ほな呪術師と違うかぁ (破月)
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しんで、うまれて
「漫研の先輩がね、好きな漫画があるらしいんやけど」
「へえ、そうなんや」
「それで、その漫画のタイトルを忘れたらしい」
「かんにんなぁ、今なんて?漫画のタイトルを忘れた?漫研なんに?どないなんそれ?まぁ、漫研の先輩が好きな漫画なんか、エ/ヴ/ァかる/ろ/剣、幽/白くらいやろ」
「いつの時代の話してんねん?まあ、そないな先輩もおるけど、その先輩はちゃうみたいなんや」
「ちゃうの!?えぇ!?」
「色々聞いたんやけど、いっこも分からへんねん」
「分からへんの?ほな俺がね、先輩の好きな漫画、一緒に考えたるさかい、ちょいどないな特徴言うとったか、教えてみてや」
「人間の負の感情から生まれる化け物を、術を使うて祓う術者の闘いを描いた、ダークファンタジー・バトル漫画って言うとった」
「ほー……呪/術廻/戦とちゃうか?その特徴は完全に呪/術廻/戦や、すぐ分かったやんこんなんもう」
「これがちょい分からへんねん」
「何が分からへんのよ?」
「ボクもな、呪/術廻/戦や思たんやけどな」
「いや、そうやん?」
「先輩が言うには、グロテスクなシーンはあらへんって言うとったんや」
「あー……、ほな呪/術廻/戦とちゃうか。あの漫画は一話に一つ挟まな死ぬんちゃうかっちゅうくらいにグロいシーンあるさかい。なんならそれが売り言うても過言ちゃうで。ほなもう少し詳しゅう教えてくれる?」
「白髪で黒い目隠しした自称最強の不審者っぽい人出とったらしい」
「呪/術廻/戦やん。NA/RU/TOのカカシせんせを彷彿とさせるその特徴は、呪/術廻/戦に出てくる五条悟っちゅうキャラや。実際漫画のキャラにも信頼されてるはずなのにクズやら尊敬はしてへんやら言われとってな。しかもあの目隠し取ったらえげつないイケメン出てくるんやで。
「その評価、私怨混ざってへんか?」
「そんなんあらへんで、ただ、人を見かけで判断したらあかんってことがよう分かる事例やと思てるだけ。…うん、その話、絶対呪/術廻/戦や」
「でも先輩が言うには、死人は一人以外出えへんって」
「ほな呪/術廻/戦とちゃうやんか。あの漫画で死人が一人だけやったら、あないな展開にはなってへんからね?」
「せやな」
「呪/術廻/戦はね、メインキャラでも容赦なくコロコロされるんよ。それによって生きてる人の描写深なって、どんどんキャラに惹かれていくんやで。そないな絡繰りなんよ、あれ。うん、呪/術廻/戦ちゃうな。ほなもうちょいなんか言うてへんかった?」
「主人公がね、一巻で死刑宣告されるらしいんよ」
「呪/術廻/戦やん!主人公の死刑宣告やら、そないなショッキングなこと起きるんは呪/術廻/戦とデッド/マン・ワンダー/ランドと悪役令嬢ものくらいよ?しかもさっきの五条悟っぽい人出てくること考えると呪/術廻/戦としか考えられへん…呪/術廻/戦やで、それ!」
「そやけど分からへんねんって」
「何分からへんの、これで」
「ボクも呪/術廻/戦や思たんやけどな」
「そうやろ?」
「先輩が言うには、主人公の仲間の紅一点がすぐ死ぬって」
「ほな呪/術廻/戦ちゃうやん!!」
「うん」
「紅一点といえば釘崎ちゃん!彼女はね、女の子らしい感性と感覚持ってるのに、自爆すらも厭わへんヒロインらしからぬ戦闘方法やら、戦闘時のゲス顔やら、何よりも悪役じみたセリフも多いさかい、ネット上では姉貴や姉御、果ては真の悪役とまで言われるキャラなんや!そないなキャラがすぐに死ぬわけあらへんやろ!?」
「もしかして推しなん?」
「いや、ちゃうけど?…話し戻すけど、呪/術廻/戦ちゃうよ、それ。他にはなんか言うてへんかった?」
「"呪いの王"って呼ばれる、四本の腕と二対の目ぇ持つ異形の姿をした千年以上前に実在した最凶最悪の人間の指を、二十本集めなあかんらしい」
「呪/術廻/戦やん!!その指の持ち主は、千年以上前の呪術全盛期に当代の呪術師たちが総力を挙げて挑んだけど、結局勝てんで、死んだ後にはあまりにも力強おして、遺骸の指の死蝋を千年間に渡って誰も消し去れなかったヤベーやつこと両面宿儺ァ!!」
「解説者みたいになってるやん」
「こらもう呪/術廻/戦以外の何物でもあらへんって!!」
「そやけど先輩言うにはな、呪/術廻/戦とはちゃうって言うんや」
「ほな呪/術廻/戦ちゃうやん!!その先輩がちゃうっちゅうならちゃうんやで、解決したやん。今までのやり取りはなんやったん?」
「それで先輩の彼女が言うにはね」
「先輩の彼女!?なんや急に出てきてどないしたん!?」
「結界師ちゃうかって」
「確かにあれも化け物みたいなの出てくるけど、そら絶対にちゃう!」
「ところで話は変わるんやけど」
「唐突過ぎん?」
「■■はさ、"転生"って信じる?」
「そら、お前、信じ――」
――それが、最後の記憶。
極上の笑顔を浮かべ、頬杖をついてコテリと首を傾げた幼馴染の顔が、微睡から覚醒した今も脳裏に焼き付いて離れない。幼馴染のあの顔はクラスの女子達に"天使の笑み"と持て囃されていたけれど、彼にとっては"悪魔の笑み"でしかなかった。
だって、あの顔を目にして良いことがあったためしは、一度もない。そういうあの時も、幼馴染に付き合ってファミレスで何時間も駄弁り、帰路につこうとした矢先に呆気なく死んだのだ。駐車場側の席に座っていたのが運の尽き、と言えばいいのか。よくあるブレーキとアクセルの踏み間違いでファミレスに突っ込んできた車に巻き込まれ、彼は死んだ。
一級フラグ建築士と幼馴染になったのが、人生で一番の失敗だったかもしれない。巻き込まれるだけならまだしも、なぜか幼馴染によって建築されたフラグは、尽く彼が回収する羽目になっていた。つまり、どうあがいても当事者になるのだ。建てるだけ建てて回収は他人任せとか最低ではなかろうか。言って治るものでもないので、諦めているが。
それはそうと、突っ込んできた車から、咄嗟に庇った幼馴染は無事だったんだろうか、と思考を飛ばしかけてやめる。そもそもフラグを立てたのが幼馴染だったことを思い出したからだ。
(妙なフラグ建築しおって……)
この度、幼馴染によって建築されたフラグは、過不足なく回収された。つまり、彼は転生したのだ。それも、ただ転生しただけではなく、死ぬ直前に話していた"呪/術廻/戦"の世界に。もっとも、そのことに今の段階で彼が気づくことはない。
(まあ、転生したことはこの際どうでもええ…、いやどうでもええ訳あらへんけど、いったん横に置いとくとして)
流石にこれは酷いのでは、と彼は思う。
(俺、胎児やん???)
膜を一枚隔てた向こう側から、"早く生まれておいで"というくぐもった声が聞こえる。これだけで、自分はまだ母親の胎の中にいるのだと理解した。
(いや、なんで???普通は赤ん坊の時やら幼児の時に意識戻るもんやん???なんで胎児なん???)
