鈴谷(漢)の艦娘物語/艦これSS (マルカジリ軍曹)
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1.序章
プロローグ


「やめろ…やめてくれ…」

 

 真っ暗な海に投げ出され、訳も分からず化物達に襲われる。

 俺は眼前に展開される絶望的な状況に思わず独り言ちていた。

 

 

――

 

 

 ほんの1時間前まで、俺は何の変哲も無い人生を送っていた。

 問題があるとすれば、全く女を知らなかったことだろうか。

 

 大学から中堅のセットメーカーに就職。

 そのままそこで40歳くらいまで働いていた。

 

 仕事は何でも屋に近かったかもしれない。

 マイコンからパソコンまでのソフト全般の設計や製作を担当しつつ、

 電気関係も取り扱った。

 趣味でDIYもやっていたから、簡易的な製図位も出来た。

 

 とはいえ器用貧乏だったとは思う。結果的に突き抜けた専門分野が

 あったわけじゃなかったけど、何でも屋としては重宝がられていた。

 

 仕事以外は…なんというか、あまりよくなかったとは思う。

 会社の連中とはそこそこの付き合い。友達関係も深くなく、

 気付いたら…周りには誰もいなかった。

 

 まぁ本音を言える友達なんていなかったし。仕方ない。

 

 女性も…興味がないと言ったらウソじゃないけど…、

 性欲は一人で発散できるしなぁ…とかやってたら今の歳だよ!

 

 …だって彼女居なくても困らないんだよね。昔と違ってさ…。

 

 …

 

 あれ?これ、どこぞの物語とかに出てくる仕事しかない男だな。

 しかも大した事してない…。

 

 …

 

 えっと、ま、と、といった感じの「普通の人生」を送っていた。

 

 それが何で今恐ろしい目にあっているかと言えば、

 数日前、ある仕事の内容を部長から聞いたのが始まりだった。

 

「小早川君、ちょっといいかな」

「はい、なんでしょうか?部長」

「実は客から頼まれてね…」

 

 そこから、かくかくしかじかと部長は仕事の説明をしてくれた。

 掻い摘んで話すと、うちの会社が納品した装置のメンテナンスを

 頼まれたらしい。どうもシステム全体が動かなくなってしまったそうだ。

 

 とはいっても、うちの装置は部分的な物なので、

 全体のシステムを受け持ってるわけではない。

 

 部分的な故障ならともかく、全体的なものなら全体を担当している

 会社が先に行ってどこが悪いかの目星程度は突き止めないと、

 こちらが行っても意味がない筈なのだが…。

 

 ただ、客の強い要望とあって無下に断れないらしい。しかも、

 

「え?護衛艦に乗船?飛行機や民間船ではなく?」

「おう、そうなんだよ。ちょっと事情がよく分からないんだが、

 どうも飛行機や民間船で移動できない状況が出来ているらしくてね。

 まぁ君はこういうのは結構好きそうだから、どうかなと思って」

 

 ん?と、その場で眉を顰める程度には疑問符はあった。

 一応部長に回答を待ってもらい、色々調べたのだが、

 その時点では現場への飛行機や船が事故の影響で運航停止になっている、

 という事くらいしかわからず、断れる理由は特に無かった。

 

 それで結局仕事自体は受けざるを得ず、護衛艦に乗せられて

 他社の技術者連中も合流し、一緒に現地に向かう事になったのだ。

 

 結果その途中、夜間の海上で化物達に強襲されることになる。

 

 海の化物「深海棲艦」

 

 ある時を境にして海の妖怪伝説さながらに、

 奴等は人間と、人間の作った船を襲い始めていた。

 

 俺が襲われたのはまだその情報が全体に行きわたる前だった。

 もし、知っていれば仕事を断っていただろう。

 

 そんな情報弱者達を乗せた護衛艦は自衛官達の奮戦空しく、

 丁度いま奴等の攻撃で轟沈するところだった。

 炎を噴出して辺りを赤く照らしながら沈んでいく船。

 

 なんとか沈み始める前には救命ボートに乗れはしたが、

 化物共は逃がしてはくれなかった。

 

 

――

 

 

 救命ボートは逃げる途中で奴等に体当たりされ転覆。

 

 衝撃で海に投げ出された俺らは、たった今彼らの

 栄養になるべく生餌にされている真っ最中。

 

 いっその事、ライフジャケットなんて着なかった方が

 良かったかもしれない。

 

 辺りは夜にしては無駄に明るかったが、それでも奴等の姿形は

 よくわからなかった。黒っぽい色なので輪郭がぼやけるのだ。

 ただそれでも、真っ黒な固まりに口が付いていて、それが大きく

 開けられ、こちらに迫ってきているというのは、遠目にもわかった。

 

 しかし、逃げようにも速度差は絶望的。

 

「うあぁぁぁぁぁぁ!」

「ヒィィィィィィィ!」

 

 周りで踊り食いされている他の人達の悲鳴が辺りに響く。

 ある者は丸のみ、ある者はかみ砕かれ、死んで行く。

 

 あまりに絶望的な状況で、ガチガチと口を鳴らしつつ、

 涙目で青ざめながら、思わずやめてくれと呟いてしまっていた。

 

 しかし、当然そんなこと自体には意味がない。

 残された選択肢は、どう死ぬかだけだ。生き残れる可能性はゼロ。

 

 丸のみ or +咀嚼付き or その前に外傷で or 沈んで自殺。

 

 どれが正解なんだろうか。わからない。わからないが、

 こちらに突っ込んでくる化物は確実に近づいて来ている。

 

「クソガァァァァァ!!!」

 

 気が変になっていたのかもしれない。

 

 俺は唐突に叫びながら何をとち狂ったのか、

 一発殴ってやろうと拳を上げつつ、

 化物の方に自ら突っ込んでいったのだ。

 

 そして、結果は…語るまでも無い。呆気なく丸のみ。

 殴る事すらできなかった。

 

 あぁ畜生…。こんなのありか。何でこんな事に…。

 

 頭の中で悪態をつきながら、ゆっくりと飲み込まれる。

 そしてまるで走馬灯のように、

 今までの記憶がよみがえっては流れて行く。

 

 ように、じゃないな…思いっきり走馬灯だ。

 

 しかし…今見ても碌な思いでが無い。結局俺は、

 こいつの糞になるために生まれて来たのだろうか…。

 

 …

 

 嫌だなぁこんなの…。何処で間違ったんだろ…。

 誰かに看取られるとか、そんなものも無くて、

 この化物のお腹に入るだけという…最後。

 

 自然界ではよくある話かもしれないが、

 人間の自分がこうなるとは考えもしなかった。

 

 丸飲みだから痛みはない。苦しさ等も無かった。

 変な生暖かさをその身に感じながら…

 そのまま意識が無くなった。

 

 

 

――

 

 

 

 …ずや、すずや…、鈴谷さん!

 

「え?」

 

 揺り起こされて目が覚める。

 

 ハッとなり声がしていた方向を見ると

 其処には、心配そうにこちらを覗き込んでいる、

 同僚の艦娘、駆逐艦の朝潮ちゃんがいた。

 

 端正な顔立ちをした黒髪でロングヘア―の女の子。

 身長的には中学生とかそんな感じ。

 ぱっと見しっかり者、のようだが、何処か抜けているので

 私の中ではちゃん付けだ。

 

「こんな所で寝たら駄目ですよ」

「あ…あぁごめん」

 

 何となく謝罪をしながらも、寝起きの頭はすぐに記憶が

 はっきりしなかった。

 ボーとした頭を抱えながら辺りを見回し、

 ゆっくりと脳を働かせる。

 

 …食堂。そうだ。夜勤が終わって夜食を取った後、

 その日の疲れもあったのか強い眠気に襲われた。

 

 少し抗ったのだが、結局は両腕を枕にしつつ

 机に突っ伏して寝てしまったのだった。

 

「えっと今…何時?」

「0215ですね。明日…じゃなかった。今日はお休みでしょう?

 お部屋に戻られた方が良いと思いますよ?」

 

 サッと食堂の壁にある掛け時計を見て時間と共に

 今日の私の予定まで教えてくれる。いつも通り気の利く娘だ。

 

「…そうだね、そうする。ありがとう」

「いえいえ。では、私はこれで」

 

 彼女はそう言うと、ビシッと敬礼をして食堂を去っていった。

 

 その姿を見届けた後、1人になった食堂で今見た夢の内容と

 現状を思い出して陰鬱な気分になる。

 

 艦娘。深海棲艦という名の海の化物達と同様、

 俺が生きている間は一般的に知られていなかった存在。

 

 化物共を人間の代わりに退治してくれる、海を自走して戦う人。

 女性の姿をした軍艦の化身。

 

 俺は…化物に一度食われて…目が覚めたら、

 その、艦娘とやらになっていた。これが1年前の話。

 

 その時、記憶と体に色々と混乱しつつも情報を整えると、

 俺を食った化物を撃沈したら、艦娘の鈴谷になった俺が出て来た。

 簡潔に述べればそんな話だった。

 

 最初は戸惑いしかなかったが…結局、受けた説明と状況を考えれば、

 その現実を受け入れるしか方策がなかった。

 

 俺が元人間であることは物理的に証明できなかったし、

 証明できてもこの体では、今まで通りの生活は望めない。

 

 それでも解体という手段を用いれば、もしかしたら前の体に戻れる

 可能性はあるとは言われた。あくまで可能性。

 逆に解体=俺の死である可能性の方も捨てきれないとも言われた。

 

 解体されても依り代になっていた人に戻るだけ。通常はそうらしい。

 ただ、元男というのは事例がない。仮に意識だけが残っている場合は…。

 という事だ。

 

 色々悩んだが、前の人生自体に大きな未練があったわけでもない。

 それならば、と自身も納得し、1隻の艦娘として化物共と戦いながら

 生きていくことに決めた。

 

 

 そう、俺は艦娘、航空巡洋艦、鈴谷。

 化物共を倒すためだけに存在する1隻の艦船-女型の軍艦-である。

 



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2.鈴谷の日常(解説章)
2-1.鈴谷(漢)の日常/休暇編①


「鈴谷さん?」

「あ、あれ?どうしてまだ部屋に?」

「どうしてって言われても…遠征から一旦戻ってきただけですよ?」

 

 そ、そうだった。丁度9時前。朝の仕事から戻ってくるタイミングだった。

 

 

――

 

 

 朝の光を感じてパチッと目が覚める。

 被されている布団を跳ね除けつつ、上半身を上げる。

 

 寝ぼけながら辺りを見回すと…2段式の下側のベット

 向かい側にはもう一つある同系の木製2段ベット。

 木製のフローリングの床。木製の壁と天井。

 木で覆われた空間。横長の部屋の広さは16畳位。

 

 窓は一番端の一つだけ。その向かい側には外への扉。

 他にはソファーや机が部屋の真ん中に置かれている程度。

 整ってはいるが安ホテルの一室の様な、殺風景な部屋。

 

 ぱっと見、他には誰もいない。…私の部屋だ。

 

 ファァァ、とかいながら片腕を上げて起きるという、

 誰でもやっていそうな起床をして時計を見ると、

 

 08:31.34

 

 いつもよりかなり遅いが、何も問題はない。

 今日は休みなのだ。

 

 まぁそれに、昨日は夜遅かったし。

 

 顔を手でグニグニしつつ体に目覚めを促すと、

 布団を袖にし、頭を打たないようにベットから出て

 すぐ側にある姿見まで歩く。

 

 毎朝の起床時、まず鏡を見るのは俺の日課。

 

 艦娘として転生して1年がたった今でも、

 意識が戻る朝はやっぱり気持ちが悪い。

 どうしても考えてしまうのだ。

 前の人生の俺か、鈴谷になった俺か、と。

 

 前に戻っているわけがないのだが、

 起き抜けはどうしても不安がよぎってしまう。

 

 そしてそんな不安をよそに、鏡を見ると毎回思う。

 

 なんて…かわいいんだ、と。

 

 何しろ其処には、薄緑色の髪をしたロングヘア―で

 寝間着姿のかわいい女性が立っているのだ。

 寝起きのスッピンでこれである。何と恐ろしい…。

 

 

――だが中身は俺だ。

 

 

 つい、笑顔を作ったり、ポーズを取ったりしてみる。かわいい。

 

 

――だが、中身は俺だ。

 

 

 更に無駄に髪型を変えたり、少し衣類で遊ぶ。かわいい。

 

 

――だが…中身は…御年40歳の…男の、俺だ…。

 

 

 …

 

 

 むなしい…。

 

 ペタっと床に座り込んで落ち込む鈴谷。の姿をした俺。

 

 多分男だったら「おぉ!?」とか言いながら

 興奮したりするのかもしれない。

 

 だが残念ながらその根源に至るための媒介となる我が息子は、

 そう、その、大事な大事な俺の息子は…。

 

 その存在意義である祭壇へと至る道を作ること敵わず、

 恐るべき封印により異次元へと飛ばされてしまったのだ。

 

 …

 

 何言ってんだ俺は…。

 当然童貞の俺に息子はいない。いや、いたけどね?

 比喩だから。親父ギャグだから。ワカッテ?

 

 …

 

 しかし、どう足掻いても俺が鏡の前でやってることは、

 

 -いい歳したオッサンが女装して楽しんでいる-

 

 もしくは、

 

 -いい歳したオッサンが等身大の女性人形で着せ替えを楽しんでる-

 

 そんなところだ。我ながら救えない…。

 それにハタと気付くと何となく死にたくなってしまう。

 

 

 

 いや、死なないけどね?

 

 

 

 まぁ、かわいい、かわいいとは言うものの、感覚的に言えば動物、

 例えば犬や猫をかわいいと言っている程度のものだ。

 

 だって去勢されてるし。

 動物でもそうだけど、去勢されると発情しないんだよね。

 

 チキショォォォォォォォォ…。

 突っ伏して床を叩きながら悔しがる鈴谷。の姿をした俺。

  

 なにせ40年も連れ添った姿の方が俺にとっては本体。

 未だに借り物の体、といった感覚がぬぐえていない。

 

 

 そう、だからこそ本来なら興奮するはずなのだが。

 

 

 ウァァァァァァァァァァァ…、去勢されてなければぁぁぁぁぁ。

 床に座り込んでのけ反りつつ、手で抱えた頭を左右に振る鈴谷。

 の姿をした俺。

 

 しかしフッと冷静になり、いや、それはそれでダメだろ、と思い直す。

 こんな、どこぞのAV(アニマルビデオ)の表題にあるような神のような

 ○○的な体に、魔王様を付けるというのか。

 何としたこと!神をも恐れぬ痴れ者よ。無礼にも程があろう。

 

 昔、友人の家で「ロリータTHE変態」という雑誌を発見した時の、

 あの、何とも言えないやるせない感覚になりそうだからお断りだ。

 …当然ながらその雑誌は、気付かれないようそっと元に戻した。

 その後どうなったかは…己で想像するがいい!

 

(というか、朝から何考えてんだ俺は…。)

「鈴谷さん、朝から何やってるんですか?」

 

「え?」

 

 俺の脳内発言と被り気味に声をかけられ、驚いて振り向く。

 そこには、ルームメイトの五月雨様が降臨なされていた。

 

 

――

 

 

「…」

「…」

 

 沈黙が流れる…。気まずい。そして…痛い。

 不思議そうな顔の五月雨様。それをむかえて引きつった顔の俺。

 

 五月雨(様/ちゃん)。朝潮ちゃんとは異なる系の駆逐艦の娘。

 長い青髪のかわいい頑張り屋さん。ドジっ子。

 この子も背格好的には、やはり中学生といった所。

 

 そしてルームメイトの1隻。そう、この部屋は自分だけではなく、

 3隻の艦娘が共同で暮らしている。今日は起きるのが遅かったので

 たまたま周りに誰もいなかっただけなのだ。

 

 …俺は部屋の扉が開くのにも気づかなかったのか。

 脳内暴走し過ぎだ…どんだけ集中してたのよ。

 

 ちなみに遠征というのは、民間船の護衛とか、海域警備、

 物資輸送など、その他諸々の鎮守府に課せられている

 作戦行動以外の、基本的なお仕事の通称だ。

 

「あ、あの…、私行きますね?」

「あ、うん。なんか、ごめんね?」

 

 そう五月雨様は言うと、トテトテと足音を立てながら

 必要なものを持ち出して部屋を出て行った。

 

 なんていい娘だ…。後で奢るなりしておこう。

 

 ドコから見られたのかよくわからないが、

 とりあえず追及はされずにホッとする。

 

 俺が元男で前の記憶を持ったままというのは、提督と補佐官、

 後は明石というピンク頭の設備責任者位しか知らない。

 

 …筈だったが、つい最近、朝潮ちゃんには知られてしまっている。

 酒を無理やり飲まされて酩酊した際、彼女に介抱されたのだが、

 其処で色々と物理的な物も一緒にゲロしたらしい。

 

 それでも以前と変わらず仲良くしてくれる、とても良い娘だ。

 

 ま、そんな事はともかく、ここでこんな事をずっとしていても仕方ない。

 とりあえず、何処かに行くか。

 

 気を取り直して髪の毛を梳かしながら顔を洗い、

 何時もの艦娘服に着替える。

 

 一応最後に身嗜みをチェックして…と。

 しかし…化粧が全くいらないのは、本当に恐れ入る。

 

 じゃ、外に出よう。

 



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2-2.鈴谷(漢)の日常/休暇編②

少々真面目な設定話


――

 

 10:00-鎮守府内の廊下

 

 自室を出た後、たまにすれ違う艦娘達に挨拶をしながら

 鎮守府内を適当にうろつく。

 

 鎮守府なので色々と設備はある。

 

 建造、入渠施設、備蓄倉庫、演習場、売店、食堂、etc...。

 

 と言っても、特段休暇を取ってまで

 これらの施設のどれかに行きたかったわけではない。

 

 うろついているのは単純に、暇なだけなのだ。

 

 正直艦娘になって一番困っているのが、

 プライベート時間の使い方。やる事が無いのである。

 

 そもそも艦娘は自宅=鎮守府=職場だから、

 休みだからと言って生活が変わるわけでもない。

 

 食事は休暇中でも食堂だし、掃除や洗濯は仕事。

 つまり家事全般は業務だ。

 

 外出は事前申請が無いと基本的に難しいし、

 加えて自由に移動できない。

 

 今日は休みだから掃除をしようとか、

 何処かに行こうとかは、全部無くなった。

 料理にしたって食堂の設備を使うから気軽に作れない。

 

 ネットも業務回線だから下手に使えない。

 前見た時は案の定というか、所謂エロサイト等は全部ブロック。

 それ以外でも、怪しいところ全般は大体同じだろう。

 

 それに変な履歴は残したくないしなぁ…。

 気にしない娘も中にはいるが、俺は無理。

 ここらはちょっとしたトラウマがあるし…。

 

 後、部屋は他の艦娘と共同なので色々と趣味の物とかは、ね。

 

 …

 

 いや、いやいや、なんですか?なんなんですか?睦月ちゃんですか?

