俺が伝説の鬼の名を襲名して良いのだろうか? (佐世保の中年ライダー)
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始まる新学期。

餓狼と魔術師のネタが思い付かないにも関わらず、別のネタに手を出してしまいました。


 鮮やかにさいかに咲き誇り人の目と心に華やかに春の訪れとを実感させ、冬の厳しさから解放されんだって事を優しく告げてくれた桜の花も、あらかた散りゆき黄緑色の葉が占める割合の方が多くなり始めた四月の上旬、この日俺は高校2年生へと進級した、まぁぶっちゃけて言えば新学期の最初の日だ。

 ウチの親父や母ちゃんが学生だった頃は、この時期でも桜の木はまだ十分にその花を付けていたそうなんだが、これもまた気象変化の影響なのかそれとも…。

 

 「…ほぉん、2年F組か…。」

 

 登校して、見ればもう大勢の生徒達が既に屯している校舎前に、去年の受験の合格発表の際にも設置されていた掲示板に記されたクラスの振り分けにより俺は今年度F組に配属されたと言う事が確認出来た。

 しかもそれによると担任はあの平塚先生だと言う事だ、いや別に先生に対して隔意がある訳でも疎んじている訳でも無いんだけど、つか個人的には話の分かる良い先生だとは思ってるんだが、あのヘビースモーカーぶりと熱血マンガ大好きなノリに若干着いて行けないなと思っているだけなんだがな。

 

 「あっ!やっはろーヒッキー、やったよ今度は一緒のクラスになれたよ、えへへ。」

 

 そう言って俺に声を掛けて来たのは、去年の入学式の日に起こった出来事により出会った二人の同級生の女子の内の一人、その名は由比ヶ浜結衣。

 小走りに俺の側まで駆け寄り満面の笑みで喜びをあらわす由比ヶ浜、まるでその頭の上とお尻の辺りには犬耳がピコピコ動き尻尾がブンブンと揺れている様が幻視されるみたいだ。

 

 「おう、由比ヶ浜おはようさん…つかそのあだ名どうにかならないモンなのかよ、お前は…。」

 

 壊滅的な料理の腕前とやはり壊滅的なネーミングセンス、そしてたわわな実りを宿した少女だ。

 何でも学年男子人気トップスリーにランクインしているらしく、まぁ俺も確かにかなり可愛いし凄えいい娘だと俺は思っている。

 その幼さを残したかの様なベビーフェイスと、それに反する様に自己主張の激しいお胸様には男の夢とロマンが詰まっているのだろうか、そしてそれはまさに男の視線を引き付ける『強い力で僕を引き付けて離さないあの娘はエレクトリックマグネット♪』なのかも試練。

 気を抜くと思わず俺の視線も其処に向かいそうになってしまうので、こいつと居ると常に自戒を強いられるので、まさに試練だ。

 

 「え〜っ、良いじゃんヒッキーって超可愛いじゃん、比企谷だからヒッキーだしそれに「ストップだ由比ヶ浜!」…あぁうんごめんね、学校では出来るだけナイショ…だったよね。」

 

 俺は由比ヶ浜が口走ろうとした、俺のあまりおおっぴらに知られたく無い秘密と言う程のものでは無いのだが、面倒だからあまり公言しないで欲しいソレを口走ろうとしたので待ったを掛けた訳だ。

 

 「ああ、頼むわマジでもう暫くの間はな。」

 

 「うん、気をつけるね。」

 

 俺に言われた事を直ぐに受入れて反省し、俺の頼みを素直に聞き入れてくれた由比ヶ浜はニコリと微笑み返事をしてくれたし。

 こう言ったところはマジ由比ヶ浜の美点だな、しかしもう自分のクラスが何処かも分かった事だし此処を離れた方が良いだろう。

 

 「おう、そんじゃ教室へ行って…」

 

 俺は由比ヶ浜へ移動を促すべく、語り掛けたその時。

 

 「あら、二人でこの様な場所で、貴方達は何をイチャついているのかしら、由比ヶ浜さん、私が居ないからと抜け駆けは卑怯よ。」

 

 と、なんだか不穏な発言をする女子の声が俺達へ向けて掛けられ、俺と由比ヶ浜はその声が聞こえて来た方へと顔を向けた。

 艷やかな光沢を放つ美しく長い濡れ羽色の髪をかきあげる仕草も華麗に極まって、その光景は見る者に一種の美を垣間見せるが如し。

 

 「よう、雪ノ下おはようさん、てかお前朝イチからそんな不穏当な発言は控えてもらえませんかね。」 

 

 「あっ、ゆきのんやっはろー!」

 

 その女子の名は雪ノ下雪乃。

 

 雪ノ下ともまた由比ヶ浜同様に去年の入学式の日に出会い、彼女と同様に親交を深めて来た。

 先程語った様に長く美しい黒髪にスレンダーな、身長は然程高くは無いがその佇まいは一流のモデルであるかの様にも感じられる。

 然しただ一点だけは由比ヶ浜に遠く及ばず、本人も由比ヶ浜の其処を見る度にその事をコンプレックスに感じている様で、偶に嫉妬の目線を向けている事を俺は見逃してはいない。

 

 「やっ…おはよう由比ヶ浜さん、比企谷君。」

 

 ぷぷっ…雪ノ下のやつ思わず由比ヶ浜流のアホっぽい挨拶が口を吐きそうになってやがんの。

 

 「あら何かしら比企谷君、何か遺言を遺すのならば私から直接小町さんには伝えておくわよ。」

 

 ……怖いわコイツ、顔色一つ変えずに平然とそんな発言をするんだからな、つか何でコイツはこうも簡単に俺の考えを読めるんだ。」

 

 「はぁ…貴方の場合は顔と口に出やすいのよ。」

 

 「うんそうだよねヒッキーってさ!」

 

 そんなにか…確かに昔中学時代は笑い方がキモいとか、色々言われてけど、今はそうでも無いと思うんですけど…つか君達が敏感過ぎなんじゃないのかと俺的には思うのですけど、まるで知覚過敏なんじゃねって位に…。

 

 「てか、いい加減此処を離れないか、男子からの嫉妬の視線がさっきから殺気を伴ったかの様に俺に突き刺さってるんですけど…。」

 

 そうなんだよ…由比ヶ浜もだが、この雪ノ下もまたこの学校の男子人気ランキングトップスリーにランクインする、いや実質的にナンバーワンの座に鎮座する美少女なんだよ雪ノ下は。

 なのでそんなトップクラス美少女二人が、目つきの悪い大してイケているフェイスでも無い男と一緒に居るんだから、そりゃあ嫉妬もされるよな…。

 

 「あら、その様な有象無象の事など気に掛ける必要などが私達に必要があるのかしら…けれど確かに何時までもこの場所を私達だけで独占している状況と言うのも、マナー違反と言えなくもないでしょうし、一旦離れましょうか、それと老婆心ながら言わせてもらうけれど比企谷君、今のダジャレはお世辞にも上手いとは言えないわね、そう酷くつまらなかったわ酷くね。」

 

 雪ノ下雪乃…コイツはマジで、俺と由比ヶ浜以外の人間に対しては異様にアタリが強いってか(いや俺に対してもそうですね)人の事を有象無象とか言い切るんだからな、学業成績学年トップの実力と常に正論を以て王道を歩む雪ノ下にとっては他人の嫉妬心なんぞ路傍の石程の障害物にもならないって事なんだろうな…けど出来れば不必要に敵を作る様な発言は控えて欲しいと八幡思うんだ。

 

 

 

 

 「けどさゆきのんはスゴイよね、去年の成績ずっとトップだったんだよね、あたしなんて下から数えた方が早いくらいだし。」

 

 掲示板の元から離れ三人揃って各自の教室へ向かうべく、コンクリートの上にリノリウム製の床材を貼り付けた廊下を歩きながら由比ヶ浜が雪ノ下の成績について賞賛し、自身のソレを顧みて自らを落す。

 雪ノ下は所謂帰国子女ってやつだ、中学時代はアメリカに留学の経験もありそうで、この総武高校には国際教養科J組と言う学科があるのだが、まぁ言ってしまえばこの千葉県内でも有数の進学校である我が校に於いて、その学科に属する生徒達は他の普通科クラスの生徒に比べ偏差値が高くこのクラスに所属する生徒はエリートと言っても過言では無いだろう、オマケにそのクラスの生徒の大半は女子と来ている。

 

 「そうボヤくなよ由比ヶ浜、お前だって入学当初に比べりゃ成績は上がってんだろ、それにお前はそうやって羨んでいるがよ、雪ノ下だってただ黙っていてその成績をキープしているって訳じゃ無ぇんだぞ、俺達の見えないところではソレを維持する為の努力は怠っちゃいないんだぞ、多分知らんけど。」

 

 「そうね比企谷君の言う通りよ由比ヶ浜さん、私は何事も努力を怠るつもりは無いのよ、例えどんなに小さな獲物を狩る為にでも自らが持つ最善を以て事に当たるわ。」

 

 獲物を狩るとか、例え話一つとってもホント何でコイツはこんなにも好戦的な性格なんだろうか、まぁ以前聞いた雪ノ下の小学生時代の経験から来る、経験則に則ったとかそんもんなんだろうが…。

 

 「…うん、そうなんだ…ね、あっそうだ今日はさ初日だからお昼で終わりだよね、三人で何か食べに行こうよ、二人共予定は無いんだよね!?」

 

 切り替え速っ!しおらしく落ち込んで見せたかと思えば直ぐさま、笑顔で昼飯に誘うとか、陽キャなのかよ…あっ陽キャでしたね由比ヶ浜さんってば、俺や雪ノ下と違ってコイツは人当たりも良いし直ぐに他人と仲良くなれるしな、まぁそのお陰で俺達三人は今こんなふうにつるんでいられるんだし。

 まぁそれは扠置いてもこの切り替えの速さたるや、まるで瞬間湯沸かし器か熱交換器かって位に速すぎるんじゃね?

 

 「ええ、私は別に予定は無いけれど比企谷君はどうかしら?」

 

 「…ヒッキー、どうかな?」

 

 雪ノ下と由比ヶ浜が俺に予定を尋ねてくる、二人して上目遣いで俺を見つめながらってオマケ付きだ、くっ美少女二人の上目遣いとか卑怯にも程がありませんかね。

 

 「まぁ、今週はローテに入ってないからな、よっぽど緊急じゃ無きゃ大丈夫だと思うし、良いぞ俺も。」

 

 そう答えるしか無いよな、実際…しかもそのせいで廊下を行く男子の俺を見る目が………。

 

 「じゃあ決まりだね、放課後三人で集つまってからね!」

 

 「ああ、けど俺今日も単車で来てんだよな。」

 

 今週はローテに組み込まれてはいないけど、緊急の要件が入らないとは限らないからな、そんな時に備えて通学にも単車を利用してるんだが。

 

 「そっか、バイクなんだヒッキー…じゃあさ、あたしとゆきのんを後ろに乗っけて行ってよ!?」

 

 おいおい、由比ヶ浜さんいくら何でも単車にサンケツは法規的に無理ですよ。

 

 「無茶言うなよ由比ヶ浜、単車ってのは二人までしか乗れないんだぞ、しかも同乗者にもヘルメットが必要なんだ。」

 

 サイドカーでもあれば話は別なんだけどな、無い物はどうしようも無いし。

 

 「…比企谷君、予備のヘルメットは有るのかしら、もし有るのだったら私と由比ヶ浜さんを交代で乗せてくれれば良いのではないかしら。」

 

 うんまぁ確かに予備のヘルメットはパニアケースに積んではいるけど、雪ノ下と由比ヶ浜を後ろに乗せての2往復とか目立ち過ぎなんてもんじゃ無い。

 

 「あっそうだよ!流石ゆきのん、ねえヒッキーそうしようよ、あたしヒッキーと一緒にバイクに乗ってみたかったんだよ、すっごく!。」

 

 雪ノ下の意見に同意した由比ヶ浜が、またしても幻の犬耳と犬尻尾をフリフリしながらせがむ。

 はぁ〜…これは俺に断るって選択肢は無い訳ですね、解りますとも。

 

 「…はいよ、了解。」

 

 渋々ながら俺は由比ヶ浜と雪ノ下の要望に了解した、と言う体を顕し返事をしたんだが、実は内心緊張で心臓がバクバクいってるのは秘密だ…いや女子を単車の後ろに乗せるとか、そんな青春映画的イベントを俺が体験する事になるとか、思いもして無かったし。

 そのアレだ…後に乗せた由比ヶ浜と雪ノ下が俺の身体にその身を預けて、それが俺の背に触れるとか…考えてなんか無いんだからね……嘘です、ものすっごい考えてしまいました。

 

 

 

 

 「それじゃゆきのんまた放課後ね!」

 

 由比ヶ浜と俺はF組で雪ノ下はJ組なので、F組の教室の前で雪ノ下とは一旦お別れだ。

 

 「ええまた後で、由比ヶ浜さん、それと比企谷君も。」

 

 「ああ、そんじゃあな。」

 

 挨拶を済ませ俺と由比ヶ浜はF組の教室内へと入室した。

 もう既に教室内にはかなりの人数が入室していて、幾つかのグループをつくり駄弁っている。

 大方一年の頃同じクラスだったとかだろうか、仲のおよろしい事で。

 まぁ何時までもそんな連中を見ていてもしょうが無いし自分の席を、とまぁ去年と同じなら最初は出席番号順に割り振られているんだろうけどな。

 

 「あっ、さがみんまた同じクラスなんだ、あっちには優美子と…あの眼鏡の娘は知らないけど、ヒッキーあたしちょっと行ってくるね!」

 

 そう言って由比ヶ浜は俺に手を振りながら金髪ドリルの派手なギャルの元へ向かって行った。

 だったら俺はやる事も無いからな、自分の席で時間が来るまで黙って寝てようかな、よしそうしよう、べっ、別にお話する相手が由比ヶ浜しかいないとかって事は無いんだからね…ぴえん。

 

 

 

 

 

 新学期初日のプログラムも恙無く終了し俺は今校内の通学車両駐輪場に居たりする、カスタムされた愛車KLX250を前にリアケースから予備のヘルメットを取り出している所だ、そこへ由比ヶ浜と雪ノ下が現れ俺に声を掛けてきた。

 

 「ヒッキーお待たせ、ゆきのんも一緒だよ!」

 

 「その、ごめんなさい比企谷君、おそくなってしまったかしら…。」

 

 雪ノ下はどうやら教室を後にする時に何かしらあったのかも知れないな、っても俺だってここへ来てから大した時間が経った訳でも無いからな。

 

 「いや大丈夫だ雪ノ下、俺もまだ此処へ来たばかりだからな。」

 

 雪ノ下と話していると、由比ヶ浜がマジマジと俺の単車の周りを彼方此方から見ている『ふ〜ん』とか『ほへぇ〜』とか言いながら。

 

 「ねぇヒッキーこのバイクってさ前にヒッキーが乗ってたのとは違うよね?」

 

 おや、気が付きましたかね由比ヶ浜さんや!そうたんだよ、実は俺は現在2台の単車を所有している。

 まぁ、正確に言うとこのKLXは俺の個人所有物なんだが、もう一台は任務の為に支給されている物なんだけど。

 

 「ああ、コイツは俺が自分で買った単車でな、前に由比ヶ浜が見たのは…。」

 

 「『猛士』からの支給品と言う事なのかしら比企谷君!?」

 

 「おっ!」

 

 流石に鋭いな雪ノ下は、彼女が今口にした『猛士』と言うのは俺が所属する、表向きは所謂NPO団体で…っとその説明は後にしておこう。

 

 「まぁ、そういう事だな。」

 

 「ほへぇ〜、でもさこの子すっごく背が高いよねシートの位置とかあたしじゃ足が地面に届かないよね。」

 

 「まぁこのKLXはオフロード車だしな、けど乗ってしまえばサスペンションが沈むからそれなりに足も付くから心配は無いけどな、よっぽど背が低いか相当な短足じゃあ無きゃな。」

 

 と由比ヶ浜に説明をしているんだが、果たしてこの娘は理解してくれているのやら『ほへぇ〜そうなんだ』とか気の無さ気な返事をしながら、KLXをシゲシゲ見ているし、てかお前さん何気に『ほへぇ〜』って何度も言ってるよな。

 

 「うん、この子の名前はエッちゃんに決定!」

 

 由比ヶ浜が左手を腰に当て、右手の人差し指でズビシっとKLXを指指し、勝手に名前を付けやがった…うわっ何そのめっちゃドヤった顔、その良い仕事しましたって感じの顔ったらもう…。

 

 「…いや、コイツにはKLXって名前が既にあるんだが、それにお前はネーミングセンスが皆無なんだから無理に変な名前付けるんじゃ無い。」

 

 「え〜っ良いじゃんエッちゃんって、可愛いでしょ!?」

 

 「いや俺はコイツに可愛さとか求めて無いし、てか可愛いのが良いなら他を当たってくれっての。」

 

 もうせっかく可愛い名前なのに…とか由比ヶ浜が不満を漏らしているが、此処は心を『鬼』にして無視だ。

 

 「まぁ…そんな事よりも速『トゥルルルル…トゥルルルル…』ん、悪い電話だちょっと待っててくれ。」

 

 速く行こうと二人に言おうとしたその時俺のスマホから着信音が響き、俺は懐からソレを取り出した。

 そのスマホの画面に表示された電番と相手の名前に俺は、どうやらこれは由比ヶ浜と雪ノ下の二人と共に今日は一緒に昼飯を食べると言う約束を果たせなくなるであろう事を悟った…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




詳細の設定説明は次回以降に行います。


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出会いの経緯。

この物語はテレビ版仮面ライダー響鬼とも、劇場版仮面ライダー響鬼七人の戦鬼とも仮面ライダーディケイドにおける響鬼の世界とも、仮面ライダージオウにおける響鬼のエピソードの世界とも違う、オリジナルの、やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。とクロスした世界です。原作を響鬼とするべきかとも思いましたが原作俺ガイルとします。



 俺のスマホの画面には『日菜佳さん』と表示されていた、それは俺の所属する団体の事務方に従事する人で、俺達のスケジュール等の管理も行ってくれている女性だ。

 その人がこんな時間に連絡を入れて来たとなると何か危急の懸案が発生でもしたのだろうか、まぁそれは話してみれば理解る事だし先ずは電話に出てみなきゃだな。

 

 「はい、もしもし日菜佳さんですか俺です…。」

 

 俺は日菜佳さんからの要件を聞く、それはやっぱり緊急の事態の発生を告げるものだった。

 

 「はい、そうですか解りました、じゃあ現地でカガヤキさんと合流するって事っすね、はいじゃあ一旦家に戻って単車を換えてから現地へ向かいます、その方がGPSでカガヤキさんの車を見つけ易いっすから…それじゃそういう事で、失礼します。」

 

 「いや、気にしないで下さい日菜佳さん、千葉方面なら俺の領域っすから、それじゃ行ってきます!」

 

 それはやはり、俺にも現場へ出てほしいとの要請だった、雪ノ下と由比ヶ浜には悪いが、今日のところは仕方が無い。

 俺はスマホを懐にしまい由比ヶ浜と雪ノ下に向かい詫びる。

 

 「悪い二人共、そんな訳で行かなきゃならないんだよ、マジ悪いこの埋め合わせは次の機会にな。」

 

 「ううん仕方無いよヒッキー、でもさ気を付けてね怪我とかしないでね。」

 

 「ええ、分かったわ、比企谷君…いいえここからはヒビキ君ね、行ってらっしゃい無事に帰って来てね。」

 

 二人は優しく俺に見送りの言葉を掛けてくれた、俺はそれが嬉しくて…。

 

 「そんじゃ行ってきます、シュッ!」

 

 と俺の師匠であるカガヤキさんの師匠である先代の『ヒビキ』さんから伝わる挨拶のポーズを決めて、KLXに跨り学校を後にした。

 

 

 

 

 

 帰宅した俺はKLXを自宅の車庫へ停め、家へ入り自室で着替えを済ませて、必要な道具を取り揃えてバッグに詰めると、一目散に車庫へと引き返し、猛士から支給された車両『CB400SB』のサイドパニアケースへ荷物を詰めてそのシートに跨ると素早くキーを差し込みエンジンを始動させた。

 総排気量399cc並列4気筒エンジンが奏でるサウンドがご近所に甲高く響き渡る(免許制度の都合で俺はまだ大型二輪免許が取得出来ないからな、なので俺が所持するのは普通二輪免許だ、その免許制度が許す最大排気量である400ccクラスのこのマシンが俺に支給されているんだが、コイツは猛士の開発整備部の皆さんによる魔改造に依って排気量以外のスペックが…っと長々と喋りすぎたか)がそれを堪能する事などせず、俺はこのマシンに組み込まれたGPSを起動させると素早くマシンを発進させた。

 早い所現場へ駆け付けて、カガヤキさんの助勢をしなきゃだしな。

 

 

 

 

 

 GPSからの位置情報によるとカガヤキさんの車は御○山辺りに停めてある様だ、此処からだとそれなりの距離があるな、だからまぁ単車の運転に支障を来さない程度に、俺とカガヤキさん達との出会った時の事でも振り返って見ようか。

 

 

 それは俺が多くの黒歴史を刻んだ中学生二年生の時の事だった、今なら冷静に自分を顧みてあの頃の俺が如何にキモい勘違い野郎だった事かと理解出来る。

 そんな俺だから、仲の良い友達なんて出来やしなかったし、女子からは敬遠されていた悲しい奴だった…くっ!別に今はもう平気だ、昔の俺はそんな奴だったんだと割り切ってるしな。

 だが、そんな俺に一人だけ普通に接してくれる女子が居た、今思うとそれはただ単にそいつが差別的意識とかを持っていないだけで、別段俺に好意を持ってるって訳じゃ無かったのにな、なのに俺は勘違いをしてしまった…。

 

 俺はソイツに告白なんてモノをしてしまったんだ。

 

 『普通の友達じゃだめかな?』それが俺の告白に対する返事だった、俺は誤魔化し笑いで『そうだよね、うん、じゃあそれでよろしく…。』なんて返事を返すので精一杯だった。

 その夜俺は自分の枕を涙で濡らしてしまった事は、それは誰にも言えない俺だけの秘密だ。

 

 翌日学校へ登校した俺を待っていたのは、クラスの奴らからの嘲笑プラス彼方此方でヒソヒソと交わされる俺の噂話だった。 

 

 『ヒキタキの奴折本に告ったんだってよ。』だの『うわっ、マジ!?あのナルガヤがかよ、折本可愛そう。』だのと俺を嘲笑い小馬鹿にする声が小声だったり大声だったり、それは男女関係無しに聞こえてくる(そのお陰で陰キャボッチの俺が意図せずして学校に於いて、一躍時の人となったって訳だ)そうか、折本が俺からの告白をきっと誰かにオモシロ可笑しく言いふらしたんだろうな、その結果がコレなんだな。

 やっぱり、俺は人とは相容れない人間なんだ、だったらもう俺は誰かに何かを期待なんかしないで生きていこう…なんてことをその時俺は考えていた。

 

 

 

 

 そして翌日俺は学校を休んだ…ただ妹の小町を心配させない為に何時も通りに制服に着替えて家を出たんだが。

 俺は学校へは行かず、J○内房線に乗り込んだ、何処へ行くかなんて何も考えずに、何処か行った事の無い所へ行こうと思って。

 取り敢えず俺は五○駅でJ○線から小○鐵道に乗り換え上総○野駅で降りてから『ゆく宛てなくただ彷徨う、風の中のジプシー達よ』なんて歌詞の様にカッコよくは無いし、実情はカッコ悪いったらありゃしない理由なんだが。

 何時しか俺は森の中へと迷い込んだ、幸に時は初夏の頃で標高も高く無いから気温も低くは無いから凍える事はないのが救いか。

 

 途中コンビニで食い物と飲み物は買っておいて、それをチビチビと飲み食いしながら森の中を彷徨いていたはいいが、俺はその森が醸し出しているのか無気味な雰囲気に、なんだか精神を呑まれたかの様な不安感に襲われ始めた。

 人間てのは不思議なもので、不安に駆られると何故か饒舌になったりとかする様だ。

 誰か他者と一緒だったら、その不安を分け合う様にお互いにしゃべくりまくるのかも知れないが、生憎と俺は友達なんか出来たこと無いから知らんけど。

 

 このときの俺はその不安を紛らわす為に歌を歌ったりしていたんだけどな、まぁ大抵アニソンなんだけどね。

 どれ位の時間、どれ位の曲を歌ったかはもう覚えちゃいないけど、結構な時間歌ってたと思う。

 だって後で気が付いたらかなり喉が痛かったし声が若干涸れていたからな。

 歌いながら森を彷徨う俺の肩に突然何かが触れた。

 

 「ふわぁっあぁあぁっ!?!?」

 

 堪らず俺は奇声を上げて、腰を抜かしたかの様に尻もちを付き両手を地に付けて後退った。

 

 「ああ、ゴメンね驚かすつもりは無かったんだけど、学生がこんな時間にこんな所に居るなんて何事かと思ってね、手を掛ける前に声を掛けるべきだったよねこれは迂闊だったな…たはは…。」

 

 それはとても優しげで穏やかな声音。

 

 ふと俺はその人を見やった、地面に手を付いた間抜けな格好で。

 歳の頃はニ十代中盤前後か、登山者の様な出で立ちで背には大きなリュックを背負いにこやかな顔で少し屈み込んで俺に右手を差し出しす男の人に、何故か俺は不思議な安堵感を懐き、思わずその手を確りと握り締めていた。

 今になると俺はあの時どんだけビビっていたかって事が、その掴んだ手の暖かさと思わず込めてしまった力加減と共に思い出される。

 

 でもちょっと待って…もしかしてこの人俺が調子っ外れの歌を歌っていた所とか、もしかして見ていらしたんですよねぇ……。

 その事に思いが至り俺は恥ずかしさのあまり、穴があったら入りたい…な気持ちをこんな所でと味わう事となってしまった。

 

 

 俺はその男の人に誘導されて、その人が…その人達が設営したと思わしき野営地に案内された。

 

 「ただ今戻りましたヒビキさん、途中で中学生の少年を保護しましたから、取り敢えず連れて来ました。」

 

 「おおっ、お帰りカガヤキ、ご苦労さん、シュッ!コーヒーを淹れてあるから飲んでゆっくりしな、其処の少年も一緒にな。」

 

 これが、俺が師匠のカガヤキさんとそのまた師匠の先代ヒビキさんとの出会いだった。

 この時カガヤキさんはニ十四歳で俺より十歳年上で、ヒビキさんは三十九歳。

 何でも二人はカガヤキさんが中3の時に出会い危ないところをヒビキさんが助けて、そこから二人の交流が始まりやがてカガヤキさんは、ヒビキさんに憧れ尊敬しその為人に感銘を受け、ヒビキさんの有り様を人生の目標と定めその弟子となったのだそうだ。

 そしてこの日二人は何だかよくは分からないが、修行の一環として此処に来ていたそうだ。

 

 「…いただきます。」

 

 俺はヒビキさんからステンレスのカップを受け取り、そのコーヒーを一口飲んだ。

 甘党の俺からするとそのコーヒーは少し苦く思えたが、不安に駆られ森を彷徨っていた俺の心の澱を優しく解かしていってくれる様に感じ、ホッと溜息を吐いた。

 

 「…ははは、ありがとう少年、そんなに美味しそうに飲んでもらえると、淹れた俺も嬉しいよ。」

 

 そう言ってヒビキさんは優しく、それでいて何だか男臭くて、人を包み込む様な安心感を与えてくれる、そんな笑みを浮かべていた。

 その隣でカガヤキさんもまた優しい笑顔で俺を見てくれている。

 

 「いえ…あっはい、凄え美味かったっす…。」

 

 ああ…ヒビキさんとカガヤキさんか、知らなかったな…世の中にはこんなにも優しさと安心感を抱かせてくれる、そんな人が居たなんてな、中学の同世代の連中には無い大人の懐の深さと、安らぎにも似た気持ちを何時しか俺はこの人達に感じていた。

 

 そして何故だか俺は二人に…俺が今日此処へと脚を運ぶ事になった経緯を話していた。

 不思議だよな、昨日はあんなに、いやカガヤキさんとヒビキさんに出会うまでは、もう他人なんか信じないって心に決めていた筈なのに…どうして俺はこんな所でこの人達に自分語りをしているんだろう。

 冷静に後から考えれば、見ず知らずの人に自分語りをするとか黒の歴史に新たな一ページを刻む事になりかねかい事なのに、不思議と俺はこの人達が俺を貶める様な人だなんて、欠片程にも思ってはいなかった。

 

 

 

 そんなに長い時間では無かったと思うが、俺は話を終えてヒビキさんとカガヤキさんを見る、その時の二人の表情は俺が語り始めた時と何ら変わらない、優しい顔をしていた。

 二人は何も言わなかった、でも気が付けば左右両肩を二人が優しく抱いてくれていて俺は……。  

 

 

 

 「なんかスイマセン…御見苦しいところをお見せしまして……。」

 

 暫くたって気を取り直した俺は、二人にお詫びの言葉を述べた、ただ黙って寄り添ってもらえた事がこんなにも暖かくて、でも凄え恥ずかしくて…俺はそれしか言えなかった。

 

 「なに、別に詫びる必要なんて無いんだよ八幡君、人間誰だって沢山の事を経験して大人になっていくんだからね、それは嬉しい事だけじゃ無くてね、辛い事や悲しい事、後々思い返すと恥ずかしい事だってあるんだよ、僕だって、ヒビキさんだってそうだったんだ。」

 

 「そうそうカガヤキの言う通りだよ少年、君が流した涙だって、やがて君の成長の糧となる日がきっと来るさ、その日まで人は自分の心と身体を鍛えて行かなくちゃならないんだよ、いやその日までじゃ無いよな、人生ってのはもしかするとずっと己を鍛え続ける為の修行の場なのかもしれないな。」

 

 優しくも厳しいカガヤキさんとヒビキさんの言葉、人生が修行の場とか俺はそんな事考えた事も無かった。

 そりゃあそうだよな、俺は体育会系じゃ無い所謂コミュ力皆無の陰キャだし、何なら今日だって辛い事から逃げ出して此処に辿り着いたんだから。

 

 「まぁそれは人に強制する事じゃ無いしね、それは僕達の生き方であって、人にはそれぞれその人の生き方が有るんだからね、それを君も見つけられると良いね。」

 

 人としての生き方か、それもまた考えた事無かったな、俺も考えて見ようかなその生き方ってやつをさ……。

 

 

 

 

 

 「ヨシっ!それじゃあ一丁始めるとしますか。」

 

 「はいっ、ヒビキさん。」

 

 ヒビキさんの呼び掛けにより、二人の修行ってのが開始される、その修行ってのは一体どんな事をやるのか、俺は大変興味が沸き立てられその始まりを今か今かと待ち侘びている俺がいる。

 

 二人は両手に木の棒を持ち…向かった先に備え付けられていた太鼓へ向かい…へっ太鼓!?

 そうか二人が手に持っている木の棒は太鼓を叩く撥なんだな…。

 えっ、ヒビキさんとカガヤキさんの修行ってのは太鼓を叩く事なの、何だろうもしかしてこの人達って、何処かの舞台で太鼓の演奏とかやってる人なの、それとも夏場に日本の各地で行われる夏祭りとかに出向いて其処で太鼓を叩いているとか……。

 

 そう言や俺、この野営地の周りの状況をまともに見ちゃいなかったよな。

 この野営地には人が二人くらい入っても余裕で横になれそうな大きさのテントが二つ設置されていた、そのテントの前には丸いテーブルとパラソル、そのテーブルとセットなのか折りたたみ式の椅子が俺の分も用意してくれた所を見ると数脚分あるのだろう。

 そして飯盒炊爨が出来そうな石積みの竈が設えられていて、そこには薪がくべられ炎が揺らめきパチッと時々薪が爆ぜる音が小さく鳴る、さっきいただいたコーヒーのお湯はここで温められたんだよな、当然。

 そしてこの場所、すぐ側に小さな川がある事から此処が川岸だと言う事が解った、今更だけどね。

 

 

 太鼓の前に立つ二人、ただ黙って立っているだけの二人なのに、何とも言えない気魄の様な物を俺はヒシヒシと感じさせられる。

 そう言えば大人の男の人が真剣な面持ちで何かに取り組む姿っのを間近でみるのって俺初めてだよな、多分。

 

 「「……はあーーっ!」」

 

 二人が空高く両腕を突き上げて、気合の声を木魂させ、やがて…。

 

 「「ハァッ!!」」

 

 裂帛の気合と共に振り下ろし2対の太鼓の音が響き渡った。

 

 ドン、ドン、ドンと時に強く激しく、ドコドコドコドコって感じで高速連打のの音が時に繊細で優しく響く。

 太鼓の音色に何時しか俺は心を奪われた様に二人が太鼓を叩く姿に見入ってしまった。

 凄え…本当に凄えっ!太鼓の音色ってこんなにも人の心を揺さぶるものなのかよ…いや違うのかな、ヒビキさんとカガヤキさんだからこそなのか。

 

 だが、その心揺さぶる太鼓の演奏も終わりの時を迎えようとしている。

 

 「「はぁーっ…」」

 

 再び二人は両腕を大きく掲げて……そして振り下ろす!

 

 『『ドドンッ!!』』

 

 

 

 

 ………俺は言葉を失っていた、ヒビキさんとカガヤキさんが打ち鳴らした太鼓の音色の迫力に、熱量に、それが終わった後も暫く茫然自失の体を晒していた。

 

 「……君、八幡君どうしたんだい、大丈夫か!?」

 

 気が付くと俺はカガヤキさんに声を掛けられていた、何だかスゴく俺の事を心配してくれているって事がこの様子から伺えた。

 その隣でヒビキさんもまた俺を心配そうに見つめている、ヤバっ何かこんな事でこの人達に心配を掛けるなんて…。

 

 「へっ…ああ…いや、そのすいません俺…何か圧倒されちゃったみたいです、本当に凄かったっす、俺…太鼓の音がこんなに凄いって思っても居なかったもんだから。」

 

 アニメとかだと夏のエピソードで盆踊りのイベントとかで櫓の上で太鼓を叩くとかってあるけど、実物の太鼓をこんな間近で見た事も無かったしな。

 だからか、若干しどろもどろしながら俺は二人に返事を返した、その返事に二人はその表情に安堵した様でホッと一つ溜息を着くと気を取り直し、笑顔でサムズアップを決めた。

 ヒビキさんとカガヤキさん、師弟関係にある二人、さっきの演奏もそうだったけど、今の一連のやり取りも何か呼吸がバッチリ合ってるって感じで、それだけで何だか子の二人の絆ってのを感じられる気がする。

 

 「はははっ、気に入ってくれたみたいだな少年ありがとうな、シュッ!」

 

 そう言ってヒビキさんは何だか妙なポーズを決めていた、よく見るとその隣でカガヤキさんも同じポーズを取っているし、全くどんだけ息があってんだろうかこの人達は……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




この世界では斬鬼さんも死亡していませんし、斬鬼さんの師匠は朱鬼では無く先代斬鬼さんです。
明日夢君はヒビキさんの弟子となり鬼となった後カガヤキの名を贈られました。鬼としての名は漢字で輝く鬼と書いて『輝鬼』です。
因みに京介は関東支部には存在していません、何処か別の地方で別の鬼の弟子となりその後、鬼となり何処かの支部に配属されている…かも?


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顕る異形。

 「…あの、どうもありがとうございました。」

 

 俺はこの日お世話になったヒビキさんとカガヤキさんに頭を下げてお礼の言葉を述べた。

 あの演奏の後暫く三人で話をしていたんだが、二人は修行の為に此処に来たんだから何時迄も部外者の俺が居たんじゃその修行の邪魔になるだろうからな。

 

 「いやいや大したもてなしも出来なくてゴメンね、でも本当に麓まで送らなくても大丈夫なのかい。」

 

 「はい、此処を下って行けば麓まではそんなに掛からないんですよね、だったら大丈夫っす。」

 

 カガヤキさんはに送ってくれるって言ってるけど、彷徨っている俺を助けてくれて、その上コーヒーやパンも分けてもらった上に俺の話まで聞いてくれて…そのお陰で俺は何だか少しだけ気持ちがスッキリした気分になれたし。

 何れ機会があれば今日のお礼をちゃんとしなくちゃな、やっぱり菓子折りとか用意したほうが良いのかな、そう言うのよく解らんから後でググってみるか。

 それに何よりもそんな事でヒビキさんとカガヤキさんの修行の妨げにはなりたくは無いからな。

 さっき見てて思った印象だけど何だか太鼓を叩き続けるのってめっちゃ体力が必要な感じがした、だから休める時は休んでもらいたい、そして俺もずっと休んでいたい。

 そう閉店セールと銘打ちながら何時まで経っても閉店しないお店の様に終わることの無い休みがずっと続けばってな。

 

 『来たるべき夏の奴等に対しての備えての調整の為の修行』ってヒビキさんが言ってたけど、きっと夏に大きなイベントでもあるんだろうな、家に帰って調べてみよう。

 

 「本当にありがとうございました、あの夏に向けて頑張って下さい。」

 

 もう一度助けてもらった礼と夏のイベントに向けての激励の言葉を贈って、俺は二人と別れ駅へ向かう為に麓を目指しその場を辞した。

 

 

 

 

 

 八幡がヒビキとカガヤキの野営地を去り行く後ろ姿を見送る二人だが、その八幡の後ろ姿を見つめるカガヤキこと安達明日夢は何か妙な胸騒ぎの様な物を感じていた。

 

 「やっぱり少年を送って行くか迷ってるのかカガヤキ。」

 

 ヒビキこと日高仁志は、自らの弟子にそう尋ねた。

 己の弟子にそのような事を尋ねてはいるがヒビキ自身も何となくだが、少年八幡をちゃんと麓まで送っていくべきでは無いかと思案しているのだった。

 

 「そうですね本当はそうしたい所ではあるんですけどあの子は、八幡君は僕の見立てだとすごく律義な少年だと思うんですよね、だから此処で僕らが送って行くなんて言ったら、自分のせいで僕達の修行の妨げになった…なんて考えてしまう様な子じゃないかなと思うんです。」

 

 カガヤキが短い時間で感じ取った自らの八幡評を師匠に告げる、その評価を聞いたヒビキもまた『なる程確かにそんな感じがするな』とカガヤキに同意する、だとすれば、どうするか。

 

 「だからこっそりとディスク達をボディガード代わりに付けたらどうかと思うんですけど、どうですかね、さっき森の中で何かしら嫌な雰囲気がしましたからね。」

 

 「うん、それは良いなグットアイデアってヤツだな、杞憂に終われば良いけど備えあれば憂い無しって言うしな、早速やってみるか。」

 

 「はい。」

 

 決断すれば後は早かった、二人は持参したトランクケースを開く、其処には数十枚の金属製の円盤が収納されていた。

 その円盤にカガヤキは懐から取り出した、鬼面の装飾が施された音叉のような物を軽く滑らせる様に触れさせる、するとその円盤が空へと舞い鳥や動物を模した形へと姿を変えた。

 賑やかに軽やかに動くそのからくり仕掛けの動物達にカガヤキは『あの子の事を頼んだよ』と伝えると、了解したとばかりにその動物達『ディスクアニマル』は行動を開始した。

 

 「皆よろしく頼んだぞ、行ってらっしゃい、シュッ!」

 

 

 

 野営地を後にしたディスクアニマル達は三体程を八幡の護衛に付け、ただし八幡に感付かれない様に一定の距離をとってはいるが、残りはほぼ等間隔置きに待機する危急の際の伝令役として配置、有事の際に伝言ゲームの様に合図を送り早急にヒビキとカガヤキにそれを伝える為に。

 

 

 

 

 

 

 

 ヒビキさんとカガヤキさんの元を離れ俺は駅へ向かう為に、森の、いや林の中を歩き進む。

 

 「結構鍛えてます、シュッ!…ってこうだったかな?」

 

 歩きながら俺はヒビキさんとカガヤキさんがやっていた、あのちょっと変わったポーズを真似る。

 

 「あっ、いやこうだったかな…よろしくな、シュッ!。」

 

 ヤバい何かあのポーズ、妙に真似たくなるんだけど、もしかして中毒性があるのかアレ、って…んな訳ゃ無えよな。

 

 「けどヒビキさんとカガヤキさんか…世の中には、あんなに温かい大人の人も居るんだなぁ…。」

 

 なんてあの二人のおじさん達のことを思い返しながら林を進む俺だが、二人の元を離れてどれ位の時間が過ぎただろうか……何だか俺は妙な感覚に囚われ始めた。

 何か良く無い、学校で俺の事を嘲笑する同級生達のそれとは全く違う悪意、と言えばいいのか何なのか…中々判断が付かないが、あまり良く無いって事は何となくだが理解が出来る、一人ボッチの道を征く俺だからこそ感じられる悪意の様な物、ボッチ故に誰も助けてはくれないからな、常に我が身の安全は自分で守らなければいけない訳だ。

 リスクヘッジは万全だ「八幡はやれば出来る子だもんね。」なんて昔は母ちゃんからも言われていた位だしな、はてその母ちゃんにそんなふうに言われなくなったのはいつの頃からか……ぐすん。

 

 「何て、現実逃避してる場合じゃ無さそうだよな……。」

 

 周囲気を配って、何時でもダッシュで逃げられる体勢で居なけりゃな。

 首を前後左右にゆっくりと動かし、更に身体も同じくゆっくりと振り動かす、360度全天周囲モニターなんて便利なもの俺には無いからな、そうやって辺りを覗いながら進む。

 

 「…ゴクッ…何も、居ないよな?居なくていいからね……。」

 

 参ったな、此処はそんな山深い場所って程でもない筈なのに、俺は何だか人界とは隔絶された深山幽谷にでも迷い込んだみないな気持ちに苛まれる、何かこう水墨画とかに描かれる様な…けど深山幽谷なら出てくるのは多分修行する仙人とか修験者とかだよな、でも今俺感じているソレは仙人なんて立派な人の雰囲気じゃ無い、もっとおぞましいって言うか邪悪って言うか邪気ってかそんなもんだと思う…。

 

 「…ゴクッ…はぁ、はぁ、はぁ、はぁっ…。」

 

 ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい、怖い怖い怖い怖い怖い!

 もう何もかもが怖い、自分が踏みつけた枯れ枝が割れて立てる音も、葉っぱがカサカサと鳴る音も…。

 

 『ヴァサッヴァサッッ!!』

 

 「うわぁーっ!?」

 

 おそらくは鳥が羽ばたいた音だったんだろう、だが俺はそうとは気付かずに思わず手を頭の上に運び抑え、目を瞑り身を屈めながら恐怖のあまりに情け無く声をあげる。

 

 「ひっ…何だよ、何なんだよぉ、もう勘弁してくれよぉ…。」

 

 怖くて俺はきちんと目を開く事も出来ずに、薄目で周りを覗うがそんな状態でまともに周りが見える筈も無く、だからその時俺の身に起ころうとしていた事態に気が付かなかった。

 

 薄目でちょっと身体を屈めた状態の俺の胸元にその時何かが、突進して来たんだが、それに気付かずに俺はそいつに突き飛ばされた。

 

 「うわァァーっ!?」

 

 ドサッと俺は突き飛ばされた衝撃で尻もちをつき、我に返り目を開いて俺が元居たと思しき場所を見た。

 

 「…なっ…何だよ、アレ…!?」

 

 其処には…何と形容すべきか、すこしくすんだ白色のちょっとこ汚い感じの綿菓子の様な、野太いロープの様なよく解らない物が何処かかしら飛来して来ていたようだ。

 もし、俺が其処に居たとしたら…俺はあの綿菓子ロープに絡め取られていたいただろうな……。

 呆然と俺はその綿菓子ロープを見る、見ているしか出来なかった、あまりの事に思考回路がフリーズし、脳が身体に対しすべき行動の命令伝達を出来なくなっいたんじゃないかと思う…多分。

 

 どれ位の時間だったのだろうか、おそらくはほんの数秒程度だったと思う。

 俺が綿菓子ロープを見ていたのは、ガクガクと恐怖に体を震わせて「やだよ…何だよコレ…何なんだよ…」意味無く何度も同じ言葉を吐き出していた俺だったが、俺の太腿の上に何かがいる事にふと気が付いた、そして俺はソレを見る為に視線を自分の太腿へと向ける。

 ソレは尻もちをついた体勢のままでいた俺の太腿の上で小さくピョンピョンと飛び跳ねていた、まるで自己主張をしているかの様に『おい、早く気付けよ。』とでも俺に言っているかのように。

 

 「な…熊…の、ロボットなのか!?」

 

 それは確かに熊の様な形をしていた、体長凡そ10CMほどの大きさの、メカニカルな見た目の小さな碧色の熊。

 その熊は機械音なのかそれとも音声機能を持っているのか、何だか変な音を発している。

 もしかして、いやしなくとも何となくだが理解出来た、俺を押し倒してあの綿菓子ロープから助けてくれたのはこのチビメカ熊なんだって…。

 

 『…口惜しや…鬼の式か…。』

 

 チビメカの存在に俺が気を取られていると、何処かかしらから男の人の声が聞こえた、その声はとても禍々しく陰湿ってかんじで無気味な印象を抱くには充分って感じた。

 

 「!?」

 

 俺はキョロキョロと辺りを覗う、その声の主の居場所を確認すべく、そしてその姿は意外な場所にあった、いや場所だけでは無い、その声の主と思しき存在さえもが意外なものだった。

 

 「なっ、な、に…!?」

 

 その存在は俺がへたり込んでいる位置から十数メートル程離れた、比較的大きな巨木って程じゃ無いけどそれなりにデカい木の上、地上から7〜8メートル位の高さの太い枝の上に立っていた。

 そして更に意外な事実があった、さっき聞こえてきた、俺が聞いた声は確かに男の人の声だった筈だ、にも関わらずそこに居たのは…とても恐ろしく無気味な雰囲気を纏った、女の人だった…。

 その男声の女の人は嫌らしくも不気味な笑みを湛えた表情で俺を見やり、何かを言おうとしたのか口を開き始めたところに何かが音を発しながら飛来してその人を攻撃し始めた。

 その何かは赤い色をした小さな鳥のように見える、もしかしてそれはこのチビ熊ロボの仲間なのか、羽を羽ばたかせ滞空し嘴で突く様に男声の女を牽制するように攻撃する赤い鳥ロボ。

 その嘴攻撃に嫌気がさしたのか男声の女は堪らず木の枝から地面へと飛び降りた…マジかよ7〜8メートルの高さから平然と飛び降りるなんて普通の人間ならあり得ないだろう!

 

 『ええい、鬼の式めが!』

 

 腹立たしげに男声の女は赤い鳥ロボを振り払おうと腕を無造作に振り回す。

 

 「良いぞ頑張れ鳥ロボ!」

 

 何時しか俺は声を出して赤い鳥ロボを応援していた、この不気味な男声の女から俺が逃れるには何としてもこの赤い鳥ロボに頑張ってもらわなきゃだ。

 

 しかし、応援虚しく赤い鳥ロボは、何処から現れたのか男声の女の仲間と思われる男の突然の攻撃の前に撃墜されてしまった。

 

 『何を遊んでいる、早くその人の子を我が子の元に運ぶのだ。』

 

 その男の口から発せられたその声は妙に色っぽい感じがする女の物だった、妖艶とでも言えばいいのか…淫らでそしてやはり悍しく感じられるそれは、男の声帯から発せられた、何か男の声帯から発せられたって思うと…俺は場違いにも『ああ化け物にもオネェキャラとか居るんだな』…なんて思ってしまい、若干緊迫感が欠けてしまった。

 

 けどその緊迫感を欠いてしまったのはほんの短い時間だった、何故なら二人合流したその男と女は示し合わせたか、同時に俺へと向き直り、再び気持ちの悪いニタリ顔で俺へと向かって来た。

 

 「く、る…な、来るなよ、あっ…あっちに行けよぉ!?」

 

 尻餅をついたまま、逃れる事も出来無い俺に迫りくる男と女、ただ情けなく来るなと言うだけだ。

 徐々に俺との間合いを詰める男と女のその顔は、何か愉悦に歪んで見える。

 

 『人の子よ我が子の糧となるのだ。』

 

 そう言ったのは男か女かもう俺には解らなかった、俺にはもう為す術も無くただ恐怖に呑み込まれてしまうだけ…しかし俺は気が付かなかったんだが、まだその絶望的状況に於いて諦めて無い存在があった。

 それは…俺から見て右手上方から左下方へと急降下して来た、それは…それはつい今しがた撃ち落とされた筈の赤い鳥ロボだった。

 鳥ロボは再び羽ばたいて、不気味な男と女へと立ち向かったのだった。

 それだけじゃない、何処からかは知らないがおそらくは鳥ロボと熊ロボの仲間だろう…犬、いや狼と言うべきか。

 瑠璃色の狼ロボ、その狼ロボは鳥ロボに加勢し男と女を攻撃している、ヒットアンドアウェイ、攻撃を加えては距離を取り、また接近してはチクチクと攻撃。

 小さな身体で自分より遥かにデカい相手に向って、懸命に戦っている、そして更に俺の膝の上に居た熊ロボがその小さな手で俺の膝をトントンと叩く、まるでさっきのヒビキさんとカガヤキさんのあの独特なポーズにも似た挨拶の様な素振りを見せ、機械音声を発した。

 その音はまるで俺に此処から逃げろと言っている様にかんじられる。

 熊ロボもまた男と女の元へ向かう…熊ロボお前も戦うのかよ。

 

 

 小さなチビロボアニマル団は健気に、きっと俺を逃がそうと戦ってくれているんだ…なのに俺は、俺は、あいつらに守られるだけ、動く事も立ち上がる事も出来無い…………。

 本当に出来ないのか、何か、でも何が出来る俺に…俺に出来る事……。

 相変わらず尻を地に付けた体勢で、チビロボアニマル団と不気味な男と女との戦いから目を離さずに、俺は手を地に這わせる。

 その時俺の左手に何かが触れた、その何かが何なのかを俺は目視で確認した。

 それは長さが1メートル弱程、太さが12〜13センチ程の割と太い木の枝、

ゴクリと唾を飲み込み俺は意を決してその枝に手を掛け、握りこんだ。

 こんなもんであの化け物の様な不気味な男女に対し何が出来るって訳も無いだろうけど、あいつらが頑張って戦っているんだ、俺を逃がす為に、だったら俺だって!

 

 膝はガクガク、身体はブルブル震えていて、へっぴり腰の腰砕けなザマで、手にした枝も満足に持ち上げられ無い。

 こんな体たらくで何が出来るってんだよ俺、よくよく考えてみたらチビロボアニマル団は俺を逃がす為に牽制をしてくれてるんだよな多分、だとしたら俺が此処からさっさと逃げてしまえば、チビロボ達だってもしかしたら撤退してたかもなのに…全く何やってんだよ俺、

 

 「何やってんだよ俺ッ、やるんだよぉぉっ!」

 

 なけなしの勇気を奮いたたすべく、声を出してみる、それで何が変わるかなんて知るもんかよ!

 

 そう意気込んで木の枝を振り上げる。

 

 「いやその必要は無いよ八幡君、よく頑張ったね!君は凄い子だよ。」

 

 俺の手の甲にその手を重ね、何時の間にか駆け付けてくれたカガヤキさんが、一言そう言ってくれた、けど。

 

 「えっ…カガヤキさん!?何で…。」

 

 何で此処にカガヤキさんが居るんだ。

 

 「僕だけじゃ無いよ、ほら。」

 

 そう言ってカガヤキさんが指で指し示す方向に俺は顔を向ける、その方向に見えたもの…それは。

 

 「だぁぁりゃあぁっ!」

 

 全速力?で疾走し不気味な男女へと飛び蹴りを叩き込むヒビキさんの姿があった!

 

 ズザザザザァーッ!と蹴りによって吹き飛ばされる不気味な男女…マジか、嘘だろう。

 

 「よっ、待たせたな少年。」

 

 着地し、体勢を立て直したヒビキさんは俺にあのポーズを決めて、一言。

 

 「…ひ、ビキさん…?」

 

 俺は、途切れがちにその名を呼ぶ。

 

 「はい、ヒビキです。」

 

 俺の問い掛けにヒビキさんは飄々とした調子で応える、其処には何も気負った様子など感じられない。

 

 

 「どうやらツチグモみたいだな。」

 

 「ですね、間違いなく。」

 

 「こうなると因縁だよなカガヤキ、覚えているか、お前と初めて会った時もツチグモだったよな。」

 

 「はい勿論です、屋久島でヒビキさんに助けられたあの日の事を僕は一生忘れませんよ。」

 

 俺には今の一連のヒビキさんとカガヤキさんのやり取りの意味など殆ど理解出来ない、ただ分かるのはそれが二人の出合いにまつわる出来事だってのは何となく分かったけど。

 

 「カガヤキ…少年の事任せたぞ。」

 

 「はい、任されました。」

 

 ヒビキさんは、カガヤキさんへそう言うと自身が蹴りによって吹き飛ばしたあの不気味な男女を睨めつけている。

 不気味な二人は既に立ち上がり、忌々しげにヒビキさんを睨み付けている。

 

 『鬼か…。』『鬼め…忌々しい。』

 

 何だ鬼って、何の事を言ってるんだ、俺には不気味な二人が言っている意味が分からない、それを言うなら寧ろあんたらの方が、そんな事を考えていると俺の目の前で信じられない事が起こった。

 

 『我が子の為に消えろ鬼め。』

 

 不気味な二人はヒビキさんにそう言うと、その姿を異形に変えた!

 

 「うわァァァァっ!!??」

 

 俺はあまりの事に大声で喚いてしまった、まさか人?がいきなり姿形を変化させるなんて思いもしていなかったから。

 

 「大丈夫だよ八幡君、ヒビキさんは負けないからね。」

 

 俺の背を支え、カガヤキはまるで心配する必要も無いとばかりにそう俺に言うけど、あんな物を見せられたんじゃとても…。

 不安に怯える俺など関係ないとばかりに事態は進展する、異形と化した二人を油断なく睨めつけているヒビキさんは、どこかしらから取り出した、何か金属質の物を手に持っていた。

 それをヒビキさんは自分が立っているすぐ側の木に軽く叩きつけた、たちまちに響く澄んだ金属の音色。

 

 そんなに大きな音では無いが、その音色はまるでこの場に溜まった良く無い何かを浄化でもしている様に俺には感じれた。

 『キーン』と響くその金属の何かを、ヒビキさんは静かに己の額の辺りに持って行く……。

 

 そして……。

 

 ヒビキさんの顔の辺りに陽炎のような揺らめきが起こり、更に紫色の炎が発生した。

 その炎は激しく燃え盛りヒビキさんの全身を包み込み更にその勢いを増す。

 その勢いはまさに業火、その業火の中からヒビキさんの声が響く。

 

 『はぁぁーっ………たぁッ!!』

 

 その炎をまるで気合でも込めたかの様な掛け声と共に、腕を振るいかき消す。

 

 其処に居たのは………ヒビキさんではなく、紫色を主体とした体色の筋骨隆々たる体躯にプロテクターを装着したかの様な身形の額に二本の尖った角を持つ。

 

 まさにその姿は鬼とでも形容するしか無い異形。

 

 人の身で在りながら、人を大地を護る為に、己を鍛えて鍛えて鍛えた先に辿り着く境地。

 

 影ながらこの世を護り清める、異形の鬼。

 

 

 

 ヒビキさんのもう一つの姿、その名は『響鬼』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




熊型のディスクアニマルはオリジナルです。
名は碧熊(アオイクマ)
小町の中の人悠木碧さんに因んで命名しました。


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語り合う二組。

今回は私の好きなあの作品の要素を取り入れてみました。


  南房総市内『国道○号線』4月7日

 PM1:40

 

 紫色の業火を振り払って顕れた、人がその身を変えたし者、人知れずこの世を護る異形の鬼、響鬼。

 思えばあの瞬間を目撃したからこそ今の俺が在るんだよな。

 

 「…しかしまさか、俺がカガヤキさんの弟子になって、鬼になる為の修行を始めて、遂にはそのその鬼になって、しかも伝説と言われる先代の響鬼さんから名前まで受け継ぐ事になるとか思いもしなかったけどな…。」

 

 それまでは俺なんて何処にでも居る、いや千葉にしか居ないか、嗚呼我が愛しき理想郷たる千葉、嗚呼我が青春のアルカディアたる千葉って何を俺はいきなり千葉を賛美してんだよ、賛美歌でも歌っちゃうのか太鼓を叩きながら、でも賛美歌に太鼓の音色は合わないだろうな多分てか確実に……ってそれは置いといて俺は小町だけのお兄ちゃんだったのに、今じゃもう名実ともに『鬼の鬼いちゃん』になっちまったんだもんな。

 …おっと、そんな事をつらつらと考えて過去を振り返って居たら、もう間もなく目的地の御○山ももう間近だ、よし早い所カガヤキさんと合流しなきゃな。

 俺は乗機CB400SB=漁火《イサリビ》のスロットルを開け追加速した。

 

 

 

 

 

 

 

  千葉市内『サイゼ○ヤ』4月7日

 PM1∶45

 

はぁ〜あ、今日から新学期で久しぶりにヒッキーと会えたし、クラスも一緒だになれたし超ハッピーな日になると思ってたのにさ、春休みはヒッキーが猛士のローテに入ってたから駄目だったけど、今週はお当番じゃ無いって言ってたから今日はずっと一緒に居られると思ったのにぃ。

 

 「う〜ぅ、せっかくヒッキーと遊べるって思ってたのにぃ…。」

 

 あたしはゆきのんと一緒に来たサイゼでテーブルに向かい合って座っている、そのゆきのんにヒッキーと居られない不満を口にした、だってきっと…ううん絶対にゆきのんだってあたしとおんなじ気持ちだからさ。

 因みにテーブルの上にはあたし達が食べたお昼の食器と飲みかけのドリンクのグラスとティーカップが置いてある。

 

 「…もう、仕方が無いでしょう由比ヶ浜さん、比企谷く…ヒビキ君は自分が果さなければならない事を果たしに行ってしまったのだから、由比ヶ浜さん私達が今出来る事はそのヒビキ君が無事に帰って来る事を願う事だけなの…私としてもとてももどかしいのだけども…。」

 

 ゆきのんはちょっとだけクスッと笑ってからあたしをたしなめる?様にそう言った…ゆきのんのこう言うところあたしは凄いなって思う、ゆきのんだって本当はヒッキーと会えて嬉しかっただろうしそのヒッキーが、あたし達の暮らしを守る為に危険なお仕事を果たさなきゃいけない事を…なんの手伝いも出来無い事を辛いって思っている筈なのにさ。

 ゆきのんはきっと言い聞かせているんだよね自分にさ『我慢』って、ならあたしも、なんたってあたしの方がゆきのんより半年くらいお姉さんなんだからね!

 

 「…うん、だね、ヒッキーが帰ってきたらおかえりなさいって一緒に言おうねゆきのん。」

 

「ええ、由比ヶ浜さん一緒に言いましょうね、それと…お疲れ様もね。」

 

 そう言って優しくゆきのんは微笑む、それは同性のあたしから見てもとても綺麗で、思わず魅入っちゃう。

 ゆきのんはあたしの一番の親友でヒッキーと同じ位大切な人、でも同時に恋のライバルでもあるんだよね。

 だからさ、あたし他の事は兎も角これだけは絶対に譲れないんだ、それが例え親友のゆきのんだったとしてもね。

 

 

 

 

 

  南房総市『御○山』4月7日

 PM2:08

 

 麓の駐車スペースにカガヤキさんが使用している車は停めてあった、なので俺もその隣に「漁火」を停めて荷物を降ろすとスマホを取り出しカガヤキさんに到着を伝えた。

 千葉県内の山は他県に比べ標高も高くないし、携帯電話の電波が届かない場所はそれほど無い(多分、作者が千葉県に住んでいたのはもう数十年の昔なので、現在の状況は解りません)なので直ぐにカガヤキさんとの連絡は取れた。

 

 「はい、そんじゃあ此れから向かいます。」

 

 『うん、悪いねヒビキ、お詫びって訳じゃ無いけど、コーヒーを淹れてまってるから。』

 

 「うっす、ありがとうございます、それじゃ。」

 

 カガヤキさんの現在地は此処からなら常人の脚でもニ〜三十分もありゃ歩いて行けるって距離だから、俺の脚ならほんの僅かな時間で着ける…なので取り敢えず其処のコンビニで昼食でも買ってから行くとするか、昼飯食ってなかったからな俺。

 

 

 

 

  千葉市内『サ○ゼリヤ』4月7日

 同時刻。

 

 「あっ、そうだゆきのんジャンケンしようよ!」

 

 由比ヶ浜さんと訪れたサイゼ○ヤ、その私達二人が案内されたテーブル席で昼食を済ませデザートと紅茶の味を楽しんでいると、由比ヶ浜さんが突然そのような事を言ってきたの、けれど由比ヶ浜さんが何かを突然何の脈絡も無く言い出すのは何も今に始まった事でも無し、私も慣れてしまったわね。

 

 「別にそれをするのは構わないのだけれど、由比ヶ浜さん一体それは何を目的としての物なのかを説明してはくれないかしら…。」

 

 とは言えそれとこれとは別、目的、主語ははっきりと言ってもらわなければ賛成とも反対とも言えないのだから。

 

 「あ〜ごめんね、ほらさっきさヒッキーのバイクの後ろに乗っけてもらおうって言ってたじゃん、だからさあたしとゆきのんでどっちが先にヒッキーの後ろに乗せてもらうか順番を決めようよ、ヒッキーって人を後ろに乗せたことないって言ってたからさ…その…ヒッキーの初めてをあたしと……きゃっもうやだっ、もうもうもうっ………」

 

 最後の方は真っ赤に染めた両頬に手を当てて己の発言に妙な妄想でも掻き立てられたのかしら左右にその身を振るその姿は恥じらいつつも何と言うか…その、っ…いけないわ思わず私もつられて想像してしまっていたわ、私もまだまだと言う事ねこの様な場所で…気を引き締めなければ。

 と、それから私はその事について由比ヶ浜さんに伝えなきゃいけない事があったのだったわ。

 

 「ねえ、由比ヶ浜さん…その事なのだけど私、オートバイに付いて調べてみたの、それによると二輪免許所持者は免許取得後一年間は二人乗りは禁じられているのよ、だからヒビキ君は今年の8月迄はオートバイの後ろに人を乗せる事が出来ないのよ。」

 

 そうこれが伝えなければならなかった事、私もその…意中の人が好きな物の事を知りたかったから調べてみて、それに依って知った事。

 

 「えぇ〜、そうだったの!?そっかぁそれじゃあしょうがないよね…でも8月になったら乗せてもらっても大丈夫なんだね、えへへぇ楽しみだなぁ…。」

 

 本当に由比ヶ浜さんったら、心から好きなのね比企谷君の事を、けれど私もそれは同様、そしてその気持ちも負けていはいない筈よ。

 

 「そうね、その時は誰にも遠慮する事なく彼の背中の温もりを思う存分に堪能しましょう。」

 

 「うん!」

 

 由比ヶ浜さん本当に貴女の笑顔は何時も邪気が無くて、とても優しくてまるで人を蕩けさせてしまいそうな程に魅力的で、おまけに私には無いふくよかで温かさを感じさせる魅惑の物を備えていて、それはきっと世の男性に安らぎと…いけないわねこれ以上は考えない方が良さそうだわ、私自身の其処を見る度にコンプレックスを感じてしまいそうだもの。

 私の初めての同性の親友、けれど同時に最大のライバルでもあるのよね由比ヶ浜さんは、だけれど私負けないわよ。

 

 

 

 

 

  南房総市『御○山』4月7日

 PM2:18

 

コンビニで食料を買い込み、ダッシュで俺はカガヤキさんが陣取る野営地へ到着した、テントを張りテーブルと椅子が設えられている其処でカガヤキさんは入念にウォーミングアップをしている様だ。

 

 「うっすカガヤキさん、ただ今到着しました。」

 

 「やっ!来てくれたねありがとうヒビキ、取り敢えずはコーヒーでも飲んでひと息つこうか。」

 

 朗らかに、そしてにこやかにカガヤキさんは俺を出迎えてくれた、こんな優しげな笑顔を向けられた日には堕ちない女性は居ないんじゃね…なんて思わせる甘いマスクのイケメン。

 しかも超絶美人の恋人?もいるし更にそのひとにも負けないくらいのレベルの超絶美人の同僚アワユキさんからも想いを寄せられてるっぽいし…マジどんだけリア充なんだよって端から見てると思いますし、中学生の頃の俺のままだったら多分『ケッ!この爆発しちまえっ!』だとか『リア充死すべし!』とかなんか思ってたんだろうな。

 けど先代とカガヤキさんに出会って、この道を進む事を決意して、カガヤキさんの弟子になって猛士の人達や鬼の先輩達と交流を深めて俺は知った、カガヤキさんにしても他の鬼の先輩達にしても、ルックスだけじゃ無いんだよな、皆心の中、ハートまでもが凄えイケメンなんだよな。

 

 「はい、いただきます、後ついでに昼飯も食いますんで。」

 

 「えっなんだヒビキ、昼食食べる時間も取らないで来てくれたの、それはごめん…。」

 

 「いや大丈夫っす、連絡を受けて取り敢えず早めに合流だけでもしとこうって考えて、勝手に食わなかっただけっすから。」

 

 腹が減っては戦も出来ぬってな、鬼になるって案外カロリーの消費が激しいんだよな、だから食える時に食っとかなきゃだ。

 俺は椅子を借りてテーブルにコンビニのビニール袋を置き、弁当を取り出して早速食べ始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

  南房総市『御○山』野営地 4月7日   PM2:35

 

さて昼飯と食べて腹も充分に満たされたし、ここで一つ昼寝でもって訳にはいきませんよね…うん勿論ですとも。

 

 「…カガヤキさんマジなんすか、もしかしたら複数体居るかもしれないって、まさかこんな然程大きくも無い山に。」

 

 大型魔化魍の複数体発生、それはこれまでも偶に起こっていた事態らしい。

 あと近場ではあるけど別々の場所で発生した奴の対処に当たっていた二人の鬼が自分が受け持った奴を追い、最終的にはその複数体の魔化魍と鬼が合流する形になった、なんて事もあったそうな。

 

 「うん…どうやらね、しかも一体はツチグモっぽいんだよ、もう一体はまだ判らないけど、おそらくはね。」

 

 うわっマジかぁ〜…ツチグモねぇ。

 

 「あははっ、相変わらず虫は苦手みたいだね。」

 

 あ、やっぱり顔に出てんのかね、マジ俺虫とかあり得ないし、多分あれだ、出来るかどうかは分からんけど将来結婚して子供ができたと仮定する、まぁこの場合は男の子だな、もしその子に夏休みに虫取り行こうよってせがまれたとしても俺の返事は『だが、断る!』だよ。

 すまんな、まだ見ぬ産まれてくるかも解らぬ我が倅よ、カブトムシやクワガタを捕まえたければうちの親父(お前にとっては爺ちゃんだな)と一緒に行ってくれ。

 なんたってあの親父、齢四十代も後半のくせして『サキシマヒラタクワガタをブリードしたい!』とか言ってるし、当然ながらそんな物を我が家の最高司令官たる母ちゃんと首席幕僚たる小町が許す筈も無く、我が家に虫の侵食は防がれているって訳だ、当然だな…全く敗北と言う物を知りたいぜフヒッ…。

 てか何時までも現実逃避しちゃメッだからね俺…うはっメッだってキモっ!

 しかし同種の魔化魍の同時出現とかってなると、何かしらの原因とかあるんだろうかな…まぁ今はそんな事解らんし、そういった事の考察も研究もこれからなんだろうし、今は目の前のお仕事に集中だな。

 

 「…すね、まぁ果たさなきゃならないお仕事ですし、其処は一つ我慢の子ってヤツっすかね。」

 

 うん、頑張ろう…カガヤキさんはにこやかにそう言ってくれた、けど…しないで済む我慢なら、しないにこしたことは無いんだけど…ってそんな事を言える雰囲気ではありませんね、八幡自重。

 

 「それでカガヤキさん、現在の状況はどんなものなんすかね?」

 

 ノートパソコンのモニターと印刷物の地図を見比べ、ディスク達を向かわせた位置にマーキングし、怪しいと思われる場所の検討をしつつ俺は確認を兼ねて質問する、こう云う現場作業は報連相が大事だからな。

 

 「うん、まず現在確認出来ただけで、地元の人が三名行方が分らなくなっていて、旅行者や登山者四名がやはり行方が分からないそうだよ。」

 

 確認が出来ただけでそれだけの人数がだからな…もしかするとそれ以上の人が既に犠牲になっているかもしれないって事だ。

 

 「そうですか…もうグズグズはしていられない状況っすね、まだ未帰還のディスク達の中に当りがありゃ良いんすけどね。」

 

 現在この御○山は猛士を通じて警察と市役所に申請し入山禁止にしてもらっている。

 当然犠牲者をこれ以上出さない為にって事だ、それに此れはあまり言いたくない表現だが、餌になる人間が存在しなければアチラも食い物を求めて積極的に動き出すかもだからな。

 

 「ああ、そう言やカガヤキさん、今でこそ俺達鬼と猛士は警察なんかと繋がりがありますけど、昔はそうじゃ無かったそうっすね?」

 

 実はそういう事らしい、太古の昔から鬼達はそれぞれ独自に魔化魍退治を行っていたそうだ、その過程で鬼によって助けられた人達が鬼に対して恩を感じ、その恩義に報いその活動をサポートする為に作り上げたられて行った組織がやがて『猛士』となったそうな。

 まぁ昔から鬼も猛士の人達も基本人が良かったって事なんだよな。

 

 「うん、僕が先代のヒビキさんに弟子入りした頃かな『百鬼夜行』と呼ばれる魔化魍の大発生があってね、その時に猛士の上層部が魔化魍の存在を警視庁と防衛省とに情報提供して、それに依ってその後警察が協力してくれるようになって今の体制があるんだよ、まぁ元警察官の轟鬼さんが居たしその伝手もあったからね。」

 

 「はい、前に聞いた事があります…当時鬼は全国で119人しか居なくて、しかもその鬼になろうと志す人も減少傾向にあったとか。」

 

 その内関東地方には11人の鬼が在席していて、その11人でローテを組んで事に当たっていたとか。

 

 「その結果、当時の鬼一人一人の負担が増えてね、ヒビキも当然知ってるだろうけど鬼になるには相当な体力を消費するからね、一度出動したら本来は数日は休養に充てなきゃならないのに、そんな状況だったから無理をする人も居てね、その無理を押して出動してしまい、怪我などでダメージを受けその結果引退や長期離脱を余儀なくされる事態に陥ったりと、あまり良い状況とは言えなかったそうなんだよね。」

 

 警察の協力を得られる様になってそれも改善が見られた、その一つに警察官から出向という形で鬼の修行を行い、結果見事鬼になる事が出来た人はそのまま、鬼として活動する様になった人もいるって事だし。

 中には修行するも残念ながら鬼にはなれなかった人も居るがな。

 

  「例の百鬼夜行以後、町中に出現する等身大の新種なんかも増加したそうっすね、それまで等身大の魔化魍は基本的に夏の奴位しか居なかってって聞きましたけど…。」

 

 「そうらしいよ、僕もその辺りは正式に先代ヒビキさんの弟子になってから教えてもらったから。」

 

 まぁ何れにしても、現状はその頃に比べるとかなり恵まれた環境にあるって事だな、ああ良かった今の俺達の労働環境はかなりホワイトな状況にあるって事なんだな。

 もし当時の労働環境に居たとしたら、きっと俺身体を壊していたと自信を持って言えるわ、いやそんなモンに自信を持つなっての俺、しかも基本がコミュ症気質だからな言いたい事も言えず社畜の様になってたかもだな。

 

 そんな話をカガヤキさんと二人語っていると、十数体程のディスクたちが帰還して来た。

 さて、この中に当りが有れば、俺達も行動が起こせるんだけど、果たしてどんなもんかね……。

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 



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現わるる鬼。

  南房総市『御○山』野営地 4月7日  PM3:02

 

 

 カガヤキさんと俺は帰還して来たディスク達のチェックを開始した。

 ディスクが記録した物は俺達が鬼に変じる時に使用する『変身音叉』にセットする事で確認作業が出来る。

 変身だけじゃ無く再生にまで利用出来るとか変身音叉マジ万能!ディスクアニマルをセットする事で何時でも何処でも見たい映像を即再生、この大変便利な変身音叉、一家に一台変身音叉。

 今ならなんと番組終了後30分以内にお電話を……って、何をいきなりテレビ通販始めてんの、残念な事だが変身音叉は鬼になれる資格がある者にしか扱えないし、また記録された物も同じく見る事も聴く事も出来ないっての。

 まぁ専用プレイヤーが有れモニターに再生出来るけどな。

 

 てか今でこそ俺達は、このディスクが捉えた映像を視認し確認出来る様になっているが、以前はそれが出来なかったそうだ。 

 変身音叉にセットしてディスクを回転させ鬼達はその音を聞く事で当たり判定を確認していたとの事だ。

 それがみどりさんはじめ、猛士の開発部の皆さんの研究と努力の成果として、それが実り現在のディスクは直接脳に作用して映像までもを確認出来る様になったと言う訳だ…ああ?その構造がどうなっているかだって!? そんなモン知らん! だって俺は猛士の開発部じゃ無いからねただの使う人だから…。

 ただまぁ、今じゃドローンとかでも普通に映像記録媒体とか積めてるし、みどりさん達開発部の人達の技術とかも昔より発展してんだろうから、それくらいの事出来るんじゃないの、知らんけど。

 

 帰還して来たディスクの数は全部で16体、それを半分ずつ手分けして俺とカガヤキさんで確認して行く。

 俺達の居る野営地を起点として、西側を俺が東側をカガヤキさんとで手分けして、変身音叉にディスクをセットして確認する、そして。

 

 「出ました、当たりっす。」

 

 4枚目のディスクに童子と姫と思しき姿と中2の時に初めて見たあのこ汚い綿菓子の様なロープ、蜘蛛の糸の残滓も確認出来た。

 

 

 「大きな岩が崩れた跡みたいな所っすね、もしかすると其処に潜り込んでるのかな、流石にあからさまにハイキングコースとかの近くには張って無いみたいっすね…。」

 

 俺は自分が見たディスクの記録映像の内容をカガヤキさんに報告した、その報告を受けてカガヤキさんは一つ俺に向けて頷き、そして。

 

 「うん、僕の方も当りが出たよ、やっぱりこっちもツチグモだね…。」

 

 然程大きくも無いこの山に同種の魔化魍がほぼ同時発生かよ、そう言や先代とカガヤキさんが出会った頃って確か魔化魍が年間を通してかなり大量に発生したって聞いたけど、もしかして今年もそんな感じなのか。

 

 「取り敢えず、たちばなに報告を入れてから出発するとしようか、ヒビキにはそのまま西側を受けもらっていいかな、僕は東側に向かうよ。」

 

 「うす、了解っす。」

 

 カガヤキさんはスマートフォンを取り出すと画面をタッチし通話を開始した、電話に出たのは香須美さんだった様で、カガヤキさんはそのまま香須美さんにあらましを報告しツチグモ退治へ出発する旨を告げ通話を切った。

 

 「よし、それじゃあ現場へ向かうとしようか、ところでヒビキはツチグモは経験あるのかな。」

 

 「…はい、独り立ちしてからは去年の秋に一回やってますね、だからまぁ大丈夫です。」

 

 「そう、でも気を抜かないようにね、現場では基本を守りながらも臨機応変に対応する事もわすれずにね。」

 

 俺の返事を受けカガヤキさんはそう、年を押すように忠告してくれる、こう言う先輩からの言葉はよく聞いて心に留めておかないとな。

 そして魔化魍と童子と姫が居るであろう現場へ向かうべく、俺とカガヤキさんは、互いに映像を収めて来てくれたディスクアニマルに変身音叉をちょこんと軽く当て、ディスク形態からアニマル形態へと変形させた。

 

 「そんじゃあ、道案内頼むわ。」

 

 俺が見た映像を持ち帰って来たディスクアニマルはルリオオカミ、カガヤキさんの方はアサギワシだ。

 

 「…うんそれじゃあ行こうか、ヒビキお互いまた無事に此処でね、いってきますシュッ!」

 

 「っす、そうっすね、終わったら帰る前にゆっくりコーヒーの一杯でも飲みましょうカガヤキさん、行ってきますシュッ!」

 

 俺達は先代から受け継いだ挨拶のポーズを共に決めて野営地を後に、現場へと向かい征く。

 見るとルリオオカミが『何やってんの速く行くからグズグズすんなよな!』と俺に向けて催促しているかの様に機械音声でもって告げている様だし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  千葉市内『市街地歩道』4月7日 

 PM3:15

 

 由比ヶ浜さんと二人サイゼ○ヤを後にした私は、突然に由比ヶ浜さんから問われたそれは…。

 

 「ねぇ、ゆきのん家って猛士に協力してるんだよね?」

 

 『猛士』…その存在を私が知る事になったのは去年の入学式の日の通学路で、由比ヶ浜さんと比企谷君の二人と出会った事がきっかけとしてあったから。

 由比ヶ浜さんの不注意によりその由比ヶ浜さんのお宅の飼い犬の『サブレ』くんが着けていた首輪の金具の損傷に由比ヶ浜さんが気が付かず、早朝の散歩中にリードが外れてしまいサブレくんは道路に飛び出してしまった。

 その時サブレくんを救う為に何処からとも無く(少なくとも私にはそう思えたわ、そして由比ヶ浜さんもそう思えたと言っていたわ)突然に、とても人の走る速度だなんて思えない程のスピード(私が搭乗していた自動車よりも速かったわ確実に)で道路上のサブレくんを救い出した、私と同じ総武高校の制服を身に着けた男の子。

 その事故とも呼べない事故により、私の実家雪ノ下家は比企谷君に興味を持ちその身辺を調査した、ドライブレコーダーに映っていた比企谷君の姿が世間一般の人ではありえない程のスピードで私が搭乗していた車の前を通り過ぎていたのが確認出来たからだと思うのだけど。

 そして鬼と猛士の存在に辿り着き魔化魍と言う脅威が世に存在している事を知り、その猛士に協力を申し出たと言うことらしいわ。

 けれどその事を父も母も私には伝えてくれはしなかったけれども。

 

 「…ええ、去年からだけれど、それがどうかしたの由比ヶ浜さん?」

 

 私が由比ヶ浜さんの問に応え返すと、彼女は小さく『そっか…』と呟いき、暫しの間何か逡巡しているみたいだわ、一体どうしたのかしら由比ヶ浜さんらしく無い。

 

 「…ねぇゆきのん、ヒッキーはさ、人助けの為に魔化魍と闘ってるんだよね…そんでさ、猛士の人達はその魔化魍と闘う鬼の人達を手助けしてんだよね…。」

 

 ああ、そうなのね…由比ヶ浜さん、貴女はあの時と変わらず比企谷君の手助けをしたいと思っているのね、好きな人の側でその人のサポートを自分の手でと、だからそんなにも思いつめた様な顔をしているのね…。

 

 「…由比ヶ浜さん、あの日彼が…比企谷君が私達に言ったあの言葉を貴女も覚えているでしょう、彼は私達に言ったわよね。」

 

 

 

 

  千葉市内『市街地歩道』4月7日 

 PM3:19

 

 ゆきのんが言ってる事、あたしちゃんと覚えてるよ。

 去年の夏、あたしとゆきのんは川遊びに行ったんだよね、本当はヒッキーも誘ったんだけど『すまんバイトが入ってるから無理だ!』って断られちゃって、それであたしとゆきのん、それからゆきのんのお姉さんの陽乃さんが車を運転してくれて連れてってくれたんだよね。

 

 「…うん、覚えてるよゆきのん。」

 

 そんで、川で遊んでいる時に…あたし達の前にたくさん魔化魍が現れて(夏の奴って言ってたっけ?)あたし達もう駄目だって諦め掛けてた時にヒッキーとカガヤキさんとトドロキさんってオジサンが駆け付けてくれて、そんでヒッキー達は鬼に変身して魔化魍達をやっつけてくれたんだよね。

 

 あたし魔化魍が現れてもう駄目って思った時、ずっとヒッキーの事考えてたんだ。

 あたし…まだ言ってない、ヒッキーに好きだって言ってないのに死ぬなんて嫌だなって…多分あの時ゆきのんも同じ気持ちだったんじゃないかな?

 

 「あの時、比企谷君達が駆け付けて魔化魍を退治してくれて、事なきを得た後私達に比企谷君は全てを話してくれたわね、そして猛士の存在を知った私が願った事を由比ヶ浜さん貴女は覚えているかしら。」

 

 「……うん…。」

 

 ゆきのんは言ったよね、ヒッキーが話してくれたナイショの事とか知って『比企谷君、私に貴方の手伝いをさせてはもらえないかしら。』って

 あたしはゆきのんのそれを聞いて、ゆきのんって凄いなって思った、だってあんな怖い事に遭って直ぐそんな事言えるなんて。

 あたしもその後気を取り直してゆきのんと同じ様に、ヒッキーにお願いしたけど、ヒッキーはちょっとだけ笑って、そんでヒッキーは言ったんだよね。

 

 『ありがとうなお前達の気持ちは凄え嬉しいけど、出来ればお前たちには此方には来てほしくないんだ…ああ、その何てかな、ええっとだな、上手く言えないけど……そうだな、雪ノ下と由比ヶ浜には俺にとっての日常の象徴でいて欲しいんだ。』

 

 あたしはあんま頭が良く無いから、最初意味が理解出来なかったけど、多分何となくだけどそれってあたし達がヒッキーが帰って来る場所みたいな感じかなって…だったら嬉しいな。

 

 「なんと言えば良いのかしら、私はあの時彼の言葉を聞いて……嬉しさと、それからもどかしさを感じてしまったわ。

 私達と同級生の彼が、私達の知らない所で世の中の為にあんな闘いに身を投じているなんて予想だにしていなかったのですもの、そして私達ではそんな彼の力にはなれないのだから。」

 

 「…うん。」

 

 「だけど、そんな彼が私達に求めている物があるって事を知れて、その事はとても嬉しかったわ、だから私は“今は”彼がそれを求めているのなら…彼の意に沿う様にしようと思うの。」

 

 ふぇ?今はって………。

 

 「ゆきのん!?」

 

 「あくまでも“今は”よ由比ヶ浜さん、私達はまだ高校生だもの将来の目標を、就職先を何処にするか、それは“今は”私自身にも判らないわものね、だからそれまでに将来必要になるかもしれないスキル等を研くのも良いかも…でしょう、ふふふ。」

 

 ゆきのん…そっかあたし達“今は”まだ高校生だもんね、だから多分…きっとヒッキーも、あたし達と一緒に居る時は普通の高校生で居たいって思ってんのかもだね、それがヒッキーが今あたし達に求めてる物ならあたしも“今は”それで良いのかな、でも将来は…どうなるかなんて分かんないよねヒッキー。

 

 「すごいなゆきのんは、ありがとうゆきのん、あたしなんかスッキリしちゃった、うんあたしも考えてみるよ、将来何ができるかって!」

 

 やっぱゆきのんすごい、あたしゆきのんと友達になれて良かった。

 

 「…いいえ、由比ヶ浜さん…本当に凄いのは貴女よ。」

 

 ほへっ!?あたしが凄いって、何の事なんだろう…。 

 

 

 

 

 

 

  南房総市『御○山山中西部』4月7日 PM3:23

 

 俺はルリオオカミに先導されて御○山の山中を駆ける、こいつは数あるディスクアニマル達の中でも地上走行速度はトップクラスに速い(その最高速度は125㏄バイクの最高速度並み)上に小さいし小回りも効く、つかディスク自体が小さいから小回りは当然か。

 

 この山自体はそれ程大きく無い小さな山だが、それでもかなり人里から離れたんだって事が窺えるくらいには樹木が生い茂り空気も街のソレとは違っている事が実感として感じ取れる。

 まあそんな状態の場所を駆けているんだから、全力近いスピードで走っている訳じゃ無いが、それでも一般の人とは比較にならない速度で駆けている、いやマジ本当に我ながら良くぞここ迄鍛え上げたなと、自分で自分を褒めてやろう。

 べっ、別に誰も俺の事を褒めてくれないからとかそんな事は無いんだからね、昔と違って今はな。

 と…まぁふざけた脳内思考は一旦この辺までだな、何やら周りの雰囲気があまり良くないものに感じられる、こいつは近いな、まだまだ独り立ちして一年にも満たない新米のカンだけどな。

 

 「おい、ルリオオカミ止まれ!」

 

 俺はルリオオカミに声を掛け、周囲を警戒し気配を探る、ルリオオカミも俺の声に従い走行を止めるとまるで俺を真似る様に自身も警戒してか、その場で小さく飛び跳ねながらゆっくりと回転し周囲を探る、こういう仕草が妙に可愛いんだよなディスク達って、何かこうディスクアニマルに萌え萌えキュン……て事は無いけどな! とイカンまた阿呆な思考をしていたわ。

 なんでもディスクアニマルってのは、古くから伝わる陰陽道とかで言うところの式神ってヤツで、その中には動物とかの魂ってのが封じられていて、その為なのか案外ディスク毎に性格とか感情の様な物があるらしい。

 俺が先代とカガヤキさんに初めて会ったあの日俺を守ってくれたあの三体は、何てのか妙に俺の事を気に入ってくれた様で、今じゃ俺にとって公私共に相棒みたいな感じになってるし…特に熊。

 っと、そんな事を何時までも感心して見ている場合じゃ無いわな、集中集中!

 

 周囲の状況を集中して探る、風の流れを、草葉の揺れ、掠れ動く音を聴き生き物の気配を感じる、樹木の枝のしなりを舞い散る落ち葉を観察し変化の有無を見極める。

 

 そして……捉えたのは声。

 

 『鬼さんこちら、手の鳴る方へ…。』

 

 『鬼さんこちら、手の鳴る方へ…。』

 

 陰湿でオドロオドロしく不気味さを醸し出しながら、木霊するのはあまり聴き慣れたくは無いが聴き慣れてしまった感のある、男女の声だ。

 その声が俺の周囲を回るように、何度も何度も。

 

 「ん、チイッ!?」

 

そして俺は殺気の様な感覚を感じ咄嗟に左前方へと前転の要領で飛び退る、飛び退り俺は元いた位置を確認する。

 そこに居たのはその手を鋭く尖った異形の形に変え、その手を地に突き刺し俺の顔を見てニタリといやらしい笑いをする不気味だが顔の造りは中々にイケメンな男と、その後方に数メートル程離れた位置に立つやはり不気味だが妙な色香を漂わす女。

 人に非ざる魔の存在、半ば魔化魍とセットで現れる男女、童子と姫。

 

 「…はぁ、やっぱりツチグモの童子と姫かよ。」

 

 危なかった、もしコイツらの気配に感づかなかったならアレを食らってたかもな、あんな鋭いモンブぶッ刺されちゃたまったもんじゃ無いからな。

 地に突き刺さった異形の手を抜き童子と姫の2体はやはり不気味に笑いながら俺を見つめる、まぁこんなのに見つめられても何のときめきも感じないけどな。

 

 コイツラが何処から何故現れるのか諸説あるようだが、例えば一つにはその地に穢が溜まって自然発生したとか、以前は何やら奇妙な奴等が魔化魍や童子と姫を操っていたって事もあったらしいが、今回のは自然発生的なモノと考えても良いのかな。

 

 「…何かもう色々とやらかしてんみたいだよな前達はよ!?」

 

 俺は油断無く童子と姫に視線を固定して問いかける、何か意味のある返答があるとは期待しちゃいないけどな。

 

 『鬼の子かな…。』

 

 『鬼の子かな…。』

 

 ほらね、やっぱり会話が成立しませんね、八幡知ってたよ、いや知ったってかだろうなって思ったてたんだけど、取り敢えず言わずにはいれなかったんだよ察してくれ、てか質問に質問で返すなってぇの!

 

 「…ああ、鬼だよ。」

 

 だから俺はちゃんと答えてやりましたともさ、人として当たり前の事を当たり前にやってやった、これ大事。

 

 『…鬼は外!』

 

 『…鬼は外!』

 

 童子と姫はそう言いながら、その身を変えてゆく…ツチグモの童子と姫だからやっぱりその身形には蜘蛛の特徴が現れている…マジキモっ。

 

 「…いや、此処は最初っから外だからね、何ならお前らも今外に居るじゃないかよ。」

 

 季節外れの『鬼は外』に反論しながらも俺は懐から変身音叉をとりだす、目線は異形化した童子と姫(猛士では怪童子と妖姫と呼称している)から当然反らすこと無くな、何故なら妖姫が何やら行動を起こそうとしている事が見て取れるから。

 

 「!」

 

 妖姫は軽く首をのけ反らせてからその口を開き、あのこ汚い糸を俺の方へ向けて高速で射出する。

 

 「チッ!」

 

 俺はそれをサイドステップで右方向へ躱しながら、その躱した先に伸び立つ樹に変身音叉『音角』を打ち付ける。

 

 『キィーン…』と鳴り響く音叉から発せられる澄んだ金属音。

 俺は鳴り響く音叉を己の額の前へと手を挙げ運び我が身にその音が発する波動を受ける……。

 

 陽炎のような揺らめきが額を中心に広がり、やがてそれは蒼い炎となり俺の全身を包む………。

 

 「はぁー………」

 

 業火の如く燃える蒼い炎、その炎の中で俺の身体は異形へと変わりゆく…。

 

 「はぁーーーっ…たァーっッ!」

 

 変化を終え、俺はその炎を切り裂くように腕のひと振りで振り払う。

 その身は、藍色から青へとグラデーションかかった体色を基調とし手の部分は真紅、額に二本の角を持つ。

 

 清めの音色により魔を鎮め清める『太鼓の鬼』先代より去年の夏にその名を受け継いだばかりの駆け出し。

 

 その名は、当代の『響鬼』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




八幡と明日夢の鬼としての形態は響鬼さんと殆ど同じです。

身体の色は八幡が藍色〜青に手先は赤、明日夢=輝鬼は明るいキャンディブルーにやはり手先は赤、その辺りも響鬼さんとほぼ変わり無しです。


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急転する事態。

お気に入り登録及び評価ありがとうございます。
やはり高い評価を付けていただくと嬉しいモノですし、その逆に低いと凹みますね。


 

  南房総市『御○山山中』4月7日

 PM3:31

 

 互いにその身を異形へと変化させた俺と童子と姫は、大凡6〜7メートル程の距離を開け対峙する。

 幾らかは慣れて来たとはいえ、やはりこの時ってのは緊張するもんだな…怪童子と妖姫へと変貌を遂げたせいで奴らの表情は読めないが、怪童子の方はジリジリと此方へ向けて躙り寄って来ている事から、何らかのアクションを起こそうとしている事は明らかだ。

 

 なら、ソレをじっと待つのもアレだよな、俺は怪童子へと顔を向け、鬼面となった顔の口部を開く。

 

 「はあっ!」

 

 俺は口部から蒼い炎を撃ち出す、その蒼い炎は怪童子に直撃し、その身を激しく燃え上がらせる。

 良し、上手い具合に『鬼幻術、鬼火』が一発でクリーンヒットしてくれた!

 その炎の熱に声も無くのたうち回る様に足掻く怪童子だったが、やがて限界を越えたのか、その身を爆散させ消え失せた。

 

 「…よし、先ずは一丁っと…。」

 

 怪童子が消え去るのを確認し俺は一言呟き、油断ぜずに妖姫へと気を向ける。

 向けながら俺は、腰の装備帯からニ対の音撃棒『烈火』阿と吽を取り両手に持ち構える。

 俺と輝鬼さんは鬼としての能力特性が先代の響鬼さんとほぼ近く、その性質は炎の力であった為、鬼石の色は先代のそれと同じ赤だった。

 なので先代の引退に際してその音撃棒『烈火』の名迄をも俺が継承させていただいたって訳だ。

 

 あっ、因みに言っとくと輝鬼さんの音撃棒の名は『業火』だ。

 

 

 

 

 

  南房総市『御○山山中西部』4月7日  PM3:31

 

 童子と姫を撃退し、僕は今ツチグモと対峙している。

 その身の丈は此れまでに遭遇したツチグモに比してだけど小さい様に感じるのは 、この個体がまだ成熟していないからなのかな?

 とは言っても、その大きさは小型のトラック位はあるんだけどね。

 

 そのツチグモは再三に渡り素早くその口から蜘蛛の糸を飛ばしての攻撃を繰り返してくる、それを僕は回避或いは音撃棒『業火』にて、火炎弾『鬼棒術、業火弾』を射して相殺、それによりツチグモは僕に対して攻めあぐねている状態だ。

 だったら此処は速攻で片付けようと一気に間合いを詰め、その背に飛び乗ろうとしていたんだけど、ツチグモは何を考えているのか。

 ツチグモには知能らしきものは無く本能的に攻撃を仕掛けてくる性質だと学んだんだけど、そのツチグモは突如その身を翻し反転逃走に移った。

 

 「しかもその方角は西側、まさか向こうと合流………。」

 

 杞憂であってくれれば良いんだけど、そう願いながら僕は逃走したツチグモを追う。

 

 

 

 

 

  南房総市『御○山山中西側』4月7日  PM3:33

 

  怪童子撃破後、妖姫は俺にその口から糸を連射しての攻撃を繰り出す、その連射を烈火の先端、鬼石に炎を宿し迎撃する。

 

 「おお!こりゃ凄え我ながらよく燃えてるわな、燃えろよ燃えろよ炎よ燃えろ火の粉を巻き上げ天まで焦がせ♪ってな思わず歌っちゃって自画自賛までしちゃうわこれ、フヒッ…あっ。」

 

 俺は妖姫を挑発する意味合いも込めてそんな事を口にする、因みにこのキャンプファイヤー等でお馴染みの『燃えろよ燃えろ』の原典はフランスの民謡で原曲は『星影さやかに』と『一日の終わり』であるこれマメな。

 しかし最後にフヒッとか声に出ちゃったけど、別にコイツらにキモっとか思われたって平気だい! つ、強がりとか誤魔化しとかなんかじゃあ無いったら無いんだからねっ。

 大体今は鬼に変身しているし、素顔とか判んないだろうし、昔は腐っているとか評された俺の目も妖姫には見えんからな……。

 

 『!!』

 

 なんて事を考えていたのが徒となったのか、或いは油断してしまったのか俺は妖姫の吐く蜘蛛の糸をこの身に受けてしまった。

 

 「ヤバっ!」

 

 この糸攻撃自体にはダメージを与える様な威力は無かったが、それに依って動作を封じられるのが此方の不利に働いてしまうからな、相手が反撃に転じた時の対処が面倒になってしまう、案の定妖姫は…。

 

 『シャァァ!!』

 

 と、声?を出しながら飛び上がり先端が鉤爪の様に鋭いく尖った腕による攻撃を仕掛けてきた。

 

 「うわぁっとおぉっ!?」

 

 俺はその場から飛び退って回避に努めるがタイミングと糸によって動きをかなり制限された為か、妖姫の鉤爪の腕による攻撃を“掠める程度”だけど喰らってしまった。

 喰らいはしたけど、そのおかげで身体に巻き付けられた蜘蛛の糸を切断してくれた形になったので“おあいこ”だ。

 流石は八幡、不利な状況下にあってもそれを利用し抜け目無く覆す!

 嘘です、ただ単に偶然此方の回避行動とあちらの攻撃行動に依って、形としてそうなっただけです、嘘は良く無いですねゴメンナサイ。

 

 「…そっちの攻撃のお掛けで動ける様になったわ、サンキューな…。」

 

 俺はもう一度挑発的な言葉を妖姫に投げ掛ける、俺の左腕には妖姫の鋭い鉤爪攻撃によって付けられた傷がある、それを俺は。

 

 「ハアッ、ふっ!………よし。」

 

 掛け声を発し気合いを込て俺は腕の傷を塞ぐ、この程度の怪我なら俺達鬼にとってはどうと言う事は無い。

 敢えて妖姫の前でその傷が塞がって元の無傷な状態に戻った腕を確認がてらプラプラと振る、コレも妖姫に対する挑発行為だ、それで向こうがどう言う行動に出るかな…。

 

 『…………!!』

 

 妖姫は挑発されプッチン切れて攻撃に出るのかと思っていた俺だったが、それは外れた。

 妖姫は顔を上向きにして、上方へと蜘蛛の糸を吐き出す、その糸を樹の枝へと粘着力により接着するとそのままその糸を巻き戻すかの様に伝い、枝へと飛翔する様に登っていった。

 

 「おおっ、マジか…って感心してる場合じゃ無いわな。」

 

 俺はルリオオカミをディスク形態に戻すと、逃走に移った妖姫の後を追い疾走る。

 勢いが付いたところで大きくジャンプして妖姫を真似る様に枝へと登り、蜘蛛の糸をまるでターザンのロープの様に操り枝から枝へと飛び移る妖姫の後を追跡する。

 

 「ハッ!、ハッ!、トリャッ!」

 

 先代とカガヤキさんに鍛えてもらい、また自らも鍛えた脚力によって、俺も枝から枝へとジャンプして妖姫を追う。

 その逃走と追跡劇は時間にして数十秒といったところか、やがて俺達はあのルリオオカミが収めた映像にあった崩れた岩場の様な場所へと出た。

 

 『シャァ!!』

 

 

 「タァッ!」

 

 妖姫が枝から飛び降り着地した後、数瞬の間を置いて俺も続いて着地、岩場の前で再度相対する。

 

 「目的地にご到着ってかよ、その岩場にツチグモが隠れてんのか、それとも岩場に擬態でもしてんのか……。」

 

 『…………!!』

 

 その岩場を前にして、妖姫は再度俺に対して接近戦を仕掛けてきた。

 鉤爪の様な手を振り上げながらの突進による攻撃、と思わせながら妖姫は近距離から蜘蛛の糸を吐き出してきた。

 

 「なっ…ヤベっ、おっと!」

 

 左後方へサイドバックステップでその攻撃を回避し、次の動作で妖姫の右斜め後方へと回りこみ。

 

 「たぁりゃぁっ!」

 

 と音撃棒烈火を妖姫の後輩部へ叩き込む、するとその衝撃で妖姫はつんのめる様に倒れ伏す。

 すかさず次の攻撃、上方へと掲げた烈火を倒れた妖姫に打ち下ろす。

 

 「はあぁっ!」

 

 しかしその攻撃は妖姫が地面を回転する事で回避されてしまった。くそっ、ヤルなこいつ。

 そのまま回転動作を止めずに妖姫は転がり続けて岩場の方へとむかう(どうでも良いけどお前目が回らないのかよ、と突っ込みたくなったけど、我慢する)と岩場を背に立ち上がる、すると突然。

 

 「ん、なっ!?」

 

 俺達がいる周囲の地面が突如として、揺れはじめた。

 その揺れは最初小さかったが直ぐに大きくなり、そして……。

 

 重なり積もる岩塊を蹴り飛ばしながら巨大な複数の気味悪い脚が顕れた。

 めきょめきょと蠢くその脚の動きが、控えめに言ってもかなりキモいがそれはこれから顕れ出るだろうツチグモの一部分でしか無いんだよなぁ。

 その全身が顕れたら一体どれ程キモいやら、想像するだけで気分が滅入りそうだ…。

 

 「おっと、それどころじゃ無いってぇのっ!」

 

 ツチグモが蹴り飛ばした岩塊が砲弾の様に四方に飛び、その内の大半はこちら側つまりは俺の方に飛来して来る。

 なのでここは当然回避運動を行わなきゃならない訳で。

 

 「よっと、ハッ、ショっ!」

 

 俺は妖姫とツチグモへの対処、攻撃が出来無い有り様だ、くっどうしてこうなった!?

 …まぁそれは俺の未熟さ故ですね、認めたくは無いものだな、なんて言えないわこりゃ。

 

 そして対にツチグモがその全身を陽の元に顕した、小刻みにその身を振るいながら、ツチグモは何やら周囲を見渡している様に思われる。

 さしずめ餌になる物があるかどうかを探しているってところかな。

 

 「……お出ましかい!?しかしやっぱデカッ、そしてキモっ!」

 

 お婆ちゃんの知恵袋って訳でも無いだろうけど昔から『蜘蛛は益虫』なんて言われるよな。

 それって全ての蜘蛛が該当するって訳ゃ無いわな、なんせ世界には毒蜘蛛とかも居るんだし。

 まぁコイツは毒蜘蛛とかのレベルを遥かに超えてもう、自然界にも人間社会にとっては害悪でしかないんだよな、それを駆逐するには俺達鬼が奏で放つ清めの音色でしか出来ない訳なんだよな。

 最新の兵器とかで以ても退治出来ないって事だし、まさかハリウッドのホラーとかSF映画の様に核を撃ち込むとか尚更無理って物だ。

 魔化魍出現の度にそんな事をやってちゃ、日本の国土はあっという間に焦土と化して、人が住めない環境になってしまうわ。

 

 「だから、俺達鬼がやらなきゃなんだよなっ!」

 

 俺は両手に烈火を構え、ツチグモに相対しようと膝を軽く曲げて何時でも突進の出来る体勢を取る。

 だがしかし、ツチグモは俺が全く思ってもいない行動に出た、それはツチグモの近くに立つ、ツチグモにとっては育ての親とも言える存在である筈の……妖姫を…。

 

 『ブシャーーッ』

 

 糸を吐き出し絡め取り己の口の中へと取り込んだ、まさかの…共食い、いやこの場合は…。

 

 「……マジか、親殺しかよ…。」

 

 たちばなの猛士の関東支部にある資料室のデータベースで読んだ事があるんだが、先代が屋久島で遭遇したツチグモも親を喰い殺したってそれには書いてあったが、時を越えて当代の俺もその光景を見せられるとはな…。

 

 「…悪食にも程があるだろう…。」

 

 

 親たる妖姫を喰らい終えたツチグモは次に俺をその視界に捉え、その身体の向きを俺の方へと変えた、次の獲物は俺に決定ってかよ。

 

 「そうと解っていて黙って喰われる馬鹿は居ないってなっ!」

 

 俺はツチグモの周りを、その脚による振り下ろし攻撃に捉えられない様にウィービングしながら疾走り、ツチグモの左側方へと回り込みその一脚に烈火を撃ちつける。

 

 『ギャァーン!?』

 

 とツチグモは吠えるが、今の俺の打撃は浅くしか入らなかった様で威力は今一歩みたいだ。

 

 「クソッ、砕けなかったか!」

 

 だからと言って、此れで諦めるなんて選択肢を選ぶ訳にはいかない、俺はツチグモの挙動、特に長く太く大きな脚の動きに注意しながら更にツチグモへの攻撃を続ける。

 ツチグモ視点から見ると俺はちょこまかと動き続けるからきっと、イラッと来てるんじゃないかな。 

 動いて動いて、そして程良くいい感じの距離にツチグモの脚が位置している場所へ到達し。

 

 「だったらっ、これでっ!」

 

 烈火の先端、鬼石に炎を宿して俺は音撃棒をツチグモに対し振るうが、この攻撃はツチグモも嫌な様で脚を動かし回避行動をとり、俺の打撃は空振ってしまった。

 

 「くっ、コイツっ!?」

 

 脚をどうにか出来りゃ、ツチグモの機動力を削げるんだが、中々どうして魔化魍の本能ってのも侮れないんだな。

 しかも何気にツチグモのヤツ、回避の為に持ち上げた脚を下ろす事で反撃に転じてくるし。

 

 「マジ…本能って怖っ!」

 

 それを今度は俺が回避しながら減らず口を叩く、あれっ俺ってば結構余裕あったりするのか…ってそんなふうに楽勝ムードに浸ったりするとしっぺ返しが怖いからな、こう言う時こそ気も引き締めてっと、そこだ!

