかなり気合が入っているようだった。

 

「ただ、ゼルドの伝承は発売までに時間がかりそうです。

その前にもう一つ、子どもにもわかりやすいものを用意したいのです」

 

 大人に人気の高いゲームを出すなら、バランスを考えてもう一つは子どもが喜ぶようなものにしたいと思った。

 

「ふむ。タイトルは色々あるが、悩むところだね」

 

 書類に目を通す大人たちの中で、私は手を上げる。

 

「その、私もマルデアで遊ぶ人たちの雰囲気を見てて考えたんですけど。

あっちの人たちは、まだマルオ以外何も知りません。

古いとか関係なく、楽しければ遊んでくれると思いました。

なので、昔のゲームを何本か集めたオールスターパッケージなんかはどうでしょうか」

 

「レトロゲームのオールスターか。確かに、うちでもそういった企画は出ている。

リナ君は、どんなタイトルが良いと思うかね?」

 

 試すように問いかけてくる古株の男性に、私は頷く。

 

 古い時代に生まれて、今もその面白さが通じるもの。

 その条件で最初に浮かぶタイトルは、やはりあれだ。

 

「目玉のソフトはもちろん、テトラスです」

 

 世界中をブームの渦に巻き込んだ、四つのブロックが象徴的なパズルゲーム。

 これを届けなきゃ、始まらない。

 



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26話

 

 テトラス。

 四つのブロックの塊でおなじみの、誰もが知る落ちモノパズルゲームだ。

 80年代に生まれた本作だが、完成された遊びは今も古びる事がない。

 これは外せない第一歩だろう。

 

 ゲーム会社の面々も、特に異論はないようだ。

 

「テトラスを中心にするなら、ファミコムあたりのタイトルを集めたパッケージがいいだろうね」

 

 開発部の男性の言葉に、私は頷いて答える。

 

「はい。なるべく言語の少ないタイトルを中心に。出来れば他社からも出してほしいと思っています」

「うむ、そのあたりはソフトメーカーと連絡を取り合おう」

 

 そうして、私たちは今後の発売ソフトについての予定を詰めていった。

 話し合いはスムーズに進み、今後のスケジュールが固まった所でお開きとなった。

 レトロオールスターの他のタイトルについては、発売前まで伏せておきたい。

 

 

 会議が終わった私のところに、営業部長が声をかけてきた。

 

「マルデリタさん。ローカライズ作業の間は日本に滞在することになるのでしょうか」

 

 以前はずっと日本にいて、変換機の製作をしながらローカライズを監修していた。

 でも、今回はそうもいかない。

 

「スウィッツを販売する業務もあるので、マルデアに戻ってあちらで翻訳作業をしたいと思います。

うちの社員たちと協力して、地球と通信しながらローカライズを進める形になります」

「おお、そちらにも仲間がいるのですね」

「はい、まだ少ないですけどね」

 

 部長と話し合いながら、支社のビルから出る。

 外は、かなりの野次馬が集まっているようだった。

 

「リナが出てきたっ」

「こっちむいてーっ」

 

 私が東京支社に来ているという話が広まったのだろう。

 すごい人だかりだけど、警察の人たちがしっかりとガードを固めていた。

 私と営業部長はすぐに車で移動し、郊外にある倉庫へと向かった。

 

「あちらの倉庫に、スウィッツが置かれています」

 

 さて、ようやく輸送機の出番だ。

 私はまず持ってきた二万個の変換機部品を倉庫に置いていく。

 その後で空になった輸送機に六千台のスウィッツと、周辺機器やソフトなどを詰め込んだ。

 これで今回の仕事は終了だ。

 

「それでは、ありがとうございました」

 

 私は腕のデバイスを起動し、地球を後にした。

 

 

 

 マルデア星。

 私が現れたのは、いつもの研究室だ。

 戻る時だけはデバイスからワープルームに飛ぶから、正確なんだよね。

 独り言ちながら、私は二人の待つオフィスへと向かったのだった。

 

「ただいま戻りました」

 

 ビルの二階に戻ると、二人は何やら疲れたような感じだった。

 

「ああ、リナ。やっと戻ったのね……」

「遅いではないか」

「どうしたんですか、そんなげっそりして」

 

 席について問いかけると、サニアさんはぐったり机に横たわったまま言った。

 

「どうもこうもないわよ。スウィッツの再入荷はまだか、売る気がないのかって、そんな通話ばっかり……」

「玩具屋からも、客の苦情が多いと文句ばかりでな。さすがに私も嫌になったぞ……」

 

 ああ、そういう事か。

 

「二人とも通話対応お疲れ様でした。六千台入荷しましたから、先約から出荷していきましょう」

「六千台ね。多分すぐ売り切れると思うけど」

「うむ。店頭で予約を取っているらしいから、それで半分はなくなるだろうな」

 

 どうやら、かなり需要が高いらしい。

 これはなるべく早い増産をお願いしておく他ないようだ。

 とはいえそれも少し先になるだろう。

 今はある分を売るしかない。

 私たちは発注リストの早い方から連絡を入れ、ワープ局を通して出荷していく事にした。

 販売店の住所を確認しながら、サニアさんがため息をつく。

 

「はあ。さすがに誰か作業員雇ってよ。全部の作業を三人でやるなんて、無理があるわ」

「うむ。サニア、後で公式ページに社員かバイトの募集でも載せておいてくれ」

「わかったわ」

 

 ガレナさんの言葉に、サニアさんは作業を進めながら頷いていた。

 

 

 ワープ局への出荷を終えると、私たちはさっそく社員募集のページを作ることにした。

 

「さっさとだれか来てもらいたいものね」

 

 サニアさんは愚痴りながらも、ちゃんと奇麗なデザインをしてくれていた。

 そうして、仕事はようやくひと段落ついた。

 今日仕入れたスウィッツの半分は、既に販売店に送られた事だろう。

 

「二人とも、お疲れ様です。そうだ、スウィッツの新作ソフトが決まったんですよ」

「なに? 本体が売り切れているのに出すつもりなのか?」

 

 ガレナさんが驚いて顔を上げる。

 

「発売はまだ先の事ですよ。まず、ローカライズをしなきゃいけませんからね。

タイトルはゼルドの伝承と、テトラスを中心としたレトロゲームのセットです」

「あら、良いセンスじゃない。ゼルドは好きよ」

「うむ。テトラスは何となくやり込んでしまうな」

 

 二人とも、既に未翻訳版をプレイしているのだろう。ゲームを称賛し始める。

 これはいけそうだ。

 ただ今日はもう、サニアさんもガレナさんもぐったりした感じだ。

 

「翻訳作業は明日からにしましょうか。最後に、お土産でも食べます?」

「お土産? なんだそれは」

 

 顔を上げるガレナさんに、私は頷いて袋を取り出す。

 

「はい。カナダという国のメープルシロップを使ったクッキーです」

 

 私が袋を開けてテーブルに置くと、サニアさんはヒョイとクッキーをつまんで食べる。

 

「あら、甘いわね。変わった味だわ」

「うむ、疲れた体に良いな」

 

 二人ともパクパクと食べていく。

 割と良いのかもしれない。

 

「このシロップ、マルデアで売れると思いますか」

「うむ。売る場所さえ確保できればな」

 

 ガレナさんは現実的なことを言う。

 地球産の食品をお店に置いてもらえるのか。それが問題だ。まあ、かなり難しいだろう。

 ゲームとは違って、腹の中に入れるものだからね。

 でも瓶で千本ももらったし、せっかくだからマルデアの人たちに少しでもいいから食べてもらいたいとは思う。

 悩んでいると、サニアさんが助け船を出してくれた。

 

「知り合いでお菓子屋さんをやってる人がいるわ。その人に見せてみる?」

「本当ですか。じゃあ、お願いします」

 

 

 

 

 翌日。サニアさんに紹介されて私は首都圏にある小さなお店に向かった。

 コリフォン菓子店と呼ばれる、こじんまりとしたお店だ。砂糖菓子を中心に売っているらしい。

 出迎えてくれたのは、白い髪の女性だった。

 

「店長のキャシー・シェラードです。

といっても、個人でやってるお店だから大したことないんだけどね」

 

 そう言って、軽く笑って見せるシェラードさん。とても良い人そうだ。

 

「リナ・マルデリタです。うちも社員三人の小さい会社ですが、よろしくお願いします」

「よろしくね。サニアに聞いてるわ。あなたたち、地球の製品を売ってるんでしょ。

私地球の事は全然知らないけど、サニアが美味しいって言ってたから気になったのよ。

何か珍しい甘いものがあるんでしょ?」

「はい。こちらのメープルシロップになります」

 

 私はまずシロップの瓶を取り出し、テーブルに乗せる。

 

「へえ。液体の甘味料なんて、珍しいわね」

 

 彼女は瓶を開けて、味見を始める。

 

「甘いわ。シュガーとはだいぶ違う味わいね」

「はい。こちらがそれを使ったお菓子です」

 

 私がクッキーを取り出すと、シェラードさんは目の色を変えた。

 

「可愛い! 葉っぱのクッキーなのね」

 

 それを口に運ぶと、彼女は言った。

 

「美味しいわ。これ、うちでも出していいかしら。もちろん、私なりにアレンジはするつもりよ」

「ええ、もちろんです」

 

 シェラードさんは、すぐにメープルシロップの発注を決めてくれた。

 ただ個人のお店なので、最初は瓶を十五本ほどだ。

 

「ふふ、サニアがとっても楽しそうに仕事の話をするから、きっと面白い事をしているんでしょうね。

私もこのシロップをモノにして、うちの商品にしてみせるわ。

できるまで時間がかかると思うけど、お互い頑張りましょう」

「はい!」

 

 彼女と握手をして、私はその店を出た。

 

 

 



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27話

 メープルシロップに、少数とはいえいきなり発注がついた。

 これはひょっとして、いけるんじゃないか。

 

 そう思って帰りに他のお菓子屋にも寄ってみたら、地球産と言った時点で商品も見ずに追い出された。

 うん。まあ、普通はこうだよね。

 シェラードさんの店でも、シロップを使った商品を出すまで時間がかかるみたいだし。

 しばらくは様子を見るしかないようだ。

 

 

 私はガレリーナ社に戻り、机にぐでんと突っ伏した。

 

「どうしたのよ。キャシーのお店に行ってきたんでしょ。どうだったの?」

 

 うなだれる私に、サニアさんが声をかけてくる。

 

「はい。とても優しい人で、シロップを発注してくれました」

 

 私が消え入るような声で説明すると、サニアさんはますます不思議そうにする。

 

「よかったじゃないの。じゃあ何でしんどそうにしてるわけ?」

「その後、飛び入りで他の店に営業したらボロカスに追い出されたからです。

精神を焼かれてしまいました。今の私はベイクド・マルデリタです」

「あ、そう……」

 

 はあ。マルデアは新興企業に厳しいというのもあるけど、伝統的なジャンルほど排他的な感じもある。

 料理なんて、人類が始まってからの歴史があるからきっと大変だよ。

 でも、うなだれてばっかりはいられない。

 

 ゼルドとレトロゲームパックの発売に向けて、ローカライズを進めないと。

 

 

 そうして、翻訳作業を始めながら客や小売からの通話対応をする日々が始まった。

 

 お客さんの声というのは、多種多様なものがある。

 様々な理由で通話してくる人に、私は相談役のように回答し続けた。

 

「マルオカーツのタイムアタックで、2分14秒が出たんですけど。これってすごい?」

「ええ、凄いですよ」

 

「地球の人たちは、マルオみたいに土管を伝って移動するんですか?」

「配管工の方なら、そういう事もあるかもしれません」

 

「カートのドリフトってどういう仕組みで加速してるの?」

「キュイィィン、ズアァァーっていう感じです」

 

「好きな子と一緒にプレイしてたら、彼女が赤コウラをぶつけてきたんです。

これって好意があるってことでしょうか?」

「一緒にプレイしたなら、なくはないと思いますね」

 

 非常に回答しづらい事も多かった。というかウチの回線は恋愛相談所じゃない。

 ガレナさんも面倒になったのか、

「それは魔法神だけが知っている事です」と返す事が多くなった。

 

 

 

 サニアさんはというと、翻訳の合間によく動画を作ってネットに上げている。

 彼女は、ガレリーナ社の公式配信者なのだ。

 

 今日もなんか部屋の隅でゲームを録画しながら撮影していた。

 

「はぁ~い、サニアの攻略コーナーよ!

今日はマルオカーツでライバルを出し抜く、ヒミツ技のご紹介!

コースをはずれちゃうとカートのスピードが落ちるから、コース外には出ないようにするのが普通よね。

でもキナコがあれば話は別よ。

内側にコースをはずれて、キナコでダッシュ!

そしたら、コースの外側に出てもスピードを保ったまま、インの有利なラインを攻める事ができるわ!

みんなも試してみてねっ!」

 

 うん。何だかとても良心的な動画だ。

 教えているのは、とても基本的な事だ。公式配信だからね。

 でもこの星にはまだゲーム文化がないから、これでも十分な情報なんだと思う。

 彼女の動画は子どもたちに好評で、コメントがいくつもついている。

 

「すごい、これでタイムが一秒は早くなるぞ!」

「さすがサニアさん。ゲームの事なら何でも知ってるなあ」

「こんなのズルいよ。コースから外れるなんていけない事だよ」

「公式がやってるんだからいいでしょ?」

「マルカーはアイテムを使って勝つゲームだぜ! ズルなんてないさ」

「だれか一緒にあそぼ」

「どこかで集まって大会やろうよ」

 

 小さくはあるが、少しずつコミュニティが形成され始めている。

 まだ一万台も普及していないゲーム機では十分な反響と言えるだろう。

 

 撮影するサニアさんを見ながら、ガレナさんが呆れたように肩をすくめる。

 

「サニア。お前よく誰もいない壁に向かって元気に話せるな」

「動画配信なんてそんなもんよっ! ほっときなさい!」

 

 顔を赤くしながらも、サニアさんはデバイスで撮影した動画の編集を始める。

 

「ここ私の顔の映りがいいわ。ふふ、サムネにしとこっと」

 

 彼女自身、楽しんでやっているらしい。ならとても良い事だろう。

 

 

 

 

 それから数日後。

 ようやく募集をかけていた社員の応募が一人来た。

 うちは三人の零細企業だから、応募が殺到する事はありえないのだ。

 

「ふむ。二十二歳のフリーターか……」

 

 ガレナさんが応募者の履歴データを眺めながら呟く。

 

「この子でいいじゃない。客対応ができれば問題ないんだから」

 

 サニアさんは通話対応が嫌でしょうがないらしく、即採用しようとしている。

 まあ、誰であろうとウチにとって貴重な人材である事は間違いはない。

 でも、面接もせずに通すのは会社としてどうかと思う。

 そんなわけで、とりあえず応募者にはうちのオフィスに来てもらう事になった。

 

 

「わ、私は、フィオ・ローレアといいます。その、よろしくお願いします」

 

 やってきたのは、黒髪を長く伸ばした大人しい雰囲気の女性だった。

 おっとりした目が、不安げにこちらを見上げている。

 

「えっと、志望動機とかはありますか?」

「は、はい。ゲームがとても面白かったので……」

「そうですか。どれくらい遊ばれました?」

「えっと、これくらいです」

 

 彼女はスウィッツを持参していたらしく、カバンから取り出して見せてきた。

 プレイ時間の欄を見ると、スーパーマルオが50時間。

 マルオカーツが……。

 

「はあ? 200時間!?」

 

 隣にいたサニアが信じられないといった顔をしている。

 

「えっと、まだ発売して一か月くらいなんですけど……」

 

 私が恐る恐る問いかけると、フィオさんは恥ずかしそうに頷いた。

 

「は、はい。ずっとタイムアタックしてて……。それで思ったんです。

今まで仕事って嫌なものだったけど、ゲームを扱う仕事なら楽しくやっていけるかもって。

で、玩具屋に行ってみたんです。

そしたらガレリーナさんの募集があって。ここならずっとゲームできるかなって」

 

 ダメだこれ。サニアさんに続いてこの人も遊び目当てじゃないか。

 

「あの、うちは別にゲームを遊ぶのが仕事ってわけじゃないんです。通話対応とかできますか?」

「は、はい。バイトでやってました……」

 

 どうやら客対応はできるらしい。

 

「ならいいわ。とりあえずデバイスの前にいなさい。通話ない時はゲームやってていいから」

「いいんですか!? ゆ、夢みたいな職場です……」

 

 サニアさんが決めてしまい、なんとなく採用が決まってしまった。

 まあいいや。客対応さえまともにやってくれれば、仕事にはなるだろう。

 次の応募者なんて待っていられないのが実情だ。

 

 ガレリーナ社はフィオさんを正式に社員とすることになった。

 

「あの、その鬼畜そうなゲームなんです……?」

「ダークソウラよ。これ、メチャメチャむずいんだから」

 

 彼女は早速、サニアさんのやっているハードコアなゲームに目をつけたらしい。

 まあ、通話取ってくれたら何でもいいや。

 そんなわけで、うちにまた個性的な仲間が加わったのだった。

 

 

 さて、私にも休暇は無い事もない。

 休みの日は実家でゴロゴロしながらゲームとかするんだけど。

 今日は私が企画した、ちょっとしたイベントがあるのだ。

 



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28話

 マルデアの休日。

 いつもはグダグダして過ごすけど、今日はちょっとしたイベントを開催する予定だ。

 

 私は朝食を食べた後、すぐに家を出た。

 ワープステーションを使って向かうのは、賑やかな首都の町。

 

 大通りから少し外れた所に、大きめの玩具屋さんがある。

 ここで今日、店側の協力を得てゲームの大会を開く事になっていた。

 

 通信ページでも告知しておいたので、そこそこは人が集まると思っている。

 メイン司会はもちろん、ゲーム攻略動画でお馴染みのサニアさんだ。

 

 とりあえず、店のカウンターに立っていた店長さんに声をかける。

 

「おはようございます、ガレリーナのリナ・マルデリタです」

「ああ、副社長さんだね。おはよう」

「今日はすみません、店内をお借りする事になって」

 

 私が頭を下げると、店長さんは気のいい感じで笑う。

 

「ははは。大会って言われてもうちはイベントをした経験がないから、よくわからないけどね。

マルオを買った子たちは夢中で遊んでるみたいだから、きっと喜ぶだろうさ」

 

 どうやら、未経験なイベントに許可を出してくれたようだ。

 ありがたい話だね。

 

 イベント開始時間に近づくと、親子連れがちらほらと集まってきた。

 

「あの、今日ここでマルオカーツの大会があるって聞いたんだけど」

 

 小学院くらいの子どもが、おずおずと私に問いかけてくる。

 

「はい、受け付けてますよ。ここに参加する人の名前を書いてくださいね」

 

 ペンを渡すと、彼はせっせと自分の名前を書き込んでいた。

 なかなか意気込んでいるようだ。

 

 お昼までに二十人ほどの参加者が集まり、それなりの人出の中でイベントが始まろうとしていた。

 

 さて、私の方も配信の準備だ。

 この大会の模様を、地球の人たちに届けたいと思う。

 

 今回、初めて生放送で動画配信をする事にした。

 yutubeの生放送機能を使い、すぐに自撮りで放送を開始する。

 

「地球の皆さん、こんにちは。リナ・マルデリタです。

突然ですが、今から生放送を始めます。

今日はマルデアの玩具屋でマルオカーツの大会があるんです。

皆さんにも是非見てもらいたいと思って、その模様を流す事にしました」

 

 私は話しながら、店内の様子をカメラで撮影する。

 

「マルデアの玩具屋?」

「すごいなんかお洒落!」

「子どもたちが集まってるね」

「wow, e-Sports」

「おはよう、リナ!」

「生配信なの?」

 

 早速コメントがたくさんつき始めて、もはや読めないほどの速度になっている。

 視聴者はすぐに10万人を超えた。

 

 店内の子供たちは、そわそわした雰囲気で大会を待っている。

 さて、時間になったところで本日の司会者がやってくる。

 

「みんな、こんにちは! 攻略コーナーでお馴染みのサニアよ!

今日は集まってくれてありがとうね!」

 

 サニアさんが動画配信の時の外ヅラを決め込み、笑顔で子どもたちに挨拶をした。

 

「あ、サニアお姉さんだ!」

「こうりゃくのひと!」

 

 子どもたちは熱心に動画を見ていたのか、すぐサニアさんとわかったらしい。

 

「攻略動画見てくれてるの? ありがとう! 今日はみんなで一緒にバトルしましょう!」

 

 サニアさんもちょっと有名人気分で嬉しいのか、ノリノリで腕を上げていた。

 早速、受付順に四人の小さな選手たちが出てきて、大きなモニターの前で大会が始まる。

 

「さあ、キナコカップのポイント勝負よ。3、2、1、スタート!」

 

 サニアさんがカウントしてレースが始まる。

 子どもたちはコントローラーを握りしめ、夢中でカートを走らせている。

 

「カールくんが二番手、スタートダッシュに成功したのはラティちゃんです! まだまだ、アイテムで勝負が変わるわよ!」

 

 サニアさんの実況も、子どもたちの声も。

 きっとその言語自体は地球人には伝わっていないだろう。

 

 でもゲームに夢中になる楽しさや喜びは、きっと星を超えて伝わっているはずだ。

 

 

 生放送の視聴者は100万人を超えていた。

 ただの玩具屋の子どもゲーム大会を、素人撮影の映像を。

 地球の人たちがめちゃくちゃ見てる。

 

 きっと、新しい何かが芽吹いている瞬間だから。

 自分たちも、そうやって楽しいことに夢中になった覚えがあるからだろう。

 

 言葉などいらず、私はただずっと大会の模様を撮影し続けていた。

 

 一通り試合が終わると、ポイントを計算して、優勝者が決まる。

 

「マルオカーツ第一回大会、優勝はヨッスィーで華麗な走りを見せたパノスくんよ! おめでとう!」

 

 パノスくんには、サニアさんから賞状が手渡された。

 

 私たちが作っただけの何の意味もない紙を、パノス君は嬉しそうに抱える。

 そして、母親の下に戻っていった。

 

「おかあさん、これ!」

「よかったわね。よく練習して頑張ったわ」

 

 母親が、息子の頭をなでて褒めてあげている。

 そこまで撮影したところで、私はカメラを自分に向けた。

 そして、視聴者のみんなに向けて英語で話し始める。

 

「どうでしたか?

マルデアの子どもたちは、地球のみなさんが作ったゲームを楽しみ始めています。

これから、もっとたくさんのゲームを輸入して、マルデアのみんなを笑顔にしていきたいと思います。

では、ご視聴ありがとうございました。またお会いしましょう」

 

 私はカメラを切り、生放送を終えた。

 yutubeのコメント欄は盛況のようだ。

 

「ありがとう! みんな楽しそうだったね!」

「子どもの頃に兄とゲームに夢中になったのを思い出したなあ」

「ゲームへの愛と情熱を感じたよ。ありがとう」

「とてもいい配信だったわ」

「ああ、懐かしい我が少年時代よ……」

「なぜかはわからない。でも、とても美しい光景だったよ」

「あれ、なんで泣いてるんだろう……」

 

 どっちかというと、昔を懐かしむようなコメントが多かった。

 そう。

 これは前世の日本の玩具屋でよく見た光景だった。

 

 子どもたちが集まって、おもちゃのイベントに群がる。

 そんな光景を、私はこの世界で再現してみたかった。

 

 小さくて、大したものじゃないけど。

 賞金も何もないけど。

 でもなぜか、確かなワクワクとドキドキがある。

 

 そんな場所と時間を、作ってみたかったのだ。

 イベントが終わり、子どもたちが玩具屋から去っていく。

 

「ふう、結構大変だったわ」

 

 サニアさんは司会の役目を終え、ベンチに腰かけて息をついていた。

 

「お疲れさまです、サニアさん、店長さん。今日はわざわざありがとうございました」

「ううん、子どもたちがあんなに夢中で楽しんでる所、見れてよかったわ」

 

 サニアさんは、疲れながらも充実した笑顔を見せていた。

 

「ああ、あの子たちにも良い思い出になっただろう。

うちの店でこんな事ができたのは、うん。嬉しいよ」

 

 店長もまた、何かしら達成感を感じているようだ。

 

「マルデリタ君。またそのうち、頼んでもいいかい?」

「はい、ぜひよろしくお願いします」

 

 その後私たちは店の片づけを手伝ってから家に帰った。

 

 

 

 

 さて、マルデアに戻ってから一月が経った。

 日本からスウィッツの第三弾出荷分が完成したという報告が届いたので、私は地球へと向かう事にした。

 レトロゲームパックのローカライズもほぼ終わったので、その確認もする予定だ。

 

 ここまでの商売の滑り出しは、好調と言える。

 第二出荷の六千台は飛ぶように売れ、その収入がまた私の懐に飛び込んできた。

 ガレリーナの企業用貯金は、既に200万ベルを超えた。

 

 当然それを使ってまた大量に魔石と収縮ボックスを買い付けてある。

 今回もスウィッツの台数に合わせて六千個と六十個だ。

 

 輸送機に魔石などを縮小して詰め込み、私はいつものようにワープルームへと向かった。

 

「ガレナさん。前回のような国境越えはさすがにやめてくださいよ」

「うむ、今回はしっかりと調整した。地球のマップもインプットしてあるからな。

ニューヨークの周辺くらいには落ちると思われる」

 

 思われる……。なかなかのワードチョイスだ。

 今回はゲームの仕事も途中なので、国連本部に行って魔石を渡した後、すぐに日本へ飛ぶ予定になっている。

 まあ、順調に行けばだけどね。

 

「そうですか。ではよろしくお願いします」

「うむ。健闘を祈る」

 

 

 いつもの言葉と共に私はマルデアから姿を消し、次の瞬間には地球にいた。

 

 そこは、真っ白だった。

 何がって、全部が。

 



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29話

 

 ワープで地球にやってきた私だったが、今回はちょっと予想を超えていた。

 降り立った場所は、真っ白だった。

 

 風が凄い。雪がビュンビュン舞っている。

 吹雪だな、これ。視界が悪すぎる。

 ここがどこなのか全くわからないよ!

 

 やたら地面が傾斜になってるし、人里なんてどこにも見えない。

 雪山ってとこだろうか。

 

 ガレナさんが頑張ったと言ってたし、アメリカ国内だとは思うけどね。

 

「私、遭難しました? そうなんです!」

 

 もはや冗談を言う他ない。

 まあいい。こういうケースが起きる事は予想していた。

 これでも名門学院卒の魔術師である。なめてもらっては困る。

 私は自分の体に掌を向け、魔力を込めて呟く。

 

「過酷なる環境から我を守れ」

 

 すると、私の周囲を暖かい空気が包み込む。

 吹雪や火災のようなヤバい現象から身を守る魔術である。

 これで、とりあえず凍える心配はなくなった。

 

 ただ、場所がわからないのは問題だね。

 

「風よ、彼方の声を我が耳に届けよ」

 

 次の呪文を唱えると、ヒュウと音がして吹雪の中を魔術が広がっていく。

 これは、遠くにいる人間の声を拾ってくる魔術だ。

 

 人里の方向さえわかれば、何とかなるだろう。

 と、魔術が探知した声が響き始めた。

 

「……だめだ、もう、お前だけでも……」

「しっかりしろ。少し休んで、吹雪がやむのを待とう……」

 

 どうやら、西の方角に二人の男性がいるらしい。

 ただこれ、あっちも遭難してるパターンだ。

 とりあえず行ってみよう。誰もいない場所にいるよりはマシだ。

 

 私は吹雪の中、輸送機を押して声のした方向へと急いだ。

 デコボコした山の道を、宙に浮かんで飛び越えていく。

 

 少しすると、小さく光が見えてきた。

 目を凝らすと、明かりのついた小さなテントがあるようだ。

 私はそこに近づき、声をかけてみる事にした。

 

「あのー、すみません」

「なに、人か!」

 

 多分まだ動ける方の男性が、テントから顔を出す。

 

「お、女の子……?」

 

 彼は、私の姿を見て驚いているようだった。まあそうだよね。

 女子がたった一人でリヤカーひいて吹雪の中を歩いているんだから。

 びびるよね。

 

「そちらは遭難ですか?」

 

 問いかけると、髭面の男性は立ち上がって頷いた。

 

「ああ。面目ない話だがな。

登山中に吹雪で体力をやられて、仲間が動けなくなってしまった……。

君は、こんな所に一人で来たのか?」

「は、はい。ちょっと道がわからなくて案内してもらいたいのです。

その前に、まずはそちらのお仲間さんを何とかしなきゃいけませんね。

見せてもらえますか」

 

 私はその場に屈み、テントを覗き込む。

 中では、若い細身の男性が息を荒くして横たわっていた。

 体力が奪われているのだろう。なら、魔石なしでいけそうだ。

 

「生命の力よ。かの者を癒し、力を宿せ」

 

 倒れた男性の腹に手を当て、魔術をかけていく。

 すると、彼の体が淡く光り出した。

 

「な、なんだこれは……」

 

 仲間が驚きながらその様子を見守っていたが、私についての説明は後だ。

 

 十分に魔力を注ぎ込むと、どうやら目を覚ましたらしい。

 

「……。ん? どうしたんだ。体が、動くぞ」

 

 細身の男性が体を起こすと、仲間が声をかける。

 

「おい、大丈夫か?」

「ああ。なんだかわからないが、体力が元に戻ったみたいだぜ」

 

 仲間に抱えられながら、彼は起き上がって自分の体を見下ろしている。

 

 さて、次は吹雪だ。

 私は先ほど自分にかけた呪文を、もう一度二人に向かって口にする。

 

「"過酷なる環境から、かの者たちを守れ"」

 

 魔術をかけると、暖かい空気が今度は男性たちを包んでいく。

 

「なっ、さ、寒くないぞ」

「いきなり温かくなった! あ、あんたは……」

 

 二人とも、私を見ながら口をあんぐりと開けている。

 さすがに、こちらの事に気づいたようだ。

 

「私はリナ・マルデリタと言います。諸事情でその、少し山を歩いています」

「や、やはりか。顔もネットで見たままだ。それにこの不思議な力は、疑いようもないな」

「じゃあ、やっぱこれが魔法か……」

 

 驚く二人だが、ゆっくりしてもいられない。

 

「すみませんが、ふもとまでの道はわかりますか?」

「あ、ああ。そうだな。案内しよう」

 

 二人は簡易テントを畳み、担いで歩き出そうとする。

 

「あ、荷物は全部こっちで受け持ちますよ」

「そ、そんな。大の男が担ぐものだぞ」

 

 常識的に、少女に荷物を持たせるわけにはいかないと思っているのだろう。

 男性たちは自分で運ぼうとしている。でも、それじゃ歩くのが遅くなるんだよね。

 

「大丈夫です。魔術式の輸送機ですので入れれば重さはありませんから。

どうぞ、リュックも全部ここに入れてください」

 

 私が促すと、彼らは恐る恐る荷物を輸送機の中に置く。

 すると、大きな荷物が輸送機の中で米粒のように縮小されていく。

 

「ち、小さくなったぞ!」

「取り出すときは元に戻るので、ご心配なく」

「……、す、凄いな魔術ってのは」

 

 身を軽くした彼らは、ふもとに向けて歩き出す。

 ザクザクと雪を踏みながら、足取りは軽い。

 

「吹雪だというのに、全く問題がない」

「こりゃいいや。でもさ、何でリナ・マルデリタがこんな所にいるんだ?」

「いや、あははは。ちょっとその、ワープが変な所に飛んだりするので」

 

 私が誤魔化すように言うと、男性は神妙な様子で頷いた。

 

「ああ、噂に聞いた事があるな。ランダムで落ちてくるというやつか」

「いえ、決してランダムというわけではないんですけど……。あと、これは内密にお願いします」

「……そ、そうか」

 

 私が口に人差し指を当てると、二人は察したように頷いてくれた。

 

「なるほど、あんたも色々苦労してるんだな。これからどこへ行くんだ?」

「ニューヨークの国連本部です」

「お、おお。やっぱそういうとこだよな。っしゃ、俺たちも一地球人として、安全な所まで姫を送り届けるか」

「むしろ、俺たちが守ってもらってるように見えるがな……」

 

 気合を入れる男性とは裏腹に、もう一人はため息をついているようだ。

 吹雪の中、私たちはぬくぬくとした空気に包まれながら山を下りて行ったのだった。

 

 

 

 さて、何とか吹雪を抜けて安全な所まで降りてきた私たちだが。

 このあたり、普通に観光客が多いようだ。

 ワシントン山という、アメリカ東海岸の有名な山だったみたいだ。

 

「ねえあれ、リナ・マルデリタじゃないかしら?」

「どうして山にいるの?」

「観光じゃないかな」

 

 うん。めっちゃ目撃されている。

 もうこの山に来た事は隠せないだろう。

 

 なら、むしろ来た事をアピールしておいた方がいい気がする。

 私は二人とともに山をバックにして写真を撮影し、それをSNSに投稿しておく事にした。

 

「ワシントン山に登りました! とても美しい景色です!」

 

 こうしておけば、観光かなって思われるかもしれない。

 毎回迷ってると思われるよりはだいぶいいだろう。

 コメント欄は、山好きな人達が盛り上がってくれているようだった。

 

xxxxx@xxxxx

「やあ、宇宙人も山が好きなんだね」

xxxxx@xxxxx

「ワシントン山の景色は最高よ。リナが私の好きな山に来てくれて嬉しいわ」

xxxxx@xxxxx

「この時期は吹雪が危険だけど、大丈夫だったかい」

xxxxx@xxxxx

「リナと一緒に登山できるとは、幸運な男たちだ」

 

 

 ネットを見ながらしばらく待っていると、地元警察と思しき人達がやってきた。

 

「リナ・マルデリタ嬢の安全を確認した! 本部に連絡を!」

「はっ!」

 

 慌ただしく連絡を取り合いながら、私のために動いてくれる警官たち。

 頭が下がる思いだ。

 

 ともかく、雪山へのワープを問題なく乗り切る事ができて、よかったよかった。

 



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30話

三日の夕方にも投稿しております。まだ読んでない方は前話をお読み下さい。


 その日はもう遅くなったので、地元のホテルに泊まらせてもらう事になった。

 高級ホテルというわけではなかったが、やはりスイートルームにぶち込まれてしまった。

 

「ミス・マルデリタの安全は、我々が必ずお守りいたします!」

 

 気合の入った地元警察のおじさんが敬礼し、部屋を出て行く。

 私がいると、みんな仕事しなきゃいけなくなるから大変だね。

 

 私はベッドに飛び込みながら、ホテルのテレビをつける。

 ちょうど真面目そうなアメリカの討論番組が放送されていた。

 

「リナ・マルデリタさんが本日、ワシントン山に登られたそうです。

本人がSNSで写真を公開していました。この行動の意図についてはいかがですか」

 

 司会者が当たり前のように私の話をしているのも、なんか慣れてきた気がする。

 

「地球との友好を示す行為じゃないでしょうか。観光地を回って、アメリカの事を知ろうとしてくれているのでしょう」

 

 対面に腰かけた女性の答えに、司会者の男性が頷く。

 

「ええ、ですがそれだけではないようです。

彼女と一緒に下山してきた青年たちは、吹雪で遭難していたらしいのです。

命も危ない状況だった所を、彼女に魔法で助けられたという話でした。

 

実は最近、リナ・マルデリタさんに関する新たな噂があります。

彼女は地球に来るたびに誰かを助けている、と主張する人が大勢いるのです。

そこで番組が調査したところ、これまでに彼女に助けられたと発言した人たちの中で、信憑性の高い人物が四人いる事がわかりました」

 

 画面がVTRに切り替わり、司会者が説明を続ける。

 

「最初はペンシルバニア州アルトゥーナ市の少年です。

彼はフットボールで足を故障し、若くして選手生命を絶たれました。

そこへ突然現れ、魔法のような力で足を治して行った少女がいたのです。

後になって、それが宇宙の親善大使だったとわかったそうです。

 

それから、日本の東京で役者志望の少女が彼女に治療されました。

この模様は撮影されており、貴重な魔法による治療映像が出回っています。

 

三つ目は、オタワでリナさんと遭遇したカナダ警察のカーター警部。

彼は数年前にマフィアとの戦闘で失った腕を復活させてもらったそうです。

 

そして今日が四つ目。雪山で遭難した青年たちを助けました。

みな、マルデリタさんへの感謝を口にしています」

 

「つまり、意図的に地球で困った人を探してワープしてくるという事でしょうか」

「そうかもしれません。だとしたら彼女はまるでヒーローです」

 

 司会者と女性は、調査したデータについて真剣に話し合っている。

 ただまあ、これは間違いなくたまたまだ。

 良いように解釈してくれているのは助かるけどね。

 

 スマホでネットを確認すると、やはり今のニュースが広まっていた。

 

xxxxx@xxxxx

「【朗報】リナ・マルデリタ、行く先々で人を救っていた事が判明」

xxxxx@xxxxx

「ランダムな場所に落ちる説から一転、困った人のところに飛んでくる説が有力に」

xxxxx@xxxxx

「誰だよ、無能ワープ乙とか言ってたやつ」

xxxxx@xxxxx

「ごめんなさい、私です」

xxxxx@xxxxx

「やっぱリナたんは俺たちの女神」

xxxxx@xxxxx

「秋葉原の前に大阪に現れたという噂があるけど、ここは誰か助けたのか?」

xxxxx@xxxxx

「難波付近にリナ・マルデリタのサインと写真を置いてる店がある。

店長は店を助けられたと言ってたけど、細かい事は教えてくれなかった」

 

 そのツイートの下には、いつか夜明かしした焼き鳥屋の写真が貼られていた。

 

xxxxx@xxxxx

「写真は本物っぽいね。サインは、何語だこれ」

xxxxx@xxxxx

「画像翻訳にかけたが、地球のどんな言語とも違うみたいだな」

xxxxx@xxxxx

「ガチっぽくね?」

 

 うーん。見事に私の行き先が全て噂になってしまっている。

 やはり身を隠すのは不可能に近いか。

 いよいよ奈良に行く方法が難しい。やっぱ開き直ってそのうち観光名目で行くしかないか。

 私はスマホを放りだし、ベッドに横になったのだった。

 

 

 

 翌日。私は午前中に移動し、午後にはニューヨークにいた。

 

「まったく、雪山から君が現れたと報告を受けた時は肝を冷やしたよ。

捜索隊を出そうとしたが、自力で降りてくるとはね」

 

 国連本部の会議室。

 対面に腰かけた外交官のスカール氏は、疲れたような顔をしていた。

 

「すみません。私は魔術師ですので、ある程度の危険は対処できます。その、ご安心ください」

「それは頼もしい話だが。やはり君に万が一があるといけない。

今後は人里離れた場所も捜索範囲に入れよう」

「ありがとうございます」

 

 もはや北米全土が対象になってしまった。

 米警察も大変だろう。

 

「ゲームの販売はどうかね」

「順調です。第二出荷もすぐに売り切れましたし、次のソフトも発売に向かってローカライズ作業を始めています。

ただマルデアで立ち上げた会社がまだ四人しかいないので、一つ一つ進める形になります」

「そうか。そちら側に人員を送れないのがはがゆい所だが、仕方あるまい。

経営について何か問題があれば、コンサルタントを用意しよう。アドバイスならいくらでも可能だ」

「感謝します」

 

 それから、持ってきた魔石を全て国連に譲渡する事になった。

 

「災害排除までは、あとどれくらい必要だろうか」

「一万あれば一つの町を災害から守ると言われています。

いきなり大規模なものを目指しても、私も実績がありませんので。

最初は三、四万くらいの中規模な災害から当たるのが良いのではないかと思います」

 

 私の説明に、高官たちは難しい表情で頷いている。

 

「ふむ。そのあたりは危機管理省に任せるが、何しろ魔法に関わる事だ。

マルデリタ嬢にも関与してもらえるとありがたい」

「もちろんです。ある程度の魔石が用意できれば、私も参加しましょう」

 

 

 

 さて、アメリカはこれで終わりだ。

 次はチャーター機で日本へと向かう。

 

 永田町に着くと、私はすぐに首相と対面することになった。

 

「引き続き日本へのご支援、感謝いたします」

 

 笑顔でセリフを言う総理に、私は頷きながら切り込む事にした。

 

「はい。あの、ゲーム会社さんとのご縁で京都に何度か訪ねまして、少し見る機会があったのですが。

日本の古都は風情があって素晴らしいですね」

「ありがとうございます。お時間があれば、京都の観光案内をさせて頂きましょう」

 

 うーん、京都もいいけど、その下にある県がいいんだよね。

 まあこの話が進めば、古都繋がりで奈良へ行くチャンスもあるかもしれない。

 とりあえず一歩前進かな。

 

 私は政府との挨拶を終えると、すぐにNikkendoの東京支社に向かった。

 ようやく本題のゲームビジネスだ。

 

 

 支社のビルにやってきた私は、すぐに開発室に案内された。

 まずは、レトロゲームセットのローカライズチェックだ。

 

 昔のゲームというのは、文字数がほんとに少ないものが多い。アクションゲームは特に、ほとんど言語に依存しない。

 テトラスも含め、何画面かチェックしてパッケージのデザインを見るだけで、特に問題はなかった。

 

 収録ゲームの一つである『スーパードンキューキング』をテストプレイしながら、私は昔を思い出していた。

 ゴリラとチンパンジーのコンビが冒険するこのゲームは、1994年当時の作品としては飛びぬけたアニメーションを誇っていた。

 

 音楽も素晴らしく、アクションもアイデアに満ちている。

 操作はスピード感があり、なおかつナチュラルだ。

 

 このゲームを作ったのは、イギリスのとあるメーカー。

『バンジオとズーイの冒険』などで知られる、とても優秀な開発会社だ。

 

 ドンキューはスーファムで遊んだ中でも個人的に思い入れがある作品で、つい表情がほころんでしまった。

 

「来月には発売できるよう、パッケージの製造を始めます。

次に地球に来ていただいた時には、製品をご用意しておきます」

「ええ、よろしくお願いします」

 

 オールスターゲームは発売に向けて、着々と準備が進んでいた。

 




明らかにケンカ腰な感想には返信できませんので、ご了承下さい。


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31話

一日に複数投稿しています。話数をご確認下さい。


 レトロゲームセットについての話し合いは終わり、次はゼルドの伝承だ。

 こちらは、膨大なテキストの翻訳をサニアさんと共に進めている最中である。

 

 ローカライズ班の開発室に向かい、私はチェック作業を始めた。

 携帯モードでプレイすると、マルデア語が少し潰れて文字が見にくくなっている。

 

「少しゲーム中の文字が小さくて、マルデア語が読みにくいですね」

「そうですか。では、フォントサイズを少し上げましょう」

 

 彼らは文句ひとつ言わず、こまやかな部分まで修正してくれた。

 

「ボイス部分については申し訳ないのですが、現状マルデア語で声を用意するほどの余裕はありません」

「仕方ないでしょう。日本語ボイスのまま、字幕をつけておきましょう」

 

 マルデアでプロの役者を雇って収録すると、かなりの金額がかかる事がわかった。

 まだ数千本規模でしかソフトが売れない状況では、そこまでの投資はできない。

 

 地球でも日本語のボイスがついてない洋ゲーは多い。仕方のない事だろう。

 これもいずれ解決すべき問題として、後回しすることにした。

 

 

 一通り打ち合わせを終えた後、私は郊外の倉庫に向かった。

 新しく生産されたスウィッツをもらい受けるためだ。

 今回は、七千台の本体を用意してくれた。毎回千台ずつ増えているね。

 

 こうなると、すぐに遠い星で待つお客さんの下へ届けなければならない。

 

 ソフトや周辺機器を輸送機に詰め込み、営業さんに挨拶する。

 そして腕のデバイスを起動し、私は地球から姿を消した。

 

 

 マルデア星。

 私はワープルームに降りると、すぐに研究所を外に出てオフィス街へと向かう。

 ガレリーナ社に戻ると、耳慣れた通話対応の声が聞こえてきた。

 

「も、申し訳ありません。本体の入荷はもうしばらくお待ちいただきたいと……。ひぃっ」

 

 通話が切れたのか、フィオさんが悲鳴を上げた。

 

「うう、私に怒らないでほしいです……、もう……。ゲームします」

 

 扉を開けると、フィオさんは現実逃避するように画面にかじりついて塊ダマスィーをやっていた。

 ヘンテコなノリと個性的な遊びが特徴の、塊転がしゲームだ。

 

「ら~ららららら~塊だますぃ~」

 

 仕事中に鼻歌まで歌うとはいい度胸だ。

 まあ通話対応をちゃんとしてるなら文句は言わないけど。

 

「ただいま戻りました」

 

 私が中に入っていくと、ガレナさんが起き上がるようにこちらを向く。

 

「ようやくか。それで、入荷はあったか?」

「ええ。ただ現状用意できたのは、七千台です」

「七千台で一か月持たせろっていうの? もっと用意するように言ってよ」

 

 サニアさんは不服そうに眉をしかめている。

 

「これでも頑張って増やしてもらってるんです。

それに来月は新作ソフトが出ますから、そのタイミングに合わせて大量に出荷してもらう予定です」

 

 私の説明に、ガレナさんが肩をすくめる。

 

「まあ、どちらにしろある分を売るしかないのだ。

すぐに発注リストに合わせてワープ局へ届けよう」

 

 私たちはデバイスでリストを確認しつつ、発送先の手配を進めていった。

 

「やっぱり玩具屋ばっかりですね」

「そうね。デパートからは特に追加発注もないわ」

「客層の問題だろうな。デパートで娯楽を買う客はいない」

 

 今のところ、玩具屋に来る子どもとその親がスウィッツの客の中心だ。

 マルデアの首都に玩具屋はそこまで多くはない。

 そのうち全国に営業網を広めていく必要があるだろう。

 

 大人向けのソフトが出たら、それに合わせて大人が来る店にも営業をかけたい。

 ただまあ、それはゼルドが来てからになるだろう。

 

 

 さて、レトロゲームパックは来月発売だ。

 すでにソフトのサンプルはもらっているので、明日から販売店に新作ソフトをプレゼンして回る必要がある。

 早いうちに小売の発注を取っておかないと、発売日なのにお店にソフトが並んでない、なんてことが起きてしまう。

 

 ただ、それも明日からだ。

 今日はスウィッツの出荷作業を終えたところで、私は仕事を終えて帰宅する事にした。

 

 実家に帰ると、母がすぐに夕飯を用意してくれた。

 

「ふうん、玩具屋さんしか相手にしてくれないの」

「そうなの。まあ、今のところはそれでいいんだけどね」

 

 母さんと話しながら、手料理を食べる。

 やはり、ここに帰ってくると安心する。

 

 地球は前世の故郷とはいえ、ホテルや飛行機での寝泊まりは気疲れもある。

 私は慣れ親しんだ自室のベッドでゆっくりと体を休めた。

 

 

 

 そして、翌日。

 私たちはさっそくレトロゲームパックを売り込むべく、手分けして販売店を回ることにした。

 

 都内の大きなおもちゃ屋に向かうと、店長が対応してくれた。

 

「いやあ、スウィッツは子どもたちだけでなく、親御さんにも好評でね。

新作ソフトは出ないのかと、よく聞かれるんだよ」

 

 店長さんは、お客さんの様子について説明してくれる。

 既に次のタイトルを期待されているようだ。とてもいい循環である。

 

「ありがとうございます。ゲームソフトはローカライズだけでも時間がかかりますので、ポンポンとは出せませんが。来月に新作の発売が決まりました」

「ほう。それはどんなものかね」

「こちらにサンプルがあります。今までのゲームよりスケールは小さくなりますが、珠玉の名作ゲームを集めたオールスターパッケージです。一つ一つとても面白いので、お試しください」

 

 私がサンプルソフトの入ったスウィッツを取り出し、カウンターの上に置く。

 店長さんはさっそく、自分でプレイしながら内容を吟味し始めた。

 

「ふむ、複数のゲームが遊べるわけか。しかし、このテトラスというのはよく出来ているな。

ブロックを一列そろえると消えるんだね」

「ええ、直線の棒で四列を一気に消すと、高得点が得られます。

他にもソフトが七本入っていますので、バラエティ豊かなラインナップをソフト一本で楽しむ事ができます」

「ふむ、これは魅力的だな」

 

 カウンターで店長さんと話し合っていると、店に入ってきた子どもがサンプルのパッケージを見たらしい。

 

「あー! あたらしいスウィッツのソフト! おかーさん、かって!」

「もう、先月マルオの走るやつ買ったばっかりでしょ。お誕生日まで我慢しなさい」

 

 母親が諭しているが、子どもの好奇心は止まらない。

 遊びを求めて玩具屋に来る先入観のない子どもたちは、地球産だろうがなんだろうが面白ければ手に取ってくれるのだ。

 

「ふむ。やはり受けも良さそうだね。うちはとりあえず、十本ほど発注させてもらおう」

 

 すると、自然に店長さんも乗り気になる。

 やはりまずは、おもちゃ屋から切り開いていくべきなのだろう。

 私はワープステーションで飛び回りながら、小売店を回っていくのだった。

 

 ガレリーナ社のオフィスに帰ると、ちょうどサニアさんも戻ってきた所だった。

 

「どうでした?」

「ええ、なかなか好評で、受注も多くもらえたわよ」

 

 どうやら、サニアさんも手ごたえを感じているようだ。

 

「ソフトについては、どれがウケてました?」

「そうね。テトラスやドンキューはもちろんだけど、ロッツマンやグラディアスの人気が高かったわ。

宇宙の敵をやっつける話は、子どもだけじゃなく大人も喜ぶみたいね」

「確かに、シューティングゲームは店長さんたちに受けがよかったですね」

 

 グラディアスは、ファミコム時代を代表するシューティングゲームだ。

 宇宙を飛び回りながら、迫りくる敵を弾や光線で打ち抜き、自分の戦闘機を進化させていく。

 

 こういった世界観は、他の星から侵略戦争を受けた経験のあるマルデアにとっては身近に感じるのかもしれない。

 ロッツマンも、可愛いSFチックな雰囲気がウケているらしい。

 レトロゲームパックに収録されたこの二作品は、予約販売を伸ばすのに大いに役立ってくれた。

 

 狙い通り、マルデアの人たちは古いゲームでも楽しんでくれそうだ。

 と、サニアさんが思い出したように指を立てる。

 

「そういえば、お菓子屋のシェラードから連絡があったわよ。

シロップを使った新商品が出来たから、よかったら来てほしいって」

 

 そういえば、メープルシロップを発注してくれたお店があった。

 そっちにも、少し顔を出さなきゃね。

 



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32話

 

 数日後。

 私は朝からマルデアの首都圏にある繁華街に来ていた。

 今日はゲームのお仕事ではない。

 通りのはずれにある小さなお店が、お目当ての場所だ。

 看板にコリフォン菓子店と書かれた店に入ると、甘い匂いが漂ってきた。

 

「いらっしゃい。あら、あなた……」

「お久しぶりです。ガレリーナ社のマルデリタです」

 

 カウンターに立っていた白い髪の女性が私に気づいた。

 そう。メープルシロップを買ってくれた店長のシェラードさんだ。

 

「その、経過の方はいかがですか?」

「ええ、おかげでいい新商品が出来たわ。食べてみて」

 

 シェラードさんは、出来立てのお菓子をお皿に載せて出してくれた。

 それは、黄金色の綺麗なパイだった。

 温かい湯気と共に、良い香りが鼻をくすぐる。

 

「では、いただきます」

 

 手に取って食べてみると、サクサクした生地の食感が楽しい。

 そして、口の中に上品な甘さが広がってきた。

 

「ん、あまい。とても美味しいですね」

「うん、シロップの甘さがパイ生地にとっても合うと思ったの。

常連のお客さんも気に入ってくれてるんだ。

他の店にないオリジナルだって言ってくれてるわ」

 

 シェラードさんは嬉しそうにそう言った。

 どうやら、上手くいったらしい。

 

 その後少し話し、追加で三十本ほどシロップの発注をもらう事ができた。

 これで評判が広がれば、他の店からも注文が来るかもしれない。

 

 まあ、時間はかかるかもしれないけどね。

 なんせ最初にカナダからもらったシロップ瓶の在庫がまだ九百個はある。

 実家でお母さんが使ってるけど、全然減らないし。

 

 とりあえず、このお店の事を地球のみんなにも知らせたい。

 久しぶりのyutuberリナ・マルデリタだ。

 

 まずはカメラで店の看板を撮影し、その後で自分にカメラを向ける。

 

「地球のみなさん。こんにちは。

今日はマルデアにあるコリフォン菓子店というお店に来ています。

実はここ、カナダのみなさんにもらったメープルシロップを採用してくれているお店なんです。

見てください、これがシロップを使って出来たパイです。

マルデアでは、きっとこれが初ですね」

 

 私は商品を説明した後、カメラの前でパイを食べてみせた。

 

「んー、おいしい!」

 

 笑顔でリアクションをして、録画を止める。

 これで動画は完成だ。

 yutubeに投稿すると、地球から大きな反響があった。

 

「美味しそうだね。マルデアの菓子職人は腕がいいようだ」

「地球の味が他所の星で楽しまれているなんて、夢みたいな話だ」

「素敵なお店。行ってみたいわ」

 

 みんな喜んでくれているようだ。

 これを見てるだけでも、やってよかったと思う。

 私はシェラードさんに礼を言って、店を後にした。

 

 

 

 それから一か月の間。

 私はガレリーナ社で販売業務をしながら、遠隔で日本とローカライズ作業のやり取りを続けていた。

 

 そしてついに、レトロゲームの出荷準備が整ったという連絡があった。

 再び地球へ向かう時が来たのだ。

 それに合わせて、私は稼いだ金で魔石七千個と縮小ボックス七十個を購入した。

 で、次にワープで向かう所なんだけど。

 国連や日本に行く前に、ちょっと他の国にも訪問しようと思っている。

 

 やっぱり交流なわけだから。

 全部の国には行けないにしても、私が行きたいと思う所くらいは行こうと思う。

 

 じゃあ、どの国へ行くのかという話なんだけど、私はゲームバカだからね。

 最初はやっぱりゲームで決める事にした。

 

「それで、どこに決めたのだね」

 

 仕事終わりのオフィスで、ガレナさんが私に問いかけてきた。

 

「イギリスです」

「ふむ。なぜだね」

「ドンキューを作った会社があるからです」

 

 スーパードンキューキングを生み、数々の名作ゲームを世に送り出してきたのは、イギリスのとある企業だ。

 今回レトロゲーム集の発売が決まった事もあり、そこに挨拶するという名目を作った。

 

 私が生前めちゃくちゃハマったあのゲームを生んだ国を、一度見ておきたいと思ったんだ。

 

 親善大使が訪問国をゲームで決めるなんて、変な話なのはわかってる。

 でも地球とのやり取りは私一人に任されてるからね。

 これは私に与えられた自由だ。

 

 私が今回イギリスに降りる事は、事前に国連を通じて伝えてある。

 テトラス社への訪問でもよかったんだけど、会社がアメリカにあるらしいんだよね。

 アメリカに行くのは毎度の事なので、今回は別の国を選んだ。

 

 

 そして、出発の日。私はいつものように、研究所のワープルーム前に来ていた。

 

「そう、あの会社に行くのね。『バンジオとズーイ』は名作だったと伝えておいて」

「『バトルトゥード』も、楽しかったです……」

 

 サニアさんとフィオさんも見送りに来ていた。

 彼女たちもゲームの事しか頭にないらしい。

 ガレリーナ社は着々と変人の集まりになりつつあるね。

 

「では行ってきます。ガレナさん、イングランドですからね。

首都はロンドンですよ」

 

 私が念を押すと、ガレナさんは自信ありげに頷いた。

 

「うむ、わかっている。では、健闘を祈る」

 

 宇宙一信用できない言葉を背に、私はマルデアを飛び立った。

 

 

 

 次の瞬間。私はかなり不安定な場所に立っていた。

 足元を見ると、どうやら高い塔の上にいるらしい。

 

 周囲を見ると、木々の緑に包まれた西洋っぽい街並みが広がっている。

 景色は良いけど、どこだろうここ。

 

 と、下から怒鳴り声がした。

 

「もっと自然に驚きを表せ! 本物のゴーストが来たような反応をするんだ!」

 

 見下ろせば、荘厳な建物の傍に人が集まっていた。

 機材を持った人たちに、少年と少女が囲まれている。

 どうも、大規模な映画撮影のようだ。

 二人の学生が幽霊魔女の登場に驚くシーンを撮っているようだった。

 

 彼らは、何もない空間に向かって喋る演技をしている。

 多分、後からCGで足すような映画なんだろうね。

 

 ともかく、ここに立ってたら危ない。

 私は浮遊の魔法を使い、フワフワとゆっくり降りていく。

 

「な、なんだ!?」

「上から人が落ちてくるぞ!」

「な、なにあれっ」

 

 地上の人々が私に注目している。なんか恥ずかしい。

 芝生の上に降り立つと、どうやら私に気づかれたようだ。

 

「まさか、リナ・マルデリタ……!」

「本物の浮遊魔法に見えたな。イギリスに来たのか?」

 

 ざわつく撮影陣の中から、一人の女性が前に出てきた。

 

「あなたは、マルデアの大使さんで間違いないのかしら?」

「はい、リナ・マルデリタと言います。すみません、突然お邪魔して」

 

 私が一礼すると、みんな息をのむようにしてこちらを注視した。

 と、若い役者らしき二人が近づいてくる。

 

「本物のリナなのね、凄いわ。まるで妖精みたい。私、ルイナ・マーガレットよ」

「僕はオーリス・ヘルガン。お会いできて光栄です」

「あ、初めまして……」

 

 きらびやかな少年少女と握手し、ペコリと頭を下げる。

 と、そこへ。

 

「良いっ、今のだ!」

 

 叫びながら立ちあがったのは、カメラの後ろにいた髭面の男だった。

 彼はこちらに近づくと、役者の二人に言った。

 

「今、マルデリタ君が下りてきた時にお前たちが取ったリアクションこそが本物の驚きだ。

あれを本番でカメラが回っている時にやるんだ。いいな?」

「は、はい」

「わかりました」

 

 慌てて頭を下げる若い役者たちは、かなり緊張しているらしい。

 この人は、大物監督なのだろうか。

 

「か、監督。それより、ミス・マルデリタを警察に届けなくては」

 

 女性スタッフの言葉に、しかし監督はそれを手で制止する。

 

「待て。今のは素晴らしかった。やはり実在しないCG相手では演技にならんのだろう。

ぜひ、本物に参加してもらいたい」

 

 何かよくわからないことを言い出したぞ。

 私がぼんやり見ていると、監督はこちらを向いて言った。

 

「マルデリタ君。きみ、魔女の役をやってもらえないか」

「……はあ?」

 

 あんぐりと口を開けた私に、女性スタッフが慌てて駆けよる。

 

「か、監督! さすがにそれはまずいです! 彼女は世界的な要人ですよ!」

「責任は俺が持つ。俺は本物の映像が撮りたいだけだ。

マルデリタ君。

頼む、さっきのように空から降りてきて、二、三セリフを言うだけでいい」

 

 迫力のある顔を近づけてくる監督。

 私、演技とかした事ないんだけどなあ。

 そこへ、若い役者の二人が頭を下げてくる。

 

「あの、お願いします。私も、それならいい演技が出来そうな気がするんです」

「僕もです。お願いします」

 

 こうなると断りづらいなあ。

 彼らはただいい演技をして、いい映像を撮りたいだけなんだろう。

 私そういう純粋なのに弱いんだよ……。

 まあ、やるだけやってダメならそれでいいか。

 

 



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33話

 

 イギリスに降りた私は、映画撮影への参加を頼まれてしまった。

 ワンシーンを手伝うだけという話だったので、私は承諾する事にした。

 

「あの、私の演技がダメでも知りませんよ」

「問題ない。本物の存在感に勝るものはないさ。セリフはこの二つだ」

 

 監督が台本を渡してくれる。確かに覚える事は少ないようだ。

 二つのセリフを頭に入れ、私は塔に上って撮影の準備に入った。

 

 ピリピリとした雰囲気の漂う現場に、私もつい緊張してしまう。

 yutubeの自撮りとはわけが違うよ……。

 

 と、下から声が響き始める。

 

「3、2、1……」

 

 カウントダウンで撮影が始まり、カメラが回る。

 すると、演技モードに入ったルイナとオーリスの二人が歩いてきた。

 

「ビゴールがあの塔に入ったまま、出てこないんだ」

「調べましょう」

 

 話し合いながら、私のいる塔に近づいてくる二人。

 タイミングに合わせて、私は浮遊魔術で飛び降りていく。

 フワリとルイナの前に現れると、彼女は目を見開いた。

 

「わっ、あ、あなた何?」

「うふふ、私は西の塔に住むこわーい魔女よ。もしあなたが塔について調べるつもりなら……」

 

 私がセリフを口にしながら少しタメを作ると、オーリスがこちらを睨む。

 

「……どうするつもりだ?」

「さあ、どうなるかしら。でも、覚悟することよ。うふふふ」

 

 私は意地悪な笑みを浮かべた後、浮遊魔法で飛び去っていく。

 

「カット!」

 

 カメラが止まり、撮影が終わる。

 

「素晴らしい。二人とも、いい演技だった!」

 

 監督はルイナとオーリスを褒め称えていた。

 多分本番では私の部分はCGとの差し替えになるんだと思う。

 そうだよね?

