え!? アインズ様が来るの!? (よきき)
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第一話 召喚と転移

 Dive Massively Multiplayer Online Role Playing Game.

 略称〈DMMO-RPG〉。その名の通り、体感型大規模多人数オンラインロールプレイングゲームのことである。その中でも〈YGGDRASIL(ユグドラシル)〉という西暦2126年に発売されたそのタイトルは、日本国内において爆発的な人気を得た。その人気具合は、本タイトルが発売された当初、現実世界を犠牲にしてまでこのゲームに没頭するプレイヤーが相次いだと言われるほどである。

 

 だが、どんなモノにも終わりはある。

 発売されてから12年。ユグドラシルは終わりを迎えようとしていた______。

 

 

 ヘロヘロがログアウトしてから、モモンガは一人頭を抱えていた。

 どうして、「今日がサービス終了ですし、せっかくですから最後まで残っていきませんか」と言えなかったのか。

 理由などというものはすぐに思いつく。先ほどまで話していたヘロヘロは、誰がどう見ても働きすぎの過労状態であったし、今日だって無理矢理自分がメールで誘った手前、もっと居て欲しいなどと厚かましく言えるはずもなかった。

 それでも、それでもだ。

 最後の時くらい、誰かと過ごしたいと思ってしまうのは罪なのだろうか。

 いや、誰かと過ごしたいだなんていうのはモモンガの欺瞞でしかない。誰かと過ごしたいのであれば、今すぐに通話回線をオンにして、誰彼構わず話しかけに行けばいい。それこそ今すぐ墳墓から飛び出して、最後の祭りだと言わんばかりに花火を打ち上げているであろう連中と混ざれば済む話だ。

 だが、モモンガにその気はなかった。結局のところ、彼が一緒に最後を過ごしたいのは仲間たちであり、それ以上もそれ以下も不要でしかないのだから。

 モモンガはそんなどうしようもない陰鬱な感情をかき消すために、過去の栄光に縋るべく一本のスタッフを手に取ろうとする。

 ヘルメス神の杖をモチーフにしたアインズ・ウール・ゴウンのギルド武器。誰が見ても一級品であるそれこそ、アインズ・ウール・ゴウンの象徴するものに他ならない。

 サービス終了が近いにも関わらず、それを手に取るかどうか逡巡したモモンガだったが、どうせこれが最期なのだからと、それを掴み取る。仲間たちと最後を過ごせないのであれば、その仲間たちとの結晶を胸に抱いて過ごしたいと思ってしまったからだ。

 ともすれば、それに見合うだけの装備も纏いたくなるもの。コンソールを無感情に弄りながら、モモンガは自身が誇るギルド長として相応しい装備へと塗り替えていった。

 

「これで終わりか……」

 

 椅子に座り直し、誰からも返事のない呟きが円卓と呼ばれる部屋で溢れる。

 異形種プレイヤーで構成されていたギルド〈アインズ・ウール・ゴウン〉はモモンガの確かな居場所であり、1番の宝物だ。現実にはない空想で彩られた幻想の数々は今でも彼の脳裏で鮮明に焼き付いている。

 一日おしゃべりだけで潰れたことがあった。

 馬鹿話なんかで盛り上がったりもした。

 敵対ギルドの本拠地である城に奇襲をかけて、攻め落としたことがあった。

 世界級(ワールド)エネミーと言われる最強の隠しボスモンスターたちの手にかかり壊滅しかけたことがあった。

 NPCメイドを作るために、あれやこれやと熱く議論したこともある。

 どれも……、どれもこれも、本当に良い思い出ばかりだ。

 

 サーバーがあと十分もすれば落ちてしまう現状。このナザリック地下大墳墓も、そこに住むNPC達もただの過去の遺物である。

 アインズ・ウール・ゴウンの仲間たちを思い出しながらモモンガは一人視界を暗闇に落とした。

 暗闇の中、広がる光景はどれも美しいものばかり。彼ら彼女らとの会話や冒険はどれも自分には得難いものだった。

 また、あの時に戻れたらなんて無粋に考えるのは、心の弱さのせいなのか……。叶うはずもないのに、それに手を伸ばそうと思うのは間違いなのだろうか……。

 最後の時を、一刻、また一刻と噛み締めるように待つ。ヘロヘロを最後に、誰も来ないなんてこと分かっているが、それでもモモンガは、かつての仲間達に思いを馳せて待ち続けた。

 だが、もう時間だ___。

 時間というのはあまりにも無慈悲な存在である。待てど暮らせど訪れることのない出来事を、時間という概念は押し流してしまうのだから。

 結局誰も訪れなかった。仲間達も、最後にここを攻略しにくるパーティーすらも来なかった。だが、それでいいとモモンガは思う。最後の瞬間は静かに、ただ感慨深く終わらせてほしいのだから。

 あと数十秒もすればサーバーが落ち、モモンガは強制的にログアウトさせられる。どれだけ懇願しても、その事実だけは覆ることがない。

「どこかでお会いしましょう」。そう言われた事を思い返しながら、モモンガはスタッフを愛おしそうに抱きかかえ、内心で自嘲した。いったい、これから何時、何処で出会うというのだろうか。もう、自分たちが築き上げたナザリックは無くなってしまうというのに。

 仲間達との思い出も、このナザリック地下大墳墓の情景も、モモンガはこの先何度も思い出すだろう。

 サーバーが落ちれば見たくもない現実世界が待っている。

 本当はあんな場所に帰りたくない。ずっとここにいられるのならここにいたい。でも、ここにいるには辛いこともたくさんある。仲間達のことを思い出してしまうから。帰ってくるはずもない幻想に囚われてしまうから。

 相反する気持ちがモモンガの中で鬩ぎ合い、そして流れていった。

 

「ああ、そうだ……。もう疲れたんだ」

 

 ふと、そんな事をつぶやく。誰も反応する者などいない。

 

「帰ってこないと分かっている仲間達を待つのも、あの現実世界で生きるのも、俺は疲れたんだ……」

 

 眩しすぎるものに当てられたから、その輝きしか信じられなくなった。その輝きを求められずにはいられなくなった。

 誰もいなくなった空想も、元から何もない現実も、何もかもモモンガにとっては空っぽな存在だ。彼が欲しいのはそんな空虚なものじゃない。確かな温もりと、確かな実物。彼が本当に望むものはそんな中身の伴った本物なのだから。

 

(神様。どうか、どうか、一つだけ願いが叶うのなら俺は___、)

 

 

 

 

23:59:57、 58、 59

 

 

 

 

 

0:0:00

 

 

 

 

 その瞬間、ステータスや時計などの情報を含めた全てがブラックアウトし___、モモンガの意識が一瞬だけ吹き飛んだ。

 

 

「……ん?」

 

 刹那、何かが焼ける音がする。熱が伝わるような、そんな感覚が皮膚を通して全体に染み渡る。焦げ臭い匂いもモモンガにとって非常に不愉快だった。

 だが、おかしい。ゲームを始める前、熱を発するものをつけていた覚えは無い。ならばこの感覚の正体は一体何なんだ。もしかして、火事でも起きているのか?

 モモンガがそこまでの思考に至ると、すぐさま強制的に視覚が開けた。

 

「な、なんだこれは……」

 

 視界に飛び込んできた風景はどこかの街が焼けているというもの。パニックホラー映画なんかで出てきそうな情景である。先ほどまで自分が見ていた円卓の部屋では無い。

 もしかして、サーバーダウンの際に何かしらのバグが発生してしまったのか。

 無数の可能性が頭をよぎるが、どれも決定的なものには程遠い。最も考えられる要因としては、サーバダウンの延期とそれに伴う転移バグあたりであろう。それならそれで、GMが何かを発表している可能性がありそうだ。

 そこまで考えると、ふつふつと怒りが込み上げてくる。「なんだってこんな日にこんなバグを発生させているんだ。ユグドラシルの最後の日くらい静かに感傷に浸らせろ、糞運営」などと、どうしようもない雑言が頭の中を駆け巡る。

 しかし、そんな八つ当たりも誰一人として共感してくれる人はいない。サービス終了時、最後の最後までひとりぼっちだったモモンガは、それを悲しくも受け止めた。

 とりあえず、モモンガが憂鬱な感情を払拭させるように通話回線をオンにしようとした瞬間___、後ろから声が掛けられる。

 

 

 

___あれ、え、えーと、貴方がサーヴァントなのかな?

 

 

 

 聞き覚えのない声。

 モモンガは咄嗟に後ろを振り向くと、そこには活発そうな茶髪の女の子が、困ったような表情を浮かべながらそこに立っていた。

 

「え、えーと、言葉わかります?」

 

 恐る恐ると言った様子で茶髪の女の子が問いかけてくる。が、そんな事を言われても、どう考えても同じ国のサーバーなのだから言語は変わらないはずだった。

 見たところ、彼女は人間種らしいが、もしかして同じようなバグに見舞われた被害者なのだろうか。

 焦燥と困惑を微かに感じながら———人間種の輩は異形種であるモモンガをPKする可能性がある———とりあえず目の前の女の子にモモンガは優しく返す。

 

「大丈夫です。分かりますよ」

「あっ、日本語は喋れるんですね、良かったー。いや、サーヴァントってそんなもんなのかな、マシュ?」

 

 茶髪の女の子が隣で目を見開かせている少女———どう見ても普通の格好じゃない鎧の姿———に声をかける。しかし、鎧の彼女はどうやら放心気味らしく、口と目を開けたまま茶髪の女の子の問いかけに答えはしなかった。

 その姿を見て、モモンガは多少の共感を寄せる。確かにこのようなバグに放り込まれでもしたら、言葉を失ってしまうに違いない。もし自分が目の前にいる少女アバターたちに声をかけられていなかったら、苛つきのあまりその場で地団駄を踏んでいるか、目と口を開けて放心状態となっていただろう。他人に情けないところを見られずに済んだとホッとするモモンガは、そこであることに気がついた。

 

「なんだ、その表情は……」

 

 表情。そう、鎧の少女が浮かべている表情である。これはDMMO-RPGの常識からして考えられないことである。

 外装の表情というものは基本的に固定され動かないようにできている。何故なのかという詳しい理由は知らない。きっと、処理容量の問題で、そういう風にゲームが設計されているのだ。でなければ感情(エモーション)アイコンが作られることなんてないのだから。

 ならば目の前で表情豊かに動いている二人のアバターはなんだ? まるで生きているみたいではないか。

 モモンガは頭蓋骨の部分に、骨の手を当てて考え込むように唸る。まるで答えが出てこない。道具なしで初見の迷宮に挑んだ時の気分だ。

 

「……すみません。これは何というゲームですか?」

 

 かろうじて浮かんだ、新作ゲームが始まったという可能性。

 その僅かな希望に縋るようにモモンガは茶髪の少女へと問いかける。

 

「ゲームという意味が分からないですけど……」

 

 しかし、茶髪の少女は質問の意味がわからなかったのか、頭の上にクエスチョンマークを浮かべ、こいつ何言っているんだという表情を浮かべた。

 それによりモモンガの頭の中がさらにかき乱される。

 ゲームがわからないというのはどいう意味か。彼女はゲーム自体を知らないのか、それとも質問の意図が分からないのか。この答えによってかなり意味合いが変わってくるからだ。

 モモンガはとにかく目の前の少女達を一旦放置し、コンソールを開こうとする。兎にも角にも、まず確認するべきことはGMから何かしらの発表がされていないかどうかである。GMからの連絡が来てればよし、さっさとGMコールしてログアウトさせてもらおう。これ以上、最後の時を冒涜してほしくはないのだから。

 ___だが、モモンガの期待に反しコンソールは浮かび上がらなかった。

 ならばと、強制アクセスやチャット機能、はたまたG Mコールも使おうとする。だが、どれも一切反応するどころか、できる感触すら無い。まるで元からそのような機能が存在していないかのように全てが空回り。拒否されているという感触すら起らない。手応えが、全く感じないのである。

 おかしい、まるでここが現実世界かのように歯応えがない。

 モモンガは手を忙しなく動かしたが、それに呼応してメニューが表示される事はなかった。

 まさか、仮想現実(ユグドラシル)が現実になったとでも言うのだろうか。それこそ笑い草だ。とんだB級映画である。

 どうすればいい。どうすればこの現状を打開できる。既にショートしてしまっているであろう思考回路をフルに働かせながらモモンガは考える。思考を放棄してしまうのが恐ろしいとはまさにこの事だった。

 

「えーと……、とりあえず自己紹介も含めて情報交換しません?」

 

 ___瞬間、塵芥を払うかのごとくモモンガはサッと手を払うように茶髪の少女を突き飛ばそうとする。

 死を運ぶその手が、無遠慮に少女の眼前に突き出され___、そして止められた。

 

(俺は今……、何をしようとした?)

 

 モモンガは咄嗟に止めた骨の手を眺めながらそんなことを思案する。

 言えることがあるとすれば、あと少し、ほんの少し自分を諌めるのが遅ければ、確実に目の前の少女へと攻撃していたということだ。

 何故そんなことをしそうになったのか、そんなことモモンガが分かるわけがない。現状打破に多大なリソースを割いていた分、まともな反応ができなかっただけなのかもしれない。もしかしたら、呑気に自己紹介などという少女に苛立ちを覚えたのかもしれない。

 数多くの原因に脳が埋め尽くされるが、どれも依然としてしっくりくる理由は無かった。ただひたすらに、目の前の少女に対し興味が、関心が、感情が向くことが無いのである。

 

「えーと、どうかしました?」

 

 茶髪の少女は怪訝そうな目でモモンガを見る。ひたすら純粋に、穢れのない瞳でモモンガを映す。

 それがどこか落ち着かなくて、ついモモンガはその赤く揺らめく炎のような目をずいっとずらしてしまった。

 

「い、いや、なんでもないです」

 

 茶髪の少女はそんなモモンガの様子を気にも止めないのか、「そうですか」とだけ返す。それに対しモモンガも、深く追及されなかったことに安堵し、密かにため息をついた。

 けれど彼は気が付かない。

 もしあのまま攻撃していたら、最悪PvPに発展し、折角の貴重な情報源が無くなってしまいた可能性がある。

 そんな人間とは思えない、どこまでも悍ましいその利己的な思考回路の真意を、モモンガはいまだに悟れずにいた。

 

「じゃ、私から。私の名前は藤丸立香。カルデアでマスターをしています! こっちの鎧の姿をしているのがマシュ・キリエライト。私と一応契約しているサーヴァントであり、可愛い後輩です!」

 

 雲行きの怪しい三人組を取り仕切るように、藤丸と名乗る少女は快活にそう自己紹介を述べる。

 そして、それに続くようにモモンガへわかりやすく、時には冗談を交えてこの場の現状について彼女は説明を始めるのであった。

 

 

###

 

 

「……なんじゃ、そりゃ?」

 

 一瞬、素に戻ったモモンガだったがすぐさま咳き込むことで誤魔化す。もし人間の体をしていたら脂汗がどばっと流れていたところだろう。

 立香も立香で、自分の話がどれだけ荒唐無稽なものか分かっているのか、あはははと乾いた笑みを浮かべている。彼女曰く、カルデアに配属されて1日目らしい。最早それはただの新人社員である。

 

「まあ、と言う感じなんですよね」

 

 一通りの解説は終わりだと言わんばかりに、立香は背筋を伸した。その隣で座っていたマシュも「お疲れ様です、先輩」と言ってかすかに微笑む。

 モモンガが最初に聞いた話は人理継続保障機関フィニス・カルデアについてであった。その答えは聞いたこともない単語のオンパレード。意味不明な専門用語と世界観の見本市であった。モモンガが今思い返してみても、よく投げ出さずに全て聞けたなと呆れてしまう程ぶっ飛んでいる。

 当初、ユグドラシルの世界が現実になったのかなと思っていたが、これはまるで斜め上の回答だった。

〈人類史〉まではまだ分かる、その後に続くように現れた〈地球環境モデル「カルデアス」〉や〈近未来観測レンズ「シバ」〉に、タイムマシーンのような〈レイシフト〉と呼ばれる技術はさっぱり分からない。営業相手と話を合わせるために、興味関心の無い趣味について聞かされた時より酷い状況だった。

 グルグルと視界が回り、崩れそうになる体をなんとか踏ん張って維持する。まるで知らない世界に来てしまった、それだけだとまだ単純なのだが、ここからさらに話が拗れる。

 次に聞いたのは、現在の年代と常識についてだ。ここが未来の話、または全く意味の分からないファンタジーな世界だと思ったため質問した。

 しかし結果は、なんと過去の現実であるらしかった。

 決め手としては、彼女らが生きている年代と自分が生きている年代が違うことにある。

 モモンガの中身———鈴木悟———が生きていた時代は西暦2138年。対して彼女らが生きている西暦は2015年。しかも藤丸立香という少女は、鈴木悟と同じ日本という場所の出身らしく、また、モモンガが知っている歴史や国名がわんさか出てきた。

 もうここまでくると限界だ。流石に思考がもう追いつけない。整理しようにも、知らないことと知っていることが入り混じり過ぎて大変なことになっている。モモンガの隣に、誰か優秀な頭脳の持ち主がいたならば、その者に現状の把握を一任してしまうくらいには彼の許容を超えていた。

 とりあえず、目先の問題だけでも片付けようとモモンガは、思考放棄寸前の頭脳を酷使しながら問題を並べる。

 一つ、ここは過去の現実。レイシフトやらカルデアスやら訳の分からない近未来的技術を使っているし、魔術とかいうファンタジーも併せ持っているが、ここは現実である。

 二つ、現在人類史は大変な危機に直面している。2016年の人類滅亡が証明され、その原因と思わしき特異点と呼ばれる場所において、調査ないしは原因の解決を図っている。

 そして一番重要な問題である三つ目、サーヴァントという駒としてモモンガが呼ばれたと言うこと。

 彼女らが言うにはサーヴァントを召喚してみたら、モモンガが召喚サークルから現れたと言う。何を言っているかわからないと思うが、モモンガ自身も何を言っているのか分からない。

 サーヴァントというのは世界に認められた偉人の魂、つまり英霊のことだ。なら、何故未来人のモモンガ———まして、ゲームのアバターの状態で、普通なら鈴木悟としてではないのか———が呼び出されたのかと思ったが、マシュ曰く英霊がいる場所には時間の概念がないらしい。さらに、世界の情報として英霊の座に記録されるため、それが現実に存在していなかった架空の人物、概念でも、信仰や伝承で後世に深く人類史に名を刻めば英霊となれるそうだ。つまり、未来も過去も架空も実在も関係ないってこと。

 つまり、それは___

 

「いや、意味が分からない」

 

 モモンガはそこまで考えてそうぼやいた。今まで考えていたこと全てを放り投げるように。

 要点だけをまとめてみたものの、目下の問題があまりにも現実離れを起こし過ぎている。突然、ゲームが現実の世界になりましたと言われた方がまだ分かった。これではまるで、他のゲームにコンバートした状態で、さらにそのゲームが現実になったかのようなものだ。逆に言うと、そうとしか考えられない。

 目の前にいる少女達はどうしようもないほどに精錬な作りで、どうしようもなく現実味がある。目の輝きも、髪の艶やかさも、動作一つとってもプログラムなんかで表現できそうにない。今ここでPvPを行えば、どちらかは確実に死んでしまうことなど一目瞭然だった。

 さて、ここからどうしたものかとモモンガは首を捻らせる。

 この少女達と共に行動すれば元の世界に帰れるのだろうか……。召喚する方法があると言うことは、逆に元に戻る方法があるということにも繋がる。そのサーヴァント召喚とやらを紐解けば、あるいは自身の指に嵌め込まれている指輪を使えばなんとか帰還できるかもしれない。

 だが、そこである感情も芽生える。

 あの現実世界に帰って今更なんになるというのか。

 友達も家族もなく、会社に行き、仕事をして帰って眠るだけの毎日。自分は元の世界に戻るよう努力すべきなのだろうか、と。

 

「これが私たちの経緯なんですが。大丈夫ですか? えーと……」

 

 立香から最後の言葉が出ることはなかった。どうやらモモンガをどのように名乗ればいいのか分からないらしい。

 そう言えば、とモモンガが記憶を振り返れば、確かに自身がいまだに名乗っていないことを思い出す。

 

(名前……。名前か……)

 

 モモンガはそう言われて考える。ここは自分のいた世界ではない。ならば、鈴木悟という名前はやめておくべきだろう。日本人とバレるのも厄介だし、人間の名前で何か不利益が発生するかもしれない。

 ならば、モモンガか?  いいや、それもなんだか違う気がする。モモンガはアインズ・ウール・ゴウンのギルド長の名前。ギルド仲間でもない人たちにその名で呼ばれても、どうもしっくりくる気がしなかった。

 ならば、なんて名乗るべきなのか。

 今もモモンガの中にある大切なもの。名前とは己を象徴する鏡のようで、そう成りたいという願望そのもの。

 ならば、それは___

 

「……アインズ。俺の名前はアインズ・ウール・ゴウンだよ」

 

 その名は、かつて仲間達と築き上げた確かな思い出であり、彼の一番大切な宝物の名前だった。



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第二話 純粋な心

「アインズ・ウールゴウンさん?」

 

 アインズが自己紹介をすると、立香は非常に言いにくそうに復唱した。確かに、人の名前としてはへんてこすぎたのかもしれない。どれがミドルネームなのか、どこからがラストネームなのかとか分からないのだろう。初対面だから、ラストネームで呼ぼうとしてくれているのに、アインズは何だか申し訳ない気分した。

 

「ゴホン! とりあえず、アインズと呼んでいただいて構いませんよ」

「分かりました! アインズさんですね」

「ええ」

 

 そうやって元気溌剌に笑う立香はどこか眩しかった。

 モモンガの世界で現実にこういった笑顔を浮かべる人が少なかったから、見慣れていないせいかもしれない。彼女が浮かべた表情はなぜだかモモンガの瞳に鮮明に映り込む。

 

「えーと、アインズさんはこれからどうしますか?」

 

 立香のその問いかけに対し、モモンガも今後の身の振り方についてはどうしたものか悩んでいる。

 というのも、先ほどからこれ以上あれやこれやと考えるのが億劫になってきつつあるのだ。大量になだれ込んできた情報を処理するのに手一杯で、今後のことまで考える気が起きない。

 ここがよく分かっていない過去の世界なのだとしたら、アインズはきっとここで何かするために呼ばれたのかもしれない。しかし、それと相反するようにアインズの中でその使命感に従事しようと言う律儀な感情はほんの少しも湧き上がらなかった。

 

「……少し考えさせてください。ここがどう言った所なのか見極めたいですし」

「そう、ですよね。まあ、勝手に召喚させてしまったのは私ですし、何だか申し訳ないです……」

 

 そう言って立香は頭を下げる。

 アインズは、なぜ謝られているのか分からないが、とりあえずその謝罪は受けておくことにした。

 

「気にしないでください。とりあえず、このレイシフト先、でしたっけ? にいるのは藤丸さんとマシュさんだけなんですか?」

「いいえ。後はオルガマリー所長っていう私の上司と、現地であった〈キャスター〉のサーヴァントが一緒に同行してますよ」

 

 その言葉にアインズは記憶を掘り返す。

 確か、〈キャスター〉というのは魔術が得意なサーヴァントのことを指す単語だった。直接的な戦闘能力は低いものの、陣地作成や道具作成といったトリッキーな戦いができるのが特徴らしい。過去の魔女や、賢者などがこれらのクラス適性を持っている。

 ちなみに、アインズのクラスもキャスターであると予想していたが、立香に聞いてみたところ「ステータスが見えない」らしく、現段階では不明であった。

 