 

 「おぉりゃあっ!」

 

 俺は音撃棒烈火の鬼石に気を込めて、炎の刃を生み出しツチグモの脚に斬りつける。

 『鬼棒術、烈火剣』それがこの炎の刃の名だ、そして流石は烈火剣、それは見事にツチグモの脚の一本を半ばから断ち切った。

 

 『ギャギャァアァァーン!?』

 

 「…よっし、決まった、次だ!」

 

 己の脚が切断された事に驚愕したのかはたまた痛みに喘いでいるのか、ツチグモは大きく嘶いている。

 ならばと俺は再び烈火剣を以てツチグモの脚に狙いを定め切り掛かるが、ツチグモのヤツはどうした事か、まるで怖じ気着いたかの様に後退る。

 そしてそのまま、片脚一本を失いながらも何故かツチグモは逃走に移った。

 

 「なっ!? ちょっ…お前マジか。」

 

 脚を一本奪われたとは言え魔化魍がまさか『逃げるんだよォ!』をやらかすなんて、俺は1ミリグラムたりとも考えてもいなかったので思わず呆気に取られてしまったぜ…。

 

 「アイツ一体何考えて逃げやがったんだよ…………………………ハッ!?」

 

 俺は逃げ出すなんて思ってもいなかったから、それに付いて疑問に思ったんだが、一つ気になる事があり、天の太陽の位置を確認する、現在の時刻はおそらく午後4時前後だから陽はかなり西側に傾いている筈だ、と言う事はもしかして。

 

 「はぁ…やっぱりだアイツ東側へ向って逃げやがった…しゃあないさっさと追い掛けて対処しないとだな。」

 

 ツチグモが向かったのは傾いた太陽と反対方向つまりは東側ってことだ、そして東側と言えば輝鬼さんがもう一体のツチグモを相手取っている。

 いやまて…ならこのままいっその事輝鬼さんと合流して二対ニでやるってのも一つの方法か。

 

 「まぁ、どうするか、どうなるかは俺がヤツに何処で追いつけるかだよな。」

 

 逃げたツチグモを俺は目一杯の走力を以て追い掛ける事にした、もし俺がヤツを逃してしまったら輝鬼さんに余計な負担をかける事になるかもだからな、そいつはなるべく避けたい。

 こうやって先輩ってか師匠の事を思い動く俺マジ弟子の鏡、全日本弟子選手権が開催されたら優勝間違い無しだな…まぁそんな大会なんてありゃしないけど。

 てかマジバナすると先代とカガヤキさんこそ俺からすると師匠の鏡なんだけどな、こっ恥ずかしいからあんまそう言う事言わないけどな。

 

 「てかアイツ、木々も何もかんも無差別に破壊しやがって!」

 

 ツチグモの後を追いながら俺はヤツが残した破壊の跡に、思わずボヤキが口を吐く。

 

 

 

 

 

 

 南房総市『御○山山中』4月7日  PM4:06

 

 ツチグモのヤツが逃走を始めて、数分が経ったかな、体長が5〜6メートルもある巨体が山林の中を全力疾走?しているんだからな、そりゃ当然樹木が邪魔になるだろう。

 

 「しっかし…あんだけ木々を巻き込んでんのになんてスピードとパワーだよ、しかも一本とはいえ脚を切断されてるってのに…っと、危ねえっ!。」

 

 ツチグモのタフネスさに呆れるやら感心するやら、何とも言えない奇妙な感覚を味合わされる。

 ツチグモが逃走しながら巻き込み吹き飛ばした木々や岩塊などが、追いかける側の俺の方へと飛んでくるせいで、中々追いつけ無いが流石にそろそろこの状況をどうにかしないとな、これじゃあ大概とんでもレベルの森林破壊だ…。

 

 『しかし輝鬼さんの方はもう片付いたんだろうかな。』

 

 俺は何とは無しに、輝鬼さんの事が気になった、まっ輝鬼さんはもう十年近く鬼としての仕事を果たしているベテランだからな、新米ペーペーの俺がどうこう心配する程の事態になんてそうそう陥らないだろう。

 

 「シャアっ!先ずは人の事より自分の事だなっ…………ん、何だ!?」

 

 ふと…俺の耳は俺が追い掛けるツチグモが起こしている破壊の騒音とは違う別の音を捉えた。

 それはまだ幾分俺が居る場所からは離れてはいる様だが、次第にその音が大きくなって来ている事からそれが此方に近付いて来ている事が窺える…まさかなそんな事が!?

 

 「まさかこの音、輝鬼さんの受け持った方のがコッチのツチグモと同じ様な事になってるとかなんじゃ…。」

 

 悪い予感てのはよく当たる物で、こうなって欲しくないって事ばかりが現実になるんだよな、どうせなら良い予感の方が当たってくれりゃ良いのにね、例えるなら宝くじが高額当選するとかな、それが現実になれば俺はそれを元手に資産運用でもして一生社畜の様に働かず、悠々自適な生活が送れるのにな、結論ニート王に俺はなる!事は出来ませんよね、だって俺は受け継いでしまったからな…と要らん妄想はこれ位で。

 

 それはやはり、輝鬼さんが受け持ったもう一体のツチグモと、それを追う輝鬼さんだった。

 

 マジか、これから一体どんな事が起こるやら…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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変化する蜘蛛。

 

  南房総市『御○山山中』4月7日

 PM4:09

 はは…参ったなこりゃ、俺と輝鬼さんは互いに対処していた西と東の二体のツチグモが、逃走したことによって接近遭遇を果たしたって訳だ。

 数メートルの距離を置き対峙する二体のツチグモ、見た感じ俺が担当していたツチグモの方が一回り弱位体格が大きい様だが、これは雌雄による個体差なのかそれとも育成環境とか食べた物の違いに拠るものなのか。

 

 …くっそぅッ、その食べたものってのは、罪も無い人や動物達……。

 俺は思わず想像をしてしまった、その光景を、ただ休日に自然の景色を堪能する為にこの山に登った人も居るだろう、或いはもしかすると、ボランティアとかでこの山の環境を守る為の活動に参加していた人も居たかもしれない…。

 

 俺は拳を握り込んだ、俺の肩は身体は憤りにより小刻みに震えている、そしてツチグモ二体もまたプルプルと身を震わせながら互いを見合っている。

 この状況でこれから何が起こるのか、さっき妖姫を喰ったみたいに共食いをはじめるのか、確か以前そう言った前例があった筈だよな。

 

 「っ、そんな物今は考えたって仕方が無いな……輝鬼さん!」

 

 こうなったからには輝鬼さんと共同戦線を張るのが確実な方策だろう。

 俺はツチグモの様子を覗いつつも速攻で輝鬼さんと合流し簡潔に経緯を説明した。

 

 「そうか、そちらも同じなんだな、僕が追って来たツチグモの方もそうだったんだよ。」

 

 俺の説明に輝鬼さんが答える、やはりこの状況は単なる偶然で片付ける事は出来ない様だな。

 

 「どうしますか、このままアイツらが何か行動を起こす前に急いで叩くか、それともいっその事、アイツらもしかしたら共食いとかやるかもだから、その生き残った一体を俺達で片付けるか。」

 

 魔化魍が互いに争い合えば勝った方とて無傷では済まないだろうし、そうなれば後の対処は捗るんじゃないかと思い提案してみたんだが。

 

 「いや以前にもそう言った事例があったんだけど、その後が色々と厄介な事になったらしいからね、ここは……!?」

 

 俺と輝鬼さんが打ち合わせをし、輝鬼さんは相手の出方を待たずに速攻で対処をしようと、そう俺に言おうとしていたんだろうか。

 しかしそう提案する前にツチグモの側に新たな動きがあった、それは。

 

 

 

  南房総市『御○山山中』4月7日 

 PM4:13

 

 「なっ、なんすかアレ、アイツら互いに向って蜘蛛の糸を吐き出し始めましたよ。」

 

 とは言ってとそれは直接に相手へと放っているのでは無く、相手の前方上空へ角度を付けて射出しているんだが。

 そして更には二体が回転しながら周囲へと向けてその糸を吐き出す、それも口とお尻の二箇所から。

 

 「一体、何をやるつもりなんだ……はっ!響鬼っ、あの糸に向けて烈火弾を放つんだ、僕もやってみる。」

 

 そうか輝鬼さんあの糸を焼いてしまおうと言うんだな。

 

 「はいっ、了解っす!」

 

 輝鬼さんと俺は横列に並びたち音撃棒を上方へと大きく構え、先端の鬼石に気を込める。

 

 「はぁーーーーーっ……ハアッ!」

 

 「はぁーーーーーっ……ハッ!」

 

 俺達ふたりほぼ同時に烈火弾と業火弾をツチグモの蜘蛛の糸を焼く為に射出する。

 

 『ボボゥッ、ドシュゥゥ…』

 

 しかし着弾したは良い物の、俺達が放った炎弾はその糸を焼く事なく打ち消されてしまった。

 

 「まっ…マジかよ。」

 

 「これは…予想外だよ、でもだからと手を拱く訳にはいかない、続けて連続で放ってみよう響鬼!」

 

 輝鬼さんの指示に一つ頷いて、俺達二人は再度音撃棒を構え、そして炎弾を放つ、2発、3発、4発と続け様に。

 だがそれは徒労に終わった、俺達が放った炎弾は遂にツチグモの糸を焼く事なく終わり、やがて二体のツチグモによってその場には大凡直径20メートル程のドーム状の蛹室の様な物が型作られた。

 

 「輝鬼さん…こんなの見た事ありますか、俺カガヤキさんの元に『と金』して居た時から合わせてこれでツチグモと出くわすのは三度目ですし、何なら先代とカガヤキさんと出会った時の分を含めりゃ四度なんですけど、こんなのって聞いた事無いっすよ…。」

 

 俺の質問に輝鬼さんはゆっくり首を横に振った、十年近くの時を鬼として活動している輝鬼さんなら、或いはこんなイレギュラーな事態も経験しているかと思ったんだが、どうやらその輝鬼さんでもこんな事は初めての経験らしい。

 ここで因みに言っとくと『と金』ってのは鬼に弟子入りした者の事だ。

 猛士って組織は各役職の名を将棋の駒に見立て呼称している、支部を預かる指揮者を『王』、鬼のスケジュール管理その他デスクワーク従事者を『金』、みどりさん達技術開発部の人達が『銀』、そして俺達鬼が『角』ってふうにな。

 その他『飛車』『歩』と言った役職もあるんだがその解説は何れ機会があればな、って毎度ながら俺は誰に説明してんだよ。

 

 「どうしますか、このまま様子見に徹するかそれとも…。」

 

 こう言った場合、やはり一緒に経験豊富なベテランが居るんだから、その人に対処法を伺うのがベターな選択って物だろう。

 輝鬼さんの様に沈着冷静で思慮深い人と共にあるのならな、その真逆な人と中るのならまた選択肢も変わって来るんだろうけど。

 

 「そうだね、こんな事態は初めての事だしデータ収集の為に少しだけアレを攻めてみようか。」

 

 輝鬼さんはそう言うと、蜘蛛の糸のドームに近付く、そして気合いの声を発して構えると鬼面の口部を開き。

 

 「!!」

 

 ドームに向けて鬼幻術鬼火を放った。

その口部から発せられた炎は、ほんの僅かではあるが、ドームの表面を焦げ付かせた。

 

 「おお…ちょっとだけど効果がありましたね。」

 

 俺は輝鬼さんの成果に感心し、それに続いて俺も鬼火を発し輝鬼さんの様にドームを焦げ付かせたが、輝鬼さんのそれに比べると若干威力が弱いのか、その範囲は輝鬼さんの八割ってところだ。

 これは俺がまだまだ鍛え方が足りないって事の証明か、こいつは帰ったら鍛え直さなきゃだな……はぁ。

 

 「だけどこれでは決定打にはならないね。」

 

 「…っすね、ところで輝鬼さんはコレをどんな物だと思いますか。」

 

 今までに前例の無いツチグモ二体による巨大ドームの作成とその中に閉じこもったツチグモ。

 更にはその糸が俺達の攻撃をほぼ受け付けない程の強度と硬度を持っていると来たもんだ。  

 通常のツチグモの糸なら俺達の炎で焼く事が出来るの、この糸のドームはそれが敵わない。

 

 「そうだね、まず一つはあの二体のツチグモが雄と雌だったとしたら、あの中で交尾をしているのかもしれないね。」

 

 「……………。」

 

 えぇ何それ、二体のツチグモがナニをナニする為に即席で自分達専用のラブボを拵えたって事なの……おえっ!

 

 「二つ目は、あの二体が中で互いに闘っているって可能性かな、僕達に邪魔をされない様にあのドームを作って心置き無くやり合っているのかも。」

 

 「…まさか勝った方が負けた方を喰らって、強化種にでも進化するとかって事ですかね、えっとちょっと違うッスけど蠱毒でしたっけ何かそんなのがあったと思うんですけど、それと似た感じなんすかね。」

 

 蠱毒って確か毒を持った虫を大量に集めて、壺の中に投入して最後に生き残った虫の毒を用いて暗殺とか呪術に使ったたとかだったかな。

 

 今回とは状況は違えど以前にも別種の魔化魍同士でやり合ったって事例があったよな、だとしたらかなり厄介な事になるかもだよな。

 

 「三つ目はあのドームが蛹室である可能性かな。」

 

 蛹室ってのは、昔親父に聞いた事があったよなカブトムシとかクワガタが幼虫から蛹、そして成虫に変態する過程で蛹状態の時に自分の身を置く空間を作るとかだったかな?

 まぁ俺は虫とか勘弁だからあんま真剣に聞いてなかったけどな。

 

 「昆虫は成長の過程でその身を変態させていくんだけど、うーん、だけど厳密には蜘蛛は昆虫では無いからその線は薄いかな。」

 

 俺が聞いた話は蝶だったかな、確か蛹の状態の時に一旦自分の身体を蛹の殻の中でドロドロに溶かしてから、成虫の身体を作り上げるとか……マジキモっ!

 

 「でもそれって通常の昆虫での事っすよね、けど魔化魍なら案外そう言う事をやっててもおかしくは無いかもですよ、いやキモいからあんまり想像したくないっすけど。」

 

 「うん、何せ前例の無い事だからね」と輝鬼さんが俺の発言を受け一言、それから再度蜘蛛のドームを見やる。

 輝鬼さんとしては、鬼火でも焼き尽くせないツチグモのドームの状態に一旦攻撃を止め静観するつもりなのかもな。

 

 「そうっすね、けど此処はもう一丁やってみますかねっ!」

 

 俺は続けて再度音撃棒烈火に気を込めて鬼石に炎の剣を発現させ、一気に上方から振り下ろした。

 

 「ハアッ!」

 

 鬼棒術烈火剣、炎の剣で以てドームを斬りつける。

 それにより蜘蛛のドームにほんの少し切り目が入り、そこからそこそこの量の液体のような物がドロドロと流れ出てきた。

 まぁそれもほん十数秒程の時間ではあったのだが、その後その液体が痂のように固まり、それがより強固で堅牢な外殻的な物になったんだがな。

 

 「……マジかぁ………。」

 

 ハァ、結局俺の攻撃は徒労に終わった様な物だったのかな。

 

 「仕方が無いね、此処はツチグモが出て来たところで対処するしか無いかな、良いかい響鬼、いつツチグモが動き出すか判らないからね、気を引き締めつつもここは一旦一息つこうか。」 

 

 「うす。」

 

 輝鬼さんの提案により俺達はごく僅かな時間だけ気を抜いた、闘いの最中張り詰めていた精神を少しだけ弛緩させ、その後再びツチグモが動き出したときの為に改めて行動出来る様に精神を集中、その時がいつ来ても良い様に蜘蛛のドームを再度監視する。

 

 

 

 

 

  南房総市『御○山山中』4月7日

 PM4:28

 

 あれから五分程が経っただろうか、此れまで妙な沈黙状態にあったツチグモのドームの様子に変化が訪れた。

 

 「輝鬼さん…なんかアレって揺れてませんか。」

 

 小刻みにふるふるとツチグモのドームが揺れている、これはおそらくあの中で遂にツチグモが行っている何かが終わりを迎えようとしていると見て間違いは無いだろう、ないよね。

 

 「だね間違い無いと思う…響鬼用意は良いね、何時でも動ける様に準備出来ているよね。」

 

 「…はい!」

 

 並び立っていた俺達だったが、ツチグモのドームの様子を確認すると互いに左右へと移動し、距離を置き臨戦態勢へと移行する、因みに俺が左側だ。

 

 「………。」

 

 「………。」

 

 その身は両の手に音撃棒を携え、軽く腰を落として若干左脚と左腕を前に。

 その心は何時何が起ころうとも対処してみせると堅く決意、しかし熱くなりすぎず冷静さを失わずだ。

 ツチグモのドームの揺れは先程よりも大きくそして激しくなっている、これはもう間もなくその時が訪れるって事の証なんだろうな…。

 

 『ビシッ…ビシビシビシィィッ!』

 

 その激しい揺れによりツチグモのドームを構成する糸による外郭の至る所に亀裂が走り、やがて…。

 

 轟音と共にそれは弾け飛び四方八方に飛び散り、俺達から視界を奪う。

 

 「響鬼ッ出て来るぞ!」

 

 「はい輝鬼さん!」

 

 飛び散ったドームの残骸はやがて万有引力の法則に従い地へと落下してゆく、それにより次第に顕になってゆく、二体のツチグモであった何かの姿も少しずつ視認出来始める。

 

 次第次第に顕になりゆくツチグモの成れの果てはその場でカサカサと小刻みにその身を揺らしていることが、その未だ見えない全貌なれども薄ぼんやりとしたシルエットから確認出来る、やがてその薄いシルエットも徐々に鮮明さを増して来た………。

 

 「なっ、何じゃそりゃ!?」

 

 先ず確認出来た所から説明せねばなるまい……いや誰にだよ。

 そうだなその大きさは俺が追っていた方のツチグモの目算で1.5倍と言ったところかな、大きな腹部の後尾部を空へと向けてまるでその巨体っぷりをアピールでもしているかの様だ。

 まぁそこまでは良いよ、いや本当は良くないんだけど魔化魍だからしょうがないだろう、しかし………。

 

 「輝鬼さんこれって、何か…。」

 

 「うん…何と言うか、双頭の蛇ならぬ双頭の蜘蛛!?かな…。」

 

 うん、ですよね他に形容の仕方が無いですよね。

 蜘蛛の糸のドームから顕れた元二体のツチグモだった物の外見的特徴は、その腹部は二体で共有しているのだがその先端に向けて作られた頭胸部は途中から二股に別れ頭部が二つある……文字で書くとアルファベットのYの字の様になっている。

 まさに輝鬼さんが言うように双頭の蜘蛛って呼称がピタリと当てはまる。

 

 「……何か、フュージョンに失敗したっぽい感じか……な?」

 

 なんて感想を俺は抱いてしまった、それだけこの融合したツチグモ進化系?融合体が歪に見えるからなんだが。

 

 「響鬼、左右から仕掛けてみよう!」

 

 輝鬼さんがそう提案する、勿論俺はその意見に従うつもりだ。

 

 

 「了解っす輝鬼さん!」

 

 輝鬼さんに返事をて直ぐにツチグモ進化系融合体(仮)へと向かい走る。

 それを助走とし俺は直ぐ様ツチグモ進化系融合体(仮)の背の上へ登ろうとジャンプした。

 だがそれは失敗に終わった、何故ならその巨体からはとても想像が出来無い程にツチグモ進化系融合体(仮)の脚の動きが速く、ジャンプした俺はツチグモ進化系融合体(仮)の脚に叩き落とされてしまった。

 

 「ぐはぁっッ!?」

 

 ツチグモ進化系融合体(仮)の脚捌きはまるで鞭を撓らせるかの様に速く振りぬかれ俺の身体を捉えた。

 その結果が今の地へ身体を叩き落されたって状態だ…まさかあんなに速いなんて思っていなかったからな、これはマジで予想外だったわ。

 でもまぁ、きちんと受け身も取れたしさしたるダメージは負ってはいないけどな、だから平気平気!別に強がりなんかじゃ無いんからな。

 

 「タァッ、ハァッ、セィ!響鬼大丈夫かい!?」

 

 音撃棒でツチグモ進化系融合体(仮)の脚を捌きながら輝鬼さんは俺の心配をし声を掛けてくれる、それでもスキを作らずに対処し続けられるんだから、流石だよな。

 

 「はい大丈夫っす!」

 

 俺は返事を返しながら素早く立ち上がる、もう一度ツチグモ進化系融合体(仮)に立ち向かう為に。

 どうでも良いけど、ツチグモ進化系融合体(仮)って呼称は長ったらしくて面倒臭いな、ここはツチグモ融合体と呼ぶ事にしよう…うん。

 

 「つってもただ闇雲にさっきと同じ事やっても、同じ事になるかもだよな。」

 

 なら俺が出来る事は、相手を観る事だな、ツチグモ融合体の動きを観察する。

 現状一つ解ったこ事は取り敢えず一つだな、それは至近距離ならツチグモ融合体は蜘蛛の糸を吐き出せ無いって事だ、現に今ツチグモ融合体の脚元にいる輝鬼さんに対してヤツは糸を吐く事をしていない、いや出来ないのか。

 

 融合する前、ドームを形成する為に糸を吐いた時はその口とお尻の二箇所から吐き出していたのに、一体何故なんだ。

 

 「ハッ、セリャァ!」

 

 俺も今は輝鬼さんと同じ様に、近距離からツチグモ融合体の脚による攻撃を捌きながら観察を続けているんだが、そこに俺は何か違和感の様なモノを感じている………何がだ、俺は何に対して違和感を?

 

 「セイ!ヤア!」

 

 「たぁッ!はぃ!…………!?」

 

 俺は今魔化魍の左側の脚を捌き、輝鬼さんは逆方向の右側、ふと何となくだが感じたそれを確認する為俺は輝鬼さんに声を掛けた。

 

 「輝鬼さん、すいませんけど俺は一旦離れます。」

 

 「響鬼……何か気付いたんだね、解ったよ少しくらいなら大丈夫、問題無いよだから安心して見極めて!」

 

 「はい!」

 

 輝鬼さんの許可も得た、俺はツチグモ融合体の脚を捌きつつ、そのスキを見つけると素早くその場から離脱。

 ツチグモ融合体から十メートル程の距離を離れてその真正面へと立った。

 真正面からツチグモ融合体の状態を観察する、監察してヤツから感じた違和感の原因を探る。

 

 何処だ、俺は何処に違和感を……暫し俺はジッとツチグモ融合体を見つめ、漸く思い至った。

 

 「そうか……そうだよな、輝鬼さん!解りました。」

 

 俺は輝鬼さんに応える、さぁて此処からは此方のターンだぜ。

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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共鳴する音色。

 

  南房総市『御○山山中』4月7日

 PM4:35

 

 ツチグモ融合体に感じた違和感を確かめるべく、俺は一時ツチグモ融合体への対処を輝鬼さんに任せてその正面へ出てその身形を確認する。

 

 「なる程コイツは、さっき感じたフュージョンの失敗って印象はあながち的外れって訳じゃなかったんだな…。」

 

 正面方向からツチグモ融合体を観て、そうであると理解出来た、このツチグモ融合体はハッキリ言って失敗作なんだと。

 それは何故かって?あぁ先ず左右のバランスが悪く左側に大きくて片寄っているんだよ。

 そのせいでだろう、輝鬼さんが対処している左側の脚の動きが俺が相手をしていた右側に比べると反応が遅い感じだ。

 それは身体の軸が左寄りになってる為に左脚に比重が掛かってしまってんだ。

 

 そうなった原因はおそらく、左側のヤツは当初俺が相手取っていた山の西側に発生した奴のパーツが中心になっているんじゃないだろうか。

 なぜそう思ったかと言うと、高々一本とは言え俺はツチグモの脚を斬り落とせた。

 それによりもしかするとドームの中で融合する時にその部位を治す為に必要以上に体組織や回復能力を使ったのではなかろうか、いや憶測だから実際は知らんけど。

 それともう一つはヤツに頭が二つ有ることか、これこそ本当に俺の推測だが、この融合体は本来二体が完全融合を果たして一体の完全強化型ツチグモとなる予定だったんじゃないか、それを俺達が邪魔をしたもんだからこんな中途半端な姿に成り果てたって推察してみる。

 

 これも以前親父に聞いた話だが、昔小学生だった親父は夏休みに大量のカブトムシを捕獲しそれを飼育、それらの雄と雌を番わせて卵を産ませて翌年成虫にして孵えしたそうなんだが、成長段階の蛹の時にそれを指で触れたり突いたりして遊んでたそうだ『いやな、蛹を指で触れるとそれを嫌がってアイツら身体をくねくねダンスみたいに揺らすんだよそれが面白くってな、ハハハッ………』とは親父の言だ。

 

 その結果、そのいじり倒した個体は他の雄に比べてカブトムシの雄の象徴である角含めものすごい小さい個体になったんだとストレスで成長不良を起こしたんだろうな……何やってんだよ小学生時代の親父ェ…。

 もしかするとこれはそれに近い現象なのかもしれない、やはりあの蜘蛛の糸のドームは蛹室だったって事だ。

 その中で二体の魔化魍は混じり合い一体化する筈だったのを俺達が外側から鬼火を喰らわせたり烈火剣で斬ったりした為に成長不良を起こしたんだ。

 

 そして止めは俺の烈火剣で多少なりともドームに傷を付けた事、それにより液状化したツチグモの身体となるはずだった物の一部が流れ出てしまい、完全融合する事が適わずにこんな中途半端な状態となってしまったのか、オマケとしてもしかするとそれは奴の脳に何かしらのダメージを与えたのかも。

 猛士のデータベースに依るとツチグモってのはほぼ本能のみで活動しているらしくて、思考能力的な物は無いんじゃねえかって事だそうで、しかもその程度しか機能していない脳が一つの身体に中途半端な形で二つもありゃ左右で動きがチグハグにもなるよな。

 

 「けど、融合による恩恵も多少はあるんだろうな、融合の前よりか堅くなってるし……。」

 

 となりゃあ、やっぱ奴を攻めるなら左側から行くのが正解だろうな。

 

 「よし、やってみますかね。」

 

 駆け足で俺はツチグモ融合体の至近距離へと到着すると、輝鬼さんに俺が推察した事を手早く説明した。

 

 「て事ですんで俺がコイツの正面から陽動しますから輝鬼さんは脚を封じて機動力を削いでください。」

 

 「ああ解ったよ響鬼、君の提案に賭けてみよう、上手く行けば改めてしっかりとアイツに清めの音色を叩き込めるって事だね。」

 

 「はい、何せ奴は硬いですからね、おそらく二人で清めの音色を共鳴させた方が上手く行くと思います。」

 

 それを伝えて俺は再度奴の真っ正面へ立つ、少し距離を置いて、つっても顔が二つある時点で果たして何処が真っ正面何だよって疑問は置いておいてくれ、正直俺もこのアンバランスなツチグモ融合体の何処いら辺りを指して真っ正面とか判断してんのか解らないからな。

 

 「行くぞ融合体、ハアァーッ、ハアアッ、ハアッ、良っしゃあもう一丁ハアアッ、ハアッッ!」

 

 連続で烈火弾を放つ、奴の左右両方の頭部に目掛けて何度も何度も。

 ツチグモ融合体からするとこのチクチクとした俺の攻撃はうざったい事この上無いだろうな、何せダメージを与える様な威力は無いが連射性を高める為、一発に込めた気力はそれ程強くは無い。

 しかし俺がこんなに大声で叫ぶとか昔からの知り合いが見たらびっくりだろうな、あっそう言えば俺って知り合いとか居なかったわ、八幡うっかりさん!

 でもこれで良いんだ、俺がこうやってツチグモ融合体の気を引き付けておけば輝鬼さんがきっと……。

 

 「ハアァーッ…セイ!セイ!トリャぁーっ!」

 

 充分に気を込める事が出来た輝鬼さんが音撃棒業火の鬼石に青い炎の剣を形作り、そして振り抜く。

 

 『ドサッ、ドサドサッ!』と音をたて胴体より斬り落とされたツチグモ融合体の脚が崩れ落ちた。

 

 左側の一番前の脚だけしか残っていないツチグモ融合体は当然一脚だけではその身体を支える事適わず、ズシンと重い音を響かせながら左側へ崩れ落ちた。

 残った右側の脚と左側の一本だけの脚では全体重を支えきれないのかその身ををワチャワチャとさせているツチグモ融合体の様子は、何だかそんな状態に陥りながらも尚、必死に生き抜こうと足掻き続けている様に思える。

 

 「おお!やりましたね輝鬼さん!」

 

 斬撃を決めた輝鬼さんに俺は心からの賛辞を贈る、本当に流石の一言だよ。

 先代が唯一認め育て上げた実力は伊達じゃない、そしてこの人が俺の師匠だと思うと何だか俺まで鼻が高い。

 

 「ああだけどまだ終わっちゃいないよ響鬼、最後の詰めまで気を引き締めて当たろう。」

 

 そうっすよね、確かにここ迄は順調に運んでいる、だからこそ詰めを誤らずに最後まで運ばなきゃだよな。

 『好事魔多し』って言う言葉もあるし或いは『相手に対し勝ち誇った時そいつは既に敗北している』なんてな事にもならない様にな。

 

 「うっす、解りました輝鬼さん。」

 

 輝鬼さんに返事を返すと俺は直ぐ様のたうつツチグモ融合体の身体の上目掛けてジャンプ、ほぼ同時に輝鬼さんも飛び上がり融合体の左側の頭部へと乗り上がっていた。

 そうなると必然的に俺は右側の頭部へと乗り上がる訳た。

 

 「響鬼、ここは出し惜しみをせずに爆裂火炎鼓を使うよ。」

 

 「はい了解です、硬いですからねコイツは。」

 

 『音撃鼓爆裂火炎鼓』とは俺達太鼓の鬼の腹部装備帯の全面にベルトのバックルの様に装着している、魔化魍へ清めの音色を叩き込む為に使用する太鼓だ。

 通常の火炎鼓は何度でも使用する事が出来るのだが、爆裂火炎鼓はその清めの音色を通常の火炎鼓よりも大幅に増幅してくれるのだが、その威力故に一回こっきりの使い捨てのアイテムだ。

 

 ツチグモ融合体は左側の脚を失ってしまった状態故に立ち上がる事が適わないにも拘わらず、残った右側の脚をバタつかせ藻掻きながら胴体を蠢かせてくれているおかげで、その上に乗っている俺達はバランスを取る事に気を割かねばならず、爆裂火炎鼓を融合体の頭部(人間の身体で例えるなら背筋の辺りか)に設置するのに一苦労だ。

 

 それでも暫くするとその揺れにも慣れて来たので何とか爆裂火炎鼓を取り付ける事ができた、

 鬼になる為の訓練に於いて、当然体幹の訓練などもこなして来たからな、こういった事にも直ぐに馴染める。

 爆裂火炎鼓を融合体に設置した途端、掌より多少大きい位だった爆裂火炎鼓はその体積を大きく広げる。

 

 「輝鬼さん設置できました!」

 

 「うん、僕の方も問題無い!」

 

 互いの現状を報告しあい、二人頷き体勢を整える。

 

 「ヨシ呼吸を合わせて、二人の音色を共鳴させるんだ!」

 

 「はい了解です、指揮はお願いします輝鬼さん!」

 

 「解った、一気に決めよう音撃打豪火連舞だっ!」

 

 『音撃打豪火連舞』これは先代響鬼さんの最強の音撃打と言われた技だ。

 先代の得意とした三種の音撃打、火炎連打〜一気火勢〜猛火怒濤とその三つを繋げる強烈なコンビネーション。

 コレを叩き込めばいくらこのツチグモ融合体が硬いとは言えど、充分に清めの音色を響かせられる。

 

 「うっす、いつでも良いっすよ思いっきり行っちまいましょう!」

 

 俺が輝鬼さんに了解の返事を返すと、輝鬼さんは一つの頷き音撃棒を上方へと構える、それに合わせて俺も輝鬼さんと同じ構えをとる。

 両肘をごく軽く曲げ左脚を前に右脚を後ろへ、そして膝を折りしゃがんだ姿勢を取る。

 

 「「音撃打豪華連舞!!」」

 

 俺と輝鬼さんの声が重なる。

 

 「「はぁぁぁー……はぁ!」」

 

 ドン、ドン、ドン、ドコドン、ドン、ドン、ドン、ドコドン!

 

 御○山の山中に二人の鬼が奏でる太鼓の音が響き渡る、右と左二つの音撃棒を交互に叩く。

 叩かれた爆裂火炎鼓はその音撃棒から発せられる清めの音色を増幅し魔化魍の体内へと送り込む。

 

 「「はぁーっ!」」

 

 ドコドコドコドコドコドコ、ドコドコドン!!

 

 音撃棒を叩きつける毎に、ツチグモ融合体の動きが鈍く緩慢になっていっている事が感じられる。

 二つの太鼓から発せられる清めの音色が共鳴し着実にツチグモ融合体に体内に行き渡っている証だ。

 

 『『…グギぎっ、ぐぎゃ……』』

 

 共鳴する二つの清めの音色に拠る影響か融合体は苦しげな呻きの様な声を上げる、もうその時は間もなく訪れる。

 

 「「……はァァァァァァーッ…」」

 

 二人の鬼が、力強く二つの腕を天高く掲げ気合の声を発する、力を込める気力を込めて、込めて込めて…………。

 

 そして二人の鬼が己の手に持つ音撃棒を各自二つ同時に振り下ろす。

 

 「「たァァーーーーっ!!」」

 

 ドドドンッ!!

 

 最後に最大の力を二つの腕に込めた二人の鬼が、それぞれの爆裂火炎鼓を力一杯に叩き込む。

 

 御○山山中に高らかに響き渡った、二人の鬼による演奏はここに完結を見る。

 

 「「そりゃぁ!!」」

 

 間髪を置き、俺と輝鬼さんはツチグモ融合体の、その背中から飛び降り大地へと着地した。

 俺達の着地後間もなく………ツチグモ融合体は爆発四散し果てた。

 

  

 

 

  南房総市『御○山山中』4月7日

 PM4:49

 

 ツチグモ融合体の消滅を確認して俺と輝鬼さんは顔の部分だけ変身を解き、二人してホッと一息ついた。

 

 「ふう、お疲れ様でした輝鬼さん、その、今日はありがとうございました。」

 

 俺は今日この日、また輝鬼さんと共に魔化魍を退治にあたることが出来た、その事を感謝せずにはいられなかった。

 

 「うん、お疲れ様響鬼、だけどお礼を言うのは僕の方だよ、来てくれてありがとう助かったよ。」

 

 ああ、普通なら俺は急遽ヘルプとしてこの件にあたったんだからな、輝鬼さんがそう言うのは至極当然御尤もってな。

 

 「いや、何つうかっすね、俺今日輝鬼さんとご一緒出来て、思い出す事が出来たんだって思うんです。」

 

 「きっと俺、ここん所仕事に慣れたせいで多少慢心してたんじゃないかって思い知ったんです、今日この厄介なツチグモ融合体を相手取るのに輝鬼さんと一緒にあたれて、輝鬼さんの仕事ぶりを久しぶりを目の当たりに出来て、改めてベテランの貫禄ってかそう言うのを感じました。」

 

 先代から響鬼の名を受け継ぎ、独り立ちして半年ちょっと、魔化魍相手にするのに此れまで殆ど苦戦もせず順調にこなして来た為に、いつの間にか慢心していたんじゃないかってな、それでもしそれまでの様に物事が上手く行ってたら、もしかしたらその慢心から思い上がり増長してたかもな…。

 

 「そうか………。」

 

 俺の言葉に輝鬼さんは穏やかな笑を浮かべて、ただ一言そう言ってくれた。

 

 

 

 

 

 

  南房総市『御○山野営地』4月7日

 PM5:15

 

 山を降り野営地へと帰還した俺達はテントの中で着替えを済ませ、現在輝鬼さんが『たちばな』へ報告の電話をいれている。

 

 「……はい、と言う訳ですからデータはそちらへ帰還してからと言う事で、はいありがとうございます、ではちょっと一息ついたら引き上げます、じゃあ失礼します。」

 

 たちばなへの報告を終えたカガヤキさんはスマホを切り懐へ収めると『お待たせ』と一言。

 コーヒーを啜りながら、その温かさに為すべき事をなした達成感に浸る、今の気持ちはまさに『この一杯の為に生きている!』って感じたな、うん。

 部室で雪ノ下が淹れてくれる紅茶も極めて美味だが、こう言う場所で達成感に浸りながら飲むコーヒーはまた別ベクトルに極上だ、異論は認めん!

 

 「…ところでヒビキは電話掛けなくてもいいのかな?」

 

 と、急にカガヤキさんは人の悪い笑みを浮かべて俺に言ってきた、それはそれはもうイタズラを思いついた昭和の悪童の様なイタズラな笑みだ。

 

 「なっ、なっ、俺が電話とか何処に需要が有るってんですか!?」

 

 「またまたそんな事言って、ほらあの二人だよ由比ヶ浜ちゃんと雪ノ下ちゃんだっけ、すごく可愛い娘達だよね。」

 

 「…………っうぅ、それはっすねアレがアレでしてなので今は……はい。」

 

 「アハハハ、まぁもう片も着いたし暫くゆっくりしても大丈夫じゃないかな、何だったら僕は少し席を外そうか?」

 

 「かっ、からかわないでもらえないっすかね………。」

 

 なんてバカ話を出来る程には、俺達はリラックス気分に浸れている。

 短いようで長く、けどやっぱり長い半日はこうして過ぎて行った、俺のこれからの課題を提示して。

 明日からまた鍛え直しだな、まぁさっきのカガヤキさんの発言は兎も角としても、やっぱり二人には連絡した方が良いだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




もし陽乃を鬼とするならば、轟鬼(戸田山富蔵)さんの弟子として弦の鬼とするか、淡唯鬼(天海あきら)さんの弟子として管の鬼とするか?


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日常に潜む魔。

  千葉市内『住宅街・街頭自動販売機前』4月7日    PM7:18

 

 「ふい〜っ…仕事の後のマッ缶が心と身体に染み渡るぜ……フッ、決まったな、フヒッ。」

 

 あの非常に厄介だったツチグモ融合体をカガヤキさんと共に清め、たちばなへの事後報告も終えて、カガヤキさんと二人コーヒーを飲みながら雪ノ下と由比ヶ浜の事で暫くイジられた後、帰路へと着いた俺だったが。

 因みに御○山への入山禁止処置は猛士経由で警察と市役所へと連絡し解除されたした、これで暫くは御○山に魔化魍が出現する事も無いだろう。

 

 鬼への変身はカロリーの消費が半端ないので、御○山駐車場近くのコンビニで何か食べ物でも食ってけば良かったんだろうが、我が愛妹小町が夕飯を作って待っていてくれていると思えばこそ、その誘惑に抗いCB400SB『漁火』に乗り、一路我が家へと帰還の途に着いたは良いのだが…。

 住宅街の自販機に見慣れた黄色と黒のラベルを鍛え抜かれた俺の、独特と評される目が見逃す筈も無く、またやはり脳と身体と心が甘味を求める三重奏を奏でた結果、小町が丹精込めて拵えてくれた夕飯をいただく前に、俺は遂に黄色と黒の織り成す秀逸で魅惑のハーモニーなデザインの誘惑に負けて某コ○・コーラ社の自販機に電子マネーをピッしてしまった訳だ。

 

 「ヒッ!?…………。」

 

 なんて俺が浸っていると、偶々此処を通ったと思しき高校生くらいの女子が押し殺し気味に慄いて居られた…………ぐすん。

 その身なりから彼女は、ちょっと近くのコンビニで買い物でもしようとでも思ったのだろうと想像出来るくらいラフな格好をしていたが、それでもかなりの美少女だ。

 少し小柄だがサラサラ感が半端ない亜麻色の髪に何処とは言わんが雪ノ下以上由比ヶ浜未満の物をお持ちの、おそらく軽くリップでも塗っっただけで途轍もなく華やかな印象に早変わりするだろうと思われる位に高レベルのルックスをしている。

 

 「…あっ、ごめんなさい…。」

 

 ペコリとお辞儀をし謝罪の言葉を述べてその女子は若干バツが悪そうな顔をして、そそくさとその場を離れて行った。

 

 ポク、ポク、ポク、ポク、チン!

 

 「この眼か!?やっぱりこの眼がアカンのか!?」

 

 俺は暫しの黙考の後、その答えに行き着いた、嗚呼きっと今の女子も明日辺り学校で話題にするんだろうな『昨夜さぁマッ缶片手にシリアスぶった眼つきの悪い男と遭遇しちゃってさぁ、いや〜アレほんとまじ引くわぁて感じだったよぉ、しかもフヒッとか言っちゃってんのぉマジあり得なくないッ!』とかって話のネタにでもされるんだろうな。

 いやそれとも、あまりにキモくて思い出したくも無いとかって思われたかも知れん、てか俺的にはどちらかってとそっちの方がまだ傷は浅くて済むな……どっちも不名誉には変わらんけどな。

 

 「それとも、小町の夕飯を食べる前にマッ缶に手を着けた報いか……けど腹減ってたからなぁ。」

 

 右手の中で微かな温もりも発するマッ缶と見つめあい俺は独りごちる、無論無機物のスチール缶が何かを語りかけてくる事は無いんだろうが、しかし俺位の高レベルマッ缶愛好家になると、例え言葉は無くとも心で感じ合えるんだよ?

 

 『そんな事は無いぜ相棒!』

 

 俺の掌の中のマッ缶はそう言ってくれている、誰に分かってもらおうなんて思っちゃいない…俺だけが分かればそれで良いんだ。

 

 「フヒッ!」

 

 「ひえっ!?」

 

 「……………。」

 

 「……………。」ペコリ

 

 歴史は繰り返す、一体俺はこの先この人生に於いて何冊の黒の歴史書を書き上げるのか。

 まぁいいや…俺は残りのマッ缶の中身をチビチビと飲むことにする。

 

 

 

 

 

 五分程の時間を掛けてマッ缶を飲み干し、スマホと財布をパニアケースに戻して漁火に跨がろうとした時、出処とは特定出来ないが、奇妙な、いやはっきりと異臭を感じた。

 

 「…くさっ、何だこれせっかく飲んだマッ缶の味が台無しになるじゃねえか…って言ってる場合じゃ無いかもだよな、何よりもこれ近所迷惑なんじゃ…!?」

 

 その異臭に混じって小さくだが女性の声が俺には聴こえて来た、それは驚きの余りに漏らした悲鳴の様だ。

 

 「公園からだよな、行ってみるか!」

 

 漁火をその場に残し俺は声の発生源である公園へと駆けて行く、何事も無きゃ良いんだがな……。

 

 

 

 千葉市内『住宅街・公園』4月7日  PM7:26

 

 住宅街に有る比較的大きな公園、ここは児童が遊ぶ為の遊具よりも樹木などの方が占める割合が多い、俺ん家からは徒歩だとそれなりの時間が掛かるから殆ど利用した事はない、小中共に学区内でも無かったからな。

 植えられている樹は桜が割合多いようで他に銀杏、楓、欅などか、インターロッキングの歩行路に処々ベンチが設置されていて、街灯は然程多くは無いのであまり女性が遅い時間に来るのはお勧めしない。

 まぁ昼間に来る分には良さげな感じなんだがな。 

 

 公園内を捜索する事数十秒、先程感じた異臭も次第に強くなり、ちとその臭いに辟易とさせられそうだが、俺は遂にそれを目視確認した。

 

 「………ひっ、ぃゃぁ…。」

 

 あまりの恐怖の為か女の子がインターロッキングの歩行路に腰を落とし、その自分に迫る細く長い黒い影から逃れようとしているのだろう。

 丁度角度的に俺はその女の子の正面方向からこの場に参じた為に、そのアレだよアレ、ミニスカから…ってこれ以上は言うまい、紳士な俺はこの時はその中を事を確認しちゃいなかったしな、いなホントマジダヨハチマンウソツカナイ。

 

 その黒い影はジワジワと少女ににじり寄ってる様だ、少女の抱く恐怖心がコイツの好物の一つだ、恐怖心を煽り焦らしそしてそれが最高潮に達した時、そいつは狙った獲物たる人を喰らう。

 

 異臭を伴い顕れるその怪異は細長く黒い姿をした比較的人型に近い等身大の魔化魍。

 

 『黒坊主』それがこの魔化魍の名だ。

 

 コイツが顕れるようになったのは比較的最近、百鬼夜行と呼ばれる魔化魍大量発生の少し前辺りかららしい。

 しかも以後は比較的頻繁に顕れる魔化魍なのだそうだが、俺は今回が初めての遭遇だ。 

 

 「とりゃあっ!!」

 

 俺は黒坊主の後方から奴の後頭部に跳び蹴りを喰らわせた。

 

 『プギャラチャビブギォ』

 

 俺の蹴りにより吹き飛ばされた黒坊主はよく分からない言語?の悲鳴をあげ倒れる。

 そのスキに俺は少女に駆け寄り安否確認、まぁ怪我などはしていないようだが精神的ショックは大きいだろう、てかこの子さっきの亜麻色の髪の女子じゃないかよ。

 

 「おい!大丈夫か!?立てるか此処はヤバいから早く逃げろ!」

 

 俺は少女を助け起こしながら声を掛けこの場を離れる事を促すが、恐怖と安堵の相反する思いを僅かな時間に体験した為か、腰が定まらない状態にある様だ。

 

 「……ぁっ、あの、私は…。」

 

 「大丈夫だ落ち着けってもこんな経験してんじゃ無理かもだけど死にたくは無いだろう、頑張れ!」

 

 「…へ、で…でも貴方は…。」

 

 俺は少女にもう一度ここから逃げる様に促すが、俺の事を気にかけてくれている様だ。

 

 「へぇ、お前結構良いやつなんだな、けど大丈夫だ、心配すんな!俺は響鬼だからな。」

 

 一旦少女から離れ、もう一度俺は黒坊主に向かい、起き上がろうとしていた奴に再度蹴りを喰らわす。

 

 「早く行け!」

 

 「…はっ、はい!」

 

 少女はたどたどしい足取りでゆっくりだがだが背を向けて走るって程の速度じゃ無いがこの場から離れていく。

 

 「あ〜ぁ、参ったなコリャ、着替えの服ワンセットしか持ってきてなかったんだよなぁ…結構高いんだよなライダースって。」

 

 ボヤきながら俺は、ポケットから変身音叉を取り出す。

 

 「まぁ、後でたちばなに報告入れりゃあ経費で買ってもらえるし、しゃあないよな…しかしなぁ対魔化魍戦のダブルヘッダーとか…無いわぁ。」

 

 

 

 

  千葉市内『住宅街・公園内』4月7日  PM7:28

 

 昨日高校への入学式を迎え、晴れて華の女子高生と成れた私は、これから始まる高校生活に期待と若干の不安を感じながらも、持ち前のコミュニケーション能力と中学時代からひたすらに磨いて来た男子受けする仕草で持って、果たしてどれ程の男子達を手玉…では無く男子達と仲良くなれるかなってワクワク気分で居たんですけど。

 今日はニ、三年生の新学期の初登校でしたので私達新一年生は今日は待機だったので残念ながら上級生の先輩男子を物色……ってそれはさて置き。

 

 「…あの人さっきの眼つきの怖い人だったよね…。」

 

 明日に期待をして、景気づけにちょっとコンビニスイーツでも食べたいなって思って、買いに出たんですけど…あんな化け物みたいなモノに出くわすなんて5分前には思ってもいませんでした。

 何か変な臭いがするなと思いながら公園を歩いていた私の前にソレは現れて、ひどい臭いをさせながら私ににじり寄って来て…………。

 

 『おい!大丈夫か!?立てるか此処はヤバいから早く逃げろ!』

 

 そう言って私を助けてくれたのは、ついさっき公園の近くの自販機の前で“アノコーヒー”を飲んでいた、目つきの悪い男の人。

 こう言うのを『吊り橋効果』って言うんでしょうか!?

 ついさっき迄、眼が怖っ!て思っていた人の顔を真っ正面から見て、あっ目はアレだけど割とカッコいいかもとか思ってしまいました。

 

 「俺はヒビキだからなって何の事なんだろう?」

 

 私はあの人に言われた様にその場から離れたけれど、実は少し離れた位置の樹に隠れてあの化け物に立ち向かうあの人の事を見ています。

 

 その時、あの人がいる辺りから公園に響き渡ってきたのは『キーン』と言う金属音、そして。

 

 

 

 

  千葉市内『住宅街・公園内』4月7日  PM7:29

 

 「はぁぁぁーっ…………たりぁッ!」

 

 音角を打ち鳴らし額に翳し蒼い炎に包まれ、俺は響鬼に変身し黒坊主へと立ち向かう。

 

 「こんな住宅街の公園に顕れるなんてな、どうなってんだよ……ってそりゃあっ!」

 

 『鬼闘術、鬼爪』鬼化した手の甲より伸びた鋭い爪を振りかざし俺は黒坊主に斬りかかる。

 

 『ビニャギャ!?』

 

 この攻撃はヤバいと感じたのか黒坊主は鬼爪から逃れる様に後退るが、残念ながら完全に回避は出来ず黒坊主の胸元には四つの細く長い斬撃の跡が残った。

 

 「何言ってっか解かんねぇっての!」

 

 鬼爪を振りかざし斬りつけるフリをして俺は、黒坊主に再度蹴りを喰らわせ吹き飛ばす。

 またしても変な声を発して倒れる黒坊主、俺はそれを確認し鬼爪を収納し腰の装備帯より音撃棒烈火を取外し、両手に装備。

 

 「さて、どう出る…データに依るとコイツはそんなに大した事は無いって事だけど、油断は大敵ってな、さっき学んだ事だし。」

 

 初めて対する魔化魍だしな、此処は慎重に事に当たらなきゃな。

 そのデータに依るとこいつは割と素早く動けるタイプの魔化魍って事だけど、この数分間で相対してみてそのスピードの本領発揮はまだの様だし、やっぱ慎重に俺は黒坊主に近付いて行く。 

 両手を軽く左右に広げた形で斜に構えジリジリと距離を詰める。

 黒坊主は未だ立ち上がれず藻掻いている様な感じだが、それが芝居がかっている様な感じにも見えなくも無い、俺の考え過ぎなら良いんだけどな……。

 

 

 

 

 

  千葉市内『住宅街・公園内』4月7日  PM7:31

 

 「ななななっ、なん何ですか今の!?あの人…変身、したの?」

 

 キーンと澄んだ音色が響いたかと思ったら蒼い炎があの人を包み込んで、そして現れたのは……。

 

 「…なん……ヒビキってアレの事だったんですか………はふぅ。」

 

 私はあまりの事に身体の力が抜け、その場にへたり込んでしまいました。

 

 

 

 

 

  千葉市内『住宅街・公園内』4月7日   PM7:32

 

 黒坊主へとにじり寄っていた俺の耳に微かな音が聴こえてきた、それはさっき逃した少女が向かった方向。

 黒坊主に対する警戒はしつつも俺はその方向へと顔を向けてその姿を、樹木の根本にへたり込んだ姿を見てしまった。

 

 「なっ…お前、何やってんだよ!?早く逃げろって言っただろう!」

 

 俺は思わず少女に向かいそう言った、その声音はきっと怒鳴り声に近かったと思う、多分ビビらせたかもしれないな。

 

 「あっ、危ない!!」

 

 俺の怒鳴り声を物ともせず、少女は俺に忠告の言葉を投げかけて来た、コイツ結構度胸あんのね、何て事を考える隙もなく俺は黒坊主による攻撃を受けてしまった。

 少女の忠告の声に黒坊主の方を振り返ると、黒坊主は立ち上がりその口から何かを吐き出した。

 

 「なっ!?ヤバっ!」

 

 と思った時にはすでに遅く俺は黒坊主が吐いたそれを顔の一部に受けてしまった。

 

 「…………へっ、痛くも何とも無い、どういう事……って臭っ!?」

 

 顔に向けて放たれた黒坊主の吐瀉物?を受けた顔面に広がる異臭には、肉体的ダメージは無い物の途轍もない臭気を漂わせる。

 

 「うわっ、マジかよコイツ!?」

 

 俺が臭いに辟易としているスキに黒坊主は俺から距離を取り逃げの体勢を取っていた、マジ何なのコイツ!?

 

 「逃がす訳ゃあ無ぇだろうがよ!」

 

 黒坊主はデータにあった様に確かに素早い、だけど俺達鬼の脚力だって負けちゃいない。

 ほんの十メートル程の距離、僅か一秒足らずの時間で俺は黒坊主に追い着き、烈火で打撃を与える。

 

 「たありゃあぁッ!!」

 

 後ろからその背に烈火を叩き付け、倒れ伏す黒坊主に俺は装備帯のバックルを外し黒坊主に取り付けた。

 

 

 黒坊主の背中に広がる音撃鼓火炎鼓。

 

 「行くぞ!音撃打火炎連打!!」

 

 ヨロヨロと立ち上がろうとしていた黒坊主の背後に取り付けた火炎鼓を俺は音撃棒烈火、左手の『阿』と右手の『吽』を交互に打ち付ける。

 

 「はぁっ!」

 

 ドン、ドン、ドン、ドン、ドコドン!

 

 「セイヤァ!」

 

 ドコドコドコドコドコ………………

 

 「はぁーーっ………ハァっ!!」

 

 ドドンッ!!

 

 

 

 清めの音色を叩き込まれた黒坊主はその場で爆散、本当に呆気なく俺は黒坊主を討伐してしまった。

 …………って臭っ!音撃打を決めてた時は集中してたから気にならなかったけど一息ついたら改めてその臭気が。

 こいつはもう駄目だ、早いところ顔の変身を解かなけりゃ!

 

 

 

 

 

  千葉市内『住宅街・公園内』4月7日   PM7:35

 

 ……何だったんですか今の、あの男の人が変身して、化け物と闘って…そして何か太鼓を叩いているみたいな音が響いて、そして化け物が消し飛んで…そしてあの人が顔だけ元のあの人の顔に戻っちゃって……………。

 

 「ふぅ……あ〜ぁ臭かった、堪んねえな匂いとか残って無いよね、残ってたら帰ってから小町に嫌われちゃうからな、って…オイお前大丈夫かぁ!?」

 

 顔だけ元に戻ったあの人は何だか独り言を言ってたみたいでしたけど、思い出したみたいに私に問い掛けて来ました。

 失礼な人ですね、こんな可愛い私を放っといて独り言ですかそうですか、ここは一つ文句の一つでも言ってあげましょう、そうしましょう!

 

 「そうと決まれば早速………って、あれれ?なっ、あはは…どうしよう腰が、脚も動かない。」

 

 なんでなんですか、動いてよ私の足!

 

 「ああ、何だお前腰抜かしてんの?まぁあんな物に出くわしたんだからそりゃあ仕方無いか。」

 

 その人は私に近づいて来て、安心した様な声音でそう言いました。

 この人は何を安心しているんですか!女の子が動けずに居るって言うのに、私は助けてもらったにも拘わらずそんな事を思ってしまいました。

 

 そんな事を思ってしまった私はちょっと恩知らずでしょうかね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      

 

 



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家族の絆。

  千葉市内『比企谷家』4月7日  

 PM 8:02

 

 「…あ〜ぁ、お兄ちゃん遅いなぁ…何やってんだろ?」

 

 今日のお昼過ぎ位に、お兄ちゃんから『魔化魍 退治に行ってくる』ってメールが来て、それから夕方過ぎに『終わったこれから帰る…腹減った』って電話で連絡があって、私はお腹を空かせて帰って来るだろうお兄ちゃんの為に腕によりを掛けて、プラス愛情と言う隠し味をふんだんに投入した料理を造りお兄ちゃんの帰りを待ってます、あっコレって小町的に超ポイント高い!

 

 「もう、3時間位経ってるよね、早く帰って来てよお兄ちゃん……。」

 

 お兄ちゃんが鬼として生きるって決めてカガヤキさんの弟子になってから三年位経ちました、それでお兄ちゃんは去年の夏、独り立ちしてカガヤキさんの師匠さんの響鬼さんの名を継ぎました。

 まだ中学生だった頃のお兄ちゃんは、基本的にコミュ症っぽい処があって友達も居なくって、おまけに何だか誰かに告白してそれを学校中にバラされたらしくって(その頃小町はまだ小六だったから直接は知らなかったけど、翌年中学に入学した時にそんな事を言い触らしてお兄ちゃんの事を馬鹿にしている人がいたんだよなぁ)学校の中にお兄ちゃんの居場所はありませんでした。

 

 お兄ちゃんがカガヤキさんとヒビキさんに出会ったのはそんな時だったらしくて、その優しく懐深くて大人な男の人な二人をお兄ちゃんは一発で尊敬したそうで『俺はヒビキさんとカガヤキさんの弟子になりたい!』って宣言して、当時のお父さんとお母さん、そして小町はそれがどんな事なのか知りもしなかったんだけど、お兄ちゃんの真剣な眼差しに小町はお兄ちゃんが熱中できる事を見つけられたんだって思うと嬉しくて直ぐに賛成しました。

 

 「…鬼のお仕事ってスゴク大変そうだけど猛士の人達が皆良い人達だから、そこは小町は安心してお兄ちゃんの事お願い出来るしね、あっこれってポイント高い!」

 

 だってあの時のお兄ちゃんの眼が、すごく輝いてたから、いつの頃からかお兄ちゃんは(多分小学校の中学年位からだったと思う)眼が腐ってるとか言われていたけど、でも猛士の人達と出会ってからはちょっと目つきが悪いってだけな感じになってきたし、小町にはホントにお兄ちゃんは良い出会いをしたんだなって思えるんだよね。

 お兄ちゃんに『たちばな』へ連れてってもらってヒビキさんやたちばなの皆さんとお会いして、ほんとに素敵な人達だなって小町は思えたし、こんな人達と一緒ならお兄ちゃんはきっと大丈夫だって小町には確信できました。

 

 「それにそれに、結衣さんと雪乃さんだよねぇ!お兄ちゃんってばあんな可愛い人たちから好かれてるんだから、ほんとやる様になったよねお兄ちゃん!?」

 

 なんて一人お兄ちゃんの事を思っていると、バイクのエンジンの音?が聞こえて来ました!

 

 「お兄ちゃん、帰って来た!!」

 

 小町は掛けていたリビングの椅子から立ち上がり玄関へお兄ちゃんのお出迎えに行きます、そんな小町はまさに妹の鏡です!

 

 お兄ちゃんはガレージにバイクを停めてエンジンを切ったみたいです、ドルルルルゥーッて感じの音が鳴り止んだし、バイクのライトで照らされていて明るかった外側が暗くなったし。

 さて、もうお兄ちゃんは扉の前に居る様ですから準備します、お約束のセリフを言う為に♪

 

 ガチャリと玄関の扉が開かれ。

 

 「おっ帰りぃお兄ちゃん!お風呂にする?ご飯にする?それとも小ま………って、何で鬼の格好なのさ?……。」

 

 「おう、小町ただいま。」

 

 

 

 

 

 

  千葉市内『比企谷家』4月7日   

 PM8:13

      

 私『一色いろは』は今比企谷さんというお宅にお邪魔をしています、それは何故かと言うと……。

 

 

 

 「さてと…魔化魍も清めたしもう大丈夫だぞ気を付けて帰れよ、ほんじゃ俺はこれで。」

 

 私を助けてくれた『ヒビキ』って人は化け物をやっつけると、そんな事を言ってのけました!

 

 「なっ!?ちょ…ちょっと待って下さいよ、まさかか弱い女の子をこんな所に一人で放っておくつもりですか?」

 

 確かに化け物はもう居ないかもですけど、あんな怖い目にあった女の子をですよ、しかも自分で言うのもアレですけど私けっこう女子としてのレベル高いって思うんですけど、この人はそんな私をまるでそこら辺にいるモブでも扱うかの様な態度で接して来るんですから、そりゃもう驚きです。

 

 「へっ、だってお前魔化魍はもう居ないしこんな薄暗い公園を通らなきゃ大丈夫だろう。」

 

 折角こんな美少女のいろはちゃんとお近付きになれるチャンスだって言うのにコレですからね……驚いちゃいますよ。

 

 と言うかですね実は私、本当は……。

 

 「……いくらもう化け物は居ないって言ってもですね、あんな目に遭ったんですよぉ、そんな直ぐに平気って訳にはいかないと思うんですけどぉ、此処は頼りになる素敵な男の人に家まで送ってもらうのが、こういった時のお約束だと思うんですけど……ダメですかぁ…。」

 

 私は伝家の宝刀、ペタンと座り込んだ状態で男の人を潤々お目々の上目遣いで見つめるプラス甘々な声でねだる様な感じで語り掛けます、コレで籠絡されない男の子はまず居ないと自負できる、私の必殺技です。

 

 「………あざとい、出直して来い!何なら一昨日来やがれ!」

 

 なっ…なんですと!?

 

 この人には私の磨き抜いた必殺の技が通用しないです、しかもそればかりかまるで私の本質を見抜いたかの様に一刀両断とばかりに斬って捨てたのです。

 そう言うとこの人は踵を返しこの場を去ろうとしているんです。

 

 「まっ!待って下さい…あの、私本当はまだ怖くって…あっ化け物は貴方がやっつけてくれたから安心なんですけど、腰が抜けちゃってですね…あはは。」

 

 歩み去ろうとしていたこの人は、私のその一言に足を止めてぶっきらぼうな感じで言いました。

 

 「…たく、最初っから素直にそう言えっての…ああ何だ、嫌だったら嫌って言ってくれて構わないけど、ちょっと失礼するぞ。」

 

 そう言うとその人は私の前にかがみ込み、何と私を所謂お姫様抱っこをしてではありませんか!?

 

 「スマンな、お前を送る前にいっぺん俺ん家に寄って着替えてからにして良いか、流石に鬼の姿で人様んトコに行く訳にはいかないからな。」

 

 その人が言うには一度変身すると、その変身の時に出る炎の為に身に着けている衣服が消え去るんだそうです、なんて不経済なんでしょう。

 そんなこんなで私はこの人のバイクに乗せられて、そのお宅『比企谷』家にお邪魔して居るんですけど。

 

 

 

 

 

 「それでお兄ちゃんに着いて来たって事なんですね。」

 

 私は今あの人の妹さん?にまるで尋問でもされているかの様な事態に陥っていたりします。

 リビングのテーブル(布団を撤去しただけの炬燵といいます)に二人分のお茶が温かそうな湯気をたて、妹さんはそのお茶を啜り『九○九島せんぺい』というお菓子をポリポリと食べながら。

 

 「ええっとですね……ハイ。」

 

 「あっ、どうぞ熱いうちに飲んでくださいね、序にコレも。」

 

 

 

 妹さんのご好意によりいただいた、お茶と九十○島せんぺいはとても美味しかったです、何処かの地方の銘菓なんでしょうかね。

  

 「よう待たせたな、そんじゃ行くか、ああ小町すまんがちょっとコイツ送ってくるから、てか俺にも○十九島せんぺいくれよ。」

 

 そうこうしている内にあの人が着替えを終えたようでリビングへと降りてきました、ほほう、どうやら自室は二階にあるみたいですね。

 

 

 

 「やっぱ美味いなコレ。」

 

 九十九○せんぺい三袋をあっと言う間に平らげて、あの人は言いました。

 

 「鬼になって清めの音色を叩き込むと結構カロリー使うからな、腹がへるんだよ。」

 

 あの人が食べている姿を眺めていた私にそう言い訳っぽいと言いますか釈明しています。

 私はただあっと言う間にあの人が沢山食べた事を、何となく普通の男の子と変わらないんだなって、あんな恐ろしい化け物に立ち向かっていった人と同一人物だなんて思えなかったから、それを見て何だか可笑しいな何て思っていただけなんですけどね。

 顔を反らして、頬を少し紅く染めているあの人が何か可愛いと思いました。

 

 「てかまぁいいか…小町すまんが晩飯は帰ってきてからにするわ。」

 

 「うん、ま、しょうが無いよね。」

 

 

 

 あの人に促され私は再びバイクの後ろに乗り、私の家に送り届けてもらいました。

 あの人の広くて大きな背中がとても暖かくて、家に着くまでの僅かな時間私は物凄い安心感に包まれていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

  

  千葉市内『一色家』4月7日 

 PM8:56

 

 クロボウズ《黒坊主》に襲われていた少女の、そのあざとく男に媚びを売る態度に俺は警戒心を掻き立てられた。             

 コイツはこんな仕草でに男子を手玉に取り骨抜きにして、良いように利用して来たんだろうと想像が付く。

 コイツはそうやって自分のテリトリーを築き上げてきたんだろう、しかしそんな物はその昔KOB《キング・オブ・ボッチ》の名を欲しいままにしてきたこの俺には通用などしない。

 キングの牙城を脅かすには到らないって事だ、それに男に媚びる為に身に着けてきたであろうソレは、あの人のどんな男の前でも理想の女性像に演じられる外面仮面と比べると遥かにレベルが落ちると言えるしな。

 

 けどその後に漏らしたコイツの本心を聞いて俺は考えを改めた。

 魔化魍を清めた以上はもう俺はその場に必要が無い存在なんだが、恐怖心と安心感の相反する二つの思いに身動きが取れなくなってしまった年頃の娘さんを放置する事など出来ないからな。

 魔化魍の驚異は去ったとは言えこの高レベルのルックスだ、こんな場所に一人放ったらかしたら別の驚異がこの少女を襲う事になるかも知れない。

 世の中俺レベルの紳士なんてそう居るものではないしな。

 

 

 「ここがお前ん家なんだな?」

 

 漁火を降り、少女の自宅を前にして俺は彼女に確認する。

 

 「はい…そうです。」

 

 彼女が肯定の返事を返したので、俺はその家のインターホン、呼び鈴のボタンを押し、数秒の間を置いて返事の声がスピーカーから流れてきた。

 

 『はい待っていましたよ。』

 

 ソレは女性の声で、間違い無く少女の母親のものだろう。

 俺はまだ要件も何も声を発してはいないのに、まぁ俺の家に居る時に少女に家族に連絡する様に言っておいたんだが、ちゃんと実行していた様だな。

 その声の後に『貴方いろはが帰って来ましたよ』と旦那さんに告げる声も聞こえてきたけどな、それだけこいつの両親が娘を心配していたって事だ。

 

 ガチャリと家の玄関ドアを開き現れたのは少女の父親だろう、シルエットからガッシリとした身なりの人だと判断できた。

 俺は若干の緊張のもと挨拶をと身構えたんだが、灯りのもと確認されたその姿に俺は。

 

 「いっ…一色警部っすか!?」

 

 俺は、身知った人の登場に思わず挨拶よりもまず、驚きの余り人物確認をしてしまった。

 

 「なっ、君は比企、ヒビキ君か!?」

 

 その人は千葉県警察本部、千葉県魔化魍対策班に所属する、俺も警察署で何度かお会いしたことのある人物だった。

 

 「ふぇ!?お父さんと知り合いだったんですか?」

 

 俺と一色警部との間で、その娘さんである『いろは嬢』の首は左右交互に行ったり来たりしている、本日最後のイベント?がまさかこんな形になるなんて、神ならぬパンピーの身の俺に想像も付く筈が無かった。

 あっいやまぁ、鬼になれるって時点で俺はもうパンピーとは呼べないんだろうがな。

 

 

 

 

 「いやぁまさか、御○山に続いて一日に二度も魔化魍を退治するなんて、大した物だねヒビキ君は、しかもうちの娘の命を救ってくれたとは、ヒビキ君…本当にありがとう、君が居なければ娘は今頃此処には居なかったんだね……。」

 

 「本当にありがとうございましたヒビキさん……。」

 

 一色警部とその奥方、そして娘のいろは嬢が、一色家のリビングにて深々と頭を下げる。

 

 「あっ、そのっすね御○山の方はカガヤキさんの応援ですし、娘さんの方偶々居合わせただけっすから、俺は別にっすね………。」

 

 自分よりも遥かに歳上の、しかもうちの両親と同世代の人に頭を下げられるとか、居心地が悪いにもほどがあって物だろう……。

 なので早々に御三方には頭を上げていただく様願うのだが、やはり年頃の娘さんを持つ親御さんとしては、その娘さんが無事だった事に心の底から安堵しているのだろう。

 俺だって、もしも小町がそんな目に遭ったなんて知ったら平静では居られないかもだからな。

 

 その後少しだけ一色家に滞在させて頂き、世間話などに興じ、その一人娘のいろは嬢が総武高校に入学したての後輩だと知って驚いたりもした。

 なんと言っても総武高校は進学校だからな、一色警部の手前言わないが…その娘さんはあまり勉強をしているタイプには見えなかったし……。

 

 「あっ、先輩もしかして私の事勉強しない娘だと思ってませんか?」

 

 うっ、何こいつ案外鋭いタイプなの、まさか新型とか調律者とか…とてもそうは見えないんですけど。

 

 「もう、先輩が分かりやすいだけですよ!」

 

 ああ…左様ですか、そうですか。

 

 

 

 一色警部の命により現在この一色家のリビングから奥方とお嬢さんには席を外してもらっている、何でも一色警部よりオフレコの話があるとか。

 

 「これはまだ本決まりじゃ無いんだがね、現在科警研と車両部で開発中の特殊車両があるんだけどね、どうもそいつがかなりのジャジャ馬らしくってね、おそらくはそれを操るには常人では無理なんじゃ無いかと言う話が出ているそうなんだが。」

 

 へえ…車両って位だから新型のパトカーとか白バイだろうか、だとすると警察から猛士に出向している人とかに使ってもらうとかって事かな。

 

 「此処まで言えば察してもらえると思うがね、もしかしたら猛士の鬼の人達にも協力要請が行くんじゃないかな、科警研としては出来るだけ多くのデータを取りたいだろうからね。」

 

 なる程、そりゃ何事もデータってのは多いに越した事はない、俺達からすると魔化魍のデータが多けりゃ現場での対処もし易いからな。

 

 「まぁ何だ、こんな話もあるんだって事を君の頭の片隅にでも留め置いて貰えればと思ってね。」

 

 「はあ、解りました。」

 

 「俺にお呼びが掛かるかは分かりませんけどね。」

 

 

 

 

 

 

  千葉市内『一色家駐車スペース』4月7日   PM9:25

 

 そんな話を一色警部からお聞きし、もういい加減時間も時間だし、俺は一色家を御暇する事にした。

 

 「先輩今日は本当にありがとうございました、でわまた明日学校で会いましょうね♡」

 

 何だか語尾にハートマークでも付けてそうな声音で敬礼ポーズで別れの挨拶をする、最後にバチコンとウインクのオマケ付きだ……くっ、あざと可愛い。

 

 「あざとい、やり直し!」

 

 俺はなるべく一色の顔を見ないようにして漁火に跨がる。

 一色家の皆さんが再度俺に礼の言葉を述べているのを制して、俺も別れの挨拶を述べ漁火のエンジンに火を灯し、我が家へと向けて走り去った。

 ふう〜っ、コレで漸く俺は長い半日を終えられると思えばこそ、俺の胸は開放感にも溢れようと言うものだ。

 そして思い出したかのように俺の腹の虫が騒ぎ出す、食べ物を求めて。

 嗚呼、本当に今日は疲れた、今日はもう飯を食って風呂に入ってさっさと寝よう、明日は4時起きで鍛錬を開始する予定だし、英気って奴を養わなきゃな、あと序に誰か俺を養ってくれる人は居ませんかね…居ませんよね、知ってた。

 

 

 

 

  千葉市内『比企谷家』4月7日  

 PM10:18

 

「ごちそう様でした、美味かった。」

 

 「はい、おそまつ様でした。」

 

 小町が造ってくれた料理を全て食べ終えて一息つく、そういやこの時間になってもまだ親父と母ちゃんは帰らないのか帰れないのか、社畜ってのは本当に大変なんだなよ、てか二人の会社って労基法とか遵守してんのかな。

 そんな事をつらつらと考えながらも、流石にダブルヘッダーを終えた俺は次に睡魔との闘いを余儀なくされ始めた。

 

 「お兄ちゃんなんか眠そうだね、それだけ今日は頑張ったんだよね、でも寝るんなら自分の部屋に行かなきゃだよ。」

 

 小町はそう言って、俺を気遣ってくれるのだが、肝心の俺と来たら……睡魔に敗北寸前である。

 

 「…なぁ小町、お兄ちゃんは今日頑張ったよなぁ、頑張ったお兄ちゃんにはご褒美が在って然るべきだと思うんだけどね…………。」

 

 この辺りの発言の内容を俺は殆ど覚えてはいない……。

 

 「ああ、うんそうだね〜お兄ちゃんは頑張った頑張った、で?」

 

 「だからお兄ちゃんは小町のご褒美をば所望する。」

 

 ウトウトしながら俺は小町にそんな事を要求する。

 

 「で、お兄ちゃんは小町に何をお願いしたいのかな?」

 

 この時俺の脳内にはとある楽曲が流れていた。

 

 「Sing me sleep

 

Sing me sleep

 

I’m Tired and I

 

I want To Go to bed

 

Sing me sleep

 

Sing me sl……………」

 

 その辺りで俺のその日の記憶は途切れてしまった。

 

 

  

 

  

 

 

 

 




と言うことでいろはすパパには警部さんになってもらいました。
その名は『一色薫』感の良い人ならお分かりでしょうけど、例のアノ、マナーモードを知らない最強刑事さんの名をいただきました。
なので、いろはすのあざと可愛い敬礼ポーズはパパさんの影響と言う事で…。
それから、話題に出ただけですけど科警研について語りました、そこにはもしかするとあの人とあのマシーンが!?
この辺りの設定には賛否の否が多いのではないかと……………。

取り敢えず話が出来上がっているのはこのエピソード迄です。二、三日はハーメルンとPIXIVの他の書き手さんの作品を読ませてもらってから、餓狼の続きに取り掛かります。


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訪れる厄介事。

ぶっちゃけた話、八幡と並ぶ次世代の弦の鬼と管の鬼のキャラが浮かばないです、ハイ。
あとサブタイトルのネタも………。


 4月8日新学期二日目の朝だ、昨夜俺はいつの間にか不覚にも眠っていた様で起きたら午前3時50分だった。

 俺は昨夜のクロボウズとの一件の事をたちばなへ連絡しディスクに収められた映像記録を送信すると香須美さんに報告したんだが、眠ってしまった為にそれが出来ずに起きて速攻送信した。

 『べぇー、マジべぇ〜っしょ』と昨日から同じクラスになった騒がしい奴の口調が思わず乗り移ったけど、香須美さんマジですいませんでした。

 

 昨夜の誓い通り俺はその後、朝の鍛錬を済ませ、シャワーを浴び朝飯を食べた後、時間が来たので学校へと向った。

 そう言や俺ってば、晩飯食ってからの記憶が無いんだが一体どうやって自室まで行ってベッドで寝ていたんだろうかと小町に尋ねたら『お兄ちゃんって器用だよね、寝てるくせに小町の声に誘導されて自分の部屋まで歩いて行ったんだよ、ホント鬼の修行した人ってそんな事も出来んだね!』との事だった。

 

 『記憶にございません』俺は何処ぞの政治家達の如くそう言いたかった、だってマジ覚えてないしな。

 

 

 

 

 

 学校へ到着しリノリウムの床材で出来た廊下を進み教室へと到着すると、室内にはもう既に十人ほどの生徒が其々にグループで、或いは俺の様に単独で過ごしていた。

 俺が教室の扉を開き室内に入室した際に僅かばかりの時間、皆に視線を向けられたんだが、それも本当に極僅かな数瞬の事で直ぐに俺からその視線を外し、まるで俺の存在などはじめから“眼中に無いですが何か”とでも言うのか、いや言う程でもないのか皆俺が入室する前迄の状態に戻ったのだろう、其々の時間を過ごし直し始めた。

 

 「まぁ…良いけどね。」

 

 俺は無造作に伸びた髪を掻き、自分にあてがわれた席へと向かい着席し授業が始まる迄の時間を一人のんびりうたた寝でもして過ごすつもりで居る。

 ヒバ!朝のうたた寝最高だぜ、今週はローテに入ってないから昨日の様なイレギュラーでも起こらなきゃ、ゆっくり出来るからな。

 

 「……フヒッ。」

 

 「ひゃぁっ!?」

 

 見上げると其処には一人の女子生徒がビクリと驚き露わな表情で慄いていらっしゃってますよ。

 おいまたこのパターンかよ、マジ勘弁してそんなに俺って気持ち悪いのか、いい加減泣いちゃうよ俺だってさ……。

 

 

 

 そそくさと立ち去る女子生徒、俺はその姿を見る事なく机に突っ伏して涙は、しないでちょっとだけ寝る事にする。

 何なら俺って由比ヶ浜以外に知り合いなんか居やしないし、そんな俺に話し掛けるやつなんか居ないしな、ならばゆっくり寝てるかと、次第に生徒が増え始めた教室で俺はそう思っていたが…。

 

 「あっ!やっはろーヒッキー!!」

 

 その独特の挨拶と俺に付けられたあだ名を呼ぶ声に俺は伏せた顔を上げて見てみると、その手と○○をブンブンふりふりしながら、由比ヶ浜が俺の元へ駆けつけてきた。

 それによりざわつき始める教室内、そして俺に向けられるヤロー達の嫉妬の眼差し、まぁ由比ヶ浜はこの学校内でもトップレベルに可愛いからな、お前等の気持ちも判らんでは無い。

 

 「昨日はお疲れ様ヒッキー、それとおかえりなさい、怪我とかして無い大丈夫ヒッキー!?」

 

 駆けつけるなり由比ヶ浜は俺に労りの言葉を掛けてくれた、うんマジ優しくて温かくて良いやつだよな由比ヶ浜は。

 

 「おう…おはようさん由比ヶ浜、そのサンキューな、俺は大丈夫だ。」

 

 俺の返事に由比ヶ浜は心から安心した様にホッと一息つき再び笑顔で俺に語りかけて来る、はぁ何か由比ヶ浜の笑顔って癒やされるよな、何なんだろうな存在そのものからマイナスイオンでも放出してんのかな、だとしたら一家に一人は由比ヶ浜がいりゃ空気清浄機とか要らないんじゃね?

 

 俺は由比ヶ浜が語る話に相槌を打ちつつその様に、どうでも良さ気な事を思っていて、それを他の連中が怪訝な目を向け、ヒソヒソと何か言いながら見ているが知った事ではない。

 そのヒソヒソたる囁きが治まったのはそれから後ほんの一分程が過ぎてからだった。

 

 それは、ガラガラと教室の後ろ側の扉が開かれた音によってもたらされた静寂だった。

 俺の席は教室の比較的後方に位置しているがその時俺は由比ヶ浜が俺の正面、教卓側に居る為に当然前方を向いていたのでその静寂を訝しく思いつつも後ろを振り向くのが面倒なのでスルーをきめこんでいたのだが、当然後方を見る形になっていた由比ヶ浜はその人物を視界に捉える訳で、その人物を確認した途端ににこやかに微笑みその人物に俺に対して行った様に大きく手を振り呼び掛けた。

 

 「お〜い、やっはろーゆきのんこっちだよぉ!」

 

 其処に現れたのはもう一人の俺の知人であり由比ヶ浜同様ごく少ない俺の友人であり、おそらくはこの入学したての一年を除きこの総武高校に於いて最も有名な人物と言っても過言では無い人物。

 由比ヶ浜とは別方向だが、その整った美しい身形により学校一の美少女と呼び声高い少女。

 俺は由比ヶ浜の挨拶によりその人物の正体が判明した為に後ろを向かない訳にもいかなくなり、おっとり動作で後ろを向きその人物に挨拶をする。

 

 「よう、おはようさん雪ノ下、昨日は悪かったな。」

 

 雪ノ下は俺達F組ではなく、ワンランク偏差値が高いJ組に所属する生徒でもあり、しかも学年トップの成績を堅持する才媛でもあるからな、そんな人物が目つきの悪いボッチ男の元へ由比ヶ浜共々訪ねて来るなんて驚愕を以て迎えられた事だろう。

 

 「ええ、おはよう由比ヶ浜さん比企谷君、どうやら何処も怪我などはしていない様ね、安心したわ。」

 

 雪ノ下は入室するとすぐ様俺達の元へと歩を進め、到着するなり由比ヶ浜同様俺を気遣ってくれた。

 

「……お、おう、おかげさんでな、この通りピンピンしているわ。」

 

 「比企谷君、貴方何故最初に間が空いたうえにしかも言い淀んだのかしら、貴方もしかして昨日何か粗相でもしたのかしら、だとしたら「ゆきのんゆきのん、此処は教室だからさヒッキーへのお説教は後で部室でしようよ、ねっ。」……まあそうね、由比ヶ浜さんがそう言うのなら比企谷君、貴方には後でしっかりと事情聴取をするから決して逃げたりしては駄目よ。」

 

 とても恐ろしくも良い笑顔で、雪ノ下に本日の放課後のスケジュールをこの場で言い渡された。

 どうやら俺は放課後雪ノ下と由比ヶ浜から重要参考人か容疑者の如く事情聴取を受ける事が決定してしまったようだ。

 なあお二人さん俺に弁明の機会はいただけるんでしょうかね、最初から判決ありきの魔女裁判じゃ無いよね…宜しければそうだと言っていただけないでしょうかね。

 

 「だけど、無事に帰って来てくれて何よりだわ、お帰りなさい比企谷君…。」

 

 雪ノ下が優しい眼差しで言ってくれた言葉に俺は由比ヶ浜の時と同様に彼女の暖かな気持ちに包まれた様に感じた。

 その雪ノ下の表情を見ていたであろう教室内の他の生徒からの、男女問わずのため息が漏れ聞こえている。

 

 「お、おう、ありがとうな雪ノ下、由比ヶ浜も改めてな…。」

 

 

 

 

 朝のHRが始まるまでの短い時間、俺達三人は教室でとりとめも無い話を続けるつもりで居たのだが、それは由比ヶ浜を呼ぶ声により遮られた。

 

 「あ〜っ結衣じゃん、あんたもう来てたん!?」

 

 「やっ、ハロハロ結衣!」

 

 髪を金髪に染めもみあげをクルリンとドリルにした派手な女子生徒(確か由比ヶ浜の知り合いだったっけ)と赤いメガネを掛けた肩の辺りまで伸ばしたボブなヘアスタイルの女子生徒、二人共俺目線で見て由比ヶ浜と雪ノ下には多少劣るかもだが、それでもかなり高レベルな身形をしているが、まぁ俺とはあまり関わりの無い方面の人物の様だしどうでもいいか。

 

 「あっ、やっはろー優美子、姫菜!」

 

 由比ヶ浜の挨拶に優美子と呼ばれたと思しき金髪ドリルは鷹揚に頷き返し、姫菜と思しき眼鏡っ娘の方は若干得体の知れないオーラを発しながらも右手をひらひらさせている。

 …しかし何だったんだ今の奇妙なオーラは、何か一瞬寒気がしたんだけど。

 その二人の女子は俺と雪ノ下を一瞥して、さも興味無さ気に由比ヶ浜に向き直ると由比ヶ浜を放課後遊びに行かないかと誘い始めた。

 

 「ゴメンね優美子、あたし放課後は部活だからさ、行けないんだよね。」

 

 由比ヶ浜は両手のひらを合わせて、誘いに乗れない事を詫びるのだが、それが金髪ドリルは気に入らないのか尚も由比ヶ浜を誘おうとする。

 

 「ええ〜っちょっさぁ結衣、アンタ付き合い悪いじゃん、一日位でサボってもいいっしょ、付き合いなよ。」

 

 この金髪マジかよ、よりによって雪ノ下の前でサボリ推奨するとか、何考えてんだよ。

 

 「ちょっと其処の金髪さん、貴方と由比ヶ浜さんがどの様な関係なのかは知らないし知ろうとも思わないけれども、我が部の部員を無理矢理にサボタージュを唆せる様な不埒な発言は控えてもらえるかしら。」

 

 ほら見ろよ奉仕部印絶対零度の刃を持つ氷の部長様がお怒りになってしまうんだからさ。

 こころなしかこの室内の温度が何だか急激に低下したかの様に感じられるのは気の所為だよな……。

 

 「あん、アンタ確か雪ノ下さんだっけか、アンタ話に割り込まないでくれる?第一アンタには関係無いっしょ!」

 

 胸元で腕を組み雪ノ下を睨めつけ金髪ドリルだが…コイツって今の雪ノ下の話を聞いて無かったのかよ、雪ノ下は由比ヶ浜を我が部の部員って言ったんだよ、しかも俺達三人で話してたのに割り込んで来たのはコイツらの方だし、もしかして言っちゃ悪いがオツムのお出来のほうがおよろしく無い感じの人なのか?」

 

 「なっ、ちょっさぁ何なんアンタら、確か比企何とかってたっけ?今のもしかあーしの事馬鹿にしてんの、もしそうだったら結衣のダチだからって勘弁しないかんね!?」

 

 ほへ?何、今度は俺が金髪さんのダーゲットになった感じなの、しかし何でだろうか。

 

 「ヒッキー今のは無いと思うな…。」

 

 由比ヶ浜が何だか少し非難がましい眼差しでそう言うんだが、何でだ心当たりが無いんだが……。

 

 「はぁ、比企谷君貴方今内心の声が口に出ていたのよ、けれど由比ヶ浜さんには悪いけれど私も比企谷君と同意見よ、フフフ……。」

 

 そうだったのか、そりゃ金髪さんに悪い事したかなってか、何気に雪ノ下も俺の意見に便乗して来るし、何だか程よい感じにブラック雪ノ下ってるし。

 

 「ちょっさぁ!アンタらあーしに喧嘩売ってんの!?上等じゃん!」

 

 一触即発!

 

 二人の女子が俺の頭上でメンチを切り合うと言う恐ろしい事態に俺と金髪ドリルさんのお連れの眼鏡っ娘さんは、若干引き気味にそれを眺めるしか出来無い。

 だってこの状況、男の俺が迂闊に口出しでもしよう物なら、この二人の怖い系女子に何を言われるか解ったもんじゃないからな、触らぬ神に祟りなしだ。

 しかし其処に一人の勇者が現れた、それは俺達奉仕部と金髪ドリルさんチーム共通の人物。

 

 「ちょっと待ってゆきのんも優美子もさ、そんな喧嘩腰になんないでよ!

 あのね優美子、ゆきのんはあたし達の部活の部長なんだ、だからさゆきのんは関係無くなんかないんだよ、でもゆきのんは話が分かんない人じゃ無いから、前もって約束とかしてたら赦してくれるから、また今度の機会にさ誘ってよね。」

 

 「それからゆきのんも、あとヒッキーも確かにさ優美子にも悪いとこあったけどあんな言い方は無いと思うよ、あたしにとってヒッキーとゆきのんは大切な人だけど、優美子と姫菜もあたしにとっては友達だからさ、あんま悪く言わないで欲しいな。」

 

 由比ヶ浜に窘められ雪ノ下と金髪さんの間には取り敢えず一旦休戦協定が結ばれた、二人共少しバツの悪そうな顔をしていたのが何だか俺には印象的だったがな。

 

 「あはは、ゴメンね結衣、それと雪ノ下さんとヒキタニ君だっけ?」

 

 赤眼鏡さんが金髪さんの背を押しながら俺達に詫びてこの場を後にする、金髪さんは休戦したとてもその不満が解消された訳ではなく、背を押されながらもぷりぷりと不満な気持ちを垂れ流しているんだが、てか俺はヒキタニでは無く比企谷なんですけどね。

 

 HRの時間も差し迫り雪ノ下は自分のクラスへと戻り、由比ヶ浜達も自分の席へと戻りHRの時間へとそなえる。

 これにより緊迫感に包まれた状態は緩和され教室内には再びそれぞれのグループによる内輪の会話が再開された。

 自分の席に着いた由比ヶ浜が俺に笑顔で手を振っている…しかしこの一年で由比ヶ浜はかなり成長したよな、はじめの頃はなんかオドオドして居て人の顔色とか空気を読む様なヤツだったけど、今は雪ノ下にもあの金髪にもちゃんと意見を言える様になったしな。

 

 

 

 

 

 

 「ヒッキー一緒に部活行こっ!」

 

 放課後授業を終えて早々に由比ヶ浜が俺の所へとやって来て、元気ににこやかに誘いかけて来た。

 

 「おう、そうだな、てか由比ヶ浜お前ちょっとテンション高く無ね?」

 

 クラスの皆が部活へと或いは帰宅すべく動き始める中でのその誘いに、またしても俺に向けられる忌々しさタップリの視線を感じながら、俺は立ち上がりながら由比ヶ浜へ答える。

 

 「えへへぇ、だって二年生になって最初の部活だからさ、あたしのテンション上がってる感じ!?」

 

 「……何で最後が若干疑問形なんだよお前は。」

 

 廊下へ向かい二人並んで歩きながらの会話、俺は元がボッチだったせいかあまり饒舌に話す方じゃ無いから、会話は由比ヶ浜が基本何か話題を振りそれに俺が答えるってのが俺達の普段のやり取りだったりする、其処に雪ノ下が加わっても同じ様な感じだ。

 雪ノ下も離せば弁は立つのだが、如何せん彼女も基本ボッチ気質で読書家でもあり静謐を好む方なので、あまり自分から話し掛ける事は無く、由比ヶ浜に振られた話題に答えるって俺と同じ様なスタンスだ。

 由比ヶ浜は俺と雪ノ下、ボッチ気質の二人を繋ぐ鎹の様な役割を担っている形になっていて、常々彼女には悪いと思うところはあるんだが、俺達三人の関係はそれで上手く行っているから、案外今の現状で良いのかもな。

 

 「あっヒッキー、ゆきのんだよ!お〜いゆきのん!」

 

 俺達の前を歩く雪ノ下の姿を見留めると由比ヶ浜は駆け足で雪ノ下に駆け寄って行く。

 

 「あら、由比ヶ浜さんと比企谷君も一緒なのね丁度良かったわ、一緒に部室へ行きましょうか。」

 

 「うん。」

 

 俺達は前衛に由比ヶ浜と雪ノ下のツートップ、後衛に俺と言う立ち並びで校舎特別棟四階の部室へと向かい歩く。

 雪ノ下と由比ヶ浜、女子二人の醸すゆるゆりな雰囲気の会話を一歩身を引いた立ち位置で、少しだけ保護者的目線で見守りつつ、たまに話を振られたら答えるってスタンスで。

 

 当然ながら言わずもがなであろうが、この部室へと向かう最中にも他者の目線は由比ヶ浜と雪ノ下へと注がれ、その後ろに居る俺にもそのおこぼれの如き視線が突き刺さる、それは当然雪ノ下と由比ヶ浜へ向けられたそれとは真逆の感情がタップリと詰まっているんだけどな。

 

 まぁそれは今に始まった事でもなし、どうでもいいんだが、今日はどうやらそれだけで終わりって事にはならなかったのだった、何故なら俺がいきなり背後から誰かに抱き着かれたからだった。

 

 「やっと見つけましたよ先輩!」

 

 俺は背に顔をグリグリと押し付けている感触をかんじつつ、その声に依ってその行動を行っている人物の正体に行き着いた。

 周りの人々の痛い視線を浴びながら、そして振り返って俺を怖さを感じさせる二人の表情に、さてどうするべきかと思考しながらもありきたりに、背後に居る少女に答える。

 

 「…あのだな一色、こんな衆人環視のもとでそう言った行動は控えてもらえると助かるんだが、ってかいい加減止めてくれマジで!」

 

 それは昨夜の一件で知り合った一色警部の娘さんで、今年この総武高校へと入学をて来た新入生、一色いろは。

 由比ヶ浜と雪ノ下の冷酷さの成分を多量に含んだ表情により俺はこれから部室にて開廷されるであろう裁判にて有罪判決を言い渡される事が既に確定しているであろう事に、ため息がこぼれ出るのを抑える事も適わなかった。

 

 これから始まる厄介な時間を俺は乗り切る事が出来るのやら…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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断たれる退路。

 

 「さて比企谷君、私達は異端審問官でも無ければ極東○際軍事裁判の様に端から有罪ありきでこの法廷を開廷している訳では無いのよ、なので貴方には弁明の機会を与える事も吝かではないわ。」

 

 との雪ノ下から、とてもありがたいお言葉を頂いた訳なんだが、はてではなぜ一体俺は…何故に部室の床にて正座をさせられているんでしょうかね。

 もうこれってアレだよね、雪ノ下は言葉とは真逆に俺の事メッチャメチャ疑っているよね。

 しかも何かめったくそ不穏な事言ってるし、何だよ異端審問官ってさ、しかも加えて通称東京○判まで引き合いに出してるし怖いよ、あと超怖い!

 

 「うん、だよね…あたし達さ昨日すっごく心配してたんだよヒッキー。

 ヒッキーが怪我してないかとか……でも昨日の夕方ヒッキーからメールが届いてヒッキーが無事だって分かって安心してたんだよ、なのにヒッキーったらその女の子と一体何してたんだろうね。」

 

 由比ヶ浜…スマン、ありがとうな、でも由比ヶ浜も俺の事信じちゃくれないんですねそうですね、ちょっとあほっぽくて愛嬌のある俺的癒しキャラな筈の由比ヶ浜まで俺をこんな扱いかよ、俺の泣いちゃってもいいよね……。

 

 此処へ来るまでの道中俺は、己が現在置かれた状況に絶望的な何かを感じ、何処か逃げ出すスキでもない物かと覗って居たのだが……『比企谷君、貴方もしこのままスキを見て何処かへ身を隠そうなどと思っているのだったなら、もしそのような事を行ったのなら今後どの様な事が起こるかと想像を働かせて見ては如何かしら?』とのありがたくもない言葉により、諦めざるを得なかった…いやマジでトホホな気分だわ。

 

 さて此処で一つ説明せねばなるまい、今俺達が居る場所は我が母校総武高校特別棟四階にある一室、それは昨年入学式の日にとある事件を切っ掛けに縁を紡いだ二人の女子、由比ヶ浜と雪ノ下、その二人と共に雪ノ下の発案により結成された俺達の部活動。

 生徒指導担当の平塚先生に相談し、その活動理念に理解を示してくれた平塚先生を顧問に据え、その先生の尽力によりこの特別棟四階の一室を部室として提供していただいた次第だ。

 

 この部室元は何も利用されていない空き教室で、室内には使われていないテーブルや椅子、ホワイトボードなどが保管というか適当に突っ込まれていたと言うべきか、まぁそれはどうでも良いか。

 その備品の中から長テーブルを一卓と三脚の椅子を設えて部室としての体をなし、廊下側から見て一番奥に部長の雪ノ下が陣取り、真ん中に俺が、そして一番廊下側に由比ヶ浜が……てのが普段の俺達の定位置なんだが、今日は、誠に遺憾ながら長テーブルを挟んで椅子に腰掛けているのは雪ノ下と由比ヶ浜の二人だけだ。

 俺が居ない分だけ由比ヶ浜と雪ノ下は互いに身を寄せテーブルのセンター付近に陣取り、その向こうにダンボール箱を平らにしてその上に冬場に由比ヶ浜と雪ノ下が持ち込んだクッションを敷き、そこで正座をさせられているのが、そう俺だったりする。

 しかし何かこの絵ヅラって裁判ってよりお白州って感じじゃね?

 だったら期待出来っかな大岡裁きか遠山裁き………無理だろうな、だってさこうなった雪ノ下って凄え怖いもんな、それはこの一年を通じてよく知りました、なので俺はこの場で勇気と無謀を履き違えたりなんかしません、大人しくしている事にします。

 だが、この状況下に於いて、一人の無知であるが故の勇敢さを発揮した者がいた、その姿を例えるならば、ドン・キホーテの如しか。

 

 「あの…私一年の一色いろはって言います、それでですねちょっと私から質問してもいいでしょうか。」

 

 廊下でいきなり俺に抱きついてきた一色は、結局そのまま俺にくっつき続けてこの奉仕部の部室まで着いて来てしまったんだが、その道中由比ヶ浜が必死に俺から一色を引き離そうとしたが、一色のヤツと来たら『嫌です!せっかく先輩に会えたのにこのまま離れるなんて、私そんなの嫌です!』何て事を宣いやがってくれて、根負けした由比ヶ浜と雪ノ下は序に一色も共にこの部室へと連れて来たという訳だ。

 てか今俺がこんな目に遭ってるのってさ、だいたいが一色のせいなんだよな、くしゅん……。

 

 「……ええ構わないわ、どうぞ一色さん。」

 

 「それでいろはちゃんはあたし達に何が聞きたいの?」

 

 裁判長よろしく雪ノ下と、検事と言うには些か人の良すぎるきらいのある由比ヶ浜が一色への発言を許可。

 しかし由比ヶ浜、初めて会って名前を教えてもらったばかりのヤツをもう名前呼びかよ!知ってはいるけどやっぱ凄えわ由比ヶ浜は……。

 てゆうか俺が由比ヶ浜レベルに到達するにはあとどれ位のコミュ力を身に付ければいいんだろうか。

 人間には向き不向きってのがあるんだしな、押して駄目なら引いてもいいし横にスライドさせてもいいし、縦にシャッターの如く引き上げても良し、何なら諦めたって良いんじゃないかと俺は思う。

 そんで結局何が言いたいかと言うと、俺では多分由比ヶ浜のレベルに達する事が出来る未来が見えない、なので俺はソッチ方面は諦めているって事だ。

 

 「はいでは失礼しまして、まずはですね先輩方のお名前を教えて下さい。」

 

 一色の最初の質問は、成程な至って真っ当な質問だわ、一色自身は今し方自ら二人に対して名乗った訳だしな。

 ならば当然先輩としては、否、人として己のが名乗る事、此れ常識ですことよお二人さん。

 

 「……確かに、貴女の言うとおりだわ一色さん、失礼したわね、私は二年J組に所属する雪ノ下雪乃、そしてこの奉仕部の部長を努めているわ。」

 

 一色の言を是とし名乗りを上げる雪ノ下、ふぁさぁっと長い黒髪をかきあげて軽やかに舞い踊るその濡羽色が何ともゴージャス感が溢れている。

 その仕草に同性の一色も暫し見とれた様で、ぼぉーっと雪ノ下をみている。

 何でこいつはただ自己紹介をしただけなのに、こんなにも威厳があるっぽい感じなんでしょうかね、お前本当に俺とタメ歳なん?

 

 「えっと、やっはろーいろはちゃん、あたしは由比ヶ浜結衣、ヒッキーと同じ二年F組でこの奉仕部の部員だよ、よろしくね。」

 

 対して由比ヶ浜は、あのいつもの調子で変な挨拶言葉『やっはろー』を手を小さく振りながらニコニコ笑顔で…えっ?

 由比ヶ浜は、笑ってはいる確かに…だがしかし、顔は確かに微笑んでいる、なのに由比ヶ浜のその目からは光彩、所謂ハイライトが消失している……。

 

 「あっ、はいよろしくお願いしま…ひっ!?」

 

 一色は由比ヶ浜の挨拶に答えようとしていたが、その由比ヶ浜の目を見てしまい、そのただ事ならない当社比90%以上カットされたっぽい冥い眼光に恐れをなし、俺にしがみついて来た。

 因みに一色は俺と共にダンボール箱の上のクッションに正座を崩した女の子座りで座っていたりする。

 普段の由比ヶ浜の笑顔は愛嬌があり皆を惹き付ける魅力があるんだが、今俺と一色に向けられている笑顔は恐怖心を喚起させられる程に恐ろしく感じる、目は口ほどに物を言うとは事実だったんですね、八幡また一つ勉強しましたよ。

 

 「ねぇいろはちゃん、いろはちゃんは何でそんなにヒッキーにくっついてんのかな、そんでさ何でヒッキーはそんなにいろはちゃんをくっつかせてんのかな、あははっ…ねぇ何でヒッキー教えてよ何でかなぁ!?」

 

 「そうだったわね由比ヶ浜さん、まずはこの二人にその辺りから聴取をすべきなのよねフフフ……ねぇ何故なのかしら比企谷君、貴方達の現況を正当化出来るだけの理由が在るのかしら、そしてそれが私達を納得させられるのかしらね。」

 

 怖い、怖いです由比ヶ浜さん、そして雪ノ下さん!

 いやね、何でかなって言ってもさ、今の状況って君達の人として常ならぬ恐ろしさが招いた結果だよね? だからさ俺はこれに関しては絶対に無罪なんじゃないでしょうか?

 はぁ、どうやら俺にはパ○ル判事の様に物事を公正に見てくれる存在はいないのだわさ。

 

 まぁこんな感じで、二人の女子に恐怖を味あわされながら俺は昨夜の経緯を話す事になった。

 カガヤキさんと共にツチグモの変異種を相手取った事、己の慢心から油断をして怪我をしてしまった事を自戒の念と共に語った。

 

 「ヒッキー、怪我は大丈夫なの?」

 

 それを聞いた由比ヶ浜は、不安気に声に出して心配してくれているし、雪ノ下もまた声にこそ出さないがそれは由比ヶ浜と同様に心配してくれている事がその表情から窺える。

 

 「おう、まぁ俺達鬼は多少の切り傷程度なら気合で瞬時に治せるからな、問題ないぞ由比ヶ浜。」

 

 俺の返事に由比ヶ浜と雪ノ下は安堵の溜息を吐く。

 くう〜っ、やっぱり何だかんだと言ってもこの二人は俺にとって初めて出来た心許せる友人である事に変わりはないんだよな、あっ猛士の人達は除いて。

 

 「あの先輩先輩、昨日お父さんが言ってたんですけど、鬼の事とか魔化魍の事とかを大っぴらに人に話したら駄目だって言われてるんですけど、その…雪ノ下先輩と由比ヶ浜先輩に話しちゃっても良いんですか?」

 

 ああ、そうだよな、一色はあの後俺が一色家を去った後親父さんに、一色警部にそう注意されたんだろう。

 だから、俺達の事情を知らない一色は老婆心から俺に注意を促しているって事だろうな。

 

 「ああ大丈夫だ一色、雪ノ下も由比ヶ浜も魔化魍や鬼の事は知っているから、それに雪ノ下の実家は俺達の組織に協力してくれてるしな。」

 

 なのでそれを知らない一色に掻い摘んで説明してやった、まぁこれで多少は円滑に話も進むだろう。

 

 「えっ!?ちょっと待ってヒッキー、もしかしていろはちゃんも鬼の事知ってんの、何で?」

 

 バンッとテーブルに手のひらを叩きつけて由比ヶ浜が驚いたって表情で立ち上がる。

 あらら、進まなそうですね由比ヶ浜さんや、これだけ話したんだから事情を察してくれると思ったんだけどな………。

 

 「由比ヶ浜さん落ち着いて、比企谷君が一色さんが居るにも関わらずに鬼や魔化魍の話しをした時点で気が付いておかしく無い筈よ。」

 

 ほら由比ヶ浜、流石に雪ノ下は気が付いているでしょうが、お前も気が付いても良いんじゃないでしょうか。

 

 「……あっ、そか!いろはちゃんも魔化魍と遭ったんだ!?」

 

 うん、やっと其処に思い至った様だ、しかも一色の口から鬼や魔化魍って単語が出て来たんだからさ……頼むぜおい。

 

 「…はい、昨夜の事です。」

 

 一色はポツリと一言由比ヶ浜からの確認の言葉を肯定する、少し俯きながら。

 そのしおらし気な様子からすると、一色のやつ昨夜のあの恐ろしい体験を思い出しちまったのか、そりゃあ無理も無いよな。

 由比ヶ浜や雪ノ下だってあの時はそうだった、それにあの雪ノ下さんだって。

 パニックにならなかったのが不思議な位だと俺は思う、何せ俺の時なんて半ばパニックになって木の枝を振り回そうとしてたし。

 

 「ひゃっ…あの先輩!?」

 

 ん?何だ……俺が回想していると一色が何か驚いた様な声で俺を呼んでいるんだがっと、どうしたんだよ一色ってば、そんなに顔を真っ赤にして、何でか上目で俺を見ているんだが……!?

 

 「ひ、比企谷君、貴方は何をしているのッ!今すぐに一色さんの頭からその手を放しなさい!」

 

 今度は雪ノ下が席を立ち左手をテーブルに付き、右手人差し指を突き出して何かを指摘する…はて?

 

 「そっ、そうだしヒッキー!!ずるいよそんな事まだあたし達にもしてくれて無いのにッ!」

 

 突然の雪ノ下と由比ヶ浜から俺に対する非難の声、それにより俺は現在自分が何をしているのかを冷静に状況見聞してみる。

 俺は先程、一色が昨日の魔化魍との遭遇を思い出し不安にかられているんだと思った次第だ。

 それは一色が醸す表情や仕草から判断したんだが、それを見た俺は……あっそうだった。

 不安がっている様に感じた一色に対して俺の数少ない技のうちの一つお兄ちゃんスキルが、多分無意識に発動したのだろう。

 

 「はうぅ………。」

 

 一色のふわふわでサラサラの亜麻色の髪につつまれた、さわり心地の良い頭をいつの間にか撫でていました……まる

 

 「すまん一色!!今のは俺が全面的に悪い、言い訳のしようもないんだが昔っから小町にしていた様にいつの間にかやっていたんだ!」

 

 俺は慌てて正座の姿勢のままでジャンプして一色から距離を置き、拝む様に土下座をかました。

 これぞ日本古来から受け継がれる?何なら鬼や魔化魍よりも遥かに古い歴史を誇る(嘘)誠意を込めたお詫びの作法、その名もジャンピング土下座……って横文字が使われてる時点で日本古来のもんじゃ無いだろうとか突っ込まないでっ!

 

 「えっ、あの先輩……私は気にしていませんから大丈夫です、それに寧ろもっと「ヒッキー!もう駄目だよ!」…。」

 

 一色に対して土下座をしてお詫びの言葉を述べる俺、そしてそれに対し答えていた一色だったが、その言葉は由比ヶ浜の大きな声に遮られた。

 俺はその声に顔を上げて見ると、いつの間にか席を離れたのか由比ヶ浜が俺と一色の間、俺の目の前に膝立ちの姿勢をとり徐に俺の手を握ると。

 

 「………あの、由比ヶ浜さん貴女は一体何をなさっておいでなのでせうか?」

 

 その俺の手を自分の頭のうえに持って行き、顔を真っ赤にして俯いていらっしゃるんですけど……。

 

 「……も、して。」

 

 ぽそぽそと囁く様に言葉を紡ぐ由比ヶ浜、故に彼女が何を言っているのかよく聞き取れない。

 なのでそこのお前、俺の事を『難聴系主人公』とか言わないの!本当にマジで聴こえないんだよ。

 

 「えっ…何だって由比ヶ浜!?」

 

 だから確認の為に聞き返す俺は悪くないよな、よな?