 二人の演技を引き出しただけで十分だよ。うん。

 

「リナ、ありがとう。私、ちゃんと驚けたわ」

「僕もだ。本物の魔法使いだもんね」

 

 ルイナもオーリスも、すがすがしい顔をしていた。

 

「あはは、お役に立ててよかったです。ただ私そろそろロンドンへ行かないと」

「もう警察に連絡しておいたわ。すぐに迎えが来るそうよ」

 

 スタッフの女性は、気を利かせてくれたようだ。

 待つ間、私はルイナと少しお喋りをして過ごした。

 

「あの、さっき聞きそびれたんですけど。これ何の映画を撮ってるんですか?」

「ハリ・ホッタシリーズの新作よ。凄いタイトルだから私も緊張してて……。まあ、宇宙人だから知らないわよね」

 

 ルイナは軽く笑いながら肩をすくめる。

 一応、ハリ・ホッタは政府からもらったゲームの中にもあったからタイトルは知ってる。

 前世では聞いたことがなかったから、1995年以降に生まれたシリーズなんだと思うけど。

 ゲーム化もしてる映画ってことは、きっとでかい作品なんだろうね。

 

「この建物も、凄いですね。有名なお城ですか?」

 

 私はそう言って、背後の荘厳な建物を見上げる。

 すると、ルイナはクスクスと笑いながら答えてくれる。

 

「城じゃないわ。オクスフォードっていうイギリスの名門大学よ」

「えっ……」

 

 私でも聞いたことのある超有名大学だ。観光しとこうかな。

 そんなことを考えているうちに、迎えの車がゾロゾロとやってきた。

 

 こうなるともう、私は大人しく連れていかれるだけだ。

 私は護衛に囲まれながら、二人にお別れを言って車に乗り込んだ。

 

 

 ロンドンにたどり着いたのは、その日の夕方だ。

 早速、私は恒例になった政府との挨拶に向かった。

 

 メディアのカメラが集まる前で、私はスーツを着た金髪のおじさんと握手をする。

 

「ようこそ我らがユナイテッド・キングダムへ」

「リナ・マルデリタです。お招き頂いて光栄です」

 

 この人がイギリスの首相らしい。

 

「魔術品を持ってきてくださったとか。こちらにお返しできるものがあればいいのですが。

ロンドンを案内いたしますので、是非ゆっくりとご覧になってください」

「ありがとうございます。見返りはもう十分に頂いております。

ドンキューキングは素晴らしいゲームですから」

 

 私はあえて堂々と、首相の前でゲームの話をした。

 

「ドンキューキングですか。そう言えば、我が国のゲーム会社をご覧になりたいとか」

 

 場にそぐわない話題に首相は少し驚いた顔を見せたが、そこは国のトップである。

 外交スマイルでその場を取り繕っている。

 

「ええ、今度マルデアでイギリス開発のゲームを発売させていただくので、そのご挨拶にと」

「それはよかった。我が国が生み出した娯楽を、遠い星の人々に楽しんで頂けるのは光栄な事です」

 

 和やかに話は進み、首相との会談は終わった。

 

 その後は豪華な会食をし、いつものようにホテルの最上階に案内される。

 スイートルームも慣れると当たり前に感じてしまうのが怖い所だ。

 

 ベッドに寝そべりながらテレビを見ると、イギリスのトーク番組で私の話題になっていた。

 

「我らがユナイテッド・キングダムに初めてリナ・マルデリタさんが来訪し、首相と会談しました。

彼女はマルデアの魔術製品をお土産に持ってきてくれたそうです。

とても喜ばしいニュースで、国民たちは喜びに沸いているでしょう」

 

 司会者が映像を交えながら説明すると、右側に腰かけた五十代くらいの男性が語りだす。

 

「ええ。これまでずっとアメリカ中心で、ヨーロッパはただ見ている事しかできなかった。ようやくと言ったところですな」

「その第一歩がイギリスになったのは、政府の手腕というべきでしょうか」

 

 司会の問いに、男は首を横に振る。

 

「いや、どうも偶然のようです。首相との会談で、マルデリタ氏はビデオゲームの話題を口にしていました。

どうやら今度マルデアで発売するゲームが、わが国の企業による開発らしいのです。

そして彼女はその会社と挨拶するために来たというのですよ」

「なるほど。とはいえ、マルデアが目を付けたゲームをイギリス企業が開発していたわけですから。

偶然というよりはやはり、イギリスが歴史を通じて文化を生み出してきた努力の賜物と捉えるべきではないでしょうか」

「そうかもしれませんな。いや、ゲームは全く遊ばないものでね、失礼なことを言ったかもしれない。

だがこれは、マルデアに対して一般的な外交手段が通用しないという事です。

彼らは資源や技術の保有国よりもゲームを優先し、そこに革命的な魔術品を渡しているのです。

カナダのシロップでお菓子を作り始めた店がマルデアにあるようですが、その取引はまだ僅かなものと見られている。

マルデアとの交渉は、イギリスも含め世界中の政府が苦労することになるでしょう」

 

 大学教授とテロップに書かれた論客が、大真面目にゲームの話をしている。

 私にはそれが面白くてしょうがなかった。

 

 どうやら、私のゲーム好きを印象付ける事には成功したらしい。

 と、流していたテレビから気になる言葉が耳に入ってきた。

 

「明日の晩には、大使の前でイギリスが誇る演劇が披露される模様です。

果たしてシェイクスピアの物語は宇宙へ届くのでしょうか」

 

 司会がカメラに向かって目線をきめる。

 イギリスを代表する文化として、シェイクスピアの演劇が見れるらしい。

 なんか楽しみだな。

 

 私はウキウキしながらスマホをいじり、SNSを眺める。

 と、トップに見覚えのある画像が出た。

 昼間会った俳優のルイナとオーリス、そしてピンク髪の少女……、つまり私。

 三人でオクスフォード大学の前で撮った写真だった。

 

『リナ・マルデリタがハリ・ホッタ新シリーズの俳優と三ショット!

マルデア親善大使が映画界へ進出か!?』

 

 そんな見出しが出ていた。

 

 その関連で見ていくと、ルイナの公式らしいアカウントのツイットがバズっていた。

 

「本物の魔法使いに会えちゃったわ!」

 

 彼女の呟きと共に、ルイナと私のツーショット写真が添えられている。

 

xxxxx@xxxxx

「ワオ! ハリ・ホッタにリアル魔法使いが出るのか!?」

xxxxx@xxxxx

「それは凄い。是非実現してくれ!」

xxxxx@xxxxx

「JKローラングと対談して!」

xxxxx@xxxxx

「イギリスのテレビに出てくれないかな」

 

 コメント欄は大いに盛り上がっている。

 どうやらハリ・ホッタは世界的な大作映画らしい。

 エンタメにおいてもイギリスの影響力はでかいみたいだね。

 

 



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34話

 翌朝。

 イギリス警察に守られながら、私は車でレワ社のあるトウィクロスという町を目指した。

 マンチェスターやリバプールなど有名な都市は数あれど、観光でトウィクロスに向かう人間はあんまりいないかもしれない。

 バーミンガムの北東にあるその町は、緑に包まれたのどかな場所だった。

 車が停まり、私は護衛に囲まれながらある建物の前で止まった。

 ここが、スーファムドンキューを作った場所……。

 会社というより、別荘みたいな感じだね。

 

 こちらの来訪に気付いたのか、入り口から何人もの社員が現れる。

 そして、代表らしき人物が前に出てきた。

 

「ようこそ。リナ・マルデリタ嬢」

「初めまして。お招き頂いて感謝します」

 

 私が一礼すると、代表の男性はにこやかに微笑む。

 

「いえ、こちらこそわざわざ来ていただき、ありがとうございます。

ドンキューキングを気に入って頂けたとか」

「ええ、マルデアで商品展開をさせて頂くので、ご挨拶にと」

「それはご丁寧に。しかし、我々は当時の社員ではありません。

ドンキューキングを制作したスタッフの多くは、もうレワにはいないのです」

「そうですか……」

「ですが、今日は特別です。ぜひ、あの二人とお話しください」

 

 そう言って代表が紹介してくれたのは、二人の還暦を迎えたくらいの男性だった。

 

「はじめまして、ミス・マルデリタ」

「私たちは兄弟で、昔この会社を創設した者です」

 

 90年代前半。三十年近く前に作られたゲームだ。

 その開発者は、すでにこのくらいの年でもおかしくない。

 

「ではあなた方が……」

「ええ、ドンキューキングの開発者でもあります」

 

 にこりと笑って見せる二人は、とてもカッコよく見えた。

 私の来訪を知って駆け付けてくれたらしい。

 

「あ、あの、私、スーファムのドンキューキング大好きで、とても楽しかったです!」

「ははは、そう言ってもらえると嬉しいね」

「我々にとっても、思い出の詰まった作品です。ぜひマルデアのみんなに届けてあげてください」

「はい、お任せください!」

 

 それから少しの間、私は兄弟と話をした。

 私は緊張してわけのわからないことを色々言ってしまったと思う。

 だが、彼らは笑って許してくれた。

 

「はは、ミス・マルデリタは本当にゲームが好きなんだね」

「はい。地球のゲームをマルデアに知ってもらう事が、私の使命だと思っています」

 

 終始私の熱弁を受け入れてくれた兄弟は、とてもいい人だった。

 一時間ほど滞在した後、私はすぐにロンドンへと戻る事になった。

 

 

 そしてその晩。

 私はイギリスのロイヤルファミリーと挨拶し、劇場へと足を運ぶ事になった。

 上演されたのは、私でも名前は知っているタイトル。

 

 シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』だった。

 

 多分、宇宙人の私にわかりやすいタイトルを選んでくれたのだと思う。

 

 実際にじっくり見た事がなかったので、私はその内容に驚かされた。

 古くからいがみ合う家柄同士のロミオとジュリエットが、禁断の恋に落ちる。

 そして、何とか密かに結婚式を挙げる。

 

 そこまでは良い話だなと思って見ていた。

 ただ、その後のストーリーが凄い。

 

 殺されたり殺したり追放されたり……。家柄を巡って愛憎の物語が展開される。

 最終的にはもう、取り返しのつかない死の結末へと向かって行ってしまう……。

 

 いやあ、これが悲劇ってやつだね。

 演劇ってあんまり見たことなかったけど、見入ってしまったよ。

 壇上に立った役者たちが、ホールの空気を支配しているようだった。

 

 劇的に演じられた二人の死に、なんとなく私は胸が熱くなるのを感じていた。

 

「さて、いかがでしたかな?」

 

 ロイヤルファミリーの方がこちらを見て微笑む。

 

「ええ、とても切ないお話でした」

 

 つい涙を流してしまい、私はロイヤルなハンカチをもらう事になった。

 どうも前世との通算年齢が高いと、涙もろくていけない。

 

 

 翌日は、観光案内の時間だった。

 ビッグ・ベンと呼ばれる洒落た時計塔を眺めながら、ロンドンの市街を歩く。

 

 バッキンガム宮殿では、衛兵の交代式を見せてもらった。

 赤い制服を着た兵士たちが、音楽に合わせて行進していく。

 その姿は、観光客にも名物になっているらしい。

 

 丸二日ほどかけて、この国の文化や伝統を味わう事ができた。

 

 

 さて、イギリスの旅はその日で終わり。

 私はチャーター機でニューヨークへ向かい、国連本部に魔石を引き渡した。

 そして、毎度おなじみ外交官のスカール氏との会議だ。

 

「イギリスはどうだったかね?」

「ええ、とてもいい時間が過ごせました。これからも、できれば色んな国を巡りたいと考えています」

 

 まあ、私が行ける所は限られてるかもしれないけどね。

 

 今後の予定について話し合った後、私は国連本部を出た。

 さて、最後は日本だ。

 

 チャーター機での移動中、私はデバイスを通して日本のメディアを眺めていた。

 

『リナ・マルデリタがハマったイギリス演劇!』

 

 そろそろゲーム以外のネタが欲しかったらしく、テレビではシェイクスピアが話題になっていた。

 日本のタレントたちが『ロミオとジュリエット』や『ハムレット』などの劇について話し合っている。

 私の顔がメディアに映ってるのも、もう見慣れてきたような気がする。

 

 さて、今回降り立ったのは関西空港だ。

 飛行機から車に乗り換えた後。

 

 私は、以前日本政府に頼んでおいた古都の観光案内を受けることになった。

 古都の観光なら奈良に向かう可能性もあると思ったので、こちらからお願いした事だ。

 だが……。

 

「こちらが清水寺です」

 

 案内人が、目の前にある有名なお寺を紹介してくれる。

 うん、京都だね。

 綺麗だし、とてもいい場所だと思う。

 このあたりは私も前世で何度か来たから、見たことがある。

 

 ただ今回は、奈良へ向かうコースはなさそうだった。

 まあ、一歩ずつ進めていくしかないのかな。

 私はお寺から京都の市街を見下ろしながら、ふうと息をついた。

 

 その日はそれで終わり、私はホテルで一夜を過ごした。

 

 

 

 そして翌朝。

 私はNikkendoへと向かった。

 ここからは本題の仕事だ。気持ちを切り替えなきゃね。

 

「これが、新作のパッケージになります」

 

 会議室に入るなり、営業の方はすぐに完成した製品を見せてくれた。

 レトロゲームセットのソフトパッケージが、ついに輸出する段階までやってきたのだ。

 これを持って帰って発注を取って、すぐに発売へと向かう事になる。

 

 オールスターの顔役になるのはもちろん、テトラスとスーパードンキューキング。

 それ以外にも、人気を博した名作レトロゲームが並んでいる。

 今回は、文字の少ないアクション系ゲームとファミコムを中心にしたラインナップだ。

 

 シューティングゲームの代名詞、グラディアス。

 難関アクション、魔界シティ。

 定番シューティングアクション、ロッツマン2。

 名作謎解きパズル、ソロモニアの鍵。

 敵を飲み込んで能力をコピーする、星のカビア 夢と湖の物語。

 そしてマルオの初代作品、マルオブラザーズ。

 

 RPGなどは、ローカライズの手間を考えると今回は除外するしかなかった。

 格闘ゲームについても、しっかりと準備をした上で改めて出す事になった。

 それらを抜いても、ファミコム時代を中心とするトップゲームたちの集まりだ。

 

 パッケージには色とりどりのゲームが踊り、『テトラス&オールスターゲームス』というマルデア語のタイトルが中央に表示されている。

 新しい商品の完成に、私はワクワクが止まらなかった。

 テストプレイをしながら、私は営業部長と語り合う。

 

「魔界シティはやはり難しいですね。子どもたちは大丈夫でしょうか」

「投げ出す子も多いでしょう。ですがこういうものが一本あった方が、きっと盛り上がると思います」

「グラディアスの裏技コマンドは、そのまま使えますね」

「ええ。ガレリーナ社さんの采配で、みんなにこっそり教えてあげてください」

 

 私はマルデアで遊ぶ子どもたちを想像しながら、一通りゲームを試した。

 

 ゼルドの方は大まかな翻訳作業が終わったところだ。

 あとは日本とサニアさんで連絡を取りながら細かい修正を行っている。

 これはもう待つしかない。

 

 本社でのやり取りを終えた私はまた郊外の倉庫に向かう。

 変換機の部品を置き、スウィッツ本体やレトロゲームパックのソフトを輸送機に詰め込んだ。

 なんと今回は、本体が一万三千台だ。新作ソフトに合わせた大規模な出荷になる。

 荷物を積んだ後、私は営業さんに挨拶をする。

 

「では、失礼します」

 

 そして、腕のデバイスで地球を後にしたのだった。

 

 

 



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35話

 

 地球の旅を終えた私は、マルデア星の研究所に戻ってきた。

 ガレリーナ社のオフィスに戻ると、みんなは机に向かって仕事をしているようだ。

 

「ただいま帰りました」

 

 声をかけると、手前にいたサニアさんが顔を上げた。

 

「お帰り。入荷は何台だった?」

「聞いてください。なんと一万三千台です!」

 

 ドンと胸を張って輸送機を置くと、社員の三人は嬉しそうに立ち上がる。

 

「おお、本格的になってきたな」

「それなら、予約分を除いても在庫が作れます」

 

 ガレナさんもフィオさんも喜びながら入荷品を確認している。

 ようやく、常時売り切れ状態が終わるかもしれないね。

 

「新作のレトロゲームセットも入荷したので、販売店さんに送っていきましょう」

「うむ。発売までにしっかり店頭に並べておかねばな」

 

 私たちはすぐにワープ局に向かい、本体やソフトなどを各販売店に発送していった。

 

「さて、これで準備は完了ね」

「ええ、後は発売日を待つのみです」

 

 サニアさんと頷き合い、今日の仕事はこれで終わりだ。

 はあ、長旅もあって疲れたよ。

 テトラス&オールスターが発売したら忙しくなるから、今のうちに休んでおかないとね。

 

 

 仕事を終えた私は、ワープステーションを経由して実家へと戻る。

 ふう、やっと安心の我が家に帰ってきた。

 ようやく休みの時間を取れるよ。

 

 と思ったら、家の中に何やら謎の箱が積み上げられていた。

 

「あれ、何これ」

 

 いやに見覚えがある。というか、これうちの商品だね。

 なんでウチにスウィッツの本体が幾つもあるんだろう。

 周辺機器やソフトもあるよ。

 私が首をかしげていると、夕食を作っていた母さんがやってきた。

 

「それ、お母さんが発注したのよ。ガレリーナ社さんにね」

「へ?」

 

 首をかしげる私に、母はにこりと微笑む。

 

「リナ、前に言ってたでしょ。地球にはゲーム専門のお店があるのに、マルデアにはそういうお店がないからゲーム機が展開しづらいって。

だから、お母さんそのゲーム屋っていうのやってみようと思って」

「はい?」

 

 お母さん、何をおっしゃってるんですか。

 私が困惑していると、母は手を広げて言った。

 

「うち、結構広いでしょ。だから何も使ってない裏手を売り場にしようかと思って。

それなら家事やりながら気楽にできるわ。小さいけど、マルデア初のゲーム専門店よ。

お父さんも喜んで開店のための手続きしてくれたわ。

ほんのちょっとだけど、母さんがリナのお手伝いしてあげる」

「……母さん。父さんも……」

 

 私は、どうやらとても恵まれた人間らしい。

 目をウルウルさせていると、母さんは私の頭を撫でて言った。

 

「ふふ、お母さんはいつでもリナの味方よ」

「うん、ありがとう」

 

 その後、両親と三人で夕食を食べ、私は家族水入らずの時を過ごした。

 

 

 そして二日後。

 実家の裏手に、小さな小さなゲーム専門店が開店した。

 

 手書きのポップに、母のイラスト。

 お手製感が半端じゃない。

 

 記念なので、私はyutube用の動画を撮影する事にした。

 

 入口の看板には、『マルデリタ・ゲーム専門店』と書かれている。

 商品はスウィッチとソフトと関連機器だけ。

 小さな商売である。

 

 私はカメラを回しながら、動画用に説明を始める。

 

「地球のみなさん、ご覧ください。ここが本日開店したマルデア初のゲーム専門店です。

とっても小さいですね。

文字通り、店の中にはゲーム商品だけが並んでいます。

店長はわたしのお母さんです。お母さん、抱負をどうぞ」

「がんばりまーっす!」

 

 カメラを向けると、母は腕を上げて元気に答えていた。

 なんとも呑気なもんである。

 

 それから、店の営業が始まった。

 

 私がぼんやりと眺めていると、二人の子どもが店の前にやってきた。

 

「ねえおばちゃん、なにこれ?」

「ビデオゲームっていうのよ。ここで遊んでみてね」

 

 入口には新作ソフトの一つであるロック・ザ・メンの試遊機を用意してある。

 母が勧めると、子どもはコントローラーを握って画面を見上げた。

 

「これ、どうやるの?」

「弾を撃って、敵をやっつけて進むのよ」

 

 男の子たちはすぐに夢中になったらしく、モニターにかじりついてプレイし始める。

 

「あ、やられた!」

「バカだなお前。相手の攻撃を避けずに撃ちまくっても死ぬにきまってるだろ。ほら、かわれよ」

 

 二人はかわりばんこでトライしていたが、なかなか苦戦しているようだ。

 試遊機で遊べるのは、1つのステージだけ。残りは買ってからのお楽しみだ。

 

 とはいえ、子どもに500ベル払う財力があるわけではない。

 ここから、親を説得して買ってもらうまでの長いプロセスがあるだろう。

 彼らはなんとかステージのボスを倒し、満足して帰っていった。

 

 

 その後、スウィッツの在庫を探し回っていたお客さんに一台だけ本体が売れた。

 それで初日の商売は終わり。

 母もずっと店に出ているわけではなく、家の中で家事をしながらの家庭的な商売だ。

 防犯魔術をかけたので、盗みの心配はまずない。

 

 母は一台でも売れた事に喜んでいた。

 商売はゆっくりと始まるのだろう。

 

 私は先ほどの映像を軽く編集し、yutubeに投稿した。

 コメント欄は、いつものように盛り上がっていた。

 

「可愛いお店だね」

「駄菓子屋さんみたいだよね」

「ゲーム専門店への第一歩か。感慨深いものがあるな」

「母親と仲がいいんだね」

「素敵なお母さんね。マルデアの親子関係がうらやましいわ」

 

 

 みんな、可愛らしい店舗の誕生を喜んで見てくれたようだ。

 しょうもない映像だったけど、日本のテレビではワイドショーで紹介されていた。

 よっぽど暇なんだろうか。

 ぼんやりとそんな事を考えながら、私はマルデアでの休日を過ごしていた。

 

 

 

 それから数日後、ついにレトロゲームパックの発売日がやってきた。

 ソフトが出る日には、お客さんから質問が山ほど来る。

 トラブルも当然起こり得る。

 

 私たちは社員総出で朝からオフィスに集まり、通話対応についていた。

 といっても、四人だけどね。

 今回は八つのソフトが入っている事もあり、ゲームの質問も多岐に渡った。

 

「新作を買ったらゲームがたくさん入ってたんだけど、どれから遊べばいいですか?」

「好きなものからどうぞ」

 

「星のカビアがトゲのついた敵を丸ごと飲み込んじゃったわ。痛くないのかしら」

「消化能力が凄いんだと思います」

 

「ドンキューキング、操作せずにほっといたら、ドンキューが自分の胸を叩いてウホウホ叫び出したんだけど。この子、情緒不安定だったりするの?」

「ゴリラはそういう生き物です」

 

「魔界シティの主人公、裸のまま走り回ってるんだけど。無防備すぎない?」

「鎧が手に入るので、着せてあげてください」

 

「グラディアスをプレイしてるんですけど、何この……。泡を吹いてくる黄土色のおじさん」

「モアイ像ですね」

 

 宇宙空間にモアイ像が大量発生し、口から泡を吐いて攻撃してくる。

 グラディアスの世界は不思議に満ち溢れている。

 ファミコム時代はまだ業界も若く、いろんなメーカーがヘンテコなものを山ほど出していた時代だ。

 それゆえ、個性的で愉快なゲームが多い。

 おじさんが裸で斧を投げながら走り回る魔界シティもその一つだろう。

 

 そんな変わったゲームたちに、マルデア人たちはガンガン質問をぶつけてきた。

 その日は夜まで、ずっと通話対応をしていた。

 

「ああ、ガレリーナさん、今日でオールスターゲーム売り切れちゃってね。また発注頼めるかな」

 

 販売店からは、ちらほらそんな声も出ていた。

 

「こっちもまた発注が入ったわ」

 

 サニアさんも、デバイスを手に嬉しそうに声を挙げる。

 

「新作ソフトは好評のようだな」

「はい!」

 

 その日はガレナさんたちと一階の食堂でにぎやかに食事をして、私たちは仕事を終えた。

 レトロゲームパックの販売は好調に進み、第一弾出荷は早くも品薄になりつつあった。

 

 

 

 それから、私たちは営業や客対応を中心に仕事を続けた。

 平日は忙しく動き回り、余計な事を考える暇もない。

 

 そういえば、奈良の両親にはいつ会えるんだろう。

 いつまでも会えないなんて事もあるのだろうか。

 そんな事を思い始めた、ある日の事だった。

 

 

 

 私はいつものように、昼休みに一階の食堂で食事をしていた。

 すると、ガレナさんが隣に腰かけた。

 

「リナ。少しいいかね」

「はあ。何でしょう」

 

 彼女はいつものぼんやりした調子ではなく、少し真面目な様子だった。

 

「以前から研究所で上の方に申請していたんだがな。やっと一回分だけ許可が通ったのだ」

「通った? 何の話ですか」

 

 私が首をかしげると、彼女は自信ありげに言った。

 

「第一研究室が所有する星間ワープの使用許可だ。

あれを使えば、君が指定した正確な位置にワープする事ができるだろう。ただし、一度きりだがね」

 

 それは、突然の事だった。

 

 ワープが正確に目標地点を指定できるなら、奈良の地元に降りて、誰にも知られずに実家へ直行できる。

 いきなり、前世の両親へのルートが開かれてしまったのだ。

 

 



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36話

 

 突然与えられた、第一研究室のワープルームを使える権利。

 それは、正確な位置に降りる事が出来るワープだった。

 

 一度だけとは言え、私は信じられない思いだった。

 

「……。ほんとに使えるんですか?」

 

 硬直してしまった私に、ガレナさんは微笑んだ。

 

「うむ。君は以前言っていただろう。地球の故郷に行ってみたいと。

これなら、誰にも見つからずに行って来れるのではないかね」

 

 ガレナさんには、既に私の前世の話をしていた。

 彼女は信頼できる仲間だと思ったからだ。

 でも、こんな事をしてもらえるとは思っていなかった。

 

「その、私の個人的な事に使っていいんですか?」

「問題はないさ。君が毎回地球へのワープで大変な思いしていると陳情したら、お情けで許可が出たのだ。

一度きりですまないがな。その権利は、普段苦労している君が好きに使えばいい」

「ガレナさん……。ありがとうございます」

 

 私が深く頭を下げると、彼女は笑って言った。

 

「気にする事はない。君は私たちに新しい世界を見せてくれたのだ。

今の私は、以前よりもやりがいのある日々を送れている。私はむしろ、君に感謝しているよ」

 

 ガレナさんは、私の仕事をとてもよくサポートしてくれている。

 振り返ってみても、こちらが礼を言うべき事ばかりだ。

 

 ああ、私は仲間に恵まれたんだ。

 泣きそうになるのをこらえ、私は何度も礼を言った。

 

 

 そして、翌日。

 私とガレナさんは、魔術研究所の第一研究室にいた。

 今回借りた星間ワープは、いかにも最新鋭の魔術機器と言った感じだった。

 操作デバイスには、しっかりと地球の詳細な地図がインプットされている。

 

「目的地は日本国、奈良県の北西部……、このあたりだな」

 

 デバイスでマップを細かく確認しながら、ガレナさんが目標位置を打ち込んでいく。

 

 私は今回、輸送機も何も持って行かない。

 仕事ではなく、今回だけは完全にお忍びのプライベートな地球訪問となる。

 

 目立つ桃色の髪は後ろでまとめ、服の中に入れておいた。

 帽子を深く被ると、普通の西洋人と言っても通るだろう。

 うちの地元は海外からの観光客も多いから、外国人顔くらいなら目立つことはない。

 これで、まず一目で私だとバレる事はない。

 

「では、君の健闘を祈るよ」

「はい。行ってまいります」

 

 ガレナさんと挨拶し、私はワープルームに入った。

 すると、周囲が光に包まれて行く。

 次の瞬間、私の姿はマルデアから消えていた。

 

 

 

 降り立ったのは、のどかな公園だった。

 木々に囲まれた草地。

 周囲では、鹿たちが群れて歩いているのが見える。

 

 ああ、帰って来たんだ。

 私は二十年以上ぶりに、故郷の地を踏みしめていた。

 青臭い匂いも、田舎っぽい感じも、古めかしい建物も。

 昔とほとんど変わっていない。

 

「大仏さんおっきかったー!」

「凄かったねえ」

 

 東大寺を見てきたのだろう。

 観光客の家族が、楽しそうに手を繋いで歩いていく。

 私の存在は気づかれていないようだ。

 

「……。うちに帰ろう」

 

 私は懐かしい道を、自宅に向かって歩き出す。

 

 事前に、前世の友人であるゲンと連絡を取っていた。

 私の両親は今日も元気に、あの店を営業しているらしい。

 もう年だろうに、まだやってるんだ。

 

『奈良に着いたよ』

『ほんとかよ……』

 

 ゲンにメールすると、まだ半信半疑のようだった。

 私の事を両親に伝えてもらおうと思ったけど、それは拒否されてしまった。

 

 まあ死人が生きているという話だしね。

 確証もなしに信じる事ができないのは当然だ。

 やはり、直接会って話すしかないのだ。 

 

 ゲンにも、私がマルデアの大使である事はまだ教えていない。

 荒唐無稽すぎて、余計信じなくなると思うし。

 

 母と父に会ったら、どうしよう。

 会っても、信じてもらえないかもしれない。

 それなら、生きている姿を確認するだけでもいい。

 元気な顔を見れたら、それでいいと思っていた。

 

 

 日本家屋の並ぶ住宅街を歩くと、色んな思い出が蘇る。

 近所を鬼ごっこして回った事。

 ドロドロになってしかられた事。

 母さんと、父さんと、ゲンと……。みんなに囲まれて育ったこの町が、確かに私の中で蘇っていた。

 

 そして、私はある店の前に差し掛かった。

 古めかしい和菓子屋だった。

 ここが、私の実家だ。

 

 その入口付近に、四十くらいの中年男性が立っていた。

 ずいぶんと年老いて、おじさんになっている。

 でも、私にはすぐわかった。

 あれがゲンだ。

 

 どうやら、私の連絡を受けて様子を見に来たらしい。

 店の前でキョロキョロと周囲を見回している。

 "俺"らしい人間が来るのを待っているのだろう。

 私は近づいて、声をかけてみる事にした。

 

「あの……。ゲン、だよね」

 

 すると男性はこちらに振り向き、目を見開いた。

 

「ま、まさか、連絡してきたのはお前なんか……」

 

 まあ、ピンクな髪をした少女が来るとは思わなかったのだろう。

 ゲンはめちゃくちゃ驚いていた。

 

「うん。色々迷惑かけてごめん。私、こんな感じになっちゃった。久しぶりだね、ゲン」

 

 私ははにかみながら、昔のようにノッポな彼を見上げる。

 すると、彼は頭に手を当てて苦い顔をしながら言った。

 

「……。まだ信じられんな。ていうか、余計混乱するわ。

大人になったユウジが来るんかと思ってたのに、なんでリナ・マルデリタが来るねん……」

 

 頭が痛くなったのか、しゃがみ込んでしまうゲン。

 まあ、そうなるよね。

 ただ生まれ変わっただけならまだしも、宇宙人になってるんだから。

 説明するにもややこしい話だ。

 

「まあ、話せば長くなるんだよ。でも、ほんとにオッサンになっちゃったね、ゲン」

 

 学生だった親友が職場のおじさんみたいになってて、私はつい笑ってしまう。

 

「当たり前や。最後に会ったの95年やぞ。何年経ったと思ってるねん。普通に仕事も板についとるわ」

「そっか。うん、ゲンも立派になったんだね。そうだ、貸したままのロックメンXどうなったの?」

「まだ実家の押し入れにあるやろうな。ほんまに返してほしいんか?」

「あはは、別にもういいや。それで、母さんと父さんはいる?」

 

 私が本題に入ると、ゲンは店の入り口に目を向ける。

 

「……、ああ。中でいつも通り店やってるけどな。

言っとくけど、俺はおばちゃんには何も説明してないぞ。

死んだ人間が生き返ったなんて、親御さんに証拠もなしに言えるわけないからな」

「うん、わかってる。母さんには、自分で話すよ」

 

 ここから先は、俺と両親だけの問題だ。ゲンに頼るべきではない。

 

 親友との話を終えた私は、実家の前に立つ。

 そして、意を決して店の戸を開けた。

 

「あら、いらっしゃい」

 

 中には、六十代くらいの女性が一人いた。

 顔にはシワが入り、私が生きていた頃よりは、ずいぶん年を重ねているようだ。

 でも、母さんは母さんだった。

 お客さんにかける声の感じも、変わっていない。

 その声を聞いただけで、懐かしさが溢れてくる。

 私は泣きたくなるのをぐっと堪えながら、店内を見やる。

 

 幸い、他にお客さんは来ていないようだった。

 店の中は、古びた棚も、私が傷つけた柱も、何も変わっていなかった。

 私の、俺の家だ……。

 二十六年ぶりに、帰ってきたんだ。

 

 と、カウンターの向こうに立った母が私の姿に気づいたようだ。

 

「ん? あんた、すごい奇麗なピンクの髪やねえ。宇宙人のリナちゃんに似てるわ」

 

 どう言って答えようか。私は迷った。

 でもいきなり息子だと言っても、そうそう信じてはもらえないだろう。

 まずは、今の私として自己紹介をしないと。

 



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37話

 

 地元の奈良にワープした私は、ついに実家の和菓子屋に帰ってきた。

 年月を経ても、母は昔のように店のカウンターに立っていた。

 

「あんた、すごい奇麗なピンクの髪やねえ。宇宙人のリナちゃんに似てるわ」

 

 私を見て、母さんはそう言った。

 いきなり息子だと話しても、理解してもらえるかどうかわからない。

 まずは、リナとして自己紹介をしなければならないと思った。

 

「あはは、私、リナ・マルデリタなんです」

 

 私が帽子を取ってみせると、母は驚いたように目を見開いた。

 

「あら、本物!? そらすごいねえ」

 

 なぜリナ・マルデリタが一人でこの店に入ってくるのか。

 ろくに疑う事もしない。

 昔から、素直な母だった。

 優しい関西弁は、ちっとも変わっていなかった。

 

「宇宙人さんやったら、日本のお菓子なんてろくに食べた事ないでしょ。なんでも試食していいよ」

 

 母さんは、この店で定番のお饅頭を出してくれた。

 餡がたくさん詰まった、甘くて美味しい饅頭。生前に何度食べたかわからない。

 

「ありがとう、ございます」

 

 私は饅頭を一口、口の中に運んだ。

 懐かしい、実家の味だった。

 

「リナちゃん、ようテレビで見てるよ。ゲームが好きで日本に来てるねんてな」

「は、はい」

 

 私が頷くと、母さんは遠くを見上げるようにして言った。

 

「あんたのニュース見てると、うちの息子思い出すんよ。息子も昔ゲーム好きでなあ。

私はそういうの全然わからへんけど。イギリスで作った人のとこ会いに行ったんやろ。

ドンキュー、息子も毎日やってたわ。勉強しい言うてんのに、聞かへんと毎日毎日」

「……、そう、ですか」

 

 母さんは、私の生前の事をよく覚えているらしかった。

 

「あ、ごめんな暗い話して。私ゲームとか全然わからへんけどね。

でも息子が好きやったもんやから、宇宙人さんが好きになってくれるのは嬉しいんよ」

「……」

 

 母の視線の先には、写真があった。

 生前の"俺"と、両親が一緒に映った、笑顔の一枚だった。

 

 ずっと、ずっと母さんは、私の事を考えていてくれたんだ。

 私は、溢れ出る感情が抑えきれなくなった。

 気が付けば、頬に涙が伝っている。

 

「あれ、どうしたん? お饅頭、味合わへんかった?」

 

 母は泣き出した私に、困ったように顔を近づけてくる。

 説明しなければならない。

 そう思うのだけれど、まともなセリフが出てこない。

 口から出てきたのは、ただの息子としての言葉だった。

 

「母さん……。ごめん、母さん……」

 

 どうしても、それを言いたかった。

 母さんに直接会って、謝りたかった。

 

「かあさん?」

 

 母は、私の言葉の意味が分からないのか戸惑っていた。

 当然だろう。

 他所の子が、まして宇宙人が目の前で「母さん」なんて言っても、わけがわからないに決まっている。

 

 私はもう子どもじゃない。

 理論立てて話さないと、相手を納得させられない事くらいわかってる。

 

 今の私は大統領とだってちゃんと話せるのに。

 なのに、何で母さんの前ではこんなにバカになっちゃうんだろう。

 ちゃんと、言わなきゃ。

 

 そう思って涙をぬぐおうとした、その時。

 後ろの入り口からゲンの声がした。

 

「おばちゃん、ちょっといいか」

「ゲン君。この子どないしたんかな、泣いてしもたわ」

 

 母が首をかしげると、ゲンは苦い顔をしながら俺を指さす。

 

「俺もまだ良くわかってないけどな。

でもその子多分、ユウジ……。ユウジの、生まれ変わりか何かやと思うわ」

「え……?」

 

 突然の事に、母は瞬きをしながら私を見やる。

 ゲンは開いていた戸を閉めると、腕組みしながら語り始めた。

 

「何カ月か前やけどな。この子が、突然俺に連絡してきよったんや。

俺とユウジしか知らん事いっぱい並べてな。

自分がユウジやと証明したかったんやろう。

最初は悪戯かと思ったけど、言葉の感じもユウジとしか思えへんかった。

でも死んだ人間が連絡してくるなんて、信じられへんやろ。

だからしばらくは疑ってたんやけどな。

今日、こいつから『親に会いに行く』って連絡が来たんや。

それで、俺ここに来てみたんや。一体誰が来るんやと思ってな。

そしたら、まさかのリナ・マルデリタが来た。

こんなん、どう考えても偶然ちゃうやろ。

店の中の様子、ずっと見てたけどな。

こいつおばちゃんの前で最初からまともに喋れてないわ。

ユウジはいつも口達者やったけど、泣き虫なとこは全然変わってない。

俯いてしどろもどろになるのも、昔のまんまや。

なあ、そうやろユウジ」

 

 ゲンはすべてを理解して、私に助け舟をくれたらしい。

 私は、彼に任せるように頷いた。

 

「……うん。俺や……。ユウジや……」

「……」

 

 そう呟いた私を、母は黙って見つめていた。

 

「母さん、ごめん……。先に死んで、ごめん。

勉強せんで、ゲームばっかして、ごめん……」

 

 私はにじんだ目を母に向け、言いたかったことを口にした。

 熱い水滴が、溢れるように地面に落ちる。

 もう、目が潤んでまともに見えなかった。

 

 母は少し戸惑ったようにした後、カウンターから出てきた。

 

「ユウジ……。あんた、ほんまにユウジなんか?」

 

 母は眉を落とし、私を見つめながら体を震わせていた。

 

「……、うん」

 

 私はうつむいたまま頷いた。

 すると突然、大きなぬくもりが私の体を包んだ。

 

「……ユウジ。おかえり。おかえり……」

 

 母さんの手が、私の体を強く抱きしめていた。

 その声は、涙で震えていた。

 そうか。母さんも私と同じくらい、俺に会いたかったんだ。

 

「ただいま、母さん……」

 

 私はしばらくの間、母の腕の中で、懐かしいぬくもりを感じていた。

 

 

 少しして、私はカウンターの椅子に座り、心を落ち着かせていた。

 気を利かせたのか、ゲンの姿はもうなかった。

 

 

 母は隣の椅子に腰かけ、私の話をゆっくり聞いてくれた。

 

「でもユウジやとわかったら、リナちゃんがゲームゲーム言うて日本に来るのも納得やわ。

そっか。ユウジの好きやったゲームが仕事になったんやな」

「うん」

「よかったやんか。きっとあんたが死ぬ前に良い事したから。

神様がもう一回、ええ人生与えてくれたんやわ」

 

 母は、私の頭に手を置きながらそう言った。

 と、その時。

 店の奥から和服姿の男性が現れた。

 

「父さん……」

 

 父は大分老けて白髪になっていたが、頑固そうな表情はそのままだった。

 

「ユウジ……。よう帰ってきたな」

 

 父は一言そう言って、私を見下ろす。

 

「うん、ただいま。父さん」

 

 昔から、口数の少ない父だった。

 前世の俺に対して甘い顔を見せたことは、ほとんどなかった。

 でも、そんな父が顔を皺だらけにして、私に両手を差し出していた。

 私は恥ずかしさも捨てて、思い切り父の胸に飛び込んだ。

 

 二十六年ぶりに、私は実家に帰って来た。

 父さんと母さんのいる場所に。

 その温かさが、胸に溢れていた。

 

 

 

 その後、私は奥の居間で両親と話をした。

 

 マルデアで生まれた事。新しい両親や、周囲に恵まれた事。

 地球を目指すために魔術学院に入ったこと。

 色んなことを話した。

 

 父はそれを聞いた後、すぐに仕事があると言って厨房へと戻って行った。

 

「お父さん、久しぶりに帰って来た息子が可愛なったから照れてるんやわ」

「あははは」

 

 母さんは父さんの背中を眺めながら笑っていた。

 

「そうそう。ユウジにはあれを見せなあかんわ」

 

 と、ふと思い出したように母が立ち上がる。

 そして、棚の中から木の箱を取り出した。

 中に入っていたのは、かなり古びた封筒だった。

 

「これ、あんたに読ませたかったんよ」

「私に?」

「そう。ユウジへの手紙や。

あんたが車に牽かれた時に、助けた子おるやろ。その子が、あんたに宛てて書いた手紙や。

まあ、もう二十年以上前に書いたモンやけど。読んであげて欲しいんやわ」

 

 封筒から取り出した、しなびた手紙。

 そこに書かれた文字はほとんどひらがなで、可愛らしい字だった。

 見るからに、当時の子どもが書いた手紙だった。

 

『ユウジお兄ちゃんへ。

 

お兄ちゃん、私のせいでいなくなっちゃった。ごめんなさい。

助けてくれてありがとう。

私がバカだから、お兄ちゃん死んじゃった。

ごめんなさい。

ぜったいもう、信号がないところでは、道路はわたりません。

お兄ちゃんからもらった命、大切にします。ありがとう。

 

さえこ』

 

 震えた文字でそう書いてあった。

 私が読み終えると、母は優しい目をしたまま言った。

 

「あの子、今でもあんたの墓を見舞いに来てくれるんよ。

もう年は三十くらいになってるけど、命日には毎年律儀に来てくれるわ。

九州に住んではるから、あんたに会わせるのは難しいやろうけどな」

「そっか……」

 

 どうやら、当時の少女は今も元気にしているらしい。

 私はもう他の人生を歩んでるのに。

 今も墓に来てくれるなんて、申し訳ない気もするな。

 文字を眺めながら、私は何となくしみじみとした気分に浸っていた。

 

 

 それから、私は母の勧めで夕食を一緒に食べる事にした。

 母の作るカレーは、変わらない昔のままの味がした。

 そして、夜。

 

「じゃあ、もう帰るね」

「うん。がんばりや」

 

 母と頷き合い、私は出口へと向かう。

 すると、後ろから野太い声がした。

 

「また帰ってこい。ここはお前の家や」

 

 父はそれだけ言って、クルリと背を向けた。

 

「うん。行ってきます……」

 

 私も店に背を向け、外に出た。

 そして、腕のリストデバイスで私は地球を後にした。

 

 

 マルデア星。

 研究所を出て会社のオフィスに戻ると、ガレナさんが遅くまで仕事をしながら待っていてくれた。

 

「やあ。もう終わったのか。どうだったね?」

「はい。とてもいい時間を過ごせました。ありがとうございました」

「そうか。ならよかった」

 

 私はガレナさんと笑い合い、会社のビルを後にした。

 

 実家に帰ると、ゲンから連絡が来ていた。

 

『また来れたら遊びに来い。もうお互い仕事してるから忙しいけどな。

俺も倒れん程度に働くから、お前も無理せんようにな』

 

 久しぶりに会った親友は、やっぱりいい奴だった。

 

 

 今日はもう寝て、明日の仕事に備えよう。

 目標は一つ達成したけど、ゲームや魔石の事は、まだまだこれからだ。

 

 父さん、母さん、ゲン。

 私、頑張るよ。

 

 

 




ここまで読んで頂いて、ありがとうございます。
ここで一章の終わりとなります。


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番外編

いつもリナと話している外交官の視点で、これまでの交渉を振り返る話です。
本編とは関係ないので、飛ばしても大丈夫です。


 

 私はランデル・スカール。

 アメリカの外交官だ。

 51のこの年に至るまで、国務省に勤めてきた。

 

 私はこれまで、難しい交渉を担当する事が多かった。

 毎度のように前例のない案件に向き合い、なんとか切り抜けてきた。

 

 そんな私がマルデアとの交渉を担う事になったのには、もちろん理由がある。

 

 この取引は無謀というかなんというか、予想が全くつかない。

 何しろ、人類初の宇宙人との交渉だ。

 利益が出るかどうかの前に、まっとうなやり取りになるのかすらわからなかった。

 

 発端は、NASAが遠い宇宙の星に文明の存在らしきものを発見した事だ。

 アメリカ政府は交流を試みるべく、その星に信号を送り始める。

 

 友好の言葉を込めたメッセージだったが、返事が来る事はあまり期待していなかった。

 見知らぬ星の生物がこちらに信号を返してくる可能性は、非常に低いからだ。

 

 だが、あっさりと返事は来た。

 しかもまっとうな英語を使って、大使がメッセージを送りつけてきたのだ。

 その星は、マルデアという名前だった。

 

 だが、驚くべきは次だ。

 返事を書いたリナ・マルデリタという人物が、そのまま地球に来るのだという。

 

 これには、米政府が度肝を抜かれた。

 あちらは、星を行き来する技術を当たり前のように保有しているのだ。

 

 この時点で、文明レベルの差は明らかだった。

 重要な交渉を任された私は、どのようにしてマルデアと駆け引きをするか、入念に計画を練った。

 

 

 そして、宇宙人来訪の日はやってきた。

 彼女はワシントンD.Cに降り立つと連絡していたため、米警察と軍が秘密裏に捜索に当たる事になった。

 だが実際に降りたのは、ペンシルバニア州のアルトゥーナだった。

 

 かなり位置がずれたが、どのような技術なのだろうか。安全上の問題はないのだろうか。

 疑問は尽きぬまま、大使がホワイトハウスにやってきた。

 

 現れたのは、桃色の髪をした美しい少女だった。

 この子が、一人で外交をしに来たのか。

 

 私は、信じられない思いだった。

 人間やエルフに近い容姿をしていた事にも驚いたが、注目すべきは十五歳という若さだ。

 私の娘よりも幼い少女が、米政府とたった一人で交渉をしに来たのだ。

 一人の父親としては、その時点で異様なものを感じていた。

 

 だが、正式に彼女が大使としてやってきたのだ。こちらはホストとして相応の扱いをするしかない。

 我々は彼女をマルデアの代表と捉え、歓迎のパーティを開いた。

 

 

 その後。

 交渉の席につくと、マルデリタ嬢はしっかりとした調子で話し始めた。

 

 彼女が提示したマルデアの魔術製品は、革命的としか言いようがない代物だった。

 

 誰でも簡単な魔法を使う事ができる石。

 物体を百分の一に縮小して収納できるボックス。

 

 どちらも、地球の経済や文化を一変させる力を持つ品物だった。

 私は戦々恐々としながらも、マルデア側の要求に応えるべく動いていた。

 なんでもあちらは、珍しい娯楽品を欲しているのだという。

 

 正直この時点で、マルデアはあまり地球に興味がないのではないかと思われた。

 技術や資源ではなく、変わった遊び道具をくれというのだ。

 

 私は焦り、世界中から贅を尽くした料理と娯楽品を集めた。

 

 大使は、日本の料理である寿司を美味しそうに食べていた。

 ああ、やはり世界中から料理をかき集めてよかった。

 何かしら、口に合うものがあったようだ。

 

 私は胸をなでおろしていた。

 

 そして、娯楽品を提示した時。

 マルデリタ嬢は他の商品には目もくれず、ビデオゲームに夢中になっているようだった。

 

「ゲームがお気に召しましたかな」

「ええ、とても面白いです。マルデアには無い娯楽ですね」

 

 彼女は平静を装っているように見えたが、興奮は隠しきれていなかった。

 その表情は普通の年頃の少年少女のように見え、仕事中だというのに、つい娘の事を思い出してしまった。

 ともかく、この手の娯楽はあちらの星には存在しないらしい。

 

 特にマルデリタ嬢が目を輝かせていたのは、ゼルドの伝承やFinal Fantasiaといった日本産のゲームだった。

 それらのタイトルはアメリカでもポピュラーであり、私も名前は知っている。

 

 だが、マルデア人の感性は日本寄りなのだろうか。

 そんな事を考えているうちに、初日の交渉は終わった。

 

 翌日の会見では、大統領がマルデリタ嬢を世界に向かって紹介した。

 それはセンセーショナルなもので、世界中のメディアが、大衆が、大騒ぎになった。

 

 帰宅後も、私の妻や娘までその話題で持ち切りだった。

 

「ねえパパ、リナ・マルデリタに会ったの?」

「ああ。私が交渉担当だからな」

「すごい! パパってそんなに凄い仕事してたのね」

 

 あまり私に興味がない大学生の娘が、初めて私の仕事を褒めていた。

 宇宙人の力というのは、大したものだった。

 

 マルデリタ嬢が持ち込んだ魔石は、すぐに研究所に回された。

 

「こ、これは……」

「すさまじいエネルギーを持った石だ。間違いなく、未知の物質と言えるでしょう」

 

 研究者たちは、とりつかれたように魔石を解析し始めていた。

 縮小ボックスについては、政府が緊急時の物資運搬用に保有する事になった。

 

 

 そして、それから二週間ほどが経ち。

 再びマルデアの大使が地球にやってきた。

 

 私は二度目の交渉の場で、本格的な貿易の準備を始めるつもりでいた。

 

 だが彼女が提示したのは、予想をはるかに超える話だった。

 魔石を地球に万単位で集めれば、災害を排除できるのだという。

 

 普通なら切って捨てるような夢物語だが、あの石に魔法の力があるのは事実だ。

 そもそも、縮小ボックスだけでも貿易の価値は限りなく高い。

 

 我々は彼女の言葉を尊重し、なるべくマルデリタ嬢の意志に沿うようにした。

 彼女はやはり貿易対象としてビデオゲームを望んだ。

 私たちはそれが実現するよう、全力で手配を進めた。

 

 マルデリタ嬢は自ら日本のゲーム会社に赴き、ローカライズのために開発に参加していた。

 彼女は技術者としても優秀らしく、マルデア向けのスウィッツを本当に完成させていた。

 ただ問題は、それが売れるかどうかだ。

 

 結果を待っていると、彼女から朗報が届いた。

 出足の販売は、売り切れになる店もあるほど好評だったそうだ。

 

 遠い星の人々が、マルオに夢中になっている。

 そのニュースはすぐに地球全土に広まり、ゲームファンたちはお祭り騒ぎのように盛り上がっていた。

 

 

 ハイパーマルオは、私がハイスクールに通っていた頃に流行り出した作品だった。

 あれは、1980年代後半の事だ。

 当時アメリカでも、日本産のゲーム機が世間的に認知され始めていた。

 

 私も友人の家で何度もマルオを遊んだ事を覚えている。

 あの頃はただ楽しい遊びだと思っていたが。

 今にしてみれば、あれは新しい時代を象徴する作品だったのだろう。

 

 時代を超えるゲームの力を借りて、地球とマルデアの商売が何とか形になりつつあった。

 

 

 国務省では、ひとまず貿易が成立した事を喜び合っていた。

 

「よくやったなスカール君。これでマルデア星との取引が始まる」

「ええ、まだまだこれからですがね」

 

 上司と話をして、久しぶりに私は暗くなる前に帰路につく事ができた。

 

 帰りに私はウェルマートに寄って、スウィッツとマルオの新作を買ってみた。

 

「あらあなた、スウィッツ買ってきたんですか?」

「パパっぽくないわね」

 

 帰宅すると、妻と娘は私の買い物に驚いているようだった。

 

「まあ、大事な貿易品だからな」 

 

 今後もマルデリタ嬢との外交は、私が中心になってやり取りする事になる。

 現代のマルオすら知らないようでは、商売の話に差し支えるだろうと思った。

 

 

 夕食後。

 スウィッツを居間のモニターに繋ぎ、ゲームを始めてみた。

 

 プレイするのは『ハイパーマルオ・オデッシア』というゲームだ。

 

 今のマルオは、ピクシー映画のように華やかな3Dアニメーションの世界で描かれていた。

 ゲームも知らないうちに、ずいぶんと進化していた。

 

 元気に飛び回る丸顔オヤジの魅力は、今も当時と変わらずそこにあった。

 おっと、大砲の敵にやられてしまった。

 

「お父さん、へたっぴね」

「次はちゃんとやるさ」

 

 娘との会話も、少しは多くなった気がする。

 

 yutubeを見れば、マルデリタ嬢があちらの星の玩具屋でゲーム大会の模様を配信していた。

 ああ、そうか。

 

 これからマルデアで、あの頃の地球と同じゲームブームが始まるのだ。

 そう思うと、私はなんだか胸が温かくなるのだった。

 

 




次から第二章です。


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第二章
第38話


第二章スタート


 

 私には実家が二つある。

 一つ目の実家は、日本の奈良にある和菓子屋だ。

 もう一つの実家は、マルデア星の都会から離れた田舎町にある。

 

 マルデアの我が家に帰った私は、現世の両親に今回の事を報告しておくことにした。

 

「そうか、やっとあちらのご両親に会えたんだな」

 

 リビングで時間を取って説明すると、父は安心したように息をついていた。

 母もまた、嬉しそうに微笑んでいた。

 

「よかったわね。どうだった? 私じゃないお母さんと会って」

「あはは。泣いちゃって、ろくに何も言えなかったよ。あっちの母さんも泣いてた」

 

 苦笑いして見せる私に、母さんは何となく寂しそうな顔をした。

 

「そっか。私もリナとお別れしちゃったら、きっと泣いちゃうわね」

「しかし、とりあえず地球へ行く目的は達成したんだろう。これからはどうするんだ?」

 

 父の問いかけに、私は頷く。

 

「うん。一つ目は達成した。それで私、改めて決めたんだ。

私、今の仕事を続けたい。やっぱりゲームの仕事がしたいんだ。

いろんな国に行って、色んなものを見てみたいし。魔石を地球に贈るのも、大事な仕事だと思う」

「……そうか。気を付けるんだぞ」

 

 父さんは心配そうだったけど、私の意志を尊重してくれた。

 

「リナ。やるなら、精いっぱいやってきなさい。

それで、疲れたらいつでもこの家に帰ってくるのよ。

そしたら、お母さんがいつでも美味しい料理を作ってあげるから。いいわね?」

「うん」

 

 私が頷くと、母さんは私の体をぎゅっと抱きしめてきた。

 くすぐったくて恥ずかしいけど、その愛情はとても温かかった。

 

 私はとても恵まれた、幸せな人間だ。

 いろんな人に助けられて、大切に思ってもらえている。

 

 だからこそ、私も色んな人たちに幸せを届けたい。

 マルデアにゲームを届けるのも、地球に魔石を届けるのも、きっと二つの星の魂を持つ私にしかできない事だと思う。

 そのために、今の仕事をがんばって続けていく。

 何より、自分が楽しいからね。

 私は決意を新たに、今日も会社へと向かうのだった。

 

 

 

 『テトラス&オールスターゲームス』は、発売から順調に好評を得ていた。

 やはりテトラスを中心に、子どもたちが夢中になって遊んでくれているようだ。

 

「はぁーい、サニアの攻略コーナーよ!