「ふむ。キャスターか……」

 

 アインズはキャスターのサーヴァントに興味を覚え、下顎を摩りながら、しばし少考する。

 この世界でいう魔術とはユグドラシルの魔法とはかなり毛色が違うらしく、どれもこれも稚拙なものが多い。例えば、現在立香が着ている魔術礼装なんかは、ユグドラシルでいう序盤の装備と何ら遜色がない性能をしている。

 そんな魔術とやらに特化したサーヴァントの力というのは一体どれほどのものなのか。見たことのない魔法を使うのであれば、アインズの冒険魂が擽られる。できればこの目で見てみたい。そんな子供のような野心を抱き、アインズはサッと骨の人差し指を立てた。

 

「藤丸さん、とりあえずそのキャスターに会わせていただくことはできませんか?」

「立香でいいですよ。あと敬語も堅苦しいのは苦手なのでやめてください」

 

 あどけない笑顔を浮かべながら、さらっと距離を詰めてくる立香。

 アインズはその光景に一瞬冷やりとし、後ろに退きそうになるも、すぐに平常を取り戻す。今まで彼女のいたことのなかった彼からすれば、急激な女性の接近は心臓に悪かった。もうすでに心臓はないけれど。

 

「わ、分かった。立香、これでいいか?」

 

 アインズがうまく回っていない呂律でそう確認をとると、立香は「はい!」と嬉しそうに微笑んだ。

 しかし、それが何とも言えない気持ちにさせる。これだけ好印象を持てる女の子と触れ合っているにも関わらず、アインズの心は相変わらず平坦なままだ。目の前の人間を、まるで戯れてくる子犬程度の好感度しか抱けない。

 もしかして、これはアンデッド化した副作用か何かだろうか。人間を対等な存在として認識できなくなっている。または、人間種に対して死の支配者は悪感情を抱いていたりするのか。

 アインズがいくら頭を悩ませたところで、これに関しての答えは出なさそうになかった。

 だってそれもそうだろう。これはまさしく前代未聞の出来事。答えを導き出すには、あまりにも足りないことが多すぎる。

 

「……とりあえず、キャスターさんや立香の上司に顔を合わせに行こう。俺もこの街を見て廻りたい」 

 

 アインズは一旦、己の身に起きている現象に蓋をする。

 今考えるべきことは自分の変化ではなく、この世界でどのように生きていくかだ。

 結局死んでしまえば、アンデッドも人間も関係ないのだから。

 

「それじゃ私が案内しますねー。ついて来て下さい」

 

 アインズは立香に言われるがまま彼女の後ろ姿について歩く。火の海の中をかき分けるように、一歩一歩踏みしだく。

 一般的に見れば、地獄のような街並み。巨大なビルは倒壊し、ガラスは熱で溶け、地面はめくれている。人の体でこの場所を歩けば、熱くて仕方ないだろうに、目の前で歩く少女の足取りは、ここが燃えている街中と思わせない程、軽やかで力強いものだった。

 

 

 

###

 

 

 

 昔の学校とはこういうものだったのかと思わせるほど、それはリアルな作りだった。アインズがいた世界ではもう見ることのできない黒板や、機械が嵌め込まれていない机など、どこか趣を感じずにはいられ無い。

 特段、歴史とかに強い興味がある方ではないアインズからしてもそう思うのだ。歴史家たちからすれば、ここは発狂するくらいに貴重な風景に違いない。それを見ることができているってだけでも、アインズの心は妙な優越感に浸れていた。

 立香から聞いた話によるとどうもこの校舎は高校らしい。まだこの時代の日本では高校に通うのは至極当たり前のことらしく、大半の子供たちが勉学に励んでいるそうだ。

 立香もそうだったらしく、見たこともない校舎なのにどこか懐かしそうに学校について説明してくれた。

 

「立香も学校に通っていたのか?」

 

 アインズは何となしにそんなことを聞く。これだけ丁寧に説明してくれた人物が、学校に行っていないわけがないのに。

 

「そうですよ。勉強は特に得意とかではなかったですけど、それなりに勉強してましたね!」

 

 恥ずかしそうにそう告げる立香を見ながら、アインズはどこかそれを羨ましく思った。

 小卒なだけでも死んだ両親に感謝しなければ罰が当たるのは知っている。が、それでもアインズは考えなかった事がなかったわけではない。

 ギルドメンバーに大学教授をしている人がいて、その人から学校生活について聞いた事があるが、その時の話は今でもアインズの心に燻っている。「リア充の屯する場所ですが、ゴミの掃き溜めですね」なんて言っていたメンバーもいるが、正直アインズからすれば羨ましかったりするのだ。それだけ、その話には夢と希望が溢れていた。

 まあ、高校に通える人は裕福そうなので、夢と希望が詰まっているのは当たり前なのかもしれ無いけど。貧困層が高校に行っても夢も希望もないのかもしれ無い。

 でも、そうだとしても行ってはみたかったとアインズは思う。

 

「学校は楽しいものか?」

「え? あー、人によるとは思いますけど。私はすごく楽しいところだと思いますよ」

 

 太陽のような、そんな形容詞が似合うほどの笑顔で立香は笑顔を振り舞いた。

 これが平和な世界で生きていた人間の顔。

 アインズからすれば、それは目を細めたくなるような眩いものだ。

 

「あ、つきましたね。この扉の奥にいると思うので」

 

 立香はそういうと屋上に出るための扉を開ける。

 さて、このさきにどう言った人物が待っているのだろうか、できれば温厚そうな人だといいな。あまり見ず知らずの世界で厄介ごとには巻き込まれたくない。いざとなったら、営業で培われた自分の交渉術をフルに活かすとしよう。

 そんな風に話の算段を頭で構築しながら、アインズは一歩、屋上へと歩み出した。

 

「やっと戻って来たわね、藤丸。サーヴァントはきちんと召喚でき……て……」

 

 扉を開けるとそこにいたのは一人の銀髪の女性だった。こちらも立香やマシュに負けず劣らずの端正な顔つきをしている。初めて生で見る美人外国人にアインズは感心するものの、それも彼女の反応ですぐに鳴りを潜めた。

 その女性はアインズを見るなり絶句していた。鯉のように、綺麗に口をパクパクとさせる姿は、言っては悪いが滑稽である。

 寸刻、彼女が思考放棄しながら後ずさると、ようやく口が回るようになったのか、先ほどの冷徹な態度と違いヒステリックな叫び声をあげた。

 

「ひ、ひぃぃぃ!? エ、エネミーよ! そいつエネミーじゃない! なに考えてるのこんなところにまで連れて来て! ドクターロマンもエネミー反応に報告しなかったの!? マシュ 、早くそいつをやっつけて頂戴!」

 

(……エェー、めっちゃヒステリックな女じゃん)

 

 アインズは今にも攻撃してきそうな女上司を見つめながら呆れ果てる。

 元会社員として断言できる事があるのだが、上司がヒステリックな場合、ほぼ八割の確率でその組織は壊滅する。というより、社会人として病的な行動を取る連中はモンスター社員としか言いようがない。

 

(第一、俺の顔を見るなり敵扱いはどうなんだ。一体どこをどう見たらそう見えるんだよ。召喚して来たサーヴァントに見え無いんですか? そうですか)

 

「人の評価はおおよそ第一印象で決まる」。そんな昔の人が唱えた理論を思い出すアインズは、ここで自分からは何も言わない方がいいだろうと考え、黙することにした。

 ここはカルデアという組織が話し合うべきであり、いまだ部外者なアインズが何を言っても変わらない。

 それは召喚した張本人が良く分かっているのか、いまだ煩わしい女上司に向かって異議を唱えてくれる。

 

「落ち着いて下さい所長!アインズさんは敵じゃないですよ。私が召喚したサーヴァントです!」

「なにを言っているの、貴方! アンデッドが敵じゃないわけがないでしょ!?」

 

 そこまで言われて、そう言えばとアインズは致命的なミスを悟る。

 現在己の姿は死の支配者というアバターの姿である。ユグドラシルでは対して珍しくない骸骨の———異形種の———姿。

 この世界で、死の支配者やスケルトンがどのような立ち位置にいるか分からないが、人間の仲間というものじゃないのだけは分かる。どんな世界線に行こうが、生者と死者の残骸が仲睦まじいなんてことあり得なさそうだ。

 そう言った事実を踏まえると、成る程。所長と呼ばれた女性がとった言動も一概に悪いとは言え無いわけだった。

 あまりにも初対面の立香が普通すぎて、アインズは己の外見に違和感を覚えていなかった。というよりは、この世界の魔術師観点では異形種の姿は見慣れているものだとばかり思っていた。だがどうやら、魔術観点からしてもアインズの姿は奇妙で、恐れるものらしい。

 立香の対応が異常なだけであって、所長の対応が一般なのである。

 だが、アインズはそこで一つの事に気がつく。

 

 自分が召喚された際、立香とマシュのどちらもいたはず。ならばマシュは自分のことをどう思っているのだろうか、と。

 

 ふと視線を前にいる鎧の少女に向けてみると、彼女は戸惑った様子であたふたしていた。ここに来るまでの道中だって、一言もアインズと話していない。口を開く時は、立香の質問に答えるか、立香の説明に補足するかであった。無口な女なのだろうと、最初アインズは思っていたが、どうやら自分のことを警戒していたことに今更気が付く。

 召喚主である立香がアインズに対してフレンドリーだから、敵として扱う事ができず、かと言って、味方とするには信用に足るアンデットなのか分から無い。

 こんな初歩的な人の感情すら分からなくなっていた己にアインズは嫌気が差す。

 

「とりあえず、落ち着いて下さい所長! ことの経緯を説明しますから!」

「説明なんて要らないわよ! 早く、マシュそのアンデッドを倒してよ!」

 

 どちらも譲らない口撃の応酬。

 この状況をどうしたものか、と思案しながらもアインズはただそれらを眺めることしかできなかった。

 できることなら、第三者がこの終わりの見えない口論を止めてほしいのだが、マシュにそれを期待できそうにもない。彼女も彼女で、立場というものがあるのだろう。サーヴァントとしてマスターの肩を持つか、カルデアの者として所長の意見に賛同するのか。

 それ以外の選択肢として中立の立場を持とうにも、彼女自身が所長派に傾いている。

 この現状、立香が折れればアインズにとって、周りは全員敵となる。

 

『なんだ? 騒ぎごとか?』

 

 切羽詰まった状況の中で、その呑気な声は聞こえた。

 その言葉が聞こえたと同時、何も無かったはずの空間から光の粒子とともに現れた一人の男性。

 青い髪に、獰猛さを秘めた朱色の瞳。フード付きの短いケープを身に纏い、手に持っている杖のせいかどこか知的な人物に見える。

 あれがサーヴァント〈キャスター〉。消去法的にも、杖を持っているところからも状況証拠、物的証拠共が出揃っている。

 それに、さっき何も無い空間から現れたエフェクト。アインズに見覚えが無かったそれは、確実にユグドラシルには存在しない魔法が発動されたことと同義であった。

 そのためアインズは、未知の力を持つキャスターに対しぐっと警戒心を抱く。

 

「キャスター、いいところに来たわ! 貴方、何とかしてちょうだい」

 

 キャスターが現れたことに顔に喜色を浮かべる女上司は、勢いそのままアインズへの攻撃を嘆願した。

 思慮の足りない言動だ。

 アインズは思わず出来もしない舌打ちをしそうになる。女上司がしたことは、均衡の取れていた中に爆薬を放り込んだようなもの。アインズとの決定的なわだかまりを作り、仲良くするという道を一方的に断じた。

 それはつまるところ開戦の狼煙を意味する。

 

「なるほど、少し状況が見えたぜ。アンタ何者だ? 太古の幽霊(エンシェントゴースト)にしては気色が違うように見えるが」

 

 聞いたことのない種族名。ユグドラシルにはまず存在していなかった異形種。つまりエンシェントゴーストというのは、この世界特有のエネミーであり、アインズが持つ知識の範囲外の怪物である。

 アインズは好奇心半分、相手から情報を抜き取るという利己的な判断半分でキャスターに質問を投じる。

 

「そのエンシェントゴーストというのはどういうものですか?」

 

 まさか、それに対して質問されると思っていなかったのだろう。キャスターは素っ頓狂な表情を浮かべた。

 

「その名の通り、昔っからいるゴーストが何の因果か生き残り続けた個体のことだ。俺は戦ったことなんてねえし、まず見たこともないけどな。魔術の世界ではそう言うらしい。あんたの身なりからして、ゴーストの最上位種と思ったんだが」

「じゃあ、エンシェントゴーストが最上位種なんですね」

「そこまで詳しくは知らねーよ。てか、なんで俺がこんな質問答えなきゃいけねーんだ」

 

 キャスターは吐き捨てるように言うと、後ろに佇む女上司を睨んだ。

 彼女もそんな事を聞かれて困っているのか、手を振ってあたふたとしているがアインズには関係ない。

 分かっていた事だが、この世界の強さの指標が分からない現状、アインズは少しでも情報は欲しかった。

 

「とりあえず、テメーが敵ってことで良いんだよな?」

「どうせ、何を言っても信じてくれないでしょ」

 

 男から「暴れたい」、そういう感情がひしひしと伝わってくる。

 アインズとしては面倒なことをしたくないのだが、ここまで来て話し合いで解決できると楽観視もしていない。相手からすれば、立香たちを操っているかもしれないアンデッドだ。仲間として、上司として、アインズを倒したいというのは間違ったものじゃないのだろう。

 アインズはギルド武器をキャスターに向けながら、内心スイッチを入れる。

 戦いというのは気力で負ければ勝負が簡単についてしまうものだと、かつての仲間から聞いた。どんな戦いでも、相手に勝つつもりで挑まなければそこに大勝は無いのだと。

 ならば、ここは勝つつもりで戦わなければいけない。この世界での死は、現実の世界で言う死に相違ないはずだ。自分が死ねばどんな風になるのか、なんて考えたから負けるのは、アインズとしても不恰好だと言わざるを得ないのだから。

 だが、その心構えが功を奏した。

 戦闘するために意識を研ぎ澄ませたせいか、いつの間にやらアインズの脳は先ほどまでど素人だった魔法について悟る。ユグドラシルの時、作業のように行っていたそれらを、まるで自身が手足を動かすような感覚で再現できると確信を持つ。

 モモンガはうっすらと笑った。

 分かる、分かるのだ。

 効果範囲がどの程度か、発動したら次の魔法発動までどれだけの時間を必要するのかを完璧に把握できた。もし、ユグドラシルのように魔法が使えなければ、アインズはキャスターに無謀な物理戦で挑むつもりだった。それをしないで済むことに安心感を感じるとともに、己の内から湧き出る力に高揚感が沸る。

 キャスターはそのアインズの微妙な変化を読み取ったのか、槍を扱うかのような巧みな杖捌きを見せた後、アインズに向かって杖を突きつける。額には脂汗を滲ませ、目の前にたたずむ骸骨の姿を一瞬も見逃さないように目を見開いた。

 それは彼の生存本能か、それとも闘争本能か。

 そんなもの、この際どちらでも構わない。この場において重要なことは、目の前にいる未知数な敵を”葬り去る”ことだけなのだから。

 

 アインズはいざという時に逃走できるよう、自分が得意とする分野の心臓掌握(グラブス・ハート)を使おうとする。この魔法は相手の心臓を握り潰し即死させる魔法だ。

 だが、これを使うには一つ懸念点がある。それは、サーヴァントの特性と死霊系魔法の相性についてである。

 サーヴァントは立香やマシュ曰く、既に死んだ人間が魔力で形成された体を象っている存在らしい。死霊系魔法は非生物になると効果が薄くなるが、サーヴァントはどちらに判定されるのだろうか。

 まあ、それを踏まえても心臓掌握は最適と言わざるを得なかった。もし抵抗された場合でも朦朧状態になるという追加効果を持つからだ。

 とりあえず即死させられなかった場合は、飛行(フライ)でも使って逃げるつもりでいた。未知数な戦闘力を持つ相手には、逃避と次の戦闘の準備期間を用意しておく必要があるからだ。

 そこまでの念入りな戦闘手順を画策したアインズは、骨の手を握るように、ゆっくりとその指を折ろうとした。

 

 瞬間、アインズの前に躍り出る一つの影。

 まるでアインズを庇い立てるように、キャスターとの間に割って入る少女。

 

 立香だ___

 

 立香が両手を精一杯に広げてアインズの巨体を隠すよう、その小さな体を動かしたのだ。

 

「キャスター、アインズさんは敵じゃないよ。絶対に攻撃はしないで」

 

 その行動は誰が見ても目を見張るものだった。

 確かに合図も宣言も何もないが、今まさにキャスターとアインズは戦闘に移行しようとしていたはずだ。いや、少なくともこの両者は相手を葬り去るために行動を始めようとしていた。

 なのに立香は、それに巻き込まれることを億劫とも思わず、アインズの目の前に飛び出した。

 蛮勇というべきか、無謀と嘲るべきなのか。

 こんな明らかにエネミーの格好をしているアインズなど早々に見捨てれば良いのに。立香は最初から最後までアインズを疑うこともせず、あろうことか自分の仲間や上司を敵に回してまで庇ったのだ。

 今思えば、骸骨の姿をしているものに名前を聞き、平然と道案内までして、微笑みかけたのは異常である。鈴木悟の時でさえ、これほどまでに純粋無垢な人間と触れ合ったことは無かった。

 藤丸立香という人間の異常性。

 アインズはそれを垣間見た気がして、体から力が抜ける。強張っていた体が弛緩し、緊張の糸が途切れた。

 だってそうだろう?

 彼女のその狂気とも言える純粋さが、アインズの狂気とも言える傲慢な孤独と絶妙にマッチするのだから。

 

「ぷっ、あははははははははははは!!!」

 

 圧倒的力はない、圧倒的カリスマもない、圧倒的正義があるわけでもない。

 それでも何故か、そう何でなのか彼女を見ているとアインズは和んでしまう。

 

(ああ、そうだ……、こんな感じだったんだな。懐かしいよ、全く。)

 

 久しぶりに大声をあげて笑った気がした。いつも作業のような日常を送っていたのに、初めて光が見えた気がした。

 こんなに笑ったのはいつ以来だろうかとアインズは考える。

 何年も昔から笑っていなかったような気がする。それは死の支配者というアバターに心が引っ張られているからだろうか。それとも、鈴木悟という人間が悠久の時、笑っていなかったせいなのか。

 仲間たちが去るたびに、暗い気持ちが身を蝕んだ過去。狩場と宝物殿、そして現実を行き交ううちに、鈴木悟の心は闇へと落ちていった。

 

 答えてくれる者はいない。目の前には、まん丸と大きな瞳を転がし、心配そうな表情を浮かべる立香だけだ。

 

(……ありがとう、立香)

 

 照れ臭くて、本人には直接言えないが、今だけは心の中で感謝を告げよう。

 いつか、直接言えるその日までこの感謝の気持ちはとっておこう。

 子犬程度にしか愛着の湧かなかった彼女に、初めてアインズは対等な存在として愛着を抱けるようになった。それはアンデッドとなった初めての感覚。初めての感情。

 ならば、何かお礼をしなければいけない。

 アインズは笑い声を抑えて、立香へと言葉を放つ。

 

「立香、俺のことはアインズでいい。敬称も敬語もいらない」

 

 人が良くて、損得勘定抜きで誰でも信じしてまう彼女。

 

「俺は君の力に成ろうと思う___」

 

 それがこの世界に来た意味なのだと信じて。

 

 誰に聞こえるでも無い声でそう呟く。もしかしたら、呟いている気になっただけで本当は声すら出てい無いかもしれ無い。

 それでも、何かが吐き出せるような気がした。何か心の中に燻っていたものが消えるような気がした。

 だからアインズは戦える。今なら目の前にいる何者かと戦える。サーヴァントと呼ばれるものの強さは分から無い。準備なしのPvPに自信があるわけでもない。

 でも、戦える気がした。

 

「どいてくれ立香。言葉で分かってもらえないなら、力付くで説得するまでだ」

「わかりました、今回は納得してもらうためですから……」

 

 立香はアインズの言葉に渋々と言った様子で退く。

「全く、どこまで良いやつなんだ」と、アインズは苦笑した。

 

「ほう、よくいったゴースト! 名があるかは知らんが、お前さんの名を聞かせてもらおうか」

 

 戦闘が始まることをいち早く察知したキャスターは負けじと吠える。

 アインズはチラリと立香の方に目をやり、ゴーストと呼ばれることに若干腹が立った。

 

 なんで、そんな弱いモンスターと一緒にするんだ、と。

 

 どうせなら、もっと強そうなモンスターで呼称してほしい。それこそ魔王などで呼んでもらえたら、それ相応に格好いいのではないだろうかと思う。

 そこまで考えてアインズ———痛い元人間———はあることを閃く。

 そうだ、どうせならユグドラシルの時みたいにロールプレイをしよう、と。それが今後、彼の悩みの種になるとは誰も思いはしないのだが、それはまた別のお話。

 

「……”私”の名前はアインズ。アインズ・ウール・ゴウン。貴様を倒す者だよ」

 

 アインズの言葉に不敵に笑って見せるキャスター。どうやら、彼のお眼鏡にかなう返答ではあったらしい。

 であるならば、さっさと初めてしまおう。

 この世界にきて初めての狂者の戦いを___。

 

 キャスターはアインズから何か嫌なものを感じ取ったのか、すぐさま駆けようとする。己の脚力を十全に活かし、人体が出せるはずのない速度の領域を出そうとする。

 それはまるで風のよう。ビル間を吹き抜ける突風とも言えるそれは___、繰り出されることは無かった。

 

「そうか、時間対策は必須なんだがな」

 

 世界が止まる。

 比喩ではない、完全に世界が止まった。揺らめく炎も、隣で見守る女の鼓動も、相対する男のスタートダッシュも、全てが有無を言わさず停止している。魔法即効無詠唱時間停止の発動によって……。

 時間停止はその凶悪な性質上、ユグドラシルではレベル70以上のものであれば誰もが対策をしている。

 キャスターがこの魔法になんら対応もしていないということは、この世界に時間停止という魔法が存在しないのか、それとも対策できるだけの力がキャスターにはないのかの二択になる。

 アインズは知らないが、正直な話、この世界における時間停止できる者というのは、それすなわち世界の理を停止させている者と同義である。固有結界やら、空想具現化やらとは訳が違うし、そもそも次元が違う。そんなことができるのであれば、今頃根源に囚われているだろう。

 しかし、それだけの事をやってのけている本人は、世界の事情なんて歯牙にも掛けない思いであった。

 

「〈魔法遅延・爆撃地雷(ディレイマジック エクスプロードマイン)〉」

 

 時間停止が解けたと同時に発動するタイミングで魔法を仕掛ける。時間停止中のダメージは全て0になってしまうため、このようにタイミングをずらさなければならない。

 実際、時間停止とのコンボはユグドラシルでも基本的なコンボだが、タイミングを取るのが非常に難しいため、全魔法職の中でも使いこなせるのは5パーセントくらいだろうか。

 当然のことだが、呆れるほどの訓練時間を費やしたアインズは、コンボミスを起こしたりしない。

 

「……ユグドラシルで言うレベル70未満であれば、これくらいで十分だろ」

 

 魔法が解け、世界に時間が戻ってくる。

 そして何よりも最初に魔法が効果を発揮した。

 

 地面が爆ぜる。

 

「っ!!!?」

 

 声にもならない驚嘆が爆音とともに轟き、キャスターの体が後方へと吹き飛ぶ。周りからすれば、突然彼の足元が爆発し、キャスターが吹き飛ばされたようにしか見えない。

 アインズはそんな周りの反応なんて気にすることもなく、指先に力を込めて放つ。

 