 

 「もうっ!ヒッキーはぁ、あたしにもしてって言ってるのっ!」

 

 なん……だ…と。

 

 由比ヶ浜が俺に頭撫でを要求して来るなんて、マジっすか……。

 

 「…うぅ〜っ、ねぇヒッキー…早く、して……。」

 

 さっきの一色のにも負けない位に真っ赤な顔と上目で、俺にソレを求める由比ヶ浜、いやいや待てよお前、今のは絶対ヤバいって由比ヶ浜!

 

 「おま…お前なぁ、今の絶対他の奴にやるなよ由比ヶ浜……。」

 

 マジで不味い、色んな意味で今の由比ヶ浜の『早く、して……。』は俺だから理性で抑えられるけど、一般的な理性の箍がいとも簡単に脆く崩れ去る思春期男子の前でやったら、お前絶対にルパンダイブされてたところだぞ。

 

 

 

 

 結局俺は、一色に続き由比ヶ浜とその後雪ノ下までもが、頭撫でを要求して来た為に二人の頭を彼女達が満足する迄撫でさせられた……良いのかよこんな事して、後で訴えたりとかしないよな。

 

 

 

 まぁ、それは一度棚上げしといて、俺達は再び話しを再開する事と相成った、なんて気取った言い方をしているが要するに由比ヶ浜と雪ノ下の態度がかなり軟化してくれた様子なので、俺的に心の余裕が出来たって訳だ。

 此処で俺は自宅から持参した親父の出張土産の『長崎物○』を貢ぎ物よろしく皆に提供し、雪ノ下が淹れてくれた紅茶の共として皆で食しながら続きを話す。

 

 「………と言う経緯があってだな、一色はクロボウズって魔化魍と行き遭ってしまったって訳だ。」

 

 さっきまでは俺と一色はダンボール箱の上にクッションを置いてその上に正座だったが、今は二人からのお許しが出たお陰で椅子に座っている。

 ようやっと俺は人間に戻れたのだ、いや別に鬼になってたって訳じゃ無いんだけどな。

 

 「はい、ですです!それでですね先輩がそれを察知してその場に駆けつけてくれてですね、私を逃がしてくれたんですよ。」

 

 あの時の先輩、とってもカッコ良かったです……と雪ノ下と由比ヶ浜に一色が追加説明を加える、身振り手振りを交えながら…おいおいあんまり脚色しないでくれよ一色。

 

 「大丈夫だ俺は響鬼だからって、そう言われた時はなんの事だか分からなかったんですけど、蒼い炎に包まれて現れた鬼になった先輩を見て、ああこれが響鬼何だって私何だかスッと理解できたんですよねっ。」

 

 話している内に段々と一色はウットリとトリップしたかの様な表情で語る。

 

 「それで、魔化魍を退治した先輩は、あまりの事に身動きが出来なくなった私を優しくお姫様抱っこしてくれて、バイクの後ろに乗っけてくれて、家まで送ってくれたんです。

 もう先輩ったら凄いんですよ、一見細身なのに筋肉とかしっかり付いてて、背中は大きくて広くてそしてとっても暖かかったです♡」

 

 はぁ、と深くため息を付き両手を頬に添え一色はトロンとした表情だ、また一段回深くトリップした様だ。

 

 「………へぇ、ヒッキーいろはちゃんをお姫様抱っことかしたんだね、へぇぇそうなんだ………。」

 

 「そう、更にはオートバイの後ろに一色さんを乗せたのね……フフフ…。」

 

 一色が俺の傍らでトリップするのと裏腹にテーブルを挟み対面に居る由比ヶ浜と雪ノ下は………………アカンこれまた面倒な事態になるの確定だわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




祝UA10,000突破、読んでくださる皆様に感謝します。


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終わらぬ修羅場。

 ……………沈黙、今この場を支配する物は、圧倒的な迄のそれである。

 それもただの沈黙では無い、非常なる緊迫感を孕んだ、そう例えるならば、本来なら厳重な管理下に置かれなければならない可燃物の保管庫が、ヒューマンエラーにより杜撰な状態で管理され、そこに本来なら立ち入ってはなら無い無関係で無軌道な若者達が侵入し、それとは知らずにそこで火遊びをはじめ、その火がいつ飛び火して引火してしまうかも分からないって、そんな状況たと言えるだろうな、俺にとってはだけど。

 

 

 一色による『お姫様抱っこと単車の後ろに乗った』発言、それが雪ノ下と由比ヶ浜の中の『怒りの回路』なのか、はたまた『逆鱗』にでも触れてしまったのだろうか、二人はまるで悪鬼…いや鬼という字は使いたくないからこの場は修羅とでもして置くか。

 

 『ヒッキーが免許とって一年経ったらあたしが一番最初に後ろに乗っけてもらうつもりだったのにぃ!』とは由比ヶ浜の言だが、兎に角俺はその修羅の様な恐ろしさを纏った二人にその後の経緯を話した、いきなり日常を逸脱した体験をした為に腰を抜かしてしまった一色をそこに放置する訳にも往かず、抱きかかえた事。

 そして単車に乗せて自宅まで送って行く事にしたはいいが、流石に鬼の格好では拙かろうと判断して一旦俺ん家まで一色を連れて行った事、これに関しては小町も知っている事だから、信じられないなら小町に確認してくれと二人には伝えた。

 大体がだな、俺が一色を抱っこしたのも単車に乗せたのも、それはあくまでも人命を第一としたが為のやむを得ない事情って物があっての事なんだと、どうか二人には理解していただきたい物だ、まぁ由比ヶ浜と雪ノ下がそれを楽しみにしていたと言うのなら、それは確かに申し訳無い事をしたと言わざるを得ないが。

 

 「…はぁ…先輩、この長○物語ってお菓子も美味しいですね、昨日頂いた九十九島せん○いってお菓子も美味しかったですけど。」

 

 その沈黙を打ち破ったのは一色による物だった。

 それは……これ迄の経緯が無ければただの何気ない一言で済む程度の発言だっただろう。

 しかし本日、今現在発するには些か以上に不味い、何故なら冒頭で述べた様に今俺が置かれている状況が状況だから。

 

 「……へぇ、ヒッキーいろはちゃんをお家に上げてお菓子まで、そうなんだふう〜ん、だってさゆきのん。」

 

 「ええ、私達が初めて比企谷君のお宅にお邪魔したのは、さて一体出会ってからどれ位の時間が経ってからだったかしら、ね……。」

 

 あっ、これあかんヤツや……一色のやつが遂に保管庫に火種を放り込みやがった。

 見える、俺には見えるんだ、由比ヶ浜と雪ノ下からメラメラと燃え上がり始めたのが、冥き修羅の炎が………。

 

 「いや、だからですね、それはあくまでも人命を優先したからであってですね決して他意は無いの事ですよ、それに九十九島せんぺ○は小町が食ってたからであってだな……。」

 

 俺はまたもや、その火を消す為に言葉と言う名の消火剤を用いて彼女達が燃えたぎらせはじめた炎を鎮静化すべく、試みてみるが……。

 

 「だったらさ、あたし達もヒッキーん家に遊びに行ってもイイんだよね、今週はさヒッキーはシフトに入って無いって言ってたよね!」

 

 その効力の程は、ほぼ無効ってところだろう、てか由比ヶ浜さん何故にいきなり貴女達まで家に来るって方向に話が進もうとしているんでしょうかね。

 

 「当然よね比企谷君、貴方まさか否とは言わないわよね、うふふ……。」

 

 雪ノ下までかよ……この二人俺の都合とかそういった事一切考慮してくれないんですね、確かに由比ヶ浜の言った通り今週はシフトに入ってないけどさ、とは言ってもだよ昨日の様に急遽ヘルプが掛かるって事もありうる訳でして……。

 

 「……ねぇヒッキー。」

 

 「……比企谷君。」

 

 俺を呼ぶ二人、その声音に先程までビシビシと発していた薄ら寒さも、今は感じられず、寧ろ甘く蕩ける様な音色の様にさえ思えるし、その瞳から消え失せていた光彩も再び輝きを取り戻し、それをうるうるキラキラと湿らせて懇願する様に俺はつくずくと感じさせられた。

 

 『女って切り替え早っ!』と……。

 

 と思ったのだが、それはまぁ良いとして、ここに更に事態を引っ掻き回す存在がここに居た。

 

 「あっそうでした先輩、家のお父さんが先輩にまた何時でも遊びに来てくれって言ってましたよ、わ・た・し・も何時でも大歓迎です♡」

 

 その時『ピシッ!』となにかが割れる様な音が部室内に響いたのは果たして幻聴だったのか、漫画とかの表現だと例えば雪ノ下のティーカップの持ち手がポロリと取れるとか…って現実逃避はこれ位で。

 

 「おい一色、お前ってヤツはッ、もう頼むからあんまり要らん事言わないでくれ!?」

 

 俺は切実に、本当に切実にそう願い、一色に対して釘を刺した、雪ノ下と由比ヶ浜に機嫌をこれ以上損ねられたらこの空間に於ける俺の立場もだが、メンタルにまで甚大なダメージを被りそうだ、いや既に被っている。

 

 「あのだな、一応説明しておくと一色の親父さんは千葉県警の魔化魍対策部に所属する警部さんでな、俺は偶にだがお使いで県警に顔だしてたからなだから一色の親父さんとは以前から面識があったんだよ、それで昨夜一色を送って行ったら偶々一色の親父さんがその警部さんだったってだけであってだな……。」

 

 次いで俺は雪ノ下と由比ヶ浜へと向き直ると、一色父こと一色警部と俺の関係を説明する。

 おそらくだが、このとき俺はかなりあたふたとしながら二人に説明をしていたんじゃないかと思う、俺が思うに一色のヤツはさっきからずっと、まるで二人を挑発するかの様な事ばかりを口にしているし、何でなんだよ。

 

 「え〜っ、でもでもぉ、ウチのお父さんってぇ先輩の事随分評価していますよぉ、男女交際とかまだ早いとは思うけど相手がヒビキ君ならお父さんは反対しないよですって!」

 

 一色のその一言により、またしても雪ノ下と由比ヶ浜の二人からまるで猛烈なる吹雪、極寒のアイスブリザードが放出された。

 二人に一色警部との関係を說明していると、またしても一色がチャチャを入れてきたからだろうな……。

 そして俺は、こう言うのも魔が差したと言ってもいいのだろうか、俺はいい加減一色の言動にちょっとだけイラッとしてしまい。

 

 「一色、オ・マ・エ・はちょっと黙っていようねぇ〜ッ!」

 

 「ふぇ〜っ、ふぇんふぁい、いらい、いらいれふぅ〜!」

 

 一色のほっぺを両手でつねり、グリグリと弄くり倒してやる、はぁ本当にコイツはよ、昨日知り合ったばかりだから性格とかまだよく分からんけど、中々に面倒で厄介なヤツだって事は何となく理解出来たよ俺。

 

 「あっ、あたしのママだってヒッキーの事大好きだし!それにヒッキーの事何時だって良いからお家に連れて来て構わないからねって言ってるし!。」

 

 まっ、待て待て由比ヶ浜!何もそこで張り合わなくたって良いんじゃないでしょうかね、まぁママさんがそう言ってくれるのはありがたいっ思いますし、ママさん料理も美味いし凄え美人でおっとりしてて癒やし系って感じがするし、正直もしママさんが俺と同年代だったら多分告白して、そして振られてるだろうけどな……うん、何か涙出そう。

 

 「う、家の両親……は特に何も言っていないのだけど…私としては、その様な事など関係無く何時来てくれても構わないわ。」

 

 嗚呼、雪ノ下モウヨッセ(涙)!お前がご両親(特におふくろさん)とあまりコミュニケーションがとれていない事は俺知ってるからさ、だからこんな事で張り合う事は無いんだよ。

 何せ実家を離れてマンション借りて一人暮らしをしてるくらいだからな、他人の俺が他所様のご家族についてとやかく言う筋合いなんか無いし、その事について俺は雪ノ下に面と向かってああだこうだとは言わないが。

 まぁ雪ノ下は俺にとっちゃ数少ない友人だからな、もし何かしら力になれる事があって雪ノ下から要請があれば俺は何時だって協力する事は吝かではないんだが、つか俺がヒビキさんやカガヤキさん位に人生経験を積んだ大人だったなら、アドバイスとか出来るかもだけど、生憎と俺もまだまだ高々十六、七の小僧っ子だしなぁ………。

 

 「その件に付きましては、前向きに検討をいたしまして、可及的速やかに善処致しますです。」

 

 「うわっ、ヒッキーそれって何かさ、やらない人が言いそうなセリフだ!」

 

 ちっ、由比ヶ浜ェ………何でこんな時ばっかり鋭いんですかね、君は。

 

 

 

 

 ほっぺたムニムニが功奏してか取り敢えず一色も大人しくなり、由比ヶ浜と雪ノ下を挑発する様な発言は控えてくれているし、また此処にはコミュ力カンストレベルにある由比ヶ浜も居るし、一色も(本来なら俺の様なボッチと関わる様なキャラじゃ無いし)コミュ力が高い陽キャな人種だから、この二人は直ぐに打ち解けて今は普通に会話していたりする。

 まぁ、雪ノ下は俺とは違うベクトルに振り切れたボッチ(彼女の場合は孤高と言うべきか)だが、由比ヶ浜と言う友人の存在があるお蔭で彼女もその会話に交じって居たりする。 

 うん、君達このままずっとそんな感じで仲良くしてね、でないと俺に色々なとばっちりが来るからさ、だからお願いプリーズ。

 けどお三方、その話の内容がほぼ俺とのエピソードばかりってのは、傍で聞いていてものごっつ恥ずいんですけど。

 

 

 けどまぁ三人の見目麗しき少女達の語らう姿を漸くほっと落ち着いて見守る事が出来る状況となり、俺は今ふと思ってしまった事がある。

 それはもし俺が彼女達と出会っていなかったならば、由比ヶ浜と雪ノ下の二人はもっと違う形、状況で一色と出会っていてさっき迄の様にいがみ合う様な事も無かったんじゃないかって。

 

 「まぁ、あり得ない可能性をとやかく考えるのも建設的じゃ無いわな……。」

 

 

 「ほぇ!?ヒッキー何か言った?」

 

 由比ヶ浜がそう言って雪ノ下と一色も俺を見ている、やべっ俺ってばまたいらん事を口に出していたのか。 

 いい加減この思っている事をポロリする癖、治んないもんだろうかなぁ…。

 

 「へっ……俺何か言ってたか?」

 

 何かまた面倒事になるのもアレなので此処は“しらばっくれておく”事とする、まぁそれでも三人は訝しげな眼差しを俺に向けてんでけどね。

 ヤダやめて、そんな目で俺を見ないで由比ヶ浜、雪ノ下、一色。

 

 『チャーラーラーチャーン…チャララチャララ♪………………』

 

 その時不思議な事が起こった、訳では無く、ただ俺のスマホから着信メロディが流れ始めただけなんだけどね。 

 しかしだからと言って三人がその目を向ける事を止めたって事も無く。

 

 「悪い、着信だ……。」

 

 『どこかでだれかが

 

  きっと待っていてくれる

 

  くもは焼け道は乾き

 

  陽はいつまでも沈まない……』

 

 スマホから着信の歌が流れる中雪ノ下が『ええ、その様ね』と呟き。

 

 「どうしたんですか先輩?」

 

 「……出ないのヒッキー?」

 

 と二人も後に続ける。

 

 いや俺としましては出たいんですけどね、何かこうさっきから君達のプレッシャーがですね、重いんですよ。

 

 「いや…まぁ、そんじゃ失礼して。」

 

 俺はスクールバッグからスマホを取り出して画面を確認、電話は『たちばな』からだ、それを見留めた俺はスマホの画面に触れようとした。

 

 「待って比企谷君、電話に出るのは構わないわ、けれどどうせならば、通話をスピーカーモードにしてもらえないかしら?」

 

 その時雪ノ下が、突然にそんな事を言い出し、由比ヶ浜と一色もそれに頷いている…へっどう言う事?

 いやいやいや、ちょっ待ってくれ三人共、俺の鬼としての立場上機密保持の観点からあまり部外者には言えない事とかあるしさ……。

 

 「電話はたちばなからなんだよ、だからそれは向こうの許可を得てからでないと不味いと思うんだが……。」

 

 『こころは昔に死んだ

 

  ほほえみには会ったこともない

 

  きのうなんか知らな……「だったら先方に確認すれば済むことじゃないのかしら比企谷君。」

 

 雪ノ下が着メロに被せてその様な事を宣っていらっしゃる、まぁ確かにそれで済むのならな。

 俺は溜息を吐くと、諦めて画面をタッチして通話を開始する。

 

 「何かヒッキーの着メロ、すごい渋い歌だったね。」

 

 『はい、もしもしヒビキです。』と定型文で電話に出ると相手は香須美さんだった。

 俺は、香須美さんに現在俺の置かれた状況を話すと苦笑して、香須美さんは別に大した機密とかある訳じゃ無いからとスピーカーモードにする事を了承してくださった。

 香須美さん、マジスンマセン、あと由比ヶ浜、俺の着メロかっけぇだろ!?

 

 『ふふふっでは改めて、昨日はお疲れ様でしたヒビキくん、それと雪乃ちゃんと結衣ちゃんもお久しぶり。』とスマホのスピーカーから響く香須美さんの挨拶の声に、俺、雪ノ下、由比ヶ浜と順番に挨拶を返す。

 

 『ヒビキ君も魔化魍との二連戦なんて初めての経験で疲れたでしょう、本当に大変だったわね、それから昨夜のクロボウズの映像は受け取って資料編纂室へ回しといたから、それとクロボウズを清める時に無くなった衣服の領収書は後日此方に来る時に持ってきてね。』

 

 「はい分かりました、それは今度そちらへ伺った時にでも。」

 

 ライダースって、学生には、いや普通に高額だからね、それはとてもありがたいっす。

 

 『それから、さっき千葉県警の一色警部から連絡があってね『改めて娘を助けてくれてありがとう』ってヒビキ君にお礼の言葉を伝えて下さいですって。』

 

 「いやっすね、俺はただ鬼としての務めを果たしただけっすから…『もう、君は相変わらずね、人の感謝の気持ちは素直に受け取って置きなさい!』…いやあの……はい。」

 

 俺の言葉に香須美さんが苦笑しながら被せ気味に言ってくる、その声音からは電話機を通して尚年長者としての威厳の様な物を感じさせる。 

 一色警部からは昨夜ちゃんとお礼も言われてるし、もう済んだ事でもあるんだからそれでいいんじゃないかと思ったんだが、でも確かに感謝の気持ちを伝えられるのって悪くないな。

 

 『うんよろしい、それと『ただいまぁ帰ったよぉ!』

 

 香須美さんが何かを言おうとしていたその時、電話機の向こうで別の人の声が聞こえてきた、その声の主は俺のよく知る人物のもので。

 

 『あっゴメン香須美、電話中だったのか。』

 

 『おかえりなさい、今ヒビキ君と電話中なの。』

 

 『えっ、そうだったの、じゃあ俺にも話させてくれよ。』

 

 電話の向こうで話し始める二人に俺は思わず苦笑しそうになってしまう、ハハハ…変わんないなあの人も。

 

 「ヒビキさんお久しぶりって程でも無いっすけど、今日は。」

 

 アチラも通話をスピーカーモードにしている様なので、俺は香須美さんでは無くその人、先代のヒビキさんに挨拶をする。

 

 『おお、ヒビキ元気そうだな、てゆうかヒビキの名はお前に譲ったんだから俺はもうヒビキじゃ無いだろう。』

 

 「…そう、でしたね仁志さん、てか初めて出会った時から去年まで仁志さんがヒビキさんだったから、何だか俺の中じゃあまだヒビキさんって感じなんですよね、多分カガヤキさんもそんな風に思ってるかもですよ。」

 

 そうなんだよな、たとえ鬼を引退して響鬼の名を俺に継承したとは言っても、仁志さんはやっぱヒビキさんって感覚がアリアリなんだよな。

 それにトドロキさんが独り立ちした時も、トドロキさんはその師匠のザンキさんからその名を受け継ぐように打診されたけども、当のトドロキさんはザンキさんに何時までもザンキさんでいて欲しいって思いから、それを断ったって聞いたし。

 てか本来ならヒビキさんが引退した時にその名は改めてカガヤキさんが継承した方が良かったんじゃないかって、俺暫くの間そんな事を考えてたし。

 

 「あの、日高さんお久しぶりです分かりますか、雪ノ下雪乃ですお元気そうで何よりです。」

 

 「あっあたしも居ます日高さん、由比ヶ浜結衣です、こんにちは!」

 

 『ん、おお、ゆきのんちゃんとガハマちゃんかあ、お久しぶりシュッ!』

 

 仁志さんが電話に出ると、雪ノ下と由比ヶ浜が嬉しそうに挨拶をする、以前たちばなに二人を連れて行った時に、仁志さんをはじめたちばなと猛士に関わりのある人達幾人かと顔合わせをしたからなそれで由比ヶ浜も雪ノ下も猛士の皆に好意を抱いたって訳なんだが。

 

 『はぁ〜っ、何かさ日高さんみたいな人があたしのお父さんだったらなって思っちゃうよねぇ!』と由比ヶ浜などは人志さんに理想の父親像を見出したりなんかした訳なんだが、それに雪ノ下も同意だった様で『確かに日高さんは頼り甲斐のある立派でいて、それで気さくでもある理想の大人の男性と言う感じね。』と二人仁志志さんに憧れを抱いている。

 

 『三人共相変わらず仲良くやってるみたいだな、うんハハハッ。』

 

 まあ四十代に突入してもまだまだ若々しくて、見様によっては二十代後半位でも通用しそうだしな人志さん。

 

 「もう、ズルいです先輩達だけで話しして私も混ぜてくださいよ!」

 

 あ、悪い…そう言や居たんだったよな一色が。

 改めて俺は香須美さんと仁志さんに一色を紹介し、いずれ近日中に一色をたちばなへと連れて行く事を皆と約束し、イヤさせられたと言う方がこの場合は正確か。

 

 何れにしても、俺はまた一つ面倒な事を抱えてしまったって訳だ…何だろこれ気分敵にアレだな『休暇は終わりぬ』って感じだろうか。

 

 

 



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ありふれた日常。

 新学期二日目にして授業初日の放課後一色いろはが介入した事により勃発した第一次奉仕部大戦は、取り敢えずは女性陣が矛を収めてくれた事により休戦状態と相成った訳だが………。

 

 当のその彼女達は今、香須美さんと仁志さんを相手にテレフォントークに興じていたりするんだわコレが。

 雪ノ下達相手に仁志さんがやたら楽しそうにトークってますね、何かいい事あったのかいって……あっそうか今日は8日だからな仁志さん、月に一度のお楽しみの日でしたね。

 

 「ところで仁志さん、今日は何が安かったんすか?」

 

 この場で俺だけずっと黙りって訳にもいかないからな、取り敢えず話に参加すべく仁志さんに振ってみたんだが。

 

 「おっ、今日がなんの日か解ってるなヒビキ!」

 

 ええまぁ、俺もそれなりの時間貴方と過ごしましたからねだから直其処に思い当たりましたよ。

 

 「はぁ、まあそうっすね。」

 

 けど理由を知らない雪ノ下達は頭にクエスチョンマークを浮かべている事だろうしここは一つ説明してあげたほうが良いんじゃなかろうか、という訳でざっくりとだが仁志さんが毎月楽しみにしているソレについて説明。

 

 「ほえ〜っそんなに安いんだぁ!」

 

 由比ヶ浜なんかはそれを聞いて何だか間の抜けた様な調子で感心してたりするけど由比ヶ浜の場合は料理の腕がアレだからいくら安く買えてもな食材が無駄になっ……と何でも無いですよ由比ヶ浜さんだからそんな目で見ないで。

 そんで一色と雪ノ下などはその店に付いての詳細を聞き込んでいるし、やっぱ安売りって謳い文句に世の女性達って弱いんだなと彼女達の様子を見るに熟と思わずにはいられん。

 と言うかですね、俺達がいるのは千葉県で仁志さん達は東京は浅草なんだよ、て事はいくらその店が安かろうとも千葉から浅草に行く迄の交通費とかを鑑みれば結局地元のお店で買った方が良いんじゃないか!?

 

 「それで今日はどんなお宝が手に入ったんですか日高さん!?」

 

 一色が戦利品に付いての詳細を如何にも聞きたいです的アピール感をモノすっごい醸し出しているが、電話の向こうで姿が見えない相手にまでやるんだなこの娘さんは………。

 

 『おっ知りたいのか?そうかそうなのか、よしそれじゃあ一丁知らざあ言って聞かせやしょう。』

 

 仁志さんは随分と歌舞伎チックなノリでその様に宣われた、因みにこの『知らざあ言って聞かせやしょう』の元ネタはって……解説すると長くなるので各人ググってみてくれ八幡からの宿題だ☆

 ってそれはさて置き仁志さんの本日の戦利品についての解説が始まった。

 

 「へぇ〜っすっごい、本当に安いんですねぇ…はぁ〜っ、ねぇ先輩今度私達も一緒に買いに行きましょうよぉ、そしたら私が先輩にいろはちゃんの手料理をご馳走しちゃいますよ♡

 それと先輩達ばかりじゃ無くって私もたちばなに連れてってくださいね!」

 

 ちょ、待てよ一色!お前なんて事を言い出すんだよ、要はお前さん八の市で買い込んだ品物の荷物運びを俺にやれって言ってんだよな?その見返りが手料理とか、普段から小町の手料理を食ってる俺からしたらそんなに価値があるとは…目ぇ怖っすいろはす!?

 

 「………何か先輩?」

 

 「いや、べちゅにじあ?」

 

 「先輩それ面白くないです。」

 

 「………はい。」

 

 それとたちばなは甘味処だし甘い物に目が無い女子としては興味を惹かれるだろうけどさ、それだったらコッチのサンマルク○フェにでも行きゃ良いんではないでしょうかね。

 

 「ねぇヒッキーあたしも行きたいなヒッキーと一緒に。」

 

 「比企谷君、私もまた行きたいわ。」

 

 君達も一色に乗っからないで何かアレなんだよ、お前達と一緒だと人の目線が痛いし負の感情がヒシヒシと感じられるし、もうそれだけでその場が穢れてしまいそうだしその内魔化魍が其処に発生すんじゃね?とか思っちゃうんだよ、コレってもしかして一種の職業病なのか。

 

 『おお、そりゃ良いな皆で近い内に遊びに来な!おぉいヒビキ良いかお前は女の子達のエスコートはきちんと勤め上げなき駄目だからな。』

 

 かてて加えて仁志さんもそれに大乗り気だし、当然の様に香須美さんも楽しみに待ってるねとか言うし、由比ヶ浜と雪ノ下も行く気満々日曜日って感じだ。

 まあもうコレは決定事項なんですねそうなんですねそうですかそうでしょうとも、はぁ…俺の自由と安穏が侵食されていってるよ。

 

 「このまま どこか遠く 連れてってくれないか 君は 君こそは 日曜日よりの使者〜♪」

 

 と現実逃避に本来明るい曲調の歌をスローテンポでまるで哀歌の様に口ずさむ俺ガイル。

 

 『あははは……何かご愁傷さまヒビキくん。』

 

 香須美さん……俺的にはそんな言葉よりも同情するなら平穏をくれって気分ですよ………はぁ。

 俺はそんな切ない気持ちでテーブルの上の長崎物○を雪ノ下が淹れてくれた紅茶で流し込む……○崎物語、長○物語ってそうだった俺と来たら本当に馬鹿じゃ無えの!肝心な事を忘れてたわ。

 

 「あっ、香須美さんそう言や忘れてました、あのっすね先週家の親父が九州へ出張に行ってたんですけど、たちばなの皆さんに出張土産があるんですよだから明日にでも一度そちらに伺います。」

 

 まぁ土産っても向こうの菓子類なんだけどね、日頃息子の俺が世話になってるってのもあるけど、何よりこう言うのは気持ちが大事だからだとさ。

 普段休日は何時までも寝ているか、家でゴロゴロしているだけの駄目親父だけど、流石にこういう所は大人としての礼儀って物を弁えていたりする、それは長年培った社畜としての経験とスキルゆえか。

 

 『あらあら、そんなに気を使わなくても良かったのにそんな事していただくと却って申し訳無いわね、けど本当にありがとうヒビキくんお父さんにもお礼を言っておいてね、後日私の方からも改めてお礼を言わせていただきます。』

 

 香須美さんはそう述べられたが、俺的にはいえいえ気にしないでください香須美さんってところだ、どの道俺もたちばなには行かなきゃならないし物はついでってな。

 

 

 

 

 それから暫く俺達は電話で香須美さんと仁志さんと話してから通話を切った、何だかんだと結構な時間話してたから通話料金もそれなりの額になるんじゃなかろうかと、老婆心を発揮する俺結構な経済感覚を身に付けていると思いますってまぁそれは言い過ぎだな。

 

 「……て訳で雪ノ下、すまんが明日はたちばなへ行ってくるから部活休ませてもらうわ。」

 

 新学期早々に部活を休むのも如何な物かと思うけどコレはしょうが無いと、雪ノ下には思っていただきたい。

 

 「ええ解ったわ比企谷君、では明日の放課後は学校から直接皆で一緒に駅へ向かいましょう。」

 

 Why!?今何と言ったんだ雪ノ下は……皆で一緒に駅へ向かうって言ったのか!?

 

 「うん、ゆきのんに賛成!」

 

 てぇっ由比ヶ浜!?ゆきのんに賛成って右手を上げて○っ○○を揺らして何言っちゃってんのチミわッ(驚)

 

 「はい、私もそれで構いませんよ♡」

 

 一色は一色で何か“きゃるん”ってSEが入りそうな感じで科をつくってあざとく構いませんって……。

 

 「はぁっ!?っちょっと待て雪ノ下、由比ヶ浜と一色もッ、えっ何、何でそうなるんだ、イヤイヤイヤイヤ行き先は浅草だししかも放課後に出発だからな帰りはかなり遅い時間になるんだぞ、それこそ女の子が一人で出歩くのはヤバいんちゃいますのん!?」

 

 そんな遅くなる事が確定してんのに流石に女子と一緒なんてヤバって、てか仮に俺が帰りに送るにしても三人共家がそれぞれ違う方向だから俺的にかなり面倒なんだが、その辺りも考慮して頂けませんかね……。

 

 「比企谷君、何故最後が関西弁?なのかは分からないけれど、私達もどうせたちばなには行くと約束したのだから別にそれが明日でも構わないのではないかしら。」

 

 「そうだよヒッキー、確かに遅くなるかもだけどさそんでも夜の十時過ぎるとかって事は無いよね、まぁあたしはヒッキーと一緒に居られるなら遅くても良いけどさ。」

 

 「そうですよ先輩、それにぃも・し・も・ですよ仮にですけど遅くなっても先輩ならこれ以上無いボディガードですから私達も安心じゃないですかぁ。」

 

 もしかしたら雪ノ下達は俺を信頼してくれているからそう言っているのかも知れないけど、何かあれだよ三人が俺に対して本当にそう感じてくれているのならそれはとても嬉しいと思う気持ちも当然あるけど、はぁそれが時として重く感じてしまう事があるって事を理解していただきたい物だよ君達………。

 

 

 

 

 

 「はい、そんなこんなで一瞬の内にやって来ました翌日の放課後です♡」

 

 俺と由比ヶ浜がF組の教室を一緒に退室して途中で雪ノ下と合流し校門へ、学年が違う関係で教室の階層が違う一色とは駐輪場で合流した訳だが、挨拶もソコソコに一色が宣ったのが先の言葉だ。

 

 「……………お前は何処ぞのテレビのレポーターかよ。」

 

 どうしようかと暫し黙考した俺だが、不本意ながら俺は一色のそれに突っ込みを入れてしまった、クッ何だこの言い知れぬ敗北感は。

 

 「てへっ♡」

 

 その俺の突っ込みを待っていましたとばかりに一色は、片眼を瞑り舌先をちょろっと出して左拳で自分の頭を軽くコツンとやり『てへっ』と来やがった、コイツ絶対に今の語尾にハートマークが憑いてるわ、敢えて言おう付いてるじゃなくて憑いてるだ。

 一色のヤツ一々仕草にあざとさが付いて来るんだよな全く、う〜んどつきたいこの笑顔! そんな思いを込めて俺は一色の顔に視線をロックオン。

 

  「先輩先輩!どうしたんですか?あっもしかして今のいろはちゃんの仕草が可愛くってときめいちゃったりしちゃいましたか!?」

 

 何を勘違いしたかは知らんけど、一色は寝言としか取りようのない盲言を吐きやがった、てかそうかそうなのね。

 

 「……何だ一色お前寝てたのかよ。」

 

 そうだとすれば俺はコイツの言動に対する納得が出来ちゃうよ、うんオーケーオーケーそゆことで。

 

 「ほえ!?何言っちってるんですか先輩、こんなに可愛いお目々をキラキラさせたプリティな私が寝てなんかいる訳無いじゃないですかぁ、ぶぅ〜。」

 

 お次は『寝てなんかいる訳無いじゃないですかぁ、ぶぅ~。』なんて言いながら両手を腰にあてて頬をぷっくり膨らませての怒ってますアピールかよ、こいつは一体どれだけのあざとスキルを身に付けているんだよコイツまだ高校入学したてだよな、なのにこれほどの技を使えるなんて恐ろしいにも程があるだろう。

 

 「………いや、お前のさっきの言動はどう考えても寝言としか思えなかったからな。」

 

 その技でコイツはおそらく中学生の頃から、いやもしかすると小学校の高学年位から大勢の男子をそうやって手玉に取って居たのかもしれん。つ

 

 だが、残念ながらそれはこの俺には通用せんのだよ一色、猛士の皆と出会う以前の俺は人の悪意ばかりにはこの身を晒されていたからな、お前が男を手玉に取る手練手管を磨いてきたのと同じ様に俺はその悪意に翻弄されない様に他人を観察しそれを回避する為のスキルを磨いてきたんだよ、そんな俺に付け入られる死角なんぞ無しだ。

 

 「ぷふっ……くふっ、残念だったわね一色さん、いくら貴女がその様なチャチな小細工を幾ら弄そうとも比企谷君はそう簡単には堕ちたりなどしないのよ、その様な物に惑わされる様な男性だったのなら私達が比企谷君と一緒にいる訳が無いでしょう、フフフ。」

 

 俺の一色に対する塩対応に雪ノ下が苦笑を漏らしながら上から目線な発言をかます、その際に片手でその長い黒髪を掻き上げる仕草も忘れずに加えて。

 

 「あははゆきのん笑っちゃ可愛そうだよ、でもそうだよいろはちゃん、ヒッキーはさそう言う外見とかで人を見ないでさ、中身とかをちゃんと見てくれる人なんだよ、だからさいろはちゃんも本当にヒッキーに自分の事を知ってもらいんだったらさ、本当の普段のいろはちゃんを見せた方が良いよ、ねっヒッキー。」

 

 由比ヶ浜が雪ノ下の発言に付け加えて一色を嗜める、由比ヶ浜らしい優しい思いやりの篭もった言葉で。

 だがその由比ヶ浜の発言は、やたらと俺を持ち上げている為に傍で聞いている俺としては面映いことこの上ない。

 しかしはっきり言って雪ノ下も由比ヶ浜も俺の事を持ち上げ過ぎだ、てかでもあれあれぇ?君達そう言いながらも昨日の俺に対する待遇は何だったのでしょうか…閑話休題(それはさて置き)

 

「……あのだな雪ノ下、由比ヶ浜、お前達が俺をそんな風に評価してくれるのは素直に嬉しくもあるんだがよ、俺だって基本は何処にでも居る思春期男子高校生なんだからね、だから実際由比ヶ浜や雪ノ下の仕草にドキドキする事だって多々有るし、一色の事だって普通に可愛いとは思っているんだ、まぁだから何てのあんまり俺の事を過大評価しないでもらいたいんだよなマジで。」

 

 くうぅっ……何か体中が物凄い熱いんだけど、例えるなら勢い余って今にも紅になれそうって位だわ、はぁ二人の俺に対する信頼感とかめっちゃ嬉しくはあるってか嬉しすぎるし、一色の態度もあざとさは感じるけどその根底にあるのは好意の感情からって事は鈍感な俺でも理解出来るんだよ。

 

 「あっ、ヒッキー顔が真っ赤だよ!照れちゃってんだね、何かそういうトコヒッキーも本当に普通の男の子なんだって思えて、何かあたし安心しちゃうな。」

 

 「ええ、そうね由比ヶ浜さん、私も今の比企谷君からは由比ヶ浜さんが言う様に、比企谷君もごく普通の一般的な男子高校生なのだと思えるわ、そうなのね比企谷君貴方があの日私達に言った言葉に込められた思いが今改めて、実感として理解出来た様に思えるわ。」

 

 熱い熱すぎるよ、何なの君達は!?今まだ春だよね、夏になるになもうしばらくの時間がある筈だよね?

 これはアレか所謂褒め殺しとか或いはハニートラップとかそう言った類の事なんですかね……でなきゃアレか時間を加速させて季節を夏にして夏のヤツらを出現させようってのか、ヤバイわぁマジでヤバい!だってまだコンディション整えてないから紅を維持出来ないならね俺。

 

 「むう〜っ何かズルいです、先輩達だけで分かり合ってるって感じで、私だけ何か疎外感かんじますぅ。」

 

 そんな二人と俺に対してムクレて抗議する一色だが、しかし一色よそれは致し方無いんじゃ無かろうかと思うよ俺は。

 雪ノ下と由比ヶ浜とはもう一年の付き合いだけど、一色とはまだ出会って三日しか経っていないんだからまぁ其処ら辺りは勘弁願いたいって物だ。

 

 

 

 

 「はぁ…。」

 

 制服姿で自転車を押して歩く眼つきの悪い男と見目好い三人の美少女の一団が道行く人々の注目を浴びるのは必然と言えるだろう、普段学校の廊下を由比ヶ浜や雪ノ下と歩いているだけでも注目を浴びるし、ヤロー共からは怨嗟の声や眼差しを向けられてるしな。

 しかし流石に学校とは違いあからさまにそんな目を向けられる事も声を聞く事もないけど、その代わりか俺を羨む様な声や目線は感じるからまぁ何方にしても俺の居心地はあまり良く無いんだが。

 

 「どうしたのヒッキー?何かさ、あんま元気なさそうだけど……。」

 

 女子三人が自転車を押す俺の前を会話をしながら歩き、時折俺にも話を振ってくるって感じで駅へ向かっているんだが俺の溜息に気が付いたか由比ヶ浜が後ろ向きで身体をちょっとだけ斜めに屈めて俺の顔を覗き見る様な恰好で気遣ってくれてるのかそう問うてくる。

 由比ヶ浜…心配してくれるのは嬉しいけどその体勢で後ろ歩きは危ないし、何よりその格好だと強調されるから気を付けようね、マジでさ。

 

 「いや、何でも無いってか由比ヶ浜その歩き方は危ないからちゃんと前を向いて歩けっての……。」

 

 「へっ、あぁうんヒッキー心配してくれんだ……ありがとう、えへへぇ。」

  

 体勢をきちんと立て直しながらも俺の言葉に顔をぽっと朱色に染めて『えへへぇ』と照れ笑いする由比ヶ浜の様子を見て熟と思う、一色よこれがお前と違い計算で作ったものでは無い所謂天然物ってヤツだ。

 

 「おっ…おお、まぁアレはマジで危ないからな特に由比ヶ浜は結構ドジやらかすから尚更だ。」

 

 「比企谷君、由比ヶ浜さん…貴方達は何を人目を憚らずに二人でいちゃついているのかしら、その様な不埒な真似を続けるのなら通報もやむを得ないのかしらね。」

 

 スクールバッグから携帯を取り出して構える雪ノ下は、酷く冷たい極寒の冷気を放っているかの様な眼差しで俺達を睨みすえる。

 

 「止めてね、マジで俺達何も疚しい事とかして無いからね。」

 

 

 

 まぁそんな感じで歩きやがて俺達は駅へと到着した訳だが、俺は一旦駅の自転車駐輪場にケッタマシーンを預ける為に三人には改札前で待っていてもらう事として預けに行った。

 因みにケッタマシーンとは自転車の事だ何でも尾張・美濃地方を中心とした東海地方での自転車を指す方言らしい、昔何かの漫画で読んで知った記憶がある。

 

 自転車を駐輪場に預け終え三人と合流すべく改札へ向かうと………三人がいつの間にか四人になっていた、あれぇおっかしいぞぉ!?

 

 「やっはろーお兄ちゃん今朝ぶりぃ、小町も一緒に行くから、そこんとこ夜露死苦ッであります!」

 

 俺今日は遅くなから晩飯は要らないって小町には言ったけど、何処へ行くかは伝えて無かった筈なんだが……。

 と由比ヶ浜が俺に手を合わせて拝んでいる、はぁそう言う事か………。

 

 

 

 

 

 




次回はたちばなへ。
新たにお気に入り登録していただいた皆様も、この様な拙い読み物に目を通していただきましてありがとうございます。


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語られる事柄。

この作品中の年齢設定として、先代ヒビキ(日高仁志)さん42歳、トドロキ(戸田山富蔵)さん37歳ですので二人共既婚者と言う事にします。
仁志さんの奥さんはみどりさん、トドロキさんの奥さんは日菜佳さんと言う事でご了承下さい。
イブキさんと香須実さんもそうすべきかなと思案中です。
だとすると猛士の皆さん職場恋愛率高過ぎ問題。


 

 はぁ〜、どうしてこうなった。

 

 俺は東京都葛飾区柴又は甘味処『たちばな』へと同級生の女子二人と後輩一人そして妹と共に此処へとやって来た。

 この葛飾区柴又と言えばかつて国民的映画と言われたフーテンの寅さんで有名な『男はつら○よ』の舞台としても有名だけども、それは俺には関係無い。

 

 このたちばなの外観は如何にも純和風建築物って様相で、外からこの建物を見ているだけでも何となくこの国の歴史に思いを馳せるって気持ちを喚起させられるって感じになりそうなんだが、その内側は外からは判らないけどまるで時代劇に出て来そうな忍者屋敷もビックリなからくり仕掛けが随所に施されていて、知らない者が迂闊に何かに触れようものなら…。

 

 まぁ甘味処としての店舗スペースはそんなこと無いから大丈夫なんだけどね、てか雪ノ下なんか家業が建設業だからなのかこう言った建造物にかなり興味が有るみたいで、此処へ来る度になんかちょっと色っぽく溜息吐いていたりするんだよな、アレかもしかすると雪ノ下は建物フェチとかなの「比企谷君、貴方自重と言う言葉を知っているかしら、ふふふ」善処する……。」

 はて俺はまたしてもそしてどこら辺りから声に出していたのやら、怖いからその目は止めようねゆきのんさん……。

 しかし雪ノ下だけで無くこのたちばなへ初めて訪れた一色もまた純和風の外観に感じる所がある様で『先輩こう言う和風の建物のお店ってのも案外暖かい雰囲気があっていい物ですね♡』などとあざといキャラを作りながらではあるが、がたちばなの外観から醸される暖かな雰囲気には素直に感銘を受けた様だ。

 

 「あざといやり直し! だがまぁ気に入ってくれたんなら俺としても連れて来た甲斐もあるってかモンだな。」

 

 「……もう先輩は私の扱いが雑すぎるんじゃないですか、もっと待遇の改善を要求します!でもそうですね、素敵な建物だと本当に思ってますよ。」

 

 まぁその様な戯れの後俺達はたちばなの暖簾をくぐり店内へと入って行き、皆さんに挨拶と持参した土産物を渡し席へと案内された其処で暫しの歓談タイムと相成った。

 

 「あのはじめまして、一色いろはと言います先輩に先日魔化魍から助けてもらいまして、それと私のお父さんの事も皆さんご存知みたいですし私も挨拶に伺いました、よろしくおねがいします。」

 

 たちばなの皆さんとは初対面の一色を紹介すると、意外な事に一色はきちんとした言葉で挨拶をしやがった。

 一色ってば、やろうと思えばごく無難に礼儀正しく話す事だって出来るんじゃないか、コイツは普通に高レベルのルックスしてるし素のままでも十分イケると思うんだがな、てかあんまりあざといキャラ作りをやり過ぎると勘違いヤローから危ない誘いを受けたり同性からは忌避されたり敵対したりする結果になるんじゃないのか。

 まぁ所詮は他人事だし一色があくまでもそれを続けるってのなら俺の方から何かを言う必要もないだろうし、どう言った選択を一色がしようともそれは本人の意志って事ですハイ。

 けど俺は一色警部には何かと気に掛けてもらってるし、そこの所を考えりゃ知らん顔も出来ないしな、はてどうするべきかな。 

 

 「おっ、こりゃまたゆきのんちゃんやガハマちゃんやこまっちゃんにも劣らぬ可愛い子じゃないかヒビキ、何だかんだとお前も隅に置けないヤツだなハハハハッっと俺は日高仁志、八幡の前の先代の響鬼だったおじさんだよ、よろしくなシュッ!…ええっと、いろはすちゃん。」

 

 仁志さんが何時もの挨拶の後に命名した一色のニックネーム、それは何処ぞのメーカーが発売した飲料水の商品名だった、敢えて口には出しませんけどそのネーミングセンスは如何な物でしょうかね先代、言っちゃ悪いっすけど由比ヶ浜のセンスとあまり変わらないと思います。

 何せカガヤキさんの恋人?の持田さんの事を『モッチー』って呼んでるし、やっぱどう考えても由比ヶ浜レベルだよな仁志さん……。

 

 「……はぁ、よろしくおねがいします日高さん。」

 

 ぷふっ、一色のやつどう反応すれば良いのか戸惑ってんな、口調が戸惑ってます感に溢れてんじゃないかよハハッ(乾)

 

 「一色、ハッキリ言って仁志さんのネーミングセンスは由比ヶ浜並だからな、こう言うもんだと諦めろ。」

 

 なので一応先輩として後輩に助け舟を出しておく事にする、まぁ俺程度でも泥舟よりかは多少マシだよな……てか俺言っちゃったよ言うつもりがなかった事までさ。

 

 「なっ?ちょっ!?ヒッキーどういう事だしッ!!」

 

 由比ヶ浜がプリプリとお怒りモードで身を乗り出して俺に問い質す、くっ怒り方まで可愛いんだよなコイツは。

 

 「そうだぞヒビキ!俺は兎も角ガハマちゃんまで落としちゃ駄目だぞ、男として其処は女の子をアゲとかなきゃな。」

 

 それに便乗するかの様に仁志さんも俺を諭すんだが、てか俺は兎も角ってもしかして仁志さん自覚があるんですかね。

 まぁそんなこんなで掴みはOKって感じで和気藹々と我が総武高校勢プラス小町と猛士メンバーたちばな勢との歓談は始まった。

 

 

 

 

 「ふふふ、そうなんだヒビキ君って最近は学校じゃそんな感じなのね。」

 

 「はい、教室じゃいっつも寝たふりしてるからあたしがヒッキーに話し掛けて寝させない様にしてるんです、ねっヒッキー!」

 

 この様に店内では今、由比ヶ浜と雪ノ下による俺の学校内での生活ぶりをたちばなの皆さんに暴露している所でした。

 因みに現在店内には他のお客さんが居ない為に、香須実さんと日菜佳さんにおやっさんの親子三人と仁志さんとみどりさんまでもが俺達が案内された座敷席に集まっている次第だったりする。

 

 「寝たふりしてんじゃ無くてマジで俺は寝むいんだけどな、それにあれだぞ諺にもあるだろう春眠暁を覚えずってな、だから俺は季節的には当然としてだな生理学的に人として正しく過ごしているのであって悪いのはそれを妨害しようとする由比ヶ浜達の方だと俺は断言する。」

 

 まぁ今言った事は紛れも無き俺の本心ではあるんたが正直に言って気恥ずかしさもある訳なんだわこれがな、いや由比ヶ浜や雪ノ下クラスの女子から休み時間の度に話し掛けられるとか嬉しく無い訳じゃ決して無いんだが、基本が人の目が気になる元ボッチの陰キャ男子としてはだなあまり悪目立ちはしたくは無いと何度も言ってるんだけどな………。  

 

 「あははっ、いやぁもうヒビキ君の理屈屋ぶりは独り立ちしても健在なんですねぇ、もうお姉さんいっそ感心しちゃったわ。」

 

 「いや日菜佳さん、俺はただ単に人間の生態を含む学術的な観点からの見解を述べただけであってです「そう言うのが理屈屋って言われる原因なんだよなお兄ちゃんはさ、もう高校二年生なんだからもう少し社交的になろうよ。」……。」

 

 日菜佳さんに反論しようと試みていた俺だったが、その言葉を小町がさえ切りあまつさえお説教まで頂戴してしまったよ小町だけは俺の味方だと思っていたのに、お兄ちゃん悲しい。

 

 「いやぁでもねぇわたしもヒビキ君の言う事が分からなくも無いんだよね、この時期は寒くも無く暑くも無い心地良い季節だからね、公園へでも出掛けて芝生の上に横たわろう物ならもう直ぐにでも心地良い眠りに誘われる自信があるよハハハハ。」

 

 しかしここに頼り甲斐のある強力な援軍が現れた、おやっさんが俺の言葉を肯定してくれたのだ、そして。

 

 「うん、俺もおやっさんに同感だな、この時期の昼下がりの公園の芝生はまさに青空のもとに敷かれた天然の布団の様な感じなんだよな。」

 

 仁志さんもまたおやっさんの後に続きこの季節の睡眠の心地良さについて語ってくれた、うん、お二人の発言に俺も大いに賛成だわ。

 

 「そっすよね、ええっと何てんですかね、爽やかで心地良い春風の吹く草原で草の上に大の字に寝っ転がってその風を受けながら黙って目を瞑って陽の光を受けながら静かに眠るって風情があって最高ですよね。」

 

 おやっさんと仁志さんに続き俺も持論を開陳しお二人はうんうんと頷き肯定してくれた、俺はまさに二人が作った流れに乗ったって訳である、だって乗るしか無いだろうがよこのビックウェーブに!って言う事だ。

 でもって俺はその波に更に乗って由比ヶ浜達にドヤッとした表情を、俺なりにつくり勝ち誇ったかの如くに宣言する。

 

 「ほら見ろおやっさんと仁志さんもこう言っているんだ、俺が何も間違っちゃいないって事がここに証明されたって言う訳だ、フヒッ!」

 

 ………宣言したは良い物の、俺を見る由比ヶ浜達の視線と表情は何かこう酷く残念な物でも見るかの様な、何とも形容し難い物でその表情を見ていると……ちょっと止めてくれるその表情で見られると何だか悲しく切ない気分になっちゃうでしょうってか何さ、何なの?

 

 「はぁ…ねえ比企谷君、貴方はさっき言ったわよね“この季節は眠くなる”と、けれど私達が知る貴方は季節など関係無く常に放って置くと休み時間は机に突っ伏して居るじゃない、今貴方はまるで私達に勝利宣言でもするかの様な顔をして宣ったけれど残念ながら貴方は、春眠暁を覚えずなどと口走った瞬間から既に敗北していたのよ。」

 

 雪ノ下は俺の発言の穴をあっさりと指摘し今度は逆に俺に対して勝ち誇った様に笑みを見せる、まさにそれはしてやったりとでも言っているかの如くに。

 そして両手で湯呑みを抱えて静かにお茶を飲む雪ノ下、くっこう言った所作が矢鱈と絵になるんだよな雪ノ下は、流石は千葉でも有名な建設業社社長令嬢なだけはあるな、しかしおにょれ雪ノ下奴ッ痛い所を突かれてしまったぜ全く。

 

 「くっ…相手に対して勝ち誇った時、そいつは既に敗北しているってのは真実だったのかよ……。」

 

 「ハハハハッ、ゆきのんちゃんに掛かっちゃ猛士最年少デビューの記録を塗り替えた太鼓の鬼も形無しだなヒビキ。」

 

 仁志さんのその一言によりたちばなの店内は皆の朗らかな笑声に包まれた、俺ともう一人初めてこの店を訪れた一色を除いてだが。

 俺は雪ノ下に撃墜された事により消沈しているんだが、一色は初めてこのたちばなへ訪れた故にだろうかこの場に馴染めて居ないのかも知れない。

 いや、厳密に言うと一色も笑っちゃ居るんだが、その笑顔は何処か不自然な作り笑いの様な感じなのだ、まぁそれに気が付くのは多くの経験を積んだ大人か俺の様に過去に人の悪意を向けられ、それが為に人の言動を観察する癖が付いている様な奴位だろうけど。

 

 「あっそだ、ヒッキーが最年少デビューってどういう意味なんですか?」

 

 その様に俺が一色を気に掛けていると由比ヶ浜がたちばなの皆さんに俺のデビューに付いての質問を発した、つか何気にデビューとか言ってると何か歌手とかアイドルとか俳優かと思っちゃいそうだけど、俺じゃそう言った所からお誘いなんかあるわきゃ無いしなそんな勘違いはしないよ。

 

 「ああ、それはですねヒビキ君がこの猛士にこれ迄所属していた、または現在所属している鬼の中で独り立ちした時の年齢が一番若いって事でして、それ迄の最年少記録は先代響鬼である仁志さんの若干十六歳だったんですよ。」

 

 其処に空かさず説明解説を務めてくれたのは日菜佳さんだ、ご丁寧な解説痛み入り申し候、てか何気に日菜佳さんって口調が敬語なんだよな。

 その解説により俺と仁志さんに総武高校女子達の熱い視線が注がれる、うはぁこりゃ何か気恥ずかしいわ。

 

 「その仁志さんは鬼としての修行を始めてから最短期間でのデビューの記録を今でも保持しているんだけどね、ヒビキ君が修行を始めたのが中学二年生の夏からで、デビューが高校一年の夏だったから期間は約二年で、対する仁志さんは修行期間一年程でのデビューだからねこれは驚異的な記録と言っても過言じゃ無いのよ。」

 

 更に香須実さんが追加で補足を加え皆の視線に尊敬の念が加わった様な感じとなった、うんやっぱり凄えんだよな仁志さんって俺自身体験したから物凄く理解出来るが、一年で独り立ちなんて実際無理だよマジでさ。

 

 「へえ〜、日高さんは勿論ですけど先輩も実は凄い人だったんですねぇ、やっぱり私の目に狂いは無かったんですねっせ〜んぱい!」

 

 一色が甘ったるくて居て更にあざとさ増し増しの声音を作り上げパッチンとウインクまで加えて俺や仁志さんを持ち上げる様な発言をしているが、それはオマケであってその発言の肝となっているのは一色自身の『どうですか、こんなに私って可愛いでしょう』と言う計算の元に発せられた台詞だと俺は解釈しているしそれは強ち正解から遠く離れてはいないと思うが。

 

 「はぁ……お前は一々あざといんだっての、もっと普通にしてろよお前はそれでも十分なんだからよ。」

 

 俺がそう言うと『むぅ〜っあざとく無いですぅ』と頬を赤らめながらも不満たらたらって感じで、文句をたれる一色だがその言い方からして既にあざといんだよ。

 

 

 

 

 「あの、さっき先輩と日高さんの事を太鼓の鬼って言いましたけど、もしかして鬼ってまだ太鼓以外にも別の物を使って魔化魍を退治する鬼の人もいるんですか。」

 

 唐突って訳でも無いだろうけど、暫し間を置いて太鼓の鬼ってワードに疑問を感じた一色は俺達に問うてくる、その一色の問に乗っかるように由比ヶ浜と雪ノ下もまた知りたいかった様で、俺達鬼についての説明が開始された。

 

 「と言う訳で鬼が魔化魍に清めの音を叩き込む為に使うのが響鬼君や輝鬼君の『太鼓』の鬼で轟鬼君達が『弦』の鬼、これはギターなどの弦楽器を模した物でね、それと息吹鬼や淡唯鬼君が『管』の鬼所謂管楽器、フルートだとかトランペットだね。」

 

 と、この様に猛士関東支部長である立花勢地郎氏自らが雪ノ下達に説明をしてくださっている、因みに説明すると立花勢地郎氏とはおやっさんの本名である。

 『勢地郎』と書いていちろうと読む、別にキラキラネームだとかDQNネームじゃ無いからな、そこのところよろしくなシュッ! って誰に向かってやってんだよ俺は。

 

 「……そうだったのですね、ですが鬼の方々が使う清めの武具にそれだけの種類があると言う事は、もしかすると鬼それぞれに得意不得意とする魔化魍の種が存在していると解釈してよろしいのでしょうか。」

 

 流石だな雪ノ下は、ほんの少し鬼や清めの武具の事に触れただけなのにそこへ行き当たるとか、本当にコイツは頭脳が優秀に出来ているんだな。

 それとも或いは雪ノ下さんから聞いたとか……いやそれは無いだろうな、何せあの人と来たら自分が“アワユキさんに弟子入りした事内緒にして”とか俺に言ってきたくらいだしな、まぁそれは最近雪ノ下にバレたそうだけどそれよか俺としては雪ノ下さん弟子入りに際してあのおっ母さんと揉めたりとかしなかったのかって事が気になるんだが、それこそ他所様の家庭事情に口を挟んだりしゃしゃり出たりする訳にはいかんしな。

 それは兎も角として雪ノ下の質問に対しておやっさん達が更に詳しく説明を付け加え、雪ノ下達もまんぞくがいった様で猛士や鬼に対して感心仕切りって感じでまたしても尊敬の眼差しで俺達を見つめる、いやまぁ何てかな俺はそれがとても『うれしはずかし朝帰り』って気分だわ………スマン外したわ。

 

 「おっ、其処に気が付くとは流石だなゆきのんちゃん!いいトコ突いてるよ、そうだな例えば飛行型の魔化魍が相手だと管の鬼が得意だな、俺達鬼がってもう俺は違うけどその鬼が清めの音色を魔化魍に叩き込む為の力の源になる『鬼石』を音撃管で銃弾の様に射出して魔化魍に撃ち込み、其処に清めの音を叩き付けるって訳だな、うん。」

 

 仁志さんが先ずは管の鬼に付いて説明する、それに続けて俺は弦の鬼に付いての説明を加える。

 

 「対して弦の鬼は外殻の硬いタイプの魔化魍や両棲類型の魔化魍を得意としているんだ、音撃弦ってのは斬撃用の武具で重量もあるし硬い甲羅を持つバケガニとかに対して特に有効なんだ、轟鬼さんやその師匠の斬鬼さんなんか鬼としての特性が『雷』だから水生生物型なんか雷撃で感電させたりも出来るからな、つっても俺は斬鬼さんの現役時代とか知らないんだけどな。」

 

 その様に弦の鬼について例として斬鬼さんと轟鬼さんをあげて説明をしていたその時、ガラリと店の扉が開かれる音が店内に響き渡り続いて俺としては馴染みのある元気な声が響く。

 

 「こんにちはっす!皆さんいらっしゃいますか、トドロキっすけど日菜佳さん香須実さん、おやっさ〜ん?」

 

 まさにタイムリー、つてか絶対に何かしらの作為があるとしか思えないタイミングでこのたちばなに来店の挨拶を下のは……件のトドロキさんその人だった。

 

 

 



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結ばれる縁。

 店の扉がガラリと開かれる音の後に聞こえてきたのは『皆さんいらっしゃいますか。』と誰何する声、それは今丁度話題に上がっていた人物であるところの弦の鬼たるトドロキさんの声だった。

 

 「やぁおかえりトドロキくん、敏郎、みんな此方に居るからいらっしゃい。」

 

 おやっさんが身を乗り出してトドロキさんを出迎えて此方に来る様に促し、元気な声でトドロキさんがそれに「はいただいま帰りました。」と応え「さぁ、敏郎ママはあっちに居るって。」と同行者に声を掛けると「うん!」と幼い子どもの声がトドロキさんの言葉にに返事をすると『ママぁただいま〜!』と父親に似た元気な声で母親を呼ぶ。

 それはトドロキさんと日菜佳さん夫妻の長男であり、おやっさんにとっては初孫にあたり俺も何度か面識があるお二人の子である『戸田山敏郎』少年、御年4歳のものだった。

 幼い少年特有の少し辿々しさを感じさせるその声を聞きその姿を見るやいなや女性陣はその表情を柔らかく崩す。

 

 「あ〜おかえりなさい敏郎、お父さんとお出かけ楽しかった?」

 

 その敏郎少年の母親でありトドロキさんの奥方たる日菜佳さんは、その声に喜びも顕に二人を出迎える為に席から立ち上がると直ぐ様二人に駆け寄り我が子を抱き抱えるとそう質問する。

 

 「うん、たのしかった!」

 

 敏郎少年は日菜佳さんの首に抱き着いて答えると自分のその顔を日菜佳さんの頬に擦り寄せる。

 我が子の甘えっぷりに日菜佳さんは心の底から喜びが溢れるでるのが分かる程に優しい笑みで我が子を抱きしめる、その姿に俺達もなんだがその気持ちをお裾分けでもしてもらった様に気持がほころぶ。

 

 

 

 

 俺達の会話の輪にトドロキさんも加わり、俺は初対面となる一色にトドロキさんを紹介するのだが。

 

 「えっ、君いろはちゃんなのか!?いやぁ大きくなったね俺の事覚えているかなぁ、いや最後に会ったのはいろはちゃんが敏郎くらいの頃だからもうおぼえちゃいないだろうなぁ。」

 

 元警察官だったトドロキさんは一色の親父さんである一色警部に警察官時代にお世話になった事があり、まだ幼かった一色とも幾度となく会ったことがあるそうで、人の縁ってのは異なものってのは本当なんだな。

 そこ!ご都合主義とか言わないの、って何の事だよ、まぁボッチの俺にはそんな縁とか無いけどな………涙。

 

 「昔いろはちゃんは俺の事を戸田山のおじちゃんって呼んでくれてたんだけど覚えてないよね。」

 

 トドロキさんはそう言って後頭部を手で掻きながら苦笑し、一色は脳内のホルダーからトドロキさんの事を思いだそうとしているのだろうか何か小さく呟いている、果たしてそのホルダーからトドロキさんの事を一色はサルベージ出来るのだろうか、そして待つ事暫し。

 

 「……あっ、もしかして力持ちの戸田山のおじちゃん…ですか?」

 

 どうやら一色は脳内の無限回廊からトドロキさんの記憶を見つけ出す事に成功したらしく、力持ちの戸田山のおじちゃんとトドロキさんに確認を取る。

 それを聞き喜色顕に弾んだ表情を見せるトドロキさんは顔を立てに振り。

 

 「うんうん、思い出してくれたのかいろはちゃん!?」

 

 そして身を乗り出して一色に問う、問われた一色の方はビクリと身を震わせてそんなトドロキさんから若干身を引く、その様子に日菜佳さんは苦笑しながらトドロキさんを諭すと、諭されたトドロキさんはバツが悪そうに皆に謝罪する。

 

 「いやぁ、あの小さかったいろはちゃんがこんなに立派なお嬢さんに成長しているとは思ってもいなかったなからね、驚かせてゴメンいろはちゃん。」

  

 そして再度一色に謝罪するトドロキさんは、幼かった頃の一色と現在の一色の姿に時の流れにでも思いを馳せているのか感慨深そうに呻るが。

 

 「鬼になってからは忙しさもあってとんと一色先輩とも疎遠になってしまっていたし、最後に会ったのは俺と日菜佳さんの結婚披露宴の時だからもう六年くらい前になるのかなぁハハハッ。」

 

 直ぐにいつもの調子で朗らかに笑いだし、みんなもそんなトドロキさんに釣られてにこやかに笑うが、このノリについて行けて無いのか一色は微妙にぎこち無い乾いた笑顔を無理して作っていることが俺には容易に見て取れた。

 これが所謂引いているって状況なんだろうなと他人事だからこそ俺はそう客観的に見て判じる事が出来たんだろう。

 けどもし俺が一色の立場だったらそんな表情を作る事も出来ず如何にも引いてますって感じをありありと浮かべたそんな顔をしていたかも知れん、そう思うと一色って案外大したヤツなのかもな。

 

 「まぁだけどヒビキがいろはすちゃんと知り合ったお陰でトドロキもまた一色警部との縁が復活するかも知れないじゃないか、そこは素直に喜んでおけよ。」

 

 人志さんがトドロキさんの肩に手を置きつつそう諭すと『はい!そうっすね仁志さん。』とトドロキさんは返事を返すと、改めて一色へと向き直り。

 

 「一色先輩には近いうちに時間を作って挨拶に伺うから、いろはちゃんからも一色先輩によろしく伝えてもらって良いかな?」

 

 申し訳無さが混じった神妙な声音でトドロキさんは一色にその様に請い願い出る、それに対して一色は。

 

 「あっ、はい分かりましたお父さんにはそう伝えておきますね戸田山のおじさん。」

 

 と、まるで営業的なスマイルでトドロキさんに答える一色に俺は戦慄を覚えそうになる。

 などと言いたいところだが、今の一色の受け答えはそう言った要素は感じられなかった、きっと幼かった頃の一色は、もうおぼろげな記憶しか残ってはいないないんじゃないかとは思うが、自分の父親である一色警部とかつての若き日の警察官だったトドロキさんとの仲が良かった事を、そして幼かった自分がそのトドロキさんに可愛がってもらっていた事を彼女自身心良く思っていたのではないかと推察する俺ガイル。

 

 「…お前そんな顔も出来るんだな、何かここ何日かで見た中で今の笑顔が一番良いって思ったわ。」 

 

 なので俺は今感じた自分の本心を珍しく湾曲する事無くストレートに口にしてみた、んだが……俺は今それを後悔しているing。

 何故なら俺の言葉を聞いた一色が驚いた様な表情を瞬間見せたかと思うと、急に俯きその身を小さくプルプルとヴァイブレーションさせながらブツブツと呟き出した。

 一色が俯いている為にその表情は見て取れないけども、サラサラの亜麻色の髪から僅かに見えている彼女の耳が赤く色付いている所を見るに………どうやら俺は一色を怒らせてしまった様だ。

 

 「…もう……あざ……のはどっちな…ですか。」

 

 ほらね、何か一色の怒りの為か言葉が途切れ途切れになってるし、やっぱ俺みたいなのが女子に対して一番の笑顔とかなんて言うから……こんな風に不快な気持ちにさせてしまうんだろうな。

 

 「あぁ、なんかすまんな一色、気分を害させたみたいだな。」

 

 ここ一年雪ノ下と由比ヶ浜が俺と関わってくれる様になったし、猛士の皆さんが良くしてくれるから勘違いしてたけどさ、やっぱり中学の時に言われてたみたいに俺って眼からしてキモいって思われるんだろうな、やっぱりこう言うのは自重しなければな。

 

 「……先輩、私は別にそんなに害したりとかしていませんから大丈夫です、褒められて嬉しくない訳無いじゃ無いですか、もう。」

 

 俺のお詫びの言葉に一色は顔を上げて否定してくれたが、最後に『もう。』とか言ってるしやっぱあまり要らん事を口にするのは一応自重しなければな……さて出来るかな。

 

 「ヒビキはもっとこう女の子の気持ちとか心の機微とかを慮れる様にならないとな、裏を読むとかそんな事ばかりじゃ無くな。

 まぁこう言う事は経験がモノを言うものだしな、いいかヒビキゆきのんちゃんやガハマちゃんやいろはすちゃんと交流する事でそう言った事も学んで行くんだぞ。

 あと理想としては同年代の同性とも交流が持てればな、その辺りは俺なんかじゃあまり教えてやれない分野だし、まあカガヤキなら俺よりもヒビキ達と歳も近いし高校生活も経験しているし多少は教えてくれるかもだけどな。」

 

 俺が思案をしていると仁志さんがニヤリと笑いながら諭してくれる、こうして鬼としてもまた人生の先輩としても多くを経験しているしている人の教えをしっかり聞き自分を高めなきゃな、いつか俺も弟子を取って年下の指導とかする事になるだろうしな、そう言う時に色んな事を経験していりゃ俺も弟子に色んな事を伝えられる様になれるかも……ああでもやっぱり弟子を取るとか面倒だよな、出来ればご遠慮願いたいしある程度歳を取ったらさっさと引退したいんだけどな。

 けどそうもいかないだろうしなぁ『やはり俺が鬼の道を選んだのはまちがっている。』とかってタイトルでラノベでも書くか、って現実逃避してる場合じゃないだろ俺。

 

 「何だ何だ!?お前物凄く面倒臭いって顔してるぞヒビキ、ハハハッそういう所は素直なんだな。」

 

 ……そんなに顔に出てるのか、はぁ〜っそう言う所を素直とか言われても嬉しくないんですけどね。

 

 「まぁ元々がボッチでしたしね、高校へ入って由比ヶ浜と雪ノ下に出会うまでは猛士の皆さん以外とは関わりが無かったっすから、俺にはちょっと厳しいかもっすね。」

 

 「でもヒビキ君も、昔よりもかなり表情が柔らかくなっているよ、自分では気が付いていないかも知れないけど、きっと彼女達と共に時間を過ごす事でそうなって来ているんだろうね、私はいい傾向だと思うよ。」

 

 俺が仁志さんに返答を返すとおやっさんが俺のその答えに対して、その様に言ってくださった。

 確かに俺は自分の表情とか解らんけど第三者たるおやっさんがそう言うのならそうなのかもな、だとするとそう思ってもらえるのは雪ノ下と由比ヶ浜のおかげでもあるし、何よりも猛士の皆さんとの出会いが俺を変えてくれたんだよな。

 

 「そうだぞヒビキ、だからいろはすちゃんが何でさっきみたいな表情をしていたのかも、理解出来る様にならないとだな。

 ソレからいろはすちゃんもな、俺は今日初めて君に会ったから普段の事は分からないけど、さっきヒビキが言った様にさもっと自然体で居ても良いんだよ、まだまだ若い君達が演技や作り物で身を固める必要は無いんだよ、また君が自然体で居られる人達との出会いと交流を大切にな、シュッ!」

 

 さっきの一色の表情か、うん今の俺には解らんなってか解れる様になれるのか俺が、まぁその辺りやっぱり俺の今後の課題だよな。

 そして一色の事を見抜いた仁志さんは流石です、以前に聞いた話だと仁志さんが鬼を志したきっかけとなった出来事が学生時代のクラスメート間の苛めを止める事が出来無かった事だそうで、その後の事は詳しく聞けなかったけどあまり良く無い結果だったみたいで、それを後悔した仁志さんは人を助けることができる道を探して鬼となる事を選んだって事なのだそうだ。

 そして心と身体を鍛え僅か一年の修行期間で鬼として独り立ち出来たんだ、そんな仁志さんだから一色の事も気がつけたんだろう。

 

 「仁志さん去年雪ノ下さんにもそんな事言ってあげてましたしね、やっぱり人の事をちゃんと見ているんですね。」

 

 去年の夏、俺とカガヤキさんとトドロキさんの三人で夏の魔化魍を討伐に向い其処で俺達は討伐対象としていた魔化魍に遭遇していた雪ノ下姉妹と由比ヶ浜を何とか救出出来たんだが、その後の雪ノ下さんがこのたちばなを訪れ鬼となる為の弟子入りを申し出た。

 俺は入学式の日のサブレの事故未遂の件から雪ノ下家と関わり、雪ノ下母と姉とも対面し雪ノ下家と猛士との橋渡し役みたいな事をやったんだが、てかやらされた(コレって時間外労働か?)その時から俺は雪ノ下さんの仮面に気が付いていたがそんなに関わる事も無いだろうと思い、敢えてそこには触れなかった。

 

 「ああ、あの頃の陽乃はな、あの娘は千葉の名士の家系の長女に生まれたからだろうな、だからあんなふうにガチガチに凝り固まった仮面を付けざるを得なかったんだろうな。

 だけど、そんな心の闇を抱えたまま鬼の道を目指したとしても碌な事にはならないからな、だからその辺りのことは彼女に年長者としては言い聞かせなきゃいけなかったしな、まぁこんな話を妹のゆきのんちゃんに聞かせてしまうのもなんだけどな。」

 

 俺の言を受けて仁志さんが雪ノ下さんに付いて語ったんだが、この場にその妹である雪ノ下が居るにも拘らずそれを語った事に仁志さんは申し訳無く思ったんだろうな、最後の結びに雪ノ下に気遣いの言葉を掛ける。

 

 「……いえ、お気になさらずに、姉はそういう人でしたから。」

 

 雪ノ下はそう返事を返すが、自分の姉をそういう人でしたと過去形で言っているところを見るに、雪ノ下自身も姉が以前と変わってきていると感じているんだな。

 おそらく元来があの人は妹大好きシスコン姉ちゃんだったのに、あの母ちゃんってか家業の為にそんな自分を殺していたんだろうな、それってある種の洗脳を受けていたとも取れるんじゃなかろうかと俺は思っているんだが。

 しかしそう考えると解らんのが雪ノ下家が何を考えて猛士に協力しているのかだよな、現在警察と連携しているとは言え猛士はそれ以前と変わらず魔化魍の存在を公にはしない様にしているし、警察や国もまた然り。

 利益を追求する企業たる雪ノ下家がそんな猛士にお人好しよろしく無償協力なんぞする意味は何なんだろうか…うん解らん。

 無いとは思うが、雪ノ下家は魔化魍の存在を公にしてそれと戦う企業ってイメージ戦略を練ろうとしているのか、そう考えると自分の娘がその最前線たる鬼としての活動をしているなんて事を大々的に公表すれば企業としてのイメージアップに繋がるよな、何せあのお姉ちゃんかなりの美人だしプロポーションも抜群だし。

 はぁ…ヤメヤメ俺なんかが自分の頭の中だけで膨らませた妄想を語ったところでそれが正解なんて限らんしな、それにもしそんな事を雪ノ下家が考えて実行でもしよう物なら吉野の猛士の上層部も政府も黙ってないだろうし。

 

 

 

 

 

 

 面倒な話は止めにして今俺以外の千葉組女子勢は敏郎の相手をしている、てか敏郎に夢中になってるって感じだな。

 小町と由比ヶ浜の二人は、積極的に敏郎に構い一色と雪ノ下は少し距離を置いてはいる物の、本当は雪ノ下も敏郎を構いたくてうずうずしてるんだろう。

 何か雪ノ下の敏郎を見る目が猫を構っている時の猫ノ下猫乃状態になっているし、しかし元が俺と近しい性質で人との距離感を掴むのが上手くない雪ノ下はどう接するべきか考えあぐねているんだろうな。

 一方一色はかつて自分と遊んでくれた事のあるトドロキさんの子である敏郎の存在に複雑な思い出も抱いているんだろうか、知らんけど。

 

 そしてその敏郎少年だが、今現在その身を由比ヶ浜に委ねそのお○○いに顔を埋め幸せそうに目を閉じている、やるな敏郎!その歳にして既にお○○い星人の片鱗を発揮するとは将来が恐ろしいぜ。

 

 「敏郎君すっかり結衣さんになついちゃいましたね、やっぱりその膨らみに母性を感じているんですかね。

 くっ小町だっていつかは結衣さんみたいに成長……出来るかな……はぁ。」

 

 小町は己と由比ヶ浜のそれを比較し己の将来性の低さを嘆く、しょうが無いだろう小町よ、うちは母ちゃんもそれ程大きくは無いしなてか何気に今のお前の発言は雪ノ下にも被弾したみたいだぞ。

 

 「…………………。」

 

 己の胸元を見つめ、小町と同じ様に由比ヶ浜と見比べて再度己の胸元を見る雪ノ下の顔からは表情がそしてその瞳からはハイライトが薄らいでいるし。

 

 「雪ノ下その表情怖いからな。」

 

 そう言えば年明けに平塚先生からの依頼で生徒会と共同で保育園を訪問してそこでお預かりしている子供達の相手をするって行事に参加したんだが、其処でもやはり由比ヶ浜が子供達の一番人気だったんだよな。

 

 「きっと由比ヶ浜は精神年齢が園児達に近いんだな……うん。」

 

 その次が新生徒会長の城廻先輩だったかな、あのほわほわオーラは園の子供達にも効果を発揮していたに違いない。

 そして雪ノ下は子供達のパワフルさに圧倒されていたのか、途中から顔色が良く無かったしな、それから俺は……やっぱり眼つきの為か子供達に警戒されてか近付いてはくれなかった。

 一人を覗いてはな、青っぽい色合いの髪の笑顔の可愛い人懐っこい女の子が一人だけ俺に接してくれて、しかも『はーちゃん』ってあだ名も付けてくれたし。

 

 「もうヒッキーはっ!、素直にあたしの事感心してくれても良いじゃん!」

 

 おっと俺の一言に由比ヶ浜がお怒りモードに突入してしまった、いや十分感心しているんだがな俺は。

 何なら敏郎の代わりにお前の……ってこれ以上は止めておこう。

 

 

 

 「そうだヒビキ、俺明後日から千葉の大波○海岸に行くんだけど、何処か美味い店とかオススメの店があれば教えてくれないか。」

 

 トドロキさんが千葉へって事は近日中に魔化魍が顕れるって事だろうな、そして大食漢のトドロキさんとしては地元の美味い飯を食いたいって事だな。

 

 「そうっすね、まぁ俺は学生っすからあんまり値段が張る店にはそんなに行けないっすから、コスパ最高のサイゼか後はラーメン屋巡りして見付けた旨いラーメン屋位しか知らないですよ。」

 

 「ああ構わないよ、サイゼリヤは兎も角としてお前のオススメのラーメン屋を教えてくれ仕事が片付いたら行ってみるから、頼むよ。」

 

 むっ!サイゼリヤは兎も角とはトドロキさん、サイゼ信者の俺としては聞き捨てならないですね、其処は訂正して頂きたい!ってもサイゼは都内にもあるからしょうがないのか……。

 

 「はあ、解りました取り敢えずリストアップしてトドロキさんのスマホに送りますよ。」

 

 その俺の返事にトドロキさんは喜色満面、活力充実って感じで拳を握り『ヨッシャあ覚悟しろよバケガニ!片付いたらたっぷりラーメン食いまくるぞ!』と意気込んでいる。

 そうか出そうなのはバケガニなのか、まぁバケガニならトドロキさん達弦の鬼が得意とするところだし、ベテランのトドロキさんならキッチリと言って片付けるだろう。

 

 「あの、戸田山のおじ……トドロキさん気を付けてくださいね。」

 

 意気込むトドロキさんに一色が心配してか気を付けるようにと言葉を掛ける、その言葉にトドロキさんは優しい笑顔で一色を見つめると力強く頷くのだった。

 

 



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思い立つ訪問。

 

 もう桜の木もほぼ葉の黄緑色がその大半を占める程に花を散らしてしまいその光景に幾ばくかの寂しさと切なさを感じさせる週末の土曜日の朝、てか桜の花が散る様を世間一般の人はそう捉えるのだろうが、俺はそうでは無かったりする。

 いや全く違うとは言わないが俺は花が散った後の葉桜の方がしっとり落ち着いていて好みなのだ、だってな桜の花が満開になると街中の至る所で多くの人が浮かれ気分で花見だ何だのと遅くまで騒がしくって、静謐を好む俺としてはその喧騒があまり得手では無いしそんな処に放り込まれてもなぁ。

 しかしその花が散り葉桜の状態になってしまったらどうだ、あら不思議あれだけ集まり騒いでいたパーリーピーポー達もまるでそれがなかったかの如く、もう桜の木に見向きもしなけりゃ騒ぎもしないじゃないか。

 それは恰もキャバクラやバーで羽振り良く金を使っていた上客に集りチヤホヤしていたキャバ嬢やバーのお姉ちゃん達が、不況になり金を落とさなくなり上客と呼べなくなった常連客をアッサリと手のひらを返すように見向きもしなくなる様と似ているではないか、なので俺はここに提唱する。

 日本一億総飲み屋の姉ちゃん説を此処に高らかに! て……アホな言説を唱えるのはこの位でいいだろう。

 早朝の鍛錬を終えた俺は今自宅のリビングでゴロゴロと転がりながら我が家の愛猫カマクラをイジりたおしており、それにいい加減ムカついたのかカマクラは俺を『シャーーーァッ!』と威嚇して朝食の後片付けをしていた小町の方へと逃走していった、そんな自堕落な時間を過ごしその様を愛妹小町に冷え切った眼で見られている事に快感を覚えていたりする俺ガイル。

 

 「…………………はぁ〜っ。」

 

 あらやだ小町さんったらそんな眼でお兄ちゃんを見ないでそしてため息なんかつかないで、でないとお兄ちゃん何だかイケナイ何かに目覚めてしまいそうだよぉ〜。

 

 「お兄ちゃんさぁ、そんなに暇ならどっか出掛ければぁ、雪乃さんや結衣さんならお兄ちゃんが誘えば喜んで一緒に出掛けてくれるだろうしさ、何ならいろはさんだってそうなんじゃないの。」

 

 ジト目で俺を見ながら小町はそんな事を言ってくるがちょっと待ってくれよ小町さん、折角学校も休みでローテにも入っていない貴重なこの土曜日に態々外に出掛けるとか……無いわぁ。

 

 「あ〜、小町さんや今日は週末土曜日休日だよ休日ッてのは読んで字の如く休む日と書いて休日なんだよ、であるからしてお兄ちゃんは今その休みを身体全体を持って体現している訳であってだな、決してただ単にゴロゴロとしている訳じゃ無いし何なら心と身体がそれを求めているからそうしているだけでだ「あ〜はいはいそんなのいいからさ、第一もうそれ聞き飽きたしハッキリ言ってお兄ちゃん邪魔っ!」……おう。」

 

 と言う事で俺はリビングを掃除するからと小町に追い出され自室へと追いやられてしまったのだ、最近兄の扱いが雑なんじゃないかな小町ぃ。

 はてさて、まぁそれは良いとしてこの怠惰に過ごせる時間をば俺はこれからもどの様に使うべきだろうか、ベッドにダイブして昼間で惰眠を貪るも良し録画して溜まったハードディスクの肥やしになっているアニメをダラダラ見るも良し或いは読んでいないラノベは、今は無いんだよな……。

 

 「はて困ったな、俺はこれから何をすればいいんだろうか……。」

 

 俺は思う存分にダラダラとした時間を過ごせる筈なのにいざ実行となると、はて何をするべきかと、まさに今の俺の心境は。

 

 「そして僕は途方に暮れる……って感じだよ、もうすぐ雨のハイウェイでも無きゃ輝いた季節は君の瞳に何を写すのかとか知らんけど、しかしいつの間にか俺も社畜的精神が培われていたのかも知れんな、これも親父と母ちゃんから受け継いだ比企谷の血の為せる技なのか。」

 

 だとするならそんな物受け継ぎたくなんか無いしマジで要らんわそんな物、はぁどうするかな本屋にでも行って何かラノベの新刊でも探してみるか、それともさっきの小町の言う様に由比ヶ浜か雪ノ下を誘って……って駄目だな、二人共ただでさえ超絶的に可愛いしそんな可愛い女子と見た目陰キャの根暗男が一緒に出歩くとどうなるか、この一年程で嫌って程経験したしな。

 

 「あの嫉妬に駆られたヤロー達の陰の気に満ちた目線に嫌ってほど晒されて、こっちの気が滅入るんだよなぁ。」

 

 そうボヤキながら俺はベッドへと寝転ぶと自らに腕枕をして天井をボーッと眺める、あっ知ってる天井だ……どうでもいい下らない事を脳内で思考する。

 駄目だわこれは我ながらとんでもない重症だ、うんコレは由々しき事態だぞドクターヘリを至急要請せねば間に合わんぞメーデー、メーデー………。

 

 「はぁ止めだ止め、てかメーデーメーデーは確か救難信号じゃなかったっけかな知らんけど……。」

 

 ガバッとベッドから起き上がった俺はそんな事を言いつつ頭を掻く、掻きながらふも思い出したのは一昨日のたちばなでのトドロキさんの発言だった。

 

 「そう言えばトドロキさん今日はコッチに来てるんだよな、大波○海岸って言ってたっけか……暇だし陣中見舞いにでも行ってみるかな。」

 

 思い立ったが吉日と俺は立ち上がると手早く準備を済ませ、トドロキさん達へのちょっとした応援物資と自分の荷物を準備する為に階段を下りリビングへ向かい小町に尋ねる。

 

 「なぁ小町、今家に何かお客さんとかに出せる様な食べ物とか有る?」

 

 俺がそう尋ねると小町はジト目で俺を見やり、少しだけ何か考えている様な表情を見せたかと思えば突然ニタリと口の端を吊り上げると、チョコチョコと俺のもとへ歩み寄ると。

 

 「何々お兄ちゃん、これから誰か来るのもしかして呼んじゃったのかな雪乃さん?それとも結衣さん?そ・れ・と・もいろはさんかなぁ〜!?」

 

 俺の脇腹をツンツンと突きながら等とほざきやがった、小町のやつがニタリと嗤った時に気が付くべきだったわ、あの笑みがしょうも無い事を思い至った時の表情だって事を。

 

 「……はぁ、これから大波○海岸までトドロキさんの陣中見舞いに行くんだよだから何か無いかと思ってだな、無いなら途中で何か買って行くからいいんだけどな。」

 

 俺のその返事に小町は最初落胆した様にため息をついたが、やがてフッと優しい笑みを浮かべるとキッチンへと向かい戸棚を開いてゴソゴソと捜索を始めた。

 

 「ちょつと待っててねぇ確かあれが有ったと…。」

 

 待つ事十数秒、遂に小町は目的のブツを発見出来た様で『おっ在った有ったありましたよぉ、えへへへぇ〜!』と巫山戯た調子で宣いそれを戸棚から取り出して俺に差し出して来た。

 

 「ジャジャ〜ン落っ花生ぃも〜な〜かあ〜!」

 

 しかも青い狸とも猫とも知れないアレがお腹のポケットから何ぞ取り出したと時の声真似をしながらと来た物だ、やっぱり国民的番組ともなると普段アニメをあまり見ない小町でもネタとして真似る位には知っているってか小さい頃見ていた記憶があるんだなと俺は感心とも呆れとも付かない思いがこみ上げるって程では、無いか……うん無い。

 

 「はいお兄ちゃんコレ持っててよ。」

 

 優しい笑顔で落花生最中を俺へと差し出してくれる小町はマジで妹の鏡、その笑顔マジ眩しい。

 まさに『キミはボクの青春ミラー、まぶしく光る青春ミラー、ボクの憧れを全部身につけて輝くカガミ、青春ミラー』だ!異論は認めぬ、断じてな。

 

 「ああすまん、けど良いのかコレ小町の好きなヤツだろう?」

 

 「うん良いの良いの、この前お父さんが九州で買って来たカステラとも○吉のいなり揚げ餅とかがまだ残ってるからさそれトドロキさん達に分けてあげてよ、それから魔化魍退治頑張ってくださいって伝えといてね。」

 

 俺は小町から落花生最中を受け取りつつ、その小町が示す気配りと心遣いがすっげえ嬉しかった、親父に母ちゃん本当に良い子に育ったよ小町はさ我が家の誇りだよ俺と違ってな。

 ヤバいコレは今にも俺の涙腺の堤防が決壊して比企谷渓谷のダムの水が濁流となって麓の町を水没させてしまう、訳ゃ無いわ。

 

 「おう、ちゃんと伝えとく……そのありがとうな小町。」

 

 「うん!お兄ちゃんも気を付けて行っといで、それからちゃんと無事に帰ってくるんだよ!」

 

 俺が感謝の言葉を伝えると小町は一色以上のあざと可愛い敬礼ポーズをとり出立を促してくれる、うん今ので俺今日の晩飯お替り三杯はイケる。

 

 「おう、そんじゃあまぁボチボチ行ってきますシュッ!」

 

 先代から伝わるお約束の敬礼的挨拶を小町へと送り俺は家を出る、今日のところはあくまでも私用としてトドロキさん達の元へ赴くのだからCB400SB漁火では無く、俺個人の所有物であるKLX250由比ヶ浜にエッちゃんと名付けられた(由比ヶ浜の事だからおそらくKLXのエルとエックスから取ってエッちゃんと名付けたに違いない)が俺はそれを認めてはいないけど、に乗り大波○海岸へと向かう。

 まぁ多分何事も無いだろうけど、備えあれば憂いなしと言うし取り敢えずは俺の装備も積んで出発する。

 あ〜、そこの君今のをフラグとかお約束とか言わないでね縁起悪いから、いやマジでそんな事無いからね、絶対にと言い切れないのが怖いけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 自宅から単車で大凡一時間半弱、途中渋滞した箇所もがあったが(本来はやっちゃ行けないが、渋滞箇所をすり抜けし)割と順調に大波○海岸に到着した。

 大波○海岸駐車場はがら空きで其処の一区画駐輪スペースに俺はKLXを止める、駐車場全体を見渡すと其処にはトドロキさんが使用している車両とパトカー含む警察車両が五台程駐車してある。

 魔化魍の出現の可能性が高いと言う事から警察がこの海岸一帯を立ち入り禁止処置をしている為にこの様な状況になっている訳だが、俺がKLXのエンジンを停止したタイミングとほぼ時間差なくこの場を警邏していた警察官が俺にこの場は現在立入禁止なので引き返す様に促してくる。

 

 「ああすいません、俺猛士の関係者なんですよそれで今対処にあたっている猛士のトドロキさんの所に用があってですねだから通してもらっても構いませんかね、あっそうだ信じられないなら千葉県警の一色警部に確認取って貰っても構いませんよヒビキって言えば分かってもらえると思いますんで。」

 

 俺は警察官の方に自分の免許証を提示しながら此処へ来た要件をのべた、実はただの陣中見舞いなんだが用があるってのは嘘じゃ無いしな。

 一色警部にはもしかして手間を掛けてしまうかもだから少し申し訳無い気もするけど、しかしそれは杞憂に終わる。

 俺の元へ来られた二人の警察官は互いに顔を見合わせ頷き合うと。

 

 「何だそうだったのか、分かりましたそう言う事ならどうぞ現場へ向かって下さい。」

 

 笑顔で以て俺がトドめロキさん達の元へ赴く事を承諾してくれた、それに対し俺は一言礼を述べ荷物を持って海岸へと向う。

 

 「いや、君の様な若い少年が猛士の関係者とはね感心感心!」

 

 その警察官の一人、年重の三十代後半位の人が気さくでフレンドリーな感じでその様に言ってくれた、てかお前は友達とか居ないのにフレンドリーな感じとか分かるのかよなんて野暮な突っ込みは止めてね、八幡哀しくなっちゃうからね。

 

 「はぁ、どうもっす。」

 

 俺はペコリと二人の警察官に頭を下げてその場を去りトドロキさん達の元へ向かい行く、いざ鎌倉へって具合に気を引き締めて等という事はなく取り敢えずはトドロキさん達に激励の言葉と落花生最中を渡せり良いや位の軽い気持ちで居るものだから、なんだか真面目に対応してくれる警察の方達に対してほんのちょっぴり申し訳無く思ってしまった。

 

 

 

 

 俺は駐車場から海岸へと向かって歩いてゆく、駐車場からおよそ五分程が過ぎた頃テントとテーブル及び椅子などが設置された野営陣地が見て取れる。

 おそらくトドロキさん達はこの大波○海岸へ到着して然程時間は経っていない様で、遠目にだがたった今ディスク達を偵察に放っている最中である事が確認出来た。

 ディスク達を放って直ぐトドロキさん達はテーブルの上に地図と思しき紙を広げてる。

 ここで一つ説明しよう、俺はさっきからトドロキさん達と複数形で言っているがそれには訳がある、賢明なる読者諸氏には同然ながらお解り頂けよう……いかんメタ発言は控えるべきだな、まぁこれからその理由はアッサリと解るんだけどな。

 

 「トドロキさん財前さんちわっす、陣中見舞いに来ました!」

 

 その陣地にて野営をしている人物は二人居る、一人はご存知猛士関東支部所属の弦の鬼ベテラン十年選手のトドロキさんとその弟子であり、トドロキさんの元で修行を始めて二年目の二十歳の大学生の青年、名は『財前斬九郎』さん。

 俺はその二人に手を振り呼び掛ける、片手には土産として小町が選んでくれた落花生最中とこれが無ければ千葉は語れない、最近では九州でも販売される様になった千葉のソウルドリンク! そうマッ缶ことマックスコーヒーを収めた袋を持ってな。

 

 「おーっヒビキ、態々来てくれたのかありがとう。」

 

 テーブルに手を着いていた状態から半身を俺の方へと向けて片手を上げてトドロキさんが挨拶をかえし。

 

 「あっ、ヒビキ君お久しぶりっす、正月の新年会以来っすね!」

 

 続いて財前さんも愛想良く挨拶を返してくれた、このトドロキさんの弟子である財前さんと言う人はさっきも言った様に年齢は二十歳で大学生、外見的特徴は身長が凡そ180cm程で体型は比較的痩せ型髪は少し長髪気味で後ろ髪は肩の辺りまで伸ばしている、その雰囲気は俺の学校の同じクラスに居るウェイウェイ騒がしい葉山って奴の仲間に一見似ているか。

 財前さんは、俺がこんなふうに言うのも烏滸がましいかも知れないが外見的に少し頼り無げな印象を受けるが、これで案外義理堅い人で俺と違って社交的だし結構熱いハートの持主だ。

 この人が鬼となる事を志した切っ掛けはやはり魔化魍に遭遇した所をトドロキさんに救われた事で、何か俺もそうだしカガヤキさんもだし雪ノ下さんもそうだからこれはもう完全にお約束と言っても過言では無いな、コレは本当に。

 

 「そうっすね財前さんとはそれ位ぶりですかね、トドロキさんとは一昨日会ったばっかですけどって、すいませんアポ無しで今忙しいですかね。」

 

 社交辞令的に財前さんに挨拶を返すと俺は突然の訪問を詫びる、忙しい様だったら最中とマッ缶だけ渡して早々に帰るつもりだし出来れば勘弁して頂きたいものだ。

 

 「いや、たった今ディスク達を放った所だからな暫くは大丈夫だ、態々ありがとうなヒビキまぁそういう訳でゆっくりして行ってくれ。」

 

 トドロキさんはフッと優しく笑みを溢してその様に言ってくれたので俺達は暫しこの野営地にて歓談する事とした。

 

 

 

 

 

 

 「うわっ!?なんすかコレ……メッチャ甘すぎっすよ!」

 

 それがマッ缶を一口飲んで口をついて出た財前さんのマッ缶初体験の感想だった、マッ缶が此処まで強烈な甘さを有しているとは予想だにしていなかったんだろうな財前さんは、しかしこの甘さこそがマッ缶の存在意義だって事を財前さんは理解してくれなかった模様である。

 

 「解ってないなぁ斬九郎は、いいかマックスコーヒーは物凄いこの甘さが良いんだぞ、うん美味い!」

 

 対してトドロキさんは以前俺が飲ませてからすっかりマッ缶愛好家って程では無いが、ソコソコ美味いと思って頂いた様でトドロキさん曰く『たまに無性に飲みたくなるんだよな。』との事だ。

 

 「え〜っマジっすか師匠……俺はちょつと嫌いとまでは言わないっすけど積極的に飲みたいとは思わないっすよ、ヒビキ君には悪いっすけど……。」

 

 財前さんは後頭部に掌をあてて俺に申し訳無さそうにそう言う、けどまぁ好みは人それぞれだし自分に合わないなら仕方が無いよな、俺だってトマトとかあり得ないし……あのベチョっと感はおそらく一生慣れないだろう。

 

 「あっ、でもこの落花生最中ってのは何か俺好みの味っすね、美味っ、マジに美味いっすよヒビキ君!」

 

 財前さんはグッとサムズアップを決めて落花生最中を美味いと評してくれた、それに続いてトドロキさんも美味いと同意してくれてコレを持たせてくれた小町にはマジ感謝だな。

 とまあこの様に三人で暫し飲み食いしていたんだが、この暫しの時間でちょつと気になる事があった。

 それは財前さんの様子についてなんだが、なんて言うか今日の財前さんは何時になく緊張している様に感じられるんだよな、気の所為なら良いんだが。

 そう言えば一昨日仁志さんにも言われたっけな近い世代の同性の友達と触れ合ってみろ的な事をさ、いや財前さんは三歳も歳上だしその人を友達とかそれこそ烏滸がましいかもだけど、まぁ猛士の仲間として気に掛かる事は確認した方が多分良い筈だな多分、大事な事なので二回言いました多分。

 

 「あのもしかしてですけど財前さん何か緊張してたりしますかね?」

 

 俺は勇気を出して切り出してみた、ってちと大袈裟過ぎるかこの程度で勇気とか言うの。 

 それは置いて、俺がそう尋ねると財前さんは身体をピクリと小さく震わせた、おっとコレは図ぼった様だな。

 

 「いや…まぁそのッスね……ハハッ俺緊張してるんですよ少し……。」

 

 財前さんはソワソワとして言い淀み上手く言えなそうなので、俺はトドロキさんの方に視線を送るとそれを察して代わりにトドロキさんが答えてくれた。

 

 「まぁそうだな、今回は斬九郎にとっては卒業検定の様な物だからな、多少緊張するのもしょうがないよな。」

 

 ああ、なるほどそう言う事だったんですね………今日のおそらくはバケガニだと思われる魔化魍に対する財前さんの対処能力次第で、財前さんの一人立が決まる訳だ。

 

 「そう言う事なんですね財前さん、何てか月並みっすけど頑張って下さい。」

 

 マジどうしょうもない程に月並みに俺は財前さんに声援を送る、コクリと財前さんは頷きそして意を決して顔を上げると『ハイっす!』と力強く答える。

 そうこうしている内に捜索に出ていたディスク達の第一陣が戻って来た、さてこの中にアタリは有るのか、それは神ならぬディスクのみが知るって訳だな。

 

 

 

 

 

 




歌詞引用  大沢誉志幸 そして僕は途方に暮れる

      ザ・コレクターズ 青春ミラー


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出陣する師弟。

 

 大波○海岸にてトドロキさんと財前さんが放ったディスク達、その第一陣が野営地に帰還してきた。

 そのディスク達が収めてきた映像データを確認すべくトドロキさんは左腕手首に装着している『変身鬼弦・音錠』へセットし、財前さんは未だ鬼として一人立ちを果たしていない関係から専用の変身音弦を支給されておらず、弦の鬼の弟子が訓練に使用する『変身鬼弦』を用いトドロキさんと同じくそれを左腕手首に装着し、これまた同じくディスクをセットし確認作業を行う。

 

 此処は俺も手伝いとして変身音叉・音角を懐から取り出すべきかと思案する、思案はしているのだがそれを実行に移すのかと言われれば其処で躊躇ってしまうのが八幡クオリティだ。

 いやだってさ『俺も手伝いますよ。』とかって言い辛いんだよコミュ力が低いから俺、何かすんません俺だって本当はそんなクオリティとか返上したいんだよマジに。

 

 「……当たりです、やっぱりバケガニっすねしかも二体居ますよ師匠。」

 

 俺が脳内でブツクサと思考をしている内に早々財前さんが当たりを引当ててしまった、ふう良かったぁって言いたい所だがディスクに収められている映像からバケガニは二体居るって事が確認された訳で、これで取り敢えず俺は何もする必要が無くなった訳だ。

 

 「そうか、まぁ二体位なら何て事も無いな斬九郎の卒業検定には丁度良い位の物だ。」

 

 トドロキさんは財前さんの報告に頷くと直ぐ様テーブル上に地図を拡げてこの海岸一帯の様子を確認する作業に入る、それに倣う様に財前さんも地図とにらめっこだ。

 

 「第一陣に行ってもらったのはこの辺りっす、それで映像の様子からすると居るのはこの辺りにまで絞り込めるっすね師匠。」

 

 「ああ間違い無いだろうな、よし斬九郎準備を終えたら早々に出発するぞ。」

 

 ディスクから得た情報を元に地図と照らし合わせて財前さんが大凡の位置を特定し、トドロキさんもそれを是とし準備を促すと財前さんの顔に再び緊張の色が浮かぶ、そりゃそうだよな今日の働き次第で財前さんは一人立ちが出来るかどうかが決まるんだし、緊張するなって方がどうかしてる迄あると俺も思うし。

 

 「はっ、ハイっす師匠……あ〜っ、けど俺何だかすっげえ緊張して来ましたっす、やっべぇなぁ……。」

 

 そんでもって財前さんもそれを包み隠さずに申告してるしな、うむこう言う場合キャリア的に一応俺も財前さんよりかは先輩になるんだけど何か良いアドバイスでも贈れれば良いんだが、此処でもまた生来のコミュ下手が邪魔をして上手く言えそうに無いんだよな。

 だが此処は一つ俺なりに何か言った方が良いだろう、折角此処まで出向いてきた訳だしな………良し意を決して言ってみよう、てのはちと大袈裟か。

 

 「あの財ぜ「大丈夫だよ斬九郎、こんな状況なんだから緊張するなって方が可笑しいんだよ、寧ろ緊張して当たり前なんだ、俺だってそうだったしヒビキやカガヤキだってそうだった筈だ。

 それに斬九郎、お前はこれ迄に何度か実際に鬼になって俺のアシストをしてくれた経験もあるじゃないか、だから自信を持って事にあたるんだ、ただし過信はせずにだぞ。」……そうっすね。」

 

 しかしいざ言ってみようかと思えばこれである、財前さんにはトドロキさんって立派な師匠が居るんだし俺の出る幕は無いよな、うん。

 やはり慣れない事はするもんじゃねぇなぁ…と八幡はしみじみと思う訳なんだわコレが。

 トドロキさんのアドバイスに財前さんは真剣な表情を以て頷き『ハイっす!』と返事をし出発の準備を始める。

 その財前さんの眼と表情には多少の緊張感が残っている様だが、さっき迄とは幾分か違ってみえる。

 何てのかな、覚悟が決まったとかそんな感じって言えばいいのかな。

 

 

 

 「良し俺の方は準備完了だ。」

 

 トドロキさんはソフトギターケースから調整を済ませた自身の新たな音撃武器である『音撃真弦 烈斬』をとりだすと財前さんに告げ、更に続けて。

 

 「斬九郎、今日からは此れを使って見るんだ。」

 

 そう言ってトドロキさんはもう一つあったソフトギターケースを財前さんに手渡す、それを財前さんは恭しく両手受け取る。

 それは例えるなら卒業式に於いて壇上で卒業証書を受け取る時の所作に近しいだろうか、ケースを受け取った財前さんはジッパーを開き中身を確認する。

 

 「こっ…これ、師匠ッこれってまさか前にザンキさんと師匠が使っていたって言う『烈雷』ッ……ですか!?」

 

 ケースより取り出し財前さんが手に取って見つめるそれは、当然の事だけど弦の鬼が使用する音撃武器たる音撃弦。

 かつてはトドロキさんの師匠であるザンキさんが、そしてザンキさんから受け継ぎトドロキさんが使用して来た『音撃弦 烈雷』だ。

 

 「ああ、ただし烈雷は長年受け継がれて来て不具合も出て来ていたからな、斬九郎お前に受け渡すに当たって大幅な改良が加えられているんだ。

 だからその名称も改められた、その名も『音撃真弦 烈雷改』と。」

 

 「……音撃真弦、烈雷…改、此れを俺にっすか………ゴクッ。」

 

 財前さんは自身が受け取った烈雷改の出自を聞き唾を飲み込んだ、うん俺凄え解ります財前さんの今の気持ち。

 自分が尊敬しているであろう師匠とその師匠が更に尊敬していて、事ある毎にその素晴らしさを吹聴している人物がかつて使用していたある種由緒ある代物を渡されたんだからな、そりゃあ当然だよなもうプレッシャー増々だわ。

 けど財前さんに与えられるプレッシャーの源はそれだけに留まらなかった、それは再びトドロキさんの手から財前さんにもう一つのアイテムが手渡されたからなんだけど。

 

 「しっ、師匠これが!?」

 

 手渡されたそれを掌の上にかかげて財前さんは言葉に詰まりながらもトドロキさんに問う。

 輝くメタルシルバーとメタリックグリーンそして鈍色のガンメタルで装飾されカッパー(銅色)の六本弦のギターを模した剣、音撃真弦 烈雷改と対を為す、弦の鬼が浄めの音を奏でる為の必需品であるそれについて。

 

 「ああ、斬九郎お前の為の音撃震だ、今使っている訓練用の零式じゃ清めの音は放てないからな、昨日みどりさんから俺が受け取っておいたんだよ、名付けて『音撃震 雷迅』これからお前と共に魔化魍を清める相棒だからな粗末に扱うんじゃないぞ。」

 

 『音撃震 雷迅』音撃真弦 烈雷改の本体中央部にそれを設置する事で初めて烈雷改は内蔵されている刃を展開し斬撃兵装としての本領を発揮でき、また同時に浄めの音を放つ事も出来るようになる。

 謂わばそれは音撃弦の心臓部であり安全装置でもあるって事だ、てか俺は音撃弦を見る度に思う事があるんだが烈雷改を今見て改めて思った、それは……やっぱ音撃弦ってカッコイイわ、である。

 何てったってやっぱ音撃武器の中で一番中二心を掻き立てれるのは音撃弦だよなぁ、と心底思うんだ。

 とは言っても決して俺は太鼓や管をディスっている訳じゃ無いからな、何なら管だってリスペクッてるし太鼓に対する矜持だって持ってるし。

 まぁ俺の事はこの際はどうでも良いんだよな、今語るべきは財前さんの事だっての八幡自重しなさい。

 

 「ハイっす師匠!俺やりますッ!」

 

 師匠たるトドロキさんから一人前の鬼としての装備品を拝領し決意を込めて力強く財前さんは返事をする、決して緊張が完全に解れた訳じゃ無いんだろうけどそれでも財前さんは前を向き立ち向かう覚悟を改めて決めた。