今回はスーパードンキューコングで困った時、ライフを増やす方法のご紹介!」

 

 サニアさんの公式動画も、しっかりと人気を伸ばしつつあった。

 コメント欄は、少年少女ゲーマーたちのコミュニティになっていた。

 

「俺、テトラスで10万点取ったよ」

「あたし、グラディアス全面クリアしたわ」

「僕なんか裏技コマンドなしだぞ!」

「サニアさん。まかいシティのクリア方法おしえて」

 

 彼らは自分の記録を自慢したり、質問を書き込んだりしている。

 といっても良い時で1000回再生くらいだから、まだまだゲーム機は普及してないんだけどね。

 

 スウィッツの販売も好調で、一万三千台のうち一万はすぐに売れ、その後も一か月で品薄になっていた。

 当然その分の収益が入り、一月の利益は300万ベルを超えた。

 

 少しして、日本から次の本体の出荷準備が出来たという通知があった。

 次は『ゼルドの伝承』の発売も予定されている。

 

「さて、そろそろ地球に行きますか」

 

 私がオフィスで出発の準備をしていると、サニアさんが声をかけてきた。

 

「それで、今回はどこの国へ行くの?」

「いつも通り国連と日本に行きますけど。その前にオーストリアへ降りるつもりです」

「オーストリア? 何かゲームあったかしら」

「確か、『オルとくらやみの林』のスタジオがありましたね」

 

 首をかしげるサニアさんに、フィオさんが指を立てて説明してくれた。

 オルとくらやみの林は、オーストリアのスタジオが開発したアクションゲームだ。

 開発者が日本のジヴリアニメから影響を受けていると発言しているだけあり、とても優しく幻想的なビジュアルを持っている。

 

 ただ、オーストリアに行くのはゲーム目当てじゃない。あくまで観光がメインかな。

 

 現状、主要な取引はニューヨークや東京、京都で行っている。

 今回も魔石を国連に運び、ゼルドを入荷するのがメインだ。

 

 ただどうせワープでランダムな場所に落ちるなら、新しい国に行って色々と見てみたいと思う。

 縮小ボックスを渡せば、訪問した国も喜んでくれるしね。

 

 それに、母さんが作った専門店を見て思ったんだ。

 商品も少ないあの店になら、ちょこっと地球の娯楽品なんかを置いてもいいんじゃないかなって。

 商売とも言えない小さな話だけど、まあ私の自己満足だ。

 

 オーストリアが誇るクラシック音楽は、長い歴史と普遍性を持っている。

 モーツァルトやシューベルトといった、誰もが知る音楽家を生み出した地だ。

 どうせなら、歴史豊かな国を観光がてら眺めてみたい。

 

「というわけです。なので、クラシックの聖地であるウィーンに行ってみる事にしました」

「ふうん、あんたも一応考えてるのね」

 

 サニアさんは腕組みをしながら偉そうに頷いていた。

 行先を決めた後で気づいたんだけど、オーストリアの公用語はドイツ語だ。

 そんなわけで、ウィーンに行くためにドイツ語をマスターするはめになった。

 何しろ日本に行く時に日本語を覚えた事になってるから、ドイツ語圏に行くときも覚えないとつじつまが合わない。

 

 難儀な設定を作ってしまったよね。

 マルデア人の記憶力が優れているとはいえ、ゼロからの言語学習はなかなかハードだった。

 ま、まあ、いずれドイツに行く時も使えるだろうね。

 

 

 さて、今回は魔石を一万三千個、縮小ボックスを百三十個購入し、輸送機に詰め込んだ。

 準備を終えた私は、毎度おなじみ魔術研究所の第三研究室へと向かう。

 

 今回はいつもの……、その、お安い方の使い慣れたワープルームだ。

 前のように目的地を正確に目指す事はできないだろう。

 

「ガレナさん。オーストリア国内でお願いします。国境は越えないでくださいね」

「うむ、わかっている」

 

 ガレナさんは自信満々に頷いた。

 まあ、彼女には色々と助けてもらったので、これ以上文句は言えない。

 ポンコツワープで頑張ってくれているんだ。

 もし何かあっても、私の力で何とかしてみせよう。

 

「では、健闘を祈る」

 

 ガレナさんがワープを起動し、私の姿はマルデアから消えた。

 

 

 

 

 

 

 次の瞬間、私はどこかの草原にいた。

 さて、ここはどこだろう。危険な場所ではなさそうだけど。

 

 帽子を目深にかぶり、周囲を観察する。

 目の前は、険しい山が視界を覆っていた。

 後ろを振り返ると、静かな田舎の風景が広がっている。

 建物はほとんど見えない。

 視線の先に、ぽつりと一軒家が立っていた。

 

 と、その家の方からピアノの音がした。

 奇麗な音だった。

 輸送機を引いて歩いていくと、開いた窓から音が広がっているのがわかった。

 こっそりと窓の中を覗くと、中で少年が演奏していた。

 

 私はここがどこか聞きたかったけど、邪魔をするのも何だ。

 しばらく、彼の様子を見ている事にした。

 

 するとピアノの音が止まり、少年がこちらを振り返った。

 

「誰かいるの?」

「あ、ごめんなさい。邪魔しちゃった?」

「ううん、邪魔じゃないよ。何か用?」

 

 彼は私を見ていたが、目は閉ざされたままだった。

 

「あの、ちょっと聞きたいんだけど。ここってどこかな」

「ここは、ハイリゲンシュタットだよ」

「それって、ウィーンの近く?」

「うん。郊外だよ」

 

 なるほど、今回はそう悪くなかったようだ。

 しかし、彼はこちらの目を見ようともしないし、私がリナである事に気づく様子もない。

 

「ありがとう。警察のオフィスとかって、どこかわかるかな」

「ごめん。僕、場所は教えられないんだ。目が見えないから」

 

 どうやら、予想通りだったらしい。

 



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第39話

 

 オーストリアの田舎町に降り立った私は、目の見えないピアノ弾きの少年と出会った。

 

「お姉ちゃんは、道に迷ったの?」

 

 少年は部屋の窓から顔を出し、目を閉じたままこちらを見上げる。

 

「うん。ウィーンまで行きたいんだ」

「だったら、うちで待ってればいいよ。お母さん、仕事で毎日市内に行くから。明日には連れて行ってくれるよ」

 

 そう言って、見ず知らずの私を家に入れようとする少年。

 ちょっと不用心だな、この子。

 

「……、私を入れていいの? 怪しい人だったらどうするの?」

 

 私が問いかけてみると、彼は悩むように顎に手を当てた。

 

「うーん、お姉ちゃんの声は怪しい人の感じじゃないと思うけど。

でも、そうだね。知らない人を家に入れちゃいけないってお母さんも言ってたし。

じゃあ、僕が出るよ」

 

 と、少年は突然窓からよじ登るようにして外に出てきた。

 草原に座り込むと、彼はニコリとほほ笑んだ。

 

「僕、退屈してたんだ。ずっとピアノの練習ばっかりしててさ。お母さんが帰るまで、一緒に話そうよ」

「う、うん。いいけど」

 

 こうなったら、ここでこの子と母親を待った方がいいかな。

 そう思って、私は少年の話を聞く事にした。

 

 

「僕はルーカスだよ」

「私はリナ」

 

 こちらが名乗っても、ルーカスは私が宇宙人だとは気づかないみたいだった。

 なんだかそれが気楽に思えて、私は彼と沢山話をした。

 

 ルーカス君は、どこにでもいるような普通の少年だった。

 彼のする話は、気に入っているロックバンドの事とか。

 yutubeで人気者のトークを聴くのが面白いとか。学校の友達の話とか。

 そんな庶民的な話を、楽しそうに喋っていた。

 

「ママはさ。僕がりっぱなピアニストになると思ってるんだ。

目が見えない分、音を聴き分ける才能があるって言ってる。

だから高いピアノを買って、五歳の時から音楽の教師を雇ってるんだ」

「へえ、すごいね」

 

 クラシック系の演奏家になるには、幼少期からトレーニングを施すのが常識らしい。

 彼の母も、その道を歩ませようとしているのだろう。

 でも、彼はちっとも嬉しくなさそうに首を横に振った。

 

「凄くないよ。僕、コンクールにも出たけど、賞を取るどころか上位にも入ったことがないんだ」

「それは、まだ若いからじゃない?」

「ううん、小学生のコンクールだから、上位に入らなきゃ将来プロになれないって言われてる。

僕わかってるんだ。去年から全然うまくならない。

毎週来る教師の人が『あまり向いてないな』って呟いたの、聴こえたんだ。

でも高いお金は払ってるから、教師の人はママにはいい顔するんだ。

いずれ上手くなりますよって言って。でも、もうあんまり楽しくないんだ」

「……」

 

 ルーカス君は顔を落として、自分の両手を合わせる。

 そうか。この子が退屈そうにしていたのは、そういう事だったんだ。

 

「ママはベートーベンが好きなんだ。

ベートーベンは昔この町で暮らしてて、耳がほとんど聞こえないのに作曲をしてたんだって。

だから、僕にもできるって言ってた。きっと夢はかなうって。

でも僕ね。ピアニストになるの、別に夢じゃないんだ。それに、最近なりたい仕事ができたんだよ」

「なりたい仕事?」

「うん。僕ね、店員さんになりたいんだ」

 

 少年は、打って変わって嬉しそうに言った。随分と漠然とした仕事だな。

 

「店員さん?」

「うん。店員さんは、いっぱい色んなお客さんと話してるから。僕、たくさん人と話したいんだ。

話すのって、とっても楽しいよ。今もお姉ちゃんと話してて、凄く楽しい。そう思わない?」

「うん。私も楽しいよ」

「でしょ? 僕、お菓子屋さんがいいなあ」

「甘いものいっぱい食べられるから?」

「当たり! あははは」

 

 ルーカス君が楽しそうに笑うので、私も楽しくなって笑った。

 

 私たちは、それから色んなお店の話をして過ごした。

 明るい話の方が、彼も嬉しそうに話すから。

 そして日が暮れて辺りが暗くなってきた時、遠くから車の音がした。

 

「あ、ママだ」

 

 どうやら、母親が帰ってきたらしい。

 ルーカス君は家の壁を手繰りながら、表の方へと向かった。

 

「ママ、お帰りなさい」

「ルーカス……。あなたなんで外にいるの? 危ないからあまり出歩いちゃダメって言ったでしょう」

 

 母親は、息子の様子に驚いているようだった。

 

「ちょっとね。お友達とお話してたんだ」

「そう、家の周囲から離れちゃダメよ。それより今、国中で捜索が出てるのよ」

 

 スーツ姿の母親は、少しそわそわしているようだった。

 

「そうさく?」

 

 ルーカス君が首をかしげると、母親は頷く。

 

「ええ。今日リナ・マルデリタがマルデア星からウィーンに来る予定なんだけど。

地球に来る時は毎回どこに落ちるかわからないらしいのよ。

うちのあたりに来てないか見てくれって言われて。もし会えたら、ルーカスの目を……」

 

 そこまで言ったところで、彼女は私を見つけたようだ。

 

「……まさか、あなた……」

 

 こちらを見て目を見開く母親は、私の姿を知っているらしい。

 

「はい、リナ・マルデリタです。この近くに落ちてしまいまして、お邪魔しています」

 

 私が頭を下げると、母親は勢い良くこちらに駆け寄ってきた。

 

「息子のところに来てくれたの!?」

「え、ええと……。それはどういう……?」

 

 後ろに一歩後ずさりながら問いかけると、彼女は私から身を引いて頭を下げた。

 

「ご、ごめんなさい。その、リナは毎回、困っている人の所にやってくると聞いていたから。その……」

 

 母親は言いにくそうにルーカス君を見下ろす。

 その意味するところは、なんとなくわかっていた。

 なら、今はその『困ってる人の所にやってくる』設定を守るべきだろう。

 

「ええ。ルーカス君に出会ったのは、偶然じゃないと思います。

でも、一応お母さんの許可をもらわないといけないので」

「……許可?」

 

 ぽかんと口を開けた母親に、私は頷いて続ける。

 

「はい。目が見えない事で、優れた聴覚が得られるとおっしゃっていたそうですね。

ルーカス君の目を治せば、もしかしたら彼のピアニストへの道を邪魔する事になるかもしれません。

あなたは、どうして欲しいですか?」

 

 母親はこの子のために、幼少期から英才教育を施してきた。

 母子家庭だ。自分でそのための金を稼いで、息子に人生を注いだのだろう。

 それがどれだけ大変だったかは、私にはわからない。

 でも、一応聞いておくべきだと思った。

 

 私が問いかけると、母親はその場に膝をつき、崩れ落ちた。

 そして、絞り出すようにして言った。

 

「……。お願い、ルーカスを治してあげて。

この子は、別にピアニストになりたがってるわけじゃないの。

普通の仕事は難しいと思ったから、私が無理にレッスンさせていただけなの……」

 

 どうやら、母親もわかっていたようだ。

 息子の心の内側を。

 ルーカス君の夢が、別の方向に向いていた事を。

 

「わかりました」

 

 私が頷くと、ルーカス君が不思議そうにこちらを見上げる。

 

「お姉ちゃん、宇宙人のリナ・マルデリタなの?」

「うん、そうだよ」

「なら、お姉ちゃんが魔法使いってほんとなの?」

「ふふ、証明してあげようか。ちょっとごめんね」

 

 私は輸送機から魔石を一つ取り出し、彼の顔に手を当てる。そして、魔力を込めて念じた。

 

「かの者の目に、生命の力を」

 

 すると私の手から光が溢れ、ルーカス君の目を包んでいく。

 

 光が消えたところで、私は手を離した。

 

「なに? なんか、へんな感じだよ」

 

 顔を手で抑えるルーカス君は、違和感を覚えているようだ。

 辺りは暗いし、ここで目を慣らしても大丈夫だろう。

 

「手をどけて、目を開いてごらん」

「へ?」

 

 ルーカスは恐る恐る手を下ろし、瞼を上げる。

 

「え……。み、見える。おねえ、ちゃん?」

「うん。でも私より、お母さんはこっちだよ」

 

 私はルーカス君の体を掴み、顔を母親に向けてやる。

 

「ルーカス、あなた……」

「ママ。見えるよママ……」

 

 ルーカスの目から大粒の雫が溢れ出していた。

 

「ルーカス……。ああ、よかった」

 

 母親はルーカス君を抱きしめ、少年も母を抱きしめた。

 

「ママ……。空ってこんなにきれいなんだね」

 

 母の腕の中で、少年は広大な夜空を見上げる。

 

「ええ、世界はとってもきれいよ。リナさんに沢山感謝しないといけないわね」

「うん。お姉ちゃん、ありがとう。お母さんもありがとう」

 

 少年は、目を潤ませながらそう言った。

 母親はルーカス君の髪を撫で、慈しむように見下ろす。

 

「これから一緒に、いろんなものを見ましょう。

店員さんになりたいなら、色んなことを知らなきゃいけないわ」

「うん」

 

 二人は微笑み合い、未来について語り合っていた。

 

 

 

 



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第40話

 

 

 その後。

 ルーカス君のお母さんはすぐに警察に連絡を入れ、私の事を報告していた。

 ウィーンからの迎えを待つ間、私は二人の家に歓迎を受けた。

 

「あれだけしてもらってろくにお礼もできないけど、せめて夕食だけでも食べていってね」

 

 母親は、私のために特製のシチューを作ってくれた。

 

「ありがとうございます。いただきます」

 

 温かいスープを口にすると、心も落ち着く。

 私が食事をしていると、お母さんが対面に腰かけた。

 

「ルーカスが接客の仕事に憧れてたのは、私もわかってたわ。

ただあの目じゃ難しいと思って、目がハンデにならない能力を身につけさせようとしたの」

「それがピアノだったんですね」

「ええ。でも、それもきっと無茶だったのね。

あの子にも出来る仕事を探してあげる方がよかったかもしれないわ」

 

 顔を落とす母親は、これまでの事を後悔しているようだった。

 

「ルーカス君は、人と話すのが好きみたいですね」

「ええ。普段はとても明るい子なの。学校では友達もたくさんいるわ。

でも私がレッスンで縛ってたから、あまり遊ばせてあげられなかったけどね。

あの子を暗い顔にさせてしまっていたわ」

 

 そんな話をしていると、リビングからルーカス君の声がする。

 

「ママ。凄いよ、暖炉の火ってこんな風に燃えるんだね!」

 

 彼にとっては、これから沢山の素敵な発見があるだろう。

 私がニンマリとそれを見守っていると、外から騒がしい音がした。

 さて、首都に向かう時間のようだ。

 

 

 

 

「ありがとうね!」

「ありがとうお姉ちゃん、ばいばい!」

 

 

 ハイリゲンシュタットの親子と手を振り、私を乗せた車はウィーンに向けて走り出した。

 

「申し訳ない、少しお迎えが遅くなりました」

 

 隣に腰かけたオーストリア警察の男性が、かしこまったように頭を下げる。

 

「いえ、来て頂いて感謝します」

「本日は首相と会食の予定でしたが、遅くなったので市内のホテルへ向かいます。ゆっくりとお休みください」

「ありがとうございます。その、予定を変えてしまってすみません」

「いえ、こちらこそあの家の息子さんの事は感謝しています。しかし、ドイツ語がお上手ですな」

 

 どうやら彼はルーカス君の知り合いらしく、ニコニコと微笑んでいた。

 そうなると、あの母親は警察関係者だったんだろうか。

 私の捜索を手伝ってると言ってたし、そういう仕事なんだろう。

 予想を巡らせていると、車はホテルへと辿り着いた。

 

 いつものように最上階スイートルームへと案内されてしまった私は、疲れてすぐに眠りについたのであった。

 

 

 

 翌朝。

 私はさっそく恒例のオーストリア政府への訪問に向かった。

 均等な建物に囲まれた街を進み、首相官邸に車を止める。

 中に入ると、首脳陣が揃って歓迎してくれた。

 

「ようこそオーストリアへ。ミス・マルデリタ」

「温かい歓迎、感謝いたします」

 

 ここの首相は結構若いイケメンの男性だった。

 私がドイツ語で挨拶をすると、彼は驚いたように目を見開いた。

 

「ほう、素晴らしい発音ですね。わざわざ言葉を覚えてくださったのですか」

「ええ、オーストリアの文化を知りたいと思いまして。ウィーンの歴史的なクラシック音楽を聴かせて頂けるという事で、楽しみにしています」

「ええ、是非とも最高の環境で楽しんで頂きたい」

 

 こちらのドイツ語トークに、高官たちは好印象を抱いてくれているようだった。

 まあ、頑張って覚えたからね!

 

 それから縮小ボックスを四十個渡して、政府との取引は終わった。

 

 午後は、歴史あるホールで歌劇を聴いたりオーケストラを聴いたりして過ごした。

 いやあ、凄いね。生のオケと歌は。きっと優れた演奏者や歌手が集まっているんだと思う。

 

 特に印象的だったのは、ベートーベン交響曲第九番。

 歓喜の歌だった。

 

 会場全体に響き渡る合唱は、凄まじい力を感じた。

 生命エネルギーの塊というんだろうか。

 そういうものを、生で大量に浴びたような感覚だった。

 魔法じゃないのに、魔法みたいだった。

 人類が作り出したものは、本当にすごいんだね。

 

「マルデリタ嬢、いかがでしたかな」

「ええ、素晴らしかったです。地球の底から湧き上がるような音楽の力でした」

 

 実はベートーベンはドイツの生まれである。

 だが、彼の音楽家としてのキャリアはウィーンでのものだった。

 二十代からは難聴に陥りながらも傑作を作り続け、音楽の歴史に大きな影響を与えた。

 ルーカス君と出会ったハイリゲンシュタットに住んでいた事もあったそうだ。

 そのあたりは案内の人からものすごい説明を受けた。

 そりゃお母さんもベートーベン好きになるよ。

 地元のスターだもんね。

 

 オーストリアの文化を浴びるように楽しんだ後、私はホテルに戻った。

 

 もはや慣れてきた大ベッドの上で、テレビを眺める。

 ちょうどオーストリアのニュース番組が放送されていた。

 

「リナ・マルデリタさんがオーストリアに初訪問です。彼女は首相と会食した後、ウィーンの音楽を聴いて過ごしたそうです」

 

 キャスターの眼鏡をかけた女性がニュースを読み上げると、隣の男性が嬉しそうに手を合わせる。

 

「いやあ、ようやく来てくれたという所だね」

「ええ、今回リナ・マルデリタさんが降り立ったのは、ウィーン郊外にあるハイリゲンシュタットです。

現地で彼女に出会い、目を治療してもらったという少年の映像がございます」

 

 と、画面が切り替わる。

 そして現れたのは、なんとルーカス君だった。

 カメラの前ではにかむ彼に、インタビュアーが声をかける。

 

「マルデリタさんは今、ウィーン市内にいます。この番組を見ているかもしれません。彼女に向かって何か言ってあげてください」

 

 すると、ルーカス君はカメラを見て言った。

 

「魔法使いのお姉ちゃん、ありがとう。僕、きっとお菓子屋の店員さんになるよ!」

 

 その映像に、キャスターたちは笑みを浮かべている。

 

「どうやら、彼女の噂は本当のようです。オーストリアでも困った子どものところに来て、魔法で助けてくれましたね」

「我が国に幸福をもたらしてくれたのは、間違いないようだね」

 

 おじさんも『心が温まったぜ』みたいな顔をしてる。

 

 またワープに変な定説がついてしまった。

 まあいいや。今日は疲れたよ。

 私はテレビを消し、ベッドに横になった。

 

 

 

 さて、これでオーストリアの旅は終わりである。

 私はすぐに空港へ向かい、国連本部へと飛ぶ事になっていた。

 

 だが、ここで予定にない事態が起きた。

 移動中に国連から連絡が入ったのだ。

 

「北米の東海岸沖に発生した大型のハリケーンが近づいている。

ニューヨークに直撃する可能性が高く、被害が高まる恐れがある。

これまでに貯めた魔石を使って何とか排除する事はできないか」

 

 これまで順調に地球との貿易を続けてきたけれど。

 ここで、とうとう来るべき時がやってきたようだ。

 

 ついに、災害への対処要望が来たのだ。

 これまでに国連に収めた魔石と私が今持っている量を合わせれば、魔石の総数は三万強といったところだ。

 それなりに広範囲への対処が可能な量だ。

 大災害には百万以上の魔石が必要だが、今回は毎年世界中で発生しているハリケーン。

 日本で言えば台風である。

 災害としては中規模。数万の魔石があれば対処可能とされる範囲だ。

 

 あちらとしては、まずは国連のお膝元で試そうという事だろうか。

 本当に対処できるのか、私を試している部分もあるだろう。

 ならば、真向から証明してみせるしかない。

 

 とはいえ災害は災害だ。

 ハリケーンは高い位置の風が強く、大都市の高層ビルに大きくダメージを与えるという。

 そのほか、高潮や吊り橋などの被害も受けやすく、被害が増大する。

 当然、死者も少なからず出ると予想されていた。

 

 これは単なる魔石のテストではない。

 失敗すれば、犠牲が生まれる。

 

 私は心臓が跳ね上がるのを感じながら、チャーター機で東海岸を目指した。

 



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第41話

 

 

 ニューヨークへ近づいているというハリケーン。

 その災害対処に、私は初めて取り組む事になった。

 

「ハリケーンの進路と、上陸位置は?」

 

 通話しながら確認すると、軍人の声が耳に響いてくる。

 

「メリーランド州のオーシャンシティから上陸し、北上してニューヨークへ向かうと思われます」

「ではオーシャンシティへ向かいます。国連が保有している、今までに集めた魔石を全てそこに集めてください」

「了解しました」

 

 私はすぐに用意されていたチャーター機で東海岸まで飛び、メリーランド州へと向かった。

 オーシャンシティは名前の通り、海岸沿いにあるリゾート地だ。

 だが明日にはハリケーンがこの街に来るという事で、浮ついたようなムードはない。

 私はすぐに町の警察署へ案内され、打ち合わせに入る事になった。

 

 署内はピリピリとした雰囲気で、私が入ると警官たちは少し驚いていた。

 だが、そこは本職だ。こちらにキビキビと敬礼し、中を案内してくれた。

 

 会議室で話す事になったのは、黒髪の女性だった。 

 

「危機管理庁のシャロン・ニコルスよ。あなたがリナ・マルデリタさんでいいわね」

 

 ニコルスさんと名乗ったスーツ姿の女性は、私を観察するように眺める。

 

「はい。よろしくお願いします。魔石は用意できましたでしょうか」

「ええ、全て専用のトラックに詰め込んであるわ。あなたが今回持ってきてくれたものと合わせれば三万一千弱。

この数は、今回の大型ハリケーンの対処としてはどうかしら?」

「魔石だけでは少し心もとない数字ですが。私の力も合わせて何とかなると思います。進路の方は?」

「この街に明日の午後二時には上陸する予想よ。あなたの身の安全については、米軍が万全の体制でサポートするから安心して。

ただ正直言って、ハリケーンを消すなんて信じられない話だけど……」

 

 やはり人類の常識から言って、台風を消すという行為は考えられないのだろう。

 ニコルスさんは不安げに私を見下ろす。

 

「マルデアでは常に危険な災害の種を排除する部隊がいます。私一人では不安かもしれませんが、魔石があれば何とかなります」

「そう。そうね。あなたの言葉を信じる他ないわ。それに、あなたは危険を冒して地球人のためにわざわざここに来てくれたんだもの。それだけでも、感謝すべきね」

「そう言っていただけると嬉しいです。ただ大丈夫だとは思いますが、避難準備の方もお願いします」

「もちろん、それはしっかり手配しているわ」

 

 話し合いが終わり、次は災害対策の部隊と細かく話し合う事になった。

 今度は、軍人たちとの打ち合わせだ。

 

「マルデリタ嬢。まず伺いたいのですが、魔法を使う上で我々がサポートできる事はありますか」

 

 装備に身を包んだ黒人の男性が、私を見下ろす。

 

「魔術行使においては、私にお任せください。魔石だけを用意してくだされば、あとは私がやります」

「魔石の設置場所は?」

「なるべく上陸を正面から受け止められるような海岸付近が望ましいです」

「つまり、屋内からの使用はできないという事ですか」

「はい。直接空に向けて放つ必要があります。ただ、ハリケーンの直撃を待つ必要はありません。この町が暴風域に入る前に排除します」

「わかりました。すぐにこちらで場所を定め、魔石を運びましょう」

 

 打ち合わせが終わると、部隊の人たちはすぐに動き出した。

 私は署内でハリケーンの進路を確認しながら、朝まで休みを取る事にした。

 

 

 そして、翌日の午前八時。

 警察署の前には、災害対策部隊の大きな車が何台も止められていた。

 ハリケーンの暴風域に入っても耐えられるような、丈夫な大型車だ。

 

 私はその一台に乗せられ、部隊とともに海岸へと向かった。

 魔石の運搬には収縮ボックスが使われているようだ。

 三万個の魔石が三つのボックスに分けて納められ、厳重にロックされている。

 縮小ボックスはまだ貴重品だから、こういう所で使われているのだろう。

 いずれもっと広まれば一般的に使われるようになるだろうけど、それはまだまだ先の話だろう。

 

 海岸に着くと、海は既に荒れているようだった。

 その海岸は高く、浸水のない場所を選んだようだ。

 風は強くなっていた。

 

「では、魔石の配置に入ります。位置は、このあたりでよろしいでしょうか」

「はい、お願いします」

 

 私が頷くと、部隊の男たちがボックスを持って海岸に出て行く。

 しっかりと訓練しているのだろう。縮小されていた魔石が、手際よく積み上げられていく。

 

 これだけの量の魔石を地球に持ち込んだ時点で、災害排除に必要な事の九割は終わっている。

 マルデアの人たちを笑顔にしたゲーム貿易で、ここまでの数を用意する事ができた。

 まだまだ駆け出しだけど、ここまでの私たちの努力の結晶と言えるものだ。

 

 残りの一割は、正確なタイミングで私がしっかり魔術を行使する事だ。

 ガレナさんやスカール氏、沢山の人たちの協力と思いが詰まっている。

 だから、ちゃんと成功させる。

 

 私は、風の強まりを肌で感じながら、その時を待った。

 

「このあたりには既に避難指示が出ています。我々も安全ではない」

 

 部隊長が、私の傍で呼び掛けてくる。

 

「わかりました。もう少しだけ待ちます」

 

 もう一時間ほど待つと、かなりの強風が体を叩きつけてきた。

 どうやら、ハリケーンが来たようだ。

 

「マルデリタ嬢、これ以上待つのは危険です」

「了解しました。では魔術を行使します」

 

 私は前に出て、積み上げられた三万の魔石の前に立った。

 手を前にかざし、できるだけの魔力を込める。

 

「願いの力よ。眼前に立ちはだかるは、強き風の渦。恐るべき厄災から我らを救いたまえ」

 

 呪文の言葉と共に、巨大な魔石の塊がキラキラと輝き始め、空に広がっていった。

 風で唸る空が、大きな光で覆われていく。

 海岸から広がる景色全体が、魔術で支配されていくようだった。

 

 手元にあった魔石の山は恐るべき勢いで溶け、宙に消えていく。

 すると、その直後。

 

 槍のように強かった風が、フワリとやわらかくなった。

 激しい気象が、突如穏やかな雰囲気になってしまった。

 

「な……」

「強風が、止んだ……!」

「まさか、本当にハリケーンが消えたのか!」

 

 部隊の男たちは信じられないといった様子で、海の向こうを観察している。

 

「完全に消えたわけではないと思います。ですが、かなり小規模なものになったでしょう……ふう」

 

 私はため息をつき、その場に座り込む。

 久しぶりに、かなり魔力を消費した。

 

「マルデリタ嬢っ」

 

 私が崩れ落ちたのを見て、部隊長が駆け寄ってきた。

 

「あ、大丈夫です。疲れただけですから」

「そ、そうですか。ともかく、あなたの仕事は終わったのですね」

 

 確認の言葉をかけてくる部隊長に、私はしっかりと頷いてみせた。

 

「ええ、あとはハリケーンの気流がどうなったか、確認が必要ですが」

「ならば、まずは安全な所まで戻りましょう。確認はそれからでいいでしょう。失礼します」

「わっ」

 

 私は部隊長に抱き抱えられ、車の後ろにある寝台に寝かせられた。

 

「あの、ほんとに大丈夫ですけど」

「あなたが病気にでもなったら、私の立場がありません。安静にして頂きたい」

「は、はあ」

 

 どうやら、休ませてもらえるようだ。

 それから、すぐに町の警察署へと戻る事になった。

 

「す、すごいわ。本当にハリケーンが消えてしまうなんて」

「魔石の力は本物だったのか……」

 

 危機管理庁の人たちは、観測していた激しい気流が穏やかになっていた事に驚いていた。

 署の警官たちも、何をどう信じて良いのかわからないような、不思議な雰囲気だった。

 

 

 災害排除の成功は、衛星がしっかりと観測したらしい。

 そのニュースは、テレビなどですぐさま世界に報じられた。

 

「ニューヨークを目指していたハリケーン三号が、オーシャンシティの前で突如、ほぼ完全に鎮静化しました

政府の発表によりますと、マルデア星の大使であるリナ・マルデリタ氏が、三万の魔石を用いてこれを排除したという事です」

 

 昼のトークショーでも。

 

「これは本当なのでしょうか。本当に災害が魔石によって排除されたなら、これは地球史上初となる快挙です」

 

 討論番組でも。

 

「衛星が追いかけていたハリケーン三号はほとんど消えてしまいました。残ったのは強風程度という事です。

テレビをご覧の皆様、これは紛れもない事実です。本当に災害が消されたのです!」

 

 映画チャンネルでも。

 

「魔石の力が証明された瞬間です。マルデアが運ぶ奇跡の石は、確かに災害を排除する力を持っていた。リナ・マルデリタの魔法が、地球の脅威を消し去ったのです」

 

 スペースチャンネルでも。

 

「国連は午後にも記者会見を行う予定で、事務総長自らハリケーンの消滅について説明を……」

 

 どこのチャンネルも、この話題しかなかった。

 

「す、すごいですね。みんな喜んでる」

 

 私がモニターを眺めながら呟くと、ニコルスさんは肩をすくめた。

 

「当然よ。あなたは人類が悲願し続けた、誰も成しえなかった事をやってのけたのよ。

こんな歴史的瞬間に立ち会うだなんて、私も運がついてるのかしらね」

 

 彼女は力が抜けたように椅子に座り込む。

 警察の方々はというと、みな静かに私の姿を見守っているようだった。

 

 ニコルスさんは気を取り直したように立ちあがり、こちらに手を伸ばした。

 

「リナ・マルデリタさん。感謝するわ。

あなたは災害から我々を守り、地球の未来に大きな希望を与えてくれた」

 

 私は彼女の手を握り、握手を交わした。

 すると、警察の人たちから大きな拍手が起きた。

 

 なんというか、照れる瞬間である。

 

 



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第42話

 

 オーシャンシティに近づいたハリケーンを鎮めた後。

 私はしばらく警察署の医務室で休ませてもらった。

 

「あの、別に大したことないんですけど……」

 

 私の言葉にも、医師の先生は首を横に振る。

 

「君に何かあっては困るからね。宇宙人の健康状態はわかりかねるが、安静にするに越した事はない」

「はあ……」

 

 なんか色々と気遣ってくれているようだ。

 魔力使って疲れただけなのに。マルデアなら帰って寝てろと言われる程度の話だよ。

 

 まあお言葉に甘えて、ゆっくりとベッドに横になってよう。

 ぼんやりとテレビを見ていたら、国連の記者会見が始まった。

 

「今回のハリケーンの鎮静化について、世界中の人々に向けて説明させてもらいたい」

 

 国連トップである事務総長の発言に、メディアのカメラが光る。

 

「二日前。大型のハリケーンがニューヨークへ進路を向けたと予測がなされ、その危険度が高まった。

我々はすぐ、ウィーンに滞在していたリナ・マルデリタへ災害排除の依頼を出す事に決定した。

国連は既に三万の魔石を有しており、彼女はそれを使用してオーシャンシティにおいてハリケーンを対処した。

我々は地球の歴史上初めて、大規模な災害を人為的に鎮圧する事に成功したのだ」

 

 淡々とした総長の説明に、報道陣から声が上がる。

 

「失礼ですが、本当に排除がなされたのでしょうか。

我々には実感として得たものがなく、上陸前に排除されたと言われても喜んでいいのかわからない部分があります」

 

 事務総長は怒るでもなく、むしろ嬉しそうに頷いて続ける。

 

「うむ、当然の疑問だろう。事実は事実であるが、遠く離れたみなさんにはまだ信じる事が難しいかもしれない。

そこで、現地の実行部隊が撮影した災害排除の模様をご覧いただきたい」

 

 その言葉に、メディアがざわつく。

 背後のモニターで、映像が流れ始めた。

 

 海岸の映像だった。

 海は荒れており、ゴウゴウと風の強い音がしていた。

 近くには透明な石が山のように積み上げられている。

 

『このあたりには既に避難指示が出ています。我々も安全ではない』

『わかりました。もう少しだけ待ちます』

 

 画面の中に部隊長と私が現れ、海を見据えて話し合っていた。

 どうやら、あの時の映像らしい。

 少しして、風が吹き荒れ始めた時、桃色の髪をした少女が前に出た。

 

『ewtres oihaot roia akeae』

 

 少女は前に手をかざし、地球の言語ではない言葉をつぶやく。

 すると、大量の魔石から溢れる光が空に飛び上がる。

 魔石は消えてなくなり、少しすると風が穏やかになった。

 

『強風が止んだ』

『まさか、本当にハリケーンが消えたのか』

 

 部隊の人たちが声を上げると、少女はその場に座り込んだ。

 先ほどまでの強風は消えてなくなり、目の前には穏やかな青空が広がっていた。

 

 そこで、映像が終わった。

 

「これが災害排除の一部始終である。魔石の力はハリケーンをも打ち消すものだった。

マルデアは宣言通り、地球の厄災を消してみせたのだ。我々は地球人類の代表として、彼らに感謝したい」

 

 胸に手を当てる事務総長を後目に。

 報道陣はモニターで繰り返されるその模様を眺めていた。

 

 

 

 世界中が、喜びに包まれていた。

 それは、SNSの大騒ぎだけを見てもわかる。

 

xxxxx@xxxxx

「本当に魔石が、災害を打ち消したんだ……」

xxxxx@xxxxx

「リナ・マルデリタが偉大なヒーローに重なって見えたよ。いや、実際そうなんだろう」

xxxxx@xxxxx

「ありがとうリナ! みんな無事でよかったよ」

xxxxx@xxxxx

「まるで映画のワンシーンみたいだったけど、あれはリアルなんだよな」

xxxxx@xxxxx

「どうしよう、鳥肌が止まらない」

xxxxx@xxxxx

「歴史的な瞬間だ。人類は初めて、完全な意味で災害に打ち勝った」

xxxxx@xxxxx

「これでもう怯えなくていいの?」

xxxxx@xxxxx

「ありがとうマルデア! ありがとうリナ!」

 

 テレビでも、スーツを着た大人が笑顔でニュースを読んでいる。

 

「今回、大型のハリケーンが排除され、国連が災害排除の第一歩を踏み出しました。

今日はまさに人類の歴史が塗り替えられた瞬間です。地球は今、喜びに包まれています」

 

 興奮冷めやらぬ様子のアナウンサーに、隣に腰かけた男性も笑みを抑えきれない様子だ。

 

「いやあ、これまで半信半疑ではありましたが。本当に実現したんですね」

「ええ、見ましたかリナ・マルデリタの魔法を。あれは正に奇跡でした」

「まるで子どもの頃、映画でヒーローの活躍を手に汗握って見つめていたような気分でしたよ。

マルデアは我々にとんでもないものをもたらしてくれましたね」

「地球の未来が一気に明るく輝いて見えるような気がします。本日六月十三日は、我々人類にとって特別な日になるでしょう。

みなさん、今日はともに喜びましょう!」

 

 

 

 オーシャンシティでも、人々がお祭り騒ぎのようだった。

 仕事を放り出し、ハイタッチして踊っている人たちが見える。

 マルデアにとっては日ごろから当たり前にやっている災害排除が、地球ではこんなに大きな事だったとは。

 頭ではわかったつもりでいても、その目で見るとやはり驚かされる。

 

 

 私はその日一日医務室で休み、翌日にニューヨークへと向かう事になった。

 

 移動中、警察たちの私に対する扱いが二段くらい上がったような気がする。

 なんかもう、めっちゃ敬礼してくるんだよ。

 

「すみません、ちょっとのどが渇いたんですけど」

「イエス、マァム!」

 

 みたいな感じでね。

 これまでは政府指定の保護対象という感じで、なんか珍しい動物を見てくるような雰囲気だった。

 でも今は。

 

「何なりとお申し付けを!」

 

 みたいなノリだ。緊張とか敬意みたいなものを感じるようになった。

 多分、私が災害排除を実行した張本人になってしまったからだろう。

 

 

 国連本部に向かうと、大統領が駆けつけてきていた。

 私を見ると、彼はひときわ上機嫌に握手を求めてきた。

 

 それから外交官たちと軽く話をして、ホテルを取ってもらった。

 魔石は全て使ってしまったので、取引は収縮ボックスを六十個渡して終わりになった。

 

 

 

 

 一夜明けて、私はすぐにFBIコンビと再会し、チャーター機で日本へと向かった。

 

「凄かったわ、私、何度もあのシーン見返しちゃった」

「ああ。胸が熱くなったよ。ありがとう、リナ。地球人として感謝するよ」

 

 ジャックとマリアも私の映像を見ていたようで、興奮したように話しかけてきていた。

 しばらくはこんな感じが続くのだろうか。

 

 日本でも、かなり盛り上がっているようだ。

 

「リナ・マルデリタがハリケーン対処の直後に来日!」

 

 そんな見出しのニュースが流れていた。

 羽田空港のターミナルには、大きな垂れ幕が出ていた。

 

『リナ・マルデリタさん。希望をありがとう!』

 

 永田町に向かう途中、テレビを確認する。

 

「魔石の力が証明された後にマルデリタさんがまた来日という事で、国民は大いに盛り上がっています。

増田さん、政府とマルデアの関係性についてはいかがでしょう」

 

 司会の質問に、専門家ポジションの男性が頷く。

 

「今のところ、日本はマルデアと良好な関係を築けていると言えます。

ですが、我が国の国交はゲームの取引に依存しています。

今後強い関係性を結ぶためには、ゲーム貿易の継続的な成功も重要ですが、他の取引も必要ではないでしょうか」

「そうですね。リナ・マルデリタさんは最近では文学や音楽に対して強い関心を抱いているという話もあります。シェイクスピアの劇やウィーンの交響楽を高く称賛したという話です」

「ええ、日本の文化もアピールできるといいかもしれませんね」

 

 文化か。

 確かに、日本には豊かな幅広い文化がある。

 でも私から見れば、ゲームが日本を代表する文化なんだけどね。

 

 まあいずれは別の物も考えるけど。

 今は大事な新作が待ってるからね。

 



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第43話

 車に乗せられてやってきたのは、Nikkendoの東京支社だ。

 私はすぐに会議室へと向かい、ソフトの最終確認に入った。

 

「これが、マルデア向けゼルドのパッケージですね……」

「ええ、ようやく発売まで来ましたね」

 

 ついに、マルデアローカライズ版『ゼルドの伝承』の完成である。

 

 ファミコム時代からアクションゲームの最前線を切り開いてきた、この名作シリーズ。

 その最新作は、オープンワールドというジャンルを取り入れて広大な世界を作り出した。

 

 遠くに見える美しい夕焼けに向かって、どこまでも飛んでいく。

 険しい山を登り、どこかに隠れているダンジョンを探す。

 まるで自然の息吹を感じているようなゲームだ。

 

 開発者たちは時間をかけて細かい調整を詰め、出来る限りのことをやってくれた。

 

 さすがに最後という事もあり、このゲームの中核スタッフが集まっていた。

 ディレクターやプロデューサーの姿もある。

 

 この面々の前で、私は国連本部にいる時より緊張しながら販売について話した。

 

「今マルデアでは、玩具屋を中心に子どもたちとその親がメインになってスウィッツを遊んでくださっています。

大人に人気の高いゼルドの投入でどう変わるかはわかりませんが、市場を広げるには幅広い層へのアピールが重要となります。

ガレリーナ社として全力で営業していきますので、よろしくお願いします」

 

 私が頭を下げると、彼らはなぜか顔を見合わせて笑いだした。

 

「な、何か失礼なことを言いましたでしょうか」

 

 慌てて私が問いかけると、奥の席の男性が笑いながら言った。

 

「いやね。こないだリナさんがハリケーンを消したニュース見た所だから。

僕らももちろん、君が魔法を使った時の映像を見たよ。

リナさん、もう歴史的な英雄でしょ。そんな人が若手の営業みたいに頭下げてくるもんだから、ちょっと驚いてね」

 

 ああ、そういう事か。

 どうやらテレビで見た私とのギャップを感じているようだ。

 

「あ、あはは。そうですね。でも、ゲームが好きな気持ちは変わりませんから。このソフトに込められた想いは、少しは理解しているつもりです」

「そう言ってくれると嬉しいね。じゃあ、よろしくお願いします」

 

 握手を交わし合い、私たちは挨拶を終えた。

 ゼルドはこの会社の優れたスタッフが集まり、時間をかけて制作されるそうだ。

 彼らの努力と期待を背負い、私は東京支社を出た。

 

 

 最後は車で郊外の倉庫に向かい、いつものように荷物の受け渡しだ。

 変換機の部品を渡した後、二万台のスウィッツと一万本のゼルドを輸送機に入れる。

 ソフトなどの補充分も受け取り、今回の日本での作業は終わりだ。

 

「では、失礼します」

 

 腕のデバイスを起動すると、私の姿は地球から消えた。

 

 

 

 マルデア星に戻った私は、輸送機を引いてすぐにガレリーナ社へと戻った。

 

「ついに来たのね」

「き、緊張します……」

「うむ。いいパッケージだ」

 

 会社のオフィス。

 サニアさんにフィオさん、ガレナさんの三人が、ゼルドのパッケージを取り出して呟いた。

 

「ようやく現物が入ったので、発売までに一気に販売店さんに営業をかけます。

玩具屋はもちろんですが、それ以外にもガンガン売り込んでいきましょう。

まあ、四人しかいませんので、フィオさんが通話対応で、三人で頑張るという事で」

 

 私の言葉に、みんなは力強く頷く。

 

「ああ、それなんだがな。もう一人、新入社員が入った」

 

 と、ガレナさんが突然重要なことを言い出した。

 

「え、ほんとですか?」

「うむ。経理の仕事ができるというから即採用した。メソラ・マイリアだ」

 

 ガレナさんが指さした先には、地べたでゲームをやっている白いショートヘアの女性がいた。

 

「あ、ちっす。気軽にメソラって呼んでください」

 

 丸い目をした彼女は、とてもノリが軽いようだ。

 とりあえず、軽く話だけでも伺っておこうかな。

 

「……。あの、うちに来た理由を聞いてもいいですか」

「前の会社も待遇よかったんすけど、ゲームやれるっつうんで、こっちにしたっす。

つうかボーダーランドめっちゃおもろいっすね! やってていいっす?」

 

 ゲームのコントローラーを掲げ、楽しそうに笑うメソラさん。

 

「……、人が足りないから、一緒に営業回りに行きましょうね」

 

 どうやら私の会社には、まともな人は入ってこないらしい。

 ともかく、動かねばならない。

 

 私はあえて出荷にワープ局を使わず、スウィッツを手土産にして直接玩具屋に足を運ぶ事にした。

 店に行くと、まずは出荷分のハードとソフトを手渡す事になる。

 

「やあ、待っていたよ。マルオカーツがもう品切れでね」

 

 店長は、追加商品の入荷に喜んでくれていた。だが、ここからが本番である。

 

「それで、こちらが今度発売する新作ソフト『ゼルドの伝承』になります。ぜひご注文頂きたいと思いまして」

 

 私はゼルドのパッケージをカウンターに置き、テストプレイ用のスウィッツを取り出した。

 店長は早速、ゲームを触り始める。

 

「ふむ、これは凄いな。ゲームの中に自然の世界が広がっているじゃないか」

 

 店長は目を見張りながら感想を漏らす。

 

「ええ、大作ゲームになります。オープンワールドといって、画面に映った場所ならどこへでも行けるのが特徴です。遊べる時間も、普通にやっても100時間はあるでしょう」

「ほう、それは凄いな。だが、マルオは出てこないのかい? 子どもたちはマルオが好きなんだよ」

 

 これまでのソフト三本全てにマルオが出ていたので、店長は新作にも当然マルオがいるものと思ったらしい。

 

「この作品にマルオはいません。そちらはまた新しいソフトをご用意するつもりです。

ゼルドはまた違った魅力を提示する作品になります」

「ふむ。ならこれまでのガレリーナさんの実績も信じて、まず八本ほど注文させてもらおうかな」

「ありがとうございます」

 

 この店は今までにマルオカーツを五十本は売った店だが、最初はそんなものだろう。

 

 そう思い、私は次の店舗へ向かうべくワープステーションへと急いだ。

 

 

 首都圏の玩具屋を巡り終えたところで、一旦みんなでガレリーナ社のオフィスに戻る事になった。

 四人で集まり、早速これまでの手応えについて話し合う。

 

「受注の調子はどうですか?」

 

 私の問いかけに、集計を済ませたメソラさんが顔を上げた。

 

「っす。今んとこ2000本くらいっすかね」

「悪くはないな。ゼルドに関しては、発売後の反響がモノを言うだろう。中身は間違いないのだからな」

 

 ガレナさんは前向きに頷いてるけど、隣に立つサニアさんは渋い顔だ。

 

「そうね。でももう一声欲しいわ。マルオがいないのがネックなのかしら。どこの店もマルオのことを聞いてくるのよね」

「スウィッツを持ってる子どもたちは、楽しいゲームにはマルオがいると思ってますから……」

 

