P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか? (へっくすん165e83)
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ハリー・ポッターと賢者の石と私
孤児院と手紙と私


どうも、へっくすん165e83です。ハリー・ポッターと東方projectのクロスオーバーはじめました。まずは本編をどうぞ


 ロンドンにひっそりと佇む一軒の孤児院。

 薄汚れたその孤児院の上空を一匹のフクロウが旋回していた。

 フクロウは特殊な芸を仕込まれているのか、嘴には古めかしいデザインの封筒を咥えている。

 どこか開いている窓を探しているようだったが、孤児院の窓は夏場にしては珍しくぴっちりと閉まっており、フクロウは困惑するように一度孤児院の屋根へと舞い降りる。

 フクロウは封筒を咥えたまま、屋根の上を右往左往した後、覚悟を決めたように窓ガラスの一つに向かって一直線に飛び、そのまま激突した。

 

「──ッ!? 何!?」

 

 フクロウが窓ガラスを突き破り部屋の中に突入する。

 割れたガラスの破片が窓際に置かれた机に飛び散り、机に置かれていたノートや教科書を床にまき散らす。

 そしてフクロウはそのままの勢いで勉強をしていた少女のお腹にぶつかった。

 

 

 

 私は何故生きているんだろう。

 私はどうして生まれてきたんだろう。

 私の名前はサクヤ・ホワイト。

 生まれてこの方、私はロンドンにあるウール孤児院という薄汚れた施設で育った。

 私に両親や親族と言えるものはなく、この孤児院以外には全く身寄りがない。

 拾われた当初は戸籍さえもあやふやだったらしく、私のこの名前、『サクヤ・ホワイト』というのも、この孤児院の院長が名付けたものだった。

 なんにしても、ホワイトというのは的を射ている。

 私は生まれながら色素が薄いらしく、髪に殆ど色が付いていない。

 肌もイギリス人にしてはかなり白く、アルビノまではいかずともそれに近しいものがある。

 目の色も色素がかなり抜けた青色で、澄んだ瞳はまるでガラス玉のようだ。

 そんな私だが、普通の人間にはできない不思議なことをすることができる。

 

 私は小さい頃から時間を止めることができた。

 

 私の前ではハエはただ叩かれることを待つ身へと変貌を遂げ、覆水は盆には返らないが落ちることもない。

 たとえプロボクサーであろうと私の前では赤子同然だ。

 この能力を発見したときは浮かれたものだが、同時に気づいたこともある。

 この時間を止めるという能力を私の人生に活かすなら、この能力は誰にも気が付かれてはいけないと。

 能力が知られているというのは、その能力でしか不可能でありそうなことは必然的に私が犯人ということになるのだ。

 この時間停止という能力は、誰にも知られていないからこそ効力を発揮する。

 この能力を知られてはいけない。

 この能力を話してはいけない。

 不思議な力を持っていたとしても、私はスーパーヒーローになることはない。

 きっと私はこの力を一生隠しながら、孤独な人生を終えるのだろう。

 常日頃からそんなことが頭をよぎる。

 気が付かれない程度にコソコソと、自分のためだけに能力を使い、平穏な人生が送れたらそれでいい、それで満足だと思っていた。

 私は来月、公立のストーンウォール校への入校が決まっている。

 私が暮らしているウール孤児院は薄汚れた見た目からも分かるようにあまり資金のある孤児院ではない。

 学校に通わせてはもらえるが、入学金が一番安いストーンウォールに全員叩き込まれるのが通例だった。

 ストーンウォールはあまりいい噂を聞く学校ではないが、教育を受けないよりかはマシだろう。

 精々ストーンウォールで良い成績を取り、金利の良い奨学金を勝ち取って良い高校へと行き、一流の大学を出よう。

 幸い私の能力はカンニングに非常に適している。

 テストで良い点を取ることなど、朝食をつまみ食いするよりも簡単なことだった。

 だが、何にしても素の頭がよくなければ豊かな生活など送れるはずもない。

 そういうわけで私は入校が一か月後に迫る夏の夜、机に向かい孤児院のボロボロの数学の教科書の公式をノートに書き写していた。

 この孤児院では就学前教育や初等教育は孤児院内で行う。

 勉強が難しくなる中等教育から学校に行くのが習わしだ。

 なんにしてもこの孤児院内だけでの教育ではあまり十分とは言えない。

 ストーンウォールでの良い滑り出しのためにも、自己学習は欠かせなかった。

 そんなわけで私が消灯までの数時間を勉強に費やしていると、窓の外を何かが横切る。

 動きが速かったためそれが何なのかは全く分からなかったが、多分鳥か何かだろう。

 私は勉強に集中しようと目線をノートに落とした。

 

 次の瞬間だった。

 

「──ッ!?」

 

 ガラスが割れるけたたましい音とともに何かが私のお腹へとぶつかる。

 私は飛び込んできた何かの勢いを殺しきることができず、そのまま椅子ごと床へと倒れた。

 

「な、なに!?」

 

 全く状況が読み込めず、慌てて時間を止める。

 そのまま転がるように立ち上がり、飛び込んできた何かを床へと叩きつけた。

 その何かはフクロウだった。

 フクロウはぐったりと床に倒れており、ピクリとも動かない。

 一瞬フクロウを殺してしまったと思ったが、すぐにただ時間が止まっているだけだと気が付いた。

 

「ふく……ろう? ……なんにしても、鳥も壁にぶつかるのね」

 

 私は数回深呼吸をすると、割れた窓を見る。

 ガラスは粉々になっているが、窓枠には破損がない。

 これならばガラスさえ交換してしまえばすぐに直すことができるだろう。

 私はガラスの破片には触れないようにしながら、先程まで机の上に広げていた勉強道具だけを拾い集め、机の隅に置く。

 その段階で、私は机の上に見覚えがない一通の手紙を見つけた。

 

「ん? 手紙?」

 

 私は封筒を手に取り、宛先を見る。

 

「しかも、私宛だ……」

 

 分厚く黄色みがかった羊皮紙に、ウール孤児院の住所と私の名前がエメラルド色のインクで書かれている。

 裏には紫色の封蝋で封印がされており、その封印のデザイン自体も古めかしい。

 まるでおとぎ話に出てくる手紙のようだ。

 

「切手も貼ってない。このフクロウが運んできたのかしら」

 

 私は地面に這いつくばるフクロウを見る。

 フクロウが手紙を運ぶ?

 確かに伝書鳩という通信手段はあるが、あれは鳩の帰巣本能を利用している。

 出先から自宅まで鳩を飛ばすことはできても、手紙を自由自在に運ばせるなんてことができるとは思えない。

 

「……」

 

 私は時間を止めたまま、恐る恐る封筒の封印を解く。

 そして中に入っていた二枚の手紙を取り出した。

 

「えっと、何々……ホグワーツ魔法魔術学校? 校長、アルバス・ダンブルドア? このたびホグワーツ魔法魔術学校にめでたく入学を許可されましたことを心よりお喜び申し上げます?」

 

 誰かのいたずらだろうか。

 ホグワーツなど聞いたこともないし、何より魔法魔術学校というところが胡散臭すぎる。

 いくら秘密結社や魔術結社が珍しくないロンドンといえど、魔法の学校など聞いたこともなかった。

 私はもう一枚入っていた手紙に視線を向ける。

 そこには聞いたこともない書物の名前や、鍋や杖などの如何にも魔法使いの持ち物のようなものが書かれていた。

 いたずらにしてはあまりにも手が込んでいる。

 それに、そもそもこんな手の込んだいたずらを仕掛けてくるような相手が私にはいなかった。

 

「なんにしても、この惨状を何とかしないと……」

 

 いくら八月とはいえ、雨が降らないとも限らない。

 天気予報を確認したわけではないが、今日一日どんよりとした雲模様で、いつ雨が降り始めてもおかしくはなかった。

 私は時間停止を一度解き、暴れ始めるフクロウを横目で見ながら窓を塞ぐものを取りに行くため、部屋を出ようとする。

 次の瞬間、部屋の扉がノックされた。

 

「サクヤ!? 凄い音がしたけど何かあったの!?」

 

 慌てふためく金切声が激しいノックとともに聞こえてくる。

 聞こえてくる声は、職員のセシリアのものだろう。

 

「今開けます」

 

 騒ぎを聞きつけてから駆け付けたにしてはあまりにも到着が早い。

 それに廊下を走る音もしなかったため、フクロウが飛び込んできた瞬間には既に扉の前にいたのだろう。

 私は部屋の鍵を開けると、ドアノブを回して扉を引く。

 セシリアは部屋の惨状をぐるりと見回すと、私の体をペタペタと触って怪我がないことを確かめた。

 

「ああ、よかった。怪我はしていないようね」

 

 セシリアは安堵のため息をつくと、ぎゅっと抱きついてくる。

 私はセシリアの心配性に少々呆れつつ、セシリアの肩越しに扉の奥を見据えた。

 そこには一人の女性が立っていた。

 エメラルド色のローブを着た背の高い女性は、部屋の状態に少々呆れつつも厳格な表情で私を見ている。

 まるで値踏みでもするかのような視線を受け、私はすぐに顔に笑顔を張り付けた。

 

「セシリア先生、私は大丈夫ですので……そちらの女性は?」

 

 私はセシリアを引きはがし、数歩後ろに下がる。

 手に持っていた手紙を後ろ手に隠し、そのまま手を組んで姿勢を正した。

 

「え? ああ、こちらの女性は貴方に用事があるみたい。詳しい用件は直接聞いて頂戴」

 

 セシリアはそのままガラスの破片の片づけを始めようとするが、それを後ろに立つ女性が制止する。

 

「ウィルソンさん、ここから先は私一人で大丈夫ですので、貴方は通常勤務に戻ってはいかがですか?」

 

 女性はそう言うと、まっすぐな木の枝のようなものを取り出し、セシリアの頭を軽く叩く。

 一体何をしたのかは分からなかったが、頭を小突かれた瞬間セシリアの表情がぼんやりと、まるで今にも眠ってしまうのではないかという表情になった。

 

「ええ、そうね。そうすることにするわ」

 

 セシリアは素直に女性の言葉に従うと、そのまま部屋を出ていく。

 女性は廊下から私の部屋へと踏み込むと、ぴしゃりと扉を閉めた。

 

「さて」

 

 女性は飛び散ったガラスに目を向けると、棒状の何かを一振りする。

 するとまるで時間を巻き戻したかのように、飛び散ったガラスは元の窓枠に収まり新品同様の輝きを取り戻した。

 私はその光景を見て察する。

 この女性は魔法使いであり、手に持っているのは魔法の杖なのだと。

 

「その様子ですと、今手紙を受け取ったようですね」

 

 女性は厳格な口調でそう言った。

 どうやら、この女性は魔法学校の関係者らしい。

 私は手に持っていた手紙にもう一度目を向ける。

 

「ホグワーツ魔法魔術学校……」

 

「そうです。私はミネルバ・マクゴナガル。ホグワーツにて副校長を務めています。貴方からお返事がなかったので、こうして直接訪ねたのですが、まさかまだ手紙を受け取っていなかったなんて」

 

 手紙の最後のほうにミネルバ・マクゴナガルという名前が見て取れる。

 どうやらこの手紙の送り主は、目の前に立つ魔法使いのようだった。

 

「その様子ですと、貴方は魔法について何も知らないようですね。いいですか? 貴方がホグワーツに入学することは、貴方が生まれたときから決まっていたことです。ミス・ホワイト……貴方は魔法使いです」

 

 私の手から手紙が零れ、床へと舞い落ちる。

 

「そんな……御冗談を。私が魔法使いなんて……私はただの平凡な……」

 

「今まで貴方の身の回りで不思議なことが起こった経験はありませんか?」

 

 不思議なこと。

 私はその言葉に少し表情を強張らせる。

 心当たりは沢山ある。

 何より、私のこの時間を止める力は、言い訳ができないほどの不思議なことだった。

 

「その様子ですとあるようですね。この国の魔法使いの子供は、みな例外なくホグワーツに入学することになっています。ですので貴方もこの紙に書かれている物を準備し、九月一日に鉄道にてホグワーツに向かいます。これは決定事項です」

 

「そんな……」

 

 私は、平穏な人生が送れればそれでいい。

 魔法や奇跡といった、スリリングな世界など求めてはいなかった。

 

「それに、私……お金持ってないです。この紙に書かれている物を買い揃えるのにどれほどのお金が必要なのかはわかりませんが、きっと私のお小遣いでは支払えません」

 

 所詮世の中は金である。

 学校だって慈善事業ではない。

 入学金や準備物のお金が払えないとなったら、きっと相手も諦めるだろう。

 

「ご安心ください。貴方の学業に関わるお金に関してはマーリン基金から支払われることになっていますし、ホグワーツ自体の学費は全て魔法省が負担しています。また、ホグワーツは全寮制であり、衣食住にはお金は掛かりません」

 

 マーリンが誰かは知らないが、傍迷惑な偉人がいたものである。

 

「とにかく、明日の朝もう一度この孤児院を訪ねます。入校に必要なものを買い揃えに行きますので準備をしておいてくださいね」

 

 マクゴナガルは羊皮紙に何かを走り書きすると、フクロウの足に結び付けて窓から外に放つ。

 そしてバチンという破裂音と共にマクゴナガルは姿を消した。

 すっかり元通りになった部屋には、私一人が取り残される。

 まるで夢か幻のような出来事だったが、床に落ちている二枚の手紙が今の出来事が現実のものであると物語っていた。




後書き

 というわけで孤児の少女サクヤ・ホワイトちゃんのホグワーツ入校が決定致しました。時間を止めることができるサクヤちゃんですが、果たしてどのようなホグワーツ生活を送るんでしょうね?

 ここから先は前作、前々作を読んでいただいている方向けへの解説を少し
 前作と異なっている設定は一つです。この世界では、サクヤちゃんは紅魔館に拾われていません!
 まだ、拾われていません←ここ重要
 最終的には吸血鬼異変、紅霧異変へと繋がる予定ではあります
 それでは、次回もお楽しみに……

Twitter始めました。
https://twitter.com/hexen165e83
活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。


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漏れ鍋とグリンゴッツと私

色々考えましたが、しばらくは毎週土曜日夜基準で投稿していこうと思っています。仕事が忙しい場合はその限りではないのでご了承ください。


 まばゆい光に瞼の裏を焼かれる。

 私はギュッと目をつむり毛布を頭の上まで引き上げるが、朝が来たということを悟りゆっくりと体を起こす。

 私はいつものように部屋を出て、他の子供たちとともに洗顔をし、歯を磨いた。

 そしていつも通り食卓について、質素な朝食を朝のお祈りと同時に食べ始める。

 何もつけられていないパンを牛乳で流し込む朝食を終え、普段通りそのまま自分の部屋へ帰った。

 

「さて、入校までは特に授業もないわけだし、ちびっ子たちと追いかけっこでもしようかしら」

 

 私は寝間着から普段着に着替え、スリッパから運動靴へと履き替える。

 部屋に置いてある鏡で白い髪の毛を整え、寝ぐせがないことを念入りに確認した。

 

「サクヤおねえちゃーん」

 

 部屋の外からちびっ子たちの声が聞こえてくる。

 私は身支度を整えると、ちびっ子たちの期待に応えるために部屋から外に出た。

 

「サクヤおねえちゃんにおきゃくさーん!」

 

 部屋を出た私を出迎えたのは、数人のちびっ子を引き連れたマクゴナガルだった。

 

「案内ありがとうございます」

 

 マクゴナガルは優しい笑顔をちびっ子たちに向けると、走り去るちびっ子たちに小さく手を振る。

 意外な一面だったが、こちらに振り返る頃には昨日見た厳つい表情に戻っていた。

 

「夢じゃなかったかぁ……」

 

 私は片手で顔を覆い、静かに首を振る。

 

「何をおかしなことを……準備万端ではありませんか。それでは向かいますよ」

 

 マクゴナガルは私の手を取ると、そのまま孤児院の玄関の方へと私を引っ張る。

 そしてそのまま私を孤児院の外へと連れ出した。

 

「あの、マクゴナガル……さん? 私そんなにロンドンには詳しくないんですけど、魔法の教科書なんてロンドンで手に入るんです?」

 

 私は歩くのが早いマクゴナガルに少々歩調を合わせながら聞く。

 

「むしろロンドン以外のどこで揃えるというのです? ご安心なさい。ダイアゴン横丁で全て揃います」

 

 ダイアゴン横丁、聞いたことのない通りだ。

 私は首を傾げつつ、マクゴナガルについていく。

 マクゴナガルはしばらくロンドンの街中を歩くと、『漏れ鍋』と表札が掛かっている小さな古びたパブに入る。

 外見とは裏腹に中はそこそこ綺麗に掃除がされており、外から見るよりも店内は広く見えた。

 

「朝っぱらからお酒ですか?」

 

 私は思ったことを率直に言う。

 そもそも、パブとはこんな朝早くから営業しているものだっただろうか。

 

「この店の奥にダイアゴン横丁の入り口があります」

 

「ということはここは……」

 

 魔法使いの店か。

 

「ええ、ここは魔法使いが営業しているパブです」

 

 私の予想通りのことをマクゴナガルは言う。

 マクゴナガルはそのままカウンターへと向かうと、そこにいるバーテンダーの男性と話し始める。

 

「やあマクゴナガル先生、こんな時間からお仕事かい?」

 

 小柄でシルクハットを被ったバーテンダーはグラスを磨きながらマクゴナガルに声を掛ける。

 マクゴナガルは私の方をちらりと見ると、静かに答えた。

 

「いえ、私の仕事はここまでです。この後はハグリッドに引き継ぐことになっています」

 

「ハグリッドに引き継ぎって……そのまま先生が案内してあげたらどうだい? 彼女も見知らぬ大男が案内じゃ怖がるんじゃないか?」

 

 バーテンダーは私の方を見ながらそんなことを言っている。

 マクゴナガルは少し考えているようだったが、やがてため息をついて話し始めた。

 

「案内するのが彼女一人なら私が案内をしていたかもしれません。ですが、ハグリッドがもう一人入校予定者を連れてきます。どうせ買うものは同じですから、そのままハグリッドに案内を任せようかと」

 

「もう一人の入校者……それってまさか……」

 

 バーテンダーは何か心当たりがあるのか、目を見開いてマクゴナガルに尋ねる。

 マクゴナガルは諦めたようにその入校者の名前をバーテンダーに告げた。

 

「……ええ、ハグリッドがそのうちハリー・ポッターを連れてこのパブにやってきます」

 

「やっぱりそうだ! 今日はいい一日になるぞ!」

 

 バーテンダーは手を叩いて喜び、危うくカウンターに積み上げられていたグラスを割りそうになる。

 マクゴナガルはだから言いたくなかったと言わんばかりに頭を抱えた。

 

「ですので、ハグリッドが来るまでの間、彼女に何か飲み物でもと思いまして」

 

「そういうことならサービスしますよ! お嬢ちゃん、何が飲みたいんだい?」

 

 バーテンダーは意気揚々と私にオーダーを尋ねてくる。

 

「えぇっと……水?」

 

「水ぅ? そんな遠慮しないで……バタービールでいいかい?」

 

 バーテンダーはバタービールと銘打たれた瓶からジョッキに琥珀色の液体を注ぐ。

 ビールの名の通り白い泡が立つその飲み物は、見た目と名前からして酒であることに疑いようはなかった。

 

「あ、いや……私未成年なのでお酒は……」

 

「大丈夫大丈夫、バタービールにアルコールは入ってないよ」

 

 ガン、とカウンターに置かれたジョッキを私は両手で受け取る。

 私は手に持ったそれの臭いを少し嗅ぎ、アルコールの臭いがしないことを確かめると恐る恐る口をつけた。

 

「……甘い」

 

 濃厚なバターの風味と、優しい甘さが口の中に広がる。

 炭酸が効いているため程よい清涼感もあり、非常に飲みやすかった。

 

「ホグワーツの学生さんに一番人気はこれさ。きっとホグズミードでも……っと、それは三年生からだったな」

 

 バーテンダーはうんうんと数回頷くと、マクゴナガルにもバタービールを勧める。

 

「私は甘いものはそこまで……とにかく、ハグリッドが来るまで彼女をお願いします」

 

「え? 帰っちゃうんですか?」

 

 ここまで勝手に連れてきておいて?