「〈火球(ファイアーボール)〉」

 

 その火球は、まるで死を体現するようにキャスターへと迫り、そのまま着弾した。

 

 身悶えるような熱さ。キャスターの服は所々焼け落ち、顔や腕など露出されていた部分には大量の火傷と煤が貼り付いている。あまりの熱さに、冷や汗すら流せそうにないキャスターは忌々しげに、アインズを睨んだ。

 そんな中、最初に声をあげたのは女上司である。

 

「う、そ……。一小節で出していいレベルじゃないでしょ……」

 

 唖然とする彼女を他所に、アインズは続け様に持っていたスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを振るう。アイテムを使う際も、どうやら意識をその物に集中させれば問題なく使えるようだった。

 モモンガが選んだのはスタッフにはめ込まれた宝石の一つ。

 神器級(ゴッズ)アーティファクト「月の宝玉」に宿っている力の一つ。

 ___〈月光の狼の召喚(サモン・ムーン・ウルフ)

 魔法の発動に合わせ、空中から滲み出るように姿を現したのは、ほのかな銀色を放つ三匹の狼。ユグドラシル時代と同じようなエフェクトで召喚できたため、モモンガは安心してそいつらに命令を下す。

 

「今、吹き飛んでいった青い男に攻撃しろ」

『ワオオオオオオン!!!』

 

 遠吠えと同時、三匹の狼は主人の言われたことを忠実にこなすようにキャスターへとひた走る。

 けれど、それを見てアインズは衝撃を受けた。だって、自分の主人を守らずに一匹残らず行ってしまうとは思いもよらなかったからだ。

 

(言われたことに忠実すぎるっていうのも、考えものだな……)

 

 会社時代の無能な部下を思い出しながら、アインズは思わずため息を漏らした。

 とりあえず、召喚系魔法は実験の余地ありだ。

 

 さて、そんな主人の思惑を裏切ることとなった三匹の狼は、絶賛ダメージを負っているキャスターに追い討ちをかける。一匹は真正面から飛びかかり、二匹目は脛を齧りに、三匹目は脇腹を噛みちぎろうとした。

 そんな獰猛な獣を払い除けるように、大きな火傷を負ったキャスターは華麗な杖捌きで三匹の頭を殴り飛ばす。1、2、3とリズミカルなそれは、どう見ても後衛職の動きではない。まるで歴戦の前衛職を彷彿とさせた。

 アインズはそれを見ながら、「自分に足りないものは技術だな」と一人ごちる。この世界の魔法詠唱者はみんな、あれくらいの動きができなければいけないのだろうと勘違いを加速させながら。

 

「にしても、こんなもんまで呼ぶとは、テメーッ! まともにやりあう気がねぇのか!!」

 

 上下左右に動き回りながら、キャスターは叫ぶ。

 月光の狼はレベルこそ20と少ないものの、移動速度は異様に早いのが特徴的だ。あんな風に油断をしていると、キャスターが食いちぎられる時も早いだろう。

 アインズはある程度、キャスターの強さを吟味しながら悠々自適に近付いていく。

 本来、魔術詠唱者は剣技などで争ったりしないのだが、男として少しばかり殴り合いの喧嘩というものに興味を抱いた。だからアインズは、月光の狼を下がらせる。どうせなら、キャスターの挑発行為に乗ってやろうと思えたからだ。

 

「そこまで言うなら殴り合いといこう。なに、簡単には殺さないから、安心して掛かってこい」

 

 揺らめく真紅の光。

 頭蓋骨の表情は確かに笑って見えた。

 

「はっ! いいねぇ。そういうの嫌いじゃねえ!」

 

 キャスターは爛れた足でアインズの懐に飛び込む。まさに疾風という言葉が似合うだろう速度。

 しかし、アインズからしたそれは所詮疾風でしかなかった。

 アインズは驚きも少ないまま、下腹部に侵入してきたキャスターを掴もうとする。が、キャスターはその手を身を捩らせて回避し、あろうことかその反動を利用してアインズの膝部分を杖で強打した。

 

「攻撃方法が杜撰だぜ! アインズ!!」

 

 そのまま相手に張り付いたままキャスターは姿勢を整え、アインズが蹴りを入れようとした瞬間に後ろへ飛んで距離を取る。

 

「成程。身を屈めたことで、身長の大きい私が攻撃しにくいように誘導したのか」

 

 アインズはキャスターが披露する近接戦のコツを噛み締めながら呟く。

 

「冷静に分析たぁ、随分と余裕じゃねえか」

「まあ、余裕だからな」

「っ、ほざけ!!」

 

 キャスターはアインズの拳が届かない距離から、杖を振り下ろそうとする。それを見たアインズは半歩横に移動し、加えてキャスターへ接近した。

 接近されたことで満足に杖が振れなくなったキャスター。短い舌打ちを繰り出し、巧みなフットワークでアインズの死角へと逃げると、そのまま空中に文字を描き炎の玉をいくつも飛ばす。

 

「魔術は使い所ってな!」

 

 意気揚々と語るキャスターは、そのまま骸骨が焼かれる姿を想像し感情を昂らせる。

 お返しにと言わんばかりに放たれた総数2桁の火炎弾は、それだけ彼に自信を与えていた。

 けれど、その期待は無惨にも消え失せる。

 

「ほう。連弾数は中々だな」

 

 炎がアインズの顔面に直撃した瞬間、それらの雨は一瞬でかき消えた。まるで最初から放たれていないかのような事象。魔法の雨を、アインズは最初から全く気にしないように立ち振る舞い続けている。

 

(はっ、こりゃマジでやべーな……)

 

 誰に聞かれるわけでもなくキャスターが内心で吐露した。それは彼の本音。きっと、宝具を発動しなければ目の前にいる化け物に、傷一つ追わせられないだろうという自負。

 試してなどいない。試そうとも思わない。それくらいの確信がキャスターの胸中に渦巻いている。

 アインズはそんなキャスターを訝しげに見つめながら、再度接近戦のための構えを取る。とことん彼は、殴り合いで決着をつけようとしているらしい。

 それをキャスターは唾を飲んで答える。ここで断るという選択肢は戦士としてありえない。

 アインズはいまだに戦闘技術は低いままである。戦士の動きに対応するには、まだまだ時間がかかるだろう。技巧派の戦い方を続ければ、手加減しているアインズ相手に死ぬことは無い。

 キャスターもそれを本能で察知できているのか、腰を深く沈め、低姿勢で杖を構えると、そのまま死の体現者へと突進した。

 

 

 

###

 

 

 

 十数分にものぼる戦闘ないし、魔法実験を終えたとき、キャスターは立っていなかった。別に死んだというわけではない。立香のいる手前、アインズは仲間のキャスターを殺すわけにもいかないし、死なない程度でできそうな実験を行った。

 その結果、戦闘の疲れと負傷でその場に横たわっているのは仕方がないと言えるだろう。決して魔法実験が楽し過ぎて、キャスターの「参った! 参ったからもうやめろ!」が聞こえなかったわけじゃない。……本当だとも。

 

「そんな……、キャスターがここまでこんな一方的に……」

 

 女上司は愕然とした様子でそれらを見守り続けていた。

 まあ、骸骨の姿をした敵が信頼を寄せていたサーヴァントをタコ殴りにしたのだ。嫌でも精神的にダメージが入っただろう。そこのところはアインズも少しだけ悪いと思っているが、謝ろうとまでは思わなかった。

 

 ひとまず、目の前にいるキャスターの強さを把握することはできた。

 ユグドラシルで言えば、せいぜいレベル30くらいだと言えるだろう。

 サーヴァントには宝具というものがあり、人によってはそれが一発逆転の切り札にもなるため慢心はできないが、とりあえず戦闘力の評価としては間違っていないはずだ。

 これがこの世界でいう最高戦力であり、人智の結晶というのであればもうたかが知れた。魔法詠唱者としての実力を大体は把握することができた。この男が最高レベルのキャスターであるというのを断定するわけにもいか無いが、先ほどの女上司の反応を見る限り雑魚レベルというわけでもないのだろう。せいぜい中堅レベルがこの程度なら、上のレベルも大体の想像がつく。

 この世界でのパワーバランスを一人のサーヴァントでわかった気になるのは浅慮かもしれないが、とりあえずの指標として今後役立て行こうと、アインズは考えた。

 

 アインズは身につけている装飾の音を立てながら、ゆったりと倒れ伏しているキャスターに近づいた。アインズが近づくと、キャスターは「ひっ」と小さく悲鳴を上げるが、そんなものは聞かなかったことにする。時としてスルースキルは必須だ。

 アインズはアイテムボックスを開いて———実験によりアイテムボックスの使用について理解できた———、自分にとっては必要のない下級治療薬を渡した。

 

「回復させてやろう、飲め」

「そ、それって血!?」

 

 アインズが出したポーションの色を不気味に思ったのか、女上司は酷くびくついた顔をしながらそれを凝視していた。

 対して、横たわっているキャスターはなんの心配もしていないのか、反論するのも煩わしいのか、さっさとそれを受け取って口に流し込んでしまう。見ていて、気持ちの良い飲みっぷりだ。

 すると、瞬く間に全身の傷が治っていく。まあ、治っていない場所もあるのだが、サーヴァントであればそのうち魔力で回復するだろう。

 

「あんがとよ、アインズの旦那!」

 

 傷がある程度治った事で元気が出たのか、体を飛び起こさせるキャスター。そして、そのままアインズの肩へと手を置いた。

 

「うぉ! くぅ……!!」

 

 アインズはそれを見て、馬鹿だなと思う。

 アインズは種族スキルとして負の接触(ネガディブ・タッチ)を取得している。接触した相手に負のエネルギーを送るというものだ。それを解除していなかった為、無粋に触れてきたキャスターは折角回復した体に、再度鞭を入れたのだ。

 とりあえず、一人漫才しているキャスターは置いておくとして、アインズはマシュへ目配せを交わす。マシュはその意図を汲み取り、途中、屋上から避難していた立香が帰ってきた。厳密には、途中からただ蹂躙になったので、女上司がマシュを使って立香を校舎の中へと押し込んだだけなのだが。立香はそのことに対してひどくご立腹らしく、少女らしく頬を膨らませ拗ねていた。

 

「アインズ、無事で良かった」

「ああ。……ついでに何故かこのキャスターには好かれたけど」

 

 アインズは旦那呼びされたことを頭で思い起こしながらそういう。

 

「まあ、剣を交えればそいつの為人は大体わかるからな。戦士とはそういうもんだ」

 

 ひどく明るくそう告げるキャスターに本気で頭痛がしそうになった。

 さっきまで一応は蹂躙していた相手なのに、なぜそこまでフレンドリーにできるのか。

 

「キャ、キャスターまでそのアンデッドを仲間として認めるの?」

 

 女上司はまだ納得がいかないのか抗議の声を上げる。

 アインズがやったことは、立香が保持する最大戦力をただ蹂躙して力を見せつけたに過ぎない。ある意味脅迫と一緒のことをやってのけたわけだ。

 正直、さっきまでその悲劇を体現していたアインズとしては、女上司の方が反応的に正しい気がした。それでも、もうここまできたのだから、つべこべ言うなとは思うが。

 

「所長。信じてください。アインズは悪い”人”じゃありません。本当に悪い人なら私たちはとっくに殺されています」

 

 自分をまだ「人」だという立香に、アインズはほとほと呆れながら感謝する。

 きっと、この少女に会わなければ、アインズは本当の意味で死の支配者となっていただろう。人の心を動かすのは、いつだって人の温かさなのかもしれない。

 

「まっ、今回に限って言えばマスターの言う通りだ。それに、旦那が敵だったとしても誰がこいつを倒せるんだよ。俺や盾の嬢ちゃんは無理だぜ?」

「はい。クー・フーリンさんの言う通り私ではなんの役にも立てないかと」

 

 目を伏せながらそういったマシュや、苦笑いを浮かべているキャスターを見て、女上司もどこか諦めがついたのか、立香の言葉を信じることにしたらしい。

 女上司は大きなため息を吐いて、こめかみを押さえながら立香に提案する。

 

「令呪は? 令呪はちゃんと作用するの? サーヴァントとして召喚したのでしょう?」

 

 令呪というのは、サーヴァントがこの世に現界するため交換条件として与えられる制約みたいなもの。意思の強いサーヴァントや、腕のないマスターが命令すればそれを打ち破ったりすることもあるらしい。

 アインズはその情報を思い出し、自分にはどのような効力が発揮されるのだろうかと思いながら、少し興味を持つ。スキルで魔法を無効化するのか、それともバッドステータスとして無効化するのか、それともサーヴァントとしての制約がそれらを超越するのか。冒険心が唆られる。

 

「多分使えると思います。試してはいませんけど」

「じゃあ、早く試しなさい。令呪が作用するなら文句は言いません」

 

 どちらもが納得いく妥協点を打ち出す。彼女の言葉は上司として当たり前だった。と言うより、逆にちゃんとしているとさえ思える。上に立つものとして、きちんと下の者へ配慮しているのだ。ただのヒステリックな女性と思っていたが、アインズは少しだけは評価を変えることにした。

 

「良い? アインズ」

「それでそっちが満足するんなら、俺としては問題ないよ」

「アインズがそう言うなら」

 

 立香は俺の言葉を聞いてやむを得ずといった形で令呪を使用する。

 令呪を発動するときのエフェクトなのか、彼女の手の甲に刻まれている紋章が赤く綺麗に輝き始めた。

 

「令呪を持って命じる。アインズ、私たちへの攻撃を禁じる!」

 

 瞬間、立香の紋章が砕け散る。

 代わりに、アインズの中で何かが作用___することは無かった。そう何も無かった。無効化されたわけでもなければ、何かしらの効能が働いているわけでもない。

 立香もそれを感じているのか、不思議そうに小首を捻っている。

 

「で、令呪は発動したの?」

「えーと、それが……」

「発動はしてないですね……」

 

 その言葉に女上司は顔面が蒼白になる。

 

「み、認められないわ! じゃあ、無理よ! 無理無理無理無理無理ィ!」

「え、所長さっきは文句を言わないって」

「それは令呪が効いたらよ! 話聞いてた!?」

 

 女上司はそのまま膝を抱えるようにその場で塞ぎ込む。彼女の現在の心情を表すとすれば、まさに「絶望」だろう。アインズがスキルを発動するまでもなく、彼女はバッドステータスの恐怖を付加されている。

 しかし、このままでは話が進まなくていけない。アインズは何か案はないか四苦八苦して、あることを思いつく。

 

「なら、仕方ない……。認めていただけないようなので立香以外の者を殺すとしましょう」

「ひっ!?」

 

 そう、認めてもらえないのなら、それ以上に最悪な選択肢を用意する。

 これはサラリーマン時代でもよく使った手だ。買って欲しい商品と、それより粗悪な商品を持っていくことにより、不思議と買う買わないの二択ではなく、どっちを買うかの二択にさせる。相手からすれば良い方を選んだと思い買わせられるし、こっち側からすれば望み通りのものを買ってもらったと喜べる。

 女上司もその二択を迫られては、認めざるを得ないと言うもの。どんな人間でも、自分に危機が迫れば安全策を取らずにはいられないのだから。

 

「わ、わかった……、分かりました!」

 

 女上司は悲鳴にも似た声をあげる。

 アインズはそれを聞いて小さく息を吐いた。

 しかし、話はそれだけではないと女上司がアインズの前へと踊りでる。

 

「ですが、アインズ・ウール・ゴウン。あなたに言っておきます。もし貴方がこの子たちに危害を加えたら、どんな手段を使ってでも、私はあなたを始末しますので……」

 

 その瞳に嘘は感じられなかった。

 この女上司は仮にアインズが立香やマシュに害を与えたら、持てる全てで彼を殺しに行くだろう。アインズを倒す事がどれだけ困難なのか、キャスターとの戦闘で分かっているはずなのに、絶対に敵わない存在だと気づいているくせに、それでもオルガマリーはアインズに対してそう宣言した。

 アインズはそれを少しだけ羨ましく思いながら、オルガマリーに笑みを浮かべる。

 

「分かった。覚えておこう」

「はい、そうしてください」

 

 オルガマリーはそれだけを言うと屋上を後にする。

 出て行った後、扉の奥から「めっちゃ怖いじゃないの!?」という愚痴が聞こえなかったら、かっこいいままだったのに。やはり、どこか彼女は残念である。

 

「それじゃ俺も少しこれからについて考えたいから、出発するときに呼んで」

 

 アインズはそう言って、オルガマリーが出て行った場所から校舎の中へと戻ろうとする。

 考えることはこの世界での立ち振る舞いや、これから自分がどう動くかについて。今のところ立香と協力はしているが、まだ自分より強い者がいるかもしれないという懸念は捨てたりしない。

 もしかしたら、自身より強いユグドラシルのプレイヤーが来ているかもしれないのだ。楽観視ほど愚かな行為はなかった。

 プレイヤーがいるのであれば、その人たちに協力しよう。パワー的にもそちらの方が上だろうし、何より現実世界に帰りたいなら返してやるのが、同郷の馴染みというものだ。

 ただ、1番の問題はこの世界に元からいる自分より強い存在。いずれそんな連中とも戦わなければいけない時が来るかも知れない。

 そんな時、立香を守りながら戦えるのかアインズには自信が無かった。何分、誰かを守る戦いなどしたことなかった身である。

 結局、アインズにとってこの世界は未だ不確定要素が多すぎる。

 立香のためにも、彼は下手に死ぬわけにはいかなかった。

 

 アインズがそんなことを考えていると、職員室と思われるところに着く。そこには散乱した書類や、何者かに破壊されたデスクが置かれていた。そしてある机には一枚の写真が貼られている。

 赤髪の男の子。

 メガネをかけた男の子。

 茶髪の女の子に、紫がかった色の綺麗な女の子。

 そして、この机の持ち主だと思われる若い女教師。

 桜の木の下で、みんながみんな良い表情をして映っている。本当に幸せな世界だったのだろう。

 今は自分の世界に負けず劣らずの荒廃した情景だが、この特異点と呼ばれるものを解決したら、元通りの平和な街に戻るらしい。その時、このくすみがかった硝煙のような色の空も、綺麗で眩い青空へと変貌するのだろうか。

 いつの日か、自然を愛してやまないギルドメンバーが言っていたことを思い出してみる。

 燦々と輝く太陽。

 青いペンキをぶちまけたキャンパスのような青空。

 白く穏やかに流れる雲。

 想像するだけで幻想的な空に、アインズは少し彼の言っていた青空をこの目で見たくなっていた。

 

 

 

###

 

 

 

「マシュ、お前はアインズについてどう思う?」

 

 アインズとそれを追うように出て行った立香がいない屋上で、クー・フーリンはそう問いかける。

 マシュはそれに苦悶したような表情を浮かべると、首を横に振った。

 

「分かりません。ただ、私に力を貸していただいている英霊は、あまりよろしく思っていないそうで。ずっと心の奥がざわざわしています」

 

 それを聞いたクー・フーリンはその場に腰掛けながら鉛色の空を見上げた。

 

「ま、だろうな。あれはサーヴァントなら誰しも感じるってもんだ」

「感じるとは、何をですか?」

 

 マシュはなんとなく感じている、その言葉に出来無いものを欲してクー・フーリンに問う。

 

「あれは間違いなく人類にとって害だ。完全にあっち側の存在。剣を交えれば大体の為人はわかるって言ったな? あれは嘘じゃねー。分かったさ、あいつの為人も」

 

 クー・フーリンは気に食わないような顔をしながら、憎らしげに愚痴る。

 そう彼は感じてしまっていた。戦闘の間、アインズの心に触れてしまっていた。いや、心に触れるという表現は良くない。アインズの心は鈴木悟という一人の願望しかないのだから、それに関してクー・フーリンは気づいていなかった。

 ならば、彼は一体何に触れたのか?

 それは至極当たり前、戦闘から誰もが感じ取れたもの。

 それは死の支配者としての本質である。

 

 人の死に執着も躊躇いもなく、目的のためなら手段を厭わない。

 

 そうアインズは危険な異形種なのだ。どこまで行っても利己的な存在、気まぐれ程度にしか利他的行動を起こさない。クー・フーリンはそれを知ってなお、仲間にすることに一役買っていた。それは、ひとえに彼を御するのが無理だからと考えた結果である。

 この旅、これからどこまで続くか分からないが、立香やマシュ、それからオルガマリーの旅に、きっとあのアインズという存在は害になってしまうだろう。

 所詮は異形種。人類とうまくいくわけがないのだから。

 

「嬢ちゃん。気をつけな。マスターを守るのはお前の役目なんだからよ」

 

 そう言ってクー・フーリンは立ち上がると、マシュのお尻を叩いて屋上から姿を消す。

 マシュは陰鬱そうな表情をしながらも、その忠告を何度も自分の頭の中で復唱した。




裏設定

クー・フーリンはユグドラシルで言うレベル30程度。
ランサーであればもっと上。
これに関する参考は我らがクレマンティーヌを元にしている。
サーヴァントは基本性能こそ低いが、宝具によってはそのサーヴァントのレベルなんて関係ありません。
そのため、ギルガメッシュの「天地乖離す開闢の星」やカルナの「日輪よ、死に随え」などはアインズに一矢報いる可能性があります。


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第三話 真なる蘇生

 それは偶然だったのかもしれない。

 普通は感知できないはずの魔力の本流。この世界のものとは思えない異質な何かが暴れている。それを認知できたのは、一重に彼がずば抜けて優秀だったからとしか言いようがない。

 手元にある肉塊を見つめながら、彼は考える。

 泥と狂気に塗れてしまった脳みそで思考する。

 大体のことは上手く考えられないが、何故かこの肉塊のことになると頭が非常に冴え渡る。

 となれば、彼のやることはひとつしかない。本当にそんなことが可能なのかは分からないが、それでも賭けるだけの価値があるに違いない。

 この世界のものからの逸脱者。または、漂流者とでも言うべきものであろうか。そんなものに縋る自分を情けなく思いながらも、これは天からの祝福なのかとも自嘲する。

 神などと言うものは信用ならないが、助けてくれるのであれば誰でも構わない。この際、それが魔王だったって、この世全ての悪だったって、彼は躊躇しないだろう。

 それだけ彼は肉塊が大事なのである。

 それだけ彼は肉塊が愛おしいのである。

 そうと決まればさっさと向かおう。脚力を十全に活かし男はその場を飛び跳ねる。

 

 向かうは先は絶望か、それとも希望なのか___

 

 鉛色の巨人は大きく吼えた。

 

 

 

###

 

 

 

 高校から出発して少し経った。

 立香は訝しげに腕に装着された機械に声を掛けている。どうやら、本部との通信が全く行えないらしい。オルガマリーもそれを不安がっているのか、親指の爪を噛みながら何やら呪詛めいた言葉を呟いていた。マシュとキャスターはそんな二人をよそ目に敵が来ないか索敵しており、アインズはアイテムボックスの中身を整理していた。

 さて、そんな異色のパーティーであるが、現在の雰囲気は和やかとギクシャクの中間地点くらいである。

 いまだにアインズを怖がっているオルガマリーは彼に近づくことを拒んでキャスターの後ろに張り付いている。どうせ、アインズが殺そうとすれば、誰が盾役になろうと関係がないのに。

 そんな時、立香はとうとう通信を諦めたのか、そんな蟠りとも言えない中途半端な空気に一石投じた。

 

「そう言えば、ここのセイバーってどんなサーヴァントなの?」

 

