アズールレーン~希望への航路~ (ざぎねぅ)
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指揮官覚醒編
1話 指揮官着任! file1


0話 動く影

―次は…ここでいいかしら…?

タコのような艤装に乗るセイレーン「オブザーバー」がつぶやいた

―決まったか、行くぞ…

それに続き、フルプレートの鎧(?)をまとった男が言う

―わー!次だ次!

うるさく急かすように動いているのは「ピュリファイアー」だ

―ほらほら、焦らないの

諭すようなオブザーバーを後に、男がすたすたと歩いていく

―はあ、行きましょうか

直後、3人は闇に消えていった

―――――――――――――


ある日、港翔一(みなとしょういち)中尉に辞令が下った。それは、アズールレーンのKANSEN達が住まう母港に、指揮官として務めて欲しいという内容であった。

翔一はKANSENというものをよく知らなかった。しかし、話によるとそれは兵器でありながら少女の姿をしているというではないか。母星がセイレーンの危機に瀕しているとはいえ、軍の武器としてそれはどうなのかと思いつつも、出立の準備をした。

 

―――――――――――――

 

母港までかかる時間は意外と短かった。母港の外観は…

 

―結構きれいじゃないか。

 

兵器が集められているようなところとは思えない光景だった。リゾート地帯のようだ。

 

―あなたが今日からここの指揮官として従事する、港翔一中尉ですか?

 

―…え、ああ、そうだけど…

 

本当に少女がいた(少女というよりは少し大人か…?)。少し驚いて、一瞬言葉をなくしていたがすぐに気を取り直し敬礼をする。

 

―港翔一中尉、着任いたしました!これから、よろしくお願いします!

 

それから彼女も敬礼を返す

 

―ようこそ、中尉。私はエディンバラ級の2番艦、ベルファストと申します

 

 

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ベルファストという名には聞き覚えがあった。確か先の大戦で活躍し、今ではその船体はロイヤル本土に保存されているらしい。多分KANSEN達の名には軍艦の名前が付けられているのだろう。

 

―また、ロイヤルメイド隊のメイド長を務めております

 

―メイド隊?

 

聞きなれない、というか初めて聞くものだったので聞き返してしまった

 

―はい、ロイヤルの女王、クイーンエリザベス様に仕える王室の専属メイドです

 

―そうなのか。

 

王室専属メイド。ベルファストはなかなか高い地位の人なんじゃないだろうか

 

―それと、今日から私はあなたの身の回りのお世話をさせていただきます

 

身の回りのお世話?そんなことわざわざしてくれるのか…

 

―でも王室のメイド長が俺の世話のために動いていても大丈夫なのか?

 

―はい、問題ありません

 

問題ないらしい。それはそうと、先ほどからこそこそと話し声が聞こえる。

 

―ねえねえサフォーク、今出て行っても大丈夫かな…!

―だ、だめだよケントちゃん。まだベルファストさんたち話してるんだからぁ

 

何やら木の裏でピンクと紫がかった髪をした2人が話しているようだ。するともう一人短い銀髪の少女が後ろから来た。

 

―2人とも、仕事は進んでいるんですか…?

 

―Oh…シェフィールド…これにはわけが…

 

―え、えぇっとぉ

 

―早く仕事に戻ってくださ

 

―わー!!どいてえええぇぇえ!

 

少しのやり取りの後、眼鏡をした長い銀髪の少女がじょうろをもって走ってきた。いや、正確にはつまずいているのか?

 

―…?

 

―What?

 

―ん~?

 

どたーんとその少女が倒れると同時に、じょうろの中の水が三人にかかる。よく見ると倒れている少女はどこかベルファストに似ていると思った。等のベルファストは少しあきれた顔をしている。

 

―皆さん、何をしているのですか…姉さんまで…

 

―ご、ごめんなさいぃ

 

ベルファストが姉さんと呼ぶ彼女が謝る。残りの三人は、

 

―はぁ…

 

―びしょびしょだよぉ

 

―ケント選手も濡れたぁ

 

母港にきて早々、修羅場(?)を見てしまった感じがした。何とか場の空気を換えようとして自己紹介をする。

 

―どうも、今日からここの指揮官になりました。港翔一です。えっと…君たちは。

 

―シェフィールドです。よろしくお願いします

 

―Hey、指揮官!カウンティ級のケントだよ!よろしくね!

 

―サフォークです。よろしくお願いします。指揮官さん

 

―あうあう…

 

―姉さん…

 

―ハッ…エディンバラ級1番艦、エディンバラです!よろしくお願いします。指揮官!

 

名前を聞き終えると、こちらも答える。

 

―ああ、よろしく

 

―お恥ずかしいところをお見せしてしまい申し訳ございません…

 

―ん、いや、気にしてないから大丈夫だ

 

母港でこんなことが起こるとは思っていなかった。指揮官としてここにいることを忘れてしまいそうになる。しかしそれはそれとして、ここはすごく楽しそうだと感じた。

 

シェフィールドが言う。

 

―サフォーク、ケント、エディンバラ、早くかたずけて仕事に戻りますよ

 

すると三人が一斉に答えた。

 

―はーい

 

四人はさっさと仕事に戻っていった。ハプニングはあったが、ここはさすがメイドというわけか。

 

―それでは、着任の手続きを終わらせてしまいましょう。執務室に移動しますので、私についてきてください。ご主人様。

 

―ああ

 

「ご主人様」という響きに、慣れない感じがした。

 

―ところで、この母港にはどれくらいのKANSENがいるんだ?

 

―400人ほどおりますよ

 

―そんなにいるのか

 

―ええ、もともとは半分位の人数でしたが、いろいろあってレッドアクシズの皆様がアズールレーンに戻ってくるという事で、かなりの数になりました

 

―そうなのか

 

「いろいろあって」というのは例の「オロチ計画」、だったかの事件だろうな。

 

―まあ、それにしてもここは楽しそうな場所なんだな

 

純粋に思ったことを話す。それにベルファストは微笑んだ。

 

―ふふ、多少のけんかのようなものはありますが、みんな仲良しですよ

 

―そうか、それならいい

 

翔一も少し笑顔になった。

 

――――――――――――――

 

執務室に着くまでいろいろな人に会った。

 

元気な子、静かな子、仲良しの4人、全てを憎んでそうな人、下等生物扱いしてくる人、園児服(?)を着て遊んでいる子たち、それを見てハアハアしてる奴…

 

変なのがいっぱいいるな。

 

―これで、手続きは完了です

 

ここに来るまでのことを思い出していると、いつの間にか着任の手続きは終わっていた。といっても、執務室の指揮官専用の椅子に座って、生体認証とやらを行うだけだったので特に何もすることはなかったのだが。

 

―うん、それで、これから何をすればいいんだ?

 

指揮官になれという辞令を受けたはいいが、仕事内容は母港の大方の管理、運営、セイレーンが来た時の対応くらいのことしか聞かされてないので正直細かいところはわからない。

 

―そうですね、それでは、各陣営の寮に回ってみるのはどうでしょうか

 

―そうだな、とりあえず、みんなにあいさつに行くのがいいか

 

―――――――――――――

 

―ふふふ、指揮官様~。私の運命の人ですわ~

 

 

 

 

どこかで赤い影が笑っていた




にゃ!明石だにゃ!今回からこの場を借りて明石がこの作品の設定とかを語ってくにゃ!早速行くにゃ!

今日は指揮官についてにゃ。指揮官は「港 翔一(みなと しょういち)」っていうにゃ。階級は中尉だにゃ。出身は重桜で、年は21歳にゃ。

今日はこんなもんで終わりにゃ!次も読んでにゃ!

細かい設定、設定画はここ(ピクシブ)にゃ

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1話 指揮官着任! file2

執務室には、その中にドアを隔ててもう一部屋ある。基本的に業務以外の暮らしをするような、プライベートな場所である。この部屋は特に名前はないらしい。これから生活部屋と呼ぼうか。

そこに、この母港で生活するための物を置き、一通り整理したところでつぶやく。

 

―さて、行くか…

 

―もうよろしいのですか?

 

ベルファストが聞く。

 

―ああ、もう準備はできた。もともと荷物は少なかったしな

 

言い終えるとほぼ同時に、隣の部屋である執務室の扉を開ける音が聞こえてきた。

 

―…どなたでしょうか?

 

ベルファストはそう言うと、執務室の方に足を運ぶ。彼女がドアを開けると同時に、赤い影が見えたかと思うと、それはこちらに向かってきた。

 

―指揮官様~♡

 

―ぅお…!

 

ベルファストをよけてすすすっと寄ってきたそれは、獣の耳のようなものを頭に、そして、とても大きいしっぽのようなものをつけていた。こんなのが早足でやってくるのだから、変な声を出して驚いてしまう。

 

―やっと近くでお会いできましたわ、指揮官様♡

 

彼女は翔一との距離を詰めながらそう言う。なんだ、やけに近くに来るぞ…。

 

―あぁ、えぇっと…今日からここの指揮官になった、港翔一です…あの、君は…

 

さらに距離を詰めながら。

 

―あら、申し遅れてしまいましたわ。私、一航戦の赤城と申しますわ

 

赤城…なるほど、重桜の空母か。いや近い、そのまま進まれると当たっちゃう…なんか手も繋がれてるし

 

―いや、ちょっと、近すぎないか

 

―ふふ、私たちに近すぎというものはありませんわ~。むしろ密着している方が良いのですよ…?

 

 

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わあぁ、やわらかい…というか結構すごい格好してるな。胸元が開いた着物だし…ん?スカート?じゃあこれは着物じゃないのかな…?そう思えばベルファストもなかなか激しく胸元が開いたメイド服だよな。

等のベルファストは、かなり驚いた顔をしている。

………ハッ、いかんいかん女性の前でこんなことを思ってしまうとは、気を取り直さないと。

 

―あら…?あらあらぁ?指揮官様、赤城のここが気になるんですのぉ?

 

―え、あ、違う違う!というか、少し離れて!

 

―んぅ…指揮官様のいけずぅ

 

赤城の肩を押して自分から剥がすと、拗ねたような声をした。

 

―ご、ご主人様…

 

少し困った顔でベルファストがこちらに話す。

 

―…それじゃあ、行こうか

 

―…?指揮官様、どこかに行かれますの?

 

―ああ、各陣営にあいさつをと思ってね

 

―そうなのですね!それなら、まず重桜の寮にいらしてください!

 

勝手に話が進んでしまった。

 

―ベルファスト、それでもいいかい?

 

―はい、ご主人様の意のままに

 

―そうか、なら行こう

 

3人は、重桜寮に歩を進めた。

 

―――――――――――――

 

寮につく直前、もう一人重桜のKANSENに出会った。

 

―姉さま、こんなところにいたんですね

 

―あら、加賀。どこに行っていたの?

 

―はあ、急に飛び出していったから探していたんですよ

 

彼女のシルエットはどことなく赤城に似ていた。

 

―指揮官様、こちらは私の妹、加賀ですわ

 

―加賀だ

 

彼女はひどくさっぱりした自己紹介をしながら敬礼する。これを受けてこちらも敬礼を返した。

 

―今日からこの母港の指揮官として従事する、港翔一です。よろしく

 

―ところで、重桜寮に何か用か

 

―ああ、各陣営にあいさつをしようと思って、最初にここに来たというわけだ

 

―そうか、なら、案内がてら私もついていこう

 

こうして、4人となった一行は寮に向かった。

 

寮だけでなく、重桜陣営が生活している区画は風情のあるものだった。鳥居があったり、長屋のようなものがある。翔一は重桜出身だが、このようなところは観光地でもなければ見ないような光景だと感じた。といっても翔一は物心ついた時から軍の施設にいたので、似たような光景を見たのかどうかすら覚えていないのだが。

 

一通り寮を回った後、最後に城のような場所に行くことになった。長門というKANSENに会いに行くという。

 

―普段外に出ることは少ないが、あっておいた方がいいだろう

 

加賀が言うとどこからか別の声が聞こえる。

 

―あら

 

―お

 

一人が長い銀髪、もう一人が長い茶髪をしていた。

 

―あの二人は…

 

―ご主人様、あのお二人は翔鶴様と瑞鶴様です

 

―なるほど

 

五航戦か…となると赤城と加賀の後輩的な存在か?

二人が話しかけてくる。

 

―先輩たちと…あなたは…

 

―今日からここの指揮官になりました。港翔一です。

 

敬礼をする。

 

―君が噂の指揮官だね。私は瑞鶴、よろしく頼むわ!

 

―翔鶴です。よろしくおねがいしますね

 

二人も敬礼を返し、自己紹介をする。

 

―ああ、よろしく

 

ここで赤城が尋ねた。

 

―ところで、長門は見たかしら?

 

―さあ、いつもの場所にいるんじゃないですか?…あ、あの子と一緒にお昼寝でも?

 

―指揮官様をご案内するだけよ

 

―ちょ、ちょっと翔鶴姉

 

なにか気まずい空気になった。

 

―顔を合わせるといつもこうなるんだ…

 

―そうなのか

 

加賀が補足してくれた。

 

―指揮官様、行きましょう。こんなのに相手していても時間の無駄ですわ

 

―お、おう

 

赤城はさっさと城に向かおうとする。

 

―そ、それじゃあ二人とも、また

 

おいて行かれるわけには行かないので、こちらは二人に別れを告げる。

 

―しきかーん!今度お茶しましょうね―!

 

翔鶴が手を振りながらそう言う。

 

―ああ!喜んで!

 

それに翔一も答える。その時、何か後ろの方から冷たい感覚があった。

 

―……!

 

赤城が何やら怖い顔をしていた。

 

―ひ~怖い怖い

 

翔鶴が言う。この二人はそんなに仲が悪いのか?

 

―あの子、要注意ね…

 

赤城が何かつぶやいた気がしたが、気にしないでおこう。

 

――――――――――

 

城の中に入り、長門がいるという部屋の前にたどり着いた。途中で陸奥という子にもあったのだが、彼女は長門の妹らしい。姉である長門はどんな人なんだろうか。障子を開ける…

 

―んぅ…すぅ…

 

そこには小さな女の子が眠っていた。昼寝をしている。もしかして翔鶴は本当にこのことを知っていたのだろうか。

 

―寝ているな

 

加賀が言う。

 

―ああ、寝てる

 

確認するように翔一もつぶやいた。

この子が長門か?陸奥と見た目の年齢はほとんど変わらないように見える。

 

―ん……ん!?

 

起きたか

 

―どうも、今日からこの母港の指揮官になりました。港翔一です…君が、長門かな?

 

長門は少し驚いたような素振りをし、こう言った。

 

―…余は長門…重桜の長門である!

 

かわいい声で、なんとも勇ましいセリフを放った。

 

―…

 

なんとなく黙ってしまった。

 

―よ、余は重桜連合艦隊旗艦―長門である。お主は指揮官か?天下を取る資格があるか、しかとこの目で見させてもらおう

 

寝ぼけているのか、今翔一が自己紹介した事を忘れているようだ。そこをつっこんでも仕方ないのでこう続ける。

 

―ああ、そうだ。これからよろしく

 

そういうと、長門はそわそわしながらこう言う。

 

―す、すまぬ。現在の重桜の長である余がこれでは、格好がつかんな…わざわざここまで出向いてくれたこと、感謝するぞ

 

―俺もあいさつをしに来ただけだから、大したことじゃないよ

 

 

この後少し話をし、重桜の区画を離れることにした。赤城と加賀は仕事があるようで、城を出た後分かれた。そもそも赤城は翔一を見つけた時に、仕事を途中で抜け出していたらしい。

 

――――――――――――

 

重桜寮から戻る途中、ふと気になったことをベルファストに聞いてみた。

 

―なあ、ベルファスト。この母港にはなかなか特徴があるというか、そういう人がたくさんいるのか?

 

これにベルファストは苦笑いしながら答える。

 

―ええ、癖のある子が多くいますね…

 

―そうか、じゃああれは…

 

先刻執務室に行く間に見たことがあるような人を発見した。

 

―ムフフ…

 

にやけながら重桜の駆逐艦の写真をバシャバシャ取っている。写真を撮ること自体はいいかもしれないが、その動きからどうしても不審者のように見える。

 

―ああ、あの方は…私と同じくロイヤル陣営、そして空母のアーク・ロイヤル様です

 

―本当に…KANSENか?あれではただのロリコ…

  

―ロリコンではなぁい!

 

―うぉあ!

 

少し目を離した隙に目の前に現れた。

 

―あ、あらかじめ言っておくが駆逐艦の子たちには何というか…そう、そ、そのはつじょ…じゃなくて、愛しく思っているが、マナーに従って自重しているわけだ。け、決して、犯罪ではないぞ…

 

急に大声をあげたと思ったら今度は恥ずかし気に言い訳(?)的な事を言い始めた。そこでベルファストが言う。

 

―アークロイヤル様、このような行動はお控えいただくようおねがいしましたが

 

―げ、ベルファスト…い、いや違うんだ。これはそのぉ…

 

―少しならいいのですが、最近は過剰に駆逐艦の子たちを追いかけていると伺ております。中には怖がっている子もおりますので

 

―く…!わ、わかったよ…

 

―それでは、ロイヤルの陣営の区画にお戻りください

 

このベルファストの言葉を聞き、思いついた。

 

―そうだ、このままロイヤルのみんなにあいさつに行くか

 

―――――――――――

 

―ふう、私は素直に寮に戻るとしよう。それじゃ閣下、また

 

―ん、また

 

ロイヤル陣営の生活する区画に入った後、ほどなくしてアークロイヤルは自分の部屋に戻っていった。

ここは重桜の静かな美しさと異なり、豪勢さがあるところだ。よく見れば、ところどころに花も植えられている。そんなロイヤルエリアの奥の方、ここにも大きな城がある。ベルファストが言うには、ここに合わせたい人がいるらしい。そんな城に入り、中庭に出た時、何やら忙しく動きまわる人たちがいた。

 

―あ!ベル!戻ってきたのなら手伝ってちょうだい!

 

母港についたときに出会ったエディンバラが、せわしなく何かの準備をしていた。

 

―姉さん、今はご主人様をご案内している最中なので

 

翔一の付き添いを優先してくれるらしい。しかし、他にも忙しそうにしている人がいるので質問する。

 

―ベルファスト、ここで何かするのか?

 

―はい、いつもこの時間帯はお茶会をしているんです

 

―そうなのか

 

―よかったら、参加してみてはどうでしょうか。皆様、歓迎していただけると思いますよ

 

ベルファストが微笑む。

 

―それに、ここにはご主人様にお会いしてほしい方もいらっしゃいます

 

―なら、参加しようかな

 

準備を見守りつつ、先刻会っていないメイドたちとも少し交流ができた。

 

――――――――――

 

―あなたが指揮官?

 

お茶会の準備が終わり、参加する人を待っていると後ろから甲高い声が聞こえてきた。

 

―ああ、そうだよ。きみは…

 

―私はクイーン・エリザベス。ロイヤルネイビー超弩級旗艦よ、この名を骨に刻んでおきなさい!

 

言葉の発しかたと内容から、高飛車そうな子だと感じた。これに翔一も返す。

 

―よろしく、エリザベス

 

―なっ…///

 

―ん?

 

なんとなく名前を読んでみたが、相手は言葉に詰まっているようだ。なにか変なことを言ったつもりはなかったが。

 

―ま、まあ、あなたがどーしてもそう呼びたいならそう呼んでもいいわよ!

 

―ん?…じゃあ、そうするよ

 

よくわからなかったがそうすることにする。

 

―ベル!指揮官の案内ご苦労様!

 

―ありがたきお言葉です。陛下

 

ここでエリザベスが何か思いついたようで、みんなに提案する。

 

―そうだ!今日はメイドたちもお茶会に参加しなさい!お菓子の数もいつもより多くあるようだし

 

―よろしいのですか?

 

―ええ、指揮官の着任祝いも含めてささやかなパーティーよ!

 

そういうと、ほかのお茶会参加者も各々椅子に座っていった。

 

―――――――――――

 

―さて、みんなの紹介をするわ

 

そう言いつつ、エリザベスは立つ

 

―今日来ているメンバーを紹介するわね

 

―この子はウォースパイト、私の側近よ!

 

―よろしく、指揮官

 

―ああ、よろしく

 

他に来ているKANSENと比べて小柄だが、近くに大きい剣を置いていることもあり、頼りになりそうだ。

 

―こっちはイラストリアス、そしてユニコーン

 

―よろしくお願いします。指揮官さま

 

とても落ち着いた印象だ

 

―よろしくね指揮官…あの、お兄ちゃんって呼んでいい?

 

―ん?ああ、いいよ

 

流れでいいよと言ってしまったが、お兄ちゃんと言われるのは少し恥ずかしい。

 

―それと、フッド

 

―フッドです。よろしくお願いしますわ、指揮官様

 

―今いるのはこのくらいね

 

エリザべスは紹介し終えると、静かに椅子に座る。そして翔一は、

 

―改めてこれからよろしく、みんな

 

 

 

 

 

 

それからは、楽しくお茶会を進めていくのだった。

 

 




にゃ!明石にゃ!今日はこれといって設定を話すことがないにゃ!あえていうなら、赤城や大鳳みたいなKANSENがいる理由にゃ!この設定は作者の自己解釈的なものだからあまり気にしなくてもいいにゃ。それじゃ行くにゃ!
まずKANSENたちは兵器でありながらも感情をもってるにゃ。でも指揮官という男に出会ったことで少し恋心を知るのにゃ。そんでもって指揮官はKANSENたちの指揮権があるから、KANSENたちの行動をある程度制御できるにゃ。またKANSENのソフトウェア上、指揮官がよほどおかしなことをしない限り、KANSENたちは指揮官に背くことが出来ないのにゃ。つまり指揮官の言うことは絶対ってことだにゃ!この事と恋心が混ぜ合わさり、こじれた結果、指揮官があらゆる意味で絶対的な存在になるのにゃ!んで、赤城や大鳳のように過剰な愛を指揮官に向けるKANSENが表れるのにゃ!結局KANSENのシステムやメンタルキューブのバグみたいなものにゃ!
今日はこんな感じにゃ!次も読んでにゃ!

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1話 指揮官着任! file3

ロイヤルのKANSEN達とお茶会がお開きとなった後、今度はユニオン陣営の住まう区画に行くことにした。もちろんベルファストも一緒だ。

 

―それでは、向かいましょうか。ご主人様

 

お茶会の後かたずけを他のメイドたちに頼まれたベルファストは、少しの間その作業を手伝っていた。やがてひと段落付き、翔一の付き添いを続けることをメイドたちに伝えると、こちらにやってくる。

 

―ああ、行こうか

 

早速移動することにする。

ベルファストが聞いてくる。

 

―ご主人様

 

―ん?

 

―ロイヤルのお茶会はどうでしたか?

 

純粋に先ほどのイベントについて質問された。翔一は、今まで歴史を感じるような西洋の建物で、それもお茶会をするなんてことはしたことがなかった。それゆえに少し緊張もしたが、率直に言えば楽しいと感じていた。

 

―とても楽しかったよ

 

これにベルファストは嬉しそうに答える。

 

―そうですか、それならよかったです

 

―…

 

―…

 

さっきまで大人数で行動していたこともあって、いざ二人きりで歩いていると話すことがあまりない。翔一は、なんとか話をしようと考える。

 

―ユニオンには、どんな人がいるんだ?

 

―うぅん、難しい質問ですね…

 

自分で聞いておいて確かにそうだと思った。ここまで、いろいろな場所に赴いてたくさんのKANSENに会ったが、一人ひとりが特徴的だった。ユニオンもそうなのだろう。

 

―行くまでのお楽しみです

 

ベルファストは「ふふっ」と笑うとそう言った。

 

―じゃあ、楽しみにしてる

 

翔一がそう答え、二人はさらにユニオン陣営のエリアへ歩を進めていった。

 

―――――――――――――

 

ユニオンエリアに着くと、遠くから砲撃の音が聞こえてきた。

 

―この音は…

 

―今日は、一部のユニオンの方々が演習をすることになっています

 

―そういうことか

 

少し歩くと、海岸に出た。海上の離れたところで数人が激しく動いている。そういえば、KANSENが戦っているところは初めて見る。

しばらく見学していると砲撃の音が止み、そろってKANSENたちがこちらにやってくる。

 

―終わったかな

 

―そのようですね

 

皆は陸に上がると、その艤装を解いた。そして、軍帽をかぶった銀髪の少女が敬礼し、話しかけてくる。

 

―あなたが指揮官か

 

―ああ、今日からここの指揮官になりました、港翔一です。よろしく

 

こちらも敬礼を返す。

 

―私はエンタープライズ、ユニオンのリーダー役をしている。これからよろしく。そうだ、今ここにいるみんなを紹介しよう

 

エンタープライズが言うと、他のKANSENも近くにやってきた。

 

―こちらから、ホーネット、サンディエゴ、アラバマ、クリーブランド、ラフィーだ

 

この言葉に5人も続く。

 

―ハロー!ホーネットよ。よろしくね!

 

長い金髪に黒の衣装をした彼女は、気さくな感じで言う。

 

―サンディエゴだよ!

 

こちらは、元気そうだ。

 

―アラバマだよ

 

銀髪ツインテールの彼女は一転して、静かな印象を受ける。

 

―はじめまして、指揮官。私はクリーブランド

 

クリーブランドは今まででは珍しく、ボーイッシュな感じだ。

 

―ラフィー……ねむ…

 

寝そうだ、今にも。

 

―うん、これからよろしく、みんな

 

翔一も答える。するとエンタープライズがこう言う。

 

―みんな、演習お疲れ様。もう休んでいいぞ

 

この言葉で皆が解散していく。

 

―それじゃ!指揮官

 

―またね

 

―じゃねー指揮官!

 

―またな!

 

―…ばいばい

 

見送ると、エンタープライズが提案する。

 

―せっかくだ、私がユニオンのエリアを紹介しよう。ついてきてくれ

 

ユニオンエリアは、重桜やロイヤルのような歴史を感じさせる作りのものはなく、近代的な建物が多かった。それゆえ、翔一も見慣れたような光景が広がっていた。それに、この場所全体が活気づいているようで明るい印象を受けた。さすがユニオンといったところか。

 

―どうだ、指揮官この辺の雰囲気は

 

エンタープライズが聞いてくる。

 

―みんな楽しそうで良いな

 

そう答えると、彼女は少し微笑んで返す。

 

―そうか、それは良かった

 

そして、ベルファストが翔一によくわからない質問をエンタープライズにした。

 

―エンタープライス様、しっかり食事はとられていますか?

 

これにエンタープライズは微妙な反応をする。

 

―え、ま、まあ、ぼちぼち…

 

―十分な栄養をとれるとはいえ、サプリメントだけの食生活はよくありません。

 

そんな生活をしているのか、と翔一は思った。確かに自分もサプリメントだけで生きてはいけるだろうが、それだとあまりに寂しい。「なにかあったのか?」とエンタープライズに聞いてみると、彼女はこう答えた。

 

―あ、いや…

 

言葉に詰まっていたが、ベルファストが割って入る。

 

―戦いに集中するあまり、普段の生活の時間をあまり有意義に過ごせていなかったのです

 

―ちょっ…まあ、そうかもしれないな

 

翔一は、共感のようなものを覚えていた。前の勤務地に居たころは、翔一も彼女と同じように軍の仕事をするばかりで、趣味もこれといってなかった指揮官は、休日は特に何もすることなく過ごしていたと思う。

 

―KANSENにもそんなことがあるんだな

 

これにエンタープライズが答える。

 

―はは、まあね。…でも、ちゃんと食事はとってるぞ…これは本当だ

 

ベルファストは少し安心したように言う。

 

―それなら良いのです。ユニオンのリーダーが寂しそうな生活をしていると、他の皆様も心配してしまいます

 

翔一は同時に、違和感も覚えていた。昔のことを思い出すのはいいが、細かくどんな仕事をしていたのか思い出せなかったのだ。

 

―――――――――

 

それからしばらくユニオンエリアを回り、会っていないKANSENたちにあいさつをした。そして、最後に鉄血陣営の方に向かうことをエンタープライズに告げる。

 

―そうか、鉄血の子たちはなかなか…いや、会った方が早いな。それでは、私はここで失礼しよう

 

―ああ、それじゃ

 

―あ、言い忘れたことがあった

 

エンタープライズがそう言うと、指揮官としては重要なことを知らされる。

 

―私が指揮官のメインの秘書艦になることとなった。サブの秘書艦として他の子も日替わりで指揮官のサポートをするぞ。困ったことがあれば何でも言ってくれ

 

―秘書艦か、頼もしいな

 

―うん、そういうことだから、これからも頼む

 

ここでエンタープライズと別れ、いよいよ鉄血のエリアに足を運んでいった。

 

―――――――――

 

―やっと来たか、待ちくたびれたぞ

 

聞いたことがある声が聞こえた。彼女はグラーフ・ツェッペリンだ。母港に到着し、執務室に行く途中に少し話した。それにしても、どのくらい待ったのだろうか。

 

―ああ、ここに来るのは最後になってしまった。待たせたね

 

―…そうか、まあいい。早速行くぞ

 

―あ、そう早く行くなって…

 

足早に鉄血エリアの方へ行ってしまった。怒らせてしまったのだろうか。ベルファストも少し困った顔をしている。

 

―(せっかく待っていたというのに…)

 

ツェッペリンのつぶやきは誰にも聞こえなかった。

 

―――――――――――――

 

―なあ、どこに行くんだ?

 

翔一が尋ねると、ツェッペリンがこう答える。

 

―特に向かう場所は無い。皆と顔を合わせるだけなのであろう?

 

―え?まあ、そうだけど…

 

特に行く場所もないまま、鉄血のKANSENたちと顔合わせをしていく。すると、妙に積極的(?)な人に声を掛けられる。

 

―へぇ、あなたが指揮官ね…

 

ずいっと顔をこちらに寄せてそう言う少女は、長い銀髪だった。前髪には赤いメッシュもある。

 

―うお、な、なんだよ

 

―ふふっ…あなた結構かわいいのね

 

―ば、バカにしているのか

 

―じゃあ頭はいいのかしら?

 

―これでも士官学校主席卒業だ…

 

―ふぅん、でも、ただ頭の良し悪しだけじゃ戦場では生きていけないわ。経験も大切よ…け・い・け・ん…

 

 

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そう言いつつ彼女は、翔一の胸に人差し指を這わせる。なんだ?赤城の時もそうだったが、妙に距離が近い人もいる。抵抗はないのか、俺は男だぞ。いや、だから珍しくて近づいてくるのか?

 

―ふふっ…少しからかっただけよ、ごめんなさい。私はプリンツ・オイゲンよ、よろしくね指揮官

 

―あ、ああ、よろしく

 

オイゲンは翔一から離れると、誰かに気づく。

 

―あれは…ビスマルクじゃない

 

ビスマルクと呼ばれた彼女は、こちらに近づいてくる。

 

―ようこそ鉄血のエリアへ。私はビスマルクよ、よろしく

 

ビスマルクはそう言うと、敬礼をする。翔一も同じく敬礼を返す。

 

―今日からこの母港の指揮官として着任しました。港翔一です

 

―そんなに固くしなくていいわ。ここのみんなは、家族みたいなものだもの

 

―ん、そうか…

 

なんとなく、温かい感じがした。

 

―――――――――――――

 

ツェッペリン、オイゲン、ビスマルク、ベルファスト、翔一の一行は、鉄血エリアの休憩所で、母港のこれまでとこれからのことについて話していた。聞いたところによると、最近「鏡面海域」なるものがたびたび出現し、それに合わせてセイレーンの動きが激しくなっているらしい。翔一が指揮官になった理由は、戦いが激化するに伴い、母港全体の指揮が必要になったからであろう考える。それにしても翔一は、自分が指揮官としてKANSENたちをまとめられるのかと不安を感じていた。

ビスマルクがそんなことを思っていることを察したのか話しかけてくる。

 

―どうしたの指揮官、そんな難しい顔をして

 

―いや、少しこれからのことで…本当にみんなをまとめられるのかなって

 

そう素直に吐露するとビスマルクが翔一に覇気を入れる。

 

―さあ、顔を上げて、胸はしゃんと、目ははっきり!

 

言われた通りにする。

 

―よし!…指導者がそんなことでは格好がつかないわ。もっと自信をもって

 

元気づけられた。たしかに指揮官が不安がっていては元も子もないな。今度はオイゲンが言う。

 

―ま、そんなに気を張っていなくても大丈夫でしょ

 

それにツェッペリンが続ける。

 

―破滅した時はそれまでだ

 

ビスマルクがこれに反応する。

 

―そういうことを言わないの、ツェッペリン

 

これを見ていたベルファストが「ふふっ」微笑んだ。

 

―鉄血の方々は固い印象がありましたが、仲がよさそうで安心しました

 

これに鉄血の3人は、

 

―そうかしらねぇ

 

―フンッ

 

―ふふっ、癖の強い子も多いけどね

 

―――――――――

 

とりあえず主な4陣営のエリアに回った翔一とベルファストは、執務室に戻ることにした。そろそろ夕日も見えてくるころだ。鉄血の3人と別れて歩いていると、ベルファストが聞いてくる。

 

―今日一日たくさんの子たちと会って、いかがでしたか?

 

これに翔一は率直な気持ちを言う。

 

―これからが楽しみだよ

 

この時、翔一の顔は少し笑っていた。彼女もニコッとかわいらしい笑顔を向けてくる。

 

―そうですか、ご主人様がそう思ってくだされば、私もうれしいです。

 

暮れていく空の中、二人は執務室に戻っていった。

 

―――――――――――――

 

執務室に入ると赤城がいたのはまた別の話。どうやって鍵開けたんだ…

 

 




にゃ!明石にゃ!今日も特にオリジナル設定はないにゃ。そこで作者についてちょこっと
この話の作者がアズレンで大艦隊を開いたにゃ!若松サーバーのNEXUSって大艦隊にゃ。よかったら入ってほしいにゃ!

今回のpart3で1話は終わりにゃ。多分次回はバトルもあるにゃ!次も読んでにゃ!

細かい設定、設定画はここ(ピクシブ)にゃ

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2話 実戦!新たな敵?

翔一が着任し、しばらくの間はセイレーンは現れなかった。着任する前は、たびたびそれが出現していたという事をKANSENたちから聞いている。

そんなある日、翔一が眠りから覚める前。ベルファストは翔一の生活部屋へと足を運ぶ。いつもならこの時間は翔一は起きており、その日の仕事の準備をしている。翔一の許可を得ずに、彼のプライベートな空間に入るのはどうなのだろうかと感じたが、彼の生活リズムを崩さないようにするのもメイドの務めだろうと思った。扉をノックし、静かに部屋に入る。

 

―失礼します、ご主人様

 

部屋のカーテンは開けられていない。案の定、翔一もぐっすりと寝ている。ベルファストはカーテンを開けると、朝日に照らされる。 今日も天気がいい。まだ寝ている彼の寝顔を見てみると、普段はキリッとしている顔も柔らかな表情をしていた。いつも見ない一面にふと、かわいいなんて思ってしまう。

とはいえ、ずっと見ているわけにもいかないので、早速起こそうと試みた。

 

―ご主人様…もう朝ですよ、ご主人様

 

軽く肩を揺すると、翔一は目を開ける。

 

―ん……!?

 

いつも目を覚ました時と違う光景に驚いた。

 

―ベルファストか、どうしたんだ…って、こんな時間!

 

―今日はお寝坊さんですね?どうされたんですか?

 

―いや、ただの寝坊だよ…たぶん…

 

翔一はベルファストの問いに微妙な答えをした。

 

―もうすぐエンタープライズ様も来ると思います。お早めに準備をお願いしますね

 

―うん、すぐ支度するよ

 

ベルファストが執務室の方に行くと、翔一は着替えながら思い出した。

 

夢を見ていた、細かく思い出せないが、優しく包まれているようなとても懐かしい夢だった。

 

着替え終わると、執務室の扉を開ける。ベルファスト以外にもエンタープライズと、今日の副秘書艦がいた。

 

―今日は明石か

 

―よろしくにゃ!

 

彼女には普段は母港の設備を管理してもらっている。おかげで快適な暮らしが出来ていた。

エンタープライズが話しかける。

 

―それにしても指揮官、寝坊したんだって?

 

―ま、まあな

 

これに翔一は歯切れを悪く返した。

 

―最近セイレーンは現れないが、気を緩ませてはいけないぞ

 

―ああ、気を付けるよ

 

そんな言葉を交わし、まずは朝食を取りに行くことにする。

 

―指揮官、ごはん食べに行くにゃ。おなかすいたにゃ

 

―そうだな、それじゃ行こうか

 

―――――――――

 

食堂で朝食をとった後、明石が話してくる。

 

―指揮官、今日は暇にゃ?あんまりすることがないなら手伝ってほしいことがあるにゃ

 

―今日はあまり仕事はないな、何をすればいいんだ?

 

「今日は」というより、着任してからもほとんど忙しい仕事があったわけではない。専ら、演習の付き添いをしたり、他の報告書などを作って提出したりするだけだった。それはそれで平和なのだが、本当にこれでよいのかと思っていたところなので、こういう風に何かを手伝えるのは、個人的にはありがたいことだった。

 

―オフニャと饅頭ハウスをちょこっと改装するから手伝ってほしいにゃ

 

―ああ、あのちっちゃい奴らの…

 

―そうにゃ、あの子たちの家の扉が壊れたらしいにゃ

 

―わかった、手伝うよ

 

ベルファストが言う。

 

―お部屋のお掃除も同時にしてしまいましょうか

 

―それもいいにゃ

 

――――――――――

 

オフニャと饅頭ハウスの扉は共通していて、そこから先はオフニャの住む場所と饅頭の住む場所へ廊下が分かれている。また普段はどちらの部屋も住人が掃除をしているが、部屋自体はKANSENたちも入れるような大きさなので、オフニャや饅頭では届かないところもあり、定期的にメイド隊が掃除をしに行っているらしい。

 

―みんな~来たにゃんよ~

 

明石の声に部屋からオフニャが出てくる。

 

―待ってたニャス

 

―さて、これは派手にやられてるにゃ

 

あるはずの扉が見事に倒れていた。蝶番が取れているようだ。

 

―早速治すにゃ!指揮官!

 

これを受けて翔一は明石のもとに向かう。

 

―ベルファストとエンタープライズは中の掃除をお願いするにゃ!

 

明石は、2人にも声をかけた。

 

―それでは行きましょうか、エンタープライズ様

 

―ああ

 

2人は中に入っていく。エンタープライズは、部屋の中をのぞくとつぶやいた。

 

―それにしてもオフニャや饅頭はたくさんいるな

 

広大な母港の管理をKANSENだけでしていくことはなかなか難しいため、このサポートをするために作られたオフニャ、特に饅頭はかなりの数がいる。これだけの量が毎日行き来していれば、当然扉も壊れるだろう。

 

扉の修繕があらかた終わったころ、明石が翔一に聞く。

 

―ねえ指揮官、私たちのこと、どう思うにゃ?

 

ひどく曖昧な質問だった。それに翔一は聞き返す。

 

―どうって…?

 

―兵器として存在しているKANSENについてにゃ

 

この母港で生活しているヒトたちは、かわいらしい姿をしているが、結局は人間が開発した兵器だ。これについてどう思っているのかということだろう。

 

―どうなんだろうな。セイレーンに対して有効な戦力になると分かってはいるが、少女の姿をしたものたちを戦場に出すというのは、少し変な感じがするよ

 

―そうかにゃ…

 

明石の言葉に続きはなかった。

 

―――――――――――――

 

黙って作業を続けていると、サイレンが鳴り響いてきた。

 

―この音は…セイレーンか

 

ベルファストとエンタープライズが駆けてくる。

 

―ご主人様!

 

―出撃だ!

 

翔一は強く頷いた。

 

―――――――――――――

 

翔一は、指揮官専用の船「指揮艦」に乗ってセイレーンの現れた地点に向かっている。この船は、一般的な軍艦のように大きい船体ではなく、基本的に指揮官と数人のKANSENが乗り込めるようになっているため、かなり小さい。そんな中で今回線上に向かっているKANSENは、明石、綾波、ジャベリン、Z23、ラフィー、ベルファスト、愛宕、エンタープライズだ。明石は基本的に指揮艦で待機し、万が一誰かが大ダメージを負った場合の救急要員として待機してもらっている。

しばらく航行していると、いよいよセイレーン艦隊の反応が大きくなる。これを受けて、みんなに海上に出てもらう。陣形は、エンタープライズを基準に、その前方に綾波、ジャベリン、Z23、ラフィー。そして左右にベルファスト、愛宕がついている。指揮艦はその後方にいる。今はエンタープライズに艦載機を飛ばしてもらい、セイレーンの細かい位置を確かめてもらっている。

 

―…見えたぞ!

 

どうやらセイレーンを発見したようだ。

 

―よし、行こう

 

翔一の声とともに、みんなが前方に進みだす。

ジャベリンが言う。

 

―うう、久しぶりだからちょっと不安だな

 

これに駆逐艦3人が返す。

 

―大丈夫です。綾波たちがいます

 

―いつもの演習のようにすれば大丈夫よ

 

―眠いからはやく終わらせる…

 

ジャベリンは3人の言葉に元気づけられた。

 

―うん、頑張るよ!

 

一方、愛宕が指揮官に話しかける。

 

―指揮官~お姉さんが活躍するところ、しっかり見ててね~

 

翔一が返す。

 

―期待してるよ

 

ベルファストが反応する。

 

―これは、メイドとして負けていられませんね

 

―あら、メイドさんの力、どんなものなのかしら

 

―優雅に敵を倒す姿をお見せしましょう

 

そうこうしているうちに、セイレーンの艦隊が肉眼で見えてきた。

 

―みんな、行くぞ!作戦開始!

 

翔一が合図を出すと戦闘が始まる。まず駆逐艦の4人が前方に走り、一斉に雷撃を行う事で敵の前衛戦力を大きく削いでいく。そこへ、ベルファストと愛宕の砲撃で取り逃がした敵を確実に仕留めていった。

 

―お?結構やるじゃん!

 

そう言ったのは、シュモクザメの形の艤装をしたセイレーン、ピュリファイアーだ。

 

―来たか!

 

―ははは!今日はどんな活躍をしてくれるのかなあ!エンタープライズ!

 

ピュリファイアーの攻撃をかわしつつ、エンタープライズは矢を放ちながら言う。

 

―相変わらず激しい奴のようだな

 

そういいつつも、ピュリファイアーの後ろで砲撃を続ける敵の船に、艦載機が攻撃を続けている。

 

―後ろがあいていますよ

 

ベルファストがそういうと彼女の砲撃がピュリファイアーに直撃する。ピュリファイアーはドンという音と共に吹っ飛んでいく。

 

―わぁあああぁぁあああ!

 

飛ばされながらも笑っている。

 

―あは!いいじゃんいいじゃん!もっと戦ってよ!

 

ピュリファイアーは新しく船を出現させていく。

 

―…増えた、めんどくさい

 

―一斉射撃で片付けちゃおう!

 

―鬼神の力、味わうがいい!

 

―行くわよ!

 

駆逐艦たちの雷撃と砲撃で敵艦船がダメージを負っていく。

 

―ふふ、こっちも忘れてもらっちゃ困るわ!

 

―メインディッシュはこれからです!

 

巡洋艦の砲撃も敵に致命傷を与える。

 

―終わりだ!

 

とどめはエンタープライズの爆撃だ。一気に船を沈めていく。これを見てピュリファイアーが言う。

 

―おお!結構強くなってるね!これも「アイツ」のおかげかなあ!!

 

エンタープライズがつぶやく。

 

―アイツ?…なんのことだ

 

ピュリファイアーが答える。

 

―さあ!なんでしょうねぇ!

 

そして満足したように告げる。

 

―今日はこんなもんかなぁ?…ん?

 

突然、快晴だった空に黒雲が出現した。

 

―あ、来ちゃった

 

ピュリファイアーが言うと、黒雲から黒い雷が落ちる。そして雲が晴れていくと、その中から黒い影が表れた。

 

―あれは、何でしょうか…

 

―見たことないな…

 

ベルファストとエンタープライズが言うと、その影は太陽を背にマントをたなびかせながら降りてきた。

 

直後、攻撃を仕掛けてくる。レーザーやKANSENでも撃てないような速さの弾が飛んでくる。前衛にいた駆逐艦たちが、真っ先に攻撃を受ける。

 

―きゃあああ

 

―くっ…何ですかこの攻撃

 

―ほんとにセイレーンなの!?

 

―…!…いたい

 

明石が叫ぶ。

 

―にゃにゃにゃ!大変にゃ!綾波、ジャベリン、ニーミ、ラフィー!すぐ戻ってくるにゃ!

 

この攻撃を見たピュリファイアーは慌てた反応をした。

 

―ちょちょ、今倒しちゃやばいでしょ!

 

この言葉に影は低く冷たい声で答える。

 

―安心しろ…倒しはしない…

 

愛宕、ベルファスト、エンタープライズは相手の攻撃が止むと、とっさに反撃を開始する。しかし

 

―あれ、撃てないわ

 

―魚雷も発射できません…

 

―艦載機も出せないぞ…どうなってるんだ

 

なぜか攻撃が出来なくなっていた。これに翔一は、指揮艦に搭載されている主砲を発射しようとする。

 

―いけるか!

 

主砲の轟音とともに、飛んでいく弾を見ると少し安心する。それが影に直撃し、灰色の煙が上がる。

 

―やったか…

 

翔一はそうつぶやくが、煙が晴れてもそれをものともしないように、影は浮遊していた。この光景にジャベリンと綾波は静かにつぶやいた。

 

―なんなの…あれ…

 

―強いっ…

 

やがて影は、ベルファストの方を見つめる。

 

―………まだだな

 

そう言うと、振り返りピュリファイア―に告げる。

 

―ピュリファイアー、撤収するぞ…

 

―え、あ、うん

 

彼女も素直にその言葉を受け入れた。2人の周囲に再び黒い雲と雷が現れて、そして消えていく。ほどなくして、前線に出ていたKANSENたちが指揮艦に戻ってきた。

 

―――――――――――――

 

母港に帰還しながら一行は話していた。

 

―結局あれは何だったんでしょうか

 

ベルファストが言う。

 

―あんな奴は初めて見た、あの黒い鎧…凄まじく強い力を持っていたようだが…

 

エンタープライズが続く。Z23とラフィーは

 

―攻撃もできなくなってしまったし…

 

―ラフィー、あんな攻撃を受けたのは初めて…つかれた

 

これに翔一が続ける。

 

―それにしてもなぜ指揮艦の砲撃は出来たんだ…?それにあいつが去る前、ベルファストの方を見ていたような…

 

ベルファストは、そのことを思い出していた。確かにあの時見られていたと思う、でもなぜ…と。

 

―まあ、そのことは置いておくとして、1体であんなことが出来る戦力がセイレーンにあるとは…どうしたものか

 

翔一の言葉にエンタープライズが言う。

 

―ああ、今回はあちらが撤退してくれたから良かったが、あのまま責められていたら確実に全滅していた

 

そして明石は皆を心配し話しかける。

 

―ジャベリンと綾波以外はけがはないかにゃ?少しでも異常があれば言ってほしいにゃ…

 

ジャベリンと綾波はあの鎧の攻撃でひどく損傷ができた、指揮艦に戻ってくると同時に明石が応急処置をし、今は簡易医務室で横になっている。翔一はこれを見て、指揮官として、そして1人の男として情けない気持ちになっていた。少女たちを戦場に出し、あまつさえ自分の指揮不足でひどい怪我をさせてしまった。そして、それを自分は見ていることしかできない。KANSENたちも見たことがない鎧が表れた、という特異な状況でありながらも、自分を責める気持でいた。

ベルファストが翔一の顔を見て心配の表情をする。

 

―ご主人様、自分を責めることはございません。今回は状況が特殊でした。全員で帰還できるだけでも幸せなのです

 

エンタープライズも続ける。

 

―そうだ、まだ次があるさ。その時までに、また強くなっていれば良いんだ

 

翔一は2人の言葉に、「ああ…」と、頷くことしか出来なかった。




にゃ!ついに明石が登場にゃ!この小説では重要な立ち位置になるから注目していてほしいにゃ!

今回の設定にゃ!この世界の指揮官も、原作の通りにKANSENたちと前線に立って指揮しているにゃ。また指揮艦は基本的に指揮官や明石、中で待機するKANSENしか乗らないので、本物の軍艦とは違ってそんなに大きい船体では無いにゃ。じゃあ、どうやって速く航行するかって…?にゃふふ…それはメンタルキューブの力にゃ!それに、普通に砲撃が出来る他にもいろいろな機能が隠されているのにゃ!その能力は後からのお楽しみにゃ。

それじゃ、次回も読んでにゃ!

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3話 指揮官として

黒い鎧が現れなんとか帰還した次の日、翔一は執務室の席に着き、その件を上層部に提出する書類の作成をしようとしていた。専属メイドのベルファストは、本来ロイヤルエリアで行う仕事をしている影響で今は執務室にいない。エンタープライズは、艤装の整備をするという事で、こちらも執務室にいない。今いるのは今日の副秘書艦のネバダだけだ。

翔一は深く悩んでいた。書類の作成が手につかないほどだ。翔一の悩みはある意味簡単で、そして深いことだった。

 

昨日の戦闘でジャベリンと綾波が負傷した。幸い母港に帰還してすぐに、明石やヴェスタルが治療を行ったので今では二人とも元気だ。朝も食堂で見かけた。しかし、翔一は逆に暗い気持ちでいた。自分は指揮官としての役割を全う出来ていたのか。自分の力不足で二人が負傷したのかもしれない。本当にみんなを指揮していけるのか。

KANSENは兵器である。多少損傷したくらいなら修理すればいい。この母港にいない軍人なら、そう思うだろう。しかし翔一は知っていた。何人もの少女たちが楽しそうに、まるでセイレーンとの戦闘には関係ない人間たちのように過ごしていることを知っていた。だからこそ、彼女たちを指揮官として、一人の男として守りたいと思った。しかしそれ故に、今回ジャベリンと綾波を負傷させてしまったことをとても悔い、自責の念まで抱いていた。

そんな翔一の気持ちを察してか、ネバダが問う。

 

―どうしたんだ?指揮官、そんなに暗い顔し…

 

言い終わる前に、翔一の不安を煽るようにサイレンが鳴り響く。セイレーンだ。

 

―出撃だ

 

―おう!指揮官の力、見せてくれよ!

 

そのネバダの言葉に、一層の不安が募った。

 

―――

――

 

今回の出撃メンバーは、主力に赤城、加賀、ネバダ、前衛にエルドリッジ、クリーブランド、グラスゴー、さらに潜水艦は伊58だ。指揮艦には明石も待機している。そして、翔一は自信なさげに海を走る皆に告げる。

 

―みんな、よろしく頼む…

 

―指揮官様~やっと赤城の力をお見せすることが出来ますよ~…きゃっそんなに見つめられたら、私♡

 

―姉様、集中してください…

 

―わかってるわよ…

 

赤城は指揮艦の窓越しに見える翔一を見つめている。普段と違う翔一の様子を見て彼女なりに励まそうとし、声をかけたのだ(それにしても彼女だけ良い思いをしているように見えるが)。艦載機を飛ばしていた加賀が敵を見つけ翔一に報告する。

 

―指揮官、敵が見えた。見たことがないタイプだ

 

この報告に翔一は強く反応する。例の鎧かもしれないからだ。実際に指揮艦のレーダーにも、登録されていない敵の識別信号が出ている。

 

―!…それは、昨日出現したものか

 

加賀が前方をにらみながら言う。

 

―いや、違うようだ。昨日の映像データとは明らかに違う。なぜならあれは…

 

直後、おぞましい咆哮が聞こえてきた。姿も見えてくる。

 

―なんだぁ、あれ

 

―でか!

 

ネバダとクリーブランドが驚く。それに続いてエルドリッジ、グラスゴーは、

 

―おっきい

 

―指揮官、あ、あんなの倒せるの?

 

伊58もつぶやいた。

 

―あの大きいの、海中に攻撃できる装備もついてるよ

 

海上に出ている部分だけでも50mはあろうか、そんな怪獣のようなものがかなりの速度でこちらに迫ってきた。

 

―指揮官!こっちに来るよ!

 

クリーブランドが叫ぶと、翔一はとっさに指示を出す。

 

―みんな、散開だ!主力の3人はもっと後方へ!

 

あのようなデカブツだ、一点に集まって巻き込まれるよりも、まずは一人一人の安全を確保するために散開した方がいいだろう。そして、空母の二人に叫ぶ。

 

―赤城、加賀!先制攻撃だ!

 

―ああ、指揮官様からのご命令ですわ!赤城、全力で行きます!行くわよ、加賀!

 

―はい!

 

姉妹のコンビネーションはさすがなもので、あの怪獣を怯ませるほどの猛攻撃を繰り出している。そこで他のKANSENたちにも指示を出す。

 

―よし、エルドリッジ、グラスゴー!あいつに近づいて雷撃だ!クリーブランドはその援護を!

 

―了解!

 

―エルドリッジ、がんばる

 

―雷撃ね、いけるわ!

 

3人が攻撃している間に、さらに撃退を確実なものとするため、伊58に指示を出す。

 

―伊58、相手に出来るだけ近づいて周りを見てきてほしい、装甲が薄い部分があるかもしれない

 

―わかった

 

伊58は全速力で敵に近づいた。危険な攻撃をされなければいいが…一方、敵は激しかった攻撃が落ち着き始めている。隙が出来たところでネバダに指示を出した。

 

―ネバダ、全力攻撃だ!

 

―任せときな、指揮官!

 

今回の指揮は上手くいっていると思い、翔一は徐々に自信を取り戻してきた。そしてもう少しで倒せるだろうと、思い切って全員敵に近づいて攻撃をさせようと指示を出す。

しかしこの思いが慢心だったことを、翔一は次の瞬間に気づくのだった。

 

―みんな!これで倒しきれるぞ、全員近づいて攻撃だ!

 

―”了解!”

 

皆が敵に向かっていくと、それは、今までに見せなかった行動をとった。海面近くに顔の部分を落とし、口を開けたのだ。そこから、見たことも無いほど大口径の砲が見えた。

先ほどから攻撃が激しくなくなったのは、この砲をチャージしていたからだ。指示を出す間もなくそれが発射され、同時にクリーブランドが叫んだ。

 

―ぐあ!

 

そして、その周りにいたエルドリッジとグラスゴーもまとめてこちら側に吹き飛んでくる。3人とも直撃は避けられたようだが、続けて戦えるかわからない。さらに後方にいた主力のKANSENたちは、敵の砲撃から紙一重でよけたが余波でダメージを受けた。海中にいた伊58が指揮官に叫ぶ。

 

―指揮官、見つけたよ!正面の下の方、可動部分がある!そこを攻撃すれば…く!

 

弱点らしきものを見つけた伊58も攻撃を受けていた。次々に攻撃を受けていくKANSENたちを見ることで、翔一は先ほどの指示を出したことに後悔し、まともな指揮が取れなくなった。次の瞬間、敵が咆哮を上げた。伊58が魚雷を弱点に撃っていたようだ。

 

―指揮官、あいつ魚雷が当たったら暴れだしたよ!

 

そしてこの攻撃のおかげか、敵は撤退していった。この光景にKANSENたちは、脅威が去りほっとする気持ちと敵を取り逃がした悔しさが入り混じった感情があった。

 

―――――――――――――

 

母港に帰還した一同は、それぞれの寮に戻っていった。攻撃を受けたクリ-ブランドの傷は、自然治癒でどうにかなる程度のものであった。幸運と言うべきであろうか。一方、翔一は今朝より暗い気持ちになっていた。

 

―また、みんなを危機に晒してしまった。

 

翔一は、今にも机に突っ伏するような状態だ。これを見たネバダが優しく話しかける。

 

―指揮官、ちょっと散歩でもするか…

 

翔一は素直にネバダについていった。

 

―――――――――――――

 

二人は、母港の海岸に赴いていた。ここに来るまで、話はなかった。しばらく並んで海を見つめていると、ネバダがつぶやいた。

 

―なあ、指揮官…不安か…?

 

―ああ…

 

―じゃあ、あたしたちを信じることが出来ないか?

 

―…

 

翔一は分からなかった。KANSENたちを信じて戦うことが出来ていたのだろうか。そもそも、翔一が来る前までもKANSENたちはセイレーンと戦っていた。今更指揮官が来たとしても本当に意味があるのだろうか。演習をしている時だって翔一が指示を出さなくても難なく戦えていた。そんな思いをしている翔一の肩を、ネバダは抱く。

 

―指揮官、あたしたちがいるよ

 

―え…?

 

ネバダは、優しく語り掛けていった。

 

―一人でこんなところに来て、大勢の指揮をしろって言われて、プレッシャーもあるだろう

 

―…

 

―でもな、あたしたちは何も指揮官だけに全てを任せようとしてるわけじゃないんだ。むしろ、あんたを支えて一緒に戦っていこうと思ってる

 

―…

 

―そんでもって、あんたを信じてる

 

―…

 

―指揮官だけじゃないぜ、みんなお互いを信じあっているんだ。だから、全力で戦える

 

―…

 

―まあ、一部極端にあんたのことを思ってるヤツもいるがな!ハハッ!

 

―…

 

今のは笑うところだったのだろうか。しかし、翔一はずっと黙ったままだった。

 

―…まあ、あたしもあんたのこと、結構…気に入ってるよ

 

―…

 

肩を抱いていた手は翔一の顔を包み、その顔は彼女の方に向かせられた。

 

―でも!今のあんたはダメだ!困ったらあたしたちを頼れ、そして、信じろ。あたしたちが助けてやる!

 

翔一は、力強い彼女の目を見つめた。彼女も翔一の目を見つめ、また優しい声をかけた。

 

―あたしから見りゃ、お前はまだまだクソガキだ。少しぐらい、甘えたって良いんだよ。な、少年

 

ネバダは気さくな笑顔をして、翔一の頭をがしがしとなでた。翔一は、ネバダの言葉で少し元気が出てきた。次に戦うときは不安なく指揮官として振舞えるだろう。

 

翔一の晴れた心を映したかのように輝く海を背にし、二人は執務室に戻っていくのだった。

 

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明石にゃ!今回のオリジナル設定を話してくにゃ!
KANSENたちは艤装をして戦いに出ている間は、それぞれの体の状況や周りの戦況、またそれ以外の情報をネットワークで繋げ、共有することが出来るにゃ。だからはっきり言うと、指揮官がいなくても普通に戦えはするのにゃ!じゃあなんでいるにゃって?さあ、それは後の話しのお楽しみにゃ!

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4話 夜戦

翔一は、ネバダの激励によって暗い気持ちが和らいでいた。そんな事があった数日後のことである。

 

―おはようございます、指揮官様~

 

―うお…おはよう、赤城

 

今日の副秘書艦である赤城は執務室に来るなり、朝食をとりに食堂に行こうとする翔一の腕に引っ付いてくる。最近は秘書艦でなくても翔一のもとに来ることが多く、先日”自分の仕事は出来ているのか”と聞くと”指揮官様のためならどんな仕事でも一瞬で終わらせて見せますわ~…もちろん…あなたの周りにいる害虫の駆除だって…”と言ってきたこともあった。気に入られていること自体は、信頼関係が大切な戦いにおいて良い方向に向いてくれるからいいとして、その思いが強すぎるのは困ったものだと、いつも翔一は感じていた。まあ、仕事を投げて来ているのなら小言の一つでも言うところだが、自分のやることをしっかりやっているのならいいだろう。そんな彼女は今回、初めて副秘書艦になったのでテンションが上がっているようで、なかなか手を放してくれない。それに見かねたのか、翔一の専属メイドであるベルファストが口を開く。

 

―赤城様、ご主人様を慕っているのはよろしいのですが、いつまでもくっついているのはあまり良いとは思いません。ご主人様もお困りのご様子です

 

ベルファストの言葉もむなしく、聞く耳を持たない赤城は翔一にキスをする勢いで顔を近づける。

 

―指揮官様、今日は赤城が秘書艦になった記念すべき日…今夜は…ふふっ

 

なにか妙なことを言い出した赤城に翔一は警戒した。

 

―ま、まあいったん離れてくれ。朝食をとりに行くんだ

 

―そうですわ、今日は重桜の寮に来ませんこと?この赤城が真心を込めて朝食を作りましたの

 

純粋な善意を向けられた翔一は、その提案を受けることにする。エンタープライズとベルファストも一緒に来るように誘う。

 

―そうか、ならそうしようかな。そうだ、せっかくだからベルファストとエンタープライズにも来てもらっていいかな

 

―重桜のお料理はあまり頂いたことがないので、興味があります

 

―私も食べてみたいな

 

2人とも来てくれるらしい。赤城はというと…

 

―指揮官様のお願いでしたらいくらでもお聞きしますわ。指揮官様、私の料理、楽しみにしていてくださいませ

 

―ああ、楽しみにしてるよ

 

4人は早速、重桜寮に足を進めるのだった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

寮に着くと、赤城は少し広い部屋に翔一たちを案内した。部屋の中央に机がある。和室なのでもちろん床は畳だ。ベランダからは、広い海と重桜エリアが見渡せるようになっていた。食堂に行こうと歩いているKANSEN達も数人見える。

 

―それでは、少々お待ちください。いま持ってまいりますわ

 

赤城はそういうと、部屋を出ていく。

 

―ん?…指揮官か、珍しいな

 

赤城と入れ替わりで加賀が部屋に入ってきた。

 

―赤城が作った朝食を食べさせてもらうことになったんだ

 

―そうか、いつもは私が作っているんだが、今日の副秘書艦は姉さまだからな。指揮官に自分の料理を食べさせたかったのだろう

 

そういうと、机に向かい正座する。そしてエンタープライズがつぶやく。

 

―赤城の料理か…どんな味なのだろうか?

 

―姉さまの料理はおいしいぞ

 

―メイドの一人として、重桜料理の味を勉強させていただきますね

 

―ああ、よく味わって考えるといい

 

一時期はアズールレーンとレッドアクシズで分かれて活動していたことを思うと、こんな風に楽しそうに話しているところを見て、翔一は微笑ましい気持ちになった。少し話していると、赤城が戻ってくる。

 

―おまたせしました。指揮官様~

 

機嫌の良い赤城が大きいお盆を持って部屋に入ってくる。

 

―お、いよいよか

 

翔一がそういうと赤城は机にお椀を並べていく。白米、みそ汁、焼き魚と、一般的な重桜の朝ごはんという感じではあるが、とてもいい香りがしておいしそうだ。お椀を並べ終えると赤城が言う。

 

―さあ、召し上がれ

 

当然のごとく翔一の隣に座ってくるが、彼女の顔は少し不安そうだ。赤城以外が早速食べ始めると、彼女は翔一の反応をうかがう。

 

―指揮官様…どうでしょうか、お口にあいますか…?

 

おいしい。しかし赤城の料理は初めて食べるのだが、なぜか懐かしい感じがした。その思いに更けていると、赤城に声を掛けられたのでそれに答える。

 

―ああ、すごくおいしいよ

 

それを聞いた赤城は、ぱっと明るい顔になる。幸せそうな笑顔だ。

 

―よかった…これで赤城と指揮官様の未来は安泰ですわぁ

 

―え…

 

―ふふっ

 

そんなやり取りをしながら、楽しく朝食をとったのだった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

日中は特に事件もなく、いつもの事務仕事をこなしていた。四六時中赤城が密着していたので少しやりずらかったことはさておき、そろそろ夕焼けが見えてきそうな時間となり今日の仕事も終わりに近づいてきた。そんなとき、久しく聞くサイレンが鳴った。

 

―指揮官!

 

―ご主人様!

 

―指揮官様、行きましょう!

 

―よし、出撃だ!

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

今回の出撃メンバーは、主力に赤城、エンタープライズ、ビスマルク。前衛にベルファスト、プリンツオイゲン、足柄。そして潜水艦は伊13である。敵が出た地点に着く頃には、あたりは暗くなっていた。少し霞がかっていて、視界も悪い。特に注意して戦わなければならないだろう。

 

―みんな、頼むぞ!

 

翔一は以前までとは違っていた。今は、共に戦う仲間たちのことを信じている。だから無駄な不安などは感じない。皆を信じて指揮をとるだけだ。

 

―指揮官様!セイレーンの艦隊を発見しました!

 

―うん、それでは赤城とエンタープライズは攻撃機を発艦、ビスマルクは次の攻撃に備えてくれ。ベルファストと伊13は敵艦隊に接近、オイゲンと足柄はその援護だ!

 

―”了解!”

 

指揮の通りにKANSENたちが動く。しばらくすると肉眼で敵が確認できるようになった。その時、ビスマルクが言う。

 

―指揮官、射程圏内に入ったわ!どうする?

 

―先手必勝だ!撃ってくれ!

 

ドドン!という音とともに凄まじい威力の砲弾が連続で飛んでいく。それは見事に相手の艦隊を襲い、ダメージを与えていく。そこにすかさずベルファストと伊13の雷撃が突き刺さった。あっさりと敵の前衛が撃破されていく。しかし、その後方から新たな船が出現する。

 

―おお!ちょっと成長してるかなあ!

 

優勢になろうというところでピュリファイアーが出現した。

 

―ピュリファイアーか…

 

―お、元気ぃ?こっちの指揮官君!

 

ピュリファイアーの声が指揮艦操縦席のスピーカーから聞こえてきた。そして、この言葉にエンタープライズがつぶやく。

 

―こっちの…?どいうことだ

 

翔一はエンタープライズと全く同じことを思っていた。しかし、今そのことを考えてもどうしようもないと気持ちを切り替え指揮を続ける。

 

―ベルファスト、オイゲン、足柄!一斉射撃で敵の動きを止めてくれ!エンタープライズ、赤城!その隙に爆撃だ、一気に決めるぞ!伊13は一旦戻ってきてくれ!

 

これにより敵艦隊が一気に撃破されていく。しかし、

 

―ハハッ!そう簡単にはいかせないよ!

 

ピュリファイアーが言うと、直後に伊13が叫んだ。

 

―指揮官!海底から何か来るよ!……前回の出撃で出てきたヤツだ!

 

前回の敵、あの怪獣のようなものだ。だが翔一は怯まない。怪獣が激しい波を蹴立てて海上に出てきた。

 

―みんな!アイツの脇に回り込むんだ!

 

この指示は前回のような攻撃を受けないためだった。少なくとも以前は側面からの攻撃はなかった。

 

―ムダだよ!

 

ピュリファイアーがそう言うと、怪獣は後ろについている尾でKANSENたちを薙ぎ払おうとする。その尾がエンタープライズを襲うが、彼女は大きく跳躍し紙一重でよける。すると、そのまま戦闘機に乗り、翔一に言う。

 

―あぶないあぶない…指揮官!私はこのまま空から攻める!

 

―ああ!そのまま頼む!

 

怪獣は攻撃をよけられた反動で姿勢を崩している。あの巨体では立ちなおすのは少し時間がかかるだろう。このチャンスを逃さず指示を出す。

 

―みんな、この隙に攻撃だ!

 

海上と空、海中からの攻撃で、怪獣は今にも沈みそうになる。このまま倒せそうだ。これ見たピュリファイアーがつぶやく。

 

―うーん、こんなに弱くはないんだけどなぁ。もうちょっと力だしてもらおっかな

 

ピュリファイアーが怪獣の方に腕をかざすと、怪獣の動きが急に活発になった。その攻撃にKANSENたちが襲われる。

 

―くっ!

 

ベルファストが攻撃を受けると、翔一が叫ぶ。

 

―ベルファスト!

 

―これぐらい、なんともありません、ご主人様…

 

これを見たピュリファイアーが言う。

 

―よし!お前からヤッてあげる!

 

彼女が怪獣に指示を出すと、ベルファストにその尾が迫る。その時、翔一の心は静かに燃えた。

 

―…!

 

その瞬間、指揮艦が一瞬だけ金に輝いた。そこから、夜の暗闇を昼に変えるほどの輝きを帯びた砲撃が放たれた。次の時には、怪獣は消えていた。この現象にピュリファイアーが驚く。

 

―なに…これ…

 

これを見て翔一自身も驚いていた。なぜこんな力が発生したのか分からなかったのだ。

 

―ん~…これは帰るか…ちょっと聞いておきたいこともあるし

 

ピュリファイアーがそう言うと、残りの艦隊を連れてさっさと撤退していった。KANSENたちは、今まで見たことのない光景から、セイレーンが去った後も立ち尽くしていた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

―あの時の光は何だったのでしょうか…?

 

指揮艦にKANSENたちが戻り、母港に戻っている最中、ベルファストがつぶやいた。それにエンタープライズが言う。

 

―あんな攻撃が指揮艦に出来たんだな…知らなかったよ

 

この言葉に翔一は答える。

 

―俺も出来るとは知らなかった…ただ、ベルファストが危ないと思ったら、勝手に…

 

―え…

 

翔一の言葉を聞き、ベルファストは顔を赤くした。そしてオイゲン、足柄、赤城が反応する。

 

―ふぅん…

 

―こ、これって…その…そういうこと、ですか!指揮官殿!?

 

―…!

 

赤城に至っては光の灯っていない目で翔一を見つめる。そして、翔一に腕を絡める。

 

―指揮官様~、これはひと時の気の迷いですわよねぇ。大丈夫です、指揮官様を迷惑させる虫はこの赤城が排除しますぅ。ふふふ

 

笑っているが、怖い。これにエンタープライズは、

 

―はは、相変わらずだな…

 

と、困った反応をした。そして、ビスマルクが言う。

 

―噂には聞いていたけど、思ったより大変そうね、指揮官…

 

そんな中、船は母港に帰っていった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

何もない暗い空間、そこにはセイレーンの中でも上位の個体が話をしていた。ピュリファイアーが報告する。戦っている時の映像を見ながら、

 

―あっちの指揮官君、変な力を発動していたよ

 

その言葉にタコの腕のような艤装をうごめかせるオブザーバーが続く。

 

―ありえないこともないわね、この現象は…ねぇ?

 

そういいながら、黒い鎧の方を向いた。

 

―…そうだな

 

呆れたような、無感情のような返しをした。その反応に、面白そうにピュリファイアーが言う。

 

―まぁだ何か思いでもあるの?

 

―…

 

彼女の悪意でもありそうな言葉に黒い鎧は黙る。そして間もなく口を開いた。

 

―今回も変わらなくやるさ…

 

―まあ、少しでも役に立ってくれればいいわ。あくまであなたはイレギュラーなんだから…

 

オブザーバーの言葉で、3人は話をやめた。




明石にゃ!ネタバレになるからこの文章は最後に読んでほしいにゃ!
今回も特に話すオリジナル設定は無いにゃん。でも、本編はなんだか伏線もりもりな感じだったんだけど分かったかにゃ?もうちょっとで話が大きく動くから待っててほしいにゃ!
それじゃ次回も見てにゃ!

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続きはピクシブにもあるにゃ!
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5話 いつもと違うメイド長

夜戦があった次の日

 

―ご主人様、起きてください

 

翔一が起きる時間の前だが、いつもよりはやく来たベルファストがまだ寝ている彼の肩を優しく揺するが、なかなか起きない。

 

―ご主人様…

 

ベルファストは翔一の顔を見つめた。そして、今までになったことのない不思議な感覚になる。なぜ普段より早い時間にここに来てしまったのだろうか。

 

―…

 

起きない翔一を起こそうとするのをやめると、静かに右手の人差し指を彼の唇に当てた。

 

―………!

 

そして急に恥ずかしくなり、指を離した。顔が熱くなる感じがした。それと同時に翔一が目を覚ます。

 

―…ん?

 

ベルファストは、悪戯がばれた子供のような顔をした。

 

―あ…お、おはようございます。ご主人様

 

―…おはよう…寝坊してしまったか

 

―いえ…私が早く来てしまっただけです…

 

翔一は、自分でも驚くほどの疲労があった。夜戦のせいかもしれないが、それとしても不自然なくらいにだ。そういえば、あの砲撃をした時から疲れがあったと思う。それはそれとして、せっかくいつもより少し早く目を覚ましたのだ、もう起きよう。そう思い体を起こした。ベルファストの顔を見ると、何やら妙な表情をしている。

 

―どうしたんだ?

 

―い、いえ、何でもありません…

 

―そうか……えっと…

 

いつも起きて直後に着替えているので、ベルファストがいる状態だと中々動けない。

 

―着替えるん…だけど…

 

―メ、メイドとしたことが、申し訳ありません!すぐにお手伝いを!

 

耐えかねて、歯切れ悪く翔一がベルファストに話すと、彼女は本来翔一が伝えたかった意味と異なった解釈をした。今日の彼女は変だ、顔も真っ赤になっている。

 

―と、とにかく一旦部屋から出てくれ

 

ベルファストの背中を押しながら、寝室から執務室に続く扉に近づくと、彼女が言う。

 

―あの、着替えのお手伝いは!?

 

―い、いや、自分で出来るから!?

 

ベルファストを部屋から出し、そそくさと着替えるのだった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

朝食を終えた後の出来事。

 

―先ほどはお騒がせしました…ご主人様

 

―いや、大丈夫だ。気にしてないよ

 

―え…

 

―ん?

 

―あ、いえ…

 

―なんだか今日のお前は変だな

 

翔一がこの母港に来て以来、KANSENたちは少なからず彼に興味を持っていた。ベルファストもその一人であり、赤城ほど過剰ではないものの、ひっそりと翔一に思いを寄せていた。しかも、いつもメイドとして近くにいるから尚更だ。

そんな相手にあっさりと”気にしていない”と言われた。少し、悲しくなった。

 

―ちょっと、歩くか…

 

翔一は、ベルファストを連れて海を見渡せる花畑に来た。海岸側には一本だけ木がある。翔一がベルファストをこんなところに連れてきた理由は、純粋な善意からだった。朝から様子がおかしい彼女を見て、心配になったのだ。この景色で、少しでも気持ちが和らいでくれればいいと思っていた。

 

―…

 

実は翔一も、ベルファストに思いを寄せていた。いつも身の回りで一生懸命手伝いをしてくれているので、結果的にベルファストとは過ごす時間が長かったから、という理由もあるだろう。それがメイドの仕事だと言われれば何も返せないが。しかし、いつからか彼女の優しい微笑みに惹かれていったのだ。

 

―…

 

残念ながら、お互いにその気持ちは知らない。会話もしない。しかし、ベルファストの心を和ませるのに、互いに身を寄せ合う以外に必要なことはなかった。二人で木を背もたれにし、海を眺めるだけでよかった。

 

―…

 

いつまで座っていただろうか。ベルファストが翔一の顔を覗くと、彼は眠っていた。ベルファストは起こさないように、そっとその頭を自分の腿の上に置いた。彼が起きたらどんな表情をするのだろうと想像する。彼の頭をなでながら顔を見つめていると、自然に口元が緩んだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

目を開けた。翔一はその瞬間、寝てしまったかと思ったと同時に見慣れない景色に驚く。ベルファストに膝枕されていた。そして、自分が彼女を元気づけるつもりだったのに、ただ幸せを感じていた。

 

―お目覚めですか?……うふふ、寝顔が大変可愛くてつい起こすのは惜しくて……ベルファストの膝枕はいかがでしょうか?いつまでも心ゆくまでお楽しみくださいませ

 

ベルファストに頭をなでられていることと、声を聞くことに心を奪われていて、しばらく口を開けなかった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

メイドの膝枕を堪能して、ようやく体を起こした翔一は、そろそろ執務室に戻ろうとベルファストと歩き出していた。

 

―心配事があるなら、行ってほしいんだ

 

やっと本来の目的を思い出して言った言葉は、とても簡単なことではあるが、彼にとっては大きなことだった。指揮官として母港を運営していく中で、KANSENたちが不満を感じるのであればそれは良くないと翔一は常々思い、悩んでいた。今朝のベルファストがいつもと大きく違っていたことから、なにか自分に出来ることはないかと考え、先ほどまであの花畑にいた。

 

―心配事、ですか…?

 

―ああ、今朝のお前はいつもと様子が違ったからな…

 

ベルファストは朝のことを思い出し、ついメイドあるまじき言葉を発した。

 

―あれは…あなたのせいなのですよ?

 

この言葉を聞き、翔一は情けない気持ちになった。指揮官である自分が、しっかりしなければならないのに。

 

―やはり、そうなのか…

 

―そうです

 

―なにか、解決出来る方法はないか

 

翔一は真剣そのものだったが、それゆえに次のベルファストの言葉は意外に感じた。

 

―それならば、一人のメイドのわがままを、聞き入れてくださいませんか?

 

―わがまま…?

 

―わがまま、です

 

今から”わがまま”を言われるのかと、思わず聞き返してしまった。そして、どんなことでもベルファストのためならばと、

 

―なんでも聞こう

 

そう言うと、彼女は翔一に目を合わせずに言う。

 

―これからは…ベル、と…お呼びください…

 

―…ベル……

 

―…!

 

少し緊張したが素直に言う事を聞くと、ベルファストは勢いよく背を向けた。翔一は意味も分からず立ち尽くしたが、一向にこちらを向かないので、彼女の顔を見ようと近づく。そして、日の光を浴びて輝く銀髪が振り乱れたかと思うと、ベルファストはその顔を翔一の胸に押し付けた。

 

―なっ、ベルファスト

 

―ベル、です…

 

―…ベル……

 

―…

 

―顔を見せてくれないか

 

翔一は、まだ胸に押し付けられている顔を見ようと、彼女の肩に手をかけると、

 

―…ダメ!みないで…!

 

―え、えぇ?

 

さらに顔をうずめられてしまった。仕方ないと、そのままの状態でベルファストの頭を上から見ると、真っ赤になった耳が見えた。翔一はベルファストを愛おしく感じ、ついに抱きしめてしまった。彼女は細かく震えていた。

 

―…

 

―…

 

震えが止まるまでどのくらい待ったのか分からないが、翔一がそれまで閉じていた口を開ける。

 

―帰るか…

 

―はい…

 

二人はやっと動き出した。

 

 

 

 

ちなみに、顔をうずめられたせいで感じた2つの柔らかいものについては気にしなかった。………気にしなかった。




―倉庫

薄暗く、青白い明りのある空間。ここは、明石が普段作業しているドックの一室。そこでは、いつも怪しい研究がされているらしい。今日の彼女はいつにも増して興奮している。

―にゃにゃにゃ!できたにゃ!KANSENのパワーアップアイテムにゃぁあああ!

―うるさいですね…またガラクタですか

そう言うのは不知火だ。これに明石は心外とばかりに言葉を発する。

―ガラクタぁ?違うにゃ!これはこの母港の戦力を一気に増幅できる激ヤバアイテムにゃ!

―そうですか…ただの指輪に見えますが…

指揮官も知らないところで、人類の新たな希望が完成していた。


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6話 ロイヤルパーティとエンゲージリング

ベルファストが大胆な行動を取ってきた次の朝―

 

 

―おまたせしましたぁ、指揮官様~

 

―赤城、度々ありがとう

 

―いえ、指揮官様と一生を添い遂げる身として、当然のことをしているまでですわ

 

いつも通りの赤城が、作ってくれた朝食を並べる。今日、翔一は重桜エリアで朝食を食べることにした。

今夜はロイヤルのKANSENたちが住まうエリアの城で、パーティがあるという。そのための準備があるため、ベルファストは朝からロイヤルエリアで働いている。翔一は彼女のことを思い出していた。

 

ベルはなぜあのようなことをしてきたのだろうか、普段あんな風に拗ねたような態度だったり、密着するようなことは無かった。赤城のように直接過ぎる思いをぶつけてくるKANSENもいるがそれは置いておくとして、やはりベルはこちらに好意を伝えてきたのだろうか、特別な思いを…

 

―指揮官様、今他の女のことを考えていますね…

 

―…お前はエスパーか?

 

―愛ゆえです♡

 

ハートがついていそうな声ではあるが、その目は深淵の如き闇が広がっている。それにしても、やはり赤城や大鳳は過激に思いを伝えてくる。それに加え、最近愛宕もその雰囲気が出てきた。もう少し抑えられないだろうか。

 

―ほどほどに…してくださいね…?

 

―あ、ああ…

 

そんなやり取りをしつつ、朝食を食べ始める。

 

―いただきます

 

―召し上がれ、指揮官様

 

翔一はベルファストが朝に不在の時に、よく赤城のもとに赴き朝食をご馳走させてもらっている。はじめに赤城の料理を食べたときに、はまってしまったのだ。筆舌しがたいが、なんとなくこの味が懐かしく感じ食べたくなる。

 

―…ふふっ

 

赤城が微笑んだ。意味も分からず、翔一は首を傾げた。

 

―ん?なんだ?

 

―指揮官様がとっても美味しそうに食べていらっしゃるので、幸せを感じずにはいられませんわ

 

―そんなに美味しそうに食べているように見えるか?

 

―はい、いつも

 

―…そうか

 

翔一は、機嫌を直した赤城としばらく過ごすのだった。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――

 

執務室の前、朝食をとり終えて帰ってきた翔一が見たのは、今日の副秘書艦のビスマルクだ。彼女が話しかける。

 

 

―指揮官、やっと来たわね。留守だったからどこに行っているのかと思ったわ

 

―すまない、少し重桜の方に行っていてね

 

―そうか、朝から大変ね

 

ビスマルクにそう言われると、翔一は執務室のドアを開けながら返す。

 

―いや、たまに朝食をご馳走させてもらっているんだ

 

ビスマルクは執務室に入りつつ聞いたその言葉に、意外という反応をした。

 

―あら、そうなの?てっきり赤城に連れまわされているのかと…

 

―はは、その赤城が作ったご飯を食べてるんだよ

 

―へえ

 

翔一が作業机につくと、ビスマルクは何か言いたげに彼を見つめる。

 

―どうしたんだ?

 

―あの、指揮官は重桜出身なのよね?

 

翔一は何か問題があったのかと思ったが、他愛もない質問をされ安心した。

 

―それじゃあ、鉄血の方にも食べに来るといいわ、私も、その、それなりのものは作れるから…

 

―そうか、それなら今度お邪魔するよ

 

―…ええ

 

翔一が誘いを受けると、ビスマルクはそれまでの緊張した顔を緩める。

 

―そういえば、食堂では鉄血のKANSENはあまり見かけないな

 

―食堂に行っていない子たちの分は、こちら側で作っているわ

 

まあそうなるよな、と思いながら質問を返す。

 

―誰が作っているんだ?

 

―ツェッペリンよ

 

―ほう…

 

意外な名を聞く。この手のことでは一番縁遠いと思っていたが…

 

―あの子、誰がご飯を作る?って話になった時に最初に乗り出したのよ”我がやろう、何人分作っても変わらん”って、ふふっ

 

―そうか、あのツェッペリンがなぁ

 

会うたびにこの世を悲観したようなことをよく言っていたが、彼女にも温かいところがあるのだろうな。

 

そんなことを思っていると、机にあるコンピューターから電子音が鳴る。母港の誰かが通信を送ってきたのだ。

 

―指揮官、いるかにゃ?

 

送ってきたのは明石だ。最近姿を見かけなかったがどこにいるのだろうか。

 

―明石か、どうしたんだ

 

―ちょっと一人で倉庫に来てほしいにゃ。重要な話にゃ

 

―…わかった

 

そう言い椅子から立つと、ビスマルクが話しかけてきた。

 

―指揮官、仕事の準備、しておくわよ

 

―ああ、頼む

 

翔一は執務室を後にし、倉庫に向かった。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

倉庫―

 

 

薄暗いが、一般的な倉庫の印象と異なり小綺麗に物が整理された空間に入ると、奥には猫耳の影が見える。

 

―明石、いるか?

 

翔一が声をかけると返事が返ってくる。

 

―まってたにゃ、指揮官

 

―一体なんだ、重要な話というのは

 

明石は”にゃふっ”とにやけると、小さな四角い箱を取り出しこちらに見せてきた。

 

―これは…?

 

―KANSENの強化アイテムにゃ!

 

そういいながら彼女が箱を開けると、そこには指輪が入っていた。到底、強化アイテムには見えないが一応確認してみる。

 

―本当にそんな道具なのか?ただの指輪に見えるけど

 

―む、不知火にも言われたにゃ!いいから今度使ってみるにゃ!

 

冷めた反応をされるのは心外らしく、明石は声を荒げ翔一に無理やり箱を持たせた。

 

―わ、わかったよ。それにしても、これは俺が付けるのか…?

 

翔一がそういうと明石が”違うにゃ”と否定し、説明をする。

 

―これは指揮官との絆が深いKANSENにつけることでその真価を発揮するのにゃ。その相手に誰を選ぶかは指揮官次第にゃ

 

―そうか…

 

翔一の脳裏にベルファストの姿が浮かぶ、いまこの指輪を渡すとしたら彼女が…

 

―もちろん、これから指輪は量産していくにゃ!指揮官はこれでハーレムライフを満喫するといいにゃ!

 

―なっ

 

確かに指輪の意味のとらえようによっては、そういうことも不可能ではない、興味が無いといえば嘘になるか。しかし、今の翔一に大勢のKANSENたちにそのような責任を負えるかといえば、そんな自信は無かった。

 

―明石に渡してくれてもかまわないにゃん

 

―そ、そうか

 

さりげない明石のアピールに虚を突かれた。そして再び明石が話す。

 

―ま、そんな感じにゃ。困ったことが有れば相談しに来るといいにゃ

 

―ああ、それじゃ

 

明石が部屋の奥に戻っていくのを見送り、翔一も執務室に戻ろうと振り向くと、また明石の声が聞こえてきた。

 

―あ!恋の相談に関してはあんまり期待しないでほしいにゃ!

 

―あ、ああ…

 

終始明石に振り回される翔一なのであった。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

夕方の執務室―

 

 

橙色の光が執務室に入り込んできた頃、沈む夕日のように今日の仕事もあと少しで終わりそうであった。そんな中、ビスマルクがつぶやく。

 

―ふう、今日の仕事も終わりそうね、指揮官

 

―そうだな、いつもより早く終わりそうでよかった

 

―何か予定があるの?

 

―うん、今日ロイヤルの城でパーティをするらしくてね、それに呼ばれているんだ

 

ビスマルクは”そうなのね”と返す。

 

―じゃあもうひと踏ん張り、頑張りましょう

 

―ああ

 

それから仕事を終えるのに、そう時間はかからなかった。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

執務室前―

 

 

仕事が片付きビスマルクを部屋の前まで送った後、彼女と入れ替えにベルファストがやってきた。

 

―ベルか、どうしたんだ?

 

”ベル”という呼ばれ方にまだ慣れないようで、恥ずかしそうに目をちらちらと逸らしてベルファストが答える。

 

―ご主人様、パーティのお迎えに参りました

 

―そうか、でもまだまだ時間はあるようだが…

 

ベルファストは”ふふっ”と笑うと答える。

 

―紳士たるもの、身だしなみを整えるのもお仕事の内ですよ

 

―確かに、軍服のままでパーティには行けないな

 

着替えの時間のために早く来たという事だ、しかし翔一は疑問を持った。

 

―そういえば、この母港に男物の服なんかあるのか?

