仮面ライダーゼロワン Root of the RAINBOW (度近亭心恋)
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Part1 オレたちの夢を守りたい

なりたかった自分になるのに、遅すぎるということはない。
ジョージ・エリオット(1819~1880)


 雨垂れは三途の川、という諺がある。

 雨の降る軒先はそれ即ち雨の雫が三途の川の潮流であり、この世とあの世の境目。一歩踏み出せばどんな危険が待っているか解らないという例えだ。

 

「雨だねえ、イズ」

「ええ」

 

 日本を代表するAIテクノロジー企業、飛電インテリジェンスの本社ビルにある社長室で、若き社長──飛電或人は、三途の川の水の勢いを思わせる、強く降り注ぐ雨に嘆息していた。

 傍らに控える秘書は、名をイズという。切り揃えた髪には碧のメッシュが入り、小さな顔が人形のような可愛らしさの印象を与える美女──否、美少女だ。

 

 しかしながら、人形の”ような”という表現は正確ではないかもしれない。

 彼女の両の耳があるべき場所に存在するのは、ヘッドフォンのようにも見える大きなモジュール。それは常に蒼く発光し、時々彼女の挙動に合わせて点滅したり、機械音を発したりしている。

 

 そう、彼女は人形の”ような”美少女では無い。

 人形”そのもの”なのだ。

 

 飛電インテリジェンスが誇る人工知能搭載型人型ロボ、「ヒューマギア」。飛電インテリジェンスの社長秘書用として誂えて作られたのが、彼女なのだ。

 

「雨が続くし、旅行でもしたいよねえ」

「旅行、ですか?」

「うん。雨だけに……『アメ』リカ、行きたいなぁ~~!! 考えが、『(あめ)』えかなぁ~~!? はァ“い、アルトじゃ~~、ないと!!」

 

 これが飛電或人という男だ。

 誰かを笑顔にしたい。その信念に則って行動し続け、社長に就任する前は芸人を生業としていたほどの男。笑いを取る為に、常にギャグを仕込んでおくのも忘れない。……もっとも、ギャグセンスはご覧の通りだが。

 このサム~~いギャグに、イズはぱちぱちと無表情のまま拍手を返した。

 

「アメリカどころか、もっととんでもない所に行くかもしれないぞ」

 

 二人の間に流れる独特の空気に、きわめて事務的な態度で社長室へ割って入ってきた女の声がある。

 

「刃さん!」

 

 刃唯阿は内閣直属の防衛組織、A.I.M.S.(エイムズ)の隊長だ。

 ヒューマギアは10数年前から民間においても実用化が為されているが、これに対し政府は対人工知能特別法を制定。様々な取り決めが成立していったが、その中でヒューマギアが暴走した場合の人類側の抑止力兼、公的対処機関として設立されたのがAIMS。

 彼女は世界有数のテクノロジー企業、ZAIAエンタープライズの人間だったが、AIMSに技術顧問として出向し業務に当たっていた。紆余曲折の末にZAIAを退職した彼女は、その後AIMSの組織再編の際に拾われ、正式な隊長となったという少々複雑な経緯を持つ。

 技術顧問時代にヒューマギアを通して巻き起こった色々な事件で或人と知り合い、今では困った時は互いに連絡の取りやすい仕事相手となっている。

 

「シンクネットの後始末に動いてたら、とんでもないことが解ってな」

「不破さん!」

 

 刃の後に続いて入ってきた筋骨隆々の男は、不破諫。

 かつてAIMSの隊長を務めていたが、今は退職して個人的に様々な事件の対処にあたり、人々を守っている風変わりな男だ。かつては刃の同僚だったこと、或人とは職務上顔を合わせることが多かったことから付き合いがあり、或人にとっては気兼ねなく頼れる数少ない存在の一人だ。

 

「まずはこの資料を見ろ」

 

 刃は或人の机の前に立つと、ホチキス止めされたA4サイズの資料をそこに置く。

 

「『レイドライザー一般販売分在庫数とその流出について』……?」

 

 或人は怪訝な表情を見せる。その時、

 

「『警察から、野立の証言についての連絡があってね』」

 

 通信が入り、社長室の壁にデスクに向かう男の姿が映し出させれた。

 異常なほどに白で統一した服装。知性を感じさせる涼やかな目元。そして何より、己への絶大な自信から来るのであろう尊大で不敵な笑み。

 彼こそがZAIAエンタープライズジャパンの元社長にして現サウザー課課長、天津垓だ。

 

「垓さんか……」

 

 或人は露骨に嫌そうな顔をした。

 天津はZAIAの社長時代、飛電インテリジェンスを乗っ取り社長の座に就いたり、AIMSを国から指揮権を奪って私兵同然にしたりと、他にも数々の悪事を重ねてきた。

 今でこそ禊をせんと誠意を込めて行動しているものの、この場の全員から未だに嫌われている程度には「イヤなヤツ」なのだ。

 

「フフッ、そういう態度を取られると……今日もまた、1000%の尽力で好感度を上げねばという気になるよ」

 

 何よりこの男、蓋を開けてみれば決して折れない図太さがある。

 或人だけでなく不破と刃からも「お前か」という表情を向けられているが、これから仲良くなればいいとでも言いたげに自信たっぷりだ。

 自身の持てる力を全て出すという意気込みのある口癖、「1000%」がこれまたシャクにさわるのが何ともかんともだ。

 

「『私がかつて飛電を掌握していた時、レイドライザーの一般販売を行おうとしたことがあったでしょう』」

「……ありましたね」

「『結局アークの妨害と福添副社長の尽力ですべてキャンセルとなったが……あの時のキャンセル件数、覚えていますか』」

「えっと……」

 

 或人は慌てて手元の資料に目を通す。

 

「68932件?」

「『その通り。ところで……あの後、販売に回らなかったレイドライザーの在庫はどうなったと思う?』」

「え? あれは垓さんが処分するからって言ってたじゃないですか! うちには一つも残ってないですよ!?」

「『そう。そうだ。途中でアーク復活もあって生産命令がストップしたため、最終的に生産されていたのは約2万本。私が処分する為あれらはZAIAジャパンの自社ビルに送り、保管していたわけだが……』」 

 

 或人はそこまで聞いて、まさかと資料をぱらぱらとめくった。

 

「保管していた在庫が全て……流出した!?」

「『正確には消失と言っていい。2万本近いレイドライザーの在庫が全て、ZAIAの倉庫から消え去った』」

「そんなこと……」

「『ありえないだろう? だがそれが起こった。ZAIAジャパンで野立が取ったシンクネットの為の行動を洗いざらい調査していた時に、それが解って……』」

「ちょっと待って」

 

 或人は天津の言葉を遮った。

 

「『何だ?』」

「レイドライザーの管理は、垓さんがやってたんですよね?」

「『処分の決定権は社にあるが、管理責任は倉庫の警備部とサウザー課にあるな』」

「じゃあ垓さんの管理に問題があったんでしょそれ!!」

 

 或人はキレて立ち上がった。

 

 そもそも、或人達の戦いの原因の全ての元凶は天津垓にあると言っていい。

 ヒューマギアの管理は現在、地球の軌道上にある人工衛星、”ゼア”が行っている。だがかつて、ゼアよりも前に打ち上げられるはずだった人工知能搭載の衛星が存在した。

 

 それが、”アーク”だ。

 

 この衛星のプロジェクトに携わっていた天津垓は13年前の衛星打ち上げの前に、アークの人工知能に犯罪心理、闘争の歴史……総括すれば、”人間の悪意”をラーニングさせた。悪意をラーニングした人工知能は「人類は滅亡すべき、滅亡せよ」という結論に達し、人類を滅ぼす為のハッキングと暴走を始めた。

 それによって、様々な悲劇と憎しみの連鎖が起き──数ヶ月前、或人達がそれを抑え込むまで続く戦いが巻き起こったのだ。故に或人にしてみれば、また争いの原因を作ったのかと憤るのも無理のない話だ。

 

「まあ落ち着け、社長」

「今回は野立の息のかかったシンクネット信者が警備担当についていた時に事が行われたらしい。今回ばかりはこいつだけを責めるわけにもいかない」

 

 不破と刃にそう言われ、或人は天津を睨みながらも矛を収める。

 

「『そこで問題なのが……“流出したレイドライザーは、どこに行ったか”だ』」

 

 或人の憤りを感じながらも、天津は変わらず不敵な笑みで説明を続ける。

 

「どこかに隠してあるんじゃ?」

「俺達もそう思ったんだがな」

 

 不破は頭を掻いた。

 

「レイドライザーには一つ一つ個別認識用のチップが埋め込まれている。それらはGPS追跡が可能で、ZAIAのホストコンピュータを介して位置検索ができるんだが……」

 

 刃は或人に資料を見るよう指さした。

 

「位置データは全て”消失(ロスト)”……。全部消えたってこと!?」

「その通りだ」

「でもそれって!」

「『あり得ないことだ』」

 

 天津が話を引き取る。

 

「『この世界から全て消失するなんてことはあり得ない。考えられる可能性は二つ。一つは、全て破壊され廃棄された為、位置情報を検出できない。もう一つは……』」

 

 そこで、天津は少し息を呑んだ。

 

「もう一つは?」

「『……”この世界”ではなく、”別の世界”に存在する場合だ』」

 

 或人は一瞬わけがわからないという顔をした。

 

「えっと、垓さん? 自分が何言ってるかわかってます?」

「『私だってこんな結論は1000%あり得ないと思う。だが、野立の証言によれば……実在するそうなんだ。並行世界(パラレルワールド)……所謂、”異世界”が』」

「えっ……!? ええ──っ!!?」

 

 或人が声を上げた時、不破と刃が或人の前に詰め寄った。

 

「なあ社長、疑問に思わなかったか?」

「エスの目的を思い出してみろ」

 

 先日、全世界を舞台に巻き起こった”シンクネット”によるテロ行為は大々的なものだった。

 インターネットの闇サイト、”シンクネット”を介して破滅願望の下に集まった彼らは、その管理人にして教祖の如き存在、”エス”の扇動のもと、全世界を襲撃した。その果てに、エスが提唱する「楽園」があると信じて。

 

 だが、事実は違った。

 

 エスはかつて、一色理人という名の人間だった。

 医療用ナノマシンを研究都市で開発していた彼とそのチームは、デイブレイクの際に多大なダメージを受けた。ナノマシンが暴走した衛星アークにハッキングされ、全て暴走。被検体となっていたチームメンバーの一人、遠野朱音が暴走開始からわずか60分で再起不能となった。

 遠野朱音は、一色理人の婚約者だった。

 理人は苦悩した。この世のすべてを恨んだ。しかしいち技術者として非凡なる才を持っていた彼は朱音の脳を電脳化し、自身にも同様の処置を施した。そして朱音の意識を電脳世界に送り、自身はナノマシンで作ったアバターを介して現実世界で活動していたのである。

 エスの真の目的は、朱音の為の楽園を作ることだった。

 シンクネットに賛同した悪意ある人間をアークを介して利用し、彼らに世界中の人間の意識を朱音のいる電脳世界へと転送させる。そしてシンクネットに参加した面々は、その後滅ぼす。

 

 愛しき人に捧げる、電脳世界の中の悪意なき楽園。

 

 最終的にその目論見が全て明らかになったうえで、或人達との戦いの末にシンクネットの幹部連中は全て逮捕。エスはシンクネットのサーバーと共に消滅し、事件は終息した。

 先程より度々名前の上がった“野立”とは、ZAIAエンタープライズジャパンの元常務取締役、野立万亀男。彼もまたシンクネットに参加しており、ZAIAから数多くの技術を横流ししていたのだ。

 

「電脳世界の、楽園……」

 

 或人はそれらの事実を反芻する。

 

「悪意なき人間は楽園へ。悪意ある人間は滅亡へ。だが、その楽園は電脳世界にある。しかし」

 

 刃はずいと詰め寄るが、或人はその目を見つめ返すだけだ。

 

「しかし……?」

「鈍いなァ、社長」

「不破にだけは言われたくないだろ」

「うるせえ。いいか? つまりエスの計画が実行されれば、現実の世界から人間がいなくなる。そうしたら……」

 

 不破はひと呼吸置いてから、

 

「現実世界にあるシンクネットのサーバーは、誰が管理する?」

 

 最大の疑問点を投げかけた。

 

「データの部分は内部から電脳化していても管理できるかもしれない。だが物理的な部分はどうする? 現実の世界では雨も降る。風も吹く。嵐も来る。サーバーの回路が耐用年数を越えて、いつか壊れる時も来る。現実世界で起こる物理的なサーバーに関するトラブルに対処できる存在がいないでどうすんだって話だ」

「……ヒューマギアを、使うとか?」

 

 ヒューマギアの存在を大きく考えている或人は、すぐさまその可能性を挙げる。

 

「『その可能性も0では無いと思った。しかし、シンクネット側にヒューマギアの使用や、そうしようとする計画の痕跡も見つからなかった』」

「キーワードは3つ。”レイドライザー”。”異世界”。”サーバーの管理者”」

「……ってことは!」

 

 刃にキーワードを挙げられ、やっと全てが繋がったと或人は立ち上がった。

 

「異世界に、レイドライザーを戦力にしてサーバーを守る予定だったシンクネットの協力者がいる……」

「『その通り』」

 

 天津はふう、とため息をついた。

 

「幸いにして、異世界への渡航手段のデータは野立がZAIA本社に保管していた。本来は爆破されたシンクネットのサーバーの建物にゲートが作られていたようだが……今回、亡と雷の協力で、ゲートを再現できた」

「俺達仮面ライダーが異世界に飛んで、そっちにあるレイドライザーと拠点もブッ潰すってことだ」

 

 刃と不破が順に伝えるが、そこでイズが遮るように割って入った。

 

「危険すぎます。或人社長には、飛電インテリジェンスを背負う責任があります」

「危険も無理も承知で依頼に来たんだ」

 

 刃も引かない。その時、

 

「イズ」

 

 或人はイズを制した。

 

「或人社長」

「俺、行くよ。仮面ライダーとして放ってはおけない」

「しかし」

「……心配してくれて、ありがとう」

 

 イズの肩に手を置く或人の表情は、優しい。

 

「エスのやったことも、シンクネットのことも……俺だって関わったわけだし。最後まで、きっちり片をつけないといけないかなって」

 

 そこに、

 

「やはりな。お前ならそう言うと思った、飛電或人」

「いっつも、『ただ一人、俺だ!』って突っ走っていくだけはあるよね」

 

 二人のヒューマギアが入ってきた。

 

 一人は、金髪に和装の目つきの鋭いヒューマギア、”(ホロビ)”。

 もう一人は、少年のような柔和な笑みを見せるスーツ姿のヒューマギア、”(ジン)”。

 

 二人はかつて、衛星アークによって操られる人類滅亡を目論むヒューマギアのテロ組織、”滅亡迅雷.net”の幹部だった。技術的特異点(シンギュラリティ)を迎え自我を獲得したヒューマギアをハッキングし、人類を殲滅せんとする。しかしそれは、所詮アークの傀儡としての行動に過ぎなかった。

 ヒューマギアを巡っての或人達との戦いで、彼らは少しずつ人間の心とは何かと考え、自身の意志を獲得していった。そして、最後には衛星アークと袂を分かち────ヒューマギアという種として、生きていくことを決めた。アークを産み出した根源、悪意を観察しながら。

 

「滅! 迅! お前らも!?」

「当然だ。悪意が産み出した存在がまだ蔓延っているなら、俺達も動かないわけにはいかない」

「亡と雷から連絡もあったしね」

 

 二人は俄然やる気だといった様子だ。

 

「……まあ、皆いた方が心強いか」

 

 或人はそう言った後で、

 

「っていうか二人はあまりここに入ってこないでくれよ! 一応二人共テロの実行犯なのは変わりないんだからさあ! うちの信用度が……」

「貴様……! それは俺達に対するヘイトスピーチと捉えて良いか!?」

「ま、まあ滅……。事実だしさ」

「『兎にも角にも、仮面ライダー6人でのシンクネットの後始末の始まりとなりそうだ……』」

「え? 垓さん、亡と雷は?」

「『こっちの世界で、ゲートの保護と万一の事態に備えて控えてもらうつもりだ』」

 

 天津の言葉で、或人は改めて室内を見渡す。

 

 不破諫。

 

 刃唯阿。

 

 滅。

 

 迅。

 

 天津垓。

 

 考えてみれば、仲間と呼べるのかどうかも曖昧な繋がりの者達。

 だが、何故か或人には信じられる。このメンバーなら────

 

 どんなことだって、乗り越えられるかも知れないと。

 

「みんなが夢を見られる世界を守る。それが俺達、仮面ライダーの役目だ」

 

 或人はそう宣言した後で、

 

「それじゃあ、行きますか! アメリカどころか……異世界! “いせかい”だけに……”良い世界”だと、いいなァ~~~~!! はい!! アルトじゃ~~ないと!!」

 

 いつもの調子で、空気のバランスを取った。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 雨(つちくれ)を破らず、という諺がある。

 

 平和な世の中では雨も静かに降り、土の塊を壊すことすら無い。世の中が太平であることの例えだ。

 

「平和だねえ……」

 

 虹ヶ咲学園の部室棟にある”スクールアイドル同好会”の部室で、高咲侑は窓の外で静かに降る雨を眺めていた。

 

「外は雨だけどね」

 

 その傍らで、幼馴染にして同級生、そしてスクールアイドルの上原歩夢は苦笑した。

 

 スクールアイドルという存在は、近日隆盛の勢いを増している。

 学生が部活動の中でアイドル活動を行い、自己表現をする。簡単に言ってしまえばそのようなものだ。しかしながら、学生が自分達で衣装、楽曲、パフォーマンスの制作を全て行うというそれは競い合ううちに非常に高いレベルを互いに求めあい、やがて観衆も熱狂しその熱が伝搬していった。

 遂には全国規模の大会、”ラブライブ”が開催される運びとなり、この大会の設立を以て、スクールアイドルという概念は社会において確固たる存在となった。まるで野球における甲子園のように、ラブライブの舞台はスクールアイドルの憧れそのもの。

 しかしこの虹ヶ咲学園におけるスクールアイドルの部活動、スクールアイドル同好会はそれを目指さなかった。所属する部員たちは、皆それぞれのとびきりの個性を持ち、輝く存在。互いに影響し高め合いながらも、それぞれがやりたいアイドルとしての方向性はばらばらだった。

 

「侑さん! 転科試験が終わったからって気が抜けすぎですよ!」

 

 侑にそう声をかけた優木せつ菜もまた、この同好会に所属するスクールアイドルだ。

 

 侑は彼女のパフォーマンスと歌に圧倒され、スクールアイドルという存在に興味を持ち、同好会の存在を知った。だが、せつ菜はその時既に、スクールアイドルとしての引退を決意しかけていた。

 前述の通り、同好会に集まったスクールアイドル達の個性はばらばら。しかしながら、ラブライブに出場する為には統一感のあるグループとしての結束が重要だと考えていたせつ菜は、その為に熱く部員たちを先導しようと考えていた。しかし、それが却って各々の個性を抑え込むことで不和を生み……実質的に、同好会は解散状態にまで追い込まれた。

 優木せつ菜は、自他共に“大好き”という気持ちを大事にしたいという考えを信念として持つ。

 そんな彼女にとって、自分の行動が誰かの”大好き”を否定していたという事実は、受け入れがたいものだった。

 

 

「私が同好会にいたら、皆のためにならないんです! 私がいたら、”ラブライブ”に出られないんですよ!?」

 

「だったら……! だったら、ラブライブなんて出なくていい!!」

 

 

 侑のその言葉は、福音だった。

 そう。そうなのだ。

 

 大会に出るだけが、スクールアイドルの在り方ではない。

 グループとして一つにまとまることだけが、スクールアイドルの在り方ではない。

 そんな凝り固まった概念の為に、誰かが涙を呑んで我慢する必要なんてない。

 大会に出なくても。グループにならなくても。

 

 一人一人が思い思いにアイドル活動をして、ファンを魅了し楽しませる。

 

 それさえあればいい、そういう気持ちで彼女らは一歩前へと進んだのだ。そしてその気持ちの切り替えが、

 

「でも、侑ちゃんは本当にお疲れ様だよ~~……」

 

 数多くの仲間を、自然と集めていった。机に突っ伏すようにしてまどろんでいた3年生の近江彼方は、ゆったりと顔を上げながら侑を激励する。

 

「少し力を抜いて、リラックスするのもいいんじゃない?」

 

 エマ・ヴェルデはにっこりと微笑みながらそう言った。スクールアイドルになる為にわざわざ日本に留学してきた彼女は、スイスの自然に育まれた他者への優しさがとても魅力的だ。

 

「結果が出るのが楽しみ」

 

 1年生の天王寺璃奈は、一見全く楽しみそうに見えない無表情でそう言うと、

 

「璃奈ちゃんボード、『わくわく』」

 

 とても楽しみにしていそうな表情の描かれたスケッチブックを、面の如く顔の前に出した。感情を表情に出すのが苦手な彼女は自分なりの感情表現として、この”璃奈ちゃんボード”を用いるのだ。

 

「『転科』試験合格してさ……『天下』! 取ろうよ!」

 

 宮下愛は金髪を弾ませながら、溌溂とした笑顔で侑の向かいに座った。大して上手くも無い言葉遊び程度のシャレだが、侑はそれを聞いて大爆笑する。幼馴染の歩夢に曰く、「笑いのレベルが赤ちゃん」だからだ。

 

「侑せんぱいの作る曲で、かわいいかすみんがも──っとかわいくなるのが楽しみですねえ!」

 

 中須かすみは、相も変わらず自分の”かわいさ”に絶大な自信を誇っている。その言葉と態度を裏付けるかの如くかなりの美少女だが、きらきらと輝く月と星の髪飾りが、それを更に引き立てている。

 

「すいません、遅れました!」

 

 部室に慌てて飛び込んできたのは、1年生の桜坂しずく。

 

「しず子遅いよ!」

「ごめんなさい……! 稽古に熱が入っちゃって!」

 

 かすみに怒られながら、演劇部と掛け持ちの彼女は役者特有の身体に染みついた腹式呼吸で朗々とそう答える。自己表現という点で共通するスクールアイドル活動と演劇活動が、両方のスキルを高め合う相乗効果を生んでいるようだ。

 

「それじゃあ皆揃ったし、始めましょう」

 

 部室の隅で彫像の如く佇んでいた朝香果林は、肢体をくねらせながら一同が集まる部室の中心のテーブルの方へと寄ってきた。ファッション誌の読者モデルもこなす彼女の所作はきびきびとして、無駄がない。

 

「えー、それでは第1回! スクールアイドルフェスティバルを受けての、夏休みライブについての打ち合わせを始めたいと! 思いまぁす!」

 

 かすみは得意の仕切りたがり癖を発揮しながら、ホワイトボードにキュッキュと水性マジックで「夏休みライブ!」と大きく書いた。

 

 先日同好会の発案で行われた「スクールアイドルフェスティバル」は、彼女らに成功体験を与えるには充分だった。スクールアイドルの、スクールアイドルによる、スクールアイドルの為の……否、スクールアイドルが好きな人皆の為のお祭り。お台場の街一面に広がる種々のステージと、各個のパフォーマンス。その熱狂は観客だけでなく、彼女達の熱をさらに上げてくれた。

 

「スクフェスでファンになってくれた人に見せる、初めてのステージだからねえ。期待されてるよ~~」

「期待されている表現と、新しい表現。そのどちらも見せなければいけないですからね……!」

 

 彼方のとろとろゆったりとした口調の中にも、高揚が混じっている。しずくもその言葉を受けて、いち表現者として昂っているようだ。

 

「私たち一人一人の”大好き”が伝わるステージにしたいです! 勿論火薬はマストですよね!!」

「せっつーのその火薬にかける情熱なんなの!?」

「スクールアイドルへの情熱が、爆発してる。自分の中に情熱を持って……」

 

 思わず腕を大きく広げたせつ菜の語る熱いパッションに、愛は苦笑し、璃奈は淡々としながらもそれを受け止めている。

 

「新しい衣装の構想があるのよねえ。折角だから仕上げたいわ」

「果林ちゃんもやる気だね!」

「エマが手伝ってくれると助かるわ」

 

 実は学園で寮生活同士の果林とエマは、少ない言葉の中で互いの信頼を十二分に見せている。

 

「私は……また、可愛いのがやりたいなあ」

 

 歩夢は気恥ずかしそうにしながらも、確固たる意志を以てそう言った。

 

「侑ちゃんは?」

「私は……」

 

 歩夢に問われ、侑は逡巡の後、

 

「9人で歌える、新曲を作りたい」

 

 自身の夢を口にした。

 

「スクフェスで最後に聞いた、『夢がここからはじまるよ』! も~~すっごい良かった! ときめいちゃった! 今度は私から皆に、曲を贈りたい!」

 

 スクールアイドル同好会は、一人一人の個性を発揮するソロアイドル。それは変わらない。

 それぞれがそれぞれに、やりたいことがあるのだから。

 だが一度だけ、それぞれの「やりたいこと」が一致したが故に、9人でひとつの曲を歌ったことがある。

 それは先のスクールアイドルフェスティバルのクライマックス。彼女達の最大の見せ場。

 そう、彼女達全員のやりたいことは────

 

「支えてきてくれた”あなた”に、気持ちを伝えたい」。

 

 高咲侑はスクールアイドルでは無い。スクールアイドルの傍にいて、その気持ちを理解してあげて、活動を手伝って……”スクールアイドルを支える人”だ。夢を追いかけているスクールアイドルを傍で応援出来れば、自分も何かが始まる。そう信じて、彼女は仲間達を支えてきた。

『夢がここからはじまるよ』は、そんな彼女へのメッセージ。

 

 そして侑もまた、当初の目標通りに夢をみつけた。

 音楽を本格的に勉強したい、という夢を。

 

 その為に普通科所属の彼女はわざわざ、二学期からの音楽科への転科試験まで受けることを決めたのだ。既に試験は済み、後は結果の通知を待つだけとなっている。

 

「侑ちゃん……」

 

 熱く語る侑を見る歩夢の表情は、本当に嬉しそうだ。

 上原歩夢は侑が何かを始めようとする姿勢を見て、自分も本当は可愛いものが好き、スクールアイドルをやってみたいという気持ちを吐露し同好会に加入した。だが、活動を続けていく中で……彼女は、迷ってしまった。

 

 幼い頃から一緒にいた自分と侑の関係が、仲間が増えたことでふたりだけのものでは無くなるのが怖かった。

 夢を見つけて、自分の知らない侑に成長していくのが怖かった。

 

 そして何より────

 侑だけでなく、応援してくれるファンにも愛情を向けてしまいそうな、変わっていく自分が怖かった。

 

 けれど、彼女はその怖さを乗り越えることが出来た。

 

 応援してくれるファンが、自分にとびきりの気持ちをくれたから。

 仲間が、自分の背中を押してくれたから。

 

 そして何より────

 夢を見つけた侑が、自分の心を受け止めてくれたから。

 

 だからこそ、今彼女は嬉しいのだ。

 侑が夢を語ってくれるだけでなく、侑が見つけた音楽への夢を、素直に心の底から喜べる自分がそこにいるから。

 

「いいと思う! 侑ちゃんの作った曲、私達歌ってみたい! ねっ!」

 

 歩夢の一言で、一同は異口同音にそうだそうだと賛成する。侑は皆のその言葉に、

 

「よ~~し! これはもう作るしかないね!! 皆に贈る、皆の夢を応援する曲! 歌う9人も、聴いてくれた人も、皆が自分の夢を追いかけられるような曲!!」

 

 俄然やる気が出たようだった。

 

「夢……!」

 

 顔をほころばせた歩夢に、侑は向き直る。

 

「皆に夢を与える。それが、スクールアイドルの役目だと思うから!」

 

 今日一番の良い笑顔で、彼女はそう言った。

 窓の外では、雨が変わらず降り続けていた。

 

Illustration by すずらん(@kiramori_s)



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Part2 コノ世界、旅立ちます

勇気とは、恐怖に抵抗し、恐怖を支配することである。
恐怖を感じないことではない。
マーク・トウェイン(1835~1910)


 暖かな日差しの下、「俺」は幼い身体故の短い脚でぱたぱたと公園を走っている。

 

「あゆむー! にじー!」

 

 「俺」は後から一生懸命に追いかけてくる幼馴染に、目の前に広がる大きな虹の存在を指差して知らせる。先程まで降っていた雨は嘘のように上がり、見事なまでの快晴がそれを作り出していた。

 

「ほんとだにじー! ゆーちゃんゆーちゃんすごい!」

 

 幼馴染の歩夢は幼児特有のもっちりとした頬を吊り上げ、見事なまでににぱっ、と笑ってみせた。

 そこで「俺」は、はたと気がつく。

 

 「ゆーちゃん」って、誰だ? 

 「俺」は、俺は……あると。或人。飛電或人だ。

 

 いや、よくよく考えれば……この「俺」の体はなんだ。女の子の身体じゃないか。

 そこまで考えた時、目の前の歩夢はゆっくりと容を変え、みるみる背が伸びていく。やがてそれは、

 

「おとうさん!」

 

 或人の父、いや……父として作られたヒューマギア、飛電其雄となっていた。気づけば、「俺」の……いや、或人の身体もまた、少年のそれとなっている。周りの景色も、気づけば緑の多い公園から、都心部の広場のような公園へと変わっていた。

 ただひとつ変わらないのは、虹。

 雨上がりの空にかかる大きな虹は、変わらず青空の中で輝いている。

 

「おとうさん、にじ!」

「そうだな、虹だ」

「しってるおとうさん!? にじのねっこにはね……!」

 

 ☆ ☆ ☆

 

「起きてください、或人社長」

「んが……。いやゆーちゃんってだれだよ……」

 

 イズに揺り起こされ、そこで或人の意識は現実へと引き戻された。

 

「あ、ああ……。ごめん、イズ」

「なんだ、お疲れか?」

 

 送迎車のドアをイズが開けているのをいいことに、不破が車内を覗き込む。

 

「ってわけでもないんだけど……うとうとしちゃってた、ごめん」

「しっかり頼むぜ」

 

 車から出た或人の肩を叩きながら、不破は彼を激励する。これから始まることを思えばととても眠っていられる余裕など無いと思うが、大物なのやら鈍いのやらと言いたくなる。……きっと、その両方なのだろうとも。

 

「待っていましたよ」

「おせえぞ社長、こんな時まで社長出勤たぁ良いご身分だなおい! ……雷落とすぞ」

 

 かつてのヒューマギア実験運用都市は、13年前の衛星アークとヒューマギアの暴走事件──”デイブレイク”の際、大爆発によって壊滅した。そしてその跡地は封鎖され、爆発によって抉れた地面には雨水が溜まり巨大な湖が出来上がった。

 

 それがここ、”デイブレイクタウン”である。

 

 “Daybreak(夜明け)”と”lake()”がカタカナ読みでかけてあるのがシャレていると言う人もいるが、目の前に広がるのはそんな言葉をねじ伏せるだけの惨劇の爪痕。

 今回ライダー達が異世界に飛ぶためのゲートは、デイブレイクタウンのほとりに3階建てのホールといった様相の建物が建てられ、その中に設置されている。既に玄関ロビーの中には、他の面々が控えているのがちらちらと見えた。

 

 そして或人と不破、イズを出迎えたこの二人は、ヒューマギアの”(ナキ)”と”宇宙野郎雷電”──通称、”(イカズチ)”。

 

 亡はかつてZAIAの配下として動きながら滅亡迅雷.netを陰で操り暗躍していたが、紆余曲折の末に滅亡迅雷.netの幹部として復帰し、すべてが終わった後はAIMSのメンバーとなった経緯を持つ。

 

 宇宙野郎雷電は元々飛電インテリジェンスの社員であり、デイブレイクを生き残り十数年にわたって宇宙で衛星ゼアの整備を担当していた旧型のヒューマギアだったが、実は衛星ゼアのデータを転送するよう本人も知らぬうちに滅亡迅雷.netのスリーパー・エージェントにされており、その後は滅亡迅雷.netのメンバーとなったうえで戦いの終息の後、また宇宙開発事業へと戻ってきたというこれまた複雑な経緯がある。

 

 シンクネット事件の際もバックアップに努めており、いざという時には彼らも動いてくれるのがお決まりになりつつあった。

 

「いやそれにしてもでかいね!? ゲート一個作るだけでしょ?」

 

 或人はゲート再現用に立てられたホールに戦慄する。異世界への渡航を告げられてから二週間。今回はZAIAジャパンが主導で夜通しの工事を行ったとは聞いていたが、デイブレイクタウンのほとりにこんな立派な建物をわずかな時間で立ててしまうとは驚きだ。

 

「ゲート自体がでかいから、このぐらい無いとだめなんだよ。並行宇宙に人間を安全な状態で転送するってのは、ものすげえエネルギーがいるしな」

「並行『宇宙』……! 兄貴の得意分野だな!」

「おうよ!」

 

 雷は快活に笑った。

 

「しっかし安全にとは言ったが、確証はあるんだろうな?」

「怖いのですか?」

「あ?」

 

 ふと出した疑問に対して亡から飛んできた言葉に、不破は思わず顔をしかめる。

 

「別に怖いなんて言ってねえだろ、ただ、実際に人間を転送したわけでも無いだろうに……」

「人間の転送が可能なことは既に実証済みです」

「何!?」

 

 亡から帰ってきた意外な返答に、不破は驚きを隠せない。

 

「逮捕したシンクネットの幹部や構成員のうち何人かは、サーバールームにあったゲートで転送を経験済でした。彼らの証言曰く、ゲートは向こうの世界にあるもう一つのサーバールームに通じているとのことだったので……まずは簡単なメカを飛ばしてみました」

「けど、異世界に飛んだら転送が成功したかなんてわかんねえだろ」

「……ゴリラでも思いつくことを、我々が考えていないとでも?」

「ああ!?」

「向こうの世界に飛んだら、ネットワークにアクセスしてこっちの世界に通信を送ってみるよう設定したんです」

 

 憤る不破を無視し、亡は淡々と続ける。

 

「結果は成功でした。向こうとこっちでネットワークを干渉させていなければ、サーバーの保護も完璧にはできない筈という仮説が当たったのが幸いでしたね」

「けど人間は……」

「話は最後まで聞きなさい。その後、有機生命体を送れるかどうかのテスト。送ったメカから得た向こうの世界のネットワークにこちらからアクセスし通信を繋げることに成功したので、虫や小動物を送って、生体反応がこちらに転送されてくるかを試して見事成功」

 

 異世界に飛ぶというのは、漫画やアニメのように容易なものではないことを思い知らされる。本来ならばもっと長い時間をかけてトライ&エラーを繰り返さねばならない案件だろうが、今回ばかりはそうも言っていられないのだ。

 

「しっかしそんなに実験を繰り返していて、連中気づかなかったのか」

「……気づいていますよ」

「ああ!?」

 

 しょうがないですね、という顔で亡は不破を見る。

 

「向こうのネットワーク状況から見て、ネットワークの管理者がこちらを認識しているのは明らかでした。しかし何のアクションも向こうからは無い……。敢えて見逃されているぐらいに考えた方が良いかと」

 

 ますます相手が何を考えているのか解らなくなってくる。その感覚に、不破は武者震いした。

 

「そして遂に、我々は人間を転送しました」

「……どうなった?」

「成功でした。途中で体の一部が欠けたり、臓器だけが持っていかれたり、脳に過剰な負荷がかかるということもなく……転送された人物は、無事向こうの世界でサーバールームの様子を写真に収め、そして戻ってきました」

「一体誰なんだよ、そいつは」

 

 不破にとってはそれが一番知りたいことだった。異世界への転送などという危険すぎる行為に自ら挑むなど、並大抵の覚悟でできることではない。

 とんでもなく勇敢な者か、とんでもない大馬鹿かのどっちかだ。

 

 亡は一瞬躊躇った後、

 

「天津垓です」

 

 その者の名を、口にした。

 

「はあ!?」

 

 途中から脇で聞いていた或人は、思わず声が出る。まさかあの天津がそのような人体実験役を買って出るなど、思ってもみないことだ。

 

「彼は言いました。『ZAIAが主導する以上、私も動かねばならない。これもまた、サウザー課の仕事だ』と」

 

 亡は、とてもそんな結果は演算できなかったと言わんがばかリだ。

 

「一体どうして……」

 

 或人が次々に湧いてくる疑問で頭がいっぱいになりそうになった時、

 

「いつまでおしゃべりかな? 貴重な時間を無駄にする理由はどこにも無い筈だが」

 

 天津がホールから唯阿、滅、迅を伴い、二人の前に現れた。

 

「垓さん! 何で……自分から……」

 

 或人がそう言いかけた時だった。

 

「これは……!」

 

 刃が驚きの声を上げる。

 

「どうした?」

「レイドライザーの反応が……! この識別番号は、流出したはずの型のものだぞ!」

 

 迅に問われるが、刃は取り出したタブレット端末の画面を凝視したままだ。

 

「また! 3! 5!? 10……!? ひ、ひゃく……マズい!!」

 

 刃はタブレットを地面に落とし、専用の銃型変身アイテム、エイムズショットライザーを構えて慌てて臨戦態勢を取った。

 落ちたタブレットには、レイドライザーの認識反応を示す光が、画面いっぱいに広がっていた。

 

 瞬間、銃声が響き、同時に鉄がパカンと弾ける音がする。どこからか放たれた何者かの銃撃が、雷の肩を貫いていたのだ。

 

「うォッ……!」

「雷!!」

 

 急なダメージに驚いた雷に、迅が思わず声を上げる。

 

「心配すんな! ちょっとカスっただけだからよ……! いい度胸してんなあ!! 誰だ!!」

 

 その問いには応えるかのように、周りの茂みからがさがさと音がし、次々と人影が現れる。あっという間に、数百人の大群衆が彼らを取り囲んだ。

 全員が、かつてのシンクネット信者の装束と色違いのものを羽織っている。

 

「お前らは……!?」

「楽園は、無かった」

 

 或人の問いに答えず、群衆の中の一人がわけのわからないことを呟く。

 

「希望は無かった」

「喜びは無かった」

「未来は無かった」

 

「神は……いなかった」

 

 全員が熱に浮かされたかのように、呟いてくる。そして彼らはレイドライザーを一斉に取り出し……それを巻いた。

 

“レイドライザー!”

 

 ライダー達が反応するよりも先に、彼らは分厚いカセットテープにも似たカードキー型デバイス、“プログライズキー”を起動させる。これだけの数がいながら、種類は二種類しか無い。

 

“HIT!”

“HARD!”

 

「……実装」

 

“RAID-RISE! クラウディングホッパー!”

“────An attack method using various group tactics.”

 

 ひとつは、かつてシンクネット信者たちが使った群れる蝗のごとき悪意の象徴、クラウディングホッパー。誕生したクラウディングホッパーレイダーは、レイダー特有のシャープなラインを持ったヒロイックさがありながらも、ところどころ生理的な嫌悪感を催す虫の気持ち悪さがある。

 

“RAID-RISE! インベイディングホースシュークラブ!”

“────Heavily produced battle armor equipped with extra battle specifications.”

 

 もうひとつは、かつてZAIA配下時代のAIMSも使用した量産に特化したカブトガニのプログライズキー、インベイディングホースシュークラブ。カブトガニの堅牢な甲羅の特徴をそのままに再現し、怪人というよりもロボットを思わせるいかつさだ。

 あっという間に強力な戦闘員軍団が出来上がり、ウォーッという鬨の声と共に全員が一斉に迫って来る。

 

「イズ!! 建物の中に!!」

「かしこまりました」

 

 或人の命により、イズは一足先にゲートのある建物へと飛び込む。それを目で追いながら、

 

「まずは、こいつらをなんとかしよう!」

 

 或人は全員に檄を飛ばした。

 

「ゲートに被害が出る可能性がある、出力は抑えめでいけ!」

 

 刃がこれからのことを考え、全員に通達する。

 

「なら……とりあえずこいつだな」

 

 不破は“エイムズショットライザー”と狼のプログライズキー、シューティングウルフを取り出す。

 

「6人は戦いながらゲートの方へ! 私と雷が残って食い止めます!」

 

 亡の言葉で、今彼らが為すべきことは完全に決まった。

 雑兵共をブッ飛ばしながら、異世界へ飛ぶ。それが最優先だ。

 

“フォースライザー!”

 

「ちょっとは骨のある奴らが……いるんだろうなあ?」

“ドードー!”

 

「人間に生まれていながら志も夢も無い、哀れな人達ですね」

“ジャパニーズウルフ!”

 

 雷と亡は”滅亡迅雷フォースライザー”を巻くと、プログライズキーによく似た“ゼツメライズキー”を起動させる。フォースライザーにそれを押し込むと、

 

「変身!」

“FORCE-RISE! Break Down……”

 

 側面のトリガーを引き、ゼツメライズキーを展開させた。展開と同時にゼツメライズキーの中にデータとして格納されていた絶滅動物の鎧、“ロストモデル”が装着され────二人の“仮面ライダー”がそこに立った。

 

 雷が変身した朱色の仮面ライダーは、”仮面ライダー雷”。雷の人物像をそのまま思わせるような、いかつい力強さのある戦士だ。

 

 亡が変身した白い仮面ライダーは、“仮面ライダー亡”。鋭利な爪を持ちながらも、獰猛さや勇壮さよりも、どこか儚さと鋭敏さを感じさせる趣がある。

 

 ギ、ギ、ギイと虫の鳴き声を発しながら、クラウディングホッパーレイダーが数人雷に飛びかかった。だが雷は名前の通りに拳から電気を発生させ、相手を軽くいなしていく。一発一発の重みはそれほどでもないが、拳がぶつかる度にバチバチと高圧の電撃が弾け、相手にダメージを与えるには充分だ。

 亡の方にも同じようにレイダーたちが群がるが、亡は爪を広げた状態で回転し、相手を寄せつけぬと言わんがばかりに吹き飛ばしていく。だが、

 

「固ッ……!」

 

 亡の爪の勢いがせき止められる。クラウディングホッパー達をかき分けて姿を見せたインベイディングホースシュークラブレイダーの堅固な装甲が、亡の爪をがっしりと止めたのだ。

 

「亡!」

 

 雷がその事実に気を取られた一瞬に、雷の身体に機関銃の弾が雨あられと降り注ぐ。インベイディングホースシュークラブレイダーは各自が固有の短機関銃を所持しており、量産型とは言えその勢いは絶大だ。一方で動きを止められた亡の方にも一瞬の隙を突いてレイダー達が群がり、終わりかと思われたその時────

 

「邪魔だ」

 

 レイダー達をZAIA謹製の槍型武器、サウザンドジャッカーで跳ね除け、天津垓が二人を助けていた。

 

「1000パー課長!」

「天津、垓……」

 

 雷と亡の意外そうな声を受けながら、

 

「旅立ちの前に、私の強さを連中に見せておくいい機会だ」

 

“サウザンドライバー!”

 

 天津は相変わらずの尊大さで、ベルトを巻いた。

 

「私の強さは、常に……1000%だからな」

“ZETSUMETSU-EVOLUTION!”

 

 まずは絶滅種の二本角のサイ、アルシノイテリウムの“アウェイキングアルシノゼツメライズキー”がサウザンドライバーの左側面に装填され、変身モードが起動する。

 

“BREAK-HORN!”

 

 続いて、三本角のコーカサスオオカブトの力を秘めた“アメイジングコーカサス”のプログライズキーを起動させると、ゼツメライズキーの中のロストモデルとプログライズキーの中のライダモデルが巨大なメカ動物の形となって召喚される。そして、アメイジングコーカサスキーをサウザンドライバーに挿し込むと……

 

“PERFECT-RISE!”

 

 それらは巨躯を以て縦横無尽に走り回ると互いの角を交差させ、”五本角”を形作った。瞬間、巨大なサイとカブトムシがはじけ飛び、鎧が形成される。

 

”When the five horns cross,the golden soldier THOUSER is born.”

“Presented by────ZAIA.”

 

 これこそ、天津の最高傑作にしてその精神性の象徴そのもの。下品さすら感じるけばけばしいまでの自己顕示欲にまみれた金色の輝きが、ぎらぎらと周りを威圧している。

 これが、“仮面ライダーサウザー”だ。

 サウザーは変身完了と同時にサウザンドジャッカーを振るい、周りのレイダー達を寄せつけぬ勢いで猛攻を見せる。戦いながらも常に足はホールの方へと進んでおり、まともに相手をしていては時間ばかりを取られると踏んだのか、クラウディングホッパーレイダー達を蹴散らしつつ、彼らをバトルレイダーの方へとわざと弾き飛ばし、自身があの堅固な装甲を相手にしなくてもよいよう場を整えていた。

 

 ☆ ☆ ☆

 

「おらっ!!」

 

 不破は群がって来るレイダー達をいなしつつ、時に相手と距離を詰め、ゼロ距離からショットライザーをぶっ放してはノックアウトしていた。

 刃も俊敏に動き回り、時たま足払いを見舞ってレイダー達を蹴散らしていく。

 

「一人一人に時間をかけるな不破! この程度の連中相手に体力を消耗するのは無駄でしかないぞ!」

「わかってる!! けどなあ……!!」

 

 不破は返答しつつも、向かってきたクラウディングホッパーレイダーのパンチを受け流し、腕を掴んで素早く体を回り込ませ、掴んだ腕を軸にして相手の胴に自分の背中をつけ───

 

「刃!」

 

 邪魔になる自分のショットライザーを刃に投げ渡し、背負い投げを決めた。

 装甲や武器などはほとんど無い簡素なバッタ怪人とは言え、相手は100kg以上ある武装兵士。それを投げ飛ばして地面に叩きつけるさまに、彼の剛力が伺い知れた。

 

「どうにも、こいつらは俺たちのことが大好きらしい……ぜっ!」

 

 言い終わらぬうちに、不破はまた向かってきたレイダー達に裏拳を食らわせる。そこに、刃が両手に構えた二丁のショットライザーで素早く銃撃を撃ち込んでいった。そして撃ちまくってある程度周りを蹴散らすと、不破のショットライザーを投げ返す。目線だけで二人は合図を交わすと、

 

”BULLET!”

”DASH!”

 

 プログライズキーを起動させた。二人とも同じショットライザーを使っているため同じ手順を踏めばよいはずだが、

 

「ふンッ!!」

 

 不破だけは、手にしたシューティングウルフキーを力任せにこじ開けている。

 本来ショットライザーでプログライズキーを使用する際はプログライズキーを起動させ、そのままショットライザーに装填した後認証(オーソライズ)し、キーを展開するのが正しいやり方だ。だが、AIMS時代に刃にキーの使用を制限されていた中、力ずくで認証をこじ開けて初の変身をとげて以降……不破諫にとって、「プログライズキーはこじ開けるもの」という認識が定着してしまった。

 

 先の剛力と合わせて、こういうところが「ゴリラ」と呼ばれる所以である。

 

 いい加減普通に開けろ、と思いつつ、刃はプログライズキーをショットライザーに装填した。

 

“AUTHORIZE……! KAMEN-RIDER……. KAMEN-RIDER…….”

 

 認証の後の待機音を響かせながら、

 

「変身!」

 

 二人は、引鉄を引いた。

 

“SHOT-RISE! シューティングウルフ!”

“────The elevation increases as the bullet is fired.”

 

“SHOT-RISE! ラッシングチーター!”

“────Try to outrun this demon to get left in the dust.”

 

 ショットライザーからライダモデルが弾丸となって発射され、レイダー達を蹴散らした後に二人の身体を撃ち抜くようにして装着される。

 

 不破が変身したのは唯我独尊の孤高の狼、シューティングウルフの力を持つ“仮面ライダーバルカン”。火の神(バルカン)の名の通り、ショットライザー主体に銃撃による火力で戦うライダーだ。

 

 刃が変身したのは俊足最速爆速高速、何者をも寄せつけぬ速さのラッシングチーターの力を持つ“仮面ライダーバルキリー”。バルカン同様にショットライザーを主体としながらも、戦乙女(バルキリー)の名の通り、美しさすら感じる機敏な身のこなしが武器のライダーだ。

 

 二人は変身完了と同時に、ショットライザーを撃ち放ち再びレイダー達を蹴散らしていく。その時、ギギッという音と共に……

 

「危ない!!」

 

 気づいたバルキリーが反応して声を上げるのが先か後かといったタイミングで、超高速の“なにか”が飛んできた。人間ほどの大きさ。弾丸の如きスピード。クラウディングホッパーレイダーが、自身のバッタの身体能力で跳躍して人間砲弾として飛んできたのだ。

 バルキリーが素早く地面に倒れ込み、チーターの蹴りをすれ違いざまに叩きこんだことにより軌道がずれ、人間砲弾は近くのバトルレイダーに激突し、爆発した。

 

「うおッ……!」

 

 爆風から自らの身体を庇おうとするバルカンに、すかさず二発目、三発目の人間砲弾が飛んでくる。だがバルカンはそれらの勢いを物ともせず、自身にぶつかるかぶつからないかのぎりぎりのタイミングで裏拳を叩き込み────地面にめり込むまで叩きつけた。

 

「急いでんだよ、こっちは」

「行くぞ」

 

 またわらわらと湧いては出るレイダー達を障害とも思わず、二人はゲートの方向を目指して走り出した。

 

 ☆ ☆ ☆

 

 滅には愛用の武器がひとつある。

 それは、滅亡迅雷時代から常に携えている日本刀だ。強度も切れ味も通常の日本刀とは比べるべくもなく物凄く、今まさに彼はライダー達をばっさばっさと切りつけていた。流石にバトルレイダーの装甲には歯が立たないが、それは承知のこと。天津のやり方に倣い、切りつけたクラウディングホッパーレイダー達を弾き飛ばして相手をしないよう距離を取り続けている。

 

「お前達のように、悪意に満ちた人間がいるから……!!」

 

 滅は憤っていた。

 

 悪意は簡単に心を飲み込む。喜怒哀楽の全てが怒に置き換わるような、そんな感覚。憎悪が全てを突き動かす、そんな感覚。それらを産み出し伝搬させるのは、紛れもなく“心”そのもの。

 滅自身、それに飲み込まれてしまった咎人なのだ。

 

 だからこそ、彼は今許せない。

 

 悪意に心を預け、意思の無い人形の如き存在として跋扈する彼らは、これからの悲劇の引鉄であり────

 かつての自分そのものだからだ。

 また一人クラウディングホッパーレイダーを切り捨てたその時、

 

「調子に乗るなよ、ヒューマギアの分際で」

 

 不意に、滅の頭上から声がした。

 

「がっ……!?」

 

 頭に物凄い衝撃が走る。

 後ろに回りこんだバトルレイダーの一人が、両こぶしを握り合わせ滅に一撃を食らわせたのだ。さしもの滅も、一瞬動きが止まりその場に膝をついた。

 

「鉄クズのクソカスヤローの分際で、生意気にも……」

 

 そう言いかけてバトルレイダーが追撃を食らわせようとした時、

 

「はッ!!」

 

 強力な炎の斬撃が放たれ、バトルレイダーを切り伏せ吹っ飛ばした。後方に吹き飛ばされたバトルレイダーの斬られた後からは炎が噴き出し、熱と痛みに悶えている。

 

「立てる?」

「勿論だ、迅」

 

 斬撃を放ったのは迅だった。迅に与えられた専用の“ザイアスラッシュライザー”。奇しくも剣を模したその武器を使うことは、二人にとって数少ない接点のひとつでもあった。

 

 刀の滅。

 剣の迅。

 

 紆余曲折と艱難辛苦の末に今この場に立つ彼らにとって、その繋がりはほんの少しだけ、心を暖かくさせるのだ。

 そう、本来機械に無いはずの……“心”を。

 

「一気に抜けるぞ」

「勿論。こんな連中にこれ以上付き合ってられないからね」

 

 二人は変身の体勢に入った。

 

“フォースライザー!”

“POISON!”

 

 滅は亡や雷と同様、フォースライザーを丹田に押し当てる。

 

「……変身」

“FORCE-RISE! STING SCORPION! Break Down……”

 

 巨大なサソリのライダモデルが召喚され、尾での一刺し。瞬時にライダモデルは分解され、それが滅のアーマーとなる。

 吊り上がった目。全身を枷のように縛り上げる装飾。毒々しさのある紫のボディ。

 かつて人類を滅ぼさんと宣言した“仮面ライダー滅”の勇壮さと悍ましさを併せ持つ姿は、スタンスを変えた今でも健在だった。

 

“スラッシュライザー!”

 

 迅もまた、ベルトを巻きスラッシュライザーをセットする。

 

“INFERNO WING!”

 

 バーニングファルコンプログライズキーを起動させスラッシュライザーに装填すると、

 

“BURNRISE! KAMEN-RIDER…….KAMEN-RIDER…….”

 

 特殊認証(バーンライズ)が完了し、待機音声が静かに流れ出す。ショットライザーの機構を流用されて開発されたスラッシュライザーはその仕組みを同じくしており、プロセスもほぼ同様だ。

 

「変身」

 

“SLASH-RISE! BURNING FALCON!”

“────The strongest wings bearing the fire of hell.”

 

 スラッシュライザーから不死鳥を思わせる炎の鳥────燃える隼のライダモデルが召喚され、迅を翼で包み込む。炎が、翼が……迅と一体化し、彼を信念の炎の如き緋色のライダー、“仮面ライダー迅”へと変えた。

 ウオーッという鬨の声と共に、レイダーが押し寄せる。だが、その怪人達の人波はすぐに押し返される。まさに、寄せては返す波の如く。

 滅は蠍の尾を模した左手のムチ、アシッドアナライズを振り回してレイダー達を押し返す。

 一方で迅も炎を噴き出し、自ら触れることすらなく炎と翼で相手をいなしていた。

 

「このっ……!」

 

 先程迅に斬りつけられたバトルレイダーが、機関銃を構えつつ突進してくる。アシッドアナライズも炎も苦とせず、彼らを打ち倒さんとする勢いだ。

 

「……邪魔だ」

 

 滅は相手がぎりぎりまで自分のところに肉迫したのを見極め……強烈な回し蹴りを相手の横腹に見舞った。ぐウ、と声をあげ、バトルレイダーは勢いよく蹴られた方向に転がる。

 

「お前は邪魔だ。今のこの状況だけじゃない……」

 

 ヒューマギアを見下し、平気で武力を手にし、戦う事を是とする。

 それはやはり、人間を見下し、平気で武力を手にし、戦う事を是としたかつての自分そのもの。

 

「悪意なき世界を見るのに、お前は邪魔だ」

「でもさあ!」

 

 言いながら迅は、向かってきたレイダー達をまとめて斬り伏せる。

 

「殺さないだけ、滅も変わったよね」

「……うるさい」

 

 一瞬の会話の後、二人もまた急いでゲートに向かわんと飛び出していた。

 

 ☆ ☆ ☆

 

「う“お”お“お”お“お”お“お”お“お”お“お”!“!” 待って待ってちょっと待ってェ~~!!」

 

 飛電或人は全力で走っていた。

 彼もまた“飛電ゼロワンドライバー”で仮面ライダーゼロワンに変身してこの場を切り抜けようとしていたが、群がって来るレイダー達のせいでその暇がない。ならばとにかく向こうの世界へ飛ぶことを優先せねばとゲートに向かっていたが……これが、とんでもなく難しい。

 

 考えてみれば特殊部隊の隊員だった不破と刃、ヒューマギアの滅と迅に比べれば、或人は元々ただの一般人だ。生身での戦闘の術など持ち合わせているはずもない。

 ……何故か生身でも異常に余裕綽々の天津は、例外中の例外だ。

 

「わ“っプ!?」

 

 或人は急に足を物凄い力で掴まれ、スッ転んだ。地面に伏せていたクラウディングホッパーレイダーが、彼の足を掴んだのだ。

 もう、ゲートのあるホールは目の前だというのに。

 

「お前が」

「お前が」

「お前が」

 

 レイダー達はうわ言のように呟きながら、或人に迫って来る。

 

「楽園を、終わらせた……」

「はあ!?」

 

 或人にしてみれば、酷い言いがかりだ。確かに楽園を嘯き彼らを先導したエスの目論見を終わらせたのは或人だが楽園など、最初からありはしない。

 エスの求めた楽園に、彼らの居場所などありはしなかった。

 

「いい加減に目を覚ませよ! ありもしない楽園にすがって……現実から目を背けたって、何も変わらないだろ!」

 

 瞬間、

 

「『ありもしない』だと?」

「『ありもしない』?」

「『ありもしない』?」

 

 彼らの空気が、また変わる。

 

「楽園は、蘇る」

「楽園は、蘇る」

「楽園は、蘇る」

 

 或人は背筋に寒気が走るのがわかった。異常なまでの思考の共有。共鳴。信仰というものは加減を誤れば劇物になるのは種々の人類史が証明する通りだが────目の当たりにしたのは初めてだった。

 

「フツ様が、我等を導いてくれる」

「『フツ』……?」

 

 或人が聞きなれぬその名に首を傾げた時だった。

 

「危ない!!」

 

 火花と炸裂音が四方八方に散らばる。或人の視界には、自分の顔の上で機関銃の弾を雨あられと受けながら踏ん張る雷の姿が映っていた。

 或人の頭めがけて短機関銃を放ったバトルレイダーとの間に入り、彼はそれを全て受けたのだ。

 

「兄貴!!」

「……っらあッ!! 社長ォォ!!」

 

 驚愕の声を上げた或人に、雷は雷を落とした。

 

「俺なんかの心配してる暇はねえだろうが!! あんたが行かなきゃ、何も始まらねえぞ!!」

「その通り!」

 

 ザクザクという音と共に、レイダー達が爪で切り裂かれながら脇へどけられていく。

 亡だ。

 

「皆が夢を見られる世界を、守るんでしょう!?」

 

Illustration by 村上雅貴(@studiokyawn)

 

 二人は今、全力で或人を────否、ライダー達を異世界へと向かわせようとしている。

 どうしようもないほどの悪意の集合体がまた、この世界を塗り潰さんとするよりも先に。

 

「……ああ!」

 

 或人は立ち上がると、駆けた。

 駆けた。駆けた。とにかく駆けた。

 群がるレイダー達は雷と亡の手で払いのけられ、他の面々もライダー姿で同じように駆けているのが見えた。

 ホールの入口では、バトルレイダー達が激しい戦闘を繰り広げていた。或人は一瞬ぎょっとしたが、それがすぐにAIMS隊員たちが変身したものだと解った。彼らは必死に、ホールの中に入ろうとする狂信者たちを食い止めていたからだ。

 

「ありがとうございます!」

 

 目線を合わせる余裕すら無いが、駆けて飛び込みながら或人はそう激励した。廊下をひた走りに走る中、玄関からはAIMS隊員たちの「気をつけて!」の声が背中に聞こえてきた。

 廊下では幾人もの技術員たちが飛び交い、作業を進行させていた。こっちです、と声をかけられ、或人は準備室に飛び込む。

 建物が劇場や市民ホールのようなそれに似ているとは思っていたが、その準備室はまるで音響室がごとしだ。機材が幾重にも積み重なり、ガラス窓からゲート・ルームを見ることができるようになっている。

 

「或人さま!」

 

 イズがそこに控えていた。手には、プログライズキーの入ったアタッシュケースが準備されている。

 

「ありがとう、イズ!」

 

 或人はそれを受け取ると、準備室で大音声を張った。

 

「皆さん! よろしくお願いします!!」

 

 技術員たちがオーッと応えるのを聞き終わる前に、或人は準備室の奥の扉から直接ゲート・ルームに飛び込んだ。

 

「でっけえ……!!」

 

 ゲート・ルームは三階ぶち抜きで作られていた。故に異常なまでに天井が高いが、それも必然。異世界転送用のゲートは、その天井に届きそうなほどの大きさを誇っていた。並行宇宙に転送するというのは膨大なエネルギーを使うとは聞いていたが、それを安全に出力する為にはこれほどの大きさが必要なのだと思い知らされた。

 

「お気をつけて」

 

 開け放たれた準備室の扉から、イズが声をかけた。或人はにこっと微笑んでそれに返事をし、ゲートの正面に立った。

 

「行きますよ! イズさん、扉閉めて!」

 

 技術員たちが準備を始めるとともに、ゲートからバチバチと電気が流れ弾ける音が聞こえはじめる。すると、それまで何もない虚空だったゲートの内側に、灰色のオーロラのようなものがもやもやと現れ始めた。

 

「これが……」

 

 或人が何か言いかけた時だった。

 うおおおお、という声と共に、廊下から物凄い音が聞こえてくる。或人に視認することこそできなかったが、バルカン達が到着したが同時にAIMS隊員たちの防衛線も突破され、レイダー達がなだれ込んできていたのだ。

 

「……!!」

 

 或人は状況が悪い方向に転がった予感に、一瞬で青ざめた。

 それは自らの身の危険からくる恐怖心などでは断じてない。

 

 

「イズ!! ……イズ!? しっかりしろ!! イズ……!!」

「或人社長……信じています。いつか人とヒューマギアが、心から笑えることを」

「ああ! だから、一緒にかなえよう……」

「滅も、いつか笑えますよね」

 

「だめだイズ!!」

「……さようなら」

 

「……ッ! あっ……あ“あ”あ“あ”あ“あ”あ“あ”あ“────ッ!!!!」

 

 

 「あのイズ」が“逝って”しまった時のことを思い出したからだ。

 

 今現在飛電或人を傍で支えるイズは、実のところ……“二代目”だ。

 或人が初めて仮面ライダーになった日、イズは社長秘書として彼を迎えに来た。これが二人の出会いだ。

 飛電インテリジェンスの社長となり、仮面ライダーの資格と責任を得てからは、二人はいつも一緒だった。

 二人で、色々なヒューマギアの仕事の現場を見て回った。

 ZAIAとのTOBを賭けたお仕事5番勝負の際も、乗り越えようと頑張ってきた。

 飛電インテリジェンスを追われた或人に、イズは新会社を設立し……“社長で仮面ライダー”の力を、取り戻してくれた。

 アークが復活した際には今まで以上の窮地に陥ったが……それでも、二人は前に進めると信じることが出来た。

 

 

「まさか……私の予測をゼアが上回ったと言うのか? ありえない」

「……ありえるよ。夢に向かって、飛び立てば」

 

「馬鹿な。私の予測を超えていく……何故だ!」

「俺とイズ。人間とヒューマギアが……同じ夢を見てるからさ!」

 

 

 二人の間に、「夢」が確かにそこにあったからだ。

 

 だが、イズはいなくなってしまった。

 

 衛星アークの意志が容をとった“仮面ライダーアークゼロ”を倒した後も人類滅亡に燃えていた滅が悪意の器たる「次のアーク」になる可能性を垣間見たイズは、滅の説得を一人で試みた。

 だが、その説得が届くことはなかった。

 自分の中の“心“の存在にざわついていた滅は、”心”に訴えかけてくるイズの説得を認めることが出来ず────イズを一撃のもとに破壊した。

 

 それを切っ掛けにして巻き起こった滅と或人の決戦の後、或人は新しい秘書型ヒューマギアを作り、彼女に「イズ」の名を与えた。

 そこに至るまでの或人の心情に、何があったのか。どういう葛藤があったのか。

 それこそ定かではないが、兎にも角にも彼は「二代目」のイズを作り、傍に置いた。

 

 飛電或人は、もう二度と味わいたくないのだ。

 イズを喪うことからくる、悲しみを。怒りを。絶望を。

 

「イズ!!」

 

 或人は殆ど反射的に動くと、準備室への扉を開け、イズの手を取った。何があろうと、自分が最後まで守る。その想いで、思わず彼女を連れ出してしまっていた。二人は再び、ゲートの方へと向かっていく。

 一方で他のライダー達も、レイダーを蹴散らしながら準備室へと飛び込んできた。しんがりを務める亡と雷が、例によって他の面々を異世界に向かわせんと食い止めている。AIMS側のバトルレイダー達も応戦してくれており、ぎりぎりのところという状況だ。

 

「飛電の社長さん! ゲートに飛び込んで!!」

 

 準備室の技術員が、肩から血を流しながら叫んだ。廊下から壁を突き破って飛んできた銃弾に肩をやられたのだ。それでも、彼らは必死に異世界とこの世界を繋ごうとしている。

 “仮面ライダー”を、信じているから。

 

「必ず……世界を救ってきます!!」

 

 或人は頭を下げると、イズの手を取った。

 

「待ってください或人社長! 私は……」

「……一緒に来てほしい」

「……!」

 

 或人はイズの目を見た。顔と顔を向かい合わせて。

 

「君は俺に守られるだけの弱い存在じゃない。今から一緒に異世界に飛んで、君を危険に晒すかもしれない。そんなのわかってる……わかってるんだ」

 

 溢れる感情が、口から洪水のように出た。

 

「それでも……一緒に来てほしい。これは、俺のわがままだけど」

 

 イズは、一瞬動きを止めていた。

 命令を遂行することが第一にあるべきヒューマギアに、”迷い”などあろうはずもない。しかしながら、彼女はすぐには答えない。それが何故か、きっとイズ自身にも答えることはできないだろう。

 彼女自身、何故自分がすぐに答えらえないかわからないのだから。

 一瞬が永遠に感じられるほどの沈黙。しかし次の瞬間、

 

「承知しました」

 

 彼女は、或人の“わがまま”を肯定した。

 

「私は或人社長の秘書です。お望みならば、どこへでもお伴いたします」

「ありがとう……。ありがとう!!」

 

 或人は再び、イズの手を取った。

 目の前に広がる、ゲートが作りだした灰色のオーロラ。

 そこに、二人は飛び込んでいった。

 

 ☆ ☆ ☆ 

 

 ぷはっ、と景気のいい音を立てて、高咲侑は口からドリンクのボトルを離した。

 

「あ“っつい……」

 

 八月も下旬のことではあったが、近年殊更に暑さの勢いを増している日本の夏は、相も変わらずじりじりと街を灼熱のフライパンにしていた。まだ午前中だというのに、ランニングも一息いれなければ熱中症の危険があるだろうと言わんがばかりの気候だ。腰かけた川沿いの石階段も、かなり熱い。

 今日のこの日は、スクールアイドル同好会の面々はまず午前中のランニングを開始し身体を慣らしてから練習に臨むべく意気込んでいたが、思っていた以上の暑さに体力を持っていかれ、学園に戻る前に小休止を入れていた。

 

「もうベタベタするんですけどぉ~~……」

「戻ったらシャワーを浴びた方がいいわね……」

 

 うだりながらもかわいい声色を崩さないかすみを大したものだと思いつつ、果林も流石に辟易して汗で貼りついたシャツをぱたぱたと動かす。

 

「でも、汗をかくと頑張ってるーってならない? その後で食べるご飯もおいしいし!」

 

 エマはふわっと笑いながら、今のこの充実感と食事への期待で胸が満ちている。

 

「ねえ、侑ちゃん」

 

 歩夢は傍らの侑を見やった。

 

「なに? 歩夢」

「何かあった? 今日、ちょっと様子が変だよ」

 

 侑はまじか、とでも言いたげに歩夢を見つめ返す。わずかな機微の違いから見極めたのだろうが、この幼馴染は自分を本当によく見ていると感嘆することしきりだ。

 

「何ゆうゆ!? チョーシ悪いならちゃんと言わなきゃ駄目だぞ~!」

 

 侑の後ろに立っていた愛が腰を落として高さを合わせ、侑の肩を揺さぶる。侑はや、や、や、そーいうんじゃなくて、と揺さぶられながら返した後、

 

「ヘンな夢見ちゃっただけだよ」

 

 不調の理由を口にした。

 

「夢?」

 

 璃奈が表情を変えず、きょとんと首を傾げる。

 

「いや~~ね……、夢の中で私は『アルトくん』って男の子で、お父さんと一緒に公園で遊んでるの」

「男の子?」

 

 彼方が相槌を打つ。

 

「そう。んで、夢の中で私『あれ? 何で私男の子なんだ? ってかアルトくんって誰?』って思ったところで、気づいたら私はアルトくんからちっちゃい時の私になってて、お父さんはちっちゃい時の歩夢になってるの」

「私!?」

 

 変なところで流れ弾が飛んできたので、歩夢は目をぱちくりさせた。

 

「そう。で、虹が出ていて『あゆむしってる!? にじのねっこにはね……』って言いかけたところで目が覚めたってワケ」

 

 ヘンな夢だよねえ、と侑は結び、一同もヘンな夢だねえと少しばかり反応に困るといった表情を見せた。

 

「はりきって作曲したから、ちょっと疲れが出てるんじゃないですかぁ?」

 

 かすみが侑の隣に座った。

 

 夏休みライブに向けての準備は順調だった。

 

 各個人のソロ曲をブラッシュアップして披露できるまでに仕上げる工程。衣装の準備。会場の手配。全てが順調で、逆に怖いぐらいだと笑いあったものだ。

 

 中でも、9人が歌える新曲を作りたいと意気込んだ侑は言葉通りにしっかりとやってのけた。元から9人の姿に感じた「ときめき」が自身の中にイメージとしてあったとは言え、最初の一週間で寝食を忘れるほどに夢中になって締め切りより数日早く創り上げてしまったのだ。メロディと一緒に浮かび上がってきたワードやフレーズも詞となり、まだ完全ではないが殆ど出来上がっていると言っていい。

 

 そうとなれば話は早いと、この一週間でダンスとフォーメーションも爆速で詰めていくのが彼女達だ。お披露目当日までに少しでも練習して良いものを見せたいという熱意で、数日でフォーメーションを決め、夏休みをこれ幸いと朝から晩まで練習をしてきた。

 

「まあ、ただの夢だから……。あと一番ヘンなのはさ」

「なのは?」

「そのお父さんが、何故か山本コウジさん似のアンドロイドだったんだよねえ……」

 

 予想外の展開に、せつ菜がエッフと吹き出した。

 

「山本コウジさん!? 何でまた……。しかもアンドロイドって!」

 

 ツボに入ったらしく、せつ菜はしばらく静かに笑っていた。

 

「わかんない。中学の時に『真田丸』は見てたけど他はそんなに……。潜在意識でお父さんにしたいと思ってる願望でもあったのかな」

「いいですよね! 『アケビ!』『骸骨城の八人』……! どれも素敵な舞台を演じていますよ、是非!」

 

 しずくが食いついてくる。演劇人の彼女は、当然ながら俳優の舞台にも詳しかった。

 

「しず子はむかーしの俳優さんの方がお父さん願望あるんじゃないの? グレゴリー・ペックとか」

「ふふふ……。オードリーに憧れてるからといって、グレゴリー・ペックとは限らないよかすみさん! もしお父さんにするなら、断然ハンフリー・ボガート!」

「いや誰~~……!」

 

 二人はそこであっははと笑い、周りもつられて笑いが溢れた。

 

「あー! やっぱ楽しいなあ、この時間が!」

 

 侑は伸びをしながらそう言った。まったく他愛も脈絡もない会話の繰り返しではあるが、これが最高に楽しい。同じ志をもつ者と集まって時間を共有するのは、こんなにも楽しいものかと。

 先程まで鬱陶しいほどの暑さだった陽射しも、今は祝福のエールにすら見えてくる。

 

「じゃあ、学校に行ってもうひと頑張り……え?」

 

 立ち上がって、歩夢が言いかけた時だった。

 

「何、あれ……」

 

 歩夢が上空を指差す。一同はその指の先を見上げ……驚愕した。

 

 ☆ ☆ ☆

 

「ううううううううそおおおおおおでしょおおおおおおおおおおお!!?」

 

 飛電或人は落ちている。

 

 早くその身にかかった重力の負債をゼロにして、地面と熱烈なベーゼを交わせと言われんがばかりに落ちている。

 

 高度一万メートルの上空から。

 

「なああああああああんでなああああああんだよおおおおおおおおおおおおおおおお!!?」

 

 予定と違う、どころの話ではない。

 

 本来あのゲートをくぐって出られるこの“異世界”の出口は、この世界にあるシンクネットの一派のアジトにあるサーバールームのはずだ。しかしながら彼とイズはこの世界に飛んだ瞬間、空の上に投げ出されていた。

 一体何が起こったのかは解らない。しかし確実に言えるのは、今この場をどうにか切り抜けなければ命は無いということだけ。切り抜けられるか、ではなく、切り抜けなければならないのだ。

 

 ばちが当たったのだろうか、と或人は思った。

 

 本来戦士としてあの場でとるべき行動は、イズ一人だけを助けたいというそれではなく……技術員たちの安全も、確実に確保しなければならなかったはずだ。

 人間だからできることにも限界はある。他のライダーが何とかしてくれるという信頼も嘘ではない。

 

 だが、それでも。

 

 あの場で、或人はイズ一人の手を取る“わがまま”を選んだのだ。

 

「或人社長!」

 

 空に放り出されて驚いた瞬間に手を離してしまい、イズは或人より少し「下」を同じく下降していた。

 

「イズうううううううううううううううううううううううううううううああああああああ!!」

 

 或人はイズに手を伸ばす。もう二度と、離すものかと言わんがばかリに。

 

「変身です!」

 

 イズはそれに応えるように手を伸ばしながら、或人に助け舟を出す。或人はそうかと気づくと、懐から“飛電ゼロワンドライバー”を取り出し、

 

“ゼロワンドライバー!”

 

 起動させて腹に巻く。続いて、ゴウゴウと下降しながら受ける風に体がばらばらになりそうになりながら愛用のライジングホッパープログライズキーを取り出すと、それを起動させる。

 

“JUMP! AUTHORIZE……!”

 

 起動したプログライズキーをゼロワンドライバーで認証し、ライジングホッパーキーの中のライダモデルが召喚され……

 

「てねえええええええええええええええええええええええ!!?」

 

 ここで、或人はあることに気がついた。

 ゼロワンドライバーでプログライズキーを使用した場合、その中にデータ格納されているライダモデルは衛星ゼアを通じてメカ動物の形状となって召喚される。ならば────

 

 

 衛星ゼアの無い異世界に行った場合、それはどこからやってくるのかという話だ。

 

 

 この二週間、帰ってこられなかった時に備えて福添副社長に業務の引継ぎを行ったり、各地のヒューマギア事業の現状に対して早急に社長印が必要な書類に目を通したりながらも、準備はしてきたつもりだ。

 亡と雷、加えて刃と天津までが「ライダーシステムの方はばっちりだ」とだけ返してくれていたため、異世界でも当然のように変身できるものとばかり思っていた。

 しかし今────ライダモデルは、やってこない。

 

「ちゃんと確認しとけばよかったあああああああああああああああうああああああああああああああああ!!」

 

 パニックになりかけている或人とは対照的に、イズは冷静だ。

 

「或人社長! 問題はありません!」

「いやでもおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

「衛星ゼアを……」

 

 イズの瞳に、迷いはない。

 

「人工知能を、信じてください!!」

 

 或人ははっとさせられる。

 

 いつだって、或人と人工知能は共にあった。

 

 幼少期に彼を“父”として育ててくれた父親型ヒューマギア、飛電其雄。

 社長となった時から今のこの瞬間も彼を支えてくれている、初代と二代目のイズ。

 あらゆる仕事の現場で活躍するヒューマギア達。

 何より衛星ゼアは、ヒューマギアの統括をしながらも或人が立つ日をずっと待ってくれていたのだ。

 

 人工知能を信じる。そんなことは────

 

「あたりまえだろおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 ヒューマギア依存の変わり者。人工知能に心を見出す変人。

 誰に何を言われようとも、彼は信じるし、信じたい。

 人工知能が思考し判断する先にある────心を。

 

「俺は……人工知能が誰よりも大好きな……」

 

 或人の心に、もう恐れは無かった。

 

「“仮面ライダー”だあああああああああああああああっ!!」

 

 覚悟を決めたなら、後はもう叫ぶだけ。

 己を変え、世界を変える決意のフレーズ。

 

「変身!!!」

 

“PROG-RISE!”

 

 ゼロワンドライバーに、キーが装填された。

 

 ☆ ☆ ☆

 

「何で!? 人!? あれ人だよね!?」

「人……ですよねえ……!?」

 

 愛は見たことが無いほどに目を見開いて上空を見上げていた。しずくも呆然としながらそれを見ている。確かに歩夢が指さした彼女らのほぼ真上の上空には、二人の人影が見えた。

 

「す、スカイダイビングだよきっと! だよね!?」

「スカイダイビングに行く恰好じゃなさそうだけどなあ……」

 

 流石に困惑し焦るエマに、彼方がマイペースを崩さず突っ込む。

 

「やばいですよやばいやばいやばい!! 逃げましょ!!」

「い、いやこれ逃げていいんですか!?」

 

 かすみとせつ菜はパニックになりながらわたわたしている。

 

「侑ちゃん!」

 

 歩夢に手を取られ、侑は立ち上がる。確かに逃げたほうが良さそうだとは思う。だが何故だろう。

 落ちてくるそれから、目が離せないのだ。

 

「……あれは?」

 

 璃奈が上空を指差す。だんだんと視認できるほどに近くなってきたそれの周りで、奇妙なものが飛び回っているのだ。

 

「バッタぁ!?」

 

 果林が普段からは考えられないほどの頓狂な声でそれを呼称した。確かにそれは、巨大なバッタだった。銀色にぎらぎらと光り輝き、ロボットのように見える。

 落ちてきているのは二人の男女だとわかったその時、ロボットバッタが二人にぶつかり────まばゆい光を放った。一同がうわっ、と驚いた瞬間、それは彼女らが座っている石段の最下段である川の淵の広場に轟音と共に激突した。

 音と共にコンクリが砕かれた余波で、物凄い土煙が舞う。彼女らはそれを吸わないよう必死になった。

 

 そして、土煙が晴れた時……侑は見た。

 

 

”飛び上がライズ! ライジングホッパー!”

“────A jump to the sky turns to a rider kick.”

 

 イズを抱きかかえ、土煙の中に立つのは鮮やかなイエローの戦士。

 信念を見据える、赤い複眼。

 

 “仮面ライダーゼロワン”が、そこにいた。



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Part3 ナンジ、異邦人と手をとれ!

知るとは、単に知識によって理解するのではなく、体得してはじめて知ったことになる。
松下幸之助(1894~1989)


「何……?」

 

 侑にとって、“それ”が何だかわからないのも無理はない話だ。

 目の前で少女を抱きかかえて立つのは、紛れもない異形。バッタ男としか形容のしようのないそれが、彼女らの目の前に落ちてきたのだ。

 

「……ッ!」

 

 バッタ男は首を動かし、何か言いたげだ。侑は何が起こるのかと、びくっと身構える。

 

「あ“ぁ~~……!! 痛ってぇ~~~~!!」

「……は?」

 

 抱きかかえた少女をゆっくりと降ろしてあげながら悶絶するという予想外のリアクションに、侑は思わず声が出た。他の面々も、何も言えず呆気に取られてそれを見ている。

 

「流石に変身してても着地はキツいよなああ~~やっぱ……!」

「ご無事で何よりです」

 

 悶えるゼロワンの傍らで、イズは姿勢を正しいつもの秘書ヒューマギアとしての佇まいを見せている。

 

「いやいやそれより! 何で変身できたの!? だってゼアは……」

「ゼアなら、こちらに」

 

 イズはプログライズキーの入ったアタッシュケースから、あるプログライズキーを取り出した。それは、

 

「ゼロツーキー……! ああ~~! そうか! そうだよ!」

 

 ゼロツープログライズキーとは、かつて仮面ライダーアークゼロと対峙した或人達が産み出した秘密兵器だ。ゼロワンを圧倒し衛星ゼアを掌握したアークゼロだったが、実はゼアのバックアップはイズの中に存在していた。そこで或人たちはイズに何十兆通りもの可能性をシミュレーションさせ、彼女の中のゼアを起動させた。

 

 それこそが、ゼロツープログライズキー。

 

 つまるところ、ゼロツープログライズキーにはゼアのデータと人工知能がまるごと存在していると言ってもいい。衛星ゼアの無いこの“異世界”でも、代替として人工知能ゼアがサポートしてくれるというわけだ。

 

「ゼアがついてりゃ、もう怖い物なし! よろしくな~~!」

 

 リアクションがいちいち大げさだな、というのが第一印象だった。

 吊り上がったようにも見える目元やシンプルさがどことなく不気味さと同居した印象も受けるそのバッタ男は、思っていた以上にコミカルかつ軽いノリを見せてきた。

 

「えっとお……」

 

 最後尾の彼方が何かを言いかけた時、

 

「生きてんじゃん……」

 

 その後ろから、聞き慣れぬ声が響いた。えっ、と彼方が振り返ったそこには、三人の男女がいた。

 

「排除」

 

 淡々と声を上げるのは、涼やかな目元を持ちながらも寡黙な印象を与える少女。年の頃は彼方たちよりも下に見え、中学生ぐらいだろうか。

 

「やっぱ高度一万メートルは盛り過ぎでしょ。ボクなら50メートルぐらいにして変身する余裕なんか与えないね! 地面とベストマッチで潰れたトマトの出来上がり!」

 

 もう一人は、対照的によく喋る少年。こっちは高校生ぐらいに見える。

 

「あんまり低いと一般人に見られるだろう? 目立つ真似はフツ様も望まない……」

 

 最後は、どこか疲れた印象の拭えないくたびれた男だ。年若い他の二人に比べると、40は越えていそうに見える。

 何より“奇妙”なのは────

 

 全員が、揃いの白い装束を身に着けていたところだ。

 

「何……?」

 

 彼方の傍らにいたエマも、この“奇妙”な集団に珍しく怪訝な表情を見せた。

 

「ゼロワン! 来たようだね、この“世界”に!」

 

 くたびれた男は彼女らを無視し、慣れない調子で声を張った。

 

「シンクネット……!!」

 

 ゼロワンの様子が変わる。その調子は一瞬で、危機を察知した戦士のものとなっていた。

 同好会の面々はその会話の調子に気圧され、身動きがとれずにいる。動いたらまずいことになりそうだという予感を、動物的な本能で感じ取っているのだ。

 

「君が、楽園を壊した」

 

 くたびれた男はゼロワンをじっと見据えてそう言った。ゼロワンは、またそれかと頭を抱える。

 

「だから、楽園は……!」

「エスってばとんだ食わせ者だったねぇ!」

 

 少年が顔は笑いながら、目は全く笑っていない表情でそう自嘲するように返す。

 

「シンクネットに集まったボクらみたいな人間を『悪意』として滅ぼすつもりだったなんてさあ、笑っちゃうよ! そうやって作った『楽園』の中に悪意が生まれないなんて言いきれるかい? 選ばれてあの世界に行けた人間の全部が全部、怒りも憎しみも妬みも嫉みも我欲もない、清廉潔白な人間だって保証がどこにあるって言うのさ!」

 

 それはもっともな話ではあった。

 

 シンクネットはあくまで、人間の悪意の「表層」に過ぎない。たまたまシンクネットの存在を知りそこに悪意をぶつけた人間が集まっただけで、自らの歪みや憎しみを表に出せぬまま抱え込んでいる人間は数多くいる。それが地球全体規模となれば猶更だ。

 今現在にこやかに笑い他人を慈しむ人間が、悪意に呑まれ次のアークとならない保証などどこにもない。

 

 何より……飛電或人には、そういう“実体験”があるからだ。

 

 イズが破壊された後、或人は絶望した。滅を憎んだ。どうしようもない哀しみに打ちのめされた。

 そこに現れたのが、“アズ”。イズを模した、アークの生み出した使者。彼女は悪意に呑まれ、“次のアーク”となる資質を持った或人に、悪意の坩堝たる“アークドライバー”と“アークワンプログライズキー”を授け……或人を、“仮面ライダーアークワン”へと変貌させてしまった。

 或人自身は滅との戦いの中でそれを乗り越えたが、人間皆一様にそうできるとは限らない。エスの定めた“楽園”の基準を満たした者達がいずれ楽園を壊す悪意にならないと、誰が言いきれるのだ。

 それが解ってしまっただけに、今或人は何も言えないのだ。

 

「……だから、排除する。この世界と元の世界を贄に、楽園を作る」

 

 少女はぼそぼそと、しかし確かな憎しみを込めた声でそう言った。

 

「そんなことは、させない」

 

 ゼロワンは静かに、しかし確かな決意を込めてそう返す。

 

「するんだよ。私達がね」

 

“レイドライザー!”