〈セイバー〉。

 聖杯戦争において最優のサーヴァントと言われるクラス。高い対魔力を保有しており、ランクによっては現代の魔術師では傷を負わせることはほぼ不可能な存在。それに加えて、バランスの良いステータスに、魔力、幸運を除いた身体能力系の値が軒並み水準以上の傾向がある。このクラスに選ばれる基準も剣または剣技にまつわる武勲を持っていることであり、そのため真っ向勝負であればかなり手強い相手だと言える。

 アインズは頭の中でそんな情報を思い返しながらも、立香に問われたキャスターを見やった。

 

「ああ。どんな奴って言われたら無口な奴だな。案山子みてーに突っ立ってら」

 

 どうもキャスターは直接会ったことがあるらしく、口角を歪ませてそう告げる。因縁深い相手とでも言うのだろうか。

 

「真名は分かるの?」オルガマリーがそう問う。

 

「まあ、すぐ分かることだしな」キャスターはそう言って空中に文字を書くように指を滑らせた。「あいつの真名はかの有名なアーサー王だ」

 

 そう言われた瞬間、マシュとオルガマリーの顔が歪む。立香はそんな二人と違い、「へえー」とだけ言って天を仰いだ。

 

「会ってみたいかも!」

「嫌でもこれから会うことになるわよ! なんでそんな軽いの!?」

 

 立香のその剽軽な態度に、オルガマリーは上司として諌める。

 まあ、アーサー王物語は100年以上先を生きているアインズでも知っている超有名な人物だ。それが目の前で降臨されると言うのだから、正直、立香の反応もオルガマリーの反応も理解できる。どちらかと言えばアインズも立香と同じ心情ではあった。

 

「ブリテンに君臨した騎士王。それが持つ聖剣はこの世で最も有名な剣と言っても過言ではありません」

 

 マシュが不安そうに盾を見ながらそう解説した。

 アーサー王の聖剣、その名もエクスカリバー。

 確かに、アーサー王伝説に詳しくないアインズでさえそんなことくらいなら知っている。地方という視点ではなく、世界という視点で見た時、かの王の聖剣はまさに絶対的知名度を誇るだろう。

 

「でも、アーサー王って良い人なんじゃない? ほら、だって騎士の王様だし」

「それがそうでもねーんだよ、嬢ちゃん」

「そうなの?」

 

 立香の疑問を払拭させるためにキャスターは苦言を呈した。

 

「あれは最早、清廉潔白な騎士王様じゃねえ。まあ、したいことは分かるんだが、俺としちゃぁアイツのしようとしてるのは性に合わなくってな。今アイツは騎士王の中に眠る暴君だった頃のそれだ。民や国のためなら、強硬手段も厭わないってやつ?」

「えー、それって怖い王様ってこと?」

「まあ、簡単に言うとそういうことだな」

 

 それだけ言って、キャスターは大きく飛び跳ねた。着地するのは辺りで一番高い電柱のようなもの。会話に集中しすぎて敵が来ていないかを確認するために行ったのだろう。やはり、その道のプロは気構えというか、地味なところを着実とこなしていける人物というか、とにかく抜け目が無い。

 アインズもスキルや魔法などを使いながら索敵しつつ、立香たちの会話にも耳を傾け続ける。

 

「そっかー、じゃあ話し合いは無理なのかなぁ」

 

 立香が腕を組んでそうぼやくと、キャスターという盾を失ったオルガマリーがサッと肩に掛かっていた髪を払う。

 

「無理よ、無理、そんなもの。最初から期待するだけ無駄だわ。そんなものが通じる相手なら、最初からこんな悲劇にはなっていないでしょ。人が一人もいないなんて、どんな風にすれば実現できるのよ……。魔術とかの類じゃないわよ、これ」

 

 そう言って周りを見れば、飛び込んでくるのは火、火、火、火、火。

 どこもかしくも建物は倒壊し、永久に燃え続けている炎だけが、ゆらゆらと佇んでいる。一体、どこからそれだけの燃料が溢れてくるのか。まさに現実離れした現象。嫌な意味でファンタジーもいいところである。立香もそれは分かっているのか、火の海を眺めて少しばかり唇を噛む。

 残念ながら、感情がアンデッドに引っ張られつつあるアインズは、現在の惨劇を対岸の火事としてしか認識できないが。

 そんな事をアインズが思っていると、索敵していたキャスターが降ってくる。華麗に地面に着地してみせた彼は、そのまま服に着いた土煙を払うなり、サッと杖を振るった。

 

「見たところ、このまま大聖杯のあるところまで突っ切れそうだぜ。どういう訳か、スケルトンも竜牙兵もいねぇ」

 

 キャスターが杖で指し示した方角を半眼で見るオルガマリー。その後、何かを決心したのか両手をぱんっと打ち鳴らした。

 

「なら、さっさと行きましょ。理由は分からないけど、それを理由に動かないのは愚かですから」

 

 オルガマリーはそう号令すると、一人でスタスタと歩いて行ってしまう。マシュはそれを追うように走り、キャスターは深い笑みを浮かべて倒壊した建物の屋上へと飛び移った。

 アインズはそんな様子を見ながら、呆れたように一人呟く。

 

「ほんと、落ち着けば頼りになる人っぽいなー」

「落ち着けばねー」

 

 返事が来るとは思っていなかったが、どうやら立香の耳に入っていたらしい。アインズが立香の方を見れば、彼女はくすりと笑う。

 

「立香も大変だな」

「うーん……。からかい甲斐があって、とても面白いとは思うけど」

「それは部下が上司に持つ印象としてどうなんだ?」

「いいの、いいの。私はそういう所長が好きだから。上下関係としては間違えてるかもだけど、人間関係としては間違ってないと思うし」

 

 そんな風に言うと、立香は表情を緩めた。

 どうやら彼女はどんな人間とでも上手くやれるタイプの人間のらしい。上下関係とか、組織内の体裁だとか、そんなしがらみなんて全部どけて、彼女はその個人に対し興味を抱くのだろう。それはある意味、非常識とも言える価値観であり、だが、その価値観にしか築けない人間関係というものはある。

 彼女は悪人だろうと、善人だろうと、怪物だろうと、その個人に対し興味関心を抱くのだから。そこには一般的社会通念も、常識的善悪も介入しない。藤丸立香だけが持ち合わせる「フラット」な絶対領域だ。

 

「立香は強いな」

 

 アインズは立香をそう評価する。

 彼女のその価値観こそ、きっと誰も持てないであろう武器なのだから。

 

「そーかなー? 私、なんの訓練も受けてないからマスターとしては下の下だと思うな。令呪も無駄使いしたし」

「いや、令呪に関しては、その、なんだ、すまなかった……」

 

 正直、令呪が砕けた時点では何らかの形で令呪は発動したのだろう。

 それに対し、アインズ側でなんら反応を見せなかったのはやはりアンデッド基本特殊能力である〈精神作用無効〉が働いているからではないかと思われる。最初はスキルが発動した場合、そのスキル発動も感知できると思っていたが、もし仮にそれが感知できなかった場合は全て納得がいく。

 立香が発動したものは「アインズが自分たちへの攻撃を禁ずる」というものであった。令呪の詳しい原理は知らないが、きっとそれは精神的に制約をかける命令だったのだろう。と、考えればそれは精神作用の一種であるそれは、〈精神作用無効〉で打ち消される可能性がある。

 これがもし、転移などの精神状態に関連しないものであるならば、アインズにも、もしかしたら効果があるのかもしれない。

 結局のところ、これらは全てが憶測でしかない。サーヴァントや令呪という訳の分からないものを一瞬で理解するほど、アインズの頭は天才ではないのだ。もしかしたら、そんなもの関係なしに令呪は作用していないかもしれないし、そもそも立香の言った通りマスターが未熟なせいで発動しなかったのかもしれない。

 予想は無限大。考えれば考えるほど沼に陥る。

 それゆえにアインズは一旦、それらの思考を放棄する事にした。

 

「まあ、令呪やサーヴァント契約についてはまた今度考えるとしよう」

「そうだね。私もマシュや所長に教えてもらっただけだから、詳しくは分からないし」

 

 そうやって立香とアインズが歩いていると、先頭のオルガマリーから「きびきび歩きなさい!」と叱責が飛んでくる。ああいう風にメリハリをつけさせることは社会人として大切なことだ。そう言った点では、オルガマリーもそろそろこの異様な空気に慣れてきたのかもしれない。

 アインズは長年社会人として働いてきた経験でマウントを取りつつ、オルガマリーの言う通り少しスピードを早めた。

 だがその時だ___

 

「おい、盾の嬢ちゃん! アインズの旦那ァ! 気をつけろッ! なんか来るぞ!」

 

 キャスターが脂汗を滲ませながら叫び声を木霊させる。屋上から退散するように血相変えて飛び退き、追加と言わんばかりに火炎弾を何処かへと放っていた。

 それを見たマシュはオルガマリーを、アインズは立香を背に追いやり、キャスターからの警鐘に注意する。何が現れようとも最悪カルデアの生命線は守り抜く陣形。咄嗟の判断にしては、マシュもアインズも最良の動きであろう。

 

 次の瞬間、大きな巨体が粉塵を巻き上げながら空中に現れる。

 

 なに、あれ……。

 誰が呟いたのか分からない疑問文が響く。その巨人を見た全員が、その疑問文に同調した。

 なんだあれは。

 心の底からそう問いたくなるような化け物。アインズのような骸骨の異形種とかではない。ただただ堅牢そうで、ただただ圧巻的な見た目をしている。

 そんな暴力と破壊を体現したような肉体にアインズを含め、全員が息を呑んだ。

 

「なんでテメーがでしゃばって来やがった、バーサーカーッ!!!」

 

 キャスターは悲痛にも似た声で巨体を罵る。

〈バーサーカー〉。

 通常のサーヴァントと違い、恒常スキルとして狂化(バーサーク)を付与したクラス。通常は弱いサーヴァントをバーサーカーにして強化すると聞く。

 そんな情報を思い出しながら、アインズは骨の指を巨体のそれに翳した。

 どんな相手であろうと奇襲されたからには向かい打つしかない。奇襲のアドバンテージを活かされたら厄介なことこの上ないのだから、好き勝手される前に相手を屠る。それが最善の行動である。

 

「〈魔法最強化(マキシマイズマジック)龍雷(ドラゴン・ライトニング)〉」

 

 近くにいるキャスターに当たらないよう、アインズは魔法を発動する。

 指先から肩口に掛けてまでの白い電光。まるで龍の如く迸るそれは、1秒にも満たない速さでバーサーカーの巨躯を撃ち抜いた。

 感電を起こすバーサーカー。四肢は痺れ、獣のような咆哮が全員の耳を劈く。ぷしゅーと鉛色の筋肉から白い煙を上げれば、まるで電気椅子で処刑された獄囚のようにぐったりとその場に落下した。

 

「やったか?」

 

 アインズが険しい顔でそう言う。

 ある意味お決まりとも言えるそのセリフは、キャスターにとって非常に嬉しくないことであった。

 

「まだだ! そいつは宝具で命のストックが11個もあるんだよ!!」

「はあ!? 何それ、そんなの人間じゃないわよ!」

 

 オルガマリーの言葉に激しく同意したくなったアインズは咄嗟に盾モンスターを召喚する事にした。

 ___中位アンデッド作成 死の騎士(デス・ナイト)

 アインズの持つ特殊能力(スキル)の一つ。様々なアンデッドモンスターを生み出す能力だが、死の騎士はその中で壁として愛用してきたアンデッドモンスターだ。

 トータルのレベルは35と弱く、攻撃能力よりも防御能力に特化したアンデッドモンスターと言えるだろう。普通であればこんな雑魚モンスターをアインズは重宝しないのだが、この死の騎士には非常に強力な特殊能力が二つある。

 まず一つ目が、敵モンスターの攻撃を完全に引き付けてくれるというもの。もう一つが、一回だけどんな攻撃でもHPを1だけ残して耐え切るというものだ。

 今回はその盾役として非常に有能な部分を期待し、召喚する。

 特殊能力を使用すれば、空中に黒い靄のような物が出現し、そこから死の騎士が出現する。これはユグドラシルには無かったエフェクトだ。月光の狼とは、また違うらしい。

 

「オオオオオァァァァァァァァァァ!!」

 

 獣のような雄叫びが上がる。それに呼応して、オルガマリーは小さく悲鳴を漏らした。

 普通の人間からすれば圧倒的な力を持つ怪物が突如出現したのだから無理もない。

 体の4分の3は覆うほどのタワーシールドに、右手にはフランベルジュ。身長は目の前で佇んでいるバーサーカーとほぼ遜色が無かった。

 

「死の騎士よ、奴を刈れ」

 

 カッコいいところ見せたいモード———魔王ロール———に入ったアインズは、無意識に偉ぶった様子でそう告げる。死の騎士はそれに応えるべく、主人の思惑とは異なりバーサーカーへと単騎で突進した。

 

「オオオオァァァァァァァァ!!」

「■■■■■———」

 

 まるで怪獣大戦争だな。

 そんな感想を思い浮かべながらも、盾モンスターが一人突進してしまったことに頭を悩ますアインズ。月光の狼の時も思ったが、もっと具体的な命令方法を出さなければいけないかもしれない。

 ただそうなった場合、あまりにも複雑な命令はゲームの時のように受け付けないのではないかとも危惧する。

 こればっかりは実戦で試すわけにもいかないため、隙間の時間を見つけて実験しようとアインズは考えた。

 

「マシュ。オルガマリーと立香はお前が守れ。あいつは俺と死の騎士、そしてキャスターで倒す」

「分かりました。マシュ・キリエライト、精一杯頑張ります。アインズさんたちもご武運を!」

「え? 俺はいらなくね?」

 

 マシュの言葉に頷いたアインズは何かをほざいているキャスターを引き連れて、バーサーカーの元へと歩み寄る。

 正直、12回分の命があるバーサーカーの宝具に、アインズは非常に興味を抱いていた。

 

「キャスター。あいつは生き返るたびに弱くなるのか?」

 

 ユグドラシルでのデスペナルティは基本的にレベルダウンが付き物である。この世界でもそれが通用するのであれば、あのバーサーカーのレベルは簡単に言うと60程度になるわけだ。

 

「いや、ヤッコさんが弱体化するなんてあり得ねえ。逆にあいつは傷が回復すれば、その傷を与えたものに対し耐性ができる強化付きだ」

「ほう。すごいなそれは」

 

 素直に言って、そんな稀有な特殊能力をアインズは欲しいと思った。

 ユグドラシルの常識として、あのバーサーカーの宝具はまさに「ぶっ壊れ性能」と言わざるを得ない。

 11回分のアイテム・魔法無しの蘇生。しかもデスペナルティはMPの消費のみ。逆にメリットとして、死因となった攻撃に耐性がつくという強化付き。そんなもの、デスペナルティを払ってもお釣りがくる程の破格さである。

 やはり、喉から手が出るほど欲しい。

 

「なあ、キャスター。あいつを生捕にするなんてのはどうだろう」

「はあ!? とうとう頭でも狂ったか、旦那!」

「いやいや、正常だとも。真剣に俺はあの怪物の能力が欲しくなった」

「チッ、あーそうかい! 狂っていて欲しかったぜ! 正直に言うと俺には無理だからな。やるならアンタ一人でやれよ」

 

 そう憎たらしげ呟いたキャスターはアインズから視線を外し、死の騎士とバーサーカーの戦いを凝視する。アインズも最初からその気でいたため、特に文句を言うこともなく死の騎士たちへと目線を向けた。

 両者ともに、互角の攻防戦を繰り広げ、今や彼らを中心で直径30メートル程の更地ができている。どちらもその巨軀に似合わず俊敏な動きで相手を翻弄し、技巧な技と技が相手の体を削りあっていた。

 しかし、よくよく見てみれば死の騎士が若干防戦一方になりつつある。守りだけであれば40レベル相当のモンスターを、あそこまで追い詰められるバーサーカーの強さは中々と言えるだろう。ユグドラシルで言えば40近いレベルだと思えた。

 

「ちなみにあのバーサーカーはサーヴァントの中でどれくらいの強さだ」

「あ? あー、最上位レベルじゃねえか? 腹は立つが」

 

 そう言うと、キャスターは死の騎士の援護射撃として火炎弾を放つ。しかし、バーサーカーは外部からの攻撃にも反応できるのか、恐ろしいほどまでに柔らかい肢体を使って、バク転しながらそれらを避け切った。

 

(あれが最上位レベルなら、サーヴァントの力は大体レベル20〜40後半くらいか……。特に苦戦することもないな)

 

 アインズはそう思い、そろそろ頃合いかとバーサーカーへ骨の掌を向ける。先程のキャスターと同じく死の騎士の援護射撃として魔法を放つつもりでいた。

 

「最後に確認だが、あれは同時に命のストックを減らすことはできるのか?」

 

 アインズは赤い眼光を揺らめかせて問いかける。それの答えによって、アインズは即死魔法を多量に放つか、大火力の魔法を一撃で放つか決めるのだ。

 正直なところ、MP量の心配がある。

 キャスターはその問いかけを不思議がったものの、アインズが今から何をしでかすのか分かり、ますます機嫌が悪くなる。

 

「……セイバーが奴を倒したときは12回も殺していなかった。つまり、その答えは”YES”だ」

 

 それを聞いた瞬間、アインズの放つ魔法が決まる。さっきの〈魔法最強化・龍雷〉でどれだけ削れたのかなんて知らない。それでもオーバーキルが有効であるのなら、それをするまで。能力を奪えるかどうか考えるのも、殺して蘇生してからでも遅くはない。

 そうそれがアインズの出した結論。

 しかし、彼は知らない。サーヴァントが死んだ場合、その場に死体は残らないこと。座という世界の外側へ、帰還してしまうということを。

 

「〈魔法三重最強化(トリプレットマキシマイズマジック)重力渦(グラビティメイルシュトローム)〉」

 

 アインズの手から大きく、そして禍々しい巨大な球が三つ出現する。触れた瞬間にこの世の外へ弾き出されそうなそれは、死の騎士を巻き込む形でバーサーカーへと打ち出された。

 死の騎士は察する。至高の御方に身を捧げる時が来たのだと。

「オオオ」と低く唸った死の騎士は、最後の役目と言わんばかりにバーサーカーを必死に組み伏せた。自身の安っぽい命など、主人のために捨てられるだけ彼は幸福なのだ。

 着弾と同時、その二体の体は空間ごとねじ切れる。ばちばちと音を立てて、体から出てはいけない物がいくつも噴出した。

 思ったよりもグロテスクなその散り様に、アインズは「やってしまった」と頭蓋骨を抱える。年頃の立香には少々キツすぎた演出かもしれないと思ったから。

 そんな馬鹿げた火力を出し終えた魔法は、ものの数秒で消え去り、後に地面には二体の巨体が倒れ伏していた。片方は精気の無い騎士の体。もう片方は鉛色の巨人。どちらも体はボロボロで、使い古された雑巾のようになっている。

 

「やりすぎだな」

 

 キャスターがその二つを見ながら言った。当然アインズもそれには首肯するしかない。後ろにいる立香やオルガマリーですら、その惨さに絶句している。

 

「とりあえず、バーサーカーもやっつけたし、とっととセイバーのところへ行こうぜ。旦那がいれば、負けることはねーだろ」

 

 バーサーカーの無惨な死体を眺めたキャスターは、我先にと背を向ける。あそこまで手を焼いていた化け物が、ここまで容易く破られれば、キャスターとて思うところがあったのだろう。

 それを察することができないアインズは、キャスターのその行動を不審がりながらも、さっさとバーサーカーの巨体を回収しようとする。アイテムボックスに、これを持ち帰れるだけのアイテムが無いか確認し、アインズはバーサーカーの目の前で膝を折った。

 が、それを図ったかのようなタイミングで、殺したはずのバーサーカーが飛び起きる。体は完全に回復しきっていないものの、右手で握った強固な拳は健在であった。

 アインズはまずいと思い咄嗟に魔法を発動するため意識を集中させる。それを見たキャスターも反射的にアインズを庇うための火炎弾を放とうとした。

 しかし、それらよりも早く行動する者がいる。アインズの攻撃を受けてHPを1で凌ぎ切っていた死の騎士である。そいつはバーサーカーの右手を握り、主人をアクシデントから救った。

 

「■■■■■———!!!」

「オオオオァァァァァァァァ!!」

 

 二体の化け物が共鳴する。どちらも言葉にならない叫び声だが、なぜだか意思疎通しているように感じられた。

 

「クソッ、失態だ」

 

 アインズは死の騎士に組み付いているバーサーカーにとどめを刺すため、スタッフを握り締めた。

 体の状況から察するに、バーサーカーの命のストックはもう一つも無いだろう。あと少し、あと少しダメージを与えれば彼はこの世から去る。

 キャスターもそれを理解し、アインズとともにバーサーカーの息を止めるため杖を振るう。オルガマリーと立香を守っていたマシュも、不測の事態に備え突撃態勢に入った。

 けれど、それを止める声が入る。全員の行動を静止させるように、凛とした鈴の声が転がった。

 

「待って! そのバーサーカー何か持ってる!」

 

 声の主である立香は、そう言ってバーサーカーの右手を指し示す。

 全員が度肝を抜かれた中、立香に言われた通りバーサーカーの右手を注視した。

 

「死の騎士! そいつの右手に握っているものを私に差し出せ」

 

 アインズの命令に忠実な死の騎士は、満身創痍なバーサーカーの右手に噛みつき、それをもぎり取る。そしてそのまま千切れた右手をアインズの足元へと転がした。

 不躾な渡し方ではあるが、バーサーカーを抑えながらの事なので仕方がないだろう。

 転がされた右手に警戒しながら、アインズはその硬く結ばれた指を解いていった。

 

「これは……」

 

 そこに握られているのは毒々しい色をした人間の心臓部___

 ドクンドクンと脈打っているそれは、気味の悪さをさらに加速させる。普通の人間では絶対にこうならないその臓器は、誰のものなのか。そしてなぜそれをバーサーカーは持っていたのか。大量の疑問符が溢れ満ちていく。

 

「■■■■■———!! ■■■———!! ■■■■■———!!!!!」

 

 バーサーカーは猛り狂う。心臓を奪われたことに怒ったのか、はたまた右手を食いちぎられたことに怒ったのか分からない。修復しそうにない肢体を傍若無人に振り回し、絡みつく死の騎士の頭を兜ごと食いちぎり絶命させる。

 最早止まらない。もう止まれない。アインズはそれを目にし、呆然とする。

 ユグドラシルのレベルで言えば40程度?

 サーヴァントは大したことない?