 

 「その意気だぞ斬九郎、お前が独り立ちした暁にはザンキさんもお前に斬鬼の名を譲るんだって楽しみにしているんだからな!」

 

 斬鬼の名を譲る、覚悟を決めた財前さんにトドロキさんは激励のつもりでそう言ったんだろうけど、トドロキさん今それを言うのは不味いんじゃないのではないでせうか………。

 

 「うへっ……まっ、マジっすか師匠やっべぇ俺また緊張して来たっすよぉ、うはぁプレッシャー半端ねぇ。」

 

 そうなりますよねぇやっぱり、実際俺もそうだったしね。

 響鬼の名をお前に譲るって仁志さんに言われた時はマジで“うせやろ”って思ったし、何ならあまりの事にその時手にしていた音撃棒を落っことしそうになったしな。

 

 

 

 

 

 「良しそれじゃ行こうか。」

 

 「ハイ師匠。」

 

 準備は万端整ったトドロキさんは財前さんを促し財前さんも応える、互いに頷き合いほぼ同時に俺へと向き直る。

 

 「ヒビキ今日は態々来てくれてありがとう、マックスコーヒーも落花生最中も美味しかったよ。」

 

 「っすね、ありがとうっすヒビキ君、俺も落花生最中メッチャハマりそうっすよマックスコーヒーはちょつと苦手かもっすけど。」

 

 二人は俺に礼の言葉を述べてくれて、トドロキさんはマッ缶も最中も美味いと言ってくれたが財前さんはマッ缶をあまりお気に召さなかったみたいだな、うむ財前さんには何れマッ缶についてジックリと語り聞かせて洗脳…ってそれは無いっすね。

 

 「お二人共お気を付けて、無事に戻られたら三人で一緒にラーメン食いに行きましょう、俺のオススメの店に案内しますんで、そんじゃあ行ってらっしゃいシュッ!」

 

 俺も二人に激励を以て送り出す、マジでお二人には無事に戻って来てもらいたいものだ、男三人で食うラーメンってのもオツで美味いだろうしな。

 

 「ああ良いなそれ、ヨシ斬九郎片が付いたら一緒にラーメン食べに行くぞ!」

 

 「ハイ。」

 

 ラーメン屋へ三人で行く事を約しトドロキさんと財前さんはディスクの先導のもと出陣して行った。

 

 

 

 

 

 

 

 さて二人が戻って来るまで暇になってしまった訳なんだが、春先の海辺だと昼寝をするには寒すぎるしな、風邪をひいてしまっちゃどうしようも無いし止めておこう。

 

 「ふう、時間的にはもうチョイで昼位だろうなってかそう言やスマホ見て無かったな。」

 

 俺は椅子にもたれ自分のバッグからスマホを取り出し先ずは時間を確認しようと思っていたんだが、モニターにはメールの着信表示が飛び込んできた。

 

 「……うわぁ、迷惑メールじゃ無いよな、多分。」

 

 俺はスマホのモニターをスワイプしてメールを確認すると、所謂迷惑メールも確かに入っているけども。

 

 「由比ヶ浜と雪ノ下と一色からか、まぁ読んで確認と返信すりゃちょっとは時間が潰れるよな。」

 

 ぶっちゃけ、由比ヶ浜と雪ノ下からのメールによると現在二人は一緒に居るらしく、よければ俺も一緒に遊ばないかとのお誘いメールで、一色からのメールも同様でデートへのお誘いだった。

 

 「しっかし、由比ヶ浜と雪ノ下の書く文章も相変わらずだよな、そんで一色はハートマーク多用し過ぎだろうが…。」

 

 俺は言葉には出さずに読み進めた三人からのメールの内容に苦笑ともため息とも着かない気分でぼやいてしまった、由比ヶ浜は絵文字や何かよく分からんスタンプとかってのを多用して解読が必要な感じだし、雪ノ下のは何だか普通に手紙の文面みたいでともすると堅苦しくも感じられる。

 

 「悪いが、今は、大波○海岸に居るからスマンが無理だ……っと、送信。」

 

 三人に対して俺は同じ文面のメールを同時送信、一色は二人と別行動だから兎も角として由比ヶ浜と雪ノ下は一緒に居るからこのメールを読んだら手抜きとかって駄目出しとかしそうだよな。

 ボンヤリしつつそんな事を思いつつも既に送信してしまったし、もうどうしようも無いからなそれに付いてはもう考えるのは止めよう、駄目出しが来たら来た時でそのと時に対処しよう。

 

 それから数分後、やはり来ました二人からの駄目出しメール。

 俺が大波○海岸に居るって事で一緒に遊ぶ事が出来ないってのは了承してくれたが、文面に対してはお怒りの様です。

 

 「はぁ……コリャ二人には今度ご機嫌取りをしなきゃだろうな、あ〜ぁメンドくせぇ、まぁ取り敢えずは詫びのメールでも送っとくかな、二人別の文面で。」

 

 別々の文面を考える、それも又やはり面倒臭いんだがトドロキさん達を待つ時間を潰すには丁度良いか、良しじゃあ考えてみよう。

 

 「え〜っと此処は一つ手紙っぽい文面を考えてみるとするか…前略生きてくことは哀しい訳で哀しいからまた生きてく訳で露路裏のうす暗い赤ちょうちんが燈台の灯りのように見える訳で今夜は俺 飲みます、ってこんなもん送ったらマジもんで『迷惑メールでしょうが』だろうがっての馬鹿じゃないのか俺!」

 

 はぁ我ながいざ真面目に考えようとしていたらコレだ、何でこうしょっちゅう俺の思考は何時の間にかあらぬ方へと逸れるんだろうか、我ながら度し難い事ですこと。

 

 

 

 トドロキさんと財前さんが出立してから三十分程が過ぎた、順調に事が進んでいるならもうそろそろバケガニの討伐も終わっている頃だろうか。

 果して財前さんは大丈夫だろうか、いざ本番となった時に変な風に緊張したりとかしてなきゃ良いけど、まぁその辺りはトドロキさんがフォローするだろうから何とかなるだろう。

 

 「やっぱ、トドロキさんも嬉しいんだろうな、なんたって初めての弟子が独り立ち出来そうなんだからな。」

 

 俺の時もカガヤキさんも仁志さんもすげぇ喜んでくれたし、やっぱ後進に何かを伝えるって事は喜ばしい事だろうし、またやり甲斐もあるんだろうか。

 

 「はぁ〜、俺も何れは弟子を持つのかな、出来るのか俺に師匠とか…………うん、その時にならなきゃ解らん!」

 

 イブキさんなんてもう十代の頃にはアワユキさんを弟子にとって指導していたって話だし、まぁイブキさんは吉野の総本山の惣領息子だから将来的に猛士全体の統括もやんなきゃだから周囲からの催促とかもあったのかもだ。

 何かアレだな良い家に生まれるってのも何かと大変なんだろうな、柵とか組織内派閥とかでメッチャ苦労しそうだしメッチャ胃とかやられそうだよな。

 イブキさんもだけど雪ノ下さんとか雪ノ下とかも将来そんな感じになるかもだよな、お三方強く生きなはれ。

 まぁそう考えりゃ俺なんて庶民の家に生まれて良かったのかも知れんな、まぁ良家に比べりゃ資産とか何とか受け継ぐ物はほぼ無いけどな。

 

 「まぁ俺が親父達から受け継いだ物なんて精々この頭の上のアホ毛くらいなモノだよな、多分。」

 

 俺はテーブルの上に出来た自身の影、その頭部で微風に揺らめくアホ毛の影を見止めそんな事を思う、このアホ毛は俺と小町の数少ない共通点だし俺としてはそれなりの愛着がある。

 

 「しかし何だなもし俺か小町にアホ毛が無かったらきっと他者からすると俺達は兄妹たって認識してもらえないまであるかもだな、あっぶねぇ〜あって良かったわ俺のアホ毛、もしコレが無かったらって考えたら………。」

 

 よそう、言ってて悲しくなって来た。

 

 

 

 それからほんの数分前、気が付くと俺の聴覚が此方に近付きつつある、合成音的な音を捉えた。

 それは俺達鬼が良く知る、俺達にとっては掛け替えのない仲間とも言える存在であるところの、ディスクアニマルの鳴声だ。

 俺はその鳴声が聞こえて来た方向へと顔を向ける、それは空を飛翔し此方へと戻って来た飛行型ディスクアニマル。

 

 「アレってアサギワシだよな、まさか何かあったのか……。」

 

 高速で飛行して来たアサギワシはやがて俺の元へ到着し、せわしなく鳴声を発しながらパタパタと羽を羽ばたかせホバリングし、俺に危急の要件を伝えようとしている様だ。

 

 「解った、解ったってトドロキさん達に何か良くない事があったんだよな!?スマンが案内してくれ。」

 

 俺がそう指示するとアサギワシは一声鳴いて地上三メートル程の高さまで上昇してもと来た方角へと引き返す。

 そして俺もそれを追い野営地を離れ走り出す、最大速度300Km弱の速度で飛べるアサギワシと俺とではいくら俺達鬼が常人よりも遥かに早く走れるとは言えども、そのスピードにはかなりの開きがある。

 なのでアサギワシは俺との距離を気にしながら時に滞空して俺が追いつくのを待つ。

 しかも此処は平坦な砂浜では無く凹凸の激しい岩場だから普通に走れず足場によっては飛び跳ねたりしながら駆ける。

 駆ける事凡そニ分弱、やがて俺の眼は寄り添う様に並び歩く二人の人影を捉えた。

 『まさかだよな?』その人影を見止めた俺が最初に思った事はそれだった、駆け彼我の距離が縮まるにつれてはっきり大きく見え始め、クッ、俺が感じた良く無い事っヤツが現実となって俺の眼前に現れてしまった。

 顔だけ変身を解いた轟鬼さんと財前さん、財前さんが足元の覚束無い轟鬼さんの肩に手を回し支え介添えして歩いている。

 それは不測の事態が起こってしまった事を知らしめる証、鬼として十年を超えて活動して来たベテランの轟鬼さんほどの人が介添え無しに歩けない程負傷するだなんて、一体現場で何が起こったんだよ。

 

 「轟鬼さんッ財前さんッ!!」

 

 二人に呼び掛け、俺は二人の元へ早々に駆け着けるるべく疾走る速度を更に上げた。

 




歌詞引用 とんねるず  迷惑でしょうが


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追体験する脅威。

ぶっちゃけ、音撃弦と音撃管の擬音表現が思い付きません……………。


 一人では動く事もままならない程の手傷を負っていた轟鬼さんを俺は財前さんと二人で一旦野営地まで連れて行き、其処でトドロキさんには変身を解いてもらい財前さんにトドロキさんの着替えの介助をしてもらう。

 その間に俺はたちばなへと連絡を入れ状況報告と救急車の手配を依頼、救急隊の到着までトドロキさんには野営地で横になっていてもらう事に。

 幸いにしてと言っても良いのか分からないけど、トドロキさんの怪我は命に関わるものでは無かったが左上腕と左脚の脛辺りを骨折、他裂傷や打撲などを負っている事が大まかに確認が出来た。

 

 「っ…すまないヒビキ……手を煩わせてしまって。」

 

 痛みに耐えながらトドロキさんは俺に詫びる、その言葉に俺は礼など不要ですと答えて応急処置を行いながら二人には現場で何が遭ったのかを尋ねる。

 

 「お、俺のせいなんす…俺を庇って師匠は……くっそう……。」

 

 未だ変身を解かないでいる財前さんは左の掌に右の拳を打ち付け、悔しさを滲ませた声音で呟く。

 

 「…ふぅ〜っ、斬九郎あれはお前のせいじゃ無い、あれは…不可抗力だ。」

 

 痛みに耐え呼吸を整え気合を込めながらトドロキさんは財前さんにこの事態の責任は無いと告げる、その言葉に財前さんは『だけど師匠!』と尚も言い募ろうとするがトドロキさんはそれを押し留め更に諭す様に告げる。

 

 「現に俺も…っ、お前と一緒に奴に動きを封じられてしまったじゃないか、だから責任って言うんだったら俺だって同罪だ。」

 

 動きを封じられたって童子と姫になのか、まさかトドロキさん程の人が。

 鬼の動きを封じるなんて、それほどの力を持った童子と姫が居るってのかよこの海岸には。

 俺はトドロキさんと財前さんに現場での状況を詳しく聞こうと口を開きかけたその時、次第に此方に近付いてくるサイレンの音を知覚した、どうやら間もなく救急車が到着する様だ。

 俺は二人に断りを入れ一度野営地を離れ駐車場へと向かう、この場に救急隊員の方達を案内する為に。

 

 

 救急隊員の方達により担架に乗せられたトドロキさんは救急車へと搬送される途上、俺たちに向かい真剣な面持ちで。

 

 「ヒビキすまないが後の事を頼む、そして斬九郎お前はもう十分に合格点を満たしているぞ、大丈夫だ自信を持て。」

 

 俺と財前さんはそのトドロキさんからの要請と激励に返事をする、首を縦に振り頷いて。

 その俺達の返事にトドロキさんは安堵のため息を一つ吐くと救急隊員の方達に

お願いしますと声を掛け、救急車へと運ばれて行く。

 トドロキさんゆっくりと身体を休めて下さい、完治した暁には約束通りラーメン一緒に食いに行きましょう。

 

 「そんじゃあ、たちばなにトドロキさんが病院へ向かった事を報告しましょうかね、その後現場で何が遭ったか詳しく話して下さい。」

 

 隣に居る財前さんに呼び掛ける、これからの行動方針をどうするか決める為にも財前さんから報告を受けねばならないからな。

 現状俺は何が起こったのか殆ど解っちゃいないんだから財前さんには辛い事かもだけど、トドロキさんは後の事を頼むって言ったんだから、そう言うって事はまだ魔化魍かもしくは童子か姫がまだ片付いてないって事なんだろうからな。

 

 「……ハイっす、けど言葉だけじゃなくってディスクの映像も一緒に見てもらって良いっすか、その方が言葉だけより詳しく理解してもらえるでしょう。」

 

 財前さんは俺の提案に自身の不甲斐なさによる憤りを抑え込む様に一度拳をグッと握り締めると、俺へ向き直りその様に応えてくれた。

 

 「分かりました、それじゃ俺がたちばなに連絡している間にポータブルプレーヤーの準備をお願いします。」

 

 役割分担を決め行動を開始する、と言っても然程時間が掛かる様な事でも無いんだけどな、何てか大して効果があるとは思えないけどこうやって少し間を取った方が財前さんの気持を落ち着けるのにも良いかもと思っただけの事だ。

 

 

 

 

 

 

 「ヒビキ君準備出来ましたんでそんじゃあ再生を始めるっす、取り敢えずはバケガニを退治したところは飛ばしてその後から行くっス。」

 

 「了解です、お願いします。」

 

 準備は整いいよいよ映像を再生してもらう、バケガニを退治した後からって事は原因は魔化魍じゃ無いって事か、だったらやっぱり童子か姫がトドロキさんをあんな風に、俄には信じられないけどまぁそれは見ていれば解るか。

 

 

 

 『やりました師匠!バケガニ二体討伐成功です!』

 

 画面の中では鬼化した財前さんが轟鬼さんへ討伐成功の報告を喜色溢れる声で伝えている、ちなみに画面の中の映像では轟鬼さんがカメラの近く画面右端付近に見切れて映っていて、奥の方ざっと見轟鬼さんから十メートル程離れた位置に財前さんが位置していて、その全身は見切れることなく映されている。

 

 『……ああ見事だった良くやったな斬九郎……。』

 

 財前さんの功績を認め労いながらも轟鬼さんの声音には、何か不審感を孕んだ様な警戒感が感じられる。

 

 『はい、ありがとうございます!?師匠どうかしたんすか?』

 

 財前さんもその轟鬼さんの様子に気が付きそう呼び掛ける、と此処でカメラが動き轟鬼さんをバストアップで映し出した、何だかコイツ良い仕事してんな。

 

 『おかしいと思わないか斬九郎、今祓ったバケガニだがかなりの大きさに成長していただろう、俺達は予め今日辺りバケガニが出現するって事前予測出来ていたし、その情報を持ってこの一帯に人を近付かせないように数日前から警察に依頼していた。』

 

 『そ、そうッスよね言われてみれば童子と姫も見当たらないし、人を襲って喰ったって訳でも無いのに確かにデカかったッスよね。』

 

 言葉をかわす二人がある程度良い感じに収まるようにディスクは移動している様で今映像は二人を適度な距離感で映している。

 本当に凝ってやがるなアングルに、俺は映像を再生する為に回転を続けるアオイクマを若干呆れた眼で一瞥し、再びモニターを見つめる。

 

 『ああ、だから油断するなよ斬九郎、まだ終わりじゃ無いかも知れないからな周囲の警戒を怠るな。』

 

 『ハイっす!』

 

 「師匠の指示で俺もディスク達も勿論師匠もっすけど皆で周囲を警戒して居たんですけど、この時は何も辺りには無かったんすよ。」

 

 財前さんはモニターを見ながら解説を加えてくれた、確かに二人共ゆっくりと回りながらあたりを警戒している姿が映し出されているし、時々カメラに映った他のディスク達も同じ様に警戒しているんだが、結局この映像を収めたアオイクマは周囲の警戒よりも映像を撮ることに重きを置いてんじゃね?と俺は思わずにはいられない。

 本当にディスク達ってそれぞれに個性があるんだな、式神って凄えって改めて俺は感心はしてやらんけど、いや若干してるのかそう思わなくも無い。

 

 「この時はって事は、もしかして。」

 

 「ハイ、そうなんッスよ確かに俺達以外居なかったはずなんです、けど気が付いたらって、見ててくださいもう直ぐ出て来ますから。」

 

 画面の中の轟鬼さんと財前さんはなおも周囲を警戒して四方を見廻している、鬼面の下の素顔はこの時果してどの様な表情をしているのか。

 

 『はっ!?』

 

 そうしている内に轟鬼さんがピタリと動きを止め驚愕と不審の入り混じった声を漏らし一点を凝視した。

 それに気が付いた財前さんもその轟鬼さんが見ている方向へと顔を向け、二人を捉えていたカメラ(アオイクマ)もそちらを映すべく動く、動きそしてそれをアップで捉えた。

 そこに映し出されたのは存在は、黒い装束に見を包み顔が隠されていて表情などは見て取れない、左手にまるでレギュレータの様な計器などが取り付けられた錫杖を持つ不気味な存在。

 

 『なっ誰だッお前はっ!?』

 

 いきなり現れたそれに轟鬼さんが誰何の声を上げるが、それは無言のまま何も言わずただ錫杖を持ち立っている。

 

 「何てんすかね、パッと見これ虚無僧とかそんな感じっすけど、初見見た瞬間俺何かこう心の底から湧いて来るみたいなすげぇイヤな感じがしたんすよ。」

 

 財前さんはその黒い存在に対する印象を語るけど、俺としてはそれ虚無僧ってより修験者って感じがするんですけど、まぁ今はそんな些細な指摘とかしなくても良いよな。

 

 画面は再びトドロキさんと財前さんを映し出す

、二人はその黒い修験者風の存在に警戒心を掻き立てられたのか臨戦態勢を取り音撃弦を構えようとしていたが。

 

 『うっ!?』 『なっ!?』

 

 その動きがピタリと止まり身体をプルプルと震わせている。

 

 「この時俺達まるで身動きが取れなくなったんすよ、まるで金縛りにでもなったみたいに。」

 

 『うっ、ぐぅッ!?』

 

 身動きが取れぬ身でなおも二人は動こうと力を込めてもがく、此処でアオイクマは二人の様子が変だと感じたのだろうか、カメラを二人から黒い存在に変えて映す。

 黒い存在は、錫杖を持たない右手を前に翳し構えているその動作はまるで。

 

 「まるで映画の宇宙戦争に出てくる時代の騎士の理力の力みたいッスよね、何かああやって念力で相手の動きを止められるんすからね、あれマジでキツかったっすよ。」

 

 念力か、それで動きを封じられてしまって轟鬼さんがあんな事になってしまったって言うのだろうか。

 画面に映る二人はソレでも必死に身体の自由を取り戻そうと藻掻いている。

 

 『ぐっ、ヌヌヌヌッ………。』

 

 しかし二人の身体の自由を取り戻せない、そして此処で再びカメラは二人から黒い存在へと変わる。

 

 「こっからッスよヒビキ君、よく見ていてくださいっす!」

 

 財前さんが告げる、此処から新たな事態が起こるってそう言う事なんですね。     

 この黒い存在が一体何事を起こすって言うんだ、まさか在り来りな想像かもだがこの念力みたいな力で轟鬼さんを空高く持ち上げて地面に叩き付けるとか、いや先走ってアレコレ考えるよりも映像の記録を見れば答えは直ぐに解るんだからな、取り敢えずは続きを見せてもらおう。

 

 『来た、こっからッス!』

 

 財前さんは身を乗り出しモニター画面を指差すかの勢いと大きめの声を発して告げ、俺は財前さんを向き直る事もせずに頷いて画面を見続ける。

 画面の中の黒い存在は左手に持った錫杖を上へと翳す、その瞬間錫杖から何か波動の様な物が発動されたのかそれが震源であるかの様に画面の映像がブレる。

 そのブレは暫しの間続き、やがて収まる何か無数の黒い砂の様なカスのような物が渦を巻きながら錫杖に吸い寄せられて行く。

 

 「……なっ、何なんでしょうねコレって、財前さんは現場に居てこの砂みたいな物が何か解りましたかね?」

 

 画面を見ているだけじゃこの吸い寄せられて行くカスの正体がまるで分からんからな、なので現場に居た人に聞くしかないだろう。

 

 「いや、それがッスけど俺と師匠は奴に身動きを止められてて彼奴しか見えて無かったから、分かんないっすけど。」

 

 そうか、確かに二人共封じられてまともに動けなかったんだから周囲の状況なんて見えなかっただろうし、これは仕方が無いよな。

 

 「けど、何ですか?財前さんなりのアレについての見解があるんですかね。」

 

 財前さんは『けど』と言った、と言う事はもしかしたらと俺は思い至った訳なんだが、果して財前さんは。

 

 「これはあくまでも俺の予想なんすけど、チョット一時停止するッスよ。」

 

 財前さんはプレイヤーを操作して映像を停止して、モニターに映る錫杖付近に自らの指で指し示して見解を語る。

 

 「見てくださいっス、この黒いカスって二つの方向から杖に向かって集まって行ってますよね。

 そして俺達が祓ったバケガニは二体っした、そんで魔化魍って清められると土塊に還るっすよね。」

 

 見解を解説をしながら財前さんは俺に確認を取る、確かに音撃によって清められた魔化魍は爆散して土塊に還る。

 そうか、財前さんの推測ってのはそう言う事なのか、成程確かに。

 

 「土塊に還った魔化魍を形成していたモノを奴は寄せ集めているって事なんですね、財前さんの見解は。」

 

 財前さんは頷く、そして俺もその財前さんの見解に同意見だ、その考えが一番シックリと来る。

 凄いな財前さん、まだ独り立ちもしていないのにこうやって状況を分析出来るんだからな、トドロキさんの言う通りもう充分に財前さんは独りでやって行けるだけの実力を身に付けているんだな。

 

 そして再び続きを再生する、やがてバケガニの残滓と思われる黒いカスは全て錫杖に収められたのか、それはピタリと止まってしまった。

 そして黒い存在は錫杖を降ろし次の動作に移る、黒い存在は次に海の方へと真っ直ぐに右手を伸ばす。

 アオイクマは映像を黒い存在から海へと変える、コイツ本当にすげぇ空気が読めるんだな、ここまで来るとマジで感心するわ。

 

 処々岩が波間に見え隠れするがそれ程荒れてはいない波打つ海、その一部に波紋のようなものが拡がりその中心部から何かが浮き上がって来た。

 その浮き上がった物体は海から地上へと空に浮きながら近付いてくる、ってか確実にあの黒い存在が呼び寄せてんだよな。

 

 「……あれって、蟹ですかね?しかもかなり大きいっすよね、こんな時に不謹慎っすけどすげぇ美味そうっすね。」

 

 その大きな蟹の姿に俺は場違いにもそんな事を考えてしまった、いかんなこんな時に。

 

 「いや、現場にいた時は分かんなかったッスけど確かにアレだけの大きさならそう思うのも仕方無いっすよ。

 まぁそれはさておきッスね、続きを見ていてくださいっす。」

 

 再び映像は黒い存在を映し出す、空に浮かぶ蟹はやがて黒い存在が翳す掌に掴み取られてしまった。

 その掴み取った蟹を黒い存在は己が立つ側の岩場へと置くと左手に持つ、さっきバケガニの残滓と思われるカスを吸収した錫杖の先端石突を蟹の甲羅に突き刺した。

 

 「まさか、アイツは自然界の蟹に魔化魍の残滓を……注入しているんですか、そんな事ができるモン何ですかね。」

 

 俺はそんな感想を漏らすが、魔化魍の発生自体が未だ完全解明されている訳でもなし、また以前にも人為?的に魔化魍を作り出していた存在も居たそうだし、この黒い存在もそう言った者達に連なるのかも知れない。

 

 「マジかよこんなヤツが存在しているなんて………。」

 

 俺はそんな得体の知れない奴が存在しているって事に戦慄を覚え、背筋が寒くなるのを自覚した。

 もしかしたら鳥肌が立ってるかもな、まぁそれは兎も角(閑話休題)この事も早急にたちばなへ報告しなければいけないだろう、こんな奴が顕れたからには猛士全体での情報共有と対策が必要になるだろうから。

 だが、それも一旦置いて俺達は映像の確認を続ける、黒い存在は蟹の甲羅に突き刺した錫杖の石突をその身から抜き取った。

 魔化魍のエキスの注入が完了したって事だろう、そしてこう言った場合のお約束通りならば当然………。

 

 「「へっ!?」」

 

 俺と財前さんの唖然とした声が期せずしてかぶってしまった。

 

 「ざっ、財前さん今の見ましたよね、っか財前さんは現場でも見たんじゃないんですか!?」

 

 「あっ、いやそれがッスね俺はこの時ずっとあいつが杖で突き刺した蟹に目が行っていたもんっすから、コレには気が付かなかったんすよ。」

 

 俺と財前さんが映像を見て驚いた理由ってのは、それは画面の中の黒い存在の縮尺がいきなり変化したからだ。

 いきなり変化した縮尺、それは要するに黒い存在が突然に本当に一瞬で蟹の側から離れてしまったから、簡単に言うとまるで瞬間移動でもしたかの様に画面奥方向へと後退していたからだ。

 距離的には然程移動している訳じゃ無いが、なんの予備動作も無く移動していたって事実はいざ相対するとなると脅威に他ならないだろう、それに加えて相手の動きを封じてしまうんだからな、そう言った能力を踏まえて判断して……。

 

 「俺達こんな奴を相手取る事が出来るのかよ………。」この一言、これに尽きるだろう。

 

 「まぁあの黒い奴の事は取り敢えずは置いといてッスね、ここからッスよ見ててくださいヒビキ君。」

 

 財前さんは画面に映る蟹を指し示してそちらに注目する様に俺を促し、そのお言葉に従い俺もアノ蟹を見る。

 まぁ何となくだけど基本ラノベとかアニメが好きだった俺としてはこの先の展開が読める、うん先ず100パー。

 

 画面の中の蟹はビクン、ビクンッと気持ち悪く痙攣しのたうち回る様に悍ましく撥ねる、そのその痙攣の様なビクビクはやがて収まり。

 巨大化が始まる、もこもこと蟹を構成するパーツが不規則に肥大化して行く。

 それはまるで昔見たアニメのキャラ、ピーキー過ぎてお前には無理だの人の肉体が歯止めなく肥大化して行く様に通じる物がある様に思える。

 巨大化しながらやがて、蟹の形それ自体も変化し始める横長で平たかった体躯がまるで海老を彷彿させるかの様に縦長になり始め、二本しか無かった蟹鋏が四本から六本と増えその姿は異形としか形容出来ない物へと変化して行く。

 

 そして遂に、変貌を遂げた蟹は鋏を三対六本も持った超大型魔化魍、名付けるならばバケガニ変異体とでも呼称すべきかへと成り果ててしまった。

 

 「………………まっマジですか、何となく想像はしていましたけど、こんなにバカでかくなるなんて……コイツのせいで轟鬼さんが……。」

 

 画面から大凡の大きさを推測するにこのバケガニ変異体の体長は十メートル程はありそうだ、この間のツチグモの変異体もデカかったけどコイツはそれ以上に大型化している。

 

 「…っ、そうなんす、俺達あの黒い奴に動き封じられている所にあのバケガニが顕れて、しかも俺の方が師匠よりもあのバケガニの近くにいたもんッスから、アイツ挟みを振り上げて俺を攻撃しようとしてきたんす。

 けど俺は動けなくって、もうどうしようも無いしって諦めかけてたんです。

 そしたら師匠が……師匠は凄いんっすよ俺はぜんぜん呪縛を解けなかったてのに、なのに師匠は自力でそれを解いたんっすよ……。」

 

 画面に映るの映像は呪縛を解いた轟鬼さんが走り込んで来て、今にもバケガニが振るう鋏を叩き付けられそうになっていた財前さんを身を挺して救う轟鬼さんの姿だった。

 財前さんを突き飛ばし、その財前さんが居た場所に立つ轟鬼さんはしかしもうバケガニの攻撃に対して回避も防御も行うだけの時間は無く、バケガニの鋏による振り降ろしの打撃をモロに浴びせられている。

 

 それにより倒れ臥す轟鬼さんに何度も何度も打ち据えられるバケガニの鋏による打撃、苦悶の声を上げる轟鬼さん。

 ディスク達も轟鬼さんを救おうと行動を起こしているが、それは焼け石にも満たない程些細な事で轟鬼さんの窮地を救うには力不足だ。

 

 『しっ、師匠ォォォッ!!』

 

 轟鬼さんを呼ぶ財前さんの声が虚しく響く、此処でアオイクマは轟鬼さんから財前さんへとカメラを切り替える。

 

 『止めろ、止めろ、止めろオぉぉオオォォォっッ!!!』

 

 この時財前さんは己の師匠の窮地に怒りの臨界点を突破したのだろうか、両の掌を握り込みその身を震わせそして遂に財前さんも黒い存在の呪縛を脱し、轟鬼さんを救出すべくバケガニへ向かい駆け出す。

 

 「こっから先俺は自分が何をしたのか殆ど覚えていないんすよ。」 

 

 つまりこの時財前さんは尊敬する師匠である轟鬼さんの窮地に我を忘れ無我夢中で駆け出し魔化魍に立ち向かって行ったと言う訳だ。

 呪縛から解かれ駆け出して僅か一秒程の時間で財前さんはバケガニと轟鬼さんの元へ到着し、轟鬼さんへと向けて振り降ろされていた蟹鋏を上段から烈雷改を打ち下ろす様に振り抜き迎撃する。

 

 『でぃヤァッ!!』

 

 その掛け声と共に振り抜かれた烈雷改はバケガニの鋏を大きく弾き飛ばす事に成功し、その勢いそのままにバケガニの態勢を崩すし、更に追撃に入る。

 

 『ダァッ、せりゃァァッ!』

 

 財前さんは二撃三撃と烈雷改を振るいバケガニを更に後退させ、轟鬼さんから引き離す事に成功した。

 凄えな、俺は単純にバケガニを後退させた財前さんの底力に対しそう思う、轟鬼さんもそうだが弦の鬼って本当に物凄い膂力をしてんだよな。

 

 しかし敵もさるものだ、財前さんの猛攻の前に一時は後退したもののやがて体勢を立て直し六本の鋏を巧みに操り財前さんに逆撃を加える。

 

 『シッッ!シャァッ!』

 

 しかしそれでも財前さんはその六本の鋏の猛攻を烈雷改で押し留め、自身の身に攻撃を加えられる事を防いでいる。

 成程、これならトドロキさんが合格点を与えたのも頷けるわ、財前さんはもう充分に独り立ち出来るだけの実力を身に付けてるわ。

 鋏の猛攻を防ぎ防ぎ防ぎ続けて、やがて遂に再び財前さんはバケガニの体勢を崩した。

 

 『でぇぇぇりゃあぁッ!!!』

 

 財前さんはバケガニの体勢が崩れたのをチャンスと見たのか大きく雄叫びを上げて空高く跳躍する。

 俺達鬼の跳躍力は全力を出せば6〜70メートルは跳べる、まぁ今画面に映る財前さんの跳躍はそこ迄の物じゃないけど、それでも30メートルは跳躍しているだろう。

 跳躍し財前さんは前転の要領で高速回転、落下の速度と回転運動の力が加わりその力を以て烈雷改を振り抜く。

 

 『だぁァりゃァッ!!』

 

 その強烈な力の前に変異体であるバケガニの鋏といえども耐えらず遂に叩き斬られてしまった。

 

 「おおっすっげぇ!!」

 

 思わす俺は感嘆の声を漏らす、一見すると軽薄そうに見える財前さんだけど、その本質は燃える様な熱いハートの持ち主なんだって事を改めて俺は知っだ。

 

 『ドリャァッ!だァァッ!』

 

 財前さんのさらなる追撃に後退るバケガニはやがて本格的な逃走に移るその逃走先は海の様だ、財前さんはそれを追い走るがしかしその途上に失速してしまい膝を着く。

 その結果、バケガニの逃走を許す結果となってしまった。

 

 「これが結果ッス………………。」

 

 我に返った財前さんは負傷したトドロキさんを連れこの野営地へも戻って来たと、そういう事だ。

 その財前さんの一言を期にこの場に沈黙が訪れる、この後どうするか当然やるべき事は決まっているし俺は動くつもりだが、財前さんには今少しばかりの気持ちの整理をつける時間が必要だろうか。

 

 



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決意する若武者。

 

 ディスクアニマル、アオイクマが収めた映像を見終わって俺は財前さんに提案し、少しの間クールタイムを置く事にした。

 財前さんは自身の目の前で、師匠である轟鬼さんがバケガニの人為的?変異種の猛攻の前に負傷してしまった事を自分が未熟であったが故だと自責の念にかられている事もあり、少し気持ちの整理をすべきじゃねと俺としては思っている訳なんだよな。

 なので俺はその為の時間を設けて、その間に今見た映像をPCでたちばなへ送信するなどちょっとした雑事を行い、五分位の時間が過ぎた頃ポツリと財前さんが口を開いた。

 

 「あのヒビキ君、もしかしてっすよ俺の清め方が足りなかったからあの黒い奴はバケガニの変異種を造る事が出来たんスかね?

 もしそうだとしたら師匠があんな目に遭ったのは俺のせいかも知れないっすよね……。」

 

 若干前屈み気味にチェアーに座り財前さんは右の拳を左の掌に叩きつけながらそう漏らした、俺が思ってた以上に財前さんは轟鬼さんの負傷とあのバケガニの出現に対して責任を感じているみたいだな。

 はぁ、俺は財前さんに対し何て声を掛けりゃ良いんだろうか、また財前さんは今俺が何かを言う事を期待して居るんだろうか。

 こんな時、仁志さんやカガヤキさんなら財前さんに何て言って心を奮い立たさせてあげるんだろうか、全くこういった時に俺は自分の対人コミュニケーション能力の貧弱さを痛感させられるんだよなぁ、何て事に思いを馳せていると財前さんは更に話を続ける。

 

 「俺、前に師匠に聞いた事があるんすよね……昔師匠が独り立ちして間もない頃、師匠は自分に自信が持てなくって魔化魍を清めた後も不安だったそうなんすよ。

 自分は魔化魍を完全には清めきれてないんじゃないかって、だから闘った後もその場所自体を清めるつもりで演奏をしていたんだそうっす、その場所が少しでも清らかになって出来るだけ長くその場に魔化魍が顕れないようにって……。」

 

 魔化魍が出現した場所そのものを清めるか、まだ新米だった轟鬼さんが自身の鬼としての技量に自信を持てずそんな事をしていたって、その話なら俺も以前トドロキさん本人とザンキさん聞いた事がある。

 けどそれもトドロキさんがその後にキャリアを積んで行くに連れて無くなったって話だったな。

 

 『何よりもそんな俺を見かねてザンキさんがサポーターを引き受けてくれたから、そのお陰で俺は精神的に余裕を持てる様になったんだ。』 

 

 トドロキさんにはザンキさんって偉大な師匠がいてその人の存在が支えとなってトドロキさんの成長を促す事に繋がって、しかし今財前さんにはその精神的支柱であるトドロキさんが居ない。

 俺程度じゃ、たかが一年未満の経験しか無い俺がトドロキさんやザンキさんみたいに財前さんを精神的に支えられる訳ゃねえよなぁ、はぁ〜どうしたもんだろうなぁ。

 とは言っても此処は一つ何かしら言うべきだろうと思う訳で、俺はどうにかして言語中枢から引き出してみた言葉を口の端に乗せて紡いでみる。

 

 「あの財前さん、俺も確かに何てかですね財前さんの懸念とかも解らないじゃ無いんすけど、今の映像を見る限り財前さんは鬼としての力量は十分に満たしてるって俺は感じましたよ。

 特に最後の変異体のバケガニに対する攻撃はマジに凄えって思ったし、アレですよねバケガニって甲殻類型だけあって通常型だって外殻の硬さとか半端ないっすよね、それがあの変異体となりゃ今の映像からでもその硬さは十分に伝わって来ますよ。」

 

 『それを斬撃によって切断したんだから財前さんの力は凄いものがあるんですよ。』最後にそう締めて俺は財前さんに語ってみたんだが、果して反応や如何にだな。

 

 「いやぁ、それがッスね………。」

 

 口を開き語り始めた財前さんだったが何故か其処で言い淀み、右手を後頭部へと持って行きバツが悪そうに頭を掻き始めた、何か照れてるって訳でも無いと思うんだがはて。

 

 「あの時俺師匠が一方的にバケガニに攻撃されてんのを見て、何かプッツン逝っちゃって思わず我を忘れてて動画を見るまで俺、自分が何をやったのか知らなかったんすよね、タハハッ。」

 

 苦笑交じりにそんな事を宣う財前さんだが、それを聞かされた俺としては目が点状態にってしまったとて已む無しだと思うんだが、それでも直ぐに我に返り気を取り直して突っ込めた俺は偉いのかも知れない。

 

 「あの、タハハッじゃ無いでしょう財前さん!てか待って下さいよアレだけのですよ荒々しくも勇ましい攻撃とか回避とか往なしとかが我を忘れて“プッツンオラッ”した結果だって言うんですか、マジっすか!?あの時財前さんってば所謂“やっち○えバーサーカー”状態だったんですか!?」

 

 若干仰け反り気味に、ほんのちょっぴりだけ何時もの声音よりも高めの声で俺は財前さんに突っ込みつつ確認を取る。

 

 「実はそうなんすよ、アレって多分火事場のクソ力ってヤツで俺の実力じゃ無いんじゃないかなって……」

 

 財前さんはサラッと流す様に言うけども、けど無意識的だったとしてもあれだけの事が出来るって事は財前さんにはそれだけの潜在能力が有るって事だよな、それだけの伸びしろが。

 

 「解っちゃいるんすよ、俺やんなきゃいけないって事は、鬼として魔化魍を放っとくなんて出来ないし二年間俺を鍛えてくれてさっきも俺を庇って負傷した師匠に報いなきゃだし、でも未熟な俺じゃあちゃんとやれんのかなって不安で、タハハ………。」

 

 それに財前さんはこれから自分が何をやらなきゃいけないのかって事も十分に理解しているし、理解していても尚先のアクシデントに不安と責任を感じているんだな、俺は財前さんの吐露する胸の内の思いにどんな言葉を掛けるべきなんだろうか、俺が今財前さんに何かを言ったとしても何だかチープで空虚なモノになりそうで口籠ってしまう。

 だってそうだろう、さっきも思ったが俺だってまだ独り立ちして半年を幾らか超えた程度のさしたる経験を積んている訳で無いペーペーで、そんな奴が語る言葉に果して人の心を動かす重みってヤツが在るのかと言うと、それは限りなく否定的な見解にならざるを得ない。

 

 

 言葉無くしばしの間沈黙が支配する野営地、寄せては帰す波の音とテントが春の海風に揺らされるハタハタとした音だけが僅かにこの状況に反旗を翻しているかの様だが、二人の男が押し黙り築かれたこの沈黙のテリトリーを破るに能わずなどとつい取り留めも無い事を考えてしまう俺は、我ながらどうしようも無いヤツだよってか俺だ出てこの場をどうにかしたいとは思っているんだよ、思っちゃいるけどその時不思議な事が起こったしてくれなきゃ俺の手には余るんだよ、何て事を思っていると来ましたよこの状況を変えてくれる一手が。

 

 それはテーブルに無造作に置いてあった俺のスマートフォンがブルブルと振動し始めたことに端を発する、まぁ要するに電話かメールの着信を告げるものなんだがな、しかしこの際はそのヴァイブレーションが居るかどうかも知れない神とやらの恩恵の様に俺には思われた。

 これがもし本当に恩恵だとしたらそりゃあ当然乗るしかないでしょうこの流れに、と言う訳で俺は速攻スマホに手を伸ばし着信相手が誰であるかを確認する僅かな時間も省いて画面をクリックする。

 

 「はいもしもしヒビキです!」

 

 電話の向こうの相手が猛士関係者なのか、それとも由比ヶ浜や雪ノ下達日常生活に属する人なのか誰かも分からないのに俺はヒビキを名乗ったけど、まぁしゃあない。

 

 『ようヒビキ久し振り元気そうで何よりだな。』

 

 受話器から流れるその声は、大人の渋味の中に甘やかでセクシーさを女性なら感じるんじゃねと思わせる程にカッコいい声音で、そして存在感や貫禄をも同時2感じさせるそんな声の持ち主。

 それはヒビキと呼んでくれたうえに久し振りと言ってくれた事から猛士関係者だとお判り頂けたことだろう。

 

 「あっ、その声ザンキさんっすか!?お久し振りです。」

 

 思い掛けない声の主の正体に俺の声は弾む、正直言って今の状況に於いてこの人の登場(と呼べるのか?)はとてもありがたい事だ。

 その証拠?に俺がザンキさんと呼んだ途端に財前さんの表情がガラッと、とは言わないが確かに良い方へと変化した。

 

 『その声ってお前な、相手の名前も確認せずに電話を取ったのかしょうがない奴だな、まぁトドロキの件やバケガニの事なんかもあった事だしそれも仕方の無い面もありはするか。』

 

 ザンキさんは呆れと苦笑の入り交じった声でそう言ってくれたが、ザンキさんはもう既に今日の出来事を知った上で更に俺がこの場に居合わせてるって事も合って連絡をくれたのだろう。

 こう言った些細な気配りをさり気なく出来たりするから、この人は齢四十を超えても若い女性にもモテるんだろうな。

 

「ええまぁそんな所でしょうかね、つかザンキさんにも既に情報が届いていたんですね、あっもしかして財前さんへの激励とかしてくださるつもりですかザンキさん、それじゃあ財前さんと変わりましょうか?」

 

 ザンキさん程の人の言葉ならば、自信を持てないでいる財前さんにそれを与えられる言葉を掛けてくれるんじゃないかと俺は心底から期待し、提案する。

 

 『ああその必要は無いよ、そうだな通話をスピーカーモードに切り替えて斬九郎と一緒にお前も聞いてくれ。』

 

 俺はそのザンキさんの提案に応え直様スマートフォンをスピーカーモードに切り替えた。

 切り替えた事をザンキさんへ伝えるとザンキさんは一言『ありがとう』と礼を述べ、財前さんに呼び掛ける。

 

 『斬九郎聴こえているか。』

 

 財前さんは今にも立ち上がり直立不動の姿勢を取らんばかりの勢いで『ハイっす!』と返事を返す、まぁ立ち上がっちゃいないけどチェアーに姿勢を正して座り直しはしたけどな。

 

 『……トドロキの事は聞いている、お前も大変だった様だなご苦労さま。』

 

 「いえっ、あっ、ハイッありがとうございますザンキさん!」

 

 ザンキさんのねぎらいに堅っ苦しい体育会系的な感じに財前さんは返事をし、スマホのスピーカーからはそんな財前さんの返事にザンキさんの苦笑する声が微かに聞こえて来る。

 

 『試験とは言え魔化魍退治を実践して清める事も出来たそうだな、良くやったな斬九郎。』

 

 「………っす。」

 

 更にバケガニを清めた事を評価され財前さんは感極まってか、言葉に詰まりその目尻には微かに雫が見える。

 今この時、財前さんはどんな気持ちなんだろうか、先のバケガニの変異種やあの黒い存在との思い掛け無い遭遇と自分が尊敬して止まないだろう師匠のトドロキさんの負傷、その影響から怖気づく心を奮い立たせようと財前さんはきっと自分なりに己に喝を入れようとしていたんだろうと思う、多分。

 それでも尚心に踏ん切りがつかなかった所に尊敬する師匠が更に尊敬し崇拝に近い思いを抱く存在からの評価だ、それが嬉しく無い訳は無いだろう。

 

 『ああ、とは言ってもお前達はこれから更に厄介な奴と渡り合わなきゃならないんだったな、どうだ斬九郎それとヒビキもだが怖いか?』

 

 単刀直入にスバリとザンキさんが俺たちに問う、それも当然だろう方やデビューから一年弱、もう片方は今日初めて実践を経験したばかりの未熟者二人。

 ここに居る俺達二人だけではなく、その未熟者にこの場を任せなきゃなら無い状況にある事を猛士の皆さんも嘸や危惧しておいでだろう。

 

 「そうッスね、怖いってか不安が有りますね……。」

 

 俺はザンキさんに問われた後思っていた事を口に出してみた、俺の素直な思いを聞きザンキさんのプフっと苦笑する声がスピーカーから微かに響く。

 方や財前さんは小さく『くっ…。』と呟く、自身の不甲斐なさと無力感から俯いて顔に影を落とし。

 

 『はっきり言ってくれるなヒビキ、お前に言う事も尤もだし中にはヒビキが言った事を危惧する者も居るかも知れないな、だがしかしな俺はお前達ならやれるだろうと思っているよ。』

 

 しかしザンキさんから返ってきた言葉は、俺達からすると意外や意外っ感じの思わぬ高評価だった。

 その言葉に財前さんもだけど俺も呆気に取られてしまい、返す言葉もない出て来ない。

 

 『何だ俺の言う事が意外だったか、まぁ確かにヒビキも自分で言った様にまだまだルーキーって言っても差し支えない程のキャリアだしな、しかしヒビキはついこの間カガヤキと一緒にツチグモの変異種の討伐を成し遂げているだろう。』

 

 ザンキさんはついこの間のツチグモ変異体の討伐を引き合いに出してそういうけれどあれは俺からすると……。

 

 「…ザンキさんそれって何か随分と根拠が弱いんじゃないかと思うんすけど、アレはカガヤキさんって立派なキャリアを積んだベテランの、俺の師匠と一緒だったから出来た事であって、俺一人ではアレを清める事が出来たかどうかとなると疑問なんですけどね。」

 

 『フッ、そうは言うがなヒビキ、俺もあのツチグモ討伐の記録映像を見せてもらったが、その映像の中見せたお前の機転や観察眼は中々に鋭い物があったと俺は評価しているんだけどな、それにカガヤキとの連携も見事だったぞ。』

 

 ザンキさんの俺に対する評価の言葉、それはとてもありがたい物で柄にも無く俺は感激の声を上げたくなる、まぁあげないけどな今は。

 

 『それから斬九郎、実はなトドロキのヤツはもう何ヶ月も前からお前には独り立ち出来るだけの実力があると認めていたんだよ、先月トドロキと飲んだ時に彼奴その事を嬉しそうに俺に話してくれてな。』 

 

 続いてザンキさんは財前さんに語り掛ける、その言葉に目を見開き『ほへっ』と気の抜けた声を発した。

 財前さんにとってトドロキさんがもう何ヶ月も前から自分の事をそんなにも高く評価していてくれた事が意外だったのだろうか、だが俺からするとトドロキさんのその評価には頷ける。

 先の記録映像で見た財前さんの、あの爆発的な力を知ればそう評価せずにはいられないだろう、但し問題もあるんだけどな。

 

 『だがな、同時に危惧もしていたんだよ、それはお前の精神メンタル面に付いてなんだが、トドロキは今のお前がかつての自分と同様に自分に自信が持てずこのままだと何時までも燻ってしまうんじゃないかのかともな……。』

 

 そう、今の財前さんの状態つか心境がまさにそんな感じだと俺も思う、トドロキさんの負傷離脱に対する自責の念に駆られているだろう今の心境。

 そしておそらくは財前さんに対してトドロキさんはその辺りの指摘もしていただろうし、財前さん自身もそれをどうにかしなければと努力もして来ていたと俺は思う、まぁ俺は財前さんの普段の鍛錬の様子をずっと見てきた訳でも無いから断定は出来ないがな。

 

 「師匠……。」

 

 『だが斬九郎、それでも彼奴は信じているんだよお前なら絶対にそれを克服して立派に役割を果たせる鬼になれるってな。』

 

 そう、今ザンキさんが言った事はトドロキさんの財前さんを信じているって言う言葉は紛れも無い真実だろう、だからこそトドロキさんはこの場を財前さんと俺に託したんだ。

 

 「財前さんさっきの、担架で運ばれて行くトドロキさんの言った事忘れちゃいないですよね、いや言葉だけじゃなくてその時のトドロキさんの表情もっすよ、あの時のトドロキさんの表情にはこの場を財前さんに託す事に対して何の不安も抱いていないってそんなカンジの表情でしたよね。」

 

 俺のこの発言に心底驚いたかの様にハッとした表情で財前さんは俺を見てくるってか熱い眼差しで俺の目を見つめている、やっべーなまじ財前さんってばイケメンだからちとヤバい方向に流れそうってそんな事思っとる場合かよ俺!

 大体が俺にそっち方面の気は無いからねマジで、今一瞬由比ヶ浜の友達のアノ眼鏡っ娘の愚腐腐ッて仄暗い嗤い声が聴こえた気がしたけどそれは気のせいだ。

 

 『それとな、こいつも序に言ってしまうがトドロキが独り立ちした時俺は斬鬼の名をトドロキに譲るつもりでいたんだが、その時は彼奴の意向でな俺に何時までもザンキでいて欲しいなんて願われて俺もそうしたんだが。

 それで俺が新たに轟鬼って名を贈ったんだがあの時の事を後に彼奴が告白して来たんだよ、実はあの時の自分には斬鬼の名を受け継ぐには荷が重かったとな、まぁ俺に何時までも斬鬼でいて欲しいってのは彼奴の本心からの言葉だっんだけどな。

 その彼奴が言ったんだよ斬九郎、お前になら斬鬼の名を継がせても良いだろうってな、お前の精神がしっかりと成長したのならその時は斬鬼の名を斬九郎に継がせてくれとな。』

 

 そして投げ掛けられる更なる財前さんにとっての爆弾発言、自らの師匠の名を自分に受け継がせるつもりでいると言う事実を聞かされた財前さんの今の心境は如何なるものか、それは財前さんのみが知るだな。

 

 『だからな、トドロキからの合格点も出ている事だし、まぁ正式な襲名は後日として今から俺がトドロキの代わりにお前に伝えるぞ、斬九郎たった今からお前は斬鬼の名を名乗れ、こう言われてお前も荷が重いなんて思うだろうがそれに打ち克つ精神を身に付けてくれ、轟鬼が認めた男がそれだけの力がある鬼だって事をお前が証明してくれ。』

 

 財前さん聞きましたよね、トドロキさんとザンキさんの二人の思いを、斬鬼と轟鬼二人の鬼の技と心を受け継ぐ人は貴方だって、二人はそう認めているんですよ。

 

 「財前さん、この思いに貴方はどう応えますか、俺も貴方と同じでした先代ヒビキさんとカガヤキさん、その二人から響鬼の名を受け継ぐようにと言われてマジでプレッシャーでしたよ。

 けどまぁそんでも何とかまだ半年ちょいですけどやって来れてますからね、だからっすね、やってみりゃ案外人生何とかなるんじゃないっすからね、何処かの中学生の女の子達もそう言ってますしね多分。

 あと序に俺もこれからは財前さんじゃ無くザンキさんって呼ばせてもらいますから。」

 

 さあ、財前さん改めてザンキさん、貴方はこれにどう応えますか。

 立ち上がりますかそれとも押し潰されますか、事此処に至ってはそれを決めるのは貴方だけっすよ。

 

 

 暫しザンキさんは沈黙しやがて。

 

 「ヒビキ君、ザンキさん俺………分かりましたっすよ、斬鬼の名を俺受け継ぎます!受け継いで轟鬼の名と斬鬼の名を汚さないだけの立派な鬼になります。」

 

 顔を上げ力強く決意を伝える一人の男の姿がここにあった、迷いを吹っ切り前を向き歩く事を決意した強い眼差しをスマホと俺へ向けて。

 その表情、もし俺が男じゃ無かったら惚れてたかもって思わず思ってしまう位にカッコ良かったっす。

 もう一度言うけど俺にそちらの気は断じて無い、此処試験に出るからシッカリ覚えておくように!

 

 「その決意しっかり聞かせてもらいましたよザンキさん、そんじゃあチャチャッと片付けに行きましょうか、当然バケガニにはディスクを監視に付けているんですよね。」

 

 俺はチェアーから立ち上がりザンキさんを促す、バケガニ討伐へ出向くべく。

 

 「了解ッすヒビキ君行きましょう、海に潜っているバケガニにはニビイロヘビを付けてますから大丈夫っす。」

 

 ザンキさんは立ち上がり左手に音撃真弦 烈雷改を持ち応える、ならばバケガニ捜索に割く時間はそれ程掛からないだろう、俺達は頷き合い行動に移る。

 

 「ザンキさんありがとうございましたっス、俺行きます!」

 

 『おう、気を付けてな二人共、それからな俺はもうザンキじゃ無いからな、これから斬鬼を名乗るのはお前だぞ。』

 

 先代ザンキさん、財津原さんからの言葉に力強く『ハイっす!』とザンキさんは応え、俺は通常営業通りに。

 

 「分かりましたそんじゃあ行ってきますシュッ!」

 

 と何時もの如く応えて出発の準備を再開する、新たに誕生した弦の鬼と共闘しバケガニの変異種を清めるべく。

 

 

 




折角ザンキさん生存ルートの世界線ですから、何とかザンキさんの出番を捻出してみました。


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並び立つ次世代。

新生斬鬼始動です。


 

 疾!

       駆!

             跳!

 

 

 先代ザンキさん、財津原さんよりの激励の言葉により立ち向かう決意を固める事が出来、新たに当代の斬鬼としてその名を受け継いだ財前さんこと新たなザンキさんと共に俺はバケガニの変異種を清めるべく現場へと向かい海岸の岩場を疾走る、駆ける、跳躍する。

 

 「もう直ぐッスよヒビキ君、バケガニが海に潜り込んで行った辺りはもう直ぐっす!」

 

 間もなくその現場に着く、ザンキさんの声に俺は警戒感を強め、より周囲へ気を配りつつ返事を返す。

 

 「うす、しかしザンキさんバケガニもっすけどあの黒い奴の所在も気になりますよねその後の映像には映って無かったっすけど、どっかに潜んでんでしょうかね。」

 

 バケガニもそうだが、それ以上にあの黒い虚無僧だか修験者だか解らない不気味な存在はバケガニ以上の懸念材料だからな、はっきり言ってバケガニの対処は斬鬼さんと巧く連携を取れれば何とか出来ると俺は思っている。

 しかしあの念動力みたいな得体の知れない技を使う黒い奴に対処出来るのかと問われれば、それは難しいと言わざるを得ない。

 

 「ああそれなんすけど、彼奴俺達が撤退する時にはもう現場周辺には居なかったみたいなんすよ、俺も一応戻る時に周りを確認しながら戻ったんすねど、もし居たら俺達の撤退中に何かチョッカイ掛けてきてもおかしく無いっすよね。」

 

 ふむ、そうするとあの黒い奴の目的は一体何だったんだ、只単に魔化魍を人為的改造する為だけに此処へ来たって事だろうか。

 しかし魔化魍にとって俺達鬼は所謂天敵みたいなモノの筈だし黒い奴にとっちゃ目的を妨げる邪魔な存在でしか無いよな、折角造った魔化魍を清められてちゃ何の意味も無いんじゃねと俺は思うんだが、う〜ん彼奴にとっては結果魔化魍が清められようともどうでも良いって事なんだろうか。

 自動車やバイク関連メーカーがレースに参加して実戦でデータ収集して市販車にその技術をフィードバックする様に、あの黒いのは実験的に魔化魍を造り出して俺達鬼に相手取らせてより強力な魔化魍を産み造り出すためのデータ収集を行っているとかだろうか、現にあのバケガニが産み出された後は黒い奴何も手出しをして来なかったしな……いやこの結論は考え過ぎってか俺の先走り過ぎだろうか、そう言った事は組織の中核に居る人達や研究に当たっている人達が考えりゃいい事であって俺がああだこうだと考察しても今は仕方が無いか、まぁけど自分なりの考えをおやっさん達に話す程度なら良いか。

 おやっさんなら関東支部長だし立場的には猛士の中核にいる人だから本部にそう言った現場からの見解なんかを上に奏上する事も出来るだろうしな。

 

 「……けど我ながら強ち的外れな考察じゃ無いとも思うんだがな…。」

 

 「ん?ヒビキ君何か言ったッスか?」

 

 「へっ、いや何でも無いッすよ。」

 

 どうやら俺は何時もの如く思考を口から漏らしていた様だ、どうにも俺の唇のバルブとパッキンは密閉性には問題があるのだろう、DIY日曜大工でもして応急処置でもしておこうか。

 うん、そうと決まれば帰りにカ○ンズかジョイフル○田にでも寄ってくか、まぁ冗談だけどな。

 

 「そうッスか、てもう着きましたよヒビキ君!はら彼処ディスク達が居るでしょう。」

 

 そういってザンキさんが指し示した方向、その波打ち際の岩の上には数体のディスク達が跳ね、自分達の居場所を俺達に伝えている。

 

 「はい、あの辺りからバケガニは海へ潜ったんですね、ん?沖の方にはアサギワシっすかね。」

 

 それからその波打ち際から沖合い4〜50メートル程先を小さな赤いボディが旋回飛行型や滑空飛行等の行動を取っている。

 

 「…そうっスね、多分あの辺に例のバケガニが潜ってんすね。」

 

 そんな会話を交わしながら俺達は数体のディスク達が居る場へと到着し『ご苦労さん』とディスク達を労い、アサギワシが翔んでいる辺りに視線を向ける。

 

 「…ああ、お前達スマンが周囲の警戒を頼めるか?」

 

 沖合に目を向けていた俺だったが、やはり居ない可能性が高いとは言えあの黒いのに対する警戒は一応しといた方が良いだろうと判断し、ディスク達にそれを依頼する。

 数体のディスク達は機械音声を発しながらある個体は敬礼的なポーズをまたある個体は頭部を上下に振って了解の意を示し四方へと散開して行く。

 

 「みんなよろしく頼むッスよ!」

 

 とは言っても今いた場所からニ十メートル程離れて辺りを窺っているんだけどな、それから俺達は再度沖合に目を向けると海面に小さく航跡波を残しながら此方へと近付く物体が確認出来た。

 

 「ニビイロヘビが戻って来たっスよヒビキ君。」

 

 「ですね、此奴を確認すりゃバケガニのいる位置が大分特定出来ますね、まぁ

アサギワシがいる辺りからそう離れちゃいないんでしょうけど。」

 

 間もなく戻って来たニビイロヘビをザンキさんが回収し、確認作業に入り程無くその場は特定された。

 変身音弦からディスク化したニビイロヘビを取り外しアニマル形態に戻し俺達から距離を置かせる。

 

 「やっぱ、アサギワシがいる辺りで間違いないっスね、水深五メーター位のトコに丸まってるっスよ。」

 

「へぇ、ザンキさんが与えたダメージが回復しきって無いから引き籠もってるんすかね、まぁいいやそんじゃあ取り敢えず変身しときましょうかね。」

 

 俺達は互いに頷き合い左右に離れて距離を取る、ザンキさんは烈雷 改の剣先を岩場に突き刺すと左手首の変身鬼弦を展開しその弦を爪弾く。

 俺はジャケットのポケットから右手で変身音叉を取り出し展開し、左手に軽く当てる。

 二人の変身鬼弦と音叉から音と波動が発生するとその波動を額へと近付ける、頭部から拡がる波動はやがて雷と炎に変じて俺とザンキさんの身を包む。

 

 「はぁーーっ……タァーッ!」

 

 「………セイッ!」

 

 雷を周囲に放電放出しながら濃いメタリックグリーンを基調とした体色の一本角の鬼が、蒼い炎を切り裂き藍色を基調とした体色の二本角の鬼が顕現する、身に付けていた衣服を犠牲にして。

 (因みに本日の俺の衣装は安心安全コスパ最高単車乗りにはお馴染みのコ○ネマン装備一式だった事を此処に明記しておく。)

 

 「よし!響鬼君ちょつと水辺から離れて下さいっス。」

 

 変身を完了し斬鬼さんが俺へそう呼び掛ける、その言葉に従い俺は一旦後方へと下がる。

 斬鬼さんはそれを確認すると波打ち際から歩を進め脛の辺り迄海水に浸かる位置に立ち左脚を前へ一歩、右脚を半歩後方へ身体を半身に構えを取って一呼吸。

 

 「はぁーっ、ヨシ行くぞッ!」

 

 右腕を大きく振り上げ手は手刀の型を取り、海面に向けて高速でその手刀を叩き付ける。

 

 「鬼幻術 雷撃波ぁッ!!」

 

 強靭な膂力を持つ弦の鬼が放つ強烈なその手刀は恰もモーゼの海割りの如く数十メートル程の距離の海を縦に割る。

 割られた海は左右に巨大な水飛沫と波を造りそれが波紋の様に拡がる。そして海底が見えた其処を激烈なスパークを発しながら雷が疾走して行く。

 まぁ残念な事だがその割れ目もバケガニが居る(辺りの寸前だと思われるが)位置までは若干?届いていない様だが、しかし高速で疾走する雷撃はその割れ目の終点を越えて海中にまで飛び込みやがて何かにぶち当たったかの様な衝撃音を響かせて高波を発生させるとやがて終息した。

 

 「…………………。」

 

 俺はそのあまりの衝撃的な光景に、開いた口が塞がらない状態となってしまったがそれを誰が責められようか……。

 尤もその開いた口も変身して鬼面に包まれているから他者からは見られなかったのは幸いか。

 それからもう一つ、俺は今この時この瞬間を以て斬鬼さんを怒らせんとこと心に誓いを立てた、まぁアレを見りゃ当然だわな。

 

 「……変化無しっスね、バケガニにはぶち当たらなかったのかなぁ、ヨシそれじゃあもう一撃行っちゃいましょうかね響鬼君!」

 

 斬鬼さんが雷撃波を放ち十数秒程の時が経ち変化を見せない(とは言っても斬鬼さんがかち割った影響で海面は荒れ狂っているけど)海の様子に雷撃の効果が無しと見た斬鬼さんはその様に言うんだが、対して俺は『そうっすね』と力無く答えるしか……ないっすね。

 

 「じゃあもう一丁行って…!?」

 

 斬鬼さんがもう一撃を放とうと構えを取ろうとしたその時、海面のアサギワシが翔んでいる辺りから異変が起こり始めた。

 青い海面に白い飛沫が浮かびはじめ、それがやがてそこを中心に巨大な波が波紋がとなって拡がり、間欠泉の様に海水が空へと押し上げられる。

 

 「やっと、お出ましになったっすよ斬鬼さん。」

 

 沖合い四十メートル程の位置に大波をザブザブと蹴立てて、怒り狂ってるのか藻掻いているのから知らんけど鋏と脚をワチャワチャとさせながら、遂にバケガニの変異種は浮上した。

 

 「ッスね、けどアイツ何で上がってくるまでにこんな微妙に時間が掛かったんすかね。」

 

 そう聞かれましても俺には正直よく判りません!!まぁそれなりに推察した方が良いかもだけど、それは後からでもいいよな、なので取り敢えず思い付いたこ事を口に出してみようかな。

 

 「う〜ん、よく解んないっすけどアレじゃないっすか大男総身に知恵が回りかねって言いますしね、ダメージとかが脳に伝達するのに時間が掛かったとかですかね、まぁ彼奴に脳があるかは解んないっすけど。

 それよりも彼奴此方に近付いて来てますよ怒り心頭むかっ腹がたったてところかな、まぁ逃げないでくれて良かったっすねあのまま逃げられて海に潜られちゃ探すのにも一苦労どころじゃ無かったでしょうし。」

 

 「イヤイヤ響鬼君、いくらデカいからっても人間じゃなくて魔化魍っスよ相手は。」

 

 俺達はそんな無駄口とも取られそうな事を口にしながらそれぞれに臨戦態勢を取る。

 斬鬼さんは海から岩場へと揚がり突き刺していた烈雷 改を手にし、俺は背部の装備帯から音撃棒烈火を手にする。

 

 「斬鬼さん、俺ちょっと彼奴にチョッカイ掛けてみますから、斬鬼さんも迎撃準備を頼んます!」

 

 斬鬼さんに声を掛けて俺は斬鬼さんから見て左側方面へと駆け距離を置くと音撃棒を振り上げて気を込める。

 込められた気はやがて炎となって烈火の先端の鬼石に集積され。

 

 「はぁーーっ…はッ!はッ!そりゃあァーッ!」

 

 上から下へと烈火を振り抜きバケガニへ向けて炎の弾丸、鬼棒術烈火弾の三連撃を撃ち込む。

 撃ち出された火炎弾は中空を高速でバケガニへと向けて進み着弾すると、着弾音とバケガニの体表の海水の蒸発するジュワーっと言う音と煙と水蒸気が空へと上がる。

 しかしその体表には焦げ目さえあまり付いてはいない様で、あの斬鬼さんのどエライ技を見せられた後だけに若干落ち込みそうな気分だ。

 

 「……解ってるけどさ、やっぱりほぼノーダメージなんだよなぁ…。」

 

 だが奴の目を俺に引き付けるって当初の目標は達成出来た、奴は火炎弾と言う小癪な手段でチョッカイを掛けられてムカついて俺をターゲットとしてロックオンした様だし。

 

 「ハハッ、此方だよ付いて来いよ!」

 

 俺は挑発する為にっ、てもそれに効果があるとは思えないが取り敢えず声に出し右手を伸ばしカモンとばかりに4本の指をチョイチョイとやり、波打ち際の海辺から離る。

 離れながら更に烈火弾を嫌がらせの為に数回程放ち海辺から四〜五十メートル程の位置で止まる。

 

 「斬鬼さん俺が正面からコイツの気を引き付けますんで、斬鬼さんは後背から打撃を加えて機動力を削いでください、そんでチャンスが生まれたら音撃を叩き込みましょう!」

 

 俺は斬鬼さんに提案しつつもその場で再び烈火に気を込める、鬼石に集中した気は炎を生みやがて刃を形成する。

 

 「了解っス響鬼君、悪いっスけど囮役よろしく頼んます!」

 

 鬼棒術烈火剣、二本の音撃棒に宿された炎の剣を構え俺はその場から更に左方向へ移動、この辺りに位置取れば斬鬼さんは奴の視界から外れるだろう。

 

 体長十メートルはあるだろうバケガニだが機動力スピードはそれなりにある様でもう奴は俺の近く迄接近している、俺は二刀を掲げバケガニを迎え撃つべく構えて前進を開始する。

 

 「シャぁッ!」

 

      疾!

 

 前進する事により近付く俺とバケガニとの距離、奴は俺が射程距離に入ったと判断したんだろうな、掲げていた鋏を鉄槌を振り下ろす様に撃ち付けて来る。

 

 「おっと!!」

 

 巨体に似合わない予想外の鋏の撃ち降ろしに俺は咄嗟に後方へワンステップバックで躱し、カウンターよろしく烈火剣を振るい鋏に剣撃を叩き込む。

 

 「セイっ!ヤァ!」

 

 烈火剣はバケガニの撃ち降ろした鋏に当たり鈍い打撃音を響かせているが、その表面には大した傷も付いちゃいない。

 内心でその事実に舌打ちをする俺だけど奴の鋏は斬鬼さんが叩き斬った一本を引いてもあと五本もある、数は力であり奴自体の体躯を無視した様な意外な機動性もあり、ボヤッとしてちゃ次々に振るわれる他の鋏の追撃を喰らう恐れがあるから常に奴の鋏の機動に気を割かなきゃならない。

 

 「コイツはちょつと骨が折れるな、おっとッ!?ハッ!」

 

 俺はウィービングやステップを刻んで回避時に烈火剣を振るわれる鋏に撃ち付けいなす、数は力それは本当にマジだって事を俺は今忌々しいけどそれを体感している処だ。

 奴に脳が存在しているってのかは置いといて、こんな複数の鋏と脚を縺れさせる事も無く巧みに操るこのバケガニは厄介な事この上無いわ。

 しかしコイツ…何か何処かで見た事がある様な気がするんだが一体何処で見たのかが思い出せないが、まぁ多分猛士のデータベースにあったんだろうな。

 

 「全くっ、これが反射とか…よッと、本能だとかで動かし…っと!ヤァッ、かなら恐ろしいなっ、と!」

 

 愚痴りながら俺はバケガニの猛攻を何とか捌くが人造変異種故がコイツはもうパワーがダンチだ、通常のバケガニなら俺も一度轟鬼さんのアシストとして対峙した事があるし、その時は何とか優位に立ち回れたんだがなぁ。

 俺がコイツと真っ向からぶつかるにはおそらく紅の力を発揮しなきゃだよな、けど今はまだ春先だからな流石に紅になる為のコンディション調整だってまだして無いし……。

 

 「無い物ねだりをしたってしょうが無いよなぁッ!」

 

 言いながら振り下ろされる鋏を迎撃、ラッキーな事にハサミの付け根関節部分に烈火剣が当たりほんの少しだが奴に傷を負わす事に成功した。

 

 「…関節部が弱いとか、何かパターンだよなぁ。」

 

 とは言っても、不規則に振り回される五本の鋏の動きを予測する事など簡単に出来るものでも無いしそれを狙って行うなんてそう巧く行く訳も無い。

 

 「おっと、ハァッ!シャァッ!」

 

 しかし今の俺の役目は囮だ、バケガニのヘイトを俺に引き付けてスキを作り出し気力を充分に貯めた斬鬼さんの攻撃をコイツに喰らわせる為の、そしてそれは今の所かなり順調に行っている。

 この間数十秒、もうそろそろ斬鬼さんもバケガニ討伐の為の行動を開始する筈だ。

 そう思い俺はバケガニの対処をしながら一瞬だけチラリと斬鬼さんの方へと視線を向ける、あまり長くそちらを見ていたんじゃバケガニの方がおざなりになってしまい攻撃を捌くのをしくじる可能性もあるからな。

 

 『ヨシッ、斬鬼さんどうやら準備は万端整ったな!』

 

 右手に烈雷改を剣道で言う所の脇構えってのかな?多分そんな感じで体勢を少し低くして、もう何時でもスタートダッシュを掛けられそうだ。

 それを俺は頃合いと見てバケガニの鋏の猛攻のスキを見つけてバックステップで一旦奴から離れる。

 

 「おい、コッチだそ!」

 

 距離を置いた俺は烈火の阿と吽を軽く打ち合わせてバケガニに呼びかけた、それには挑発程度の意味しか無いけど取り敢えずやっておく。

 そして斬鬼さんはそれを好機と見てバケガニへ向かって力強く岩場を蹴って疾走りだす。

 

 「ダァーーーーりゃぁっ!」

 

    駆!

 

 駆ける、斬鬼さんはバケガニへ向かい烈雷改を右手に、そして強靭な脚力をもって跳躍する。

 

       跳!

 

 高く、高く、やかで斬鬼さんの身体は重力に従い降下に移り始める、降下しながら斬鬼さんは烈雷改のネックを両手に持ち構える、それは落下の威力を加えた刺突をバケガニへ喰らわせる為の構えだろう。

 

 「ヤァーーーッ…どぉりゃァあァァァァッ!!」

 

 斬鬼さんはかけ声と共にバケガニの背部の甲殻へ烈雷改を突き刺し、自身もまたそのバケガニ背部甲殻上に着地した。

 着地音と烈雷改が甲殻を突き破ったビシッと鈍く響く甲殻の割れる破壊音を響かせながら。

 

 「おおっ!流石ッ。」

 

 俺は斬鬼さんのその激烈な威力の攻撃に感嘆の言葉を漏らした。

 



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変じる怪異。

 

 バケガニ変異種の背部の甲殻に深々と突き刺さった烈雷改、それは高空からの降下の勢いと弦の鬼たる斬鬼さんの膂力が合わさったが故の会心の一撃と言って過言じゃあない。

 まさに関東支部最強のパワーを誇る轟鬼さんの一番弟子たる面目躍如ってなものだ、全く目が若干垂れ目気味だけどイケメンで人当たりが良くて力持ちとかってさ、一体この人天に何物貰ってるのかなこの人は、べっ別に羨ましくなんか…あるんだからね。

 等とつらつら世の無常を嘆く俺だけど何時までもそんな事ばかりに気を取られてばかりはいられ無い。

 何故なら今バケガニの奴動きが止まってるから、おそらくは斬鬼さんの一撃に依って神経節とかにダメージを受けたとかだろうか、よく解らんけど。

 

 「おおっイカンイカン、何にしても今が好機だよな。」

 

 俺は先にダメージを与えたバケガニの

関節部分に追撃を掛けるべくダッシュする、四歩程のステップからジャンプして傷の残る其処へ烈火剣をふるう。

 

 「セィリャァッ!」

 

 掛け声と共に振るった烈火剣は俺の腕に確かな手応えと甲高い斬撃音を響かせ鋏を切り落とした、それは正に会心の一撃ってのは大袈裟だろうか、イヤ俺がそう思ったんならそれで良いんだよ自己満足みたいな物だから。

 しかしだからと言って決して気を緩めたりはいない、清めの音を叩き込まない限り魔化魍は消えないしな、烈火剣を振るい着地した場所はバケガニの懐にかなり近いので全体的な見通しがし辛い、なので俺はバケガニの姿がある程度見える位置まで離れる。

 離れて見てみるとバケガニの背部に乗っかっている斬鬼さんは奴に突き刺した烈雷改を引き抜き再度刺突をすべく烈雷改を上方へと掲げている所だった。

 

 「斬鬼さん……ヨシ、俺ももう一度行かなきゃな。」

 

 俺はもう一度バケガニの残りの鋏を叩き落とすべく烈火剣を構え直し再突撃を掛けようと四肢に力を込めたその時。

 

 「!?」

 

 「なっ、何だ!?」

 

 突如としてバケガニの巨体が微振動を始めた、その奇妙な事態に俺は駆け出そうとしていた足を一旦止め様子を見る事に、また斬鬼さんもバケガニの背部に立ちながら何事かと戸惑いを見せている。

 やがてその振動は大した時間を置くことも無く徐々に大きくなり始める、ゴゴゴゴゴゴォ!と背景に書き文字が現れてもおかしく無い位に大きく。

 

 「チィッ、考えても仕方無いっス、ここは攻撃あるのみっ!」

 

 バケガニの発する振動に抗いながら斬鬼さんは己に発破を掛ける様に声に出し烈雷改を上方に掲げ直す。

 だが、バケガニの発する振動はやがてその身を痙攣でもさせているかの様にビクンビクンと大きく不規則に撥条させはじめる。

 

 「ううおぉッ、なっ、何なんだ!?」

 

 これには斬鬼さんも流石に体勢を維持出来ない様でバランスを巧く取れずにその身を翻弄される、しかもその痙攣?は次第に強く激しくなって行き遂には斬鬼さんもバケガニの背部に立っていることも適わない程の揺れとなり、堪らず斬鬼さんはその場から飛び降りざるを得なくなってしまった。

 

 「うおっ、とっとぉッ!?」

 

 烈雷改のネックを左手にバケガニの背部から飛び降りた斬鬼さんは少しバランスを崩しながらも俺の居る近くの岩場へと着地し『ふぅ…』と一息吐く。

 

 「だ、大丈夫っすか斬鬼さん!?」

 

 「へっ、あぁ平気っスよ響鬼君、けど一体何なんすかね彼奴いきなり変な動きし始めて訳分かんないっスよ。」

 

 ああ斬鬼さんもバケガニのあの変な挙動を目の前に頭の中は疑問符だらけなんだろうな、まぁ考え付く範囲で推察して見ると背部に受けた斬鬼さんの一撃があまりに痛すぎてのたうち回っているとかじゃねと思うんだが。

 

 「もしかしてあれっスかね、えっと確か…そうだ断末魔ってヤツかもっス。」

 

 ポンと右掌に左手を握り拳にして側部を打ち付けて僅かな時間考え込んで出した斬鬼さんの回答だが、確かに普通の動物とかなら其れも有り得るかも知れんけど。

 

 「いや、それはどうかっすね、何せ相手はちょつと特殊っぽい魔化魍だしそれに清めの音を叩き込んだって訳でも無いっすからねぇ。

 とまぁつまりはぶっちゃけ俺も何かは解りませんって事ですね。」

 

 斬鬼さんの思いつき発言に突っ込みと自身の見解を述べようと思ったが、俺自身正直この事態が飲み込めていない為碌な事を言えない、いやだって痙攣してんのか藻掻いてんのか知らんけど但単にひたすらにキモいとしか感想が出て来ないしな。

 

 「けど、こうして突っ立ってるだけってのも何ですからね、少し手を出してみますかね。」

 

 烈火から剣を解除し音撃棒の状態に戻すと斬鬼さんから少し離れる、二歩、三歩、四歩と離れながら少しずつ烈火に気を込める。

 

 「なる程遠距離攻撃を喰らわすんですね、だったら俺も……ハァーッ。」

 

 斬鬼さんと俺は互いに数メートルの距離を開けのたうつバケガニへ向けて遠距離攻撃の準備を整える、俺は烈火の鬼石に炎の気を込め更に鬼面の口部を開いて準備完了。

 

 「ハァッ、セイッ!!」

 

 烈火弾と鬼火を同時発射する、射出されたその2発の炎の弾丸と放射された火炎は狙い過たず十メートル程先のバケガニに着弾し痙攣していたバケガニを五メートル程弾き飛ばした。

 だがそれはどうやらあまり効果は無かった様でバケガニは弾き飛ばされた先で変わらず身悶えている、何か地味にショックだよな解っちゃいても泣けて来ちゃうよ八幡。

 

 「ヨシ、俺も行くっスよ!鬼幻術雷撃波ぁッ!!」

 

 続いて斬鬼さんがおおきく振りかぶった手刀を足元の岩に叩き付ける、その岩をバックリとかち割りながら放射された雷撃が轟音を轟かせながらバケガニ目掛けて高速疾走。

 技の発動からほんの秒単位でそれは身悶えていたバケガニに轟音と共に着弾、それを受けたバケガニはその場から更に十メートル以上も大きく吹き飛ばされてしまった。 

 流石に今度はバケガニも相当なダメージを受けたのか(も知れない)岩場に落ちた後、その身悶えていたかの様な痙攣が少し弱まった気がする。

 

 「……すっ、凄えぇ、つか斬鬼さんその技って相当どえらい威力っすけどそう何度も撃てるもんなんですか?」

 

 斬鬼さんの雷撃波、さっきは海を分断したし今のは岩場をバックリと斬り裂きながらあんな威力の雷撃を放つんだから相当な気力体力を消耗すんじゃね?との予想の元斬鬼さんに質問する。

 

 「……ふう〜っ、やっぱ分かるっスか響鬼君、そうっスね今よりも鍛えてもっと俺が強くなればもう何発か撃てるかもっスけど今は後一発くらいっすね。」

 

 やはりそうだったか、まぁアレだけの破壊力が有るんだ謂わばあれは格ゲーとかで例えると超必殺技とかスーパーコンボとかに類する技だよな、そう多用出来るもんじゃ無いだろう。

 格ゲーキャラと違って、体力ゲージ赤に成ったからって超必殺技幾らでも連発出来る訳ゃ無いし。

 

 「斬鬼さん、今日は何があっても雷撃波はもう撃たないで下さいよ、後は出来るだけ音弦を叩き込む事に力を集中して下さい。」

 

 あのバケガニの硬い甲殻を斬り裂いて音弦を叩き込むにはやっぱり斬鬼さんのドえらい膂力が物を言うだろうし、仮に俺が受け持つならさっき斬鬼さんが与えた背部の傷に爆裂火炎鼓で以て喰らわすって方法位かな現状出来そうなのは。

 

 「っ!了解っス、響鬼君。」

 

 力強く右拳を上げて頷き斬鬼さんは俺の提言を受け入れてくれた、更に俺達二人頷き合うとバケガニに視線を戻し慎重にゆっくりとそのバケガニの挙動を確認しながら近付いて行く。

 俺は両手に音撃棒烈火阿と吽を携え、斬鬼さんは音撃真弦烈雷改のネックを両手で刀の柄の様に掴み軽く腰を落として(俺は剣術とか詳しく無いんだがこういう構えって確か逆袈裟ってのかな、下から上へ掬い上げる様に斬るやつ)ジリジリと歩を進める、抜き足差し足忍び足って感じ……やべぇなんか今頭の中にピ○クパンサーのテーマが一瞬流れたわ、こんな時に気を抜くなよな俺。

 

 「ところで響鬼君、俺今ふと思ったんスけど俺達何でこんなに慎重になっているんスかね、バケガニのヤツさっき迄と比べてかなり弱ったっぽい感じだから一気に攻めても良い様な気がするんスよね俺。」

 

 はい、内心俺もちょっと慎重にすぎんじゃねと思わなくは無いんですけど、この間のツチグモの変異種の事もありましたから何か思い掛け無い事態とか起こりそうで、まぁ杞憂なら良いんすけど世の中一寸先は闇っても言いますからね。

 

 「まぁアレっすよ石橋を叩いて渡るってんですか、転ばぬ先の杖とかでもいいんすけど、用心に越したことは無いって事にしときましょうハイ。」

 

 「!?……………はぁ。」

 

 暫し無言その後溜息とも呆れとも或は俺の言の意味するところを理解していただけなかった故のはぁなのか、もしかして斬鬼さん今頭の中にクエスチョンマークが浮んでいるんだろうかと、そう思えてしまって若干切ない俺ガイル。

 まぁ鬼面の下の素の顔が分からないので何とも言えんけど、斬鬼さんお互い気を引き締めて行きましょう。

 

 「さっきよりかは弱まってるっスけどアイツまだピクピクしてるっスね、正直ちょっとキモいっス何か俺暫く蟹は食えそうに無いっスよ。」

 

 それでも俺と共に慎重に歩を進める斬鬼さんはバケガニの様子に嫌悪感の成分を多少滲ませた声音でその様に仰る、その言葉に俺達と共に俺達を真似て慎重にバケガニに近付いて行くディスク達も同意とばかりに頷く、てか何気に君達も付き合い良過ぎじゃね?

 

 「それに付いては同感っすかね、もうちょい様子を見て行けそうなら一気に清めの音を叩き込みましょう斬鬼さん。」

 

 これに無言で斬鬼さんは頷きバケガニへと向かい歩く、その時だった痙攣するバケガニに異変が起こったのは。

 一度だけ大きくビクリとバケガニの体躯が撥ね上がり痙攣が止まる、そして訪れる不気味な沈黙。

 コレには流石に俺達もヤツに向かって近付いて行くのは躊躇してしまう、てか先行き不明瞭なこの事態迂闊に近付かないのが賢明だろう。

 

 「斬鬼さん何かヤバいかもっすよ、コレはちょっと様子を観た方が良いかも知れないっすね。」

 

 突然に起こったバケガニのこの様子の変化がどう言う事なのか、またこの先どうなるのか予測が付かない、これが嵐の前の静けさってヤツで今みたいに動きを止めて力を蓄えているのか、それともさっき斬鬼さんが言った様に完全に弱っていて今が清める絶好の機会なのか、どう判断すりゃいいんだコレ。

 

 「そうっスね、けど今どう言う状態なんスかねアイツ。」

 

 斬鬼さんも俺の言に同意してくれ俺達二人固唾を呑んで沈黙したバケガニを観察する、もしバケガニに何らかの反応が起こったならば直ぐに行動に移せる様にと気を引き締めてはいるけど。

 この沈黙に俺の精神はジリジリとした焦燥感に駆ら鬼面の下の素の顔に冷たい汗の雫が滴る、さっき迄ピンク○ンサーのテーマとか言ってたのが嘘みたいだ。

 コレはやはり俺がデビュー一年未満の新米で精神的に余裕が無い事の現れなのか、だとすると今日が本格的なデビューを果たしたばかりの斬鬼さんはもしかすると今の俺の比では無い位に緊張しているかもだよな。

 

 「斬鬼さん焦らず軽く気持をリラックスして行きましょう、緊張して身体も精神的にも硬直してしまっちゃ咄嗟の事態に対応出来なくなるかもですからね。」

 

 俺は斬鬼さんに語りながらも其れを己にも言い聞かす、現段階で実践出来てるかは分からないけど軽い呼吸を数度すり替えし気持を切り替える事にする、ヒッヒッフー、ヒッヒッフーって俺は出産を控えた妊婦さんかっての。

 とまぁ気持を切り替える為に少しだけ巫山戯てみたが、何となくだけどそれに依り少しだけ身体が軽く気持ちが楽になった気がする、コレもしかして一種のプラシーボ効果なのだろうか。

 

 何てな事をやっている内に遂に異変は起こり始める、それは何かが割れ砕けるようなビシッとかビシリッとかって感じの効果音が着きそうな音で、それは確かにバケガニの方から響いて来た。

 俺と斬鬼さんはバケガニに視線を向けていたが今の所そのバケガニの外観には変化が見えない。

 今見えているのはさっき斬鬼さんが烈雷改を突き刺したて付けた裂創が見て取れるバケガニの背部の甲殻部なんだが、別にその辺りに変化は観えない。

 

 「今の音確かにバケガニの方から聞こえたっスよね響鬼君!?」

 

 「ハイっ何かが割れた様な感じの音っすよね、斬鬼さんさっきの俺の提言に一つ追加します、此処からは臨戦態勢で臨みましょう。」

 

 確認と情報の共有、俺達は言葉を交わしながらもバケガニから気を逸らさずに互いの音撃武器を構える。

 そして再度響く亀裂音、そしてこの音が一旦止んだ後横たわるバケガニの甲殻に目に見えて解る異変が確認出来た。

 

 「響鬼君、バケガニの身体の彼方此方に罅が入ってますよ!」

 

 「俺の方からも確認出来てますよ、斬鬼さんコレヤバいかもっすね、防御態勢を取っといたほうが……!?」

 

 斬鬼さんに防御を促そうと話していた途中にバケガニの身に更なる変化が現れる、それは無数に拡がるバケガニの体表甲殻の亀裂部分から淡い光が発せられ始めた事から始まり、やがてその光は眩いばかりに輝きを増し続け遂には肉眼では直視出来ない程の光度となり、俺も斬鬼さんもバケガニから少し視線を逸してしまった。

 

 「くっ、コリャ堪んねっス!?」

 

 斬鬼さんはあまりの眩しさに視線を逸しつつもボヤキを入れる、俺もそれに付いては全く以て同感である。

 しかしコレは一体何が始まるのかと頭の中を色んな推察が駆け巡る、だがしかし今は其れよりも。

 

 「斬鬼さん、コイツはヤバいっす一旦後方へ下がってバケガニから距離を取りましょう、ディスク達も早く此処から離れろよ!」

 

 光度を増した輝きはまるでその輝きその物が破壊のエネルギーを持っているかの様に、周囲に強烈なプレッシャーを与えているからな此れはもう只事では無いだろう。

 

 「っ!その方が良さそうっスね、了解っス響鬼君!」

 

 俺も斬鬼さんも後退を是とし脚にありったけの力を込めて岩場を踏み締めて、跳び跳ねる様に輝きを増し続けるバケガニから離れる。

 その間にもバケガニから放たれる光の光度は増し続ける、そして遂に其れは臨界点を超えたのだろうか……。

 

 俺達が距離にして百メートル程バケガニから離れた辺りで後方から、間違い無くバケガニから爆発的な轟音が響き渡り爆風の様な圧力が其れだけの距離を置いているにも拘わらず、俺達はその身をその爆発的な圧力に持って行かれそうになってしまった。

 

 「うわッと、危ねえっ!?」

 

 体勢を立て直しつつ俺はバケガニの方を振り返り観る。

 

 「ヤバっ斬鬼さんしゃがんでッ!!」

 

 そこに観えたのは爆裂四散する大小様々に砕け散ったバケガニの甲殻と二本の鋏、それをバケガニが四方へと弾丸の如く飛散させている状況だった。 

 その場から飛び退り岩場の影に身を隠せたお陰で俺達は何とかその弾丸の様な甲殻の大きめの破片による被害を被らずに済んたが、小さ目の物はいくつかそれでも被弾してしまいいくつかの裂傷、擦過傷を負ってしまった。

 

 「痛っ、斬鬼さん大丈夫ですか、怪我はないっすか!?」

 

 気合による傷の治癒を行うよりも先に俺は斬鬼さんに問い掛ける、大丈夫だとは思うけど一応確認はしておいた方がいいだろうと思った次第なんだが。

 

 「痛〜っ、大丈夫っスよ響鬼君、小さな傷はあるっスけどこんなの気合一発で治るっス!」

 

 「そうっすか、俺も似た様な感じっすね、それじゃとっとと治してアイツをどうにかしなきゃっすね……フッ!」

 

 その場から立ち上がりながら気合いを込めて傷を癒やす俺と斬鬼さん、互いの顔を見合わせて一つ頷くと件の騒動の大元であるヤツに目を向ける。

 そこに居たのは、さっき迄は変異種ではあったがその特徴はバケガニと呼んで差し支えの無い見た目だったが、今俺達が目にしているソレは。

 

 「……響鬼君アイツ形が…変わってるっスよ…。」

 

 斬鬼さんが驚愕故か少し震えた声で呟く様に言葉を紡ぐ、がそれも仕方が無いだろうな……今俺達が視ているソレの身体的特徴はさっきより身体が縦に長く伸び、蟹と言うよりは海老の様な体躯と六本あった鋏を自ら取っ払い二本だけ残し(まぁその内の二本は俺と斬鬼さんが叩き斬ったんだがな)全体的にスリムな印象に変化し背に四対八枚の蜻蛉の翅に近い形状の翅を今正に展開しようとしている。

 

 「ま、マジかよ……。」

 

 それは嘗てバケガニが大量に発生する年に稀に顕れると言われていて、その発生の要因は長年不明だとされていたが、現役時代の先代とデビュー間もない轟鬼さんとが発見解明しバケガニの変異種であると確認が取れた魔化魍アミキリ。

 

 「コイツ、アミキリの変異種に変態したのか………。」

 

 本来は二対四枚の翅しか持たない筈のアミキリ、それが今俺達が目にしているソレは四対八枚の翅があるし、よってソレをアミキリの変異種と断定しても構わないだろう。

 未だかつて誰も見たことの無い新種の魔化魍に俺達はこの日またもや遭遇してしまった。

 

 「しかしコイツ…サ○ギマンからイナズ○ンかっての。」

 



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回転する事態。

前回バケガニ相手に二人の若い鬼に無双させるつもりが、アミキリと变化させた為にその後の展開をどうするか中々思いつきませんでした。


 バケガニとしての姿を棄て去るのに不要となった外殻等を眩くも不気味な輝きと共に爆散させる事によりアミキリへと変じたその变化のプロセスに、俺は思わず昔の特撮ヒーローじゃあるまいしと漏らしてしまったが俺は悪く無い、魔化魍っ存在を産み出す環境が悪いし何ならあの黒い奴が悪いと俺は断言する!

 

 「とまぁ、そんな事はいいとして問題は眼の前にいるコイツにどう対処するかだよなぁ…。」

 

 二人がかり、斬鬼さんと俺とで相手取ってあれ程梃子摺った変異種のバケガニが此処へ来て更に今度はアミキリの変異種へと变化してしまった、それに依りコイツがどれ程能力が上昇したのかは未知数だけど一筋縄では済まないって事は容易に想像出来るんだが、もう一つ気になる事は。

 

 「…斬鬼さん、コイツあともう一段階変身を残しているとかって言い出したりしないっすよね?」

 

 俺はゲンナリとした気分でそんな事を斬鬼さんに対してボヤいたりなどしてみた、この位のボヤキは大目に見て欲しい物だ。

 何せ此処のところ俺が相手取っている魔化魍と来たら変異種とかそんな感じのヤツばかりだしな、ホント何なの一体全体このツキに見放された感は、俺が何をしたって言うんだよと考え始めたら際限なく俺を取り巻く色々な事象に対して物申したくなるのでこの辺にしておこう。

 

 「響鬼君…宇宙の地上げ屋の元締めじゃ無いんスから、流石にもうソレは無いっスよ……多分っスけど。」

 

 しかし俺のボヤキのネタに対して斬鬼さんが突っ込んでくれたので幾らか気分はマシになった様な気がする、ってか斬鬼さん何気に元ネタが何か知ってたんですね、八幡感激&あざっす!

 そんなやり取りを俺たち二人が交わしている端で当のアミキリの変異種はと言えば、その背部の八枚の翅を大きく扇状に展開していた、それは恰もアミキリが自らの大きさと強さを俺達へと見せ付け強調でもしているかの様に。

 

 「それより響鬼君、こうしてるのも何だし俺取り敢えずアイツに仕掛けてみるっスよ。」

 

 烈雷改を再び逆袈裟に構え直し斬鬼さんはそう言うとアミキリ目掛けて駆け出そうとする、確かに斬鬼さんが言う様に取り敢えずでも攻めてみて相手の出方を観るのも有効かも知れないな『巧遅よりも拙速を以て尊ぶ』とも言うし。

 けど俺はどうにもソレを決断する事が出来ないでいる、上手く言語化出来ないがそれは何だかヤバいと警鐘が頭の中で鳴り響いている感じがさっきからしているからだ。

 何と言うか、飛行型の魔化魍である筈のアミキリがその翅を広げたは良いが未だ飛び上がろうとしない、俺はそれが何だか物凄く気になって仕方が無い。

 

 「……けど、斬鬼さんが言う様に此処は決断するべきか、何時までもアイツを眺めてたって埒は明かないし。」

 

 視線を落とし俺は左右の手にもつ音撃棒を見る、鬼として響鬼の名を戴くと共にこの音撃棒の名『烈火』もまた先代から受け継がせてもらった物だ。 

 

 「鍛えてもらって技を教わり、その名と武器を貰った、なら後は心の在り方もまた受け継がなきゃだよな。」

 

 カガヤキさんと仁志さんはよく言ってたよな俺達鬼の役目は人助けだって、俺達鬼が現場で魔化魍を清めることで人の世が人の暮らしが守られるんだって、それはきっと何処かの誰かの笑顔に繋がるんだって、そう信じて俺達は魔化魍を払い続けるんだって。

 

 「斬鬼さん俺も付き合いますよ。」

 

 「うっす!行きましょう響鬼君。」

 

 互いに頷き左右に散開しアミキリへと向かい先ずは同じ位の速度で駆ける、それに反応したのかアミキリがその体躯をブルリと震わせて俺と斬鬼さんとアミキリとで等辺の三角形が成立する向きへとその身を動かした。

 

 「!?」

 

 其れを訝しく思い若干自身のこの選択を正しかったのかと躊躇いアミキリへと進撃する事を疑問としかけた俺だが、共に並走しアミキリへと向かう斬鬼さんに瞬間視線を向けると。

 

 「虎穴に入らずんば虎子を得ずって言うし取り敢えずこのまま仕掛けましょう響鬼君!」

 

 その俺の躊躇いを汲み取ってくれたのだろう斬鬼さんはそう言って発破をかけてくれる、ああ斬鬼さんマジ好い人だよな。

 気さくで歳下の俺にも敬意を持って接してくれるし、結構細マッチョで少し垂れ目気味だけどイケメンで女子にモテるし、猛士関係者の忘年会新年会とかの席で妙齢の女性達に先代ザンキさん共々かなり人気があって矢鱈と話し掛けられていたし、其れを物慣れない感じで受け答えするもんだからお姉さん達にカワイイとか言われてるし………チッ、爆発しやがれイケメンリア充ッ!

 おっ、おっとまたしても……ここまで来るともう恒例と化した感のある俺の非モテヤローの妬み魂に火が着いてしまったわ。

 コレも斬鬼さんが放つ決意と覚悟を固めた男のイケメン魂が悪い、俺は決して悪く無い……嘘ですゴメンナサイ只の醜い嫉妬心です。

 

 「そうっすよね、もう此処まで来た事っすしねッ…………そりゃッ。」

 

 その発破に応えながら速力を上げて駆ける、それに依りアミキリの変異種との距離は当然ながら縮まるわけで頃合いと見た俺は『タァッ!』と一声挙げると空へと跳び上がる、そして斬鬼さんはそこから速度を上げて駆ける。

 弦の鬼は総じて膂力が管や太鼓の鬼と比して勝るけど速力、瞬発力に関してはやや劣る。

 三種の鬼の速力を順位付けするならば管、太鼓、弦の順だろう、勿論例外はありはするんだけどな。

 まぁ斬鬼さんはと言うと、先のド派手な技『雷撃波』などでも解るだろうけど弦の鬼の特徴である膂力が途轍もなく強い様だ、それは師匠である轟鬼さんにも引けを取らない程の物だろう。

 とまあ長々と語ったが、俺達の狙いは散開する事でアミキリに選択を迫る事にある訳で、要するに二人の鬼が上下からほぼ同時に立体的に攻撃を仕掛ける事により何方に対して迎撃をすべきかと戸惑わせる事を目的としてるって事だ。

 解りやすく言うと某巨人を相手に壁を守る的な兵士が使う立体機動みたいな物だ、いやちょっと違うんだけどな。

 

 「上手く嵌ってくれれば良いんだけどなッと!」

 

 地上から数十メートルの高空?で俺はそんな事を口にしながら烈火の鬼石に気を込めて再度烈火剣を展開、と同時に鬼面の口部を開口し鬼火の射出準備を整える。

 整えチラリと俺は岩場を疾駆する斬鬼さんの位置を確認する、よし若干アミキリとの距離は俺の方が近いが然程開いている訳でも無い様だから攻撃の開始には僅かなタイムラグはあるだろうが、ソレでもほぼ同時と言っても差し支えは無いだろう。

 

 「先ずは牽制に鬼火を……!?」

 

 牽制の鬼火の発射体勢が整っていざ撃たんと意気込んだその時、遂に是迄さしたる動きを見せなかったアミキリが行動を始めた。

 それは背部に大きく扇状に展開した八枚の翅、それを二枚一組として計四組を微かに擦り合わせ始めるとそれに依り発せられるのは堪らなく不快で大きく響く雑音、例えるならばまともに弾けていないヴァイオリンのノイズの様な音と他には黒板を引っ掻く様な背中が嫌なゾクゾク感に苛まれる様な音や金属同士を擦り合わせて耳の奥にキンキンと響く様な、そんな幾つも組み合わせた不協和音を数百倍も大きく更に不快にした様な、超音波と言うか強音波と言うべきかそれとも凶音波とでも言うか、兎に角堪らなく不快でいて其の音自体にも圧力があるかよ様でいてしかもその音波が頭の中にまで苦痛を伴い侵食して来る。

 

 「うっ、アァァあぁっッアァァ!?」

 

 その音圧を喰らい俺は空中で前後不覚に陥ってしまい岩場へ墜落してしまい強かに身体を強打してしまった。

 

 「くうッ……うグッ…がぁあっ…」

 

 地に落ちてなおアミキリより発せられる不快な音撃に頭の中をヒッチャカメッチャカに引っ掻き回される、それは俺だけじゃなく斬鬼さんもまた同様に苦しみ悶ている。

 

 「ウッがァァああぅうぁあ!?」

 

 つぅ…俺と斬鬼さんはアミキリを起点として見ればかなりの角度が付いていたはずだ、そう考えるとコイツのこの攻撃はどれ程広範囲に放たれるんだよ、まさか魔化魍がマップ兵器まで使ってくるなんて予想だにしていなかったわ。

 ギゴギゴ、ギヂャギヂャって感じの幾つもの不快な音が複雑に絡み合った様な音撃に晒され痛みや目眩吐き気までも催して来る、ヤバいこのゲル結界から何とかして逃れなきゃこのままじゃ変身まで解かれてしまうかも知れない。

 もしもこの音撃を変身を解いた状態で浴びせ掛けられたとしたら、鬼になれる程に鍛えた俺達でもそう長くは持たないだろう。

 

 「ぐぅ…はぁはぁっ…ふうッ…」

 

 くっそう…今直ぐにでも両手の烈火を手放して耳を抑えてしまいたいって衝動に駈られる、気の集中が途切れ鬼石の先端に展開していた剣も消失している。

 

 「うぐっ…くっ、クッソぅ…あっ、頭がッ、耳がぁぁっ……」

 

 烈雷改を右手から手放す事なく、斬鬼さんは空いた左手で頭を抑えるがその行為には何らの効果も無いだろ。

 どうにかして集中しなければ、アミキリに何かしらの攻撃を加えてこの不協和音を止めなければ、でなければ此処で俺達がコイツをどうにかしなきゃ大勢の人に被害が出る。

 俺達の代わりに別の鬼がこのアミキリの対処に当たるにしても、それまでの間に犠牲となる人が出るかも知れない。

 

 『人助けが俺達鬼の役目だからな。』

 

 あの日、ツチグモと童子と姫から俺を救ってくれたヒビキさんは飄々とした普段どおりって感じの態度でごく自然にそれが当たり前って感じでそう言った。

 

 『僕達が魔化魍を清める事でそれが何処かの誰かの笑顔を守る事に繋がっているんだって、そう信じているからね。』

 

 続けてカガヤキさんは言った、ヒビキさんとよく似た飄々としていて優しい笑顔で、そんな二人を俺は一発で尊敬してしまった。

 それまで人の悪意や負の面ばかり見て来た俺が、誰かに何かを期待するなんて無意味で虚しい事だって思い掛けていた俺の目の前に、何らの見返りも求めずにさも当たり前って感じでそれを実行する鬼達。

 それはまるでテレビに出て来る正義の変身ヒーローそのもので、そんな人達に俺が憧れその道を目指すと決意したのはある意味当然の帰結ってもんだろう。

 だけどもしも俺が鬼になる道を選ばなかったなら、もしも俺があの日カガヤキさんと仁志さんに出会わなかったなら、人助けだの誰かの笑顔のためにだのって事を口に出す様な人間を、まぁ馬鹿にしたり蔑んだりって事は無いとは思うが、でもそんな人の事をきっと胡散臭いとか感じて猜疑の目を向けて見る様な、きっと俺はその程度の人間になってしまっていたかも知れない。

 

 「だけど、俺は……っはぁはぁっ、出会ったんだよ……そして……鬼に、なったんだッ!」

 

 痛みに疼く頭の中で俺は鬼として師匠達から受け継いだものを想いをもう一度確認した、そして何とかよろけながらも立ち上がりこの手に持つ二つの音撃棒に気を込める。

 しかしこの頭痛攻撃の中では普段の様に集中して気を練る事もままならず、それには時間が掛かってしまったが何とか完成に至った。

 

 「はぁぁーーっ………。」

 

 今出来得る限りのありったけの気を音撃棒烈火、阿と吽の先端の鬼石に込め燃え盛る炎を宿したそれを大上段に構えて両脚を大きく開く、そして。

 

 「ぁぁぁ……たあぁーッ!!」

 

 それを俺は力を込めて大きく振り抜き勢いを付けて烈火弾を魔化魍へと向けて射出した、とは言え普段と違い五体に確りと力を込める事が適わなかった為に何時もよりもその弾速は遅いんじゃないかと俺自身は内心でそう思っているんだが果して……。

 

  豪!

       疾!

              爆!