 当然健全なものですよ?えぇ。見られて困る物とか無いですよ?

 何ですか?ふざけんじゃありませんよ?

 

 それは、まぁ?昔はー、そりゃ当然ですが?男でしたから!

 女性に見られて困ーるものくらいは、人並みには?

 

 えぇ、えぇ、ありましたけども。それは趣味というかね、

 アレだから、イロイロたまるから。仕方なくですね?

 人前で富・士・山とか、しないためにね、必要なんですよ?

 

 うん、まぁ?人並みってぇ言っても?

 何を基準にしたら良いのか?さっぱり分かりませんけど?

 

 というかぁ、皆さんだって?何だかんだでお餅でしょ?

 たとえば今使ってる?パソコンの、な・か・み、とか?

 

 え?パソコン持ってない?私のパッド?アンアン・ドロイド?

 いやいや?そんな、大枠で見れば、パ・ソ・コ・ン、ですよ?

 

 中になくても?履歴にちょっと良くないなー、と思うようなぁ、

 ユーアールエーーールとか?クゥラァウゥドォ様とか?

 ありませんかねぇ?あると思うな―?思うんだけどなー?

 

 できれば死ぬ前に処分しておきたいなぁ、とかぁ、

 思ってたりしないかなぁ…お心当たり、ありません?

 

 違いますよ?だからそういう話じゃないですよ?

 純、粋、に、趣味とかそういう、話ですよ?

 

 あ、そうそう、当然、そっち系?のお人形遊びとか?

 流石にありませんよ?

 本気で女装趣味とか?ありませんからね?

 

 化粧の事で驚いてましたけど?あれは、母親とかね?

 ネットとかで、大変だなーって思ってましたから、

 そういう前知識があったからですよ?

 

 …あれ?女装趣味自体は、今は普通なのか。

 

 え?いや、違いますから?流石にそれはありませんでしたよ?

 なんですか?オッサンの女装趣味の回想でも見たいんですか?

 

 見たかったなら、感想でも書いてくださいね?

 いや、当然そんなもの本当に来てもガン無視ですけども。

 

 …

 

 え、ええっと、他、ゲーム機とか音が出る物は特に使いにくい。

 ヘッドフォンを使うにしても、やっぱりガチャガチャするとね。

 勤務時間が可変な職場だから、そういったものは気を遣う。

 

 鎮守府内という範囲で考えても実に難しい。

 業務のコアタイム的な時間(昼間)は趣味や酔狂で使える場所が

 今のここにはほとんど無いのだ。

 

 早朝か夕方以降か。何処かを使わせてもらうのも一苦労。

 

 そして、もう一つ。暇を持て余す理由がある。

 それは人間をやめて艦娘になったことそのものだ。

 

 艦娘の生存目的はただ化物共を退治する、という事だけ。

 概念上は、ただただそれだけのための存在なのだ。

 

 つまり、化物を殺す兵器という意味以外では、

 人間社会上という視点から見ると、

 生きて行くための立派なお題目が無い。

 

 結婚して子供作って、とか、将来こうしたいとか、

 お金をためて何かをしようとか、趣味に生きて行こうとか、

 そういうものがない。

 

 それに加え、法的に艦娘は国家の所有物と定義されて

 しまっている。はっきり言えば物扱い。まぁ兵器だし。

 基本的人権?ナニソレ美味しいの?レベル。

 

 だから、人間として普通に生きて行く、という事が

 根本的に不可能。人間社会に入って生活したければ、

 どうぞ解体されて下さいとの政府からのお墨付き。

 

 一応給料は出るのだが、まぁはっきり言えばポーズで、

 どんなにお金を稼いでも買えるものの用途は限られる。

 例えば不動産の類は極一部を除けば買えない。

 

 単純な話、人間としての権利が認められてないので、

 手続きすることが許されず、所有ができないのだ。

 証券とかも基本的に無理。

 

 艦娘は小売りされている物しか正規には買えない。

 そして、それすら色々と制限がある。特に情報機器。

 その上、お金の譲渡すら難しいと来た。どうしろと。

 

 まぁとにかく雁字搦め。息苦しいにもほどがある。

 

 だけど…人間側の立場からすれば、そりゃそうなるよな、

 というのも分かるので…。元人間の俺からすると、

 納得する他ないんだけどね。

 

 逆に艦娘になって良い事と言えば…何があるだろうか。

 

 あぁそうだ。歳は…どうも取らないらしい。

 ただ、それは多分人間の様な歳の取り方をしない、

 という事な気もするので、何とも言えない所だけど。

 

 …とにかくこういう状況なので、化物を殺す以外の

 目標が立てられない。

 

 故に、プライベートでやる事が無くなってしまうのだ。

 

 …

 

 じゃあお前、40歳で独身だった時に休暇の時何やっていたの?

 とか、聞いてはいけない…。というか、聞くんじゃない!

 

 畜生!リア充なんて皆燃えてしまえばいいんだ!

 

 い、いや。いやいや、まてまて、しかし、しかしだ。

 ここまで不自由では無かったのは確かだ。そうだろ?

 

 賃貸とはいえ自宅はあったわけで、旅行位は行ってたしぃ?

 バイクに乗ってぇ、ドライブ程度は、あったのよ?

 

 あぁん?当然1人、でだよ。何か文句あんのか!?

 俺の事はいいんだよ…もうほっといてくれよ…。

 

 いや、えーと、ほら、あれだ。その他暇つぶしの手段位は

 普通にあったし。ね?それでいいでしょ?

 

 …そんなことすらもないって話じゃないですか。

 なんですか?文句あるんですか?もういいじゃないですか…。

 

 …

 

 えっと、まぁ、なんだ、つまりそういうことでね?

 でも意味がないから、とか言って休暇を取らないというのも

 発展性がない、じゃないですか?

 という事で一応権利自体は行使することにしたのですよ。

 

 ま、ここに来て1年以上も経っているから、

 今更行ってない場所なんてもうないのだけど。

 

 ただ、そこに人間の生活…ではないが、生きている生物…なのか?

 ええっと、まぁそこに何かがある以上は、たとえ無機物でも

 なにかしらの変化がある。良い事も悪い事も、何かは起きる。

 

 うん、そうだ。行動すれば何か面白いものが見つかるかもしれない。

 

 だからもう少し回ってみよう。何かが変化することを期待して。

 



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2-3.鈴谷(漢)の日常/休暇編③

――

 

11:00-食堂

 

 結局、いつも通りで特に何も無かったわけだが、

 歩くことは元々好きだから良しとしよう。

 

 そして、今目の前にあるのは食堂。

 混雑する前に朝食兼昼食を取るべくやって来たのだ。

 

 食事はいつも食堂でとる。他には売店位しかないし。

 

 一応ここの食堂は24時間開いているのだが、

 定食等は朝昼夕のお決まりの時間だけ。

 簡易な麺類等は5:00~21:00位の範囲まで。

 

 その他の時間は別途話を通しておき、

 弁当の様な物を所定の冷蔵庫に入れてもらっておく。

 昨夜はそれだった。

 

「あ、鈴谷さん!おはようございます!」

「うん、おはよ~」

 

 食堂の前で佇んでいると、昨日の朝潮ちゃんが挨拶しながら

 近づいてきた。手をヒラヒラさせながらそれに応じる。

 

「今日のメニュー、何かお勧めある?」

「んー…そうですね…。これなんてどうですか?」

 

 首を傾げつつ、彼女が指を差したその先を見ると…、

 

 | C定食:鶏の竜田揚げ、サラダ、漬物、ご飯、みそ汁 |

 

 うん、他のは魚ばっかりだし、これで良いか。

 

「よさそうだね。じゃあこれかな」

「では、私もこれにします」

「ん?ちょっと早くない?」

「1230から出撃なので」

「そっか。なら一緒に食べよっか?」

「はい!」

 

 そういう事で、一緒に食堂の列に並ぶことになった。

 

 朝潮ちゃんとは何となく仲が良い。

 変な話、提督より良くしてもらってる気がする。

 何故かはよくわからない。気のせいかも知れないが。

 

 マーライオンがゲロゲロヴァー事件の後も普段と変わらない…

 いや、前より良くなったか?何故だろうか。

 

 元男と知られたら悪いリアクションがあると思っていたのだが、

 少なくともこの娘にはその傾向が無い。

 ただそこら辺は艦娘の感覚が違うだけかも、と思ったりはする。

 

「出撃って何処行くの?」

「何時もの近海掃除ですよ。大した事ありません」

 

 出撃。つまり深海棲艦を退治するための作戦行動だ。

 ただ出撃と言ってもいろいろな内容がある。

 

 朝潮ちゃんの任務は近海の弱い化物を掃除するためのモノ。

 他には拠点制圧や海域攻略といったものもある。

 

 その規模も様々で、一概にどうこうとはいえない。

 例えば掃除とは言っても、近海でないモノは、

 敵も比較的強いためにそれなりの規模になる。

 

「終わるのは何時位?」

「うーん、そうですね…ちょっと今回は長いかもしれません。

 あ、先に行ってますね」

 

 先に並んでいた朝潮ちゃんは早々に定食をトレイに移すと、

 何時もの場所取りに移動していった。

 席は空いてるのだから急がなくてもいいのに。

 

 こちらもトレイに定食を移して飲み物を確保し、

 それとなく食堂を見回すと…。

 先に移動していた彼女が手を振っている。

 

 ヤレヤレ、真面目な子だなーと思いつつ、そこへ向かう。

 

「じゃあ頂きます」

「頂きます」

 

 体面で座りつつ準備も済んで、さぁ、と食べ始めたわけだが…。

 目の前の彼女は下を向いてお箸に手を付けない。

 何かソワソワとしている。

 

 まぁ気にしてもしょうがないかとそのまま食事を続けていたが、

 ちょっと長いので聞いてみることにした。

 

「どしたの?朝潮ちゃん」

 

 そういった瞬間、顔がピクッとする。しまった…。

 ちゃん付けは止めてほしいと言われていたのだった。

 

「鈴谷さん!ちゃん付けは…」

「えっと、ごめんごめん。悪かったよ。えーと、朝潮?何かあったの?」

 

 社会人経験が長かったせいか友人以外で呼び捨ては少し気が引ける。

 とはいえ、彼女が嫌だと言っているのだから切り替えて行こうか。

 同僚にちゃん付けは失礼と言えば失礼だし。

 

 でも朝潮ちゃ…だって、こちらを鈴谷さん呼びなんだけどなぁ…。

 あー、もしかして「さん」なら良いのかな。

 

「えっとですね…鈴谷さん…アノ…」

「ん?」

 

 ちょっとモジモジしている。

 呼び捨てはバッド・コミュニケーションでは無かったらしい。

 

「鈴谷さんの部屋って…1人分、空いてますよね?」

「うん。空いてるけど。何?来たいの?」

「えっと、その…。はい」

 

 

 モジモジの上に目線を逸らして頬を赤くする、だと?

 

 貴様!俺を男と知っての狼藉か!?

 といって、狼藉するモノは何も無いのだが…。

 

 あれ?逆か。

 出会え出会え-、の出会うモノが無いのか。

 

 お主!その腰のモノは飾りか!?

 飾りどころか鞘だけで中身がありませぬ、ってか。

 

 うぅーん、やかましいわ!

 

 

「んー…。でも提督に許可を取らないと…」

「そう、ですよね…。でも取ったらOKってことで良いですか!?」

「うん、いいよ?でも、難しいかもね」

 

 むー…、意図は分からないけど、多分無理だろうなぁ…。

 

 何か喜んでしまっているようなのであえて言わないのだが、

 自分の部屋に来たいという艦娘は、実のところ初めてではない。

 

 今の部屋は表面が木製になっているのだが、元々は打ちっ放しの

 コンクリート製で、ベッドも鉄パイプ製の簡易なものだった。

 

 初めて見た時、ナニコレ収容所?的な感想しかなく余りに酷いので、

 最初は少しずつ廃材とかも利用して木で取り繕うとしたのだけど。

 

 でも提督にはすぐばれてしまって。

 結局燃えるとか言われて一度は撤去されてしまったのだ。

 

 しかし、そこは俺である。諦めず、提督と話し合いを続け、

 不燃木材というものも自費で購入し、それで一つ一つ仕上げていった。

 

 ついでにグラスウールや防音材等も入れたり、

 電源を増やしたりとか、色々やった。

 資格?当然取り直したさ。当たり前でしょ?

 

 結果、厚み分若干狭くなったが、今や全て外面は木製。

 ついでにベッドや棚も作った。

 

 燃えないのは明石設備主任の折り紙付きである。

 まぁ、何もここまで…という感じで呆れてはいたが。

 

 ただ素材単価だけでも、ちょっと言えない額にはなった。

 おかげさまで財布はほぼおけら。

 

 そうしてまだ殺風景だけど、木製の温かみのある部屋が

 出来上がっているのだ。

 

 どうだ、凄いだろう?

 

 …

 

 どうせ暇だったからでしょ?

 なんて、そんな事言わないで…。

 

 まぁ、そうなんだけどさぁ…。

 

 一応そこそこの給料は貰っているのだけど、

 お金の使い道もあんまりないんだよね…。

 かといって溜めておいても死んだら国に回収されるし…。

 

 国としては、ちゃんと艦娘にも給料払ってますよー的な

 態度を取り繕うための制度なんだろうけど。

 

 それにしたって、あんまりだよなぁ。

 だって、許可が必要ないのって食料品位だし。

 

 パソコンとかも買えないしね。

 いや、正確には買える事は買えるんだけど、

 一部国内メーカに絞られていて、無駄に高いんだよね。

 どうせ主要部品とか国内じゃ作ってないじゃん、

 とか言いたいんだけど。

 

 その上、変な監視ソフト入れないと認めてもらえないからさ。

 あぁこれは国産か。どうでも良いけど。

 

 何にしても高いのはまぁ許せたとして、

 私物にそんな事されたら買う気が無くなってしまうのよ。

 だって、それだったら、もう支給品で良いじゃん?

 

 あぁ…どっかで内緒で買いたい…。新規回線契約したい…。

 タブレットなら行けるかなぁ…。ホント、自由が欲しい…。

 もうイェーガーになってお外に進撃したい…。

 

 …

 

 ま、まぁそんな感じなので、あの部屋を見た娘が移りたいとか

 言ってくることはある。

 

 ただ、少し数が多いらしく、今のところ成功した娘はいない。

 そもそも俺が元男なので、そのことで止まってる気もする。

 今のメンバーは元々いた子だし。

 

 

 と、そんなこんなで食事が終わって朝潮ち…、

 いけないいけない。またちゃん呼びしてしまう。

 

 朝潮と別れた後、適当に回りつつも、

 次のお決まりの場所に行くことにした。

 

 そう、提督の執務室だ。

 



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2-4.鈴谷(漢)の日常/休暇編④

――

 

13:10-執務室

 

「チィース、提督~元気にやってる~?」

 

 バンッ、と執務室の扉を開け、片手でヤッホー的な

 態度を取りつつズカズカと部屋の中に入る俺。

 

 扉が開かれた事に気付くと、何時もの秘書艦不知火が

 こちらに振りむき、そして呆れた顔になる。

 

 不知火は朝潮、五月雨様とまた少し違う型の駆逐艦だ。

 冷静で淡々としている子なのでよく秘書艦をやらされている。

 桃色のショートヘア、眼光の鋭い女の子。睨まれると怖い。

 

 そして、呆れられるのはまぁよくある事なのだが、

 そんな彼女の外観が、今日は何時もと違っていた。

 

「え?」

 

 その様子をはっきりと視認したタイミングで思わず声を上げ、

 室内に入る歩みを中途半端な位置で止めてしまう。

 

 秘書艦である彼女の頭の上に…猫がご搭乗されていたのだ。

 

 なん、だと?

 

 執務室に猫がいるのは周知の事実なのだが、

 このパターンは初めてだった。

 

 呆れるところまでは、よしとしようじゃないか。

 だが、何故だ。何故頭の上に猫を乗せている。

 今は仕事中じゃないのか?何より重くないのか?

 

 猫の方もよくあの狭い頭の上で4本足で立っていられるものだ。

 不知火の頭が動いたにもかかわらず、全く問題が無いようだ。

 

 いや、いやいや、そういう事じゃないな。これは、何だ。

 

 

 例えてみようか。会社で部長の所に行って話しかけようとした。

 ところが、その頭の上に猫が乗っていた。しかし部長は普段通り。

 さて、どうする?

 

 …駄目だ…。意味が分からなくてリアクションが取れない。

 それに、何かリアクションをするとして、だ。実際問題、

 「部長、頭の上に猫が乗ってますよ?」

 なんてボケ殺しを目の前で言える奴がいるのだろうか。

 …状況次第かも知れないが、多分俺には無理だ。

 

 女の子だったらキャーかわいい!で済ませられる可能性はあるか。

 あれ?今は女の子か。でも、そこまで女の子にはなれないし…。

 

 

 そんなこちらの困惑を余所に、その猫はこちらの事を認識すると、

 器用に頭の上で座り、右前足を上げて「よ!」的なポーズを取る。

 

 いや、せめて不知火から降りてやってくれよ…。

 

 とりあえず何か言いたいのだが言葉が浮かばす、つっこめない。

 そんな…。私の語彙力、なさすぎ!?

 

 しばらくして、何も言えない俺の戸惑いを察したのか、

 不知火が勝ち誇ったようにフフンと笑みを浮かべる。

 アラ?ツッコミも出来ないのですか?とでも言いたげだ。

 

 ぬぅ、やってくれる…これが君のやり方か!?