 そう続けたかったが、流石に口には出さなかった。

 マクゴナガルは特に表情を変えずに、私に対して言う。

 

「申し訳ありません。この時期は学生の入校準備と新学期の授業の準備で大変忙しく……この時期に時間があるのはそれこそハグリッドぐらいなのです。魔法界でもめったに見ないような大男ですので、すぐにわかるでしょう」

 

 マクゴナガルはそう言うと、バチンという破裂音と共に姿をくらます。

 私は何故孤児院からその魔法でここまで来なかったのか疑問に思いつつ、カウンターの座面が高い椅子によじ登った。

 

「お嬢ちゃん悪く思わないでやってくれよ? マクゴナガル先生は副校長であり、変身術の授業の先生なんだ。この時期は本当に忙しいはずさ」

 

「そのハグリッドという方は忙しくないんですか?」

 

 私は思ったことをそのまま口に出す。

 バーテンダーは少し困ったような顔をしたが、素直に教えてくれる。

 

「ハグリッドは正式なホグワーツの教員じゃなくてな。ホグワーツにある森の番人をしてるんだ。授業は持っていないから、それの準備もない」

 

 なるほど、と私は納得し、バタービールのジョッキに口をつける。

 孤児院でジュースなどを飲む機会がないわけではなかったが、こんなに美味しいものを飲んだのは初めてだった。

 

「はっはっは! 気に入ったようだね。今日はめでたい日だ。全部自分のおごりでいいよ!」

 

 バーテンダーの男性はそう言って陽気に笑うが、流石にそれは気が引ける。

 私は遠慮がちにバタービールを飲みながら、扉口に大男が現れるのを待った。

 

 

 

 

 

 一時間ほど待っただろうか。

 店は入店当初と比べて人が入っており、ガヤガヤと低い声が店内に満ちている。

 バーテンダーの男性も常連でありそうな客と談笑しており、私は邪魔にならないように隅っこの方で、残り一口ほどになったジョッキのふちを指でなぞっていた。

 ハグリッドとやらはすぐに来るものだと思っていたが、あまりにも遅い。

 いつになったら来るんだと、私はパブの扉の方へと目を向ける。

 もうこのパブに来て数十回目の行動だったが、その瞬間ガチャリと音がしてパブの扉が開いた。

 

「お?」

 

 入ってきたのは細身で眼鏡の冴えない少年と、扉を通るのがやっとなぐらいの大男だった。

 一瞬大男の横に立っているから少年が細身に見えたのかと思ったが、どうやら本当に痩せているらしい。

 孤児院で暮らしている私もよっぽどだが、そんな私より数段みすぼらしい服を着た少年は、大男に急かされるようにカウンターへと連れてこられる。

 

「お、今日の主役のご登場だ」

 

 バーテンダーは先ほどまで話していた客を放り出してハグリッドのもとへ駆ける。

 客の方も気分を害するどころか、バーテンダーの後を追うように椅子から立ち上がってハグリッドを取り囲んだ。

 

「お帰りなさいポッターさん! 本当にようこそお帰りで」

 

 みすぼらしい少年はあっという間にパブ中の客に囲まれると、次々に握手を求められる。

 

「ドリス・クロックフォードですポッターさん。お会いできるなんて信じられないぐらいです」

 

「なんて光栄な……」

 

 少年は戸惑いながらも握手に応えていく。

 私はそんな少年を離れたところからじっと観察した。

 

「彼がハリー・ポッターか……」

 

 ハグリッドを待つ間、私はバーテンダーからハリー・ポッターのことを少し聞いていた。

 なんでも魔法界で最も恐れられた闇の魔法使いを、赤子だった彼が撃退したのだという。

 それは確かに凄いことだとは思うが、あの様子だと本人にも覚えがないに違いない。

 自分の知らないところで勝手に有名人になっているなんてどんな気分なのだろう。

 なんにしても、私だったらあまりいい気はしないだろう。

 十分以上ハリーは客に囲まれていただろうか、ハグリッドは客を掻き分けるようにしながら私の方へと近づいてくる。

 私は如何にも気がついていない風を装い、バタービールの最後の一口を一気に煽った。

 

「やあ、初めまして。お嬢ちゃんがサクヤ・ホワイトで合ってるか?」

 

 ハグリッドは精一杯優しい声色を作って私に話しかけてくる。

 流石に無視を決め込む度胸も理由もないため、私はハグリッドの方を向いた。

 

「はい、そうです」

 

「そうか。ここからの買い物の案内をするルビウス・ハグリッドだ。んであっちで囲まれてるのが……」

 

「ハリー・ポッター、ですよね」

 

 私はぽつりとそう呟く。

 

「ははん、流石に有名だな。ハリーも今年からホグワーツだ。同級生っちゅうやつだな。っと、そろそろ時間が……ちょっと待っとれよ」

 

 ハグリッドはそう言うと、また人混みを掻き分けてハリーを引っこ抜くように連れてくる。

 ハリーは客にもみくちゃにされて少しやつれて見えたが、よく考えたら元々だった。

 

「ハリー、紹介する。この嬢ちゃんが今日一緒に買い物に行く同級生だ。同じ寮になるかも知れんし仲良くな」

 

「よろしく」

 

 私は愛想笑いを浮かべて一言ハリーにそう言う。

 ハリーは疲れを見せながらも、少し照れ臭そうに微笑んだ。

 

「うん、よろしく。名前を聞いてもいいかい?」

 

「サクヤよ。貴方は?」

 

 知ってはいたが、話の流れでハリーにそう尋ねる。

 ハリーは少し驚いた顔をしたが、すぐに名乗った。

 

「僕はハリー。ハリー・ポッター」

 

「ふうん、よろしくハリー」

 

 互いに挨拶を交わすと、ハグリッドがパチンと手を叩く。

 

「よし、挨拶も済んだところで早速ダイアゴン横丁へ行こう。これ以上ハリーを拘束されるわけにはいかんのでな」

 

 ハグリッドは私とハリーを連れてそのままパブの奥へ進むと、壁に囲まれた小さな中庭に出る。

 中庭にはゴミ箱や雑草が生えているだけで、特に何かがあるわけではなかった。

 

「ほれ、言った通りだったろう? おまえさんは有名だって」

 

 ハグリッドは傘を取り出して壁のレンガを数えながら楽しそうにハリーに言った。

 

「でも、実感がわかないというか……」

 

 ハリーは困ったような表情でそう答える。

 バーテンダーから聞いた話だが、ハリーの身上は私とよく似ていた。

 両親は既におらず、自分が魔法使いだということを一切知らされず今まで生きてきた。

 ハリーも私と同じように、いきなり入校案内が来て、いきなりハグリッドが訪ねてきたのだろう。

 

「三つ上がって……横に二つ……」

 

 ハグリッドはさっきからレンガの数を数えていたが、最終的に傘の先でレンガの一つを三回叩く。

 

「二人とも下がっとれよ」

 

 次の瞬間、レンガの壁がクネクネと蠢き、瞬く間に大きなアーチ形の入り口へと変わっていく。

 その先には石畳の道があり、魔法使いの町が広がっていた。

 

「ダイアゴン横丁にようこそ」

 

 ハグリッドはいたずらっぽくニコッと笑う。

 私とハリーはハグリッドに押されるようにしながらダイアゴン横丁へと踏み込んだ。

 

「さて、何を買うにしても、まずは金を取ってこんとな」

 

 ハグリッドが先導となり、その後ろを私とハリーが追いかける。

 立ち並ぶ店には今まで見たこともないようなものが売られており、大鍋に始まり箒やフクロウ、蝙蝠の脾臓など、ここが今までの世界とは全く違う常識で成り立っているのだということが分かった。

 

「グリンゴッツだ」

 

 しばらくダイアゴン横丁を歩いていると、ハグリッドが不意に立ち止まる。

 私はハグリッドの背中にぶつかりそうになるが、何とか踏みとどまった。

 

「グリンゴッツ?」

 

 私はハグリッドの陰から抜け、建物の全体を見る。

 周りの店と比べてひときわ高くそびえる白い建物に、ピカピカに磨かれた銅製の扉が備え付けられている。

 

「世界一安全な銀行だ。ここから盗もうなんて狂気の沙汰だわい」

 

 ハグリッドが扉に近づくと、扉の横に待機していたゴブリンのようなものが恭しく扉を開ける。

 おとぎ話に出てくる化け物のようだが、真紅と金色のきっちりとした制服を着ているあたり、正式な銀行員なのだろう。

 扉を抜けた先は広々とした大理石のホールだった。

 どこを見回しても多数のゴブリンが忙しなく仕事をしており、帳簿に何かを書き込んだり、秤でコインの重さを量ったりしている。

 

「さて」

 

 ハグリッドは私とハリーのほうに向きなおった。

 

「ここでちょいと二手に分かれるぞ。まずサクヤ、おまえさんは向こうのカウンターに行ってマーリン基金の手続きと一時金、帳簿を受け取ってくるんだ。なに、ゴブリンからの質問に答えとれば後は向こうが勝手にやってくれる。俺とハリーは金庫のほうに用がある。サクヤが手続きしている間にちょちょいと行ってくるから心配せんでくれ」

 

 ハグリッドはそう言って長細いカウンターの一つを指さす。

 確かにそのカウンターにはマーリン基金受付と書かれた札が置かれていた。

 

「待ち合わせ場所を決めとこう。どっちかが先に用を済ませたら扉の横で集合だ」

 

 ハグリッドはそう言うと、ハリーを連れてずんずんとカウンターの方へと行ってしまった。

 一人残された私は、恐る恐る受付にいるゴブリンに話しかける。

 

「あのぅ……マーリン基金の受付に来たんですけど……」

 

 ゴブリンはキラキラした目で私を観察した後、かしこまった口調で話し始める。

 

「どうぞお掛けください。事前申し込みはお済ですか?」

 

 事前申し込み。

 そんな話は聞いていないが、マクゴナガルのあの言いぶりからして、きっと既に申し込まれているだろう。

 

「サクヤ・ホワイトです」

 

「ホワイトさんホワイトさん……サクヤ・ホワイトさんですね。それではこちらの用紙に必要事項のご記入を」

 

 ゴブリンはそう言って私の前に一枚の羊皮紙と羽ペンを差し出す。

 私はその用紙に書かれている通りに名前や住所、体の特徴などを記入していった。

 

「ではこちらでお預かりします。これからマーリン基金の説明を致しますが、よろしいですか?」

 

 何がよろしいのかよくわからないが、説明を聞かないわけにもいかない。

 私は小さく頷いた。

 

「マーリン基金とは、魔法使いマーリンが身寄りのない子供のために設立したものです。貴方がホグワーツを卒業するまでの七年間、就学に必要なお金はマーリン基金から支払われます。貴方は事前に一年分の金貨を受け取り、使った分だけこちらの帳簿にご記入ください」

 

 そう言ってゴブリンは金貨の入った小袋と、一冊の帳簿を取り出す。

 

「金貨の補充と帳簿の点検のために、年に一度はグリンゴッツへお越しください。もっとも、一年より早く金貨を使い切ってしまった場合でも、こちらに来てくだされば金貨の補充は致します。もちろん、帳簿の方も確認致しますので、不要な買い物は控えるように」

 

 私はカウンターに置かれた帳簿をぺらりとめくる。

 なんてことはない、普通の帳簿だ。

 

「金貨や帳簿に魔法は掛けられておりませんので、不正しようと思えばいくらでも不正できるでしょう。ですが、このマーリン基金は寄付で成り立っている慈善事業です。それをしっかりと自覚して、お金は使うように」

 

 私の内心を見透かすように、ゴブリンが言う。

 だがゴブリンは少し目元を緩めて付け加えた。

 

「最後に、お菓子などの嗜好品やちょっとした娯楽品は就学に必要なものと定めてあります。それでは良いホグワーツ生活を」

 

 ゴブリンは帳簿と金貨の入った小袋を私の方へと押しやると、さっさと仕事に戻ってしまう。

 

「ありがとうございました」

 

 私がお礼を言うと、ゴブリンは羽ペンを持っている手を小さく上げて返事を返してくれる。

 私は帳簿と金貨の入った小袋をポケットに仕舞ってカウンターを離れる。

 そして待ち合わせ場所である出入り口の扉の横へと移動した。

 

「……」

 

 私はキョロキョロと周囲を見回し、あまり視線がないことを確認して時間を止める。

 今まで忙しなく動き回っていたゴブリンたちが、ぴたりと止まった。

 

「さてさてさて……」

 

 私は磨かれた大理石の床に座り込むと金貨の入った小袋をひっくり返す。

 袋の中に入っている金貨の数を数えようと思ったが、小袋の容量とは比べ物にならない量の金貨が大理石の床に積みあがる。

 

「いやこんなに入らないでしょ」

 

 どうやら袋自体に魔法が掛けてあるようだった。

 私は数百枚ある金貨の山を五枚ずつ数えながら袋に戻していく。

 この金貨一枚でどれほどの価値があるかはわからないが、一年で使い切ることはなさそうだと思った。

 

「百九十……百九十五……二百」

 

 どうやら金貨はぴったり二百枚。

 多いのか少ないのかよくわからない。

 そもそもこの魔法の世界の物価がどれほどなのかも知らなかった。

 私は小袋を仕舞うと、大理石の床から立ち上がり、先程と同じ体勢を取る。

 そして時間停止を解除した。

 途端に私の周囲に音が満ちる。

 ゴブリンはまた忙しなく仕事を始め、コインを落とす音や羽ペンを動かす音が聞こえ始めた。

 

「あの、お仕事中すみません」

 

 私は扉の横に立っているゴブリンに話しかける。

 

「どうされましたか?」

 

 ゴブリンは私の方に向き直ると、丁寧な口調で対応してくれた。

 

「私魔法界のお金に関してあまり詳しくないんですけど……どんな単位なんです?」

 

 私が暮らしているロンドンのお金の単位はポンドだ。

 もちろん二ポンド硬貨から下はペンス含め全部硬貨だが、こんな金貨は見たことがない。

 ゴブリンはゴホンと咳払いすると、説明を始めた。

 

「金貨、銀貨、銅貨の三種類がありまして、金貨がガリオン、銀貨がシックル、銅貨がクヌートです。一ガリオンが十七シックル、一シックルが二十九クヌートとなっております」

 

「はぁ……なんだか中途半端ですね」

 

 数字が中途半端なため、非常に計算がしにくい。

 

「この通貨制度が制定された当初は一ガリオン二十シックル、一シックル三十クヌートだったのですが、金や銀の価値が変動致しまして。それに合わせて少しずつ調整を加えていった結果現在の通貨単位になっております」

 

 なるほど、本位貨幣だとこういうことが起こるのか。

 私はゴブリンにお礼を言うと、じっとハグリッドが戻ってくるのを待つ。

 三十分ほど待っただろうか、ホールの奥から歩いてくるハグリッドとハリーの姿が見えた。

 

「すまん、待たせたな。おまえさんの方は問題なかったか?」

 

「はい、大丈夫です」

 