羊水の中でくるん、と宙返りを決めながら愚痴をこぼす。あとどれくらいの期間この状態でいなければいけないのか。妊娠が発覚したばかり、ということではなさそうなのは確か。かといって、出産予定日が間近に迫っている、というような気もしない。となると、出産まで何をして時間を潰そうか。
(こうなったら仕方があらへん、生まれるまで暇やし人生設計でもするかぁ)
胎児として転生した彼は、くるくると宙返りを続けながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。
――そして、生まれてすぐに、彼は知ることになる。
「奥様、旦那様、お喜びください!ご子息は――
(なんて???)
「本当か!?よくやったぞ!」
「はい……ああ、嬉しい…ウチの子が…六眼持ちやなんて、」
「ああ、そうだ本家に――
(ちょい待ってくれ)
自然の摂理というわけで、おぎゃーおぎゃーと泣き喚きながらも彼の頭は冷静だった。なんだか聞き捨てならない単語がちらほらと聞こえたような気がする、と。母体から外に出されたばかりで鈍い聴覚に神経を集中させる。
「――ぇえ、はい、男児が生まれまして…本当ですか!?先日御当主にも男児が!?はい、はい――
(うっっっっっっっっそやろ!?ここ、まさか、えっ、ほんまに?夢ちゃうくて?現実なん?)
「――
(六眼と無下限抱き合わせで名前が五条悟???役満やん!!俺の人生お先真っ暗ならぬ真っ黒確定!!)
自分が転生した世界が、死亡フラグが乱立するとんでもない世界であることに。そんな彼に向って、
『ふぁいと♡』
(じゃねーんだわ!!ほんまにお前が建てるフラグはクソばっかやな!!!!)
もし幼馴染もこの世界に転生していて、もし出会うことがあったとしたら。一発殴ってやろう、と彼は決意した。
(――そういえば、あいつの質問になんて答えたんやっけ)
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わかれて、であって
五条家には神童と呼ばれる子供と、怪童と呼ばれる子供がいる。
神童とは言わずもがな、云百年ぶりに誕生した六眼と無下限呪術の抱き合わせ、五条本家に生まれた五条悟のことだ。いずれ自他共に最強の名を欲しいままにする、五条家待望の星である。もっとも、悟が五条家の人間の思う通りに育つか、といえばそんな事はないのだが、今はまだ本当に、天使のように可愛らしい子供であった。
そして、怪童と呼ばれているのは、神童五条悟の乳兄弟のことだ。五条の分家筋ながら六眼を宿し、複数の生得術式を刻んで生まれた子供。加えて、禪院に生まれた天与呪縛という男にも負けない頑丈さを兼ね備え、幼さに見合わぬ腕力を振るったとなれば、御伽噺の
「がらん、なにしてんの」
――がらん、篠宮伽藍。
「……なぁんもしてへんで、さとる」
彼は、五条悟が生きる世界が、"呪術廻戦"という名の漫画として描かれていた世界で生きていた大学生の記憶を持つ、所謂、転生者とかいうやつである。
●
悟の乳母は心優しく美しい女性だ。
艶やかでしなやかな腰まで伸びた黒髪に、淡い桜色のぽってりとした唇。凛と伸びた背筋、全ての所作が繊細で流麗。長い睫毛に縁どられた眦は優しく垂れ、頬紅をさすまでもなく色付いた頬に笑みを乗せれば天女かと思うほどだ。そして、そんな乳母は、夫によく尽くす良き妻でもあった。
乳母は京都にある零細呪術師の家の生まれで、呪力は豊富だったが術式を持っていなかった。それが理由で冷遇されていたと言うが、その身に宿った呪力量が魅力的だったために、次代を育む母体として五条に献上された。この話を聞いて、人間の扱いじゃない、と悟は憤ったが所詮過去の話。今の乳母は幸せオーラ全開で、生家を気にする様子もない。
彼女をどこの家で迎え入れるか、というのは一瞬で決まったらしい。なんでも、乳母の夫である篠宮家の現当主が一目惚れしたとかなんとか。甲斐甲斐しく世話を焼かれるうちに乳母の方も恋に落ち、めでたく結婚した。今では、それはもう仲睦まじい、呪術界隈では珍しいぐらいのおしどり夫婦である。
や、何が言いたいのかというと、初恋は叶わない、というよくあるジンクスの話だ。悟の初恋は乳母だった。実母よりよっぽど親の愛情を注いでくれた、天女のような美しい女性を、どうして好きにならずにいられよう。いや、好きにならないはずがない。けれど、一生叶うことはない恋を延々と抱いていられるほど、悟は大人ではなかった。何せ、まだ五歳なので。
悟の失恋で荒む心を癒してくれたのは、乳兄弟の伽藍だった。伽藍は乳母の息子だったが、乳母とは似ても似つかない――ようは篠宮家当主に似ている――顔立ちで、所作をとっても一応良家の嫡男のくせに雑だった。乳母が悲しげな顔をして"悟様を見習うて"と言っても聞かない。そして、その態度は悟の前でも変わらなかった。逆にそれが新鮮で、悟は伽藍に懐いた。
「伽藍も呪術師になるんだろ」
今日も、いつものように術式で手遊びをしている伽藍を横目に、ここ数年で何度も口にしたそれを囁く。強烈な青が悟に向けられ、それからフイと逸らされた。口元はむっつりと引き結ばれ、いかにも不服ですと訴えているようだった。それに悟は首を傾げ、ねぇ、と口を開きかけてその場から飛び退る。その直後、悟が立っていた場所に氷柱が建った。
「文句があるなら口で言えよ」
「じゃまくさい」
「なに?標準語で話せって」
「…面倒くさい、って言うたんよ」
「俺のこと見て言え」
「文句ばっかり言いなや、もう放っといてくれへん?」
「なんで」
「術式の改良に集中したいさかい」
「なら俺もやる」
「えー」
「いいだろ、別に」
「もー、仕方あらへんなぁ」
パキパキと音を立てて崩れていく氷柱は無視して、悟は伽藍の背中に伸し掛かって笑う。
「何だかんだ言って、俺に甘いよ、お前」
「そうかぁ?」
悟と同じ視界で世界を見ることができる唯一の存在で、生まれた順からしたら弟分だけどどちらかというと兄のようで、それから、神童と呼ばれる悟に媚び諂うこともなく、真正面から向き合ってくれる。構いすぎると、今みたいに術式を発動してくるという危険極まりない所もあるけれど、それ以外の時は大概、悟に甘い。
そんな乳兄弟が、悟は好きだった。念のため言うが、LoveではなくLikeの方。直系である両親よりも深く信頼しているし、乳兄弟こそが、伽藍こそが、唯一の家族だとすら思うくらいには好きだった。伽藍も、同じように、とは言わないが、伽藍の両親の次くらいには悟を信頼してくれていると思っていた。
だから、翌年、悟が一つ歳を重ねたその日に。
「――は?」
差出人も分からない大量のプレゼントと共に、悟の部屋に置かれた淡い青の一筆箋に、伽藍が好んで使っていた藍色のインクで書かれたそれが、信じられなかった。
『俺は呪術師にならん』
運命という名の歯車があったとしたら、きっと、この時に、それは狂い始めたのだ。
●
伏黒甚爾には、数年来の付き合いがある、歳の離れた友がいる。
とはいえ、実際は甚爾が勝手にそう思っているだけで、相手が甚爾をどう思っているのかは知らないし、聞こうとも思わない。別に、相手に友ではないと否定されることを気にしている訳ではない。単に、歳の離れたそいつを、自分が友と思っているということを、そいつ自身に知られるのが嫌なだけだ。ようは、プライドが許さない、ただそれだけのこと。
「がりゃん!」
家族揃っての買い物帰りに、甚爾の片腕に抱えられた息子が見慣れた後姿を捉えて、舌っ足らずにその名を呼んだ。呼ばれた方は緩慢な動きで振り返ると、ふわりと笑みを浮かべ、踵を返して甚爾たちに合流する。無造作にポケットに手を突っ込んでロリポップを取り出し、包装を手早く剥がしたそれを息子の口に突っ込んで、イチゴだとはしゃぐ様を見て更に頬を緩めた。