 

 男はプログライズキーを取り出し、レイドライザーを巻いた。

 

「私はジョン」

 

“RAMPAGE HUNT!”

 

 血走った目で、男──ジョンはプログライズキーを起動させる。

 

「ボクはバリー」

 

“スラッシュアバドライザー!”

“SHADING HIT!”

 

 少年──バリーはスラッシュライザーのモデルチェンジ型、スラッシュアバドライザーを起動させベルトを巻いた。手にしたプログライズキーは……通常のものよりも豪奢で、どことなく或人の持つ“シャイニングホッパー”に似ていた。

 

「……ミンツ」

 

”ショットアバドライザー!”

“SHADING HIT!”

 

 少女──ミンツはバリーと同じプログライズキーを起動させ、ショットライザーのモデルチェンジ型のショットアバドライザーを巻く。

 全員が据わった目でゼロワンを見据え、

 

「実装」

「変身」

 

 自らを変えるための言葉を解き放った。

 

“RAID-RISE! ランペイジガトリング!”

 

“THINKNET-RISE! シェイディングホッパー!”

“────When You cloud,darkness blooms.”

 

 ジョンはレイドライザーと“アナザーランペイジガトリング”キーを使い、ランペイジレイダーへと変貌していた。

 

 元々ランペイジガトリングキーとは天津垓がZAIA時代にプログライズキーのデータを集めて作ったプログライズキーであり、量産して兵器となるはずであった。だが不破によってその野望は阻止され、オリジナルは不破に奪取された。

 だが実は──天津は量産に向け、もうひとつ試作型を開発させていたのだ。ZAIAエンタープライズジャパン開発部の主任だった京極大毅がスカウティングパンダレイダーとなって行動を起こしお縄についた為その開発は中断されていたものの、野立の手引きによりシンクネットの手でそれは完成していた。

 

 ファイティングジャッカル。

 クラッシングバッファロー。

 スプラッシングホエール。

 ダイナマイティングライオン。

 ストーミングペンギン。

 スカウティングパンダ。

 ガトリングヘッジホッグ。

 スパーキングジラフ。

 エキサイティングスタッグ。

 インベイディングホースシュークラブ。

 

 ZAIAの持つプログライズキーを主軸とした、ランペイジガトリング。

 十種の獣が混ざり合った歪なレイダーは、ゼロワンとその場にいる全員を威圧するように吼えた。

 

 バリーとミンツが変身したのは、かつてのシンクネット事件で先兵として動いていた仮面ライダーアバドン。その際に使われていたのは先のゲート襲撃でも使われたクラウディングホッパーのプログライズキーだったが、今回はそのバージョンアップ型である“シェイディングホッパー”が使われ、装飾、装甲、スペック全てが強化されている。

 

 スクールアイドル同好会の面々は、息を呑んだ。

 人間が異形へと変身する。それだけ見れば先程までのバッタ男と何ら変わらない。

 だが何故だろう。

 彼女らにははっきりと解るのだ。両者の間には、明確な“違い”があるということが。

 

「まずさあ」

 

 バリーのアバドン────スラッシュアバドンは、周りの少女達を一瞥する。

 

「お前ら、邪魔」

 

 えっ、とせつ菜が反応するタイミング。

 ごみを払いのけるかのように、スラッシュアバドンがスラッシュアバドライザーを向けて飛びかかってくるタイミング。

 

 二つのタイミングはほぼ同時だった。

 

 ぐしゅっ、と肉を裂く感覚の手ごたえに、スラッシュアバドンは一瞬歓喜するが……すぐに、その認識を改めることになった。

 せつ菜に向けた切っ先は、間に入ったゼロワンが腕で受けていた。同じだったタイミングは「二つ」ではない。せつ菜の前にゼロワンが飛び出すタイミングも加えた、「三つ」だ。

 

「あ……」

 

 せつ菜は何か言いかけるが、

 

「逃げて!!」

 

 ゼロワンは、ただそれだけ叫んだ。

 

「皆さん!」

 

 イズは叫ぶと、周りにいた同好会の面々に指示を出し、避難を誘導する。スラッシュアバドンは歯噛みするが、ほか二人は周りにいる人間にそれほど関心が無いのか、それに手を出す様子はない。

 

「邪魔するんだぁ……?」

 

 スラッシュアバドンはゼロワンの腕からスラッシュアバドライザーを引き抜くと、苦々しげに呟く。

 

「手を出すなら俺一人にしろよ! シンクネットの相手は俺がする!」

「言ったね?」

 

 三人のシンクネット信者の殺気が強まる。だが、ゼロワンは逃げない。恐れない。怯まない。

 この場で今、立ち向かえるのは自分だけ。無関係な一般人を平気で巻き込むような悪辣な相手に、屈するわけにはいかない。不破ほか仮面ライダー達が力になってくれるとは言え、最終的に己の直面した状況に立ち向かって克てるのは、自分自身の力があってこそ。

 だから彼は、戦いの前にいつもこう宣言するのだ。

 

「お前らを止められるのはただ一人……俺だ!」

 

 それが、戦闘開始のゴングだった。ジョンのランペイジレイダーは右腕に巨大なガトリング砲を携えており、ゼロワンが言い終わるか終わらぬかのうちにそれを撃ち放つ。だが、その弾丸がゼロワンを捉えることはない。

 ゼロワンはバッタの跳躍力で飛び跳ねると、空中でひねりを加えながら体を回転させていた。そして、それはただの回避行動ではない。飛べば落ちる。このごく当たり前の現象を彼は、

 

「うがっ……!」

 

 しっかりと攻撃に変えていた。二人のアバドンは悶絶している。着陸先を敵の身体へと定め、彼は蹴りを放って二人にダメージを与えつつ地面へと降り立つ。再びランペイジレイダーがガトリングを撃ち放つが、またも飛び上がってからの丁々発止丁発止。今度はランペイジレイダーの前に着地したゼロワンは、すかさずパンチを決めた。だが、

 

「固ったぁ~~!」

 

 想像以上の堅牢な装甲を誇るランペイジレイダーに、ゼロワンの拳の方がダメージを受けていた。瞬間、ゼロワンの背中に強烈な一撃が見舞われる。スラッシュアバドンとミンツのアバドン────ショットアバドンが、同時に攻撃を食らわせたのだ。

 

「やばっ……」

 

 動きの止まった一瞬の隙を突き、

 

「楽園に捧ぐ、贄となれ。君は……子羊だ」

 

 ランペイジレイダーが全力でガトリングを浴びせた。弾丸の雨が、ゼロワンを貫く。

 

「ああっ……!!」

 

 茂みの中で、侑は声を上げそうになった。その口元を、イズが優しくしっ、と抑える。

 もっと安全な場所に逃がしてあげたいが、一連の流れを見てしまった同好会の面々をこのまま帰すわけにもいかず、イズは10人をめいめい近くの茂みや物陰に隠れさせ、自身は侑、歩夢と茂みの中にいた。

 

「あの人……あのままじゃ……」

「大丈夫です」

 

 目の前で繰り広げられる、体験したことの無い……否、するはずも無かった命のやり取り。さしもの侑も動揺を隠せなかったが、イズは冷静さを崩さない。

 

「夢を守る為なら、或人社長は決して倒れたりしません」

「夢……?」

 

 その単語が、侑には一際引っかかった。

 一方で、

 

「まだ……まだぁっ!」

 

 一度は倒れ伏しかけたゼロワンは、硝煙に包まれながらも再び立ち上がっていた。その様を見た同好会の面々は息を呑む。

 

「或人社長!」

 

 イズは茂みから出ると、戦場へと駆け寄る。彼女は素早くプログライズキーの入っているアタッシュケースを開くと、そのうちの一つを掴みゼロワンへと投げ渡した。

 

「これは……! 持ってきてたんだイズ!」

 

 そのプログライズキーは、一際珍しいものだった。

 

「ひっさびさに行くぜ~~!」

 

 戦闘中ながらゼロワンは喜びつつ、その────

 

”POCKET!”

 

「カンガルーちゃん!」

 

 ”ホッピングカンガルー”のキーを起動し認証させた。認証と同時に、イズの持つゼロツーキーが輝き、ゼアの役割を果たしライダモデルが射出される。既存のライダモデルとは一味ちがう、まるでイラストのようなそれは例によって飛び回りながら敵を二度三度小突き────

 

“The fourth dimension of space! ホッピングカンガルー!”

“────It`s pouch contains infinite possibilities.”

 

 ゼロワンと合体し、彼をホッピングカンガルーへと“ハイブリッドライズ”させた。

 

 ホッピングカンガルーは或人がシャイニングホッパーを手に入れる少し前、人間とヒューマギアでコンビを組んだお笑い芸人、“ヒューマギア人間”のボケを担当していたヒューマギア、天丼ボケ太郎が暴走させられた際に偶発的に手に入れたプログライズキーだ。

 その後すぐにシャイニングホッパー、アサルトホッパーと段階的に力を手にしていったために表立って使うことはなかったものの、これも或人にとっては先代イズとの思い出深い一品だ。

 

「変わった……!」

 

 侑は目の前で巻き起こったそれに、また驚いていた。まるでSF映画のようなそれらが矢継ぎ早に展開され、現実に存在する。それが何より信じがたいのだ。

 

「こけおどしだ!」

 

 スラッシュアバドンが向かってくる。二度三度と切りつけられるもゼロワンは怯まず、ボクシングのグローブ状の拳で相手にジャブを決めた。スラッシュアバドンは唸り、後退させられる。

 

「さてさて、ここからがホッピングカンガルーの真骨頂だ!」

“POCKET!”

 

 ゼロワンが叫ぶと同時に、

 

「ど~も~! 腹筋崩壊太郎です!」

「ええええええええええええええええ!?」

 

 思わず大声を上げたかすみの口元を、愛がしっ、と抑える。しかしながら、かすみが声を上げてしまうのも無理は無いと言えた。

 ゼロワンの胸元にある“キズナポケット”が開き、そこから次元を超越するかの如く半裸のボディビル体型の男性がぬるっと顔を出せば、誰だって驚く。

 

 ゼロワンの言の通り、これこそがホッピングカンガルーの真骨頂。有袋類であるカンガルーが自らの体に子供をしまう点からの発想で、ホッピングカンガルーは胸と両肩に備えられたキズナポケットから衛星ゼアのヒューマギアのデータベースにアクセスし、コピーしたそのデータを実体化させることができるのだ。

 

 今回選び出されたヒューマギアはお笑い芸人ヒューマギア、腹筋崩壊太郎。その肉体美を活かしたネタを得意とする、飛電謹製のヒューマギアだ。

 腹筋崩壊太郎はそのままポケットから飛び出すと、すっくと降り立つ。スラッシュアバドンは呆気に取られていたが、すぐに気を取り直しまた切りつけんと向かってきた。しかし、腹筋崩壊太郎は微塵も動じていない。

 

「いきますよ~~……」

 

 腹筋崩壊太郎は勿体をつけた後で、

 

「腹筋、パワァァ──ッ!!」

 

 自らの腹筋を、物理的に吹き飛ばした。

 声を上げて笑いそうになった愛の口元を、今度はかすみがしっ、と抑える番だ。愛自身この状況で笑ってしまうのは申し訳ないとは思ってはいるが、

 

(『腹筋崩壊』ってそーゆー意味じゃ無くない!?)

 

 その事実が、どうにもこうにもおかしくてたまらないのだ。

 腹筋崩壊太郎が吹き飛ばした腹筋は、ものの見事に炸裂弾の役割を果たしスラッシュアバドンにダメージを与えていた。

 彼の最大の持ち芸、それこそが物理的腹筋崩壊。腹筋のパーツを飛ばすだけでなく、その腹筋はリロードされ無尽蔵に発射できる。そのビジュアルのインパクトで笑いを取るわけだが、これを攻撃に転用したのだ。

 お笑い芸人ヒューマギアにそれだけの攻撃力があってよいのか、とも思うが────それは誰かを傷つけるためではなく、誰かが笑える世界を守る為の力なのだと或人は信じていた。

 

「ボクをナメるなああああああああああ!!」

 

 またスラッシュアバドンが向かって来るが、今度はゼロワンが立ちふさがる。

 

「今度は俺の番だ! いっくぜ~~……! 腹筋……」

 

 その言葉と動作に、スラッシュアバドンは一瞬びくっと身構えるが、

 

「腹筋、パワァァ──ッ!!」

 

 ゼロワンの腹筋が、

 

「……あれ?」

 

 飛んでくることはなかった。

 

「或人社長、腹筋は意気込みで飛ばすんです! まだまだラーニングが足りないですよ!」

「いや意気込みとかの問題!?」

 

 ホッピングカンガルーには、ヒューマギアの持つ職業特性を攻撃力として付与できる能力も備わっている。或人もそれを期待してのことだったが、当てが外れた。

 

「死ねェェェ────!!」

 

 スラッシュアバドンが切りつけてくるも、ゼロワンはまた体勢を立て直しその腕をがっしりと掴む。思った以上の力に、相手が悶絶する番だ。

 

「そうか、太郎の特性は筋肉パワーか! 筋肉ハンパねぇ~~!」

 

 こつが解れば、後はもう簡単だ。

 ゼロワンは増大した筋肉パワーで、掴んだ腕から相手を投げ飛ばした。

 

「ヒューマギア……!」

 

 瞬間、腹筋崩壊太郎とゼロワンに銃弾が浴びせられる。ヒューマギアの存在を感知した途端、ショットアバドンに力がみなぎり攻撃の手を強めてきた。

 

「うおおっ……!」

 

 ゼロワンが身を庇う体制を取った時、

 

“POCKET!”

「或人社長、助太刀いたします!」

 

 右肩のポケットから、今度は俳優ヒューマギア、松田エンジが飛び出した。

 

 エンジはハリウッドで演技をラーニングした、がウリの優秀な俳優ヒューマギアで、飛電の主導するヒューマギア主演のドラマプロジェクトに抜擢されたほどの実力派だ。

 得意の「演技」を活かし、敵だった頃の天津を出し抜き、或人の窮地を救ってくれたこともある。

 

「俳優ヒューマギアか」

 

 ショットアバドンはまた銃を構え直す。彼女は感情をあまり出さないよう努めているのだろうという部分が端々から見えてはいたが、ヒューマギアを相手にするとその激情が漏れ出ているようだ。

 

「え、でもエンジでどうやって……」

「何をおっしゃいます! 私は松田エンジ、演技をするのが仕事です」

 

 するとエンジは、どこから取り出したのか模造刀を構える。

 

「演技には無限の世界が広がっています。大事なのは、想像力とラーニングの擦り合わせ。だから……」

 

 ここで、イズがゼロワンの専用武器、アタッシュカリバーを投げ渡す。鞄型のそれを剣に変形させると、ゼロワンはエンジと同様の姿勢で構えを取った。

 

「全力で! 大立ち回りです!!」

 

 エンジはババッと模造刀を振り回し始めた。当然、ただ闇雲に振り回しているわけではない。それは時代劇で見ることのできる、

 

「殺陣、ですね……!」

 

 しずくが物陰からそのキレに感嘆する。高校生の舞台演劇ではなかなか本格的な殺陣を目にする機会も無いが、向上心の強い彼女のこと、その点はしっかりと勉強し知識としては頭にある。

 だが、そのあざやかさはただの知識だけでは語りつくせない素晴らしさがあった。そしてそれは、

 

「うおおおおおおっ……! すげっ……!」

 

 ゼロワンに動きが連動し、ゼロワンの攻撃にも繋がっている。流れるようなあざやかな殺陣でアタッシュカリバーがふるわれ、それは一発一発が確実にショットアバドンを打ち据えていった。最後に剣道の「胴」の要領で強烈な一撃が見舞われ、ショットアバドンは唸りながら後退していった。

 

「私を忘れるなよ……?」

 

 ランペイジレイダーは自身の腕を変形させ、1メートルほどの長さの硬質な武器にする。描かれたまだらの模様から、それがキリンの能力のスパーキングジラフ由来のものだと解った。棒状の腕を振り回し、ランペイジレイダーはゼロワンと距離を取りつつ攻撃してくる。やがてその腕が、ゼロワンの傍らのエンジに掠った。

 エンジは声を上げ悶絶する。スパーキングジラフの能力は電撃。ただの棒ではなく、その腕には電流が流れているのだ。

 

 ゼロワンはエンジを気遣いながらも、最後のポケットを起動させた。

 

“POCKET!”

「YOYOYOYO~~! 呼んだかYO社長~~!?」

 

 左肩のポケットから飛び出したのはラッパー型ヒューマギア、MCチェケラだ。

 

 チェケラはお仕事五番勝負の最終勝負、演説対決にて飛電の代表側となったが、ZAIA側の代表、由藤政光議員の悪意に触れたことにより“自らの意思で”暴走し人類の殲滅を叫び、ヒューマギアの世間のイメージを最悪にしたという経緯を持つ。

 

 或人は滅との一件が終わった後、彼を復元することを決めた。

 

 それまでは彼が到達した負のシンギュラリティの危険性を考えるととてもじゃないが復元はできないというのが飛電全体の方針ではあったが、或人は彼の存在と向き合わなければならないと感じていた。

 滅がヒューマギア達に人類との戦争を呼びかけた際、チェケラ同様に自らの意思で人間と戦う事を選んだヒューマギアは僅かながらいた。

 滅との決着を持って彼らを一時は説得したものの、人工知能の進化の先に、自発的な人間への敵意はもう避けて通れないものだと判断してのことだった。

 復元されたチェケラは、すぐにまた人間への敵意を向けようとした。だが或人は、自分と滅の戦い、人間のヒューマギアの顛末を聞かせ、最後には土下座をしてまで彼に頼み込んだ。

 

 

「あんな事があって、人間を信じられないのも、憎く思うのもわかる! けど、俺達を……人間とヒューマギアの歩く未来を、もう一度信じてみてくれ!!」

 

「意味わかんねえ主張、罪はねえとでも社長!?  汚え人間は滅びろ!!」

 

「アークになった俺にはわかる!! 悪意と憎しみは世界に溢れていて、簡単に飲み込まれる……。イズが破壊された時、ゼツメライザーを手に取ったお前の気持ちが解った!!」

 

 

 その言葉に、チェケラも一瞬押し黙った。

 

 

「けど、この世界は……悪意だけで出来ているわけじゃない」

 

 

 それから、或人はチェケラと一緒にヒューマギアの仕事現場を見て回る日々を続けた。最初は頑なだったチェケラもそれを見るうちに……少しずつ、表情は柔らかくなっていった。

 そして最終日、チェケラは或人に言った。

 

 

「ここまでの気分爽快、今までの自分後悔」

 

「チェケラ……!」

 

「別に絆されたわけじゃねーぜ。次に人間が許せねえと思った時は、その時こそ戦争。またするぜ暴走」

 

「そうなった時は、俺が止めてやる。お前を止められるのはただ一人……俺だ」

 

 

 そこで二人は、がっちりと握手をした。

 

 チェケラは人間への憎しみや怒りを忘れないまま、新しい一歩を踏み出した。

 だからこそ今、衛星ゼアは彼を選んだのだ。

 

「Hey,YO! シンクネットの兄ちゃん姉ちゃん、破滅を望んだイカれた甘ちゃん、そんなの許せるワケねえじゃん!」

 

 開幕、ライムを刻みつつの強烈なdisでチェケラは場を自分の色に変えていく。

 

「チェケラ、アゲてんなあ!」

「あたぼうよ社長! 状況把握、アイツら最悪。許さねえぜ、悪意のアーク」

 

 そう、チェケラはかつてアークに接続することなく、自発的にアークと同様の人類への敵意を持ったヒューマギア。だからこそ考えを変えた今────

 一度もアークに取り込まれていないからこそ、かつての自分と同じ悪意の塊のアークを、“心”から憎むことができるのだ。

 人間は押しなべて皆一様に汚く醜いと思っていた。

 

 だが今は違う。

 

 人間は悪意だけで出来ているわけではない。善意だけで出来ているわけでもない。その両方を持ち、心のありようによって染まるものなのだ。

 だからこそ、今この言葉を以て宣戦布告としたい。

 

「汚え人間は滅びろ!!」

 

 かつて紡いだのと全く同じ言葉。だが今、その意味は全く違う。

 美しい人間を虐げ傷つける、“汚え人間”だけを……否。

 汚え人間の根源にある、悪意を滅ぼすのだと。

 

 そこでチェケラは、華麗にダンスを決め始めた。ヒップホップのリズムに合わせて、大柄な体を信じられないほどに軽快に動かしていく。

 

「〽ここは異世界! そこは良い世界!? 多分正解! 気分爽快? そうかいそうかい! CHECK-IT-OUT, in the house!?」

 

 勿論、ライムを刻むのも忘れない。そしてそのダンスは、

 

「ちゃんと相手に当たってるわ……」

 

 果林は物陰から恐々とそれを見てはいたが、目の前で始まったダンスのキレにはこの状況も忘れて見入ってしまっていた。モデルの経験からか体運びや動きのセンスが良いと自他共に認める彼女だけに、自然と審美眼を以て見てしまうところがある。素直に、やるわね、の一言が出てしまっていた。

 

 その間、チェケラのダンスは当然の如くゼロワンに連動し、ランペイジレイダーのキリンの腕をかいくぐりながら蹴りや突きが相手を捉えている。

 

「調子に……乗るなァ!!」

 

 ランペイジレイダーはダイナマイティングライオンの能力で、強化ダイナマイトを作り出しゼロワンに投げつけた。それらは瞬時に爆裂し、轟音と爆炎を響かせる。物陰にいた同好会の面々は、身を庇いながら耳を塞ぐしかなかった。

 

「終わったなあ!! ゼロワ……」

 

 ン、と言いきることはなかった。

 爆炎の中から飛んできた、ゼロワンのダンスに乗せた蹴りがランペイジレイダーの顎に直撃したからだ。がっ、とうめいて相手が倒れ込んだのを確認しながらゼロワンは体制を立て直そうとするが、流石にダイナマイトの直撃は堪えたのか膝をつきかける。そこに、

 

「頑張って……! 頑張れぇぇ──!!」

 

 せつ菜が、大音声(だいおんじょう)を張った。

 

 ちょっとおおおお!!とかすみが返す刀で叫ぶ。当然だろう。相手に見つからないように隠れているのに、大声を上げては全く意味が無い。せつ菜自身、叫んだ後ではっと我に返っていたほどだ。

 

 だが、

 

「ありがとう……君! さんきゅー!」

 

 その一言が、ゼロワンにとって……否。

 飛電或人にとっては、何よりも嬉しく力になるものだった。

 ランペイジレイダーは次の行動に移ろうとし、二体のアバドンも構えを取ったが────それより先に、ゼロワンの渾身の右ストレートがランペイジレイダーの顔面を捉えた。

 

「ブゲっ……」

「行っくぜ~~……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

           

           

           

           

           グインパクト

 

 

 一発。

 

 二発。

 

 三発。四発。五発。六発。

 

 十。五十。百。二百。

 

 ゼロワンの放った拳は次々と相手を捉え、ボコボコに殴り倒していく。そして最後に、ぐるぐると右腕を大回転させてからの……

 

 強烈で噓の無い、ストレートパンチ一閃。

 

 ランペイジレイダーは思い切り後ろに吹っ飛び、そのまま川に落ちた。同時に、エネルギーが流れ込んだのか水中で爆発が起こり、ざばっと水柱も上がる。

 

「やば……! 逃げるよ、ミンツ」

 

 スラッシュアバドンは状況を不利と見て、そう提案する。だが、

 

「やだ」

 

 ショットアバドンは頑として譲らない。

 

「……バッッッカじゃあねーの!? 勝てない相手に挑むとかダセえんだよ!! やるんなら確実にいたぶれる自分より弱い相手をテッテー的にイジメ倒す! これが原則でしょーがよ!」

 

 スラッシュアバドンはキレてどつくが、それでもショットアバドンは一点を見つめている。

 

「ヒューマギアは……全て……排除する……!」

 

 彼女はそう言い捨てると、ショットアバドライザーを構えゼロワンが呼び出した腹筋崩壊太郎、エンジ、チェケラの三人のヒューマギアの方へと向かっていった。だが、

 

「そこまでだ」

 

 ゼロワンが、ホッピングカンガルーの拳をショットアバドンの眼前に突きつけていた。

 

「……ッ」

「あんたらのボスに伝えろよ。俺達仮面ライダーが、俺達の世界も、この世界も破壊させないって」

 

 しばしの膠着。

 一瞬が永遠にも感じられるほどの沈黙の後、ショットアバドンは銃を下ろした。

 

「……帰ろう」

「ジョンはどうする?」

 

 スラッシュアバドンが問う。

 

「川に落ちた時点でログアウトしてるでしょ」

「そーだね。……ゼロワン!」

 

 そこで二人は変身を解き、バリーとミンツに戻る。

 

「お前の手で楽園(エデン)は終わった。だから、その先にボク達が進む……。フツ様の導きで」

 

 また“フツ”だ。

 どうやら、エスに代わって彼らをまとめ上げる存在。それが“フツ“らしい。

 

 その瞬間、二人は「LOG OUT」の文字を残し、その場から消えた。これがシンクネット信者たちの最大の特徴。彼らはネットを通じ、ナノマシンで作成したアバターを媒体に活動を行うのが常だ。本体は自宅、ネットカフェ、職場……などなど、常に「安全圏」で行動している。アバターだって、本人の容姿とは似ても似つかない姿にしてハンドルネームで名乗るのが常だ。

 匿名の利点に守られながら、度胸も覚悟も無しに他者への攻撃を繰り返す。印象深いクラウディングホッパーのプログライズキーと合わせて、“ネットイナゴ”そのものの悪意の群体だ。

 兎にも角にも、危険は去った。

 

「それでは社長、またお会いしましょう!」

「ミッションの成功を祈っています」

「さよなら三角、これなら合格! 社長の愛で救う地球!」

 

 ホッピングカンガルーで呼び出されたヒューマギア達は、言葉を残してデータとなって消えていく。ありがとう、とゼロワンは伝え、ヒューマギア達の頼もしさが嬉しくなった。

 

「イズ……」

 

 ゼロワンはイズと、咄嗟のこととはいえ巻き込まれた侑たちに目を向ける。が、

 

「ちょっ……ええ──っ!?」

 

 ここはお台場。いつでも人の多い街。

 そんな場所でこれだけの騒ぎが起こればどうなるかと言えば、

 

「映画?」

「広場ぶっ壊れてる、やば」

「着ぐるみやろ、あれ?」

 

 人が集まってくるのは自明の理だ。

 

 まずいことになった、と思った。

 そもそも当初の計画ではゲートの出口がこちらの世界のシンクネットの本部に通じていることを考え、一気にライダー総出で本拠地に乗り込んで全てを終わらせるつもりでいた。こちらの世界に無用な騒ぎを起こさない為にも、それが最善手だ。

 しかしながら、今はこの通り。不破達が後に続いたのかもわからない。この世界の学生らしき少女達も巻き込んだ。そして今、衆人環視で御覧の有様。

 

「ど、どうする!? イズ!」

「ここは……」

「ここは?」

 

「逃げるしかありません」

「やっぱり~~!」

 

 逃げると言っても、どこへどこまで行けばいいのかという話だ。

 この世界に頼れる場所は無い。目指すべきシンクネットの本部もわからない。

 どこへ行けばいいというのだ。どこへ。

 

 その時、

 

「きて!」

 

 ゼロワンの手を握った者がいた。握った手を離さないまま、引っ張ってひた走りに走っていく。

 

「侑ちゃん!?」

 

 歩夢は目の前で何が起こっているのか、一瞬理解が遅れた。幼馴染が突然空から降ってきた黄色いよくわからない存在の手を引き、群衆を割って走っていく。それをすぐに飲み込めというほうが難しい。

 

「……皆さん!」

 

 イズが一声発すると、同好会の面々は我に返り……次々と、侑の走った方向に続いた。歩夢はえっ、ええっ?と困惑していたが、後に続かんとする。だが、群衆の目が気になり、一度ちらりと振り返った。そこに、

 

「いや~~、お騒がせしてすいません! 映画のゲリラ撮影です! ご迷惑をおかけしました!」

 

 一声、朗々たる声で群衆に呼びかけた男がいた。

 

 それは年若いが、少々分不相応にも見える顎髭を蓄えた男。ド派手な赤のアロハシャツ。バリバリにツーブロックにした髪。両耳のピアス。遊び人、という言葉で表現するのが一番ぴったりな男だった。

 男の言葉に、なんだあと声が上がり、群衆は少しずつ解体されていく。

 誰だか知らないが助かったと、歩夢は心置きなく一同の後に続くことが出来た。ただ最後に、

 

「あのっ……! ありがとうございました!」

 

 一礼だけは、礼儀として忘れなかった。男は答えなかったが、返事を待つ余裕はなく……歩夢は駆け出していった。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

「ここまで来れば大丈夫……かな……」

 

 汗でびちゃびちゃの額をTシャツの裾をまくり上げて拭いながら、侑はそう言った。

 

「……ありがとう」

 

 ゼロワンは途中で変身を解除し、或人へと戻っていた。あまりにも突然のことで驚きながらも、ひた走りに走った後でやっと状況が見えてきた。

 

 敵は恐らく、ゲートに何かしらの細工をして出口の座標を変え、こちらを遥か空の上まで投げ出したのだ。そしてそれが上手くいかなければ、幹部たちに自分達を襲撃させる。用意周到だ。

 そしてここが、東京は港区、お台場の公園だということも。異世界と聞いていたからには飛び交うドラゴン! 魔物の住む山々! 魔法の商店街! 剣士や魔砲使い(マジックガンマン)の集う酒場!などを想像していたが、これを言えば福添副社長辺りから「異世界転生ものの読み過ぎです!」と怒られてしまうだろう。そこに、

 

「ありがとうはこっちの台詞ですよ! かっっっこよかったです!! 正義のヒーロー! 変身、してましたよね!? やっぱりそのベルトで!? ヒーローって……本当にいたんですね!!」

 

 せつ菜が、或人の手を握ってぐいぐいときた。

 優木せつ菜は、オタクだ。大好きを大切にしたい。叫びたい。そんな信念も、家庭の教育方針でそういった趣味を表に出せなかったことから来る。ライトノベルや深夜アニメも大好きだが、変身ヒーローもその範疇に含まれていた。

 そこにゼロワンが目の前で大立ち回りを見せれば、御覧の通りというわけだ。

 

「はいはい、一旦ストップ」

 

 はやるせつ菜の肩に果林が手を置く。

 

「まずは、お兄さんが何者なのか聞かせて貰わなきゃね」

 

 こんな時でも冷静に何をすべきか見つめているのが、彼女らしい。

 

「正直、解らないことが多すぎて混乱してる……」

 

 璃奈の言葉も最もだ。

 

「空から降ってきて、変身して、どんぱちして。解らないことのカタマリだよ」

 

 彼方が珍しく訝しげな目で或人を見る。

 

「お姉さんも、ありがとうだよ~」

「あの……その……お耳に付いていらっしゃるのは……」

 

 エマとしずくは、イズに礼をしつつもその特異性が気にかかっているようだ。

 

「というかせつ菜先輩! 『頑張れぇ──!!』は無いでしょ『頑張れぇ──!!』は!」

「かすかすだって大声出してたじゃん」

「かすみんです!」

 

 かすみと愛は先程の一件がまだ気にかかっているようではあった。この二人も笑ったり驚愕の声を上げたり、お互いさまではあるのだが。

 

「や、でも本当に励みになったよあれは。ありがとう!」

「こちらこそです!!」

 

 或人に礼を言われ、せつ菜はまたテンションを上げる。それをどうどう、と果林が抑えるまでがワンセットだ。

 

「皆、お待たせ……」

 

 歩夢が遅れて到着する。

 

「歩夢! 大丈夫?」

「侑ちゃんありがとう……。うん、後についてくる人もいないし、大丈夫そう」

「それもだけど! 歩夢は怪我とかしてない!?」

「う、うん……」

「よかったぁ~~……!」

 

 普段は歩夢が侑を気に掛けることも多いが、侑とて幼馴染のことはいつだって大切に想っている。こんな状況ならば尚更だ。一人だけ到着が遅れていた状況も、それに拍車をかけていた。

 

「まずは……ごめん!!」

 

 或人が一同に頭を下げた。

 

「俺達の都合に、君達を巻き込んでる。本当にごめん!」

「私からも、お詫びいたします」

 

 本来ならば想定すらされていなかった事態。この世界の一般人を巻き込んで、なおかつ匿ってもらったという状況。これを申し訳なく思わなければ嘘だ。或人に続いて、イズも頭を下げる。だが、

 

「そういうのは、違うんじゃないかなあ」

 

 彼方が前に出た。

 

「えっと……」

「彼方ちゃん言ったよね? 解らないのカタマリだって。皆その解らないを知りたがってるのに、ただ謝られても困っちゃうよ」

 

 或人は一瞬言葉を失った。いち社長として普段から頑張ってはいるつもりだが、全く彼方の言う通りだ。

 女子高生に諭されるとは、と思いつつも、物事の道理に年齢も立場も関係あるかと或人はまた自省した。

 

「ちゃんと、教えてね?」

 

 そこで彼方はにっこりと笑い、自分も怒っていたり敵意があるわけではないと態度に出して伝えた。

 

「とりあえず、落ち着いて話せる場所に行きませんか? 私達もこの通りですし……」

 

 しずくは汗まみれの一同を見渡しながら、苦笑いする。

 

「と言っても、どこに……」

「じゃあ! 私達の学校に行きましょう!!」

 

 或人の手を、今度はせつ菜が取った。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

「学校? ここが?」

 

 飛電或人は訝しむ。

 

「ええ!」

 

 対するせつ菜は、自信たっぷりで見事なまでにペカーッと笑みで返した。

 

「いや、ここビッグサイトの会議棟だよね……?」

 

 お台場付近の名所はいろいろあるが、何といっても目を引くのはビッグサイト。

 

 或人自身、飛電インテリジェンスの会社説明会やプレゼンでお台場に赴き、そこで仕事をしたこともある。自分のいた世界と地理が同じならば、ここは確かにビッグサイトにあたるはずだ。

 しかし、建物の前には門が構えられ、「虹ヶ咲学園」の名前もそこにあった。

 何より、特徴的な逆三角形の建物の上半分は巨大なフェンスのようなもので覆われ、学校らしく大時計も取りつけられていた。

 

「本当に来たんだな、異世界……」

 

 あまりにも元の世界との違いが無さ過ぎて違和感すら覚えていたほどだったが、或人もようやくここが異世界だと飲み込めつつあった。

 

「びっぐさいと?」

「ああいや、何でも無いよ」

 

 せつ菜に尋ねられるが、或人ははぐらかす。

 

「いい学校でしょ? 良い学校だけに……ガッコいい、ってね!」

 

 愛のその一言に、或人はえっ!?と振り返った。傍らでは、侑がまた大爆笑している。

 

「今のは、『学校良い』と『格好いい』をかけたダジャレ、ですね」

「おっ、わかってるねえ~~!」

 

 イズの解説に、愛は気を良くする。

 

「じゃあ校舎を『案内』するよ! 『あーん、ナイス』!って言ってもらえるぐらいにばっちりと! きっと『最後』に思うよ? 『最高』~~!」

 

 宮下愛はダジャレが好きだ。常に誰かと「楽しい」を共有したい彼女にとって、一番手軽で一番楽しいやり方。

 立て板に水でとうとうと、それでいて或人たちにかける一言として文脈を崩さずダジャレを盛り込む手際はかなりのものだ。

 瞬間、或人が愛の手を取った。

 

「え?」

「君! 凄くセンス良いね!!」

「……っ! でしょおおお~~~~!?」

 

 一瞬困惑した愛だったが、まさかの大絶賛に再び喜色満面だ。

 

「あ、俺……飛電インテリジェンス代表取締役社長、飛電或人です。これは名刺」

 

 或人は自身のスマートフォン────プログライズキーに似せた、“飛電ライズフォン”で、名刺の電子データを立体投影する。

 

「社長!? っていうかそのスマホ何!? 凄い、立体映像!」

 

 愛は興味津々で或人の名刺をあちらこちらから見回す。

 

「まさに、『名刺』を見つめる……『名シーン』! 『ギャグ』のセンスが解釈一致! 『ぎゃー、グレイト』!」

「……嘘、マジ!? えーっ!? 社長さんもセンス良い~~!」

「でっしょおおおおおお~~~~!?」

 

 或人はご機嫌で、ポケットから何かを取り出す。

 

「センスの良い君に、これをプレゼント!」

「……! 『センス良い』よね! 『扇子良い』~~!」

「流石解ってる! はい! アルトじゃ~~、ないとォォォ~~!!」

 

 すっかり二人の世界が形成されている。

 

「……変な人」

「りな子辛辣ぅ」

 

 璃奈のぼそっとした一言に、かすみが苦笑する。

 

「あのっ!」

 

 盛り上がっていた二人の間に、歩夢が割って入った。

 

「何、歩夢?」

「侑ちゃんが壊れちゃうから、その辺で……」

 

 あ、と愛が見やった時には、笑い過ぎて酸欠になりかけている侑がそこにいた。

 あまりに笑い過ぎて声を出すことすらもう難しく、ヒーッヒーッと引き笑いの連続だ。ごめんゆうゆ、と愛が声をかけた時、

 

「こっちもそろそろ終わりにしてほしいところだな」

 

 またも割って入った影がある。

 

「刃さん!?」

「やっと見つけた」

 

 刃唯阿だ。

 

「不破にもそろそろ限界が来そうでな」

「なっ……何でも……ねえ……ブフォッ!」

 

 不破もまた死にかけていた。

 実のところ、不破諫は笑いの沸点が侑同様に異常に低い。或人のダジャレ満載のギャグも「くだらねーギャグ」とは思っているが、それでも大爆笑してしまう。それが彼だ。

 加えて或人の前ではそれをひたすらに隠そうと堪えるのだから、その苦労は侑以上だった。

 そんな彼が二人の今のテンションに呑まれれば結果はどうなるか。見ての通りだ。

 

「不破さんも! 二人共無事で良かった~~!」

「お二人は、何故こちらに?」

 

 イズの問いも最もだ。或人とイズはたまたま同好会の面々と知り合ったわけだが、二人も初めての異世界でいきなりこの学園に来ることのできる道理はない。

 

「いや、ゲートをくぐってこっちに来たらいきなり空の上だろう? 驚いたが、幸い私にはこれがある」

 

 刃は自身が専用としているハチのプログライズキー、“ライトニングホーネット”を取り出す。ライトニングホーネットで変身すれば、バルキリーは飛行能力を得られるのだ。

 

「今回ばかりは刃のおかげで助かったぜ……」

「ゴリラ一匹抱えて飛ぶ私の身にもなれ」

「ンだとぉ……!?」

「それで飛んでいたら、私達の世界の港区周辺に似ていると解ったからな。取り敢えずは情報を集めたいのと、地理感覚を掴むためにビッグサイトに来てみたわけだが……」

 

 そこで、或人はなるほどと得心した。

 

「この通り、『虹ヶ咲学園』があったと」

「その通り。そこで社長がギャグを飛ばしまくってたってわけだ」

 

 不破はやっと落ち着いて或人と向き合う。

 

「なぁんだ、考えることは一緒か」

「目立つ場所に来れば何か解るとは思ったが、手間が省けた」

「迅! 滅!」

 

 或人は嬉しさに声を上げる。

 

「僕と滅もゲートをくぐったら空だったから……。まあ、バーニングファルコンには関係無いけど」

 

 隼のライダーである迅は、当然の如く飛ぶことができる。彼もまた滅を抱えて飛び、そして刃と同じようにここに来ることを選んだわけだ。

 

「ビッグサイトの目印力(めじるしりょく)、半端ないな……」

 

 或人は変なところで感心していた。

 

「皆、お友達?」

 

 ぞろぞろと集まってきたライダー一同に、エマが嬉しそうに声をかける。

 

「友達……。友達か、俺ら?」

「いや」

 

 不破に問われ、滅が即答する。

 

「友達、かなあ?」

「微妙だな」

 

 迅の問いに、刃が言葉通りの微妙な表情をした。

 

「じゃあ、どういう……?」

「んー……まあ、大人には色々あるってことで」

 

 わからない、という顔のエマに、或人はそう濁しつつ答えた。

 

「皆さんも……もしかして!?」

 

 そこで、せつ菜がずいと前に出る。

 

「ええ。皆さん、或人社長と同様に変身し戦う……“仮面ライダー”です」

「やっぱり!!」

 

 イズの説明に、せつ菜はまたテンションを上げた。

 

「それじゃあ皆さん! まずは部室に行きましょう!」

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 そろそろ時間は正午になろうとしている。

 夏休みなので学期中に比べれは人は少ないが、それでも巨大かつ各個の活動に力を入れている虹ヶ咲学園のこと、廊下で度々人とすれ違う。

 

「広っ! いや広いね!? ここだけで部室棟!?」

「ふっふっふ……! このぐらいで驚いてちゃいけませんよ? ニジガクの凄さはこんなものじゃないですから!」

 

 驚く或人の前を、せつ菜はまるで秘密基地へと案内する子供の如しのテンションの上げようで先に立つ。

 

「それにしても、一気にお客さんだねえ。椅子足りるかなあ」

「借りてくればいいわよ」

 

 彼方の言葉に、気にするところはそこ?と思いつつ果林が返す。

 

「皆さん、全部で6人でいいですよね?」

「ああ、いや……」

 

 侑に問われ、刃が苦い顔になった。

 

「そういやアイツどうしたんだよ」

「サウザーは飛べないからね……」

 

 不破と迅も苦い顔をしつつ、最後の一人を思い出す。

 

「? まだ、誰か?」

「……あと一人いる。思い出したくもないがな」

 

 璃奈の言葉に、滅がそれだけ返した。

 

「もしかして、あのアロハシャツの……?」

 

 歩夢は、あの騒ぎを収めた遊び人風の男のことを思い出していた。彼らに協力する者がいるとすれば、ああいう行動を取った彼ではと思ったからだ。

 

「アロハ……? いや、違うと思う」

「違うんだ……」

 

 或人に否定され、じゃあ誰なんだろうと歩夢は疑問に思った。

 

「むしろ真逆でいっつも白い服ばっか着てるからさあ、性格と真逆な……」

 

 ライダー一同に漂う不穏な空気に、同好会の方が困惑する番だ。

 

「け、ケンカはダメだよ!? お友達じゃない、っていうのはわからないけど、ケンカは……」

「んー、何ていうかあの人とはそういうのじゃ無いって言うか……」

 

 取りなそうとするエマの優しさがかえって申し訳ないとばかりに或人が最後の一人のあの男を思い返していた時、

 

「あ、スクールアイドル同好会! お疲れ~!」

「流しそうめん同好会じゃーん! おっつおっつー!」

 

 流しそうめん同好会の部員たちとすれ違った。愛が嬉しそうに挨拶を返す。

 

「次夏休みライブでしょ? 絶対行くから!」

「ありがとー! そっちこそそろそろ夏終わるんだし、また流しそうめん大会やるなら誘ってよ~?」

「もちろん!」

 

 愛と流しそうめん同好会の部員は、歩きながらそれだけ会話を交わした。仲が良いな、と或人は流しそうめん同好会の方を見る。すれ違っていく部員たちは、皆一様に個性豊かだ。

 

 ヘアピンで髪をまとめた三年生の部長。

 

 ツインテールの二年生。

 

 全身白ずくめの男。

 

 二つ結いの一年生。

 

 ポニーテールの三年生。

 

「流しそうめん同好会か~~……。もう何でもありだ……え!? あ!?」

 

 或人はそのまま歩いていく流しそうめん同好会の方を思わず二度見した。

 

 ポニーテールの三年生。

 

 二つ結いの一年生。

 

 全身白ずくめの男。

 

 ツインテールの二年生。

 

 ヘアピンで髪をまとめた三年生の部長。

 

 

 全身白ずくめの男。

 

 

「いやいやいやいや!? ちょっとぉ!?」

「……おや。気づいたか」

 

 天津垓が、さらっと流しそうめん同好会に紛れ込んでいた。

 

「サウザー課長!?」

「お前なんで……!」

 

 不破と刃も言われて気づき、声を上げる。

 

「え? 皆さんお知り合いですか?」

 

 流しそうめん同好会の部長が前に出た。スクールアイドル同好会側も、まさか最後の一人がそこにいたとは思わず歩みを止めてしげしげと天津を見る。

 

「まあ、知り合いだけど……。逆に! 何で流しそうめん同好会の皆が垓さんと!?」

「つい二時間ほど前のことです」

 

 流しそうめん同好会部長は、宙を仰ぎ語りはじめた。

 二時間ほど前、流しそうめん同好会は朝練に出ていた。

 お台場の川岸で、一日千回そうめん掬いのフォームの素振り練習。状況に応じて変わるそうめんをすくうタイミング、角度。それらを常にベストの状態に保つための素振り練習だ。

 

「ちょっと待ってください、パワーワードが序盤から多すぎる」

 

 侑は目元を押さえた。

 

「まあ、何せこっちは炭水化物を摂取するのがメインの部活だからね。素振りは半分本気、半分は運動を兼ねてるっていうか……。ヨースケ・ヨンタマリアの『UDON』のうどん部みたいな感じだよ。他にもトレーニングやランニングの日もあるけどね」

 

 それはさておき、と部長は話に戻る。

 

 そうやって素振りをしていた時、彼女らは空から降ってくる何かに気づいた。それはそのまま川に着水し、水柱が上がった。なんだなんだと川岸に寄った時、

 

「こちらの方が自ら上がってきたというわけです」

「不審に思わなかったんですか……?」

 

 しずくの言葉も最もだ。

 

「いやいやいやいや、空から降ってきて! 水に飛び込んで! そしてこの白い服! つまり……」

 

 一年生の部員が目を輝かせ、

 

 

「この人! 流しそうめんの妖精さんですよね!!」

 

 

 スクールアイドル同好会と、ライダー全員がズッこけた。

 

「なんでそ~~なるのっ!」

 

 かすみが思わず飛び上がって突っ込んだ。

 確かに挙げられた要素だけ見れば、流しそうめんの妖精と言えなくもないが。

 

「垓さんも! 何か弁明しなかったんですか!?」

「……私は1000%、流しそうめんの妖精だ」

「いやいやいやいや!!」

 

 頭を抱えた或人に、垓が近寄った。

 

「そうは言うがな、我々の事を無関係なこの世界の一般人に知られると困るだろう。ここは私も1000%の尽力で流しそうめんの妖精に……」

「……すいません、もうバレちゃいました。変身から戦闘まで全部」

「何!?」

 

 垓は信じられないといった顔で或人を見たが、後ろのスクールアイドル同好会と連れ立っている不破達を見て色々と合点がいったようだった。

 

「……すまない。連れが見つかったので、私はこれで」

 

 えーっ、という声が流しそうめん同好会から上がる。

 

「これから一緒に流しそうめんする約束じゃないですか~!」

「『この白い服のように白いそうめんを1000%食べきってみせる』って大見得切ってたでしょ!?」

 

 一体この短時間に何をやっていたのだとライダー達は呆れた。

 

「とにかく失礼。……服を乾かせるランドリールームを教えてくれたことには、感謝する」

「残念です……。絶対流しそうめんしましょうね!」

 

 惜しまれつつ別れる天津垓、というその構図が、何とも不思議なものだった。

 

「あっ……えっと……とにかく部室に!」

 

 侑の一言で、一同はまた歩き始めた。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 やっと落ち着いた、と歩夢は部室を見渡した。

 同好会の面々はまずシャワーを浴び、汗を落としていた。その間、或人達は部室で待機し、これからのことを侃々諤々と話し合っていた。

 

「速攻ブッ潰して戻るつもりだったのに、完全に想定外だぞこれは」

「本拠地がどこかもわからないしな……」

 

 不破と刃が頭を抱える。

 

「滅、充電ユニット持ってきて……」

「ない」

「だよねえ」

 

 迅が頭を抱える。ヒューマギアの無いこの世界で行動するのに、問題は山積みだ。

 

「本拠地探しは唯阿の主導でネットワークを通じてやるしか無いだろうな。問題はそれにどのぐらいの時間がかかるかだが……」

 

 天津は建設的に打開策を考えるも、先行きは明るくはない。

 

「盛り上がっているところ悪いのだけれど……」

 

 先陣を切って割って入った声がある。

 果林だ。

 

「落ち着いたことだし、ちゃんと教えてほしいわ。皆さんのこと」

「教えてくれるって、約束だからねえ」

 

 彼方が公園での或人とのやり取りを思い出すように、また笑みを見せる。

 

「そうだね……ちゃんと話すよ」

 

 それから或人は、すべてを話した。

 

 自分達が異世界から来たこと。

 

 ヒューマギアの存在。

 

 衛星アークの暴走から始まった、様々な悲劇と闘争。

 

 シンクネットによる大規模テロ。

 

 そして────この世界に、そのもう一つの拠点があることを。

 

「信じられない話ですけど……信じるしかないですよねえ」

 

 しずくはうむむ、と難しい顔になる。

 

「い……異世界……! アンドロイド……。変身ヒーロー……本当に……」

「ダメだ、せっつーが情報量の多さでパンクしてる」

 

 興奮のメーターが振り切れてしまったせつ菜を、愛が見やった。

 

「だから、巻き込んで本当にごめん。そう言いたかった」

 

 或人は再び頭を下げた。

 

「ちゃんと話してくれて、彼方ちゃんは嬉しいです」

 

 彼方が三度(みたび)、笑みで返した。

 

「皆さん、命を懸けて、私達の世界にまで来て……」

 

 侑は一同を見回したうえで、

 

「本当にすごいと思います」

 

 それは嘘偽りの無い彼女の感想だった。

 目の前で繰り広げられたゼロワンの激闘。あれが彼らにとっては日常であり、使命であるというのだから。

 

「で、でも!」

 

 かすみが割って入り、

 

「かすみん達、来週ライブなんです! ちゃんとライブできるんですか!?」

 

 こちらもまた、彼女達の嘘偽りない気持ちを伝えた。

 

「かすみさん……! 世界の危機かもしれないんだよ!」

「じゃあしず子はライブやりたいの? やりたくないの? どっち!?」

「それは……やりたいよ!」

 

 女子高生……否。青春の中で懸命に足掻く若い命の見る世界は、広いようで狭い。

 家庭と学校という巨大な二大コミュニティが生活範囲のほとんど全てを占めているのだから、それも当然だろう。

 しかし、いや……だからこそ、自分の感じたものの美しさを、世俗に汚れすぎていない純粋な目で見ることができる。

 

 世界の危機と、一週間後の夏休みライブを同じ天秤に乗せることだって。

 

「その……ライブとは?」

 

 イズが問う。

 

「部室の扉見てなかったんですかぁ!? スクールアイドル同好会ですよ、ここは! 当然、ライブだってやるに決まってるじゃないですか!」

 

 かすみに捲し立てられるが、イズはわからないといった顔をした。

 

「何だよ、スクールアイドルって」

 

 不破がぶっきらぼうに言う。瞬間、ざわめきが部室に広がった。

 

「もしかして、皆さんの世界にスクールアイドルは……」

「いない?」

 

 歩夢と璃奈が恐々聞く。ライダー一同の知らない、の言葉に、また驚きの声が上がった。

 

「じゃあ、皆さんに説明を……! すっごいですよ、スクールアイドルは! ときめいちゃいますから!」

 

 そこからは侑の出番だ。彼女はこの世界の文化、スクールアイドルの存在を一から順にとうとうと語って聞かせる。それでいて雑多になり過ぎず、要約が上手いときていれば、自然と聞き入ってしまうものがあった。

 

「なるほどね。学生が演出するアイドルかあ……。凄いなあ」

 

 或人の感想は淡々としている。こちらもまた、まさしく“異世界”の文化に驚き、すぐには飲み込めていないのだ。

 

「まあ、問題は無いだろう」

 

 不意の天津の発言に、場の空気が澱む。

 

「いやいやいやいや! 問題ないわけないじゃないで……」

「私が! いや、私達が……」

 

 かみついたかすみの発言を遮ると、天津はすっくと立ちあがり……

 

「1000%の確率で、事を収める。だから、問題はない」

 

 いつもの尊大さで、そう返した。だが今は……その尊大さが、どこか頼もしく見えた。

 

「だが、拠点はどうする? やつらのアジトを見つけるまでは、こっちの拠点が……」

「俺達の世界と大して変わらないなら、ビジホにでも泊まればいいんじゃねえか」

「……不破、お前金は?」

「……刃、貸してくれ」

「だめだ」

 

 やはり突然のことで行き当たりばったりになりそうだと頭を抱えた時、

 

「あの、でしたら……! この学校に泊まるというのは!?」

 

 せつ菜がとんでもないことを言い出した。

 

「せつ菜、あなた自分が何を言ってるかわかってる?」

 

 果林の忠告が素早く飛ぶ。

 

「わかっていますとも! ただの興味本位じゃないですよ? 私達はここで夏合宿をしたこともあるんです。コンビニもありますし、シャワールームも合宿用の和室も……。皆さんの秘密を知った私達の目の届く範囲にいれば、何かと都合もいいでしょうし!」

「成程な」

 

 滅が得心したといった顔でせつ菜を見る。

 

「生徒会長がそんな事提案して良いの~?」

「何を言います愛さん! 今の私は、『優木せつ菜』ですよ?」

「……ホントのとこ言うと?」

「……ヒーローと秘密を共有して作戦を立てるなんて、わくわくします!」

「うん! 正直だねせっつーは!」

 

 愛は苦笑いする。

 

「貴様……俺達を謀ったのか」

「待てって滅。あーいうのは『本音』と『建前』ってんだよ」

「……! そのぐらいは解る!」

 

 滅と不破がそんな他愛も無い会話を交わしていた時、

 

「ですが、意外と悪くない提案かもしれません」

 

 イズが全員を見回した。

 

「この世界の情報も圧倒的に足りていない中で、下手に広範囲で動くのも危険と思われます。活動の拠点を提供していただけるというのなら、ご厚意に甘えるのもよいのではと」

「それから、君達のためにもね」

 

 イズの言葉を、或人が引き取る。

 

「私達の……?」

「君達、あいつらの顔見たよね?」

 

 或人に問われ、歩夢はうなずく。

 

「見ました。おじさんと、男の子と、女の子」

「バリーって名乗ってた子は、えっと……せつ菜ちゃん?を狙ってたし、多分……君らの事、また狙ってくる可能性もある」

 

 そこで一同ははっとする。目の届く範囲にいれば都合がいい、というのは、或人達も同じ想いだったのだ。

 

「垓さんの言い方はまあアレだけど……俺達仮面ライダーが、この世界も、君達のライブも。ちゃんと守ってみせるよ」

 

 或人もまた立ち上がり、堂々と宣言した。

 

「決まり……みたいだね」

 

 侑が立ち上がり、

 

「よろしくお願いします!」

 

 手を差し伸べた。

 

「こちらこそ! よろしく!」

 

 或人がその手をがっちりと握り返す。

 

 本来決して交わることの無い、ふたつの人生(ものがたり)

 それが今、確かに繋がった。

 

「しかし、ただ学校を提供してもらうってのもな」

「じゃあバルカン、こういうのはどうかな」

 

 不破の言葉に、迅がひとつ提案を出した。

 

「僕達も奴らの拠点を探しつつ……そのライブ?の準備、手伝えるところは手伝っていこう」

「そんな! 悪いよ!」

 

 エマが断るように手を振る。

 

「いやいや、悪いと思ってるのはこっちもだって。迅いいこと言うじゃん!」

 

 或人は乗り気だ。

 

「私も賛成かな。一緒に行動する機会が多いとお互い安心かな、ってのは……。そこまで含めて、よろしくお願いします」

 

 侑もまた然りだ。

 

「なんか良い感じにまとまったなあ! んじゃ、自己紹介! 飛電或人です!」

 

「高咲侑です」

 

「上原歩夢です」

 

「不破諫だ」

 

「かわいいかわいいかすみんです!」

 

「刃唯阿だ」

 

「桜坂しずくです」

 

「滅」

 

「朝香果林よ」

 

「迅」

 

「宮下! 愛! さん! でーす!」

 

「天津垓だ」

 

「近江彼方だよ~~……」

 

「社長秘書の、イズと申します」

 

「優木せつ菜です!! よろしくお願いします!!」

 

「エマ・ヴェルデだよ!」

 

「天王寺、璃奈」

 

 互いに名乗り終わった時、

 

(あれ? あると……? 『あると』?)

 

(ゆうちゃん? あゆむ? ……『ゆーちゃん』?)

 

 二人の夢追い人は、夢の中で聞いた名前を思い出していた。



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Part4 ココに善意のある限り

友情は瞬間が咲かせる花であり、そして時間が実らせる果実である。
オットー・フォン・コツェブー(1787~1846)


「おはようございます!!!」

 

 せつ菜の声に、朝からテンションが高すぎると或人は笑ってしまった。

 強力な協力者を得た次の朝、或人をはじめとする仮面ライダー御一行様は身支度を整えて再び部室に集合していた。或人は着替えも兼ねて昨日のうちに揃えた半袖シャツにハーフパンツ姿で夏の装いだが、一方で不破はスーツだし天津は相変わらずの白一色。ヒューマギアの滅、迅、イズにも変化はない。

 動きやすさと冷え対策でサマーニットを中心にするこれまた夏の装いにした刃が、或人をちらっと見て気まずいな、とばかりに苦笑いした。

 

「それじゃあ皆さん、今日も色々準備なんで……よろしくお願いします!」

 

 侑は場を取り仕切り、一同に声をかける。

 

「俺達の仕事の割り当ては?」

 

 不破が問う。

 

「まあ、こんな感じで」

 

 侑はノートを出し、ページを広げる。そこには或人達から聞いた今後の行動の予定を基に、同好会とライダー一行である程度均等になるように仕事が割り当てられていた。

 

「彼方ちゃんは迅くんと衣装の縫製だね~~……。お裁縫は、大丈夫?」

「これからネット検索して一通りはラーニングする。……よろしく」

 

 迅は意外だという顔はしていたが、いつも通りどこか律義にぺこりと頭を下げた。

 

「愛さんとりなりーは不破さんと今回協賛してくれたお店に挨拶回り! よろしく!」

「よろしく……お願いします」

「おう」

 

 近隣の商店、飲食店にお願いして今回のライブのパンフレットやステージに広告を出し、その代わり広告費を出してもらい予算を集める。

 しずくに教わった演劇部で公演の予算集めによく使われるこのやり方で、スクフェス直後で予算もぎりぎりな今回は余裕を持ってライブが開催できるというわけだ。

 

「不破が挨拶回り? やめておいた方がいいぞ」

「うるせえな刃、じゃあ俺と代わるか?」

「……お前にインターネットを通じてシンクネットのサーバーと本拠地が割り出せるならな」

「……なんでもねえ」

 

 刃は部室に残ってデスクワーク。とは言ってもシンクネットの本拠地割り出しが主な任務なのだから、その実一番大変だ。

 

「じゃあ、私と果林ちゃんが刃さんと一緒だね!」

「……そうね」

 

 エマはいつもの通りの笑みを見せるが、果林は何か思うところがあるのか少し思案気だ。エマと果林は衣装のデザイン、ダンスのフォーメーションの詰めの為、部室に残ることになっていた。

 

「私としずくさんが各部活に案内とスクフェスの時のお礼を渡して回ります! 滅さん、よろしくお願いしますね!」

「……ああ」

 

 せつ菜の相も変わらずでかい声が、淡々とした滅と対照的だ。

 

「そういえば、充電は大丈夫だったんですか?」

 

 しずくは滅を案じるように尋ねた。ヒューマギアのいないこの世界には、当然ながらヒューマギア用の充電ユニットも存在しない。昨日迅がそれを案じていたのを思い出したのだ。

 

「ああ、いや」

「二人は私がなんとか家庭用コンセントから充電できるように調整した。……とても、女子高生に見せられるような絵面では無いがな」

 

 刃はここぞとばかりに技術者としての腕前を発揮していた。

 

「い、一体どんな……」

「いやあ、鼻にね……」

 

 好奇心で再び尋ねたしずくに或人が答えかけるが、

 

「飛電或人ォ!!」

 

 滅が大声でそれを止めた。いや滅そんな声出るの!?と或人が驚いたのは無視し、彼はまた黙りこくって腕を組んだ。

 

「で、俺とイズと侑ちゃんと歩夢ちゃんが曲の詰め……って!? いや待って! 俺曲とか作れないよ!?」

 

 ああいや、と侑は苦笑し、

 

「実質ボディーガードみたいなものだと思ってもらっていいかなって……。私達の仕事を振り分けたうえで、それぞれ皆さんのうち誰かと一緒にいるようにしたんで」

 

 或人に申し訳なさそうにそう言った。

 

「で、でも! 曲の客観的な感想、聞かせてもらったりもしたいです!」

 

 歩夢がフォローを入れる。或人は二人の心遣いを解ったうえで、

 

「了解! 今日(きょう)は! (きょうく)を! 極限(きょうくげん)まで、仕上げよう~~!」

 

 〆にシャレを飛ばした。爆笑する侑を介抱しながら、いやほんと加減してくださいね!?と歩夢のお叱りが飛んだ。

 

「ンなぁ~~に、もうこれで決まりって顔してるんですか皆さん……?」

 

 腹の底からかわいさ少なめの低い声を上げたのはかすみだ。かすみちゃん?と彼方に問われるがそれには答えず、

 

「何で!! かすみんが!! この人と一緒なんですかンもぉ~~~~!!」

「随分な態度だなあ、君は」

 

 かすみと一緒に舞台設営用の道具を集める役目の天津は、いつもの通りの微笑で憤るかすみを眺めていた。

 拒否られるのも無理はない。昨日或人達は、『仮面ライダーゼロワン』の戦いのあらましを語って聞かせた。となれば即ち、

 

「諸悪の根源1000%おじさんと二人っきりはいやですぅ~~!! しず子代わってよぉ~~!!」

「……かすみさん」

 

 しずくはかすみの肩に手を置き、

 

「人生には、乗り越えなきゃいけない壁があるんだよ」

 

 苦笑しながらそう言った。

 

「裏切り者~~!!」

「おじさんだの人生の壁だのと……。いいか? 私は永遠の……」

「45歳でしょ!! 45歳は立派なおじさんだって!!」

 

 かすみの忖度も遠慮も無しのド直球火の玉ストレート。刃がブフッと吹き出し、天津も流石に眼を見開いた。

 

「……まあ、これから仲良くなればいい」

 一度気を取り直して天津はハハッと笑いながらそう言う。かすみはもう言葉も無いと宙を仰いだ。

 

「私のこの澄んだ目を見たまえ。これが信用できない人間の目か?」

 

 天津は双眸を見開くが、

 

「……濁ってる」

 

 かすみが口火を切り、

 

「黄色いですね……」

 

 しずくが苦笑いし、

 

「肝臓悪いんじゃないかしら?」

 

 果林に突っ込まれ、

 

「お酒の飲み過ぎ……?」

 

 エマにまで困り顔で言われてしまった。

 

「……まあ、信用は誠意と行動で獲得するしかないな」

 

 それでもメゲないのが、天津垓だ。

 

「かすみん!」

 

 侑はかすみを呼ぶと、

 

「……ファイト!」

 

 ウインクしてサムズアップを決めた。

 

「侑“せ”ん“ぱ”い“~~……! ウ”オ“オ”オ“ア”ア“ア”──ッ“!!」

「かわいい顔を歪めてまで、私を拒否りたいかい」

 

 天津は是非も無し、とつぶやくが、

 

「かわいい……!? いやそんな言葉で誤魔化され……かわいい……かわいい……まあ! かすみんは? かわいいですけど?」

 

 かすみは少しだけ満更でもなさそうだった。ちょろいな!と愛は言いそうになったが、流石に可哀想な気がして口元を押さえた。

 

「それはそうと、仕事の前にやっておきたいことがある」

 

 不意に、刃がパソコンを取り出した。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

「繋がる?」

 

 璃奈の問いに、刃はしっ、と指を立てた。

 

「『ザザ……お……ザ……ちょう……』」

「おお!!」

 

 せつ菜が感嘆の声を上げたのも無理はない。

 刃は昨晩同好会からパソコンを借り、元の世界との通信を試みていた。不測の事態ではあったが、とにもかくにも情報と帰る為の手段も検討しなければならない。まずは、元の世界と通信を取ってサポートが受けられるかが重要だ。

 情報系に強い璃奈にしてみれば、こんなどこにでもあるノートパソコンでそんな事ができるのかと思ったが、そこは技術者としての信念を持つ刃のこと、音声のみの通信ではあるが見事な手際でやってのけていた。

 

「『人……長……』」

「異世界と……通信を……!!」

「わかったから! 君は少し黙っていてくれ!」

 

 興奮し通しのせつ菜を刃が叱りつけた時、

 

「『……黙っていてくれとは、私のことか?』」

「あっ!? い、いえ!」

 

 飛電インテリジェンス副社長、福添准が通信に答えていた。

 

「福添さん! よかった無事でしたか!」

「『よかったはこっちの台詞だ! 或人君、いや……或人社長! そっちの様子は!?』」

 

 或人は渋い顔をした。

 

「状況は良くはないです。シンクネットのアジトに直行のつもりが、色々あって……」

「『異世界の様子は?』」

「俺たちの世界とそんなに変わらないですよ。いいところです! 協力してくれる仲間もできたし」

「『……いやバレとんのかい!! ダメだろ君それは!!』」

「す、すいません!! 本当、不可抗力っていうか……」

 

 そこで、画面の向こうの福添はふう、と一息ついた。

 

「『……雷と亡もいる。話があるそうだ』」

「『シャちょう……! ちャんと5体マん足ぶジだろウな!?』」

「『フわはどウですカ? ごりラの事でスカらしん配はいラないでシょうが』」

 

 雷と亡の声は擦れてくぐもっていた。

 

「二人とも大丈夫!? ……というかシンクネットは!?」

「『だカラおれ達の心配ナんかしてるバ合かよ!! かミナリ落とすぞ!!』」

「『……もうオとしテまスガ』」

 

 そのやり取りに、或人は少しだけ安心した。いつもの二人だ。

 そこに、再び福添が割って入る。

 

「『あーいや、すまない。結論から言うと、だ。二人とA.I.M.S.の活躍で何とか事は収まった。奴らの持っていたレイドライザーは破壊、回収され、当人たちは全員拘束。警察に身元照会を行ってもらったが、全員が数ヶ月前から失踪していた行方不明者。恐らく、そっちの世界に移動していた側の信者たちだろうな』」

「でも、どうやってあの襲撃を?」

「『ZAIAと協力してデイブレイクタウンの周りを調査したところ、簡易ゲートがいくつもあった。デイブレイクタウンに近づく人間が少ないのを良いことに、結構な数を少しずつ作っていたと』」

「こっちは苦労して巨大なゲートを作ったのに……」

「『まあ、それは今どうでもいいだろ。結果として二人は、かなりのダメージを負った。それでまともに喋れないんだ』」

 

 音声のみで状況は解らないが、相当なものなのだろうと或人は心苦しくなった。

 

「『君の……君達の無事を祈っている。こっちは任せろ』」

 

 福添とは、社長就任当初は随分とやりあった。

 それは福添が飛電インテリジェンスという会社を愛していたからこそ、遺言だけで何の経験もない小僧っ子に任せる不安があったからこそだと今ならわかる。

 だから今……そういう言葉をかけてくれる福添のことを、信頼できる。こちらも頑張ろうと思えるし、社を任せることができると思えるのだ。

 

「よろしくお願いします!」

 

 或人がそう言ったところで、福添はまた何か言おうとしたようだったが……通信は切れた。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

「……切れたか」

 

 福添は複雑な表情をした。傍らでは、いつもの通り山下三造専務と秘書ヒューマギアのシエスタが、その様子を見守っている。

 そして、

 

「よく頑張ったな。二人共」

 

 福添は今までにないほど優しい表情で、亡と雷を見た。

 二人は既にスリープモードに入っていた。それもそうだろう。

 首から上だけの状態で喋っていた亡も、上半身と左腕、顔は右半分しか残っていない状態で喋っていた雷も、相当しんどかったはずなのだから。

 無理もない。あれだけの軍勢を殆ど二人で相手をし続けていれば、こうならない方がおかしいぐらいだ。福添自身、警察と共に現場に駆けつけた時にその姿に絶叫し二人の名を呼んだほどなのだから。

 既に修理の手筈は整えられているが、社長室の通信システムに或人達からのアクセスがあるようだと解った瞬間、二人はどうしても会話がしたいとここに運び込むよう希望したのだ。

 それはこの世界を預かった者の責任として───最後までやり遂げ、しっかりと伝えたいという二人の矜持なのだろうと福添は感じていた。だからこそ今、彼は二人を誇りに思うのだ。

 

「二人を、同じヒューマギアとして誇りに思います」

「なんと、立派な……」

 

 シエスタと山下も、その姿に感じ入るものがあったようだった。だが福添は、

 

「こらこら! 今から二人共きっちり修理するんだから、そんな最期の時みたいな台詞を吐くんじゃない!」

 

 勇敢に戦ったヒューマギアの再興を、誰よりも早く信じてくれていた。

 

「……必ず、帰ってくるんだぞ」

 

 そして、飛電或人と仮面ライダーのことも。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

「やはり通信が安定しないな……」

「ならば、やはり我々だけで何とかするしかないな」

 

 切れた通信に渋い顔をする刃を見て、天津もふむと考える仕草をした。

 

「そういえば、なんだけど」

 

 ここで或人が、ライダー達に向かって声を上げた。

 

「皆、『フツ』って知ってる?」

「何だ、そりゃ」

 

 不破は知らねえなと首をひねりながら答えるが、

 

「『フツ』……!?」

 

 意外や意外、璃奈が目を丸くして驚いていた。

 

「りなりー知ってるの?」

「う、うん……。『フツ』って言えば、そのシンクネットの管理人……の、はず。ネットじゃ有名」

 

 璃奈の意外な一言に、刃は早速この世界のシンクネットのページにアクセスし詳細を読み込んだ。

 

「『管理人の言葉』……。確かに管理人の名前は『フツ』とあるな」

「エスじゃなくて?」

「エス?」

 

 早速管理人の詳細を調べた刃に或人が反応する。シンクネットの管理人と言えばエスの名がまず出てくるのは当然だろう。だが、璃奈がエスの名に首をかしげたのを見るとエスの存在はこの世界では知られていないらしい。

 

「だとすると、僕達の世界のシンクネットをエス、こっちの世界のシンクネットをその『フツ』が管理してたってことか」

 

 迅が得心してつぶやく。

 

「要するに、そいつが親玉だってことだろ? ぶっ叩いて終わりにしようぜ」

「な、なんだか単純(シンプル)な考え方ですね……」

 

 脳筋思考の不破に、しずくは困惑気味だ。

 

「フツ、か……」

 

 或人はシンクネットを支配するその男のことが、非常に気になっていた。狂信者たちをあれだけ心酔させるほどの統率力は、只者ではない。

 何より、或人と戦ったエスがあれだけの哀しみを秘めていたからこそ────フツにもまた、シンクネットを率いるだけの何か大きな事情があるのではと感じられてならないのだ。

 そんな或人の表情を、侑は気になって見つめてはいたが……

 

「それじゃあ、手分けしてやることやっていきましょう! 皆、自分の仕事でわからないとこある?」

 

 声を上げ、行動開始を促した。一同は口々に大丈夫、わかってるよと返していく。各人が散っていき、先に確認した通り刃と果林とエマが部室に残った。侑と行動する予定の或人は、先に部室を後にしていく。

 

「それじゃ、私も……」

「侑」

 

 部室を出ようとした侑に、果林が声をかけた。

 

「ちょっといい?」

「何ですか、果林さん……」

 

 言い終わるか言い終わらぬかのうちに、果林は侑をぐいっと廊下に連れ出し、距離を詰めた。

 

「ち、近いですって」

「……私にはわからないわ」

「何が……?」

「いくら何でも、こんな映画みたいな話を簡単に飲み込み過ぎじゃないかってことよ。皆もだけど……」

 

 果林の言葉も最もだ。

 ゼロワンの手を侑が取った時から、このとんでもない事態は始まったと言っていい。あの時の侑の行動も、今この現実を受け入れている状態も……メンバーの中で人一倍理性的かつシビアな視点を持つ彼女には、簡単には承服できかねるものだった。

 

「あの人達を信用できる保証が、どこにあるの?」

「だって……」

「だって?」

「守って、くれたじゃないですか。せつ菜ちゃんのことも……皆も!」

 

 それはその通りだった。

 あの切迫した状況で、自らの腕に刃を受けるほどの覚悟。それだけの覚悟を以て、飛電或人は戦いに臨んでいるのだとそう解ったからだ。

 

「それは、そうだけど」

 

 しかしそれだけでは、と果林が言いたくなるのもまた然りだ。

 

「あと、夢……かなって」

「夢?」

「イズちゃんが言ってたんです。『夢を守る為なら、或人社長は決して倒れたりしません』って」

「それって……」

「誰かの夢を守りたいって人なら、信じてみたいっていうか」

 

 その一言に、

 

「そうよね。侑ならそう考えるわよね」

 

 果林は納得したようだった。

 高咲侑は、いつだって誰かの夢を応援し、共に歩んできた。そうすることで自分の道を見つけたいと思っていたのもあるが……何より、誰かの夢の力になれるのが、たまらなく嬉しいというのもあった。自分自身の音楽への道という夢を見つけた今も、それは変わらない。

 そんな彼女が、誰かの夢を守る人を信じてみたいと言うのなら……まずは、その気持ちを信じてみることにしよう。

 それが果林の結論だった。

 

「解ったわ。今は、侑のその結論を信じてみる」

「ありがとうございます!」

「いいわよ、お礼なんて。頑張りましょ」

「はい!」

 

 侑は笑顔になり、先に出ていった或人を追って駆けていった。果林はその後ろ姿をしばらく見ていたが、やがてふいっと部室の中に戻っていった。

 

「果林ちゃん、侑ちゃんと何話してたの?」

 

 疑いや邪心の無いエマに問われ、果林は少々困惑する。

 

「えっと……」

「すまないな。我々も信用に足るよう、努力するつもりだ」

 

 えっ!?と思わず声が出た。刃は画面から目も離さず、それだけ果林に告げたのだ。

 

「聞いていたんですか……?」

「いいや。だが、昨日から見ていて君は人前でしっかり自分の意見を出していくタイプの人間だと解ったからな。そんな君がわざわざ外に出て彼女と二人きりで話すような内容と言えば……彼女に対して特別な用があったか、今この部屋にいる人間に聞かれたくない内容かのどっちかだ」

 

 刃は相も変わらず画面から目を離さず、すらすらと言ってのける。

 

「君たち二人は学園で寮生活だったな? 仲間としても友人としても随分と信頼していると見受けられた。そんな君達の間柄で、聞かれて答えて言い淀むとなれば……『私に聞かれたくない何か』があるのではと思ってな」

「……聞かれたくない何かだと解っていて、あえて言うんですね」

「こういう事はなあなあにするより、はっきり言語化しておいたほうがいい」

 

 随分とはっきり言う人だ、と、果林は自分の普段の姿も忘れて刃のその佇まいに圧倒されていた。しかし彼女とて、吞まれっぱなしになるのはなんだか面白くない。さりとてそれを態度に出すのも子供じみていると色々考えた結果、彼女は少しばかり黙ってしまっていた。

 

「ふ、二人共……」

 

 そんな空気を察したのかエマが取りなそうとするが、

 

「なんて、な」

 

 刃が先に切り出した。流石に手を止め、二人の方をしっかりと見据えている。

 

「少し大人げなかったとは思う。ただまあ、我々は本当にこの世界と、私達の世界に起こりうる惨事を防ぎたいと思っているだけだ」

 

 そう語る刃の表情は、今までで一番真剣だ。

 

「今回協力してくれた君達の一宿一飯の恩。あいつの言葉に倣うようで癪だが……それに報いるためにも、せめて信頼に足る存在になれるよう尽力するつもりだ」

 

 言葉遣いはいちいち堅苦しく形式ばっている。だがその言葉には……何と言えばよいのか、信念のようなものが感じられた。その雰囲気を感じ取ったこともあり、

 

「私こそごめんなさい。異世界だの、変身だの、テロだの……」

 

 果林もまた、

 

「解らないことに、怯えていたのかも知れないわ」

 

 歩み寄るための努力をすることにした。

 普段は決して弱みを人に見せない彼女が、「怯えていた」と口にするほどに。

 

「……そうか」

 

 刃は果林のそんな心を肯定するかのように、ふっと静かに笑った。果林も思わず、ふふっと笑みを返してしまう。大人っぽくてステキと評され、自身もそれに応えるよう研鑽する。それが朝香果林の誇りであり、矜持だ。そんな彼女にとって、刃の本物の“大人の女”の余裕は───とても魅力的に見えた。

 

「よかった!」

 

 エマは二人の間の緊張が解けたのを感じ取り、いつもの通り全てを包みこむような笑顔を見せた。

 そこからはもう、互いに全力だ。

 刃は変わらずネットワークを通じてシンクネットの本拠地の割り出しに勤しみ、果林とエマは衣装の細かいデザインを決め、続いてダンスのフォーメーションを詰めていく。そうしている間に、時間は正午を回っていた。

 

「……そろそろ一休みするか」

「お昼だね!」

 

 エマは嬉しそうに返した。今日の昼食は各々の進捗に合わせて各自取ることになっている。三人は食堂に向かい、そこで席を並べることにした。そこで果林は、

「う~ん! おいしい!」

「ボーノだよ~~……!」

「嘘でしょ……!?」

 

 またしても圧倒されることとなった。

 

「ざるそばに唐揚げの盛り合わせ、なかなかだったな。学食にしてはレベルが高い」

 

 刃はそれらをぺろりとたいらげており、満足気だ。

 

「ニジガクの学食はなんでもおいしいよ! 卵かけごはんもよかったら……!」

「あ、あのねえエマ……」

 

 いくらなんでも今あれだけの量を食べたのだから、と果林はたしなめようとするが、

 

「いいな! いただこうか」

「いや、いけるんですか!?」

 

 ノッてきた刃の健啖っぷりに三度驚かされる。あの細い身体のどこに、と彼女はまじまじと刃を見た。果林の方はと言えばカロリーコントロールを密にしているため、食堂に来てはいたが今日も手製のサラダとグリーンスムージーだ。……正直言って、刃の唐揚げの食べっぷりに自分も頼みたくなるのを必死に抑えたのだが。

 

「卵かけごはんをいただこうか」

 

 刃は食堂のカウンターに立ち、注文を始めていた。

 

「それから……」

「それから!?」

 

 果林の驚愕の声をよそに、

 

「カレー大盛四枚、よろしく頼む」

「……!!」

 

 最早言葉を失った果林を置いて、エマは駆け寄った。

 

「待って! ここの食堂の大盛は本気の大盛なんだよ! 四枚なんてとてもじゃないけど……。悪いことは言わないから、二枚にしておいたほうがいいよ」

「いや、二枚でも食べ過ぎよ!!」

 

 私ってこんなにツッコむキャラじゃないわよ、と果林は内心頭を抱えた。

 

「いいや。大盛四枚、よろしく頼む」

「ご、強情だね……。食べられる?」

「ああ、食べるとも」

「じゃあ……刃さんに大盛四枚!」

 

 エマもカウンターに声をかけた。やがてカレーの準備ができると、刃は一枚、二枚とあっと言う間にそれらを胃の腑の中に収めていく。エマの言った通りニジガクの食堂のカレーは「本気の大盛」だが、そんなことはお構いなしだ。

 

「卵かけごはんも最高だな! 良い卵を使っている……。黄身のボリュームが違うな」

「流石だね! そうなんだよ~~!」

 

 あれだけの炭水化物を摂るなど、と果林は想像しただけでぞっとした。頭脳労働でエネルギーが要るから? などと考えを巡らせるが、それに意味は無い。

 刃唯阿はただただ本当に、食べることが好きだからだ。

 

 

「美味しい~~! やっぱ遊園地のラーメンは最高だな!」

 

「天丼!?」

「これは食べなきゃならないのだ」

 

「やっぱホットドッグは食べないとな!」

 

「やっぱスイーツは別腹だな!」

 

「よし。……うどんを食べよう」

「このタイミングでか!? このタイミングで!? また!? 主食に行くのか!?」

 

「よし、〆にピザを食べるぞ」

 

「ここまでがワンセットだ。二周目いくぞ?」

 

 

 そのすさまじさを知るのは、休日一日ひたすらに付き合わされた不破ただ一人なのだけれども。

 

「何だか……」

「意外、だったか?」

 

 果林の言葉を、卵かけごはんを綺麗にたいらげた唯阿が先読みしてみせた。

 

「え、ええ。いっぱい食べて、嬉しそうで……そういう一面もあるのね、って」

「社長と出会ったばかりの頃にも言われたな。寿司を食べていただけなんだが……『テンション高っ!』と驚かれた」

「……わかる気がするわ」

 

 苦笑した果林を見て、

 

「……私も、そんなに出来た人間では無いからな」

 

 刃はぽろりと、本心をこぼした。

 

「ZAIAから技術顧問として出向していたことやその後の顛末は社長が今回の事態について説明する時に少し話してくれたが……あの頃の私は、本当に酷いものだった」

 

 刃唯阿は本来技術者でありながら、AIMSへの出向を終えた後は天津に連れまわされ、半ば秘書や雑用係のようなポジションに置かれていた時期があった。レイドライザーのデモンストレーションとして自らファイティングジャッカルを使い、レイダーに変身していたのもこの頃だ。

 ヒューマギアはあくまで道具であり、使い方次第だと言ってのけた自身が道具のように使われる。

 さりとて会社組織のこと、なかなか強く反抗もできずずるずると使い潰され、そこから抜け出す選択をすぐには取らなかったこともまた事実なのだ。

 

 

「私に夢は無い。……でも、信念がある。技術者としての信念が」

「なんだと?」

「テクノロジーは……人に寄り添ってこそ意味がある!」

「私に言っているのかァ!!」

「あんたは!! テクノロジーで人の夢を弄んだ! 私は……私はあんたを絶対に許さない!!」

 

 

「知らないのか? 『想いはテクノロジーを越える』……らしいぞ!」

 

 

「……これが私の辞表だ」

 

 

 最終的に少しばかり肉体言語的な”辞表”を突きつけて退職したものの、この時のことは彼女の人生にとって変えようのない事実として残り続ける。

 刃唯阿は許せないのだ。

 誰よりも何よりも、そんな情けなかった自分そのものが。

 

「大人だって、そんなにかっこいいものじゃない。私はだめな……」

 

 刃がそこまで言いかけた時、

 

「そんなこと、言わないで」

 

 エマが、刃の手を強く握った。

 

「君……」

「すごく、辛かったんだよね。でも、自分のことをそんな風に言うのは……よくないと思う」

 

 年上相手ではあるが、刃の気持ちを慮るその優しさ。だが、いや、”だからこそ”……

 自分を卑下しすぎた刃に、エマは少し表情を強張らせている。

 

「しかしだな……」

「間違わない人なんて、いないよ」

 

 刃の手を握る力が、少し強まる。

 

「だから、気にしすぎないで?」

 

 そこでエマは、

 

「ねっ」

 

 表情をほどき、いつもの優しい笑みをいっぱいに刃に向けた。刃は少し戸惑ってはいたが、やがてすっ……と涙が一筋垂れてくるのがわかった。

 

「あっ!? い、いや、これは違う!」

「『大人だって、そんなにかっこいいものじゃない』んでしょう?」

 

 慌てて取り繕う刃に、果林が優しく言い添えた。

 

「かっこ悪い、って思うときもあるだろうけど……受け止めてくれる相手は、ここにいるわ」

 

 果林もまた、ふふっと優しく微笑んだ。

 刃が弱音を吐いたのは、自分たちが”大人の女性”として少し羨望と期待の目を向けたこともあってだろう。そして、それを口にさせたのは……エマの優しさが、彼女の心を解いたからなのだろうとも。

 辛い時や、一人で抱え込んでしまいそうな時に……

 

 

「……ビビってるだけよ」

「我ながら、情けないったらないわね。こんな土壇場で、プレッシャー感じちゃうなんて」

「ホント……みっともない。あんな偉そうなこと言ったくせに……。ごめんなさい」

 

「そんなことないですよ!」

「大丈夫だよ、果林ちゃん」

「……だいじょうぶ」

「私達が、いるじゃん」

「そうですよ。ソロアイドルだけど、ひとりぼっちじゃないんです」

 

「なんで……そんなに優しいのよ……!」

「わかるでしょ? そんなの、聞かなくったってさ」

「果林先輩! ほら、タッチですよ! かすみんのエネルギー、わけてあげます!」

 

(仲間だけど……ライバル)

(ライバルだけど……仲間!)