 フィオさんは心配そうに顔を落とした。

 今のマルデアのゲームファンにとっては、マルオがゲームの顔になっている。

 マルオがいないという事が、販売店にとっては実績の観点からマイナス要素になるのかもしれない。

 

 それとは違うものを売り込んでいくのが、今回のハードルになるだろう。

 だが、この程度でくじけてはいられない。私たちの商品は、間違いなく名作なのだ。

 

「なら、スウィッツをまだ持ってない人を狙いましょう」

 

 私はそう言って、デバイスの地図を指した。

 

「入荷してもらえなかったデパートやスーパー、大人向けのお店も含めて、一から営業をかけなおします。

今までのソフトとは毛色の違うゼルドを見て触ってもらえば、発注してもらえるかもしれません」

「うむ、やるしかあるまい」

「こうなったら、当たって砕けてやるわ」

「っす!」

 

 私たちは、フィオさんを残して再び四人で外回りに向かった。

 ともかく、先入観を持たず、行けるところには行く。

 そう決めた私は、試しに魔術具店に行ってみる事にした。

 

 



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第44話

 マルデアに"ゼルドの伝承"を売り込むためには、新しい客層を開拓する必要がある。

 私は早速ソフトを手に、魔術具店に行ってみる事にした。

 

 町の外れ。

 古めかしい雰囲気のある建物に、『メローナ魔術具』という看板が下がっている。

 

「すみません、新しい商品のご案内があるんですが」

 

 木の扉をノックしてみると、三角帽子を被った古い魔女風の女性が出てきた。

 

「魔術会社の営業かい? 押し売りはいらないよ」

 

 煙たがるようにしっしと手を振る店長。

 だがここで帰るのは営業ではない。

 

「いえ、魔法のような面白いゲームなんです。是非一度手に取ってください」

「ゲーム? 遊戯盤か何かかい。うちは玩具は売らないよ」

「いえ、これは芸術的なんです。見てください」

「んむ? なんだいこれは。絵画みたいだね」

 

 雄大な景色が広がるプレイ画面を見せると、店長の顔色が変わる。

 

「ええ。この絵の中に人がいるでしょう。彼を動かして、絵の中を旅できるんです」

「ほう……。そりゃあ、なかなか面白い魔術だ。絵もキレイだね」

 

 画面に見入る店長。

 どうやら、興味を示したようだ。

 

「この中に見える背景の山があるでしょう。この山にも行けます。空を滑空したり、壁を登ったり、時を止めたり。いろんなことができますよ」

 

 私は試しに傍にあった木を伐り、川に落として見せる。

 すると丸太が水面に浮いたので、その上を歩いて川を渡る。

 こういった工夫による移動手段が、このゲームには山ほどある。

 店長も、それを食い入るように見つめていた。

 

「ふむ、これは良く出来た魔術具だね。見栄えもいいよ。一ついくらだい?」

「本体とこのソフトを合わせて、仕入れ価格は400ベルになります。販売は本体が500ベル、ソフトが80ベルを推奨しております」

「ふうん、案外安いね……。少し考えてから発注したいけど、どこに連絡すればいいかね?」

 

 魔術専門店で売っている魔術具の販売価格というのは、基本的に高めだ。

 この店の商品を見ると、それなりの魔術具はどれも1000ベルはくだらない。

 そこから見ればスウィッツはかなり安い部類になるのだろう。

 以前魔術店に来た時よりは、大分前向きな言葉をもらえた。

 

「ガレリーナ社のリナ・マルデリタと言います。いつでも我が社にご連絡下さい」

 

 私は連絡先を残し、その店を出た。

 

 それから、私は色んな店を回った。

 もちろん、以前がっつり断られたデパートにも向かった。

 

「だからねえ。うちは玩具はいらないと言ってるだろう。

そもそも、ここは娯楽品を売る場所じゃないんだ」

 

 厳しい顔で突っぱねようとする売り場の責任者。

 だが、私はかじりついていく。

 

「今回はただの娯楽ではありません。絵の中の美しい世界を旅する事ができるツールでもあるのです!」

 

 もはや私は、ゲームという名称を使う事はなかった。

 彼らはゲームという言葉に、自分の商売とは関係ないというイメージを持っている。

 ならば、それを使わない方がいい。

 

 古くはアメリカにファミコムを売り込む時も、同じような工夫をしたという話だ。

 

 時代は1980年代半ば。

 アメリカでは当時主流だったATARU社のゲーム機が売れなくなり、ゲーム市場は酷い冷え込みだった。

 そんな時期に新しいゲーム機など持ち込んでも、当然販売店は受け入れてくれない。

 そのため彼らはファミコムをゲーム機ではなく、エンターテイメント・システムと呼んで売り込んだそうだ。

 

 つまり、売れればそれでいいという事だ。

 

「絵の中の世界を旅する、だって?」

 

 どうやら、私のプレゼンが彼の興味を引いたらしい。

 先ほどまで見向きもしなかった責任者が、スウィッツに視線を伸ばしている。

 

「はい、このようにプレイすることができます……」

 

 私はその場でゼルドをプレイしてみせ、販売攻勢を仕掛けていった。

 主人公が空を滑空すると、美しい緑の景色が移り変わっていく。

 その映像に、責任者は唸った。

 

「ふむ。なるほど、これは珍しいタイプの芸術鑑賞に部類されるかもしれん。

だが、この棒を持った小鬼はなにかね」

 

 男性は眼鏡を持ち上げ、ゲームの中のゴブリンを指さした。

 

「その世界の生き物です。逃げるだけの動物もいますし、敵対する魔物もいます。

遠くから眺めてもよし、無視してもよしです。

邪魔ならやっつけてもいいです。世界を旅するとはそういう事でしょう」

「なるほど、リアリズム主義か……」

 

 私が説明すると、責任者は眼鏡をクイと上げながら悩み始めた。

 なんだろう、リアリズム主義って。

 まあ何とでも都合のいい方向に考えてくれればいいや。

 

「この『ゼルドの伝承』とは、どういう意味かね」

 

 今度は題名が気になった責任者さん。

 伝承は伝承だよと言いたいが、それっぽく答えるのが営業の務めだ。

 

「タイトルの意味は物語の始まりでは伏せられています。

それを解き明かしてもいいし、明かさずに自由に旅をしてもいいのです」

「なるほど、それも一興だな」

 

 責任者はまんざらでもないように顎に手を当てていた。

 ゼルドとは、プレイヤーが操作する主人公……、が助け出す姫の名前だ。

 ゼルド姫を助ける男の伝承なのか、ゼルド姫を中心とした伝承シリーズなのか。

 その辺は定かではないが、クリアしたら何となく意味が分かった気分になれるというのは間違いではない。

 

 結局のところ、興味さえ湧(わ)けばマルデア人は商売に寛容である。

 責任者さんは、最終的に五セットではあるがゼルドとスウィッツを発注してくれた。

 ゼロからの大躍進だ。

 

 こんな感じで、私は小売への営業を続けて行った。

 

 

 

 夜になってガレリーナ社のオフィスに戻ると、みんなだいぶ疲れた顔をしていた。

 

「一日中営業して歩いたからもうくたくたよ」

「今日はもう無理っす」

 

 サニアさんとメソラさんは席に座り込んでぐったりしている。

 

「ああ。だが、今までとは違ったタイプの店から受注がとれたな」

 

 ガレナさんが、発注のリストを広げて見せる。

 スーパーに魔術具店、家具屋、デパート。デバイスショップ。

 なんと旅館からの発注もあった。

 

「ゼルドの持つ芸術性が、大人たちを惹きつけたようですね」

 

 私の言葉に、サニアさんも頷く。

 

「比較的リアルな背景で、絵画の中を動いているようだっていうのが評判だったわ」

「ダンジョンの謎解きも面白いって言ってもらえたっす」

 

 メソラさんも、初めての営業の手ごたえを感じているようだった。

 

「発売まであと十日です。がんばっていきましょう」

 

 私たちはその後も売り込みを続け、発注を取り続けて行った。

 

 

 

 結果として、予約段階で四千本のゼルドを小売に発送する事に成功した。

 あとはもう、発売日を待つばかりだ。

 

 私は一日休みをとり、久々に実家でゆっくりする事にした。

 

 裏手にある母の専門店では、既にゼルドの販売促進グッズを展示していた。

 まだ発売前なので、大きく『予約受付中!』と書いてある。

 

「ほら見てリナ。かっこいいでしょ」

 

 お母さんが、店の壁に張ったゼルドのポスターを見せてくる。

 店の構えがお洒落に見えるよね。

 

「うん、いいと思う」

「えへへ、私の店だからね」

 

 母はとても喜んでいた。

 まだ客足は多くないが、子どもたちが毎日試遊機を遊びに来る。

 

「知ってる? お母さんのこの店、ちゃんと利益出てるのよ」

 

 と、自慢げに微笑む母さん。

 

「ほんとに?」

「うん。だって場所代かからないし、ちょっとずつ売れてるから。売上から仕入れ値を引いたらほとんど利益よ」

 

 普段は家事メインで、お客さんが来たら相手をする。

 気楽にやれてお金も入るから、楽しいんだとか。

 

「じゃあ、私も売り物出そうかな」

 

 そう言ってみせると、母は首をかしげる。

 

「何か売る物あるの?」

「うん。地球の音楽データを売ろうと思って」

 

 私は持ってきた袋から、CDを何枚か取り出した。

 ベートーベンやモーツァルト、シューベルト。ゲームのサントラもある。

 といっても、商品数は少ない。

 

「じゃあ、お母さんのお店に置いてあげる。うちも商品少ないから」

 

 そう言って、母は右手の余ったスペースにCDを展示してくれた。

 実際にお客さんに売る時はCDではなく、魔術デバイスを通してデータを販売する事になる。

 まあ、買う人がいればだけどね。

 

 その後、私は音楽をかけながら母さんに地球の音楽を紹介していった。

 

「へえ。このモーツァルトっていうの、いいわね。とっても華やかで上品だわ」

「そうでしょ」

 

 母はモーツァルトの『フィガロの結婚』を気に入ったようだ。

 目を閉じて嬉しそうにオーケストラに聴き入っていた。

 

「これ、うちの店でかけておくわ。その方が見てもらいやすいでしょ」

 

 そうして、マルデリタ専門店に地球の音楽が流れ始めた。

 マルデアの人たちに、少しでも聴いてもらえるといいな。

 

 さて、ゆったりとした休日はすぐに終わり。

 いよいよ、ゼルドの発売日がやってくる。



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第45話

 夜が明けて、ついにゼルドの発売日である。

 ガレリーナ社の社員たちは朝からオフィスに集まっていた。

 いつものゆるい社内とは違い、緊張感が漂っているのがわかる。

 

「いよいよですね」

 

 デスクを囲んでみんなに声をかけると、ガレナさんが頷く。

 

「うむ。新しいタイプのゲームに触れて、プレイヤーたちはどんな声を上げるだろうか……」

「まあ、絶対ハマるだろうけどね。めちゃくちゃ面白いし、自由な世界なんだから」

 

 サニアさんは自信満々のようだ。

 

「はい。ただ、自由すぎてどうしていいかわからない人がいるかもしれませんね」

 

 フィオさんは、オープンワールドの自由度が受け入れられるかどうか心配していた。

 

「今までより一時代先のゲームっすからね。でも、大丈夫っしょ」

 

 メソラさんは、見た目通り楽観主義のようだ。

 

 さて、新作の発売日は質問の通話が山ほどかかってくる。

 どんな状況になってもいいよう、全員でデバイスの前で待機だ。

 時刻は午前十時。

 購入者が遊び始めたであろう時間帯に、通話のコールが鳴り始めた。

 プレイヤーとなったお客さんたちは、早速様々な疑問をぶつけてきた。

 

「ねえこれ、東にも西にも道があるっぽいんだけど。どっちに行ったらいいのかしら?」

「どっちでもいいですよ」

 

「ゴブリンたちが火の回りで楽しそうに踊ってるよ。殺すの可哀想な気がするなあ」

「ええ、殺さなくてもいいですよ」

 

「松明で草むらに火をつけたら、どんどん燃え広がってるわ! 山火事になったらどうしましょう!」

「まあ、そこまでは広がらないと思いますよ」

 

「雪山に来たら、主人公が凍えて死んじゃったんです! どうしよう!」

「服か料理で防寒しましょう」

 

「始めたばっかりなのにもうボスの城が見えるんだけど。倒しに行っていいの?」

「難しいと思いますけど、出来るもんならどうぞ」

 

 

 やはり、与えられた自由に面食らっている人が多かった。

『広い世界の中で好きに遊んでいいよ』というコンセプトは、今までにマルデアで発売したゲームの常識を覆すものだ。

 

 今回のゼルドは最初のチュートリアルを終えたら、もうどこに行ってもいい。

 世界中を好きに旅して、遊びまわる事ができる。

 そうするうちに強くなって、各地の協力を得られる。

 そしてラスボスにも向かえるようになるという設計だ。

 

 もちろん最初からラスボスに突撃する事もできる。

 自由が売りのゲームだから、最初はちょっと困るのだろう。

 

 しかし玩具屋からは、驚きの声が上がっていた。

 

「いやあ、マルオがいないからどうなるか不安だったんだけどね。もっと仕入れておけばよかったよ。

すぐに売り切れてしまってね。みんなが冒険の世界に期待していたよ」

 

 販売については、かなり好調のようだった。

 マルオではない事から渋っていた店からも、追加発注がつき始めていく。

 

 動画サイトを見れば、生放送でゲーム画面を見せながらゼルドを称賛している人もいた。

 

「このゲーム、凄いんだよ。

盾の上に乗れば、丘の斜面をサーフィンして滑り降りれる!

まるで広い世界が全部遊び場になったみたいだ」

 

 マルデアにはまだゲーム配信という文化はなくて、視聴者はほとんどいなかった。

 でも、確かな口コミの一歩を感じる事ができた。

 

 このゲームの本当の評判がわかるのは、一ヵ月は後になると思う。

 普通のプレイヤーはガレリーナ社のゲームに人生かけてるような連中とは違うのだ。

 ゆっくり一月、二月かけて遊んでから、話題が広がる事を期待している。

 

 今はみんな、夢中になって遊んでいる事を願うのみだ。

 そんなこんなで、発売初日は無事に終わったのだった。 

 

 

 さて。

 私は業務をしながらも、地球の情勢について日々観察を続けていた。

 

 ハリケーンの排除でしばらく地球人たちは盛り上がっていたが、少し落ち着いてきた所だろうか。

 冷静になって考え始める人も増えてきた。

 

 SNSでは私の魔法行使の映像を巡り、活発な議論が始まっていた。

 

xxxxx@xxxxx

「この災害排除ってさ。魔石があれば誰でもできるの? なんかリナは呪文唱えてるように見えるけど」

xxxxx@xxxxx

「もし誰でもできるなら、リナ・マルデリタがわざわざ危険な所に行かないよ。大使なんだから」

xxxxx@xxxxx

「つまり、彼女にしか出来ないってこと?」

xxxxx@xxxxx

「さあ。マルデア人ならできるかもしれないわ」

xxxxx@xxxxx

「そのマルデア人が他に誰も来ないじゃないか。リナ・マルデリタに頼るしかないってこと?」

xxxxx@xxxxx

「今後、対処のノウハウを教えてもらえるかもしれないね。

だが、魔石が災害や汚染の全てを解決するという考えは気が早すぎる」

xxxxx@xxxxx

「環境汚染などは、我々の問題だよ。他所の星に頼る前に、自分たちで何とかしようとする気概が必要だ」

 

 みんなの命に関わる事だけあり、話し合いも真剣だった。

 確かに、汚染については地球人たちみんなの意識も大事だと思う。

 まあ、魔石は今後も運んでいくけどね。

 危険な災害の種やどうしようもない汚染というのは、地球に沢山存在するから。

 少しずつ対処する規模を上げていくしかないだろう。

 

 

 

 さて、ゼルドが出た事もありスウィッツ本体は一気に売れた。

 その売り上げで、ガレリーナ社の貯金は既に500万ベルを超えた。

 

 余裕が出てきたので、私は新型の輸送機を購入する事にした。 

 値段は100万ベル。日本円にして一億円相当の高級品だ。

 でも、それだけの価値はある。

 

 今までの輸送機は大きなリヤカーをそのまま押さなければならなかった。

 それに、そろそろ載せる量も限界だった。

 新型は、まずスウィッツを十万台は載せる事ができる。

 それに、輸送機そのものをカプセルに圧縮してポケットに入れる事ができるのだ。

 持ち運びがとても便利な携帯サイズで、積載量も凄い。

 一億払う意味はあるってもんだよ。

 

 こんな感じでワープルームも買いたい所なんだけど、星間転移規模のものはそもそも市販していないらしい。

 入手不可ってどういうこと……。

 

 まあ、それはさておき。

 輸送機の購入費を差し引いて、私は魔石一万五千個、縮小ボックス百五十個を購入した。

 少し貯金に響く額だったけど、地球にある魔石が一気に減ってしまったので補填すべきだと思う。

 ゼルドの評判は次に帰った時に聞くとして、私は次の新作に向かう必要がある。

 

 これがまた大作で、既にローカライズ作業に入っている所だ。

 今回は日本に行って、その企業と直接話す予定になっている。

 

 ただその前に、ワープ先として新たな国へ訪問する予定だ。

 私はまず最初の行先について、オフィスでガレナさんと話し合う事にした。

 

「それで、今回はどこへワープするのかね」

「はい。私こないだアサシン・クラッド2やったんですけど。

せっかくなら、ゲームの舞台になったイタリアを観光してみたいと思いまして」

 

 アサシン・クラッド。

 主人公は暗殺者となり、主に古いヨーロッパを舞台に暗躍するゲームだ。

 

 エツァオ・アウデトーレを主人公としたアサクラ2の三部作は、ルネサンス期のイタリアが舞台となる。

 レオナルド・ダ・ヴィンチなどが登場人物に出てきたり、中世の街並みが美しく描かれていたり。

 時代観光的な要素も併せ持つゲームなんだ。

 まあ、マルデアで次に出すタイトルとは違うんだけどね。

 

 私はこのゲームを遊んで、どうしてもイタリアに行ってみたくなった。

 イタリア語もがっつり覚えた。

 

「うむ。そのくらいの感覚で選ぶのがいいだろう」

 

 ガレナさんは、私の表情を見て思う所があったらしい。

 そうして、次の行き先は決まったのだ。

 

 

 



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第46話

 

 出発の日。

 私はいつものように研究所のワープルームにやって来た。

 新型輸送機はカプセル化してポケットに入れ、紛失を防ぐ魔術をかけておく。

 ここに魔石やら部品やら全部入ってるからね。なくさないようにしよう。

 

「では、イタリアの首都を目標にしておくよ」

 

 ガレナさんが、デバイスに位置情報を打ち込んでいる。

 首都と言えばローマだけど、まあ当てにはしていない。

 イタリア国内の市街に落ちれば良い方だろう。

 

 私は髪を後ろでまとめ、帽子を被ってなるべく地味な恰好にした。

 警察のお世話になる前に、せっかくだから少し一人でイタリアの雰囲気を味わいたい。

 今回はリヤカーもないので、目立たないだろう。

 

「よし、準備ができた。それでは、君の健闘を祈るよ」

「はい。お願いします」

 

 ガレナさんの合図でワープルームに入った私は、地球へと飛び立った。

 

 

 降り立ったのは、石畳の上だった。

 周囲を眺めると、ここは細い路地らしい。

 

 左右には趣のある石造りの建物が並んでいる。

 少し歩くと、広い道に出るようだ。

 

 大通りに車の姿はなく、地球の人々が自由に行きかう姿が見えた。

 様々な店が立ち並び、賑やかに客を呼び込んでいる。

 聞こえてくる言葉は、イタリア語と英語か。

 どうも一般的な町という雰囲気ではない。観光地だろうか。

 

 私は帽子を目深に被って歩き出す。

 まずは、ここが何の町か調べないとね。

 丁度近くに現地人っぽい青年がいたので、声をかけてみる事にした。

 

「すみません、このあたりで名所みたいな所はありますか?」

「沢山あるよ。サンタマリア大聖堂に、ミケランジェロの広場。見るものには事欠かないさ」

 

 流暢なイタリア語で話す青年から、耳覚えのある名称が飛び出す。

 ここはどうやらフィレンツェらしい。

 オレンジに統一された屋根が並ぶ、イタリアでも有名な観光地だ。

 

 アサシン・クラッド2では、物語の最初の舞台がここだった。

 ガレナさん、今回はナイスなワープだ。

 腕が上がってきたのかな。

 

「じゃあ、美味しいピザ屋さんはありますか」

 

 私はまず、本場のピザを食べてみたいと思った。

 

「ああ。あそこにあるミスタ・ピッツァはいつも行ってるけど、安くて美味しいよ」

 

 さすがというべきか、目と鼻の先にピザ屋が見つかるようだ。

 

「グラッツェ、グラッツェ。チャオ」

 

 彼に『ありがとう、じゃあね』と言って、私は勧められた店に向かった。

 国連に用意してもらったカードや各国の紙幣があるので、支払いは大丈夫だ。

 

 店の扉を開けると、お洒落で古風な雰囲気の店内だった。

 焦げ茶色のカウンター席に腰かけてみる。

 と、近くに腰かけたおじさんが声をかけてきた。

 

「お嬢ちゃん、観光かい?」

「ええ。この店でおすすめのメニューはありますか?」

「そうだな。ここのサルモーネピザは絶品だよ。若い娘さんにも人気だ」

「じゃあ、それをお願いします」

 

 店員に注文すると、すぐに調理にかかってくれるようだ。

 この行き当たりばったり感。やってみたかったんだよね。

 

 旅は計画的に行くのもいいけど、偶然の出会いというのも味わい深い。

 まあガレナさんのワープは偶然すぎるから怖いんだけど。

 

 少し待っていると、サーモンやルッコラの葉が載せられた大きなピザが運ばれてきた。

 食べれる量なのかはわからないが、ともかく美味しそうだ。

 切り分けてくれたので一切れ手に取って見ると、チーズがとろっとろだ。

 ほかほかした熱気を肌に感じながら、口に生地を運ぶ。

 

「もぐもぐ、んまぁー」

 

 カリッとした分厚い生地は、中はふんわり。

 そこにチーズの香りが押し寄せてくる。

 本場の空気を味わいながら食べるピザは格別だね。

 

 時計を見ると、まだ朝の十時だ。だが、知ったことではない。

 私はがっつりピザを全部食べ、腹をぱんぱんにした。

 それから現金で支払いを済ませ、外に出る。

 

 さて、ここからどうしようかな。

 どうせこんな観光地ならそのうち警察も見つかるだろうし。

 それまで普通にフィレンツェ観光でもしてみようか。

 そう思って歩き出すと、何やら大きな声がした。 

 

「Charlotte! Where are you! (シャルロット! どこにいるの?)」

 

 英語だ。見れば、観光客らしい女性が周囲を必死に探し回っている。

 私は気になって、その人のところへ向かった。

 

「May I help you? (どうかしたんですか?)」

 

 英語で声をかけると、彼女は慌てた様子で言った。

 

「私の娘がいないの。買い物をしてたら姿が見えなくなって」

「警察には届けましたか?」

「ええ、もう言ってあるわ。でも、どこかに連れていかれたら……」

 

 人さらいの可能性もあるか。

 観光地は華やかではあるが、危険性も高い。

 人ゴミに紛れて悪人たちが動きやすい場でもあるのだ。

 心配そうな母親を見ると、無視はできない。

 

「娘さんの特徴は?」

「栗色の長い髪にネズミの絵がついたワンピース。ピンクの帽子をしてるわ。七歳の子よ」

 

 割とわかりやすい服装のようだ。探査魔術で探せるかもしれない。

 ここに落ちたのも、何かの縁なのだろう。

 

「わかりました。私が見つけましょう」

「え、あなたは……」

「私はリナ・マルデリタと言います。ここで待っていて下さい」

「え、リナ……?」

 

 驚く女性を後目に、私は歩き出す。

 観光地だけあって人通りは多い。

 

 人を探す魔術を広範囲に使うためには、町を一望できる高い場所に出る必要がある。

 

 ならば、まずはサンタマリア大聖堂の上部まで向かおう。

 輸送機を携帯化した今なら、身軽に動き回れるはずだ。

 だが、人込みをかき分けて道を進むのは時間がかかる。

 

 ならば、アサクラのエツァオのように、屋根の上を素早く移動すればいい。

 私は壁際で立ち止まり、自分の体に魔術をかける。

 

「この身を軽やかに」

 

 すると、体に感じる重さが格段に落ちていく。

 敏捷の魔術は、己の身体能力を劇的に上げる事ができるのだ。

 

「はっ!」

 

 石畳の地面を蹴ると、私の体は三メートルほど飛び上がる。

 家の窓にある縁につかまり、さらに上へとジャンプ。

 そして三階を超え、屋根の上に着地する。

 

 広がる街並みを見やると、オレンジ色の屋根が広がっている。

 ああ、間違いなくフィレンツェだ。

 

 遠くに、ドーム状の屋根をした大きな建物が見えた。

 あれがサンタマリア大聖堂だろう。

 ドームのてっぺんに行けば、町を見渡せるはずだ。

 

 私は高台を目指し、屋根を伝って走り出した。

 まるで現実でアサクラをプレイしているような眺めだ。

 でもこれは、遊びではない。

 

 家屋の上を進んでいると、普通にマンションの屋上のような所もあった。

 そこには、洗濯物を出している人もいた。

 

「……、今、リナ・マルデリタの幻が見えたわ。疲れているのかしら」

 

 私が通り過ぎると、女性は目頭に手を当てていた。

 もはや髪が帽子から溢れ出て、目立ってしまっているらしい。

 だが、人目を気にしている場合じゃない。

 

 私は目印のドームに近づき、一気に大聖堂へ向かってジャンプする。

 さすがに大聖堂は高いので、外壁の縁をたよりにヒョイヒョイとよじ登っていく。

 ドームの上部まで来ると、観光客らしい人たちがバルコニーに出ていた。

 

「な、なんだ。人が壁を登ってきたぞ」

「凄い身のこなしだ……。人間とは思えない」

「桃色の髪って、まさかリナ・マルデリタなの?」

 

 ざわめく人々に、私は慌てて指を立てて口元に当てる。

 

「えっと、すみません。これは極秘任務なので、内密にお願いします」

 

 それっぽい事を言ってみると、彼らは何か納得したのか互いに頷き合い、騒がなくなった。

 

 さて、ようやくこの町の見晴らし台に辿りついた。

 後ろに目をやれば、フィレンツェの街並みが一望できる。

 

 ここからなら、遠くにいても発見できるだろう。

 私はオレンジ屋根の群れを見下ろしながら、探索の魔術を行使する事にした。

 



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第47話

 

 大聖堂の見晴し台に立った私。

 ここから探索魔術を使えば、迷子の少女も見つかるだろう。

 上に手を掲げ、呪文を口にする。

 

「市街探査」

 

 すると、掌から魔力の光が溢れ出す。

 光は町中の空に飛び、市街に降りていく。 

 

「おお!」

「魔法かっ」

 

 観光客たちの歓声が上がる中、魔術は町中の道という道を走り、私にその情報を伝えてくる。

 行きかう人々の光景が、頭の中へと飛んでくる。

 そこから、特定の人物を探し出す……。

 

「……、いた」

 

 ネズミのワンピースを着た少女が、抵抗しながら黒いバンに乗せられる所だ。

 誘拐だろうか。

 急がないとまずい。

 

 位置は……、北西だ。

 私はドームの壁を蹴り、宙へと飛び出した。

 そして、屋根の上を全力で駆けていく。

 

「おおっ」

「なんだ!?」

「あれは、リナ・マルデリタじゃないか!」

 

 帽子が風に吹かれて空へ飛んでいった。

 もはやバレバレだ。

 

 下から聞こえる騒がしい声は無視して、私は走り続けた。

 すると、目的のバンが見えてくる。

 赤信号で止まった所のようだ。

 私は屋根から車に向けて飛び降りていく。

 

「白き魔の剱よ」

 

 詠唱と共に、手から光り輝く鋭い剣が飛び出す。

 私はそれを振り下ろし、バン後部の扉部分を切断した。

 ついでに後ろのタイヤも二つとも切ってパンクさせておく。

 

「な、何だ!」

「後ろのドアが落ちたぞっ」

 

 中にいた男たちがこちらを振り返る。

 バンの中には、縛られた少女の姿もあった。

 

「私はリナ・マルデリタです。あなた方が誘拐犯で間違いないですね」

「ま、マルデリタだと! 魔法使いがなんでここに……」

「理由はどうでもいいでしょう。その子を返してもらいます」

 

 驚く犯人たちに、私は近づいていく。

 

「ちっ……。車を出せ! 逃げるんだ!」

 

 判断の早い男が指示を出すが、車は動き出す事はない。

 

「む、無理です! タイヤが潰れて動かねえ!」

「くそっ、このアマ!」

 

 今度は銃を懐から取り出す男。悪人はワンパターンだ。

 

「停止」

 

 魔術をかけると、彼は銃口をこちらに向けた所でフリーズした。

 

「くっ、な、なんでだ、体が言う事をきかねえ……」

 

 小刻みに震えたまま動かない男に向けて、私は手を翳す。

 

「私はあなた方のような人間を逃がすつもりはありません。大人しく従ってください。

下手に動くと命の保証はしません」

「……くそっ」

 

 彼らは諦めたのか、両手を上げてうなだれた。

 

 女の子の縄を切って解放してあげると、彼女はわんわんと泣いていた。

 なだめながら待っていると、さすがに騒ぎを聞きつけた警察がやってきた。

 私は事情を説明し、彼女を母親の下へ連れていく事になった。

 

 

「ありがとうございました、本当になんとお礼を言っていいやら」

「リナお姉ちゃん、ありがとう……」

 

 親子が礼を言って、頭を下げる。

 

「どういたしまして。もうお母さんからはぐれないようにね」

「うん」

 

 二人に別れを言い、私は待っていてくれた警察の車へと向かう。

 そこからはいつものように、ご丁重に首都へと運ばれて行くのだった。

 

 

 午後四時。

 ローマまでたどり着くと、私はすぐにクイリナーレ宮殿へ運ばれた。

 恒例の政府トップとのご挨拶だ。

 白髪のおじさんが、ニッコリ笑顔で手を差し出してくれた。

 

「マルデリタ大使殿。ようこそイタリアへ」

 

 この人がイタリアの大統領らしい。

 

「リナ・マルデリタです。お招きにあずかり光栄です」

「フィレンツェに降りて悪党どもを捕えて頂いたとか。お怪我はありませんでしたかな?」

「ええ、これでも魔術師ですから。大聖堂の壁を登ってしまって、すみません」

「かまいませんとも。人命は何にも代えがたいものです」

 

 大統領はにこやかに私のアサクラじみた行動を許してくれた。

 だが、周囲の人たちは何やら他の事を気にしているようだった。

 

「マルデリタ嬢。その、今回は手ぶらのようですが。いつものお荷物はどうされたのですかな」

 

 手揉みしながら、後ろの高官が訪ねてくる。

 そうか。私はいつもリヤカーを持ってくるから、それが無いのが気がかりだったんだろう。

 

「輸送機は持っていますよ。ただ、ここで広げるのは少しマナーに反する気もしますが」

「そ、そうですな。では、こちらへどうぞ」

 

 高官たちは、官邸の外にある広い庭に案内してくれた。

 

 私はポケットからカプセルを出し、魔術で中身を拡大する。

 すると、スタイリッシュなデザインのリヤカーが現れた。

 

「おおっ」

「これは、新型ですかな」

 

 そのかっこよさにおじさんたちも驚いているようだ。

 

「ええ。ゲームの販売が好調なので、携帯しやすい新型の輸送機を購入しました」

「それは素晴らしいですな。これらの輸送機は、貿易品として扱ったりはしないのですかな?」

「すみません。輸送機はボックスとは違い、魔術の維持のために魔力を消費します。

魔術師にしか扱えないので、地球に売るものとしては向いていないかと」

「そ、そうですか」

 

 政府のおじさんたちは残念がっていた。

 まあ、気持ちはわかる。

 四十個の縮小ボックスを取り出すと、彼らは喜んでいた。

 

 

 

 その夜は用意されたホテルに向かい、いつものようにスイートルームにインする私であった。

 ぼんやりとテレビをつけると、イタリアのテレビで私のニュースが放送されていた。

 

「リナ・マルデリタさんが本日、イタリアに初来訪しました。

彼女はフィレンツェの街に降り、さらわれた観光客の少女を救い出したそうです。

いつも華やかな活躍を見せてくれる彼女ですが、今回は特に目立っていましたね」

 

 アナウンサーの女性の言葉に、スーツ姿の男性が頷く。

 

「ええ。インターネット上には、彼女がオレンジの屋根を走る光景や、サンタマリア大聖堂に登って魔法を行使する映像がアップロードされています。

迷子の少女を見つけるための魔法だと予想されておりますが、実に鮮やかでした。

彼女はその後、車で逃走中の誘拐犯を鎮圧し、少女を救い出したという事です」

 

 え、そんなに撮影されてたの?

 

 スマホでネットを見ると、見事に私関連の動画だらけだった。

 

 一番バズっていたのは、私がオレンジの屋根を走り、犯人の車に飛び降りてドアを切った映像だ。

 

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「すげー。リナって戦ったらこんなに強かったんだ」

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「まるでアクション映画だ」

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「かっこいい!」

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「本物のヒーローだね」

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「人さらいにあった女の子は助かったらしい。ありがとうリナ!」

 

 

 

 他にも、大聖堂の上で探査魔法を使う私の映像が人気を集めていたようだ。

 

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「何この神々しさ……」

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「これが本物のタカの目だ」

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「彼女はこの後、柔らかい藁(わら)の上に飛び込んだはずだ」

 

 こちらでは、アサクラファンが盛り上がっていた。

 柔らかい藁というのは、ゲームの定番ネタの一つだ。

 主人公は高い建物から飛び降りる際、藁が積まれた荷台などに落ちて負傷を防ぐ。

 イーグルダイブと言うんだけど、何十メートル落下してもケガ一つしない相当なファンタジー技だ。

 私も多分あれはマネできない。エツァオは凄いのだ。

 

 

 さて。動画以外にも、妙な盛り上がりを見せる界隈があった。

 私が持ち込んだ新型輸送機の画像に群がる人たちだ。

 

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「今回、イタリア大統領邸宅で披露されたマルデアの新しい輸送機がこれだ」

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「デザインが前回より洗練されているな」

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「性能はどうなんだ」

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「イタリアのメディアによると、彼女は訪問の際リヤカーを持っていなかったらしい。

だが、ポケットから何かを取り出すと突然この新型が現れたそうだ」

xxxxx@xxxxx

「つまり、輸送機自体も縮小できるのか。これは便利だ」

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「ホイホイカプセルみたいになってきたな」

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「旧型を初号機、新型を二号機と呼びたいがどうか」

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「エバァかよ」

xxxxx@xxxxx

「正式名称があるなら教えて欲しい所だな」

xxxxx@xxxxx

「側面にロゴが見えるけどマルデア語っぽくて読めない」

xxxxx@xxxxx

「リナも新型を手にして嬉しそう。メカを扱ってる女の子って可愛いよね」

 

 メカオタ、ガジェオタ界隈か。アニメファンも混じっている気がする。

 楽しそうで何よりだ。

 私も新しいのは嬉しいけどね。

 さて、明日の観光でイタリアの旅も終わりだ。

 

 



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第48話

 イタリア滞在二日目。

 私は御大層な案内を受け、ローマを半日ほど観光する事になった。

 まずやってきたのは、トレビの泉だ。

 

 周囲が観光客たちでごった返す中、護衛に守られながら私は泉を眺めた。

 水の中にはコインが沢山入っている。

 

「この泉にコインを一枚投げると、またローマにもどる事ができると言われています。

二枚で、想い人と結婚できると。

三枚で恋人と別れる事ができるという話です。

噴水に背を向け、肩越しに後ろに向けて投げるのがマナーです」

「はあ……」

 

 案内の人が色々と説明してくれた。

 ほんとなんだろうか。

 いや、まあ観光地ってそういうもんだよね。

 

 私も投げてみる事にした。

 

「それっ」

 

 一枚、二枚。終わり。

 

「おおっ、リナ・マルデリタが二枚投げたぞ!」

「誰か意中の相手がいるのかしら!」

 

 周囲の観光客たちが盛り上がっている。

 

 いや、別にね。結婚したいっていうわけじゃないよ。

 むしろこう、出来るもんならさせてみろっていうか。

 そういう未来を私に提示できるならしてみてくれって感じでね。

 投げてみたんだよ。

 ほんとだよ。

 

 それから、アサクラで登った事のあるコロッセオなんかを見て回った。

 闘技場の壁も登ってみたかったけど、さすがに私も理性が働いてやめておいた。

 

 真実の口でちょっと抜けないふりをして恥をかいてみたり。

 その映像をネットに晒されて笑いものになったり。

 

 まあ色々あったけど、イタリアはいい思い出になった。

 せっかく初めての国に行くんだから楽しまないとね。

 そして、長靴の国とお別れする時がやってきた。

 

「チャオ、イタリア」

 

 チャーター機ですぐに出発し、去り行く国にさよならを言う。

 次に向かうのはニューヨークだ。

 

 

 そして、半日後。

 私は国連本部のビルにいた。

 会議室で目の前に座ったのは、難しい顔をした外交官だ。

 

「マルデリタ嬢。フィレンツェで悪党と一戦交えたというのは本当かね」

「ええ、ちょっと成り行きで……」

 

 私が頷いてみせると、スカール氏は複雑そうに眉を寄せた。

 

「そうか……。いや、そのニュースを聞いた時は驚いてね。

怪我でもしたのではないかと思ったが。やはり君は強いのだな」

 

 スカール氏が『やはり』と言ったのは、理由がある。

 軍人たちと交流した時に、色々と試してみたのだ。

 私の魔法障壁と銃弾、どちらが強いのか。

 

 やはり、地球で襲われた時の対策はしておく必要がある。

 ナイフや鈍器などで襲われても防ぐ自信はあるけど、銃弾を受けた経験はさすがになかった。

 撃たれた時にどうなるかは知っておきたかった。

 

 結果は、少なくとも市井に出回っているレベルの銃では、私の魔術服についた自動障壁を超える事は不可能という結果だった。

 貫通力のある弾で撃ちまくっても、服には傷一つつかなかった。

 

 その結果はスカール氏も知っているはずだ。

 

「大抵の事は私一人で大丈夫だと思いますので、ご安心ください」

 

 私が小さな胸を張って見せると、スカール氏は困ったように頷いていた。

 

「うむ……、いや、まあ、こちらも出来るだけサポートしよう。強いとは言え、君の体は一つなのだからな」

 

 どうやら私を気遣ってくれているようだ。

 会うたびに頭の輝きが増し、髪が少しずつ薄くなっている気がするけど。

 スカール氏もストレスが溜まっているんだろうか。

 

 さて、国連に魔石を渡したらここでの取引は終了だ。

 次は日本である。

 

 

 私はチャーター機に乗り、羽田へと飛んだ。

 永田町を経由し、恒例の首相との挨拶を済ませる。

 残りの縮小ボックスを渡した後、私は都内のある企業へと向かった。

 

 そこは、とても立派なビルだった。

 

 スクエイア・ウェニクス。

 日本を代表するロール・プレイング・ゲームのメーカーである。

 以前から、マルデアでどのような順番でゲームを出して行くか、色々と考えていた。

 その結果、ある一つの指針が浮かび上がった。

 

 地球が作ってきた家庭用ゲームの歴史を、もう一度マルデアで作ろう。

 

 というものだ。

 そうすれば、現地の人たちも一つ一つゲームを受け止めてくれると思った。

 すると、次に出すべきタイトルが見えてくる。

 

 ゲームの歴史をたどるなら、マルオ、ゼルドに続いて絶対に出しておかなければならないゲームがある。

 

 社を訪問すると、一人の六十代くらいの男性が出迎えてくれた。

 

「ようこそリナさん」

「は、初めまして。リナ・マルデリタと申します」

 

 目の前にいるのは、そう。ドラゴン・クアストの生みの親だ。

 

 ファミコム時代から変わらぬ普遍的な魅力を放ち続ける、歴史的シリーズ。

 ファンタジー冒険RPG、王道中の王道である。

 

 

 シリーズ誕生となった第一作の発売は、1986年。

 当時RPGはまだほとんどパソコンでしか展開されておらず、日本人にとっては親しみのないジャンルだった。

 

 それがブームとして花開いたのは、1988年の第三作だ。

 発売日にはゲーム店に行列ができ、いち早く遊びたいゲームファンたちがこぞって買いに走った。

 ゲームが描き出す物語と冒険の世界に、みんなが夢中になったのである。

 

 ドラクアの登場は後にFinal Fantasiaを始めとするフォロワーを山のように生み出し、和製RPGの礎となったのだ。

 

 

 

 挨拶を終えた私たちは早速、会議室へと向かった。

 新しく訪問するメーカーで、こうして話し合いの場を持つのは初めてだ。

 緊張感の漂う中、営業社員が資料を配っていく。

 

「では、ドラゴン・クアストのマルデア向けローカライズについての会議を始めます。

既にガレリーナ社さんと話を進め、テキストの翻訳は八割ほど進んでいます。

ビジュアルは特に変更の必要がないという事で……」

 

 進行役の社員が、これまでのやり取りの流れを説明していく。

 ゼルドの完成を待ちながら、既にこちらの作業もだいぶ進んでいた。

 タイトルは、スウィッツにも発売された最新作だ。

 

「HPやMPなどのステータス表記についてはどうしましょうか」

「マルデアで体力や魔力を表す古い言葉があります。それに置き換えれば問題ないと思います」

 

 シナリオについては既に出来ていたので、私たちはシステム面の話を詰めていた。

 マルデアにRPGを、そしてストーリー性の強いゲームを届けるのは、今回が初めてとなる。

 当然、ローカライズ作業はこれまでよりも大きくなる。

 

 RPGというジャンルは、これまで出してきた直感型のゲームとは違い、色々なお約束がある。

 戦闘においては、レベルやHP、MPといった数値が表す意味を理解してプレイする必要があるのだ。

 

 マルデアの人たちは、まだコマンドバトルすら知らない。

 1985年当時の少年たちと一緒だ。

 

 そんな彼らにRPGというジャンルを伝えるには、しっかりとした翻訳が重要だ。

 実際にこういう作業をやってて思ったけど、ビギナーにも優しく入りやすいドラゴンクアストを選んでよかったね。

 

 と、概ね話し合いが終わった所でプロデューサーが手を上げる。

 

「進捗状況は良いようだね。来月には発売できるよう、話を進めても構わないかな?」

「はい。間に合うと思います」

 

 ゼルドでノウハウを得て、社員も少しは増えた。

 一つのゲームに対するローカライズ作業はだいぶ早くなってきたと思う。

 ローカライズのチェックが終われば、すぐに製造して発売に向かえるだろう。

 

 

 RPGメーカーとのやり取りを終えた私は、ビルを出て車に乗り込む。

 その足で、すぐに郊外の倉庫へと向かった。

 

 いつものように変換機の部品を引き渡し、二万台のスウィッツやソフトなどを輸送機に詰め込む。

 さて、これで今回の地球のお仕事は終わりだ。

 帰ったら、ゼルドの反響はどうなっているだろうか。

 そう考えると、一刻も早くマルデアに戻りたくなった。

 

「それでは、失礼します」

 

 私は営業さんに挨拶をした後、リスト型のワープデバイスを起動させる。

 次の瞬間には、私の体は故郷の星へと戻っていた。

 

 



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第49話

 

 マルデア星。

 ワープルームに戻った私は、研究所を出てガレリーナ社のビルへと向かった。

 オフィスに入っていくと、通話対応のような話し声がした。

 

「はい。ゼルドでコラクの実を全部集めたのは素晴らしい事です。本当に大変だったでしょう。

ええ、おめでとうございます……。

いえ、賞品はありません。

強いて言うなら、お客様がゲームを通じて得た思い出が賞品です」

 

 フィオさんがお客さんと話していたようだ。

 コラクの実とは、ゼルドの世界に住むコラク族を見つけるともらえる実である。

 世界中の各所に隠れているため、旅の小さな発見みたいな感じで用意されている。

 全部で900個あるけど、それを全部見つけるのは正直しんどいというか、時間がかかりすぎる。

 それを探し回ってコンプリートした奇特な人がマルデアにもいるようだ。

 

「ただいまです」

 

 ドアを開けて中に入ると、いつもの面々が振り返った。

 

「ああ、戻ったか。どうだった、ドラクアの話は」

 

 帰るなり質問を投げてくるガレナさん。

 

「ええ、来月には発売になりそうです」

「ついにRPGがマルデア上陸ね。気合が入るわ」

 

 サニアさんはそんなことを言いながら、スカイリマを遊んでいた。

 まあ、仕事をちゃんとしてくれたら文句はないけどね。

 

「それより、ゼルドの反響はどうですか?」

 

 輸送機を広げながら問いかけると、メソラさんが答えてくれた。

 

「好評っすよー。売り上げも伸びてるし、信者が生まれ始めてるっす」

「信者?」

 

 なんだそれは。

 

「SNSを検索すると、ファンが投稿したゼルド関連のものが結構出てきますよ」

 

 フィオさんがデバイスをこちらに向け、動画を再生してくれた。

 

 画面を見ると、丘の上に三人の青年が立っている。

 みんなそれぞれ、小型のグライダーを持っているようだ。

 

「3、2、1、ゼルドーっ!」

 

 彼らは謎の掛け声とともに丘から飛び出し、魔術グライダーを広げた。

 そのまま青年たちは、気持ちよさそうにマルデアの空を飛んでいく。

 どうやらゼルドの滑空を再現したファン動画らしい。

 一番遠くまで飛んだ人が、大喜びでガッツポーズしていた。

 みんな楽しそうだね。

 

 私も魔術を覚え始めた頃、スタリーツファイターの"はこぅーけん"などを再現して遊んだ事がある。

 先生やお母さんに怒られたけどね。

 

 動画のコメント欄は、魔術師のプレイヤーたちが語り合う場になっていた。

 

「俺はリモート爆弾を作ってみたよ。危険だから投げる場所がないけどね」

「私も魔術グライダーを作ってみたけど、飛行禁止の区域が多くて飛べやしないわ……」

「マルデアの法律は世知辛い。ゼルドの世界は自由だよ」

 

 どうやら、ゼルドの魔術品を作ってみても、現実ではなかなか使う場がないようだ。

 この動画の人たちは、飛行許可のある場所をお金で借りてるんだろうね。

 

 SNSでも、ゼルドファンたちが小さいながら盛り上がりを見せていた。

 

「爆弾を投げまくってたら森の木が全部倒れちゃったんだけど……。怒られないかな」

「ゲームだからオッケー」

「ゴブリンと戦ってたら、あいつ崖から落ちて行ったよ。死んだなありゃあ」

「最初からいきなりラスボスの城に挑んでみたけど、ミジンコみたいに殺されたよ」

「世界中の祠(ほこら)を巡って強くなってこい」

 

 通信ネットの中に、ゲームの繋がりが生まれ始めていた。

 ブログのようなサイトで、熱心にレビューを書いている人もいる。

 『私はゼルドの中に第二の人生を見出した』というタイトルだけで、その情熱がわかるよね……。

 まあ、適度に楽しんでもらいたい所だ。

 

 さて、今日はもう疲れた。

 

 私は入荷品を発送する手配を終えると、すぐに会社を出る事にした。

 そしてマルデアの家に帰り、ぐっすりと眠るのだった。

 

 

 

 翌日は一日休暇をとり、私は実家でのんびり過ごす事にした。

 

 地球のニュースを見ると、メリーランド州の知事が話題になっていた。

 オーシャンシティのあの海岸に、私の像を立てると言うのだ。

 

「我々は災害排除の偉大なる一歩を称え、あの場所を記念としたい」

 

 観光名所にでもするつもりなんだろうか。

 意外にも反対する人は少なく、概ね好意的に盛り上がっている。

 みんな暇人だ。

 

 私はデバイスを仕舞い、二階から母のお店を見下ろす。

 入口付近では、やはり子どもたちが試遊機に群がっていた。

 

「だから、そこはマグネットでひっぱったらドアが開くんだよ」

「答え言わないでよもう。自分で考えてるのに……」

 

 ゼルドの最初のダンジョンをプレイしているらしい。

 謎解きをして進めていくんだよね。友達にネタバレされて怒っちゃうなんて、あるあるだよ。

 

 プレイには順番待ちが出来ていて、遊べない子はなんか家の壁によじ登って遊んでいた。

 そういえば、アサクラだけじゃなくてゼルドも色んな所を登りまくるからね。

 マネしたくなっちゃうんだろうけど。

 

「こら、危ないわよ! うちの壁登らないの!」

 

 お母さんが怒って止めている。なんか懐かしい風景だね。

 

「はーい」

「ちぇっ。魔術ボールやろうぜ」

 

 少年たちは、小さなボールを魔術で操作するマルデアで定番の遊びを始めた。

 少しずつ、この店を中心に子どものコミュニティが形成されているようだ。

 

 もちろん、子どもだけではない。

 

「この店がマルデア初のゲーム専門店か」

「小さいお店ね。でも、ゲームの音楽が流れているわ」

 

 スウィッツのファンと思しき大人たちも、たまにこの店を見に来るようだ。

 

「中にゼルドのポスターが貼ってあるぞ。かっこいいな」

「これ、売ってるんですか?」

 

 ゼルドをプレイしているのか、女性がポスターを眺めながら母さんに問いかける。

 

「宣伝用の非売品だけど、余ってるから十ベルで売るわよ」

 

 お母さんが未開封のポスターを見せると、ファンの人たちは喜んでお金を出していた。

 

「商売上手だね、母さん」

「ふふ、まあね」

 

 お母さんは十ベル札を片手に、得意げに笑みを浮かべていた。

 

 少しずつ少しずつ、マルデアのゲームコミュニティが広がっていく。

 私たちは今、その過程にいる。

 

 まだまだこれから。やらなきゃいけない事はいっぱいある。

 来月はドラクアだし、また入荷のために地球へ行かなきゃね。

 

 ただ、私もたまには休暇を楽しんでもいいだろう。

 

 以前から、yutube向けに撮りたい動画があったんだ。

 マルデアにはフェルクルっていう種類の妖精がいて、とっても綺麗なんだよ。

 

 地球のみんなにも見せてあげたいと思ってたんだよね。

 昨日の帰りに見かけたから、今もあそこにいるんじゃないかな。

 

 私は一人、地元の公園に行ってみる事にした。

 草むらの中を探すと、緑色の景色の中に小さな光が浮かんでいるのが見えた。

 

 それは、小さな人型の生き物。

 背中には、大きな二つの羽が生えている。

 金色の髪を伸ばした、可愛らしい女の子フェルクルだ。

 私はデバイスを取り出し、カメラ機能で撮影を始めた。

 

「地球のみなさん、こちらがマルデアのかわいい妖精、フェルクルです。

へーい、フェルクル」

「ふぃぃ」

 

 気の抜けた声を上げながら、羽を広げて飛び回る妖精。

 羽からは光が溢れ、キレイに軌道を描いている。

 

 じっくり撮った動画を少し編集し、yutubeにアップロード。

 

『妖精のフェルクルを見つけました!』

 

 そんなタイトルで公開すると、地球の人たちは大いに喜んでくれた。

 

「すごいぞ、新種の発見だ!」

「絵本で見た妖精さんそっくり!」

「きれいだわ……」

「マルデアはほんとにファンタジーの世界なんだね」

「リナもフェルクルも、二人とも可愛いっ」

 

 コメントがバグったみたいに増え続け、一瞬で3万ほどいいねがついていた。

 やっぱり、みんな妖精には憧れがあるみたいだね。

 

 その後。私は自宅に帰って地球のネットを眺めながら、休日を楽しんだ。

 

 さあ、明日からまた頑張ろう。

 

 



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第50話

 

 それから半月ほど、私はガレリーナ社の業務を続けた。

 スウィッツはゼルドを中心に販売を伸ばし、アダルト層にもファンを増やし始めていた。

 入荷した二万台は、ほとんどが売れてしまったようだ。

 

 社内にも変化があった。

 なんと一気に二人の社員が増えたのだ。

 

 十八歳の男女コンビで、案の定どちらもゲームバカだった。

 まあローカライズ要員だから、延々ゲームをしながら翻訳作業するには、そういう人が合ってるかもね。

 

 そんなこんなで、地球へ向かう時期がやってきた。

 

 

 

 いつものように研究所のワープルームに向かい、出発の準備を整える。

 今回は二万個の魔石と二百個の縮小ボックスを購入し、変換機の部品と共に輸送機に詰め込んだ。

 ポケットに入れれば、手ぶら旅行の支度は完了だ。

 

 予定通り行けば、完成したドラクアを日本で受け取る事になっている。

 ただ、その前にまた新しい国を訪問する予定だ。

 

「ワープの目的地は、エジプトという国だったな」

 

 ガレナさんがデバイスで位置を確認している。

 そう、今回向かうのはエジプト。

 中東と北アフリカの間にある、ツタンカーメンなどで有名な国だ。

 公用語であるアラビア語も、一応話せるくらいには覚えておいた。

 

 ただエジプトのどこに落ちるかは、ガレナさんの腕次第かな。

 

「なるべく首都のカイロ付近でお願いします。砂漠のど真ん中とかはやめてくださいね」

「まあ、努力しよう」

 

 軽く話し合った後、私は帽子を被ってワープルームに入った。

 

「では、健闘を祈るよ」

 

 いつもの言葉と共に、私は光に包まれ、彼方へと飛ばされていくのだった。

 

 

 

 

 次の瞬間。

 

 私はどこかの路地に立っていた。

 周囲は家々がひしめき合うように並んでいる。

 ここがエジプトなんだろうか。

 

 近くで、黒い頭巾をつけた十二歳くらいの少女が地面に絵を描いていた。

 書かれているのは、人だろうか。

 子どもって、よくわかんない事に夢中になるよね。

 

「きみ、ちょっといいかな」

 

 アラビア語で聞いてみると、少女は睨むように顔を上げた。

 

「なに?」

「ちょっとこの辺を見て回ってるんだけど。ここ、なんて町かわかる?」

「……、ギザの下町」

 

 私の質問に答えると、彼女は絵を描く作業に戻ってしまった。

 どうやら私がリナである事は気付かれなかったようだ。

 

 実は今回、髪の色を変える魔術式ヘアバンドを買ったんだよね。

 それをつけてるから、今の私は黒髪だ。

 下手に目立たず目的の場所に行きやすくなるだろう。

 

 さて。

 ギザというと、有名なピラミッドなどがある都市だよね。

 今回もかなり当たりらしい。

 ガレナさんの腕が一流になりつつある。

 

 それにしてもこの子、何か変な物を使って描いている。

 何だこの白い石みたいなの。

 

「ねえきみ。それ何の石で描いてるの?」

「魔石」

「……、え?」

 