 

 幸運な事に俺の放った烈火弾の弾速はそれ程遅いって訳でじゃ無かった様で、それなりに高速でアミキリへと向かい飛び更に幸運は重なり烈火弾はアミキリの頭部に轟音と共に着弾した。

 

 「やっ…やったのか……はぁ〜っ…」

 

 着弾の衝撃により多少なりともダメージを受けたのかアミキリのヤツはのけ反る様にピクピクッと身を震わせ後退、更にあの不快な音波マップ兵器を停止するに至る。

 

 「つぅ…み、みたいっスよ響鬼君、あの嫌な音が止まってますし流石っスねマジ尊敬っス!」

 

 頭の中に残る不快感の残滓を振り払う様にニ、三度頭を振りながら斬鬼さんが俺を讃えてくれる。

 しかしあれだけ頭の内側迄も侵食する勢いの合った攻撃の余波はそう簡単には払拭出来ない様だ、俺としても斬鬼さんもだろうがコレに乗じてアミキリに対して速攻を掛けたいところだが次の行動に移れずにいた。

 

 「斬鬼さん身体の回復具合はどうですか、行けそうですか!?」

 

 「そうっスね、まだ若干ふらつくけどかなり良くなって来たみたいっス。」

 

 俺の問いかけに返る斬鬼さんの返答に安堵を覚える、マジで此れならあと数秒もあれば斬鬼さんも行動再開出来るだろうし、俺もそろそろもう一撃烈火弾を放てるだけの気も練れそうだ、だからアミキリさんあともう少しだけ大人しくしていてください。

 

 「しっかし今のアレって、スパ○ボαのV2ガ○ダムの光の翼位の範囲はあったかな、いやそれは大袈裟か精々ZZガン○ムのハイメガキャノン位かな。」

 

 気を取り直す意味も込めて俺は一人でブツブツとそんな事を呟く、それを聞く斬鬼さんの頭の中には?マークが浮かんでいる事だろうけど、まぁ良いよね。

 

 

 

 吸って吐く、五回程回復の為の呼吸を行い漸く俺の体調はそれなりに戻った、見ると斬鬼さんもまた復調した様なので俺は次にアミキリへと視線を向ける。

 アミキリもまた烈火弾による衝撃から回復し始めた様だ、モゾモゾ身をよじり体勢を立て直して再度俺たちへと向けてあの音波攻撃を仕掛けようとでもしているんだろう、蜻蛉の様な八枚の翅を最展開し始めている。

 

 「くっさせるかってのッ、破ァッ、ヤァッ!」

 

 それを妨害する為に烈火弾を再度放つと二回連続、計四発の蒼い炎が過たず全てアミキリの巨体に着弾する。

 最初の二発は頭部右側に着弾しアミキリを軽く仰け反らせ続く二発は右側へと仰反る事により晒したアミキリの鋏の付け根に着弾、残念ながらヤツの鋏を破壊するには至らなかったがこれでもうヤツも悠々と翅を展開して音波を喰らわせようとは思わないだろう、俺ならそう思うだろうけど果して本能で行動する?魔化魍はどうだろうか。

 

 「おおっ!凄いっスよ響鬼君、アミキリの奴バックステップしてっスけど俺達から離れようとしてんじゃないっスかねアレって、よっぽど烈火弾が痛かったんすかね。」

 

 斬鬼さんが言うようにアミキリは烈火弾を受けた事により翅の展開を中途半端な状態で放棄した様で、下方外側に位置する左右二対四枚だけを開いた状態でビクビクとバックリステップしながら俺達から距離を取ろうとしている様だ。

 

 「そうみたいっすね、斬鬼さん彼奴に逃げ切られない此処は一気に攻めましょう!」

 

 斬鬼さんに応えながら俺はアミキリへの再進撃を提案し斬鬼さんもそれを是として奴へと向かう、俺はその前にもう一撃烈火弾を放つとそれを追う形で斬鬼さんに続いて駆け出す。

 

 イケる、俺はこの時そう思った。

 

 決して増長した訳でも自惚れた訳でも無いと思うんだが、しかし俺は一つ見落としていた事があった、て事はやはり何処かしらそう言った部分があったのかもな。 

 

 「なっ!?」

 

 それは俺が放った烈火弾が思いも掛けずに消えてしまった事で初めて気が付いた、アミキリへと向かい飛んでいた烈火弾の火球が突然二つに斬り裂かれ、裂かれた後火球は力を失った様に消失してしまった。

 

 「えっ!?響鬼君の火炎が斬り裂かれたのか……何で?」

 

 その事態に俺と斬鬼さんは思わず進撃の歩を止めて戸惑い数瞬の間何事かと思案するが、やがてソレに思い至る。

 ソレはギチギチと不快に響く音、ソレはアミキリの口部から発せられる何かを擦り合わせている音。

 

 「はっ!斬鬼さん気を付けてっ、ヤツの真空鎌鼬です!」

 

 以前に閲覧したたちばなのデータベースから知ったアミキリの攻撃の事を思い出した俺は大声で斬鬼さんに注意を促すが、コイツはかなり厄介な攻撃だ。

 何故ならそれはほとんど目に見え無い攻撃だからだ、若干空気が揺らめいている様な歪の様な物が見えるのだそうだけど、音速に何なんとするその鎌鼬の速度には俺達鬼の身体能力を持っても早々に対処は難しいだろう。

 

 「っあっ!?」

 

 そんな事を言っている間にもアミキリが放ったその真空鎌鼬は複数放たれ乱れ飛んでいたのだろう、その一つが俺の左腕の肩口付近を小さくだけどすぱっと斬り裂いた。

 

 「つ、うぅッ……。」

 

 俺は予期せぬ裂傷を負ってしまい思わず小さなうめき声を出してしまうが、これ以上喰らわないように一度体勢を低くしてこの攻撃の対処方をどうすべきかと思考を始める。

 はぁ、全くなんて厄介なヤツなんだよこの変異種は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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反撃の狼煙。

 

 アミキリ変異種が放った真空鎌鼬の衝撃波により俺は左の片口を浅くだが斬り裂かれてしまった、その傷自体は大したことは無いって程度の物だったんだが、だからって油断は出来は禁物だ、もしかしたらこの距離だったからこの程度で済んだのかも知れない、って事はヤツとの距離が近ければ威力はもっと強く怪我の度合いも違ってる可能性もあるのか。

 

 「参ったな、何の色も無い透明な真空波じゃまともに目視も効かないしそれに飛来速度も音速近いだろうし、彼奴をどう攻略するかなぁ。」

 

 ギチギチと口部を擦り合わせるような嫌な音とそれに依り射出されているであろう真空鎌鼬が飛来する時に発せられる音と、その鎌鼬が何処かに着弾する音が響く中に取り敢えず身を隠し気合で傷を癒す。

 

 「斬鬼さん怪我はありませんか!?」

 

 俺のいる場所から二十メートル程離れた岩場に同じ様に身を隠した斬鬼さんに状況を聞く、時々隠れているその場の近くに鎌鼬が着弾し岩塊を弾き飛ばす。

 

 「大丈夫っスよ響鬼君、けどコレは厄介っスよね、アイツに近付こうと思ったらあの口から出てる鎌鼬の攻撃範囲外から回り込まなきゃっスからね、って危っねえっ!?」

 

 この攻撃に辟易としながら応える斬鬼さんだが、跳ねた岩塊が肩に当たってしまいちょっとヒヤッとした様だ。

 しかし斬鬼さんの言う様に確かに彼奴に近付くなら鎌鼬攻撃の範囲外から攻めなきゃだよな。

 あの翅を拡げての音波マップ兵器よりは攻撃範囲は狭いだろうけど、目に見えない攻撃はマジ厄介な事この上ない。

 

 「斬鬼さん、効果の程はあまり期待出来ないっすけど俺が囮になってけん制しときますから斬鬼さんは彼奴の後方に回り込んでください!」

 

 俺には烈火弾って飛び道具があるから牽制にはうってつけだ、対して斬鬼さんは近接格闘型で遠距離からの攻めには向かない、いや厳密にはあのトンデモ威力の雷撃波があるけどそれはあと一発が限度って言ってたし、あれは地を這う系の技だから飛ばれたらアレだ。

 

 「了解っス響鬼君、牽制頼みます!」

 

 斬鬼さんは大きく頷くとサッと身を翻して俺から見て左方向へと大きく迂回曲線的なラインを描きながら、アミキリの後方へ回り込む為の行動を開始する。

 それを目敏く見付けたアミキリは斬鬼さんを追うように身を翻す、口部を斬鬼さんへと向けてあの真空鎌鼬で攻撃するつもりだろう。

 

 「させるかよ!そりゃあッ!」

 

 俺はそのアミキリに対して烈火弾を連続発射しそのアミキリの注意を引く、完全に斬鬼さんに注意が向いていたアミキリはその烈火弾をまともに喰らいよろける。

 

 「ほらほら、此方だ此方ッ!」

 

 両手に持つ烈火を打ち付け音を鳴らしながら挑発の声を掛ける、これでまた俺に奴の注意は向く筈だ。

 挑発が終わると俺はその場から右側へと数歩サイドステップ、そこからまた左側へと移動する。

 真空鎌鼬の攻撃範囲がどれくらいあるかは解らないが、動かずにいるよりは動いていた方が狙いを散らせられるだろうし何よりも囮役を担うにはそうする方が良いだろう。

 

 「おっと、よっ、はっ!」

 

 

 このギリギリの緊張感、マジ怖い。

 

 一つでも判断を誤り又は緊張感が途切れたら鎌鼬の斬撃にヤラれてしまうだろうしな、斬鬼さんも順調にアミキリの後方へと回り込んでいる様だし巧く挟み撃ちの策が嵌る、と思い込んでいた時期が俺にもありました。

 俺はすっかり失念していた、ヤツの八枚ある翅のうちの外側四枚は既に展開していた事を。

 さっきは音響兵器として使われた翅を今アミキリは本来の用途に使用した、それは即ち。

 

 「しまっ……奴は飛べるんだった!」

 

 超高速で振動する二対四枚の翅を駆使してアミキリは空へと浮上する、こうなってしまうと斬鬼さんには奴に対する攻撃手段が無くなってしまう。

 此れは完全に俺の読み違いによるミスだ、斬鬼さんの初実戦とは思えない程の身体能力と技の威力に俺はその斬鬼さんの力を当てにし過ぎてしまった。

 幸いとは言えないけど今はまだアミキリの奴は地上から然程離れていない位置でホバリングの様に滞空して、その場所から真空鎌鼬を撃って来ている。

 この高さならば俺の烈火弾も届く範囲だからまだ良いが、もしその烈火弾の射程範囲から逃れられたら……。

 

 「取り敢えず、今は出来る事をやんなきゃだっ、第一目標は烈火弾を彼奴の翅にブチ当てて落とす!」

 

 俺は意を決してその場から軽く跳躍するその高さはアミキリの其れよりも五メートル程高い位置、そして狙いを定めて空中で音撃棒烈火を上段より下方へ向けて大きく振るう、二本の音撃棒から放たれる火炎弾が斜め前方眼下のアミキリへと傾斜角をつけて向かい飛んで行ってるんだが、其処で奴は意外な行動を起こした。

 

 「なっ!?マジで!」

 

 その行動には俺も思わず呆気にとられてしまい何とも間抜けな声を漏らしてしまった。

 そのアミキリが何をしたかと言うとだな、何と奴は俺の放った烈火弾を上手いこと躱したんだがその躱し方が何とも意外と言うか何と言うか、まぁ簡単に表現するならば対空状態からいきなり(俺の烈火弾の飛来に気が付いたからだろう)横滑りでもする様に回避しやがった。

 まさか目算で十メートルを超える巨体の魔化魍が空中でそんな機動を見せるなんて、正に『夢にも思わなかったわ』だよ。

 そして滞空限界が訪れ俺は空から地へと降下に移る、降下しながらアミキリの動きを追いその時気が付いた。

 

 「不味い!斬鬼さん上からの攻撃に気を付けてッ!!」

 

 

 アミキリの横滑りによる滑空移動、しかもそれが更には次の行動に繋がっていたんだからなアミキリ変異種恐るべしだわ、それは即ちその横滑り滑空が俺からの攻撃回避と逃走と体勢の立て直しと次のターゲットとして斬鬼さんを自身の攻撃射程内に捉える事を同時にやってのけた様な物だった。

 

 「なっ!?」

 

 俺の声が届き現況確認をした斬鬼さんが驚愕に声を漏らす。

 横滑りし尚且若干のカーブを描きながら、回り込もうとしていた斬鬼さんの進路を上から抑える。

 抑えたうえで己は頭部を下方に向け尾部を上方に向け、その状態で鋏を振るい斬鬼さんに攻撃を仕掛ける。

 鋏による物理的な攻撃と目に見え無い鎌鼬による衝撃波の二段攻撃が斬鬼さんへと迫る。

 

 「くっ、セイッ!タァッ!」

 

 その鋏を斬鬼さんは烈雷改を以て迎撃するも、鎌鼬による衝撃波により身体の数ヶ所にダメージを被っている様だ。

 全くなんて厄介で狡猾な戦法を使ってくるんだよ、コイツってもしかして知能とか備わってるんじゃないだろうなと思えてしまう。

 だとしたら此方ももっと上手く立ち回らないと此れって只でさえヤバイのに更にヤバさ増々じゃね?

 

 「おっと、こうしちゃいられない、早く斬鬼さんの援護に向かわないと!」

 

 斬鬼さんとアミキリが対峙する場へと俺も駆けつけるべく走り出す、いくら斬鬼さんが丈夫な肉体を持っているとしても流石に鋏と真空波の連撃を捌き続けるのは至難の業だろうしな。

 

 「はぁーっ!」

 

 駆けながら再度烈火に気を込める、若干遠間ではあるが援護する分には十分だろう、気力充電完了。

 

 「はあーァッ!」

 

 左右両サイドから前方へ向けて水平方向へ撃ち込む様に音撃棒を振るい、烈火弾をアミキリへと向け放つ。

 斬鬼さんへの攻撃に気を取られ過ぎていたのか俺が放った烈火弾はアミキリの左の鋏の付け根に着弾、多少ではあったがアミキリの体躯はその威力の前に流されてしまい鋏と鎌鼬の攻撃が斬鬼さんから逸れる。

 

 「今だっ、セイッ!!」

 

 流されるアミキリの左側の鋏に追撃を加える様に斬鬼さんが振るった烈雷改による斬撃が加わり、そのアミキリの鋏の刃先から数十センチ程を叩き斬った。

 そのダメージに口部から奇異な音を発するアミキリはまるで『此れは痛くて堪らないわ』とでも泣き言を言っているかの様で、其れを示すかの如く更に高空へと上昇してしまった。

 

 「響鬼君、助かったっス!」

 

 それに依り危地を脱した斬鬼さんが右手を上げて礼の言葉を掛けてくれて、直様に此処が好機とアミキリを追いかけていく。

 俺もまた斬鬼さんに続いてアミキリを追って駆ける、走りながら更に三連続で烈火弾を放つと俺は再び今度はさっきよりも高く跳躍する。

 

 「はあぁーーっ………」

 

 跳躍しながら次は烈火剣を形成する為に気を練る、俺が放った烈火弾の着弾の影響でアミキリは宙に浮きながらもバランスを崩し被弾した右側方へと身を傾けている。

 此れはまたと無いチャンスだ、このまま高空からの落下速度を加えた斬撃を奴の翅に叩き付ければアミキリの翅を切り裂ける筈だ、そうすれば奴ら飛ぶ力をうしない墜落する。

 

 「良し行くぞ、だァぁりゃぁぁっ!」

 

 空中で大上段に構えた炎の剣を生成した烈火を落下のスピードを加えて振り降ろす、このまま綺麗に決まれば上手く奴の翅を斬れそうだ。

 傾斜が付いた落下によりアミキリの体躯に接近、あともう少しであの忌々しい翅を思いっ切りぶった斬れる。

 行けると俺はそう確信していたしこのタイミングなら絶対にそうだと思っていた、だが。

 

 「なっ、何ぃ!?」

 

 アミキリはまるで最初から俺が攻撃して来ることを知っていて、そのタイミングまで読んでいたかのようにその巨躯を横捻り回転を披露し俺の斬撃を回避してしまった。

 俺はもしかして奴の策にまんまと嵌められてしまったのだろうかと、そう思えてしまう程にさっきの横滑り滑空と言い今の横捻り回転と言い、絶対狙ってたよね君と問い質したくなるわ。

 

 「ウォぉっ、っとおっ!?」

 

 その結果は……まぁ言わずと知れたであろう、空中で空振ってしまいあわやそのままバランスを乱して落下仕掛るも辛うじて着地には成功したが、上空を見上げると奴は先程よりも更に高い位置へと上昇していた。

 地上からの高さ凡そ三〜三十五メートルと言ったところだろうか、その高さからだと鋏を用いての攻撃は無理だろうが真空鎌鼬による攻撃ならば、頭部を振ったりだとかすればより広範囲に対して真空波を降り注がせる事が出来るだろう。

 

 「ジャンプ攻撃をすればさっきみたいに回避されるし黙っていれば攻撃を受けてしまうし、どうするよコレ……。」

 

 まだ俺には鬼火や烈火弾があるから何とか攻撃手段はあるけど、近接戦闘主体の斬鬼さんは果してどう対抗するか…くっ駄目だ思い付かない。

 ならもう悪足掻き程度にしかならないかもだけど烈火弾を連発して奴の翅を狙い撃つか、片方だけでも翅を奪えばあの巨体を空に浮かせ続けるなんて無理だろうしな。

 いや、待てよ其れだけじゃ無いよな先ずは奴の攻撃手段から検証しよう、第一に最初に喰らった翅を擦り合わせてのマップ兵器、第二に今使ってきている口部から発せられる真空鎌鼬だな。

 この二種は近接戦も遠距離攻撃にも使用出来るかなり優れた兵装と言えるだろう、そして第三に鋏を使った攻撃だ。

 この鋏を用いた戦法はその巨大さを利用しての強烈な打撃、まぁ単純な物理的攻撃とも言えるな。

 それから此れは巧く使えていないがその鋏で目標を捉えて挟み込み、力を込めれば其れを切断する事も出来るだろう。

 そう考えれば何も翅だけを攻撃目標とせずに奴の攻撃手段を潰すって手も有るよな、例えばあの真空波を生み出す口部を潰せれば少なくとも鎌鼬攻撃って手段を封じる事が出来るって訳だしな。

 そう考えればだ、あらま此方の攻撃の幅も拡がとっても拡がるじゃあないですか、良し行けるかも知れん。

 

 そう判断し俺は斬鬼さんに呼び掛けようとその名を呼ぼうとした、その時斬鬼さんの方から俺に呼び掛けてきた。

 

 「響鬼君、俺に試してみたい技があるんっスよ、でもその技を使うのに気を練らなきゃだし何よりぶっつけ本番で試そうって思ってんスよ、だから申し訳ないっスけどまた囮になって貰えないっスかね!?」

 

 斬鬼さんはアミキリの鎌鼬を避ける為に不規則な動きを取りながらその様に俺に要請して来た、と言っても流石に全ての鎌鼬を避ける事は無理だった様で斬鬼さんの身体には無数の小さな裂傷が刻まれているのか僅かながら血が滴ってる。

 やっぱり斬鬼さんにかなり負担を掛けてしまっていた様だ。

 これはマジで申し訳無い、だから此処からは俺が責任を持って受け持つ事とする。

 

 「了解っす斬鬼さん、思いっ切りデカいの一発お願いします!」

 

 

 

 斬鬼さんとバトンタッチををして、と言っても実際にタッチをした訳じゃ無いけども現在アミキリの囮役は俺が受け持っている。

 海岸の岩場を走り跳び時に立ち止まって烈火弾を放ち、また走る跳ぶ。

 そんな事を繰り返し行う事数十秒、先の斬鬼さん程では無いけど俺もそれなりに奴の真空波により裂傷を負ってしまったが、此れ位いならばまだまだ大丈夫。

 それに何より俺が放つ烈火弾も高い割合で奴に当たっている、ってか俺がジャンプしてからの攻撃を二度に渡り回避したアミキリがこの攻撃に対しては上手く回避出来ずに直撃を喰らっているのは一体どう言う訳なんだ。

 攻撃方法の違いとかだろうか、空からと陸からと言う攻撃を放つ場所の違いとかだとしたら何が原因だろうか…はっ!

 もしかして奴の視界とかだろうか、例えば奴の身体の構成上上方への視界はかなり広いが下方の視界はそれ程でもないとか。

 奴は鎌鼬の真空波を放つのにどう言う体勢を取っていたかを考えろ、それは頭部を下方へと向けて尾部を上方へと傾斜を付けて。

 それは単純に鎌鼬を空対地攻撃よろしく下方へ放つ為には下を向かなきゃならない、その攻撃を放つ口部は宇宙戦艦ヤ○トの波動砲と同様最先端部から撃ち出すものだから。

 

 「そうだよ、馬鹿なの俺何で今迄気が付かなかったかなぁ…奴の腹部には目が付いていないんだから当然其処は奴の死角でしょうがよ!」

 

 なら俺がやるべきは斬鬼さんが此れから放つだろう一撃を奴の死角である腹部へと喰らわせられる様に誘導する事。

 

 「ちっ、しっかりしろよ俺、集中力が鈍ってるたって証拠じゃあないかよ。」

 

 今俺がやらなきゃならない事は何だ、魔化魍を清める事。

 

 「すうぅ……はぁーーーっ……」

 

 その為に囮となり時間を稼ぎ斬鬼さんに繋ぐ事だろう、チラッと気を高め続ける斬鬼さんを見る。

 気合を込めて呼吸を続ける斬鬼さん、その傍らには刃を岩に突き立てた烈雷改がある。

 幾度度なく繰り返されるその呼吸により次第に斬鬼さんの身にビシビシとスパークが迸っている、此れだけ離れた位置からでも凄い気迫とエネルギーの奔流を感じる、もう間もなくだな。

 

 「ハアーーぁッ!」

 

 その迸る電撃のスパークが斬鬼さんの体内に収斂して行き、そして遂にその時は訪れた。

 

 「良し!響鬼君準備完了っス、最後の牽制お願いします!」

 

 斬鬼さんが岩に突き立てていた烈雷改を右手で持ち上げて合図をくれた、了解っすよ斬鬼さん。

 囮としての俺の最後の一撃、本日最大威力の気を込めて精々派手な目眩ましに一発でっかい烈火弾を撃ち出すとしますかね。 

 アミキリへの挑発行為を行いながら俺は斬鬼さんの声に頷き、それまでの様に駆けながら跳びながら真空波攻撃に注意しつつ徐々に気を練る。

 注意はしていても目に見え無い真空波を完全に感知など出来る訳はなく、けど何となくだが空間の揺らぎとかをほんの少しだけど感じられる様になって来たからか当初よりは被弾は少なくなっているし、アミキリを誘導しつつ俺と斬鬼さんが奴を挟んで直線上になる位置に割りかし順調に移動出来た。

 

 「此処だッ、ハア〜っ……」

 

 時間を稼ぎながら練り上げた気を烈火の先端の鬼石に集約、この日最大に練った気力をこの一撃に込める。

 まぁ、その目的は囮としての目眩ましみたいな物もなんだけどな、だからこそ精々派手な花火として打ち上げれば其れだけ奴の目を眩ませる効果は絶大になるのかな、やって見なきゃ解らんけど。

 燃え盛る巨大な炎が二本の烈火の先端に宿る、それは今か今かと俺がその音撃棒を振るい射出するのを待ちわびているかの様に、待たせたな烈火弾今撃ち出すから。

 

 「だぁあぁりゃあぁぁっ!」

 

 俺は音撃棒烈火を大きく振るい、五十メートル程の高度に位置取るアミキリへ向けて地対空砲弾を放つ気持ちで特大の烈火弾を放った。

 アミキリの方も流石にこの大きさの烈火弾が己にブチ当たればかなりヤバい状況になるとでも思ったのか、迎撃の為に俺の烈火弾の射出角にその身を合わせて真空鎌鼬を放った様だ、ほぼ対角線上に並んでいるから奴がいつ放ったかは解らんけど中空で烈火弾と真空波が衝突して弾け飛んだことが確認出来た。

 

 「よっ…シャーッ!」

 

 思わず俺は大きな声で歓声をあげてしまった、コレこそが俺と斬鬼さんが待っていた瞬間。

 この派手な花火の爆裂こそが斬鬼さんの行動をアミキリから覆い隠す為の隠れ蓑だ、此の時既に斬鬼さんはアミキリを撃つべく空へと飛翔していた、そして両手で烈雷改を握り。

 

 「はぁーッ、鬼刀術ッ雷神ッ斬!」

 

 右側から左側へとその身体ごと烈雷改を振るい横薙ぎの一閃を放った。

 

 



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空を跳ぶ鬼。

 

 空中で俺が放った烈火弾とアミキリ変異種が放った真空鎌鼬とが衝突相殺し拡がる爆炎、その爆炎が次第に晴れて行くとクリアになった俺の視界にアミキリの後方十メートル程離れた辺りにに斬鬼さんは既に位置取っていた。

 

 「鬼刀術、雷神ッ斬!」

 

 目測距離上空約五十メートルの高空で大きく振り抜かれる音撃真弦烈雷改、その先端の刃から大きく長く伸びる雷の紫電の刃。

 それは例えるならば、最強の非ニ○ータイプが操縦するエイの様な青いモビルス○ツを撃墜した『オカルトパワーが加わり威力増々の極太ビームサ○ベル』の如くとでも例えれば良いだろうか。

 まぁ、ソレをこの場で目撃したのは俺だけだからな、もし他に誰か居たならば俺とは違う例えをしたかも知れないがそれは俺の預かり知らぬことだしどうでもいいですね、ハイ。

 

 「行っけェーーッ!!」

 

 紫電の刃を振るい抜き気合いが込もった斬鬼さんの声が大きく響く、その響き渡る声は斬鬼さんだけでは無くこの件に関わった俺の思いとも重なり、そして不本意にも負傷によりこの件を最後迄見届ける事が出来なかったトドロキさんへの思いをも込められているんだろうと、俺はそう感じた。

 

 振り抜かれた雷の刃がビシビシとビリビリと轟音をたてながら、遂にアミキリ変異種を捉える。

 

    斬!

        断!

 

 紫電一閃、斬鬼さんの雷神斬が遂にアミキリの体躯を捉え切断する、しかし残念な事だけどそれは完全撃破と迄は行かなかった。

 雷神斬は確かにアミキリ変異種を捉えその斬撃は奴の巨体を断ち斬る事が出来たのだが、しかしそれは奴の大きな体躯の一部。

 詳しく言うとだな、長く巨大な奴の両の鋏と口部だな。

 まぁアレだ鋏の部分は人間の人体で例えるなら掌だろうか、雷神斬が断ち斬ったのはそれで例えると手首から肘の間位の位置だ。

 それから口部、それを例えるなら下顎から(奴にそれが着いているのかは知らんけど)鼻の辺り位だろうな、其処までを雷神斬は叩き斬ったって訳だ。

 

 『まぁ結果は惜しかったけど、すっげぇなっ!』と声には出さず斬鬼さんの雷神斬のとんでも無い技の威力に俺は頼もしさを感じ、心の中で称賛………

 

 「うわっアァァァァァァッ!?」

 

 していたのだが、カッコよく技を出し終えた殊勲者たる斬鬼さんはと言うと、当然だろうが何せその技を繰り出した場所が地上からの高度が凡そ五十メートル程、飛行能力も無く空中を滑空出来る訳でも無く、ただ単に一般の人間と比較して数十倍の跳躍力があるだけだからな。

 そりゃ滞空限界が来たら万有引力に依って降下する訳だわな、そんでもって斬鬼さんが降下してくる位置がと言うと。

 

 「響鬼くーん退いてぇ〜っ!?」

 

 空中でそれでも何とか着地姿勢と場所をどうにかしようと頑張って両手をわちゃわちゃとさせながら落下して来る斬鬼さんだったが。

 

 「って!近過ぎだろう!!」

 

 斬鬼さんの落下場所はおそらく今俺が立っている位置だと思われる、なので俺はその場から慌ててバックステップで後方へと回避して、何とか斬鬼さんとの合体を避けようと努力する。

 

 「どっせぇーいっ!」

 

 『シュタッ』と華麗に?そんなに大きな音を立てることも無く着地に成功した斬鬼さんだったが、その着地時の掛け声は何ともオッサン臭いものだった。

 うん、でもその感想は俺の心の中の秘密の小箱に閉まっておこう、それもまた一種の処世術って物だろうなと俺も一高校生ながらに学んでいる訳だ、おそらくきっとそうだと思う多分。

 

 「響鬼君、奴はどうなったっスか?」

 

 シュタッと膝を屈めた体勢で一度顔を上げて俺に一言確認すると斬鬼さんは、返事を待たずに後ろを振り返りながら空中のアミキリの現況を自身で確認。

 

 「完全には決めきれなかったか、くっそぉ残念っスね、ふぅーっ。」

 

 一刀両断完全撃破とは行かなかった事を斬鬼さんは悔やんでいるが、俺から言わせてもらうとそれでも大したものっすよ。

 空に浮かぶアミキリは両手をもがれて顔をぶった斬られている訳なのでそのダメージによる痛みを声には出せていないけど、ビクビクとしている様は痙攣でもしている様だ。

 まぁ声ってか口から音を発する事は出来なくなったみたいだけど、その全身を覆う甲殻の関節部からは掠れている音が鳴っている。

 

 「けど斬鬼さん、彼奴それでもかなりダメージ受けてますよ、マジ見事でしたよ斬鬼さん!」

 

 此処まで来れば後は、奴を空から撃墜させて清めの音を叩き込むだけだ。

 と言っても奴にはまだ空を飛ぶ為の翅があるし、なら俺がやるのはあの翅に砲撃をして飛べなくする事だ。

 

 「斬鬼さん、斬鬼さんは今のでかなり体力を消耗してますよね、後は俺が奴を落としますからそれまで斬鬼さんは体力の回復に努めてください。」

 

 雷神斬を放った斬鬼さんの呼気が乱れて少し息が荒くなっている、それも無理はなかろうだな、先の雷神斬もそうだけどその前に雷撃波を二度も放ってるんだかし。

 

 「響鬼君、けど俺ッ……」

 

 「理解ってますよ、ってかしてるつもりですよ斬鬼さん、だからこそですよ。

 だからこそ、その時の為に斬鬼さんには気力と体力を少しでも回復しておいてもらわなきゃなんすよ。」

 

 思わず年上の人に対して諭す様な言い方をしてしまったけど、斬鬼さんには此処は堪えて欲しい。

 無言で俺を見る斬鬼さん、その心中ではきっとどうするべきかと葛藤しているんだろう、そして暫しの逡巡の末斬鬼さんは決断を下した。

 

 「……了解っス響鬼君、急いでコンディション整えますんでよろしくっス!」

 

 斬鬼さんは俺の言を受け入れてくれてその場から少し離れて行き、回復に務める。

 俺はその斬鬼さんに対して一つ頷くと上空のアミキリの状態を再確認する、奴は相変わらず上空で痛みに身悶え痙攣ししている様だが俺はそこで少しだけ違和感を感じた、それは。

  

 「彼奴……もしかしてさっきよりも高い位置に移動しているのか。」

 

 そうなんだ、目測ではあるけど斬鬼さんの雷神斬を喰らった時奴は地上から五十メートル位の高度に居た筈だ、しかし今奴が居る高度はおそらく七十メートル以上は行ってるだろう、しかもまだ上昇してるっぽいし。

 どう言う事だ、奴は斬鬼さんの雷神斬を喰らったダメージでのたうっていた筈だったよな、それは間違えなかった。

 俺が奴から目を離したのは斬鬼さんに声を掛けたほんの数秒間、その間に奴はあの位置まで俺達に気づかれる事無く上昇したってのか。

 

 「イヤ、多分だけど彼奴、わちゃわちゃとのたうちながらも少しずつだが上昇して行ってたんだ。

 それが奴の本能によるモノか知能に依るものかは解らんが。」

 

 不味いな、あまり高い高度まで昇られたらだだでさえ少ない此方の攻撃手段が無くなってしまう。

 

 「チッ、だったら烈火弾の連撃だ!」

 

 決断したなら即動く、俺は早々に気合いを漲らせると烈火を構えて烈火弾を連続三連射する、射出した後俺は急いでその場を離れ走り始める。

 今放った烈火弾はアミキリに対してほぼ正面へ向けて放ったものだから、おそらく奴は回避または防御してしまうだろう、だから俺は先の斬鬼さんの雷神斬では無いけど奴に対して攻撃を当てるには後方に回り込む。

 それが正解だってことはこれ迄の奴の反応から明らかになってる事だしな。

 駆け出してから凡そ三秒程で俺は百メートル弱の距離を移動しアミキリの後方を取れた、その位置で俺は停止して上空に目を向けてみる。

 予想通り俺の放った烈火弾はアミキリの回避行動と防御によりさしたるダメージを与えてはいない様だ。

 

 「そらッもう一丁っ!」

 

 サイドスローの様なフォームで掬い上げる様に更にその場から烈火弾を放つ、もう一度、更にもう一度。

 上空のアミキリへと向かい飛ぶ烈火弾の連撃は六発中五発が上手い事奴に直撃してくれて、その着弾部分を焦がしまたは少しだが甲殻の一部を破砕する事が出来ていた。

 

 「ヨシッ、まぁ翅に当たらなかったのは残念だけど少しはダメージを与えられたよな!?」

 

 上空のアミキリを確認しながらそう口にして同時に気を練り再度烈火弾を準備する俺だったが、そのアミキリがダメージを受けながらも更に上昇して行く様を見留めてしまった。

 どうやら俺の烈火弾は威力が然程高くは無いのだろう、アミキリの奴の動きを止める事も出来ていない現状がそれを物語っている。

 

 「くっ、解っていた、解っていたけど俺にッ、轟鬼さんや斬鬼さん……いや先代や輝鬼さん位の膂力があれば。」

 

 この間のツチグモの時がそうだったよな、俺が放った烈火弾や鬼火の威力や完成度は輝鬼さんのそれと比べるとワンランク劣っていた。

 あの日の一連の出来事で俺は鬼としてまだまだ完成には至っていないんだって事を思い知らされた、いやそうじゃ無い去年の夏修行の末“紅”になる事が出来たけど、それはただなれただけ。

 俺が紅になって活動出来たのは僅か三十分にも満たなかった。

 その時点で解って然るべきだろうがよ俺ッ、くっそう何が最年少デビューだってんだよ。

 俺はまだまだ鍛え方が足りないじゃないかよ、こんなんじゃ人助けなんか出来っこないだろう、こんなもんじゃ何処かの誰かの笑顔を守るなんて……。

 

 そんなふうに俺が自身の不甲斐なさに打ち拉がれそうになっている間にもアミキリはその高度を上げ続けている、現在の高度は凡そ百メートル位だろう。

 それ位の距離ならまだ烈火弾の射程内だけど、けど当たったとしてもその威力はさっきよりも更に減じる筈だ。

 

 「………クッ……ん!?」

 

 我が身の不甲斐なさを忌々しく思いながらも上空のアミキリを睨めつけていた俺だが、其処で奴の身の変化に気が付いた。

 それは飛翔に使用されていなかった八枚の翅の内の内側四枚、それが開かれ展開されていた。

 

 「まっ、マジかよ彼奴……さっきのマップ兵器をまた使うのかよ。」

 

 あの不快な脳内を引っ掻き回される様な音波攻撃を奴はまたヤルつもりだ、さっきは地上に陣取っていて八枚の翅を使っての攻撃だったが、もし今からやるとすると八枚のうちの外側四枚は飛行の為に使うだろうから、照射範囲は狭まるだろう。

 とは言っても、それでも十分な攻撃範囲を誇るである事は変わらない筈だ。

 

 「考えろ俺ッ、どうすれば奴を落とせる!?どうすれば奴を清められる。」

 

 敢えて口に出して打開策を考えてみるけど、悔しいが思い付かない。

 その状況に俺の心は焦りに支配され、それが思考と視野を狭めさせる。

 

 『キィー、キィーッ』

 

 その時だった、その時俺の耳に馴染みのある機械音声の鳴き声が聴こえてきたのは。

 それは頼りになる俺達の仲間、ディスクアニマルが発する音声に間違い無い。

 俺が立っている位置から少し離れた場所から茜色と浅葱色の二つの閃光が空高く舞い上がった。

 それはアカネタカとアサギワシだ、その二体のディスクはどうやらその背にコガネオオカミとアオイクマを乗せている様だ。

 あのマップ兵器の影響で機能不全に陥っていたディスク達が復活してアミキリに立ち向かおうとしている。

 

 「アイツら…………」

 

 グングンと高速で上昇して行くディスク達の勇姿に俺は感銘を受けた、ディスクアニマルはそのボディは小さな機械カラクリかも知れないけど、その中には生き物の魂とでも呼べるものが宿っていて俺達をサポートしてくれる。

 

 「響鬼君、ディスク達が!」

 

 体力の回復に努めていた斬鬼さんが俺の元へと駆け寄ってきて声を掛けてくれる、斬鬼さんもまたディスク達の行動に思う処がある様だ。

 

 「はいっ、凄いっすねアイツら、あんな小さな身体であんなにデッカイ魔化魍に立ち向かって行ってるんですよ…。」

 

 俺もディスク達に負けちゃいられないよな、行くぞ気合いを込めろよ俺。

 

 「すーう、はぁーーーっ………」

 

 吸って吐く一呼吸から俺は気を練り始める、体内からそれを練り活性化させると共に自然界からも取り込む様に。

 

 「なっ!?響鬼君が燃えてる!」

 

 斬鬼さんが驚愕の声を挙げる、気合いを込め気を練り始めた俺は何時しかその身を蒼い炎に包まれる。

 アミキリを此処から逃しちゃ駄目だ、奴を逃がしたら多くの人が奴に襲われるかも知れない。

 俺はまだ輝鬼さんの言う何処かの誰かの笑顔なんて想像出来ない、けどそんな俺でも今すぐにでも想像出来る笑顔がある。

 それは……。

 

 小町のこの世でたった一人の妹の世界一可愛い笑顔。

 

 一色のあざとく子悪魔的ではあるが、最近はそれも悪く無いと思い始めた悪戯な笑顔。

 

 雪ノ下の何処か遠慮がちでだけど不器用ながらも柔らかさを感じさせる笑顔。

 

 由比ヶ浜の人好きのする、見る者を元気に、そして優しくさせてくれる様な屈託の無い笑顔。

 

 そして猛士の、たちばなの皆の笑顔に親父と母ちゃんの笑顔……よりかは、イカン休日の寝ぼけ眼な二人の姿が思い浮かんでしまった。

 

 その笑顔が曇らない様に、その笑顔にまた会う為に俺は………。

 

 「はぁーーーーーーっ………」

 

 その蒼い炎は勢いを増して燃え盛り、やがてその炎が蒼から。

 

 「響鬼君の炎が紫色に!?」

 

 炎の勢いが増し、その色が変わるに連れて次第次第に力が漲って来る、それをヒシヒシと感じる。

 紅の力とはまた違う感じの、これ迄の俺の力とは違うと言う事がはっきりと感じ取れる。

 紫色の炎がこれ迄の俺を塗り変え、新たな力を与えてくれる。

 

 良し、気は全身に行き渡った。

 

 「はぁーーっ………たァーッ!」

 

 今俺はその紫色の炎を斬り裂き再度鬼として顕現する、決意を新たにして得られたその力を振るうべく。

 

 「なっ、響鬼君の身体の色が……その色って先代の響鬼さんと同じ、それに何だか身体も少し大きくなった様な。」

 

 俺の姿を見た斬鬼さんが半ば呆然としてそ言う、その言葉を受け俺は己の両手を確認してみる。

 その俺の目に映る、俺の腕部の体色は確かに先代の響鬼さんとほぼ同色のメタリックな感じの、光の加減によっては青や紫色に見える基調色に赤い下腕部。

 

 「………まさか、俺が……。」

 

 あの三年前の初夏の日に、俺の窮地に駆けつけてくれた二人の初めて出会った頼れる大人。

 初めて出会った紫色の炎の中から顕た力強い命の力に満ちた太鼓の鬼、その鬼の姿に今俺は。

 

 「……斬鬼さん、俺今本当の意味で鬼になる事が出来たんだって、そう思いますよ。」

 

 俺は隣の斬鬼さんに自らの思いを吐露すると、縦に一つ首を振り斬鬼さんは力強く頷いてくれて、俺達はまるで示し合わせたかの様に同時に空を見上げる。

 百メートルを超える上空では小さくて分かり辛いけど、アカネタカとアサギワシがアミキリを牽制してくれている。

 目を凝らして確り確認してみると、その二体のディスクの背には先に乗せていたコガネオオカミとアオイクマの姿は無い様だ。

 だとするとその二体は既にアミキリの身体に取り付いているんだろう、そしてアミキリの体躯の何処かにチョッカイを掛けているのかもだな。

 

 「ディスク達のおかげでアミキリの奴が思い通りに動けていないみたいっすけど、だからってディスク達ばかりに任せきりには出来ないっすからね、俺達も動かないと。」

 

 小さなディスク達が頑張ってくれているけどそれだって限界はあるだろうし、何たって相手は十メートルを超える巨体の魔化魍だ、だからなる早で俺達が手を打たなきゃならないだろう。

 

 「けど、響鬼君、あの高度だと流石にもう俺達が跳躍したって届かない高さっスよ、それにあの乱戦みたいになってる最中に響鬼君の烈火弾を撃ち込んだとしても下手すりゃディスク達を巻き込むかもしれないし……。」

 

 ハイ、斬鬼さんの懸念もご尤もで御座います。

 

 だから考えろ!

 

 この混戦模様の状況下で俺達が取りうる手立てを、烈火弾を放つのはちょっと厳しい。

 斬鬼さんが言う様にディスク達に対するフレンドリーファイアになりかねない可能性もだけど、純粋に俺がいる此処からとアミキリがいる上空との距離も問題だ。

 流石に俺の烈火弾も射速がマッハを越えるなんて事は無いし、奴に気付かれたら回避される可能性も高い。

 

 ならばどうする、奴に接近する事だ。

 

 そのための方策としては跳躍する事だが、百メートルを超えるであろう高度までの跳躍力は俺にも斬鬼さんにも備わっちゃいない。

 俺たち二人の跳躍力を掛け算か足し算でも出切れば良いのかもだけど、そんな事が出来るわきゃねえよなぁ。

 

 ん!?

 

 跳躍力の足し算掛け算は確かに出来ないかも知れないけど、別に今の時点でのアミキリの高度なら何も其処までの数値じゃなくて良いんじゃね…………!?

 

 そうだよな、そうだよその手があるじゃないかよ、何だよ気が付いてみりゃあ本当に何て事も無い答えじゃないかよ。

 やるしかないよな、ああそうと決めたなら実行あるのみだよな。

 

 「斬鬼さん、俺奴に向かって跳びますから斬鬼さんの力を貸して下さいッ!」

 

 俺は実行にあたり斬鬼さんに向かい協力を依頼する、此れを実行するには斬鬼さんの強力が必要不可欠だから。

 

 「けど響鬼君、流石にあの高さじゃ跳んでも届かないんじゃあないっスか?」

 

 しかし斬鬼さんは俺の協力依頼に対して懐疑的な様だ、うんまぁ無理も無いっすよねあの高さじゃ最も跳躍力の高い管の鬼でも、紅になった俺や輝鬼さんでも届かな高度って解ってるからな。

 

 「そうっすよね、俺でも斬鬼さんでもあの高さに迄の跳躍は無理っすけど、けど俺と斬鬼さん二人の力を合力すれば届きますよ、つまりっすね要は百式の推力とマークⅡの推力を合わせてのジャンプっすよ!」

 

 だから俺は斬鬼さんにざっくりと簡単にだけど考えを説明した、うん簡単だよね。

 

 「………響鬼君の言ってる事がよく解んないんスけど、でも何をしようとしているのかは大体判ったっスよ!」

 

 そう返事を返して斬鬼さんはアミキリの位置を確認する為にその空を見上げると、「よし、あの辺だな」と一声出して頷くとアミキリの死角である奴の後方となる位置へと向かい、数秒で其処へ到着すると膝を軽く曲げて両手を前へ出して併せる。

 簡単に説明すると、そのポーズはバレーボールで言うところのレシーブの体勢って言えばいいだろう。

 

 「よっしゃ、何時でも良いっすよ響鬼君!」

 

 おおっ!流石斬鬼さん俺のやらんとしてい事を過たず理解してくれた様だ、此れもひとえに俺のわかり易い説明の賜物だろう……違うか、うん違うな八幡知ってた。

 

 まぁそれは置いといて、俺も斬鬼さんに合わせて移動する。

 アミキリ、斬鬼さん、俺とが一直線上に並ぶ位置に。

 

 斬鬼さんと俺との距離は五十メートル程、それは助走しながら跳躍の為の力を溜める為に必要な距離だ。

 

 「俺の方も準備完了っす斬鬼さん、ふぅーっ、はぁーっ……そんじゃ行きますよッ!」

 

 吸って吐くの一呼吸と、次にその場で軽くステップを刻んで斬鬼さんに合図を送る。

 

 「しゃあぁっ、たぁッ!」

 

 「ヨシ来いッ!!」

 

 スタートを切る、斬鬼さんのもとへ向かって。

 

 それを見た斬鬼さんもまた前へと差し出した両腕に力を込める。

 

 タッ、タッ、タッ、と力を込めて岩場を踏みしめ駆け抜ける。

 駆け抜けて、最適だと思われる位置まで到着した俺は斬鬼さんの揃えた両手を目掛けて小さくジャンプする。

 

 

 俺の右足が斬鬼さんの手の上に乗り、間髪入れずに左足を右足と揃えて斬鬼さんの手の上に。

 俺の両足が自分の手の上に乗ったとほぼ同時に斬鬼さんがグッと力を込めて俺を上空へと推し上げる。

 それとタイミングを合わせて俺も斬鬼さんの両手を蹴り上げ、はるか高空百メートルオーバーの場所に居るアミキリへと向けてジャンプする。

 俺の脚力と斬鬼さんの打ち上げる力とが合わさって、俺の身体は想定以上のスピードで空へと跳び上がる。

 

 「行っけーーッ響鬼君!」

 

 斬鬼さんの声援を受けながら俺の身体はグングンと上昇して行く、ディスク達が足止めってかこの場合は翅止めって言った方が適切だろうか。

 もし適切では無いとすれば、それはかつてのア○○○国のミス○ー・プレジ○ントたるビ○・ク○○○ン氏と所謂関係を持ったモ○○・ル○○○○ー嬢との関係だよな。

 兎に角俺はアミキリの居る高度百メートルオーバーの空へと砲弾の如く翔んで行き、遂にその高度はアミキリの居るその高さよりも更に高く迄到達し。

 

 「よし、其処だっ!」

 

 降下に移りアミキリの巨体の尾部に着地……ってのは何か変かな、この場合は着体と言うべきだろうか?

  まぁ良いか、取り敢えず俺はその場から前方を目を向けて状況を確認する、相変わらずアカネタカとアサギワシがアミキリに牽制のチョッカイを掛けて、動きを制限してくれている。

 そしてコガネオオカミとアオイクマがマップ兵器に使われるであろう四枚の翅の根本に取り付き二体なりにそれをどうにかしようと奮闘しているが、小さなディスクの力ではそれも適わなかった様だな。

 

 「よし、お前達ご苦労さんもう良いぞ後は俺がやるから、もうディスクに戻ってくれ。」

 

 揺れるアミキリの甲殻上を足元に気を付けながら俺は翅の付け根付近へ到達、二体のディスクを労うと、コガネオオカミとアオイクマは了解とばかりに機械音声で返事をし、ディスク状態に変形し俺の両手に飛び上がる。

 

 「良くやってくれたな、サンキューな帰ったら緑さん達にちゃんと整備してもらおうな。」

 

 手のひらの中のディスクにもう一度礼を言うと俺は腰の装備帯にその二枚のディスクを装着し、代わりに二本の音撃棒を両手に握る。

 

 「行くぞ、はぁーーーっ……。」

 

 尚も揺れるアミキリの体躯の上でバランスに気を配りながら音撃棒烈火の先端の鬼石に気を込める。

 俺が練った気により鬼石に炎が宿り、その炎が次第に形を成して行き二本の刃を形成する。

 

 「準備完了っと、行くぞッタァーッ、セィリャァッ!!」

 

 両手に持った二本の剣、烈火剣を交互に振り抜き先ずはアミキリの四枚の翅を斬り落とす。

 

 「コイツを叩っ斬ればもうマップ兵器は使えないよなぁ!」

 

 スパッと微かな音をたてて斬り裂かれた四枚の翅が落ちて行く、其処で初めてアミキリは我が身に起こった事態に気が付いたのか、その身をビクビクと跳ねさせる。

 

 「おぉっと危ねぇっ!?」

 

 思わぬ強烈な揺れに俺は左手の音撃棒を装備帯に戻し、その場に残っている斬り裂いた翅の付け根を掴んでその揺れに振り落とされない様に耐える。 

 アミキリの奴は己の身から俺を振り落とそうと不規則な動きをする、対する俺は左手に更に力を込めて翅の残滓を掴みそれに耐える。

 

 「っ、このままこうしてたってじり貧だよな、うおっとッ…どうにか残りの翅を片っ方でも潰せればもうコイツは飛べなく筈だけど。」

 

 この暴れ馬の様にバタバタ不規則に動くアミキリの状態から何とかして残りの翅、左右両サイドの何方か或はその両方を斬り落としたいんだが、コイツはちと厳しいな。

 そのバタバタとした動作も更に激しさを増していっているし、此れって完全に俺を振り落とそうとしてんじゃね。

 

 「うおっ!?なっ、マジかよッ!」

 

 アミキリが俺を振り落とそうとしているって事は、ほぼ百パーその通りと言っても良いだろう。

 何故なら奴はその身を逆さまにして背面飛行へと移行したからだ、その影響で俺は今左手で断ち切った奴の羽の根本を掴んだ状態で宙ぶらりんりなってしまって、非常に不安定で何時落下してもおかしく無いって状況に置かれてしまった。

 

 「くっ、やっべぇなぁ、コイツいきなり自分から使えない翅をパージしたりとかしないだろうな。」

 

 減らず口でも叩いて気持ちを切り替えようと思ったんだが、いざ口にしてみるとそれがあり得ない事じゃ無いんじゃと思い至ってしまって、鬼面の下の俺の額からは今ジトリと一滴の冷や汗が滴っていたりする。

 そうなる前に何か手を打たなきゃな、どうすれば落ちなくて済むかと高速で脳内勘案開始……駄目だ浮かばねぇこうなりゃ右手のもう一本の烈火も装備帯に収めて両手でアミキリに捕まるのが良いかもな。

 

 「うん!?音撃棒か………そうかコイツを使えば!」

 

 音撃棒を使う、其れを閃いた俺は早急に気を込め再度鬼石に炎の刃を宿す。

 俺が思いついた方法、其れは烈火剣の刃をアミキリの身体に突き立てる事で足場を固定確保するって方法だ。

 このアミキリの体表の甲殻がどれ程の硬さを持ってるのかは解らないけど、大丈夫だ絶対上手く行く!信じろ!

 他の誰でも無えっ、俺を信じる俺を信じろ……って信じられるのか!?

 

 「はあーっ………良し!」

 

 気合を込めて作り上げた烈火剣、片腕でぶら下がっている状態だから不安定な体勢だし上手く力を込めて突き刺せないかもだけど、今俺が込められるありったけを!

 

 「セイッリァーッ!」

 

 俺の頭上の甲殻へと向けて思い切り突き上げる様に烈火剣を突き刺すべく振り上げた。

 




パワーアップイベント回でした。


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清めの音と迎える終焉。

 

 背面飛行状態となったアミキリの俺が叩き斬ってやった翅の残った付け根部分を掴み、振り落とされない様に気を付けながら俺は烈火剣を奴の背面、奴の翅の生え際付近の甲殻に傾斜角を付けて突き刺す。

 烈火剣が甲殻を断ち割り肉を抉り深々と突き刺ささり、その痛み故か背面飛行状態であるにも拘わらずアミキリは又してもその身を激しく痙攣させる。

 

 「うぉっと、うっわッ!?ちょっ危ねえってオイ!」

 

 その激しさに俺は翅の付け根を掴んでいた左手を離してしまった、その間にもアミキリの痙攣は激しさが増して行き俺の身体もそれ動きに翻弄される、こんなに出鱈目に動かれたんじゃ何時俺の身体が弾かれてしまうか分かったもんじゃ無い、拙いぞこれは。

 そう思った俺は拙い動きになりながらも装備帯に戻した音撃棒烈火『阿』を左手に装備し、烈火剣を形成し先と同じ要領でアミキリの背に突き刺す。

 

 「せいッ!」

 

 先の『吽』と同様に凡そ俺の肩幅位の間を開けて甲殻と肉を抉り突き刺さる左手の音撃棒烈火『阿』のおかげで俺は暴れまくるアミキリの背に何とか安定と言えるのかは知らんけど、まぁさっきよりは余程安定した体勢を確保出来た。

 

 「ふぅ〜っ、此れで一息吐けるとはいかないんだよなぁ、何せこの状態はってと昔のぶらさがり健康器みたいなモンにぶら下がってるのと変わんねえし。」

 

 しかも遊園地の絶叫マシーン以上のスリルを味わってるのにシートベルトや安全帯やハーネスなどの安全具とか無しにだよ。

 まぁそれで烈火剣を二本突き刺されたアミキリの挙動が更に激しく身を悶えさせやがるし。

 より不規則なそれはまるでロッカーがライブでシャウトでもしている様にも感じられる、まぁ声は出せてないんだけどな。

 まぁでも十メートル超の魔化魍がシャウトとかやった日にはどんな現象が起こるか解ったもんじゃ無いし第一こんなデカイ奴が入れるライブハウスとか有りゃしねぇし。

 

 「それはさて置き、いい加減体勢を変えますかねッ………となっ!」

 

 軽く勢いを付けて身体を捻り足を上方へと、体操の吊り革競技の要領で上げてアミキリの甲殻に脚を着ける。

 

 「おっ!?コレって何かナウ○カがメ○ヴェに乗っかってる感じじゃね!?」

 

 但しそのナ○シカと違って俺はアミキリの後ろ側を向いている体勢なんだけどな。

 微妙に、いやかなりカッコ悪いかもだけど致し方無しですよ、そんなの気にしたら負けだし俺は悪く無い社会が、イヤ魔化魍が悪いんだ。

 

 「さて、此処からどうするかだよなって、ウオッ!?落ち着けよオマエさって言っても無駄ですねってか俺も言ってる場合じゃ無いわっ!」

 

 この状況では俺は烈火を掴んでいるのがやっとで、脚もコイツに着けて体勢維持に使わなきゃだから。

 

 「正に手も足も出ないとはこの事かっての、つうか手も足も出ないのに口は使えるんだよなぁ………っ口か!」

 

 そう手と足が出なくても俺には使える口がある、狙いをつけるにはかなり条件が劣悪と言わざるをえないけど。

 しかも狙うべきアミキリの翅に対して背を向けているに近い状態だし、先ずはその目標を視界に捉えられる体勢に身体を持って行かなきゃ始まらん。

 

 「しっかし、それも少しばかり厄介だろう……おっ!?いや此れなら少し楽になりそうだぞ。」

 

 何故楽になりそうなのか、それはアミキリの奴が何を思ってかは知らんけど、それ迄の背面飛行を止めてその飛行体勢を元の状態に近い、やや右側に(イヤそれでもカナリキツイけど)傾けた状態に戻したからだ。

 まぁ分度器や計測用のスラントで角度を測ったわけでも無いから傾斜角がどのくらいかは知らんけど。

 

 「それじゃあ今の内にさっさと動かなきゃなっ!」

 

 アミキリに突き刺した二本の音撃棒烈火、その内の一本右手用の『吽』を抜きとり左手の『阿』を確りと握り込み振り落とされない様に気を付けながら素早く向きを変え、そして。

 

 「もう一回っ、セイッ!」

 

 アミキリの甲殻に烈火剣を突き刺す、さっきは意識出来なかったけど多少安定した足場を得たからか硬い物を貫く手応えを感じながら。

 それによりまたしてもその身を捩らすアミキリ、しかし新たに体勢を変え右の烈火剣『吽』をアミキリに対して正面方向へ斜めに突き刺し左の烈火剣『阿』に後方へ斜めに突き刺したからな、これならさっきよりも抜け難くなってる筈だと思う。

 

 「まぁ釣り針とかみたいに返しが付いてないから絶対とは言えないけどな。」

 

 でも準備は整った、俺の視界にはアミキリの体躯の左右に位置する二対四枚の翅を少し首を傾ければその何方かを捉える事が出来る場に陣取れた。

 

 「ヨシ、それじゃ此処は右側の翅を狙ってみるかな……すぅ……。」

 

 一呼吸吐く事で気を漲らせて口部を開き発射体勢に移り、そして。

 

 「破ぁーーッ!」

 

 右の二枚の翅を目標に鬼火を放つ、その放たれる炎はまるで火炎放射器か怪獣映画に出でくる火炎放射の様に炎の尾を引き翅を目掛けて伸びゆく。

 然し激しい揺れの中では狙いも定め辛く上手く直撃させる事は出来なかった、なので更に続けて次は首を横に振りより広範囲に放てる様にしてみた。

 そして『豪ッ!』と伸び広がる紫色の火炎がアミキリの翅とその付近の空間を燃やす。

 

 「これでも散弾よりかは威力もマシだろう、どうだイケたか!?」

 

 声に出して状況を確認する、鬼火に焼かれたアミキリの翅の着弾点から嫌な色の煙と不完全燃焼っぽい色の炎を発しながら、遂にその部分からもがれ墜ちる。

 そして揚力を維持出来なくなったアミキリはそれでも墜ちまいと藻掻いている様だが、その抵抗も虚しくやがて右側方から墜落を始める。

 

 「おっと俺もこうしてちゃ拙いな!」

 

 堕ちていくアミキリの巨躯から音撃棒を抜き取り装備帯に収めて、其処から脱すべく立ち上がりこの時まで頑張ってアミキリを牽制していてくれたアカネタカとアサギワシに声を掛ける。

 

 「ご苦労さん、お前達もコイツから離れろよ!」

 

 ちょっと状況が状況だけに何時もの挨拶は出来無かったけど、二体を労うと直様アミキリの巨躯を数歩ステップを踏んでアミキリに一発蹴りを食らわせた、それは出来るだけ斬鬼さんの近くへとコイツが落下して行くようにする為だ。

 そして俺は蹴りの反動を利用してアミキリからの離脱の為に跳躍した。

 高度百メートルオーバーからのダイビングになるがまぁ何とかなるだろう、それ位は鍛えてますから。

 と言っても流石に周りの状況を確認しながらの降下からの着地は無理そうなので、此処で一旦カメラは俺から斬鬼さんへと移すことにする。

 

 

 

 響鬼君が空高く跳び上がりアミキリに取り付いてからそろそろ二分位が経過したっスかね、さっき迄は背を逆さにして飛んでいたアミキリが今はちょい斜めだけどそれでもさっきよりかは普通って言うかマシな感じの体勢に戻ってるし、響鬼君も大分楽になったんじゃないっスかこれなら。

 

 「響鬼君、気を付けて無事で降りて来るんスよ。」

 

 それにしても響鬼君は凄いっスね、俺よりも三歳も年下なのに立派に鬼の務めを果たしてるのは勿論っスけど、その場その場での判断力とか思考能力とかがマジで高いんじゃないかって俺は思うんスよね。

 例えば一度判断とかを誤っても、素早くリカバリーの方法とか考え付くいて俺にも指示とか出してくれるし、本当にマジで凄いっスよ。

 俺も響鬼君に負けない様に鍛えていかなきゃっスね、なんて言っても師匠や先輩方が言う様に鬼の役目は魔化魍を清めて人助けをする事っスから!

 そんな事を思い、決意を新たにしていた俺だったっスけどその時空の上のアミキリに異変が起こった事に気が付いたんスよね。

 

 「あっ!?アレって煙と炎っスよね、と言う事は響鬼君の攻撃が上手く行ってるって事っスか!」

 

 アミキリから煙と炎があがって間もなくだったっス、その時とうとうアミキリの飛行用だと思う翅が燃えながら吹き飛んで行って、そして遂にアミキリはカクンとなったかと思うと墜落し始めたっスよ、それとほぼ同時に響鬼君もアミキリから離れて飛び降りたみたいっス。

 このまま落下すると響鬼君は俺からわりかし離れた位置に、そして魔化魍はコッチの方に落ちて来ているっぽいっスねこれは、しかも何かでんぐり返しみたいに体位が入れ代わってコッチに顔向けてるし此れが響鬼君の言ってたその機会ってヤツなんスね。

 だとすると此処は俺が迎撃ってヤツをやんないとっスね、響鬼君が作ってくれたチャンスなんだから。

 

 「響鬼君、この好機無駄にはしないっスよッ……ハァーッ!」

 

 俺は烈雷改を大上段に構えてありったけの気を込めるっス、さっき響鬼君が指示してくれたおかげで気力は充分っスよ俺っ。

 

 「斬鬼さんお膳立ては終わりましたよぉ、後は任せますからぁーっ!」

 

 降下しながら響鬼君が大声で俺に任せるって言ってくれたっスよ、此処で応えなきゃ男じゃ無いよな。

 了解っスよ響鬼君、見ててくださいっス俺のありったけをぶつけるっスよ!

 空に掲げた烈雷改の刃からビシビシと紫電が迸ってるっスよ、四方に八方にビシビシとスパークしてるっス。

 そのスパークに呼応しているみたいにアミキリも俺の立つ此方側にどんどんと近付きながら落ちてくるっス、良ぉし此処だっ!俺は大上段から紫電を撒き散らす烈雷改をおおきく振りぃのッ。

 

 「ハァーっ、鬼剣術、雷神斬ッ唐竹割りィィぃッ!!」

 

 長く大きく伸びた雷の刃を俺は思いっ切り良く振り下ろしたっス。

 

 

 

 

 

 時間にして僅か数秒間のダイブ、しかし体感としては物凄く永い時間が掛った様な気がする、そうだなまるで時間そのものが引き伸ばされている様な感覚ってのかな此れが所謂走馬灯かって別に何が頭の中を過ぎっているって訳でも無いからチト違うか。

 

 「しゃぁっッとぉッ!」

 

 まぁ、そのダイブも終わり俺は海岸の岩場へシュタッと降着した、『シュタッと降着』がこの場合のポイントな。

 

 「……鬼剣術、雷神斬ッ唐竹割りィィぃッ!!」

 

 やや離れた場所から斬鬼さんの大音声が木霊する、その声に俺は顔を向けると天高く伸びた雷の刃がアミキリの巨体に向かって振り下ろされたところだった。

 雷神斬唐竹割り、斬鬼さんが先に見せた雷神斬の上段斬りバージョンだな。

 その威力は、見た所アミキリの巨体の尾部辺から全体の約四分の一位を断ち切る事が出来た様だ。

 

 「やっぱ凄えんだよなぁ斬鬼さん。」

 

 斬鬼さんを中心として左方向へ頭部を含む全体の大半が、右方向へは尾部がやがて岩場へと落着した。

 落着して暫くの間ビクビクと痙攣していた尾部だったが十秒程で力を失ったのかその動きを停めた、暫くすればコイツは消滅して土塊に返るだろうから取り敢えず放置する。

 なので頭部を含むアミキリの部位の大半を占める左方向のヤツを叩くべくそちらへと俺は駆け出す、また斬鬼さんも技を出し終えて構えを解き烈雷改を掲げて同じく左方向へ駆け出した。

 

 「どうやら斬鬼さんも俺と同じ考えみたいだな。」

 

 全体の四分の一を失ったってのに流石って評するのも何だけど、兎に角大型の魔化魍だけあってかなりしぶといわ。

 身体の大部分を失って平衡感覚にも影響を受けてるだろうに、それでもまだヨロヨロと残った脚を使い動こうとしているし此処まで来るともう一種の敬意まで感じてしまいそうだよ、いやしないけどな。

 まぁ、そんな事よりも斬鬼さんとの合流が先だよな、と言う事で俺も着地姿勢から立ち上がりアミキリへと向かい駆け出す。

 

 「セイッ!ダァリャァッ!」

 

 俺よりも先にうごき出した斬鬼さんがアミキリへの攻撃を掛ける、蹌踉めくアミキリの右脚へ烈雷改の刃を強かに叩き付ける。

 二撃、三撃、と袈裟斬りから返しの逆袈裟斬りと連撃を繰り出し右脚二本を斬り落とす事に成功し、遂にアミキリは己の巨体を支える力を失いガクリと右側へ傾きそして崩れ落ちる。

 

 「良しッ行くぞぉっ!」

 

 崩れ堕ちたアミキリの状況を確認し、気合の声を上げて斬鬼さんがアミキリの巨体の内懐へと入り込む。

 此処が最後の攻勢ラストアタックの刻と見てインファイトによる連打を繰り出し相手を圧倒するファイターの様に。

 

 「良し、俺も……そりゃーッ!」

 

 一連の斬鬼さんの行動を確認し俺はその場から三ステップで跳躍すると崩れ堕ちたアミキリの頭部付近に着床する。

 

 「よう、さっき振りだな、お前本当に凄いヤツだったけどいい加減もう付き合いたくは無いからな、此れで決めさせてもらうわ。」

 

 一言俺はアミキリに宣して腰の装備帯のバックル部の火炎鼓を右手で掴むと自分の立つ付近に取り付ける、グンとアミキリの体躯の大きさに合わせて大きく展開する火炎鼓。

 それとほぼ時を同じくしてグサリと刃が肉を抉る様な鈍い音が響く、これは斬鬼さんが烈雷改の刃をアミキリに突き刺した事により発した音だろう。

 

 「斬鬼さん、コッチは準備完了っすけどそっちはどうですか!?」

 

 俺は両手に改めて音撃棒を握り込みながら斬鬼さんに様子を尋ねる、アミキリが先程までの様に大きく動く事は出来なくなったとは言えどもそれでもまだ僅かながら動きを見せている状況だ、なので下方に位置取る斬鬼さんが音撃を放てる体勢にあるのかの確認を取る必要があるって思ったからな。

 

 「大丈夫っスよ響鬼君、此方も準備完了っ、何時でもイケるっスよ!」

 

 そして返ってきた応えに俺は若干の安堵を感じ、また初陣であるにも拘わらず此れだけやれる斬鬼さんに頼もしさも同時に感じていた。

 まぁ、斬鬼さんも準備が出来ているのなら後はやるべき事をやるのみだ、俺達のこの手でこの厄介な魔化魍を完全に清める。

 

 「良っし!それじゃあ行きますよ斬鬼さん、ハァーーーっ………。」

 

 斬鬼さんへ声を掛けたるとすかさず俺は音撃棒を上方へと高く掲げる。

 

 「了解っス、行くぞッ!音撃斬ッ雷迅疾走!」

 

 斬鬼さんが俺への返事と共に音撃の技名を口にする、そして間髪入れず奏でられ始める斬鬼さんの音撃。

 

 『ギュィィィーーン……』

 

 六本の弦を一つ爪弾き響き渡る斬鬼さんの清めの音、それは音撃弦の見た目に相応しくエレクトリックでメカニカルな響きをこの海岸に木霊させる。

 

 「破ッ!!」

 

 その気合の掛け声と共に斬鬼さんの音撃『雷迅疾走』がいよいよ本格的に始まる。

 

   弾!

 

         爪!

 

 斬鬼さんの清めの音が高らかに鳴り響くのに合わせ俺も掲げた音撃棒烈火を掛け声と共に打ち下ろす。

 

 「音撃打ッ猛火怒涛、ハぁーッ!」

 

 左右二本の音撃棒を交互に力強く火炎鼓に叩きつける、力を込めての左右の連打、連打。

 

 「ハッ!ハァッ!」

 

 「セィ!ハアッ!」

 

 鼓から響く俺の清めの音と音撃弦から爪弾かれる斬鬼さんの清めの音、その二つの音が海岸に響きながら魔化魍の体内を駆け巡る。

 斬鬼さんの『音撃斬雷迅疾走』その名に偽り無くその音色はまさに疾風の如く駆け巡る雷、ともすればそれはノイジーにも感じ取れるかも知れない程にスリリングでいて官能的にさえも聞こえる。

 それに俺の『音撃打猛火怒涛』が合わさる、一打一打に気合を込めて叩き付ける事で発する鼓の音はこの海岸の全てに染み渡るかの様に木霊する。

 

 「はぁーっ、そりゃぁッ!」

 

 「セイッ!ヤァッ!」

 

 二人の鬼が発する気合の声と清めの音はクライマックスへ向けていよいよ勢いを増し、そしてその時訪れる。

 

 「はぁー………………そりゃあッ!」

 

 最後の一撃、左右の音撃棒を同時に繰り出すべく気合を込める。

 

 「おぉーっ、紫電一閃ッ!」

 

 斬鬼さんの技名と共に奏でられ始める最後のワンフレーズ。

 

 

  撃! 

        迅!

 

 振り下ろし打ち鳴らされる一撃。

 

 爪弾かれ紡がれる最終フレーズ。

 

 訪れる終局の時、全てを出し切った二人の鬼は全身に清めの音を浸透させた魔化魍から素早く離れ距離を取り、二人同時にその魔化魍を返り見る。

 轟音を響かせ爆散して行く魔化魍、三人の鬼を散々に手古摺らせたイレギュラーなその存在は遂に消え去り自然界へと還ってゆく。

 

 「はぁーっ、終わりましたね。」

 

 「はいっス、終わったっスね。」

 

 アミキリ変異種、その消え逝く様を見届け口を吐くのは一つの終わりに対する安堵感。

 この厄介だった魔化魍を作り出したあの黒い奴の事とか懸念事項や不安感も有りはするけど、今は置いておこう。 

 此等に対する今後の方針などは猛士の首脳部に考えてもらう事としよう、まぁ今のところ俺達現場組はその場その場で適宜対処するしか無いし、現状有効的な対抗手段とかも思い付かないからな。

 

 「斬鬼さん、初陣お疲れ様でした。」

 

 「はい、お疲れ様でした響鬼君、今日は本当にありがとうございました。

 もし今日響鬼君が此処へ来てくれなかったら、俺一人じゃアイツを清める事なんて出来なかったっスよ。」

 

 「はい、どういたしまして!?」

 

 「何で疑問形が混じってんスか。」

 

 二人で互いの健闘を労いながらの会話は何処か締まらないものだが、それもまた一仕事終えた安堵感故にと言う事で。

 

 俺は「ふう。」と一息吐いて顔だけ変身を解くと、同じく斬鬼さんも一息吐いて「疲れたっスね。」と一言。

 

 「斬鬼さん…………全身の変身が解けてるっすよ。」

 

 事の最初から最後迄闘い抜いたからだろう、斬鬼さんはきっと俺以上の安堵感から気が抜けてしまったんだろう。

 

 「えっ!?ちょっ、何でっスか!?」

 

 斬鬼さんはアノ部分を手で覆い隠し焦りの声を上げる、まぁ何ですかねご愁傷様です。

 でもいくらこの場に誰も居ないからと行っても、流石にストーキングをさせる訳にも行かないだろうし、俺はアカネタカとアサギワシに頼んで野営地のテントから斬鬼さんの着替えを持って来てもらう様に頼むのだった。

 




漸く決着を見ました。


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戻る日常。

 あれから間もなく、アカネタカとアサギワシが野営地のテントから斬鬼さんの着替えを持って来てくれたおかげで、何とか斬鬼さんにストリーキングをさせずに済み俺としてはほっと胸を撫で下ろす気分だ。

 銭湯や温泉でもあるまいに比較的歳の近い素っ裸のイケメン兄ちゃんと連れ立って歩くとか一体誰得でしょうかね。

 『愚腐腐腐』と仄暗い地の底から響いて来る腐海の住人の嗤う声が聴こえてきたような気がするがそれは気の所為だ、うん俺には見えないぞ赤いフレームの眼鏡を掛けたショートボブの良く見るとかなり可愛いフェイスなのに腐の属性が感じられる為にそれを台無しにしてるっぽい、何処ぞのガハマさんの友達の姿が視えたり何か絶対に無いぞ、無いったら無い。

 

 野営地へと戻りテントの中で俺が着替えを済ませている間に斬鬼さんがたちばなへの報告を行ってくれている、と言う訳で俺は落ち着いて着替えを済ます事が出来た。

 

 「……はい、そうっスね、解りましたそれじゃ此れから撤収しますんで、お疲れ様でした。」

 

 着替えを終えテントから出ると斬鬼さんもたちばなへの報告を終えるところだった、つか斬鬼さん電話口で頭下げても相手には見えてないですよ。

 何か今の斬鬼さんの挙動を見てると、鬼にならなかったら斬鬼さんってすっげえ立派な社畜になりそうだなって思えてしまうわ、それこそ数千年にひとり現れると言う伝説の社畜、超社畜人(スーパーサ○ヤ人)になれるレベル。

 あっそう言やサ○ヤ人ってフ○ーザ様にいい様に扱われて彼方此方に飛ばされてるしある種の社畜だよな、しかも報酬は戦いを楽しませてもらう事位とかだろうし出張手当てとか危険作業手当てとか出ないだろうし命の価値は安いし挙げ句にはその雇い主に一族郎党星毎殺害されてるし。

 

 「あっ、ヒビキくん着替え終わったっスね、支部への連絡は終わったっスよ警察への終了報告は香須実さんのほうから連絡を入れてくれるそうっス、だから俺ちょっと駐車場にいる現場の警察の方達に挨拶して来るっスから、ヒビキくんすいませんけど撤収作業お願いして良いっスかね?」

 

 テントから顔を出していた俺にはザンキさんからの提案を了承し俺は撤収作業を始める、途中警察の方々に挨拶を終えたザンキさんも作業に加わり然程時間も掛からずにそれらは終える。

 

 持ち込んだ荷物をザンキさんとトドロキさんが乗って来た猛士の公用車に積み込む、此れで後は俺達が撤収すればこの件はミッションコンプリートってところだ。

 あ〜、いや家に帰り着くまでが遠足だし家に到着する迄が労災の範囲内だ、その観点から見るとまだ終わってないって事でいいのか?

 

 「ヒビキくん今日は本当にありがとうこざいましたっス、ヒビキくんが来てくれなかったら俺奴に対抗出来なかったっスし、別の人が応援に駆け付けてくれたにしてもかなり時間も掛かった筈っスから………。」

 

 ザンキさんの今の言葉と表情には嘘偽りの無い俺への感謝の念が見て取れる、まぁ今日俺が此処へ来たのは本当に偶々気紛れを起こしただけの事だし、鬼として当然の事をやったまでだしそんなに感謝されるのは何てか照れ臭いものがあるんだが。

 

 「ええ、まぁ偶然そうなったって要因が大きいっすけど、取り敢えずは何とかなったっすし結果オーライって事で。」

 

 俺の返答にザンキさんの目が潤っとしている、愚腐っ……って違うだろ。

 

 「それよかザンキさんには行く所があんじゃないっすか、トドロキさんに報告かねてお見舞いに行かなきゃじゃないっすかね。

 そんで、俺も明日辺り見舞いに行きますってトドロキさんに伝えておいて下さい。」

 

 「っ、ヒビキくん……解ったっス、俺行ってきます。」

 

 綺麗な姿勢から深く頭を下げて俺に対して礼をするザンキさん、その頭を上げた時その表情は爽やかな若者のそれとなっていた。

 ザンキさんには語るべき事が沢山あるんだろうな、トドロキさんに対して今日の事やこれ迄の修行の日々の事とか。

 まぁ、其処に日菜佳さんと敏郎もいるだろうけど其処は其処だ。

 

 「あっそうだザンキさん、トドロキさんが退院したら三人で一緒にラーメン食いに行きましょう、約束っすよ。」

 

 トドロキさんの負傷によりお流れとなった男三人でのラーメン、そのイベントを何連(いずれ)果たすべくこの場で改めて約束を交わす。

 

 「あっ、ヒビキくん俺激辛が好きだから出来れば激辛が美味いラーメンか良いっス!」

 

 喜んでその提案を了承してくれたザンキさんだったが、最後に一言とんでも無い希望を述べられた。

 いや、俺って基本的に甘党だから、あんまり辛いのは得意じゃ無いからなぁ。

 全く駄目って事は無いけど、其処まで辛いのはって感じだから。

 

 「ご、ご期待に添えるかは解らないっすけどまぁ善処する所存であります?」

 

 まぁ最近の店は大抵は辛さのレベルを選べたりとか出来るだろうし、それを加味すれば店選びもそれ程苦労はしないだろうけど。

 

 「何で疑問形なんスか!?」

 

 「ほへっ?そっ、そんにゃ事はありませんじょ……。」

 

 はいかみまみたかみまみた悪うござんしたね、まあそんな感じのやり取りの後にザンキさんは車に乗り込み現場を後にした。

 

 

 

 「さて、そんじゃあ俺も帰るかなって訳にはいかないんだろうなぁ。」

 

 ザンキさんを見送り俺も早速我が家がある千葉市内へと向かおうかとは思っているのだが、そうも行くまい。

 何故ならば、俺のスマートフォンには複数のメールと電話の着信履歴が残っており、それを裁かなきゃ後でどんな事態に発展してしまうか定かでは無い。

 は〜ぁ面倒クサって斬って捨てられれば楽何だけどそうも行かんよな、あいつらだって俺の事心配してくれてる訳だし無下にも出来んよな。

 

 

 

 

 

 メールや電話をくれた、小町、由比ヶ浜、雪ノ下、一色に返事を送りいざ一路マイホームタウンへと出立したは良いのだが、俺は何故(なにゆえ)にか家では無く毎度ご贔屓にしている千葉市内某所のサイゼ○ヤに居たりする。

 イタリアンだけに……山田くん座布団取ってとか言わないでつまんないのは自覚してるから。

 時刻は午後五時を過ぎ、まだ多少の明るさはある物の夕方だ良い子はお家に帰る時間ですよと俺の周囲をガッチリ固める三人に誰か諭してあげて下さいマジお願いします。

 

 「と言う訳だから比企谷君、明日は私達も“一緒に”トドロキさんのお見舞いに行かせてもらうわね。」

 

 我が部の部長様が俺に何処か挑みかかるかの様な僅かばかり冷たさを感じる視線を向けながら宣われる、しかも一緒にの部分をものすっごい強調してだ。

 

 「そうだよヒッキー、あたし達だって前にトドロキさんに助けてもらったんだからこんな時の御見舞くらいちゃんとしなくちゃなんだからねっ、それにトドロキさんが大怪我したって聞いてあたしヒッキーも怪我とかしてないかってすっごい心配したんだからね。」

 

 注文し飲んでいたドリンクバーのドリンクをコトリとテーブルに置き由比ヶ浜が雪ノ下の宣言に追随する、まぁそれは解るよ恩を受けたら感謝の念を抱くのは人として当然だし良い事だと思うし、トドロキさんの負傷を由比ヶ浜にもメールで伝えたからそれで俺の事を心配してくれたんだから、俺もそれについて由比ヶ浜達に感謝しなきゃだが。

 

 「ですです、て言うか私のお父さんも明日トドロキさんのお見舞いに行くそうですけどね。」

 

 其処に更に乗っかる一色も幼い頃にトドロキさんと交流があったんだし、何なら親父さんである一色警部もトドロキさんの元上司ってか先輩にあたる人だからそのお見舞いに行くってのも理解出来るよ。

 だがな、だからと言って皆でまとまって行かんでも良いんじゃね?と俺は思う訳なんですけど、だってほら病院って大勢の患者さんが入院している訳だし、其処に大挙してねぇ。

 しかもこんな綺麗所と一緒とか、共に行動するであろう俺が居た堪れないです事よ。

 今だってね、独り身でご来店のお客様方(中高生らしき男性客)の視線が突き刺さってるんだからね、気のせいかもしれんが何となくその視線に物理的な痛みさえ伴いそうなくらいにな。

 

 「だったら一色は親父さんと行けば良いんじゃねえのか、それと雪ノ下と由比ヶ浜も二人で行ってそれぞれに時間をずらして、あんまり大勢だと他の患者さんに迷惑かけるかも知れないだろ、それにホラアレだ向こうで猛士関係の人に会ったらな皆には話せ無い事とかもあるかもだしここは一つ、な?」

 

 なので俺としては極無難な世間一般的な発言を持って彼女達に行動を改めて欲しいと願いその様に提案する訳だが。

 敵もさるもの引っ掻くものってのは言い過ぎだし第一彼女達は敵では無いんだが、なんとも用意周到な事で。

 

 「その辺りの事は抜かりは無いわよ比企谷君、私が先程日菜佳さんに電話で明日トドロキさんのお見舞いに伺いますと連絡して、事前に許可は得ているのだから、ふふふっ。」

 

 雪ノ下の返答にうんうんと頷く由比ヶ浜と一色のニンマリ笑顔にチョットだけカチンと来たが同時に可愛いとも思った俺を一体誰が責められようか、まぁそれも置いといて雪ノ下は俺のさやかな抵抗に対する反撃の準備は最初から整えていた様で、俺は戦場に赴く前から既に敗北を喫していたと言う訳だった。

 

 「戦わずして勝つそれが兵法の基本ってか、はぁ解ったよ降参だ。」

 

 「解かれば良いのよ比企谷君、明日は当日になってキャンセルなんて卑怯な真似、貴方ならそんな事しないと信じているわ。」

 

 雪ノ下が俺の事を信じているのかいないのか解らない圧を掛けながらの念押しを食らわせてくる。

 

 「うん、ヒッキーはそんな事する訳無いもんね。」

 

 それとは対象的に屈託の無い信頼感に溢れる由比ヶ浜の笑顔と言葉が痛い、止めてそんな目で見ないで!

 

 「ですね、家のお父さんも先輩に会いたいって言ってましたし、当然逃げたりなんてする訳無いですよねぇ!せ・ん・ぱ・い♡」

 

 パッチンとウインクがまして一色が言う、つか俺達高校生位だとあまり見知った同世代のやつの親御さんに会いたいとは思わないものだと思うんだが、特に女子の親御さんとか尚更だろってか俺はそう思うが皆はどうだ?。

 しかし相手が何かと俺の事を気に掛けてくれている一色警部となればそうも行かんだろう。

 

 「おっ、おう、一色警部にそう言ってもらえるのは素直に嬉しい気もするが、取り敢えず一色は言い方があざとい。」

 

 なまじっかにレベルの高いルックスを持つ一色だからな、あんなふうにハートマークが着いてますよ的な口調で話しかけられたりしたら勘違いする男はいくらでも居るだろう、しかしそれも俺には通用せんわ!何せ心も身体も鍛えてますから。

 

 「ぶぅ〜っ!先輩は私の扱いが粗雑(ぞんざい)過ぎると思いますぅ!もっと優しくしてくれても良いんじゃないですか、あの日私の事をお姫様抱っこしてくれた時みたいにぃ、あの時のトキメキをもう一度プリーズです先輩。」

 

 一色が其処に爆弾をぶっ込み雪ノ下と由比ヶ浜の表情が一瞬にして変わる、まるで表情を消した冷酷な仮面の様な無表情的なそれに。

 更に俺には二人が何かこう見えない刀を鞘から抜いて何時でも斬る準備は出来ていると無言で語っているかの様にも感じる(怖)

 

 「おい一色、あれは緊急事態故に致し方無く行っただけだ、決して他意は無いし疚しい気持ちも無いからねそこんところ勘違いしない様に、つか見ろよ雪ノ下と由比ヶ浜の表情をお前が要らん事言うからもうグダグダじゃねぇかよ、雪ノ下も由比ヶ浜もその顔怖いからね本当に勘弁して下さい。」

 

 そんなグダった状況に周りからヒソヒソと修羅場ってるとか痴情のもつれだとか聞こえる、ホント俺もう帰っていいですかね。

 この俺の心から潤いを奪い取られるかの様な不毛な状況はそれから暫く続いたが今日の此処でのお代を俺が持つって事で皆の刀を鞘に収めてもらった、代わりに俺の財布の中身は極端なダイエットを強いられた訳だがな、いやまぁ此処はサイゼだからそれ程の払いになってはいないけど。

 

 「それじゃあ比企谷君明日は待ち合わせに遅れないでね、まぁ小町さんも居る事だし大丈夫だとは思うけれど。」

 

 「バイバイヒッキーまた明日ね、今日はご馳走さま。」

 

 「先輩明日もよろしくです、あっそうだまたバイクで家まで乗せて行って下さいよ。」

 

 三者三様の別れの挨拶に俺も返すんだが、雪ノ下のは一見俺に対して信頼感を持っていない様な言い様にも聞こえるが実際は顔に悪戯っぽい笑みが浮かんでいるからからかっているだけだと判る。

 由比ヶ浜はまぁ普通っちゃ普通の挨拶だがちゃんとご馳走さまを言えるのは偉いと思う、此れもあの癒やし系のママ上様の教育の賜物か、まぁ料理の腕はそのアレだが。

 そして一色よ、お前はもう確信犯だよなっ!見ろ雪ノ下と由比ヶ浜の[[rb:蟀谷 > こめかみ]]がピクッてなってるだろうが。

 

 「おう雪ノ下も由比ヶ浜も気を付けてな、雪ノ下は迷子にならない様に注意しろよ、由比ヶ浜はスキが多そうな感じに見られるかもだからその辺注意な。

 そして一色、さっきも言ったがあの時は緊急事態だったから已む無く乗せただけだからな、本来制度上俺はまだ二人乗りは出来無いんだよ、っかお前その辺りの事親父さんに聞いてるよな、知った上でからかってるだろうお前。」

 

 雪ノ下と由比ヶ浜には挨拶を返し一色には苦言を呈する、それにより雪ノ下と由比ヶ浜の表情が軟化してくれたが、一色のヤツは舌をペロッと出して悪びれない顔してやがる……はぁ、ホント勘弁してくれよな。

 

 

 

 三人と別れ漸く俺は我が家への帰還が叶った、車庫内にKLXを停めて玄関を開けると小町が待っていてくれた。

 

 「お帰りお兄ちゃん、大変だったねトドロキさん大丈夫かな明日お見舞い行かなくちゃだよね。」

 

 そう言いながら俺の荷物を受け取ってくれるマイエンジェル、ああ此処は楽園かはたまた桃源郷か。

 俺の心は今この瞬間浄化され心の中のグリ○フシードから穢は消え去った、うん俺は小町さえいればあの淫獣に契約を持ちかけられて受け入れたとしても、小町がいるから常に浄化作用が働いて魔女堕ちはしなくて済むぞ。

 

 「おう、ただいま小町ってかありがとうなスマン、まぁトドロキさんなら大丈夫だろうなんたって猛士関東支部の長男坊だからな。」

 

 「うん、だよね、この際だからさトドロキさんも確り身体を休めて心身共にリフレッシュとかしてもらえば良いかもだよね。」

 

 小町は安堵感溢れる表情でそう言うと俺の荷物を持ってリビングへ向かう、疲れてるだろうから先にお風呂入りなよ、その間に夕飯の準備しとくからって声を掛けてくれながら、くぅ〜っ小町ちゃん嬉しくて泣けてくるよお兄ちゃんは。

 まぁ此処はありがたく小町のお言葉に甘えるかと思い、玄関に腰を下ろしブーツを脱いでいると扉が開く。

 

 「ただいまぁ〜帰ったぞぉっ、と八幡お前も出掛けていたのか。」

 

 帰宅の挨拶と共に家に入って来たのは本日は休日出勤だった親父だった。

 

 「お帰り親父、っか大丈夫かよ何か親父の眼が俺よりも死んでるけど。」

 

 まぁ普段から残業が多い上に今日は休日出勤だし、相当にきついんだろうな。

 毎日ご苦労さま、つかこんな両親の姿を見てるから俺って一般的な会社員とかなりたく無いって思うんだよな。

 

 「ああ、今週は流石にキツかったわ、スマンがもう風呂入って飯食ってそのまま寝るわ。」

 

 「ああ、それが良いわな、親父あんま無理すんなよな、無理が祟って病気とかしてちゃ其れこそ取り返しがつかない事になるかもしれないんだからな。」

 

 マジでな、今日のトドロキさんの負傷の件もあるし普段から社畜精神全開な家の両親だから、そりゃ心配にもなるわ。

 

 「おう、一丁前に親の心配とかする年になったんだな八幡も、まぁありがとうなお前と小町の扶養が済めば俺も母さんも多少はその辺もセーブするさ。」

 

 言いながら親父は靴を乱雑に脱ぎ捨てると、ポンと俺の頭に手を置き髪をクシャクシャとかき乱し、満足すると室内へと向かう。

 

 「親父、靴くらい揃えてから上がれよな。」

 

 片手で髪を整えながらもう片方で親父の靴を揃えながら苦言を呈する。

 親父は口ではスマンスマンなんて言っちゃいるけど、どう見ても反省している者の表情じゃ無いぞ。

 

 「たく、しゃあねぇな……つか親父のサイズって26なんだな。」

 

 俺のサイズが27だから、何時の間にか親父よりもデカくなってたんだな、身長もだけど。

 親父の靴を何となくそんな感慨に耽りながら見ていると何時しか俺は。

 

 「おやじの靴をはいてみた俺にはちょっとキツイけどなかなか渋い音を出すStepping Stepping it’s my Daddy’s Shoes」」

 

 俺が口遊む歌に親父がいつしか唱和してくる、俺は親父に目を向けるとそれを受けた親父がウインクかましてきた。

 

 「「トンガリ靴をはいたままヤツと町を歩いたら恥ずかしそうに笑いだすStepping Stepping it’s my Daddy’s Shoesそうさこれが俺の俺らのおやじの靴さ擦り切れてて傷だらけの古ボケた靴……」」

 

 俺と親父はそのまま二人玄関で歌いきってしまっていた、何かこう言うのも悪く無いなって俺はガラにも無くそんな事を思っていたりするんだが。

 

 「あぁ、なんかアレだよな親父の靴とか履いた日には水虫とか移されそうでメッチャ嫌だわ。」

 

 口から付いて出た言葉は照れ隠しの憎まれ口だった。

 

 「失礼なっ!お前な俺の水虫はブテナロックで完治済みだ!」

 

 それは親父の方も解っているみたいで返ってきたセリフがこれであった……てか完治済みってやっぱ水虫あったんじゃねえかよ。

 

 まぁこんなに感じで何か最後は締まらないが、俺の長かった土曜日は終わろうとしている。

 俺も親父の後に風呂入って飯食って、柔軟やって今日は早く寝ることにする。

 




歌詞引用 ARB ダディーズ・シューズ

アミキリ変一応終了です。


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見舞う病室。

 

 明けて日曜日の午後ニ時をいくらか過ぎた時刻、昨日負傷したトドロキさんを見舞うべく俺達は千○大医学部附属病院へと訪れた。

 何故この正午を過ぎ昼食も終え腹も熟れてきてもうすぐ三時のおやつの時間帯に見舞いに来たのかと言うと、単純に午前中はトドロキさんがレントゲン撮影などの予定があった為だ、決して俺が朝の鍛錬を終えた後にうたた寝をしてそのまま午後まで寝過ごしていたとかそんな理由じゃ無いからね、いやマジ本当だからねハチマンウソツカ………ごめんなさい本当は寝過ごしました。

 

 「これ位の荷物どうと言う程の物では無いわよね、貴方にとっては。」

 

 涼し気な顔をして雪ノ下が言う、その表情はまさに名は体を表すを地で行くかの如く、今が漸く迎えた麗かな春の日であるにも拘わらず季節を逆行させ再び厳寒の冬の日に引き戻されたかの様な、そんな気持ちを抱かせるに足る恐ろしい氷の笑みである、但し俺に対してだけ。

 

 「うん、そうだよねヒッキーは力持ちだから平気だよねこれ位。」

 

 由比ヶ浜が雪ノ下の言に続けて言う、その表情は普段なら由比ヶ浜は何と言うかぽかぽかとした小春日和って感じの笑顔を見せてくれるんだが、今はその彼女らしからぬ雪ノ下にも引けを取らない程に俺の心胆寒からしめる微笑を浮かべている、だって顔は笑っていても目が笑ってないんだよ(怖)

 

 「いやぁ、雪乃さん結衣さんうちのゴミィちゃんがゴメンナサイでした、今後このような事が無いように小町が確りとこの愚兄を管理しておきますからどうかお見捨て無き様にお願いしますね。

 ほらお兄ちゃん約束の時間に気が付かない寝坊助さんへのペナルティなんだからそんな不満そうな顔しないの!。」

 

 迂闊にも寝過ごして約束の時間に間に合わなかったってか、集合場所に来なかった俺を心配して雪ノ下が小町に連絡して、その結果俺が家で寝こけている事を知った二人がたいそうお怒りになったが為に今俺はこうして皆が用意したトドロキさんへの見舞いの品を全部持つ羽目になっているって訳だ。

 雪ノ下が用意した物はフルーツの詰め合わせと手作りクッキーで由比ヶ浜が用意した物は菓子折りとささやかなかわいい花束だ。

 実は由比ヶ浜も手作りの菓子を用意しようとしていたらしいんだが、それを雪ノ下が全力を以て説得し由比ヶ浜の母ちゃん(通称ガハママ)がやんわりと言葉巧みに諭してそれを思い留まらせたのだそうな。

 因みに昨夜は雪ノ下が由比ヶ浜宅にお泊りをしており、その関係で雪ノ下は由比ヶ浜家のキッチンを借りてクッキーを作ったと言う事だと。

 ナイスだ雪ノ下、よくぞ昨夜は由比ヶ浜家にお泊りしてくれた!おかげで再びこの世界に謎の黒い物体Xを再誕させずに済んだのだ。

 まぁ由比ヶ浜に思い留まらせるに当たり雪ノ下の精神力はかなりの消耗を免れなかったであろう事は想像に難くない。

 なので雪ノ下にはそのうちリポビタン○でも奢ってやろうと思う、何と言っても雪ノ下は基礎体力が壊滅的だから精神力と共に体力もガリガリと削られた事だろう、例えるならガード上からでもお構い無しに此方の体力をゴッソリと削り取る格ゲーのラスボスの必殺技によって削られたかの如くだ。

 全くな、画面全体に攻撃判定があるとかって何なのあれってさ理不尽にも程があるよな、しかも此方の体力ゲージが底を尽きかけてんのをわかった上で削り殺しとかして来るとか本当勘弁してくれよな。

 へっ、それってお前の腕が悪いだけだろうって!?そうだよ下手だよ悪かったなッ。

 

 「へいへい、寝坊かました俺が悪う御座んしたね、つか別に不満があるって訳じゃ無いぞこの眼はデフォルト装備だからな、何なら最近のETC標準装備の大半の大型二輪と同じまである。」

 

 小町による俺の顔つきに対する苦言に反論をしてみたものの、それは小町による『はいはいそんなの良いからとっとと行くよ』の一言で片付けられ、雪ノ下と由比ヶ浜もその言に同意であるとばかりに頷く。

 

 「くっ、女子の数の暴力の前にはいくら俺が鍛えたからっても無力だって事なのか。」

 

 四人分のお見舞いの品を抱えて俺が己の置かれた状況に打ち拉がれている間にも雪ノ下は病院の受付で来院理由等を伝え病室なども聞き出していた、まぁこう言ったところは流石は千葉の名家のお嬢様だけはあるし頼りになるわ、これで壊滅的な方向感覚さえどうにかなれば良いんだが果してどうなるやら、つかその方向音痴もまた雪ノ下のキャラの肉付けだろうからそれが無くなればそれはもう雪ノ下じゃ無い別者か。

 

 「あら比企谷君何か私に言いたい事でもあるのかしら?」

 

 俺の思考をまるで読み取ったかの様に雪ノ下は言う、ハァ俺の周りの女性陣はユニバ○サルセンチュリーを迎えてもいないし宇宙移民も始まっちゃいないのに何でニュータ○プみたいに思考を読めるんだよ、人類の革新が既に始まっちゃってんのかよ何それ凄いってより怖いよ、もしかしてラ○ラスの箱が開いちゃってんのかな!?

 何、もしかすると宇宙世紀はビ○ト財団では無く雪ノ下家が裏で色々やらかしてんのか。

 まぁそれは置いて、俺は雪ノ下の問に何も答えずに無言でゆっくりと首を横に振るだけに止める、今何か言おう物ならどんな反撃を受けるか解った物じゃ無いし俺は石橋を叩いて渡る事が出来る慎重派な日本人だ、でもまぁ時として叩き過ぎて石橋自体を壊してしまう事も無きにしもあらずだけどな。

 

 

 

 

 エレベーターに乗り目的の整形外科病棟階へ上がり小町と由比ヶ浜を先頭に雪ノ下、そして最後部に俺の縦列で廊下を進みトドロキさんの病室へ到着する。

 エレベーターを降りて最初は雪ノ下を先頭に進んでいたのだが、此処でも雪ノ下がお約束をかましトドロキさんの病室とは反対方向へと歩み始めたので先頭を小町と由比ヶ浜にチェンジした訳だ。

 

 病室は四人部屋の様だが病室前のネームプレートにはトドロキさんの本名である『戸田山登巳蔵』の名だけが記されている、俺達鬼にはそれぞれに鬼としてのコードネームがあり普段はその鬼の名で読む呼ばれているが流石に保険証や免許証などの公的な証明証には普通に本名が明記されている訳だから病院などの受診の際には本名で受けるのが当然だ。

 病室へと到着した訳だから事ここに及んで雪ノ下がその方向音痴属性を発揮する事などあり得る筈も無く此処で先頭を雪ノ下に代わり病室の扉をノックする。

 小町や由比ヶ浜にやらせると二回しかノックをしない可能性が高いからな、こういう時は礼儀作法を弁えている雪ノ下に任せるのが一番だ。

 

 「失礼します、雪ノ下ですトドロキさん御加減は如何でしょう……!?」

 

 入室許可を得て扉を開き軽く頭を下げ挨拶の言葉を述べていた雪ノ下だったが室内のカオスな状況を見留めその言葉を失ってしまう。

 

 「おっ、いらっしゃいゆきのんちゃんガハマちゃん小町ちゃんにヒビキも、遅かったね。」

 

 いの一番にカガヤキさんが俺達に声を掛ける、室内を見渡すとトドロキさんの病室には大勢の猛士関係者が詰め掛けていてそれなりの広さがある筈の四人部屋が手狭に感じられる程だった。

 カガヤキさんに続いて室内に居る皆さんが俺達に声を掛けてくれる、此処で少し室内の様子を説明するとしよう。

 先ず入り口から見て左側の窓際のベッドにトドロキが寝かされていて左腕と左足を装具により固定されベッドを少し傾けた状態だ。

 トドロキさんは笑顔で無事な右手を上げて俺達に挨拶をしてくれて俺はその様子に少しほっとした、この様子ならトドロキさんは案外早く退院し復帰出来るんじゃ無いかと思えたからだ、しかし同時にこの際だから暫くトドロキさんにはゆっくりと静養もして欲しいって思いも当然ながらある。

 

 「うっす、てか何すかこの状況。」

 

 カガヤキさんに応えながら室内を見渡す、文字数は多くなるしちとくどいかもだが説明を続ける。

 トドロキさんのベッドの側には日菜佳さんと敏郎が陣取り日菜佳さんがトドロキさんの世話をしていて、敏郎は日菜佳さんが切ったと思われる小皿に盛られたフルーツを爪楊枝に刺してトドロキさんに食べさせている、敏郎も負傷した父ちゃんの事は勿論心配ではあるんだろうけど、こんなふうに自分の親父の世話の手伝いが出来る事が案外嬉しいのかも知れんな。

 

 「もう遅いですよぉ先輩、雪ノ下先輩と由比ヶ浜先輩、あっお米ちゃんも来てたんですね。」

 

 続いて俺達よりも先に到着していた一色が声を掛けてくる、流石に場を弁えているのか何時ものあざとさは当社比0.7倍位に薄められている様だ、しかし一色のやつ雪ノ下と由比ヶ浜には名字プラス先輩呼びなのに何で俺だけ名無しなのん、しかも小町にはお米ってお前な…。

 

 「おう、遅れてすまん。」

 

 俺の寝坊が原因での遅れだからなここは素直に謝罪する、記者会見の席では無いから深々と頭を下げはしないし、マ○ゴミによる一斉フラッシュも無いのは幸いだ。

 てかあれはテレビ中継見ていて気持ちの良い物ではないよな、加害者側からすると取り敢えず誤っときゃ良いよな的な臭いがするし、それを報じる○スゴミは恰も自分達が正義であるのだから加害者は我らに対して謝罪と釈明の義務があるって声高に宣言している様で、俺はあの手の報道が始まるとチャンネルを変えるかテレビ自体のスイッチを切る。

 

 「やあ、ヒビキ君こんにちは妹さんと雪ノ下さんと由比ヶ浜さんだったね、はじめましていろはの父親の一色薫ですよろしく。」

 

 一色警部の挨拶に俺は頭を下げ、雪ノ下と由比ヶ浜と小町が挨拶と自己紹介を始めるのを俺は静かに見守っていたのだが、此処で突然のトラブルが俺を襲う。

 

 「きゃあ、もうヒビキくん久し振りだねぇ元気だったみたいだね、お姉さん君に逢いたかったぞっ!」

 

 音も無く俺の左側方からムギュ〜っと俺を抱き締めて来たのは暖かく柔らかくふくよかな膨らみの感触とふわっとした鼻孔を擽るいい匂いと、一色以上にあざとさを感じさせる声音だ。

 

 「ちょっ、止めてもらえますかね雪ノ下さん離れて、離れて下さいお願いします俺はまだ死にたくありませんからッ、本当マジでお願いします!」

 

 その正体は、現在は猛士に所属し現在は数少ない女性の鬼で元威吹鬼さんの弟子で管の鬼である淡唯鬼(アワユキ)さんの元、鬼の修行を行っている若干二十歳の女子大生、雪ノ下の姉。

 

 「姉さんッ、何をやっているのかしらこんな場所で不謹慎よ、早く、いいえ早急に比企谷君から離れなさい!」

 

 「そうですよ陽乃さん、ヒッキーが嫌がってるから離れて下さい!」

 

 「むぅ、ですです場を弁えてください雪ノ下先輩のお姉さん、先輩が嫌がってますから!」

 

 俺は抱き着かれた状態から感じられる女性特有の柔らかな感触と匂いと、由比ヶ浜にも引けを取らない程の膨らみに鼻の下が伸びそうになるのを、紳士スキルで我慢する。

 でなければ後が怖い、下手こいて此処で変態紳士スキルでも発動しようものなら俺はきっと由比ヶ浜と雪ノ下によって因果地平の彼方へと送られることとなるだろうから、その先に異世界転生とかが待っているなんて確証も無いのにそんなところ行く気にはなれん。

 てか、雪ノ下と由比ヶ浜とはもう一年の付き合いだし、雪ノ下は自分の姉がこんな不始末をやらかしてんのが不快なのは解るが、何故か一色までそうなっているのか俺は甚だ見当が付かん。

 

 「はぁ、おふざけは陽乃その辺にしておきなさい。」

 

 そんな俺の現状を見かねて助け舟を出してくれたのは、件の雪ノ下さんの師匠であり現在猛士関東支部所属の鬼の紅一点であり、俺の師匠カガヤキさんとは高校時代からの同級生で(おそらくはカガヤキさんに好意を抱いている)鬼としてはカガヤキさんの先輩にあたる、本名は『天美あきら』さん通称アワユキ(淡唯鬼)さんだ。

 

 「てへっ怒られちゃった(キラッ)」

 

 雪ノ下さんが反省の色無く悪戯っぽい笑みを浮かべながら俺から離れる、ハァもうついて早々こんな目に遭うとは今年の八幡は厄年か。

 

 淡唯鬼さん二十七歳、その見た目は肩の辺りで切り揃えられた黒髪と静かで淑やかな佇まいを感じさせ、少しの厳しさと内に秘めた優しさを感じさせる美人なお姉さんで、中学時代初めてこのアワユキさんに会った時はその雰囲気に俺は目を奪われてしまった、多分一目惚れだったのかもだがそれは叶わぬ恋故に俺は直ぐに諦めたがな。

 しかしカガヤキさんはアワユキさんと良い持田さんといい十代の頃から付き合いのある綺麗所に思われていながら一体何時になったらその思いに答えを出すんだろうか、弟子としては非常に気掛かりでならんわ。」

 

 「っ……あっ、安達君弟子不行き届きですよ!!」

 

 アワユキさんはその顔をまるで中高生くらいの少女か恥じらっているかの様に真っ赤な顔をして何故かカガヤキさんを本名で注意つか叱るつか怒る、いやマジ何でだろうか。

 

 「えっ、アワユキさん何で僕が責められるの!?」

 

 何故かとばっちりを被ったカガヤキさんが焦りながら疑問の声を上げて俺を恨みがましく睨む、いや何で?

 

 「へえ〜っヒッキーってアワユキさんが好きなんだ(ゴゴゴゴゴゴゴッ)」

 

 「そうだったのね比企谷君、貴方アワユキさんの事をね(ゴゴゴゴゴォッ)」

 

 「みたいですねぇ、初めてお会いしましたけど綺麗な方ですからねぇ、先輩が心奪われるのも仕方無いのかもしれないですけどぉ(ドドドドドドッ)」

 

 「へぇーっ、ヒビキくんが師匠の事を好きだったなんてねぇお姉さん知らなかったなぁ(ズキューーーン)」

 

 由比ヶ浜と雪ノ下と一色と雪ノ下さんが何故か俺がアワユキさんに恋心を抱いていた事を知っているんだが、しかもその語尾には何か恐ろしい擬音までもが含まれている様な。

 

 「もしかして、俺……。」

 

 一滴の冷たい汗が背中を伝う感触が俺の不安を掻き立てる、いやまぁこれはもしかしなくてもだろうな。

 

 「うん、中学時代初めて辺から声に出てたよゴミぃちゃん、小町はもう何も言えないよ哀れ過ぎて言葉も無いよ。」

 

 オーマイガッなんてこったい、マジかいなっ!?