 何を言っているんだと自問する。ここはゲームの世界じゃない。数値に絶対ものなんてない。スポーツでも、勉強でも、仕事でも、生命というものは不確定な非数値の中で生きている。

 それを理解した途端にアインズの内心から溢れ出る。

 

 恐怖___、狼狽___、鬼胎___、怯懦___。

 

 それらを理解してた瞬間アインズは引いた。レベル100の身体能力を使い、大きくその場から飛び退いた。誰よりも遠くへ、誰よりも早く、バーサーカーという恐れの体現から逃げ出すために全力を費やした。

 気がつけばバーサーカーは倒れ伏している。力尽きたのか、浅い呼吸を繰り返すだけで起き上がる気配はない。

 アインズはさっきの感情がすっと無くなり、再び大海のような穏やかな感情が戻ってくるのが分かった。

 

「なんだったんだ今の……」

 

 生者の気力というものは時に通常の範疇を超えるという。火事場の馬鹿力、窮鼠猫を噛むなどとも言うが、あれはまさにそれだった。

 アインズはこれ以上バーサーカーに近く気になれず、遠くから確実に即死魔法を放って終わらせようとする。今の彼にバーサーカーの宝具が欲しいなどという欲求は皆無であった。

 けれど、その行為を宥めるように横から立香がアインズの手を降ろさせる。そして、アインズの持っていた心臓をそっと奪い取ると、それを持ってバーサーカーへと歩み寄った。

 

『おい、嬢ちゃん(立香)(マスター)』

 

 立香の行動を危険と判断した三人は、それぞれ彼女に呼びかける。

 しかしそれでも、藤丸立香という女性はバーサーカーへ近づくことをやめようとしない。

 

「これ、何か目的があったんでしょ? よく考えたら私たちからあなたに攻撃はしたけど、あなたから私たちに攻撃らしい攻撃はしてなかった。ただ、あの騎士さんとの交戦は仕方なかったけど」

 

 そう言ってにこやかに微笑んだ立香を見て、バーサーカーは小さく唸り声を上げた。それがどういう意味なのか分からないが、きっとそれは立香に対する肯定なのだとみんな思えた。

 

「ねえ、バーサーカー。喋れなくてもいい、正解だったら頷いて。この心臓の人を、あなたは助けたいの?」

 

 バーサーカーの頭を撫でながら立香は問いかける。彼はそれに対し静かに頷いた。

 

「そっか。分かった。ちょっと待っててね」

 

 立香はそう言い終わると、マシュとオルガマリーがいる場所へと戻る。全員が全員その行動を見て、言葉を失っていた。

 最初に自我を取り戻したのはオルガマリーだった。立香の肩を勢いよく掴み、鼻先すれすれまで顔を近づけると、呼吸を荒くして怒鳴りつける。

 

「あ、あ、あ、あなたどういうつもり!? 自分が何をしたか分かってるの!? 何もされなかったから良かったとして、この特異点においてあなたの貴重性を理解してる!?」

「あははははー、まあ何もされなかったからノープロブレムですよ所長」

「そういう問題じゃないわよ! いや、そういう問題なのかしら……。いやいやいやいや、とにかくあなたは無鉄砲すぎるわ。少しは周りのことと自分のことを考えて行動しなさい」

「でも、そんなのを待ってたら遅いですよ」

 

 立香がそう屁理屈をこねていると、頭上からコツンと耳触りの良い音が鳴った。

 

「痛っ」

「バーカ。今のは所長さんの言う通りだろうが。無茶しすぎだへっぽこマスター」

 

 どうやらキャスターが立香にゲンコツをくらわせたらしい。それに便乗する形でマシュも立香の無謀さに物申す。

 

「キャスターさんと所長の言う通りだと私も思います。本当に無事だったから良かったですが……。今度から無茶する時は一言断りを入れてください」

 

 ぷりぷりと怒るマシュに、立香は素直に「ごめんなさーい」と謝る。それを見てさらにオルガマリーは怒るのだが、それを止めるようにアインズは四人の輪の中へ入った。

 

「立香。俺からも言わせてくれ。今回のは所詮運でしかない。次はきっと無いかもしれない。それでもお前はまた無茶をするのか?」

 

 アインズは立香が隠している震えた左手を見ながらそう告げる。

 あの瞬間、アインズはバーサーカーの底力を恐れて退散した。筋力、体力、知力、どれをとっても負けていないはずのアインズが、気力という部分でバーサーカーに敗れたのである。それはアンデッドになってしまった故の敗因か。それとも鈴木悟という人間の弱さが招いた敗北なのか。今それに対し答えを出せる者はいない。

 それなのに藤丸立香という少女は、あの恐怖の巨人に歩み寄ることができた。

 決して恐れを感じていないわけではない。彼女はどこまで行っても一般的な女の子である。怖いものは怖いし、絶望的な時はすぐに負けを認めるような強さしか持ち合わせていない。

 そんな少女がどうして……。

 

「だって、バーサーカーが困っているように見えたし、それに気付いたんなら助けてあげるべきでしょ?」

「っ……。立香、お前」

 

 立香はぽつりと言葉を吐露する。アインズはそれに対し息を呑んだ。

 彼女のそれは自慢とか自信とかではない。やらなければいけないこと、やった方が良いことを彼女は行ったに過ぎない。それは一般人としての良心か、それとも怖いもの知らずな心がそうさせたのか。きっと、どちらも立香を動かす要因ではあったのだろう。

「困っている人を助けるのは当たり前」。

 なるほど良くできた言葉ではないか。みんなは一人のために、一人はみんなのために。美しい言葉だと思う。それができれば世界は間違いなく恒久的平和を迎えることだろう。けれど残酷なことにそれを成し遂げられる人間はほんの一部しかいないのだ。

 彼女はたまたまその一般人の持つ良心を兼ね備えていたに過ぎない。

 

「それに、いざとなったら皆に助けてもらうしね」

 

 彼女はそう言って「にしし」と笑みを浮かべた。

 それを見たアインズ、キャスター、マシュ、オルガマリーは呆れ果てるしかできない。ここまで頼られたら、その気持ちに応えたくなるというのが生命体だ。ここまで気持ちのいいほどの信頼に、四人はつられて笑うしかできなかった。

 

「さーて、じゃあ早速頼るんだけど。この心臓の人、助けられないかな」

 

 立香はそう改まって心臓を差し出す。良い言葉で締めくくっていたくせに、いきなり無理難題を押し付けてきた。

 キャスターはルーン魔術の観点からどうにか出来ないか模索するが、やはりこれをどうこう出来る次元とは思えない。同じくオルガマリーとマシュも、現代の魔術的観点から見てこれをどうにかするのは不可能だと判断する。

 

「俺には無理だな」

「私にも無理よ。こんなものどう助けるっていうの。それこそ第三魔法だわ」

「聖杯を手に入れれば、なんとか出来るかもしれませんが……」

「というよりこれ生きてるのか?」

 

 うーんと頭を突き合わせながら考える四人。

 これが「どうにも出来ませんでした」とバーサーカーに言いにいけば、きっと彼は本気で襲ってくるに違いない。今ではぐったりとその場に倒れ伏しているが、先程の底力を見た後ではそれも安心できる材料とはならなかった。

 立香は「安請け合いしすぎたなー」と言って、今でも脈打ってるそれを不安そうに見つめる。

 

「とりあえず、助けるっていうからには蘇生だよね」

「蘇生って……、そんなの出来たら魔法使いじゃない。いえ、自然の理に背いているからそれ以上ね」

「現代の魔術ではどうしようもできません。サーヴァントに医神アスクレーピオスと、この特異点にいたメドゥーサさんを同時に召喚できれば、もしかしたら……」

「お、そいつなら俺も知ってるぜ。確か、蘇生してたら主神に殺されったつー間抜けな神話だよな」

「そんなことできるわけないでしょ! ただでさえ今回の件でヤバい状況なのに、その上蘇生薬をサーヴァントに作らせるですって!? 魔術協会と聖堂協会、さらには国連から弾劾されるわよ! カルデアは人を蘇生させるためにサーヴァントを召喚したってね。そんなことになったら職員全員の未来は真っ暗よ、真っ暗!!」

 

 そう言って、オルガマリーはその場にへたり込んでしまう。どう考えても詰みだ。これなら、さっさとバーサーカーを葬っておけば良かったと心の底から彼女は思う。いや、もういっそのこと今からでもトドメをさせばいいと思っている。

 しかし、他の面々はそう思わないらしくどうにか出来ないか考えを纏めていった。

 蘇生は無理だとしても、特異点を解決すれば彼女は無事に生き返ると説得するとか___、

 今回、この聖杯戦争で使われている聖杯を使って蘇生させてあげるとか___、

 とりあえず問題の先送りにしてみるとか___、

 そういった具体案を出し続ける。

 だが、そんな中で一人話し合いに混じらない者がいる。

 そう、アインズだ。

 

「旦那は何か良い方法ねぇのかー? 正直、一番頼りになるのはアンタの力なんだがよぅ」

 

 キャスターは何か思い悩んでいるであろうアインズに声を掛ける。

 アインズもそれに気がついたのか「ふむ」とだけ言って、中空に手を突っ込んだ。

 

「俺はアンデッドだから信仰系魔h…術に詳しくないですが、ここに短杖(ワンド)というアイテムがあります」

 

 戦闘が終わり、素に戻ったアインズがそう言って取り出したのは長さ30センチ程度の短杖。骸骨であるアインズが持つには不釣り合いなほど神聖そうな雰囲気を漂わせているアイテムだ。

 そこに込められている魔法は信仰系魔法でも高位魔法に分類されるものである。

 その名も〈真なる蘇生(トゥルー・リザレクション)〉。

 死者を復活させる魔法で、<蘇生(リザレクション)>よりも復活時のレベルダウンを緩和できる代物。

 この世界でどのように効力を発揮するか分からない現状、これを使えば確実にこの心臓の持ち主を蘇生させると断言はできない。しかし、今までの魔法実験からアインズは、このアイテムも多少変更点等はあるだろうが、機能するという確信だけは抱いていた。

 だがそれでも懸念すべき事はある。さっきの立香たちの会話から、蘇生という行為の危険性を悟ったアインズは、このアイテムを使うことを躊躇していた。

 これを使った場合のメリットは、バーサーカーの機嫌を取れるかもしれないという事。

 これを使った場合のデメリットは、厄介ごとが大量に増えるという事。

 どちらを選んだほうが良いかなんて、そんなもの一目瞭然である。バーサーカーを殺すのだって今なら容易なため、復活させるメリットは殆どないと言えるだろう。

 そのため、アインズは適当な事を言って、誤魔化すことに決めたのだが……

 

 ___誰かが困っていたら助けるのは当たり前。

 

 立香の顔を見る度に、そんな言葉が思い出されアインズの思考を邪魔する。そんなもの振り払ってしまえば良いのだが、さっき言われた立香の言葉と相まって、中々振り解けない。

 ふぅとアインズは息を吐き出す。そして諦めたような笑いをこぼす。ここで問題から逃げ出したら、かつての仲間に怒られてしまうような気がした。

 

「このアイテムは癒しの魔…術が込められており、これを使えば生きているものであれば大抵は治せます」

 

 アインズは嘘の説明をペラペラと語る。

 当然、心臓だけになってしまったものを治す魔法なんてものはない。第一、ユグドラシルにそんな状態が存在しない。

 だけど、蘇生の魔法を使えるというよりはこちらで適当にホラを吹いていたほうがいいと判断した。

 

「その心臓が動いているところを見るに、まだ何かしらの影響で生きているかもしれません。このアイテムなら肉体を作り直し、これの持ち主も目を覚ますでしょう」

 

 こちらの世界に詳しくないアインズはこれで納得するか? と思いながら全員の顔色を窺う。

 魔術に詳しくないであろう立香は喜色の笑みを浮かべているとして、どうも他の連中の顔色は難色を示していた。

 ならばとアインズはダメ押しでさらに嘘を追加する。

 

「……当然、これにはデメリットがあります。それはこれを発動するために誰かの命を代償としなければ発動しないというものです。肉体を形成するには膨大なM、魔力が必要なため、それを動力源として発動します。さらに、これを使うためにはそれなりの準備も要ります」

 

 そう言ってアインズは今度こそどうだっとみんなの顔を見回す。

 

「まあ、あれだろ。要はサーヴァントの受肉みたいなもんだろ。コスパは悪くねーし、良いんじゃねーの。生贄ってんなら、そこに転がっている大英雄さんを使えば良いしよ」

 

 キャスターはアインズの言葉に疑問を思わなかったのか、具体的な提案を行う。

 というよりも、肉体を形成するのに魂一つでも足りないんだなとアインズは思った。

 

「正直、そんな最強の魔術礼装があるなら欲しいレベルよ。やっていることは世界の修正力を無視した投影魔術だし、協会にバレたら封印指定ものだわ。本当に貴方何者?」

 

 オルガマリーはそう言ってアインズを睨む。未来のゲームから来ましたとか言っても信じてくれないだろうし、そもそもそれを言えばどんな危険性が出てくるのか分かったものではない。ただでさえ、さっきから〈魔術教会〉や〈聖堂教会〉とかいう変な組織名が出てきているのに。この世のことを無知な状態で、大っぴらな行動をするのはアインズとしても躊躇われた。

 

「悪いですが、オルガマリー所長。それにお答えすることはできません。それを説明するだけの信頼を貴方は勝ち取っていない」

「っ、そうですか。分かりました。分かりましたとも。なら、いずれ時が来たら聞くとしましょう。私からは以上です」

 

 オルガマリーは頬を膨らませてそっぽ向く。大変子供らしいその反応にアインズは困り果てながらも、黙殺することにした。

 

「とりあえず、肉体の蘇生だけでも試してみるとしましょう。失敗すれば、バーサーカーには悪いが死んでもらうしかない」

 

 そう言って、アインズは立香が握る心臓を貰い受け、バーサーカーから少し距離を離して地面に置く。この世界の魔術がどのようなものか分からないアインズは、とりあえず心臓を中心にそれっぽい魔法陣などを描いていった。側から見れば、骸骨のモンスターが黒魔術の儀式をしているようにしか見えない。彼の握るスタッフから黒いオーラが滾っているせいで、さらに相乗効果が生まれている。

 一通りの魔法陣(笑)を描き切ったところでアインズは仕上げに黒魔術の儀式で必要そうなアイテムを置く。勿論、アイテムたちにはそんな効力はなく、なんとなく見栄えを気にしたアインズが見た目重視で置いているだけだ。中にはクリスマスの時に無理矢理、運営からプレゼントされた呪いのマスクもある。

 

「さて、これで大体の準備はオーケイ」

 

 必要の無い手順を終えたアインズは、そう言って倒れ伏すバーサーカーを見下ろした。

 

 

 

###

 

 

 

 何も無い空間だった。

 

 色も、情報も、記憶も、形も、何もかもが存在しない場所。

 

 存在しているということ自体が分からない。

 

 分からないということが分からない。

 

 思考しているようで、その実、思考などしていない。

 

 何も無いのだから、何かを認識するということはできないはずなのだ。

 

 漂う。漂う。漂う。漂う。浮いている感覚もしないのに___ただ漂う。

 

 そんな時、優しい唸り声が聞こえた。安らぐような重低音。力強さが滲み出る巨人の声。

 

 手を伸ばせば———手というものなんて存在しないのに———何かに引っ張られる感覚がした。

 

 

「な……に……?」

 

 突如開ける赤い世界。見渡せば見知らぬ人物たちがイリヤスフィール・フォン・アインツベルンの前に立っていた。

 一体、何が起きたのだろう。

 思考してみるが何も分からない。頭の中がぐるぐるとかき混ぜられたように痛む。記憶という確かな情報がすっぽり抜け落ちたような感覚。先程までどこにいたのか、何をしていたのか思い出せない。

 そんな時、一体の骸骨がイリヤを見つめながらゆっくりと屈む。興味深そうに下顎を摩り、目玉と思われる紅の光が綺麗に揺蕩った。

 

「君の名は?」

 

 骸骨からそんなことを問われる。アンデッドから発せられたとは思えない優しげな声。

 しかし、舌も喉もないせいか、口を開けずに放たれた言葉はとても不気味に思えた。

 

「い、り、や、すふぃー、る」

 

 辿々しい言葉が出た。舌の使い方を忘れてしまったように、うまく言葉が発声できない。

 

「そうか、イリヤスフィール。良い名前だ」

 

 そう言って骸骨は立ち上がると、近くにいた鉛色の巨人を指さす。

 それは見覚えのある己のサーヴァント。バーサーカーとして召喚したギリシャの大英雄ヘラクレスは静かに横たわっている。

 

「君の代わりに命を捧げてくれたサーヴァントだ。見覚えがあるかは分からないが、感謝を伝えるといい」

 

 骸骨が説明した。嘘のような現実を淡々と述べた。

 イリヤは悟る。これは本当のことなのだと。自分を守るために、命を削ってくれたのだと。

 自然と涙が溢れた。ぽろぽろと雫が流れ落ちた。一度出てしまえば止めることのできない水流。嗚咽が混じり、何もかも入り混じった感情が胸を渦巻く。

 どうしてこんなに悲しいのか。どうしてこんなに虚しいのか。分からないことが悔しくて、思い出せないことが恨めしい。

 イリヤはそっとバーサーカーへと手を伸ばす。体はあちこち痛いけど、今はそれより彼に触れたかった。

 右手から伝わる確かな熱量は彼の命の儚さを伝えてくる。

 

 ___頑張ってくれたんだね。

 

 もうパスは繋がっていないけど、そんな感情が伝えられたよう気がした。右手を通して、自分の心情を発露することができたと思う。

 その証拠にバーサーカーは、

 

 

 確かに笑って消えていったのだから___。




裏設定

・特異点Fという不可解性
ゲーム版では人がいきなり消えたと表現されていたのに、アニメ版だと石にされた人間が出てくる。
人がいないはずなのに、何かを守るように森に籠るバーサーカー。
さらには、実際召喚されていないはずのキャスター。
これらは異なる聖杯戦争の入り混じったせいであると言える。
それらをごった混ぜにして誕生したのが、今作の特異点Fである。

・イリヤの心臓の生死
魂は肉体と繋がってはいなかった。


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第四話 死の王

  バーサーカーの消失が確認されてから、アインズ達はイリヤの体の回復を優先するためベンチのあるバス停で休んでいた。

 周りを哨戒しながら佇むマシュに、足の疲れが出てきているのか太ももを揉みしだくオルガマリー。その横では、立香がイリヤに膝を貸しながらベンチに座っている。そんな中、アインズはというとバス停のところから離れた建物———きっと誰かが住んでいたのだろう民家———で遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)の試運転をしていた。

 このアイテムを使ってやりたいことは二つある。まず一つ、ラスボスであろうセイバーについての情報収集。キャスター曰くこの聖杯戦争においてバーサーカーを一度葬ったのはセイバーであることが発覚した。そのため、アインズはあれよりも強力なサーヴァントということに警戒し、前もって準備を整えようとしているのだ。

 そしてもう一つのやりたいこと。それは転移のポイントを付けるためである。視覚情報を取得することで、いざと言うときの逃げるポイントを大まかに得ていた。

 

「しっかし上手く動かせないな。ゲームと少し違うんだよなー」

 

 空中で手を右往左往させながら、アイテムの使用方法を手探りで見つけていくアインズ。ふんと言いながら手を振り切る彼の姿は、周りから見ればかなり滑稽なのは言うまでもない。

 

「それにしても、真の蘇生(トゥルー・リザレクション)はやりすぎだったかな」

 

 アインズはそう言ってイリヤスフィールを蘇生させた時のことを思い出す。

 相手のレベルがどれくらいか分からなかったアインズは、念のためにと〈真の蘇生〉を使ったのが、少し早計過ぎたと思ったのだ。

 確かにアインズは、かつて助けてもらった「たっち・みー」の面影を藤丸立香という少女に見せられ、彼女のためにと魔法を使った。

 だが、それにしてもメリットとデメリットが噛み合っていないと思ってしまうのは、アインズがアンデッドの精神に引っ張られているせいであろうか。

 

「まあ、終わったことだし仕方ないな」

 

 これ以上考えても良いことがなさそうということで、アインズはそこで思考を打ち止めた。うだうだ考えたところで、時が戻るわけでもない。アインズはイリヤを蘇生させた時点で、全ての厄介ごとを引き受けるつもりではいるのだ。

 

 ___コンコン

 

 そんなとき、後ろから木製の扉を叩く音が響いた。

 アインズはその音に何事かと思い後ろを振り向く。視線の先には、壁にもたれ掛かって立っているキャスターが一人いた。

 

「どうしたんですか? まだ出発には時間があると思いますけど」

 

 アインズは唐突な訪問に訝しげに聞いてみる。

 このキャスターという男。表面上はすごく親しげに話しかけたりしてくるが、その実、なんとも食えない男だとアインズは思っていた。

 第一、アインズはキャスターと戦闘面以外で二人きりになることを避けていた。・・・

 

「いや、何少し話したいことがあってな」

 

 そんなアインズの心情を知ってか知らずか、キャスターはそう告げる。

 

「話したいことですか?」

「ああ、旦那と一対一で話したくってな。わざわざ嬢ちゃんたちがいないときに話しかけた」

 

 そう言われたアインズは、何事かと下顎の骨を摩りながら考える。

 わざわざ立香たちに聞かれたくないようなことを、アインズに話す理由はなんなのか。そこまでの信頼をキャスターと築いていないと断言できるアインズは、彼の言動を不可思議に思った。

 

「まあ、そういうことなら良いですけど。とりあえず、座ってください」

 

 サラーリマンとして働いていた時の癖なのか、アインズは自然と相手に座るよう促す。キャスターはそれに対し「お構いなく」とだけ言って、そのまま話を続けた。

 

「アインズの旦那は人間じゃあねんだよな」

 

 何を当たり前のことを___。

 そんな言葉がアインズの中で浮遊する。

 全身、骸骨だけの人間なんてこの世にいるわけがない。それこそ、墓場より出てくる亡者の姿そのままである。立香に「人」と言われてアインズが喜んだのも内面的な話であり、外見的にはどう見ても人外という自覚があった。

 そんな至極当たり前のことを聞いてきたキャスターに向けてアインズは隠そうともしないため息を漏らす。自分の姿を人間というのであれば、この世のものはすべからく人間である。それほどまでに生者と亡者の違いは、はっきりとさせなくてはいけない。

 

「いや、念のための確認だ。別に人間と思って質問したわけじゃねーよ。だから、呆れんな」

 

 キャスターはアインズの呆れ顔を感覚で察知したのか、眉を顰めて言葉を放つ。英霊は他人の感情を読むのも一流だった。

 

「で、その確認がなんの意味があったんですか」アインズはさっさと本題に入ってほしいためキャスターを急かす。

 

「あんた、なんであの嬢ちゃんのことを気に掛ける。人間でもねーあんたが人理焼却だの人理再編だのに関わる理由はねぇだろ」

 

 キャスターが問う。真剣に、眼に力を入れながら骸骨の腹中を探る。

 しかしアインズは彼の言葉を半分も理解できなかった。

 〈人理焼却〉に〈人理再編〉。それが孕んでいる意味、そして重大な問題をアインズは読み取れない。何せアインズは魔術という知識は一切持ち合わせていないし、この特異点がなぜ起きているのかも知らないからだ。周りはアインズのことを、サーヴァントの枠から逸脱した幻想種か何かと思っているだろうが、アインズの正体はただの小市民である。そんな深い質問をされたところで、彼は答えられるだけの材料を手元に持ち合わせていなかった。

 それ故にアインズは絞る。最初に問われた「なぜ立香を気に掛けるのか」。そこにだけ焦点を当てて考える。

 

「憧れ……ですかね」

 

 キャスターはその返答に口をへの字に曲げる。

 

「憧れ?」

「ええ。自分が持っていないもの。何というか、その強い意志に憧れるんです」

 

 そう、アインズが立香に抱いている感情は恋慕でも、親しみでも、友情でもない。

 強い憧れ___。

 他人を信じられる純粋さ。他人を惹きこむカリスマ性。他人を魅了する求心力。

 そのどれもがアインズの持っていなかったもの。ギルド長として欲してやまなかった人としての資質である。

 

「立香は良い娘だと思います。だからこそ、皆んなが集まる」

 

 今もなお彼女の周りには色とりどりの人種が集っている。本来であれば殺し合うはずであったアインズやキャスター、それに蘇生されるはずのなかったイリヤまでも彼女の輪の中だ。