 

―こちらでお作りしましたので、問題ありませんよ

 

―そうなのか…ん、もしかしてあの時の…

 

―はい、先日ロイヤルの寮にいらした時に行った採寸でタキシードを

 

ある日に翔一はロイヤルエリアに呼ばれていた。その時イラストリアスに、翔一の服を作るという事で採寸されていた。当時はそんなことをして意味があるのかと思っていたが、まさかパーティのために作ってくれていたとは思わなかった。

 

―さあ、行きましょう。ご主人様

 

二人は早速ロイヤルエリアに足を運んでいった。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

ロイヤル城内―

 

当然といえば当然だが、翔一がまず案内されたのは女性が使うような更衣室だった。男性が翔一しかいないこの母港ではこのような場所を使うしかないか。また、この部屋は他のKANSENも使った後のようで、香水の甘い香りが少し残っていた。ここに来る途中で合流したイラストリアスが話す。

 

―指揮官さま、これにお着替えしてくださいね

 

―ああ、俺のためにありがとう

 

イラストリアスから渡されたタキシードは重量感のあるものだった。隣にいるベルファストがこちらに話しかける。

 

―お着替えが難しいようでしたら、いつでもお呼びくださいね

 

―うん…

 

先日のことが頭によぎり、歯切れの悪い返事になってしまった。

 

―それでは指揮官さま、外で待っていますね

 

―失礼いたします

 

二人がそう言うと部屋を出ていく。翔一はそれを見送ると、初めて着る服に苦戦しながらも着替えるのだった。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

翔一が更衣室を出ると、ベルファストとイラストリアスが寄ってきた。

 

―ご主人様、蝶ネクタイが曲がっていますよ

 

―ん、本当だ

 

そこからベルファストが急接近すると、両手で翔一のネクタイを直した。少し気恥しい気持ちになる。

 

―これで大丈夫です

 

そういいながらベルファストが微笑む。

 

―とっても似合っていますわ、指揮官さま

 

―そうか?

 

このような服を着たことがないため疑問で返してしまった。

 

―お似合いですよ、ご主人様

 

―そうか…

 

こんな話し方をしていると、イラストリアスが”ふふっ”と笑う。

 

―もしかして、緊張していますか?

 

―そう、かもな。このようなイベントに参加するのは初めてでね

 

そして、パーティが始まる時間が近い事を確認したベルファストがイラストリアスに話しかけた。

 

―イラストリアス様…

 

―そうね、私たちも着替えましょう。指揮官さま、少しお時間を頂きますね

 

イラストリアスに続いてベルファストも言う。

 

―すぐに戻って参ります

 

―ああ、ゆっくりでいいよ

 

二人は先ほど翔一がいた部屋に入っていった。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

更衣室内―

 

 

着替えながら、カーテン越しにイラストリアスがベルファストに問う。

 

―ベルファスト、指揮官さまのこと…好き?

 

―なっ、えっと、それは

 

想定していなかった質問に、ベルファストは顔を赤く染めた。

 

―ふふっ、わかりやすいわね

 

―やっぱり、分かるのでしょうか…

 

―ええ、声だけでも。ごめんなさい、ちょっといじわるだったかしら

 

―い、いえ、そんなことは…イラストリアス様

 

―ん?なあに?

 

ベルファストも気になっていたことをイラストリアスに問うた。

 

―イラストリアス様は、ご主人様のことをどう思われているのでしょうか?

 

その言葉にイラストリアスは濁して答える。

 

―それは、ひ、み、つ

 

―そ、そうですか

 

この時イラストリアスも頬を染めていたことは、カーテンでベルファストからは見えなかった。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

城内廊下―

 

 

二人が着替え終わり部屋を出てきた。そこには、今まで見たことが無いくらいに美しい二人が立っていた。翔一がその光景に呆然としていると、イラストリアスが話しかけてくる。

 

―指揮官さま、どうでしょうかこのドレス

 

イラストリアスは普段のような白い衣装ではあるが露出度が高く、ところどころに青いリボンのようなものも付いている。

 

―うん、似合っているよ

 

―ご主人様、あの、私は…

 

ベルファストは恥じらいながらも翔一に衣装の感想を聞いてくる。今思えば彼女のメイド服姿以外の衣装は見たことがなかったため、見とれてしまった。青一色のドレスを着ている。

 

―…ああ、すごく綺麗だよ

 

翔一は、ワンテンポ遅れて反応を返した。あまりに綺麗だと思っていたので、見つめてしまう。するとイラストリアスが微笑みながら翔一に話す。

 

―あら、どうしたんですか指揮官さま?ベルファストをそんなに見つめて

 

―いや、こういう姿のベルは初めて見たからね、新鮮で…

 

―ご主人様、少し、恥ずかしいです…

 

―す、すまん

 

―い、いえ、ご主人さまが謝る事では…

 

話が終わらないと思ったイラストリアスは二人の会話の間に入り、パーティ会場に行くことを催促する。

 

―さあお二人とも、会場に行きましょう

 

―はっ、失礼いたしました

 

―それじゃあ行こうか…

 

三人はパーティ会場である城のホールに足を向けるのだった。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

パーティ会場―

 

 

ホールに入るなり驚いたのは、そこにいるヒトの多さと耳を破るような一人の声だった。

 

―やあっと来たわね!下僕ぅ!

 

―うおっと…時間には間に合ってると思うぞ

 

やってきたのはエリザベスだ。仁王立ちするその姿の傍らには、ウォースパイトもいる。

 

―陛下、どうか落ち着いてください

 

―もう

 

ウォースパイトに言われてはっとしたエリザベスは嘆息した。そして、翔一の方に改めて口を開く。

 

―ごほんっ…ようこそ下僕!ロイヤルのパーティへ!それとイラストリアスとベル、案内お疲れ様!

 

―労いのお言葉、ありがたく頂戴いたします。陛下

 

翔一はこれに続き、純粋に思ったことをエリザベスに言う。

 

―それにしても、今日は昼のお茶会と違ってかなりのヒトがいるようだな

 

―ええ、もちろんよ。今日はロイヤルの子たちを全員集めたパーティなのだから

 

なるほどそれでか、と納得した翔一はあたりを見渡すと気づいた。

 

―ベルやほかのメイドたちもドレスを来ているけど、よく見るとメイドたちの代わりに饅頭やオフニャが食事や飲み物を運んでいるのか

 

これにベルファストが返す。

 

―はい、今日のような大規模なパーティの時は、食事などはメイド隊が作り、パーティの途中はあの子たちにお手伝いしていただいています

 

―ふふん、ロイヤル自慢のメイドたちが作ったディナーよ!たっぷり味わいなさい!

 

エリザベスがそう言うと、程なくしてパーティの始まりを告げる鐘が鳴った。

 

―さあ、楽しみましょ!

 

この声を皮切りに、ホールは今までより賑やかになった。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

パーティはまずダンスから始めるらしい、とはいえ翔一はダンスを嗜むようなことは無かったので、踊り方はわからない。どうしようかと思っていると、周りから凄まじい量の視線を感じる。皆、翔一と踊りたいらしい。もしここが重桜なら、赤城や大鳳が翔一の取り合いをしていたことだろう。そんな中、ベルファストが翔一に話しかけてきた。

 

―ご主人様、踊り方はご存じでしょうか?

 

―いや、分からなくて少し困っているところだよ

 

―それでしたら、一緒に踊っていただけるでしょうか?私がお教えいたします

 

翔一は断る理由もないし、ベルファストが相手なら安心するという事もあり素直に承諾する。

 

―ああ、頼むよ

 

ベルファストは微笑むと、すっと手を出してきた。

 

―ご主人様、お手を…

 

これを見ていた周りのKANSENたちは少し残念そうにしながらも微笑ましそうに二人を眺め、やがて自分の相手を探すのだった。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

―ふう、思ったより忙しいんだな、踊りというのは…

 

―ふふっ、でもお上手でしたよ、ご主人様

 

メイド長からの、初めてにしてはうまく出来ていたという評価に少しほっとする。ダンスの時間が過ぎると次は食事の時間だ。ホールの扉が開かれると饅頭とオフニャたちがワゴンや机を運んで来る。それから時間の流れは速かった。みんなと話しながら食事をし、以前までよりKANSENたちとの距離を縮められたと感じた。なによりもそれが、翔一の中で幸せだった。

 

パーティもお開きとなり、食事の片づけなどをあらかた終えるとベルファストが言う。

 

―ここまで片付けば、後は饅頭たちに任せてもいいでしょう

 

翔一は、そう言うベルファストの方に向くとつぶやいた。

 

―あっという間だったな、パーティ…

 

ベルファストは”ふふっ”と微笑むと翔一に聞く。

 

―お楽しみいただけましたか?ご主人様

 

―ああ、とても。また呼んでくれよ

 

―もちろんです

 

あたりに誰もいなくなったホールで二人話していると、翔一は大切なことを思い出した。

 

―あ!ベル少し待っていてくれ

 

―え?…はい

 

翔一は、ホールに来る前にいた更衣室に早足に向かった。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

更衣室前―

 

 

パーティがお開きになってずいぶん経ったのでさすがに誰もいないだろうと思っていたが、万が一のため部屋の前で耳をすました。

 

―なにやってんだ俺、変態みたいじゃないか…

 

そう思いながらも確認すると、幸いにも誰もいないようなので部屋には入る。

 

―ええっと、あったあった

 

翔一が探していたのは午前中に明石にもらった例の指輪だ。パーティが終わったらベルファストに渡そうと思っていたがここに置き忘れていた。

 

―よし

 

 

翔一は部屋を出て、もう一度ホールに向かった。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

ホールベランダ―

 

 

ベルファストはベランダで空を眺めていた。

 

”ご主人様、とても楽しそうに過ごしていらっしゃいました”

 

”そんなご主人様を見ていると、私も幸せになります”

 

”私は、あなたのことを…”

 

そんなことを思っていると、背後からその相手の声が聞こえる。

 

 

―ベル、そこにいたか

 

 

―ご主人様…

 

 

―待たせたね、渡したいものがあって

 

 

―渡したいもの…私に、でしょうか…

 

 

―ああ、といっても、これも貰い物というか何というか…

 

 

―貰い物?

 

 

―明石が作ったもので、なんでも、KANSENの強化アイテムらしい

 

 

―そうなのですか…ですが、なぜそれを私に?

 

 

―これは、俺との絆が深いKANSENが付けることで効果があるらしい

 

 

―え…?

 

 

―受け取ってくれないか、ベル

 

 

翔一が箱を開けると輝く指輪がある。これを見たベルファストは目を見開いた。まるでプロポーズされているようではないか。

 

―今これを渡せるのは、君しかいないと思っている

 

その言葉を聞き、自分がこんなに幸せになってもいいのかと疑いたくなるほどの感情があふれ出した。そして、

 

―ご主人様、ありがたく、お受け取りいたします

 

そう言いながら、右手を差し出した。すると翔一が指輪を持ち、彼女の薬指にはめる。ベルファストはその指輪を大切そうに、ゆっくりと左手で覆った。またその顔は、とろけたような笑顔だった。

 

―ご主人様っ!

 

ベルファストが翔一の胸に飛び込むと、彼もベルファストを抱きしめた。

 

―ベル、好きだ…

 

―私もです、ご主人様…

 

 

ホールからベランダにかかる光は、二人を祝福するように包んでいた。




明石にゃ。作者は今こう思ってるにゃ

「やべ…どうやってハーレム展開にしよう…」

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7話 邂逅、コードG

パーティがあった次の日、KANSENの間である噂が広がっていた―

 

 

食堂ではいつも通りに多くのKANSENたちがいる中で、ある仲良し4人組が話していた。

 

―ねえねえ、私、昨日の夜見ちゃったの!

 

興奮気味な声を出し、染めた頬を両手で包みながら言ったのはジャベリンだ。

 

―見たって、何をですか?

 

唐突な話をされた3人の内、短い白髪の少女である綾波はジャベリンの言葉に続いた。この問いに彼女は食堂にいるKANSEN全員に聞こえるような大声を出して言う。

 

―指揮官とベルファストさんが抱き合ってるのを見ちゃったのぉぉおおお!

 

食堂が少しの静寂に包まれた。すると…

 

―”えええええええええええええええええええええええ!!!”

 

案の定、そこに驚きの旋風が巻き起こった。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

パーティが終わりしばらくたったホール前の廊下―

 

 

 

”会場に忘れ物しちゃった”

 

そう思ったジャベリンは急いでホールの方に戻った。その入り口前にやってくると、何やら話し声が聞こえてくる。扉の隙間からのぞき込むと、2人の人影が見えた。

 

”ベルファストさんと指揮官…?”

 

何を話しているのかは小さくてよく聞こえなかったが、何とか聞き取ろうとしたその時、2人の距離に大きな変化が起こった。

 

―あ、あわわわわわ…

 

それを見たジャベリンは自分でも分かるほど顔を赤くすると、そこから忘れ物を取りに来たことすら忘れて足早に自分の寮の部屋に戻っていった。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

再び食堂―

 

 

―と、いう事なの…

 

ジャベリンの言葉を聞いていた食堂内のKANSENたちは事の顛末を聞き入っていた。それから話したのは、ニーミことZ23だ。

 

―そ、そんなことがあったの…でも、多くの子たちにこの事が知れたら…

 

”一部のヒトは黙っていないだろうし、指揮官争奪戦が起こるのも時間の問題かも…”というニーミの言葉に

 

―…抜け駆けしたから、しょうがないね…ねむ…

 

まだ寝起きのラフィーは日中よりも眠そうにそう言う。そして、気さくな笑いが食堂にこだまする。ネバダだ。

 

―はっはっは!指揮官のヤツ、ちょっと見ない間にそんなことまで出来るようになったのか!さっすがあたしの見込んだ男だな!

 

一番興味深そうに話を聞いていたのはクリーブランドで、こんなつぶやきをしている。

 

―パーティの後にそんなことが…私も、そういうことされてみたいなぁ…

 

この空間に静寂が訪れるのは、しばらくたった後だった。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

食堂が喧騒に塗れる前、執務室内―

 

 

―し、き、か、ん、さ、まぁ

 

―う…

 

こうなることはある程度予想していたが次の日の朝に嗅ぎ付けてくるとは、赤城、恐ろしいな。こっそり変えておいた鍵も難なく突破してくるし。

 

―なんですかぁ?そこのメイドが付けているゆ、び、わ

 

赤城は翔一に密着しながらベルファストの手元をちらと見ると、再び彼の目をまっすぐ見つめ、その返答を待った。

 

―それは、その…そう!あれだ!強化アイテムなんだよ!

 

―強化…?

 

そんな2人のやり取りを見て、こうなることは分かっていたであろうベルファストは若干おろおろしている。

 

―あ、赤城様、ご主人様は純粋な善意でこの指輪を託していただいただけで…

 

言い終わらない内に執務室のドアノブがガチャガチャと激しく動きだした。

 

―指揮官様ぁぁああああああ!!

 

―大鳳か…

 

翔一がそうつぶやくと、いよいよどうにもならないという気分になった。幸い赤城が部屋に入ってきたときに彼女が鍵をかけたので大鳳が入ってくることはなかった。それも時間の問題だが…。そんな時に救いの手?がやってきた。

 

―大鳳…!何をしている!…姉さま、中にいるんですか!

 

―指揮官!どうなってるんだ、この状況は!

 

加賀とエンタープライズだ。この2人が来てからもひと悶着あったが、何とか大鳳と赤城を引きはがした。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

応接間―

 

 

指輪のことを詳しく話すと”とりあえず”納得してもらえたようで、少し前の修羅場のような状況からは脱することが出来た。大鳳が口を開く。

 

―では指揮官様、この大鳳の愛がまだ足りないというのですか…?

 

―あ、いや、それについては十分すぎるくらいだと思うぞ…赤城もな

 

そう答えるとエンタープライズが話す。

 

―それにしても、その指輪で私たちの力が上がるというのは本当なのか?やっぱり普通の指輪にしか見えないぞ

 

翔一は短く唸った。

 

―明石はただの指輪なんて作らないと思うし、量産するとも言っているからな…ベル、それをつけていて何か変わったことはあるか?

 

―はい…確かに力が漲ってくる感覚があります

 

ベルファストがそう言うと、赤城が話す。

 

―であれば、もっと多くのKASNENに指輪を渡した方が良いかもしれませんわね…

 

これに加賀が続く。

 

―ああ、戦場では弱いものから沈んでゆく、少しでも戦力の底上げが出来るのならこれを使わない手はないだろう

 

すると大鳳は、

 

―多くのKANSENが指揮官様に思いを抱いているのは確かですし…

 

この言葉で、この部屋の一人ひとりが複雑な感情を抱いた。ベルファストも例外ではない。この空気を流すようにエンタープライズが話す。

 

―ま、まあ、そうだな…皆がしっかり帰ってこれるようにするには、大事なことだ。どうだろうか、指揮官

 

―うん、行く行くはそうしたいと考えているよ

 

元々、一人も欠けることなくセイレーンとの戦いを終わらせたいと思っていた翔一はそう考えていた。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

応接間、解散後―

 

 

赤城、加賀、大鳳が重桜の方に戻るといい応接間を出ると、エンタープライズが翔一に話す。

 

―指揮官、私は、あなたについていくよ…ずっと

 

―…

 

翔一が突然の告白に戸惑っていると、彼女は顔を赤くし足早に扉の方に向かっていった。

 

―わ、私は先に執務室に戻るから…!

 

扉が閉じると、今度はベルファストが翔一に近づく。

 

―ご主人様…私はあなたが他の方の、その…特別な思いを受け入れても、かまいません…

 

―え…?

 

ベルファストは”その代わりに”と続ける。

 

―たまには私のこともかまっていただけないと、赤城様のようになってしまうかもしれませんよ

 

―ああ、うん、わかった…

 

彼女は翔一の反応が面白かったのかふふっと笑うと、仕切りなおすように言う。

 

―さあ、そろそろ戻りましょう。今日の仕事が終わらなくなってしまいます

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

執務室―

 

 

当然だが執務室に戻るとエンタープライズがいた。

 

―あ…

 

先ほどのことを気にしているのか、彼女は思わず声を漏らした。

 

―ええっと、さっきのは…忘れてくれ!

 

気まずくなったのか勢いで誤魔化そうとしたエンタープライズの両肩を、翔一は掴んだ。

 

―エンタープライズ、俺たちと…俺とともに歩んでくれ…!

 

拙い言葉であったが、それは翔一が先ほどの神妙な顔をしたエンタープライズへかける言葉をうまく紡げなかったからだ。その熱意だけは彼女に伝わった。しかし、今までこれほど翔一と接近したことがなかったエンタープライズは身を固くしてしまう。

 

―わ、わかったから、指揮官…近いよ…少し、恥ずかしい…

 

―す、すまん

 

翔一はエンタープライズから離れると、微笑んだベルファストが話す。

 

―あら、ご主人様、早速ですか?

 

その顔は赤城や大鳳のそれと違い、可愛い子供が悪戯したのを見たような時の微笑みだった。

 

―あいや、これは…ははっ………!

 

平和な時も束の間、セイレーンが出現したことを知らせるサイレンが鳴った。そして通信が入る。

 

―指揮官!セイレーンよ!

 

―愛宕か!他は大丈夫か!

 

委託を頼んでいた重桜のKANSENたちがその帰りに襲われたらしい、激しい砲撃と戦闘機のプロペラの音が聞こえてきた。

 

―くっ、爆撃機が多すぎる…!

 

―さすがにここまで多いと制空権はとれないな…

 

日向と伊勢の声も聞こえてきた。2人は最近、近代化改修をし航空戦艦となったがそれでも防ぎきれないほどの空母が相手側にいる状況であった。

 

―指揮官殿!応援を頼む!

 

高尾が言うと、翔一が答える。

 

―すぐ向かう!出来るだけ敵から離れて撤退線に持ち込め!

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

海上―

 

 

重桜のKANSENたちに設定した合流地点近くに来ると、出撃メンバーの一人である加賀が言う。

 

―指揮官、見えてきたぞ

 

―よし、そのまま赤城と制空権の確保にあたってくれ。エンタープライズは4人のバックアップだ

 

―”了解!”

 

今回の出撃メンバーは主力にエンタープライズ、赤城、加賀、前衛にベルファスト、潜水艦に伊168だ。またいつも通り、指揮艦の中に翔一とともに明石もいる。しばらく経って重桜の4人と合流する。制空においては拮抗しているという状態だ。高尾が話す。

 

―指揮官殿、かたじけない!

 

―ああ!傷はないか!

 

―みんな大丈夫よ!

 

―そうか、良かった

 

KANSENたちの無事を確認すると伊168が翔一に叫ぶ。何か見つけたらしい。

 

―指揮官!少ないけど相手に潜水艦もいるわよ!

 

―だったら、ベルといろはで対潜攻撃!隙を見て水上の艦隊も攻撃してくれ!

 

―”了解!”

 

翔一はベルファストを見て言う。

 

―ベル、頼むぞ…!

 

―はい。このベルファスト、ご主人様のため戦います!

 

―ベルファスト!全力で動いてほしいにゃ!指輪の効果を確かめたいにゃ!

 

―はい!

 

ベルファストは明石の言う通り全力で、戦場にいる誰よりも速い動きで戦線を突っ切る。攻撃した時の敵へのダメージもいつもより大きいようで、指輪の効果が伺えた。それを間近で見た赤城と加賀が言う。

 

―指輪の効果、かなりのもののようね

 

―私もあれで更なる力が得られるのか

 

激しい戦闘が続き、敵艦隊も殲滅できたという所で空にいつか見た黒い雲がかかった。

 

―ご主人様、これは…

 

―奴か…!

 

雲のより濃い部分から禍々しく輝く人型が表れる。その黒い鎧はベルファストの方を見て言う。

 

―ほう…来たか、この時が

 

言い終わると、鎧の手元に長く大きな砲が生成された。翔一たちは何かと身構えるとその砲はベルファストを向く。危ないと察知した翔一は彼女に叫ぶ。

 

―ベル!避けろ!

 

砲が放たれようとしたとき、鎧の背後から声が聞こえてきた。

 

―やっと…見つけた…!

 

―…!

 

それを聞いた黒い鎧は一瞬驚き、攻撃の手を止めた。そして声の持ち主は、鎧が現れた雲の暗い部分から飛んでくる。

 

―お前は…なぜここにいる…!

 

―ずっと探していたんだ、あなたを…

 

想定していない出来事の連続に、翔一たちは攻撃を続けるかどうかも迷っていた。程なくして鎧は”チッ”と舌打ちした。

 

―また別の機会にするとしよう…

 

―あ!待ってくれ…!

 

そう言うと凄まじい速さで雲を抜け、姿を消した。おいて行かれた方は寂しさと気まずさが入り混じったような表情をしていた。目はエンタープライズの方を向いている。その姿を見て伊勢と日向がつぶやいた。

 

―あれは…

 

―あいつに瓜二つだぞ…

 

2人の言う通り、長い銀髪、白と黒の服、大きな弓を持つ姿は帽子をかぶっていないだけでエンタープライズそっくりだった。

 

―…

 

エンタープライズはその姿に見覚えがあった。まだアズ―ルレーンとレッドアクシズに分かれていた頃夢で見た、いわば自分の中の闇のような存在だ。そしてその自分の闇は、こちらを向き黙ったまま黒い雲の方に上がっていく。やがて見えなくなると、だんだんと雲が晴れていった。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

帰投途中―

 

 

―さっきのが例のあいつか…

 

あいつというのは鎧のことだ。日向が言うと、伊勢も続く。

 

―すげえ威圧だったぜ…それにしても、後から来た奴は何だったんだ?

 

全員が気になっていたことだ。エンタープライズに何か関係がある事なのだろうか。

 

―エンタープライズ様に、よく似ていましたね

 

ベルファストの言葉に翔一も同意した。

 

―確かにそうだったな、あの姿や弓…エンタープライズ、何か知っていることはあるか

 

そう言うと、彼女は一瞬迷ったが夢のことについて話した。

 

―まだアズールレーンとレッドアクシズが分離していた時のことなんだが、その時に夢であれを見たことがあるんだ

 

それに赤城がつぶやく。

 

―夢、ねぇ

 

重桜に信濃というKANSENがいる。彼女は大半寝て過ごしているが、その間に違う次元の光景を見ることがあるという。そのような現象なのではないかと赤城は考えいていた。

 

―た、ただの夢なんだ。あまり気にしなくていいぞ

 

先ほど対面した以外で情報がないため、ここで話は中断された。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

母港到着直後―

 

 

指揮艦から出て執務室に戻ろうと歩いているとジャベリンが出てきた。

 

―あ、し、指揮官!おかえりなさいですぅ!

 

―うん、ただいま

 

元気ではあるがいつもと少し様子が違うように見えた。

 

―あ…ベルファストさんも…

 

―?…どうされましたか、ジャベリン様

 

―その…指輪、どうしたのかなぁって―だあああ!じれったあああああい!

 

―わあ!

 

後ろの木陰から出てきたのはエリザベスだった。彼女はジャベリンをどけて全力で翔一の方にやってきた。よく見ると周りの建物の影からこちらを覗くKANSENたちが多くいることに気づいた。

 

―下僕!私を差し置いてベルに婚約を申し込むとはどういうこと!

 

―へ、陛下、これはそういう事では…

 

―なぁにがよ!そ、れ、に!なんで出撃するときいつまでたっても連れて行ってくれないのよ!この私の婿となるものが私のそばにいてくれないとはどういうことかしら!

 

―陛下、それほどまでにご主人様を…

 

―あ、そ、それは特別によ!と、く、べ、つ!

 

収集がつかなそうな雰囲気なので”まあまあ”と止めようと思ったところにで口を開いたのは赤城だ。

 

―婿ぉ?

 

―ひっ、な、何か悪いことでもあるの!?

 

―指揮官様とは私が一生を添い遂げるの、あなたのようなチビガキには指揮官様は少しもなびかないわ!

 

チビガキって…。ついに艤装まで装備しそうな赤城を見かねた加賀が彼女を止めに入る。

 

―姉さま!

 

―しきかぁん、これからお姉さんと一緒に過ごすのはどう?

 

そっと翔一の背後から抱き着くのは愛宕だ。そして、エンタープライズが顔を背けながら軍服の袖を引っ張る。

 

―私は…えっと…

 

いよいよ身動きが取れなくなった翔一は、耳を疑うジャベリンの言葉を聞いた。

 

―も、もしかして、ここでいっぱいアピールしたら、指揮官とずっと一緒にいられるのかな…

 

ニーミ、綾波、ラフィーも続く。

 

―そ、そんなこと、ほんとに出来るかしら…

 

―ちょっと興味ある…です

 

―指揮官と毎日おひるねする…

 

KANSENたちは一斉に翔一を見るとこちらに寄ってきた。

 

―な、なんだ!?

 

―にゃにゃにゃにゃにゃ!指輪がきっかけで、ついに暗黙の了解だった指揮官不可侵条約が破られてしまうにゃぁぁあああ!

 

明石の叫びもむなしく、KANSENたちが翔一に飛びついてきた。

 

―わあああああああああああ!明石ぃぃぃいいいいいい!なんとかしてくれぇぇぇぇええええええ!

 

―むりにゃぁぁああああああああ!

 

2人の声は他のKANSENたちの声にかき消された。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

―次回―

 

 

ベルファスト「ご主人様…お誕生日の、プレゼントです…」

 

翔一「オルゴールかぁ、聞いてみていいか?」

 

 

 

翔一「また来たか…!」

 

黒い鎧「終わりだ」

 

翔一「ベル!!!」

 

 

エンタープライズ「お前は何者なんだ!!」

 

翔一「うぉぉぉぁぁあああああああああああああああああああ!!!!」

 

黒い鎧「ハッハッハ!君たちもよく知っている存在だよ!」

 

 

 ”WARS ENGAGED”

 

 

―誕生日、ささやかに―

 

 




次回は結構話が動くにゃ!

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8話 誕生日、ささやかに

朝の執務室―

 

 

ベルファストと翔一が他のKANSENたちより距離が近いという事が知られしばらく騒ぎが続いたが、それもほどほどに落ち着いてきた頃の話。いつも通り赤城が執務室の鍵を突破して翔一に迫っていた。エンタープライズはその対応をしている。

 

―指揮官様~

 

―ま、まあまあ…

 

そういいながら制止するエンタープライズだが、やはり赤城はものともせずにやってくる。

 

―指揮官様、今日は指揮官様のお誕生日なのでしょう?お祝いしましょっ。もちろん、二人っきりで…

 

赤城の言葉を聞いたエンタープライズが言う。

 

―え?そうだったのか、指揮官?

 

―そういえば、そうだったな…

 

指揮官として着任してから、母港の運営やセイレーンとの戦闘などで余裕がなかった翔一は、赤城に言われて自分の誕生日が今日だったことを思い出した。

 

―せっかくだ、二人きりと言わずみんなで祝わないか?

 

エンタープライズがそういうと、ベルファストが提案する。

 

―あまり広くはないですが、空いている部屋なら用意できますよ

 

そこで赤城は翔一と腕を絡めつつ渋々といった様子で口を開く。

 

―まあ、指揮官様がどうしてもというのなら、大勢でも構いませんわ

 

幼いころから軍などの施設にいた翔一はあまり人と触れ合うことがなく、誕生日を祝われるという記憶がなかった。そのため翔一は少し困惑する。

 

―い、いや、俺のためにそんなことしなくても…

 

これにエンタープライズは言う。

 

―仲間と誰かの祝いをするのは仲間との結束のためにも大切なことだぞっ

 

今にも”めっ”と言いそうな勢いで話す彼女に翔一は折れた。

 

―わ、分かったよ

 

するとベルファストは”ふふっ”と微笑むと言う。

 

―それではご主人様のお仕事の合間にお祝いすることとしましょう。これから準備を致しますね

 

そういい部屋を出ていくベルファストの後ろ姿を翔一は見送った。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

業務の合間―

 

 

お昼時、KANSENと翔一は、ロイヤルエリアの一角に集まっていた。広い机を囲むように席についていた。ここいるのは、加賀、エリザベス、エンタープライズ、ビスマルク、オイゲンだ。また、赤城とベルファストとツェッペリンが簡単に料理を振舞ってくれるらしく、今はキッチンにいる。

 

―指揮官が誕生日ねぇ、何歳になったの?

 

頬杖をついているオイゲンが翔一に言うと翔一が答える。

 

―26だ

 

この言葉にKANSENたちは驚いた。ビスマルクが言う。

 

―あら、そうだったのね。それよりはずいぶん若く見えるけど…

 

―ははっ、前の勤務地でもよく言われたよ

 

そんな話をしばらくしていると、料理を持ってきた赤城、ベルファスト、ツェッペリンが部屋に入ってきた。

 

―指揮官様、おまたせしました~

 

―ご主人様、お待たせしました

 

―待たせたな

 

3人は机に皿を並べていく。さまざまな文化の料理が並ぶという光景が目の前で広がっていく。これを眺めるエリザベスが言う。

 

―他の陣営の料理を食べるのは久しぶりだわ!おいしそうね

 

ここで加賀は、

 

―重桜料理の方は、姉さまが作ったものではないな…

 

というと赤城が答える。

 

―ええ、それぞれのレシピを教えあって作ったの。私は鉄血料理を担当したわ

 

これにベルファストとツェッペリンが続く。

 

―私は重桜料理です。異国の料理となると学ぶことも多いですし、作っていて楽しかったですよ

 

―我はロイヤル料理だ。意外とシンプルな作り方だったな

 

なるほど、いつも見るものとは微妙に違っていたのはそういう理由か。よく見るとそれぞれでアレンジがあるようで彼女たちの個性が出ているように感じる。みんなに用意されたコップに飲み物が注がれると、エリザベスが言う。

 

―下僕!誕生日おめでとう!かんぱーい!

 

それに続いて他のKANSENたちも言う。

 

―”おめでとう!”

 

―”おめでとうございます”

 

―みんな、ありがとう

 

翔一は、今までこのように祝われることを体験したことがないだけに、とても嬉しくなった。

 

―それじゃあ、いただきましょうか

 

ビスマルクがそういうと、みんなが食べだす。

 

―”いただきます!”

 

KANSENたちは、しばらく楽しいひと時を過ごすのだった。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

執務室―

 

 

昼ご飯を食べ終わり、執務室に帰ってきた。エンタープライズはユニオンでの仕事があるため今はここにいない。2人きりの状態でベルファストは翔一の近くに寄った。

 

―ご主人様…

 

落ち着いた物腰のベルファストであったが、そわそわしたような感じで翔一に話しかけた。何かを隠すように両手を後ろにしている。

 

―どうしたんだ?ベル

 

そういうと、彼女は後ろ手に隠していたものを翔一の前に出した。木箱のようだ。

 

―ご主人様…お誕生日の、プレゼントです…

 

突然の事に翔一は驚く。

 

―そ、そうか…

 

緊張した翔一に向かって、ベルファストは頬を染めさらに彼に寄る。

 

―受け取って、いただけますか…?

 

―…もちろんだよ

 

両手を前に出すと彼女から箱を渡される。少しだけ触れ合う手に安らぎを感じる。

 

―ありがとう、ベル…それで、これは…

 

―オルゴールです。いつも身を粉にしながら働くあなたのために、少しでも癒しになったらと思って…

 

―オルゴールかぁ、聞いてみていいか?

 

そういうと、ベルファストは歯切れ悪く言う。

 

―できれば、私がいないところで…手作りなので、少し恥ずかしくて…

 

―手作り…俺のためにそこまで……本当にありがとな…ベル…

 

見つめあう2人を邪魔するようにセイレーンの出現を知らせるサイレンが鳴った。翔一は内心、苛立ったがそれは表情に出さずにベルファストに言う。

 

―それじゃあ、後で聞くことにしよう…行くぞ、ベル…!

 

―はい…!

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

海上―

 

 

出撃しているのは、赤城、加賀、伊13、エンタープライズ、ベルファスト、エリザベス、オイゲン、ビスマルクだ。指揮艦には明石も乗っている。セイレーン出現位置の近くに迫っていくが、それにも関わらず敵の姿を発見できない事に疑問を覚えていた。

 

―むむ、警報が鳴った時はここら辺にセイレーンが出現してたはずにゃ。レーダーにも反応がないにゃ、おかしいにゃ…

 

今までの戦闘で敵の位置やレーダ―の反応が狂ったことがないので疑うのも当然だ。

 

―ああ、確かに変だ…

 

翔一はそういいつつ、外で海上を走る赤城、加賀、エンタープライズに声をかけようと、マイクに口を近づける。

 

―赤城、加賀、エンタープライズ、やはり敵は見つからないか?

 

赤城が答える。

 

―はい、ずいぶん先まで艦載機を飛ばしましたけど、エネルギー反応すらありません…

 

―そうか…

 

エンタープライズが艦載機を巨大化させ、それに飛び乗った。

 

―指揮官、肉眼で何か見えないか確認してくる…!

 

―分かった、気を付けろよ

 

彼女は”ああ”というと、バラバラというプロペラの音と共に上空に飛んでいった。そして加賀が言う。

 

―海底にいる可能性もある。伊13、警戒を解くなよ

 

―うん。でもこのあたりは海底まで見渡せないから、みんなも気を付けてね

 

結局しばらく敵の反応はなく、10分ほど巡回していると翔一はつぶやく。

 

―本当にセイレーンが出たのか…?警報は誤動作だったのだろうか…

 

そう言った時、ビスマルクの声が聞こえる。

 

―指揮官!空の様子がおかしい……黒雲が!

 

―また来たか…!

 

翔一がそう言うと、続いてオイゲンが言う。

 

―もしかして、あれが…

 

この言葉にベルファストが答える。黒雲と、轟音で走る紫の雷を見ながら、

 

―はい、多分これから、あの真っ黒なセイレーンが…

 

エンタープライズが急いでKANSENたちのもとに戻ってきた。

 

―これは…やっぱりアイツか…

 

数秒後、突如現れた黒雲が晴れていくと同時に、やはりあの黒い鎧が現れた。それは低い声でこちらに話してくる。

 

―前回は邪魔が入ったが、今日で終わらせる…ここでの俺の役目を…

 

役目を終わらせる。妙なことを言うそれは、KANSENたちに攻撃を始めた。しかし、反撃できない。ベルファストとエンタープライズが言う。

 

―ご主人様…!砲撃が出来ません!

 

―攻撃機も出せないぞ!

 

2人の声を聞いた翔一が明石に聞く。

 

―明石、前にも攻撃が出来ないようなことがあったが、原因は分かるか?

 

―わからないにゃん…KANSENの動きや攻撃の強制停止は指揮官の権限でもないとできないにゃ

 

―そうか…

 

翔一は目の前にあるモニタ―を見る。そこには外にいるKANSENたちのバイタルデータが表示されている。翔一、つまり指揮官には、万が一KANSENが暴走した時のために、その行動を強制停止させる権限がある。使ったことはないがモニターのパネルを操作すれば、停止しているという表示が出るはずだ。画面を見ている間にも黒い鎧はゆっくりとKANSENたちに近づいてくる。オイゲンの声が聞こえた。

 

―あの黒いの、手加減してるのかしら…

 

ビスマルクが続く。

 

―ええ、簡単に避けられるし、当たってもあまりダメージが無いわ

 

今のところ、敵はこちらを殲滅するような行動は取ってこない。海上を歩いてくるだけだ。そしてその足は、

 

―指揮官、敵がベルファストの方に近づいてるにゃ

 

明石がそう言う。

 

―分かってる。だがここからじゃ攻撃できない…

 

基本的に指揮艦は、安全確保のためKANSENたちとは離れて航行している。特に今回は敵がしばらく現れなかったこともあり、その発見のためKANSENたちを通常より遠くに行かせてしまった。今、敵との距離は砲撃の射程距離より遠い。KANSENたちの攻撃が封じられている中、指揮艦の攻撃も出来るか分からないが、接敵するため航行速度を限界まで上げた。攻撃可能射程まで移動する中、KANSENたちは今も敵の攻撃に耐えている。反撃できず避けるしかない仲間たちを見て、翔一は指揮艦の加速と同時に焦りも感じた。

 

指揮艦は全速力で航行し、射程距離に入る。翔一が、指揮艦が攻撃可能であることを目の前のモニターから知った時、敵はベルファストに急接近しだした。拳を握っている。殴るつもりだろう。彼女は避けようとしたがもう遅く、そして拳が当たる瞬間に低く小さい声が聞こえた。

 

―終わりだ

 

その声が聞こえたときには拳がベルファストに当たっていた。

 

―がっ…!

 

彼女は重い一撃に小さく呻いた。そして、敵が意図したものか分からないが、吹き飛ぶベルファストの体は放物線を描いて指揮艦の甲板に向かっていく。

 

―ベル!

 

翔一は反射的に外に出ようとする。そして明石が叫んだ。

 

―指揮官!外は危ないにゃ!

 

聞く耳を持たない翔一はそのまま甲板に出て、遥か遠くからこちらに飛んでくるベルファストを見つめる。翔一の顔には焦燥と敵への怒りが表れている。ベルファストがつぶやく。

 

―ご主人…様…

 

当然、翔一には聞こえない。そして、敵はベルファストを追うように飛んできた。他のKANSENたちもそれを全力で追う。

 

―なぜベルファストなんだ!

 

エンタープライズが言う。その声を聞いた敵がちらとエンタープライズの方を見るが、進行方向に向き直し更に飛行速度を上げた。しばらくして指揮艦の甲板にベルファストが落ち、その勢いのまま転がる。

 

―…!

 

翔一がベルファストを抱きかかえる。

 

―ベル、しっかりしろ!

 

―御心配には及びません…ご主人様…

 

ベルファストは何とか立ち上がり、目前に迫る敵を確認すると言う。

 

―ご主人様、ここに居ては危険です。艦橋にお戻りください

 

KANSENたちが指揮艦から1km程離れたところまで近づいた時、敵は指揮艦の甲板近くで浮遊していた。翔一とベルファストがそれを見上げている。そして敵は右手に長い砲を出現させベルファストの方に向ける。それを見たベルファストは翔一を突き飛ばした。

 

―…!

 

転んで立ち上がろうとした翔一は、砲が放たれる轟音を聞き、その弾に貫かれるベルファストを見た。彼女の体からは青い粒子が噴き出している。コアとなっているメンタルキューブが破壊されたのだ。

 

―ベル――!!!

 

思わず叫んだ翔一は走り出し、倒れているベルファストを抱きかかえた。ベルファストは消えそうな声で翔一に言う。

 

―ご主人様……オルゴール…聞いて、くださいね……

 

翔一は何も言えなかった。ベルファストはそんな翔一の頬をなでた。

 

―…

 

ベルファストは青い光の粒子となり、翔一の体を包んだ。光が見えなくなった時、翔一の腕には彼女の重みは無かった。

 

―あぁ…ぁぁぁ…

 

翔一は声を漏らす。そして、強い感情が湧き出した。

 

―うぉぉぉぁぁあああああああああああああああああああ!!!!

 

その感情は、ベルファストを失った悲しみなのか、敵への憎悪なのか、翔一にはどうでもよかった。とにかく、目の前の黒い色をした姿を消せる力を求めていた。その時だった、艦橋内にけたたましい警告音が響き渡った。そこにいた明石は、その音と共に発せられる合成音声に耳を疑う。

 

”Warning warning this ship is about to be engaged. Get out of here immediately. ”

 

―んにゃ!?この船がエンゲージ?どういう事にゃ!?

 

そう叫ぶと、指揮艦の近くに着いたKANSENたちが言う。

 

―明石、今のは何なのだ…!

 

―まさか、指揮官様…!

 

加賀と赤城が言った。エリザベスと伊13が続く。

 

―下僕!!ベ、ベルは!?

 

―海中にいたからよく分からなかったけど…さっきのは…

 

オイゲンとビスマルクが言う。

 

―くっ…間に合わなかった…

 

―こんなことになるなんて…

 

急に翔一の周りに黒い靄が出現した。それにエンタープライズがつぶやく。

 

―あれは、何だ…

 

指揮艦は黒い靄になっていった。その時明石は、

 

―にゃ…!床があああああ!

 

そう言い、靄に包まれながら海に落ちていった。

 

そして、ゆっくりと靄から離れていく敵に向かって彼女は叫ぶ。

 

―お前は何者なんだ!!

 

そしてその問いに答える気があるのか分からないが、それは静かに笑う。

 

―フ、フフフ

 

―何がおかしい!

 

ゆっくりと敵がKANSENたちの方に振り向くと言う。

 

―ハッハッハ!君たちもよく知っている存在だよ!

 

そう言った直後、海上に音声が響き渡る。

 

 

”WARS ENGAGED”

 

 

翔一がいたところを中心に、黒い爆発が起こった。

 

爆風が収まると、指揮艦があった場所に上空にいる黒い鎧と同じ姿があった。これにKANSENたちは当然驚く。赤城と加賀が言う。

 

―指揮官様!

 

―どういうことだ…!

 

明石は唖然としている。エンタープライズは、

 

―こ、こんなことって…

 

敵が言う。

 

―これからが本番だ!

 

敵が腕を広げると、周りからセイレーンの艦隊が出現した。これを見た翔一だったものは、雄叫びを上げながら、両手に出現させた砲で船を攻撃していく。それは凄まじい破壊力で、一隻一隻を一撃で破壊して行く。たちまち海上はマッハ10に近い弾速による砲撃と、レーザーの光で満たされていった。しかし、沈めても沈めてもまだセイレーンは出現する。翔一の攻撃でも倒しきれないほどに増えていく。この光景にエリザベスがつぶやく。

 

―下僕……なんてこと…

 

ビスマルクとオイゲンが自分の武器を見ながら言う。

 

―こんな状況になっても、まだ私たちは攻撃できないのか…

 

―そろそろ、倒しきれないほどの数になるわね…

 

次の瞬間、上から声が聞こえてきた。

 

―指揮官!もうやめてくれ、こんなこと!

 

先日現れたエンタープライズにそっくりなKANSEN(?)だった。飛んでくるその姿は、敵の黒い鎧に向かっていった。

 

―…またか

 

黒い鎧がそういうと、セイレーン艦隊の出現を止めた。

 

―今日はこのあたりでいいだろう…

 

鎧の周囲に雲が現れる。撤退する気だ。エンタープライズ(?)はその姿を追いかけるが間に合わず、鎧は消えてしまった。その間にも翔一は残りのセイレーンを沈めていった。しばらくしてセイレーンを全滅できた頃、翔一はKANSENたちに顔を向けた。そして砲を向ける。

 

―指揮官様!待ってください!

 

―指揮官、聞け!

 

赤城と加賀が翔一の方に走っていく。それに続いて他のKANSENたちも走る。すると翔一が苦しむように呻き声を上げた。

 

―ぐ、おぉ…

 

今にも倒れそうな動きをしている。赤城が翔一を抱きかかえた。

 

―指揮官様、お気を確かに…!

 

翔一はその声を最後に意識を失った。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

指揮艦内部―

 

 

翔一が倒れると程なくして黒い靄が発生し、そこから指揮艦が現れた。とりあえずKANSENたちは、元の姿に戻った翔一を運びベッドに横にした。まだ目を覚まさない翔一の周りに皆が集まっている。そんな中、エリザベスが涙を流しながら言った。

 

―げぼくぅ!なんでべるをまもってくれなかったのよぉ!!べるぅ…

 

あまりにも理不尽ないいように赤城が言う。

 

―いい加減にしなさい!これ以上、指揮官様を愚弄するような真似は許さない!

 

エリザベスがビクッとすると加賀が目を背けながら言う。

 

―弱いから死んだ…!

 

エリザベスはキッと睨んだ。この状況に耐えかねてビスマルクが言う。

 

―やめなさい!過ぎたことを言ってもしょうがないでしょ…!

 

静かになると、少し暗い顔をしていたオイゲンが言う。

 

―…それで?これはどういう事なのかしら、グレイゴーストの偽物さん

 

―偽物…か。確かにこちらではそうなるのかもな…

 

翔一が一時的に黒い鎧となった時に現れたエンタープライズによく似たヒトは、翔一が倒れた後KANSENたちと指揮艦に入り、黒い鎧のことについて説明するという話になった。その前に彼女は言う。

 

―そうだな…ここでは、コードGと呼んでもらおう

 

ここでエンタープライズが言う。

 

―…君は、どんな存在なんだ?

 

―別次元の君だ

 

間髪入れずにコードGが言う。そして続けてこう言う。

 

―あの黒いのも、こことは別の次元からやってきた指揮官だ

 

KANSENたちは”やはり”という顔をする。

 

―君たちが攻撃できなかったのは、指揮官…いや、ここではWARSと呼ぶことにしよう。聞いただろ?あの音を

 

皆は翔一があの姿になった時のことを思い出した。

”WARS ENGAGE”

確かにそう聞こえた。そして伊13が言う。

 

―そのWARSが私たちの指揮官と同じだから、その権限を使って攻撃できなくさせてたってこと?

 

―そういうことだ

 

エンタープライズが聞く。

 

―WARSと言うのは何の略なんだ?

 

―「Weapon Armor for Anti Seiren」の略だ

 

コードGは手の平を出し、ホログラムを出す。アルファベットが表示されていた。

 

―でも、あれはWARS本来の姿じゃない

 

ビスマルクが”そうなの?”というと、コードGは”うん”といい、さらに続ける。

 

―元々デザインされていたのはあんな色じゃなかったんだ。といっても、私は本当の姿を実際に見たことはないのだがな

 

オイゲンが聞く。

 

―それにしても、なぜあんな色になったの?

 

次のコードGの回答に皆が驚愕した。

 

―皆はWARSの胸の部分を見たかな。あれはメンタルキューブだ。それも、私たちに使われているものより古いタイプの、まだ制御するのが不安定なものだ。そのオーラが本来の体の色を侵食したのだと私は考えている

 

皆が唖然とする中、赤城と明石が聞いた。

 

―でも指揮官様は…

 

―普通の人間じゃ…

 

他のKANSENたちもそう思っている。そしてコードGは、

 

―そう思っていただけだ…指揮官は私たちと同じKANSENの技術で作られたんだ…

 

そういうとコードGは”詳しいことはこれを見るといい。昔の記録だ”と、ポケットからUSBメモリを出しエンタープライズに渡す。その時コードGは、一瞬赤城と加賀の方を見たがすぐに逸らした。エンタープライズがUSBメモリを受け取るなり言う。

 

―USB…ずいぶん昔の記憶装置だな

 

―時代が時代なんだから、しょうがないだろ?

 

ようやく落ち着きを取り戻したエリザベスが聞いた。

 

―なんで、ベルが狙われたの…?

 

当然の疑問だろう。しかも、初めて現れた時からベルファストを執拗に狙っているようにも見えた。

 

―おそらく、指揮官をWARSに覚醒させるための鍵なのだろう。君たちの世界でも、指揮官と一番距離が近いのは彼女だろう?

 

―…そうね

 

―そして私たちは、キューブを使って人々の記憶や思いから形を成して、力を発揮している。指揮官のキューブの力を呼び起こすためには、彼の大事な存在を破壊して、思いを爆発させることが一番速かったのだろうな。それが負の感情だったとしても…

 

―何のために…!

 

―それは…

 

言い始めると、ピピッと短く電子音が聞こえた。するとコードGが立ち上がりながら言う。

 

―そろそろ時間だ、また会おう…

 

―ま、まってにゃ!

 

明石が引き留めようとしたがコードGの足は止まらない。

 

―別の次元にいるのにもエネルギーがいるんだ、それじゃ

 

そういうと艦橋から出ていく。そして飛んでいくと、あっという間に姿を消した。それと同時だろうか、翔一が目を覚ました。翔一は全て覚えていた。ベルファストが消えたこと、それが原因で自分があの敵と同じ姿になり、暴れたことを。真っ先に赤城が話しかける。

 

―指揮官様っ…あぁ、よかった…

 

エリザベスが翔一の手を握り、再び目に涙をためて言う。

 

―げぼくぅ、わたし…ごめんなさい…

 

エンタープライズがつぶやく。

 

―指揮官…

 

翔一は顔をしかめた。KANSENたちはまともに話もできないまま、母港に帰還していく。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

母港、執務室―

 

 

夕日が沈む頃、翔一と出撃したKANSENたちは執務室に帰ってきていた。翔一の無の表情に誰も話しかけられなかった。静寂の中、翔一は一言だけぽつりと声を漏らす。

 

 

―一人に…してくれないか…

 

 

低く、深いその声に、皆はばらばらと執務室を出ていくしかなかった。

 

部屋に一人だけになると、ゆっくりと机の上に手を動かす。まだ記憶に新しい、ベルファストからもらったオルゴール。椅子に座ったままその箱を開くと、美しい音色が聞こえてきた。

 

 

その音は、夕日が沈み切り、部屋が月明かりで照らされるまで続いた。

 

 




さて、話が暗くなってきたけど安心してほしいにゃ!これから何とかなるにゃ!
細かい設定、設定画はここ(ピクシブ)にゃ
感想もよかったらよろしくにゃ


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9話 ちっちゃいめいどちょー

暗い闇の中、一筋の光が差し込んだ。

 

―じ…さま……ご主人様…

 

ベルの声が聞こえる。昨日、俺の腕の中で消えたはずだ。

 

―ベル…なのか…

 

―はい、ベルファストです

 

夢なのだろうか。それだとしてもはっきりとしている。

 

―お前は…まだ生きているのか…?

 

―私の意識が存在していることを”生きている”と定義するならば、多分、そうです

 

―どこにいるんだ、ベル…

 

―あなたの…奥深く…

 

 

”かん……し………ん”

 

 

―この声は、エンタープライズ様…?

 

ベルの存在が遠のく感覚がした。

 

―ベル、待ってくれ…

 

―また話せます…その時まで、私は眠ります……

 

翔一はゆっくりと目を覚ました。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

母港、倉庫奥の部屋―

 

 

ベルファストが消滅し翔一がWARSに変身を遂げる直前、海に落ちた明石はその傍で小さく、青く輝く欠片を見つけていた。おそらく、敵のWARSが破壊し損ねたベルファストのキューブの欠片だろうと考え、その日のうちに報告しようとした明石だったが、KANSENたちや何より翔一の無の表情を見て言い出せなかった。そんな中、朝からこの薄暗い倉庫に籠り何とか欠片からベルファストを復元できないか頭を抱えて作業していた。そして…

 

―これで…行けるはずにゃ…

 

やっとのことで復元方法を考え付いた明石は、理論上はこの方法でできると恐る恐る復元するためのスイッチに右手を伸ばす。欠片である事から完全な状態で復元できるかどうかは分からないが、何かしらの反応はあるはずだ。明石は、なるようになると震える手を勢いよくスイッチに近づけ、押す。するとたちまち部屋は光で満たされ、数秒後その光が収まると、そこにはベルファストに似たメイド服姿の少女が立っていた。

 

―にゃ…

 

予想外の展開に明石は口をあんぐりとし、言葉を失った。そしてその少女が小さく声を出す。

 

―ここは…

 

―なにか覚えてることはないかにゃ!?

 

とにかく状況を好転させようと質問する明石に少女は答える。

 

―わ、わたしは…エディンバラ級の、ベルファスト…です…

 

どうやらベルファストであることは確認が出来た。そのことに興奮し、急かせるように次の言葉を紡ぐ。

 

―…!?他には!?

 

―えぇっと…とっても、大事な人がいます…

 

おそらく翔一だがそれはベルファストに答えさせないといけないと思い、明石が言う。

 

―誰にゃ!?

 

ベルファストは目線を上にして一瞬考えた末に答えた。

 

―……思い出せないです…

 

―そ、そうかにゃ…他に最近のことで覚えてることはにゃいかにゃ?

 

―…全然、覚えてないです

 

残念なことに記憶は失っているようだ。それにしても一応、小さいがベルファストの形をしたKANSENが復元できた事に安心する。

 

―ふぅ…でもまあ、よかったにゃ…

 

さて、皆にはこのことをどのように報告しようかと考える明石だった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

執務室―

 

 

昨日翔一は、執務室の作業机でいつの間にか眠っていた。眠っている間に聞こえたベルファストの声が消えた後、目を覚ます。目の前には心配そうな顔をしたエンタープライズがいた。

 

―お、おはよう…指揮官…

 

彼女は出来るだけ暗い声にならないように気を付けながら優しく話した。

 

―おはよう、エンタープライズ

 

翔一は夢の中とはいえ、先ほどまでベルファストを近くに感じていたことから昨日のような喪失感に満ちた気持ちではなかった。だから翔一のいつもとあまり変わらない声に、エンタープライズは少し驚いた。

 

―気分は、どうだ…?大丈夫か…?

 

愛する者を失ったヒトに対しこのようなことを言うのはどうかと、口を開いてから思ったエンタープライズだが、他に言えるようなことを思い付かなかった。

 

―ああ、一応はね

 

―そうか…

 

翔一はベルファストが言っていたことを思い出していた。

 

”あなたの奥深く”

”また会える、その時まで眠る”

 

どういう事だろうかと考えようとしたが、エンタープライズの顔を見て今はそれどころではないと彼女と話す。

 

―昨日のことは…

 

―すまない指揮官…私が早く着いていれば…

 

―いや、そうじゃないんだ…俺はあの時、敵と同じ姿に……分からないんだ、俺がどういう存在なのか…

 

―それは…

 

昨日ベルファストが消滅した直後、翔一はあの黒い敵と同じ姿となりセイレーンの艦隊を蹂躙していった。翔一には自分がそのような力を持っていることを知らなかった。

何か知っていることはないかとエンタープライズに聞こうとすると、執務室のドアがノックされた。ドアを開けるとそこには明石がいた。

 

―指揮官…

 

意外な来訪者に翔一が聞く。

 

―どうしたんだ?

 

―ベルファストは、まだ死んでないにゃ…

 

この言葉を聞き、翔一はエンタープライズと顔を見合わせた。

明石の話を聞き終えた二人は、早速倉庫に行くことにした。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

倉庫―

 

 

倉庫の奥に来た3人の目に映ったのは、おろおろと落ち着きのない様子のメイド服姿の少女、ベルファストだ。その姿に翔一は声を漏らす。

 

―あれが…ベル……だな

 

この声に気づいたベルファストはこちらによって来る。そして一言、

 

―あ、あなたが、ご主人様でしょうか…

 

というと、翔一は優しい声でそれに返す。

 

―ああ、そうだよ

 

ベルファストに記憶がないことは、こちらに来る途中で明石から聞かされていた。

 

―よ、よろしくお願いします…

 

そんなベルファストは少し恥ずかしそうに言うと、少しバランスが崩れたカーテシーを見せる。これを見たエンタープライズが言う。

 

―ふふ、可愛いメイド長さんだ

 

この小さいベルファストは、元々ベルファストの一部だったメンタルキューブの欠片から復元されたことを翔一とエンタープライズは知らされていた。それもあって昨日のような絶望感はすっかり消え、前向きな気持ちでいた。

そんな中、倉庫の入り口から声が聞こえた。

 

―なるほどね…

 

―こんなことが出来るとはな…

 

赤城と加賀だ。2人はこちらに向かってくる。

 

―おはようございます。指揮官様

 

―昨日よりは、顔色は良いようだな

 

急に現れた2人に翔一は驚く。

 

―2人とも、よくここが分かったな

 

2人が答える。

 

―ええ、昨日は明石が寮に戻っていなかったようなので、ここに来た次第ですわ

 

―たまにこそこそと何かを作っていることは分かっていたのでな

 

明石を心配していたのだろう。赤城と加賀は、明石のなんともない様子みて少し安心した顔を見せた。

エンタープライズが翔一に聞く。

 

―指揮官、ベルファストのことはどうみんなに伝えるんだ…?

 

―そうだな…

 

考えた結果、ベルファストの報告については、一度広場に母港のKANSENを全員集めて行うことにした。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

執務室―

 

 

執務室に戻ってきた翔一、明石、エンタープライズ、赤城、加賀は、まずエリザベスにベルファストのことを伝えようという話になった。昨日、戦場からの帰還途中で見たことのないくらい気が動転をしていたからだ。そして、今その長い金髪の少女が扉の向こう側にいる。

 

―ベル!

 

―わわっ

 

扉を開き、ベルファストの顔を見るなり彼女に抱き着いたのはエリザベスだ。ベルファストはその行動に戸惑っている。

 

―よかった、ベル…!

 

抱きしめる力を強めるエリザベスだがベルファストは、

 

―く、くるしいです…

 

そう言われるとエリザベスはやってしまったというような顔をしてすぐ腕を離した。

 

―ご、ごめん。ベル

 

―そ、それで…あなたは…

 

ベルファストの記憶がなくなっていることを思い出したエリザベスは少し寂しくなった。しかし、それでも出来るだけその感情は出さないように、いつものように接する。

 

―私はロイヤルのトップ、クイーン・エリザベスよ!みんなには陛下と呼ばれているわ。これからもロイヤルのメイドとしてよろしく頼むわね!

 

―はい、よろしくお願いします。陛下

 

ベルファストはカーテシーをすると続けて言う。

 

―頑張りますっ

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

母港、広場―

 

 

無事にKANSENたちにベルファストのことを伝え終えると、昨日出撃したメンバー、赤城、加賀、明石、伊13、エリザベス、エンタープライズ、ビスマルク、オイゲンが翔一の周りに集まってきた。

エンタープライズが話す。

 

―指揮官、話したいことがあるんだ。明日、少し時間を取ってもらってもいいかな?

 

加賀が続く。

 

―少しでは済まないと思うがな

 

そんなに時間がかかる事なのかと、不思議な顔をした翔一が答える。

 

―今からでは駄目なのか?

 

これに伊13が言う。

 

―うん、今日はベルファストと過ごしてあげて

 

―そうか…

 

話したいことと言うのは、コードGからもらったUSBのことについてだ。これには、指揮官についての詳しい情報が入っているらしい。先ほど明石にメモリーの読み込みが出来る装置があるか聞いたところあるというので、昨日指揮官の変身を見た当事者たちでその情報を見ようという事になっていた。KANSENたちはそのことを話しに来たという事だ。

赤城とビスマルクが言う。

 

―とても大切なお話になると思います

 

―私たちにも関わることかもしれないわ

 

話の内容に一切触れないKANSENたちの言葉に翔一は一層疑問を覚える。

 

―そんなに重要な話なのか…?

 

オイゲンが答える。

 

―まあ、そこらへんは明日のお楽しみという事で

 

とりあえず明日に話をするということが決定し、ここで解散となった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

海岸近く―

 

 

ベルファストは一旦翔一と共にロイヤルエリアに赴きメイド隊と話をした。いきなり仕事を、しかもメイド長として行うのはさすがに酷だという事で、仕事の概要を説明し、少しの間他のメイドの手伝いを行った後、今日のベルファストの仕事は終わりとなった。ベルファストが元に戻る間ニューカッスルにメイド長代理を頼んだが、一度その座を譲ったということと、良い経験になるからという事でエディンバラが代理を務めることとなった。”しっかりやって見せるわ!”と張り切っていたようだが大丈夫だろうか。

そんなことがあった後、翔一とベルファストは散歩がてら海岸近くのレンガタイルの道を歩いていた。

 

―ご主人様っ

 

―ん?

 

ベルファストが翔一と手をそっと繋ぎながら話しかけた。彼女は少し下を見ながら神妙な面持ちで言う。

 

―私、大事な人がいるんです。でも、思い出せなくて…

 

―大事な人?

 

”大事な人”というのが自分であってほしいと一瞬思ったが、今そんなことを考えてもしかたがない。

ベルファストが続ける。

 

―はい…その人、私に指輪もくれたんですよっ。とっても嬉しかったです

 

楽しそうに話すベルファストに翔一も嬉しくなった。それと同時に思ったことをつぶやいた。

 

―指輪、か…

 

翔一がWARSとなった時に指輪は海の底に沈んでしまったのだろう。今更後悔してもどうしようもないのだが。

ベルファストは翔一の目を見て言う。

 

 

【挿絵表示】

 

 

―早く記憶を取り戻して大事な人と一緒に過ごしたいですっ

 

―ああ、そうだな

 

自分がその人だなんて言えるわけもなく時間が過ぎていった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

執務室―

 

 

夕日が差し込む中、翔一とベルファストが執務室に帰ってくると、ベルファストが翔一の正面から軍服の裾をくいくいと引っ張りこう告げる。

 

―ご主人様っ、だっこしてくださいっ

 

―ん?…いいぞ

 

今のベルファストのように小さいKANSENから甘えられ、だっこをねだられることはよくあったので違和感なく抱き合げてしまったが、姿が微妙に違うといえベルファストをだっこしていると思うと少し恥ずかしい気持ちになった。

 

―すぅ

 

耳元で寝息が聞こえた。いろいろと歩き回ったせいで疲れたのだろうと考えると、翔一にも急に眠気が襲ってきた。思わず体が揺らいでしまい、近くのソファに腰掛けるとそのまま翔一は眠ってしまった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

優しい声が聞こえてくる。

 

―ご主人様…

 

聞きなれた、落ち着いたベルの声だ。

 

―ベル…前よりも君を遠くに感じる…

 

―私もです…でも、意識がはっきりしてきました。もしかしたら…

 

―もしかしたら…?

 

―ご主人様が眠っている間に、小さい方の私に私のデータが移行されているのかもしれません…

 

―そういう事か…

 

ベルが元に戻る希望が増えたという事だろう。

ベルが遠くに行く。

 

―そろそろ、時間のようです…

 

―そうか…

 

目を覚ました時、あたりはすっかり暗くなっていて、窓からは月が見えた。




次回は指揮官の重要な過去が明かされるにゃ!
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10話 思い出の天城姉ちゃん

ロイヤルエリア、城―

 

 

昨日キューブの欠片から小さい姿となってベルファストは復元された。まだ完全に記憶が戻っていない彼女は、今日からメイドたちの仕事を再開することとなっていた。翔一はそのベルファストをロイヤルの城に送り、メイド隊に預ける。

城の入り口で待っているとシェフィールドが来た。

 

―わざわざありがとうごさいます。ご主人様

 

翔一とベルファストが答える。

 

―ああ、よろしく頼むよ

 

―今日からよろしくお願いします

 

ベルファストとシェフィールドは手をつないで城に入っていく。

 

―それでは行きましょう

 

―はいっ

 

城を後にした翔一は、昨日エンタープライズ達と約束した話をするためいつも明石がいる倉庫に足を運んだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

倉庫―

 

 

倉庫にやってきた翔一は明石がいるか確認する。最初に目に入ったのは長い金髪の少女、エリザベスだ。

 

―おはよう下僕っ。私を待たせるとはいい度胸ね

 

―お、おはようエリザベス

 

すると奥の方から声が聞こえてきた。

 

―指揮官~

 

声がした方向に行くと、明石が棚の上に腕を伸ばしているのが見えた。

 

―指揮官~早速だけどあの箱を取ってほしいにゃ~

 

翔一は明石が指を刺した箱を取るとそれを明石に渡す。

 

―…これか?…はい

 

―ありがとにゃ

 

明石は箱を持ち机の方に歩いていく。そしてそれをコンピュータに繋げた。

 

―ふぅ、これでいいかにゃ

 

明石の作業を見守っていると、倉庫の入り口が開いた。そこからオイゲンが入ってくる。

 

―おはよう指揮官、明石、そしてちっちゃい女王様

 

―おはよう

 

―おはようにゃ、オイゲン

 

―ち、ちっちゃいとは何よ!

 

―いろいろとよ

 

―もおおお!

 

―ま、まあまあ…

 

変に煽りを入れ、それに反応するオイゲンとエリザベスに翔一は割って入った。

オイゲンが来たことを皮切りに、他のKANSENも倉庫にやってきた。赤城と加賀、伊13がこちらに来る。

 

―おはようございます~指揮官様~

 

―おはよう指揮官

 

―おはよ

 

―おはよう、みんな

 

翔一が集まったKANSENたちを見渡すと、オイゲンに尋ねる。

 

―ビスマルクはどうしたんだ?

 

これにオイゲンは妖しく微笑み答えた。

 

―今日はまだ見てないわね。それとも、私だけでは不満かしら…?

 

そう言いながら翔一の胸に手のひらをすぅっと当てた。

オイゲンは度々このように、からかっているのか純粋にスキンシップをしているのか判断つかない行動をしてくる。翔一は、なかなかこれに慣れなかった。

 

―いや、そういう問題ではなくてだな

 

そういうと、横からギリッと歯ぎしりの音が聞こえる。赤城だ。見てはいないがとても恐ろしい顔をしているだろう。オイゲンは赤城を一瞬見ると面白そうに話す。

 

―ふふっ。あなた本当に毎日大変でしょうね、指揮官

 

オイゲンが翔一から離れる。

 

―あら、楽しそうね

 

やっとビスマルクが来た。そしてまたオイゲンが言う。

 

―指揮官がどうしてもあんたに会いたかったらしいわよ

 

唐突な言葉にビスマルクは頬を染めて言う。

 

―し、指揮官っ、あまりからかわないで…

 

そして、また横からギリリッという音が聞こえてくると、加賀が”はぁ”と参った顔をしてため息をついていた。明石もビクビクした様子だ。

これ以上持たないというような状況だったが、それを打ち破るように倉庫に入ってきたのはエンタープライズだ。

 

―やあ、遅くなったね

 

―ふにゃぁ、やっと来たにゃぁ

 

緊張を解くKANSENたち。それに気づいたエンタープライズが言う。

 

―…みんな、どうしたんだ?

 

ビスマルクが答える。

 

―い、いえ。何でもないわ

 

その言葉にエンタープライズは”そうか…?”と返し、早速本題であるUSBの情報について話しだした。

 

―今日集まってもらった理由は、この中の情報を見るためだ

 

そう言いながら、ポケットから出したUSBメモリーを皆に見せる。

赤城が言う。

 

―指揮官様のことについて、よね

 

これを受けて、エンタープライズは翔一をちらと見ると言う。

 

―ああ、そうらしい

 

当然この事を知らなかった翔一は驚いた。

 

―俺のこと…?どういうことだ…

 

エンタープライズは翔一に、ベルファストが消滅した日について事を話しはじめた。

 

―指揮官、おとといのことを覚えているか。あの姿になった時のこと

 

―…ああ、少し

 

翔一が今までKANSENたちを苦しめてきた敵と同じ存在であることはなんとなく言い辛かったが、コードGから聞いたことを彼に話す。

 

―あの黒い奴はWARSというらしい。そしてそれは、別の世界の指揮官…あなたと同一の存在だ…

 

―そう…か…

 

そんな予感はしていた。そもそも、どこから来るのかも分からないセイレーンだっているのだ。あの時あの姿となってみて、違う世界の自分がいてもおかしくないと感じていた。

 

―そしてこのメモリーは、違う世界の私から貰ったものだ

 

翔一ははっきりと覚えているわけではないが、数日前に見たエンタープライズに似た者を目にした記憶があった。

エンタープライズは続ける。

 

―それじゃあ、見よう…明石

 

そういうと、明石にUSBメモリを渡す。明石はそれを、先ほど翔一に取ってもらった箱に差し、器用にボタンを操作すると近くのコンピュータのモニタの電源を入れた。そこには、メモリに入っているフォルダがずらりと表示されている。明石が適当にフォルダを選択すると、その大半は動画ファイルで埋まっていた。20年近く前の動画が並んでいる。

伊13と加賀がつぶやく。

 

―こんなに前のデータなんだね…

 

―私たちが作られる前か…

 

明石が違うフォルダを選択すると、一番上に表示された動画のサムネイルに赤城と加賀が驚愕する。

 

―天城姉さま…!

 

―天城さん、どういうことだ…!

 

2人が驚く陰で、翔一もひそかに驚きを覚えていた。

 

”なぜこのことを忘れていたのだろうか。こんなに大事なことを”

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

20数年前、重桜本土、セイレーン技術研究施設―

 

 

突如セイレーンの出現により、9割の制海権を喪失して数年が経った頃の話。圧倒的な力で人類の91%が殲滅されたが、かろうじてセイレーンを人類の生存域から退けることに成功した。そして様々な装置で満たされたこの施設では、セイレーンが用いる技術の「メンタルキューブ」について研究されていた。最終的にこのメンタルキューブは、人類がセイレーンを殲滅するため兵器の要素として用いられるという。

ある研究員達が話している。

 

―はあ、やっぱり今まで人が使ってきた武器にメンタルキューブの応用はできないようだね。動力にするにはエネルギーの変換効率が悪すぎる

 

研究を続けていく中で、今までに人類が用いてきた物理兵器にキューブの力は使い辛いという事が解明された。その代わり、キューブは生体的な反応には感度がよかったようで、それによって生み出すエネルギーは原子力よりも優れていたというデータもある。

そんな中でこのような話が出る。

 

―そうね…あまりやりたくないけど、あの人に頼るしかないかしら…

 

―本当にいいんですか?いくらキューブ適性が高かったといっても、これ以上続けるのは……この研究所の要でもあるのに…

 

あの人と言うのは、この研究所のチーフ「港 優子」だ。世界的なキューブ研究の第一人者であり、今までキューブについて様々な特性を発見してきた。そのなかでも彼女は人とキューブを融合させることでその力を最大限発揮できる理論を発表し、さらにその適正を測定する装置も開発した。しかし十分な適性がある人間は一人も現れず試しに自分自身の測定をしたところ、適性があるという結果が出された。その結果を知ると早速自分を実験台にして様々な研究をしていった。その代償として、日に日に体を壊していた。研究所を管理している軍部や、倫理委員会が研究員自身の人体実験に加え、その身の消耗を容認してしまうほど人類は衰退し、余裕のない状況だった。

そんな研究を続けていたある日、優子が倒れ、軍の基地近くの病院に運ばれた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

病院の一室―

 

 

優子が倒れたという情報を聞き、駆け付けた優子の旦那「港 海斗」が病室に入ってくる。

 

―あら、いつもは全然家に帰ってこないのに、こういう時は来るのね

 

優子がそう言うと海斗が息を荒げて答える。

 

―当たり前だろ…!お前は大事な存在なんだ…!

 

優子は目をそらし、そっけなく言う。

 

―人類にとって…?

 

―そういう意味じゃない、もうお前一人の体じゃないんだ…

 

優子の布団で覆われている腹のあたりが膨らんでいるのを海斗は見た。2人は子を授かっていた。しかし、優子と海斗は二人で会う状況が少なかった。また、お互いに軍に属する身であり、セイレーンの対処で激務であることは分かっていても、優子は愛する海斗と共に過ごす時間がないことに不満を感じていた。優子が自身を使ってキューブの人体実験をすることにしたのは、元から研究バカという理由もあるが、海斗を心配させて自分と会う時間を作らせたかったという理由もあった。

そんな優子が言う。

 

―キューブを使った兵器……作れそうよ

 

―………

 

海斗は優子の言葉に僅かな人類の希望を感じた。そして、体がボロボロな状況なのにも関わらず、自分の仕事について話すことに不安の念を抱き黙ってしまった。

優子は話を続ける。

 

―私が倒れた原因の実験ね、適性の有る人間のコピーをキューブで構成するっていうものなの

 

そして一言付けたす。

 

―メンタルキューブで生体信号を再現すれば、どんな状況でもキューブの凄まじいエネルギーを使えるでしょ?

 

海斗は優子の話を素直に聞いていたが、彼は戦地でセイレーンを迎撃する水兵のためあまりキューブのことは詳しくなく、少し呆けた顔をしていた。

 

―私がここにいる理由、知りたい?

 

優子は彼女の性格である悪戯娘のような仕草で言った。

海斗がそれに肯定すると優子が続ける。

 

―まずキューブに私の情報を入れたのよ…あ、情報って言うのは私の遺伝子、もっというと設計図のことね

 

海斗は”うん”というと優子はさらに続ける。自分のやってきたことを自慢する子供のように。

 

―それでね…う~ん、疲れてたのかなぁ。そのキューブを入れてたガラスの箱を落として割っちゃったの。急いで取ろうとしたらさ、指切っちゃって…ふふっ

 

―…それだけで倒れたわけじゃないよな

 

―そんなに人間はやわじゃありませんっ

 

そして優子は、海斗には衝撃の強い出来事を話す。

 

―で、事もあろうか傷口でキューブを触っちゃって…そしたら大変、キューブが私の遺伝子を得ようとして、傷口から私の体を侵食しちゃってねぇ。おかげで私は全身の痛みのショックで倒れたってわけ。幸いスタッフたちがキューブをすぐどけてくれて、脳まで侵食はされなかったから一命はとどめたけどね

 

下手をしたら死んでいたという優子の話と、あまりに楽観的な話し方に海斗が言う。

 

―お前なぁ、死んでいたかもしれないんだぞ…!

 

それに気にした風もなく優子が話す。

 

―わぁってるわよ………でも本当にもうすぐなの、まだキューブは真っ黒な色でエネルギーの維持も安定してないけど、セイレーンの力を制御出来るようになるまではもう時間の問題

 

翔一は、優子が研究バカの頭になっていることを察すると、これ以上の心配の言葉をかけるのをやめ、その代わりに純粋な疑問を投げかける。

 

―制御できるようになった時は、どんな色になるんだ?

 

優子は病室の窓から見える、太陽に照らされた美しい海を見ながら言う。

 

―理論的には青よ…あの海みたいに、とっても綺麗な青…

 

病室に、静かに潮風が吹いた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

記録映像 研究記録06-13

 

 

綺麗な真っ白い部屋の中央にある治具に、黒いメンタルキューブが配置されているところが録画されている。

 

―優子さん、起動させていいですか?

 

カメラの後ろにいるのだろう、研究員の声が聞こえてくる。すると女性の声で返事が聞こえる。

 

―ええ、始めましょう

 

そう答えると、カチッというボタンの音がする。その後、キューブがゆっくりと発光していく。だんだんとではあるがその色は青くなっていった。

 

―い、いけるわ。もう少し…

 

やがて発光が収まると、そこには美しく青い立方体があった。研究員たちはようやくキューブを完全なものに出来たと、感歎を漏らす。

優子が話す。

 

―よし、でもまだよ…これからヒトの形に…

 

そう言った瞬間、メンタルキューブはたちまち激しく動き出しその形を変えていく。やがてそれは優子と瓜二つの顔の、しかし優子のボブヘアーとは真逆に足まで付きそうな茶色の髪と、狐のような耳と複数の尾を持つヒトとなった。

後にこの人型は、優子の旧姓を取り「天城」と名付けられ、重桜で、世界で初のKAN-SENとして記録されることになる。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

病院の一室―

 

 

キューブがヒトの形を成して安心した直後、優子は陣痛に襲われた。しかも短い周期で陣痛が起きていたため、いつ生まれてもおかしくない状況だった。実験が終わりこのことを研究員に告げると、当然と言わんばかりにすぐ病院に運ばれた。

無事に出産が終わった次の日、個室で目を覚ましてしばらくすると、ノックが聞こえてきた。海斗だ。

 

―どうぞ…

 

優子がそう言うと、海斗が部屋に入るなり話す。

 

―優子…生まれたぞっ

 

―私が一番知ってるわよ

 

子が生まれた嬉しさで若干はしゃいでいる海斗に優子は苦笑する。

 

―赤ちゃん、見てきた?

 

優子の言葉に海斗が答える。

 

―ああ、しっかり見たぞ。名前はどうしようかなぁ

 

―ふふ、嬉しそうね…

 

出産の次の日という事もあり疲れていた優子は静かに笑った。そのことに気づいた海斗が言う。

 

―うん、もちろん嬉しいよ…あ、疲れてる…よな。すまない、うるさくして

 

―いいわよ、謝らないで…

 

世界がセイレーンの危機に脅かされている状況で、優子は生まれた子供をしっかり育てられるか多少不安に思っていたが、今は無事に出産できたことを幸福に思っていた。

そして後にその子は、「翔一」と名付けられた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

記録映像 研究記録08-17

 

 

研究施設の中庭が録画されている。

 

―天城姉ちゃーん!

 

元気な男の子が天城に向かって走っていた。

 

―ん…翔ちゃん、今日も元気ですね

 

翔ちゃんと呼ばれた男の子にガシッと抱き着かれる天城はそう言うと、自らも優しくその子を抱きしめた。翔ちゃんと言うのは翔一らしい。

 

―翔ちゃん…私はとても幸せです

 

そう言われた翔一は答える。

 

―ん~、なんで~?

 

突然の言葉に翔一は疑問を投げる。

 

―…いえ、なんでもありません

 

天城がそう言うと翔一何も気にしないと言った様子で話す。

 

―そう?…でも、おれも幸せだよ~

 

翔一に言われたことに少し驚いた天城は彼に聞く。

 

―そうなのですか?

 

―うん!だって天城姉ちゃん優しいもん!

 

そう言いながらさらに抱き着く力を強くされると、天城は頬を緩め、翔一の頭をなでた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

記録映像 研究記録08-14

 

 

和室が映し出されている。そこにはちゃぶ台があり、その上に料理が置かれている。そこに天城と翔一が対面している。

 

―おいしいですか?翔ちゃん

 

―おいしいよ!

 

―ふふっ。よかったです

 

―おれ天城姉ちゃんのごはん毎日食べたいっ

 

―え…?

 

―おいしいから!

 

―そう…ですか?

 

―うん!

 

天城は頬を染めた。

しばらくのやり取りの後、2人とも料理を食べ終わると優子の声が聞こえてきた。

 

―天城、そろそろ時間よ

 

―はい、今参ります…翔ちゃん、また今度

 

翔一は少し寂しそうな顔をすると、手を振りながら言う。

 

―うん、じゃあね

 

ここで映像が途切れた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

現代、母港倉庫―

 

 

保存してあった記録映像をさらりと見た一同は、翔一の生い立ちに今はいない重桜KANSENの天城が関わっていたことに驚いていた。

明石とエリザベスが言う。

 

―こんなことになってるとは思わなかったにゃ…

 

―下僕の意外な一面も見れたわね

 

赤城、加賀が言う。

 

―まさか指揮官様が小さなときに天城姉さまと過ごしていたなんて…

 

―とても仲が良かったように見えたな

 

赤城が”あっ”と気づいた声を出すと翔一に聞く。

 

―指揮官様、赤城の料理をあんなに美味しそうに食べていただいたのは天城姉さまの料理も食べていたからなのですのね?赤城は天城姉さまから料理を教わりましたの

 

翔一が答える。

 

―うん、確かに天城ね…の料理と同じ味だった…

 

翔一は”天城姉ちゃん”と言いそうになり、恥ずかしさを誤魔化すように軍帽のつばを少し下げる。そんな翔一を見て、赤城がにまっと笑う。

 

―うふっ、恥ずかしがる指揮官様も素敵ですわ~♡

 

続けてオイゲンも口を開く。

 

―可愛いわね、指揮官

 

翔一は耐えきれなくなり言う。

 

―か、からかわないでくれ、みんな…

 

画面を見ながらビスマルクが言う。

 

―WARSみたいなものが映っている映像もあるわね

 

伊13とエンタープライズが続く。

 

―少し時間が経った後の映像だね

 

―…見てみよう

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

記録映像

 

 

研究施設内、病室の個室のような場所が録画されている。翔一がドアを開け入ってくると、焦ったような様子で部屋中央のベッドにいるヒトに話す。

 

―姉ちゃん…!

 

そう言われると天城は身を少し震わせた。

 

―…!翔ちゃん…なぜここに…

 

―だって天城姉ちゃんが倒れたって!

 

―そ、それは、どこで聞いたのですか…?

 

―白い服の人たちだよっ

 

―そう……ですか…

 

翔一が天城の顔を見ると言う。

 

―天城姉ちゃん…すごく疲れた顔してるよ…

 

―いえ、そんなことはありませんよ…

 

翔一は心配そうな顔をする。

 

―でもぉ

 

翔一の顔を見た天城は彼を安心させるように抱きしめた。

 

―大丈夫ですよ

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

記録映像 研究記録07-82

 

 

研究施設の一室、やや狭く白い部屋の中に、手首や足首にケーブルをつけられている天城をガラス越しに録画していた。

 

―今日もお願いね、天城

 

静かで冷静な優子の声が聞こえると天城が答える。

 

―はい…

 

その声は少し震えていた。彼女の不安を感じ取れる。

次に研究員が優子に言う。それは男性であり、なにか申し訳なさそうな声音だ。

 

―テスト…はじめていいですか

 

優子が作業めいた言い方で答える。

 

―うん、はじめてちょうだい

 

すると同じ研究員が言う。

 

―耐久テスト、開始

 

言い終わると重低音が部屋に響き渡る。天城の声が聞こえてくる。

 

―くっ……うぅ…

 

優子が感情のない声で言う。

 

―前回のテスト結果から改修して耐久は上がったはずだから、まだいけるわ。…負荷を上げて

 

研究員が”はい…”と答えるのが聞こえると重低音が大きくなる。同時に天城が声を漏らす。

 

―ああぁ……ぐぁあああ

 

この声を聴きながら優子がさらに告げる。

 

―…前回の値は超えたわね、計算ではこの2割はギリギリ耐えられる。そこまで上げてちょうだい

 

女性研究員が言う。

 

―で、でもそれはキューブの構造崩壊が始まる危険性が…!

 

この言葉に優子は非情に告げる。

 

―記憶のデータはリアルタイムにバックアップが取られているわ。最悪体を失っても問題ないでしょ

 

女性研究員が言う。

 

―記憶があっても今の天城は死ぬことになります…!

 

優子はそれを無視し、男性研究員に言う。

 

―…早くやりなさい

 

諦めたように男性研究員が返事をすると間もなく、さらに負荷をかける音が大きくなる。

 

―ぅああああああああああああああ!!!

 

天城は悲痛な叫びをあげた。すると、

 

 

 ”姉ちゃぁああん!わああああああああああ!!”

 

 

幼い翔一の叫び声が聞こえた。優子や研究員は翔一が部屋の外にいることを確認し、それに驚く。

 

―翔一…!

 

―”翔一君!”

 

突如、凄まじい音と共に後ろからガラスの破片が飛んだ。黒い靄が映る。また、カメラが倒れたらしく視点が荒ぶると、一瞬だけおおよそ人間とは思えないような小柄な人型が映った。その色は、エネルギーの安定状態にないメンタルキューブの、深く黒い色だった。

そこで映像は途切れた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

研究施設、一室―

 

 

天城が生まれたことでメンタルキューブの安定化の方法が確立され、KANSENは世界中でその製造方法が確立されつつあった。とはいえKANSENが生まれてから日が浅いこともあり、その武器開発などで少なくとも重桜軍、そして研究員たちは手を止める暇があまりなかった。

KANSENを実践投入させるためにとりわけ重要視されたのが、その耐久力だ。現状、世界の軍の戦力ではセイレーンをやっとのことで撤退させるまでしか戦果を出せていない。それどころか、艦艇を出してもそれらが全艦帰投出来たことの方が珍しいくらいであった。この事実を受け、KANSENはまず確実に帰投出来ることを最低条件とし、そのためKANSENのカスタマイズ時は耐久力を最優先で上げることとなっていた。耐久力を上げるためのデータを収集するために行われていたのが、この「耐久テスト」だ。

 

天城は、ガラス越しにせっせと実験準備をする研究員達を見つめていた。今日もテストだ。かれこれ31回この実験を行っていた。これで32回目だ。

天城が生まれてから最初のうちは自分の武器である艤装の攻撃テストを行っていたが、途中から体の耐久を確認、また強化するための耐久テストを行うようになった。言葉に言い表すのは難しいが、これはとても苦しい実験だった。しかし、その苦しみは日々翔一と接することで吹き飛んでいた。天城は翔一と共に過ごすのが幸せだった。理由は分からなかった。しかし、天城は1つだけ心配することがあった。それは、今から行われようとする実験を翔一に見られることだった。自分が苦しみ悲鳴を上げる姿を見て翔一はどう思うだろうか。怖いと思うだろうか、怒りが沸くのだろうか、それとも、驚きのあまりもう話してくれなくなるだろうか。その時が来るかもしれないという事を想像するだけで、天城は不安に駆られ恐怖した。それほどまでに翔一を愛していたのだ。

 

最初の負荷がかかる。こんな痛みは慣れたものだ。

負荷が強くなる。痛い、前回の負荷を超えたようだ。

更に強くなる。全身の凄まじい痛みで気絶しそうだ。しかし、人類の、いや翔一の為と思えば耐えられた。

 

そして、一番来てはいけない時が来た。

2枚のガラス越しに見えたのは、こともあろうか翔一だった。気づいたときにはその姿は黒く悪魔のような見た目に変貌し、研究員たちを押しのけ天城がいる部屋のガラスを割り天城につけられたケーブを引きちぎっていく。天城は翔一がこんなに乱暴なことをしているのは見ていられなかった。どうすればいいか分からず、思わず抱きしめた。すると翔一はその動きを止め天城に寄りかかるように倒れ気を失った。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

現代、母港倉庫

 

 

「耐久テスト」と呼ばれた実験映像を見た一同は皆複雑な表情をする。そして翔一は母港に来る前のことを少しずつ思い出してきた。

ビスマルクが言う。

 

―確かに私たちは兵器で、セイレーンを倒すために戦っているわ。でも、そのためとはいえこんな風に実験されているのを見るのは、少し嫌ね…

 

赤城が悲しそうな声で言う。

 

―天城姉さまのおかげで私たちが問題なくセイレーンと戦えると考えれば、まだ救われるわ

 

明石が言う。

 

―それじゃあ、次、いくにゃ

 

翔一は次の映像である違和感に気づいた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

記録映像

 

 

監視カメラの映像なのか、研究施設の廊下が写されている。そこにあるベンチには、優子と翔一が座っていた。

 

―軍の仕事の方はどう?慣れた?

 

―ああ、幼いころからあっちの方にも顔を出すことがあったし、あまり困ってることはないよ。仕事もだいぶ慣れた

 

―そう……ねえ、天城のこと…覚えてる?

 

―覚えてるも何も、最前線で頑張ってるんだろ?今は何してるんだろうなぁ

 

優子は目を伏せ小さくつぶやく。

 

―それは…

 

―ん?

 

―いえ…なんでもないわ

 

そう言った直後、翔一に異変が起こる。

 

―ぐっ…うぁ…

 

翔一は胸のあたりを抑え苦しみ始めた。やがて彼から黒い靄が出てくる。優子が驚き焦る。

 

―翔一、どうしたの!……なっ…アイツら、暴走はしないって言ってたじゃない…!