 重そうな鞄を背負っていきいきとしているハリーと比べて、ハグリッドの顔色は少々青ざめている。

 金庫で何があったのかはわからないが、あまり調子がよさそうではなかった。




設定や用語解説

ウール孤児院
 ハリー・ポッターの作中に実際に登場する孤児院です

漏れ鍋
 ロンドンに位置するパブで、ダイアゴン横丁の入り口となっている

バタービール
 魔法界の子供たちに人気の飲み物。アルコールが入っていないわけではないが、物凄く弱いため実質入っていないのと同じ

マグル
 魔法使いじゃない普通の人間のこと

ハリー・ポッター
 ハリー・ポッターシリーズの主人公。赤子の頃、名前を呼んではいけないあの人を撃退し、魔法界で英雄扱いを受ける。マグルの普通の家庭に育てられたため、本人は何も知らない

グリンゴッツ
 ダイアゴン横丁にある魔法界の銀行

マーリン基金
 ホグワーツに入学する恵まれない子供たちのための基金。主に生活費や学用品を購入するという名目で資金が提供されている。実は原作にも似たようなものが登場しているし、重要な登場人物が似たような扱いを受けている

魔法界のお金の価値
 この作品では一ガリオンが五ポンド、一ポンドが二百円という設定

顔の青いハグリッド
 グリンゴッツの地下は坑道が張り巡らされており、ジェットコースターのようにトロッコが張り巡らされている。物凄い動きをするため、ハグリッドの顔が青いのはただの乗り物酔い

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ダイアゴン横丁と魔法の杖と私

 無事お金を手に入れることができた私とハリーは、ハグリッドに連れられてグリンゴッツを出る。

 ハリーは眩しそうに眼を細めていたが、ハグリッドはそんなことを気にしていられないといった表情で重そうに口を開いた。

 

「まずは制服だな」

 

 ハグリッドは遠くに見える看板を顎で差す。

 

「俺はちょっと漏れ鍋で元気薬をひっかけてくる。さっきのトロッコにはまいった」

 

 ハグリッドは青い顔のまま先ほど通ってきた道を引き返していく。

 ダイアゴン横丁に取り残された私とハリーは、少々顔を見合わせた後ハグリッドが示した看板のある店の前まで移動した。

 

「マダム・マルキンの洋装店……ハグリッドが言ってたのは多分ここよね?」

 

「うん、そうだと思う」

 

 私は恐る恐る扉を開き、中を覗き込む。

 店の中にはずんぐりした女性がおり、覗き込んだ瞬間彼女と目が合った。

 

「あら、お客さんね。お嬢ちゃんたちも今年からホグワーツ?」

 

 店員の女性、多分彼女がマダム・マルキンだろう。

 マルキンは私たち二人を店の中に引きずり込むと、踏み台の上に立たせる。

 店の中には既に採寸を行っている少年が一人おり、その横に私が、そして私の横にハリーが並んだ。

 マルキンは私の頭から長いローブを被せると、丈に合わせてピンを挿し始める。

 

「やあ、君も今年からホグワーツかい?」

 

 私の横に立っていた少年に声を掛けられた。

 その少年は私のように白い肌をしており、まるで蛇のような容姿をしていた。

 

「ええ、そうみたい」

 

「そうか。じゃあホグワーツで必要なものの買い出しってわけだ」

 

 少年は気取った声色で続ける。

 

「僕の父は隣で教科書を買ってるし、母はどこかで杖を見てる。まあでも、僕が一番欲しいのは箒だね。新しい競技用の箒を買わせてこっそり持ち込んでやる」

 

 少年は自慢げにそう言ったが、私は競技用の箒という単語に興味が湧いた。

 

「競技用の箒?」

 

「そうさ。ニンバスの新型が出たんだ。今までの箒とは段違いに速いに違いない。君は箒は持っているかい?」

 

 少年は私の方を振り向くと、私の顔を見て少し固まる。

 そして少々顔を赤くして目線を逸らした。

 

「いいえ、持ってないわ」

 

「じゃあクィディッチはやらないんだね」

 

「クィディッチ?」

 

 私がそう聞き返すと、少年は少し意外そうな声を出す。

 

「クィディッチを知らないの? もしかして、マグル生まれか?」

 

「マグルって?」

 

「魔法使いじゃない人間のことさ」

 

 魔法使いじゃない人間の子供が魔法使いになることがあるのか。

 いいことを聞いたかもしれない。

 

「わからないわ。私に両親はいないし」

 

「死んだの?」

 

「多分ね」

 

 少年は歯に衣着せぬ物言いでそう言うが、私も特に気にすることなくそう返す。

 私自身、私の両親のことなど、割とどうでもいいと思っていた。

 既に死んだか、ただ私を捨てただけかはわからないが、どちらにしろロクな親ではないだろう。

 

「そうか。きっと魔法使いだよ。そうに決まってるさ」

 

 少年は慰めているのか、そんなことを言った。

 少年の物言いからして魔法使いから生まれた魔法使いのほうが優秀であるというジンクスでもあるのだろう。

 所謂純血主義というやつか。

 

「私は生まれてからずっと孤児院で暮らしてきたから魔法界には詳しくないの。色々教えてくれると助かるわ。その様子だと、どこか魔法使いの名家の生まれなんでしょう?」

 

「よくわかったね」

 

「そんな雰囲気が出てるもの」

 

 高貴なオーラというよりかは、見た目がいいとこのお坊ちゃんだ。

 これで両親は畑仕事に精を出してますなんて言われたら、逆に驚くところである。

 

「まあね。将来マルフォイ家を背負うものとしてはそれぐらい……僕はドラコ。ドラコ・マルフォイだ」

 

「私はサクヤ・ホワイト。サクヤでいいわよ」

 

 私はマルフォイの顔を見て微笑む。

 マルフォイは白い顔を少し赤くすると、軽く咳払いをした。

 

「サクヤか……ところで一緒に入ってきたそっちの少年は?」

 

 マルフォイは私越しにハリーの方を覗き込む。

 

「ああ、彼は私と同じで両親がいないの。だから一緒に買い出しに来たってわけ」

 

「二人でかい?」

 

「違うわ。ホグワーツの関係者が案内してくれているの。彼と会ったのは今日が初めてね」

 

 私はあえてハリーの名前は出さなかった。

 必要だと感じたら、ハリー自身が自分で名乗るだろう。

 

「ふうん……って、もしかして君の案内って……」

 

 マルフォイは窓の外を顎で指す。

 そこには大きなアイスクリームを器用に三つ持っているハグリッドの姿があった。

 

「ええ、彼ね」

 

「へ、へぇ。ハグリッドが案内か……まあ召使いのようなものだし荷物持ちぐらいにはなるか」

 

「確かに力は強そうね」

 

 ハグリッドは店の扉を開けようとするが、両手にアイスを持っていたことを思い出したらしく、店の前で待つことにしたようだった。

 マルフォイはハグリッドのそんな様子を鼻で笑うと、そのまま言葉を続ける。

 

「野蛮人だって話だ。学校の領地内の掘っ立て小屋に住んでいて、土人のような生活をしてるって」

 

「彼って──」

 

「あら、遅れてるわよドラコ。最近はそういうの流行ってるんだから。自然に囲まれた生活を求めてわざわざ都会から田舎に引っ越す人もいるみたい」

 

 私はハリーが何か言う前に割り込む。

 マルフォイは意外を通り越して不思議そうな顔をしていた。

 

「わざわざ文明レベルを下げるなんて……マグルのやることは分からないな」

 

「それには同感ね。わざわざお金をかけてまでやることではないと私は思うわ。まあ私は孤児院暮らしだから、生活はみすぼらしいんだけどね」

 

「ならよかったじゃないか。ホグワーツは寮だから今の孤児院からは離れられる」

 

 まあ、確かにそうなのだ。

 ホグワーツでの生活がどのようなものなのかはわからないが、孤児院よりかは裕福な生活が送れそうである。

 

「さあ終わりましたよ。おぼっちゃん」

 

 私がホグワーツでの生活を想像していると、マルフォイの採寸が終わったようだった。

 

「じゃあホグワーツで。サクヤ」

 

 マルフォイはぴょんと踏み台から飛び降りると、魔法によって一瞬で縫い終わったローブの入った袋を片手に店を出ていく。

 そして店の外にいるハグリッドを軽く睨むと、鼻を鳴らして通りを歩いて行った。

 

「なるほど、ドラコ・マルフォイね」

 

 私は独り言のようにそう呟く。

 ハリーは何かを考えるように押し黙ったままだったが、その表情から察するにハグリッドを馬鹿にされて相当機嫌が悪いようだった。

 

「貴方も面倒くさい生き方してるわね。勿論、私はハグリッドが野蛮人だなんて思っていないわ」

 

「だったらどうして……」

 

 ハグリッドが馬鹿にされたのに文句を言わなかったのか。

 ハリーの目はそう訴えていた。

 

「自分の思ったことに正直になることはいいことだけど、それを全部口に出すのは自己中心的な行為よ。時には他人に話を合わせることも大切だし、円滑なコミュニケーションには譲歩やお世辞も必要だわ」

 

 これ自体は私が孤児院でいい子ちゃんを演じてきて学んだ処世術だが、ハリーは納得していないようだった。

 

「ハグリッドが馬鹿にされるのを黙ってみているぐらいなら、僕は自己中でいい」

 

「そう、それはそれで立派な考えね」

 

「え?」

 

 私はそう言うと同時にマルキンの採寸が終わる。

 私は出来上がったローブを受け取ると、マルキンに料金を支払った。

 

「さて、急がないと彼がせっかく買ってきてくれたアイスが溶けてしまうわ。私は先に行くわね」

 

 私はローブの入った紙袋片手に、店の外へと出る。

 

「ほれ、これはお前さんの分だ。今日は暑いからな」

 

 ハグリッドは大きなアイスクリームを手渡してくれる。

 

「ありがとうございます」

 

 私はハグリッドにお礼を言うと、アイスに刺さっているスプーンでアイスをすくった。

 

「ハリーもそろそろ終わりそうだな。まだまだ買うものは沢山ある。今日は忙しいぞ」

 

 ハグリッドは出てきたハリーにアイスを手渡すと、ダイアゴン横丁を歩き出す。

 次に買いに行ったのは羊皮紙と羽ペンだ。

 文房具店には魔法が掛かっている羽ペンやインク等も置いてあり、ハリーは色が変わるインクを見つけて意気揚々と購入していた。

 私はというと、こんなところで無駄遣いもできないため、普通に学校指定の羊皮紙と羽ペン、インクを購入する。

 それにしても普段使いのノート代わりに羊皮紙とは、豪勢なものである。

 羊皮紙は文字通り羊の皮を鞣し、薄く削って作られるためパルプ紙等より高価なはずだ。

 私はあまりに安価な羊皮紙を必要分だけ購入すると、帳簿に制服分もまとめて記入する。

 羊皮紙、羽ペンときたら次は教科書だ。

 フローリシュ&ブロッツ書店と書かれた店の棚には、天井近くまでびっしり本が積み上げられていた。

 私は必要な教科書を確認するために手紙を取り出そうとしたが、書店の一角にホグワーツ新入生向けお買い得セットを見つける。

 どうやら新入生向けにまとめ買いできるようになっているようだった。

 

「ハリー、あのセットお得じゃない?」

 

 私は何かの本を読み耽っているハリーの肩を叩く。

 

「あー、うん」

 

 ハリーは一応返事をしたが、会話の内容を理解はしていないようだった。

 私はハリーが読んでいる本を覗き込む。

 本の表紙には『呪いの掛け方、解き方(友人をうっとりさせ、最新の復讐方法で敵を困らせよう)』と書かれている。

 どうやら呪文の本のようだ。

 そんなにマルフォイに腹を立てているのだろうか。

 私は小さく肩を竦めると、雑に紐で括られている教科書のセットを店主のもとまで持っていく。

 そして小袋から硬貨を取り出し、店主に支払った。

 

「ハリー、まだ買うものは沢山ある。買うものを買ったら次に向かうぞ?」

 

 ハグリッドはハリーの首根っこを掴むと、教科書のセットとともに店主のもとまで持ち上げて連れて行く。

 ハリーは先ほど読み耽っていた本も買おうとしていたが、ハグリッドに引っ張られ叶わなかったようだった。

 

「僕、どうやってダドリーに呪いをかけたらいいか調べてたんだよ」

 

「それが悪いとは言わんが、あの本はおまえさんにはまだ早い。それに、マグルの世界ではよっぽどのことがない限り魔法を使っちゃいかんのだ」

 

 ハグリッドはそう嗜めると、ハリーの背中をバンバン叩いて次の店へと急かす。

 ハリーは少々心残りがありそうだったが、ハグリッドに背中を叩かれては歩かざるを得ないようだった。

 

「ハリー、ダドリーって?」

 

 私は背中をさすっているハリーに聞く。

 

「ああ、僕の居候先の子供だよ」

 

「その様子だと、仲は良くなさそうね」

 

「もう最悪さ」

 

 ハリーは忌々し気に首を振る。

 どうやら居候先の家族とはあまり仲が良くないらしい。

 まあ、痩せ細った体と、みすぼらしい服装を見るに、ただ仲が悪いだけではなさそうだ。

 その後も大鍋や秤、望遠鏡など手紙に書かれている物を購入していく。

 私はリストを上から辿り、買っていないものを確認した。

 

「あと買ってないのは……杖ね。ハグリッドさん、杖はどこで買えますか?」

 

「杖はオリバンダーの店に限る。ここらでは一番の杖職人だ。っと、そういえばまだおまえさんらに入学祝を買うておらんかったな」

 

「そんな、案内までしていただいているのに」

 

「それにハリー、おまえさんは今日誕生日じゃないか。……そうだ。ハリーにはフクロウなんてどうだ? うん、それがいい。フクロウだ。他の動物に比べて役に立つ。手紙なんかを運んでくるしな。サクヤもフクロウでいいか?」

 

 ハグリッドは名案だと言わんばかりに大きな手をポンと叩く。

 ハリーは目を輝かせていたが、私の脳裏に昨日の惨状がよぎった。

 

「お気持ちは嬉しいんですが……私はフクロウは遠慮します。あまり良いイメージがないので」

 

「ん? そうか……ならサクヤは別のもんだな。ほれ、ハリーこっちだ」

 

 ハグリッドはハリーを引っ張ってフクロウを専門に扱っている店に入っていく。

 二十分もしないうちにハリーは大きな鳥かごを抱えて店から出てきた。

 籠の中には真っ白なフクロウが羽に顔をうずめてぐっすりと寝ている。

 

「あ、ありがとうハグリッド」

 

「礼はいらん。さて、次はサクヤだが……」

 

「ハグリッドさん、私は大丈夫です。別に誕生日というわけでもありませんし」

 

 私へのプレゼントを考え込むハグリッドに対し、私はそう言った。

 

「そうか? でもそれじゃあ少し不公平じゃないか?」

 

「それでは私の誕生日が来たら、その時プレゼントをください。今プレゼントを貰って、誕生日にまた貰ったら今度はハリーが不公平ですので」

 

「お? そうか……確かにそうかもしれん」

 

 ハグリッドは納得したのか、気を取り直して言った。

 

「それじゃあ最後に杖だな。オリバンダーの店に向かおう」

 

 私とハリーはハグリッドに連れられて杖が売られている店に向かう。

 着いた先は今まで入った店に比べると一番店の外見が古かった。

 扉には剥がれかかった金色の文字で『オリバンダーの店』と書かれている。

 扉の横にはショーウィンドウがあるが、そこには色褪せた紫のクッションの上に杖が一本置かれているだけだった。

 ハグリッドは劣化した扉を壊さないよう慎重に扉を開ける。

 それと同時に、店の奥でベルが鳴り響いたのが聞こえた。

 

「凄い。これ全部杖?」

 

 ハリーは店内を眺めながら呟いた。

 カウンターの向こうには杖が収められているのであろう細長い箱が天井まで所狭しと積み上げられている。

 

「いらっしゃいませ」

 

 まるで空間から滲み出したかのように老人の柔らかな声が店内に響く。

 声がした方を向くと、大きく綺麗な目をした老人が、優し気な笑みを浮かべて立っていた。

 

「お待ちしておりましたよ、ハリー・ポッターさん。貴方は実にお母さんと同じ目をしていなさる。貴方の母が最初の杖を買ったのが、つい昨日のことのようじゃ」

 

 オリバンダーは懐かしむように目をつむると、ハリーへと近づいていく。

 そして握手を交わすと、私の方へと向いた。

 

「お嬢さんは初めてのお客さんだね。今年からホグワーツかな?」

 

 その後もオリバンダーはハグリッドと挨拶を交わし、その流れでハリーの杖を探し始める。

 杖選びは杖と魔法使いの相性で決めるらしく、オリバンダーは何度もハリーの手に杖を持たせては、取り上げてを繰り返していた。

 

「難しい客じゃの……なに、心配なさるな。必ずぴったり合う杖をお探ししますでな。そうじゃの……いや、そんなまさか」

 

 オリバンダーは神妙な面持ちで一本の杖を取り出すと、ハリーに持たせる。

 その途端、魔法のことは何もわからない私にも感じ取れるほど、ハリーの指先に魔力が集まるのがわかった。

 ハリーは特に呪文も唱えず、杖をビュンと振るう。

 次の瞬間杖の先から赤と金の花火のような火花が飛び出し、店の中を飛び回った。

 

「素晴らしい。いや、よかったよかった。でも、不思議なこともあるものじゃ……」

 

 オリバンダーはハリーの持っている杖を箱に戻して、茶色の紙で包みながら言った。

 

「柊と不死鳥の羽根、二十八センチ。良質でしなやかな良い杖じゃ」

 

 オリバンダーはブツブツと続ける。

 

「ポッターさん。ワシは自分で売った杖は全て覚えておる。貴方のご両親も、そこにいるハグリッドのも、それに、例のあの人の杖もじゃ」

 

 「例のあの人」、私はその人物の名前は聞いたことがなかったが、大体想像はついた。

 きっとハリーが赤子の頃、撃退した闇の魔法使いのことを指しているのだろう。

 