 

 そしてそんな言葉もなく、くだらない、とてもくだらない

 空中戦を演じる2隻を目の前に、嘆息しながら疲れたような

 顔をする人物が1人。

 

 そう、部屋の中央にある無駄に大きな机。その机の椅子に

 力なく座り、諦め顔で頭を抱えておられるのが…。

 

 我らが提督29歳(男)だ。…童貞かどうかは知らない。

 

 詳しい経歴に関しては教えてもらっていないのだが、

 優男の風貌とは裏腹に武道の心得もあり性格も頭も良い。

 現実と理論をうまく組み合わせられる優秀な理屈屋。

 

 他の提督の事は知らないが、よくまぁこんな人を捕まえて

 来られたなという人材。

 

 問題点は…強いて挙げればというレベルで、

 

 堅物、真面目過ぎ。何処か浮世離れしている感覚。

 ごり押しに弱い。優しすぎ。部下の好きにさせ過ぎ。

 雰囲気に流されやすい。空気読みすぎて動けなくなる。

 

 仕事を押し付けると不満は言うがやってくれるとか、

 自分のミスで艦娘が死んだら自殺するんじゃないか、

 と思えるような変な責任感。

 

 と言った所か。あれ?多いな…。

 端的にまとめれば、世間知らずのお人好し、善人、かな。

 

 もし生前会っていたら………いや、会うわけないか。

 色々と毛色が違う。前の人生だと多分接触の機会自体が

 無かったのではないかな。そんな気にさせる人だ。

 

 下々の事は分かりません、とか言われても

 なんとなく納得してしまう気がする。

 

 しかし、そのさわやかな青年のお顔は、今は台無しだ。

 まぁ、俺が悪…いや、違う。周囲にいる全員の罪だろう。今回は。

 

 

 などと、そんな事を考えているうちに、不知火の頭の上の猫は

 この状況に飽きたのか、唐突に彼女の頭から飛んで提督の机に移動し、

 こちらを見ながらちょこんと座った。

 

 猫。その姿、見た目どうりの行動。執務室に居座る存在。

 

 ただの猫ではない。この鎮守府最大の謎であり、問題。

 我らが提督の-補佐官殿(猫様)-だ。

 

――

 

 猫(様)。黒白の毛の猫。本物。何故か補佐官とされている。

 この鎮守府の名物にして謎。素性不明。なんで?補佐官なのに?

 

 しかもこの猫、対象を限定しているものの、何と人語を話すのだ。

 …当たり前か。仮にも補佐官なのだから。

 

 ただこの前、じゃあ猫とも話せるの?と聞いたら、

 

「君は馬鹿なの?猫と話せるわけないでしょ?あ、髪が緑系だしね。

 頭の中まで植物なのは困るよ?にゃっにゃっにゃっ…」

 

 という、超絶毒舌な返しが待っていた。酷い。

 

 …理不尽過ぎない?しかもこれ、俺が悪いの?どこら辺が?

 猫に猫語話せるのか聞くのっておかしいの?誰か教えて!?

 

 …いや、まぁおかしいか。だって猫だもんな。

 そもそも猫が言語体系等を持っているわけがないのだ。

 大体、猫に「君は猫語話せるの?」とか聞いたら、

 普通は頭のおかしな人だと思われるだろう。

 

 ………駄目だ、仮にそうでも感情面が納得いかねぇ…。

 

 ちなみに、にゃっにゃっにゃっ、は彼なりの笑い声だったらしい。

 そして当初はこの猫様がここの提督をやる予定だったようだ。

 

 …大丈夫なんですかね、この国。まだ正気だと良いのですが。

 

 だが結局は、艦娘側が猫を提督と認識できないという、

 何か、疑問を挟む余地もないような至極まっとうな問題が生じて

 今の提督が来る事になったと。

 で、この猫様はスライドして補佐官に収まった、らしい。

 

 …いや、おかしいでしょう?この流れ。誰か止めなかったの?

 ねぇ馬鹿なの?この国の上の人達は馬鹿なの?

 

 今更気づいたの?遅いよ、とかそういうレベルじゃ、ないよね?

 

 この国家に今、とりわけ必要なのは優秀な…そう、まともな

 精神科医なのではないだろうか。

 こう、偉い人の暴走をガッチリ止めてくれるような。

 

 でもあれか…船のお化けがいるのだから猫又的なモノも

 いるって言われると、まぁそうのかなぁとは思ってしまう。

 艦娘も、船の付喪神と言われたら何となく納得してしまうし。

 

 いやいや、駄目だ駄目だ。おかしなものはおかしいのだ。

 いるのは良いとしてもだ。何で提督とかやらせようとするのよ。

 

 妖怪猫に提督の座を渡したらシビリアンコントロールとか、

 どうなんのよ。アビシニアンコントロールとでも言うつもりか!

 

 …あれ、今の結構うまかったかな。いや何言ってんだ俺…。

 とにかく、人側の指揮権を自ら放棄したら駄目でしょ!?

 

 

 

 あ、そういや当時の首相、重度の猫好きだっけ…。

 

 

 

 ………この件は考えるのはやめよう。無駄だ。

 多分自分には想像できない超絶理論があるのだ。

 猫は地球を救うとか、そんなのがあるに違いない。

 

――

 

「鈴谷さん…今日はお休みでしょう?」

 

 しばらく沈黙が流れたあと、しびれを切らしたのか、

 提督は困った顔をしながらこちらに話しかけて来た。

 

 ふと見ると、不知火は何事も無かったように

 素知らぬ顔で提督の横に立っている。

 

 あんにゃろぉ。

 …後でほっぺをグニグニしてやろう。

 

 猫様の方はといえば…丸くなって寝ておられる。

 …仮にも補佐官なのに。でも触ろうとすると逃げるのだ。

 何時かナデナデした挙句、抱っこの刑に処してやる。

 

「うん、暇だから来た」

「貴方という人は…」

「だってここ、休みとってもやることないでしょ?」

「だからと言ってここに来るのは…」

「じゃあ何か作ってよ。もしくは個室にしてくれるとか」

「そんなお金ありませんし…あなただけ特別扱いは…」

 

 提督の指摘を適当に流しつつ、言う事は言っておく。

 

 彼が暇そうなとき限定という形にはなるが、

 最近は休暇の時の暇つぶしを付き合ってもらう事にした。

 まぁ私が勝手に決めた事なんだけど。

 

 ただ、内容がアレなので何だかんだで提督も付き合ってくれる。

 彼にも全くメリットがないわけではないのだ。それは…、

 

 

「まぁまぁ、いいじゃんいいじゃん。適当に考えといてよ。

 それで、何か悩み事とかある?私以外の事で」

 

 そう、お悩み相談という名の面白そうな仕事探し、だ。

 

 それに色々意見を通してもらったりしてはいるので、

 交換条件というか、雑用を引き受ける事にしている。

 これも勝手にこちらで決めたのだけど。

 

 

「またそれですか…。あぁそういえばこういう話が」

「ちょっと司令、またですか?

 そのまま受け入れないで下さいとあれほど…。

 それに依頼するにしても正式な手続きをして

 頂かないと…ちょっと聞いてます?司令?」

 

 こちらの問を、それとなく待っていたかのような提督。

 その彼の態度に呆れながらも容赦なく指摘を入れる不知火。

 

 そんな秘書艦の攻撃にバツが悪そうな顔になりつつも、

 彼は私にある資料を手渡してきた。

 



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2-5.鈴谷(漢)の日常/休暇編⑤

「おっとっと…じゃあ見させてもらうよー?」

 

 昔あったお菓子の名前のようなワードを出しつつ、

 横から奪い去ろうとする不知火を避けて提督から

 差し出された資料を受け取る。

 

 結構厳重な封…。明らかに対象者以外は読むなよ的な

 アピールがある資料を見ると、内容は一部の設備が

 うまく連動しなくなっているという作業員からの報告を、

 別途誰かがまとめたものだった。

 

 つまり、私に状況を確認させて、できればついでに

 修理してほしい、そういう事だろう。

 

 ただ…。

 

 

「これ、私がやっちゃって良いの?明石さんには?

 それに出来るかどうかは分からないけど」

「明石さんには話はしています。鈴谷さんならOKだと。

 …まぁ、とりあえず見て頂けると助かるのですが」

 

 其処まで聞いた不知火が顔色を変える。

 

 

「司令ぇ?どういう事でしょうか?何か私に落ち度でもぉ?」

「い、いや、違う、違うんだ不知火さん!これには訳が…」

 

 漫画であれば後ろに「ゴゴゴ」何て擬音が付きそうな、

 それはもうニコヤカナ笑顔の不知火。

 な、何て良い笑顔なんだ…。目は全く笑ってないけど。

 

 その彼女に驚…いや、ドン引きの提督はまるで言い訳のしようがない

 浮気がバレた夫の様な、的を得ない釈明を続けている。

 

 

(あらあら荒潮な気配…。んー、まぁそれはともかく)

 

 目の前で対応に追われる提督は放置しつつ、再度資料に目を向ける。

 こちらがそう言ってくれるだろうと期待して用意した感のある資料。

 

 まぁ大方、作業員の突き上げがあって何とかしたいけど

 お金ないし、自分ではできないし、どうしようかと思って

 この資料になった、と言った所なんだろうけど…。

 

 鎮守府の設備、というより艦娘系の設備や装備類と言えば良いか。

 これらの関係で最も頭の痛い所は一般人の作業員に任せられられない

 物が多いという事だろう。

 

 その理由は、妖精さん。

 

 一見、その言葉通りのかわいい姿形をしているが、

 そもそも何なのかよくわからない存在。

 多分物の怪の類。人の事は言えないけど。

 

 艦娘用の設備や装備に取り付いていて、

 艦娘のサポートをしてくれる非常に重要な子達。

 

 だから艦娘用の設備や装備の保守はこの妖精さんとやらを

 相手にしなければいけない。でも、ほとんどの人間は

 視認する事すらできず、極限られた才能を持つ人達にしか

 認識できないので、作業ができる人員が大きく限定されてしまう。

 

 簡単に言えば「見える子」という、一般社会から見れば

 不思議ちゃんと呼ばれていた極少数派の人達を、まず見つけ出して、

 作業員として雇って、更に教育を施し、やっと使えるようになる。

 

 おかげで鎮守府同士で艦娘用の設備作業員の奪い合いが起こっている。

 また、専属だけではなく民間の作業員もいると言えばいるのだけど、

 希少性という理由で破格のコスト待遇となる。

 

 だから簡単に外部からは応援を呼べない。

 

 何より先に述べた事情もあって、作業員の人達には無理が言えない。

 実質的な上下関係が今は逆転していて管理する側も結構大変なのだ。

 

 おかげでモンスター作業員と呼ばれる人が結構出たらしい。

 といっても、そういう人達は最終的に妖精さんから嫌われてしまう

 ようなので、遠からず首になるそうなのだが…。

 でも、首にしたって変わりがすぐ入るわけでもなく、

 大変なのは変わりない。

 

 だから、まぁ、ここに限らず提督は色々と抱える事が多いのだとか。

 そもそも部下が人間じゃなくて艦娘という名の女の子だし。

 正直厳しそうだ。まだ純正軍隊の方がマシじゃないのだろうか。

 

 …ま、そんな提督達の事情はともかく、今は今回の件の事だ。

 不知火のあの態度は引っかかる。要は知らなかったのだろうけど…。

 

 

(不知火が知らぬ、ねぇ…。い、はどうしようか)

 

 どうでも良いダジャレを真面目に思い浮かべつつ少し不信感を覚える。

 不知火は提督の秘書艦として結構長い経歴を持っている。

 その彼女に内緒の話というのは、ちょっといただけない。

 さて、どうしたものか。

 

 面倒ごとになるのは求めてない。断るのも一つの手だけど…。

 

 

 ………まぁいいか。どうせ暇だし。

 

 

 簡易的な修理やDIYレベルの工事程度なら自分でもできる。

 まぁ手に負えるものかはよくわからないけど、

 手に負えないなら、そう報告して作業を終了すればいい。

 

 提督には恩も義理もある。それに、こんな事でもしないと

 戦闘以外何もできない子になってしまうし、

 人間の時と同じような事をするのは、やっぱり安心できる。

 

 

 特に、最近は。

 

 

 …ま、グダグダしたってしょうがないし。

 やれる事をやってしまうかな。

 

 

「じゃあ行ってくる前に、ちょっと準備させて?」

「ナ!?」

 

 まだ痴話げんかを続けていた2人を完全にスルーして上着を脱ぐ。

 

 突然上着を脱ぎだした私に、最深部海域の最終戦で後期型ナ級から

 先制雷撃を受けて吹っ飛んだ主力艦のような驚きの声を上げる二人を

 無視して、脱いだ上着とセーターを提督の机に置いてシャツの袖を

 まくり、前髪を上にあげて後ろ髪をポニーテール風に一つにまとめる。

 

 

「ジャーン、どうよ?即興の工作艦風鈴谷さんだよ?」

 

 そして、ニカッと笑いながら大工さんポーズを決めた。

 確か2人+1匹にこの姿をは見せたのは初めてのはず。

 

 さて、1匹はともかく、2人の反応は…どうかな?

 

 

「…鈴谷さん、司令の目の前で…。ちょっとは…。ハァ…」

 

 不知火は頭を抱えた。…彼女にはご不評だったようだ。

 結構気に入ってるんだけどなぁ…この風貌。

 

 で、私を元男と知ってる提督の反応は?

 

 

「…」

 

 彼は何も言わず呆けている。

 

 悪くない感じかな?まぁ、鈴谷さんかわいいし?

 中身がオッサンとはいえ俺の好みドストライクだし?

 この姿には結構自信があるのだよ。うんうん。

 

 元男とわかっていても、これはしょうがないね。

 むしろウゲッとかやられたら…傷つくわー。

 

 

「それじゃ、あ…ん?」

 

 2人の反応を見て満足した私が執務室を出ようとしていた所に、

 いつの間にか起きていた猫様がこちらをじっと真っ直ぐ見ていた。

 

 あれ、ついさっきまで提督の机の上で寝ていたと思っていたのだけど。

 ついて来るつもりなんだろうか。

 

 

「来るの?」

「ナァーオ」

 

 こちらが呼びかけると、一声鳴いた猫が肩に乗っかってきた。

 そのままクルっと一回転して向く方向も合わせてくる。

 

 まぁなんとも器用なことで。

 

 プニプニとした肉球の感触が肩に伝わってきて気持ちいい。

 爪もついでに突き刺さって痛いけど。

 

 しかし、久々の肩乗り猫である。大昔に猫を飼ってた時以来かぁ。

 ふわふわの猫毛が頬に触れて良い感触。大変満足である。

 

 本当は触りたいけど、手で触ろうとすると逃げてしまうので我慢する。

 

 

「んじゃ、ちょっくら見てくるよー」

「ちょ、ちょっと鈴谷さん待って!私にもそれ!」

「えー、何?さっき頭の上に乗せてたじゃん…。それで満足しなよ?」

 

 執務室を出ようとした所、肩乗り猫を自分にもさせてほしいのか、

 不知火が引き留めようとしてきたので少しうんざり風に対応する。

 猫好きなのにも程があるのではないだろうか。

 

 

「チッガーウ!違います!んな分けないでしょ!その資料の方ですよ!」

 

 変顔に加えて身振り手振りも使ってこちらの発言を訂正しながら

 こちらを引き留めようとする不知火。

 

 どうやら違っていたらしい。あっれー?うーん?

 …脳が猫モードに入って判断を誤ってしまったようだノ。

 

 

「あ、これ?えー、提督?」

「あ、あぁー、鈴谷さん?頑張ってきてくださいね!」

「チョっ、司令!?」

 

 適当な言葉で提督と意識を合わせると、彼は食い下がろうとする不知火の

 手をガシッと掴んで中途半端な笑顔で必死に止める。

 

 手を掴まれた不知火は少し顔を赤くして…。

 ん?なんか体プルプルして顔ニヤケてない?…おやおや初心ですか?

 

 …うん、まぁ、後はお2人に任せて邪魔者は退散いたしますか…。

 

 

「じゃ、じゃあ、またねー?」

 

 目と目が合う。そんな感じの音楽が流れそうな状態になった2人に

 一言かけて執務室を出た。後は2人の関係に任せればいいだろう…。

 

 しっかし、手を掴まれた不知火の態度。確実に提督好きだよね。

 最後まで粘ったのは…あれかな?自分には相談してくれないのに

 他の女に相談する男に対する嫉妬だったのかね。

 

 そういえば駆逐艦なのに艦隊司令部施設を搭載できるんだっけ。

 いっその事、このまま司令官本人を施設ごと内蔵してしまえばいいのに。

 

 でもそうなったら、あれだなー。落ち度所か、落とし子こさえて、

 落とし所をどうするかが問題になるかなぁ。ハッハッハッ…。

 

 ………仔細は後で提督から聞くとして、そんなことはともかく、だ。

 

 適当に歩きつつ資料を再読して考える。

 

 資料は建造設備の不具合の内容を書いているだけで、その問題の原因は

 不明としている。つまり原因が発生している場所や設備の情報、機器に

 関しては明確に示していない。

 

 示してはいないのだが…。

 

「君、場所分かるの?」

 

 そんな事を考えていると、唐突に肩に乗っかっている猫様が

 不思議そうに話しかけて来た。

 

「んー?んー…。まぁ何となくねー。で、この依頼は補佐官の差し金?」

「…何でそう思う?」

「不知火に隠してるんだから、まぁ誰かの助言があったのかなーってね」

 

 単なる設備故障なら隠す必要はない。

 あえて隠しているわけだから理由がある。

 

 問題なのはその理由だが、提督は妖精さんが見えないタイプの人だ。

 だから設備関係の管理は責任者たる明石さんが中心で、

 提督はそこら辺にはあまり関わってない感がある。

 少なくとも、いままでは。

 

 それなのに彼は、その明石さんに「話はした」という言い方をした。

 なら、ここまでの判断は誰が下したのか、という事になる。

 もちろん提督だけで決めた可能性もあるけど、素人だと考えれば…。

 

 裏に相談相手か、指示を出せる存在がいるよなぁと。

 

「ふーん、さて、どうだろうね。まぁ良いじゃないか、そんな事は」

「…まぁいいけどさ、で、そっちは何でついてきたの?」

「分かってんじゃないの?あの場所、普通に行けるとは思ってないよね?」

 

 全部わかってんじゃねーか…この猫様。提督に何て言ったのやら。

 

 …一応まっとうに調べて行くつもりだったのだけど、

 どうやらそれは杞憂におわり、その過程は全くいらないようだ。

 

 ヤレヤレと嘆息しつつ、多分そこであろう場所に直接向かう事にした。

 



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2-6.鈴谷(漢)の日常/休暇編⑥

――

 

14:00-鎮守府の地下通路

 

「へー、本当に案内無しで来れるとはね。ちょっとびっくりだ」

「そりゃ、どうも」

 

 移動途中、出会った他の艦娘達の猫撫で攻撃を避けつつ、

 猫様を肩に乗せたまま辿り着いたのは地下の通路。

 

 鎮守府の見取り図的には他には何もない、コンクリート製の廊下。

 周回可能な角の、「への字」の通路。

 

 

「君、ここがどういう所か知ってるの?」

「さぁ…どういう場所かは知らないけどね」

 

 この1年間。鎮守府を回っていて、特に違和感を感じていた場所。

 最初に違和感を感じたのは防火シャッターの位置。

 この「への字」通路を両側から閉鎖するためだけに設置されていて、

 単純に意味が無かったのだ。

 

 最初は、単なる施行ミスかなとも思った。

 次に気付いたのは防火シャッタ―の強度。防火の強度では無かった。

 ここだけ何かが違うことに気付いた。

 

 壁、床、天井の強度。何もかも水準が違う。しかも、ここの地下だけ

 山につっこんで作られている。この位置に上階も下階も無い。

 

 への字の内側には部屋があるように見える。が、なかった。全部壁だった。

 壁に、扉だけが付いていた。だから絶対に開かない。つまり偽装だ。

 

 …この鎮守府にだって関係者以外立ち入り禁止といった区域はそれなりにある。

 ここもその一つではあるが、禁止レベルは低い。ここまでやっておいて、だ。

 

 あえてそうしているのは…あまりよろしくない何らかの意図があるのは

 肌で感じる。木は森に隠せ、とは言うが、これはどうかと言えば…。

 

 

 …とか色々考えはしたものの、これ以上の詮索は嫌な予感がして止め、

 以降ここに来ることは無くなった。

 

 私が鎮守府を回っているのはそう言った物を炙り出すためではないし、

 鎮守府自体を敵に回すつもりもなかったからだ。

 

 

「ふーん…、本当に?で、これからどうするの?」

「どうするつもりも何も、何か持ってんじゃないの?」

「話早いねー。ここ!後で返してねー?」

 

 そう言いながら猫様は首を高く上げ、首輪を見せつける。

 

 撫でたい…。

 

 そんな感情を抑制しつつ、それとなくその首輪を触ると…

 内側に金属の棒らしきものがあった。

 

「棒?…あぁ、鍵…ね。なるほど」

「うん。無くさないでね?」

 

 見た所、単なる棒にしか見えないけど…。

 これも物の怪の類なのかもしれない。

 

 

「で、これを…あの防雨型コンセントに突っ込む、とか?