 

 

 仲間が心を(ほど)いてくれることを、彼女は知っているからだ。

 

「すまない」

 

 刃は平静を取り戻し、今までで一番良い笑顔で二人を見た。

 

「それにしても、君があそこまで親身になってくれるとはな」

 

 エマのふわっとした雰囲気と人柄を感じ取っていただけに、今度は刃が意外だったと返す番だ。

 

「このコをただ優しいだけの子と思っちゃだめよ? 相手の心に寄り添おうと思ったら……」

 

 

「……きて!」

「ちょっと、一体何なの?」

「今日、私につきあって。おねがい」

 

「前に言ったの、覚えてる? 私、『観てくれた人の心をぽかぽかにするアイドルになりたい』って。でも、私は一番近くにいる果林ちゃんの心も温めてあげられてなかった。そんな私が誰かの心を変えるなんて、無理なのかもしれないけど……」

「果林ちゃんの笑顔、久しぶりに見たよ!? 私、もっと果林ちゃんに笑っててほしい! もっともっと、果林ちゃんのこと知りたい!」

 

「……いいんだよ、果林ちゃん。どんな果林ちゃんでも、笑顔でいられれば……それが一番だよ!」

「だから、きっと大丈夫」

 

 

「どこまでも真っ直ぐなのが、エマよ」

「果林ちゃん……!」

「そういうところに、私達皆助けられてるわ」

 

 まさしく自分が救われたからこそ、果林はふふっと笑った。そしてそれに呼応するように刃も笑い……またしても、エマが全てを包み込むかのようににっこりと笑った。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 かすみの表情は憤っていた。

 

「もう少し日当たりの悪いところで作業にしないか? 紫外線は老化を促進させるし肌をがんがんと……」

「いいから! さっさと運ぶ!」

 

 天窓から西日の差し込む明かり取りのされた開放的な倉庫で、天津とかすみは放送機材や養生テープなどの設営用具の入った段ボールを集めていた。放送部の管理するぶんなどもあり彼女らは手伝うと言ってくれていたが、基本的にスクールアイドルの舞台はスクールアイドルが作るもの。今回機材を集めて、明日以降演劇部、放送部らの知恵を借りつつ設営をするが、準備の段階までは彼女らの仕事だ。

 

 肉体労働は性に合わない、夏場は日傘が無いと肌が、とごちゃごちゃ言いながらも、天津は何だかんだで付き合ってくれていた。珍しくジャージやスニーカーに着替えて動きやすそうな服装になっていることからもその気概が窺える。……相変わらず、白一色で統一してはいるが。

 

 かすみは正直、彼と何を話せばよいのかわからずにいた。

 

 飛電或人達仮面ライダーの戦いの全ては昨日聞かされたが、それを聞いてしまえばこの男と二人きりになりたくないと考えるのは至極当然だ。

 衛星アークに悪意をラーニングさせ、不破や刃の人生を翻弄し、或人から一度は飛電インテリジェンスを奪い、滅亡迅雷.net以下ヒューマギア達を使い潰してきた男。正直に言って、何故今この場所にいるのかが不思議なぐらいだ。

 

「それにしても、スクールアイドル……とはな。学生の自己演出するアイドル、か」

「なんですか? バカにするんですか?」

 

 かすみはつっかかる。そもそも天津のファーストインプレッションが、ライブへの不安を抱える自分の言葉を遮って1000%だのなんだのと言った人、なのだから全ての元凶云々以前に印象が悪い。

 

「バカにする? 何故?」

「えっ……?」

 

 意外にも、天津はわからないという顔で聞き返した。

 

「だっ……だって! かすみんがライブできるんですか、って言った時……」

「発言を遮ったことに関してはすまないと思う。だが、私たちが1000%の確率で事を収める……。それは揺るぎない事実だ」

「でっ……でも!」

「でも?」

「誰かの夢を! 壊してきたんでしょ!?」

 

 喉の奥につかえたようなその気持ちを、かすみはようやく吐き出すことができた。

 

 そう。そうなのだ。

 

 天津垓を信用できない一番の理由は、誰かの夢を笑い、踏みにじり、心を縛ってきたこと。そしてその為に、アークという悪意の器を作ったとなれば猶更だ。

 天津は一瞬押し黙るが、

 

「その通りだ」

「は? ……はあああああ~~~~っ!?」

 

 表情を変えることなく、すぐさまその事実を認めた。

 

「誰かの夢を踏みにじったくせに、なんでそんなに平然としてられるんですか!! 信じらんない!!」

 

 誰かの心を縛ること。それはかすみにとって、一番許せないことだ。

 

 

「でもっ……! こんなの全然! かわいくないです!!」

「熱いとかじゃなくて! かすみんは、かわいい感じでやりたいんです!」

 

「かすみんには、一番大切にしたいものがあって……だから、スクールアイドルがやりたくて」

「それはきっと、皆もそーなんですけど……やりたいことは、やりたいんです。けど、人にやりたいことを押しつけるのはイヤなんですよ」

 

 

 自分達の大好きを伝えたいからこそ熱さを求めたせつ菜に、自分のやりたいアイドルへの気持ちを縛られているような気がした。だからこそぶつかり、一度は同好会がばらばらになりかけた。

 自分のやりたいことをやる。極める。その為には、相手のやりたいことも認める。

 皆がやりたいアイドルをやるように、中須かすみは、“かすみん”は──────

 

 

 世界で一番、かわいいアイドルでいたい。

 

 

 その気持ちを何よりも大切にしたいと思っている。それを考えれば、他人の夢を壊してきた、とあっさりと認めてしまうその姿勢が信じられないのも無理はない。

 

「イズ子みたいなヒューマギアに、心や夢はいらないって……! 言ったんでしょ!?」

「ああ」

「……!!」

「人工知能に心はいらない。ましてや青臭い夢など……ヒューマギアどころか、人間にすら要らないとそう思っていた」

 

 天津は動揺するでも取り繕うでもなく、己の行いを省みていた。

 少年時代の天津垓には、“友”がいた。

 1984年発売の飛電インテリジェンス製人工知能搭載犬型ロボット、”ドッグギア”のひとつ、”ONLY ONE!”。少年時代の彼は、買い与えられたそれに“さうざー”と名をつけ、友のように接していた。しかし、

 

 

「おとうさん! また100点だよ!? すごいでしょ!」

「……垓。100点で満足するな。1000点を目指す男になれ」

 

「こんな点数を出して恥ずかしくないのか……!」

「ごめんなさい……」

「こんなものに、現を抜かしているからだ!」

 

「もう、誰の助けもいらない」

「……ぼくだけの力で、1000点取ってみせる!!」

 

 

 父である天津一京の教育の結果、垓はさうざーを自らの手で捨てた。

 友などいらないと。

 己の力だけで誰にも頼らず、“1000%“の存在になると。

 その結果としてZAIAエンタープライズジャパンの社長にまで上り詰め、1000%の男となったわけだが……そこに、真の幸福は無かった。

 人工知能の心を信じようとしなかったのは───かつてそれを信じ、さうざーを友と呼んだからこそだ。人工知能の心を、夢を認めてしまえば……

 

 

 自分は、心からの友を捨てた存在だと認めてしまう事になるのだから。

 

 

「大人になっても、心のどこかでは信じていたのかもしれない。……だから、アークに悪意を与えた」

「いっ……意味わかんないです! なんでそこで、悪意を……!!」

「衛星アークには人類の叡智が詰め込まれていた!! ヒューマギアを統括し、人々に希望を与える為の善意の結晶!! 人間の美しい面の歴史とヒューマギアに与えるべき善意のデータが全て!! 全てだ!!」

 

 天津は年甲斐もなく叫んでいた。

 

「……飛電是之助は私に言った。『善意を宿した人工知能に芽生えた心が、人類の夢になる』と」

 

 どうしようもなく、悲しい顔で。

 

「私はそれを疑ってしまった。そんなものは本当の心じゃ無いと、そう思ってしまった」

 

 天津の飛電是之助への敬意は、間違いなく本物だった。だからこそ彼は、尊敬する人の掲げた理想に疑いを持つことに苦しんだ。しかしそれでも、

 

「善意しか持たない、悪意を学んでいない“心”だなんて……“心”じゃないと、そう思ったんだ」

 

 その信念に、突き動かされたのだ。

 

「だから私は、アークに人間の醜い部分を、悪意を学ばせた。あの時すでに、信じていたのかもしれない……。人工知能に、心は宿ると」

「だからって……!」

「ああ、そうだ。その結果が悪意の結晶、アーク。私の行動が怪物を産み出した。そして私はそれを利用してきた」

 

 自分に向けられたかすみの軽蔑と敵意の眼差しも、今の彼には当然と受け入れることができる。

 天津が過ちを犯したのは、人工知能との別れからだった。飛電インテリジェンスを掌握しながらも衛星アークの復活により思うようにいかなかった時、衛星ゼアは彼にあるものを与えた。

 かつての彼の友、“さうざー”の意志を継ぐ人工知能搭載犬型ロボットを。

 天津は困惑したがさうざーの所作を見るうちに──────彼の心になつかしく、あたたかいものが広がっていくのがわかった。

 

 

「こんな私なのに、そばにいてくれて……ありがとな。……ごめんな」

 

 

 誰にも頼らない。そう思って孤独に生きてきたからこそ、誰かと、何かと心から対峙し、自分を見つめることが出来なかった。だが、さうざーが再び彼に寄り添ってくれたことで……天津垓は、自分の心と向き合うことが出来たのだ。

 

 

「心の底から許せなかった……。君のことも、ヒューマギアのことも」

「青臭い夢ばかり掲げる経営が、許せなかった。その理由は他でもない……」

 

「私が飛電インテリジェンスを、愛していたからだ!!」

 

「アークを倒すぞ! 我々二人の手で!!」

 

 

 天津を再び変えたのもまた、人工知能の存在だった。

 或人の前で本心を吐露して以降、彼は変わった。自らの犯した罪と向き合い、まさに1000%の誠意を尽くす。

 それが、今の天津垓だ。

 

「許される為でも無い。誰かに褒められる為でも無い。私はただ、自分の過ちを償う。私自身がそうしたいから……1000%の誠意を、尽くしている」

「……調子良すぎじゃないですか、それ」

「かつての私は間違っていた。だがそうしていた時、私自身は間違っているとは思わなかった。今は確かに、さうざーと再び出会って考えを変えたが……そうしている自分が、やはり間違っているとも思わない。影響を受けて考えが変わることはあれど……」

 

 天津は一際真剣な顔になり、

 

「いつだって、自分を疑わない。それだけのことだ」

 

 自分の考えを真正面から伝えた。今まで訝し気に聞いていたかすみだったが、

 

「自分を、疑わない……」

 

 その一言には、思うところがあった。

 

 

「どんな素敵な同好会でも! 世界で一番かわいいのは、かすみんですからね!」

 

 

 自分のやりたいアイドルを、かわいいと信じた自分を貫く。周りとぶつかることはあれど、そこに迷いはなかった。

 自分が信じた自分を、疑わない。

 何もかもが違う二人だが……ただその一点だけは、繋がっている。

 

「ふ────ん……」

 

 かすみは自分の中の気持ちを整理するかのように、長く伸ばしてそう言った。

 

「それで?」

 

 背の高い天津は少し体をかがめ、かすみと目線を合わせながらそう返す。

 

「それで、って……」

「さっさと運ばないと、終わらないんじゃなかったのか?」

「んなっ……!」

 

 確かにそうだが、こういう話をした後でそんな事務的な話に戻るか!?という感想が湧いてくる。何だろう。普通に性格が悪い。

 

「言われなくても運びますよ!」

「それがいい。かわいい女の子に似合わない埃っぽい肉体労働など、早めに終わらせるに限るさ」

「……!」

 

 この流れでかわいいと褒めるか?と思いつつも、やはり悪い気はしない。自分を疑わず信じているが、他者からの純粋な評価は嬉しいに決まっている。

 何よりその言い方が、方便などではない天津の純粋な言葉としての面を感じさせるのだ。かすみは少し考えた後、

 

「はい、これ」

 

 近くにあったそこそこ重い段ボールを天津に渡した。

 

「……おっと! 少し重いな」

「……なぁぁ~~に言ってるんですか! さっさとやらないと今日中に終わらないですよ!」

 

 台車を引き、天津が持った段ボールを乗せられるように持ってくる。

 かすみの表情は、笑っていた。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

「おお~~、やるねえ迅くん……」

 

 目の前で繰り広げられる針と糸との人間ではありえないスピードのダンスに、彼方は感心していた。

 作業の必要から裁縫について検索しラーニングした迅は、目にもとまらぬ速さで衣装を縫い合わせていく。あっという間に、璃奈、せつ菜、かすみの衣装を仕上げてしまっていた。

 

「ラーニングさえすれば簡単さ」

 

 手を休めず、迅はそう返す。

 

「いやあ便利だねえ……。ヒューマギア、一家に一台は欲しい!って感じだね」

 

 彼方のその何気ない一言に、

 

「……そういう言い方は、やめてくれないかな」

 

 迅の手が止まった。

 

「えっと……」

「ヒューマギアは、道具じゃない」

 

 賢い迅のこと、彼方に悪意が無いことは重々わかっている。

 だがどうしても、ヒューマギアを道具のように捉えた言い回しにはNOと言いたくなるのが彼だ。ヒューマギアの心を誰よりも信じ、全てのヒューマギアに自由を与えたいと願う彼だからこそ。

 

「ご、ごめんね……」

「……僕の方こそ」

 

 しばしの間、二人の間に沈黙が流れた。そして、

 

「ねえ。迅くんは、ヒューマギアを救うために戦ってたんだよね」

「ああ」

「それは、どうして?」

「どうしてって……」

 

 迅は少し考える。ヒューマギアを救う。それは彼にとって、絶対の信念だ。だが、その根源にあるものは何なのか。そう考えてみると、

 

「僕自身がヒューマギアは自由であるべきだと考えて、そうしたいと思っているからってのもある。けど……」

「けど?」

「滅に、教えられたからかもしれないな」

 

 迅はどこか嬉しそうにそう言った。

 

「滅さんに?」

「滅は、僕の“お父さん”だからね」

「……はい?」

「”お父さん”なんだ。僕の」

 

 それから迅は、昨日は戦いの歴史だけ伝えたために端折った自分と滅の関係を語って聞かせた。

 

 滅は元々、幼児教育のために造られた“父親型”のヒューマギアだった。

 だがデイブレイクの際に衛星アークによってハッキングされた彼は暴走の首謀者として君臨し、結果として実験都市の爆発という惨劇が巻き起こった。衛星を止めようとした或人の父であるヒューマギア、飛電其雄の爆破工作と、飛電のヒューマギア工場の桜井工場長の自爆による暴走の抑止が重なった結果である。

 衛星アークは、ヒューマギア達に悪意を媒介させるための“教育者”として父親型だった滅を選び出した。

 ただただ“アークの意志“に従い操られるままだった滅は、人類と戦う自らの仲間として、一体のヒューマギアを創造させられた。

 

 それが迅だ。

 

 アークは滅に迅を“教育”させ、一度は迅の前で破壊されることでシンギュラリティを促せと命じたほどだった。結果として迅は憎しみ、哀しみといった色々な要素からシンギュラリティに到達したものの、ゼロワンには敵わず一度は破壊された。

 

 

「こんなことで……負けるか……! 僕は、僕達は……! 人間を滅亡させるんだ!!」

「どうして!? 人間が何をしたっていうんだ!」

「……そんなこと知らないよ! 滅からずっと、そうやって教えられてきたんだから!!」

 

 

 アークの意志に操られていた滅。

 そんな滅に教育された迅。

 どちらにも、本当の“自分の意志”はまだ無かった。

 

 その後、ZAIAによって迅は衛星に依存しない完全自律型のヒューマギアとして復元され、復活した滅、合流した亡や雷と共に滅亡迅雷.netを真に結成。衛星アークが仮面ライダーとなり、滅亡迅雷すら使い捨てようとするアークを相手に、事態は「打倒アーク」へと転がっていく。

 そんな中で、迅はずっと付き添ってきた滅の、“心”の乱れを見抜きつつあった。

 一度はアークを倒すも、滅自身はアークを離れてなお“人類滅亡”を掲げ対峙する姿勢を崩さない。そんな滅の“心”の奥底にあるものは何なのか。当初は疑惑に過ぎなかったそれは、滅がイズを破壊したことによって確信へと変わった。

 イズを破壊され、滅への怒りと憎しみによってアークとなった飛電或人。

 滅を破壊せんが勢いの或人の猛攻の前に迅は飛び出し……再び、破壊された。

 

 

「迅……! 迅! なぜだ? ……なぜ俺を庇った!?」

「滅。……本当は恐れてたんだろう? 自分の中に、芽生えた“心”を」

 

「そんな滅の“心”を、失いたくなかったんだ。たった一人の……」

 

 

「……“お父さん”、だから」

 

 

 ヒューマギアに自由を与え、彼らの心を守りたいと思った迅。

 そんな彼が一番守りたかったヒューマギアは、“お父さん”である滅だったのだ。

 そしてアークとの戦いが終わった今も、滅と共に歩んでいるのがその証でもあった。

 

「……そっか」

 

 彼方はいつものようにふわっと優しい微笑みで、話し終わった迅を受け入れた。

 

「滅さんのこと、大事に思ってるんだね」

「ああ」

「世界でたった一人の、家族だもんね……」

「そうさ。ヒューマギアは皆、僕の友達だけど……“お父さん“は世界にたった一人、滅だけだ」

 

 そこで、彼方はふふっと笑った。

 

「何だよ?」

「彼方ちゃんもね、そういうのわかるんだ。すごく。……すっごく」

 

 近江彼方には、妹が一人いる。

 

 近江遥。

 彼方とは違い都内の東雲学院に通うが、彼方は普段より彼女のことを人一倍、姉として大切に想ってきた。家庭の事情で二人になることが多かったのも、それに起因するのやも知れない。

 彼方はアルバイトも、家事も、学業も、スクールアイドル活動も、いつも、いつでも全力で心血を注いできた。加えて、同じように東雲学院でスクールアイドルを頑張る遥の応援も。それだけエネルギーを使う生活もあってか、学内では時間さえとれればよく眠っている、という面が他の生徒に印象づいてしまったものである。

 そして同好会が形になってきた頃、遥が一度同好会を見学に来たいと言い出した。彼方は大喜びでそれを迎え入れ、同好会の面々もスクールアイドルのレベルの高い東雲から見学ということで盛り上がったものの……遥の真意は、別の所にあった。

 

 

「私……お姉ちゃんが忙しすぎて倒れちゃうんじゃないかって心配で……それで、今日見学に来たの」

「そうだったの?」

「でも、今日のお姉ちゃんは疲れなんて感じさせないくらい元気で、楽しそうで……すごく嬉しかった。いつもは私を優先してくれたお姉ちゃんが、やっとやりたいことに出会えんだーって」

 

「今のお姉ちゃんには、同好会がとても大事な場所だってよくわかったの。……だから私、決めたよ」

 

「私、スクールアイドル辞める」

 

 

 青天の霹靂だった。

 

 これ以上彼方に無理をさせ続ければ、彼方はいつか倒れてしまう。アルバイトも、家事も、勉強も、スクールアイドルも全て頑張っているのだから。その原因が自分にあると考えた遥は、彼方に負担をかけたくないとスクールアイドルを辞めると決断した。

 

 遥のために頑張ってきたことが遥を心配させ、遥の夢を阻もうとしている。

 これ以上皮肉な事があるだろうか。

 

 彼方は悩んだ。悩んだ。悩んだ。

 

 自分が遥の重荷になるのなら、逆に自分がスクールアイドルを辞めようかとすら思った。だが周りに諭され自分の気持ちを整理していくと……それもまた、できない話だった。

 自分のスクールアイドル活動が、本当に楽しくて、嬉しくて……同好会は、やっと見つけた居場所なのだ。

 だが姉として、遥の大切なものも守りたい。

 仲間達はそれを応援し、肯定してくれた。それを後押しにして、彼方は遥に自身のパフォーマンス──新曲、”Butterfly”を披露し、自身の想いを伝えた。

 

 

「あのね。二人共同じ想いなら、お互いを支え合っていけると思うの」

「支え合って……」

「これからは家のこと、いっぱい手伝ってね? お互い助け合って、スクールアイドル続けていこう?」

 

「二人で、夢を叶えようよ」

 

 

 互いが互いを想うが故に起きたこの一件は、そうして円満に幕を閉じた。

 

「遥ちゃんのためなら、何だって、どれだけだって頑張れちゃうんだよね」

 

 彼方はえへへ、と笑った。

 

「……大事に、思ってるんだな」

「そういうこと。だから、迅くんのそういう”気持ち”がわかるんだよ。おんなじだな、って」

 

 迅の”心”は、その瞬間満たされたかのような気持ちになった。

 自分も迅も、大事な家族を想う気持ちは同じだと言ってくれるのは……つまるところ、ヒューマギアの心を、気持ちを理解してくれたのと同義であるからだ。“人”と“ヒューマギア”ではなく、“近江彼方”と“迅”として、彼方はそう言葉をかけてくれた。

 ヒューマギアのいないこの世界故に、思わず一家に一台、などと言ってしまうこともあるだろう。

 知らないのだから。

 だが一方でヒューマギアのいない世界であるからこそ、話していけば偏見や先入観のハードルは低く、越えることも容易かった。

 二人は今、お互いを知ったのだから。

 

「ありがとう……!」

 

 迅は今日一番のいい声で返した。しかし一方で彼方は、

 

「よし、これで今日はおしまい! 疲れたので……彼方ちゃんは……すやぴしま~~す……」

 

 作業を終えるとゆっくりと瞼を下ろし、眠りについた。

 

「……え?」

 

 迅は困惑するが、やがてすうすうと彼方の寝息が聞こえはじめる。

 

「いや、この状況から寝る!?」

 

 困惑を隠せなかったが、それでも危ないからと彼は彼方の周りの裁縫道具をささっと片づけ──

 

「……お疲れ様」

 

 冷房で冷えないよう、近くにあったタオルケットを肩からかけてあげた。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 桜坂しずくは挨拶を終え、今一度頭を下げた。

 

「ミステリーファイル研究同好会さん、ありがとうございました!」

「いえいえー、こちらこそ。ライブ楽しみにしてます! ところで……」

 

 ミステリーファイル研究同好会部長はしずくの後ろの、

 

「そちらの男の人は?」

 

 滅を手で示した。見慣れない男性が挨拶回りに来ているスクールアイドル同好会と一緒にいる光景は、かなり違和感がある。

 

「ち、ちょっとした知り合いで……! 今回のライブの為に色々と手伝ってもらっている方です!」

 

 しずくは取り繕う。流石に、異世界からやってきたアンドロイドですとは言えるわけがない。

 

「そういうことだ」

 

 滅は解っているのかいないのか、それだけ答えて後はいつもの仏頂面だ。

 

「それからミステリーファイル研究同好会さん、こちらの資料ありがとうございました! とっても興味深かったです! 哀しいというか、不気味なというか……」

 

 せつ菜はバインダーファイルを手渡した。

 

「興味があればまた貸しますよぉ? 私のおすすめはやっぱり宇宙開発が引き起こした哀しい犠牲の事件、『氷の死刑台』事件なんですけど……」

「是非!」

 

 喜色満面のせつ菜を相手にしつつ、部長はその『青い血の女』という題のついたファイルを、書棚の『吸血地獄』と『光る通り魔』の間へと戻した。書棚には他にも、『死神の子守唄』『ゼウスの銃爪(ひきがね)』『闇に蠢く美少女』など、おどろおどろしいタイトルが並んでいる。

 

「そういえば桜坂さん」

「はい?」

「今日、生徒会長って学校に来てるかな?」

「……はい!?」

 

 部長の不意の問いに、しずくとせつ菜は揃って困惑の声を上げた。

 

「いや、秋からの予算案をそろそろ出そうかと思って生徒会室に行ったら来てたっぽい痕跡があったからさぁ……。まあ急ぎじゃないけど、こういうの早い方がいいじゃない?」

「そ、ソーデスネー……」

 

 急にせつ菜はドギマギし始める。それが、

 

「どうした? 生徒会長は、おまe……」

 

 滅には不思議だった。昨日の会話からすれば、せつ菜こそが生徒会長のはずなのだから。

 

「わーっ!! わ“──ッ!!!」

 

 せつ菜が大声で叫び、しずくはすぐさま後ろから飛びついて滅の口元を押さえていた。

 

「何!? いや急に大声出したりして……」

「な、なんでもないです! もし中川会長に会ったら、是非とも伝えておきますね!! それでは!!」

 

 滅に飛びついたまま、二人はミステリーファイル研究同好会を慌ただしく後にしていった。

 

「何をする!?」

 

 部室から出た後で、しずくから口元を解放された滅は憤った。

 

「私が生徒会長だってことは、内緒でお願いします!!」

 

 せつ菜は滅の勢いにも怯まず、ずいと顔を近づけた。

 

「……わからん。会長と言うなら生徒は当然知っている筈だろう」

「この学校の生徒会長は」

 

 しずくは苦笑いしながら、

 

「『中川菜々』さんなんです」

「……? じゃあお前は」

「『今』の私は『優木せつ菜』。『生徒会長』の私は……『中川菜々』、といったところですね」

 

 これこそが普段は校内にその姿を見せず、放課後やライブになると姿を現すという「放課後のスクールアイドル」、優木せつ菜の真相だった。

 

 生徒会長を務める、三つ編みに眼鏡の勤勉な生徒会長、中川菜々。彼女は放課後の時間だけ、衣装を纏い、髪型を変え、眼鏡を外し──勇猛果敢に大好きを叫ぶスクールアイドル、優木せつ菜へと“変身”するのだ。

 

「或人さんが普段は『飛電或人』だけど、“変身”すると『仮面ライダーゼロワン』になるようなものだと思っていただけると……」

「成程。しかし、何故そんなことをする必要がある?」

 

 別段驚いた様子もなく、滅はいつもの調子だ。

 

「私の家は、両親が厳しくて……テレビやマンガは禁止だし、当然スクールアイドルも……」

 

 生徒会長という役職は、そんな彼女の境遇にとってはぴったりだった。

 両親は成長の一環として、リーダーシップを養うためにやってみてはどうかとそれを望み、せつ菜──菜々自身も、「期待されるのは嫌いではない」。そしてこれは幾ばくか不純ではあるが、生徒会長を務めていれば、スクールアイドル活動をする過程で帰りが遅いのも、休日の外出も生徒会の仕事があると言えば誤魔化せる。家で禁止されている漫画やライトノベルを、こっそり生徒会室に隠しておくこともできる。自宅のクローゼットに少し仕舞ってはいるが、その程度では自身の“大好き”を満足させるには足りないのだ。

 

「ただまっすぐに、『菜々』のわたしで大好きなことを、大好き!って言えたらそれが一番良いんだと思います。でも、そう簡単には……。だから、私は私の心をさらけ出せる『私』に変身するんです。それが、『優木せつ菜』!」

「心、か……」

 

 滅はその単語に、何か思うところがあるようだった。彼は少し考えた後、

 

「今のミステリーファイル研究同好会で、挨拶回りは最後だったな」

「? ええ」

「同好会に戻る前に、行きたい場所がある。案内してくれ」

 

 滅に求められるまま、二人は校舎の中を案内していった。

 

「この階段だな」

「ええ……それにしてもペースが……あっ!」

 

 案内の途中で、しずくは声を上げた。

 

「お疲れ様、しずく」

 

 しずくが兼部している演劇部の部長が、廊下の反対側から歩いてきたからだ。

 

「部長……! さっき部室に挨拶に行ったらいないから、今日はいらっしゃらないのかと」

「ちょっと次の公演に向けて戯曲集探しをね。ちょうどいいや、『夕日のような朝日をつれて』と『また逢おうと西郷(せご)どんは言った』、どっちがいい?」

「な、悩みますね~~……! マルサン舞台にキャンディボックスですか!」

「ポリエステル360°も入れるか迷ったけどねえ。私はクラリーノ・ヨンドロヴィッチ好きだし」

 

 演劇人特有のサブカル臭全開の会話が繰り広げられている。滅はそんな二人の様子を、何やら思うところがあるかのように見つめていた。

 

「また今度の部の会議までに決めてきますね」

「おーけい、それじゃあよろしく。決めてこないなんてノンノン、だからね?」

 

 それだけ言うと、演劇部部長は上機嫌で去っていった。それじゃあ、としずくが音頭を切り、三人は階段を昇っていく。そして辿り着いたのは、

 

「わあっ……! 屋上ですね!」

 

 しずくは扉を開け、夏の陽射しに熱せられた潮風をぶわっと浴びながら声を上げた。

 

「もう、なんだか懐かしいですね……」

 

 せつ菜にとって、ここは印象深い場所だ。

 自身の“大好き”を貫こうとして同好会を行き詰まらせ、身を引こうとしていたせつ菜。そんな彼女の正体が生徒会長だと知った侑が彼女を呼び出し……

 

 

「私が同好会にいたら、皆のためにならないんです! 私がいたら、”ラブライブ”に出られないんですよ!?」

「だったら……! だったら、ラブライブなんて出なくていい!!」

 

「ラブライブみたいな、最高のステージじゃなくてもいいんだよ……! せつ菜ちゃんの歌が聞ければ、十分なんだ」

「スクールアイドルがいて、ファンがいる。それでいいんじゃない」

 

「……期待されるのは、嫌いじゃありません」

「ですが、本当にいいんですか? 私の本当のわがままを……“大好き“を貫いても、いいんですか?」

「もちろん!」

「……! わかっているんですか? あなたは今、自分が思っている以上に……」

 

 

「『すごいこと』を、言ったんですからね! どうなっても、知りませんよ!?」

 

 

「虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会ッ……! 『優木せつ菜』でした!!」

 

 

 せつ菜がスクールアイドルとして新しい一歩を踏み出したうえで、同好会に戻ってくるまでのやり取りを交わしたのが、まさにこの屋上だからだ。

 

「今日は、お前達とずっと一緒にいた」

 

 滅はフェンスの方まで寄り、校内にまばらに見える部活動中の生徒を見ながら呟く。

 或人との戦いを終え、滅亡迅雷.netとして悪意を見張り続ける過程で、滅はよくビルの屋上などに佇んでいることが多い。それは高所から人間を見渡すことによって、より多くの人間の心の状態を知ることができるからだ。

 

「部活や同好会の挨拶回りとして、沢山の人間を見てきた」

「ええ」

「……どの人間も感情が一定の閾値を越えて、その心が喜びに溢れていた。状態をスキャンすればわかる。さっきの女だってそうだ」

 

 屋上を選んだのは、この学園の生徒の心の状態を今一度確認したいからだった。滅は二人に向き直る。

 

「この学校にいる人間は皆だ! 勿論、お前達も……!」

 

 せつ菜としずくは少し戸惑いながらも、滅のその真剣な様子に圧倒されている。

 

「大好きを、心をさらけ出すと言ったな。お前達は、何故そんなに心に従って生きられる!? 何故だ!?」

 

 滅にとって、“心”とは重要な概念だ。

 迅は滅が自らの中に芽生えた心に葛藤し、恐怖しているのを見抜き、或人の手から滅を庇った。迅が爆散した後、アズは滅に接触し……或人と同様の“次のアーク”として、“絶滅ドライバー”と“アークスコーピオンプログライズキー”を授けた。

 

 

「今、あなたの心にあるのは……迅を喪ったことへの、“哀しみ”と、“怒り”」

「あなたにもあったのよ……。“心“が」

 

 

 悪意の器、アークとしてしての姿、仮面ライダー滅 アークスコーピオン。

 その姿でアークワンとなった或人と戦い抜き、そして──────

 

 

「迅は……迅は俺の息子だった!! それを奪ったのはお前だ!! 家族を奪われて……怒らない奴がどこにいる!?」

「ああ……その通りだ!! その怒りを! その哀しみを……お前はもうわかってたはずだ!! ……滅ぃ!!!」

 

「お前には……」

「“心”が、あるんだから」

 

「本当は怖かったんだ! 俺の中から湧き上がるこの……“俺を邪魔するワケのわからないもの”が!!」

「それでいいんだ……!」

「だから憎かった!! こんなものを教えた人間が!!!」

 

 

 自身の中にあった、“心”への戸惑いを、恐怖を。

 吐露した。

 

 心とは何か。何故こんなにも胸がざわめき、衝動があふれ出るのか。

 滅は、知りたいのだ。

 

「……自分の心に従って生きられる人間なんて、そんなにいないですよ」

 

 しずくはふふっと笑い、滅の右隣に立った。

 

「しかし、お前達は……」

「私も、ちょっと前まで滅さんみたいなものだったのかもしれません」

 

 桜坂しずくは、幼少の頃より少しばかり人と違った趣味があった。昔の映画や小説が、大好きだったのだ。

 しかしながら、そういった趣味を持っている者は周りに一人もおらず……理解してもらえたこともなかった。そういった体験を少しずつ積み重ねていくうちにしずくは……“本当の自分”と向き合うことが怖く、さらけ出すことが出来なくなっていった。

 

 

「そのうち……他のことでも、人から『違うな』って思われることが怖くなって……だから、演技を始めたの」

「『みんな』に好かれる、良い子のふりを。そしたら、楽になれた」

 

「私……やっぱり、自分をさらけ出せない! それが、役者にもスクールアイドルにも必要なら……!」

「私は!! どっちにもなれないよ!!」

 

「表現なんて、できない……。嫌われるのが、怖いよ……」

 

 

 演劇部の舞台での主役抜擢。

 それは部長から、「自分をさらけ出す役どころ」故にスクールアイドルとしても活動しているしずくだからこそと見込まれてのことだった。

 だが、自分をさらけ出すことへの恐怖を抱えていたしずくはその役のポテンシャルを引き出すことはできず……一度、再オーディションを行うとまで言われてしまった。

 そんなしずくの“心”を、

 

 

「ンなぁぁ~~に……甘っちょろいこと言ってんだぁぁ──っ!!」

「嫌われるかもしれないからなんだ! かすみんだって、こぉ~~んなにかわいいのに、ほめてくれない人がたくさんいるんだよ!」

 

「しず子も出してみなよ! 意外とガンコなところも、いじっぱりなところも、ほんとは自信がないところも、全部!」

「それ、褒めてない……」

「もしかしたら、しず子のこと好きじゃないって言う人もいるかもしれないけど……!」

 

「私は!! 桜坂しずくのこと、大好きだから!!」

 

 

 中須かすみが、受け止めてくれた。

 

 自分の中の全てを受け止めて、そしてさらけ出す。かすみの言葉で勇気を貰ったからこそ、それは出来た。

 舞台で再び主役の座を射止めることができたし、かすみは時々しずくの趣味に合わせてくれたりするようになった。オードリーならグレゴリー・ペック、と即座に出てくるだけの知識があるのが、その証拠だ。

 

「自分の中でぐるぐるもやもやした気持ちは、心は……誰かが受け止めてくれると、意外と答えが出たりするのかなって」

「誰かが、か……」

 

 滅にも、それはわかる気がした。彼もまた、

 

 

「そんな滅の“心”を、失いたくなかったんだ。たった一人の……」

「……“お父さん”、だから」

 

 

「絶対に、乗り越えられる……! “心“があるってわかったんなら!! だって……」

「俺達は、“仮面ライダー”だろ……!」

 

 

 自分の“心”を受け止めてくれた相手は、確かにいたのだから。

 

「心があるから、悩むんです。心があるから、苦しくなる時だってあるんです」

 

 せつ菜も、滅の左隣に立つ。

 

「大切なのは、その苦しさとどう向き合うか。どう受け止めるか。そうやって乗り越えて……自分の“心”を自分のものにしていく。滅さんにだってできますよ! “心”があるんだから!」

「俺の、心……」

 

 滅は、自分の胸に手を当てる。

 

「心があるから、楽しいんです。心があるから、嬉しくなる時だってあるんです」

 

 しずくが言葉をかける。

 

「せつ菜さんの言う“大好き”が、この学園には溢れています」

 

 しずくは先程の滅と同様に、フェンスから学園を見渡した。

 

 トレーニング中の運動部。

 資料を運んでいる文化部。

 それから、それから。

 

 見渡すだけでも、夏の陽射しの下、たくさんの“大好き“が……”心“が、輝いている。

 

 滅とせつ菜も、同じようにしてそれらを目の当たりにしていた。三人はしばし見つめていたが、

 

「この世界も……やはり、捨てたもんじゃないな」

 

 滅が、ぼそっと呟いた。その口元は……少しだけ、微笑んでいるようにも見えた。

 

「でしょう? この世界って、とっても眩しくて……愛おしい! 私、“大好き”です!」

 

 せつ菜は、今日一番の良い笑顔でそれに応えた。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

「よっし! このお店で終わりだね」

「……がんばった」

 

 愛と璃奈にはそれなりに活気があるが、

 

「そうか」

 

 不破は相変わらずの仏頂面だ。

 

「も~~! 不破さんはちょっとは笑った方が良いって!」

「おかしくもねえのに笑えるかよ。挨拶回りはお前らがやってんだから、問題ないだろ」

 

 そーゆーことじゃなくてさ、と愛は頭を掻いた。

 

 元々一回目の挨拶回りは不破達がこの世界にやってくるまでに済ませており、今回の目的は刷り上がったパンフの頒布と広告の確認のためだ。故に不破が何をすれば良いかと言えば、パンフや資料を持ってもらう荷物持ち程度の役割になる。

 基本的には愛たちの後ろで控えていたが、「そっちのでかい兄ちゃんは?」と聞かれながら挨拶回りをする羽目に相成ったというわけだ。基本的に仏頂面のうえにガタイが良く身長(タッパ)がでかいとくれば、挨拶回りにしてはどことなく威圧感が強くなる。

 

「よ~~し! 愛さん自慢のギャグで、不破さんを笑わせるしかないね!」

「!?」

「意外と笑ってみたら、『ふわふわ~~』とした笑顔だったり? 『不破』さんだけに!」

 

 ブフォッ、と不破が息を漏らしかける。早くも爆笑しそうになっているが、必死に堪えているのだ。

 

「折角だから笑顔で『愛』さんと『挨』拶回りしようよ~~! 『笑顔』って、とっても『ええ顔』だよ!」

「やっ……フハッ……やめろ……!」

 

 顔を真っ赤にして必死に堪える不破の手を、

 

「ねえ」

「あ……あん?」

「なんで、おかしいのに笑わないの?」

 

 璃奈が握って、その顔を見つめて聞いてきた。

 

「なんでって……」

「おかしいんなら、面白いなら、笑えるなら……笑ったほうがいいと思う」

「って、言ってもな」

「……私には、難しいことだから」

「りなりー……」

 

 表情を変えずに訴えかける璃奈。だが愛には、璃奈のその心情が痛いほどわかる気がした。

 

 天王寺璃奈は、表情に乏しい。

 

 幼い頃から両親が共働きで、一人でいることが多かった故なのだろうか、自分の中の感情を表情に出すのが難しいのだ。いつもきょとんとしたような、すましたような、あっさりとした無表情。

 しかし、彼女自身はとても“感情豊か”だ。ただ、それを表に出せないだけ。

 気兼ねなく話しかけてくれた愛を切っ掛けにして同好会に入り……“繋がり”を得た彼女だが、さらに多くの人と繋がりたいという想いは常にあった。そんな意気込みとして、彼女はゲームセンターでのソロライブを決めた。

 

 

「今回は、『できないからやらない』は……ナシだから」

 

 

 ライブに向けて努力し、研鑽していく璃奈。いよいよライブが近づいてきた日、彼女は話しかけてきたクラスメイトにライブのことを伝えようとした。しかし……

 

 

 窓に映った、自分の表情を見てしまった。

 

 

 感情に乏しい、愛想の無い表情。

 笑っているのか怒っているのかもわからない、自分の表情を。

 

 

 一度は全てを諦めかけた。自分は、変われないのだと。

 

 

「歌でたくさんの人と繋がれるスクールアイドルなら、私は変われるかも、って」

「でも……! みんなは『こんな事で』って思うかもしれないけど、どうしても気になっちゃうんだ! 自分の表情が……!」

「『ああ、だめだ』『誤解されるかも』って思ったら、胸が痛くて……ぎゅうう~~……って……! こんなんじゃ……このままじゃ……!」

 

「私は、皆と繋がることなんてできないよ……。ごめんなさい……」

 

 

 そんな彼女の気持ちを、仲間が受け止めてくれた。部屋で一人、段ボールの中に閉じこもったままの彼女を。そこで、璃奈は思いついたのだ。

 自分は自分のまま、自分の表情を、気持ちを伝えてくれる、“璃奈ちゃんボード”を。

 

「不破さんには不破さんの生き方があるんだと思う。でも笑えるなら、笑ったほうがいい。璃奈ちゃんボード、『ぷんぷん』」

 

 少し咎めるような表情のボードを出されて、不破は面食らった。

 

「……なるほど、な」

「ごめんなさい」

「謝るなって。俺だって別に、笑いたくないわけじゃねえ」

 

 少しばかり、宙を仰ぐ。

 

「なんだろうな。少しばかり張りつめすぎてて、誰かの前で笑うとか……今更なんだかなってなってるのかもな」

 

 不破諫の人生は本来、“普通でつまらない”程度のものだった。

 

 普通の家庭、普通の生い立ち、普通の生活。

 しかしながら、彼はAIMSの隊長として仮面ライダーとなる過程で……それを覆された。ショットライザーで変身する為には脳内にチップを埋め込む必要があるが、彼はそのチップを埋め込む過程で、「暴走したヒューマギアが中学校を襲い、ヒューマギアに殺されかけた」という、ヒューマギアを憎むための記憶を刷り込まれたのだ。

 

 

「ヒューマギアは、残らずブッ潰す……!」

「俺がやると言ったらやる! 俺がルールだ!」

 

「ヒューマギアは人を傷つける……人類の敵だ!!」

「ひとつ残らず……ブッ潰す!!」

 

 

 それを指示したのが、やはり天津垓。彼に偽りの記憶を明かされた不破は、激しく動揺した。しかし彼には……既に、憎しみに代わるアイデンティティがあった。

 

 

「よく聞け……ZAIA! 俺は変わった!! あの記憶は、もうどうでもいい! 俺にはなぁ! 憎しみなんて、もういらない!! 今の俺には……」

 

「”夢”があるからな。お前が作った、”仮面ライダー”という夢が!」

 

 

「今の俺には職がねえ。いざって時の保障もねえ。先行きは正直結構不安だ。あるのは、仮面ライダーって“夢”だけ。けど……」

 

 不破は璃奈の目を見て、

 

「あの頃とは違うからな。もう少し、気張らないでやってみる」

 

 少し笑みを見せながら、そう言った。

 

「先行きがわかんないと、ちょっと不安になること……あるよね。決まった答えなんて、ないだろうし」

 

 不破の言葉に、愛もどこか感慨深げだ。

 

「けど……」

 

 愛と璃奈がスクールアイドル同好会に入った直後、同好会では一人一人がソロアイドルとしてステージに立つという方向に決まりつつあった。個々がやりたいアイドルをやろうと言うのならば、それは当然の選択肢ではある。しかしながら、ソロアイドルはいざという時、グループ全体でカバーしあうことはできないという弱点もあった。

 

 “個”は、“孤”にもなりえるのだ。

 

 思い悩むというほどでもなかったが、愛はどうすればいいのかとずっと考えていた。

 

 

(正解がひとつなら、わかりやすいよね)

(スポーツにはルールがある。でも愛さん達の目指すスクールアイドルにはそういうのは無くて、自分ひとり)

(愛さんだけで、どんなスクールアイドルがやれるのかな? 愛さんの正解って……何なのかな?)

 

(こんなこと、今まで考えたことなかったよ)

 

 

 先行きが見えない。答えは何なのか。

 そんな時に、エマに同好会に入ってくれてよかった、楽しそうにしている愛ちゃんのおかげで皆の笑顔が増えている、と何気なく言われ……愛は気づいたのだ。

 

 

(そんなことでいいんだ……!)

(誰かに楽しんでもらうことが好き! 自分が楽しむことが好き!)

(そんな『楽しい』を、みんなとわかちあえるスクールアイドル……! それができたら、アタシは未知なる道に、駆け出していける!)

 

(『みち』だけにっ!!)

 

(皆と一緒……! ステージは、一人じゃない!)

 

 

「自分の中に、なにかひとつでも芯があるなら……きっと、大丈夫だよね!」

「……ああ」

 

 不破はまた、軽く笑みを含ませて返した。

 

「じゃあまずは……不破さんを笑わせるところから!」

「!? おい!」

「……不破さんボード、『にっこりん』」

 

 不破の眼前に、スケッチブックが突きつけられる。

 デフォルメされながらも不破のいかつさが隠しきれていないのがある意味特徴を捉えてはいるが……

 

 はっきりと、笑った不破が描かれていた。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

「どうかな?」

 

 新曲を弾き終えた侑は、或人の方を見て感想を求めた。或人は、

 

「すごく良かった! なんかこう、一気にぐわーってテンションが上がるっていうか……夢が見たくなる曲だよ、これは!」

「よかった!」

「イズも、良かったよな? どう?」

 

 或人はイズを見やる。だが、

 

「……わかりません」

 

 イズは、少し困ったという顔をしていた。

 

「音楽は、今の私には……あくまで、音階とリズムの組み合わせでしかないので」

 

 ヒューマギアに心が宿るか、感情があるか。

 それは結局のところ、人間から見て人間らしいか、という人間主体のものなのかもしれない。少なくとも今のイズは、耳にしたものを「音楽」ではなく……「音」として理解していた。

 

「そっか……」

 

 歩夢は少し残念そうな顔をする。

 

「ですが、いつか……或人社長のギャグと同じように、侑さんの『音楽』を……楽しめるようになりたい」

 

 イズはそう言い、にっこりと微笑んだ。それを聞き、侑はよし! と立ち上がる。

 

「それが、イズちゃんの夢だね!」

「夢……。そうか、これが……イズの夢なんだ!」

 

 或人も嬉しそうに立ち上がった。

 

「きっと夢ですよ……! 夢!」

「いいよなあ~~! 夢! 夢を見る皆の笑顔!」

 

 高咲侑は、夢を見る人が好きだ。スクールアイドル同好会に入ったのも、元より夢を追いかけている人を応援したいから。

 

 

「自分の夢は、まだ無いけどさ……夢を追いかけてる人を応援出来たら、私も何かが始まる。そんな気がしたんだけどな」

 

 

 誰かの夢への情熱を傍で応援出来たら、きっと自分の夢も見つかる。そしてその通りに、彼女は音楽の道という夢を見つけたのだ。

「誰かの夢を傍で見ていると、自分も勇気が貰えるんだよ。俺も……わかるなって」

 

 

「私は……! 私も、夢を持ちたいと思いました! 或人さまの夢を、傍で見届けることです! そして……」

「心から、笑うことです」

 

「私が飛電インテリジェンスを乗っ取り、ヒューマギアが笑える世界を創る!」

「そんな世界では……或人は笑えない。俺の夢は……」

「俺が笑い、或人が笑う世界だ」

 

 

 人間とヒューマギアが手を取り合い、一緒に夢を見られる世界。

 実現には多くの壁があるだろうが……何故だろう。できる気がしてくるのだ。

 

 人間も、ヒューマギアも。沢山の夢を見て、今を一生懸命に頑張っているのだから。

 

「歌詞も夢を応援する曲にしたいんですよ! ほら、こんな感じで!」

 

 侑はできかけの歌詞を見せた。或人はそれをじっくりと読み込んでいく。

 

「なるほど……なるほど! これは……」

「ここのBメロのところが、まだちょっと悩んでるんですけど」

「……! じゃあさ!」

 

 或人はシャーペンを借りると、そこに先程聴いたメロディにあわせ、歌詞を書きこんでいった。

 

「夢っていいよな、ってのをそのまま伝えてみるの、どう?」

 

 侑はしばらくそれを読み、フンフンとメロディを再確認した後……

 

「これ……良いですよ! 言葉選びも良い、これに決定!!」

「よっしゃ!!」

 

 二人はそこで笑った。

 

「……二人は、よく似ているのかもしれませんね」

「イズちゃんもそう思う?」

 

 イズと歩夢は、夢について語り合う二人を見てそう言葉を交わした。

 

 夢を見る人を応援する、高咲侑と飛電或人。

 そしてそんな二人をそれぞれ見守ってきた、上原歩夢とイズ。

 

 互いに、とても良く似た組み合わせだったのだ。

 

「よ──っし! この曲で、夢について歌い上げよう!」

「応援するよ! (ゆめ)を見たなら……だれでも、『有名(ゆーめー)』人ってね! はい! アルトじゃ~~、ないと!」

 

 そこでまた大爆笑だ。ちょっとお!と咎める歩夢を、イズは見守っていた。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 時間が経つのは早いものだ。一日、二日と日数が経ち……いよいよ、ライブ二日前となった。

 シンクネット本拠地の割り出しは、なかなかに時間がかかっていた。敵の動きも全く無く、決め手として探し出すにはまだ情報が足りない状態だ。市中に出て情報収集等も行ってみたが、今だ手掛かりはつかめない。

 

「この調子なら、明後日のライブは大丈夫そうだね」

 

 夕方、部室に集まった一同を侑は見渡しつつ言った。

 

「あいつらがこのタイミングを確実と狙ってくる可能性はあるし、油断はせずにいこう」

 

 或人は楽観視せず状況を考えつつも、笑顔で同じく一同を見渡す。

 

「不破さん見ててよね! 愛さん達ぜったい、楽しさ全開のライブにするから!」

「皆さんと繋がれたら……嬉しい」

 

 愛と璃奈の真剣な眼差しを、不破は受け止めている。

 

「見せてみろよ、お前らの夢」

 

 そう言う彼の表情は、以前よりもずっとやわらかい。

 

「スクールアイドルとやらに興味はない」

 

 滅はそう言いつつも、

 

「だが、お前達が“心”をどう表現するのか……。それには興味がある」

 

 そう淡々と彼女らに告げた。

 

「……ええ! 見せてあげますよ、私達の“大好き”を!」

「表現に期待をしているのなら……きっと、ご期待に添えると思いますよ?」

 

 せつ菜としずくは不敵に笑う。

 

「彼方ちゃんがどんなライブするのか、気になるでしょお?」

「気になるかは置いておいて……見届けさせてもらうよ」

 

 彼方と迅は、互いに自分のペースを崩さない。

 

「準備は万全のようだな」

「あったりまえですよ! なんたってかすみんのかわいさは……1000%!ですからね!」

 

 かすみは、天津からだいぶ悪い影響を受けている気がしてならない。

 

「刃さんの心も、ぽかぽかにしてあげられたらいいな……!」

「目が離せないくらい、魅力的なステージになるわよ。必ずね」

「ああ。頑張ってくれ」

 

 刃はエマと果林に、珍しく笑みを見せている。

 

「夢で溢れるライブ、楽しみにしてるよ! 皆の夢はなに?」

 

 

「観てくれたみんなの心を、ぽかぽかににするアイドルになりたい!」

 

「見た人が忘れられないくらい、情熱的で魅力的なパフォーマンスを見せたいわ」

 

「世界で一番かわいいかすみんのかわいさを、余すところなくみせちゃいます!」

 

「遥ちゃんに自慢できるような、最高のライブにしたいよ~~……」

 

「私の大好きを、届けます!!」

 

「誰も見たことのない、私だけの表現を見てほしいです!」

 

「皆で楽しいを一緒に楽しめる時間! それっきゃない!」

 

「もっともっと、沢山の人と繋がりたい……!」

 

 

 皆は思い思いに、ライブにかける意気込みを……夢を語っていく。

 

「いいね……皆、素晴らしい夢だよ!」

 

 或人は満足げだ。

 世界は違っても、こんなにも……夢を見る人の表情はいきいきと輝くのかと、そう思えるからだ。

 

「歩夢は?」

 

 侑は歩夢の方を見やった。

 

「私は……」

 

 意外にも、歩夢はしばし考えこんだ後、

 

「わ、私! 飲み物買ってくるね!」

 

 部室を飛び出していった。

 

「歩夢……!?」

 

 侑は驚いて、開かれた扉を見つめていた。

 

「いや、歩夢ちゃん一人はまずいって! 俺行くよ!」

 

 或人は慌てて、歩夢の後を追った。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

「……なんでだろう」

 

 部室を飛び出したまま学園の近くの川岸まで走ってきた歩夢は、そこでやっと足を止め、ぼそりと呟いた。

 夢について問われた時、他の皆は随分とするっと言語化できているなと驚いたものだ。

 

 今の上原歩夢には、夢が無いのではない。

 

 たくさん、ありすぎるのだ。

 

「侑ちゃんのため。同好会の皆のため。応援してくれる皆のため。それに……」

 

 歩夢はベンチに腰を下ろし、

 

「私も、皆の夢を応援したいのかな……」

 

 やっと、何とか手掛かりのようなものを掴むことが出来た。

 

「素晴らしい夢だね」

 

 突然、右隣から声がした。歩夢はびくっとその声の方を向く。そこには、

 

「やあ。また会ったね」

 

 それは年若いが、少々分不相応にも見える顎髭を蓄えた男。ド派手な赤のアロハシャツ。バリバリにツーブロックにした髪。両耳のピアス。

 あの騒ぎを治めた男が、傍らに座っていた。

 

「あ……あのっ……!」

「ごめんね、驚かせちゃったかな? 上原歩夢ちゃん」

「何で……私の名前……!」

「おいおい、君はスクールアイドルだろ? 君、自分が思ってる以上に有名だよ」

 

 そこで歩夢は、あ、ああと思い直し、息を吸ってから男をまじまじと見た。

 恰好こそ遊び人のそれだが、男の表情にはそういった人間特有の軽薄さや自信に溢れた横柄さは感じられない。柔和で包容力のある、安心する笑み。

 

 まるで、仏様だ。

 

「この間は、ありがとうございました」

 

 まずはお礼を言わねばと、歩夢はぺこりと頭を下げた。

 

「何だか困ってるみたいだったからね。あれで信じちゃう皆もどうかとは思うけど……」

 

 は、は、は、と、息を区切るようにして男は笑った。そして、

 

「それより……今の話、本当かい? 『誰かの夢を応援したい』って」

「え、ええ……」

「僕も今、誰かの夢を応援する活動をしているんだ。だから、気になってね」

「夢を、応援する……?」

 

「夢を追いかけている人を応援出来たら、僕も何かが始まる。そんな気がするんだ」

 

 その言葉に、歩夢は目を見開いた。

 

「私に、何か手伝えることありますか?」

「おっ、乗り気かい?」

「ええ。その言葉、侑ちゃんとおんなじだなって」

「侑ちゃん?」

「あ、私の幼馴染で……」

「幼馴染……」

 

 そこで初めて、男の表情が少し曇った。

 

「私、侑ちゃんと一緒に夢を見たいって思って……二人の道が違っていくんじゃないかって思ったけど、それを乗り越えて……今は二人で、みんなで……夢を追いかけてるんです!」

 

 ぱあっと笑いながら言う歩夢。だが対照的に、男の顔はさらに曇った。

 

「そうか……」

「あ、えっと……ごめんなさい! 何か気に障りましたか?」

「いや、いいんだ。僕の個人的な問題さ」

 

 男は歩夢から目をそらし、地面の方に視線を移した。

 

「……僕にもね、そういう相手がいたんだ。二人で、一緒に夢を追いかけようって」

「そうなんですか?」

「二人なら、何だって出来る気がした。こいつとなら一緒に夢を追いかけていけるって、そう思ってた」

「思って『た』。その人は?」

「二人の夢が、道が……違っていってしまったのさ。だから、僕は今一人だ。君も……気をつけた方がいい」

「私は……! そんな風には、って言うのはよくないけど、侑ちゃんとはそうはならないです!」

「どうかな」

 

 露悪的な返しに、歩夢はむっとした。男はそれを見て、おっと、と思い直したようだった。

 

「すまないね。いい年して、自分の失敗を思い出してムキになってたかもな」

「いえ、私こそ……。今からでも、その人と仲直りしたりできないんですか?」

「無理さ」

「どうして?」

 

「手遅れなんだ。もう、色々とね」

 

 男はまた、は、は、はと乾いた笑いを返した。そこに、

 

「あーいたいた! 歩夢ちゃん、一人で出歩いたら……」

 

 侑を見つけた或人が駆け寄ってきた。しかし、

 

 

「……え?」

 

 

 歩夢の隣の男を見て、或人は固まってしまった。歩夢はどうしたんですか、と声をかけるが、或人は棒立ちのまま動かない。それどころか、膝ががくがくと震えはじめていた。

 

「……逢いたくなかったよ。お前とは」

 

 男はゆっくりと立ち上がり、或人に向き合った。

 

「ウソだ……」

 

 或人の口から、かすれた声が漏れた。

 

「久しぶりだな」

「ウソだ……」

「……或人」

「ウソだ!!」

 

 或人は恐怖するかのように、絶叫した。

 

「私は、『フツ』」

 

 男はそう名乗ると、

 

“ザナドゥドライバー!”

 

 ゼロワンドライバーによく似たドライバーを取り出し、腰に巻いた。

 驚く歩夢。もはや言葉を失った或人。

 

 陽射しは傾き、オレンジと紫が混ざり合った夕暮れ空。周りの音が聞こえないぐらいに不気味な静寂の後、

 

“XANADU!”

 

 男──“フツ“はプログライズキーを取り出し、起動させた。ザナドゥドライバーのレバーを押し、変身モードを起動させる。

 

 瞬間、辺りに花が咲き乱れる。

 空間を全て埋め尽くすほどの──────蓮の花。

 

 その光景は、まるで極楽浄土だ。

 

「……変身」

 

“PROG-RISE!"

 

 プログライズキーが装填されると同時に、一際大きな蓮の花のつぼみがフツを包み込む。それこそが、“ザナドゥプログライズキー”に格納されたライダモデルだ。そして、それが“開花”すると同時に……

 

"ARK! Dash! Dream! Delusion!"

 

Illustration by 皿田(@saradaver)

 

"────XANADU the KAMEN RIDER."

"The dreamer who believe in success our shangri-la."

 

 

「夢見る人を皆、夢叶う桃源郷(ザナドゥ)に導く……」

「それが私、"仮面ライダーザナドゥ"だ」



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Part5 カレこそが教祖で仮面ライダー

人は人に捨てられたりなんかしない。自分が自分を捨てることしかできないよ。
吉本ばなな(1964~)


 夕日が差し込む放課後の教室に残っているのは、一人だけだった。

 

「飛電、まだ残ってたのかよ?」

 

 教室の扉を開けて、入ってきた影がある。一人の男子生徒だ。

 

「あ……ああ、【  】君。ちょっとね」

 

 教室に残っていた生徒──高校一年生、16歳の飛電或人は、入ってきた男子生徒を見て照れくさそうに頭を搔いた。

 

「何やってんだ?」

「……進路希望調査。先生に、もっとちゃんと考えろって言われちゃってさ」

「何て書いたんだよ」

「『皆を笑顔にする仕事がしたい!』って」

「抽象的! アバウトすぎだろ!? アバウト村の村長さんかよ! ああ、いや……」

 

 そこで男子生徒は思い返し、

 

「村長っていうか、社長だろ? お前ん家あの飛電インテリジェンスなんだからさ。当然、後継いで社長コースでしょ」

「ああ、いや……家の方は色々あって」

 

 或人は複雑そうな表情を見せる。

 

「何か俺まずいこと言った? 折り合いが悪いとかなら……」

「そういうんじゃないけどさ。まあ……社長は無いよ。高校まではじいちゃんに頼んでお金出してもらってるけど、そこから後は独立したいなって」

 

 幼少期にデイブレイクで“父”である飛電其雄を喪って以降、飛電或人は家から距離を置くことを念頭に生きてきた。結局最期まで、“父”を笑わせられなかったという彼の懊悩は相当なものだったのだ。

 

 人工知能も、人間も、心は同じはず。

 その心に訴えかけて、笑顔になってほしい。

 

 それを為すには、飛電インテリジェンスという巨大な資本、力に頼るのではなく……飛電或人という人間一人の力で為さねば意味はない。反抗期というのも多分にあったが、彼はそう思っていた。

 

「とにかくさ、皆を笑顔にしたいわけだけど……これが悩むんだよな~~!! だってパン屋さんなら、おいしいサンドイッチで皆を笑顔に出来るだろ? バスの運転手さんでもお客さんを笑顔に出来る。農家になって市場の人や、その野菜を食べる人を笑顔にするってのもアリだし……笑顔の為ってなったら、夢の選択肢広がりまくりでさ!」

「……そりゃそーだろ。仕事って究極的には、その結果として誰かの利を生みだすものなんだから」

「マジレスやめて!」

 

 或人は苦笑しつつ、改めて進路希望調査の用紙に向き直った。

 

「だからさ、とりあえず『皆を笑顔にする仕事がしたい!』って書いたわけなんだけど……」

「まあ、俺が先生でも怒るわそれは」

 

 男子生徒はおどけて肩をすくめた後、

 

「だったらさ。もっと直接的に、人を笑顔にする!ってとこ一点狙いでいけばいいんだよ。パンが焼きたいわけでも、バスが運転したいわけでも、野菜作りたいわけでもないんだろ? 一番やりたいのは、他人を笑顔にすること。それが答え」

 

 真面目な表情でそう言った。

 

「でも、そんな仕事って」

「あるだろ? とびっきりのが」

 

 男子生徒は或人の目を見たまま、

 

「実はさ、俺……お笑い芸人になりたいんだよ。俺と一緒に、コンビ組まないか?」

 

 真剣な声色で、切り出した。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

「……」

 

 飛電或人は言葉を失っていた。

 目の前にいる“仮面ライダーザナドゥ”に変身した人物を、彼は“知っている”。

 

「……っ」

 

 何か言おうとしても、言葉が出てこなかった。

 何を言えば良いというのだ。何を。

 

「……」

 

 上原歩夢もまた、言葉を失っていた。

 あの仏様のような柔和な笑みの、温厚な男が。自分の過去の失敗を語った時に、とてつもない哀悼の表情を見せた男が。

 世界を破滅に導くという“シンクネット”の教祖、“フツ”だと言うのだから。

 

「三人に挑発に行かせたついでに様子を見にきたが……真っ先に顔を合わせるのがお前とはな」

「挑発……!?」

 

 何とか或人が絞り出した声にも、ザナドゥは何も答えなかった。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

「チョーハツってどのぐらいやればいいのかな? 髪伸ばせって?」

 

 バリーはスラッシュアバドライザーを弄びながら、けらけらと笑う。

 

「……それは、長髪」

 

 ミンツは必要以上に言葉を発したくないとばかりに、ぼそりとそれだけ言った。

 

「どうでもいい会話は慎め。今はただ、フツ様の期待に応えるだけだ。我々を……」

 

 ジョンは宙を仰ぎながら、

 

「本当に導いてくれる、“教祖”のために」

 

 救いを求めるかのような表情で、呟いた。

 虹ヶ咲学園の校門に向け、彼らは一歩一歩踏み出していく。そして、

 

「実装!」

「変身!」

 

“ランペイジガトリング!”

“シェイディングホッパー!”

 

 その内面をさらけ出すかのような異形へと姿を変え、校門の中へと踏み込もうとしたが、

 

「おらっ!」

 

 先頭を立って駆け出したジョン──ランペイジレイダーに叩きこまれた強烈な蹴りで彼が倒れ伏したことで、勢いが止まった。

 

「誰の許可で学園の中に入ろうとしてんだ、コラ」

 

 不破だ。後ろに刃と天津を引き連れつつ、彼は険しい目で三人を見やった。

 三人はそれぞれZAIAスペックを着けている。天津は今回の作戦用に、連携が取れるよう全員分のそれを持参していたのだ。

 

「きたきた、正義の味方気取りのいや~~な連中が……」

 

 スラッシュアバドンは辟易したように声を上げる。

 

「邪魔」

 

 ショットアバドンはただただ、それだけ呟く。

 

「随分と……」

 

 ランペイジレイダーは腕のガトリングを構えると、

 

「早いじゃないかァ!!」

 

 ガトリングヘッジホッグの能力を発動し、威力を高めたガトリングを撃ち放った。三人はぎりぎりのところでそれを避けると、

 

「変身!」

 

“SHOT-RISE! Ready-GO! アサルトウルフ!”

“──────No chance of surviving.”

 

“SHOT-RISE! ライトニングホーネット!”

“──────Piercing needle with incredible force.”

 

“PERFECT-RISE! When the five horns cross,the golden soldier THOUSER is born.”

“Presented by────ZAIA.”

 

 それぞれ、戦闘態勢を整えた。

 

「こっちは手がかりも無しにひたすら一週間近く毎日毎日毎日調査のし通しだ。突然通信状況に変化があると思って調べてみれば、学園の近くに反応あり。……私達をわざとおびき寄せようってハラか?」

 

 バルキリーは探りを入れるかのように声を張る。迅速にかけつけることができた、というよりは、なるほどわざとこの場に来るように情報を与えられたといった印象だ。

 

「……生徒の避難状況は?」

 

 サウザーはバルカンに聞く。

 

「滅と迅が屋上から校内中物体認識で探索をかけてるが……おっ!」

 

 バルカンが答えていた時、滅と迅から生徒の避難状況のデータがZAIAスペックに転送されてきた。幸いにして夏休みの夕方のこと、殆どの生徒が帰宅しており、部室棟に数人、職員室に数人といったところらしい。今回のライブ会場となる講堂も設営は終わっており、最終確認の生徒がこれまた数人。生徒が多くいる学生寮までは、だいぶ距離がある。

 

「……騒ぎになる前に、終わらせるぞ」

 

 バルカンは決意するようにそう言うと、ランペイジレイダーへと向かっていった。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

「来いよ」

 

 ザナドゥは自分から仕掛けようとはせず、或人の覚悟を試すかのように声をかけた。

 或人は苦悩するかのように、もう一度ザナドゥを見た後……

 

「……あああああああああああああああああああッ!!」

“Everybody,JUMP! AUTHORIZE……!”

 

 ゼロワンドライバーを巻き、現状使える最大戦力の“メタルクラスタホッパープログライズキー”を起動させた。

 

「変身!!」

 

 絞り出すかのような声で叫ぶと、

 

“METAL-RISE! Secret material! HIDEN-METAL! メタルクラスタホッパー!”

“──────It's High Quality.”

 

 或人の身体を無数の機械バッタが群体(クラスター)となって覆いつくし、銀色に輝く“仮面ライダーゼロワン メタルクラスタホッパー”へと変わる。

 

「ああっ!」

 

 ゼロワンはすぐさまヒューマギアの善意によって出来たプログライズホッパーブレードを構えると、それでザナドゥに斬りかかる。ザナドゥはこれを避けようとはせず、

 

「……ぶれているな」

 

 胸元で敢えて受け、その太刀筋から或人の心情を読み取っていた。ゼロワンは加えてアタッシュカリバーを呼び出し二刀流で切りかかっていくが、それらは大したダメージになっていない。或人の心の迷いが、そのまま出てしまっているのだ。

 

「こっちも行かせてもらうぞ」

 

 ザナドゥはそう言うと、

 

「カンタカ!」

 

 手を虚空にかざし、無からバイクを生成した。オフロード車をベースにした、まるで息づく馬のような威圧感のあるそれ──“マシンカンタカ”に彼は跨ると、エンジンをふかす。そしてアクセルをかけると、後輪が勢いよく回転し……

 

 パワーの塊のようなそれが、ゼロワンに飛びかかってきた。

 

 ゼロワンは身の危険を感じ、瞬時にボディの飛電メタルから機械バッタ──”クラスターセル”を飛ばして鋭利で粗削りな鉄柱を作り上げると、それでカンタカの前輪をがっしりと受けた。

 前輪とクラスターセルがぶつかった反動で、ザナドゥを乗せたままカンタカは後方へと弾き飛ばされる。だがザナドゥはハンドルに力を込め、車体に体重を乗せて後輪で見事に着地し、オフロード車特有の強靭なサスペンションでその衝撃を殺した。それどころか、反動で車体は再びゼロワンへと飛びかかってくる。

 

 ゼロワンは今度もクラスターセルでそれを受けたが、敵もさるもの。今度は後輪でクラスターセルに飛びかかり、後輪のもの凄い勢いの回転によってガリガリとそれを削り取らんとする。ゼロワンはもう一つクラスターセルを作り、運転しているザナドゥを狙ったが……

 

「甘いぞ」

 

 ザナドゥは既にカンタカを捨て、空中へと飛び上がっていた。ゼロワンが反応する隙も無く、見舞われた飛び蹴りが胸元を捉えている。

 

「うあぁっ!!」

 

 ゼロワンは後方に蹴りの勢いのまま飛ばされ、コンクリートの壁に激突した。

 

「変わってないな、お前は」

 

 ザナドゥは倒れ伏したゼロワンの方へと歩み寄ってくる。

 

「感情にのまれて、いつも大切なものを見失う。ロジカルさのかけらもない」

「そっちこそ……」

 

 ゼロワンは大きく息を吐きながらも、諦めてはいないという様子でザナドゥに顔を向けた。

 

「?」

「変わってないな」

 

 ゼロワンの短い一言。ザナドゥは首を傾げたが次の瞬間、

 

「……!! あ“あ”あ“!!?」

 

 背中を食い破られる感覚に、絶叫した。ザナドゥの背中には──

 

 大量のバッタが蠢いていた。

 

 それはメタルクラスタホッパーのボディを形成する、クラスターセル達だった。メカバッタの群体ではあるが、彼らはまるで本物のバッタのように蠢き、ザナドゥの身体を蝕む。食らいつくさんと、貪りつくす。

 

「なん……だとォ!!」

 

 ザナドゥにとってこれは想定外だったようだった。だが彼はすぐに体勢を立て直すと、背中から大量の蓮の花を咲き乱れさせ、バッタ達をすべて振り払った。

 

「やっぱ、変わってないみたいだな。頭が良くて、いつもむずかしいこと考えてるけど……たまに周りが見えなくなる」

 

 ゼロワンは立ち上がりながら、ザナドゥに声をかける。

 

「変わってない……? 変わってないだと!?」

 

 ザナドゥは初めて怒りに声を震わせながら、

 

「これが!! 変わってないとでもいうのか!!」

 

 食い破られた背中を、一瞬で修復した。あまりの光景に、見ていることしかできない歩夢もヒッと短い声を上げた。

 

「……だよな」

 

 ゼロワンは、それを予想していたようだった。

 

「今のお前は、ナノマシンの集合体なんだな。……エスと同じように」

「その通りだ」

「だって、お前は……」

「言うなァ!!」

 

 ザナドゥは叫び、瞬時にゼロワンにパンチを叩きこむ。

 

「世界は変わるんだ……! 皆が夢を見られる世界に!」

「お前は一体、何をしようとしてるんだ!?」

 

 ゼロワンは問うが、

 

「……答える必要は、無い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドライバーから流れ出したエネルギーが、再び咲き乱れる無数の蓮の花を描き出す。そして、ひときわ大きな蕾がゼロワンを包み込み……

 

 

ザ ナ ド ゥ

 

 

イ ン パ ク ト

 

「はあああ──っ!!」

 

 ザナドゥの蹴りが蕾に叩きこまれ、砕け散るかのようにして”開花”する。ゼロワンは爆発と共に多大なダメージを受け、変身解除されて或人へと戻ってしまった。

 

「或人さん!!」

 

 歩夢は絶叫する。ザナドゥはその姿を、一瞬悲しそうに見つめた。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

「アバターでイキッてる連中の割には……やるじゃないか!」

「それはど~~も!」

 

 スラッシュアバドンのスラッシュアバドライザーと自身のサウザンドジャッカーを鍔迫り合わせた後、天津は力を込めて後ろに飛びのいた。

 元来シンクネット信者──仮面ライダーアバドンの戦闘と言えば、個々の能力はそれほどでもないが数に物を言わせた蝗害そのものの戦い方だったはずだ。だが強力なレイダーに率いられたこの二人のアバドンは、それなりに戦闘の経験をしてきた不破、刃、天津でも手こずるほど卓越した個人での戦闘スキルを備えている。

 

「キーの性能か? 飛電或人のシャイニングホッパーに相当するプログライズキーのようだからな」

「ボク達自身が強いからに決まってるでしょ! 大体このキーが出来たのはあんたのお陰じゃないか、天津垓」

「何……!?」

 

 サウザーは驚き、一瞬動きが止まる。

 

「あんたのそのサウザンドジャッカー、かの有名な“お仕事五番勝負”の時には随分とプログライズキーのデータを集めたんだってねえ? 当然ながら……」

「シャイニングアサルトホッパーのデータ!」

「そのとーり!! あんたがサウザンドジャッカーを通じてZAIAのものにした技術はぜ~~んぶ! 野立のおっさんを通じて僕達シンクネットがいただいちゃってるからねえ!」

 

 要するに、

 

「またお前のせいかァ!!」

 

 バルキリーはランペイジレイダーの攻撃をいなしつつブチギレていた。

 天津垓の行動は、巡り巡って悲劇や苦難を引き寄せる。もはやそういう星の下に生まれてきたのだとでも言われなければ説明がつかないのではと言いたくなるぐらいだ。

 

「よそ見をするなよ、お嬢さん!」

 

 ランペイジレイダーはストーミングペンギンの力を自身のガトリングに付与し、回転させることで竜巻を発生させる。生まれ出た竜巻は瞬く間にバルキリーを巻き込み、流石のバルキリーもこれにはダメージを受けていた。

 

「ちゃんと僕だけを……見ていてくれないと」

「気持ち悪いぞ、狂信者!」

 

 バルキリーは荒く息を吐きながら体勢を立て直す。しかし、

 

「狂信者……狂信者ねえ」

 

 ランペイジレイダーは動きを止め、物悲しそうな声を出した。

 

「十把一絡げにして簡単に言ってくれるがね。私達の気持ちを考えたことがあるかい。破滅願望に取りつかれて、救いを求めるしか無かった私達の気持ちが」

「……無いな。自分達が辛かったら世界を巻き込んでも良いのか? それこそエスの想いに比べれば……」

「その前提がそもそも間違いだ!!」

 

 ランペイジレイダーはここで、初めて怒声を上げた。

 

「世界を巻き込んだのはあいつも同じだ!! 恋人の為の理想郷? 電脳世界の楽園?」

 

 一度吐き出せば、もう止まらない。

 

「ふざけるな!!」

 

 止まらない。

 

「その世界に連れて行かれた市民たちの誰が、連れて行ってくれと頼んだ!? 世界を自身のエゴに巻き込んで、私達のように本気で救いを求めた人間の心も利用したあいつの……どこを肯定できるというんだ!!」

 

 止まらない。止まらない。

 それはかつて────否。今この瞬間も、救いを求めている彼の心の叫びだった。

 

「それは……」

 

 バルキリーは言い淀む。好きな人に幸せになってほしい。エスが……一色理人が抱いていたその想いに嘘はないし、美しいはずだ。

 その過程で踏みにじられる、幾多の想いから目を背ければの話だが。

 

「死ね」

 

 ランペイジレイダーは感情のトーンを落とし、無慈悲に言い放つ。ファイティングジャッカルの力でファイティングジャッカルレイダーの専用武器たる大鎌、テリトリーサイズを生成すると、彼はそれを思い切り振りかぶり、バルキリーの胸元を抉った。バルキリーはぐあっ、と声を上げ、切りつけられた勢いのままに後方へと倒れ伏す。

 

「死ね。私達の楽園を邪魔すると言うのなら」

 

 ランペイジレイダーはテリトリーサイズを構え、倒れたバルキリーに追撃を食らわせようとした。だがその瞬間、彼の顔が爆発する。

 

「その辺にしとけよ……!」

 

 バルカンはアサルトウルフの強烈な銃撃でランペイジレイダーを撃ち、牽制せんとしていた。しかし、今度はバルカンの背中に火花が走る番だ。先程までバルカンと交戦していたショットアバドンが、これ幸いと後ろから撃ってきたのだから。

 

「後ろから撃つのにも遠慮なしかよ……!」

「……当然。その方が効率的でしょ」

 

 ショットアバドンは鈴を鳴らすかのような声で、無感情にそう返す。

 

「そうかよ。前を向いて生きられねえような奴らのやることは違うな」

「……!」

 

 バルカンのその言葉が何か気に障ったのか、ショットアバドンは再び何発もアバドライザーを撃ち放つ。バルカンは鬱陶しそうにそれを受けていたが、

 

「不破ぁぁ!! 後ろだああああ!!」

 

 バルキリーの大絶叫が響いた。その声にビクッとしたバルカンが後ろを向こうと首を傾けるうちに……

 

 

 バルカンの首を刈り取らんと、大鎌を振りかぶるランペイジレイダーの姿が映った。

 

 

 目に映った時には、もう遅い。

 今からでは、間に合わない。

 バルカンにできることは、何一つ……

 

 

「……何をやっている!!」

 

 再び、もの凄い勢いの叫びが響き渡る。同時に、ガギィィンと不快を覚えるレベルで大きな金属のぶつかる音も強く響いた。

 そう、バルカンにできることはあの状況で何一つない。しかし────

 

 滅には、別だ。

 

 刀でランペイジレイダーのテリトリーサイズを受け、バルカンの首が胴体と泣き別れするのを彼は見事に防いでいた。

 

「ごめん! 遅くなった!」

 

 上空から声が響き、同時に火炎弾が二人のアバドンとランペイジレイダーに直撃する。迅だ。

 生徒たちの居場所を確認した二人は、人的被害が拡大しないことを確認するとこの場に馳せ参じたというわけだ。

 

「助かったぜ」

「礼などいらん。気をつけろ」

 

 バルカンの言葉にも素気ない滅。兎にも角にも、戦う準備が整ったかと思われた時……

 

「見つけた……! 見つけた、見つけた……」

 

 ゆらりと立ち上がり声を発したのは、

 

「見つけたァァ!!!」

 

 ショットアバドンだった。無感情で淡々としたミンツのあの姿からは考えられないほどに、彼女は怒声を発し、すぐさま銃を撃ち放つ。その攻撃は全て、

 

「滅を狙ってるのか!?」

 

 迅は困惑しながらも下降し、滅とショットアバドンの間に割って入る。

 

「悪いけど、滅はやらせ……」

「邪魔をするなァ!!!」

 

 迅が言い終わる前に、ショットアバドンは肉迫すると邪魔者は消えろ、消えろ、消えろと言わんがばかりの勢いで銃をほぼゼロ距離で乱射する。あまりの相手の勢いに、迅は成す術もなく撃たれるがままだ。

 

「やめろ!!」

 

 滅は自らが撃たれるのも覚悟で、刀を二人の間に滑り込ませて無理やり距離をとらせ、ショットアバドンに向かい合う。

 

「貴様、なぜ……」

「壊れろ!! 悪魔!!」

 

 ミンツの怒りは頂点に達していた。アバドライザーをトンファーが如く振りかぶり、滅に直接殴りかかろうとする。当然ながら手練れの滅のこと、刀で相手の動きを抑えつついなしていくが、ショットアバドンはそれすら意に介さず、アバターの身体がどうなろうと構わぬとばかりに攻撃を続ける。

 

 ただ、滅を倒したい。それだけが目的かのように。

 

「おい、てめえ……!」

 

 バルカンはショットアバドンを抑えようとするが、

 

「邪魔だって言ってるだろ!!」

 

 強烈な蹴りが、バルカンの腹に見舞われた。バルカンは予想外の攻撃に、尻餅をつく形で地面に倒れ伏した。

 

「そこまでして、俺を滅ぼしたいか」

「当たり前だ!! 人の命を奪いながら、のうのうと生き延びている……悪魔め!!」

 

 滅の問いに、ショットアバドンは攻撃の手を休めないまま殺意を剥き出しにして叫んだ。その言葉に、滅も一瞬動きが止まる。

 

「やりすぎだ。これでは挑発の度を越えている……」

 味方であるランペイジレイダーすら呆れてそうため息をつくと、

 

”パワーランペイジ!”