それから、甚爾の隣に立つ女に視線を落とす。女の手にぎっしり中身の詰まった買い物袋があることに気付けば、それを掻っ攫っていった。それに慌てたのは女、もとい甚爾の妻で、袋を取り返そうとするも、そいつはスタスタと先を歩いて行く。妻は袋を返してもらえないことを察して諦め、気恥ずかしそうに笑いながら大きく膨らんだ腹を愛おしそうに撫でた。
ちなみに、甚爾のもう片方の手には既に三つほど袋が握られている。ので、よくやった、と内心で称賛しておく。声には出さない、気恥ずかしいので。数歩先を行くそいつは、ガサゴソとビニールの買い物袋の中身を物色しながら言った。
「今日は肉じゃがなん?」
「そうなの、もし良かったら食べて行って、甚爾と恵が喜ぶから」
「ほな、お言葉に甘えて」
最初からそのつもりだったくせに、さも誘われたから仕方がなく、と言いたげな態度で頭を下げたそいつの頭上。そこに、嫌な気配が渦巻いていた。甚爾と違って才能がある息子はまだ気付いていない。妻は元からそういったものは見えないので論外。甚爾だけが気付いている。
仕方がねぇか、と肩を竦め、足早にそいつに歩み寄って頭を撫でまわす。と見せかけ、嫌な気配を刻んでやろうとすれば、避けるようにそいつは大きく前に出た。呪具を空振り、思わず甚爾は目を丸くする。そいつはくるりと甚爾に向き直り、サングラス越しの青を細めて言った。
「いじめんといてや、こいつ泣き虫やさかい」
その時初めて、甚爾は気付いた。気付いて、しまった。
「――お前、それ、」
今、目の前にいるそいつの
「あー、バレてもうた」
今、自分が
「ひ・み・つ――な?」
思わず息を呑んだ。息子は、そんな甚爾の様子にキョトンとし、何かあっただろうかとそいつを見た。けれど、首を傾げるだけで、見えているはずのものを指摘すらしない。それで、また気付いてしまった。甚爾だから、気付けたのだ、と。そうして、無意識に視線がズレる。
本来、そこにあるはずの出っ張りはなく、女のようにつるりとした喉。なんなら筋肉さえついていないそこは、鍛えられた体躯と比べて明らかに細い。どうして今まで気付かなかったのかと思うほどの違和感があった。形のいい唇は、ただ、言葉をなぞり、息遣いだけを感じさせる。そこに、一切の音はない。
愕然とした。かつて、甚爾が欲してやまなかった呪力も、術式も、腐るほど持っているというのに、そいつには、それを十全に扱うために必要な
「……ァあ、良いぜ、秘密にしといてやるよ。どうせなら、墓まで持って逝ってやる」
きっと、甚爾だけだった。
――甚爾だけ、だったのだ。
乳兄弟になった最強
俺を置いて出ていくとか冗談でしょ?同じ六眼視界を持つ者として、乳兄弟として、依存、とまではいかないが、そこそこ執着していたので裏切られたような気持ちになった。
友認定しているヒモ
なんかの依頼でバッティングして以来親しくしている。この度、恵まれていると思っていた友が、実はそんなことはないという事実に気付いてしまった可哀想な人。
幼馴染だった誰か
――好きな子ほどイジメたいって言うでしょ?それもまた、呪い愛だと思うんだ。
人のカタチをしたヒトではないナニカ。それはもしかすると、神と呼ばれるものだったのかもしれない。
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はなれて、ちかづいて
「あのさ、じいちゃんが好きな番組があるらしいんだけど」
「そうなん?」
「それで、その番組の名前を忘れたらしくて」
「すまん、なんて?好きな番組の名前忘れた…?あの爺はん、ついに痴呆始まったん?それか忘れるくらい昔に放送されとった番組ってこと?そやけどなぁ…爺はんがよう見る番組なんて、朝昼のワイドショーか時代劇、それからゴルフくらいやろう?」
「いや、それが違うみたいで」
「ちゃう…?なんで…?他に見るもんなんてあったか…?」
「色々聞いてみたんだけど、全然分からなくてさ」
「分からん…?それこそなんで…?……んー、まぁ仕方があらへんな。俺が一緒に考えてやるさかい、ちょいどないな特徴言うとったか教えてみてや」
「うん。えっと、8チャンネルで朝8時くらいからやってて、メインキャスターの名前が大倉さんって言うらしい」
「あー……それ、"とくもり!"ちゃうか?チャンネルと時間とメインキャスターがぴったり合致するのんはそれしかあらへんのやけど、あれ、これもう解決したな?」
「いや、"とくもり!"じゃないらしい」
「ええ?ちゃうの?なんで?」
「番組が始まるときに、メインキャスターが"おはようございます"って言わないんだって」
「ほな"とくもり!"ちゃうかぁ…あの番組は大倉はんの"おはようございます"があらへんと始まらへんしなぁ…。うん、もうちょい詳しゅう教えてくれへん?」
「日替わりコメンテーターに、全身青スーツのお笑い芸人とか毒舌が売りの社会学者、それから奥さんが不倫騒動起こした元議員とかがいるらしい」
「いやそれ"とくもり!"ィ…!その個性溢れるメンバーが朝から揃うてるんは"とくもり!"以外にはあらへん…!!もう明らかちゃうか!はい、この話はこれで終了!!」
「でも、じいちゃんが言うには、気象予報士の名前は
「ほな"とくもり!"ちゃうな?"とくもり!"は飛立はんと、大倉はんの掛け合いが一つの魅力言うても過言ちゃう訳で。飛立はんがいーひんならその掛け合いもあらへん……うん、"とくもり!"ちゃうな。他になんか言うてへんかったか?」
「じいちゃんが言うには、天気予報に入る前に一旦CMが挟まるんだけど、その時に気象予報士が次回予告風にどんな天気になるか軽く手描きの絵で紹介してからCMにいくんだって」
「いややっぱし"とくもり!"ちゃうか!?なんぼ気象予報士が飛立はんとちゃうとはいえ、天気予報前のそのCMの入り方は"とくもり!"の定番やで?しかも手描きの絵やら、ますます"とくもり!"味がましてるやん?え、それもう"とくもり!"やんな???」
「俺も"とくもり!"なんじゃないかと思ったんだけど」
「ちゃうん?」
「じいちゃんが言うには"とくもり!"じゃないって言うんだ」
「ほな"とくもり!"ちゃうやん!爺はんがちゃうっちゅうならちゃうんやで!もー…今までのやり取りはなんやったんや…?」
「それで、担当の看護師さんが言うにはね」
「その看護師どっから出てきた?もしかしてスタンバってたん?まぁええや、うん、それで?何て言うとったん?」
「"ヴァファイ"じゃないかって」
「うん?そら確かに8チャンネルの番組やけど、放送時間はお昼やさかいちゃうな???」
「あ、アイス当たった」
「おー、マジか。俺、ここで待ってるさかい、もろうてきたらどうや?」
「そうする」
蝉の声が時雨のように降り注ぐ、夏、真っ只中。
当たり棒片手に駄菓子屋に向かう年下の友人の背を見送り、その男は、腰掛けたベンチの下に隠れていた
「よお、かくれんぼは楽しかったか?」
自身の頭に陣取った
「苦節二十年、この術式を組み上げるのに、どれだけ時間と金を浪費したことか」
「果たして、それが長いのか、それとも短いのかは分からへんけど」
クッ、と鳴るはずのない喉が鳴ったような気がして、男は笑みを深める。そして、
「『
その瞬間、下級呪霊は塵となり、跡形もなく消えていく。そこにはもう、何もいない。残穢すらも空気に霧散していったのを確認して、男はゆったりと身を起こす。
「ごめん、待たせた!」
「ううん、気にしな。それより、今度は何味にしたん?」
「さっきと同じ、他の味なくなってた」
「あら、そら残念やったなぁ」
そして、先ほどと同じパッケージのアイス片手に戻ってきた友人を迎え入れた。何も無かったかのように手を振りながら。その頭上で、一回り大きくなった