 今、なんて言ったんだこの子。

 絵を描き続ける彼女に、私は再度問いかけてみる。

 

「それって、マルデア星の魔石?」

「うん。願いが叶うの」

 

 まあ、本物の魔石は願いを叶える力を持ってるけどね……。

 

「どこで手に入れたの?」

「あっちの通りで道ばたのおじさんが売ってた。ちゃんと自分で買ったから、私のだよ」

 

 石を守るようにして、所有権を主張する少女。

 露天商から買ったって、冗談みたいな話だ。

 

 ここがマルデアなら別におかしくはないけど。

 地球で魔石が市井に出回っているわけがない。

 

 少女が持っていたのは、もちろん魔石じゃなかった。

 ただの白い色をしたチョークみたいな石だ。

 

 これはちょっとパチモンの臭いがする。確かめなきゃいけないな。

 

 私は少女が指さした方へ行ってみる事にした。

 繁華街に出ると、露天商がたくさん道端に商品を出している。

 この中のどれかだろうか。

 眺めながら歩いていると、髭面のおじさんが声を上げていた。

 

「話題の魔石だよ。魔法の石はいらんかね?」

 

 おじさんの足元には、白い石が沢山並べられている。

 なんていうか、メチャクチャだ。

 是非どんな効果があるのか教えてもらいたい。

 

「あの、これ魔石なんですか?」

「そうだよ。この石で欲しいものや夢を描いたら、願いが叶うんだ」

 

 おじさんは笑顔で商品について語りながら、地面に絵を描いてみせた。

 魔石の実演販売だ。

 なんかもうこの時点でだいぶ違う。

 ただの願かけチョークみたいになってるよ。

 

「ちょっと聞いていいですか。魔石は国連が保管してるんですよね。なんでここにあるんですか?」

 

 私は舐められないよう、ビシッと睨みつけてやった。

 すると、おじさんがやれやれと肩をすくめる。

 

「お嬢ちゃん。俺が売ってるのは、『魔石』っていう名前の石だ。

リナ・マルデリタの魔石だなんて一言も言ってないよ」

 

 このおじさん、なかなか堂々とした商売をしてるようだ。

 まあ魔石という言葉を使っちゃいけないなんて決まりはない。

 ただ、子どもを騙して金をかすめ取るようなやり方は好きになれない。

 

 私はおじさんに手をかざし、小さく呪文を唱えた。

 

「罪の心よ、かの者を裁け」

 

 人は悪いことをしている自覚があれば、僅かなりとも罪悪感をもつ。

 この魔術は、その感情を大きくしてやるというものだ。

 悪党には効き目がないけど、グレーな商売をやってるくらいの人には効果的だ。

 見れば、露天商は顔を青くさせていた。

 

「……。俺は、何をやってるんだ……。こんなくだらないものを売って……」

 

 魔術が効いたようだ。

 彼はすぐに魔石を回収し、店を畳んで立ち上がる。

 

「やめるんですか?」

「ああ、悪かったよ。まともな仕事を探す事にする」

 

 私が問いかけると、彼は頷いて去って行った。

 まあ、これくらいでいいだろう。

 

 

 それから少し通りを歩いていくと、他にも魔石を売っている人はいた。

 身につけていれば好きな人と結ばれるタイプの魔石だった。

 さすがにお客さんもマルデアとは関係ないとわかっているようで、やめさせる事もないだろう。

 

 他にも、リナ・マルデリタの絵を並べて売っている人もいた。

 何やら私がスフィンクス像の上に乗って、謎の仁王立ちを決めている。

 なんだこれは。

 

「すみません、これどういう絵なんですか?」

 

 尋ねてみると、青年は絵を描く手を止めて顔を上げた。

 

「リナ・マルデリタがエジプトから災害を取り除く絵さ。

彼女は美少女としても絵になるし、英雄として描くのも楽しいよ。

それに、この手の絵が今よく売れるんだ」

「そ、そうなんですか」

 

 なるほど、私の絵が売れてしまうのか。

 地球も変な時代になっちゃったもんだね。

 

 感心しながら繁華街を歩いていると、数人の少年少女たちのグループがやってきた。

 

「おい、まだ魔石なんて売ってる奴がいるぜ」

「あんなの、ただの石ころなのにね。誰が騙されるのかしら」

「さっき、アリーシャが買ってたぜ」

「あいつ、バッカだなあ」

 

 彼らは露店を眺めながら、騒がしく語り合っていた。

 

「でも、リナの人気は凄いからね。近所のじいさんなんて、『神の使いに違いない』とか言ってるよ」

「ふん。どれだけ凄くても、どうせうちの町には来ないんだから。関係ないわよ」

「そうそう。この町に魔法なんか起きやしないんだ。嘘の魔石ならいっぱいあるけどな」

「あははは!」

 

 子どもたちは幸運の魔石を売る露天商の前で、大声で笑う。

 さすがの商人もやりづらいのか、苦い顔をして店仕舞いしていた。

 

 なんというか、現実的な子どもたちだ。

 まあ、厳しい環境で生きてる子には当然の事なのかもしれない。

 

「おい、アリーシャに現実ってもんを教えてやりに行こうぜ」

「面白そう、行く行く」

 

 彼らはそう言って、私が来た方向へと歩いて行った。

 

 アリーシャって、さっきの絵を描いてた子かな。

 私は少し気になり、少年たちの後を追う事にした。

 

 行き着いたのは、やはりワープで降り立った場所だった。

 アリーシャらしい少女は、まだ地面に絵を描いていた。

 そんな彼女に子どもたちが声をかける。

 

「なあアリーシャ、願いの魔石なんて買ったんだって?」

「うん」

 

 アリーシャが頷くと、後ろの少女が問いかける。

 

「それで、何を書いてるのよ」

「……、リナ・マルデリタが、マルデアから来る絵」

 

 その返答に、子どもたちは大いに笑いだす。

 

「あっはっはっは! こんなとこに来るわけないだろ!」

「そうそう、アリーシャは夢を見すぎなのよ」

 

 からかわれた少女は、魔石を手に立ち上がる。

 

「来るもん! リナは家(うち)を助けてくれるもん!」

 

 叫ぶアリーシャは、どうやら本気で私を召喚しようとしていたらしい。

 だが、子どもたちは彼女に厳しい目を向ける。

 

「諦めろよアリーシャ。世界には何十億っていう人がいるんだ。

リナがこの町に来る確率は、宝くじを当てるよりずっと低いんだぜ」

「そうよ。みんな自分の力で生きていかなきゃいけないの。

もし住む家がなくなっても、その時にお金を持ってれば何とかなるわ。

絵なんか描いてないで、裁縫でもしなさい」

 

 彼らの言葉は、残酷だが正しい。

 食べさせてくれる親がいなくなれば、自分で生きていくしかない。

 都合よく助けてくれる人なんて、期待するべきじゃない。

 それは現実だ。

 

 でも同時に、アリーシャも正しい。

 何しろ、私は来たのだ。

 

 これも何かの縁だし、彼女の力になってあげよう。

 



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第51話

 エジプトにやって来た私は、アリーシャという少女と出会った。

 彼女は露天商に騙されて買った偽物の魔石で、私をマルデアから召喚しようとしていた。

 そこに私がワープで落ちて来ちゃったという、偶然なのか何なのかよくわからない話だ。

 

 この子には人を呼び寄せる不思議な力があるのかもしれない。

 もしくは、ガレナさんの謎の力が働いたのか。

 このさい、事実はどっちでもいい。

 せっかくだから、この少女の召喚が機能したという事にしよう。

 

 私は彼女が描いた円の中に向かった。

 そして、グスグスと泣きそうになっている少女に声をかける。

 

「そっか、君が私をここに呼び出したんだね」

「……、え?」

 

 顔を上げる少女の前で、私は帽子を取ってヘアバンドを外した。

 すると、長い耳が露になり、髪がピンク色に変わっていく。

 

「おい、嘘だろ……」

「リナ・マルデリタ……?」

 

 こちらを見て目を白黒させる少年少女を背に、アリーシャは座り込んだまま私を見上げる。

 

「ほんとに、きたの?」

 

 彼女はまるで、物語の中で召喚に成功して驚く主人公のようだ。

 なら私は呼ばれた者として、サーヴァントを演じるべきなのだろう。

 

「うん。何か召喚されちゃったみたい。それで、望みは何なのかな。マスター」

「ま、マスター?」

「そうだよ。召喚されたら相手の言う事を聞くのが常識だからね」

 

 もちろん、そんな常識はない。

 マルデアでは、許可なく魔術で人を召喚するのは法律違反だ。逮捕案件だよ。

 でもここは地球だし、今は特別だ。

 

 私がニコリと微笑んで見せると、彼女は何とか状況を理解したらしい。

 

「ほ、ほんと? ほんとに聞いてくれるの?」

「うん。一つだけね」

 

 私が人差し指を立てて見せると、彼女は慌てて立ち上がる。

 

「じゃ、じゃあ、ついて来て」

「了解、マスター」

 

 ずんずんと進んでいく少女に、私はちょっと気取ったように胸を張って付き従って歩いていく。

 そんな私たちの姿に、周囲の子どもたちは顔を見合わせていた。

 

「お、おい。リナ・マルデリタがアリーシャの手下になってるぜ」

「本物なの……?」

「だって、突然髪の色が変わったよ。本物の魔法でしょ」

「と、とにかく、ついて行こうぜ」

 

 彼らも、おずおずと私の後ろを来るようだ。 

 

 アリーシャが繁華街に出ると、町の人みんなが彼女に振り向いた。

 

「お、おいあれ見ろよ。子どもたちの先頭にいるの、リナ・マルデリタじゃないか?」

「まさか。リナの仮装じゃないの?」

「あのガキども、何やってるんだ」

 

 中央を進む子どもの集団。その中にピンク髪がいる事に、みんな驚いているようだ。

 大半は私本人だとは思ってないだろうけど。

 

 暇な大人もなぜか後ろをついてきた。

 ゾロゾロと行列になった私たちは、通りの中央を堂々と進む。

 そして、土色の建物が並ぶ場所までやってきた。

 

「ここ、私のおうち。曲がってるの」

 

 密接した三つの家が、少し斜めに傾いているのがわかる。

 アリーシャの指は、中央の家を指していた。

 地盤が悪いのか、それとも家の老朽化のせいか。

 いつドミノ倒しのように倒れてもおかしくはないように見える。

 

「家がなくなる」とか話していたのは、こういう事だったのか。

 まあ住んでる家がこうなったら、気が気じゃないよね。

 

「リナ、まっすぐになおせる?」

「うん。ちょっと中を調べて良いかな」

 

 魔石には、修復を促す力もある。

 地面か柱か、どちらを修復するかまず見定める必要がある。

 

 私が問いかけると、アリーシャは家の中に駆け込んで行った。

 

「お母さん! マルデアからリナがきたよ」

「はあ? あんた何を言ってるんだい」

 

 子どもの説明では、そりゃ何がなんだかわからないだろう。

 戸惑うように出てきた母親が、私を見て目を丸めた。

 

「ま、まさか本物? あんたたち、変な冗談やってるんじゃないだろうね」

 

 周囲の子どもたちを睨みつける母親に、少年が肩をすくめる。

 

「俺たちは別に何もしてねえよ。リナ・マルデリタが家を直してくれるっていうんだ」

「家って、この家をかい? そんな事できるのかい?」

 

 目を丸める母親に、少年はこちらを見上げながら言った。

 

「そりゃ、本物のリナならできるんじゃない?」

 

 子どもたちもまだ、私が本当にリナかどうか疑っているらしい。

 半信半疑な様子だ。

 まあ、ろくに魔法も見せないうちは信用できないだろうね。

 

 証明するには、あの方法が早い。

 私はポケットからカプセルを出し、中から輸送機を拡大する。

 出てきたリヤカーをドンと置いて見せると、みんなが驚いたように声を上げた。

 

「うわっ、なんか出てきた!」

「動画で見た事ある。これリナの荷物だよ!」

「ま、魔法だ……。本物のリナ・マルデリタじゃないか!」

 

 子どもたちと母親の言葉に、周囲にいた大人まで騒ぎ出す。

 

「あの、とりあえず家を見せてもらっていいですか。左右の家も見たいんですけど」

 

 私が母親に話しかけると、彼女は慌てて頷いた。

 

「あ、ああ。そうだね。でも、本当に直してくれるのかい?」

「はい。お宅の娘さんに呼ばれちゃったので」

 

 世界中の人たち全員を助けるなんて、私には無理だ。

 でも旅先で縁のあった人くらいは、笑顔になってほしいと思う。

 

 と、今度は右の家から若い女性が出てきた。外の人だかりに気づいたんだろう。

 

「あんたたち、何を騒いでるの?」

「ねえちゃん、リナが来たんだ。ウチを直してくれるんだって」

 

 少年たちがお姉さんに親し気に話していた。どうやらこの子たちの保護者らしい。

 

 全ての家の了承を得た私は、早速中を調査する事にした。

 

「では、屋内を見せてもらいます」

 

 アリーシャの家に入ると、壁には大きなヒビが入っていた。柱も悲鳴を上げるように傾いている。

 地面はというと、特に問題はないようだ。

 右側の家に入っても、同じような感じだった。

 

 そして、左側の家。

 多分、ここがドミノ倒しの原因だろう。

 

 私が入って行くと、地面が一部陥没していた。

 そこに柱や壁がめり込み、建物が傾いていたようだ。

 ここが被害の中心らしい。

 地盤の悪さから生まれたズレが、時間をかけて建物を傷めつけ、二つ先の家まで傾けて行ったのだろう。

 

 普通に考えれば、この家で寝泊まりするなんて危険だ。

 彼らが未だに住み続けているのは、他に屋根の下で寝れる場所がないからだろう。

 

 私は輸送機から魔石を取り出し、陥没した場所を中心に設置していく。

 最初の家に三十個。他の家に十個ずつ設置したところで、準備は終わった。

 

 ざわざわと家を眺める人だかりの前に出て行き、私は深呼吸をする。

 それから、左端の家に手を翳して呪文を唱えた。

 

「願いの力よ。朽ち滅びゆくものを、元の姿へ」

 

 私の掌から光が溢れ出し、軌道を描いて広がっていく。

 それは三つの家を包み込み、中の魔石と共鳴して強く輝き出した。

 

 すると、どうだろう。

 右に傾いていた建物たちが、少しずつまっすぐになっていく。

 朽ちた壁や柱も、時代を巻き戻すようにがっしりとした姿を取り戻して行った。

 

 光が消えると、そこには傷一つない三つの家があった。

 今にも倒れそうな傾きはなく、まっすぐ地面に足をつけている。

 

「い、家が元に戻ったぞ!」

「すげえ、これが魔法の力か……」

「あたしたちの家が、まっすぐになってる!」

「壁も奇麗になってるぞ!」

 

 子どもたちが家の中に飛び込み、嬉しそうに騒ぎ出す。

 

「本当に、直ったんだね……」

 

 アリーシャの母親も、茫然と奇麗になった自分の家を眺めていた。

 

「やはりリナ・マルデリタは神の使いだ」

「ようやくエジプトに来てくださったのか……」

 

 そう言って、私を拝み始める人までいた。

 

「リナ。ありがとう!」

 

 アリーシャが、私に向かって頭を下げた。

 すると、母親や子どもたちも頭を下げる。

 

「ありがとう。これで夜もゆっくり寝れるよ」

「ありがとう、マルデリタさん」

 

 みんなが拝み始めるものだから、ちょっと恐縮してしまった。

 

「それにしてもこの魔石、本物だったのか。本物のリナを呼び出すなんて……」

 

 少年たちが驚いてアリーシャの石を見ていたので、私は苦笑いしながら言った。

 

「あはは。その石には何の力もないと思うよ。

きっと、偶然の力が働いたんじゃないかな」

 

 パチモンに価値があると思われたら困るからね。

 それから騒ぎを聞きつけた警察がやってきて、私は無事に確保されたのだった。

 



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第52話

 

 

 エジプトの首都カイロ。

 警察の車で首相官邸にやってきた私は、政府の高官たちに囲まれてご挨拶をした。

 

「ようこそエジプトへ。ギザの町はいかがでしたかな」

「とても賑やかでした。ただ、魔石と名をつけて石を売る人たちがいまして……」

「それは申し訳ない。詐欺まがいの商売がなくなるよう、徹底しましょう」

 

 首相はしっかりとお約束してくれたので、まあ大丈夫かな。

 

 会談が終わると、私はいつものようにホテルのスイートルームに泊まる事になった。

 ふわふわのベッドに飛び込み、テレビをつける。

 するとやはりというか、今日の事がニュースになっていた。

 

「こちらが現地の住人が撮影した映像です。

ご覧ください。魔法の力で、潰れかけていた家が元通りになっていきます」

 

 私が三軒の家を修復した場面が、VTRで流れている。

 アナウンサーの興奮した声に、スーツ姿の女性も前のめりに頷いた。

 

「エジプトでこのような奇跡が見れた事を嬉しく思いますね」

「ええ。リナ・マルデリタさんの来訪は、いつも人類の心を明るくしてくれます。

現地の子どもたちも、彼女への感謝を告げていました」

 

 映像の最後には、アリーシャたちがカメラの前で「リナ、ありがとう!」と叫んでいた。

 その無邪気さに、私もニヤニヤしながらテレビを見てしまった。

 

 SNSを見ると、この件について議論がなされていた。

 

xxxxx@xxxxx

「家の修復もできるのか。凄いなリナは」

xxxxx@xxxxx

「私の家もだいぶ古いのよねえ。ちょっと来てくれないかしら」

xxxxx@xxxxx

「リフォーム屋じゃないんだから……」

xxxxx@xxxxx

「それより、エジプトの子どもがリナ・マルデリタを召喚したと言ってるな」

xxxxx@xxxxx

「ほんとなの?」

xxxxx@xxxxx

「ただの偶然だろう。リナはちゃんと訪問国を国連に伝えた上で、大使として来ているんだ。

こっちから呼び出すなんて、国連あたりじゃないと無理だろう」

xxxxx@xxxxx

「そうね。リナに来てほしいと思ってる人は世界中にいるから、たまたまそういう人の所に降りたんでしょう」

xxxxx@xxxxx

「本気で彼女を召喚しようとしてる怪しい組織もいるが、そいつらの所には行ってないからな」

 

 ネットでは、子どもたちの言葉は冗談のように受け取られていた。

 怪しい組織というのは、生前にも見たオカルト集団みたいなものだろうか。

 ツイットを眺めながら、私はいつの間にか眠りに落ちていた。

 

 

 

 翌日。

 午前中は、エジプトの観光ツアーだった。

 ギザの西部まで車を飛ばすと、砂漠地帯にピラミッドが見えてくる。

 三角形の巨大な遺跡……、と呼んでいいのだろうか。

 その近くに鎮座する巨大なニャンコちゃんは、スフィンクスだね。

 

「ピラミッドはエジプト王家の墓であり、スフィンクスはその偉大さを示すために建造されたものです。ギザには三つのピラミッドがあり、こちらはカフラー王のものです」

 

 案内人は丁寧にお墓の詳細について教えてくれた。

 王とは言え人の墓にここまでするなんて、ちょっと想像もつかないね。

 紀元前2500年代。

 今から4500年以上も前に建てられた古代の象徴を、私はぼんやりと眺めていた。

 

 

 観光を終えた私は、すぐにチャーター機でエジプトを発つ。

 

 ニューヨークに降りた私は、いつものように国連本部のビルを訪れた。

 倉庫で魔石を渡した後は、会議室でいつものメンツと向かい合う。

 

「マルデリタ嬢。少し聞いてもいいかね」

「はあ、なんでしょう」

 

 正面に腰かけたスカール氏は、少し改まったように問いかけてきた。

 

「エジプトで家を直したそうだが。魔石による修復というのは、建物以外にもできるのかね」

「ええ、魔石の量に応じて大抵の事は出来ます。

朽ちてから期間が開いたものはかなり難しいですが、それでも出来なくはありません」

「なるほど。ならば、死者についてはどうかね」

 

 彼は少し神妙な調子でこちらを見やる。

 確かに、死んだ人間が修復できるとなると話が大きくなる。

 ただ、答えは明白だ。

 

「マルデアにおいて死者の扱いは、地球と一緒です。

死んだ生き物の魂を戻す事だけは出来ません。お墓を作って祈るだけです」

「ふむ。やはり魔法でもそこは難しいか」

 

 スカール氏は深い息を吐いた。

 

「マルデアでも、死者の蘇生は古くから研究されていました。

ですが、現在では禁呪として扱われています。

成功事例がほぼない上に、術者が命を落とす事が多いからです」

「ふむ……、わかった。魔石にも限度があるという事を、各所にも伝えておこう」

 

 まあ、色んな要望が来るんだろうな。

 スカール氏も頭が痛そうだ。

 

 魔法にも、できない事はある。

 神様が本当にいるのかはわからないけど、生死だけはしっかりしたルールがあるんだろう。

 

 

 さて、話し合いを終えたら国連での仕事は終わり。

 私はその足ですぐに日本へと飛んだ。

 

 羽田空港に降りて、車で永田町へと向かう。

 政府との挨拶を済ませた後は、RPGメーカーへ直行だ。

 いよいよ、今回の旅のメインだね。

 

 本社ビルを訪ねて会議室に入ると、スーツ姿の面々が顔をそろえて待ってくれていた。

 

「ついに完成ですね」

「はい」

 

 ドラゴンクアスト11のパッケージが完成し、机の上に置かれている。

 そのイラストをぱっと見ただけで、これまで出してきたゲームと決定的に違う部分がある。

 

 それは、主人公を助ける仲間たちの存在だ。

 今までのゲームは基本的に主人公にフォーカスしたもので、仲間は臨時のお助けキャラくらいのものだった。

 ドラクアは個性豊かなキャラクターたちが物語を彩り、主人公の支えとなる。

 これぞ和製RPGといった感じだね。

 

「ソフトの初期出荷は一万五千本です。販売状況によっては、すぐに追加生産も予定しております」

「ありがとうございます。しっかりRPGと言うものをマルデアに伝えられるよう、頑張ります」

 

 話し合いを終えた後、営業さんから販売促進用のグッズを沢山受け取った。

 

 マスコットであるスレイムのぬいぐるみや、有名な漫画家先生のイラストが映えるポスター。

 さすがは国民的作品といった所で、目を引く華やかな見栄えが魅力たっぷりだ。

 ディレクターやプロデューサーたちと握手をし、私は本社のビルを出た。

 

「リナちゃーん! ドラクアを頼むぞー!」

「マルデアにRPGを伝えてくれー!」

 

 外で出待ちをしていたのは、ドラクアファンなのだろうか。

 警察に抑えられながらも熱狂的に叫ぶ彼らに、私は笑顔で手を振った。

 

 それから車に乗り込み、私は郊外の倉庫へと向かう。

 旅の終わりの入荷タイムだ。

 

 かなり量が多くなってきたので、作業員に手伝ってもらって荷物を輸送機に詰め込んでいく。

 ドラクアのソフトやスウィッツ本体。周辺機器など、扱う商品は来るたびに増えていく。

 

 今回はなんと本体が一気に三万台だ。

 ドラクアの発売に合わせて、またスウィッツの販売を拡大する戦略を用意している。

 うまくいけば、一気に普及速度を速める事が出来ると思う。

 

 輸送機に荷物を詰め込み、私は挨拶をして地球を後にした。

 

 マルデア星。

 ワープルームに戻った私は、研究所を出てガレリーナ社のビルへ向かう。

 二階に上がると、いつものようにフィオさんの通話対応の声が聞こえてきた。

 

「いえ、うちでは『食べたら大きくなるキノコ』は販売致しておりません。

体を巨大化する魔術製品でしたら、百貨店などでお求めください」

 

 何の話だ。

 まあ、マルデアのメーカーならでかくなるキノコくらい作れるだろうけどね。

 子どもにそういうのをプレゼントしたら喜ぶのかな。

 

「ただいま戻りました」

 

 オフィスに入っていくと、サニアさんが待ってましたとばかりに立ち上がる。

 

「お帰りなさい。ドラクアはどうだった?」

「はい、しっかりもらってきました!」

 

 私は輸送機から段ボールを取り出し、ソフトを一つテーブルに置いた。

 

「おっ、これは良いイラストではないか」

 

 ガレナさんがパッケージの絵に食いつくと、フィオさんもこちらに顔を覗かせる。

 

「メインキャラたちのデザインが素晴らしいです」

「やっぱ冒険に仲間がいると、賑わうっすね」

 

 メソラさんも、パッケージの見栄えに好感触だ。

 

 ドラクアが提示する、冒険と仲間たち。

 それは、今のガレリーナ社と重なる部分がある。

 

 うちも既に私とガレナさんだけではない。

 サニアさん。フィオさん、メソラさん。そして、ローカライズ担当の二人。

 少し変わってるけど、ちゃんと支えになってくれる仲間たちがいる。

 みんなで頑張れば、何だって乗り切れるはずだ。

 

 さあ、ここからはロールプレイング・ゲームをマルデアに届けるお仕事だ。

 まずは、販売店へ売り込んでいこう。

 

 



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第53話

 

 私たちガレリーナ社は、ドラクアの発売に向けて動き出した。

 まずは、営業回りだ。

 

 みんなで手分けして、販売店へと新作を売り込んでいく必要がある。

 私も販売促進グッズとパッケージを持ち、販売店へと営業に向かった。

 

 最初はやはり、都内に店を構える大きな玩具屋だ。

 カウンターで販売促進のポスターなどを見せると、店長は笑顔で頷いていた。

 

「ふむ、子どもが喜びそうなキャラクターたちが並んでいるな。

ぬいぐるみも可愛いじゃないか。これはどんなゲームなんだい?」

 

 興味を示した店長に、私はスウィッツの画面を見せながら説明を始める。

 

「このゲームは、ロール・プレイング・ゲームというジャンルです。

個性豊かな仲間たちを戦いで成長させながら、冒険の物語を楽しむというものです」

「ほう……。少しやってみてもいいかね」

 

 店長がゲームを触ると、やはり違いに気づいたのだろう。

 

「なるほど。敵に攻撃するとダメージが数値で出るのか」

「はい。敵を倒して行けばレベルが上がり、与えられるダメージ数も上がります。成長がわかりやすい形で示されるのです」

「それは面白そうだね。だが、子どもたちがその仕組みを理解できるだろうか」

 

 やはり不安もあるようで、店長さんは玩具屋らしく子ども視点で疑問点を投げかけてくる。

 

「ドラクアのシステムは、小学院の算数と同じくらいのものです。なんだったら、お子さんが遊んでいるうちに計算の勉強になったりするかもしれません」

 

 実際、RPGでお金のやりくりを覚えた子どもがここにいる。うん、前世の私だね。

 ちょっと知育的なアプローチをしてみると、店長は意外そうにこちらを見た。

 

「なるほど、そういう商品価値もあるか……」

「ええ。そしてここからはスウィッツ全体の話になるんですが、ゲームの販売を拡大するために、一つの策があります」

「その策とは何かね?」

「はい。ドラクアの発売に合わせて、スウィッツ本体をお買い求めしやすいよう、値段を下げる予定です」

「値下げだって?」

 

 驚く店長に、私は頷いた。

 

「はい。これまでスウィッツは、本体とハイパーマルオをセットにして小売価格が500ベルでした。

ですがここからは、本体のみで400ベルのお値段で販売していきたいのです」

 

 私は四本指を立て、笑みを浮かべてみせた。

 これが、ドラクアと共に用意した起爆剤だ。

 マルオの同梱をやめ、今後はお客さんが自分で最初のソフトを選べる形になる。

 ぱっと見は100ベル値下げに見えるけど、ソフトがついてないから実は20ベル下げただけだ。

 ただ、購入のハードルはかなり下がると思う。

 

 初めての価格改変に、店長さんは腕組みをして唸っているようだ。

 

「ふむ。マルオのセットをやめて20ベル安くするという事か。それは割安感が出るな。

ならば、発売日にスウィッツを二十台、ドラクアを十五本注文しようじゃないか」

「ありがとうございます!」

 

 その場での発注に、私はお礼を言って店を出た。

 

 スウィッツの注文を二十台取れたのは、新戦略の出足として上々だ。

 ただこの店舗でドラクアを十五本というのは、そこまで良くもない。

 

 やはり新しい物には渋くなりがちなのか。

 子どもがシステムを理解できるかどうか、そこがまだ疑問なのだろう。

 

 こうなると、別の層にも目を向けて行くのがセオリーだ。

 RPGの長所である"物語性"を売りにして、そういう物が好きな人をターゲットにできないだろうか。

 

 そう考えた私は、これまでに行ったことのないタイプの店に飛び込んでみる事にした。

 

 それはなんと、本屋である。

 デバイスであらゆるデータを処理するようになったマルデアにも、本屋は存在する。

 

 店の中はなかなか趣があり、マルデアに伝わる物語や伝記、魔術書などがズラリと並んでいた。

 映画の展示などもあり、本だけでなく物語全般を手広くカバーしている店舗だった。

 ここならドラクアの物語が通用するかもしれない。

 

 私は早速、奥のカウンターに腰かけていた店主に声をかけてみた。

 

「すみません、新しい商品のご案内なのですが」

「おや、魔術出版かね? それとも映画屋さん?」

 

 お年を召した男性が、メガネをかけてこちらを見上げる。

 

「いえ。私はビデオゲームを販売している会社の者なんです」

 

 私のプロフィールデータを送ると、彼は困惑したようにデバイスに目を落とす。

 

「ガレリーナ社……。いや、ビデオゲームは知っているよ。

近頃、娯楽界隈ではちょっとした話題だからね。

しかしあれは遊び道具だろう。うちは物語全般を扱う店だが、玩具は扱っていないんだ。

悪いが、これは私の拘りでね」

 

 きっぱりと断りを入れようとする店主。

 だが、私はグイと前に出る。

 

「いえ、このドラゴン・クアストはただの遊びではなく、冒険の物語を自らの手で楽しむ作品なのです」

 

 玩具を拒絶する店に対しては"ゲーム"と言う単語を捨て、相手のフィールドに飛び込んでいく。

 このトーク戦術で、私はゼルドの受注を幾つもゲットしたのだ。

 

「物語だって?」

 

 どうやら興味を持ってくれたようで、店主が画面に目を向けた。

 

「はい。この世界で誰かに話しかけると、ちゃんと返事がきます。

特定の人物に声をかけると、物語が進行します。冒険の先にどんな展開や人物が待ち受けているのか。

遊びながら体験していく事ができるのです」

「物語を、自分で体験するのか……。それは、見た事のないタイプの娯楽だね。

私がやってみてもいいかな」

「はい、どうぞ」

 

 スルスルとスウィッツを手に取った店主は、私が操作を説明するとすぐに物語を進めていく。

 ちょうど序盤で牢屋に入れられ、そこから脱走する展開だった。

 店主はそんな様子を、感心したように見守っていた。

 

「ほう……。これはいい。しっかりと話が転がっていくし、キャラクターを自分で動かせるのもいい」

「はい。それがRPGというものです」

「RPGか……。面白い。試しに少し発注させてもらおう」

「ありがとうございます!」

 

 どうやら彼の決意を促す事に成功したようだ。

 三セットではあるけど、未開拓な店舗からの発注をゲットする事ができた。

 ドラクアの物語性が、新たな顧客を掴み取ったのだ。

 

 

 

 それから一通り小売を回ったけど、反応の良い店は多かった。

 魔術具店の魔女店長は、ゼルドの好調を受けて前回の倍を発注してくれた。

 あの気難しいデパートの責任者なんて、「これは新しいタイプのアートかもしれん」と言っていたよ。

 キャラクターデザインを務める漫画家先生の絵は、わかりやすくチャーミングな中にも芸術性がある。

 マルデア人の目にも新鮮に映るみたいだ。

 

 

 ガレリーナ社へと戻ると、みんなもちょうど帰ってきた所だった。

 

「どうでしたか?」

「やったわよ! 今日は私だけで四百本売り込んだわ!」

 

 サニアさんは四本指を立ててドヤ顔だ。

 

「ストーリーがある事で、遊具に興味のない人にも目を向けてもらえたようだな」

 

 ガレナさんも、何かやり遂げたように満足気に頷いている。

 

「愛嬌のあるキャラがいっぱいいるのもウケがいいっす」

 

 メソラさんは、キャラクターグッズの店で発注を取る事に成功したらしい。

 

 仲間たちも成果は上々のようで、ドラクアの発注は順調な滑り出しを見せていた。

 結果として六千本以上の発注を取る事に成功し、発売の準備はしっかりと進んで行った。

 

 

 発売を数日後に控え、私は一日休暇を取っていた。

 お母さんの店には、ドラクアの販売グッズがズラリ。

 台の上に鎮座するスレイムの姿に、子どもたちは興味津々と言った様子だった。

 

「おばちゃん、これなーに?」

「ドラクアのモンスターよ」

 

 青いスレイムを手にした子どもに、お母さんが優しく答える。

 

「こいつと戦うの?」

「こんなの、俺でも一発だよ」

 

 ガキんちょたちは、可愛いスレイムを相手に勝利宣言をかましている。

 私はちょっとビビらせてやろうと、彼らに意地悪な顔をしてみせた。

 

「どうかな。薬草を持ってないと、そのうちやられちゃうよ~」

「やくそう? なんだそれ」

「こんなちっこいのに、負けねえよ!」

 

 からかわれるとすぐ反発する、単純な子たちである。

 でも、みんなポスターのイラストには惹かれているらしい。

 暇だったので、キャラクターを一人ずつ指して教えてあげる事にした。

 

「これが勇者。これが魔法使いだよ」

「ゆーしゃってなに?」

 

 少年が首をかしげると、私は微笑みながら彼を見下ろした。

 

「世界を守る、勇気ある者。ドラクアを始めたら、君はその日から勇者だよ」

「ゆーしゃ……。ぼくが、ゆーしゃになるゲーム……」

 

 おかっぱ頭の少年は、主人公の絵を見上げてぽつりとつぶやいた。

 そう。

 ドラクアは、"僕が勇者になるゲーム"だ。 

 前世の私もそんな気分になって、夢中で遊んでいたものだ。

 

 勇者の旅立ちの日は、すぐそこまで迫っていた。

 

 



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第54話

 

 それから数日後。

 ついにドラクアの発売日がやってきた。

 ガレリーナ社のオフィスには、朝から社員全員が集まってデスクについている。

 

「勇者たちは、もう旅立ったのかしら……」

 

 サニアさんは感慨深いのか、何やら陶酔したような雰囲気だ。

 

「今日は学生さんもお休みですから、そろそろ遊び始めてる頃でしょうか」

 

 フィオさんは比較的現実を見た予想をしていた。

 

「お客さんがどう反応するか、ワクワクするっスね!」

 

 メソラさんは、むしろ通話を待ちわびているようだった。

 

「どんな不測の事態が起きるかわからん。皆、気を引き締めてかかろう」

 

 ガレナさんの言葉に、社員全員が頷く。

 今回は新しいジャンルのゲームという事で、ユーザに向けて出来る限りのフォローはしておいた。

 ネットの公式ページには、サニアさんがしっかりとRPGについての説明を掲載している。

 

『まずは町の人たちに話を聞いて、旅のヒントを得るのよ。

外に出たら、敵が出てくるわ。

ダメージを受けたら薬草かホイムで回復して、HPを管理して戦ってね!』

 

 こんな感じで初心者向けに色々と用意したんだけど。

 もちろんプレイヤーからの質問は今回も沢山来るだろう。

 

 発売日には恒例となった、社を挙げての通話対応だ。

 いつも通り、朝の十時を超えたあたりからコールが鳴り始めた。

 私たちは競い合うように通話を取り、お客さんの声に耳を傾ける。

 

「これから旅に出るんだけど。知らない人の家に勝手に入ってもいいのかな」

「ドラクア世界では問題ありません」

 

「お城に行ったら逮捕されて牢屋に入れられちゃった。もう人生終わった……」

「もう少し進めてみましょう」

 

「青年になった主人公がレベル1なんだよね。じゃあ生まれた時のレベルはどうなるの?」

「0.1くらいですかね」

 

「剣とブーメラン、どっちがいいかな」

「どっちでもいいですよ」

 

「1のダメージってどれくらい痛いの?」

「犬に噛まれるくらいだと思います」

 

「地球って隣町に行くだけでこんなに敵と出会うんですか?」

「まあ、そんな地域もあるかもしれませんね」

 

 

 買い物に悩む人も多いようだけど、他にもしょうもない質問は山ほどあった。

 ドラクア世界と地球を同一視する人もいて、マルデアのゲーマーたちに大いなる誤解を与える事になりそうだった。

 朝から晩まで通信は鳴り続け、私たちは対応に追われた。

 

 

 午後九時になると、電話対応は強制的に終わりになる。

 さすがに深夜にかけてこられると困るから、お客様用の番号は午前九時から午後九時までと通信時間を決めたのだ。

 

「ふう、大変だったわね」

「でも、それだけ遊んでくれてるって事っすよ」

 

 ぐったりと机に突っ伏すサニアさんに、メソラさんがそう言って慰めていた。

 

「うむ。新しいジャンルがどう受け止められるか心配だったが、新鮮な世界観と冒険を楽しんでる人が多いようだな」

「ええ。ストーリーに驚いて、自分の事のように悩んでる人も多かったです」

 

 ガレナさんが満足そうに腕組みすると、フィオさんもうんうんと頷いた。

 自分の目線で物語を進めていくRPGに、マルデアのプレイヤーは戸惑いながらも旅を楽しんでいるようだ。

 

 実際、ドラクアの初動は良好だった。

 売切れる店もあったようで、すぐに発送して在庫を補填していった。

 

 そんなわけで、初日は大きなトラブルもなく乗り切る事ができた。

 私たちは仕事を切り上げ、帰宅する事にした。

 

 帰る途中にデバイスでマルデアのSNSを見ると、ドラクアをプレイしながら語っている人たちがいた。

 

「強い大剣を買うのにあと500ゴルドの金がいる……。金っ、金っ……」

「ゲームの中でも金のやりくりに悩む事になるとはな」

「薬草は安いけど、魔石五個分くらいの回復性能があるみたいね」

「毒消し草なんて、どんな毒かもわからないのに食べるだけで全部治してるよ」

「地球にはこういう草が生えてるんだろうか。一度食べてみたい所だな」

 

 やたら草に注目している人たちがいる。

 まあ確かに、ドラクアにおける草花の力は凄い。理由はよくわからないけど。

 ちなみに、地球に生えてる草にそんな力はない。

 

 

 家に帰ると、お母さんがすぐに夕食を用意してくれた。

 

「そう、他の店でも好調なの。よかったわね」

 

 食卓を囲みながら母さんと話すのは、もちろん新作ソフトの事だ。

 

「うん。お母さんのお店はどう?」

「今日は、ソフトを何人か買って行ってくれたわ。

あと、トッポ君が今度のお休みにスウィッツを買ってもらう事になったんだって」

 

 トッポ君は、こないだ勇者の絵を見て欲しそうにしていた子だ。

 ようやく両親の許可をとりつけたらしい。

 本体を買ってもらうのは、やっぱり記念すべき瞬間だ。

 休みの日なら、私もちょっと店を見てようかな。

 そんな風に考えながら、私は手元でスケジュールを確認していた。

 

 

 そして、二日後の休日。

 私はお母さんのお店の店番をして、ダラダラと過ごしていた。

 

 そこへ、おかっぱ頭の少年が胸を張ってやってくる。

 トッポ君だ。一緒に歩いてくるのは、彼のママだろうね。

 

 そんな少年の誇らしい姿を、近所のキッズたちは妬ましそうに睨んでいた。

 彼らはまだスウィッツを買えていないのだ。

 

「ほらトッポ。自分で注文してみなさい」

 

 母親に促され、少年はフンスと鼻を鳴らして前に出てくる。

 

「おねーちゃん、スウィッツとドラゴンクアストください!」

「はい、480ベルになります」

 

 私は母親から代金を受け取り、少年に本体とソフトを手渡した。

 

 トッポ君は本体を掲げ、嬉しそうにみんなに見せつける。

 

「やったよみんな! ぼく、これからゆーしゃになるよ!」

 

 彼はよっぽど勇者になりたかったのだろう。

 その感極まった発言に、しかし子どもたちは同調しなかった。

 

「何がユーシャだ、このうらぎり者め!」

「一人だけ抜け駆けしてスウィッツ買ってんじゃないわよ!」

「そうだそうだ! 罰として、ここでプレイしてオレたちに見せろ!」

 

 子どもたちの社会は思った以上に野蛮だった。

 そして、欲望に忠実だった。 

 

「わ、わかったよ。でも、どうすればいいかな」

 

 心優しいトッポ君はその提案を受け入れたようだ。

 仕方がないので、私が手伝ってあげる事にした。

 

 その場でスウィッツをセットアップし、うちの店先にある魔力元に繋ぐ。

 

「はい、これでうちの前でも遊べるよ」

 

 そう言って本体を手渡してあげると、トッポ君と少年たちが目を輝かせた。

 

「うわあ、ありがとうお姉ちゃん!」

「でかしたぜ、ねえちゃん!」

 

 早速、勇者としての冒険を始めるトッポ君。

 そんな彼のスウィッツに、少年少女が群がっている。

 

「おい、あっちの家に入ってみようぜ」

「知らない家に勝手に入っていいのかな……」

「ねえ、そのおばさんに話しかけてみてよ」

 

 画面を覗きながら、子どもたちがあーでもないこーでもないと騒いでいる。

 

「やくそうをいっぱい買おうかな」

「いや、ここは良い剣を買っとけよ!」

 

 買い物一つにも大揉めだ。

 ちゃんと進むんだろうか疑問だけど、楽しくやっているみたいだった。

 うちのお母さんもプレイしているらしく、楽しそうに話していた。 

 

「私、今レベル17なのよ。知ってる?

赤ずきんの女の子が色んな魔法使うんだけど。

その子が学院にいた頃のリナにちょっと似てるのよねえ。育成にも熱が入っちゃうわ」

「ええ? そうかなあ」

 

 似てると言われた魔法使いの少女は、なんていうかツンツンしてた。

 私、こんな感じではないと思うけどね……。

 まあ、背が低いのは似てるけど。

 

 

 と、近くのベンチから大人たちの声がする。

 

「ほう、君は左側からスキルパネルを?」

「ええ。悩んだけれど、やはり炎をまとった剣は魅力的だわ」

 

 スウィッツを手にした男女が、やたらシリアスに序盤の攻略について話し合っていた。

 あそこはコアファンのトークスペースになっているみたいだ。

 

 母さんが作り出したコミュニティの中で、RPGが確かに浸透し始めていた。

 

 



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特別編 マルデア星のゲーマー掲示板

 

ゲーマーたちの酒場@マルデア その45

 

1.名前:マルデア人ゲーマー一号

 

やあ、スウィッツを持っている君。ゆっくりしていきたまえ。

持っていない君。さっさと買いたまえ。

 

ここはマルデア人ゲーマーたちの酒場となった掲示板だ。

君のゲームへの愛を見せてくれると嬉しい。

 

 

2.名前:毎日マルオをやる男

 

ふう。

今日も何十人ものマルオを谷底に落としてしまったぜ。

 

 

3.名前:マルオ・ザ・マルオ

 

マルオの命は大切にしろよ……。

さて。ドラクアが出て十日が経ったな。みんな調子はどうだ?

 

 

4.名前:ドラクア中

 

レベルが99になったけど、そっから上がらなくなった。これはバグか?

 

 

5.名前:ゲーマーの知恵袋

 

いくつか報告があるが、レベルは99が上限らしい。それ以上は成長しない。

 

 

6.名前:俺が勇者

 

成長限界……だと……

 

 

7.名前:引退勇者

 

まあ、冒険にも終わりがあるってことだ。もうクリアしたけど、マジで面白かった。

プレイしてる間、俺はずっと勇者の気分だったよ。

 

 

8.名前:ベラニカの夫

 

没入感がやばいよな。魔法使いのベラニカちゃんの話で泣いたわ……。

 

 

9.名前:ドラクア中

 

おい。ここでネタバレしたらぶち転がすぞ

 

 

10.名前:ゲームの不思議

 

そういやさ、ドラクアの世界のそれなりに強い魔術師の魔力が100とか200とかだろ。

俺らも一応魔術師なわけだが、お前ら魔力どれくらいよ。

 

 

11.名前:魔術ゲーマー

 

まあ俺は500はあるな。

 

 

12.名前:大魔術ゲーマー

 

俺もまあ、800くらいかな。

 

 

13.名前:マルオくん

 

大魔術師が集まる酒場ですね……。

 

 

14.名前:エリートゲーマー

 

実際はお前らみんな20くらいだろ。メラズーマ一発も打てねえよ。

 

 

15.名前:魔術ゲーマー

 

現実を言うなよ……。

 

 

16.名前:マルデア人ゲーマー一号

 

話題を変えよう。

うちの子がハイパーマルオにハマったんだが、スウィッツの事を『マルオのおうち』と呼ぶようになった。

ゲーム機の中にマルオが住んでると思ってるらしい。

 

 

17.名前:マルオの親戚

 

可愛らしい話だ。

そういえば、最初の頃はゲーム=マルオだと思ってたな。

 

 

18.名前:エリートゲーマー

 

スウィッツの最初期タイトルがハイパーマルオとマルオカーツだからな。

丸顔おじさんのゲームが永久に出続けるんだと思ってたよ。

 

 

19.名前:マルオ・ザ・マルオ

 

俺はもっと出してほしいぞ! マルオ!

 

 

20.名前:事情通ゲーマー

 

ガレリーナ社員から流れてきた情報によると、地球で発売されたマルオのゲームタイトルはこれまでに100本を軽く超えるらしい。

 

 

21.名前:都会ゲーマー

 

はあ……? なんだあのオヤジ。地球でも支配してんのか。

 

 

22.名前:エリートゲーマー

 

カートレースだけじゃなく、色んな事をやってるのかもな。

『マルオのお料理教室』とか。

 

 

23.名前:マルオ・ザ・マルオ

 

丸顔のオッサンがぴょんぴょん飛び跳ねながら料理するゲーム。

いや、それはないわ……。

 

 

24.名前:アクションゲーマー

 

じゃあ『マルオのダンス教室』はどうだ。

 

 

25.名前:冷静なゲーマー

 

……俺たちマルデア人は娯楽を作るセンスがなさすぎるな。

やはりゲームは地球人に任せるべきなんだろう。

 

 

26.名前:敬虔なるゼルド信者

 

さて、ゼルドの話をしよう。

つい最近面白い技が発見された。

イカダに風船のようなアイテムを沢山つけて、空を飛ばす事ができるんだ。

今、ゼルドファンの間でイカダ飛ばしコンテストが開かれている。

 

 

27.名前:匿名のマルオさん

 

なんだそれは……。

 

 

28.名前:パズル好き

 

ゼルドファンは本編そっちのけで遊んでばっかりだな。

 

 

29.名前:爆弾投げまくり

 

ゴブリンを氷漬けにした写真のコンテストとかやってたな。

 

 

30.名前:敬虔なるゼルド信者

 

氷の中で固まったゴブリンが、いかに美しいポーズと表情をしているかを競ったものだな……。

 

 

31.名前:下手の横好き

 

どういう遊びだよ。

俺はずっと魔界シティをやってる。

二カ月ほど続けてるがまだ一度も全面クリアは出来ていない。

難しすぎる。

 

 

32.名前:上達ゲーマー

 

凄い根気だな。

つうかオールスターのゲームってかなり難しいよな。グラディアスも裏技なしだときついし。

 

 

33.名前:レトロ派

 

だがそれがいい。歯ごたえのあるゲームこそ俺が望むものだ。

また新しくオールスターパッケージ出してくれないかな。

 

 

34.名前:四ブロック

 

テトラスとかまだ遊んでるからな。

地球の古典ゲームは山ほどライブラリーがあるだろうし、ぜひ出してもらいたい。

 

 

35.名前:事情通ゲーマー

 

そういえば、このドラゴンクアストだがな。

地球じゃ11っていうナンバリングがついてるらしいぞ。

 

 

36.名前:ドラクア中

 

11……、だと……。じゃあ10までどこいったんだよ。

 

 

37.名前:事情通ゲーマー

 

知らん。多分古典作品なんだろうな。

 

 

38.名前:森のゲーマーさん

 

くそ……。マルデア人は11しか遊べないのか。

 

 

39.名前:山暮らしのゲーマー

 

地球には行ってみたいが、星間ワープなんて超絶エリートじゃないとそもそも使わせてもらえないからな。

俺たちは口をパクパクと開けて餌を待つひな鳥なのさ。

 

 

40.名前:ひな鳥

 

ピーピー(ゼルドもっと出して)

 

 

41.名前:ひな鳥2

 

クックルー(マルオの新しいゲームをおくれ)

 

 

42.名前:ひな鳥3

 

クピーポー(RPGをもっとくれ!)