 それに憧憬を抱かずにはいられないアインズは内心自嘲した。

 今更、彼女に憧れたところでかつての仲間たちが戻ってくるわけでもない。過去は過去。何をしても変えられないのが現実である。

 それでもアインズは少しだけ考えてしまう。

 もし、自分が藤丸立香のような人間性を持ち合わせていたら、最後までみんなとユグドラシルを楽しめていたのかもしれないと。そんなIFの物語を。

 

「なら尚更だ___」

 

 アインズはその言葉で現実に戻される。すっと意識が研ぎ澄まされ、目の前にいるキャスターの一挙一動が、まるでコマ送りのように見えた。

 

「アインズ、お前はあいつらと一緒にいるべきじゃない」

 

 その言葉はアインズの心を確かに抉り取った。

 

「それは、どういう意味だ?」

「そのままの意味だ。テメーは気づいていないだろうが、やっぱりアンデッドはどこまでいってもアンデッドなんだよ」

 

 キャスターは杖を地面に叩きつけてそう言う。

 アインズからすれば、そんな適当なセリフで誤魔化されていいものではなかった。

 

「具体的に言ってくれないと分からないな。さっきまでの問答でおかしなところがあったとは思えないが」

 

 殺気を滲ませるアインズに、キャスターは平然とした態度で答える。

 

「アンタがあいつに憧れてるのは分かったさ。それが嘘じゃないってことも。けどなアンタ、一回あいつらのことを”見捨てた”だろ」

 

 キャスターから衝撃の一言が放たれた。

 

 ____見捨てた。

 

 そう言われた瞬間、刹那の間アインズの思考が止まる。

 そして「いつ」、「どこで」、「誰が」、「誰を」、見捨てたと言うんだと、アインズの無くなったはずの脳みそがフル稼働を始める。

 しかし案外答えはすぐに出てきた。

 あれはバーサーカーと戦っている時。初めて死の支配者になってから感じた恐怖に慄いた時。アインズは確かに、この世の誰よりも自分を優先し、”バーサーカーから逃げ、彼女たちを盾にした”のである。

 それが分かったらアインズはもう言葉が出ない。精神が何度も何度も平坦と驚嘆を行き来する。

 あの時アインズは立香を見捨てた。自分の命を優先し、他者が死んでも仕方ないと思った。あれだけ憧れていると、手伝ってやると言っていたくせに。いざ自分が窮地に陥ったら、すぐさま己の身を優先した。

 別にそれは生物として間違った判断ではない。誰だって他人より自分が可愛いものだ。他人がどうなろうと、自分だけ助かろうとするのはそんなに悪いことじゃない。ただ出てしまっただけ、〈本性〉という名の醜さが。

 言葉でどれだけ取り繕っても、アインズは結局、立香を自分の命に変えても助けようとは思えない。

 言葉でどれだけ塗り固めようとも、アインズは結局、立香を仲間として認識していない。

 言葉でどれだけ否定しようとも、アインズの本性は狂気なのだ。

 かつての仲間たちが窮地に追い込まれていたら、きっとアインズはその身を挺して守るだろう。もしくは、その仲間たちに関連する人物やNPCであっても同じことをしたかもしれない。

 それなのに、立香には同じことができなかった。

 これが、その答えである___。

 それをキャスターは見透かしたように続ける。

 

「いつかテメーは、必ずあの嬢ちゃんたちを傷つける。それだけ亡者と生者は相容れない。テメーの本性はどこまで行っても亡者のそれだ。人の価値を尊べず、生命の灯火に群がる虫そのもの。だからこそ忠告する。テメーはさっさと嬢ちゃんたちから離れた方がいい」

 

 鋭い眼光がアインズを射殺さんばかりに向けられる。

 力関係(パワーバランス)で言えば、キャスターが十人いようともアインズには敵わないだろう。それだけの開きが確かにある。

 けれど、それを見たアインズはさらに愕然とさせられた。

 

(そうか、これが正しいあり方なんだ。敵わない相手にも、誰かのためを思って戦う。……きっと俺には無いものだ)

 

 それを悟ったとき、アインズは力なく骨の手を振る。

 

「少しだけ、考えさせてくれないですか……」

 

 そんな言葉が出たのは仕方のないことだった。今のアインズにとって立香の隣は居心地がいいもの。それを快く手放したいとは思えないのだから。

 

「分かった……。だがこれだけは忘れるんじゃねえ。嬢ちゃんたちといるなら”中途半端なこと”はするな」

 

 それは忠告なのだろう。

 彼女を守ること、力になることに心血を注げ。キャスターはそうさせることで、アインズの意識を固定させた。

 

「話は終わりだ。邪魔したな」

 

 キャスターはそう言って光の粒子となり空中に霧散する。アインズはそれを眺め終えると、内心から湧き上がる怒りを込め自身の膝を力強く叩いた。

 瞬間、アインズの感情の波が穏やかになる。まるで冷水でも頭から掛けられたように、途端冷静さを取り戻す。

 何とも気持ち悪い感覚に、アインズは内心で舌打ちした。

 

「くそっ。これじゃ怒りたくても怒れない。悲しみたくても悲しめない。俺は本当に人間じゃなくなったのか……」

 

 だけど、アインズはそれを別に悲観していない。人間じゃなくなったことを悲しいと思わない。それがさらに気持ち悪く、腹立たしい。

 

「はあ、続きをしよう」

 

 いくら考えても答えが出ない螺旋階段に、アインズはとうとう投げ出すことにした。立香のことも、自分のことも、今は何も考えたくない。そのため現実から目を背け、遠隔視の鏡に再び向かい合う。

 

「また一人になるのか」

 

 しかし、ふとそんな言葉がアインズの口から漏れた。

 瞬間、アインズの心が荒んだように冷え込む。見える情景は、誰も座らなくなったナザリックの円卓と呼ばれる部屋。輝かしい過去も、楽しかった思い出も、全部が幻想と成り果ててしまった虚空の大墳墓。

 

「楽しかったな」

 

 アインズは無意識に、誰にも聞こえないよう呟いた。

 

 

 

###

 

 

 

 

 キャスターとアインズの対談が終わって数分した後、立香たちはセイバーがいるであろう大空洞を目指していた。

 場所に関しては、キャスターが知っていたため道に迷うことはなく、道中も、スケルトンや竜牙兵も襲ってこないため、平穏そのものである。内心びくついていたオルガマリーも、敵の姿が見えないことに安心しているのかリラックスした表情を浮かべていた。

 そんな中、体がある程度回復したイリヤは黙って隣を歩くアインズに話しかける。

 

「ねえ、アインズ」

 

 アインズはそれに気づいたのか、赤く光る目玉らしきそれをイリヤへと向けた。

 

「どうしかしたのか?」

「ううん。ちょっと聞きたいことがあって」

 

 イリヤがそういうと、目の前の骸骨は少し緊張したような態度を取る。

 何か聞かれたらまずいことでもあるのか、「……聞きたいこととは?」とアインズは恐る恐るイリヤに尋ねた。

 

「なんで私を助けたのかな〜って」

 

 正直、彼女は自分が助かる前の記憶というものがなかった。最初は一時的な記憶の混乱かと思っていたが、体が回復した後も記憶が戻ってくることはない。かろうじて思い出せるのはバーサーカーという存在と、冬木に来た時のことまで。この特異点というものに関しても、彼女が持ちうる情報は皆無であった。

 そのため、彼女は自身の命の価値を0と仮定している。助ける意味も無ければ、助かる意義もない存在。どうして今、地に足をつけ歩いているのかも不明なままである。聖杯を得るために生かされてきた少女は、生きる目的を失い、自身で歩く方法さえ見失っていた。

 だから彼女は求める。バーサーカーを解放させた今、自分は何のために生きているのかを。

 

「助けた理由は恩返しかな」

 

 しかし、アインズから返ってきたのはイリヤが望むものではなかった。

 恩返し。

 誰に対する? というのは聞けない。いや、聞かなくてもイリヤには何となく分かった。アインズが恩を感じている人物は、この中で一人しかいないであろう。

 イリヤは諦めたように息を小さくはくと、続け様にこう続けた。

 

「じゃあ、私が助かった理由は私にはないの?」

 

 アインズはその言葉を聞いて少しばかり考え込む。やがて、何も思いつかなかったのか、彼は観念したかのように空を仰いだ。

 

「正直に言うと、君を助けた理由は君自身にない。勿論、バーサーカーにも無いんだ。今思えば、俺が君を助けたのも恩返しなんかではなく、自分が醜いと思われたくないためにやっただけなのかもしれない」

 

 アインズのその独白はイリヤの胸に刺さった。

 これで人助けがしたかっただの、バーサーカーが可哀想だったからだの言われたら、彼女はきっと疑っただろう。イリヤが求めているのは偽善ではなく、自分が生存している意味なのである。そんな薄っぺらい理由を述べられても、彼女は納得できない。

 しかし、アインズの独りよがりな理由はイリヤの胸の中にストンと落ちた。まるで無くしていたピースが埋まるような感覚だった。

 彼が自分のために助けたと言うのならば、イリヤの生存理由はそこで確定する。ならば、これから彼女はアインズのために生きようと思える。誰が何を言おうとアインズの味方を続け、誰が敵に回ろうとアインズのために朽ち果てる。

 己の命の捨て方を得た少女は、ひどくご機嫌な様子で「そっか」とだけ言った。

 

「怒らないのか?」

 

 イリヤの様子を怪訝に思ったアインズがそう問いかける。今の暴露でイリヤに怒られると思ったのかもしれない。

 けれど彼女はアインズの想像以上に淡白なホムンクルスである。アインズの醜い心情なんて、彼女にとってはそよ風と同義であった。

 

「別に怒らないよ。だって、今の理由の方が納得できたし。この世に正義の味方なんていないんだよ。あるのは善悪を超越した果てしない損得勘定だけ。だから、アインズの理由は納得できるの」

 

 イリヤがそう高説ぶった意見を説く。正義なんてものはまやかしでしか無いのだと言う。

 日本には「勝てば官軍負ければ賊軍」という諺がある。まさに世界をよく表している言葉だとイリヤは思っている。

 人にはれぞれ大義があり、それに則って行動をし生活をする。それが人の営みと言えるし、それこそが人の世を循環させているからだ。

 つまり、全員が全員それなりに正義を持って行動しているのだ。そこに悪という存在は一切生じていない。

 であるならば、悪という言葉はいったいどこで生まれるのか。そんなのは簡単だ。悪という存在は勝敗が決した時点でしか生まれない。なぜなら勝った方が正義で負けた者が悪なのだから。

 勝敗でしか生まれないその価値観に何の意味があるというのか。あるのはどこまで行っても果てしない意思のぶつけ合いなのである。行動理念にそんな善悪(勝ち負け)を持ち込んではいけない。だから、あるのは損得勘定。

 

 しかし、そんな理屈を否定するようにアインズはイリヤの言葉に唸り声をあげる。

 

「本当にそうだろうか。この世にはどうしようもない善人もいると俺は思う。俺はそんな善人に憧れているし、その強い意志を欲しいと思う。だって俺にはそれが無いんだから」

 

 イリヤはそんな言葉をただただ黙って聞いた。

 目の前のアンデッドが生者に抱いている感情に対し言葉を与えなかった。

 

 ___それは憧れではなく、嫉妬では無いのか。

 

 そんな風な言葉をイリヤは喉の奥へと仕舞い込む。

 

「……アインズはここにくるまでどんなことをしていたの?」

 

 だから彼女は失態を起こす。

 それは誰も触れてこなかった禁忌であり、開けてはいけないパンドラの箱。アインズに過去のことを聞く。それはつまり、彼の狂気を垣間見るということなのだから。

 

 がりっと音が聞こえた。

 イリヤがアインズの方を見上げれば、そこには歯を異様な強さで噛み締めているアインズがいる。

 それに少し恐怖したイリヤだったが、すぐさまアインズは平常の声で語りかけた。

 

「……作業のような毎日だった。金を稼いで寝て、金を稼いで寝る。ただそれだけの毎日だったよ」

 

 何かを思い出すように吐き出される言葉の数々。アンデッドが金を稼いで寝るというルーティンには些か疑問を抱いたイリヤだが、それ以上のことは聞けなかった。

 途端、彼女とアインズの間に静寂の帳が降りる。

 この世界には自分たちだけしかいないのでは無いかと錯覚するほどの静寂。少し離れたところで歩いているオルガマリーや立香たちが、数キロも離れているように感じた。

 そんな沈鬱な表情を側から見えたのか、さっきまで前を歩いていたマシュが少しペースを落として二人へ声をかけた。

 

「どうかされましたか?」

「いや。少し昔の話をしていました。何でもありませんよ」

 

 アインズはそう言って骨の腕を翳す。そして彼は楽しげに会話する立香たちの方向を見つめながら、ぽつりぽつりと語り出した。

 

「……俺はかつて仲間達と冒険をしていたんです。自分がまだ弱かった頃、純白の聖騎士に救われ、彼に4人の仲間を紹介されたのがきっかけでした。そうやって俺を含めて6人のチームが出来上がり、さらに俺と同じように弱かった者たちを3人仲間に加えて合計9人で最初のチームを形成したんです」

「? そうなんですか」

 

 突然、会話に混じったマシュはアインズの過去話に疑問を抱きながらも聞く側に徹する。イリヤもそれは同じなのか、静かにアインズの隣を歩きながら、彼の言葉の続きをまった。

 

「素晴らしい仲間達でしたよ。聖騎士、刀使い、神官、暗殺者、二刀忍者、妖術師、料理人、鍛治師……。最高の友人達でした。それからも幾多の冒険を繰り返しましたが、その中でもあの日々は忘れられません」

 

 イリヤにアインズの表情を読み取る能力はない。骸骨の表情はほとんど変化がないのだから、仕方ないことではあるが。

 しかし、それでもイリヤは察することができる。このアインズという異形種にとって、今語られている思い出は宝物のように大切なのだろうと。

 マシュもそれは同じだった。アインズの気持ちを察することができていた。

 けれどイリヤとマシュの違いがある。受け取り方は一緒でも、返し方は一緒ではない。イリヤはアインズの狂気を垣間見たのに対し、マシュはアインズの狂気を知らなかった。それゆえに起こる齟齬。イリヤは口を閉じていたのに、マシュは平然と自身の気持ちを口にしてしまった。

 

「そうなんですね。なら私たちも、いつの日かその仲間達に負けないよう頑張ります」

 

 マシュの歯に衣着せぬ言葉に、アインズは苛立ち、強く言い放つ。

 

「そんな日は来ませんよ」

 

 驚くほど敵意に満ちた声だった。アインズは自分の発言に驚いたのか、立ち止まる。

 

「……すまない……。俺は少し空から索敵させてもらう」

 

 そう言ってアインズは魔術らしき呪文を唱えると、そのまま高々と空へ飛び上がってしまう。イリヤはアインズを呼び止めようか悩んだが、隣にいる暗い顔をしたマシュのためにも見過ごすことにした。

 きっと、マシュが話しかけていなければ自分とアインズがこんな風になっていたのだろう。そう思うと、身の毛もよだつ思いになる。

 

「私は軽率な発言をしてしまったんですね……」

 

 マシュはそう言うと、陰鬱な表情を浮かべた。

 

「仕方ないわよ。誰も気づけなかった。あれがアインズの弱点なんだって」

 

 そう、誰も気づけなかったのだ。

 彼の苦しみを、彼の狂気を。彼の悍ましさを。

 アインズにあるのは、かつての仲間達への未練であり、過去に縋るその脆弱な精神である。立香と接しているときのアインズしか知らない二人は、その正体に今更ながら気づいてしまった。

 

「全滅、したんでしょうか。アインズさんの仲間達は」

「さあ。私はどちらかと言えばアインズが捨てられたように思ったけど」

「っ!? それって……」

 

 イリヤは父親のことを思い出しながらそう呟く。

 先程のアインズの反応。衛宮切嗣に捨てられ、アインツベルンで拷問に近い特訓を受けていた自分に似ていような気がした。

 

「私もアインズと同じような気持ちになったことあるから分かるんだ。傲慢かもしれないけどね」

 

 その発言にマシュは何も言わなかった。と言うよりは、何も言えなかったのだろう。

 人生経験の浅い彼女にとって、イリヤとアインズが抱える闇はあまりにも大きすぎる。人の善性も悪性も知らない彼女が、それに対して投げられる言葉は一つも存在しなかった。

 

「……私はどうすればいいですかね」

 

 そういったマシュの顔は暗い。白亜の盾が翳ってしまいそうなほど、彼女の精神に影がかかってしまっている。

 そんな姿を見たイリヤは、はぁとため息をつき、腰に手を当てた。

 

「発した言葉は元に戻らないわ。どんな魔術を使おうとね。記憶を消しったって言った側が覚えてるんだもん。だからこそ、人はそれを覆い隠せるだけの何かを相手にプレゼントするのよ」

 

 お姉ちゃんのような言い方で告げるイリヤに、マシュは俯いていた顔をあげる。

 

「何か、ですか?」

「うーん。例えば、マシュの体とか?」

「えっ!?/// えぇぇ!?///」

「冗談よ。アンデッドが情欲すると思えないもの」

 

 マシュの初々しい反応に、くすりと可愛らしく笑う。妹というものがいれば、きっとこんな感じなのかもしれない。

 

「マシュはアインズが怖くないの?」イリヤは転がっている小石を軽く蹴る。

 

「初めて来たときは、とても怖い存在だと感じました。目の前に立っているだけで呼吸を忘れてしまいそうなほどに……」

「でも今はそうじゃない?」

「はい。先輩…マスターがアインズさんを庇った時に思ったんです。種族とか、人間とか、見た目とか、多分そういうもので判断しちゃダメなんだって。もっとちゃんと知らなきゃダメなんだろうって」

 

 イリヤはその言葉を聞いて頷く。

 

「そしたら不思議と怖くなくなりました……。なぜでしょうか」

 

 イリヤはそれに対し「さあね」と言うのみだった。

 その感情はきっとマシュだけのもの。それを他人の憶測で踏み躙るのをイリヤは良しとしなかったのだ。

 

「だったら尚更謝らないと」

「……そう、ですね。謝らないといけません」

 

 そういって二人は笑い合う。空を見上げれば、遠い場所でアインズが飛んでいた。

 この特異点を攻略したら、もっといろんな話をしよう。彼の大切な宝物の話でも聞いてみよう。

 そんな風に考えれば考えるほど、イリヤは未来に対し光が見えていた。

 

 

 

 

 

 

 ___同時刻。

 

 一人の男が高台よりある者たちを見つめていた。

 銀髪の女と茶髪の少女。

 どちらも自身が生きて返さないと決めている人物たち。

 男は右手に持った弓に剣と思わしき矢を番え、茶髪の少女を見る。マスターはあの少女一人だけ。つまり、あの少女を殺せば、サーヴァントの魔力補給が潤沢に行えないことを意味していた。

 それゆえ、男は一矢で決める思いで矢を放つ。失敗すれば、バーサーカーをも屠ったアンデッドが己を殺しに来ることは想像に難しくないからだ。

 

 ビュュュュン___。

 

 風を切りながら、数キロも離れた地点へ矢が駆ける。

 誰も気付いていない。誰も反応していない。その事実に男———アーチャー———は涼しげな笑みを浮かべた。

 

 が、次の瞬間。矢が何者かによって弾かれる。見れば、さっきまでそこにいなかったはずのキャスターが杖を器用に振り回し、矢を叩き落としていた。

 仕留め損なった。

 その言葉がアーチャーの頭に駆け巡る。早く場所を変えなければ、さっきの弓矢で狙撃位置がバレてしまう恐れがあった。

 けれど、その判断がもう遅い。本当であれば、藤丸立香を射抜けたかどうか確認する前に、アーチャーは退避するべきだったのだ。その絶好の機会を彼は自分から手放していた。

 だからこそ捉えられる。機嫌を損ねている死の王に。

 

 ___お前がやったのか?

 

 それが聞こえた時点で遅かった。アーチャーは唐突に吹き飛ばされた感触を覚え、そのまま大きく吹っ飛ばされる。あまりにも大きな衝撃に、アーチャーは手に持っていた弓を消滅させ、全力で受け身を取った。

 

「化け物め……」

 

 そう呪うように呟くと、次に出したのは2本の刀。雌雄一対の双剣〈干将・莫耶〉。

 それを出したところで何になるのか分からないまでも、アーチャーはそれらを構え体勢を立て直す。相手に距離を縮められた以上、無理に離れず接近戦に切り替えたのは良い判断だった。

 

「セイバー……ではないよな?」

 

 上を見上げれば、高台に一体の骸骨が立っていた。

 どんな術を使えば、遥か数キロ離れた地点から一瞬であそこまで移動できるのか。

 アーチャーはその謎を解こうと必死に頭を働かせるも、その態度は至ってクールを装う。

 しかし、アインズにはそんな心情が悟られているのか、骨の指で頭蓋骨を刺しながら「無駄な詮索はやめたほうがいいぞ」と告げられた。

 

「立香を狙うところを見ると、敵でいいんだよな?」

 

 溢れる殺意。お前は絶対に殺すと心臓を掴まれているような感覚。

 咄嗟にアーチャーは逃亡へと作戦を移行させる。アインズと真正面から戦うことの無謀さを、彼は気付いてしまった。

 

「逃げるなよ。毛色の違う相手を追いかけ回すのは無理なのか」

 

 そう聞こえた直後、ありえないほどの痛みがアーチャーの背中を襲った。

 肉が裂け、骨は砕き、街の大通りをアーチャーは転げ回る。霞む視界で見てみれば、なんとさっきの地点から相当長い距離を吹き飛ばされていた。

 

「人外め……。お前みたいな奴が何故出てくる……」

 

 アーチャーはそう言いながらも、砕けた双剣を捨て、新たな双剣を投影する。

 もう逃げることは不可能に近い。であるならば、少しでもこの化け物の体力をアーチャーは削ろうと考えていた。

 

「ほう、〈上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)〉みたいなものか。確かにそれなら私に傷をつけられるだろうな」

 

 アーチャーの投影魔術を感慨深そうに眺めたアインズは、サッと両手を広げる。

 

「……なんのつもりだ。化け物」

「ハンデだ。それで好きなだけ攻撃してもいいぞ」

 

 アインズはそれだけを告げると、そのまま後ろを振り向いた。

 アーチャーの思考が止まる。目の前で両手を広げ背部を見せる化け物の行動が彼には理解できない。

 誘っている? 罠か?