 例えば、接地極の穴とか」

「よくわかるね…。本当にここが何なのか知らないの?」

 

 壁の下の方にあるコンセントを指さしながらそう言うと、

 猫様は驚きの顔…、イヤ実際はよくわからないけど

 多分驚いているであろう顔でこちらを見る。

 

 大体、そんなこと言われても他に穴なんてないし…。

 鍵と称される針を渡された上で、室内なのに怪しげな

 防雨型コンセントがぽつんとあれば、あれかなーとか、

 何となく思う気もするのだけど。

 

 

「ま、いっか。そういう事だから。後は任せたよ?」

「え?帰っちゃうの?ここまで来ておいて?」

 

 突然帰ると言われてちょっと驚いた。

 

 最後までついてくると思っていたので拍子抜けしていると、

 肩に乗っていた猫様はピョンっと飛んで床に降り、こちらを振り向く。

 

 

「うん。あそこは、まぁ僕も入りたくないんだよね。基本人外用だし」

「え、えぇ!?ちょっ、ちょっと待って?入って大丈夫なの!?」

「うーん、多分君は大丈夫だよ?重要な装備もあるし」

「いや、多分って…。事前説明とかは無いの?」

「ちょっと言語化が難しいかなぁ…まぁ入ってみてよ?入ればわかるさ!」

 

 とんでもない事をサラっという猫様。

 

 え、なに?人外用?人は駄目ってこと?そこに事前説明なしで行かせる?

 入ればわかるって芸人じゃないんだからさ…。

 

 …それに重要な装備?艦娘は装備があるから大丈夫ってことなの?

 

 

「そうそう、あと、あんまり無理しない方が良いよ?」

「いや、無理なんてするわけないじゃん!ヤバかったら速攻逃げるから!」

「ん?あ、違う違う。そうじゃなくて、今ここにいる理由の方だよー?」

 

 え?っと固まる。ここにいる理由?提督に頼まれたからでしょ?

 もっと別の理由?

 

 

「は?それってどういう…」

「変わっていく自分を認めたほうが楽だよってこと。後は、まぁ自分で考えて?」

「…」

 

 そこまで言われてようやくこの猫が言いたい事が分かった。顔が自然と歪む。

 

 この猫様………。痛い所をついてくるなぁ…。

 艦娘として目が覚めた当初、俺は俺だった。それは間違いがない…筈。

 

 色々と事情があって、その後元男という事を秘密にするために鈴谷という

 女性を演じていたのだけど…。

 

 ここ数ヶ月は演じているのか、素なのかの区別がつかなくなってきた。

 自分が作った宗教なのに何故か作った本人が信じてしまうような感じだろうか。

 

 朝は…まだ良いのだけど。その後ずーーーと、女性を演じているから

 段々と思考が鈴谷モードになって、昼を過ぎれば頭の中ですら一人称が

 私になっている。

 

 更に最近は思考も別の意思と交じり気味な気がして、自分の性格が

 本当にこうだったのかも分からなくなってきた。

 

 だから、どうしても自分を保ちたいという、欲求というか、焦りというか、

 焦燥感というか…。そういうものがあるのも事実で…。

 昔と同じような仕事をすると、安心できるというかなんというか、

 あぁ、俺は俺なんだなーって…。

 

 …いやいや、おかしいおかしい。何で猫に指摘されてんの。大体、だ。

 

 

「…補佐官はさ、なんで私と提督…以外には会話しないの?」

「明石とは話すよ?それ以外は無いかな。まぁ僕にもいろいろ事情があるってこと。

 そんな事はともかく、確認よろしくねー?」

 

 そう言って話をはぐらかすと踵を返して猫様は歩いて去っていった。

 何時かその事情とやらを教えてくれたりするのだろうか?

 

 ポツンと取り残され、渡された針を見ながら

 先ほどまでの話の内容を思い出す。

 

 しっかし、危ないのか危なくないのか、さっぱり分からないのですが…。

 人は駄目、人外である必要があって艦娘は大丈夫?うーん…。

 

 思わず天を仰ぐがコンクリートの天井が見えるだけ。

 

 んーーーー…。装備だけは確認しとくかぁ…。

 

 前方の通路に正対し、少し息を吐いて呼吸を整え、腰を据える。

 

 

「…艤装、展開」

 

 ズ、ズ、ズ、ズ、ズ、………ズンッ!

 

 言葉を放つと徐々に、そして多少時間を置いて一気に強烈な重量感を感じると

 共に自分の艤装が展開された。

 艤装というのは船で言う所の船体以外の設備一般、または取り付ける工程の事。

 

 艦娘で言えば装備品の事を指す。通常は展開されておらず、

 必要に応じて展開、出したり、解除、収納したりする。

 何処に入っているかは…謎空間があるらしいけど、よくわからない。

 

 本来艤装を展開するには意識するだけでよく、声に出して言わなくてもいい。

 ただ、事故や間違いを無くすため、自分はあえて言葉に出すことにしている。

 声に出すことによって曖昧さを無くし、意識と記憶をはっきりさせるためだ。

 

 …ちょっと中二病臭いけど、声出し確認は基本だと思うの…。

 

 なお、陸上でそのまま艤装を展開すると砲は撃てるが基本的に動けなくなる。

 だから通常、海に出撃する場合、艤装を展開するのは海に入る直前。

 ま、展開されるまで多少ラグはあるので慣れると歩きながらでも海には入れる。

 

 見た目上の見せかけ展開も出来なくは無いけど、その場合は砲撃ができないし、

 防御力もない。海にも浮かばない。

 

 そういう事もあって陸上で艤装を展開するのは一般業務だと装備チェック位

 なのだけど、陸上での艤装展開で面白いのは、立っている陸地そのものには

 本来あるべき重量の影響が全く無いという事だ。

 

 これなら車で運んで艤装を展開すれば、超小型、超火力、超防御力の陣地が

 数分で完成してしまう。電車に入れてなんちゃって列車砲を作るなんてのも

 簡単だ。牽引砲はもちろん、自走砲だってこんなに簡便じゃない。

 

 戦艦型などを少数でも人間密集地の都市部に入れて艤装を展開すれば、

 簡単にその街をがれきの山とする事が出来る。

 

 それならと、C-130(でかい輸送機)に乗せて艤装を展開したことも

 あったようだけど、その場合は力や重量が逃がせなかったのか、

 飛行機本体が砕け散ってしまったらしい。

 

 どういう仕組みかは分からないが、艤装を使う場合は間接的にでも地面には

 接している必要はあるようだ。

 

 ただ、それらを加味したとしても、多分陸上でも対抗できるのは核兵器か、

 人外の存在くらいじゃないだろうか。

 

 陸にあげられた戦艦大和を無力化するのはそれ程じゃないかもしれないが、

 人型程度の大きさで移動も容易い大和型の艦娘となれば話は別だ。

 

 46cm砲の一斉射なんてどれほどの破壊をもたらすのか想像もつかない。

 多分、砲撃時の衝撃波を解放するだけで周りを綺麗に吹き飛ばせる。

 弾が無くなるまで近づく事すら困難なのではないか。

 

 ある意味、人間の兵器を過去の遺物へと追いやった恐るべきモノ。

 

 それが、艦娘という存在。

 

 

 …とは言っても、別に周りを破壊したいわけでもないこの状況下で、

 自分の主砲である20.3cm砲は超火力過ぎてぶっ放せない。

 

 ということで、鎮守府内にいるときは鈴谷専用、カスタム12.7mm単装機銃

 をこっそりと補強増設(艤装内ポケット)に入れているのだ!

  

 使った事ないけど…。何で持ってるかって?…まぁ、何でだろうね…。

 廃棄されているところを見て、なんとなくこう、もったいないなーって…

 

 つい、懐に…入れてしまったぜ!(一応専用武器としての許可は取った)

 

 深海棲艦にはほとんど通じないから使い道なんてない筈だったけど、

 まさか日の目を見る時がこようとは。

 

 とりあえず武器が展開できるの確認できたから、あとは…

 何かに襲われたらこれで何とかすればいいかな…。

 

 

「艤装、解除」

 

 艤装の確認が済んだのでいったん解除する。

 徐々に重さが無くなって、通常通り動けるようになる。

 解除には展開よりも多少時間もかかるが、それでも数十秒位。

 

 んー、展開レベルを弄る事が出来ればもっと面白い事になるかもしれない。

 例えば40mmボフォース程度なら歩きながら撃てるとか。

 …まぁ何に使えるかは分からないけど。

 

 

 さて、じゃあ、準備完了ってことで、開けゴマしてみますか。

 

 

 確認を取った通り、目の前の壁にある防雨型コンセントの接地極に

 もらった針を入れてみる。

 

 …あれ、反応無い?

 

 何も反応がないことにおかしいなと思っていると、

 

 

 ドンッ、ドンッ、ドンッ、ドンッ、ドンッ、ドンッ、ドンッ!

 

 

 いきなり大きな音と振動が回りから響く。驚いて音の方を向くと

 防火シャッター…ではやはりなかったのだろう。ここに来た方向の

 通路に壁が出来ていた。

 

 逆側の先は曲がり角になっているからここからだと分からないけど…。

 と、先の通路の方にも行ってみるが、そっちも当然の如く完全に

 封鎖されている。

 

 

「うわー…完全に閉じ込められたってこと?」

 

 思わず頭を掻きながら声を上げる。何これ?封印か何か?

 音がした量を考えると、落とされた壁は通路両側の2つだけじゃない。

 

 周辺の施設はここから逃げられれなくするためのモノ、だったようだ。

 なるほど。あえて無防備なのはこういう仕掛けがあるからか…。

 

 といっても、艦娘だから主砲を撃てば壊せるはず。

 …でも…そんなことしたら多分、生きたまま土葬だ。

 

 大体、ここまでやっているのだから周辺に爆発物やガス関係が無いとも

 限らない。地下で爆死、圧死、中毒死の類なんてゾッとする。

 生き埋めで酸欠死よりはマシかもしれないが、どれもご遠慮したい。

 

 …あれ?艦娘って酸欠死するのかな…。とりあえずどうでも良いけど。

 

 

――

 

 

 …その後、結構待ったが何も起こらない。

 

 え?これからどうなるの?まさかこのままじゃないよね?

 

 流石に焦りが出始めたころ、ようやく事態が進展し始めた。

 

 

 …ピーピーピーピーピー

 

 ゴォン…ヴァァァァァァァァァァァ…。

 

 

 一旦ビープ音の様な物が響くと、自分のいる位置から少し離れた

 施設外周側の壁が、ゆっくりと、扉程度の大きさ分後ろに沈み始める。

 

 どんだけ準備に時間かかるのよ…勘弁してよ…。

 

 ドキドキしながら悪態をつきつつもそのまま見ていると、

 一旦後ろに沈んだ壁は今度は横にスライドして…完全に開いた。

 

 後にはポッカリ壁に開いた四角い穴が残されている。ちょっと怖い。

 位置的には完全に山の中側だ。何処に行かせるつもりなのかね…。

 

 

「フー…」

 

 しばらく間をおいて心を落ち着かせ、壁にできた穴を恐る恐る覗くと、

 中にはもう一つ分厚そうな金属製の扉があった。

 しかもドアノブはハンドル式のようだ。潜水艦の扉かよ…。

 

 そして…その扉には怪しげな標識の様な文字が書かれている。

 

 

(大日本帝国陸軍特別医療部隊・舟屋出張所…?)

 

 陸、軍?何で?しかも医療部隊?どういうこと?

 舟屋は…海軍の事?

 

 文字は旧漢字の上、右読み。

 時間経過を感じさせるようにちょっと消えかかってる。

 その文字の下部には見慣れない星形マークもついていた。

 

 嫌な予感しかしない。けど、ここまで来て去るのは…。

 猫様も死ぬとは言ってないし…。

 

 けど、まさか、自分を処分するためとか…。

 いやでも、そのためにこんな手の込んだことをする?

 だったら、普通に解体送りにすればいいわけで…。まさか生贄?

 

 辺りを見回して周りの状況を再確認するが、十中八九、このロックは

 内側から解除できるものじゃない。何処かで猫様が見ているのか。

 

 何にしても先に行かないと閉じ込められたままになるのは

 ほぼ間違いないだろう。

 

 

「入れば、わかる、か…」

 

 しばらく考えた後、猫様が言っていた言葉をボソッと口に出す。

 

 …どうせ一度は死んで、もう戻らぬ人生。なら、やって死ぬのも一考か。

 ここまでされたのだ。入ってみようじゃないの。

 

 でも、本当に生贄だったら逃げるだけ逃げまくって鎮守府諸共全部ぶっ壊す

 位には暴れるだけ暴れてやるぅ…。

 

 

 そうして多少自棄になりながらも覚悟を決め、ハンドルに手を置いて回し、

 その重い鉄の固まりでてきた扉を押す。

 

 ゆっくりと、そして確実に、きしむような音をたてながら扉は開き始めた。

 




多分次も一週間後くらい…。


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2-7.鈴谷(漢)の日常/休暇編⑦

 多分私は今、死んだ魚の目とやらをしているに違いない。

 

 なぜ、こんな事になったのだろうか。

 

 

 

 -もみもみ

 

 

 

 何か、前世の俺が悪い事をしたのか。後世の私が悪い事をしたのか。

 

 今となっては知る由もないのかもしれない。

 

 いや、ちょっとは悪い事はしたかもしれないけど…。

 

 

 -むにむに

 

 

 

 だからと言ってこのような仕打ちを受け

 

 

 

 -ギュ、ギュムッ!

 

 

 

「ちょ、ちょっと何!?もうちょっと優しく!」

 

 

 

 涙目になりながら非難する私に、目の前の黒い影は悪びれもせず

 黙々と作業に集中している。

 

 …そんな奴の姿を見ながらつい、目頭を押さえてしまう。

 

 酷い…本気で涙が出てきた。

 こんな誰もいない地下室で…よりにもよって、こんな化物に…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 おっぱいを好き放題揉まれるなんて想像すらできなかった…。

 

 

 

 

 

 

 

―― 40分程前

 

 

 鉄の扉を開け、隠されていた部屋の中に入った私を迎え入れてくれたのは、

 薄暗い室内で赤い光に照らされたよくわからない器具や装置群だった。

 

 扉のロックを解除した時点で部屋の明かり、部屋の壁に一定間隔で

 取り付けられている赤いランプが点灯し、薄暗いながらもある程度は見渡せた。

 

 広さは…どれ位だろうか。結構広い空間、100畳程といったところか。

 

 横長の部屋。並んでいるのは埃の被った古めかしく、

 使い道が分からない装置、何のために作られたのか想像もつかない器具、

 加えて見るからに呪術用の道具と思しき類のようなモノまである。

 

 変な物ばかり…。そういった類の保管場所?

 

 その一つ、金属製の書庫の中に並んでいた道具の一つを、

 ガラス製の引戸を開けて何となく手に取ってみる。

 

 …独鈷杵(どっこしょ)。実物を見たのは観光で行った寺の観音像に

 握られていたヤツだろうか。後は…写真とか、漫画位なものだ。

 両端を削った鉛筆の様な形状の、四角い金属の棒でできた代物。

 何に使われるのかはよく知らない。

 

 ただ、これはなんというか、何か、こう、力みたいなものを感じる。

 ハンドパワー?…それは違うか。ただ、悪い印象は感じられない。

 

 そして、その独鈷杵が置いてあった隣には…額に札の張られている、

 

 …日本人形が…。

 

 あまり見ないようにしてたけど…札に隠れて見えなハズの人形の目が、

 目が動いた気が…。この独鈷杵と違ってなんか凄い禍々しい感じが…。

 

 …何なのここ。日本ふしぎ発見?

 

 なら、あの人形はスーパー…呪いの日本人形さん、とかだね。

 賭けてクイズに正解すると呪いが二倍増し!…どんな闇のゲームだ。

 まぁそもそも触った時点でミステリーハントされそうだから絶対触らない。

 

 そんなどうでも良い事を考えながら、手に持った独鈷杵をまじまじと見る。

 これはこれで特殊な力でもあるのだろうか。漫画で見た感じだと…。

 

 

 

 

「…唵阿毘羅吽欠娑婆呵(オンアビラウンケンソワカ)!」

 

 

 

 

 -シーン。

 

 

 

 

 …それらしいポーズも決めたのだが何も起こらない。

 

 

 ちょっと顔が熱くなる効果はあったようだ。

 

 

 誰もいないからって、何やってんの私…。

 

 

 とりあえず正気に戻って状況観察を続けることにする。

 

 握っていた独鈷杵を置き直すために手を開いてみると、

 べったりと手に埃が付いて真っ黒になっていた。

 

 何か、嫌な違和感を感じて周りを見渡す。

 薄暗い上に照明が赤いせいで最初は気付かなかったが、

 かなりの量の埃が積もっていた。

 

 おかしい。いくら地下室と言っても締め切ったコンクリートの空間だ。

 この鎮守府が出来て、確か2年位だったか。

 数年やそこらの期間でここまで埃が溜まる物だろうか?