 またしても俺のお口のバルブは知らぬ間に開いていて脳内の思考を口の端に載せていたのかよ、もうコレはアレだな普段俺は人との会話があまり無くて常に何かしら思考を働かせている物だから、ふとした時にその思考の圧力がバルブの耐久圧を超えて決壊してしまうのかも知れないなコレ、気圧水圧ならぬ言語の圧力略して『言圧』だ。

 けど何か言圧なんて略し方ってまるで言論弾圧を略したみたいじゃね、何なら中学時代の俺は学校では、いや中学でもかな…まぁ常にボッチ故に圧倒的少数派所謂スクールカースト最底辺に属していた訳で、そんな最底辺の意見なんぞを語ろう物ならカーストの上層からの圧力に依ってそこ発言は棄却からの弾圧にまで発展してったからな、正に当時の俺の立ち位置を如実に表しているって言っても過言では無い……んじゃないかな。

 ってまた思考が逸れてしまったが、まぁ俺だからねしゃあないしゃあないってなってそろそろ現実を受け入れよう。

 

 「まぁ、アレだ中学生男子なんて単純なもんだからな、歳上の綺麗なお姉さんに少し優しくされただけで舞い上がって勘違いしたりするもんなんだ、ソースは俺なってか他のソースとか知らんがな。

 何せボッチは他の事例何ぞを知る機会なんて無い訳だしな……あれっ、何か言ってて目から汗が。」

 

 「……ヒッキー……。」

 

 「比企谷君……。」

 

 「……先輩……。」

 

 「ヒビキくん……。」

 

 四人の女性陣の俺を見る目が憐れみの色を濃く顕し、声にまでその響きが含まれているし周りの人達はそんな俺達をニマニマとした顔で恰も見守ってますってふうに見ているし、もう止めて八幡のライフはもうマイナスよぉ!

 

 

 コホン、気を取り直して病室内の説明を続けようかこの場に居る残りの人物についてな。

 

 「ふふふ、ありがとうヒビキ君、私の事ヒビキ君は綺麗所って思っていてくれたんだね。」

 

 微笑を含み俺に語り掛けてくれた、黒髪ロングの女性はアワユキさんにも引けを取らない程の美貌を持つ妙齢の女性。

 カガヤキさんとは中学生の頃からの友人関係にあり、また何とトドロキさんとは従兄妹関係にある(意外だ)

 

 「うす、持田さんお久しぶりっすね、まぁ残念ながら俺はお世辞とか上手く言えないっすからね。」

 

 何の混じりっ気も無い本心でもって俺は持田さんに挨拶を返す。

 彼女の名は『持田ひとみ』さん、猛士が展開する系列会社にて広報を担当していて以前はテレビCMにも出演していた事もある、まぁこれだけの美貌の持ち主だし一応法人として表向き会社も経営している猛士としては企業イメージのアップに美人を起用するのは当然と言えるだろう。

 

 「おいヒビキ、お前なぁ女性を褒めるんならそんな捻た言い方なんかせずにストレートな言葉で言うものだぞ、と言いたい所だがお前の現状を鑑みれば分らんでも無いな。」

 

 俺の物言いに苦言を呈しながらも同情の念を示してくれたのはトドロキさんの師匠で猛士一番のモテ男。

 その人が由比ヶ浜と雪ノ下と一色に腕を抓られ、雪ノ下さんに何故か人差し指でグリグリと頬を甚振られている俺の置かれた現状を見て憐憫の目を向ける。

 

 「うす、ザンキさん……じゃ無かったっすね財津原さんお久しぶりです、昨日は電話ありがとうございましたってか君達いい加減やめてね、まぁ鍛えてるから痛くはないんだけど雪ノ下さんのグリグリ以外は。」

 

 昨日めでたく斬鬼の名を後進に受け継がせる事が叶った元弦の鬼で、現在は次世代の鬼の育成を手掛けるトレーナーや相談役を先代ヒビキさんこと仁志さんと共に務めている、本名『財津原蔵王丸』さん御年四十二歳。

 

 「ああ、昨日はよく頑張ってくれた様だなご苦労さん。」

 

 とまあ、此れが現在トドロキさんの病室に詰め掛けている人達である、俺は兎も角としてカガヤキさんとアワユキさんは今日は非番でローテには入っていなかったそうで、それに二人共トドロキさんとは十年以上の付き合いだしな見舞うのは当然か。

 それに持田さんは従兄妹だし財津原さんはトドロキさんの師匠だし、これも当然さもありなんだ。

 

 「はいっ、けど財津原さんも漸く斬鬼の名を引き継がせる事が出来てホッとしている面もあるんじゃないっすか。」

 

 俺がそう言うと財津原さんはフッと微笑し軽く顔を横に向け『ああそうだな』と一言ニヒルに呟く、やらやだやっぱりこの人格好いいわぁ何かハードボイルドって感じで。

 

 「それで今日はザンキさんはどうしたんすか、てっきり此処に居るもんだと思ってたんすけど。」

 

 俺はこの場に姿の見えない、トドロキさんの事を心底尊敬している弟子であるザンキさんの事が気になり聞いてみた。

 

 「ザンキくんは昨夜遅くまで此処に居てくれたんですけどね、昨日の感触を忘れないうちにまだ経験を積んでおきたいからって言って、サバキ君からの応援要請を自分から買って出て箱根まで出向いているんですよ本当に真面目な子なんですよねぇザンキくんは、無茶をしなきゃ良いんですけど。」

 

 答えてくれたのは日菜佳さんだった、鬼のスケジュール管理を受け持っていてくれる日菜佳さんには当然応援要請などの連絡も入ってくる訳で、その話をもしかすると此処でチラッと口に出したのかもな。

 

 「ああ、ザンキのやつ昨日ヒビキと一緒に闘ってみて刺激を受けたみたいでなぁ、ヒビキ君は凄いっスってしきりに褒めていたぞ。」

 

 そうだったのか、しかしマジで真面目な人なんだなザンキさん、何処かのヒビキ君にその爪の垢でも煎じて飲ませたいとか思ってそうな人が俺の周りに何人か居る様な気がするが多分気の所為だ。

 でもな、ザンキさんが俺の事をんなに評価してくれてるって事だけは素直に喜んでも良い気がするよ八幡、うんでも良い気になっちゃいけないけどね。

 

 

 

 

 

 




姉ノ下さんとあきらさんともっちー何気に初登場です。


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語らう男達。 前編

 

 トドロキさんの見舞いの為に訪れた病院であったんだが、今現在俺はその病院の売店側に設置されているソファーに腰を下ろし一人愛する千葉のソウルドリンク『マックスコーヒー』では無く。

 

 「濃い目の緑茶(さけ)飲まずにはいられないッ!。」

 

 五百ミリリットルのペットボトルの濃い目の緑茶を一口で一気に全体量の八割程を飲み干して呟く。

 あの後一通り挨拶を済ませ久しぶりに会った人や初対面の人達との交流が始まり………其処までは別に良いんだよ、其処まではな。

 問題はその後だった、病室に集った皆が交流を深め和気藹々とした空気が流れる室内の様子に俺も柄に無くほっこりとした気持ちを抱いていた。

 しかし其れが崩れ去ったのは(そう思っているのは俺だけだろうがな)昨日のバケガニ変異種転じてアミキリ変異種を清める迄の件くだりを複数体のディスクが収めた映像を編集した動画の上映会が執り行われたからだ。

 

 「まさかあんな物まで用意してるなんて思わないっての、まぁ多分みどりさん辺りが編集したんだろうがな。」

 

 このトドロキさんの病室に集った人達は猛士に所属していない雪ノ下と由比ヶ浜と一色も魔化魍に行きあった経験があるし、一色警部にしても警察官として県警の魔化魍対策班に所属し猛士と協力関係にある訳だし、今更機密がどうのとか言うのもアレだ野暮っものか。

 そして始まった上映会、普通に生活していてはほぼ遭遇する事など無い大型の魔化魍の脅威的な姿を映像の上とはいえ目の当たりにして雪ノ下達も戦慄を覚えただろうし其れも無理は無かろうだ。

 途轍もなく巨大な、怪獣の様な化け物がこの世に存在が実在した上に其れを払うこれまた異形の鬼なんてものまで存在し其れが身近に居る人間である俺だって事を知っていて尚普通に接してくれているが、俺は時に思う事があった。

 其れは彼女達がもしかすると心のほんの片隅にでも、実は魔化魍だけじゃ無く鬼の存在に対しでも恐怖心を隠し持っているんじゃ無いかって、普通に生活している分にはその恐怖心も表に現れる事は無いだろうが何事かが彼女達の身に起こった時、その思いが表面化して俺は拒絶されるんじゃ無いかってそんな思いを俺は持っていた。

 しかも去年の夏川遊びに出掛けていた雪ノ下姉妹と由比ヶ浜がそこでカッパと遭遇、其処に駆け付けた俺達は彼女達の前で鬼へと変身した。

 初めて友人として付き合う事のできた二人に拒絶される事を覚悟して、けど二人はそんな事は無く変わらず俺と付き合ってくれている、それでも尚俺は。

 

 『ふわぁ、ヒッキーも斬鬼さんも凄いねぇあんな大きな魔化魍相手に、でもさあんなにいっぱい怪我してさ、痛かったよねヒッキー……。』

 

 『今回のトドロキさんの負傷を鑑みても鬼の務めと言う物がどれ程過酷な物なのかと言う事がこの映像からでも十分に理解できるわ、比企谷君……其れにこれからしばらく後になるのでしょうけど姉さんもどうか気を付けて。』

 

 由比ヶ浜と雪ノ下は心から俺達の務めに感嘆し尊敬の眼差しと俺の身を安じ優しい言葉を掛けてくれた、殊に雪ノ下は自分の姉が鬼の修行を積んでいる途中だし尚更に心配が募ったのかもな。

 まぁその妹の言葉に姉は感激して思いっきり妹をハグして頬をすりすり姉妹ゆるゆりを展開し、皆が其れを微笑ましく見守る。

 

 『先輩、先輩、スゴイです!スゴイです!カッコいいです、鬼の皆さんはこんなふうに魔化魍と戦っているんですね、私感激しちゃいました。』

 

 一色はその発した言葉の通りに感激も露わって感じのキラキラした瞳と笑顔で俺を称えてくれたし、其処には普段のあざとさなど感じさせない一色の本心からの言葉だと思われる。

 まぁ雪ノ下や由比ヶ浜と違って一色の場合は初対面での変身だったから多少違うけど、鬼の姿とか怖いって思わなかったのかな。

 まぁその辺の感覚とか良く解らん。

 その混じりっけの無い近い世代の異性からの称賛に俺は面映さと若干の居心地の悪さとを感じてしまった。

 

 更にカガヤキさんにアワユキさんとトドロキさん、三人の現役のベテラン勢や財津原さんにも高く評価してもらったし此れから修行を終えてやがて独り立ちするだろう雪ノ下さんからも賛辞と俺を目標とするとの宣言までされてしまい、その雰囲気に気圧されてチキンな俺はトイレを装い病室を失敬して来たって訳だ。

 

 「ハァ、たまには緑茶も悪く無いもんなんだな。」

 

 俺はペットボトルのパッケージ表面を眺めながらため息一つ吐いて呟き、次いで裏面を向ける。

 

 「あれ、俳句が載って無いヤツだったのかこれって。」

 

 別に何処の何某さんが考えたものだか分からない俳句にさして興味がある訳でも無いんだが、今は何となく活字の世界に浸りたいって気分のアンニュイな倦怠感を感じていた。

 つかアンニュイな倦怠って同じ様な意味合いだよな、イカンな我ながらバイオリズムが低下中なのか。

 何て事をアレコレと考えていた俺だったが目の前に誰かが立っている事を少し前から知っていたんだが。

 その人物がまさか俺に用があるとは思いもしなかったし、思考の方にソースを割り振っていた為にその声が意味を持って耳に入って来ていなかったんだが、流石に少し煩いと感じた俺はその人物に苦情を入れようと顔を上げてみた。

 

 「やあ、やっと顔を上げてくれたね比企谷。」

 

 俺の目の前に立つその男は今、間違い無く俺の名を爽やかな笑顔で呼んだよなってか誰だっけコイツ?

 

 「あれ、もしかして俺の事知らないのかい、ハハっちょっとショックだよ君とは同じクラスなのにな。」

 

 そこに立っていたのは如何にも爽やかさが売りですっ感じの金髪イケメン、春物のニットってのかなファッションとか疎いからよう知らんけど、清潔感溢れてますけど何か?とまでの激しい自己主張はしていないがこざっぱりと決まってやがる。

 うん俺にイケメン男子の同世代の知り合いは居ないし、何ならイケメンじゃ無くても居やしないしだかコイツはら知らん奴だ……が、ん?コイツ今同じクラスって言ったよな。

 

 「………ああ、その、スマン誰?」

 

 

 

 

 そのイケメンは俺の隣に座り同じくペットボトルのドリンクを飲みながら語りかけてくる。

 つかちょっと近すぎじゃね、まぁさっき自己紹介してくれたから何となく思い出しはしたんだけど、話とかしたこと無いから殆ど初対面に等しいよな、なのにこの距離感……。

 

 「まさか本当に知られていなかったなんて、ちょっとショックだったよ。」

 

 金髪イケメン男、葉山隼人は苦笑しながらそんな事を言ってきた、まぁ仮に俺が女子だったなら或はコイツの事を知っていたかもしれんが、生憎と俺はTSする気も無きゃ腐な人達が歓喜しそうな方向へと舵を切るつもりも無い。 

 つか段々と俺はこの葉山ってヤツの事に思い至り始めた。

 

 「あぁ何か悪かったな、生憎と俺はボッチだからなあまり人の顔と名前を覚えんの得意じゃ無いんだよ。」

 

 確か由比ヶ浜の友達の金髪お蝶夫人がよく絡んでいるヤツだったよな、なんかやたらと爽やかなスマイルを絶やさないって感じのヤツだよな。

 

 「……フフッそうかいじゃあそう言う事にしておくよ、本当は違うんだろうけどさ。」

 

 俺の返答にそう切り返して葉山はペットボトルのドリンクを飲みだす、そんなセリフや仕草まで一々イケメンスメルを放っている、くそ誰かこの匂いを止めてくれッ陰キャボッチにはこの臭いに耐えられん、何ならそこの売店で自腹を切ってノンス○ルでも買って来ようか、もしくは○ァブリーズでも可です、そうすりゃ多分幾らかこの臭いからも解放されるかも……ナンテコトハナイデスヨネェハチマンシッテルモ〜ン。

 

 それから僅かな時間この場に沈黙が訪れた、葉山はペットボトルのドリンクをゆっくりと飲んでいるし、俺は飲み終えてしまい空になったペットボトルを何気無しきもて遊び、自ら葉山へと何かを問うたりなど出来ずただ一刻も早くこの妙な空間から逃れられないかとそんな事を思案する、ってか此処は『スマン俺人を待たせてるからもう行くわ。』と言ってこの場を離れりゃ良いんじゃね。 

 ヨシ!我ながらナイスなアイデアだ、では早速とがかりに、俺は葉山に向き合い声を掛けようとしたその時、葉山はヤツはポツリと呟く様に言った『凄い奴なんだな君は。』と。

 唐突に俺の事をそう評した葉山の真意が俺にはまるで解らなかった、解らなかったからって理由わけでも無いんだが俺は多分ポカンとした間抜けな表情で葉山の顔を見つめる。

 つか理由わけが解らん、葉山とは此れ迄に話した事も無いよな、何を以てコイツは俺の事を。

 

 「この一年で彼女達、雪ノ下姉妹は随分と変わったよ、端から見ていても理解(わかる)よ君と関わってから彼女達が良い方向へ変わっているとね、本当に君は俺が出来なかった事を……。」

 

 なる程そう言う事か、確かに雪ノ下は出会った当初と比べると人当たりとかも随分柔らかくなったし、良く微笑む様にもなったし人を思いやる事も出来る様にもなった、雪ノ下さんは俺と言うよりかはアワユキさんとの師弟関係や仁志さんやたちばなの皆からの助言とかそう言った関係性、言わば繋がりとかの影響で変わって行ったんじゃないかと俺は思うんだがな、あの人妹もだけどアワユキさんの事を大好きだからな……つか雪ノ下姉妹の其れが解る葉山ってヤツはもしかしたら。

 

 「何!?お前、もしかして雪ノ下姉妹のストーカーか何かなの、ソレはヤバイぞ悪い事は言わんそう言うのは止めておけ。」

 

 葉山が言う出来なかった事ってのが何なのかは一旦置いて、俺は心からの忠告を葉山に与える、別に俺は葉山とは親しい間柄では無いが雪ノ下姉妹とはそうじゃ無いからな、姉の陽乃さんは猛士に仲間だし妹の雪乃は部活の仲間だし友人だしな、その二人に害を為そうと言うのなら俺は全力を持って排除にあたろう。

 尤も雪ノ下さんなら確実に葉山を返り討ちに出来るだろうから、心配は杞憂ってもんだろうけど。

 

 「イヤイヤ、誤解しないでくれよ、雪ノ下姉妹と俺は所謂幼馴染みと言うヤツなんだ、俺の父が雪ノ下家の顧問弁護士をやっていてねその関係で二人とは顔見知りなんだよ。」

 

 しかし両の手を高速でヒラヒラとさせて葉山は慌てて否定する、なる程な親同氏にそう言う繋がりがあるんならその子供達もまた知り合いだってのも頷ける。

 まぁ雪ノ下達に実害が無きゃ別に構わんか、だがそうか幼馴染みかなる程な。

 葉山は葉山なりに雪ノ下達を見守っていたのかも知れないな、今日まで俺は葉山とは接点が無かったからその為人がどんなものかは分からんけど、コイツは案外良い奴なのかもな。

 

 「そうか悪かった俺の早合点だった様だな。」

 

 と、結論も出たところで俺は素直に葉山に謝罪すると同時に心の中のスタ○ドを引っ込めた、同じ日本人同士だからな謝罪をしたからと言って其処を(あげつら)って罪を認めた謝罪と賠償を要求するとか言ってくる事は無いだろう、無いよな。

 

 「ああ、いや解ってもらえたならそれで良いんだ……ははっ。」

 

 頬をヒクつかせ苦笑しながら葉山は俺の謝罪を受け入れてくれた、何かこう言う態度を取られると申し訳無さ具合が半端ないわ。

 だがこうなって見ると尚の事口から言葉が出て来ないわ、まさか出会った当初の雪ノ下との会話の様に言葉のドッチボールをする訳にはいかんだろうし、はて如何したものか。

 

 「それと……。」

 

 俺の口がまるで交通規制か渋滞に嵌ったかの様に会話のネタに詰まっているとその沈黙を破り葉山の方から話を切り出した、ふぅ~っ漸くこの気不味さから解放されるのかと俺は内心の安堵感を押しやって、何でも無いふうを装い葉山の方目を向け続く言葉を待つ。

 

 「俺自身君と話しをしてみたかったと言うのもあるんだけど、父から釘を刺されたんだ例え何があろうと君と敵対する事の無い様にと言われたよ……人知れずこの世の穢より産まれる異形のモノを祓う猛士の鬼、君がその鬼の一人だってね。

 俄には信じられなかったけど其れは本当の事だったんだな。」

 

 そして語られた葉山の言葉に暫し俺は驚きの余り要らないキャッシュが溜まり重くなったPCの様にフリーズしてしまったが、思い当たるフシが有ったので直様再起動を果たし葉山に告げる。

 

 「ああそうか、お前の親父が雪ノ下家の顧問弁護士ってなら猛士や鬼の事を知ってても不思議はないか、まぁ別に俺は誰かと敵対しようとかって意志は無いからなお前も別段構える必要は無いんじゃねぇの。」

 

 その俺の言葉に葉山は何処か困った様な或いは意外な事を言われてしまったみたいなそんな表情で俺を見やり、やがて視線を外し「そうなのかな」と呟いた後暫く、ほんの僅かな時間だったが沈黙。

 其れは多分だが、葉山は何なしら自分の考えを纏めようとでもしているかの様にも思える、実際はどうか知らんけど。

 

 「比企谷やっぱり君は凄いよ、俺は過去に失敗した事があってねその結果雪乃ちゃ、雪ノ下さんを救うことが出来なかったどころかその問題を悪化させてしまったんだ、だから俺は彼女に疎まれていると思うんだ、その上でほぼ初対面に近い君に言うのも何だかと思うけど……これからも君に雪ノ下さんの力になって欲しいんだ。」

 

 葉山は立ち上がり俺の目の前で頭を下げながらそんな事を宣いやがる、過去の失敗がどうだとかそんな事は俺の知ったこっちゃ無いしコイツに頼まれなくとも友人として俺は今後も雪ノ下と交流を続けていくつもりだ。

 

 「なぁ葉山お前はそれで良いのか、お前の言う失敗ってのが何なのかを俺は聞くつもりは無いし別にどうだって良い、けどな人間なんて生きてりゃ失敗の百や二百位やらかすモンなんじゃねえの、言っちゃ何だが中学時代の俺なんてそりゃもう勘違いしまくりで数多くの黒歴史を築いて来たもんだ、だがまぁ俺の場合は中学迄の俺の黒歴史を知ってる奴等との繋がりを断ったから後腐れも何も無いけどお前の場合はそうじゃ無いんだろ、ずっと昔から親同士が繋がっててお前ら子供同士もそうなんだから繋がりも早々断てないだろう、だったら……お前に負い目が在るんなら其れを挽回する何らかの行動を起こした方が良いかも知れんぞ、まぁぶっちゃけ言うとこんな事を言ってて何だが俺からすりゃ所詮他人事だからお前がやるやらないはまぁどうでも良いんだけどな。」

 

 俺は先の葉山のまるで雪ノ下を俺に託すみたいな物言いに少しばかり苛つきを覚えた、だからまぁこれくらいの事は言ってやっても構わんだろう。

 それに依ってこの男がどう行動するかは此奴次第だ、これ以上は人がとやかく言う事でもないしな。

 

 俺の言葉に葉山は何か苦い物でも飲み込んだかの様な何とも言えない表情を見せた、イケメン爽やかさ男もこんな表情をするんだなと俺は妙な所に意外性を感じていた。

 

 そして葉山はその表情を引き締め直して俺に挨拶を告げて去ってゆく、何でもヤツの母ちゃんがこの病院に医師として勤めていて、今日は親子で外食でもって話になって葉山は此処でお袋さんと合流する事にしていたそうだ、なる程だからこんな場所でヤツと遭遇してしまったって理由だ。

 去り行く葉山の背中を何となく見つめていた俺だが流石にそろそろ病室へ戻らなきゃかと思いはじめたその時、またしても俺に呼び掛ける人が現れた。

 

 「……一色警部、すいませんもしかして俺の事を探しに来てくれたんすか。」

 

 それは俺にとって初めて出来た後輩である一色の父にしてトドロキさんの警察官時代の先輩でもあり千葉県警魔化魍対策班に所属し、且つ何かと俺を気に掛けてくれている一色警部だった。

 

 「ああ、それもあるんだけどね私も個人的に君と話がしたくて探していたんだけど、さっきの彼は確か葉山弁護士の息子さんだったかな。」

 

 はぁ、一色警部が俺に話とは一体何についての話だろうか、まさか一色との関係を父親として問い詰めたりとかされるのん?イヤイヤイヤ誤解です一色警部殿ワタクシ誓って貴方のお嬢さんに不埒な真似などしておりません、お宅のお嬢さんとはあくまでも学生として先輩後輩の間柄でありますれば、そうです言わば一色警部とトドロキさんとの関係の様な物でありそれ以上でもそれ以下でもないです、ハイッ!

 なんてなお巫山戯はこの辺で終わりにしておこう、一色警部が態々俺を探してくれたって事はその話と言うのは真面目な話なのだろう、普段この人と会うのは基本警察署でだからってのもあるし一色警部自身もユーモアに富んだ為人って訳でも無いからな、おそらく話ってのは所謂お固い話だろうと思うがまぁ確りと聞いてみよう。

 

 「ヒビキ君単刀直入に聞くけど、この間君がいろはを救ってくれたあの公園なんだが、君はあの場所について何か思う所或いは感じた事などないだろうか。」

 

 売店側のソファー、俺の隣に腰を下ろして一色警部は静かにゆっくりと、しかし真剣な面持ちで俺に問うた。

 その質問の意味するところが今一つ掴めなかった俺は瞬間思考を巡らせてその質問の真意が奈辺にあるのかを考える、先ずは一色警部が言った様にあの公園の様子を思い出してみよう。

 

 「そうっすね、何てかあの公園って住宅街にほど近いのに割と広いっすよね、樹木も色んな種類が植樹されてるしベンチやテーブルなんかも処々設置されてて休日に家族で弁当持って出掛けるには結構良さそうだと思いますけど。」

 

 俺はあの公園へは片手の指で数える事が出来る位の回数しか足を運んだ事は無いんだが、先ずは俺の感じるあの公園の良い印象の部分を一色警部に伝える。

 見ると一色警部はそれに対し無言で頷いている、その目には静かだが強い目力が感じられ何だかそれは俺に『其れだけじゃないんだろう』とでも言っている様だ。

 なので俺はその後を続けて自身の所見を一色警部に伝える、次はあの公園に対するネガティブな要素を。

 

 「但しそれはあくまで昼間、日中に限っての事ですね、俺が思うにっすけどあの公園って規模に比して全体的に街灯が少ないと思うんですよ、しかもその上樹木もかなりの種類と本数が植えられているから全体的な見通しが悪いし、その結果死角になる部分が多い様に思います。

 だから何てんですかね、そう言った状況を利用して良からぬ事をやる連中には結構都合が良いかもですね。」

 

 俺は話し終えて「ふう」と一つ吐息を吐く、これは俺としてはちょっと喋り過ぎたんじゃねえのかと思える位に文字数使ったよな、おかげでまた喉が渇いて来たな。

 それで肝心の俺の話を聴いていた一色警部はと言うと、ソファーに腰掛け前に身体を傾けて両肘を太腿に浸け更に両手を組んで、所謂変形型ゲンドウさんポーズをとりなんぞ思案している様だ。

 はて、俺の返答は一色警部のお眼鏡には適わなかったのだろうか、だとしたら俺地味にショックです。

  

 「……フッ、ヒビキ君、君は本当に良く周囲の事を見ているんだな、君が猛士の人間で無ければ将来は警察への道を進めるんだがな。」

 

 しかし蓋を開けてみたら、元い一色警部の開かれた口から紡がれた言葉は意外な程に俺に対する高評価だった。

 

 




当初予定に無かった葉山との邂逅を挟んでしまい予定していたエピソード全部を書けませんでした。


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語らう男達。  後編

魔化魍発生の条件をオリジナル、独自解釈で付け加えてみました。


 一色警部よりのまさかの高評価、まぁ多分にジョークも含まれているんだろうけどまさかなぁ……警察官の道を勧められるとは思ってもいなかったわ。

 しかし一色警部は未だ俺が出した回答に対する答え合わせをしてくれてはいない、果して一色警部は俺にどの様な返答をしてくれるのだろうか、そしてゆっくりと一色警部は語り始める。

 

 「実はねヒビキ君、あの公園なんだがここニ年程で婦女暴行或いは暴行未遂事件が九件、その他に障害致傷事件や未成年者によるグループ間抗争などの事件も発生していたんだよ。」

 

 一色警部より語られたその情報に俺は物凄くドン引きしてしまった、まさか実際にそんな大事が起こっていたとは思いもよらなかった、正に事実は小説より奇なりを地で行ってたわ。

 

 「マジですか、しかしそれだけの事が起こっているのに自治体かもしくは管理会社は街灯を増設するとか樹木を間引くとか、何らかの対策をしようって思わなかったんすかね、もしくは警察の方からもそう言った要請を出すとか。」

 

 ぼやく様に俺はそう口にし、それに一色警部は声なく無言で真剣な面持ちで頷いて見せる、やっぱり一色警部も俺と同意見なんだろうな。

 一警察官としてもこの地に住まう者としてもそんな犯罪が多発する様な場所はどうにかするべきだとの思いもあるんだろうな、しかし。

 

 「つか一色警部、その話が魔化魍とどう繋がるんすか。」

 

 一色警部が俺にその事を問い掛けるからにはおそらく、結論的には魔化魍に行き着くんだと思うんだよな。

 だってな問われた側の俺は猛士に属する鬼で一色警部は県警の魔化魍対策班に所属しているんだし、そんな人がわざわざなんの関係も無い犯罪関係の話だけで終わるとは思えんし。

 尚も何か思案しているかの様な雰囲気を醸す一色警部が言葉を発するのを俺は静かに待つ、っても其処まで長い時間を待つ訳でも無いんだけどな、精々十秒とか位だろうかな。

 

 「ヒビキ君、猛士の君にこう言う事を説明するなど釈迦に説法も良いところだろうが、魔化魍の発生原因と言うのは確かいくつかの条件が重なって発生する場合や、過去には何かしらの組織的な物が魔化魍を産み出していたと言う事例もあったそうだね、いや先程のディスクの記録映像からすると、あの黒い存在などは何某かの組織が裏で暗躍している事を表しているのかも知れないね。」

 

 一色警部の言う様に魔化魍の発生には確かにいくつかの条件や要因がある、例えば季節や天候がそうだし、一節には自然界のサイクルによってどうしてもあまり良く無い物が澱のように溜まってしまいそれが魔化魍って形になって顕れるんじゃないかって説もある。

 

 「はい、確かに一色警部の言った通りかもですね。」

 

 その地方や季節、これに気温や湿度などの要因が加わって来る、遥かな過去の時代から活動して来た猛士にはそれらの記録が遺されているので、そのデータをもとにかなりの精度で予測が可能だったりする。

 昨日の件もそうだ、トドロキさんとザンキさんが出張ったのは近日中にバケガニが顕れるだろうと言う事は過去のデータを元にして導き出され結果があったからだ。

 まぁ尤もそれがあんな大事になるとは予想だにしていなかったけどな。

 

 それから何らかの組織の暗躍だがこれは割と昔からあったらしいんだよな、十一年前の百鬼夜行事件の裏側だがこれも人工的魔化魍を産み出していた連中がいて暗躍していたらしいが、結局その首謀者は見つからず終いに終わったそうだなのでその目的も分からず終いなんだと。

 その年は例年に比して魔化魍の発生件数が爆発的に増加していて、そのうちの何割かはその連中が人為的に産み出した物だったと言われている、まぁそれを差し引いてもその前の年までとは比べるまでも無い程に増加していたんだそうだがな。

 更に厄介な事に、近年頻繁に発生している人型や等身大の魔化魍はこの年から発生する様になったと言う事だ。

 其れまでは、人型の魔化魍と言うと夏のヤツが主流で他の季節には滅多に現れる事は無かったとの事だ、しかしその発生に組織的な物が関わっているかは今のところ解っちゃいないんだけどな。

 

 「これは現時点ではあくまでも私の推測に過ぎないんだが、いろはの件も在って私は独自に調べて見たんだが。」

 

 一色警部はそう前置きをして説明を始める、猛士との協力関係を結んだ事により警察にも魔化魍に関する過去の資料も提供されているし、近年のデータも共有しているうえに警察から出向して鬼として活動している警察官の人達からより詳細な報告が上がって居るだろうからな。

 

 「あまり時間を取れなかったからより深くは調べ()れてはいないんだが、調べられた範囲内で解った人型等身大魔化魍の出現場所の傾向にについてなんだが。

 その殆どが過去に殺人事件や婦女暴行などの事件などが幾度も或いは幾度か起こっていた場所だったんだよ。」

 

 声音は静かでゆっくりだが力強さを感じるで口調一色警部は自身で調べた調査結果を語ってくれた、なる程一色警部は警察官として独自の観点から魔化魍発生場所に何らかの共通点があるんじゃないかと考察したのだろう。

 そして調査の結果現場の共通点が過去に幾度も何かしらの事件が起こっていた場所だったと、ん、つまりそれと魔化魍発生に何の因果関係があるんだ?

 

 「ふっ、魔化魍の出現にそれがどう関係しているのかと疑問に思っている様な表情だね。」

 

 俺の表情から一色警部はそれを読み取ったんだろう、流石はベテランの警察官だその観察眼は伊達じゃない、それこそνガ○ダムにも引けは取らん位だ。

 つか、雪ノ下にしても一色や一色警部にしても何で俺の表情から思考を読み取れるんですかね(怖)

 

 「これはあくまでも私の推測でしかないから、全くの的外れな解答かもしれないんだが。」

 

 一色警部が独自に行き着いた見解を語ってくれようとしている、此処は猛士の一員として鬼として俺はこの見解を確りと拝聴しなければなるまい、一色警部は優秀な警察官だその意見は必聴の価値ありだろうからな。

 頷き、俺は一色警部に見解を伺う意を示すと警部もまた頷いて語り始める。

 

 「魔化魍の出現の条件の一つに自然界の良く無い気や澱の様なものがその場に溜まり、やがてそれが魔化魍としての形を形成するのではないかと言われているよね。

 もしかするとだが、その良くない気と言う物の一つに生き物の、この場合は人間の事だが、そう言った場に於いて発せられた加害者の欲望だとか想念、そして被害者の無念や恨み怨念などがその場に溜まり時間を掛けて、それがやがて魔化魍へと変じているのではないのかと推察してみたんだよ。」

 

 見解を聞き終えた俺は一色警部マジ凄えッ、と心底感心してしまった。

 

 人型等身大が出現し始めてから此処十年程、その出現に至るプロセスは解らないでいた。

 人型等身大は大型種と違いその殆どが市街地に出現する事、その脅威度はピンキリだが大型種よりかは対象は容易ではあるものの人目のある市街地に出現すると言うその特性は非常に厄介と言わざるを得ない、警察から出向して鬼として活動している皆さんの大半はこの人型等身大への対処に当たる事がメインとなる。

 先日の一色が行き遭ったクロボウズにしてもそうだが、人型等身大は夜間に出現する事が多くそれ故にあまり世間に知られないで済んでいる一面もある、もし奴等が昼間に顕れる様になったらこれ迄の様に魔化魍の存在を一応秘匿する事は難しくなるってか、そうなると秘匿は無理だし俺達鬼や猛士の存在も大っぴらになるだろうし、そうなりゃ厄介な事になること間違い無しだ。

 

 「一色警部、何つか警部の見解には凄く納得が行きます、今迄解らなかった人型の出現の傾向が此れでかなり絞れるんじゃないっすかね。

 なる程なぁ犯罪の犯行現場っすか警察官ならではのアプローチですよね。」

 

 俺の評価を聞き一色警部は何だか、はにかんだ様な照れ臭さを感じている様な微笑を浮かべ「まだ現時点で調べられた段階での統計だからね、断定には至らないと思うよ」と謙遜というか控え目に己を律する様に言う。

 

 「ですけど警部、俺達猛士だって此れ迄の統計とかのデータでの予測を踏まえて動いている理由(わけ)っすから、警部が導いたデータだって此れから魔化魍に対する備えにはなると思いますよ。」

 

 一色警部は俺の言葉に頷く。

 

 「ああ、私も此れは一つの指針にはなると思うんだ、近日中に報告書を纏めて上層部へ提出しようと思っているよ、勿論猛士の方にもね。」

 

 あくまでも警部の説は現時点ではその一端って処だろうけど俺はかなり的を射てると思う、それもかなり中心近くを。

 しかしこのデータと警察の組織力があれば全国レベルでのそう言った場所の警戒態勢も取れるかもだよな、そうなりゃ魔化魍による被害をいくらかでも減らせるだろう。

 魔化魍ってのは古くからこの国に顕れる災害に近しい物だから、おそらくは完全撲滅って事は出来ないと思うがそれを少しでも減少させられるなら其れに越したことは無い。

 一色警部のもたらしたこの情報はある意味朗報と言ってもいいだろう、これで俺達の非番が増えればなお良しだな。

 

 

 

 

 一色警部の話も一段落した事だしもうそろそろトドロキさんの病室へ戻った方が良いだろう、そう思った矢先俺は一色警部からの一つの要請を受けた。

 

 「ヒビキ君、君に会わせたい男が居るんだが少し付き合ってもらえないかな。

 場所はこの病院内だから移動に時間も掛からないんだが。」

 

 一瞬、あまり時間が掛かってしまうと雪ノ下と由比ヶ浜と小町がお怒りになるのではないかとの懸念が俺の頭を過ぎったが、相手はこの病院内に居るって事はもしかすると警察から出向し鬼として活動している方が負傷して入院しているのかもと推察し、ならば其れは断るべきでは無いと判断し俺は一色警部に了解の意を示した。

 小町達には何連何らかのご機嫌伺いをせねばならんだろうけど、願わくばあまり俺の財布に負担を掛けないでもらいたいが、彼奴等の笑顔はプライスレスだからな致し方無しだ、当然だよな。

 

 「そうかありがとう、じゃあ連絡を着けるから少し待ってもらえるかな。」

 

 一色警部はそう言うと懐から年季の入った携帯電話を取り出すと、操作を行い左の耳に添える。

 凡そ五〜七秒程で先方が着信を受けたのだろう一色警部との通話が始まった様だ、しかし連絡を入れるって事はこれから会う人は入院患者では無いのかもな、だが電話で話す一色警部は何だか気安い口調で話してるし、この病院のお偉方とかじゃ無いと思うが。

 

 「ああ、態々すまないな、それじゃ直ぐにそちらに向かうよ。」

 

 通話を終えた一色警部は携帯電話を懐にしまうと立ち上がり、待たせた事を詫ると出発を促す。

 

 「っす。」

 

 俺はそれに小さく短く応えると一色警部と二人して院内の廊下を進み行きエレベーターへと乗り込み目的の階へ、やはり行く先は入院患者の病室では無かった様だ。

 目的の階へ到着し更に暫し通路を歩き受付にて来訪の目的を一色警部が告げ、看護師の方に場所を教えてもらうが何度か訪れた事があるのだろう一色警部は解っている旨を告げ、受付の看護師さんに礼を言って歩き出す。

 その看護師さんは去り行く一色警部の背中を少し顔を紅潮させて見送る、まぁ分かりますよお姉さん。

 四十代半ばとはいえ一色警部はハンサムっすもんねぇ、先代当代ザンキさんズとはまた別系統のカッコ良さって感じだけど、見た目的には十歳以上若く見えるし。

 

 「あざっす。」

 

 看護師さん達に挨拶をして俺も一色警部の後に続き目的地へ向かう、途中一色警部は学校の事とか日常の事などの世間話を俺に振ってくれた。

 言葉数は少ないがその言葉にはやはり俺を気に掛けてくれている事が伝わってくる。

 

 「まだ高校生の君に魔化魍の対処を任せている事に大人としては忸怩たる思いもあるんだが、こればかりは鬼である君達にしか成し得ない事だからね。

 だからこそ、普段は……日常に於いては君に充実した学生生活を送って欲しいと、心から願っているよ。」

 

 最後に私には願う事くらいしか出来ないんだけどね、と一色警部は自嘲気味に言うと口を噤んだ。

 ありがたい事に会う度に一色警部はこんなふうに何かと俺の事を気に掛けてくれる、本当に俺の回りの大人達は温かな心根を持った人達ばかりだ。

 こんな人達に出会えた幸運を俺は感謝しよう、神なんて不確かな物じゃ無く出会った人達にな。

 なのでまぁ感謝の意を込めて一色警部の憂いを払う為にもこれだけは言っておこう。

 

 「一色警部、何時も俺の事を気に掛けてくれてありがとうございます、けど俺も結構適当にやれてますんでまぁ大丈夫っすよ。

 基本俺は働きたく無い人間なんで、怠けようと思えばいくらでも怠けられますから、そりゃもう本気になれば一日中ベッドと枕を友にして惰眠を貪る位の事はお茶の子さいさいって奴っすよ。」

 

 俺のその発言に一色警部は苦笑を以って答える、もしかするも其処には多少の呆れの成分がツーサイクル混合オイルの様に混じっているかも知れないが。

 

 「フフ、君は全く日高さんやカガヤキ君が言っていた通りの男の様だなヒビキ君……二人が言っていたよ、君は口では恰もやる気の無い様な発言をするがその実は物事に対して真剣に誠実にあたる人だとね。

 私もその二人と同意見だよ、まだ年若いが君は信頼に足る人物だとね。」

 

 何か………一色警部からの俺の評価が高過ぎて逆に辛い件、果たして俺は一色警部にそれ程評価してもらえるだけの人間なのだろうかと。

 

 

 

 それから程なくして目的の場所へと到着した、其処は所謂医師や看護師の方達が業務にあたる執務室だろうと思われる一室だった。

 一色警部はそのドアをノックして来訪を告げるとその室内から入室を許可する声が聞こえて来た、それはそれなりに年齢を重ねた大人の男性の声だった。

 

 「どうぞ、入ってくれ一色。」

 

 その返事を受け一色警部はそのドアを開け室内へと入室して行く、俺もそれに続いて行く。

 

 「やあ椿、失礼する。」

 

 「失礼します……。」

 

 一色警部が部屋の主である人に挨拶をして入室、部屋の主は椿さんと言う方の様だ、それに続き俺も挨拶し入室する。

 

 「よう一色、さっき会ったばかりだが珍しいなお前がこの部屋まで来るなんてな。」

 

 其処に居た人は身長百八十センチを超える長身に水色の医師用のユニフォームのうえに白衣を纏った、髪を短くさっぱりと纏めた細身のスポーツマンタイプって感じの中年男性だった。

 その人は白衣を翻しながらこちらを向き直り一色警部へと話し掛ける。

 

 「いやすまないな椿、お前に紹介したい少年が居てなこの機会に連れて来たって訳だよ。」

 

 どうやら一色警部がその椿さんに俺を紹介したいと言う事だった、なので俺は椿さんにペコリと頭を下げる。

 しかし此処で俺は椿さんに対して何方の名を名乗れば良いのだろうか、本名か或いは鬼としてのヒビキの名か。

 

 「ほう、その坊主をか……。」

 

 椿さんはこちらへと歩いて来ると、ぬっとその顔を俺に近付けてジッと見定めるかの様に俺を見回す、なっ、何なのコレって……。

 

 「年の頃はお前の娘と同じ位か、ははぁなる程こどうやらの坊やはお前の娘の彼氏、将来の義理の息子って所だな。」

 

 俺をマジマジと見ていた椿さんは口を開いたかと思うととんでも無い発言の爆弾をぶっ込んできた。

 

 「な、な、なっ、いきなり何を言ってんすかッ、俺と一色はあくまでも先輩後輩の間柄であって、そっ、そんな関係じゃにゃいでしゅよっ……。」

 

 あまりの事態に俺は噛み噛みながら椿さんの爆弾発言を否定する、そうだ此処は断固として否定しなければならない場面だ、こんなトンデモ発言をカマされた日には一色警部の怒りの電流が迸ってしまうまである。

 

 「おいおい椿、彼と俺の娘はそんな関係じゃ無いよ、今はな。」

 

 一色警部は苦笑しながらそれを否定してくれた、そうですあくまで俺と一色はそんな関係ではありません、今はな…って今は!?

 

 「紹介するよヒビキ君、彼はこの病院に勤務する総合外科医の『椿秀一』私とは高校時代からの付き合いで、トドロキの主治医だ。

 椿、彼はヒビキ君、お前が担当する戸田山と同じ猛士の鬼だよ。」

 

 一色警部は俺と椿さんの事を互いに紹介してくれた、それは良いんだが今一色警部は俺の事を椿さんに鬼って紹介したけど、良いのか。

 

 

 

 

 



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気遣う心。

 俺は一色警部に連れられて向かった先にて紹介されたトドロキさんの担当医である椿さん、驚いた事に椿さんに対して一色警部は事もあっさりと俺が鬼である事を告げた。

 

 「ちょっ……一色警部!?」

 

 基本、まぁ割と緩い面もあるけど一応俺達鬼の存在は秘匿している訳であまり大っぴらには公言しないんだが、椿さんにそれをいの一番に伝えてしまった一色警部に俺は不味いのではと苦言を呈そうかとも思ったんだが、考えてみりゃこの病院の上層の人達は警察や猛士と繋がりがある訳で。

 

 「大丈夫だよヒビキ君、椿にはここの院長から鬼や猛士の存在は以前から伝えられていたからね。」

 

 やはりか、ですよねぇそうでなけりゃ一色警部程の人が容易やすやすと機密を暴露する筈も無いとそう思い至り俺は内心ホッと安心のため息を吐く。

 

 「ほう、大したもんだな聞く所によると鬼ってのは想像を絶する程の鍛錬を積まなけりゃ成れないんだろ、その歳で大したものだな。」

 

 若干、ほんの少しだが俺は椿さんの眼に訝しみの様なもが見えた気がするが、鬼の存在を知っていたか知らされたかは知らないが椿さんはそれなりには俺を評価してくれた様だ。

 まぁ成人もしていない高校生が人知を超えた存在だなんで信じられないだろうし、椿さんが訝しいと思うのも仕方が無いだろうな。

 

 「はあ、どうもっす。」

 

 取り敢えず俺は小さく頭を下げてそれを挨拶に代える、俺としても何故一色警部が椿さんに俺を会わせようと企図したのかその真意がまだ解らんからな。

 

 「椿、このヒビキ君は猛士の中でも歴代最年少で鬼となった逸材なんだよ、大したものだろう。」

 

 俺の右肩に軽く手を添えて一色警部が追加補足してくれた、それを聞いた椿さんの表情から訝しむ色が和らぎ興味の色に取って代わられた様に見える。

 

 「ところで一色警部、何で俺をここへ連れて来たんすか。」

 

 めっちゃ基本的で当然な事を俺は一色警部に問う、この椿さんがトドロキさんの担当医で一色警部の友人だって事は教えてもらったが、その椿さんの元に何故俺を連れて来たのかって事の説明を俺はまだ受けていない。

 まさか、トドロキさんの状態があまりよろしく無くそれを俺だけに伝えようとしているとか、何てことは無いと思うんだがそうすると『はてな』ってなるんだよな。

 

 「君がトドロキの病室へ来る前に椿が回診で廻って来てくれたんだがね、其処でトドロキの病状に付いての説明があったんだがそれを君にも説明しておくべきだと考えてね、それで此処へ君を連れてきたって訳なんだよ。」

 

 一色警部が俺の質問に答え理由を話してくれたは良いんだが、正直俺は医者を目指しているって訳では無い故にもし椿さん、いや椿先生にその説明を受けたとしてもな。

 通り一辺倒的に「はあ」とか「そうなんすね」とか位の空返事みたいな事しか言えないんじゃねと思うんだが、じゃあ一色警部は何を狙って俺を此処へ連れてきたのか、唯単純に一色警部は狙いとか無しに純粋な気持ちで俺にトドロキさんの現状を伝えようとしているだけのか。

 

 「椿、さっきお前が評価していた現場でトドロキの応急処置だが、それはこのヒビキ君が行ったものなんだ。」

 

 一色警部は椿先生へ優しさを感じさせるが若干苦笑が混じっている様なそんな微妙さを感じさせる様な調子で説明をするが、俺には何故一色警部がそんな微妙な感じになっているのか、その理由が何処から出ている物なのかサッパリ見当が付かないんだが、何なのこれ……。

 俺の預かり知らない、俺がトドロキさんの病室を訪れる前に何かしらのやり取りが為されていたとか、そんな感じか。

 

 「おお、そうだったのか!!」

 

 椿先生は一色警部の説明を聞くと大きな声と満面の笑みを持ってそう言うと、俺の左肩に手を置きグッと力を込め、そして続ける。

 

「いやあの応急処置は実に見事なものだったぞ、それをまだ高校生の君がやったと云うのか、いやあ猛士という組織はそういった事もきちんと後進に対して教育しているんだな。

 ヒビキ君、一人の医者として言わせてもらうが、良くやってくれたな見事だったぞッ。」

 

 俺の肩に置いた手をポンポンと軽く叩きながら椿先生は評してくれた、そう評価してもらえたのは俺としても嬉しい事ではあるんだが、何だか戸惑う思いも同じ位に抱いている。

 

 「はぁ、何てか恐縮っす。」

 

 いやまぁ修行期間中に現場に出た際の応急処置の研修とか受けてたし、それ位は現場に出ている者なら大抵はこなせるんだけどな、評価して頂いたのはありがたいけど椿先生に対して俺はその一言を口にするだけで一杯だった。

 

 

 

 

 

 

 俺と一色警部は椿先生に促され、椿先生が使用しているであろう執務室に備え付けられている物だと思われるデスクトップパソコンとモニターが設置されている机の前に陣取る。

 この椿先生の執務室はかなりシンプルで、事務用の机と椅子がワンセットに高さ180cm程のロッカーと来客用の折りたたみスチール椅子が三脚と会議室に置かれている様な長テーブルが一つ置かれている。

 

 「これを見てくれ。」

 

 椿先生がそう言って俺達に示したのは電源の入ったPCとモニター、そのモニターに映った映像は誰もが幾度から病院で目にした事があるだろうレントゲン写真だ。

 そのモニターにうつしだされた二枚のレントゲン写真、それは同じ部位を写したものである事は俺の素人目でも理解できる。

 

 「これはどちらもトドロキの左大腿部のレントゲン写真なんだが、左側が昨日撮った写真で右側が今日の午前中に撮った写真だ。」

 

 やはりそうだった、レントゲンに写し出されたトドロキさんの患部は左右何方も痛々しくバックリと割れ折れた様子がありありと解る。

 そしてそれ以外にも微かな罅が幾本も走っている、これは折れるまでには至っていない所謂罅が入っているって状態なんだろう、多分。

 おそらくこれではリバビリ含めて社会復帰まで三ヶ月以上は掛かるんじゃなかろうか、何て事をつらつらと考えていたら椿先生がトドロキさんの現状を詳しく説明してくれた、案の定って言い方もアレだけど俺の考えていたら事はどうやら的を射てた様で。

 

 「と言う事で俺は昨日の時点でリハビリ含めて全治四ヶ月を見込んでいたんだがな……。」

 

 椿先生はレントゲン写真を指してそう言ったんだが、何だろうかちょっと含みがあるってか間違いがあったみたいな言い方だよな。

 

 「次はこっちを見てくれ。」

 

 次に椿先生は右側の写真を指し俺は言われるままにその写真に目を移す、それは左側のレントゲン写真とほとんど変わりないアングルから撮られた患部の写真で、素人目にはその二枚にどんな違いがあるのか一見では解りかねるんだが。

 

 「えっと、この二枚の写真は何方も同じトドロキさんの左脚大腿部の映像ですよね、俺にはこの二枚の違いが解らないんですけど。」

 

 「ああ、そうなのかよく見比べれば解ると思うんだがなぁ、それじゃあ詳しく説明するか。」

 

 椿先生による説明は簡単に言ってしまうと要するに、トドロキさんの怪我の回復具合がわずか一日しか経っていないにも係わらず異常な速度で治癒しているとの事だ。

 

 「先ずはこの部分の罅の線だが昨日のレントゲン写真と比較すると、今日撮った写真ではそれが少しだが薄くなっているんだよ、解るか。」

 

 椿先生は人差し指で二枚の写真の罅の部位をなぞりながら説明してくれる、言われてみれば何となくだが少しだけ薄くなっている様に見えなくも無いが、写真の写り方ってか撮影状況の違いとかじゃ無いんだろうな、いやおそらくはベテランだと思われる椿先生が言うんだから間違いないんだろう。

 そして俺には何故そうなってるのかに付いての心当たりもある、鬼の存在を知っていてトドロキさんの主治医でもある椿先生にも知っていてもらった方が、今後の治療の方針を定めるにも必要かも知れんし先生にも話しておこう。

 

 「まぁ、そうなんすかね、俺達鬼は体内に気を巡らせる事である程度の怪我とか瞬時に治せますし、多分トドロキさんも現状でできる範囲で気を練っているでしょうから、もしかしたらその効果が現れてんのかもですね。」

 

 椿先生は俺の話を聞くと何だか呆気にとられたかの様なポカンとした表情になってしまった、まぁアレだ解ります椿先生のそのの気持ちは、気を巡らせるとか練るとか言われて『ハイそうですかマジすげえ』何てあっさり納得とは行きませんわなそりゃ、特に医療に関わっている人なら尚更。

 だからだろうか、椿先生は一色警部の方に目を向けて無言で俺が言っていることは本当なのかと問い掛けている。

 

 「ヒビキ君の言っている事は本当の事なんだよ椿。」

 

 一色警部の言葉に椿先生は「本当なのか……」とポツリと一言、椿先生としても長年の付き合いのある一色警部が自分に対して嘘をつく何て思わないだろうしおそらく信じてくれるだろう、くれるといいな。

 

 「はあーっ、まさかアイツ以外にもそんな肉体を持った人間が居るとはな、しかもそれが複数人もか。」

 

 椿先生は何だか感慨深そうに口に出したセリフだが一体どう言う事だろうか、アイツ以外にもと複数人ってキーワードが出て来たが、この場合の複数人ってのは俺達鬼の事を指している訳だよな当然ながら、そこに加えてのアイツ以外にってのはどう言うことだろうか、俺達鬼以外に何かしらの肉体的損傷を治癒する事が出来る技だとか能力を持った人が居るって事なのか。

 う〜ん、何か少し否かなり興味が湧いてきたんどけど………いやしかしこれは聞ける雰囲気では無い様だな。

 椿先生も一色警部も何となくだけど寂しそうなっ、て表現で良いかは分からんけどその表情を見てるとあまり部外者には話せない、いや話したく無い事なんじゃないかと思わせられるオーラが出てる気がする。

 ならばそれは聞かない方がいい事だろうから、俺からは聞かないでおこう。

 由比ヶ浜、雪ノ下、おめーらが評する自分勝手なこの八幡が…今 相手の気持を読んでこともあろーか思いやったぜ。

 イヤ違げーしっ、俺二人にそんな評価されてないんだからねっ☆

 と、遊びは終わりだ、椿先生の話を聞かなきゃだ。

 

 「そしてこのメインと言う言い方はちょっと変だが、骨折した部位だ。

 昨日の段階では俺はこの患部を二、三日中にはボルトとプレートによる固定をしなければならないだろうと診断したんだが、やはりこの骨折した部位も罅と同様回復が始まっているのが見て取れるんだ、これにより俺はその施術は必要無しと判断を改めざるをえなかったという訳だ。

 しかし全くこれには本当に驚かされたよ、厳しい修行の末に鬼となるとは聞いたが一体何をどう鍛錬すれば人体がこんな特殊な能力を身に着けることが出来るんだ。」

 

 一体何をどう鍛錬すればか、椿先生の疑問は御尤もと言うべきだろうな。

 修行を積んだからと言って誰しもが鬼へと到れる訳でもない、中には自ら途中で諦める人も居るし或いはどんなに努力しても成れない人も居る。

 警察から出向して修行を行った警察官の人でさえ鬼へと至れた人は三割に満たないんだよな、う〜んどう言えば良いんだろうか俺の場合は元がインドア派でスポーツの経験も無かったし、修行開始から一年位は手応え的なものも掴めなかったんだよな、それが次第に肉体ができ上がり体力が向上しているって手応えと気が身体に充ちているって感覚が、何となくだけど解りはじめたって感じだったかな。

 その辺りの事を俺は掻い摘んで椿先生へ説明したんだがしたんだが、それを聞いた椿先生の表情が次第次第に変化していった。

 

 「いやぁ、本当なのかそれはっ!……ふむ、厳しい修練の末に開眼する生命の根源に根付くエネルギーとでも形容すれば良いのか、その結果己の身を異形へと変えて魔を清めるか。

 ならこの驚異的な回復力は言わばその余技の様な物なのかもしれないな、いやぁこれはそそるなぁ。」

 

 その表情と口調から感じられるのは、良い言い方をするなら知的好奇心の表れと言えるだろうか、俺の見たままの印象で言うならばちょっとアレなマッドなドクって感じか。

 

 「そっ、そそるんすか……。」

 

 内心に冷や汗が伝う様な感触を感じながら、ちょっと引き気味に一言。

 いやね、椿先生って何か言い出しそうな気がするんだよマッドな台詞をな、そう例えば。

 

 「いやぁコイツは是非解剖して見たいものだな。」

 

 とかさ………って、マジで言っちゃったよこの人!!

 

 

 

 

 

 

 「まぁ冗談はさておきだな、このトドロキの回復具合から行くと一月もあれば骨折の方は治りそうだ、後は回復具合を見ながらのリハビリを二週間後位から始めて、全治四十日と云ったところだろうな。」

 

 改めて椿先生から告げられたトドロキさんの状況に俺は安堵する、これなら約束のラーメンも案外早くに行けそうだ、なら俺としちゃあ早いうちに行き先の選定をしとかなきゃならんだろう。

 

 「しかしな、喜んでばかりもいられない気がするんだよ、確かにお前達鬼は努力の結果強い力を身に着けたんだろうがな、俺は少しばかりそれに不安を感じるんだよ。」

 

 俺の安堵感が表情に現れていたんだろうか、昔の俺は周りに目が濁ってるだの腐ってるだの表情が固くてキモいだのと言われていたもんだったんだがな、そう考えると隔世の感ありって程のもんじゃ無いですね。

 

 「……椿、お前もしかしてあいつの事を。」

 

 椿先生の言葉から始まり心の中で俺が自虐ネタに走っていると、一色警部はそんな椿先生を思いやる様な口調で語り掛ける、それは一色警部と椿先生との間に共通する誰かの事を指して言ってるんだろう。

 

 「嘗て一色と俺の知り合いに凄い奴が居たんだ、そいつは青空と冒険と笑顔が似合う奴で争い事が嫌いな奴だった、だがある事件が切っ掛けで皆の笑顔が失われそうになり、その笑顔を守る為にと自分の心を押し殺して望まぬ戦いに身を投じたんだ。

 そして、そいつの身体は戦いに特化したモノへと変えられて行った、それでもヤツは最後まで皆の笑顔を守る為に戦いぬいたんだ、だがその為にあいつ自身の笑顔は……。」

 

 最後はなんだか言葉に詰まった様な感じで椿先生は語るのを止めた、一色警部も椿先生もその顔に浮かぶ表情に俺は言い知れない寂寥感の様な物を感じる。

 椿先生が語る『あいつ』という人はきっと二人にとってかけがえの無い友人なんだろう、その人がどんな戦いに身を投じたのかは俺には解らない。

 だがその思いの様なものの一端は何となくだが感じ取れる、昨日のアミキリと対した時俺は雪ノ下や由比ヶ浜、小町や一色の笑顔が曇ってしまわない様にと奮起出来た、そのおかげで俺は一皮剥けて新たな力を得た。

 

 「過ぎたるは及ばざるが如し、或いは過ぎた力は我が身を滅ぼすとでも言うのかな、あまりに大きくなり過ぎた力が大元が人間である君達にどんな影響を与えるか俺には解らない。

 だが、鬼も猛士も何百年も前から活動していたんだよな、だとしたらその辺りの戒めの様な物もマニュアル化されているのかもな。

 まぁそんな事が君達鬼の身に起こらない様にと年長者から年少者へのちょっとした老婆心による警鐘とでも受け取ってくれ。」

 

 「ああ……だが椿、ヒビキ君は強い自制心を持っているからなそれ程心配しなくても良いと思うぞ。

 鬼としての務めも大切な物だろうがね俺としてはやはり一高校生として、君には出来うる限り学校を含めて青春時代と言う物をを謳歌して欲しいと思っているよ。」

 

 二人の年長者による俺を思っての暖かい言葉と強い力を持つ者に対する警鐘、それを心に留め置こうと俺は不思議とそして素直に思えた。

 猛士に属してからこの方、俺は沢山の理解者や尊敬出来る人達と出会う事が出来た、そして今日新たに出会った椿先生もまたそんな人達の一人として心に刻まれた思いだ。

 

 「うっす、ご忠告ありがとうございます。」

 

 一色警部と椿先生に俺は礼の言葉を述べた、一言だけのシンプルな飾りの無い言葉を。

 一色警部と椅子から立ち上がった椿先生がそれぞれに俺の肩に手を添え軽くポンと叩き優しく微笑み頷きそしてサムズアップ。

 それは何だか俺を称えてくれているかの様で、何かこう言うのって妙に照れてしまうよな慣れてないってのがあるんだろうけど、そんなだから俺は誤魔化すように右手で頭をポリポリと掻き、いつもの如く『シュッ!』と若干照れなから敬礼。

 そうこうしていると俺のスマートフォンから着信音が流れだす。

 

 『♪〜♬乾いた街の 片隅で〜おまえは何を 探すのか傷つき紅い 痛みに耐えて

炎のように 燃える眼は男の怒りか 男の怒りか江戸の黒豹〜♪』

 

 一色警部と椿さんに断り懐からスマートフォンを取り出すとモニターには由比ヶ浜の名と携帯番号が表示されていた。

 

 「随分と渋い着メロだなオイ……。」

 

 椿先生がそんな微妙な顔で俺の着信メロディを評する、イヤ渋くてカッコいいじゃないですかとは思っていても敢えて言わない。

 八幡は空気が読める子、違うな違うかな多分違うね。

 由比ヶ浜からの着信を受けて出てみれば、俺は女性陣からのお怒りモードのお説教を喰らい、早急にトドロキさんの病室へと戻る様に命令を受けてしまった。

 

 

 




歌詞引用  杉良太郎  江戸の黒豹



クウガ、雄介について少し触れてみました。
もしかするとこの世界にも過去に未確認生命体が存在していたのかも……!?



現在JASRACのサーバーがメンテナンス中の為楽曲コードはメンテ終了後に改めて記載します。


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語られるあの日  巻の壱

 

 四月も半ばを過ぎ下旬を迎え、俺達も高校二年生としての学生生活にも馴れた頃、本日の昼休みもまた俺は一人心のオアシスたるベストプレイスへと向かい心静かにお昼のひと時を過ごすべく午前中の授業の終了と共に席を立った、迄は良かったのだが。

 『ヒッキー部室行こ!』と由比ヶ浜が俺の行動パターンを的確に読んでいたのか、速攻で俺に声を掛けて来て、意想外の素早さでそのまま俺の逃走経路を塞いで来た。どうやらコイツはただの旅行者では無かった様だ。

 逃走ルートを見い出だせ無かった俺はなされるがままに何時もの如くお馴染みの、この奉仕部部室へと連行されてしまった。

 

 俺を逃すまいとしていた時の由比ヶ浜はきっと心の中で『カバディ、カバディ、カバディ……』とか言っていたのかも知れない。て灼熱か。

 くっ、俺からお昼の優雅で静かな一時を奪うとは、おのれ由比ヶ浜のクセに生意気な。

 

 そして連れてこられた部室にて、雪ノ下が作ってくれた弁当を食している訳なんだが、これがまた美味すぎなんだよな。

 出来れば一言苦情でも言ってやりたいところなんだが、全く非の打ち所がねえのがなぁ。

 

 「あっ、ところでですね、私実は雪ノ下先輩と由比ヶ浜先輩に聞きたい事があったんですよ。」

 

 そして何時の間にかと云うべきなのか、なし崩し的にと言うべきかは解らんが、至極当然の如く自然にこの部室に居座る様になった一つ年下の新一年生、一色いろはが弁当を食べつつ言い放った。

 何だかまたぞろ厄介な事になりそうな予感がするのは果たして俺の気のせいか?どうも我ながら被害妄想が過ぎるんじゃねえかとも思うんだが。

 

 「……一体何を聞きたいと言うのかしら一色さん、悪いのだけれどその質問の内容如何によっては答えられない事柄もあると言う事を理解したうえでの質問なのよね。」

 

 「そうだよね、誰だって言える事とか言えない事とか言っちゃいけない事とかあるからさ、悪いけど答えられ無いところは勘弁してねいろはちゃん。」

 

 一色の言に、如何にも遣手な出来る女感を醸し出しながら問い質す雪ノ下と、それに便乗する由比ヶ浜。

 彼女が何となく犬っぽい感じだからか、まるで雪ノ下に追従する忠犬の様に思えてならないが、それを口にすると面倒事が更に面倒になりそうなので言わないでおく。

 ってか、この二人傍から見てても本当に互いの事を好き過ぎてるからな、あまりにもゆりゆりしくて目の保養になり過ぎるまである。

 

 「はい了解です、それはもう重々承知していますよ先輩方、それでですね。」

 

 愛想よく二人に返事を返し一色は一旦そこで言葉を区切り、チラリと俺に目を向ける。

 

 「私って入学式の翌日に先輩と素敵な運命の出会いを果たした訳じゃないですかぁ。」

 

 一色はあざとらしく、思いっきり甘ったるしく語尾を伸ばして、何だか訳の解らない事を宣う。イヤイヤ一体あの出会いの何処に素敵な運命を感じる要素があったのか、俺にはさっぱり解らないんだが。

 まぁ、そんなだから俺は小町に乙女心が解らない朴念仁とか言われてしまう所以なのかもな。

 しかし解らないモノは解らないのだから、俺は一色に対してその素敵要素とやらが何処ら辺りにあるのかを問うてみた。

 

 「だってそうじゃないですかぁ、魔化魍なんて言う人の命を脅かす脅威の存在に遭遇してしまった私を、先輩は颯爽と現れて正義のヒーローの様に華麗に退治して助けてくれたんですよ、そんなの女子なら誰でもトキメいちゃうに決まってるじゃないてますかぁ!」

 

 右手に箸を持ったまま両掌を併せてうっとりと(多分これは芝居に違いない)夢見がちな感じに上方に視線を向けるあざと一色。

 いやそう言われてみても俺としては、何だかあの出来事はベタでネタの尽きた残念なB級ドラマ程度の出来事位いにしか思えんのだが、低視聴率で打ち切りか或いはスポンサーのテコ入れが入りそうなレベルの。

 

 そして挑戦的な目で雪ノ下と由比ヶ浜を見ては、ニヤッと口の端を釣り上げて微笑んで見せる。コイツ案外命知らずで向こう見ずな性格だったんだろうかと、ちょっとだけだがそんな一色に驚嘆の念を禁じ得ない俺ガイル。

 閑話休題(それはさておき)と言うか一色さん、そのポースは流石に行儀悪いし若干危ないのではないかと小官は愚考いたすのですがね。

 

 「ハァ………。」

 

 そんな一色の様子に雪ノ下が明白(あからさま)に『余りにも愚かし過ぎる感慨ね、呆れ果てて文句一つも言う価値も見出だせないわ』とでも言いたいのだろうが、敢えてそれを口に出さず溜め息一つで治める。

 少し前までの雪ノ下だったら、売られた喧嘩は大枚叩いてでも買う様な負けず嫌いの性格だったのにな。大人になったものだ。

 

 「いや、お前はそう言うけどな一色、あれは偶々俺があの場に居合わせただけであってだな、まぁ居合わせたからには鬼として魔化魍を清めるのは当然の勤めであってだな、例え其処に一色が居なかったとしても俺は魔化魍を清めていたぞ。」

 

 「そうだよいろはちゃん、ヒッキーはさ、普段はアレだけど基本的に真面目だから自分がやらなきゃなんない事はどんな時でもちゃあんとやり遂げるんだよ。」

 

 一色からの度が過ぎた俺Ageの度合いに、些か以上に居心地が悪く感じた俺がそう言うと由比ヶ浜が助け舟を出してくれた。

 しかしその由比ヶ浜も一見俺の事を下ろしている様でいて、何気に仕舞いには彼女も俺の事をAgeていたりするから、何ともこそばゆいったらありゃしない。

 

 「ええ、由比ヶ浜さんの言う通りよ一色さん、比企谷君は口ではやる気の無い様な事を言って私達を煙に巻くけれども、決して自身の責任から逃げ出す様な事はしない人よ。」

 

 オイオイお二人さん、まるで阿吽の呼吸の様に俺Age俺Sageするの止めてぐださい株価じゃあ無いんだから乱高下は御免被りたいのでお願いします。

 あまりにもこっ恥ずかしくって穴があったら入りたくなっちゃうでしょうが!

 

 「はいはい勿論、出会ったばかりですけど先輩がそんな人だって事は私も十分承知していますよ。」

 

 雪ノ下に答えてそう言った一色の今の顔は、これまでの遣り取りで見せた、あざとい造り物の表情では無く素の彼女の表情の様に思えて、俺の小っ恥ずかしさ指数はゲージを振り切ってしまう。

 

 「そっ、そんな事より一色、お前雪ノ下と由比ヶ浜に前振りの挑発ばっかりしてないで、いい加減本題に入った方が良いんじゃねぇの?」

 

 そう俺が言うと、それまで素の顔でいた筈の一色だったが、一瞬“あっそうだった”とでも言いそうな表情を見せたかと思えば、忽ちのうちに彼女から素の要素が引っ込んで、再びあざといろはすと化す。

 

 「てへ、そうでしたスミマセン先輩方。」

 

 片方の目を閉じて舌先をほんのちょっとだけ出して下唇に付け、そして側頭部にコツんと軽く握った拳を当てる。

 所謂テヘペロをやりがる、あざと一色いろはすさんの其の所業よ。

 もし俺がアワユキさんや持田さんや雪ノ下と由比ヶ浜と云った、綺麗所な女性達と出会っていなければ今の仕草でコロッとヤラれていた可能性が無きにしもあらずだ。

 

 「あざとい、やり直し!」

 

 「もうっ、酷いです先輩、私あざとくないですぅ。」

 

 力も入れずポカポカと俺の腕を叩き一色が抗議の声を上げる、イヤその仕草こそがあざといんだがってかやべぇ、ポカポカ叩く手さえもが柔らかいんですけど。

 そしてそんな一色に雪ノ下と由比ヶ浜が、まるで殺意の波動でも放つかの様な鋭い眼光を向けつつ、話の続きをさっさと話せと促す。

 出来ますれば御二方、その殺意の波動を俺にまで向けるのは勘弁願いたいんですけど、その願いは聞き届けられないんですね……うん知ってたよ。

 

 「コホンっ、と言うかですね私が先輩方へ聞きたかった事って言うのがですね、まさにさっきの前振りと関係がありまして。」

 

 仕切り直しとばかりにわざとらしい咳払いを入れてから一色は雪ノ下と由比ヶ浜に肝心の質問とやらを開始した、要らん挑発行為とか入れずにさっさと本題にはいって欲しかったわ。

 全く一色のヤツ常にB+Cボタン同時押しかDボタン押しっ放しにしてるんじゃないだろうな、マジ俺の方が気力をめっちゃ削がれたわ。

 

 「えっと、要するにですね、私は出会ったその場で先輩が鬼に姿を変えるところを目撃しましたけど、雪ノ下先輩と由比ヶ浜先輩はどうだったのかなと思いまして、もしよろしければ先輩方が先輩が鬼だと知った経緯(いきさつ)と云うかそのエピソードとかをお聞きしたいなと。」

 

 一色が前振った一連の流れから、多分雪ノ下は話が此処に行き着くだろうと予測出来ていた様で然程表面的な態度に変化は起こって無いが、由比ヶ浜の方はその辺りあまり察しが良くなかった様で、『それって話して良いのかな』と少しばかり逡巡している様に見える。

 

 「まぁ、一色も魔化魍や鬼である俺に関わっている訳だし、たちばなのみんなとも面識があるんだし別に話しても構わないと思うぞ。」

 

 チラチラと俺へ視線を向ける由比ヶ浜へと俺はそう伝えると、彼女はホッと一息つくと了承の意を示しコクリと頷く。

 

 「じゃあさヒッキーも良いって言ってるから、話しても良いよねゆきのん。」

 

 「ええ、そうね。」

 

 雪ノ下と由比ヶ浜の二人は一色へと向き直り、俺が鬼だと知ってしまったあの日の経緯を語り始めた。

 それを聞きながら俺も何気なしに脳内で回想を浮かべ始めた、それはあの日の去年の夏休みが始まって間もなくのある日の雪ノ下からの電話連絡が切っ掛けとなったと言っても過言では無いだろう。

 

 その日俺は何時もの如く朝の鍛錬を終え、朝食までの一時をまったりと過ごしていた時の事だった。

 ヴァイブレーションと小さな音量のメロディとを伴って告げられたスマフォの着信に気が付いた俺は、モニターに表示された雪ノ下の名と電話番号とを確認しそれを受けた。

 その彼女からの要件とは、ぶっちゃけると遊びへのおさそいだった。

 

 曰く、週末避暑を兼ねての川遊びを雪ノ下の姉の陽乃さんが企画していて、雪ノ下の友人である由比ヶ浜と俺にも参加して欲しいとのことだった。

 しかし相悪(あいにく)とその週末は魔化魍が発生する可能性がかなり高いらしく、その対処に俺も参加する予定だったので彼女からの誘いを断腸の思いって程仰々しくは無いが残念な気持ちで断りを入れた。

 けっ、決して彼女達の水着姿を見たかった訳じゃゃ無いんだからね。

 

 嘘です、ゴメンナサイ本当は凄く見たかったです。

 

 「そう残念だけれどアルバイトの予定があるのなら仕方がないわね、ではもし貴方の都合が良い日があればその時は是非にね。」

 

 俺はバイトという事で雪ノ下からの誘いを断ったんだが、ふと思い立った事があったので雪ノ下にそれを提案してみる事にした。

 

 「ああそうだな、その時はよろしく頼む、ああそうだ雪ノ下すまんがその川遊びだが、もしよければ小町を俺の代わりに連れて行ってもらえないか。」

 

 来年(現時点では今年だが)小町は受験生となる、なので中三の夏ともなれば頻繁に遊びにも行けなくなるだろう、まぁ成績優秀な雪ノ下がたまに小町の勉強を見てくれるからあまり心配する必要は無いのかもだが、それでも気を抜く訳にはいかんだろうからな、なので思いっきり遊べるのは今年の内までだろう。

 

 「ええ、勿論最初からあなたと共に小町さんも誘うつもりでいたのだから、それは構わないわよ。」

 

 雪ノ下の微かに笑みを湛えた様な声音がスピーカー越しに聞こえてきて、俺は何だかむず痒い気持ちを惹起させられてしまう。

 

 「そうか、ありがとうな雪ノ下、由比ヶ浜にもよろしく言っといてくれ、俺からも近日中に何らかの埋め合わせらするつもりだ。」

 

 雪ノ下に謝意を示し通話を切るとタイミング良く、小町がキッチンからリビングへと朝食を運んできてくれた所で、俺は今の話を小町へと伝える。

 頭に(何故か勝手に起動してしまうディスクアニマル)アオイクマを乗せ、足元には我が家の愛猫カマクラに纏わり付かれつつもテキパキと朝食の準備を進めつつも、その話に小町は大層喜んでくれた。

 

 「ありがとうお兄ちゃん、後で雪乃さんにもお礼を言っとくね。」

 

 「後、お兄ちゃん、雪乃さん達と出掛けるときこの子達も一緒に連れてっても良いかな?」

 

 頭の上のアオイクマを指してこの子達を連れて活きたいと願う小町に併せて、当のアオイクマもその頭上で俺も俺もとばかりにアピールのゼスチャーを繰り出す。

 

 しかしこのアオイクマ達との付き合いも二年になるのか、あの日初めて先代ヒビキさんとかカガヤキさんと出会い魔化魍と遭遇した日、俺を助ける為にカガヤキさんが放ったディスクの内の一体がコイツだった。

 それから何故だか俺は特にコイツに気に入られ、カガヤキさんに正式に弟子入りした時から我が家でコイツ等を預かる事になり、今じゃすっかりウチに馴染んでいる。

 しかも何故か俺以上に小町に懐いてるし、解せぬ。

 

 「まぁ、そうだな何があるか分からないしボディガード代わりにいいかもな、基本はディスク形態にしておいて有事の際にはステルスモードで起動させりゃ他人には見えないしな、それで良いか。」

 

 「やたっ!ありがとうお兄ちゃん小町的に超ポイント進呈だよ。」

 

 俺はポイントカードもアプリもダウンロードもインストールもしていないんだが、そのポイントの照会は何処で出来るんだろうか、そしてそのポイントで一体何がもらえるのか甚だ疑問だが貰えるモノは貰っておこう。

 

 「おうサンキュー、アオイクマお前後でちゃんと充電しておけよ。」

 

 

 

 

 そんな会話を朝から小町と交わしてから数日後、俺は早朝六時に自宅を出発し浅草はたちばなへ到着。

 この日共に事に当たるメンバーはトドロキさんとカガヤキさんとイブキさんに俺の、鬼は四人とサポート役に財前さんと先代のヒビキさんこと仁志さんとザンキさんの計七名にのぼる。

 目的地までは財前さんの運転でトドロキさんとカガヤキさん、そしてザンキさんがトドロキさんの使用する車両『雷神』へ搭乗し、仁志さんは現役の頃一時期使用していた専用二輪『剴火』に搭乗する事となり。

 俺はイブキさんが使用運転するする専用二輪『竜巻』の後部へと乗せてもらい現場へと向かった。

 うん、やはり単車で風を切って疾走るのは気持ちが良いし現実から解き放たれたって感じの開放感を味わえるしな。

 速く八月八日を迎え自ら単車を操りたいものだと心底思ってしまう。

 

 

 

 今回俺達が訪れた現場は日本三大河川の一つ利根川の上流、水源までは遡らないが山間部に位置する付近だ、そこから少し下ると水遊びを出来るスポットがある様だ。

 

 「今回顕れそうなのって淡水型のバケガニなんですよね、確か淡水型って海のと比較するとわりかし小型だって聞きましたけど。」

 

 拠点の設営作業を行いながら、俺は隣りで同じ様に作業を行う先代ヒビキさんこと仁志さんに尋ねる。

 

 「ん?そうかヒビキは淡水型のバケガニは初めてか、そうだなここ数年はその傾向が特に顕著の様だけどな。」

 

 「バケガニなら弦の鬼のトドロキさんのある意味独壇場って感じなんですかね、何たってヒビキさんが引退した現在だと現役最年長だし場数も飛び抜けてるでしょうしね。」

 

 「オイオイ、もう忘れたのか今のヒビキはお前だぞ八幡、早くそう呼ばれるのにも慣れなきゃな。」

 

 ポンポンと俺の肩を叩きながら仁志さんは、注意としての指摘と言うよりも俺を激励し且つ奮起を促す様にそう言ってくれた。

 

 「うす。」

 

 もう一度軽く俺の肩を叩くと仁志さんは拠点設営作業を再開する、テキパキと必要物資をテーブル上へと配置しながらも、自身の見解を語ってくれる。

 

 「まあ、お前の言う通りだよヒビキ、バケガニの討伐なら関東支部ではトドロキの右に出る者は先ず居ないだろうな。」

 

 今回おそらく出現したとしても、その数は数体程度になるだろうと推測されていると、仁志さんはこれまでのデータと今日の気象状況から猛士本部はそう判断していると説明してくれた。

 なので普通に考えれば今回の件、通常ならばトドロキさんだけでも対処出来そうだと思うが、でなければ弦の鬼をもう一人配するとか。

 しかし今回この場にて事に当たる者は鼓、管、弦と三種の鬼に決された理由は、やはり事前に香須実さんから伝えられた様に複数種の魔化魍が顕れる可能性が高いと言う言葉がいよいよ信憑性を増して感じるな。

 

 「まあ顕れるのがツチグモとかならコレだけの面子を揃えているし対処も問題ないんだろうけど、もし夏のヤツだったら少し厄介かも知れないと思ってな。」

 

 夏の魔化魍はその性質上弦や管では清める事が出来ず、唯一太鼓の音撃でのみ清められる。そして弦や管で攻撃を行うと夏の魔化魍は文分裂増殖してしまうと云う甚だ厄介な魔化魍だったりする。

 なので夏の魔化魍を相手取る時は弦の鬼も管の鬼も太鼓を以て相対し清めなければならない。

 

 「はぁ、成程だからカガヤキさんと俺にもお声が掛かったって訳だったんすね。」

 

 仁志さんの見解に納得が行き俺はそう答える、すると背後から今度はザンキさんが激励の言葉を掛けてくれた。

 

 「ああ、まだデビュー三戦目だからお前も多少不安に思うかも知れないが、教わった基本を忘れず気を抜かず事に当たればそうそう不覚を取る事も無いだろう。」

 

 「ザンキさん、うっす、ありがとうございます。」

 

 

 

 

 設営を終え、ディスクアニマルを偵察へ放ち打ち合わせを終えてウォーミングアップを済ませ、全員集合し俺達は団欒の一時を迎えていた。

 一頻り夫々の話題を持ち寄り語り合い、その話題は俺の事へと流れ込む。

 

 「それでヒビキはもう何を買うか決めてるのかな。」

 

 同好の士、同じバイク好き仲間として、俺と話の合うイブキさんが軽い調子で話を振ってくれた、主語は略されているがこれまで幾度がバイクに対する質問をイブキさんにはぶつけていたので、何を指しているのかは察しが付く。

 

 「はい、近所のバイク屋の親父さんが程度の良い状態のKLX250を見つけてくれて、それを買うことに決めましたよ。」

 

 「へえ、そうかオフロードタイプを選択したのか、確かに走破性や運動性をを考えるとオフ車って選択は大いにアリだね。」

 

 「はい、しかもKLXと言や自衛隊も正式採用している由緒ある名車ですからね。」

 

 このイブキさん、猛士から支給されている専用車両ワルキューレルーン『竜巻』の他にも個人所有で二台の単車を所有しているって根っからのライダーだ。べっ、別に羨ましく何か、おっ、大いに羨ましいんだからね。

 

 「フッ、早いもんだな、二年前当時のヒビキとカガヤキが連れてきた中学生がもう単車を買える年齢になろうとしているんだからな、俺も歳を取るわけだ。」

 

 猛士随一のダンディでイケオジなザンキさんが、顎に手を当てしみじみと呟くとその門弟一門がすかさず続ける。

 

 「ちょっと何を言ってんですかザンキさん、ザンキさんは今でも十分若いっすよ、なぁ斬九郎もそう思うだろう。」

 

 「はいっす、ザンキさんはめっちゃカッコいいし渋いっすよ。」

 

 本当にザンキさん大好きで結束力が高いな弦の鬼一門の皆さんは、まぁ俺達太鼓の鬼も一門も負けてはいないんだけどな、多分。

 

 「しかしそうかヒビキは個人でオフロード車を選んだんなら、猛士からの支給品はオフロードは外した方が良いか。」

 

 「そうですね、僕もソレが良いと思いますよ仁志さん。」

 

 「えっ、何っすか!?」

 

 和気藹々とザンキ一門のいちゃつきを後目に、仁志さんとカガヤキさんが何やら聞き逃がせない事を口にしていると感じた俺は身を乗り出してその真意を問う。

 

 「うん、ヒビキが二輪免許取得後に猛士から支給されるマシン何だねどね、ヤマハのWR250RかホンダのCB400スーパーボルドールの何方かを支給しようって話なんだよ。」

 

 カガヤキさんが告げたその言葉に俺は内心歓喜のあまり小躍りでもしたい心持ちであったが、流石にそれは後々を考えると黒の歴史を刻む事になりそうな気がして自粛したが、きっと俺の表情筋はダルンダルンに弛緩しきっていたに違いない。

 

 「うおっ、本当ですか!?なら是非スーパーボルドールの方でお願いします!」

 

 この数週間後普通二輪免許取得後直ぐに、俺は猛士よりCB400SB『漁火(いさりび)』を支給していただく事となった。

 

 

 



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語られるあの日  巻の弐

 

 〜雪ノ下雪乃〜 

 

 一色さんから請われてあの日の事を語る事になったのだけれど、その前日譚を思い出して私は少し、いえかなり憮然とした気持ちになってしまう。

 あの日姉さんからの誘いを(避暑を兼ねての川遊びを提案され)梅雨明けにより本格化してきた夏の暑さに辟易としてきた私は、遺憾ながらその提案に乗る事にした。

 その春に比企谷君と由比ヶ浜さんの二人に出会った私は、二人との交流の中でこれまでの自身の在り方や人との関わり合いと云うものを考え直す良い機会となった、そして私自身二人の事を何時しかとても大切な人だと思える様になれたのだから。

 だからこそ、そのイベントには是非二人にも参加してもらいたいと思うのはごく自然な感情だと思う。

 

 「残念だったね雪乃ちゃん、比企谷君、来られそうにないんだね。」

 

 「ええ、その日はアルバイトの予定が入っているそうよ。」

 

 高校入学を期に両親に願い出て許可してもらった一人暮らし、その借り上げてもらった私の小さな城たるこのマンションに、週末の避暑を兼ねて小旅行を企画した姉さんがその話を持ち込み、そのついでとばかりに『偶には姉妹二人でゆっくり過ごそうよ』などと此方の都合などお構い無しに上がり込んできた姉さんがそんな事を宣う。

 なので私は彼の言葉を姉さんに伝えると、のほほんとした表情で缶ビールのプルタブを開きながら『そっかそっか』と呟くとビールの缶を高く掲げてその中身を一気に呷った。

 

 「姉さん、流石にその行動は行儀が悪いにも程があるのでは無いかしら、と言うか姉さんはまだ十九歳なのだから飲酒が出来る年齢では無いでしょう。」

 

 「もう、嫌だなぁ雪乃ちゃんったらぁ、そんな堅い事言わないのッ、そ・ん・な・ん・じゃ意中の男も(おと)せ無いぞっ!」

 

 私がそれを咎めると姉さんはそんな巫山戯た事を宣う、全くこの姉と来たら何と言う事をほざくのかしら度し難いにも程があるわ。

 しかし、この事によって私は姉さんをこの部屋から追い出す事が出来なくなってしまったわ、いくら何でも身内に飲酒運転などさせる訳にもいかないのだから。

 

 「プハァ〜っ、正にこの一杯の為に生きていると言っても過言じゃないわね、もうたまらない喉越しだよコレ!」

 

 まあそれを理解しての、この抜け目のない姉の確信犯的な行動なのだろうけれど、それをやられる此方としてはやれやれと云う気分になってしまうわね。

 比企谷君に勧められて読んだあの漫画の三部の主人公の心境が今の私には、とても理解出来てしまうわ。

 

 「なっ、何を言っているのかしら姉さんは、べっ、別に私と比企谷君はその様な不埒な関係では無いのだし、墜すも何もあったものでは無いわよッ。」

 

 けれどそんな姉さんの戯れ言に反論をする私の言葉は何故だか、私達に疚しい隠し事や誤魔化しをする時の比企谷君の様に吃ってしまっていたのだけれど、それはきっと気の所為なのよね。

 

 「アハハハハッ、墓穴を掘ったな雪乃ちゃん!お姉ちゃんは一言も比企谷君の名前は出さなかったんだけどなぁ〜っ、それにさ折角おニューの水着も買ったのに雪乃ちゃんなりの大胆アピールのチャンスなのに、ちょっと残念だと内心思ってるんじゃないの雪乃ちゃん!?」

 

 「でもそっか比企谷君は来れないのか、やっぱりね。」

 

 姉さんがポツリと漏らした『やっぱりね』がどういう意味なのかは、この時の私には理由(わけ)が分からなかったのだけれど、この水遊びの企画を立ち上げた段階から既に姉さんは何かしらの企みを持っていた事は後に知る事になる。

 まあこの時は飲み慣れないビールを呑んで中途半端に酔っ払った上での単なる戯言だと判断した(比企谷君についての戯言も含めて)私は其れについて問う事をしなかった。

 

 そして今、一色さんにせがまれて私達は彼女にあの日に至るエピソードを語っている。

 

 「まあ言ってしまうと、結果として誠に遺憾ながらうちの姉の企みにまんまと乗せられてしまったのだけれど。」

 

 ふんふんと頷き由比ヶ浜さんが私の言葉に同意を示してくれた。

 

 

 

 

 

 〜由比ヶ浜結衣〜

 

 ゆきのんと一緒に新しく水着をしんちょう……えっと新調したのは夏休みに入って直ぐだった。

 

 「そっか、ヒッキーは来れ無いんだね、じゃあ小町ちゃんも入れて女子四人での女子会だね。」

 

 それから何日もしないうちに、ゆきのんから連絡が来て川遊びにって誘われたんだけど、ヒッキーはバイトで来れないんだって、うう……残念だな。

 

 「うん、じゃあ週末にね、おやすみゆきのん。」

 

 ゆきのんとの通話を切って、あたしは小さくため息を吐いた。

 折角ゆきのんとヒッキーと一緒に週末は楽しく過ごせるかなって期待していたのに……でもバイトがあるんじゃしょうが無いよね。

 

 「あらあら、結衣ってば溜め息なんか吐いちゃって、折角のおニューの水着をヒッキー君に魅せられないのがそんなに残念だったのかなぁ、うふふっ!?」

 

 「なっ……もうッママったら、何変なこと言っちゃってんのっ!?

 別にあたしは、まあちょっとは残念かなって思うけど、でもゆきのんと一緒だから其処までは思ってないんだからね。」

 

 そんなあたしをママがニヤニヤしながら誂ってきた、感の良いママにはあたしの気持ちなんかとっくに知られちゃってるし。

 それにママも何かヒッキーの事すっごく好きだし、しょっちゅうヒッキーの事を家に呼びなさいとか言ってくるし、何だかなって感じたよ。

 

 「でもそんなに残念がる事も無いんじゃないかな、何てったって夏休みは始まったばかりなんだしチャンスはこれからよ、それに結衣はママに似てバッチリ美ボディをしているし、いくらヒッキー君が堅くっても立派な思春期男子なんだからきっとイチコロよ。

 斯く言うママだってそうやってパパを墜したんだから、うふふっ。

 あっでも結衣もヒッキー君もまだ高校生なんだからあんまり行き過ぎちゃ駄目よ、許していいのはキスまでよ!」

 

 ママはあたしに何時ものすっごくぽわっとしたえがおでウインクをして見せてから『口吻を交わした日はママの顔さえも見れなかった♪』何て鼻歌交じりに謳いながらキッチンの方へ向かっていく、あたしはきっと今すっごく顔が真っ赤になってると思う、だって何だか身体がものすごく火照ってるのが自分でも解るもん。

 

 「もうッママってばいい加減にしてよ、そんな生々しい話娘にしないでよもうッ、ううぅっ……」

 

 うう、ママが変な事言うから次にヒッキーに会った時すっごく意識しそうだなってこの時は思ってたんだけど、でも実際はそんな気持ちも吹っ飛んじゃう様なってか考えてる余裕も無い目に遭ったんだよね。

 

 「まあ言ってしまうと、結果として誠に遺憾ながらうちの姉の企みにまんまと乗せられてしまったのだけれど。」

 

 ゆきのんがしみじみとそんな風にため息が混ざった様な感じの声でそう言うけど、あたしも大いに同意するよ。 

 陽乃さんってばあの日ヒッキー達が魔化魍を清める為に出掛ける事を知ってたみたいだし。

 

 

 

 

 

 

 部室の一角に女子三人が一塊となり思い出話に花を咲かせている、由比ヶ浜がメインパーソナリティー的立ち位置となり大まかな流れを一色に語り、雪ノ下が不足部分を補完すると云うある意味最適なポジショニングだと言える。

 

 「それで陽乃さんに連れてかれたのが利根川の結構山の方だったんだよね。」

 

 「へえそうなんですね〜、ははあーん、もしかして其処で魔化魍と闘っている先輩とばったり出会ったってオチだったりしますか?」

 

 のだろうが、肝心の聴衆たる一色の方がもう要らんチャチャを入れてくるし、全くコイツは自分から話を聞きたいと振っておきながら、本当はまともに聞く気が無いのだろうかと思わずにはいられん、何かオチとか言ってるし。

 

 「はぁ……一色さん、その様にあまり人の話の途中で早合点をするのはどうかと思うのだけれど、異論反論をするにも一旦相手が言い終わる迄待つのが礼儀と云うものでは無いかしら。」

 

 うんうんと、雪ノ下の一色に対するお小言に由比ヶ浜が小さく縦に首を振る。

 これまでの彼女達の話の流れとはちと違うってか関係無いが、テレビの討論番組とか国会中継などで発言を行っている人のそれに、言葉をぶつけ発言の邪魔をする的なアレ見てて不快に感じるし見苦しく感じるんだよな。

 反対意見があるのなら、その人の発言をちゃんと最後まで聞いてから発言しましょう、でなければその人の真意が確りと視聴者に伝わらないからな。

 けどまぁ中には途中まで聴いててアレな言論とかこれは無いわぁっのもありはするし、そう言ったのを遮るのも致し方なしって部分も確かにあるってかマジこの件にはあまり関係無いな。

 

 「まぁ、一色が言った事の全部が間違えって訳でも無いんだがな、その時俺は雪ノ下達が居た場所から更に上流の方で魔化魍の対処に当たっていたからな、つかまさか俺も雪ノ下さんがみんなを利根川に連れていく何て思ってもいなかったし。」

 

 しかし、それこそがあの時の俺達の最大の失点だ。

 俺達猛士が警察と連携を取る様になってから、殊に大型の魔化魍や群れをなして出現しそうな魔化魍が顕れそうな予測が立った時はたに、その周辺一体を場合に依っては数日間封鎖して貰っているんだが。

 あの日も魔化魍対策科に依頼し俺達が拠点を構えた奥利根湖周辺を封鎖してもらっていたんだが、その封鎖を突破してあの女性(ひと)は現場へとその姿を見せやがった。

 

 などと回想していると、普段は静かなこの特別棟の昼下りに似つかわしく無く、何だか妙に廊下の方が騒がしいんだが、はて。

 

 『しかし、用があるのなら事前に連絡を入れて欲しい物だよ、全く君と来たら……。』

 

 『たはははっ、ごめんゴメン、今度の飲みは私が奢るから勘弁してよ静ちゃん。』

 

 それはそれは、何だか物凄く聞き覚えのある様な気がする、多分に厄介な二人の女性の声帯から発せられる音声の様で、その音声はパタパタとした足音を同時に鈍く響かせながら、どうやらこの部室へと着実に近づいて来ている……。

 

 「……ねえ、もしかしなくても、この声って……」

 

 「はぁ……」

 

 由比ヶ浜と雪ノ下もそれに気が付き何とも微妙な心境を露わにした表情を浮かべている。

 そして、その喧騒の原因はこの部室の手前まで押し迫るとノックも何も無しに勢い良く扉をスライドさせると。

 

 「やあ食事時にすまないが、邪魔をするよ奉仕部の諸君。」

 

 大きな声で、そう挨拶をくれたのは我等が奉仕部の顧問で俺と由比ヶ浜の所属するクラスの担任である所の平塚先生と……。

 

 「にゃっはろー雪乃ちゃんにガハマちゃんとヒビキ君……と何だ、一色ちゃんも一緒だったんだ。」

 

 そして件の、丁度俺達が話していた噂の問題児である所の雪ノ下の姉の姉ノ下さん、まぁ話し声で誰だかは分かっていたんだけどな。

 

 「平塚先生、入室の際はノックをと何時も言っていますよね、それと姉さんも来るのなら事前連絡くらい出来無いのかしらね。」

 

 男勝りに豪快にノックも無しに扉を開けた事を雪ノ下に咎められ、平塚先生は頭を掻きつつ宣う。

 

 「ハッハッハっ、いやぁスマンね君達、何せいきなり陽乃が来校してきてね、しかも比企谷に用があるから案内してくれと言ってきたものでね。

 しかし陽乃は一色とも面識があったのか、知らなかったよ。」

 

 「まあ、知り合ったのはついこの間の事なんだけどね、一色ちゃんのお父さんがさ千葉県警の魔化魍対策班のお偉いさんなんだよね。」

 

 ものすごく自然にフレンドリーな感じで平塚先生と雪ノ下さんが会話を進める、いくらこの学校の卒業生と教師の間柄と言っても此処まで親しいものかね。

 この部室へ入る前にも今度奢るとか言っていたから、普段から一緒に飲みに行ったりしているんだなこの二人は、つか雪ノ下さんはまだ二十歳になって無かったんじゃ……何か突っ込んだら負けな様な気がするから黙っていよう。

 

 「ほう、そうだったのか、と言う事は一色も魔化魍の存在を知っていると言う事なのだな。」

 

 俺が入学した事により、校長以下数名の教師陣に対し県警から魔化魍の存在が開示され、生活指導に当たっている平塚先生にも当然その情報は知らされている。

 まぁ、場合に拠っちゃ授業途中で抜けて魔化魍の対処に向かわなければならなくなるからな、その辺りを学校にも考慮して貰える様取り計らってもらった訳だ。

 

 「はい、まあそれを知ったのはつい最近の事なんですけど。」

 

 斯様に皆で二三の遣り取りの後、肝心の雪ノ下さんが何用が有って此処へ訪れたのかと言う本題に入る。

 

 「はい、ヒビキ君これ、君のディスクアニマルの整備が終わったからってさ、みどりさんから預かって来たんだよね。

 私ってさ、昨日から泊まり込みでイブキさんとアワユキさんと現場に出てたんだけど今朝早くに片付いたんで、報告にたちばなに寄ったらコレを預かったって訳なんだよね。」

 

 そう言って雪ノ下さんが俺へ向けてジュラルミン製のケースを差し出しすと、一目俺を見やり何だかものっそい悪そうな笑みを浮かべて巫山戯た事を言いやがった。

 

 「いやいや〜っ、やるねぇヒビキ君ってば女の園に男子は君一人だけだなんて、全く何処のハーレムキングさんなのかな、何ならお姉さんもハーレムの一員に加えてくれても良いんだぞ。」

 

 「イイエ、間に合ってますので結構です。」

 

 なので俺は極力感情を殺して機械のように平板な調子でお断りを入れておいた、てか誰がハーレムキングだってんですかねハチマンワカラナイ。

 

 「またまたぁ〜っ、ツレなあなぁ君ってばそんな遠慮なんてしなくても良いんだぞ、お姉さんは何時だってウェルカムだぞ。」

 

 バチコンとウインクを一発と両腕を持ち上げ背後に回し胸部のたわわを強調する雪ノ下さんのソコに、当然ながら万乳引力の法則に従い思わず視線が引き寄せられそうになってしまう、ってか実際若干その引力圏に捕らわれてしまったが、四方からの殺気を孕んだ視線に晒されてしまい俺は我が身可愛さに、そのたわわから必死こいて目を逸らした。

 

 いのち大事にこそが俺の座右の銘だからな、しかし何だかヤラレっ放しってのも面白くないと思った俺は此処で一発迎撃でもしてやろうと機関砲を放ってやった。

 

 「てか雪ノ下さん、別に気が無い俺をそんな風に誂ってないで、ザンキさ、財津原さんにアピールでもしたらどうなんすかね。」

 

 炸裂した機関砲の威力の前に室内からは一瞬、俺が啜る紅茶の音以外のすべての音が消え去ってしまった。

 

 「えっ、えぇぇ〜っ!?嘘ぉ〜っ陽乃さんって財津原さんの事が好きなんですか本当に!?」

 

 しかしそれは本当に一瞬の事で、この部室内には直ぐに音が戻ってきた驚嘆の叫びを上げる由比ヶ浜によってな。

 

 「な、な、な、な、なっ……何を言ってるのかなヒビキ君は、おっ、憶測でそんな発言をするなんてお姉さん感心しないぞっ!」

 

 イヤイヤ鍍金が剥がれてますよ雪ノ下さん、そんなに吃りまくってちゃあ『ハイ、そうですよ』と答えている様なもんですって。

 気が付いていますか雪ノ下さん、雪ノ下と由比ヶ浜と一色が生温かい目で、あたふたとする雪ノ下さん様子を見守っていますよ。

 そして序に、何やら興味津々な目で平塚先生が貴女の事をガン見してるんですけど気が付いていますか。

 

 

 

 

 

 

 

 「出ました、当たりです!」

 

 先に索敵に出していて帰還して来たディスクアニマル第一陣の内の一体をポータブルプレーヤーで再生チェックし、財前さんが少し上擦った声で報告する。

 因みに、この当時の財前さんはまだ変身音弦を(訓練用の物を含む)支給されていなかったのでプレイヤーで再生確認していた。

 

 「それで、何が映っていたんだ斬九郎?」

 

 ザンキさんが確認を取りながら財前さんの背後へ周り込み、共にモニターをチェックする。

 

 「はいコレっす、見てくださいこの特徴からするとやっぱりバケガニの童子と姫っぽいっすよね。」

 

 財前さんがモニターを指し示しながらザンキさんに確認を取ると、ザンキさんもその映像を真剣な面差しで確認し『ああ間違いないな』と口にし、ポータブルプレイヤーのモニター画面が俺達にも見える方へと向けた。

 そのモニターの前にイブキさんトドロキさんカガヤキさん、その後方から俺と仁志さんとが位置取り確認する。

 

 「確かに間違い無い様っす、バケガニの童子と姫っすね。」

 

 「ああ、この派手っぽいのはバケガニのやつだな。」

 

 モニターを確認したトドロキさんと仁志さんも同意し頷く、確かに画面の中に映っている一組の男女は仁志さんが言う様に割りと派手な衣装を纏っている、ってか何気に童子と姫って人間で言うとメッチャ美男美女なんだよな。けっ、爆発しろ文字通りに。

 

 「これが、バケガニの童子と姫なんですね……てかちょっと遠目で今一つ確証は無いんすけど、この表情ってで何だか妙に苛ついている様に思えるんですが。」

 

 モニター越しだが初めて見るバケガニの童子と姫の姿と表情に、俺はそんな印象を受ける。

 まぁ、言っても俺は今回がデビュー三戦目だし、これまでそんなに多くの童子と姫に遭遇した経験は無いんだが。

 

 「ああ、ヒビキの見立ては間違っていないだろう、何しろ数日前から入山規制を行っている関係でこの周辺には魔化魍の餌とな人間が居ないからな。」

 

 魔化魍が育つには種に応じて其々の特徴がある、まぁ大概のは人をはじめとした他の生物を童子と姫が捕獲して魔化魍に与えるんだが。

 その餌が無いとなるとどうなる事やら、最悪まぁ奴ら目線での最悪だがもしかしたらこの辺り一帯の野生動物とかを食べさせているとかってのも考えられるよな。

 

 「だとすると、バケガニ自体も大して育ってないって可能性もありますよね。」

 

 俺が推察を述べると皆が頷き、そして現場へと向かう面子を決めるべく打ち合わせを始める。

 

 「まあ此処はトドロキとカガヤキが当たりサポートには斬九郎に行ってもらおう、斬九郎は確りと先輩達の働きを良く見ておくんだぞ。」

 

 ザンキさんの采配に依り第一陣としてバケガニに当るのはやはり弦の鬼であるトドロキさんは最初から確定していたと見て良いだろう、その相方には俺の師匠のカガヤキさん。   

 カガヤキさんを選んだのはおそらく現場に慣れていない財前さんに現場を知ってもらい且つ不測の事態に陥った場合の財前さんの護衛も兼ねての事だろう。

 

 「ハイっす!」

 

 財前さんの元気な返事を合図に一陣は動き出し、残りの俺達は二陣として控えこれから帰還してくるであろう残りのディスクアニマルのチェック、そして事があった際に出陣出来る様にスタンバる。

 

 「それじゃ行ってきます!」

 

 「ああくれぐれも気を付けてな、行ってらっしゃい、シュッ!」

 

 仁志さんの何時もの挨拶の敬礼を受け、トドロキさん達は現場へと出陣していった。

 




歌詞引用 レベッカ  フレンズ


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語られるあの日  巻の参

 

 ディスクの画像を確認し、トドロキさん達がバケガニ討伐の為に野営地を出立して十数分程の時間が経っただろうか。

 その後野営地に居残った俺達は、それから直ぐに帰着してきたディスク達の第二陣を皆で其々手分けし確認をおこない、そんな状況に俺はポツリと漏らしてしまう。

 

 「中々ヒットしないっすね。」

 

 待機組四人でもう既に十数体のディスクを確認しているが未だヒットは無い、まぁぶっちゃけ言うと本来は魔化魍なんか存在しない方が良いし、何ならこのまま撤収する事になってくれる方が俺的には大歓迎だ、第一その方が楽でいいしな。

 

 イカン、己の願望ダラダラと垂れ流してて忘れてたわ八幡うっかり。

 ちなみに言っておくとだな、もう現役を引退している仁志さんとザンキさんの二人だが、現役時代に使用していた変身音叉と変身音弦を未だ預かっていてディスクの確認はそれを用いている。

 十数年前に脚の古傷が元で現役を引退したザンキさんと、四十歳を越え去年まで現役を続けていた仁志さんだが、引退後も後進の育成などで大きく猛士と云う組織に貢献しているし、その信頼と実績故に未だ変身音叉と変身音弦を預けられているのだろう。

 何なら仁志さんならまだ十分に鬼として現場に出れそうだし、どんだけ鍛えてたんだよって話だよな。恐るべし昭和世代。

 

 「そうだな、まあ居ないのなら居ないに越した事は無いんだが、世の中ってのは次に何が起こるか解らないしな、最悪な状況を想定しベストと迄は行かずとも依りそれに近い結果を齎せる様に行動するのが俺達の役割だからな。」

 

 ザンキさんが先の俺の思いを読んだかの如く、まるきり同じ思いを口にする。シンクロ率高過ぎか!?