 

 

43.名前:冷静なゲーマー

 

あーあ。アホ鳥の要望スレになっちまったよ。

 

 

44.名前:ロッツマンに愛を

 

とりあえず現状でも定期的にゲームが来るんだから。お前らはそれで満足しろ。

そしてガレリーナ社はロッツマン3を出せ。

 

 

45.名前:盆地ゲーマー

 

出たなロッツマン野郎……。

 

 

46.名前:HP999

 

ガレリーナ社は今後半年くらいの発売リストとか出してくれねえかな。

発売予定を見て夢を馳せたいわ

 

 

47.名前:ルイジ派

 

まだまだ知らんジャンルがあるんだろうなあ。

できれば、マルオカーツみたいに対戦出来るやつがほしい。

 

 

48.名前:グライダーマン

 

まあ要望ばっかり言っても仕方がない。ガレリーナ社の人員は限られてるんだ。

遠い星の娯楽がちゃんとマルデア語で遊べるんだから、ありがたい話だ。

 

 

49.名前:エリートゲーマー

 

確かに。よくもまあ野蛮の星と言われてる地球へ行って、娯楽を買い付けようなんて奴がいたもんだな。

 

 

50.名前:引きこもりゲーマー

 

星間ワープを使えるくらいの権限を持つ超エリート。

そして未開の星へ一人で飛び込んでいく勇気。

この二つが必要になるな……、誰だよ一体。

 

 

51.名前:田舎のゲーマー

 

リナ・マルデリタっていう魔法省に勤めてた奴らしいぞ。

 

 

52.名前:学歴主義

 

マルデアの権威たる魔法省を蹴って地球行きとか、左遷とかいうレベルじゃない。

 

 

53.名前:ロッツマンに愛を

 

彼女がロッツマンを連れてきてくれたんだ。ありがとうリナ。

 

 

54.名前:エリートゲーマーさん

 

つうか貿易した人物の情報なんてどこで知るんだ。

 

 

55.名前:マルデア人ゲーマー一号

 

ガレリーナ社の通信ページに書いてあるぞ。

社の創始者であり副社長リナ・マルデリタ。

彼女が地球のゲームをマルデアに持ち込んだ張本人だ。

 

 

56.名前:ドリフトキング

 

ちなみに、リナの母親がマルデア初のゲーム専門店を経営してるよ。

ゲームのサントラや地球の音楽が流れてるから、行ってみるといい。

 

 

57.名前:海辺のゲーマー

 

私も行ってみた。お母さん凄く愛想のいい人だったし、休日だったからリナちゃんもいたよ。

普通の可愛い女の子だった。

 

 

58.名前:エリートゲーマー

 

可愛い女の子が一人で地球に行ってるだと……。

 

 

59.名前:しおれたゲーマー

 

なんかガレリーナ社の社員募集が魅力的に見えてきたな。

 

 

 

-----------------

 

 

 そこまで読んで、私はデバイスをスクロールする手を止めた。

 私やお母さんの名前が出てるね。

 どうやらコアなファンには知られちゃってるみたいだ。

 ていうか、変な動機で会社に応募されるのは困るね。

 まあ、うちは元々変な人ばっかりだけど。

 

 ともかく、マルデアのゲーマーたちも存分にゲームを楽しんでいるらしい。

 このひな鳥たちにまた新しい餌を与えなきゃいけないし、私も頑張ろうかな。

 



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第55話

 ドラクアの発売から二週間。

 ゲームの販売は好調に進んでいた。

 思ったよりスウィッツを買ってくれた人たちは、新しい遊びに対してオープンらしい。

 

 それに、本体の売り方を変えたのも効果は大きかったようだ。

 都内の玩具屋へ様子を見に行くと、店長さんが嬉しそうに話していた。

 

「以前からゼルドやテトラスを欲しがってたお客さんが本体ごと買う事も増えてね。値下げ分以上に利益が出ているよ」

 

 カウンターで話をしていると、小さな女の子がスウィッツを持って歩いてくる。

 

「400ベルになったから、ママが買ってくれたの!」

 

 マルオカーツの画面を見せつけてくる少女は、とても誇らしげだ。

 彼女はキャッキャと喜びながら走り去って行った。

 子どもにとっても、値段は親を説得するための重要なファクターになるらしい。

 

 会社のオフィスに戻ると、サニアさんが嬉しそうにしていた。

 

「社員の応募がまた一人来たわよ。有名学院卒みたいだし、通しても問題ないわよね」

 

 履歴書だけで通すって、それでいいんだろうか。

 疑問を抱きながらも、やはり人手は欲しい。

 

「そろそろローカライズ専用のオフィスを借りるべきっすかね」

「ええ」

 

 メソラさんの声に頷きながら、室内を見回す。

 ガレナさんと二人で立ち上げたガラガラのオフィスが、今や社員たちの荷物で溢れている。

 ゲーム事業の拡大は一歩ずつ、着実に進んでいた。

 

 メープルシロップも少しずつ口コミが広がったのか、シェラードさんの店以外からも発注が来た。

 会社が少しずつ大きくなっていくのを感じながら、私は仕事に打ち込むのだった。

 

 

 

 そして、一週間後。

 マルデアに戻ってから一月ほどが経った。

 今月はスウィッツが四万台近く売れ、ソフトも合わせてかなり大きな利益が出た。

 

 私は稼いだお金で四万個の魔石と、四百個の縮小ボックスを買った。

 荷物を輸送機に入れてポケットに仕舞えば、出発の準備は完了だ。

 いつものように研究所に向かうと、ガレナさんがワープの用意をしてくれていた。

 作業に打ち込んでいた彼女は、研究室に入ってきた私に笑みを浮かべる。

 

「やあリナ、来たか。いよいよ次はアレがやってくるんだな」

「ええ、しっかり入荷してきます」

 

 ガレナさんは次のゲームが楽しみなのか、準備に余念がないようだ。

 

 実は次の新作ゲームは、レトロオールスタ―を選ぶときに筆頭候補だった作品だ。

 あえて前回のオールスターからは外し、メーカーとローカライズについてしっかり議論してきた。

 

 格闘ゲームというジャンルをマルデアで成功させるには、どうすればいいか。

 話し合いの結果、やはり地球で『格ゲーブーム』を生んだアーケード機から出そうという結論になった。

 アーケードとは、ゲームセンターにある業務用の巨大なゲーム機の事だ。

 

 そう。今回は格闘ゲームの火つけ役、スタリーツファイター2の旅だ。

 

 『スタ2』の愛称を持つこのタイトルは、一対一で向かい合って戦う対戦ゲームである。

 マルデアでも一対一の魔術戦がスポーツとして親しまれているから、受け入れやすいと思うんだよね。

 

 ワープの目的地になる国も、ゲームに関連した場所になる。

 

 丁度タイのバンコクで、スタリーツファイターの大会が開催されるのだ。

 世界中のプロや腕自慢が集まり、しのぎを削り合うトーナメント戦。

 

 もちろん、日本のトップ選手たちも来る予定だ。

 そこに私は、ゲストとしてこっそり参加する事になった。

 メーカーとやり取りし、極秘のサプライズ参加を予定している。

 

 これは、スタ2のアーケードをマルデア向けに発売する前夜祭のようなものだ。

 ガチで勝ちに行くのは無理だから、まあ私は盛り上げ役だね。

 

 SNSで地球の格ゲーコミュニティを眺めると、その仕込みがちょっとした話題になっていた。

 

xxxxx@xxxxx

「タイの大会だが、リナ・マルデリタと言う名前でエントリーしてる奴がいる」

xxxxx@xxxxx

「ネタの偽名だろ。本人が来るとか無い無い」

xxxxx@xxxxx

「無名プレイヤーが目立つために変な名前つけたんだろ」

xxxxx@xxxxx

「ゴリゴリのリナ・マルデリタ(男)が来るんだろう……」

 

 誰も私だとは信じていないようだ。これはきっと、みんな驚くだろうね。

 さて、ワープの準備が終わったようだ。

 

「よし、目的地をタイの首都に設定した。私にできる事はやったぞリナ。しっかりアーケード機を持ち帰ってきてくれたまえ」

 

 ガレナさんは私の肩をポンポンと叩いてくる。

 彼女はまだアーケードの実物を見た事がないから、気になるんだろうね。

 

 ただまあ、一発でバンコクに降りれるとは私も思ってない。

 

「まあ、市街地ならどこでもいいですよ」

「うむ、しっかりと飛ばして見せよう」

 

 自信満々なガレナさんの笑みに、私は少しだけ不安を感じるのだった。

 

「じゃあ、行ってきます」

「ああ。健闘を祈る」

 

 そうして、私はまたもマルデアから姿を消した。

 

 

 

 次の瞬間。

 私は青空の下にいた。

 カラッとした空気感。

 まっすぐ伸びるアスファルトの路面。

 ブルンブルンとバイクが二台、三台と通り過ぎていく。

 うん、バイク多いな。

 これがタイか。

 

 今回も魔術式のヘアバンドをしている。

 黒い髪になって帽子で耳を隠した私は、もはや地球の女子……、に見えるかな。

 堂々と歩いていこう。

 

 南の国といった感じで、木々もカサカサした感じだね。もう秋だけど、気候は温かい。

 少し進むと、市街に出た。

 商店のある通りは、人と活気に溢れている。

 グルグルと縄を回して遊んでいた子どもに声をかける。

 

「ねえ、ここなんていう町なのかな」

「パヤオだよ!」

 

 パヤオ……。うん。天空の城が浮いてそうな地名だね。

 ただスマホで調べると、首都のバンコクからはかなり遠いようだ。

 

 今回は会場まではバレずに行きたいし、お金はあるからタクシーでも乗って行こうかな。

 まずは乗り場を探さないと。

 私は町の中心に向かって、周囲を見回しながら歩いていく。

 

 と、路地の方で何やら騒ぐ声がした。

 見れば、若い男たちが集まっている。

 それも穏やかな様子ではない。

 ガラの悪い男たちに、黒髪の青年が囲まれているらしい。

 

「くそっ、俺のバイクを返せよっ! 必死で働いて買ったものだぞ!」

「嫌だね。サムットなんかにNINJAの新型なんて似合わねえんだよ」

「返してほしけりゃ、力づくでとり返してみな」

 

 どうやら、青年が買ったばかりのバイクを不良たちに取り上げられたらしい。

 なんて奴らだろうね。

 

「この野郎っ!」

 

 からかう男たちに、サムットと呼ばれた青年が拳を上げて立ち向かっていく。

 だが筋骨隆々な不良が、彼に容赦なく拳を叩きつける。

 

「ぐぅっ」

 

 腹にブローを食らったサムットさんは、紙きれのように吹き飛んで地面に倒れてしまった。

 

「けっ、雑魚が。てめえに250のバイクなんて百年はええんだよ」

「そうだぜ。サムットは今まで通りボロいスクーターでも乗ってろや」

 

 不良が青年のバイクに手をかけながら、嘲りの言葉を浴びせる。

 見てて気分の悪い光景だ。

 我慢できなくなった私は、彼らの前に出て行く事にした。

 

「あなたたち!」

 

 声を張り上げると、男たちが振り返る。

 

「なんだお前」

「可愛い外人の女の子じゃん。俺たちと遊びたいの?」

 

 不良たちは、私の姿を見てニヤニヤと笑みを浮かべていた。

 

「彼のバイクを返してあげてください。あなたたちのやっている事は強盗に当たります」

 

 私は怯える事なく警告してみせるが、彼らは楽しそうに笑うばかりだ。

 

「はっはっは、違うぜ嬢ちゃん。俺らはサムットに教育してやってんだ」

「そうだ。実力で俺らから取り返せないようじゃ、このバイクに乗る資格はねえよ」

 

 どうやら、NINJAというのは不良たちにとってそれなりに格のあるバイクらしい。

 だからといって、こんなやり方が許せるはずもない。

 

「では、私が実力であなた方から取り返しましょう」

「は、はあ?」

 

 私の宣言に、彼らは驚いているようだった。

 こいつらを倒すのは簡単だけど、魔法を派手に出して目立つとあまりよくない。

 大会まではこっそり行って、サプライズしなきゃいけないのだ。

 

 なら、魔術に見えないように肉弾で戦えばいい。

 こんな奴らは、ストリートファイトで片づける。

 

 





最近、ここすきが多くてうれしいです。
ありがとう…。


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第56話

 タイに降りた私は、現地の不良たちとストリートファイトで戦う事になった。

 

 戦闘に入る前に、自分に敏捷と強化の魔術をかける。

 これなら身体能力として誤魔化せるだろう。

 相手も武器は持っていないようだし、これで十分だ。

 

「嬢ちゃん、よっぽど俺たちと遊びたいらしいな」

「へへへ。ベッドでたっぷり可愛がってやるぜ」

 

 こちらにじわじわと近づいてくる不良たち。

 その先頭の一人に向かい、私は地面を蹴った。

 

 直後、私の体は男の懐に潜り込んでいた。

 

「はっ!」

 

 突き上げた拳が、翔流拳のように敵の顎をヒットする。

 

「うぉぉっ」

 

 すると不良は吹き飛び、二メートルほど離れた地面に倒れた。

 

「なっ……」

「ヘラムが一発で……」

 

 男たちは、完全にのびてしまった不良を見下ろして驚いている。

 

「さあ、次は誰ですか」

 

 私は手招きのポーズで、彼らを挑発する。

 

「このアマ、やりやがったな!」

 

 すると、頭に血が上った不良たちが襲い掛かってきた。

 

「おらぁっ!」

 

 私の顔くらいある巨大な拳が襲いかかる。

 私は回転しながらそれを躱し、宙に飛び上がった。

 

「はあっ!」

 

 そして竜巻千空脚のような勢いで、男の胸に右の回し蹴りを食らわせる。

 

 ドコォッ、と音がして、二人目が吹っ飛んでいった。

 ついでに目の前に来ていた男にも、左足で顎を蹴り飛ばしておく。

 

「ぐあぁっ」

 

 一気に三人が倒れ、残った不良は二人だ。

 

「な、何だよこの女、めちゃくちゃ強いぞっ!」

「くそっ、ずらかるぜっ」

 

 彼らは恐れをなしたのか、仲間を捨てて逃げてしまったようだ。

 残されたのは、新品の綺麗なバイクだけだ。

 

 まあ、ただの丸腰の不良でよかった。

 もし武器を持っていたら、停止魔法拳を使わざるを得ない所だ。

 

「無事に取り返せたみたいですね。大丈夫ですか?」

 

 私は息をつき、壁に座り込んだサムットさんに声をかける。

 

「あ、ありがとう。君は、その強さは一体……」

 

 彼は倒れた不良たちと私を見比べながら、呆然としているようだった。

 

「あはは。ちょっと格闘技をやってまして。

道に迷ってるんですけど。バンコクへ行くにはどうしたらいいでしょうか」

 

 私が誤魔化しながら問いかけると、サムットさんは気を取り直したように立ち上がる。

 

「それなら、乗せて行ってあげるよ。助けてもらったお礼だ」

 

 単車にまたがり、後部座席を叩く青年。

 どうやら、バイクで首都まで向かってくれるらしい。

 私はお言葉に甘えて、彼の後ろに乗る事にした。

 

 ウォンと唸り声が上がり、二人を乗せたNINJAがタイの道路を走り出す。

 のどかな景色が移り変わる眺めは、なかなか乙なものだった。

 

「俺は前からNINJAに憧れていてね。工場で働いて、ようやく買ったバイクなんだ。

奴らから取り返してくれて嬉しかったよ。ありがとう」

 

 サムットさんはメット越しに話しながら、誇らしげにバイクを走らせる。

 車体に入っているKAWASAKEのロゴは、前世の私にも馴染みのあるものだった。

 こんなに大事にしてくれたら、作った人も嬉しいだろうね。

 

 

 

 午後二時頃。

 ようやく私たちは首都のバンコクに辿り着いた。

 

「へえ、ゲーム大会に出るのか。面白そうだね」

 

 サムットさんは私の話を聞くと、快く目的地の会場まで向かってくれた。

 大きなホールの前にバイクを止め、ヘルメットを脱ぐ。

 

「会場はここみたいだな」

「はい。ありがとうございました」

 

 私が礼を言うと、彼は優しい笑みを浮かべていた。

 

「俺もスタリーツファイターは好きなんだ。せっかくだし、君の試合を観戦していくよ」

 

 サムットさんも格ゲー経験はあるらしく、一緒に会場に入る事になった。

 

 会場の中は、既にゲームの選手たちでごった返していた。

 動画配信で見たプロ選手の姿もある。ちょっとドキドキしてきたね。

 

「じゃあ、私は試合があるので」

「ああ。頑張ってね」

 

 気の良いタイ人と別れた私は、帽子を深く被って目立たないように歩き出す。

 見れば、スタッフルームの前にゲームメーカーの社員さんと思しき人がいた。

 

「すみません、私こういう者ですが……」

 

 ちらりと帽子を上げて日本語で声をかけると、彼はぺこぺこと頭を下げてきた。

 

「リナさん、いやあ本当に来てくれたんですね。この度はどうも、わざわざ御足労頂いてありがとうございます」

「いえいえ。大会はもう始まってますか?」

「ええ。リナさん名義で一回戦の最終試合にエントリーしていますので、そこで出て頂ければと」

 

 それから少し打ち合わせをして、私は試合会場を確認する事にした。

 

 会場は普段ボクシングの試合などを行っている場所らしく、中央にはいわゆるリングが設置されていた。

 その中央で、モニターに向かって選手たちがスタリーツファイター5で対戦していた。

 攻撃が決まるたびに観衆たちが歓声を上げる。

 さながらリアルスポーツの試合のような盛り上がりだ。

 

 しばらく観戦を楽しんだ後、いよいよ私の出番がやってきた。

 控え室に向かうと、日本向けの配信で実況解説している人たちの声も会場に響いていた。

 

「さて、次は一回戦最終試合となります。

対戦するのは、日本が誇るトキダ選手。

対するは国籍不明、正体不明。リナ・マルデリタ選手です」

「マジですか? それマジなやつですか?」

 

 解説の問いかけに、実況は肩をすくめて紙をヒラヒラさせる。

 

「こちらには選手の情報がないので全くわかりませんね。

ただ、マルデア大使の名を使うとはいい度胸だと言っておきましょう。

eスポーツはガチであると同時にエンタメでもあります。

面白いパフォーマンスを見せてくれる事を期待しています!」

 

 ほんとに解説の人たちも私が登場する事を知らないようだ。

 なんというか、ちょっとドキドキするよね。

 

「それでは入場です。赤コーナー、ジャパニーズファイター、トキダァ!」

 

 ついに入場曲が鳴り響き、向かい側から日本の選手がリングへと上がってくる。

 

「おおおおおおお!」

「トキダァァァ!」

 

 歓声が凄い。

 異様な盛り上がりを見せる客席の間を、トキダ選手はまっすぐ進んでリングに上がった。

 さて、次は私だ。

 

「青コーナー、国籍不明、年齢不詳、リナ・マルデリィィタァァァ!」

 

 実況のコールを受けて、会場がざわつく。

 私は帽子を取り、胸を張って入場する事にした。

 

「ピンク色の髪だっ」

「おい、本物のリナっぽいぞ!」

「コスプレで似てる子呼んだんじゃないの?」

 

 どよめく声を上げながら、客たちが注目している。

 ここは手っ取り早く、自分だと証明しておくべきだろう。

 

「飛べ」

 

 私は浮遊魔術でフワリと浮き上がり、会場の宙を舞い進む。

 そして、リングの上にダンと音を立てて着地した。

 更にポケットのカプセルを取り出すと、何もない所に突然でかいリヤカーが現れる。

 

「おーっと、これはガチだ! 本物のリナ・マルデリタです!」

「今、間違いなく空飛びましたねあの人」

 

 実況解説の声に、会場が一気に盛り上がる。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおお!」

「リナ! リナ! リナ!」

 

 凄い熱気だ。

 思わず身震いしてしまうね。

 

「これは大会運営のサプライズなのでしょうか!

それともリナ・マルデリタ本人の独断なのでしょうか!」

「今日ずっとスタッフさんがニヤニヤしてたので、仕込みでしょうね」

 

 実況解説もノリノリの様子だ。

 相手のトキダ選手は場慣れしているのか、堂々とこちらに声をかけてきた。

 

「リナさん、はじめまして。本物が来るなんてびっくりだよ。ほんとに試合するの?」

「はい。せっかくですから、よろしくお願いします」

 

 まあ、これはエキシビションマッチなのだ。

 盛り上がればそれでよし。

 

 私は手前の席に腰かけ、インド僧侶のキャラを選ぶ。

 炎と伸びる腕を使う、孤高の男である。

 

「リナ・マルデリタ選手の腕の方はどうなんでしょうか!」

「リアルファイトならリナ選手の圧勝だと思いますが、今回はスタ5ですからね。

たとえ上手いとしてもプロ相手には難しいでしょう」

「トキダ選手がいかに空気を読んでいくか。その辺がポイントになりますね」

 

 実況解説が多少選手を煽っているようにも聞こえたけど、気のせいだろうか。

 ともかく、試合に集中しよう。

 私は席につき、用意されたアーケードコントローラーに手をかけた。

 

 

 試合が始まり、トキダさんのキャラクターである鬼の男が迫ってくる。

 私は僧侶の炎とゴムのような腕で、トキダさんになんとか対抗する。

 ガチでやったら多分瞬殺だろうし、だいぶ抜いてくれているようだ。

 トキダさんの素晴らしい空気読み能力で、試合は接戦にもつれ込んでいた。

 

「リナー! いけるぞー!」

「一発入れたら勝ちだっ!」

 

 会場は私に味方してくれていた。

 だが、最後はやはり腕に違いがありすぎた。

 ギリギリの所で怒涛の攻撃を受け、私のキャラはドサリと地に伏した。

 "瞬劇殺"のキメは、やっぱりかっこいいね。

 

「トキダさん、試合ありがとうございました」

「こちらこそ。大会を盛り上げに来てくれてありがとう」

 

 試合が終わり、私たちは握手を交わし合った。

 その後実況の人からマイクをもらい、私はカメラの前に出た。

 ネットで配信を見ている人たちや、会場にいるお客さんに向けてのスピーチだ。

 

「地球のみなさん、こんにちは。リナ・マルデリタです。

こんど、マルデアでもスタリーツファイター2のアーケードがデビューします。

みなさんが作り出した対戦ゲームの熱気を、いつかマルデアでも再現できたらと思っています。

では、ここからも皆さんで盛り上がってください!」

 

 私の言葉に、会場がまた大きく湧き上がる。

 

「うおおおおおおおおおおおお!」

「俺たちは遠い宇宙の星と、ゲームで繋がってるんだ!」

「リナ! リナ! リナ!」

 

 腹の底から湧き上がる叫びが、ホールに響き渡る。

 まるで会場内のみんなが祝福に包まれているようだった。

 ゲームを愛する人々の情熱ってのは、凄いもんだよ。

 

 




よかったらpixivで「リナ・マルデリタ」と検索してみてください。
素敵なファンアートを幾つも描いてもらっています。


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第57話

 

 試合のイベントが終わった後。

 私はスタッフルームに戻って、大会運営の方と挨拶をした。

 

「いやあ、盛り上がりましたよ。来て頂いてありがとうございました」

「いえ、こちらこそ楽しかったです」

 

 スマホでゲーム配信サイトを見ると、大会の模様が今もリアルタイムで流れていた。

 コメント欄の視聴者たちは大いに盛り上がっているようだ。

 

「やべえ、同時視聴者数が百万超えてたぞw」

「リナを見に来た一般人だろうな」

「来てくれてありがとうリナ!」

「マルデア人よ、スタ2を楽しんでくれ!」

 

 喜びに溢れた人々の声を見ると、私も嬉しくなる。

 仕事にも気合が入るってもんだね。

 

 

 それから、会場の前に警察の車が何台もやってきた。

 

「午後五時二十七分、マルデリタ嬢の無事を確認!」

 

 毎度の事だけど、警官たちは私の事で大騒ぎだ。

 なんか色々申し訳ないね。

 

「マルデリタ嬢、こちらの車へどうぞ。王宮で国王がお待ちです」

「ど、どうも」

 

 私は案内されるがままに黒塗りの車に向かう。

 と、その時。後ろから大きな声がした。

 

「リナ、君は本物のリナだったんだね!」

 

 振り返ると、バイクにまたがった青年の姿があった。

 サムットさんだ。

 

「リナ、ありがとう! いい試合だった。NINJAは大切にするよ!」

 

 警察に止められながらも、彼は叫び声を上げていた。

 

「ええ、サムットさんもお元気で!」

 

 青年に手を振り、私は後部座席に乗り込んだ。

 これが旅の出会いと別れってやつだね。

 

 

 さて、出発だ。

 私を乗せた車はバンコクにある王宮へと向かう。

 荘厳な宮殿に入っていくと、国王が出迎えてくれた。

 

「ようこそ、マルデア大使殿。タイの旅はいかがでしたかな」

「とても温かい国で、楽しかったです。パヤオにいた優しい青年が、私を案内してくれました」

 

 縮小ボックスを渡すと、彼らは喜んで土産を沢山くれた。

 毎回何かしらいっぱいもらうんだけど、どう扱うか迷うんだよね。

 とりあえず、お母さんに渡したら喜んで使ってるけど。

 

 政府との挨拶を終えると、車はホテルへと走り出す。

 途中で、有名なワットアルンという塔のような形をした寺院を見た。

 灯りに照らされて黄金色に輝く塔が、前を通る川の水面に映し出される。

 とても奇麗な眺めだった。

 

 

 宿泊所に着くと、私はいつものようにスイートルームへ案内された。

 ベッドの上でゆっくりしながらネットを見ると、大会の時に撮影されたのだろう。

 私の動画が出回っていた。

 

 中でも人気があったのが、私が入場口から空を飛び、試合のリングに降りてくる映像だった。

 

xxxxx@xxxxx

「凄い、飛んでる!」

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「リナ・マルデリタ参戦!」

xxxxx@xxxxx

「ファイティングポーズとってるね」

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「みえた」

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「会場めっちゃ盛り上がってるな。俺も行きたかった」

 

 

 もちろん、私がトキダさんと対戦する動画も流れていた。

 

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「見ろ。それっぽく接戦に持ち込むトキダのやさしさを」

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「リナはよくがんばったよ」

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「女の子がアーケードのボタンをバンバン叩いてるの可愛い」

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「良い戦いだった!」

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「日本の選手が使ってる鬼のようなキャラは何だい」

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「それは鬼だよ」

 

 格ゲーに馴染みのない人からもコメントが来ていたようだ。

 私がyutubeに上げなくても動画が勝手に出回るのは、便利と見るべきなのだろうか。

 まあ盛り上がってるようで何よりだ。

 そんな感じで、タイの旅程は終わったのだった。

 

 

 翌日。

 私は朝一番でチャーター機に乗り、ニューヨークへと向かった。

 国連本部の会議室に向かうと、スカール氏がいつにも増して疲れた顔をしていた。

 なんかもう、やりきれないといった表情だ。

 

「スカールさん、どうしたんですか?」

「いや、マルデリタ嬢が気にするような事ではないんだが……。

君はネットの格闘ゲーム大会の番組に出たようだね」

「はあ、それがどうかしましたか」

「うむ。それを見た各国のテレビ局などから、君への出演依頼が殺到しているんだ」

「え……」

 

 私にテレビに出て欲しいってことだろうか。

 

「君は星の大使で、タレントのような露出はしないと思われていた。

だがああいう番組に出演するとわかると、メディアは黙っていない。

タレントとして見れば、君は絶対に視聴率が取れる金の卵だからね。

まあ安心してくれたまえ。君が望まぬ限り、出演依頼はこちらで止めておくよ」

「そ、そうですか」

 

 テレビか。一回くらいは記念に出てもいい気がするけど、今は忙しいね。

 私はとりあえずスカール氏にそのあたりの事を頼み、今回の会議を終えた。

 

 魔石を全て渡し終えた後は、チャーター機で日本へと向かう。

 

 さあ、次はゲームだ。

 

 

 日本に降りて永田町を経由した私は、そのまま大阪へと向かう。

 やってきたのはもちろん、CAPKEN社だ。

 

 巨大なビルをエレベーターで上がり、案内されるがままに一室へ。

 

「ようこそリナさん。はじめまして」

「はじめまして。よろしくお願いします」

 

 社長さんと握手を交わし、少しばかり談笑する。

 それから別室で、社員の方々と本題に入る事にした。

 

 傍に置かれているのはもちろん、『スタリーツファイター2』のアーケード機だ。

 

「ついにスタ2が星を超えるのか……。感慨深いけど、ちゃんと受け入れられるか心配だね」

 

 年配の社員たちがアーケードの回りに集い、その思いを語り合っていた。

 

 スタリーツファイターは、文字通り格闘ゲームの顔役とも言える存在だ。

 1991年に発売された第二作が爆発的なヒットとなり、日米を中心に格ゲーブームを巻き起こした。

 当時ゲームセンターという空間の中では、スタ2が強い事がステータスだったのだ。

 負けたら本気でキレる人もいて、リアルでぶっとばされそうだったけどね。

 

 このゲームのローカライズには、かなり慎重な議論がなされた。

 なぜならスタ2は、地球文化に強く根差したゲームだからだ。

 登場するファイターは、空手家や力士。

 チャイナドレスに軍人。ボクサーや僧侶などなど。

 各国を象徴するような戦士たちが揃っている。

 

 こういった要素がマルデアで受け入れられるかは、少し不安があった。

 ビジュアル変更の案も出て、何度も話し合った結果。

 

「やっぱこのまま、変更なしでいこう」

 

 それが結論だった。

 見栄えに変更を入れたら、それはもうスタ2じゃない。

 キャラの色が殺されてしまう。

 ファイターたちの個性が爆発してこそ、スタリーツファイターなのだ。

 

 だから、そのまま出して勝負する。

 それが彼らの答えだった。

 

「触ってもらいさえすれば面白さは伝わると思います。

あとは私たちの営業で、しっかりお店に置いてもらえばきっと上手くいきます」

 

 私が社員さんたちにそう告げると、プロデューサーの男性はこちらに手を差し伸べてきた。

 

「ありがとうリナさん。じゃあ、スタ2をよろしくお願いします」

 

 しっかりと握手をした後、私は倉庫へと向かった。

 新品で用意されたアーケード機が、ずらりと並んでいる。さすがに重厚感があるね。

 

 この業務用機の値段はお安くない。何十万円という値段で販売店に卸すものだ。

 店側は多くの人に遊んでもらえれば利益が出る形になる。

 

 これは一台で二人対戦ができるタイプで、コントローラーが左右についていた。

 

「とりあえず最初は試しに五百台という事で、ご用意させて頂きました」

「すみません。色々と都合を合わせて頂いて」

 

 硬貨の投入部分は、マルデアのコインサイズに合わせてもらった。

 電源については、私がアーケード専用の変換機を用意している。

 

「遠い星でアーケード文化や格闘ゲームが根付く事を祈っております」

 

 営業さんはそう言って頭を下げていた。

 私が輸送機にアーケード機を全部詰め込むと、彼はとても驚いていた。

 

 それからゲーム機メーカーの倉庫に向かい、いつものように変換機の部品を受け渡す。

 スウィッツを三万五千台とソフトや周辺機器などを輸送機に入れて、今回のスケジュールは終わりだ。

 

 沢山の人の想いが詰まったスタ2と言うゲームを、私はしっかりと背負った。

 さあ、マルデアに帰ろう。

 

「それでは、失礼します」

 

 腕のデバイスを起動すると、私の体を光が包んだ。

 



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第58話

 マルデア星。

 ワープルームに戻ってきた私は、いつものようにオフィス街にあるガレリーナ社へ向かう。

 もう五時過ぎで、仕事は終わっている頃だ。

 

 ビルの二階に上がると、フロアから賑やかな声がした。

 何やらみんなで集まってゲームをしているようだ。

 大モニターに写されていたのは、汽車のスゴロクでお馴染みのあのゲームだった。

 

「あぁぁっ、赤字転落だわああああ!」

「ははは、サニアがまたビンボーだな」

「次の目的地は……、仙台っす!」

 

 みんなでモム鉄……、なんて会社だよ。

 普通に日本の地名も知ってるし、この人たち地球文化に親しみすぎだよ。

 

「あの、みなさん。一応、私が帰って来たんですけど……」

 

 恐る恐る声をかけると、サニアさんとメソラさんが振り返った。

 

「お帰りなさい! 今日あたり帰ってくると思って、みんなで待ってたのよ」

「スタ2の現物を見せて欲しいっス!」

 

 こちらの姿に気付くと、すぐに群がってくる社員たち。

 どうやら、私がアーケードを持ち帰るのを待ち構えていたらしい。

 仕方がないので私は輸送機からスタ2の業務用機を取り出し、オフィスの隅に置く。

 そして用意した変換機をつけて、電源を通した。

 すると、モニターに映像が流れ始める。

 

「おお、これが本物のアーケードか!」

「迫力満点ね!」

 

 ガレナさんとサニアさんが、業務用の存在感に目を輝かせていた。

 

「このおっきいボタンで操作するんですね……」

 

 フィオさんも、アーケードのボタンやスティックに興味津々のようだ。

 

「じゃあまずは、テストプレイしてみないとっスね!」

 

 メソラさんの提案で、早速マルデアにおける対戦テストをしてみる事になった。

 

「はこぉーけん、はこぉーけん、はこぉーけん!」

「フィオさん、飛び道具の連打はズルいっスよっ」

 

 みんなで順番に遊びながら、私たちは新しい機種の感触を楽しんだ。

 ガレナさんは、機械の状態をチェックしていた。

 

「うむ、こちらの星でも問題なく動くようだな」

「ええ。同じゲームなのに、アーケードの臨場感は凄いわね」

 

 サニアさんは腕組みしながら、業務用が持つパワーを感じているようだった。

 そう。やはりアーケードには雰囲気がある。

 たった一つのゲームのためだけに、ドンとスペースを取る。

 その心意気がムードを生むのだ。

 

「この感覚を、マルデアの皆にも届けたいものだな」

「ええ」

 

 ガレナさんの言葉に、みんなが頷いた。

 

 さて、まずはこのアーケード機をお店に置いてもらう必要がある。

 単価のでかい商売なので、一台買ってもらうのも簡単ではない。

 でも、とにかくやってみるしかない。

 

 

 翌日から私は気合を入れて、スタ2の営業に向かった。

 最初にやってきたのは、一番付き合いの長い都内の玩具屋さんだ。

 

「ふむ、これがアーケードか。随分と大きなゲーム機だな」

 

 スタ2の業務用機を出して見せると、店長は物珍しそうに眺めていた。

 

「はい。店の入口に一台置いておくだけでいいんです。

一回負けるまでのプレイが一ベルになります。お客さんからの売上は、全てそちらの取り分となります」

「なるほど。完全にこちらが買い取るシステムか。だが価格が四千ベルとは、なかなかだな……」

 

 やはり販売店にとってアーケードは、最初の購入費がネックだ。

 

「長く置いておけば仕入れ値をペイして、その後はずっと利益が出る仕組みです」

「ふむ。まあガレリーナさんのゲーム商品はよく売れるしね。

このスタリーツファイターというのも面白そうだし、一台置いてみようか」

 

 なんといきなり、一つだけど発注が決まった。

 これまでの付き合いから、信用してもらえたようだ。

 私は勢いづき、ワープステーションで次の店に向かう。

 

 だが、その後の売り込みはあまり上手くいかなかった。

 といっても、ゲームの中身の問題ではない。

 

「うちはそんな大きいものを置くスペースがないよ」

「音が出るのか。ちょっと困るね」

 

 アーケード機を見せた瞬間に、『これはうちじゃ設置できない』という声が多かった。

 やはり特殊な商品なのだろうか。

 スウィッツを置いてもらっている販売店を回っても、なかなか難しい反応だった。

 地球だとゲームセンターという専門のショップがあったり、

 スーパーやデパートの一角がゲームコーナーになったりしていた。

 だが、そういう場をマルデアでいきなり作り出すのは難しい。

 私は一旦ガレリーナ社に戻り、すぐに作戦会議を開く事になった。

 

「やっぱり、スペースが問題なのかしらね」

「あとは音ですね。店のムードに関わるという話です」

 

 サニアさんと話し合っていると、ガレナさんが思い出したように言った。

 

「そういえば、うちのオフィスに置いたアーケードは盛り上がっているな」

「そうね。毎日社員の誰かが遊んでるわ」

「うむ。やはり、店に置くという考えを捨てるべきなのかもしれん」

「どういう事?」

 

 サニアさんが首をかしげると、ガレナさんは頷いて言った。

 

「うむ。スウィッツは購入者が持ち帰って家で遊ぶ物だったが、アーケードはそうではない。

その場で支払い、その場で盛り上がるものだ。そういう物を置くなら、広い施設の方がいいのではないか」

「施設、ですか」

 

 そういえば、地球では旅館なんかにもアーケード機があったような気がする。

 十分なスペースがあって、楽しい遊びが似合う場所。それが狙い目かもしれない。

 

 

 それからアイデアを出し合い、私たちは再度営業に出る事になった。

 

 

 

 私が向かったのは、都内にあるマジック・ランドというレジャー施設だ。

 遊園地みたいな乗り物から流れるプールまで、さまざまな遊びが用意されている。

 魔術で作られているため、かなり華やかだ。

 マルデアでは数少ない定番の娯楽施設として人気がある。

 

 私は何とか頼み込み、営業担当の方と話をさせてもらう事になった。

 スタ2のアーケードを出して見せると、ゲームに対しては好意的に見てくれているようだった。

 

「へえ、一回一ベルでこんな遊びが出来るのか。確かに面白いね。

でもうちにこんな機材置いたら、プールもあるし濡れて壊れるんじゃないかい?」

「いえ。できれば、休憩所に置いて頂きたいのです」

 

 マジックランドの売店の近くには、広い休憩施設がある。

 そこは水もないしスペースもあるので、丁度いいと思った。

 念のため、コントローラー付近には防水の魔術をかけておいた方がいいかもしれない。

 

「これ一台置いておけば、マジックランドさんの集客力なら必ず利益が出ると思います」

 

 私のプレゼンに、営業の男性は唸った。

 

「ふむ……。ではこうしよう。試しに一週間ほど置いてみて、反響が良いようならそのまま買い取る。

ダメなら返品というのはどうだね」

「……。わかりました。それでよろしくお願いします」

 

 飛び込みの営業で、置いてもらえるだけマシだ。

 ソフトの力があれば、お客さんを魅了するのは間違いない。

 

 私はそう信じ、次の営業先へと向かった。

 

 喫茶店や旅館、ショッピングモールなどを回って、私は売り込みをかけて行った。

 もちろん無名企業の営業なので、門前払いも山ほど食らった。

 でもゲームをちゃんと遊んでみてくれた人は、試しにフロアに設置してくれる事が多かった。

 

 アーケードを広めたい。格闘ゲームの面白さを知ってほしい。

 その一心で、私は営業を続けて行った。

 



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第59話

 ガレリーナ社。

 アーケードの営業回りを終えた私たちは、一旦オフィスに集合して結果を報告し合っていた。

 

「で、サニアさんが61台と……。合計、300台近くは設置してもらった事になるっスね」

 

 メソラさんがデータを打ち込み、集計してくれた。

 ひとまず、ある程度の数をマルデアの各施設に設置する事に成功したようだ。

 

「やれる事はやったわ。後はプレイヤーたちの反響に期待するしかないわね」

 

 サニアさんは、結果を気にかけながらも自分の仕事に戻っていく。

 でも、まだ何かが足りない。

 メソラさんも、私と同じモヤモヤを感じているようだった。

 

「やっぱ、ゲーム専用の店が欲しい所っスね」

「そうですね。業務用ですし、どこかの企業が面白がってくれると広がりそうですけど……」

 

 フィオさんも、無いものねだりな話を始めていた。

 すると、ガレナさんが何か思い出したように机から書類を取り出した。

 

「なら、このパーティにアーケードを持って行ってみてはどうだ」

 

 机に置かれた紙には、『新興企業パーティのお知らせ』と書かれている。

 

「若手企業の集まりですか……」

 

 私が招待状を手に取ると、ガレナさんが頷く。

 

「うむ。若い社長たちが語り合い、自慢の商品を見せ合う場らしい。

そこにアーケードを持っていけば、面白がってくれる者もいるんじゃないか」

 

 確かに、チャンスがあるならやってみるべきだろう。

 

「そうですね。パーティの開催は、来週ですか……」

 

 稼働したアーケードの反響も含め、しばらく待たなきゃいけないようだ。

 今、何か出来る事はないのか。

 私が腕組みして悩んでいると、サニアさんが思いついたように指を立てる。

 

「ねえ。リナのお母さんのお店にはスタ2置いてみた?」

「いえ、まだです」

 

 何しろ初期費用が高い。

 母さんに『払ってよ』とは言いづらくて、まだ説明もしていなかった。

 でも、こうなったら私が費用を出してでも設置した方がいいんじゃないだろうか。

 

 家の裏手に置いておけば、ユーザーの反響もリサーチしやすいだろう。

 よし、明日は会社も休みだ。

 お母さんの店にスタ2を設置して、お客さんがどう反応するか様子を見てみよう。

 

 そう決めた私は、自宅に戻って我が家の店長に相談してみる事にした。

 

「その場で遊んでもらう業務用のゲーム機なんだ。

試しにスタ2を裏の店に置いてみようと思うんだけど、いいかな」

「もちろんよ。ワンコインで遊べるなんて気軽で良いと思うわ」

 

 お母さんも設置に賛成のようで、購入費も出してくれるらしい。

 

「ほんとにいいの?」

「当たり前でしょ。リナを助けるために始めたお店なんだから。

一人で抱え込まずに、何でも頼っていいのよ」

 

 そう言って、母さんは微笑んでくれた。

 やっぱり私は、家族や仲間に恵まれているようだ。

 

 夕食の後、私は夜のうちに家の裏手にスタ2を一台設置しておいた。

 私は格闘ゲームにマルデアのみんなが群がる姿を想像しながら、その日は眠りについた。

 

 

 翌日は休日だった。

 私は調査も兼ねて、家の中から店の様子を眺める事にした。

 

 朝の十時ごろ。

 いつものように近所の子どもがやってくると、未知の機体に興味を示したようだ。

 

「おばちゃん、このでっかいヤツなーに?」

「一ベルで遊べる格闘のゲームよ。一人で挑戦したり、二人で対戦もできるわよ」

 

 母さんがみんなに遊びの説明をすると、少年たちは画面の映像に群がり始める。

 

「ごっつい裸のオッサンがいるぜ」

「『どすこぉい!』だって、あははは!」

 

 お相撲さんを初めて見た子どもたちは、面白がってポーズをマネしていた。

 だが、一回一ベルという値段は子どもにとって勇気のいる値段なのだろう。

 

 『百円出しな』と言われてポンと出せる子は、この辺にはあんまりいない。

 子どもたちは誰かが最初にプレイするのを、そわそわしながら待っていた。

 

 最初の口火を切るのは、やはり財力のある大人だ。

 常連らしい青年が店にやってくると、傍に置かれたスタ2に目をつける。

 

「なんだこれ、ゲーム機なのか? 随分とでかいな」

 

 彼が機体のボタンに触れると、傍にいた少年が声を上げる。

 

「一回一ベルで遊べるんだって。ねえ兄ちゃん、やってみてよ」

「一ベル? それは安いな。ちょっとやってみるか」

 

 青年は早速コインを入れて遊び始めた。

 選んだのは、金髪の格闘家ケインだ。

 

「ふむ、これがパンチで、これがキックか。敵を倒して行けばいいんだな」

 

 最初の敵は、大会で私が使ったインド僧侶だ。

 

「うぉっ、こいつ手が伸びるぞ!」

「ガードしなきゃ!」

 

 敵の動きに驚きながらも、青年は僧侶にダメージを与えていく。

 何とか一回戦は撃破に成功したようだ。

 

 だが次は、チャイナドレスのバトルガールだ。

 足技に長けた彼女を相手にすると、彼は苦戦し始めた。

 

「そこだ、パンチ、パンチ!」

「ジャンプして避けなきゃ!」

 

 子どもたちのアドバイスも空しく、青年のケインは力尽きてしまう。

 

「ああ、やられた……」

 

 と、子どもたちが機体に張り付けた説明書きに気づいたようだ。

 

「ねえ、ここに必殺技があるって書いてあるよ」

「ケインは"波功拳"と、"翔流拳"だって」

「必殺技か。このコマンドを入れればいいのか」

 

 青年はコインを入れて、挑戦をやり直す。

 試合が始まると、早速彼は技の入力を試みる。

 だが、やはり最初はうまくいかないようだ。

 

「あれ、何も出ないぞ」

「兄ちゃん、ちゃんと操作しなよ」

「へたくそー」

 

 子どもたちに煽られ、青年は顔を真っ赤にしながらボタンを叩く。

 すると。

 

「はこぅーけん!」

 

 青白いエネルギーの塊がケインの手から飛び出し、敵を吹っ飛ばした。

 

「おお、出たっ!」

「かっこいい!」

「ふふん、見たか!」

 

 盛り上がる子どもたちに、青年はドヤ顔で技を連発して勝利を決めた。

 

 それから彼は10ベルほど使い、四人目の敵まで進んだ。

 だが同じ技を使う格闘家リウに勝つことができず、そこで諦めたようだった。

 

「にーちゃん、やめるの?」

「きょ、今日はこの辺にしておいてやる……」

 

 青年はそう言って、哀愁のある背中を見せながら立ち去って行った。

 

「あーあ。行っちゃった」

「へたれー」

 

 子どもたちの評価は厳しい。

 と、そんな群れの中から勇者が現れる。

 

「ぼく、やる!」

 

 少年が鼻息を荒くしながらコインを持った手を上げた。

 どうやら、自腹でプレイする子が出てきたらしい。

 すると、周囲から歓声が上がる。

 

「カート君、がんばれ!」

「あの兄ちゃんより先に進むんだぞ!」

 

 カート君はコインを投入すると、相撲キャラを選択して戦闘に入った。

 だが、ケインとは違う操作感のファイターを選んでしまったせいか。

 戦い方もわからないままチョップを出すだけに終始し、一回戦で即死していた。

 

「ううう……。僕の1ベル……」

 

 カート君は泣きそうな顔で、失ったお金に想いを馳せていた。

 

 その後も、勇気ある子どもが挑んでは涙するという謎の光景が繰り広げられた。

 ただ一人だけ、必殺技を出して三回以上勝ち進んだ子がいた。

 

「トビーすげえなお前!」

「かっこいい!」

 

 少年は周囲から尊敬の眼差しを受け、どこか誇らしげだ。

 

 まだ対人戦をする人はいないけど、それでも盛り上がっている。

 これなら、来週の若手企業パーティでも期待が持てそうだ。

 

 



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第60話

 

 パーティ当日。

 私は珍しく魔女服に身を包んで実家を出た。

 黒のワンピースに三角帽子。腰には儀礼用の小さな杖。

 魔術師の正装である。

 

 ワープステーションで都内のオフィス街に移動し、私は目的地へと向かった。

 白い綺麗なビルの三階が、パーティの会場のようだ。

 

「すみません、招待状をもらったガレリーナ社の者ですが」

 

 入口にいた受付の人に声をかけると、女性はニコリと微笑む。

 

「お待ちしておりました。こちらに魔力印をお願いします」

 

 書類に書かれた私の名前欄に指を当て、少し魔力を注ぐ。

 

「ありがとうございます。どうぞ、パーティをお楽しみ下さい」

 

 扉を開けて中に入ると、そこは広々としたフロアだった。

 中では二十代くらいの正装をした男女が、楽しそうに語り合っている。

 みんな若い人たちで、フランクな雰囲気だ。

 堅苦しい感じの集まりをイメージしたけど、だいぶ違ったね。

 

「おや、随分と可愛らしい経営者さんだな」

 

 と、近くにいた銀髪の男性がこちらに声をかけてきた。

 まあ私は十六だから、この中でも若い部類になるのだろう。

 

「はじめまして。ガレリーナ社のリナ・マルデリタと申します」

「ああ、これは失礼。エヴリウォーク社の代表、スニーデルだ。よろしく。

さて、いきなりだが。これが何だかわかるかい?」

 

 男性社長は自分の足を上げ、靴の裏をこちらに見せた。

 何か魔術印のようなものが入っている。

 

「はあ。何でしょう」

「これはわが社自慢の製品、エヴリウォーカー・ネオさ。

これがあれば、どんな場所でも歩く事ができる」

「どんな場所でも、ですか」

「まあ、見ていたまえ。エヴリウォーク!」

 

 呪文を唱えると、社長さんは靴の裏をフロアの壁に向けた。

 すると彼の体は横向きになり、そのまま壁をスタスタと歩いて登っていく。

 上の縁(ふち)までくると、今度は体を逆立ちにして天井を歩き出す。

 まるでゼルドのギミックみたいな靴だね。

 

「はっはっは。どうだねマルデリタ君。壁でも天井でも、どこでも地面にしてスイッと進める。

それがわが社のエヴリウォーカーさ!」

 

 コウモリのように宙づりになった社長さんは、髪を逆立てながら笑っていた。

 そのパフォーマンスに、会場はざわついている。

 

 そんな中で、不敵に笑う女性の姿があった。

 

「ふふふ、なかなか面白いじゃない。では、うちの製品も皆さんにお楽しみ頂こうかしら」

 

 女性が手に持ったクラッカーのようなものを掲げ、パチンと音を立てる。

 すると、そこから色とりどりの花が飛び出していく。

 

 それはパーティ会場を包み込み、鮮やかな花束の背景を作り出していった。

 どうやら、パーティ用の魔術装飾のようだ。

 

「これが、我がファレオブル社の製品。『パーティ・ドレッシング』ですわ。パーティに華やかな色どりをお楽しみあれ」

 

 こちらもなかなかの派手さである。

 

 そこからは、次から次へと新興経営者たちの商品自慢が続いた。

 なんというか、大胆で変わったコンセプトのものが多いようだ。

 

 定番系の商品は老舗企業がシェアを牛耳ってるからね。

 若い企業は、新しい何かを生み出そうと頑張っているんだろう。

 

「さて、マルデリタ君。あなたはどんな商品を扱うのかな」

 

 期待の目を込めて、こちらに目を向けるスニーデル社長。

 私は少し緊張しながら、バッグに手をやった。

 

「は、はい。私の会社はビデオゲームという娯楽製品を輸入、販売しています。

今回は新商品である、業務用のゲーム機を持ってきました」

 

 私はバッグからスタ2のアーケードを取り出した。

 

 さあ、どんな反応が来るか。

 魔術製品ではないし、見下される事も覚悟していた。

 若手経営者たちの反応を伺うと、彼らは興味深そうにゲーム機を見ていた。

 

「ほう。ビデオゲームか」

「最近、玩具屋を中心に販売を伸ばしているという話ね」

「すると、君があのゲームの販売会社かね」

 

 彼らは意外にも、スウィッツを知っていた。

 若い経営者だけあり、最近出てきた製品もちゃんとチェックしているらしい。

 

「はい。地球と交流して、マルデア向けのローカライズを受け持っています。

こちらの新製品は、お店に置いてもらう業務用のゲーム機になります。

お客さんがその場で遊んだり、対戦したりするものです。

よかったら触ってみてください」

 

 私のプレゼンに対して、フロアにいた社長たちの半数近くが食いついてきた。

 

「ふむ、ワンコインで遊びに参加できる仕組みか」

「気楽でいいわね。やってみようかしら」

 

 早速、スニーデルさんと女性社長がキャラクターを決めて対戦を始める。

 

「えっと、これがパンチね」

「おっと、やってくれたな!」

 

 ボタンを押せば、画面の中のキャラクターが拳を突き出す。

 女性社長はテンポよく攻撃を決め、勝利を掴み取っていた。

 

「くっ、負けてしまった……」

 

 負けたスニーデルさんが大げさにしゃがみ込むと、女性社長は得意げに笑みを浮かべる。

 

「ふふ、あなた弱過ぎよ。それにしても、なかなか面白いじゃない。

うちのブランドの雰囲気には合わないけど、ちょっとした余興にいいかもしれないわね」

 

 女性社長の言葉に、スニーデルさんが頷く。

 

「うむ、このスポーツ感は我がエヴリウォーク社にふさわしい。

ぜひうちのオフィスに一台検討したいところだ。カタログなどはもらえるかね」

 

 なんと、発注を匂わす言葉まで頂いた。

 

「ありがとうございます! こちらがアーケードのカタログになります」

 

 私が値段や仕様について書いた紙を出すと、興味を持った何人かの社長が受け取りに来てくれた。

 そうこうしているうちに私のプレゼンは終わり、次の会社に注目が向かう。

 

 だが、そんな中。

 ずっとアーケード機に見入っている人がいた。

 四十代くらいの男性だ。このパーティではかなり年配の部類だね。

 

「これは……、凄い。私が追い求めた理想的な娯楽の形だ……」

 

 彼は何やら呟きながら、スタ2の画面を食い入るように眺めていた。

 

「あの、お気に召しましたでしょうか」

 

 声をかけてみると、彼は勢いよく振り返った。

 

「もちろんです、私はずっとこんな娯楽を求めていたんだ……。

あ、失礼。私はブラームスと申しまして、今年から個人の雑貨店を経営しております。

以前から、スウィッツの発注もさせて頂いておりまして」

「本当ですか。いつもありがとうございます」

 

 どうやら、うちと付き合いのある小売の人も来ていたらしい。

 

「いえいえ。ゲームは売れ行きがいいので、主力商品にして私の店を娯楽専門店にしようかと思っていたのです」

「娯楽専門店、ですか」

 

 その響きに、私は強く惹かれるものを感じた。

 思わず目を見開くと、ブラームスさんは頷いて続ける。

 

「ええ。そのために店の改装をしていたのですがね。

スウィッツはまだソフトも少なく、娯楽店として看板になるものが欠けていました。

何か刺激がないかとパーティに来てみたのですが、このアーケード機は凄い。

これがあれば、ゲーム中心の娯楽店が完成しそうです。

ぜひ、私の店に置かせて頂けないでしょうか」

「も、もちろんです!」

 

 決して大口の受注というわけではない。

 でもそれよりも、マルデア人が自分の手で娯楽専門店を作ろうとしている。

 しかも、ゲームがメイン商品だ。

 私にとってそれは、とても大きな一歩に見えた。

 

 新装開店には少し時間がかかるみたいだけど。

 出来たら、一度見にいってみようかな。

 

 



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第61話

 

 翌日。

 会社はお休みだったので、私はなんとなく実家の店を見守る事にした。

 近所の子どもたちは、魔法のボール遊びをしながらもアーケードを気にしているようだった。

 たまに学生や大人がやってきてコインを入れると、群れるように集まってくる。

 

「いけっ」

「そこだ、ヨグファイオ!」

 

 そして、プレイを見守りながら声援を上げる。

 稼働から数日が経ったが、クリアまで行く人はまだいないようだ。

 

「一番強いのはダルサムだよ。腕が伸びるんだから」

「あんなのハゲた変人だろ。やっぱゲイルがカッコいいぜ」

 

 少年たちはアーケードに群がり、熱心に語り合っていた。

 お金がない彼らなりの楽しみ方なのだろう。

 のどかな田舎の町に、小さくスタ2の音楽が流れ続けていた。

 

 と、そんな時。

 やたら重苦しい空気を背負ってやってくる女性がいた。

 

 二十歳くらいだろうか。

 彼女は懐から出したコインをアーケードの台に山積みして、ギラリとゲーム画面をにらむ。

 

「今日こそ、全員ボコボコにしてやる……」

 

 見た目に似合わず過激な発言をしながら、ストーリーモードを始めるお姉さん。

 選んだのは、ブラジルの野人だ。

 

「あ、また黒髪のねーちゃんだ。下手なのにまたやんの?」

「ケインも倒せないくせに」

 

 子どもたちがお姉さんの周りをうろつき、失礼な言葉を浴びせ始めた。

 どうやら、これまでにも何度か来ている人らしい。

 

「うるさい。あんたたち邪魔」

 

 お姉さんはキッズを押しのけ、ガチャガチャとレバーを動かす。

 一人目の敵はダルサムだった。

 

『ヨグファイオ』

「ぐっ……」

 

 敵の口から飛び出てくる炎に、彼女の野人は苦戦していた。

 玉砕覚悟で突撃技を放つも、巨大な炎の反撃にあってゲームオーバー。

 

「ダメだって。ファイオはガードするか避けないと」

「ねえお姉ちゃん、コイン一つちょうだい。僕がもっとうまいの見せてあげる」

 

 負けたお姉さんに、子どもたちは容赦なく言葉を浴びせる。

 

「ダメ。邪魔だからあっちいって」

 

 だがお姉さんはシッシと子どもを追い払い、コンティニューしてプレイを再開する。

 彼女は敵の伸びる手に苦戦しながらも、三回ほどコンティニューしてようやく勝ち抜きを決めた。

 

「次はチャイナガールだよお姉ちゃん」

「ぶっ潰す」

 

 キレた発言と共に、お姉さんは全力でボタンを押しまくる。

 すると、野人が体からビリビリと電気を発し始めた。

 触れた相手を感電させる必殺技だ。

 だがしっかり連打を続けないと、すぐに消えてしまうのが難点である。

 

「あっ……」

 

 案の定、技が消えた所をチャイナガールの素早い蹴りでやられてしまった。

 

「ちっ、このビッチ……!」

 

 怒りを露わにしつつ、即座にコインを入れてコンティニュー。

 彼女の挑戦は続いた。

 

 そして、十五回目のコンティニュー。

 

『どすこぉい!』

 

 プライドを捨てた彼女は、お相撲さんキャラに変えて何とかチャイナガールを撃破していた。

 

「よしっ、見たかこのビッチ!」

 

 負けたチャイナガールに罵声を飛ばすお姉さん。

 うん、その辺は格ゲーマーって感じだね……。

 

 さて、ここでボーナスステージだ。

 制限時間以内にパンチやキックで車を破壊する、謎のミニゲームである。

 

「このっ、このっ……」

 

 車破壊に全力を注ぐ女性の姿は、なかなか面白いものがある。

 それが終わると、四回戦は格闘家のリウだ。

 

『はこぉーけん!』

「くっ、またそれ……」

 

 彼女はまたしても、飛び道具に苦戦し始める。もはやボッコボコだ。

 コンティニューを繰り返し、山積みだったコインが溶けるように消えて行った。

 そして、最後の一枚。

 

『しょーるーけん!』

 

 リウの華麗なアッパーカットで、彼女のブランコはぶっ倒れた。

 

「うあああああああ……。また負けたぁ……」

 

 あれだけあった資金を完全に失った彼女は、台の上に泣き崩れた。

 

「ねーちゃん。ほんと下手だなあ」

「才能ないよお姉ちゃん」

「うるさい……うう……」

 

 子どもたちの残酷な言葉を受けながら、女性は泣いていた。

 

「あの、大丈夫ですか?」

 

 さすがに気になったので声をかけると、女性は涙を拭って顔を上げる。

 

「私は、負けない。いつか絶対勝つ……」

 

 そう言って、彼女は席を立つ。

 そして、ステーションの方へと去っていくのだった。

 

 なんかお姉さんの青春ドラマみたいになってたね。

 まあいいや。あれだけ熱中してる人がいれば、他所でもきっと上手く行ってるだろう。

 そう信じて、私は休日を満喫する事にした。

 

 

 

 それから数日後。

 アーケードを売り込んでから十日ほどが経過し、ガレリーナ社はスウィッツの通常業務に戻っていた。

 そんな時。

 

「はい、はい。本当ですか、ありがとうございます」

 

 フィオさんが通話しながら立ちあがり、こちらを見た。

 

「マジックランドさんがアーケードを二台、そのまま買い取ってくれるそうです!」

「えっ、本当ですか?」

 

 私の問いかけに、フィオさんは嬉しそうに頷く。

 

「ええ、遊園地のお客さんがスタ2で盛り上がっているのを見て、決意してくれたそうです」

「やったわね!」

 

 私たちは仕事中だというのに、ハイタッチをして喜んだ。

 その後も、通話での受注は続いた。

 

「ええ、学生さんに凄く評判いいんですよ。初期費用もこれならすぐ取り戻せそうです。是非買い取らせて頂きたい」

「ありがとうございます。すぐに手続きを致しますので」

 

 私はデバイス越しに頭を下げ、すぐに発送の手配をした。

 もちろん場所や客層が合わずにダメだった所もあったけど、大半はそのまま購入を決めてくれたらしい。

 

 現場はどんな風になっているんだろう。

 そういえば、ブラームスさんの専門店が新装開店したという話だった。

 よし、行ってみよう。

 私は仕事を早めに切り上げ、ワープステーションで都外の繁華街へと向かった。

 

 大通りの外れまで歩くと、『ブラームス娯楽専門店』と書かれた店が見えてくる。

 入口にはスタ2の台が置かれているし、どうやらここみたいだ。

 ちょうど三人の男子学生が集まり、わいわい騒ぎながらストーリーモードをプレイしていた。

 