男――伽藍が、篠宮の名を捨ててから二十年。26歳となった彼は、今、東北地方は宮城県、仙台市にいる。
●
虎杖悠仁には、ここ最近知り合って仲良くなった、歳の離れた友達がいる。
大雑把にまとめられた灰褐色の髪に、安っぽいサングラスの奥に輝く快晴の空よりもなお青い碧眼。白を基調とした服装は夏の日差しを受けて眩いほどに輝き、少し、近寄るのを躊躇ったのは、友達には内緒だ。いやだって、本当に白くて眩しい。今が夏ということもあって余計に。
「眩しくねーの?」
「なんのためにサングラスかけてると思てんねん」
「え!?まさかこのため!?」
「いやちゃうけど」
「違うの!?」
ケタケタと笑う友達を横目に、不貞腐れた顔でアイスの袋を破る。シャクリ、と一口噛み砕いたそれは、少しだけ溶けていた。甘ったるいバニラの香りが舌に広がる。三口で食べきり、仕上げとばかりに棒を舐めれば、また、そこには当たりの文字があった。
「また当たった」
「運がええんやな」
確かにと頷き、けれど、流石に三本目はいらないなと、袋に入れてベンチ脇に設置されたゴミ箱に放る。それからグッと背伸びを一つ。じっとりと汗ばんだ手のひらをズボンに擦りつけて、悠仁は友達に振り返って笑った。
「プール行こうぜ」
夏はまだ、終わらない。
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ちかくて、とおい
初めは自我などというものもなく、ただ、無為に、ヒトのカタチへと変化していく宿主を見つめていた。そうして数ヶ月ほど経った頃、不意に、
――これを、異質、と呼ぶのだろう。
そして、同時に。
――吾が宿主と共にいる意味はなんだ?
――宿主よ、なぜ、吾は生まれた。
●
我が子は、怪童と呼ばれていた。
並外れた呪力量、病気一つしたこともない頑健な体、大人にも負けない怪力、そして、総てを見通す力を宿した
それに、それら全てがなくても、愛する
だからこそ、気付けたことも多くあった。
早くに喃語を脱し、文字の読み書きも二歳になる前には覚え、術式を自発的に発現させては習得していく。その、神童と呼ばれる本家の跡取りと遜色ない――むしろ上回っているかもしれない――成長速度を見せる我が子に、無理をしていないかと声をかけた回数は百を超える。本人はけろりとした顔で、"心配あらへんで"と妻と同じ言葉で言った。
その時、そう、その時だ。僅かに、口の動きと、発声がズレていることに気付き、動揺してしまった。仕方がないことだ。だって、我が子は、
「期待に応えられそうにのうてかんにんな」
我が子の頭上の空間が歪み、そこに、ナニカのカタチをした影が現れる。発する呪力こそ薄いものの、それは、間違いなく呪霊だった。我が子が口を開くと同時に、その呪霊から
呪霊の存在は、実に巧妙に隠されていた。
難しい顔をして唸った彼に、しぃ、と人差し指を唇に当てて、我が子は目を細めた。酷く大人びた表情だった。彼はそっと頷き、口を開く。
「うまく逃げなさい」
その言葉に我が子は一瞬目を丸くして、しかし、直ぐに破顔する。猫のようにすり寄る呪霊を撫でながら、何よりも青い瞳を真っ直ぐ彼に向けて。
「――はい、明日にでも」
それは、坊ちゃんが六歳になる、前日の事だった。
●
――グシャリ。
物言わぬ肉塊となったソレを踏みつけ、軽く呪具を振って血を振り払う。この仕事を仲介した男は何と言っていたのだったか。
「なぁにが
確かに簡単ではあった。
荷物の運搬で一千万もらえるという破格な依頼。しかし、少しは疑うべきだった。まさか、運搬先が呪詛師共の隠れ家だとは。しかも、荷物の送り主はその呪詛師共と対立していた呪術師のグループだ。隠れ家についた瞬間荷物が爆発し、自身は無傷だったが、呪詛師共に甚大な被害を与えた。おそらく呪力に比例して威力が増す呪具だったのだろう。
これにより、すわ襲撃かと勘違いした呪詛師共が彼に襲い掛かり、仕方がなく応戦した。が、まさか、最初からこれが目的だったのでは、と気づいたのは呪詛師をすべて殺した後だった。武器庫呪霊に天逆鉾を入れ、軽く肩を回してコキリと首を鳴らす。嵌められた。それならそれで違約金を払わせればいいか、と仲介人の男に完了のメールを送った。
もし、渋るようなら脅す。なにせ、彼は
「あ゛ー…クソ、汚れちまったじゃねぇか。これから人と会う予定があるってのに……最悪だ」
カツン、コツン。打ちっぱなしのコンクリートの壁に、靴の音が反射する。いつかに子供たちから贈られた腕時計に視線を落とし、約束の時間まで余裕があることを確認した彼は武器庫呪霊から一枚の札を取り出して胸元に張り付けた。数秒後、彼の姿は掻き消える。初めからそこには誰もいなかったかのように。
「便利だよなァ、これ」
姿は見えないまま、彼の声だけが反響する。久々に会う友は、血濡れを自身を見て、何と言うのだろうか。そんなことを考えながら、込み上げてくる笑い声を噛み殺す。――後には、凄惨な殺人現場だけが残されていた。
根明こと主人公
中学二年生の姿。中二に上がる前、春休みに道に迷っていた伽藍に話しかけたのがきっかけで友達になる。職業が占い師だというので、胡散臭いとは思いつつ、たまに占ってもらって当たり判定が出るたびにテンション高くスゲースゲーと騒ぐ。控えめに言って天使。
伽藍のことは、兄がいたらこんな感じかな?と思っている。懐き度MAX、家にもよく招いて一緒に食事をする仲。じいちゃんとも仲がいいのでニッコニコ、たぶん、伽藍の前では弱音も普通に吐くんじゃないかな。
篠宮家の当主さま
伽藍の家出()を支援した心優しい父親。伽藍が喋れないことに気付いてしまった。SANチェックしてどうぞ。息子が天与呪縛であることに気付いていない。気付いてしまったら、もう一度SANチェック入ります。ちなみに、呪霊が喋っていることに関しては、呪霊操術の一種と思っている。
本人の呪術師としての才能は平凡、二級に届くかどうかというところ。術式は相伝のものだが、呪力が少ないのがネック。それでも、呪術界では稀に見る善人なので人望は厚い。そういうわけで、五条悟の乳母である奥さん共々信頼されている。
原作より子沢山なヒモ
奥さんは伽藍のお陰でピンピンしてるし、自分も生きてる。子供は四人、長女に津美紀、長男に恵、そして双子。津美紀はネグレクトされていることに気付いた奥さんに相談され引き取った。双子は男女、奥さんに似ているらしい。
天内理子暗殺依頼は受けていないため、武器庫呪霊および天逆鉾は所持したまま。それに加えて、伽藍が作成した呪具と呪符も大量に保持。伽藍に"対五条悟最終兵器"と思われていることを知らない。多分どっかのタイミングで五条悟と殺し合いはしたと思われる。
実は戸建てに住んでいる。ローンは一括で払った、何せ高給取りなので。家は伽藍の手によって至る所に術式が施され、一種の要塞のようになっている。呪いを弾き、癒しの効果を持つ。文字通りセーフハウス。地下には伽藍専用の研究室があるとかないとか。
どこかで傍観している誰か
――声がないと大変だよね?だから、ちょっとオマケしておいたよ。
そう言って、ガラスでできたダイスが振られる。カランコロンと盤上を跳ねたダイスの目は――
『
アハハ、と軽薄な笑い声が響く。きっと、それも、
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かうんと、だうん
「経緯は忘れたけど、この前クソ親父と朝飯の話をしてて」
「え…?朝食の話?甚爾くんと?ほんまに?」
「本当。朝飯に食うなら何がいいか、って」
「えっ…それ、ほんまに甚爾くんなん?ドッペルゲンガーちゃう?」
「残念ながら本物。で、俺は普通に米って答えたけど、クソ親父が食い物の名前忘れたとか言ってて」
「食い物の名前を忘れた?