 遠い(いにしえ)の頃より猛士には魔化魍に関する膨大な量のデータが保存蓄積されていて、気温、湿度、天候と云った魔化魍の出現条件などに基づき対応し、事に当たっている訳で、基本的に魔化魍ってのは自然発生する事が大半だが過去には何某かの組織的な物が人為的に魔化魍を生み出したりもしていた事例も多々ある様だ。

 丁度仁志さんとカガヤキさんが出会った頃にそんな連中が暗躍していたらしい、因みにその頃にザンキさんが現役引退しそれを引き継ぐ様にトドロキさんが鬼として活動を開始している、これ猛士のマメな。

 

 「魔化魍ってのは其々に発生に適した環境状態が違ってますよね、なのに複数の別種の魔化魍が出現しそうだってのは、やっぱ何かしら作為的なモノがあって、もしかするとそう言った存在が影で動いているって可能性もあるんですかね。」

 

 「う〜んどうだろうな、確証も無い内に断定しない方がいいんだろうが、まあ幾つかの可能性の内の一つとしてソレも考慮しても良いかも知れないな。」

 

 「ですね、現にあの当時僕が出遭った謎の存在も結局何だったのか解らず仕舞いでしたしね。」

 

 俺がふと漏らした疑問に仁志さんが応えてくれ、イブキさんがそれに同意し更にかつてイブキさん自身の体験を語る。

 

 「ああ、当時おやっさんにその連中がコンタクトを取って来たらしいんだが、アノ件が終息してからその後は何の音沙汰もなくて、連中がどうなったのかは結局解らず終いなんだよな。」

 

 仁志さんが云うアノ件ってのは当時の魔化魍大量発生時に裏で暗躍していた正体不明の連中の事で、結局その連中は仁志さん達当時の鬼達がその件を片付け終えた辺から鳴りを潜めたらい。

 

 「そうなんすね、もしかしたらそんな奴らが何処かしらに潜んで暗躍しているかもって考えたら、何かゾッとしないっすね。」

 

 仁志さんとイブキさんのやり取りを聞き終え、俺がちょっとした総括的な言を述べると皆もそれに頷き、この話題は一旦此処で終えて帰還して来たディスクの確認作業を再開したんだが。

 

 「ところでヒビキはガールフレンドと何処かへ出掛ける予定は無いのかな、折角の夏休みなんだからシフトの入って無い日はガールフレンドと夏を満喫するのも若者らしくて良いんじゃないかな。」

 

 常と変わらぬ穏やかな声音と態度でディスクの確認をしながらイブキさんがとんでも発言をカマして来たせいで、俺は口の中に含んでいた麦茶を思わず『ぶふっ』吹き出してしまった。

 

 「なっ、何を言ってんすかイブキさん!?俺にそんな色気のある話なんかある訳無いじゃないっすか、それに第一大抵の女子は俺の眼を見ると『ヒッ!?』とか言って避けて行くんすから。」

 

 ちょっと咽ってキョドモりつつ俺はイブキさんに言い訳がましく否定してみせたが、そう言いつつも俺の脳裏には雪ノ下と由比ヶ浜の顔がチラついていた。

 

 入学式の件で知り合う事になった二人の少女、この数ヶ月間で互いの事を少しづつ知って行きちょっとだけその為人を理解出来る様になった猛士のみんな以外の初めての同級生の仲間。

 

 きっとこれからもそんな関係が続いて行けると信じたい人達、不埒にも俺はそんな二人の少女の水着姿を思い浮かべていた。

 鎮まれ(よこしま)来たれよ理性!煩悩退散(Disappearance of worldly desires)

 

 「はははっ、此れは所謂『知らぬは本人ばかりなり』って言ったところかな、そんなに自分を卑下する事も無いだろうヒビキ、少なくともお前に好意を寄せている女の子がこの世界に二人は居るって事を俺達も知ってるからな。」

 

 そんな俺の思いを他所に仁志さんは呑気こいて暴露大会始めるし、てか仁志さんってば何をいきなりとんでも無い事を………。

 

 「はっ!?えっ………」

 

 あまりの予想外なその暴露に、俺の思考回路がまともに働かなくなった様でしかも言語中枢迄もが半ばその機能を放棄したかの様な有り様と言った具合だ。

 

 「あれは何時だったかな、少し前にたちばなに小町ちゃんが友達と一緒に遊びに来てくれてな、その時にヒビキの普段の生活とか近況を教えてくれたんだよ。」

 

 仁志さんのそのネタバラシにザンキさんとイブキさんもにこやかに微笑み頷く。

 ってぇ小町ヱやっぱり下手人はお前かよ、何と無く予想は付いたけどもね。

 小町とは一度俺のプライバシーに関しての機密情報保持とかコンプライアンスをしっかと話し合わねばならないらしい、これ大事やなや。

 

 「その内の一人は最近俺達猛士に加盟してくれた千葉の雪ノ下家の娘さんで、才色兼備の如何にもお嬢様然とした()なんだってな。」

 

 「そしてもう一人の娘は、小柄で可愛らしい童顔なのに、高校生離れした凄いプロポーションの持ち主なんだってね。」

 

 悪戯な表情を見せながらザンキさんが雪ノ下の情報を、そしてイブキさんが由比ヶ浜の情報を開陳し俺を誂う。小町のヤツのお陰で俺はオッサン達の体のいい玩具扱いだ、オノレぇマジこの恨み晴らさでおくべきかって気分だわ。

 

 「俺のプライバシーって何処に行けば買えるんすかね、少なくともケーヨ○デイツーとかビバ○ームには売ってなさそうですけど、カインズホ○ムかジョイフ○本田ならワンチャンありますかね。」

 

 俺が涙をちょちょ切らせたい気持ちをぐっと堪えながらぼやくと、三人は慰めてるんだか誂ってきたんだか解らない言葉を掛けてくれるが今更感バリバリですよ皆さん。

 

 「ハハハッ、まあ流石にプライバシー何て物をDIYで拵える事は出来無いだろうしな、そこはお前がちゃんと小町ちゃんに言い聞かせなきゃな。」

 

 「………ですよねぇ〜。」

 

 まぁでもそうやって俺を誂いながらも、ディスクの確認作業は確りと続ける辺りは流石に長年この稼業に携わっているだけの事はあると認めざるを得ないのだが、それに。

 

 「でもなヒビキ、小町ちゃんはお前の事をすごく大切に思っているんだよ、あの娘にとってお前は自慢の兄貴なんだろうな。

 お前の事を話す小町ちゃんは、ものすごく嬉しそうにしてたし、きっとお前の事を俺達にも知ってもらいたいって思っているんだろうな。」

 

 「うん、そうだよヒビキ、僕にも小町ちゃんの君を思う気持ちは確りと伝わったよ。」

 

 「そうだな、歳の近い兄妹ってのはあまり仲良く無い印象を持っていたんだがな、ヒビキと小町ちゃんはその印象とは程遠い処に居るんだって感じだな。」

 

 さり気なくフォローを入れてくれたりする辺り、やっぱりこの人達は人格者なんだろうな、けど一言言わせてもらいますザンキさん。

 

 「まぁ世間一般的にはもしかすると結構そうなのかもですけど、千葉の兄妹は他県とは一味も二味も違いますからね。」

 

 千葉の兄妹の絆を舐めてもらっちゃあ困りますよ。

 

 

 

 

 

 

 〜雪ノ下陽乃〜

 

 うう〜っ、ヒビキ君めぇッ雪乃ちゃんの前で余計な事言ってくれちゃってさぁ………。

 見てみなよ、一色ちゃんとガハマちゃんだけじゃ無くって静ちゃんや雪乃ちゃんまで野次馬根性丸出しな顔で私の事見てんじゃん。

 てか最初に誂ったのは私の方なんだけどさ、でもお姉さん的にポイント低いぞ少年!

 

 「そっ、それはそうとさ、みんなは今何の話をしてたのかな?」

 

 ヒビキ君が発した些細な一言に、私は自分の置かれた現況が極めて不利な立場に置かれて居るってを事を自覚せざるを得ず、不本意だけども少しでもこの状況を改善するべく話題の変更を試みたんだけど。

 

 「陽乃、何をそんなに焦って話を逸らそうとしているのだね、今此処に居る我々はその君の意中の人である財津原さんと言う方の話を聞きたいのだがね。」

 

 ちょっぴり忌々しいけど流石は静ちゃんだね、僅かにでも男性との出会いの機会が在るって事を的確に嗅ぎつけたみたいで、混ぜっ返してきちゃったよ。

 

 「ちょっと何を言ってるのか解らないんだけど、話をややっこしくしないでよ静ちゃん。」

 

 「何を言ってるのかと言いたいのは此方の方だよ、此処にいるみんなの表情を見給えよ陽乃、本当は皆がそちらの話に興味を持っていかれている事など君にも理解出来ているのだろう。」

 

 うっわ〜っ静ちゃんってば、なんかすっごい勝ち誇った様な物言いじゃないのよ、そんなに気になって言うか実は焦ってるのかな。

 まあもう少しで三十路に突入するしね仕方ないのかな。

 

 「平塚先生、因みにですけどこの人が財津原さんっすよ。」

 

 ぬおっ!?何気にしれっとヒビキ君がちょちょチョイッ、って感じで自分のスマホをイジりその画面を静ちゃんへと指し示しているよ。

 

 「ってぇ〜っ、ちょっとぉッ君は何をやってんのさヒビキ君、余計な事しないでよねッ!?」

 

 しかも私の方にチラッと眼を向けると、ニヤって悪どそうな嗤い顔を見せてくれちゃってるし、おのれムカつくぅ〜っ。

 

 「いや、何と言われましてもスマホの中の写真を平塚先生にお見せしているだけですが、何ですかそれをやると雪ノ下さんに何らかの不都合が生じるんですかね?」

 

 ぐぬぬっ、この私をイジリ倒そうなんて十年早いぞ。

 

 「どれどれ………おおっ、此れは何とも、長い人生経験に裏打ちされた深い知性と理性を感じさせる様な素敵な殿方ではないかッ。」

 

 あちゃ〜っもうッやっぱり、静ちゃんが物凄い反応を見せてくれちゃったよ、財津原さんってば猛士関東支部イチのモテ男だしね〜っ。

 こうなるんじゃないかって思ってたんだよね………はぁ。

 

 「比企谷、この素敵な殿方を私にも紹介してはもらえないだろうか、是非ともにお願いしたい!」

 

 クワッと目を見開いて静ちゃんががっつくみたいにプリーズミーしちゃってるし、こりゃあヤバいかもだよ。

 

 ガサツで男勝りで、大雑把で結婚願望がメッチャクチャ強いし、メールは若干ホラー入ってる様な長文で送ってくるし、色々問題児だけど。

 生徒思いで面倒見が良いし、話も分かってくれるし付き合ってみれば良い所が結構あるし、子供っぽく見えて実は本当に大人な女性だなって思えるし、私的には見る人が見ればその良さに気付く人もいると思うんだよね静ちゃんってさ。

 

 だから案外財津原さんとか猛士のメンバーの人達なら静ちゃんとも良好な関係が築けそうなんだよね。

 だから、この事態は私的に非常に不味いんだよッ、何とかしなきゃ。

 

 「ちょっとッ待ってよ静ちゃんってば、駄目だからね財津原さんは私がっ……ハッ!?」

 

 咄嗟に口に出してしまったけど、よく見たらヒビキ君が物凄い勝ち誇ってるし、私ってばまんまとヒビキ君にこうなる様に誘導されたって事なのコレ。

 

 「とうとう認めたっすね雪ノ下さん、と云う理由だからみんなこれからは雪ノ下さんの財津原さんに対するアピールを生暖かい目で見守ってあげるようにな。」

 

 「うん。」

 

 「ええ、分かったわ比企谷君。」

 

 「はぁい了解で〜す。」

 

 あ〜っ、もう!ヒビキ君の指示に言うやいなや雪乃ちゃん達が了承の返事をしちゃうし、今の私ってばある意味物凄いピンチだわ。

 でもさ、雪乃ちゃんってば少し前までは私に対して、コンプレックス丸出しって感じで何だか態度がぎこち無くって、おまけにちょっと隔意とか抱いていたみたいだったのに。

 今じゃこんなふうにみんなのノリに付き合って私をおちょくれる様になるなんてね、ホント去年の今頃には思いもしなかったな。

 全くヒビキ君に対しては生意気で猪口才な男の子って忌々しく思えば良いのか、それとも雪乃ちゃんを良い方向に変えてくれた恩人として感謝すれば良いのかな………。

 

 

 

 

 

 

 朝早くにイブキさん達とひと仕事終えて、その足でわざわざ学校まで整備に出していた俺のディスクアニマルを届けに来てくれた雪ノ下さんだが、此処へ来て早々に俺を誂ってきたものだからやられっ放しは癪だから反撃を試みた訳だが。

 これが思いの外上手い事いった様で雪ノ下さんが苦虫をかみ潰したみたいな表情を見せている。

 

 『ニィ』っと嗤いが込み上げそうになるのを俺は堪え平静を装う、今はいい感じに優位に立っちゃいるけども、相手は雪ノ下さんだならな。

 あまりやり過ぎると後が怖い、少しでも此方が何かしらの弱みを見せた途端に物凄い逆撃を喰らうことは容易に想像が付く、まぁそんな事だから誂うのはこの位にしておいた方が無難だろう、追い込みすぎるのは後に禍根を残しそうだしな。

 何せこの人は基本スペックがどえらく高くて、少しでもスキを見せようものなら忽ちのうちに其処に喰らい付かれて喰い破られる未来が、脳内シミュレーションをする必要もない位いはっきりと見て取れるしな、想像すると………マジ怖っ。

 

 「何だぁ、みんなであの日の話をしていたんだ。」

 

 「ええ、一色さんがどうしても知りたいと言うものだから私達で話聞かせていたのよ。」

 

 由比ヶ浜の説明により俺達が話していた本題を知り、雪ノ下さんがあっけらかんとした調子で言うと雪ノ下が肯定する。

 どうでも良いが雪ノ下姉妹がこの場に揃った為に、雪ノ下、雪ノ下さんと今日の俺の脳内で最も言語化された固有名詞のNo.1に輝くのは雪ノ下姓だな。

 

 イヤ、別に輝いちゃいないんだけどなね。

 

 「でもさ、あたし達って陽乃さんに彼処に連れて行ってもらえたから魔化魍の事とかヒッキーの格好良いところとか知る事が出来たんだけどさ、今にして思うとあれってかなりヤバい事だったんだよね。」

 

 下唇の辺りに右手の人差し指を宛てて由比ヶ浜はそう言うが、それは違うぞ由比ヶ浜。

 

 「あのな由比ヶ浜、今にしてじゃあ無くてな、今だろうとあの時のだろうと現在でも過去でも未来でもアレはヤバい事なんだよ。」

 

 「そうだよガハマちゃん、私達猛士が魔化魍の討伐に当たっちゃいるけども、それでも全国で毎年かなりの人が魔化魍の犠牲になっているんだよね、まああの時はそんな事を知らずに調子こいて君達を危険な場所に連れ出した私が言えた事じゃ無いんだけどさぁ。」

 

 俺があの時の危険性について由比ヶ浜に注釈をつけると、すかさず雪ノ下さんが某春日部の幼稚園児よろしく後頭部を掻きつつ、そう宣う。

 流石に褒められる様な事では無いと理解しているらしく『いやぁそれ程でも』とか言わなかったのは評価しなくもない。 

 

 由比ヶ浜と雪ノ下はジトッした視線を雪ノ下さんに向けるが、直に魔化魍の脅威を思い知っている為にそれを思い出し小さく首を竦めた。

 そしてつい最近魔化魍と出くわした一色もまた、あの時の恐怖を思い起こしたのか二人と同様の仕草を見せる。

 

 「よしそれじゃあお姉さんも一緒に一色ちゃんにあの日の事を教えてあげよう。」

 

 ズビッと一色に人差し指を突きつけながら雪ノ下さんが、妙にいい笑顔でそう言うと一色は何とも微妙な表情で頷き、それにより雪ノ下さんは気を良くした様で二度首を縦に頷くと、次に平塚先生を見やると。

 

 「あぁ後序にさ、時間の余裕があるんなら静ちゃんも聞いていくといいよ。」

 

 「そうか、では私ももうしばらく余裕もあるし、話を聞かせてもらう事にするよ。」

 

 平塚先生も同意した事により、この様に雪ノ下さんが何故だかいきなりこの場を取り仕切り始めたが、まぁぶっちゃけある意味あの件の下手人が自らそれを話すと言うんだし、俺としても面倒が省けるからそれで良いかと思ったりする。

 

 



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語られるあの日  巻の肆

 

 〜雪ノ下陽乃〜

 

 初めての現場体験も恙無く終え、その事後処理と報告も済ませて帰宅の途に着いた私だけど、みどりさんにヒビキ君のディスクアニマルを届ける依頼を受け、ヒビキ君や雪乃ちゃんが居る懐かしの我が母校へと足を運んだんだけどさ………。

 

 私の可愛い雪乃ちゃんが想いを寄せるヒビキ君を、ちょっとイジリ倒そうかと思ってちょっかいを掛けたんだけど、不覚にも強かな逆劇を受けちゃったんだよね。

 本当にムカつくったりゃありゃしないわ……おにょれぇ、覚えていろよヒビキ君、と言いたいところだけど今日のところは不問としてあげるとしようかな、何せ現場初体験の上に徹夜明けでちょっと眠いしね。

 

 「あの日、雪乃ちゃんとガハマちゃんと小町ちゃんを連れて朝からお昼前まで利○川でひと遊びしてから私はその日の本当の目的を果たすために動いたんだ………」

 

 その年の春、雪乃ちゃんの高校の入学式の日のトラブルを切っ掛けとして、ウチの両親はヒビキ君の存在から猛士という組織の存在を知り接触を図り私と雪乃ちゃんにはそれを知らせる事無くその組織に加入したんだけど、その事を私が知らされたのはあの日の十日程前の事。

 まあ、両親からは鬼や魔化魍の存在とか猛士の本来の活動なんかについては教えて貰えなくて、だから何故両親が猛士に加入したのかとかその目的を知りたくて私は独自に調べてはみたんだけど、知り得る事が出来たのは猛士の表の顔である、スポーツウェアやアウトドアグッズを取り扱う営利団体としての姿のみだったんだよね。

 そしていくら調べてみてもそれ以上の事は分からなかったから私はアプローチを変えて見ることにしてみたんだよ、それは猛士では無く我が家の、雪ノ下家の家業の過去を遡って調べてみるって事。

 

 それで判った事はウチの先代である祖父の代から家業の雪ノ下建設は大きく躍進した。

 其れまではほとんど県内での仕事がメインだったんだけど、遣手の祖父は独自に人脈やネットワークを築き、関東圏の仕事を請けられる程に急成長し、他県に於ける山間部の開発事業等に参画する機会も増えた。

 そして時に社員や下請け業者の人を現地に派遣し測量をはじめとした調査を行う段階で行方不明者が出始めた、警察に依る捜査が行われるも結果としてその人達の行方は杳として知れず。

 残された親族の方達への補償も保険が有るとは云えどもそれなりの額を支払う必要もあったし。

 中には祖父や父母に恨み言をぶつける方も居たそうだ、まあ鋼のメンタルを持つ母さんにはそんな恨み節も何処吹く風って程度のものでしか無いんだろうけど。

 けれども、県議とは云え公職の肩書を持つ父さんにとっては、この様な事だしスキャンダルの種に充分になり得るから、その辺りは慎重に対処を行う必要が有るからね。

 そう言った事を勘案してみれば、雪ノ下家が猛士の様な組織と繋がりを持とうと思うのは、最もな選択だって言えるよね。

 

 「まあ不確かな情報だったんだけど魔化魍や鬼の存在について僅かにだけど知り得た私は、人を雇ってたちばなを調査させたりした結果どうやら魔化魍や鬼が実在しているらしいって確信したんだよね。」

 

 比企谷君(ヒビキ君)がたちばなに出入りしているのも確認済みだったしね、コレはもう決定的だとね。

 そしてあの日のヒビキ君達が利○川へと向かうって情報も知り得た、まあ猛士に所属している私が言うのも何だけど、案外機密情報の扱いにザルなところがあるんだよねたちばなのみんなって。

 

 「それで陽さん先輩はそれを確認する為に先輩達が魔化魍を退治する場面を見に行ったんですか、雪ノ下先輩と由比ヶ浜先輩とお米ちゃんを連れて。」

 

 うっ、何かすっごくジッとりとした呆れた色を浮かべた眼で一色ちゃんが私を見てるんだけど、まあ雪乃ちゃん達を危険に晒す原因を作ったのが私の思いつきに拠る行動だったからね、それに一色ちゃん自身も身を以て魔化魍の脅威を経験してるんだし、致し方なしだよね。

 

 「………うん、まあそうかな、たははははっ……。」

 

 四歳も年下の娘からの痛い視線に何だか居た堪れなくなった私は、乾いた声で誤魔化し笑いでその場を乗り切ろうとしたんだけど、私の可愛い雪乃ちゃんまでもがそんな眼で私を見ているのを視野に止めてしまって、私のハートは粉微塵にブレイクしちゃったよ。

 

 

 

 

 さてあの日朝早く、雪乃ちゃん達を連れ出して利根○へと訪れキャッキャウフフと水遊びを満喫していた私達だったけど、時間的にそろそろいい頃合いかと思い私はみんなに声を掛けた。

 

 「ねえみんな、もうすぐお昼だし水遊びは一度切り上げてお昼でも食べに行こうよ。」

 

 本来の目的を果たす為に私は雪乃ちゃん達へそう提案する、まあ女子四人でこんな所で遊んでいるせいだろうか、欲望にまみれた有象無象の男達がさっきから私達に声を掛けようとしている様が見て取れるしね。

 

 「ええその方が良いかも知れないわね、あまり此処に長居するのも何だか心身両面によろしく無い気がするものね。」

 

 水着の上から薄手のパーカーを羽織った姿の雪乃ちゃんが、胸元と腹部を抱く様にその身を隠しながら私の言に賛成してくれた、肉体的なフォルムはあまり私と似てはいないけど、うん贔屓目なしに可愛い。

 

 「はい、私もゆきのんに賛成かなぁ、アハハ……。」

 

 「ですね、小町も賛成です、お腹もいい具合に空いてますし。」

 

 ガハマちゃんもやっぱり男達の視線が気になっていたんだろうな、苦笑しながら同意してくれた。

 まあガハマちゃんの場合はしょうが無いよね、なんてったってあのデカメロンがどうしても人目を惹いてしまうのはもう。そんな目立つものを持って生まれた己の生まれの不幸を呪うと良いよ、うん。

 おっといけない、私とあろう者が思わず少しだけ醜い嫉妬心を抱いちゃったよ、少しだけね。

 私だってさ、ガハマちゃんには及ばないかもだけどそれなりの物は持ってるって自負してるしぃ。

 

 そして小町ちゃん、この娘はまあヒビキ君が溺愛してるのも解らないでもないかなって位に可愛いな。

 ヒビキ君と違って愛想も良いいうえに年上に甘えるのが上手だし、周囲の状況とか割りと確りと観ていてそれを元に自分の立ち位置とか行動に活かしているっぽいんだよ、うん何だか私と近しいものがある様な気がするなこの娘、案外侮れないぞ。

 

 「よし、それじゃあ満場一致って事で車に戻ろうか。」

 

 軟派な男達が私達に近寄る前に私はみんなを促して車へと戻る、私一人ならこんな軟派な連中なんてどうとでもあしらえるんだけど雪乃ちゃん達はね、そうも行かないだろうからなぁ。

 

 

 

 「よぉし、それじゃみんな行っくよぉ!」

 

 全員が車へと乗り込み社内で着替えを済ませた後、私はみんなへ声を掛けると車を発車させた。

 私の本当の目的を果たす為に、真のメインイベントを見る為にね。

 車を出して数分、雰囲気の良さげな食堂を見つけ昼食を摂ると再度車へと乗り山頂方向へ数分程進むと、私の予想通り警察による道路封鎖が行われていた。

 

 「失礼申し訳ありませんが、現在山頂付近で大きな事故が起こっておりましてこれより先は封鎖しておりますのでお引き返し願います。」

 

 年の頃は二十代後半位だろうか、見た目は少し厳つい感じがする若い警察官が丁寧な対応でそう伝え、引き返す様に促す。

 雪乃ちゃんと小町ちゃんは何だか訝しげに、ガハマちゃんは少し不安気な表情を私に向けている、何か話が違うよとでも思っているのかな。

 

 「ええ、そうなんですね、ちょっと失礼。」

 

 シートベルトを外してドアを開けると私は車外へ出て、周りに居る警察官に対し自分の免許証を提示し。

 

 「千葉の雪ノ下家の長女の陽乃です、私どもは猛士の関係者でして本日は新しく入門した彼女達に現場での仕事を学ばさせる為の研修がてら此方へと足を運んだ次第です。」

 

 家業の関係で両親に着いて、ここ数年で学び身に付けた仮面を貼り付けた社交性バッチリの爽やか笑顔を駆使し、予め用意していたセリフを連連と並べると対応に当たってくれた警察官は「何だそうでしたか」と疑う事無く納得し通過を許可してくれた、まあこの時は内心に『流石は私パーフェクトな対応だったね』何てな事を思いつつ。

 

 「ありがとうございます、お仕事ご苦労さまです。」

 

 警察官の皆さんの労をねぎらう言葉を掛けるつつまんまと検問を抜けて先へと進んで行った、本当にごめんなさいあの時の警察の皆さん。

 

 「さてみんなもう少しで目的地に着くから楽しみにね。」

 

 私は微妙な空気が漂う車内のみんなを少しでも変えようと、お馴染みの(当社比1.25倍)陽乃ちゃんスマイル目一杯にして呼び掛けたんだけど。

 

 「はぁ……一体どう言う事なのかしら姉さん、さっきの警察の方は事故の為に道路を封鎖していると言っていたわよね。」

 

 私の左隣り車の助手席から、体感温度を一挙にマイナスに持っていきそうな、恐ろしい位に底冷えがする程の冷気を漂わせているかの様な、冷たい声音とキリッとした剃刀のような切れ味を感じさせる眼光とを私には向けながら雪乃ちゃんが言うと、ガハマちゃんと小町ちゃんもうんうんと頷く。

 

 「あはははっ、まあそこは蛇の道ってね。」

 

 それに対し私は適当な事を並べ立ててみんなを煙に巻く、まあ流石に私もそれでみんなを完全に納得させられたなんて思わないけどね。

 雪乃ちゃんなんて警戒心をフルに働かせている人に慣れていない猫みたいな眼を、向けっぱなしだし。

 でも可愛いんだよね、これがまたさあ。

 

 「それなこれからきっと面白いものが見られるだろうからさ楽しみにしときなって。ねえ小町ちゃん!」

 

 「ほへっ!?」

 

 『えっなんの事』と言いたげな気の抜けた表情をしている後部座席左側に座る小町ちゃんがミラー越しに見えるんだけど、何だろすっとぼけているのかな。

 いや、この表情はどうやら素で知らなさそうみたいだね、もしかすると比企谷君は家族の方には猛士に処属している事を告げていないのか、或いは単純に告げてはいるけど今日の事は教えていなかっただけなんだろうか。

 うん、おそらく後者だな。比企谷君って私と同じ様だ匂いがするんだよね、絶対に妹ちゃん大好き人間で間違いなしだよね。

 だから余程の事が無い限りはそんな可愛い妹ちゃんに隠し事とかしないと思うんだ。

 

 「なぁ〜んだ小町ちゃんは知らなかったのか、じゃあしょうが無いっかなっとぉ、もうそろそろ着きそうだね。」

 

 車を暫く走らせると十数台程停められそうな駐車場があり、其処に乗用車が一台と二台のアメリカンタイプの大型オートバイが駐車してあった、うんやっぱり情報に間違いは無かったみたいだね。

 全く、あの雇った情報屋が遣手だったのか、それともたちばなの人達が情報漏らし過ぎかのかどっちかしらね。

 

 「到着っと、じゃあみんな此処で降りるよ。」

 

 駐車場の既に停めてあった猛士所有の車輛と思われるそれの付近に私は車を停めて雪乃ちゃん達にそう促して車外に出ると続いて三人もドアを開けて車外へ、夏真っ盛りの外界だけど流石に標高も少し高いお陰かな少し外気が涼しく感じる。

 でもやっぱり三人の表情には訝し気な気持ちがアリアリと浮かんでいるしその空気や清涼感を楽しんで無さそうなのは、まあ仕方無いっか。

 

 「もう三人共そんな顔しないで山の空気を満喫しなよ。」

 

 私は無駄を承知でそう声を掛けるけど、その言葉に雪乃ちゃんは変わらずの猜疑心満載でガハマちゃんと小町ちゃんは困った様な微苦笑と猜疑心の綯い交ぜと言った感じの表情を浮かべている、もう一度言うけどまあ仕方無いっか。

 

 「もう三人ともそんな顔しちゃって、折角の可愛さが台無しだぞ。」

 

 チッチッチッ!と人差し指をフリフリしながら私が戯けてみせると、雪乃ちゃんは額に手を宛てて此れ見よがしに深々と呆れたわと言わんばかりに溜め息を吐いた。内心お姉ちゃんはショックだよ雪乃ちゃん。

 

 「まあまあ此処でこうしているのも何だしね、それじゃあ目的地へ向かって出発(しゅっぱ〜つ)!」

 

 右手を大きく突き上げて私は三人にそう宣言して、其処から山へと向ってゆく。

 此処から先ぶっちゃけると猛士の人達がどの辺りに居るのか判らないんだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 探索から戻って来たディスクアニマル第二陣の確認ももう間もなく後数枚で終わりに差し掛かった頃。

 

 「当たり出ましたよ、どうやらイッタンモメンの幼体ですね、童子と姫の姿は確認出来ませんから離れたところにいるのかな。」

 

 ディスクアニマル、アカネタカを確認していたイブキさんがそう告げると出陣の準備を始める。

 

 「どうしましょうか、順調に行ってりゃもうそろそろトドロキさん達も鎮圧完了して戻って来るでしょうけど、俺も同行しましょうか。」

 

 イッタンモメンの幼体は水中に棲息している関係から、近接戦闘に主眼を置く俺ではあまり役立たないかもだが、そう提案したんだが。

 

 「いや、ディスクの第三陣もそろそろ戻って来るだろうしね、ヒビキはそちらの確認と当たりが出た場合は出なきゃだしね、そっちを優先してくれるかな。」

 

 手早くささっと出立の準備を進めながらも、イブキさんが俺に待機を促す。

 

 「……うす、分かりました。」

 

 確かに調査に出したディスクの第三陣がまだ帰還していないし、そちらの確認と事あった場合はそちらに向かう者が居なけりゃいけないし。

 その場合そちらは俺が行かなきゃならないからな、イブキさんの言う事は最もだ。

 

 「よし準備完了、それじゃあ行って来ます。」

 

 イブキさんが仁志さんとは少し違う敬礼し、出発を告げると仁志さんとザンキさんが返礼。

 

 「ああ、気を付けてなシュッ!」

 

 「ベテランのお前に今更アレコレと言う事は無いだろうが、油断は厳禁だぞ。」

 

 それに頷きイブキさんは俺へと向き直り「後は頼んだよヒビキ」と俺の肩へ手を掛けて、爽やかな笑顔でそう言って託してくれた。

 

 「うす、イブキさんもお気を付けて。」

 

 俺がイブキさんに言うが否やの、そのタイミングにほぼ時を同じくして二つの機械合成された鳴き声を響かせて、飛行型の二体のディスクが其々別方向から飛来して来た。

 一つはトドロキさん達が向かった第一陣のバケガニが居る方角から、そしてもう一つは第三陣を向かわせた方向から。

 

 そのうちの一つトドロキさん達が向かった方角から飛来したアカネタカを仁志さんがキャッチしディスクを再生を開始、もう一つのアサギワシが俺へと向かって戻って来ると一瞬の間にディスク形態へと戻ったので俺も音叉へとセットしてそれを再生する。

 

 「カガヤキからのメッセージだったよ、バケガニの討伐完了これから帰還するってな。」

 

 ディスクを確認した仁志さんがその内容を説明、出陣から三十分程での鎮圧したのか。

 現場への移動時間と索敵時間を差し引きてもおそらく十分と掛からずに全てを片付けたのか、流石はトドロキさんとカガヤキさんだな。

 俺はそれに頷くと自身が持つアサギワシの再生を続ける、脳内に流れ込んで来るアサギワシ視点の空中から見下ろす映像。

 

 「プール、いや農業用の溜め池っすかね多分………」

 

 俺が見た再生映像をみんなに説明する、現状その映像には魔化魍は確認されていないが果たしてどうなんだろうかな。

 

 「ああそう言えば駐車場から此処へ登ってくる道中遠目にだが溜め池があるのが見えたな、その映像に記録されているのはおそらくその場所だろう。」

 

 ザンキさんが重々しく呟くと下顎に手を宛て黙考し始めた。

 

 「…………」

 

 それを尻目に俺は再生映像の確認を続けると、次第にアサギワシはその溜め池へと近付いたのか映像が大映しとなり、複数の何かが水中を蠢き泳いでいるのか水面に波紋が不規則に広がり、また水面が撥ねている事が判る。

 

 「何か居ますね、これって!」

 

 映像は溜め池に更に近付き朧気ながらその水面下に蠢くものの姿が見えてくる、とは言えその溜め池の水があまり透明度が高くはないからハッキリとはしないが、その存在の色合いが確認出来た。

 その色から察するに奴で間違いは無いと思われる、俺は仁志さんとザンキさんへ向き直りそれを伝える。

 

 「複数の緑色の体色が確認出来ました、おそらくカッパですね。」

 

 カッパならばその対処は太鼓を以て当たらなきゃならないから、当然俺が現場へ向かわなけりゃならない訳だが。

 

 「よしヒビキ、だったら俺も一緒に向かうことにするよ。」

 

 昨年夏、現役を引退した仁志さんが同行を申し出た、それは俺的には精神的にすごくありがたい申し出なんだが。

 

 「まあ流石にもう、紅を維持出来ないが通常態ならまだ行けるし、お前のサポートなら十分だろう。」

 

 どうやら俺の逡巡が顔に出ていたのか仁志さんはサムズアップで以てそう応えてくれた、全くウチの先達は本当に頼りになる人達ばかりだ。

 全盛期は今のカガヤキさん同様に一時間以上の間『紅』の変身維持が出来ていただけの事はあるな、俺なんて精々二十分程度が限界なのに。

 

 「ああそうだな、それが良いだろうすまないが日高頼めるか。」

 

 「勿論ですよザンキさん。」

 

 ザンキさんからの要請を仁志さんは快く快諾し出立の準備に取り掛かり、予備の音撃棒を用意する。

 それを確認しつつザンキさんは俺へと向き決定事項を伝えようと口を開いたその時、ザンキさんは己の上着の胸ポケットをまさぐる。

 

 「すまん着信だ、何だおやっさんからだな、はいザンキです。」

 

 電話の相手はたちばなのおやっさんだったらしく、ザンキさんはこのタイミングでの連絡に何かを感じた様だ、真剣に聴き入っている。

 

 「何ですって、はい解りましたヒビキにも伝えます、では。」

 

 通話を切りザンキさんは俺へと目を合わせ、努めて冷静さを保つように一呼吸置き確認と連絡事項とを伝えてくれた、それは。

 

 「ヒビキ、千葉の雪ノ下を名乗る若い女性が検問の警察官に猛士の研修だと言って、此方に向かっているそうなんだが心当たりはあるか。」

 

 それはあまりにも意外過ぎる問い掛と通達だった、今日は雪ノ下の姉の陽乃さんが雪ノ下と由比ヶ浜と小町を川への水遊びへと連れて行ってくれていた筈だ、それが……。

 

 「はい、俺の妹と同級生と一緒に雪ノ下家の長女が行動を共にしている筈ですが、まさか!?」

 

 そうザンキさんへ答えつつも、俺は己の背中をあまりにも冷た過ぎる汗が伝うのを嫌ってほどに感じていた。

 



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語られるあの日  巻の伍

 

 こんな状況をどうして予想出来ようか、今日は雪ノ下さんが小町達を水遊びへと連れて行ってくれていると、きっと楽しい女子会的なノリで遊んでいるだろうと、俺はそう思っていたんだがその思いを卓袱台返しよろしく大どんでん返しってな具合に引っくり返してくれやがりましたよ、雪ノ下さんが。

 

 「どう言うつもりかは分らないが件の雪ノ下家の長女は、此方へ向かって来ている事は間違い無い。」

 

 世の多くの女性のハートを一発で仕留められそうな、男の俺でもドキムネしそうな渋くアダルティなヴォイスで重々しくザンキさんが言うと俺と仁志さんはその言葉に頷く。

 しかしマジでザンキさんの言うとおりだっての、本当にどう言うつもりなんだよ雪ノ下さんと、小一時間程みっちり問い詰めてやりたい気分だわ、雪ノ下さんは当然正座で何なら座布団無しまである。

 

 この春に雪ノ下達と由比ヶ浜と出会ってから雪ノ下さんとも二〜三度あった事があるが、正直言って俺は彼女にあまり良い印象を抱いていなかった。

 何と言うかあの上手に作り上げられた一見すると完璧な笑顔とか、あのルックスと相まってきっと世の大概の男はコロッと行っちゃう事だろう。

 えっ、俺はどうかって、フヒッ甘く見てもらっちゃあ困るぜ。

 あの日カガヤキさんと仁志さんに出会い猛士に入るまで俺は長年ボッチ生活を送っていた。そんな俺だからな、ついつい他人の言動を観察する癖が身に付いてしまっている。

 まぁそんな俺だからこそ、雪ノ下さんが作り上げ身に付けている物が俺には薄気味悪く、そして堪らなく虚しくも感じてしまった。

 特にあの眼だ、どんなに見事に外面を取り繕っていても、あの他者を見る、俺とは違うベクトルで相手を観察し値踏みして結果相手を己の思う方向へと転がそうとしているかの様な、己の愉悦享楽を満たそうとしているんじゃと思わせる薄気味悪さがあるんだよな。

 何故彼女がそんな風になってしまったのか、それは俺には知る由もない事ではあるんだが、もしかするとそれは彼女自身の生い立ちから由来のではなかろうか。

 千葉県内でもそれなりの名家の長女に生まれたが故のプレッシャーとか(あの雪ノ下母の教育の元で育ったのならばあり得るんじゃないか、何とも言えない背筋がゾクりとする様な妙な凄みがあるんだよあの母ちゃんは)と考察する。

 雪ノ下からの情報によると、雪ノ下さんは高校生になる頃には次期雪ノ下家の当主候補として両親と共に社交場の場に駆り出されていたと。  

 そんなまだ世間的にはたかだか高校生の小娘が海千山千の老獪なジジババ達と渡り合わなきゃならなかったんだろう、下手を打って雪ノ下家の将来を潰すわけにも行かんだろうしな。

 それに中には彼女の類稀な容姿に邪な欲望の眼を向けるエロジジィなんぞも居るのかも知れない、そんな欲望の亡者の中に身を投げ込まれた年端も行かない彼女はどうするだろうか。

 

 そんな俺の妄想的推論を勘案して思うに、であればそれに渡り合えるだけの術を身に着けなきゃならないと彼女は考え実行したのではないだろうか。なまじ基本スペックの高い雪ノ下さんだから場数を踏んで行けば、自ずとその術は研かれて行くことだろう。

 

 そして出来上がってしまったのが現在の彼女なんだろう、なので俺は思う。

 あぁこの人はこんな風に自分自身を虚飾に拠って装わなきゃ自身の拠って立つ術を持てないのかもなと。

 まぁ俺の推察が正解かどうかは知らんけど、気持ち的にあんな態度や眼で見られるのは言ってしまえば不愉快極まり無い。

 

 「仁志さん、ザンキさん……俺、兎に角カッパが発生している溜め池へ行って来ます、どっちにしろ駐車場へ降りる途中にあの溜め池はあったんですよね、それに早く着けば小町達がカッパに遭遇してしまう前に何とか出来るかもですし。」

 

 果たして雪ノ下さんが検問突破してから、その情報がたちばなのおやっさんの元に届く迄にどのくらいのタイムラグがあったかは知らんが事は急を要する。

 

 「ああ勿論ヒビキと日高には現地へ向かってもらうが、俺もトドロキ達とイブキにディスクでメッセージを飛ばしたら向かうことにするよ、だからふたりは直ぐに現地へ先行してくれるか。」

 

 俺の言葉に頷きつつザンキさんは的確に指示を出すと、意外や意外と言うべきかまさか自分まで現地にあしを運ぶなどと言うとは思わなかったが、今回の複数ヶ所討伐の総責任者としての責務を果たす為にもザンキさんは雪ノ下さんの今回の行動に対処をしなければならないって事なんだろうな、全く余計な真似をしてくれたっすね雪ノ下さん。

 

 「了解、じゃあ早速出発しますザンキさん、シュッ!」

 

 「うっす。」

 

 ザンキさんに対して仁志さんはいつものポーズで、俺は軽く頷いて早速とばかりに行動に移し、アサギワシを船頭に現地へと出立する。

 四人の無事を願いながら、募りくる不安を押し殺し仁志さんと共にひたすらに疾走る。

 

 

 

 

〜由比ヶ浜結衣〜

 

 陽乃さんに連れられて来られた山の駐車場で車を降りると、あたしの頭の中には『はてな』のマークが思いっきり浮かんでる。

 だってさ、さっき警察の人は立入禁止って言ってたのに陽乃さんがちょっと話をしたら通っていいよってなっちゃって。

 何がどうなってそう言う事になったのかあたしにはマジさっぱりで、それはゆきのんと小町ちゃんも一緒みたいで、小町ちゃんは何だかこのまま陽乃さんに着いていっても良いのかなって迷ってるのかな、ちょっと不安そう。

 

 「小町ちゃん。」

 

 心の中でちょっとだけ気合いを入れてから、あたしは小町ちゃんの隣に並ぶと名前を呼んで、そして小町ちゃんの右手の掌を軽く握った。

 

 「………結衣さん。」

 

 ちょっとイキナリだったかな、小町ちゃんがあたしに顔を合わせてるんだけど、何でって顔してる。

 

 「あははっ、えっとゴメンね小町ちゃん、何か小町ちゃんがすっごく不安そうに見えたからさ。」

 

 さっき陽乃さんに何か言われてからだったよね、小町ちゃんが考え込み始めたのってさきっと何か理由っか心当たりがあるんだよね。

 

 「ふえっ、あちゃ〜そう見えちゃいますか。」

 

 うわっ!ちょっぴり舌を出して、なんだが失敗しちゃったみたいな顔をしてる小町ちゃんってすっごく可愛いよぉ、ヒッキーが小町ちゃん大好きなのものすっごい良く分かる。

 

 「あのさ小町ちゃん、何かあたしには事情とか分かんないし大丈夫だよって簡単に言えないけどさ、何かあったらあたし達に相談してね。」

 

 ヒッキーが居ない今、あたし達が小町ちゃんのお姉ちゃんなんだから頑張らなくっちゃね。

 

 「あたしじゃ大して役に立たないかもだけど、ゆきのんだって居るんだからさ。」

 

 でもあたしってヒッキーやゆきのんに比べると色んな事が足りてないから、きっと小町ちゃんから見て頼り無いだろうな。

 だからゆきのんの事も付け加えたんだけど、ゆきのんだってきっと小町ちゃんの事妹みたいに思っているって、あたしは思うんだ。

 

 「ねっ!ゆきのん。」

 

 小町ちゃんを挟んであたし達の右側を歩くゆきのんに、あたしが呼び掛けるとゆきのんは溜め息を吐いてから、ふと優しく微笑んだ。

 奇麗だな、同じ女子のあたしから見てもゆきのんって本当に奇麗だって思う。もう嫉妬する気持ちもわかないくらい綺麗でそしてすごく可愛いんだよね。

 

 「もう由比ヶ浜さんったら、セリフの最後が締まらないのは比企谷君の影響かしらね。」

 

 ゆきのんは笑いながらそう言ってくれた、すごいなゆきのんは。ちょっと前までのゆきのんなら『端から人を当てにする位ならそんな安請け合いなんなしない事ね』とかって苦言?を言ってたと思うんだよね。

 

 「あはは、けどゆきのんだってそうだよね。」

 

 そう返すとゆきのんは、やっぱり小さく微笑んで「そうなのかもね」と呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 仁志さんと共に現場への向かい全力疾走ノンストップで駆け抜ける、ショートカットの為に道無き斜面を時に跳躍しながら、その道中逸る心を抑え努めて冷静さを失わない様にとは思っている俺なんだが。

 

 「いいかヒビキ、現場にはどれ位の数のカッパが発生しているのかその規模までは把握出来ていないんだから、変身は現場に着いてからだぞ。」

 

 その逸る気持ち故に俺は右手に変身音叉を掴み変身をしようと思っていたんだが、それを諭す様に仁志さんが諌めてくれた。

 直様にでも変身して鬼に身を変えた方が今よりも速く走れるし跳躍も出来る、だったらそうした方が現場へもより早く到達出来ると計算していたんだが。

 

 「クッ、確かにカッパが相手なら紅の力が効率的ですからね、まだ俺の紅はカガヤキさんや仁志さんの現役時代ほどに長時間の維持は出来ないし、すいません仁志さんありがとうございます。」

 

 だが仁志さんは俺に冷静に現実認識をさせる為に、まだ未熟な俺の紅発動から維持限界までの時間を勘案したうえで俺を諌めてくれたって理由だ。

 先達の教えってのは本当にありがたい物ではあるし、またその教えがベテラン故の豊富な経験により培われたモノで、そこから今の俺の精神状態を的確に読み取りそれを鑑みた上での注言だからな。

 

 「なあヒビキ、お前は自分の事を未熟だとか修行が足りないとか思っているんじゃないか。」

 

 「ははっ、参ったなやっぱり分かりますかね。」

 

 流石仁志さんだな、ザンキさんと共に関東支部所属の俺達鬼の精神的支柱と称されるだけはある、俺達後進の事を確りと見守っていてくれているんだなと、深い安心感を与えてくれる。

 

 「本当の事を言うとなヒビキ、お前は本来ならもう半年は早く鬼として独り立ちしても構わないレベルにあったんだよ。」

 

 「えっ!?」

 

 修業時代には思いもしなかった仁志さんから告げられた事実に俺は走りながらも、仁志さんに視線が固定され思わず交互に前進する二本の脚までもがその場に固定されそうになってしまうが、理性によってその事態は回避する。

 そして走りながら仁志さんは言葉を続け、俺はその仁志さんの言葉を一言も聞き逃さぬ様にと心する。

 

 「お前は洞察力や観察力に優れてるししかも責任感も強いしな。俺から見てもお前は修行時代のカガヤキと同じ位に筋が良かったよ、それに何よりもお前は教わった事を何度も何度も反復し確りと身に着けたうえで、自身で更に修正を加え独自にそれを発展させていたよな。」

 

 「弦や管の練習だってお前は懸命に取り組んでいたし筋も良かったって、トドロキもザンキさんもイブキやアワユキだって褒めていたぞ。」

 

 「まあだから何て言うか、俺たちから見てお前は成長を急ぎ過ぎている様に感じていたんだよ、しかも当時はまだ中学生だったしな。」

 

 仁志さんから聞く猛士のみんなからの俺に対する評価がとても面映ゆく感じる、俺はこんな暖かな人達に見守られていたんだな、そしてそんな人達がそう考えたってのは流石にまだ中学生の小僧をを現場に出す訳には行かないとか、俺のもっと精神面での成長とかを見定めようと考えたのかも知れん。

 

 「なあヒビキ、カガヤキから課されたお前の独り立ちの為の修業の最終課題が何だったかまだ覚えているよな。」

 

 「はい、流石にまだ一月ちょっと前の事っすから。」

 

 紅への変身を果たす事、それが俺に科せられた鬼への修業の最終課題だった。俺の返事に走りながら仁志さんは頷く。

 

 「お前も体験したとおり紅になるには心身をこれでもかって程に鍛えて鍛え抜いて初めて至れるよな。」

 

 「うす、カガヤキさんにも仁志さんにもすっげえ鍛えてもらいましたけど、結局俺の紅は二十分ちょっとしか維持出来ないレベルでしかないッスけどね。」

 

 「そうか、けどなヒビキ俺やカガヤキはお前の年齢の頃にはまだ紅どころか鬼にすらなかったんだよ、だからそう考えるとお前はもう同年齢の頃の俺やカガヤキの一歩先のレベルに到達出来ているって言っても過言じゃないだろう。」

 

 「まあ結局俺達が何を思っていたかと言うとだな、カガヤキや俺はもう少しだけお前を手元において俺達が伝えられる物を出来るだけ沢山持たせてやりたいって思った理由(わけ)だ、それは捉え様によっては俺達大人のエゴたど思われてしまうかも知れないけどな。」

 

 力強くも優しい目と笑顔を俺に向けてくれる仁志さんに、俺は心の奥底から湧き出る熱い思いが溢れて来るのを実感する。たとえそれが仁志さんの言う様な大人のエゴだったとしても、そんな暖かな人達に見守られていたって事が悪いと俺には微塵も思えないし思わない。

 

 「仁志さん、ありがとうございます、俺信じますよ小町達は絶対大丈夫だって、そしてカガヤキさんと仁志さんに鍛えてもらった力を。」

 

 俺がそう応えると仁志さんは、フッと笑みを見せると其処から何時ものポーズではなく右の手でグッとサムズアップを決めた、ソレを見て俺も若干キャラじゃ無いなと思いながらもサムズアップを返した。

 

 そして俺達は現場へとただ只管に疾走り続ける。

 

 

 

 

 

 

 〜雪ノ下雪乃〜

 

 姉さんに連れられて、こんな処まで足を運んだけれど何だかその姉さんの様子が少し可怪しいのよね、その表情はちょっと悪戯な楽しげなものなのだけれど、少し左右にキョロキョロと首を廻している。

 当然なのだろうけれど私の脳裏には、そんな姉さんの挙動に一つの可能性が浮かんだ、なので私の性分としては其れを問い質さずに置く事なで出来ようも無いと言う物よね。

 

 「姉さんちょっといいかしら。」

 

 あまり綺麗に整備されているとは言えない山道の斜面を私達より数メートル先行して歩く姉さんが、私の呼び掛けに振り向き「うん、何かな雪乃ちゃん」などと緊張感の欠片も見えない笑顔で応えてきた。

 

 「はぁ、もしかしてなのだけど私達をこんな処に連れて来ておいて、此処から先の目的地が何処なのかを姉さん自身解っていないのじゃないかしら。」

 

 「なははっ、やだなぁ雪乃ちゃんってば、もうすぐその内見えてくるから楽しみにしてなよ。」

 

 やはり私の指摘は間違ってはいなかったようね、手をひらひらと振りながら苦し紛れに姉さんは適当な言い訳の様な戯言で誤魔化そうとしている。

 その様な無計画で先行きの見えない現状に私は少し苛つきを覚え尚も姉さんに文句の一言でも言ってやろうと口を開き掛けたその時。

 

 「あっ、見て見てゆきのん小町ちゃん、こんな山の斜面に結構大きなプールが見えるよ。」

 

 私と姉さんとの間とに発する剣呑な雰囲気を感じ取ったのだと思われる由比ヶ浜さんが、その気を逸らす様に大きな声で呼び掛けそちらへと手を指し示していた。

 

 「あっほえ〜っ、本当ですねぇでもあんなに大きいのに誰も泳いでる人が居ないって何だか勿体無い気がしますね。」

 

 小町さんも其れを由比ヶ浜さん同様感じ取ったのでしょうね、由比ヶ浜さんの話に乗って話題をそちらに持って行く。

 由比ヶ浜さんにもだけれど、比企谷君からお預かりしている大切な妹である小町さんにまで気を使わせてしまうなんて、我ながら不甲斐無いわね。

 

 「はぁ、由比ヶ浜さん小町さん、あれは人が泳ぐためのプールでは無いのよ、あれはおそらくこの周辺の農家の方が共同で利用している農業用の溜め池ね。」

 

 けれど心の中ではそんな二人の気遣いに感謝しつつも、私は何時もの様に溜め息を吐きつつ現場の状況から導き出した私見を述べた。

 

 「ほぇ、そうなんですね、流石は雪乃さん物知りですね。小町はそんな雪乃さんに感心する事マックス突破です。」

 

 私が言うと小町さんが感心する事頻りとばかりにそんな事を言い、由比ヶ浜さんが同意する様にうんうんと頷いている。

 

 「もう小町さんったら最大を突破するなんて、用法を間違っているわよ注意なさい。」

 

 苦笑を漏らしながらの私の指摘に小町さんも何だか少しだけバツが悪そうな、けれども悪戯な表情で頭を掻いて誤魔化して居るのだけれど、彼女の動きに合わせて揺れる一房の頭髪が兄の比企谷君のそれと重なって見えてとても微笑ましく思えてしまったわ。

 

 「ねえ、折角だからさあのプールってか溜め池?ちょっと見に行って見ない、あんなの街中じゃ滅多に見られないしさ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「そんな感じでさ、ガハマちゃんの提案に乗って溜め池をみんなで見に行くことになったんだよね、何せ行ってみたはいい物の肝心のヒビキ君達が何処に居るのかも正確な場所までは特定出来なかったしね。」

 

 一色に非難の目を向けられ、恰もそれを若気の至りとばかりに茶目っ気たっぷりな大人ぶった誤魔化しを気取りながら雪ノ下さんは尚も話の続きを語るのだが。

 

 「俺からするとマジ最悪の選択肢を選んでくれたなってしか言い様が無いんだよなぁ、それって。」

 

 「あはは、ゴメンねヒッキー。」

 

 「いやな、別に由比ヶ浜を責めてるって訳じゃ無いんだよ、まぁ大体大元の原因になった人は今此処に居る訳だしな。」

 

 苦笑いしながら謝る由比ヶ浜を制して、俺はあの件の大元たる雪ノ下さんへと眼を向ける。

 目一杯のジト目を作り上げ、る迄も無く元から俺の眼はある種ジト目っぽいからな。

 

 「もうやだなぁ、ちょっとちょっとヒビキ君ってばそんなに熱い眼差しで見つめられると、お姉さん照れちゃうじゃんもう、イヤンイヤンうふふっ。」

 

 そしてこの人と来た日には此処に至ってもまだ、こうやって腰やお尻をクネクネさせてリッパなたわわをプルンプルンさせて人を誂う様な事を宣うんだからな、どんだけ図太い神経してんだ俺もその図太さを分けてもら……いたくは無いかやっぱり。

 いやもう本当この人は、真面目に相手をするだけ損かも知れんな、何か精神力やSAN値をはじめ色んなモノがガリガリとかき氷機で削られる氷の様に削がれて行くわ。マジ大概だし大害だよこ人は。

 

 「そう言うのもうお腹いっぱいで戻しそうだし食傷気味だし食中りしそうなんでもう本当マジで結構ですので、他の所でやったください何なら一昨日来やがれってんだって気分ですのでゴメンナサイ。」

 

 ちょっともうウンザリ気分で俺は雪ノ下さんに対し、たまに一色が使う長文早口ごめんなさいをパクってあしらうと、その当の雪ノ下よりも早くそれに食らいく人物が。

 

 「ちょっと先輩こんな場面で私の十八番を取らないで下さいよ、はっもしかして先輩こんな場面で咄嗟に思わず私の十八番が頭に浮かぶほど私の影響をうけちゃってるって訳なんですね、そうですかそうですか先輩ってば私の魅力にもう身も心もメロメロなんですねぇ。

 先輩のその気持ちはとても嬉しいですし私のお父さんもヒビキ君なら安心していろはを任せられるって言ってましたし、お母さんも初めての会った時はちょっと目付きに不安があったけどお話してみたら礼儀正しい素敵な男の子ねって言ってましたし一色家としては何の後顧の憂いもありませんから何時でもお付き合いOKバッチコイですけど、出来れば二人っきりの時にロマンチックな雰囲気の中で告白されたいって思っていますので、そう言う雰囲気の場所で改めて告白して下さい、ごめんなさい。」

 

 それは長文早口ごめんなさいの元祖で家元(かどうかは知らんが)たる一色いろは、今日はほとんど聞き役に回っていた一色が此処ぞとばかりにソレを炸裂させた。

 そして、その一色ロジックの途中辺りから俺は自身の左半身側が妙に冷たく、いや凍えるかの様な寒気を感じ始めた。それは言うまでも無いと思うが敢えて言うならば俺の左隣に並んで座る二名の女子生徒から発せられている。

 お陰で今の俺の状況は、まるで走行風を受けている正面側ばかりが冷えている空冷エンジンか或いはV型エンジンの様な有り様だ、どうでもいい事だが空冷エンジンの冷却フィンって手入れは面倒だが見た目は美しいですね、ってやっぱり関係無いわな。

 

 「いや、何言ってるのか途中から意味不明だっての、つかお前が話を聞きたいって言うから俺達が話してるんだろうが。」

 

 俺が言うと一色は、軽く握った拳をコツんと側頭部に当て片目を閉じてちょっと舌を出して、所謂テヘペロをあざとく決めて「えへっそうでしたね」とか言いやがる一色いろははやはりあざとい、後あざといしホントいい性格してるわ。

 

 

 

 

 

 

 〜雪ノ下陽乃〜

 

 「ふえ〜っ、まだちょっと離れてるけど此処から見ても結構大きいんだね〜、ゆきのん小町ちゃん。」

 

 ガハマちゃんの提案に乗って大きなプールの様な溜め池を見に行く事になったんだけど、まあ比企谷君や猛士の人達がこの近くに居るだろうって事は分かってるけど、肝心の正確な位置が分かんないだよね。

 本当はさ、こんなところで寄り道しないで両親や猛士が世間に対して隠匿している『魔化魍』とか『鬼』とかの事を知るこの絶好のチャンスを活かしたいんだけどね。

 でもだからって闇雲に探したって見つけられるかどうか、まあ大丈夫大丈夫(だいじょぶだいじょぶ)『案ずるより産むがやすし』成るように成るよねきっと、私って日頃の行いが良いからね(大嘘)

 

 「ちょっとガハマちゃんそんなに急がないの、溜め池は逃げたりしないから。」

 

 場の空気感を変えようとしているんだろうキラキラとした笑顔ではしゃぐガハマちゃんに私はもっともらしく注意を促す、まあたまにはお姉さんらしい言動もしなきゃね。

 と言うかその空気感を作り出してしまった原因は、まあ私なんだろうけれどね。そこマッチポンプとか言わないの。

 まあそれはちょっと太陽系の彼方にでも置いといて、此処に来て少し前までとは違い様子に変化が見える小町ちゃん、ほほう何やら思い当たる事(まあ十中八九比企谷君や猛士の事に思い当たったのかな)があるのかな。

 

 「おや小町ちゃんどうかしたのかな、何かこの先に思い当たる事でもあるのかな。」

 

 私がそう意地悪な問いを掛けると小町ちゃんは、その瞬間ピクッと常とは違う挙動を見せ「いえ何でも無いですよ」と私へと半顔を見せながら返事をしたんだけど、その挙動自体が何でも無くはないんだよね。

 小町ちゃんが右肩に掛けたトートバッグをぎゅっ握りしめ、何かそれを私から隠そうとしているみたいだけど私の目は一瞬捉えたんだよね。

 そのトートバッグが小さく震える様に蠢いてるのをね、その中に一体何が有るのか分からないけど此れからの状況次第でそれは、もしかすると何か重要な要素となるのかも知れないわね。

 

 

 

 「へえ〜、近くで見るとあんまり水の色とかキレイじゃ無いね。」

 

 「そうですかね、でも其処まで汚いって感じでも無いですよ、案外水源も近くにあるのかもです。」

 

 「まあ多分だけど、立地的に考えて利○川から引き込んでいるんでしょうし、水質はそんなに悪くはないのでしょうね。」

 

 到着した件の農業用の溜め池の前の立入を禁じる為のワイヤーメッシュのフェンスの前で、雪乃ちゃん達は思い思いにその感想や推察を述べ合っている、うん平和だね、何て思っていたのもその辺りまでだった。

 

 「ねえ何かあの辺ちょっと変じゃない、何か空気みたいなのがポコポコしてるよ。」

 

 ガハマちゃんが溜め池の一角に指を差し私達は自然その彼女が指差す方向へと眼を向ける。

 確かにガハマちゃんが言う通りに水面に空気がボコボコと泡立ってバシャバシャと不規則な波紋を溜め池全体に広げている。

 

 「何かしらね、水を引き込むときに小魚が紛れ込んで此処で成長でもしたのかしら。」

 

 そんな推測を雪乃ちゃんが口にするけど、小魚が成長出来る程の餌になるものがプールの様な溜め池にあるとは思えないんだけどね、其処は突っ込まないでおいた。

 私自身その光景に好奇心が刺激されて目がソレに釘付けになってたのもあるんだけど。

 

 「でもさ、魚が跳ねた位であんなに空気がポコポコってなるものなのかな、や、ってか何か段々大きくなって来てないアレ。」

 

 溜め池のソレを見ながら、雪乃ちゃんの推察への疑問を訂していたガハマちゃんだったけど彼女が言う様に段々と水面上に浮き立つソレは異様な程に大きくなっていた。

 

 「皆さん此処は不味いです、早く此処から離れましょうッ!」

 

 その異変に逸早く危機感を掻き立てられた小町ちゃんがその場からの離脱を私達に促す、その顔にはひどく焦燥を掻きたてられ危機感を募らせた様に青褪めている。

 

 「速くッ、雪乃さんも結衣さんも此処から離れて下さい、何してるんですか陽乃さんも速くッ速く急いでッ!」

 

 雪乃ちゃんとガハマちゃんの手を引きながら小町ちゃんがフェンスの側からの離脱をはじめ私にも離脱を促すんだけど、この時私はこれから始まるであろう非日常にワクワクと好奇心を掻き立てられて動く事なんて考えられなかった。

 

 「あぁっ、一体何が現れるってのッ、早く私の前に姿を見せて!?」

 

 尚も激しく揺れ飛び跳ねる水面を見つめる私はこの時絶対に正常では無かったと小町ちゃん達には見えていたんだろうな、実際私の心はこの時歓喜に打ち震える興奮状態にあったしね。

 

 「陽乃さんっ!速く其処から離れてッ!速く!」

 

 やがて水面に膨れ上がる無数の気泡は、遂には人の背丈をも超える程に大きく膨れては破裂しを繰り返しながら、そして。

 

 まるで水面下で爆弾でも破裂したかの様に巨大な波が爆裂し、全方位に大きく水を跳ね上げて私はそよ波飛沫にその身を濡らされてしまったけれど、そんな事は一向に気にはならなかった。

 

 「あぁ……あぁ……」

 

 「なっ、何アレっ!?」

 

 爆裂し空高く跳ね上がった溜め池の水が間欠泉の様に吹き上がり、その頂端の空中に緑色をしたナニカが躍り出るように出現し私の中の歓喜はいよいよ絶頂に達しようとしていたけど、ガハマちゃんや雪乃ちゃんには未知へ対する恐怖心の方が勝っていたんだろうね。

 その緑色のナニカは一体、また一体と次々に水面を爆裂させながら空へと飛び上がって来る、事ここに至って私も流石にこの状況はかなり拙いのかもな、何て思いはじめ遅ればせながらジリジリと溜め池の側から離れ始める。

 

 そして緑色のナニカは次々と空中から地上へと私達の近場へと着地して来ると、その眼中に私達の姿を捉え奇妙で異様な姿と鳴き声を発しながら近づいてくる。

 その姿はアニメや漫画、怪奇映画で見た日本でもメジャーな妖怪と言える『河童』を思わせる禍々しさの中に妙なコミカルさを感じさせる姿だったけれど、そんなモノを間近で見てしまったその時の私達にはとてもコミカルには感じられなかった。

 何故なら私は後退りながら足元が覚束なかったのか、不覚にも足を縺れさせ転んでしまったから。

 

 「あぁっ………あっ……」

 

 ユラユラと奇妙な動作で私達へと向かい来るそのナニカ、これが魔化魍なんだろうな。恐れ慄きながらお尻を付いた状態で後退る私だったけど何故かその名称が頭の中に浮かんでいた、それってもしかすると思考が恐怖心を紛らわす為に浮かんだ気持ちのすり替え行為だったのかも。

 

 そんな状態だったから私は、その時の雪乃ちゃん達がどんな状況だったのかに思いも寄せられなかったんだけど多分私と似たりよったりの状況だったんじゃないかな。

 

 「クマちゃん、オオカミくん、タカくんお願いっ!」

 

 でもそんな状況下で一人、このピンチを跳ね返す為に行動を起こした娘がいた、それは比企谷君の妹の小町ちゃんだった。

 今まさに魔化魍が無様に地を這う私にその凶悪な手を振り下ろそうとしたその時。

 

 奇妙な電子合成音の様な異音を放ちながら何か小さな物体が魔化魍の振行動を阻害してくれた。

 

 「えっ!?何……」

 

 その小さな物体は綺麗な赤と白を基調とした鳥の形をした機械的な物体で、その小さな機体は魔化魍の周囲を高速で動き回り魔化魍が私に近付く事を妨害してくれている様だ。

 そのお陰で私は少しだけ周りを見渡す心的余裕が生まれ、雪乃ちゃん達に気を回す事が出来直ぐにそちらへと顔を向けると。

 

 「頑張ってっクマちゃん、オオカミくん、タカくんっ!絶対にお兄ちゃんが来てくれるから、だからお兄ちゃんが来るまで頑張って!」

 

 小町ちゃんがその小さな身体で雪乃ちゃんとガハマちゃんをその背に庇い、迫る二体の魔化魍を睨みつけている。

 そしてやはりその二体の魔化魍の前には、小さな動物を象った機体が合成音声を発しながら魔化魍を牽制していた。

 

 「小町さん、何なのこの化け物とこの小さな機械の動物は……。」

 

 「っ……説明は後です雪乃さんも結衣さんも、この子達が頑張ってくれている間に少しでも此処から離れましょう。」

 

 「けれど……」

 

 ああ、なるほどね、これってきっと比企谷君が小町ちゃんに持たせた魔化魍に対する対抗手段的なアイテムなんだね。

 私はそう思い至り、ならばと魔化魍を牽制してくれている鳥型のソレにこの場を任せて急ぎ立ち上がり、雪乃ちゃん達と合流する為に駆け出した。

 

 「ありがとうキミ、悪いけど此処はお願いね。」

 

 私の呼び掛けに鳥型の機体は返事をするかの様に機械音声の嘶きを轟かせ、魔化魍へと積極的に牽制を掛けてくれた。

 

 「大丈夫です、この子達結構凄いですし、それにもうすぐお兄ちゃんが来てくれます絶対っ!」

 

 「えっ、駄目だよ小町ちゃん!そんな事になったらヒッキーが危ないよっ!?」

 

 小町ちゃんが雪乃ちゃん達を鼓舞する様に比企谷君の名を出すと、ガハマちゃんは此処には居ない比企谷君の事を按じ其れは駄目だと言う。

 正直私はこの時少し驚いた、だって私はガハマちゃんをかなり見下していたから、何時も人との軋轢を嫌いヘラヘラとして愛想笑いを浮かべている、そんな娘だと思っていたからね。

 でも違っていた、ガハマちゃんは自らが於かれた危機的状況にも拘わらず、その場に居ない他者を思いやらる精神を持っていたんだ、なるほどね雪乃ちゃんが心から信頼を置くだけはあるんだね。

 

 「そうよ小町さん、比企谷君をこんな危険に巻き込んでは駄目よ。」

 

 そして雪乃ちゃんもまた、私はこの二人の言葉を聞き己のしでかした事に対し微かな後悔の念に苛まれてしまった。

 

 「大丈夫です、私のお兄ちゃんはこんな化け物よりもずっと強いんですから!」

 

 魔化魍の存在の脅威も知らず、幼い好奇心から大切は筈の妹やその友人達を巻き込み危機に晒してしまった事を。

 

 「っ、でも……っきゃっ!?」

 

 けれど尚も躊躇いながら食い下がらうとするガハマちゃんだったけども、三人固まった押しくら饅頭の様な状態のせいで、足を縺れさせその場に3人揃って転んでしまった。

 

 「雪乃ちゃん、ガハマちゃん、小町ちゃん!!」

 

 二体の小さな動物型の機体は懸命に三人を護るように魔化魍を牽制してくれてはいるけど、でこの状況じゃあ其れも何時まで持つか分かった物じゃ無いし、私を逃してくれた鳥型にも其れは言える事だった。

 だからか、私は青褪め暗い思いに支配されそうな心と絶望感に苛まれながらみんなの名を呼んだ。

 

 「ダァリャーッ!」

 

 「そっりゃーっ!」

 

 けれど私の絶望は遂に現実の物となる事はなく、私達は命を狩られる危機から逃れる事が叶った。

 裂帛の気合の声を発しヒーローは斜面から飛び降りながら三人を襲う魔化魍に対し蹴りを放ち、その場から引き離した。

 

 「ふう良かったどうやら無事な様だな小町、雪ノ下、由比ヶ浜っ」

 

 「よっ、小町ちゃんしばらくぶりだな、シュッ!」

 

 二人のヒーローは地に降り立つと三人を庇う様にその前に立つと、その身を案じ声を掛ける。

 

 「ふぇっ!?ヒッキー……。」

 

 「比企谷君、何故!?」

 

 「お兄ちゃん!日高さん!」

 

 安堵の表情を浮かべ優しく三人に声を掛ける比企谷君と、大人の余裕と優しさと頼り甲斐とを兼ね揃えた様な壮年の男性。

 

 「みんな此処から離れろ。」

 

 「ああ此処は危ないからな、速く離れるんだ少女達、それから雪ノ下家の陽乃さんだったかな、君とは後で確り話をしなきゃな。」

 

 「……はい。」

 

 二人は私達に此処からの離脱を促しつつも日高さんと言う壮年の男性はキッチリと私に釘を刺した。

 嗚呼、私みっちりとお説教を喰らっちゃうんだろうな、まあ冷静に考えて私がやらかした事を考えればやむ無しだよね。

 

 私達はその言葉に頷きつつ其処から後退る様に慎重にその場から離れて行く、雪乃ちゃんとガハマちゃんはその二人の背を不安そうに見つめながらゆつまくりと。

 

 「行くぞヒビキ!」

 

 「うっす、先代!」

 

 壮年の男性、日高さんが比企谷君にそう呼び掛けると比企谷君はぶっきらぼうに返事を返し、二人は何かを取り出し右手にソレを持つアクションを起こしている様なんだけど背を見せる二人が何をやっているかはよく分からないけれど二人は同じ動作を見せる。

 すると、キーンと澄んだ音の耳に心地良い音叉の様な静かだけどもよく響く音色が私達の耳朶に届く。

 

 「なっ、ヒッキー!!」

 

 やがてその音色と被さる様に炎が二人のその身を包み込む、左側の日高さんって方は紫色の炎に。比企谷君は業火の様な燃え盛る真紅の炎を吹き出して。

 

 「大丈夫です結衣さん。」

 

 炎に包まれた比企谷君を案じ声を上げるガハマちゃんを小町ちゃんが宥める、小町ちゃんの声には二人に対する絶対的な信頼感故の強い力が込められている、そしてその二人の背を見つめる眼光にもそれは現れている。

 

 『何か、嫉妬しちゃうな。』

 

 こんな状況なのに私は心の隅にそんな事を思っちゃった、だってね可愛い妹に絶大な信頼を寄せられている比企谷君に対し、片や私はそんな可愛い妹の雪乃ちゃんに何だか隔意を持たれてるみたいだし。

 

 そこ、自分の行いを鑑みてみろとかの突っ込みは無しだよ。

 

 話を戻して、燃え盛る炎の勢いは尚も衰えず二人を包み、何だか私の目にはその炎が二人の肉体以外の身に着けている衣服などの品物をも燃やし塵に返している様に見えた。

 その後に知る事だけど、其れは私の見間違いでも何でも無かったんだけどね。

 

 「はあーー………っ……」

 

 「はあぁーー………っ……」

 

 「なっ!?」

 

 燃え盛る炎の中二人は裂帛の気合いを込めて雄叫びの様な呼気を吐き出し、見る見る内に私達の目には二人の身が一回りも二回りも大きく盛り上がり、それに被さる様に炎の中の二人の肉体に変化が現れる。

 

 あぁ………見れるんだ。

 

 私の心はその二人の変貌を目の当たりにし再び歓喜に打ち震える始めた、其れは先の魔化魍との遭遇の時よりも遥かに強い歓喜と興奮の昂りを伴い。

 

 「はあーっ……たァりゃあッ!」

 

 「はぁーっ、せりゃァっ!」

 

 二人揃い気合の声を発しながら大きく右手でその身を包む炎を払い現れたのは、青と紫色の体色の異形と燃える炎の様な赤い体色の異形。

 

 「あぁ……これが猛士の鬼……」

 

 ゴツゴツと厳つい身形の二人の異形の姿は正に『鬼』としか形容のしようの無い姿。

 私はその二人の異形を目にし、そして興奮のあまり、この時恥ずかしながらエクスタシーを感じ濡らしていた。

 




あらがじめ変身しておいて、現場へ到着して改めて紅になれば良いんじゃ無いかとの突っ込みはナシでお願いします。


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語られるあの日  巻の陸

 

 「えっ!?赤い鬼ですか。」

 

 雪ノ下さんがメインパーソナリティーとして話を回し雪ノ下と由比ヶ浜の二人がそれを補足するし、一色と平塚先生に語り聞かせると言う形で進行するあの日の一件。

 その話が仁志さんと俺が鬼へと変身した辺りまで進むと、聞き手たる一色が疑問の声を発した。

 

 「うんそうだよ、あの時ヒッキーが変身した鬼の姿って、すっごく綺麗でカッコいい赤い鬼だったんだ、ねっゆきのん。」

 

 「ええ、突然現れた比企谷君が炎に包まれてしまった時は私も由比ヶ浜さんも比企谷君の事を思うと肝が冷える思いだったのだけれど、その炎を振り払って現れた比企谷がその身を変えた赤い姿に、恐れ慄いたのだけれど隣りにいた小町さんの期待に満ちた瞳と声を聞いて私も改めてその姿を観察し、その姿をとても勇ましく美しいと思ったわ。」

 

 由比ヶ浜と雪ノ下が紅の姿をカッコいいだとか勇ましいだとか美しいとか、もうこれ以上は止めてくれって言いたくなる程の美辞麗句を並べ立ててくれてしかも親愛の情が見て取れる暖かな表情を見せてくれる物だからか、俺としてはもうこの場い居る事がむず痒くて居た堪れなくてしかし逃げ場が無いから外方を向いて彼女達から視線を外して雪ノ下特製の紅茶を呷る、うん美味い今や俺にとってマッ缶の次に好きな飲み物と化した事はある。

 

 「へえ〜っ、それはとても興味深い話ですね、私が先輩に助けてもらった時は薄暗い場所でしたし鬼になった先輩の姿がよく見てませんでしたからね、そうだ先輩今度その赤い鬼になった姿を私にも見せてくださいよ。」

 

 「うむ、それは私も大変興味があるな、是非好学の為にも一度拝見してみたいものだな。」

 

 しかしそんな俺を無理矢理に現実に引き戻す様な発言をカマす聞き手のお二人さん、あざとい後輩として一定どころかかなりの定評が(俺の中では)ある亜麻色のフワフワヘアーのがトレードマークかどうかは定かではない、皆さんご存知『一色いろは』と中身を知らなければ誰しもがきっと見惚れる程の美貌を誇る女教師、たが色々と残念なオプションを派手に装備し過ぎて婚活道連戦連敗にしてこのままだと行き遅れ必至の我が部の顧問『平塚静』その人。

 

 しかしお二人さん簡単に言ってくれてますが、紅になるにはシーズン前から準備してものスッゴイしんどい鍛錬を積んで、鍛えに鍛え抜いて漸くなれるんであってそう容易くとはなれませんので悪しからず。

 

 「おい比企谷、君は今何やら良からぬ事を考えているなッ。」

 

 「へえ〜っ、そうなんですね。一体何を思っていたんでしょうねぇ、せんぱい。」

 

 「いっ、いえそんな事はありませんですはい。」

 

 ゴゴゴゴゴォーッとの書き文字を背景に背負い平塚先生と一色が俺を睨めつける、てか何で解ったんだろうかこの人達は。

 

 「そうかね、私には君のその表情から悪意の波動が発せられているのを感じたんだがね、それは私の勘違いかな。」

 

 イヤ、俺には貴女から殺意の波動を感じてんですけどねING現在進行形で、怖っ現役の鬼をたじろかせるとか貴女は何者なんですかね。

 

 「そっ、それよりもほら時間というものは生きとし生けるもの誰にでも等しく有限なんですからね、先生だって昼休みとはいえ仕事中なんですからさっさと話を続けましょうよっと言う訳で現場からは以上です。マイクはスタジオにお返しします司会の雪ノ下さんお願いします。」

 

 女性二人の波動を恐れる俺をいい気味だと言わんばかりにクスクスと笑っている雪ノ下さんに話を促す、全く自らが説明すると買って出たからにはその責務を全うしてもらいたいものだ。

 

 「ふふふっ、もうしょうがないなぁヒビキ君は、まあ此処は貸一つって事にしといてあ・げ・る・ゾ。」

 

 右手の人差し指を振りながら雪ノ下さんはそんな事を言うのだが、はて俺が一体何を借りたと云うのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 仁志さんと共にアサギワシが捉えた映像で確認したカッパが発生している現場、農業用の溜め池へとそのアサギワシに先導され俺達は其処へ辿り着いた俺達が見たものは、問題のカッパに遭遇し今正に現在進行形で襲撃を受けている小町達だった。

 しかしディスク達が頑張ってくれていたおかげでみんなは何とか無事で居てくれた、ホントマジこいつらには感謝しかねえな、今度良かったマークでも進呈してやろう。

 

 みんなの無事に安堵しつつも、俺と仁志さんはカッパへと向き合い戦闘態勢を解くことなく共に変身音叉を右手に構えると、己の左手の甲にそれを軽く叩きつける。

 キーンと冴え渡る様に澄んだ音色と、其処から鬼へと身を変える元となる波動とが音叉より発生すると毎度お馴染みの変身の準備が整い、二人並んでほぼ同時に同じ様な動作で額にその波動を当てる、その波動はやがて全身を覆う炎と化し俺達は鬼へと身を変えた。

 

 「ふう、もう三体もいるのか。」

 

 「すね、もう分裂が始まってるとみて間違い無いって事っすかね。」

 

 「そうだな、おそらく溜め池の中にもう何体かいるだろうしな。」

 

 「て事は俺達や警察には情報が入って無いけど奴らの犠牲になった人がいるのかも知れないですね。」

 

 「そうかも知れないな。」

 

 事実がどうなのかは知らんがその可能性もある、俺と仁志さんは心中で犠牲者を悼みつつも直様気持ちを切り替えカッパと対峙する。

 

 「ならこれ以上の犠牲者を出す訳にはいかないっすね。」

 

 腰帯に装備していた音撃棒を両手に取り構えると、ゆっくりと俺達はカッパとの間合いを詰めつつ話し合う。その間小町に預けていた三体のディスク達がカッパを牽制してくれていたが俺達の戦闘態勢の完了を確認しディスク達はカッパの隙を着いて小町達の護衛へと向う。

 本当によく働いてくれるよなディスク達は、何処ぞの比企谷八幡なら多分『あぁもう働きたくねえ』とか言ってんだろうに勤勉な事で、って俺の事かよ。

 

 「サンキュー、みんなの事よろしく頼むぞ。」

 

 小町達の元へと向かうディスク達にそう声を掛けると、ディスク達は機械音声の鳴き声で返事を返してくれた、妙に小町に懐いている三体だから預けてみたが結果的にそれが功を奏した形になったから良しとして良いだろうな。

 おっと、何時までもそちらにばかり気を取られてる場合じゃ無いな、今俺が向き合うべきは眼前の魔化魍だろう、しかも俺にとって夏の魔化魍との初めての戦闘だし気を抜いちゃ駄目だろう、当たり前だけど。

 

 「ヨシ、行くぞ響鬼、前にも言ったけど例のアレには気をつけるんだぞ。」

 

 「うす。」

 

 仁志さんの言葉に返事をし俺達はカッパへと向かい駆け出す、因みに例のアレってのはカッパが吐き出す粘液による攻撃で、それを受けてしまうと後々少し厄介な事になってしまうそうだ。

 それがあるせいで仁志さんはカッパの相手をするのがあまり好きでは無いらしい、閑話休題(それはさておき)雪ノ下さんを襲おうとしていたカッパには仁志さんが、小町達を襲おうとしていた二体には俺が向って距離を詰めたんだが、それと時をほぼ同じくして件の溜め池の水面に幾つもの大きな気泡が立ち次いでその気泡が弾けると更に数体のカッパが現れた。

 

 「うをっ!?マジかよ、言ってる側からこれかっての。」

 

 「うぉりゃあッ!やっぱり分裂してたな、よっと!」

 

 俺がぼやいている間に仁志さんはカッパの腹部に二本の音撃棒を叩き込み、話しながらも己の腰帯のバックルから火炎鼓を取り外すと、すかさず蹈鞴を踏むカッパの胸元にそれをセットした。

 流石は仁志さんだな、引退後にも拘わらずこれだけの動きが出来るんだからな、かつて関東最強と称されていたのは伊達じゃ無いわ。言わば天パの元祖主人公のニュータイプが最後に乗ったおνなガン○ムだな、大気圏外に隕石押し返せるかも知れんな。

 

 「って、俺も続かないとなッ!」

 

 肩の力は程良い程度に保ち、そして音撃棒を持つ両の掌にグッとチカラを込めて俺は眼前の二体のカッパを見据えると、俺との距離が近い右側のカッパが突進して来るのに合わせて仁志さんと同様に二本の音撃棒を振るう体勢を取る。

 

 「はあぁ〜ッ、音撃打っ火炎連打の型ぁッ!」

 

 「せいッ!」

 

 仁志さんが音撃打を打ち込みはじめるのとほぼ同時に俺も、先の仁志さん同様カッパに対し音撃棒による打撃を叩き込むとカッパはフラフラと後方へとよろけ、更に俺はそこに追撃を掛ける為に両腕を右方から横スイングするべく体勢をとる。

 

 「灼熱真紅の型ぁ!」

 

 紅の力により強化された膂力と身体に満ちた鬼の力を開放し一撃必殺の音撃打『灼熱真紅の型』を放つ。

 

 「ハァァーッ、たあーッ!」

 

 カッパの胸部、人間で言うと鳩尾辺りに二本の音撃棒烈火を叩き付けると、其処を中心に空に浮かび上がる炎が円形に広がり火炎鼓と同じ形を描き、清めの音がカッパの体内に一気に行き渡ると断末魔の足掻きの様な動きを見せカッパは爆裂四散し塵へと帰る。

 

 「ヨシ、次!」

 

 そして仁志さんはカッパの胸元に取り付けた火炎鼓が大きく展開されドコドコと連続で音撃棒を叩き込む仁志さん、勇壮にリズミカルに叩き込みカッパの体内に深く刻まれてゆく清めの音。

 

 「せりゃぁッ!」

 

 そして最後の一撃とばかりに力を込めたトドメの一打が火炎鼓を打ち突けると、カッパは小さく藻掻くと爆裂する。

 

 「ヨシ、俺も次だっ……おっと危ねえ。」

 

 一体のカッパを討伐し終え次のカッパを対処すべく行動を起こそうとしていた仁志さんだったが、仁志さんから見て右側方からそのカッパの攻撃(例のアレ)が加えられ、昔流行った映画『マトリ○ス』で有名な少しオーバーなアクションっぽい動作でソレを回避する。

  

 「ふう、危なかった油断大敵ってな。」

 

 その回避後仁志さんはあまり緊張感を感じさせない口調でそう言うと直ぐそのカッパに相対する様に動き出す、本当に一年近いブランクを感じさせない動きだなと感心する俺だけど同時に引退した筈の仁志さんを現場へ出動させてしまっていると言う現実は、俺達新人の不甲斐無さの現れの様で忸怩たるものがある。

 

 『要はまだまだ俺が響鬼の名を継ぐに相応しいレベルに達して無いって事か。』

 

 仁志さんは俺を高く評価してくれたけど、自分としてはそう思わずにはいれんな。

 

 

 

 

 

 

 〜雪ノ下雪乃〜

 

 燃え盛る業火の中から現れた二体の鬼としか形容のしようが無い異形の姿、その内の一体二本の角を生やした真紅の鬼は私達がとてもよく知る男子が姿を変えたモノ。

 ちょっと捻ねた言動をする事が有るけれど、さり気なく他者を気遣えて困っている人を放っておく事が出来ず、文句を言いながらも手を差し伸べてくれる人。

 出会った当初は反発する事も多かったけれども、私は何時しかその為人に惹かれ好意を自覚するに至った初めての相手。

 その彼が突然異形に変異した事に私は恐怖し信じられないと事だと、その現実を拒否しそうになったのだけれど、その鬼面から発せられる比企谷君の声音から日頃の彼と変わらぬ優しさを感じ。

 

 「あれが、比企谷君なの……」

 

 そう呟きつつ、あの緑色の化け物をいとも容易く討滅してゆく二人の鬼の雄姿に何時しか私は、その姿に見惚れていた。

 

 「はい、お兄ちゃんは中学生の頃にはあの魔化魍って言う化け物と出会い、今お兄ちゃんと一緒に闘っている日高さんとカガヤキさんって言う人に助けられて、それからお二人に弟子入りして人助けの鬼になったんですよ。」

 

 そう比企谷君のこれまでの経緯を語ってくれた小町さんを見ると、その彼女の表情は心からの信頼を比企谷君に向けている事と、その兄の存在を誇りに思っている事が伝わって

きた。

 

 「そう、何だか羨ましいわね。」

 

 それは比企谷君と小町さんとの関係性に対しての私の素直な感慨だった、顧みて私と姉さんとはどうなのかと。何事直ぐにマスターし完璧に近しいレベルで卒なく熟してしまう姉を幼い頃は尊敬し憧れを抱きその姉を目標とし模倣していたけれど、何時まで経ってもその姉のレベルへ到達出来ないと云う現実に、時を経るに連れその思いが隔意へコンプレックスへと偏移していってしまったから。

 

 「ゆきのん、凄いねヒッキーってそんな事してたんだね、あたし達が知らない所でみんなの事を守ってくれてたんだ。」

 

 そっと私の手を握ってくれる由比ヶ浜さんの心遣いに私はこんな状況なのに暖かな感情に包まれる。

 

 

 

 

 

 〜雪ノ下陽乃〜

 

 その身を異形の鬼に変え魔化魍と云う化け物を打ち倒していく二人の姿に、私は身体の奥底から溢れてくる歓喜に感情に震えている。

 あぁ、美しい………勇壮に二本のスティックを振るい闘う姿は私に得も言えぬ快楽を感じてしまった。 

 

 「はぁ……はぁ……堪んない。」

 

 この時私は胸元と右の頬に手を当てうっとりとした眼と蕩けた表情と興奮の吐息を吐き、その闘う鬼の姿を眼に焼き付けていた。

 

 「姉さんいい加減にして、こんな状況で不謹慎にも程があるわよ。」

 

 そんな姉の痴態を不快にそして居た堪れなく思ったんだろう雪乃ちゃんにきつく窘められ、私は漸く我に帰る事が出来たんだよね。

 

 うん、ホントあの時はゴメンね雪乃ちゃん。

 

 「陽乃さん、小町としてもポイント低すぎですよ………」

 

 そして更に女子中学生にも非難される私ってお姉ちゃん失格だよね普通に考えてさ、それにあんまりやり過ぎるとR−指定を入れなきゃならなくなるしね。

 

 「はい、ゴメンナサイ。」

 

 ちょっとだけ自分が情け無くなっちゃたけど、このやり取りがあったからこそこの日この時私は正常を取り繕う事が出来たんだと思う。

 

 「よしッもう一丁っ、音撃打火炎連打!」

 

 「音撃打灼熱真紅の型ッ!」

 

 私達がそんなこの場にそぐわない不謹慎な(主に私がなんだけど)やり取りを繰り出している間にも、二体の鬼は次々と魔化魍を討滅していって残りもあと僅かとなったその時だった。

 

 「仁志さん、響鬼っ!」

 

 二人を呼ぶ声が轟き、私達はその声のする方へと目をむけてみると比企谷君達が来た斜面を駆け降りてくる三人の男性がいた。

 一人はシックな登山ウェアに身を固めた壮年の男性と、あとの二人は顔だけは人のそれだけれど首から下の下半身は私達の側で今も魔化魍を討滅している二体の鬼とよく似た姿をていた。

 

 「おお、カガヤキさん、トドロキさん、ザンキさんもよく来てくれました。」

 

 比企谷君が変じた赤い鬼が駆けつける三人に嬉しそうな声音で呼び掛ける、きっとこの三人は心強い援軍なんだろうなと想像がつくよね。

 

 「トドロキさん、ザンキさんは小町ちゃん達の護衛をお願いします、僕が響鬼達の助太刀に入ります!」

 

 「分かった、頼んだぞ輝鬼!」

 

 「はい!」

 

 駆けつけてくれた三人は速攻で役割分担を決めると年嵩と思われる二人の男性が私達の側へと寄り添い、カガヤキと呼ばれた人は先の比企谷君と同様に真紅の業火に青い体躯が包まれる。

 

 「ハァァーッ、たぁッ!」

 

 先の二人と同様に大きく呼気を吐き、気合と共に大きく腕を振るうとその中からもう一体の赤い鬼が顕現する。

 その赤い鬼は途轍もない速度で駆け出し腰に装着していた二本のスティックを両手に構え、魔化魍へとそれを左則方から横へと大きく振り抜く。

 

 「音撃打、灼熱真紅の型!」

 

 ドンっ、と大きな爆裂音を発してカガヤキと呼ばれた鬼が魔化魍へと二本のスティックを叩きつけると、先に比企谷君が変じた赤鬼が見せた様に燃え盛る炎のエンブレムが空へと現れ、魔化魍は爆散する。

 

 「流石だな輝鬼、ッおぉりゃーっ!」

 

 「すね、っとはぁッ!」

 

 飄々と、新たな援軍に称賛を贈る二体の鬼は話ながらも的確に魔化魍への対処を続け、一体また一体と討滅する。

 

 「君達怪我はない様だな。」

 

 「あっ、はい大丈夫ですザンキさん、トドロキさん来てくれてありがとうございます。」

 

 二人の壮年男性が私達の安否を気遣い小町ちゃんが返事を返すと、二人はほっと安堵の息を吐くと大きく頷き私達を四人を中心に寄せると二人と機械仕掛けの動物と共に周囲の警戒を始めた。

 

 「響鬼達とは距離を離したから大丈夫だろうが、今日は色々と厄介だからな警戒していて損は無いだろうが、雪ノ下陽乃さんだったかな君には後で話しを聞かなければな。」

 

 登山ウェアの渋い壮年男性から鋭い眼光を向けられた上にそう声を掛けられ私は、背中に悪寒を感じてしまった。

 夏なのに背中を伝う汗が氷みたいに冷たいな。うう、何かものスゴく怖いんだけど先の日高さんって人にも同じ様な事を言われたし、あっちゃ〜っ私どうなっちゃうのかな。

 

 

 そしてそれから間もなく緑色の魔化魍は、三体の鬼により全てが討滅されたんだよね。

 



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語られるあの日  巻の漆

 

 〜由比ヶ浜結衣〜

 

 「ふう。」

 

 「お疲れ様です仁志さん、響鬼も初めての夏の魔化魍討伐きちんと果たせた様だね。」

 

 「ああ、輝鬼も助っ人ありがとうな。」

 

 「うす、輝鬼さん仁志さんありがとうございます。」

 

 鬼になったヒッキー達が緑色の河童みたいな化け物を全部やっつけ終わり、ヒッキー達は顔だけ元の姿に戻って(ヒッキーとカガヤキさんって人は身体の色が青っぽくなってるけど)お互いを労っている。

 そんなヒッキー達の姿をあたしは何だか張り詰めていた気持ちが、ふっと萎びたみたいなって言うか気が抜けた感じで眺めていたんだ。

 

 「お兄ちゃん!」

 

 そうしているうちに小町ちゃんがヒッキーの所へ駆けだしてヒッキーに抱きついた、ヒッキーも抱きついて来た小町ちゃんを優しく抱き止めて頭を撫でてあげている、優しく声を掛けてあげながら。

 

 「もうカッパも居ないからな安心しても良いと思うぞ小町、けどまぁもうちょい警戒はしてなきゃだけどな。」

 

 「うん。」

 

 あたしはそれがちょっと羨ましいなって思っちゃったけど、でも微笑ましくも思ったんだ。

 それからヒッキー達はみんな揃ってあたし達の方へと歩いて来て、トドロキさんとザンキさんにも労いの挨拶を交わして、それからヒッキーはあたしやゆきのんに目を合わせると何だかちょっと戸惑ってるみたいな感じで。

 

 「まぁ、そのな。」

 

 何だか何時もの様にヒッキーのちょっとブツブツって感じの喋り方で頭をゴシゴシって掻きながら言いにくそうに声を出した。

 その時あたしは何かすっごくホッとしたんだ、さっきまで赤い鬼になってあんなに怖そうな化け物と戦ってて、ヒッキーが何か遠い人になっちゃったみたいに思ってたから。

 

 「あのさ、えっとねヒッキー、さっきのヒッキースゴイカッコよかったよ、何か正義のヒーローって感じで………その……」

 

 ヒッキーはあたし達に何か言いたかったんだろうけど、きっと何て言えば良いのか分かんなかったんだろうなって、だからあたしは。

 でも結局あたしも何を言えば良いのか分かんなくて、あたしの言葉は尻すぼみになっちゃって。多分、ううんホントは『ありがとう』か『お疲れ様』とか言えば良かったんだと思う、鬼の人達がさっきやってたみたいに。

 

 「スマン、怖い思いをさせてしまったか。」

 

 なのにあたしがそれを言えなかったからヒッキーにスマンなんて謝らせちゃって、あたしはすごく胸が苦しくなって。

 

 「何故貴方が謝るの、貴方は私達を助けてくれたのでしょう。比企谷君貴方が突然変異した事には驚いたけれど小町さんから聞いたわ、貴方達が人知れず怪異から討伐しているのだとね。」

 

 でもゆきのんが、話せなくなったあたしに代わってヒッキーに話してくれて、あたしはゆきのんが話してる横で頷いて心の中で『そうだよヒッキー』って言ってたんだ。

 

 「だからね、比企谷君私達に謝ったりなどしないで、寧ろ私達は貴方達に心から感謝をしなければならないのよ。」

 

 ゆきのんはスゴイな、あたしが上手く言え無い事をキチンとヒッキーに伝えられるんだから、そしてちゃんとゆきのんはヒッキーや他の人達に。

 

 「比企谷君、そして皆さん危ないところを助けて頂いて本当にありがとうございます。」

 

 ちゃんと綺麗な姿勢で頭を下げてお礼を言って、あたしもつられる様にゆきのんと一緒にお礼を言う事が出来て、改めてヒッキーの顔を見るとヒッキーってばちょっと頬のところを赤くして照れちゃってて何かスゴい可愛かったな。

 

 

 

 

 

 

 

 カガヤキさん達が駆け付けてくれたお掛けでカッパの討滅は思いの外早く完了したし、小町も雪ノ下も由比ヶ浜もついでに雪ノ下さんも無事に済んだし、鬼の姿になった俺を二人に異質なモノとして拒絶されてしまう可能性もあるかもと思っていたが、二人はそんな事はせず寧ろ助けられた事に謝辞まで示してくれて俺は漸くせいしんてきにホッと一息吐けた。

 

 「さて、日高達は着替えもしなければならないし一度野営地に戻るとしようか。」

 

 「そうですね、イブキの方も順調ならイッタンモメンの討伐も終わっている頃でしょうし、雪ノ下さんのお嬢さんとも少し話をしなけりゃですからね。」

 

 年長組の二人が今後の方針を固め俺達も当然それに従う流れとなったんだが、問題は小町達をどうするかって事だよな。

 今回の件雪ノ下さんからは事情聴取をしなくちゃならないが、小町達三人は雪ノ下さんに連れてこられただけだし、謂わば被害者ポジにいる訳で。

 

 「あの宜しければ私達もご一緒しても構わないでしょうか。」

 

 「あっ、あたしも一緒に行ってもいいですか?」

 

 俺としては雪ノ下達には駐車場で待っていてほしいところであるんだが、当の雪ノ下と由比ヶ浜は決意を込めた真剣な眼差しを仁志さんとザンキさんへ向けて同行を望む。

 

 「あの、あたしはこのまま何にも知らないって何かやだし、だからヒッキーや皆さんの事もすっごい気になるし、それに何で陽乃さんが今日ここに来たのかも知りたいし。」

 

 「いや、けどまだ魔化魍は全部片付いたって訳じゃ無いんだし、一旦この近辺から離れた方が良いと思うぞ雪ノ下も由比ヶ浜も。」

 

 拙く言葉を詰まらせながらも自身の思いを俺達に伝える由比ヶ浜の懸命さに、俺も頭では二人がそう望む理由は理解出来てはいる。

 二人は知りたいんだ、俺の事を知って理解したいと思ってくれているんだと、きっと彼女達は識った上で拒絶では無く俺を受け入れてくれようとしているんだと。それでもこれ以上彼女達を巻き込みたくは無いと思うのは俺の我儘だろうか。

 

 「いやぁ、でもさお兄ちゃん、もし魔化魍がまだいるんだったらやっぱり魔化魍退治の専門家のお兄ちゃん達と一緒に居たほうが安全じゃないかって小町は思うんだけどな、そうですよね皆さん。」

 

 その様に逡巡している俺を見かねたか小町がすかさず提案し、二人はその提案に頷くと真摯な眼差しで俺を見つめてくれていて、これはもう逃げられんと覚悟を決めるしか無いよな。

 

 「まぁ確かにそうなんだろうってのは俺も解っちゃいるんだけどな、うんそれに第一俺が側にいれば小町に悪い虫が近付くのを阻止できるしな、うん。」

 

 ボンと左掌を右手側部で叩く、警察の人たちが検問してくれているから不届き者が駐車場に居る訳ゃ無いんだけどな。

 

 「うわ、お兄ちゃんそれはポイント低過ぎだよ、そこは雪乃さんと結衣さんの名前を出さなきゃだよ。」

 

 オーマイガッ!俺の親愛の情と言う名の鏃は小町のハートの表皮を貫くことなく表面に弾かれてしまった様だ、解せん。

 

 

 

 

 

 カッパが現れた溜め池から俺達が設営した野営地までは、小町達に合わせて歩けば多分三十分は掛かるだろう(小町達は登山用の装備を身に付けている訳じゃ無いってのがその理由なんだが)その道程も九割を過ぎ、もうそろそろ野営地が視界に捉えられそうな辺りだ。

 

 「ふう、小町ちゃん達も疲れただろうけど、後もう少しで着くからちょっとだけ辛抱してくれよ。」

 

 「野営地には斬九郎も居るし多分もうイブキさんも帰っているでしょうしね、飲み物とちょっとした食べ物があるし着いたら少しゆっくりしよう。」

 

 仁志さんとトドロキさんが道中に疲れの見える小町達を気遣い声を掛けると、小町と由比ヶ浜は多少疲れが感じられる声音で返事をし、雪ノ下さんはまだ余裕を感じさせる声音で返し。

 

 「はぁ、はぁ、ごめんなさい比企谷君……。」

 

 そして基礎体力の無い雪ノ下はもう既にグロッキー状態で、その身を半ば俺に預けている始末だ。

 

 「しょうが無いよな、雪ノ下は体力が無いし、第一普通のスニーカーじゃ山道を歩くのはきついだろうしな。」

 

 俺は雪ノ下の手を引き出来るだけ彼女に負担を減らすべく支えて歩きつつ、彼女がその事を負い目に感じない様に自分なりには言葉を選んだつもりなんだが。

 

 「本当は比企谷君がさっき言った様に私達、駐車場で貴方達の帰りを待っていた方が良かったのでしょうけれど。」

 

 項垂れ気弱な面を見せる雪ノ下に内心ドギマギとさせられている俺ガイル、何時も強気な雪ノ下にこうまでしおらしくなられると俺としてもちと対応に困るしな。

 

 「野営地はもう直ぐ其処だしな今更だろう、だから気にするな。」

 

 「それにほら言ってる内にもう目的地も見えて来たぞ雪ノ下。」

 

 俺が雪ノ下にそう告げると彼女は進行方向に目を向ける、彼女の目にもまだもう少し距離はあるがテントやテーブルと言った野営設備が視認出来た様で、小さく吐息を吐く。

 まぁ身体の疲れと共に気持ちも折れそうになっていたところに、終点が見えて来たんだから安堵もしようってものだろう。

 

 「そのようね、ありがとう比企谷君もう大丈夫だから手を離してくれても平気よ。」

 

 雪ノ下は微笑んでその身を微かに俺と離して、疲れは感じさせるが一人歩み始めた。全くあと少しなんだから無理しなくても良いんじゃないかと思うんだが何せ意地っ張りだからな雪ノ下は、まぁ勿論それを口には出さなかったがな。

 

 さて雪ノ下の事は一旦置いて、雪ノ下が俺から離れて直ぐの事だが俺は左掌に柔らかく掴まれる感覚が生まれた事に気が付く、それは。

 

 「うぅ、ヒッキー今度はあたしの番だよ。」

 

 左隣を歩いていた由比ヶ浜が俺に近寄り左掌を由比ヶ浜の右掌で握っていたからだった。

 

 「ふわっ、鬼の身体って何かちょっとトゲドゲっぽいけど、ちゃんと暖かいんだね。」

 

 俺の手を取り、まじまじっと由比ヶ浜は見ながら関心頻りって感じで感心していて、何か文章が変異種並みに変になってるが其処はまぁ勘弁してくれ。

 しかし流石によく知る女子に己の手を取られ弄られるってのは、思春期男子には何だか来るモノがあってだな、段々と小っ恥ずかしさが鎌首をもたげてしまい。

 

 「ちょっお前、何してんの?」

 

 それを振り払うためにも由比ヶ浜には離れてもらいたいんだが、それは何故かと言うとだな。

 鬼に変身すると闘いに適応する為に身体が一周り大きくなるんだが、そのせいで俺と由比ヶ浜の身長差が普段よりも差が付く、そうすると俺が近距離から由比ヶ浜を見る為には結構見下げる形になる、此処まで言えばお解りいただけるだろう。

 そう、由比ヶ浜の胸部に乗っかったお山をモロに見下ろす形になってだな、しかも今は夏で衣服も薄手になっていて……いやもう語るのはよそう。

 

 「えっ、いやさヒッキーさっき迄ゆきのんとくっついてたから、今度はあたしの番かなって。」

 

 あのですね由比ヶ浜さん『何言ってんのそんなの当たり前じゃん』みたいにすまし顔して言わないでいただけないでしょうかね、どうか思春期男子の生態に気遣いを願いたい。

 

 

 

 

 

 

 〜雪ノ下陽乃〜

 

 「みんな疲れたでしょう、良かったら麦茶でもどうッスか。」

 カッパと呼ばれる魔化魍を比企谷君達が討伐し終え、私達はその比企谷君達が設営した野営地へと招かれた。あいにくと人数分のチェアが無いって事で財前君って名の鬼の見習い生が用意してくれたシートに腰を下ろした。

 

 「ああ、どうもありがとうございます山道を歩いて来ましたから喉も乾いていますし、ありがたくいただきますね。」

 

 私達四人分の麦茶を用意し、それを差し出してくれた財前君に満面のスマイルを作って感謝を告げると、彼は顔を赤らめながらみんなに渡してくれた。

 どうやら彼は女性の扱いに慣れていないみたいだね、そんな態度が私にはちょっと可愛く思えた、比企谷君もそうだけど若い世代の猛士の関係者って結構初心な男子が多いみたいだね。

 

 「イブキさんはまだ戻って来てないんですね。」

 

 いただいた麦茶を口に含みながら私は比企谷君達の会話にそれとなく聞き耳をたてる。カガヤキさんと呼ばれたかなりハンサムな人がどうやらイブキって人の帰りが遅い事を訝しく思ってかそう口にする。

 

 「ああ、確かにイブキにしては時間が掛かり過ぎている様だな、何か不測の事態でも起こったのか。」

 

 それを受け多分この遠征の責任者だと思われるあの凄くダンディなザンキさんって人が推論を述べると。

 

 「イブキさんが向かったダムは此処からならあまり距離は離れて無いっすよね、何なら俺ちょっと様子見に行ってきますよ。」

 

 比企谷君がみんなに様子見に行くと申し出る、前に何度か会った事があるけど比企谷君って何だかやる気無さげで面倒臭がりな感じがしてたんだけど、意外にも鬼としての役割には積極的なんだなと私は少し驚いていた。

 

 「そうだな、ヒビキの言う通り様子見に行った方が良さそうだな、どうですザンキさん此処は一つヒビキに行ってもらいますか。」

 

 「そうだな、何方にしろこの状況では誰かがイブキと合流した方が賢明だろうしな、ヒビキすまないがひとっ走り行ってくれるか。」

 

 「分かりました、それじゃあちょっと行って来ますよ。」

 

 「ああ頼む、だがヒビキさっきひと仕事終えたばかりだし喉も渇いているだろう、麦茶の一杯でも飲んでから向かうんだ。」

 

 「うす、そうですね、じゃあそうさせてもらいます。」

 

 「ちょっと待って下さい日高さんザンキさん、俺もヒビキと一緒に向います。」

 

 比企谷君がどうやらもう一件の魔化魍討伐の様子見に行くことになった様だけど、ギター(の様な武器なのかな)を携えたトドロキって人が同行を申し出て、日高さんとザンキさんはどうするべきか考えているみたいだね。

 

 「向こうが何か不測の事態だった場合、イブキさんの管、ヒビキの太鼓、そして俺の弦と揃っていれば大抵の状況に対応出来るでしょう。」

 

 トドロキさんがそう訴えると、日高さんとザンキさんは『確かにな』と呟き、二人はトドロキさんを比企谷君と共に向かわせる事に決めたみたい。

 

 「それじゃあトドロキ、お前もヒビキと一緒に向かってくれ。」

 

 「了解っす、皆さんは小町ちゃん達の事をお願いします。」

 

 「ああ、小町ちゃん達の事は俺達に任せてくれ、ヒビキもな。」

 

 「うす。」

 

 「あっ師匠麦茶っす、喉を潤してから行って下さいッス。」

 

 「おおっ、すまない斬九郎、ありがたくいただくよ。」

 

 およ、今財前君ってトドロキさんの事を師匠って呼んだよね、ははあん成る程ねぇ、今の二人のやり取りから察するに猛士の鬼ってどうやら師弟制度を取っているみたいだね。成る程成る程。

 

 「小町、雪ノ下と由比ヶ浜も、すまんが俺は少しこの場から離れるけど、出来るだけ早く戻って来るからちょっと待っててくれるか。」

 

 「うん、分かったよお兄ちゃん気を付けてね。」

 

 「ええ、待っているわ比企谷君、貴方の帰りを。」

 

 「うん、あたしも待ってる、頑張ってねヒッキー。」

 

 比企谷君が出立を前に小町ちゃん達には声を掛けて、三人は各々比企谷君に応える。

 全くさ、出会ってからほんの数ヶ月に過ぎないってのに三人ともすっかり固い絆で結ばれてるみたいな雰囲気を醸し出して、なぁんかお姉さんとしてはあんまり面白く無いぞ。

 

 「それから雪ノ下さんも、くれぐれも大人しくしといて下さいよ。」

 

 およ、比企谷君ってば最後に私に釘を刺してしたよ、うん私ってば信用無いなあ。まあしょうが無いんだろうけどね猛士の人の立場からすると私がやらかした事はさ。

 

 

 

 

 

 小町達にも断りを入れて、俺はトドロキさんと共にイブキさんの様子を確認に行べく動き出す。

 

 「気を付けてな二人共、イブキの事だから大丈夫だとは思うが、何せ今回の件はかなりイレギュラーな事態だからな。」

 

 「ああ、ザンキさんの言う通り何が起こっているのか不明瞭だしな、気を付けて行ってきな、シュッ!」

 

 「ヒビキ、向こうではイブキさんやトドロキさんの指示を確り聞くように良いね、トドロキさんヒビキをよろしくお願いします。」

 

 残留組の皆さんにありがたい忠告を受け俺とトドロキさんは、イブキさんが向かったダムの方へと向け出立しようとしていた時だった。

 その時突如としてこの地が微かに震え、そして大気を震わす程の巨大な咆哮が周囲に木霊した。

 

 「何だッ!?」

 

 「何があった!?」

 

 この周辺に異変が起こった事は明らかだが、その異変が何を発端にしているのかが不明であり皆周囲を警戒するが、その原因は直ぐに俺達全員が知るところとなる。

 

 「皆さん、アレっすよ、アレを見て下さいっス!!」

 

 財前さんがソレに逸早く気が付き上空を指差していた、財前さんが指し示すその方向は俺達が向かおうとしていた、イブキさんがイッタンモメンの存在が確認されたダムの方角だった。

 その指差す先の空、此処からの距離は千数百メートルと云ったところだろうか、その空には比較的低空と思われる空を不規則に泳ぐ様に飛び回る巨大な姿があった、と言っても距離が離れてるからそんなに大きくは見えないんだがな。

 

 「なっ、アレ何か変っすよ、資料で見たイッタンモメンにも見えるんすけど、大分形が違うっス。」

 

 個人で用意していた物なのか、財前さんが双眼鏡を使い空を飛ぶ巨体を確認し、その観察結果を教えてくれた。

 

 「ああ、イッタンモメンで間違いは無いんだろうが、アレはおそらくイッタンモメンの変異種か若しくは強化種だろうな、そうかだからイブキが討伐に梃子摺っているんだろうな。」

 

 肉眼で見る俺達には細部までは確認出来ないが、財前さんが言う様に確かにシルエットがイッタンモメンとは違う様に見える。

 

 「予定変更だ、俺と日高、斬九郎はこの場に留まり小町ちゃん達の護衛を務める。カガヤキ、ヒビキ、トドロキは至急イブキの応援に行ってくれ、どうも奴は此方に近付いて来ている様だしな。」

 

 ザンキさんの指示により現役組三人でイブキさんの応援へと動く事になった、やれやれこの事態カッパの討伐へ向かう前に俺が言ってた事が案外現実に起こってるのかも知れないな。

 

 出来ればそんな事態にはなって欲しくは無いんだが、果たしてどうだろうな、あぁ面倒臭せぇ〜っ。

 



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語られるあの日  巻の撥

 

    駆

 

       跳

 

 イブキさんがイッタンモメンの討伐へと向かったダムの方角の上空に突如現れた、変異種だと思われるイッタンモメンだが、それは今妙な事に低空を舞いながら時に地面付近へと降下したりと不規則な動作を繰り返している。

 これは俺の推測ではあるが、向こうでは今もなお威吹鬼さんが奴に攻撃を加えていて、イッタンモメンの方もまた威吹鬼さんを迎撃しているんだろう。

 しかし飛行型の魔化魍には管による遠距離からの攻撃が有効な筈なんだが、それが決定打となっていないって事は。

 

 「あのイッタンモメンの外皮が厚くて、管による射撃の効果が薄いのかも知れないな。」

 

 どうやら輝鬼さんも俺と同じ答を導き出した様で、そう推論を口にしてみせると轟鬼さんが相槌を打つ。

 

 「そうか成る程な、おそらく輝鬼の言う通りなんだろう、なら一刻も早く威吹鬼さんと合流しないといけないな。」

 

 俺達の脚力なら現着まで一分と掛からないだろうけど、轟鬼さんの言う様に合流を急ぐに越した事は無いだろう。

 何より、あのイッタンモメンの変異種が徐々にだが此方の方へと向かって来ている様だし、そうなると小町達を巻き込む事態になるおそれがあるし、それは避けたい。

 

 「響鬼、さっきの今だけど紅はまだ行けそうかな。」

 

  懸けながら輝鬼さんが少し思案し俺に問いかける、まだまだ発展途上な俺は紅を維持できる時間も輝鬼さんの半分以下だしな。

 

 「そうっすね、さっき紅になってた時間は五分ちょいってところでしたから、もう少し位なら。」

 

 俺は一度紅に変身して、それを解いているからおそらくもう一度使うとすれば、その使用時間は十分ってどこだろう。

 そうなると使うタイミング、使い時ってのが重要になるし輝鬼さんの言う事は尤もだ。

 

 「うん、じゃあ響鬼にはなるだけ通常態でいてもらって、状況次第では紅を使ってくれるかな。」

 

 「うす、了解です。」

 

 ささっと輝鬼さんが現場での対応の方針を固め俺達はその案に従い動く事に了承し、現場へと駆ける。

 

 「なっ、おいアレ拙いんじゃないか、奴が此方へ向かって更に速度を上げているみたいだぞ。」

 

 轟鬼さんが空中のイッタンモメンの変異種を目視しながら注意を喚起する、彼我の相対距離が近づいているんだから対象物が次第に大きく視えてくるのは当然の事だが、轟鬼さんが言う様に急激にイッタンモメンの体躯が俺達の眼に大きく映り始めた。

 

 「て事はもしかさて、奴が威吹鬼さんを相手取るより距離を取って射程外に逃れようとしているのかも知れないっすね。」

 

 「そうだね、だったらもうこれ以上は前進させちゃいけないね二人共急ごう。」

 

 「ああ勿論。」「うす。」

 

 俺の推察を受けて輝鬼さんはチラリと一度後方を振り向く、野営地との距離を確認した上で現着を急ごうと促したんだろう。

 現在の野営地から俺達との距離がおおよそ四百メールを越えた位だろうか、相手の攻撃力や攻撃範囲が如何ほどのものかとか、移動範囲とかが不明だからなここで迎え撃って迎撃とか出来ないだろう。

 なら、少しでも野営地との距離が離れていた方が安全ってモノだ。

 

 五百メートル、六百メートルと十秒弱で更に俺達はイッタンモメンへと接近するが、奴の方も此方へと近付いて来ている為にもう互いの距離は後極僅か。

 近付くに連れてハッキリとしたイッタンモメンの変異種の姿が視認出来た、その姿はまるでイッタンモメンがその身のいたる所に装甲を纏っているかの様な見た目をしている。

 まぁこりゃ確かにこの外殻をい穿くのは骨が折れるだろうな。

 

 「くっ、此処らが限界かッ。」

 

 轟鬼さんが忌々しげにそう呟き疾走るのを止める、それに倣い俺と輝鬼さんも足を止めイッタンモメンを見上げる。

 

 「ですね、仕方が無い轟鬼さん此処で奴を迎え撃ちましょう、響鬼も何時でもいけるように。」

 

 「ああ!」「はい!」

 

 輝鬼さんの号令の元に俺達は其々の音撃武器を手にし迎撃体制を取り構える、輝鬼さんをセンターに左側に俺が右側に轟鬼さんが各自適度に距離を取り横一列に並びたつ。

 

 「はァァーっ………」

 

 其処で直ぐ様輝鬼さんはグッと全身に力と気合を込め始める、同時にその身から深紅の炎が立ち上り輝鬼さんを包み込む、早期決着を図るべく初手から『紅』を発動するって訳だな。

 

 「……たぁーッ!」

 

 身を包む炎を振り払い輝鬼さんの紅が顕現する、その色合いは俺の紅とは違い頭部の二本の角や身体を守る装甲部や縁取りの色が金色っぽい色合いでゴージャスで強そうな感じが溢れ出している。

 

 因みにだが、俺の紅は先代の響鬼である仁志さんの紅とほぼ変わらない銀色をしている、まぁ銀色ってのも格好良いと俺は思っているけど。

 何てっても銀色ってのは『いぶし銀』とかこう渋く輝く的な雰囲気とか風格とかってそんな事に思考を割り振ってる場合じゃないな。

 

 「よし響鬼、先ずは僕達で烈火弾を撃ってみよう!」

 

 「はい、輝鬼さん!」

 

 先ずはと輝鬼さんが俺に指示を出してくれる、俺も其れがこの場合の最適解だと思うし輝鬼さんの案に否はない。烈火弾を放つ事に拠る先制攻撃が奴の前進を阻む為の牽制を兼ねるって訳だ。

 もう奴との距離は百メートルを切っただろう、そしてその向こう側からは此方へと駆け付けるべく疾走りくる威吹鬼さんの姿も確認出来た。

 

 俺は更に左側へと十メールほど走り輝鬼さんとの距離を離す、この場合一塊りになって一点に集中攻撃を加えるよりも散開しての範囲攻撃を行った方が奴の行動の選択肢を狭められるかと考えたからだ。

 多分だが俺達の攻撃のタイミングに併せて威吹鬼さんも管による射撃を行ってくれるだろうとの考えも当然ある。

 

 「よしっ、今だ響鬼ッ!」

 

 「はい輝鬼さんッ!」

 

 二人同時に構え、そして放つ。

 

    劫  

        炎 

 

 二対四発の火炎の弾丸がイッタンモメンの変異種へと向かい高速でかっ飛んで行く。因みに輝鬼さんの烈火弾は俺のそれよりも一回り程大きいサイズだ。

 そして流石ベテラン、俺達の射出とほぼ時を同じくして威吹鬼さんもまた音撃管・烈風による射撃を開始する。

 

     撃

 

         弾

 

 そして俺と輝鬼さんは連続で更に烈火弾を放つ、イッタンモメン視点で見て進行方向から放たれた烈火弾と烈風による連射を上昇下降左右旋回と不格好ながらも回避行動を行うが、全弾回避とかいかず多少被弾してはいるがさしたるダメージを与えられてはいない様だ。

 

 「クッ、予想はしてたけどこれは厄介っすねッ。」

 

 その現実に俺はウンザリ気分を思いっきり声音に出してぼやく、奴の硬い装甲が厄介だって事が行動を持って改めて理解出来たって訳であ〜ぁるぅ、と思わず若本節が出たとしても俺は悪くはない……筈だ。 

 

 「うん、あのイッタンモメンの体表の殆を守る様に取り巻く装甲っぽい外皮をどうにか攻略出来ればいいんだけどね。」

 

 俺のぼやきに輝鬼さんはそれを咎めるでも無く、今も飛び回る奴から目を離さずに答えると、轟鬼さんも奴に対しての自身の見解を呈示さてくれた。

 

 「だが、逆に言えば装甲に覆われていない部分を攻める事が出来れば奴を空から陥せるて事だよな。」

 

 確かに轟鬼さんの言う事は一理あると俺も思う、例えば装甲に覆われていない翼っぽい部分とか装甲と装甲の間とかに強攻撃を食らわせられればワンチャンな。

 

 しかし飛行型の魔化魍の装甲強化型か、まるでVF−25ア○マードメサ○アのファイター形態だな。

 名付けるなら、アーマード・イッタンかアーマード・モメンって所だろうか、知らんけど。

 閑話休題、だがまさかあの装甲部がパカッと開いてミサイル全弾発射の板○サーカス的な事とかやんないよね(フラグ?)