 ちょうど下校時間という事もあるのだろうか。

 始めたばかりなのに盛況しているようだ。

 

 店の中を覗くと、すぐ中央にスウィッツの本体が目に入る。

 その周囲には、ソフトのパッケージがズラリ。

 壁を見れば、ドラクアやゼルド、マルオのポスターが店内を彩っていた。

 これが、本格的なゲーム屋の第一歩なのだろう。

 

 内装に見入っていると、カウンターにいたブラームスさんが出迎えてくれた。

 

「やあ、マルデリタさん。よく来てくれましたね。いかがでしょう、私の店は」

「ええ、凄いお店になりましたね。ビデオゲームがこんなに大々的に扱われているのは、マルデアじゃ初めてでしょうね」

「ありがとうございます。何と言っても娯楽店ですからな。

お客さんの目を楽しませるために、気合を入れて内装を整えました」

 

 そう言ってみせるだけあり、見栄えはかなりのものだ。

 中にいるお客さんも、ゲームの展示に見入っているようだった。

 

「ブラームスさん、商売の方はどうですか」

「ええ。おかげさまで、スウィッツは順調です。利益が高いので、店を支えてくれそうです。

スタ2は日ごと稼働数が上がってきています。学生の口コミが大きいですね。

この時間帯には順番待ちも出来ているので、そのうちもう一台注文しようかと思っているんですよ」

「本当ですか?」

 

 私の問いかけに、店長さんは自信ありげに頷いてみせる。

 

「ええ、こうしてスタートを切ってみて、娯楽店の道が見えてきた気がします。

店で集まって盛り上がる。これですよ」

 

 彼はそう言って、感慨深げに学生たちの姿を眺めていた。

 近所の高校生らしい青年たちは、アーケードの前で楽しそうに話し合っている。

 

「遠くから"はこぅーけん"連発したら割と序盤勝てるよな」

「ははは、その戦法セコすぎだろ」

 

 彼らもストーリーモードの攻略に夢中らしい。

 まだ対戦には手を出していないのだろうか、互いをライバル視してる感じはなかった。

 

 ブラームスさんはゲームセンター的な方向性を目指すんだろうか。

 それとも、ソフトやグッズを豊富に揃えたゲーム屋さんを目指すんだろうか。

 どちらにせよ、私にとっては嬉しい事だ。

 

 とりあえず私は、店先で盛り上がる学生たちを撮影し、地球のSNSにアップする事にした。

 

『マルデアでアーケードの時代が始まりました!』

 

 そんな文章と共に画像をツイットすると、地球のゲーマーたちが喜んでいるようだった。

 

 



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第62話

 

 アーケードがマルデアに上陸してから四週間。

 スタ2の反響は良好で、入荷した分の大半はお店で稼働を始めていた。

 

「アーケードの第一歩は、何とか上手くいったな」

「まだまだこれからだけどね。うちの販売は家庭用メインだし、それも進めないと」

 

 ガレナさんたちが声を交わし、頷き合う。

 サニアさんの言う通り、アーケードばかり進めるわけにはいかない。

 スウィッツの新作ソフトも出さなければ、お客さんが退屈して市場が冷めてしまうのだ。

 

 そんなわけで、また地球へ向かう時期がやってきたのである。

 

 いつものように、日本に向かう前に訪問国を選ぶ……。

 と、行きたい所なんだけど。

 

 こないだ、国連からある依頼があった。

 

『そろそろ魔石が溜まってきたので、汚染の処理に手を付けたい』

 

 というものだ。

 大災害を対処するほどの魔石量が地球に溜まるのは、まだまだ先だ。

 

 なので、次のステップとして汚染の除去を選んだらしい。

 汚染って、どこの汚染だろうね。

 

 まあ、私がニューヨークに行った時に話し合うつもりなんだろう。

 でも国連とやり取りをしてると、あちらさんが望んでる事は何となくわかった。

 多分、核廃棄物を魔石で処理するのを第一候補にしてるっぽいんだよね。

 

 現在も核兵器の開発を行っている国は多い。

 それに伴って排出される有害な廃棄物は凄まじいもので、地下に汚染がどんどん溜まっているそうだ。

 

 だが、私が魔石でそれを消し去ったらどうなるだろうか。

 彼らは喜んで核開発を続けるに違いない。

 

 私は、地球が危険な兵器を作るための手助けをしたいとは思わない。

 やるならもっと、人々の生活を助けるような形にしたい。

 

 だから今回は国連とは話し合わず、私が勝手に汚染排除の場所を決めて実行する事にした。

 手持ちの貯金はかなりあるから、魔石を大量に買って行けば何とかなるだろう。

 

 国連は世界の平和を願っているわけだから。

 世界のどこかで民を苦しめる汚染を除去すれば、喜んでくれるよね。

 

 うん。それでいこう。

 

 さっそく私はガレリーナ社のオフィスで、ガレナさんに今回の旅について説明する事にした。

 

「そんなわけで、まず最初に汚染の排除に向かいます。その後でゲーム企業に行くというスケジュールですね」

「ああ。それはいいが、どの国に行くつもりなのかね?」

 

 首をかしげるガレナさんに、私は頷いて続ける。

 

「行先はこれから決めます。ガレナさんも一緒に地球の環境汚染について調べてもらえませんか。

人々の生活に直結しそうな案件で、五万個くらいの魔石で何とかなる場所が望ましいです」

「ふむ。まあ研究所のデータを見れば、地球の汚染地域を割り出すのは難しくないがな」

 

 ガレナさんは快く受け入れてくれた。

 それから、私たちは二人で地球の環境に関する調査を行った。

 

 私が一人で調べて選んでもよかったけど、それだと日本の事をどうしても優先してしまう。

 汚染なんて世界中にある。どこも問題を抱えているのだ。

 最初はフラットに、地球に対して客観的な視点を持った人の意見を取り入れたかった。

 

 

 様々な候補地が出た中、最終的に決まった行き先は、インドネシアだった。

 ガレナさんの調べによると、世界一汚染された川があるらしい。

 

 全長三百キロのチタルムという川だ。

 世界で一番汚れた川って、肩書きが凄いね。

 

 三百キロって言うと範囲が大きいように思えるけど、川は範囲が限られているし深さもそれほどない。

 マルデアでも、汚染対処がしやすい部類とされている。

 大気に関わる汚染は超広範囲で難しいから、今回は対象外となった。

 

 川は人々の生活に直結しているし、本来美しくあるべき自然の一つだ。

 地球のネットでチタルムの画像を見たら、ほんとに酷かった。

 

 インドネシアは、人口二億五千万人を超える大国だ。

 二千万人を超える人たちが、今もこの川を生活用水に使っているらしい。

 汚れた川の水を使えば、当然病気にもなる。

 その写真を見て今回はもう、ここで確定だと決めた。

 

 今回は国連にも行先を伝えていない。

 たまにはビックリさせてあげないとね。

 

 

 私は現地の言葉を覚えるのに数日かけ、出発の準備を整えた。

 そして、出発の当日。

 

 私は買い込んだ五万の魔石、そして変換機の部品を輸送カプセルに入れて、ワープルームへ向かう。

 

「では、行ってまいります。ガレナさん、できればジャワ島の内側でお願いします」

 

 インドネシアは複数の島が連なる国だ。

 ジャワ島以外に降りたら、チタルムまで結構な距離になってしまう。

 

「うむ。健闘を祈る」

 

 ガレナさんのいつもの言葉を受け、私はマルデアを後にした。

 

 

 

 降り立ったのは、家々が立ち並ぶ道路の前だった。

 どこかの市街だろうか。

 マルデアはもう冬に近づいているというのに、結構暑い。

 景色は、タイに近いだろうか。車道はやはりバイクが多く走っていた。

 

 インドネシアは、国土の上に赤道が通っている国だ。

 相当に気温の高い国の一つだろう。

 私はピンク色の目立つ髪のまま、帽子もかぶらずに町を歩いていく。

 

「お、おい。あれ、リナに似てないか」

「まさか……。似たような格好をしてるんでしょ」

 

 当然、すぐに私を指さす人もいた。

 とはいえ、本物と思う人はまだいないようだ。

 

 今回は、特に姿を隠す理由がない。

 お忍びで何かをやるために来たわけではないのだ。

 チタルム川を浄化する所を、みんなにも見てもらう必要がある。

 警官が来たら、車で現地まで連れて行ってもらえばいい。

 

 とりあえず、現在地を確認しておこう。

 近くに果物屋があったので、私は店員さんに聞いてみる事にした。

 

「すみません、ここは何ていう町ですか?」

「うん? ここはタシクマラヤだよ……って、あんた何だいその恰好。

リナ・マルデリタみたいじゃないか」

「あはは、すみません。タシクマラヤですね。ありがとうございます」

 

 驚く店員を後目に、私は店を出てスマホで位置を調べる。

 タシクマラヤは、ジャワ島の内陸にある都市らしい。

 まあ、少なくとも同じ島の上には乗ったし、チタルム川からもそう遠くないようだ。

 

 さて。腹が減っては魔力が出ない。

 まずは腹ごしらえをしておかないと、失敗したら恥ずかしいからね。

 せっかくだから、まずインドネシアの名物を楽しんでおきたい。

 

 私は大胆に、空を飛んで移動してみた。

 上空を進むと、たまに地上の人が気づいて声を上げる。

 

「おーい!」

 

 こちらに手を振っている人もいるので、笑顔で振り返す。

 うん、フリーダムだ。たまにはこんな旅も良いと思う。

 

 これだけ目立ったら、現地警察もそのうちやって来るだろう。

 アメリカあたりが手配した人間が、GPSの位置情報を頼りに来る可能性もある。

 どっちが先だろうね。

 

 そんなことを考えながら、私は良さげな料理店を見つけて降りて行った。

 

 インドネシアでは、パダン料理というのが有名だ。

 カレーを中心に何種類もの煮込み料理が出てきて、好きなものを選んで食べるのだという。

 そして、食べた分を支払う。

 変わったシステムだ。

 

「パダン料理お願いします!」

 

 なので、早速頼んでみた。

 なんか店員たちが遠巻きにこちらを見ながら話し合っていたようだが、しばらく待っていると料理は出てきた。

 

「カリオダギアンに、チャンチャンになります」

 

 うん、何の事かはわからない。

 どうも牛肉をカレーに漬けたものらしい。

 スパイシーな香りを楽しみながら、私は肉を切って口に運ぶ。

 

「もぐもぐ……」

 

 うん、辛い。でも美味しい。

 カレーっていつもご飯と一緒に食べるけど、肉とガッツリっていうのもいいね。

 ていうか、辛い。

 それから四皿ほど頂いて、私は代金を支払った。

 

 そして、店を出たその時。

 

「はぁ、はぁ、やっと見つけた……」

 

 黒髪の男性が息を荒げながら声をかけてきた。

 

「君は……、リナ・マルデリタで間違いないのか?」

 



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第63話

 

 

 俺はロイ・フリーマン。アメリカの警察組織の人間だ。

 今はインドネシアで要人の警護などをしながら、この国の情勢や地理の把握に努めている。

 

 何のために? それは単純だ。

 去年から、マルデアという星の大使が毎月ワープで地球にやってくるようになった。

 そのワープの正確性が、非常にあやふやなのだ。

 毎回ランダムに落ちてくる彼女をどうサポートすべきか、米警察の本部では常に議論がなされている。

 

 俺がここで暮らしている理由は他でもない。

 マルデア大使がもしインドネシアに降りた時、安全の確保とサポートをするためだ。

 もちろん現地の警察も全力で動くだろうが、彼女に万が一があってはならない。

 そのため、米警察は俺のような人材を世界中に配置している。

 

 だが、彼女が本当に俺の管轄区域に来るのかというと、そんな確率は極めて低い。

 だから俺の仕事はやはり、基本的に要人のお守りなのだ。

 

 今はちょうど、政治家の街頭演説を警備している所だった。

 

「この国に工場を建設し、雇用を増やして経済を改善していく事をお約束します」

 

 アメリカの政治家が、インドネシアの市民にそう語りかけていた。

 まあ、俺にはどうでもいい話だ。

 

 工場が雇用を増やそうが、廃棄物で汚染を垂れ流そうが、俺の人生にはあまり関係がない。

 インドネシアでの任務期間は二年だ。

 

 早く任期を終わらせ、フロリダで待つ娘や妻に会いたい。

 それ以外の目標は特にない。

 子どもの頃ヒーローに憧れていた俺は、世帯じみた考えを持つ普通の男になっていた。

 

 演説が終わると、政治家たちは車で去っていった。

 俺は一息ついてポケットからスマートフォンを取り出す。

 ニュースを見ると、当然のようにピンク髪の少女がトップニュースに踊る。

 

『CAPKENのアーケードゲーム機がマルデア星へ進出。

現地で格闘ゲームを楽しむ異星の少年たち。マルデア親善大使が投稿』

 

 なんとも奇妙なニュースだ。

 本来ゲームの話題は、世界の政治経済のトップニュースになるようなものではない。

 特にこのアーケードの話題など、多分金額としては百万ドルも動いていないだろう。

 だが今は、これが地球にとって重大なニュースなのだ。

 

 マルデア星は、奇妙な事に地球のビデオゲームを欲している。

 それ以外にはあまり興味がないのか、取引がほとんど無いらしい。

 

 我々地球人は、それとひきかえに革命的な魔石や魔術品を輸入している。

 今やゲームはこの星の重要な輸出品なのだ。

 

 ニュース記事の写真には、アーケード機に群がる耳の長い学生たちの姿があった。

 そういえば、俺もガキの頃にスタ2を遊んでいた事がある。

 

 1990年代前半。アメリカでも当時、格闘ゲームが流行っていた。

 商業施設のゲームフロアで、大人や学生たちに混じって腕を競ったものだ。

 そんな過去を思い出すと、不思議と少し笑みが零れていた。

 

 ニュースを閉じると、壁紙には愛しいアンナの顔が映し出される。

 今年で五歳になる娘に直接会ったのは、もう半年ほど前の事だ。

 仕事なので仕方がない事だが、やはり寂しくはある。

 

 さて、何か食べて元気をつけなければ。

 目に入った店に入ろうとした、その時。

 

 緊急用のコールが鳴った。

 

「こちらフリーマン」

 

 通信を取ると、指令の声がした。

 

「本部から緊急命令だ。現在の任務を切り上げて最優先で動いてもらう」

「切り上げ? 何があったんですか」

 

 異様な雰囲気を感じて問いかけると、テーブルを叩く音がした。

 

「リナ・マルデリタがそちらに降りた。彼女のGPSがタシクマラヤを指している」

「な……。本当ですか」

「この通信でこんな嘘を言ったら、私は首だ。わかるな。

すぐに向かい、彼女を守れ。金はいくら使ってもいい」

「守るというのは、誰から?」

「全てだ」

「……。わかりました。位置をお願いします」

 

 俺の要請に、本部はすぐにGPSの位置データを送りつけてきた。

 どうやら本当に冗談ではないらしい。ならば、行くしかない。

 だが、走っていくには大分距離がある。

 俺が周囲を見渡すと、近くにバイクショップがあった。

 急いで店に入り、中にいた店員の青年に声をかける。

 

「すまない、このバイクを売ってくれ」

「はあ?」

「カードで全額払う。すぐに走れるようにしてくれ」

 

 クレジットカードを出してカウンターに置くと、奥から店長らしき男が出てきた。

 

「兄ちゃん、そう焦るな。購入には手続きってもんが……」

「一刻を争う事態だ。急いでもらいたい。どのバイクでもいい」

 

 警察手帳を突き付けると、男は「わかった」とすぐに奥からバイクを出し、キーを渡してくれた。

 俺はスポーツバイクのエンジンをふかし、道路に躍り出た。

 

 スマホでGPSが示す位置を確認しながら、マルデア大使がいる場所へと向かう。

 だが、ここで妙な事が起きた。彼女がいきなり速度を上げて移動し始めたのだ。

 

 何をどうしたのかは知らんが、バイクでは追えない速さだ、まずいな……。

 そう思った時、彼女はピタリと止まった。

 目的地についたのだろうか。

 俺はアクセルをふかし、その場所へ急いだ。

 

 

 風を身に受けて車道を走りながら、異星の少女の顔を思い浮かべる。

 彼女のニュースは、俺もずっと追いかけてきた。

 

 最も印象に残っているのは、やはりハリケーンの一件だ。

 大使であるはずの彼女が、災害が襲い来る現地に向かった。

 そして、魔石を使って魔法で災害を消し去った。

 

 これは世界的な大ニュースとなり、誰もがあの映像を目に焼き付けた。

 俺もその一人だった。

 まるで、映画に出てくるヒーローのよう。

 いや、そうじゃない。

 

「本物のヒーロー、か……」

 

 そんな人物の元に向かって、警護に当たるのだ。

 少し、身震いがした。

 

 

 行き着いた場所にあったのは、料理屋だった。

 食事をしているのだろうか。

 バイクを止め、店の入口へと足を踏み入れる。

 

 すると、中から少女が出てきた。

 ピンク色の髪。長くとがった耳。

 ニュースでもよく見た、可愛らしい丸い瞳。

 その特徴的な見た目を隠しもせず、誰も連れていない。

 

 世界を揺るがす重要人物が、そこらの店から一人で出てきたのだ。

 驚くべき事だが、事実なのだから仕方がない。

 

 肩で息をつきながら、声をかけてみる事にした。

 

「はぁ、はぁ。君は、リナ・マルデリタで間違いないのか?」

 

 すると、彼女はすんなりと頷いた。

 

「はい。あなたはどなたですか?」

「俺はロイ・フリーマン。アメリカ警察の人間だ」

 

 手帳を出して見せると、彼女は苦笑いして言った。

 

「アメリカさんが先でしたか。私の場所は、GPSで調べたんですか?」

「その通りだ。上の命令で君の身を守りに来た」

 

 どうやら、こういったやり取りにも慣れているらしい。

 

「そうですか。わざわざすみません。ロイさん、自分のお仕事があったんじゃないですか」

 

 彼女はyutubeやテレビの映像で見た人柄と変わらず、礼儀正しく頭を下げてきた。

 

「いや、構わない。君を守るのが最優先の仕事だ。何かして欲しい事があったら言ってほしい」

「そうですか。じゃあすみませんけど、チタルム川まで案内してもらえませんか」

「……。わかった」

 

 チタルムのあたりには何度も行った事がある。

 正直、二度と見たくない場所だ。

 悪臭を放つ汚れ切った川。

 そんな環境の中で暮らす人たちを見ると、やりきれない気分になるからだ。

 

 だが、今はそんな事を言っている場合ではない。

 彼女が行きたいというなら、連れて行くしかない。

 俺はタクシーを呼び、二人で後部座席に乗り込んだ。

 

「チタルム川まで頼む」

「チタルムの、どのへんでしょうか」

 

 帽子を被った男の問いかけに、マルデリタ嬢は顔を上げてこう言った。

 

「川の中央あたりの、一番汚い所にお願いします」

「汚い所? 変なことを言うお客さんだね……、ん?

あんた、リナ・マルデリタ? 本物、じゃないよな?」

 

 恐る恐る振り返る運転手に、俺は警察手帳を出して行った。

 

「彼女は本物のマルデア大使だ。金はいくらでも出す。怪我をさせないよう丁重に運転してくれ」

「へっ? ほ、本物!? わ、わかりやした!」

 

 運転手はミラーで何度も彼女を確認しながら、車を出した。

 

 移動中。

 彼女はぼんやりと外を見たり、スマホをいじったりしていた。

 それだけを見ると、普通の愛らしい少女のようだ。

 

「しかし、驚いたな。話には聞いていたが、君は本当に一人で行動しているのか」

「え? はい、まあそうですね」

 

 当たり前の事のように頷くマルデリタ嬢は、嘘をついているようには見えない。

 俺は少し聞きづらい事を尋ねてみた。

 

「……その、マルデアから誰か応援はないのか」

「……ないですね」

 

 彼女は窓の外を見ながらそう言った。

 

 やはり、上から届いていた話は正しかったようだ。

 

 彼女はいつも一人で魔石を運んでくる。

 そして一人で政府や企業とやり取りをする

 マルデアから彼女以外の者が来た事は一度もない。

 

 交渉も、運搬も、自衛も。

 全て彼女が一人でやっているのだ。

 しかも、世界各地の安全じゃない地域にまで足を運んで。

 

 この子が一体どれだけの能力を持ち、何のために一人で地球と貿易しているのか。

 俺にはわからない。

 だが、今彼女は俺のすぐ傍にいる。

 ならば、見届けてみよう。彼女が何を成すのか。

 決意を固めた俺は、前を見据えた。

 

 

 



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第64話

 

 チタルム川に向けて走るタクシーの車内。

 私は隣に腰かけるアメリカ人警官をチラリと見やる。

 

 このロイさんって人はだいぶ生真面目な人らしい。

 車内にいるのにずっと懐に手を当ててキョロキョロしてる。

 まあ、任務なんだろうね。大変だよ。

 

 私なんて目的地までは気ままに旅行してるだけだからね。

 もし突然銃で撃たれたりしても、防衛の魔術服を着てるし問題はない。

 

 それにしても、パダン料理は量も味も凄かったね。

 おなかパンパンだ。

 

「ふう……」

 

 腹をさすって息をつくと、ロイさんがこちらを見下ろす。

 

「体調が優れないのか?」

「いえ、そういうわけではないんです。ちょっとその、料理を食べた後なので」

「そうか」

 

 だいぶ気を遣ってもらってるようだ。

 と、ロイさんの腹がグウと鳴った。

 

「あ、お昼食べてないんですか?」

「いや、気にしなくていい。すまない」

 

 あくまで私を優先しようとするロイさん。これじゃ倒れちゃうよね。

 

「運転手さん、この辺になんか食べるお店ありますか」

 

 前に声をかけると、おじさんは緊張した様子で振り返る。

 

「は、はい! どんなお料理が良いでしょう」

「ロイさん、何がいいですか」

「……。なんでもいい。テイクアウトで手軽に食えるもので頼む」

 

 運転手のおじさんは、すぐにマクズナルズに止めてくれた。

 やっぱインドネシアにもあるんだね。

 ロイさんはバーガーとチキンのセットを買って、すぐに戻って来た。

 

 ホカホカのチキンを頬張るロイさんは、普通のお兄さんに見えた。

 でも、聞けばアメリカに五歳の娘がいるらしい。

 お父さん、若く見えるね。

 

 それから、タクシーはインドネシアの道を進み続けた。

 

 スマホでネットを見ると、私の事がニュースになっているようだ。

 

『リナ・マルデリタがインドネシアに訪問。しかし、警察はまだ彼女を発見できていない』

 

 そんなタイトルのニュース記事を、SNSの人たちが語り合っている。

 

xxxxx@xxxxx

「ヨーロッパを巡ると思ったら、今度はタイにインドネシアか。どうも彼女の行き先は読めないな」

xxxxx@xxxxx

「リナが見つからなくて現地も騒ぎになっているらしい」

xxxxx@xxxxx

「目撃報告や映像は出てるが、まだ彼女は見つからない」

xxxxx@xxxxx

「証言や写真の多さから、タシクマラヤに落ちたのはほぼ確定。向かうのはどこだ?」

xxxxx@xxxxx

「やっぱりゲーム関連じゃないか」

xxxxx@xxxxx

「お忍びで旅行とか?」

 

 うーん。

 これはちょっとインドネシア側に迷惑かかってるパターンかな。

 警察さんには慌てなくてもいいと示す必要がある。

 

 私はSNSに書き込んでおく事にした。

 

『私はこれから、インドネシアの川に向かいます。みなさん、川をご覧ください』

 

 これで、みんなに何となく伝わるだろう。

 私はスマホをポケットに突っ込み、移り行くアジアの景色を眺めた。

 それから、二時間ほど走っただろうか。

 

「ようやく見えてきました。川の上流ですね」

 

 運転手の指さす方を見ると、川が見えてきた。

 上流のあたりは、そこまで汚くはないようだ。

 300キロある川だから、汚染の中心地に行かなきゃいけない。

 

 見れば、川の周囲に凄い人だかりができていた。

 私の書き込みが広まったのか、手あたり次第に見に来たようだ。

 

「す、すげえ人だ。どうします?」

 

 驚く運転手さんがこちらを振りむく。

 

「汚い所はどのへんですか?」

「もっと下流ですね」

「では、そこまでお願いします」

 

 私のお願いに、おじさんは頷いて車を走らせた。

 

 しばらく道路を進んでいくと、警察が検問しているのが見えた。

 野次馬でやってきた人の数も凄い。

 

「こ、これ以上は進めません!」

 

 運転手さんも車を止め、お手上げといった感じだ。

 

「リナ嬢、どうする?」

「降ります。別に敵ではありません。それに、もう着いたみたいです」

 

 そう言って、私は左手に広がる大きな川を見下ろす。

 水面には、わけのわからない物が無数に浮いている。

 近くの家からは山ほどのゴミが溢れ、川を侵食している。

 なんだあれは……。

 

 車のドアを開けると、すぐに異臭が漂ってくる。

 チタルム川の汚染された場所は、もう目と鼻の先だった。

 

「おじさん、ここまでありがとうございました」

「い、いや。とんでもねえ」

 

 運転手さんに挨拶し、私は車から道路へ降りる。

 すると、人々がこちらに気づいたらしい。

 

「あれは、リナ・マルデリタか?」

「やっぱりチタルム川に来たんだ!」

 

 民衆が押し寄せてきたので、私はすぐに空へ飛びあがった。

 

「う、浮いたっ」

「本物だ、魔法を使ったぞ!」

 

 人々の声が、後ろから響いている。

 私は十メートル、十五メートル、二十メートルと高く飛び上がる。

 すると、目下に大きな川の像が見えてくる。

 

「これが、世界一汚染された川……」

 

 川を埋め尽くすほどのゴミが、水面に漂っている。

 もはや、川ではない何か。水浸しのゴミ山のようだ。

 

 そんな汚水の中を、当たり前のように歩いている少女がいた……。

 一体、どうやったらこんなものが出来るんだろう。

 

 

 この国だけの責任ではない。

 この汚染は、地球人類の業(ごう)としか言えない代物だ。

 

 私はカプセルから輸送機を出し、川へと降りていく。

 異様な臭いと光景が、眼前に広がる。

 水面までくると、私は水の中に魔石をどんどん落として行った。

 

 その数、五万個。

 川の底から積み上がった透明な石は、川の表面にまで顔を出していた。

 

 私は魔石の山に手を向け、魔力を注ぎこむ。

 そして、ゆっくりと呪文を唱えた。

 

『願いの力よ。どうか川を蝕む人の業を洗い流し、もう一度美しき姿を』

 

 言葉に応えるようにして、手の先が光り出した。

 魔石が共鳴するように輝き、どんどん川に広がっていく。

 

 魔法の波が、あたりのゴミを包み込み、川を覆っていく。

 するとゴミが少しずつ消え、汚れが浄化されていく。

 

 全てを洗い流す魔石の光は、河川に伸びるように浸透していった。

 

 少しすると、水がキラキラと輝きだす。

 美しい、透明で清らかな川が、その姿を取り戻し始めていた。

 汚れも異臭も、全てが消え去っていた。

 

「ふう……」

 

 私は額の汗をぬぐい、宙に浮かぶ。

 そして、美しさを取り戻した川を眺めていた。

 

 

---Side ロイ・フリーマン

 

 

 俺は彼女の魔法を、この眼で見ていた。

 

「か、川が! 奇麗になっていくぞ!」

「彼女だ! リナ・マルデリタが川に魔法をかけたんだ!」

 

 群衆が叫び声を上げる。

 みな、その異様な景色に息を呑んでいた。

 

 長く南北に伸びる川が。

 

 あれだけ溢れていたゴミが、異臭が。

 魔法の光が放つ波に覆われ、消えていくのだ。

 

 誰もが諦め目を背けていた、チタルム川の異様なまでの汚染。

 それを、浄化してみせたのだ。

 

 正に、奇跡としか言えない光景だった。

 その中心で彼女は、風に揺られながら宙を漂っていた。

 どうやら、俺は歴史的な瞬間を目の当たりにしたらしい。

 

「チタルム川が、あのゴミの川がこんなに美しく……!」

「なんということだ……」

「か、神だ……。彼女は、女神だ」

「私たちに、恵みを与えてくださったのね」

 

 人々はみな、感嘆の言葉を口にしていた。

 跪き、祈りをささげる人たちもいた。

 現地の警察たちすら、しばし自分の仕事を忘れてその光景に見惚れていた。

 

 俺も同じだった。

 彼女を守る職務を忘れ、ただ遠くから眺めているだけだった。

 

 少しすると、マルデリタ嬢は川の浅瀬に降り、水に足をつけた。

 彼女はその場で屈み込み、水を掬い上げて口に運んだ。

 

「チタルムの水を、飲んだ……」

 

 誰かがそう漏らした。

 みんなが彼女の挙動を見守っていた。

 何千人といるはずの場は、静まり返っていた。

 

 すると彼女はこちらに振り返り、笑顔で言った。

 

「バッチリ! 美味しい水です!」

 

 その瞬間、民衆から歓声が沸き上がった。

 

「おおおお、感激だっ!」

「我々の水が、美しさを取り戻したっ」

「やったわ、ありがとうリナ!」

「チタルムに栄光あれっ!」

 

 誰もが喜びに満ち溢れ、飛び上がってその奇跡を祝った。

 そして、みんなで川に向かって走った。

 こんなに大勢の魂の叫びを聞いたのは、生まれて初めてかもしれない。

 リナ・マルデリタは大衆に担ぎ上げられ、みんなに胴上げされていた。

 

 それを止めようとする警察は、誰一人いなかった。

 

 俺が憧れた、本物のヒーローがそこにいた。

 

 



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第65話

 

 美しさを取り戻したチタルム川。

 その傍らで、リナ・マルデリタが胴上げされていた。

 インドネシアの住人たちは、心からの喜びを表していた。

 

 マルデアから一人で地球に来た彼女の努力は、俺たちもニュースで知っている。

 アメリカと交渉し、ゲーム会社と共に働き、時間をかけて貿易を拡大してきた。

 そんな積み重ねが、この奇跡を生み出した。そんな気がした。

 

 しばらく川辺の盛り上がりを見ていると、リナ嬢は空を飛んでこちらにやってきた。

 

「ロイさん、すいません色々とお世話になって」

「い、いや。こちらこそ、ありがとう。俺たちの地球のために、こんな事をしてくれて。

何と礼を言ったらいいかわからない」

 

 ここはアメリカではない。

 ここが浄化されようと、俺の所属する組織が得する事はほとんどないだろう。

 だが、俺はとても嬉しかった。

 地球人が汚した川を、こんなにも綺麗にしてくれた事を。

 美しいチタルム川の姿が見れた事を、ただ感謝したかった。

 

「ありがとう、マルデリタ嬢」

「ありがとう」

「ありがと!」

 

 周囲のみんなも、リナに感謝の言葉を告げている。

 

「あははは、それはよかったです。これからはなるべく、川を大事にしてくださいね」

 

 そう言って、彼女は微笑んでいた。

 それはマルデア大使としての言葉ではなく。

 彼女が発した、純粋な気持ちのように見えた。

 

 彼女もただ、川に奇麗でいて欲しかったのだろうか。

 地球に、奇麗な星になってほしいと願っているのだろうか。

 

「マルデリタ嬢。君は……。どうしてこの川を?」

 

 そう問いかけると、彼女は何故か困ったように頬を掻いた。

 

「いえ、その、国連さんに『汚染を処理してくれ』と言われたので。

その、特に場所は指定されてなかったんで、このあたりが良いかなと思って……」

 

 申し訳なさそうに肩を落とす彼女は、俺の国籍を配慮しているのだろう。

 

「ははは、はっはっはっは! そうか、場所は指定されなかったか!」

 

 俺はなぜか、大いに笑ってしまった。

 アメリカ人としてはおかしな話かもしれない。だが、とにかく痛快な気分だった。

 

 なぜか他のみんなも、楽しそうに笑っていた。

 そうだ。俺たちはみんな同じ人間だ。

 マルデリタ嬢も一緒になって笑っていた。

 

 この光景は、俺の一生の自慢になりそうだった。

 

 

 

 その晩、フロリダにいる妻からテレビ電話があった。

 

「まさか、あなたをテレビのニュースで何度も見る事になるとは思わなかったわ」

「はは、やはり映っていたか」

 

 あの場の映像は、カメラで撮影されていたようだ。

 アメリカのテレビでも報道されたらしく、妻は嬉しそうに教えてくれた。

 

「パパ、すごい! リナとお手てつないでるの見たよ!」

 

 娘のアンナもカメラの前にやってきて、珍しく俺をほめてくれた。

 どうやら、俺とマルデリタ嬢が握手するシーンを見たようだ。

 

「ねえパパ、リナってすごいね。あんな汚い川をピッカピカにしちゃうんだから!」

「ああ、凄いな」

「あの川、とってもキレイになってたね。汚いより、キレイな方がいいね」

 

 素直に感想を口にするアンナに、俺は頷いて言った。

 

「そうだな。アンナも、ゴミをポイ捨てしちゃダメだぞ。

リナは忙しいから、俺たちで地球をキレイにするんだ。じゃないと、また川が汚くなるからな」

「うん! わたし、キレイにする!」

 

 頷く娘の小さな顔に、俺は大きな未来の光を感じたのだった。

 

 

 

------Side リナ・マルデリタ

 

 

 

 さあ、やっちゃったね。

 外交官スカール氏の頭髪が心配だよ。

 

 でも、やっぱりチタルム川に決めてよかったと思う。

 みんなあんなに喜んでくれたしね。

 きっと国連の人たちもわかってくれるはず。うん、きっと。

 

 さて。

 私は今、現地の警察に囲まれて首都へ向かっている最中である。

 車についていたテレビを見ると、チタルム川の浄化について驚きをもって報じていた。

 

「この美しい川を見てください。これが世界一汚染された川という汚名を被っていたチタルムなのです。

マルデリタさんの魔法は、私たちの国にこびりついた垢を消し去ってくれました」

 

 女性アナウンサーの興奮した様子に、専門家らしい男性も体を乗り出している。

 

「何度見ても信じられませんな。これは我が国に舞い降りた奇跡と言えるでしょう」

「マルデリタさんには感謝を述べたいですね。

この美しい川を、そのままの姿に保つチャンスを与えてくれたのですから」

 

 出演者たちは熱をもってそう語っていた。

 

 

 大統領官邸に向かうと、これまでで初めてくらいの大歓迎を受けた。

 

「リナ・マルデリタ嬢! ああ、何と感謝をしたらいいか!」

 

 そんな切り出しで、大統領は私に対してありがとう、ありがとうと繰り返していた。

 他の高官たちまで、頭を下げてみんなが感謝を述べていた。

 恐縮するくらいだったけど、良い事をしたんだから、まあいいよね。

 

「何かお礼をさせて頂きたい。せめて特産品の香辛料をお贈りさせてもらえるだろうか」

 

 大統領の言葉に、私は頷いて言った。

 

「ありがとうございます。ありがたく受け取らせて頂きます。

あと、この会見をテレビやネットで見ている皆さん。

もし私に礼がしたいなら、ゴミは指定されたゴミ箱へ入れるようにしてください。

汚さなければ、川は美しいままですから」

 

 私はメディアのカメラに向かって、ニコリと笑みを浮かべた。

 その日の仕事はそれで終わり、私はホテルのスイートにぶち込まれた。

 魔力をかなり使った事もあり、その夜はすぐベッドに入ってぐっすりと眠った。

 

 

 

 翌日、私は現地の案内を受けて観光地を巡っていた。

 

 そこで、地面に落ちたゴミを拾って歩く人々を見かけた。

 私は嬉しくなって、彼らに手を振った。

 彼らもこちらに手を振ってくれた。

 それが私にとって、ジャカルタでの一番良い思い出だった。

 

 

 その日の午後、私はチャーター機に乗って、インドネシアを飛び立ったのだった。

 

 スマホでネットを見ると、やはりチタルム川のニュースが話題を独占していた。

 SNSでは私が川の汚染を消す映像がバズっていて、数千万のいいねがついていた。

 

xxxxx@xxxxx

「何という光景だ。これが現実とは思えない」

xxxxx@xxxxx

「災害の次は、巨大な汚染を消して見せたんだな」

xxxxx@xxxxx

「これは俺の国で起きた事じゃない。でも俺はとても嬉しいよ」

xxxxx@xxxxx

「ああ。地球が美しくなった事を、喜ばずにいれるか!」

xxxxx@xxxxx

「美しくなった川を見ると、心が洗われるようね」

xxxxx@xxxxx

「でも放っておけば、また汚れるかもしれない。大事なのはこれからだ」

xxxxx@xxxxx

「そうだ。一人ひとりが意識を持てば、地球は少しはキレイになるだろう」

xxxxx@xxxxx

「彼女は僕らに教えてくれているんだ。地球が持っていた本来の美しさを」

 

 

 何か凄い拡大解釈してくれてるみたいだ。

 でも、みんなが前向きな気持ちになるなら良いと思う。

 

 さて、私も腹をくくろう。

 ニューヨークに降り立った私は、いつものように国連本部に向かった。

 

 会議室。

 外交官のスカール氏は、かなり疲れた顔をしていた。

 

「あの、すみませんでした。何も言わずに勝手に行動しまして」

 

 私がとりあえず謝ってみると、スカール氏は首を横に振った。

 

「……。いや、いいんだ。君の意図する所は理解しているつもりだ」

「怒らないんですか?」

 

 私がおずおずと問いかけると、彼はため息をついて言った。

 

「ああ。君がインドネシアに降りたと聞いた時は、最初は予想外の事に慌てたがね。

あの映像……。

君がチタルム川に魔法をかける場面を見て、言葉を失ったよ。

我々人類が汚したものを、君が洗い流してくれたんだ。

我々は、地球人として君に感謝するべきだろう。ありがとう」

 

 意外にも、スカール氏と高官たちはこちらに頭を下げてきた。

 国連の人たちにも、何かが伝わったのかもしれない。

 



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第66話

 国連本部の会議室。

 対面に腰かけたスカール氏は、チタルム川のその後について語ってくれた。

 

「現在チタルム川に世界中の注目が集まっている。

観光目的で奇跡が起きた川を訪れる者も出始めているようだ。

それを受けて、政府は『汚染を減らし、状態の維持に努める』と声明を出した」

「それは良かったですね」

 

 私が笑みを浮かべると、スカール氏は書類を置いてこちらを見据えた。

 

「それで、だ。マルデリタ嬢。君は次回からどう動くつもりかね。

各国で今回のような事をしていくつもりなのか、それとも……」

 

 真剣な表情で体を前に乗り出すスカール氏。

 今後も各地を浄化して回るのか、という問いかけだろう。

 貿易が拡大して一度に運ぶ魔石の量が増え、それも可能になってきている。

 しかし……。

 

「そうですね。私がどうしても対処したい場所が見つかればやりたいですが。

なるべく、地球に魔石を溜める事を優先したいと考えています」

 

 今回は、魔石が五万あればこれだけの事ができると証明した。

 今後も対処の規模を拡大して、実績を積んでいく必要がある。

 

 ただ、魔石が全く溜まらないのはダメだ。

 何か異変が起きた時のためにも、地球側が魔石を大量に保有しておいた方がいい。

 だから、しばらくは国連に運び続ける事になるだろう。

 

 スカール氏もそれが頭にあるのか、再び頭を下げてきた。

 

「ありがとう。そう言ってもらえると助かる。君の行動指針については、上手く民衆に伝えておこう」

「わかりました。そう言えば、縮小ボックスってどれくらい広まりました?」

「緊急時の物資運搬のために警察や軍が保有しているが、かなり数が増えてきた。

今回もらう物は、試しに流通に回してみようと考えている。

輸送に使うトラックの量が減れば……。まあ排気ガスも、少しは減るかもしれんな」

「ええ、そうですね」

 

 彼は私の望む事を分かっているらしい。

 私たちは頷き合い、握手をして会議を終えた。

 

 

 ニューヨークを出ると、次は日本だ。

 チャーター機で羽田に降り、永田町で政府とのご挨拶を済ませる。

 お土産に和菓子をもらって、カメラの前で食べてしまった。

 どら焼き、美味しいよね。奈良の実家でも売ってたから、懐かしい味だ。

 

 そう言えばインドネシアでもどら焼きの販売店を見かけた。

 あっちではアニメのドラいもんの食べ物っていう認識らしい。

 ドラちゃんが海外にどら焼きを広めているのかな。

 美味しそうに食べるもんね、あのタヌ……、猫型ロボット。

 

 

 さて、ここからようやく大事なゲームのお仕事だ。

 今回はちょっと忙しいよ。

 新作もあるから、複数のゲーム会社を回る予定になっている。

 

 まず最初は、スタ2についての報告と追加分の入荷だ。

 車は都内を走り、格ゲーメーカーへと向かった。

 社のビルに入ると、以前会った面々が温かく迎えてくれた。

 

「いやあ、ニュースで見ましたよ。遠い星の学生たちがアーケードに群がるなんてね」

「そうそう。新鮮なのに、懐かしい風景だったよ」

 

 営業や開発の方たちは、私のSNSの投稿を見ていてくれたようだ。

 マルデアにおけるスタ2の門出を、みんなで喜んでくれていた。

 

「まだ対戦という所までは行っていないのですが。口コミで話題が広がっている所です。

今後も継続して営業していくつもりです」

「頼もしい限りですな。新しく五百台を用意させて頂きましたので、お受け取り下さい」

 

 私は倉庫で追加生産されたアーケード機を受け取り、輸送機に詰めていく。

 挨拶を済ませると、私は次の目的地へ向かうべく車に乗り込んだ。

 

 次の訪問先は、東京の品川にある立派なビルだ。

 やってきたのは、誰もが知る娯楽と遊びの老舗企業、SAGAだ。

 

「初めましてマルデリタさん。ようこそ」

 

 ビルの入口で歓迎してくれたのは、まだ若いスーツ姿のさわやかな男性だった。

 三十代くらいに見えるけど、この人が社長さんらしい。

 

 案内を受けて上階のフロアに行くと、巨大モニターに二つのゲームの映像が流れていた。

 

 ゲームから流れる音楽と共に、可愛らしい掛け声が上がる。

 

『えいっ! ふぁいおー! あいすすたーむ!』

 

 響く連鎖の声が、心地よいリズム感を生み出していく。

 

 一つ目のゲームは、落ちモノパズルゲームの金字塔。

 『ぷやぷや』だ。

 カラフルな色のブロックと、可愛らしいキャラクター。

 1991年に生まれ、今もなおeスポーツとして競われる歴史的名作である。

 

 そして、二つ目のモニター。

 青いネズミがステージを素早く駆け巡り、ジェットコースターのように景色が移り変わる。

 世界中で愛される看板ゲームタイトル。

 『サニック・ザ・へジハッグ』だ。

 

 そう、今回の新作はサニックとぷやぷや……。

 と言いたいんだけど。

 それだけじゃないんだよね。

 

 実は次のスウィッツの新作は、以前やった『オールスターシリーズ』の第二弾なのだ。

 スーファム世代を中心に、八つのソフトがラインナップされるセットパッケージになる。

 そこに初代サニックとぷやぷや通が収録される事になった。

 

 そして、私がこの会社を訪問した理由がもう一つある。

 オールスターパッケージを発売する前に、アーケードとしてサニックとぷやぷやを出す事になったのだ。

 

 これは、家庭用とアーケードの商売を両立させるための我が社なりの策だ。

 私たちの会社はまだ小さく、二つの事業を同時進行できるほどの規模はない。

 

 だから、同じタイトルをアーケードと家庭用の両方で出す事で、ローカライズや取引の手間を極力減らした。

 おかげで、最近は毎月のように新作をリリースする事ができるようになってきている。

 

 今回のオールスター8タイトルの内、3タイトルはアーケードで先行発売する形になる。

 スタ2とサニック、ぷやぷやだね。

 

 残りの五つはスウィッツ専用のソフトになる予定だけど、これはまた来月のお楽しみだ。

 とにかく強力なタイトルが集まったので、私もめちゃくちゃ楽しみにしてる。

 

 ただ、それは次回に置いといて。

 今回は、二つの顔役をマルデアに持ち込む事になっている。

 

「いよいよ、サニックとぷやぷやが星を超えて行くんですね」

 

 集まった社員たちが、二つのアーケード機を眺めながら語り合っていた。

 みんなやはり、思い入れが強いのだろう。

 どちらも三十年の歴史を持つタイトルであり、長く地球で愛されてきた。

 面白いのはもう間違いない。

 あとは私がお客さんの元まで運ぶだけだ。

 

「しっかりとマルデアのみんなに届けてきます。よろしくお願いします」

 

 私は社員たちと握手を交わし、倉庫へと向かった。

 こちらも、最初は五百台ずつからのスタートだ。

 あんまり多いとわが社でまだ処理しきれないからね。

 アーケード機を輸送機に詰め込むと、最後は京都だ。

 

 Nikkendoでオールスターについての会議をした後、また郊外に向かう。

 今回はスウィッツを三万五千台。それに合わせてソフトなども受け取り、全て輸送機に収めた。

 

 さて、これで今回の地球の旅はおしまいだ。

 受け取ったのは、二つの輝くアーケードと、時代を超える遊び。

 これも私たちの手で、マルデアに広めなきゃね。

 

「では、失礼します」

 

 営業の方に挨拶をして、私はリストデバイスを起動した。

 すると、私の体を光が包んでいった。

 

 




ここすきに励まされてます。ありがとうございます。


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第67話

 

 マルデア星に戻ると、今日はまだ空が明るいようだ。

 下校時間なのだろう。

 都内の繁華街は、学生たちで溢れていた。

 

 彼らは買い物をしたり、魔術的な趣味に打ち込んだりしながら日々を過ごしている。

 ビデオゲームという遊びは、この星においてはまだまだニッチで、知らない人も多い。

 

 いつか道行く彼らにも、ゲームの楽しさが伝わる日が来るだろうか。

 そんな風に考えながら、私はガレリーナ社へと足を進めた。

 

「ただいま戻りました」

 

 オフィスに戻ると、社員のみんなが一斉に振り返る。

 

「お疲れっす! ついにサニックが来たんスね!」

「お帰りなさい。どうだった?」

 

 どうやらメソラさんもサニアさんも、アーケードが気になって仕方がないらしい。

 まあ、気持ちはわかる。

 新しいプレゼントが届いたような感覚だろうね。

 

「はい。ちゃんと持ち帰ってきましたよ」

 

 私は輸送機から二つのアーケードを取り出し、変換機をかまして電源をつけた。

 オフィスに三つの台が並ぶと、結構派手だね。

 

「これがサニックのアーケード……! とてもクールです!」

 

 フィオさんは、やたらハアハアと息を荒げながら青いネズミの映像に見入っていた。

 隣に置いたぷやぷやの台からは、連鎖ダメージの声が響き渡る。

 

『いたっ、やったね~、うげげっ』

「ふふ。やっぱりぷやぷやは可愛いわ。この掛け声が良いのよねえ~」

 

 ほんわかした世界観に、サニアさんが夢中になっていた。

 

「さあ。売り込む前に、まずはテストプレイだ!」

 

 社長のガレナさんが、率先してアーケードを遊び始める。

 

「ええ、マルデアで動作するか、しっかり確かめなきゃいけないわ!」

 

 当然、サニアさんをはじめ社員たちもそれに乗っかっていく。

 うん。これがガレリーナ社だよね……。

 

『えいっ、ふぁいおー、あいすすたーむ、だいやきーと!』

「ガレナさん、いきなり四連鎖は強いっスよ!」

 

 やっぱり、みんなで遊ぶと"ぷやぷや"の対戦が盛り上がる。

 このゲームの基本構造はテトラスに似ているが、より対戦に特化したシステムを構築している。

 私も前世ではかなりハマったゲームの一つだ。

 みんなでアーケードを楽しみ、今日の仕事は終わりになった。

 売り込みの営業はまた明日からだ。

 

 

 ワープステーションを経由し、私は地元の町を歩く。

 公園の前を進むと、久しぶりに実家が見えてきた。

 見れば裏手の店の前で、二人の子どもが何やら向かい合っている。

 

「はこぅーけん! はこぅーけん!」

「たつまきせんぷーーーかく!」

 

 ポーズを取って技を叫ぶ少年たち。

 ああ、こういうの懐かしいね。現実でバトルごっこしちゃうやつ。

 でもマルデアの子はみんな小さいけど魔力があるから、ごっこでは済まない。

 

 少年が力を込めて拳を突き出すと、そこから風が巻き起こる。

 魔術師の卵たちだからね。

 

「こら、魔法を向け合うのは危ないからやめなさい」

 

 お母さんが子どもたちに注意をしていた。

 駄菓子屋周辺っぽくなってきたなあ。

 と思ったら、雰囲気だけではないらしい。

 

「おばちゃん、これちょうだい」

「はい、魔法あめ一つ20ガルね」

 

 お母さん、子供向けに安いお菓子とかも売り始めてるし。

 ちなみに100ガルで1ベルなので、飴は20円くらいになる。

 

 私が帰宅すると、母さんは店を畳んで夕食の支度をしてくれた。

 

「知り合いが食品会社に勤めてて、安いお菓子なら一箱から発注していいって言うからね」

 

 肉野菜を炒めながら、母さんは楽しそうに話す。

 

「それで置く事にしたの?」

「ええ。うちの店って子どもが集まるじゃない? みんなとっても可愛いのよ。

お小遣い握りしめてウチのお店に来るの見てると、癒されるのよねえ。

だから、あの子たちが買いやすいものを置こうと思ったの」

 

 とても優しい顔で、お母さんはにっこり笑う。

 

「うん、完全に駄菓子屋コースだね」

「ダガシヤ? 何それ」

「地球にあるお店の形だよ。子どものお小遣いで買える安いお菓子とか、アーケードとか、オモチャとかを売るの。

小学院くらいの子が集まって、コミュニティが出来るんだ」

「あら、それいいわねえ。私、はりきっちゃおうかしら」

 

 お母さんはノリノリだった。

 店ごとに毛色の違いが出てくるのは、なんだか面白い。

 

「それで、これ新作の業務用機なんだけどさ……」

 

 新しいアーケードのカタログを見せると、母さんはとても喜んでいた。

 

「どっちも可愛くて面白そうね。二つとも買いたい所だけど、うちの予算的に一つよねえ。どっちにしようかしら……」

 

 母さんはチラシを眺めながら、悩ましげに頭をひねっていた。

 

 

 

 翌日。

 ガレリーナ社に集まった私たちは、新作アーケードの営業に出る事になった。

 

 前回のスタ2での実績を踏まえ、スウィッツソフトとは大きく異なる営業ルートだ。

 

「まずは、前回スタ2が売れた店舗に売り込むわよ」

「ああ、私はマジックランドと旅館から行こう」

 

 サニアさんやガレナさんは、アーケードの販売実績がある店から向かうようだ。

 私は何を置いてもまず、ブラームスさんのお店に向かう事にした。

 

 ワープステーションを経由して、都外の繁華街に向かう。

 通りの外れまで行くと、娯楽専門店の文字が見えてくる。

 

 お店の前にあるスタ2の台には、やはり男子学生たちが集まっていた。

 中に入ると、ちょうど親子連れがソフトを買っている所だった。

 

「これね、テトラスにドンキュー、マルオまで入ってるんだよ!」

 

 子どもが母親に説明しながら、オールスターパッケージを握って店を出て行く。

 入れ違いで入っていくと、ブラームスさんが迎えてくれた。

 

「やあ、マルデリタさん。待っていましたよ。地球から新作が入荷したとか。どんなタイトルか、楽しみで楽しみで」

 

 事前に連絡を入れておいた事もあり、彼は待ちかねていたようだ。

 

「はい。こちらのアーケードになります」

 

 輸送機を取り出し、お店の中にサニックの台を設置する。

 すると、ブラームスさんはがっつり食いついてきた。

 

「おお! これは、とてもクールなキャラクターですな」

 

 彼はアーケードの側面に描かれたサニックのイラストに見入っているようだ。

 

「ええ。地球ではマルオのライバルと言われているキャラクターなんですよ」

「本当ですか。確かに、見栄えがいい」

 

 それから、お店の魔力源に繋いで変換器をかまし、業務用機を起動する。

 画面には、素早く走り抜けるサニックの映像が映し出された。

 

「おい、何か新しいゲームらしいぜ!」

「かっこいいキャラだな」

 

 スタ2を遊んでいた学生たちがこちらをのぞき込んでいる。

 彼らも新作のアーケードに興味津々のようだ。

 

 まずは、ブラームスさんが試しにゲームを始めてみる。

 

「マルオと同じ、ステージ型のゲームのようですな」

「ええ、ですがサニックはスピードが違います」

 

 説明に従ってブラームスさんが操作すると、サニックがいきなりダッシュし始めた。

 青い塊は丘を駆け上がり、ジェットコースターのようにギュンギュンと進んで行く。

 

「これは凄い! 今までのゲームにはない速さだね!」

 

 ブラームスさんが感激したように話すと、店の入り口から見ていた学生たちも声を上げる。

 

「あの青いやつ、ガンガン走ってるぜ……」

「やってみてえ……」

 

 どうやらサニックの魅力は、星を超えても通じるようだ。

 

 サニック・ザ・へジハッグが生まれたのは、1991年の事。

 日本国外で高い人気を誇り、近年公開されたハリウッド映画は大成功を収めた。

 今も世界に愛される、スピードスターな青ネズミだ。

 

「いかがでしょう。もう一つ、ぷやぷやという台もありますが」

「もちろん、二つとも貰いましょう!」

 

 ブラームスさんは、即決で二台とも購入を決めてくれた。

 この決断力。さすがはこの娯楽専門店を作り出した人物だね。

 

 アーケードが稼働し始めると、学生たちはすぐにサニックの台にコインを投入していた。

 そして、やってみたかったのだろう。

 

「おらおら、はしれーーーっ」

 

 サニックをガンガンダッシュさせ、一気にステージを進めていく。

 しかし、そう簡単にはクリアできない。

 ステージに配置された敵が、サニックの行く手を阻む。

 

「あれ、取ったリングが飛び散ったぞ!」

「敵に当たっちゃダメなんだろ。リング回収しないと死ぬって書いてあるぜ」

 

 説明書きを読みながら、学生たちは楽しそうにゲームを攻略していた。

 サニックはダメージのシステムが独特だ。

 プレイしていた少年も、あたふたしている内にやられてしまった。

 

「くそ、一面で死んじまった!」

「どけヘタクソ、俺が華麗なプレイを見せてやろう」

 

 もう一人の少年が、颯爽とコインを投入する。

 

 スタ2が呼び込んだお客さんだけあって、若者たちは血気盛んだ。

 ブラームスさんのお店は、少しずつゲームセンターに近づいているようだった。

 



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第68話

 

 新作アーケードの営業は、比較的順調に進んでいた。

 スタ2の好調もあり、サニックとぷやぷやは次々にマルデアの施設やお店に置かれていく。

 

 うちの母さんの店でも、新作アーケードを入荷していた。

 いきなり二機種入れるのは難しいので、お母さんが気に入った一台を選んだ。

 私は休日を利用して、駄菓子屋と化したお店の様子を眺める事にした。

 

「うわっ、あたらしいゲーム機があるぞ!」

「ほんとだっ! なんだこれ!」

 

 朝からやって来た子どもたちは、店の前に置かれたぷやぷやの新台に興味津々と言った様子だ。

 

「ねーねーおばちゃん。このゲームなーに?」

「ぷやぷやよ。可愛いでしょ」

 

 お母さんが軽くゲームについて教えてあげているようだ。

 子どもたちは画面に流れる映像を、食い入るように見つめていた。

 

「なんか色を消してるぜ」

「『えいっ、ふぁいおー、あいすすたーむー』だって」

「同じ色が四つ揃ったら消えるのかな」

 

 子どもたちは、彼らの小さな脳みそでゲームを分析し始めているようだ。

 

 ぷやぷやは、元々コムパイルという会社によって作られたゲームだ。

 長方形のボックスの中に、上から"ぷや"と呼ばれるブロックが二つずつ落ちてくる。

 同じ色のぷやを四つ繋げると、ぷやは消えていく。

 見たことのないゲームに、みんな興味津々だ。

 

 だが、財力のないキッズたちは一番手になってお金を失う事を嫌っている。

 やはり今回も、誰かが来てプレイするのを待っているようだった。

 

 と、そこへ。親子連れの二人がやってきた。

 母親に手を引かれて歩いてくるのは、お上品なワンピースを着た少女だった。

 

「なーにあれ?」

 

 可愛い連鎖ボイスに呼ばれるようにして、彼女はアーケードに近づいていく。

 台に描かれたアニメテイストの女の子。そして、カラフルで可愛いゲーム画面。

 そのキャッチーさに惹かれたのか、彼女はゲーム映像をじーっと見つめた。

 

「かわいい……。ママ、これやりたい! 一回一ベルだって」

 

 少女は映像を指さしながら、後ろにいた母親にアピールし始める。

 

「しょうがないわね。じゃあ、一回だけよ」

 

 母親がコインを入れると、近くにいた子どもたちがざわつき始める。

 

「マリーナちゃんだ。オカルナ台に住んでるお嬢様だぜ」

「あの子もゲームとかするんだ……」

 

 どうやら、近所じゃ名の知られたお金持ちの子らしい。

 彼女はゲームが動き出すと、レバーを操作してぷやブロックを動かしていく。

 

『えいっ』『えいっ』『えいっ』

 

 同じ色を四つ揃えて消す、その繰り返し。

 少女が夢中でシンプルな遊びを堪能していると、たまたま色が上手く重なった。

 

『えいっ、ふぁいおー!』

 

 赤のぷやが四つ消えて、その上にあった黄色ぷやが下に落ちる。

 すると、下にあった黄色ぷやと合体。

 四つになったので黄色も消える。

 これがぷやぷやの基本とされる連鎖だ。

 

「やった、二かい消えた!」

 

 お嬢様はぴょんぴょん飛び上がって喜んでいた。

 周囲もそれにつられて盛り上がっている。

 

「マリーナちゃんすごい!」

「さすが、お勉強もできるおじょーさまだ!」

「今の、ただの偶然じゃないの?」

「お前、マリーナちゃんにケチつけてんじゃねえよ!」

 

 少年たちは概ね彼女の応援隊になっているようだ。

 その後もマリーナちゃんはせっせとレバーを動かし、頑張って二連鎖を作っていた。

 

「あらあら、マリーナ賢いわねえ」

 

 後ろからゲームを眺めるお母さんも、彼女が何をやっているか気づいたようだ。

 ぷやの山が崩れる構造を利用して、上手く色を重ねて連鎖を作る。

 これは非常に頭を使う作業であり、子どもの頭の体操にはとても良いと思う。

 

 連鎖が重なれば重なるほど、対戦相手に与える"おじゃまぷや"が増える。

 敵のボックスをぷやで埋め尽くせば、勝利となる。

 

 マリーナちゃんは二連鎖の使い手となり、一回戦の敵を倒した。

 

「やったー!」

 

 主人公のアリルと一緒に、お嬢様が喜ぶ。

 すると、周囲の少年たちも拳を上げて喜んでいた。

 

「っしゃあ、さすがマリーナちゃん!」

「可愛いだけじゃなくて頭も良いぜ!」

 

 マリーナちゃんは勢いづいて次の敵に挑むが、やはり敵は強くなっていく。

 ゆっくり時間をかけて二連鎖を作るお嬢様に対し、敵は小刻みに連鎖を放ってきた。

 

『ばったんきゅう~』

 

 主人公の少女アリルがぶっ倒れ、お嬢様は負けてしまった。

 ゲームオーバーで終わってしまった事に気付いた彼女は、後ろのスポンサーを見やる。

 

「ママ、もう一回したい……」

「ダメよ。お約束したでしょ。レッスンがあるんだから」

 

 おねだりを否定する母親に、マリーナちゃんは泣き顔になる。

 

「でも、レッスンよりこれがしたいもん」

「……。わかったわ。じゃあまた明日連れてきてあげる。

その代わりレッスンもちゃんとやること。それでいい?」

「……、うん」

 

 二人はお互いに約束を取り付けたようだ。

 親子は手を取り合って、ワープステーションの方へと歩いて行った。

 

 

 その後、近所の子どもたちの中から勇者な少年が現れる。

 それはスタ2名人のトビー君だった。

 彼は大事なお小遣いのコインを投入し、ぷやぷやを遊び始める。

 

「あぁぁぁ……」

 

 だが、彼はマリーナちゃんよりだいぶ下手だった。

 そもそも連鎖というものを理解していないのか、デタラメにぷやを積み上げた彼は即死していた。

 

 一回戦で負けた少年の落ち込み方は半端ではない。

 子どもは財力が限られる分、ワンプレイに命がけだ。

 

「三つめの『あいすすたーむ』なんてどうやって出すんだろうな」

「わかんねえ……。二連鎖を打ちまくるしかないのかな」

 

 三連鎖の出し方もわからないキッズたちが、戦略について語り合っている。

 なかなか笑える話だ。

 

「しょうがない、ここはお手本を見せてあげようかな」

 

 そう言って、私は子どもたちの前に出た。

 

「おねーちゃん、うまいのかな」

「店の人だから、それなりにできるんじゃないか?」

 

 ふふふ、前世で鍛えた私のそれなりの腕を見せてやろう。

 

「チビ姉ちゃんだから、無理じゃね」

 

 と、ひねくれた口を利く子もいる。

 チビは余計だ。見ていろガキンチョめ。

 

 私はベーシックな階段式のぷやを組み上げていく。

 そして、左端に起爆用の赤いぷやを落とした。

 すると。

 

『えいっ! ふぁいおー! あいすすたーむ!