「いや、それが違うらしい」
「予想外なんやけど?え?奥はんの手料理もちゃうの?他に何があるっちゅうんや…」
「色々聞いてみたけど、全然分からなかった」
「何で分からへんの、なんか一つくらいヒットするもんあるやん…?もー、仕方があらへんなぁ……俺も一緒に考えるさかい、ちょいどないな特徴言うとったか話してみなはれ」
「甘くてカリカリしてて、牛乳とかかけて食べるやつ」
「なんて???」
「だから、甘くてカリカリしてて、牛乳とかかけて食べるやつ」
「そのフレーズに聞き覚えしかあらへんのやけど???……いやでも、こら、あれやん?コーン/フ/レークやろ?その特徴は完全にコーン/フ/レークやって、他に思いつかへんもん。てか、甚爾くんそこまで甘い物好きちゃう思うとったんやけど…?」
「まぁ、確かにクソ親父は甘い物はそこまで好きってわけじゃないな。でも、コーン/フ/レークか…」
「何?もしかしてちゃうの?すぐ分かった思たのに?まさかの不正解?」
「俺も最初はコーン/フ/レークだと思ったんだ」
「せやろ?」
「クソ親父が言うには、死ぬ前の最後の飯もそれでいいって言うんだよ」
「……ほな、コーン/フ/レークとちゃうか。人生の最後がコーン/フ/レークでええ訳あらへんもんね」
「ああ」
「コーン/フ/レーク側も、最後の飯に任命されるのん荷重過ぎるやろうし」
「そうだな」
「コーン/フ/レークってそないなもんやさかい。ほなコーン/フ/レークとちゃうなこれ。うーん、ほなもういっぺん詳しゅう教えてくれる?」
「なんで栄養バランスの表示が十角形なのか分からねぇらしい」
「コーン/フ/レークやん!その十角形はパッケージの裏に書いてあるやつやんな!?…あらね、得意な項目を表示してんのよ、そやさかい十角形なんやで…」
「へぇ」
「それで、あれ、よう見たらね、牛乳200グラムの栄養素を含んだ上での十角形になってんねん。ちゅう訳で、コーン/フ/レークやて、そら」
「いや、分からないな」
「何が分からへんねん、これで」
「俺もコーン/フ/レークだと思ったんだ」
「そうやろ」
「クソ親父が言うには、晩飯に出てきても全然良いって言いやがる」
「ほなコーン/フ/レークとちゃうやんか。晩飯でコーン/フ/レーク出てきたら、ちゃぶ台ひっくり返すで?コーン/フ/レークはね、まだ朝の寝ぼけてる時やさかい食べてられるんやで」
「ちゃぶ台返しはやり過ぎじゃないか?」
「ええ子か?……コーン/フ/レークって食べてるうちにだんだん目ぇ覚めてくるやん、そやさかい最後ちょい残してまうんや、あれ」
「それはちょっと分かる」
「んー、そやけどコーン/フ/レークとはちゃうんやろ?ほな、もうちょいなんか言うてへんかった?」
「子供がみんな、なぜか憧れるらしい」
「やっぱしコーン/フ/レークちゃうか?コーン/フ/レークとミ/ロとフ/ルーチ/ェは、なんでか子供が憧れんねん。あと男の子はトランシーバーにも憧れんねん。…コーン/フ/レークよ、それ」
「…分かんねぇな」
「何で分からへんの、これで」
「俺もコーン/フ/レークだと思うんだ、本当に」
「そうやろ」
「クソ親父が言うには、修行僧も食べるって」
「あ゛ー!!クッソ、ほなコーン/フ/レークとちゃうな!?坊はんが食べるのんは精進料理やし、精進料理にカタカナのメニューなんか出てきいひんしな…!」
「情緒大丈夫か?」
「誰のせいや思てんねん…」
「食い物の名前ド忘れしたクソ親父」
「その通りやわ!…そもそも、コーン/フ/レークはな、朝から楽して腹を満たしたいちゅう煩悩の塊やねん。あれみんな煩悩に牛乳かけてんねん。もう、コーン/フ/レークちゃうやん…ほなもうちょいなんか言うてへんかった?」
「パフェの嵩増しに使われてる」
「いやコーン/フ/レーク…!!だいたいどの店でもパフェの最下段に入ってるけど、あれ、大概、最後にはビッチャビチャになって残したりするやろ?悟がそうやったもん…俺にそこだけ食べさせやがって…クソ…あん外道が……ッ!!」
「私怨駄々洩れだぞ」
「すまん」
「でもやっぱり分かんねぇな」
「な ん で ?こないに色々言うてるのに、何分からへんの?」
「クソ親父が言うには、中華料理の一種とか」
「ほなコーン/フ/レークとちゃうやんか。ジャンルいっこも分からへんけど、コーン/フ/レークは明らかに中華ちゃうで。な?中華テーブルの上にコーン/フ/レーク置いたら、回した時に全部飛び散るさかい」
「確かに」
「もー、コーン/フ/レークちゃうやん。他にはなんか言うてへんかった?」
「食べる時に誰に感謝すりゃいいんだって、文句言ってたけど」
「コーン/フ/レークやん???コーン/フ/レークは工場で大量生産してるさかい、生産者はんの顔浮かばへんのや。浮かんでくるのんはマスコットキャラクターの顔だけ、ほら、コーン/フ/レークで決まりや」
「でも、分かんねぇんだって」
「分からへんことあらへん、甚爾くんが言うてるのんはコーン/フ/レーク。はい、おしまい!」
「クソ親父はコーン/フ/レークじゃないって言ってたけど」
「ほなコーン/フ/レークちゃうやんか!甚爾くんがコーン/フ/レークちゃうって言うんやさかい、コーン/フ/レークちゃうやん…」
「ああ」
「先に言うて?俺が頑張ってツッコんでる時、恵くんどう思うとったん?」
「申し訳ないなって。でも、面白かった」
「正直やな???それにしても、ほんまに分からへんな…どうなってんの、もう」
「で、母さんが言うには」
「ここで奥はんが出てくるん?」
「鮭の塩焼きじゃないか?って言ってる」
「いや絶対にちゃうやろ」
「二人とも~、ご飯できたよ~」
「おおきに、津美紀ちゃん!…恵くん、先行っとってええで」
「いや、片付け手伝う」
「ええがな、扱いを間違えると爆発するもんもあるし。それに、恵くんには、甚爾くんから俺のおかずを守ってもらわなならへんさかい」
「なんだよそれ」
フッと笑った少年に笑い返し、ツンと尖った黒髪をかき混ぜる。やめろ、とは言うが実際には止めるつもりはなく、なすがままにされている少年が愛おしくて仕方がない。これが、あのヒモ野郎の息子か、と思うと信じられない。が、まぁ、奥さんの血が良いんだなと勝手に納得して手を離した。
「そないな訳でよろしゅう」
「分かった」
手櫛で髪を整え、一足先に地下室を出て言う背中を見送り、ほぅっと息を吐き出す。
「……あかんな、感傷的になってまう」
擦り寄ってきた
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かうんと、ぜろ
――どうするのが、正解だったのだろう。
気付いた時には、もう、どうしようもないほどに、歯車は狂っていて。
それならば、もう、いっそのこと、
●
その日、妙な胸騒ぎがして、男は拠点にしている伏黒家の地下を飛び出した。
甚爾から借りていた武器庫呪霊に、作り置きしていた大量の呪符と呪具を詰め込んで。術式で身体能力を上げ、最寄りの駅に駆け込み、ちょうど滑り込んできた電車に乗り込む。軽く上がった息を整え、なぜか人気がなく、ガランとした車両に疑問を持ちつつ座席に座った。
「……なんやろうな、これ」