 

翔一は苦しみながらその姿を変えていく、やがてそれは黒いWARSの姿となる。それを見た優子がつぶやいた。

 

―黒…設計段階はこんな色じゃなかったはずだけど…

 

翔一、WARSが呻き声のような音を出す。かすかに言葉が聞こえる。

 

―姉ちゃん……あまぎ…ねえちゃ…

 

ここで映像は途切れた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

現代、母港倉庫―

 

 

―結局、どういうことなのかしら、黒いWARSは本来の姿ではないという事だけ、確認が取れましたけど…

 

赤城が言うと翔一が続く。

 

―…分からないな……実を言うと、俺はこの母港に来る以前の記憶がない。その事に今、気づいたんだ…

 

加賀が尋ねる。

 

―ん、それはどういうことだ?

 

―記憶を消されているのかもしれない。軍で働いていたことは確かなようだが、細かいことまで思い出せない

 

唐突な翔一の言葉にKANSENたちは一瞬黙り込む。

オイゲンが話す。

 

―指揮官は、その記憶は取り戻したいの?

 

一瞬考えこむと翔一が言う。

 

―…いや、どうだろうな。実際にここで暮らす分には、記憶がなくて不便な思いをしたことはなかったし

 

―そ…

 

オイゲンが短く言った。再び皆は黙り込んでしまうが、それを明石が壊す。

 

―と、とりあえず、続き見るにゃ?

 

翔一が答える。

 

―そう、だな

 

その後は時間だけが過ぎていくだけで、特に新しいことは発見できなかった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

病院―

 

 

耐久テストの途中、翔一が謎の力を発揮しそれを振るった。天城に抱かれ、翔一が倒れるとその姿はやがて元に戻っていった。周りの研究者たちはとりあえず翔一を運び出し病院に運んだ。天城は運ばれていく翔一を見ているだけしかできなかった。

翔一は眠ったままの状態で検査された。そして今は病室のベッドで眠っている。その姿を優子は椅子に座りながら見ていた。

 

―…翔一

 

そうつぶやきながらまだ目覚めない翔一の頭を優しくなでる。

優子は先ほどのことを思い出していた。優子は翔一があのように感情を強く出しているところを見たことはなかった。実際今までもなかったと思う。

 

―私は…母親としては全然だめね…

 

自分の子ではあったが翔一の世話を天城にさせることが多かった。天城を普通の人間と触れ合わせることで、何か得ることがあるかもしれないと思った結果だ。まだ幼く、純粋な心を持つ子供と関わったおかげか、天城はとてもやさしい性格になったと思う。仲もとても良くなっていた。しかし、その2人を見るほど自分は親として翔一に何か出来ているのだろうかと日々悩むようになった。そんな中でこの事件が起こったのだ。施設内部の管理がなされていなかったといえばそれまでだが、実験中の天城の姿を翔一に見られ、彼をこんな風にさせてしまったと思うことで自分を責めていた。

ポケットから電話の着信音が鳴る。確認すると、掛けてきたのは軍の上層部の人間だった。電話を取ると耳を疑う言葉を聞いた。

 

 

 ”港翔一を戦力に出来ないか研究を行ってほしい”

 

 

という内容だった。

優子が実験中にキューブに侵食された影響により、生まれた翔一には安定状態にないキューブの力が宿っていたことは分かっていた。そして元々軍にはキューブの力を軍人に埋め込んで戦わせるという構想があったが、キューブ適性の問題で実現できていなかった。しかし、この前の事件により人間がキューブの力を発揮できることが発見されたため、軍からの連絡が来たのだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

現代、執務室

 

 

記録映像を見ていた翔一とKANSENたちは一旦倉庫から解散し、翔一は執務室で仕事をしていた。いつの間にか今日のベルファストのメイド仕事が終わったらしく、グラスゴーが彼女の手を引いて帰ってきた。

そんなグラスゴーがベルファストを引き渡しながら言う。

 

―はい、貴方様

 

―ありがとう、グラスゴー。ベルの調子はどうだった?

 

―意外と小さくても仕事できてたわよ、メイド長

 

そしてベルファストが言う。

 

―このベルファスト、メイドとしてしっかり仕事を覚えましたっ

 

自信あり気なベルファストの言葉に翔一は安心する。

 

―そうかそうか、困ってないようでよかったよ

 

グラスゴーが言う。

 

―じゃ、私は続きの仕事もあるから

 

―うん、それじゃあ

 

翔一が答えると、グラスゴーはすたすたと執務室を出ていく。

翔一は目の前にいるベルファストを見つめた。

 

―どうしたのですか?ご主人様

 

ベルファストは丸い顔をこてっと傾げるとそう言った。

 

―いや、なんでもない

 

翔一はそう言うと、執務室の窓から外を眺める。そこから、夕日に照らされて歩くKANSENたちが見える。

その姿を見ながら考えた。自分がどんな力を振るえるのかはまだはっきりと分からないと。ただ、セイレーンを倒すことが出来る力を持ったことは確かだった。しかし翔一はこの力を、自分が半分人間でなかったことを恐れることはなかった。この力で皆を見守るだけでなく、共に戦おうと胸に誓ったからだ。




明石にゃ!
次はベルファストが復活にゃあ!
そして指揮官が…?
次回もお楽しみにゃ!

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11話 覚醒!主人と共に行け

暗闇に一筋の光が差し込む。

 

―ご主人様…

 

―ベル…

 

―私も一緒に見ていました、ご主人様の過去を…あなたの中で…

 

―そうか…

 

―でも、迷いはないようですね…

 

―ああ、俺は戦うよ。大切な仲間たちのために…せっかくこんな体をもって生まれたんだ。存分に使うよ…

 

―そうですか…ふふっ、心配はなさそうですね…

 

―うん、任せてくれ…

 

―はい……そろそろ時間のようです…

 

―ああ…

 

 

翔一はゆっくりと目を開けた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

翔一自室―

 

 

翔一は目を覚ますと、隣に小さい温もりを感じる。ベルファストだ。

 

―んぅ?…ごしゅじんさま…おはようございます…

 

翔一とほぼ同時に起きたのか、ベルファストは寝ぼけ眼で言った。

 

―おはよう、ベル

 

昨日、ベルファストがメイドの仕事を終え執務室に戻ってくると、疲れたのかしばらくして眠ってしまった。ぐっすりと眠っているので起こすのも悪いと思い、結局添い寝したというわけだ。

ベルファストが1つあくびをして言う。

 

―ふぁぁ…昨日は帰ってきてそのまま寝てしまったのですね

 

翔一はベッドを出ながら言う。

 

―うん…すまないね、俺もベッドに入ってしまって

 

ベルファストはにこっと笑うと言う。

 

―いえ、ご主人様がお望みなら、いつでも添い寝しますよ

 

ベルファストは続けて言う。

 

―今日の朝ごはんは私が作りますよっ

 

こうして今日も母港の1日が始まった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

執務室―

 

 

ベルファストと朝食を食べ終えると、2人は今日の仕事の準備を始めた。ベルファストは昨日メイドの仕事を1日かけてメイド隊たちに教えてもらった事で、翔一の専属メイドとしてのスキルは戻っていた。このことから、今日からまた翔一の近くで仕事をするという事になった。

しばらくするとエンタープライズが来る。

 

―おはよう、指揮官、ベルファスト

 

―おはよう

 

―おはようございます、エンタープライズ様

 

エンタープライズはベルファストを見て言う。

 

―ベルファストは今日から指揮官の身の回りのお世話を再開するんだよな。メイド隊から聞いたよ

 

―はい、がんばりますっ

 

エンタープライズはベルファストの頭をなでながら言う。

 

―ふふっ、小さいベルファストは素直でかわいいな

 

ベルファストは少し身を震わせて答える。

 

―うぅ…くすぐったいです

 

翔一は2人を微笑ましそうに見つめた。

 

―よし、始めるか

 

翔一がそういうと今日の業務が始まった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

執務室、昼前―

 

 

ベルファストとエンタープライズの手伝いもあり、いつもより早く仕事が一段落ついた。一息ついていると赤城が来た。

 

―指揮官様~

 

ドアノブが回転し彼女が執務室に入ってくる。

 

―赤城か、今日は遅いんだな

 

いつも通りの展開というか、しかしいつもより少し遅いと思ってしまう自分に驚いた。そう思うほど彼女も翔一に近い存在となっていた。

そんな赤城はにへらっと笑い言う。

 

―私が来ることが待ち遠しかったのですね指揮官様、赤城はとっても嬉しいですわ~

 

―ははっ…

 

反応もいつも通りな赤城に翔一は苦笑いしてしまうが、どこか心地よい気持ちも抱いているのだった。

翔一は赤城を見てふと昨日のことを思い出した。天城のことについてだ。

 

―赤城

 

翔一が呼ぶと赤城は甘い声で答える。

 

―はぁい、指揮官様

 

―昨日のことについてなんだが、お前と加賀は何か天城と関係があるのか?「姉さま」と呼んでいたようだけど

 

一瞬困り顔をした赤城は、ぽつぽつと話し始めた。

 

―はい、天城姉さまは私の…私と加賀の姉にあたります

 

―そうか

 

彼女は一呼吸おいて続ける。

 

―…元々加賀は戦艦として生まれましたの。そして体があまり良くなかった天城姉さまは、軍縮条約の影響を受けて姉さま自身の体を加賀の改修のために使ったのです…

 

少し暗い顔をする赤城を内心心配するが、翔一が言う。

 

―そうして生まれたのが今の空母加賀か…

 

―はい…

 

―とすると、今はもう天城は…

 

―…

 

赤城は黙ってしまう。その表情からは、わずかな無念が伺えた。思わず翔一が言う。

 

―すまない…余計なことを

 

これに赤城は慌てた様子で言う。

 

―あ、い、いえ…私がこんな顔をしてしまうから…指揮官様にとっても大切な方なのに…

 

―いや、俺はいいんだ…俺は天城と一緒にいたのは幼い時だけだから…

 

暗い空気が漂う中で、それを払おうとエンタープライズが話す。

 

―こ、こんなに辛気臭い話はよくないぞっ。さあ指揮官、仕事だ仕事

 

エンタープライズの声を聞き、はっとした翔一が言う。

 

―そうだな、再開しようか

 

そして、早速ベルファストが言う。

 

―ご主人様、今日のお昼ご飯の後はロイヤルの演習のお手伝いですっ

 

そういった直後、ベルファストから”ぐぅ”と音がする。

 

―あ…

 

ベルファストは顔をほんのり赤く染めるとつぶやいた。すると赤城が言う。

 

―ふふっ。お昼は私が作りますわ

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

ロイヤルエリア―

 

 

赤城が振舞った昼食を食べ終わり一旦彼女と別れた後、ロイヤル陣営の演習を手伝うため、エンタープライズとベルファストと共にロイヤルエリアに来ていた。

エリアに気てまず見えたのはエリザベスだった。

 

―来たわね下僕!

 

―おう、元気だなエリザベス

 

エリザベスは”ふふん”と鼻をならすと言う。

 

―当然よ。将来の婿に私の強さを見せてあげるんだから!

 

その言葉にエンタープライズが反応する。

 

―それは楽しみだな

 

―ロイヤルの優雅な戦い方、とくと見ておきなさい!

 

エリザベスがそう返すと、彼女は演習場所まで案内すると言うので翔一たちはそれについていった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

ロイヤルエリア、海岸―

 

 

海岸に着くと、紫の短いポニーテールを揺らしながらジャベリンがやってきた。

 

―しきかーん!

 

ジャベリンが翔一たちの近くに来ると、エリザベスはジャベリンに言う。

 

―ジャベリン、準備はできたかしら?

 

―はい、もう始められますよっ

 

ジャベリンはそういいながら海の方を見る。そこにいるKANSENたちがこちらに向かってくる。

 

―ようこそおいでくださいました、誇らしきご主人様

 

まず口を開いたのはシリアスだった。

 

―久しぶりの演習の見学だ、しっかり見させてもらうよ

 

そしてエルフのような長い耳を持つKANSEN、セント―が言う。

 

―先輩たちのようになれるよう、頑張ります

 

イラストリアスが続く。

 

―ふふっ、これはしっかりお手本を見せてあげないとですね

 

そしてイラストイアスはユニコーンを見る。

 

―イラストリアス姉ちゃんには負けないよ

 

話しているKANSENたちを見て、翔一が言う。

 

―うん、やる気があるようで良いな

 

―あら、私も忘れてもらっちゃ困りますわ~、こ・ぶ・た・ちゃん

 

そういいながら翔一に寄るのはエイジャックスだ。それを見るリアンダーが言う。

 

―ほらほら、エイジャックス、指揮官様が困っていますわ

 

―いいんですのよ、この子豚ちゃんはいつも困ってるくらいが丁度いいんですから

 

二人の話を聞いていると長い金髪がたなびくのが見えた、ほんのりバラのにおいもする。オーロラだ。

 

―演習とはいえ戦うのは久しぶりです。指揮官さん、何か変なところがあれば、何でも言ってくださいね

 

―ああ、しっかり見るよ

 

そして、力強いウォースパイトの声が聞こえてきた。

 

―心配しなくても大丈夫よオーロラ、私もついているわ

 

―いざというときは私が相手の動きを止めますわ

 

そう言うのはフォーミダブルだ。

ウォースパイトが言う。

 

―さて、始めましょうか…陛下、ご準備はよろしいですね

 

―ええ、いつでも良いわ。みんな、海上に!

 

その声を聞き、ロイヤルのKANSENたちは海の方に歩いていく。

 

―ご主人様、今日は私も演習のメンバーなんですよっ

 

ベルファストがそう言う。

 

―そうなのか?

 

翔一の問いにシリアスが答える。

 

―はい、メイドのお仕事も覚えたので、今度は戦闘の方もという事だそうです

 

シリアスは続ける。

 

―とはいえ、メイド業務を1日でマスターしてしまうなんて、他のメイド達も驚いていました。さすがメイド長さんです

 

―この調子で記憶も取り戻してくれるといいな

 

翔一がそう言うとベルファストはにこっと笑顔になり答える。

 

―はいっ

 

すると海の方からエリザベスの声が聞こえた。

 

―2人ともー!早く来なさーい

 

こうして演習が始まるのだった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

海上―

 

 

KANSENたちは2チームに分かれ、激しい攻防を行っている。メンバーはジャベリン、ベルファスト、シリアス、イラストリアス、セント―、エリザベスのチームとエイジャックス、リアンダー、オーロラ、フォーミダブル、ユニコーン、ウォースパイトのチームだ。

ウォースパイトから轟音と共に主砲が発射される。

 

―いくわよ!

 

ドドンと連続で放たれる砲撃であったが、ジャベリン、ベルファスト、シリアスの素早い回避で無駄に終わってしまう。

 

―簡単にはやられませんよ!

 

ジャベリンはそう言うと、相手の前衛艦に向けて魚雷を発射する。

 

―あ!

 

リアンダーはその魚雷を受ける。しかし、すぐさま相手を翻弄させようと行動する。

 

―く、これなら!

 

彼女は煙幕を散布し海上をそれで覆う。

 

―み、見えないです

 

―これでは攻撃できません…

 

ベルファストとシリアスが言った。

そこでセントーが叫ぶ。

 

―皆さん、すぐ煙幕から離れてください!

 

そういいながら攻撃機と戦闘機を発艦した。ベルファストとシリアス、ジャベリンが煙幕から出ると、爆撃と雷撃が開始された。

 

―わっ、煙幕の上から攻撃されていますわ

 

―これではどこから攻撃が来るか分かりませんね…

 

エイジャックスとリアンダーが言う。自らが出した煙幕があだとなってしまった。攻撃を食らってしまう。

 

―みんな、回復するよ

 

そういうユニコーンが航空攻撃を開始すると、エイジャックスとリアンダーが食らった攻撃のダメージが少し回復する。

 

―少し楽になりましたわ

 

―ええ、でも一旦退避しましょう

 

2人は煙幕を出ていく。後方で2人の援護をしていたオーロラが前に出て対空攻撃をする。しかし…

 

―セントーさん、やはり強いですね

 

エイジャックスとリアンダーも対空攻撃に加わったがそれでもなお攻撃を抑えられない。そこで、フォーミダブルが動く。

 

―行ってきてください!

 

攻撃機が発艦され、ジャベリン、ベルファスト、シリアスに近づくと、フォーミダブルのスキルで3人は身動きが取れなくなる。その隙に爆撃が開始された。激しい攻撃に見舞われる。

 

―くっ、このスキルはとても厄介です…

 

シリアスがそうこぼすと、イラストリアスが言う。

 

―大丈夫です、皆さん!

 

イラストリアスもすかさず航空攻撃を始め、そのスキルを発動させる。前衛の3人はシールドに覆われ、フォーミダブルの攻撃が無効化された。

 

―ありがとうございます、イラストリアス様

 

ベルファストがそう言うと同時にフォーミダブルのスキルが解除された。そしてエリザベスが砲撃を行う。

 

―さあ、受けてみなさい!

 

攻撃直後で次の行動に移るのが遅れたフォーミダブルは、その攻撃に当たり、軽く吹き飛んだ。

 

―くっ、わああ!

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

海岸―

 

 

凄まじい攻防が繰り広げられるなか、それでも拮抗しているのに翔一は驚いた。

 

―個々の能力を最大限生かした戦い方だな、感心する…

 

エンタープライズが続く。

 

―ああ、ユニオンも見習わなければな

 

演習の様子を見てしばらくすると翔一たちの後ろから声が聞こえてきた。

 

―指揮官様!

 

―指揮官!

 

切羽詰まったような声に翔一とエンタープライズは振り向く。

 

―赤城、加賀、どうしたんだ

 

翔一がそう言うと加賀が答える。

 

―奴が来たぞ…!

 

翔一とエンタープライズは詳しく2人の話を聞いた。

委託をお願いしていたKANSENたちから、敵のWARSがこの母港に向かってきているという情報が入ったらしい。緊急で応援を出したが、今までのことからKANSENたちの攻撃を封じられることが考えられるため、翔一に指示を仰ぎに来たという事だ。

 

―迎撃するぞ

 

話を聞いた翔一はそう答える。その直後、黒い影が頭上を通過した。それは海上で止まり浮遊した。

そしてオイゲンとビスマルク、伊13が走ってきた。既に艤装を身に纏っている。

 

―指揮官、結構やばい状況よ

 

―もう攻撃が封じられているわ

 

―な、なにもできないよ

 

早々に攻撃も出来ない絶望的な状況に翔一はWARSを睨むことしかできなくなる。突然現れたそれに、演習を続けていたKANSENたちは混乱する。

 

―あ、あれは…!

 

エリザベスが言うとジャベリンも続いた。

 

―この前に見たセイレーン?…ですね…

 

そしてそのWARSが挑発的な態度で翔一に言う。

 

―ならないのか?この姿に

 

その声を聴いたシリアスが聞く。

 

―誇らしきご主人様…これは、どういう…

 

そして翔一に近づくWARSを前に、こちらに駆け付けたベルファストが翔一に言う。

 

―ご主人様、お下がりください

 

―いや、しかし…!

 

さっきまで演習をしていて少し疲れた様子のベルファストを見て心配した翔一はそう言う。しかし、腕を広げ自らを盾にする様子の彼女は、体は小さくとも勇ましい声音で言った。

 

―ご主人様は、このベルファストがお守りします!

 

この言葉を聞きWARSは苛立ちを覚えたように言う。

 

―ベルファスト…だと…?

 

翔一が言う。

 

―そうだ、ベルファストだ。コアの完全な破壊は出来ていなかったようでな、不完全な状態だが、復元できた

 

―なんだと…

 

WARSは睨みを利かせるようにベルファストの方を向くが、全く動じないその姿を他のKANSENたちも見た。そして…

 

―指揮官様は傷つけさせないわ!

 

―将来の婿を失うわけにいかないの!

 

赤城とエリザベスが叫んだ。

 

―私を更なる強さに導いてくれるかもしれないのでな

 

―もっと指揮官の力になりたいっ

 

加賀と伊13が続いた。

 

―指導者として、まだまだ教えなければならないこともあるわ

 

―もう少し素直になったら?ビスマルク、もっと指揮官と一緒に居たいって。私はそうよ、し・き・かん

 

ビスマルクとオイゲンも言う。そしてエンタープライズが言う。

 

―私は指揮官と共に、歩みたい…!

 

―みんな…

 

翔一はKANSENたちの思いを一身に受けて感歎を漏らした。それを見たWARSは…

 

―何故……お前ばかり…!

 

するといつの間にか海上に出ていた指揮艦から明石の声が響いた。

 

―明石を忘れちゃ困るにゃあああ!

 

それと同時に指揮艦から一発、砲撃が放たれる。しかしそれをWARSは片手の手の平で防いでしまった。そしてWARSは禍々しく黒いオーラを出しながら叫んだ。

 

―何故だぁ…

 

―人間の道具に媚びることしかできない!ゴミがあああああああああ!

 

そう言いながら翔一に殴り掛かる。ベルファストが防ぎにかかるがもう遅い。

 

―ご主人様!

 

しかし、翔一はWARSの拳を手の平で受けた。その姿はびくともしない。

 

―違うな…道具などではない…!

 

 

 ”俺の大切な…仲間たちだ…!”

 

 

その言葉は強く、深い力があった。翔一がそう叫んだ直後、指揮艦から合成音声が聞こえてくる。

 

 

 ”Warning warning this ship is about to be engaged. Get out of here immediately. ”

 

 

―にゃにゃ!また床がなくなっちゃうにゃ!

 

明石がそう言うのも束の間、更に音声が鳴り響く。

 

 

 ”WARS ENGAGED”

 

 

たちまち翔一の周りはキューブの青い光で覆われていく。以前の黒い靄のような禍々しいものではなかった。

 

―んにゃああああ!やっぱり落ちるにゃあああ!

 

光で覆われると同時に指揮艦がその場所から消えると、案の定明石は海に落ちていった。

光が消えていくと、先日に見た姿と同じだが色は全く違う、黒とは正反対の白いアーマーで身を纏った人型がそこに立っていた。その胸には、青く輝くキューブが見える。

そしてそのキューブからまた青い粒子が放出されると、それはベルファストを包んでいく。するとその姿はだんだんと大きくなっていった。

 

―ど、どういう事だ…!

 

これには敵のWARSも驚いた様子で後ろに下がった。

 

―ご主人様

 

青い粒子が消えると、そこには僅かに光を纏った元の姿を取り戻したベルファストが立っていた。その目は、金色に輝いている。

 

―ベル

 

―ふふっ、この姿はお久しぶりですね。しかし、お話はまた後で…!

 

―…ああ、行くぞ!

 

 

【挿絵表示】

 

 

まず、翔一…いや、真のWARSは相手のWARSに全力で拳をぶつけた。

 

―ハァ…!

 

―ぐぉあ!

 

ガンッという音と共に吹き飛ぶ敵は、すかさずベルファストの砲撃の餌食となった。

 

―少々痛いですよ

 

全てのKANSENに攻撃権限を剥奪するコードを与えていた相手は、ベルファストが攻撃できることに驚いた。

 

―がっ!…なぜ攻撃できる!

 

―私の体はご主人様だけの命令に従えるようにアップデートしました。あなたの権限はもう通用しません!

 

砲撃の餌食になり、背中で海を滑っていく敵は、WARSが右手に出現させたレーザー砲の攻撃により更にダメージを負う。しかし敵もやられたままではない。即座に右手にレーザー砲を出現させ、後ろに飛びながらそれを撃つ。双方で交わされる攻撃の応酬。その中で敵の攻撃がWARSに当たる。

 

―くっ…

 

しかし動じずに前に進み、格闘戦に持ち込んだ。

 

―…!

 

遠くから見れば獣のように殴りあっているように見える。しかし白と黒の鎧の動きはさすが軍人と言うべきか、相手の動きを正確に把握し隙を狙って攻撃をしている。

 

―ご主人様!

 

―今だ、ベル!

 

そして、WARSとベルファストの匠なコンビネーションにより、初めの内はその攻撃の対応が出来ていた敵も余裕がなくなっていった。やがてWARSとベルファストの優勢となっていく。

2人の姿を見る赤城と加賀が言う。

 

―指揮官様ーーー頑張ってくださーい♡!

 

―強い思いが、新たな力を生んだか…

 

とうとう敵を追い詰めんとするWARSとベルファスト。WARSが言う。

 

―決めるぞ、ベル!

 

―はい!

 

とどめを刺そうとしたその時、黒い雲が一瞬にしてあたりを覆った。そこから、セイレーンが現れ、攻撃する。

 

―はあい、そこまでえええ!

 

―これ以上は少し困るわ

 

これにWARS、赤城が反応する。

 

―ピュリファイアーか…!

 

―オブザーバー…!

 

オブザーバーが言う。

 

―あら、久しぶりね、でも話してる暇はないの

 

ピュリファイアーが敵のWARSを見ながら続く。

 

―この子も結構あれちゃってるしね~、こんなに暴れがいのある場所に来たけど、残念

 

その敵のWARSはというと、黒い雲から出ている鎖のようなものにつながれ、身動きが取れない状態にあり、そして暴れていた。

 

―クソ、クソが!あああああ!

 

それを見た加賀とオイゲンが言う。

 

―あんな無様な姿が指揮官と同一人物とは思えんな

 

―ホントにね

 

最後にオブザーバーとピュリファイアーが言う。

 

―それじゃあね

 

―ばいばーい

 

セイレーンたちはそのまま黒い雲に覆われ、消えていった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

執務室―

 

 

一旦事件が片付き、落ち着きを取り戻した翔一たちは執務室に帰ってきていた。

 

―ふう、どうなる事かと思ったよ

 

エンタープライズがつぶやいた。

 

―一件落着って感じかしら?

 

続いてオイゲンが言うと、赤城が翔一に抱き着いた。

 

―ふふふっ、私たち2人の愛の力で指揮官様が新たな力を得ましたわ~

 

―そ、そうだな

 

―まあでも、今日くらいは少しの間だけ譲ってあげてもいいかしらね

 

そういいながら赤城は翔一から離れ、一時的に小さくなっていたが元の姿に戻ったベルファストの方を見た。

 

―ご主人様

 

―ん?

 

 

 ”ベルファスト、帰投いたしました”

 

 

ベルファストがそう言うと、明石が彼女に飛びついた。

 

―にゃああああ!やっとベルファストが戻ってきたにゃああああ!

 

―わあっ、明石様、あまり激しく抱き着かないでください

 

―嬉しいにゃああ!

 

そんな姿を見て、翔一は思わず噴き出した。

 

―ふっ…はははっ

 

翔一はこの母港に来てこのように笑ったことは無かった。その様子を見てKANSENたちは一瞬ぽかんとするが、その後には微笑んでいた。

ビスマルクが言う。

 

―ふふっ、指揮官、そんな風に笑えるのね

 

加賀が続く。

 

―まあ、この前の絶望したような顔よりは随分良くなったな

 

そして、伊13。

 

―大事なヒトが元に戻ったからね

 

翔一は皆の方を向いて話す。

 

―みんな…ありがとう

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

夕方、執務室―

 

 

セイレーンを退けたといっても仕事がなくなるわけではない。夕日が海に落ちそうになるころまで、翔一、ベルファスト、エンタープライズは今日の業務を消化していった。エンタープライズが言う。

 

―よし、今日はこんなものだな

 

―終わったか…いつもありがとな、エンタープライズ

 

―礼には及ばないよ、秘書艦として当然のことさっ

 

いつもより弾んだ声音で話すエンタープライズを見てベルファストが言う。

 

―少しうれしそうですね、エンタープライズ様。ご主人様と距離が近いからでしょうか?

 

実際に翔一と腕が触れそうなほどの距離で翔一の隣に座っていたエンタープライズは、慌てた様子をした。

 

―あ、そ、そういうことでは…

 

―ふふっ、照れているエンタープライズ様も可愛らしいです

 

ベルファストの言葉でエンタープライズはそっぽを向き顔を赤くする。

 

―そ、そうやってからかうベルファストは嫌いだぁ。もう一度小さくなればいいんだっ。そっちの方が素直で可愛かった。そうだろ、指揮官?

 

そう言うエンタープライズに翔一が答える。

 

―?…お前は可愛いと思うぞ

 

この言葉でエンタープライズは耳まで赤くなる。ベルファストも”あら…”とつぶやいた。

 

―もぅ…かえるぅ!

 

耐えかねたエンタープライズがスタスタと執務室を出て行ってしまう。

 

―あ、おい…

 

呼び止めようとする翔一だったがそれは叶わず、部屋のドアを出たときにはエンタープライズの走る後ろ姿が見えた。

 

―少々、やり過ぎてしまったようですね…

 

ベルファストはそう言いながら翔一の隣に寄る。そして、翔一の目をじっと見つめる。

 

―どうしたんだ?

 

―ご主人様…オルゴール、聞いていただけましたか?

 

翔一の誕生日の時にベルファストがくれたオルゴールのことだ。聞いたのはその日、ベルファストが消滅した日だ。その時の翔一は何も考えていない状態だったので、よく音色を覚えていない。

 

―聞いたよ…でも、よく覚えていない…

 

―それなら、一緒に聞きましょう…今…

 

―…自分で聞くのは、恥ずかしいんじゃなかったか?

 

―今は、あなたの近くに居たい…

 

翔一は自分の机の引き出しから、大事にしまってあったオルゴールを取り出した。それを持ちながら、部屋のソファーに2人で腰かける。そして、蓋を開けた。

儚くも、しっかりと存在を感じさせるその音色が2人を包み込んでいく。その音は、夕日が沈み月明かりが部屋を照らすまで続いた。

 

第一章「指揮官覚醒編」完




翔一が真のWARSになり幾日か経ったある日、薄暗い倉庫で動く緑の影があった。

―明石…また何か作ってるんですか

その姿を見た不知火が言った。

―そうにゃ、指揮官のあんな姿を見てしまえば工作艦の血が騒ぐのにゃ!

明石がそう言うと不知火が聞く。

―そうですか、あと、指揮艦がドックからなくなっているんですが…

重大な事を明石に教えるがその反応は薄い。

―だいじょぶにゃ、すぐに元に戻るにゃ。そして指揮艦はここにあるにゃ

明石はそう言いながら不知火に何かを見せる。

―は…?

―にゃふっふ~…完成したにゃあああああ!

勢いよく立ち上がる明石、その手にはごついブレスレット状のものが握られていた。

―うるさいですね…で、何ですかこれは

―これは指揮官を安全に変身させるアイテム…名付けて!WARSブレスにゃああああああ!

そしてこう続ける。

―変身するときに毎回指揮艦が消えてもらっちゃ困るのにゃ。それで何とかキューブで複製しようとしていじってたら、指揮艦にはいろんなシステムがあることが判明したのにゃ

―そうしたら、これができたと?

―そうにゃ

明石はルンルンとした様子で”これから執務室にいってくるにゃぁ”と言いながら倉庫の出口に向かっていく。そのとき、以前ベルファストを復元させた装置に淡く光が灯った。

―にゃ…?

―なんでしょうか?

光がなくなると、そこには6つのメンタルキューブがあった。

―解析してみるにゃ…

明石はそう言うと執務室に行くのをやめ、キューブの解析に取り掛かった。

ちなみに指揮艦は複製に成功していたらしく、その日の夕方には元の場所に戻っていた。


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希望への航路編
12話 前途多難!開発艦ハーレム!!


朝、執務室―

 

 

翔一がWARSへと覚醒し数日、セイレーンが現れることはなく平和な日々が続いていた。

いつものように執務室で翔一は母港の運営業務を行っている。

 

―ご主人様、コーヒーをお入れ致しました

 

―ありがとう、ベル

 

ベルファストはカップを翔一の机に置く。彼女はこの母港の指揮官、翔一の専属メイドだ。普段翔一の身の回りのお世話を行っている。翔一が母港に来る前から、ロイヤル陣営のメイドたち「ロイヤルメイド隊」のメイド長として働いており、今は翔一のメイドも兼任している。

そんな彼女は執務室にいるもう一人のKANSEN、翔一の隣で作業するエンタープライズにもカップを渡す。

 

―エンタープライズ様も

 

―うん、ありがとう

 

エンタープライズは翔一の秘書艦として日々翔一の業務の手伝いを行っている。エンタープライズはコーヒーを一口飲むと言う。

 

―ふぅ、ベルファストの入れるコーヒーはいつもおいしいな。さすがメイド長だ

 

それにベルファストは微笑んだ。エンタープライズが続ける。

 

―そうだ指揮官、今日の副秘書艦は誰なんだ?

 

―今日は不知火のはず…まだ来てないけど、どうしたんだろうな。何か知っているかベル

 

ベルファストは少し考える様子をすると言う。

 

―…いえ、存じませんね…度々明石様のところにいるようですが、そこにいるのかもしれません

 

―そうか…

 

そういえば最近明石に会っていないなと翔一が思ったその時、執務室のドアが勢いよく開く。ドアの先には明石が息を切らして立っていた。

 

―な、なんだっ

 

驚いたエンタープライズがそう言った直後、明石は切羽詰まった調子で言う。

 

―指揮官!倉庫に来るにゃ!

 

執務室にいる3人は顔を見合わせる。そして明石についていくことにした。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

母港ドック、倉庫―

 

 

明石に連れられた翔一、ベルファスト、エンタープライズが倉庫に入っていく。中には不知火が立っていた。

 

―あ、指揮官…すみません、明石がいろいろとやっていたのでそちらに伺えませんでした

 

―ああ、明石から聞いたよ

 

翔一たちは明石から執務室に来た理由を聞いていた。明石が何かを作っている時に謎のキューブが出現したらしく、それを解析していくうちにそれは今までに建造されたことの無い、データだけ存在していたKANSENのキューブだったという。建造計画だけあったKANSEN、言わば「計画艦」である。試しにKANSENとして実体化させてみようとしたところ、本当に実体化してしまったため翔一に報告しに来たという事だった。

 

―それで…そのKANSENは…?

 

翔一が明石に問う。

 

―こっちにゃ

 

そう言いながら明石は倉庫の奥に案内する。するとそこには6人の見覚えのないKANSENたちが居た。

最初に話したのは赤く長い髪を持ったKANSENだった。勇ましく、戦士然とした雰囲気だ。

 

―お初にお目にかかる、私は戦艦・モナークだ。お前が指揮官だな、よろしく頼む

 

―よろしく…

 

翔一がそう答えると次はあずき色の髪のKANSENが言う。

 

―戦艦出雲、着任した。お前が指揮官か?あまり頼りにならなそうだが…

 

―お、おう

 

開口一番頼りに「ならなそう」と言われ少し怯む翔一、そんな翔一を包むように「ゆるふわ」な感じの声で、黒い衣装を身に着けたKANSENが言う。

 

―見ただけでそんなことを言ってはいけませんわ。ふふっ、こんにちは、ローンと言います

 

―…うん、よろしく

 

翔一は赤城や大鳳のような雰囲気をローンに感じ、一瞬返答が遅れてしまった。追撃するようにローンが言う。

 

―…?どうしたのですか、指揮官

 

―いやっ、なんでもないよ

 

ローンは”そうですかぁ…?”と言い残した。次に話したのは深い青色の髪のKANSENだ。

 

―伊吹と申します。まだ修行中の身ですが、よろしければ、何卒お使いください、主殿

 

―ああ、よろしくな

 

前の3人よりはクセがないのですんなりと言葉を返すことが出来た。そして落ち着いた声で、銀髪のKANSENが話す。

 

―会えて光栄だ。導く者よ。私はサン・ルイ、神の思し召しによりあなたの元に仕えるもの

 

サン・ルイはそう言って翔一に握手を求める。翔一はそれに応じて言う。

 

―よろしく

 

最後に話したのは綺麗な水色の髪のKANSENだ。少し高飛車?な感じで言う。

 

―私はロイヤル大型巡洋艦のネプチューンと申しますわ。うふふ、私のこと、忘れられなくして差し上げます♪

 

―うん、よろしく頼むよ

 

―はい、よろしくお願いします♪

 

全員の自己紹介が終わったところでネプチューンはベルファストの方をちらと見ると言う。

 

―あなたは…ここのメイドさん、ですね…?

 

―はい、初めまして。私はロイヤルのメイド隊、メイド長のベルファストと申します。現在はこの母港の指揮官にもお仕えしております

 

―あら、そうなのですね。いつかそのメイド長さんの力、見せて頂きますわ

 

そうネプチューンが言った後、モナークが話す。

 

―指揮官、早速力を試してみたいのだが、何かできないか?

 

―そうだな…エンタープライズ、今日はユニオンの戦闘演習があったよな

 

―ああ、あと1時間ほどで始まるぞ

 

そこでローンも言う。

 

―ふふっ、ちょうど私も戦いたいと思っていたところです。ぜひ私もその演習に参加したいのですがいいでしょうか指揮官?他の子たちも…ねぇ?

 

そう言いながらローンは他の開発艦たちを見まわした。

 

―修行の一環として、私もお願いしたいです

 

―我が刃を振るうときが、こんなに早く来るとはな

 

伊吹と出雲が言った。続いてサン・ルイとネプチューンが言う。

 

―指揮官に仕えるものとして、力を示そう

 

―まずは私の実力をお見せいたしますわ

 

そう言う開発艦たちに翔一は話す。

 

―よし、なら君たちとユニオンのKANSENたちで演習を行おう

 

―にゃにゃっ、みんなにこの子たちのことはどう説明するのにゃ?

 

明石が言うと不知火が答える。

 

―あなたが生み出したのですから、あなたが説明してください

 

倉庫にいる一同は、ユニオンエリアに歩を進めるのだった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

ユニオンエリア―

 

 

ユニオンエリアに赴く前に、母港のKANSENたちに新たな仲間が出来たという報告を明石が行った。当然ながら母港全体は大騒ぎ。特に赤城などのKANSENは目を血走らせながら”何かおかしなことはされていませんか?”というような事を話してきた。その場には当然ローンがいたので翔一は胃を痛めることになったのだが、それはまた別のお話。

 

―さあ、ここがユニオンのKANSENたちが住まう場所だ。ようこそ、ユニオンエリアへ

 

エンタープライズが計画艦たちに言った。モダンな建物が立ち並ぶ中、爽やかな風が吹く。

伊吹がつぶやく。

 

―わあ、重桜の静かな景色とは一変して、ユニオンのそれはとても賑やかな感じなのですね

 

その言葉に翔一が聞く。

 

―生まれたばかりなのに、重桜の景色が分かるのか?

 

明石が答える。

 

―KANSENは人の思いから形を成しているにゃ。だからその記憶、伊吹のような重桜艦であれば重桜人の記憶が少しあるのにゃ

 

ローンがこれに付け足す。

 

―概念、と言うのでしょうか…そのようなものがそれぞれに宿っているのだと思いますよ

 

―そういうことか…俺はまだまだKANSENのことについて知らないことが多いな

 

翔一がそう言うと不知火が答える。

 

―このようなことも知らなかったとは、やはり大うつけですね指揮官さま。妾がこんど教えて差し上げます

 

辛辣な言いように翔一は苦笑いしてしまう。しかし、他のKANSENたちは後から不知火が付け足した言葉に翔一を思う気持ちを感じ、微笑むのだった。

ネプチューンが言う。

 

―少し見学していきたいと言いたいところですが、そろそろ時間ではないでしょうか?

 

エンタープライズは近くの広場にある時計を見て言う。

 

―ん、そうだな、海岸の方に行こうか

 

一行は海岸へ歩いて行った。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

ユニオンエリア、海岸―

 

 

―お、もう全員いるじゃないか

 

海岸に着くとエンタープライズは、もうそろっている今日の演習メンバーを見渡して言った。

その一人であるアルバコアが言う。

 

―うん!新しく母港に来た子たちが演習に来るってことで早く見たいと思ってね!

 

その言葉に伊吹が反応する。

 

―やっぱり私たち、注目されているのですね

 

モナークが言う。

 

―存在を認められているという事は悪いことではない。しかもそれが、会いたいというものなら尚更な

 

演習メンバーの1人、クリーブランドが気さくに言う。

 

―ふふっ、母港が少し賑やかになるな…私はクリーブランド。よろしく、6人とも!

 

伊吹は微笑み、言う。

 

―はい、よろしくお願いします

 

そして、クリーブランドの隣にいたホノルルが言う。

 

―なんだか、クセの強そうなのがいっぱい居そうね

 

その言葉に不思議そうな顔をしてローンが答える。

 

―クセ…ですか…?

 

ホノルルは軍帽のつばを下げながら言う。

 

―ええ、特にあなたは重桜の空母っぽい感じする

 

―…?

 

一瞬考え、海岸に来る前に翔一に押しかけていたKANSEN達を思い出した。

 

―ああ、あの子たち…確かに、私も似たようなところがあるのかもしれませんね。でも、妙なことを指揮官にしないように見ておかないと…ふっふふ…

 

ホノルルは少し面倒くさそうな顔をする。

 

―う…そういうところよ…

 

言い終わると、出雲が話す。

 

―早速だが、演習とやらはもうできるのか?

 

これにネバダが答える。

 

―ああ、バッチリ。いつでもできるぞ!

 

ネバダは続けて言う。

 

―それと指揮官。新しい私の力、しっかり見ておけよ!

 

ネバダは最近艤装を改修し、新しい姿となっていた。それを見た翔一が言う。

 

―うん、楽しみにしているよ

 

ネバダはニカッと笑った。そして、演習メンバーに言う。

 

―よし、みんな!海上に行くぞ!

 

いよいよ、新たな仲間たちとの力試しが始まる。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

海上―

 

 

今回の演習は予定になかった開発艦たちの介入で、急遽ユニオンのKANSENたち対開発艦たちという事になった。予定ではユニオン艦同士の演習だったため合計12人の人数がいたことから、人数差を考えてユニオン艦と開発艦の人数を均等にし、混成チーム同士で演習をするという事を考えた。しかし開発艦たちは相当自身があるようで、ユニオン艦対開発艦、つまり12対6で戦闘がしたいと申し出ていた。特にモナークは自分の力を気にしているようだった。

そんな中始まる演習でユニオン艦のメンバーは、

アルバコア、カヴァラ、エルドリッジ、ラフィー、ホノルル、クリーブランド、アラバマ、ネバダ(改)、エセックス、エンタープライズ

の12人である。

今回の演習のリーダーであるネバダの砲撃の轟音と共に演習が始まる。

 

―っしゃあ!相手の新人たちも本気だ、全力で行けぇ!

 

ドンという音でユニオンの皆は動き出した。最初に攻撃を始めたのは空母、エンタープライズとエセックスの2人だ。

 

―エセックス、まずは航空攻撃で相手の動きを止めるぞ!

 

―はい、エンタープライズ先輩!

 

2人の攻撃が開発艦たちに迫った。開発艦側は空母がいないのでその分不利であるが、爆撃や雷撃を受けるその前衛艦たちは鬱陶しそうにしながらも、負けずに水上を走っている。

 

―いきなりこのような数の航空攻撃を出すとは…しかし、私たちも簡単には食らいませんよ!

 

―ふふっ、むしろ最初からこのくらいの方が燃えますよ~

 

ネプチューンとローンが言うと、その後方から戦艦たちの主砲が鳴り響いた。

 

―はあ!

 

―受けてみろ

 

出雲とモナークの砲撃が、ユニオンの前衛艦たちを襲う。そして2人のスキルが発動し、更に弾幕が濃くなる。

 

―ぅああ!

 

―く…

 

ホノルルは放たれた砲撃に直撃、ラフィーは直撃は避けたが爆風に飲まれた。特にホノルルは後方に飛ばされ、相当のダメージを負った。

 

―あ、危ない!凄まじい威力だ…

 

間一髪で攻撃を避けたクリーブランドはその威力に怯む。

 

―一瞬の隙を突く!

 

しかし、目前に迫っていた伊吹が言いながら放った魚雷を、クリーブランドは受けてしまう。

 

―ぐああ!

 

そんな中、水中でひそかに開発艦たちの隙を伺う潜水艦2人が攻撃しようと動き出していた。アルバコアが言う。

 

―ね、カヴァラ。今魚雷を撃った重桜の子、挟み撃ちにしちゃお!

 

カヴァラが答える。

 

―うん、それじゃ、あたしが回り込むね!

 

カヴァラはアルバコアの前方に進み、伊吹に接近した。

 

―撃てる?アルバコア?

 

伊吹の真下を通り過ぎ、彼女を中間にしてアルバコアと向かい合ったカヴァラが言う。

 

―おっけー

 

アルバコアがそう答えると、2人は一斉に魚雷を発射する。

 

―そりゃ!

 

―はっしゃあ!

 

魚雷が伊吹に迫る。

 

―!?

 

それに気づいた伊吹は避けようとするが間に合わない。魚雷が当たろうとしたその時。

 

―あら、悪戯ですか~?

 

伊吹の下にシールドが現れた。その近くにはローンがいる。予想していなかった出来事にアルバコアが言う。

 

―わ!シールド使えるの!?

 

そしてローンは事もあろうか全速力でアルバコアの真上に位置取り、両手を彼女に伸ばした。

 

―アルバコア!避けて!

 

―な、なんじゃあ!?

 

―ふふ、お仕置きですよぉ

 

ローンはアルバコアの頭を両手でつかみ、海中から引きずり出した。衝撃的な出来事にアルバコアは叫ぶ。

 

―んぎゃあああ!なんでえええ!?

 

そのままアルバコアは投げ飛ばされる。

 

―そーれ!

 

そしてローンは飛んでいくアルバコアに向けて砲撃を行う。

 

―ぐふぉお!

 

弾は直撃し吹き飛ぶ勢いは更に増した。それを見たカヴァラはローンから逃げながら言う。

 

―あわわわ、何あれぇ…

 

―そこにいるんですかぁ?

 

―わあ!こっち来ないでえ!

 

ローンも逃がすまいとカヴァラを追いかける。しかし、

 

―ぶっ飛ばす…

 

アラバマが主砲を放った。ローンに直撃する。

 

―がっ!

 

いくら開発艦であっても戦艦の主砲を食らえばただでは済まない。ローンはカヴァラを負うのを止め、一旦下がった。

前衛たちの戦いを見てエンタープライズが言う。

 

―相手は生まれたばかりだが、かなりの実力があるようだな…

 

―そうですね、特に主力の攻撃力は凄まじいです

 

エセックスは攻撃機を発艦させながら言った。

航空攻撃を突破してきたネプチューンとサン・ルイがユニオンチームの前衛艦に攻撃を仕掛ける。

 

―手は抜きませんわよ!

 

―全力だ…!

 

2人の主砲、魚雷が入り乱れる。

 

―こっちだって負けてられないよ!

 

クリーブランドが攻撃を避けつつ、砲撃をする。しかし、2人の連続攻撃に回避の余裕がなくなってくる。その時、

 

―サポート、する…

 

ネプチューンとサン・ルイの脇から人魂のようなものが飛んできた。エルドリッジのスキルによる攻撃だ。

 

―きゃっ

 

―何だこれは…

 

エルドリッジの攻撃は、纏わりつくようにして2人にダメージを与える。その間に、前線に帰ってきたホノルルがクリーブランドを援護する。

 

―さっきはやられたけど、いくわよ!

 

―状況が悪いな…

 

―く…下がりましょうか…

 

集中砲火を受けた2人は体制を立て直すべく、退いていく。しかしネバダがそれを許さない。

 

―逃がさないぞ!

 

ネバダが主砲を放ち、その弾はネプチューンとサン・ルイに迫る。当たる寸前、ローンがその前に出る。

 

―こんなもの!

 

ローンがもう一度シールドを発生させる。完全に防ぎきれたわけではないが、3人はネバダの攻撃を耐えた。

 

―防がれたか………っ!

 

ネバダがそう言って間もなく、その前方からモナークの主砲攻撃が飛んできた。

 

―決める!

 

―ぐあ!

 

ネバダだけでなく、アラバマ、エセックス、エンタープライズにもその砲撃が迫る。

 

―うっ…

 

―…!

 

―くっ、直撃したらひとたまりもないぞ…!

 

そして”まだ終わりではないぞ”という出雲の攻撃も始まった。前衛にも弾が飛んでくる。出雲のスキルも相まってユニオンチームは余裕をなくす。

 

―みんな…まもる…

 

その時、エルドリッジのスキルが発動する。前衛艦たちは少しの間、受ける攻撃を無効化できるようになった。そこでラフィーが言う。

 

―一瞬だけ前に出る…!

 

そう言いながら全力で前方に向かい、開発艦の前衛たちに魚雷をぶつける。他のKANSENたちもそれに続いて砲撃をしていく。一方的に攻撃されるネプチューン、ローン、サン・ルイは後退を余儀なくされた。

 

―なかなか厄介ですね…

 

―ここまで私を傷つけるなんて…許せない…!

 

―もっと慎重にやらねば…

 

一方、開発艦の主力艦の方向へ何発か砲弾が飛んできていた。前衛たちの戦闘を集中して見ていた出雲とモナークにそれが迫る。

 

―危ない…!

 

紙一重で避けた出雲が言う。しかし、

 

―くっ…

 

モナークは避けきれず、砲弾に当たる。吹き飛びはしないものの、ダメージは小さくない。彼女は悔しそうに歯を食いしばった。

それを見たネバダは少しふらつきながら言う。

 

―ふっ、さっき攻撃を受ける寸前に放った主砲、効いたようだな…

 

一進一退の攻防は続き、結局勝負は決しなかった。いい意味で演習とは思えない激しい戦いに、それを見ていた翔一とベルファストはただただ驚いていた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

海岸―

 

 

皆が海上から戻ってくると、翔一が言う。

 

―みんな、とても良い演習だったぞ。開発艦たちは人数的に不利な中、あれほどの結果が出せたのは見事だった

 

それに伊吹が微笑み答える。

 

―ありがとうございます、主殿

 

そんな中、どこからか嘆息が聞こえる。

 

―はああ…ひどい目に会ったよぉ

 

そう言うのは、ローンに頭を掴まれ投げられていたアルバコアだ。それにローンが続く。

 

―ふふっ、やり過ぎてしまったでしょうか…?でも、そのままもう一人の子も攻撃出来たら…あぁ…

 

ローンはなかなかの戦闘狂、というかサディスト(?)なようでアルバコアとは逆に楽しそうな様子をしている。

エンタープライズが言う。

 

―それにしても、開発艦たちは相当の実力があったな。これからの味方として、とても頼もしいよ

 

その言葉に自信ありげにネプチューンが言う。

 

―当然ですわ。史実で建造こそされていませんが、一流の性能で設計されましたものっ

 

エルドリッジが言う。

 

―でも…エルドリッジの攻撃で退いてた…

 

―そ、それはっ、変なのが飛んで来たら、誰でもそうしますわ!

 

伊吹とローンが続く。

 

―私も潜水艦の攻撃を見切れませんでした…しっかり修行を積まねば…

 

―あの時はシールドが間に合わなければ危ないところでしたね

 

そして出雲が言う。

 

―一瞬の過ちが死を招く。気を付けろ…

 

やり取りを見てサン・ルイが言う。

 

―油断は禁物、だな

 

KANSENたちの姿を見ながら、モナークは考えていた。演習が終了する少し前、モナークがネバダの放った砲撃を受けた時のことだ。あの時、ウェールズやヨークならどうだったのだろうか。素早く攻撃をかわして反撃にでも転じていたのだろうか。あのような攻撃をかわせなかった自分は劣っているのだろうか。考えれば考えるほど孤独を感じていった。

そんなモナークの様子に気づいたのは、ベルファストと翔一だけだった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

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応接間―

 

 

演習が一区切りすると、翔一は開発艦たちを連れて執務室近くの応接間に行った。もちろんベルファストとエンタープライズも一緒だ。明石と不知火もいる。

 

―演習、楽しかったです。指揮官

 

部屋に入って早速ローンが言う。

 

―良い腕試しになった。今回は機会が無かったが、この刃を振るう日も近いかもしれないな

 

そして、不意に伊吹が言う。

 

―あ、あの、野暮なことであれば申し訳ないのですが…主殿、ベルファスト殿とはどのようなご関係で?…演習の時とても近くで寄り添っていたようなので…

 

それを聞いてベルファストは頬をほんのり赤く染める。そして、ネプチューンが悪戯顔で反応する。

 

―あら、私よりもそのメイド長さんの方が良いという事ですか?

 

そして明石は少しにやけ顔で言う。

 

―そりゃあもう、この前なんかは身も心も一体化しちゃってたにゃ!

 

翔一は思わず叫ぶ。

 

―あ、明石!変な言い方をするな!

 

一体化というのは、翔一の体にベルファストの「記憶」の部分が入っていた時のことだ。このおかげで「ベルちゃん」の状態から今の状態に戻ることが出来た。もっとも、明石はその説明を吹っ飛ばし悪意があるような言い方だったが。

明石の言葉を聞き伊吹が顔を赤くした。

 

―なっ、そ、そのようなことがっ。わ、私はただ主殿にお仕えするためにいろいろと聞きたかっただけで!もも申し訳ございません!

 

出雲も頬を少し赤くし”ふんっ”と鼻を鳴らしてそっぽを向く。そしてローンは、

 

―ふふっ、指揮官~詳しく聞かせていただけますか~

 

彼女の言葉と光のない目で翔一は”やはり”と自分の勘を確信するのだった。モナークはというと、呆れたような顔をしてため息をついている。

 

一方エンタープライズは、

 

―し、指揮官…私が知らない間に…

 

彼女も彼女で勘違い(?)している。不知火は特に動じないが少しつぶやく。

 

―まあ、この状況も面白いですし、放っておきましょう

 

そんな中この状況をさらに熱するヒトが現れる。

 

―指揮官様!

 

ばんと開かれたドアの先には赤城が息を切らして立っている。

 

―げ、赤城……大鳳まで…!

 

よく周りを見れば窓を隔てた先に大鳳もいる。その顔は口だけは笑っていた。そして、

 

―姉さま!仕事を放り出さないでください!

 

赤城に振り回される加賀も大変そうだ。

ネプチューン、ローン、伊吹が翔一に迫る。

 

―指揮官様っ

 

―指揮官~

 

―あ、主殿!

 

”ああ、新しい仲間たちは入ってきたけど、どうなるんだこれ…”混沌とした空間で翔一はそう思い、前途多難な道を憂うのだった。

 

 




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13話 叫べ指揮官!エンゲージ!! file1

母港近海、演習場―

 

 

新たなる仲間、開発艦たちが母港に誕生してから数日経った、輝く太陽に照らされた日のこと。

 

―ぅわあああ!

 

と、雄叫びのような悲鳴を上げて翔一、もといWARSが吹き飛んでいく。それを見ながらモナークと出雲が言う。

 

―ふんっ、まだまだだな、指揮官

 

―修行が足らんな

 

遠隔音声通信で話してくる2人にWARSは言う。

 

―流石に飽和攻撃は卑怯じゃあないか?しかも、今はこんなにデカい装置までつけてるんだ

 

WARSはそう言いながら背負っている大きい箱のようなものを指差す。そしてサンルイが言う。

 

―しかし、さっきのが実戦なら命を落とす可能性もあるぞ

 

―なっ、サンルイまで…

 

そんなやり取りを見て指揮艦からWARSとKANSENたちを見ていた明石が言う。

 

―指揮官!何度も言うけど後もう少し我慢してほしいにゃ!しっかりデータを集めて小型化してくにゃ!

 

WARSがそれに答える。

 

―ああ、分かってるよ!

 

WARSは片手を平にして口の横に添えながら言った。声は遠隔通信で届くのでそんなことはしなくても良いのだが、いかんせんまだ慣れないWARSの姿であったので、通信の感覚に慣れず、普通の人間がするような動作をしていた。

WARSの声を聴き終え通信を一旦切ると、明石は独り言をつぶやく。

 

―ふう、もう少しにゃ…

 

明石がひそかに開発していたWARSブレスは、先日指揮官に試したのはいいものの、うまく動作しなかった。WARSが背負っている大きな箱は、急遽設計をしなおして作ったもので、WARSブレスの代わりの役目を担っている。作り直したその装置が思うように動作し、翔一がエンゲージ出来たときは心底安心したものだ。

そんな中で箱を小型化し、再びブレスレット状にするためのデータ収集兼開発艦たちの演習は明石の中で大詰めを迎えているのだった。

 

―あ、主殿っ、お体は問題ありませんか?

 

伊吹が言うとネプチューンが続く。

 

―甘やかしてはいけませんわ、伊吹。この程度でへこたれる指揮官様じゃありませんもの…ね?

 

そう言いながらネプチューンはWARSを見る。

 

―ん、まあな

 

彼が微妙な反応をしたのは、ローンの怪しい様子を見たからだ。

 

―あんな風に飛ばされる指揮官を見て少しドキドキしてしまいました…ああ、なんだかいけないことをしているみたいですね、指揮官

 

ローンはそう言い、”ふふっ”と微笑みながら翔一を見つめた。

そんなKANSENたちを指揮艦から眺めるもう2人のKANSENがいる。ベルファストとエンタープライズだ。

 

―ご主人様、少しずつですがあの人数相手にも対応できるようになってきていますね

 

―うん、6対1であそこまで戦えるとは…WARSのスペックが高いという事もあるのだろうけど、さすが私たちを指揮してきただけあって、戦況を把握して戦う能力が高いんだな。とても頼もしいよ

 

―ええ、本当に

 

しばらく演習は続いた。ある時明石が音声通信用のマイクに口を近づけて外にいるKANSENたちに話す。

 

―みんな、もうデータは十分集まったにゃ!演習は終わりで良いにゃ、指揮官お疲れ様にゃ!

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

執務室―

 

 

演習を終え、一行は執務室に戻ってきていた。明石はと言うと、WARSブレスの再開発を急ぐと言い倉庫に行った。

モナークが言う。

 

―指揮官、最後の一撃はよかったぞ

 

褒めてはいるがその声は少し悔しそうだった。翔一が答える。

 

―ありがとう、モナーク。それにしても最後まで誰にも一撃を入れられないんじゃなないかと必死になっていたよ

 

演習終了直前、やっとのことでWARSはモナークに模擬弾を一撃当てることが出来ていた。ローンが続く。

 

―でも、だんだんとみんなの攻撃に対応できるようになっていく姿はとても素敵でしたよ、指揮官…今度は2人っきりで―

 

―ええ、2人っきりで特訓しましょう、指揮官さまぁ…もちろん、や・せ・ん・の♡

 

ローンを阻んだその声の持ち主は赤城のものだった。そして突然の(いつもそうであるが)来訪に翔一が言う。

 

―今日もか、赤城。それで、仕事はどうしたんだ?

 

翔一の両手を握りながら赤城が言う。

 

―もう、冷たいですわ指揮官様。でも問題ありません、今ここにいるのは仕事の一環と言っても過言ではありませんもの

 

―そうなのか…ん?そういえば今日の副秘書艦は如月だったな…

 

―はい、今日はその送り迎えでここに来ましたの。ほら、如月

 

午前中は演習を予定していたため、副秘書艦の務めは午後からという事になっていた。そして今、如月を連れて赤城が来たというわけだ。優しい声で赤城が声をかけると、彼女の後ろから如月が顔を覗かせた。

不安そうな顔の如月が言う。

 

―し、しきかん…今日は如月が副秘書艦ですよね…?

 

―ああ、そうだぞ。如月は秘書艦になるのは初めてだよな?

 

―うん…はじめて…

 

執務室の雰囲気に慣れないようで、如月は緊張が解けていない。そんな中、ベルファストが言う。

 

―そんなに心配しなくても大丈夫ですよ

 

そう言いながら彼女は微笑む。エンタープライズも続く。

 

―なにも1人に任せることはない。分からないところがあれば、なんでも言ってくれ

 

翔一も言う。

 

―みんなで頑張ろうな

 

皆の優しい言葉に如月は少し安心したようで彼女の頬はゆるんだ。

 

―うん、がんばりますっ

 

そして赤城が言う。

 

―さて、私はこのあたりで失礼いたしますわ

 

”この後明石に呼ばれていますので”という赤城の言葉に翔一は疑問を投げかける。

 

―明石に?何かするのか?

 

―はい、WARSに関することでKANSENのデータが欲しいという事なので

 

翔一は”そうか”と返す。そして執務室から去っていく赤城を見守った。そしてエンタープライズは開発艦たちの方を向いて言う。

 

―それで、君たちはこの後どうするんだい?

 

モナークと出雲が答える。

 

―私は演習場をもう少し借りて訓練をしていこうと思う

 

―寮に戻って休息をとる

 

ネプチューンが言う。

 

―私はメイド隊の見学に行こうと思いますわ

 

それに続きローン。

 

―私はお散歩しようと思ってます。今日は天気もいいですし

 

伊吹とサン・ルイは、

 

―剣の修行をします

 

―私も寮で休むしよう

 

皆の話を聞き終えると翔一が言う。

 

―そうか、みんな今日はありがとな。助かったよ

 

ネプチューンが答える。

 

―いえ、とんでもありませんわ。指揮官様のご活躍、とても期待しています

 

―精進するよ

 

開発艦たちが執務室を出ていく。残ったのはベルファスト、エンタープライズ、如月、翔一だ。

 

―さて、仕事を始めよう

 

エンタープライズがそういうと如月が尋ねる。

 

―なにをすればいいんですか?

 

―そうだな…まずは…

 

エンタープライズは優しく仕事を教えていった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

執務室―

 

 

如月が副秘書艦の仕事に慣れはじめた頃、サイレンが鳴り響いた。

 

―この音は…

 

如月が言うとエンタープライズが続く。

 

―セイレーンだな…指揮官!

 

―ああ、出撃だ…!

 

翔一は出撃させるKANSENを招集した。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

海上―

 

 

いつものように出撃した翔一たち。今回の出撃メンバーはベルファスト、エンタープライズ、如月、そして開発艦の皆だ。待機要員として明石もいる。その明石は、ブレスの完成が近いという事で指揮艦の奥で作業をしている。

翔一は海上にいるKANSENたちに話す。

 

―みんな、頼むぞ。特に開発艦の皆は今回が初の出撃だ、無理はするなよ

 

―分かっています、指揮官。でも、みんなの役に立てるようたくさん沈めますよ~

 

―修行の成果をお見せします、主殿…!

 

ローンと伊吹がそう言うと、エンタープライズが報告する。

 

―指揮官、見えたぞ!

 

彼女には艦載機を発艦させ、セイレーンの詳細な位置を調べてもらっていた。その情報が新たにレーダーに映し出される。ヒト型のタイプは居ないが以前よりも量産型の数が多いように感じた。

 

―よし…エンタープライズ、そのまま攻撃を仕掛けられるか?

 

―ああ、いつでも行ける…!

 

相手との距離は10km以上は離れている。しかし、その数は多い。少しでも相手の戦力を削っておきたかったために出た言葉だった。そしてエンタープライズの答えを聞いた翔一が言う。

 

―なら、攻撃開始だ、出来るだけ広範囲に仕掛けてくれ

 

―了解!

 

翔一は続いて他のKANSENにも指示を出す。

 

―ベルと如月と伊吹の3人は前に出て雷撃、ベルは攻撃と同時に煙幕を張って相手をかく乱してくれ。サン・ルイとネプチューンは中距離からその援護だ

 

―”了解!”

 

5人は海を走りだした。波を蹴立てて進む彼女たちを見て出雲が言う。

 

―指揮官、私はどうすればいい

 

―出雲はモナークと共に相手を挟み撃ち、ローンは他に敵艦隊がいないか警戒しつつ自由に攻撃してくれ

 

―”了解”

 

―了解ですっ

 

しばらく見守っていると、KANSENたちが攻撃をする音が聞こえてくる。エンタープライズが行った航空攻撃で敵の戦力が削れる。すかさずベルファストの煙幕で相手の動きが鈍くなると、そこへ次々と魚雷が襲いかかった。

しかし、セイレーンも素直に攻撃は受けてはくれない。

 

―後ろの方から来ますわよ!

 

ネプチューンがそう言う直後、煙幕が広がっていないセイレーン艦隊の後衛から砲撃が繰り出される。凄まじいビーム攻撃は海を蒸発させる勢いだ。

 

―敵の攻撃も中々力のあるものだな、しかし…!

 

モナークは言いながら主砲を放つ。同時にスキルの青い特殊弾幕も発射された。広範囲に広がるその弾幕は、小型の船を襲えば否応なしに沈んでいき、大型の船を襲えばその攻撃機能を確実に破壊していった。そんな中、駆逐艦である如月はその素早い航行で縦横無尽に攻撃を続けている。

 

―えい!

 

如月の動きをサポートするようにベルファストと伊吹が攻撃する。

 

―次は少々痛くなりますよ

 

―この一刀、伊吹の嶺にかけて!

 

3人が墜としきれなかった船はネプチューンとサン・ルイが確実に撃破していく。

 

―敵さんとじゃれあう趣味なんてありませんわ

 

―塵は塵に、灰は灰に…

 

双方の攻撃の応酬は激しく続いたが、開発艦たちの力も相まってセイレーン艦隊は追い込まれていった。その時、その艦隊の後方の空間が歪み、黄色い光を携えて人型のセイレーンが現れた。

サン・ルイがつぶやく。

 

―あれは…

 

その言葉をよそに、テンションの高い声が聞こえてきた。

 

―よっしゃあ!今日は暴れられるぜえ!

 

指揮艦の中から戦場を見守る翔一がその姿を確認すると言う。

 

―ピュリファイアー…!

 

遠くから彼女が話しかける。

 

―よお、こっちの指揮官君!こんなに新しい子たちを引き連れて楽しそうじゃん!どんな戦いが出来るかなあ!

 

この言葉にネプチューンとローンが言う。

 

―貴方がどんな存在かよく知りませんが、簡単にはやられませんわよ

 

―こんなに元気な子、どこまで私の攻撃に耐えられるか気になりますねぇ

 

恍惚な表情をするローンを見て、ピュリファイアーは続ける。

 

―ははっ、こりゃぁ楽しみだ!

 

その直後、ピュリファイアーは攻撃を始めた。細かいビームの弾幕が張られる。

 

―その程度、取るに足らないな

 

サン・ルイはひらりと弾をかわしていき、攻撃を繰り出す。他のKANSENたちもそれに続いていった。以前よりも勢いを増した彼女たちの攻撃はさらにセイレーン艦隊の戦力を削いでいき、その数はもう数えられるほどになった。

ピュリファイアーがつぶやく。

 

―ふぅん、結構強いじゃん

 

そして…

 

―終わりだ!

 

エンタープライズが艦載機を飛ばし残りの敵を一掃しようとした。しかし、

 

―なっ

 

たちまちその艦載機が撃ち落されていった。指揮艦から戦況を見守る翔一も、レーダーからエンタープライズの艦載機が消えていくのが分かった。

セイレーンの艦隊の後方から新たにセイレーンが現れる。

 

―ピュリファイアー、あまり調子に乗って倒されるんじゃないわよ

 

現れたのはテスターだった。

 

―テスター…邪魔しようっての!?

 

ピュリファイアーはそう言いながらも攻撃を続けている、テスターが答えた。

 

―いいや、少しピンチな様だったから、助けてあげようと思ってね。たまにはこういうのも良いでしょ?

 

―ふんっ、勝手にしな!

 

自分の獲物だと言うような様子であるが、少し苦戦していたこともありテスターの援護を止めさせるようなことはしなかった。

ベルファストが言う。

 

―新しく敵が来たからと言って、私たちは怯みませんよ!

 

ベルファストは全弾発射をする。他のKANSENたちもそれに続くがテスターはそれをかわしていく。

 

―そんなものじゃ沈まない!

 

テスターが言うと反撃を開始する。小さい逆三角形の兵器が数多く現れる。自立型ビーム兵器、KANSENで言うところの攻撃機が飛んできた。

 

―ふふっ、盛り上がってきましたねぇ

 

ローンのつぶやきもよそに、テスターはビーム兵器だけでなくセイレーンの量産型艦船を追加していく。KANSENたちは魚雷攻撃や砲撃をしていくがなかなか敵の数が減らない。一つ一つは決して強くないがその数でKANSENたちを追い詰める。

 

―…!倒しても増え続けます!

 

伊吹が叫ぶ。

 

―うぅ…睦月ぃ

 

如月は目の前の敵の多さに怯む。魚雷を頻繁に撃つことが出来ればいざ知らず、そうもいかない。魚雷を再発射するまでに砲撃をするがやはり駆逐艦では火力不足のようで中々敵を撃破するまでにはいかない。その間にも敵は増え続ける。

 

―諦めるな!

 

モナークがそう叫び主砲を放つ。増えて密集していた敵が大量に破壊されていった。しかし、敵の増加は止まらない。

 

―はは!どうしたどうした!?もっとやろうよ!

 

完全に大勢を立て直したピュリファイアーは以前にも増して激しい攻撃をする。それは、味方艦隊の前衛を超え主力にまでも届く。

 

―く…弾が多いな…

 

出雲が言う。しかしそうは言っても敵の攻撃が止むわけではない。

この状況で翔一は思わずつぶやいてしまう。

 

―…っ、どうすればいいんだ

 

こう言う内にもKANSENたちは苦しんでいる。

その時、

 

―指揮官!完成にゃ!

 

―明石…!

 

指揮艦の奥で作業していた明石が飛び出してきた。そして完成と言うのは…

 

―できたにゃ!WARSブレスにゃ!

 




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13話 叫べ指揮官!エンゲージ!! file2

―指揮官!完成にゃ!

 

―明石…!

 

指揮艦の奥で作業していた明石が飛び出してきた。そして完成と言うのは…

 

―できたにゃ!WARSブレスにゃ!

 

そう言いながら明石は手に持ったものを翔一に渡す。 

 

―よし、ありがとう明石…!

 

翔一はWARSブレスを受け取るとそれを左腕にかざす。するとブレスから青い光が放出され帯を構成した。それが腕に巻かれる。翔一はそれを確認するとブリッジから出ようと走りだす。扉が近づくほど鼓動が高まるのを感じる。これで戦場にいる仲間たちを助けられるだろうか。しかし翔一は自分を鼓舞する。”KANSENの皆と演習もやったんだ、あの人数相手に戦えるようにもなった…!”大丈夫だ、と言う強い決意をする。

海の風が体全身に当たった。更に緊張が増す。甲板の先端、隣には明石も立っている。そして…

 

―って、どうやって変身するんだっけ?

 

―にゃにゃ、忘れちゃったのかにゃ?

 

そう言って明石は続ける。

 

―まずブレスの舵の部分を回すにゃ

 

言われた通りにすると、WARSブレスの上部にある青い部分に巡洋艦のマークが表示された。

 

―そしたらブレスを構えてこう叫ぶにゃ指揮官!エンゲージ!!

 

翔一は明石の言葉に力強く頷いて叫ぶ。

 

 

 ―エンゲージ!

 

 

すると、WARSブレスから青く輝くキューブの光が溢れ出した。その光は翔一を包み込む。そしてそのまま光は翔一と共にKANSENたちが戦っている場所に飛んでいった。

戦場に降り立ったその光は、KANSENだけでなくテスター、ピュリファイアーの目を奪う。

ローンがつぶやく。

 

―あれは…

 

光を見てベルファストが言う。

 

―ご主人様……なるほど、明石さまの作っていたものが完成したのですね

 

そして、光が合成音声がその場に鳴り響いた。

 

 ”WARS ENGAGED”

 

光の中から現れたのは翔一が変身、”エンゲージ”した姿だった。

 

―よし、エンゲージ成功にゃ!

 

 

【挿絵表示】

 

 

WARSは太陽に照らされ輝く。その姿にテスター、ピュリファイアーが言う。

 

―ほう、その姿を完全に制御下に置いたか

 

―じゃあ、どこまでいけるか試そうじゃん!

 

再び攻撃が開始されると、それをかわしながらWARSが叫ぶ。

 

―出雲とローン、サンルイ、エンタープライズは周りの量産型を頼む!

 

―了解!

 

WARSは右手にビーム砲を出現させた。目の前にある量産型に最大出力で砲撃をお見舞いすると、いとも簡単に沈んでいった。開いた海路を進み更にKANSENに指示を出す。

 

―ベルと如月、伊吹はピュリファイアーを頼む、ネプチューンとモナークは俺と来てくれ、テスターの相手だ!

 

―了解!

 

散開していく仲間たちが見える。WARSは早速テスターの方に向かっていった。後から2人もついてくる。テスターの攻撃をかわしながら自らも反撃している。テスターの近くに迫ると、WARSは左手にレールガンを出現させ彼女に撃つ。凄まじい速さの弾丸にテスターは避けきれず被弾し、その体組織が削られた。その部分を再生しながらテスターが言う。

 

―くっ…分かってはいるけど、お前の破壊力はやはり高いな…

 

WARSが答える。

 

―だったら、このまま撤退するか?

 

―いいえ、データも取りたいし、もう少し遊んでいくわ

 

そこでネプチューンとモナークが言う。

 

―遊べるほど余裕があるとでも?

 

―ここで終わらせる

 

2人は特殊弾幕を発動させる。WARSの攻撃も相まって、テスターは避けることが出来ず防御を強いられる。しかし、ただでやられる彼女でもない。テスターは防御しつつその巨大な艤装からビームを一斉掃射する。ギリギリのタイミングでWARS達はかわしていった。少しの間攻防が続き、テスターに隙が出来るとWARSは一気に彼女に近づいた。攻撃が続く中テスターが言う。

 

―開発艦ねぇ…確かに強いわ………がっ!

 

WARSがテスターに肉薄した時に鈍い音が聞こえた。彼女の腹にその拳が直撃していた。流石にこの攻撃は予想していなかったようで防ぐことが出来ず、テスターは十数m飛ばされていた。

 

―ぐぅ……なるほど、まともには食らいたくないわね…

 

WARSの強みは主となる装備の、遠距離武器の破壊力だけではない。その格闘能力は一線を画す。

吹き飛ぶテスターを追い、更に格闘攻撃を繰り出そうとする。それを認めたテスターはこれ以上接近されないようビームを放とうとする。しかしネプチューンとモナークの援護射撃が艤装に当たりWARSへの照準はずれ、ビームは明後日の方に向かった。

再びテスターの眼前へと迫ったWARSが言う。

 

―まだ行くぞ!

 

そう言いながら拳を突き出した。一方テスターは攻撃を防ぐ態勢を作った。連続で繰り出される攻撃に、かろうじて対応できているようだ。

 

―っ!…接近戦用には作られてないんだからっ…少しはっ、手加減しなさいよね…!

 

テスターはネプチューンとモナーク、そしてWARSに囲まれた。3人がかりの攻撃によっていよいよ後がなくなる。

ネプチューンが言う。

 

―さあ、もうじゃれあうようなことも出来ませんわ

 

モナークが続く。

 

―降参するか…?

 

WARSは両手のビーム法をレールガンを構えた。いつでも撃てる状態だ。本気でKANSENたちを倒すつもりであればテスターは焦ったであろうが、しかし彼女は冷静だった。周囲を一睨みすると言う。

 

―もう十分かしら……ピュリファイアー、撤退だ!

 

テスターはそう言うと自分の周囲にビームを放射、そして艤装で海を叩くと海水の飛沫を上げさせて3人をかく乱する。飛沫が止むとそこにテスターはいなかった。

 

―えぇー…まあいいか、じゃあね!

 

ピュリファイアーもそれに続いて撤退する。同時にセイレーンの量産型艦船も消えていった。

WARSは周囲を見て一旦の危機が去ったことを確認すると、張っていた力を抜いた。

 

―はあ…

 

例の黒WARSを撤退に追い込んだ時は気持ちが高ぶっていたので疲労感はあまり感じなかった。しかし、先ほどまでのようにKANSENたちと同じ環境で戦うことによって、その空気感を指揮艦から見ている時とは違う視点で感じ、今までとは全く違う緊張をしていた。

そんな姿を見たエンタープライズが言う。

 

―しっかり戦えていたじゃないか指揮官

 

翔一は戦場で直接戦うにおいてははっきり言って素人だ。不安も多分にあった彼に微笑むエンタープライズは、彼に安心をもたらした。

 

―ありがとう、エンタープライズ。開発艦の皆も、初めての出撃にも関わらずよくやってくれた

 

伊吹と出雲が言う。

 

―はい、これからも精進いたしますっ

 

―ああ、実戦でも十分実力が出せた。指揮官も、演習より良く戦えていたんじゃないか?

 

ローンとサン・ルイが続く。

 

―ありがとうございます、指揮官。でも、もう少し敵を沈めたかったですが、これはまたの機会ですね…ふふっ

 

―うん、あなたは的確に私たちを導いてくれた

 

皆の声に少し浮かれる翔一、そんな彼を見てネプチューンとモナークが言う。

 

―でも、これからが大切ですわよ指揮官さま

 

―戦場では油断が最大の敵だ

 

この言葉で今まで出撃してきた作戦を思い出した。様々な記憶が蘇る。もちろん2人が言ったことは忘れてはいない。

 

―ああ、分かってる。だから皆、これからもよろしく頼む!

 

WARSは仲間たちに頭を下げた。

 

―もちろんですご主人様。このベルファスト、全力であなたをサポートしていきます。さあ、お顔をお上げください

 

頭を上げると見えたのは、ベルファストの優しい微笑みだった。その後ろにも暖かにWARSを見守るKANSENたちがいる。

 

―如月も…が、がんばりましたっ

 

控えめに、しかし自慢げに声を弾ませて言った如月。彼女は小さい体ながらも、大量のセイレーン艦を撃破していた。WARSもテスターと戦っていた時にそれを気づいていた。そんな如月の頭をなでる。

 

―よく頑張ったな

 

―へへ…

 

如月は恥ずかしそうに頬を染めた。

手を離すと、近くからバリバリという音が聞こえた。周りを見るが何も怪しいものはない。しかし、

 

―ご主人様、それは…

 

ベルファストが言いながらWARSの左腕を指す。ブレスの部分だ。

 

―ん?………!

 

WARSブレスがひび割れていた。それを認めた瞬間WARSの変身は解かれた。

 

―おわぁ!

 

当然、人間に戻った状態で海上で立つことはできず、翔一は海中に沈む。

 

―ご主人様…!

 

―指揮官!

 

ベルファストとエンタープライズが彼の身を案じるが翔一はすぐに上がってきた。冷たい海に浮かぶ翔一は、今日が温かい日でよかったと思った。

 

―ぶはっ

 

―まったく…何があったんだ?

 

顔を水上に出すと、モナークが手を伸ばしてきた。

 

―ああ、ありがとうモナーク……あ…

 

翔一はモナークに差し出す手を止めた。そして自分の状況を整理した。今、海面から頭だけ出している状態だ。必然的に皆を見上げる状態になっている。助けてもらおうとしたのは良いものの、周りを一瞬見ると嫌でも(嫌じゃないが)KANSEN達のいろいろなものが見えてしまっていた。

モナークはそれを知ってか知らずか、何もなかったように言う。

 

―ん?…なんだ?

 

―あ、いや…何でもない…

 

そこでローンが言う。

 

―ふふっ、指揮官~……見たい…ですか?

 

―なっ、そういうわけでは…

 

更に、翔一の内心を察した伊吹は顔を赤くしスカートを抑える。

 

―あ、主様っ…見てない、ですよね?

 

一方エンタープライズも頬を染め、そっぽを向いたまま少し離れた場所に行ってしまった。

そしてネプチューンは悪戯顔で言う。

 

―ふっふふ、これはラッキーですね。指揮官様

 

サン・ルイは呆れた様子だ。翔一がこの状況をどう脱しようかと思考している最中に、出雲が彼の止まっていた腕を引きずりだした。彼女の顔もほんのりと赤くなっている。

 

―し、仕方のない奴だな…

 

―すまん…

 

流石KANSENというか、男一人を片手で吊るすくらいはなんともないようで、出雲は表情一つ変えず翔一を持っていた。雑に持っているのは気恥ずかしさもあるのだろう。ベルファストは吊るされた翔一を見て苦笑いした。

 

―見ていないかと言うのは、何のことだ…?

 

モナークはそう言いながら出雲に吊るされている翔一の胴に手を回し、今度は彼を脇に抱えた。

 

―さあ、戻るぞ

 

―あ、ああ…

 

何食わぬ顔でモナークは指揮艦へ足を滑らせていく。結局彼女は終始、事の内容を分かっていなかったようだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

指揮艦―

 

 

指揮艦に戻ってきた皆は、母港に戻るまでの間それぞれでくつろいでいた。そんな中で翔一はひび割れたWARSブレスを明石に見せていた。

 

―う~ん、これは作り直さないといけないかにゃ

 

明石はブレスを見るなりそう言った。

 

―そうか…すまない、もう少し気を付けていれば

 

―謝ることはないにゃ。元々耐久性はあまり考えていなかったから仕方ないにゃ

 

明石は更に続ける。

 

―今度はもっと頑丈に作るにゃ

 

指揮艦は高く上った日に照らされて進んでいる。

まだ母港までは時間がかかりそうだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

母港―

 

 

母港に着くと数人のKANSENが待っていた。一人は手を振っている。ジャベリンだ。こちらに声をかけている。

―しきかーん!

 

翔一は彼女の方に向かっていった。後ろから出撃したKANSEN達も出てくる。

翔一がジャベリンの近くに来ると口を開く。

 

―どうしたんだ、4人でそろって

 

ジャベリンの他に綾波、ラフィー、ニーミが近くにいた。翔一の言葉にニーミが答える。

 

―少しお散歩をしていたんですよ

 

ジャベリンが続く。

 

―そしたら指揮官たちが返ってくるという通信が入ったので、お迎えに来ちゃいましたっ

 

”へへっ”と可愛らしく笑うジャベリン。その隣にいるラフィーがつぶやく。

 

―指揮官、お昼寝…しよ

 

ラフィーは翔一の軍服の裾をくいくいと引っ張る。ちなみに翔一は戦闘が終わり、指揮艦に乗った直後に濡れた軍服を着替え、予備のものを着ていた。

 

―仕事がまだあるからなぁ

 

指揮官の答えに続き、綾波が言う。

 

―ラフィー、指揮官が困ってるです。お昼寝なら綾波の部屋を借りるといいです

 

―ん、そうする…zzz

 

部屋を借りるまでもなく寝だした。

 

―もう寝てる!?

 

ニーミが驚いた。

翔一は皆で何でもないことを話すということに幸せを感じていた。この小さなことだけで疲れが吹き飛ぶようだ。

ジャベリン達が話す。

 

―それじゃみんな、そろそろ行こうか。指揮官の邪魔になっちゃうかも知れないからね

 

―そうね、それでは指揮官、失礼します

 

―また今度、です

 

―ばいばい…zzz

 

翔一は彼女たちに手を振り、遠ざかっていくその姿を見送った。

 

さて、一休みしたら夕方まで仕事の続きだ。

 

 




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14話 頑張れ!駆逐艦!! file1

母港、演習場―

 

 

今日は朝から鉄血の演習だ。目を見渡せば、波を立てて駆けまわり模擬弾を放つKANSENたちが見える。そんな中で翔一もWARSにエンゲージし、セイレーンとの戦いに備えるため皆の演習に混ざっていた。

 

―はぁ!

 

いつの間にか前衛艦隊を突破し主力艦隊に迫ったWARSが突き出した拳は、今回の演習相手の旗艦、ビスマルクに向かっていた。

 

―…!?

 

彼女はすんでのところでその拳を平手ではじく。普段戦場で格闘戦にはなりにくい。そんな慣れない戦い方にビスマルクは一瞬体制を崩した。

 

―やはり真っ先に私を狙ってくるのね

 

そう言いながら副砲を撃つが、WARSはそれを予想していたのか砲弾は避けられた。続けてWARSが言う。

 

―ああ、今回のルールは旗艦を墜とせば良いだけだからな。それにお前の指揮はどんな時でも適格だから、こちらにとっては脅威だ。一気に片を付ける…!

 

WARSは瞬時に左手に出現させたレールガンを放つ。しかし、発射された弾はビスマルクの主砲攻撃によって打ち消され、光となって消えた。彼女は後方にステップし、WARSから距離を取る。

 

―そう来るのは予想していたわ

 

―…駄目だったか

 

遠距離攻撃が主のKANSENたちが得意としない接近戦から、不意に放たれる遠距離武器の攻撃を交えれば簡単に勝てると考えていたが、さすが鉄血の指導者だ。そんなことは想定していたらしい。

しかしそれだけでは諦めない。WARSはビスマルクに再び接近し半ば無理やりその腕を掴んだ。

 

―これならどうだ…!今だツェッペリン!

 

―っな…!

 

ビスマルクが驚くのも束の間、WARSはツェッペリンの名を呼びながらビスマルクを真上に投げた。

それを見ながら後方でツェッペリンがつぶやく。

 

―ふん、よくこんな作戦を考えたものだな

 

そして宙に投げ出されたビスマルクが見たのは、ツェッペリンが出した艦載機だった。気づいたときには、爆撃や銃撃の雨に打たれていた。

 

―くっ…

 

流石に空中では身じろぎはできてもしっかりと回避行動はとれず、そのままビスマルクは海に落ちていった。もちろん模擬弾の雨なので特段痛みはないが、実弾が当たっていればただでは済まないダメージだっただろう。

バシャンと音を立てた海から、ゆっくりと大の字に手足を広げたビスマルクが浮上してきた。

 

―はあ…あんなのありかしら…

 

―ははっ、何にしろ今日は俺たちのチームが勝ちってことでいいかな

 

WARSはビスマルクに手を差し伸べす。まさか投げられるとは思っていなかったビスマルクは苦笑しながらも”ええ、そうね”と言ってその手を握り、立ち上がった。彼女は改めてKANSENたちに演習終了の音声通信を送る。

 

 ”みんな、演習終了よ”

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

海岸―

 

 

演習を終えて、KANSENたちは海上から海岸に戻っていた。

 

―お疲れ様でした。ご主人様

 

―お疲れ様、指揮官。良く戦えていたぞ

 

―お疲れにゃ

 

翔一と共に演習場に来ていたベルファストとエンタープライズ、明石が彼を迎える。

 

―ありがとう3人とも

 

翔一がそう返すと、明石はひょこひょこと彼に近づいて言う。

 

―それで指揮官、新しいWARSブレスの使い心地はどうだったかにゃ?

 

―問題なかったぞ。でも、以前とは変身した時の姿が違っていたようだな

 

―うん、少しディテールをつけてみたにゃ

 

翔一は前回のセイレーン出現時にWARSとして戦った。戦闘後WARSブレスは故障し、明石が新しくブレスを作っていた。その時にエンゲージ後の姿を変えたようだ。

”とにかく不具合がなくてよかったにゃ”と続けた明石は安心した顔をする。

 

―それにしても、あんな作戦を立てるなんて、驚きましたよ指揮官

 

演習に参加していたローンが言う。

 

―個々の得意分野は活かさないとな

 

そう言う翔一にニーミが話す。

 

―でも、実戦では無理しないでくださいね

 

少し話を続け、皆で集まり演習の反省を行った後解散し、KANSENたちはそれぞれ寮に帰っていった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

―執務室

 

 

執務室に戻った翔一とエンタープライズ、ベルファストは一休みしていた。

今日の副秘書艦はビスマルクだ。同じく力を抜いている彼女はベルファストが入れたコーヒーを飲みながら言う。

 

―指揮官、今日はどんな予定なの?

 

机につき、帽子を脱いでいた翔一が答える。

 

―諸々の報告書の作成とか、資金周りのこととか、そのくらいだな。セイレーンでも現れなければだが

 

―そうか

 

ビスマルクが短く言うと、執務室の扉がノックされる。

 

―どうぞ

 

翔一が入室を促すと、開かれた扉から見えたのは明石だった。

 

―ちょっとニュースを伝えに来たにゃん

 

―ニュース…?

 

明石の言葉にエンタープライズが言うと、明石が続ける。

 

―そうにゃ

 

彼女は”腕を出してにゃ”と、翔一に近づく。

 

―なんだなんだ、怪しい実験か…?

 

不敵な笑みを浮かべながら歩いてくる明石に、翔一は若干眉を顰めた。しかし明石は心外と言いたげな表情で言う。

 

―ちがうにゃ!これは母港の戦力増強のための大事なものなのにゃ!