「この杖に使われている羽根と同じ不死鳥の羽根で作られた杖がこの世にもう一本だけ存在しておる。そういうものを兄弟杖というのじゃが、その杖の持ち主が貴方にその傷を負わせたのじゃ」

 

 そういってオリバンダーはハリーの顔をじっと見る。

 ハリーは大きく身震いすると、不安そうに視線を泳がせた。

 

「貴方はきっと偉大な魔法使いになる。さて、次はお嬢ちゃんじゃ」

 

 オリバンダーはハリーから杖の料金を受け取ると、今度は私の方へと向く。

 

「杖腕はどちらかな?」

 

「杖腕?」

 

「羽ペンは、どちらの手で持つかな?」

 

 なるほど利き腕のことを聞いているようだった。

 私は利き腕である左腕をオリバンダーに差し出す。

 オリバンダーは私の左腕のあちこちの寸法を測りながら、時折メモを取っていく。

 

「ふむ、これなんてどうじゃろう」

 

 オリバンダーは机に置かれた杖を手に取ると、私へと手渡す。

 

「イチイにドラゴンの心臓の琴線、ニ十センチ」

 

 私は渡された杖を手に取るが、オリバンダーはすぐに取り上げてしまった。

 

「次はこれじゃ。黒檀にユニコーンのたてがみ。二十七センチ」

 

 またしても私が杖に触った途端、オリバンダーは取り上げてしまう。

 

「ふむ、どうも並の杖とは相性が悪いようじゃ。どうしたものか……」

 

 オリバンダーは困ったように頭を掻く。

 そして少し悩んだのち、何かを思い出したかのように店の奥へと駆けて行った。

 しばらくして少し埃だらけになりながらオリバンダーは帰ってくる。

 手にはいかにも古そうで、そして上品な箱を持っていた。

 

「アカミノキに吸血鬼の髪、二十五センチ。やや硬い」

 

 埃の積もった箱の中には赤く光沢のある杖が一本収められていた。

 オリバンダーは丁寧に箱から杖を取り出すと、私に渡してくる。

 その杖を受け取った瞬間、何か冷たいものが背筋に走るのを感じる。

 魔力というものを意識したことがない私だが、今ならわかる。

 杖を中心として力の渦のようなものが、私の体を這いずり回っているような感覚がした。

 

「その杖は先々代が吸血鬼との戯れの一環で作った杖じゃ。普通、杖の芯材に吸血鬼の髪を使うことはない。込められている魔力自体は最高のものと言えるんじゃが、殆どの魔法使いと相性の悪い杖になってしまう」

 

 私は試しに適当に杖を振ってみる。

 すると杖の先から氷の結晶のようなものが飛び出し、空中で弾けて店の中に降り注いだ。

 それはさながら、店内に雪が降ったようだった。

 

「ですが、お嬢さんとは非常に相性が良いようじゃ。お嬢さん、名前は?」

 

「サクヤ・ホワイトです」

 

「ホワイトさん。きっとその杖は貴方の良い相棒となるでしょう」

 

 オリバンダーは古びた箱を魔法で新品同様にすると、私から杖を受け取って中に仕舞う。

 そしてハリーの杖と同じように茶色の紙で包装した。

 私は杖の代金、二十ガリオンをオリバンダーに払う。

 ハリーの杖より倍以上高いが、使われている素材によって値段は雲泥の差らしい。

 もっとも、高いからといって、性能がいいわけではなさそうだが。

 

「さてはて、どうやら賭けは先々代の勝ちのようじゃな」

 

 オリバンダーは杖の入った箱を私に手渡しながら嬉しそうに言った。

 

「賭け?」

 

「ええ、そうとも。この杖を作るにあたって、先々代と吸血鬼の間で賭けを行ったらしいのじゃ。曰く、売れなかったら吸血鬼の勝ち、売れたら先々代の勝ち」

 

 オリバンダーはそう言ってほほ笑む。

 

「これは賭け金の請求の手紙を送りませんとな」

 

 なんとも、気の長い賭け事だ。

 私は呆れつつもしっかりと杖を懐に仕舞いこむ。

 今日買ったものはハグリッドに持ってもらっているが、これだけは自分で持ち歩こうと思った。

 オリバンダーの店を出て、そのままダイアゴン横丁を歩いて最初のパブへと戻る。

 ハリーはオリバンダーに言われたことをまだ考えているようで、あまり表情が明るくなかった。

 

「大丈夫か? なんだか随分静かだが」

 

 ハグリッドはパブを通り抜けながらハリーに聞く。

 ハリーはなんと言えばいいのか言葉に迷っているようだったが、やがて小さく口を開いた。

 

「みんな、僕のことを特別だと思ってる」

 

 日の暮れたロンドンの町を歩きながらハリーは続ける。

 

「漏れ鍋のみんな、クィレル先生、オリバンダーさんも……でも、僕魔法のことは何も知らないし、当時のことなんてなんにも覚えてない。なのに、なんでみんな僕に偉大な何かを期待してるんだ?」

 

 ハグリッドはそんなハリーの頭を大きな手でわしゃわしゃと撫でた。

 

「心配せんでもええ。すぐに魔法界での生活にも慣れるさ。それにホグワーツでみんな一から学ぶんだ。そりゃ大変なのはよくわかる。おまえさんは選ばれたんだ。だがな、ホグワーツは楽しいところだ。ありのままでいい」

 

 なるほど、ハリーがハグリッドを慕う理由が分かった気がした。

 そのままロンドンの町を歩いていき、私の暮らす孤児院までたどり着く。

 ハグリッドは手に持っていた私の荷物を降ろすと、懐から封筒を一つ取り出した。

 

「ホグワーツ行きの切符だ」

 

 私が中身を確認する前に、ハグリッドはそう言った。

 

「九月一日、キングズ・クロス駅発。まあ切符に全部書いてある」

 

「ここまでありがとうございました」

 

 私はハグリッドに対し深々と頭を下げた。

 

「なに、これも仕事のうちだ。次会う時はホグワーツだな」

 

 私はハグリッドと握手を交わすと、隣にいるハリーの方を見る。

 

「じゃあねハリー。長い付き合いになりそう」

 

「うん、これからよろしく」

 

 私はハリーとも握手を交わし、その場で二人を見送る。

 二人の姿が見えなくなると、大きな荷物から順番に自分の部屋へと運び始めた。




設定や用語解説

ドラコ・マルフォイ
 フォイフォイフォフォイフォイ!

ニンバスの新型
 ニンバス2000のこと。魔法界のスポーツ、クィディッチで使う競技用の箒

クィディッチ
 魔法界で一番人気のスポーツ。超変則的なルールのサッカーのようなもの

純血主義
 魔法使いから生まれた魔法使いのほうが優れているという考え方

魔法使いの名家
 聖二十八一族と呼ばれる純血の家系がこれにあたる。ちなみにマルフォイ家やウィーズリー家、クラウチ家、ロングボトム家など、作中でよく聞く名前が多い

ダドリー
 ハリーが居候していたダーズリー家の一人息子。両親から甘やかされており、ぽっちゃり体系のいじめっ子。頭は悪い

ハリーの杖
 ハリーの杖に使われている不死鳥の羽根はヴォルデモートの杖に使われているものと同じ。似た杖に選ばれるものは性格的にもよく似ている

吸血鬼の髪が使われた杖
 杖の芯材にできるほどの魔力を有した吸血鬼は、多くの場合卓越した精神力の持ち主であることが多く、杖にその吸血鬼の精神が宿りやすい。そのため、並みの魔法使いでは魔法を使うどころか、杖そのものが呪文を跳ね返し術者に攻撃することがある。また、殆どの魔法使いと相性が悪く、そもそも選ばれることが少ない

先々代オリバンダーと吸血鬼の賭け
 杖の代金分、二十ガリオンを賭けていた。杖が売れたため、吸血鬼の負け

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キングズ・クロス駅とホグワーツ特急と私

週一ってペース的には遅いんでしょうか。一作目の私は倍の文量を毎日投稿していたわけですけど、一体どういう魔法を使ったんですかね。逆転時計でも持っていたんでしょうか。


 ついにホグワーツへ向かう日がやってきた。

 私はいつも通りに皆で朝食を取り、身支度を済ませる。

 

「サクヤおねえちゃんもういっちゃうの?」

 

「向こうの学校でも元気でね」

 

 ちびっ子や自分より少し年上の子供たちは寂しそうな声で口々に私に声をかけてくる。

 孤児院内では私はスコットランドにある全寮制の学校に入学するということだけが広まっており、魔法学校へ入学するということは院長しか知らなかった。

 

「ええ、行ってくるわ。みんな元気でね」

 

 私は子供たちに手伝ってもらって院長の車に荷物を積み込むと、助手席に乗り込む。

 院長は車のエンジンを始動させ、アクセルを踏みこんだ。

 孤児院からキングズ・クロス駅まではそう遠くはない。

 なんなら歩いても一時間掛からないような距離だ。

 

「それにしても、サクヤが魔法使いだったとはな」

 

 今年で七十になろうかという院長は、ちらりと私の方を見る。

 

「私としてもびっくりです」

 

 私は姿勢を正して言った。

 

「これでも多くの子供たちを見てきたが、過去にもいたんだよ。魔力を持っている子がね」

 

 院長に意外な告白に、私は少し驚く。

 

「大体五十年ぐらい前だったかなぁ。とても優秀な子でね。ホグワーツを卒業したあとは音信不通になってしまったが……」

 

 私の前にも孤児院に魔法使いがいたというのは初耳だった。

 まあ、そんな突拍子もない話、普通はしないだろうが。

 

「彼はホグワーツに入る前から魔法を使うことができたようだったが、サクヤ、君はどうなんだい? 私は君が魔法を使っているところを見たことがないが」

 

 確かに、私は人前で時間を止める能力を使ったことはない。

 それ以外に何か力が使えるかといえば、そんなこともなかった。

 

「いえ、私は魔法を使ったことはありません」

 

「何か君の周囲で不思議なことが起こったことはないかい? 物が大きくなったり、小さくなったり。気が付いたら別の場所に移動していたり」

 

 院長は興味ありげに私に聞く。

 

「そういえば、あったような、なかったような」

 

 私は院長にはそう言ったが、実のところ時間停止以外で魔法らしい力を使ったことはなかった。

 しいて言えばダイアゴン横丁に買い物に行ったときにオリバンダーの店で杖から氷の結晶のようなものが出たのが最初だろうか。

 

「ちなみに、その昔いた魔法使いの名前は覚えていたりしますか?」

 

 私がそう聞くと、院長は何でもないことだと言わんばかりに答えた。

 

「トムという男の子だよ。珍しい名前でもない」

 

 確かに、トムならば今現在の孤児院にも同じ名前の子供がいる程度にはありふれた名前だ。

 その後も院長と他愛もない話をしているうちに車はキングズ・クロス駅へと到着した。

 院長は車のトランクから手押しカートへと荷物を積むのを手伝ってくれる。

 最後に大きな革製のスーツケースを載せると、院長は私の方を見た。

 

「きっと面白いことがある。楽しんでおいで」

 

「ありがとうございます」

 

 私は握手を交わしたのち、院長と別れる。

 あまり駅に来たことはなかったが、電車の乗り方ぐらいは一般常識として知っていた。

 私はハグリッドからもらった封筒を取り出すと、中の切符を確認する。

 

『ホグワーツ特急 ホグズミード行き 九と四分の三番線 十一時発』

 

 九と四分の三番線というはよくわからないが、何かの都合でそのような表記になっているだけだろう。

 私はそのままカートを押しながらプラットホームを歩いた。

 

「九番線と十番線が同じホームになっているから、必然的に九と四分の三番線はここよね?」

 

 私は九番線と十番線の共通プラットホームへと入っていく。

 すると、見覚えのある後ろ姿が見えてきた。

 

「そーれ、着いたぞ小僧。よくみろ、こっちが九番線、あっちが十番線。お前が行きたいプラットホームはその中間らしいが、どうやらまだできていないようだな?」

 

 その後ろ姿はハリーだった。

 その横には小太りの男性が立っており、嫌らしい笑みを浮かべている。

 

「精々新学期を楽しめよ」

 

 小太りの男性は大笑いしながらハリーを置いてプラットホームを出ていく。

 ハリーはどうしていいかわからないといった様子で頭を抱えていた。

 

「ハリー。どうしたの?」

 

 私はハリーの肩をポンと叩く。

 ハリーは大袈裟なほど飛び上がって振り向くと、私の顔を見て途端に笑顔になった。

 

「サクヤ! 君に会えてよかった!」

 

「口説き文句としては三点ね。さっきのが貴方のおじさん?」

 

 私は遠ざかっていく小太りの男性を見ながら言う。

 

「うん、一応。……そうだサクヤ、切符のことだけど」

 

 ハリーは私が持っているものと同じ切符をポケットから取り出した。

 

「九と四分の三番線ってどういう意味だと思う? この通り九番線と十番線しかないわけだけど……」

 

 ハリーは九番線と十番線を指さす。

 確かに九と四分の三番線なんて標記はどこにも見つからない。

 

「私もキングズ・クロス駅には詳しくないのだけど……彼らに聞くのはどうかしら」

 

 私は後ろから近づいてくる私たちと同じようなカートを押した集団を指さす。

 カートの上には大きなトランクや大鍋、中にはハリーのようにフクロウを連れている者もいる。

 どこからどう見ても魔法使いの集団だ。

 

「そうか。彼らについていけばホグワーツにたどり着ける」

 

 私とハリーは横を通り過ぎた集団の後ろについてプラットホームを進んでいく。

 しばらく進んだところで、魔法使いであろう集団は立ち止まった。

 

「ママ、私も行きたい」

 

 母親らしき恰幅の良い女性と手を繋いでいる少女が顔を見上げながらごねる。

 

「ジニー、貴方はまだ小さいから大人しくしててね。パーシー、先に行って」

 

 恰幅の良い女性がそう言うと、真面目そうな顔をした少年がプラットホームの真ん中に建てられている柱に向かってカートを押していく。

 そのまま激突するものかと思ったが、カートは柱をすり抜け、少年は柱の中に消えていった。

 

「フレッド、次は貴方よ」

 

「僕フレッドじゃなくてジョージだよママ。まったく、本当に僕らの母親かい?」

 

 双子と思わしき少年が、恰幅の良い女性に文句を言う。

 

「あら、ごめんなさいねジョージちゃん」

 

「冗談だよ。僕がフレッドさ」

 

 フレッドは言うが早いか逃げるように柱の中に消えていった。

 その後を追うようにジョージが柱の中へと消えていく。

 

「まったく、なんて息子なのかしら」

 

 恰幅の良い女性は少し眉をひそめたが、怒ってはいないようだった。

 私は恐る恐る恰幅の良い女性に話しかける。

 

「あの、すみません」

 

「あら、貴方たちも今年からホグワーツ? うちのロンもそうなのよ」

 

 恰幅の良い女性は最後に残っていた少年の肩を抱く。

 最後に残った少年はハリーや私より少し背が高く、赤毛でそばかすだらけだった。

 

「それで、九と四分の三番線には、どのようにしていけば……」

 

 ハリーが聞くと、恰幅の良い女性は微笑みながら言った。

 

「心配しなくていいわ。あの柱に向かって歩いていけばいいの。怖かったら少し走るといいわよ。さあロン、お手本を見せてあげて」

 

 ロンと呼ばれた少年は少し表情を固くすると、覚悟を決めて柱へと走っていく。

 そしてそのまま柱の中へと消えていった。

 

「ね? 簡単でしょう? 心配いらないわ」

 

 ハリーと私は顔を見合わせる。

 どちらが先に行くか、ハリーの目はそれを訴えていた。

 

「れ、レディーファーストというわけにはいかないかい?」

 

「貴方がそれでいいなら別にいいけど……」

 

 腰が引けているハリーを置いて、私は柱へとカートを押していく。

 そしてそのまま柱を突き抜け、紅の蒸気機関車が止まっているプラットホームへと出た。

 私は周囲を見回して九と四分の三番線という文字を確認する。

 どうやら無事に目的のプラットホームへとたどり着けたようだ。

 

「凄い、機関車だ!」

 

 後ろからついてきたのであろうハリーが機関車を見て目を輝かせている。

 

「ハリー、私も人生で一二を争うほど感動はしてるんだけど、早く汽車に乗り込んだ方がよさそうよ。じゃないとホグワーツまでトランクの上に座っていくことになるわ」

 

 私は停まっている汽車の窓を指さす。

 既に先頭から三両ほどは生徒でいっぱいだ。

 その後ろの客室が埋まるのも時間の問題だろう。

 

「それが良さそうだね」

 

 私とハリーは開いている客室を探してプラットホームを歩き始める。

 もうかなりの客室が生徒で埋まっており、空いている客室を見つけるころには最後尾の車両まで来ていた。

 私とハリーは二人掛かりで荷物を客室に引っ張り上げる。

 特にハリーの荷物は大きなトランクにぎゅうぎゅうに詰まっていたため、凄まじい重さになっていた。

 

「何入れたらこんな重さになるのよ……鉛?」

 

「僕も君みたいに荷物を分けて来ればよかったかも」

 

 二人して息を切らせながらコンパートメントの椅子に座り込む。

 窓の外では先ほどの親子が別れを惜しんでいた。

 

「なんだか実感がわかないよ」

 

 ハリーは窓の外を眺めながら呟く。

 まあ、それに関しては同意見だ。

 あのフクロウが窓に突っ込んできてから、私の人生はレールから外れた。

 いや、あのマクゴナガルの口ぶりからして、外れてはいないのだろう。

 ただ自らが進んでいるレールを知らなかっただけ。

 

「まあでも、今までの生活よりかはマシなんじゃない?」

 

「確かに」

 