落ち着くどころかどんどん大きくなっていく心の騒めきに、らしくもなく動揺する。そういえば、恵と悠仁は昇級査定中だったはずだが、どうなったのだろうか。甚爾にしても、高専で教鞭をとっているらしいが、あのクズがまともに教師が出来るとは思えない。教師と言えば、確か、高専には悟が――
「ッ、」
不意に、心臓に杭を打ち込まれたような痛みを感じて胸を押さえる。何だこれ、と男は困惑した。こんなこと、初めてだった。――いや、過去にも一度、似たような事があったはずだ。あれは、確か、そう。
「任務かなんかで、悟が
実際にこの目で見た訳ではなく、たまたま現場に居合わせた甚爾からのまた聞きでしかないのだが。胸騒ぎと、胸の痛み。それを感じた時間と、悟が致命傷を負った時間は、ほぼ同時刻だった。そこから考えられることは、一つしかない。なんとなく、偶然とは思いたくなかった。思ってはいけない気がした。
「あー……もう、」
甘いなぁ、心の中で吐き捨てて、男は自らを嘲笑した。
●
改造人間を鏖殺し、切れた息を整える。自他共に認める最強の術士とはいえ、流石に無理があったかもしれない。けれど、こんな所でへたっていることはできない。――不意に、足下に箱のようなものが落ちていることに気が付く。その瞬間、どこか懐かしい声が、悟の耳朶を打った。
「跳べ、悟」
「ッ、」
半ば無意識に、その言葉に従っていた。術式を利用してその場から跳び、箱から数メートルの距離を置く。その瞬間、先程まで悟がいた場所に氷柱が突き刺さった。どこか懐かしい展開、遠い記憶の中で、似たようなことがあったような、と思う。それが、いつのことだったか思い出す前に、鮮烈な青と眼が合った。
「――…、らん」
無造作に括られた灰褐色の髪も、悟と同じ能力を宿す眼も、鈴のように澄んだ声も、幼い頃と変わらないまま。ただ、グンと背が伸びていた。並んだら、悟と同じくらいあるのではないだろうか。幼い姿のままだった乳兄弟の姿が更新される。まさか、こんな所で再会するなんて。
「伽藍ッ!!」
共に過ごした日々は微々たるものだ。それでも、その存在を忘れたことは一度たりともなかった。奥底にしまい込んでいた記憶が色づき、歓喜に胸が湧く。――なんて、なんて、美味しい所で登場するのだろうか、この乳兄弟は!そんな事すら思って、もう一度、乳兄弟の下へ跳ぼうと術式を発動しようとした悟の目の前で。
「まさか、邪魔が入るなんて」
乳兄弟の胸から手が生えた。鮮血が舞い、一瞬、思考が停止する。――何が起きた?発動しかけていた術式が霧散し、唇が戦慄く。
有り得ないものを見た。
乳兄弟の背後で、いる筈のない人間が嗤っている。一年前、悟が自らの手で殺したはずの人間。偽物かもしれない。変身の術式を使っているのかもしれない。けれど、悟の
――あれは、間違いなく、
ただ、悟の魂が、あれは偽物だと断言する。
『もういっぺん跳べ、悟』
――す前に、声に誘われるがまま、何の違和感すら抱かずに、悟は術式を発動した。それにより、悟と乳兄弟との間に距離が開く。距離にして、約二十メートル。悟が目にした箱――もとい獄門彊の有効範囲から、大きく外れた場所に、悟は降り立った。
この瞬間、未来は確定した。揺ぎ無い、呪術師たちの勝利の未来が。
そして、それはつまり。
五条悟が、また一つ、大切なものを取り落としたことと、同義だった。
それが、五条家の分家筋に生まれ、悟の乳兄弟となった転生者の名前だった。
彼は、天与呪縛"無響無声"により、生まれた時から声帯を持っていなかった。その代わりに、六眼と膨大な呪力、複数の術式、頑健な体、並外れた怪力を持ち合わせていた。しかし、本家も分家も、彼が天与呪縛と知る者はいない。六眼により、五条悟さえ欺く隠蔽術式を早々に編み出していたからである。そんな彼についた二つ名は"怪童"。五条悟と共に、厚い期待を向けられていた。が、そんなこと知ったこっちゃねぇと六歳になる五日前に出奔している。
彼は、生まれながらの被呪者でもある。取り憑いている呪霊は実に善良で、本人に代わり言葉を話す能力しか持たない。呪霊とは魂レベルで繋がっているので、彼が思ったことをそのまま喋ってくれるらしい。まるで腹話術のようだが、腹話術師は呪霊で、人形が彼という狂った現実。ちなみに、この呪霊も転生者だったりするのだが、彼はそのことを知らなかった。本当に業が深い。
彼は、呪言師として天才的な能力を持っていたが、発声ができないため、宝の持ち腐れとなっていた。主に使うのは氷雪系の術式、攻守ともに使い勝手がいいので。それでも、呪言師としての活動が諦めきれず、二十年かけて呪霊に言霊を使わせる術式を生み出す。間違いなく、彼は天才の部類だった。が、結局は伽藍自身の口から直に発声されているモノではないため威力が落ちる。当然、狗巻棘にも劣る――はずだった。
五条悟を封印から助けたのは、別に最初から狙ってやったことではない。なんなら、転生者ではあるが渋谷事変の知識は皆無だった。彼はただ、胸騒ぎがして、その衝動のままに渋谷に向かっただけなのだ。きっと、
夏油傑の姿をしたナニカの手は寸分違わず、彼の心臓を穿っていた。致命傷だ。反転術式をかけたからといって助かる見込みがないことは明白だった。それでも、最後に、
そうして、驚愕に青褪める乳兄弟の顔を最後に、彼の意識は閉ざされた。
――でも、一つだけ。未練が、ある。
("久しぶり"って、言えへんかったなぁ)
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解説という名の補足
伽藍が生きる世界は、漫画の呪術廻戦と似て非なる世界である。
そのため、伏黒甚爾やその妻、天内理子などの生存が許容されたが、イレギュラーな行動までは許されなかった。そのイレギュラーが何かと言えば、伽藍の出奔である。
伽藍が出奔したのは前世の記憶を持っていたからである。
前世の記憶によって、"呪術廻戦"という漫画の知識があったため、術士として使い潰される未来を危惧した。同時に、一番才能がある呪言が天与呪縛で使えないことが地味にコンプレックスで、こんな状態で
なぜ前世の記憶を持つことが出来たのか。
それは伽藍の前世で
渋谷事変で五条悟は封印されない。
それが、この世界の筋書きであり、何が何でも覆されてはいけない未来だった。そのためには伽藍の存在が不可欠であり、もっと言えば、伽藍が持つ
世界は、伽藍に、筋書きからそれた二十二年分の罪を、清算させるつもりだった。
偽物とはいえ、夏油傑の姿をしたものが現れれば、五条悟の動きは止まる。そうなれば、たとえ
――元々、世界の筋書きで、"篠宮伽藍"という男はこの日に死ぬことが定められていた。やや筋書きは狂ったが、それでも元に戻すことが出来た。ならば精々華々しく散らせてやろう。そんな世界の思惑なぞ知らず、まるで自分の意思でそうしているかのように、伽藍は渋谷へと向かっていった。
そうして、最初で最後の舞台に立つ。
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蛇足
pixivにはあげてましたけど、こっちには上げてなかったので引っ張ってきました
ざっくりとした時系列をあげると、渋谷事変以降のお話
原作世界とは別物であることをご承知おきください
カッコイイ五条先生はいません
合言葉は~?