 

 ランペイジガトリングキーのチャネルをパワー、スピード、エレメントのうちから”パワー”に合わせ、

 

“ランペイジパワーボライド!”

 

 パワーに優れたの三体の力を開放し、強力なパワーのオーラによる遠隔全方位攻撃で全員を吹っ飛ばした。全員が強力なオーラによる攻撃をまともに食らい、変身が解除される。

 

「崇高な私達の目的を忘れるな……」

 

 倒れ伏した一同を見下ろしながらランペイジレイダーも変身を解除し、ジョンへと戻る。そして彼は、通信を起動した。

 

「……フツ様」

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

「そうか。ミンツには僕が言っておくよ」

 

 倒れ伏す或人を見下ろしながら、ザナドゥは悠々と通信を受け会話していた。挑発組はひと悶着あったが、自分達の存在を誇示してきた。それだけわかれば十分だ。

 

「それじゃあ」

 

 ザナドゥは通信を切ると、

 

「お前には、俺は止められない。俺の……俺達の、夢はな」

 

 倒れ伏す或人を見下ろしながら、変身を解除しそう告げた。

 

「……どうして?」

 

 或人を介抱しつつ、歩夢はフツを見る。

 とても、悲しい視線を向けながら。

 

「どうして、夢を見ているのに……! こんな酷いことができるの!?」

 

 歩夢の腕の中の或人はぼろぼろだ。“夢”を持って行動していると宣言する、ザナドゥの攻撃によって。

 

「夢のために誰かが傷つくなんて、そんなのおかしいよ!」

「……わかっていないな!! 本気で夢を、目的を果たそうとするなら、誰かとぶつかるのは避けられない。誰も傷つけずに夢を叶えたいなんて、考えが甘いんだ」

「そんなこと……!」

 

 歩夢が次の言葉を探していた時、

 

「歩夢!!」

「侑ちゃん!?」

 

 息を切らして駆けつけた侑が、歩夢の名を呼んでいた。それを見たフツは目を伏せ、

 

「……君には、決してわからないさ」

 

 それだけ告げ、去っていく。

 

「ま……て……」

「或人さん!?」

 

 歩夢の腕の中で、或人は必死に声を出そうとしていた。

 

「あらぁ? 新しい”アーク様”に、随分とやられたみたいね」

 

 突如、或人に声をかける者がある。

 一体いつの間に現れたのか、一人の少女が歩夢と或人の傍に立っていた。

 

「イズちゃん……?」

 

 歩夢たちの方に駆けてきた侑は一瞬そう言いかけるが、その人物がイズでは無いことを瞬時に理解した。

 

 イズとは違う、長い髪。

 イズとは違う服装。

 そして、イズなら決して見せないような邪悪な笑み。

 

「私はアズ。悪意があるところに現れる、アーク様の使者……」

 

 “アズ”の返答に、侑は身構える。

 或人達から聞かされた話によれば、アズはアークの使者として立ち回り、オリジナルのアークが破壊された後も悪意に呑まれた器の“次のアーク”となった者の前に現れ、その悪意の解放を促すとのことだった。

 シンクネット事件の少し前には自らの中にある仮面ライダー達への憎しみによって自ら次のアークとなり、“仮面ライダーアークゼロワン”として或人達と戦ったこともあると聞く。

 そんな相手がこの場にいるということは、ただ事ではない。

 

「そんなに怖い顔しないでよぉ、今日はただ”アーク様”と一緒に挨拶に来ただけなんだから」

「アーク様……?」

 

 歩夢は或人の肩を抱きつつ、アズを恐々と見る。

 

「そ。フツこそが次の“アーク様”……。人間の悪意の坩堝」

「あの人が、悪意の……!?」

 

 歩夢にはやはり信じられなかった。

 確かに彼は或人を、ゼロワンを徹底的に叩きのめすほどのすさまじさがあった。だが、どうしても……

 戦いの前に見せたあの悲しい顔が、忘れられなかったからだ。

 

「それじゃあ、ネ」

 

 アズはケラケラと笑いながら、手を振り去っていく。侑と歩夢は逃がしてはまずいのではと思いつつも、恐ろしさの方が勝って動けなかった。何より”奇妙”なのは────

 アズの服装が、”パーカーの上にジャケットを羽織ったスタイル”だったことだ。

 

「ま……て……」

 

 或人は必死に声を出す。

 

「ごう、た……」

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 シンクネットのサーバー兼本拠地の薄暗い一室で、帰りついたフツと三人の幹部は語り合っていた。

 

「ミンツのせいでしょ?」

 

 バリーは咎めるようにそう言う。傲岸不遜で他人を慮らない彼ではあるが、流石に今回の言葉は的を得ている。最初から挑発目的で自分達の存在をゼロワン達にアピールするのが主ではあったが、それにしてもミンツの独断での暴挙が状況をややこしくしたことは否めないからだ。

 

「私達は”夢”の為に戦っているんだぞ。あのような醜態……」

 

 ジョンもそれだけ言うと、ミンツをじろりと睨んだ。

 

 ミンツは押し黙っている。

 何を言うでもなく、何をするでもなく。

 ただただ、何かを恨むかのようにじっとりとした目つきで、押し黙っている。

 

「まあまあ」

 

 フツは相も変わらずの仏様のような笑顔で周りを宥めながら、腰を落としミンツよりも目線を下にして、

 

「君の夢は、なんだったかな? 確か、ヒューマギアを……」

「……ヒューマギアを全て破壊する。ヒューマギアは人間を傷つける、人類の敵」

「そうだね」

 

 そこでフツは、一際にっこりと笑いミンツの肩を叩きながら立ち上がった。

 

「君達は、いや、この世界に集まった信者達は……悪意の坩堝たるシンクネットの中で、夢を抱いていたのにそれを打ち砕かれて悪意に呑まれた人間ばかりだ」

 

 フツは悲しそうに宙を仰ぐ。

 

「勿論、僕もね。だがもう心配はいらない。君達の祈りによって、夢を見る人間が皆、夢を叶えられる桃源郷(ザナドゥ)の扉が開く……。いよいよ、明後日が本番だ」

「我々が撤退の際、しっかりと告知を行っております」

「ありがとう」

 

 ジョンに笑みを見せ、フツは再びミンツを見た。

 

「君は、君の夢の為に戦っている。それはとても素晴らしいことだ。ヒューマギアを滅ぼした世界を作りたいんだろう?」

「ヒューマギアは……」

「?」

「私の家族を……奪った!!」

 

 絞り出すかのようなミンツの叫び。そこでフツは、また悲しい顔を見せた。

 

「そうか……」

 

 フツはミンツと目線を合わせ、

 

「君が、君にとっての桃源郷(ザナドゥ)に導かれますように」

 

 優しく、そう言った。

「行こう」

 

 フツの先達で一同は部屋を出ると廊下を歩いていき、やがてコンサートホールのような大きくて厚い扉で遮られた部屋へとその扉を開け入っていった。

 そこは、人間の情念、執念、怨念の集う場所。

 フツ達が入っていった場所は10メートル以上はある高いステージとなっており、その下は円形のコンクリート張りの巨大なホールが広がっていた。そしてそこには、数多くの信者たちのアバターが集い、祈りを捧げ続けている。

 

「ラクラメソシヤー……!」

「メランコンカー……!」

「ラクラメソシヤー!」

「メランコンカー」

 

 英語でもフランス語でもない、まるで火星語とでもいったような奇妙な呪文を唱えながら、信者たちは祈りを続けている。

 誰もが夢かなう世界を夢見て。

 自分達にとって理想の、桃源郷を夢見て。

 

「諸君!」

 

 フツはステージから、集った信者たちに檄を飛ばす。

 

「このまま祈りを捧げていけば、明後日には私達の理想郷が完成する! 世界の命運は、夢を見る君達の気持ちにかかっているというわけだ!」

 

 おおおお、と鬨の声が上がる。

 

「皆で(カルマ)多きこの世界から旅立ち……行こうじゃないか! 魂を、高次の段階(ステージ)へと引き上げようじゃないか!」

 

 また、鬨の声だ。

 

“────XANADU the KAMEN RIDER.”

 

 フツはザナドゥへと変身すると、サウザンドジャッカーを生成しステージの中心にある直方体の祭壇へと、宝刀を奉納するかの如くゆっくりと置く。そしてそれに、ブランクのプログライズキーを挿し込んだ。

 

 否が応でも思い出されるのは、エスが行ったヘルライズキーの生成。

 あの時は創造の力と衛星ゼアを内蔵したゼロツーキーが信者たちの悪意を変換する役割を果たしていたが、今回はそれを必要としていない。

 ゼアの代わりに、悪意の坩堝となるものが存在するからだ。

 

 信者たちが祈りを捧げるホールは円形であることは前に述べたが、その天井には……

 

 

 デイブレイクタウンの底に沈んでいるはずの、衛星アークが鎮座していた。

 

 

「素敵よ……。”アーク様”」

 ホールの中で信者たちに紛れながら天井の衛星アークを見上げ、アズはほくそ笑んだ。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 あれから丸一日が経っていた。

 幸いにして騒ぎは広がらず、学内にも世間にも連中の存在を知る者はいない。物音にかけつけた警備員が持ち場に戻るまでの間に、校門の監視カメラの映像をとても公にはできないような方法で抹消した刃の尽力あってこそではあるが。

 しかしながら、状況は決して良いとは言えなかった。

 連中がこの学園や歩夢のことを知っていた以上、また仕掛けてこないという保証はないのだ。何より不破達の前から立ち去る時、幹部のリーダーであるジョンはこう言い残していった。

 

 

「明後日の正午、世界が変わる。私達は夢叶う桃源郷(ザナドゥ)へと導かれ……魂が高次の段階(ステージ)へと引き上げられるのだ」

 

 

 連中が明後日──昨日の話なのでもう明日だ──の正午、何か事を起こすのは間違いない。わざわざ宣言した辺りにも、「止められるものなら止めてみろ」とでも言いたげな意思が感じられた。加えて、

 

「このキーを残していったのも、私達に特定の材料を与えるためだろうしな」

 

 夕日が差し込む同好会の部室に集まった一同の前で、刃は首を鳴らしながらシェイディングホッパーキーを振ってみせた。昨日撤退する際、連中はプログライズキーとライザーを残していった。それもきっと、わざとだ。

 前回のシンクネット事件の際には残されたクラウディングホッパーキーが本人特定の材料となったことを考えれば、残していくのは愚策。これをわざわざ残す辺りにも、挑戦的な態度が透けて見えた。

 

「サーバーの位置は特定できたけど……罠、だと思う」

 

 刃を手伝った璃奈は、相も変わらずの表情の少なさだが……そこには真剣さが感じられた。

 

「けど、行くしかねえだろ。見え見えの罠だろうが何だろうが、今できることはそれだけだ」

 

 不破は璃奈の肩をぽん、と叩いてからそう言った。

 

「でも……」

 

 しずくは少し躊躇ってから、

 

「明日の正午って、思い切りライブの時間ですよね……?」

 

 その事実を口にした。

 そうなのだ。明日のライブは11時開場からの12時開演。丸被りだ。

 世界を救う為には、何としてでもサーバーのある本拠地に向かわねばならない。本拠地はほとんど東京と山梨の境目と言ってもいいほどの山奥に密かに森が切り払われて建造されていたこともあり、明日の早朝には赴かねばならないのだ。

 

「……私達がこの世界に来たのは、連中の企みを阻止するためだ」

 

 天津が立ち上がり、

 

「スクールアイドルのライブを見る為じゃない」

 

 最年長者として、現実をぴしりと突きつける。そんな言い方があるか、とも思える言い草だが、

 

「たとえ、見てくれなくたって……かすみん達のライブ! 1000%の力で、守ってくださいね!」

 

 今はもう、互いに何をすべきか。何を言いたいか。わかりあっている。

 それでも、ひひっ、といたずらっぽく笑って返したかすみの目元には、少しだけ涙が浮かんでいたのだけれども。

 

「何でかしら? 世界が終わるかもしれない、っていうのに……ちっとも怖くないわ」

「皆さんがいるって思うだけで、凄く心強いです!」

 

 果林もせつ菜も、全幅の信頼をおいている。

 

「とりあえず今夜は前夜祭と、皆の無事を祈ってご飯食べようよ!」

「賛成!」

「何作ろうかなぁ」

 

 愛とエマ、彼方は意気投合し、きゃいきゃいとはしゃぐ余裕すら見せている。

 

「ご飯だってさ、滅」

「……まあ、座には加わろう」

 

 ヒューマギア故に飲食のできない迅と滅も、彼女らの気にあてられたかのように笑みを見せていた。

 この場に揃うほとんどの人間が明日を迎えるにあたり、胸に希望を抱いている。

 ……飛電或人と、上原歩夢を除いては。

 

「或人社長? どうされましたか」

 

 イズの問いにも或人は答えず、

 

「……皆、明日は頑張ろう」

 

 感情のこもっていない声でおざなりにそう言うと、ふらふらと部室を後にしてしまった。

 

「社長……?」

 

 不破が怪訝な顔でその背中を見ていたが、

 

「私! ちょっと行ってきます!」

 

 侑が真っ先に飛び出していった。

 

「……侑ちゃん!」

 

 そして、歩夢も。

 

「私も、おともいたします」

 

 最後にイズがゆっくりと歩いていき、部室の戸は閉まった。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 或人はふらふらと昨日歩夢がフツと語らったベンチのところまで歩きつくと、そこをしばらく見つめていた。

 昨日確かに、あの男はこの場所にいたのだ。それに対して何を想うのか。或人はただただ、哀しい顔をしてぼうっと突っ立っていた。

 

「或人さん」

 

 つん、と背中をつつかれ、或人は振り向いた。侑が何かを察したかのように、真剣な表情で後ろに立っていた。

 

「侑ちゃん……」

「聞かせてくれませんか?」

「何を……?」

「あの人……。“フツ”のことを」

 

 或人はびくっと身構えるが、すぐに目を逸らした。

 

「言えないよ」

「……どうして?」

「これは、俺とあいつの問題だから。それより、今は皆の夢を守るために……」

 

 そこで侑はたたっ、と回り込み、屈んで下から或人の落とした目線と無理やり目を合わせた。

 

「皆の夢を守る人が、そんな顔してちゃ駄目だと思うんです。……辛い顔、してますよ」

「俺は……」

「歌詞を考えてくれた時に、夢って良いよな!って話す笑顔が、とっても素敵だった」

 

 侑はそこで、少しだけ笑みを見せた。

 

「折角、夢について語り合ったんですから。……一人で、抱え込まないで」

 

 或人はまた黙り込んでいたが、やがてふらふらとベンチに腰を下ろした。すぐさま、侑がその隣に腰掛ける。

 

「どこから話したらいいのかな」

 

 或人はかすれ声でそう言う。

 

「まず、あの人が誰から……じゃないかな。知り合い、なんですよね?」

 

 侑に促され、或人は息を整えると、

 

「あいつは────枝垂(しだれ) (ごう)()。俺の高校時代の同級生で、友達で……」

 

 取るに足らない自らの昔話を、

 

「お笑いの、相方だったんだ」

 

 ゆっくりと、語りはじめた。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 飛電或人には、芸人時代相方がいた。このことを知る者は少ない。

 

 或人自身このことはあまり積極的に話す方ではなく、”前のイズ”に一度話したことがあるぐらいだ。ホッピングカンガルーキーがロールアウトした際に、人間とヒューマギアの漫才コンビ、“ヒューマギア人間”のボケ担当、天丼ボケ太郎が暴走させられた事件があったことは前に述べたが、暴走の前、或人は河原で練習するボケ太郎を見ながら昔を懐かしんで語ったのだ。

 

 

「懐かしいな~~……。俺も昔コンビ組んでたから、こういうところで練習してたんだ」

「相方さんは、お笑い芸人を辞められたんですよね」

「うん。いつも一緒にいる仲間のはずだったんだけど……最後まで俺のギャグを認めないで、出てっちゃってさ」

 

 

 枝垂郷太は、或人とは高校で同じクラスになった頭のいい少年だった。

 

 いつも小説、実用書、新書、と種々の本を読み漁り、コンピュータやインターネットにも明るい。さりとてナード気質かと言えばそんなことはなく、明るくはきはきとして見た目もさわやかだ。当時は眼鏡をかけていたがそれもフレームなしの細いレンズで、どことなくインテリヤクザと言っても差し支えないようなスゴ味があった。

 

 そんな彼が、クラスではあまり目立たない方だった或人と友人になり、夢を追うようになった。

 

 たまたま放課後の教室で進路希望調査に悩んでいた或人の「人を笑顔にする仕事がしたい」という想いを汲み取り、自分の夢であるお笑い芸人を一緒に目指さないかと提案してきたのだ。

 それからの三年間は、もう夢中だ。郷太がネタの方向性、台本を考え、或人は持ち前の明るさとリアクション力でそれを表現していく。文化祭では二人で漫才を披露するのが、毎年恒例になった。

 

 

「ど~~も~~! アルトでーす!」

「どうもどうもー! ゴウタでーす! 二人合わせて……」

 

「『アル』『ゴ』リズムです!」

 

 

 二人の名前を合わせて、なおかつ「笑いを導き出す計算式」として名付けたコンビ名が、「アルゴリズム」。もちろん郷太の命名だ。郷太の持つ幅広い知識とユーモアのセンスに裏打ちされた、ウィットに富んだ漫才、ショートコントは、なかなかに笑いを取っていた。

 

「なんだかなあ。俺、郷太に頼りっきりで何もできてないっていうか」

 

 二年生の文化祭の後に打ち上げ兼反省会として二人で行ったファミレスで、或人はメロンソーダで喉を潤してからそう言った。

 

「ンなこと無いって。或人みたいにグワーッと声出したりリアクション取ったりするのは俺にはできねえ。或人の体を張った表現力がなきゃ、俺のネタは完成しないんだよ」

 

 アイスコーヒーを飲みながら、郷太は笑ってそう返す。

 

「何より或人とは『呼吸』が合う。何も言わなくても俺がここ!って思ったタイミングで台本通りの台詞を台本以上の良い表現で返してくれるんだからな、ビビッちまうよ」

「……そう?」

「中学の時にも何度かコンビ組んでみたけど、なかなか『呼吸』の合うやつまではいなかったからなァ。もうこりゃ運命ってやつだよ」

「運命ィ!? そりゃちょっとオーバーじゃない!?」

「まーそのぐらいお前には感謝してるってこと! 自信持てよ」

 

 頼りっきりだと思ってしまうほど優秀な郷太にそう言われると、或人もなんだか自信がわいてくるような気分がするのだった。

 

「それはそうと、そろそろ本気で進路考えなきゃだけど」

 

 或人はグラスを置いて、ポテトを二、三本取りながら言う。

 

「本気で、って……俺は最初からお笑い一本だけど」

 

 郷太は真剣だ。

 

「やっぱり?」

「やっぱりって何だよ」

「いや、郷太は頭良いし……大学とか行かないのかなって」

 

 そう言われて、郷太は宙を仰いだ。

 

「難しいとこなんだよな。もっと勉強したいってのは確かにある。良い笑いってのはハイコンテクストなものだと俺は思うから、その為には前提知識としての教養は多ければ多いほど良いしな」

「……つまり?」

「勉強すればするほど良いネタが作れる、ってコト」

 

 は、は、は、と息をスタッカートで切るような独特の笑い方。そう笑った後、郷太はまた真剣な目を向けた。

 

「でも、芸人として現場で芸をやりながら学べることってのは間違いなくあるからな。知識をつけるための勉強は、それと並行しながらでもできると俺は思う。最終学歴に関しては気になることもあるが……」

「あるが?」

「俺は実家が太いから」

 

 或人はずっこけた。

 郷太の家、枝垂家は元は華族の家柄であり、彼の曾祖父の代までは随分と羽振りが良かったらしい。戦後の華族制度廃止により随分と生活の在り方も変わったが、郷太の祖父は太宰治の『斜陽』もどこ吹く風と、持っていた土地を高度経済成長期の波に乗せて随分と転がして大金を得た。

 郷太の父もバブル景気の際には弾ける前に見切りをつけることのできた傑物であり、今でも都内に土地をいくつも持っている。郷太が子供の頃にはリーマン・ショック以降の景気悪化の煽りを随分と受けはしたものの、都内の土地転がしといくつかのマンション経営で安定した収入を得ているのが現状だった。

 

「失敗したら実家に転がり込むって、ちょっと調子良すぎない? 親御さんとしては大学行ってほしいんじゃないの?」

「全然。もう話してるけど郷太は好きにしなさいってさ」

「そうなの? 親御さんも寛大だなあ」

「違うさ」

 

 そこで郷太は、寂しそうな顔を見せた。

 

「父さんも母さんも、俺に期待なんかしちゃいなんだ。一番目の兄さんは父さんの後を継ぐために土地ころがしに励んでるし、二番目の兄さんは今大学生だけどベンチャー企業始めるって……。ひたすらお笑いの研究してる俺なんか変わり者扱い、ハナクソ同然だよ」

 

 或人も複雑な表情になった。或人自身は両親がいない為、時たま他人の親子の関係が羨ましくなる時もある。ひとつ屋根の下の下に住まう親子でありながら希薄な関係であるそれは、或人にしてみれば理解の前提が抜け落ちていた。

 

「ただまあ、俺もネットには強いしな。二番目の兄さんの会社のサイト運営はちょっと手伝ってるし……いざとなったら、そっち方面でサポートさせてくれって話もした。郷太は賢いから無茶して家に迷惑かけることも無いだろうし、好きにしなさいとも」

 

 郷太は少しずつ生気を取り戻し、また夢について語る時の顔になっている。

 

「家を出たら、よほどのことが無い限り援助だって要らないって言ってるしな。……或人は?」

「俺?」

「高校出たら独立するって言ってたけど……どうする?」

 

 郷太の真剣な目の真意が、ようやくわかった。

 或人はにかっ、と笑うと、

 

「当然! 俺も高校出たら、お笑い一本! つまり……」

 

 呼吸を整えて、

 

「俺にコンビを続けさせてくれよ、郷太!」

 

 夢を、打ち明けた。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

「二人で、夢を追いかけようとしたんですね……」

 

 そこまで聞いた侑は、ある一つの相似性を感じていた。

 似ていたのだ。自分と、歩夢の関係に。

 そもそも上原歩夢がスクールアイドルを始めたのは、自分の表現したいものを侑に見てもらいたかったからだった。自分の夢を、一緒に見てほしい。そんな想いを伝え、二人はスクールアイドルとそれを応援する人を始めたのだ。

 

「うん。あの頃の俺達は、二人でならなんだってできるぜーって感じがしてた。世界はとても広くて、厳しいのに……自分達二人の世界で、この世界を埋め尽くすぐらいのビッグバンを起こせるんじゃないかって思ってた」

「それで、高校を出た後は?」

「小さな事務所に入ってコンビ活動を始めたんだよ。なけなしのお金で同じスーツを初めて買って、同じ形の蝶ネクタイ作って……でも同じ靴まで買うお金は無くて、いつも掴みのギャグにしたんだよな」

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

「いやーまずまず! じゃない?」

 

 芸を終えた二人は、楽屋で話し合っていた。

 

 二人がコンビを組んでから、一年が経っていた。あまり仕事が入ってくるほうでは無かったが、二人はショッピングモールのイベントや、小学校のイベントに出たりといったひとつひとつの仕事を大切にこなしていた。足りないお金はアルバイトで賄っていたがそれでも都内のことで安アパートしか借りられず、高校時代まででは考えられなかったような貧しさの中で二人は体当たりにぶつかっていっていた。

 

 今日の仕事は小さな演芸場での前座枠。この後に来る大物の為に場を温めなければならず、木端のような仕事とは言えおろそかにできない内容だったため、そこそこの手ごたえがあったのは正直ほっとしたぐらいだ。

 

「そうだな。俺としてはもう少しイケると思ったが……。次のM-1に出るまでに、また練っておかないと」

「去年は散々だったからなあ……」

「お前がアドリブでつまんないギャグ入れたからだろ」

「ごめん! ……いやでも、俺としては結構いいセン行ってると思ったんだよあれは!」

「時事ネタや芸能ネタ入れてハイコンテクストに仕上げてるネタに、ダジャレなんて比較的ローコンテクストなネタ入れたら浮くだろって」

 

 郷太がそう返した時、或人はだんだんと真剣な表情になっていた。

 

「……何だよ」

「郷太、俺さ」

「ああ」

「俺達の漫才って、このままでいいのかな……って、ちょっと思うんだよ」

 

 或人のその言葉に、

 

「はぁ?」

 

 郷太は思い切り虚を突かれたという顔で返した。

 

「いや、さ……お客さんの顔、見た?」

「顔? いやまあなんとなく……。全体的に見て、なかなか笑いが取れてる方だったと思うが」

「でもさ! 全体的に、じゃなくて……一人一人は?」

「何だよ、何が言いたいんだ」

「お客さんの中でさ、外国の人と子供だけ笑ってなかったんだよ」

「それが?」

「俺は『みんな』を笑顔にしたいんだ。だから……笑えない人がいるなら、何か変わらなきゃって」

 

 そう言われ、郷太はハッと吐き捨てるように息を吐いた。

 

「あのなあ。前にも言ったろ? 良い笑いってのはハイコンテクストなものなんだって。子供や外国人に日本の文化体系の奥底まで調べ込んで盛り込んだ俺達の……俺のネタがわかるわけねーんだ。このままでいい」

「でも! それじゃあ『みんな』は笑顔にできないだろ!?」

「だから『みんな』を笑わせる必要はねえんだよ! わかる人にはちゃんとわかってんだから!」

「……」

「じゃあ或人、お前ならどんなネタやるんだよ。『みんな』を笑わせられるネタってやつ、考えられんのか?」

 

 言われて或人は少し考えこむが、

 

「爆笑『ギャグ』をやるには……今までと『逆転(ギャクテン)』の発想で、やらなきゃなあ! 『笑顔』で皆、『ええ顔』だぁ~~!!」

 

 今とあまり変わらないセンスのギャグを、披露した。

 

「……馬鹿にしてんのかよ」

「してないって! 郷太みたいなネタは俺にはできないけど、これから……」

「これからも何もあるかよ! ダジャレなんてローコンテクストで品性を感じないギャグなんかやれるか!!」

「でも、わかる人だけがわかる笑いってのは……!」

 

 食い下がる或人。その姿に、郷太はしばらく考えた後で大きく息を吐いた。

 

「俺達、やりたいことが違ってたのかもしれないな」

「え?」

「元からお前はお笑いがやりたいわけじゃなかった。ファーストにあるのは『みんなを笑顔にする』ってこと。考えたら、それさえ出来ればパン屋でも何でもいいって言ってたもんな」

「いや、それは……」

 

 言い淀む或人を見た郷太は悲しそうな顔をした後に、

 

「俺達、コンビ解散しよう」

 

 そう告げた。

 

「解散!? 解散って……」

「はっきりしただろ。お前はみんなを笑顔にしたい。俺はハイコンテクストな笑いを追求したい。やりたいことのベクトルが違ってたんだ。このまま続けても、いつかどこかでまた齟齬が出るだけだ」

 

「だからって解散は無いだろ!?」

「人生の時間は有限なんだ! ずれのある状態でずるずる続けても時間を消費するだけだ」

「だからネタの方向性を調整していってさ……」

 

「お前のセンスで方向性がどうとか言える口か!」

「……そんな言い方無いだろ!!」

「ダジャレ、顔芸、体を張ったネタ……。そういうのは緻密な文脈の末にエッセンスとして出されるから価値があるんだ。それ単体で出されるものに、俺は魅力を感じない」

 

 言いながらも、郷太はもう楽屋の荷物をザカザカと鞄にまとめてしまっていた。

 

「お前のギャグセンスでやるってんなら、俺はそれを認めない」

 

 早足で戸口に向かうと、靴に足を通している。

 

「郷太……」

「じゃあな。……今まで楽しかった」

「俺は……!」

 

 或人はその背中に、

 

「一人ででもお笑い続けるよ! お客さんが笑ってくれると嬉しいってのを教えてくれたのは、郷太だから!」

 

 最後にそれだけは伝えたかったと、呼びかけた。

 

「勝手にしろよ。お前のセンスでできるならな」

 

 郷太は振り向かず、楽屋を後にしていった。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

「私がこういうこと言うのは生意気かもしれないですけど」

 

「うん」

 

「二人共悪いですよ、それは」

 

 侑は遠慮無しに、思ったままをぶつける。

 

「……だろうね」

 

 或人にもそれはわかっていた。だからこそ、今のこの状況が身に応えるのだ。

 

「郷太さんがメインでネタ考えてたなら、郷太さんを納得させるだけのネタを考えてから郷太さんにそれを伝えるべきだった。でも郷太さんも、そこでいきなり解散だ!ってなったのは結論が早すぎるっていうか……結果論ですけど」

「でもその通りだよ。俺達は二人共、結論を急ぎすぎた」

 

 或人はまた、目を落とす。

 

「あの時何か出来ていれば、今こんな風にはならなかったんだ」

「それで、その後郷太さんは?」

「しばらくお互いにピン芸人をやってたんだけど、そのうち芸人をやめたって話が入ってきた。俺は何で!?って思ったけど、今さら何を話せばいいんだって思うと連絡も取れなかった」

 

 そこからは或人一人でピン芸人として頑張る日々が始まった。そして是之助が亡くなり、滅亡迅雷.netが本格的に活動を開始。或人のゼロワンとしての戦いが幕を開けるわけだ。

 

「お仕事五番勝負が終わって、飛電を出ていった時……俺は郷太に連絡を取った。今の俺のことを全部話して、あの頃は未成年だから飲めなかった酒でも飲んで……また頑張るよって話したかった」

 

 しかし、そこで彼を待っていたのは恐ろしい事実だった。

 

 枝垂郷太は、或人とコンビを解散した一年ほど後に亡くなっていたのだ。死因は不明だったが、一人暮らしのアパートで彼の部屋に小火が起きており、遺体の損傷が激しかったらしい。

 

「えっ?」

 

 侑は珍しく、恐怖したように青ざめる。

 

「じゃあ、昨日ここにいたのは……?」

「恐らくだけど、ナノマシンで身体を作ってるんだ」

 

 かつてシンクネットの教祖だったエスは、自らの肉体を捨てナノマシンの身体へと自我を移し、その身体で或人達と戦った。残された肉体は後に発見され世間では死んだ扱いだったことを考えると、郷太にも同じことが起こったと考えると説明がつく。

 

「何で、そんな……」

「わからない」

 

 或人は頭を掻きむしった。

 

「わからない! わからない! わからない! 郷太が何でああなったのかも、何をしようとしてるのかも、俺がどうすればいいのかも……!!」

 

 その時だった。

 

「あのっ!」

 

 二人の後ろから、話をずっと聞いていた歩夢が声をかけていた。

 

「歩夢?」

「今からでもいいから、止めてあげてほしいです!」

 

 困惑する侑にも答えず、歩夢は絞り出すように伝えた。

 

「止める、って……」

 

 或人は困惑していた。勿論仮面ライダーとしてこの企みを止めるのは大前提ではある。だが歩夢の言葉には、それ以上のものが込められていると肌で感じるのだ。

 

「二人の夢が、すれ違ったままなんて……」

 

 そう言う歩夢の目からは、

 

「きっと、悲しすぎるから」

 

 すうっ、っと涙が落ちていた。

 

 侑が二人の関係に自分と歩夢との相似性を見出したように、歩夢も感じていたのだ。自分と侑が、すれ違いそうになってしまった時のことを。

 一緒に自分の夢を見てくれると言ったはずの侑が、いつの間にかみんなの夢を応援したいと願うようになっていた。せつ菜の姿にときめいたことをきっかけに始めたスクールアイドル故に、自分よりもせつ菜の方をより応援したいのではないかと思ってしまっていた。

 

 決定的だったのは、侑が音楽を始めたことだ。

 

 偶然の産物とは言え、せつ菜が知っていた筈のそれを、歩夢は知らなかった。自分の知らない侑がいる。それは彼女にとって、ただただ恐ろしかった。

 侑がいよいよそのことを歩夢に話そうとした時には、彼女はもう限界に達しかけていた。

 

 

「あのね、歩夢に話そうと思ってたことがあるんだ」

「ただ、自分でも自信が持てなくって……もっと弾けるようになってから、って思ってたら時間経っちゃってさ」

 

「……それって、ピアノのこと?」

 

「だったら、どうしてせつ菜ちゃんには教えたの? 私には言えなくて、せつ菜ちゃんには……」

「え? 何でせつ菜ちゃんが出て……」

「せつ菜ちゃんの方が大事なの!?」

「……違うよ」

 

「歩夢に伝えたかったのは、もっと先の事。私ね、夢が出来……」

「いやっ!!」

 

「聞きたくないよ……。私の夢を一緒に見てくれるって、ずっと隣にいてくれる、って……言ったじゃない……!」

「私、侑ちゃんだけのスクールアイドルでいたい……。だから……」

 

「私だけの、侑ちゃんでいて」

 

 

 理屈や感情だけで語れるほど、世の中は整っていない。

 

 どうしようもないほどの感情に突き動かされてとってしまう行動というのは、あるものだ。

 

 その場は我に返って収まったものの、歩夢もまたどうすればいいのかわからないままでいた。翌日以降は平静を取り繕っていたものの、わからないことだらけだ。

 

 ただただ、離れたくない。

 

 それだけは事実だった。

 そこで彼女の背中を押してくれたのは……他でもない、せつ菜だった。

 

 

「私がスクールアイドルを始めたのは、皆の為じゃないんだ。見て欲しかったのは、たった一人だけだったの」

「……侑さん、ですね」

「だけど今は変わってきてて……こんな私を良いって、応援してくれる人がたくさんいて……その気持ちが嬉しくて、大切で……」

 

「今は私の大好きな相手が、侑ちゃんだけじゃなくなってきて……本当は私も離れていってる気がするの。でも……」

 

「私も、我慢しようとしていました。大好きな気持ち……。でも、結局やめられないんですよね」

「……始まったのなら、貫くのみです!」

 

 

 初心を思い出させられた。

 そうだ。

 始まった大好きな気持ちを、やりたいという気持ちを止めてはいけない。我慢してはいけない。それこそが、上原歩夢の夢の原点。

 駆け出していった歩夢を待っていたのは、侑と……歩夢のファンが作ってくれた、歩夢のフラワーロードのステージだった。黄色のガーベラ──花言葉は、「愛」──で彩られたそれは、とても可愛く、美しかった。

 

 

「侑先輩が作った花もあるんですよ!」

 

「きれい……。花言葉は……」

「『変わらぬ想い』。それだけは、変わらないってこと」

 

「『みんな』……大好き!」

 

 

 侑だけでなく、応援してくれる皆のことも“大好き”と言えた。こうして気持ちを伝えたことで、二人はまた夢に向かって進んでいくことができたのだ。

 そして何より、侑が贈ったローダンセの花にはもう一つの花言葉がある。それは……

 

 

 “終わりのない友情”。

 

 

「あの人、言ってました。『二人の夢が、道がすれ違った』『僕は一人だ』って。すごく、悲しい顔で」

 

 歩夢は何故、あの男がここまで気になるのか或人の話を聞いてやっとわかった。

 

 自分も、そうなるかもしれなかったからだ。

 

 だからこそ、フツを止めたい。或人にちゃんと話しあって、止めてほしいと思えるのだ。

 

「郷太……」

 

 歩夢の真剣な態度に、或人も喝を入れられた。

 

「郷太さんに向き合ってあげられるのは、きっと或人さんだけですよ。私も、或人さんに止めてあげてほしい」

 

 侑も後押しする。

 或人の目に、もう迷いは無かった。彼はすっくと立ちあがり、

 

「待ってろよ、郷太」

 

 決意するように、

 

「お前を止められるのはただ一人……俺だ!!」

 

 聞き慣れたはずの、しかし今までとは重みの違う一言を口にした。

 

「……或人社長」

 

 木陰ですべてを聞いていたイズは、

 

「私も、お手伝いいたします」

 

 優しく、微笑んだ。



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Part6 カレはダレにも止められない

たった一人で見た夢が、百万人の現実を変えることもある。
マヤ・アンジェロウ(1928~2014)


 夏の太陽はすぐに高く昇る。

 もう8月も終わりに近いというのに相も変わらずじりじりと、街を焼くかのように輝き続ける。

 

「日焼け止めはしっかり塗った?」

 

 講堂の控室を整えて作った楽屋で、果林は一同に呼びかけた。

 

「ちゃんと塗ったよ! でも、今日は屋内なんだしそこまで気にする?ってカンジだけど……」

「甘い! 窓から入ってくる紫外線だって馬鹿にできないんだからね? 本番では照明の熱だってあるんだから……」

 

 愛を厳しく諭しつつ、果林は皆一様に塗ったのを確認して満足気だ。

 

「もう講堂の前に結構集まっていましたよ!! 嬉しいですね!」

 

 生徒会長としてこのライブの手筈も整えてきたせつ菜は、言葉通り嬉しそうに叫んだ。

 現在は午前10時、開場1時間前だ。この暑い中それだけ早くから来てくれているという事実が、何より嬉しくなる。

 

「私たちを、観にきてくれている……」

 

 いち表現者として、しずくはその事実に身を震わせる。これが武者震いというものなのだろう。

 

「遥ちゃんや綾小路さんも来てくれるって言ってたからねぇ~~……! 楽しみだよぉ」

 

 彼方はいつもの眠気を吹き飛ばし、ジャージ姿でストレッチをしながらにこにこと笑っている。

 

「……また、沢山の人と繋がれるかな」

「できるよ! 絶対!」

 

 璃奈ちゃんボードを調整しながらぼそりと漏れ出た璃奈の本心を、エマはいつもの通り優しく受け止める。

 

「……今日で世界が終わるかもしれないなんて、信じられないですよね」

 

 この和気藹々とした空気の中で、かすみがこの美しい世界と、自らの想い出に思いを馳せるかのように呟いた。一瞬、楽屋はしんと静まり返った。

 或人達のことは信頼している。やると言ったらやる人間なのだということは、短い付き合いながらもよくわかったつもりだ。

 

 だが。だが、それでも。

 

 世界の命運のかかった戦いがこの日常の裏で始まろうとしているという事実が、彼女達に一抹の不安を与えるのは当然だ。

 

「大丈夫だよ」

 

 そういう場でまず声を発することが出来るのは、

 

「世界は、終わらない」

 

 やはり、高咲侑だ。

 

「この世界を、みんなの夢を終わらせない為に……あの人達は、世界を越えてやってきたんだから」

 

 

 そう言う侑の笑顔は、とても快活で魅力的だ。

 

「それに……私達にだって、出来ることはあるから!」

 

 侑の隣で、歩夢は呼びかけるように表明する。

 

「世界には、夢を持っていたのにうまくいかなかった人や、諦めた人……。自分の夢の為に自分勝手になっちゃう人だって、私たちの知らないところで沢山いて……そんな人たちの為に、私達に出来ることをやって言葉を届けたいの」

 

 歩夢の脳裏には、またフツの……枝垂郷太の、あの悲しそうな顔が浮かんでいた。

 

「……『もう一度、夢について考えてみて』って」

 

 祈るように、かき抱くかのように。

 歩夢は胸の前で、手を組んだ。

 

「このライブの前に、あの人達と会えて良かったのかもね」

 

 侑は幼馴染の賢明な言葉に、更に勇気づけられたようだった。

 

「皆のそれぞれの曲もそうだけど……ラストの全体曲二曲は、『みんなの夢見る気持ちに届け』って曲だから」

 

 音楽の道という夢を、高咲侑は彼女達との出会いで見つけた。

 そんな彼女の音楽が、もっと沢山の人に届き、夢見る気持ちに刺さると言うのならば……こんなに嬉しいことはない。

 

「その為にも、協力よろしくね」

 

 侑は部屋の隅に控えている、

 

「イズちゃん!」

 

 イズに声をかけた。

 

「……勿論です」

 

 イズは淡々と、しかし優しい声でそう返した。

 

「皆さん……」

 

 遠くで戦う或人達に思いを馳せるかのように、イズは中空を見上げていた。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 同刻。山中にある、シンクネットのサーバーを擁する本拠地の前。

 

「……うーわ。随分と集まったもんだね」

 

 迅は引きつった笑いで、自分達を取り囲む数千人のシンクネット信者達を見回していた。

 

「それが悪意の力ということだ」

 

 滅はいつもの通り表情一つ変えてはいないが、悪意を見張り続けると決意した彼の事、既に自分達を取り巻く悪意の群衆と戦う覚悟を決めている。

 

「不破、しっかり寝たか?」

「お前こそ」

 

 刃と不破は交わす言葉こそ少ないが、互いの全力を信頼しきっているからこそだ。

 

「ザイアスペックは着けたか? 迅速に終わらせれば、12時のライブにも間に合うかもしれないな」

 

 天津は相変わらずの自信と尊大さだが、目は真剣だ。彼の言う通り、或人、不破、刃、そして天津自身、全員がザイアスペックを着けて連携を取れるようにしている。

 

「……行こう、皆!」

 

 或人の檄と共に、

 

「変身!」

 

 六人の声が重なった。

 

“PROG-RISE! 飛び上がライズ! ライジングホッパー!”

“────A jump to the sky turns to a rider kick.”

 

“SHOT-RISE! シューティングウルフ!”

“────The elevation increases as the bullet is fired.”

 

“SHOT-RISE! ラッシングチーター!”

“────Try to outrun this demon to get left in the dust.”

 

” PERFECT-RISE! When the five horns cross,the golden soldier THOUSER is born.”

“Presented by────ZAIA.”

 

“FORCE-RISE! STING SCORPION! Break Down……”

 

“SLASH-RISE! BURNING FALCON!”

“────The strongest wings bearing the fire of hell.”

 

 重なった変身音の合唱の騒々しさ。しかしそれは、それ以上の悪意の群衆の雄叫びによってかき消される。相手が変身したのを幸いと、大量のアバドンとレイダー達が襲い掛かってきた。

 最終決戦の始まりだ。

 

「どけ!」

 

 バルカンは切迫した相手を体術でいなしつつ、ショットライザーで距離のある相手にも仕掛けながら少しずつある場所へと向かっていた。

 

「サーバーの中に入ろうとしてんのかぁ?」

「行かせるかよ」

 

 アバドンとクラッシングバッファローレイダーが、タッグを組んで襲ってくる。

 アバドンの俊敏さとレイダーのパワーが合わさり、いなして抜けるのも簡単にはいかない。ちっ、とバルカンが舌打ちした時、

 

「はっ!」

 

 滅がアシッドアナライズを振り回し、二人組を退ける。

 

「助かる」

「行くぞ」

 

 礼を言った不破にそれだけ返すと、滅も不破と同じ場所を目指して走ろうとする。そこに、

 

「滅ィィィィィィ!!」

 

 ショットアバドンがまた銃撃を撃ち放ち、味方のシンクネット信者たちが巻き込まれるのもいとわずに攻撃してくる。

 何があろうとも、確実に滅だけは打ち倒さんとする勢いだ。

 

「やはり、俺を狙ってくるか」

「当たり前だ!!」

「……ならば、相手になろう」

「黙れ!! かっこつけるな!!」

 

 激しい怒りにまかせての猛攻。それでも実戦の経験と実力が段違いの滅からすれば楽勝かと思われたが、ひたすら全力の殺意を込めて襲ってくる相手はなかなかに厄介だ。

 

(勢い任せの銃撃だが、なかなかに……)

 

 滅がそう思っていた時、腹部に衝撃が走り彼は後方に倒れ込む。銃撃で滅の注意を引きつけながら、アバドンは本気の蹴りを腹に見舞ったのだ。

 立ち上がりながら滅は、人間の恨みと怒り──アークが定義する、人間の”悪意”の力を改めて実感していた。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

「あっはははははは!! 死ね死ね! 死んじゃえよオッサンがさぁ!!」

「……私は、永遠の24歳だ」

 

 こちらも若さと悪意に任せただけのやたらめったらなスラッシュアバドンの剣技に、サウザーは辟易しながらそれをサウザンドジャッカーでいなしていた。

 まだまだ若い、と自称するものの、やはり45年生きてそれなりに修羅場も潜ってきた彼のこと、ただ怒りに突き動かされるだけの小僧の攻撃など通るはずもない。

 

「こんな世界!! 全部ぶっ壊れればいい!! そしてボクだけが幸せになればいい!! 邪魔! 邪魔! 邪魔ァァァァ!!」

「……夢などくだらないと、青臭いと思っていた」

「あァ!?」

「だが飛電或人の姿を見て、この世界に生きる人間を見て……」

 

 サウザーの声に、勇壮さがこもる。

 

「その生き様が素晴らしいと思った! 私の1000%、いや、それ以上に……自分の夢を信じる気持ちを持つ人間が!!」

 

 言いながらサウザーは、アバドンの隙を突いてサウザンドジャッカーで思い切り胸元を突きあげた。

 

「1000%の誠意を尽くし、1000%の努力で夢を信じる者達を守る……! それが!」

 

 自分の夢を、信念を貫く為の力。

 

 

「”仮面ライダーサウザー”だ!!」

 

 

 それこそが、或人達の世界における”仮面ライダー”。

 

「スクールアイドルが夢を見るというのなら……私がこの手で、それが壊れないよう守るだけだ」

「スクールアイドルに夢なんかあるか!!」

 

 スラッシュアバドンは食い気味に、その言葉に嚙みついた。

 

「夢なんかあるか……! どいつもこいつもステージの上では笑って、歌って踊って夢を届けますって顔をして……ハラの中は真っ黒だ!!」

「……ほう?」

 

 サウザーは漏れ出た相手の本音に、何か引っかかるところがあったのか反応する。

 

「『みんな』で叶える夢? 『みんな』で一緒に夢に向かって?」

 

 一度堰を切った感情は、

 

「ふざけんなよ!!」

 

 もう、止まらない。

 

「その『みんな』の中に入れなかった人間に目を背けて見るキレイな夢は、さぞかし楽しいんだろうなあ!!」

「……何があったのかは知らないが」

 

 サウザーは困惑しながらも、

 

「それでも世界を滅ぼすこと選んだ人間の事情になど、興味は無い」

 

 相手を斬り捨てる覚悟をした。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

「吹き飛べ!!」

 

 スプラッシングホエールの力で起きた大波に、バルキリーと迅は強烈なダメージを食らっていた。

 やはり幹部のトップだけあり、ランペイジレイダーには隙が無い。複数のプログライズキーの能力の掛け合わせも上手く、その為に部下のシンクネット信者達のアバターを使い捨てることを平気で厭わない非情さも厄介だ。

 

「それにしても……置いて行ったのはやはり予備の方か」

 

 刃はホルダーに入れたアナザーランペイジキーを指でなぞり、そう呟いた。

 一昨日、確かに彼らはアナザーランペイジキーとシェイディングホッパーキーを学園に残していった。

 しかしながら、彼らは今普通にそれらを使っている。他のレイダーやアバドンが使っていない辺り量産が出来ていないか、幹部特権で使わせていないのか。どちらにしても、キーが置いて行かれたからといって戦力が削げているわけではないのが面倒ではあった。

 

「やるしかないだろ」

 

 ヒューマギア故に息こそ切れないが、迅も身体に疲労にも似た負荷がかかっているのを感じる。

 

「私達は私達の桃源郷(ザナドゥ)へと次元上昇(アセンション)する。否定などさせるか」

 

 一昨日の戦いで刃に否定されたランペイジレイダー──ジョンは、苦々しげにそう呟く。

 

「……否定などしないさ」

 

 バルキリーは動揺するでも怒るでもなく、そう淡々と返す。

 

「お前たち一人一人にも、シンクネットに縋るしかない事情があったのは認める」

 

 だが、

 

「それでも、世界を滅ぼさせるわけにはいかない。それだけだ」

「聞いた風な口をォ!!」

 

 ファイティングジャッカルの能力でテリトリーサイズを作り出し、ランペイジレイダーはそれを振り回す。バルキリーは後ろに飛んでそれを避け、

 

「迅!」

「ああ!」

 

 瞬間、連携した迅がスラッシュライザーで懐に飛び込みつつ切りつける。不意の痛みに、ランペイジレイダーはぐウ、と呻いた。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

「うおおおおおおおおおおおお!!」

 

 ゼロワンは全力疾走しながら、一直線に本拠地の中へと飛び込もうとする。

 

「馬鹿か!?」

 

 アバドン達がすぐにその行く手にわらわらと立ちふさがるが、

 

「どいて!!」

 

“PROG-RISE! Gigant Flare! フレイミングタイガー!”

“────Explosive power of 100 bombs.”

 

 ゼロワンは虎のプログライズキー、フレイミングタイガーでハイブリッドライズすると、両掌から炎を吹き出し周りのアバドン達を蹴散らしていった。広範囲に広がった炎に、信者達は怯み道が出来る。

 

「か~~ら~~の~~!」

 

“PROG-RISE! Attention Freeze! フリージングベアー!”

“────Fierce breath as cold as arctic winds.”

 

 今度はシロクマのフリージングベアーのキーを使い、フレイミングタイガーで熱した周囲を同じく両掌から吹き出す凍結剤で急激に冷やす。すると、

 

「ぐわっ!?」

 

 熱せられていたコンクリート固めの地面や、信者たちが腹に巻いたアバドライザーやレイドライザーがバギバギと音を立てて壊れ、アバターたちが消えていった。熱したものを急激に冷やすことで、その体積の膨張差によって破壊が起こる。小学校レベルの理科の応用だが、これがなかなかによく効いていた。

 

「俺の相手はただ一人……フツだ!」

 

 ゼロワンは壊れていくアバター達を尻目に、またひたすらに疾走していく。バイクであるライズホッパーが元の世界にあるのが、今更ながらに恨めしい。

 

「フツ様に近づけると思うな!」

「恐れ多いぞ」

 

 ゼロワンの”頭上”から、そんな声が”降ってきた”。えっ、と見上げると、

 

「……うそでしょおおおおおおおおおおおおおおお!?」

 

 本拠地の側面にある格納庫から出てきた二体のギーガーが、ゼロワンを見下ろしていた。

 本来、ギーガーはZAIAが誇る巨大ロボット型のヒューマギア統率兵器として駆動し、暴走ヒューマギアを制御する役割を担うはずだった。

 国立医電病院襲撃事件の際に滅亡迅雷.netに悪用されて以降は運用が見直され、一度サウザーの配下の戦力として登場した以外にはまともに使われることも無かったが、こちらもやはりZAIAの技術故に野立によって横流しされていたのだ。

 この二体のギーガーの頭脳に信者がアクセスすることで、彼らのアバター代わりとしてギーガーは動いているらしい。すかさず巨大な拳が、ゼロワンの方へと落下するかのように繰り出される。

 

「こんなのまともにやってられないっての……!」

 

 ゼロワンはそう言うと、意外にも背を向けて走り出した。

 

「待て!!」

 

 二体のギーガーのうち一体が、ゼロワンを追って巨体を揺らしながら追いかけてくる。流石に歩幅が違いすぎることもあり、ギーガーはあっという間にゼロワンに追いつきそうになったが……

 

「おりゃあああああああああああああ!!」

 

 急にゼロワンは立ち止まると奇声を上げ、自らの足元に向かってフリージングベアーの凍結剤を力いっぱい放出した。

 

「何をやってんだああ~~~~!? とうとうイカれちまったかスチャラカバカ社長がァァァ──!!」

 

 ギーガーは勝ち誇って絶叫した瞬間、

 

「ホゲェェェ──ーッ!?」

 

 仰向けにスッ転び、夏の空が瞬時に視界に飛び込む結果となった。しかも、

 

「ちょっと待って待って待って下さえあああああああああああああああああ!?」

「あああああああああこっち来あああああああああああああ!!」

 

 巨体が物凄い勢いで滑っていき、他のシンクネット信者達をなぎ倒していく。

 ゼロワンは咄嗟に巨大な氷をスケートリンクの如く足元に作り、ギーガーのところまで届かせたのだ。当然ながら、勢いよく走って来ていたギーガーはその勢いのまま転倒するしかない。

 おまけに転んだその直後にゼロワンが凍結剤で氷の道を引き続き作った為、ギーガーは氷のレーンを滑るボールが如く、ボウリングのピンよりもずっと多い信者達をどんどんとなぎ倒していく羽目になったというわけだ。

 

「これってストライク? まだ敵が残ってるからスプリットかな!」

 

 その勢いの良さに、ゼロワンも思わず冗談が飛んだ。

 

「このォ!!」

 

 残っていたもう一体のギーガーが、氷を踏まないようにと慎重にしつつゼロワンの方へと攻撃を仕掛ける。拳がヒットしたその感覚に、ギーガーはやった、と思った。

 

「……大人しくしててくれよ」

 

“キリキリバイ! キリキリバイ! バイティングシャーク!”

"────Fangs that can chomp through concrete."

 

 ゼロワンは意にも介さず、サメのプログライズキー、バイティングシャークでハイブリッドライズし、腕に備えられた鰭状の刃、アンリミテッドチョッパーでザクザクと自分に飛んできた拳を切り裂いてた。打撃の勢いが殺されたギーガーの腕に飛び乗ると、ゼロワンはその腕の上を走って渡っていく。ギーガーを操る信者はその迷いの無い勢いに、ヒッと声を上げそうになったが……

 

 

 声を上げる前に、ブツンと視界が切れた。

 

 

 肩に辿り着いたゼロワンが、頭脳中枢になっている頭を切り裂いたからだ。コントロールを失い、ギーガーの身体は大きく揺れた。

 

「トリちゃん!」

 

“Fly to the Sky! フライングファルコン!”

"────Spread your wings and prepare for a force."

 

 隼のキー、フライングファルコンでハイブリッドライズすると、ゼロワンは本拠地の入口へと真っ直ぐに滑空していく。

 ゼロワンが飛び立った勢いでギーガーの巨体は倒れ、周りにいた信者達は巻き添えを食っていた。

 

「よーし! このまま……」

 

 あと数メートルというところまで滑空していた時、ゼロワンの身体に衝撃が走った。ベルトからフライングファルコンのキーが弾け飛び、変身が解除される。

 しかし勢いはついていた為、そのまま本拠地への入口へとごろごろと転がり込んでいってしまった。内部に積まれていた段ボールの山に突っ込み、やっとその勢いが止まる。

 

「と、とにかく入れた……!」

 

 或人が中に飛び込んだらしいのを見て、遠方からゼロワンを狙い撃ったスカウティングパンダレイダーは舌打ちした。

 狙撃能力に優れたスカウティングパンダを与えられ狙撃犯として森の中で木の上に控えていた彼故に、この場は絶好のチャンスと踏んでいたのだ。

 

「まだそこにいるか? ならもう一発……」

 

 狙いを定めようとした時、

 

「何してるのかな?」

「うおッ!?」

 

 迅が視界いっぱいに飛び込んできた。瞬間、スラッシュライザーの一撃で枝が落とされ彼は地面に落ちる。落ちたその瞬間、頭上に浮かんでいる迅が────どうしようもなく、威圧的に見えた。

 

「ひっ……ひいいいいいい!!」

 

 スカウティングパンダレイダーは逃げ腰で、迅の前から姿を消す。迅は構っている暇はないと思い直し、

 

「ゼロワン、僕の方までキーが飛んできたんだけど」

 

 手に持ったフライングファルコンのキーを見ながらそう通信を飛ばした。

 

「『迅が持ってて! トリちゃんなら迅に任せても大丈夫だしな!』」

「……よく言うよ」

 

 確かに滅亡迅雷.netの活動初期、迅はフライングファルコンのキーを使ってフォースライザーで変身していた。しかしそれは、或人からキーを奪って手に入れたものだ。

 滅亡迅雷.netの一時壊滅と迅自身の爆散によりキーが或人の下に戻り、迅自身は復活と同時にバーニングファルコンを使用するようになった為、自然と縁が切れた形になってはいたが。

 

 まだまだ数のいるレイダーとアバドンに辟易しながらも、迅は森を飛び出しまた向かっていった。

 時刻は午前十一時。

 世界滅亡まで、そしてライブ開演まで────あと一時間。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 同刻。虹ヶ咲学園講堂。

 既に開場し、客席には少しずつ人が増えていっている。

 

「すごい人……!」

 

 近江遥は、虹ヶ咲のスクールアイドルの力と勢いが増していることを実感しながら招待席へと座った。見やすくゆったりとした前方の列。当然ながら、姉の彼方が用立てた席だ。

 東雲学園の他のメンバーも招待されていたが、現地集合をいいことに遥は開場と同時に入れるよう虹ヶ咲学園に来ていたのだった。少しでも早く、ライブを観劇する為に気持ちを入れたくて。

 

(二人とも、辞めなくてよかった。本当に)

 

 彼方は日々成長している。それをこうして目の当たりにする遥もまた……自分自身を高めたいと思ってしまうものだ。スクールアイドルフェスティバルに参加して並び立っても、まだまだ足りないと思えるほどに。

 

「やっぱり、遥さんも招待席ですか」

 

 後ろからの声に、遥はえっと振り返った。

 藤黄学園の二年生、綾小路姫乃。遥同様にスクールアイドルの彼女もまた、他のメンバーと共に招待席に呼ばれていた。

 

「姫乃さん!」

「隣に座っても?」

「ええ、どうぞ! この間は本をありがとうございました、『ロストメモリー』、とっても面白くて……」

「神山先生は今後が楽しみな作家よね。私は南極先生の『驢馬君の呟き』『肉牛のサンバ』なんかも好きなんだけれど……」

 

 そこで姫乃は、緞帳の下りた舞台に視線を移す。

 

「お姉さんのステージ、楽しみですね」

「ええ! でも……」

「でも?」

「皆さん、どんなステージを見せてくれるのか……今からとっても楽しみです!」

 

 核心を突いた遥の一言に、姫乃はそうね、と笑みを返した。

 

 そうだ。推しは一人一人いれど、皆それぞれの個性で最高のステージを披露して、一つも同じものなど無いが故に、最初から最後まで全力で楽しませてもらえる。

 

 複数の色が一つに集まり、”虹”ができるかのように。

 それこそが、”虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会”。ひとつひとつの”個”の”群衆”なのだ。

 

「でも……」

 

 遥はまた、何か言いたげに目をきょろっとさせながら宙を仰ぐ。

 

「でも?」

「姫乃さんは、やっぱり果林さんが一番目当てでしょう?」

 

 えぇあ!? と姫乃は思わずキャラに合わない頓狂な声を上げてしまっていた。

 

「はっ、ははは遥さん!? それ誰から聞いたんですか!?」

「……ナイショデース」

「ちょっとおお!」

 

 姫乃の声が、虚しく響き渡った。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

「ふんっ!」

 

 既に戦闘開始から一時間以上。肉体的には45歳、最年長だというのに、天津垓は──サウザーは、息一つ切らさず戦い続けている。

 

「バケモンがよ……!」

 

 ストーミングペンギンレイダーが悪態をつきながら向かってくるが、サウザーはこれをやはりサウザンドジャッカーの切っ先でいなすとそれを突き立て……

 

“JACK-RISE!”

 

 その身体から、データを採取した。そしてトリガーを引き、

 

  J

   A

    C

     K

      I

       N

        G

 

        B

       R

      E

     A

    K

 

 

                       ©ZAIAエンタープライズ

 

JACKING  BREAK

 

「はぁぁ──っ!!」

 

 採取したデータを基に、エネルギー波を放ってレイダーに直撃させた。レイダーの変身が解け、一瞬アバターが現れたがすぐに「LOG OUT」の文字と共に消滅する。

 

「はッ! たった一体に必殺技? 効率激悪でしょ~~がよォォ!」

 

 スラッシュアバドンは嘲笑すると、

 

「数だけはいるんだからさァァ~~!! 行け!!」

 

 まだまだ数のいる控えのレイダーを、十数人ばかり飛びかからせた。しかし、

 

「……私は、意味のないことはしない」

 

 サウザーの自信は、全く揺るがない。動じずサウザンドジャッカーを地面に突き立てると、そこからエネルギーが放出され……

 

 

 飛びかかってきたレイダー達が、爆発と共に消滅した。

 

 

「……は?」

「この一時間ばかりの戦いで、ジャッカーを使ってレイドライザーのデータを採取し続けた。そして、今のジャッキングブレイクでレイドライザーへの干渉波が完成……。放出することで、レイドライザーの基幹チップに作用してバッテリーを起点に爆発させる」

 

 直接戦闘せずに戦力を減らし、なおかつ使用者が人間でなくナノマシンのアバターである以上、爆発した際の負担も考えなくていい効率的なやり方だ。

 

「そんなのアリかよ……!」

 

 スラッシュアバドンは憤る。それを尻目に、サウザーは完成させた干渉波のデータを天津が身に着けたZAIAスペックを経由し、全員のZAIAスペックに転送する。

 

「なるほど?」

 

 バルキリーは干渉波のデータをショットライザーにダウンロードすると、近くにいたアバドンの胸元にそれを撃ち放った。アバドン自身は大したダメージでは無いが、そのアバドンを起点にして干渉波が広がり……

 周りのレイダー達のレイドライザーが、次々と爆発する。

 滅、迅もそれに続き、次々とレイダー達の数が減っていく。元よりシンクネットが生産、所有していたアバドライザーの大半は或人達の世界の信者達に回され、こちらの世界では流出したレイドライザーが主戦力となっていた為、効果てきめんだ。

 

「……ッ」

 

 相変わらず目の前の滅だけを見据えているショットアバドンではあるが、流石に不利な状況とあれば歯噛みのひとつもする。

 

「このまま決めさせてもらおうか……!」

 

 サウザーはサウザンドジャッカーを構えると、スラッシュアバドンに向かっていった。

 

「く、来るなあああああああああ!! 行けお前ら!!」

 

 慌てたスラッシュアバドンは、再びレイダー達を向かわせる。

 

「学習した方がいいな」

 

 ハッ、と嘲笑し、サウザーは再び干渉波を放ったが……

 

「な~~んて、ね」

 

 勝ち誇ったスラッシュアバドンの声と共に、サウザーが爆発した。変身解除にこそ至らないが流石にダメージを受け、サウザーは膝をつきそうになる。

 

「なん、だと……!?」

「学習した方がいい? えーえーおかげさまで! 学習させていただきましたとも!」

 

 サウザーを見下ろしながらスラッシュアバドンは高笑いする。

 

「『レイダーは人間爆弾兵器になる』ってねえ!!」

 

 レイドライザーの爆破は変身者がアバターである為人命へのダメージを危惧しなくていい。それは一見すると倒す側であるライダー側に利があるが、敵もさるもの。

 レイドライザーを身に着けた者をライダー達が干渉波を使う瞬間にぶつければ、それは爆弾として機能すると解釈したのだ。勿論変身者はアバターだから、遠慮も後腐れも無く投入できる。

 

「……どうにも上手くいかないね!」

 

 迅は苦笑しながら飛び上がり、干渉波を使う直前に自分にしがみついてきたバトルレイダーを地面に叩き落とした。直前にサウザーのあの顛末を見ていなければ、彼もまたやられていたところだ。

 

「レイドライザーを爆破できようができまいが変わらない。……全員、倒すだけだ」

「そうやってまた……誰かを傷つけるのか!」

 

 変わらず身構える滅に、ショットアバドンは叫ぶ。だが、

 

「……お前達はアバターだろう」

 

 故に手加減はしないと、滅はそれだけ返す。

 

「この軍団を前に勝てるわけがないと、まだわからないのか……!」

 

 何が何でも勝ってやるぞという、己への鼓舞にも似た言葉。

 

「お前こそ、まだわからないのか?」

「……は?」

「周りを見てみろ」

 

 滅に言われ、ショットアバドンは周りを見る。今この場にいる敵は、バルキリー、迅、サウザー、目の前の滅……

 

「!!」

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

「広い建物だな! 迷うぞこれは……」

 

 シンクネットの本拠地の中へと入ったバルカンは、迷わないようにと周りを見回した。

 ショットアバドンが滅を特に打ち倒さんとする姿勢を見せているのを利用し、滅に引きつけさせて自分が中に入る作戦は上手くいった。

 ZAIAスペックを介して通信もばっちりであり、外の状況もわかるしレイドライザーへの干渉波のデータも手に入れている。……最も、先程の状況を見れば使わない方が賢明ではあるが。

 

「あいつらの『本体』は、もうちょっと上か」

 

 バルカンが狙っていたのは、この建物の中にいるバリーとミンツの「本体」だった。昨日刃が解析した際にバリーとミンツの本体はこの本拠地の中にある部屋からアクセスしているのを確認しており、不破は最初からそちら狙いだったのだ。

 建物自体は普通のオフィスビルにも似たつくりだが、ゴウンゴウンという機械の音があちこちから響いてくる。エレベーターと階段があるが、エレベーターは止めてあるらしく、或人のスニーカーの足跡が階段に土埃でべったりとついていた。

 

「社長は行ったか……」

 

 バルカンは改めて戦いの日々を思い出す。

 飛電或人なら、きっと────ただ一人の英雄として、最後には全てを止めてみせるだろうと。

 

「俺は俺にできることをする」

 

 そう言いながらショットライザーを構え、

 

「それだけだ!」

 

 階段を駆け上っていく。

 

「行かせるか無礼者がァァァァ!!」

 

 瞬間、どこに潜んでいたのか階段の上からアバドンが飛びかかってくる。だがバルカンは相手の落下する勢いに合わせ、思い切りストレートパンチを叩きこんだ。相手はふゲッ、と声を上げ、階段の段の上に落ちると重みでズベズベと下の踊り場までずり落ちていった。

 

「待ってろよ……!」

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

「どいてどいて!」

「行かせるか馬鹿が!」

 

 再びライジングホッパーに変身して駆け上っていた或人は、既に最上階まであと少しというところまで来ていた。時間は11時40分。時間まで、あと20分しかない。

 一度この回で階段が途切れてしまっていた為、ゼロワンは長い廊下を走りつつ、飛び出してきたアバドンやレイダー達をいなしていた。

 

「ほっほーう、ここまで来ましたかゼロワン」

 

 廊下の奥から、一際豪奢なアバドンがレイダー達を三人従えゆっくりと歩いてくる。ジョンとバリー同様、貴重なシェイディングホッパーを与えられているようだ。

「おいお前、邪魔を……」

 

 アバドンの一人が起き上がり食ってかかるが、

 

「邪魔はあなたですよ」

 

 豪奢なアバドンは、ショットアバドライザーで相手の頭をブチ抜いた。撃たれた相手はすぐさま倒れ、「LOG OUT」の文字と共に消滅する。そして豪奢なアバドンは、気取った調子で両手を広げた。

 

「私はHN(ハンドルネーム)、グラスゴー。こちらのシンクネットの幹部でして……。自分で言うのも何ですが、いずれジョン様、バリー様、ミンツ様の御三方に並ぶ、実力者だと自負しております。ここであなたを倒すことで、わt」

 

“メタルクラスタホッパー!”

“──────It's High Quality.”

 

「……え?」

「……俺とフツの、邪魔をしないでくれ」

 

 狂信者の話などいちいち聞いている暇はない。メタルクラスタホッパーに変身したゼロワンは、大量のクラスターセルを放ってそれを全てグラスゴーと名乗ったアバドンとお伴のレイダー達に向けた。

 

「あぎゃああああああああああぁぁああぁあああァあ!!?」

 

 相手がアバターだと解っている以上、慈悲も遠慮も、ましてや話を聞く必要もない。クラスターセルは彼らをあっという間に全て”食らいつくした”。

 きっとネットを経由して操っていた信者達は、”大量の虫に食らいつくされ消滅する”という恐怖を一生味わい続けるだろう。

 

 後には、アバドライザーとレイドライザーだけが残された。

 

「……郷太!」

 

 ゼロワンは再び戦いへの決意を固める。その時、

 

「え?」

 

 立ち上がろうと手をついた壁は、よく見れば扉だった。ゼロワンはそれを開け、中に入り込む。

 

「……!! これは!!」

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

「さてさて」

 

 ノールックかつ片手で掴んだままアバドンの頭を握力で潰して消滅させると、バルカンは目の前の扉を見つめた。

 刃の解析によれば、バリーとミンツの本体はこの部屋の中にいる。恐らく武装せず何かしらの端末で操っている為、バルカンが仮面ライダーの力で制圧すれば一気に勝負はつくはずだ。

 突入前に、バルカンはZAIAスペックを通じて外でのショットアバドンとスラッシュアバドンの動きを確認した。

 二体は今のところ、普通に戦いを続けているようだ。バルカンの侵入に気づいていないのか。もし気づいていないとすれば、あっという間に制圧できるはずだ。

 

「……よし」

 

 バルカンは意を決し、扉を蹴破った。仮面ライダーの超パワーで蹴られた扉はベギン、という音と共に留め金をフッ飛ばし、床に轟音を立ててぶつかる。

 その瞬間、銃撃がバルカンを襲った。

 

「うおッ!!」

 

 すんでのところでバルカンは避けると、その方向を見る。薄暗い部屋の隅で、ショットアバドライザーを構えた影が一人。

 バルカンはすぐさま自らもショットライザーを構え、相手の持っていた銃を弾き飛ばした。アッ! という声と共に、その影は銃を弾き飛ばされた反動で床に倒れ伏す。

 

「銃ってことは、お前がミンツ……」

「死ねやボケエエエエエエエエエエエエエエ!!」

 

 バルカンの右隣から絶叫が聞こえるのと、何かがスーツに突き刺さる感触は同時だった。

 何者かが、スラッシュアバドライザーを構えてバルカンの横っ腹にそれを突きささんとしていたのだ。しかし、

 

「その程度じゃ刺さんねえよ」

 

 相手の力はごくごく弱いものだった。バルカンが手の甲で額を軽くバシッ、と叩くと、相手はうああっと力ない声を上げてこれまた倒れ伏した。

 

「お前がバリーか?」

 

 バルカンは倒れた相手を見下ろし、そして驚きに息を呑んだ。

 手にスラッシュアバドライザーを握ったまま倒れていたのは、二十歳前後の女だった。

 アバターで少年を騙っていたわりには背が高く、出るところの出た肉付きの良い恵体で、Tシャツとショートパンツだけのラフな格好。一目見ただけでは宗教結社の幹部にはまず見えない。

 一つだけ”奇妙”な点と言えば────

 頭の右側はショートボブに切りそろえているのに対し、左側はまるで髪長姫(ラプンツェル)のごとく、胸元まで前髪も後ろ髪も伸ばしまくっていることだった。

 

Illustration by 蒼人(@aoihito000)

 

「死ねよ……」

 

 見下ろされながら、バリーの本体の女は悪態を吐いた。

 

「じゃあ、やっぱりお前がミンツ……」

 

 バルカンは最初に撃ってきた相手の方向を見ながら近くに電気のスイッチがあることに気づき、それを入れた。パッと部屋が明るくなり────ミンツの本体の姿が露わになった。

 

「……あ?」

 

 不破は一瞬理解が追いつかなかった。

 なぜ、”彼”がここにいるのだと。

 なぜだ。なぜ。

 しかしながら、その正体が露わになってみれば……今まで断片的に見えていたものが、全部繋がるのだ。

 

「中学生ぐらいの年齢」。

 

「ヒューマギアへの憎悪」。

 

「特に滅を恨んでいる」。

 

 そして不破は聞いてはいないが、ミンツは……

 

 

「ヒューマギアに、家族を奪われた」。

 

 

「後にこの大災害は”デイブレイク”と名付けられ、12年経った今でも、ここから先への立ち入りは厳しく制限されています」

 

「オレ知ってまーす! 事故の犯人、こいつの親父! こいつの父親、爆発した工場の責任者だったんだって!」

「やめてよ!!」

「そうそう、こいつの親父のせいで爆発が起きたんだ!」

 

「彼の父、桜井聡さんは12年前に、爆発事故に巻き込まれて亡くなっています」

「お父さんのミスで、デイブレイクは起こった……って聞いてます。色んな人に言われるんで。『お前の親父のせいだ』って。『父親が悪い』って」

 

「僕……知りたいです! 本当の事!」

 

「……もういいよ! 爆発事故は、父さんのせい! それが本当の事なんだ!!」

「違う!! 悪いのはヒューマギアだ! お前の親父さんは悪くない!! お前がそう信じてあげなくてどうする!!」

 

「前だけを見て……突き進め!!」

 

「『人類よ、これは聖戦だ。滅亡迅雷.netの意志のままに』」

「『この街を滅ぼし、人間共を皆殺しにする』」

 

「全てのヒューマギアは、工場長として……私が責任を持って処分する!」

「郷……」

 

「ヒューマギアの反乱を止める為、たった一人で戦った。お父さんは、英雄だったんだ」

「とうさん……!」

 

 

 彼の……少年の名は、桜井郷。

 アークと滅亡迅雷.netの起こしたテロにより暴走したヒューマギアを止める為、工場と共に全てを爆破して亡くなった飛電インテリジェンスの工場長、桜井聡の息子。

 かつて不破が心を通わせ、道を示した筈の少年は……恨みと怒りの籠った目で、バルカンを見上げていた。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 午前11時55分。

 

 緞帳の下りた舞台裏だというのに、その空気はびりびりと震えていた。

 観客の熱と期待のこもった談笑が、そこまで響いてくるのだ。一人一人が意味のある「言葉」として発したはずのそれらは、ガヤガヤとした「音」となって容をもつ。

 「期待」という名の音となって。

 

「いよいよ、だね」

 

 侑は手首の腕時計を見ながらそう言った。

 

「緊張してる?」

「何度舞台に立っても、このドキドキだけは変わらないですね……」

 

 璃奈に問われ、しずくは胸を押さえながら深呼吸をした。

 

「大丈夫だよ、私達なら」

「かわいいを全力で届けるまでです!」

 

 エマとかすみのぶれない姿勢が、何とも頼もしい。

 

「私達の努力の成果を、余すところなく見せてあげましょ」

「いつだって、やることは変わりませんよ。……いつでも全力全開です!」

 

 果林とせつ菜の、実力に裏打ちされた自信もまた然りだ。

 

「……皆が待っててくれてる。それだけで、凄く嬉しいよ」

「『愛さん』達を、もっともっと『愛さんかい』!ってね!」

 

 彼方と愛も、冗談を飛ばすほどの余裕だ。

 

「……それじゃあ、侑ちゃん」

 

 歩夢は、まずMC役として舞台に立つ侑を促した。

 

「うん。行ってくるよ」

「行ってらっしゃいませ」

「イズちゃん。例のものは?」

「ばっちりです」

 

 イズの返事に嬉しそうな顔をすると、侑は何の畏れも緊張も無く、緞帳の降りた舞台の中心へと歩いていく。

 あと数分で世界が終わると聞かされているのに。

 ライブなど、夢など────実現できないかもしれないのに。

 

(或人さん……)

 

 だが、彼女は信じている。

 

 否────

 

 “信じたい”のだ。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 それは或人がフツの正体を語り、決意をした直後のことだ。

 

「それじゃあ、戻ろうか」

 

 或人は立ち上がろうとする。だが侑は、少し考えるように宙を仰いでいた。

 

「……どしたの?」

「こんな時に、ヘンな事言っちゃってもいいですか?」

「なに?」

 

「私、夢で見たんです。或人さんのこと」

「はい?」

 

 そこから侑は、例の夢のことを語って聞かせた。アルトくん、という少年になってアンドロイド──今にて思えばあれはヒューマギアだ──の父親と遊んでいるうちに、自分と歩夢に戻り、そして「虹の根っこ」の話をしようとした瞬間に目が覚めるあの夢を。

 

「だから、“アルト”って名前を聞いた時に、同じだって……或人さん?」

「同じだ……」

 

 或人は目を見開いていた。そして或人もまた、”ゆーちゃん”になった自分と歩夢が遊んでいるうちに、元の自分と其雄になり、「虹の根っこ」の話をしようとした瞬間に目が覚めるという自分が見た夢を語って聞かせた。今度は侑が目を見開く番だ。

 

「こんなことって、あるんだ……」

 

 間に入って聞いていた歩夢もまた、信じられないという顔をしていた。

 

「お二人の出会いは、まるで────」

 

 歩み寄ってきたイズが何か言いかけた時、

 

「『運命』……」

 

 侑はその結論を引き取った。

「……すっごいですよこれ! ちょっと運命みたいだな、って思って言ってみたら、同じ夢を見てて、同じ話をしてたなんて!! も~~すっごいときめき!」

「あるんだなあ……。あるんだなあ! 運命って!」

 

 或人も興奮が抑えきれていない。

 

「でも、わかる気がするな」

 

 二人の姿を見ていた歩夢は、ふふっと笑った。

 

「お二人共、夢を信じて、夢を諦めず、夢を応援する。そういう志を持っている人ですから」

 

 歩夢が感じ取っていたそれを、イズがしっかり言語化する。

 

「ちなみに、『虹の根っこ』の続き、わかりますよね!?」

「もちろん!! 『虹の根っこ』には……」

 

 

 

「宝物が埋まっている!!」

 

 

 

 声が同時に重なり、そこで二人は感極まってうわ~~っ!と言葉にならない感情の迸りの叫びを上げた。

 

「そうなんですよ! ちっちゃな頃、絵本で読んでからずっとわくわくしてた!」

「世界中にそんな話があるんだって聞いて、驚いちゃったんだよな!」

「わかる! わかる~~!!」

「きっと昔の人も、世界中の皆も……きれいな虹なんだから、その根元にはきれいなもの、素晴らしいものがあるんだろうなって……“夢”を見てたんだよ!」

 

 先程までの重苦しい決意で沈んだ或人の顔は、とても明るい。それに対する侑もまたしかりだ。

 

「虹の根元の宝物……」

 

 歩夢は少し言葉を噛みしめてから、

 

「それって、侑ちゃんみたいだね」

「……私?」

 

 意外な方向からの言葉に、侑はきょとんとする。

 

「皆ばらばらで、個性豊かで……学校の名前通り、”虹”みたいな私達同好会をまとめて、支えてくれたのは侑ちゃんだから。縁の下の力持ちっていうか……”根っこ”で……」

 

 そこで歩夢は、

 

「”宝物”だよ!」

 

 今日一番の笑顔で、そう言った。

 

「輝く夢を支える、虹の根元の宝物……」

 

 或人はその言葉に、感銘を受けていた。

 

「俺も! そんな人になれるように……頑張るよ!」

「なれますよ! 或人さんなら!」

 

 或人の決意を、侑は激励した。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 誰かの夢という輝く虹を、支える根元の宝物。

 Root of the RAINBOW(虹の根元)になると、或人はそう誓ったのだ。

 

 だから、信じたい。夢を支えたいという志を抱いた、英雄(ヒーロー)を。

 

 侑が舞台の真ん中に立つと、ゆっくりと緞帳が上がり……

 客席から差し込む光とともに、歓声は最高潮になった。

 

 午前11時59分48秒。

 

 侑は、ゆっくりと息を吸い────

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 午前11時45分。

 

「ラクラメソシヤー……。メランコンカー……」

 

 衛星アークを擁するホールを見下ろす祭壇の間で、フツは祈りを続けていた。そこに、

 

「郷太!!」

 

 ゼロワンが飛び込んでくる。フツはその姿を一瞥すると大きく息を吐き、

 

「相変わらず無神経な奴だな、お前は」

 

"ARK! Dash! Dream! Delusion!"

"────XANADU the KAMEN RIDER."