 けたたましい汽笛とともに、汽車が少しずつ動き出す。

 次第に汽車は速度を増していき、窓から見える駅のホームがぷっつりと途切れた。

 

「ここ、あいてる?」

 

 不意にコンパートメントの扉が開く。

 そこに立っていたのは先ほど駅のホームにいたロンと呼ばれていた少年だった。

 

「ええどうぞ」

 

 私が向かい側の席を指さすと少年は遠慮がちに腰かける。

 少年の鼻の頭が少し汚れていたのが気になったが、自己紹介の前に指摘するようなことでもないだろう。

 

「僕、ロナルド・ウィーズリー。家族はみんなロンって呼んでるから君たちもそう呼んでよ」

 

「私の名前はサクヤよ。よろしくねロン」

 

「僕はハリー。ハリー・ポッター」

 

 ハリーが名前を出すと、ロンは目を大きく見開く。

 

「じゃ、じゃあ君がその……本当かい? それじゃあ、本当にあるの? ほら……」

 

 そういってロンはハリーの額を指さす。

 額に何があるというんだと思ったが、ハリーが髪の毛を持ち上げるとそこには稲妻型の傷跡があった。

 

「痛々しい傷ね……シャワールームで転んだの?」

 

 私は冗談めかして言う。

 だがロンはそんな私の冗談が聞こえていないのか、ハリーの傷を見てぽかーんと口を開けていた。

 

「それじゃ、これが例のあの人につけられたっていう……」

 

「うん。でもなんにも覚えていないんだ」

 

「なんにも?」

 

 ロンは興奮気味にハリーに聞く。

 

「そうだな……緑の光がいっぱいだったのはなんとなく覚えてるけど、それだけだよ」

 

「うわーっ!」

 

 ロンはしばらく呆然とハリーを見つめていたが、私が咳払いをするとハッと我に返った。

 

「君の家族はみんな魔法使いなの?」

 

 今度はハリーがロンに聞く。

 ハリーからしたら魔法使いの家族というのは興味をそそられる対象らしい。

 

「うん、多分。近い親戚はみんな魔法使いだよ」

 

 純粋な魔法使いの家系。

 マルフォイの基準から言ったら優秀な魔法使いの家系ということだろう。

 

「そっか、なら君はもういっぱい魔法を知ってるんだろうな」

 

 ハリーが少し羨ましそうに言う。

 

「ま、まあね」

 

 ロンはそう言うが、私はロンが少し目を泳がせたのを見逃さなかった。

 

「ホグワーツに入学するのは僕で六人目なんだ。上の兄弟たちはみんな優秀だから期待に沿えるかどうか……ビルとチャーリー、長男と次男はもう卒業したんだけど、ビルは主席だったし、チャーリーはクィディッチのキャプテンだった。それで今年はパーシーが監督生だ。双子のフレッドジョージはおちゃらけているけど成績はいいみたいだし……」

 

 ロンは恥ずかしそうに頬を掻く。

 なんやかんやいって優秀な家族を持って誇らしくはあるらしい。

 

「だから何か凄いことをしたとしても、兄弟と同じで別に凄いことじゃなくなっちゃう。それに上に五人もいるから新しいものは何も買ってもらえないんだ」

 

 そう言ってロンは着ている服の裾を引っ張った。

 

「服はビルのお古だし、杖はチャーリーのだし、ペットはパーシーのお古だ。パーシーは監督生になったお祝いにフクロウを買ってもらったんだ」

 

 ロンはポケットから太ったネズミを取り出す。

 ネズミはロンに掴まれてもぐっすりと寝ており、起きる様子はなかった。

 

「あら、このネズミ怪我してない?」

 

 私はロンのネズミの指を触る。

 

「え? あ、本当だ。指が欠けてる。このありさまだよ」

 

 ロンも今気が付いたらしく、大きくため息をついた。

 

「スキャバーズって名前なんだけど、寝てばかりで役立たずなんだ。僕に新しいものを買ってくれる余裕はうちには……」

 

 そこまで話してロンは恥ずかしそうに口を噤む。

 

「あら、貧乏自慢なら負けないわよ」

 

 私は着ているTシャツの胸元を少し引っ張る。

 

「このTシャツなんて私の前に十人は着てるわ。靴の底だってすり減りすぎて溝がなくなってるもの」

 

 私は靴を脱いでひっくり返す。

 私の予想に反して、靴底がなくなっているどころかつま先に穴が開いていた。

 

「えっと、君のうちも大家族なのかい?」

 

「ある意味ね」

 

 私はそう言っていたずらっぽく微笑む。

 ハリーはなんて言っていいかわからないといった顔をしていたが、おずおずとロンに言った。

 

「サクヤの家は孤児院なんだ」

 

「……なんかゴメン」

 

「よかろう」

 

 ロンは顔を赤くして謝る。

 私は何故謝られたのか分からなかったが、取り敢えず許しておくことにした。

 その瞬間、コンパートメントの扉がコンコンと叩かれる。

 私が扉を開けると、そこには車内販売であろうおばさんがお菓子が山盛りに積まれた台車を押して立っていた。

 

「何か買うかい? ホグワーツに着くころには夜になっているからお昼を持ってきてなかったら買っとくといいよ」

 

 おばさんはニコニコと私たちに笑いかける。

 私はハリーとロンに目配せした。

 

「僕はサンドイッチ持たされてるから」

 

 そう言ってロンは口ごもる。

 私は小袋からガリオン金貨を二枚つまむと、車内販売のおばさんに渡した。

 

「よくわからないからこれで買えるだけください」

 

 車内販売のおばさんは金貨を受け取ると、色々なお菓子を山のように私に渡してくる。

 ある程度のお菓子の物価を調べようと思って渡したガリオン金貨だったが、私の予想以上に魔法界のお菓子の値段は安いようだった。

 

「君さっきの貧乏自慢はなんだったのさ!」

 

 ロンは少し強い口調で私に文句を言ってくる。

 

「どうも私の就学資金はマーリン基金というところが出してくれるみたい。基本的には学用品を買うためのお金だけど、多少なら嗜好品に使ってもいいって」

 

「ガリオン金貨二枚って多少かい? くっそー、なんかズルいぞ。マーリンのひげ!」

 

「まあまあ、みんなで食べましょ? どうせ私のお金ではないんだし」

 

 私は帳簿に日付を分けながらお菓子の名前と値段を書いていく。

 ロンは遠慮なしと言わんばかりに早速お菓子に手を付け始めた。




設定や用語解説

院長
 長いことウール孤児院で勤務している男性

九と四分の三番線
 現実のキングズ・クロス駅にも半分壁に埋まったカートのモニュメントがあったりします

ホグワーツ特急
 ホグワーツへ確実に生徒を移動させるためにマグルの汽車を改造して作られたもの。これができる以前はホグワーツへ無事たどり着く生徒が半分もいなかった。

ハリーの額の傷
 赤子の頃ヴォルデモートを撃退したときについた傷

ガリオン金貨二枚で買えるお菓子の量
 ハリーが原作で支払ったのが十一シックル七クヌートなので、二倍以上

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カエルとネズミと私

「ロン、ついでに色々魔法界のお菓子について教えて頂戴」

 

 大自然の中をまっすぐホグワーツへ向けて突き進んでいく列車の最後尾のほうのコンパートメントで、私とハリーとロンは車内販売で買ったお菓子を広げていた。

 私はロンが手をつけている五角形の箱を手に取る。

 箱には蛙チョコレートと書かれていた。

 

「蛙チョコだよ。オマケで有名な魔法使いのカードが入ってる」

 

 私が箱を開けると、中からチョコレートの蛙が勢いよく飛び出す。

 私は咄嗟に蛙を掴むと、足を摘んで目の前に持ち上げた。

 

「なんか動いてるけど……」

 

 私の手から逃れようと蛙は手足をバタつかせている。

 色や匂いは確かにチョコレートだが、動きは本物の蛙のそれだった。

 

「魔法が掛かってるんだ。味は普通に美味しいよ」

 

 私は暴れる蛙チョコの頭をかじり取る。

 蛙チョコは少し手足をバタつかせると、息絶えるように動かなくなった。

 

「確かに味は普通にチョコレートね」

 

 私は蛙チョコの残りを口の中に放り込む。

 モゴモゴとチョコレートを咀嚼しながら、箱の中に入ってるカードを取り出した。

 

「誰だった?」

 

 ロンは興味深々に聞いてくる。

 カードにはマーリンと書かれており、その下にマーリンの肖像画が印刷されていた。

 マーリンは私の方を見て慌てて真面目そうな表情を作る。

 

「マーリンね」

 

「もしアグリッパかプトレマイオスが出たら交換して。僕まだその二枚だけ持ってないんだ」

 

 そう言ってロンは自分が開けたチョコのカードを確認する。

 

「また魔女モルガナだ。僕これ五枚は持ってるよ……」

 

 その後、ハリーも加わって次々に蛙チョコを開けていく。

 蛙チョコを食べ終わる頃にはアルベリック・グラニオンやキルケ、ヘンギスト、パチュリー・ノーレッジなど名前も聞いたことがない様々な魔法使いのカードが私の手元に残った。

 

「アルバス・ダンブルドア、近代の魔法使いの中で最も偉大な魔法使い……ね。ホグワーツの校長はこの人だっけ?」

 

 私はダンブルドアのカードの裏の説明文を読みながらロンに聞く。

 

「うん。生きている魔法使いの中では一番有名なんじゃないかな」

 

「闇の魔法使いグリンデルバルドを破った。ドラゴンの血液の利用法の発見。ニコラス・フラメルとの共同研究……ハリーを襲ったのってこのグリンデルバルドっていう魔法使い?」

 

「ううん。ヴォルデモートっていう名前だって聞いてるけど」

 

 ヴォルデモート、聞いたことのない名前だ。

 ハリーがその名前を出した瞬間、ロンがギョッと驚いた表情を浮かべた。

 

「き、君今名前を言った!?」

 

 ロンは驚愕と称賛が入り混じった目でハリーを見る。

 

「どういうこと?」

 

 私は小声でハリーに聞く。

 

「魔法界では名前を出すことすら憚られるほどには恐怖の対象みたい。……ロン、違うんだ。別に名前を言うことで勇敢だって示したいわけじゃないんだ。ただ、名前を言ってはいけないって知らなかっただけで……」

 

 そう言って、ハリーは少ししょぼくれる。

 

「きっと、僕クラスでビリだよ。魔法界のこと何にも知らないし」

 

「そんなことないさ。マグル出身でも優秀な魔法使いは沢山いるよ!」

 

 ロンはそう言ってハリーを元気付ける。

 次の瞬間、コンパートメントの扉が開かれた。

 そこに立っていたのは自分たちと同じぐらいの歳の少年だった。

 一つ気になる点があるとすれば、半べそを掻いているところだろうか。

 

「あの、僕のカエルを見なかった? 気がついた時には逃げちゃってて……」

 

 この様子だと前の車両から一つずつコンパートメントを訪ねているのだろう。

 私は流石に不憫に感じたので私のカエルをあげることにする。

 

「貴方のカエルは見てないけど、私のをあげるわ。だから元気出して」

 

 私は座席に置かれた蛙チョコの箱を一つ少年に手渡す。

 

「次は逃げられる前に食べるのよ?」

 

 私は少年の肩をポンポンと叩くと、コンパートメントの扉を閉じる。

 そして何事もなかったかのように座席に戻った。

 その様子をロンとハリーはポカンとした顔で見ている。

 

「ん? どうしたの? 二人揃って」

 

「あ、いや。何でもない……あ、そうだ! 実は昨日スキャバーズを少しは面白くしてやろうと思って黄色に変えようとしたんだよ。でも呪文が効かなかったんだ」

 

 ロンはわざとらしく話題を変える。

 

「へ、へえ。やって見せてよ」

 

 ハリーも戸惑いつつもロンの話題に乗った。

 

「多分失敗すると思うけど……」

 

 ロンはポケットからスキャバーズと杖を取り出す。

 ロンの杖はお下がりというだけあってあちこち欠けており、先端からは白い芯材がはみ出ていた。

 

「ユニコーンのたてがみがちょっと見えてるけど、多分大丈夫なはずさ」

 

 ロンはスキャバーズに向かって杖を振り上げる。

 その瞬間、またコンパートメントの扉が開いた。

 そこに立っていたのは少女だった。

 後ろには先程私が蛙チョコを渡した少年を連れている。

 

「ネビルのカエルを見なかった? 蛙チョコじゃなくてヒキガエルね」

 

 どうやらカエルはカエルでもチョコレートではなく肉のほうだったようだ。

 だが、流石にカエル肉は持ち歩いていない。

 

「カエル肉はちょっと……」

 

「ペットのヒキガエルよ!!」

 

 少女は強い口調で私に言う。

 どうやら大きな勘違いをしていたらしい。

 そもそも私にはカエルをペットにするという発想がなかった。

 

「ごめんなさい。てっきり蛙チョコの話かと……百味ビーンズあげるから許して」

 

 私は机に広げてあった余り物の百味ビーンズの箱を手に取って少女に差し出す。

 少女は百味ビーンズの箱を覗き込むと声を荒げた。

 

「やばそうな色のビーンズしか残ってないじゃない!」

 

「じゃあ蛙チョコを……」

 

「もういいわ! って、もしかして魔法を掛けようとしてたの?」

 

 少女は憤慨してコンパートメントを出ていこうとしたが、ロンが杖を取り出していることを目敏く見つける。

 

「やってみせてよ」

 

 カエル探しはどこへやら、少女はロンが掛けようとしている魔法に完全に気を取られていた。

 その様子を見てカエル探しの少年はいっそう目に涙を浮かべる。

 流石に少年が可哀想なのと、私の勘違いで更に傷つけてしまったようなので私もカエル探しを手伝うことにした。

 私は少女と入れ替わるようにしてコンパートメントを出る。

 

「さっきはごめんね。私の勘違いだったみたい。一緒にヒキガエルを探しましょう?」

 

 私がそう言うと、遂に少年の目から涙が溢れ落ちた。

 

「ありがどう。ぼぐ、ネビル・ロングボトム」

 

 少年は涙声で自己紹介をする。

 

「そう、よろしくネビル。私はサクヤよ」

 

 私は孤児院のちびっ子にやるみたいにネビルの顔をハンカチで拭く。

 

「それじゃあネビル、私は前の車両を探してくるから貴方はもう少しこの車両を探して、あの女の子の知的好奇心が満たされたら一緒に戻ってきなさい。私も先頭まで行ったら引き返してくるから、途中で合流しましょう?」

 

 私はネビルが頷いたのを確認して、前の車両へと歩き出す。

 コンパートメントの扉はきっちりと閉まっているため、カエルがいるとしたら通路の隙間や車両の貫通路だろう。

 私は隙間を確認しながら前の車両へと進んでいく。

 しばらく探していると、前から見知った顔が近づいてくるのが見えた。

 

「おや、サクヤじゃないか!」

 

 通路を歩いてきたのはマルフォイだった。

 横にはガタイの良い少年を二人連れている。

 入学したてで既に取り巻きがいるとは。

 やはり名家は一味違うということだろう。

 

「はあい、ドラコ。元気そうね」

 

 私は通路の隙間を覗き込みながらマルフォイに対し片手をあげて挨拶する。

 マルフォイはそんな私の様子に不思議そうな顔をした。

 

「何か探しているのかい?」

 

「ええ、カエルを探しているのだけど……貴方たちは見なかった? ヒキガエルよ、チョコレートじゃないわ」

 

「カエルって……ペットの?」

 

「そう、ペットの」

 

 私がそういうとマルフォイは押し黙り真剣に何かを考え始める。

 そして横にいる少年たちに声を掛けた。

 

「おい、クラッブ、ゴイル、カエルを探すぞ」

 

 そう言ってマルフォイは私と同じように通路の隙間を覗き始める。

 クラッブ、ゴイルと呼ばれたガタイの良い少年たちは顔を見合わせると、マルフォイと同じようにカエルを探し始めた。

 

「一緒に探してくれるの?」

 

 私がそう聞くと、マルフォイは少し顔を赤くしながら答える。

 

「正直ヒキガエルなんて時代遅れだけど、大事なペットなんだろう?」

 

「ええ、そのようね。ありがとう!」

 

 私はマルフォイの手を握って笑顔でお礼を言う。

 マルフォイはいっそう顔を赤くすると、隠すように姿勢を低くした。

 

「カエルだったらきっと低いところにいるはずだ……僕はこれでも生物学には詳しくてね……」

 

「じゃあ私は前の車両を調べてくるわ。ドラコは後ろをお願い」

 

 私はこの車両をマルフォイに任せると、貫通路を通って更に前の車両へと移動した。

 気取ったお坊ちゃんではあるが人を思いやれるいい子じゃないか。

 私は感心しつつ先頭の車両までカエルを探し、最後に車掌に話を聞く。

 カエルは見ていないとのことだったが、そろそろホグワーツに着くから制服に着替えた方がいいと助言を受けた。

 私は車掌にお礼を言うと、来た道をまっすぐ引き返す。

 結局前の車両にはカエルはいなかった。

 どこかのコンパートメントに潜り込んでいるとしたらホグワーツに着くまでに見つけ出すことはできないだろう。

 私はカエル探しを諦めると最後尾の車両まで戻った。

 その途中で少し悔しそうなマルフォイたちとすれ違う。

 

「ごめん、君のカエルは見つからなかったよ」

 

 マルフォイは申し訳さなそうに言う。

 別にカエルは私のではない。

 マルフォイは何か勘違いしているようだが、私はマルフォイの横の少年が指に怪我をしていることの方が気になった。

 

「大変、血が出てるわ」

 

「馬鹿なネズミに噛まれたんだ」

 

 指を怪我している少年はたどたどしく言った。

 私は小物入れから絆創膏を取り出すと、少年の指に貼る。

 