 

 仮にこの部屋が何十年も前に作られたとしても、

 今現在も使われているなら最低でも鎮守府建設時に誰か入ったはずだ。

 その時、掃除くらいはするものではないだろうか。

 

 まさか、と気になって床を見ると、自分が歩いた床には埃の潰れた跡が

 くっきりと残っていた。そして、それ以外の足跡は無い。

 

 …つまり、ここ最近、いや、最低でも何年間は人が入った形跡は無いという事か。

 

 本当に…何なの…ここ。

 

 脳裏に生贄の線が浮かび上がってくる。

 思わず開けた扉の方を見る。扉は開いている。外の明かりを入るに任せたままだ。

 閉じ込める意思は…無い?…冷や汗が出る。そんな事はまだ分からない。

 

 いや、閉じ込められた所で主砲を撃てば何とかなるのだ。

 非力な人間ならともかく、私は艦娘だ。壁を破壊すれば良いだけだ。

 その程度の事を怖がる必要はない、ハズ。筈だけど…。

 

 チラッと日本人形を見る。やはりこちらを見ている気がする。

 …こういった類のモノを閉じ込めている部屋に対し、

 物理事象で攻撃して壊せるものなのだろうか?

 

 冷や汗が止まらない。埃で汚れた手の平が手汗で更にドロドロになる。

 

 一旦外に出るべきだろうか。…いや、もし何かあるなら入った時点で手遅れだ。

 今更慌てた所でしょうがない。気を取り直して目的を思い出す。

 

 ここがあの場所というなら、必ず繋がっているケーブルがあるはずだ。

 

 

――

 

 

 …鎮守府の設備、建造施設や入居施設にある重要な艦娘用の装置には大体、

 何と言えば良いか、変なケーブルが接続されていた。

 

 電力線ではなく、通信用と思えるようなケーブルなのだが、その元を

 辿ってみると、なんとそれはコンクリートの壁から直接生えていた。

 要は、コンクリートへ直に埋まっているのだ。

 

 これだけでもかなりおかしい(通常は埋めるにしても配管を通す)のだが、

 そのケーブルは妙に古めかしいモノで、その他のケーブルとは違い、

 明らかに外皮が長期間使用したように変色していた。

 

 使用歴2年程度の設備にも拘らず、である。

 

 元技術者だったからあまりにも不思議で、気になった。

 一度明石さんに聞いたことがあったが、話をはぐらかされた。

 

 結局、他の誰も知らないのか、知っていても教えてくれそうになく、

 だからと言って騒ぎ立てるような事でもない。

 

 なので鎮守府を歩き回る際に自分で適当に調べる事にしたのだが、

 それとなく探してみても接続先、つまり出口は見つからない。

 

 ただ、その後、同じようなケーブルを何度か見ていてわかったのだが、

 壁から生えている位置を見ていると、方向性の様な物がある事が分かった。

 

 その結果、単純に推測できる位置に近い所が…ここだったのだ。

 

 壁中に埋まっているのだから別の場所に引き回されている可能性も

 当然あるわけだし、別にここに絶対あるという確信があったわけでは

 無かった。ただ、そうじゃないかと思っていただけだ。

 

 

――

 

 

 コツ、コツ、コツ、コツ…。

 

 コンクリート製の床に自分の歩く音が響く。

 部屋は真ん中に何も置かれていない空間、通路の様な所があり、

 とりあえずはそこを歩いて奥まで行くことにした。

 

 とにかく余計なものには手を触れず、目的のモノ、ケーブルを探す。

 

 そして、部屋の中程に差し掛かったところで、

 床から生えたケーブルに囲まれた異様な装置を見つけた。

 

 見覚えのある形のケーブル…。多分、これだ…。

 それが四角い、長方形の塊にケーブルが集まっている。

 

 更に近づいてよく見ると、それは…装置ではなく石棺?のようなものだった。

 

 …なによ…コレ…。

 

 床に置かれた長方形の石の塊。高さは床から腰のあたりまで。

 その丁度真ん中のあたりから、それこそ棺桶の如く蓋と本体の

 ような部位に分かれていて、その分かれている間の隙間から

 ケーブルが両側面からハミ出して床に繋がっている。

 まるで中に安置されている物から生えているように…。

 

 その事を認識した瞬間、ゾッとする。

 

 何が入っているのか、想像もできない。これが…艦娘用の設備に繋がってる?

 何なのこれ。どうしたら良い?艦娘とは一体…?

 

 見てはならないモノを見てしまったのではないか。

 しかも今、それの側に私はいる。

 後で気付けば、ならどんなに良かったことか。

 その意識が緊張と恐怖を呼び、体が硬直して動けなくなる。

 

 心臓の音がドクン、ドクンと聞こえてくる。

 今直ぐにでも逃げたいが、体が動かない。

 かろうじて動く目を動かすと、石に金属製の鉄板?の様な物が

 張られていることに気付いた。

 

 銘板…?やはり装置なのか。そこには入り口にもあった星形、いや、

 六葉の紅葉?あるいは、麻の葉文様というものだろうか。

 そんな家紋とも思えるような印と共に、こんな事が書いてあった。

 

 |不沈艦響ノ缺片、此處ニ封印ス。昭和十九年三月十五日|

 

 不沈艦響…。第六の響ちゃん、の事だろう。

 

 …

 

 第六というのは…第六天魔王の略だったとか。んなわけないか…。

 不沈艦、響72年とか、でもないよねぇ…。

 あったら飲んでみたいけど。

 

 …ん?あれ、不沈艦?響の異名は確か…不死鳥だった気が…。

 不死鳥…蘇る…。不沈艦、沈まない…、蘇る…沈まない。死なない?

 

 頭がぐるぐるするが、結論なんて出る筈もない。ただ、余計な事を

 考えたら少し緊張が緩み、ある程度は動けるようになってきた。

 

 腕ごと手をプラプラ、ユラユラさせてみる。

 でも、完全に緊張は取れていないのか、握った手は開かない。

 

 それにしても…これからどうすれば良いのか。

 これが何なのかはともかく、設備エラーの問題がこれだとして、

 これをうまく動かすという事?ちょっと考えられない。

 

 傍目からは動いてるのか動ていないのか判断ができない。

 動いていないとしても、どうやって動かせばいいというのか。

 あの猫様、行けば分かるとか言ってたが、全然分からないんだけど…。

 

 ふと顔を上げて再度入り口を見るが、扉は閉じてはいない。

 

 …

 

 駄目だ…このままじゃ駄目だ。

 

 …

 

「スー…、ハー…。ふぅ…」

 

 深呼吸をする。

 

 扉は開いている。閉じ込める意図はないと判断しよう。

 落ち着け。思考を切り替えろ。元の男に戻れ。

 仮に閉じ込められても俺は艦娘だ。なんとかなる。

 

 こんなものはただの設備だ。意味もなく恐れる必要はない。

 猫はここに来れば分かると言ったのだ。何かあるはずだ。

 冷静になれ。周りはどうだ。何かないか?

 

 石棺の周りを歩き、状態を四方から見る。

 

 操作端末のようなものはない。説明書といったような

 文書らしきものも見当たらない。

 どこまで行っても、ケーブルが生えている石の固まりだ。

 

 恐る恐るそのケーブルも手に取ってみるが、異常はない。

 

 ならと石棺を、まだ手に持っていた独鈷杵で叩いてみる。

 コン、という無機質な音はしたものの、特に何も起こらない。

 

 …

 

 なら…開けてみるか?

 少し迷うが、どの道このままだと埒が開かない。

 

 そう思い、意を決して石棺に手を伸ばす。

 

――

 

 …後で思えば、その時の自分は開き直って冷静に、

 と心では思いながらも実際には全く冷静では無かった。

 本当に冷静であれば、一旦引いていたはずだ。

 急がば回れ、である。

 

 なのに、置かれた環境とその場の空気に追い詰められ、

 無駄に虚勢を張った。焦りと緊張、恐怖から逃れるために。

 

 それにとにかく早く終わらせて帰りたい、二度と来たくない、

 との意識が強かった。今の作業を終わらせること以外、

 とても他の事を考える余裕などなかったのだ。

 

 そして、普段なら絶対手を出さない筈の恐ろしいモノに

 気付けば手を伸ばしてしまっていた。

 



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2-8.鈴谷(漢)の日常/休暇編⑧

 まさしく石棺に手を掛けようとした瞬間だった。

 

 誰もいない筈の背中側から何の前触れもなく突然何かの気配がする。

 

 瞬時に顔から血の気が引いて真顔に戻ると、

 体が猫の様に勝手に動いた。

 

 気配がした方向、左に向き直りながら跳ねる様に横に飛ぶ。

 同時に相手を視認しようとするが、薄暗いせいかよく見えない。

 

「っち!」

 

 舌打ちをしつつ、やむを得ず着地と同時に艤装を展開する。

 

 -ズンッ!

 

 重さを感じながらもすぐに20.3cm連装砲を両手に、

 機銃を腹部の横にある増設部位で構え、周囲に向ける。

 

 だが、

 

 …誰も…いない…?

 

 周囲を見渡すが対象を認識できない。

 

 気のせいか?いや、そんなはずはない。

 確かに誰かいた。いや、何か、か。

 

 化物に食われた挙句、2年程度はそれと戦争をしているのだ。

 ああいった、異質な感じの気配の読み間違え等は…

 この期に及んでありえない。

 

 多分視覚できないような存在、と判断すべきか。

 

 しかし、それならば対応を間違えた事になる。

 艤装を展開すると動けないのだ。単純に逃げられない。

 

 マズったなぁ…。艤装の解除には時間がかかる。

 この状態で無防備に武装を解く選択肢は流石に無い。

 

 どうする?

 

 脂汗が滲み出る。視認できないとして、対処方法はあるか?

 レーダーなんて持ってきてない。まぁ持っていても、

 こんな所で高出力の電波など出したらどうなるか想像もつかないが。

 

 …

 

 注意深く幾度も周りを見るが相手側からのアクションはない。

 艦娘を倒すだけの攻撃力が無いのか、他に何か理由があるのか。

 

 何にせよ考えるだけ、というのは無駄か。今のままだと詰みだ。

 …なら選択肢を広げる努力はある程度は必要、か。

 

 ふぅ、と嘆息しつつ、諦め顔でやむを得ず両手を上げた。

 

 

「わかった。私の負け。いるんでしょ?出て来てよ?」

 

 艤装は解かないが、負けを認めて降伏するそぶりを見せる。

 

 もちろん今のところ本気ではない。相手の出方を見るためだ。

 言葉が通じれば話し合い。そうでなければ…どうするかねぇ…。

 

 …

 

 しばらく待ってみるが反応が無い。

 

 あれ?本当に気のせい?

 

 そうだとするとバカみたいな行動だが…。

 …いや、そんな甘い考えは…駄目だ。最悪を考えるべき。

 なら…方法を変えて今度は脅してみるか…。

 

 

「そう、出てこないの。なら、撃つよ?」

 

 今度は上げていた手を下ろし、前を睨むような顔つきになる。

 そして、石棺に向けて砲と機銃を向ける。

 

 …

 

 それでも反応が無い。なら、と一発機銃を撃った。

 

 -ターン!……バツッ!

 

 音が響き、埃が舞い散る。弾は石棺をかすめて壁に突き刺さった。

 壁にほぼ直角の上に12.7㎜。余程の硬度でもなければ跳弾はない。

 それにこの位置なら壁を越えても土の中。

 

 …まぁ、どれもこれも普通の壁であれば、だが。

 

 音が静まると同時に周囲がざわついた感じがする。

 

 ただそれでも何も起きない。ならもう一発行くか、とか考えていると、

 慌てたように変な黒い影の様な物が私の目の前に飛び出してきた。

 

 出て来た影は…私の前で踊っている。何なの?MPでも奪うつもり?

 

 

「…何よ。馬鹿にしてるの?」

 

 訝しげに機銃を動かすと、影はブンブン頭?の様な部位を横に振った。

 どうもこちらの姿が見えているようだし、言葉も通じているようだ。

 

 ふーん…。つまりは、

 

 

「姿形や言葉は分かるけど、話すことは出来ない。そんなところ?」

 

 今度は縦に振る仕草を見せる。なるほど。前のは踊っていたわけではなく、

 ジェスチャーをしていたようだ。

 

 とりあえず今は敵ではなさそうだ。後は何者かを聞きたいけど…。

 

 んー…ペンはあるか。筆談はできるのだろうか?

 

 

「ペンは持てる?」

 

 胸ポケットに入れていたペンを差し出してみると、

 今度は腕の様な陰で×ポーズを見せる。

 

 駄目か…。それにしても意外に表現豊かだな。

 

 …さて、そんなことはさておき、どうする?

 何かを聞かない事には話が始まりそうにない。

 

 

「…で、あんた何者なの?敵ではなさそうだけど」

 

 応えられるかどうかは分からないが、

 先に聞かざるを得ない疑問を口に出してみる。

 

 それを聞いて何かを考えるポーズをする影。

 その後、影は体を明確に人の形のような姿に変え、

 次のような動きをし始めた。

 

 私を指?で指して、次は石棺を指し、腕?をぐるぐる回して、

 床を指し、最後に部屋の扉を指す。

 そして最後に、まるでさぁどうぞと言わんばかりに私に向けて

 腕を突き出し手の平?を上にする。

 

 …なるほど。翻訳しろってか。

 

 

「えーと…お前は、これを(石棺)を、回し…動かしに、ここに、来たのだろ、

 ってこと?まぁそうだけど」

 

 少し考えて回答をすると、また頭を縦に振る。

 

 質問を質問で返すんじゃないとは思いつつ、

 どうも彼が何なのかを確認するためには

 この作業を何度か繰り返す必要があるようだ。

 

 

――

 

 

「えーと、話をまとめると…。貴方はここの管理人のような立場って

 ことで良いよね?それで、私を待っていたと。」

 

 影は頭を縦に振り、肯定する。

 

 ジェスチャーを交えて話したことで彼の概要は理解できた。

 

 さっきは私がヤバイモノに触れようとしたので

 慌てて止めてくれた、という事だったらしい。

 

 触ったらどうなるかも聞いたが…解読できない表現だったので

 それは置いておこう。後で明石さんにでも聞くか。

 

 でもさぁ…、私を待っていた割には応対のタイミングが…

 何か遅すぎじゃないかなぁ…。言葉が分かる癖に応えてくれてないし。

 入った時点で現れてくれてもいい気がするのだけど。

 

 こいつ…私で遊んでない?でも色々聞くの面倒くさい…。

 

 

「わかった。で、貴方の仰る…えーと、ジェスチャーの通り、

 多分その石棺を動かさないといけないんだけど、どうすればいいの?」 

 

 ここに私が来てからの経緯やら、石棺が止まった?理由を含めて

 全く疑問が無いわけではない。

 ないが、とにかく任務を済ませて帰りたいので話を進めようとする。

 

 影は私のその言葉を待っていたかのように、

 少し変な動きをし…笑ってる?何か醜悪な感じがする…。

 

 顔しかめた私を気にも止めず、奴はジェスチャーを始めた。

 私を指し示し、そして掴むような仕草を見せ、石棺を指し、

 腕をぐるぐるさせる。

 

 

 …ん?

 

 

「もう一回」

 

 嫌な予感しかしないが、とりあえず再度確認する。

 

 影は両腕を左右に中途半端な位置まであげて、外国人のオーノー的な、

 呆れた様なムカつく仕草を取りつつ、再度ジェスチャーをする。

 

 今度はまず私の頭を指し、次に胸を大げさに指し、両腕を前に突き出して

 手の平を上下させ、今度はその手を一回転させて掴むような仕草をする。

 

 …何か…頭が痛いんですけど…。

 

 そして、石棺を指し、腕をぐるぐるし、床を指して、部屋の扉を指さした。

 

 …素直に言葉にする事自体が憚れるが、やむを得ず翻訳する。

 

 

「…君の、おっぱいを、揉ませてくれれば、あの石棺を、動かしてやろう…

 そうすれば、ここから帰れるぞ。…とでも言いたいわけ?」

 

 頭を抱えながらそう言うと、ドグサレ外道は手の親指?を上げた。

 正解だったようだ。心なしかテヘペロまでしてる気がする。

 

 ふと、私を送り出した奴輩共のセリフが脳裏に浮かぶ。

 

 

 -鈴谷さんだったら大丈夫- by 明石

 

 -君には重要な装備がある- by 補佐官(猫)

 

 -鈴谷さん、頑張ってきてくださいね- by 提督

 

 

 瞬間、アハ体験と言うべきか、私の中で全てが繋がった。

 あぁ…そういう、そういう事…。そういう事なのね…。

 そりゃ、不知火に知られたら困りますよねぇ?提督。

 

 設備を動かすために、揉まれて来いと。

 

 あの魑魅魍魎みたいな化け物に揉まれて来いと。

 

 元男だし、減るもんじゃないと?

 にしてもさぁ、あんまりじゃありません?この扱い。

 

 そして…何だろう、この感じ。

 

 男であった時では感じなかったであろう、

 よくわからない感情が自分の中に渦巻く。

 

 ショックはショックだ。でも個人的には

 「あのクソ野郎どもぉ!」という程度なのだが、

 想像以上にショックを受けているように感じる。

 

 何かが砕け散った時のような…自分の中にある何かが、

 ブチ切れた感じがした。

 

 

「ハハ…。アハハ」

 

 頭を抱えつつ、無意味な笑みと乾いた笑いが勝手に出る。

 余程酷い顔でもしていたのか。若干影が後退りして怯んだ気がした。

 

 ただ、その時の私はそんな影の様子を気にすることもなく、

 昔見たことのある映画の登場人物を思い出していた。

 

 自分はその人物の事を好きではなかったし、共感もした事はない。

 まぁ主人公の敵だった上に勧善懲悪の世界で描かれているのだから、

 性格的にも嫌われ者なので当たり前。

 でも、それは当然仕方のない事だ。そういう役回りなのだから。

 

 しかし今回の任務のおかげで、一つだけ彼に共感できた気がした。

 

 あぁ…彼は多分、こういう気持ちだったのだろう。

 

 そして素直に、私の頭に浮かんだその言葉を口に出すことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぃやろぉぉぉぉぉぅぅぅぅぁぁぁぁぁ!!!!!!