 

―そうなのか?

 

ベルファストが言う。

 

―戦力増強と言うのは、具体的にはどのようなものでしょうか

 

明石は”にゃふん”と自慢げに鼻を鳴らし説明を始める。

 

―今からやるのはWARSのアップデートにゃ

 

―アップデート、ですか

 

―そうにゃ。このデータをブレスに送れば新しい姿にフォームチェンジ出来るにゃ!その名も、WARS ACHILLES(アキレス)にゃ!

 

明石はポケットからデータが入っているというカードを取り出し、翔一たちに見せる。

続いてビスマルクが問う。

 

―演習の時の姿とは違うの?

 

―いつものと少し違ってトゲトゲした感じの姿にゃ

 

明石はカードを持つ手とは逆の手に小型のホログラフィーを持った。そこから「WARS ACHILLES」が映し出された。

 

 

【挿絵表示】

 

 

”形が変わるだけじゃないにゃ”と続けると更に説明を加える。

 

―しっかり能力も変わるにゃ。これは、駆逐艦より速く航行が可能になるのにゃ

 

―おお、そりゃすごい力だな

 

―デメリットもあるにゃ。速くなる代わりに格闘能力と射撃攻撃力は低くなるにゃ…

 

少し困り顔でそう言ったが”でも!”と続ける。

 

―10秒だけWARSの通常フォームと同じ力で、かつ669ノットで航行できるスペシャルな能力もあるんだにゃ!この能力は1回のエンゲージで1回しか使えないから使うタイミングは十分考えてにゃ

 

―669ノット…つまり音速か

 

翔一が言った。そして今までのセイレーンとの戦闘を思い出す。セイレーンでもそのような速さで迫ってくるようなタイプはいなかった。少しの間であっても脅威の機動力が得られることは、こちら側にとって大きなメリットだろう。

 

―ということで、左腕を出してほしいにゃ

 

明石はカードをひらひらと動かして言った。

 

―おう

 

翔一は左腕を差し出し、WARSブレスを出現させた。

 

―それじゃいくにゃ

 

明石がカードをブレスにかざす。カードは光となりWARSブレスに吸い込まれていった。

 

―これだけでいいのか?

 

特に何の操作もなく終わった作業に、思わず翔一はそう言った。

 

―んにゃ、これで完了にゃ。アキレスになる時はブレスの舵を回転させて、画面に駆逐艦のマークを表示させればいいにゃ

 

―わかった。ありがとな明石

 

”ふふっ”と明石が微笑む。明石の用事は終わったようで”それじゃ、指揮官”と言いながらドアに向かっていく。明石がドアノブに手を伸ばしたとき、また執務室のドアがノックされた。

 

―誰かにゃ?

 

そう言って明石はドアを開けるとそこにはツェッペリンが立っていた。彼女の登場にビスマルクが言う。

 

―ツェッペリンじゃない、どうしたの?

 

―明石に用があってな。探していたところだが、ちょうどいい

 

ツェッペリンの言葉に、明石は思い出したように言う。

 

―あれの事かにゃ?今から呼びに行こうと思っていたところにゃ

 

―あれってなんだ?

 

翔一が問う。

 

―まだ秘密にゃ

 

―そうか

 

少し前の赤城といい、今のツェッペリンのことといい、空母が明石に呼び出されているが、一体なにをしているのだろうか。しかし当の明石にはぐらかされてしまったので、考えるのはやめた。

再び明石が部屋を出ようとすると、母港にけたたましくサイレンが鳴り響いた。エンタープライズとベルファストが言う。

 

―セイレーンか!

 

―行きましょう、ご主人様…!

 

翔一が立ち上がる。

 

―ああ、出撃だ!

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

海上―

 

 

翔一たちはセイレーン出現の警報を受け海上に出た。そろそろ出現ポイントに到達するころだ。出撃艦はエンタープライズとツェッペリン、ビスマルク、ベルファスト、ニーミ、綾波、ラフィー、ジャベリンだ。明石は指揮艦に待機している。

空母2人には艦載機で索敵してもらっていた。

 

―エンタープライズ、ツェッペリン、見えるか?

 

翔一はブリッジから、海を走る2人に聞いた。

 

―私はまだだ。ツェッペリン、君はどうだい?

 

―私も見えない……いや、来たぞ…!

 

ツェッペリンの艦載機から、指揮艦に敵の位置情報が送られてきた。相手は量産型セイレーン、その数は多くも少なくもないといった様子だ。

 

―よし、行ってくる

 

―行ってらっしゃいにゃ

 

翔一はブリッジから出るところを明石に見送られる。そして、甲板の最先端に走り出した。左腕を構えてWARSブレスを出現させ、舵を回す。

 

―エンゲージ!!

 

叫びながら、空に跳んだ。翔一は光となってセイレーン艦隊の方へ飛んでいく。それを見て駆逐艦のKANSENたちが話す。

 

―あ!やっと指揮官が変身した姿を生で見れるよ、綾波ちゃん!

 

―楽しみです

 

―あの姿の指揮官、とっても強いのよ

 

―鬼神の力よりもですか?ニーミ

 

―そ、それはわからないけど…

 

―指揮官、ぴかぴか

 

ラフィーは光の玉となって飛んでくる翔一が気になるようだ。

セイレーン艦隊が肉眼でも確認できるようになった頃、KANSENたちの前にWARSが降り立った。

 

 ”WARS ENGAGED”

 

エンゲージ完了の音声と共に立ち上がったその姿は太陽に照らされ輝いていた。

 

―やっぱり指揮官ぴかぴか、かっこいい

 

どうやら、WARSの姿をラフィーはお気に召したようだ。

WARSを見つめる駆逐艦たちを、彼は一瞥すると言う。

 

―行くぞみんな。まずエンタープライズとツェッペリンはこのまま航空攻撃!

 

―”了解!”

 

空母の2人はWARSの指揮と同時に、出していた艦載機のスピードを上げた。

 

―私たちはどうすれば良いですか、指揮官!

 

ジャベリンが問う。

 

―駆逐艦たちは俺と共に敵艦隊に近づくぞ。ベルは先に前方に行って煙幕を撒いてくれ

 

―”了解!(です!)”

 

―承知いたしました

 

ベルファストはいつもと同じく凛とした声と共に、しかしそれを置いていきそうな速さで走り出した。全速だ。

 

―煙幕を敵が超えたと同時に雷撃で足止め、その間にビスマルクは主砲で撃滅だ!

 

―了解…!

 

一通り指示を出したWARSは、駆逐艦4人とセイレーン艦隊に近づいていく。しばらくして、ベルファストの煙幕が張られた。この間にも、上空でバラバラとプロペラを唸らせるエンタープライズとツェッペリンの艦載機が爆撃、雷撃を繰り広げている。

 

―今だ!

 

しばらくして煙幕から敵の鼻先が見えたその時、攻撃の合図を叫んだ。WARSは右手にビーム砲を顕現させ、放つ。そして、

 

―行きます!

 

―それ!

 

―鬼神の一撃、です…!

 

―はっしゃー

 

駆逐艦たちがが同時に魚雷を出した。それが敵に突き刺さっていくとビスマルクの主砲攻撃が行わる。

 

―沈みなさい!

 

皆の攻撃は少しずつ、しかし確実に敵の数を減らしていった。

それでも負けじと攻撃を返すセイレーン艦隊も劣勢になる頃、空が割れた。

 

―やはりこの程度で苦戦はしないのね

 

割れた空から現れたのは、背後にエイの形をした艤装を携えたセイレーン、テスターだった。当然、彼女の登場にKANSENたちは警戒する。

 

―ふふ、今日はお前たちにプレゼントだ

 

―プレゼント…?

 

WARSがそう言うと、テスターは続ける。

 

―そう、ちゃんと遊んであげてね

 

彼女は右手に赤黒いキューブを出現させた。それを見たエンタープライズは驚く。

 

―なんだあれは!

 

そしてキューブは海面に、赤黒い粒子となって飛んでいく。それはだんだんとヒトの形を構築していった。

 

―見たことのないタイプだな…

 

ツェッペリンが言ったように、そのセイレーンはテスターのように黄色ではなく、ところどころに赤い模様があった。そして拳から肘までを覆うグローブを付けている。

棒立ちする赤いセイレーンにテスターが言う。

 

―さあ行きなさい、”ファイター”!

 

命令されたとき、ファイターと呼ばれたセイレーンは無表情で迫ってきた。それが身に着ける細身の艤装、その主砲がこちらに向く。

 

―一旦距離を取るんだ!

 

WARSが言い終わると同時にKANSENたちは散開しファイターから離れる。そして、決して強い威力ではないが、照準の外れたビームが足元に降ってきた。テスターはそんな状況を楽しそうに眺めている。

このまま止まっているわけにはいかなかった。量産型もすべて撃破したわけではない、そちらの対処もしなければ。瞬時に指示を出す。

 

―ラフィー、ニーミ、ジャベリンは残りのセイレーンの処理に当たってくれ!

 

―”はい!”

 

―エンタープライズ、ツェッペリン、ビスマルクは今の3人と共に戦ってくれ!ベルと綾波は俺とこいつの相手だ!

 

―”了解!(です!)”

 

WARSは新たに左手にレールガンを出現させ、ファイターに弾を放った。しかし、

 

―弾かれた…!

 

レールガンの弾は凄まじい威力と速度がある。しかしそれは、ファイターのグローブに目にもとまらぬ速さで弾かれたのだ。一瞬怯むが諦めない。今度は間合いを詰め格闘攻撃を繰り出した。

 

”ガンッ”

 

装甲を殴る音が聞こえた時、

 

ーぅぐお…!

 

WARSは背中で海面を滑り、転がり、吹き飛んでいった。彼の拳がファイターに突き刺さる瞬間、ファイターはWARSよりも速く、その拳を当てたのだ。レールガンの弾をも弾く、固く強い拳の攻撃は、戦意喪失しそうなほどの威力だった。

 

―ご主人様!!

 

ファイターのもとに到着したベルファストが声を荒げた。そして、艤装をファイターに向け榴弾を数発放つ。

 

―…

 

しかしこれもまた、氷のように冷たい顔をしたファイターの拳によって明後日の方向に跳弾し、その後方で爆発した。

 

―な、なんですかぁ。このセイレーン…!

 

ジャベリンは弱気になりながらも連続で砲弾を放ち、そして魚雷を撃つ。だが無駄だった。魚雷はひらりとかわされ、放たれた弾は弾かれる。

明らかな苦戦だったがその時、指揮艦から明石が声を上げる。

 

―指揮官!アキレスになるにゃ!!

 

そうだ、新しい力を手に入れた事を忘れていた。WARSは崩れた体制を立て直し、ブレスを構え、舵を回した。ブレスについている画面が駆逐艦のマークを表示した。

 

 ”ACHILLES DEFORMATION”

 

今までの姿が、とがった形状へと変わっていく。さて、反撃の時間だ。

WARSの姿を見てテスターが言う。

 

―ほう、そんなことも出来たのか…面白い

 

そんな彼女のこともよそに、WARSは全力でファイターに向かっていった。

しかし、

 

―…!?

 

WARSはファイターの真横を通り抜け、勢い余って倒れ、ゴロゴロと海面を転がった。

 

―あ!指揮官!

 

ジャベリンが心配の声をかけたが、ファイターはものともせずWARSを掴み、そして殴る。

 

―がっ…!

 

またもや海を滑るWARS。彼は何が起こっているのか分からなかった。

 

―ま、まさか!アキレスの速さに指揮官がついていけてないにゃ!自分の力に振り回されてるにゃ!

 

―く、そういうことか…

 

明石の言葉を理解したものの、もう一度ファイターに向かっていくがやはりうまく移動できずに転げる。そのたびに殴られ吹き飛ぶ始末だ。

 

―指揮官!

 

ジャベリンはそんなWARSを見て彼に駆け寄るがファイターはそれを許さない。ジャベリンの目の前に立ちはだかり、その腹に拳を打ち付けた。

 

―ぐぅ…!

 

ジャベリンは凄まじい威力の攻撃に苦悶の表情を浮かべた。彼女の近くにいたベルファストは吹き飛ぶジャベリンを後ろから抱きかかえる。

 

―ジャベリン様…!

 

―うぅ…ありがとう、ございます……ベルファストさん…

 

―ふっふふ、これでは指揮官も名ばかりね

 

終始傍観のテスターはWARSを見てそう言った。

一方、量産型セイレーンを殲滅したビスマルクたちがファイターの方に近づいていた。

 

―指揮官、援護するわ!

 

ビスマルクはそう言いながらファイターに主砲を放った。ファイターは黙って防御姿勢を取りる。ファイターを中心にして大きく爆発が起こった。

 

―…

 

爆発時の煙が晴れるが、そこにいたのはやはり何食わぬ顔をしたファイターだった。

 

―これでもダメなの…!?

 

ビスマルクが驚くのも当然だ。戦艦の主砲を正面から受けてなお立っているのだから。

そこに、エンタープライズとツェッペリンが到着する。

 

―タフなようだな!

 

―己の終焉を待つがいい

 

2人の艦載機が機関砲を放ちながらファイターに迫ったが、これも1発1発をとてつもない速さで弾いていった。

 

―だったら、爆撃だ!

 

―食らえ…!

 

多くの艦載機による爆撃が始まる。爆弾の雨にはさすがに耐えられないだろう。煙が晴れるとそこにファイターは立っていたがしかし、グローブ以外の体には所どころ破損しているところが見られた。

これを見たテスターがつぶやく。

 

―爆発はあまり得意じゃないようね…

 

更に彼女はWARSたちを一瞥して言う。

 

―今はこれくらいで良いかしら。戻るわよ

 

そう言ってテスターは手を前にかざすと、ファイターが赤黒い粒子となって彼女の手に向かっていき、はじめのようにキューブとなった。

 

―それじゃあ、また会いましょ…

 

WARSたちは何も言えないまま、テスターは再び割れた空に戻っていった。

 

―くっ…駄目だったか…!

 

WARSは海面を叩いた。KANSENたちも、あのセイレーンの圧倒的強さを前にして何も言うことは出来なかった。




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14話 頑張れ!駆逐艦!! file2

暗く深い闇、その中でセイレーンたちは今回使ったファイターについて話をしていた。

 

―この子の性能、今の状況じゃ過剰だったかしら?

 

そう言ったのはオブザーバーだ。この言葉に返すテスター。

 

―あちらも新しい力を持ったようだし、そうでもないんじゃない?

 

2人の話をよそにピュリファイアーはファイターの頬をふにふにつついている。

 

―お前、結構やるじゃん

 

―…

 

表情一つ変えないファイターに不満だったようでピュリファイアーは”むっ”と唸る。

一方でオブザーバーはある決定をしたようだ。

 

―しばらくしてから、もう一度試しましょう

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

演習場―

 

 

ファイターに敗北した次の日、翔一たちは早速WARS ACHILLESを使いこなせるようになるため動いていた。

 

―こ、こうか…?

 

―そうそう、そのままです指揮官

 

WARSはジャベリンに両手を引かれてゆっくりと海面を歩いている。その姿は、水泳を習い始めた小学生のようだ。海岸から沖の方に随分進んだ2人を、横からニーミとラフィーが見守っている。

 

―少しずつ慣れましょうね

 

やさしく声をかけるニーミ。

 

―がんばれ指揮官~

 

ラフィーはいつも通り眠そうな顔で応援している。

しばらく進むと、折り返し地点で綾波が立っているのが見える。

 

―あと少し、です

 

彼女は手を振りWARSたちを迎えていた。

ジャベリンが言う。

 

―さあ、あと半分ですよ指揮官っ

 

―ふぅ、これでもまだ半分なのか…気が抜けないな

 

まだまだ早歩きするのにもかなり集中力を使わなければならないWARSに、ニーミが微笑み話す。

 

―ふふ、指揮官ならすぐに使いこなせますよ

 

―ああ、がんばるよ

 

翔一の修行が始まるのだった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

演習場―

 

 

数日たったある日のこと。演習場では、KANSENたちの砲弾を放つ音が響き渡っていた。そしてWARSからは遠く離れて、明石が乗る指揮艦もある。

 

―良いわよ指揮官、しっかり動けてるわ!

 

先ほどからWARSに変身した翔一に向かって砲撃しているビスマルクが言う。WARSはKANSENたちが放つ弾をよけ続けることで、アキレスの速力を制御できるように訓練していた。

 

―こちらからも行きますよー指揮官!

 

ニーミが言った。そしてラフィー、ジャベリン、綾波からも砲撃される。四方から迫りくる弾をWARSは、ひらりひらりと器用にかわしていく。

 

―…これくらいの移動なら簡単に出来るようになったな

 

―さすがです、指揮官!

 

―指揮官がんばった、えらい

 

ジャベリンとラフィーに褒められた。そして、いつの間にかWARSの後ろに綾波が回っていた。

 

―鬼神の力ならどうです…?

 

綾波は剣型の艤装を振るう。しかし、WARSはそれもかわしていった。振るう腕をいなし軽くつかむと、出来た隙に反撃をする。WARSの裏拳は、綾波の眼前で止まっていた。彼女は目を見開く。

 

―!?……ふぅ、格闘戦も問題ない、です

 

―よし…

 

WARSは突然の綾波の攻撃にも反応出来たことに思わずそうつぶやいた。そして、ビスマルクより後方からツェッペリンが言う。

 

―長い距離移動してみろ、範囲攻撃にも対応できるようにすることだな

 

―来い…!

 

砲弾が飛んでくるような点での攻撃とは違い、航空攻撃は面での攻撃だ。今までのように少しの移動では避けきることはできない。

ツェッペリンは航空攻撃を繰り出した。爆撃機が頭の上に来ると同時にWARSは走り出す。後ろから爆発の音が聞こえてきた。爆撃に巻き込まれず、問題なく航行出来ているという証拠だろう。

航空攻撃が止んだ。

 

―もうかなり動けるようだな

 

ツェッペリンが言った。翔一は彼女が言うように、自分でもこの力を制御できるようになっているという成長を感じていた。

指揮艦から皆を見守っていた明石は、WARSの動きを見て何やら安心したような顔をした。そして、

 

―指揮官!今なら使えるはずにゃ!

 

―オーバークロックのことだな?

 

―そうにゃ!

 

オーバークロックと言うのは、アキレスの「10秒間だけ音速で航行できる」という特殊能力のことだ。

 

―指揮艦の近くまで一気に来てみてにゃ

 

―分かった…行くぞ!

 

WARSから指揮艦までの距離は4.5km程だ。全力で10秒間走れば、その目の前まで到達できる。

WARSは覚悟を決め、オーバークロックを発動させた。指揮艦へ向かって走る。

 

―わわっ、とっても速いね

 

凄まじい速さにそう言ったジャベリンにニーミが言う。

 

―すごい…

 

そしてラフィーと綾波。

 

―これでもう安心…

 

―速い、です

 

10秒と言うのは長いもので、意外にも周りにいるKANSENたちの様子を見て走ることができる程だった。十分な訓練の成果で、心に余裕が出来たからかもしれないが。

目の前には指揮艦が見える。見上げると、ブリッジから明石がこちらを覗いていた。ゆるんだ頬が見える。

 

―おつかれさまにゃ指揮官。いったん休憩するにゃ

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

海岸―

 

 

休憩しに海岸に戻ってきた翔一は爽やかに吹く海風を感じながら腰を下ろしていた。

不意に、後ろから声が聞こえる。

 

―指揮官…

 

―…どうしたんだ、ツェッペリン

 

ツェッペリンから話をしてくることはあまりなかったが、少し暗い声音で話しかけてきた。どうしたのだろうか。彼女は翔一の隣に座り、話を始めた。

 

―卿は指揮官として、どんな気持ちで戦っているんだ…?

 

いつも難しいことを言う彼女にしては珍しく、シンプルなことを言う。それも、戦場でのこと。

 

―皆と生きて帰る。という気持ちかな…

 

―生きて帰る?

 

―うん、そうすれば。また皆と何でもないことで笑いあえる

 

―そんな小さなことのためにか?

 

ツェッペリンの言葉に翔一は優しく言う。

 

―小さいからこそ、良いんじゃないか

 

ツェッペリンは顔を背け、うつむいた。

 

―そんなものは、すぐに滅びる…

 

穿った言い方に翔一は苦笑いした。しかし、戦場においてその可能性は十分にあると考えると心が凍り付く。1度ベルファストを失ったとき、どれだけ自分が何も出来ないか知らされた。今思えばそれでも自分は幸運だ。失ったものが、戻ってきたのだから。

 

―私は…何のために戦っているのか分からない

 

―何のためか

 

KANSENと言えど、ある程度先の大戦の記憶を持っている。空母グラーフ・ツェッペリンは非情な現実を前にして未完成の状態で自沈したという。そんな、あがいてもどうしようもないという記憶が、彼女を縛っているのだろうか。ツェッペリンの悲し気な横顔が見える。

 

―俺は笑いあうことが出来る仲間達を守りたい…だから戦う

 

―そうか…

 

―もちろんお前もその1人だぞ

 

なんて、翔一はくさいセリフを言った。思わず彼女を見る目を背けてしまった。

 

―そうか…

 

―そうだ

 

2人の話を区切るように風が吹く。

 

―さ、そろそろ休憩も終わりの時間だ。行こうか

 

翔一が立ち上がり歩き出すと、ツェッペリンも彼をゆっくりと追いかける。彼女は先を行く翔一を見た。

 

―守る…か…

 

それは、翔一には聞こえない小さなつぶやきだった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

執務室―

 

 

WARS ACHILLESを使いこなせるようになってきて、訓練もほどほどになったある日。いつものように翔一、ベルファスト、エンタープライズは執務室で業務に励んでいた。ちなみに副秘書艦はニーミだ。

翔一は一旦業務をきりの良いところまで進め、それからは手も動かさず目の前をじっと見つめていた。

 

―そんなにモニターを見つめて、どういたしましたかご主人様

 

―ん?いや、この前の戦闘でファイターを確実に倒せる方法はないか模索していてね

 

2人のやり取りを聞いて、エンタープライズは翔一の見つめるモニターを彼の後ろから覗いた。

 

―どれどれ…お、私の視点だな

 

人類によるセイレーンの撃滅を確実なものとするため、基本的に戦闘中はKANSENたちが見ている景色は記録される。翔一はその映像を見ていたのだ。そこにはファイターの後ろ姿が映し出されている。あの時、爆撃を行った直後の映像だ。ファイターの背中に破損個所が多く見られる。

 

―ふむ…あの時は気付きませんでしたが、グローグ以外の場所については極端にもろいようですね

 

ベルファストもモニターを覗くと言った。そしてエンタープライズもつぶやく。

 

―うん、でもKANSENたちの砲撃をあのグローブで完璧に防いでいたんだから恐ろしいよ。艦載機の機関砲を全て弾いたのはさすがに驚いた

 

ニーミは少し考えた様子を見せ言う。

 

―とにかく、あの手のあたり以外を狙うことが出来れば言い訳ですね

 

―そのためにも、アキレスの機動力で攻め込むのは有効だな

 

翔一はそう答える。ファイター攻略の道筋が見えてきた。

 

そして決戦の時は、刻一刻と迫っていた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

―ぉお!かなり動けてるねえ!

 

暗い闇の中、青白い光に照らされたピュリファイアーが言った。彼女が見るモニターには、WARS ACHILLESが機敏に動きながらKANSENたちの砲撃を避ける映像が映っている。オブザーバーは彼女のはしゃぐ姿を横目にとらえた。

 

―そうね…そろそろ、もう一度試してもいいかしら

 

テスターはそう言うオブザーバーに続く。

 

―装甲も少し強化したし、次は面白くなりそうね

 

―次は私も行けるよね!?

 

ピュリファイアーはそう言うが”お前は留守番だ”とテスターに一蹴される。

 

―えー

 

ジト目を向けるが、それをよそ目にテスターは赤黒いキューブを手に持ち消えていった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

海上―

 

 

―見えたぞ、指揮官!

 

―分かった…!

 

久方ぶりに出現したセイレーンとの戦闘のため出撃した翔一たちは、今まさにその艦隊を発見した。エンタープライズから報告を受けると、翔一は早速WARSにエンゲージし、皆が走る海に降り立つ。前回の出撃時と同じメンバーが周りにいる。

 

 ”WARS ENGAGED”

 

肉眼でもセイレーン艦隊を確認できる距離まで航行すると、テスターが浮遊しているのが見えた。その手にはもちろん例のキューブもある。開戦の合図と言わんばかりにその立方体の方にレールガンをかましてやった。

 

―おっと…ふふっ、危ないじゃない。焦らなさんな

 

テスターは身をひねりながらそう言うとキューブを前にかざし、ファイターを出現させた。その姿を目にし、駆逐艦のKANSENたちが言う。

 

―む…出ましたね、でも大丈夫です!

 

―ええ、今までこのためにたくさん訓練してきましたから。ね、指揮官

 

―ああ、みんなのおかげで負ける気がしない…!

 

ジャベリンとニーミの励ましを受けてそう答えるWARSは、WARSブレスを構え、舵を回す。WARS ACHILLESにフォームチェンジだ。

 

 ”ACHILLES DEFORMATION”

 

WARSの体が変わっていく。それと同時に左手を握り、右手を平にして指先を相手に向けた。これは翔一が皆と演習をしていた時に編み出したおまじないのような構えだ。指の先に相手を据えることで、足をすくわれずに相手に向かって行けるような気がしていた。

 

 訓練の成果、ここで見せる。今日で確実に奴を倒す。

 

右腕の先に見えるファイターに、構えた腕のように一直線に向かうその意思は、鋼のように強かった。

 

―指揮官がんばって、ラフィーもがんばる

 

―鬼神の力と合わされば、最強なのです!

 

ラフィー、綾波からも力を授けられた感じがした。

 

―がんばるにゃ指揮官~!

 

明石の声援を受けWARSは強く頷くと、戦闘の合図を出す。

 

―行くぞ、みんな!!

 

―”はい!!”

 

 

【挿絵表示】

 

 

今回は絶対に負けない、完璧に使いこなせるようになったこの姿で奴に打ち勝つ。皆は弾けるように波を蹴った。

ビスマルク、ツェッペリン、エンタープライズ、ベルファストは、テスターより後方の量産型に攻撃を仕掛けた。早速砲撃の轟音が鳴り響く中、エンタープライズは艦載機を巨大化させ、敵艦隊上空から攻撃を始める。

 

―行け!

 

そしてベルファストは降りかかる無誘導爆弾を避けながら縦横無尽に駆け回り、敵艦隊にダメージを負わせていく。

 

―少々痛くなりますよ…!

 

一方でWARSと駆逐艦のKANSENたちはファイターの眼前に迫り攻撃を始める。やはり傍観するテスターはつぶやく。

 

―さあ、今回はどうなるかしら…?

 

WARSはKANSENたちに指示を出す。

 

―まずは相手の動きを封じるぞ。ジャベリン、ニーミ、ラフィーはファイターを囲んで砲撃だ

 

―”了解!”

 

―綾波はその間に魚雷を頼む

 

―了解です!

 

WARSは綾波と共に魚雷を打ち出した。

 

―…

 

ファイターは相変わらず無表情で迫りくる砲弾を弾くが、魚雷が近づくのを察知すると回避行動をとる。そして、

 

―そこだ!

 

WARSは回避の動きを捉え、隙が出来た背中に両腕のバルカン砲を放った。衝撃を受け体勢を崩したファイターは更にその隙をニーミと綾波に突かれていく。

 

―これで…!

 

―行ける、です!

 

しかしファイターも劣勢のままでは済まさない。携えた艤装からビームを放射する。

 

―ラフィーちゃん、そっち来るよ!

 

―ん、わかってる

 

敵の攻撃をかわすのは流石駆逐艦か、とてもすばやい行動だ。

ビームではいけないと考えたのか、ファイターは得意の格闘戦に持ち込んだ。ジャベリンに飛び込む。

 

―わ…!

 

迫る拳を間一髪でかわしたが、連続攻撃を繰り出されダメージを受けてしまう。ピンチの彼女を見て綾波がファイターに切りかかった。

 

―ジャベリン!

 

しかしその攻撃も弾かれ、綾波は体制を崩す。だがいつでも隙は現れるものだ、ファイターの真上に跳んだニーミはその頭めがけて砲弾を放つ。ファイターがその攻撃に目を奪われている最中にラフィーは雷撃を行った。爆発を受けて体制を崩したファイターにWARSが迫る。

 

―はあ!

 

”ガンッ”という音と共に数メートル吹き飛ぶファイター。いよいよこちらが優勢だ。

 

―これで決める!

 

WARSがとどめにオーバークロックを発動させる直前、ジャベリンと綾波が彼に艤装を投げた。

 

―指揮官!

 

―これを使うです!

 

―おう!

 

右手に剣、左手に槍を構え、音速でファイターに迫るWARS。やはりファイターはその速さを追えないのか、その目はWARSを捉えていない。

 

―ぅおおおおおおお!

 

凄まじい速さで繰り出される槍の連続攻撃にファイターの装甲はボロボロになっていく。そして、

 

―せぇええやああああああ!

 

最後の力を剣に込め、とどめの一撃を食らわせた。WARSとファイターの2つの影が交差した。

 

―終わりだ…

 

WARSはそう言うと、彼の後方でファイターは爆散した。

静かに見ていたテスターは面白そうにこちらに近寄りゆっくりと拍手をした。

 

―ふっふふ…よくできたじゃない…

 

正直、セイレーンについては分からないことが多い。いつも出現しては攻撃をされるが、本当にこちらがまずい状態になった時は撤退する時もある。そんな相手に向かってWARSは言う。

 

―お前たちの目的は何なんだ…

 

妖艶な笑みを浮かべたテスターは言う。

 

―さあ、なんでしょうねぇ?

 

そう言ったと同時に彼女は黒い霧を出現させ消えた。そして、量産型を全て撃破したエンタープライズたちが集まった。

 

―指揮官そちらは…もう、大丈夫なようだな

 

―おつかれさま、指揮官

 

ビスマルクが労いの言葉をかける。

 

―ありがとう、みんなのおかげだ

 

WARSがそう答えるとベルファストが言う。

 

―ご主人様を支えるため、最大限尽くしたまででごさいます

 

彼女は微笑んだ。そして、続々と駆逐艦たちがWARSに駆け寄る。皆の笑顔が見えた。

 

―やりましたね、指揮官っ

 

―最後の一撃、よかったです

 

―ラフィーがんばった、もう寝る…zzz

 

ラフィーはそう言って海面に大の字に寝転んだ。

 

―こ、こんなところで寝ないで!

 

いつも通りなラフィーをニーミは担ぐ。みんなの様子を見てWARSは気を抜いた。

 

―ははっ……それじゃ、帰るか

 

彼に続いてKANSENたちは指揮艦に乗り込んでいく。

そんな中、一歩引いたところでツェッペリンは考えていた。

 

 生きて帰って、みんなと笑いあう…か

 

彼女は翔一の気持ちを分かったような、分からないような気がした。




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15話 ツェッペリンの悩み file1

海上―

 

 

 WARS ACHILLESを使いこなし、新たなセイレーンを撃破した数日後の話。

 再度現れたセイレーンの量産型と戦闘を行った翔一とKANSENたちは、指揮艦に乗り母港へ帰還する途中だった。

 

―あの時は助かったよ。ありがとうユニコーン

 

 翔一が言った。ユニコーンは先ほどの戦闘中、傷を負ったWARSとKANSENたちを自らの力で回復した。

 

―えへへ、ユニコーン頑張ったよ

 

―いつどのような脅威があるか分からない戦場で、瞬時にKANSENの回復が出来るのはとても頼りになる事です

 

 ベルファストは微笑み、照れた様子でうつむき頬を染めるユニコーンに言った。彼女は2人に褒められさらに恥ずかしくなったのか、両手に持つゆーちゃんを顔の前によせた。

 

―…

 

 そんな3人を眺める1つの影があった。

 

 ”卿は指揮官として、どんな気持ちで戦っているんだ…?”

 ”皆と生きて帰る。という気持ちかな…”

 ”俺は笑いあうことが出来る仲間達を守りたい…だから戦う”

 ”もちろんお前もその1人だぞ”

 

 そんな話を思い出しながら、その影は美しい銀髪を揺らし、窓から見える空を見つめていた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

廊下―

 

 

 次の日の朝、いつものように翔一は食堂で朝食をとり執務室に戻ろうと歩いていた時のこと。背後から誰かがやってくる。

 

―指揮官さまぁ

 

 甘い声が聞こえると、翔一は右腕に温かく柔らかいものを感じた。

 

―ん?…赤城か、おはよう

 

―はい、おはようございます

 

 優しい顔がこちらを覗いた。赤城とのこんなやり取りも何度目だろうか、すっかり慣れてしまった。

 

―ふふふ

 

 彼女は何やら嬉しそうに目を細めた。

 

―どうしたんだ、そんなに嬉しそうにして

 

 翔一がそう聞くと、彼の目にもう一つの人物が映し出された。

 

―指揮官…と、姉さま…

 

 加賀だ。彼女は翔一に用があったらしいが相変わらず翔一にくっつく赤城の様子を見て微妙な顔をしている。

 

―あら、加賀も来ていたのね

 

―はい、例の報告をしようと

 

 報告…何のことだろうかと翔一は思うと加賀は続ける。

 

―指揮官、続きは部屋でしよう

 

 いつの間にか執務室の前についていた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

執務室―

 

 

―おかえりなさいませ、ご主人様。お仕事の準備はもうできていますよ

 

 ベルファストが翔一を迎える。

 

―ありがとう、ベル

 

 そして翔一の目には彼を待っていた今日の副秘書艦、ツェッペリンが映る。加賀が彼女に近づき二、三話をした。

 

―ああ、あの事か

 

 ツェッペリンがそう言うと、エンタープライズが続く。

 

―そうか、完成していたんだったな

 

 最近、どうも空母たちの間に隠し事があるようで翔一はもやもやしていた。やはり思い切って聞いてみようか。彼は口を開く。

 

―空母のKANSENたちは最近、何かしているのか?

 

 赤城は満を持して、といった様子で答える。

 

―指揮官さま、赤城がもっと指揮官さまの役に立てるのですわ

 

―そうなのか?

 

 確かに赤城は、もちろん加賀も戦場において特に高い戦闘能力を持っている。演習だけでなく、実戦でも見せるその力はとても頼りになるものだ。赤城は続ける。

 

―はい。先日、指揮官さまが得た新たな力がありますよね?

 

―ああ、アキレスのことだな

 

 WARSの駆逐艦を模した形態のことだ。駆逐艦のKANSENより速く移動ができ、扱いに慣れるまで大変だったが皆との訓練で使いこなすことが出来るようになった。

 

―そうです。そして次は、私のような空母の力を扱えるようになりますわ

 

 彼女の言葉に翔一は合点がいった。WARSの新しい形態のために空母たちが明石の情報収集を手伝っていたという事か。そして赤城は”ふふっ”と微笑み続ける。

 

―その名も…

 

―WARS AETHER(アイテール)にゃああああ!

 

 ”バンッ”と執務室の扉が開き、明石が現れた。赤城は明石にセリフを奪われた形となり微妙な顔をしているが、それは置いておこう。

 

―朝から元気なものだな…

 

 ツェッペリンがつぶやいた。しかし明石は気にせず話す。

 

―指揮官の新しいフォームは空母の力を使えるにゃ

 

 明石は小型のホログラフィーを取り出した。そこにWARS AETHERが映し出される。

 

 

【挿絵表示】

 

 

翔一は映し出されたその姿の背中に指をさす。

 

―この灰色のパーツは何だ?

 

―それはKANSENたちの艦載機に当たるものにゃ

 

 明石は続ける。

 

―これを1つ1つ分離させて飛ばして航空攻撃が出来るにゃ

 

 エンタープライズが聞く。

 

―砲以外の武器が搭載されていないようだが、雷撃や爆撃は出来るのか?

 

―大丈夫にゃ。キューブが魚雷と爆弾を構成してくれるから心配ないにゃ

 

 そして、彼女は自慢げに語り始める。

 

―このアイテールにも、アキレスのように特殊能力があるにゃ。見えない敵も見ることが出来るのにゃ!

 

―見えない敵?

 

 そう言う翔一に明石が答える。

 

―そうにゃ。この世に存在する物なら目に見えなくなったものでも探知できるにゃ

 

 彼女はさらに続ける。

 

―もちろん能力を使わなくても普通の空母のKANSENよりも探知能力は高くなってるにゃ。ある程度なら海中の情報も読み取れるにゃ

 

―なるほど

 

 見えない敵、透明になるものなどか。今後そのような敵も現れるかもしれないし、それに対応できると言うのはありがたいな。海中も見ることが出来るという事は、潜水艦のKANSENたちの補助にもなるし、戦いの幅が広がるな。明石が一通り説明を終えるとポケットからカードを取り出す。

 

―それじゃアップデートしていいかにゃ?

 

―ああ、頼む

 

 翔一は左腕にWARSブレスを出現させ、明石の方に向ける。

 

―ほいにゃ

 

 明石がカードをブレスにかざすと、アップデートが行われる。カードが光となり消えると明石は満足げな顔をする。

 

―試してみるかにゃ?

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

演習場―

 

 

 明石の提案に乗った翔一たちは早速、演習場に赴いた。WARSにエンゲージした翔一は海に波紋を描き、沖で待つKANSENたちに近づいていく。彼女たちの後方には指揮艦が見える。

 

―それじゃあ、指揮官。アイテールになってにゃ

 

 指揮艦内部から無線を使ってそう言う明石に翔一はうなずき、WARSブレスを構え舵を回す。

 

 ”AETHER DEFORMATION”

 

 WARSの姿が変わるのを確認すると、明石は彼に言う。

 

―指揮官、早速飛んでみるにゃ!

 

―ど、どうやって飛ぶんだ?

 

―飛ぼうと思えば飛べるにゃ!

 

 WARSは思い切って”飛べ”と思い、両足で海面を蹴った。そして、

 

―おおっ

 

 彼は先ほどよりも空を近くに感じた。

 

―どうにゃ?

 

―飛べる!

 

 WARSは海上にいるベルファストを見た。優しい彼女の表情が見える。WARSは宙に浮いたまま、少し前方に飛んだ。

 

―指揮官さま!

 

 赤城がこちらに向かって飛んでくるのが見えた。

 

―指揮官さま、初めての飛行でまだ体が慣れないでしょう?指揮官が難なく飛べるようになるまで、この赤城がお手助けいたしますわぁ

 

 赤城はそう言うとWARSの両手を握る。これまたいつも通りな彼女の様子にWARSは苦笑する。とはいっても顔は動かないが。

 

―ふふふ…

 

 なんだか嬉しそうだ。しかし、そんな彼女の様子とは裏腹に、明石が申し訳なさそうに言う。

 

―あのぉ…

 

―なにかしら?

 

―指揮官は特に補助なしでも飛べるはずにゃ…

 

―え?

 

 赤城は目を丸くして聞き返した。

 

―前回の反省から、指揮官の動きの癖と他のみんなの動きをいろいろ解析して、飛行時も特に練習無しで使えるようになってると思うにゃ…

 

―あら、そうなのね

 

 明石の話を聞き、WARSは一旦赤城に手を放してもらう。

 

―赤城、少し1人で飛んでみるよ

 

―はい…

 

 赤城は残念そうな顔をしたがWARSは続ける。

 

―まあ何があるかは分からない。隣で一緒に飛んでくれないか

 

 そう言われた赤城は先ほどとは逆にぱっと明るい表情に変化をすると、やはり先ほどとは逆の声音で答える。

 

―はいっ

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

演習場―

 

 

 特に問題なく飛行できたWARSは、KANSENたちと演習場を自由に動いていた。びゅんびゅんと飛び回るWARSの姿を見てエンタープライズが言う。

 

―ここまでの機動が出来れば実戦でも大丈夫だな

 

 明石が続く。

 

―指揮官、次は攻撃してみて欲しいにゃ。

 

 彼女が言うなり、海面に的がずらりと出てきた。それを見てWARSはうなずく。

 

―分かった

 

 WARSは攻撃を念じると背中についている灰色の武器、グレイフライヤーが飛び出す。全部で34機の航空機となるそれは、瞬く間に的を破壊していった。そしてさらに追加される的を爆撃、雷撃で木端微塵に砕いていく。

 しばらく攻撃の練習を続ける姿を見て加賀が提案する。

 

―指揮官、私が式神を出す。動く的を撃ち落してみろ

 

 そう言うと、彼女は両手に青い式神を持ちWARSに向かって投げた。俊敏に動き彼に迫る式神は、グレイフライヤーの攻撃を受けて消えていく。

 

―ほう、よく出来ているな

 

 加賀はいとも簡単に撃ち落されていく式神を見て驚いた。

 明石が言う。

 

―おお、ここまで順調に動かせるとは思わなかったにゃん。ま、さすが明石が設計しただけあるにゃ

 

 彼女はさらに続ける。

 

―指揮官、このまま続けるかにゃ?

 

 WARSは考えた様子を見せると言う。

 

―そろそろお昼だし、一旦終わろうか

 

 そんなことを言う彼の姿を見上げるヒトがいた。

 ツェッペリンは真上にある太陽に照らされ、しかし逆光で暗く見えるWARS AETHERの姿を、終始じっと見つめるだけだった。




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15話 ツェッペリンの悩み file2

 WAR AETHERの訓練を切り上げたKANSENたちは、それぞれの寮で昼食をとっていた。

 これは、鉄血寮での出来事。ローンが言う。

 

―ツェッペリンが作る料理はいつもおいしいですね。私、料理を教わりたいです

 

 そう言って、彼女はにこにことしながら食べ続ける。

 

―暇があればな

 

 ツェッペリンがつぶやいた。

 

―ふふ、これで指揮官と…

 

 ローンの怪しげな声をよそに、ツェッペリンは周りを見渡した。皆の料理を頬張る顔が見える。いつも見るような当たり前の光景が広がった。

 

 ”また皆と何でもないことで笑いあえる”

 

 ”小さいからこそ、良いんじゃないか”

 

 翔一に言われたことを思い出した。

 平穏な時というものは、いつ終わるか分からない。

 

 ”人と接する時間を大切にするがいい。もうすぐそれもなくなる”

 

 いつか翔一に言ったことだ。

 

 「人と接する時間を大切に」

 

 言ったはいいものの、自分はそれをしていただろうか。無意識に、していたかもしれない。ただ本当にそれが出来なくなった時、自分はどうなるだろうか。考えても分からなかった。ただ、底知れぬ不安が募っただけだった。しかし一つだけ気付いたことがあった。

 

 ”憎んでいる、すべてを”

 

 最初から全てを否定すれば、不安なぞというものには絶対にぶつからない。心の奥底にある不安から、人によってはおかしな人物だと思われるような言葉を、いつも口走っていたのかもしれない。

 ああ、指揮官が余計なことを言ったせいで変な考えが頭をよぎる。

 ツェッペリンは本人も気付かぬうちに深刻な表情をしていたようで、ビスマルクに声をかけられる。

 

―ツェッペリン……ツェッペリン…ちょっと、どうしたのツェッペリン?

 

―…あ

 

 3度目の呼びかけでようやく我に返ったツェッペリンは、彼女らしくない声で応じた。

 

―いや、なんでもない…

 

 あまりにもいつもと違うツェッペリンにビスマルクは更に言う。

 

―本当に…?

 

―今日の夕食のメニューを考えていただけだ

 

 ツェッペリンは出来るだけ普段と同じような仏頂面を意識して言った。

 

―そう?…なら、良いんだけど

 

 今は、ビスマルクの心遣いが痛い気がした。そして、ツェッペリンの様子を心配するように、周りがざわついた。ビスマルクも、自分が声をかけたことでツェッペリンを変に目立せてしまい、しまったという表情を見せる。

 どこからか、オイゲンの声がする。

 

―あら、お昼ごはんを食べている時に夕食のことを考えているなんて、食いしん坊なのね

 

 茶化されたツェッペリンはオイゲンを睨みつける。

 

―おお、怖い怖い…

 

 オイゲンの言葉も、今の暗い雰囲気を自分なりに明るくしたかったためにかけたものだったが、本人に冗談は通じなかったようだ。しかし、

 

―ふ、ふふふっ

 

 ニーミがらしくない反応をした。それを皮切りに、温かい波が食卓に広がっていった。

 

―はあ、まったく…

 

 そんな中で呆れたように息を吐いたツェッペリンだったが、その口元は僅かに、ほんの僅かに、優しく弧を描いていた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 深い闇の中、セイレーン達が話している。

 

―今回はこの子でいきましょう

 

 オブザーバーは手に赤黒いキューブを出現させた。その瞬間、ピュリファイアーは彼女の前を通りそのキューブを取る。

 

―今日は私が行ってきていいよね?

 

 前回まともに戦えなかったピュリファイアーは、やっと戦闘できると我先にキューブを取ったのだ。

 

―まあ、良いわよ

 

 特に不満もないオブザーバーはそう言った。

 そしてもう一人、長い間翔一たちにその姿を現すことのなかった、黒い人影に言う。

 

―今回はあなたも行ってきて頂戴、新しい力を少しだけ試しなさい

 

―ああ

 

 その黒い人は静かに歩く。

 

―行くぞ、ピュリファイアー…

 

―はいはーい

 

 ピュリファイアーは彼の背にひょこひょことついていく。そしてその背に、テスターが言う。

 

―くれぐれも本気を出すことのないようにね、アンバランス。まだあの世界は試験段階なのだから

 

 UNBALANCEと呼ばれたそれは答える。

 

―分かっている

 

―人類のためだ…

 

 何かに取りつかれたように低いその声は静かに、そして感情を抑えつけたように言った。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

海上―

 

 

 夕日が沈み、月の光が海を照らす頃、出現したセイレーンを殲滅すべく翔一達は出撃していた。メンバーは、主力に赤城、加賀、ツェッペリン、エンタープライズ、前衛にベルファスト、ニーミ、雪風、レーベ、潜水艦にU81、U556だ。

 

―今回は敵の数が多い。注意してくれ

 

 警報が鳴った時の事前情報は、量産型のセイレーンが多いというものだった。普段の3倍近くだ。

 

―指揮官さま、2時の方向に敵艦隊を発見いたしました

 

 赤城がそう言うと、彼女の艦載機から敵情報が送信され、指揮艦のモニターに映し出された。続いて加賀が言う。

 

―分かっていると思うが、その情報だと事前情報の数より少ない。おそらく分艦隊だろう

 

 彼女の言葉に翔一が言う。

 

―うん、その可能性は高いな。どこから他の艦隊が来るか分からない、念のために俺もそちらで索敵しよう

 

 彼は後ろを向き続ける。

 

―明石、指揮艦を頼む

 

―了解にゃ、行ってらっしゃいにゃ

 

 席を立つ翔一を明石は見送る。甲板上に出た彼はWARSブレスを構える。

 

―エンゲージ!

 

 ”WARS ENGAGED”

 

 暗い夜の風景に、WARSの目と胸のキューブが輝いている。

 

 ”AETHER DEFORMATION”

 

 早速アイテールにフォームチェンジすると、前方で索敵するKANSENたちの方へ飛行していく。グレイフライヤーを射出し索敵を開始すると、赤城が発見した敵艦隊が肉眼で見えてきた。すると、今度はツェッペリンから報告を受ける。

 

―指揮官、12時の方向に敵艦隊だ

 

 肉眼では見えないが彼女の情報を確認した。

 

―分かった。それなら、こちらも分散しよう。赤城、加賀は右側の艦隊を攻撃してくれ

 

―”了解!”

 

 2時の方向に見える艦隊は数が少ない。十分な戦闘能力のある彼女たちなら、特に時間もかけずに殲滅できるだろう。

 

―先に進もう、みんな

 

―”はい!”

 

 赤城、加賀と別れて15kmほど進むと、ツェッペリンが発見した敵艦隊が見えてきた。

 

―エンタープライズは航空攻撃を開始してくれ

 

―分かった

 

 彼女の艦載機が次々と発艦され敵艦隊に迫った。それを追うようにグレイフライヤーも飛行していく。

 WARSは続けてツェッペリンに指示を出す。

 

―ツェッペリン、他の分艦隊がいないか周囲を警戒するんだ

 

―了解 

 

 KANSENたちが更に敵に近づいていき、いよいよ皆で攻撃を開始する。

 

―よし、ドンパチやろうぜ!

 

―行きます!

 

 レーベ、ニーミが早速魚雷と砲撃を行う。

 

―雪風さまの力を見るのだ!

 

 雪風もそれに負けじと動く。それぞれの攻撃が敵に当たり、爆発していった。更にエンタープライズとWARS AETHERの爆撃で確実にセイレーンを撃破していく。

 もう全ての敵が殲滅されようとするその時、黄色い光を携え、人型が現れた。

 

―久しぶりだな、元気か~?

 

 ピュリファイアーだ。その両手にはそれぞれ赤黒いキューブが握られている。

 

―また何か持っているようですね

 

 ベルファストが言う。ピュリファイアーは彼女に返す。

 

―お、気づいた?今回は前の子とはちょっと違う感じだよ

 

 ピュリファイアーは楽しそうに言うと、キューブを前にかざす。

 

―行っておいで、ハイダー!

 

 そして、キューブはピュリファイアーの手から消えていった。

 エンタープライズが言う。

 

―何も現れないじゃないか…

 

 彼女が言うように、目の前にはピュリファイアーしか見えない。

 

―ふふふ、それじゃ楽しんでね!

 

 そう言いながらピュリファイアーは攻撃を開始する。どうやら新セイレーンの召喚に失敗したわけでもなさそうな彼女の様子と先ほど言った”ハイダー”という名前にに、WARSは1つ思うところがあった。気付いた瞬間に、彼は皆に指示を出していた。

 

―みんな動け!どこでもいい!!

 

―え…?

 

 当然KANSENたちは突然の言葉に困惑する。そして、ニーミは次の瞬間に細い光に襲われた。

 

―く…!

 

 相手のビームらしき攻撃を受け後方に飛ぶニーミ。

 

―な、なんだ!

 

 エンタープライズがその一瞬の出来事に目を丸くした。波を蹴立ててベルファストが言う。

 

―おそらく、見えない敵でしょうっ。どこにいるか分からない以上、今は攻撃に当たらぬよう動きまわるしかありません…!

 

 皆が動き回り、まだ殲滅できていない量産型セイレーンを攻撃するがピュリファイアーも攻撃の手を緩めることはない。見えない敵に翻弄され、混沌とした戦場が広がる。

 指揮艦から明石が叫ぶ。

 

―指揮官!見えない奴の情報はレーダーで感知できるかにゃ!?

 

 彼女の問いを聞きWARSはレーダーの確認をするがしかし、

 

―いや、どうやら2体はいるようなんだが全く位置情報が分からない!

 

―にゃにゃにゃ!そうしたら、まずはそいつらの姿を見えるようにしなくちゃいけないにゃ!

 

 明石は続ける。

 

―一瞬でも姿を見られれば、アイテールの超探知で位置情報を確認できるにゃ!

 

 彼女の声を聴き雪風が言う。

 

―そんな…出来るのか!?

 

―透明状態を維持できないくらいのダメージを与えられれば、出来るかもしれないにゃ…

 

 明石は自信なさげに言う。

 

―…分かった。やってみよう

 

 WARSが言ったその時、ツェッペリン口を開いた。

 

―指揮官、新しく敵艦隊が索敵されたぞ!あちらは量産型だけだ!

 

―あ、来たか

 

 そして、ピュリファイアーが怪しい笑みを浮かべた。

 今前方に見える敵は量産型だけでなくピュリファイアー、見えない敵もいる。こんな状態で万が一全滅でもしたらいけない。まずは確実に対応できる方法で戦おう。そう考えたWARSは皆に言う。

 

―ベル以外の前衛艦、潜水艦たちは新しく見つかった艦隊にツェッペリンと共に攻撃に行ってくれ!ベルとエンタープライズは俺とこいつらの相手だ!

 

―”了解!”

 

 ツェッペリンたちは弾けるように一方の艦隊の方へ走り出した。WARS達は目の前の標的を相手にし、そして見えない敵の攻撃を度々受け、疲弊していく。

 

―指揮官さま!

 

―どうなっているんだ!?

 

 最初に発見した艦隊を殲滅した赤城と加賀がWARS達に合流した。赤城にビームが迫る。

 

―…!?

 

 彼女は間一髪でその閃光を避けたが、見えない敵からの追撃を受けてしまう。

 

―ぐぅ…!

 

―見えないセイレーンから攻撃を受けているんだ

 

 攻撃を受けて墜落する赤城をWARSは抱きとめて言う。

 

―そ、そうなのですね

 

 彼女はWARSに抱きしめられるような形となり頬を染めたが長くこの状態を保つわけにいかない。赤城はWARSから離れる。

 

―どうするんだ…?

 

 敵からの攻撃を避けながら加賀が言った。

 

―……そうだな…

 

 攻撃する余裕もなくなってきたこの状況を打開する方法を考える。そして、やっとのことで思いついた作戦を言葉にした。

 

―ベル、そこで煙幕を広範囲に出すんだ!

 

―はい!

 

 ベルファストは咄嗟のWARSの指示に素早く反応し、周りに煙幕を撒いた。そしてWARSは、

 

 ”ACHILLES DEFORMATION”

 

 アキレスにフォームチェンジした。

 

―みんなは量産型とピュリファイアーに集中してくれ!

 

―お!どうやって戦うのかな?

 

 ピュリファイアーは、特に何もないところに煙幕を撒かせたことに興味を持ったようで、面白そうと言いたげな顔をする。

 そして次の瞬間、煙幕から一直線のビームが放たれてきた。

 

―そこか!

 

 WARSは煙幕を撒かせることでビームの発射源を分かりやすくしようとしたのだ。煙幕に穴が開いたことを認めると、その瞬間WARSはオーバークロックを発動させた。穴を辿ればセイレーンの姿は見えずとも、ビームの光が途切れているところが発射口だと分かるはずだ。

 WARSは音速で煙幕に突っ込む。真横に見えるビームを辿ってその途切れた場所を探す。

 

―よし、ここだな

 

 途切れたビームの先が手でつかめた。これが砲身だなと確認すると、そのまま見えない体へ手を伸ばした。ハイダーが人型であることが分かり、羽交い締めの形をとる。がっちりと体を固めると、オーバークロックが解除された。

 

―俺の体めがけて攻撃しろ!

 

 ハイダーはWARSを振りほどこうと暴れている。

 KANSEN達は、WARSがハイダーを確保したと理解すると、そこに攻撃が行われた。WARSを中心に爆発が起こる。彼はその瞬間、一瞬だけ透明化が解けたハイダーが見えた。それと同時にその情報が自分のデータベースに記録される。

 

―指揮官!相手のエネルギー反応が記録されたにゃ!これで超探知を使えば目に見えるはずにゃ!

 

―よし!

 

 ”AETHER DEFORMATION”

 

 

【挿絵表示】

 

 

明石の声を聞き、WARSはもう一度アイテールに変わると超探知を発動させた。

 

―見える!みんなにもこの情報を共有するぞ!

 

―これで安全に戦えます!

 

 先ほどまでは見えなかったハイダーの姿が見えるようになり、ベルファストは言った。

 

―これで終わらせよう!

 

 エンタープライズはそう言うと、早速航空攻撃を激化させる。

 

―速く終わらせて、ツェッペリンたちの援護に向かうぞ!

 

―”はい!”

 

 勝利の道筋を掴んだWARS達の反撃が始まった。




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15話 ツェッペリンの悩み file3

 ハイダーの姿を暴いたWARS達。その一方でツェッペリン達は、彼らと別れて追ったセイレーン艦隊と戦闘を行っていた。

 

―U81、U556、お前たちは相手の後ろに回って不意打ちだ

 

 ツェッペリンが潜水艦たちに指示を出した。

 

―探知されないように気を付けろ

 

 彼女がそう付け加えると潜水艦たちは答える。

 

―”はーい”

 

 ツェッペリンは前方の機敏に動き攻撃を行う前衛艦達を見た。一撃一撃は決して高くない攻撃力であるが、確実に敵艦隊の行動を鈍らせている。また敵艦隊は後方から潜水艦たちの雷撃を受け沈んでいく。そしてツェッペリンは艦載機を撃ち落されないように気を張り、隙を見て爆撃、雷撃を行っていた。

 攻撃を開始してどれくらい経っただろうか。全ての敵艦が破壊された時、美しい満天の星空に陰りが見えた。

 

―あれは…?

 

 その陰りはやがて空よりも黒い雲となっていき紫の雷を撃ち落とした。ツェッペリンはその黒雲に見覚えがあった。

 

―まさか

 

 過去の戦闘記録で、翔一たちが黒いWARSに遭遇したことが示されていることを思い出した。しかしそれはWARSとなった翔一に撃退され、セイレーン達と闇へ消えていった。それ以降の出現は確認されていなかった。

 今ここで現れるのか。そう思ったツェッペリンは身構える。

 

―全員警戒を怠るな、何か来るぞ!

 

 彼女が言うと、ニーミも口を開く。

 

―は、はい。でもあれって…

 

 レーベが続く。

 

―指揮官が前に戦った奴か!?

 

―そうかもしれない

 

 ツェッペリンが答えると雪風が言う。

 

―どんなのが出てきてもこの雪風様が倒してみせるのだ!

 

 勇敢な言葉であったが、彼女の声は少しだけ震えていた。

 

―とにかく気を付けろ

 

 突如現れた上空の黒雲。ゆっくりとそれが晴れていった。しかし、

 

―何も…ありませんね……

 

 ニーミが言う。

 

―どういうことだ

 

 ツェッペリンはつぶやいた。

 

―U81、U556、そちらは何か異常はないか

 

 海中で何かないかと思い、彼女は潜水艦たちに聞いた。

 

―ヒッソリ、コッソリ…って…ああ何もないぞ!

 

 U81は突然のツェッペリンの言葉に返答が一瞬遅れた。そしてU556が続く。

 

―こっちも特に異常ないよ!

 

 彼女が言ったその時だった。ちょうどU556が潜水しているところに、ほんの一瞬だけ、何もない上空から光の柱が突き刺さった。

 

―……!

 

―ココロ!

 

 U81が叫んだ。そしてゆっくりと、U556の背中が海面に浮かんできた。

 

―な、なんだ今のは…!

 

 明らかな異常事態にツェッペリンが吃驚した。

 

―ココロ!…ココロ!!

 

 海面に上がってきたU81がU556を抱きかかえ、肩をゆすっている。しかし彼女の眼は虚ろで、U81にその瞳が向く気配もない。

 

―ぁ、ぁあ……しんじゃった…の…?

 

 KANSENたちは、U556のエネルギー反応がロストしたのを感じた。

 Z23は海面に浮かぶ潜水艦達から目をそらすことが出来なかった。

 

―そんな…何てこと……

 

 そう言ったのも束の間、さらに光の柱が2本連続で現れた。気付いた時には、遠くで雪風とZ1が転がっていた。彼女たちは肉眼で見えるだけで、エネルギー反応を感じることは出来なかった。

 

―ぁぁ…ぁああああ!

 

 ついにU81はこの光景に耐えきれなくなったようでパニック状態となった。しかしそんな声も、夜の海にフラッシュがたかれることで消えた。

 Z23は度重なる異常に、恐怖でいつの間にか涙を垂れ流していた。

 

―い、いや…なんで……

 

 一周回って喜劇とも言えよう圧倒的な敵の力に、Z23は涙もそのままに、半笑いでツェッペリンに振り返った。

 

―ツェッペリンさん…ど、どうすれば……

 

 そんなことを聞かれても分からない。ツェッペリンはZ23を見つめることしかできなかった。

 

―…

 

 次の瞬間には、Z23は膝から崩れ落ちていた。腕を投げ出してこちらに土下座しているような格好が目に入ってくる。

 

―ぁぁ……

 

 兵器とは言え、さっきまで命だったものがあたり一面に転がっている。ツェッペリンはこの地獄絵図に小さく声を漏らした。

 

―…

 

 数秒間、何も起きない。しかしこの数秒は、彼女にとっては無限の時間のように感じる。

 ”ドン”という音が聞こえた。その音の方を向くと、破壊しきれていなかったセイレーンの量産型が放つ砲弾が見えた。気付いた時にはもう遅く、その弾はツェッペリンに衝突する。彼女は吹き飛ぶ瞬間、月と星に照らされた自分の涙が見えた。

 背中に衝撃が走る。どうやら量産型セイレーンにぶつかったようだ。

 寒い。温かいのは、頬に流れる自分の涙だけだった。

 こんな所で終わるなら、もっと鉄血の皆とどうでもいい話でもしておけばよかった。

 ツェッペリンはその時、走馬灯のように翔一の言葉を思い出した。

 

 ”皆と生きて帰る”

 ”笑いあうことが出来る仲間達を守りたい”

 

 同時に、昼の景色を思い出した。

 皆、笑顔だった。自分の作った料理を頬張りながら、皆、笑顔になっていた。そんな景色を、いつまでも見ていたいと思った。

 

 ”我は…”

 

 そうだ、今分かった。

 

 

 ”みんなと…”

 

 

 自分が何のために戦うのか。

 

 

 

 ”みんなと……一緒にいたい…”

 

 

 

 その時海上小さく、金色に輝く光ができた。その光は彼女を立ち上がらせ、やがて浮遊させた。そして彼女は光と共に、倒れた仲間達の元に飛ぶ。その姿はさながら天使のようで、皆に光の粒をひらひらと落としていった。

 

―んん、なんか目の前が光った気がするんだけど…って、ツェッペリンどうしたんだ!?

 

 まず、U556が起き上がった。

 

―ぁああ!?……あれ、生きてる…

 

 U81が目を覚ました。

 

―んあ、雪風様は最強なのだぁ

 

―お、俺はどうなったんだ…

 

 雪風とレーベが空を仰いだ。

 

―え、わたし…どうなって…

 

 最後に、ニーミが立ち上がった。

 そして、

 

―ツェッペリン!応援に……な、なにがあったんだ

 

 ハイダーを無事撃退したWARS達がツェッペリン達と合流した。

 

―お!これが覚醒ってやつ?

 

 楽しそうにピュリファイアーがこちらを覗いていた。

 

―まだ撤退していなかったのか、ピュリファイアー

 

 WARSがそう言うと彼女は答える。

 

―いやぁ、ちょっと忘れ物しちゃってぇ

 

 加賀がおちゃらけるピュリファイアーを睨みつけたが、特に気にした様子もなくツェッペリンに向かった。その時、ツェッペリンの艦載機がピュリファイアーを襲った。

 

―ぉうわああああああ!

 

 ピュリファイアーはツェッペリンになすすべなく攻撃され、爆散していった。

 

 そして海には、平穏が戻った。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

母港、港―

 

 

 翔一たちの激戦が終わり母港に戻るころには、水平線から朝日が顔をのぞかせていた。

 エンタープライズは指揮艦から降りながら言う。

 

―それにしても、みんなのエネルギー反応が突然消えていった時は驚いたよ

 

 ベルファストはエンタープライズに続く。

 

―ええ、どうなる事やらと…

 

 翔一が言う。

 

―まあでも、ツェッペリンのおかげで助かったからよかったよ

 

 一方U81は、

 

―ふぁ、大変なことがいっぱいあったからもう眠いぃ

 

 他愛もない話しの中、KANSENたちは自分の寮に戻っていく。

 

―指揮官

 

 後ろからツェッペリンの声が聞こえる。

 

―ん?

 

 翔一は振り向いた。するとツェッペリンはまっすぐと彼の目を見る。

 

―卿の言っていることが、少し…分かったかもしれない

 

 翔一の目には曇り一つない、晴れた彼女の表情が映っていた。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

海上―

 

 

 時は少し遡り、翔一たちが母港に帰還しようと指揮艦に戻っているときのこと。

 

―…

 

 姿は見えないが、じっと彼らを見ている者がいた。

 

 ”UNBALANCEよくやったわ、帰ってきて”

 

―…

 

 オブザーバーの通信を聞いてもただ黙ったまま、浮遊している。

 

 ”…まあ、気が済むまでそこにいてもいいわよ。それじゃ”

 

 オブザーバーからの通信が切れた。

 

―…

 

 姿が見えれば幽霊にも間違われそうな佇まいのUNBALANCEはしかし、翔一に向ける憎悪だけは、それよりも大きいものだった。




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16話 母港がハッキング!? file1

重桜寮の一角―

 

 翔一たちが2体のハイダーと戦った数日後の朝。翔一は重桜寮にいた。まだ海からそう遠くない位置にある日が、障子を明るくする。開かれたそれから見える海を眺めていると反対側から声が聞こえてきた。

 

―指揮官様~、お待たせしましたぁ

 

 翔一は赤城に朝食に誘われ、久しぶりに彼女の料理をご馳走することにしていた。赤城は大きなお盆をもってこちらに来る。

 

―ありがとう、赤城

 

 翔一が言うと、赤城は目を細める。

 

―ふふっ、あなたを愛する者として当然のことをしたまでですわ

 

 そう言って目の前の机に皿を並べていく。

 

―それで…

 

 彼女は一変して目を吊り上げると翔一の周りを見る。

 

―なぜあなたたちがいるのかしら

 

―指揮官が重桜寮に来ると聞いて、お姉さん我慢できなかったの

 

 そう言うのは翔一の右腕を自分の両腕に絡める愛宕だ。

 

―指揮官さまのにおいがしたのでつい…ふふふ

 

 そしてその反対側で大鳳が翔一に身を寄せている。

 

―私は重桜の料理が気になっただけで…ええ、ただ気になっただけですよ。そこに指揮官がいたというだけで

 

 翔一と机を挟んで向かい側に座るのはローンだ。そんな3人を睨みつける赤城が言う。

 

―指揮官様との甘い時間を阻む挙句たかりに来るなんて…本当に邪魔な虫共ね…!

 

 その言葉に大鳳。

 

―あら、そんな乱暴なことを言うと指揮官さまに嫌われてしまいますよ~。ねぇ、指揮官さま?

 

 言いながら、大鳳はその豊満なものを翔一に押し付ける。

 

―え、あ、いや、それは…

 

 ああ、今ので赤城はさらに怖い顔をしているだろう。あんまり見たくない。

 ローンが言う。

 

―はやく赤城の作る料理がほしいです~。指揮官、私が食べさせてあげますね~

 

―はは、そうかい

 

 翔一は乾いた笑いで答える。そして愛宕は、

 

―だめよ指揮官、他の子からそんなこと。お姉さんにだけいっぱい甘えて、ね?

 

―…はい

 

 赤城が料理を取りに行った直後にこの3人が来たわけだが、さすがにこの状況はやばいと思ったものの、赤城が料理を作ってくれたこともあり逃げるに逃げられなかった。彼女は今も目を光らせている。どうにか出来ないものか。

 

―そ、そうだ、赤城。みんなにもお前の料理を食べさせてあげられないか?

 

 彼女は少し目を伏せて言う。

 

―え、でも…

 

 翔一は彼女を見つめた。

 

―俺も手伝うからさ…駄目か?

 

―指揮官様がどうしてもと言うなら…

 

 とりあえずは納得してくれたようだ。

 

―それならお姉さんもついていくわ

 

―私も一緒に行きます。指揮官

 

―指揮官様、ぜひ私もお連れください

 

―いや、お前たちはここで待ってるんだ。いいな?

 

 愛宕、ローン、大鳳が翔一の言葉に”はーい”と答えると、彼と赤城は台所に向かっていった。

 

― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― 

 

 台所までの道のこと。久しぶりに翔一と二人きりで過ごせる時間が出来たと喜んでいた赤城であったが、先ほどのことではっきりと顔にこそ出ていないが少し不満そうな様子だ。そんな彼女の気を察してか、翔一なりに赤城に喜んでもらおうとほんの些細な行動に出た。右隣りに歩いている彼女の手を握った。

 

―あ…

 

 赤城が声を漏らした。いつもは赤城が一方的に彼にスキンシップを取っていたが、翔一が赤城にこのように近づくことはなかった。翔一からの接近に驚いた赤城は、そんな意外な事から彼女にしては珍しく、しおらしく頬を染めた。そして、そっとその両腕を翔一の腕に絡めるのだった。赤城が感じた幸せはそれまでとは逆に、顔に出さずにはいられなかった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― 

 

 部屋に戻ってからというもの修羅場のような雰囲気が漂う中、自分で口に箸を運びたかったのだが、それが必要ないほど4人からの”あ~ん”が絶えなかったのだった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

執務室―

 

 

 朝食を終え、執務室に戻ってきた翔一は自分の席に着き、目の前のモニターを見ていた。今日は前回の出撃について会議を行う。前回は敵の分艦隊が離れて分散していたことから、こちら側も分散して戦闘を行った。ツェッペリン率いる分艦隊は一度壊滅し、その後ツェッペリンが”覚醒”したと言う。この現象についてはまだ、それに至る経緯や情報があまり確認できていない。KANSENたちの為にもこの”覚醒”について話し合っておこうという事で臨時で会議を開くことにした。母港はとても広く、各陣営のリーダーたちが一度に集まるのは時間がかかるので遠隔で行っている。

 そして、いつも翔一の近くで補佐をしているエンタープライズは今回の会議に参加するため自室で待機しているそうだ。

 

―ご主人様、私は先ほど申した通りロイヤルの手伝いに参りますので、しばらく席を外しますね

 

―うん、わかった

 

 翔一は部屋を出ていくベルファストを見送ると、もう一度モニターに目を向ける。彼は会議の出席者を確認した。ユニオンからはエンタープライズ、ロイヤルはエリザベスとウォースパイト、重桜は長門、赤城、加賀、鉄血からはビスマルクとツェッペリンが参加することになっている。今回はこれに加え、ニーミ、雪風、レーベ、U81、U556も参加する。

 もうそろそろ時間だ。

 

― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― 

 

 元気で、かつ若干幼い声が聞こえる。

 

―聞こえるかしら?

 

 エリザベスだ。彼女の隣にウォースパイトもいる。

 

―聞こえるよ

 

 翔一がそう答えるのを皮切りに、次々とモニターにKANSENたちが表示されていく。

 

―私も大丈夫かな?

 

 エンタープライズが言う。翔一は”問題ないよ”と返す。

 

―みんな揃ったようね

 

 ビスマルクがそう言う。その言葉に翔一は”それでは始めようか”と会議の開始の合図をした。

 

― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― 

 

―まずは、ツェッペリンのことについてだな

 

 翔一が言うとU556が真っ先に口を開いた。彼女はビスマルクの膝の上で言う。

 

―ツェッペリンは目をギラギラ光らせて皆を復活させてたよ!

 

 とても元気にそう言うU556にビスマルクは苦笑いで言う。

 

―それは皆分かっているのよ。それで、他に細かいところで違いがあったとか、そういうところはないのかしら?

 

 レーベと雪風が言う。

 

―そうは言っても、俺たちが復活したときはそれくらいしか変わったところがなかったからなぁ

 

―雪風たちが起き上がる直前のことを聞かないといけないのだ!

 

 そこでエリザベス。

 

―確かにそうね。ツェッペリン、そこのところどうなのかしら

 

―そうだな…

 

 先日のことを思い出してみる。あの時は自分以外のKANSENたちが次々と死んでいき酷い不安にと焦燥に駆られた。その時翔一の言葉を思い出し、なぜ自分が戦うのか答えを見つけた。”皆と共にいたい”その気持ちに気づいたときには体が浮いていた。

 

―…

 

 思い出すと、ツェッペリンはみるみるうちに頬を赤くしていった。それに気づいた長門が言う。

 

―どうしたのだ?そんなに赤くなって、風邪か?

 

―い、いや、そうではなくて…

 

 いつも終焉だなんだと言っている口から”みんなと一緒にいたいと思った時にすごい力が出せました。”なんて恥ずかしすぎて言えない。思わず顔を伏せるツェッペリン。そんな彼女にビスマルクは、

 

―言いづらいことなのかしら?

 

―そ、そうでもなくて…

 

 そんなやり取りで皆の頭に”?”が浮かぶ中、ツェッペリンが言う。

 

―わ、分からない。記憶があまりなくて…

 

 変に嘘までついてしまった。彼女の言葉を受けて翔一が言う。

 

―うぅん…まあ本人が分からないなら仕方ないな

 

 そして思い出したように彼は言う。

 

―そういえば俺が初めてWARSになった時に復活したベルも、目が金に輝いていたな

 

 その言葉にウォースパイトが言う。

 

―確かにそうだったわね…それに至るまでの共通点はあまりなさそうだけど

 

 加賀も続く。

 

―かなり前の話だが、レッドアクシズとアズールレーンがまだ分離していたころにエンタープライズも覚醒していた

 

 赤城が言う。

 

―確かに随分と強い力を得ていましたわね。あの時の強さは身に染みて覚えていますわ

 

 若干、つんとした様子で言う彼女だった。続いてニーミ。

 

―謎が深まりますね…

 

―そうだな

 

 ニーミに翔一がそう答えると、話を少し切り替える。

 

―そうしたら次は、ツェッペリンの覚醒の原因の一つと言えるだろう見えないセイレーンについてだ

 

 先日の戦闘でハイダーという通常では姿を見ることが出来ないセイレーンが現れた。数は2体いて、どちらもWARS AETHERで撃破できた。しかし、同じ見えないものでもツェッペリンたちが戦った、というより一方的に攻撃された相手は違うらしいことが分かっていた。

 ニーミが言う。

 

―戦闘データから見ると、ツェッペリンさんたちと戦ったセイレーンは、先に現れたハイダーとは違うという分析結果が出ています

 

 翔一が言う。

 

―そうなんだよな。しかも…

 

 エンタープライズが続く。

 

―戦闘方法としてもハイダーは手数が多いのに対し、ツェッペリンたちが戦った方は一撃必殺といったものだったというな

 

 再び翔一。

 

―ツェッペリンたちに合流した時も、俺がアイテールだったにも関わらず何も探知はされなかった

 

 ”その時はすでに撤退していたからかもしれないがな”と付け加えると1つ質問した。

 

―ツェッペリンたちは本当に何も見えなかったのか?

 

 そう言うとU81が言う。

 

―うん、何もないところからビームが降ってきたからな

 

 やはり戦場において敵の姿が見えないというのは恐ろしいことだ。それで彼女たちも壊滅まで追い込まれたのだから。

 ツェッペリンが言う。

 

―今分かっているのはこれくらいしかないな。あまり話が進まなくて残念だが

 

―そうだな

 

 翔一が言った。

 結局、現状確認のようなことだけであまり話はなかったが、以降はこれからの母港のことについてなどを2、3話してから会議は終了になった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

昼前、執務室―

 

 エンタープライズはユニオンエリアで作業があるらしくまだ執務室には来ていない。ベルファストも同じくロイヤルの方だ。

 

―指揮官様~

 

―赤城、どうしたんだ?

 

 太陽が一番高く上るよりも少し前、執務室に赤城が来た。

 

―もうすぐお昼ですし今朝と同様、指揮官様と昼食をと思いまして

 

 せっかく誘ってくれたのだしそうしようかな。

 

―そうか、ならそれに甘えようかな

 

 赤城はにこっと微笑むと言う。

 

―ふふっ、それではまたお迎えに参りますね

 

―うん

 

 翔一がそう答えると、赤城は執務室の扉を開ける。そして翔一はもう1つ付け加えた。

 

―赤城

 

―はい?

 

 彼女は振り返る。

 

―度々ありがとな

 

 あまり聞かない翔一の優しい声に赤城は少し胸をときめかせ、頬を染めた。

 

―は、はい

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 暗い闇の中、セイレーン達が集まっている。

 

―あら、今回はかなりの変わり者ね

 

 テスターは新セイレーンのデータを見ながらオブザーバーに言った。それに続くピュリファイアー。

 

―こんなのは今までになかったよな

 

 2人の言葉にオブザーバーは答える。

 

―ええ、明確に形のない個体は開発に手こずったわ

 

 さらに彼女は続ける。

 

―それじゃあ、行ってきてくれる?UNBALANCE

 

―…

 

 オブザーバーの言葉に彼は静かに赤黒いキューブを手に取り、次元を裂いて消えていった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

執務室―

 

 

 赤城が執務室から去るのを見送ると翔一は仕事を再開した。目の前のモニターを眺める。まとめた資料を転送しようとしたがいつまでも完了しない。ネットの調子が悪いようだが今までそんなことがなかったので本当にそうなのか疑わしい。母港のシステムに詳しい明石に相談してみるか。そう思ったその時、頭上の照明がチカチカと点滅しだす。さらにつけていないはずのエアコンまで動き出した。

 

―なんだ…?

 

 思わずそうつぶやいた翔一はやはり異常事態だと思い明石に相談しようと内線電話に手を伸ばす。繋がるのかと一瞬思ったがとりあえず試す。倉庫にかけてみると”ガチャ”と音がする。どうやら通じたようだ。

 

―指揮官大変にゃ!

 

 明石の声が聞こえるがしかし、

 

―声が遠いぞ、どうしたんだ

 

 明石は受話器を取ったはいいものの手に取らずに話しているようだ。

 

―指揮官、ネットにつながらなかったり電気がちゃんとつかなかったりしてないかにゃ!?

 

―その通りのことが起こってる。どうなってるんだ?

 

―母港のサーバーがハッキングされてるにゃ。ネットだけじゃなくて、電気とかの電子機器も遠隔操作できるようになってるから、変な挙動をしてるんだにゃ!

 

 ”しかも”と彼女は続ける。

 

―ここのサーバーは人類の最大の技術で作られてるから侵入できるのはセイレーンくらいにゃ。だから指揮官、サーバー用のコンピュータを見に行ってほしいにゃ。明石はハッキングを食い止めるのに忙しいにゃ!

 

―分かった。どこにそのコンピュータがあるんだ?

 

―出撃する時の港近くの海底にゃ!

 

―海底?どうやって行くんだ

 

 そんなところにWARSで行けるのか分からない。潜水艦のKANSENたちに頼むしかなくなってしまう。明石は言う。

 

―心配しなくても大丈夫にゃ、こんな時のために新しいWARSの形態を作っておいたにゃ!データを不知火に送ってもらってるにゃ、もうすぐ着くはずにゃ!

 

 そう聞いた直後、執務室のドアが開く。

 

―はあ、明石も人使いが荒いですね。今回は非常事態なのでとやかく言いませんが

 

 ちょうどいいタイミングで不知火が来てくれた。

 

―来たか、不知火

 

―はい、来ました指揮官さま。それではこれを

 

 不知火はそう言って手に持ったカードを翔一に渡す。

 

―ああ、ありがとう

 

 翔一はWARSブレスを出し、カードをかざす。カードがブレスに吸い込まれていく。明石は丁寧にも新形態の使い方を聞かずとも理解できるように、カードに情報を入れてくれたらしい。WARSの新しい形態、WARS NAUTILAS(ノーチラス)の情報が自分に流れ込んできたのだ。

 特殊能力は、超解析。どんな物体でも解析でき、情報を得られる。特に電子機器のハッキングやその対処は得意らしい。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 これで問題なく海底でも活動できる。

 

―妾はこれで失礼します。妾も明石の手伝いをしますので

 

 不知火はそう言いながら執務室を出ていった。翔一も海の方に足を動かすのだった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

港―

 

 

 見慣れた場所。今回は指揮艦がないことくらいしか変わらない場所で、翔一はWARSに変身する。

 

―エンゲージ!

 

”WARS ENGAGEDE”

 

 さらにブレスの舵を回し、フォームチェンジする。

 

”NAUTILAS DEFORMATION”

 

―よし、行くぞみんな

 

―おー!

 

 翔一の声に答えたのは潜水艦のKANSENたち、伊13、伊168、U81、アルバコアだ。彼女たちは艤装を出現させ、一斉に海に潜っていった。WARSが後に続く。

 

―コンピュータは…

 

 WARSがそう言うと、先ほど聞いた声が聞こえてきた。

 

―そのまま下に行ってください

 

―不知火か

 

―はい

 

 不知火は続ける。

 

―今は下手にKANSEN同士のネットワークを使うと私たちまでハッキングされる可能性があるので、非常用のアナログ無線で通信しています。通信できるぎりぎりの距離まで妾がコンピュータまで案内します

 

―わかった。頼む




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16話 母港がハッキング!? file2

海中―

 

 

 早速皆と不知火の案内の元、暗い海の底へと移動していった。

 深く体を沈めると、だんだんと海面から差し込む太陽の光が薄くなっていく。しばらくすると、そんな闇の中からほんのりとした青白い光が見えてきた。

 不知火が言う。

 

―そろそろ見えてくるところだと思いますが

 

―む、確かに何かあるわね

 

 伊168が言った。彼女の隣で泳ぐ伊13も続く。

 

―あれがコンピュータかな?

 

 WARSは青白い光の方に集中し、ノーチラスの能力を一瞬発動させる。大規模な演算器であることが確認できた。

 

―ああ、そうで間違いないらしいぞ

 

 伊13の疑問にWARSが答えた。不知火が言う。

 

―どうやら確認できたようですね。あと、そろそろこちらから通信するのも限界の距離になってきました。あとは指揮官さまの判断で行動してください。

 

―ありがとう不知火。助かったよ

 

―お礼の分は指揮官さまのお財布から頂戴しておきます

 

―え

 

―冗談です…ふふ…―

 

 不知火が言い終わると同時に無線が切れた。

 そして、アルバコアが言う。

 

―じゃあ、ちゃちゃっと終わらせて早く帰ろー

 

 彼女は先行し皆の前に背中を見せた。

 

―まってアルバコア!コンピュータの周りにセイレーンがいる!

 

 確かにセイレーンがいる。WARSもレーダーで量産型の潜水艦の反応を感じた。

 U81の言葉にアルバコアはビクッと肩をはねさせる。

 

―ぅおっと…ほんとだほんとだ、へへへ

 

 そう言って彼女はUターンして帰ってきた。同時にWARSが言う。

 

―セイレーン達はまだこちらに気づいていない。数も10隻だけだ

 

 彼は”そして”と続ける。

 

―コンピュータが囲まれているから誤って攻撃しないように、こちらにおびき寄せてから戦闘を開始しよう

 

―了解っ

 

 WARS達は行動を始める。そっと一番近くにいるセイレーンに寄っていった。すると、

 

―お、動き出したぞ

 

 U81の通りWARS達が近づいたセイレーンが1隻、こちらに気づき警戒する。

 

―俺は先行して敵の後ろを取る。U81とイロハ、伊13とアルバコアは2手に分かれて挟み撃ちだ。確実に決めるぞ

 

 WARSの作戦通りに動くKANSEN達、敵もそのまま見ているわけもなく早速攻撃を開始した。

 

―当たらないよ~ん

 

 アルバコアはそう言いいつつ艤装を器用に動かし敵の魚雷を避けた。

 いつもとは異なり砲撃や爆発の音など無いような戦場で、緊張などないような様子で皆は水中を駆けていく。WARSがセイレーンの後ろに回ると同時に、攻撃は始まった。

 

―今だ!

 

 WARSが合図を出す。

 

―射角よーし、撃て~

 

―墜としてあげるわ!

 

―いくよっ

 

―サプライズ~

 

 皆の挟み撃ちとWARSの追い打ちで敵の潜水艦は何の抵抗もできず破壊された。そんな光景を見てアルバコアが言う。

 

―ははーん、余裕余裕!

 

 とはいえ敵はまだいる。伊13が周りを見渡して言う。

 

―みんな、まだいるよ!

 

 今の戦闘でこちら側の居場所が特定されたようだ。周りからセイレーンが近づいているのが感知できる。

 彼女は”指揮官、どうする?”と一言添えた。

 

―このまま伊13とアルバコアは右、U81とイロハは左の敵を撃破してくれ、俺は遊撃する!

 

 KANSEN達は2人組で散開し、それぞれの敵へ攻撃に向かう。WARSは敵の隙を見て彼女たちの援護、そして10分もしないうちにすべてのセイレーンが撃破された。

 レーダーにも他の反応はない。前回の戦闘のように見えない敵がいなければいいのだが。

 そんな中、伊168が言う。

 

―ひとまず安心ね

 

―うん、でも警戒は解くなよ

 

―分かってるわよ

 

 つんとした様子でWARSに答える彼女。しかしその目はしっかりと周囲を見渡していた。

 十分周りに注意して進む一行はついにコンピュータの目前までたどり着いた。

 

―それにしても、すごくおっきいね~

 

 アルバコアが言った。確かに今までに見たことがないほどの大きさだった。一戸建て1つ分くらいだ。

 早速WARS NAUTILASはコンピュータのスキャンを開始した。

 

―どう?指揮官

 

 伊13が訊いた。

 

―セイレーンの反応があるな

 

 WARSが答えるとU81が言う。

 

―じゃあ、これの中にいるってこと?

 

―そうだ。今までとは違って実体がなく、コンピュータウイルスのようなセイレーンなんだろう

 

―そんなのどうやって倒すのよ?

 

 伊168が言った。

 

―大丈夫だ。この形態ならこいつを防げる

 

 WARSはそう言ってコンピュータに両手を付けた。そして能力を発動させる。相手も高度な技術でハッキングしているため時間はかかるが、これならこのセイレーンも消滅させられる。

 そして、

 

―指揮官、新しいのが来たよ!

 

 アルバコアが叫んだ。

 

―数はどれくらいだ

 

―20!

 

―多いな…

 

 WARSは更に続ける。

 

―俺はここから手が離せない。みんな、出来るだけここから離れて戦闘してくれ。こちらが片付き次第、援護に行く!

 

―了解!

 

 KANSENたちはWARSを背にして敵に向かっていく。戦闘の音はすぐに聞こえてきた。

 

―さっきみたいにぱっと終わらせるぞ~!

 

 U81は言いながら魚雷を発射する。セイレーンに当たるが一撃では破壊できない。他の敵から放たれた魚雷が彼女に迫った。

 

―…!

 

―あぶないっ

 

 伊13がぎりぎりのところで艤装事U81を押して難を逃した。

 

―大丈夫?

 

―うん。ありがと

 

 魚雷がコンピュータの方に向かってしまう。しかしそれは伊168の雷撃で誘爆された。

 

―ふう、ちゃんと気をつけなさいよ

 

 アルバコアが続く。

 

―セイレーンはこっち側に攻撃してくるから、魚雷は誘爆しなくちゃコンピュータに当たっちゃうね。めんどくさ~い

 

―どっちにしろ油断はできないわ。いきましょ

 

 伊168の声と共に皆の攻撃が再開された。

 敵の攻撃に負けず縦横無尽に泳ぎ回り、セイレーン達を破壊していく。

 

―みんな、もう少しだぞ!

 

 U81の言う通り残りのセイレーンも片手で数えられる程になった。

 

―よし、決めるわ!

 

―これが…あたしのできるすべて!

 

―いけー!

 

 4人が一斉に攻撃するとセイレーンは次々爆散していった。

 

―やったぞ!

 

 U81に続き伊13が言う。

 

―それじゃあ、指揮官のところに戻ろう

 

― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― 

 

―これで…もう大丈夫だな

 

 WARSはそうつぶやく。母港での明石の補助もあって無事にコンピュータに入っていたセイレーンを消滅させられた。

 

―指揮官ー!

 

―アルバコア、みんなも問題ないようだな

 

―相手の魚雷がそっちに行かないようにするのは大変だったけどね

 

 そう言う伊168に続き伊13は、

 

―しっかり戦えたよ

 

―そうか、よくやったな。みんな

 

 そしてアルバコアはWARSに寄りながら言う。

 

―しきかーん、後で肩もんで~!