 そんな言葉が浮いて出てくるが、アインズがその気になれば罠なんて不必要でしかないだろう。それこそ、抱擁したままアーチャーを圧死させるなんてことは非常に容易い。

 で、あれば何が狙いなのか。アーチャーは手に握りしめた双剣を構えながら考える。不測の事態に備えて、身を低くし、いつでも駆け抜ける準備をする。

 

 けれど、アーチャーの思惑などアインズには関係なかった。

 アインズが現在行っているのは、自分への戒めと、キャスターに対する意表返しである。あの時、確かに彼はバーサーカーから逃げた。それは命の危険を感じ取ったからであり、恐怖を覚えたからだ。その時見せた咄嗟の反応は、確かに立香を裏切るものであった。

 ならば、今後そのようなことが一切ないと知らしめる必要がある。立香を置いて逃げず、向かう敵はすべからず殺し尽くす。そんな強固な意思を持たなければいけない。

 今回はそのためにも、アーチャーにわざと好きなだけ攻撃をさせるハンデを出した。それが相手を冒涜する行為だとしても、アインズはそれを強要する。

 だが、アインズは気づかない。それは間違った考えであるのだと。

 

 斯くして二人は、異様な空気のまま時を流す。アーチャーはアインズの一挙一動を観察し、アインズはアーチャーの攻撃を受け入れるようにして佇む。

 数秒。先に動いたのは、やはりと言うべきかアーチャーであった。

 握りしめられた二つの剣を、勢いよくアインズに投げ飛ばし、さらにもう1組を投影する。それを間髪入れずにアインズの胴回りへと投げ込み、それら4本がアインズの体目掛けて一斉に引き合わせれたタイミングで、ダメおしとばかりに3組目の夫婦剣を投影。そのまま切り込んだ。

 

「鶴翼三連っ!」

 

 アーチャー唯一のオリジナル剣技であり、回避不可能な絶技。それら全ての斬撃を喰らったアインズは、ゆっくりアーチャーへと向き直ると「それだけか?」と言って退けた。

 

「チッ! ___I am the bone of my sword.」

 

 アーチャーは負けじとさらに火力の高い宝具を投影する。

 イメージするのは最強の自分。それを念頭に置いて出したのは、偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)だった。

 弓と同時に出したそれを、アーチャーはアインズに近づいたままゼロ距離で発射する。

 

偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)

 

 真名解放とともに齎される絶大な威力。自身の身体を犠牲にしてでも、ゼロ距離で放たれたその宝具は、空間を削り取りながらアインズを射抜いた。

 一瞬、アインズの全体を覆うほどの魔力の奔流が吹き荒ぶ。それに効果ありと感じたアーチャーは、躊躇わずにゼロ距離で2射目を番った。

 

「並のサーヴァントなら即死だが、お前はその程度では死なんのだろう?」

 

 自身の宝具の衝撃に身を灼かれながらも、アーチャーは追撃を緩めない。

 相手が反撃できないほどの蓮撃を、アーチャーは続ける気でいた。

 

「我慢比べと行こうか……アンデッド」

 

 そのままアーチャーは持てる全力をアインズへと叩き込み続ける。

 効いている、効いていないなんてものは考えず、ただ己の全力を彼は出し続けた。

 しかし、それもいずれ限界がくる。

 総数43本を迎えたあたりでアーチャーの腕は完全に上がらなくなっていた。最初に受けたダメージが原因というのもある。しかし、ゼロ距離で撃ち続けた結果、自身の宝具の余波でアーチャーの腕は使い物にならなくなっていた。

 

「終わりか?」

 

 アインズがそう問うも、アーチャーは何の返事もせずに上がらない腕で投影を続ける。

 体を見てみれば、所々から皮膚が剥がれ落ち、筋肉が丸見えの状態なところがあった。

 あまりの絶望感に、アーチャーは自然と舌打ちを鳴らす。今更気がつけば、あと数メートルのところまでキャスターと、もう一騎のサーヴァント反応が迫っていた。どうやら、さっきまでのやり取りの間に、ここへと駆けつけてきたらしい。

 

「さて、そろそろ決着をつけようと思うがいいかね?」

 

 アインズはそう言って、動かない案山子となったアーチャーの頭を鷲掴み、持ち上げる。それになんの抵抗もできない彼は、ただ成されるがままアインズを見下ろした

 

「アンデッドが……」

 

 苦し紛れに放たれる言葉。忌々しそうに、ただ恨めしそうに零れては消える。

 アインズはそれになんの感想も抱くことはなく、段々とアーチャーの頭を握る力を強めていった。まるで作業のように、プレス機械がバスケットボールを押しつぶすように。

 

「安心しろ。お前に恨みはない。だが、少しだけ___そう、少しだけ鬱憤を晴らさせてくれ」

 

 その言葉と共に、アーチャーの耳に飛び込んできたのはミシミシという不快な音。骨が軋み、肉が裂ける体の悲鳴。

 アーチャーはアインズが何をしようとしているのかを悟り、最後の力を振り絞って莫耶を突きつける。だが、そんなものアインズにとっては止めるだけのダメージ量ではなかった。

 

「き、様……、やはり貴様は……アンデッドだ……!!」

 

 ガキン、ガキンとアインズの腕に当てられる莫耶。それをまるで意に返さないアインズはさらに骨の手へと力を込めた。

 

「どうせ死ぬんだ。どんな死に方でも同じだろ」

 

 軽口が聞こえてくる間も圧力は段々と強まっていく。頭部の異様な圧迫は耐え難いものへと変わっていく。脳への血液の循環が疎かになり、息苦しささえ感じられる。

 意識が消えそうで、消えれない。

 痛みによる覚醒が、脳を無理矢理叩き起こす。

 莫耶による攻撃が意味をなさないと知ったアーチャーは偽・螺旋を投影する。弓を番うことはできなくても剣自体を相手に叩きつけることは可能だ。しかしそれもアインズへと叩きつけられた瞬間、幻想のように儚く消える。もうこの事実は覆らないと教えられているようで、アーチャーは必死にアインズの腕をへし折ろうとした。

 

「お前がどんな理由であの子を殺そうとしたかは知らないが、この〈アインズ・ウール・ゴウン〉に喧嘩を売ったことだけは後悔させてやる」

 

 その言葉が死刑宣告。

 アーチャーは破れかぶれに暴れ回ったが、どれも通用せず、とうとうアインズの手によってその頭部が粉砕された___。

 

 ゴボゴボと血を大量に撒き散らす。見えてはいけない脳漿がアインズの手から飛び出し、眼球がぼとりとアインズの足元へ落ちた。

 必死に逃れようとしていたアーチャーの体はもはやビクビクと痙攣を繰り返すだけのものへと成り下がっている。

 少し経てば、そんな汚れた残骸も光の粒子となって消えていく。バーサーカーが消滅した時のように、アーチャーの肉体も一片残らず天へと散った。

 

「おい、なんだあの殺し方は」

 

 アーチャーの消滅を確認したアインズの背部に声がかけられる。振り向けばそこにはキャスターが陰鬱な表情をして立っていた。

 

「”中途半端なこと”はしないようにした。お前の言う通りにな」

 

 アインズはそう言う。

 アインズからしてみれば、キャスターに言われた通り相手には徹底的な絶望と死をプレゼントしたに過ぎない。

 ___中途半端なことをするな。

 それを彼が正しく解釈していなかったことにキャスターは頭を抱える。

 

「それはそういう意味じゃねぇ! 相手を弄んで殺すことが必要なことのはずねぇだろ!」

「さっき殺した奴にも言ったが、どうせ同じ死なんだ。どう死のうが変わらない」

 

 アインズはそれだけを告げると立香たちの元へと歩み寄った。

 

「立香。俺はお前の力になりたい」

 

 改めて告げるアインズ。この世界に来た意味を成し遂げるために。

 しかし、そう告げられた立香はアインズの顔を見て、ゆっくりと首を横に振るのだ。

 

「今のアインズじゃ無理だよ」

 




私はきっと紅茶ファンに殺される。


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最終話

「この洞穴の奥にその騎士王アーサーがいるの?」

「ああ」

 

 オルガマリーの声が一同の間で響く。

 その言葉に頷いて答えたのはキャスターだった。

 

「このまま真っ直ぐ進めば嫌でもあの王様がいるぜ。否が応でも、それで最終決戦だ」

 

 サッと杖を払えば、それに合わせて立香たちの視線もそれに釣られる。

 洞穴奥に待ち受けるのは、間違いなくセイバーのクラスでも最強レベルの英雄。これまでの戦闘とは比べ物にならない苦難が待ち受けているだろう。

 それを全員が感じ取っているのか、皆沈痛な面持ちをしたまま動こうとしない。

 いや、きっとそれだけが理由ではないのだ。

 一同の中でも、まだ新参者に部類されるイリヤはそっと後ろを見た。

 そこに居るのは、立香に「今のアインズじゃ無理だよ」と言われてから口を開こうとしないアインズである。彼はここに来るまでの道中、索敵をするわけでもなく、かといってダラけるわけでもなく、ただ一同の三歩後ろに付いていた。そんな彼の静けさがみんな不気味に感じているのかもしれない。アインズの表情は骸骨のため判断が付かず、こちらから話しかけても彼は全く返事をしなかった。

 対して、次にイリヤは前方を見る。

 そこには怒った表情を浮かべている立香がいる。こちらもアインズと同様、先程の一件以来、立香はこの表情のまま一言も発さずにいた。

 

「と、とりあえず、進むしかないわね……! キャスター、最後まで道案内を頼めるかしら」

 

 オルガマリーが立香を見て、空気を変えようとそう言う。

 キャスターもそれに合わせるように髪の毛を軽く掻き上げると、「はいよ」と言って暗闇に溶け込んでいった。

 

「マシュ。何があるか分からないけど私たちを守ってちょうだい。今はあなたのその盾が重要だわ」

 

 テキパキと指示を出していくオルガマリーにマシュは「はい」と短く返事をする。

 立香とアインズが使えない以上、それ以外のメンツでこの状況を乗り越えなくてはいけない。当然、今まで彼女たちがやっていた分の仕事を振り分ける必要がある。イリヤも何か力になれないか考えた末に、自身の髪の毛を媒体とした使い魔を形成することにした。

 

「私も少し索敵に協力してあげるわ。何かあったらこれで感知できるから」

「感謝はしないわよ。この状況だと当然ですから」

「別にそんなもの欲しくないから、良いわ」

 

 イリヤがそうくすっと笑うと、オルガマリーは頭を抑える。

 本来あるべき魔術師同士、オルガマリーとしてはあまりイリヤの事を快く思えないのかもしれない。

 

「それにしてもかなり深いですね。これが自然の力というものでしょうか」

 

 周りを見渡しながらそう告げるマシュにつられて、オルガマリーとイリヤも削られた岩肌を見やった。

 

「いえ、これは人工的なものよ。長い年月をかけて魔術師が地下工房として作り上げたんでしょう」

 

 オルガマリーの言う通り、これは自然の力だけでできたものではない。人工的、魔術的な力がこの洞穴には加えられている。

 それを証拠づけるように、この入り口には魔術的に分からないような細工がされていた。それは秘匿を大前提とする魔術ならではのこだわりがあるのだろう。

 

「オルガマリーの言う通りよ。18世紀に開始された聖杯戦争。その基盤となるものを冬木に設置するために作られたが、ここだもん」

 

 それがイリヤの知る聖杯戦争の歴史。後に御三家と呼ばれる魔術師の家が作り上げた最高峰の魔術儀式の概要である。

 けれど、その説明で目を丸くしている人物がいた。

 ___オルガマリーである。

 

「何を言っているの……? 聖杯戦争が開始したのは2004年よ。後にも先にも、それ以外存在しないわ!」

 

 逆に、その言葉にイリヤはぎょっとした。

 2004年___それは自分が参加していた第五次聖杯戦争が起きた年月だ。それ以降、聖杯戦争が起きていないと言うのであれば、まだ納得がいく。しかし、それ以前にも聖杯戦争が行われていないというのはおかしすぎる歴史であった。

 

「オルガマリーこそ何を言っているの? 聖杯戦争はこれで五度目よ」

「そんなはずないわ! 公式的に記録されているのは、2004年に起きた冬木の聖杯戦争のみ! 最初で最後の聖杯戦争だと言われているのよ!? ま、まさか、カルデアスの問題はこの歴史の衝突(コリジョン)が原因……? それとも並行世界の侵食が始まっているの……?」

 

 ぶつぶつと呟きながら考え出すオルガマリー。

 これが普通の魔術的な話であればイリヤも少しは推察できた。しかし、この歴史、引いては並行世界の話になってくるとイリヤでは門外漢である。せめて、数少ない魔法使いとして知られる宝石翁ゼルレッチでも連れてこなければ、話が進まない。

 それはオルガマリーも同様であったのか、数分ほど悩んだ末に彼女はそれらを投げ出した。どう推察しようにも確認のしようがないし、まず情報が足りなさすぎる。元凶であるセイバーであれば、何か知っているかもしれないが、キャスターの話を聞く限り、素直に教えてくれそうになかった。

 

「とりあえず、進むしかなさそうね」

「……ええ。それが手っ取り早そうです」

 

 イリヤとオルガマリーがお互いにそう納得すると、前方に紫色の光が漏れているのが見えた。

 どうやらこの先が最終決戦場となるらしい。その証拠に、前方で索敵を務めていたキャスターが、光の漏れる場所から少し離れて立っていた。

 

「おう、こっちでも奴さん確認できるぜ。前見た時と変わらず、案山子みてーに突っ立ってらぁ」

 

 キャスターは奥にいるアインズと立香を一瞥し終えると、次にオルガマリーへ向かって報告する。オルガマリーもキャスターが言わんとしていることを察したのか、静かに頷いた。

 

「藤丸ッ、ちょっとこっち来なさい!」

 

 そう言って、後ろで無言を貫いていた立香を引っ張り出す。彼女は彼女で突然のオルガマリーの対応に驚いたのか、目を丸くしていた。

 

「あなたは何も知らない一般人にしては良く頑張ったわ。マスターとして、何より”カルデアの一員”としてね。あなたがここにいなければここまで上手くはいかなかったでしょう」

 

 オルガマリーはそう言って立香の頭を優しく撫でる。

 

「そして、これが正真正銘、最終決戦であると言うのならば、この場を締め括るのはあなたの言葉が正しいと私は思うの。作戦の考案は私がしたとしても、それを伝えるのは一番の功績者である藤丸立香、あなたの役目よ」

 

 誰もがその言葉に頷きで返す。オルガマリーの言う通り、彼女がここにいなければきっともっと前の段階でカルデアは詰んでいただろう。

 マシュは生きることを諦め、オルガマリーはスケルトンの群れから助かることはなく、キャスターは未だ終わりの見えない聖杯戦争に甘んじていたに違いない。

 誰もが欠けてはいけないピースであった。それを埋めてくれたのは間違いない藤丸立香と言う少女である。

 イリヤはそんなカルデアのメンバーを見渡しながら、心苦しそうに笑う。なぜなら、自分たちの後ろにいるアインズが、そんな光景を妬ましそうに、羨ましそうに見ているのだから。

 

「さあ、最後の音頭はあなたで決めなさい」

 

 オルガマリーはそう言って、一歩後ろに下がる。まるで立香を立てるように、自身の身を影へと忍び込ませた。

 

「……勝とう! 勝って、カルデアに帰ろう!」

 

 そう言って立香は快活に叫ぶのであった。

 

 

 

 

 アインズは目の前の光景を妬ましそうに眺め続けた。

 立香から「今のアインズじゃ無理だよ」と言われてから、彼は一言も言葉を発していない。それなのに、彼女たちに付いて回っているのは、もはや惰性としか言えなかった。

 なんでこんなところに立っているのか、自分は何がしたいのか。そんなことすら今のアインズには分からない。

 ただ必死だった。ただ必死にこの世界で恩義のある藤丸立香の力になろうとした。それだけだ。それだけしかアインズには無かったのだ。

 それなのに恐れられ、疑われ、あまつさえ否定された。

 アインズの心にはぽっかりと大きな穴が空いている。かつての仲間たちが去って行った時のような深い絶望感が彼の体中を走り回っている。

 それがとても鬱陶しい気持ちにさせ、さらに怒りが心のドス黒い部分から湧き出てくる。その度にそれら感情は沈静化され、冷静な頭で先程の出来事を考えさせられる。

 

(怒れないことがこんなに辛いなんて知らなかった……)

 

 ため息をつきたい気持ちを必死に堪え、アインズは無いはずの喉奥を締めた。

 

「それじゃ行くよ! キャスターは後衛でマシュが前衛! 下手な連携はつけ込まれるから、マシュが相手の攻撃を受け切った時に、キャスターが宝具で仕留めて!」

 

 立香が元気よくそう指示を飛ばすと、マシュとキャスターが頷き光源へと走り出す。それに合わせて、立香、オルガマリーと言う順で走って行った。

 アインズはその後に続くか逡巡する。

 さっき、立香はアインズの名前を出さなかった。つまりそれは、本当の意味で今のアインズを彼女は使う気がないということ。宣言通り、彼女はアインズを戦力として見ていないということだった。

 そんな中、アインズが彼女たちの近くにいていいのだろうか。そんな気持ちが強くなる。ここで静観しておくべきなのではないだろうかと悪魔が囁く。

 

「行かなくていいの?」

 

 そんな中、アインズと同じく立香達とともに行かなかったイリヤが隣に立っていた。

 アインズはそんな少女の姿を一瞥すると、何も言わずに上を見上げる。

 

「別に私はどんな選択をしても命の恩人であるあなたを責めたりはしないわ。それがアインズの選択なら、それはきっと間違いじゃ無いんだと思うの」

 

 なんて甘い言葉だろうか。自分の全てを肯定してくれるなんて、戯言でしか無いとアインズは知っている。

 しかし、今だけはその戯言に興じたいと思ってしまう。何も考えず、何も思い出さず、自分という殻に引きこもっていたい。そうすれば傷付かずに済むから。そうすれば、求めすぎずに済むから。

 

(そうだよ。今までだってそうしてきたじゃないか。仲間たちが去るときも、嫌なはずなのに見送ったりなんかして、いつだって俺は静観してきたじゃないか……)

 

 自分の気持ちに蓋をして、相手の事情ばかりを優先させてきた。自分の感情なんて二の次で、それでも楽しいと思えていた。自分が気持ちを発散させるときはいつだって相手の迷惑にならないことばかり。相手に嫌われそうなことは絶対にできない。人間であればそれは最大の美徳なはずだ。誰かに合わせ、誰かを立てる。一緒にいて気持ちがいいと思われる人種の動きをアインズはしてきた。

 今まで友達なんて居なかったアインズはどこまでやっていいのか分からず___

 早くに家族を失ったアインズは、認めてくれる者がいないせいで自己評価が低い___

 今まで甘えられるような彼女なんて出来やしなかった___

 

 引っ込み思案で臆病な生き物。それがアインズの中身、「鈴木悟」という名の人間である。

 

(俺の手に残っているものは過去の遺物……か)

 

 最後の最後まで放り出せなかった、アインズ・ウール・ゴウンの象徴。

 仲間達と作り上げた思い出の結晶。

 今でも胸を張って自慢できる唯一の代物。

 そんなギルド武器がゆらゆらと不気味なオーラを揺らめかせる。

 

(この戦いが終わったら身を隠そう。英霊がいる座と言う場所に行けば、何かあるかもしれないしな)

 

 そんな不確定な未来に思いを馳せながらアインズは、そっと眼前に広がる戦闘を眺めた。

 

 が、その瞬間___

 

 アインズとイリヤに向けて飛んでくる1つの肢体。

 

「ぐぅッ!!!」

 

 飛んでいったそれを見れば、明らかに尋常ではないほどの傷を負っているキャスターが横たわっていた。

 

「騎士王……アーサー」

 

 イリヤはキャスターが吹き飛ばされた方向を見ながらそうつぶやく。

 アインズも何が起きたのかと思い、正面を向けば、そこにいるのは禍々しい黒の鎧を装着した金髪の少年……いや、少女が一人立っていた。

 どう見ても、今まで見てきたサーヴァントと別格の性能を誇っているそれは、剣先をマシュに向けて不敵に笑う。

 

「盾か、構えるがいい名も知れぬ娘」

 

 アーサー王はマシュの盾を見ながら告げる。

 

「その守りが真実かどうかこの剣で確かめてやろう!」

 

 アインズが助けに入るべきか悩んでいる間に、アーサー王はマシュ目掛けて飛びかかり、黒く濁ったエクスカリバーと思われる聖剣を振り下ろした。

 咄嗟のところで盾で防いだマシュは、しかしその場に踏ん張ることができなかったのか大きく吹き飛ばされる。

 

「柔いな」

 

 そう断言するアーサー王。彼女の予想をマシュは下回ってしまったのかもしれない。

 吹き飛ばされたマシュを、心配そうに立香が見つめる。戦闘というものにあまり慣れていないのか、よくみれば立香の体は少し震えていた。

 アインズはそんな状態を見ても、何もできずに踏鞴を踏む。

 

「悩んでる暇はないわよ、アインズ。あなたが助けに入らなきゃ、きっと全員死んじゃうわ」

 

 イリヤは冷たくそう囁いた。

 しかし、そんな事はとうにアインズ自身が一番わかっている。

 目の前にいるあれは、ユグドラシルでもレベル70〜80はあるであろう、この世界でいうところの化け物だ。サーヴァントとしての規格を超えているような気さえする。そんなものにマシュが単騎で挑み続けても結果は見えているだろう。

 残り数分もしないうちに、マシュはおろか、その後ろにいる立香たちさえ屠られてしまう。

 だが、そんな状況に陥った今でも、アインズに参戦する気力は湧かなかった。

 それは立香に言われた言葉が自分の中で大きな杭として刺さっているから。これ以上、何かしたら本当に嫌われてしまうのかもしれないと独りでに考えてしまうから。何より、彼は人間の不幸というものに対し真摯になれずにいた。

 アインズの精神的弱さとアンデッドの特性が合わさり生まれた悪循環。最早、アインズは人間であることすら許容して、それを享受している。そんな彼の心に響かせられる言葉を吐くには、”助けられただけ”のイリヤには難しかった。

 

「早く立て。立たないならこちらから行くぞ」

「くうっ」

 

 聖剣から黒いビームを出し、その推進力を利用してマシュへ斬りかかるアーサー王。それのせいで、またもやマシュが大きく後ろへ吹き飛ばされる。土埃を舞い上がらせながら、地面に転がる姿は誰が見ても無様と言いたくなるようなものだろう。彼女の目を見てみれば、完璧に怯えきっているような目をしていた。

 

「この程度で根を上げるのか?」

「はあ…はあ…」

 

 聖剣を地面に叩きつけ、衝撃波だけで攻撃するアーサー王を見れば、完全に弄んでいるようにしか見えない。

 一方的に蹂躙されるマシュの姿を見て快く思う者など誰もいないだろう。その証拠に、立香も、オルガマリーも、イリヤでさえも苦い顔をしていた。

 そんな時、とうとう居ても立ってもいられなくなったのか立香は彼女へ駆け寄ろうとする。

 けれど、それをオルガマリーはすぐに止めた。正しい判断だ。今、立香がマシュのところへ行ってできることなど何一つとしてない。足手まといになって、共にあのアーサー王の剣で斬り伏せられるだけだ。無駄死にもいいところである。

 所長もそれがわかっているのか、己の悔しさを心の奥底にしまいながらもマシュを見届けるという選択をしたらしい。

 

「さて、もう試すこともないだろう」

 

 興が醒めたのか、アーサー王は残酷にもそう宣言した。

 

(二人がやられた今、狙うは俺か)

 

 そう冷静に考えて、アインズは厄介そうにスタッフをアーサー王と思わしきサーヴァントに向ける。

 相手が向かってくるというのならば、アインズもそれを迎撃する。自分の身を守るためでしか、今のアインズはその力を振るう気にはなれなかった。

 

「まだ終わってない!」

 

 しかし、アーサー王がアインズに向かってくることはなかった。

 剣先を向けた先、そこに立ち塞がる者が現れたからだ。

 アインズはそれに対し目を剥く。あり得ないと思いながらも、その光景をまじまじと見つめる。

 アーサー王とアインズの間に割って入ったもの、それは紛れもないアインズを見限ったと思われる藤丸立香の姿だった。

 

「邪魔をするか星見のマスター」

 

 アーサー王は面白いものを見れたと言う表情で剣を振り上げると、大きく魔力を激らせた。

 代わりに、アインズは向けていたスタッフを降ろす。自身に向かってこないと分かった途端、彼は戦闘態勢を解いた。

 

「健気な心構えだが、生憎、言動には力が必要ということを知るがいい」

 

 後ろのアインズなどお構いなしに、振り下ろされそうになる漆黒の剣。その威力は先ほど推進力として使ったものとは比べ物にならない。当たってしまえば、確実に人の体を一瞬で吹き飛ばしてしまうほどのものだろう。

 

「アインズ、本当に後悔しない? 今ここであれが放たれたら、きっと立香は死んでしまうわ」

 

 最終確認とでもいいたげに、イリヤはゆっくりとそう問いかける。

 

(死んでしまう? だからって俺がそれを助けるのか? 俺は立香の力になれないってはっきり言われたんだぞ。 だって、それに、死んだところで蘇生させればいいだけだ……)

 

 そう、最悪死んでしまっても蘇生をすれば藤丸立香という少女は助けられる。それはイリヤの件で立証済みだ。

 

(だけど、本当にいいのか? 立香が死んでも俺は後悔しないのか?)