 ぶっ殺してやるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!」

 

 天を仰ぎ、カッと目を見開いてその言葉を放った瞬間、

 私の怒りのボルテージが怒髪天を衝くかの如くフルMAX、

 これまで生きていた人生の中で最高潮に達する。

 

 そしてそのまま右拳を振り上げ、艦娘として生まれて初めて

 全てのフルパワーをその拳に集中し、設備を壊す事を全く厭わず、

 怒りの感情に任せ、理性をかなぐり捨てた唸り声と共に、

 その力を目の前の床に思いっきり叩きつけたのだ。

 

 

「ウラァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!」

 

 聞いた事の無いような凄まじい轟音と衝撃が、空間を支配した。

 



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2-9.鈴谷(漢)の日常/休暇編⑨

長い…。


 という事だったのさ。めでたし、めでたし。

 

 …等と言いながら昔話風に逃げたい衝動に駆らてしまう。

 

 全身全霊、セーブなしの本気の床殴り。

 振動と轟音を身に受けながら急速に落ち着きを取り戻し、

 そのままの姿勢で我に返った自分を襲うは強烈なやっちまった感。

 

 

 ヤバイ…何やってんだ私は…。 

 

 

 タラタラと汗をかきながら我に返り、追加で事後の後悔も襲ってくる。

 自己嫌悪で舌打ちをしながら無意識に片手で頭を掻くものの、

 現状それ所ではない事を思い出してすぐに立ち上がり辺りを見回した。

 

 衝撃のせいで部屋の埃が飛び散ってしまい、視界はほぼなくなっている。

 埃の合間でぼんやりと部屋の赤い光が見えるくらいだ。

 

 この状況で分かる事があるとすれば、部屋の照明は無事で消えていないことと、

 そして…何故か床も無事だという事。

 

 部屋ごと崩壊してもおかしくはない。…筈なのに足踏みしても全く問題が無い。

 相応の衝撃と轟音もあった。なのに…。思わず目を見開く。

 

 

 壊れてない所か…傷一つ、無い?

 

 

 あの一撃は全力フルパワー、艤装付き鈴谷100%。

 燃料まで消費しての排水量1万2千トン、出力15万馬力の打撃である。

 真面目な話、ちょっとした高層ビル程度なら崩壊させる自信はある。

 

 …まぁ足元ぶっ壊せば、後は自重で壊れるでしょって事だけど。

 

 でも流石に、えぇ?私のパンチ…軽すぎ? 所じゃないよね。

 得体の知れない部屋だとは言え…私は…こんなに弱かったのだろうか?

 

 …いろんな意味で心が傷つく。私…何してんだろ…。

 

 何でこんな所で埃まみれでわけわかんない事してんの?

 なんか体がヌメヌメする…。汗臭い…。シャワー浴びたい…。

 あーやだやだ!もーやだ!やだやだ!やだったらやなの!

 

 もうお部屋に帰りたい…。

 

 美味しいモノ食べたい。お布団に入ってモフモフしたい。

 五月雨ちゃんに泣きついてヨシヨシされたい…。

 

 そんな、よく分からない感情と思考が渦巻いてクラクラする頭。

 自分が何をやっているか理解できなくなり、プツッと、

 そこで意識が途切れた。

 

 

―――

 

 

 どれ位時間が経ったのか。何時の間にかうずくまっていた俺は…。

 これまた意味不明な床の溝を指でなぞってウジウジしていた。

 

 

 ハァッ!?何やってんだ俺?なんだこりゃ、馬鹿か?

 ええい、いい加減にしろ!意識をしっかりもて!

 

  

 再度立ち上がって頬をパンッと叩いて深呼吸をした。

 息を吸い、吐いたところで考えを巡らせる。

 時間はどれ位経ったんだ?周りは、どうなった?

 

 馬鹿な事をやっている間に埃も落ち着き、視界は開けてきていた。

 真っ先に出口の方を見るが、無事のようだ。空いたままで外の光が入ってきている。

 部屋の扉が無事だったことでほっとする。

 

 それと同時に…見たくはないものの勝手に周辺の状況が目に入ってくる。

 部屋の中は巨大地震後の様に色々な物が酷い有様で散乱していた。

 それと、それら多分ヤバイであろうモノを慌てながら必死に片付ける黒い影の姿も。

 

 状況を見るとそれほど時間は立っていないようだが…やり過ぎだ…。

 

 そのまま何となく影の様子を眺めていると…なにか…ちょっとした

 申し訳なさを感じてきた。

 

 うーん。アレからすれば、報酬を待っていただけだったのでは?

 その待ち望んだおっぱいが来たと思ったらこの有様。

 

 よくよく考えれば酷い状況だ。同情すらしてしまう。

 後で謝った方が良いのか?

 片付けを手伝う…のは物が物だけにやめた方が良いだろうし。

 終わるまで待つしかないか…。

 

 うん、まぁ…それなら、それはそれで後で考えるとして、だ。

 目線を右手に移し、腕を少し上にあげながらマジマジと見る。

 

 不思議だ。殴った手、腕に全くダメージが無い。

 対象物にダメージが無いのだ。垂直抗力で腕ごと潰れていてもおかしくない。

 

 力を逃がしたのか?何処に?

 

 …。……。………。やめよう、つたない自分の頭で考えても

 結論など出るはずがない。多分今は、深く考えない方が良い。

 とても嫌な予感がするしな…。うん…。

 

 なら、それもまぁ置いておいて、後は…更に不可解な事…、あの感情か。

 「野郎!ぶっ殺してやる」の気持ちがとても理解できたのはともかく、

 其処に至る道筋、感情の起伏が意味不明過ぎる。

 

 んー…。

 

 目を閉じ、周辺の惨状をシャットアウトして考え込む。

 

 理不尽は、理不尽だ。それは間違いない。

 目的がおっぱいはセクハラを通り越してショック所の話じゃない。

 無理筋な話が重なれば感情的にもなる。それは男でも普通にある。

 

 だが、自分の体を顧みず床本気殴りまで至るのは、違う。違うな。

 あれは-、俺じゃない。俺の感情じゃない。

 

 じゃあ誰か。…言わずもがな、だな。

 あまり考えたくないが、この体の持ち主。鈴谷本人ではないか?

 

 …。

 

 前から気になってはいたのだ。俺は俺だ。それは確かだ。

 だが疑問も付き纏う。本来あったはずのこの体の持ち主の心は、

 何処に行ってしまったのだろうな、と。

 

 最近、自分が自分じゃない感覚に陥るのも、

 変に融合しかけているんじゃないか?

 という疑惑が常にあったから、といった背景もある。

 別人格と無意識に融合するなど、考えただけでも恐ろしい。

 

 …意識があったら余計に怖いか。

 昔、あったな。いつの間にか別人格を作り上げられて、

 気付いた時には自分が補助脳に移されていて…最後に消される、とか、

 後はあれか、本当の人格があって、それが目覚めると消滅する、とか。

 

 想像して寒気が走る。ぶるっと身震いした。

 流石によもやそんな事は無いと思う…思いたい、が…。

 

 考えれば考えるほど、猫の助言が解釈によって色々な意味に聞こえる。

 受け入れろ?何を、だ?と。

 

 あの手の奴は個は全、全は個とか本気で思ってそうだからなぁ…。

 やばい意味だったのかもしれない。後で確認しておこう。

 

 まぁ、単純におかま化しているだけ、って事なら良いのだが。

 

 …。

 

 

「いやいや!どこが良いんだ!?それも駄目だろ!?」

 

 ガーっと無駄に声が出て、自分で自分に突っ込みを入れる。

 

 ビクッと作業をしていた黒い影が驚いたようにこちらを見たようだが、

 そんな事も目に入らず、ワナワナとしながら恐ろしい妄想が脳内を駆け巡る。

 

 考えてもみろよ!「今は」女性JK型だから良いだけなんだぞ?

 完全カマ化した挙句男に戻ったら…戻されたらどうするんだ?

 

 4x歳中年カマ―JKなんて、…いやJK?…違う違う!そこじゃない!

 

 いや、あれだぞ?好きでやってる人を貶してるわけじゃない。

 後天的理由で望みもしない性別年齢全て不一致なんて冗談きついって事だ。

 こんなの残りの人生病みゲーしか待ってないだろ。

 

 …酷い話だ。別人格との融合、カマ化、どちらも受け入れ難い。

 それ以外だったとしても良い方向にはならない気がする。

 何よりどちらか、ではなく、同時進行だったりする可能性すらある。

 

 えぇ?…詰んでないか?これ…。

 

 

(オナヤミ デスカ?)

「んー…まぁそうなんだが…。お前に何が…?」

 

 頭を抱えながらウンウンやってる所に突然誰かに話しかけられた。

 当然影の奴かと思い顔を上げて応えるが…、

 影は別の場所でまだ何か作業をしていた。

 

 あれ?今のは?いや、そもそもあいつは声が出せない…。

 

 

(オナヤミ ナノデスネ?)

 

 再度声が聞こえる。何だ…誰だ?何処から聞こえる?

 辺りを見回しても状況は変化していない。

 

 というか、これは…肉声じゃない?

 何だ一体…。頭に直接響いている、のか?

 

 

(デハ、ソノナヤミ カイケツシテ サシアゲマショウ)

 

 はっきりと声の内容が認識できると共に悪寒が走り、背中がゾワッとする。

 同時に今までに感じた事の無いような異質感が全身を駆け巡る。

 

 なんだ…これ?

 

 その名状し難い異質な気配が強く感じられる方向…、

 恐る恐るその何かに目線を向けると、其処は自分の足元だった。

 

 この部屋に入るときに見かけた札がついた日本人形。

 

 その見たくもない顔を隠していた札は…既に無くなり、

 天幕の後ろにあった二つの双眸がこちらを見つめていた。

 真っ暗で何も映らない底知れぬ深淵の眼で。

 

 そして、その光景に唖然として身動きが取れなくなった俺に向かい、

 開くはずもない口がニチャアと動いて…笑ったのだ。

 

 

「ヒッ!」

 

 目が合う。衝撃が五体を走り抜け、ビクンッと体が震えた。

 反射的に出る短い悲鳴。見開く目。歪む顔。噴き出す汗。

 男の時でも悲鳴を上げただろうと思える突き抜けた恐怖。

 

 その日本人形が不気味な笑みを浮かべながら、ペタ、ペタっと音を立て、

 小さな手で足に張り付きながら…体をよじ登ってきた。

 

 

「~~~~~~ッ!?」

 

 声にならない声。全身の脱力感と共に腰が抜け倒れる体。

 腰を打った痛みが夢では無いと訴え、現実である事を突き付ける。

 

 人形はこちらの反応などお構いなしに、そのまま体をよじ上ってくる。

 ペタ、ペタ、と徐々に徐々に頭の方へ…。

 

 すぐにでも逃げだしたいのに四肢に力が入らず、体は全く動かない。

 深海棲艦に食べられた時とは別の絶望感。頭に浮かぶ死の文字。

 いや、死、所の話じゃない。もっと恐ろしい別の結末が思い浮かぶ。

 

 冗談じゃない。ホラー映画の様な呪死なんて考えたくもない。

 歯を食いしばりながらガタガタと震える体を抑えつつ、

 覚悟を決めて何とか腰のポケット銃器を動かす。

 

 

「ざけんなぁ!」

 

 ギリギリ狙いは定まった。後は撃つだけ。迷ってる時間なんてない。

 委縮した心を鼓舞するが如く叫びながら、躊躇なく引き金を引く。

 撃った。弾が出て対象を吹き飛ばす、筈だった。

 

 ――ガチンッ

 

 だが、弾は出なかった。むなしい空撃ちの音が辺りに響く。

 

 …嘘だろ?

 

 最後の反撃の機会を失って放心状態になる。

 一時的に何も考えられなくなり、一瞬間が空く。

 

 ハッと我に返って弾の再装填を試みるも間に合わない。

 既に人形は俺の胸元まで登り切っており、その姿は眼前に迫る。

 

 …もう、流石に駄目か。そんな事を考えた時だった。

 

 

(ワタシヲ フウインカラ トイテクレタ オレイデス)

 

 胸元で立ち上がり、俺の顔に向かって恭しく頭を下げながら

 人形はよく分からない事を言った。

 

 封印を解いたお礼…?

 は?え?ん?んん!?

 

 何だこの展開?頭がついていかない。何より嫌な予感しかしない。

 そうだ、こいつが仮に何かの神様的なモノだったとしてー

 

 「神様に人間の感覚は分からない。だって神様だから…」

 

 そんなどこかで聞いた事のあるようなフレーズが脳裏に浮かんだ。

 

 

「ちょ、ちょっと待てってくれ!その前に俺とはな…」

(アナタニ ワタシノ オンチョウヲ アタエマショウ)

 

 立て続けに起きるあまりにも予想外の出来事。

 呆気に取られて次の行動が致命的に遅れる。

 

 気付いた時には人形が両手を天にかざそうとしていた。

 

 何かをしようとしている。それが分かった俺は止めさせようとするも、

 かけようとした言葉すら間に合わず、被り気味に人形の声が頭に響く。

 次の瞬間、パアッと強い光が出たと思うと、そこで意識が途絶えた。

 

 

―――

 

 

「…?…?…?」

「え?何?」

 

 目を覚ますと影に棒の様な物で頬をつつかれていた。

 

 …気を失っていたようだ。

 

 体を起こしてみると胸元にいた人形は消えていた。

 少し頭がぼんやりする。気絶回避とやらに成功したのだろうか?

 

 いや、実はそもそも夢で…とか、無いかなぁ…。もうマジ帰りたい…。

 

 

「大丈夫か?何があった?」

「え?あ、あぁ大丈夫、大丈夫…。何かって、それはこちらが聞きたいよ。

 何か変な人形が出ててきて、恩寵を与えるとか何とか」

 

 ふらつく頭を押さえつつ、こちらを伺う影を片目で見ながら答える。

 

 相変わらず面倒なジェスチャーで意思を伝えてくる。

 状況が状況なので何となく意味は分か…。ん?

 

 

「恩寵?」

「そう恩寵。それを与えられたらしいよ?私」

 

 頭を振りつつ眉を顰める。違う。言葉が聞こえているのだ。

 

 相変わらず一生懸命ジェスチャーはしているけど、何で?

 こいつ、声はでなかったんじゃなかったっけ?

 

 ぱっと見、口元は動くが肉声は出ていなさそうに見える。

 …じゃあ、何で言葉が頭に入ってくる?

 

 

「…厄介なものをもらったな…。お前、色々とやばいぞ?」

「え?え?な、何がやばいの?」

「まぁ…色々とな。わかり易い所で言えば、そうだな。

 お前、俺の声、聞こえてるんじゃないか?」

「…う、うん…」

 

 ちょっとした沈黙の後、こちらの困惑具合を余所に

 影は落ち着いた感じで状況を説明してくれた。

 

 顔から血の気が引く。やっぱりそうなのか。

 彼はジェスチャーを止めて、普通に話している感じだった。

 肉声も出ていない。…それでも内容が分かったのだ。

 

 からかっているようには見えない。壮大な釣り、とも思えない。

 こんな状況でそんな事をしても意味がない。

 

 あの人形に、何かをされたのだ。

 

 

「恩寵と言う名の一種の呪いだな。何ともまぁ、こりゃややこしいな」

「ど、どいういう事?」

「…そうだな、どういえば良いのか。簡単に言えば、お前の体の周りな。

 変な力、光が覆ってるんだよ。毒々しい色の光が。禍々しさMAXでな。

 見える奴はそうそういないだろうが…。仮に見えたら…ダッシュだな」

「…」

 

 影がどんな表情をしているか分からないが、こちらをマジマジと見ながら

 そんな事を言う。聞こえる声は真面目な感じで茶化すような部分もない。

 

 絶句して呆然自失になる。

 

 人間ならざるものを意図せず助け、怨返しに祝福されて呪われた。

 つまり、そういう事だ。

 

 

「何で…。」

「…んー、わからん。どうしてそうなったかは…。

 ただ、お前の様子を見ても悪意ではなさそうだな。

 ま、あーいった輩は人間とは解釈基準が異なる判断をする。

 残念だが受け入れろ。汚された以上、もうどうにもならんよ?」

「…」

 

 影の声が遠くに聞こえる。頭が重くなり、顔を手で支える。

 

 汚された…汚されたかぁ…まだ初回も迎えてないんですけどぉ?

 洗濯機で洗ったら驚きの白さに戻らないかなぁ…。

 油汚れに~…あれ?これはあれか、食器用の洗剤の方か…。

 

 ハァ…。

 

 大体何処がお悩み解決なの…。お悩みが増えてるんですが…。

 元男で艦娘になっただけでもややこしいのに、

 更に追加の属性なんていらないんですけど…。

 

 …。

 

 あー、あれかなー?夢かなー?五月雨ちゃんが起こしてくれないかなー?

 そうだよね?こんなこと、ありえないよね?

 

 

「おーい。現実逃避しているところ悪いが、夢じゃないぞ?帰ってこい。

 俺より全然マシなんだから気落ちすんな。下には下がいるんだ。

 よかったな?安心していいぞ?」

 

 多少の時間でも逃避行動をする事すら許されないのか。

 すぐに現実に戻され、暗い表情でげんなりしながら影を見るが…。

 

 相変わらず表情は分からないものの、なんか笑ってる気がする。

 聞こえる声も心なしか楽しそう…、いや、嬉しそう?

 

 ハハ…。一応励ましてくれている…はず、とはいえ、酷いなぁもう…。

 

 段々と考えるのが億劫になって項垂れる。

 視線の先に見える床すら私を追い詰めるような色。真っ黒だ。

 ほんと、お先真っ暗だよ…。

 

 

「何とか…ならないの?」

「…分子レベルまで分解するか?構成元素にまで戻したら行けるかもな」

「そんなの死ぬだけじゃん…」

「そうだな。元に戻せないよな。そういう事だぞ?」

 

 そりゃね。水のろ過だって似たようなもんだしね…。

 それにしても無慈悲な回答だ。

 もうちょっと、慈しみを込めてオブラートに包めないのだろうか?

 

 …そういや、こいつと話すのめんどくさいなー、とか思ったっけ…。

 だからと言ってこういう事を望んだわけではないんだけど…。

 

 まぁ、そういう意味では…悪気は無さそう、か。あの日本人形様。

 でも恩寵、ってことは強制的に使徒にさせられたって事かもしれない。

 

 これから私、どうなるんだろ…。

 

 う~う~、きっとくる~、きっとくる~、とかじゃないよねぇ…。

 限りない輝き(闇)なんていらないんですけどぉ?