「いい? 向こうに着いたらすぐに先生に言って適切な治療を受けること。そのままにしてると最悪腕が腐り落ちるわよ?」

 

 怪我した少年はわかりやすく恐怖に顔を歪める。

 ネズミはどんな細菌を持っているかわからない。

 少々大袈裟に脅しておいたほうがいいだろう。

 

「ああ、そうだな。ホグワーツに着いたら清めの魔法と治癒の魔法を掛けてもらおう。サクヤ、僕が責任を持ってゴイルを医務室に届けるよ」

 

 マルフォイはポンとゴイルの肩を叩く。

 その様子なら安心だろう。

 私は立ち去るマルフォイたちの後ろ姿を見送り、自分の荷物の置いてあるコンパートメントに戻った。

 私がコンパートメントに入ろうと扉に手を掛けた瞬間、中からロンの声が聞こえてくる。

 

「スキャバーズが喧嘩してたんだ。僕たちじゃないよ。よければ着替えるから出ていってくれないか?」

 

「みんながあんまりにも子供っぽい振る舞いをするもんだから様子を見に来ただけよ」

 

 いきなりコンパートメントの扉が開き、先程ネビルのカエルを探していた少女が通路へと出てくる。

 かなり機嫌が悪いのか、ズンズンと足を踏み鳴らして私の横を通り過ぎていった。

 

「着替えるなら少し待ってた方がいいかしら」

 

 私はコンパートメントを覗き込み、中を確認する。

 床にはお菓子が散乱しており、しかめっ面のロンがスキャバーズを片手に立ち尽くしていた。

 

「……えっと、ハリケーンにでもあったの?」

 

「なんでもない! 着替えるからちょっと待ってて」

 

 ハリーは口早にそう言うとコンパートメントの扉を閉める。

 数分慌てて荷物をひっくり返す音が聞こえた後、ホグワーツの制服姿の二人がコンパートメントから出てきた。

 

「誰も入ってこないように見てるから」

 

「ありがと」

 

 私はハリーとロンと入れ替わるようにコンパートメントに入る。

 先程と比べると、コンパートメントの中はいくらか片付いていた。

 

「さて……と」

 

 私はスーツケースの中からホグワーツの制服を取り出すと、着ていた服を脱いでホグワーツの制服へと着替える。

 足首まで届く長いローブは去年孤児院で行ったハロウィンの仮装を思い出させた。

 

「もういいわよ」

 

 私はコンパートメントの扉を開いて二人を呼ぶ。

 次の瞬間、車内に先程話を聞いた車掌の声が響き渡った。

 

「あと五分でホグワーツに到着します。荷物は学校に届けますのでそのまま車内に置いていってもらって構いません」

 

 私は扉の前に立つ二人の顔を見る。

 ハリーもロンも私と変わらないぐらい顔を青白くしていた。

 

「大丈夫? 随分顔色が悪いけど……」

 

 ハリーとロンは互いに顔を見合わせる。

 

「いや、ちょっと緊張してるだけ」

 

 ハリーは音が聞こえるほど大きく唾を飲む。

 

「とにかく、降りる準備をしよう」

 

 ロンは広げていた荷物を片付け始める。

 私も余ったお菓子を自分のスーツケースに詰め込んだ。

 汽車は次第に速度を落としていき、車両の通路は生徒で溢れかえる。

 

「焦ることもないし、みんなが降りてからゆっくりいきましょう?」

 

 窓の外の景色が完全に停止する。

 ガチャンと扉が開く音がしたあと、通路にいた生徒達が堰を切ったように出口へと進んでいく。

 私たちはコンパートメントで少し待機し、人の波が落ち着いてから汽車を降りた。

 そこは小さなプラットフォームだった。

 周囲はすっかり暗くなっており、周囲は若干肌寒い。

 ああ、北に来たんだなぁと私がしみじみ思っていると、前から大きな影が近づいてきた。

 見間違いようがない、ハグリッドだ。

 

「一年生! 一年生はこっちだ! よぉ、ハリー、サクヤ、元気そうだな」

 

 大きなランタンを持ったハグリッドは私たちのほうを見て笑いかけてくる。

 少し話そうかとも思ったが、ハグリッドは私たちの返事を待たずにズンズンと小道を進んでいってしまった。

 私たちは急いでハグリッドの後を追う。

 ハグリッドは草木を掻き分け、踏みしめながら先頭を歩いていく。

 

「もうすぐホグワーツが見えるぞ」

 

 ハグリッドがこっちを振り返りながら言う。

 その瞬間狭い小道が一気に開け、大きな湖の畔に出た。

 

「これが、ホグワーツ……」

 

 湖の向こうには古めかしくも大きな城が見える。

 城には大小様々な塔が伸びており、星の光が窓に反射して幻想的な雰囲気を醸し出していた。

 他の生徒と同じように私は星明かりに照らされるホグワーツ城に見惚れる。

 私はこれからあのおとぎ話から出てきたような城で魔法を学ぶのだろう。

 今までの孤児院とは違う。

 今まで暮らしてきた世界とは違う。

 

「四人ずつボートに乗って!」

 

 ハグリッドは湖に繋がれているボートを指差す。

 私とハリーとロンはカエルを探していた少年、ネビルとともにボートへと乗り込んだ。

 

「みんな乗ったか? よし、進めぇ!」

 

 ハグリッドは一年生全員がボートに乗り込んだのを確認すると、大きな声で号令を出す。

 すると、ボートは湖の上を、滑るように進んでいった。




設定や用語解説

百味ビーンズ
 なんでもありなビーンズグミ。現実の世界でもすごい再現率なものが買える。

マルフォイのカエル探し
 マルフォイ「おい、カエルを見なかったか?」
 ネビル「僕も探してるんだけど、どこにもいなくて……」
 マルフォイ「おい、カエルを見なかったか?」
 車内販売のおばちゃん「蛙チョコならありますよ?」
 マルフォイ「おい、カエルを見なかったか?」
 ハーマイオニー「貴方たちもカエルを探してるの?」

 結局見つかりませんでした。

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組み分けと帽子と私

 私たちを乗せたボートは自動的に湖の上を進むと、ホグワーツ城の真下にある崖の中へと入っていく。

 どうやら地下から城の中へと入るようだ。

 私はローブが濡れないように注意しながらボートを降りると、一年生の集団に混じる。

 

「ん? これはおまえさんのカエルか?」

 

 下船したあとのボートを調べていたハグリッドが船底からヒョイとヒキガエルを持ち上げた。

 

「トレバー!」

 

 それを見て、ネビルは大喜びでハグリッドのもとに駆けていく。

 何にしても無事カエルが見つかったようで何よりだ。

 ハグリッドはカエルをネビルに手渡すと、かわりに船につけていたランタンを手に取る。

 

「みんなおるか? お前さんはちゃんとカエルを持っとるな?」

 

 大声で確認した後、ハグリッドは崖の上へと続く階段を登り始めた。

 階段を登った先は草むらになっており、目の前には巨大と言って差し支えないホグワーツ城がそびえ立っている。

 その中央にはハグリッドが小さく見えるほどの大きな樫の木の扉があった。

 ハグリッドは大きな手を握りしめて扉を三回ノックする。

 その瞬間巨大な扉が少し開き、中からマクゴナガルが姿を表した。

 

「マクゴナガル先生、一年生を連れてきました」

 

「ご苦労ですハグリッド。ここからは私が預かります。一年生の皆さん。私の後についてきてください」

 

 マクゴナガルは私の顔をチラリと見ると、クルリと背を向けて玄関ホールを歩いていく。

 私たちはマクゴナガルの先導のもと巨大な玄関ホールを通り抜ける。

 そしてそのまま狭い小部屋のようなところへと連れてこられた。

 

「一年生の皆さん、ホグワーツ入学おめでとう」

 

 マクゴナガルは部屋全体を見渡しながら言う。

 

「貴方たちの歓迎会がまもなく始まりますが、その前にどこの席に座るか、どこの寮に入るかを決めなくてはなりません。寮の組み分けは非常に大切な儀式であり、入った寮の寮生が皆さんの新しい家族になります。共に勉学に励み、共に食事を取り、共に眠る。グリフィンドール、レイブンクロー、ハッフルパフ、スリザリンの四つの寮があります。それぞれ輝かしい歴史を持ち、偉大な魔女や魔法使いが卒業しました。どの寮に入ったとしても、皆さんの誇りとなるでしょう。まもなく組み分けが始まります。身なりを整えておくように」

 

 マクゴナガルはそう言って小部屋を出て行く。

 部屋が生徒だけになったためか、みな囁くように周囲の者と話し始めた。

 

「いったいどうやって寮を決めるんだろう」

 

 ハリーは不安そうな顔でロンに聞く。

 

「試験のようなものだと思う。凄く痛いってフレッドは言ってたけど、きっと冗談だ」

 

「試験ねぇ……私呪文なんて一つも知らないわ。魔方陣は書けても魔法陣は書けないもの」

 

「僕は魔方陣すら書けないよ」

 

 私は周囲を見回して先程コンパートメントを訪れた少女を見つける。

 少女は今まで覚えたであろう呪文を片っ端から呟いていた。

 

「皆が彼女のように魔法使いの家の生まれで、魔法が得意というわけではないんだし、魔法の試験ってことはないんじゃないかしら」

 

 私はハリーを勇気付けるためにそう言う。

 だがハリーはいっそう表情を暗くした。

 

「彼女アレでもマグル生まれのマグル育ちなんだよ。ホグワーツから手紙が届いて自分が魔法使いだって知ったって」

 

 私が疑問符を浮かべていると、小さな声でロンが教えてくれる。

 やけに魔法に詳しいので、彼女も所謂名家の生まれなのだと思ったが、どうやら違ったようだ。

 

「サクヤは何か予習してきた?」

 

 ハリーは恐る恐る私に聞いてくる。

 私は静かに首を横に振った。

 

「教科書は軽く捲ったけど、呪文は何も。実感が湧かないのよ。杖を振って魔法を使うっていう」

 

 私の知る常識とかけ離れ過ぎていて、入学までの間呪文は勿論のこと杖に触ってすらいなかった。

 もっとも、私は時間停止というあまりにも便利な力を持っているが、だからといって魔法の世界にすんなり馴染めるかといえば、そうではない。

 生まれ育った環境というのはあまりにも大きかった。

 

「まもなく組み分けが始まります。一列になってついてきてください」

 

 マクゴナガルが戻ってきて、部屋の扉を大きく開く。

 ついに組み分けの儀式が始まるということか。

 私たちはマクゴナガルについて小部屋を出て、一度玄関ホールへと戻る。

 そして大広間へと足を踏み入れた。

 そこは今まで見たこともないような空間だった。

 空中には無数の蝋燭が浮かんでおり、四つの大きな長机を照らしている。

 長机には既に多くの生徒が座っており、皆興味ありげに私たちの顔を覗いている。

 天井には満天の星空が映し出されており、まるで話に聞くプラネタリウムのようだった。

 四つの長机の間を通って職員が座っているのであろう長机の前まで案内される。

 そしてそのまま職員に背を向けるように、在校生に対面するように並んだ。

 私たちが在校生の好奇の目に晒されていると、マクゴナガルが私たちの前に椅子を一つ置く。

 そしてその上に魔法使いが被るようなトンガリの、ボロボロの帽子を一つ置いた。

 皆がその帽子に注目する。

 次の瞬間、帽子が裂け目を口のように動かして歌い出した。

 

 

 

 

 

 帽子が歌い終わると、大広間が喝采に包まれる。

 帽子の歌の内容を要約するとこうだ。

 この帽子が入る寮を決めるということ。

 グリフィンドールには勇敢な者が、レイブンクローには賢い者が、ハッフルパフには優しい者が、スリザリンには真の友を得ようとする者が集まるということ。

 どうやら私たちは一人ずつあの帽子を被り、寮を決められるらしい。

 試験なようなものは無いと予想はしていたが、このように決めるのは予想外だった。

 

「なんだ! 僕たちはただ帽子を被るだけ! フレッドのやつあとで覚えてろよ!」

 

 先程まで顔を青くしていたロンは途端に元気になり憤慨する。

 周囲がざわめく中、マクゴナガルが一歩前に出てよく通る声で言った。

 

「呼ばれた者から椅子に座って帽子を被り、組み分けを受けてください」

 

 それを聞いて大広間は一瞬で静まり返る。

 

「では、始めます。ハンナ・アボット」

 

 マクゴナガルに呼ばれて金髪おさげの少女が少々転びそうになりながら椅子の前に出てくる。

 そして椅子に座り恐る恐る組み分け帽子を被った。

 次の瞬間組み分け帽子が大声で宣言する。

 

「ハッフルパフ!」

 

 長机の一つから大きな拍手と喝采があがった。

 少女は照れながらもテーブルの方へと駆けて行き、空いている椅子に座る。

 

「スーザン・ボーンズ」

 

「ハッフルパフ!」

 

「テリー・ブート」

 

「レイブンクロー!」

 

 その後も次々と名前を呼ばれては、寮を決められていく。

 その度に決まった寮の机から喝采があがった。

 ネビルのカエルを探していた少女(名前をハーマイオニー・グレンジャーというらしい)は組み分け帽子自体が組み分けに少々悩んだらしく、四分ほどじっくり悩んでグリフィンドールと叫んだ。

 その後のネビルにも組み分け帽子は散々悩み、最終的にグリフィンドールと叫ぶ。

 いや、ネビルのそれは悩んでいるというより説得しているように見えた。

 逆に言えば、マルフォイなど一瞬だった。

 帽子が頭に触れるか触れないかというところでスリザリンと叫ぶ。

 マルフォイは満足げな笑みを浮かべてスリザリンの長机に座ると、こちらに目配せした。

 彼はどうやら私にもスリザリンに来てほしいらしい。

 

「ハリー・ポッター」

 

 その後も組み分けは続き、ついにその名前が呼ばれる。

 ハリーの名前が呼ばれた瞬間、大広間はざわめきに包まれた。

 ハリーは今にも死にそうな顔をしながら椅子に座り、どこか祈るようにしながら組み分け帽子を深く被る。

 

「グリフィンドール!」

 

 組み分け帽子は少し悩んだあと、大声でそう叫んだ。

 次の瞬間グリフィンドールの長机が爆発したかのような大喝采と拍手が起こる。

 ハリーはようやく一息つけたのか、グリフィンドールの机に座る頃には笑顔が戻っていた。

 

「サクヤと僕だと、どっちが先だ?」

 

 ロンが小さな声で聞いてくる。

 冷静に考えればすぐにわかることではあるのだが、ロンはそれどころではないようだった。

 

「貴方よ」

 

「ロナルド・ウィーズリー」

 

 私がそう言うと同時にロンの名前が呼ばれる。

 ロンはギクシャクした足取りで椅子に座ると、覚悟を決めて組み分け帽子を被った。

 

「グリフィンドール!」

 

 組み分け帽子はすぐさま寮名を叫ぶ。

 ホグワーツ特急の中で兄弟皆グリフィンドールに入っていると言っていたが、ロンもその例に漏れずグリフィンドールとなったようだ。

 

「サクヤ・ホワイト」

 

 マクゴナガルに名前を呼ばれて、私は椅子の前まで移動する。

 そして椅子の上に置かれた組み分け帽子を手に取った。

 

「貴方かわいそうなぐらいボロボロね」

 

 私は組み分け帽子をそっと撫でると、椅子に座って組み分け帽子を被る。

 私の頭には少々大きかったのか、帽子は私の目元まで落ちて止まった。

 

「ふむ、今年は難しい生徒が多いのう……君は特に難しい」

 

 組み分け帽子はブツブツと独り言のように呟く。

 

「君は非常に勤勉で頭がいいようじゃな。だが、君には隠れた忠誠心がある。一度忠誠を誓った相手には自分の命すらいとわないじゃろう」

 

「じゃあレイブンクローかハッフルパフ?」

 

 私は組み分け帽子に尋ねる。

 

「ふむ、そうじゃな。だがワシが思うに、スリザリンも悪くない。君はスリザリンに入れば、間違いなく偉大な魔法使いになるじゃろうな。考え方が合う友もきっと見つかるじゃろう」

 

「グリフィンドールは?」

 

「論外じゃな」

 

 即答だった。

 どうやら帽子はレイブンクローかハッフルパフかスリザリンかで相当悩んでいるようだ。

 だが、そこまで即答されてしまっては、私としてはその先の可能性が気になってしまう。

 

「私としてはグリフィンドールがいいなと思っていたんだけど」

 

「ふむ、君の希望としてはグリフィンドールなのか。それは本心かな?」

 

 本心も何も、私自身にはどの寮にも執着はなかった。

 グリフィンドールに入りたい理由があるとすれば、仲良くなったハリーやロンがいるから。

 まあそれぐらいしか思い浮かばなかった。

 

「ふーむ、どうしたものか……きっとどの寮に入っても君はうまくやっていける。だが、入った寮によって君の人生は大きく変化するじゃろう」

 

 組み分けに時間が掛かっているためか、少し心配そうな顔でマクゴナガルがこっちを見ている。

 周囲もなかなか決まらない私の組み分けに、少々ざわつき始めていた。

 

「スリザリン……いや、レイブンクローか……」

 

「だからグリフィンドールは?」

 

「グリフィンドールは君には合ってない。それをわかったうえで言っておるのか?」

 

「まあね」

 

「うーむ、難しい生徒じゃのう……」

 

 私にはそこまでグリフィンドールの素質がないのか。

 確かに私は小心者で性格もひねくれているかもしれない。

 だが、上っ面はちゃんと優等生を演じられているはずだ。

 私の頭の上に組み分け帽子が置かれてから既に五分以上が経過している。

 

「そこまで迷うなら私に選ばせてよ」

 

「選んだ結果がグリフィンドールじゃから迷っておるんじゃ」

 