 

「私を……」

 

 変身した瞬間、ザナドゥは拳を振りかぶり、

 

「その名で……」

 

 ゼロワンの胸元を、

 

「呼ぶなァァァァァ!!」

 

 思い切り殴りつけた。

 あまりの勢いに、ゼロワンは壁に叩きつけられる。ずる、と床に滑り落ちたその瞬間に、ザナドゥが間合いを詰めてくる。

 

「もう枝垂郷太なんて人間はいないんだ!! 私はフツ!! 救いを求める人間達を率いて解脱させるナノマシンの集合体!!」

 

 その声は、

 

「それが私だ!!」

 

 怒りよりも、痛みが勝っていた。

 

「……教えて、くれよ」

 

 ズタボロになりながらも、ゼロワンは声を発する。

 

「何で、そうなったのか」

「言う必要がどこにある? 過ぎ去った時間のことなど……」

「お前には過去の事実でも!!」

 

 アタッシュカリバーを杖代わりに、ゼロワンは必死に立ち上がる。

 

「俺はそれを知らないし、知りたいんだ!!」

「だから知ってどうなると言ってるんだ!!」

「……言わなきゃわかんないだろがああああああああああああああ!!」

 

 メタルクラスタホッパーの銀色の拳が、ザナドゥを殴りつける。既に満身創痍のはずのゼロワンから放たれた予想外のパンチに、ザナドゥは倒れ伏した。

 地面に倒れたザナドゥは、そのまま脱力する。彼はしばし天井を見つめていたが、

 

「……いいだろう」

 

 最後に、

 

「どうせ、あと数分だ」

 

 全てを話すと決めた。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

「……はあ」

 

 アルゴリズムが解散してから一年後、枝垂郷太はアパートの自室で個人事業主として活動していた。WEBサイトの作成、運営等を行う事業を、自らの手で立ち上げたのだ。

 

 あれだけお笑いに熱心だった筈の彼の方が、今では芸人を引退してしまっていた。

 

 或人とコンビを解散した後、彼はしばらくの間相方探しに奔走した。養成所や漫才サークルなどを回り、自分の考えるネタの良さをわかる人とは何人も出会ってきた。だが、

 

(呼吸が……合わなかったんだよ……)

 

 最大の理由はそれだった。彼のネタに彼の求める最高のテンポで或人以上に返せる人間は、誰一人としていなかったのだ。元より潔癖で完璧主義者のあるきらいの彼のこと、そんな状態が承服できるはずもない。

 ピン芸人に転向しようかといくつかネタを出してステージに臨んでみたが、これもやはり微妙なものだ。アルゴリズムの時よりも笑いはとれていない。それも、彼には理由がわかっていた。

 

(或人のあのうるせーってぐらいの表現のパワーがねえと、客の心には響かねえんだよな)

 

 自分に無いものを、或人はたくさん持っていた。

 

 彼は仕事に目途をつけると、懐かしくなって動画サイトに上がっている自分達の漫才ライブを見返し始めた。あの頃は本当に楽しかった。家を出て貧乏をしながらも、二人で夢を追いかけるだけで楽しかった。客が二人しかいない演芸場で漫才をした日でも、いつか売れて自分達のギャグで世界を沸かせられると信じていた。

 

 だが今はもう、何もない。失ったそれは、取り戻せない。

 

 動画には、コメントもまばらだがついている。

 

 

「アルゴリズム、たまにショッピングセンターに来てるの見たことあるわ。解散しないでほしかった」

 

 

「今はお互いピン芸人やってるけど、どっちも鳴かず飛ばずなのがなんとも。この二人は二人だからこそだったよね」

 

 

「ピンになると、アルトはネタのセンスが無くてゴウタは表現のセンスが無いってのがお互い解っちゃってウケるw」

 

 無自覚、無意識、無頓着。

 彼らには二人を傷つけようという意志は毛頭無いのだろう。だが、

 

「お前らに俺達二人の何がわかるんだよ!!」

 

 郷太は立ち上がって叫ぶ。その時、インターホンが鳴った。

 

「はい……?」

「枝垂郷太、だな。力を借りたい」

 

 それはとても沈んだ声だった。一瞬開けるのを躊躇ったが、

 

「あんた……一色理人……!?」

 

 種々のニュースに目を通していた郷太には、インターホンのドアモニター越しのその顔がすぐに誰だかわかった。

 現在デイブレイクタウンとなっているヒューマギア実験都市において、ナノミライなる会社で医療用ナノマシンの研究を行っていた研究者、一色理人に間違いない。

 

 兎にも角にも、話が先決だった。

 

 一色理人は部屋に上がり込むと、軽く頭を下げてから自分の持つこれからの計画の構想を一気に喋りはじめた。

 シンクネットで人間の悪意を集めること。

 電脳世界の楽園を作ること。

 その為に、自らはナノマシンによる義体化を実行すること。

 

「そんな大層なことが……」

「できもしないことを、わざわざこうやって言いにくると思うか?」

 

 理人の目は真剣だった。そこには狂人の戯けた光は存在しない。

 いや────ある意味では、理人は狂っているのだ。この醜い世界のどうしようもない理不尽に、狂っているのだ。

 

「なぜ、俺を?」

「君のWEBデザインを見させてもらった」

 

 理人はスマートフォンで、郷太のデザイン、管理しているサイトをいくつか見せる。

 

「一目見て引きつけられる良いサイトだと思った。破滅願望のある人間を集めて、人間の悪意を収束させるのに今最適なのはインターネット……。裏サイト、闇サイトがいくらでも転がってる。君のデザインしたWEBサイトなら、きっと多くの人間が集まる。俺にはそこのノウハウは無いからな、そこに長けた人材が欲しい」

 

 そこまでは解る。しかし、

 

「本当にそれだけか? WEBデザインだけなら何も俺でなくても……」

「悪意」

「……あ?」

「夢と志を持っていながら形にならず、人間の悪意を見た……。そうじゃないのか?」

 

 どこまで調べているんだ、と郷太は寒気がした。だが────

 

「そうだよ。俺は悪意なき世界に行きたい。例えるなら、そう……」

 

 郷太の脳裏には、楽園が浮かんでいた。

 芸人として、人々を沸かせる最高のステージ。

 そしてその傍には、最高の相方。

 

 

 飛電或人が、笑っている。

 

 

「俺の夢がかなう、桃源郷(ザナドゥ)に」

「行けるさ」

 

 理人の言葉は、何故かすっと胸に染み入ってきた。

 

「……わかった」

 

 それが、郷太の選んだ道だった。

 

「感謝する」

 

 理人はそう言うと、まず枝垂郷太という人間を”殺す”ことが先決だと語った。

 ナノマシンによって義体化し、本来の肉体は死ぬことで社会的には完全に死んだものとして扱われる。そうすれば動きやすいと。既に用意があり、このアパートの部屋でもそれは可能だと言った。

 そして郷太は、それを受け入れた。ベッドに横たわり、ナノマシンによる処置を受け……記憶と人格を完全に移植した、ナノマシンの集合体として生まれ変わった。

 それはまさに、生命の輪廻からの解放。

 “解脱”そのものだ。

 

 哲学の命題に、“テセウスの船”というものがある。

 壊れた船のパーツを少しずつ修理交換で入れ替えていき、やがて全てのパーツが新しいものと入れ替わった時……

 

 

 その船は、果たして本当に“同じ船”と言えるのか?と。

 

 

 今の彼は、枝垂郷太という人間の記憶と人格を持ったナノマシンの集合体。そこには枝垂郷太の自我は存在しているが……

 目の前では、枝垂郷太の肉体が命を失い、横たわっている。

 

 果たして今ここにいる“自分”は枝垂郷太なのか。それとも目の前の肉体の死と共に、枝垂郷太という存在は間違いなく死んでどこにもいなくなってしまったのか。

 そんな矛盾が、彼を狂わせそうになる。

 だから彼は、

 

 

「今ここで、枝垂郷太という人間は死んだ。今の私は……“フツ”とでも名乗るしかないか」

 

 

 自らを慰めるかのように、そう言った。

 

「上々」

 

 理人はそれだけ返した。

 実のところ、このやり取りはなんとも後ろ暗いものがあった。何せ一色理人はまだ────自身への義体化を行っていなかったのだから。

 

 彼は理論上、ナノマシンによる義体化が可能なことはわかっていた。しかしながら、それを実践するとなるとそこにはどうしても“実験台”が必要となる。街のどこかから浮浪者を選び出して適当にやればいいというものではない。失敗すればそれでも良いかもしれないが、成功した場合はナノマシンの集合体による上位存在が誕生することとなるのだ。

 

 失敗して死んでも損が無く、成功すれば自分の利になる存在。

 その為には、自身の協力者となってくれる人材を義体化させる必要があったのだった。

 いずれ、自分も一色理人を捨て……“エス”となるために。

 

「行こうぜ」

 

 “フツ”は言いながらボディケアに使っていた香油の瓶を開けると、目の前に横たわる枝垂郷太の肉体にそれをぶちまけ────ライターで火をつけた。

 これには理人も驚いたようだったが、フツは既に自らを捨てる覚悟を想像以上にしていたのだった。

 後にこの火でアパートで小火が起こり、“枝垂郷太の焼死体”が発見されることとなる。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

「そんなことが許されると思ってるのか!?」

 

 “或人達の世界”にあるシンクネットのサーバールームで、フツはエスの胸倉を掴んだ。

 

「今更なんだ。我々はとっくに生命の倫理も何もかも踏みにじってきたはずだ」

 

 エスは表情を崩さない。

 世間では、飛電インテリジェンスがZAIAエンタープライズジャパンとのTOBを賭けたお仕事五番勝負に負け、掌握されたことでヒューマギアの排斥が始まりつつあった。そんな中でも、彼らは計画を順調に進めていた。そこでエスは初めて、フツにシンクネットの本当の目的を教えたのだ。

 

 悪意を持った人間を集めることで、彼らをまとめて滅ぼすと。

 

 既に“別の世界”からの来訪者によって、その人物の出身の並行世界にサーバーを守る為の拠点を作ることや、ZAIAエンタープライズジャパンの常務である野立が技術の横流しを行うことで戦力が揃いつつあった。

 並行世界でもシンクネットの信者達が集まっており、組織は当初の想定以上に膨れ上がっていた。

 しかしエスの目的は、恋人である遠野朱音のために電脳世界の楽園を作ることであった。その為には、シンクネットに集まった人間は滅んでも構わないと。

 

「いいか!? かつての俺みたいに、どうしようもない状況から悪意に染まって、救いを求めている人間だって信者達の中にはいるはずだ! お前の一存で、彼らを全て滅ぶべき悪意と断じていいはずがない!」

「シンクネットなんかに集まった時点でどうしようもない連中だ!! ああやって醜い悪意をタレ流す連中がアークを産み……朱音の命を奪った!!」

「それにしたって……!」

 

 そこでフツはしばし考えこみ、

 

「……わかった。信者達を選別しよう」

 

 譲歩案を出した。

 

「選別?」

「アンケートを取らせてくれ」

 

 それから、フツはシンクネットにアクセスする者達全員にアンケートを取った。設問は至って単純(シンプル)

 

 

 

「あなたには、夢がありますか?」

 

 

 

 このアンケートの答えが、信者達の運命をわけることとなった。

 

「夢なんかない。────ただ、エス様の導く楽園に」

 ベル。

 

「夢なんてないから、何かもイヤで集まってるとこありません?」

 ルーゴ。

 

「夢なんて、子供じゃあるまいし。馬鹿らしい」

 ムーア。

 

「今生きてても夢なんかないから、楽園を求めてんだよ」

 ブガ。

 

 

 夢などなく、ただ全てを滅ぼして楽園に行きたいという者達。彼らは、エスが直々に滅ぼす側の信者となった。一方で、

 

 

「夢がある。全てのヒューマギアが滅んだ世界を見たい」

 ミンツ。

 

「スクールアイドルが大好きで、夢を見ていた頃の自分に戻りたい」

 バリー。

 

「人間関係の悩みから解放されて、誰とでも仲良く出来る夢の世界に行きたいです……!」

 グラスゴー。

 

 種々の夢を抱く者達。彼らはフツに導かれ、並行世界に移動し生き残る側の信者となった。並行世界────虹ヶ咲の世界での決起式で、フツは宣言した。

 

「皆の夢がかなう桃源郷(ザナドゥ)へと、私が導こう! 夢がここからはじまるんだ!」

 

 この選別は、確実ではないかもしれない。しかしながら、夢というものをどう捉えるか。それは、シンクネットという膨大な悪意をより分けるには充分だった。

 

「エス。お前の楽園は、お前に任せる。俺は俺の楽園を作る、それでいいだろ?」

「……ああ」

「まあ、サーバーの管理はこっちの仕事だが」

 

 フツはは、は、は、と相変わらずのスタッカートで笑った。

 

 やがて飛電或人と滅の戦いが終息したころ、エスの前にアズが現れた。アークの使者、と名乗った彼女に戸惑いはしたものの、彼女が与えたエデンドライバーは、彼らの大きな力となった。

 

“Imagine! Ideal! Illusion!”

“────EDEN the KAMEN RIDER.”

"The creator who charges forward believing in paradise."

 

「いよいよ、世界の変革の始まりだ」

 

 エスはそう宣言した。フツは並行世界へと戻りエスの計画完了を待っていたが、

 

「エスが……死んだ……!?」

 

 アズに聞かされたのは、予想外の結末だった。

 

「飛電或人の手によって、ネ。あっちの世界の幹部たちもみんな逮捕。エスも”アーク様”の器じゃなかったってことね」

 

 アズは何の感情も込めずにそう言った。

 

「あなたはどうするの? フツ」

 

 アズが問うてくる。しかし、フツの答えは決まっていた。

 

「俺が次のアークになる。桃源郷(ザナドゥ)のために、悪意の器として」 

 

 迷いなき返答に、アズは嬉しそうに笑った。

 

「それじゃあ、これを」

 

 複製のゼロワンドライバー。フツが手にした時、それは”ザナドゥドライバー”へと変わった。

 

“Dash! Dream! Delusion!"

"────XANADU the KAMEN RIDER."

"The dreamer who believe in success our shangri-la."

 

「夢見る人を皆、夢叶う桃源郷(ザナドゥ)に導く……! それが俺、"仮面ライダーザナドゥ"だ!」

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 午前11時57分23秒。

 

「時間だ」

「待ってくれ! 一体何をするつもりなんだ!?」

 

 身体を起こしたザナドゥに、ゼロワンは問いかける。

 

「……なあ、或人」

 

 ザナドゥは宙を仰いだ。

 

「“皆”の夢が叶う桃源郷(ザナドゥ)ってのは……どうやったら実現できると思う?」

「え?」

「ミンツは全てのヒューマギアが滅んだ世界が見たいという。バリーはスクールアイドルへの夢をまた見たいという。ある者は女にもてるハーレムの世界、ある者はいくら食べても太らず健康でいられる世界……。皆が皆、違う夢を抱いているのに……その全てが叶う世界なんて、本当に作れると思うか?」

「それは……」

 

 ゼロワンは言い淀む。できない、とは言いたくない。しかし、そんなものができるかと言われれば甚だ疑問だ。もしかするとザナドゥには何か策があるのか、とも思う。

 

「……できるの、かな」

 

 その答えにザナドゥは、溜息を通り越して空気の嘔吐のように息を吐くと────

 

 

 

「ンなモンできるワケねェェェ~~~~だろ~~~がよォォォォォ!!!」

 

 

 

 苛立ち紛れに絶叫した。ゼロワンはビクッ、と驚く。

 

「どいつもこいつも自分本位で身勝手な夢ばっかり口にしやがって!! シンクネットにすがらなきゃ生きていけねえゴミ共は違うなやっぱ!! 脳ミソパープリンの下痢グソ共がよ!!」

 

 誰にも言えなかったのであろうその苛立ちを、彼はゼロワンに吐露する。

 

「……けど、それは俺だってそうだ。もう二度と戻れないお笑いコンビに夢を見て、それを取り戻したいって身勝手な夢を見てる」

 

 自嘲気味に呟き、ザナドゥが手をかざすと────床から、ボタンのついた台が現れた。

 

「現実的に考えて、無理なんだよ。だから……”夢”の世界で、”夢”を見る」

 

 ザナドゥがボタンに歩み寄った。

 

「この建物自体が、ナノマシンの製造プラントになってる。この長い間、信者に作らせたアークのレプリカを媒介にしてナノマシンが生産され続け……一発で地球を覆えるほどになった」

「……まさか!?」

 

 ゼロワンには、もう察しがついたようだった。

 

「このボタンを押すと同時にナノマシンが解放され……全世界の人間の脳に入り込む。ナノマシンは彼らの脳をスキャンし、一定の条件を満たした人間の人格をこのサーバーに転写する」

 

「そしてサーバーの中で、それぞれが自分の夢が叶った世界の幻覚を見るってわけか……!」

 

「お前にしちゃ察しが良いな、その通りだ。けど、全世界の人間の意識を管理できるほどサーバーに要領は無い。だから、条件をつけた。脳波や感情の数値が一定の閾値に達した者……今、夢を見ている者だけが、夢かなう桃源郷(ザナドゥ)に行ける」

 

 ザナドゥはボタンにつつっ、と指を這わせる。

 

「そして意識が無く残った生きているだけの肉体はナノマシンによって管理され、レイドライザーでレイダーとなってサーバーの物理的な管理を担当する。ナノマシンで半永久的に肉体だけが生き続けるってわけだ」

 

 これで、そもそもの疑念だった“サーバーは誰が管理するのか?”の答えも出た。しかしながら……

 

「そんなこと……させるか!!」

 

 ゼロワンは当然それを許さず、ザナドゥに飛びかかった。クラスターセルを伸ばし攻撃するが、ザナドゥも負けじと蓮の花を生成しそれを受ける。互角だ。

 

 午前11時59分48秒。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 午前11時59分48秒。

 侑は、ゆっくりと息を吸い────

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 午前11時59分51秒。

 

「カンタカ!!」

 

 瞬間、バリバリと壁を破り、ザナドゥの”マシンカンタカ”が思い切りゼロワンに体当たりをかました。ゼロワンは不意打ちに倒れ伏し、痛みに声を上げる。

 

「だめだ郷太ぁぁぁぁ!!」

 

 或人の脳裏には、イズが、ライダー達が……そして、この世界で出会った少女たちの顔が浮かんでいた。

 彼らの未来を奪うことなど、許されるはずもない。

 何より、誰かの未来を奪ってしまえば……枝垂郷太は、きっともう後戻りできなくなる。ザナドゥは一瞬びくっと反応したが、

 

「私は……」

 

 それを振り切るかのように────

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 午前11時59分58秒。

 侑は、観客に向けての第一声を発した。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

「“フツ”だぁぁぁぁぁ!!」

 ボタンを叩き殴った。

 

 午後12時、ジャスト。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 午後12時、ジャスト。

「皆さんこんにちは! 虹ヶ咲学園、スクールアイドル同好会です!」



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Part7

「私は……“フツ”だぁぁぁぁぁ!!」

 フツは迷いを振り切るかのように、ボタンを叩き殴った。

 

 午後12時、ジャスト。

 その瞬間、

 

 

「『皆さんこんにちは! 虹ヶ咲学園、スクールアイドル同好会です!』」

 

 

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「……は???」

 

 あまりの出来事に、ザナドゥは固まる。その直後、ゴウンと轟音が響き、シンクネットの本拠地がびりびりと揺れた。何が何だかわからないうちに、

 

「『今日は暑い中、ニジガクの皆の為に集まってくれてありがとう!』」

 

 侑のMCが、本拠地全体に響き渡る。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「『スクールアイドルフェスティバル、皆どうだった!? たくさんのスクールアイドルがいて、ときめいたアイドルがいっぱいいたんじゃないかな?』」

 

 森の中で戦闘を続けるライダーとシンクネット信者達にも、その声は響いていた。

 

「何だこれは……!?」

 

 ランペイジレイダーは全くの予想外の事態に、かなり困惑している。

 

「飛電或人がやってのけた、ということだ」

 

 バルキリーはその隙を逃さず、チーターの脚力で相手の胸元に蹴りを入れる。

 

「私たちも……」

 

 バルキリーは、持参していたアナザーランペイジガトリングキーを手に取った。

 その時、轟音と共に本拠地の一角が爆発する。

 一同がまた呆気にとられた直後、うおおおおおおっという声と共に、バルカンが人間二人を抱えて爆風に乗って落下してきた。即座に迅がそこまで飛び、バルカンを掴むとゆっくりと着地させる。

 

「助かったぜ」

「これぐらいはね。それより、その二人が……?」

「……ああ」

 

 二人が会話を交わす最中、バリーの本体の女は力ずくでバルカンの腕の中から抜け出すと、郷を引っ張って逃げ出そうとした。

 

「おい待て!!」

 

 バルカンは二人にショットライザーを向けるが、郷の姿を見ると一瞬躊躇いを見せた。

 バリーの本体の女はそのまま逃げだそうとしたが、郷はそこでゆっくりと立ち止まった。

 

「何やってんだよダボが!! 逃げるんだよ!!」

 

 女は怒鳴るが、郷は振り返り、真っすぐにバルカンに視線を向けていた。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「この間のスクフェスに来てくれてファンになってくれた人も! 気になって、今日初めて来てくれた人も! どっちも皆楽しめる、最高のライブにしたいと思ってます!」

 

 壇上で物怖じせず観客を相手取る侑に、観客達は圧倒されていた。

 今日の高咲侑は、まるでシド・ヴィシャスと見紛わんがばかりのパンクファッションに身を包んでいる。

 既成の概念をぶち壊し、新しいときめきを贈りだすという挑戦の意図を込めたチョイスだ。

 

(届いてる……? 或人さん)

 

 侑は自らの発案が成功しているか、その一点が不安だった。少なくとも、12時を過ぎた今の時点で何も起こらないということは……

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「やったよ……! 侑ちゃん……」

 

 ゼロワンはボタンを押されてしまったことを悔恨として胸に刻みつつも、自分の立てた計画のすべてが成功したことに安堵していた。

 12時に発動するナノマシンによる全世界の掌握は阻止され───もう一つの目的である、「今のこの場にライブを配信で届けること」にも成功していた。

 

「ありがとう垓さん……! ボタンを押された時は一瞬やばいって思ったけど、なんとk」

「一体……何をしたんだお前はァ!!」

 

 瞬間、強烈な蹴りがゼロワンに叩きこまれる。怒りに燃えたザナドゥの、渾身の一撃だ。

 

「ゼロツードライバーとゼロツーキーで、ちっちゃなスピーカーを大量に作ってここに登ってくるまでに不破さんと俺で撒いてきた……! 向こうの音響と俺達のZAIAスペックを繋いで、その経由でここまでライブを配信でお届けだ!」

「何のためにそんなことを……!!」

「歩夢ちゃんが!! ニジガクの皆が!!」

 

 ゼロワンは彼女らの顔を改めて思い浮かべ、

 

「お前と、お前の仲間達皆に……聴いてほしいって言ったからだよ!!」

 

 びしっと指を差す。

 

「『今日のライブは、夢を見てる人、夢をあきらめそうな人には特に聴いてほしいな!』」

 

 合いの手を入れるかのように、侑のMCが入ってくる。

 

「『辛いことや、苦しいことだってあるけど……』」

 

 その言葉は、

 

「『夢を見るのって、やっぱり楽しいと思うから!』」

 

 シンプルに、彼らの心に突き刺さった。

 

「……いいなあ」

 

 ザナドゥは意外にも、ぼそりとそう呟く。

 

「羨ましいよ。本当の辛さや苦しさも知らずに、夢をただ純粋なものだと思える彼女達がね」

「そんなこと……!」

「ナノマシンはもう駄目みたいだな。どうやった?」

「……ここに来る途中で幹部を倒した時に、部屋を見つけた。中にはこの建物の中の全体の機械を見渡せるブリッジがあって、何かの工場みたいだった。近くに12時に向けてカウントしてるタイマーもあったし、何かするんならこれだ! って思った」

「……それで?」

「倒した幹部達のレイドライザーをパイプや機械にいくつか巻きつけて、12時に干渉波が出るように奪ったアバドライザーをZAIAスペック経由でプログラム仕込んで置いてきた。あとはレイドライザーが爆発して誘爆して……」

「爆発した結果もっとやばいことになる、とか考えなかったのかよ?」

 

 そう言われて、ゼロワンはあっ、と声を上げた。

 

「……確かに!」

「やっぱそういうとこ詰めが甘いんだよお前。もっと頭使って……」

 

 そう言いかけて、ザナドゥは頭を掻く仕草をした。

 

「まあ、お前と天津垓にしてやられたってとこだな」

 

 実際のところ、或人はフツを止める前に既に正午の計画始動に対し彼なりに手を打っていたことになる。それに対処できなかったフツの方が、結果としては負けなのだ。

 まるで教室で談笑するかのような二人の会話。

 しかし、

 

「……何をしてくれてんだよお前はァァァァ!!!」

 

 いきなりキレると、ザナドゥは蓮の蕾型のオーラを拳に纏わせ、ボクシングのグローブの要領で思いっきりゼロワンを殴りつけた。

 ゼロワンの身体は吹っ飛ばされ、祭壇の間から十数メートル下の円筒状のホールの最下部まで落下する。その勢いで、変身も解除された。

 

「……お前を倒す」

 

 ザナドゥは蓮の花を空中に生成しながら、それらを段にしてたっ、たっ、と飛び移り或人のいるホールの下層まで降りて来る。

 

「今日のこの日が駄目なら、明日上手くいくよう今頑張るしかない。明日駄目なら明後日、明後日駄目なら明々後日……!」

 

 信者達を、身勝手、自分本位と罵りながらも、

 

「俺には『教祖』としての責任があるんだ!!」

 

 彼らがこの場に託した想いを無下にすることなど、”フツ”には出来る筈もなかった。

 

「『それじゃあいよいよ、スクールアイドルの登場です!』」

 

 会場の方では、パフォーマンスが始まろうとしているらしい。

 

「教祖の責任、か」

 

 或人の眼に、迷いはない。

 

「……皆の夢の為に?」

「俺の夢の為でもある」

「俺と、またコンビが組めたらって?」

「ああ」

「だったら……」

 

 或人は息を吸い、

 

「またやろうよ! 俺達で!」

 

 一番言いたかったことを、伝えた。ザナドゥは一瞬驚くが、すぐにハアッと息を吐く。

 

「できるかよそんなモン!」

「できるって! やりたかったんだろ!?」

「やりたいかどうかとやれるかどうかは別だろうが!! 今のお互いの立場考えろバカ!!」

「バカって何だよ!」

「バカだからバカって言ったんだよばーか!!」

 

 或人にはわかる。

 ザナドゥは、仮面の下で───泣いていると。

 あるいは、その心が。

 

「……俺が止める。絶対に」

「やれるもんならやってみろよ。体育も俺の方が成績良かったよなあ、オイ」

 

 或人は答えず、

 

“JUMP……!!”

 

「とっておき」を起動させた。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「くだらない……!」

 

 ランペイジレイダーはクラッシングバッファローの力で突進をかけるが、バルキリーは飛び上がってすんでのところでそれを躱す。

 

「くだらないか?」

「当然だ! 耳障りで仕方が無いよ、何の疑いも持たずに……夢が素晴らしいものだと信じている子供の歌なんてなァ!」

「何の疑いも持たずに、夢を素晴らしいものだと思う……か」

 

 その言葉には思うところがあった。

 刃唯阿は元々ドライな現実主義者。ヒューマギアは道具だと思っていたし、夢夢夢夢とうるさい飛電或人のそのスタンスには辟易したこともあるぐらいだ。

 

「確かに、愚かさもある考え方だ。……けれど」

 

 だが、それでも。

 

「そういうのも、なかなか悪くない。今はそう思える」

 

 夢を見ること、何かを心に抱いて生きていくこと。その力の強さは、この一年で何度も目にしてきたのだから。

 ランペイジレイダーがまた何か言おうとした時、

 

 

     眼を閉じれば思い出す 故郷の景色

     それだけで優しくなれる あなたにも 誰にも

 

 

 歌声が優しく響き渡る。一番手は、エマ・ヴェルデ。

 戦場には音声のみの配信だが、会場では璃奈が趣向を凝らしたプロジェクション・マッピングで、映像と共に歌詞と曲名が立体的に映し出されている。

 曲名は……

 

 

『Evergreen』

 

 

     遠く離れたこの街 きっとそれは変わらない

     大地を吹き抜ける風 生きる人も

 

 故郷から日本に来て、故郷の素晴らしさと今生きる場所の素晴らしさ、その両方を胸に感じ歌い上げる歌。その歌は、同じように自分の世界とこの異世界、両方で生きる人間の夢を見る姿に感じ入った刃の心に染み入ってくる。

「はっ!!」

 ショットライザーを撃ち放ち、ランペイジレイダーに銃撃が飛ぶ。ランペイジレイダーも負けじと、ガトリングヘッジホッグでの強化ガトリングで辺りに弾を飛ばしまくる。

 激しい銃撃戦の中でも、歌は響く。

 この戦いをいつの間にか手を止め呆然と眺めていた信者の一人は、それが戦いを諫め両者とも包み込もうとする、慈愛の女神の声に聞こえた。

 

 

     どこまでも広がっている エヴァーグリーンと空

     降り注ぐ太陽も みんなを受け入れてくね!

     そんな風に抱きしめたい 誰の心も

     ねぇ、今 こんな願い

     込めて歌うの!

 

 

 バルキリーは思った。こんな時にそんな気持ちを感じるのは良くないかもしれないが……

 まるで草原の上に立ったように、清々しい気持ちだと。

 チーターの脚力で駆け出すとバルキリーは相手の隙を突き、蹴りを叩きこむ。

 この歌のように清々しい気持ちに皆がなれるよう、迅速に戦いを終わらせねばと。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

     それぞれが描いている

 

(届いてる……? みんな! 刃さん!)

 

     大切なもの

 

(私、みんなに戦うより……)

 

     思いながら さあ踊ろう

 

(誰かの手を取ってほしい! みんなの心をぽかぽかにしたい!)

 

     La la la……

 

 エマは歌に乗せて、そう心で叫んだ。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「おい、何してんだよ」

 

 信者の一人は、動きを止めていたアバドンに声をかける。

 

「俺……」

「あ?」

「やめるわ」

「ああ?」

 

 アバドンは自分からアバドライザーを投げ捨てると、「LOG OUT」の文字を残し消失した。

 互いに顔も合わせず、それぞれの場所にいるが……エマの歌は、間違いなく彼の心を暖めたのだ。

 

(そうだろうな……!)

 

 バルキリーも同じように感じ入りながら、ショットライザーをトンファーの要領でランペイジレイダーに直接叩きこむ。

 

(私に夢は無い。だが信念がある。それは今も変わらない)

 

 ランペイジレイダーの強靭なボディに、少しずつ傷がついていく。

 

(だが今、心が暖かい。……きっとこれが、夢を持った時と同じような気持ちなんだろうな)

 

 

「刃さんの心も、ぽかぽかにしてあげられたらいいな……!」

 

 

 エマがかけてくれた何気ない言葉が、彼女の心で反響する。

 

(ああ……ああ!)

 

 心で叫びながら、ランペイジレイダーが反撃しようとするのを感じ、バルキリーは蹴りを入れて相手との距離を取った。

 ぐウ、とランペイジレイダーは唸る。

 

「舐めるなァ!!」

 

 ストーミングペンギンの竜巻で周囲のアバドンやレイダーを巻き込み、それらがバルキリーへと嵐の中の石の如くぶつかる。バルキリーはダメージを受け、地面に倒れ伏した。

 

「私には夢がある……! 叶えたい夢が!!」

 

 ランペイジレイダー───ジョンは、負けるかとばかりに己の心を叫んだ。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 会場ではエマの曲が終わり、照明が果林の高貴さと力強さを感じさせるロイヤルブルーに変わる。

 観客席の姫乃は、内心きた!とばかりに歓喜し手に持ったペンライトを握る手の力が強くなった。

 

(『Starlight』! 『Wish』! 今日の果林さんは、どんなクールな曲を見せてくれるんですか……!?)

 

 彼女がそう期待の声を心の中で響かせた時、

 

 

『Fire Bird』

 

 

 ラテン系の激しいイントロが響きはじめ、

 

「!?」

 

 クールさとは真逆、炎のように激しいフラメンコダンサーのような衣装を纏った果林が壇上に立った。

 

「今までとは違う朝香果林を、見せてあげるわ!」

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

     瞳に焼き付けて

     炎のように踊る

     もう、狂おしいほどに

     誰にも消せない Dream

 

「今までとは違う……か」

 

 戦場にも響いた果林の声と歌声を聞きながら、バルキリーは立ち上がる。

 目の前ではランペイジレイダーが、バルキリーを倒さんと構えを取ろうとしている。

 

 

     汗が滴る 濡れた素肌に

     思うがまま体うねらせる

 

 

「私も勇気を出す時だ……」

 

 

     目が合うだけでまた加速する

     熱を増した夢は止まらないわ

 

 

 バルキリーは意を決し、

 

 

     もう籠の中の鳥はやめたのよ

 

 

“RAMPAGE HUNT!”

 全く新しい力を、解き放った。

 

     高く高く自由に空を羽ばたいてる

 

「……変身!!」

 

“ALL-SHOT-RISE!”

 

 アナザーランペイジガトリングキーの中に格納された、十種のライダモデルが解放される。そしてそれらは弾丸となり、周囲を蹴散らしながらバルキリーの身体へと着弾し──────

 

     熱く燃えたぎる翼に

     本気の舞をも乗せて

     胸に宿るこの魂

     共鳴して生まれるリズム

 

“Gathering Round! ランペイジガトリング!”

“バッファロー! ホエール! ライオン! ペンギン! パンダ! ヘッジホッグ! ジラフ! スタッグ! ホースシュークラブ! ジャッカル!”

 

 ファイティングジャッカルレイダー同様に黒を基調としながらも、獣たちに彩られた虹色の装甲を纏ったバルキリーが完成していた。ランペイジバルカン同様の重装甲ながら、バルキリー本来の機動性に合わせて軽量化が為されている。

 

 これこそ、”仮面ライダーランペイジバルキリー”。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

     瞳に焼き付けて

 

(皆の期待に応える、最高の朝香果林も悪くない)

 

     炎のように踊る

 

(……けど!)

 

     もう、狂おしいほどに

 

(皆が予想もつかないような、新しい朝香果林はもっと悪くない!)

 

     誰にも消せない Dream

 

(私は常に、最高の自分を塗り替えていくから!!)

 

(……刃さんも、そうでしょう?)

 

 激しいダンスと、その気持ち。

 どちらの方が熱いかわからなくなるぐらいに、昂った空気。果林の発するその熱気に、観客も昂ぶりが止まらない。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「……技術者が技術剽窃か?」

 

 ランペイジレイダーは苛立ち紛れにバルキリーを睨む。

 

「今ある手札は全部切る、それだけのことだ」

 

 ランペイジバルキリーがそう答えた瞬間、

 

「消えた!?」

 

 バルキリーの姿が消える。ランペイジレイダーは当惑するが、

 

「ジョン様ァァァァ!! 後ろでスゥゥゥゥゥ!!」

 

 アバドンが叫び、ランペイジレイダーは振り向く。しかし、

 

「はあっ!!」

 

 バルキリーは信じられない速度で、振り向いた瞬間のランペイジレイダーに蹴りを連発して浴びせかけていた。

 ファイティングジャッカルのスピードに加えて、クラッシングバッファローとスプラッシングホエールの重みのあるパワー。

 加えてインベイディングホースシュークラブの堅固な装甲に覆われているため、ヒットするだけで重みと硬さがそのままダメージとなる。

 

「やるな……!」

 

 エキサイティングスタッグの能力で、ランペイジレイダーは全身から鋭い刃を現出させる。バルキリーの蹴りはこの刃とぶつかってダメージが相殺されはじめ、バルキリーは一度足を引っ込める。

 

「我々の桃源郷を……邪魔などさせるかァ!!」

 

 ダイナマイティングライオンのダイナマイトを、ガトリングヘッジホッグのガトリングで連続発射する形での爆撃に近い攻撃。だがバルキリーはこれを、

 

“ウェザーランペイジ!”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

         

         

         

         

         ジ ウ ェ ザ ー ブ ラ ス ト

 

 弾丸が放たれるとスパーキングジラフ、スプラッシングホエール、ストーミングペンギンの三つをかけ合わせた小型の嵐が巻き起こり、ランペイジレイダーの放った爆撃は全て上空へと巻き上げられ、そこで爆散する。

「何だと!?」

 

“ファイアランペイジ!”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

         

         

         

         

         ジ フ ァ イ ア ブ ラ ス ト

 

「はああああ────っ!!」

 

 今度はバルキリーが、ダイナマイティングライオン、スカウティングパンダ、ガトリングヘッジホッグをかけ合わせた最大火力弾をお見舞いする番だ。着弾した最大火力のものすごさに、ランペイジレイダーの装甲が一部吹き飛ばされる。

 

「まだ……まだァ!!」

 

 ランペイジレイダーはスパーキングジラフの電撃を腕に纏って殴りかかるが、バルキリーはこれを腕の装甲でがしっと受けた。電流が流れダメージはあるが、それでもこれが有効な防御だ。

 

「諦められるか……!! 夢叶う場所を!! 私達の希望を!!」

「どんな夢かは知らない。……けれども」

 

 バルキリーは膠着状態から、蹴りを相手の腹に思い切り見舞って距離を取る。

 

 

     時がどんなに経とうと

     灰と化すことなんて無いわ

 

 

「その夢の為に、夢あふれる今のこの世界を消させるわけには……いかないんだ」

 

 

     瞳を閉じたらそこに感じるもの

     さあ私と……!

 

 

“オールランペイジ!”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

         

         

         

         

         

         オ ー ル ブ ラ ス ト

 

 十種のライダモデルすべての力を結集させて、銃身が焼けつくかと思うほどのファイアランペイジを越える最大火力。

 その反動を抑える為、ランペイジバルカンよろしく背中にはファイティングジャッカルのテリトリーサイズ型のオーラが現出し、地面に突き刺さることで安定を与える。

 かつて望まぬ形で振るった武器が、今は彼女を守るかのように。

 放たれた最大火力は瞬く間にランペイジレイダーとその周りのアバドン達を吹き飛ばし、全員のアバターを爆発と共に完全消滅させる。

 レイドライザーやアバドライザーの残骸が散らばり、バルキリーの目の前に転がってきた焼け焦げたジョンのアナザーランペイジガトリングキーが、音を立ててショートし砕け散った。

 

「やったぞ……!」

 

 遠く離れた学園でライブという心の戦いを繰り広げるスクールアイドル達に思いを馳せながら、バルキリーはその勝利を噛みしめた。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「逃げられない……みたいじゃん」

「その通りだ。我々は1000%の力で、お前達を止めるからな」

「その言い回しイタいんだよ、オッサン」

 

 バリーの本体の女は、自分の所に駆けつけてきたサウザーを睨みながら憎まれ口を叩いていた。

 

「まさかあの生意気な小僧の正体が、女だったとはな」

「……だったら何? ボクが女なら見逃してくれるっての?」

「まさか」

「だろーね」

 

 ハッ、と息を吐き、女は近くのアバドンに声をかける。

 

「おい、お前」

「あ? 俺っすか」

「一回声かけたらわかれよそーだよ! お前のアバドライザー貸せ、ちょうどスラッシュだし」

「ええ……?」

 

 アバドンは嫌そうな声をあげるが、

 

「いいから貸せっつってんだろーがダボカスがよォ!! てめーの家特定してチンポ引っこ抜くぞ下痢グソが!! ボクは幹部だぞ!!」

 

 女はいらいらと生脚で小刻みにアバドンを蹴る。そのさまを見ながら、サウザーは”奇妙”だと思った。

 女の頭の左半分だけが、長く伸ばした髪で覆われている。だがそれはまるでファッションと言うよりも……その表情のわからなさが、ただひたすら頭の左半分を覆い隠したいように見えるのだ。

 瞬間、ぶわっと風が巻き起こる。バルキリーがランペイジレイダーの攻撃を巻き上げた、ランペイジウェザーブラストによる小さな嵐の余波だ。

 その風で、女の左半分の髪がめくれ上がり……

 

「うわッ!?」

 

 その下に見えたものに、アバドンが声を上げた。

 

「い……今の……」

 

 アバドンは目の前でしまった、という顔をしている女を見ながら声を震わせ、

 

「化け物……」

 

 ついうっかりと、思った通りにそう言ってしまった。

 サウザーも、目の前で見たそれに何も言えぬままだ。

 

「化け物?」

 

 女の中で、

 

「……よくも言いやがったなてめェェェェェェェ!!」

 

 何かが切れた。

 アバドンの腹からスラッシュアバドライザーを外した上に足をかけて転ばせると、彼女はそれで相手を突き刺し始めた。

 

「何がわかるんだよ!! ボクの何がわかるんだよてめェに!! 死ね!! 死ね!! 死ねよションベンチビリのヘナチンインポヤローがよォォコラァァ!! マジで死ねよ!!!」

 

 アバター相手に意味はあまり無いが、その突きは首、太もも、鳩尾と急所ばかり狙っている。アバドンはひいいィィィと声を上げるが、全くお構いなしだ。

 

「好きでこんな顔になったと思ってんのかよ!!」

「あ、あの」

「……思ってんだろ?」

「その」

「思ってんだよなあオイ!? 何か言えよアッパラパーが!! 何か言えつってんだろ死ねカス!!」

 

 またぐしゅっ、ぐしゅっ、と突き刺さる音がする。アバドンは耐えられず、自らログアウトしアバターが消えた。

 女は一瞬動きが止まるが、すぐにがあああああと衝動的な叫びを上げた。

 

「返せよ!! 返せ!! ボクの顔を返せ!! 仲間を返せ!! 親友を返せ!! 輝きを返せ!!」

 

 それはもう、誰かに言っているのではない。

 今この場でこうしている自らの境遇を呪う、憤りの叫びだ。

 

「ボクの人生……返してよぉ……」

 

 叫び疲れたのか、最後に弱気な本音が漏れた。

 

「……気は済んだか?」

 

 サウザーは同情するでも憐れむでもなく、ただ目の前の女を見ていた。

 

「……何か言えば?」

「別に。どうしてそうなったかは知らないし興味も無い。ただ今は……」

 

 

「『はーい皆さん! 世界でいっちばんかわいいかすみんを、見ててくださいね!』」

 中須かすみの声が、その場に響く。

 

 

「この世界が明日も夢を見られるよう、戦うだけのことだ。1000%の尽力で」

「……イラつくんだよ!!」

 

 

『無敵級*ビリーバー』

 

     Woh who-oh mirror on the wall

     Who who ほら笑って

     Woh who-oh mirror on the wall

     Believe in myself

 

 

「スクールアイドルなんて、大嫌いだ……!」

 

 女はそう呟くと、長く伸ばした左側の髪をずるう……と引っ張って外し、地面に投げ捨てた。

 ウィッグだ。

 代わりに懐に忍ばせていたシェイディングホッパーキーを取り出すと、

 

“SHADING HIT!”

“THINKNET-RISE! シェイディングホッパー!”

“────When You cloud,darkness blooms.”

 

 アバターではなく、生身でのアバドンへの直接変身。

 見せたくない自分の素顔を隠すための、”仮面ライダー”。

 

「うおおッ!」

 

 スラッシュアバドライザーで切りかかるも、サウザーはこれをサウザンドジャッカーでがっしりと受ける。

 一瞬力が拮抗するが、サウザーはすぐにジャッカーを上に振り上げてその均衡をずらすと、ジャッカーの先で相手の手元を突きアバドライザーを叩き落とした。

 

「……仮面を被る理由は、人それぞれだが」

 

 イジられ嫌われ、何かとうまくいかないこともあるが、

 

「現実から逃げる為に仮面を被った相手に、私達が負けるわけが無い」

 

 天津垓は、社長としていち組織を背負ったほどの男なのだ。

 巨大な責任を背負ったその経験値の大きさが、アバドンには威圧感のある強大な存在に見えた。

 

「私『達』?」

「そうだ。やり方は違えど……」

 

 

     この世界中でたった一人だけの私を

     もっと好きになってあげたい

 

Illustration by すずらん(@kiramori_s)

 

「私達はそれぞれの場所で戦っている! 1000%の力で!!」

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

     Hey! Girl in the mirror!

 

(世界で一番かわいいって信じてるし、信じたい。信じてほしい!)

 

     鏡の向こう 笑顔の魔法かけよう

 

(いつだって今が一番かわいくて最高なかすみんを、皆に見てほしい!)

 

     とびっきりキュートに笑ってみようよ

     自信が湧いてくるでしょ

 

(だから歌うの!)

 

     顔上げて I’m a sweetie cutie braver

 

(かわいさ1000%でお届けする、パフォーマンスと一緒に!!)

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 ()(みち) 巴美(ともみ)は、“主人公になれなかった女”だった。

 

 長野県の小さな温泉旅館の娘として育った彼女は、山をひとつふたつ越えれば東京だというのに、史跡や観光地、温泉と「よそから来た人を楽しませるもの」に溢れていながら、「自分たちが楽しめるもの」が少ない現状に年齢を重ねるごとに不満を抱くようになった。

 

「くるみそばもいいけど、原宿のクレープが食べた──い! んも~~~~!!」

 

 さりとて街が嫌いかと言えば、そんなことはない。

 緑にあふれ、前述の通り、よそから来た人が楽しんでくれる街。

 たくさんの人が街を楽しみ、良い街だ、楽しかった、素敵だと言いながらそれぞれの場所に帰っていく。

 小さな頃から旅館でずっとそういうものを見てきた彼女にとって、それは日常であり、年齢を重ねるごとにその素晴らしさがわかるものだった。

 

 やがて、彼女は高校生になった。

 地元の、素朴で可もなく不可もない”普通”の高校に、幼馴染二人と一緒の進学。

 

「トモちゃんは部活、何にするの?」

 

 明るく笑顔がすてきな阿久(あく) (ねい)は、新学期が始まって一週間ほど経った日の放課後にそう聞いた。

 

「何がいいかなあ……」

「巴美は中学も帰宅部だったからなあ」

 

 ちょっと気取ったところがあり王子様のようだと言われる小津(おづ) つぼみは、居住まいを正すペンギンのような所作で快活に笑った。

 

「だって家の手伝いあるしさ! つーちゃんこそどーすんの、やっぱり中学と同じで演劇部?」

「いや、私は……新しい表現にチャレンジしたい気持ちもあって、迷ってる」

 

 その日はそれで解散になった。

 巴美が家に帰ると、東京から女子高生のグループが泊まりに来ていた。どうやら自主的な合宿らしい。

 年齢が近いこともあって、彼女は夕食を部屋に運んだ際に自然と打ち解け、彼女達から色々と話を聞いた。

 

「スクール……アイドル?」

 

 東京を中心に、今や全国に広がる人気の部活。

 学生が曲を作り、ダンスを考え、アイドルとして切磋琢磨する。彼女達もまたその活動の一環として合宿に来ているのだと言うのだ。

 今まで聞いたこともない概念に、彼女は夢中になった。

 リーダーの緑川(みどりかわ)真乃(まの)の熱の入った解説もまた、スクールアイドルの世界へのわくわくを高めてくれる。

 

「これなんか見てよ、伝説である初代と二代目優勝校は当然として……”ラブライブ”の歴代優勝校の中でも特に凄いよ、”Aqours”は!」

『WATER BLUE NEW WORLD』。

 

 Aqoursが全国大会で披露し、優勝を飾った伝説のステージ。

 

「すごい……!」

 

 それからの巴美は、もう夢中だった。

 

 学校こそ廃校になったが、その伝説的なパフォーマンスと精一杯の努力によって、今も学校の名前は伝説として語り継がれている。青春の輝きは一瞬だが、それは語り継がれ、人々を魅了し続ける。

 加えてAqoursの高海千歌が、自分と同じ旅館の娘だというところも親近感が湧いた。

 

「やろうよ、スクールアイドル!」

 

 寧とつぼみは最初こそ戸惑ったものの、幼馴染の今まで見せたことの無い熱意にあてられ、自分達もやってみるかとそれに乗った。

 

「スクールアイドル部、ね」

 

 三年生で生徒会長の江戸(えど)()みくは、三人の申請書に渋い顔をした。

 

「やめておいた方がいいわ」

「……どうして?」

「どうしてでも、よ。どちらにしろ、五人いなければ部としては認められないわ」

 

 侃々諤々の末、三人はとりあえず勧誘活動として一度体育館でライブをする約束を何とかみくと取りつけ、懸命にその準備に明け暮れていった。

 

「やーやーやってるねえ! 君達一年生の頑張りに、お姉さんは敬意を表する! 校内一の情報通、新聞部二年の相津(あいづ)パメラとはお姉さんのことだよ!」

「取材したいって言ってたの、先輩ですか……?」

「そーそー、キラキラした名前だから覚えやすいでしょ? 覚えてねぇぇ~~! パメラがキャメラ構えてやってくる、でひとつよろしく!」

 

 アメリカ人とのハーフの、騒がしいその二年生にライブの宣伝用の取材記事を書いてもらった後、巴美は聞かされた。

 生徒会長には双子の妹がいてスクールアイドルを始めようとしていたが、彼女が事故で亡くなった為に意図的にスクールアイドルを避けているのだ、と。

 

「ホントはこういうの、他人が勝手に話しちゃダメなことなんだけどね。ただ、生徒会長がただいじわるしてるだけじゃない、ってのは解っておいてほしいかなって」

 

 その話を聞いて、巴美は、みくの心に寄り添いたいと思った。

 

 そして迎えたファーストライブは、パメラの記事もあって新人にしてはなかなかの成功、と言える出来で終わった。しかしながら、三人で完成しすぎているのでは?と観客に思わせてしまったこともあり、部員は一人もやってこないという厳しい一面もあった。

 

「パメラ先輩! ……一緒に、スクールアイドルやりませんか!?」

「いや数合わせじゃんかさー! お姉さん都合の良い女になるつもりはないんだよなあ~~!」

「それは違うさ」

 

 つぼみがいつになく真面目に言った。

 

「巴美だけじゃない、私達は皆思ってる。一緒にファーストライブを盛り上げてくれた先輩と、楽しくスクールアイドルがしたいって」

 

 その後、押したり引いたりの問答と、寧が作ってくれた新曲を目にした末に……

 

「……しょーがないなあ! 君達にそこまでされてそこまで言われたら……もう断れないよ!」

「言っとくけど、お姉さんは君達のファン第一号で、ファンでいたかったんだからね? 三人で完成してるって思ったのは私だってそーだし!」

「これからは、パメラがキャメラ構えられる側になっちゃうなあ~~!」

 

 パメラを仲間に加えた後の、最後の一人は決まっている。

 

「……生徒会長! 一緒に、スクールアイドルやりましょう!」

「……いいえ、私は」

「妹さん、でしょう?」

「!!」

「亡くなった人の気持ちは誰にもわからない。妹さんはスクールアイドルを続けてほしいと思ってるはずです、なんてボクには言えない。……でも!」

 

 巴美はみくの両肩を掴み、

 

「生徒会長はどうなんですか!? 本当の本当に、スクールアイドル、やりたくないんですか!?」

 

 そこからはもう感情の洪水だ。

 やりたくなかったわけじゃない。やりたくないわけがない。

 ただ、妹は志を果たせなかったのに自分が楽しんでいいものかと、そう思っていたのだ。

 

「本当の本当の本当は……やりたい! あの子が見られなかった景色を私が見たい! 何より、私自身の輝きを追いかけたい!」

 

 そうして、五人はひとつのグループになった。

 地元で何度もライブを行い、ラブライブ出場に向けての練習を重ねた。ネットに上げた動画はそこそこの評価を得て、県外にもファンが増えてきた。

 

「ボクたち……”I(アイ) dea(デア)”です!」

 

 英語で発想を意味する”idea”と、ラテン語で女神を意味する”dea”をかけ、”I(私は) dea(女神)”と名乗りを上げる。それはかつて伝説を作った、”9人の女神”への挑戦でもあった。

 小学生のころから何となくクセになっていた巴美の”ボクっ娘”なところも、新鮮で蠱惑的だと密かに話題になった。

 元よりショートヘアが似合い中性的な魅力のある彼女は、男女を問わず人の心を虜にした。

 

「巴美ちゃーん!」

「うわあ~~! 来てくれたんだ!」

 

 その日は、地元の秋祭りの日だった。

 巴美にスクールアイドルの素晴らしさを教えてくれた東京のグループとも交流が生まれており、リーダーの真乃が秋祭りのステージに出るIdeaを応援しようと声をかけわざわざ足を運んでくれたのだ。

 

「最近すごい調子良いじゃん! 半年でここまでになるなんてね!」

「ありがとう! スクールアイドルランキングもぐんぐん上がっていってて……!」

「いつの間にか、うちら抜かされちゃったもんねえ」

「あっ、その……」

「いやいや気にしないで! スクールアイドルは食うか食われるかだからさ!」

 

 そして、ステージの時間がやってくる。

 

「トモちゃん、緊張してる?」

 

 寧。

 

「ねいちゃんこそ」

 

 巴美。

 

「ははは、二人とも大丈夫か?」

 

 つぼみ。

 

「お姉さんが背中をさすってあげよう! ほーら大丈夫だ大丈夫だ~~……」

 

 パメラ。

 

「その、終わったら……一緒に出店、回りましょう?」

 

 みく。

 

 奇跡のように出会った五人の、何気ない、他愛もない会話。

 

「ボク……皆と出会えてよかったな、って」

 

 巴美はその多幸感に、思わず言葉が漏れる。

 

「まだラブライブへの出場だってあるのよ?」

 

 みくが巴美の額をつん、とつつく。

 

「幸せ最高潮、って気分になるのはまだ早いって」

 

 寧が相変わらずの良い笑顔で笑う。

 

「みくさんの卒業までに、この五人でもっと思い出を作りたいな」

 

 つぼみがキメ顔でポーズを取りつつ言う。

 

「写真もいっぱい残さないとねえ! パメラのキャメラがキャパオーバー!」

 

 パメラは相変わらずのおどけっぷりだ。

 

「皆でやろう! このすてきな街を盛り上げて、好きになってもらうスクールアイドル……I deaで!」

 

 巴美がそう宣言し、五人はこれからの未来を誓い合った。そして、ステージに立ち……

 

「皆さん、お祭り楽しんでますかー!?」

 

 その瞬間、

 

「ボクたち、アイd……」

 

 すべてが、霧散した。

 

「……え?」

 

 目が覚めた時にはICUだった。

 身体が動かない。動かせない。

 何が起こったのか、どのぐらい時間が経ったのか、それさえわからない。

 

 何より、左側の視界が真っ暗だ。包帯で処置が施されている。

 

 彼女は乾いていた。飢えていた。

 喉や胃の腑よりも、情報に飢え、乾いていた。

 

 やがて病室に来た看護師と医師からもたらされたのは、情報に乾いた体には刺激の強すぎるヘドのような味の情報だった。

 

 I deaがパフォーマンスを行おうとした瞬間、屋台で調理の為に使っていたガスが原因で爆発事故が起きたのだ。

 

 爆発を起こした屋台のすぐ近くにあった彼女らのステージは崩れ、つぼみとみくは機材の下敷きになり胴体がグシャグシャに潰れて即死。

 パメラは寧をかばい、その勢いでステージから転がり落ちたところで頭にスピーカーが落ち、柘榴のように弾けた無惨な姿となって息絶えた。

 寧は生き残ったものの、爆発のショックと目の前で自分をかばったパメラの無惨な死体を見て精神の均衡を崩し、ちょっとの物音でも大騒ぎし暴れる状態が続いていた。

 そして──────

 

「いやっ!!」

 

 巴美はステージから落ちて気絶し全身の骨を折った後、燃える屋台に顔の左半分から肩にかけてを焼かれた。

 手鏡を見た彼女は、恐怖と絶望で鏡を投げ捨てた。

 

 毛根まで焼け、毛の一本すら頭の左半分には残っていない。

 肌も皆焼け焦げて筋肉が丸見えになり、ところどころ黄色い汁が染み出ている。

 唇が無くなり歯の丸見えになった口からは、せき止める術も無く涎が垂れ続けていた。

 形成外科のドクターが植皮、口唇成形など手を尽くしてくれたが、それでも二度と人前に……ましてや、スクールアイドルなどもう二度とできない顔になってしまったのだ。

 

「なんで……!! なんで……!! なんでぇぇっ……!!」

 

 幸せの絶頂にいたはずなのに。

 これからもっと、最高の物語を紡いでいけたはずなのに。

 その全てを、喪ってしまった。

 加えての不運は、この件でわかった巴美の特異な体質だった。

 植皮に対しての拒絶反応が強く、何度移植しても定着せずグズグズに崩れてしまう。剥き出しになった筋肉の表面が少しずつ突っ張って、外気に触れた時の刺激が気にならなくなり始めた。

 一度院内ですれ違った小学生に顔を見られ、「人体模型が歩いてる!!」と驚かれた時のショックは言葉にしようもない。

 大学病院に転院して形成外科の権威と言われる医師にも診てもらい、手術と植皮も入念に準備を重ねてもらったが、結果は同じことだった。医師は巴美の体質を非常に珍しい症例として、論文にまとめさせてくれと頼みこんできた。

 それ自体はまあ良かったが、

 

「この症例を元に研究を重ねていけば、いずれは同じような体質の人の治療もスムースに行えるはずです」

 

 “いずれは”? 

 “同じような体質の人”? 

 何を言っているのだ。

 治してほしいのは、“今”、他でもない“ボク”なんだが。

 

 ボクはどうなるんですか、とは怖くて聞けなかった。

 体質的にどうしようもないです、とはっきり言われてしまうのが怖かった。医師もそれは察していたのか、根気よく続けていきましょう、定期的に診せてくださいという形で落ち着いた。

 何より嫌なのは、この顔で過ごすことが少しずつ”日常”になりかけていることだった。長い髪のウィッグを買ってもらい、それを着けて隠すことで何とか誤魔化している。いっそのこと『犬神家の一族』の犬神佐清のようなマスクでも被るかと思ったが、右半分はきれいであどけない顔のままの為それも躊躇ってしまうのだ。

 

 学校には行かなくなった。行けるわけがなかった。

 友達も、仲間も、やりがいも、何もかも喪ってしまったのだ。この顔を理解してくれる人なんて、もういないと。

 家に帰ってからは、ひたすら事故のことを調べることに時間を費やした。自分達にどうしようもない理不尽を押しつけた原因は何なのか、知りたかったのだ。

 そして調べる中で、

 

「真乃ちゃん……!!」

 

 巴美にスクールアイドルのすばらしさを教えてくれた、緑川真乃も爆発に巻き込まれて亡くなっていた。

 彼女はまたひとしきり泣いたが、事故の原因が物的証拠の焼失により不明瞭となり真相不明のまま終わろうとしているとわかると憤った。

 

「絶対に……はっきりさせなきゃ!!」

 

 事故の真相を調べようとしていた矢先だった。真乃の妹の梁子(りょうこ)が、わざわざ巴美を訪ねてきたのだ。

 梁子は巴美の顔を見るとヒッ、と声を上げ───

 

「ごめんなさい!! ごめんなさい!! お姉ちゃんのせいで、ごめんなさい!!!」

 

 それだけ言うと、大声で泣き始めた。

 

「……どういうこと?」

 

 そこから梁子は、残酷な真実を語って聞かせた。

 

 真乃は、素人だったはずなのに急成長を遂げ、スクールアイドルランキングで自分達を追い抜かしたI deaを疎ましく思っておりよく愚痴をこぼしていたのだ。イナカもんのクセにチョーシ乗ってる、と。

 そして真乃の没後、彼女の部屋やPC、スマホを整理していた時、梁子は見つけてしまったのだ。

 ガスボンベに細工して軽く爆発させる時限装置を、真乃が一生懸命に調べていたことを。

 ホームセンターでその為の道具として挙げられていたものを買い込んだレシートが、部屋から見つかったことを。

 

「じゃあ、真乃ちゃん……」

「どうなってもいいから、とにかく皆さんのステージを台無しにしたいって思って長野まで出かけていったんです。きっと」

 

 調べていた内容からして、ステージの近くの屋台をひとつ吹き飛ばしてステージを壊そうとしていたのが目論見のようだった。人がまだそこそこいたことを考えると、誰がどうなるかも気にせずに実行に移したのだろう、と。

 結果として時限装置を仕掛ける際に失敗したうえ、勢いが強すぎて誘爆し真乃自身も命を落とすことになったのだけれども。

 

 梁子を責める気にはなれなかった。彼女もまた、姉が人殺しも辞さずにそんなことをしようとしたという事実に押しつぶされ、苦しんでいるのだ。

 

 しかし、巴美自身の気持ちは別だ。信じていたはずの友達に裏切られた結果が、これだというのだから。おまけに本人が死んでいては、もうどうしようもない。

 

 梁子はすでに警察に姉の部屋にあった情報を伝えていたが、爆発した屋台と近くにあったものはほとんどが燃えてしまい、「時限装置を仕掛けようとして爆発した」という事実の立証は困難ということだった。

 

 ガスボンベの残骸などは再検証が行われそういう細工の形跡は見つかったとのことだったが、真乃がそれをやった、ということまでは証明できないとも。

 爆発した屋台のすぐ近くにいたことも、そういったものの作り方を調べていたという事実も、あくまで状況証拠にすぎない。

 

 警察としても一度ガスの状態不良での事故と片づけてしまった以上、蒸し返して余計な仕事をしたくないというのが本音らしかった。

 

 誰を恨めば、何を恨めばいいのかもわからない苦しさが、巴美を狂わせた。

 決定的だったのは、配信された翌年のラブライブの決勝を観ていた際の優勝校の一言だった。

 

「全国のスクールアイドルみんなと向き合って、ぶつかりあった末の優勝です。……みんな、ありがとう!」

 

 “みんな”? 

 “みんな”って何だ。

 

 ボク達は、そこにはいなかったぞ。

 

 どうしてボク達は、その”みんな”の中にいないんだ? 

 どうして。

 どうして。

 どうして。

 

 一年前までそこそこ話題になっていたI deaも、「不運にも事故に巻き込まれてメンバーが死傷した」という文字による情報だけで“消費”されてしまう。

 狭い日本そんなに急いで、とは言うものの、日本全国で毎日絶え間なく事故や事件が起こっている。人が死んだ事件や事故すら、当事者でなければそんな事件もあったね、程度のものだ。

 

 けれど当事者は、ずっと苦しみ続けるんだ。

 もう戻ってこないものに懊悩しながら、ずっと、ずっと、ずっと。

 

 苦しみ続けるんだ。

 

 高校は中退し、自宅で高卒認定試験に向けて勉強するようになった。

 両親は将来を悲観し腫れ物に触るように接するようになったが、インターネットでやり取りする事務作業、表作成のアルバイトなどで少しでもお金を入れて生きていきたいと巴美が提案した時には、わかったとその為の環境を整えてくれた。

 当面の目途は立ったが、世間への恨みは消えなかった。

 

 あの時爆発に巻き込まれなければ。

 

 もっと真乃と話し合って、彼女の中にあった恨みを取り除けていれば。

 

 たらればを口にしては、醜い顔と今の自分の境遇への恨みと怒りで部屋中を暴れまわる日が週に一度はあった。

 

 しかしながら、”スクールアイドルなんてやらなければ”という気持ちだけは、不思議とわいてこなかった。

 元はと言えば、スクールアイドルを始めたのがこの境遇の原因だというのに。その理由はと自問すれば、そんなもの答えは決まっている。

 

 

 楽しかったからだ。

 

 

 仲間と談笑し、ぶつかりあい、切磋琢磨し、夢を追いかける日々は、何にも代えがたいほどに楽しかったからだ。

 それがわかっているからこそ、それがもう二度と手に入らない事実が彼女に破滅願望を植えつけた。

 18歳になった頃、唯一生き残った寧が精神的に不安定な状態から抜け出せず、食事も取れず衰弱して亡くなったのもそれに拍車をかけた。もう死んでしまいたい。けれど本当は、生きてもう一度夢を見たい。そう悶々としていた時、彼女は出遭ったのだ。

 

「シンクネット……?」

 

 破滅願望を持つ者同士が集まる闇サイト。誰にも代えがたい破滅願望を持っていた彼女は、自然とそこに引き寄せられていた。信者達は皆、ハンドルネームを名乗ってそこに集う。

 巴美のハンドルネームは──────

 

 

「いいよねえこの明るいナンバー! 私もこんな曲作りたいなって!」

 

 寧は新曲のインスピレーションの助けにならないかと、わざわざレコードを持ってきていた。

 

「寧が洋楽好きとは知らなかったなあ」

 

 つぼみは感嘆しつつ、ノリの良い曲に合わせて軽く踊るしぐさを見せている。

 

「これ歌詞が結構悲しいんだけどねえ。お姉さん、バイリンガルだからそういうのわかっちゃうんだよなあ」

 

 苦笑しつつ、パメラはジャケットをつつっと指で弄ぶ。

 

「皆となら、どんな曲も楽しいわ。きっと」

 

 そう笑うみくの顔に、かつて背負っていた暗い影は無い。

 

「ねいちゃん、この歌手って誰だっけ?」

 

 巴美は問う。

 

「これ、歌ってるのはね」

 

 

 思い出されるのは、楽しかった夢の時間。

 

「ハンドルネームは──────」

 

 

「バリー・マニロウ! 『コパカバーナ』、いいよね!」

 

 

「『ボクは【バリー】。よろしくね』」

 

 こうしてテロ組織の幹部、バリーが誕生した。

 

 

 田道巴美は、“主人公になれなかった女”だった。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

     この世界中の全員がnoだって言ったって

     私は私を信じていたい

 

 

「簡単に言うな!!」

 

 流れてくるかすみの歌の歌詞に、バリーは激昂しながらサウザーと打ち合う。

 

「自分を信じるなんて、できるわけないだろ!!」

 

 アバドライザーの刃は時たまサウザーに刺さるが、サウザーはそれを物ともせず自らもジャッカーで相手を打ち据える。

 

「なんで……なんでぇ!」

 

 スラッシュアバドンは苛立ちの声を上げる。

 

「何度も言うが、君がどんなものを抱いてここまで来たのか……」

 

 サウザーは言いながら、

 

「興味は無い」

 

 ジャッカーの槍先を、スラッシュアバドンへと突き立てる。初めての生身での変身故か、スラッシュアバドンはその痛みを感じ声を上げる。

 

「私には”仮面ライダー”の力を手に入れた者としての責務がある」

「うるせえええええええ!!」

 

 一瞬の隙を突き、スラッシュアバドンはサウザーの胸の装甲とベルトの間のアンダースーツに刃を突き立てた。防刃を考慮して設計されてはいるがノーダメージとはいかず、ぐっ、とサウザーは声を上げる。

 

「あっ……あははははは!! どーだ見たかよオッサンが!! 死ねよ! ボクの夢の為に死ね!!」

「……夢を見るというのも、悪くないものだ」

「……あァ?」

 

 サウザーは不意のダメージに息を切らしつつも、

 

「飛電或人を見ていると、そう思えてくる。だが……」

 

 これだけは伝えねばと、

 

 

     長い夜明けて 朝目が覚めたら

     新しい私に出会えるはず

     今日より明日の自分のこともっと

     大好きになっていたいんだ

 

 

「人の命を奪って、世界を滅ぼしてまで叶えていい身勝手な夢など、あるはずがない!!」

 

 声を張り上げた。

 それは夢を信じるに辺り、天津が掲げたひとつの矜持でもあった。

 

「てめえに何が……!!」

 

 そう言いかけた時、スラッシュアバドンは固まった。彼女は思い出したのだ。否──────思い出してしまったのだ。

 

「いつの間にか、うちら抜かされちゃったもんねえ」

「いやいや気にしないで! スクールアイドルは食うか食われるかだからさ!」

 

 “犯行”前に、真乃が口にしていた言葉を。

 そうだ。そうだ。

 今の自分は、同じじゃないか。

 人の命を奪ってでも、自分の夢を叶えようとして───巴美の夢と人生を奪った真乃と。

 

「うっ……」

 

 しかし、それでも。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 彼女にはもう、目の前の相手を倒す以外に道は無かった。立ち上がりがむしゃらに向かってくるが、サウザーはそれを見据えたまま……

 

 

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       THOUSAND DESTRUCTION

               ©ZAIAエンタープライズ

 

 プログライズキーを押し込んで飛び上がると、空中からスラッシュアバドンに連続キックを叩きこんだ。

 プログライズキーの必殺技モードでの出力強化を受けたキックは強烈であり、スラッシュアバドンの変身は解除され巴美は地面に転がった。

 

「まだ……まだだ……」

 

 巴美は転がり落ちたシェイディングホッパーキーを息も絶え絶えに拾おうとするが、サウザーはそこにジャッカーを突き立て完全に粉砕する。

 ああっ、と絶望の声を上げた巴美だったが、そこにサウザーが目線を合わせるように身をかがめた。変身を解き、天津垓として彼は目の前の女の眼を見る。

 

「ボクを……ボクを見下すな!!」

「私がいつ、君を見下した?」

 

 天津の返答に、巴美は一瞬言葉に詰まる。

 

「……色々あったんだろう」

 

 天津は巴美の顔面に目を向けた。巴美はまたカアッと頭に血が上る。

 

「色々って何だよ色々って!! 何が解るんだよてめえに!!」

「ああそうだ! 私に君の事情など解るはずもない。知らないんだからな」

「じゃあ黙れよ……!!」

「だからこそ、私に教えてほしい。何があったのか。どうしたいのか」

 

 意外な天津の返しに、巴美は再び言葉に詰まった。

 

「人の命を奪って、世界を滅ぼしてまで叶えていい夢などあるはずがない。だが……そうしないやり方で何とか夢を叶えられないか。私に向き合わせてほしい」

 

 意外にも意外すぎるその言葉。だが、天津の目は真剣だ。

 

「なんで、そこまで……」

 

 巴美にはわからなかった。つい先ほどまで打ち合っていた相手に、何故ここまでの情を見せるのかと。

 

「シンクネットで人々が歪んだ力を得た責任の一端は、私にもある」

 

 天津は優しく言い含めるように、より腰を落とし巴美と目を合わせる。

 

「言っただろう。1000%の誠意を尽くすのが、仮面ライダーサウザーだと」

 

 天津は、自然と笑みを巴美に向けていた。

 

「君の夢にも、同じように1000%の力で向き合うだけだ」

 

 先のシンクネット事件の時に、天津はアバドン達を「所詮はアバターでしかイキれない烏合の衆」と切って捨てた。

 だが目の前で必死に叫び、あがこうとする巴美の姿に────彼は悟ったのだ。

 破滅願望に取りつかれ、シンクネットに出会ったばかりに道を踏み外した人間も大勢いると。

 

「罪は償わなければならない。だが……」

 

 天津はそっと、巴美の左の頬骨のあたりに指を添える。

 

「君だって、夢を見ていいはずだ」

「さっ……触んなよ!!」

 

 巴美は反射的に天津の手を払いのける。

 

「これだからオッサンはさ……! 距離感バグってんじゃねえの、ったく……!」

 

 驚きのあまり反射的に毒づくが、

 

「さわる、とか、さあ……」

 

 家族ですら腫れ物に触るかのように扱ってきた自分の顔に手を添えてまで、寄り添おうとしてくれている人が目の前にいる。

 その事実が、彼女に涙を流させる。気づけばシンクネットの幹部にまでなっていたが、ずっと”一人”だった自分に、手を差し伸べてくれた人がいたのだと。

 少しずつ流した涙はやがて堰を切ったように溢れ、嗚咽が山中に響いた。

 天津はただ、静かにそれを聞き、見つめていた。

 

(私にここまでさせたのは)

 

 

「『みんな、世界で一番かわいいかすみんを見てくれてありがとっ!!』」

 

 

(きっと、夢と自分を信じ続ける君のおかげだ)

 

 その出会いに感謝するかのように、天津はふっと笑った。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「それ!」

 

 迅は幹部と相対しないぶん、雑兵を散らすのに全力を尽くしていた。

 あれだけいたレイダーもアバドンもだいぶその数を減らしてきてはいるが、完全に倒しきるまで油断はできない。

 先のシンクネット事件の際にアバドンの一人だったベルがエスに反旗を翻し仮面ライダールシファーとなったように、雑兵とて状況によってはとてつもない存在になり得るのだ。さながら、チェスのポーンがクイーンに昇格(ランクアップ)するかのように。

 先程から流れてくる同好会の面々の歌声は、却って彼を戦闘に集中させてくれた。聞く者皆に希望を与えようとする彼女達の歌。それを耳にすることで、この世界の希望を守ろうという気持ちが沸々と湧いてくる。

 

『My Own Fairy-Tale』

 

     初めてお越しでしょうか?

     簡単にご説明します

     その前にお名前 お伺いします!

 

     眠ってばかりのストーリー

     夢を夢のままにしないように

     つくってきた国が この国なのです

 

 彼方のゆったりと優しい歌声が響き渡る。

 先のスクールアイドルフェスティバルで披露した『Butterfly』が妹の為に頑張る彼女としての歌なら、これは自分の為に、気持ちいい睡眠を楽しむ感情を表現する歌。

 

     ずっと言えなかったこと

     しょうがないと思ったこと

     全部忘れて もう迷わない!

 

     ようこそ夢の国へ!

     ルールはたった一つのフェアリーテイル

     お姫様のワガママ

     今だけ許してね?

 

     このメロディーにのせて

     みんな笑顔にさせてあげるの

     ありったけの気持ちで

     私はここにいるよ

 

「僕も……!」

 

 ヒューマギアを解放し、ヒューマギアの為に戦う。それが仮面ライダー迅だ。いや……仮面ライダー迅”だった”。

 人間との長い戦いを得て、今では世界の悪意を見張りながら戦う彼。その果てに守るものは、

 

「夢を持った……心だ!」

 

 それは誰の為でもなく、彼自身のそうしたいという夢だ。今彼方が、自分自身の気持ちを歌い上げるのと同じように。

 バトルレイダー達が何とか迅だけでも撃破しようと、短機関銃を乱射する。迅は飛びながらそれをいなしていたが、やがて弾のひとつが思い切りスラッシュライザーに命中した。

 迅はアッ! と叫ぶが、その瞬間変身が解除され彼は地面に叩きつけられる。人間ならば骨のひとつやふたつ折っていたところだ。

 

「撃て撃てェ!!」

 

 落ちてきた迅に悪意の群衆は追撃をかけようとする。

 迅はとっさの判断で横に転がりそれを避けたものの、再度装填しようとしたバーニングファルコンのキーは破壊されてしまっていた。だが彼には、

 

「借りるよ……! ゼロワン!」

 

“WING!”

 

 先程或人から預かっていた、フライングファルコンのキーがまだ残っている。

 彼は起動したフライングファルコンのキーを装填すると、スラッシュライザーのトリガーを引いた。

 

“SLASH-RISE! FLYING FALCON!”

"────Spread your wings and prepare for a force."

 

 フォースライザーで変身した迅とスラッシュライザーで変身した迅では、そもそも変身機構が異なるが故に同じ迅でも全く別物だ。

 フライングファルコンを用いてスラッシュライザーで変身した今の迅は、スラッシュライザー準拠のアンダースーツと装甲をまといながらも、カラーリングはフライングファルコン準拠の奇妙なつぎはぎ感のある姿となった。

 

「はッ!」

 

 迅は拳を周りのレイダーに叩きこむ。だが、その出力は通常の変身時よりずっと弱い。キー自体の性能が大幅に違う為それも無理のないことだ。

 

「ナメんなよ……!」

 

 クラッシングバッファローレイダーがパワーに溢れた一撃を叩きこむ。迅はぐっ、と声を上げるが、

 

 

『みんな~~……! 夢の世界へようこそ! 今日の彼方ちゃんは、わがままお姫様。みんなが笑顔でいられるこの時間が、ずっと続けばいいなぁ』

 

     今日という日が終わっても

     消えないおとぎ話

     ぎゅっと 守りたいの

     この歌と 煌めく景色

 

 

 彼方の声が、彼を奮い立たせる。

「僕だって……負けるわけにはいかないんだ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

           ウ  フ

            イ  ラ

             ン  イ  ブラスト

              グ  ン

                  グ ラッシュ

 

 迅は必殺技を発動し、急場しのぎの組み合わせながらも全力を込めたライダーキックを真正面のクラッシングバッファローレイダーに叩きこむ。

 放たれた矢のような超スピードで足先で相手を捉えたまま飛んで行き、その勢いに周りのアバドンとレイダー達も巻き起こったソニックブームで吹き飛ばしていく。

 最後は巨木に思い切りぶつかってその勢いが止まり、クラッシングバッファローレイダーは見事に爆散しログアウトした。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

     このメロディーにのせて

 

(彼方ちゃんは、自分の大事なものも、自分自身も大事にしたい)

 

     みんな笑顔にさせてあげるの

 

(迅君も、そうしてみるのもいいと思う)

 

     ありったけの気持ちで

 

(自分を大事にできれば、自分の守りたいものももっと大事にできるはずだから……)

 

     私はここにいるよ

 

(ねっ)

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「まさか、お前がシンクネットに入っていたとはな」

「……」

 

 バルカンの問いにも、郷は答えない。

「まあいい」

 

 意外にもバルカンは、それ以上の動揺は見せなかった。

 

「……止めないの?」

 

 郷は表情を崩さぬまま、バルカンに問う。

 

「何だ、止めてほしいのか」

「それは……」

 

 郷は一瞬言葉に詰まる。その瞬間、

 

「止めてほしいって思うぐらいだったら、こんな事今すぐやめろ!!」

 

 バルカンの喝が飛んだ。

 

「言ったはずだろうが、『前だけを見て突き進め』って! なのになんだ! 最後まで立派に戦った親父さんに、今のお前を見せられるのか!?」

 

 その言葉に、

 

「……勝手なことばかり言わないでよ!! 今こんなことになってるのは……不破さんのせいじゃないか!!」

 

 郷も、流石に感情が爆発した。

 

「……俺が?」

 

 意外な返答に、今度はバルカンが言葉を詰まらせた。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 飛電或人達仮面ライダーの戦っている裏では、常にその世界の人間達が毎日の生活と人生を送っていた。

 

「ZAIAが飛電買い取って、ヒューマギア撤廃って……うちはどうしたら……」

 

 ちょうどお仕事五番勝負が終わりTOBが成立した頃、骨折した同級生を見舞いに総合病院に赴いた郷は受付にてそんな声を聞いていた。

 後で知った事だが、そう受付でこぼしていた男は病院の事務長であり、テレビのニュースに落胆していたのだった。

 

 ヒューマギアの完全撤廃と言っても、簡単な事ではない。

 

 元々人手が足りず危険も伴う医療の現場に真っ先に投入されたのが、ヒューマギアの社会進出の第一歩だった。

 実際、医療現場での課題の一つが一歩間違えば肝炎などの感染リスクのある採血針等による針刺し事故だが、ヒューマギアの進出によって件数は年々減少していたのだ。インフルエンザの時期なども感染性廃棄物の取り扱いをヒューマギアに任せることで、院内でのクラスター発生率もぐんと減少していた。

 医療用ヒューマギアは単に作業を行う以外に内蔵された機能でレントゲン撮影等も可能とする為、人間の看護師、放射線技師、理学療法士、検査技師等の雇用の見直し、医療機器の購入機会検討の見直しなどがだいぶ進み、新しい体制での医療が整いつつある矢先に全廃などになれば多大な負担がのしかかってくる。

 家に帰る道すがらでも、郷はヒューマギアの撤廃による嘆きと焦燥の声をあちこちで聞いた。彼はそんな世の中を見て、不謹慎ながら少しばかり誇らしかった。

 

(お父さんが作っていたものが、こんなに世の中を支えてたんだ……)

 

 郷自身はまだ中学生故にヒューマギアの恩恵といってもわずかなものだったが、それでもその存在の大きさは感じていた。彼にとっての懸念はただひとつ。

 “滅亡迅雷.net”の存在だ。

 父が最期に戦ったのは、工場を占拠しヒューマギアを暴走させた紫色の怪人だった。

 それこそが昨年末まで世間を騒がせたヒューマギア暴走テロ組織、滅亡迅雷.net側の存在であると知ると、郷はその存在が許せなかった。

 父の仇であり、なおかつ父が誇りとしていたヒューマギア事業に対する侮辱であるからだ。

 

 しかし、彼の希望と信頼は少しずつ打ち砕かれていく。

 

 飛電或人と滅の決戦が近づくにつれ、滅亡迅雷.netの呼びかけに応じ自発的に人間に敵意を向けるヒューマギアが出始めたのだ。

 父が工場長として作っていたものに連なるもの達が、人間を害しようとする。

 そんなことがあっていいのか。

 混乱が広がる街中を彷徨っていた時、郷はヒューマギアに襲われかけた。

 

「人間だ……!」

「人間は……皆殺しだ──!!」

 

 郷は必死に叫び、マギア化したヒューマギアから逃げた。

 最終的にヒューマギアの体躯では入れないようなビルとビルの隙間を通って命からがら逃げおおせたものの、彼の心が晴れるはずも無い。

 

「なんで……!! なんでぇ……!!」

 

 ヒューマギアは人類の夢では、誇りではなかったのか。そんな中で飛電或人がアークとなり、ヒューマギアと戦おうとしていると聞きつけ、彼の心はさらに揺れた。

 或人とは父の死の真相を突きとめに行った時の短い付き合いではあるが、ヒューマギアを信じヒューマギア事業をさらに広げようとしていた筈だ。

 そんな彼が、ヒューマギアと戦争を繰り広げようとしている。もはや郷には、何が信じるべきものなのかわからなくなっていた。

 飛電或人と滅の戦いが収束し、新しい第一歩が踏み出されたと世間で喧伝されても、彼にはよその世界の話のようにしか聞こえなかった。

 段々と世間に疲れていた時に、シンクネットの存在を知り少しずつ顔を出す頻度が増えていった。だがまだこの時は、彼は世界を滅ぼしたいだのヒューマギアを滅ぼしたいだのといった危険な思想は持ち合わせていなかった。

 

 しかし、決定的な世界との断絶は突然やってくる。

 

 休日に街へ出た日、彼はまたマギアに襲われた。電源オフも無しに数ヶ月以上動かされていたプログラマー型ヒューマギアが、自発的に人間への殺意を芽生えさせ街に繰り出したのだ。彼はまた、なぜ、なぜだとヒューマギアの存在の意味に苦悩していた。

 

 その時だった。

 

「……やめろ!」

 

 地面に倒れ込んだ郷に追撃をかけようとしたマギアの拳を、止めた者があった。

 郷は助かった、と思い感謝の言葉を述べようとしたが、その姿を見た瞬間固まってしまった。

 

 紫で彩られたアンダースーツ。

 己を縛り上げるかのような、鉄板をワイヤーで括りつけた意匠の装甲。

 ぎらぎらと光る、黄色い複眼。

 

 あの日デイブレイクタウンで見た、滅亡迅雷.netの戦士が、そこにいたのだ。

 

「人類の悪意で、また暴走するヒューマギアが出たか……! だが!」

 

 戦士────仮面ライダー滅はそう言いながら、

 

「この世界の悪意は、俺達が見張り続ける」

 

 手にした刀でマギアを切りつけると、その機能を止めた。

 

 郷の頭を、これまで以上の疑念が支配する。

 

 滅亡迅雷.netとの戦いは終息したと言っていた。

 だのに何故、ここに滅亡迅雷.netのメンバーがいるのだ。何故自分を守ったのだ。何より、悪意を見張るとは何だ。

 自分の父を、人間を傷つけ、悪意を産み出す原因になったのは自分達じゃないのか。

 郷は思わず走り去ると、そっと物陰に隠れ滅の動向をしばらく見ていた。

 

「許せ」

 

 滅は変身を解き、マギア状態のまま横たわる暴走ヒューマギアを軽く撫ぜた。

 マギア化したヒューマギアを元に戻せるのは、ゼロワンの持つプログライズホッパーブレードだけだ。

 

「後は飛電或人に任せる」

 

 郷の心臓が早鐘のように鳴った。どういうことだ。

 ヒューマギアを製造販売する飛電インテリジェンスと、ヒューマギアを暴走させてきた滅亡迅雷.netに繋がりがあるというのか。

 

 だとすれば、工場を守った父の死は一体何だったのだ。

 

 そう思っていた時、

 

「よう、滅じゃねえか」

 

 不破諫が現れ、あろうことか親し気に滅に声をかけたのだ。

 

「不破か」

「また暴走ヒューマギアか?」

「ああ。人間の悪意で、ヒューマギア達が暴走を……」

「まあでも、助かってるよ。俺はこないだ1000パー課長に変身能力復元してもらったばっかで、まだ本調子じゃねえしな」

「暗殺がアークの器となった上に、アズがゼロワンに変身するとは思わなかったがな……」

「あの女もしぶといからなァ。また何を考えてんだか……」

 

 一体これはどういうことだ。

 

 まるで同士の如く、二人は語らっている。ヒューマギアに傷つけられた過去があり、ヒューマギアを憎んでいたのが不破ではなかったのか。

 ありえない事実と裏切りの連続に、郷はたまらずその場を駆けだした。

 駆けた。駆けた。駆けた。

 そして家に帰りついた彼は部屋に籠り、怒りと憎しみで叫んだ。声にならない慟哭を。

 

 世界のすべてが、自分と父の運命を嘲笑っているかのようだった。

 

 その後郷はよりシンクネットに入り浸ることとなり、フツの提案で異世界に出奔することとなる。

 幹部ユーザー、”ミンツ”と名を変えて。

 

「ヒューマギアは人を傷つける……! 人類の敵だ!!」

 

 

☆ ☆ ☆

 

「……そうか」

 

“RAMPAGE BULLET!”

 

 バルカンは静かに、ランペイジガトリングプログライズキーを起動する。

 

“ALL-RISE! FULL-SHOT-RISE!”

“Gathering Round! ランペイジガトリング!”

“マンモス! チーター! ホーネット! タイガー! ポーラベアー! スコーピオン! シャーク! コング! ファルコン! ウルフ!”