 

 

 もう勘弁して…。誰か、誰か助けて…。

 




参考曲:Feels like Heaven ~きっと来る きっとくる~


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2-10.鈴谷(漢)の日常/休暇編⑩

 結局、誰も助けてくれなかった。当然だけど…。

 

 

「同情はするよ。君の置かれた状況にはね」

「…」

 

 突然口調を変えてお説教をしてくる影男。

 私は今、このド変態童貞自称元教師に冷たい床の上で正座を強制され、

 お叱りのお言葉を受けている。

 

 一通りモミまくった挙句にこの扱いは酷くない?

 賢者モードとはよく言ったものだ…。色欲是空ということか。

 

 あれ?チガウ。色即是空だ。…まぁどうでも良いけど。

 

 

「だけどね?やって良い事と悪い事があるんだよ」

「はい…」

 

 両ひざを折り、頭を垂れて説法を聞く私の周りを

 黒い影が周りをゆっくりくるくると回りつつ、

 色々と耳が痛い話を続けている。

 

 いや、そうなんだけどさ。扱いが普通に酷くない?

 それでキレてもしょうがなくない?

 

 そんな鬱屈とした気分だ。

 影自体は最初からおっぱいを要求していたのだから、

 どちらかと言えば被害者的立場なのは分かる。

 

 でも、だけど、何だこのもやッとした感じ…。

 詐欺にあったような感じしかしない。

 

 

「危うく、此処の色々なものが外に出るところだった。

 そんなモノが外に出たらどうするつもりだった?」

「大変申し訳ありませんでした…」

 

 たまに私の頭の前でピタッと止まり、

 こんな風に逃げ場のない質問を投げかけてくる。

 もちろん回答は謝罪と反省の言葉しかない。

 

 内心、凄くもやもやしているけど…。現状では謝って切り抜ける。

 こういった場合、相手は反省を求めるものだ。反論は求めてない。

 余計な反発で話を長引かせてここに長居したくないし…。

 

 ちなみに私の頭の上には猫が乗っている。

 報酬提供後、ここに呼ばれたようで一緒に怒られていた。

 

 どんな姿で乗っているかは分からない。

 ただ、何も喋らない。ひたすらダンマリである。

 

 お前は黙ってないで何とか言えよ!

 

 まるでトラブル対応時に部下に説明をぶん投げて

 隣で何も言わない無能上司のようだ…。

 

 

「全く…。補佐官?君は一体何の補佐をしているのかね?

 あぁあれか?干されている官職だから干さ官なのか?」

「し、仕方ないじゃないか!この娘がここまで馬鹿だとはおも…」

「あぁ!?このドグサレ猫!言っていい事と悪い事が…」

 

 ――ジュワッ

 

「ニギャァァァァァァァ!?」

「イヤァァァァ!」

「黙らんか!この戯け共が!!!」

 

 矛先が猫に行ってちょっとホッとした矢先、

 ようやく口を開いた猫はフォローも無しで言い訳をかます。

 しかもあろうことか、私をスケープゴートにしたのだ。

 

 折角黙っていたのに流石にカチンと来て声が出たのだが、

 その瞬間、怒った影の手が猫の尻尾と私の背中に触れた。

 

 触れた部分が音と共に爛れた。のけ反って声が出る程に痛い…。

 

 何故ここまで酷い目に…。怒られても仕方ないけどさぁ…。

 あまりにあんまりじゃないかなぁ…。

 

 おっぱい星人のド変態から説教と懲罰。

 

 色々あってプライドはズタズタ、心もズタズタ。挙句体にも…。

 更に恩寵と言う名の呪いのプレゼントをお持ち帰り。

 

 私が…私が一体何をしたというの…。

 あぁ…数時間前に帰って、依頼を断りたい…。

 何故受諾しまったのだろうか…。泣きたい。

 

 床を見つめる目からジワっと涙が出てくる。

 惨めだ。さっきもさっきで酷い目に合ったというのに…。

 

 

―――

 

 数十分前

 

 

 色々あり過ぎた私は、呆然とその場でへたり込んでいた。

 しばらくはその状態だったのだが何かしびれを切らしたのか、

 目の前に佇んでいた影男が口を開いた。

 

 

「まぁそれはともかく、報酬は報酬としてもらわなければね」

「へ…?」

 

 何となく顔を上げるが…そこには不気味に笑っていると思しき

 影の顔があった。

 

 何を言ってる?報酬?

 

 すぐには頭が動かず、そのまま影を見つめ返す。

 でも…段々と記憶が蘇ってきて…目を見開いた。

 更なる追い打ちをかけられたのだ。

 

 え?嘘でしょ?まさか、こんな状態にされた上で?

 そんな要求してくる?良心の呵責とか無いの?

 せめて後にとかないの!?

 

 人でなしにも程が…あ、人じゃなかった…。

 

 

「おっぱいだよ、おっぱい。わかってるだろ?そう伝えたじゃないか」

「…何でよ…何でおっぱいなのよ…」

 

 手をワシワシする影。涙目になりながら胸を隠す仕草をする私。

 それを見た影は更に何か興奮したような感じになる。

 擬音があれば「うっへっへ」とか言ってそうだ…。

 

 男の時だったら何となくわかる心境、かもしれないけど

 女性型になった今からするれば、ただの恐怖でしかない。

 

 

「…まぁそんな怖がるなよ。俺は諸事情でここから離れられない。

 そんな自分の唯一の楽しみなんだ。だから、頼むよ」

 

 私の様子を見た影は流石に何かを感じたのか。

 コホンと軽く咳払い…的な動作をした後、

 ちょっと落ち着いた感じで色々と昔話をし始めた。

 

 教師であったこと。童貞であったこと。

 戦争中に無実の罪で捕らわれ、ここに連れてこられたこと。

 実験に使われたこと。結果、今の体で不死になった事。

 ここから離れられない事。極一部の存在以外とは会話できない事。

 今の体はたんぱく質や金属等に対して強烈な腐食作用があり、

 一般の生物に触れると殺してしまう事。

 道具も使えるものがほとんど無い事。

 

 そして、何故か艦娘には触れられる事。

 

 元人間と言うのは何となく想像してはいたのだけど、

 結構不憫な事情があったようだ。

 

 ただ、まぁそれはともかくとしても、

 …このカミングアウトの中に童貞って情報は必要だったのだろうか?

 

 

「だからって…何で」

「だから、だよ。特性を抑えれば何とか艦娘には触れられる、

 と言っても極一部だけだ。

 比較的装甲が薄い部分には大きなダメージを与えてしまう。

 胸部装甲、つまり、触れて満足できそうなのはおっぱい位しかないんだよ!」

 

 顔が変な風に引きつる。な、何だってー…(棒)

 というか、気合混めて言う言葉がソレかー…。

 

 しかし何と言う…。これが男のサガという奴なのだろうか。

 悲しげに天井を見上げて、さも哀愁を誘うような動作をするが、

 所詮は変態の言い分である。引きつった笑いしか出てこない。

 

 それに、うーん。無理矢理のこじ付け話にしか聞こえない。

 胸部装甲はOKで他は駄目?なんか納得いかないなぁ…。

 そう思わせて胸を触りたいだけなんじゃ?

 

 といっても、ここまで聞いてしまうと迷惑をかけてしまった手前、

 触らせないという選択肢が無い。何より仕事が終わらない。

 だけど、私である必要は…。

 

 そうだ!明石!彼女に責任取ってもらって犠牲にすれば…。

 

 

「他の…あ、いや、い、今まではどうしてたの?」

「明石と言う艦娘だったな。でも、あの娘、反応無いんだよ。

 なんというか、どんなに触っても「好きにすればー?」ってな感じで」

 

 少し言いかけながらも、そもそも今までどうしてたのか、

 という疑問が頭を過った。それで質問内容を変えてみたけど…。

 先手を打たれた感じになってしまった。

 

 影はヤレヤレと言った感じで大げさに手を上げて溜息をつく。

 

 何て贅沢な…。あんな大きな胸、私は触ったことすらないのに。

 でもそうかぁ…。明石は駄目かぁ…。生贄にしてやろうと思ったのにぃ…。

 

 正直断って投げ出したいのに、やってしまった後ろめたさ、次の犠牲者、

 自ら請け負った仕事、というトリプルコンボで身動きが取れない。

 

 …いっその事、提督との連帯責任で不知火に押し付けてみようか?

 いや駄目か。多分色々と資格が無さそうな気がする。

 

 なら、そうだ!あれだ!元男であることカミングアウトすれば…。

 

 

「だから新しい奴をってこと?でも私元男…」

「それはそれで良い!全く問題ない!」

 

 何か…拳を上げて凄く興奮していらっしゃるようなんですが。

 えぇ…引くわー…。ドン引きだわー…。

 

 …どうやら紛れもないド変態だったようだ。

 男の娘なら全く問題ないタイプだったのだろう。

 

 だが、その気持ち、わからなくもない自分が腹立たしい。

 

 …いやいや、それにしても仮にも自称元教師なのに…。

 それに戦前の人でしょ?それでこの腐れ具合はどうなの…。

 あ、そうか!そこに付け込んでみる、とか?

 

 

「えぇ…いや、でも元教師なんでしょ?それなら…」

「おいおい、現実に生きてた時はやってないぞ?流石にこんなこと。

 だが、もうこんな体で元教師なんてクソ食らえだ。違うか?

 性癖隠して体面気にしても、気にする社会が何処にもないんだぞ?」

「あ、あぁ…。う、うん、まぁ、そ、そう、ね…」

 

 顔を近づけてくる影から目線を横に逸らしつつ、

 色々と考察するがいい反論の案が浮かばない。

 

 犯罪だ世間体だと気にするのは一般的な人間が国やグループ内で

 暮らすからであって、化物になった上で社会性が無くなってしまった

 こいつからすれば守る意味等ない。

 

 後はプライドの問題だけ。でも、こんな所に閉じ込められてた挙句、

 一人しかいない状態で意地を張るのは…何の意味もないだろうし。

 

 …まぁ、おっぱい星人になっただけなのだ。

 どこぞの話に出てくる元人間の怪物みたく、生きたままの人を

 激痛と絶望で悲鳴を上げさせながら溶かしつつ食べるのが趣味、

 等といったどうしようもなく猟奇的な方向にいっていない分、

 全然マシなんだけど。

 

 ただ、いざ自分が犠牲になれと言われれば…。

 猟奇殺人の犠牲者になる、とかに比べればこの程度…

 といったレベルであったとしても、嫌なものは嫌である。

 

 

「言いたいことは言い終わったかな?なら、とりあえず貰いたいのだが?」

「…」

 

 再度手をワシワシし始めた。顔もニヤついている気がする。

 諦めたらそこで終わりと頬をポリポリ書きながら他の案も考えたが、

 結局、反論は…無理だった…。

 

 そして結構長い時間、揉まれる羽目になった…。

 

 

―――

 

 

「おい、おーい?聞いてるか?もう終わったぞ?」

「…ん?あ、うん…」

 

 正座をしたまま項垂れて呆けていると、影に声をかけられた。

 何となく顔を上げると、影がこちらを覗き込んでいる。

 

 

「俺が言うのもなんだが、大丈夫か?もう帰ってもいいぞ?」

「…分かった」

 

 何時の間にか説教も終わっていた。機材の修理も完了したらしく、

 影は帰って良いと手をヒラヒラさせる。

 

 ようやく帰れる…。

 

 そう思って立とうとしたものの、少し足が痺れていてすぐには動けない。

 その様子を見た影は、少し休め、と言って部屋の奥に引っ込んでいった。

 

 仕方なく足を崩してボーっとしていると、

 いつの間にか猫が視界のど真ん中にいた。

 

 

「しかし君、まぁ何ていうか強烈な奴貰ったね」

「…強烈?どの話?」

「うーん、何と言えばいいんだろ。邪神の加護、と言った感じかな?」

「…」

 

 猫はこちら舐める様に見た後、唐突にしゃべり始める。

 全てが強烈だったので何のことかと聞き返すが、

 それを無視して独白の様にそのまま話を続けた。

 

 まぁなんとも猫らしい態度だ…。動物的な性格の意味で。

 でも結局、神は神でも邪神ちゃんの類なのか…。

 いっそドロップキックでもかましてやりたい。

 

 でも…、ああいった類の邪神ならまだ良いとして、

 雰囲気的にどう考えても触れてはならない方の奴。

 キックより、さっさと逃げるべきものだろうね。

 

 …でもどういった経緯で人形なんかに封印されていたのか。

 いや、そんな事はどうでも良い。そもそもどんな神なの?

 

 

「ねぇ、邪神ってのは良いとして、どんな奴なの?」

「気に入らないかい?なら…土着神の祝福…ってのはどう?」

 

 猫は楽しそうに答えるが、こちらはムッとして眉間にしわが寄る。

 人の話を聞け!それに、当事者の私からすれば何も楽しくない。

 

 大体土着神に名前を変えた所で何が変わったのだろうか…。

 日本には八尾路万の神がいるというけど、

 私から見れば邪神との違いはよく分からない。

 

 神としての力を持っている、というだけなんだよね…。日本の神って。

 まぁそんな事はともかく、どんな神かは知りたい。

 

 

「…邪神とか土着神とか、呼び名はどうでもいい。

 どんな神様か知りたいんだけど、知ってるなら…」

「聞かない方が良いと思うよ?」

「…え?」

「聞かない方が良いと思うよ?」

「なん…」

「聞かない方が良いと思うよ?」

「…」

 

 笑顔で3回言われた。首を傾げている。かわいい。

 猫の姿じゃなかったら多分ぶん殴ってるけど。

 

 …まぁそれは良いとして、応えてくれない理由は何だろう?

 

 本当に知らない方が良いのか、はぐらかしているのか。

 どっちかは分からない。ただ、今は聞いても駄目そうだ。

 

 うーん…とりあえず今は良いかぁ…。

 早く帰って休みたいし…。頭動いてないし…。

 

 

「話は影から聞いたけど、まぁ悪いモノじゃなさそうだ。

 よかったんじゃない?あの石棺に触れるよりは全然マシだよ」

「石棺…?あぁ、そういえばアレに触れたらどうなるの?」

 

 何も言わずに不満そうにしていたら石棺の話をしてきたので

 ついでに聞いてみる。そういえば聞いてなかった。

 

 

「最悪、呪い紛いの感染源となった上に死ねなくなる。

 しかも、永遠に」

「永遠…不老不死?」

「まぁ、上手くいけば-、ね。不老不死の夢は叶うかも。

 でもその姿のまま存在できるかもわからないよ?

 何より、影の野郎を見た後でも試したいと思える?」

「…」

 

 周りを腐食させるから、この部屋以外に行けない。

 結果閉じ込められ、会話すらまともに出来ない。

 その上死すら奪われている。拷問どころの話じゃない。

 それこそ本当の呪いとしか思えない。

 

 あぁ、でもそうか。あの時は本当に助けられていたのか。

 その点に関しては感謝するしかないなー…。

 

 …動かなくなったのは建造設備と、後は入渠関連…だったけ。 

 そんなもの使って動かす設備って…どういう事よ…。

 他の部隊の設備もここと似た様な物なのだろうか。

 

 

「今持ってるモノは閉じ込めておくような類でもなさそうだから

 一応出してあげるけど、変な奴貰ってたら、…分かるよね?」

「…ここに閉じ込める、とか?」

「もしくは、棺桶、塵芥かな。ま、運が良かったね?」

「…それ、あんたが言うこと?」

 

 話をしている最中に足の痺れもなくなっていた。

 溜息をつきながら立ち上がって帰る準備をし始める。

 一応影男に声をかけて何も触らぬように出口に向かった。

 

 ここに連れて来た張本人が好き勝手言ってくるのは腹立たしいが、

 正直疲れているし、いちいち感情的な反応をするのも億劫だ。

 

 …

 

 疑問も色々あるけど…。

 とりあえず今はここから早く去って、さっさと自室で休もう…。

 




2章がようやく終わりそう…。


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2-11.提督の日誌

注!.後半部は飲食中に見ないようにお願いします。


 -17:03

 

 鈴谷(甲)が執務室へ入室。

 

 甲の状態に異常あり。

 艤装、衣服に軽微な損傷と過度の汚れ。

 燃料弾薬の消費を確認。

 -目視で判るほど憔悴し、疲れ切った様子。

 

 甲から作業事案002-0311に関し、作業完了との報告。

 明石設備主任(丙)に対し電話を用いて状況確認の指示。

 一時後、丙から折り返しの電話で問題無しとの回答。

 これをもって作業事案002-0311の作業完了を承認する。

 

 尚、丙からの連絡待ちの際、甲に対して身体状態を含めた

 作業中の状況報告を口頭で行うようにとの要求を行うが、

 甲はこれを拒否。

 -修理に時間がかかったという話以外は

  何も無かったとの一点張り。取り付く島も無し。

 

 甲に対し、作業報告書の提出を2日内に行うよう指示。

 甲が報告書の提出期日延長を要望。これを了承。

 提出期日は甲の公務を勘案し、1週間後とする。

 -延長理由に関しては曖昧な内容に終始し、明確な説明なし。

 

 甲が部屋を退出。

 / 17:32

 

 

―――

 

 

 ― パタンッ

 

「ふぅ…」

 

 先程の状況、やり取りを今日の日誌に記録して閉じる。

 

 …どう考えても何も無かったわけがない。だけど…。

 

 ハァ、と自然に溜息が出る。

 鈴谷さんとの間に明らかな「壁」が出来たように思える。

 裏方に囲われたのかなぁ…あまり良くない状況だ。

 

 強硬手段を用いる…のは現状では流石になぁ…。

 単純に疲れて頭が回っていないだけかもしれないし、

 下手をすると関係を悪化させることになりかねない。

 

 …といって、放置するわけにもいかないけど。 

 さて、どうしたものだろうか。

 

 …。

 

 頭を巡らすものの当然すぐに良い考え等浮かぶはずもなく。

 チラッと時計を見ると丁度18:00を回ったところだった。

 

 もう今日の業務も終わりか、等と思いながら目を閉じ、

 リクライニング付きの椅子にゆっくりと後ろにもたれかかった。

 

 疲れた。…いっそ、このまま寝てしまうかなぁ…。

 

 

「一体何があったのでしょうか…」

「…ん。分からないな。自分も依頼内容の詳細は知らないからね」

 

 しばらく間が空いた後、そのまま側にいた不知火が心配そうな

 声のトーンで先程の話を聞いてきた。半寝状態だった事もあって

 多少不機嫌になりながらもそのまま姿勢は変えずに返事をする。

 

 何時もだったら気を利かせてくれるんだけど、今日は流石に駄目か。

 