 ふむ、私がグリフィンドール以外を選べば、そこまで迷わないのか。

 私は他三つの寮のどこに入りたいのか真剣に考えてみる。

 勉強ができるほうではあると思うが、勉強が好きなわけではない。

 孤児院では優しく面倒見のいい少女で通っているが、あくまで体裁を保つだけの人付き合いだ。

 考え方が合う友達が欲しいかといえば、欲しくないのが結論だった。

 きっと私は同族嫌悪するタイプだろう。

 私は組み分け帽子と一緒にうんうんと悩む。

 だが、次の瞬間組み分け帽子が溢した言葉に、私は固まってしまった。

 

「君のその時間を止める能力を鑑みると……」

 

 それを聞いた瞬間、私は時間を止めていた。

 静かに椅子から立ち上がると、帽子を掴んで目の前に掲げる。

 

「ワシは被った者の記憶を読む。それを頼りに組み分けを行うのじゃから当たり前じゃろう?」

 

 組み分け帽子は悪びれる様子もなくそう言う。

 いや、今はそれどころではない。

 知られた。

 知られた。

 知られた。

 

「知られたのなら、仕方がないわね」

 

 私は組み分け帽子を片手に、長机の方へと移動する。

 そして大きな七面鳥に刺さっているナイフを手に取った。

 

「心配せんでいい。ワシは決して組み分けの際に読んだ記憶を公表することはないわい」

 

「そんなの信用できないわ」

 

 私は長机に組み分け帽子を投げ捨てる。

 組み分け帽子はじっと私の方を見た。

 

「ここでワシを引き裂いて、その後どうするつもりじゃ? 確かにワシを引き裂けば、君のその能力の秘密は守られるじゃろう。で、その後どうする? バラバラになったワシを頭の上に乗せて時間停止を解除するのか? それともこの場から逃げ出すのか?」

 

 確かに、組み分け帽子の言う通りではある。

 だが、私にはこの時間を止める能力がある。

 一秒も掛からず、ロンドンまで帰ることだって可能だ。

 

「サクヤ・ホワイトよ。ここは魔法界じゃ。マグルの世界では逃げ切れるとしても、魔法界で同じことが通じると思わんほうがいい。それに、ダンブルドアの面前じゃ」

 

 私は七面鳥にナイフを突き刺し戻すと、組み分け帽子を掴み直す。

 

「それでいい。だが、誓って約束しよう。ワシは君の秘密を決して誰にも語らん。そもそも語れんようになっておる。ワシを作ったのはホグワーツを創設した魔法使いたちじゃが、ダンブルドアとてそんな偉大な魔法使いたちが作ったワシに、開心術など使えんじゃろう」

 

「……なら、いいんだけど」

 

 私は訝しげに組み分け帽子を睨むと、帽子を被り椅子に座り直す。

 そして時間停止を解除した。

 

「で、結局私が入る寮はどうするのよ」

 

 私は組み分け帽子に再度問う。

 

「今のやり取りで決まったわい」

 

 組み分け帽子は大きく息を吸うように尖った先端をくねらせる。

 

「スリザリン、と行きたいところじゃがグリフィンドール!!」

 

 組み分け帽子は大きな声でそう宣言した。

 私は用事は済んだと言わんばかりに組み分け帽子を椅子に置くと、グリフィンドールの長机へと移動する。

 拍手とともに迎えられた私は、空いている席へと座った。




設定や用語解説

魔方陣
 縦、横、斜めの和が同じ数字になるn×n個の正方形の方陣のこと。一般的にn×nまでの数を過不足なく使う。

「サクヤと僕だと、どっちが先だ?」
 ウィーズリーはWeasley。ホワイトはWhiteなのでロンの方が先。

サクヤの素質
 サクヤはグリフィンドール以外の全ての素質を持ち合わせている。頭が良く、忠誠を誓った者にはとことん忠実で、目的のためなら手段を選ばない。

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歓迎会と立ち入り禁止の廊下と私

 組み分け帽子とのひと悶着の結果、私の入る寮はグリフィンドールに決定した。

 一体どんな理由で組み分け帽子は私をグリフィンドールに入れようと思ったのかはわからないが、結果としては私の希望通りだった。

 

「随分長かったな。僕が今まで見てきた中では最長かもしれない」

 

 横に座っている上級生がからかい交じりに言う。

 

「やっぱり長かったですよね」

 

「いやでも、無事寮が決まって何よりだよ。グリフィンドールへようこそ」

 

 上級生はそう言って私に右手を差し出す。

 私は握手に応えながら自己紹介をした。

 

「サクヤ・ホワイトです。これからよろしくお願いします」

 

「オリバー・ウッドだ。グリフィンドールのクィディッチのキャプテンをやってる。君はクィディッチはやるかい?」

 

 クィディッチ、どこかで聞いたことがあるような気がするが、よく思い出せない。

 だが、キャプテンということはクィディッチはスポーツのような何かなのだろう。

 

「すみません、私魔法界のことはよく……」

 

「っと、それならクィディッチのことは知らないか。だが大丈夫だ。すぐにクィディッチが好きになる!」

 

 何が大丈夫かはわからないが、彼のクィディッチに対する情熱は本物のようだった。

 そうしているうちに、最後の生徒の組み分けが終わり、教師陣の中央に座っていた老人が立ち上がる。

 それを見て、皆がその老人に注目した。

 私はその老人を見たことがある。

 ホグワーツ特急で食べた蛙チョコのおまけのカードの中に、その老人のカードがあった。

 

「彼がアルバス・ダンブルドア。この学校の校長だ」

 

 横に座っているウッドが説明してくれる。

 ダンブルドアはにっこりと笑うと、大きな声で話し始めた。

 

「おめでとう新入生諸君! おめでとう! 歓迎会を始める前に、二言、三言言っておかねばの。では、いきますぞ。そーれわっしょい! こらしょい! どっこいしょ! 以上!」

 

 ダンブルドアの良くわからない挨拶に、皆が大きな歓声とともに拍手喝采する。

 本当に意味が分からないが、あのよくわからないノリは嫌いではなかった。

 ダンブルドアが座った瞬間、目の前の机に料理が出現する。

 どうやら歓迎会とやらが始まったようだった。

 私は目の前に並んでいる料理に舌鼓を打つ。

 時間停止という能力を持っている私だが、孤児院という特性上、好きなものが食べられるわけではない。

 朝昼晩と皆で一緒に食事を取る関係上、私が食べる料理はいつも質素だった。

 

「凄い料理……もしかして毎日こんな料理が?」

 

「流石に毎日ではないな。でも、ホグワーツの料理は美味しいぞ。僕が保証する」

 

 ウッドはそう言いながら自分の皿にローストビーフを山盛りにしている。

 

「ほら、サクヤも食え食え。なにが好きだ?」

 

 そう言ってウッドは私の皿に色々な料理をよそい始めた。

 ローストビーフにローストチキンにベーコン、ステーキ、グリルポテトにラムチョップ。

 彼の好みなのか、皿には肉ばかりが乗っていた。

 私はフォークを手に取ると、ローストビーフを突き刺す。

 本でしか読んだことのない料理だ。

 肉が赤いが、ちゃんと火が通っているのだろうか。

 私は恐る恐るローストビーフを口の中に入れる。

 

「……美味しいわね」

 

「だろう? ここの料理は全部旨いが、イチ押しはローストビーフだね」

 

 ウッドはそう言って自分の皿の肉を口の中に詰め込み始める。

 私も負けじと自分の皿の料理を口の中に放り込んだ。

 どの料理も今まで食べたことがないぐらい美味しい。

 組み分けの時の殺伐とした空気はどこへやら、私は心行くままに料理を楽しんだ。

 

「ほほう。君が組み分け困難者かな?」

 

 私が料理を楽しんでいると、不意に机の下から声がかかる。

 次の瞬間、机の下から半透明の何かが机を突き抜けてせり上がってくる。

 半透明のそれははっきりとした人型をしており、私は直感的にそれがゴーストであるとわかった。

 

「組み分け困難者?」

 

 私はゴーストが実在していたことに内心驚きつつも、ゴーストに聞く。

 ゴーストは私が驚かなかったためか、少々悔しがりつつ私の質問に答えた。

 

「組み分けに五分以上の時間が掛かった新入生をそう呼ぶのですよ。意外かもしれませんが、あの組み分け帽子が五分以上悩むというのは物凄く珍しいことなのです」

 

 ゴーストはマクゴナガルを見ながら続ける。

 

「ここ十年以上組み分け困難者は出ておりませんでした。まあ珍しいことではありますが、悪いことではありません。そもそも組み分け困難者という単語自体知っている生徒は少ないでしょう」

 

 ゴーストはそう言うと、今度は自分の自己紹介を始めた。

 

「おっと、申し遅れました。私はニコラス・ド・ミムジー・ポーピントン卿といいます。グリフィンドール付きのゴーストです」

 

「やあ、ほとんど首無しニック。厨房でピーブズが暴れたんだって?」

 

 横にいるウッドがゴーストをそのように呼んだ。

 ほとんど首無しとはどういう意味だろうか。

 

「やあ、ウッド。いい夜ですね。ピーブズが暴れなければもっといい夜でした。危うく今目の前に並んでいる料理が全て台無しになるところでしたよ」

 

 そう言ってゴーストは肩を竦める。

 

「ですが、新入生の前でぐらいは本名で呼んで欲しいところですね」

 

「ほとんど首無しって、どういうこと?」

 

 私がゴースト、ほとんど首無しニックに聞くと、ほとんど首無しニックは左耳を無造作に掴み、引っ張った。

 

「ほら、この通り」

 

 ほとんど首無しニックの首がぱたりと横に倒れる。

 首は皮一枚で胴体と繋がっており、そこがほとんど首無しの所以なのだろう。

 

「このせいで私は首なし狩りクラブに入れませんし、首ポロにも出れません」

 

「自分で残り少しを切り取ったらいいんじゃない?」

 

 私が提案すると、ほとんど首無しニックは驚いたように後ずさった。

 

「可愛い顔して随分えぐいことを言いますね。ですが残念なことに、ゴーストはこれ以上怪我をすることも治ることもありません。なにせ、もう死んでいるのですから」

 

 ほとんど首無しニックは悲しそうに肩を竦めると、そのまま机の下へと消えていった。

 

「ホグワーツにいるゴーストの中では一二を争うぐらいにはニックはいいゴーストだよ。何か困ったことがあったら相談してみるといい。グリフィンドール寮に取り憑いているからよく会うと思うよ」

 

 ウッドは肉を詰め込む作業に戻りながらそう言う。

 私もフォークを握り直し、料理を口に運んだ。

 しばらく料理を楽しんでいると、不意に机の上から料理が綺麗さっぱり消え去る。

 まだ満足はしていなかったが、皆の満足そうな顔を見るに、もう歓迎会は終わりということだろう。

 料理が消えると同時に、ダンブルドアが立ち上がる。

 特にやることもないので、ダンブルドアの話を聞くことにした。

 

「皆、よく食べ、よく飲んだことじゃろう。新学期に入る前に少しお知らせがある。まず一つ。禁じられた森への立ち入りは、文字通り禁じられておる。二つ目に、管理人のフィルチさんから授業の合間に廊下で呪文を使わんでほしいという忠告があった。気を付けるように。また、とても痛い死に方をしたくない者は今年いっぱいは四階右側の廊下には入らんように」

 

 とても痛い死に方。

 あまりにも学校という場所には似つかない言葉だ。

 一体四階に何があるというのだろうか。

 

「冗談にしては笑えないわ」

 

「いや、多分冗談じゃない。でもおかしいな。立ち入り禁止の場所があるときは必ず理由を言うのに」

 

 ウッドが私の独り言に反応する。

 なんにしても、何がどう危険なのか調べておいた方がいいだろう。

 私は密かに決心すると、ダンブルドアの話に意識を戻した。

 

「では、寝る前に皆で校歌を歌おうぞ」

 

 ダンブルドアは杖を取り出すと、軽く振るう。

 すると金のリボンのようなものが杖から出て、空中に歌詞を作り上げた。

 

「ではみんな好きなメロディーで。……さん、はいっ!」

 

 全員が好き勝手に空中に表示された歌詞を歌い始める。

 私も有名な歌の替え歌のような感じで歌詞を歌い切った。

 

「あぁ、音楽は何にも勝る魔法じゃな。それでは諸君、よい夢を」

 

 ダンブルドアはそう言い残すと、大きくあくびをして大広間を出ていく。

 それを合図にしてロンのお兄さん、パーシーが声を張り上げた。

 

「一年生! 談話室に案内するから僕についてきて!」

 

 私はぞろぞろとパーシーについていく一年生の集団に合流する。

 その途中で眠そうなハリーと興奮冷めやらぬ様子のロンと合流した。

 

「サクヤもグリフィンドールなんだね。ちょっと意外だったかも」

 

「そうかしら」

 

 ロンは少し頬を掻きながら答える。

 

「レイブンクローに入ると思ってたよ。そんな雰囲気」

 

「組み分け帽子も結構悩んでいたみたいだけどね」

 

 私たちはパーシーの後に続いてホグワーツの廊下を歩く。

 しばらく歩いていると、パーシーは廊下の突き当りにある一つの肖像画の前で立ち止まった。

 肖像画の絵はまるで生きているように動いており、近づいてきたパーシーに気が付き軽く手を振る。

 

「合言葉は?」

 

 肖像画に描かれている太った婦人は、パーシーにそう聞く。

 

「カプート ドラコニス」

 

 パーシーがそう唱えると、肖像画は前に開く。

 その後ろの壁には丸い穴が開いていた。

 どうやら、そこがグリフィンドールの談話室の入り口らしい。

 一年生は順番に少し高い位置にある穴へとよじ登っていく。

 私は一人でなかなか登りきることが出来ないネビルのお尻をグイッと穴へと押し上げると、自分もよじ登った。

 穴を潜った先には円形の部屋が広がっていた。

 部屋には肘掛け付きの椅子が沢山並べられており、かなり居心地が良さそうだ。

 

「暖炉もついてるし、孤児院と比べたら居心地は良さそうね」

 

 孤児院では同部屋の少女が養子に取られて出ていったためしばらく一人部屋だったが、流石にここでも個室というわけにはいかないだろう。

 私は女子寮と書かれている扉を開け、螺旋階段を上る。

 部屋の構造を見るに、ここはホグワーツ城にある塔の一つのようだった。

 螺旋階段を取り囲むようにして、ドーナッツ型の部屋が階層状に並んでいる。

 どうやら女子寮は九階建てのようだ。

 私は自分の部屋を探して螺旋階段を上がっていく。

 どうやら一年生の部屋が一番上で、最高学年の部屋が一番下になっているようだった。

 私は螺旋階段を一番上まで上ると、部屋の扉を開ける。

 そこには真紅のカーテンがかかった天蓋付きのベッドが四つ並んでおり、そのうちの一つに私の荷物は置いてあった。

 

「あら、貴方も同じ部屋なのね」

 

 声がした方向を振り向くと、ホグワーツ特急でネビルのカエルを探していた少女、ハーマイオニー・グレンジャーが荷物の整理をしていた。

 

「ええ、これからよろしくね」

 

「……私はハーマイオニー・グレンジャー。ハーマイオニーでいいわ」

 

 そういえばまだ自己紹介をしていなかったか。

 私は今日一番の笑顔を作ると、ハーマイオニーに対し名前を名乗った。

 

「サクヤ。サクヤ・ホワイトよ」

 

「サクヤ……日本の神様みたいな名前ね」

 

 サクヤと聞いてすぐそれが出てくるあたり、この少女の知識量はかなりのものだ。

 

「孤児院の院長がつけてくれたものなの。日本の神様に木花咲耶姫っていう神様がいるらしくて、そこから名前を貰ったんですって」

 

「やっぱり! 絶対そうだと思ったわ」

 

 少々背伸びしているが、やはり年相応の十一歳。

 自分の予想が当たってハーマイオニーは大喜びだった。

 まあ、実のところ私の名付けに日本の神様はこれっぽっちも関係ないのだが。

 私はその後同じく同部屋のパーバディ・パチルとラベンダー・ブラウンとも挨拶を交わす。

 パーバディ・パチルは双子の妹がいるらしいが、妹の方はレイブンクローに組み分けされたらしい。

 

「離れ離れになって寂しいんじゃない?」

 

 私は少々冗談交じりにパーバディに聞く。

 だがパーバディはあっけらかんと答えた。

 

「顔も身長も声も一緒。寮まで一緒になったら全く区別できなくなるわよ? それに自分たちは違う人間なんだって証明されたみたいで少し嬉しいの」

 

 なるほど、そういう考え方もあるのか。

 一方ラベンダーはというと、可愛いもの好きのどこにでもいそうな女の子といった印象を受けた。

 ただし、根っからの魔法使いの家庭で育った、という枕詞がつくが。

 魔法界での流行り物は彼女に聞くのが早そうだ。

 私は挨拶を済ませるとベッド下の収納に多くない私物を押し込むと、お古の寝巻きを着てベッドに潜り込む。

 ハーマイオニーはまだ荷物の整理をしているようだ。

 横からガサゴソと物音がするが、うるさいのには慣れている。

 私は物音を気にすることなく眠りに落ちていった。

 

 

 

 

 

 数時間後、私は静かに目を開けた。

 ベッドの中で辺りを軽く見回し、部屋の全員が寝静まっているのを確認すると、そのまま時間を止めた。

 私はゆっくりと起き上がり、大きく背伸びをする。

 寝巻きから動きやすい服に着替え、荷物からポーチを取り出し腰に巻く。

 そして螺旋階段を下り女子寮から談話室に移動した。

 

「さてと。四階の右側廊下だったかしら」

 