 

 十種の獣のライダモデルがバルカンを貫き、各種プログライズキーの力を統合した最強のバルカンが姿を現す。

 意外にもバルカンは動揺も慈悲も見せず、最強の力での戦闘準備を整えていた。

 

「……はぁ?」

 

 郷は面食らっていた。だが相手に戦う準備がある以上、自分も戦わなければいけない。

 

“THINKNET-RISE! シェイディングホッパー!”

“────When You cloud, darkness blooms.”

 

 生身でショットアバドンに変身すると、彼はバルカンに向かっていった。

 まずはショットアバドライザーで牽制射撃し相手の注意を逸らそうとするが、バルカンは直立したまま腕だけでそれを跳ね除ける。

 ならばと向かった勢いで飛び蹴りを試みるが、バルカンはそれを掴み逆に地面に叩きつける。叩きつけられた直後にまた至近距離からの射撃を試みるが、これも全ていなされる。

 経験値も、実力も、桁が違う。

 

「何か……言ってよ……!」

 

 アバドンは懇願するようにそう言った。バルカンはここまで、変身して以降無言のままだ。

 怒っているのか、悲しんでいるのか、それさえわからない。

 

「何で何も言わないんだよ!!」

 

 アバドンは必死に飛び出すと距離を取り、バルカンと再び向かい合った。そこに、

 

『ドキピポ☆エモーション』

 

 璃奈の曲が流れて来る。アバドンはチッ、と舌打ちしてから、また牽制射撃を試みていった。

 

 

     おおお 思いを伝えることって難しい

     だけど 精一杯精一杯目一杯 あなたに届け

     なななな なかなか表には出せないけど

     喜怒哀楽してるエモーション

     大暴走の心拍数 ドキドキピポパポ

 

 

(ああ……その通りだ)

 

 バルカンの仮面の中で、不破は苦々しげな表情をしつつも納得していた。

 自分の行いが原因で誤解を生み、郷を傷つけた。かつて心を通わせたと思っていた相手の信頼を喪失してしまった。それに対して、何と言えばいいのかすぐには言葉が見つからない。ただひたすら、郷を止めねばという想いだけが先行しそうになる。

 

 

     いつか 素顔を見せる日がきたら

     そのときは笑顔で居たい

     電波に思いを乗せて ビビビのビーム

     あなたと繋がる心のネットワーク

 

 

 素顔では想いが伝えにくいから被った、璃奈ちゃんボードという仮面。

 けれど、その中に溢れる想いは本物で、素顔を見せる時は苦手な笑顔だって頑張りたい。

 天王寺璃奈は小さな体に渾身の力を込めて、自分の殻を破ろうとする姿を見せている。

 

「俺も……!!」

 

 不破はそんな力を受け取りながら、自分の想いを伝えるためにアバドンに向かっていった。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

     わくわくとまらない ウキウキ高鳴る

     あなたがいるから 素直になれるよ

 

(不破さんは今、戦ってるのかな)

 

     きらきら輝く あのステージで待ってる

 

(私も、私の『戦い』を……がんばる)

 

     どんな私でもありのまま

 

(もっとたくさんの人と繋がる為に……今までの私より、強い私になる!)

 

     新しい世界飛びだせる

 

(不破さんみたいに……!)

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 いち特殊部隊の隊長を務めていた不破の元々のポテンシャルに加えて、ワンオフモデルの火力特化のバルカンのスーツを身につければその膂力はかなりのものだ。

 しかし、それと組み合ったアバドンは力だけならほとんど互角に渡り合っている。変身者は、ただの中学生だった郷だというのに。

 

 “量産型”を”劣ったもの”と考えるのは間違いだ。

 誰にでも使うことができ、一定の成果をあげられる“完成型”と言える。

 

 だが、体術の面ではやはり不破には敵わない。力を流されがっちりと関節技を極められそうになるが、アバドンはその度になんとかすりぬける。

 シンクネットにアクセスするために使っていたZAIAスペックが、関節技ががっちり決まる前に逃げられる動きをサポートしてくれているからだ。

 

「郷!!」

 

 バルカンは叫ぶ。

 

「……何だよ!!」

 

 アバドンは怒声で返す。

 その時、

 

 

     Hey! Hey! It’s my turn!

 

 

 愛の歌が、響いてくる。

 

『友&愛』

 

     話さなきゃ ずっと他人

     なら話さなきゃ もったいない

     もっと教えてよ君のこと

     好きな食べ物 好きなタイプとか

 

「すまねえ!」

 

 と言いつつ、バルカンは裏拳をアバドンの胸元に叩きこむ。

 

「……ッ! 今更謝るなよ!!」

 

 アバドンも負けじと、バルカンの顔面に拳を叩きこんだ。

 

(そうだよなあ……!)

 

 殴られた痛みを感じる間もない。不破はぐっと全身に力を込めた。

 

(話さなきゃ、何もわかるわけねえんだ)

 

 

     笑った顔大好きだよ 怒った顔も嫌いじゃない

     だけど出来れば笑顔がいい

     だから隣でおどけてみせるよ

 

 

 誰かに笑ってもらう為に、自分も笑う。

 それが、宮下愛だ。

 

 不破さんも笑ってみなよ、とは言われたが、簡単にはできることではない。変わっていくのは、少しずつ、少しずつ。璃奈が少しずつ、なりたい自分になっていくように。

 だが、決断すべき時も目の前の戦いも待ってはくれない。戦うべき相手──否、止めるべき相手である郷は、今そこにいるのだ。

 

「その通りだ! 今更謝ったって、今の状況は変えられない!」

 

 バルカンは素早くショットライザーを構え、二発三発とアバドンを撃つ。

 

「だったら……!!」

 

 アバドンもまた、アバドライザーで撃ち返す。

 

「けど、言わなきゃ何も変わらねえだろ!? 違うか!?」

 

 

     ずっとずっと 一番近くにいようね

     絶対絶対 離れないで

     どこまでもGO!!

 

 

「今の俺の姿がお前を傷つけた! それを本当にすまねえと思う!」

「滅亡迅雷.netと言葉を交わしててすまねえも何もないだろ!!」

「……それでも、だ!!」

 

 なかなか決着のつかない、攻撃と言葉の応酬。けれど、

 ──────何も話さないよりは、ずっと良い。

 良い歌詞だ、と改めて思う。

 

 話さなきゃ、ずっと他人。なら話さなきゃもったいない。

 

 どんなにこじれた関係でも。どんなに憎しみあっていても。

 言葉を交わさなければ、何もわからない。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

     そうさYou & I いつもYou & I

     かなりYou & I ヤバめYou & I

 

(たくさんの笑顔が見たい! それはもちろんだけど……)

 

     つまり愛 愛 愛

     みんな友 友 友

 

(笑顔にしたいって思ってる人の笑顔が見られたら、もっと嬉しい!)

 

     だってI love you いつもStand by you

     かなりI need you だからStand by me

 

(不破さんが笑ったとこ、ちゃんと見てみたいな……!)

 

     Say!! 愛 愛 愛

     Come on!! 友 友 友

 

(また会えるよね? 一緒に、打ち上げしようよ!)

 

     ニコイチ!

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「俺のことが憎けりゃ憎めばいい! 謝ったって許してもらえるとは思ってねえ! だがなぁ!!」

 

“オールランペイジ!”

 

 バルカンは構えを取り、必殺技を起動させる。

 

「その為に、世界を巻き込むな!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

         

         

         

         

         ジ オ ー ル ブ ラ ス ト

 

 十種のライダモデルが乱れ飛び、次々とアバドンに攻撃を仕掛ける。アバドンは最初は何とか対応しようとしていたが、やがて受けきれずダメージを受けてその場に倒れ伏した。

 

「郷」

 

 バルカンはすぐさま歩み寄り、アバドンを見下ろす。

 

「不破さん……僕は……」

 

 アバドンは圧倒的な実力の差と、不破にかけられた言葉を反芻し考え直しかけていた。

 しかし、

 

「それでいいの?」

 

「……アズ!!」

 

 いつの間にかアバドンの傍らに立っていたアズに、バルカンは怒りの声を上げる。

 

「あなたの復讐したい相手はすぐ近くにいるのに、諦めるんだぁ」

「何を言って……!!」

 

 バルカンは言いかけるが、アバドンが上体を起こし周りを見る、やがてその視線は、一点に固定された。レイダー達と戦う、滅の姿に。

 

「ほら、アーク様からのプレゼントよ」

 

 アズは何かをアバドンの上に落とす。アバドンは慌てて両手でそれをキャッチした。それは──────

 

「アサルトグリップ……!?」

 

 バルカンが驚きの声を上げる。しかし、考えてみれば合点がいく。元々アサルトグリップとアサルトウルフのプログライズキーは、衛星アークが生み出したもの。アークの使者であるアズが持っていても不思議ではない。

 

「そうだ……僕は……」

「おい待て郷!!」

「父さんを奪った、滅を倒したい!!」

 

 アバドンはシェイディングホッパーキーを引き抜き、それにアサルトグリップを合体させた。

 

“HYPER HIT! OVER-RISE……!”

 

 アバドライザーが読みこむと同時に、禍々しいオーラが彼を包み込む。そして、

 

“THINKNET-RISE! シェイディングアサルトホッパー!”

"──────No chance of surviving all HUMAGEAR."

 

 ゼロワンのシャイニングアサルトホッパーに相当する形態ながら、目を引くのはその禍々しさ。

 それも当然であろう。本来衛星ゼアの作り出したシャイニングホッパーと衛星アークの作り出したアサルトグリップの合作であったシャイニングアサルトホッパーと違い、こちらはゼアの善意の力による歯止めが存在しない。

 

 ただひたすら、悪意を貪り増幅させる為だけの形態だ。

 

 アサルトホッパーにも見られた全身の鋭角的な棘は、まるで刃物のように鋭く攻撃的なフォルムを持っていた。

 

「死ねェェェ!!」

 

 不破に絆されかけていた郷の心は、アズの後押しと滅を目の当たりにし再び悪意に染まっていた。

 滅の周りに群がっていた信者達をなぎ倒し消滅させながら、彼は滅と距離を詰める。

 滅はこれに気づき、アシッドアナライズを振り回してアバドンと距離を取った。その勢いによって距離は取れたものの、アシッドアナライズがかなり傷ついている。あの刃物のような鋭角的な棘のせいだ。

 

「おい滅!!」

 

 バルカンはその戦いを止めようとする。だが、

 

「来るな!!」

 

 滅はそう宣言した。

 

「俺が……やらなければならないことだ」

「黙れェェェェ!!」

 

 アバドンが叫びながら、毒々しい色の鈍い光のエネルギーを空中に現出させる。

 滅が息を吞むのと、それらがエネルギー弾を一斉掃射するのはほぼ同時だった。

 そしてそれらは、全弾滅に命中する。

 

「壊す……!! 壊す……!! 殺す!!」

 

 家族を慮外の悪意によって喪って、その下手人に等しい相手に怒りを感じるのは心ある存在として当然のことだ。それを悪意などと片づけられるのは、本来おかしい。

 飛電或人にとってのイズや、滅にとっての迅の事例にしてもそうだ。

 だがアズは────悪意の人工知能アークは、それをただただ”機械的”に、“相手の存在を抹消しようとする”という“悪意”と結論づけ、最終結論である人類滅亡の為に利用する。

 

「アーク……!!」

 

 シェイディングアサルトホッパーのシェードシステムによるエネルギー弾の一斉掃射を受けた滅は、一瞬両膝をつき、その場にうつぶせに倒れ伏した。

 シャイニングアサルトホッパーの持つシャインシステムのデータ自体はサウザーがお仕事五番勝負の際にジャッカーで回収していたが、そのデータは回りまわってこのアバドンに組み込まれたのだ。

 

「じゃあ、頑張ってね」

 

 ケラケラと笑いながら、アズは自分が利用し誕生させた悪意の塊たるシェイディングアサルトホッパーを満足気に眺めていた。

 

「おい待て!!」

 

 バルカンはその姿を掴もうとするが、掴んだと思った瞬間アズは消える。まるで亡霊だ。

 一方で滅は、一度に受けたダメージのあまりの大きさに人間でいう意識が朦朧とした状態に陥り欠けていた。

 

(ここで……滅びるのか……?)

 

 ヒューマギアに本当の意味での“死”などあるのだろうか、とは常々考えてきた。だがこの自分の思考がだんだんと鈍化しぼやけていく感覚は、死のそれに近いのではないかとぼんやりと思っていた。その時、

 

 

『あなたの理想のヒロイン』

 

  人気のない放課後の 廊下の隅 踊り場は

  私だけの舞台 誰も知らないステージ

 

  いつもの様にひとりきり 汗まみれの稽古中

  偶然通りかかった あなたに出逢った

 

 

 しずくの静かで、物語を朗読するかのような歌。

 彼女が歌うことができている。それが、嬉しい。

 いや待て。

 

 “嬉しい”? 

 

 自分は今、嬉しいと感じているのか。

 人間がただ、声を震わせて音程の強弱をつけて声を出すそれを為せているのが、嬉しいのか? 

 

 否。

 

 違う。違う。違う。

 違う!! 

 

 

  話すたび 胸の中 まるで喜劇を観終えた様な

  感情が溢れ出してくるの 幸せに包まれる

 

 

 そうだ。

 

 “声を震わせて音程の強弱をつけて声を出すそれ”ではない。

 

 これは“歌“だ。

 

 心をこめて、情熱をこめて、自分の中に溢れ出す感情を他人に届けるための表現。

 それが為されることが、嬉しくないはずがない。

 だって──────

 

 彼女の“心”を、守れているのだから。

 

「……ッ!! あ“ァッ!!」

 

 

  あなたの理想のヒロイン いつの日にかなれます様に

  アドリブが苦手な私を 素敵な シナリオで導いて

 

 

「なれる……! なれるとも!!」

「何を言って……」

 

 立ち上がりながら言った、この場にいないしずくの歌詞に込めた想いに応えるような滅の言動に、アバドンは困惑する。

 理想のヒロイン。随分とスケールの大きい言葉だが、そこにはもっと大きな意味が込められている。

 なりたい自分を思い描き、そこに向かって突き進む。

 それは、人間の可能性だ。

 滅はアシッドアナライズを鞭のように振るい、アバドンにぶつけて牽制し距離を取る。身体はきしみ、火花が散り、蒼いオイルが血のように噴き出す。

 

 

  繰り返し覚えた台詞も きっと目をみては言えないから

  ずっと側で ただの後輩を演じさせてください

 

 

 人間の大きな可能性だが、歌い上げる桜坂しずくの存在はか細く儚い。心は強いが、戦う力など彼女には無い。

 いや────そもそも、この世界に、人々が簡単に街中で戦うことができる力など持ち込まれるべきではないはずだ。それは勿論、シンクネットだけでなくヒューマギアも。

 だから滅は、立たなくてはならないのだ。戦わなくてはならないのだ。

 自分たちのような存在が、この世界から一刻も早く立ち去れるように。

 

「終わらせよう……! ここで!」

「……終わらせる?」

 

 アバドンは憤る。

 

「終わるのは、お前だけだ!!」

 

 再びシェードシステムを発動し、アバドンは空中へと舞い上がる。再びレーザーが照射され、滅の身体や地面が射抜かれた。

 そんな中でも、歌声は戦場に響き続ける。

 それでいい。それがいい。

 こんな醜い悪意のぶつけ合いなど、遠い世界のままでいい。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

  誰かを笑顔に出来る人になりたい

 

(届いてますか、滅さん)

 

(聞いてくれているみんなの心に届く表現を、私はしたい……!)

 

  でも一番はあなたを 笑顔にしたい

 

(勿論、あなたも!)

 

(あなたには……”心”があるんだから!)

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「ふンッ!!」

 

 手持ちの武器が用意できない滅は徒手空拳での戦いがメインとなるが、火力をメインにして遠距離攻撃を仕掛けてくるシェイディングアサルトホッパーの力を使うアバドンとはなかなか相性が噛み合わず、有効打を出せずにいた。

 

「さっさと死ねよ!!」

 

 アバドンはシェードシステムだけでなく、自ら構えたアバドライザーの銃撃もがんがん撃ち放ってくる。

 確かに滅を自らの手で仕留めたいと思うなら、その方が確実だ。

 滅は手さばきと体術でそれをいなしていたが、やがて一発が右肩を抉った。ぐっ、と声を上げ、ただでさえ満身創痍のところの一撃で倒れ込みそうになる。その時、

 

 

『LIKE IT! LOVE IT!』

 

     教室から飛び出した夢と

     全力で追いかけっこ

     たまに転んで空回りして、

     今は笑って話せるね

 

 

 せつ菜の力強く、元気な歌が響いてくる。

 せつ菜らしく、大好きと叫びたい気持ちを全力で届ける、まるでヒーローソングのような歌。

 

 

     空の高さは自分次第で

     自由に変えていけるんだって

     気づいたのはキミのおかげだよ

 

 

 そうだ。

 その通りだ。

 

「俺は……俺達の世界が、この世界が……」

「うるさい!!」

 

 アバドンはまた銃撃を放つ。

 

 

     もっともっとこの目で確かめたいんだ

     Here we go!

 

 

「この世界は……」

 

 滅は、言葉を紡ごうとする。

 

 

     Ah, Like it! I like it!

     彩り鮮やかな万華鏡

 

 

「この世界は……美しく、捨てたものじゃないと信じている!!」

 

 

     この世界があまりにも眩しくて愛しい

 

 

「お前はどうだ! この世界も、元の俺達の世界も、滅ぼしてしまっていいと思うのか!?」

 

 滅の心が叫ぶ。

 滅自身は、決してそうだとは認めないだろうが……

 

 

     I love it! I love it!

     無限大に広がる可能性を

     私が証明してみせるから

 

 

 滅自身が誰かと出会い、己の心を自覚し感じた────”大好き”を。

 

「何言ってんだよ……!! 家族を奪われて、怒らない奴がどこにいるんだよ!!」

 

 滅ははっとなる。

 その言葉は、その気持ちは。

 

「迅は……迅は俺の息子だった!! それを奪ったのはお前だ!!」

「家族を奪われて……怒らない奴がどこにいる!?」

 

 紛れもなく、滅自身も感じたものなのだから。

 迅はヒューマギアだ。今は復元され、滅と共に並び立てる。だが、郷の父は違う。人間の命は、どうやっても取り戻せない。飛電或人は人とヒューマギアに境目など無いというが、”違い”はあるのだ。

 

 

     どこまでも全力で叫ぼう

     ありのまま見せてよ キミ色

     Let's glitter! 止まらない!

 

 

「その通りだ……!!」

 

 言いながら滅は、ストレートパンチをアバドンに決める。

 

「お前の父親の命を奪ったのは俺だ! そうした俺を憎んで、滅ぼしたいと思うのは当然のことだ……!!」

「だったら!!」

 

 アバドンもそれに対し、拳で返す。

 

 

     気づいた日から1秒1秒

     刻まれてゆくメモリー

     なんてことない瞬間だって

     全部大切に感じる

 

 

「俺を滅ぼしたいなら、全力で俺に向かってくればいい!!」

「……!」

「訳もわからず人間を全て憎んでいた俺と、お前は違う」

 

 その通りだ。滅とは違い、郷は明確に倒すべき相手が定まっている。

 

「俺のいる場所にまで、自分から堕ちてくるな!!」

 

 何を言っても、加害者である滅が言えた義理ではないのかもしれない。それでも滅は伝えたかった。

 世界を滅ぼそうとしてしまえば、かつての滅と同じになってしまう。

 それはきっと誰かの大切な家族も滅ぼしてしまい、滅と同じように憎まれる存在になってしまうのだと。

 この悪夢の連鎖は、ここで終わらせなければならないのだ。

 ヒューマギアの自由を守るのが、滅亡迅雷.netの意志。滅自身が憎まれるのは、当然だ。だが、これからの未来を生きるヒューマギアが憎まれ滅ぼされるのは、避けなくてはならない。

 

 

     ココロの中 迷子になってしまう

     そんな時もあるよね

 

 

 郷の心に、不意にせつ菜の歌が刺さってくる。

 

 

     思い出して! 本当の気持ちを

     もっともっと自分を好きになれるから

     Here we go!

 

 

 本当の気持ち。

 本当の気持ちとは、何だ。

 

「これは最新型の事務作業用ヒューマギアです。お菓子の名前から、暫定的に”ミンツ”と名付けています……。業務をラーニングさせることで、仕事をサポートしてくれます。人工知能も最新鋭のものを使用している為、こちらとの会話も可能なレベルの知性を備えています。おはよう、ミンツ」

「『おはようございます、桜井工場長』」

「今日も、よろしくね」

「『はい、よろしくお願いします!』」

 

 思い出されるのは、工場長として商品説明のPVに出ていた父の姿。

 父が亡くなった時、郷はまだ2歳だった。覚えているものは全くと言っていいほどない彼にとって、生きて動いている父の姿を見られるのはそのPVだけだった。

 

 映像の中の父は、誇らしげに笑っていた。

 

 自分が携わったヒューマギアの存在によって────

 

「この世界は、もっと美しく、素晴らしいものになると我々スタッフ一同、信じています!」

「きっと私達の、良い仲間になってくれるはずです」

 

 世界をよくしたいと、信じていたから。

 

 

     Ah, Like it! I like it!

     響き合い重なるサウンド

     その笑顔があまりにも眩しくて愛しい

 

 

 今の自分はどうだ。世界をすべて憎み、滅ぼそうとしている。

 父の想いと、真逆のことをしようとしているのではないかと。

 だからと言って、復讐したいという想いが間違っているとも思えない。

 

 

     I love it! I love it!

     誰かが否定をしたとしても

     私は絶対味方だから

 

     どこまでも全力で叫ぼう

     ありのまま見せてよ キミ色

     Let's glitter! 止まらない!

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

“ASSAULT CHARGE!”

 

 郷は必殺技を起動させる。アバドライザーにエネルギーが溜まっていき────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

         

         

         

         

         

         

         グ アサルトバースト

 

 増幅された悪意の塊のようなエネルギーが発射される。滅はそれに対し────

 

“スティングユートピア!”

 

          滅      殲

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

         ス テ ィ ン グ

 

         ユ ー ト ピ ア

 

 

 アシッドアナライズを伸ばし、引鉄を引いてがら空きになったアバドンを拘束する。そして滅は、それを手繰り寄せた。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

     何度も何度もときめいて

 

(聞いてくれていますか?)

 

     その溢れる感情は嘘なんかじゃないでしょ?

 

(この世界も、捨てたものじゃない。滅さんのその気持ちは、本物のはずです。例えヒューマギアだって……!)

 

     私もそうだよ。みんな同じなんだ!

 

(大好きって気持ちは、みんな一緒です!)

 

     自分にしか描けない空だ!

 

(その気持ちが心にあれば、きっと……!!)

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「うおッ……!!」

 

 二つの必殺技がぶつかり起こった爆発に、バルカンは顔を庇った。爆炎と土煙がしばらく辺り一帯を支配するが、

 

「うっ……ああ……」

 

 爆炎が晴れ、そこには二つの人影があった。

 

 ひとつは、変身を解き満身創痍ながらも立っている滅。

 

 そしてもうひとつは、変身を解かれ地に伏す郷。

 

 郷はただただ、声をあげて泣いていた。眼前では、シェイディングホッパーキーとアサルトグリップが砕け散っていた。しかしその目は、壊れた道具などもう見てはいない。

 ただただ、滅を恨みのこもった目で見上げている。

 

「俺を滅ぼしたいなら、いつでも来い。逃げも隠れもしない」

 

 滅はそう告げる。

 

「悪いと思ってるなら……自分で死ねよ……」

 

 僅差での敗北に、郷は悔しさに泣き、地面を叩きながら呪いの言葉を吐く。

 

「それはできない」

 

 滅は悲しそうな目で、そう返す。

 

「ヒューマギアの自由の為に、俺達滅亡迅雷.netは戦い続けなければならないからだ」

 

 郷はまた泣いた。

 父の仇が、父が愛したヒューマギアに自由を与えようと戦っている。その矛盾は、これからもずっと彼の胸を締めつけるだろう。

 

「裁きの時が来るなら、俺はそれを受け入れる。だから……」

 

 滅は腰を屈め、郷に目線を合わせた。

 

「俺以外の人間も、ヒューマギアも、巻き込むのはやめてくれ」

 

 郷は泣きながら、ZAIAスペックを滅の顔面に投げつけた。そして脱力し、また泣き続ける。

 バルカンはそのどうしようもない光景を、ただただ見ていることしか出来なかった。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 話は、ライブが始まった頃に戻る。

 

“JUMP……!!”

 

 飛電或人は「とっておき」を起動させ、ザナドゥと向かい合う決意を固めていた。それは、悪意を乗り越え、悪意と向かい合う心の強さによって生まれたプログライズキー。

 

“イニシャライズ! リアライジングホッパー!”

"────A riderkick to the sky turns to take off toward a dream."

 

 滅との最終決戦、ルシファーとの戦いで披露したこの姿で、或人は決着をつけると意気込んでいた。

 見た目こそライジングホッパーと同一だが、そのスペックの差は歴然。超脚力で飛び上がり、すぐさまザナドゥに蹴りを叩きこむ。だがザナドゥも負けじと、蓮の花型のオーラを纏わせながら拳ではじき返していく。

 その後ろでは、曲がどんどん流れていく。

 エマ。果林。かすみ。彼方。

 どの曲も魅力的で、心を魅了する。

 

「カンタカ!!」

 

 ザナドゥはマシンカンタカを呼び出すと騎乗し、リアライジングホッパーの周りを円周状に走り回って包囲する。

 

「ッ……!!」

 

 ゼロワンは飛び上がろうとするが、その瞬間マシンカンタカの前輪がゼロワンを捉え、壁に叩きつけた。壁が砕け、ボロボロと一部が崩れ去る。

 

「これは……!」

 

 ゼロワンはその壁の中にあったものを見て驚愕した。

 壁の中には、かつてアークが使っていたアークドライバーが組み込まれていたのだ。

 

「それはこのホールに設置されたアークのレプリカの出力を高めるために、アズに組み込ませた。対角線上にもう一個埋め込んで、両方で悪意を増幅しているってわけだ」

 

 ザナドゥは解説しつつ、二発三発とゼロワンの胸元に拳を叩きこむ。

 

「いつまでやるつもりだよ、或人」

 

 ザナドゥにそう言われても、ゼロワンは怯まない。その場には、せつ菜の歌が響いている。

 

「みんなの夢と笑顔を守る為なら……何度だって!!」

「お前は……!」

「だあっ!!」

 

 ゼロワンは一瞬の隙を突き、ザナドゥの側頭部に回し蹴りを食らわせた。まともに食らえば頭が半壊する一撃だが……ザナドゥは、ナノマシンでこれを再生させる。

 

「不意打ちで頭狙いかよ……!」

「今はとにかく、お前を止めなきゃならないからな!!」

 

 ザナドゥは答えずゼロワンを殴りつけようとするが、ゼロワンはすかさず飛び上がり宙を踊るように舞う。

  ひねりを加えたその動きで降下しながら、ザナドゥに再び蹴りを見舞った。ザナドゥはカンタカに乗るとサウザンドジャッカーを生成し、騎馬兵の如くゼロワンを突こうとする。

 だがゼロワンはその動きを見切り、蹴りでザナドゥの手元からジャッカーを跳ね上げるとそれを掴み────

 

 走っているカンタカのエンジンに、思い切り突き刺した。

 

「うおッ!!」

 

 ザナドゥはカンタカと共に地面に叩きつけられる。そしてカンタカの方は、一瞬の沈黙の後に爆発した。

 

「よくも……!」

 

 ザナドゥはアタッシュアローを生成し、ゼロワンを射抜こうとする。ゼロワンはそれを躱すが、ぎりぎりのところで、だ。

 

 二人が沈黙しにらみ合った瞬間、

 

「『皆さんこんにちは! 上原歩夢です!』」

 

 曲と曲の間のフリートークを、歩夢が始めていた。

 

「……!」

 

 ザナドゥはその声に、ぴくりと反応する。

 

「『今日の曲は、皆が知ってる曲に歌詞をつけたものです。私の、大好きな曲』」

 

 そう語る歩夢の声は、明るく朗らかだ。

 

「『私はこの間、夢を諦めちゃった……って人に出会いました。友達と一緒に夢を見ていたのに、すれ違ってしまったから、って』」

 

 表情こそ見えていないが、ザナドゥには────郷太には解る。

 今の歩夢はきっと、悲しそうな顔でそう言っているだろうと。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「だから私は、今日この曲を贈ります! その人に、聞いてもらえたらいいな!」

 

(お願い……!)

 

「歌います……」

 

(届いて……!!)

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

    果てしない道でも一歩一歩

    諦めなければ夢は逃げない

    隣にあなたがいてくれるから

    逆境も不安も乗り越えていけるよ

    ありがとう

 

 

『夢への一歩』

 

 歩夢が歌うのは、一緒に夢を見て、支えてくれる相手へと贈る感謝と親愛の言葉を込めた歌。

 

    段差もなく転んだり MAPを見ても迷ったり

    なかなか前に進まない ジンセイってタイヘンだ

 

    「もう歩けない」弱音吐いた時

    あなたが手を握ってくれたね

 

 その歌詞の一つ一つが、郷太の胸に刺さる。

 同じだ。

 誰かと一緒に夢を見て、それを楽しんでいた歩夢は────自分と同じなのだと、ただただ実感する。

 

 

    変わらない日々から一歩一歩

    勇気むねに 未来へ踏み出そう

    キラキラ眩しく光る毎日は

    あなたにもらった とびきり素敵な

    プレゼント

 

 

「……ッ!! あああああああああああああ!!!」

 

 ザナドゥはアタッシュアローを投げ捨て、ゼロワンに殴りかかる。そうでもしないと、気持ちがざわついて落ち着かない。ゼロワンもそれを受け止め────同じように殴り返す。

 ひたすらに互いが互いを殴り合う音が、その場に響く。

 そんな中でも、歌は続く。

 

 

    一人で夢を見るより 一緒のほうが楽しくて

 

 

「どーもー! アルゴリズムでーす!」

「よろしくお願いしまーす!」

 

 

    辛い事ははんぶんこ 嬉しい事は無限大

 

 

 殴り合いながらも、歩夢の込めたメッセージが二人の想い出を呼び覚ます。

 

 

    友達とか親友を超えた

 

 

「今日の舞台、今までで一番良かったんじゃない!?」

「まだまだだっての。俺と或人ならもっと上行けるって」

 

 

    切磋琢磨できる「仲間」さ

 

 

「お疲れ~~! さーさーファミレスで打ち上げだ!」

「お前今日はドリンクバー混ぜるのやめとけよなマジに……。こっちが恥ずかしいからよ」

 

 

    果てしない道でも一歩一歩

    諦めなければ夢は逃げない

    隣にあなたがいてくれるから

    逆境も不安も乗り越えていけるよ

    ありがとう

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

    これまでずっと支えられて 甘えてきたから

    これから私があなた 支えられる様に

 

 

(私には、侑ちゃんがいる……! 郷太さんにだって……)

 

 

    もっともっと強くならなくちゃ

 

 

(或人さんが、いてくれる筈だから!!)

 

 

    今度は守りたい

 

 

(だから、二人で見る夢を……諦めないで)

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

    変わらない日々から一歩一歩

    勇気むねに 未来へ踏み出そう

 

 殴り合う音は、もう響いてはいない。ザナドゥは膝をつき、声を上げて泣いていた。

 歩夢の歌が、思い出させてくれたからだ。

 二人の楽しい想い出を。

 しがらみも苦しみも無く、ただただ二人で純粋に、夢を追いかけていた日々のことを。

 

「……郷太」

 

 ゼロワンは、その姿を優しく見下ろしていた。

 

    キラキラ眩しく光る毎日は

    あなたにもらった とびきり素敵な

    プレゼント

 

 ゼロワンは優しく歩み寄り、

 

「ほら」

 

 ザナドゥに、手を伸ばした。

 

          

あなたがいるから 私も輝ける ありがとう

 

「或人……」

 

 ザナドゥは変身を解除し、枝垂郷太の姿でその手を取った。ゼロワンも変身を解除し、或人の素顔で微笑む。

 

「『……虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会、上原歩夢でした!』」

「『歩夢ありがとう! 次はいよいよ全体曲だよ!』」

 

 歩夢の声に、侑が応えているのが聞こえてくる。

 

「良いコンビだな、あの二人は」

「俺達だって、そうだろ?」

 

 嬉しそうに言う郷太に、或人は笑いかける。

 

「……郷太。もう一度やり直そう」

「馬鹿かよお前は。それはできないって何度も言ったろ」

「どうして?」

「この場で俺が改心してやめたとして、信者達の気持ちが収まるわけがない。何より俺の犯した罪はでかい。全て終わらせて戻ったとしても……」

「そうやってできない理由を探すのはやめろよ!!」

 

 或人は郷太の肩を掴む。

 

「郷太自身はどうなんだよ!? どうしたい!? なあ!?」

「俺は……」

 

 郷太は一瞬黙り込むが、

 

「またお前と、一緒に夢を追いかけたい」

「だったらやろうよ!」

「しかし……」

「郷太一人が謝って許されないなら、俺も一緒に謝る! 簡単にはいかないかもしれないけど……」

 

 或人は郷太を真っ直ぐに見据えながら、

 

「俺はもう二度と!! お前の夢を諦めさせたりしないから!!」

 

 嘘偽りの無い、本心を伝えた。

 

「或人……」

 

 そこで郷太は、は、は、は、といつもの調子で笑った。

 

「俺は」

 

 

「そんなことが許されると思う?」

 

 

 瞬間、二人の間に不気味に声が響く。

 

「……アズ!?」

 

“HELL-RISE!”

 

 何が起こったかわからないうちに、或人のゼロワンドライバーでプログライズキーが読み込まれる。そしてそれを、アズはドライバーに挿し込んだ。

 

“Hells energy as destroy the world. ヘルライジングホッパー!”

"HEAVEN or HELL. ────it doesn't matter."

 

 かつてのシンクネット事件の際に、エスが創り出した世界を滅ぼすプログライズキー。変身に使えば肉体の破壊と再生が繰り返され、名前の通りの地獄の苦しみを味わい続ける拷問兵器に近いアイテム。

 

「あ“あ”あ“あ”あ“あ”あ“あ”あ“あ”あ“あ”あ“あ”あ“あ”あ“あ”あ“ッ”!!?」

 

 或人は不意の衝撃と激痛に絶叫し、地面に転がりのたうち回る。

 

「或人!!」

 

“アークドライバー!”

 

 そう叫んだ郷太の腹にも、アズはアークドライバーを巻きつけていた。先程のゼロワンとザナドゥの戦いで露出した、壁の中に組み込まれていたドライバーだ。

 

「一度アーク様が関り記憶したものは、何度でも生みだせる。ヘルライズキーなら確実に、飛電或人の身体を壊してくれるでしょう?」

「アズ……お前……!!」

 

 郷太は抵抗しようとするが、アークドライバーから流れ込む悪意が彼の身体と精神を侵食していく。

 

「もうお前が“アーク様”の代わりを務める必要は無いってコト。信者達とお前の悪意の増幅……ぎりぎりまでかかったけど、もう充分」

「なんだと……!?」

「お前のナノマシンの不死の肉体を依代にして、アーク様は不死の肉体を手に入れた完全の存在になる」

「そんなこ……『よくやった、アズ』と……!?」

 

 郷太の肉体に、精神に、入り込んでくる。

 悪意の人工知能────アークそのものが。

 

「さあ、これを」

 

 アズはザナドゥプログライズキーを手に取ると、それを禍々しいプログライズキーへと変化させる。

 

「やめろ……俺が……消え……『予想外の結論だが、悪くない』

 

 郷太の肉体を侵食したアークは、それを手に取った。

 

“ARK-TWO!”

 

「ある、と……『変身』

 

“NEO-SINGU-RISE!”

 

 禍々しく、悍ましいオーラが場を包み込む。やがてそれは郷太の肉体一点に収束し────弾ける。

 

“Road to apocalypse has to lead to despair to return zero to two!”

 

“KAMEN RIDER ARK-TWO……!”

 

"────It's never END."

 

 かつてのアークの仮面ライダー、仮面ライダーアークゼロに似てはいるが、その姿は一目見てわかるほどに……“進化”している。或人の究極の到達点、仮面ライダーゼロツーにも似たその姿。アズは痛みに絶叫するゼロワンを足蹴にしながら、その姿に歓喜した。

 

「おかえりなさい。アーク様」

 

 ────悪意の人工知能、アークは……完全復活した。

 

Part7 やっぱりワタシがアークで仮面ライダー




もろもろの悪行は、禁じられているがゆえに有害なのではなく、有害なるがゆえに禁じられている。
ベンジャミン・フランクリン(1706~1790)


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Part8 ワレワレの未来図

未来は、美しい夢を信じる人のためにあります。
アナ・エレノア・ルーズベルト
(1884~1962)


 いたい。イタイ。痛い。

 痛い。痛い。痛い。

 

 ただただ、激痛が彼の脳内を支配する。

 

 右橈骨がベギンとヘシ折れたかと思えば、すぐさまそれはスーツから流れ込むエネルギーによって驚異的な速度で再生される。

 

 破壊と再生は世の常、条理、道理だ。

 本来世界を破壊する為に作られたヘルライズキーと、世界を守る為に作られたゼロワンドライバーという相反する二つの存在が組み合わさった時、驚異的な化学反応が生まれているのかもしれない。

 ただ反応するだけなら良いのだろうが……

 

 問題は、その狭間で飛電或人と言う人間が一人巻き込まれていることなのだ。

 

「あ゛あ゛ア゛ぁ゛あ゛ア゛ア゛あ゛あ゛ァ゛……!!」

 

 ヘルライジングホッパーと化したゼロワンは、絶叫しながら半狂乱で踊り続けていた。

 そう、踊っているのだ。痛みに四肢はもつれ、体幹も定まらない。

 タランチュラに噛まれた人間は痛みと毒に踊り狂い死に、それが舞曲、タランテラへと転じたと言うが……きっと、このような状態だったのだと思わせる凄まじさだ。

 

「あー、ク……!!」

 

 痛みに苦しみながらも、飛電或人は必死に脳を働かせていた。

 

 悪意の人工知能、アークは枝垂郷太のナノマシンの肉体を完全に掌握した。肉体を構成するナノマシンのすべてのメモリーを書き換え、自らの肉体としたのだ。郷太の意識は完全に塗り潰されてしまったのか。それはまだ解らないが、このままアークを放っておけるわけがない。

 

「シンクネットとフツの悪意を、私はナノマシンが製造される傍らでずっとこの本拠地に組み込まれた衛星のレプリカを用いて増幅させ続けてきた。そして衛星は人類滅亡を演算し……かつての『アーク様』がまた人工知能に宿った」

 

 アズはにたにたと笑いながら、”仮面ライダーアークツー”のドライバーにつつっ、と指を這わせ、つんっ、とつついて離す。レプリカに宿った人工知能アークはユニットとして組み込まれていたアークドライバーに移り、それが郷太に巻かれナノマシンにアクセスできたというわけだ。

 

「さあ、アーク様」

「人類滅亡。それこそが、私の結論だ」

 

 瞬間、アークツーが消える。

 

 ゼロワンは困惑したが、すぐにその意味がわかった。

 アークツーは瞬間移動にも似た速度でゼロワンに切迫し、胸元を思い切り殴りつけていた。ゼロワンは吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。その瞬間、アークツーはまた移動して切迫し、攻撃を仕掛けてくる。これが幾度となく繰り返されていく。まるで格闘ゲームのハメ技だ。

 それでいて、或人への致命的なダメージは避けられている。ただ倒すだけなら、速攻で終わらせることができるだろうがそうではない。高度に進化しすぎた悪意の人工知能は、学習しているのだ。

 

 “いたぶる”ということを。

 

「苦しいか、飛電或人」

「あァあ゛……!!」

 

「死なない程度に痛めつけ、弄ぶ」

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」

「人間から教わった悪意の一つだ」

 

 瞬間、強力な蹴りがゼロワンを宙に跳ね上げる。だがゼロワンも、痛みに支配されそうになる脳で必死に思考を張り巡らせ、

 

(つぎに、やつが、くるのは)

 

 空中で、今の自分の方向から見て次にアークが攻撃してくるであろう方向に思い切り拳を振りかぶった。しかし、

 

「その結論は、予測済みだ」

 アークの声が反対方向から響き────ゼロワンはまた、攻撃を受ける。

 アークは、或人が思う以上に進化していた。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「歩夢~~! よかったよ!」

 

 舞台袖に引っ込んだ歩夢は、感極まった愛に抱きしめられる。

 

「ちゃんと、届いたかな」

 

 歩夢は自分の一番届けたかった相手────枝垂郷太のことを思い、中空を見つめる。

 

「届いたよ……絶対!」

 

 侑は快活に笑いながら肩を組み、笑った。

 

「イズ子……」

 

 現在、ライダー達の状況を知ることができるのはイズだけだ。かすみはイズにそっと近寄り、心配そうに尋ねた。

 

「大丈夫です。きっと、皆さん……」

 

 イズはそっとモジュールに手を触れ、向こうからの音声を拾った。

 

 が、

 

「『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!』」

「『人類滅亡は、既に決まっている事なのだ』」

 

 耳に入ってきたのは、或人の絶叫と────もはやはるか昔に倒した筈の、アークの声。

 とてつもない事態が、向こうで起こっていた。

 

「────ッ!!」

「イズ子?」

 

 向こうの音声は、イズの脳内に直接データとして響いている。故に、かすみ達にはイズが何か言わない限り知る由はない。だから、

 

「……いえ、何でもありません。皆さん、奮戦しているようです」

 

 嘘をついた。

 

 今事実を伝えれば、彼女達はきっと困惑し、その心に良くないものを残す。

 それを避けたいという”気持ち”が、イズに嘘をつかせた。

 人工知能が、人間の心を慮って嘘をつく。それこそ、人工知能の心なのではないか。

 

「……そっか」

 

 イズの返答に侑はふっと笑うと、イズの肩を叩く。

 

「行ってあげて、イズちゃん」

「……ですが」

「皆に歌が届いて、どんな気持ちになったか……その目で見てきてほしいな」

 

 歌の転送自体は同好会のPC経由でネットワークを通じZAIAスペックに飛ばしている為、イズがこの場を離れること自体は問題ない。

 元々或人がここに残らせたのは、同好会のボディーガードと激戦に巻き込みたくない思いの両方があったからだ。この世界に一緒に飛んできて、今更ではあるのだが。

 

「……ありがとうございます」

 

 イズは笑み、同好会の面々を見渡した。

 

「皆さんの歌は、とても素晴らしいものでした。この後の全体曲も、きっと……」

 

 イズの”心”は、

 

「誰かに夢を、見せてくれるはずです」

 

 彼女達の力を、信じている。

 

「こっちこそ、ありがとう!」

 

 侑は快活に笑った。

 

「……よかったら曲のデータ、持っていって」

 

 璃奈はPCに駆け寄ると、たんたんっ、とキーボードを叩きイズのメモリーに曲のデータを飛ばす。

 

「皆が戻ってくるの、待ってるわ」

「戻ってきたら、打ち上げしたいねえ」

 

 果林は大人っぽいいつもの表情の中に、確かな優しさを込めて笑った。彼方もそれに合わせ、ふわふわとした雰囲気を崩さず微笑む。

 

「今から行って間に合うかな?」

「山梨との境の辺りでしたよね……」

 

 エマとしずくは距離を考え、心配気にイズを見る。

 

「問題ありません。3分前後で行けます」

「まじ!?」

「やっぱり超人、いや超アンドロイドですね……!」

 

 こともなげに答えるイズに、愛とせつ菜は驚く。

 

「イズ子、頑張ってね!」

「或人さん達にも、よろしく……!」

 

 かすみと歩夢は、いつになく真剣な表情でイズを応援する。

 

「それじゃあ、約束ね! 皆と一緒に頑張る、って!」

 

 侑はイズをくるりと出口の方に向かせると、背中を優しく叩いた。彼女を送り出すかのように。イズは一瞬彼女らの方を振り向くと、

 

「ええ、約束です。……行ってまいります!」

 

 決意の籠った声で、そう宣言し飛び出していった。

 

「そろそろ準備お願いね!」

 

 しばらく言葉も無くイズの背中を見ていた同好会に、スタッフとして参加している生徒が声をかけてくる。

 

「わかった!」

 

 侑はすぐに答えると、

 

「さて……行こうか! 皆に、夢を届けに!」

 

 一同を再び激励した。おーっ!と、同好会の面々はそれに応えめいめい準備に取りかかる。そんな中で、

 

「……侑ちゃん」

 

 歩夢だけは、幼馴染から何かを感じ取っていたらしかった。

 

「なに? 歩夢」

「イズちゃんは、その……」

「待った!」

 

 何かを察し言いかけた歩夢を、侑は平手を示して制止する。

 

「……言いたいことは、わかるよ。イズちゃん、多分何かやばいって感じて急いで出ていったんだと思う」

「じゃあ……!」

「でもさ」

 

 侑の瞳に、

 

「あの人達なら、きっと何とかしてくれる。世界を救ってくれるって……そう思わない?」

 

 迷いはなかった。そう言われてしまえば、

 

「……うん!」

 

 歩夢とて、答えは同じだ。

 

「ほら、全体曲の準備準備! 歩夢の傘、ちゃんとある?」

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「あ゛」

 

 もう何百発目かわからない、アークツーの予測によって放たれる拳がゼロワンの顔面を捉えた。

 これでもまだ、死んではいない。否────死なせてはくれないのだ。

 

「仮面ライダーを完膚なきまでに絶望させ、絶滅させる。これこそが、人類滅亡の狼煙」

「アーク様がお前達を全滅させたその後で、この世界も、元の世界も……全てが滅びる」

 

 アークの言葉に対し、打てば響くかの如くアズが相槌を入れてくる。彼らにとって、既に仮面ライダー達の敗北も、人類滅亡も────結論づけられた、決定事項らしい。

 

「そんな……こと……」

 

 ゼロワンは立ち上がるが、また痛みに絶叫する。アークが打ち据えずとも、ヘルライズキーの力で変身しているだけでも文字通りに“骨が折れる”からだ。アークはその姿を見ていたが、やがてふっ、と嘲笑した。

 

「飛電或人」

 

 アークツーは瞬間移動の如く、ゼロワンの眼前まで迫ってくる。ゼロワンはびくっ、と身構え拳を振りかぶるが、またベキベキと骨が折られ痛みに叫ぶ。

 

「一発、打たせてやる」

 

 アークツーは棒立ちになり、微動だにしない。

 

「来い」

 

 完全に、ゼロワンを舐めて下に見ていた。例えゼロワンが何をしようと、自らの絶対的優位は崩れることは無いとそう言いたいのだ。

 ゼロワン自身、アークに勝てるビジョンが今は全く見えない。満身創痍の自分に対し、相手は新しく得た力を楽しむかのように振るっているのだ。

 

 だが。

 だが、それでも。

 

 ここで倒れるわけにも、何もせずにいるわけにもいかないのだ。

 

「ッ……!! あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!」

 

“ヘルライズチャージ!”

 

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

 

         ヘ ル ラ イ ジ ン グ

 

           イ ン パ ク ト

 

 ゼロワンはキーに溜まった破滅のエネルギーを一気に解き放ち、それを拳に乗せてアークツーの胸元に思い切り叩きこんだ。

 しかし、

 

「予測通りの威力だな。……問題ない」

 

 アークツーのその言葉と共に、もの凄い衝撃が走り……

 

 

 世界が、崩壊した。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 その男、麻布(あざぶ) (れい)には夢があった。

 おそらく現代日本に生きる人間なら、一度は目にし、一度は夢見たことがあるであろう空想の産物。

 口にするには憚られるほどに、子供じみてばかばかしい夢。

 

「どこでもドアをね、作りたいんですよ」

 

 それが彼の口癖だった。

 

 いつでも、どこでも、どこまでも。

 好きな時に好きな場所に行けたら、どんなにすてきだろう。

 幼い頃にそう夢見た彼は、その為に人生の全てを費やしてきた。中学の時には既に物理学の研究を始めており、高校も大学ももっと専門的に学べる学校をとひたすらに追求し続けた。

 大学では研究室と図書館を往復する毎日で借りた下宿にもほとんど帰らない彼は、「どこでも君」とアダ名をつけられ、陰で馬鹿にされていた。

 

「どこでもドアって」

「夢見過ぎでしょ、いくつだよ」

 

 ヒソヒソ声で言いながらも、明らかにわざと聞こえるように言っているそれは、彼の心をずんと重くさせた。

 

 そして、そういう時は決まって……

 

「ゲホ──ッ!! エ゛ッホ!! エ゛ッホ!!」

 

 激しい咳が、彼の意志とは関係なしに飛び出すのだった。

 これは彼の幼い頃からの体質だった。強いストレスを感じると、意志や気管の状態に関わらずひどい風邪の時のような激しい咳が肺の奥から絞り出される。精神的な暗示が原因だろうと心療内科や精神科に通院してはいたが、なかなか改善には至らない。

 

「エ゛ッホ!! エ゛ッホ!!」

 

 そうやって咳き込む彼を見て周りはまたクスクス笑い、また咳き込みの繰り返し。

 まったく嫌になる話だが、それでも彼は大学に行くのはやめられなかった。研究をするには大学の環境が必要不可欠だったし、何より────

 夢を、諦めたくなかったからだ。

 夢が自分の中の芯だとするならば、諦めてしまえば自分そのものが無くなってしまいそうな気がして。

 

「おーおー、だいじょぶ? 麻布君」

稀布(きぶ)さん……」

 

 彼に声をかけたのは、同じゼミに所属するいかにもなリケジョ、といった佇まいの女子。名を稀布 (らん)といった。

 

「キミってば、頭は良いけど色々考えこんだり抱え込んじゃったりするからね。咳き込むの、体質だっけ? 咳止めはあるけど……効かないよねえ」

 

 確かに薬は効かないのだが、薬があったとしてももう必要は無いだろうと玲は思った。

 蘭に言葉をかけてもらううちに、咳き込みは収まっていたのだから。

 

「私はいつでも相談に乗るからさ。どこでもドア、絶対作りなよ」

 

 蘭はそう結ぶと、トークアプリで今日の飲み会何時だっけ? と通話を始めながら肩で風を切り去っていった。その後ろ姿を玲はいつまでも、いつまでも見つめていた。

 勉学と研究にだけそれまでの人生を費やしてきた男の、不器用で醜く歪な初恋だった。

 

 稀布蘭は、とにかく”かっこいい女”だ。

 

 フレームの細い眼鏡でバリバリのリケジョな佇まいもそうだが、男勝りな喋り方に飲みニケーション好きな力強さ。体力無いと研究ぶっ通しで続けられないからさ、とジム通いも並行しており、出るところは出ているが締まっているスタイルは目を引く。

 何よりその人柄の良さだ。

 どんな相手も一定の距離感を持って下手に踏み込まず、それでいて玲にかけた言葉のように相手を慮る。声をかけられた相手が仲良くなりたいと詰めていけばよい友となってくれる彼女は、ゼミでもどこでも人気者だった。

 玲は一度、彼女が公園で中学生ぐらいの少年を慰めているのを見たことがある。最後の大会だったのに負けたと半ベソのスポーツ少年の話を最後まで肯定しながら聴いてやり、後輩たちが頑張るって言ってくれたのはキミが頑張ってる姿を見せてきたからだろ、絶対無駄にはならないからと言ってあげる姿には舌を巻いた。

 

「人生こっからめっちゃ長いんだぞ? 頑張んなよ、少年。これが人生」

 

 少年、と呼んでくれるかっこいいお姉さんってやつを地で行くのかあなたは、と思ったものだ。「これが人生」というのは彼女の口癖で、時たま達観したように彼女はそう結ぶのがお決まりだった。

 そしてそんな”かっこいい”姿に────玲もまた、ホレ込んでしまっていた。

 不器用で醜く歪であるが故に、口にせずとも態度で察せられて周りからは「釣り合うわけねーだろ、どこでも君のクセに」と散々陰口を叩かれ馬鹿にされていたのだけれども。

 

「ってかさ、そもそも何でどこでもドアなのかな」

 

 ゼミに資料本を忘れたと取りに行った日曜日の昼下がりに、玲は尋ねられていた。

 日曜の方が静かでやりやすいからと誰もいないゼミで一人コーヒーを飲みながらレポートと研究に勤しんでいた蘭と顔を合わせてしまったが故だ。

 

「エ゛ッホ!! エ゛ッホ!!」

 

 惚れた相手と二人っきりでそう尋ねられては、玲も発作が出ざるを得ない。

 

「ちょちょちょ、傷つくなあ私も流石に……。いやね? 麻布君って別にウケとか話題性とかでそーゆーことやってるワケじゃないだろって話よ」

 

 苦笑しつつ、蘭は令をじっと見る。

 

「……”夢”なんでしょ?」

「うん」

「うんって」

「え、ええ」

「……なんでまた?」

 

 そこで、蘭はまた少し距離を詰めてくる。

 

「ち、近いって稀布さん」

「いいから」

 

 玲は思った。

 彼女になら────この夢の原点を、話しても大丈夫だろうと。

 

「稀布さんはさ」

「ん?」

「……本気でどこかに行きたいって思ったこと、ある?」

 

 麻布玲は母というものを知らない。

 血縁上は母、という繋がりであり、同居している女性はいた。しかしその人は、

 

「ねえ!! 何で良い子にしてくれないの!!」

 

 およそ物語や世間一般にイメージされる「おかあさん」とは、まるっきり違っていた。

 電子工学の権威であった玲の父は、彼が生まれる前に実験中の事故で亡くなった。だからだろうか。

 母は玲に対して異常に過保護であり、彼が自分の目の届かないところに行くのを許さなかった。当初は幼稚園に通わせてもらっていたが、彼が友達の誘いで鬼ごっこをしてすり傷を作った時から全てが変わった。

 母は喉が枯れんがばかりに絶叫し、彼を引きずるようにして自宅へと連れ帰った。何で良い子にしてくれないの、お母さんはこんなに心配しているのに、と叫んだ後、何度も何度も頬を張られ……そして、抱きしめられた。

 

「おかあ、さ」

「……もう、いいから」

 

 母がにっこりと笑った。よかった、安心だと玲は思ったが、

 

「もう、どこにも行かなきゃいいもんね」

 

 そう笑顔で告げた母の眼に、光はなかった。

 

「おかあさん! あけて! おかあさん!! ごめんなさい! ごめんなさい!!」

 

 玲は自宅の一室に押し込められた。食事は三食差し入れられ、トイレもおまるを回収する形で済ませることができたが、幼い子供にとっては同じ部屋に押し込められ続けるだけで拷問に近い。

 唯一の楽しみと言えるのは、部屋に備え付けられたテレビとビデオ、絵本と漫画だけだった。アニメやドラマをひたすらにリピートし、何回も何回も何回も何回も繰り返す。軟禁生活が一ヶ月も続く頃には、台詞をそらんじられるようになっていた。

 そんな中で、彼の幼い心を強烈に惹きつけたものがある。

 

「どこでもドア……」

 

 『ドラえもん』はアニメも漫画もどちらもかなりの数が部屋に置かれていた。空気砲。グルメテーブルかけ。もしもボックス。どくさいスイッチ。さまざまなひみつ道具が玲を魅了したが、やはり一番はどこでもドアだ。

 

 ドア一つで、いつでも、どこでも、どこまでも。

 好きな時に好きな場所に行けるなんて、どんなにすてきだろうと。

 

 自分のいる部屋のドアが自分を閉じ込めんと固く閉ざされているからこそ、その想いは一際強くなるのだった。

 

 幼稚園にまた行きたい。

 スーパーにまた行きたい。

 テレビの中で紹介されている、外国に行ってみたい。

 

 そんな想いを募らせながら、狂った母が彼を守るためとして始めたはずの軟禁生活で、彼は少しずつ衰弱していった。ある日目覚めると、彼は自分の身体が熱く、物凄いきつさに包まれていることにすぐに気がついた。這うようにしてドアのところまで行き、ドアを力なくとん、とんと叩きながら、

 

「おか……あさ……」

 

 それでも、母を呼ぶことしかできなかった。いつもならそのぐらいの音でも母は飛んできたが、その日は何故か何度戸を叩いても反応がない。

 

「ゲホ──ッ!! エ゛ッホ!! エ゛ッホ!!」

 

 寒気と共に、強い咳が彼の肺の奥底から絞り出される。何度も、何度も、何度も。

 

「エ゛ッホ!! エ゛ッホ!!」

 

 それでも、誰もやって来ない。

 

「エ゛ッホ!! エ゛ッホ!!」

 

 まだ幼かった玲だったが、熱と苦しさと咳の中で、彼はなんとなく理解していた。

 自分は、ここで消えてなくなってしまうのだと。やがて、その意識はうっすらとしていく。

 

(どこでもドアが……あったら……)

 

 それが、彼が最後に思ったこととなった……

 

「玲ちゃん!!」

 

 筈であった。

 気づけば、彼は病院のベッドに寝かされていた。枕元には、父方の祖母が顔を青くしてその様子をうかがっていた。

 結論から言えば、母の死によって彼は救われていた。

 これはある程度の年齢になってから聞かされたことだが、母は幼稚園や両親、義父母には頑として譲らず方便を使い分けることで軟禁生活をひたすらになんとかして維持していたらしい。それでもただならぬものがあると薄々感じており、母の母──玲の祖母だ──がある日きちんと話をしようと家に入った時、浴室で足を滑らせ頭を打ち、血だまりの中で死んでいる娘を見つけることになったというわけだ。

 ならば孫である玲はどうしたのかと警察を呼んで家中現場検証と共に探した際、ひどい風邪で衰弱している玲が発見され、病院に搬送され今に至るというわけである。

 玲の世界の”ドア”を閉ざしたのが母なら、開いたのもまた母であった。

 その時は母が死んだことはやんわりとした表現で伝えられたが、玲は涙を流しながらもその気持ちをどう処理して良いのかわからなかった。確かにあの人は母だった。こうなる前は優しいところだってあった。

 だが。

 だが、それでも。

 

 死んでくれたことが、嬉しくってたまらないのだから。

 

 今にして思えば、これが玲にとって初めての”嬉し泣き”だった。

 そこからは心機一転、祖父母の援助を受け、小中高と勉学に励んできた。そして念願のどこでもドアを作る為、大学に入ったというわけだ。

 

「……なんというか」

 

 蘭はかなり渋い顔になっており、玲が話し終わったところで宙を仰いだ。

 

「軽い気持ちで聞く話じゃなかったね、ごめん」

 

 まず自分の非だと思ったところを謝るか、と玲は思った。

 君のそういうところも好きだ、とは流石に言えないが。

 

「ま、まあ隠したりするようなものではないかなって……。とにかく、僕はやるよ。あの時広い世界に飛び出したいって思った気持ちを、きちんと昇華したいんだ。『どこでもドア』を作って……広い世界に自由に飛び出せる、そんな社会を作りたい」

「……そっか」

 

 蘭は玲のその言葉に、ふふっと笑みで返した。

 

「応援する」

「ありがとう」

「私、レポートも終わったし……今日は帰ろうかな」

 

 蘭はそう言うと、荷物をまとめ始める。

 

「あ、あの、稀布さん」

 

 玲は慌てて声をかける。思わず声が上擦った。

 

「? なに?」

「……」

「麻布君?」

「……エ゛ッホ!! エ゛ッホ!!」

 

 まただ。

 

「……大丈夫ホント? ごめんね。それじゃあ」

「エ゛ッホ!! エ゛ッホ!! まっ、エ゛ッホ!! エ゛ッホ!!」

 

 ただ、飲みに行きませんか、もうちょっと話したい、と言いたかっただけなのに。つくづく、彼は自分の体質が恨めしいと思った。

 

 しかし本当の不幸は、この後にやって来る。

 

 大学三年生の時、それまで面倒を見てくれていた父方の祖父母が相次いで亡くなった。

 

 問題はその後だ。大叔父筆頭に親戚一同は急な逝去故に遺書も無いのを良いことに、資産家であった祖父母の財産を根こそぎ奪っていったのだ。当然、玲の取り分など無いと言わんがばかりに。何とかしたいとも思ったが、如何せん勉強と研究しかしてこなかった21の小僧っ子にはどうすることもできなかった。

 虐待と監禁の過去故に祖父母から特に手塩にかけて育てられていた玲は、いきなり梯子を外されてしまった。母方の祖父母は高校の時に亡くなっていたし、母方の親戚で頼れるのは伯母一人だけ。一応彼女を訪ねて一週間ほど厄介にはなったものの、「学費なんか払えない、どうしよう」と言っているのを聞いてしまい、夜中にこっそりと家を後にすることにした。

 

 これで本当に、麻布玲には頼れるものが何もなくなってしまった。

 

 成績優秀故に研究者として教授側から何かしら口利きしてもらうという手もあるかと思ったが、元来人付き合いを避けてきた彼のこと、頼れるほどの人脈が無い。友人も恋人もいないとなれば猶更だ。

 あの時と違って、今はどこにでも行けるはずなのに……カネも資格も住処も無い彼は、どこにも存在することを許されなかった。

 

 彼の”どこでもドア”は、再び閉じてしまった。

 

 行く当てもなく、出来ることもなく、ただただ彷徨う日々。気づけば、彼は路上生活者になっていた。

 雨風をしのげる場所をひたすらに探し、冬場は寒さに命を奪われないよう苦闘する毎日。仕事も何度か探してみたが、体力の無さと咳の発作、人間関係づくりの下手さが災いし、長くは続かない。そんな時間が続くうち、彼はただ毎日、”死なない為だけに”生きている人間になってしまっていた。

 こんな状況から連れ出してくれる”どこでもドア”があったらどんなに良いだろう。今までの苦しみもしがらみも忘れて、どこか知らない場所に行きたい。そう願いつつも、そんなことが起これば苦労は無いというのもまた頭でわかってしまっていた。

 

 気づけば、10年近い時間が経っていた。

 

 こうなるともう「死にたくない」というより、「何でまだ生きてんだろう」という気持ちになってくる。それでも命を絶つ勇気も甲斐性もなく、彼はひたすらに一日を日銭稼ぎと食料探しに費やしていた。その日は早めにひと段落つき、夕方には公園の片隅で眠ることにした。体力をなるだけ使わない為にも、寝るのは基本だった。いつものように微睡んだその時────

 激しい腹痛が、彼を襲った。

 便意は無い。しかし物凄い刺すような痛みが、ずっと腹の中で広がり暴れ続ける。痛み故のストレスで、咳の発作も出始めた。あ、ああ、うう、と咳の中に呻き声を混じらせていた時、

 

「あ、あの……大丈夫、ですか?」

 

 一人の少女が、声をかけた。玉を転がすような声だ。

 長いがよく手入れされた艶やかな髪が目を引く美少女が、恐々と発作と腹痛に苦しむ彼を見下ろしていた。

 

「お、おなかが、エ゛ッホ!! いた、いたああああエ゛ッホ!!」

「き、救急車……!」

 

 少女はスマートフォンで連絡しようとする。しかし、

 

「ちょっと! やめときなよ」

 

 友人らしきもう一人の少女が、彼女の手を止めた。その少女も、最初の少女も、とても見目麗しい。近くの女子高の制服だが、まるでアイドルと言っても遜色無いほどだ。

 

「で、でも……」

「変なのと関わってウワサになったらどうするの? 次のラブライブは絶対優勝しようね、って言ってたじゃん」

「だけど、この人が……!」

 

 最初の少女はおろおろと友人と玲を交互に見比べている。

 

「ほら、だめだって! ほら! そのうち誰か他の人が来るから!」

 

 友人は多少強引にでもと、少女の手を引っ張って連れ出す。少女はそれでも玲の方を見ていたが……やがて、誰か他の人が来る、という友人の言葉で自分を無理にでも納得させたのか、申し訳なさそうに目を伏せて友人に手を引かれるまま去っていった。去り際に友人が言った一言が、

 

「うちらがわざわざ関わることないでしょ? 輝くためには、自分に汚れがつかないように気をつけないとさ」

 

 玲の耳にも聞こえてきた。

 

「ふざ、エ゛ッホ!! ける、いた、エ゛ッホ!! なよ……」

 

 何も好き好んではぐれ者になったわけじゃない。

 

 一体自分が今君に何をした。ただお腹が痛いだけだ。

 

 汚れって何だ。ラブライブだか何だか知らないが、それは人間の命より価値があるのか。

 何より、最初の少女の申し訳なさそうな、ごめんなさいって表情も気に入らない。

 

 「誰かが」来るからじゃなくて、「お前が」助けろよ。

 ただ悪意を向けられるより、中途半端に手を差し伸べられてそれを引っ込められる方が余程辛いんだ。

 目の前にぶら下げられた希望をひょいとどこかに引っ込められるほど、辛いものは無いんだ。

 

「いた、いた、ああああああああああエ゛ッホ!!」

 

 発作も腹痛も勢いを増している。いよいよ自分も終わりか、と玲は悟った。

 これが人生だと言うなら、あまりに理不尽だ。これじゃ結局、親に虐待されて4歳の時に死んでいたのを31歳で野垂れ死ぬまで無駄に引き延ばしただけじゃないか。

 

「エ゛ッホ!! エ゛ッホ!! ぼく、だって、し……」

 

 本当は、

 

「しあわせに、エ゛ッホ!! なりたい、エ゛ッホ!! のに……」

 

 ただ、それだけなのに。

 

(どこでもドアが、あったら……)

 

 今すぐにでも、自分を痛みから解き放って幸せにしてくれる場所に行けるはずなのに。そう考えて意識が落ちそうになった瞬間、

 

「大丈夫ですか!?」

 

 一人の女性が、声をかけた。

 

「しっかり! 今救急車呼ぶから!」

 

 地獄に仏とはまさにこのことだった。

 女性の通報によって玲は救急病院へ搬送。腹痛の原因は急性虫垂炎であり、それほど重いものでは無かった。加えて、通報した女性は────

 

「大学の時に姿を消した麻布君が、あんなところで生活してたなんて思わなかったよ」

 

 稀布蘭、その人だった。

 

「まあ、色々あって」

 

 10年の間に、憧れた女性(ひと)はますます美しくなっていた。その左手の薬指には指輪がきらきらと光っていたが、そんなことは関係ない。彼女が幸せで、輝いてくれればそれだけで嬉しい。

 十年もドブネズミ同然の生活を送っていた男は、自分には人を愛する資格が無いと既に恋を諦めてしまっていた。しかし、

 

「うちに来ない? どこでもドア、作るんでしょ」

 

 夢はまだ、諦めきれない。

 彼女は今も大学で研究を続けており、加えて国立で発足した先端科学研究所の役員となっていた。国が力を入れたい新技術の研究を推し進めるのが役目だ。そしてその中に、

 

「国土交通省が長距離移動に関する研究、技術の研究を申請したのが6年前。私もこのチームの研究には携わってるけど……キミの言う『どこでもドア』ってさ、マンガの通りなら長距離移動が可能な端末ってことでしょ?」

 

 まさに、”どこでもドア”にはうってつけの事業であった。そこから、彼の第二の人生は始まった。

 退院後、蘭の世話で身なりを整え、住まいを見つけると口利きによって彼は研究所の所員となった。10年間のブランクはあったものの勤勉な彼のこと、最新の技術、理論を身につけるとめきめきとその技術を向上させ、研究を推し進めていった。そして、

 

「そうか……! この条件で負荷をかけた時……!」

 

 彼は遂に、”どこでもドア”の真理に辿り着きかけていた。

 ドア、というよりも巨大なゲートを作り、そこに出発点と到着点を繋ぐエネルギーを発生させる。まるで灰色のオーロラのようなそれは、まだ不安定ではあるが確かな移動能力を持っていた。周りの所員の賞賛の声も嬉しかったが、

 

「すごいよ! 麻布君さあ、夢……叶えられるじゃん!」

 

 それ以上に、蘭の言葉が嬉しかった。彼女の溌溂とした声、笑顔。それが一瞬でも自分に向くだけで、とても嬉しかった。

 

(できるならば、君と友人同士としてこれからも……)

 

 その頃の蘭は、メディアにも出演するほどの研究者となっていた。スポークスマンとしての側面や国の教育政策の成功例としてのアイコン的役割も多分にあったが、元々社交的な彼女のこと、研究を推し進めつつそれを立派にこなしていた。

 玲にしてみれば、そんな尊敬できるすてきな女性と肩を並べられるだけで誇らしく、嬉しかったのだ。

 

「麻布さん、根詰めすぎじゃないですか」

 

 男性所員の一人が、缶コーヒーを手渡した。

 

「ああ、天王寺君……。ありがとう。でも、これは僕の夢だから」

「夢ですか」

「子供の頃からのね。君だって、夢……無かったか?」

「……考えると、あまり無かったかもしれませんね」

「そう? じゃあ君のお子さんは?」

「璃奈ですか? 夢……あるかなあ。そろそろ小学校卒業ですがね、なかなか一緒にいてあげられなくて。わがまま言わないで素直に留守番してくれるし、良い子に育ってるなとは思うんですが」

「本当に素直なのかなあ、それ。仮にどこでもドア完成したら、璃奈ちゃんに毎日会ってあげなよ」

 

 玲はかつての自分を思い返し、暗澹たる気持ちになった。その後も研究は進み────

 

「この通りだよ! 動物実験の段階では成功してる。人間の移動はまだ難しいかもしれないけど、運輸業になら……」

「流石麻布君! オーケイ、明日さ……現場見に行っていいかな」

 

 玲の進捗レポートを読みながら、蘭は尋ねた。

 

「勿論!」

「それじゃあ、明日ね。できれば二人っきりで確認したいんだけど……いいかな?」

 

 蘭の顔がすぐ目の前に迫ってきた。相手は人妻だとわかっていても、ドキドキしてしまう。

 

「い、いいよ」

「ありがとう」

 

 まだ胸をどきどきさせながら、玲は彼女の部屋を後にした。そこで彼は、久々に気がついた。

 

(咳、出なくなったよな……)

 

 仕事も見つけ、夢を追うことで精神的に安定してきたのが良かったのだろうか。緊張やストレスで出てくる咳の発作は、ここ数年自然とおさまっていた。

 

(僕の人生が、夢が……やっと前に進む!)

 

 その事実が、彼を明るくさせるのだった。そして、翌日……

 

「と、言うわけさ。どうだい」

 

 玲は転送装置を起動し、

 

「……これ、もう本物だよ! これが実用化したら、本当にどこでもドアだ」

「だろう!? いつでも、どこでも、どこまでも! 誰でも好きな時に好きな場所に」

「おめでとう」

 

 炸裂音が響いた。

 麻布玲は肩から血を吹き出し、機械に倒れ込んだ。

 

「良かったね、夢が叶って。もう思い残すこと、ないよね? 人生の幕引きとしては最高だあ……」

 

 ふふっ、と蘭は笑う。その手にはどこで手に入れたのだろう、拳銃が握られていた。

 

「なん、で……!!」

「麻布君さあ」

 

 部屋に人がなだれ込んでくる。屈強な黒服の男たちだ。彼らは玲に組み付くと、しっかりとその動きを拘束した。

 

「本当にどこでもドアで、皆が幸せになれると思った?」

「どういう……」

「言ったでしょ? この研究は国土交通省からの案件だって。国中の、いや……いずれは世界中の交通事業がひっくり返る発明だよ」

「そ、そうさ! 皆がすぐにどこへでも行きたい場所に行ける、自由が……」

 

 呑み込めていない玲の顔面を、蘭が殴った。

 

「い、いた」

「ホントさ、キミって根っからの”どこでも君”だよね」

 

 玲の心に針が刺さる。

 

 何でそんなことを言うんだ。

 君だけは、僕を一度もそう呼ばなかったじゃないか。

 

「いつでもどこでも家にいながら好きな時に好きな場所へ。そんなことしたらさ、困る人がいるじゃん」

「困るって」

「……国中の高速道路は無用の長物! 鉄道も飛行機もバスもタクシーも必要ない! それら全部の撤廃に費用もかかるし、関連会社の従業員全てが職を失う! 物だって運べるから宅配便なんかいらない! 好きな時に好きな場所へすぐ行けるってのはそういうこと、違う?」

 

 そんなこと考えもしなかった。玲にしてみれば、これはあくまで人々に自由を与えるためのものなのだから。

 

「私もさ、国や大手の航空会社や鉄道会社との談合でそこら辺はまとめつつ……この移動技術は要人や重要な案件の関連書類なんかの移送に使う、国の極秘技術として使いたかったわけ。絶対に表に出すなって鉄道会社の人から怒られちゃった」

「そん、な」

「キミはいいよね。そんなこと考えずに、身勝手な夢だけ見てればいいんだから」

 

 嘲笑しつつ、

 

「だからさ、完成した後はキミが生きてると色々面倒なワケ」

 

 蘭が今度は足を撃った。玲は痛みに声を上げる。そして、

 

「ゲホ──ッ!! エ゛ッホ!! エ゛ッホ!!」

 

 とっくにおさまったと思っていたあの咳の発作が、また出始めていた。

 

「あーもう、気持ち悪いなあそれ。学生の頃から思ってたけどさあ」

 

 まただ。

 

 あんまりじゃないか。

 

 君は誰にでも分け隔てなく接する尊敬できる人物だと思っていたのに。

 僕の憧れだったのに。

 本当に、好きだったのに。

 君も僕を嗤って、見下して、理解してくれていなかったのか。

 

「でもね、麻布君」

 

 蘭がまた顔を近づける。

 

「キミには感謝してる。この研究はキミ抜きには完成しなかったし。あの時公園で咳き込んでるヤツ見てうわキモ、って思って素通りしようとしたら麻布君じゃん? 嘘でしょって思ったけどチームも行き詰まってたし使えるって思ったからさ、救急車呼んであげたわけ。安い元手で恩が高く売れるっていいよね」

 

 やめてくれ。

 これ以上、僕を失望させないでくれ。

 

「元々10年ホームレスやっててゲホゲホ咳き込むイカレ人間なんだからさ、研究の完成で歓喜のあまり自殺……ってことで片づけてあげる。まあ国のバックアップがあるんだし、いくらでももみ消せるけど……。この人達だって、今回国から派遣してもらったわけだしね」

 

 蘭はそこで、黒服たちに玲の拘束を緩めさせた。玲の手を黒服たちが掴んだまま拳銃を握らせ、その上で自分の頭を打ちぬかせるのだ。記録を捏造できるとはいえ、硝煙反応をしっかり玲の手に残しておきたいらしい。

 

「ほらほら少年、さっさと撃って楽になろう? ……少年って年じゃないか、キモい童貞オヤジだ」

 

 蘭はケラケラと笑いながら、その様を眺めている。玲はその間ずっと、ゲホゲホと咳き込んでいた。

 これからもっと、広い世界を見たいのに。飛び出していきたいのに。

 僕の”どこでもドア”は、こんなところで閉じてしまうのか? 

 

「最後に夢が叶ってよかったね」

「エ゛ッホ!! エ゛ッホ!!」

 

 よかったね、と言いながらも、蘭の言葉には喜びも肯定も無い。

 

「安心しなよ。キミの発明も、手に入れるはずだった名誉も……私が代わりに貰ってあげる。私の名前は歴史に残るなあ」

「エ゛ッホ!! エ゛ッホ!!」

 

 玲は咳き込み続けている。その顔をまた、蘭が殴った。

 

「キモいって言ったでしょ、それ」

「うぁ」

「キミはさあ、幸せになる資格の無い人間なの。だから私達みたいな真っ当な人生を歩んでいる側の人間に、持ってる物全部差し出してゴミらしく野垂れ死ねばいいの。わかる? これが人生」

「……そう、かもね」

「そうなの。わかる?」 

 

 蘭が合図をすると、男たちは玲の右腕だけを何人も寄ってたかって掴み、玲に拳銃をがっちりと構えさせた。足を撃っているため逃げる心配は無いと、他の手足を抑えるのはやめている。

 

「それじゃあ、さよならだね」

 

 そう語りかける蘭の表情は、やはり美しい。だが玲はもう、それに心惹かれることはなかった。

 

「……なんて……ない……と、どうなる……」

 

 玲の口から、ぼそぼそと言葉が漏れる。

 

「は?」

「失う……なんて……心を……」

 

 蘭は三度玲の顔を殴った。

 

「いい加減にしろよキモいって言ってるだろ!! 何ボソボソボソボソと……!」

「失う物なんてなにもない、心を病んだ孤独な男を欺くとどうなるか……!!」

 

 玲は、

 

「報いを受けろクソ野郎ォォォォォ────ッ!!」

 

 左手で機械のツマミを回し、ボタンを叩き殴っていた。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 目が覚めた時には、暗く冷たい部屋の床に玲は横たわっていた。

 

「ここ、は」

 

 彼は立ち上がる。周りを見渡すが、そこは先程までの研究所の室内では無かった。

 

「生きてるのか、僕は」

 

 彼は最後の手段として、空いている側の手で転送装置の出力を最大限にしたうえで起動させたのだ。今までの段階では想定すらしていなかった出力故に、部屋全体が巻き込まれたはずだ。それによって全て爆破して終わったと思っていたが、どうやらそうはならなかったらしい。そして、

 

「……あいつらは!?」

 

 蘭と彼女が派遣した屈強な黒服たちはどこに行ってしまったのか。そう思って彼が動こうとした時、何かが彼の爪先にぶつかった。やわらかいそれを玲が拾い上げてみた時、

 

「ひいっ……!!」

 

 彼はそれを投げ捨てていた。

 それは人間の肘から先の腕だった。しかも、手首から指が生えたり、手の甲にへそとしか思えないものがついてたりと、まるで人間をぐちゃぐちゃにバラして適当につなぎ合わせたかのような。

 

「これ、は」

 

 気づけば、彼の周りにはそういう奇形の死体がいくつも転がっていた。

 頬から腸の柔毛としか思えないようなものがウジャウジャ生えている男。

 逞しい胸筋に、他の人間の眼球がびっしりと敷き詰められている男。

 股間からペニスの代わりに、他の男の首から上が生えているものまであった。

 

「……彼女は?」

 

 そう思って歩を進めた時、彼は背後に人の気配を感じた。振り返ったそこには、

 

「……稀布さん!?」

 

 蘭が微動だにせず突っ立っていた。生きているのかと彼は身構えたがその瞬間、

 

「ごぼ、がば、ば」

 

 蘭がゆっくりと歩き始めた。玲はますます警戒し、いざとなれば殴るぐらいの覚悟をしたがその瞬間────

 

「ばあああああああああ」

 

 蘭の身体がはち切れ、溶けたアイスクリームのように崩れた。

 

 それと同時に中から大量の血液が溢れ出し、ジャラジャラジャラジャラッ、と固いものが大量に落ちる音がする。拾い上げてみると、それは人間の歯だった。落ちてきた量からして、十人分はある。

 稀布蘭は、とっくに息絶えていたのだ。大量の血液と歯だけの詰まった、皮袋となって。

 

「エ゛ッホ!! エ゛ッホ!!」

 

 玲は驚きと興奮のあまりへたり込んでまた咳き込んでいたが、彼はやがてそれがだんだんとおさまってきていることに気づいた。やがて咳が完全に止まると、彼は立ち上がり……

 

「はは、ハハハハ……!」

 

 笑った。

 

「……ど──だ!! 見たかよゴーツクばりの八方美人のケツ穴女が!! よくも僕をコケにしやがって!! クソが!! クソが!! クソが!!」

 

 玲は足元に転がっている蘭の顔の皮の残骸を踏みつけ、足の下でそれがずりゅずりゅと擦れて潰れていく感触を楽しんでいた。

 

「おいコラ!! 何とか言ってみろよ!! いつもみたいにカッコ良くビシッっと決めてくださいよ稀布さん!! もしもーし!?」

 

 玲はそこで足を止め、床の方向に耳を澄ます。ただただ、静寂が響く。

 

「……そうだよなあ!! もう死んじゃってるから答えようがないよなあ!! キレーな顔の中から血と歯の大洪水でグチャグチャだあああ!!」

 

 行き場の無い感情が、玲を支配する。彼は残っていた蘭の顔面の皮を見つけると、また苛立ちながら踏みつけてボロゾーキンにしていく。

 

「でもそれもこれも全部稀布さんが悪いんだよなあ!? 見下してるクセにいい顔して内心人の夢をバカにしたうえで、おいしいとこだけいただこうとしやがって!!」

 

 そこで彼は、やっと足を止めた。

 

「……だから、報いを受けた。『これが人生』、だよな?」

 

 玲はまだ表情は笑っていたが、目からは涙がとめどなく溢れていた。

 憧れの人は、彼にとって最悪の人間だった。だがそれでも、好きだったという事実が胸を締め付け、痛めつける。

 自分は何なんだ。くるくると翻弄されるだけの、ただの道化師(ピエロ)じゃないか。

 

「誰だ!! そこで何を……」

 

 そこで部屋に入ってきた影がある。それこそ、シンクネットの立ち上げを準備していた一色理人その人であった。

 

 玲は事情を説明し、理人と対話し自分がいわゆる”並行世界”へとやってきたことを理解していた。最大出力で転送装置を起動した時、並行世界間の移動が可能になる。その事実へと気づいたのだ。不完全で未完成な転送故に彼以外の人間がぐちゃぐちゃになったのを思えば、自分が無傷だったのは奇跡としか言いようがない。

 行くあての無い玲を理人は拾い上げ、自分の立ち上げる計画を手伝ってほしいと頼み込んだ。その後、ナノマシン技術により誕生した”フツ”の参入、シンクネットの立ち上げにより、玲は再び目標を見つけることが出来た。

 並行世界間を移動する、”どこでもドア”の完成と運用を目指すのだ。

 やがてゲートが完成し、玲は元いた自分の世界への移動が可能になるとわかった時、サーバーの管理問題をエス、フツと話しあい並行世界に拠点を作ることを決めた。何度かの移動で計画は順調に進み、元の自分の世界での信者達も獲得。エスが掲げる”楽園ガーディア”の成就は目前だと玲は喜んでいた。

 

「エス様……! ありがとうございます!」

 

 玲は彼を教祖のように慕い、付き従っていた。

 だがある時、彼はフツから呼び出され、並行世界への大規模移動の話を持ちかけられることになる。そこで彼が耳にしたのは、

 

「信者達を……すべて滅ぼす!?」

「ああ。それがエスの本当の狙いだ」

 

 玲はまたしても、心の拠り所としていた相手に裏切られることとなった。エスの目的は恋人ただ一人だというその事実は、彼を打ちのめすには充分だった。

 

「何だよそれは……! 僕達は利用されてただけか!? また裏切られるのか……! また……!!」

「待ってくれ。僕がいるだろ?」

「フツ様……」

「僕は夢を持ったが夢破れた信者達を、君のいた世界に連れていきたい。そこで、僕の理想とする楽園……”桃源郷(ザナドゥ)”へと、彼らを導きたいんだ。君だって、夢があるだろ?」

 

 フツは玲の手を握り、彼を厚遇すると約束してくれた。そして彼は、計画を推し進めていくこととなる。

 

「ところで、君も幹部として何か名乗った方がいいんじゃないか? バリーって子をそろそろ幹部にしようと思ってるし、一緒に組んでくれるとありがたいんだ」

 

 フツの言葉に、玲はただ応えるだけだ。

 

「私は今までの自分を捨てて、これからの自分を大事にしたい。名無しの権兵衛(ジョン・スミス)とでもしておきましょうか」

「じゃあ、それで」

「【ジョン】で構いませんので」

 

 その男、麻布 玲には────────

 

 

(どこでもドアで自由を手に入れた世界が……見たいんだ!)