\イッツァ・パラレルワールド!!!!/
「――僕の知り合いにさ、」
「うん?」
「呪術の研究が好きなヤツがいるんだけど」
「なんやの、急に」
「そいつがさ、自分のこと、"呪術師じゃない"って言うんだよ」
「……せやったら、呪術師ちゃうやろ。本人がそう言ってるんやったら、そうなんや」
「だよね、僕もそう思う」
「なんやそれ。話しかけて来たんはそっちなのに、消化不良起こしそなくらい微妙な終わり方したやん?」
「だって、事実だから」
「……へぇ?最強を名乗る男にしてみたら、その知り合いとやらは呪術師を名乗る資格はあらへんと?」
「違うよ、そうじゃない。……そうじゃないんだ」
「せやったらどないなこっちゃ」
「そいつは、呪術師じゃない。呪術師の家系に産まれたけど正式には呪術師になってなくて、でも家系と本人の性格が影響してか呪術に造詣が深くて、呪骸や呪具だって作れて、それから―――
「…………で?」
「だからさ、そいつには、呪術師よりももっと相応しい肩書があるんじゃないかって、僕は思うんだ」
「………………」
「つまり、さ」
頭上を覆い尽くしていた帳が消えていく。凄惨な戦いの後を残す都会と呼ばれる
2018年11月01日 00時00分
「お前は、最高の
同じ色彩を持つ双眸が潤んでいるのは、見なかったことにしてやろう。そうして、衛星から電波を受け取り一定のリズムを刻む腕時計の電子音を聞きながら、彼は笑った。
●
重い瞼をこじ開けて一番に視界に映ったものは、もう何年も連れ添った呪霊の姿だった。ただ、どういうことか透けていて、今にも消えてしまいそうに見える。ふよふよと宙に浮きながら、尻尾をくねらせ、縦に割れた眼孔を眠そうに瞬かせていた。
『呪霊相手にこんなん言うのも可笑しな話な、んや、け…ど………?』
ちょっとした違和感。震えるものがない筈の場所で、確かに何かが震えている感覚があった。限界まで目を見開き、そうして、彼は自覚する。
『やってくれたなぁ、われ』
彼のその言葉に、呪霊は笑った。眼孔の下の部分がぱっくりと割れ、端まで裂けていって、ニチャリと。その奥で、不揃いな牙がてらてらと光っていた。口裂け女とも張り合えるくらいの裂けっぷりに、「こいつの口許ってこないに裂けとったんや」と場違いにも感心してしまう。
一段と薄くなった気配と、透けていく呪霊の体。ついには天井の模様まで見えるようになって漸く、彼は酷く怠くて重い腕を持ち上げた。引き攣れた痛みを感じたが、気にせず呪霊に手を伸ばす。
『なァ、■■■』
呪霊の名前を呼ぶ。伸ばした手にすり寄ってきた呪霊の感触は――ない。猫のような柔らかな毛並みも、温もりも、感じない。それでも、確かにある存在感を刻み込むように、彼は呪霊を撫で続けた。
『俺なんかのせいで……折角の二度目の人生やのに。人間ちゃうくて化け物として生まれさせられて、俺の通訳ばっかりさせられて。最後は贄にされてこの世界から消えてまう。どない謝っても謝り足らへん。やけど、最後は謝罪ちゃうくて、感謝を伝えさせてな』
足先から消えていく姿をしっかりと視界にとらえて。
『おおきに』
少しの照れくささを抱きながら。
『――
彼は、
●
「――――ねぇ、一つ聞いていい?」
『なんや』
「僕より重傷だったくせに、僕より回復が早いのは何で?硝子だって、"全快には時間がかかる"って言ってたのに」
『分かり切ったこと聞いてくるなぁ……俺が反転術式使えて、その反転術式が悟の反転術式より優秀やった、それだけの話やろ』
「解せない」
『解せ』
吹き抜けからLDKを覗き込む客人。もとい
不本意ながら特級呪術師になって以来、容赦なく舞い込む任務の報告書を確認する。誤字脱字など言語道断、
『こら3級案件、こら4級…いやギリ3級?まぁ、悟に振るには軽すぎるさかい避けといて、あとで1級か準1級あたりに回そう。こっちは……土地神信仰?…なんか、過去に似た案件なかったか?確か悟の後輩くんたちに振られとったような…?念のため悟が対処、と。あー……こら特級、確実に特級やわ。窓の人たちよう生きとったな?ふーん?たまたま甚爾くんが近くにいたと……はー、嘘くさ』
慣れた手つきで書類を捌き、未確認の書類がなくなったところで、生白い手が伸びてくる。いつの間にか二階から降りて来ていた悟が、向かいのソファに座っていた。書類を渡してやり、残りは別にファイリングして床に投げ捨てていた鞄にしまう。コーヒーでも淹れようかと席を立ち、うん、と伸びを一つ。
「僕はココアね」
『……仕方があらへんなぁ』
かつて、才能があるが故に自分に失望し逃げるように姿を消した乳兄弟。二十数年も音信不通だと、もう一生会うこともないのだろうと半ば諦めていたけれど。そんな悟の心情を覆すかのように、彼は、悟の下に帰ってきた。それが、どんなに嬉しかったか、きっと彼には分かるまい。
小さかった背中は大きく逞しくなり、背も、悟に負けないほど高くなった。灰褐色の髪はばっさり短くなり、丁寧に切り揃えられた前髪からは、青い瞳が覗く。男にしては細い首周りは、けれど、以前よりは確かに太くなった。
「――――夢みたいだ」
――2018年10月31日、渋谷で起きた未曾有の戦いから1ヶ月余り。
『何言うてるんや』
彼らは、置き去りにした過去を取り戻すかの様に、今を共に生きている。
--------------
篠宮 伽藍
天文学的な確率で存在する"もしも"を掴み取った奇跡の人。
渋谷事変後、なぜか声帯が生成され地声を発することが出来るようになる。事情を知る父や伏黒甚爾にはたいそう驚かれたが、それ以上に驚いていたのは五条悟。なぜなら今まで聞いてきた声が作り物と(戦いの最中に)知った上、復帰した時の第一声を聞いてあまりにも悟自身の声と似ていたから。そう、この男、実はcv.中○悠一である。
悟と同じく特級呪術師として登録されており、多忙を極めている。あと、正式に篠宮家も継いだのでそっちの方の仕事もある。それに加え、伊地知が余りに不憫だったので、悟の補助監督を買って出た猛者。周りには働き過ぎだと言われるが、当人は手の抜き方を知っているので割と元気。
先日、本来迎える筈がなかった29回目の誕生日を迎え、五条悟を筆頭に多くの人に祝われた。いつもよりほんの少し体が軽い。何故だろうかと考え、ふと思い至る。――
世界
伽藍が生き残れたのは、この世界がほんの気紛れで、彼の生存を許容したから。本来の道筋から大きく外れた歩いてきた彼に、世界は憤怒していたが、最後に役目を果たしたのは事実。それならば、褒美をやろう。とはいえ、それも打算まみれの許容だったことは否定できない。
悟一人でもできるが、彼がいれば夏油傑の姿をしたモノを楽に倒せるだろうというのが世界の考え。なにせ最強に至った悟と、最強に至る素質を持つ伽藍のコンビである。彼らが揃ってこの世に祓えない呪霊はない。そうなるように世界が
呪言を使わせる代償を払わせた呪霊はまだ力を残している。なら、その残った力で潰された心臓を治してやればいい。それから、一度死んだなら面倒な
――――ソレは、本当に、現実か…?