 

 想像してみる。あの漆黒の波に飲まれ朽ち果てる立香を。

 アンデッドになって誰も信用してくれない中、唯一助けてくれた彼女の亡骸を。

 ちくり。

 胸が痛む。

 ズキズキ。

 なくなったはずの心臓が痛む。

 それに呼応するようにギルド武器が悲しげに揺らめいた。

 

(俺は何がしたかったんだ? 俺がこの世界に来た理由はなんだ?)

 

 考えて、考えて、考えて、考えて、考えて、考えて、考えて、考えて、考える___。

 

 最後の時を自分だけしかいない円卓で寂しく過ごした。

 過去の遺物を胸に抱きながら、その悲壮感を吐露した。

 自分だけが取り残されてしまったという孤独感に苛まれながら、アインズは必死に懇願したのだ。

 

 

 

『神様。どうか、どうか、一つだけ願いが叶うのなら俺は___、もう一度幸せになりたい』

 

 

 

 それに気づいた瞬間、アインズは、さっきまで出せなかったはずの声を咄嗟に立香へと掛けた。

 

「っ、そこから離れろ立香!!」

 

 けれど立香はアインズの言葉に首肯しない。

 絶対にそこから退いたりしない。

 彼女は首を横に数回振ると、後ろにいるアインズに目もくれないで高らかに叫ぶ。

 

「アインズ! 私は怒ってるから! なんでもかんでも一人で背負い込んで、溜め込んで、助けてって頼ってくれない! そんなアインズに私は怒ってるから! アインズが私を頼らないなら、私だってアインズに頼らない!!!」

 

 立香はそう言って右手に灯った令呪を前方へ翳す。

 

「ごめん、マシュ。無理をさせるけど、今だけはその無茶に付き合って」

 

 それに呼応するかのように令呪は紅く煌めく。アインズに令呪を使った時と同じように、それは立香の意思に反応して、溶けて消える。

 それと、同時。後方で倒れていたはずのマシュが全員の前に立ちはだかるように転送され、彼女はなけなしの力を使い、己の盾を地面へと突き立てた。

 

「了解。マスター! 私も概ねその言葉には同意です。アインズさんにはまだあの時のことを謝れていませんので!!」

 

 そう言って叫ぶマシュの顔は、さっきまでの死んでい表情と違い、明らかに生気を取り戻していた。

 そんな、負傷など知らないと言わんばかりの強い言葉にアインズは思わず眩暈を覚えた。

 言葉にならない感情が湧いてこぼれ落ち、精神の抑制なんて知らないと言わんばかりに、アインズの心は激しく波打ち続ける。

 

 なんだこの感情は、なんだこの気持ちは、なんだこの胸の高鳴りは。

 

 無くしていたものを見つけられた時の高揚感。

 思い出せない記憶が、再び蘇った時の幸福感。

 アインズの体は、アンデッドとは思えないほどに温かいもので満たされていく。

 

「負けません。先輩も、アインズさんも、キャスターさんも、所長も、イリヤさんも、私が誰も傷付かせない!!」

 

 その気持ちがトリガーとなったのか、はたまた立香の令呪がトリガーとなったのかは分からない。ただ事実として言えることはマシュの盾がみんなを守るように、大きく、そして硬く宝具を発動させたということのみ。

 こうなれば彼女にとってやることは一つしかなくなった。アーサー王の攻撃を受けきること。是が非でも、相手の攻撃を打ち砕くこと。

 きっと、その後のカウンター攻撃など考えていないのだろう。彼女の真価は誰かを傷つけることではなく、誰かを傷つけさせないことにある。

 マシュは一呼吸入れた後に、自身を奮い立たせるため喉を壊す勢いで咆哮する。

 

「はああああああああああああ!!!」

 

 声に合わせて盾から青白い色をした城門が具現化される。

それはどこか覚束ないながらも、確かに他を寄せ付けない結界のように見えた。

 

「宝具……」

 

 マシュの後ろで所長がそう呟く。

 これが彼女にとって正真正銘の全力なのだろう。

 

「ふ、面白い___。なら、受けてみるがいい」

 

 禍々しい黒い力の奔流が、アーサー王が携える聖剣に集まる。風は吹き荒れ、アーサー王を起点とした一定の空間では空気の渦が作り上げられた。

 何もかもを飲み込んでしまいそうなその光景は正しく聖剣の所業。これが伝説に名高いエクスカリバーとその保有者として認められたアーサー王の実力なのか。

 

「真名解放! 約束された勝利の剣(エクスカリバー・ モルガーン)!!!」

「あ”ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 マシュ目掛けて放たれたそれは破壊の一撃。思わず苦痛の声を漏らさずにはいられないのか、少女特有の甲高い叫び声を響かせる。それだけマシュにとって、アーサー王の攻撃は凄まじいものなのだろう。受けていないアインズには分からないが、あの様子を見る限り、マシュがあの攻撃を受けるのは力不足でしかなかった。

 攻撃の余波によって辺りの土埃は舞い上がり、視界すらも悪くなってきた。マシュの体は次第に見えなくなりつつあり、あと数秒もしたら黒い闇に飲み込まれてしまうのではないかと思ってしまう程だ。

 だがそれでも、闇の隙間から見えるマシュの目は死んでいない。相手に負けるつもりは無いのか、盾に込める手の力も次第に強くなり、ついには一歩、相手の力を押し返すように踏み出した。

 

「負けない、負けたくない……。私は、私たちはまだ負けてない!!!」

 

 そう言って、最後の令呪を溶かした立香はマシュにありったけの魔力を注ぎ込んだ。

 

「勝って、マシュ!!!」

 

 その言葉が放たれたタイミングで、漆黒の闇がアーサー王に跳ね返される。アーサー王はそれに軽く舌打ちをすると、跳ね返された力を避けるように盛大に飛び退いた。

 一秒もしない後、漆黒の闇が豪快な爆音と共にアーサー王がいた地面に直撃する。

 マシュはそれに安心したのか、はたまた力を使い尽くしてしまったのか、その場に倒れ伏してしまった。

 

「ここからどうするか、もう決まったんだよね」

 

 イリヤは倒れてしまったマシュを見つめながら、アインズの骨の手に触れる。確かな温かみのある掌からは、なんとなく優しさが伝わったような気がした。

 だから、アインズは「ありがとう」だけイリヤに告げる。自分が悩んでいた時も、彼女はアインズのために、後悔しないようずっと問い続けてくれたのだから。

 

「立香ァ!!」

 

 洞穴にいる誰もが耳を塞ぎたくなるほどの声量。アインズはそれだけを叫ぶと、イリヤの手を離し、レベル100のステータスで盛大にジャンプした。

 

「一つ、頼みがある」

 

 アインズはそう言って立香の隣に降り立つ。

 それを横目で見ながら立香はにぃっと笑った。

 

「なに?」

「これが終わったら俺と冒険してほしい。どこでもいい。青空や、山、海や、街並みなんかを見にいこう。きっと、それは楽しいだろうから」

 

 アインズのその頼み事に、立香は一瞬ポカンとして、肩の骨を叩いた。

 

「もちろん! 絶対楽しいよ! マシュやみんなを連れて見にいこう!」

 

 立香から同意を得られたアインズは、それに対しゆっくりと頷いた。

 ともなれば、もうこんな不毛な戦いはさっさと終わらしてしまおう。

 アインズは過去の遺物である杖をサッと前に突き出し、悠々自適に語る。

 

「と言うことだ、アーサー王。悪いがお前は手荒に殺す。___〈魔法持続時間延長化(エクステンドマジック)時間停止(タイム・ストップ)〉」

 

 その呪文を唱え終えると同時に、世界は全て停止する。

 隣で微笑んでいる立香も、少し離れた位置で倒れているマシュも、後ろで心配そうにしているオルガマリーやイリヤも止まっている。

 アインズは時間停止している間に、最大級の魔法をいくつも発動させ、時間停止解除後にアーサー王へ仕掛けるように細工をする。

 いつぞやのキャスター戦で披露した妙技だが、時間停止に抗う術の無いこの世界の住人にはこれで十分であろうと考えていた。

 

「ほう、時間を止めるか。アンデッド」

 

 が、どうやら見通しが甘かったらしい。

 魔法を発動しようと手を翳したところで、アインズ以外の声が停止した世界に響き渡る。

 

「時間停止の対抗策を持っていたのか?」

「いや。正確には勝手に対抗したと言った方がいいな。私自身は何もしていない」

 

 そう言って見せるのは何かの水晶体。黄金に煌めくそれは、神秘的なまでの美しさを醸し出している。見たところ、神話級、もしくは世界級といったところか。

 どちらにせよ、普通のサーヴァントをここまで大幅に強化できる代物だ。尋常じゃないスペックがそこに眠っていると言っていいだろう。

 

「これは聖杯と呼ばれるものだ。この力があれば時空を越えることができる。今回の現象はこれのせいだろう」

 

 アーサー王はそれだけを言うと、再びその水晶体を手元にしまった。

 

「さて、これはいつまで続く? 私はこの状態で初めても構わないが、マスター達が動けなければお前も殺り合えないだろう?」

「随分と自信があるようだが、勝てると思っているのか?」

「そちらこそ甘く見たものだ。私は聖杯を獲得しているサーヴァントだぞ。並のサーヴァントと一緒にしない方がいい」

 

 そう言うや、アーサー王の姿が一瞬にしてかき消える。先ほど、マシュが転移した時のように、アーサー王も聖杯の力を使い瞬間移動を行なった。

 

「過程を飛ばし結果を得る……。最上の魔術礼装だな、聖杯は」

 

 声が聞こえた瞬間にはもう遅い。いつの間にかアインズの懐に潜り込んでいたアーサー王は一瞬で魔力を溜めた最高出力の聖剣をアインズへと振りかぶる。

 

約束された勝利の剣(エクスカリバー・ モルガーン)!」

「チッ、〈飛行(フライ)〉!」

 

 アインズは相手の聖杯の効果を恐れ、立香を抱えて上空へと逃げる。

 しかし、アーサー王は避けられることが分かっていたのか、その場で身を華麗に捩らせると、そのまま上空へと飛び上がった。

 

「〈魔法位階上昇化・魔法の矢(ブーステッドマジック・マジックアロー)〉!」

 

 アーサー王を迎撃するべく、アインズは大幅に強化した10本の魔法の矢を投擲した。

 とその詠唱終了と同時に時間停止の効果が切れる。停まっていた世界は再び稼働を始め、生物は意識を覚醒させた。

 

「え、え、えぇ!? なんで私アインズに抱えられて飛んでるの!?」

「あまり騒がない方がいい。舌を噛むぞ、立香」

 

 時間停止が切れたせいで立香の時間も動き出し、突然の出来事に困惑の声を上げた。当然、彼女からしてみれば先ほどまでアインズと話していたのに、気がついたら上空に浮かび上がっているのだ。催眠術だとか超スピードだとか、そんなちゃちな現象じゃないだろう。

 そんなやりとりをしていると、アーサー王はアインズから放たれた矢を回避するために、強引に空中で方向転換する。だが、通常の避け方では直撃を防げれない魔法の矢は問答無用でアーサー王に着弾した。

 

「ぐぅ!!」

 

 負けじとアーサー王は空中でアインズに向けて聖剣から魔力の塊を撃ち出した。

 

約束された勝利の剣(エクスカリバー・ モルガーン)!」

 

 視界全域を覆うほどの闇。

 アインズはその一切合切を薙ぎ払うためにギルド武器を横一閃に振るう。

 

「小賢しいっ」

 

 しかし、闇を薙ぎ払った時にはすでに視界からアーサー王の姿は消えていた。

 どこに消えたのかと思い辺りを見渡すよりも先に、アインズの背中に何かが刺さる衝撃が走る。

 

「堕ちろ」

 

 その言葉とともに撃ち出される壮絶な魔力の塊。アインズは自身の身にダメージが入るのを感じながら、力に抗うように振り向いた。

 アーサー王はそれを見て、アインズから反撃が来ると思い、先ほどと同じく聖杯を使って瞬間移動しようとする。

 

「逃げるなっ! 〈次元封鎖(ディメンショナル・ロック)〉!」

 

 アインズの唱えた魔法により、転移魔法によって効果範囲外へとの逃走は不可能となった。

 それに軽く苛立ちを覚えるアーサー王だが、それはそれで好都合だと闇の奔流を横一文字で放出する。それを見たアインズは相手が聖剣によるビーム放出以外に攻撃方法が無いのだと悟り出す。

 

「〈魔法三重化(トリプレットマジック)骸骨壁(ウォール・オブ・スケルトン)〉」

 

 地上にいるマシュやイリヤたちを庇うように大きく魔法を発動させたアインズは、立香を背中に移すと、そのままスタッフをアーサー王に投げ飛ばす。矢継ぎ早に行われる戦闘に、背中に移った立香は気が気じゃなかった。

 

「武器を自ら手放すとは、愚かだな!」

 

 アーサー王はそれを愚行と判断し、その杖をどこか遠くへ叩き落とそうとする。それが間違いだとも知らずに。

 叩き落とされそうになったスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンは、当初から組み込まれていた自動迎撃システムを発動させる。

 〈炎の嵐(ファイヤー・ストーム)

 火の宝玉を光らせて発動した魔法は、炎の範囲攻撃。それだけにアーサー王の視界は炎に包まれる。

 

「チッ、厄介な」

 

 そう言ってアーサー王は聖剣を巧みに使い炎の嵐をかき消そうとする。上下左右、乱雑に振っているように見えて、その実なんとも美しい剣さばきだ。ものの数秒程度で、彼女は己の周りに渦巻く炎を消しとばしてしまった。

 しかし、アインズはそんな彼女の行動よりも早く、素早く手元に戻ってくるスタッフを握り締めると、後ろの立香に気を使いながら高らかに手を上空へと上げた。

 求めるのは相手を一撃で葬れるだけの威力。

 さらに、決して約束された勝利の剣(エクスカリバー・ モルガーン)では弾き返せないだけの圧倒的質量である。

 そこから導き出される答え、それは第十位階の魔法にあった。

 

「〈魔法最強化(マキシマイズマジック)隕石落下(メテオフォール)〉!!」

 

 その魔法が意味するのは「死」であった。

 誰がなんと言おうとありえない事象が目の前で起きている。大気を切り裂き、熱を帯びて落下する石の塊。星型のそれは綺麗に輝いては絶望と共に降り注ぐ。

 アーサー王を含め、その場にいる全員が息を呑み、唖然とした。

 そう、あの物体は間違いなく星なのである。嘘でも方便でも無く、まさしく星そのものがアーサー王の上空より飛来してきた。

 

「これが、星の判断か……」

 

 アーサー王はどこか悟った表情を浮かべ、その隕石に身を委ねた。この隕石を返り討ちにしようとしたところで、きっと後ろからそれ以上の攻撃をアインズが放っていたことだろう。どちらにせよ、転移を奪われた時点で彼女は詰んでいた。

 圧倒的質量に押し潰される感覚。身を焦すほどの熱量が全身を灼き、骨を焦す。

 アーサー王はその痛みに抗うこともせず、ただ自然にその身を崩壊させた。

 

「勝った、んだよね?」

 

 背中に張り付いていた立香がゆっくりとそう確認する。

 アインズは少し警戒した後に、立香へ「そうみたいだ」と返した。

 二人して、そんな実感できない勝利の余韻に笑みを浮かべると、いきなり浮遊感が体から消え去る。立香はその感覚に悲鳴をあげ、アインズは咄嗟にもう一度〈飛行〉を掛け直す。

 もう少しで味わいたくもないバンジージャンプを味合わされるところだった。

 

「なんだ、終わってたのか?」

 

 そんな声に気がついて見下ろせば、豪快に笑って現れたキャスター。体のあちこちに傷を負ってはいるものの、無事そうだ。

 アインズはそんなキャスターを見ながら、どう声をかけようか悩んだ。

 

(謝った方がいいのか?)

 

 うじうじ考えながらも、とりあえず立香を降ろすため地上に降りるアインズ。それを見たキャスターはアインズに向けて手を差し出した。

 

「悪かったな、旦那。正直、あれは俺のせいでもある。あんたは立派に嬢ちゃんのサーヴァントとして戦ったと思うぜ。アンデッドにも良いやつはいるんだな、あはははは!」

 

 そんな緊張感のない彼の挨拶に思わずアインズも苦笑いを浮かべてしまう。こんな対応されたら、さっきまで悩んでいた自分がバカに思えて仕方がない。

 

「キャスター無事だったのね」

 

 オルガマリーも戦闘がきちんと終わったのを確認したのか、こちらへ近づいてくる。

 

「まあな。かなりやばかったがなんとかなった。念のために旦那からポーション貰っといてよかったぜ」

 

 そう言って彼が空になったガラス瓶を嬉しそうに見せると、体が光の粒子となって散り始める。

 どうやら、現地で出会った彼はこの街での特異点を解決すると敵共々消滅してしまうらしい。

 

「ありがとうねキャスター」

 

 立香もキャスターのお別れを察したのか、アインズの背中から降りて握手する。

 

「おう、仮初の契約だったがお前とは存外楽しめた。次、俺を呼ぶんならランサーのクラスで呼んでくれ」

 

 立香に差し出された手を握りながら、そうキャスターは告げると光の粒子を風に乗せてその姿を消していった。

 

「セイバー、キャスター共に消滅を確認しました」

 

 その言葉に反応し後ろを振り向けば、イリヤに体を支えられて立っているマシュ。こちらも満身創痍ではあるものの無事だったようだ。

 イリヤはマシュの体を支えながら、形成していた使い魔を操作してオルガマリーにあるものを渡す。

 

「はい、それ。私の知ってるものとは違うけど聖杯みたい」

 

 差し出されたのはアーサー王が持っていた聖杯である。アインズもこれのせいで時間がかかったなと思いまじまじとそれを見つめた。

 

「ありがとう。それにしても聖杯。きな臭いわね……」

 

 オルガマリーは何か思うところがあるのか、その水晶体を光にかざしてみたり、手で転がしてみたりしながら観察する。まるで、水晶玉で遊ぶ猫みたいだ。

 昔そんな動画を見たなと思い、アインズは内心クスッと笑うと己の身に起きている変化に気がついた。

 

「ああ、俺もどうやらここまでなのか……」

 

 そう気がつけばアインズの体も光の粒子となって消え始めている。

 横を見てみれば、イリヤの体も同じくだ。特異点が修復されたことにより、ここで召喚されたものや、この時代の住人は否が応でも消滅する運命にあるらしい。

 

「アインズ……」

 

 立香はそうつぶやく。

 折角、アインズが立香を頼り、そして未来に対し期待も膨らませたのに、これはあんまりだ。

 だけど、アインズは正直な話こうなることを心のどこか察していた。

 

「大丈夫だよ」

 

 だから、この言葉は嘘ではない。

 いつの日か、空や海や山や街を見に行きたい。でも、それはきっと今じゃないのだろう。

 アインズは骸骨の顔で表情を浮かべながらそう優しく言う。

 

「俺は君から頼るということを教えてもらった、”ありがとう立香”」

「そんな、私はアインズに頼ってばっかりで、何も返せてない!」

「十分だ」

 

 立香の頭をそう言って撫でると、隣に立つイリヤとマシュを見ながらアインズは続ける。

 

「マシュには謝らないといけないな。あの時は不快な言葉を言ってすまなかった。正直、今なら君の言葉を肯定できる。きっと良い仲間になれたはずだ」

「私も、私もそう思います! アインズさんともっといろんな話をしてみたかった……」

 

 アインズとカルデアのメンバーが一つのテーブルを囲いながら、いろんな話をする。ときには笑って、ときには怒って、ときには悲しんで。そんなたわいもない日常をマシュは想像して、胸を苦しくさせる。

 

「イリヤ。俺はイリヤのおかげで後悔せずに済んだ」

「気にしないでいいわ。その代わり、私が召喚したらちゃんと応じてね?」

「勿論」

 

 それは別れの言葉である。アインズにとって最後の言葉。一言一句、全てを大切にして言葉を紡ぐ。

 

「そうそう、俺の居た世界では自分が死ぬときに一つだけアイテムをドロップしなければいけない。だから、これを貰ってくれ。もう俺には必要ないものだから」

 

 そう言って渡すのはスタッフの象徴でもあるギルド武器。

 過去の栄光に縋ることをやめたアインズなりのケジメでもある。

 

「過去を見ずに未来を見させてくれたのはお前たちのおかげだ。またどこかで会おう。大丈夫。俺はこう見えてとってもワガママなんだから___、」

 

 そう言って、アインズの体は風とともに消え去っていった。

 

 

 

###

 

 

 

 ジジジジジ___、ジジジジジ___、ジジジジジ___。

 

 目覚まし音が鳴り響く。

 その不快な音に目を覚ました鈴木はゆっくりとソファから体を起こした。

 どうやらユグドラシルのサービス終了とともに寝落ちしてしまっていたらしい。

 自分にしては珍しいミスを起こしてしまったなと思いながらも、鈴木は身支度を始める。

 

「なんか、良い夢をみてた気がするんだけどな、思い出せない」

 

 胸のあたりを押さえながらそう呟く鈴木に返事をする者はいない。

 ここは2138年の日本。

 荒廃してしまった世界なのだから、良い夢くらい覚えておきたかった。

 

「まっ、また見れるだろ。なんだか、そんな予感がするし」

 

 鈴木はそんなことを明るい声で言う。

 今日はとても機嫌がいいのだ。どうせなら、普段しないようなことをしてみたっていいと、彼は思うのだった___。

 




ご愛読ありがとうございました。
疲れました、ただただ疲れました。
一気に完走させたので労力半端なかったのと、色々とリアルが多忙すぎました。
作者現在、疲労困憊でございます。

まあ、そんな私事は置いといて、ひとまず完結です。
みなさま付き合ってくださってありがとうございます!
感想に関しては、まあぼちぼち返していけたらなと思っております。
作者はこの作品以外にも色々と投稿しております。
主に匿名で投稿しているので、これ「よきき」じゃね?って思ったらそれは「よきき」です(暴論)
載せきれてない裏設定などもあるのですが、これ以上ゴタゴタしてもなっと思うのでもうやめておきます。

まあ、一応言っておくことは、これは元から冬木かその次くらいで終わる予定ではあったのです。
と言うより、Fate/Grand Orderで書いてたら一部だけでも序章終章含めて9章もあるんですよ
そんなに書いてたら、これ一本に何年もかかっちまう!!
まあ、またアインズ様とFGO書きたくなったら次は、短編集ですね。短編集。
いくつかはネタがあるので、後日談みたいな感じでここに投稿はするかもしれませぬ。

さてはて、みなさま何度も言いますがここまでお付き合いいただきありがとうございます。
最終話はかなりやっつけでやってしまっているので編集するかもしれないです。
ですが、ひとまずこれにて終了。
またどこかでお会いできることをお楽しみにしております。

ちなみにその後のオルガマリーは原作通りです。


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