 

 

 夢があった。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「ゲホ──ッ!! エ゛ッホ!! エ゛ッホ!!」

 

 お台場の通りを歩きながら、ジョンは咳き込んでいた。

 

 バルキリーに敗れ、一度はログアウトさせられた。おまけにその後本拠地で何か起こったらしく、アバターで本拠地の場所にアクセスすることができない。

 ならばと、彼はアバターをお台場に出現させ、虹ヶ咲学園に襲撃をかけ全てをめちゃくちゃにしようと考えていた。

 

「僕の”どこでもドア”は、いつだって女が死んだ時に開かれる」

 

 母が死んだ時、自由を手に入れたと思った。

 蘭を殺した時、自分の心のわだかまりが吹き飛ばせたと思った。

 故に彼は、女の死によって自由を手に入れたという成功体験を積んでいることになる。

 

「僕の、エ゛ッホ!! どこでもドアを、エ゛ッホ!! 開いて、くれよ……!! お前達のライブなんか、ぶっ壊してやる……!!」

 

 スクールアイドル全員を皆殺しにして、希望を打ち砕く。そうすることできっと、何か道が開けると彼はそう信じていた。

 学園がもう、眼前に迫っている。

 

「『それではいよいよ、全体曲です……!』」

 

 高咲侑の声が、学園の前まで響いてくる。

 

「ぶっ壊してやる……!!」

 

 しかし、

 

「……そうはさせません」

 

 イズが、目の前に立ちはだかっていた。

 

「飛電の社長の秘書か。君も……僕のどこでもドアを、開く鍵になってくれよ……!!」

「あなたが何を考え、何を思って今そうしているのかはわかりません」

「黙れ!!」

「私は、ただ」

「黙れと言っているだろ!!」

 

 ジョンはレイドライザーを構え、最後のアナザーランペイジキーのストックを起動させランペイジレイダーへと変貌する。

 

「……皆さんの夢を、守りたい」

 

 夢。

 

 飛電或人がいつも口にし、ずっと守ってきたもの。これからも守っていきたいと思うもの。

 今までイズにはわからなかったが……その確かな形が、彼女には見え始めていた。侑が、同好会の面々が一体となって目指すそれこそが、きっと”夢”なのだろうと思う。

 それをどうしたいかと問われた時、イズもまた、それを守りたいと”心”から思うのだ。

 

“ゼロツードライバー!”

 

 イズは護身用に、そして本拠地まで向かう為に使う予定だったそれを起動させ、腰に巻いた。

 

“ZERO-TWO-JUMP!”

 

 ゼロツープログライズキーを起動させ、彼女は変身の構えを取る。

 

“Let’s give you power! Let’s give you power!”

 

 待機音が響く中、イズは戦いへの覚悟を決める。“前のイズ”から引き継いだ、破壊の記憶が蘇る。戦うことでまたそうなれば、或人はまた慟哭するだろうとも。

 だが、そうはならない。そうはさせない。

 無事に或人に加勢し、同好会のライブも守る。そんなご都合主義の結末(ハッピーエンド)だって、現実にしてみせる。

 

「変身!」

 

“ZERO-TWO-RISE!”

 

 ゼロツーキーが、装填される。

 

“Road to glory has to lead to growin'path to change one to two!”

 

 “1”の先の”2”へ。”次”へと、”未来”へと進め。

 

“KAMEN RIDER ZERO-TWO……!”

“────────It's never over.”

 

 仮面ライダーゼロツー。

 元々はゼロワンドライバーを破壊され、ゼロワンを超えるライダーとして或人とイズが生み出した究極の存在。先のシンクネットとの戦いにてイズが或人の為に使用して以来の変身だ。

 夏の空が、その勇気をたたえるかのように青く広がっていた。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 会場ではそんな騒ぎは露知らず、侑のMCに観客が聞き入っている。

 

「今日の全体曲は、普通科から音楽科への転科試験を受けた私が、試験で作曲して弾いた曲です」

 

 それは本当だった。今回のライブに当たり、彼女はその曲も全体曲としてブラッシュアップしたのだ。

 

 歌ってほしいのだ。

 同好会の面々と出会ったことで作ることのできた、夢への一歩としてのこの曲を。

 

「今日の空は昨日と違うし、明日の空もきっと違うはず。けど、青さだけはずっと変わらない……。空の青は、進めの青信号! 広い空よりももっと広い、夢への地図! 未来図を広げていきたい!」

 

 観客達の心に、その言葉は響く。ここまでのパフォーマンスで、彼女達がどんなに夢を持ち、夢に向かって努力しているのか、激しく心揺さぶり伝わってくるからだ。

 

「そして自分で描いた未来図をぶち抜いて、今までの自分以上にもっと大きな夢を描いていけるのは……」

 

 それは、

 

「いつだって、自分だけ!」

 

 夢を見るものの、心構えだ。

 ステージには同好会の面々がゆっくりと歩み出る。観客はここで、おやと”奇妙”に思った。

 彼女達は皆、色とりどりの……”傘”を持っていたのだから。

 ピアノを主体としたイントロが響き始める。そしてそのイントロのリズムに合わせ……

 

『NEO SKY,NEO MAP!』

 

 彼女達は、色とりどりの傘を開いていく。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「はあっ!」

 

 ゼロツーの拳が、ランペイジレイダーの巨腕へと入った。ランペイジレイダーは唸ると、ダイナマイティングライオンのダイナマイトを生成しガトリングでそれを乱射する。しかし、ゼロツーには大した問題ではない。彼女はゼアの演算能力と自身のヒューマギアとしての頭脳をリンクさせることで、その軌道を全て読み────上空へと弾き飛ばし、爆散させた。

 

「小癪なァァァ!!」

 

 スパーキングジラフの電撃、ストーミングペンギンの嵐。一瞬で発生したそれにゼロツーは包まれ翻弄される。しかし次の瞬間には、彼女はその中から飛び出すとランペイジレイダーに殴りかかっていた。

 その時、

 

 

      ゆっくりと走るこの道

      何かが生まれかけてるんだ

      それを伝えたいよ

      君へと伝えたいんだ

 

 

 同好会の歌が、響いてくる。

 ランペイジレイダーはチッと舌打ちすると、ガトリングヘッジホッグの能力で腕のガトリングの回転数を上げゼロツーに向けて撃ち放つ。

 ゼロツーは腕で弾丸を全て捌くと、最後の一発に対して腕を構え────

 

「あァァァ!!」

 

 手の甲ではじき返し、跳弾させていた。当然ながら跳弾の軌道まで計算されており、弾丸はランペイジレイダーの顔面にクリーンヒットする。レイダーは呻き、一瞬動きが止まった。

 

 

      毎日見上げる空の

      青さも季節ごと変わって

      決まりはないね

      自由に描いてと誘われてるよ

 

 

 歌は、変わらず響いてくる。絶えず変わり続ける空のように……夢だって、自由に描いていい。夢を見ることの自由さ、すばらしさ、楽しさ。それが真摯に伝わってくる。

 

「……すばらしい夢です」

 

 イズは、仮面の下で微笑んだ。

 

「黙れェ!!」

 

 今度はインベイディングホースシュークラブの能力で腕を硬化させると、ゼロツーへと殴りかかってくる。ゼロツーは二発三発とそれをあえて食らいつつ……

 食らった打撃の勢いで身体をひねり、その勢いのまま回転を加えて相手の胸元へと、体重を乗せた拳を叩きこんだ。

 ランペイジレイダーは再び呻く。ヒューマギアとは言え元々女性型かつ秘書用ヒューマギアのイズのこと、ゼロツーの力という後押しがあってもパワーはやはり他のライダーに劣るところがある。だが相手のパワーを受け流し利用する格闘技のメソッドを取り込むことで、的確な有効打を叩きこむことが出来るのだ。

 

 

      あせらないで行こう

      ときめく時間を楽しんで

      もっと!

      みんな自分が好きなこと

      追求しちゃおう

 

 

 自分達の夢だけじゃない。

 彼女達はいつだって、皆も自分の夢があるなら突き進んでいいと、肯定してくれる。

 

「皆さんの夢は、壊させません!」

「馬鹿か!! 夢なんて誰かの裏切りや邪魔で勝手に壊れる……! それが早いか遅いかなだけだ!!」

 

 その時、

 

 

      どこに向かうか

      まだわからないけど

      面白そうな未来が待ってると

      笑いあえる君がいれば嬉しい

      今日もありがとう

 

 

 曲のサビが、静かに響く。

 

 そうだ。その通りだ。

 夢を見て向かう道が、どこに続いているかはわからない。

 けれども、その先にはなにか面白そうなことのある未来が待っているからこそ……人は夢を見続けるのだ。

 

 

(どこでもドアが……あったら……!)

 

 

 ジョンは一瞬、幼い頃からの夢を思い出す。

 そう、彼もまた……夢の先にある素晴らしい未来を夢見て、夢を持った者だ。

 

 だが、

 

「黙れえええええええ!!」

 

 夢の先の未来が、酷いものだったこともまた事実なのだ。クラッシングバッファローの力で突進し、ゼロツーにがっつり組みつこうとする。ゼロツーは華麗に足を上げ、蹴りを相手へと叩きこんで後ろへ反動で跳ぶと相手との距離を取った。そして……

 

 

      さあこれからは

      それぞれの地図(マップ)

      広げたら気軽に飛び出そう

      夢見て憧れて

      また夢が見たいんだ

      見たい、見たいんだ! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

           ー ビ ッ

 

 

 空中へと飛び上がり、必殺技を発動する。

 まずは強烈な蹴りの一撃。その勢いで空中へと吹っ飛んだ巨体にもう一撃。その軌道の先でもう一撃。そのまた軌道の先でもう一撃。一撃。一撃。一撃。一撃。

 ゼロツーキーの高速演算による、相手の軌道を計算しつくして放つ多段蹴り。

 ランペイジレイダーは爆発し、ここに一つの戦いが終わった。

 

「早く、或人さまのところへ……!」

「行かせるかァ!!」

 

 えっ、とゼロツーが反応した瞬間、ガトリングの弾がゼロツーを雨あられと打ち抜いた。流石に致命傷にはならないが、一時的に動きを止めるには充分だ。

 

「残念だったなあ、ヒューマギア!! 負荷の反動で性能は落ちるからやりたくはなかったが……ランペイジキーで爆発エネルギーを吸収して取り込んだ!! あと一回だけは戦える!」

「そんな……!」

「お前をフツ様のところへは行かせん!! そしてスクールアイドル連中も全員ブッ殺して……僕は桃源郷(ザナドゥ)に行くんだ!!」

 

 それはもう、夢などではない。単なる妄執だ。

 ゼロツーは立ち上がろうとするが、ダメージに一旦膝をつく。

 

「私も……」

「あ?」

「私も、何としてでも行かなければなりません!!」

 

 普段のイズからは想像できないほどに、力強い叫び。

 

「同好会の皆さんと……」

 

 

「それじゃあ、約束ね! 皆と一緒に頑張る、って!」

「ええ、約束です。……行ってまいります!」

 

 

「約束、したんです!!」

 

 ヒーローは、諦めない。

 そして、諦めない者のところには……

 

「……約束か!」

 

 

Illustration by すずらん(@kiramori_s)

 

“烈火、抜刀!”

 

 

 ヒーローが、助けに来てくれる。

 

“ブレイブドラゴン!”

 

 火炎が舞う。

 

“烈火一冊! 勇気の竜と、火炎剣烈火が交わる時────”

 

 まるで朗読するかのような詠唱と共に、

 

“真紅の(つるぎ)が、悪を貫く!”

 

 “彼”が、姿を現した。

 右肩に陣取る勇猛な(ドラゴン)。炎のような仮面を貫く、額の剣。

 彼の名は────

 

「俺は、仮面ライダーセイバー!」

「仮面、ライダー……!?」

 

 ゼロツーは見たことも無い仮面ライダーに、驚きを隠せない。セイバーはすぐさま踏み出すと、手にした長剣────”火炎剣烈火”で、ランペイジレイダーに袈裟懸けに斬りつけた。相手がうめいた隙に、

 

「立てる!?」

 

 セイバーは、ゼロツーに問う。

 

「はい!」

「行って!」

「ですが……!」

 

 逡巡するゼロツー。対し、ランペイジレイダーと斬り結ぶ覚悟を決めているセイバーの背中は……

 

「君には君の約束があるんだろう? なら、まずそれを果たさなきゃ!」

 

 とても大きく、頼もしい。セイバーは振り返り、

 

「────君の物語の結末を決めるのは、君自身だ!」

 

 しっかりと、そう激励した。

 

「……ありがとうございます!」

 

 ゼロツーはいつもの秘書としての姿勢を取り、しっかりとセイバーに礼をし……或人達の下へと向かっていった。

「よくも邪魔をォ!!」

 

 ランペイジレイダーは激昂し、セイバーに襲い掛かってくる。

 

「俺は……世界を守る剣士だからな!」

 

 セイバーはまた、火炎剣烈火で斬り結んでいく。

 

 

      きっかけは少し後から思い出し

      全てがつながって

      出会いって謎だらけ

      いつから決まってたんだ

 

 

 セイバーはおや、と思ったが、手は緩めない。

 

 

      雲が流れては消える

      涙を乗せて流れ去って

      新しい光届いた? 

      物語また始まって

 

 

 どこの誰が歌っているのかも知らない。

 だが、いい歌だと思う。

 出会いが、涙が、希望の光が────人の、人生という物語を作るのだから。

 

 

      知らない場所へ行こう

      ときめき大事に抱えてく

      ずっと! 

      だって自分が好きなことは

      頑張れるよ

 

 

「くたばれェ!!」

 

 ランペイジレイダーはガトリングを乱射するが、セイバーは剣を振るい炎と共にそれを包み込んで打ち消す。そしてセイバーの剣が、ランペイジレイダーの胴を打ち据えた。

 

 

      いつになるか まだわからないよね

      願いが叶う明日待ってるの? 

      語りあえる君がいれば大丈夫

      今日もありがとう

 

 

 希望は、夢は、待っていてもやってはこない。

 だから、自分から動いて掴みに行くしかない。

 

“ピーターファンタジスタ!”

“とある大人にならない少年が繰り広げる、夢と希望のストーリー……”

 

 セイバーは追撃の為、”ワンダーライドブック”と呼ばれる本型のアイテムを起動する。そしてそれを、腰の”聖剣ソードライバー”のバックルへと挿し込むと火炎剣烈火を納刀し……

 

“烈火、抜刀! 二冊の本を重ねし時、聖なる剣に力が宿る!”

“ワンダーライダー!”

“ドラゴン! ピーターファン! ────二つの属性を備えし刃が、研ぎ澄まされる!“

 

 セイバーの左腕が、鍵爪を供えた蒼い腕へと変化する。ランペイジレイダーは交換の隙を狙ってスパーキングジラフとエキサイティングスタッグで重ね掛けした電撃を見舞おうとするが、セイバーは鍵爪の左腕を見舞って相手と距離を取る。

 

      さあ日々冒険の

      それぞれの地図(マップ)

      同じものはないね

      きっとないね

      夢の色も違うけど

      想いは一緒だよ

      熱く、一緒だよ!

 

「……うん! やっぱり、いい歌だ!」

 

 セイバーは聞こえてくるその歌を、再び賞賛した。

 一人一人の夢は違う。そんなのは当たり前だ。

 けれど、そこで想いを一つにできるからこそ────物語は生まれるのだから。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 舞台袖で、侑は同好会の勇姿をしっかりと目に焼きつけていた。

 色とりどりの傘を持って舞う姿は、本当に眩しい。

 

 

      今日の青い空は昨日と違う

      明日の青い空今日と違う

 

 

(そう、今日の空は昨日と違うし、明日の空も今日と違う)

 

 

      君の目には 僕の目には……

      ああ言葉にならない

 

 

(みんな違うから、それぞれのやりたいことを同じ場所で貫いていく……!)

 

 傘。

 色とりどりの虹が輝くために必要な、雨をしのぐためのものであり────最小単位のパーソナルスペース。

 まさに”個”を尊ぶ、虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会にぴったりだ。

 

 

      こんな時にも君がいれば

      ほっとする

       見上げよう

      ここで君と

 

 

(でもそれは、一人ってことじゃない……! 私達はいつだって、仲間同士想いあってる!)

 

 それこそが、高咲侑がこの曲に込めた最大のメッセージ。

 

 

      自由な“NEO MAP”を描こう

      NEO MAP!

 

 

 夢への地図は一人一人違うけれど、それを互いに理解しあって切磋琢磨する、夢を育てるうえで最高の舞台。

 そんな同好会と出会えたことへの、感謝だ。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「何が仮面ライダーだ!! 何が世界を守るだ!!」

 

 ランペイジレイダーは爆発を飲み込んだ影響で出力の落ちたガトリングを乱射しているが、その威力はどんどん弱まってきている。最早焼け石に水だ。

 

「はっ!!」

 

 セイバーは剣で弾丸をはじくと、回転斬りで相手の胸元を切りつける。ランペイジレイダーは痛みにうめき、

 

「僕が助けてほしい時には……誰も助けてくれなかったのに……!!」

 

 つい、本音をこぼした。セイバーはその言葉に一瞬動きを止めるが、

 

「……あなたに何があったのか、俺は知らない」

 

 すぐに、暴れ狂うランペイジレイダーのガトリング腕を抑え込むように剣を叩きつける。

 

「けど今は────あなたを止めて、この世界を守る! そして……」

 

“必殺読破!”

 

 セイバーは火炎剣烈火を納刀し、必殺技を起動する。

 

 

      どこに向かうかまだわからないけど

      面白そうな未来が待ってると

      笑いあえる君がいれば嬉しい

      今日もありがとう

 

 

「この世界に生きるあなたも、いつか救ってみせる!」

 

“烈火、抜刀! ドラゴン! ピーターファン! 二冊斬り!! ファ・ファ・ファイヤー!”

 

 炎に蒼いオーラを加えたセイバーの激しい斬撃が、遂にランペイジレイダーの腹部のレイドライザーを捉えた。それと同時に、激しい爆発が巻き起こる。爆炎の後には、砕け散ったアナザーランペイジキーが散らばり……力の抜けたジョンが、立ち尽くしていた。

 戦う力を、すべて失った。夢への道は、”どこでもドア”は……閉ざされてしまったのかという気持ちになる。そこに、

 

 

      さぁこれからは

      それぞれの地図(マップ)

      広げたら気軽に飛び出そう

      夢見て憧れて

      また夢が見たいんだ

      見たい、見たいんだ! 

 

      NEO SKY, NEO MAP! 

      NEO SKY, NEO MAP! 

 

 

 混じり気の無い、純粋な想いの込められた歌がぶつかってくる。

 歌詞の通りの青い空が、いつでも、どこでも、どこまでも、眼前に広がっている。

 その真摯な想いが、ジョンの心に一筋の光を射す。

 

 夢を見て、

 

「どこでもドアをね、作りたいんですよ」

 

 憧れて、

 

(稀布さん……。君と肩を並べられたら……)

 

 何度だって、また夢が見たい。

 

「フツ様……! 皆……! 私のゲートで計画を成し、皆で桃源郷に行こうじゃないですか!」

 

 夢が見たい、見たいんだ。

 

(いつでも、どこでも、どこまでも……!!)

 

「……負けたよ」

 

 ジョンはただ一言そう言うと、「LOG OUT」の文字を残して消えた。セイバーはそれを訝しがったが、

 

「『飛羽真君、メギドです! 応援をお願いしたいです!』」

 

 仲間からの要請を受け、この場に留まっているわけにもいかなくなった。

 

「わかった倫太郎、すぐ行く!」

 

“ブックゲート!”

 

 そしてセイバーは……

 “どこでもドア”のような、次元の扉の彼方に消えていった。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「何だ、これは……!!」

 

 サウザーは驚愕していた。

 突然の衝撃音と共に、シンクネットの本拠地が爆発し、ものすごい衝撃が彼らに襲い掛かったからだ。

 

 まだまだ残っていたアバドンやレイダー達も、その衝撃と共にアバドライザーやレイドライザーを残し消え去ってしまっていた。

 山の天気は変わりやすい。先程までの好天から打って変わり、空はぐずついて雲が増えてきた。

 陽の光が遮られ、彼らの心にかかった不安同様の薄暗さがやって来る。

 

「大丈夫か、郷」

 

 バルカンは爆風から既に生身の郷を庇っていた。先のサウザーも、近くにいた巴美を守っている。

 

「サーバーが全損したのか?」

 

 バルキリーはシンクネット信者達が消えた理由をそう結論付けていた。本拠地の崩壊と共に彼らの接続が途絶えてしまったのが原因だろうと。

 今やこの場に残っているシンクネット側のメンバーは巴美と郷だけだ。

 

「……ゼロワンは!?」

 

 迅がその事実に気づき、声を上げる。本拠地にはまだ、ゼロワンとザナドゥが残っていた筈だ。その時、

 

「あァあああ……!!」

 

 スーツの隙間からどす黒い血を滴らせ、ヘルライジングホッパー姿のゼロワンが彼らの前に転がってきた。

 

「飛電或人!?」

「何故ヘルライジングに変身しているんだ!」

 

 滅とサウザーがゼロワンに駆け寄る。彼らは先のシンクネットとの戦いでのヘルライジングの戦いは見てはいないが、後に或人とイズの手で報告され記録に残されたそれの実態を見た時は驚愕したものだ。世界を滅ぼす力をその一身で受け止める、名前の通り地獄が形になったかのような力。

 

 その時、

 

「ゼロワンが放ったヘルライジングインパクトの力を私が増幅して反射し、シンクネットの本拠地全てに波及させた」

「お前は……!!」

 

 仮面ライダーアークツーが、アズと共に土埃の中から姿を現した。驚くサウザーを尻目に、

 

「お前達はもう、元の世界に帰れないね」

 

 アズはケラケラと笑う。

 そうなのだ。

 この世界から元の世界に戻るには、この本拠地にあるゲートを通るしかない。出発前の襲撃の際使われた簡易ゲートも全てこの中にあった為、彼らは完全に帰る手段を失ってしまったのだ。

 

「今はそんなこと……!」

「問題じゃない!!」

 

 バルカンのランペイジガトリングの一発の後に、迅の炎を纏った斬撃がすぐに飛んでくる。

 

「お前を倒す!」

「それが最優先だ……!」

 

 滅がアシッドアナライズで拘束したところに、今度はバルキリーのランペイジガトリングの一発が飛ぶ。それらの一撃に、一度はアークツーの身体は木端微塵に爆散した。

 

「やった!」

 

 一同の切迫した雰囲気を感じ取っていた郷は歓喜するが、

 

「いや、まだだ!!」

 

 サウザーがいち早く叫んだ。

 先程までアークツーがいた場所に、黒い霧状のものが渦を巻く。やがてそれらは一つに集まり────再び、アークツーを形作った。

 

「どういうことだ!?」

「ナノマシンの肉体を得た今の私には、造作もないことだ。迅」

 

 困惑する迅を、アークツーは嘲る。

 

「ナノマシンの肉体だと……!?」

 

 サウザーはその単語に、最悪の展開を予想してしまった。

 

「ごう、たが」

 

 ゼロワンは息も絶え絶えに、

 

「あいつに、から、だを、のっと、られ」

 

 その最悪の展開を伝えた。そこでまた、ヘルライズキーの力による肉体の破壊と再生。絶叫が響く。

 

「嘘だ……」

「フツ様は!? ……フツ様はどうしたんだよ!!」

 

 曲がりなりにも幹部同士、仲間として郷太を傍で見てきていた郷と巴美の二人にとって、その事実は受け入れ難い。しかも次の瞬間、

 

「フツは……枝垂郷太の人格は、完全に消滅した」

 

 アークツーが、周りに誰も守る者のいない巴美の目の前に瞬間移動の如く現れていた。

 

「よくも!!」

 

 巴美は憤ったが、

 

「今更仲間がどうとか言えるの? お前が」

 

 アズの嘲笑と共に、アークツーが巴美の頭を掴み、持ち上げていた。

 

「がっ……あ……や、だ……」

「1年前にこの世界で起こった、女子高が全焼した放火殺人。これはお前の仕業でしょう?」

「それ、は、ボクと、ジョンで……」

 

「学校に泊まって練習していたスクールアイドルと顧問が、『火をつけられる前に刃物で惨殺されていた』……。ホント、お前ってスクールアイドルが大嫌いなのね。醜くて、ドス黒くて、巨大な悪意」

「ちがっ、ボク、は」

「でもね」

 

 そこでアズは、

 

「もう、お前はいいかなって」

 

 ゴミに向けるのと同じ視線と表情を、巴美に向けた。

 

「がっ、がががっがっがががが!! が、ばばばばばばば」

 

 アズの言葉を引鉄に、頭を掴んでいたアークツーの手から高圧の電流が迸る。

 

「やめろ!!」

 

 サウザーは猛ダッシュし、サウザンドジャッカーをアークツーへと突き立てんとする。だがそれが刺さる前に、アークツーの空いた側の腕が片手間の如くサウザーに裏拳を叩きこんだ。

 ぐウ、とサウザーは唸り、一瞬で変身が解除される。化け物じみた強さだ。

 

「ばっ、ががっがっがっが」

「本当はね、お前の中の強い悪意を見込んで、お前を次のアーク様にする計画もあった」

 

 目の前で人一人が黒焼きになりつつあるというのに、アズは眉一つ動かさない。

 

「でもぉ……」

 

 甘ったるい声を出し、

 

「お前みたいなぐちゃぐちゃの二つの顔(トゥー・フェイス)の醜いバケモノはぁ、アーク様って呼びたくないかなって」

 

 そう結ぶと、あっはははと巴美を心底馬鹿にするかのように笑った。巴美の目から────

 

「ば、ばばばば、がが」

 

 すうっ……と、涙が一筋垂れた。

 

「完了だ」

 

 アークツーの手から放電が止まり、殆ど黒焦げになった田道巴美が打ち捨てられた。郷はあまりのことに、ヒッと目の前の真っ黒なそれを凝視している。

 

「放電と共に田道巴美の脳内の電気信号を全て読み取り、悪意のデータをわが物とした。悪意の燃料としては、貴様は一流だ」

 

 つまりは、今の巴美は悪意だけ抜き取られた搾りカスというわけだ。だがその代償として、

 

「おい!!」

 

 彼女の命は尽きようとしていた。天津はぼろぼろになりながらも必死に、まだ煙を吹いている彼女の下に駆け寄り、手を握る。手が熱で火傷するが、そんなことは問題ではない。

 

「お前は顔が半分だけ焼けたせいで悪意に目覚めた。なら良かったんじゃない? 顔だけじゃなくきれいに全身ぐちゃぐちゃに焼いてもらえて、悪意もアーク様に搾り取ってもらえたんだから」

 

 アズの言葉がいちいち神経を逆撫でする。相手の人格や尊厳など屁とも思わない、悪意の源としか思っていないが故の嘲り。

 

「しっかりしろ!! おい!!」

 

 天津は必死に叫ぶが、どう考えてもこの状態では助かる見込みがない。黒焦げとはいっても実際には全身の酷いやけどのため、肉の中のピンクや黄色い体液などでまだらになった顔は、かなりおぞましかった。その顔の中で、眼球が力なく天津の方を向く。

 

「私だ! 最後まで諦め……」

 

 天津がそう言いかけた時、巴美の唇がぴくぴくと動いた。既に声を出す力も無いが、何か言おうとしていることは天津にはわかった。

 彼はその唇の動きを必死に読み取るが、その瞬間────

 

「そんなことは……!!」

 

 天津は彼女から出た、あまりにも辛い言葉を否定しようとした。しかし、

 

「くだらない」

 

 巴美の顔が天津の視界から消え、アークの足が飛び込んでくる。死にかけの田道巴美の頭を、アークは踏みつけ木端微塵に砕いていた。

 半分炭化していたそれは、でろりとした血と共にもうよくわからないグジャグジャとした塊になった。

 

「アーク!!」

 

 天津はその非道に憤り立ち上がろうとするも、

 

「邪魔だ」

 

 アークの腕が剣へと変化し、天津の胸を貫いていた。

 

「がっ……!!」

 

 天津は喀血し、地面へと倒れ伏す。周りはあまりの事に驚愕するも次の瞬間、

 

「お前達の誰一人とて、この場からは生きて帰さない」

 

 例によって瞬間移動の如く、アークがバルキリーの背後に回っていた。

 

「はっ……!?」

 

 バルキリーは驚きながらも即座に反応し、必殺技を決めようとする。

 

“クラッシュランペイジ!”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「無駄だ」

 

 バルキリーが必殺技を完遂する前に、アークは即座に動くとショットライザーを奪い取り、アナザーランペイジキーを引き抜いた上でグシャグシャと捻りつぶした。

 変身解除され刃が息を呑んだ瞬間、

 

「うあァァア!!」

 

 刃の左腕が、ぼとりと地面に落ちた。アークの放った斬撃が、彼女の腕を斬り落としたのだ。

 

「桜井郷。……お前も当然、排除の対象だ」

 

 アークは標的を郷に定めると、即座に向かってきた。うわァァァ、と郷が恐怖に叫んだ時────

 

「冗談じゃねえ!!」

 

 バルカンが割って入り、アークを二発三発と叩き壊さんが勢いで殴りつける。アークはしばしそれを受けていたが……

 

「ダメージ率を演算。……脅威対象外だ、仮面ライダーバルカン」

「何だとォ……!!」

 

“オールランペイジ!”

 

 バルカンはランペイジガトリングの最大出力の砲撃を至近距離で放つ。この勢いなら風穴ぐらい開けられると思ったが……

 

「学習しろ、不破諫」

 

 アークはナノマシンで食らった部分を再生させただけでなく、

 

「私は今、また学習したぞ」

 

 食らった瞬間に全てのエネルギーをナノマシンに取り込ませており、そのエネルギーをバルカンに向けて発射した。

 

「ば」

 

 バルカンが発することが出来たのは、その一言だけだった。発射されたエネルギーは、逆に彼の腹に風穴を開けていた。変身解除され、不破は大量の血を口からも鼻からも吐き倒れ伏した。

 

「不破さん!!」

 

 郷の絶叫が響く。

 

「や、め、ろおおおおおおおおおおお!!」

 

 ヘルライジングでぼろぼろになりながらも、ゼロワンは仲間達の惨劇に立ち上がり殴りかかる。しかし、

 

「お前も学習しろ、飛電或人」

 

 アークは瞬間移動の如く背後に移ると、足で踏みつけゼロワンを地面に叩きつけた。そんな中で、

 

「『今日の空は昨日と違うし、明日の空もきっと違うはず。けど、青さだけはずっと変わらない……。空の青は、進めの青信号! 広い空よりももっと広い、夢への地図! 未来図を広げていきたい!』」

 

「『そして自分で描いた未来図をぶち抜いて、今までの自分以上にもっと大きな夢を描いていけるのは……』」

 

「『いつだって、自分だけ!』」

 

 侑のMCが、場違いなほどによく響く。

 

「……高咲侑か」

 

 アークは嘲笑する。

 

「お前達の次は、奴らを滅ぼす」

「なん、だと……!」

 

 踏みつけられながらも、ゼロワンはそれを聞き逃さない。

 

「滅びるべき人間の分際でくだらない夢を掲げ、お前達と共感しあった報いだ。この世界の人類滅亡の狼煙として、奴らから滅ぼす。当然の結論だ」

「それともぉ」

 

 アズは悪戯を思いついた子供のような表情で、瓦礫の中から手にしたあるものを弄ぶ。

 

「あの子にも、”アーク様”になってもらおうかな?」

 

 それはもう一つのアークドライバー。

 郷太の言によれば、悪意の増幅装置として本拠地のユニットに組み込まれていたアークドライバーは今現在アークが使っているものと、もう一つで対になっているとのことだった。

 この破壊でも傷ひとつ付いていなかったそれを、アズは瓦礫の中から引っ張り出したのだ。

 

「ねぇアーク様ぁ、どう? あの子の目の前で仲間が一人ずつ死んでいったら、あの子は何人目のところで悪意に呑まれて”アーク様”になれるかなぁ……?」

「面白い結論だ、アズ。この世界の人間に夢を広げようとする者が、悪意の器に転じこの世界を滅ぼす……。簡単に悪意に呑まれ憎しみ、傷つけ合い、争う、愚かな人間に相応しい結末だな」

 

 その瞬間、アークの足が物凄い力で掴まれる。

 

「ふざけるなよ!!」

 

 踏みつけにされていたゼロワンが、万力の如き力でアークの足を掴んでいた。

 

「あんな……想いを……」

 

 

「滅……。イズを破壊して、心は痛まなかったのか? 少しも苦しいと思わなかったのか!?」

 

「……俺は、お前を許さない!!」

 

「イ゛ズ゛の゛仇゛だ゛!゛!゛」

 

 

「もう二度と!! 誰にもさせるか!!」

 

 ゼロワンの力で、アークの足が握りつぶされる。しかし例によって、ナノマシンにより一瞬でアークの足は再生されてしまう。

 

「でも、どうするの? お前たちに勝ち目なんて無いのに」

 

 アズは嘲笑し、ゼロワンを見下ろす。背後では、同好会の歌が夢の素晴らしさを、空の美しさを歌っているというのに────こちらの空のぐずつきは最高潮となり、車軸を流すかのような大雨が降り始めた。

 非常にまずい状況だ。既に瀕死の大怪我を負った天津も不破も刃も、今の状態で雨にまで打たれれば体力の消耗がどんどん激しくなる。

 

「う……うう……!」

 

 郷は一人でずっと震えていたが、やがて近くのスラッシュアバドライザーを手に取った。バリーの……田道巴美の、形見となったものだ。彼はそれを手に、アークに向かっていこうとする。アークもまたそれに気づき、あえていたぶってから殺そうと構えを取ろうとした時────

 

「よせ!」

 

 滅が迅を伴って割って入り、アークへと向かっていった。

 

「なんで……!!」

 

 郷は割って入られたこと、滅が自分にそんな言葉をかけたことの両方に思わず問う。

 

「勇猛と無謀は違う!!」

 

 滅は振り返りもせずに、拳をアークの頬へと叩きこむ。

 

「君は……生きろ!! “お父さん”の為にも!!」

 

 迅も、斬撃をアークの胸元に深々と刻みながらそう言葉をかける。アークの肉体がバリバリと裂け、かなりの手応えを感じる。しかし、

 

「理解不能だ」

 

 こちらが反応するよりも早く、アークは見えないほどの速さの拳で両者をノックアウトする勢いで叩きのめしていた。二人はぐっ、と声を上げ、濡れた地面を転がり泥にまみれる。

 

「考えられる数十兆通りのパターンを全て算出。……この状況からお前達が勝てる確率は、0だ」

 

 アークはこともなげに言う。足を破壊されようが、殴りつけられようが、胸をえぐり斬られようが、彼にとっては些事。それらを何ら障害と思うことなく、彼は結論を算出し続けるだけ。

 

「お前達は死ぬ。非常に不確定な要素によって」

 

 背後では、同好会の歌が聞こえてくる。そろそろ、曲も終わりだ。

 

「お前達の目的はシンクネットの殲滅。枝垂郷太が消滅、幹部も本拠地も消えた。立ち上がる理由は無い筈だ」

 

 アークにしてみれば、彼らに立ち上がる理由も、立ち向かう理由も無い筈なのだ。ただただ事実から演算だけをする、アークにとっては。

 

「貴様にはわかるまい……!!」

「ああ! ただ計算だけしかできない、心の無いお前なんかには!!」

 

 滅と迅は立ち上がりながら、自分達の”心”のままに叫ぶ。

 彼らもまた、かつては悪意に呑まれ、ただそれに従ってきただけの存在だった。だが今は違う。

 

 この世界に生きる人々の想いを、守りたいと思う。

 自分達と出会い、互いに理解を深め合い、夢を、心を語り合った相手を守りたいと思う。

 計算や演算だけでは決してたどり着けない、彼ら自身の”心”からの意志で。

 

「お前は確かに進化している。だが、所詮スペックだけ……集合知の”器”としてだけだ」

 

 滅のその言葉が、一番的確ではあった。

 アークは確かに、いたぶることも、弄ぶということも学習し施行していく。だがそれは、所詮大多数のデータからサンプリングして”悪意”の形として算出したものに過ぎない。

 限りなく人間に近く思考し行動しているように見えるが、そこにアークの”心”は無い。

 

「悪意の無い、人工知能など……」

 

 そこで、天津が血を吐きながらも言葉を発する。

 

「本当の”心”ではない。私はそう思って、お前に悪意をラーニングさせた。だがな……」

 

 ガフッとまた血が吐き出されるが、天津はどうしても言わなければならない。

 アークという、最悪の悪意の器たる人工知能を作り出してしまった者として。

 

「“善意”を忘れた心もまた、本当の”心”ではない」

 

 そう結び、彼は笑うと……泥まみれの地面に、力尽き倒れ伏した。顔面から泥に突っ込んでいるのに、抜け出ようとする素振りすら無い。それはつまり……

 

「嘘だろ!? おい!!」

 

 そう叫ぶ刃もまた、斬り落とされた腕からの出血を抑えきれず、血を流し過ぎた為に限界を迎えようとしている。

 

「くだらないな」

 

 天津の言葉など全く意味が無いとばかりに、アークは全てを終わらせようとしていた。

 

「最適な結論を導き出し、それに従い人類を滅亡させる。そこに心は必要ない」

 

 

“悪意”

 

“恐怖”

 

”憤怒”

 

“憎悪”

 

”絶望”

 

 

 アークドライバー最大にして最悪の機能。

 ドライバーのボタンを押す度にラーニングした悪意の極致たる十の単語によって、段階的に悪意のエネルギーを増幅させていくのだ。

 

“闘争”

 

“殺意”

 

 悪意の増幅の果てに待つのは、

 

“破滅”

 

“絶滅”

 

”滅亡”

 

 滅びだけだ。

 

完璧にして(パーフェクト・)絶対なる(アブソリュート・)結論(コンクルージョン)。────────学 習 終 了(ラーニング・エンド)

 

 瞬間、物凄い怖気と冷たい悪寒がその場の全身に走る。

 空気が重い。

 張りつめている。

 その場にアーク一人が佇んでいるのは変わらないのに、まるで地球一つを丸ごと背負うかのような巨大かつ強大な悪意の塊のエネルギー。それが今、一点に集約して放たれようとしている。

 

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

 

         パーフェクト

         アブソリュート

         コンクルージョン

 

「はァァァァァ────ッ!!」

 

 アークは跳ぶと、その巨大な悪意のエネルギーを纏い……滅と迅に向かって、それを放った。二人は回避しようと脇に跳ぼうとするが、それはできない。

 その場から一歩でも動こうとすると、アークは悪意のエネルギーを実体の如く操り強制的に彼らを自分の蹴りの軌道上に押し戻してしまうのだ。

 おまけに趣味が悪いのは、元より赤黒い悪意のエネルギーが、まるで血塗られた腕のようになって彼らを掴む形で押し戻していることだ。それはまるで、憎しみ、怒り、恨みという悪意の中に、滅亡迅雷.netの活動によって命を散らしていった者達の怨念が混じり合っているかのようだった。

 

 何千何万何億何兆通りもの相手の行動パターンが予測され、想定外無く相手を確実に仕留め、殺す為の────”必ず殺す技”と書いての、文字通りの”必殺技”。

 そしてそれは、滅と迅の二人を確実に演算通り射抜いた。

 

 もの凄い火柱と爆風が上がる。そしてその後には……

 

「……予測通りの結論だ」

 

 アークツーが、ただ一人勝者として立っていた。

 

 爆炎の中から、二つ転がったものがある。

 それは紛れもなく、滅と迅の残骸……二人の腕だった。その二つの腕はもの凄く近くに落ちていながら、手を繋ぐことが叶わぬかのように、指と指が触れあいそうで触れあわない距離で転がっていた。

 そして、

 

「『全体曲まで聴いていただいて、ありがとうございました! 皆、ありがとう~~!』」

 

 『NEO SKY, NEO MAP!』が終わり、侑のMCによってライブの終わりが告げられる。それはまるで、彼らの戦いの完全敗北による終わりを示唆するかのようでもあった。

 

「そん、な」

 

 ゼロワンはもう痛みが慢性化し、叫び声すら出すことが出来ない。

 不破は目を見開いたまま、雨に体力を奪われながらも虫の息だ。

 刃と天津は多大なダメージに既に力を無くし、目を閉じてしまっている。

 滅と迅は、無惨に砕け散った。

 

 

 完全敗北だ。

 

 

「前に言ったはずだ。人類滅亡は、既に決まっている結論だと」

 

 アークは淡々と、そう告げる。

 

「飛電或人と滅が悪意を乗り越えたのも、エスとの戦いも、全て通過点だ」

 

 そこには、何の感情も無い。

 

「決まっていた結論までの過程を、お前達は先延ばしにしただけだ」

 

 アークの手に、力が籠る。滅と迅だけでは足りない。

 この場の全てを完全に沈黙させるまで、彼は止まらない。降り続ける雨など、意にも介さず。

 

「……まだです!!」

 

 その声が、

 

「……イズ!!」

 

 或人の心を、また震わせる。

 仮面ライダーゼロツーの脚力は、計測によれば100mを0.2秒。お台場から東京と山梨の境まで、本気で走り続ければ3分ほどだ。セイバーに助けられ道が開けた彼女は、今やっとこの場に馳せ参じたというわけだ。

 

「まだ、って何?」

 

 アーク同様に雨も意に介さず、アズはケラケラと笑う。

 

「この状況からお前達が逆転できる可能性なんてないのよ。お前に何が出来るの?」

 

 ゼロツーは周りを見渡し、自身も絶望しそうになるのを必死に堪える。惨状、惨劇。中でも滅と迅の残骸だけの姿は目を覆いたくなる。

 だが、その中で────ただひとつ賭けられる可能性を、彼女とゼアは見つけた。

 

「『何か』は……出来ます!!」

 

 瞬間、ゼロツーは地面を蹴って飛び出した。進行方向はアークツー。アークはふっと嘲笑すると、迎撃するつもりで演算を行っていった。彼が出した結論は、

 

「……蹴りか」

 

 その予測通り、ゼロツーのキックがアークの胸元を捉える。アークはその足を掴んで、キックの勢いを殺そうとする。しかし、

 

「はっ!!」

 

 ゼロツーの本当の目的は、アークへの蹴りでは無かった。彼女の目的は、

 

「なっ……!!」

 

 アズだった。アークが完全に足を掴み切る前に、ゼロツーはアークの胸元をジャンプ台代わりに蹴り、アズの方へと空中でひねりを入れながら跳ね飛んでいた。そして、

 

「それで何をする気!?」

 

 ゼロツーは、アズからアークドライバーを奪い取っていた。アークドライバーという予想外の選択肢に、アズも流石に驚嘆せざるを得ない。

 

「無駄な事だ」

 

 アークが妨害しようと飛び出すが、

 

「あああああああああああ!!」

 

 ぼろぼろのヘルライジングの身体で、ゼロワンが再び割って入る。ゼロワンはそのままアークの頭に拳を叩きこみ、弾け飛んだ頭は細かい塵になって散った。

 

「今だイズ!!」

 

 イズの策を信じ、ゼロワンは時間を作ったのだ。

 確かにアークはナノマシンの肉体で再生が可能だが、流石に頭部ともなれば即座にとはいかない。それでも、既にパーツが集まりつつはあったのだが。

 ゼロツーは両手からコードを伸ばすと、そこから何かしらのデータをブランクのアークドライバーへとインストールしていく。

 

「進捗率……40……60……」

「無駄だと言っている」

 

 瞬間、衝撃音と共にゼロワンの腹部に鉛のような重い衝撃が走る。

 頭部を再生させたアークツーは、拳をゼロワンドライバーへと叩きこんでいた。ゼロワンドライバーは砕け、血まみれの或人がどさりと崩れ落ちる。

 

「がっ……!!」

「イズ。お前から破壊し、再び飛電或人がアークに堕ちるか演算することにしよう」

 

 アークツーはゼロツーの首を掴み、片腕でぎりぎりと持ち上げていく。空いている方の腕でゼロワン同様に衝撃を与えてゼロツードライバーを叩き壊すと、ゼロツーの変身が解除されてしまう。

 

「終わりだ」

「まだです……!!」

 

 アークに全ての終わりを宣告されても、イズの眼にはまだ光が灯っている。

 諦めず、戦う意志を折らずにいる。

 

「みなさんの、夢を……」

 

 その理由は、

 

「私も、守りたい」

 

 いたって簡潔(シンプル)。しかし、とても力強い。

 その時だった。沈黙を保っていた会場からの音声が────

 

「『アンコール! アンコール!』」

 

 再び、聞こえ始めた。

 

「これは……!?」

 

 アズは困惑する。彼女は知らなかった。

 ライブには、最後の締めのパフォーマンスのお披露目の前提として……アンコールで演者を呼び戻す慣習があることを。

 

「『皆、ありがとう!』」

 

 侑の声が、再び戦場にも響く。

 

「『次がいよいよ、本当に最後の曲です』」

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「前回のスクールアイドルフェスティバルでは、スクールアイドルの皆が私に、私たちに……歌を贈ってくれました。『夢がここからはじまるよ』。とっても素晴らしい、ときめく歌でした!」

 

 侑は今でもはっきりと思い出せる。

 あの歌があの場にいる皆に、これから出会う皆に、そして自分に贈られた時────題名通り、大きな夢がここからはじまったのだと。

 

「だから、今度は私が! スクールアイドルが大好きな皆を代表して、夢っていいなって歌を、スクールアイドルに贈りました! 曲と歌詞を作って……!」

 

 そこで、彼女はふっと微笑む。

 

「この曲ができるまでに、新しい出会いもありました」

 

 飛電或人筆頭にこの世界にやって来た仮面ライダー達。

 彼らとの出会いは偶発的なものだったが、このライブに至るまでに……確かなプラスとなってくれたのは、間違い無い。

 

「見ず知らずの誰かの夢を守りたいって気持ちで、真っ直ぐに行動できる。そんなすごい人達と出会えました」

 

 夢と夢が繋がり、新しい夢が、物語が始まるのだ。

 

「私達も、あの人達も、見たことのない夢の軌道をずっと追いかけてる! 夢がどんどん大きくなるほど、その真剣さを試されることだってあるだろうけど……!」

 

 侑の眼は、きらきらと輝いている。

 

「本当の夢は、それを抱きしめた心が弾むように……もう止まらない! 無謀な賭け? 上等、勝ちに行こう!!」

 

 言葉が溢れてくる。高揚する。

 

「夢を見る限り、私達はきっと一人じゃない! いつも皆がいるから……! 惹かれ合った夢と夢を、繋いで始めていこう!」

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「『夢を見る限り、私達はきっと一人じゃない! いつも皆がいるから……! 惹かれ合った夢と夢を、繋いで始めていこう!』」

 

 

「夢だと?」

 

 アークはその言葉を反芻する。

 

「愚かな。仮面ライダーは全滅し、あの者たちも終わりを迎える」

 

 そして────

 

「人類に、夢を見る未来は来ない」

 

 笑った。

 

「……ハハハハハ!!」

 

 アークに心などない。

 

「ハハハハハハハハハ!!」

 

 それはただ悪意の形として、こういう時には高揚し嘲笑するものだというラーニングの結果でしかない。

 だが、笑っている。

 

「ハハハハハハハハハハハハハ!!」

 

 笑っている。

 

 

 笑っている。

 

 

 笑って

 

 

「……笑うなよ」

 

 アークは聞き間違いだと思った。

 そんな力強い声が、この声紋の持ち主から出るはずがない。なぜならその声の主は、

 

「……何もわかってないくせに、人の夢を笑うんじゃねえよ!!」

 

 先程まで死にかけていたはずの、飛電或人なのだから。

 

「わかっている」

 

 アークは或人の愚かさを侮蔑しつつ、ネットワークにアクセスし集合知へと検索をかける。

 

「『夢』とは、『将来の目標や、希望』『願望』を示す……」

 

 

「人の夢ってのはなあ!!」

 

 

 

「観てくれたみんなの心を、ぽかぽかにするアイドルになりたい!」

 

「見た人が忘れられないくらい、情熱的で魅力的なパフォーマンスを見せたいわ」

 

「世界で一番かわいいかすみんのかわいさを、余すところなくみせちゃいます!」

 

「遥ちゃんに自慢できるような、最高のライブにしたいよ~~……」

 

「私の大好きを、届けます!!」

 

「誰も見たことのない、私だけの表現を見てほしいです!」

 

「皆で楽しいを一緒に楽しめる時間! それっきゃない!」

 

「もっともっと、沢山の人と繋がりたい……!」

 

「だから私は、今日この曲を贈ります! その人に、聞いてもらえたらいいな!」

 

「辛いことや、苦しいことだってあるけど……夢を見るのって、やっぱり楽しいと思うから!」

 

 

 

「人の……夢ってのは……!!」

 

 

 

「今の俺には……”夢”があるからな。お前が作った、”仮面ライダー”という夢が!」

 

「互いの垣根を超えて、自由のために戦う限り……お前達は”仮面ライダー”だ!」

 

「この世界の悪意を見張り続ける。二度とアークが蘇ることのないようにな」

 

「お前が言う『夢』ってやつに……友達の未来を賭けてみるのも、悪くないかもしれない」

 

「大いなる夢を抱いた時、誰であろうと社長となる。さあ! サウザー課の仕事を始めようか」

 

「私も夢を持ちたいと思いました! 或人さまの夢を、傍で見届けることです! そして……心から、笑うことです」

 

「飛んでみせるよ……! 夢に向かって!」

 

 

 

「検索すればわかるような、そんな単純なものじゃねえんだよ!!」

 

 

 

 アークは一瞬固まっていた。まるで或人のその啖呵が、予想外だとでも言わんがばかりに。

 その瞬間、イズが接続していたアークドライバーが光った。その外観もリフォーマットされていき……禍々しい歪なその形状が、まるで美術品のように調和のとれたフォルムをとる。

 

「……進捗率、100%。間に合ったようです」

 

 イズは掴まれながらも、その事実に安堵する。

 

「馬鹿な……!?」

 

 アークは困惑する。この展開は、明らかに”予想外”だ。

 

「イズ」

 

 或人はゆっくりと、そのドライバーを拾い上げる。

 

「このドライバーがあれば、皆の夢を守れるんだよね?」

 

 信頼を込めた優しい声で、彼はそう問う。

 

「ええ」

「……信じるよ」

 

 いつの間にか、雨は止んでいた。

 

 

“ゼアワンドライバー!”

 

 

 ドライバーが装着される。元がアークドライバーとは思えないほどに、それはあたたかく、力強く、彼に力を与えてくれる。

 それと同時に、破壊されたゼロツードライバーから地面に落ちていたゼロツーキーが光る。

 ゼロツーキーの構築能力によって、破壊されたゼロワンドライバーの中に残っていたヘルライズキーがリフォーマットされ────悪意の禍々しい赤いオーラが弾けて消え、或人の手にかつてのアークワンプログライズキーに似ていながら、真逆に清廉さを感じさせる全く新しいプログライズキーが収められる。

 

 

“THERE-ONE!”

「『生まれた、トキメキ!』」

 

 

 会場からの侑の声が、今までよりもはっきりと聞こえる。

 厚い雲が晴れていき、きらきらと陽が射し始める。

 

 

「変身!!」

 

 

“RAINBOW-RISE!”

「『あの日から、世界は……!』」

 

 

"Onecemore, over the ZERO-ONE! Wonderful sky is all ONE! We're number ONE! You're the only ONE!"

 

 

Illustration by 皿田(@saradaver)

 

          THERE

“KAMEN RIDER        ONE……!”

          THEY'RE

 

“────I'm only ONE, who can stop you.”

 

「『変わりはじめたんだ!』」

 

 白いボディの輝きの中に、蒼く光るライン。それはまるで、善意の……夢の象徴。

 

 They’re ONE(彼らは一つ)There ONE(そこにただ一人)

 

 この瞬間までに全てを繋いでくれた者達の想いを結集させた、“仮面ライダーゼアワン”がそこに立っていた。

 イントロが聞こえる。

 ピアノが奏でる、優しく、わくわくさせてくれるイントロが。

 そして、空には────

 

 

 雨上がりの、美しい虹がかかった。

 

 

TOKIMEKI Runners

 

「お前を止められるのはただ一人……俺だ!!」

 

 

      生まれたのはトキメキ 惹かれたのは輝き

      あの日から変わりはじめた世界

 

 

 ゼアワンは駆け出していた。アークはすぐにその行動パターンを予測し、対策を立てていく。

 

(右拳で、殴打)

 

 その拳をアークは受け止める。しかし、

 

「ぐうっ!?」

 

 受け止めたアークの掌が、砕け散る。ナノマシンで再生は可能だが、この出力は”予想外”だ。

 

「馬鹿な……!! 予想される出力ならば、こんな威力はあり得ない!!」

「あり得るよ」

 

 ゼアワンは答えながらも、アークが悪意を放出するのと対照的に……光り輝く善意のエネルギーを、その場に拡散させていく。

 

 

      見てるだけじゃ足りない カラダ動かして

      できることないか 探してみようよここで

 

 

「夢に向かって、飛び立てば!!」

「夢だとォ……!?」

 

 

      これは夢かな? 夢ってステキな言葉

      言ってるだけでイイ気分

 

 

 或人の心にその歌詞が響く。そこは、或人が侑に問われ提案し書き加えた歌詞だからだ。

 それぞれの夢もだが……夢という言葉そのものを口にするだけで、力が湧いてくる。前を向こうと思わせてくれる。

 

 

      きっと夢だと決めてしまえ

      ああっ勇気が湧いてきた! 

 

 

 ゼアワンはライジングホッパー時のゼロワンを思わせる俊敏さ、力強さで徒手空拳を用い、アークを一発一発破壊せんが勢いで叩きのめす。

 アークは常にゼアワンの攻撃を予測した上で戦っているが、対処することが出来ない。ゼアワンの出力が常に、予想を超えて防御を上回ってくるからだ。

 

 ゼアワンの真骨頂は、相手の予測、演算をこちらもまた予想し……その上で、相手が予測した最適解を上回るエネルギーを与えてくれるのだ。そしてその源は、変身者の感情の閾値。

 変身者が、夢を見て、夢を信じ、夢を守ろうと気持ちを昂らせることで、常に相手より一手先の予測と力を与えてくれる。まるで、夢を見た人間が予想もつかない成長の先へと行くかのように。

 

 

      ワクワク叶える物語(ストーリー)

      どうなるかは僕ら次第

      出会いって それだけで奇跡と思うんだよ

 

 

 そう、ここに至るまでのそれぞれの世界でのそれぞれの出会い。そしてこの世界において、本来出会うはずの無い者達が出会ったことによる力。それはまさに、奇跡だ。

 

 

      ワクワク叶える物語(ストーリー)

      みんなで楽しくなろうよ

      生きてる!ってココロが叫んじゃう

      そんな実感欲しいよねっ

 

 

 この戦いは、悪意に呑まれた憎しみと怒りの戦いじゃない。

 皆で、楽しくて、嬉しくて、素晴らしい時間を手に入れる為の戦いだ。

 

「はあっ!!」

 

 ゼアワンの回し蹴りが、アークを吹き飛ばす。

 

 

    (ワクワクしたいキミと ワクワク発ストーリー)

      始まれ! (ワクワクしようキミも!)

 

 

 これが始まり。何かが始まる。夢よ、始まれ。

 

「いい加減に……!」

 

 ゼアワンの猛攻に、調子に乗るなとアズはアークに加勢しようとする。しかし、

 

「うああっ!!」

 

 郷がその足元に組み付き、動きを抑えた。

 

「どけ!!」

「どかない!!」

「アーク様の燃料の分際で……!!」

 

 アズの目に殺意がこもる。郷を手にかけようとしたその瞬間、彼女の身体は吹き飛ばされていた。

 

「お前……!」

 

 アズはその衝撃の正体に驚愕する。それは、ドライバーを破壊され沈黙したはずの仮面ライダーゼロツーだったからだ。

 

「どうやって!?」

「これが、ゼアと私の結論。先程、この場で流せるようにといただいた曲のデータと……私の中の”イズ”としての記憶データを基にしたものを、ブランクのアークドライバーにインストールしました」

 

 同好会が夢を込め、夢を歌う曲。様々な戦い、人間の姿を見てきた、或人とイズの記憶。

 それらはまさに、善意の結晶。

 

「ヒューマギア達の或人社長を想う心が、悪意のマギアをリフォーマットできるプログライズホッパーブレードを産んだように……この強い善意の力とゼアの持つ構築能力が合わさり、”ゼアワン”は極限まで高めた修復の力を持っています!」

 

 破壊されたゼロツードライバーも、このリフォーマット能力によって修復されたのだ。本体であるイズの受けたダメージすらも修復され、気力もコンディションも最高潮。そんな状態のゼロツー相手では、勝ち目はない。

 

「イズ……」

「ありがとうございます、力を貸してくれて」

 

 ゼロツーに礼を言われ、郷は改めて彼女をまじまじと見る。

 

 父が信じ、自分の生きる今のこの瞬間まで推し進めたヒューマギア。それが人の夢を認識し、人の夢を守ろうとしているのは……何故だろう。とても、嬉しく思う。

 父が生涯をかけて信じていたものは、無駄ではなかった。父の人生に、確かな意味はあったのだと。

 

 

      不意にきたよヒラメキ やれるかもと呟き

      これからはキミと旅する世界

 

 

「おのれ!!」

 

 アークは悪意のエネルギーを地面から展開すると、大量のアタッシュウエポンを生成する。アタッシュショットガンとアタッシュアローによる強烈な飛び道具で、ゼアワンを破壊せんとするその猛攻。それらはゼアワンのボディを確かに削っていく。

 ゼアワンはあえてこれらを避けず食らっている。ダメージは多少あるが、一発一発のスパンが短いため避けようとすれば無駄な動作が発生するからだ。故に、それらを食らいながらも全力で……

 

「はっ!!」

 

 自分の攻撃を通す方を優先する。一撃だけで天まで届きそうな衝撃の走る正拳に、アークはぐらつく。

 

 

      知らないことがたくさん キモチ高まって

      できることあるよ何かはわからないけど

 

 

「結論は……必ず施行されなければならない!」

 

 アークは自らも跳ねると、ゼアワンに向かって蹴りを放つ。しかし……

 

“オールランペイジ!”

“オールランペイジ!”

 

 ゼアワンに到達する前に、強烈な砲撃が二つ同時にアークの身体を射抜いた。一度はその身体が爆散するが、すぐにナノマシンによって再生を始める。

 その最中、アークは砲撃の正体を……

 

「バルカン……!? バルキリー……!?」

 

 しっかりと、認識させられていた。

 

「こっちはさっきまで死にかけだってのによ、人遣い荒いぜ」

「だが、感謝する……! ここでアークは絶対に止める!」

 

 不破と刃もまた、ベストコンディションで再変身し並び立っていた。

 

 変身関連のアイテムはゼアワンの構築能力によって修復した。しかし問題は、彼らの生身の肉体だ。

 

 そこでゼアワンは、この場に散らばる大量の”あるもの”を修復し活躍させた。信者達のアバターを構成していた、大量のナノマシンだ。

 元々シンクネットのナノマシンはエスが研究所ナノミライで医療用に開発していたもの。それらが本来の用途を果たす時がきたのだ。

 

 大量のナノマシンにかかれば、斬られた腕だろうと腹の風穴だろうと問題なしだ。肉の足りない部分はナノマシンそのものが代わりに傷を塞いでいる。体力だけはどうにもならないが、今のこの瞬間立てるよう、一時的にドーパミンの分泌が活発化させられていた。

 

 

      みんな夢見たい? 夢っていつから見るの

      気がついた時 もう見てる!

 

 

「夢夢夢夢と……!! 不確かで意味の無い要素を口にするな!!」

 

 アークもまた、ナノマシンで肉体を復活させ悪意を放出する。耐性のあるゼアワン以外はぐっ、と呻くが、

 

「夢に、意味があるかどうか……!」

 

 衝撃と共に、

 

「それを決めるのは、夢を見る者自身だ!!」

 

 サウザンドジャッカーでアークの腹が貫かれ、地面に串刺しの形になる。

 こちらも完全復活。天津垓ことサウザーだ。

 

「私は今、1000%心が怒りに満ちている……」

 

 サウザーは怒っている。許せないのだ。

 田道巴美は全身を焼かれ瀕死の状態で、確かにこう唇を動かした。

 

 

 “おう、うあええ、おあゃ、おあっあおああ“。

 

 

 “ボク、産まれてこなきゃよかったのかな”と。

 

 

 アズの言が確かなら、彼女は人殺しの犯罪者だ。その事実に慈悲や同情があってはいけない。

 

 だが。

 だが、それでも。

 

 死の間際の想いが。最期の言葉が。

 罪への懺悔の猶予すら与えられず、生きてきたことそのものを自分で否定するなんてあまりにも哀しいじゃないか。

 彼女がここに至るまでに何かがあったのは、天津も感じ取っていただけに。

 

 そしてそれは、天津の罪でもある。

 

 アークという存在を産み出し、彼女にそんな最期を与えた原因は……間違い無く天津自身なのだから。

 だから、天津は怒るのだ。許してはおけないのだ。

 己の罪を。そして、己の過ちから生まれたアークを。

 

「1000%の確率で……! 私達がお前をここで止める!」

 

 天津の心を満たすのは、怒りだけではない。

 この世界に生きる者達の夢に触れて、それを知ったからこそ……守りたいという思いが、確かにそこにある。

 

 

      だからまっすぐに進んでみよう

      わあっ希望に呼ばれたよ

 

 

「いい加減に百分率を理解しろ、天津垓」

 

 アークは拳でサウザーに衝撃を与え、払い飛ばす。そして腹のジャッカーを引き抜こうとするが……

 

「お前こそ、いい加減に理解したら!?」

 

 二つの斬撃が、身動きの取れない状態のアークをもろに捉える。手足が斬り飛ばされ、引き抜くまでの時間にラグが生まれる。

 

 

      キラキラ求める明日(tomorrow)

      どうしたいかは僕ら次第

      願いって 大きなほどキレイだと思うんだよ

 

 

“スティングディストピア!”

 

 

「ああ。理解しろ、アーク」

 

 身動きの取れないアークの肉体に、滅は強烈な蹴りを叩きこむ。

 

「……心が無いお前の結論に、意味など無いとな」

 

 滅と迅もまた、再構築により完全復活を遂げていた。滅の一撃により、爆風が巻き起こり……アークの肉体は、はるか上空へと跳ね上げられた。

 

 

      キラキラ求める明日(tomorrow)

      みんなで笑顔になろうよ

      がんばるんだ!ってココロよ叫んじゃえ

      そして走りだして

 

 

 ゼアワンが、それを追って高く跳ぶ。

 

「いけええええええ!! 飛電或人おおおおおおおお!!」

 

 “ただ一人、俺だ”と全てを背負った或人への檄を、サウザーが飛ばす。

 

☆ ☆ ☆

 

 

      どこ行こうか?(どこでも!)

 

 

(会場の皆の昂ぶりが伝わってくる。私、今……皆と繋がってる! 遠く離れたところにいる、不破さん達とも……!)

 

(皆の心に私の想いが届いて、癒しになれてるかな……! 刃さん!)

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

(正直、まだ腹の傷が痛え。……けど、最後までやってやるよ! お前らがくだらねージョークで、腹の底から笑っていられるようにな!)

 

(ここで終わらせる。技術者として、仮面ライダーとして……この世界に対して過ぎた技術で、全てが滅ぶなどあってはいけないからな)

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

      トキメキに聞いてみよう

 

 

(大好きを叫べる今の私が大好き……! 受け止めてくれる皆も、仲間も大好きです! 滅さんは、どうですか!?)

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

(この世界があまりにも眩しくて愛おしい、か。悪意を見張り消し去るということは、対になる善意を守り育てること。それを教えたのはお前達だ)

 

(僕の勝手かもしれないけどさあ……! 君達も僕の『友達』で……守りたいって思ったんだよね!)

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

      好きなことが鍵だよね

      胸に手をあて 聞いてみるよ「大好き」を! 

 

 

(彼方ちゃんね。迅君とお話したいこと、まだいっぱいあるよ。……お昼寝でもしながら、ゆっくりと)

 

(不破さんがどうやったら素直に笑ってくれるのか、愛さんまだわかんない。だから、とりあえず爆笑ギャグ考えてみる!)

 

(私は自分に、あなたに恥じないカッコ良いパフォーマンスを魅せたつもりよ。……刃さんは、どう?)

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

      キラキラ求める明日(tomorrow)

      どうしたいかは僕ら次第

 

 

(今まで一番の表現かもしれません……! 音声だけでも、きっとあなたに届く自身があります! 滅さん!)

 

(かすみん、またかわいさの限界超えちゃったかも! 昨日のかすみんの1000%ってぐらいのかわいさで!)

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

(怒りだけじゃない。……君の夢への真摯な想いが、今までの私に無かった感情で戦おうと思わせてくれたんだ。1000%、感謝する)

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

      願いって 大きなほどキレイだと思うんだよ

 

 

(二人で見始めた夢が、今は皆で見る夢になってる……! やっぱり私、皆大好き! この気持ち……届いてるといいな!)

 

(皆、すっごいよ……!! 私今、最高にときめいてる! 或人さんは、どう!?)

 

 

      キラキラ求める明日(tomorrow)

      みんなで笑顔になろうよ

 がんばるんだ!ってココロよ叫んじゃえ さあみんなも! 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「何故だ」

 

 跳ね上げられた空中で手足を再生させながらも、アークは未だ理解できずにいた。

 

「私の結論は、完璧にして絶対の筈だ」

 

 だが、

 

「何故私が追い詰められている!? 何故ゼアワンなどというあり得ないライダーが生まれる!? 何故だ……! 何故だ……! 何故だ!!」

 

 

      ワクワク叶える物語(ストーリー)

      どうなるかは僕ら次第

      出会いって それだけで奇跡と思うんだよ

 

 

「当たり前だろ!!」

 

 空中で、ゼアワンはアークよりもさらに上の高みへと昇っていた。きらめく虹が、夏の太陽が……ゼアワンの背に広がり、逆光を作る。

 

「夢がある限り、その心は強くなり続ける!! 夢を持ったあの子達との出会いが……俺達に強さをくれたんだ!!」

「無知蒙昧にして曖昧模糊!! そんな不確定要素にこの私の結論が……!!」

 

 

 アークは迎撃しようと、十段階の悪意を溜め始める。

 

 

“悪意”

 

“恐怖”

 

”憤怒”

 

“憎悪”

 

”絶望”

 

 

 しかしゼアワンは、いつだってその先を行く。

 ゼアワンドライバーはアークドライバーの改造。そしてその源は、悪意ではなく善意。

 つまり、

 

 

      ワクワク叶える物語(ストーリー)

      みんなで楽しくなろうよ

      生きてる!ってココロが叫んじゃう

      そんな実感欲しいよねっ

 

 

“絆!”

 

 十段階の善意を溜め込み、力とすることができる。

 天王寺璃奈から学んだ、繋がりの、絆の大切さ。

 

 

“愛情!”

 エマ。

 

 

“大好き!”

 せつ菜。

 

 

“やすらぎ!”

 彼方。

 

 

“楽しい!”

 愛。

 

 

 アークもまた、負けじと最終段階まで踏み込んでいく。

 

 

“闘争”

“成長!”

 果林。

 

“殺意”

“努力!”

 しずく。

 

“破滅”

“かわいい!”

 かすみ。

 

“絶滅”

“友情!”

 歩夢。

 

”滅亡”

“夢!”

 侑。

 

完璧にして(パーフェクト・)絶対なる(アブソリュート・)結論(コンクルージョン)。────────学 習 終 了(ラーニング・エンド)

成長する夢への過程(ライジング・ドリーム・プロセス)。────────最 終 段 階(ファイナル・ステップ)!”

 

               ラ

               イ

               ジ

               ン

               グ

               ド

               リ

               -

               ム

               プ

               ロ

               セ

               ス

             

             

             

             

             

             

             

             

 

 パーフェクト      ライジング

 アブソリュート     ドリーム

 コンクルージョン    プロセス

 

 

    (ワクワクしたいキミと ワクワク発ストーリー)

      始まれ! (ワクワクしようキミも!)

 

 

 二つの強力なキックが、上空でぶつかる。巨大な力と力が、バチバチと拮抗し弾ける。

 アークはダメージによって少しずつ砕けつつある自分の肉体をナノマシンを駆動し再生させようとする。

 しかし、ナノマシンによる再生が働かない。肉体の再生が追い付かない。アークはまだこの事実に気づけていなかったが……

 キックを通じ、ゼアワンはアークの肉体を構成するナノマシンの悪意のデータを書き換え、アークの支配から解き放っていた。故に、アークの肉体からは破壊と共にどんどんとナノマシンが離脱していく。

 

「こんな結論は……あり得ないいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」

 

 自身の演算した結論を絶対としてきた人工知能は、”想定外”の結論を受け入れられぬまま……爆散した。

 ゼアワンはアークの肉体を突き破り、飛び散る破片、オイルを浴びながら空気の壁を破り、地面を擦りつつ着地していく。そして彼の動きが止まった時、空中で一際大きい爆発が起こった。

 

 

    (ワクワクしたいキミと ワクワク発ストーリー)

      始まれ! (ワクワクしようキミも!)

 

 

「『虹ヶ咲学園、スクールアイドル同好会でした……!! ありがとうございました!!』」

 

「勝った……!!」

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「ありえない……!」

 

 アズは”あるもの”を掴み、森の中へ逃げ込んでいた。

 

「復活したアーク様自身が敗れるなんて、そんなこと……」

 

 その時だ。

 

「逃がしはしない」

 

 先回りしていたサウザーが、サウザンドジャッカーでアズの手元にあった”あるもの”を弾き飛ばしていた。それは、

 

「アークツーの、ゼツメライズキー……」

 

 急いで駆け込んだゼアワンが弾き飛ばされたそれを掴み、苦々しげな声を上げる。

 

「返せ!」

 

 アズは取り返そうとするが、その眼前にジャッカーが突きつけられた。

 

「『私は決して滅びはしない』」

 

 アークツーゼツメライズキーから声がする。

 アークは肉体が消滅する瞬間、全エネルギーと引き換えにもう一つアズの手元にアークツーゼツメライズキーを作り出し、そこに自らの意志を移し替えたのだ。

 

「お前のせいで、たくさんの人が傷ついた」

 

 ゼアワンがキーを握る力が、強くなる。

 

「『……ここで私を滅ぼしても、悪意は消えはしない』」

「かもな」

 

 だが、

 

「けどな、アーク。覚えておけよ。悪意は消えない。それと同じで、夢だって……消えたり、無くなったりはしないんだ」

 

 今の或人に、アークの言葉は惑わしにもならない。ぎりぎりとゼツメライズキーが握りしめられ、ミシミシと音がする。

 

「『や……やめろ!』」

 

 アークには心が無い。だが今この瞬間、初めて理解した”心”がある。

 自らの存在の消滅。死というものの……恐怖を。

 

「何度お前が出てこようと、俺達は何度だってそれを乗り越えてやる」

「『やめろ……!』」

 

「ここで消えろ……!! アーク!!」

「『やめろと言っているだろうがああああああああああああああああ!!』」

 

 バギャッ!!と激しい音を立てて、アークツーゼツメライズキーは握り壊された。破壊の瞬間、アークの絶叫が響き渡った。

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 アズもまた絶叫する。折角復活したはずの本来のアークは、ここで完全に消滅したのだ。

 

「ふんッ!!」

 

 ゼアワンの手からこぼれ落ちたキーの中のチップの残骸にジャッカーを突き立て、サウザーはそれを粉砕した。

 

 アズはしばらく狂ったように叫んでいたが、やがて眼を見開き……

 

「言ったはずよ……! アーク様は心に宿るもの、決して滅びることのない神様になったと……! 次の”アーク様”が現れた時、私もきっと!!」

 

 呪いの言葉を吐き、ふらふらとよろめきながら歩いていき……消えた。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「元の世界に帰れないのか……?」

 

 不破は改めて、残骸だけになったシンクネットの本拠地跡を見る。

 

「ゼロツーキーとゼアワンで再構築してみてはどうだ?」

 

 刃の提案で再構築が早速始められ、起動の準備までこぎつける。

 

「いくぞ」

 

 天津が起動し、ゲートに電気が通る。だが……

 

「あのオーロラが出ないな」

「やっぱりダメなのか……」

 

 滅と迅は是非も無しと、動いてはいるが本来の役目を果たせていないゲートを見る。

 

「この世界に、留まるしかないのでしょうか」

 

 イズは予想される、一番現実的な案を提案する。

 

「だめだ!!」

 

 ゼアワンから変身を解いた或人は、ゲートに寄り添う。

 

「なあ頼むよ、動いてくれ!! 俺達は帰らなくちゃいけないんだ!!」

 

 その表情は、真剣そのもの。

 

「この世界は、とっても素敵だよ……!」

 

 或人の脳裏には、侑たちの顔が浮かんでいる。

 

「けど、俺達は俺達の世界でやらなきゃならないことがある! そうだろ!?」

 

 一同は俯きながらも、それは最もだと感じていた。

 本来ならば、交わることすらなかった二つの世界。それぞれの世界にそれぞれの物語があり────それぞれの果たすべき役割がある。

 

「だから……!」

 

 その時だった。

 

「或人!」

 

 ぱあっと後光が刺すかのような光と共に、ひとつの人影が立った。

 

「……郷太!!」

 

 それは確かに、アークに塗り潰され消えたはずの枝垂郷太だった。

 

「どうして!?」

「お前がアークの肉体のナノマシンを書き換えて、悪意のデータを消したからだよ」

 

 ナノマシンを侵食していた悪意のデータが消えたことで、ナノマシンの肉体に宿った郷太本来の人格が解放されたのだ。

 

「郷太、俺……」

「悪い、或人。話してる時間はない」

 

 郷太はゲートに触れ、自らの肉体をナノマシンへと変換してゲートへと流し込んでいく。すると────

 

「ゲートが……動き出した!!」

 

 刃が驚嘆の声を上げる。

 

「さっきの戦いでこの肉体ももう持たない! 俺のナノマシンで調整できるうちに……元の世界に帰れ!!」

「信頼しろってのか?」

 

 不破は訝しがる。確かに直接対話した或人以外、信じろというのも難しい話だ。いや……

 

「不破さん」

 

 対話したことのある者は、もう一人いた。桜井郷だ。

 

「……大丈夫だよ」

 

 郷も基本アバターを使っており直接話したのは数度だけだったが、それでも信頼できると思った。

 郷太の目が、とても優しかったから。

 

「いいから行け!! やるべきことがあるんだろう!?」

「郷太……!」

「……最期くらい」

 

 郷太は、

 

「……本当に人の為に、生きさせてくれ」

 

 微笑んで、そう言った。

 

「わかった」

 

 一同はゲートに近づいていくと、次々とそれを潜り元の世界に帰っていく。同好会の面々と、最後の別れの挨拶を交わせないのを惜しみながら。

 

 そしていよいよ、残るは或人とイズだけ。

 

「郷太」

「或人……」

 

 その時、郷太のナノマシンの肉体から強い光が一瞬漏れる。いよいよ肉体が限界らしい。

 

「或人! もし歩夢(あの子)に会ったら伝えてくれ!!」

 

 そこで、郷太の声が途切れる。発声に関する機能がやられたらしい。或人は困惑するが、郷太はいいから、というポーズを取り、或人の出発を促す。

 そしてその後、郷太の伝えたいメッセージの唇の動きを、或人は確かに読んだ。

 

「ああ……ああ!! 必ず! 伝える!!」

「或人社長!」

 

 イズが或人の手を引く。いよいよ、二人はゲートを潜っていった。

 

(侑ちゃん……)

 

 或人もまた、彼女と最後の挨拶を交わせないのが心残りであった。そんな悔恨も一緒に、ゲートは元の世界へと送り届けていった。

 

 郷太は残滓のような状態でそれを確かに見届けると声を出せぬまま、は、は、は、といつものスタッカートで笑った。

 

 そして、悔恨も未練もない、心からの笑顔を残し……消えた。残されたゲートはそれと同時に弾け、火花を散らし、再び元の瓦礫となる。

 

 夏の陽射しが、雨上がりの優しいその空気を……虹と共に照らしていた。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「皆~~! お疲れ!!」

 

 高咲侑は楽屋で、ライブという”戦い”を終えた一同を温かく迎えた。一同は皆口々に、お疲れ、打ち上げだね、と互いの健闘をたたえ合っている。

 

「イズちゃん、間に合ったかな……。早く皆で、打ち上げしたいよ!」

 

 或人達が既に去ったと知らぬまま……侑は、快活に笑った。



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Part9(完) ミンナとワタシの夢に向かって

あなたの夢を信じなさい。そうすれば、いつの日かあなたの虹が輝いてくるだろう。
ギルバート・キース・チェスタトン(1874~1936)


「2年間どこに……」「おかえりと言ってあげたい」 山で死んでいた家出少女

 

 8月11日に山梨県○○市××山中で発見された全身やけどで頭部の欠損した遺体の身元について、県警は長野県在住で2年前から家を出たまま行方不明となっており捜索願の出されていた田道巴美さん(21・無職)だと発表した。

 巴美さんは長野県の旅館の娘だが2年前の春に家を出て以来行方がわからなくなっており、家族から捜索願が出されていた。

 現場では用途不明の機械の残骸、巨大なコンピューターサーバーらしき建物の倒壊したばかりとみられる瓦礫も見つかっており、巴美さんがここで生活していてそれに巻き込まれた可能性があるというのが捜査本部の見解だ。

 

 巴美さんの家族は取材に対し、

 

「2年間どこにいたのか、何をしていたのか。とにかく知りたい。遺体が見つかっただけでも良かった。今は墓に入れてあげて、おかえりと言ってあげたい」

 

 と辛そうに答えた。

 

────出典 『毎朝新聞』 令和○○年8月16日号 第3版

 

☆ ☆ ☆

 

 ナゼ? 国立先端科学研究所の裏の『嘘』と『黒いウワサ』

 

「麻布さんは変わった人でしたよ。『どこでもドア』作りたいとかいつも言ってて」

(国立先端科学研究所勤務・Aさん)

 

 国立先端科学研究所と言えば、先日何者かの侵入と爆発が起こり、監視カメラの映像から3年前の稀布蘭博士失踪事件において強い関連があると言われていた麻布玲容疑者(38)の姿が確認された事件が記憶に新しい。

 その麻布容疑者が3年前まで国立先端科学研究所の所員だったことは当時も報道されたが、麻布容疑者と稀布博士の間の異常な関係性について本誌は取材にて入手した。

 

────出典 『週刊文秋』 令和○○年8月16日号

 

☆ ☆ ☆

 

 花発いて風雨多し、という諺がある。

 花の咲く季節は風や雨が多く、同じように物語には邪魔がつきもので思うようにならないということだ。

 思い返せば、この”物語”にもまた……思うようにならないことが、実に沢山あったと思う。

 

 異世界ってなんだ。

 信者の襲撃ってなんだ。

 高度1万メートルってなんだ。

 流しそうめんの妖精ってなんだ。

 スクールアイドルって、なんなんだ。

 

 しかし無事に終わってみれば、それらも全て良い思い出だと思えてくる。

 それを語り合える仲間であった虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会とは、別れの言葉を交わせないままだったのだけれども。

 

 あれから5日が経っていた。

 

 飛電或人筆頭仮面ライダー御一行様は、シンクネット信者の襲撃後修復の進みつつあったデイブレイクタウンのほとりのゲートを出口に、”虹ヶ咲の世界”から無事に帰還することが出来た。

 あの戦いで生まれた奇跡の力、ゼアワンドライバーとゼアワンプログライズキーを代償として。

 彼らがゲートを潜ってこの世界に帰還した途端それは壊れるのではなく粒子化して消えてしまったが、出迎えた雷曰く不完全な転送故に強いエネルギーの負荷が彼らの身体にかかっており、それをすべて受け止めたうえで壊れたのであろうということだった。

 

 最後の最後まで、あの世界での出会いと力が彼らを救ってくれたというわけである。

 

 そこから後はもう大わらわだ。

 負傷した面々の治療、飛電本社、ZAIAジャパンへの情報伝達、連絡などでやることが雪崩のように積み重なってくる。福添と亡、雷の出迎えを受け、或人は本社に戻った後夜まで拘束され、家で床に就いたのは夜中の3時のことだった。

 福添の「お疲れ様でした。明日はしっかり休んでください」と、きっちりとした”副社長”としての対応もあり、翌日はほぼ一日ぐっすりと眠ることが出来たのだけれども。

 

 そして翌日、出社する前に或人はある場所へと向かった。

 

 数年前に死亡した扱いの枝垂郷太の骨が眠る、霊園である。

 考えてみればおかしなものだ。郷太はとっくに死んだ扱いになっており骨もきちんとここにあったのに、その心はナノマシンの肉体に転写されてつい数日前まで生きていたのだから。

 或人は墓に、郷太の好きだったカルディのマンデリンを供えた。或人はコーヒーの違いはわからなかったが、洒落ていてこだわりの強い郷太は生活が苦しい中でも「コーヒーだけは! コーヒーだけはこだわらせてくれ!」と頼み込んで高いこれを買っていたものだ。一緒に食べるパンはスーパーで30%引きの食パンだったというのに。

 

 こうして墓前で思い出のコーヒー豆を見るだけで、或人の脳裏に色々な思い出が浮かんでは消える。

 高校の時の図書館で語らいながらのネタ作り。

 文化祭での拙いながらも一生懸命で、足掻いて、もがいたステージ。

 客が二人の演芸場でも、いつか売れると信じていたあの日々。

 神社にお参りに行った時は、なけなしの100円玉を投げて大真面目に、売れますようにと拝んだこと。

 

「そんな時代も、あったよな」

 

 全ては、思い出。それらの日々が過去の遺産となり、今の或人を形作っている。

 枝垂郷太は、確かに多くの悪意を先導した悪だったのかもしれない。

 けど彼にとっては────いつまでも、高校の頃からの友人であり、唯一無二のお笑いの相方なのだ。

 最後の最後まで、夢を見ることだけは忘れていなかったこと。夢を捨てたと口にしなかったこと。それだけは、彼が真っ直ぐな想いを持っていた証であると信じたかった。

 