 

―仕事が片付いたらな

 

 WARSはそう答えると皆を見て更に続ける。

 

―それじゃあ、戻ろうか

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

執務室―

 

 

―ふにゃぁん

 

 執務室に帰ってきた翔一は、ふらふらと部屋に入ってくる明石の声を聞いた。同じく執務室にいるエンタープライズが言う。

 

―随分と疲れているようだな

 

―つかれるどころじゃないにゃん。指揮官が助けてくれるまで本当に母港が危なかったにゃ

 

 明石の言葉に翔一は言う。

 

―でも明石と不知火がいなかったら取り返しのつかないことになっていたよ。ありがとう

 

 彼は続ける。

 

―それにしても、そこまで疲れているとは…さっきの件だけの疲れじゃなさそうだぞ

 

 明石はソファに横になり言う。

 

―ばれたかにゃ…実はノーチラスのために徹夜してたのにゃ。そんなときの今回のことにゃ…とっても大変だったにゃ…

 

 彼女は目を閉じる。今にも寝そうだ。

 

―明石様、そんなところで寝ては風邪をひきますよ

 

 ロイヤルの仕事から帰ってきていたベルファストはそう言って大きめのひざ掛けを明石にかける。

 

―ちょっと休ませてもらうにゃ

 

 彼女はそう言った。

 

 今日は朝から修羅場のような光景が見えたり、下手をしたら母港が乗っ取られそうになったり、バタバタの一日だった。

 

―指揮官肩もんで!!

 

 部屋の扉が”バンッ”と開かれ、アルバコアが現れる。

 

 とにかく、今日も平和が守れてよかったよかった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 




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次回はモナーク回にゃ!


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17話 捨てられた「最優」 file1

海上―

 

 

―くっ…厄介ね!装甲が強化されているわ!

 

 遠く見渡しても海と空の青い色しか見えない海上。しかし、その美しい景色を邪魔するように点在する黒いモノを睨み、プリンス・オブ・ウェールズは息を荒げる。

 翔一から言い渡された委託任務を終えて帰還途中だったKANSEN達は、セイレーンに行く手を阻まれていたのだ。幸いなことに、現在地は母校からそれ程離れていない。発見したときに翔一に応援を頼んだので、もう少しで彼等と合流できるだろう。

 今、共に航行しているのはウェールズ、デューク・オブ・ヨーク、モナーク、ベルファスト、エディンバラだ。

 ウェールズとは打って変わり、ヨークは冷静な声音で言う。

 

―射程も攻撃力も上がっているようね。まさか戦艦でも無い船の砲撃が、こちらの前衛を超えて主力の方まで来るとは

 

 彼女の言う通りセイレーンの砲弾は、精密性はさておき前衛を務めているベルファストとエディンバラの頭上を超え、主力の戦艦達の距離まで達していた。しかしもう1人の戦艦、モナークは敵の激しい攻撃に怯むことなく攻撃を仕掛ける。

 

―この程度、恐るるまでもない!

 

 彼女の勇ましい声はその力を証明するように、彼女の砲撃の轟音と共に響いた。次々に繰り出される榴弾は確実にセイレーンを弱らせていく。さすが開発艦か、モナークの攻撃はヨークやウェールズのそれより効果が高いようだ。調子づいた彼女は1人でセイレーンに近づいていく。

 

―モナーク、前に出過ぎよ

 

 ウェールズが言った。

 

―ふん、ならそちらが合わせれば良いだろう?

 

 そんなモナークの言葉にヨークは間髪入れずに言う。

 

―いくらそなたが強くても、連携が崩れれば命取りになるわよ

 

 しかしモナークは気にした様子もなく海を駆けていく。

 

―ちょっと、待ちなさい!

 

―まったく…しかたのない子ね

 

 このまま彼女を1人にさせて万が一のことがあってもまずい。ウェールズ、ヨークはモナークの後を追いかけるのだった。

 一方、前衛を務めるベルファストとエディンバラは、普段より2回りは高い性能を見せる敵艦隊の攻撃を避けていく。しかし、

 

―ぐあ!

 

 もちろん全てを避けきる事は出来ず、ベルファストが攻撃を受けた。肩の上部分が削れ、キューブの青い粒子が吹き出し、彼女はよろめく。

 

―ベル!!

 

 エディンバラは妹の身を案じ駆け寄ろうとするが当の本人はそれを制止する。

 

―姉さん、来てはいけません!2人ともやられてしまいます!

 

 ベルファストに体を向けたエディンバラの目の前に、敵の砲撃による水しぶきが上がった。

 

―くっ…

 

 エディンバラは渋々といった様子でベルファストから距離をとる。ベルファストは再生されてゆく肩を尻目に、尚も激しく降り注ぐ敵からの砲弾を避けていく。

 

―ベル、一旦引きましょう!このままじゃ防戦一方だわ!!

 

―いえ!戦線は維持します!

 

―でも!

 

―ただでさえあの火力と装填の速さ、そして耐久力!今私たちが下がれば、主力の方達までこの砲弾の雨に飲まれてしまいます!

 

 叫ぶベルファスト。しかし彼女は一転して優しい声音で言う。

 

―ご主人様達がもうすぐこちらに来ます。なんとか持ち堪えましょう

 

 彼女がそう言った直後、エディンバラは援護に来たWARS達が近くにいるのを自らのレーダーで感じた。もはやセイレーンのものなのかKANSEN達のものなのか分からない砲撃の音が応酬する中、1つ、

 

―みんな!大丈夫か!?

 

 通信が入った。

 

―あ!し、指揮官!

 

 エディンバラはそう言うと、WARSが率いる応援艦隊を肉眼で確認した。彼の後ろには赤城、加賀、三笠が、最後はそれに続き指揮艦が航行している。

 

―姉様、今回の敵は普段より高い性能のようです

 

―そのようね。でも大丈夫、今日はかの軍神様がいらっしゃるもの

 

 加賀、赤城の会話に三笠は答える。

 

―2人とも、私を頼ってくれるのは嬉しいが、油断はせぬようにな

 

 三笠は"とは言え…"と続ける。

 

―ただの型落ちではないと言う事を後輩達に見せなくてはな

 

 彼女のそんな振る舞いにWARSが言う。

 

―そう言ってくれると頼もしいよ、三笠

 

―ん、うむ…そうか…

 

 最近翔一は、重桜の演習に参加している時三笠に色々と助言をもらうことがあった。翔一は彼女に感謝をしているし、その気持ちが今の一言に少しこもっていた。三笠にしては、彼との少なくない付き合いに思うところがあるのか、頬を染め照れ気味に彼の言葉に返した。

 いよいよ彼らは、モナーク達が激しく波を蹴立てる戦場を間近にする。

 

―赤城、加賀、早速攻撃してくれ!

 

―"了解!"

 

 鋼の翼が宙を裂き、瞬く間にベルファストとエディンバラの頭上を過ぎ去った。

 

―これは…赤城様と加賀様の艦載機ですね

 

―これで少しは楽に戦えるわね、ベル

 

 空母2人の攻撃はセイレーンの攻撃機を空に散らし、巡洋艦の航行を阻害し、戦艦を炎上させていった。しかし、

 

―先程あのメイドから敵の情報が送られてきたが、やはり簡単には落とせないか

 

―装甲もかなり高いようだし、時間もかかりそうね

 

 赤城と加賀は遠く前方を睨みながら言った。それにWARSが続く。彼はWARSブレスの舵を回した。

 

―俺はアイテールで空から陽動する。3人はいち早くモナーク達と合流してくれ!

 

 "AETHER DEFORMATION"

 

―"了解!"

 

 WARS AETHERへのフォームチェンジ音と三笠、赤城、加賀の声が海上に響く。WARSは空に飛び立ちモナーク達の右側へ周り、彼女達に迫る砲弾を自分にも向けさせ弾幕の密度を下げていく。そして他の3人は攻撃しつつ合流を急いだ。

 数分の間、砲撃とプロペラの音が戦場に鳴り響くと三笠が口を開いた。

 

―お待たせした!貴艦たちの応援に参った。私は三笠だ

 

 敵の攻撃を避けながら、彼女にヨークが言う。

 

―私はデューク・オブ・ヨーク。よろしくお願いするわ。重桜の軍神、噂には聞いていたわ

 

 更にウェールズ。

 

―プリンス・オブ・ウェールズだ。貴艦たちに感謝する

 

 最後にモナーク。

 

―モナークだ…と言っても、皆はもう知っているか

 

 一通りメンバーの確認を行うと赤城が言う。

 

―指揮官様はセイレーンに近づいて陽動を行なっているわ。その間に片付けましょう

 

 ウェールズが"うん、そうしよう"と答えたところでKANSEN達は反撃に繰り出した。

 一方、WARSは空を駆けてベルファスト、エディンバラに向く敵の砲身を一部、自分に向けさせていた。アイテールの専用武器、グレイフライヤーを射出し、敵空母から迫る艦載機を撃ち落とす。一つ一つを破壊する事は造作もない事だったが、圧倒的に数が多い。それでも赤城と加賀の戦闘機が戦ってくれる事で、辛うじてこちらのダメージを少なく維持できていた。

 グレイフライヤーが爆撃と雷撃を行なう。他のKANSEN達の攻撃が炸裂する。しかし、敵の装甲と回復速度は異様に高く、KANSEN達とWARSの攻撃はいまいち決定打に欠けていた。

 

 "各個撃破した方が良さそうだな"

 

 翔一がそう思うと同時に、ベルファストが通信を送ってきた。

 

―皆様、私に考えがあります

 

―どうしたのかしら

 

 ヨークが聞く。

 

―私の煙幕を全て使い皆様を敵から隠します。その間私は前に出て陽動しつつ、セイレーンの位置情報を共有するので、皆様は煙幕の後ろから攻撃を行ってください。それと、姉さんも隠れていてください

 

 ベルファストは"いかがでしょうか?"とWARSの方を向く。

 

―わかった。その作戦でいこう

 

 翔一はそう言うと、"ただし、陽動には俺も行く"と続けWARSブレスの舵を回す。ブレスの表示版には駆逐艦のマークが示された。WARS ACHILLESにチェンジするのだ。

 

 "ACHILLES DEFORMATION"

 

―アキレスでベルの前に出て、相手の攻撃を出来るだけ分散させる。そして、各個撃破だ。俺が攻撃した艦から撃破してくれ

 

―"了解!"

 

 WARSの話に皆が、いや、モナーク以外がそう言うと、"それでは参りましょう"と、早速ベルファストは動いた。ウェールズとヨークも彼女が撒いた煙幕を前に置く。もちろん三笠、赤城、加賀も同様に動いた。

 主力と前衛の間は数kmの距離があった。しかし天まで届きそうな、そして分厚い煙幕に皆が隠されたお陰か、それまでは主力艦達に降り注いでいた砲弾が徐々に、煙幕の中にいないベルファストとWARSに集中していく。そんな中作戦とは異なる動きをする影があった。

 

―ベル!やっぱり私も行く!!

 

―姉さん、危険です!

 

―1人だけで行くなんてやっぱり心配だよ!

 

 そう言う姉の心も虚しく、その言葉は強く否定されてしまう。

 

―駄目です!!

 

―うっ…

 

 なかなか聞くことのない妹の強い語気にエディンバラは怯み、足を止めた。しかし、彼女の後方から、

 

―こんな煙幕、私には必要ない…!

 

 "ドドンッ"と、主砲の轟音が聞こえた。モナークだ。彼女はヨーク、ウェールズとの陣形を完全に崩し、煙幕の壁から身を投げ出してセイレーン達と対峙した。

 この時モナークの瞳はほんの少しだけ、金に輝いていた。

 

―なっ…モナーク様!

 

 ベルファストは彼女の奇行とも思える行動に目を見開いた。当然ウェールズとヨークは彼女を呼び止める。

 

―モナーク!!

 

―集中攻撃されるわ!戦艦の機動力でその砲弾の雨は避け切れないわよ!!

 

 言いながら、2人は煙幕の後ろから砲弾を放つ。

 

―モナーク!戻るんだ!!

 

 WARSは激しく降り注ぐ砲弾を器用に避け、そして砲撃、雷撃を繰り出しながら叫んだ。しかしその声は届いているのか否か、尚も彼女は砲撃を続けた。それは幸運か、各個撃破の命令のおかげでとどめの一撃をモナークがする形となり、敵艦船を1隻破壊する結果となった。

 辛うじて迫り来る砲弾を避け続け、更に1隻、また1隻と撃破していくモナーク。彼女の素の強さももちろんあったが、彼女がセイレーンを撃破できているのは他の皆が同じ艦船を攻撃しているからだ。

 

―このモナーク、ウェールズやヨークよりも優秀である!指揮官もそう思うだろう!?

 

 変に調子付いた彼女は、遂に敵陣中央に突っ込んでいった。

 

―おいバカ!止めろ!!

 

 翔一の心からの叫びだったがやはり届かず、モナークは孤立状態で戦おうとしている。彼女は敵の1隻を至近距離から攻撃した。全弾命中すれば流石に硬い装甲も砕け、その艦船は爆散した。

 

 "私は…私1人の力で勝利できる…!私は誰よりも強い!!"

 

 そう思った時だった、頭上でギュンと風を切る音が聞こえた。

 

―…!?

 

 セイレーンの爆撃機だ。見上げた空は爆弾で埋まっていた。

 

――――――――――――――――――――

 

海上、主力艦側―

 

 

―モナーク!戻るんだ!!

 

 WARSの声が聞こえた。モナークの行動を見た三笠が言う。

 

―何をしているのだ、あやつは…!

 

 続く加賀と赤城。

 

―随分と無茶をするものだな

 

―私たちが援護しているからまだいいものの…

 

 遠くからモナークの砲撃の音が響いてくる。今は煙幕に阻まれて彼女を肉眼で見ることはできないが、なんとか敵の攻撃を避けていることは分かった。これでも戦艦ではあり得ない機動である。しかしいつ砲弾が直撃してもおかしくない状況。ウェールズとヨークは、自分の姉になるかもしれなかった、しかし今はキングジョージⅤ級の妹を心配していた。そんな時、

 

―このモナーク、ウェールズやヨークよりも優秀である!指揮官もそう思うだろう!?

 

―おいバカ!止めろ!!

 

 モナークは敵陣に突っ込んだ。WARSが呼び止めるが聞き入れない。どう言うことだと誰もが思った。

 

―まずいわ!

 

 ヨークは叫ぶ。そしてウェールズはモナークを連れ戻そうと煙幕の方へ走り出した。

 

―モナーク!

 

 しかし彼女の名を呼ぶウェールズを厳しく制止する声が響いた。

 

―持つのだ!行ってはならん!!

 

 三笠だ。ウェールズは振り向くと息を荒げ返す。

 

―何故だっ。このままだと本当に沈んでしまう!

 

―2人とも倒れたらどうする。下手にリスクを負うことはするな!

 

―ならどうしろと!

 

 三笠は煙幕の向こうに全弾斉射すると再び言う。

 

―今は作戦通りに行動しろ。後はベルファストと指揮官を信じるしかなかろう

 

 ウェールズは歯を食いしばり、渋々という様子で今まで通りの攻撃を続けた。

 

――――――――――――――――――――

 

海上、前衛側―

 

 

 モナークは敵を1隻沈めた。しかしそれで戦闘が終わるわけもなく、彼女の頭上に爆弾が降ってくる。

 

―…!?

 

 避けようと思った時には彼女の耳を爆音が貫き、その体は宙に投げ出されていた。

 

―ぅ……ぁあ!!

 

 悲痛な声と共に"バシャン"という海の飛沫を上げて倒れるモナーク。なんとか立ち上がったが上手く海面を走ることが出来ない。目の焦点も合わずふらふらと航行した。艤装もひしゃげている。今の航空攻撃で相手の攻撃が止まるはずもなく、セイレーンの砲が一斉に彼女に向いた。撃たれれば助からないだろう。その時、

 

 "OVER CLOCK"

 

 無機質な合成音声が鳴り響いた。

 WARS ACHILLESの特殊能力、オーバークロックの能力で音速で動く彼がモナークに迫り彼女を抱きかかえる。そのまま目にも止まらぬ速さで煙幕の中に入り、そこにモナークを寝かせた。

 

―モナーク…お前の目は、金ではなかったよな…

 

 モナークは答えず、その金に輝いた瞳を赤紫に変えながら、ゆっくりと閉じていった。WARSが再び煙幕の外へ出ると、彼の目には先程モナークに向けて放たれた砲弾がその標的を失い海に沈んで行く光景が広がった。その時には能力を使って10秒が経過していたので、そのまま超スピードで戦闘は行えないが、主力艦達の攻撃もあって残りのセイレーンの殲滅は時間の問題だった。

 これ以降はWARSの通常形態だけでも十分敵の砲撃は避けられるだろう。艦載機の撃破についても赤城と加賀に任せておける。

 WARSはブレスの舵を回しフォームチェンジした。

 

 "WARS DEFORMATION"

 

―ベル、もう陽動は必要ない。俺が囮になるから、お前も煙幕の後ろに行くんだ

 

―はい

 

 WARSの指示にベルファストは素直に従う。彼女の後ろ姿を見送るとWARSは振り返り右手にレールガン、左手にレーザーを出現させた。

 

―みんな、もう一息だ!気を抜くなよ!

 

 今まで通りには攻撃が通らなかったセイレーンの量産型相手に、やっと勝利の道筋が拓けたのだった。




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17話 捨てられた「最優」 file2

母校、ロイヤル寮、モナークの自室―

 

 

 日は水平線を下って、赤い空も紫に着替えた頃、美しく流れる赤髪を揺らしてモナークは起き上がった。

 

―…

 

 記憶が蘇ってくる。彼女は先の戦闘で敵陣に突っ込み、爆撃を受け、挙句に集中砲撃される直前に翔一に助けられたのだ。彼の腕の中で、受けたダメージのショックで気絶していたらしい。全身にできていたはずの傷も綺麗になくなっている。ユニオンのヴェスタルに治療されたのだろう。

 

 "なんて様だ"

 

 優秀だなどと言いながら無謀な行動をして艦隊の足手まといとなった。

 打ち拉がれ床を見つめているとドアがノックされる。黙っていた。誰にも会いたくなかった。しかし少し間を置いて、その壁は開かれた。

 

―あ、起きていたのね

 

―返事くらいしてほしいわ

 

 ドアの向こうには真紅の軍服に身を包む2人の姿。1人は金髪、もう1人は赤い髪だった。ウェールズとヨークは安心した顔をする。しかしモナークは項垂れて2人を見ることはなかった。

 

―顔くらい見せて頂戴

 

 優しい声でウェールズが言うと、ベッドに腰をかけているモナークの顔を両手で包んだ。しかし、彼女は顔を振りその手を払う。

 そんな態度にヨークが言う。

 

―最近そなたは変よ。悩みがあるなら言って欲しいわ。今日のあの行動も何かあってのことではないのかしら?

 

 モナークは2人から暖かい声をかけられた。自分が作戦を無視し皆に迷惑をかけ、挙げ句の果てにあのような様を見せたのに。

 モナークは2人の暖かい気持ちとは正反対に、暗く、冷たい感情が渦巻いた。

 

―…!

 

 モナークはウェールズとヨークを押し除け部屋を出ていく。

 

―ま、待ってモナーク!

 

 ウェールズが呼び止めるが、彼女はそのまま駆けていった。

 

―――――――――――――――――――――――

 

執務室前の廊下―

 

 

―はぁ…はぁ…

 

 モナークにはただ一つ、自分の心に重く大きくのしかかる不安があった。息を切らしているのはその不安からきたものであって、決してここまで走ったからではなかった。

 

―…

 

 執務室のドアノブに手を伸ばす。

 

―…

 

 右手がそれに近づくにつれて気づいた。ここで指揮官に会うことこそが自分の弱さを認めてしまう事ではないのかと。しかし手は止まらなかった。

 手をかけ、開いた。

 

―あら…あなた起きたのね

 

 "ガチャ"という音の次に聞こえたのは赤城の冷めた様な声だった。それでも嫌味に感じないその音色は、彼女の声が美しいからか。執務室には赤城以外にも加賀と三笠が、もちろん翔一もいた。しかし、彼らはモナークの暗く俯いた姿に何も言えなかった。モナークは視界に映ったKANSEN達には目もくれず、真っ直ぐに翔一がいる机に向かう。ふらふらと気力のないような足取りだった。

 そして一言ぽつりと、

 

―指揮官……私は必要か…?

 

―……どうしたんだ、いきなり…

 

 翔一は驚愕と心配の声をなんとか捻り出した。何かに怯えるような震えた声、そして今にも崩れ落ちそうな体を見てはそうならざるをえなかったのだ。

 

―私は何もできない…

 

―命令を無視して皆の邪魔をするしかできない…

 

 今までの彼女からは考えられない言葉だ。彼女の人格プログラムにバグが発生したと考えたほうが良いくらいにも思える。

 

―何言ってるんだ。そんなことはない

 

 明らかな異常を前にし、翔一は特に解決にもならない言葉をかけるしかできなかった。

 

―私は必要のない存在なんだ…

 

 遂には自分の存在まで否定した。その時だ。"パンッ"と乾いた音がし、モナークの帽子が落ちたのは。

 

―甘ったれるでない!!

 

 翔一の目に三笠の後ろ姿とモナークの横顔が入り込んだ。三笠の怒号に皆、口をつぐんだ。

 

―お主がそんな事を思ったところでどうなるという!

 

―…

 

 モナークは沈黙するのみ。

 

―あの時、万が一にも仲間が沈んでいたらどうする!?

 

 床を見つめるモナーク。彼女は何も言えない。三笠は続ける。

 

―自分を否定して許しを乞おうとでも言うのか!!

 

 モナークの胸倉を掴み、立て続けに彼女は言う。

 

―くだらんことを言っていないで自分の非を正すことに努めたらどうだ!!

 

 三笠の声とは正反対の声音でモナークはつぶやく。

 

―私はウェールズやヨークと違って劣っているんだ…

 

 三笠はゆっくりと彼女を掴んだ手を離すと、非情な言葉を返す。

 

―そうだな

 

 "パンッ"

 

 再びモナークの横顔が、先程とは逆の向きで見えた。

 

―お主がそんな様子では、少し前にお主を心配して部屋を出て行った二人が可哀想だ

 

―…!

 

 三笠の声を聞き、モナークは静かにとぼとぼと執務室を出て行った。最後に翔一が見た彼女の顔は、今にも泣きそうな表情だった。

 静まり返った執務室に再び声が聞こえる。

 

―すまない、突然怒鳴ってしまって…

 

 こちらに顔を見せた三笠はモナークの帽子を拾うと、モナーク程ではないが随分と悲しそうな表情をした。

 

―いや、いいんだ

 

 翔一はそう一言返した。そしてもう一言、

 

―モナークはどうしてしまったんだ…

 

 かなり前の事になってしまうが、思い当たらないわけでもなかった。彼女は演習で、小さくてもミスをすると悔しがっていたり、少し暗い表情をしていたりした。

 翔一がそんな事を考えていると赤城がいつもとは変わり、憂うような声音で言う。

 

―理由は分かりませんが、彼女は自身が無いのでしょう

 

―え?

 

 赤城は続ける。

 

―私も天城姉様を失った時、自分の無力さを呪いました

 

 翔一が答える。

 

―でもそれは、条約で…

 

 しかし、赤城は翔一を見つめ続ける。

 

―それでもです…いえ、だからこそ、自分にどうしようもできない状況だったからこそ、深く苦しむのです

 

―そうか…

 

 自分にどうしようもできない状況。モナークはあの時、あの数のセイレーン相手に身を投げ出して、それを殲滅できるほどの自信はなかっただろう。しかし、それをせざるを得ないほどの必死さがあったのだろう。赤城が言うように、明確な理由は分からないが。

 赤城に続き加賀も口を開いた。

 

―しかも自分を強い者と言い聞かせ戦っていたのだからな。それを打ち壊されれば、ああもなるだろう

 

 ”このモナーク、ウェールズやヨークよりも優秀である!指揮官もそう思うだろう!?”

 

 モナークの悲鳴にも近い叫びが翔一の脳裏を駆けた。

 そして加賀はもう一言、

 

―しかしそれでも進むため、今は無理矢理にでも彼女のやったことを正す必要があると、私は思う

 

 無理矢理にでも。それが先程、三笠が言ったことか。その三笠は目を伏せ、翔一に問うた。

 

―嫌われてしまっただろうか…

 

 顔に影を作る彼女に、翔一はなるべく優しい声音になるように言う。

 

―そんなこと、ないだろ…………たぶん…

 

 三笠は短く息を吸うと、ぽつりぽつりと話をし始めた。

 

―戦場では、いつ命を落とすか分からない。奇跡的に私は、先の大戦で最後まで生き残ることができた…という記憶が少しある

 

―しかし、皆が皆そうとは限らないし、私の周りで散って行った者も、数え切れるほどではないだろう

 

―ひとたび戦場に出れば、誰でも誰かの命を背負う事になるのだ。だから、勝手な行動も許されることではない

 

 三笠は最後にモナークへ抱いた気持ちを語った。

 

―そんな中、あろうことか自ら命を捨てるようなところを見たら、しかも自らを否定するような言葉を聞いたら、どうにも腹が立ってしまってな…

 

 彼女は"でも"と続ける。

 

―いくら何でも、酷いやり方をしてしまったかな

 

 風一つ吹かない執務室に、冷たい空気が漂った。しかしそこに、赤城のほんの少し明るい声が響いた。

 

―確かに、最近生まれてきたばかりの子をぱちんぱちんと叱るのは、今の子には少々厳しすぎます

 

 "なっ!"と硬直し、赤面する三笠。

 

―で、でも私にはああ言うやり方しか出来なかったのだっ

 

 そこでぽつりと加賀。

 

―そのような考えが、「時代」というものでしょう

 

―んなっ!私はまだ"ぴっちぴち"の"なう"な"やんぐ"なのだぞっ!

 

―ふふ

 

―ふっ

 

 その言い方が「時代」を感じさせるのだと言わんばかりの赤城と加賀の反応に、翔一も釣られて口の端が上がってしまった。

 それはそうと、翔一が3人に告げる。

 

―さ、今日は3人とも部屋に戻るんだ

 

―えぇ、指揮官様、今日は赤城と一緒に夜を共に過ごすと約束したではありませんかぁ

 

 翔一は"してないぞ"と返すが、"じゃあいつしてくれるのですかぁ"と腕に絡まる赤城を見かねた加賀が赤城を引っ張って行った。

 

―戻るぞ、赤城

 

―いやぁ〜指揮官様〜

 

 二人が出ていき、"パタン"とドアが閉まると三笠もそれに続こうとドアノブに手を伸ばす。翔一は彼女の後に続いた。ドアが開くと三笠が言う。

 

―指揮官はこれから何かするのか?

 

―ああ、ちょっとモナークを探してくる。心配だし

 

―そうか…

 

 三笠は翔一に拾った帽子を渡すと、最後に口を開いた。

 

―あ、し、指揮官っ

 

―ん?

 

―あ…いや、何でもない…

 

―そうか?

 

―うん…

 

 先程モナークを引っ叩いたことで、翔一から嫌われたりしていないか不安に思ったから翔一を呼び止めてしまった。そんな事を確認しても翔一は困るだろうから話をするのをやめた。しかし当の彼は何も気にすることはなかった。というよりその時、気にする余裕がなかった。それ程までにモナークの様子がおかしかったから。

 

―…

 

 三笠は自分に背を向け歩き出す翔一を静かに見つめていた。

 

―――――――――――――――――――――――

 

海岸―

 

 

 メイドの仕事が終わり、自分の部屋に戻ろうとしていたエディンバラは、いつになく暗いモナークがふらふらと中庭を歩いているのを見つけた。いつもと程遠いその雰囲気に、エディンバラは心配を抱き彼女について行ってしまった。黙ってついていくというのはどうなのかと思いながらも、モナークの背中を追いかけて行き着いた先に見えたのは、月に照らされた海だった。

 

―…

 

 モナークは砂浜でぽつんと膝を抱え座っている。彼女の背中は、目の前の広大な海もあってとても小さく見えた。エディンバラはさくさくと音を立てて砂浜を歩き、風でなびく赤い髪を目指す。モナークは気づいているのかいないのか、エディンバラが彼女に近付いても何の反応もしない。

 

―あ、あのっ

 

 思い切って声をかけた。

 

―…!

 

 モナークはやはり彼女に気づいていなかったようで、丸く見開いた目をこちらに向けた。

 

―あ、ご、ごめんなさい。いきなり…

 

―…

 

 モナークは何も答えず、再び海の方へ顔を向けた。エディンバラは彼女の横に少しだけ離れて座る。

 

―えっと…えぇと……モナークさんは凄く強いヒトなんだなぁ…なんてっ、はは…

 

―…

 

 心配で付いてきたはいいものの、何も話す内容が思いつかずに、特に実のない話をしてしまった。モナークは俯く。その横顔は悲しさか、はたまた無なのか、どうとも言えない微妙な表情だった。

 そういえば、今ベルファストは何をしているだろうか。母校に帰還してからエディンバラとベルファストは、ロイヤルメイドとしての仕事をするため翔一と離れていた。仕事も終わり、ベルファストは翔一の元に行くと言っていたが彼のお世話でもするのだろうか。まったく、出撃して普段の仕事もして、さらに翔一の元にも行くとは。疲れているだろうに、ベルファストは何でもこなしてしまう。完璧超人のような彼女は、それだからこそ頼もしい所もあるが、姉としては少し悔しくなってしまう。

 

―ベルは、何でもできちゃうヒトなんです…

 

―…

 

 ベルファストの事を考えていたら、不意にそんな事を言ってしまった。

 

―今日だって「あいつ」は、優雅に華麗に煙幕を撒いて、隊のみんなの役に立ってたし…

 

 半分愚痴のような雰囲気で物語るエディンバラは、モナークのことを気にせず続ける。

 

―でも私はそんなことできない…私、やっぱりお荷物なのかな…?

 

―…そんなことはない……

 

 もはや独り言に近かったエディンバラの話にモナークは静かに答えた。"え?"と言うエディンバラに、モナークも独り言のように話しだす。

 

―私が…私がダメなんだ……!

 

 モナークの激しい声音にエディンバラは少し驚いた。

 

―戦場だと言うのに、自分のことばかり考え、作戦通りに動かないどころかあの様だ…!!

 

 彼女はそう言いながら前髪を両手でつかみ、さらに深く俯いた。

 

―そんなことないです!

 

 エディンバラはモナークに言われたことをそのまま返した。

 

―モナークさんはあんな状態でもしっかり戦えていたじゃないですか!私なんか攻撃しても全然ダメージなかったもん!

 

―…

 

 エディンバラの言葉にモナークは聞く耳を持たなかった。それどころか突き放す。

 

―……一人にしてくれないか

 

 低く暗い声。モナークの負の雰囲気にエディンバラは気圧される。

 

―で、でも…

 

―…

 

 モナークは何も言わない。じっと待っていても話してくれそうになかった。

 

―ごめんなさい…

 

 一言告げると"それじゃあ、私、戻りますね"と続け、エディンバラは立ち上がって砂を払うと、とぼとぼと自分の部屋に戻っていった。




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17話 捨てられた「最優」 file3

学園―

 

 

 モナークは隣からエディンバラが立ち去った後、どこに行くわけもなく母港をさまよっていた。なんとなくたどり着いたのは母港の中央にある学園の広場だった。そういえば、開発艦がこの母港に誕生した時、指揮官にここで紹介されたこともあったか。

 

―…

 

 モナークは碇のオブジェが立つ噴水に背を向け、近くにあったベンチに腰掛けた。日中はKANSEN達の声でかき消されていた水の音が、今はうるさいくらいに耳に響く。

 どのくらい時間が経ったか、ある時人の気配を感じた。

 

―…やっと見つけた

 

 翔一だ。一番会いたくて、一番会いたくなかった人だ。

 彼は手に持っていた帽子をモナークに優しくかぶせるとベンチに座る。開いているのか詰めているのか何とも言えない距離に、二人の影が作られた。

 

―…

 

―…

 

 噴水にかき消されるお互いの息が聞こえてきそうなくらいに、お互いを意識してしまう。耐えられず、俯いたままモナークは話し出した。

 

―私は生まれて少しして思った…過去に私を選ばなかったことがどこまで愚かなのか、この世界に知らしめてやると…

 

―うん

 

 彼女の話に翔一は素直に耳を傾ける。

 

―しかし、ロイヤルのKANSENたちを…笑い合えているあいつらを毎日見て、私の代わりにあの二人が活躍しているのなら、捨てられた私でも無価値ではなかったっと思えた…初めてそんな気がした

 

―そうか

 

―でも、こうも思った

 

―今私が存在している理由はなんだと…私の代わりがいるならなぜ私は存在しているのかと

 

―私は開発艦ゆえに、他のKANSEN達と比べれば能力は高い…だから私はこの力で人類に光を与えるために、セイレーンを沈め続けなければならないと考えたんだ

 

 モナークは”はぁ”と小さくため息をつくとさらに続ける。

 

―だから強くなろうとした。休暇でも演習場で訓練していた…誰よりも強くなるために…妹になるかもしれなかった者たちに少しでも示しがつくように…

 

 そして意外なことが彼女の口から出た。

 

―そうしたのは、多分お前への憧れもあったのだろう…本来、安全な指揮艦で指示を出さなくてはならない存在が、最前線で戦っているのだ。しかも今では母港で最強の戦士だ

 

 モナークから最強と言われるとは。WARSを交えての演習では、しょっちゅう彼女には追い込まれたものだったが。思わず翔一はモナークを見つめて黙ってしまう。

 

―…

 

―ふっ、私にこんなことを言われるとは、意外だったか…?

 

―うん…まあ

 

 モナークは自嘲したような口調だったが彼女の口端が吊り上がったのは一瞬で、すぐにその表情はまた暗くなってしまった。

 

―身勝手なことだと思うが…私は、出撃に参加できることが少ないのが悔しかった…

 

 彼女の声は震えだした。

 

―…演習で少しでも自分がミスをすれば、これでは役に立てないと重圧に押しつぶされそうになった…

 

 彼女は握りこぶしを固めた。

 

―捨てられるのかと…何度も、思った……

 

 彼女は体を震わせた。そして、

 

―だから……くっ…委託をまかされたときは…うれしかったんだ…ぅ…ぅぅ…

 

 泣き出した。彼女らしくない。そう言ってしまうと失礼か。モナークはぽろぽろと、頬に小さなしずくを流しながら顎下に溜めた大きなしずくで地面を濡らした。しかし彼女はそれでも言葉を紡いだ。

 

―任務を完璧に遂行できれば…お前に認めてもらえると思って…ぅぅ…セイレーンが来た時も…私が力を示していればあんなことには…

 

 あの時、彼女は証明しようとしたのだ。己の強さを1人だけで証明しようとしたのだ。しかし、出来なかった。そして彼女は”でも…”と続ける。

 

―本当なら守らなければならないはずの者に……危険を冒してまで助けられた…くぅっ

 

 守らなければならない者、それはこの母港の指揮官、港翔一のことだ。

 

―私は…いらないんだ…うぁぁ……

 

 モナークは急にベンチを離れ背を見せた。

 

―すま、ない…ぅぅ……こんなさま、みないでくれ……くっ…つよくなければ…ならないのにぃ…ぅぁぁ…

 

 静かに嗚咽を漏らし涙を流すモナークに、翔一も立ち上がって言う。

 

―俺はお前のことをよく考えていなかったかもしれない。そんなに悩んでいたなんて、全く分かっていなかった。ごめんな

 

 しかしそれでもと、翔一はモナークに言う。

 

―でも俺だって、一人で戦えるわけではないよ

 

―そんな事…分かってる…ぐぅ

 

 彼女には分かりきっていた事だった。母校のサーバーにある今までの戦闘データを見れば、翔一が1人だけでセイレーンを相手にできていたかと言えばそうではないことが理解できるのだから。

 

―だから、モナーク

 

 何を言ったらいいか分からなかったが精一杯の言葉をかける。

 

―俺と共に戦ってくれないか…?

 

―お前は一人じゃない…俺もいる

 

 モナークは翔一の言葉にそれでも尚肩を震わせながら言う。

 

―指揮官…

 

―ん…?

 

 モナークの呼び声に翔一は優しく返す。そして彼女は最後の一絞りに、すがるように言った。

 

―私は、必要か…?

 

 あまりに小さく見える背中を瞳に収める翔一は強く、そして優しく答える。

 

―当たり前だ……お前は大事な存在なんだよ

 

 

―人類にとってか…?

 

―そうだ

 

―母港にとってか…?

 

―そうだ

 

―指揮官に……とってか…?

 

―そうだ

 

 

 短い問答。大した時間はかからないし、かける必要のないものだった。しかしその短さとは正反対に、モナークの心からあふれ出したものは大きいものだったらしい。

 

―くっ…うぅ…ぅぁああああああ!

 

 彼女は月明かりに照らされた赤い髪を弾けさせ、翔一の胸に飛び込んでいった。翔一は優しく彼女を抱きしめる。

 

―し、しきかん…!…わた、わたしはぁぁあ!

 

―大丈夫だ。心配しなくていい

 

―うぅぁああ!

 

 強く強く抱きしめた。今はそうすることで、モナークの不安を小さくできると思ったから。

 

―――――――――――――――――――――

 

モナークの自室―

 

 

 モナークの不安は少し解消されたようだった。彼女にとっては一生分泣いたような体験だったが、泣き止んだ後、翔一はモナークを連れて彼女を部屋に送った。

 

―明日も早いからな、しっかり休むんだぞ

 

 モナークをベッドに寝かせた翔一はそんなことを言う。しかし彼女は少し不満のようだ。目から上だけを布団から見せ、手を伸ばし翔一の軍服の裾を掴む。

 

―指揮官、もっとここにいてくれ

 

―え…?

 

 モナークの予想外の言葉で、翔一は呆けた返事をする。しかし書類仕事が少し残っているので、できれば執務室に戻りたい。

 

―…だめか?

 

 どうしようかと考えていたが、若干猫なでめいた彼女の声の前にそんな考えは吹き飛んでしまう。

 

―私が眠りに落ちるまででいい…

 

―…わかった

 

 翔一は近くにあった椅子に座り、モナークの頭を優しくなでる。

 

―ん…

 

 彼女は今まで翔一に向けていた顔を背中ごと反対側に向ける。赤髪から少しだけ覗かせるその耳は、赤くなっていた。

 

―…

 

―…

 

 決して広くはない部屋に沈黙が訪れる。しかし先ほどのような重苦しさはなく、むしろ温かさを感じた。

 五分も経っていないだろうか、モナークの呼吸は深くゆっくりとしたものに変わっていた。相当疲れていたのだろう。彼女はもう眠ってしまった。そっと、モナークをなでていた手を放し、椅子から立ち上がる。そして、出来るだけ静かに彼女の部屋から出ていった。

 

―――――――――――――――――――――

 

執務室―

 

 

―お、指揮官、やっと戻ったか。待ちくたびれたよ

 

 白銀の髪を揺らしてそう口にしたのはエンタープライズだった。

 

―エンタープライズ、戻っていたんだな。お疲れ様

 

 そういう翔一にエンタープライズは微笑みを返した。彼女には、彼女の率いるユニオンのKANSENたちの一部と、ユニオン本土に赴いてもらうよう委託の任務を与えていた。帰りが遅くなることは分かっていたのでこの時間に執務室にいることは特段驚くことはなかった。翔一の書類仕事と言うのは、彼女の委託の報告を受け報告書を少し作ることだ。しかし、彼女の隣には同じく美しい白髪を持つKANSENの姿。

 

―ベルも来ていたんだな。でも、もう休んでもいいんだぞ

 

 ”それとも、何かやり残したことでもあったのか?”と問いかける。ベルファストは翔一の近くに寄って言う。

 

―い、いえ、そうではないのですが

 

 翔一は頭の上に”?”を出しベルファストを見つめる。間もないうちにエンタープライズは短く口を開いた。

 

―ふふっ、ベルファストは指揮官に会いたかったようだぞ

 

―…!…エンタープライズ様っ

 

 ベルファストはほんの少し頬を赤らめエンタープライズに言った。しかし追い打ちをかけるようにエンタープライズが言う。

 

―だって、先ほどから指揮官のことを気にかけることを言っていたじゃないか。何度も

 

 彼女の話を聞き、翔一はベルファストに言う。

 

―え?そうだったのか。すまないな、昼に出撃したメンバーで少し話をした後、モナークのところに行っていてね。ここに戻るのが遅くなってしまったんだ

 

 更に翔一は”それで、何か用か?”と続ける。

 

―…いいえ

 

―そ、そうか

 

 若干口を尖らせたようなベルファストの声。そして彼女にしては珍しくそっけない態度に翔一は少し困り顔をしてしまう。何か気に障ることをしてしまっただろうか。そんな時彼にとっては助け船にもなろう話題をエンタープライズが振る。

 

―そ、そういえば、今日の出撃は大変だったようだな…

 

―ん、あ、ああ、そうなんだよ。もう一つ委託を頼んでいた艦隊が襲われてね、妙に能力も強化されていたから対処するのに手間取ったよ

 

―強化されていたのか…うぅん、最近出てくるセイレーンはいつもと違うものが多いな。上位個体も姿を見せないし

 

―確かにそうだな…あ、そうだ

 

 翔一がつぶやく。

 

―ん?何か思い出したのか?

 

―戦闘中に、モナークの目が金になりかけていたんだ

 

 翔一がそう言うと、ベルファストが続く。

 

―それは、例の覚醒、なのでしょうか?

 

―うん、そうかも知れない。実際あの時のモナークは、雨のように降る砲弾を、通常ではありえない機動で避けていったからな

 

 エンタープライズは純粋な疑問を抱く。

 

―そんなことがあったのか。それにしても、砲弾の雨に打たれるような状況中々ないぞ。そこまで敵の数が多かったのか?

 

 そんな問いに翔一は少し言葉を詰まらせる。

 

―それは…

 

 今のモナークは随分と精神的に落ち着いたと思うが日中の彼女はとても不安定、というより暴走したような行動をしていた。その結果、隊列を崩し自分一人でセイレーンの密集する地帯に飛び込み、危うく撃沈してもおかしくない状況に陥っていた。

 今思い出してみれば、あの時モナークが金の瞳を見せ覚醒状態が少し出ていたのは、彼女の自分へのプレッシャーが大きすぎたせいでもあるのか。それにしても、彼女が立ち直ることに少しでも力になれたようでよかった。しかし、モナークはそこに至るまで酷く悩みを抱えていたようなので、それを思うと今回の彼女の失敗を簡単に言ってしまってもいいのかと一瞬考えた。

 と言っても戦闘データは常に母港に保存されているので、いつ見ようと思っても見れるのだが。

 

―…?

 

 言い淀む翔一に、エンタープライズは”こてん”と首を横に倒す。かわいい。

 いや、そんなことを思っているわけにもいかない。事実として起こったことは話しておこう。

 

―特段、敵が多かったわけではないんだよ。彼女にもいろいろとあるようでな、敵陣に突っ込むような無茶をしたんだ

 

―え?それでモナークは大事ないのか?

 

 エンタープライズの言葉にベルファストが答える。

 

―はい、ヴェスタル様に治療をお願いしましたが、戦場でのご主人様のすんでの判断のおかげで、大きな損傷はありませんでした

 

―そうなのか、よかった

 

―ああ、それにベルの作戦のおかげでもあるよ。煙幕がなかったら艦隊の被害は大きくなっていた

 

 翔一はさらに続ける。

 

―それだけでなくてもいつもベルにはお世話になっているな。本当にありがたいよ

 

 不意の翔一の言葉にベルファストは一瞬だけ気もそぞろになった。

 

―い、いえ、私はメイドとして、当然のことをしているまでです

 

―それでもだよ

 

 翔一はにこっとベルファストに笑顔を見せた。

 

―…ご主人様は、少しずるいです

 

 ベルファストは上目使いで言う。

 

―え?

 

―なんでもありませんっ

 

 先ほどは”それで何か用か”なんて、どうでも良さそうな話し方をしていたくせに、今翔一の目に映っているのはベルファストだけだ。

 そんな空間で、エンタープライズは部屋のドアに手をかけ言う。

 

―ふふっ、私はお邪魔のようだね

 

―”え?”

 

 エンタープライズに言われた二人は、呆けた声で答えた。

 

―ふ、あまりそうしていると赤城やローンに何をされるか分からないぞ

 

 いつの間にか翔一とベルファストはその距離を近づけていた。エンタープライズは”それじゃ、私の仕事は終わったからこれで失礼するよ。おやすみ”と告げると笑顔を見せ、ドアを閉める。

 

―…

 

―…

 

 翔一とベルファストは、エンタープライズに何も言えないまま彼女を見送った。

 そんな中、ベルファストが言う。

 

―わ、私もそろそろ部屋に戻りますね

 

―ああ、うん

 

 終始微妙な雰囲気のままベルファストは廊下に出ていった。翔一はそれを見送って何秒経ったか、つぶやく。

 

―……風呂入って寝るか

 

 特に意味もない言葉だった。

 今日はドタバタした日だったな。モナークについても、とにかく落ち着いたようでよかった。でも、あまりKANSENがあんな風に泣いているところは見たくない。俺は指揮官なんだ。そうならないためにも、これからでも出来ることは色々とあるだろう。しっかり皆のことを見ていくのが大切だな。と、翔一は今日のことについてまとめた。

 翔一がWARSとなってから新たに出始めたヒト型のセイレーンや、今日のような高い能力の量産型、”覚醒”についてもまだ謎は多いが、これからもさらにKANSEN達との絆を深めることが出来れば、その壁を乗り越えることが出来るだろう。

 翔一は、スタスタと風呂場に向かうのだった。

 

―――――――――――――――――――――

 

モナーク自室―

 

 

 母港の誰もが寝息を立てている時間。そんなときにモナークはベッドの上でもそもそと起き上がった。

 

―んぅ…指揮官…

 

 何を思ったのか彼女は、部屋を出て執務室に向かった。

 




さあ今回の話はこれで完結にゃ!
終盤はなんだかベルファストとモナークの様子がおかしくなかったかにゃ?
とにかく、次回もよろしくにゃ!

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18話 メイド長のやきもち file1

海上ー

 

 太陽が真上にきた頃、WARS率いるアズールレーンの艦隊はセイレーン相手に戦闘を行なっていた。飛び交う砲弾と魚雷、戦闘機は危なげなく敵を葬ってゆく。そして残るは量産型セイレーンを制御していた個体のみとなった。残り一体だからと言って油断はする事なく、WARSはレールガンから砲撃を繰り出す。

 

 "ズダンッ"

 

 所々に黄色く光るラインを携え、背中にはシュモクザメを思わせる艤装を纏ったヒト型のセイレーンが見える。

 それは今、宙を舞って吹き飛んでいった。

―わあああああ!!

 美しく静かな群青の空と海に対比するように大爆発し散ったのはピュリファイアーだった。最後の一撃を決めたWARSに、彼の近くにいたモナークが言う。

 

―最後の攻撃、見事だったぞ

 彼女は優しい眼差しをWARSに向ける。

―ああ、ありがとう

 そう返すと、モナークはWARSに近づく。

 

―セイレーンは撃退した、さあ、もう指揮艦に戻ろう

 

―そうだな

 2人は肩を並べて指揮艦に歩を進める。

 少し前にモナークが感情を激しく出して以降、最近彼女は落ち着きを取り戻していた。そしてその雰囲気は、以前のような戦士としての気高さだけでなく、何やら優しさめいたものを翔一に向けていた。今も目を移せば、モナークの横顔はとても柔らかく温かい表情だ。そのおかげか、デュークオブヨークやウェールズとの仲は悪くない方向に向かっているらしい。更に、三笠とも普通に話をしていたのを見た事もある。彼女の状態が良くなったようで安心すると、WARSの目に写っていた横顔がこちらを向いた。

―どうしたんだ?こちらを見つめて

 優しい声音で、というより以前の彼女では想像がつかないような甘い声に、翔一はドキッとさせられる。

 

―いや、なんでもないよ

 そう答えると、モナークは"そうか"とだけ短く返しまた顔を前に向けた。

 そんな2人は指揮艦の甲板に上がる。WARSが変身を解除すると、目の前にはジト目をして仁王立ちをしている金髪の少女がいた。

 

―あんた達、とっっっても仲が良いようねっ!

 

 なんだかご機嫌斜めな様子のロイヤルの王女、クイーン・エリザベスが2人の目に写った。モナークは彼女に言う。

 

―何か問題があるのか?

 

 少し威圧的な態度で返したモナークに気圧され、"う…"と怯むエリザベスだったが負けじと声を張る。

 

―げ、下僕!

 

―な、なんだい?

 

―今朝、モナークと部屋にいたのはなんでかしら!?今日は私が秘書艦なのに!

 

 エリザベスは"私というものがありながら下僕は何してるのよー!"と目を釣り上げるが、彼女の隣に控えていたウォースパイトが"まあまあ"とその感情を諫める。

 

―お嬢様もこうおっしゃっているわ、指揮官、説明してもらっても?

 

 ウォースパイトにそう言われて、翔一は今日の朝を思い出した。

 

―え、えぇっと…

 

――――――――――――――――――――

 

今朝、翔一の部屋ー

 

 

 

―モナーク…今日も来たのか…おはよう

 

 翔一がそう言うと、モナークはなんとも言えないふにゃっとした微笑みを見せた。

 

―ふふっ、おはよう指揮官。また鍵が開いていたぞ、最近は疲れているようだな

 

 彼女は"あの日"以来、度々翔一の部屋に特に用事もなく入るようになっていた。朝起きるとモナークが隣にいる事もあり、その時は驚いたものだ。そしてその度に赤城や大鳳、愛宕、隼鷹、ローン…いや多いな。そんな彼女達の修羅場的なものに巻き込まれてしまった事もあったが。それはさておいて、モナークは翔一が鍵をかけ忘れていたと言った。普段は赤城などが夜這いなどと言って、勝手に執務室を開けてその先の翔一の部屋まで来る事がある。しかし当の赤城は昨日から委託任務に出ているので鍵が開いていたのは彼女の仕業ではない。モナークが開けたとも考えにくいし、彼女の言った通り、本当に翔一は鍵を掛け忘れて寝ていたのだろう。

 そんな事を考えているとモナークは翔一を見つめる。

 

―どうした、気分が優れないか?

 

―いや、どうだろうな…お前に言われた通り、疲れているかもしれないな

 

 翔一がそう言うと、モナークは彼へ向ける目を強い眼差しへと変えた。

 

―気をつけろ、この母校のトップであるお前が倒れれば、KANSEN達の士気や人類に関わる

 

 そして再び優しい表情になり、彼女は両手で翔一の頬を覆った。

―しかし心配するな。指揮官、お前に何かあった時は、私がお前を守る

 

 彼女がそう言った時だった。執務室の扉が開かれる音がし、甲高い声が聞こえた。その声の持ち主は翔一の部屋の扉に近づいてくる。

 

―げぼく〜来たわよ〜。あれ、どこに居るのよ?

 

―ふふっ、まさか私が秘書艦だから楽しみで眠れなくて寝坊してるんじゃない?まったく下僕はこのエリザベス様がいないと何もできないんだから〜

 

 翔一はエリザベスの声を聞き、今の自分の状況を思い出す。彼は今、モナークとベッドの上で横になり、ほぼ密着状態である。そして彼女に頬を覆われている。こんな所をKANSENに見られたら赤城でなくても色々まずい。まずいと思ったがもう遅く、"がちゃり"と音がしたかと思うと、扉の奥には金の長髪の王女様が顔を引き攣らせて立っていた。

 

―なっ…なななななな!?

 

 その王女様は頬をみるみる染めていき、言い放つ。

 

―なぁあにやってんのよぉぉおおお!!

 

――――――――――――――――――――

 

 場所は戻って海上。

 

―ということがあってだな…特段何かしたと言うわけではないんだよ

 

―もおおお!

 

 すっかりご立腹な様子のエリザベス。しかしそんな彼女を気にすることもなく、ブリッジで戦闘を見守っていた明石の声が聞こえてきた。

 

―指揮官〜そろそろ帰るにゃ。明石は他の仕事で忙しいにゃ

 

―ん、ああ分かった。すぐそっちに戻るよ

 

―それじゃあみんな、行こうか

 

 翔一はそう言うと、ブリッジへと足を向ける。それに続いてモナークも彼の隣に来る。そんな中、彼女は右手を翔一の左手に当てた。自分の指を彼の手の甲にちょんと当てただけだ。手が当たった時、翔一はモナークの顔を見た。しかし、彼女はすぐ顔を伏せてしまう。モナークは最近、翔一にアピールというか、彼女なりに精一杯のそれらしい行動を見せていた。エリザベスはそんなモナークを見て、意外と可愛いところがあるじゃないと思いつつも、未だに自分をしっかりと見てくれない翔一にジト目を向け続けるのだった。

 そして、ベルファストは2人が並んで歩く姿を眺めていた。特に、翔一の方。当の翔一は、ベルファストの視線には気付いていなかった。

 ベルファストは先程からこちらに見向きもしない彼を見つめる。しかし表情は変えない。自分は主人のメイドなのだから。彼女は心の中だけで、少し俯いた。

 

――――――――――――――――――――

 

母校、港―

 

 帰港して指揮艦から降りると、待ち受けていたのは加賀だった。

 

―指揮官、戻ったぞ

 

―ああ、お疲れ様

 

 昨日から重桜のKANSEN達を委託に出していた。どうやら彼女達はさっき帰って来たらしい。

 

―指揮官様ぁ〜!

 

―ぅおっと…

 

 加賀の後ろから赤城が飛びかかる。翔一はそんな彼女を抱きとめた。赤城は翔一の胸に顔を押しつけて思いっきり息を吸うと言う。

 

―はぁ…やっと指揮官様に再会できました

 

 赤城は全身で翔一の体温を感じながらそう言った。

 

―ははっ、しっかり任務はこなせたかい?

 

―はい、もちろんっ

 

 翔一は赤城の頭を撫でながら言う。

 

―それなら良かった

 

 撫でられた赤城は一瞬体を硬直させたが、すぐにふにゃふにゃと力を抜き猫撫で声を出す。

 

―んふふ〜。指揮官様の大きい手…もっと感じていたいですぅ…

 

 こんな調子の彼女に翔一が言う。

 

―赤城

 

―はぁい?

 

―君はまだやる事があるんじゃないかな?

 

 翔一の言葉に加賀が続く。

 

―そうです。姉様、報告書をまとめなければなりません

 

 と言うと、赤城は渋々と翔一から離れた。

 

―そうね…指揮官様、しばしお待ちください。また執務室で

 

―ああ

 

 赤城と加賀は彼を後にした。離れていく2人が見えなくなると同時に、どこから来たのか愛宕が現れた。

 

―指揮官、お姉さん貴方に会えなくて寂しかったわぁ

 

 そう言って彼女は不自然に感じるほど自然に翔一の腕に絡み付いた。

 

―愛宕、お疲れ様

 

 愛宕は"ふふっ"と翔一に微笑むと、彼の腕に絡む力を強くして言う。

 

―ねぇ指揮官、いつになったらお姉さんのこと求めてくれるの?いつでも待ってるのに

 

 すると、またしても翔一に近づく者がいた。

 

―あらぁ?私を差し置いてお楽しみなんて…許せませんねぇ

 

 妖艶に微笑み向かって来たローンは、愛宕と同様に翔一に密着し、彼女を一瞥した。その目に光はなく、翔一さえも飲み込まんとする深き闇があった。ちょっと怖い。

 委託に出していないローンがなぜここにいるのかは分からないが、取り敢えず2人に離れるように言う。

 

―愛宕、ローン、そこまでにして離れるんだ

 

 渋々離れる2人だったが、彼女たちは彼を挟んで立ち、互いの目線をバチバチと交差させた。

 中々動きづらい状況で、翔一を導くようにベルファストの声が聞こえる。

 

―ご主人様。そろそろお仕事に戻ってはいかがでしょうか

 

 彼女の声は翔一に少しの安心感を覚えさせた。

 

―ああ、そうだな。愛宕、ローン。俺は執務室に戻るから、用があればまた来てくれ

 

―それじゃあお姉さんはこのままついて行けばいいわね

 

―指揮官、私とたくさんお話しましょ~

 

 結局、2人を引き離すのには時間がかかった。

 

―――――――――――――――――――― 

 

執務室―

 

 

―お帰り、指揮官

 

―ああ、今戻ったよ

 

 執務室に帰ってきた翔一をエンタープライズが迎えた。彼の後ろに続いてベルファストも部屋に入ってくる。

 

―…

 

 ベルファストはほんの少しだけ浮かない様子で歩いている。気付いたのはエンタープライズだけだったが、彼女はベルファストには何も言わずその姿を目で追うだけだった。

 翔一は椅子に座り、机にあるモニターをつける。今回の出撃の報告書を作るためだ。

 作業を始め、キーボードを叩く音だけが響く。しばらくすると、そんな静かな執務室に来客が現れた。

 

―指揮官さま~

 

 スッと執務室の扉が開かれると、姿を見せたのは大鳳だった。

 

―大鳳、どうしたんだ?

 

 多分大した用はないだろうと思いながらもそう聞いた翔一に、彼女は答える。

 

―指揮官様に会いたくて会いたくてどうしようもありませんでしたので来てしまいました

 

 彼女はそう言って座っている翔一に絡みつく。大鳳の目には翔一しか映っていない。

 

―ねぇ、指揮官様ぁ…

 

―ん?

 

 翔一は大鳳に向いていた目をもう一度モニターに移し、キーボードを叩きながら反応する。

 

―ずっとそんな作業をしていてお疲れではありませんか?よろしければ大鳳とお散歩でも行きませんこと?もちろん、ふ・た・り・で

 

―うぅん、いやでもな…

 

 すっかり資料作成に集中してしまった翔一は生返事をすると、大鳳は彼の腕に絡みつく力をさらに強くする。

 

―もう、指揮官様。こちらを見てほしいですっ

 

 大鳳を翔一は見る。艶やかだが唇を尖らせたその顔はしかし、彼に見つめられ、ほんのりと赤く染まった。

 

―ふふっ、そんなに見つめられてしまうと照れてしまいます

 

 すると大鳳は翔一を引っ張り立ち上がらせる。

 

―お、おい…

 

―さ、指揮官様、大鳳と一緒にお出かけしましょ…ね?

 

 囁くように翔一を誘い、彼を執務室の扉へ連れていく。

 

―ふっふふ…今日はずぅっと大鳳といましょうね

 

―あぁ、ちょっと…

 

 自然に無理やり大鳳につれて行かれててしまう翔一は、彼女から離れることができずそのまま廊下に出そうになる。そんな姿を見たエンタープライズは何か言おうとしたが、もう1人のKANSENの動きを見て開いた口を閉ざした。

 

―い、いけませんっ、ご主人様

 

 ベルファストだ。彼女は両手で翔一の右手の袖口を掴んだ。人差し指と親指でつまむ程度の、自信のなさを感じるような引き止め方だった。




ベルファストそっちのけでほかのKANSENといちゃいちゃしてる指揮官にベルファストがご機嫌斜めなようだにゃ!


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18話 メイド長のやきもち file2

―い、いけませんっ、ご主人様

 

 ベルファストだ。彼女は両手で翔一の右手の袖口を掴んだ。人差し指と親指でつまむ程度の、自信のなさを感じるような引き止め方だった。そしてまた一言、彼女はだんだんと声を小さくしながら言った。

 

―まだ業務がたくさん残っていますので、今ここを離れてはなりません

 

 ベルファストの言葉に翔一は何となく気まずくなる。一方、大鳳は彼女を害虫を見るような目で一瞥した。そして、

 

―そ、そうだよな…大鳳、悪いが今は戻ってくれ

 

 翔一はそう言うが、大鳳はひかない。

 

―なぜですか指揮官様~。この大鳳、こんなにもあなたを思っていますのに~

 

 こんな様子の大鳳を翔一から引き離すべくエンタープライズが動いた。

 

―大鳳、指揮官にも色々することがあるんだ。だから…な?

 

 エンタープライズに続き翔一も”大鳳…”と諭すように彼女を見る。

 

―でもでも~

 

 しかし大鳳は翔一の胸に顔を埋めてスリスリと頬を擦り付ける。そんな彼女に翔一は、

 

―駄目だ…

 

 短く答えた。

 

―ぁ…

 

 素っ気ない彼の言葉に大鳳は声を漏らす。彼女は若干寂しそうな表情を浮かべ”はい…”と彼から離れる。そしてエンタープライズに”さあ、行こう”と連れられ、執務室を後にした。

 翔一は帰港後からベルファストの少しの異変に何となく気付いていた。大鳳への素っ気ない態度も、ベルファストに引き止められた時に、やはり何かあると感じてのことだった。大鳳には少し申し訳ない気もしたが。

 

―ベル、さっきからどうしたんだ?いつになくそわそわしている感じだぞ

 

 部屋で2人きりになった空間の中、翔一がそう言うと、ベルファストは気まずそうに口をつぐみ、そしてスカートを両手で握った。

 

―…

 

―何かあるなら言ってみてくれないか?

 

 翔一はベルファストの両肩を軽くつかんで言った。すると彼女は観念したかのように、しかし明確でないつぶやきをした。

 

―…それは……えっと…

 

―ん?

 

―ご主人様が…悪いんです…

 

―…え?

 

 ベルファストからはあまり想像できない言葉に、翔一は呆けた返事をしてしまった。そして次の瞬間、

 

―ご主人様が悪いんですっ

 

 彼女から、かのメイド長とは思えないほど駄々っ子じみた声が響いた。

 

―うおっ!

 

 タックルとも思えるような衝撃と共に翔一に抱き着いたベルファストは、その勢いのままに彼の後ろにあったソファーへ彼を押し倒す。

 

―…

 

―…

 

 翔一の太ももの上に座った状態のベルファストは、恥ずかしさからか顔を真っ赤にし、引きつった表情を浮かべていた。

 

―ご主人様!

 

―は、はいっ

 

 執務室にはベルファストの張った声と、翔一の裏返った声が響いた。そして翔一の目に今度は、ベルファストの紅の顔が飛び込んだ。

 

―…!

 

 ベルファストは押し付けるように、翔一に口づけしたのだ。ついばむように何度も。

 

―ちょっ…ベル……まっ…!

 

 わけも分からず離れようとした翔一をベルファストは逃がすことはなく、むしろ激しく彼に絡みついていく。そして可愛げのあった口づけは、次第に深く翔一を求めるようなものとなっていった。

 

―ごしゅじん…さま…んん…!

 

 部屋には2人の息と水音、そしてベルファストから漏れた甘い声が響いた。

 

―はぁ…はぁ……

 

 息を切らす彼女の顔は尚も紅色で、更に目は翔一の目をじっと見つめたかと思うと突然外される。そして彼女の頭は翔一に勢いよく打ち付けられた。

 

―いてっ

 

 鎖骨にベルファストの頭が当たり、翔一は情けない声を漏らした。

 そのままどれくらい経ったのか、2人には永遠にも思えるような時間が過ぎた。今ベルファストは翔一に顔を見られたくないのか、彼の胸に頭を埋めている。そしてまだ彼の太ももに座っている。そろそろ足が痛くなってきそうだ。そんな時にベルファストはつぶやく。

 

―ごめんなさい…

 

―なんで謝るんだ?

 

―私は、貴方のメイドなのに、こんな事を…うぅ

 

 ベルファストは日頃から翔一の世話や業務の手伝いをしている。そんな中、母校でも1番彼と接しているからか2人の仲は他のKANSENと比べても深いものだった。一時、今日のようにベルファストの様子がいつもと違うこともあった。その時は彼女から翔一へ好意を伝えるようなこともあったが、今回はそういうわけでもなかった。焦っているというか、不安な感情をベルファストから感じた。

 

―ご主人様…私は貴方のことを愛しています

 

 ベルファストはそう言うと、翔一の肩をぎゅっと握った。

 

―貴方は…私のこと…

 

―愛してるよ

 

 翔一はやっと分かった。最近自分がベルファストを気にかけず、他のKANSENに時間を割きすぎたから彼女がこうなってしまったということを。翔一はベルファストを抱きしめた。そして彼女はもう一度問う。

 

―本当ですか…?

 

―当り前じゃないか

 

 短く問答すると、ベルファストは翔一の背中に腕を回した。しかしまだ、彼女の頭は翔一の鎖骨に当たったままだ。

 

―私は、貴方のことを独り占めしようとは考えておりません…

 

 ベルファストは静かに話し出した。

 

―ご主人様には、いろいろな方を愛してほしいとすら思っています……でも…

 

 彼女はそう言って、一呼吸おくと続ける。

 

―私のことも、もっと見て下さいっ

 

 翔一の背中に回された腕が強くなる。そしてまた、ベルファストは黙り込む。

 

―…

 

―…

 

 しばらくして彼女はポツリとつぶやく。

 

―ご主人様…

 

 ベルファストはゆっくりと顔を上げ、潤った目を翔一に向けた。

 

―キス…してください……今度は、貴方から…

 

 消え入りそうに囁く声は、そのまま彼女の姿までも消えてしまいそうなほどだった。

 翔一はベルファストに唇を近づける。距離が近くなるたびに、彼女の目は閉じていった。そして、

 

―指揮官、委託の詳細な報告…を…

 

 現れたのは、執務室の光景に絶句した加賀だった。

 

―…!?

 

―か、かがあ!?

 

 ベルファストは突然の来客に目を見開き、翔一は声をあげた。そして2人の目の先に居る加賀は呆れたようにしつつ頬を染めて言う。

 

―お前たち何をやっているんだ…まだ勤務時間内だぞ

 

 片手で額を抑える彼女は、やれやれと言わんばかりの様子だ。

 

―こ、これは、その…!

 

 反射的に翔一は答えた。一方ベルファストは半口を開けたままだ。

 

―はあ、後でまた来る…

 

 そう言って加賀は執務室から出る。パタンと閉められた扉から数秒経って目を離し、2人は”やってしまった”という感じで赤く染まった顔をお互いに見合わせた。そしてまた、ベルファストは額を翔一の鎖骨にぶつける。

 

―はあ、もうっ…こんなに、恥ずかしいところを…

 

 そう言いつつも、彼女の両腕は翔一の背中に回ったままだ。

 

―これも全部、ご主人様のせいですっ

 

―ごめん…ベル…

 

 翔一はベルファストをもう一度抱きしめる。

 

―でも、もう吹っ切れました

 

 彼女は顔を上げ、翔一を見つめる。しかしその顔は若干のしかめっ面で、目は潤んでいた。そんな表情で翔一をじっと見つける。そして一言…

 

―わかりますよね…?

 

 彼女の言葉を”早くキスしろ”という意味かと捉えた翔一は、先程と同じように唇を近づける。すると、ベルファストの表情は柔らかいものへと変わっていった。

 

―ん…

 

 軽く唇を触れるだけ。しかし、さっきよりも幸せを感じた気がした。ベルファストは翔一を見つめていた目を外す。すると今度は恥ずかしそうな表情で言う。

 

―もう一回…してください

 

 言われた通り、もう一度口づけする。

 

―ふふ…

 

 今度は微笑み、幸せそうに、そして満足そうに翔一を抱きしめた。先程までとは一転した様子のベルファストは、今まで翔一に持っていた不満などすっかり忘れてしまっていた。そして、ころころと表情を変える彼女に、翔一は今までより愛おしい感情を持った。

 少し経ってベルファストは翔一の太ももから離れると、彼の両手を自分の両手に収めて軽く引っ張る。

 

―さあ、お仕事を再開しましょう

 

―ああ

 

――――――――――――――――――――

 

数分後、執務室―

 

 

 大鳳を送って、母校をふらふら歩きまわっていたエンタープライズが執務室の扉を開けた。

 

―ベル、こんな感じでいいかな?

 

―ええ、問題ないと思いますよ

 

 翔一とベルファストが身を寄せ合い、業務をこなしているの姿が見える。

 

―ふふ…

 

 そんな2人を見てエンタープライズは微笑んだ。

 

―ん?…あ、エンタープライズ

 

 翔一が彼女の姿に気づく。

 

―仲直りできたようだね

 

 エンタープライズの優しい声が2人を包む。するとベルファストは頬を赤らめた。

 

―エンタープライズ様…まさかすべて分かっていて

 

―さあ…どうだろうね?

 

 エンタープライズはベルファストの異変に気付いていたようだ。大鳳を戻すときに彼女も一緒に外に出て行ったときは、翔一は少し疑問を持ったが、彼女は気を使ってそうしたらしい。翔一はそんな彼女に感謝すると同時に、少しの恥ずかしさを覚えた。




どうやら仲直りできたようだにゃ。よかったよかったにゃ

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18話 メイド長のやきもち file3

次の日、母校広場―

 

 

 翔一にとっては久しぶりの休暇。この日、ベルファストと1日過ごすという約束をしていた。デートというやつだ。

 

―ご主人様っ

 

―おはよう、ベル

 

―おはようございます

 

 ベンチに座っていた翔一を目掛けて小走りしたベルファスト。彼女は赤い帽子に茶色のセーターを揺らしていた。そんなベルファストを見つけ、翔一は立ち上がると彼もベルファストに近づいていく。やがて2人の距離はゼロとなった。

 

―ふふっ、ご主人様…

 

 ベルファストは翔一に抱き着く。

 

―どうしたんだい?今日はすごく甘えん坊だね

 

―躊躇なく甘えられるようになっただけです

 

 翔一の問いにベルファストはそう答えた。

 

―そうか

 

 今まで彼女は、翔一のメイドとして彼と接するという感情を表向き持っていた。お互いに愛し合っていると分かっていても、メイドであることから彼女は自分の感情をある程度殺していたのだ。しかし、昨日その感情を爆発させてしまったことで素直な感情を出せるようになったらしい。

 翔一は彼女から向けられる、子供のようにあどけなく、それでいて艶やかな微笑みに胸を高鳴らせた。

 

―…

 

―ご主人様、もしかして、照れていらっしゃいますか?

 

―そ、そんなことないぞ

 

―ふふ…

 

―な、なんだよ…

 

―貴方が困っているお顔…かわいいです

 

 今までになく積極的なベルファストに翔一は赤面してしまう。そんな彼を置いていくようにベルファストは言う。

 

―さあ、ご主人様。エスコート、していただけますか?

 

 ベルファストは翔一の腕に絡む。

 

―もちろん

 

 翔一はそう答えて、歩き出した。

 

――――――――――――――――――――

 

海岸―

 

 

 特に何もすることはなくただ歩くという、デートというには地味な時間を過ごしたが、2人にはそんなことは関係なかった。2人にとって、お互いと過ごすということこそが幸せなのだから。

 

―ここは…今となっては懐かしいですね…

 

―そうだな

 

 海が見渡せる海岸に近い道、以前ここで翔一はベルファストのことを”ベル”と初めて呼んだ場所だった。

 

―ベル…

 

 何の気もなく呼んでみる。

 

―はい…

 

 ベルファストは静かに答えた。

 

―…何でもない

 

―もう…ふふふ

 

 何の意味もないようなやり取りが2人を包む。心が温かくなる。翔一はベルファストを見つめた。

 その時、母校に危険を知らせるサイレンが鳴り響いた。

 

―ご主人様…!

 

―ああ、こんな時に来るなんて

 

 サイレンが鳴って直後、翔一のWARSブレスからも通信が入った。明石の声が聞こえる。

 

 ”指揮官!今までにない高エネルギーのセイレーンが現れたにゃ!気を付けてにゃ!”

 

―分かった…!

 

 通信が切れると翔一はベルファストの方を向く。

 

―ベル、行くぞ!

 

―はい!

 

 2人は港に走り出した。

 

――――――――――――――――――――

 

海上―

 

 

 翔一は今回出撃するKANSENを招集し、早速海へ出た。皆は今、指揮艦を囲んで航行している。後方に2人、赤城と加賀、前方にエンタープライズ。またその前にモナークを配置し、主力としている。前衛艦はベルファスト、ローン、プリンツ・オイゲンだ。また前衛のバックアップに伊168がついている。

 

―明石、敵の詳細な情報はやはり分からないか

 

 KANSENが損傷した場合の応急処置要員として、指揮艦に常駐している明石は、翔一の問いに眉間にしわを寄せて答える。

 

―分からないにゃ…でも、今までになく強いセイレーンであることは間違いないにゃ。おそらくヒト型にゃ。もちろん周りには量産型もたくさんいるから、そこらへんも気を付けてにゃ

 

 今までになく強い。そのような言葉を聞くと、以前にKANSEN達を苦しめた、WARSと同じ形の黒い影が頭に浮かんでくる。少し嫌な予感がよぎったが、今は目の前のことに集中しようとブリッジの窓から遥か前方の水平線を睨んだ。

 

―そうか…

 

―期待に沿えなくてごめんなのにゃ

 

―いや、気にすることはないよ。どちらにせよ、もう敵のいる場所まであと少しだからな

 

 翔一が見たレーダーからは、そろそろ肉眼で確認できるほど近くに敵の反応が迫っていた。

 そんな中赤城が翔一に話す。

 

―指揮官様、敵は量産型の巡洋艦と駆逐艦が多数です。私と加賀はもう敵への攻撃が可能ですが、いかがいたしましょうか?

 

 続いてエンタープライズ。

 

―たくさんいる割には、かなり広がった陣形をしているぞ。どうする?

 

 空母達にはいつも通り周囲の警戒と偵察をしてもらっていた。彼女たちは今、その情報を翔一に報告した。

 そして翔一は一瞬考えると言う。

 

―…以前のように敵の性能が強化されている可能性を考えると、こちらもバラバラに攻撃していては戦闘が長引くな…ひいてはこちらが大きく消耗することもあるだろう……まだ航空攻撃はせず、情報を集めていてくれ

 

―”了解”

 

 何か有効に、効率良く敵を殲滅できる方法はないだろうか。KANSEN達をできるだけ傷つけずに戦わせるためにも翔一は考えた。

 

―そうだ、ローン、オイゲン

 

 翔一は1つ作戦を思いつくと、遠く前方で航行する鉄血のKANSENを呼ぶ。

 

―はい、なんですか指揮官

 

―ん?なぁに指揮官

 

 柔らかい声音で返事をする彼女たちに翔一は続ける。

 

―お前たちは一定時間シールドを出せたな?

 

 彼にオイゲンが返す。

 

―ええ、出来るけど。どうするの?

 

―2人で敵が一点に集まるように誘導してほしいんだ

 

 ローンが続く。

 

―その時にシールドも出す、ということですね?

 

―ああ、そうだ

 

 囮を引き受けてもらう以上、ある程度の危険は減らしたい。だから翔一は、シールドを発生させ自分の身を守れるローンとオイゲンに指示を出したのだ。

 ローンが妖艶な微笑みを浮かべて言う。

 

―でも、壊してしまってもいいのでしょう?

 

―ああ、可能なら攻撃してもいいぞ

 

 オイゲンは目を細める。

 

―そんなに簡単にいくかわからないけどね

 

―もしもの時は俺がそちらに行くから任せてくれ

 

―あら、それは心強いわ

 

 翔一の言葉にオイゲンは口端を上げた。

 そして彼は作戦の続きを話しだす。

 

―もう少し詳細に作戦を説明するぞ

 

―まず主力のKANSEN達は敵の攻撃範囲外で待機、その間にローンとオイゲンで敵を誘導だ。敵がある程度密集したときに赤城と加賀、エンタープライズで爆撃と雷撃、その時にモナークがとり逃した敵を確実に撃破だ。そのバックアップに俺とベルといろはがつく。以上だ。何か質問はあるか?

 

 皆の反応がないことを確認すると、翔一は”大丈夫そうだな”と続け、早速作戦開始の合図を出す。

 

―よし、作戦開始だ!ローン、オイゲン!

 

―”了解!”

 

 2人は海面を蹴って走り出す。並走する彼女達の後ろ姿がだんだんと小さくなり、やがてセイレーンの砲撃の音が聞こえてきた。同時にローンとオイゲンの砲撃も開始され、わずかではあるが敵へのダメージが蓄積されていく。

 敵の数は多い。しかし幸いにして、今戦闘を行う2人が展開するシールドが彼女たちを守れているようで、作戦遂行に問題はなかった。

 

―っ…私がこんなに攻撃しているのに落ちないなんて…!

 

 そんなローンにオイゲンが言う。

 

―そう簡単にはいかないって言ったでしょ

 

 オイゲンは1発セイレーンに砲弾を放ち、大したダメージが与えられないのを確認する。今回も相手の耐久能力は高いようだ。

 

―ふっ…そのようですね、素直に指揮官の言った通りに動きましょう

 

―それが一番いいわね

 

 2人は自分たちに近い敵艦に攻撃をし足止めしつつ、遠い艦をおびき寄せるべく動き回る。

 少し経ち、敵が密集してくる。

 

―ローン、オイゲン、よくやった。そのまま戻ってきてくれ

 

 すると2人は翔一のいる方向へ戻ってくる。敵艦はそんな2人を追いかける形となった。 

 

―赤城、加賀、エンタープライズ、攻撃開始だ!

 

―”了解!”

 

 空に艦載機が飛び出す。バラバラとプロペラの音を響かせながら宙を舞う鉄の翼達は、敵艦の頭上へ一直線に進んでいく。

 

―指揮官様。私の戦い、見ていてください!

 

―この程度の敵、取るに足らん…!

 

―この攻撃に、全てを乗せる!

 

 落下する爆弾と迫る魚雷が敵を襲う。凄まじい勢いの攻撃で爆発が爆発を呼び、敵艦はこちらに攻撃を行う余裕もなくなる。その激しさは、使命を終えたローンとオイゲンにも炎が届きそうなほどだ。

 

―背中がちょっと熱いわ…もう、遠慮がないんだから

 

―でも、この熱を感じるほど、私の胸は高鳴ります

 

 恍惚な表情を浮かべるローンに、オイゲンは”やっぱりこうなるのね”と苦笑いを浮かべた。

 空母のKANSEN達が攻撃を終えた。エンタープライズが翔一に言う。

 

―指揮官、敵の数は相当減ったぞ。そろそろ片付けよう!

 

―ああ、ありがとうみんな。ベル、いろは、行くぞ!

 

―”はい!”

 

 翔一はブリッジから出ると同時に、明石に”行ってくる”と一言告げる。

 

―気を付けてにゃ

 

 翔一は甲板を走り左手を構え、WARSブレスを出した。

 

―エンゲージ!

 

 ブレスの舵を回す。

 

 ”WARS ENGAGED”

 

 彼が光に包まれ、純白の姿に変わる。

 

―モナーク!俺たちが敵の密集範囲に行くまで援護を頼む!

 

―分かった!

 

 モナークの砲撃の轟音と共に航行するWARSとベルといろは。彼らが敵に近接したときにはもう彼らの仕事は無くなっていそうなくらいの速度で沈んでいく敵艦達は、それでもと言わんばかりに反撃を行ってくる。

 数分とかからずWARS達はセイレーンの集団を目前にする。一方いろはは頭上で鳴り渡る砲弾の音を聞きつぶやく。

 

―ふふん、海の下なら楽勝なんだからっ

 

 そう言って彼女は得意げにしながら目の前の敵に近づいていく。しかし、そんな意気で行動すれば戦場では…

 

―…!

 

 当然対潜ミサイルが降ってくる。まともに当たれば致命傷だ。その時、

 

 ”NAUTILAS DEFORMATION”

 

 その音と同時に濁った爆発音が聞こえた。そして、

 

―危なかったな。気を付けるんだぞ、いろは

 

 WARS NAUTILAS(ノーチラス)へとフォームチェンジしたWARSはいろはの手を握り、寸でのところで彼女の被弾を防いだ。

 

―ぅぅ…ありがと、指揮官…

 

 敵の攻撃は1発では終わらない。WARSは迫りくる対戦ミサイルをトーピードで迎撃すると言う。

 

―だが安心するにはまだ早い。行くぞ!

 

―うん!

 

 2人は共に、縦横無尽に海中を駆け抜け魚雷を発射する。程なくして敵艦の数は残りわずかとなった。

 

―いろは、こちらは任せたぞ。俺は上に戻る

 

―ええ、分かったわ

 

 ”WARS DEFORMATION”

 

 通常形態へ戻ったWARSは海面へ上がっていく。彼の目に映るものは、やはり相当数が減った敵艦達だった。

 

―ベル、もう少しだ。この調子でいくぞ!

 

―はい、ご主人様!

 

 WARSは両手にレールガンとレーザーを持ち、ベルファストは両手と艤装の砲を構える。

 砲撃の轟音が海に響き、モナークの援護も相まって残りのセイレーンはもう数えるほどとなっていく。幸いここまで味方のダメージはほとんど無い。そんな中で最後の敵艦が爆発し、暗い海へ沈んでいく。

 

―もう、敵はいなさそうね

 

 オイゲンがつぶやく。

 

―あまり敵を壊せなかったのが心残りですが、今日のような戦闘もいいですかね

 

 ローンも海上で火を噴きながら動かなくなったセイレーンの量産型を眺めながら言った。

 WARSが周りを一瞥する。

 

―みんな、敵はもういないだろうが、念のため警戒しておこう

 

 彼はそう言うと、フォームチェンジする。

 

 ”AETHER DEFORMATION”

 

 WARS AETHER(アイテール)の特殊能力は超探知である。基本的にWARS、すなわち翔一が既知の存在であれば、どんなものでも見つけ出すことができるのだ。

 WARSは能力を発動させる。周りに稼働可能な敵はいないことが分かった。

 

―もう何もないようだな…いや、待てよ

 

 ここでそういえばとWARSは思い出した。今回出撃することになった理由は、突如出現した強力なセイレーンが現れたからだ。恐らくヒト型であろうと明石が予想していたが、今までそのような存在はなかった。まさか、戦闘中に逃げたのか。

 その時、

 

―指揮官!何か上から来たにゃ!

 

 明石が叫ぶ。WARS含め、KANSEN達は空を見上げた。

 

―む…あれは…

 

 エンタープライズがそうつぶやくと、小さな黒い雲が現れた。そして加賀も続く。

 

―セイレーンの増援か?

 

―そのようだけれど…ん?

 

 赤城が気付いたのは、雲からゆっくりと現れる赤いヒト型のセイレーン。それは未確認の新型だった。その姿は艤装にシャチを思わせるデザイン、そして戦艦のような砲身がついていた。

 そして、次に現れたのはオブザーバーだ。彼女はKANSEN達を見渡すと怪しく微笑みを浮かべる。

 

―ふふ…さっきのような量産型では流石に苦戦しなくなったのね。しっかりと成長しているようで嬉しいわ

 

 そんなことを言う彼女にローンが同じように微笑む。

 

―あれが噂の上位個体…傷つけたらどんな声を聴かせてくれるんでしょうか…ふふふっ

 

 オブザーバーはローンを見て鼻で笑った。そして、最初に現れた赤いセイレーンについて語りだす。

 

―さあ、このままでいても退屈でしょうから、少し教えてあげる

 

 そう言う彼女にWARSが言う。

 

―なんだと…?

 

 オブザーバーは”まあまあ、そんなに怖い声をしないで頂戴”と続ける。

 

―この個体はあなた達も分かっているでしょうけど、最新のものなの。まだ試作機だから、みんなでテストしてあげて

 

 この言葉に、体を水面から出したいろはが言う。

 

―あんた、ふざけてるの?

 

―いいえ、至って真面目よ

 

 売り言葉に買い言葉。そんな状況に、いろははオブザーバーを睨んだ。

 

―それじゃあ、楽しんでね…行きなさい、ストレンジャー!




大変なことになってきたにゃ!

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18話 メイド長のやきもち file4

―それじゃあ、楽しんでね…行きなさい、ストレンジャー!

 

 ストレンジャーと呼ばれたヒト型の新型セイレーンは、その赤い目を更に赤く発光させ、起動した。それはWARSの方に一直線に向かってくる。

 

―ご主人様!そちらに向かっています!

 

―ああ、分かってる!

 

 幸いなことに相手の航行速度は特質するほど速くはない。それならと、WARSはまたフォームチェンジする。

 

 ”ACHILLES DEFORMATION”

 

 ストレンジャーはWARSに向かいながら砲弾を放つ。しかしWARS ACHILLES(アキレス)の機動でなんなくかわすと、反撃に出る。

 

―食らえ!

 

 両腕に備わるアームバルカンを前方に構え撃ち出す。しかし敵は避けようとはしない、それどころか…

 

―攻撃が効いてないわ…

 

 オイゲンが言う。彼女の言う通り、WARSの攻撃は全くと言っていいほどストレンジャーにダメージはなかった。彼女は何食わぬ顔でWARSに接近する。

 

―駄目か…だったら…!

 

 WARSは駆け出しながら前方に跳んで体をひねり、背中と海面を平行にすると、トーピードを発射させた。当然それは、一直線にWARSに向かってくるストレンジャーに直撃する。目の前に煙が発生するが、それが晴れるとやはりなんともないような様子のストレンジャーがこちらに向かってきていた。

 

―これでもなのか…!?

 

 驚愕する彼にモナークが言う。

 

―指揮官、援護するぞ!

 

 砲撃がストレンジャーに迫る。直撃したが、やはり効かない。

 

―な…!

 

 WARSと同様、モナークは目を丸くした。

 

―戦艦の攻撃も効かないなんて…凄まじい防御力です。どうすれば…

 

 ベルファストがつぶやいた。一方WARSはACHILLESの切り札を発動させる。

 

―これなら…!

 

 ”OVER CLOCK”

 

 WARS ACHILLESはこれから10秒間だけ音速で行動できるようになる。同時にWARSの通常形態と同じ攻撃力が出せるので、一気に攻撃を叩き込めばなんとか相手を撃破できるだろうと考えたのだ。

 

―…!

 

 10秒間、目にもとまらぬ速さ、そして莫大な量のトーピードがストレンジャーを襲う。やがてオーバークロックの効果が切れると、それは一斉に爆発した。海のしぶきが柱のように上がる。

 

―はあ…はあ…

 

 WARSは息を切らす。そして、

 

 ”ドン!”

 

 ストレンジャーの砲弾がWARSに迫った。

 

―…!

 

 その時、彼の目の前にオイゲンが飛び出した。

 

―指揮官…!

 

 彼女はシールドを発生させると、迫る砲弾を消滅させよとするが、

 

―ぐっ…!

 

 それも虚しくシールドは砕け、オイゲンに直撃する。爆発と共に彼女は海を背中で滑り転がっていった。

 

―オイゲン!

 

 WARSは彼女を追いかけるがそれを阻むように彼女に追撃が加わる。まだ爆発の煙に包まれた場所から放たれた弾はオイゲンを貫いた。

 

―がっ…ぁあ!

 

 彼女の横腹が削られ、メンタルキューブの粒子が噴き出す。

 

―オイゲン様!

 

 ベルファストがオイゲンを抱きかかえた。

 

―だ、大丈夫よ…この程度…

 

 彼女の傷は再生されていくが、このような状態になる攻撃を何度も受ければすぐに轟沈しかねない。恐ろしいほどの破壊力だ。

 煙が晴れ皆が見たのは、魚雷の爆発で生じた煙を鬱陶しそうに払うストレンジャーだった。オイゲンのそばについたWARSはつぶやく。

 

―ど、どうすれば…!

 

 そんな彼に静観していたオブザーバーが言う。

 

―あら、もう終わりかしら?

 

 煽るような声音が聞こえたとき、再びストレンジャーの砲撃が行われた。それはWARSに迫るがしかし、先程までの疲労で回避が遅れてしまう。

 

―ぐあ…!

 

 WARSは投げ捨てられた人形のように、海面を跳ねながら吹き飛んだ。更に追い打ちを何発もかけられ、WARSは大打撃を受ける。

 

―ぐぅ…くっ…!

 

 まともに回避行動を行えないまま、ストレンジャーの攻撃を受け続ける。そして事もあろうことか、凄まじいダメージの影響でWARSへの変身が解除してしまった。WARSブレスが宙を舞う。

 

―ああ!し、指揮官!

 

 エンタープライズが彼を抱きかかえる。

 

―エ、エンタープライズ…

 

―今は話すな。今からあなたを指揮艦につれて行く。じっとしていてくれ…みんな!指揮官を守ってくれ!