 

 「でも取り敢えずは、手数を減らさない様に俺達は烈火弾で牽制を続けてましょう、その内何か策を思い付くかも知れないなっすからね。」

 

 さしあたり今はどうするべきか思い浮かばないし、だからって思考にばっかり気を取られてても奴に行動の自由を与えるだけだし、ならばさっきみたいに手数である程度抑えとかなきゃ小町達の方へと向かわれちゃ元も子もないし。

 

 アーマードモメンに一ヶ所に留まらず疾走りながら音撃管による射撃を継続しつつ威吹鬼さんが俺達と合流し、輝鬼さんがその威吹鬼さんに今話して決めた当面の方針を説明しその提案に威吹鬼さんも此れを是とする。

 

 「悔しいけど俺には遠距離からの攻撃手段が無い、此処は威吹鬼さんと輝鬼と響鬼に任せてしまう事になるけど、よろしく頼む。」

 

 各々にアーマードモメンに対処しながらの手早い打ち合わせを終える間際に、轟鬼が口惜しさを滲ませた声音で対処を俺達に託してくれた。

 

 「はい、ですが奴を墜す事が出来ればその後は轟鬼さんの打撃力が必要ですから、その時に備えていて下さい。」

 

 その轟鬼さんの思いを受け、威吹鬼さんが代表し俺達の思いを轟鬼さんに伝えてくれた。確かに奴が墜ちれば轟鬼さんの打撃力と斬撃は効果絶大だ。

 

 

 

 

 「そこだっ!」

 

 駆けながら音撃管を構え射撃、タタタタン…タタタタタンッと小気味良い連射音を奏で射出される威吹鬼さんの鬼石。それを避けようと空を泳ぐアーマードモメンにその幾つかがヒットするも着弾せずに弾かれてしまう。

 お返しとばかりにアーマードモメンの方もまた翼っぽい部分をはためかせて突風を発生させたりだとか、長い尾ひれの様な部位を振り回して俺達を攻めたてる。

 

 「ハッ!」 「ハァーッ!」

 

 それを回避しつつ、足腰に溜めを作り振り上げた音撃棒から火炎弾を放つ俺と輝鬼さん、ゴォッと空気さえも焼き焦がしてしまいそうな音と熱量とを発しながらアーマードイッタンにその内の数発が着弾するも、奴の外皮をほんの少し焦げ跡を付ける程度に終る。

 しかしだからと言って今はその手を止める訳にはいかない、奴を墜す為の策を練り上げるまでは。

 

 音撃管での射撃の連射、音撃棒からの烈火弾の連打を繰り返す事数ターン。

 その時、それは狙い澄ました一撃ってわけでは無く偶然、俺が放った烈火弾の内の一発がアーマードモメンの右翼の先端付近に着弾し、奴の巨大な体躯をぐらつかせ。

 

 「やったかっ!?」

 

 現状手持ち無沙汰な轟鬼さんは、いよいよ自分の出番かと期待を込めてそう口にするが、おそらくまだ決定打とはならないだろう。

 

 「いえ、まだです。」

 

 輝鬼さんが直ぐ様に逸る轟鬼さんの気持ちを抑えるべく答える。

 

 「そうっすね、けどまぁやっぱり装甲に覆われていない部分への攻撃が有効だって事は証明されたって訳っすね、っと破ぁッ!」

 

 俺も輝鬼さんの言に肯定しつつ奴に烈火弾を放ち、向かって来ると回避行動を取ったりと忙しなく動く。

 

 「破ッ!うん、奴が飛翔する為に必要な翼の部分は流石にあまり硬い外皮で覆い過ぎると可動にも支障をきたしてしまうだろうからね、それは出来なかったんだろう。」 

 

 「だけど輝鬼、それでも通常のイッタンモメンよりも奴の翼は硬いみたいなんだよ、さっきから幾つか僕の疾風による鬼石の弾丸は翼に当たったけど徹らなかったしね、おっとッ。」

 

 輝鬼さんと威吹鬼さんも俺と同様に奴へと攻撃を加えながら、同時に奴の攻撃を回避しつつ手早く打ち合わせる。

 

 「ええ、でしたら威吹鬼さん、威吹鬼さんには響鬼と奴に対する囮役をお願いします、その隙に僕が奴を落とします。そうすれば威吹鬼さんと轟鬼さんの出番ですからよろしくお願いします。」

 

 「了解!」

 

 

 

 輝鬼さんの指示の下、俺と威吹鬼さんは件のアーマードモメンの前面へ、左右に別れて奴への囮として対処に当たる。やつ視点から見て前方斜め左側に俺が位置取り、反対側前方斜め右側には威吹鬼さんが。

 

 「破ぁッ!ヤァーッ!」

 

 烈火弾を放ちつつたまに口部を開いては、射程距離が足りず奴に届く事が無いと解っていながらわざと攻撃に鬼火を混ぜる。まぁ、これは嫌がらせのヘイト集めを兼ねての攻撃で、まぁ言うなればヘイヘイ俺にはこんな技もあるんだぜ!ってな具合にデモンストレーションしているに過ぎないんだが。

 まぁしかしコレが功奏したのかは知らんが、アーマードモメンイッタンはそのヘイトを俺へと向け急降下爆弾プレスよろしく突進してくる。

 

 「ヨシ来たぁッ!輝鬼さん今っすよね!」

 

 そしてこれこそが、輝鬼さんが思案し希んでいた絶好の機会な筈だろうと、勝手にだがこの状況を見取り俺はそう判断し声に出して輝鬼さんに確認を取る。

 輝鬼さんからの返答は無かった、だが返答に代わるかの様に輝鬼さんはグッと力をその身に貯め込む様に軽く前傾姿勢を取り膝を沈ませ少し肘を曲げて両腕を左右に開く。

 それはほんの瞬間的な動作で、一種の後に輝鬼さんは紅の身体能力の限りを尽くして疾風の如きスピードで疾走りはじめる、同時に両手に構えた音撃棒に鬼力を込めて炎の刃を生み出す。

 

 俺へと向かい高空より降下してくるアーマードモメンと、その後方から両手に炎の刃を構え疾風の様に駆け抜ける青い閃光と化した輝鬼さんがそれを追う。

 

 そして……………。

 

 「とりゃーッ!」

 

 気合の掛け声を発して輝鬼さんが大地をその脚で力強く蹴り上げ、飛翔と形容するのが相応しいってほど美しく大空へと舞い飛ぶ。

 当然ながら俺へと目掛けてイッタンモメン装甲強化型が降下突進している訳だからその高度は低くなり、逆に空へと跳躍する輝鬼さんは自身の身体能力の限界値へと到達するまでは上昇している訳だから、自然その位置関係は逆転し輝鬼さんが奴の上を取れる形が出来上がる。 

 

 「そう簡単にやられるかってぇのッ!」

 

 降下し迫りくるアーマードモメンを、俺はなるだけ自分へと引き付けてからタイミングを見計らって右方向へと側方回避。

 叩くべき対象物である俺を討てずに空振ってしまったアーマードモメンは再度高空からの攻撃を加えようとでも考えてか、直ぐに上昇飛行へと移ろうとしていたが。

 

 「ハァーッ、トリャーッ!!」

 

 しかしお次はこの時を狙い澄ましていた輝鬼さんが奴に対して、上方からの攻撃を放つ番だ。

 

 「ヤァーーッ!!」

 

 地上から大凡百メートル弱、輝鬼さんの跳躍力の最高到達高度より落下速度が加わった斬撃がイッタンモメンの左翼根元付近へと叩き付けられる。

 ザックリと斬り裂かれるアーマードイッタンの左翼部のつけ根、その八割程が縦に裂かれる。

 何とも形容のしがたい鳴き声を放ち奴が低空で飛行バランスを崩しフラフラと体躯を揺らす。

 その殊勲をあげた輝鬼さんは素早く着地を決めると、今にも墜ちていこうとする奴がを扇見る。その先には轟鬼さんが待ち構えている。

 

 「ヨシ、今度こそやったか!?」

 

 次第に高度を落とし墜落寸前の奴の前方に位置取る轟鬼さんがグッと右手の拳を握って声高に確認する。

 その轟鬼さんの思いは此処に居る俺達全員の思いを実質代弁したモノであり、当然俺もそう思っているってかそう確信しているし威吹鬼さんと輝鬼さんもそれは同様で、皆一様に頷きあう。

 

 

 見る見るうちに高度を落とし、数十メートル程を不格好に滑空した後奴の正面に一度っていた轟鬼さんは自らの音撃弦を斬撃モードへと展開させ大上段に構える。

 

 「行くぞ!」

 

 墜落して来るイッタンモメン装甲強化型に対して駄目押しの一撃を加える為の動作で、轟鬼さんの膂力とまるでカウンターを自ら打たれに行くかの様な状態にある奴に対して極まれば威力絶大間違い無しだ、が。

 

 「なっ……何だ!?」

 

 威吹鬼さんの口から漏れ出た呟きはそれは俺も感じたモノだ、しかもそれは俺がさっき脳内で適当に考えていた事が現実に現れたんだから驚きも一入だ。

 

 「アーマーが展開した!?」

 

 奴の身を覆う装甲の一部がパカッとミサイルランチャーポッドの発射態勢を取るかの様に開かれた。

 

 「オイオイまさか嘘だろッ!」

 

 イッタンモメンの奴マジで板○サーカスやるんじゃないだろうな、と鬼面の下で俺は額や背筋に冷たい雫が滴る思いを味わう。

 

 「チィッ、やらせるかよッ!」

 

 どうか俺の思い過ごしであってくれよと、そう願いながら俺は墜落してゆく奴を追い駆け出す。

 もしも本当に奴が何かを射出するのなら轟鬼さんもだが、その先にはみんなが居る野営地が在る。

 仁志さんやザンキさんってベテランの元鬼だった二人が着いているとは云え、こうなっちゃ何が起こるか予測もつかない。

 

 「はぁーーーッ………」

 

 疾走りつつ俺は体内に鬼力を漲らせる、再度紅蓮の業火が俺の身を包み膨れ上がり、そして。

 

 「たァーッ!」

 

 その炎を払い捨て、その残滓と共に再度現出する俺の紅。

 紅に変じた事により更に底上げされた脚力を総動員しアーマードモメンを追い疾走る。疾走りながら先の輝鬼さん同様俺も音撃棒へと鬼力を込めて炎の刃を形成する。

 

 「響鬼!よし僕もッ」

 

 装甲強化型イッタンモメンの左翼に多大なダメージを与え、華麗に着地を決めた輝鬼さんも体勢を調えると直ぐに駆け出し。

 

 「セィッ!」

 

 俺と輝鬼さんは共に跳躍し墜ちてゆくイッタンモメンの体躯を飛び越えて轟鬼さんが待ち構える前方に着地する。

 

 「ッ、轟鬼さん!」

 

 「ああ、奴が何かをやろうとしているんだろうが、そうはさせないさ行くぞ!」

 

 着地するや間髪入れずに後方へと追いやったアーマードイッタンの方へと向き直りつつ輝鬼さんが轟鬼さんへと呼び掛けると、委細承知と轟鬼さんはそれに応えると烈雷を構え駆け出し俺達もそれに続く。

 

 「待ってて下さい威吹鬼さん、今俺が奴の外殻を斬りますから其処に威吹鬼さんの鬼石を撃ち込んで下さい!」

 

 俺たちから見て現在前方左手方向からイッタンモメンの正面へと回り込んで来ようと動き始めた威吹鬼さんへ、轟鬼さんは力強く請け負って見せる。

 

 「ええ頼みます轟鬼さん!」

 

 威吹鬼さんも音撃管・烈風を構え何時でも攻撃を放てる様に準備しつつ答える。

 

 「響鬼、僕達はあの展開している装甲部の対処に当たるよ!」

 

 「はい輝鬼さん!」 

 

 そして俺と輝鬼さんは奴の両翼付近の何某かやらかそうと展開した装甲部へと対応すべく両手に烈火剣を構え駆け出す、もうこの場はみんなが居る野営地にもかなり近い位置だし、もし奴に何かやらかされたら小町達に被害が行くかも知れない。

 そんな事態にならない様に俺達が此処で食い止めなきゃな。

 



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語られるあの日  巻の玖

 

 「まぁ、そんな感じで俺達はイッタンモメン強化型を地面に叩き落とす事が出来て、一気に止めの音撃を食らわせて清める事に成功したって訳だな。そうだな敢えて春日部の五歳児風に言えば、デメタシデメタシってところだな。」

 

 雪ノ下と由比ヶ浜に俺が鬼だと知られた日の、その一連の流れを一色に話し終えた俺は、そう言ってこの話を締めるのだった。の筈だったのだが、はて。

 

 「……………………」

 

 プクッと頬をまるで小さなハムスターの様に膨らませ、如何にも”怒ってますよ“感も露に無言で俺を睨むあざとい仕草が似合う女子は誰?

 

 そう、私ではありません。まぁそりゃ当然ですな、端っから女子って言ってるしね俺。

 しかし一色のそんな眼差しと表情に何とも居心地の悪さを感じてしまい、俺も一色を真似てジッと視線を合わせてみたら、あら不思議。一色さんってばビクッとその身を小さくブルッと震わせやがりました。

 目を合わせるだけでそこまでの反応を示されるとか、そんなに怖いのかよと此処に地味に傷つく俺ガイルんだが、その辺考慮を願いたいんですが言っても無駄無駄なんだよな。無駄無駄、無駄なんだから無駄なんだよ。

 

 「何、お前そんな目で睨んでんだよ。」

 

 まぁだがしかし、それは兎も角として、疑問をそのままにせず解消するってのは別の話だ。なので俺は一色にそう問うと。

 

 「むぅ!わからないんですか?」

 

 と、更にふくれっ面を作って俺を睨む一色なんだが、そんな行為などそれこそ無駄なんだよ、ただ可愛いだけで迫力なんかありゃしないんだよなぁ……」

 

 ん……どうしたんだ一色のヤツ今度は急に下を向いてプルプル震え出しやがって、心なし顔とか耳とか赤くなってるが、はて?

 と、一色の様子の変化に疑問符を浮かべる俺の隣からバシッ!とテーブルを叩く音が響いたかと思えば間髪入れず、カチャッ、ガタっと折り畳み椅子が床の上を踊る音が聞こえソチラを無理向けば。

 

 「なっ、ななななっ、ヒッキーイキナリ何言っちゃってんのさ、いろはちゃんの事カワイイいとか急に言い出すなんてマジあり得ないし!」

 

 若干言葉を詰まらせつつも、プンスコと怒り顔で俺を指弾する由比ヶ浜の姿が其処にはあった。てか何で俺がちょっとだけ一色の事を可愛いと思ってしまった事を由比ヶ浜が知ってるんだよ、と疑問に思う俺はどんな表情をしているのだろうか。

 

 「はぁ……全くもう、貴方と言う人はまた。由比ヶ浜さんの指摘について何故なんだって思っているのでしょうけれど、それは簡単な話よ比企谷君。」

 

 すると其処へ、呆れましたと言わんばかりに、もうすっかりお約束と化した感もある雪ノ下が頭痛いなポーズと共に、俺のクエスチョンな疑問にアンサーな答えをプレゼンテーションな提示をしてくれる様だ。

 ………何だこれは、何だか妙に頭の悪い人文章が頭の中から浮かんできたんだが。はて、何か悪いものでも食べたんだろうか?

 

 「いつもの如く貴方の考えている事が、その締りの悪い口から言語として飛び出しているのよ。」

 

 「マジかよ。」

 

 はい。そんな事だろうと思いましたよ、我ながら、このパッキンとボルトが緩んで潤滑オイルがダダ漏れになってる様な、口と思考をもうちょっとどうにかしたいとは思っているんだがな。思って入るんだが、しかしコレが中々上手く行かないのは何故なんだろう。ってかよくよく考えてみれば潤滑オイルが漏れ出てしまっちゃ、シリンダーもピストンと焼き付いてしまうだろうから自然壊れて動かなくなる筈なんだが、それを口に当てはめれば当然口が動かなくなる筈だよな………はて?

 

 「ええ、マジよ。ついでに言わせてもらうけれど比企谷君、貴方一色さんばかりに可愛いだなんて褒めそやしているけれど、ならば私や由比ヶ浜さんにも何か言わなければならないのではないかしら?」

 

 済まし顔で淡々と俺にそう告げる雪ノ下ではあったが、その言葉を綴る頃には艷やかな長い黒髪に隠れていて微かに見える綺麗な形をした両耳と白磁を思わせる肌理細かな頬がほんのりと紅を差している。

 その表情はお世辞なんぞ、明後日の方向に放り投げ捨ててしまい使わなくとも可愛いと思うが、俺はもうソレを口にはしない。八幡は学習する子だからな!おそらく。

 

 「そっ!そうだよヒッキー!私達にも何か言う事あるよね!!」

 

 語彙力に問題があり、その為に自分の考えを上手く言語として纏める事が苦手な、若干アホの子が入っているが、困っている人に優しく手を差し伸べる事が出来る暖かな心根を持っている由比ヶ浜が、若干幼く見える表情と比してアンバランスな、

胸部の豊かな実りをた揺らせながら俺に詰め寄る。うん、とても眼福ですありがたや、だがソレも口にはしないし、其処に視線をロックもしない。惜しむ心を押し殺して万乳引力に逆らう八幡は、応用する子だからな。

 

 「まあまあ、雪乃ちゃんもガハマちゃんも今は取り敢えずソッチ方面の話は後のお楽しみとして置いとこうよ。」

 

 「うむ、そうだな。陽乃の言う通りだよ二人共、その方が後々面白い事になるだろう。」

 

 学習や応用が出来るかは取り敢えず一旦置いて、何かご機嫌斜めな雪ノ下と由比ヶ浜を年長者として宥めている様でいて実はそうでは無く、単に面白い事は後に取っておいてとかものごっつ不穏当な発言をしているんですが、この人達には自重と言う事を覚えて欲しいものだ。そしていい加減本題に戻って欲しいと切に願い、それを俺は切り出す。

 

 「イヤイヤ、お二人さん!貴女方が言うお楽しみだの面白い事だのってのは、俺的にはちっとも面白く無い事態に陥るって事が目に見えているですけどね。特に雪ノ下さんの表情見てるとそれが目茶苦茶如実に現れてますよ!てか、今疑問なのは何で一色が急にプンスカし始めたかってのが俺的疑問点なんだが。」

 

 そう、切り出してみたんだが、平塚と雪ノ下さんは俺の顔を三秒程顔見したかと思うと、二人揃ってめっちゃ深い溜め息を吐くと、再度俺に目を向ける。その目に語っている、君って本当に残念な子だよねと。

 

 「フフフ、はいはい。まあ私と静ちゃんの事に付いては、後で詳しくお話し合いをするとして。ヒビキ君ってばさぁ、一色ちゃんの事本気で言ってる?」

 

 「へっ!?」

 

 はて、本気で言ってんのと聞かれたらハイそうですがとしか答えようが無い訳で、だから俺は今の雪ノ下さんの問い掛けに対して些か間抜けに、へっ!?何て言ってしまったんだが。

 

 「ハァ……もう、本当にしょうが無い子だよ君は。ねぇ静ちゃんヒビキ君ってば解ってないみたいだからさ、悪いけど静ちゃんから説明してあげてくれる?」

 

 俺の顔をのマジマジと残念なモノを見るような目で見て、雪ノ下さんは深い、それはもう深い溜息をひとつ吐くと、隣の平塚先生へと語り掛ける。平塚先生は雪ノ下さんの言葉に頷くと、平塚先生もまた雪ノ下さんと同様に俺に憐れむ様な表情を寄越しながら口を開いた。

 

 「あのなあ比企谷、私は陽乃に連れられ君達の話を途中から聴き始めたのだから、君が話を此処でお開きにすると言っても仕方無しと了承するのも吝かではないがね。しかし一色は事のはじめから君達の話を聴いていたのだろう。ならば最後の最後である、クライマックスに差し掛かった所でそんな、打ち切りエンドの様に雑に纏められては肩透かしにも程があろう。例えるならば、二ページ見開きで海をバックに空へと続く岩の坂道を駆け上る後ろ姿に、未完の文字で無理やり締め括った様なものだぞ。」

 

 平塚先生のお言葉に一色はコクコクと首を縦に振り頷きながら『ですです!』と返事をしながら、だから私は不満なんですよ気付いてくださいそれくらいとでも言いたげに、俺をキッと睨む。いや何か話が長くなったからいい加減皆飽きた頃だと思って締め括ろうとしたんだが、成る程な、そう云う事だったのね。まぁ一色がそう思ってんなら話を続けるか、しかし。

 

 「一体俺は何坂を登りはじめたんだよ、てか平塚先生、何気に貴女何時代の人ですか?」

 

 其処だけは一応突っ込んでおく。

 

 

 

 

 

 

 俺達の連携により強化型イッタンモメンは翼付近を傷付けられて墜落したが、まだ体力の方は余っている様で地に陥ちながらもバタバタとその巨体をバウンドさせ暴れ回る。

 両肩付近の装甲をミサイル・ポッドの開閉蓋の様に開いて、今にもミサイル的な何かを射出しようとしている事が見て取れるイッタンモメンに俺と輝鬼さんとで左右から駆け寄って、それに対処する。

 

 「させるかってのッ!ハァッ…セイッ!」

 

 「空中からなら兎も角、堕ちた状態からじゃそれは悪手だよッ!ハアーッ!!」

 

 俺は両手に装備した音撃棒に炎を宿してミサイル・ポッド?に目掛けて射出し、輝鬼さんは鬼面の口部を開いて鬼火を放つ。バタバタと暴れるアーマードイッタンだが、俺と輝鬼さんの攻撃はそれでも上手い事イッタンモメンのミサイル・ポッドに着弾し、ミサイルの射出を未然に防ぐ事に成功した。成功したのは良いんだが、しかし。

 

 「うおッ!?」

 

 「おっと!」

 

 攻撃の為に放たれる事の敵わなかったミサイル的な何かが、詰まっていた事によりイッタンモメンのミサイル・ポッド内部でそれが暴発した形になったのか、イッタンモメンの肩部と両翼が辺りに盛大に残骸を散らして爆発により吹き飛んだ。

 しかし火薬とか爆薬とかよりは威力は低いんだろうけど、周囲に飛び散るイッタンモメンの残骸は俺達鬼なら当たったとしても大したダメージを受けないだろうが、一般の人に当たろうものなら下手すりゃ大怪我を負ってしまうだろう。

 まぁ幸いなのは皆が居る野営地から、この現場までが二百メートル位離れているから飛び散ったイッタンモメンの残骸も其処までは飛んで行っていないって事だ。

 

 「何のッ!!」

 

 「させないよ!」

 

 轟鬼さんと威吹鬼さんも自分へと向かい飛んでくる残骸を、烈雷と烈風を用いて迎撃しほぼノーダメージで撃ち落としている。二人共流石はベテラン、俺も先輩方を見習い残骸を回避しつつ数度二本の烈火を振るいうちおとし、遂に残骸の飛散も終わる。

 魔化魍に、イッタンモメンに痛覚があるのか痛みを感じているのかは知らんけど、両翼を失ったイッタンモメンはその場で痙攣しているのかピクンビクンとその身を小さく撥ねさせる。ただ小さくとは言えどもそれは体躯の大きさと比しての事で、イッタンモメンはかなり大型の魔化魍故にその撥ね上がり方も結構なものである。

 

 「ヨシ!今のでイッタンモメンももう大した攻撃手段は残って無いだろう。轟鬼さん輝鬼、響鬼、みんなで呼吸を併せて同時に音撃を叩き込もう!」

 

 しかし、その様子を見留た威吹鬼さんはイッタンモメンの状態から判断して、そう俺達に告げる。

 

 「了解です威吹鬼さん!しかしその前に俺が!」

 

 威吹鬼さんの指示にいち早く轟鬼さんが頷いて返事を返すと、烈雷をグッと力強く構えてイッタンモメンを睨めつけると。十メートルほど助走をつけて大きくジャンプし、空中から大上段に構えた烈雷を落下の勢いを加えて振り下ろす。

 

 「セイリャぁッ!!」

 

 掛け声一閃。轟鬼さんが振り下ろした烈雷の刃はイッタンモメンの馬鹿みたいに硬い頭部の装甲を、深くザックリと斬り裂いた。マジ何時見てもおっそろしい膂力してるよな。流石は関東支部一の怪力無双の鬼の異名は伊達じゃない。

 そして、この轟鬼さんの一撃にイッタンモメンの体躯の痙攣による撥ね上がりも緩やかに収まる。

 

 「よぉっし!威吹鬼さん此処に鬼石を撃ち込んで下さい!」

 

 「解りました轟鬼さん!感謝しますよ!」

 

 威吹鬼さんは轟鬼さんに返事を返すと、直ぐ様音撃管・烈風に鬼石を込めると、轟鬼さんがイッタンモメンの傷口から離れたタイミングでそれを射出する。

 

 ダダッ、ダダッ、ダダッっと射出音を響かせて放たれる威吹鬼さんの鬼石が、イッタンモメンの傷口にバッチリとめり込むと、少しだけイッタンモメンの巨体がピクリと小さな痙攣反応をみせた。

 

 「ヨシ、此れで威吹鬼さんの音撃が使えますね!次は俺達だ、輝鬼、響鬼着くべき場所は解るな!?」

 

 それを見届けて、轟鬼さんが威吹鬼さんに、次いで輝鬼さんと俺に声を掛ける。

 

 「はい、轟鬼さん!僕は右翼側に着きますから轟鬼さんは左翼側をお願いします!」

 

 「解った。そっちは輝鬼に任せるぞ!」

 

 ベテラン二人は状況を的確に読んで即興で自らが取り付く位置を決めて簡潔に打ち合わせると、その場へと駆け出した。

 駈けながら輝鬼さんは俺の方に顔を向けると軽く頷いて、新米で不慣れな俺に指示を出してくれた。

 

 「それから響鬼はイッタンモメンの背中に乗って、其処から音撃を放つんだ、いいね!?」

 

 だが、しかし。

 

 「えっ……俺が。」

 

 イッタンモメンの背に乗り、其処に俺が音撃を叩き込む。それは言うなれば止めの一撃は俺に託すって事であり、その事に一抹の不安が俺の中に過ぎる。本当にそれで良いのだろうかと、その役目は輝鬼さんが担う方が良いのでは無かろうかと。

 

 だが、輝鬼さんが、俺を鍛えてくれた師匠である輝鬼さんが俺にそれを任す事に不安を感じて無いって事が、輝鬼さんの声音から俺に伝わったてくる。なら。

 

 「はいッ、解りました輝鬼さん。タイミングは威吹鬼さんな併せればいいんですよね!」

 

 なら、俺が此処で不安を感じる必要は無いと、意を決して輝鬼さんにされを伝えて同時に問う。

 

 「ああ!そうだよ響鬼。」

 

 俺の問い掛けに答えながら輝鬼さんは翼の弾け飛んだ右翼の傷口に爆裂火炎鼓を取り付ける。

 

 「響鬼、お前は三種の音撃の協奏は初めてだろうけど大丈夫だ。俺達が一緒に付いてるんだから何も問題無い。セぇイッ!」

 

 始めての経験に幾許かの不安を感じる俺を轟鬼さんは励ましてくれながら、逆手に持った音撃弦・烈雷の刃を右翼と同じく弾け飛んだ左翼の傷口に射し込む。

 

 「うす!解りました。俺やってみます。」

 

 俺の決意の返事に先輩方三鬼が力強く頷いてくれた。中学時代のコミュ下手ボッチの俺に今はこんなにも頼り甲斐がある、気持ちのいい人達が着いていてくれる。その事実が俺をちょっとだけ強くしてくれたってあの日カガヤキさんと仁志さんに出会う前の俺に話したとしても、あの頃の捻ガキだった俺はきっと信じ無いだろうな。

 だが、現実は小説より奇なりとは言ったもので。なんて感慨はコレくらいにしておこう。

 

 「たぁーッ!」

 

 俺はその場から助走も付けずにイッタンモメン目掛けて跳躍すると、十分に足場を確保できるくらいにデカいイッタンモメンの背部に着地。足場を確認し俺は腰帯から爆裂火炎鼓を取り外して、装甲の様に硬いイッタンモメンの背に取り付けた。

 

 「皆さん、此方も準備完了です。何時でもどうそ!」

 

 既に各々準備が完了しスタンバっている三人に俺は声を掛けると、異口同音三人からの了解の返答が返ってくる。

 

 「よし!行くよ。音撃射・疾風一閃!」

 

 俺の返事に応えたのは、この合奏の音頭を取る威吹鬼さんだ。威吹鬼さんは鬼面の口部を開放して烈風を構えて技の名を口にする。

 

 高らかに響き渡る音撃管・疾風から放たれる音撃の疾風の波動がイッタンモメンの体躯にめり込んだ鬼石が反応し、イッタンモメンの体躯がそれに反応してグラつく。

 

 「おっ……っ。」

 

 イッタンモメンの背部でグラつき揺れるが、俺は何とか体勢を崩さずに踏ん張る。イッタンモメンの体内に威吹鬼さんの清めの音が浸透している証、それを確認し次いで轟鬼さんが構え動き出す。

 

 「音撃斬・雷電激震!!」

 

 「ハッ!セイッ!」

 

 轟鬼さんが烈雷の弦を爪弾く毎にギャァァンと、ともすればノイジーにも雷鳴の様にも聴こえる弦の音色が響き轟き、イッタンモメンの体内を駆け巡る。それを受けて次に動くのは俺の師匠、輝鬼さんだ。

 

 「音撃打・爆裂真紅の型!」

 

 気合の声と共に大きく掲げた二本の音撃棒を、輝鬼さんがイッタンモメンに取り付けた爆裂火炎鼓に目掛けて力強く振り下ろす。

 

 「はっ!たぁーッ!」

 

 力の籠もった重低音の鼓の音色が質量を持って大気を圧迫するかの様に響く、ドンッ、ドコドンッと何度も繰り返し。

 三種の鬼の三種の清めの音がイッタンモメンの巨体を前方と左右の三方向から駆け巡る。

 

 駆け巡り。響き渡り。そして臨界が迫る。

 

 イッタンモメンの体躯に三つの音撃が混ざり合い融合する、そして三人は此処が頃合いと測り同時に音撃を止める。イッタンモメンの前方に陣取る威吹鬼さんが俺へと頷く。

 

 「はぁーっ……音撃打・灼熱真紅の型ッ!」

 

 それこそが、威吹鬼さんからの俺への合図であり、俺は音撃棒を構えて技の名を口にする。俺の身のうちにある全ての力を両手に込めて、イッタンモメンの背部に取り付けた爆裂火炎鼓に打ち付けた。

 爆裂火炎鼓を打つダンッ、と云う打撃音が二つ重なり辺りにその音が響き渡る。その音を合図として威吹鬼さん、輝鬼さん、轟鬼さんが音撃の構えを解いてイッタンモメンから離れて行く。

 

 「ッ……そりぁッ!」

 

 俺もそれに倣い両手に音撃棒を携えたままイッタンモメンの背部から再度脚力だけで飛びあがり、イッタンモメンから二十メートル程離れた位置に片膝を着けて着地する。

 その体勢から俺が立ち上がり、両手の音撃棒を腰帯へと収納したと同時に、イッタンモメンの巨体にみんなで放った音撃が満ち渡り、ヤツは粉々に爆裂四散し自然界の塵へと帰って行った。

 

 「ふぅ………もう、終わったんだよな。」

 

 イッタンモメンの消滅を確認し、俺は顔だけ変身を解いてからシミジミと呟いた。

 長かった。トドロキさんとカガヤキさんが当たったバケガニから始まり、俺と仁志さんで当たったカッパに最後はイブキさんの応援にみんなで掛かった強化型のイッタンモメンと、まるで仕組まれたかの様にこの一体に集中して顕れた魔化魍達の討伐行。

 

 これで本当に今日はもう終わったんだよなと、俺は何だか疑心暗鬼な気分がどうにも拭えない。

 イブキさんもトドロキさんもカガヤキさんも皆顔だけ変身を解いて、この日の苦労を労い合っている。

 先輩方のその姿を何とはなしに眺めていて、俺は漸く終わりなんだと云う実感が少しずつ湧いて来る。

 

 「おーいヒビキ!お前も良くやったぞ。お疲れ様ぁ!」

 

 トドロキさんを先頭にイブキさんとカガヤキさんが俺の方に手を振りながら駆け寄って来る。

 

 「はい!ありがとうございますトドロキさん。カガヤキさんとイブキさんもお疲れ様でした。」

 

 三人が俺の下へと駆け寄ってくれたので、俺もトドロキさんに御礼の言葉とカガヤキさんとイブキさんに労いの言葉を贈る。

 

 「うん。お疲れだったねヒビキ、良くやったよ。最後のタイミングもバッチリだったよ。」

 

 「うん、イブキさんの言う通りだよヒビキ。初めての合奏で上出来だったよ。」

 

 するとイブキさんとカガヤキさんが揃ってさっきの俺の音撃を高く評価してくれ、更に二人共に俺の腕をポンポンと軽く叩きながら微笑んでくれた。

 

 「ハイ!ありがとうございましたカガヤキさん、イブキさんも最後の合図のお陰で俺もタイミングを取れました。」

 

 「いや、どういたしましてだよヒビキ。後輩の指導を行うのも先輩の役目だからね。」

 

 俺が礼を述べるとイブキさんはサムズアップで応えてくれた。

 

 「そう言う事だよヒビキ。若手に経験を積ませ、それを見守るのが僕らの役目だよ。仁志さんが僕を鍛えてくれた様に、何時かはヒビキだって次に続く若手を鍛えてあげなきゃね。」

 

 カガヤキさんがイブキさんに続いて俺にそう言葉を掛けてくれた。仁志さんから受け継いだ、敬礼的ポーズを決めて。俺はそれに黙って頷ずき、二人の言葉を脳内デ反芻する。

 遥か昔から、受け継がれてきた鬼の力と音撃。仁志さんからカガヤキさんへ、そしてカガヤキさんから俺へと。そしてカガヤキさんが言う様に何時かは俺も。

 

 「………はい。」

 

 まぁ、先の事は今の俺には解らんけど、何時か俺もベテランの域に達した時には、俺が受継いだものを。

 しかし、如何せん俺はあまり人付き合いが得意じゃないからな。果たしてどうなるやらと思わんでも無いが、それでも。

 

 「うん。それじゃ皆のところへ戻ろうか。」

 

 俺が返事を返すと、カガヤキさんが呼び掛けて俺達は野営地へと引き返す。さて、魔化魍の討伐は終わったけど、問題は雪ノ下や由比ヶ浜に知られたって事だよな。俺としてはあまり二人を此方側に引き込みたく無いからな、てかその前に二人が鬼である俺を受け入れてくれるかって問題もあるんだが。どうしたもんかなぁ………

 



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語られるあの日  巻の拾

 

 このいい加減長過ぎた利◯川山渓大量同時多発魔化魍討伐行も一件の落着を迎え、俺達は野営地に設えたテントの中で順番に着替えを済ませて、まぁ最後に着替えたのは俺なんだがな。こう言った場合の年功序列はわりと大事、所謂処世術ってやつだな。尤も、先輩方はそんな事はお構い無く俺に最初に着替える様に促してくれたんだが、それだと何となくだが俺の居心地が悪そうなので其処は辞退して先輩方に譲ったって訳だ、悪かったな。所詮俺は、社畜な両親の血を引いた小市民だよ。と閑話休題、着替えを終えて表へと出た俺を待っていたのは…………

 そんな俺達を迎えたのは“パシンッと、柔らかな肉を叩く鈍い音の響きだった。咄嗟に俺は音のした方向に目を向けて状況を確認した。

 そして俺の視界に入ってきたものは、それはザンキさんによって頬を平手で叩かれ俯いている雪ノ下さんの姿だった。

 

 「なっ!?ちょっザンキさん!何してんすかッ!!」

 

 あまりの事に俺は若干興奮気味に声を荒げて飛び出してザンキさんと雪ノ下さんの間に立ち塞がる。何故ザンキさんがそんな行動に出たのかは解らないが、かなり昔に引退したとは言っても鬼だった人が一般人に平手とかあんまり過ぎるだろう。

 

 

 

 

 

 

 「えっ……それって本当ですか、先輩?」

 

 淡々として事実をありのままに雪ノ下さんが話すと、一色が唖然とした表情と声音で問い返してくる。それに俺と由比ヶ浜と雪ノ下は頷き、雪ノ下さんがザンキさんに平手を食らった事が真実だと肯定する、なーわすると。

 

 「そ、そっ!いやぁホントにさぁ一色ちゃん、我ながら若気の至りってヤツだよねぇ。もう叶う事ならあの時に戻って私自身、自分の頭を引っ叩いてやりたいくらいだよ。」

 

 さも何でも無いとばかりにアッケラカンと、雪ノ下さんは当時のザンキさん、現在は斬鬼の名を財前さんに譲った事により本名を名乗る、財津原さんに引っ叩かれた事を一色と平塚先生に自ら語ったからだ。

 

 「ええ本当よ一色さん。けれどアレは明らかに姉さんの方にに問題があったのだから、いえどんなに贔屓目に見ても悪いのは姉さんなのだから、あれは謂わば自業自得と云うものだったのよ。私でって、そうね叶うならば、大きくて幅広のハリセンか、樹齢三千年の一位樫で造られた警策でも用いて姉さんを力いっぱい叩きたいと思ったものよ。」

 

 十八番(おはこ)の頭痛いのゼスチャーをかましジトッとした冷めた目を雪ノ下さんに向けながら、雪ノ下は此処ぞとばかりに攻め立てる。相当溜まってたんだな雪ノ下、今のセリフからも雪ノ下が姉に散々振り回されてるって事が察せられるわ。

 しかしさり気なくネタをぶっ込んでいる辺り雪ノ下の心には、あの頃と違って姉に対しての隔意はもう存在して無いんだろうな。

 因みに雪ノ下が言った『警策』ってのはアレだ。座禅を組んで修行している人をお坊さんがペシッと肩を叩く時に使う棒状のヤツの事を言うんだよ。コレ豆な。

 

 「うん。あたしもそう思うよ、いろはちゃん。だってあの時の陽乃さんってばさ、財津原さんに事情説明する様に言われたて答えて謝ったのはいいんだけどさ、その後がねぇ何かちょっとテヘペロってやってて巫山戯てたっぽい感じだったしね。でもさ、あの時ヒッキーが直ぐに陽乃さんを庇って財津原さんの前に飛び出して間に入ったんだよね。あの時のヒッキーすっごく男らしくてカッコ良かったよ!」

 

 雪ノ下さんに対し僅かばかりの非難的な視線を向けて、由比ヶ浜が雪ノ下の言葉に同意する。雪ノ下さんは由比ヶ浜の言葉を受けて、今まさにリアタイで『テヘペロ』をかましやがった!いやまぁ、俺的にはもう随分と前の事だし構いやしないんだがな。今話を聞いたばかりの一色と平塚先生からすると、どんなもんだろうな。

 てかそれよりも、由比ヶ浜が雪ノ下さんから俺へと向き直ってから、若干頬を赤らめてやたらと俺をアゲて来るんだが、勘違いしそうになるから、そう言う仕草は止めて頂きたいものだ。お前はそんなに俺を勝算のない戦場へと送り込みたいのか。

 

 「えっ、でもですよ。それでも女の子の頬をぶつなんて酷いんじゃないですか!」

 

 確かに俺もあの時、ザンキさんが陽乃さんを引っ叩いた時はちょっと理由が解らず憤慨したが、やっぱり同性である一色としても女性に手をあげるって事は、許されざる大罪に等しく感じるんだろうか。

 

 「あははっ、いやぁ一色ちゃんってば見た目からして計算高いあざとい娘ちゃん系のちゃっかりさんタイプの娘だと思ってたけど、案外気持の優しい娘だったんだねぇ。流石は一色警部の娘さんだね。ありがとうお姉さん嬉しいぞ!」

 

 一色相手にウインクカマして礼を言う雪ノ下さんだが、あざといだの、計算高いだの思われ言われて一色も何やら微妙な表情をしている。うんまぁそらそうなるわな。

 そして雪ノ下さんは、そんな事は何でも無いとばかりに、にゃははと笑い飛ばして続ける。

 

 「でもねぇ、アレは全面的に私に非があった事だしさ。財津原さんが私を咎めるのも致し方無し、なんだよ一色ちゃん。」

 

 しかし今の発言からも見て取れるんだよな。雪ノ下さんの心構えやあり様が、あの日から大きく変わったって事がな。それはきっと雪ノ下さんも俺と同じ様に猛士のみんなと触れ合って、多分たが、心に抱え込んでいた闇的な何かから解き放たれたのかも知れないな。知らんけど。

 

 

 

 

 

 

 ザンキさんと雪ノ下さんの間に入り俺は何故なのか自分でもよく解らない憤りを感じ、その気持ちを露にザンキさんを睨む。いや、俺は本当は理解しているんだと思う。

 カガヤキさん仁志さんとの出会いからこの方、俺は猛士に所属する人達にとても良くしてもらっている。暖かく、時に厳しく俺を導いてくれた猛士の人達。猛士のみんなに共通する為人、それはみなさんが基本的にコレでもかってくらいにお人好しな人達の集まりだって事だ。

 だってそうだろう。皆出会いや経緯はそれぞれだが、人知れず、人々の日常を守る為に、魔化魍何て化け物と戦う道を選び厳しい修行と戦いの日々を送ってんだ。ザンキさんだってそうだったんだ、人の世の日常を守る為に若い頃から鬼として魔化魍と戦って、戦って。大怪我を負ってまで戦って、なのにそんなザンキさんが女性に手を挙げるなんて。

 俺は、あいにく俺も鬼に姿を変えられるとは言ってもまだ人間を辞めた訳じゃ無い、であるからして残念な事に自分の表情や顔色を自分の目で見る事が出来無いが、きっとこの時俺はもしかするとザンキさんから見て、ものすごく居た堪れない思いを喚起させられる様な表情をしていたのかも知れない。だからそんな俺の表情を見て取ったザンキさんは。

 

 「………すまないな、嫌な思いをさせてしまったなヒビキ。安心してくれとは言わないがな、もうこれ以上俺は彼女に手を挙げないよ。」

 

 俺の肩に右手を置いて、謝罪の言葉を掛けてくれた。そしてザンキさんは確りと俺の目を見つめて自らの思いを述懐する。

 

 「なあヒビキ、どうにも俺は古い考えの人間でな。今日この場を預かった身としても、そして一人の人間としても今日の彼女の行いを、ただで許す事が良い事だとはどうしても思えなくてな。勿論、当然それは彼女自身にとってもな。」

 

 ザンキさんは真摯に俺に向き合って俺に伝えてくれる。強く鋭い眼光に、厳しさと優しさ或いは慈しみとでも言おうか、そんな思いをのせて俺と雪ノ下さんに向けて。しかし。

 

 「……それは、ザンキさんの言わんとする事は俺にも理解は出来るつもりです。けど、ですけどザンキさん!だからって女の人に手を出すのを俺は良い事だとは思えないんすけどね。」

 

 何だろうか、その言葉と表情からも、ザンキさんの思いは確りと俺にも伝わったているんだが、そしてもし俺がザンキさんの立場だったとしても、きっとザンキさんと同じ行動に出た可能性も高いだろうと言う事も解っているのに。

 

 「そうだな。お前は何も間違っていないよヒビキ。ただなコレだけは理解してくれ、今回彼女の好奇心から何も知らされないままに、小町ちゃんやお前の友人達が魔化魍と行き遭ってしまったんだぞ。しかもその内の一人は、お前も知っているだろうが、彼女の妹なんだろう。」

 

 「はい。」

 

 「彼女は自分の幼く無責任な欲求を満たす為に、そんな人達を巻き込んだんだ。幸い、日高とお前が間に合ったから最悪の事態は免れたが、一歩間違っていたら彼女達の内の誰か、或いは全員が魔化魍の犠牲になっていたかも知れないんだぞ。」

 

 「っ……それは、そうかも知れないっすけど。」

 

 「彼女がその事を知ってか、それとも知らずに小町ちゃん達を巻き込んだんだのかは知らないが、いや此処へ来る為には警察による道路封鎖を越えて来てるんだ。彼女が魔化魍の存在は知らなかったとしても、その先には何らかの危険があると想像する事は容易いんじゃないか。」

 

 ザンキさんの言葉の正しさに俺は返す言葉を見つけ出せず、押し黙るしか出来無い。雪ノ下さん達がこの場へと辿り着くには警察の道路封鎖を越えなければならず、それが出来る者は俺達猛士に所属しているメンバーと警察の魔化魍対策班の人達たげだ。

 その条件を勘案してみるに、出てくる答えは一つ。雪ノ下さんは道路封鎖を担当している警察官に猛士関係者だと虚偽報告を行ったものだと推察出来る。と言う事は。

 

 「それは十分に刑法に抵触する行為だろう。そうなってしまうと其処の彼女に何らかの処罰が下るだろう事は言うに及ばずだが、加えて俺達猛士と言う組織は勿論の事、その他一体どれ程の範囲に影響が出るだろうな。」

 

 そう言う事だよな、雪ノ下さんはそれだけの事をやらかしたんだよ。

 

 「だが猛士としてはな、事をそこまで表沙汰にはしたくない面もあるんだよ。打算的な事を言えば、雪ノ下家が我々猛士に協力してくれる事になって、千葉県方面のネットワークも拡充出来たしな。」

 

 確かに雪ノ下家は千葉をメインに関東地方の建設土木工事請け負っている関係から、ザンキさんが言う様に大きなネットワークがあるんだろうな。まぁだからそう言った事を踏まえるに、最終的には雪ノ下さん達は猛士の関係者として扱い、警察には事実は告げず、今日の事は有耶無耶にし後日改めて猛士上層の方で何らかのペナルティを雪ノ下さんに与えるとか、その辺が落とし所って事で済ますのがベターな選択か。

 ザンキさんさんの言葉を受けて俺はそんな考えをつらつらと口に出して呟くと『ああ、そんなところだろうな』とザンキさんが、そう応えてくれた。そしてザンキさんは俺の後ろの雪ノ下さんに目を向けて、今度は彼女に。

 

 「しかし俺はなお嬢さん、今回の君の様に誤った行動を取ってしまった年少者を叱り糺す事は、年長者の役割だと思っている。俺達鬼が(いにしえ)よりずっと伝えられた鬼としての役割や技や心構えを学んだものを次代へと伝える様にな。場合によっては、女性に手を挙げる事は許され無い行為だと承知したうえでな。」

 

 少し柔らかな眼差しを向け、ザンキさんは自身の想いを伝える。そこで一旦言葉を区切り、雪ノ下さんから自分の右手に視線を移しザンキさんはその掌をまるで痛ましそうにジッと一睨みすると、もう一度に雪ノ下さんに視線を戻した。

 そうなんだな。やっぱりザンキさん自身も、本当は女性に手を上げるなんて事やりたくは無かったんだ。

 

 「……………」

 

 雪ノ下さんも、どうやら今のザンキさんの様子からその気持ちを察したのか、無言ではあるが左の頬を掌で抑えつつも、その顔を挙げてザンキさんをしんけんな眼差しで見つめ返している。

 ほんの暫しの間俺を間に挟んで二人は視線を交わし合うが、其処にはさっきまでの緊迫感は無かった。雪ノ下さんはおそらくザンキさんの言葉からその真意を知り、己の行動を省みているのかも知れない。

 そしてそれは俺も同様だった。ザンキさんの想いを斟酌出来ず感情のままに動いてしまい、女性に暴力を振るったと言う表層的な事象だけを見て非難してしまった。全くな、鬼として独り立ち出来たっても、まだまだ俺はケツの青いガキだって事を知らしめられたって気分だわ。やっぱり猛士に所属している人達はみんな、底抜けにお人好し揃いなんだって改めてそう思う俺ガイル。

 

 「もう随分昔に現役を終えたとは言っても、俺も元は鬼だった身だ。大きく手加減をしたが、それでも痛かっただろう。すまなかったなお嬢さん。」

 

 もう既にその表情から厳しさの欠片をも残さない、いや寧ろ慈しみさえ感じられる穏やかな表情をしてザンキさんが雪ノ下さんに頭を下げて謝罪の言葉を述べるが、対して雪ノ下さんは一瞬呆けた様な意外とでも言いたげな表情を見せた。かと思うとザンキさんから顔を背けて僅かに頬を染め。

 

 「……………ええ。いえ。」

 

 何やら言い淀む様に、ポツリと一言呟いた。もしかして、やっちゃいましたかザンキさん。雪ノ下さんのこの仕草からすると多分。そして更にザンキさんはダメ押しの一言を雪ノ下さんに投げ掛ける。

 

 「だがな。もしヒビキと日高が君達を救えなかったとしたら、今頃君はその痛みすら感じる事は出来なかったんだぞ。そしてヒビキはたった一人の妹の小町ちゃんを永久に失っていたかも知れないんだ。そうなってしまった場合の、ヒビキやご両親の心の痛みと悲しみは一体どれ程のものになるんだろうな。そう言った事も踏まえて、お嬢さん、どうかもう一度自分自身を見つめ直してくれないか。」

 

 気持ちを引き締めて、力強く真摯な眼差しで雪ノ下さんを見据えて。

そして雪ノ下さんも抑えていた左の頬から手を外して、ザンキさんを確りと見据えて『はい』と返事を返した。それはきっと雪ノ下さんにも、ザンキさんの思いが確かに伝わった証だと、俺は確信する。いやそうだよね?そうであって欲しいんだが、どうだろうな。

 

 「みなしゃ……みなさんお疲れ様です。コーヒーを淹れたっすから、みなさん撤収前にちょっと小休止なんてどうっすか?」

 

 そのタイミングで、話は一応の終わったと空気を読んでだろうが、財前さんが言葉を噛みながらも休息を勧めてくれた。この緊張感漲る場の空気が変わった事を察知して、か?

 まぁその声がタイミングの良い合図となったんだろうな、みんなもコーヒーが置かれたテーブルの周りに集い始める。ザンキさんも俺の肩にの手を置くと『折角だから頂こう。お嬢さん達も』と促してくれ、ここに集った全員で財前さんが待つテーブルへと向かった。その道すがら、なんて程の距離でも無いが、仁志さんがザンキさんの側へと歩み寄り語り掛ける。

 

 「すいませんザンキさん。何だかザンキさん一人に嫌な役を押し付けてしまいましたね。ありがとうございます。」

 

 軽く頭を下げて、仁志さんはザンキさんに謝辞を告げる。その仁志さんの表情は何時もの人好きのする快活さが鳴りを潜めている。確かに仁志さんが言う通り、俺達はザンキさんに嫌な役を任せっきりにしていたんだろうな。

 

 「いや、気にするな日高。人には向き不向きってのがあるんだ。今回の件に関しては俺が適任だった、まあ適材適所って事だな。それに人手が足りなかったとは言え、今回は引退したお前にも出張ってもらったんだ。こんな役割を担う事くらい、何て事もないよ。」

 

 「ははは、それこそ気にしないで下さいよ。鬼を引退したとは言っても鍛える事を辞めた訳じゃ無いですからね。今回の様な事が今後も起こらないとは限らないですし、これからヒビキに続いく斬九郎や他の若い連中の事も、見なきゃいけませんからね。」

 

 この場を預かる年長者の二人、俺達後進にとっても関東支部に所属するほとんど全ての鬼にとって、謂わば精神的支柱でありまとめ役とも言える二人。カガヤキさんとその弟子である俺やトドロキさんとその弟子である財前さんの様にそれぞれに正式な師弟で、基本の育成はその師弟間で行うものだが、それ以外にも仁志さんやザンキさんの他にも多くの先達から、コレまたそれぞれに肉体面や精神面でのアドバイスを受けている。

 そうやって歴代の猛士って組織と鬼達は長い歴史の中を連綿と役割を全うして来たんだな。そして今も、ザンキさんや仁志さんの様に鬼の役割を引退した後もこうして。改めてその事を認識し直した俺は。

 

 「ザンキさんッ………すいませんでした!」

 

 サッと頭を下げてザンキさんへ謝罪する。ビジネスマナーとしての謝罪の言葉ならば此処は『申し訳ありませんでした』と言うところなんだろうが、今俺が口にした言葉はビジネスとしてでは無く、俺のザンキさんへ対する素の思いと一個人としての感謝の念も込めている。だからとて、まぁそれが正解かどうかは知らんけど。

 謝罪の言葉を伝え俺は下げていた頭を上げて、ザンキさんの目を正面から見据える。するとザンキさんは何が可笑しかったのか、フッと微笑むと静かに口を開き優しく俺に言葉を掛けてくれた。

 

 「ふっ、何を謝るんだヒビキ。お前は何も悪い事をした訳じゃ無いだろう。」

 

 悪い事をした訳じゃ無いとザンキさんは言うけれど、しかし俺はザンキさんの真意も知らず、大人として抱えている責任の重さにも気付かずに食って掛かる様な真似をしてしまったんだ。それはそんな責任のある立場の人に、高々十代の小僧っ子の底の浅い正義感や価値観の押し付けをやってしまった訳で、十分に謝罪をする理由足り得ると俺は、そう思うんだが。しかし。

 

 「だが、そうだな。それじゃお前の気が済まないと思うんだったら、俺にも見せてくれよ。これからも鬼としても一人の人間としても成長して行くお前の姿をなヒビキ。」

 

 俺の肩に手を置くと、ザンキさんはそんな熱い言葉を掛けてくれた。本当にな、何て大きな人なんだよこの人は。そんな事を言われてしまっては、返す言葉は一つしか無いじゃありませんかね。

 

 「はい。ザンキさん!」

 

 決意を込めて俺はザンキさんに返事を返すと、無言で頷きフッと優しい微笑を浮かべてザンキさんは俺の肩に置いた手で二度、激励する様に軽く肩を叩いてくれた。

 

 「よし!固っ苦しい話は取り敢えず此処までにして、ゆっくりコーヒーでも飲みながら話でもしようか。小町ちゃんも、そっちの可愛いお二人さんもな。そうだなあ、普段のヒビキの様子や学校でのヒビキの事を俺達に教えてくれると嬉しいな。」

 

 パンッと両掌を合わせて叩いて仁志さんが砕けた調子でそう言うと、その場の雰囲気が緩やかに塗り替えられる。恰もそれは張り詰めていた緊張感から解きほぐされて行く様に穏やかに、先程のザンキさんの言葉じゃ無いがコレもある意味適材適所って事なのかもな。だが。

 

 「うん!それは良い考えですね仁志さん。僕も普段のヒビキの事をもっと知りたいですしね。いつの間にこんな可愛い娘達と仲良くなったのか、詳しく聞かなきゃですね。」

 

 「同感だね。カガヤキに続いてヒビキまで、こんな事になってるなんてね。やっぱり弟子は師に似るって言葉は本当だったんだね。」

 

 「そうですね。中学生の頃のヒビキは友達が出来無いって言ってましたけど、高校に入学した途端これですからね。けどヒビキ、お前はまだ未成年なんだし、ちゃんと節度を持って彼女達と付き合うんだぞ。」

 

 仁志さんを皮切りとして、カガヤキさんにイブキさんとトドロキさんが次々と俺達を弄り始める。特にトドロキさんの言葉などは、勘違いなんて光年単位でレベルを通り越しているんじゃ無かろうか。おかけで雪ノ下と由比ヶ浜が顔を真っ赤に染め上げて、お怒りモードに突入しているじゃありませんかねぇ!コレはもうアレだな、小一時間程じっくりと俺達の関係を理解してもらえるまで話し合いをするべきだな。

 



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語られるあの日  巻の余話

謹賀新年

明けましておめでとうございます。今年も宜しくお願い致します。


 

 「とまぁ、こんな感じで俺は雪ノ下と由比ヶ浜と小町のお陰で、みんなに面白可笑しく弄ばれ辱めを受けたと云う訳だ。」

 

 あの後、現場からの撤収を前にみんなで僅かな時間だが語らいの時間を持ったんだが、その時間ってのは要するに俺の普段の言動についての暴露大会の様なモノだった訳だったりする。小町と由比ヶ浜と雪ノ下が揃って俺の事を上げて上げて、メッチャ上げたかと思えば下げてくれたりなんかするもんだから、猛士のみんなからの生暖かい眼差しや微笑が俺達に注がれて、マジに俺は恥ずか死しそうになった。イヤ八幡ってばもうお婿に行けない心にされてしまったわ。

 

 「あら、何を言っているのかしら比企谷君。弄んだなどと言われるなんてとても不本意なのだけれど、あの日私達が猛士の皆さんに話した内容に嘘偽りなど、何一つ無かったでしょう。貴方と私達の出会いからの日々を私達は伝えて、小町さんによる追加と補足が事細かになされただけの事よ。」

 

 「そうだよヒッキー。あたしもゆきのんも、ちゃんとヒッキーと出会った日からあった事しか話してないじゃん。ヒッキーのカッコいいところも、ちょっと残念なところもさ、それ聞いて日高さん達も喜んでくれてたし。ねっ、ゆきのん!」

 

 「ええ。」

 

 流石に一年も付き合っていると、連携プレーも磨きが掛かるものなんだろうな。一分の隙もなく理路整然と筋道たてて語る雪ノ下と、語彙には乏しいが多感な感情を露わに語る由比ヶ浜。それは互いの足りない部分を補い合う様な関係と言えば良いのか、はたまた真逆の二人だからこそウマが合うデコボココンビとでも評せばいいのか………まぁ二人の特徴の一部としてデコボコってのは間違った表現では「あーっ!ヒッキーってば、まぁた変な妄想してるでしょうッ!!」ちっ!?何故解ったんだよ由比ヶ浜。

 

 「女子は男子が思っている以上に男子の視線に敏感なんだからね!」

 

 制服の胸元を両手で隠す由比ヶ浜だが、その努力も虚しく彼女の両手では事足りず隠しきれてはいない。

 

 「……………」

 

 その由比ヶ浜の左隣の雪ノ下もまた自分の胸元を見つめながら、両手の掌をペタリと自分で触れて確認している。雪ノ下、持って産まれて来たものはどう足掻いてもしょうが無いところもあるんだぞ、人生に於いて全ての者が満ち足りる何てのは幻想だ。人は自らが持っているモノを創意工夫してブラッシュアップして行くものなんだぞ。多分、知らんけどな。とは内心に言うものの、平塚先生と雪ノ下さんも中々に素晴らしいモノをお持ちだし、雪ノ下も辛いんだろうな。

 

 「何か言いたそうな顔をしているわね比企谷。」

 

 ジトッと殺気をはらんだ様な目を俺に向ける雪ノ下が、冷え冷えとした声で俺にそう言ってくる。それはある種の趣味がある者には、ご褒美になるのかもと思える程の力の籠った眼力だ。

 

 「まぁ、何だ。強く生きような雪ノ下。お互いな………」

 

 少しばかりたじろぎつつも、俺は雪ノ下に対し傷を舐め合う様な言葉を送る。俺も生まれつきのこの腐っただとか評される目のおかけで、コンプレックスや黒歴史は山程抱えている身だしな。まぁそれもカガヤキさんと仁志さんに出会って猛士に入るまでだったけど。うん、人との出会いってのは大事なんだよな。本当に。きっとそれを俺と雪ノ下と由比ヶ浜と一色も、そして雪ノ下さんも実感として感じているだろうな。

 そう思いつつ、俺は雪ノ下妹から雪ノ下姉へと視線を向かわせつつ再び回想の海に乗り、航海に向かう。

 

 

 

 この場に集ったみんなによる俺の弄くりタイムも終え、俺達は撤収すべく片付けを始める。テントや簡易テーブルをはじめとした機材を折りたたんでは猛士ブランドの背負子(バックパック)へと積み込んで担げる様にし、飲食物のゴミなどはビニールゴミ袋へと投入と帰還準備画調った頃に。

 

 「あの……比企谷君。」

 

 「あのね、ヒッキー……」

 

 少し躊躇いがちな声音で俺を呼び止める雪ノ下と由比ヶ浜。その声に俺は二人を見やると、真剣な眼差を二人は向けている。さっき迄楽しげに小町と共にカガヤキさん達に俺の事を話していた二人のガラリと変わった雰囲気に、俺はさてどうした事かと疑問を抱く。

 

 「あの、比企谷君。正直に言うと貴方の事を知って、私も由比ヶ浜さんも戸惑っているの。」

 

 俯きつつ、ゆっくりと自分の気持を口にする雪ノ下。そして由比ヶ浜も普段の彼女らしい朗らかさが鳴りを潜めた様子で、雪ノ下に続く。

 

 「うん。ヒッキーが私達が知らない所で、みんなを守ってあんな怪物をやっつけてたなんてさ。本当にビックリしちゃったよ。」

 

 「………そうか、スマンかったな二人共。驚かせただろうし、怖かっただろう。」

 

 俺だって、初めての魔化魍ってかツチグモの童子と姫と遭遇した時は肝が潰れる思いを味わったし、二人の気持ちはよく解る。だからもし彼女達がその恐怖から俺を否定したとしても、それは仕方の無い事だ。

 

 「そんな事は、いいえ驚いた事は事実ね。けれど貴方が私達に謝る必要なんて何処にも無いでしょう。むしろ私達は貴方や猛士の皆さんに感謝しなければならない立場よ。」

 

 「えっと。うん確かにさ、あのバケモノは怖いって思ったけど。でもバケモノと闘ってるヒッキーはカッコ良かったよ。だからあたしも、ありがとうって言わなきゃね。」

 

 「そうか。」

 

 しかし二人の口からは、そんな俺を否定する言葉など一言(いちごん)たりとも発せられる事は無く、それどころか感謝の思いを受け取った。

 

 「うん。ヒッキーが時々学校を休んだり早退していたのって、普段から今日みたいにバケモノ退治をしてたんだよね。ありがとうヒッキー、あたし達を守ってくれて。」

 

 「それでなのだけど比企谷君、私達に何か貴方のサポートが出来ないかしら?私も貴方や猛士の皆さんの様に、いえ何だったら私達も猛士に協力したいと思うのだけど。」

 

 正直俺はこの二人の言葉に何だか救われた様な気持を抱いていた。そして二人から猛士への協力まで申し出られたのだが。

 

 

 「ありがとう。雪ノ下も由比ヶ浜も……だが、その気持ちだけありがたく頂いておくわ。」

 

 俺としては、雪ノ下と由比ヶ浜をこちらの世界にあまり深入りさせたくないのが、正直な気持ちだ。だから俺はそう言ったんだが、どうも二人は納得がいかない様だった。

 仕方が無いなと、俺はカガヤキさんと仁志さんとの出会いの経緯を話すことにした。あの忌々しい黒歴史と言える、俺の告白の件から始まるクラスメイト達からの嘲笑や中傷。

 そんな事に嫌気が差して一人になって全部を捨て去りたいとまで思ってしまう程に、人間に絶望しかけていた事を。そんな時に出会ったカガヤキさんと仁志さん、そして猛士のみんな。

 危険な世界に身を置くからこそなのか、おおらかで暖かく、ささくれた俺の心を優しく包みこんでくれる様な懐の深い、そんな為人の人達が集った集団(そんな人達に囲まれて何時しか俺は、学校の連中との事なんぞ些細な事だと思える様になっていた)猛士ってのはそんな人達ばかりだけど、それでも多大な危険を伴う世界である事に変わりはないし、何が起こるのかは分かったモノじゃ無い。

 

 「だからまぁ、そんな訳でな。俺は正直に言って雪ノ下と由比ヶ浜と出会えた事を、悪く無いなと思っているんだ。だから俺は、出来ればお前達には俺の日常に居て欲しいって思っている。こんな事を生業にしている俺達鬼にとって、何気ない日常ってのが何物にも変えられない価値ある物みたいなモンなんだ。」

 

 人に自分の本心を正直に話すって行為に馴れてない事もあってだろうが、俺はあまりにもそれが照れ臭くて、ガシガシと頭を掻きながら言葉を結び斜に構えた状態から二人に目を向けた。

 

 「いやぁそっかぁ。じゃあヒッキーはあたし達と一緒に居る事が嬉しいんだ、えへへ。」

 

 「そうなのね。私達の存在が貴方の日常の、言わば象徴と言う事なのね。フフフ。」

 

 夏の日差しにも負けない、とびっきりの眩しい笑顔を二人は俺に向けてそんな事を言うが、誠に遺憾ながら俺にはそれを否定出来ない。誠に遺憾ながらな、大事な事なので二度言ってみた。何ならもう一度言っても良い程だが、クドくなりすぎるから自重する。

 

 「えっ……ああ、まぁ俺の一番は当然やっぱり小町だが、雪ノ下と由比ヶ浜もな。」

 

 「うわっ!我が兄ながら、それは無いわぁ。其処は結衣さんと雪乃さんだって言いなよ。全くこれだから

お兄ちゃんは………はぁ……」

 

 そしてお約束の小町のセリフ。

 

 

 

 

 

 

 〜雪ノ下陽乃〜

 

 思えば初めてだったな。母さん以外の人に頬を引っ叩かれるなんて。ザンキさん(今は財前君にその名を譲ったから財津原さんだけど)に打たれたあの時、全ての非は私にあるって事は理解していたけど少しだけザンキさんに反感を覚えた事は、あの頃の私の精神の未熟さの現れなんだろうけどね。

 だけど、私の目をしっかりと見据えて物事の道理を真摯に説いてくれたザンキさんに、私は責任を背負う大人の男性の厳しさと同時に不器用な優しさを感じてた。

 

 「お嬢さん少し良いだろうか?」

 

 撤収の準備を終えたザンキさんが私のところへと歩み寄り、静かな声音で私に声を掛けて来た。うわっ、何だろうまさに今思い出していた人から話し掛けられて、私ったら柄にも無くドキドキしちゃって心拍数が跳ね上がってるのが、自覚できる。

 

 「………はい。」

 

 急なお声がけに私は胸のドキドキを抑えられず、でも落ち着かなきゃと自分に言い聞かせながらゆっくりザンキさんへと顔を向けて、ザンキさんに返事を返したんだけど。

 先刻、今回の件の事情聴取を受けた時も思ったけど、この人スゴイ端正な顔立ちしているなって改めてそう思う。年齢はおそらく四十代だろうな、そして多分ウチの両親より少し歳下かな。何故かそんな事を私は考えてた。う〜ん、男性に対してこんな事を思うなんて初めてだな、私ってばどうしたんだろう。

 

 「さっきは申し訳無かったね。君を叩いた事は、常識的にも赦されざる行為だろう。しかも他所様のお宅のお嬢さんに手を上げたんだ。君がそれを赦せないのならば、法的に訴えてもらっても構わないよ。どんな刑罰でも受ける事は覚悟しているからね。」

 

 「まぁそうでなくとも、それに今回の件に付いては俺も何らかの責任を取らなければならないし、事によっては猛士から身を引くよ。」

 

 私が、これまでに感じた事の無い未経験な感情故なのか、どうにも自分でもままならない気持ちを持て余していると、ザンキさんは真摯な態度を崩す事なく謝罪の言葉を紡ぐ、そんなザンキさんの低音の声までもが心地良く感じちゃうなんて、参ったなぁこんな気持を初めてだよ。

 何て事を考えてた私だけど、改めてザンキさんの言葉を咀嚼してソレを理解するに連れ、自分の心が急速に凍えて行ってしまう。

 

 だって、私はそんな事なんてちっとも考えてなんていないんだもの。ザンキさんを訴えようなんて、そんな気持ち塵程にも。言うなればザンキさんは、今回の私の我儘による犠牲者でもあるんだから。だから私はザンキさんを訴えるなんてそんな事は否定しなきゃ。

 

 「いいえ……そんな。」

 

 けれど、常に私からは考えられない程に私の口からは上手く言葉が出てこず、何とか絞り出した言葉も何処か辿々しい。参ったなぁ、中学生の頃から両親に着いていった社交の場で研いた(みがいた)会話のスキルがまるで役にも立たいないよ

 それだけ、ザンキの決意とその言葉が私の心に重く伸し掛かっているのかな。

 

 「だか、これだけは分かってほしいんだが改めて言わせてもらうよ。あまり行き過ぎた好奇心は自分の身の破滅を招く事になるだろう。その事を踏まえて、これからの君の人生をより良い物としてくれるのなら俺としても嬉しいがね。」

 

 そんな状況に、更にザンキさんは私を思い遣る言葉を掛けてくれて。私は何時しか、自分の瞳から一雫の涙が流れ落ちるのを知覚する。

 参ったな、こりゃもう本当に参ったよ私。こんなのもうさ、本気になるしかないよね。

 

 「あの、ザンキさんでしたよね。どうか今日の事はお気になさらないで下さい。元を辿れば、明らかに非があるのは私なんですから。」

 

 ザンキさんの私に対する謝罪と責任を負うって決意だけど、そんな事してもらっちゃ困るよ。静ちゃん以外で初めて、私の中の闇に真正面から向き合ってくれた人なんだから。

 だから私は、これからの私を見ていて欲しいって心からそう思ったんだよ。その思いを込めて私は更に自分の思いをザンキさんに告げる。

 ああもう……何か、我ながらチョロいなぁ。

 

 

 雪ノ下さんがあの時を思い起こして僅かな自嘲気味に『我ながらチョロいよね』と結ぶ。そんな雪ノ下さんに女性陣からの生温い視線が向けられていて、俺は思わず。

 

 「まぁ、確かにチョロいですよね雪ノ下さんは。あの時雪ノ下と由比ヶ浜は気が付かなかったみたいだったけど、まぁ俺は密かに目の前でチョロインが爆誕する瞬間に立ち会うなんて、またとないイベントを愉しんでたがな。」

 

 そう言ってしまった。

 

 そして、沈黙と共に向けられる女性陣からの非難の篭った目線が一斉に俺に向けられ。

 

 「……うわぁ。今のはちょっと無いと思いますよ、せんぱい。」

 

 「本当に。まだ姉さんの話も終わっていないのに、そんな無粋な茶々を入れるなんて私も今の言葉は擁護出来ないわよ。」

 

 「そうだよね。そう言うところがヒッキーの悪いところなんだよ!」

 

 「うんうん。最近の君はちょっとお調子に乗り過ぎだとお姉さんも思うぞッ!コレはもう、年長者としてはしっかりと指導をしてあげなきゃいけないかな。」

 

 「比企谷。教師としての立場は置いてだね、流石に私も今の君の言葉は一人の女性として、とても擁護は出来ないな。済まないがね。」

 

 一色を皮切りに一斉に浴びせられる、ヤン艦隊のそれと比しても引けを取らない、俺に対する一点集中砲撃。それは物理的ダメージをも付与(あたえ)えられそうな御言葉の暴力か。てかマジにもう間もなく、俺の身に物理なダメージが現実のモノとして降り掛かりそうなんだが。どうか気の所為であって欲しいものだ…………

 

 

 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖いマジ怖い。女子怖い。

 

 「怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い…………」  

 

 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。女子マジ怖い。

 

 「ねっ……ねぇゆきのん、陽乃さん。これってさ、ちょっとやり過ぎたんじゃ………」

 

 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。女子マジ超怖い。

 

 「そうかもですね。せんぱいってば、さっきから”怖い“しか言ってませんし、しかもカチカチって歯がぶつかってるっぽい音もしてますよ。まあ私から見ても、雪ノ下先輩とはるさん先輩の迫力はハンパなかったですから。」

 

 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い…………

 

 「そっ……そうね。流石に私もやり過ぎてしまったと、今の比企谷君を見て反省しているところよ。」

 

 「あははは……う〜ん。こりゃ本当にやり過ぎたかなぁ。」

 

 怖い怖い怖い怖い怖い………

 

 「ふむ、コレはどうにかして比企谷の正気を取り戻させなければならない様だね。」

 

 怖い怖い怖い……

 

 「どうするのよ。静ちゃん!?」

 

 「君達世代はもう記憶も朧気だろうがね、昔のブラウン管テレビは電波の受信状態が悪い時は衝撃を与えることで直っていたんだよ。」

 

 「という訳で、ここは一つ。」

 

 はっ!?殺気!!

 

 何やら殺気を感じて自分の右側方に目を向けてみれば、右手を大きく振り上げた状態で手刀を構えた平塚先生が立っていたのだが。この人は一体俺に何をしようとしていたのだろうか。

 

 「なっ、その体勢から一体何をしようとしているのでせうかね。平塚先生……」

 

 ちょっと目に力を込めて、俺は平塚先生に疑問をぶつけてみると、今にも振り降ろそうとしていた様な手刀のやり場に困っているのか、その指がヒクヒクとしている。

 

 「ぬっ!?おお比企谷、どうやら正気を取り戻した様だね。いや良かったよ、うむ。」

 

 そして、取り繕った様に俺を気遣うような事を言うのだが、そのポーズが示しているモノは一つだろう。

 

 「……はぁ、もう一度聴きますが平塚先生。その振り上げた手刀で何をするつもりだったんすかね。」

 

 「いや、これはだね。ウチのテレビの調子が良くないのでね、帰ったら気合を入れてやろうと、練習を兼ねた素振りをだね。」

 

 「イヤイヤ、今時ブラウン管テレビも無いでしょうが、せめてもう少しマシな言い訳を考えて下さい。」

 

 テレビ放送がアナログからデジタルへと移行して、もう既にかなりの年月が経っているのにこの先生と来た日にはもう、ため息しか出ないわ俺。

 

 

 

 

 

 平塚先生の暴挙から既の所(すんでのところ)で回避出来て、ホッと一息。まぁザックリと一色と途中からの参戦だったが平塚先生へと説明も、ある程は度終わったと言えるだろうな。

 

 「成る程です。それが先輩達が鬼の存在とせんぱいが鬼だって事を知った経緯なんですね。理解しましたけど、ついでにぶっちゃけて聞きますけどはるさん先輩はどうして鬼の弟子になれたんですかね?はっきり言ってはるさん先輩のやらかしって普通に考えて、かなりヤバイ事ですよね。」

 

 其処には投下された一色からの、雪ノ下さんへの疑問。まぁ一色の疑問は尤もだろうな、あの時の雪ノ下さんのヤラカシは関係各所に多大な迷惑を掛けてしまう行為だしな。

 

 「まあ、うん。そうだね。あの後さ私達みんな、ヒビキ君達と一緒に支部長にその件も報告する為にたちばなに連行されてね。」

 

 そう。魔化魍の討伐を終えた俺達は雪ノ下さん達を伴いたちばなへと帰着すると、予め事の顛末をザンキさんと仁志さんが電話連絡で大まかに済ませておいた為、其処にはたちばなのメンバーの他に雪ノ下の両親もが俺達の帰還を迎えてくれたんだが其処で。

 

 「陽乃ッ!!」

 

 帰着早々にたちばなの暖簾をくぐって入店してきた雪ノ下さんの姿を見留た雪ノ下母が開口一番に雪ノ下さんの名を呼びながら彼女に掛けよると、バシーンと甲高い音をたてて雪ノ下母の平手が雪ノ下さんの頬を打ち据えた。

 

 「ッ………母さん……」

 

 「貴女という娘は、何と言う事をしでかしてッ!貴女は自分がしでかしてしまった事の大きさを自覚しているのですか!?」

 

 「ごめん……なさい……母さん、私は……」

 

 夏の夕暮れ時の時刻、事が事だけに早めに閉店したと思われる店内に娘を叱責する母親の声が響き渡る。

 きっと俺達よりも早くたちばなへと到着した雪ノ下夫妻は、おやっさんに謝罪をしていたんだろうな。

 雪ノ下さんを引っ叩いた雪ノ下母は雪ノ下さんの両手を掴み、涙ながらに説教をかます。

 

 「雪ノ下さん、落ち着いて。お嬢さんもザンキ君にしっかりと注意受けたでしょうから。取り敢えず、此処は一つ娘さんの話も聞いてみましょう。」

 

 「そうですよお母さん。娘さんも十分に反省していますから、ちょっと落ち着いて話をしましょう。」

 

 そして雪ノ下母がもう一度雪ノ下さんに手を上げようとしていたところを、おやっさんと仁志さんが押し留め聴取が始まる。

 

 

 

 

 

 「それでな、改めて別室でザンキさんと仁志さんが雪ノ下さん達を伴って、おやっさんへと報告を行っている場に、俺達は立ち合わなかったから其処での詳しい話は知らないんだよな。」

 

 ペットボトルのお茶を一口啜ってから俺は一色に、あの日の事後報告には関わらなかった事を告げると。

 

 「へぇ、そうなんですか。」

 

 何とも気の抜けた様な、或いは話に関心が薄れてしまったかの様な気のない返事で一色は相槌を打つんだが、元はと言えばお前が関心を持ったから俺達は長々と話を続けていたんだがな。全く『女心と秋の空』なんて言葉もあるが、一色のこの気の変わり様は秋の空に対してさえも失礼なレベルでの変わり様過ぎるんじゃないか。と一言二言苦言を呈したいところだ。まぁ、面倒臭いからやらないけどな。

 

 「うん。あたし達はヒッキーやカガヤキさんと一緒にお店で、日菜佳さんにお茶とお菓子をごちそうになって、話が終わるのを待ってたんだよね。ゆきのん。」

 

 「ええ、お出しして頂いたお茶もお茶請けも、とても上品な味わいで感動してしまったわ……あら、私とした事が由比ヶ浜さんのペースに乗せられてしまった様ね。」

 

 「もう!ゆきのん自分で乗って来たんじゃんッ!」

 

 それに、お茶請けだのお茶だのと言い出した所を見るに、由比ヶ浜と雪ノ下の二人も話に飽きが来ている様だしな。まぁ尤も話は、後はどういう形で雪ノ下さんが鬼になる道を選んだかと言う事くらいだし。もうこのまま時間まで雪ノ下と由比ヶ浜のゆるゆり展開を眺めてるのは俺的にも本も……と、そこは敢えて言うまい。

 

 「まぁ、ぶっちゃけ聞きますけど雪ノ下さん。結局あの後は雪ノ下さんのご両親と雪ノ下さんがおやっさんに謝罪して、警察や猛士本部や関係各所へは一部欺瞞工作をしての報告をって事で手打ちってところですかね。」

 

 ちょっとした簡単に推察して導いた自分なりの結論を俺は口にし、その解答を雪ノ下さんに求める。もう昼休みもの残り時間も少ないし、このお題も最終局面だしザッと纏めるにも当事者の雪ノ下さんの口から言ってもらうのが手っ取り早いからってな。

 

 「おっ!流石ヒビキ君だね。だいたいそれで合ってるよ。まあ欺瞞工作まではやってないけど。」

 

 俺のアイデンティティでありトレードマークのアホ毛を、ウリウリ、ツンツンともて遊びながら雪ノ下さんがお姉さんムーヴをかましながら宣う。だから、そう言うのは辞めていただきたいものだ。連動する様に凍える様な視線が俺に突き刺さってくるのだから。

 

 「ヒビキ君が言う様にさ、両親と私とであの時の件を支部長に謝罪するのと一緒にね、両親や支部長に日高さんと財津原さんにも、以前から私が抱え込んでいた精神的な闇の部分とかを素直に包み隠さず全部話したんだ。」

 

 それまでとは一転し、雪ノ下さんは穏やかな表情と声音で語ると、その様子を見ていた平塚先生が

 

 「………陽乃。」

 

 「ありがとう静ちゃん。静ちゃんはさ入学間もない(あのころ)から多分、何と無くだろうけど気が付いてくれてたよね、私の抱えてた鬱屈とかさ。」

 

 「ああ、まあ何と無くだがね。君は入学当初から、君が見せる表面的なモノの裏に隠れている陰をね。私が生活指導の役割を与えるている事もあるが、まあ私個人としても君のその様な陰の部分を解放昇華させてあげたいと常々思っていたんだが、私の力不足故にそれは叶わなかったのだが。」

 

 「ありがとう静ちゃん。私もね付き合ってみて静ちゃんがそんな人だって解ったからさ、だから私ってば結構初めっから静ちゃんには懐いてたんだよねぇ。」

 

 ふむ、二人の会話からも見て取れるが、互いにそれなりに信頼し合っているんだな。まぁ雪ノ下と由比ヶ浜の様にゆるゆり展開は期待出来ないだろうが。あぁ、いやこのふたりだと”ゆる“では無く“ガチ”になりそうだと思うのは俺の気の所為か?

 

 「うむ、だが結局は君の抱えていた陰を解き放ってくれたのは、猛士の皆さんやその財津原さんと言う方なのだろうな。はぁ、結局最後は良い殿方との出逢いが女の心を変えるかッ!嗚呼ッ、私も出逢いが欲しいッ!!」

 

 グッと拳を握りしめ切々と訴える平塚先生の言葉には、もうマジで切実な重い思いが溢れ出ている。この人の場合はなぁ、人格も見た目も良いのに性格があまりにも男前過ぎるんだよな。だが生徒としてはちょっとだけ願ってあげるとしようか、どうぞ平塚先生に良い出会いがあります様にと。

 

 「まぁ、平塚先生の魂の叫びはこの際置いといて、雪ノ下さんには話のまとめに入ってもらいたんですけどね。」

 

 『アハハそうだね』と雪ノ下さんは平塚先生に慈しみの目を向けつつ苦笑いで俺に応えると、少しわざとらしく咳払いを一つ。

 

 「両親と一緒に一通りの謝罪を済ませた後にね、改めて私から願い出たんだよ。」

 

 そして、雪ノ下さんはオチャラケた態度を引っ込めて真剣な面持ちで語り始める。

 

 「あの件はただ謝罪をした程度では赦されるものじゃ無いだろうってね。それはさ、関係各位に対してもだけど雪乃ちゃんやガハマちゃんと小町ちゃんに対してもね。」

 

 「だから、私はその償いをちゃんとした形として示すって意味も込めて願い出たんだよ。鬼としての修行を受けたいって、そして修行を終えて鬼として独り立ちした暁には、私もヒビキ君達と同じ様に世の中の人達の暮らしを護る役目に就きたいって。だからザンキさ、財津原さんに私を弟子にして下さいって。」

 

 成る程な、雪ノ下さんは財津原さんに弟子入りを願ったのか、それは俺も知らなかった。しかし当時もう既に財津原さんは、現役を退いて十年以上経っていたしな、その後雪ノ下さんがアワユキさんの弟子になってる事からも断られたんだろう。

 

 「でもね、財津原さんは言ったんだよ『生半可な覚悟では鬼の役目は務まらない』ってさ、そう言って断られたんだよ。」

 

 「まぁ、そりゃそうでしょうね。普通に考えても。」

 

 あの雪ノ下さんのヤラカシは自らの好奇心や悦楽の為に引き起こした様なモノだしな、それを知ってりゃ責任ある立場の人なら疑いの目で見られるのも当然だ。

 

 「うん。でも私として決意は本気だって事を知ってほしくて何度も頭を下げてお願いしたんだよね。それを見て支部長と日高さんも財津原さんに口添えしてくれて、財津原さんも折れてくれたんだ。」

 

 「だけど、ヒビキ君も知っての通り財津原さんほもうずっと前に現役引退してるからって事で、それなら同じ女性のアワユキさんの弟子にって事でどうかって、支部長に提案されたんだよ。」

 

 そう言う事だったのか、まさかおやっさんが雪ノ下さんをアワユキさんの弟子になる事を勧めたって訳だったのか。まぁ確かに雪ノ下さんも言った様に、財津原さんは引退して長い時が経っているし、ならば現役の人に師事するのが道理ってものだろう。しかし雪ノ下さん的には意中の財津原さんの弟子になりたかったんだろうな。

 

 「うん。でもさ、後日って言ってもその翌日なんだけど、支部長のはからいでアワユキさんとの面談の場を設けてもらってね。それでアワユキさんの人柄に触れて、ちょっと生意気かも知れないけど私、この女性(ひと)とならやっていけるかなってそんな印象を受けたんだよね。」

 

 「アワユキさんってヒビキ君も知ってるだろうけど、自他共に厳しい人だけどさ、でも本質は猛士メンバーの御多分に漏れず優しくて慈しみの深い人なんだよね。それにちょっとツンデレ属性も有って、可愛いんだよねぇ。」

 

 「そうっすね。良く知ってますよ俺も、アワユキさんのカガヤキさんに対する接し方とか見てても。」

 

 雪ノ下さんが言うアワユキさんツンデレキャラ発言に俺が同意しカガヤキさんの名を出すと、雪ノ下さんもニッコニコで首を縦に振って『だよねぇ!』と相槌を打つ。そして俺も、時々厳しいお言葉も頂戴する事もあるんだが、基本修行中に何かと気を遣ってもらってたし。その際にちょっとツンとしてるけど優しいお言葉も頂いて、俺はアワユキさんの事をちょっと意識していた時期もあったしんだよな。

 まぁ、アワユキさんの想い人が俺の師匠のカガヤキさんだって事は直ぐに察せたから俺も、アワユキさんに対してその気になって『黒の歴史をまた1ページ』と積み重ねる事にならずに済んだんだが。

 

 「さて、陽乃の現状を知る事も出来たし、比企谷と雪ノ下達との関係も良好だと確認も出来たし、私個人としても教職員としても正直安心したよ、猛士と言う組織の人達は本当に真っ当な人格を持った人達の集まりなのだな、陽乃。良かったな。」

 

 「フフ、早いものだな。もう今夏には君もとう二十歳になるのだな。陽乃、君が二十歳になった暁には共に盃を酌み交わそうではないか。」

 

 「うん。私も、やっぱり静ちゃんは私にとって、恩師って呼べる人だと改めて思えたよ。ありがとう静ちゃん。約束だよ静ちゃん、夏には一緒に飲みに行こうね!それからヒビキ君、これからも雪乃ちゃん達の事ヨロシクね!」

 

 少しばかり、何時ものちょっとオチャラケた調子の素の雪ノ下さんに戻して平塚先生に応え、そして俺にも雪ノ下さんはウインクを決めて、まるで雪ノ下達の事をを託すみたいに言うのだった。まぁ雪ノ下さんも千葉の姉であり俺とはシスコン仲間だからな。そして俺もこの奉仕部に席を置く部員なのだ。

 

 「うす。まぁ雪ノ下さんも半徹夜でお疲れでしょうから。ゆっくり休んで下さいよ。たしか、夜ふかしはお肌の敵とかって言葉もありましたしね。」

 

 彼女の依頼、しかと受けよえ。

 

 「アハハ、全く君のそのちょっと捻ねた、気遣いの言葉も変わらないねぇ。けどあんまり婉曲なセリフは相手に拠っては通じない事もあるんだから。たまには、ストレートな言葉で伝える事も大事だったりするんだぞ!って、まあ私が言えた事でも無いかな。」

 

 雪ノ下さんに不本意にも捻くれ認定を受けたのだが、心外である。何故なら俺ほど欲求に忠実な男も存在しないだろう。何せこの部室で俺は毎日の様に展開される雪ノ下と由比ヶ浜とのゆるゆり的スキンシップを眺めては北叟笑み、最近はその中に一色も加わってたシチュエーションを妄想したりと……何か今のって我ながら、キモ過ぎるな。

 

 「大丈夫よ姉さん。比企谷君のそう言った為人は私も由比ヶ浜さんも承知しているのだから。その辺りはこれから確りと矯正して行くわ、ねえ由比ヶ浜さん。」

 

 「うん!もちろんだよゆきのん。ヒッキーの事はあたし達がちゃんと面倒見てあげなきゃね。」

 

 「ちょっと待って下さい先輩方!私だけ除け者にしないで下さい。当然ですけど、私もせんぱいの躾に参加しますからね。そして最終的には私がせんぱいをいただ…」

 

 「おまっ、ちょっ、ちょっと、待ってもらおうか、お前達!」

 

 雪ノ下に由比ヶ浜ときて、そして一色と次々に何やらそら恐ろしく不穏当でそして、黙って受け入れてしまえば俺の将来がお先が真っ暗になりそうな事をしゃべくる三人の言葉を俺は制する。

 

 「お前ら、何を恐ろしい事言ってんだよ。矯正だの躾だのと一体俺の事を何だと思ってんの?まさか愚連隊だとか政治的思想犯とか思ってんじゃないだろうな。」

 

 「全く、貴方はちっとも自覚が無いのね。私達が少し目を離せば次々と……何と言ったかしら、たしか小町さんが言っていたのだけど。そうだわ、たしか一級フラグ建築士と言っていたわね。」

 

 なん………マジかよ小町のヤツ、何て事を雪ノ下達に吹き込んでやがるんだ。ってか一級フラグ建築士ってのは何だよ、俺の何処をどう見ればそんな称号を押し付けてくれちゃってんの。こうやって俺の不名誉が雪ノ下や由比ヶ浜はもとより、たちばなのみんなにも伝播していくんだよなぁ。もう止めて、俺のメンタルはズタボロだよ。

 

 「うんうん。それそれ!小町ちゃんが言ってたもんね。ほんとヒッキーってば、放っといたら直ぐに女の子と仲良くなるよね。生徒会長の城廻先輩も何となくそんな感じだし、保育園児のけーちゃんもさ『大っきくなったらはーちゃんのお嫁さんになる』とか言ってたし、最近だといろはちゃんもだし。ウチのママだって何時も(いっつも)『ヒッキー君の事、家に連れてらっしゃい』何て言うんだから。」

 

 「なっ、イヤ……ちょっ…」

 

 由比ヶ浜によって更に畳み掛けられる暴露話の様なソレは、俺のマインドダウンの呪文を重ね掛け程の威力を発揮した。つか城廻会長との接点なんてそれ程多く無いし、けーちゃんに至っては年明けのイベントで保育園との交流の時にちょっと遊んだくらいだろう。まぁその後も時々けーちゃんの姉の、川何とかさんと一緒に買い物している時に会ったりしたが。後、由比ヶ浜のトコのママさんに関しては、俺には何の責任も無いだろう。クラスメイトで部活仲間の親御さんなんだし、失礼な受け答えなんぞ出来無いだろう。

 

 「うわっ!?マジですか。入学式の時にお見掛けしましたけど、生徒会長さんっておっとり癒やし系の美少女って感じの方でしたよね。その人に意識させた上に、更に挙げ句幼女に人妻までその毒牙にかけたって言うんですか!これはヤバいですね本当に。」

 

 「ええ、そうなのよ一色さん。だからこそ比企谷君は私達が監視していなければならないのよ、それこそ牢獄に投獄してでもね。」

 

 「イヤ………本当に、何言っちゃってだよ雪ノ下!ってか今のそのセリフは、言っちゃってるってより“逝っちゃってる”と言い換えた方がしっくり来る位怖いよ!しかも牢獄に投獄とか俺って、やっぱり犯罪者扱いなのかよッ!?」

 

 「ええそうよ。だから貴方がこれ以上罪を重ねない様にする為にも、牢獄に捉えておかなければね。最低でも二十七年程、出来ればその生涯をずっと、終身刑として私がずっと見ていてあげるわ。」

 

 「怖ッ!!雪ノ下マジ怖ッ!」

 

 「てか最低二七年とか、俺は何か政治思想犯なのかよ!?反アパルトヘイト運動の闘士かよ!」

 

 「あっ!ゆきのんズルいッ!あたしだってヒッキーの事監視するんだからねッ!」

 

 「そうですよ。抜け駆けは許しませんからね雪ノ下先輩ッ!それに最終的には私が頂いちゃいますから、由比ヶ浜もですけど、人生は割と長いと言いますけど二十歳をすぎればあっと言う間だとも聞きますから、早めに身の振り方を考えた方が良いと思いますよ。」

 

 三人の女子の姦しい言い争う姿を俺は若干涙目で見ていたが、彼女達の誰が勝者となったとしても俺に待つ未来は………と、そんな三人から俺は目を逸らす。そして俺は口ずさむ、偉大な闘士の生涯に思いを馳せて。まぁぶっちゃけ現実逃避なんだがな。

 

 「Free Nelson Mandela♪」

 

 「おッ!ヒビキ君ってば、その歌知ってるんだ、ヨシ!それじゃあ最後にお姉さんが特別に伴奏をしてあげるよ!」

 

 そう言って雪ノ下さんは、自分が預かっている訓練用の音撃管を取り出すと、言葉通りに伴奏を始める。流石は文武百般何でも御座れの才媛だな。その伴奏も完璧だ。

 

 「Free.free.free.free.free.Nelson Mandela♪」

 

 その伴奏の元俺は歌う。

 

 「Free Nelson Mandela Txenty‐one years in captivity

shoes too small to fit his free His body abused but his mind isstill free …………………♪」

 

 俺の人生の未来の解放を希求して切々と。 と、まぁそんな感じで雪ノ下と由比ヶ浜に、俺が鬼だと知られた日の出来事の顛末と、雪ノ下さんが鬼の道を目指した切っ掛けとの話はこんな所だな。

 




楽曲引用 THE SPECIAL AKA Free Nelson Mandela
これにて回想編終了です。


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