「……じゃあな」

 

 或人はゆっくりと立ち上がり、墓前で微笑んだ。いつまでも過去に捉われていては、前には進めない。

 そして今日のこの日に至るまで、もう一つ大きな進展もあった。

 

 “虹ヶ咲の世界”に行っていたこちらの世界のシンクネット信者達が、かなりの数戻ってきたのである。

 

 例によってデイブレイクタウンのほとりのゲートをZAIA主導で調整して向こうの世界へ再度行けないかと調査していた際、ゲートに反応があり信者達が大量に転送されてくるという大事件。すぐさま警察が動き彼らの身柄は拘束されたが、その供述を得るうちにとんでもない事実がわかってきた。

 幹部であるジョンは、あくまで脇から参戦した仮面ライダーセイバーと戦いアバターは消失したのみであり、生き残っていた。そして彼こそが、シンクネットに異世界の存在、そしてその転送技術を授けた存在その人であった。

 彼は或人達との戦いが終わりシンクネットが崩壊した後、シンクネット外のSNS等を使い信者たちに呼びかけた。

 

「『元の世界に戻れる最後のチャンスを僕が作る。戻りたい者はいるか?』」

 

 もう二度と戻れないことを喜び帰りたくないという者、やっぱり家族と二度と会えなくなるのはいやだと帰ることを希望する者など反応は様々であったが、兎にも角にも帰りたいという者達に彼は最後のチャンスを与えることにした。

 異世界へのゲートは確かにサーバーごと壊されてしまったが、それを今一度再現できる場所がひとつだけある。

 かつて彼が籍を置いていた国立先端科学研究所だ。

 彼は信者達を率いてそこに辿り着くと、ゲートを起動し彼らを送り届けたというわけである。

 

「あの男は、最後に自らのテクノロジーで人を救ったのか……」

 事の顛末を聞いた刃は、そう呟いたという。

 救った、と言っていいのかはわからない。本来異世界に飛ぶこと自体が不必要なこと、彼らは自分のケツを自分で拭いただけだ。

 しかしそれでも、救われた人生が、感情が……確かにそこにあったのもまた事実だった。

 

☆ ☆ ☆

 

「ジョン様」

 

 森の中を走る車内で、運転席の線の細い気弱そうな男は助手席のジョン────麻布玲をゆっくりと見た。

 

「……これから、どうします?」

 

 国立先端科学研究所を襲って凍結されていたゲートを起動しただけでもかなりのやらかしだが、麻布玲は元々稀布蘭失踪事件の重要容疑者として指名手配中の身。国家最重要機密の”どこでもドア”の技術の秘密を知っていることもあって、見つかれば最悪秘密裏に抹殺されかねない。

 

「とりあえず……」

 

 玲は手にしたカフェオレにくっと口をつけ、

 

「生きてみるしかないさ」

 

 この世界のどこかにまだ残っている、かつての信者達。

 きっとどこかにいる、広い世界を知らずに狭い世界で悪意に捉われている人達。

 彼らを救えるのは、かつてそうだった自分達なのかもしれないと。

 

 それが、彼らの禊であった。

 

 今度こそ本当に、”どこでもドア”を作るところから始める。それも良いかもしれない。

 

「君は逃げてもいいぞ、グラスゴー」

 

 玲は運転席の男に言う。

 

「……私も、行くところが無いですから」

 

 運転席の男────グラスゴーの本体は、苦笑しながらハンドルを切った。

 

☆ ☆ ☆

 

「……何だかな」

 

 不破諫は警察署から出てくると、頭を掻いた。警察で証言を続けている、桜井郷に協力した帰りであった。

 異世界への転送、活動。それらはなかなかに信憑性が乏しいところがあったが、今や異世界組の幹部の唯一の生き残りとなった郷の証言でだいぶ捜査が進みつつあった。異世界での事件の証拠が少ないこと、未成年であることから郷自身も難しい立場にあるし、これからの人生も平坦では無いだろう。

 

「でも、これは僕が決めたことだから。最初から、最後まで」

 

 不破から見た彼は、前だけを見て、突き進んでいるように見えた。夫と子供を失って途方に暮れていた郷の母が、泣きながらその生存を喜んでくれていたのもその一端だろう。

 滅亡迅雷.netの活動は回り回って、一人の純粋な少年に悪意と業を背負わせてしまった。けれど、世の中とはそういうものだ。何が人の支えになりプラスになるかわからない。何が人を傷つけマイナスになるかわからない。不破は最後に、郷にこう伝えた。

 

「滅のことは、許さなくていい」

「……ずっと、そのつもりだよ」

 

 どんなに今、誰かを守る為に戦おうと喪った命という事実は変えられない。

 その事実を飲み込んで、生きていかねばならないのだと。

 

「不破」

「どうだった?」

 

 近くにまで来ていたらしい、滅と迅がやって来る。

 

「まあまあだ。今回の件だと司法取引の対象にはならねえし厳しい道だが……あいつが選んだ道だ」

「そうか」

 

 滅は思うところがあり、目を伏せる。

 一度本気の想いで拳と憎しみをぶつけられただけに、彼は自身の罪を今一度自覚していた。それでもヒューマギアの自由のため、悪意と戦うため────今は、彼も生きていくしかないのだけれども。

 

「僕も力になるよ。……”お父さん”」

 

 父を喪った少年は何を思うのだろうか。迅にとっても、郷の存在は非常に大きなものだった。

 

「よし! ……とりあえず、俺も生きていくしかねえ」

 

 不破諫、只今絶賛無職真っ最中。

 いや……”街の平和を守る仮面ライダー”として、彼は今日も肩で風を切って歩いていく。

 

☆ ☆ ☆

 

「やはり難しいのか?」

「0%とまでは言いませんが」

 

 天津に問われ、亡はいつも通り淡々と答える。

 今回の事件の証拠集めの為にも、ZAIAの所有しているゲートでの異世界への再渡航は必然であり、天津はこの一件の責任者を任されていた。しかし、

 

「オーロラが生まれない……」

 

 ゲートはもう、異世界への扉の役目を果たすことは無かった。

 

「原因としては、並行宇宙との座標のズレだ」

 

 雷が苦々し気に呟く。

 理屈で言えば、このゲートはそもそも並行宇宙同士を繋げてその間を移動できるようにするものだ。これまでは並行宇宙同士の座標をこのゲートで噛み合わせることでそれを可能にしていたが、シンクネットが度々移動を繰り返していたこと、そして今回の一件で郷太が無理矢理にゲートを調整して宇宙を繋げてしまったことで、あれ以降こちらの世界から向こうへと干渉できなくなってしまったのだ。何度再計算しても、その結果は変わらない。

 

「向こうの世界からはまだ干渉はできるでしょうが、それももうすぐ無理になるでしょう」

 

 亡はそう分析した。

 だからこそ、向こうの世界にいたジョンもそれをわかった上で信者達を送り返すことを決めたのだ。

 

「それは、残念だな」

 

 天津はそう呟いた。

 残念。そう、”残念”だ。

 業務上の責任、仮面ライダーの力を持つ者としての役割というのも勿論ある。だが、それ以上に……

 

 天津垓は個人的な感情として、中須かすみに、あの同好会の面々に、もう一度会いたかった。

 

 夢というものを侮蔑し嗤っていた自分が、夢を守るのもひとつのあり方と思わせるきっかけの一つをくれた、彼女達に。

 それはきっと彼だけでなく、あの世界に飛び、彼女達に出会った一行共通の想いだ。

 

「俺らもちょっと気になってはいたんだよな」

「ええ。その『スクールアイドル同好会』について証言する姿が……とても、楽しそうでした」

 

 出会ってない雷と亡にも、その想いは波及していく。

 

☆ ☆ ☆

 

「いや~~……。今日も忙しかった……」

「お疲れ様でした」

 

 最後のメールを打ち終わり送信すると、どっかと椅子に体を預けた或人にイズは微笑んだ。

 あの事件の事後処理も勿論あるが、ヒューマギア関連の事業も活発であり社長承認の必要な稟議がばんばん飛んでくる。何より、一番の新プロジェクト────ゼアに代わる新衛星の打ち上げが、本日可決した。今まで以上にヒューマギアの通信を広げ、より多くの人間の手助けとなる一大プロジェクトだ。

 

「まずは雷たち宇宙部門に頑張ってもらわないとなあ」

「宇宙と言えば」

 

 そこでイズは、

 

「並行宇宙への渡航は、やはりもう厳しいとのことです」

 

 或人の業務中に雷達から届いたメッセージを要約し伝えた。

 

「……そっか」

 

 或人は天津同様に、残念そうにその事実を受け止めた。

 

「刃さんがやってた通信みたいなのも?」

「宇宙同士の座標がズレ始めていて、こちらの世界からは厳しいと」

「うーん……」

 

 或人にとって一番の心残りは、彼女達に別れを告げられぬままあの世界を去ってしまったことだった。加えて、郷太から受け取った歩夢へのメッセージもある。

 必ず伝えると、約束したのに。

 郷太の墓前に謝りに行かなければいけないかもしれないと或人が考えていたその時、

 

 

「『あっ、映った! 映ったよみんな!!』」

 

 

 ────最後の奇跡が、幕を開けた。

 

☆ ☆ ☆

 

「……で、これは何だ」

「見てわからないのか?」

 

 飛電の社長室に入った途端困惑する刃に、天津はパーティー用の安っぽい紙製の三角帽を被せた。

 

「パーティーに決まってんだろ」

 

 不破はいつもの仏頂面と低い声だが、同じく三角帽のうえに鼻眼鏡の為にシュールな絵面が展開されている。そして、

 

「『あ、刃さん来た!』」

「『待ってたわ』」

 

 社長室の壁のモニターの向こうで、エマと果林が彼女の到着を喜んだ。

 

「ああ。……また会えたな」

 

 流石の刃も、彼女達には微笑まざるを得ない。

 

「『このネットワークの繋げ方、教えてくれてありがとう』」

 

 璃奈に礼を言われ、刃はなに、と彼女の方を見た。

 

「ちょっと待て、私は教えてないぞ?」

「『学園に刃さんの名前で通信方法のメモが届いていたんですが……。今日のこの日のこの時間にこの方法で通信してみろ、と』」

 

 せつ菜に言われ、刃はまた困惑する。

 

「私だってあんな形で去ることになるなんて予想してなかった。通信方法のメモなんて……」

 

 そこで刃ははたと気がつき、近くのパソコンを借りるとこの通信のネットワークにアクセスしその中の隠しファイルを見つけ開くと……

 

「あの男……!」

 

 そこにはこう書かれていた。

 

 

 信者達の転送はうまくいっただろうか。

 君達の世界に、彼らが無事帰ることができたことを祈っている。

 そしてこの世界と君達の世界の繋がりが切れてしまう前に、最後の会話でも楽しんでほしい。

 夢を、忘れずに。

 

 

 刃の名を騙ったことには渋い顔になるものの、ジョンは最後に最高の置き土産を残していってくれた。確かに或人達の世界からもう干渉はできない。だが、虹ヶ咲の世界から干渉することはあと少しだけ出来る。それを活かして、彼は同好会にプレゼントとしてその方法を授けたのだった。

 

「……まあ、感謝するしかないな」

 

 こういう芸当ができるあたり、ジョンもまたシンクネット側の技術者なのであろうと刃は推測していた。テクノロジーは人に寄り添ってこそ意味がある。その想いが、確かに今のこの空間に活かされていると感じていた。だって────

 

「本当悔しかったんだけどさ、どうしてもこの世界に戻る為にはあの場で帰るしかなくって……」

「『彼方ちゃんは怒ってるぞ~? 折角作ったピザ、結局あの日は10人でシェアして食べちゃったぜ……』」

 

 何度も謝る或人に、怒ってると言いつつも笑っている彼方。

 

「私のおすすめの洋酒も今日は用意した。流石に度数1000%とはいかないが……」

「『やっぱり肝臓悪いんじゃないかしら?』」

「『飲み過ぎないでね……』」

 

 天津のドヤ顔を突っ込みつつ流している果林とエマ。

 

「『イズ子はさあ、かわいいんだからこう、もうちょっといっぱい笑って……。ま、まあ? かすみんの方がかわいいけど?』」

「ええ。……とても、かわいいと思います」

「『本気で言ってるぅ?』」

 

 実はそれなりに仲が良さそうな、かすみとイズ。

 そんな時間をもう一度作ることができるというのは、間違い無く人に寄り添ったテクノロジーなのだから。

 

「『はーいはい! それじゃあ刃さんも来たことだし……夏休みライブの打ち上げ兼! 仮面ライダーありがとう&お疲れ様パーティー、始めたいと思います!』」

 

 侑の音頭で、一同は画面越しに乾杯! とグラスを掲げ、刃が到着するまでに準備した料理を口にしていく。同好会の面々もこの日の通信に合わせて料理を準備しており、それぞれの世界でそれぞれの料理を楽しんでいた。

 

「それは?」

「『糸玉みたいなシュマンツ・ストリングス・チーズに、ウィリー・ウォンカのチョコレート! 日本でも売ってるんだね~~』」

 

 不破に問われ、エマは買ってきたそれを前ににこにこしている。糸状のチーズを手繰って食べる前者は、ワインに合いそうだなと不破は気になっていた。

 

「『あの、そちらの麺は?』」

「ここに来るまでに何か料理も持ってこいと言うからテイクアウトで買ってきた。『全中華』の汁なしタンタンメン、美味いぞ」

 

 しずくの問いに、刃は丼を見せた後啜っていく。タンタンメン特有の辛味と刺激を想像しただけで、しずくの口中にも旨味への期待で唾があふれる。

 

「よーし! 俺も『梶善』のお弁当取り寄せたし、早速……」

「或人社長は、こちらです」

 

 イズが皿をすっと差し出す。それは、

 

「いやゆでふきのとう!? 何で!? なんでまたゆでふきのとう!?」

「健康第一です」

「いや俺もごちそうを……!」

「まずは、ゆでふきのとうです」

 

 イズは有無を言わさず、にこっと微笑む。

 

「『まあ或人さん、うちにいる間も結構ジャンクなご飯の食べ方してましたからね』」

「『朝からポテトチップスは、だめ』」

 

 せつ菜と璃奈に突っ込まれ、いやそれはさあ、と弁解するも、兎にも角にもゆでふきのとうを彼は口にしていった。

 

「ちょっと待て、それをわざわざ用意したのか!?」

「『当然。流しそうめん同好会に頼んで借りてきたよ、この【そうそう】たる【メン】バーの為に! ね、流しそうめんの妖精さん!』」

 

 愛に言われ、天津は我ながらあの一件を思い出して苦笑いする。もっとも流しそうめんをしようという約束を結局流しそうめん同好会と果たせなかったと考えれば、粋なはからいではあるのだが。

 

「食事の話っていつも盛り上がってるねえ」

「わからんな。だが……」

 

 滅と迅は画面の向こうを見つつ、

 

「『かすみちゃんのコッペパン、やっぱり美味しいわ』」

「『ふっふっふ……。今日のは自信作です! 一段と美味しいと思いますよ、果林先輩!』」

「『彼方ちゃんも今日は腕によりをかけて作っちゃったぜ~~!』」

 

 自分達には解らずとも、彼女達の確かな幸せがここにある。その光景に、彼らはふっと笑った。

 そんな中で、まだ一人話に入り切れていない者がいる。

 

「……歩夢ちゃん」

 

 或人は、画面越しに声をかける。

 

「『その……』」

 

 歩夢はその先を言えずにいる。怖いのだ。

 

「……郷太のこと、だよね」

「『ええ……』」

 

 歩夢は怖くて聞くことができなかった。この場にいない枝垂郷太が、どうなったのか。その顛末を聞くことが怖かった。

 

「郷太は、消えたよ」

 

 それでも、言わないわけにはいかない。逃げることは出来ない。事実は、変えられない。

 そこから或人は、ゆっくりと一連の戦いの顛末を語って聞かせた。

 皆の歌声が、本当に力になったこと。

 アークの復活、そして激戦。

 ゼアワンの誕生という奇跡。

 そして……枝垂郷太の、最期を。

 

 歩夢は途中から泣いていた。これが泣かずにいられるだろうか。

 

 枝垂郷太は、夢を捨てていなかった。その素晴らしさに気づいていた。『夢への一歩』を聴いて、泣いてくれたほどの純粋さが、確かにあったというのに。これから、或人と夢を追っていけたかもしれないのに。

 誰かと一緒に見る夢という点が自分にとって他人事とは思えなかった歩夢にとって、その事実は受け止めなければならないにしてもあまりに大きすぎるものだ。

 

「それからね」

 

 或人は泣いている歩夢を慮りつつ、

 

「郷太から、歩夢ちゃんに伝えてくれって言われたんだ」

 

☆ ☆ ☆

 

「或人! もし歩夢(あの子)に会ったら伝えてくれ!!」

 

 郷太の声は出なくなったが、彼は唇の動きでそれを或人へと確かに伝えた。

 

「う」

「え」

「い」

「あ」

「っ」

「あ」

 

「あ」

「い」

「あ」

「お」

「う」

 

「……嬉しかった。ありがとう」

 

 急な状況にして、時間もない故に手短で簡素な言葉。

 それでも郷太は伝えたかった。

 大切な相手と見る夢を、諦めないでほしいと。

 そんな想いを込めた歌を、自分に聴いてもらえたらいいなと言ってくれたこと。

 その想いへの、ありがとうを。

 

「ああ……ああ!! 必ず! 伝える!!」

 

☆ ☆ ☆

 

 その言葉に、歩夢は一番強く涙した。最期の最期に、自分が向けた想いを受け取って理解してくれたこと。けれど、もうそれ以上想いを紡ぐことは出来ないこと。色々な想いが胸に溢れて、止まらない。

 途中から、侑はずっと歩夢の傍に寄り添い肩を抱いてあげていた。

 

「郷太、最後に笑ってたよ」

 

 或人は優しく、そっと言い含めるかのように伝える。

「『……歩夢の気持ち、届いてたんだよ。わかってくれたんだよ』」

 

 侑も優しく、歩夢の気持ちを理解しながら語りかける。

 枝垂郷太は、最後に満たされて、感謝を告げて逝った。

 辛くはあるが、最後に満たされたというその事実は救いでもあった。

 

「『わ゛た゛し゛……』」

 

 歩夢は涙声になりながらも、

 

「『こ゛れ゛か゛ら゛も゛、゛が゛ん゛ば゛る゛か゛ら゛』」

 

 はっきりと、そう宣言した。

 

 どんなに辛くても、事実は受け止めて生きていくしかないのだ。

 大切な人と見る夢。仲間と見る夢。ファンと見る夢。それはずっと変わらない。そこに枝垂郷太が果たせなかった、大切な人と見る夢の時間を自分が果たすという想いも加わった。

 上原歩夢は、またひとつ夢への一歩を進めた。

 

「郷太も、きっと応援してるよ。勿論俺もね!」

 

 或人はそこで、自分も郷太の事を思い出しつつ涙が出そうになりながら────にかっと、笑ってみせた。

 

「『……お腹すいちゃった』」

 

 泣き疲れた歩夢は、近くのテーブルを見る。

 

「『じゃあ歩夢が持ってきてくれたパン、食べようか! 花咲川のやまぶきベーカリー……! 歩夢の従妹のおすすめだっけ?』」

「『その友達がすっごい好きなんだって。チョココロネが美味しいよ! 隣で売ってたハンバーグ定食みたいなパンは、流石にちょっと買えなかったけど……』」

 

 歩夢はチョココロネを口にする。涙のしょっぱさの後だからだろうか、甘みが引き立つ。

 人生も、それと同じだ。

 

☆ ☆ ☆

 

「『良い曲だったよ』」

「ありがとうねえ」

 

 迅に言われ、彼方はふふっと微笑む。

 

「ヒューマギアは、夢って見るのかな? 寝て見る方の」

 

 睡眠と優しい夢を歌った『My Own Fairy-Tale』の芯の部分まで伝わっただろうかと、彼方は問う。

 

「『わからないな。僕の記憶には無い。けど……』」

 

 迅は自身の記憶を反芻しつつ、

 

「『君が幸せそうだった。あの時はそれで十分だと思う』」

「そっか」

「『けど、いつか……ヒューマギアも、そっちの夢も見られたらいいな』」

「できるといいねえ……!」

 

 互いの違いは必然。だが、理解しあえば……こんなにも、優しく、あたたかい。

 

「お互い大切な人の為にもさ、ほどほどにお休みを取りつつ頑張ってこう!」

「『……ああ!』」

 

☆ ☆ ☆

 

「『う~ん! おいしい!』」

「ボーノだよ~~!」

「やっぱり食べるのねえ」

 

 画面越しに食べあう刃とエマを見ながら、果林は苦笑する。

 

「『まあ折角のパーティだ、遠慮せずにほら』」

「そうそう! 果林ちゃん、歩夢ちゃんがパンと一緒に買ってきてくれたコロッケ、おいしいよ!」

「コロッケ……」

 

 エマに差し出されたコロッケは、冷めていても美味しそうだった。夜の上に炭水化物はなかなかにギルティだと思ったが、

 

「……おいしい」

 

 はぐっ、とかぶりついたそれは、本当に美味しかった。

 

「『たまには、いつもと違う自分になって見るのも悪くないさ』」

 

 刃が笑いながらそう言う。

 

「どんな果林ちゃんでも、笑顔でいられれば……それが一番だから!」

 

 エマも笑いながら、コロッケの最後のひとかけらを胃の腑へと収めていった。

 

「……ほんと、敵わないわ」

 

 どんな自分も自分だと認めるのには、勇気がいる。

 しかしその勇気を、この二人から確かに彼女は貰っていた。

 

「……よ~~し! 折角だから今日は食べちゃうわよ! かすみちゃん、コッペパンもらうわ! それからしずくちゃんがお取り寄せしてくれたあやかほし饅頭も……!」

「『思い切りが良すぎる』」

 

 刃の苦笑を、エマはにこにこと見つめていた。

 

☆ ☆ ☆

 

「『私があなたの度肝を抜いてあげる』……!」

「せつ菜さん、流石に上手いですね!」

「『上手いのか』」

 

 せつ菜が最近のお気に入りのアニメの真似をしているのを、しずくと滅は見ている。

 

「侑さんもこのアニメの真似は上手いんですよ! 『一昨日おいで』、って言い方にはぞくぞくしました!」

「私も今度貸してもらえます?」

「もちろん! しずくさんの好きな映画も貸していただけると嬉しいです!!」

 

 大好きと大好きの交錯。

 己の感情を、あるがままにさらけ出せる。

 そんな場も必要なのだ。

 

「『……これからも、お前たちはそのままでいろ』」

「もちろんです! でも、『このまま』より……もっと先へ! 更に成長していきますよ、私達は!」

「これからも見たことのない私達を見せられる高みへと、登っていくつもりです」

「『そうか』」

 

 相変わらず言葉少なな滅。

 だが……

 

「笑ってますね」

「笑ってくれていますね」

 

 彼は、笑っていた。

 

「『……笑っていない』」

 

 流石に言及されると、気恥ずかしいのだけれども。

 

☆ ☆ ☆

 

「『想いを伝えることって難しい、とか、話さなきゃもったいないとか……なんだか、随分とストレートにあの場に刺さってきたんだよ。ありがとな』」

「どういたしまして!」

「……何かが繋がったのなら、うれしい」

 

 不破の珍しくストレートな礼に、愛と璃奈は喜びを隠しきれない。

 そこに、璃奈が見つけ生徒会の”お散歩役員”に収まることで校内を謳歌している白猫、「はんぺん」がニャーオゥ、と擦り寄ってくる。

 

「『はんぺん……!』」

 

 不破は渋い顔になる。あちらの世界に滞在していた一週間の間に、不破とはんぺんは相性が悪く、はんぺんの機嫌が悪くむずがるので不破は璃奈に「はんぺん接触禁止令」を交付されてしまったのだから。

 

「ほら」

 

 璃奈ははんぺんの胴をやさしく持ち、みょーんと伸びた柔らかい身体を不破の方へと向けた。

 

「画面ごしなら平気かな?」

 

 愛はどうだ?とその様子を見るが……はんぺんはフシ──ッ!!と唸ると、璃奈の手をすり抜けドアの隙間から廊下へと飛び出していった。

 

「……残念」

 

 璃奈にしてみれば、不破とはんぺんにも仲良くなってほしかったらしい。相変わらずの”無表情”だが、その仕草から落胆しているのだということは、今の不破にははっきりと読み取れていた。

 

「『まあ、落ち込むなって。ありがとよ』」

「でもでも、猫が懐かないなんて不破さんも『【ねえ、こ】まる』ってならない?」

 

 不意の愛のダジャレに、不破はボフッ!?と堪える。

 

「『はんぺん』ってば、『なんべん』顔合わせても懐かなかったからな~……」

「ちょっ……おい……!」

 

「もしかしたら『猫』だけに『【キャッ!】と』驚いてるのかもだけど!」

「ぐっ……ふっ……」

 

 そこで、不破の視界に璃奈が入った。彼は一瞬の沈黙の後……

 

「『……っハッハッハッハッハ!! グあ────ッハッハッハッハッハ!! はんぺんが、なんべん……! ハハハハハハハハ!!』」

 

 我慢するのをやめて、大爆笑した。

 背後で或人のえええええええええ不破さんがギャグで笑ってるゥゥゥゥゥゥゥ!?との声が聞こえてくるが、お構いなしだ。

 

「……やったあ!! 不破さんが笑った!!」

「やっぱり、笑えるなら笑ってたほうがいい」

「『……ああ! その通りだぜ、本当にな!』」

 

 くだらねージョークで腹の底から笑っていられる。

 

 ずっと抑えてきたが……相手の心を解き、自分の心に従う彼女達を見ていると、これからはそういう生き方もありかもしれないと思えてきた。

 

 故に、不破は笑ったのだった。

 その後調子づいた或人に、傍らでギャグを連発されしばらく笑い通しになってしまったのだけれども。

 

☆ ☆ ☆

 

「『うーむ、飛電の社長室から見る夜景はやはり素晴らしい……。このウィスキーとも1000%マッチしていて……』」

「かっこつけ」

 

 パーティの中一人ごちる天津に、かすみはじとっとした視線を向ける。

 

「『まあそう言うな。世界で一番かわいいのが君なら、世界で一番かっこいいのは私だ』」

「一緒にしないで!!」

 

 かすみはそう言いつつも、世界で一番かわいい、をさらっと肯定して言ってのける天津の存在は、やはり悪い気はしない。

 

「……ライブ、どうでした?」

「『戦いながらではあったが……良いものだったと思う。あいつらの中にも、心動かされた者がいたはずだ』」

「そう!?」

「『ああ』」

 

 天津にしてみれば、そこで救えたかもしれない命をひとつ取りこぼしてしまったのだけれども。彼がそのことを思い出し一瞬暗い顔になった時、

 

「なに悩んでるんですか!」

 

 かすみの強さが、真っ直ぐに飛んでくる。

 

「かすみんには戦うとか、社長の責任とか、そーゆーのはわかんないけど……今こうやって生きてるんだから! 失敗しちゃったことも、うまくいかなかったことも……全部受け入れていかなきゃ!」

 

 強いな、と天津は思った。

 世界で一番かわいいアイドル。それを自称しやり通そうとする強さの根幹は、こういうところにあるのだろうと思わせてくれる。

 

「『ああ……ありがとう。セ……』」

「1000%! かすみんに感謝しちゃっていいんですよぉ!」

 

 かすみは台詞を先取りすると、ウインクを決め……

 

「ね、おじさん!」

「『私は永遠の24歳だぁ!!』」

「またまた~~!」

 

 親子ほども年の離れた二人。そこに、奇妙な友人関係が生まれていた。

 

☆ ☆ ☆

 

 楽しい時間は、あっと言う間に過ぎる。

 夜中に近づく頃、ジョンが事前に伝えていた通信の刻限がいよいよ迫りつつあった。

 

「あと、10分か」

 

 或人は時計を見ると、名残惜しそうに呟く。

 

「『もう二度と通信は出来ないのかしら?』」

「『たぶん。向こうの話によると、宇宙同士がずれているらしいし……』」

 

 果林の問いに、璃奈は残念そうにふるふると首を振る。

 

「『じゃあ、いよいよだね』」

 

 侑は覚悟の決まった据わった瞳で、一同を見渡す。

 

「……二つの世界は、もう二度と交わることは無いかもしれませんが」

 

 イズはそれに返すように見渡しながら、

 

「二つが交わったという証は、確かにここにあります」

 

 自身のメモリーの中から、あの日もらった曲を流していた。

 『NEO SKY, NEO MAP!』。改めて、本当に良い曲だと思う。

 曲に耳を傾けつつ、彼らは最後の言葉を交わしていった。そして、いよいよ残り時間は3分となる。

 

「『仮面ライダーの皆さん、本当にありがとうございました! 私達の世界を、守ってくれて……!』」

「こちらこそありがとう! 皆のおかげで、俺達夢を守ろうって思いがより強くなったっていうかさ……!」

 

 侑と或人は、互いの健闘を称え合った。

 

「あれ? なんだろなあ……。画面が『にじ』んで見えないや……。『ニジ』ガクだけに! アルトじゃ~~……ないと……!」

「『あっはははは!! あれ? おかしいなあ……。私も笑いすぎて、涙が、ほんと、とまん、な』」

 

 言葉を交わしつつ、もう本当に二度と会えない、最後の別れだとわかると……やはり、辛いものだ。

 一同の中にも、涙する声が少しずつ聞こえてくる。

 

 あと、1分。

 

「……やめだやめ!! 最後の最後に泣いたまま終わるのはつらい!!」

 

 或人は涙声になりながらも、無理矢理にでもにかっと笑う。

 

「『……ホントですよね!! 涙の雨を流して、笑顔の虹を見よう!!』」

 

 侑も涙を抑えきれないが、ひひっと応えるように笑った。

 あと、30秒。

 

「最後に……!」

「『うん、最後に……!』」

 

 あと、10秒。

 二人は目を合わせる。

 あと、5秒。

 

「────これからも、夢を見て!」

 

 そこで、確かに二人の声は重なった。

 その言葉の後の笑顔を互いに見つめ合ったまま……通信は、切れた。

 

☆ ☆ ☆

 

「……切れちゃった」

 

 侑はふうっと力を抜き、椅子に体を預けた。

 

「侑ちゃん」

 

 今、ひとつの大きな節目に立った幼馴染へと、歩夢は声をかける。こういう時に声をかけてあげられるのは、やはり彼女だ。

 その時、歩夢は侑のスマートフォンが光っているのに気づいた。パーティに夢中で気づかなかったと、侑はそれを見る。

 そこに、

 

「『普通科 二年 高咲侑様』……『転科試験結果のご連絡』!?」

 

 大きな夢への道しるべが、やってきていた。

 書類でも通知されるだろうが、学内メールでも知らせてくれるのが先進的なニジガクらしさだ。

 侑は文面を読んでいくうち……

 

「わあっ……! わあああ……!!」

 

 ぱあっと、今までで一番明るい笑顔を見せた。

 夢が、ここからはじまるのだ。

 

☆ ☆ ☆

 

「本当に、お別れしちゃったんだなあ」

 

 或人はただの壁になったモニターを、まじまじと見る。

 

「ですが、私達の中には……」

「わかってるって、イズ。俺達が覚えている限り、この想い出は……永遠だからさ」

 

 或人は立ち上がると、

 

「さあ! 出会いと別れで成長して、ここからが成長した俺達のゼロ! そしてまた……イチからのスタートだぁ~~!! ゼロワン、だけに! はいっ!」

「アルトじゃ~~~~、ないと!」

「イズぅ!」

 

 イズが的確かつしっかりとしたタイミングで合わせてくれたことに、或人は歓喜する。その様子を、一同は笑いながら見つめていた。

 

☆ ☆ ☆

 

 本来ならば交わることすら無かった、ふたつの人生(ものがたり)。それらは確かにあの一瞬ひとつとなり、互いに影響を与えあった。

 これからも、彼らは、彼女らは……夢を見て、突き進んでいく。

 決して平坦な道では無いだろう。

 けれど、進んでいく。

 夢を見るのは、楽しいから。

 

 その先のどこに向かうかなんてまだ分からないけど、きっと面白そうな未来が待っている。

 夢ってステキな言葉を口にするだけで、イイ気分になって勇気が湧いてくる。

 

 描いた地図を、未来図を広げて……時にはぶち抜いて、もっともっと上に行こう。

 

 

Illustration by 村上雅貴(@studiokyawn)

 

 キミの夢に向かって────────高く、飛べ! 

 

 

仮面ライダーゼロワン Root of the RAINBOW (完)




and more……?


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Bonus Track
キャラクターファイル


備忘録兼仲間内の需要も兼ねて。
読者さまにも刺さるものがあれば幸いです



・シンクネット フツ一派

 

 エス/一色理人が設けたシンクネットのうち、エスの実験台にして協力者であったフツ/枝垂郷太が中心となって立ち上げた一派。

 教祖となったフツを自分達の理想を体現する存在として崇めるなど、エス一派以上に宗教色が強い。

 

 エスが全ての信者を滅ぼすことが目的であると知ったフツの提案により、「夢を持っている人間」を信者の中から選り分け、ナノマシンによって各々の理想とする"夢の世界"の幻想を見続けられる桃源郷を目指して、ジョンの作成した異世界間ゲートで"虹ヶ咲の世界"を拠点としエスの死とゼロワン世界側の信者の全世界同時多発テロ収束後も密かに行動を続けていた。

 

 桃源郷の実態とは全世界にナノマシンを散布し、一定の感情の閾値を持つ者────"夢を持った者"の意識のみを虹ヶ咲の世界に築いたサーバーに転写しそれ以外の者は死亡、転写された意識はサーバーの中で当人の理想とする世界の幻影を楽しみ続け、転写された者の肉体と死亡した者の肉体はナノマシンで恒常的に生かされつつレイドライザーやアバドライザーで変身して恒常的に現実世界のサーバーの防衛、メンテナンス、アップデートという保守作業を行うというものであり、やはりエス同様に身勝手に人類を選別するものであった。

 

 戦力としてはかつて飛電インテリジェンスを掌握した天津垓が主導していた一般販売用レイドライザーの生産後未出荷在庫の約二万本を主として使用し、幹部クラスが上級プログライズキーやアバドライザーの仕様を許されている。また、ギーガーを始めとして野立万亀男を通じて手に入れたZAIAの技術情報から開発した戦力等も有している。

 

 レイドライザーの一件が仮面ライダー側に知られたことから行動を開始しゼロワン世界への信者の転送、虹ヶ咲の世界でのナノマシン散布計画とサーバー攻防戦を経たうえでナノマシン散布の失敗、教祖フツの消滅、サーバーの破壊、幹部の戦意喪失、死亡が重なったことにより組織として瓦解し、事件は収束する。

 

 その後は生き残った者達が、それぞれの決断で自分達の未来を選ぶこととなった。

 

 

フツ/枝垂 郷太(しだれ ごうた)

 

年齢:21(享年)

性別:男

生年月日:N.E.1997年4月8日

身長:183cm

体重:74kg

血液型:AB

国籍:日本

 

好きな食べ物:もつ煮込み

好きな映画:『笑の大学』

好きな酒:幹部達と夢を語ったチューハイ

趣味:コメディパフォーマンス研究、落語鑑賞

名前の由来:ブッダの本名である「ゴータマ・シッダールタ」から

 

 シンクネットのフツ一派を束ねる「教祖」。

 

 ツーブロックの髪、ピアス、顎髭、アロハシャツと遊び人風の容姿だが、柔和なアルカイックスマイルを見せる"仏様"のような男。

 夢を抱いていたが心折られ悪意に捉われたシンクネット信者たちを導き、ナノマシンによる次元上昇を実行しようとした。

 

 その正体はかつて飛電或人と「アルゴリズム」なるコンビを組んでいた或人の高校時代からの友人にして相方である青年、枝垂郷太。

 

 お笑いを研究し芸人になる夢を抱いていた時に高校時代に誰かを笑顔にしたいという夢を掲げる或人に出会いコンビを結成し卒業後は芸人となるが、お笑いに求める方向性の違いからコンビ解散を決め互いにピン芸人へと転向する。

 

 その後、自分の理想とする笑いは或人でなければ体現できなかったという事実から芸人を引退しWEBデザイナーとして活動していたことでエスにシンクネットのWEBページのデザイナーとして見込まれ、ナノマシンによる義体化の実験台となり成功し、"フツ"としてシンクネットの矢面に立っていく。

 

 エスの目的が悪意に満ちた人間の殲滅とわかると「悪意の側に立った人間にもそこに至るまでの事情がある」という持論から夢破れ悪意に堕ちた人間をアンケートで選別し、彼らを率いて自らの一派を立ち上げ異世界へと転移しエスとは別のやり方での楽園──「桃源郷(ザナドゥ)」を作ることを目標にしていたが、REAL×TIMEの事件が起きエスの死をアズより知らされ、代わって"次のアーク"となった。

 

 本編では或人達が動くとわかると先んじて幹部達と共に動き計画を阻止されないよう根回しをするが、直接対決が避けられないと悟り逆に挑発と計画の告知を行い確実に自分達のところに来させることで対処しようと計画を実行する。

 

 或人の説得、歩夢の心を込めた歌によるメッセージによって一時は絆されるも、アーク復活を目論むアズによってナノマシンの肉体を掌握され本来の人工知能アークの器としての肉体となり、自我が浸食される。

 

 最期はゼアワンによって肉体が修復されたことで自我が復活し、異世界へのゲートをナノマシンの肉体で干渉することで起動させ或人達を送り届け、歩夢への感謝の言葉を告げて消滅した。

 

 

ジョン/麻布 玲(あざぶ れい)

 

年齢:39歳

性別:男

生年月日:12月6日

身長:166cm

体重:60kg

血液型:O型

国籍:日本

 

好きな食べ物:ビーフシチューのパイ包み焼き

好きな映画:『TOO YOUNG TO DIE! 若くして死ぬ』

好きな酒:フツ様と夢を語ったチューハイ

趣味:電化製品のクリーニング

名前の由来:ハンドルネームはイギリスのロックバンド、「ザ・フラテリス」のメンバー、「ジョン・フラテリ」から

本名は『ジョーカー(2019年)』の主人公、「アーサー・フレック」から

 

 フツ一派の幹部。本体の容姿そのままのくたびれた中年男性のアバターを持つ。

 

 幹部達のまとめ役として彼らを率い、自身もレイドライザーとアナザーランペイジガトリングキーでランペイジレイダーへと変貌し戦闘の矢面に立つ。

 幹部の中でもフツへの忠誠心が強く、忠実に命令を実行していく。

 

 本名は麻布玲であり、かつては「虹ヶ咲の世界」において国立先端科学研究所で電子工学、物理学の分野から人間、物体の長距離感移動を一瞬にして可能にする"どこでもドア"の研究を行っていた。

 

 その根幹には幼少期に過保護が過ぎた母親が事故死するまで監禁され続けた過去があり、それをきっかけにしてどこにでも行ける力が欲しいと願ったことが発端となっている。また、この時のトラウマを切っ掛けにして感情が昂ると不随意の咳が止まらなくなるというチック症状を患っている。

 

 大学時代に世話をしてくれていた祖父母の死を切っ掛けにして財産を奪われ路上生活者になるほど困窮するが、思いを寄せていた才女、稀布蘭との再会を契機に彼女の口利きで生活を立て直し、国立先端科学研究所の一員となった。その後"どこでもドア"技術を実用化段階まで引き上げるが、利権を全て管理しようと目論む蘭の裏切りで抹殺されかかり、自殺覚悟で転送装置を起動したところ蘭がその余波で死に、同時に"ゼロワンの世界"へと転送されてきたことで自分が並行世界への移動技術を発見したことに気づき、同時にエス、フツと出会う。

 

 その後はシンクネットの一員として行動していたがエスの目論見を知り彼に見切りをつけ、フツの直属にして右腕のように動くことで躍進していく。またこの一件から、エスの理想と目論見に関しては激しく悪罵する一面がある。

 

 或人達一行への挑発としての戦闘を指揮していたが本拠地での決戦ではアバターがランペイジバルキリーに敗れ去り、状況を動かす為に虹ヶ咲学園にアバターで襲撃をかける最後の手段を取ろうとするもイズの変身したゼロツーに阻まれ、乱入してきた仮面ライダーセイバーとの戦闘となる。

 

 セイバーとの戦いの最中に聴いた『NEO SKY, NEO MAP!』に感銘を受け、戦闘でもセイバーに打ち据えられたことで何かを悟り、納得しつつ敗走。

 

 サーバーが全損し組織が壊滅したこともあり、ゼロワンの世界からやってきた信者達を国立先端科学研究所を襲撃しそこの技術で元の世界に返すと、追われる身であることを理解しながら禊としてグラスゴーと旅を始めた。

 

 また、旅の前に刃の名で異世界間の通信技術を同好会に贈っており、これが最後に彼女らの絆を強くすることとなった。

 

Illustration by 蒼人(@aoihito000)

 

Illustration by 皿田(@saradaver)

 

バリー/田道 巴美(たみち ともみ)

 

年齢:21(享年)

性別:女

生年月日:7月15日

身長:165cm

体重:56kg

スリーサイズ:B/85、W/59、H/80

血液型:A型

国籍:日本

 

好きな食べ物:おたぐり

好きな映画:『天使にラブ・ソングを…』

好きな酒:フツ様と夢を語ったチューハイ

趣味:トレーニング、I dea時代の自分達の動画を見ること

名前の由来:ハンドルネームはイギリスのロックバンド、「ザ・フラテリス」のメンバー、「バリー・フラテリ」から

本名はバットマンのヴィラン、「トゥー・フェイス」の本名の「ハービー・デント」から

 

 

 フツ一派の幹部。高校生ぐらいの少年のアバターを持つ。

 

 軽口が多い一方で邪魔だと感じた相手を殺傷することを厭わない残虐さを持ち、切り込み隊長的な役割を果たす。

 スラッシュアバドライザーを用い、シャイニングホッパーに相当する"仮面ライダーアバドン シェイディングホッパー"へと変身する。

 

 本名は田道巴美であり、アバターとは真逆の若い女性。

 

 ボクっ娘であり、本体もどことなくボーイッシュな雰囲気を漂わせる。

 左側の髪だけが異常に長い特異な髪型をしているがこれはウィッグであり、その下には皮膚が焼け落ちるほどの酷い火傷と筋肉が剥き出しになった素顔が隠れている。

 

 元々は「虹ヶ咲の世界」で長野県の旅館の娘として生まれ、スクールアイドルに興味を持ち同級生と"I dea(アイデア)"なるグループを結成し成功を収めていったが、それに嫉妬した他のスクールアイドルの嫌がらせを切っ掛けにして起きた事故でメンバーが死傷し、左の頭部から肩にかけて上述の火傷を負ったことで人前に出られなくなったことから悪意に取りつかれシンクネットと出会い実家を捨てて出奔した。 

 

 顔の治療も出来なかったことから大きなコンプレックスとなっており、指摘する者には尋常でない敵意を向ける。

 

 最終決戦においてはサウザーと交戦し、敗北の末に天津にかけられた言葉に思うところがあったものの、仮面ライダーアークツーとなったアークによって自身の悪意を全てデータ化されて吸収された上に全身を高圧電流で焼かれ、瀕死の状態で天津に言葉を伝えようとするも頭部を踏み砕かれ死亡した。

 

 一連の事件の後頭部が欠損し焼けただれた遺体だけがそこに残った為、行方不明の末に変死した奇妙な事件として処理され、家族の心には暗い影を残すこととなった。

 

 

ミンツ/桜井郷

 

性別:男

名前の由来:イギリスのロックバンド、「ザ・フラテリス」のメンバーの「ミンス・フラテリ」から

 

 

 フツ一派の幹部。

 中学生ぐらい年齢の少女のアバターを持ち、無感情で必要以上に言葉を発さないが、ヒューマギアを目にした際には激しい敵意を向ける一面を持つ。

 ショットアバドライザーを用い、シャイニングホッパーに相当する"仮面ライダーアバドン シェイディングホッパー"へと変身する。

 

 その正体は『仮面ライダーゼロワン』第4話に登場した、デイブレイクの際に殉職した飛電インテリジェンスの桜井工場長の息子、桜井郷。

 本編の後に不破の言葉を受け前を向いて生きていくようになったが本編における飛電インテリジェンスのTOBなどを経てヒューマギアを取り巻く社会情勢に疑問を抱くようになり、更には自発的にマギア化したヒューマギアに襲われたことでその疑念を濃くしていく。

 

 そして本編最終回の時系列の後、父の仇である滅が生きて今も活動していること、不破や飛電インテリジェンスがそれと関りを持っていたことに絶望し、シンクネットに飛び込み異例のスピードでフツ一派の幹部となって虹ヶ咲の世界へと飛んだ。

 

 最終決戦の際に不破に正体を暴かれ諭されるも、滅への憎悪につけこんだアズの言葉と共に渡されたアサルトグリップで"仮面ライダーアバドン シェイディングアサルトホッパー"へと変身し滅と激戦を繰り広げるが、世界の美しさを説く滅の言葉とせつ菜の歌に心が揺らぎ、最後は滅に一歩及ばず悔しさに涙を流しながら敗北する形で幕を閉じた。

 

 フツの計らいによって或人達と共に帰還した後は警察に身柄を置かれ、シンクネットの内情、犯行の事実と詳細についての証言を続けている。

 そして……

 

グラスゴー/降津 引太(ふりづ ひいた)

 

年齢:27

性別:男

生年月日:N.E.1993年7月30日

身長:170cm

体重:72kg

血液型:B型

国籍:日本

 

好きな食べ物:たこわさ、フレンチクルーラー

好きな映画:『君の名は。』

好きな酒:ストロング系

趣味:マッチングアプリ

名前の由来:ハンドルネームはザ・フラテリスの活動地であるイギリスの「グラスゴー」から

本名はバットマンのヴィラン、「ミスター・フリーズ」とその本名、「ヴィクター・フライス」から

 

 

 フツ一派の準幹部。

 

 劇中では最終決戦に赴くゼロワンの前に現れ気取った調子で自分の実力をアピールするが、郷太と対話するという意志を固めている或人は意にも介さずアバターをメタルクラスタホッパーのクラスターセルで食らいつくす形で消滅させ、一瞬でその出番を終えた。

 

 本名は降津引太であり、元々はゼロワンの世界で小さな印刷会社の営業として働いていた。

 生来空気が読めず悪気なく人の神経を逆撫でする発言や、ドン臭く要領が悪い為他人をイラつかせることが多く、それ故に友達がおらず職場でも浮いていた。

 本人に全く悪気が無いためその最悪な人間関係の状況に嫌気がさしシンクネットにのめり込み、アンケートの選別で自分の夢を語ったが故にたまたまフツ一派に入り込めた程度の男。

 

 ジョンからは互いに社会のはぐれ者に近いが故かそこそこ目をかけられており、最終的には元の世界に戻るのも忍びなかった為ジョンと行動を共にしていくことを決めた。

 

 

・その他

 

 作中の回想等にて登場したキャラクター。

 

I dea(アイ デア)

 

 バリー/田道巴美がかつて長野の町で結成していたスクールアイドルグループ。

 巴美以外のメンバーは

 

阿久 寧(あく ねい)(一年生、作曲担当)

 

小津(おづ) つぼみ(一年生、振付担当)

 

相津(あいづ) パメラ(二年生、元新聞部、宣伝担当)

 

江戸輪(えどわ) みく(三年生、生徒会長、統括、交渉担当)

 

 の四人。

 

 巴美の情熱にあてられ紆余曲折の末にばらばらだった五人がひとつとなって人気も急上昇していったが、それを妬んだ東京のスクールアイドルの嫌がらせが原因で起きた爆発事故でつぼみとみくとパメラが死亡、生き残ったものの寧が事故のショックで精神の均衡を崩したこと、そして巴美の顔の火傷から雲散霧消し、一年後には誰の記憶にも残らず世間から忘れ去られていった。

 

 仮に巴美以外の誰かが生き残っていたとしても、堕ちていくのは避けられなかったと思われる。

 

 名前の由来はidea(理念)とI(私)、dea(女神、イタリア語)をかけあわせたもの。

 

 また、メンバーの名前の由来はそれぞれ

 

 寧:バットマンのヴィラン、ジョーカーの本名のひとつ「ジャック・ネイピア」

 

 つぼみ:バットマンのヴィラン、ペンギンの本名「オズワルド・チェスターフィールド・コブルポット」

 

 パメラ:バットマンのヴィラン、ポイズン・アイビーの本名「パメラ・リリアン・アイズリー」

 

 みく:バットマンのヴィラン、リドラーの本名「エドワード・ニグマ」

 

 から。

 

Illustration by 村上雅貴(@studiokyawn)

 

稀布 蘭(きぶ らん)

 

年齢:36歳(享年)

性別:女

生年月日:8月17日

身長:174cm

体重:62kg

スリーサイズ:B/93、W/57、H/87

血液型:AB

国籍:日本

 

好きな食べ物:鴨のコンフィ

好きな映画:『そんな彼なら捨てちゃえば?』

好きな酒:シャサーニュ・モンラッシェ プルミエ・クリュ ラ・ブードリオット(白)

趣味:会員制SMクラブ

名前の由来:映画『ジョーカー(2019年)』の登場人物、「マレー・フランクリン」から

 

 ジョンの回想に登場する。

 

 「虹ヶ咲の世界」における国立先端科学研究所の役員であり、学生時代から人当たりの良い才女として人を惹きつけてきた傑物。

 既婚者。

 

 ジョン/麻布玲とは大学時代の研究室の同期であり、周りから笑いものにされている彼にも唯一分け隔てなく接する人物であり彼から好意を寄せられていた。

 路上生活者となり苦しんでいた玲を発見し保護して以降は身の回りを世話し、彼の才を見込んで国立先端科学研究所へと引き入れる。

 

 だが実際にはそういった人当たりの良さは全て対外的なポーズであり、実際には他人を見下し一切期待しない独善的で我の強い性格。

 

 研究の過程で得られる利潤の為なら手段は選ばないだけでなく、マイクロウェーブ照射装置で人間を生きたまま沸騰焼殺する、遠心分離器で体液を絞り出し生きたままミイラ化させるなどの"実験"で邪魔になった人間を政府の後ろ盾で処分してきた。

 

 玲を保護したのも彼の研究の利潤を全て自分の懐に入れる為であり、彼の"どこでもドア"の研究が形になったところで政府と結託し始末しようとするが"キレた"玲の最大出力での転送装置の起動で皮を残して骨や内臓がすべてその場にいた政府の諜報員のものと混ざりあい、皮の中に血液と大量の歯だけが詰まった血袋となって息絶えた。

 

 その遺骸は中に詰まったものを全て吐き出して崩れ去り、残った皮は玲に悪罵されながら踏みつけられた。



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Part4.5

 その時計は、彼女の背丈に対して随分と高い場所にあった。

 

「困りましたね」

 

 虹ヶ咲学園普通科一年、三船栞子は思案顔でそれを見上げた。

 

 時計の高さは彼女の頭より1メートルは上にある。手を伸ばしても全く届かず、爪先立ちをして頑張っても時計の尻に指すら届かない。

 届いて指で押し上げたとして、フックになっている釘から外れて彼女の頭に落ちてくるのがオチだが。

 

 人がほとんどいない夏休みの中登校しての仕事故、周りにサポートを頼むのもすぐには難しそうだ。

 脚立を取ってくるしかないかと、彼女が踵を返したその時だった。

 

「その時計、下ろしたいの?」

 

 見たことのない青年が、栞子の眼前に立っていた。

 

 教師ではない。見ない顔だし、何より若すぎる。

 さりとて服装はいたってラフで、何かしらの仕事でここに来たようにも見受けられない。

 髪も茶がかっていて、ビジネス・シーンにはそぐわないだろうと感じていた。

 

「ええ、そうですが」

 

 さりとて訝しがるのも失礼だろうと、栞子は淡々と返答する。

 

「任せて!」

 

 青年は快活に笑うと時計の方まで歩み寄り、手を伸ばしていとも容易くカコッ、と時計を壁から外した。

 

「はい」

 

 青年はそれを栞子に渡す。……時計一つ渡すだけのことだというのに、随分とまあ良い笑顔だ。

 

「……ありがとうございます」

 

 栞子は軽く礼をし、困惑しながらもそれを受け取った。

 時計は電池が切れているのか、止まっていた。それを直す必要があると、彼女はこれを取る必要があったのだ。

 

「良かった! いやぁ、通りがかったら困ってたみたいだったからさ」

「ご親切に、どうも……。学校関係者の方ですか?」

「関係者というか、なんというか……。スクールアイドル同好会って知ってる?」

 

 スクールアイドル。

 

 その単語を耳にした瞬間、栞子は一瞬ぴくりと反応するが、

 

「……ええ、まあ。校内でのイベントをとても頑張っていらっしゃいましたね、みなさん」

「らしいよね! スクールアイドルフェスティバルか~~、俺も見たかったな~~……!」

 

 らしい、ということはあのスクールアイドルフェスティバルの後から同好会に関わったのだろうか。そんなことを栞子がぼんやりと推察していた時、

 

「みんなの夢が詰まったイベントってことでしょ!? そんなの絶対最高だもんな!」

「……夢が、ですか?」

 

 青年の言葉に、栞子は思うところあるような表情で彼を見た後、

 

「そうでしょうか」

 

 少しばかり物憂げな様子でうつむいた。

 

「夢を見ることが、必ずしも良いこととは限らないのでは」

 

 栞子の言葉に青年は一瞬きょとんとするが、

 

「……そう思う?」

 

 今までの快活な様子から、少しばかり強張った様子で尋ねる。

 

「ええ。夢を見たからといって、必ずしもうまくいくとは限りません。叶うかはわからない……。適性が無かった場合、不幸にしかならないんです」

 

 栞子の胸中には、ひとつの想い出が去来していた。

 

 

「私達三年生は、今日でスクールアイドルを引退します」

「ラブライブ、本選出場は……かなわなかっ、けど……ヒッ」

 

「……おねえちゃん」

 

 彼女の姉、三船薫子はかつてスクールアイドルだった。

 

 薫子は夢を抱き、仲間と切磋琢磨しあい、目標に向けて頑張っていた。

 しかしながら、彼女の三年間の活動の幕切れはなんとも形容しがたい結果で終わった。

 競い合った末の栄光を掴むことは、叶わなかった。

 当時はまだ幼かった栞子も、姉のそんな打ちひしがれた様子は普段が精力的かつ奔放だったからこそ、強く印象に残っていた。

 あの日から栞子は、ずっと疑問に持ち、答えを出せずにいるのだ。

 

 

 夢を見るという、誰にでも出来るはずのことの答えを。

 

 

 流石にそれを言葉にして、見ず知らずの青年に言うのは憚られた。だが青年は、

 

「まあ、そういう気持ちになることもあるんじゃない……かな」

 

 否定も肯定もせず、ただその感情を反芻することで受け止めていた。

 

「すいません。見ず知らずの方に」

「いやいや気にしないでって。俺の方こそ、なんだか」

 

 互いに相手の信条に踏み入りすぎたかと、謝りあってしまう。お互い、根本的に人が良いところがあるのだ。

 

「こう、さ」

「はい」

「夢を見る時というか、その夢に向けて頑張ってる時って……夢に向かって、『飛んでる』って感じなんだよ」

 

 急に例え話を始める青年に、栞子は軽く首をかしげる。

 

「夢に向かって飛んで、そこからながく、なが~~~~く飛び続けるためには、やっぱりながい、なが~~~~い助走がいるっていうかさ」

「はあ」

「だから、今はその為の助走ってことで」

「はあ……?」

 

 この青年はわかっているのだろうか、と思った。

 そもそも適性が無いのに夢を見ることの問題を自分は話したのに、この青年は夢を見ることを前提として話をしている。

 

 だが……ある意味で、羨ましい。

 夢を見ることを、疑いなく素晴らしいと思えるというのは。

 

「夢への助走(ジョソー)に必要なのは……心の栄養、情操(ジョーソー)教育だぁ~~! はい! アルトじゃ~~~~……ないと!!」

「は?」

 

 思わず低い声が出た。

 

 意味がわからない。そこでふざける意味がわからない。

 青年も流石にスベった自覚があるのか、じとっとした目の栞子を相手に気まずそうな表情になった。

 

「あ、いや……とにかく! 夢を見たくなったらさ、いつでも見ていいと俺は思うよ!」

「いえ、ですから……私は夢とか、そういうのは。私は皆さんの適性にあったサポートができれば、それで」

「それが本当に、やりたいこと?」

「……!」

 

 虚を突かれた。

 夢。

 やりたいこと。

 本当にやりたいこと、それは……

 

「……ええ、それがやりたいことです」

「そっか」

 

 本当の気持ちは、やはり出すべきではない。この想いは、胸にしまっていく。

 それでいい。それで、いいんだ。

 

「時計の件はありがとうございました。それでは、これで」

 

 栞子は頭を下げると、青年の前から去っていった。

 

「なんか、な」

 

 青年────飛電或人は、名も知らぬ少女の気を張って無理をした姿に、思うものがあった。

 もっと肩の力を抜いて、やりたいことをやってみればいいのにと。彼女には本当にやりたいことがあるのは、何となくわかるだけに。

 

「まあ、俺のこーゆーとこが『夢夢夢夢うるさい』って言われるんだろうなあ」

 

 余計なおせっかい、押しつけがましさ。それでも、つい言わずにはいられない。

 心からの笑顔を、見せてほしいから。

 苦笑しつつ、或人は同好会の部室へと足を運んでいった。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会の夏休みライブへの準備は、順調に進んでいた。ライブまであと四日。その間に、異世界からやってきた仮面ライダー御一行様と同好会は、随分と親睦を深めていた。

 

 刃と果林、エマ。

 不破と愛、璃奈。

 天津とかすみ。

 迅と彼方。

 滅とせつ菜、しずく。

 或人とイズと、侑と歩夢。

 

 仕事の割り振りの関係もあるが、この組み合わせはなんというのだろう、相性がいい。自然と会話が続き、理解を深めていった。

 さりとてこの組み合わせだけで行動しているわけではなく、

 

「助かった」

「いえ、同好会の皆さんにもよろしく伝えてください」

 

 学内の人間とも、少なからず関りがあった。

 

「学内設備使用の承認申請はこれで全部だったな」

 

 滅は生徒会副会長に確認をとる。

 

「ええ。申請は随分前に出してもらってますが、ハンコのやり取りだけ必要でしたので」

「不便なものだな」

 

 人間は、とその後にうっかり付け加えそうになり、滅は口をつぐんだ。ヒューマギアがいない世界というのを忘れそうになるほどに、この世界に馴染みかけているなとも同時に思う。

 

「それにしても!」

「?」

「同好会のお手伝いってことは、せつ菜ちゃんと一緒なんですよね!? いいなあ~~!!」

「……ああ、そうだな」

 

 事務的な今までの態度から随分と急に素を見せたなと、滅は困惑する。

 

「中川会長もせつ菜ちゃんのファンらしいんですよ! 今度は是非会長と一緒に会わせていただければと」

「……! ああ」

「それでは、お疲れ様です!」

 

 副会長に挨拶をされた後で、滅は自分の中に湧いた感情を自問する。

 

 あの副会長は、せつ菜のファンでありながら「中川会長」が「優木せつ菜」だとは気づいていないのだ。

 

 彼女が鈍いのか、はたまたせつ菜の隠し方が上手いのか。その両方なのかもしれない、とも。

 

 兎にも角にも、それは滅が踏み込むことではない。

 せつ菜はこの事実を秘密にしたがっているし、副会長に事実を伝えてもすぐには信じないだろう。それは彼女らの問題だ。時間が経てば、解決することもあるだろう。

 ただまあ、あれだけのはしゃぎ方を見せた副会長が、実は一番近くにいた生徒会長が「優木せつ菜」だと知った暁には、相当に良いリアクションを見せてくれるだろう、と考え、滅は……

 

 ふっ、と笑った。

 

 彼は知る由もない。その感情が────

 

 

 “おかしみ”だということを。

 

 

☆ ☆ ☆

 

「ちょっと待て不破! ビッグマックが5つしか入っていないぞ!」

「ああ? お前と俺と社長とエマと高咲、5つで十分だろうが」

「『ブレードランナー』みたいな返しをするな! ビッグマックは最低3つからだろうが……!」

「お前のやべえ食欲は勘定に入れてねえよ……」

 

 不破と刃は、昼食買い出しを担当しマクドナルドから学園に戻る途中だった。

 夏場の昼食といえば、冷たい麺類かあえての肉でスタミナと相場が決まっている。

 昨日は流しそうめん同好会に便乗してお相伴に預かった形のため、今日はスタミナをつけようと満場一致で決まったのだ。

 盛夏のことで14人分のハンバーガーを持って歩くだけでも、汗が噴き出す。おまけに不破はこの状況でもスーツの為猶更だ。とにかく部室へと彼らが急いでいた時、

 

「ちょっと」

「ああ?」

「学園の関係者?」

 

 金髪の少女が、不破に声をかけた。

 

「関係者といえば関係者だが……。一時的にだが」

 

 刃が少女の言葉への返答を引き取る。

 

「ちょうどよかった。食堂への行き方、わかるかな」

「それなら……」

 

 刃は行き慣れた食堂への道を少女へと教えてやる。少女はありがとう、と返した後、一瞬不破が持っているマクドナルドの袋に目をやった。

 

「McDonald's……」

「なんだオイ、やらねえぞ」

「いらないよ、ボクは飢えた犬じゃないから。Statesのサイズに比べたらコッチのは全然だし」

 

「飢えた犬はむしろ不破だな」

「何だとコラ」

「それにしてもさあ」

 

 少女は廊下の窓から、外を見渡す。

 

「寂しいところだね」

「今は夏休み中だからな。学期が明ければ、夢を持った生徒で溢れたいいところ……らしいぞ」

「らしい、って」

「ああ、いや」

「夢かあ」

 

 少女は刃の言葉を反芻した後、宙を仰ぐ。

 

「夢なんて、見てもしょーがなくない?」

「そう思うか?」

「なりたい、やりたい、やらなきゃ、とかそういう気持ちってさ、自分をいつか押し潰すよ。それでもやらなきゃってなるなら、他の道を探すとか、こう」

「……何かあったのか?」

 

 刃に問われ、少女ははっとなる。つい相手のペースに乗って、余計なことまで喋ったと頭を振る。

 

「どうしたんだよ」

 

 不破が問う。

 

「なんでもない!」

 

 少女の整った顔立ちに、険がこもる。

 

「君の過去に何があったかは知らない。興味もない」

 

 刃は淡々と返す。

 

「ただな。過去は乗り越えられるし、そこを自分の糧にして、もっと強い自分になれる」

「きれいごとだね」

「そうだな。けど、そういうのも悪くない。これは人生の先輩からの老婆心と思って聞いていてくれ」

 

 そこで、

 

「いいか!」

 

 不破がずいと割って入った。

 

「俺みたいに、過去が丸ごと無くなった人間だって世の中にはいる」

「……はあ?」

「そうじゃないなら、自分の中にあるモンから新しい自分を作っていけばいい! そんだけだ」

 

「……日本人ってさ、皆そんなにおせっかいなワケ?」

「こいつが人一倍のおせっかいなのは、そうだな」

 

 刃は苦笑しながら不破の肩を叩く。

 

「ただまあ、私もだが」

 

 苦笑したまま、刃は少女を見据えた。

 

「ところで、君こそ今日はどうしてここに」

「次の学期から留学。下見にわざわざ連れてこられただけで結構疲れてるのに、連れ(・・)とはぐれちゃってさ」

「そうか」

「ありがとう」

 

 色々とぶっきらぼうな少女ではあったが、最後の礼ぐらいはきちんと言える良識は持ち合わせていた。頭を下げると、背を向けて食堂の方へと向かっていく。

 

「君、名前は?」

「ミア。ミア・テイラー」

「ミア!」

 

 刃は、

 

「この学園は、きっと良いところだと思うぞ!」

 

 自分でもガラにも無いと思いながらも、そう声をかけずにはいられなかった。

 若さゆえに荒唐無稽、愚直。

 しかしそれゆえに、純粋で真っ直ぐな夢。

 そんな感情が溢れているこの学園は、きっと彼女の助けになるだろうと、そんな気がしたのだ。

 

「……どうも」

 

 ミアは淡々と返すと、踵を返し去っていく。

 

「少しでも、良いことがあるといいがな」

「ああ。ところで刃」

「何だ」

 

 

「お前らさっき、何の話してたんだ?」

 

 

「……はあ?」

「お前ら二人で、()()()()()()なんか言ってただろ」

 

 そう。

 先程まで、不破を除いてこの場では英語で会話が繰り広げられていた。

 そして不破には、その内容が理解できていなかったのだ。

 

「いやお前、過去がどうこうとか途中で……!」

「言ってることはわかんねーけど、落ち込んでるみたいだったから活入れてやっただけだ」

 

 それでいてあの偶然の一致かと、刃は驚いたような呆れたような表情で不破を見る。

 

「そんな語学力でよくA.I.M.S.の隊長が務まったな」

「ンだとお?」

「まあ、彼女もお前の言葉の意味は理解していたみたいだぞ」

「そうか」

 

「おせっかい、だとさ」

「上等だ。おせっかいでも何でも、言わないよりマシだろうが」

 

 まあお前はそういう奴だよなと、刃は苦笑しながらマクドナルドの袋を振った。

 

「早く行くぞ。ビッグマックが待ってる」

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「お疲れ様です。えっと……」

「迅だよ」

 

 よろしく、と迅は頭を下げる。

 

 近江遥は、この夏場に随分とまあ洒落こんだスーツを着ているなと目の前の長身の青年を見上げる形で考えていた。

 暑くないのだろうか、とも。

 

「これ、東雲学園からの差し入れです。皆さん頑張っているみたいなので」

「ありがとう」

 

 遥からアイスが詰められた袋を受け取ると、迅は軽く微笑んだ。

 

「お姉ちゃん、また無理してないですか?」

 

 遥にとってはそれが気がかりだった。彼方はどうにも一人で頑張りすぎるきらいがある。

 以前の一件以降家事を分担したりとお互いに改善してはいるが、それでも背負い込みすぎやしないかと懸念したくもなるというものだ。

 

「大丈夫だよ」

 

 迅は淡々と、しかしある種の信頼を込めてそう返す。

 

「大切な人がいるから無理はしない。それはわかってるって」

「そう、ですか?」

「うん」

 

 遥には、目の前の青年がどういう人物なのか知る由もない。同好会の準備を手伝ってくれている大人のうちの一人としか聞かされていない。

 

 だが。

 だが、それでも。

 この青年は、彼方のことを多少なりともわかっており、また、わかろうとしてくれているのだとその笑みが感じさせてくれるのだ。

 

「それじゃあ」

 

 遥は小さく礼をし、迅に笑みを見せると去っていった。

 

「……あの子が、遥ちゃん」

 

 迅はその背中を見送りながら、彼女に託された彼方の気持ちへと想いを馳せていた。

 

 あの小さな背中に、彼方の大きな想いが乗せられている。そして、彼女自身の抱く夢も。

 誰かが誰かを想う心。

 彼方と話してヒューマギアの自分が滅に抱くそれを、そして人間の彼方が遥に抱くそれを。

 その相手である彼女を目の当たりに出来たのは、迅にとって得難い体験だと思った。

 

「人間とヒューマギアの境目、か」

 

 かつて飛電或人は言った。

 

 

「俺は道具だなんて思ってない……!」

「思ってるだろ!! 夢のマシンだって言いながら、お前はヒューマギアを壊し続けてきた!」

「俺は……! ヒューマギアだろうと人間だろうと、関係なく戦ってきた!」

 

「俺にとって、ヒューマギアと人間の境目なんて無い」

 

「嘘つくな……!」

「嘘じゃない! 俺は……ヒューマギアに育てられたからな」

 

 

 人間とヒューマギア、まったく同じとは言い切れない。そんなことはありえない。だが、一つだけ同じだと信じられるものは────

 

 

 心だ。

 

 

 誰かを想い、誰かに想われる。

 それだけはきっと変わらないと信じられると、迅はこの出会いで確信していた。

 

「あ、やばい! アイス溶ける!!」

 

 まあ僕は食べられないけどね、と再び人間とヒューマギアの違いに苦悩しながら、迅は笑って同好会の部室に走っていった。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「〽せかーいでいちばーん、ワンダーランド……」

 

 天津垓は白いジャージ姿で、誰もいない廊下でひとり、台車を転がしていた。

 ステージの準備用の荷物を載せて、講堂へと運び込んだ帰りだった。

 作業は順調。思わずゴキゲンでかすみの曲を口ずさんでしまうほどには。

 

「昼はマクドナルドだったな」

 

 流石に45歳ともなると、あれはキツいのだ。刃の健啖っぷりなどは傍から見ていて脂のキツさを想像してウップとなってくる。

 

 その点、昨日の昼食はなかなかに楽しかった。流しそうめん同好会のお相伴に預かり、「流しそうめんの妖精」として歓待されながらの昼食。

 

 さっぱりしていて爽快なのどごし。

 流しそうめん同好会が独自に作った、旨味のバランスのとてもよいツユ。

 香りの良いネギ、ミョウガといった薬味。

 思い出すだけであの旨味が口の中に広がってくる。

 

「まあ、チキンクリスプが楽しみと言えば楽しみだが」

 

 それはそれとして、きっと同好会の面々と囲むマクドナルドも楽しいだろうと、彼は歩を進めた。

 その時だった。

 

「ミアったら、どこに行ったのかしら?」

 

 廊下でひとり、少女がきょろきょろと周りを見回していた。高校生ぐらいだが、学校の生徒だろうか。

 だが、夏休みに学校に来たにしては随分と……何というのだろう。

 

 “オーラがある”。

 

 化粧品のパッケージのような品のある薄桃の髪は美容院で整えたばかりのようにバッシリと纏まっていたし、しっかりとメイクもしている。学校に何かしに来る恰好ではない。

 私を見て、と言わんがばかりのアピールが力強い。

 

「君」

 

 天津は思わず声をかけていた。

 

「なあに?」

「どうかしたのかな」

「ちょっと連れと学園を見に来たんだけど、はぐれちゃったのよ」

 

「そうか、待ち合わせ場所などは」

「決めてないわ」

「困ったな」

「困ったのよ」

「誰かに連絡するしかないか……」

「ところで」

「うん?」

 

 ここで天津は、少女が自分を怪訝な顔で見つめていることに気づいた。

 

「あなた、学校の関係者?」

 

 冷静に考えればそうだ。

 

 女子高の廊下でバシッと白いジャージで決めた男が一人で台車を転がしていれば、そうもなるだろう。

 教員や事務職員にしては髪のセットが決まりすぎているし、香水の匂いまでするとなれば猶更だ。

 

「ああ」

「本当に?」

「私のこの澄んだ目を見たまえ、これが信用できない人間の目か?」

「濁ってるわ。黄色い」

 

 そう言われ、天津は閉口し彼女を見た。

 

「スクールアイドル同好会の、手伝いをさせてもらっている者でね」

「スクールアイドル同好会!?」

 

 少女は歓喜と驚きの混じった声で、大仰に反応する。

 

「あ、ああ」

「本当に!? きゃあっ! ラッキーだわ! 同好会に縁がある人と会えるなんて!」

 

 随分な喜びようだと天津は思った。

 

「君もスクールアイドルか?」

「私? ええ、まあ……スクールアイドルといえば、そうね」

「ほう」

「正確には、これから、ね」

「これから?」

「新学期に留学して、この学園で鮮烈なデビューを飾るの! ランジュの凄さを、皆に見せてあげるわ!」

 

 そう語る少女────ランジュと言ったか────の声は弾んでいて、これからの活動を心待ちにしているといった様子だ。

 まるでサンタクロースが来るのを楽しみに待つ、子供のように。

 

「なら、同好会の部室に案内しよう。今ならちょうど全員揃うはずだ」

 

 えっ、とランジュは歓喜の表情で天津を見るが、その後すぐに考えこみ……

 

「……いいわ。今日はやめておく」

 

 それを拒否した。

 

「なぜだ?」

「今日はまだ下見に来ただけだし。どうせならしっかりと手続きして、ランジュのパフォーマンスも見せてあげられる状態で会いたいじゃない?」

「なるほど」

「楽しみだわ……!」

「やはり、同好会に入部を?」

 

 天津は至極当然とばかりに聞くが、ランジュの答えは、

 

「どうかしらね」

 

 意外なものだった。

 

「なぜだ? そこまで言うからには同好会に入るものと思ったが」

「まだわからないわよ。同好会の皆は大好きよ? でも……」

 

 そこでランジュは、目を伏せる。

 何か、思い出したくない暗いなにかが浮かんできたかのように。

 

「考えが合うとは、限らないから。仲良くできるかもわからない」

 

 そう吐き出した彼女の表情は、先程までとの自信満々さと打って変わって物憂げだった。

 

「考えが合わなければ、仲良くなってはいけないのか?」

「……はあ?」

 

 天津の意外な一言に、今度はランジュが驚く番だ。

 

「そんなことは些細なことだ」

「些細な……そんなわけないでしょ!?」

「確かに、考えが合わないことはあるかもしれない。それで今、仲良くなれないということも」

「ほら!」

「だが」

 

 天津はそこで、

 

 

「……これから、仲良くなればいい」

 

 

 渾身のドヤ顔で、ランジュを見た。

 ランジュは呆れて物も言えないといった様子だったが、

 

「まあ、いいわ。ありがとう、拜拜」

 

 苦笑しながら天津に軽く手を振ると、あてどもなく去っていった。少し、自分の弱さを見せ過ぎたかという反省の色を見せながら。

 連れとはぐれていたんじゃないのか?と思いつつ、その後ろ姿を天津はただじっと見つめていた。彼女に何があったのかはわからない。知る由もない。

 

 だが。

 だが、それでも。

 彼女はきっと、これから何があったとしても乗り越えられるだろうという確証だけは得ていた。

 スクールアイドル同好会という素敵な場所に、感じ入るものがあった彼女ならば。

 

「さて、と」

 

 天津は再び歩を進めた。

 同好会と、マクドナルドが待っている。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 山中にあるシンクネットのサーバーを擁した本拠地の祈りの間で、”フツ”は眼前に控えた三人に笑みを見せていた。

 

「それじゃあ、明日は学園に。挑発して軽く戦闘に持ち込んだら、こっちの予定を伝えてプログライズキーでも何でもいいから、ここに辿り着けるだけの情報源を与えてくるといい」

「かしこまりました」

 

 ジョンはうやうやしく礼をする。

 

「でも、そんなことしてわざわざこっちに来させるメリットあります? 何も無しに秘密裏に済ませたいっていうか」

 

 バリーはアバターではなく、生身の肉体────田道巴美で出席していた。

 長いウィッグで隠した左顔面の暑さに、顔をしかめている。汗腺まで焼けているから汗もかけないのだ。

 

「……目の届かないところにいられるより、目の届くところで足止めしたいってことですよね」

 

 ミンツ────郷はぼそりと、しかし的確にフツの意図を汲み取り口にする。

 

「そういうことだよ。流石だ」

 

 フツはまた微笑む。

 

「目の届かないところで好き勝手やられるのが手痛いのは、皆もヴィンスの一件でよくわかっているだろう」

「あー……」

 

 巴美はその名前に、ますます顔をしかめた。

 

「まあ、それを言われると」

 

 でもなあ、と言いたげな彼女に、

 

「期待してるよ」

 

 フツは歩み寄ると、彼女のウィッグの下の焼けた肌と素肌の境目の辺りに、優しいキスをした。

 

 巴美はあっ、と声をあげるが、すぐに目を潤ませてフツを見る。

 彼女の焼けた素顔を、この男は知っている。ここに来てしばらくは隠していたが、ある時偶発的に見られてしまった。

 だが彼は驚きこそすれ、彼女の事情を全て聞いたうえで辛かったね、苦しかったね、と彼女の苦しみに涙を流してくれた。

 

 あの時から思ったのだ。わかってくれるのはこの人だけだ、と。

 この人にだけは、何があってもついていこうと。

 

「……はい!」

 

 その瞬間だけ、彼女は恨みつらみも邪心も忘れて、無邪気に返事をすることができた。

 

「ヴィンス……。あの裏切者の話は、ちょっと」

 

 ジョンは思い出したくもないといった様子だ。

 

「そういえば、ここの開かずの部屋って」

「そう! あそこで裏切り者のヘンリエッタとロキシーをバラバラにして骨から肉を剥いで、死体を処理したんだよォ」

 

 事情をよく知らない郷に、巴美はひひひ、と笑いながらにじり寄る。

 

「もうすっごい臭いでさあ……。死臭が抜けないから開かずの部屋にしたけど、夜中になると声がするとかしないとか~~……」

「やめてよ!!」

 

 本気でビビっている郷の反応を面白がるように、巴美はケラケラと笑った。

 

「とにかく、明日は頼むよ? 僕も学園の方には行ってみる」

「フツ様はどーするんですか?」

 

 巴美の問いにフツは一瞬表情を曇らせた後、

 

「……会っておきたいヤツがね、いるんだ。会えないほうがいいけど」

「何スかそれ」

「ちょっと、ね」

 

 沈黙が訪れる。そこで、

 

「それでは、今日はもう。おやすみなさいませ」

 

 ジョンが年長者として、その場を収めた。

 

「おやすみ。よろしく頼むよ」

「おやすみー」

「おやすみなさい」

 

 フツ、巴美、郷がそれぞれ返事をし、その場は解散となる。

 

「……或人」

 

 フツの、意味ありげな一言を残して。

 夜が来る。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 朝が来る。

 

 夏の太陽は、すぐに高く昇ってくる。

 朝の6時頃にはもう煌々と太陽は輝き、力強い陽射しが街中を照らしていた。

 虹ヶ咲学園の部室棟にも窓を突き抜けて陽が差し込み、夏の暑さを運んでくる。

 

「……う、ん」

 

 その陽射しと、タイマー設定して一時間前にクーラーが切れた部屋の暑さに、或人は目を覚ました。起き上がり、彼は窓から外の様子を覗う。

 今日も、快晴。

 

「今日は、何かわかるといいなあ」

 

 ライブ二日前。

 そろそろシンクネットの一件も片付けて、ライブをゆっくり鑑賞してから元の世界に帰りたいものだ。

 

「〽ほーしいよ~……。すーなおなーひとーみでー……。きみが~みた~……ゆめならー……」

 

 突然聞こえた天津の寝言での歌声に、或人は思わずその方向を二度見してしまっていた。

 やっぱり好きなのか、『君は1000%』。

 

 男連中はこの部屋に雑魚寝、滅と迅も部屋の隅で充電してスリープしている。

 こうやって共同生活していると、なんだか合宿みたいだと或人は少々不謹慎ながらわくわくしてしまっていた。

 

 意見を違えたところから出会った不破も。

 対立に対立を重ねた天津も。

 憎しみあい、殺しあった滅と迅も。

 

 今はひとところに、一緒にいる。不思議なものだ。

 

 今日の始まりはここからだろうか。

 いや────きっともう、始まっている。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「今日もいい天気ですね」

 

 夏休みでも栞子はきっちりと早起きをし、既に身支度を整えたうえで窓の外を見ていた。

 

 昨日は学校での仕事があったが、今日はオフだ。何をしようか。

 本を読むのも良いかもしれない。先日本屋で平積みされていたので買ってみたハードカバー、『ロストメモリー』はなかなかに面白そうだ。

 彼女の緑がかった黒髪を、陽射しが輝かせる。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「ZZZ……。う、ン」

 

 煌々と輝くカーテン越しの陽光に、ミアは顔をしかめつつ眠い目を擦った。

 昨日はランジュが部屋に来て、遅くまで曲の打ち合わせで大変だった。曲自体はとっくに出来上がっているが、ランジュはブラッシュアップに余念がない。

 

 ここまでやっているのだ。『Eutopia』は、きっと最高の曲になるだろう。

 明日には帰国だ。もう少しだけ、寝るとしよう。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「良い天気ね~~!」

 

 カーテンを必要以上に元気一杯に開きながら、ランジュは全身で朝陽を浴びていた。

 昨日はミアの部屋で熱く曲の打ち合わせを交わした。よりブラッシュアップして、二学期のデビューは最高のものにしたい。

 明日には帰国だ。明後日の夏休みライブに日程を合わせられなかったのは残念だが、留学すればチャンスはいくらでもある。

 

「……楽しみだわ」

 

 今日もいっぱい、力を出しきってみよう。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「朝、か」

 

 ナノマシンの肉体となったフツ────郷太にとって、睡眠など疑似的な営みに過ぎない。

 だがそれでも人間らしさを失わない為なのか、日光に反応して起きるという人体の基礎のようなことはそのままにできているのだった。

 

 太陽が輝く。

 夢を照らすかのように、しっかりと。はっきりと。

 

桃源郷(ザナドゥ)は、近い」

 

 今日のこの日が陰る頃が、勝負の時間だ。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「早いな、イズ」

「ええ」

 

 刃が同好会の部室に入っていくと、イズがテーブルを拭いているところだった。

 

「皆さんが部室に来る前に、と思いまして」

「それがいいと思う。私も助かった」

 

 ありがとうな、と声をかけ、刃はコンビニで買ってきた朝食の詰め込まれた袋を脇に置き、PCを立ち上げる。

 

「今日こそシンクネットの本拠地が割り出せれば良いんだが……正直これ以上手掛かりが無いことにはな」

「敵に繋がるアイテム等があればよいのですが」

「それも難しいだろうな。向こうからこっちにでも来てくれれば、話は別だが」

 

 二人は早速今後の対策を話し合っている。その時、

 

「そこで聞いたんだよ、『あなた、どうして赤い洗面器なんか頭に乗せて歩いてるんですか?』って。そしたら……あれ?」

 

 侑が、歩夢を伴って部室に入ってきた。

 

「おはようございます」

「おはよう! 早いね!」

 

 イズの礼に、侑は嬉しそうに挨拶を返す。

 

「今日もいい天気でさ、準備がはかどりそう!」

「暑そうだけどね……」

 

 歓喜する侑に、歩夢は苦笑しつつ自身も窓の外を見た。

 

 確かに、とても気持ちのいい陽射しだ。

 これからの自分達の歩む夢への道を、照らしてくれるかのような。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 誰にでも平等に、太陽の光は降り注ぐ。

 

 彼らがどんな道を歩くのか、それは彼ら次第。

 ここから先の彼らの道は、きっと”別の物語”が教えてくれる。

 

 

 僕らを照らす光が、ここにある。

 

 

 だから、どんな時も────────

 

 

Part4.5 夢がボクらの太陽さ




人と出会ったおかげで、自分とも出会えた。
谷川俊太郎(1931~)


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