だいあきーと! くれいんだむとー!』

 

 ぷやが次々に消えては重なり、連鎖を作っていく。

 主人公のボイスも、どんどん激しい呪文を唱えていく。

 

「すげーっ!」

「いち、に、さん、し、ご、五回消えた!」

「お姉ちゃん半端ねーよ!」

 

 子どもたちが一斉に驚愕の声を上げる。

 いきなりの五連鎖は、田舎キッズたちにはかなりの衝撃だったようだ。

 ふふふ、見たかこの私の……、それなりの腕を。

 

 敵のボックスには隕石が表示され、何十個というおじゃまぷやがドスンと一気に落ちた。

 これで私の勝利だ。

 

「やったー!」

 

 アリルの真似をしてピースしてみせると、子どもたちは大いに沸いていた。

 地球でやったら五連鎖なんて、大したこと無いプレイだ。

 誰も見向きもしないと思う。

 

 でも、マルデア人にとってはまだ見た事もないテクニカルプレイだ。

 だから、これで十分なのだ。

 子どもたちから尊敬の視線を受けるのは、悪くないもんだね。

 

「ねーお姉ちゃん、スタ2も上手いの?」

「ん? まあ、君らには負けないよね」

 

 その後私はスタ2の腕前を見せつけ、キッズたちの尊敬を集めまくった。

 まあ、前世取った杵柄ってやつだね。

 

 



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第69話

 

 新しいアーケードの出足は上々だった。

 仕入れたほとんどの台が、既にお店で稼働を始めている。

 ぷやぷやとサニックは、マルデアのゲーマーたちから好評を受けているようだ。

 

 だが、一つ終わればまた次の仕事がやってくる。

 私たちは次なる新作に備え、営業やローカライズの仕事を進めていた。

 そんなある日。

 会社に向かうと、業者らしい人が机を運んでいた。

 

「デスクとモニターはどちらに置きましょう」

「全て三階に並べてくれ」

 

 ガレナさんの指示に従い、男性はデスクを浮かべながら階段を上がって行く。

 以前から進めていた、三階をうちのオフィスにする話がついに実現したのだ。

 翻訳担当の社員が三階に引っ越したので、二階には当然空きが出来た。

 

「やったっス! めっちゃ広く使えるっスよ!」

「気持ちも広々とするものだな」

 

 嬉しそうにするメソラさんとガレナさん。

 だが、そこにサニアさんが割り込んできた。

 

「悪いけど新しい社員も増えるから、そんなにスペースの余裕はないわよ」

「ほんとですか?」

「ええ。なんとついに、弁護士がウチに入って来たの。彼には法務を中心にやってもらうわ」

「弁護士ですか。凄いですね」

 

 こんなに小さな企業に入りたい弁護士さんがいるんだね。

 私が地球に行っている間に、みんな色々と進めてくれているようだ。

 

 

 さて。会社が大きくなるほど、仕事も忙しくなっていく。

 だから休みの日はゆっくりと過ごす……、予定だったんだけど。

 

 この間、ちょっと気になるものを見つけてしまった。

 とある学園祭のホームページを見ていたら、出展一覧の中に『ビデオゲームの展示』というものがあった。

 マルデアでビデオゲームと言えば、うちの製品しかない。

 

 スウィッツを勝手に使うのはちょっと問題かもしれないけど。

 学生たちがゲームで盛り上がろうとしているのは、とても嬉しい話だ。

 私はちょっと学祭の見学がてら、その展示を見に行く事にした。

 

 今は十月の半ば。学生たちにとってはイベントのシーズンだろう。

 

 当日の朝。

 私はワープステーションを使い、目的の学院へと向かった。

 校門で少し待っていると、カーディガンを纏った赤い髪の女性がやってきた。

 

「お待たせ。ていうか、会社のない日に会うの初めてよね」

「すみません、わざわざ来てもらって」

 

 そう。サニアさんだ。

 学祭に行ってみたかったんだけど、一緒に行く相手がいなくて、頼んでみたら来てくれる事になった。

 

「いいのよ。私久々に学生の雰囲気を味わってみたかったの。どう、まだ大学生に見える?」

 

 気取ってポーズをとるサニアさんは、悔しいけどお洒落だ。

 

「そうですね。現役女子学生に見えます」

「ふふ、そうでしょ。あんたはまだ中学生くらいの可愛い子に見えるわよ」

「余計なお世話です」

 

 話し合いながら、私たちは門を通って中にはいる。

 荘厳な学院棟の足元。

 学生たちが集まり、賑やかに話し合ったり、屋台を開いたり。

 華やかな魔術イベントも開催されている。

 

 そんな光景を眺めながら、サニアさんと院内を歩いていく。

 私は勉強ばっかりで、こういう催しにあまり参加してこなかった。

 

「ふーん、変わらないわね。なんにも考えてなさそうな大学生ばっかでほっとするわ」

「失礼ですよサニアさん」

 

 まあ、確かに大学生は何も考えてない人も多いのかもしれないけどね。

 

「それで、ゲームの展示はどこでやってるの?」

「第三棟らしいですよ」

 

 コピーしてきたカタログを眺めながら、私は賑やかな学祭の中を歩いていく。

 

 グラウンドでは、タイマンの魔術戦イベントをやっていた。

 バチバチと魔法がぶつかりあい、拮抗した戦いが繰り広げられている。

 お客さんも凄い盛り上がりだ。

 他にも、空を飛び回る飛空レースも開催されていた。

 地球とは違うけど、学生たちが何かに夢中になっている感じは同じかもね。

 

 

 広場を抜けた私たちは、第三棟の方に入って行く。

 一つ一つ出店を見ていくが、ゲームっぽい展示は見当たらない。

 

「このあたりなの?」

「そのはずですけど……」

 

 二人でキョロキョロとあたりを見回しながら、人気のない方へと向かう。

 と、遠くから耳慣れたBGMが聞こえてきた。

 明らかに地球の曲。

 それも、典型的なレトロゲームサウンドだ。

 

「これ、ソロモニアの鍵よね」

「そうですね」

 

 ソロモニアは、レトロゲームパックに入っている名作パズルアクションだ。

 音のした方に向かうと、寂れた出店がポツリと立っていた。

 店員らしい青年が一人でカウンターに座って、スウィッツをいじっている。

 

 その周囲には、学生は誰もいなかった。

 どういう事だ。

 もっとこう、「ゲームで楽しもうぜ!」みたいな感じで盛り上がってると思ったのに。

 ちょっと期待外れにガッカリしながらも、私は声をかけてみる事にした。

 

「あのー。この店は何をされてるんですか?」

「い、いらっしゃいませ。ここではビデオゲームという新しい娯楽を展示しています。

無料なので、自由に遊んで行って下さい」

 

 彼はぎこちない笑顔を浮かべ、テーブルに置かれた二台のスウィッツを示す。

 どうやらお金を取っているわけじゃないらしい。

 ちょっと気になったので、問いかけてみる事にした。

 

「あの。なんでこういう出店をしようと思ったんですか?」

「はい。僕はスウィッツが、ゲームが好きなんです。

いろんなゲームがあって、凄く楽しいんです。

でも周りの学生たちはまだあんまり知らなくて。

それで、学園祭で出店の場所が余ってるっていうから、思い切って出してみる事にしたんです。

でも、あんまり上手くいかなくて……」

 

 どうやら、彼はほんとに善意でゲームを紹介したいだけだったようだ。

 一人でもゲームのために立ち上がってくれる、その気持ちはとても嬉しい。

 でも、このやり方じゃダメだ。ゲームの魅力が学生たちに伝わらない。

 スウィッツの学園祭デビューを、こんなしょぼい形で終わらせるなんて、私の魂が許さない。

 

「展示してるのはこのゲームだけですか?」

「いえ、ソフト五本全部用意してきたんですけど」

 

 彼はカバンから全てのソフトパッケージを取り出してみせた。

 

「そうですか。なら携帯モードじゃなくて、デバイスに接続してシアターモードにしましょう。

もっと派手に映像を出した方が、お客さんにもわかりやすいです。

タイトルも、見栄えの良い3Dゲームにしましょう」

「た、確かに、その方がいいですね。

というか、お二人はゲームの事を知ってるんですか?」

 

 青年の問いかけに、サニアさんは立ち上がって頷く。

 

「当たり前よ。私たちはあんたの何倍もゲームに詳しいの。そう、私たちこそゲーマーよ!」

 

 どや顔で決めるサニアさん。いつものごとくちょっとウザい。

 

「げ、ゲーマー……、なんてかっこいい響きだ」

 

 青年は感激しているようで、アドバイスを受けてさっそくスウィッツをデバイスに繋いだ。

 そして、魔術式のシアターモードでマルオカーツの画面を空間に大きく映し出す。

 

 3Dの世界を駆け巡る、豪華な映像が学園祭に流れ始めた。

 

 すると、近くにいた学生たちがそれに気づいたようだ。

 

「ねえ、何あの映像?」

「なんか鮮やかだよね」

 

 早速、マルオの映像パワーに惹かれて青年たちがやってきた。

 ならば、私も営業モードだ。

 

「いらっしゃいませ。これはマルオカーツと言いまして、みんなでレースして遊ぶものです」

「レースって、私たちがやるの?」

「はい。簡単ですから、どうぞやってみてください」

 

 私は二人にコントローラを渡し、ゲームをスタートさせる。

 

「お、動いた!」

「すごーい、自分で走ってるわ」

 

 彼らは楽しそうに画面を見ながら遊び始めた。

 すると、周囲の学生たちもこちらを振り向く。

 

「何か面白そうな事やってるぞ」

「行ってみましょうか」

 

 学園祭のすみっこで、小さな出店に人が集まり始めた。

 ふふ、これがビデオゲームの力ってやつだよ。

 



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第70話

 

 学園祭に参加した私たちは、スウィッツを出展した青年をサポートする事にした。

 マルオカーツをシアターモードの大画面で流すと、学生たちは面白いように集まって来た。

 

「それっ、赤コウラだ!」

「ちょっと、やめてよぉ」

 

 コントローラーを握った男女が、楽しそうに声を上げている。

 

「なあ、これどこで売ってるの?」

「はい。スウィッツは玩具屋さんなどで本体400ベル、ソフト80ベルでご提供しております!」

 

 ゲーム機を欲しがる人もいたので、私はもはやガレリーナの社員として動くようになっていた。

 

 ちょっとだけと思ってたけど、もう乗りかかった船だ。

 私たちは夕暮れまで出店を手伝い、学生たちにゲームをアピールした。

 

「ありがとうございましたー」

 

 夕食時になってお客さんが途切れたので、私たちは店を閉める事にした。

 これでまた、ゲームの認知度が少し上がったかもしれない。

 ほんのちょっとだけどね。

 普及させるっていうのは、こういう事の繰り返しだと思う。

 

「あーあ、休日だったのに働いちゃったわ」

「あはは、そうですね」

 

 背伸びするサニアさんと笑っていると、お店の青年が頭を下げてきた。

 

「あの、ありがとうございました。わざわざ手伝ってもらって」

「いいんですよ、私たちはガレリーナ社の者ですから。自社商品の宣伝に、手伝うも何もありませんよ」

 

 私が会社の名前を出すと、彼は驚きに目を見開いた。

 

「ガレリーナって、スウィッツの通信対応をしてる所ですか!?」

「は、はい」

 

 通信対応が一番に来るって、どういう認識なんだろう。

 私が頷くと、彼は恐縮したように頭を下げた。

 

「その、すみません。勝手にスウィッツを使って店を出したりして」

「いいんです。あなたがゲームを愛して、みんなに広めようとしてくれたんでしょう?」

 

 私が問いかけると、彼は首を横に振った。

 

「いえ、そんなかっこいい動機じゃないんです。

大学でやりたい事もなくて。ただ何となく、親に言われたから進学して、単位落とさないようにしてただけなんです。

でも、今年スウィッツに出会って、ようやく何かにハマったんです。

いずれ就職だし、学生のうちにやりたい事をやっておこうと思って……」

 

 彼は顔を落としながら、小さく語った。

 そんな青年の姿を見て、サニアさんが私の脇をこづいた。

 わかってますよ。うちも学院卒の社員は欲しいんですから。

 

「あの、もしよかったらですけど。ここも就職先に考えてみてください。

小さい会社ですし、親御さんは喜んでくれないかもしれませんけど。

ここなら、あなたが就職してもやりたい事ができるかもしれません。

少なくとも、未発売のゲームはプレイし放題ですよ」

 

 そう言って、私は彼に名刺データを渡した。

 

「……は、はい」

 

 彼はデバイスに表示されたガレリーナ社のプロフィールを見下ろしたまま、固まっていた。

 まあ、彼の人生だし。ここからは自分で考えるだろう。卒業までゆっくり考えるといい。

 私たちはすぐに退散し、学院を出た。

 

「あの人、来るでしょうか」

「ゲームバカなら、きっと来るでしょ」

 

 サニアさんはニヤリと笑みを浮かべて、そう言っていた。

 ともかく、学祭見学はこんな感じで終わったのだった。

 

 

 

 

 休日が明けると、日々は目まぐるしく進んでいく。

 やるべき仕事に追われているうちに、マルデアに戻ってから一か月ほどが経った。

 

 そろそろ、また地球へ出発の時だ。

 

 三万五千の魔石と三百五十個の縮小ボックスを購入し、輸送機に詰め込んでカプセル化していく。

 これで準備はOK。なんだけど……。

 

 次にどの国へ行くかというのが、なかなか決められなかった。

 

 もちろん、国連と日本に行って新作ゲームを受け取るメインルートは決まっている。

 その前に適当な国に訪問すればいいだけなんだけど。

 

 私の中に、小さな悩みが芽生えていた。

 インドネシアの人はあれで満足したけど、他の国はどうする。

 そんな事を考えると、次の国を選び辛くなってしまった。

 観光的に行ってみたい国は沢山あるんだけどね。

 

「はあ、どこに行けばいいかな……」

 

 二階のオフィスで世界地図を見ながら悩んでいると、サニアさんが隣に腰かけた。

 

「悩むくらいなら、別に日本に直行でもいいんじゃない?」

「そうっスよ。ゲームと魔石を運ぶだけで、リナさんは十分仕事してるっス」

 

 メソラさんも、ペーパーマルオを遊びながら慰めてくれた。

 みんな、いい人たちだ。ゲームバカだけど……。

 

 でも、私は各地に行くのはやめたくない。

 いろんな人に会って、色んなものを見てみたい。

 

 じゃあ、どこへ行ったらいいか。

 デバイスをいじりながら、地球各地の情報を眺める。

 

 と、一つの国が目に入った。

 それは、ドイツだった。

 

 ドイツ語と言えば、カルテなどの医学用語が有名だ。

 医療の本場と言っても良いかもしれない。

 

 そうだ。いっそこの国のカウンセラーにでも相談してみようかな。

 

 マルデア人に地球の事なんて相談しても、「行かなきゃいい」で終わるからね。

 地球人なら、親身になって考えてくれるんじゃないだろうか。

 

 そんなわけで、次の行き先はドイツに決まった。

 我ながら変な決め方だけど、まあいいや。

 

 私は国連に行先を連絡して、翌日の朝には魔術研究所に向かった。

 

「ふむ、ドイツか……。どこの町が良いんだ?」

 

 ガレナさんがデバイスの前に立ち、マップを調整している。

 

「町なんて指定しても、ピッタリ当てた事ないじゃないですか。

国境は越えないように、国のど真ん中にでも指定して下さい」

 

 私は投げやりに言って、ワープルームに入った。

 

 ドイツは、シミュレーションゲームが好きな国と言われている。

 アメリカ人は派手な銃撃ゲームでストレスを発散し、日本人はRPGで剣と魔法の世界を冒険する。

 その頃、ドイツ人は農作業カーで田植えに勤しむゲームに夢中だった。

 そんなネタがネットで散見される。

 

「ドイツ人はゲームの中でも働いてるのか!」

 

 みたいなね。あの国の勤勉さが良く現れた話である。

 ただまあ、こんな視点からドイツという国を見る人は少ないかもしれない。

 

 ドイツと言えばBMWやベンツと言った高級車が有名だ。

 幅広い文化を持ち、ソーセージやビールなど料理のイメージも強い。

 なので、グルメなんかも楽しみつつ相談先を探そうと思っている。

 

 目的を達成するまでは、プライベートで動きたい。

 しっかりとヘアバンドで黒髪に変装して、帽子も被っておく。

 

 さて、いよいよ出発だ。

 

「では行ってまいります」

「ああ。危険だったらすぐに腕のデバイスで帰ってくるんだぞ。では、健闘を祈る……」

 

 ガレナさんの言葉と共に、私の姿はマルデアから消えた。

 

 

 次の瞬間。

 

「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」

 

 360度、周囲から凄まじい雄たけびが聴こえた。

 なんだここは。

 

 目の前には、芝生が広がっている。

 ユニフォームに身を包んだ男たちが、フィールドを駆けまわっていた。

 

 ここは、どうやらサッカースタジアムらしい。

 試合場の周囲には何万人もの人々が詰めかけ、試合の行方を見守りながら歓声を上げている。

 私はそんな観客席の最前列にいた。

 うーん。次に発売するゲームは、別にサッカーゲームではないんだけどね……。

 

「ノウアアアアアアアアアア!」

「ロベーーールツ!」

「トゥーマーーーーーーーーーース!」

 

 謎の応援が飛び交いまくる。

 私はもはやパニックだ。

 でもあの選手たちのユニフォーム。FIFAAで使った事があるチームだ。

 

「バイエルン! バイエルン!」

 

 フリーキックを獲得すると、向かい側の客席にいる男たちが叫び声を上げる。

 

「ば、バイエルン・ミュンヘン……」

 

 思わず、息を吞んだ。

 どうやらドイツが誇る世界最高峰のクラブチームの試合らしい。

 

 対戦相手のチームには、日本人っぽい人がいるような気がするね……。

 



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第71話

 ドイツにワープした私は、サッカー場の観客席に降り立っていた。

 

 どうやら誰も私の事など気にしていないようで、みんな試合に夢中だ。

 サッカーのファンって、死ぬほど熱狂的らしいからなあ。

 

 でも、バイエルン・ミュンヘンだからね。

 世界的トップレベルの試合だろうし、せっかくだから楽しもう。 

 相手は、フランクフルトというチームらしい。

 バイエルンとしてはアウェイ戦……、つまり。

 

 今回落ちてきたのは、ドイツのフランクフルトという事になる。

 なんて美味しそうな地名だろう。

 

 目の前で展開される試合は、凄まじい迫力だった。

 駆け引きの緊張感。

 パスのスピード。

 正に世界レベルの闘いが繰り広げられていた。

 

 フランクフルトの中盤には、凛々しい顔のアジア人が見える。

 あれ、日本代表キャプテンだった長谷(はせ)さんじゃないかな。

 サッカーゲームで見た事がある。

 

 私がいた席はフランクフルトの応援席らしく、みんなが一丸となってチームを応援していた。

 その雰囲気にのせられ、私は贔屓のチームを決めた。

 がんばれ! がんばれフランク!

 

「フラーーンク! フラーーーーンク!」

 

 そんなノリで応援していたが、やっぱバイエルン相手に対等な試合はできないらしい。

 

 前半で三点くらい取られてしまい、その後もバイエルンが試合の主導権を握り続ける。

 それでもファンたちは応援し続け、選手たちは走り続けた。

 そして互いに全ての交代カードを切り終えた、残り五分。

 事件は起きた。

 

 フランクフルトのフォワードの一人が、少しおかしな足取りをしていた。

 そんな彼が、敵選手と接触した瞬間にバタリと倒れたのだ。

 そして、そのまま動かない。

 痛い痛いとアピールするのではなく、ピクリともしないのだ。

 これちょっとやばい奴だろう。

 

「タンカだ! タンカを持ってこい!」

 

 足元のベンチが慌ただしくなり、すぐにタンカを持った二人がフィールドに出て行く。

 ぐったりと横になった選手が乗せられ、ベンチへと運ばれていった。

 

「くそっ! アンドラが故障だっ」

「シルバ、大丈夫かシルバッ!」

「足が危険な曲がり方をしていたわ。大丈夫かしら」

「大きな怪我じゃない事を祈るしかない」

 

 ファンたちは頭を抱えたり、心配そうに声をかけている。 

 だが見るからにやばい怪我だった。それこそ、普通に治したら一年、いやそれで済めばいいくらいの感じだ。

 中心選手だったのか、場内を覆う絶望感は酷い。

 

 せっかくタダで試合を見せてもらったんだ。

 ここは私が何とかしよう。

 

 私はすぐに観客席から階段を降り、通路を回って行く。

 そして関係者専用の鍵がかかった扉の前に立ち、小さく呪文を唱えた。

 

『壁の向こうへ』

 

 魔術と共に、私の体が分厚い扉をすり抜けていく。

 中の通路に出ると、医務室が見えてきた。

 ちょうど、負傷した彼が運び込まれてきた所らしい。

 

「がああっ」

 

 室内から選手が痛みに叫ぶ声がする。

 その後に、医療スタッフの会話が耳に入って来た。

 

「かなりの重症だ……。大丈夫ですかシルバさん。試合の事は今は忘れてください。

とりあえず処置だけして、すぐ病院に行きましょう」

 

 どうやら、切迫した状況らしい。

 すぐに治療しなければ、手遅れになる可能性もある。

 私は医務室のドアを開け、中に入って行った。

 

「な、何だね君は?」

 

 驚くスタッフを無視して、私は選手に近づいていく。

 

「すみません、ちょっと失礼します」

 

 だが、白衣を着た医者が私の前に立ちはだかった。

 

「ちょっと待ちなさい。シルバ君のファンか知らんが、彼は絶対安静だ。近づかないでもらいたい」

 

 どうやら、ファンの暴走と思われたらしい。

 仕方がない。ここはバラすしかなさそうだ。

 私が帽子とヘアバンドを取ると、髪がピンク色に染まっていく。

 

「なっ。その色はっ」

「リナ・マルデリタ……!」

 

 驚きに声を上げるスタッフたちに、今は構っている暇もない。

 

「すみません。騒ぎになりますので、静かにお願いします」

 

 私の言葉に、医者はコクコクと頷いていた。

 ベッドに寝かされたシルバさんの足を見ると、太もものあたりが黒く染まっていた。

 これはちょっとまずい。

 

「……、リナ・マルデリタがいるように見える……。これは、幻覚か……」

 

 シルバさんは、朦朧としながらも私を見上げている。

 

「大丈夫です。動かないでくださいね」

 

 私はカプセルを取り出すと、輸送機から魔石を五個ほど取り出した。

 

「ほ、本物だ……。本物の魔石だ」

 

 それを見た医者は、目を丸くして後ずさりしている。 

 私は魔石を彼の太もものあたりに置き、そこに手を翳した。

 

「願いの力よ、かの者を救え」

 

 すると、手から溢れ出した光が魔石と共に輝き始めた。

 それは黒くなった太腿を包み込み、暖かく癒して行く。

 

 少しすると魔石は溶けていき、彼の足は健康な色を取り戻していた。

 

「す、すごい。これが魔法か……」

 

 後ろから眺める医者の声に反応して、シルバさんが少しだけ顔を上げる。

 

「あ、足が……、痛みが引いた。君は、本物のリナなのか?」

「はい。しばらくは安静にしてください。まだ治ったわけではないですから」

 

 私が声をかけると、彼はほっとしたように頷いた。 

 

「そうか。ありがとう……。足の感覚が消えかけていたんだ。もうボールを蹴れなくなるかと思っていた……」

「大丈夫です。数日経てばちゃんと走れるようになると思います」

 

 シルバさんに注意点を伝えた後、私は医務室を出る事にした。

 だが、再び先ほどの医者が止めに入った。

 

「待ちなさい。もう試合が終わって、外はファンで溢れている。

その髪で人前に出ればパニックになるんじゃないか?」

「あ、そうですね……」

 

 ヘアバンドの効果は使い捨ての一回きりだから、もう使えない。

 私はとりあえず帽子を被って髪をまとめ、目立たない容姿にしておいた。

 すると、医者がこちらを見下ろして思案げに顎を撫でた。

 

「君がどういう理由で身を隠しているのかは知らないが……。

騒がれたくないなら、観客が帰るまではしばらくここで待っているといい。

とりあえず、私はチームにシルバ君の事を伝えてくるよ」

 

 そう言って、彼は医務室の外に出て行った。

 やたらと気の利く人だ。さすがドイツのお医者さんといった所だろうか。

 

 

 少し待っていると、数人のコーチや選手たちがやってきた。

 

「シルバ、無事なのか!」

 

 声をかけたのは、監督らしいおじさんだ。

 

「ええ、幸運にも彼女に助けられたようです」

 

 シルバさんは私を指して、照れ臭そうにしていた。

 

「では本当に君がリナ・マルデリタなのか。ドクターから聞いたよ。

本当にありがとう。うちの選手を助けてくれて」

「いえ、ちょっとした成り行きでして……」

 

 監督は私の手を取り、力強く握手をした。

 

「俺からも礼を言わせてくれ。ありがとう」

 

 英語で礼を言って来たのは、試合で見た日本人選手。

 近くで見ると、やっぱり代表の人だった。

 

「どういたしまして。あの、代表キャプテンだった長谷(はせ)さんですよね」

 

 日本語で返してみると、彼は少し驚いた顔をしていた。

 

「そうだけど、宇宙人なのに俺を知ってるのかい?」

「ええ、その、サッカーゲーム経由で申し訳ないんですけど……」

 

 私は1995年で死んだから、直接この人の活躍を見て来たわけじゃない。

 でも、今日の試合を見ただけでもいい選手だと思った。

 

「あははは、やっぱりゲームが好きなんだね。まあ、ゲームキャラとして知ってもらえて光栄だよ」

 

 陽気に笑ってくれる長谷さんは、とても優しい人だった。

 

 



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第72話

 私はしばらく医務室で、騒がしい外の様子を伺っていた。

 もう少し待ってから出た方がいいだろうか。

 悩んでいると、先ほどの医者(ドクター)が声をかけてきた。

 

「差し出がましいようだが、マルデリタ君。

君は夜に一人で出歩くつもりかね? ホテルを探すなら紹介するが」

「ええと、フランクフルトで個人的にやりたい事がありまして。とりあえず夕食ですかね……」

 

 誤魔化すように説明すると、ドクターは納得したように頷いた。

 

「そういう事か。なら行きつけの店を教えよう。君が来ても騒ぎにならない場所がある。

ああ、安心したまえ。私には星の英雄を口説くような度胸はないよ。

この年だし、妻子持ちだからね」

 

 四十代くらいのドクターが肩をすくめる。

 変な事はしないと安心させてくれたみたいだ。

 

「じゃあ、すみませんが案内お願いします」

「気にする事はない、シルバ君のお礼だ」

 

 笑って見せる彼は、いい人柄を持っているように見えた。

 医者だし、この人に相談してみてもいいんじゃないだろうか。

 

 そんな事を考えていると、外が静かになってきた。

 客が帰って行ったようだ。

 

 頃合いを見計らい、私はドクターと共にスタジアムを出た。

 西洋建築が並ぶドイツの街を歩くと、小さな看板のついたお店が見えてくる。

 

「ここが私の行きつけでね。小さい店だが、居心地の良さと料理の腕は保証するよ」

 

 ドクターはそう言って、店のドアを開ける。

 こじんまりとして、落ち着いた雰囲気の店内だった。

 

「あらドクター、いらっしゃい」

「やあ店長、お邪魔するよ」

 

 店の人と挨拶しながら入って行くと、髭面の男性客が声をかけてきた。

 

「ようドクター、どうだったんだシルバの怪我は。しばらく休みそうか?」

 

 どうやらこのおじさんは、さっきの試合を見ていたらしい。

 

「いや。幸運にも彼は無事だったよ。次の試合は安全を取って休むかもしれんがね」

「本当か。だいぶ酷い感じだったが、いやそりゃ良かった。

で、そのお嬢さんはどうしたんだ。ファンでも口説いたのか?」

 

 ニヤつくおじさんに、ドクターは首を横に振る。

 

「違う。あまり騒ぐなよ。彼女はお忍びなんだ」

「ど、どうも」

 

 私が帽子を上げて挨拶すると、ピンクの髪が溢れ出す。

 

「お、おい。その耳、その髪……。嘘じゃねえだろうな」

「まさか……、リナ・マルデリタなの?」

 

 常連のおじさんと女性店長が、私の姿を見て目を丸くする。 

 ドクターはカウンター席につき、頷きながら言った。

 

「ああ。彼女がシルバを治したんだ。実を言うとかなり不味い怪我でな。

選手生命も危ういんじゃないかと思ったよ」

「本当かよ……」

「信じられない話だけど、ドクターは嘘を言わないもの……。

マルデリタさん。一フランクフルトファンとして感謝させてもらうわ」

 

 深く頭を下げて来た店長は、どうやらチームのファンらしい。

 店の壁にもフランクフルトのユニフォームや、選手のサインに写真が飾られていた。

 ドイツはすごいリーグを持ってるから、ファンも多くて当然だろうね。

 

「彼女はドイツの名物料理をご所望だそうだ。せいぜい美味いのを出してやってくれ」

 

 ドクターの言葉に、常連のおじさんが酒瓶片手にこちらを見やる。

 

「ドイツ名物といや、この店じゃ焼きソーセージのセットが絶品だぜ。

ビールがありゃもっといいが、お嬢ちゃんにはまだ早いな」

「あはは。じゃあ、そのセットと適当な飲み物をお願いできますか」

 

 やっぱりフランクフルトで食べるソーセージは絶対に押えておきたい。

 少し待っていると、ドンと色んなお肉の盛り合わせが出てきた。

 

 焼きソーセージに、ブタ足のロースト。

 とにかく豪快だ。

 私はさっそく、本場のソーセージをいただく事にした。

 パリ、パリっ、もぐ、もぐ。

 

「うまぁ~」

 

 口の中にジューシーな味わいが広がる。

 うん、ドイツだねえ。

 

「ははは、リナちゃんも豪快だな」

「宇宙のお客さんにうちの料理を食べてもらえるなんて、光栄なことね」

 

 おじさんと店長は私を見て笑っていた。

 

 とてもいい雰囲気のお店だ。

 ここでなら、私の個人的な話も聞いてもらえるだろうか……。

 

 私は食事をしながら、ドクターに恐る恐る問いかけてみた。

 

「あの、ドクターは選手とよく話したりするんですか?」

「ああ。私の仕事は彼らの体調管理だが、メンタルな部分もケアしているよ。

患者と話し合うのは、医者の務めだからね」

「そうですか……」

 

 口に出そうかどうか迷っていると、ドクターは私を見下ろした。

 

「何か言いにくい事があるのかい。

医師として、君の悩みくらいは聞いてやれるかもしれない。

私でよければ、気軽に話してみるといい。もちろん、外部には漏らさないよ」

 

 語り掛けてくるドクターには、何となく安心感がある。

 私は、少し彼に話を聞いてもらう事にした。

 

「あの……。ドイツの人には失礼な話かもしれないんですけど。

私、インドネシアにしたような事を他の国でするつもりはないんです。

少なくとも、しばらくは……。

でも、それだと色んな国の人が不満を持つかなと思って。

そしたら、ちょっと訪問する国を選びづらくなって……」

 

 私が目を落としながら告げると、彼は微笑んで言った。

 

「そういう事か。君は、国ごとに平等にならない事を気にしているんだね」

「まあ……、はい」

「だが、私たちは聞いているよ。君が地球のために働き、マルデアから魔石を運んでいる事を。

それでも不満を言う者は、ただ未来の事に理解が及んでいないだけだ。

それにね、君には別に我々を助ける義務などないんだ」

「義務、ですか」

 

 少し顔を上げると、ドクターはゆっくりと頷いた。

 

「ああ。何しろ、私たちは君に何もしてあげていない。

せいぜいこの店を紹介して、ドイツ料理を振舞っただけだ。

シルバ君を助けてもらった恩としては、あまりに小さすぎる。

この上で更に何かしてもらおうなど、それはただのワガママだ。

君は大きな力を持っているし、とても優しいから。

みんなの事を気にしてしまうのかもしれないがね」

 

 ドクターは、私の事を褒めてくれた。

 後ろの二人も、うんうんと頷いている。

 

 私は、中に溜まっていたものがあったのだろうか。

 テーブルに置かれたビールの白い泡を見つめながら、ぽつぽつと話し始めた。

 

「……。私は、そんなに優しい人間ではないんです。

今も、政府への訪問を後回しにして飲んだり食べたりしてます。

マルデアでも地球のゲームを沢山遊んで、その時は他の事なんて忘れてます。

だから、きっとそこまで優しくはないです。

ダルいとか、普通に言っちゃうんです」

 

 本音を漏らして、私は一息つく。

 すると、ドクターはなぜか笑いだした。

 

「ははは、それはほとんどの人間がそうだよ。

私も余暇の時間は仲間と好きに過ごしているんだ。そうでなければ、疲れ果ててしまうからね。

何も完璧な人間になる必要などないんだよ。

君が行きたい国へ行って、したい事をすればいいんだ」

 

「そうだぜ嬢ちゃん。俺なんざ毎日、酒を飲むために仕事してんだ。

こんな俺たちのために、気に病む必要はねえよ。がははは!」

 

 常連のおじさんはそう言って、ジョッキを掲げて笑った。

 

「リナ君。君はいつも一人で行動しているようだが、仲間はいるのかね?」

 

 ドクターの問いかけに、私は頷く。

 

「……はい。両親も、ガレナさんも、サニアさんも、みんな私を支えてくれています」

「それはよかった。その人たちはきっと、君にとってかけがえのない存在だ。

私も、家族や仲間に支えられて生きている。人間は、そうやって何とか生きていく存在なんだよ。

それにね……」

 

 壁にかけられたユニフォームを眺めながら、彼はしみじみと続けた。

 

「君はもうドイツで、一人の男の人生を救ってくれたんだ。

私たちがどれだけ君に感謝しているか。

シルバ君はきっと、今日の事を一生忘れないだろう。

だからね。君は今のままでいいんだ」

 

 ドクターの言葉は、自然と私の胸に沁み込んできた。

 私が一人助けただけで、心から喜んでくれる人がいる。

 

 そうだ、私らしくいればいい。仲間を頼っても良い。

 うん。それでいいんだ。




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第73話

 

 フランクフルトの小さな料理店で、私はドクターたちに自分の事を打ち明けた。

 彼らは素のままの私を受けとめてくれた。

 そして、そのままでいいと言ってくれた。

 

 どこか安心した私は、時間を忘れて遅くまでその店で過ごしてしまった。

 もう夜は九時を超えている。

 その日は、店の二階にあるベッドを借りて寝る事になった。

 

「マルデアの大使さんに使ってもらうような場所じゃないんだけど……」

「いえ、寝れる所があれば十分です」

 

 店長は気を遣いながら、階段を上がって部屋を案内してくれた。

 二階は、屋根裏部屋のような感じになっているようだ。

 

「にゃーお」

 

 と、窓の縁にネコが立っている。

 

「この辺は野良ネコもいるのよ。うるさいけどごめんね」

「いえ、大丈夫です」

 

 二階の屋根裏部屋に猫……、なんかペルセナ5が始まっちゃいそうだね。

 と、店長が部屋の隅にある机を指した。

 

「暇だったら一応そこにパソコンあるから。ゲームもできるわよ」

 

 そう言って、店長は一階へと降りて行った。

 どんなゲームだろう。

 

 パソコンを立ち上げてデスクトップを見ると、凄い名称のアイコンが並んでいた。

 

「エアポート・シミュレーター。

ウッドカッター・シミュレーター。

ファーミング・シミュレーター……」

 

 ストイックなシミュレーションゲームの群れ。

 うん、やっぱドイツ人だ。

 せっかくなので、私は少し農場シミュレーションを楽しんでおいた。

 こういうゲームをマルデアに届けるのは、まだまだ簡単じゃないだろうね……。

 

 パソコンを消した私は、ベッドに横になってゆっくり休む事にした。

 

 

 

 そして、翌朝。

 私は店長さんが作った朝食を頂き、すぐに出かける事にした。

 

「もう大丈夫なの?」

 

 心配してくれる店長さんに、私は笑顔で頷く。

 

「はい。みんなに元気をもらったので、これからも頑張れそうです」

「それはよかったわ。私はあなたに何も出来ないけど。

また来てくれたら精一杯料理を振舞わせてもらうから、いつでもいらっしゃい」

「ありがとうございます」

 

 挨拶を済ませた私は、すぐに店を出た。

 そして堂々と大股で歩き、警察のオフィスに向かう。

 と、何やら声が聞こえて来た。

 

「昨日からリナ・マルデリタがフランクフルトに降りているそうだ。だが、細かい位置が掴めない」

「一体どこにいるのかしら……」

 

 どうも、警官たちは私を探しているらしい。

 

「あの、すみません。ここです……」

 

 私がひょっこり顔を出すと、彼らはあんぐりと口を開けて驚いていた。

 そこからは、いつものように車に乗せられて首都への移動だ。

 

 ベルリンに着くと、早速首相官邸で高官たちとご挨拶だ。

 

「ドイツへようこそ、ミス・マルデリタ。

フランクフルトに降りて一晩過ごされたと聞きましたが。大丈夫でしたかな」

 

 豪奢な建物の中で、首相と握手を交わす。

 

「ええ。ドイツが誇る医療の素晴らしさを見せて頂きました」

 

 それは実際、私が心から思った事だった。

 偶然とはいえ、あのドクターとの出会いには感謝していた。

 良い医者はいつも患者と直接話して、相手の心を和らげる。

 それはきっと、とても大事な事なんだろう。

 私は彼と話せてよかったと思う。

 

 それから百個の縮小ボックスを渡し、政府とのやり取りは終わり。

 次は、ドイツの文化観光だ。

 

 私はベルリン・フィルハーモニーのホールへと案内された。

 ベルリンフィルは、世界最高のオーケストラ楽団と言われているらしい。

 演目はドイツを代表する音楽家、バッハの楽曲だ。

 

 中でも印象的だったのは、やはり『G線上のアリア』だろうか。

 荘厳な城の中をゆっくりと歩くようなこの感覚。

 

 目を閉じれば、不思議とドラゴンクアストの世界が見えてくる。

 バッハの音楽から、あのゲームに近い雰囲気を感じるのだ。

 

 きっとドラクアの作曲家は、こうしたクラシック音楽を参考にしたんだと思う。

 そして、ゲームの中に古きヨーロッパの雰囲気を作り出したのだ。

 

 ゲーム音楽のルーツを感じる事ができて、私は幸せだった。

 

 案内人は、色々と作曲家たちの事を聞かせてくれた。

 詳しい音楽の事はわからなかったけど、気になる話はあった。

 

 バッハは二回結婚して、子どもが二十人も生まれたんだって。

 でもちゃんと元気に育ったのは十人だけだったとか。

 これは十八世紀初頭という時代のせいなのか、それとも彼と妻たちが不運だったのか。

 私はちょっと聞くのがためらわれた。

 

 

 さて、ドイツの旅はこれで終わりだ。

 私はチャーター機に乗り込み、ドクターたちの国に手を振った。

 

 移動中にドイツのテレビを見ると、私の話題で盛り上がっていた。

 どのチャンネルを見ても、シルバさんのインタビューが流れている。

 

「バイエルンとの試合で倒れた時は、かなりヤバかったよ。

足の痛みが異常で、太腿が黒くなっていた。それに足先の感覚がなかったんだ。

ドクターも危険な状態だと言っていたからね。僕も覚悟をしなきゃいけないと思ってた。

そこに突然、彼女が現れたんだ」

 

 映像が流れた後、アナウンサーが笑顔で話し出す。

 

「リナ・マルデリタの登場で、フランクフルトに所属するポルトガル人ストライカーが救われました。

フランクフルトやポルトガルのファンからは喜びの声が届いています」

 

 今度は、市街のインタビュー映像でファンたちの声が流れ始める。

 

「リナ、シルバを助けてくれてありがとう!」

「俺たちポルトガルの若き星が、彼女に救われたんだ!」

「オーマルデリーター! オーマイサンシャーイン!」

 

 大勢で私の歌を歌い始めるポルトガルのサポーターたち。

 なんか凄い盛り上がりだ。サッカーファンって感じだよね。

 

 サッカー系のニュースが流れ続けるのを、私は何となく見ていた。

 と、選手のインタビュー映像で見知った顔が出てきた。

 

「アンドラを救ってくれたリナに感謝するよ。ありがとう」

 

 カメラに向かって笑顔で答えたのは、ポルトガル代表のエースストライカーだ。

 

「凄いわねリナ。クリスチオーノ・ロナウズが『ありがとう』だって。どうする?」

 

 座席の後ろから、FBIコンビのマリアさんが声をかけてきた。

 

「どうするって……。いやあ、凄いですね」

「はは、他人事みたいだな」

 

 ジャックは楽しそうに笑っている。

 なんか有名すぎる人だとちょっと現実感ないよね。

 まあ、みんなが喜んでるならそれでいいと思う。

 

 さて、気を取り直して。国連に行った後は新作ゲームだ。

 



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第74話

 

 ドイツを発った私は、まずニューヨークの国連本部へ向かった。

 いつものように魔石を譲渡し、特に問題なくやり取りが進む。

 

 ただ、会う度にスカール氏の頭髪が寂しくなっていくのが気になる。

 

「あの、増毛とかしましょうか?」

 

 外交官は私の提案に少し惹かれたのか、ピクリと眉を上げる。

 しかし。

 

「……。いや、私のために大事な魔石を使う必要はないよ。

心配してくれてありがとう」

 

 思い直したのか、律儀に断るスカールさんであった。

 真面目な人だ。

 

 大変な仕事だろうけど、頑張ってほしいね。

 そう祈りながら、私は本部のビルを後にした。

 

 

 チャーター機に乗って最後に向かうのは、やはり日本だ。

 今回の目的はたった一つ。

 スーファム時代に生まれたゲーム業界の結晶を受け取り、マルデアに運ぶ事だ。

 

 永田町で挨拶を済ませた後、私はNikkendoへと向かった。

 会議室に入ると、営業部長が完成したソフトを見せてくれた。

 

「これがオールスター2のパッケージになります」

「おお……」

 

 輝くパッケージに描かれたタイトルは、『2Dゲーム・オールスターズ2』。

 選ばれたタイトルは下のようになる。

 

 マルオがマントで空を飛び、ヤッスィーと初めての大冒険。『ハイパーマルオワールズ』

 親子三代、壮大な人生の冒険記を描く。『ドラゴンクアスト5 空の花嫁』

 星を守るために立ち上がる、最後のファンタジー。『Final Fantasia 5』

 戦略がカギを握る戦記シミュレーション。『ファイオーエンブラム 紋章の秘密』

 2D時代を代表するシューティングアクション。『ハイパーメタロイド』

 そしてアーケードで先行したスタ2にサニック、ぷやぷや通だ。

 

 この8タイトル、正直濃すぎる気がしている。

 今回は、90年代前半を中心にしたラインナップになっている。

 

 ビジュアル的には、2Dの全盛期と言ってもいい。

 完成度の高いドット絵のグラフィックは、今でも見やすく魅力的だ。

 これ以外にも名作が多すぎて選べなかったものが多数ある。

 それはまた今後、何かしら考えたいと思う。

 

 ローカライズチームが頑張ったおかげで、テキストの多いRPGを複数入れる事ができた。

 中でもFinal Fantasiaは、マルデアにおけるデビュー作をどれにするか相当に議論がなされた。

 

 1987年に誕生したこのシリーズは、常に新しい挑戦を続けてRPGの理想郷を切り開いてきた。

 毎作のようにガラリと変わるシステムやグラフィックに驚きながら、私も夢中になってプレイしてきたものだ。

 

 今回選ばれたのは、シリーズのベースとなる職業システムを持つ5だ。

 黒魔道士や召喚士、忍者や竜騎士。

 ユニークなジョブを選び、スキルを身に着ける事ができる。

 熱狂的な人気を誇る7などについては、いずれまた別枠で扱いたい所だ。

 

 

「こうして実際にパケ絵を見ると、やっぱり凄いメンツですね」

 

 私はパッケージに描かれたキャラクターたちを見下ろしながら、営業部長と話し合う。

 

「ええ、マルデアに届けるからこそ実現したラインナップです」

 

 確かに、普通ではお目にかかれないよね。

 一つのパッケージに、サニックとマルオ。ぷやぷやのアリル。

 ドラクアとFinal Fantasiaの主人公。

 そしてスタ2のリウまで描かれている。

 

 これが完成したのは、スク・ウェニやSAGAなどの各社が全力で協力してくれたおかげだろう。

 メーカーさんには、頭が下がる思いだ。

 もうレトロ界のスマッシュブルザーズみたいになってるよこれ。

 

 パワフルな絵を見れた事もあり、私はとても満足だった。

 

 

 会議を終えた後。

 いつもなら郊外の倉庫に行くところなんだけど。

 ここで、私のルーティンに変化があった。

 

「今回は、全ての出荷品を社内に用意してあります」

「え?」

 

 営業さんの自慢気なセリフに首をかしげると、本当に社内に全てあるのだという。

 ついて行ってみると、倉庫に縮小ボックスがいくつも置かれていた。

 

「マルデリタさんとの取引を円滑にするためという事で、政府が用意してくれました」

 

 どうやら、スウィッツやソフトなどをボックスに入れて用意してくれたらしい。

 おかげで郊外まで行く必要もなく、私はその場ですべての入荷品を受け取る事が出来た。

 

 四万台のスウィッツに、一万五千本の新作オールスターパッケージ。

 そして、各種ソフトやアーケードなどを全て輸送機に詰め込んでいく。

 

「スタ2にぷやぷやが五百台と……。これで全てですね」

「はい、ありがとうございました。それでは失礼します」

 

 挨拶を済ませ、私はワープで地球を去った。

 

 

 

 マルデア星に戻ると、ちょうど夕方くらいだった。

 いつものようにビル街を歩き、数日ぶりのガレリーナ社へと向かう。

 

「ただいま戻りました!」

 

 元気にオフィスに入ると、みんながこちらを振り返った。

 

「おかえりなさいリナ。あら、いつもの明るい顔に戻ったじゃない」

「うむ、その表情が一番だな」

 

 サニアさんやガレナさんは、私が元気になった事に気づいてくれたようだ。

 と、通話のコールがした。

 すぐにフィオさんがデバイスを取って話し始める。

 

「はい、こちらガレリーナ社です。

いえ、まだ新作タイトルについては発表しておりません。

ドラクア7が出る噂を聞いたのですか? あまりネットの話を信用しない方がいいと思います」

 

 通話を切り、彼女は小さくため息をついた。

 どうやら、ファンから新作についての問い合わせが来ているようだ。

 

「最近、こういう噂に対する質問が多いわね」

 

 困ったように腕組みするサニアさんに、メソラさんも頷く。

 

「ええ。ネットで嘘の情報が飛び交ってるみたいっスよ」

「それだけファンたちが期待してるって事ですよ。前向きに行きましょう」

 

 私が声をかけると、みんなが一斉に頷いた。

 

 

 さあ、気を取り直して新作の営業会議だ。

 私がデスクにオールスターのパッケージを置くと、社員たちはみなゴクリと唾を呑んだ。

 

「これがオールスター……。凄いラインナップね」

「マルオ、ドラクア、Final Fantasia、スタ2、ぷやぷや、サニック……。文句なしっス」

 

 みんな、タイトルの重みに震えているようだ。

 ともかく、話し合わなくては。

 

「それで、今回の販売戦略なんですけど……」

「リナ、私は思うのだが……。このパッケージで戦略が必要だろうか?」

 

 ガレナさんが腕組みをしながら唸るように言った。

 確かに、マルデアでもド安定の人気タイトルがある。

 更にアーケードで先行して話題を呼んでいるタイトルが三つ。

 もちろん未知のタイトルも用意している。

 

 ちょっと売れそうな匂いが凄い。

 持っていくだけで売れそうな。そんな感覚だ。

 

「そうですね。では、正攻法でお店の方に営業していきましょうか」

 

 せっかく会議をしたのだけれど、特に策は無し。

 それでも問題ないと、社員みんなが頷いた。

 新しいオールスターは、今までにないヒットの予感がした。

 

 



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