 

 KANSEN達は一斉に動き出す。一方、ぐったりした翔一の姿を見た赤城とローンはセイレーンに殺気を向けた。

 

―指揮官様をこんな目に…!

 

―指揮官を傷つけたな…!

 

―”許さない!!”

 

 2人は全力の攻撃を開始した。怒りをぶつけるだけの雑な戦法だった。おびただしい量の艦載機と砲弾、魚雷がストレンジャーを覆い包む。無駄なのは分かっていたが、少しでも足止めするにはこの方法しかないのだ。

 ストレンジャーの周囲に再び爆発が起きるとその中からやはり砲撃が繰り出された。何度も飛び出す砲弾は赤城とローンに直撃する。

 

―ぐぁあ!

 

―くぅぅ…!

 

 大ダメージを受ける2人と、ダメージを受けないストレンジャーを目にし、いろはが言う。

 

―どんだけ強いのよ、あれ!

 

 そしてベルファストが苦虫を嚙んだような表情で言う。

 

―撤退するしか、ないのでしょうか…

 

 諦めかけたその時、彼女の目に映ったのは翔一の身から離れたWARSブレスだった。

 

―…

 

 ベルファストは一瞬だけ考えた。

 

 ”ご主人様はKANSENと同じような存在だからWARSに変身できる…それならば、同じようにKANSENでも力を使えるかもしれません…”

 

 そう思った時、彼女の目の前にストレンジャーの砲弾が迫る。

 

―…!

 

 前転してギリギリ弾をかわした彼女は、立ち上がると同時にWARSブレスを手に持った。そんな行動に加賀が言う。

 

―何をしているんだ

 

―もしかしたら…使えるかもしれません…!

 

―は…?

 

 意味が分からないという顔の加賀をよそに、ベルファストは左腕にWARSブレスを付けた。そして舵を回すと、叫ぶ。

 

―エンゲージ!!

 

 ベルファストの周りに眩い光が発生した。その光に包まれ、やがて現れたのはWARSではなかったが、姿は変わっていた。そんな彼女にモナークが言う。

 

―それは…

 

 当のベルファストは自分の姿を見て言う。

 

―これは、寒冷地帯用の戦闘装束…

 

 なぜこの衣装なのかは分からないが、とにかく自分の力が沸き上がるのは分かった。

 

―戦えます、これで!

 

 ベルファストの姿を見てオブザーバーは目を丸くする。

 

―ほう…そんなこともできるのね…面白いわ

 

 紺色の衣装に全身を包んだベルファストは、スカートをなびかせてストレンジャーに突き進んでいく。砲撃を繰り出すとストレンジャーは防御の姿勢をとる。当然直撃するがダメージはなさそうだ。

 

―これでも駄目ですか…しかし、諦めるわけにはいきません!

 

 攻撃されるだけの敵ではない。ストレンジャーは向かってくるベルファストに主砲を放った。しかし、

 

―ふっ…!

 

 ベルファストは真正面からその砲弾を受け、右腕で弾いたのだ。弾かれた砲弾はしばらく空を舞ってベルファストの後方で爆発する。その光景を見たオイゲンがつぶやく。

 

―とてつもない強化がされるのね、あの腕輪…

 

 そしてベルファストは、

 

―どちらの攻撃も効かないようですね…それなら!

 

 彼女は思い出した。WARSの特徴はKANSENの能力を上回っているだけではないことを。ベルファストは、ストレンジャーに格闘戦を持ち込んだのだ。

 

―はっ…!

 

 彼女の拳が突き刺さると、ストレンジャーはよろめく。そして彼女も負けじと拳を返すが、この個体はあまり格闘は得意ではないのか、それはベルファストにひらりとかわされた。

 2人は砲撃を交えた高度な戦闘を行う。またベルファストの麗しく、力強く、主人を守るために戦うその姿はさしずめ、”鋼の従者”と言ったところか。

 だんだんとベルファストが優勢となっていく。すると、

 

―…!

 

 ストレンジャーの足元から、白い霧が発生した。ベルファストは煙幕かと思い、ストレンジャーから離れる。

 

―…?

 

 しかしよく見れば、ストレンジャーの足元の海水が沸騰していることが分かった。そんな状況を見たオブザーバーが言う。

 

―うぅん……そういうことね…

 

 加賀がストレンジャーの方を見て言う。

 

―どういうことなんだ

 

 不思議な目でその光景を見るKANSEN達。そして、ストレンジャーは稼働を停止した。

 

―まあ、今日はこんなものでいいでしょう。また会いましょ

 

 オブザーバーはそう言うと、ストレンジャーを引っ張って黒い雲へと消えていった。

 

―終わった…のでしょか?

 

 静寂を取り戻した広大な海でベルファストが言った。すると、エンタープライズからの通信が入る。

 

―みんな、周りに警戒しつつ一旦戻ってきてくれ

 

――――――――――――――――――――

 

指揮艦―

 

 

―それで、指揮官はどうなの?

 

 オイゲンが指揮艦に戻って早々口に出す。

 

―今は気を失って寝ているにゃ

 

 明石が言うと、赤城とローンが彼女に詰め寄る。

 

―どこにいるの?

 

―指揮官に乱暴なこと…してませんよね?

 

―ぅぅ…医務室にいるにゃ…あと変なことはしてないにゃ…

 

 困り顔の明石だったが、そんな彼女に救いの手を差し伸べるように低い声が聞こえた。

 

―大丈夫だよみんな、心配かけたね

 

 皆の前に翔一が顔を出した。

 

―あ、指揮官、もう動いて大丈夫なのか?

 

 エンタープライズが聞くと、翔一は”ああ、それより…”と続ける。

 

―隣の部屋でベルが眠っていたんだが…どういうことなんだ…

 

 加賀が答える。

 

―そうか、指揮官は見ていなかったんだったな

 

 いろはが続く。

 

―指揮官のブレスを自分につけたのよ

 

―え…?

 

 明石が詳しく説明する。

 

―ベルファストはWARSブレスを使ってWARSの力を自分に使ったのにゃ。姿はWARSのものじゃなかったけど、能力はとてつもなく上がっていたにゃ。KANSENとWARSの力を無理やり掛け合わせたから当然だけど、それもあってセイレーンを撤退させるまでの時間稼ぎはできたにゃ。でもブレスの影響でエネルギーを使いすぎて気を失ったのにゃ…

 

―そうか…そんなことが

 

 翔一が納得すると赤城が言う。

 

―指揮官様、申し訳ありませんでした。私にもっと力があれば指揮官様はあんなことには…

 

―いいんだよ、赤城。全員全力を出してあの様だったんだ

 

―しかし…

 

 気を落とす赤城に、翔一は優しく言う。

 

―でも、お前はしっかり生きて帰ってきた。俺にはそれで十分だよ

 

 そうして翔一は赤城の頭を撫でた。

 

―ぁ…指揮官様…

 

 赤城はとろけた顔をする。どさくさに紛れて彼女は翔一に抱き着こうとしたがローンに邪魔される。

 

―指揮官、私もとっても頑張ったんですよ

 

―ああ、よくやってくれた

 

 同様に翔一はローンを撫でる。

 

―ふふ…

 

 そして、いろはとオイゲンが近づく。

 

―じゃ、じゃあ私も撫でてもらおうかしら

 

―指揮官、私もちゃんと生きて帰ってきたわよ

 

 そんな光景にエンタープライズは苦笑いする。

 

―ははっ、腕が2本じゃ足りないな…

 

 一方、加賀は何も言わずジト目で翔一を見つめ、耳をピクピクト揺らすだけだった。

 

――――――――――――――――――――

 

母校、医務室―

 

 

 皆は帰港してそれぞれの居場所に戻っていった。中でも翔一はベルファストを抱え明石と医務室へ向かった。ベルファストを看病する、と医務室に居続けた翔一は、母校に夕日がさしたころには彼女を寝かしたベッドの隅に上半身を置いて眠ってしまっていた。

 窓からオレンジの光が差し込む部屋で、ベルファストは目覚める。

 

 ”ここは…母校の医務室……よかった、無事にみんなで帰ってこれたのですね”

 

 ベルファストは近くにぬくもりを感じる。翔一だ。

 

―…

 

 ”ずっとここで私を見てくれていたのでしょうか…?”

 

 ベルファストは上半身を起こすと、自分の愛おしい人の頭を撫でる。

 

 ”いつも私たちと戦って下さり、ありがとうございます”

 

 無意識に、ベルファストは微笑んだ。すると、翔一が目覚める。

 

―ん…ぁ…寝てたのか

 

―お目覚めですか…?

 

―ごめん、寝てしまっていたよ

 

 翔一も体を起こすとベルファストに目を合わせる。彼女の美しい顔に見惚れてしまう。

 

―しっかり、私のことを見てくれていたのですね?

 

―え…?

 

―なんでもありません

 

―…?

 

 何でもない話を終えると、ベルファストは翔一に口づけした。

 

―…おかえりなさいの、キスです…

 

―そ、そうか…

 

 翔一の知らない間に、ベルファストは素直に、彼に甘えられるようになったのであった。

 




にゃああああ!久しぶりの設定解説だにゃあああああああ!
今回はベルファストがWARSブレスを使った時の姿についてにゃ。あの姿は彼女も言っていた通り、寒冷地仕様の衣装にゃ。ちなみにthe animationのBlu-ray2巻についてくる限定着せ替えにゃ。かっこいい服にゃ。
何故あの格好になったかというと、WARSブレスでベルファストを無理やり強化しようとした結果、ブレスがベルファストの装甲を高めようとし、アーマー代わりに布面積の多いものを彼女の衣装ライブラリから持ってきたからなのにゃ!
分かったかにゃ?
それじゃあ、次回もお楽しみに!

WARSの設定についてはここ(ピクシブ)を見てにゃ
感想もよかったらよろしくにゃ
細かい設定、設定画はここ(ピクシブ)にゃ


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19話 最強の赤き戦艦 file1

 エンタープライズは夢を見ていた。

 

 幸せなものではない。ただ薄暗く、鉄と油の匂いがする海に独り立っているだけの夢。悪夢だ。

 彼女の前にかかっていた霧はやがて晴れていく。

 

―指揮官…私はあと何隻沈めれば良いんだ…

 

 そう呟くが、遠くには自らが破壊したセイレーンの残骸が山のように転がっていた。量産型がゴミ箱に投げ捨てられるちり紙のように横たわっている。増援の気配もない。

 彼女の前には、人類の敵とはいえあまり気分の良くない光景が広がっていた。

 しかしなんてことはない、いつも通りに敵をやっつけただけだ。誰からも呟きの答えがないのは、いつも通りに仕事をしたからだ。

 エンタープライズは静かに俯いた。

 いつも通りの仕事の後、1つ、いつも通りではない異常を見つけた。

 それは彼女の足元に投げ出されている"ヒトの形"の数々だった。砲身はひしゃげ、腕や足はありえない方向に曲がり

、顔は判別できない程の損傷を負うモノもあった。

 

―ぁ…ぁぁ…みんな……

 

 一歩右足を下げた。

 

―私は…私は……

 

 右足の裏に柔らかいものがあるのに気付く。

 軍服に包まれた真っ赤な肉。彼女の知る限り、赤い体の組織を持っている者は1人しかいない。

 軍服が赤く染まっていく。

 

―ぁぁああぁああああああ!!!

 

 灰色の亡霊は、暗い海上で燃える兵器達の中心で叫んでいた。

 

――――――――――――――――――――

 

翔一の部屋—

 

 

 日の出はとうに過ぎ、カーテンの隙間から僅かに日の光が部屋に差している。そんな中、最近では珍しくもない温かくそして柔らかな感覚の中で翔一は目を覚ました。そして、

 

―今日も来たのか…

 

 彼は目の前の、枕より柔らかく白い布を全身に覆うヒトに言った。その相手も彼に小さく答える。

 

―ああ、おはよう、指揮官

 

 夜にはいないのに毎朝なぜか彼のベッドに入り込む彼女はそう言うと、ほんの少しその顔を彼に近づけた。鼻に触れた赤い髪がくすぐったい。

 

―おはようモナーク…

 

 そう、モナークだ。そしてそろそろ起きなければと、翔一は体を起こそうと思うと、彼女は小さく彼に息を吹く。

 

―ふふっ

 

 幸せそうな表情を見せる彼女に思わず翔一も癒され、そして尋ねる。

 

―どうしたんだ?

 

 すると、彼女は翔一の額に優しく自分の額をつけた。

 

―愛おしいんだ…お前が

 

 彼女の心の奥底から注がれる言葉を浴びて翔一は鼓動を速くする。

 

―そ、そうか…

 

 上手く言葉が出てくることがなく若干困っているとモナークは続ける。

 

―お前は、どうだ…?

 

 彼女の純粋な、真っ直ぐな瞳に吸い込まれ、翔一は言葉を失った。

 

―…

 

―ふふっ…言葉で言うのが恥ずかしければ、行動で示してくれてもいい

 

 そしてモナークは溶けるような甘さをその吐息に乗せて囁いた。

 

―指揮官…口付け……してくれ

 

 彼女は目を閉じる。

 と、同時に部屋の扉が開いた。凛とした声が翔一とモナークを包む。

 

―モナーク様、そう毎日ベッドに入り込んでは、流石にご主人様もお困りかと思いますよ

 

 2人の前に現れたのは翔一の専属メイド、ベルファストであった。怖いほど事務的な話し声に、怒っているのかと思ってしまう。

 

―ベ、ベル…!?

 

 この前彼女には自分のこともしっかり見てくれと言われたのに、不可抗力とはいえ、それとは真逆の様なところを見られてしまうととても気まずい。

 そんな彼の気を知ってか知らずか、モナークはまたもや純粋な眼差しを彼に向ける

 

―そうなのか?指揮官

 

―え…いやぁ…えぇっと…

 

 困るというか何というか、起きると目の前にモナークが居ること、赤城のこともあるが、そういう事には良いのか悪いのか、もう慣れてしまった気がする。

 流石にさっきの"口付けしてくれ"という頼みは困ったが。

 翔一が言い淀んでいると、モナークはベルファストに言う。

 

―私が指揮官とこうしているところを見て、嫉妬しているのか?

 

―なっ…!

 

 ベルファストは図星をつかれたような顔で言葉を失い、みるみるその頬を赤くする。それにモナークはもう一打加えた。

 

―ふふっ…ならばお前も指揮官と密着すれば良いだろう…こうやってな…

 

 モナークは翔一の片腕にしがみつき、ぎゅっとそれを抱き寄せた。彼の腕を包む2つの柔らかさは、その心までも包んでいきそうなほどだ。

 そんな光景にベルファストはより一層頬を染めると、モナークの言葉に一瞬考えた様子を見せた。

 

―ま、まずはご主人様、そろそろ起きてください。遅刻してしまいますよ

 

―そ、そうだな、すぐ着替えるよ

 

 翔一は着替えようと急いでベッドから降りる。そんな彼を、モナークは可愛いいたずらをする子供を見つけたような目で送った。

 そしてベルファストは彼に足早に近寄り、彼の寝巻きの裾を掴んだ。不思議そうに翔一は彼女を見る。そして彼女はそんな彼を見つめる。

 今度は消え入りそうな声で、しかし衝撃的な言葉が放たれた。

 

―…きょ、今日の夜からは…ご主人様と添い寝させていただきます…

 

―え…?

 

 翔一は気の抜けた返事をしてしまう。

 そしてベルファストは少し背伸びして、彼の唇に自分の唇をつけた。

 

―んっ…

 

 ほんの一瞬の後、彼女は離れるともう1つ言う。

 

―最近はモナーク様がいつもご主人様のベッドに入り込んでいるのでしょう?このまま貴方が堕落しないよう、措置を取るだけでございます。これもご主人様へのご奉仕の一環なので、遠慮なさらくてよろしいですからね?

 

 一瞬、先程のキスよりは長い瞬間の時間が流れる。それにしても、モナークが毎日ベッドに入り込んでくることで堕落してしまうのだろうか。

 考えた直後、

 

―いやいやいやいやちょっとまてぇ!

 

 そうツッコミを入れた翔一は続ける。

 

―俺はモナークのこの行動を受け入れたわけでは…

 

 必死とも思える言葉を放った翔一。

 しかし、それを聞いたモナークは心底落ち込んだ表情を彼に向け、もはや恐怖を覚えていそうな、今にも泣きそうな顔で言う。

 

―嫌…だったのか……す、すまない…私は…

 

―な、ちょっ…ちょっと……何も嫌ってわけじゃ…

 

 翔一はいつしか見たようなモナークの表情に そしてベルファストも同様、彼女の異常なまでの反応に心配を隠せない表情を浮かべた。

 

―本当……か…?

 

―本当だよ

 

 翔一がそう答えると、モナークは心底安心した微笑みを見せた。

 翔一とベルファストが一息つくと、

 

 ”ガチャッ”

 

―指揮官様~

 

 万遍の笑みの赤いヒトが扉の前に立っていた。

 

――――――――――――――――――――

 

執務室―

 

 

―はあ…やっと朝ごはんが食べられるぞ…

 

―お前も毎日大変だな、指揮官

 

 出撃から帰った後より疲れたような表情の翔一と、そんな彼に悪気なく微笑みかけるモナークは、ベルファストが用意していた朝食を前に言葉を交わしていた。彼の傍でベルファストは苦笑いを浮かべている。

 あの時赤城が部屋に現れどうしたものかと思ったが、結局なんとかなった。過酷な戦い過ぎてその時のことはあまり思い出したくないが。

 と、一瞬その時の光景が頭に浮かぶ前に翔一は朝食を食べ始める。

 

―ベルの料理はいつも美味しいな、毎日食べたいくらいだよ

 

 思わず口元が緩んでしまう。それはモナークも同様だったらしい。

 

―ああ、美味だ

 

 ベルファストは彼らの言葉に目尻を下げた。

 

―あの…ご主人様…

 

 すると彼女は若干頬を染めて翔一に言う。

 

―ん?

 

―毎日お作りしても…よろしいのですよ…?

 

 作るとは食事のことだろう。そんな彼女に翔一が言うことはもちろん決まっている。

 

―作って欲しい…毎日、ベルの料理が食べたいよ

 

 彼も照れながらであるがそう言うと、ベルファストはその表情に大輪の花を咲かせた。

 

―はい、このベルファストにお任せくださ…

 

―はい!この"赤城"にお任せください指揮官様ぁ!

 

 元気に部屋に入ってきたのはまたもや赤城だ。そして、

 

―ベルファストさんが朝ごはんなら、ジャベリンはお昼のお弁当作っちゃいますね!指揮官!

 

 どこから来たんだジャベリン。

 

―指揮官は食事を作って欲しいのか…ならば、この最優たるモナークが料理に腕を振おう

 

 今日も元気に母校の1日は始まりました。

 

――――――――――――――――――――

 

母港の体育館―

 

 

 そろそろ日が一番高い位置に登ろうかという頃。母港の一角では、玉を弾ませ走り回る少女たちの姿があった。

 オレンジ色の球体が宙を飛び交う。バスケットボールだ。

 激しく響くボールの音は、5対5で繰り広げられる勝負が白熱している証拠だった。KANSEN達は次から次へとパスをされるボールのごとく駆けまわり汗を飛ばす。ゴールを取り、取り返され、互いの優勢を譲り合わない戦いはしばらく続いていたが、遂に試合終了の時が来るその直前、

 

―よっ…!

 

 ブレマートンの投げたボールが、彼女の目の前にいたボルチモアの手のすぐ上を通り過ぎる。

 

―…あっ…!

 

 ”ぱすっ”と気持ちの良い軽い音と共に、ボールが赤い輪を抜けた。

 

―ふふっ

 

 その様子を眺めたブレマートンが満足そうにその大きな胸を張る。直後、試合終了のブザーが、しかしそれまでの熱気を逃がさんとするような音がコートを包んだ。

 そんな中、敗北を理解したボルチモアが息を切らして言う。

 

―はぁ…はぁ…もう少しだったけど、駄目だったか…

 

 最後にシュートをうったブレマートンを前に、彼女は両手を両膝に当てた。

 そしてボルチモアの目線の先、ブレマートンが返す。

 

―いやぁ、やぁっと連敗を断ち切ったよ。手強かった

 

―ははっ、そうだな。今回は負けてしまったけど、良い勝負だったよ

 

 ブレマートンは"そうだね"と続ける。

 

―でもっ、次も負けない!

 

 たった数言の2人のやりとりから、彼女達の純粋な友情の他に、ライバル的な気も見えていた。

 そんな彼女達の周りでは、

 

―ん…まけちゃった……

 

 ボルチモアと同じチームだったラフィーは、コートの端で俯き加減で立ち尽くしている。その眠そうな瞳の奥には、少しの惜しみを写していた。

 そんな姿に、ボルチモアは優しく語りかける。

 

―悔しいかい?

 

―うん、ちょっと…

 

 そう言って眉を下げるラフィーにボルチモアは続ける。

 

―じゃあ、楽しかったかい?

 

 彼女のそんな問いに、今度ラフィーは目を細めた。

 

―ん、楽しかった。ラフィー、1回だけだけどゴールに入れられた

 

 ラフィーは先程より弾んだ声色を響かせた。ボルチモアは安心したように微笑む。

 

―ふふっ…ラフィー、スポーツは勝ち負けではなく、楽しむことが一番大切なんだ

 

 そして彼女の頭を撫でてもう1つ言う。

 

―まあ、今日は負けてしまったけど、また今度一緒にやろう。その時は、きっと勝とうな

 

 ラフィーは撫でられる手が心地いいのか、猫のように目を閉じて、そして猫と言うには若干元気過ぎる声を出す。

 

―うんっ

 

 そうして輝いた表情を浮かべる2人の様子をリノが眺めていた。

 

―おお…ボルチモア、ヒーローみたいっ

 

 そして同じく目を輝かせるリノや他のKANSEN達を、体育館の入り口でエンタープライズは見ていた。

 

 彼女の鼻より上は、軍帽で影が作られている。

 彼女は独り呟いた。

 

―勝ち負けではなく…楽しむこと………

 

 言葉に出すことで今朝の夢の恐怖を紛らわす。しかし声を出したとて、夢での孤独感は変わらなかった。

 いつまであんな夢を見るのだろうか。今となってはいつからあの夢を見ていたのかは覚えていなかった。

 

 秘書艦の仕事がない時は、ただわけもわからず砂浜で座っていた。

 その時何故だか彼女を癒していたのは、雲一つない空から差す太陽の光だけだった。

 曇りなら、一日気分が沈んだ。雨なら、不安に苛まれた。

 そしていつも決まって雲一つない日に、彼女をセイレーンが阻んだ。

 

 だから沈める。

 

 指揮官、教えてくれ。私はあと何隻沈めればいい。

 

 教えてくれ。

 

―どうしたの?エンタープライズ…

 

 彩度が無くなっていた風景に突然と柔らかい赤が塗られた。彼女は目の前にブレマートンが来た事を理解する。

 ブレマートンは眉を八の字に、エンタープライズを見つめている。

 

―はっ……あ…いや…ちょっと…考え事を………

 

 彼女のはっきりとしない物言いと色の無い声で、ブレマートンは更に心配の表情を見せた。

 

―ほんとぉ?…"ちょっと"って感じの顔じゃないけど

 

 そう言ってエンタープライズの目を覗き込むブレマートン。しかしエンタープライズはそれから逃げるように、帽子のつばの影を深くする。

 

―何でも…ないんだ…

 

 尚も暗い表情の彼女に、ブレマートンは思わず詰め寄ってしまう。

 

―ねぇエンタープライズ…最近、元気ないよ…?

 

 ブレマートンがいつもの明朗さを欠いてまでエンタープライズに尋ねるのは、それもそのはず、彼女がそうなる程に、エンタープライズの姿が負の様相を極めていたからだ。

 ブレマートンは更に続けるがしかし、

 

―何か不安があるなら、いつでも頼って良いんだよ?……私ならいつでもっ…

 

―ほんとに何でもないんだ!!!

 

 体育館に"ほんとは何でもあります"という叫びが響いた。そんな突然の大声に、彼女の目の前にいるブレマートン以外からも注目を集めてしまう。

 

―…っ

 

 ばつが悪いと思ったか目だけで周りを見渡したエンタープライズは、気まずそうに、微妙に歪んだ表情のまま走り去った。

 

―あっ…

 

 廊下の角に消えていくエンタープライズの背中に伸ばそうとした手は腰の上あたりで止まる。そして彼女の気を悪くしてしまったかという気苦しさで、弱々しく拳が握られた。

 

――――――――――――――――――――

 

 

執務室―

 

 

 高く登っていた日がもうすぐ空の表情を赤く染める頃、口を真一文字に書類仕事に勤しむ翔一とベルファストがいた。

 今日は特に作業量が多く、眼前のモニターを見つめる目は先程から睨みが効いている。そうしていないといつの間にか寝てしまいそうだ。

 

―…

 

―…

 

 かれこれ、昼時が過ぎてもキーボードを叩く音が部屋に響いている。不規則なテンポで刻まれる音は、不思議と執務室の静けさを感じさせた。

 そんな中、ベルファストから翔一を挟んでその隣。そこには彼らと同じく仕事を処理するエンタープライズの姿があった。しかし彼女には、これから顔色を赤く変える空の様な温かさはなかった。その表情はむしろ逆に、冬の夜よりも冷たいようだ。

 翔一はエンタープライズに目を向ける。

 長いまつげで瞳を隠し、手をキーボードに乗せたまま、少したりとも動かない彼女の姿が翔一の目に映し出される。

 

―………

 

 彼女は決して眠っているわけではなかった。ただその目は無を覗いている。

 

―エンタープライズ、どうしたんだ…?

 

 翔一は半身を彼女に向けて言った。そんな彼の行動でベルファストもエンタープライズの異常に気付いたらしく、その前髪を揺らして翔一の奥を彼の肩越しに見やる。

 エンタープライズは昼の休憩中、ユニオンの方に顔を出すと言って、そして帰ってくるなり気分を落とした背中を翔一達に向けていた。

 今日の事を抜きにしても彼女は最近あまり元気がない。少し前、当然のように彼女の機微な異変に気付いたベルファストは、彼女に何かあるのかと問うていた。しかしその本人は毎回、何もないと言うので、変に気を使うのは控えていた。

 とはいえ、翔一は今目の前の状況を放っておくわけにもいかない。エンタープライズがこのように動きを止める異常をきたした事は流石になかったので、彼は声をかけたのだ。

 

―…

 

―…

 

 しかし、何の反応もない。翔一は思わずベルファストに目をやると、彼女も彼に目を合わせた。その瞳には心配の表情を浮かべている。

 今度、翔一はエンタープライズの肩を軽く掴み、もう一度その名を呼ぼうとするが、手を触れた瞬間、

 

―はっ……

 

―おお…大丈夫…か?

 

―ぁ…指揮官…

 

 突然気がついたエンタープライズに不意に驚いた翔一を見て、彼女は自分が今まで何もしていなかった事を自覚する。

 

―す、すまない…ぼうっと…していた…

 

 そう言って申し訳なさそうに俯く彼女に、翔一はもう片方の手を彼女の肩に乗せる。

 

―エンタープライズ…一旦、休め……な

 

 諭すような彼の言葉はしかし、彼女には届かない。

 

―いや、その必要はないんだ、指揮官……具合も、悪いわけじゃない…

 

 尚も目を伏せ続けるエンタープライズを翔一は見つめる。

 確かに体調という面では悪いわけではないだろう。しかし、

 

―何か、心配事があるんじゃないのか…?

 

 エンタープライズは精神的に迷いがあったり、弱っていると翔一は思った。だからと言ってこんなにストレートな聞き方が正しいのか分からないが、言葉を紡いだ。

 すると、出撃時の指揮艦で、いつも彼の隣にいるヒトの声が執務室に響いた。3人は一斉に翔一のモニターを覗く。

 

―指揮官、ちょっと話があるから画面繋いでにゃっ

 

 




エンタープライズ…どうしちゃったにゃ…

WARSの設定についてはここ(ピクシブ)を見てにゃ
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19話 最強の赤き戦艦 file2

―指揮官、ちょっと話があるから画面繋いでにゃっ

 

――――――――――――――――――――

 

海上―

 

 

―あれか…

 

 翔一は指揮艦のブリッジから呟いた。

 今、彼をブリッジの窓と隔ててその遠くにあるのは、指揮艦と丁度同じくらいの大きさの灰色の雲だった。

 

―そうにゃ。もう一度確認するけど、あの雲は多分、鏡面海域が発生する前兆にゃ

 

 彼の隣で明石が言う。

 エンタープライズの異常を心配し、気にかけていた翔一達だったが、現在彼らは明石からの連絡を受けて出撃していた。

 明石は委託に出ていたKAN-SEN達から、航路に小さく怪しげな雲が発生していたという報告を受け、細かく解析を行ったらしい。その結果、鏡面海域のようなエネルギー反応があると分かり、翔一に出撃の願いを出したのだ。

 そんな中、今指揮艦を囲って航行しているのは、前衛に、ベルファスト、ローン、リノ、ボルチモア、ブレマートン。主力にモナーク、エンタープライズ、赤城、加賀だ。

 エンタープライズには明石からの連絡の後出撃せずに休んで欲しいと伝えたが、出撃すると言って聞かないので彼女にも海域に出てもらうことにした。

 

―鏡面海域…KAN-SENたちの偽物が出てくる可能性があるということだな

 

 翔一はそう言って明石に顔を向けると、彼女は静かに頷いた。

 翔一は正面に向き直し、KANSEN達に指示を出す。

 

―赤城、加賀、エンタープライズはあの雲に戦闘機を発艦、警戒させてくれ。俺もアイテールで行く

 

―"了解!"

 

―…了解

 

 一航戦の姉妹はいつも通りの反応だったが、エンタープライズはそうではなかった。

 やはり何かに気を取られたような様子で、俯きがちに戦闘機発艦の準備をしている。

 力強く引っ張った弓から、弱々しく鉄の翼の矢が放たれる。向かう先はもちろん灰の雲。左右に揺れて機体を安定させるその尾翼の動きは、エンタープライズの様子も相まって、機械にはないはずの迷いにさえ見えた。

 続いて翔一は前衛のKAN-SEN達に指示を出す。

 

―前衛とモナークはその場で待機、すぐに戦闘開始してもいいように備えておいてくれ

 

―"了解!"

 

 そして翔一はエンタープライズの後ろ姿を瞳の奥に小さく映し、立ち上がる。

 

―行ってくる

 

―気をつけてにゃ

 

 明石はブリッジを出る翔一を見送った。程なくして彼は両足で甲板を掴むと、左腕を構える。WARSブレスが出現すると、舵を回し、ブレスの小さな画面に空母のマークを表示させる。

 

―エンゲージ!

 

 一瞬だけ翔一の両眼が金に輝くと、彼の胸に青く煌めく立方体が浮かび上がる。それを中心として翔一の体は白と赤と黒の強化皮膚に変化していく。そして全身に金のラインが走ると、軍帽型に変化した頭に碇のエンブレムが現れた。

 最後に翔一の変身が完了した合図が鳴り響く。

 

 "WARS AETHER ENGAGED"

 

 普段は通常形態に変身するところを、今回は早速アイテールの固有武器"グレイフライヤー"を使うために、最初からWARS AETHERとなった。

 WARSは発艦させたグレイフライヤーを見送りつつ、エンタープライズの側に降り立った。彼女は少し驚いた顔を見せると、若干気まずそうな表情を見せる。

 WARSは無線を使わず彼女に話しかけた。

 

―エンタープライズ…本当に大丈夫か

 

 彼女を案じての言葉だった。

 

―…良いんだ、指揮官……気に、しないでくれ…

 

 WARSは彼女の横顔を見つめると言う。

 

―…分かった

 

 正直気にしてしまうが、これ以上彼女に言っても逆効果だろうとWARSは素直に引き下がった。

 最後に彼は柔らかい声で言う。

 

―だが、油断したり警戒を怠る事はするなよ

 

―ああ

 

 彼女は優しい顔を見せ、そう返した。その表情は、酷く疲れたような微笑みだった。

 WARSは彼女に頷いてもう一度飛び立った。向かった先はモナークの隣だ。

 再び無線は使わずに話しかける。

 

―モナーク

 

―ん…どうした指揮官。無線を切ってまで話など

 

―いや、少し…エンタープライズの事についてなんだ

 

―…ああ、何やら様子がおかしいようだな

 

 少し怪訝な顔を向けていたモナークだったが、WARSの小さな声に彼女は合点がいったらしい。

 モナークもエンタープライズの異常に気付いていたようだ。

 

―それで、なんだ?

 

 彼女は豊かな胸の下で腕を組んで聞いた。

 

―お前も気付いている通り、エンタープライズは今、心に何か抱えてる。その影響で彼女の戦闘に支障が出ないとも限らない。だから…

 

―守れ、ということか?

 

―あぁ、うん…そういうこと…

 

 先程から言いたい事を当てられ若干困惑するWARSに、モナークは微笑む。

 

―お前の言いたい事は分かる。それ程までに私の心は……いや、なんでもない。とにかく、あの者が極端な危険に遭わないよう、援護すれば良いのだな?

 

―ああ、任せられるか?

 

 WARSがそう言うとモナークは即答した。

 

―もちろんだ。だが、お前が危険な目に遭えば、私はお前の身を優先する。それがKAN-SENの仕事でもある

 

―…そうだな

 

 彼女の言葉に、翔一は一抹の違和感を覚えた。はっきりしたその違和感の正体は掴めずに、WARSは少し考えるように俯く。

 モナークはそんな彼の様子に気付いた。

 

―ん…?

 

 問うように呟くと同時に、彼女は腕を組み直した。当然の如くその柔らかな胸が持ち上げられる。

 考え事で若干俯いていたWARSの細長い目に、不意にその景色が映された。少し気まずくなる。

 

―あ…

 

―どうしたんだ、俯いて

 

―い、いや…何でもない

 

 今彼の顔はしっかりとモナークの胸の方を向いてしまっている。それに気付いた彼女は少しだけ頬を染め、からかうように言う。

 

―…ふふっ……これが気になるのか…?

 

 モナークは腰を曲げ、上目遣いにWARSを見ると彼に近付く。

 

―あ、いや…そういうわけじゃ…

 

―恥なくていい…それに私は…お前が望むのなら…いつでも……

 

 モナークの言葉は、警戒していた雲に変化があった事で打ち止められた。そして普段の凛々しい横顔を見せる。

 

―と、言っている場合ではないようだ

 

 そう言い終わる頃には、KANSEN達の頭上に灰の雲が広がっていた。

 

――――――――――――――――――――

 

 

 頭上に雲が広がったかと思うと同時に、嵐のような風が吹き荒れた。波は荒れ、飛沫が皆を襲う。近くにいたモナークは荒波に囚われWARSから離れてしまう。

 

―皆様!はぐれないように気をつけて!

 

 ベルファストが叫ぶと同時に、今度はWARSに近づく者がいた。

 

―きゃっ、指揮官様っ、赤城は指揮官様が私とはぐれないように、しっかり掴まっていますからねっ

 

 荒れ狂う天候に対抗するように、目を輝かせながらWARSにしがみつく赤城を、彼は受け入れた。自分でも不思議なことに赤城を抱き止めると、片手を彼女の後頭部に優しく手を当てる。

 

―ああ、ちゃんと掴まってろ…

 

―え?…あ……ん…

 

 彼に情熱的なアピールをし続けるも、うまくすり抜けられてきた赤城にとっては、今の彼の行動には疑問もあった。しかし彼に抱きしめられ、そして見ただけでは冷たく思える、彼の硬く温かい体を全身で感じることで、彼女の頬はたちまち赤く染まり、力が抜けてしまう。

 彼からもちゃんと掴まっていろと言われた矢先、ふにゃりとしてしまった事に少しの情けなさを覚えたが、彼に甘えたいと言う気持ちがそれを上回っていた。

 一方、翔一はモナークの言っていた事を思い出した。というより、その事を考えていたから、赤城を抱きしめてしまった。

 

 "俺が危険な目に遭えば、モナークは俺の身を優先する"

 

 モナークでなくともKAN-SENであれば皆そうするだろう。しかし、それがなんとなく気掛かりだった。

 止まない嵐の中で深く考える。

 自分が危険な目に遭えば、他のKAN-SENはどうなる。

 自分の力が及ばず、他の誰かに危害があったらどうなる。

 もしかしたら、かつてのベルファストのように…

 そして翔一は考えた末に結論を出した。簡単な結論だ。

 

 俺は皆の為に戦う……"力"がなければ…

 

 意思を固めた。それを示すように、赤城を抱きしめる力が少し強くなる。腕の中で、彼女が小さく震えるのを感じた。

 しばらくして嵐は段々とおさまり、夜の海のように暗く、冷たい景色が広がっていた。

 

――――――――――――――――――――

 

 

鏡面海域―

 

 

 風はないが尚も広がっている灰色の雲は晴れる気配がない。

 WARSは周りを見て、そしてKANSEN達の位置情報を感覚で知る。どうやら先の嵐ではぐれた者は居ないらしい。抱きしめていた赤城を見る。彼女は熟す寸前の様な林檎の頬をして彼を見つめたと思うと、すぐに目を逸らした。しかし彼女の両腕は未だ彼の太い胴を捕まえている。

 

―赤城、もう大丈夫だ

 

―はい…

 

 WARSが赤城の肩を軽く掴むと、彼女は名残惜しそうに離れた。

 一瞬の静寂が訪れる。暗く怪しい海の上には似つかわしくない一瞬の平穏。それが過ぎると、次はWARS達の前に大きなひびが出来た。ガラスが割れた様な、黒い歪な線の塊だ。空間に亀裂が走っている。

 そんな光景に加賀は言う。

 

―っ…来るか…!

 

 その声の直後、モナークから通信が入る。

 

―指揮官、エンタープライズが居ないぞ

 

 そしてローンが続く。

 

―あら、少し前までは肉眼でも見えていましたが…どこに行ってしまったんでしょう?

 

 翔一もそれに気付く。先程までレーダーにも反応があったが今は何もない。

 一方、ボルチモアとブレマートンはエンタープライズの身を案じる。母校でのことも相まって、2人の彼女への心配は他のKAN-SENより大きい。

 

―エンタープライズ…どこに…

 

―波に飲まれた…なんてこと無いよね…

 

 再び静寂が訪れた時、彼らより遠方から白い影が飛んでくる。

 

―みんな、すまない。遠くに流されてしまったよ

 

 WARSはボルチモアとブレマートンに迫る彼女を見つめる。

 

―”エンタープライズ!”

 

 2人はエンタープライズの無事を喜ぶように彼女に近づいた。しかし、

 

 "ダンッ"

 

 エンタープライズの胸に穴が空いた。そこから、黒い光の粒子が噴き出す。

 2人は突然の出来事に目を見開き、恐怖を覚えたような表情を浮かべた。

 

―ぁあ…!

 

―な…

 

 彼女に空いた大穴から小さく、レールガンを構えたWARSの姿が見えた。ただ作業をしただけ、という様なその出立ちに思わず2人の心は縮み上がったが、彼から通信が入る。

 

―偽物だ…メンタルキューブで構成されていない

 

 ボルチモアはゆっくりとうつ伏せに倒れたエンタープライズを見るとそこから溢れるものに気付いた。

 

―本当だ…黒い…

 

 ブレマートンも彼女に続く。

 

―ブラックキューブで作られているのね…

 

 皆が黒い光となって消えていく偽エンタープライズを見届けると、今度はひびが入った空間が割れ、そして聞き知った声が聞こえて来る。

 

―あら、見破られちゃったのね

 

 割れた空間の中、暗闇から現れたのはオブザーバーだった。彼女のタコのような艤装には、エンタープライズが囚われている。これは今度こそ本物だ。しかし、彼女の抵抗も虚しく、腕からは脱出できない。

 オブザーバーは呟く。

 

―ゆっくりデータを集めたかったけど……もう少しやり方を考えた方が良いかも知れないわね…

 

―どう言うことだ

 

 WARSは静かに言うと、エンタープライズを掴むオブザーバーの艤装の腕を、新たに自らの手に出現させたレーザーで焼き切る。

 黄色い斑点のある、黒く太い腕と共に落ちるエンタープライズをモナークが抱き止めた。モナークの目がオブザーバーを睨む。

 

―っ……まったく…容赦のない男ね…

 

 オブザーバーは"まあいいわ"と更に続ける。

 

―さ、今日も貴方たちの相手は私じゃないわよ

 

 そんな言葉にローンは楽しそうに口を三日月にする。

 

―なら、どんな子が来るのでしょうねぇ

 

 ローンを一瞥したオブザーバーは"ふっ"と笑うと言い放つ。

 

―コンパイラー、行きなさい

 

 彼女が言うと同時にWARSは、ローンの真下の海中に、新たな敵の反応を感知した。

 

―…!

 

 WARS AETHERの特殊能力故に、ギリギリのタイミングでコンパイラーのステルスを看破出来たがもう遅く、その魔の手がローンに迫る。

 

―…情報収集モード、起動

 

―ローン…!

 

 WARSは彼女に叫ぶしか出来ない。

 

―ん?

 

 すると、ローンの周囲に幾本のケーブルの様なものが飛び出す。それが彼女の手足を掴んだ。

 

―っ…!…何これ!

 

 突然と拘束され、苛立ちを覚えたローンは歯を噛み締めた。抵抗は受け付けず、それどころか暴れるほど拘束の強さは大きくなるばかりだった。しかし、掴まれるだけで特に攻撃のようなものはない。

 とはいえ放って置くわけにはいかないため、WARSは皆に指示を出す。

 

―俺はノーチラスでコンパイラーの相手をする。他はオブザーバーへ攻撃!

 

―"了解!"

 

 WARSはブレスの舵を回して、その画面に潜水艦のマークを表示させた。

 

 "NAUTILAS DEFORMATION"

 

 WARS NAUTILASに変身した彼は早速海中に潜ると、ローンの真下にいるコンパイラーに迫っていく。ふわりとした青い光は、段々とはっきりとした形となった。クラゲの様な姿の彼女は顔を彼に向けると、触手のように揺れるケーブルを彼に放つ。そして彼の腕に巻き付いた。

 

―…!…ローンのデータ…?

 

 そんなことを言う彼にコンパイラーは驚いた様な表情をすると、間もなく巻き付く力を緩めて言う。

 

―やっぱり止める…

 

 WARS NAUTILASの特殊能力を恐れてか、ケーブルでの攻撃はしないと判断したらしい。

 WARSはケーブルに触れていた一瞬の時にコンパイラーの記憶装置のハッキングを行っていた。その時ローンの情報が記憶されていたことから、セイレーン達は彼女のデータを何かに使うのだろうと、彼は考えを巡らせるのだった。

 一方、彼以外のKANSEN達はオブザーバーへの攻撃に集中していた。

 オブザーバーは空母の艦載機を迎え撃ちつつ、そして降り注ぐ砲弾をかわしながら言う。

 

―1人で相手にするのも骨が折れるわ

 

 すると彼女の後方で空間が割れ、そこから量産型が這い出てくる。巨体故にゆっくりと海を掻き分けて迫るように見えるそれらは、今までに類を見ない程の数だった。

 

―多いな…

 

 加賀は目の前で蠢くその船の群れを見て言った。それにエンタープライズは続く。

 

―しかし、沈めなければ…全部…

 

 そうして静かに呟く彼女を赤城は一瞥した。そして、言い放つ。

 

―これくらいの敵、私1人でも十分だわ。それにしても貴方、さっきのような様で本当に戦えるの?

 

 蔑んだような瞳の赤城に、エンタープライズは自信を無くしたように俯く。

 

―足手まといになるなら、指揮官様の為にもいない方が良いわ

 

―…っ

 

 赤城の言葉に、エンタープライズは己の内から無力感が湧き出る。彼女は敵艦を睨むことしか出来なかった。

 しかし、そんなことがありながらも彼女達は艦載機を飛ばし爆弾の雨を降らせている。

 一方、前衛艦達は波を蹴立ててセイレーンの量産型に迫っていた。

 魚雷を張り巡らせ敵の行き場を限定し、撃ち出す砲弾で敵の力を削ぐ。

 バラバラとプロペラの音を轟かせる艦載機と砲弾の爆音の中、リノは興奮気味に言う。

 

―なんかヒーロー達の総力戦っ、て感じだね!

 

 そんな彼女にボルチモアが言う。

 

―ああ、でも流石にこの量…しかも倒してもまた新しく出てくる…キリがないぞ

 

 しかし指揮官が帰ってくれば。そう思った時、その彼が相手にするコンパイラーに変化があったようだ。

 

―くっ…損傷甚大。撤退を提案…

 

 すると、ローンを掴んでいたケーブルが彼女を離れていく。

 

―逃がさん…

 

 WARSは静かに呟き、自らの周囲にトーピードを発生させた。戦闘に特化していないコンパイラーでは、時間の問題でWARSに轟沈させられてしまう。

 そんな時、

 

―…仕方ない、撤退しなさい

 

 オブザーバーは少し考えつつも指示を出した。WARSからしてみれば嫌な指示だったが、彼女の声の直後、たちまちコンパイラーはWARSの前から闇に姿を消していった。

 

―…

 

 WARSが繰り出したトーピードは行き場を失い、何もない場所で爆発する。敵を沈められなかった惜しみは目の前で弾ける水泡となって消えた。

 そして、WARSは次にやるべき事の為、海面へと黄色く光る目を向けた。

 水上に上がるまでの時間は1分とて掛からない。ものの十数秒で足を海面につけると、近くのローンを見る。

 

―指揮官…

 

―ローン、問題ないか

 

―はい、損傷は全くありません…でも…

 

 そしてオブザーバーを睨む。

 

―何をしたか知りませんが…私をここまで阻むなんて……許せないっ…!!

 

 そう言って文字通り牙を剥くローンは、今にも標的に襲い掛からんとする狼のように吠えた。即座に2度、3度と彼女の主砲が放たれオブザーバーを襲う。

 

―んっ…危ないわね、そんなに焦らないで頂戴

 

 ひらりと砲弾を交わし背後に海水の飛沫を携えたオブザーバーは、片手を前に出すとホログラムを表示させ、何か操作すると言う。

 

―そろそろこの子と遊んであげて…もう一度ね。今度は前回のようなことはないから、存分に楽しみなさい

 

 妖しく微笑むと彼女は闇へと消えていった。そしてその入れ替わりに海に降り立つ赤い人型セイレーンがいた。

 

 




 なんか出て着たにゃ!?

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19話 最強の赤き戦艦 file3

 

―ストレンジャー……か…

 

 WARSが呟く。

 彼らはこのセイレーンによって窮地に追い詰められたことを思い出す。凄まじい強さのストレンジャーに、WARSが変身解除にまで至ったこともあった。WARSブレスを使ったベルファストが何とか対応できていたようだが、今回も正直、このストレンジャー相手に善戦できる気がしない。そう思わざるを得ない程に強大な存在だった。

 更に、自らのレーダーに頼らずとも周囲を見渡せば、量産型の敵艦はまだかなりの量である事が分かる。KAN-SEN達が抑えているとはいえ、これでは消耗するだけなのは目に見えていた。

 

―だが、やるしかない

 

 自分に言い聞かせるように口に出すと、WARSは皆に指令を出す。

 

―量産型は今まで通りに対応してくれ!ローンは俺とストレンジャーの相手だ!

 

―"了解!"

 

―ふふっ…指揮官と2人で強大な敵を破壊する…ぞくぞくしちゃいますっ

 

 赤城の視線を感じたが今は気にしている場合じゃない。

 WARSは全速力でストレンジャーに迫る。

 

―ローン、援護!

 

―はぁい

 

 ストレンジャーから放たれる砲弾を交わし海を蹴るWARSは、ローンに言うと同時にフォームチェンジする。

 ブレスの舵を回し、巡洋艦のマークを表示させた。

 

 "WARS DEFORMATION"

 

 ストレンジャーから見れば12時の方向からWARSが迫り、2時の方向からローンの砲撃が来る。

 徹甲弾は腕で弾き、榴弾は全て交わすという、器用な荒技を見せる姿にローンは舌打ちするが、WARSがストレンジャーに掴みかかった事で1発だけ榴弾を食らわせることが出来た。ストレンジャーとWARSを中心に爆発が起こる。

 しかし"ガン"と殴られた音と同時に、彼らを包んでいた爆煙から飛行機雲のように煙を携えてWARSが吹き飛んでいく。先の攻撃はストレンジャーに直撃していた。しかし、その威力はストレンジャーになんの損傷も与えず、代わりと言わんばかりにWARSを殴ったのだ。煙が晴れれば傷一つないストレンジャーの姿が拝める事だろう。

 

―ぐっ…あぁ…!

 

 WARSは背中で海面を滑る。そんな姿を目の端に捉えたKAN-SEN達は、やはり彼の力を持ってしても勝てないのかと歯を噛み締めつつ量産型の処理を続けている。

 しかし彼の姿を見ているだけなのを耐えかねて、その持ち場を離れる者がいた。

 

―指揮官様!

 

 赤城がWARSに向かって飛び出し、式神の艦載機をストレンジャーに差し向けた。赤い爆撃機は対空装備で次々と落とされていくが、それでも彼を守るためと左右の手に持つ式神達を続けて繰り出す。

 

―姉様!戻ってください!

 

 量産型の相手だけでも手一杯な状態を更に悪化させるわけにもいかず、加賀が叫ぶ。しかし、分かってはいたが彼女は戻って来ない。WARSの側に早く着きたいと言わんばかりに、何百メートルも離れる彼の方向へ一直線に飛んでいる。

 衝撃波は出ないまでも、彼女の飛行速度はかなりのものだった。

 何秒経ったか、赤城がWARSの後方まで迫ると、ストレンジャーを包んでいた爆煙が晴れる。ローンの攻撃を受けても何の損傷もない姿に、彼女の表情は激情に昂った。

 

―私を見たのに自沈しないだけでなく沈めるのに私の手まで煩わせるなんて……許せないっ…!!

 

 彼女のそんな言葉に耳を傾けるふりもないストレンジャーに、彼女は砲弾を連発する。

 

―食らえぇ!!

 

 ローンのがなり声がストレンジャーに届いたか否か、赤く輝く瞳がローンに向く。

 しかし、迫り来る弾は当たる事を知らず、挙句に最後の一発はストレンジャーの手に収まった。その弾は先端が鋭い。徹甲弾だ。

 

―なっ…!

 

 怒り狂うローンは、流石にその光景に驚きを隠せなかったようだ。

 そして、ストレンジャーは手に持つ弾を力強くローンに投げた。力任せに投げたように見えるが確かにそうだ。しかし、その狙いは極めて正確に彼女に向いていた。

 

―っ…!

 

 嘘のような現象を前に、ローンは避ける余裕も失い立ち尽くす。そして音速を超えて迫る弾が彼女の腹を貫いた。

 

―くっ…あぁぁ…ぁぁ…

 

 サラサラと青い粒子が腹から溢れている。そして激痛ではないどころの苦痛に、今にも泣き出しそうな呻き声を上げるローン。すぐに再生されて元通りとなるはずだが、兵器であることが分かっていても痛ましいと思える光景がWARSの目に飛び込んだ。

 

―ああ!ローン!

 

―いけません、指揮官様!

 

 ローンに駆け寄ろうとしたWARSを、やっと彼の隣に降りた赤城が引き止めた。

 

―赤城!何で来たんだ!!

 

―指揮官様が心配なのです!私もお側で戦います!

 

 叫ぶ赤城に、WARSはストレンジャーに背を向けて言う。

 

―駄目だ、戻ってろ!

 

―でも…!

 

 しかしやり取りのうちに、ストレンジャーはその隙を突かんとWARSの真後ろに迫っていた。その拳を彼の背に向ける。

 

―指揮官様!

 

 気付いた赤城は、自らが盾になろうとWARSの背に回った。しかし、

 

―赤城!

 

 そんな彼女の手を無理矢理引き、ストレンジャーに振り向くと、赤城を自分の背に寄せた。

 当然、ストレンジャーの拳がWARSの胸に突き刺さる。

 

―ぐぅ…!

 

―あっ!

 

 吹き飛ぶWARSを赤城が抱き止めようとするが勢いは殺せず、10メートル以上2人で後方に飛んでいってしまう。

 やっとのことで勢いが収まると、2人は水面に体を預けた。赤城がWARSを抱きかかえる。

 

―指揮官様…あ、あぁ…そんな…

 

 彼の胸にあるキューブがひび割れていた。そんな状況に赤城は眉を顰める。

 

―大丈夫だ、赤城…俺は…まだやれる…

 

 そう言ってWARSは立ち上がるが、余裕の表情でもいられなかった。

 

―くっ……あぁ……ぅぅ…はぁ…ぁ…はぁ…

 

 彼は胸を押さえながらストレンジャーにゆっくりと歩いていく。

 当然ながら赤城は彼を止める。

 

―指揮官様、そんな体では…

 

―駄目だ!

 

 今までに1度もKAN-SEN達に放ったことのない語気。

 

―ぁ…

 

 流石に怯んだ赤城だったが、尚も彼に手を伸ばす。しかし"お前じゃ無理だ"と続け、その動きを止めた。

 そしてWARSとストレンジャーは互いにゆっくりとその距離を縮めていく。あと5歩で接触する。その時、WARSは右手を上げて拳を作った。同じくストレンジャーも拳を作り、互いに一気に迫った。

 

 "ガンッ"

 

 拳が当たる。

 

―ぐあぁ…

 

 当たったのはストレンジャーの拳だ。先程の一撃で弱っていたWARSは出遅れ、一方的にストレンジャーの攻撃を受けてしまう。

 受けたが最後、体制を崩したWARSを逃がさんと再び拳が迫る。2度、3度と左右の頬に爆発の様な衝撃を受けた。

 あまりにも耐え難い苦しみに遂にWARSは両膝をつく。周りの量産型が放つ砲の音しかない静かな海に、2つの重なった波紋が広がった。

 

―指揮官様…指揮官様ぁ!

 

 もう倒れんとする彼に赤城は駆け寄るが、ストレンジャーの砲撃によって後方に吹き飛ぶ。その光景はもちろんWARSには見えていた。しかし、もはや彼女を呼ぶ気力すらなくなっていた。

 逃げられるのなら脱兎の如く逃げ帰りたい。それ程までに、ストレンジャーの攻撃は凄まじい苦痛を与えるものだった。

 ストレンジャーは膝をつくWARSの首を右手で掴み上げる。彼はマリオネットの様に立ち上げられた。

 そしてストレンジャーは左手で彼の黒い胸部装甲を殴る。

 

―ぐ…ぁ…ああ…ぁあ…!

 

 目の前に居る人型の繰り出す拳が何度も体に突き刺さるたびに、心の奥底から叫びが上がる。繰り返しになるが出来る事なら逃げ出したかった。しかし、皆の為にそれは出来なかったし、何よりも敵がそうさせなかった。降り注ぐ拳は未だWARSを狙う。ゴンッ…ゴンッと、消してテンポは早くはないが確実に彼の装甲を抉っていく。

 

―ぁぁ…く…あぁ…

 

 KAN-SEN達は、文字通り手も足も出せずに、喉から苦しみの音しか出さないWARSの姿を目の当たりにした。

 

―何なのだ…これは…

 

 加賀が顔を顰めて目を逸らす。

 

―そんな…そんなぁ…

 

 ブレマートンが口元を抑え今にも泣きそうに呟く。

 

―指揮官!

 

 リノは彼に向かって駆ける。しかし、ぐらりと揺れたストレンジャーの砲身から放たれた弾がリノを襲った。

 

―ぁあ!

 

 信じられない速度の弾にリノは避けること叶わず、爆煙を纏って海面を滑る。

 

―しき…かん…

 

 ボルチモアは彼を呼ぶことしか出来ず、立ちすくむ。

 エンタープライズは叫びながら彼の元に飛び、モナークはストレンジャーに砲を放った。

 

―"指揮官!"

 

 結果は他とさほど変わらない。エンタープライズはストレンジャーの砲で阻まれ、モナークの弾は片腕で弾かれる。

 皆は自然とWARSの周りに集まっていた。量産型など放ってだ。彼女達の彼への想いなのか、はたまた"指揮官"を守る為に組み込まれたプログラム故かは知れないがしかし、彼女達は殴られる彼を見つめるだけで何も出来なかった。

 何故か。

 それは、彼の悲痛な呻き声を聞き、その姿を見ればすぐに分かる。

 

―か…ぁぁ…

 

 ストレンジャーの拳は遂に、WARSの胸部装甲を凹ませ、割ったのだ。そのひびからは、力の源であるメンタルキューブの粒子と、鮮血が流れていた。鈍く、重い音が海上に響くたびに、紅の飛沫が飛び出す。その赤い粒は、翔一がKAN-SENを凌駕する力を手にしていても尚、人であるという証だった。

 あまりにも痛々しい光景。

 そして、続々と集まるKAN-SEN達の姿を確認した翔一は思った。

 それは、彼女達が自らの周囲にやってきた事に対する否定だった。

 

 "駄目だ、来るな…それでは…それではいけないんだ。俺が皆を…"

 

 そこで翔一は小さな、しかし重大な疑問を覚えた。

 

 "皆を…何だ?"

 

 "俺は戦って、皆をどうしたいんだ?"

 

 "卿は指揮官として、どんな気持ちで戦っているんだ…?"

 

 いつか聞いたツェッペリンの声が一瞬、脳裏によぎった時、彼の耳に1つの声が届いた。

 

―ご主人様ぁ!

 

 戦闘に似合わない長いスカートを翻し、ベルファストは泣き叫びながら、水面に足がついていないWARSに迫っている。

 砲を放つがストレンジャーにはやはり無効で、WARSの首を掴んだ逆の腕でそれを弾く。跳弾した弾はベルファストの前に落ち、海中で爆発する。目の前で大きく立った水柱をものともせず、彼女のは両腕を顔の前で交差しその壁を突破した。涙なのか海水の粒なのか分からない水滴をその顔につけて彼に近付く。

 ストレンジャーはそんな行動を見て、表情は変えないが呆れたように、WARSを掴む手を離した。そして顔をベルファストに向ける。

 WARSは、ぽしゃりと音を立てて水面にうつ伏せで倒れた。

 

―…!!

 

 声にならない声を上げ、ベルファストは主人の為にその拳をストレンジャーに向かって繰り出した。その時、

 

 "バシャンッ"

 

 最後の希望の星は砕ける。

 ベルファストの握った手は遂にはストレンジャーに届かず、代わりにストレンジャーの拳が彼女の頬を叩き、彼女はそのまま海中に飲み込まれるように落ちた。頭から真っ逆さまだ。

 WARSが水面に預けたその顔は、海中に落ちる前のベルファストの方を向いていた。

 翔一は、暗い深海の、冷たい海水でも鎮めることのできない、滾る激情を覚えた。

 そしてたった1体のセイレーンに蹂躙される、絶望という状況を打破する為に1つの解答に至った。

 ごく簡単な答えだ。

 

―力を……もっと力をぉぉ…!




 指揮官…立ってにゃ…!

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19話 最強の赤き戦艦 file4

―力を……もっと力をぉぉ…!

 

 強く。ただ強くそう求めた。

 皆を傷つけた者を滅ぼす為の簡単な願いだ。凄まじい痛みに耐え、軋む体を無理矢理立ち上がらせた。所々を血で染められた白い体はストレンジャーに向かって一歩踏み出す。

 そんな姿を見たストレンジャーは、再び彼を掴もうとした。

 そして、

 

 "ガンッ"

 

 音が聞こえた時、30mはあろうか、ストレンジャーは氷上を行くかのように海面を背中で滑っていた。

 WARSはいつの間にか突き出していた拳を見る。

 

―変わっ…た…

 

 そうだ、体が変わっていたのだ。しかも今まで受けてきた傷は癒え、胸のキューブのひびも完全に治癒されていた。

 いつものように明石が作ってくれた新しいフォームではないかと、彼女が控える指揮艦に目を向ける。しかし当の明石は、少し怯えたような声音で"明石は作ってないのにゃ…"と通信を送るのみであった。

 足元を見れば、先程の海中に沈んだベルファストが浮いてくる。WARSは片膝をつき、仰向けで浮くベルファストを抱きかかえた。

 

―ベル…

 

―ん…ぁぁ…ご主人様…その、姿は…

 

 削れた頬を再生しながらベルファストは小さく口を開いた。WARSは優しく彼女の頭を撫でると言う。

 

―分からない…でも、もう大丈夫だ

 

―良かった…

 

 ベルファストは微笑み、ゆっくりと立ち上がる。同時にWARSも立った。

 そうこうしているうちに、ストレンジャーは体勢を立て直しWARSに迫ろうとしている。

 

―さ、あとは任せてくれ

 

―はい

 

 ベルファストは彼から離れる。

 WARSは悠然と立った。向かい来るストレンジャーに、その両肩に備わった砲を向け、放つ。

 ストレンジャーはいつものように腕を構え防御の姿勢を取るが、放たれた砲弾を受けるとその爆発によってその体勢を大きく崩した。

 ストレンジャーはよろめいて、足取り不安定に2、3歩の千鳥足の後、横に倒れる。そしてすぐさま立ち上がるが、WARSの再びの砲撃により反撃の余裕もなく崩れ倒れた。

 ストレンジャーは、それならと言いたげに艤装を揺らし弾を放つする。しかしWARSは何のためらいもなくその砲弾を受け止めた。

 巻き上がった煙から出てきたのは、傷一つない彼の姿だった。

 

―凄い…

 

 加賀は思わず呟く。

 今までなら、ストレンジャーの攻撃をまともに受ければ大破するレベルの打撃だった。しかし、そんな攻撃を堂々と正面から受け、更に何ともないといった風にKAN-SEN達の前に出で立ったのだ。特に力を重視する彼女の性格から、今のような言葉が出ても不思議ではない。

 しかしだからと言って彼女たちを襲う量産型の攻撃が止まるわけもない。先程まではWARSの耳に届いていたものの、彼の神経が無視していたその攻撃の轟音が再び聞こえ始める。

 

―…

 

 WARSは辺りを見渡すと処理しきれていないその砲撃を行う量産型に、両肩に備わる6門の砲を向け一斉に射撃した。幸いストレンジャーは彼に迫っていない。その期を逃さなかったのだ。とはいえ、今の彼ならストレンジャーの相手をしながらでも十分量産型の相手も出来ていたであろうが。

 黒い船体に着弾するとそれは爆音を伴って原型を失い、ただ海のゴミとして消えた。1隻ではない。6隻だ。彼の砲弾はたった1発であの巨体を1隻つぶしたのだ。ありえない攻撃力。WARSはそんな力に畏怖さえ覚えた。

 形勢逆転。奇跡としか言いようのないような現象に、皆は歓喜を覚えていた。

 

――――――――――――――――――――

 

 暗闇。その中にふわりと青い光を漂わせたセイレーンがいた。コンパイラーだ。

 

―データ収集、出来た…

 

 彼女は目の前にホログラムを展開する。そこに映っているのはローンの情報だった。

 じっと目を細め、それを見たオブザーバーは言う。

 

―ふむ…よくやったわ、子プログラム。あの状況でよく収集できたわね

 

―簡単…でもアレとはもう戦いたくない…

 

 無表情で自慢げに呟いた直後、眉を下げる彼女にオブザーバーは”ふっ”と笑い、続ける。

 

―これで次の実験に移れるわ…でも…

 

 ホログラムは瞬時にWARS達を映す。

 

あの子(ストレンジャー)は頃合いを見て撤退させようと思ったけど、こんなことになるなんてね…

 

 オブザーバーは口に弧を浮かべた。

 

――――――――――――――――――――

 

海上―

 

 WARSはストレンジャーだけでなく、依然として同時にKAN-SEN達が放っていた量産型の相手もしていた。やはり彼女達の力を借りずとも彼は十分以上に戦えていた。いや、彼1人で良いのではないかと思える程だ。6門の砲を器用に使い、四方八方に迫る敵を葬っていく。

 そして彼に肉薄したストレンジャーを当然の如く殴り飛ばすと静かに言う。

 

―もう少しで終わるからな…みんな…

 

 彼の言葉の通り、実際に敵の数はもう数えることのが出来る程減っていた。炎上する真っ黒いセイレーンの量産型は山脈のように連なり、遠方数キロメートルから彼らを囲っていた。

 そんな中、彼の作業的な戦い方に思うところがあるのか、リノが呟く。

 

―指揮官、すっごく強くなったけど…ちょっと怖いよ…

 

 彼女に続いてブレマートンは眉を八の字に唇を揺らす。

 

―うん…

 

 皆、段々と閉ざした口を開くことが無くなっていた。

 もう量産型が放つ砲の音は聞こえない。繰り出される艦載機も見えない。

 絶望から反転した状況はしかし、その喜びは薄れていった。

 

―指揮官…

 

 エンタープライズは求めるように呟いた。

 

―指揮官…どうか…どうか見失うことだけは…

 

 WARSはKAN-SEN達の前で絶大な力を行使している。エンタープライズはそんな彼の姿を瞳の中心に捉え、お願いごとにしては縋りすぎているような声音で言った。

 しかしその願いは、彼の段々と激しくなるストレンジャーへの攻撃で後に、波に飲まれる砂の城のように寂しく消えることになる。

 WARSは短く、腹の底から出る憎悪の様な音を喉に響かせ、ストレンジャーに迫った。

 

ーッ…!!

 

 WARSの拳がストレンジャーの身体を襲う。

 

ーッ…!!

 

 彼はこの力を得てひと時安心していた。これで大丈夫だと。これで”皆のため”になると。しかし目の前の、ストレンジャーの赤い瞳を前にして何度も拳を振るうことで、その気はまるで反転していた。

 

ーッ…!!

 

 怒りと殺意。それは今、彼の心と拳を支配していた。

 

ーッ…!!

 

 彼がこのWARSの力を手に入れる前は、ただ戦場の最後尾で皆に指示を出すしかなかった。それにもしもの時、彼は彼女達に何の施しも出来なかった。それが苦痛だった。この姿になる直前もそうだった。目の前で、ベルファストに迫ったこのストレンジャーの拳を止めることが出来なかった。

 でも、だから今は、何故か分からないがこうして得た力を、敵を叩き潰して(・・・・・・・)"皆のため"になる力を振るうのだ。

 しかしそのような彼の気を察したか否か、エンタープライズはまた呟く。

 

―駄目だ、指揮官……そんな…戦い方…

 

 エンタープライズの中で、あの悪夢がフラッシュバックする。鉄と灰と油の嫌な臭いの中で自分独りが立ち尽くしている。もう戦いは終わったと思っていても、心の底では次の標的を求めている。終わらない戦いを。

 

ーッ…!!!

 

 WARSは渾身の一撃を繰り出した。

 それは、ストレンジャーのその重い体を遥か後方まで吹き飛ばす。やはり一方的な戦い。むしろ虐待である。

 

ーハァ………ハァ…

 

 WARSは息を切らしながら、少しだけ冷静さを取り戻した。息を整える少しの間に、ストレンジャーは体勢を立て直し、それでも彼を破壊するため彼の様子を伺っている。忠実にセイレーンとしての働きを行おうとするその姿は、もはや健気に思える程だ。

 そんな姿を前に、WARSは自らの身に違和感を覚えた。全身に熱を感じる。

 

―ん…?

 

 疑問の感情に思わず喉を震わせたその時、彼の足元から水蒸気が勢いよく吹き出した。すると、

 

―ぐ…!?

 

 突然、WARSは頭を押さえ苦しみ出した。

 

―がっ…ぁあ!

 

 よく見れば、海水が沸騰している。前回ストレンジャーに遭遇した時と、そしてそれが機能停止した時と同じことが起きていた。

 

―ぁぁあああああああ!

 

 そんな状況でエンタープライズは彼を呼び、飛び出す。

 

―指揮官!!

 

 そして彼の傍に駆け寄って隣に控えた。

 

―ぐっ…ふぅ…うぅ……ぁ……

 

 彼はの苦しみの声は程なくして小さくなり、頭を押さえていた両腕はだらんと下ろされ、暴れた頭は俯いた。そして押し黙る。その時、しびれを切らしたようにストレンジャーはWARSに接近しだした。しかしそれを横目にエンタープライズは口を開く。

 

―指揮官…だ、大丈夫なのか…

 

 彼女がそう尋ねたその時、彼の顔がぐりんと彼女の方へ回転した。なんの感情もない単調な動きだ。

 

―っ…

 

 突然の、彼の機械のような動きにエンタープライズはびくりと体を震わせた。

 次の瞬間に聞こえたのは、彼の声ではなかった。

 

 

 

 ”Destroy weapons within WARS's attack range…”(WARSの攻撃範囲内の兵器を破壊します)

 

 

 静かに、無機質で嫌に低い声でWARSのシステム音が響き渡った。

 

―え…?

 

 聞き取れなかったのではない。理解できなかったのだ。彼の言葉と、そして行動に。

 

 ”ボグッ”

 

―くぁ…!

 

 だって今、彼女は体をくの字に曲げ、吹き飛んでいるんだから。

 彼女の目には前方に飛びだして見える涙と共に、こちらに拳を突き出したWARSの姿が映っている。

 そして、ありえない事にベルファストは困惑した。

 

―な…なぜ…!?

 

 モナークが続く。

 

―どうなっているんだ…指揮官…!

 

 彼女が一番疑問に思うだろう。何より、エンタープライズを守れと彼女に命じたのは彼だ。その本人がエンタープライズを傷つける行為などするだろうか。本当に突然の出来事に、人が変わったとしか思えなかった。

 そして、いつの間にやら体勢を立て直したストレンジャーが彼に迫っていた。するとまたしても彼はぐるりと機械的に首を回し、今度はストレンジャーの方を向く。WARSはゆっくりとストレンジャーに歩み寄っていった。

 そんな彼に、ストレンジャーは3発砲弾を放つ。

 

 

 

 1発目、WARSはただ身を捻り弾を交わした。

 

 2発目、彼の新たな特殊能力なのか、目の前にローンのようにシールドを発生させ防ぐ。

 

 3発目、シールドすら不要なのかその胸で弾を受け、爆煙からゆっくりと姿を表した。傷一つないのが、彼の新しい姿の凄まじい堅牢さを表している。

 

 

 

 そしてWARSは遂に、ストレンジャーに手を伸ばせば掴める位置まで来た。

 彼はそれでも迫るストレンジャーを、当然と言わんばかりに組み伏せ、倒し、彼女に馬乗りになった。

 そして拳を振り上げる。

 

 "バチッ"

 

 それは、WARSが彼女の頬を殴打する音だった。

 

 "バチッ"

 

 先程のように身近く吠えるような彼の声はもはやない。WARSは目の前の兵器(モノ)を破壊するのみと、彼女に拳を振るう。

 硬いもので柔らかいものを叩く音を立てて、WARSの拳が彼女を襲う。

 

 "バチッ"

 

 WARSを引き剥がそうと暴れる彼女の腕は虚しく彼の拳に収まり、彼のもう片方の手刀に襲われちぎれ落ちる。ゼロ距離で撃たれる砲弾には警戒するふりも見せず、ただゆっくりと同じリズムで殴るだけ。

 彼女の砲弾によって彼に破壊のエネルギーが加わるが、やはり当然のように彼の体には傷が付かなかった。

 WARSによる彼女への大打撃は、段々と彼女の動きを鈍くさせる。それでもWARSは彼女を殴り続ける。

 

―し…きかん……だめ…だ…

 

 起き上がるエンタープライズの悲痛な呟きにWARSは耳を傾けない。いや、聞こえていて無視しているのだ。

 WARSは右拳を自らの顔の横に並べると、凄まじい速さで振り下ろし、ストレンジャーの胸を凄惨に叩き割った。彼女の胸と背中までの距離の、ちょうど中間あたりまで抉り抜かれる。

 ”ぐちゃっ”と、そんな音はしなかったがそう聞こえるように、WARSは彼女の胸の中を一瞬まさぐった。

 

―え……しき…かん…?

 

 ブレマートンは彼のもはや残虐行為に目を剥いた。

 彼女の困惑をよそに、WARSはストレンジャーのコアであるブラックキューブを勢いよく抜き取った。このために彼女の胸をまさぐっていたのか。

 彼女に本来あるべき器官(キューブ)を失った、胸に空いた拳ほどの大きさの穴からは、赤く黒い光が吹き出していた。

 

―指揮官…こ、こんな…の……ヒーローじゃ……ない…よ…

 

 リノは声を震わせ、両目に涙をためる。

 WARSはゆっくりと立ち上がり、身体中に赤黒い光の粒を浴びストレンジャーを一瞥すると、ただ作業的に、持っている立方体を片手で割った。3つに割れたそれは、間もなく砂のように彼の手から零れ落ちて消えていった。

 

―っ……

 

 赤城は表情を歪め、小さく開いた口を閉ざすことが出来ずにいた。

 コアを失った影響で信号が不安定に発生しているのか、ストレンジャーはその体を痙攣させている。嘲笑うような痙攣はやがて止まった。

 

―ふっ…ふふ…

 

 ローンでさえも引きつった笑みを浮かべていた。

 一部始終を見ていた彼女達はWARSの、いや、自我を失った翔一の行為に恐怖を覚えた。

 火をあげるセイレーンの量産型とストレンジャーの亡骸を背に静かに彼は立ち尽くす。その光景に目を離せないエンタープライズは、再び夢で見た景色を思い出す。

 鉄と灰の匂いがする海で自分が立っていた場所に、彼がいた。

 今の彼に今朝までの温かさはない。しかし見てくれだけは寂しそうに、俯いて立っていた。

 

 数秒経つと、彼は顔を上げた。

 彼の目にあるのは、エンタープライズだった。

 

――――――――――――――――――――

 

 今の彼は、私と同じだ。

 

 "独り"で、終わりのない戦いを続けているんだ。

 

 恐怖を覚えた。彼が全てを、愛する者までも破壊するような恐怖だ。

 心を忘れた力は何もかも破壊し、そして何者にも破滅へと導く。

 私はそれを恐れていた。いつか私がそうなってしまうのかもしれないと。

 夢から目覚めるたびに、炎に包まれるような恐怖が私を襲ったから。

 彼があのセイレーンを破壊した今、セイレーンは新しく私達に敵を差し向けようとするのだろうか。今度はもっと強大なものを作り上げるのだろうか。

 血を吐きながら続ける悲しいマラソンを続けるのだろうか。

 

 そして今、彼の細長い目が私を捉えた。




指揮官…自分を失っちゃだめなのにゃ…


WARSの設定についてはここ(ピクシブ)を見てにゃ
感想もよかったらよろしくにゃ
細かい設定、設定画はここ(ピクシブ)にゃ


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19話 最強の赤き戦艦 file5

 

 WARがエンタープライズを見つめてさほどの時間は経っていない。しかし彼女には長い時が経ったように感じていた。息をするのも忘れるような緊張感が漂う。すると、瞬きをするよりも短い間にWARSから砲弾が放たれた。

 

 ”ドンッ”

 

―…!

 

 ストレンジャーを窮地に追い詰めたあの砲弾がエンタープライズに迫った。彼女は目を見開く。なんの躊躇いもない容赦のない攻撃は空間を無理やりに引き裂き、衝撃波を纏っても尚まるで減速しない。感情も何もない、廃車をスクラップにするが如き作業(攻撃)だった。

 しかし、

 

―指揮官…!

 

 しかしエンタープライズの前には、勇ましく立ち構え深紅の髪をたなびかせる”彼女”がいた。

 迫る砲弾からエンタープライズを守るために立った彼女は、それを先程までの彼のように真正面から受けた。

 

―な…馬鹿なことを…!

 

 加賀がそう言うのも当然だ。あの攻撃をまともに食らえば、他のKAN-SENと比べ装甲が固いといえど木端微塵になるのではないだろうか。

 音速を超える弾は”彼女”に激突し、大きな爆発を呼ぶ。そして”彼女”を中心に、爆風と共に煙が上がった。その背後にいたエンタープライズはその勢いに吹き飛ばされてしまうが、直撃は避けられたおかげか傷はできない。

 分厚い煙の中で”彼女”は静かに語りかけるように言い出した。

 

―指揮官、私はお前を守ると言った…

 

 ”彼女”が語りだしたことは説教のようなものだった。

 

―しかし今のお前はどうだ……自分を失い、ただ力を振るうだけではないか…!

 

 ただその厳しい言葉には、彼に対する絶大な愛が込められていた。

 

―あの時私を守った…危険を顧みず私を救ったその心はどこへやった!!

 

 またWARSの砲弾が”彼女”を襲う。しかし”彼女”は怯む様子はなく再び立ち昇る爆煙の中で言った。

 

―戻らぬのなら、私が元に戻そう…

 

 その時、煙の中から黄金に輝く2つの光が見えた。そしてその光は煙全体に広がっていく。

 

―お前の気が済むまで….私が相手になろう…!

 

 ”彼女”は今”彼のため”に戦おうとしていた。”彼を守るため”に、自らの身を彼の前に立てて、揺るがない決意を心の奥底からぶつける。

 

―だから…目を覚ませ!…指揮官…!!

 

 瞬間、爆煙が一気に晴れた。そして、

 

―私が!このモナークが!お前を救う!!

 

 現れたのは、全身を金の光で包み悠然と立つ”彼女”の姿だった。

 彼を救う。それは”彼女”なりの、もう1つの愛の叫びだった。

 その言葉を理解したのか否か、WARSは両肩の砲を放つ。それが戦いの開始を告げるゴングのように鳴り響くとその瞬間、モナークは海を力強く蹴った。彼女は激突する弾はものともせず、自分に纏わりついた爆煙から体を勢いよく押し出し、WARS目掛けて全速で航行する。背に携えた、彼女を包むほどの大きな艤装で反撃を行い、WARSの体勢を崩す。そんな姿から、彼の困惑する表情さえ見えるように感じた。

 しかし彼もそのままではいない。彼はモナークへ向かって走り出すと2発、3発と砲撃を繰り返す。だが、その攻撃はストレンジャーに当てた時のようにはやはりいかない。モナークはそれをすべて腕を振るって弾き飛ばし、彼女の斜め後ろで3つの爆発を起こしたのだ。

 物理攻撃では無駄だと判断したか、彼は右手にレーザーを出現させると即座にモナークに照準を合わせ、照射する。照準を合わせてから照射するまでは恐ろしいほどの速さだった。しかし、それも無駄。彼女は目の前に平手を出し、素手で防いだのだ。彼女の手の組織が溶けることもなく、何ともないといった様子で、遂にモナークはWARSと肉薄した。レーザーを防いだ手を握り、彼の純白の頬にぶち当てる。

 

―指揮官…思い出せ…!

 

 ”ガン!”

 

 WARSはモナークから見て左によろめく。そしてもう一度拳を振り上げ更に続ける。

 

―お前が愛する者たちを…!

 

 ”ガン!”

 

 今度は逆によろめく。そしてもう一度殴る。

 

―お前が止まるまで私はやめない!!

 

 ”ガン!”

 

 立て続けに打撃を与えられるWARSは、後方へ跳ぶ。そして、

 

 ”Destroy weapons within WAR-

 

―うるさい!

 

 ”ガン!”

 

 満足に機械のセリフも言えずに殴られる始末だった。

 モナークは懲りない子供にお仕置きするようにしては乱暴に、何度も彼に手を上げる。

 

 ”Destroy weapons with-

 

―指揮官…!

 

 ”ガン!”

 

 ”Destroy weapo-

 

―指揮官!

 

 ”ガン!”

 

 ”Dest-

 

―しきかあああああん!!

 

 ”ガン!”

 

 渾身の一撃。それを食らって懲りたのか、遂にWARSはその場であっけなく膝をついた。

 

―はぁ…はぁ……はぁ…

 

 振るった拳をそのままに、荒げた息を整えていると、WARSは最後の報告をしてくる。

 

 ”May increase damage to the brain…”(脳へのダメージが増大する可能性があります)

 

 ”It is impossible to continue the battle…”(戦闘の続行は不可能です)

 

 ”Forcibly release the metamorfose…”(変身を強制解除します)

 

 どうやら、やっと終わるらしい。

 彼は膝をついた状態で頭から変身が解除されていく。そして倒れる彼をモナークは優しく抱きとめた。

 一瞬、翔一の意識が戻ったようで、彼の声がモナークの耳に届く。

 

―モナー…ク…

 

 開ききらない目を彼女に向けて彼は呟いていた。

 

―もう大丈夫だ…指揮官

 

 彼女はそう言って、翔一の頭に頬ずりする。

 その姿は、こっぴどく叱られ泣いている子供を抱いているように見えた。そして、彼女が纏っていた金の光は柔らかく消えていく。同時に、彼も目を閉じた。

 そんな光景に他のKAN-SEN達は、今度こそ戦いは終わったと安心するばかりであった。赤城はモナークを睨んでいたが。

 

――――――――――――――――――――

 

医務室―

 

 

 翔一は普段、世話になることのない部屋で寝ていた。開かれたカーテンからの眩しい日差しで彼は目覚めた。窓とは反対側で鳴る音が気になり、首を向ける。

 

―あら、お目覚めですか?

 

―ヴェスタル…

 

 彼に背を向けて作業していたヴェスタルは翔一の方を向くと微笑んだ。

 

―出撃した、みんなは…?

 

―昨日の夜中のうちに損傷の確認をして、今は自分の部屋か、仕事場にいると思いますよ

 

―夜中のうちにって…今は!?

 

 翔一は上半身を上げる。

 

―そんなに心配しなくて大丈夫ですよ。出撃したのは昨日です

 

 彼女のその言葉で、彼は窓の外を見る。そしてまた室内に目を戻し、時計の日付表示を見て今が前回の出撃の次の日、その昼過ぎだということが分かった。

 そしてもう1つ彼は気付く。

 

―…俺、あの姿になってからの記憶がほとんどないな…急に頭が痛くなって…それで…

 

 ぼそぼそと呟く彼にヴェスタルは言う。

 

―ちょっと、その話をしましょうか…と、言いたいところだけど、指揮官、まだ寝ていてください

 

―でも…

 

 翔一は眉を下げて言うが、ヴェスタルは逆に眉を若干上げた。

 

―だめ。指揮官、貴方あのセイレーン相手に、WARSの装甲が駄目になるほどのダメージを受けたんですよ…他の子の戦闘映像を見せてもらったけど…あんなに血も出して…

 

 そして急に悲しそうな顔を見せると続ける。

 

―だから、まだ駄目です。今日は寝ていてください。貧血で倒れてしまいますよ

 

 そんな彼女の表情を見て翔一は素直に上げた上半身を寝かせた。

 

―分かった。しばらく休むよ

 

 そう言うと、部屋の扉をノックする音が響いた。

 

―はい

 

 ヴェスタルが答えると、部屋にやってきたヒトの声が分かる。扉の外なので濁って聞こえるが、翔一が聞き間違えなどしない、鈴のような音色が彼の耳に届く。

 

―ベルファストです。よろしいでしょうか

 

―どうぞ

 

 促され、扉が開かれると、白と紺のメイド服が彼の目に映った。ベルファストの目はまず彼を向くと、心底安心したように細くなった。可愛らしいその表情に、彼の頬も緩んでしまう。そして彼女はヴェスタルに近づく。

 

―ご主人様の具合はどうでしょうか

 

―少し貧血だけど、それ以外は全然問題ないですよ

 

 ヴェスタルは優しい表情で言う。

 

―よかった…

 

 ベルファストはそう言って、翔一のベッドの隣にある椅子に座った。

 

―ご主人様…

 

―ん…?

 

 ベルファストは彼を呼んだだけ。そしてそんな様子に翔一は続きを促すが、彼女はそれ以上何も言わず、口を弓なりにした。

 

―ふふ…

 

 そうして翔一の頬に手を伸ばし撫でると、そのまま彼の前髪をどけて、額に唇を近づける。翔一に大きく影がかかると、程なくしてもう一度彼に日が差した。

 

―様子を見に来ただけです

 

 ベルファストは頬を染めて喉をころころ鳴らして笑う。そうしたところで、部屋の扉がもう一度開いた。

 

―指揮官…起きていたんだな…

 

―エンタープライズちゃん…

 

 彼女の登場にヴェスタルは少し心配するような表情を浮かべた。よく見ればエンタープライズもあまり良い表情をしていない。ベルファストまでも彼女を見て曇らせた。

 最近彼女の様子が変だとはいえ、それ以外のKAN-SEN達もこのような反応はするのだろうかと、翔一は不思議に思う。

 何となく暗い雰囲気の中で、少しでも流れを変えようと翔一が口を開く。

 

―えっと…

 

 その声に皆が彼の方を向く。それはそれで少し話しにくかったが続ける。

 

―ストレンジャーは…倒したんだよな…

 

 あのセイレーンの名前を告げた時に少しだけ体をびくつかせたエンタープライズが歯切れ悪く言う。

 

―ん…ああ、そう…だな…

 

 彼女はベルファストと向かい側の椅子に座ると再び口を開く。

 

―そんなことより、指揮官が何ともなさそうでよかったよ

 

 そう言うと彼女は俯き加減に、つばを掴んで帽子を下げた。

 

―それで…俺、その時の記憶がないんだよ…

 

 先程ヴェスタルに寝ていろと言われた矢先、勝手に話をしてしまった。どうしても気になってしまう。当のヴェスタルは何も言わないままエンタープライズを一瞥していた。

 彼の言葉に食い気味に、エンタープライズが話した。

 

―まだ、その話はいいんじゃないか。ほら、指揮官も万全になったわけではないし…

 

 そう言ってまた俯く。

 いくら自分がまだ全回していないと言っても、そこまで避けるような内容なのだろうか。

 しかし、翔一は考えてしまう。ストレンジャーに瀕死のダメージを与えられ、ベルファストが海に沈んだ時に、いやベルファストでなくとも彼はあの姿になっていたのだろう。

 あの姿となった時、彼には体の底から漲る力を感じていた。実際にその力はストレンジャーを容易に破壊することの出来るもので、彼はその力を得たことに喜びさえ覚えていた。しかし彼が知っているのはストレンジャーを追い詰め、破壊までもう時間の問題というところまでで、それ以降の記憶が全てない。辛うじて、視界が水蒸気に覆われ凄まじい頭痛に襲われたこと、光に包まれたモナークの姿が見えたことを覚えているくらいだ。

 耐えられずに聞いてしまう。

 

―やっぱり…何か、あったのか

 

 そうすると、エンタープライズにまた食い気味に返される。

 

―いや、何もないんだ…指揮官の具合が悪くないなら、私はそれで…

 

 複雑な表情を見せるエンタープライズに、翔一は彼女の目を見ることが出来ず、天井を見つめた。電灯が1つだけ彼の目に飛び込む。光をともさないその代わりに、窓からの日が彼の横顔を照らした。そして、彼は瞬きの一瞬で昨晩の光景とこの部屋での出来事を思い出す。

 今までの最大の敵、ストレンジャーは倒され、一時の平和が訪れた。ストレンジャー破壊の瞬間については全く分からないが、恐らく自分がやったのだろう。記憶がない間のことがやはり気になってしまうが、今は皆話したがらないようなのでまた聞くことにする。

 しかしもう1つ、翔一は気がかりなことがあった。彼は隣に座るエンタープライズを見つめる。彼女は俯かせた顔を翔一に向けると困り顔で、どうしたんだと言うような顔で微笑む。

 

―…?

 

 翔一の目には、やはり彼女は無理をしているように映った。

 翔一はもう一度天井に視線を移し、意味もなく睨むと思う。

 

 

 

 俺は一時的にとはいえ”絶大な力”を手に入れたというのに、彼女1人の悩みさえ分からないというのか

 




今回の話はここで終わりにゃ!どうだったかにゃ?
とんでもなく強い力を手に入れたっぽいけど明石は何にも知らないのにゃ…
それに最後の指揮官…ちょっと怖かったにゃ…

あ、WARSの暴走理由とかが書いてある設定もあるからよかったら読んでほしいにゃ!