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蛇足2
揺蕩うように。微睡の中にいた。
――…る、…ぉる……
何か、聞こえる。……人の声?もしかして、僕を呼んでいるのだろうか。
―――…さ…る、
(……なんだよ、今いい所なんだ。邪魔するなよ…)
声は段々と大きくなっていく。
―――………ぁ、と……る
(だから…うるさいってば……)
まとわりつく蠅を払うように、手を振り上げた時だった。
――――――悟
聞き慣れた声が、耳朶を打った。
「――――……え…?」
驚いて反射的に目を開く。数歩といかない距離に、そいつは立っていた。
「やぁっと目ぇ開けたか、寝坊助…っちゅうのんはちょいちゃうか。ここはお前の心の中みたいなもんやし、ちゃんと目ぇ覚めたって訳でもあらへんしな」
仕方がないと言いたげな表情でそいつは肩を竦める。
「え…何…?それ、どういうこと…?だって、さっきまで、僕たち……???」
薄暗い空間だ。僕達がいる場所だけが、蝋燭の火で照らされたようにほんのりと明るい。
「夢でも見とったのか?…見とったんやろうなぁ」
呆れたような声。そいつの発言に納得がいかなくて、僕は反論した。
「ゆ、め……夢…?そんなはずない、だって、こんなにもはっきりと覚えてる。あれは夢なんかじゃない。確かに起こったことで――」
「そないな記憶、
ばっさりと。情けも容赦も情緒もなく。同じ色彩の瞳が冷えた眼差しで僕を射抜いた。
「なんっ、なんで、そんなこと言うんだよ」
「……だって、なぁ?」
言ってから、ハッとする。なんてことを聞いてしまったんだ、と。答えを聞きたくなくてそいつの口を塞ぐために手を伸ばす。
「俺はお前を庇うて死んださかい」
また、ばっさりと。僕の手が届く前に、そいつは吐き捨てた。
「死…――――」
視界を覆う目隠しをぐしゃりと握りしめ、きつく目を閉じる。信じられない。信じない。信じたくない。――不意に、肩を抱かれた。
「目隠しは取って、ちゃんと目ぇ見開け。死人に囚われるなんて、悟らしゅうない……唯我独尊を体現するのがお前なんやさかい。俺のこと、忘れろ、とは言わへん、時々思い出すのんは許容したる」
トントン、と。子供をあやす様に、一定のリズムで肩を叩く感触。こんなにもはっきりと、感じているのに。
「
なのに、どうしてだろうか。
「――早う起きろ」
こんなにも、
「お前が起きるのを待ってる人がおる、教え子に同僚、天敵、それから」
ぷつり。ピンと張っていた何かが、切れる音を聞いた。
「――――……ぃ、せに…」
「うん?」
「――――……いない、くせに……ッ」
「………悟?」
「お前は……ッ、お前が!!いないのに!!なんで起きろって言うんだよ!!!!」
激昂のままに言い捨て、絶対にはなしてなるものかと、そいつを掻き抱く。きつく、きつく、きつく。息をするのも難しいほどに、きつく。
「俺は!!俺は―――ッ!!!!」
でも、それは、何の意味もない。
「聞き分けのあらへんとこは相変わらずやなぁ……」
するりと、いとも簡単に腕から抜け出される。
「やけど、そないな悟やさかい、俺は守ったんや」
満足げに笑うそいつが恨めしい。それと同時に、やっぱりそうだよな、と諦めにも似た感情が湧いてくる。
「お前に、生きとってほしかってん」
声が遠ざかっていく。目隠し越しでもはっきり見えていた姿も、ぼんやりと滲んでいく。
「そやさかい……うん、」
みっともなく縋るように伸ばした僕の手は届かない。なのに、そいつの手は、僕に届いて。
「かんにんな?」
額を小突き、離れて逝く。
「待っ――――」
『起きろ』
--------------
五条 悟
奇跡はあると思っていた、のに。
伽藍に対する感情はとても複雑。親愛、尊敬、憎悪、諦念、ありとあらゆる感情を伽藍に向けている。幼少期に抱いたそれらの感情を、二十数年かけて昇華しようとしていた。あともう少しで"思い出"になるはずだったそれらの感情は、突然の再会により彩を取り戻してしまった。
そこに、悟を庇ったという事実と、親友の姿をしたモノに胸を貫かれたという現実が加わり、大爆発。渋谷に蔓延っていた呪霊という呪霊を、吹き荒れる呪力の勢いのままに祓いまくり、偽夏油さえも倒して気絶した。後々、過度のストレスと呪力枯渇と家入硝子に診断され、セルフ無量空処することになる。
気を失っている間、夢を見ていた。決して、手に入れられない、有り得ざる日常の夢。幼い頃、五条本家で過ごしていたような、そんな温かな夢。意識を取り戻し、彼は泣いた。見舞いに来ていた教え子や同僚たちの前である事も気にせず。子供のように泣いた。だって、"久し振り"も"おかえり"も言えなかった。
泣いて、泣いて、泣いて――
――――ふと、気付く。
『子供の時かて、そないな風に泣きじゃくってる姿見たことなかったのに……ええ物見られたなぁ』
寝ていたベッドの下から、自分そっくりな声が聞こえて飛び起きる。反射的に構えた悟に、ベッドの下から這い出て来たその声の主はケタケタと笑いながら言った。
『ええ夢でも見とったのか?』
「――――、」
余りの出来事に、絶句する。そんな悟を見て、ベッドの傍らに立っていた家入硝子はニタニタと笑い、見舞客の一人である夜蛾正道はサングラスを取って眉間を揉み解し、同じく見舞客の一人である伏黒恵は遠い目をした。
『おそようさん、寝坊助。お前、寝とるあいさに、年取ったんやで?』
生白い肌はより一層白く――というよりも血の気が失せて青白く、所々赤黒く染まった灰褐色の髪はざんばら。六眼の輝きは変わらないが強膜は黒く濁り、その身から放たれる気配もまた、人とは違っていた。
「――――……伽藍、呪霊になっちゃったの…?」
『どっかの白髪頭のおかげさんでね』
「…………は、はは」
手を伸ばせば、仕方がないなと言いたげな表情で握り返される。体温などありはしない。けれど、なんとなく温もりを感じて、視界が歪んだ。
「っ、…おれ…っ、ゆーたのこと、わらえないね」
『誰やねん、そいつ。……それよりその情けない顔をどないかせぇ。大人のくせにめそめそめそめそ……情けないったら』
愛ほど歪んだ呪いはない。まったく、その通りだと思った。
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