 彼女は鈴谷さんの報告中、傍らにいたものの全く口を開こうとは

 しなかった。多分、彼女の様子が明らかにおかしかったので

 あえて発言を控えていたのだろう。

 

 といっても、聞かれた所でこちらも情報が無いのだけどね。

 

 鈴谷さんなら大丈夫、というのは明石がそう言っていただけ。

 頼む立場であったために自分が知らないという体は立場上

 取れないから、一応知っている風に態度を装いはした。

 けど、実際のところは…何も知らなかったのだ。

 

 建造施設の動作に問題があった。それは分かっている。

 だけど、自分があの資料の内容を見ても何をすべきかは

 全く分からなかった。

 

 …あの場所が関わっているのは間違いない。

 でも、そこの管理監督を行う権限が今の自分には無い。

 

 

「司令も…知らないのですか?」

「ん。そうだね。詳細は明石さんが知っているはずなのだけど、

 特定設備関係に関してはこちらには情報を回してこないんだ」

 

 不知火は驚いているようだけど、自分にとっては結構今更の話だ。

 特定の設備関連に関しては明石に一任するよう、着任前の時点で

 そう厳命されている。

 

 そして、着任時に明石から鎮守府の案内と設備の説明を受けた際、

 特定設備に関しては「提督は知らなくて良い事です」と情報の提供を

 有無を言わせない笑顔で拒否された。

 

 この時点で分かったことは二つ。特定設備は軍か国の直轄管理であり、

 権限が自分に渡されていない事。そして、明石設備主任。

 彼女が自分の指揮下には無いということ。

 

 

「聞き出せないのですか?司令でも?」

「ん…。上から抑えられててね。聞けないんだ。

 設備関連に関しては彼女に一任せよとの命令でね」

 

 不知火の声は純粋に驚いているように聞こえる。

 ふぅん…。まぁなら、彼女はこの件の味方には出来るかな。

 

 これまでは鎮守府の立ち上げに集中して尽力していた。

 設備を拡充、戦力の増強、補給線の確保。etc...。

 上官に言われた通り裏方には手を出さず、

 まずは鎮守府としての能力強化を優先したのだ。

 

 それも、まぁ、一段落した。これ以上は…ちょっと難しい。

 政治力、戦功、資金調達、その他色々の関門を潜り抜け、

 複雑な手続きをこなしてようやく得られる内容になる。

 

 戦線が安定に向かい始めた事もあるし、すぐには何も無い。

 準備は進めるが、二段階目は確実にまだ先になる。

 

 裏方にも探りを入れる丁度いい時期でもある。

 しかし、あの猫…。補佐官をどうするかが鍵だ…。

 

 彼の猫は表面上、鎮守府の猫、という扱いになっていて、

 少々特殊な猫というのは極一部しか知らない事だ。

 

 大体あの補佐官。猫だけど。全然補佐をしてくれない。

 猫の手も借りたい時にでも、ニャーとしか言わない。

 猫だけに…。

 

 当初は猫が補佐官と聞いて流石に我が耳を疑った。

 

 ―― 補佐官は猫だぞ? 猫語で話さないと。

 

 等と言われて猫語を強要、されたりはしていないから

 多分いじめやドッキリではない、と思いたい…。

 今もただの嫌がらせで、あれは普通の猫なんじゃないか?

 とか心の底では考えていたりする。

 

 何せ一度もまともに話したことが無い。

 聞いた事があるのはそれこそ猫語だけ。

 ニャーニャーナーナー言わた所で自分には理解できない。

 

 …かわいいとは思うけど。

 

 ただ鈴谷さんと明石にはやけに懐いて…じゃない、

 彼女達への対応を見ると意思疎通、つまり会話程度は

 しているのではないだろうか。

 

 不知火は…猫好なのを良い事に遊ばれている…

 だけっぽいから関係なさそうだけど。

 

 正直な所、あの猫が未だに何者かは分からないが、

 一応監視役か何かだと思っていた方が良いだろう。

 

 

「そんな事って…。じゃあ何で鈴谷さんは?」

「こっちもあの反応は意外だったんだよ。何で動けるのかってね」

 

 そう、本来ならわかるわけがない。ましてや、私がやっても

 良いのか、何て…言われるとは考えてもいなかった。

 

 ただ、それだけなら当てずっぽうという事はあるかもしれない。

 だけど結果を見れば明らかだ。全く知見が無かったとは思えない。

 つまり、何処までかは分からないけど、鈴谷さんは設備に関する

 情報を知っていて、明石はそれを把握していた、という事になる。

 

 

「…ま、鈴谷さんの事情はともかく、このままにしてはおけない。

 ただ、今は交渉の余地が無いんだ。良い材料が揃えられれば

 何とかしようとは考えている。他に飛び火しても困るし。

 不知火も設備関連で何かあれば、自分に報告して」

「…分かりました」

 

 見ざる聞かざる言わざる。

 

 これ迄通り、鎮守府の運営に尽力して

 上の言うまま無視を決め込む事も出来る。

 でも、鈴谷さんの態度から不穏な様子が認められる以上、

 何かあってからでは遅い。

 何も知らずにトカゲの尻尾切りに会うのも癪だ。

 少なくとも判断、交渉材料となる情報は必要の筈。

 

 ま、といって当てがあるわけでも無いんだよねぇ…。

 不知火を巻き込むとしても、現状を打破するためには

 もっと仲間が必要だ。

 

 鈴谷さんも仲間候補だったんだけどなぁ…。

 どうも今回の件で別口に引き込まれた感がある。

 注視しつつ、の監視対象かな。残念だけど。

 

 …。

 

 本当に残念だけど…。

 

 …。

 

 他の艦娘と比べて態度がサバサバしてて男っぽくって、

 とても付き合いやすい相手だったのに。

 

 …。

 

 変に「信」の部分だけの存在より、取引、

 持ちつ持たれつの要素があった方が俗物の自分としては

 精神的にも助かるし、何より安心できるんだよなぁ…。

 

 …。

 

 …ま、まぁ監視対象とはしつつも、仲間にする機会は

 伺っておこうか…。色々と代わりいなさそうだし…。

 

 ん、とりあえずそんな感じかな、等と考えながら

 起き上がろうとリクライニングの角度を上げたのだが-、

 

 

 ― ガンッ!

 

「キャァ!?」

「いっ痛っ!?」

 

 体が起き上がる最中に何かに勢いよく頭がぶつかった。

 頭部に強い痛みが走る。思わず身をよじるが-、

 

「うわぁぁ!?」

 

 

 ― ドガンッ!

 

「痛っっ…」

「司令!?大丈夫ですか!」

 

 椅子が倒れて床にそのまま落ちた。

 すぐに不知火が抱き起してくれたが

 何が起こったかわからない。

 

 

「…不知火、何があった?」 

「えっと、あの…。すみません…。実は…」

 

 説明を聞くと寝ながら話していた自分の顔を不知火が

 覗き見していたらしい。そこに自分が起き上がろうとした

 所で頭同士がぶつかった、という事のようだ。

 

 …えぇ…?。

 

 椅子から起き上がろうとした時に互いの頭をぶつけるって、

 相当顔を近づけないと無理じゃないか?何してたんだよ…。

 

 こ、これだから艦娘は安心できないんだ…。

 いろんな意味で!

 

 

「大丈夫だけど…不知火、ああいうのは止めて」

「す、すみません…」

 

 バッと飛び退いた後、赤面していた顔を更に耳まで

 真っ赤にしてオロオロしている不知火をしり目に、

 立ち上がり自ら椅子を元に戻して再度座り直す。

 

 不知火の落ち度で椅子から落ちるか。落ち度だけに…。

 

 チラッと横目に不知火を見ると縮こまって泣きそうになっている。

 んー…。フォローは…やめとくか。反省が必要だし…。

 

 それにしても頭がズキズキする。思いっきりぶつけたようだ。

 痣にならなきゃいいけど。

 

 …。

 

 よく分からないが、艦娘には提督に興味津々な娘が多い…。

 逆に強いヘイトもあったりするし、色々リアクションが豊富で

 心が一向に休まらない。

 千差万別にも程があり、ここまで個々の個性が強いと管理に困る。

 大丈夫とか言ってる娘ほど危なさそうだし…。

 

 ま、もっと厄介な奴らがいるから不知火はまだ良い。

 災厄をもたらす酒樽部隊、The 飲兵衛よりは全然マシだ。

 

 酒宴のある所には連絡をせずとも常に現れ、

 絡む、脱ぐ、寝るの3点セットの上に抑制が効かない。

 

 ある時、酒樽部隊の一柱、隼鷹という名の艦娘が泥酔して

 脱衣した挙句、結果的に彼女に押し倒される形になり、

 酒宴の場で一緒に床へ転がってしまったことがあった。

 

 その後…。その後の恐ろしい状況と言ったらなかった…。

 

 倒れた後に気付くと自分の胸の中で気持ちよく眠る裸の娘。

 事後の恋人の様に抱きしめ合った二人。静まり返る部屋。

 二人を見下ろす艦娘達の突き刺さるような視線。

 周囲の張り詰めた空気。下がる体感温度。

 部屋はさながら断頭台が設置された処刑場の様になっていた。

 誰の目から見ても明らかな冤罪だったにも拘らず…。

 

 …その直後に隼鷹が嘔吐しなければどうなっていただろうか。

 

 最悪の事態は避けられた。代わりに甘酸っぱい記憶どころか、

 消そうにも消えないゲロ酸っぱい記憶が出来上がる事になる。

 

 彼女の全力の吐瀉物は凄まじい勢いで自分の顔面をも襲う。

 そのあまりの衝撃で私が暴れたために体勢が引っ繰り返り、

 自身も貰いゲロで彼女を汚し返すという悪夢の連鎖が発生。

 

 ギィヤァァァ!オブぇぇぇ!なんて奇声を上げたのも、

 上げられたのも生まれて初めてだった。

 …まぁ奇声というか、何かが出てしまう音というか…。

 

 更にはその惨状を見た周りの艦娘達も吐き始めて収拾が

 つかなくなり、状況は一変。部屋は瞬く間に見るも無残な

 阿鼻叫喚の生き地獄へと生まれ変わる。

 

 断続的に上がる嗚咽と悲鳴。絶え間なく滴り落ちる液体の音。

 互いの体液…体液?が混り合い、ドロドロに汚れる床と体。

 ドタバタと聞こえる救援の足音。新しく餌食になる幼き者達。

 絶えるどころか増え続ける酒と塩酸の香り。

 そして…部屋中に響き渡る醜悪な腐れ下種共の笑い声。

 

 まるで六道輪廻に落とされたような終わりなき大規模ゲロ事件。

 惨劇は続き、どう収束させたのか、その後の記憶は定かではない。

 

 -節分吐瀉事変-。そう名付けられたこの一連の忌まわしい出来事は、

 一時期、飲兵衛艦娘共全員を問答無用で解体しようと無意識下で

 考えてしまう程のトラウマを自分の精神深くに刻み込むことになった。

 

 あくる日、お局様方に大目玉を食らった事も未だに忘れられない。

 そして艦娘にやられ叱られ、執務室で正座をしたあの日からか。

 一体提督とは何なんだろうかと自問自答するようになったのは。

 ストレスで10円剥げが出来始めたのもこの時からだった。

 

 …。あれ…?これ最悪の事態を避けられてなくないか?

 

 しかs…ウエェェェ…。駄目だ、未だに何かがこみあげてくる…。

 何故思い出し…グェェ…き、気持ちわるぃ…。

 

 と、とにかく、次からは裏方の方にも手を打っていこう…。

 




・酒樽部隊 The 飲兵衛
 提督の主観によって作られた仮想敵部隊。
 今のところ以下の三柱によって構成される。

 隼鷹
 千歳
 那智

※ポーラ、伊14はまだいない。
 配属の際は色々とネタが発生すると思われる。


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2-12.猫の独白

 ヤレヤレ。まさかこんな結末になるとはね。

 

 

「どうする?このまま提督に会いに行くのかい?」

「ご遠慮したいけど…。上着置いていったし…。

 まぁとりあえず適当に報告しとく」

 

 

「まさかとは思うけど…」

「言わないよ…。どうせ提督は知らないって落ちでしょ?

 明石とあんたがグルって事で理解はしてるよ」

「へー…。まぁその認識なら問題ないよ」

 

 

「でもよく気付いたね?」

「…報告を止めなかったらグル。止めたら無関係ってだけ。

 それに、後々考えればって話だけど、仮に提督がグルだとしたら

 こういう形にはしないでしょ。面白がるあんたと違って、ね」

「ふぅん…。なるほどね」

 

 

 

 

「そういや、受け入れろってどういう意味だったの?」

「ん?あぁ、あれ?」

 

 教えるべきか?

 

 

「…そうだね。また機会があれば、話してあげる」

「えぇ?ここまで来てもったいぶる?ハァ、まぁ今日はもういいけど」

 

 んー、やっぱり馬鹿じゃないね。この子。

 

 

 

 

 

 執務室に行く道中で鈴谷と別れた。

 

 

「なんというか、本当に面白い子だね」

 

 彼女の後姿を見ながら思わず独白する位には驚きの結末だった。

 彼女、いや彼は、そろそろ死ぬか消えるはずだったのに。

 

 人間時代の意識が残っている事があるのは彼だけ、

 ということはなかった。

 建造艦を除けば本当はいくつか実例がある。

 

 ただ、これまでの例で言えば、そんなに長持ちはしない。

 大体意識を保っていられるのは最長で5カ月程度。

 特定の症状が出始めると大体1か月で意識が入れ替わる。

 

 詳細は不明だけど意識が上書きされる、といった方が正しいかな。

 抵抗してもどうにもならないのは過去の例によって証明済み。

 

 そもそも彼の意識が数年も持ったのが奇跡に近い。

 男だからか、というのもわからない。

 確かにこれまで登録されている例は皆女性だけど、

 100%確定できるほどの根拠にはならない。

 

 ま、最近は女性化や自我の変質に苦しんでいたみたいだし、

 そろそかなぁとは思ってはいた。

 過去の例から、特定の症状が出始めると浸食スピードは

 加速度的に上がる。僕の見立てだと正常な意識はもって

 後数日だったのに。

 

 上書きが始まると記憶が壊れていく様子が見られて結構面白い。

 記憶が断片的に侵食され、自分が自分じゃなくなっていく。

 正式には一時的な記憶の混乱として処理され、1か月ほど独房に

 入れられることになる。ちょっとおかしくなるから。、

 そりゃ精神上書きされたらね。その間は正常でいらるわけがない。

 

 しかも大体途中で気付いて恐怖で暴れまくるんだ。

 そこが一番の見どころなんだけどな~。ちょっと残念。

 元男は初めてだったから色々興味あったんだけど。 

 まぁ良い意味で裏切られたから良いとしよう。

 

 単純に壊れるだけなら楽しみも一瞬でしかないし。

 

 

(しかし、まさか封印されていた人形の恩寵とやらで何とかするとは…。

 いやはや、面白い。実に面白い。こんなの予想外だ)

 

 尻尾が自然とピンと上に張り、顔が思わずニヤケてしまう。

 楽しくてしょうがない。こんなに気分が良いのは幾年振りだろうか?

 

 こんな事を期待して送り出したわけじゃなかった。

 単純にこの鎮守府の秘密を知りたがっていたから、という理由。

 だから最後の手向けとして行かせた。その程度の話で終わり。

 

 どうせ消えるのだから色々と何か知られても問題なかったのだ。

 だから今までも監視はしつつ放置していたのに。

 

 それがどうだ?はいはいと呼ばれて来てみれば、まさかのまさか。

 上書きされるどころか…フフ。アハハ。いいねいいね、実に良い。

 

 あの偏屈な改造男にも何故か気に入られているし、

 これなら裏の仕事を割り当てても問題ないだろうね。

 

 元人間で社会人経験が長いせいか思考形式が歯車型。

 馬鹿でもないから、釘さえ刺しておけば情報漏洩の危険性もない。

 

 とても良い玩具だ。本人としては不本意だろうけど。

 

 あと、彼はどうもまだ自覚していないよ

 何故かカマ男になってしまっている。

 もしかしたら中途半端に上書きされていたのかもしれない。

 あるいは変な感じに人形から影響を受けたのか。

 

 まぁどちらでもいいか。僕を楽しませてくれれるのであれば。

 でも気付いたときにどんな反応をするんだろう?

 落ち込むかな?悩むかな?それに伴う行動も楽しみだ。

 

 

(ただ、それはそれとして…上にはどう報告したものか)

 

 廊下のど真ん中で足を止め、その場で座って少し考える。

 こんな事をまともに上層部へ報告するわけにはいかない。

 そんなことをしたら僕の責任問題にもなりかねないし。

 

 そうなると~、今日の出来事は全部スルーかなぁ。

 

 彼女は滞りなく任務を遂行いたしました。

 遠からず彼の意識は消えるから情報も漏洩いたしません。

 完。

 

 うんうん。OKOK。とりあえず問題ない。

 

 実際にはもう意識が消える事は無いのだろうけど、

 過去例無しで釈明可能ならそんな事は大した問題じゃないし、

 ボケ軍人共の対処は何とでもなる。

 

 そんな事を考えていると、たまたま通りがかった艦娘が

 こちらを不思議そうに見てくる。

 

 あれらからすれば猫が座ってるだけにしか見えないのだ。

 全く。不完全過ぎる奴等だ。

 

 

 ま、それより…

 

 

(差し当たって問題があるとすれば…あの提督君か)

 

 急に尻尾が左右に振れ始め、頬の筋肉が上がって牙が出てしまう。

 アレの顔を思い出した瞬間、イラっとしたのだ。

 

 明石も明石だ。余計なモノ経由しやがって。首輪のつもりか?

 全く…顔も思い出したくない。

 

 上の連中も本当に余計なモノをよこしてくれた。

 お飾りならもっと中身のない阿保を連れてくればいいものを。

 

 良血過ぎて消すには手に余る。

 その上、手の平でコロコロ転がせるほど馬鹿じゃない。

 

 当然僕に対する当てつけ、牽制のために派遣されたのは分かってる。

 全くもって不愉快だ。不愉快極まりない。

 

 元々ここは「僕の」鎮守府の筈だぞ?

 

 …漸く作れたんだ。渇望し、探し求めた人間社会公認の遊び場。

 こんな時代にでもならなければ得る事が出来なかっただろう僕の縄張り。

 誰のモノでもない。僕が作り上げた、僕だけの箱庭だ。

 それを…ぽっと出のクソ人間に横取りなんてされてたまるか。

 

 邪魔者は許さない。

 

 どんな形であれ、簒奪者はここから追い出してやる。

 

 必ず。絶対に、だ。

 



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