WARSの設定についてはここ(ピクシブ)を見てにゃ
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アンケートもあるからそっちもよろしくにゃ!


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幕間 リノのヒーロー

 これは、ストレンジャーが2度目に現れる直前のある日の話。

 

—————————————————————

 

海上—

 

 

 ある日、リノ達が指揮官からの委託任務を終えて、みんなで帰投する時のことだった。

 

—リノ!早く戻るわよ!

 

 ブレマートンがリノを呼ぶ。無線通信を使わず両手の平を口に当てて、わざわざ遠くから大声で話す姿をリノは追いかけた。海面に小さく波を立てる音が心地良い。そんな穏やかな振動を感じながら私は言う。

 

—そんなに急がなくても良いんじゃない?

 

 リノはそうしてまた一言続ける。

 

—ゆっくり行こっ

 

 しかし、ブレマートンはリノの言葉に少し呆れたような表情を見せると言う。

 

—もう…母校を出る前はあんなに騒いでたのに…早く指揮官に会いたいんじゃないの?

 

—そ、そうだけどぉ…

 

 リノはしばらく前に指揮官とお出かけする約束をしていた。母校にある小さな映画館で、ヒーロー映画を見る予定だった。

 それが今日だったけど、そんな中で委託の任を務める事になった。当然彼からの命令なので断る事はないけど、ちょっとだけ残念だった。しかしどうしても、とお願いされてしまうと、普段の彼の大変さを見ている身としては中々彼を責める気持ちにもなれない。

 リノはそれならと、せめて早く帰投して彼との時間を過ごそうと思っていた。彼もその願いを受け、帰投した後はリノと過ごしてくれると言ってくれた。

 

—でも、この綺麗な空を見たら、なんかゆっくりでも良いかなぁ…なんて思っちゃって

 

 リノ達はKAN-SENとして、この美しい空や海を守っているのだな。と、陸の上にいる人々には勝手ながら思った。

 

—そっか、なら…それでも良い?エンタープライズ

 

 ブレマートンは委託任務を命じられていたもう1人、エンタープライズに言った。彼女は先程から雲一つない空を見上げていた顔をこちらに向ける。

 

—うん、私はかまわないよ

 

 そう言ってまた空を見上げた。その横顔は少し寂しそうだった。

 そんな彼女を励ますように、ブレマートンは言った。

 

—さ、ゆっくり行きましょうかっ。でも何があるかは分からないから陣形は崩さないように。帰って指揮官に報告するまでが任務だよ!

 

—りょーかい!

 

 エンタープライズが今回の任務の旗艦だったけど、いつの間にかブレマートンに仕切られていた。

 それに続いてみんなは母校に歩を進めていく。

 

—…

 

 それにしてもリノはエンタープライズの事が気になっていた。航行には何の影響もないけど彼女は今も、上を向いていた。広がる、透き通った青い空をただ求めるように見つめている。

 そんな様子をブレマートンも気になっていたのか、彼女はエンタープライズに話しかけた。

 

—ね、エンタープライズ

 

—…ん?

 

 静かにそう返すエンタープライズにブレマートンは続ける。

 

—あとでさ、一緒にご飯どう?

 

 そんな誘いにエンタープライズは驚いた顔をする。

 

—今日のリノは母校に帰ってからずぅっと指揮官と居る予定でさ、ほんとは3人でって思ってたんだけど、1人抜けちゃうからなぁ

 

 そう言ってブレマートンは悪戯で可愛い顔でリノを見た。

 多分、リノは今顔が真っ赤だと思う。とても頬が熱いから。

 でも、お湯に浸かったようにふやけそうな顔を一生懸命動かした。

 

—も、もう…ご飯くらいなら一緒に行くよっ

 

—ははっ…そうか

 

 微妙な笑顔を浮かべたエンタープライズだったけど、その表情はすぐに固くなった。

 

—でも…私は遠慮しておくよ…

 

 断られてしまったが、ブレマートンがあんな誘いをするのも道理だった。彼女は仲間思いで、みんなのお悩み相談をするほどだ。噂によれば指揮官も彼女を頼った事があるとか無いとか。リノもブレマートンに助けられてばかりで、それもあってか今彼女はリノの大切で、大好きなヒトだ。

 そんな中で彼女は多分、さっきから寂しい様子のエンタープライズを少しでも元気付けようとして、ご飯に誘ったんだと思う。

 顔を逸らすエンタープライズを彼女は見つめる。

 

—んー、そっか

 

 少し眉を下げたブレマートンだったけど、すぐにパッと笑顔を見せた。

 

—でも、気が向いたらいつでも言ってね。私、待ってるから!

 

—うん…

 

 エンタープライズが頷いた時だった。突然彼女は叫ぶ。

 

—セイレーンだ…!

 

 リノたちはレーダーで敵の反応を感じた。

 

—————————————————————

 

海上—

 

 

 よりによって委託の帰りにセイレーンに遭うのは嫌なことだった。しかし逃げていてもしょうがない。セイレーンを倒す事がKAN-SENの仕事なので、リノたちは黒い敵艦に相対していた。

 3人で相手取るには少し多い敵に手間取っていると、"彼"が現れた。

 

 "WARS ENGAGED"

 

 合成音声を響かせてやって来た指揮官が、いや、WARSがリノたちに背を見せていた。

 帰投を待たずして現れたセイレーンの登場に、リノたちは指揮官に応援を頼んでいた。後ろを振り返ると彼と共に来た赤城と加賀がいる。

 

—問題無いな、みんな

 

 彼の横顔が見える。そして落ち着いた低い声がリノたちを包んだ。

 

—指揮官!

 

 リノは彼の登場にはしゃぐ。そういえば彼のこの姿を実践で見るのは初めてだ。堂々とセイレーン艦に構えた彼はまさしくヒーロー同様の悠然さを感じさせ、リノは内心興奮してしまう。ここが戦場である事は分かっていても、憧れの存在を前にして嬉しくなった。

 彼はWARSブレスの舵を回す。

 

 "AETHER DEFORMATION"

 

 WARS AETHERとなった彼は命令を出した。

 

—エンタープライズは俺と、敵の戦闘機を落としてくれ。赤城と加賀はその間に爆撃!

 

—敵の攻撃が弱まったところで、リノとブレマートンは相手の懐に飛び込め!その時は俺も行く!

 

—"了解!"

 

 そうしてリノたちの反撃が始まった。

 

—————————————————————

 

母校—

 

 

 翔一達は現れたセイレーンを撃退し母校に帰投した。普段ならやっと終わったと一息つきたいところであったが、今回はそのような余裕は少なくとも翔一には無かった。

 

—加賀…

 

 医務室のベッドの隣で座る彼はそう呟いた。彼は目を瞑る加賀を見つめている。

 

—…何だ?

 

 彼女は突然瞼を開けると、ぎょろりとその目を翔一に向けた。

 

—っ…起きていたのか

 

—ああ、お前が来る少し前にな

 

—そうか…

 

 翔一は目を伏せた。そんな様子の翔一に加賀は小さく口を開く。

 

—それにしても、この様な失態を見せてしまうとは…指揮官を守らなくてはならない身としても、恥いるばかりだ

 

 加賀は先の出撃で大きく負傷した。敵艦の砲撃が直撃、崩した体勢を逃すまいとその身に多数のビームが襲ったのだ。以前のベルファストの件を除けば今までに無い程の大損傷を前に、翔一は大きく気を落としていた。

 そんな彼女の放った言葉に、翔一は間髪入れずに言う。

 

—いや、俺が守れれば良かったんだ…

 

—違う。それは私に"力"が無かったから故…次はどうなるか分からんが、そうなったら私がそれまでだったというだけの事だ

 

 それに立て続ける翔一。

 

—それだと万が一のことがあれば…!

 

 若干息を荒げる彼の話を無視するように、加賀は立て続けに語った。その表情は、ひどく優しい。

 

—だが、それでもお前が最前線に出るようになった頃から、皆の被弾や負傷はかなり減ったのだぞ

 

—それに何故だか知らないが、お前が近くにいるだけで力が漲るような気もする…ほんの気持ち程度だがな

 

―後は士気も上がったよ

 

 加賀は"ふふっ"と息を短く吹く。

 

—特に姉さまは顕著だった

 

 そこで一旦落ち着くと、彼女はぽっと頬を染めた。彼から目を逸らして言う。

 

—…すまない、少し話しすぎたな

 

 そして恥ずかしげに静かに言う。

 

—さっきからお前の言動が少し変だったのでな、励ましたつもりだよ

 

—そうか…そうか…

 

 未だ表情の晴れない翔一に加賀は告げる。

 

—で、お前はここに居るべきでは無いのではないか?

 

—…え?

 

 加賀は彼の背後に目を向ける。釣られて彼も見れば、そこには観葉植物然としながらも、彼を憂う様な目をしたリノがいた。彼女は彼に声を掛けるべきか迷い、口も開けずに唇を動かしていた。

 

—あ…し、指揮官…

 

 今度は困り眉で控えめに手を振る。

 

—早く行ったらどうだ?

 

—あ、ああ……それじゃあ、しっかり休んでくれ

 

 促され、彼は加賀に背を向け去っていく。彼女はその背を見つめるだけだった。

 翔一はリノと並んで廊下を歩くがしかし、もはや彼の心にリノは居なかった。

 加賀は先程、"力"が無かったからと言った。それではその状況を生んだのは、そんな彼女を指揮官として管理しなければならない、翔一の"力"が無いからである。

 翔一は加賀からの励ましに納得というか、その気持ちを理解はしたものの、彼の中では上手く言えない無力感的なものが反芻していた。

 

—————————————————————

 

母校、広場—

 

 

—ねえ、指揮官

 

 リノたちはベンチに座っていた。彼と改めて会ってから、ずっと暗い表情をしている彼を見てリノは思い出す。

 

 "この様な失態を見せてしまうとは…"

 

 "それは私に力が無かったから故…"

 

 多分指揮官はさっき言われた事に悩んでいるんだと思う。

 今隣にはリノが居るのに、他の女の子に言われた事をずっと気にしている様子なのはちょっとムスッとしてしまいたくなるけど、それでもリノは彼の事が心配になった。

 

—ん?

 

 リノの呼びかけに力弱く答える指揮官。やっぱり元気は無さそう。

 

—あ、あのね…

 

 彼に元気が無いなら、リノはそれをあげたい。リノと一緒にいる事で彼が元気になるなら、そうしてあげたい。ブレマートンまでとは言えなくても、リノに頼って欲しいと思った。大した事は何も考えずにリノは指揮官に出来るだけ笑顔で元気に言う。

 

—指揮官はリノのヒーローなのっ

 

—だからね…えっと…

 

 貴方が困っているなら頼って欲しい。リノの憧れの人が苦しそうにしているところは出来るだけ見たくないから。貴方が笑っているところを見たい。

 そう言おうとしたけど、やっぱり恥ずかしくて言えなかった。

 

—…

 

 彼はリノを見ずに黙っている。

 

—…ごめん

 

 少し怖くなってしまって、何故か謝ってしまった。

 彼の負の様相にリノは飲み込まれ、押し黙る。ただ、時間が過ぎていくだけだった。

 




指揮官…どうしたの?
リノ、心配だよ…

WARSの設定についてはここ(ピクシブ)を見てにゃ
感想もよかったらよろしくにゃ
細かい設定、設定画はここ(ピクシブ)にゃ


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20話 力を振るうとき file1

 前回の出撃で再びストレンジャーが出現した。WARSの暴走によりストレンジャーを圧倒し破壊に成功するも、そのまま暴走し続ける彼をモナークが制止し、結果的にセイレーンの撃退に成功する。
 KAN-SEN達はWARSの暴走についてそれぞれで思いを抱くが、特にエンタープライズの様子はどことなくおかしくなっていた。
 そして彼女の裏で、翔一も自らの力について深く考えるのだった。


~母港、病室~

 

 

―申し訳ありませんでした…!

 

 翔一の目に飛び込んだのは、こちらに向けられた狐の耳と頭だった。そして同時に彼を震わせたのは彼女の、赤城の自責の言葉だった。

 

―あの時、私の勝手な行動で指揮官様を極めて危険な状況に晒してしまいました…!

 

 絞り出すような声と、頭を下げたまま微動だにしない姿に心底驚く。

 それにしても、彼女に危険な状況に晒されたことなどあっただろうか。薄れている前回の戦闘の記憶をたどり、そして今だ上手く働かない頭で考えを巡らせた。

 一瞬だけあの拳(ストレンジャー)に殴られたときのことを、赤城を庇おうとして、情けないことに彼女を下敷きにしながら吹き飛んだ時のことを思い出す。

 

―ああ、もしかしてあの時の…

 

 そうつぶやいて、もう一言彼女に言う。

 

―赤城、頭を上げてくれ

 

―……っ…

 

 頑なに曲げた腰を伸ばさない赤城にもう一度口を開く。

 

―赤城…

 

―…

 

 渋々といった様子で彼女はゆっくりと表情を見せると、一瞬だけ合った目を逸らしてしまう。

 いつもなら熱すぎる視線を向けてくるが、今はそんなものは微塵も感じない。赤城はただ不安気な顔をするだけだった。そんな姿を見せられては流石にこちらも寂しくなってしまう。

 前回の、あんな馬鹿げた敵の攻撃から身を呈して守ろうとしてくれただけでも嬉しいのだ。その結果がどうであれ、彼女に感謝はしても責める気などは一切起きなかった。

 赤城にはいつも微笑んでいて欲しい。

 目が笑っていないことも多々あるがそこはまあ置いておくとする。しかし、彼女が重桜の駆逐艦達などに向ける優しい目を思い出すと、勝手ながら彼女は微笑んでいて欲しいと思うのだった。

 

 そしてそれが、翔一が”赤城の為”に思ったことだった。

 

 何の音もなくそして無言の空気が流れる病室の中、やはり暗い表情を絶やさない赤城に、出来るだけ優しい声音を意識して言う。

 

―申し訳ないなんて、そんな事は思わなくていい。それにあの時、俺の盾になろうとしてくれたんだろ?

 

―…

 

 しかし、彼はそんな赤城を庇って傷ついた。

 

―でも俺も、お前が傷付くのが嫌だった…

 

―…

 

 一呼吸入れて、もう一言続けた。

 

―心配しなくて良い、赤城…今度はしっかり、お前を守れるようにするからな

 

―…

 

 翔一は更に、赤城の頭を優しく撫でる。いつもならこんな事をすればここぞと言わんばかりに猛烈なアピールをしてくるのだろうがしかし、彼女の表情は陰り、目を逸らすばかりだった。

 なぜこんな顔をするのだろうか。

 

―…

 

 赤城は口を真一文字にしたままだ。普段と比較すればありえない程に話さない彼女に、なんとも言えない恐怖すら感じる。

 

―…指揮官…様…

 

 実際に過ぎた時間よりは長く感じる間を開けて、やっと彼女は口を開く。

 

―…ん?

 

 そう返すと、彼女はこちらをじっと見つめる。その瞳は、不安気に震えていた。

 

―それでも…私は…

 

 そう言って以降、また彼女は自身を無くしたように押し黙る。そして、

 

―…申し訳ありません指揮官様…今日は…これで失礼します…

 

 赤城の声はだんだんと、最後には聞き取れなくなる程に削ぎ落とされていった。

 彼女はそのままそそくさと病室を出る。何かから逃げるような足取りは、こちらを不安にさせるかのようだった。そんな背中を見送って、思う。

 

 

 

 ”やっぱり、大切な人のあんな顔は見たくない…もっと…もっと強くならなくちゃ駄目なんだ…”

 

 

 

 心の中で歯を食いしばった。

 

――――――――――――――――――――

 

~母港学園、庭~

 

 

 目覚めてから3日も経たずに病室から出ることが出来た翔一は、ヴェスタルに背を見送られながら歩いていた。

 何の気なしに足が向かったのは、学園にある花壇だった。そんな足がふと止まる。足先には、綺麗に並んだ花々を前にしゃがんで、小さく影を落とすヒトがいた。黒い服に身を包み、こちらに背を向けている姿がゆるりふわりと振り向く。

 

―あら、指揮官…

 

 ローンだ。彼女は柔らかい表情を浮かべると続ける。

 

―いつの間にか復帰していたんですね

 

―ああ、おかげさまで。とはいえ病室を出たのは数分前なんだけどな

 

―そうでしたか。あの戦闘の次の日、私がお見舞いに行ったときにはまだ目覚めていなかったので、とっても心配したんですよ

 

 ローンは翔一に向けていた顔を、もう一度花の方に向けた。しゃがんだままの彼女に並ぶように、彼も膝を曲げると言う。

 

―そうか。しばらく顔を見せられなくて、ごめんな…

 

 すると、ローンは困り眉を浮かべる。

 

―いえ、そんな…

 

 そして翔一を見つめた。

 

―指揮官…本来、私たちKAN-SENはあなたを守ることも使命としてあります。前回は、むしろ私が謝らなければならないような結果なんです

 

―ごめんなさい…指揮官……私は…

 

―違うっ…そんなことを思う必要はないんだっ……俺が強くなかったからっ…力がなかったからっ…!

 

 病室から出た今でも己の心を支配する無力感が自らへの怒りとなって喉を震わせた。そして、そんな思いをローンに吐き出したことで、己の弱さを確信できてしまったようで恥ずかしくなる。

 すると彼女は優しい声音で囁いた。

 

―優しいんですね、指揮官は

 

―え…?

 

 自分の使命を果たそうとしているだけでそんなことを言われるとは思わなかった。息を荒げて八つ当たりのような態度で話したのに、彼女に柔らかい表情を向けられて驚いたのだ。

 ローンは花にもう一度目を向けると手を伸ばす。

 

―それにしても…ふふ…花は綺麗ですねぇ…

 

 そして指の先に据えた黄色い花を、乱暴に引き抜いた。

 

―…

 

 突然のことに驚く様子を見せる暇もなく黙ってしまう。

 彼女は手に取った花の匂いを嗅いだ。しかし、何か物足りないという寂しげな目を見せた。

 

―花は…好きですよ…でも、こうやって手に取って愛でようとすると…

 

 そして、花びらを1枚1枚むしり取った。好きだと言いつつ自分でそんなことをしても尚、憂う目を花に向けている。”愛でる”と彼女は言っていたが、少なくとも傍から見てそんな風には見えなかった。

 

―崩れてしまうんです…

 

 彼女はつまんでいる花びらを離す。ひらひらと落ちるそれはローンの足元に向かう。

 

―好きすぎるから、力が入り過ぎるんでしょうか……それとも本当は、私は花が好きじゃない…?

 

 彼女は”でも…”と続け今までとは打って変わり恍惚な表情を浮かべると、突然立ち上がると地面に横たわる花びらを踏みつけた。

 

―こうやって、ぐちゃぐちゃにすることも…ふふっ…

 

 元々ローンは一般的には理解しがたい趣味というか、価値観があるのは分かっていた。しかしそうとはいえ、こうやってぐりぐりと地面を踏む様子を見れば流石に目を疑った。

 そんな翔一の思いを気にすることもなく、ローンは続けて言う。

 

―私は好きなものを愛でるのがとっても好きなんです……それを壊すことも…とっても好き…

 

―矛盾しているようですが…どちらも本当の私の気持ち…

 

―指揮官はどちらですか…?

 

―それとも、私のようにどちらも…?

 

 立て続けの言葉に引き込まれ、何も言えなくなる。

 

―…

 

 さらに彼女は続ける。

 

―私にはとても強い”思い”があるから、こんなことが出来るんです

 

―私に何の”思い”もなかったら…たぶん、私の周りには何もないと思うんです

 

 そう言ってもう一輪の花を引き抜いた。そして同じように、今度は花びらをむしることもなく足元に落とし、踏みつける。

 

―私に愛という”思い”があるから、こうやって”やりたいこと”を出来るんです

 

 意味が分かるようで分からない、奇妙なローンの言葉に答えることは出来ず、その代わりに彼女に問うた。

 

―…本当に、好きなのか…?

 

―はい、好きです

 

 咲かせた満遍の笑みは女神も恥じ入るほどに美しかった。

 

――――――――――――――――――――

 

~海岸~

 

 

 ローンと別れた翔一はしばらく歩いた。その足の先は知らず内に、白い砂浜に向いていた。いつも演習をしている海。しかし今日は、どの陣営も演習はしていないらしい。

 

 "初めてしっかりとWARSになったのも、この場所だったか"

 

 足を前に出す度に、仲間と共に互いを鍛えてきた思い出が蘇る。

 やがて足を止め、きらきらと日の光で輝く海原の奥を見据える。

 

―…

 

 以前の戦闘後から芽生えた翔一の悩みの答えは、いつまでも遠くにある事だけは分かって、決して手に掴むことは出来ていなかった。そんな、まるで水平線のような悩みが心を覆っていた。

 

 "せっかく新たな力を得たと言うのに、それをまともに扱うこともできず、あろう事か味方まで…どうすればいいんだ…!"

 

 変わらずに手の届かない水平線を睨んだ。

 すると、

 

―指揮官…

 

 背を撫でたのはツェッペリンの声だった。翔一にとっては、珍しく優しげな彼女の声に振り向けば、見えるのは切長で睨んだようにも見える彼女の目だった。

 

―ツェッペリン…どうしたんだ、こんなところに…

 

 悩みを抱えそのまま孤独になってしまいそうな、恐怖にも似た感情が和らぐ。しかし同時に、そんな弱い自分を見られる事の恥が襲ってきた。

 耐えられず目を逸らしてもう一度海原を見やると、ツェッペリンが隣に立った。彼女の肩が二の腕に触れる。

 

―指揮官…

 

―ん…?

 

 変わらずに慈愛の込められたような彼女の声に、軽く喉を震わせて答えると彼女は言う。

 

―不安か…?

 

―…っ

 

 見透かされた気分になり、何も言えなくなる。しかし、"全てを憎んでいる"とはどこへ行ったのやら、彼女の声にはこちらを更なる悩みの底に追いやるような雰囲気はまるで無く、寧ろ愛で包み込むようだった。

 

―失うのが、怖いか…?

 

―…

 

 彼女はそう言って、今度は翔一の手の甲を自分の指で撫でる。

 

 ”ご主人様ぁ!”

 

 ベルファストの悲鳴が脳裏に響く。しかし、そうして失うことがないように、まずは力をつけることが肝心なんじゃないのか。しかし力を持った結果があの様なのだ。どうやって使えば良い。どうすれば制御できる。

 グルグルと回り続ける終わりのない思考に、翔一は短く嘆息してしまう。

 

―…はぁ

 

 その時、

 

―大丈夫だ、指揮官…

 

 ツェッペリンは同じように、囁きにも聞こえる声で優しく言う。そして、翔一を安心させるにはあともう一押しと言わんとするように、彼女は彼の手を軽く握った。その手に力がないのはただの恥じらいではなく、ツェッペリンの彼に対する優しさの表れだった。

 しかし、

 

―大丈夫じゃ…ないんだ…っ

 

 翔一はそう言ってツェッペリンの手を払う。

 

―ぁ…

 

 ツェッペリンの表情が寂しさを帯びた。しかしそんな彼女の気も知らず、翔一は続ける。

 

―どうすれば良いか…分からないんだよ…っ

 

 一瞬声を荒げてそれ以降、翔一は黙り込む。ツェッペリンはそんな彼の顔を見つめた。未だに自分から逸らされた彼の顔を彼女は両手で包み、自分と向き合わせる。そして小さく口を開いた。

 

―指揮官、よく聞け

 

 彼女はそう言って手を離すと、ゆっくりと語り始めた。

 

―この前、卿は我に、仲間と共に居たいと思わせてくれた。それから我は、戦うことに疑問を持つことがなくなったのだ

 

 そんな事を思わせた事があったかなと一瞬思考を巡らせたが、やっぱりそんな事はなかったと思う。しかし彼女がそう言う以上、何かしら自分の言った事が彼女の悩みを解決する糸口になったのだろう。それであったのなら良かったと、内心素直に喜んだ。

 彼女は真っ直ぐにこちらを見つめて続ける。

 

―しかし今、卿はただ戦っているだけに見える…

 

 ”ただ戦っている?…そんなことはない。今だって俺は、何にも負けない力をもって…”

 

 頭の中で彼女の言葉を否定するのは簡単だった。しかしその先の言葉を紡ごうとすれば、途端にそれは叶わなくなってしまった。

 

 ”何にも負けない力をもって、それで何だ…?”

 

 脳裏にそんな言葉が響いた。

 

―…

 

 彼のその気持ちに気付いたか否か、ツェッペリンの真紅の瞳が憂いを帯びた。まるで寂しく説教でもしだすような目に吸い込まれそうになる。

 

―それだけでは駄目なのだ…指揮官…

 

―だったら…何がいるんだ…?

 

 ツェッペリンの肩を両手でつかみ聞く。

 突然の行為に緊張したのか彼女は肩をすぼめ、目を逸らした。そして言いづらそうに、少し恥じたように言う。

 

―ココロ…だ…

 

 

【挿絵表示】

 

 

―は…?

 

 あまりにも想像から離れた答えに呆けた声返してしまった。

 心と力に何か関係があるかと気を巡らせるが、やはり思いつかない。

 

 ツェッペリンは頬を染めてそっぽを向くと続ける。

 

―と、とにかく卿は…その…ココロを……忘れる…な…

 

 段々と小さくなっていく声はしかし、翔一の心にしっかりと響いていた。

 

―それだけだっ

 

 口早にそう言うと、急くように背を向ける。

 

―あっ…ツェッペリン…

 

 彼女はさっさと走り去って行った。

 

―…

 

 心か。

 先ほどのローンの言葉が蘇る。

 

 ”私にはとても強い思いがあるから、こんなことが出来るんです”

 

 彼女は、”強い思い”があるからあのようなことでも出来るらしい。それにしてもすることが極端な感じはする。それも”強い思い”故だろうが。しかし、その”強い思い”だけなら自分にもあるんじゃないか。

 あまり考えても仕方ないので彼女の言葉は忘れようと一瞬思ったものの、もう一つ思い出す。

 

 ”私に何の思いもなかったら…たぶん、私の周りには何もないと思うんです”

 

 周りに何もない。どういう事だろうか。全部破壊してしまうという事だろうか。

 

―…全部、壊してしまう

 

 この前の戦闘を思い出す。自我を失い敵艦を屠り、エンタープライズを吹き飛ばし、ストレンジャーを殴り続けた。文字通り敵味方など関係なく、あの時は全てを壊しそうになった。

 

 ”卿はただ戦っているだけに見える”

 

 ツェッペリンは、俺がすべてを壊しそうになったことを、俺の力に何の思いもなかったと言いたいのか。

 

 そんなことはないと、先程のように否定したくなる。しかしそんなことを考えてしまう自分に苛立ちも覚えた。

 

 俺はそんな…ただ戦っていたわけじゃないんだ。でも俺は力を得て、それで…

 

 それで、自我を失ってあの様じゃないか。

 

 ”卿は指揮官として、どんな気持ちで戦っているんだ…?”

 

 随分前の記憶が逡巡した。確かあの時は、WARS ACHILLESを使いこなせるように訓練していた時にツェッペリンから聞かれたことだったか。

 

―どんな気持ちで…か…

 

 そう考えれば先程ツェッペリンが言ったように、ストレンジャーを前にして、気持ちも何も持たずにただ戦い”目の前の脅威を破壊する”だけだったと言えるのか。

 

―…

 

 でもそれなら、なぜあの時あんなにも巨大な力を手に入れられたのか。本当に何の気持ちもなければ、あんなことになることもなかっただろう。

 

 メンタルキューブはヒトのオモイに答えてその力を発揮する。それならあの時に、何か思いが、”ただ力を求める”ことでなく”力を求める理由”という強い思いがあったはずなのだ。

 

 もう一度、あの力を得る直前を思い出す。

 

 ”ご主人様ぁ!”

 

 ベルファストの叫び声が聞こえる。

 

―そうか…そうだったな…

 

 あの時、自分の愛する者達が傷つくのが嫌だった。

 

 

 守れないことが、すごく辛かった。すごく怖かった。

 

 

―だから俺は…俺の愛する者達を守るために戦う……それが戦う理由、だったな…

 

 なんだ、ツェッペリンは俺にそのことを思い出してほしかっただけじゃないか。でもそれは、自分で気付かなくちゃいけない。そうでないと”力”を使いこなすことなんて出来ない。だから”ココロ”なんて言い方をしたのか。

 

 ようやく自らの持つ力の意味を思い出して立ち上がる。

 

 

 ありがとう、ツェッペリン。

 

 

 海を背にして歩き出した。

 

――――――――――――――――――――

 

~ドックの奥~

 

 

 普段なら明石が夜な夜な作業をしていて埃が舞うドックの倉庫。ところどころにキューブの青白い光がチラチラとあることで雰囲気だけは小綺麗なそこには、珍しく彼女以外のKAN-SENがいるようだった。

 

―…ふぅ

 

 疲れからか、短くため息をついて手を止めたのはリノだ。

 彼女は明石の作業を手伝っていた。昨日から徹夜に近い状態でリノは手を動かしている。

 そんな中、明石はと言えばリノの手伝いに甘えるようにぐっすりと眠っていた。リノは小さく上下する彼女の体から目を離すと作業を再開する。

 

―んん~にゃうにゃうにゃうぅ…

 

―…ん?

 

 突然喉を鳴らした明石にもう一度目を向けた。

 

―…

 

 彼女は先程と全く体勢が変わっていない。直ぐにまた静かな寝息が聞こえてくる。

 

―ふふっ…かわいい寝言

 

 リノは明石の、普通の猫のような姿に少しの癒しをもらった。そして視線を目の前のモニターに移す。

 

 ”リノが指揮官を助けるんだ…!”

 

 そうしてリノは、何度思ったか分からない決意を脳裏に反芻させた。

 

 ”明石の研究…しっかりやるんだ…!”

 

 思いながら、ホログラムのキーボードを操作する。モニターに表示されているのは、以前暴走した時の(WARS)の姿。しかしその形は、微妙に違うものだった。肘、足、背。ところどころに、船の煙突のような意匠が施されている。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 明石は翔一が暴走して以来、一睡もせずにあの形態を彼の制御化に置けるように研究を行っていた。そんなところに、リノが手伝いを申し出たのだ。

 

 ”こんなに莫大なエネルギーの熱損失を廃熱する機関…明石、よく考えたなぁ……リノのヒーローガジェットに組み込んだらもっと凄いのも作れそう”

 

 研究の手伝いと言いながらも、リノは明石の技術に感心するばかりであった。というのも、リノがここに来た時点でもう暴走の問題は解決済みだったからだ。

 WARSが敵味方関係なく攻撃した原因は、はっきり言ってその大き過ぎるエネルギーによる熱暴走だった。その影響で、翔一の脳だけでは為しきれないWARSの制御を担うAIのバグが発生。そしてWARSは周りの兵器という兵器を破壊しようとしたのだ。なのであれば、単純に廃熱機関を強化してしまえばいい。そうして明石はこの機関を開発したのだ。彼女が言うには、もう少し調整をすれば完成らしい。

 

 ”でもリノに出来る事、そんなになかったけどね”

 

 もっともリノに出来たのは、廃熱機関のデザインを考えてそれをモデルに組み込むくらいだったが。それでも徹夜してまでそのデザインを考えていたのは、彼女のヒーロー好きが故か。結局単純なもの(煙突の意匠)になってしまったが。

 デザインを施したWARSのモデルを保存する。ファイル名は"WARS MIGHTY"

 

―んぅ…ふぁああああ……あぁ、よく寝たにゃ…

 

 ほぼ一日眠り、やっと目を覚ました明石はむくりと体を起こした。彼女はリノに目を向ける。

 

―リノ、追加機関のデザインはどうかにゃ…?

 

 まだ寝ぼけ眼の明石がそう言うと、もそもそとリノの方に歩く。

 

―ばっちり出来たよっ

 

 そう答えるリノから肩越しに、明石はモニターを覗き込むと微笑んだ。

 

―おお、これは中々カッコよくなってるにゃ

 

―うん、ちょっと付け足しただけだけどね

 

―ん、ありがとにゃ。後の調整は明石に任せてにゃ

 

―うん

 

 リノは椅子から立ち上がると明石がそこに入れ替わる。そのままリノはドックの出口に歩き出した。

 

 ”結局、リノが指揮官に出来る事…ほんの少ししかなかったな…”

 

 湧き上がる少しの無力感を、肩を落としてせきとめた。

 

――――――――――――――――――――

 

~執務室~

 

 

 今までの悩みが不思議なほどすっきりと消えていることに気付いたのは、翔一が久しく執務室の扉を開けた時だった。

 扉の向こうには若干目を丸くしたエンタープライズの表情があった。

 

―あ…指揮官、もう…大丈夫なのか?

 

 突然の出来事で驚いたのか、彼女の言葉は簡素なものだった。

 

―ああ、待たせたな。もう大丈夫だ

 

 そう答えると、今度は部屋の奥からもう一人、銀の長髪をなびかせてこちらに来るヒトがいた。

 

―ご主人様っ

 

 ベルファストの姿が目の前にあった。彼女の目は若干、駆逐艦のKAN-SENにも思えるような無邪気さというか、純粋さのような光があるように見えた。

 そういえば病室にいる間はベルファストに会っていない。寝ている間に彼女は来たのかもしれないが、彼女にも心配をかけてしまったな。

 そんなベルファストは美しく微笑んで言う。

 

―おかえりなさい

 

 彼女の言葉は短い。しかしそれだけでも翔一の心は温かく包まれ、その疲労を癒すには十分だった。

 

―うん、ただいま

 

 安寧の場所に帰ってきた感覚が言葉になる。

 

―さっ、ご主人様、早速お仕事をしていただきます。貴方がいない数日はとても忙しかったのですよ

 

 ベルファストの冗談交じりのセリフに、翔一は彼女の自分への気遣いを感じた。

 

―ははっ、ああ、しっかりやるよ

 

―ふふっ…お願いします

 

 何やら完全に二人の世界に入っていそうな雰囲気は、他のKAN-SEN、特に赤城や大鳳が見たらどうなるかは想像に難くない。

 

―…

 

 しかしそんな姿を、エンタープライズは表情一つ変えずに眺めていた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

~重桜エリア~

 

 

―はぁ…

 

 病室で翔一と話して一日か二日か、彼が仕事に復帰したと聞いた赤城は彼の姿を見に行こうとした。しかし、何か自分の中にある彼に遠慮するような気持がココロを覆い、結局引き返してきてしまった。そんな中今は、正に得体の知れない、何とも言えない気持ちで自室につながる縁側をとぼとぼと歩いている。普段なら彼を思いながらふわりふわりと揺れる尻尾も、今日は力なく重力に身を任せていた。

 しばらく前の、彼がまだ病室のベッドにいた時の言葉を思い出す。

 

 ”申し訳ないなんて、そんな事は思わなくていい。それにあの時、俺の盾になろうとしてくれたんだろ?”

 

 彼の言う通りだ。しかし、彼はそんな赤城を庇って傷ついた。そのために彼はあんな部屋に横たわっていたのだ。

 

 ”でも俺も、お前が傷付くのが嫌だった…”

 

―…

 

 確かにその気持ちは嬉しい。人によって作り出されたもの(ココロ)でも、踊りながら天に昇っていきそうなくらいの気を持ってしまう。

 だがしかしと、あの時赤城は喉から出そうになる気持ちを抑えていた。

 

―違うのです…それでは指揮官様は…貴方は…

 

 ”心配しなくて良い、赤城…今度はしっかり、お前を守れるようにするからな”

 

―…うぅっ

 

 あの時彼はそう言って、頭を撫でた。いつもならあんなことをされれば有頂天になっていたはずだった。しかし違った。彼の気持ちから逃げるように、申し訳の立たない感情を抑え込んで目を逸らすしかなかった。

 なぜならあの彼の言葉は赤城にとって、

 

 "お前は役に立たないから俺に任せろ"

 

 そう言っているようなものなのだったから。

 

 本来、KANSENはセイレーンの殲滅だけでなくそれを指揮する者を防衛する使命がある。しかし今や(WARS)は、KANSENと比較しても比にならない程に強い。セイレーンの殲滅だけで見れば、確かに彼を戦士として守るという”戦略”はあっても、守ろうとするあまりに自分が打撃を負ってはいけないのかもしれない。

 しかしそれでも彼のために彼女が取った選択は、彼の盾になるという事だった。

 

 ”お前を守れるようにするからな”

 

 彼の言葉で罰を受けたような気持ちになった。失望されたような気になった。

 もちろんあの時、彼がそんなつもりで言っていないということは百も承知である。しかし、それでも己の無力を確信するようで、悔しさで溢れそうになる涙を堪えることしかできなかった。

 

―……はぁ…

 

 無意識に出るため息の音が耳を打つたびに、脳裏にあの時の戦場がよぎった。

 

 ”指揮官様!”

 

 ”赤城!”

 

 ”指揮官様…あ、あぁ…そんな…”

 

 彼の為を思ってした行動に裏目が出たこと、そして、

 

 ”駄目だ!”

 

 ”お前じゃ無理だ…”

 

 彼への思いを彼から否定されたこと。

 

 あのセイレーン(ストレンジャー)は自分では万に一つも撃破できなかっただろう。今も鮮明に思い出せる苦い気持ちは、自らの全身を吹雪のように襲った。

 

―違うのです…それでは指揮官様は…

 

 しかし今にも凍り付きそうなココロは、それでもと彼を求めている。

 

 ”私は貴方のために出来る事なら…なんでもしたいのです…例えこの身が滅びようと…”

 

 赤城はそう決意めいた思いを抱いた。

 

 

 

 それから母港にサイレンが鳴り響くまで、さほどの時間は経たなかった。

――――――――――――――――――――

 

~海上~

 

 

 セイレーン撃退の命令を告げるサイレンを受けてから、既に翔一達は母校から遠く離れていた。

 指揮艦のブリッジからはっきりと見えるのは4人。中央にローン、その左右にベルファストとリノ、そしてちょうどローンと船首の間にモナークが、数十メートルの間隔を置いて航行している。残り三人、指揮艦の船首より若干前方に位置し、更に左右に配置されているのは赤城と加賀、そして艦の後方にいるのはエンタープライズだ。

 前回の出撃からは日が浅い。そんな中で多少体は鈍っているのだろうがしかし、戦いに赴く感覚というのは、彼の中ではっきりとしていた。

 

 ”戦えば、またあの姿になるのかもしれない”

 

 脳を通じて、砲弾を放つ衝撃と拳に伝う鈍い感覚が体に蘇るようだった。

 久しく指揮艦の窓から見る、今は静かな海が心を覆う。

 

 ”しかし俺は、もうあんな風に心は失わない…失うわけにはいかない”

 

 外にいる仲間からの、その決意を試すような目がこちらに向いているようにも感じた。

 覚悟を持ったからと言って、あの形態の制御が可能となるのかどうかは分からないが、それでも純粋にその決意ができる理由は他にもあった。

 

 ”頼むぞ、明石”

 

 窓から目を離して後ろに振り向く。

 彼女はあの形態を制御できるシステムを開発し、現在は最終調整中だと言って指揮艦の奥に篭っていた。翔一に出来る事はあと一つ。彼女を信じて待つだけだった。

 

―…

 

 もう一度目を窓の外にやり、海を見渡す。すると今度は翔一の脳裏に出撃直後の明石の姿が浮かんだ。

 

――――――――――――――――――――

 

~出撃直後、ブリッジ~

 

 

―指揮官!前回の出撃のようにあんな風(暴走状態)にならないように、明石はしっかりと対策をしているにゃ!これで安心にゃ!

 

―これは…?

 

 指揮艦が母校を出てからしばらくした頃、翔一の肩越しに明石がひょっこりと顔を出した。横から彼女が差し出すホログラムプロジェクターを受け取ると、そこには見慣れないWARSの姿があった。よく見れば、”WARS MIGHTY”と表示されている。

 じっとその姿を見つめていると、明石は聞く。

 

―見おぼえないかにゃ?

 

 一瞬考えるが、翔一にはやはり見覚えはななかった。

 

―うぅん、ないな……いや…

 

 と、口に出すが瞬間、以前ストレンジャーに打ち付けた腕が思い浮かんだ。もしかしてと思い聞いてみる。

 

―この前の…俺の姿か

 

 前回の戦闘で変身したあの姿かと問うと、彼女は頷く。

 

―そうにゃ。でもちょっと違うところがあるのにゃ!

 

 明石は興奮気味にそう言うと、腕、足、背、横顔の拡大画像を投影させた。翔一の手元のホログラムが目まぐるしく変化する。

 今までのWARSの形態には見ないような、特殊な形の衣装が施されているのが分かった。ぱっと見たところ、艦船の煙突を小さくしたパーツがWARSのところどころに取り付けられているようだ。

 そんな発見が小さく唇を動かす。

 

―これのことか…?

 

 プロジェクターを持った逆の手で指をさす。

 

―そうにゃ!ちなみにそれは、今までのWARSの設計の大幅な変更からつけたものなのにゃ!

 

 その彼女の言葉で、翔一はもう一度問う。

 

―見るだけならこんなに小さな変化でもか?

 

 大幅な変更と言いながらも、取り付けられたパーツは形としては多少の大小はあれどどれも小さなものであった。

 明石はよくぞ聞いてくれたと言わんばかりに深く頷く。

 

―んにゃ

 

 ”ちょっと説明するにゃ”と続けた。

 

―まず、前回WARSが暴走したのは、しっかりと廃熱が出来ていなかったからなのにゃ

 

―なるほど…

 

―そもそもKAN-SEN達は戦闘用の力を使おうとすると、少なからず熱損失が生まれるのにゃ。そんで、その冷却はみんな足の裏から行ってるにゃ。もちろんその冷却方法はWARSも同じにゃ。にゃんだけど…あの形態のWARSは攻撃力が大きすぎた故に、通常の冷却方法では熱損失の除去をやりきることが出来なかったのにゃ…う~ん…明石は指揮官がWARSになって以来そのデータを解析し続けてるけど、普通はあんな大出力は出ないはずなんだけどにゃぁ…WARSにもまだまだ謎は多いにゃ…ま、それだけメンタルキューブの力に可能性があるってことかにゃ

 

 長々と話しながら段々と声を落とした明石だったが切り替えは一瞬。再び説明を再開した。

 

―とりあえずそんなことがあった中で、このフォームだけ廃熱方法をほぼ作り直すことになったのにゃ。その結果、足とか背中に煙突型の廃熱機関が出来たというわけにゃ!指揮官、これでもうあの姿になっても大丈夫にゃ!

 

 嬉しそうな雰囲気を帯びた彼女の声がブリッジに響く。翔一が感じていた、若干くすんでいた気持ちは彼女の声で拭われて、中から漏れ出した安心という温かい光が翔一の唇を動かした。

 

―そうかっ…よかった

 

 一息つくように漏れたその言葉はしかし、それをひっくり返すように明石が言う。

 

―でもまだ最終調整に時間がかかってるにゃ…もしかしたら今回の戦闘で、WARSに変身してからの戦闘には間に合わないかもしれないのにゃ…

 

 申し訳なさそうな表情を浮かべる彼女に”大丈夫だよ”と続ける。

 よくよく考えてみれば、明石には多大な苦労を強いてしまっている気がする。彼女は戦いに直接参加することがない代わりに、こうして翔一の隣でKAN-SEN達へのサポートをするのみにとどまらず、本来であればイレギュラーな存在の、WARSの形態変化(フォームチェンジ)の研究開発までしてくれている。それに、彼女だけじゃない。

 

 ”やっぱり、自分が使う力ばかりを求めている場合じゃなかったんだな…俺の周りにはみんながいる…みんなが俺を支えてくれているじゃないか”

 

 逡巡するように、今まで自分を思ってくれたヒト達の表情が思い浮かんだ。今まで、気付いているようで気付いていなかったのだ。自分の周りにはたくさんのヒトがいるということを。そのおかげで戦えていたということを。しかし今は違う。皆の思いをしっかりと考えて、それを受け止め、自分に出来ることを考える。そうすることで初めて、自分が使いたい力を、使うべき力を求め、手に入れることが出来るのだ。

 気付いた時には、口は開いていた。

 

―明石…俺は、いつもお前のおかげで戦えるよ…ありがとう

 

 感じた気持ちは言葉となり、明石の耳を揺らす。

 彼女の白い頬が桜色に染まった。

 

―そ、そうかにゃ…

 

 明石は何となく、報われた感じがした。

 彼がWARSとなってからその能力について研究していく中、自分が勝手に始めたこととは言え思った以上の作業量に疲弊してうんざりしたり、彼の力を新しく引き出す度に、しかもそれを彼に押し付けるように使わせて、彼は鬱陶しいと思っているかもしれないなんて事も思っていた。

 だから彼の今の言葉は明石の、船体のように硬く冷たくなりそうだったココロを優しくほぐしたのだ。

 ちょっと恥ずかしくなって、話を少し逸らす。

 

―あ、あとっ…この廃熱機関の衣装を考えてくれたのはリノなのにゃ!リノにもちゃんと感謝するにゃ、指揮官っ

 

 この情報もとても大切。正に排熱機関の開発で疲弊して眠りそうなっていたところで、リノに助けられたのだから。

 

―そうなのか

 

 翔一はつぶやいた。そして彼は、明石の言葉で改めて思った。

 

 "自分が気付かないところでも、俺を支えようとしてくれるヒトが沢山いる"

 

 そしてそれに気付いて、甘えるだけではいけない。次に自分がやるべき事は"皆を守る為"に全力で戦う事だ。皆で無事に帰る事だ。そうやってお互いが思い合い、何かを成すこと。それが絆を紡ぐと言う事なのではないだろうか。

 

―みんなが居れば…本当に心強いな

 

 そう言って微笑めば、明石からも柔らかい表情が返ってきた。

 

――――――――――――――――――――

 

~海上~

 

 

 "戦場だというのに…"

 

 何を考えているのだろうかと、赤城は自分に言い聞かせた。

 

―…

 

 いくら忘れようとしても頭に粘り付くように離れない、彼への思いを抱いていた。それは決して普段の甘い思いでは無い。とにかく、彼を思えば思うほど自分が彼から遠ざかっていく様な、底の無い悲しみを覚えていた。

 その感情は内に秘められたままではなく、表にもでている。九本の茶色い尾が重力に身を任せたまま、今にも海面に付きそうだった。

 覇気も何も感じられ無い彼女の様子に、加賀は話しかけた。口は閉じたまま。

 

 "姉様…"

 

 ”何?…秘匿回線なんか使って”

 

 ”どうかしましたか…?”

 

 平坦な声音が赤城の脳に響く。加賀の声でやっと自分の気持ちが外にも現れている事に気付いたか、彼女は俯いていた顔を上げた。折れ曲がっていた尾をゆっくり戻しながら、数瞬遅れて通信を返す。

 

 "何でも無いわ"

 

 "そうには思えませんが"

 

 普段見せないような落ち込んだ赤城の言葉に、加賀は即答した。いつ敵がレーダーにかかるか分からない状況で、すぐ戦闘を行える気構えが抜けている赤城に若干の苛立ちを覚えたのだ。

 

 "…"

 

 赤城は黙り込んだ。そんな様子にしびれを切らしたか、加賀は厳しい声音を送る。

 

 "赤城、戦場に無駄な感情を持ってきているなら、そんな物は今すぐ捨てろ"

 

 "………"

 

 やはり何も答えない。

 

 "まあいい…とにかく、戦闘が始まったら普段通りに動けるのならばそれでいい"

 

 加賀は諦めたのか、最後にそっけなくそう言うと通信を切った。

 すると、それを待っていたかのように他のKAN-SENから通信が送られてきた。今度は通常回線だ。ベルファストの細い唇が開く。

 

―ご主人様、そろそろセイレーンの出現地点です。いかがなさいますか

 

 聞きなれた、彼女の美しくも凛々しい声がブリッジに響く。翔一はレーダーを確認した。

 

―ありがとうベル、こちらでも確認した

 

 そう言って続ける。

 

―赤城、加賀、エンタープライズはセイレーンを補足次第爆撃開始。一時、敵の動きを鈍らせ、その隙にベル、ローン、リノは雷撃後、接近して砲撃。モナークはその後方支援だ。俺は前衛に混ざってアキレスで出る

 

―以上、質問あるか

 

 ”ありません!”

 

 皆の答えを受け、合図を出す。

 

―よし、作戦開始!

 

 ”了解!”

 

 気合が入ると同時に更なる緊張が翔一の胸を包むが、振り払うようにブリッジを出ると左腕を構える。現れたWARSブレスの舵を回し叫ぶ。

 

―エンゲージ!

 

 ”WARS ACHILLES ENGAGED”

 

 WARS ACHILLESとなり海面に足をつけると、駆逐艦のKAN-SENをも引き付けない航行速度で前衛のKAN-SEN達に近づいていく。やがてローンとリノの間に身を置くと、程なくして赤城の声が聞こえてきた。

 

―指揮官様、敵駆逐艦5隻、軽巡洋艦3隻補足しました。攻撃を開始しますっ…

 

―ああ、頼む…!

 

 答えると、前衛艦隊にも注意を促す。

 

―ローン、リノ、ベル、肉眼での補足はまだできないが、敵の砲撃に気を付けてくれ

 

―はい、どんな敵でも捻り潰して見せます

 

―リノ頑張るよっ

 

―メイドの役に恥じぬ働き、しっかりさせていただきます

 

 三者三様の言葉が身を撫でる。遠くを飛ぶ戦闘機を一瞥すると、WARSは彼女達にまた新たに指令を告げた。

 

―敵を視認次第、単縦陣で丁字戦法を取る。足の速い順に陣形を組むんだ

 

 するとリノが言う。

 

―じゃあ、最初に指揮官、その次にベルファスト、リノ、そんで、ローンってことだね

 

―そうだ

 

 彼女の言葉に頷くと、ローンは若干不満げな表情を見せた。

 

―あら、この前のように自由にさせてくれないのですね…

 

―今回は敵の詳細な数などはまだ分からない。レーダーに掛かっているものだけとも限らないからな。少し我慢していてくれ

 

―ふふっ…そうですか。ではその時を楽しみにしていますっ

 

 柔らかい微笑みに妖しさを帯びさせる彼女がWARSを見つめる。

 

―ははっ、俺もお前の活躍を楽しみにしてるよ…

 

 気合を入れて来て早々気圧される彼であったが、すぐに切り替える。敵艦隊が視認できたのだ。赤城達の戦闘機がその目前に迫っている。

 

―航空攻撃が始まるようだな、こちらもすぐに攻撃に移れるようにするぞ

 

 ”はいっ”

 

 敵艦隊に対して横隊していた皆は、WARSの合図で陣形の変形を開始する。WARSが素早く先頭を切ると距離を置いて3人が続いた。

 遠方から僅かに響く爆撃の音を捕まえながらしばらく航行した。爆撃機の攻撃も薄くなり、こちらの射程範囲に敵を収めようかという時だった。加賀の声が聞こえてくる。

 

―指揮官、前方に新たに敵艦を発見した。空母も確認できる。戦闘機はこちらで最大限対処するが、討ち漏らしに警戒してくれ

 

 彼女の通信と同時に敵艦の詳細情報が送られてきた。駆逐艦が10隻、重巡洋艦が5隻、戦艦が3隻、空母が3隻だった。

 

―分かった。十分警戒する

 

 そう答えると、WARSは後ろに続くKAN-SEN達に話す。

 

―ベル、リノ、ローン、加賀の通信は聞こえていたな。航空攻撃にも注意をしておくんだ

 

 ”了解!”

 

 そうこうしている内にいよいよ接敵した。さっと状況確認すれば、始めに赤城に報告を受けた駆逐艦は3隻に、巡洋艦は1隻に減っていた。当然後続してくるセイレーン艦も視認できるがそれでも、見た通りの数なら殲滅にさほどの時はかからないだろう。

 

―よし、雷撃準備!

 

 まずは面制圧で敵の機動を妨害する。WARSに続き前衛艦隊が右舷側に方向転換した。蹴立てた波が一直線の弧を描く。敵に対して横隊し完全に丁字有利の状況となるが、相手に引き返す様子はない。KAN-SEN達が構える魚雷の鼻先も敵に向いている。

 このまま攻撃しても問題ないか。ならば…

 脳裏にそう響かせて指示を出す。

 

―…攻撃開始!

 

 ”了解!”

 

 WARSは前方に跳び背骨を軸に回転、背を海面に向けて魚雷を放つ。KAN-SEN達からも次々と魚雷が放たれ、敵艦を襲った。迷いなく敵に向かっていくそれは敵の暗闇色の船体に突き刺さり破裂する。そして敵陣から放たれる砲弾を器用にかわし、お返しと言わんばかりに砲撃の雨を降らせた。爆発が爆発を呼ぶ戦場で、アズールレーン艦隊は調子よく戦線を上げていく。

 

―このまま一気に行こう!

 

 リノが言うとローンが続いた。

 

―私が出ずっぱりになる必要もありませんでしたねぇ…あっけない…ふふっ

 

―そうは言え皆様、油断は禁物ですよ

 

 WARSは同意する。

 

―その通りだ、あまり敵に近付き過ぎないようにしなければな

 

 しかしそう言った時だった。

 

―…!?

 

 頭上に爆弾が投下されていた。明らかに戦闘機による爆撃だったが、レーダーには一切反応はなかった。何もない場所から現れたように降り注ぐ爆弾をかわすべく行動に移す。

 

 ”OVER CLOCK”

 

  WARS ACHILLESの特殊能力を発動し、3秒ほど音速で爆弾の雨から遠ざかる。周りはどうかと見渡せば、幸いなことに味方に攻撃はされていないようだった。KAN-SEN達は、ただこちらに驚いた表情を見せている。

 十分な距離を移動しオーバークロックを解除すると、元々居た場所に凄まじい音と共に水の柱が立つのが見えた。

 突然の異常にエンタープライズが叫ぶ。

 

―指揮官っ…何があったんだ…!

 

―何もないところから爆撃された…!

 

 そういう風にしか表現できなかったのでそのまま言葉にした。

 

―え…?

 

 当然の反応が返ってくるが、直後に合点がいったようだ。彼女は新たに戦闘機を発艦しながら言う。

 

―…確かに、今の爆心地周囲に敵の反応はなかったな…どうやってあんな攻撃を…

 

 彼女の疑問を反芻させながら海を蹴る。未だ戦場に残る敵艦を射線に抑えるKAN-SEN達を目前に、WARSも両腕のアームバルカンを繰り出す。超近距離の連続テレポーテーションによる高速移動にエネルギーを使う故、破壊力に若干欠いた光の弾はしかし、確実に敵の装甲を削いでいった。

 

―皆様、またあのような攻撃があってもおかしくありません。気を付けましょう

 

 ベルファストは冷静に言うが、レーダーが感知せず視認すらできない敵機による攻撃にリノは戸惑う様子だった。

 

―で、でも、あんなのよけられないよっ

 

―あのような攻撃を受ければ、いくら重巡の私でもひとたまりもありません…どうすれば

 

 ローンまでも危機感を表にする中、WARSはようやく戦線に復帰する。彼は隣にローンを据えて言う。

 

―前衛艦隊はエレメントを組め。俺はローンと、ベルはリノとだ

 

 その言葉にベルファストは答える。

 

―エレメント…空軍でいう、編隊の最小単位のことですね。了解いたしました

 

―やはり先ほどのような攻撃がいつ来るか分からないからな。目が多くあった方がそれなりの速さで対応もできるだろう。しかし、特にローンはどうしても咄嗟の反応が遅くなってしまう分、俺がそれを補うことにした

 

 リノは合点がいったようで”なるほど”とつぶやく。それから間もなくローンが言う。

 

―指揮官は私を守ってくれる白馬の王子様ですね。色的にもバッチリですっ

 

―まあな

 

 ローンは、この手の話にしては珍しく素直な彼の返答に”あら”と頬に両手を当てるのだった。その時、

 

―あ…!

 

 早速と言うべきか、ローンの目の前に魚雷が迫っていた。空から落ちてきていたため戦闘機による攻撃だ。WARSはもう一度能力を発動する。

 

 ”OVER CLOCK”

 

 WARSのシステムボイスが鳴り終わる前に動き出し、ローンの盾になるように彼女の前に立つ。もはや動いているようにすら見えない水中の魚雷に向かってアームバルカンを掃射し、オーバークロックを解いた。

 

―指揮官っ…

 

 ローンの声が聞こえた直後、バルカンの命中の答え合わせをするかのように魚雷が爆発する。どうやら全問正解のようだ。同時にその場で周囲を確認。追加の攻撃が無いか見つつ、奥に未だ立ち並ぶ敵艦に向けてバルカンを放ちながらつぶやく。

 

―他に攻撃は…無いようだな…

 

―…早速守られてしまいましたね

 

 ローンがそう言う。

 

―元からそのつもりだったからな。傷ついていないようで良かったよ

 

 WARSは答えると今度はベルファストの声が響いた。彼女は周囲を見渡しながら言う。

 

―それにしてもご主人様…

 

―ああ、やっぱりレーダーに感知は無かった、目にも見えない…!

 

―それならば…

 

 彼女の短い言葉に続いてリノが声を上げた。

 

―アイテールいこう!

 

―おう!

 

 気合を入れるとWARSブレスを構え、舵を回す。

 

 ”AETHER DEFORMATION”

 

 ブレスのディスプレイに空母のマークが映し出され、体が変形していく。

 

―どう指揮官?

 

 WARS AETHERの超探知能力で見えない攻撃の正体を突き止める。見覚えがある姿が空中に映し出された。

 

―居るな…以前戦ったハイダーだ。情報を送る

 

 KAN-SEN達に情報を共有する。ハイダーはその姿を補足してしまえば特に問題なく撃破できる。あのセイレーンの一番の脅威は見えない事なのだ。しかし今回はそれだけというわけではなかった。

 

―かなりの数ね…

 

 赤城の言う通り、多いのだ。敵の数が。空に向かって一瞥くれてやるだけでも前衛艦隊の周囲に30は浮いていた。まるで彼らを集中的に囲うように。加えてその内4体は他の個体にはない赤い光を携えていた。何か特別な個体なのだろうか。

 現段階では何の判断もつかないが、とにかく新たな指示を出す。

 

―前衛艦隊はハイダー殲滅を優先!主力艦隊は今まで通り前方の敵艦の対応!

 

 KAN-SEN達は即座に行動を開始する。WARSも背からなびくグレイフライヤーを放ち、ハイダーに送る。

 そんな中、早速1体撃ち落としたローンがつぶやく。

 

―ふふっ…ゴキブリは飛んでもゴキブリのままですよ…

 

 しかし砲弾の一発で撃破されるほどハイダーも貧弱ではない。とはいえ、立て直す隙を与える程の慈悲を持ち合わせていないローンは、再び浮遊しようとする”ゴキブリ(ハイダー)”に砲身を向けた。

 

―手を煩わせないでくださいねぇ

 

 にこりと微笑みを見せながら、ダンダンダンと砲弾を放つ。朗らかな表情から撃ち出される、冷たい顔色の熱い弾は、やはりハイダーに慈悲を向けることはない。主人に示された弾道を素直に進み、ただ真っ直ぐに着弾点を目指した。ゴール(ハイダー)に辿り着いた弾は、時に爆発し、時に貫き、その体を崩壊させた。力なく重力に身を任せたハイダーを見送ると言う。

 

―さて…次の虫を駆除しましょう…

 

 ローンの瞳に再び空が映った。

 そんな彼女の数十メートル遠く。そこには激しく、そして美しく白髪を乱す2人がいた。

 

―ベルファスト!お願い!

 

―はい!

 

 大量のハイダーに囲まれても物ともせず、どころか舞うように砲を放ったベルファストはリノの合図で煙幕を散布する。

 

―こちらは消えることは出来ませんが、目くらましなら!

 

 KAN-SENが用いる煙幕はただ敵の索敵性を奪うだけではない。この煙幕を通すのはKAN-SEN達が通信に使用するエネルギーのみである。セイレーンが用いる通信網は煙幕の中では機能することなくスタンドアローン状態となり、連携を取る事はもちろん、KAN-SEN達の位置情報を掴むこともできない。敵が行えるのは運よく攻撃が当たることを祈る事か煙幕から出る事のみだ。しかし白い霧から出ようと背を見せようものならKAN-SEN達の砲撃に襲われる。どうすることもできず、しかしただの機械兵器が運に賭けることもできず、ハイダーは悪い視界の中攻撃対象(KAN-SEN)を探し回るのみであった。

 そして、

 

―居場所はバレバレだよ!

 

 リノは煙幕で不可視となった、しかしレーダーで丸裸になったハイダーに砲口を向けて2発、3発と弾を放つ。

 

―見つけられるでしょうか、私たちを…!

 

 続いたベルファストはリノと同じ方向に砲弾を放った。数度の爆発音と共にレーダーから一体の敵情報が消えるのを感じる。

 エレメントによる攻撃は想像以上に上手くいったようで、リノは両拳を上げた。

 

―やった!

 

―二隻一組での戦闘はあまりしたことがありませんでしたが、このまま殲滅できそうですね

 

―うん!このまま一気に行こう!

 

―ええ!

 

 2人は迷子のようにふらつくハイダーを次々と破壊していった。

 一方、WARSとローンも順調に”浮遊するゴキブリ”を相手取っていた。

 

―指揮官!

 

―おう!!

 

 WARSはローンの背後に構えられたハイダーの砲口を塞ぐようにグレイフライヤーを飛ばすと、その穴めがけて小さなビームが放たれた。砲身の中で熱がぶつかり合い爆発が起こると、爆煙の中からひしゃげた砲が顔を出す。

 

―さすがですっ

 

―この為のエレメントだからな

 

 こちらでも作戦は上手くいっているようだ。そんな時、

 

―…?

 

 ベルファスト達の方から、今まで二分していたハイダー達がやってきているのが見えた。煙幕で攻撃出来ないことにしびれを切らしたか、二人への攻撃を諦めこちらに10を超える敵が迫っている。

 

―あちらの煙幕の効果があり過ぎたらしい

 

―はい、そのようですね

 

 最初から前衛艦全艦とハイダーを煙幕で閉じ込めてその中で戦闘を行った方がよかったか…いや、それならハイダーだけを煙幕で蓋をして…しかしこれも現実的ではないか…どちらにせよ攻撃を諦めて潔く主力艦達の方へ行ってしまうだろう。

 長々と考えながら未だ周囲に残る敵を狙う。1発撃つたびに煙幕から離れたハイダーがこちらに近付いてくるのが分かる。たまに目を向けてみれば、背から火を噴いて煙幕から飛び出すものもいた。当然すぐに、ばしゃりと音をたてて海の藻屑となるが。

 

―完全に囲まれる前に出来るだけ減らすぞ!

 

 WARSはローンを一瞥しながら言う。

 

―しつこい虫共…!

 

 しかし撃っても撃っても中々減らない敵に、彼女は苛立ちを覚えているようだった。一体の戦闘能力は小さくても、数が多いのだ。おまけに機動力もある。弾が外れることもあった。それでも何とか的あてを続け、周囲に火の花畑を作る。

 やはり数が多いというだけでたいしたことのない脅威であったが、敵はハイダーだけではない。

 

―…!

 

 WARSは背後に迫った砲弾を避けた。

 

―掴まれた。もうそんな距離か

 

 少し前に加賀から報告を受けた艦隊が前衛艦隊を射程に収めたのだ。ベルファストとリノには煙幕があるため、当然WARSとローンに攻撃が集中する。ただでさえ面倒な戦況に、当たればダメージの大きい攻撃がトラップのように二人を襲った。

 

―ローン!敵の本隊が近い!奥の方にも注意するんだ!

 

―チッ…!

 

 苛立ちを抑えられないのか、彼女は無心に空を睨んでいた。

 

―おい!聞いてるのかローン!!

 

 言った直後、ローンに敵艦からの主砲が迫っているのが分かった。

 

―…あ!

 

 彼女は振り向きもしない。かといって自らが盾になるには時間がなかった。

 

―ローン!

 

 それならと、最終手段に出る。意識を集中させると、ローンが一瞬硬直した。

 

―…

 

 すると彼女の体勢はそのままに、その艤装の全砲門が、彼女に迫っていた砲弾に向けられた。そして全弾発射される。

 強制制御。指揮官である翔一だけが可能な、KAN-SEN制御の手段だ。

 放たれた砲弾は、ローンに迫っていた砲弾に激突。直後、爆発が起こった。

 

―…はっ

 

 強制制御が解除された彼女は驚いたように目を見開く。

 

―落ち着け、ローン

 

 再び迫るハイダーを迎撃しながら言った。

 

―…はい…ごめんなさい、指揮官

 

 ローンは目を逸らした。取り乱した末に強制制御で助けられたことに気付いたのだ。

 

―とにかく、ハイダーだけでなく向こうの砲撃にも備えろ。いいな

 

―はい

 

 一応の落ち着きを見せた彼女の裏で、もう一人冷静さを欠いた者がいた。

 

―指揮官様っ…今から赤城がお傍に…!

 

 赤城は、激化した敵の攻撃に襲われるWARSに叫んだ。彼女は指揮艦から離れ、走り出した。勝手な行動に加賀が声を荒げる。

 

―赤城…!

 

 WARSが続けた。

 

―大丈夫だ赤城!ここは前衛艦隊だけでなんとかする!お前は本隊を!

 

 そう言って赤城のいる後方に向いた時、WARSの背が爆発した。敵本隊戦艦の榴弾だった。

 

―ぐお!

 

―あっ…指揮官!

 

 ローンが口を開けた。

 WARSは一瞬、敵の攻撃対応への集中が途切れたのだ。彼の崩れた体勢に群がるようにハイダーのビームがWARSを襲う。

 

―くぅ…ぁあ…があ!

 

―ぁあ!し、指揮官様ぁ!

 

 苦しむWARSの声を聞き、赤城は悲鳴にも近い声を上げた。

 

―戻るんだっ…赤城…!

 

 そう言いながら、WARSは自らを狙っていたハイダーをグレイフライヤーで攻撃するが、いまいち押しきれなかった。セイレーンにおいては最大の脅威であるWARSを真っ先に排除したいのか、攻撃が彼に集中する。そのときWARSの目に、黒い後ろ姿が映った。全身に受けていた痛みが消える。

 

―…!

 

 ローンがシールドを出して、WARSの盾となっていた。

 

―ローンっ…

 

 鋭い衝撃から解放され、膝をついたWARSは彼女の背を見上げる。しかし、そんな姿を敵が見逃すはずもない。前方遠くの戦艦から放たれる砲弾がWARSを襲った。苦しみに吐く息の音すらなく吹き飛ぶ。

 

―指揮官…!

 

 ハイダーからのビーム攻撃に耐えながら叫んだ。

 

―ぐぅ!……墜ちろぉ!!

 

 感情のない兵器も怯えるような、鬼の形相を見せたローンは全弾発射する。

 

―はぁ…はぁ…

 

 今の攻撃でとりあえず目の前のハイダーは全滅した。残りは僅か4体。

 

―…はぁ……はぁ…

 

 全力を掛けた攻撃は功を奏した。そう思いたかったが、

 

―次は…何だ……

 

 体重く立ち上がったWARSはそうつぶやく。2人の周囲では、4つのハイダーが円を描くように飛びまわっていた。体に赤い光がついている。現れて以降、器用にWARS達の攻撃を避け続けていた個体だが、やはり特別な役割を持っていたらしい。

 

―何を…しているんでしょう…

 

 先程まで激しい攻撃を繰り出してきたハイダーだったが途端に不思議な行動と共に静かになる。

 加賀が通信を送ってくる。

 

―指揮官、何が起こっているんだ

 

―レーダーの通りだ。攻撃すらしてこない…

 

 WARSがそう返したとき、無理やり持ち場を離れていた赤城が彼の近くに迫った。

 

―指揮官様ぁ!…赤城が…指揮官様はこの赤城がお守りしま……っ!

 

 そう言う彼女の願いは彼に辿り着く前に砕かれた。赤城は足を止める。

 

―!…何だ!?

 

 突然渦潮が発生したのだ。海の変貌に足元をのぞき込むと、みるみる内に渦は大きくなっていくのが分かる。そろそろ足をすくわれそうだ。近くにいるローンがこちらに目配せした。

 

―指揮官…

 

 これ以上ここに居続ければ動くことも出来なくなりそうな程に渦潮は大きくなり、そして波は激しくなった。時間を掛ければ渦潮の外に出られなくもなかったが、その間に何が起こるか分からない。そこで思いつく。WARSはすぐ隣にいるローンに手を伸ばした。

 

―ローン、こっちに

 

 ローンは”はい…”と、不思議そうにWARSの手を掴む。彼はそのままローンの身を自分に寄せ、抱き上げる。俗に言う”お姫様抱っこ”の状態だ。

 

―え…?

 

 当然の反応。戦場で何をしているのかと一瞬理解できなかったが、次の彼の言葉で腑に落ちる。

 

―飛ぶぞ、捕まってろ

 

 なるほど。荒れた波で足が使えないならば、飛んで一旦離脱しようというわけだ。

 

―はい

 

 ローンは素直にWARSの行動を受け入れると、彼に出来るだけ密着する。WARSが膝を軽く曲げ飛び上がろうとした時、波に、文字通り足を掴まれた。

 

―…!

 

 下を覗き込もうにもそれは出来ず、抵抗する暇もなくローンと共に海中に引きずり込まれた。そんな光景を前にベルファストとリノは叫ぶ。

 

―ご主人様!

 

―指揮官!

 

 主力のKAN-SEN達も唖然とするしかなかった。そして、

 

―指揮官様ぁあああああ!!

 

 赤城の悲鳴はWARSに届くことなく渦に消えた。




WARSの設定についてはここ(ピクシブ)を見てにゃ
細かい設定、設定画はここ(ピクシブ)にゃ

この物語とは別時空の母港で繰り広げられるオムニバス小説があるから、そっちもぜひ読んでにゃ!


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20話 力を振るうとき file2

 

~海中~

 

 

 WARSは気を失っていた。今、その意識が朧げに蘇る。

 

―…

 

 どのくらい眠っていたのだろうか。冷たい海水を全身に感じながら、そう逡巡すると同時に、渦潮が無いことに気付く。海中に引きずり込まれる寸前まで両手に抱えていた体はどこにいるのかと、首を捻った。艦橋のように四角い目が、黄色い光を放ちながらローンの姿を探る。

 

―…

 

 いた。クリーム色の短髪がふわりと海中の波に踊らされて、自分の場所を告げている。

 

 ”NAUTILAS DEFORMATION”

 

 水中での活動ではWARS NAUTILASが有効だ。WARSは早速フォームチェンジすると、まだ意識を戻さないローンへ向かった。彼女に近づくと、両腕を伸ばしその体を抱き寄せる。

 

―…

 

 見上げると、ゆらゆらとこちらに光を送る水面が見えた。導かれるようにゆっくりと上がっていく。やがて頭が出て、腰が出て、最後に海面に足を付けた。

 WARSの目に飛び込んだのは、赤い空が黒い雲で覆われた世界だった。

 

―鏡面海域か…?

 

 つぶやくと、ローンが目を開く。

 

―しき…かん…?

 

―起きたか

 

 ”立てるか?”と問いながら、抱きかかえていた彼女の足を海面に付けると、彼女は問題なく姿勢を取った。その姿を確認して、WARSはNAUTILASから基本形態に変わる。

 

 ”WARS DEFORMATION”

 

 ローンが問う。

 

―指揮官…ここは…

 

―鏡面海域だろう…多分…

 

―そう、ですか…それなら、他のみんなもここにいるのでしょうか…?

 

―分からない。レーダーにも反応がないからな…

 

 WARSは辺りを見回して続ける。

 

―少し、探してみよう

 

―はい…

 

 ローンの返事がかき消されるようにもう一つの声が響いた。

 

―探しても無駄だ

 

―テスター…!

 

 二人の前に現れたのはヒト型のセイレーン、テスターだった。彼女はWARSの隣に目を移して言う。

 

―呼んでない子も来たのね

 

―呼んでいない…私のことですか…?

 

 気に障る言い分だったのか、ローンはテスターを睨んだ。

 

―そんなに怖い顔をしなくてもいいわ。その内合流させるつもりだったし

 

 ”ふっ”と、テスターは煽るように鼻に付ける。そんな態度に更に気を荒げたようで、ローンは歯を剥いた。

 

―貴様ぁ……!

 

 そんなローンとは正反対にWARSは問う。

 

―合流…他のKAN-SEN達はどこにいるんだ

 

―さあ…今頃このあたりに迷い込んで来てるんじゃない?…時間はかかるだろうけど

 

―レーダーには何の反応もなかった

 

―当然じゃない。機能させないようにしている領域なんだから

 

 テスターの物言いに違和感を覚える。こちらの機能を阻害するような技術がありながら、なぜ先のハイダーには煙幕の効果があったのか。

 

―やはりお前たちのやりたいことは分からないな…こちら側を圧倒的不利に追い込める程の力があるにもかかわらず、俺たちは毎回戦闘に勝利している…例えこちらがまずい状況になったとしても、必ずそちらから戦場を離脱している…まるでそういう風に設計しているようにだ…

 

―さあ、何故でしょうね

 

 楽し気にこちらを見つめると、テスターは片腕を上げた。掌が黒雲に掲げられると、赤黒いキューブが現れる。また新たなヒト型を出すのだろう。しかしその考えも次の瞬間に否定されるのだった。

 

―そろそろ始めましょうか…

 

 彼女の手の中にあるキューブが風に吹かれる砂のようにさらさらと崩れ始め、彼女の周囲を包んだ。

 

―何だっ…

 

 変わらずテスターを睨み続けるローンの隣でWARSは身構える。すると、さほどの時間も掛からぬ内に、赤い粒子がヒト型を見せた。全身が黒い。全身を鋼で覆うような姿がそこにあった。鎧の隙間から赤と黄色のラインが妖しく光っていた。

 

―ちょっと真似をしてみたの

 

 こちらに指を向けながら、黒い鎧を纏ったハイダーは動かない口から音を響かせる。なるほど、平行世界にもWARSがいるのだ。リバースエンジニアリングくらいはするか。

 

―あなたがどれほどの力を持ったのか、確かめさせてもらうわ

 

―確かめてどうする

 

―言っても分からないわ

 

―ならここで破壊する!

 

 言いながら、両手にレールガンとレーザーを出現させる。そんなWARSにハイダーは”ふふっ”と面白そうに息を吹く。

 

―良い心意気ね

 

 そして”それに…”と続ける。

 

―あなた達にはわりと期待しているの、せいぜい裏切らないようにしてほしいわ

 

―知らないな、そんなもの…!

 

 WARSの言葉を合図に三人はそれぞれの砲を構えた。そして最後にテスターは告げる。

 

―見せてもらおうかしら。もう一度あの姿を…!

 

 テスターの目が妖しく輝いた。

 

――――――――――――――――――――

 

~海上~

 

 

 WARSとローンが海中に消えた直後のこと。

 

―指揮官様の力になれなかった…それどころか…また私は…また…貴方を危険な目に…私のせいで…

 

 赤城の周囲は砲撃と航空攻撃の爆音に包まれていた。戦場の中心とも言える場所で主力艦、あろうことか空母が身を置いていた。彼女に生気はなく、項垂れて、何を言うわけでもなく、ただ小さく呻き声を上げていた。

 

―ぁ…あぁ…し、しき…か…さま…ぁぁぁ…

 

 誰が見ても、あいつは頭がおかしいと感じざるを得ない状況。そんな彼女に叱咤するのはやはり彼女の妹、加賀だった。

 

―赤城!じっとしているな!早くそこから離れろ…!

 

 言いたいことは山ほどあるが、今は何としても赤城を後方へ戻らせることが優先だ。

 

―赤城様、そこに居ては敵の的になるだけです!どうか退避を!

 

 ベルファストが叫ぶが赤城は虚ろな表情で、一歩も動くことがない。

 

―しきかんさま…

 

 つぶやく。

 

―しきか…さま…

 

 もはや周りの状況など見ていないようだ。ベルファストはもう一度彼女を呼ぶ。

 

―赤城様!…あ!

 

 呼んだときに気付く。赤城に戦艦の主砲が迫っていた。もう避けることは出来ない。一か八か、自らの主砲を当てて誘爆するか、弾道を変えることも出来ない。

 0.1秒もないほんの一瞬の思考の間、ベルファストとは逆に、体が動いた者がいた。ガントレットの青い光が線を描く。リノだ。

 

―赤城!

 

 俯く赤城の前に立ち、盾になる。リノの胸で爆発が起こった。青い粒子が噴き出す。

 

―かっ…!

 

 勇ましく覚悟を決めたような表情が苦悶に変わった。爆発の勢いのまま赤城に激突し飛んでいく。

 

―リノ…!

 

 エンタープライズが叫ぶ。数秒もしない内に、リノと赤城はばしゃりと海面に波紋を描いた。

 

―あか…ぎっ…

 

 リノが呼びかける。

 

―………はっ

 

 赤城は虚ろだった目に光を戻し体を起こした。

 

―私は…何を…

 

―目、覚ました?

 

 リノは優しく咎めるように言う。

 

―主力艦が前に出てきちゃだめだよっ…一度後方に戻って…ね?

 

―っ…

 

 赤城は苦虫を噛むような表情を見せると、式神の戦闘機を残りの敵艦に放り、指揮艦の方へ戻っていった。

 ベルファストが敵への攻撃を続けながらリノの隣に寄る。

 

―リノ様、お体に問題はありませんか

 

―うん、何とか大丈夫。とにかく、今は残りを片付けよう!

 

―ええ!

 

 WARSとローンを失ったアズールレーン艦隊は更に気を引き締めた。

 

 

 

 

 

 彼女達の意識は少なくともこの時までは続いていた。

 

――――――――――――――――――――

 

~鏡面海域~

 

 

 WARSとローンは、強化されたテスターに翻弄されるように交戦を続けていた。特にWARSがフォームチェンジを駆使しても尚、戦闘は長引いていた。

 

―くっ…ここまで通用しないのかっ…だったら!

 

 そう言って両手の射撃武器を消しテスターに突撃する。海を蹴れば、己を囲うように水の壁ができた。

 

―ほう、接近戦か?…あいにく今までのひ弱な体じゃないわよ

 

 突き出した拳がテスターの中心を突き刺す瞬間、テスターの手の平が巧みにWARSの鉄拳に絡みつく。

 

―っ…!

 

 いなされた。彼女の能力の上昇は攻撃力や防御力だけでなく、反応速度、そして格闘戦における技術までも高くなっていたのだ。そんな相手から、お返しと言わんばかりに拳が迫ってきた。

 

―くっ…

 

 紙一重でかわす。

 

―ふふっ…流石ね…

 

 テスターは面白そうにしながらも体勢を危うくしたWARSを追いかけるように砲を向ける。

 

―でも…!

 

 当然、ゼロ距離。鈍い痛みと同時に爆炎が目に飛び込んだ。

 

―ぐあっ…くぅ…

 

 跳ねるように体が飛び、2回、3回と海面に波紋を作る。

 

―もう終わりなの?

 

 煽るようなテスターの声に、WARSは慌てて態勢を整えた。拳を構える。

 

―…!

 

 純粋な射撃火力が最大であるWARSの基本形態(WARS STANDARD)でも、それにWARS最大の武器である格闘戦においてもテスターは引けを取らなかった。どころか、彼女に押されているようにも感じる程だった。

 

―なら、そっちはどうかしら?

 

 彼女はローンに砲身を向ける。同時にローンも全ての砲をテスターに向けた。

 

―!…舐めるなぁ!!

 

 その叫びを合図にして放たれるテスターの砲弾には同時に、ローンの砲弾が集中する。テスターの攻撃はローンのそれをかわすわけでもすり抜けるわけでもなく、ただ主に設定された道だけを素直に通った。自ら相手(ローン)の全弾に突っ込むテスターの砲弾は、一瞬の内に激突するそれに勢いを減らされることすらなく、そのまま一直線に黒服に向かった。

 

―…!

 

 そんな光景に、放った鋼が無駄だったと察する。急いで艤装を盾にした。しかし、

 

 ”グォン!”

 

 苦痛の雄叫びにも聞こえる轟音が、生き物にも見える鉄血の艤装から響いた。

 

―なっ…!

 

 貫かれたのだ。KAN-SENの艤装が。空いた穴の奥の景色も見えない内に、熱い砲弾がローンの肩を抉った。

 

―くぅぁあ…!

 

 悲鳴が漏れる。

 

―ローン!

 

 WARSはそんなローンの様子を覗いた。当の彼女は歯を軋ませる程に口を歪ませ、見た者の生命を奪うような目をテスターに向けていた。

 以前の、ストレンジャーにも匹敵するような力を持った彼女はじっと二人の様子を見ていた。その間一秒か二秒か、妙に重たく感じる空気が過ぎたその時、テスターが爆発した。

 

―…!

 

 ように見えた。

 

―なんだっ…

 

 ホログラムでも見せられたかのようだ。熱なんて伝わらないし、爆風もなかった。不可思議な現象にテスターが眉をひそめる。

 

―ん…?

 

 そんな彼女の目線の先はWARSのちょうど隣であった。わずかに気配を感じる。

 

―エンタープライズ…!

 

 なんだと思い首を回せば、接近戦をしたのか、乱した銀髪がその目に飛び込んだ。彼女はなんとも言い難い表情だった。八の字になった眉が疲弊の色に塗り替わり、また不安な形になる。皆の前で見せる勇ましい彼女の姿は、迷子の犬のようだった。

 敵前でじっと顔を他所に向ける、間抜けにも見える格好をしたWARSを横目に、テスターは合点がいったようにつぶやく。

 

―…………壁が薄くなっているのか…まだこの技術は安定しないようだな…あちらからは見えていないようだけど…

 

 聞き逃すWARSではなかった。

 

―壁?…どういうことだ

 

 そんな疑念の言葉に、なんとなく気まずくなったように身を震わせたテスターは、数瞬も経たずにその表情を一転させて、今度は面白そうに言う。

 

―ちょっと実験しているの

 

―そんな話を聞いてるんじゃない…!

 

 一瞬も待たず詰め寄るように言い放てば、彼女は諦めたように話し出した。

 

―……あの子がいるのはこことは別の空間よ

 

―別の?

 

―ええ別の。こことは違う時空…METAフィールドとでも言えば良いわ

 

―METAフィールド…?

 

―あなた達の逃げ場所…と言ってもいいかもしれないわね

 

―は…?

 

 意味が分からず呆けた返答が漏れてしまった。

 とにかく、彼女の今の言葉と最初の独り言を合わせて考えてみれば、METAフィールドという別の時空の壁と、この時空の壁が曖昧になることで、まるでガラスに映ったようなエンタープライズが見えたという事か。

 

 ”逃げ場というのは置いておくとしても…言葉の通りという事か”

 

 一人、合点のいったように脳に逡巡させる。

 

 ”しかしどうやってエンタープライズを助け出すんだ”

 

 そう思った直後にテスターは言う。

 

―さ、こんな話をしているうちにも、早く助けてあげないと狂ってしまうわよ、あの子…ふふっ

 

―狂うだと…いったい彼女に何をした!?

 

―何を?…さっきからMETAフィールドと言っているでしょう?………いや、あなた達は詳しく知らないのか…まあいいわ

 

 先ほどから意味の分からないことを言い続ける彼女は更に付け足す。

 

―とりあえず、私を戦闘不能まで追い込めたら助ける方法を教えてあげる

 

 テスターは初めのように、再び煽るような口調にWARS達に向けた。すると、

 

―どこまで私をイライラさせれば気が済むんだ貴様ぁ…

 

 長引き、更に好転しない戦闘に、やはりローンはストレスを隠せないようだったが、テスターはそんな彼女にもう一つ言う。

 

―あちらも準備が整ったようね…

 

 テスターはエンタープライズが写る場所の後方へ首を向けた。つられて二人も振り返る。彼らの目に小さく映ったのは、

 

―あ、あれは……私…!?

 

 ローンの疑問に肯定が返ってくる。

 

―そうだ…あの子(エンタープライズ)のために作ってあげたの

 

 そうだ。ローンがいたのだ。今隣にいる少女に酷似、いや全くもって同一の姿をしたヒトがいたのだ。

 テスターが言う。

 

―いつもの”駒”とは違うわよ…人格までコピーしたんだから

 

 人格をコピー…どうやってそんなことが。記憶を巡らせれば一つ思い出す。

 

―そうか…だからあの時…!

 

 前回の戦闘でコンパイラーがローンを拘束した時に解析したらしい。だからWARS NAUTILASにローンのデータが流れ込んできたのだ。

 ローンの偽物でテスターが何をするつもりなのか分からないがとにかく、一刻も早くエンタープライズを救出したい。そのためにもテスターの撃破を手早く行いたいが、先ほどの戦闘から手詰まりの感も否めなかった。

 テスターは煽るようにつぶやく。

 

―あの”(ローン)”が何をするか、見ものね…ふふふっ

 

―っ…この…!

 

 ローンはそう言って海を蹴った。射撃など忘れて拳を構えている。

 

―…

 

 そんな彼女に黙って砲を向けるテスター。しかしローンは感情故か、砲口が自分に向いているのに気付いていないようだ。

 

―待てローン!

 

 飛び出した彼女を追い、その盾になるように構えテスターに身を晒す。砲弾が胸に激突した。視界が煙で染まる。榴弾だ。

 

―ぐあ!

 

―し、指揮官…!

 

 目の前を覆う黒煙を振り払って、よろめいた体を立て直す。

 

―大丈夫だ…

 

 そしてローンに横顔だけ見せて、出来るだけ明るい声で言う。

 

―まったく…いつもの余裕はどこいったんだ、ローン?

 

―ごめんなさい…私…

 

 ローンの代わりにとでもいうか、WARSは右手のレールガンを2,3発テスターに打ち込んだ。するとローンに振り返る。

 

―俺はもう…あんな暴走はしない

 

―ぁ…

 

 ローンは隠し事を暴かれたように小さく口を広げた。

 

―戦いが長引けば、俺はまたあの姿で暴れまわるかもしれない…お前はそれを心配してくれていたんだろう?…それであんなに気を張って…

 

 WARSは睨んだような黄色い目をローンに合わせ、しかし声色だけは深刻みを帯びさせて、それでいて優しい響きになるように言う。そんな音が彼女の唇を揺らすと、彼女はいたずらな表情を上目遣いに乗せて返した。

 

―……それはどうでしょう…ふふっ……指揮官が変なことを言うから、イライラなんて吹き飛んでしまいましたよ

 

―それなら、よかった

 

 落ち着きを取り戻したローンに安心しWARSは短く息をつく。するとローンは言う。

 

―でも指揮官…このままではどちらにせよ、奴には…

 

 勝てないだろう。彼女がそう思うのも当然のこと。しかしこちらには、”彼女”が今全力で作ってくれているものがあるのだ。

 

―それも心配しなくて大丈夫だ。明石がとっておきを持ってきてくれる

 

―そう…なんですか?

 

 と、首を倒すローンに”ああ”と答えるともう一言付ける。

 

―だがローン…俺が…明石が来る前にもし…もしあの姿で暴走してしまったときは…

 

 言いかけたとき、ローンが割り込んだ。

 

―その時には、私が止めてあげますっ

 

 彼女は若干、楽し気に言う。

 

―止めると、言ってくれるんだな…

 

―どんな言葉に期待を?

 

 それは当然、

 

―全力で逃げる…と

 

 そう願っていたが、彼女はそうではなかったようだ。

 

―そんなことはしませんよ…ふふっ…

 

 微笑むと、彼女は短く語った。

 

―本気を出した指揮官以上に強い指揮官なんて、そうそう戦う事は出来ませんからっ

 

―そうか…ふふっ

 

 いざ理由を知ればいつもの彼女らしい言葉だと思ったが、ちょっぴり不安になる。しかしそんなことを言う彼女に、まだ張っていた心をほぐされ、短く笑ってしまった。

 そんな姿を見ていたテスターは言う。

 

―さ、お話は終わった?

 

 WARSとローンはテスターに構える。

 

―皆が来るのを信じよう。それまで頼むぞ、ローン

 

―はい…!

 

 ベルファストやモナーク達がいつ来るのか、それとも来ることすら出来ないのか分からない状況で、それでも信じて持ち堪えると決意を固めた二人は、再び砲口をテスターに向けた。

 

 ”エンタープライズ、もう少し待っていてくれ…必ず助け出すからな”

 

 未だにエンタープライズの姿は空間の壁を越えてWARSの目に映っている。彼女を思い脳裏に浮かんだ言葉は、砲撃の爆音と重なった。

 

――――――――――――――――――――

 

~鏡面海域~

 

 

 ”エンタープライズ様を探してちょうど30分…”

 

 赤い空につぶやくように、ベルファストは脳裏にそんな言葉を思い浮かべた。

 

―まったく…時間差で転移させられるとは、やはりセイレーン達は何を考えているのか分からんな。指揮官とローンの位置が分かったのは幸いだったが…

 

 加賀が言う。

 青空の下でセイレーンの量産型と戦闘を行っていたアズールレーン艦隊はいつの間にか意識を失い、気付いた時にはこの海域に飛ばされていたのだ。それでも彼女達はWARSの位置情報を元にしばらく航行していた。その中で既に幾つかの敵小艦隊をも屠った彼女たちは、WARS、ローン、エンタープライズの抜けた艦隊で何とか持ち堪えていた。

 モナークはこの海域に来てから幾度目か、WARSに呼び掛けた。

 

―指揮官、こちらモナーク、聞こえるか………駄目か…

 

 彼の位置情報だけは知り得ているのに何度も繰り返す通信にはやはり反応しない。距離的には十分通じるはずなのだが、特殊なジャミングがこのあたりに施されているのだろうか。

 加賀はモナークを一瞥すると、今度は前方、リノの背に向かって言う。

 

―リノ、そちらはどうだ?

 

 リノは、加賀からは見えない眉を八の字にする。

 

―うぅん…電波信号も出してるんだけど、受け取ってないみたい…

 

―そうか…

 

 加賀はそう言いながら、俯きながら海を滑る赤城を横目に据えた。

 

―………

 

 この海域に転移してきた時を思い出す。

 

 ”し、指揮官様…指揮官様を探さないと………ぁ…ぁぁ…私じゃ…私じゃできないぃ……また…また指揮官様をぉ…!”

 

 転移されて目覚めるなりやはり彼がいないと察した赤城は、動転にも近い気を起こしていた。しかし自らが考え出した”彼を探す”という事さえも否定する始末である。

 加賀は脳裏に響かせる。

 

 ”赤城…まさか、ずっと気掛かりにしているのか”

 

 赤城は転移される前、いや今回の出撃より前の出撃から、何かと彼の盾になろうというか、彼の役に立とうとして、それが裏目に出ているようだった。自分のしようとしたことが結果的に彼の被弾や、危機の原因となっているということだ。

 

―はぁ…

 

 加賀は誰にも聞こえないように短くため息を吐く。

 彼を病的な程に愛する彼女のことだ、気持ちは分からんでもないが今は戦場の上なのだし、あまり”カンジョウ”に振り回されて欲しくないとは思った。とはいえ赤城の表情は、加賀でも見ないようなものである。あんな顔は遠い過去の天城の事件でも見せなかったものではないだろうか。そんな事を気付いたからこそ、加賀は赤城を叱責するような言葉を掛けることも出来ない。かといって今回の出撃直後のように、軽く咎めるような気持にもなれなかった。そんな時、また言葉が脳裏に走る。

 

 "この様な失態を見せてしまうとは…"

 

 "それは私に力が無かったから故…"

 

 そんな言葉を加賀が発したのはしばらく前、ユニオンのKAN-SENが委託任務の帰りにセイレーンに遭遇した時、WARSと共に援護に行った後のことだ。

 

―己の力か…

 

 加賀はあの時大破し、母港のベッドで己の失敗を悔いた。赤城をとやかく言えなくなったのは、彼女と似た気持ちを抱いたのを思い出したからでもあった。

 そんな時、レーダーに敵を感じた。

 

―!…ベルファスト、リノ、来るぞ

 

 加賀がそう言った時には、セイレーン艦隊は肉眼で確認が取れる位置にあった。

 

―リノ様!

 

―うん!

 

 二人は構える。相手取るのは10隻ほど。彼女たちの頭上を赤と青の式神の戦闘機が過ぎ去った。さほどの時が経たない内に船は火を噴く。本調子とはいかないがそれでも大打撃が敵に与えられると、すぐさまベルファストとリノの前衛艦がその懐に飛び込み、敵の整っていた陣形を乱すと同時に各個撃破していった。

 

―皆様、敵の反応はまだあります

 

 赤城と加賀が把握していなかったセイレーンの位置がベルファストから送られてくる。

 

―分かった。姉様、敵後方の対応を

 

―…ええ

 

 KAN-SEN達はしばらくWARSの位置を目指しながら、波状に迫りくるセイレーン艦隊を迎え撃っていく。

 

 

 

 長い戦いの末、彼女達に疲労の色が見えようとした頃、その瞳に映っていたのはあの時と同じように再び変貌を遂げたWARSだった。

 

――――――――――――――――――――

 

~鏡面海域~

 

 

 ベルファスト達がWARSを目指して航行している中。やはりWARSとローンは鎧を纏うテスターに苦戦を強いられていた。

 

―ぐぅ……くっ…

 

 苦痛に息が漏れる。しかし徹甲弾に抉られた大腿部は見ない。WARSはテスターを睨みながら言う。

 

―くっそぉ…

 

 勝てないのか。思ってはいけない気持ちが過った。ローンも膝を突き、激しく肩を揺らしている。

 

―こんなところで終わらないで頂戴、ほら、もっといけるでしょう?

 

 テスターは挑発的に砲身を上下させて言う。

 

―…

 

 WARSはレールガンを彼女に合わせ、次の行動を伺う。

 

―…

 

 そんな姿をテスターは黙って見つめるがしかし、一瞬が何回か過ぎた頃、

 

―…!

 

 彼女の砲口がローンを向く。直後、WARSはWARS ACHILLESにフォームチェンジ。ローンに飛びつくように近づくと、彼女を抱えた。

 

―あっ…指揮官!

 

 思わず口にした瞬間、

 

―きゃっ…

 

 彼女の脳天を紙一重隔てて砲弾がすり抜けた。

 やはり撃ったか。WARSは確認するようにそう思う。

 

―抱えて避けるとは…諸共沈みたいのかしら

 

 テスターは言うと、そのまま立て続けに砲を放つ。

 

―…っ……!

 

 5発か6発か、いちいち数えることもなかったが数発の弾を避けていく。

 

―指揮官、私のことは構わず、あなた一人だけで…このままではあなたまでダメージを…

 

 ローンはこれまでに、WARS以上の損傷を抱えていた。彼女は外傷こそ目立たないが、そろそろ再生能力の低下が始まっていた。これ以上の被弾は再生機能が停止、戦闘の続行が極めて危険な状態になってしまう。しかしテスターの攻撃は止まない。

 

―中々粘るのね

 

 そんな言葉に返すことも出来ない。幾度も繰り出される砲弾はローンの体をすれすれに飛ぶ。そんな弾に踊らされるように、WARSは右、左とそれを避け続ける。しかしそれも上手くいっていたのは十回前後だ。当然と言わんばかりに段々と余裕がなくなっていき、動きは鈍くなっていく。遂には彼女の胸を穿つ距離に弾が迫った。回避は確実に間に合わない。片腕を構える。

 

―うぁあ!

 

 迫ってくる徹甲弾をローンを抱きかかえながら、雄叫びを上げながら、片腕ではじく。しかしただでは済まない。

 

―くぅ…!

 

 前腕のアームバルカンが溶ける。マグマに焼かれるような苦痛に襲われた。テスターはその姿を追撃するでも傍観するでもなかった。

 

―チッ…仕方ない…

 

 テスターはWARSに急接近した。彼女の手のひらがローンを目指す。

 

―指揮官!

 

 ローンの叫びも虚しく、彼女の襟首はあっさりとテスターに掴まれた。WARSはローンを奪われないように抵抗するものの、彼の頬にテスターの拳が突き刺さる。怯んでそのままローンを離してしまった。

 

―ぐあ…!

 

 テスターはローンを放り投げる。背を打ったローンは即座に立ち上がると、追い打ちをかけるようにテスターは次々と砲弾を繰り出した。無慈悲にローンの胸に凄まじい衝撃が走る。

 

―ぁ……ぁあ………

 

 苦しみに漏れる吐息と同じく、さらさらと青い粒子が彼女の胸から宙に溢れ出した。大破。流石にこれ以上の損傷は許されない。

 

―このままコアまで破壊しようかぁあ!ぇえ!?

 

 本当にそのつもりだろう。しかしさせない。そんなことは。そして無意識に言葉が出る。

 

―や、めろぉ…!

 

 考えるより先に体が動いた。

 

―ぅぅぉおおおお!

 

 行先は当然ローンの目の前。盾になった。両腕を広げて、ローンに激突するはずだった砲弾がWARSの全身を襲う。

 

―ぐぅぅ…

 

 何回の激突が起こっているのかも分からない。ただ痛みと灼熱に耐える。

 

―うぅ………ぐぅぅああああ!!

 

 その内、彼を中心に爆発が起こった。テスターの榴弾だ。ローンが爆風で吹き飛ぶ。

 

―ぁあ!

 

 今度はテスターが口端を上げた。

 

―来たかっ…!

 

 ゆっくりと爆煙が晴れていく。彼のシルエットはぼやけている。しかし彼の黄色い目と、メンタルキューブの群青の輝きが彼の存在を際立たせていた。やがて煙が彼の体から離れると、彼は以前の、両肩に艤装を携えた姿となっていた。

 

―ふふっ…楽しみね

 

 そして、そんなテスターの声を隠すようにどこからか声が聞こえる。

 

―ご主人様!

 

―指揮官!

 

 二人の声。それに間髪入れずにテスターはつぶやいた。

 

―やっと来たのね

 

 そうだ。分断されていたKAN-SEN達が、WARSとローンに合流したのだ。そして、

 

―ベル、リノ…!

 

 WARSは言う。そして数瞬も経たない内に、二人の後方には赤城と加賀、モナーク、そして明石の乗る指揮艦がいることも分かった。

 

―これで全員か…

 

 そんな言葉に、ベルファストは訊く。

 

―ご主人様、その姿は…それに、全員と言うのは…?

 

 彼女が違和感を覚えるのも当然。エンタープライズがいないからだ。それにローンが答える。

 

―あれです…

 

 ローンはそう言いながら指をさす。その先には、半透明のエンタープライズの姿があった。

 

―あれは…!

 

 ”エンタープライズ様!”と、続ける前にテスターが叫ぶ。

 

―説明は面倒だから省くわ!

 

 その声の直後、彼女の砲撃がベルファストを襲った。

 

―…!

 

 早くもそれに気付いたWARSは、ベルファストの前に立ち、飛び込んできた砲弾を弾き飛ばした。ローンを庇った時とはまるで違う、堂々とした出で立ちがテスターの目に映る。

 

―やはりこの程度の攻撃、その姿ではものともしないか…

 

 WARSは構えながらベルファストに言う。

 

―エンタープライズは、こことは違う時空に閉じ込められているんだ

 

―違う時空…ですか

 

―ああ。でも、セイレーンの技術が確立していないらしくてな。空間の壁が曖昧らしい…その影響で中途半端に姿が見えているんだ

 

 理解はしたが納得はしていないような表情のベルファストの横でリノは言う。

 

―とにかくあの…多分テスター?…を!ぶっ飛ばせばいいんだよね!

 

―ん、うん…まあ…でも…

 

 詰め寄るようなリノに、WARSはそう答えた。なんとも言えない声音で返した彼にリノは言う。

 

―指揮官

 

―ん?

 

 リノは微笑む。

 

―大丈夫だよ、指揮官…もしどうしようもなくなったら今度はリノがしっかり止めるからっ

 

―だから信じて。リノを、ベルファストを、そしてみんなを…ね?

 

 WARSは横目にベルファストを見る。彼女も力強く頷いた。

 

―ありがとう、みんな

 

 そう答えて間もなく、テスターがつまらなそうな声を響かせた。

 

―話が長いわね、まったく

 

 そして砲を構えて言う。

 

―そろそろ始めるわよ!

 

 そんな言葉を合図に砲弾が放たれると、再び激しい戦いが、今度は5人のKAN-SENが加勢して始まった。

 まずはWARS。両肩に備わる12の砲門の内一つが、轟音をとどろかせる。

 

―…!

 

 当然エネルギーの行先はテスター。しかし彼女は寸でのところで身かわし、それを背後にする。

 

―まだだ…!

 

 WARSのその言葉で、標的を失った弾は意思を持ったように爆発した。しかし爆風は球状に広がることはない。にわかには信じがたい出来事にテスターは開かない口から声を出す。

 

―な…!?

 

 爆発のエネルギーはまるでビームのように、一直線にテスターの背から腹を貫いたのだ。言葉にならない声が響く。

 

―ごっ…!

 

 固いアーマーに体を変化させた彼女であっても、WARSの凄まじい破壊力に耐えることは叶わなかった。テスターは膝をつくだけにとどまらず、その場で倒れてしまった。

 しかしそんな光景を目の当たりにしても、WARSに喜ぶ余裕はなかった。結局明石の手助けなしに姿を変えてしまった彼に、攻撃の度に発生する熱を廃する機能はないのだ。一気に体が熱に包まれ、苦痛が生まれ、膝を着いてしまう。

 

―くっ…うぅ…

 

 そしてベルファストとリノは畏敬するようにつぶやく。

 

―やはり…凄まじい威力ですね…

 

―うん…

 

 そんな中、後方から加賀が話す。

 

―しかし、指揮官に任せるだけではいけないぞ

 

 モナークが続く。

 

―そうだ。私達の使命はセイレーンを葬る事、そして指揮官を守ることだ

 

 その言葉でベルファストとリノは、熱に耐え膝を着くWARSの前に立った。

 

―確かにそうです。強い連携が大切です

 

―ヒーローがしっかりと戦えるように立ち回るのも、リノたちの務めだね!

 

 少し落ち着けるタイミングを経たWARSは、ゆっくりと立ち上がりながら言う。

 

―ローン、一度指揮艦に行ってくれ…今のお前の体では危険だ

 

―はい…

 

 ローンは静かに答え背を向ける。そして横目にWARSを見た。

 

―十分に気を付けてくださいね

 

―ああ

 

 ローンは大破している。そんな状態での戦闘は極めて危険だった。今は指揮艦がこの近くに来ているし、補給に行かせたのだ。彼女の後ろ姿を見送ると、体を再生したテスターが海面に手をついていた。

 

―くぅ…

 

 ゆっくりと体を起こして、笑い出す。

 

―ふ……あっはっは!…分かってはいたが凄い!これほどまでの力とは!

 

 やはりこの世界には期待しても良いようだ。テスターの脳裏にそんな思いが逡巡した。当然その思いは眼前のKAN-SEN達に伝わることはない。しかしテスターの大きな喜の感情に、彼女達は少しの困惑を顔に表していた。

 

―しぶといな

 

 加賀が言う。

 

―それでも、戦い続ける…!

 

 そう言ってWARSは構えた。

 

―みんな、俺は格闘戦でテスターの相手をする。援護を頼む!

 

 先程行った砲撃で、一発だけでもかなりの熱が発生することが分かった。出来るだけ発熱するのは避けたいため、あえて格闘戦を取ろうという事だ。

 その作戦にモナークが返事をする。

 

―承知した

 

―爆撃は避けた方が良いか

 

 加賀の疑問にWARSは答える。

 

―ああ、その方が良いかもしれない

 

 そして、先程から反応がない赤城に言う。

 

―赤城は大丈夫か?

 

―は…はいっ

 

 1拍遅れて返される。若干彼女の様子が気になるがあまり余裕がない状況だ。WARSはベルファストとリノを一瞥する。

 

―私は問題ありません

 

―リノも大丈夫だよっ

 

 そして、WARSは力強く頷く。

 

―よし…行くぞ!

 

―”はい!”

 

 KAN-SEN達の返事を合図に、WARSはテスターに向かって走り出した。ベルファストとリノは彼の後方左右に身を置く。ちょうどV字に編隊して、二人はWARSとテスターの激突前に砲攻撃を繰り出す。テスターは左右から飛んで来る砲弾を一つはかわし、もう一つは腕で弾いた。

 

―格闘戦ではどうなるのかしら

 

 そして面白そうに言うと、WARSと同様に彼に向かって突撃した。大した時間は要さずに、二人の拳と拳がぶつかり合う。バキンという音は、テスターの腕がひしゃげる音だった。彼女は激痛に耐える。

 

―ぐぅぅぅ…くぅ…!

 

 圧倒。ただそれだけしか言えない一方的な力の差にテスターが取れる選択肢は、一旦WARSとの距離を離すことだけだった。しかしただ逃がす艦隊ではない。主力艦たちの攻撃が彼女を襲う。彼女はKAN-SEN達の攻撃を一身に受けた。しかし、やはり赤城と加賀の航空攻撃は、彼女に大きなダメージは与えられない。計画艦であるモナークの主砲でも、多少の傷を与えるに過ぎなかった。

 

―うぅん…

 

 テスターは腕を再生しながら唸り、つぶやいた。

 

―弱くなっているな…これは一時的なもの…?

 

 そんな言葉にWARSもつぶやく。

 

―何…?

 

―貴方のことではないわ…いや…

 

 自分の言葉を否定するともう一言続ける。

 

―やっぱり貴方自身のことか…そう考えれば説明はつく…

 

―さっきから何を!

 

 声を荒げる彼に言う。

 

―やはり知らないことがたくさんあるようね。人間からは聞かされてないの?

 

―…っ

 

 動かない口をつぐむ。

 

―そう、まあいいわ。なら続けましょう

 

 彼女はそう言って艤装から砲撃を繰り出す。

 

―くっ…

 

 体で受ける。痛みは特段にあるわけではなかったが、攻撃に耐えるにもそこそこのエネルギーが必要らしい。全身が熱を帯びた。しかしその熱のせいなのか、はたまたテスターを殴るのを躊躇しているのか、彼女に接近して拳を振るうたびに体の動きは鈍くなっていく。一度熱を持ってしまうと更に発熱する速度が上がっていった。まさに熱暴走の状態で、遂に振り下ろした拳が彼女の頬を素通りした。

 

―くっ…もう終わり…?

 

 テスターはWARSの調子の低下に気付くと、決して余裕はない様子でそう言う。

 

―くぅぁ…うぅ…はぁ…はぁ…

 

 凄まじく熱い。苦しみが喉を通り音となり、膝を着いてしまう。さらにWARSの周囲に陽炎ができた。

 

―もう…限界かしら…?

 

 テスターの言葉に返す余裕もなくなる。睨み返すくらいだ。このままではどうしようもない。思ったその時、彼に叫ぶ者がいた。

 

―指揮官!もうちょっとにゃ…もうちょっとで完成するにゃ!それまで何とか…何とか耐えて欲しいにゃあ!

 

―あか…し…

 

 明石だ。彼女の言う通り、もう少しでWARSのもとに彼女は駆け付けるのだろう。しかしそんな時だからこそ、冷静に考える。先程からの戦闘から言えば、今のテスターはおそらくKAN-SEN達が束になっても勝てないだろう。しかしここで無理をして暴走してしまえば本末転倒。明石やリノ、そして艦隊の皆を追い詰めてしまう。ならば少しでも熱を抑えたい。少しの間、テスターを皆に任せて海中に潜ろうか。

 そう思えば、次の行動は速かった。

 

―少し、たの、む……くっ…

 

 そう言い残すように何とか言葉を紡ぎ、今度は自分が今から何をしようとしているかを簡単に文字データにしてKAN-SEN達に送る。そして海面に委ねていた体を沈めていった。

 

―皆様!今は敵の撃破を考えず”負けない戦い”をしましょう!

 

 ベルファストの声が聞こえたときには、頭まで海に浸かっていた。

 この体を維持するだけでも相当エネルギーを使うようだ。海中に居ながらも体が水分に触れることはほどんどなく、ただ海面が遠く離れていった。しかし海上より温度の低い場所にいるのにも関わらず、熱は収まることを知らなかった。

 

―ぐぅぅ…ぐぁぁぁ!

 

 両手で頭を押さえる。脳が焼かれるように痛い。それは、まだしっかりと意識を保っているという証拠だったが、それにしても耐え難い苦痛であることには変わりなかった。

 

―うぅぉぉぁぁあ…!

 

 足をばたつかせても、変わらずに全身の熱は消えない。どころか、更なる熱に犯されるばかりだ。

 

―ぁ…ぁぁあっ…

 

 苦しみが極限に達した。すると、指先からは感覚が消え、頭部の苦しみは不思議な程急速に癒えていく。代わりに意識が白濁とし、目の前がだんだんと暗くなっていく。まともに考える事も出来なくなりそうだ。相対的に聴覚だけは鮮明となり、体の熱で周りの水分が蒸発していく音が大きくなった。

 どのくらい潜っていたか、しばらく時間が経つともう意識がなくなると悟った。海中に沈ませていた体を維持することも出来なくなり、暗くなっていく目の前を、辛うじて海上の光が照らした。全身から力が抜け落ち、海面に近付いていく。さほどの時間は掛からず海面から顔が覗くと、体は仰向けになる。

 

―ご主人様…!

 

 ベルファストの声。

 

―し、指揮官!…大丈夫なの!?

 

 リノの声。

 

―…

 

 しかし彼女達の声は彼に届かなかった。彼の体はその意識を離れ勝手に動き、立ち上がる。そして、無慈悲に合成音声が鳴り響いた。

 

 ”Destroy weapons within WARS's attack range…”(WARSの攻撃範囲内の兵器を破壊します)

 

 その時、

 

―しきかぁああああん!

 

 虚無のWARSの目に、激しく揺れる緑の髪が映り込んだ。しかし、

 

 

 

 飛び込んでくる明石に、WARSの拳が打ち上がった。

 

 

 

 




WARSの設定についてはここ(ピクシブ)を見てにゃ
細かい設定、設定画はここ(ピクシブ)にゃ

この物語とは別時空の母港で繰り広げられるオムニバス小説があるから、そっちもぜひ読んでにゃ!


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20話 力を振るうとき file3

~METAフィールド~

 

 

 赤い空に黒い雲。見上げる暇もない状況でもそれが分かるほど、地獄のような景色は遥か遠くまで続いていた。

 

―いったいどれだけの数がいるんだ…!

 

 WARSとローンが海上から消えてしばらくした頃。エンタープライズが気付いた時には、一人でこの妙な空間にいた。周囲に感じるのは敵艦だけ。味方KAN-SEN一隻も感じられない。もちろん肉眼でもだ。

 

―………終わりだ…!

 

 弓を引き、艦載機を発艦させる。バラバラとプロペラの音を響かせながら勇ましく敵に向かっていく艦載機は、もう幾度目かも分からない程見た。そして、そんな小さな使い達が弾丸を発射するたびに、魚雷を落とすたびに、爆弾を落とすたびに、海から火が噴き出る。そんな火を消しながらゆっくりと沈んでいくセイレーン艦は、こちらを深海の奥に引きずり込むように手招きしている気もする。ただの兵器を破壊しただけなのに、あの黒い船体から、砲から、怨嗟が聞こえるようだった。しかしそれでも戦い続けていれば、相手の砲弾も、戦闘機も、魚雷も減っていく。そして、

 

―はあ…はあ…

 

 恐怖を覚える。

 

―はあ…はあ…はあ…

 

 敵にではない。

 

―はあ……はあ…………

 

 こんな状況で独りで戦い続けて、傷一つ付かずに敵を蹂躙している自分にだ。

 

―………

 

 どれ程の時間戦い続けていたのか、遂に、見える敵は全て破壊した。全てだ。

 

―………

 

 首を回せばどこを見ても、炎に包まれて動くこともない敵艦があった。

 

―………

 

 どこを向いても火の匂いしかしない。

 

―………

 

 生温く粘ついた空気が肺を満たす。気持ち悪い。嘔吐(ヒト)の真似事でもしたくなる程に。しかし、まだ考える。

 

―……うぅ…

 

 次はいつ現れる。どこに、数は、どの艦種だ。

 

―…うぅぅ……

 

 待っていてはダメか。しかしレーダーに反応はない。

 

―……………

 

 

 

 それなら探しに行こうか。

 

 

 

―…うぅ……

 

 脳裏によぎった思いを否定するように、小さく呻いた。

 

―あぁ……何のために…

 

 つぶやく。

 

―…はぁ……

 

 何とか落ち着こうと深呼吸する。ため息にも近いそれは、己の不安を吐き出すまでの効果はなかった。

 

―………

 

 ココロはただ、破壊することに支配されつつあった。少しでも気を抜けば、自分が自分でなくなってしまうような気がする。

 

―………

 

 母港にいるときは”ヒト”として暮らしているのに、たちまち戦場に出れば”破壊の道具(この様)”だ。兵器なのだからそれでいいと言うのなら、それまでなのかもしれないが、そんなココロの底の考えに納得はできなかった。それとも、結局使う者(指揮官)が近くに居ないならこんなものなのだろうか。

 

―………

 

 彼がそばにいてくれれば、何も問題ないと思っていた。

 

―………

 

 しかしいつからだろうか。段々と不安が募っていった。

 

―………

 

 そして気付いた時には、彼の拳が目の前にあった。

 

―………

 

 ”人”である彼であっても、力を手に入れればただの兵器として心を支配されてしまうのかと絶望に近い感情を覚えた。

 

―………

 

 別の事情があって暴走していたのは知ってる。しかし怖かった。自分もあんな風になるかもしれないことを。

 

―………

 

 ココロを無くし、ただ何かを殺す”物”となるかもしれないことを。

 

―………

 

 しかし、

 

―………

 

 海原の中心でココロを失う恐怖を内に秘めても尚、敵を求めていた。

 

―………

 

 生温い風は、炎に焼かれた船の死の匂いは、未だに柔らかく肌を撫でている。そんな空気に誘われるように、恐らく効果のないレーダーの感を確かめる。

 その時、

 

―ぇ…なんで……

 

 感じたのは敵ではなかった。それはKAN-SENの情報だった。しかしその位置は確実に、今まで沈めてきた船と重なっていた。ぽつり、ぽつりと、その反応は増えていった。

 

―…ぁ……ぁぁ…

 

 それを意識した瞬間、船の形が変わった。目に映ったのは大破した、いや、炎と弾丸に犯され”崩れた”KAN-SEN達だった。

 

―なんでぇ……

 

 段々とKAN-SEN達の姿が鮮明になっていく。

 

―ぁぁぁ……

 

 エルドリッジには足がなかった。ニコラスには腕がなかった。ベイリーの胸は抉られていた。ハムマンの目はなくなっていた。ラフィーの顔は変わり果てていた。

 

―……ぁぁ

 

 この空間に飛ばされてから今まで見えていたのはセイレーンの幻覚だったのか。本当に戦っていたのは大切な仲間達で、そして全て殺してしまったのか。

 

―ぁぁぁ……な…んで…

 

 何故こうなってしまったんだと唇を震わせるしかなかった。元々あるのかどうかも分からない望みが絶たれた時、エンタープライズの耳元で囁くヒトがいた。

 

―あぁ…ついにやってしまったんですね、エンタープライズさん…

 

―ろ……ん…?

 

 柔らかな彼女の声はエンタープライズの疑念となるばかりで、癒しにはならなかった。

 

―はい、ローンです

 

 振り向くと見えるのは美しい微笑みだった。彼女の表情は今のエンタープライズにとってはやはり良い効果を生むどころか、不安を加速させる。そして暗黒にも感じるローンの黒い衣装に気圧され目を背けると、追い打つように彼女の艤装が視界を襲う。

 

―どうしたんですか…?

 

 ローンの言葉と同時に、その艤装は”ゴウ”と鳴くように唸りながら首を振り、エンタープライズへ口を向けた。

 

―…ぅ……

 

 驚いてびくりと肩が跳ねてしまう。息を荒げ、いよいよ何も言えなくなる。するとローンは再びエンタープライズの背後に立った。彼女はその耳元に口付けるように顔を寄せて囁く。

 

―あの子達…よぉく見てみてください…ふふっ…

 

 あの子達。エンタープライズが破壊したKAN-SEN達のことだ。ローンの言う通り彼女達に目を向けると、夢か幻か、崩れたヒト型が一人、また一人と立ち上がっていくのが見えた。

 そして、ローンは恍惚な表情で妖しく両手を頬に当て、嫌に色気のある声音で言う。

 

―まだ相手は立ち上がれるようですよ。こちらに凄まじい殺気を向けています。あんな目を向けられたら私、あぁ…ゾクゾクします…全部壊したくなっちゃうんです…

 

 ローンは今にも絶頂に至るように体をくねらせた。全身が狂気に包まれる感覚がするがしかし、本当に恐ろしかったのは、立ち上がってくるKAN-SEN達の表情だった。ゆっくりとこちらに向かってくる彼女達は、悪意、恐怖、憤怒、憎悪、絶望、殺意。あらゆる負の感情が寄せ集まった凄まじい威圧が、エンタープライズを襲ったのだ。

 

―ぁ…あぁ……

 

 また声が漏れる。

 何も考えずに戦闘を行った結果がこれだ。大事な仲間を傷つけ、そしてその怨念が全身を襲うのだ。体の外から受けたそんな空気は、胸の最奥で絶大な後悔に変換されて、全身に溢れ出した。とどまらない不安はやがてエンタープライズの膝をがくがくと震わせる。

 そんな彼女の思いを知ってか知らずか、ローンは優しく言う。

 

―でも、今日は我慢します。だって貴方……本当は"壊したい"んでしょ?

 

―ち、ちがっ…

 

 ローンの言葉に反射的に否定する。しかし、

 

―知ってますよ、私…あなたの"壊したい"気持ち…ふっ…ふふふ…

 

―違う…ちがうちがう!

 

 再び、必死に否定する。しかしもう一つ、ローンは誘うように言う。彼女は恐ろしいほどに細く長い、紅の三日月を口に浮かばせた。

 

―さあ、もっと壊しましょう…体をぐちゃぐちゃにされてもなお哀れにもこちらに向かってくる……鉄屑を…

 

 殺してしまったKAN-SEN達はもう目前だった。そして、ローンの顔がエンタープライズの真正面に迫る。

 

―そして最後に壊れるのは…

 

 ローンの瞳の奥深くに、恐怖に歪んだ自らの顔が映った。

 

―ぅぅぅぅぅぅぁぁぁぁぁあああああああ!

 

 いつもは深い紫の瞳が、今は黄金に輝きだす。

 

―あああぁぁぁあああぁあぁあぁああああああああ!!

 

 もう嫌だ。こんな思い。誰か。

 

―うあああああああああああああああああああああああああああああ!!!

 

 

 

 助けてくれ。

 

 

 

 ”エンタープライズ!!”

 

 

 

 真っ白に包まれていく意識の中に最後に現れたのは、それよりも白く、力強い人影だった。

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

~鏡面海域~

 

 

 WARSが海中に潜ってから直後のこと。

 

―主が居なくなればこんなものかぁ!?

 

 雄叫びが響く。テスターは一騎当千とまでいかずとも、小隊レベルであればなんてことなく戦闘できるらしい。しかしKAN-SEN達は攻撃の避けに徹底しているようで、何とか持ち堪えているようだった。それを証明するように、彼女達の損傷はさほど減少していなかった。

 しかし良い運は長くは続かないものである。

 

―ぁあ!

 

 リノが被弾する。爆発による、体を叩き割るような衝撃と熱を全身に纏う。彼女はその勢いに身を任せるように吹き飛び、やがてばしゃりと水面に波紋を作った。

 

―リノ様!

 

―だ、大丈夫だよ。ベルファスト…

 

 振り向いたベルファストにリノはゆっくりと顔を見せる。少し口角を上げて問題ないことを知らせているが、彼女の目には隠し切れない疲労が見えていた。

 深い呼吸を繰り返す彼女にテスターは言う。

 

―もう戦えないのか?

 

 その言葉にリノは目を吊り上げると、砲を放った。しかし当然の如くテスターは弾く。やはりかというようにリノは表情を歪ませた。そして疲労に耐えられず膝を着くと、表情のない声音がリノを包む。

 

―…逃げても良いんだぞ

 

―そんな事しない!

 

 リノは叫ぶ。しかしテスターは否定するように再び砲を構え、放った。あっと言う暇もない、目では追えない一瞬の内に、弾がリノの足を穿つ。

 

―ぅあ!

 

 その場で転げる彼女を見届け、一呼吸おいてテスターは言う。

 

―…なぜそこまで傷付きながらも戦う。勝てもしないのに

 

 そんな言葉に闘志か屈辱か、体を震わせるとリノは立ち上がった。

 

―ただ指揮官を、私のヒーローを助けたいだけ!

 

 テスターはわざとらしくあたりをゆっくりと見回す。

 

―その”ヒーロー”に無理をさせたのはお前達のようだが

 

―っ…

 

 何も言えなかった。確かに彼女の言った通りだろうから。皮肉にも彼女の一言が、自分たちがKAN-SENであることを強く思い起こさせた。本来兵器であるKAN-SEN達の役割はセイレーンの殲滅である。今はどうだろうか。強力なセイレーンを相手に手も足も出せないそれどころか、これまでの幾多の戦闘の中、最優先で守らなければならなかったはずの指揮官を窮地に追い込んでしまっている。いくら敵が強いとはいえだった。

 しかしそれでも何とか時間だけでも稼ごうと、必死にテスターの攻撃を避け続けたが、

 

―そろそろ回避に徹するのも厳しいと分かっているんじゃないか?

 

 その通りだった。メンタルキューブが無尽蔵にエネルギーを取り出せるものとはいえ、ダメージによりその体積が減れば当然最大出力は低くなる。そして兵器と言えどKAN-SEN達はヒトの”カンジョウ”を持つ。こうもどうしようもない状況が長引けば、士気も低くなっていくのだ。

 

 やっぱり”彼”が居ないと駄目なのか。

 

 いけないと思いながらも一瞬、皆の脳裏にそんな気持ちがよぎった。言葉で発することはないがしかし、テレパシーでも通じたかのようにテスターが言い放つ。

 

―今からでも”ヒーロー”とやらを引きずり出してくればいい

 

―…

 

 リノは、いやKAN-SEN達はやはり何も言えず、歯を食いしばるしかなかった。もし引きずり出すなんて事が出来たとしても多分、数瞬後に彼は”変わって”しまう。

 リノがその先の状況を想像するよりも先に、テスターが言う。

 

―怖いのか?…”アレ”に殴られるのが

 

 あの時の光景が蘇る。WARSの拳がストレンジャーの胸を無残に貫いていた。

 凄まじい力を振るう彼を見て初めの内は安心した。喜びさえ覚えた。しかし人類にとっては敵であるセイレーンとはいえ、彼女達も同じヒトの姿をしているのだ。それ故にKAN-SEN達はあの時の状況に、どうとも言えない気持ちも抱いていた。

 

―……確かにあの時、指揮官が怖く見えた

 

 リノからの驚くほど素直な吐露。周りのKAN-SEN達は表情には出さないが驚きを覚えた。しかし、リノの思いはそれだけではなかったようだ。

 

―でも…それよりもっと不安になった!

 

 不安の中で、彼女は掴んだものがあったのだ。

 

―この前も!今も!苦しんでいる指揮官を見て、助けたいと思った!

 

―リノが出来る事…!リノがやりたいことは!!

 

―ちょっとでも指揮官の助けになる事!…リノはそのために戦う!!

 

―だから今は、指揮官を待つ!!

 

 そんな言葉にテスターは鼻を鳴らす。そして再び構えようとした時、

 

―ええ、こんなところで戦えなくなってしまえば、従者失格です

 

 と、ベルファスト。そして後方の指揮艦から戻る影。

 

―ふぅ、補給も完了したことですし、煩わしい虫を駆除しましょう

 

 ローンだ。テスターを見下すようなその目には少しの狂気と苛立ちが宿っていた。そして今度は、気付いたように赤城が言葉を紡ぐ。

 

―そ、そうだわ…私も…指揮官様のために…!

 

 KAN-SEN達はリノの決意に乗るように、テスターに追い詰められた体を次々と立て直し、構えだした。テスターはその景色を面白そうに眺める。

 

―ふっ…まだやれるか…

 

 そして、そんな言葉の裏でモナークは加賀に言う。

 

―皆の思いは定まったようだな…お前はどうだ…加賀?

 

 彼女は腕を組むと、目を細めテスターを見据えた。

 

―私は既に彼の強さを認めている。後は信じるのみだ…!

 

―ふっ…どうやら同じ思いのようだ

 

 モナークは静かに、しかし力強く賛同すると、一斉に主砲をテスターに向けた。そしてそれを知ってか知らずか、その砲口の先にいるヒトは声を上げる。

 

―ならば来い!感情の兵器共!

 

 そしてもう一つ付け加えた。

 

―どこまで耐えられるか見ていてやる!

 

 その声が大海原に響くと誰からともなく、艤装を唸らせた。

 

――――――――――――――――――――

 

~海中~

 

 

 深く暗い海に沈み続けるWARSは、冷たい海水に包まれながらも灼熱に犯されていた。

 

―ぐぅぅ…ぐぁぁぁ!

 

 凄まじい苦しみの中で、未だ脳裏に薄く張られている意識を引きずり出す。

 

 ”みんなが…俺のために戦ってくれている……”

 

 思い返せばいつもそうだったと感じる。いくら人間を遥かに超越し、そしてKAN-SENをも凌駕できるほどの力を持っていても、彼女達が居なければここまで戦ってくることは出来なかっただろう。皆が居なければ遅かれ、いや早いうちに心を忘れ、遍く物を破滅に導く”兵器ですらない破壊者”となっていたかもしれない。

 翔一は一度失敗を犯した。指揮官としてKAN-SEN達をまとめ上げなければならない立場で、その意味をいつしか放り捨てていたのだから。その罰を与えられるように、WARSの全身の熱は更に激しくなる。

 

―ぐぁああああ…!

 

 海上の彼女達にはあまり聞かせたくない、情けない声が出る。

 

 ”しかし…俺も……俺も…”

 

 それでもと、翔一は願うように思うがやはり苦しいものは苦しい。喉が勝手に震える。

 

―くぅ…ぅぉぁああ…!

 

 しかしそれでもだ。海の中の煉獄に身を置いてもなお忘れることはない、強く固めた決意があった。

 

 ”お前達のために…!愛する者を守るために…!!”

 

 それでも愛する者の為に戦いたいのだ。

 

―がっ…ぁぁああああ!

 

 だからと言って、苦しみが止むこともない。

 

―ぅぁぁ…

 

 呻き声さえ薄れていく。意識を強く持とうとしても体がそれを拒絶する。両手で持っていた強い思いは、遂に小指一本に引っ掛けられた。重さ故に心の底に落ちようとするその決意は、その存在感さえも己の中で消えかけていく。ならばせめてもう少し、あと少しだけでも保てるように祈るだけしかなかった。

 

―ぅ…ぁぁぁ…

 

 段々と感覚がなくなっていく。力が抜けたのか、海水を掴むようにもがいていた腕と拳が広がっている。今まで海中に潜っていた体が、己の意識の欠落によって浮かび上がっていった。もはや見えるのは、少しずつ近づいてくるほんの少しの光だけだった。もう水面(みなも)の揺らぎさえ認知できない。

 

 ”こんな…ところで……”

 

 最後にそう思った時には、顔は海面から出ていた。WARSの目に白と紺の人型が映る。

 

―ご主人様…!

 

 彼の周囲の海水は沸騰し、激しく湯気を出ていた。更に体からは陽炎が立ち昇っている。彼の体の状態を考えれば、当然と言えば当然の出来事ではあったがそれでも不気味さを覚えるものだった。

 

―し、指揮官!…大丈夫なの!?

 

―…

 

 反応はなかった。彼の体が彼の意識を離れて暴れだすのも時間の問題なのだろう。KAN-SEN達は彼の状況を察する。

 

 WARSはゆっくりと立ち上がった。そして虚しく、終わりを告げるように合成音声が鳴り響いた。

 

 ”Destroy weapons within WARS's attack range…”(WARSの攻撃範囲内の兵器を破壊します)

 

 その時、

 

―しきかぁああああん!

 

 ”…!”

 

 誰かの叫び声がWARS(翔一)の脳を一瞬覚ました。

 ノイズがかかったような視界に、たなびく緑の髪が映り込む。こちらに飛び込んできているのか、その姿はだんだんと大きくなっていった。明石か。遂にやってくれたのか。

 しかし、瞬間。WARSの右拳が振り上がった。砲弾のように一直線に飛ぶ拳が明石に迫った。

 

 ”ガキンッ…!”

 

 明石が聞いたのは、自身を貫いた音ではなかった。代わりに見えたのはWARSの目に写る、己の真横を取り過ぎる弾。WARSの後ろからは、明石に向かってテスターの砲弾が迫っていたのだ。しかしそれはWARSに逸らされて今、緑の髪を凪ぐだけにとどまった。

 KAN-SEN達には思いもよらぬ出来事だった。WARSは最後の力で一瞬の時間を稼ぎ、最大の希望を皆に見せたのだ。これで大丈夫。明石はそう思うと、知らずして気合の叫びを漏らしていた。

 

―んにゃああああああ!!

 

 彼女の手には、いつもWARSの新形態を翔一に与えるときのカードが握られていた。彼女の拳は今、WARSの胸、彼のむき出しのメンタルキューブを殴るように飛び出した。そしてカードが彼のキューブを打つ。すると一瞬、彼の体が光に包まれた。それから一呼吸もないうちに、WARSは爆発するように周囲に蒸気を発生させた。凄まじい勢いに明石は吹き飛ぶ。

 

―ふにゃあああぁぁぁぁ!

 

 その光景に、加賀が声を荒げた。

 

―明石…!

 

 明石は水切りの石のようにぱちゃんぱちゃんと跳ねて転がっていく。

 

―んにゃっ…んにゃっ…んにゃぁぁぁぁっ

 

 二度、三度と背を海面に打つたびに喉を震わせていた。しかし、さほどの時間もなく明石の体に落ち着きが取り戻される。彼女は両手両足で海面を押して立ち上がる。顔を上げて、瞳を向けるのは、当然”彼”の方だ。その方向に意識を向けるのは明石だけではない。特にリノは神妙な面持ちを浮かべていた。

 

―指揮官…

 

 先ほどの明石の行動から、恐らく彼にWARSのアップデートを行うことは出来たのだろうと考える。テスターは霧に包まれるWARSの姿を伺ってつぶやいた。

 

―何だ…?

 

 しかし、KAN-SEN達はテスターなどそっちのけでWARSの方を覗いていた。知りたいのだ。あの霧に包まれた体が吉報を伝えるのかそれとも、終わりの始まりを告げるのかを。

 ふわりと、霧の中から光る黄色い目が見えた。

 

―あ、あれは…!

 

 明石がそう言うと間もなく、だんだんと彼に纏わりついた霧が晴れていく。

 

―ご主人様…

 

 ベルファストの希望と憂いが入り混じった気持ちが彼を包む。

 モナーク、赤城、加賀は、じっと彼の無事を祈って見つめた。

 

―…

 

 ローンは静かに彼を呼んだ。

 

―指揮官…

 

 そして霧は晴れる。最初に見えたのは”煙突”だった。

 それを意味するのは、”あの姿”を制御化に置くことの成功である。

 

―指揮官…やった、指揮官!!

 

 リノが飛び上がる。

 すると、彼は動作確認でもするかのように両腕、両足、背、横顎に着く”廃熱機関(煙突)”を思い切り吹かした。

 

 ”シュゥウウウウウウウ!!”

 

 凄まじい音。水分を熱いフライパンに落としたどころではない、大量の海水をマグマに放り込んでも鳴ることはないような蒸気の音が、KAN-SEN達の鼓膜を躍らせた。

 気高く、強く、大海原にそびえ立つその姿はまさに強大だった。遂に”彼”が、

 

 

 

 ”MIGHTY DEFORMATION”

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 ”WARS MIGHTY”が誕生した。

 

 

 

―ほう、廃熱ね…

 

 テスターは興味深そうな声音で言う。

 

 

 

―本来、お前は前線で戦う必要はない。なぜ命の危険を冒してまで戦う?

 

 彼女の時に間髪入れることはなくWARSは答える。

 

―失いたくないからだ。自分自身を、大切な者達を!

 

 正直本当は、未だに戦うのは怖い。しかし、実際に死ぬような思いをしてきたからこそ、彼女達の辛さが分かった。見ていることしかできない以前のような立場には戻りたくなかった。もしそうなったら、もしかしたら戦いの辛さを忘れて、彼女達を戦いの道具としてしか見られなくなってしまうかもしれないから。それに何より、彼女達が真に幸せに生きることが出来るように、少しでも早く彼女達が戦う事のない平和な世界を作りたかった。

 しかしテスターは問う。

 

―そう言う割には、以前は自分で捨てるような真似をしていたようだが

 

 確かに彼女の言う通りだ。WARSの脳裏に薄く、突き出した拳に吹き飛ばされていくエンタープライズの姿が過り、己の放った言葉が耳をつんざく。

 

 ”駄目だ、戻ってろ!”

 

 ”お前じゃ無理だ”

 

 ”駄目だ、来るな…それでは…それではいけないんだ。俺が皆を…”

 

 あの時、自らの力だけを求め、仲間を否定するにも近い行動をとった。しかしそれでは駄目だった。一人では必ず限界が来る。だからあんな暴走を引き起こし、自分も周囲も傷つけたのだ。それであれば解決の答えは単純。自分一人だけで戦おうとしない事だった。それは同時に、”皆を信じる”ということだった。一人で理想を掲げるだけでは誰にも伝わらず、いつか道を外れ暴れだす。しかし、皆を信じて協力するからこそ、大きな力と絆が生まれるのだ。

 翔一はそのことに気付いたからこそ、未だこうして最前線に立とうとするのだ。WARSはゆっくりと構えながら言う。

 

―それでも戦う!共に行く者達への思いを、忘れることの無いように!

 

 すると、テスターは彼に無感情で言う。

 

―そう…本気でそう思うのならいい……しかしっ…

 

―その力を満足に振るえるようになったようだし、こちらも相応に出迎えなければな!

 

 テスターはそう言って両腕を広げると、彼女の後方から数多の量産型セイレーンが空間を割って出てきた。一体どれ程こちらに迫っているのだろうか。駆逐艦、巡洋艦、戦艦、空母。数えきれないおびただしい量の船が目前にあった。しかし、先程までならもう絶望しかなかった光景が、今では力試しの場にすら思えてくる。

 WARSは叫んだ。

 

―みんな!一緒に戦ってくれ!!

 

―”はい!”

 

 WARSの声で、皆が一斉に動き出した。

 

―道は俺が開く!

 

 まずはWARSが目の前に蠢く駆逐艦を、両肩の12門の砲で撃ち砕く。

 

 ズダン!!

 

 シュゥウウウウ!!

 

 弾が撃ちだされると同時にエネルギーの余り(熱損失)が全身の煙突から放出される。凄まじい勢いで噴出する蒸気は、砲撃の反作用を殺した。そうして数秒もしない内に敵の懐に入り込んだ砲弾は大爆発を引き起こし、数多の駆逐艦を撃沈させる。言葉通り、敵艦の編隊に大きく穴を開け作られた道にベルファスト、リノ、ローンが流れ込む。同時に加賀と赤城の爆撃機がベルファスト達の頭上を通り過ぎた。

 

―爆撃で更に数を減らす!頭を守れ!

 

 加賀が言う。そしてローンは、

 

―私が防ぎます!

 

 そう言って、自分自身はもちろんベルファストとリノの頭上にシールドを出現させた。直後、彼女達の行く先に構えていたセイレーン艦に爆弾が投下され、炎の嵐が吹き荒れた。過ぎ去ればそこには、ただの瓦礫となした船達が横になっていた。

 空母二人の援護によって、もうひと段階先に進んだベルファスト達は魚雷を放つ。

 

―行っけえ!

 

 リノが叫ぶ傍らで、ベルファストも魚雷を発射。そして、左右に迫るセイレーン艦に2発、3発と弾を撃ち込みながら言う。

 

―皆様、先ほどより量産型の耐久性が落ちているようです

 

 彼女に加賀は同意する。

 

―確かにそうらしいな。指揮官と合流する前までは、敵艦一隻に集中爆撃を行ってやっと落とせるほどだったのに

 

 加賀に続いて、モナークはテスターを睨みつつ言う。

 

―雑魚に時間をかけるのも惜しい。手早く済ませるぞ

 

 そのとき彼女に数発か敵艦の集中砲撃が迫った。

 

―…!

 

 戦艦故、急激な旋回で全ての攻撃をかわすまでには至らなかったがしかし、軽く腕を振るい弾を1発、はじいて落とした。一瞬鬱陶しそうな表情を見せたが、すぐに今の一撃を分析する。

 

―攻撃性能はそのままのようだ。前衛艦は特に気を付けろ

 

―とはいえ、ただ慎重に動かなくてはならないのは…

 

 そう言って、今まで皆に展開していたシールドを解くと、ローンに敵からの熱い砲弾が送られてきた。しかし彼女はその弾に手を伸ばす。そして、

 

―やはり退屈です……ねぇ!!

 

 掴んだ。砲弾を。

 

―ぇえ!?

 

―なっ…ローン様っ…

 

 リノとベルファストがぎょっとした目をローンに向けるのを傍目に、彼女は掴んだ弾をその手の中で握りつぶす。手の中で爆発が起きて、彼女の全身が黒い煙に包まれる。爆発で吹き飛ぶ影はどこにも見当たらない。すると、

 

―これでも、私も計画艦なので

 

 そう言って、にこりと微笑む彼女が煙の中から姿を現した。ベルファストは一瞬だけほっと胸を撫で下ろすが、そうしている間にも敵の動きは止まらない。早速ローンはWARSに提案(お願い)する。

 

―指揮官、もっと前に出ても良いですか?モナークさんの言う通り手早く済ませた方が良いと思います

 

 冷静な声音でそう言いうが、彼女のギラリと妖しく輝く目には、標的を破壊するというKAN-SENとしては本能めいたものを感じさせた。しかし、補給を受ける前の状態と比べればむしろ心強い。

 

―分かった。だが相手の数はまだ数えきれない程いる。面制圧を怠るなよ

 

 WARSはそう言いながら、深く頷く。彼の光る目がより一層輝いた。

 

―はい…ふふっ、なんだか力が湧いてくるような気がします

 

 ローンはその言葉の直後、豹変する。

 

―これで心置きなく狩れる!

 

 やはり彼女の中には計り知れない戦闘狂のようなココロがあるのだろう。彼女はベルファストとリノを置いて飛び出す。

 

―ベル、リノ!ローンの支援を!主力艦は前衛の左右にいる敵を残らず撃破!!

 

―”はい!”

 

 そうして、次々と放たれる味方の砲弾の音は皆を鼓舞するように大海に響く。しかし、敵艦隊の陰に隠れて何もしないものもいるようだ。テスターは楽し気に、こちら側を観察するように動いているのだ。

 

―ちょろちょろと逃げ回りおって…!

 

 加賀が目尻を上げてテスターを睨む。射程距離内に十分に入ってはいるが、彼女はゆらゆらと低空飛行を続け、KAN-SEN達の的とならないように、量産型の陰に隠れ続けていた。量産型を出現させて以降、まともに戦闘に参加しないテスターはずっと逃げに徹している。たとえ爆撃しようともかわされ、少しの打撃を与えることも許してくれなかった。

 しかしKAN-SEN達の動きは、大量の敵艦を前にしても普段より良いもので、次々と量産型を破壊していく。皆はココロと体に徐々に余裕を持っていった。

 そんな時、モナークがWARSの隣に立った。彼女は彼の隣で2発、3発と砲を放つ。1発撃つ度に一隻の敵艦が海の藻屑となっていく。

 

―どうしたモナーク

 

 WARSはちらと彼女を見て様子を伺った。

 

―いや、お前のココロが良くなったようで、安心してつい、こちらに来てしまった

 

―安心した…か

 

 そう言うと、脳裏に前回の戦いで薄れていた記憶が少し蘇った。

 

 ”指揮官…思い出せ…!”

 

 ”お前が愛する者たちを…!”

 

―俺はお前からも叱られたんだったな。しかしそのおかげで、今もこうして立っていられる

 

―思い出せたんだ。俺が戦う理由を

 

 WARSは言いながら敵の密集地帯に砲を放つ。

 

―ふっ…しっかりと芯を持てたのなら、それでいい。それでこそ私の愛する者だ。そして…

 

 モナークはWARSから離れて、そして誰にも聞こえないように、口の中で言う。

 

 ”私の憧れだ”

 

 当然、音声通信は切っていた。

 

―ん、何か言ったか?

 

 WARSはそう訊くが、モナークは柔らかな表情で返す。

 

―いや、空耳ではないか?

 

―そうか

 

 短く言葉を交わす。離れていくモナークを見送ると、次の行動に移ろうと皆に通信を送る。

 

―まとめて片を付けたい。みんな、指示したポイントに敵を引き付けてくれ

 

 始めと比べて敵の数は相当減った。そろそろと思い、指示を出す。座標はWARSから見て右奥。

 

―”了解!”

 

 まずはWARS含め、主力艦達は敵編隊の先頭に砲撃と爆撃を集中させる。

 

―ベル!今だ!!

 

―はい!

 

 攻撃によって一瞬動きを抑制した敵艦隊と、WARS達を挟んだ場所に壁をするように、ベルファストは煙幕を散布した。彼女を先頭にして敵艦隊を通り過ぎていくリノとローンが位置情報で分かる。そのまま彼女達は何もせずにポイントに向かっていった。煙幕で、WARS含め主力艦の位置を隠された量産型は、一斉にベルファスト達の方向に行先を転換した。肉眼では見えないが、レーダーで量産型が指定ポイントに向かっていくのを感じる。

 

―よし、そのままもう少しだ

 

 そして遂に、設定したポイントにセイレーン艦隊が到達した。WARSは叫ぶ。

 

―ベル、リノ、ローン!全速力で離脱しながら雷撃!

 

―主力艦は全弾発射と爆撃!

 

―”了解!”

 

 一瞬のタイミングを置いて、凄まじい量の砲弾と爆弾、魚雷が群れを成すように敵艦隊に迫っていく。やがて起こった連続する大爆発は、飽和攻撃にも見える程だ。いつの間にかセイレーンの編隊から離れていたテスターが、その光景を眺めていた。

 

―このレベルの量産型を大した時間をかけずに殲滅とは…

 

 そしてWARSに語り掛ける。

 

―それにお前の態度といい、やはり…

 

―なんだ…?

 

 WARSの細い目がテスターに向くと、彼女の携えた砲がベルファストを向いた。

 

―…!

 

 瞬間、目にも留まらぬ砲弾がベルファストに襲い掛かる。しかし回避は間に合わないか。

 ベルファストは咄嗟に両腕を十字に構える。

 

 ”ガキンッ!”

 

―くっ……ん…?

 

 当たればひとたまりもないような弾はしかし、音の割には彼女の腕を破裂させるどころか、強く叩いた程度の衝撃しか彼女に与えなかった。何かと思い、つい腕をちらと見てもガントレットには特に外傷は見当たらなかった。なんのことなしにテスターの攻撃を弾き飛ばしたことに驚くが、今は細かいことを気にする暇もない。

 テスターはまたWARSに言い放つように、声を弾ませた。

 

―やはりそういう機能をしていたかっ…!

 

 WARSは不思議に思っていた。他の人型セイレーンもそうではあったが彼女達は時折、意味深長なことを言う。しかもこちら側に語り掛けるように。特に今回はそのような言葉が多くあるが、やはり今は深く考える時間は無い。考えるより、体を動かした。

 

―お前の相手は俺だ!

 

 1発、ゴングを鳴らすように弾を放つとテスターに向かって波を蹴立てて走り出した。しかしテスターは一目散に逃げる。

 

―新しいデータがもっと取れそうだからな!まだ沈むわけにはいかないんだよ!!

 

 そんな言葉も何のその。WARSは何発もの砲弾を放ちながら、そしてそのたびに廃熱の蒸気を全身から吹き出させながらテスターに接近する。そして遂にWARSの砲弾がテスターの背後を掴む。

 

―くそっ…!

 

 テスターは寸でのところで砲弾を避けた。当たりどころが悪ければ一撃で沈んでも不思議ではないが、彼女はWARS MIGHTYの榴弾の特性を思い出す。

 

 ”まずいっ”

 

 そう言う前にWARSが叫ぶ。

 

―避けても無駄だ!

 

 砲弾は爆発した。しかし本来、球状に広がるはずの爆発はその形を成そうとせず、すべてのエネルギーがテスターの方向へ一気に噴き出した。テスターは衝撃に耐えられず吹き飛び、海面に転げ、滑っていく。今まで纏っていた装甲は大きく損傷していた。

 

―ぐぅっ…!!

 

 そんな彼女の姿を見ながらWARSはつぶやく。

 

―爆発指向性可変榴弾か…

 

 ”爆発指向性可変榴弾”

 

 WARS MIGHTYとして覚醒する前の段階で、感覚で知り得ていたこの能力に明石は名付けたのだろう。能力の効果は読んで字のごとく。普段、KAN-SEN達が使用する榴弾では為し得ない、爆発時のエネルギーの方向を変化させられる特徴がある。エネルギーが集束することで強力な破壊力を得るだけでなく、WARS MIGHTYの強大な攻撃力向上の影響で、今までのWARSとは常軌を逸した威力となるのだ。

 

―もう一撃…!!

 

 そう言ってもう一発、肩から砲弾を放つと今度はテスターに直撃。彼女は糸の切れた操り人形のように宙を舞った。

 

―くぅああああ!

 

 その体に辛うじて残っていた装甲は跡形もなく、代わりに黒のスーツ姿に戻っていた。スーツと言っても、大きなダメージ故に完全な修復が出来ないのか、ところどころ穴があった。そんな状態で、彼女は背で海を駆けながらもWARSに言う。

 

―…ぐ…うぅ………ふ…ふっふふ…やはりバカには出来ないわね…貴方は…

 

 そんな言葉にWARSは冷たく返した。

 

―もういいだろう。エンタープライズを返せ

 

 エンタープライズは未だ時空の壁を隔ててWARSの目に映っていた。そして彼女は亡霊のようにWARS達の周囲で駆け回っていた。

 悲痛な表情の彼女を瞳に映すリノは、WARSに同調する。

 

―そうだよっ、早くエンタープライズを返してっ

 

 当のテスターは体勢を立て直そうと片膝を着くが、そのまま俯く。そして、何やら嬉しそうに口角を上げた。

 

―ふふっ…やはりこの枝…いや、幹は…

 

 彼女はそう呟くと、胸の前に手をかざした。

 

―希望…か…

 

 そうして何かを掴むようにその拳を握ると、今度はもう一度広げながらWARSの方へ手の平を向けた。光の弾がゆっくりとWARSに向かう。

 

―これは…

 

 WARSの疑問にテスターは答える。

 

―鍵だ。”お前”なら使える

 

 その言葉と共に、WARSの胸の前に迫っていた光が突然、彼の胸の中に入った。

 

―…!

 

 突然”鍵”を渡されたがしかし、彼には使い方が分かった。何故かは分からないが、もう何度もこの能力を使っているかのように鍵の開け方が脳に流れ込んできた。どういうことなのだろうか。テスターがいる場所に顔を向ける。しかしその時には、彼女はWARS達の前から消えていた。少なくとも、皆のレーダーに感知はなかった。

 

―指揮官、エンタープライズが…!

 

 突然、リノが焦ったように言った。WARSはリノの目線の先を見る。しかし主力艦として戦っていた故、エンタープライズの姿は豆粒だ。

 

―主力艦は現在地で待機…!

 

―”了解”

 

 WARSは赤城、加賀、モナークに言うと急いでエンタープライズの見える先へ向かった。しかし彼女のもとまでは大した時間も掛からなかった。WARSは彼女をはっきりと目にする。彼女の瞳は黄金に輝いていた。更に彼女の様子は、

 

―エンタープライズっ…

 

 明らかにおかしかった。まるで目覚めたまま悪夢を見ているような表情で、恐らく叫びをあげているのだ。時空の壁に阻まれて、声までは聞こえない。

 そして、彼女の隣に佇むのはローン。もちろん味方ではない。本物のローンはといえば、偽物を恐ろしい目で睨んでいた。

 

―ニセモノォ…!

 

 獣かと感じてしまうような彼女の声は、今にも暴れだしそうな身の震えと共に放り出された。本物の方を見て思わず口走る。

 

―ローンっ…どうしたんだ

 

 普段と比べても異常な様子を見せた彼女にWARSは若干驚く。そんな中、ベルファストは彼に言う。

 

―ご主人様、今はエンタープライズ様をっ

 

 そして彼女は一言付け加える。

 

―彼女の様子がおかしいのも、ローン様の偽物が原因のようですし…

 

 今度はモナークが遠方から通信を送ってくる。

 

―しかし指揮官、先程テスターから渡された鍵とやらは使えるのか

 

 それについては問題ないことが、鍵を持った時に分かっている。とはいえ時空の壁を開けるなど初めてすることだ。焦るような声音でWARSは返す。

 

―ああっ…大丈夫だ!

 

 テスターから渡された”鍵”に意識を集中させる。そして、先ほど流れ込んできた感覚を伝った。

 

―…!

 

 すると、WARSとエンタープライズの間に光の壁が現れた。自分の身長程の高さの長方形の光の壁はやがて、扉のように開かれた。その奥には、

 

―うあああああああああああああああああああああああああああああ!!!

 

 怯え切った表情で泣き叫んだエンタープライズがはっきりと見えた。彼女の声が聞こえた瞬間、体が動く。

 

―エンタープライズ!!

 

 飛び出して、扉を超えて、腕を伸ばし、手を掴む。

 

―…!

 

 そのまま思い切り引き寄せると、強く抱きしめながら扉を出た。

 

―ぁ……しきかん…

 

 小さく小さく、安心したような声が聞こえる。彼女の顔を見た。

 

―エンタープライズ…

 

 彼女の目はゆっくりと閉じられ、その全身からは力が抜けていく。自然と、彼女にぐったりと身を預けられた。彼女を抱きかかえると一呼吸おいて、光の扉の奥を覗く。すると、エンタープライズと共に見えていたローンの偽物が、こちらをぽかんとした顔で見つめていた。

 

―しき、かん…?

 

 WARSは彼女の姿を見て黙ってしまう。時空の壁を隔てずに見るローンは、分かってはいたが本物と瓜二つだ。

 

―…

 

 そして一瞬の時の後、彼女は気付いたようにこちらを睨み突撃してきた。狭い、光の扉に向かって走ってくる。

 

―っ…!!

 

 そのとき、

 

 ”ズガンッ!!”

 

 WARSの背後から砲弾が飛んできた。それは彼の肩の横を通り越し、ローン(偽物)の額を激突した。

 

―がっ!

 

 彼女は仰け反るが、後ろに倒れるのは耐えて瞬時に体勢を整えた。やがて見えた彼女の目は吊り上がり、WARSより後ろを睨みつけていた。何かと思い振り返ると、

 

―私の姿で勝手なことをするなんて…許さない!!

 

 ”ダンッダンッダンッダン!”

 

―くぉ…!

 

 ローンの追い打ちは止まらない。無慈悲に撃ち続けられる弾に、ローン(偽物)はまともに声も出せずに

 

―死ねぇ!!

 

 ”ダンッダンッダンッダン!”

 

 ローンの放つ砲弾の轟音が響くたびに、ローン(偽物)の胸は抉れていく。

 彼女を構成しているのはブラックキューブなのだろう。黒い粒子を胸の中心から吹き出させながら彼女は遂に倒れた。

 

―…

 

 彼女の体は動かない。コアであるキューブを破壊されたことで機能が停止したようだ。そんな光景を見て、翔一は己が暴走した時のKAN-SEN達の気持ちが今、真に分かった気がした。

 

―指揮官、扉を閉じましょう

 

 ローンは言う。

 

―あ、ああ。そうだな

 

 歯切れ悪く返すと、再び”鍵”に集中して扉を閉じた。しかしそれから棒立ちしているわけにもいかない。WARSはMIGHTYからWARS AETHERにフォームチェンジして、皆に指示を出す。

 

 ”AETHER DEFORMATION”

 

―これより帰還する。周囲の警戒をしつつ指揮艦に戻るぞ

 

―”了解”

 

 WARS AETHERなら、通常より広範囲かつ優れた性能の探知が行える。もしセイレーンが奇襲を企んでいても対応できるだろう。

 

 結局、それは杞憂に終わった。

 

――――――――――――――――――――

 

~母港、医務室~

 

 

 無事に母港に帰還した翔一たちは一度解散した。今は皆それぞれの場所で休んでいるだろう。そして翔一はといえば、帰港した際にヴェスタルに運ばれたエンタープライズを追って、医務室の外で待機していた。彼はベンチに座り、隣に付き添う従者に言う。

 

―悪いな、ベル。疲れているだろうに

 

 そう言うが彼の目にも疲労の色が見えていた。そんな表情を瞳に映してベルファストは言う。

 

―いえ、ご心配には及びません。

 

 そして彼女は”それに”と続ける。

 

―私も、エンタープライズ様が心配です……あんな表情、見たことがありませんし…

 

 語尾に近づくたびに小さくなっていく声が、彼女の日頃の堂々とした態度を崩していた。

 

―ああ…そうだな…

 

 ベルファストの言う”表情”は今でも鮮明に思い出せる。エンタープライズを”METAフィールド”と呼ばれる場所から救出する時の彼女の表情だ。翔一でも、いや、ヨークタウンやホーネットですら彼女の絶望と恐怖に満ちた顔を見たことはないだろう。

 

―指揮官、入ってい良いわよ

 

 後ろから声が聞こえる。振り向けば、今までエンタープライズの体の状況を診ていたヴェスタルが、部屋の扉を開けてこちらを伺っていた。

 

―ベル、行こう

 

―はい

 

 腰を上げながら短いやり取りを終えて、二人はヴェスタルに続いて医務室に入っていく。

 

―エンタープライズちゃん、今は寝てるわ…特に外傷は見られなかったんだけど…その…

 

 どうやら寝ているだけ、というわけではないようだ。

 

―どうしたんだ

 

 一言、短く聞いてみるとヴェスタルは若干言葉を詰まらせた。

 

―うん…えっとね…

 

 言い辛そうな様子はすぐに消え、しかし少しの不安を顔に残しながら言う。

 

―心理的なショックが大きくて、スリープモードになってしまってるの…

 

―スリープモードか…

 

 スリープモード。翔一がこの現象を知ったのは母港に来てからだった。それは、KAN-SENのメンタルキューブにシステム的な異常が発生した時に起こる現象だ。滅多なことでは起きる事ではないが、この状態になってしまうと自然に目覚めるのはいつになるか分からないという。

 ”メンタル”キューブという事もあって、KAN-SEN達は個々の”カンジョウ”によって兵器としての機能を上下させることもある。そのカンジョウを司る機関が異常を発生してしまうと今のエンタープライズのように、強制シャットダウンされたように眠ってしまうのだ。

 

―指揮官、どうする?

 

 ヴェスタルはもう一言付け加える。

 

―どうしてもと言うなら…

 

 その言葉に翔一は間髪入れずに答えた。

 

―いや、再起動はしなくていい

 

 KAN-SEN達はセイレーンを破壊する兵器として戦うという使命がある以上、人類としては勝手に眠られてしまっては困る。そのため、専用の信号をそのKAN-SENに送ることで今にも目覚めさせるシステムはある。

 しかしそれは望まない、疲労も溜まっていることだろうし、体だけでも休んでほしいと思う。何より、そんなことをしてエンタープライズの精神に更に負荷がかかるようなことがあれば、深く悔やむことにもなろう。皆を守るために戦うという事を思い出せたのに、それをまた自ら破ることにもなる。

 翔一はヴェスタルの目をちらと見る。

 

―…そう、なら寝かせてあげましょう

 

 彼女の声は、少し安心したような色をしていた。

 そして翔一はベルファストを見て言う。

 

―ベル、一旦戻ろうか

 

―はい…

 

 彼女を連れて数歩進み、部屋の扉を出る前に振り向いた。

 

―ヴェスタル、エンタープライズを頼む

 

―ええ、大丈夫。信じて頂戴

 

 彼女は微笑みを返した。

 

――――――――――――――――――――

 

~翌日、執務室~

 

 

 朝日というには少し上りすぎた太陽が、翔一の背を照らしていた。いつもと変わらない風景の中で執務机について、特段変化のない事務仕事のためにモニターとにらめっこする。違う事と言えば、普段いるはずのエンタープライズの代わりに、モナークがその役をしていることだ。

 眩しい純白の軍服から伸びた色白の手がこちらに差し出される。その手には紙の如く薄いコンピューター、フィルムタブレットが握られていた。

 

―指揮官、前回の戦闘の報告書をまとめた。確認してくれ

 

 机越しに、彼女からタブレット受け取る。

 

―ん、ありがとう

 

 幾度も見てきた表紙をスライドさせて次のページを表示させる。数回続けていくと、昨日の時点のKAN-SEN達の損傷状況が記されていた。その中の一つに、当然エンタープライズの情報もある。

 

====================

 

 USS Enterprise,CV6

 

 Degree of dama(損傷度)ge : Mild(軽度)

 

 Remarks(備考) : Sleep mode(スリープモード) (Due to an abnormality in the mental cube(メンタルキューブの異常による))

 

====================

 

 彼女は、まだ目覚めないという。

 

―…

 

 手は止まり、表示されるページを変えずに見つめてしまう。

 

―…

 

 彼女への心配は拭えないが、自分の表情だけでも変化させないように意識した。この場(執務室)だけならまだしも、外で”指揮官”として己の不安を見せてしまえば、KAN-SEN達の士気にも関わるからだ。しかし、そんな彼の気を見破ってしまうのが、彼を愛する者の勘なのだ。

 

―指揮官、思い詰めるのは良くないぞ

 

―バレてしまうか…

 

―ああ、バレバレだ

 

 モナークはそう言いながら、そっと翔一の傍によった。翔一が真正面に彼女の顔を見ると、彼女の優しい表情が近づいてきた。

 

―んっ…

 

 ”ちゅっ”と額から音が聞こえる。なんとなく察してはいたが、彼女は気を使ってくれたのだ。

 

―これで安心できるかは分からないが、少しでもお前の気が紛れればそれでいい

 

 彼女の優しい表情が目に入る。頬に熱を感じた。気持ちはとても嬉しいし、男としても嬉しいから。

 そんな時、ドアがノックされる。

 

―ご主人様、よろしいでしょうか

 

 ベルファストだ。

 

―どうぞ

 

 そう答えると、扉が開く。彼女はワゴンと共に部屋に入ってくる。乗っているのはコーヒーと紅茶。

 

―ご主人様、コーヒーでございます

 

―ありがとう、ベル

 

 ソーサーに乗ったカップが翔一の前に置かれる。音はたたない。美しい所作は緩むことなく、モナークにも差し出された。

 

―紅茶でございます、モナーク様

 

―ありがとう

 

 熱いコーヒーと紅茶には既にミルクが注がれている。一つ口をつけると、舌に馴染んだ味が柔らかく広がる。ベルファストの作った味が翔一の心まで暖かくした。少し頬が緩む。小さな感情の動きではあったが、そんなささやかな表情の変化にも気付くのが、同じく彼を愛する者である。

 

―ふふっ…ご主人様の心は少しでも安らいだでしょうか

 

 こちらに微笑みを向ける。彼女の表情にこちらも軽く頷いて微笑んでしまった。本当に、KAN-SEN達がいるからこそ今まで生きていけたことを感じる。

 

―本当に、みんなには助けられてるよ。ありがとう

 

 あらためて言葉にして、二人に伝えた。

 

―ありがたきお言葉です。ご主人様

 

―お前の為なら、如何なることでもするつもりだ

 

 二人の温かい気を全身に感じ、いよいよ心が前に向かった時、もう一度ドアが鳴る。

 

―指揮官、居るか?

 

 そして聞こえてくる籠った声に、翔一とベルファスト、モナークは目を一瞬見合わせた。翔一は席を立ち、ドアの前に足を向けた。ノブに手をかけて開けると、エンタープライズが立っていた。彼女は翔一と目が合うなり両手を後ろに組んで、恥ずかしそうに目を逸らす。帽子は乱暴に被ったのか、若干ずれていた。

 

―昨日の戦闘中に…知らぬ間に眠ってしまったようだ。迷惑をかけたな…すまない指揮官

 

―いや、そんなことはない、こうやって無事でいてくれたことが何より良いことなんだ

 

 そして、声を落としながら付け加える。

 

―それに迷惑をかけたというなら…俺が…一番……

 

 僅かに残る記憶をたどる。自らが突き出した拳の先に、エンタープライズの姿が見えた。再び翔一の表情は沈む。

 しかしそんな彼に、エンタープライズは短く提案した。

 

―指揮官、少し…外に出ないか?

 

―ん、ああ…

 

 翔一は振り向いてベルファストとモナークに目を向ける。二人からは優しく頷かれる。

 

―行こうか

 

 エンタープライズにそう言う。

 

―うん…

 

 彼女は帽子をかぶり直し背を向けた。翔一はその背を追うのだった。

 

――――――――――――――――――――

 

~海岸~

 

 

 翔一とエンタープライズは、広大な海の前に立っていた。太陽の光に刺されて熱を持った砂浜は、靴を履いていてもなお、二人の足を焼いている。

 

―…

 

―…

 

 二人は何を考えているのか、どちらから話すでもなく、ただ黙って前だけを見つめていた。

 

―…

 

―…

 

 そんな空気に耐えられず、翔一は何とか言葉を紡ぐ。

 

―良い…天気だな

 

 横目にエンタープライズを据えると、真っ直ぐに空を見る彼女が映った。彼女は短く答える。

 

―ああ…

 

 会話は打ち切られたようにぷつりと途切れ、再び静かな空気が二人を包んだ。

 

―…

 

―…

 

 心地の良い風とさざ波の音がいくつか耳をくすぐると、エンタープライズは小さく、胸の内を零した。

 

―私は自分の力が、いや…KAN-SEN達の力がこの先どうなるのか、不安になったんだ…

 

 そう言ったきり、彼女は俯く。そして、今度は翔一が口を開く。悔やむような気持ちが彼の喉を震わせた。

 

―………お前をそんな気にさせてしまったのは…俺のせいだ…

 

 それから翔一の声音は一気に沈んだ。

 

―俺はWARSになってから、この力にのみ込まれようとしていたんだ

 

―初めの頃はどうってことはなかった。一時的にとはいえベルを失い、その影響もあってかしばらくは、みんなを守るためにこの力を使おうとしていたんだ…

 

―でもそのうち…力に溺れて、それを振るう意味を忘れてしまっていた

 

―その力で(ストレンジャー)を倒すことはできた。でも俺は…お前を…

 

 翔一は握った右の拳を見る。しかし、意外にも彼の拳には温かく、エンタープライズの手が差し伸べられた。

 

―いいんだ、指揮官

 

 彼女はそう言って、翔一の拳を下から、包み込むように握った。

 

―確かに、あの時の指揮官に恐怖を覚えた。でも前回の出撃で…あの場所から助けられた時に感じたんだ…大きな力を持ちながらも、それを振るうための温かい気持ちを…強い意志を…

 

 エンタープライズは彼の拳を広げた。そしてその掌を両手で優しく握ると、海を背にして、彼を導くように引いていった。彼女は恥ずかしそうに微笑むと言う。

 

―指揮官、ちょっと…飛んでみないか…?

 

 エンタープライズの周囲がほんの少し青く光ると、彼女の体に艤装がつく。

 

―わかった

 

 翔一はWARSに変身する。

 

 ”WARS AETHER ENGAGED”

 

 一歩、右足で砂浜を踏んでからは速かった。ふわりと体が浮いて、それからは天使に導かれるようにエンタープライズの体を追いかけた。

 十数秒か経ったとき、彼女は翔一を抱きしめた。勢い余って、ツイストするように二人の体が二回、三回と回転する。

 

―どうしたんだ?

 

 エンタープライズは”ふふっ”と微笑むと、WARSの側頭部、翔一の耳のあたりに唇を近づけて囁く。

 

―貴方は私に…希望を見せてくれたんだ

 

―希望…?

 

―そうだ…ヒトの形をしただけの兵器でも…”心”を持てるかもしれないという希望だ…

 

 彼女は”ぎゅっ”と彼を抱きしめる腕を強くする。

 

―指揮官、私は貴方のようになりたい

 

―俺のように?

 

―ああ、そうだ

 

 彼女は、日記の内容を楽しそうに誰かに話すように続ける。

 

―今日の朝、目覚めたときに、窓から青い空が見えたんだ

 

―その時気付いたんだ…なんで青空を見ると安心するんだろうかって…

 

 彼女は抱きしめる力を緩めて、翔一の顔を覗く。

 

―この美しい景色が、大好きなんだ…

 

 そして、少し頬を染めて言う。

 

―だから貴方のように、私はこの群青の海と空を守りたい

 

 エンタープライズはただ、不安を感じることなく思い切り飛べる青空が欲しかった。そして気付いたのだ。エンタープライズはこの海と空を守りたいという事に。そしてと翔一と同じように、自分も守るために戦いたいと気付いたのだ。だから、

 

―指揮官…私を連れて行ってくれ……この青空があるなら、どこでもいい

 

 彼と共に歩み、この広大な空の素晴らしさをもっと知りたい。

 

―私は…貴方と共に行きたい…それが今の、私の願いだ

 

 グレイゴーストの曇った表情に少しだけ、晴れ間が見えた。




 前回の投稿から、半年以上過ぎたにゃ。すごく時間が経ってしまったけど、引き続き読んでくれた人、初めて読んでくれた人、ありがとにゃ。

 さて、今回は遂に指揮官の新フォーム”WARS MIGHTY”が登場したにゃ!前回の、指揮官の”強い思い”故にメンタルキューブが発現させた中途半端なフォーム(暴走フォーム)を克服できたにゃ。母港のみんなには廃熱機関を考えた明石を褒めて欲しいにゃ!あと廃熱機関のデザインを考えてくれたリノにも感謝にゃ!

 それじゃ、次回もよろしくにゃ!そして、この物語はいよいよ後半に入っていくにゃ!!

※あとWARS MIGHTYにフォームチェンジした時の挿絵だけど、鏡面海域にいるはずなのに青空になってるにゃ。ミスしたにゃ。でもそこは、皆の不安がなくなった的な”表現”として、ここはひとつ許してほしいにゃ


WARSの設定についてはここ(ピクシブ)を見てにゃ
細かい設定、設定画はここ(ピクシブ)にゃ
感想もよかったらよろしくにゃ

この物語とは別時空の母港で繰り広げられるオムニバス小説があるから、そっちもぜひ読んでにゃ!

 あと、アンケートにも答えてくれると嬉しいにゃ!


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幕間2 私の価値

モナーク、ローンとケッコンしていると少しわかりやすい話だと思うにゃ


 私は生まれたその瞬間から、劣等感の塊だった。

 何をしても、自分が何かを成し遂げられると思えなかった。しかし今思えば、生まれた瞬間に見えた青い光は私のココロの奥深くにあった、この世界への期待や希望だったのかもしれない。

 さて、

 

 私は計画艦(モナーク)。かの大戦で必要とされなかった存在。いらない子。

 

 しかし私はこの世界に生まれた。やっとこの世界に生まれてきた。だからこそ、ただ、何か役に立ちたかった。

 しかしどうだ。張り切って戦場に出てみれば、いつも一番役に立つのは”彼”ではないか。一番傷付き、そして一番この母港に貢献するのは”彼”ではないか。

 

 私の使命は、人類の為に戦う事なのに。私が一番、彼に貢献しなければならないのに。

 

 それなのに彼は一番前で戦う。一番生きなければならないのに私達を守りながら戦う。

 その内私は、彼にも劣等感を抱いた。妬みまではしなかった。しかしいつも活躍する彼を見て、私には価値がないのかと、これまで以上に思い詰めた。

 

 いつのことだったか意を決して、いや、命令を無視して敵艦隊に突っ込んだ事があった。あの時私は敵の大群の中心で、狂気の混じった劣等感と、暴走した彼への献身を力に変えて戦った。

 あの時叫んだ言葉が蘇る。

 

 ”このモナーク、ウェールズやヨークよりも優秀である!”

 

 ”指揮官もそう思うだろう!?”

 

 初めは戦えていたがしかし、じきに精神の限界が私を襲った。

 ここで果てるのか。そう思った時にはやはり、彼が私を迎えた。

 

 ”モナーク…お前の目は、金ではなかったよな…”

 

 そこから先は覚えていない。

 自室で目覚めた時、2人が来た。私の妹になるかも知れなかったウェールズと、デューク・オブ・ヨーク。彼女達は短く私に話した。

 

 悩みがあるなら言え?

 

 最優でなければならない私に、そんな気遣いは苦痛でしかなかった。二人から向けられた目は、その時の私には憐れみにしか見えなかった。しかし今思えば、あれは純粋に私を心配する目だったのだろう。

 しかし、そんな目に耐えられず逃げ出して、いつの間にか広場のベンチで俯いていた。目の前には碇のオブジェが立つ噴水があった。

 もうこのまま動けなくなるのではないかと、地面に根を生やすような感覚が全身を伝った。そんな時に来たのが彼だった。”やっと見つけた”と独り言のようにつぶやいて、いつからか落としてしまっていた私の軍帽を彼は私にかぶせた。その時の私にとって彼は、一番会いたくて、一番会いたくない人だった。

 それから私は、聞かれてもいないのにボロボロとココロの内を彼に漏らした。誰よりも強くなければならないこと、少しの失敗でも落ち込んだこと。そして、少なくとも母港においては最強である彼に、なんとも言えない気持ちを抱いていたこと。

 そんな気持ちをひとしきり零すと、今度は知らず内に、頬が濡れていた。喉が震えていた。彼の胸で、泣きじゃくっていた。

 しばらくして泣き止むと、ゆっくり、彼と共に私の自室に向かった。歩を進める中、私は今まで強がっていたのだろうと、そんな思いが脳裏に浮かんだ。そうして自室に帰り、ベッドで横になると彼は私に優しく布団をかけた。その時に感じたのは、彼への暖かな気持ちだった。頬が熱くなって自分が恥じらいを感じたのを自覚すると、思わず目から下は布団で隠した。そして、彼にもう少しここにいて欲しいと、私が寝りに落ちるまででいいからとねだる。いつもより若干高めの声がでていた。あの時は、普段の私の声音からしたら相当努力したものだろう。それに、誰かに甘えるようなことをしたことも初めてだったし。

 そんな私のわがままに、結局彼は優しく応えてくれた。あの夜より良く眠れたのは、あの日まで一度たりともなかった。今でも覚えている。

 

 しかし数日たった時のことだった。彼の様子は少し変化していた。

 以前、私達を相手に無双と言っていいほどの力を振るったセイレーン”ストレンジャー”に、2度目に遭遇したときのことだ。戦闘不能に追い込まれたWARS()は新たな力を手に入れた。今まで散々私達を追い詰めたストレンジャーを文字通り片手で粉砕するほどの力を発揮した彼の姿には、確実に負の感情だけが込められていたのだ。彼のそんな姿に、私達KAN-SENはある種の恐怖さえ覚えていただろう。

 何故って?

 それは今まで彼が私達に見せてきた行動は、あのような暴力じみたものではなかったからだ。それほどまでに彼は豹変していたのだ。

 その時、私は胸中で恐怖というよりは、特に彼への”違和感”を覚えていた。あれは本当の彼ではないと、いや、というよりは、いつも私の中にいる彼ではないと思ったのだ。

 そのうち彼は意識を失い、WARSの戦闘システムに身を任すばかりだった。私を含めKAN-SEN達は、敵とはいえ人型のセイレーン(ストレンジャー)を残虐に破壊する彼を黙って見ているしかなかった。

 そうしてストレンジャーの機能が完全に停止すると、遂に彼の砲身が私達に向いた。そして発射された砲弾は一直線に、まずはエンタープライズの方へ飛んだ。

 その時、私の体は勝手に彼女の前に向かっていた。当然、砲弾が全身に激突して爆発を起こす。しかしなんてことはなかった。

 そして爆煙に包まれながら、私は今まで抱いていた”違和感”の正体を突き止めた。

 

 

 

 なんだ、憧れていただけじゃないか。

 

 

 

 そうだ。この気持ちは、彼に憧れていたからこその違和感だった。

 私は彼と関わることで、大切な仲間を守りたいという思いが芽生えていたらしい。それは今まで言語化できていなかった感覚だった。しかしあの時、心を失った彼を見て、いつものように皆を守るために戦う心を取り戻して欲しいと強く願ったのだ。その為なら、私は彼に拳を振るう覚悟さえ出来ていた。

 

 

 

 お前が心を失なうのなら、私が目覚めさせてやる。お前の持つ愛を、私が思い出させてやる。

 

 

 

 胸がそんな気持ちで満たされた時、暴走する彼を見る私の目は黄金に輝いていた。

 

――――――――――――――――――――

 

 

 私は何かを壊すのが好きです。何かが崩れた時、とても恍惚とするんです。快感すら覚えてしまうかもしれません。私のこの性癖とも言えるような嗜好は多分、生まれ持ったものだと思います。そしてそれは、”彼”に出会った時から更に強いものとなりました。

 彼に対する忠誠心のような思いは彼を見た瞬間に彼への愛となりました。

 さて、

 

 私は計画艦(ローン)。かの大戦で必要とされなかった存在。いらない子。

 

 そして私は何かを、モノを微塵にすることで、敵を破壊するというKAN-SENの使命を果たすことで、彼に必要とされたかったんです。

 そんな思いの裏で私は、何かを壊すことで彼への愛を感じていました。特に、彼を愛する娘を壊す想像をするだけで身が震え、自分でも恐ろしく感じるほど口端が上がります。

 

 もしかしてこれは、嫉妬…?

 

 まあ、それでも良いでしょう。彼の周りにヒトが居なくなれば、最後には私だけを見つめてくれるでしょう?

 だからこそ私の偽物が現れたとき、

 

 ”奪われる”

 

 そう、奪われると思ったんです。何をって?

 

 彼からの愛をです。

 

 彼から私に向けられるべき愛を、あの偽物(コピー)に奪われると思ったんです。

 その時、腹の底から煮え湯より熱いカンジョウが溢れ出しました。私はそのゲキジョウのままに砲を放って、ニセモノをグチャグチャにしました。

 

 ”指揮官、扉を閉じましょう”

 

 そう言った時の私の顔は冷たい表情だったでしょう。しかし、内心では絶頂に達しようかというほどに興奮していました。胸の奥底から溢れ出る、彼への愛を全身で感じていたんです。

 もう、癖になってしまっていますね。こうすることでしか彼への愛を感じることが出来なくなっていそうです。

 

 今日もまた名も知らぬ草を、花を、踏み付けることで彼への愛を感じます。

 形あるものが、無惨にその姿を醜く変えていきます。

 

 指揮官、これならどうですか?

 

 

 たくさんのモノを壊す私のことは好きですか?

 

 

 

 私の愛は、届いていますか…?

 

 

 

 

 ああ、愛されたい…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼から…愛されたい……

 

 

 

 

 

 

 




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