 私は談話室を横切り、肖像画を静かに押す。

 特殊な鍵が掛かっていたらどうしようかと思ったが、肖像画は軽い手応えとともにゆっくりと開いた。

 私は肖像画の中にいる太った婦人の時間が止まっていることを確認し、肖像画を開けたまま暗いホグワーツの廊下を歩く。

 

「流石に暗いわね」

 

 私はポーチから懐中電灯を取り出すと、ボタンを押して明かりをつける。

 あまり強い光ではないが、周囲を照らすには十分だった。

 私はそのまま階段を下り、四階まで移動する。

 大広間から談話室まで移動した際はあらゆるものが意思を持って動いていたが、時間の止まった世界では、全てのものが平等に動かなかった。

 

「さて、四階の右側……ここね」

 

 私は指紋が残らないように手袋をはめると、静かに扉を押す。

 扉はまったく動くことはなく、どうやら鍵が掛かっているようだった。

 まあ当然だ。

 私はポーチから細い金属の棒を取り出すと、鍵穴に差し込む。

 このレベルで古い建物ならウォード錠だろう。

 だとしたら簡単に開くはずだ。

 

「あらよっと」

 

 私は隙間から鍵を押し上げ、くるりと回す。

 カタンと音がして、鍵は簡単に開いた。

 

「さてさて、一体何があるのかしら」

 

 私は特に躊躇することなく扉を開ける。

 扉の奥は廊下となっており、その途中に今まで見たこともないような化け物が鎮座していた。

 

「これは……犬?」

 

 化け物はかなりの巨体だ。

 大きさからして普通の犬ではない。

 私は動物園には行ったことがなかったのでライオンを見たことはなかったが、確実にこの犬はライオンよりも大きいと断言できる。

 今は伏せているが、起き上がれば廊下の天井に頭がついてしまうのではないだろうか。

 それに、この化け物が化け物たる由縁は大きさだけではない。

 この犬のような化け物には頭が三つあった。

 

「頭が三つの犬……まるでケルベロスのようね」

 

 もしくは、本当にケルベロスなのか。

 私はケルベロスに近づき、三つある顔をよく観察する。

 正面にある頭は目を瞑り眠っているように見えたが、その両隣にある二つの頭は、目を開き、正面の扉を見つめていた。

 

「ん? 首輪をしているわね。……フラッフィー?」

 

 私はグイっと首輪に顔を寄せ、懐中電灯で照らし名前を読み取る。

 

「フラッフィーって見た目じゃないけど……首輪をしているということはここで飼われているのよね?」

 

 何かしらの理由でこの化け物のような犬を飼育しないといけなくなったため、四階の右側廊下は立ち入り禁止、そういうことだろう。

 

「いや、こんな狭い部屋で飼わなくてもいいでしょうに。見たところ敷地は広そうだし、外で飼いなさいよ」

 

 まあその辺も何かしらの理由があるのだろう。

 私は立ち入り禁止の理由に納得すると、扉を閉めて元通り鍵を閉める。

 そして来た道をまっすぐ戻り、肖像画の穴をよじ登って肖像画を閉めた。

 

「無駄足……でもないか」

 

 私は大きく伸びをすると、女子寮に続く螺旋階段を上って自室に入る。

 そして寝間着に着替えるとベッドに潜り込み時間停止を解除した。




設定・用語解説

組み分け困難者
 実際にハリー・ポッターの原作でもある設定。原作キャラではマクゴガナルやペティグリューが該当します。

女子寮の構造
 原作の描写を元に考察

懐中電灯
 昔からよくあるような白熱球を使うモデル。LEDはまだない。ホグワーツではマグルの機械は使えないはずだが……

四階廊下
 サクヤはフラッフィーに気を取られており、隠し扉には気が付いていない

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変身術と魔法薬学と私

「──ッ!?」

 

 目が覚めた私は無意識的に時間を止め、体に掛かっていた毛布を蹴とばす。

 蹴とばした毛布はふわりと宙に浮くと、そのまま空中に静止した。

 

「ここどこ!?」

 

 私は見慣れないベッドと部屋に一瞬混乱したが、すぐにここがホグワーツ魔法魔術学校にある女子寮の部屋の中だったことを思い出す。

 そうだ、私はホグワーツという魔法学校に入学させられたのだった。

 私は寝惚け眼を擦りながら空中で静止している毛布を手に取り、ベッドに投げる。

 そして改めて周囲を見回した。

 同部屋の生徒はベッドの中に入っており、起きている様子はない。

 私はそれを確認すると、時間停止を解除した。

 

「……まあ、昨日の料理は美味しかったし、ベッドも綺麗で豪華だし」

 

 私は寝間着のまま洗面所へと向かうと、歯を磨いて顔を洗う。

 そういえば、今何時なんだろうか。

 私は洗顔を済ませると自分のベッドへと戻り、ポーチの中から数ポンドで買える安物のクォーツ時計を取り出した。

 

「……止まってる」

 

 クォーツ時計の液晶は十九時半を表示したまま固まっている。

 電池切れかとも思ったが、そんなことはないだろう。

 たとえ安かろうが、この時計は日本製だ。

 電池の寿命も七年と書かれていたと記憶している。

 買ってからまだ三年も経っていないため、電池切れということはないだろう。

 

「あら、ホグワーツではそういう電化製品は使えないらしいわよ」

 

 私が腕時計を眺めていると、横からハーマイオニーが覗き込んできた。

 

「そういう魔法が掛けられているんですって。『ホグワーツの歴史』っていう本に書いてあったわ」

 

「なるほど……」

 

 私は妙に納得すると、そのまま時間を止める。

 次の瞬間、腕時計は何事もなかったかのように動き出した。

 

「昨日懐中電灯が使えたのはそういう理由ね。電化製品は止まった時間の中でしか使えない」

 

 私は時間停止を解除すると、腕時計をポーチに仕舞い直す。

 クォーツの時計が使えないとなると、機械式時計を用意しないといけない。

 それとも、そういった物も外の機械と判断されてしまうだろうか。

 私は女子寮を出ると、談話室にある掛け時計を見る。

 しばらくはこのように各地に掛かっている時計を見ながら行動するしかないだろう。

 私がしばらく談話室で時間を潰していると、ハリーとロンが寝惚けながら男子寮から出てくる。

 二人とも一応制服は着ているが、ボタンを掛け違えていたりと、目が覚めているとは言えなかった。

 

「二人ともちゃんと顔洗った? ボタン掛け違えてるわよ」

 

 私は二人に身だしなみを整えさせ、三人で談話室を出る。

 なんにしても、朝ご飯を食べに行こう。

 

「サクヤ、僕あまりお腹空いてないんだけど……」

 

 ハリーは重そうな足取りで私の後ろをついてくる。

 どうやら昨日の夜食べ過ぎたらしい。

 

「朝ご飯はちゃんと食べないと駄目よ。オートミールでもいいから何かお腹に入れなきゃ」

 

 私は半ば強引にハリーを引きずりつつ大広間へ移動する。

 大広間の長机にはイギリスでは代表的な朝食であるイングリッシュ・ブレックファストやエッグベネディクト、チーズオムレツなど、様々な料理が並べられていた。

 

「わぁ……」

 

 私はつい感情が声に出てしまう。

 このような豪華な朝食は生まれて初めてだった。

 

「凄いわハリー! ロン! なんでもあるわよ!」

 

 私は二人を引っ張りながら机に近づき、椅子に座る。

 ハリーも料理を見たら食欲が湧いてきたのか、様々な料理に目を輝かせていた。

 私は皿にベーコンや目玉焼き、ソーセージなどを盛り付け、こってこてのイングリッシュ・ブレックファーストを作り上げる。

 

「見てこの完璧なイングリッシュ・ブレックファースト」

 

 ロンはそれを見て、対抗するように皿にベーコンを盛り始める。

 ハリーも負けじと皿に料理を盛り始めた。

 朝食が何もつけないパンじゃなくなっただけでも、ホグワーツに入学した甲斐があったかもしれない。

 

「そういえば、授業は今日から始まるのかな?」

 

 ロンがベーコンを掻きこみながら誰にでもなく聞く。

 確かに、昨日の夜は歓迎会があっただけで今日の話は全くなかった。

 

「やあ、ロン。昨日はよく眠れたか?」

 

 そんな話をしていると、監督生のパーシーが机の向かい側に座った。

 パーシーは慣れた様子で皿に料理を盛ると、新聞を読みながら朝食を取り始める。

 

「一年生は九時から大広間……ようはここで今後のホグワーツでの授業の受け方や生活の仕方を教わることになっている。その後は早速授業だ」

 

 なるほど、思っていたよりも早く授業自体は始まるようだ。

 私はホグワーツでの授業を想像しつつ、ソーセージをフォークで突き刺した。

 

 

 

 

 

 

 ホグワーツでの生活は、今までの孤児院の生活とはあまりにも異なるものだった。

 階段や扉が動いたり変な挙動をするのは勿論のこと、肖像画に描かれた人物はひっきりなしに動き回り、廊下にはゴーストが徘徊している。

 よく言えば退屈しない、悪く言えばあまりにも面倒くさい建物だ。

 ある程度方向感覚がある私でも、迷わず目的の教室にたどり着けないことがあるほどだった。

 授業も授業だ。

 杖を振るだけで魔法が使えるとは思ってはいなかったが、想像していた以上に座学が多い。

 むしろ、杖を振らない授業のほうが多いぐらいだった。

 天文学や薬草学、魔法史などはその典型で、基本的には観察や実習、座学しかない。

 闇の魔術に対する防衛術の授業は一応実習もあるはずなのだが、皆の期待とは裏腹に授業は座学が中心だった。

 担当のクィレルは相当臆病な性格で、常に何かに対してビクビクと体を震わせている。

 頭に巻いてあるターバンにニンニクでも詰め込んでいるのか、クィレルの周りには常にニンニク臭が漂っていた。

 もっともそういった授業とは裏腹に、杖を振る授業も当たり前だが存在する。

 

「変身術はこの学校で学ぶ魔法の中では最も複雑で危険なものの一つです。いいかげんな態度で私の授業を受ける者は問答無用で教室から出て行ってもらいます。勿論、二度と教室に入れると思わないように」

 

 変身術の担当はマクゴナガルだった。

 マクゴナガルはいつも通りの厳しい口調で生徒にそう釘を刺す。

 

「いいですか、今から貴方たちが目指すべき最終段階をお見せします。ホグワーツを卒業する頃には、これぐらいのことができるようになることを期待します」

 

 そう言うとマクゴナガルは教卓に向かって杖を振る。

 次の瞬間、教卓は大きな豚に変わった。

 豚は何回か鼻を鳴らすと、周囲を嗅ぎ始める。

 マクゴナガルは豚が移動する前に、今度は教卓に戻して見せた。

 クラスがわっと拍手に包まれる。

 私はその手品みたいな光景に、素直に尊敬していた。

 もしあの豚が生きているのだとしたら、マクゴナガルは生命を作り出したということになる。

 まあ、流石にそれはないか。

 生きているように見えるだけだろう。

 

「本日は、変身術の基礎の基礎である、マッチ棒を縫い針に変える魔法を練習してみましょう」

 

 そう言ってマクゴナガルは黒板に変身術の基礎となる原理を書き始めた。

 マクゴナガルは黒板を時折指さしながら変身術の原理を解説していく。

 私はその解説を時折メモを取りながら聞いた。

 なるほど、理解はできる。

 理屈も納得した。

 一足す一が二になるように、この理論通りに魔法を行使すれば、マッチ棒を縫い針に変えることができるのだろう。

 

「それでは、実習に入りましょう。皆さん私の机から一本ずつマッチ棒を持って行ってください」

 

 私は言われた通り教卓からマッチ棒を一本取り、自分の席へと戻る。

 私はマッチ棒を観察しながら、教室の様子を眺めた。

 

「チェンニグード!」

 

 生徒たちは皆杖を取り出し、マッチ棒に向けながら呪文を唱える。

 マクゴナガルの言った通り変身術という魔法自体かなり難しいのだろう。

 マッチ棒を少しでも変化させることができている生徒はいないようだった。

 

「ミス・ホワイト。ほら、貴方も杖を出して」

 

 周囲を観察していた私に対し疑問を持ったのか、マクゴナガルが私の机へと近づいてくる。

 

「はい先生」

 

 私はマクゴナガルに返事をすると、ローブから杖を取り出した。

 

「チェンニグード」

 

 私はマッチ棒に杖を向けて、呪文を唱える。

 マッチ棒は変化するどころか、ピクリとも動かなかった。

 当たり前だ。

 私はただ杖を持って、呪文を口に出しただけ。

 呪文はきっかけで、杖は魔力の増幅、指向装置でしかない。

 そこに魔力が宿っていなければ、術が発動するはずもない。

 だが、私は全くと言っていいほど魔力の行使の仕方が分からなかった。

 

「チェンニグード!」

 

 横でハーマイオニーが杖を振っている。

 マッチ棒はブルリと震えると、先端が少し尖る。

 ハーマイオニーはそれを見て目を輝かせた。

 

「見てサクヤ! ちょっと変化したわ!」

 

「そう、凄いじゃない」

 

 私はハーマイオニーの方に笑顔を向ける。

 ハーマイオニーは一層夢中になってマッチ棒の変化にいそしみ始めた。

 

「さて……」

 

 私はもう一度マッチ棒に杖を向け、呪文を唱える。

 やはりマッチ棒は変化しない。

 そりゃそうだ、だってマッチ棒を構成する主要素は炭素と酸素と水素、縫い針を構成する主要素は鉄だ。

 

「炭素原子って陽子が六個に中性子が六個、電子が六個だっけ?」

 

 いや、そういう話ではない。

 そういう認識では、一生マッチ棒を縫い針に変化させることはできないだろう。

 私は大きく深呼吸すると、自分の体の中心へと意識を集中させる。

 イメージするのは時間を止める際の感覚。

 私が唯一持っている、普通ではない感覚。

 私の心臓から湧き上がった魔力は血管を通り指先へと集中する。

 そのまま魔力は杖を走り、杖の中で複雑な変身術式へと形を変えた。

 

「チェンニグード」

 

 呪文とともに杖の先から変身術式に形を変えた魔力が放出され、マッチ棒へと当たる。

 マッチ棒はムクムクと形を変えると、そのまま私がよく使う銀色の縫い針に形を変えた。

 

「ふむ」

 

 私は縫い針を手に取る。

 なるほど、こういうことか。

 私の時間を止める術の中心は心臓だ。

 心臓の鼓動を基準にして自分と時間を同化させ、止まった時間へと入り込む。

 つまり、私の魔力の源は心臓なのだ。

 そこまで来ればイメージは容易だった。

 心臓が電源、血管が銅線、脳が制御部で杖が変換器。

 コンピュータの演算装置内を流れる微弱な電流も、岩を砕くような落雷も、本質的には同じものだ。

 形のない魔力を杖に集め、脳からの命令によって杖の中で用途に合わせて形を変化させる。

 これが、魔術の基本になるのだろう。

 私は指の先で変身させた縫い針を隠しつつ、教室内を再度見回す。

 皆、一生懸命杖を振り、机の上のマッチ棒に集中しているが、変化させることができている生徒は私の他にはハーマイオニーしかいない。

 私はこっそり縫い針をマッチ棒へと戻すと、もう一度マッチ棒に杖を向ける。

 

「チェンニグード!」

 

 そしてわかりやすく呪文を口にした。

 マッチ棒はピクリとも動かず、変化することもない。

 当たり前だ。

 私は呪文を口にしただけである。

 

「あら、やっぱり駄目ね。サッパリだわ」

 

 私はハーマイオニーの顔を見て肩を竦める。

 ハーマイオニーは既にマッチ棒を色以外ほぼ縫い針へと変化させることができていた。

 

「私はあともう少し……もう少しなの……」

 

 ハーマイオニーはマッチ棒へと集中しており、既に私の方を見る余裕はない様子だった。

 私は少し移動し、ハリー達の近くへと移動する。

 ハリーは他の生徒と同じように呪文を唱えながらマッチ棒に集中していたが、ロンは既に飽きかけていた。

 

「調子はどう?」

 

 私はマクゴナガルがネビルに付きっきりになっているのを確認し、ロンに話しかける。

 ロンは大きく肩を竦めると、杖先でマッチ棒を突いた。

 

「まったく。ピクリともしないよ」

 

「私もよ」

 

 マクゴナガルがこちらを向いたので、私は自分の席へと戻る。

 結局今日の授業でマッチ棒を少しでも変化させることができたのはハーマイオニーだけだった。

 マクゴナガルはハーマイオニーの変化させた縫い針がいかに銀色でいかに尖っているかを力説し、ハーマイオニーを褒める。

 ハーマイオニーは嬉しそうに顔を赤くしていた。

 

 

 

 

 

 杖を振る授業があれば、杖を振らない授業もある。

 私はどちらかというと杖を振らない授業の方が得意だった。

 変身術の授業である程度の魔力の使い方は分かったが、やはり私の常識はどちらかといえば『マグル』寄りだ。

 純粋な学問の方が馴染みがあり、何より私の能力が使いやすい。

 

「今日は何の授業だっけ?」

 

 入校から数日が経った金曜の朝の大広間。

 私がチーズオムレツを口に運んでいると、ハリーがオートミールに砂糖を掛けながら聞いてくる。

 

「今日は魔法薬学よ。確かスリザリンとの合同授業だったかしら」

 

 私がスリザリンと言った瞬間、ロンとハリーの表情がわかりやすく曇った。

 

「魔法薬学の担当のスネイプはスリザリンの寮監だ。いっつもスリザリンを贔屓するってみんな言ってるよ」

 

 ロンは分かりやすくスリザリンの長机を睨みながら言う。

 私はそんな様子に肩を竦めた。

 

「まあ、噂が本当かどうかは授業を受ければわかるわよ」

 

 私がそう言った瞬間、大広間に何百という数のフクロウがなだれ込んできた。

 どうやらこれがホグワーツの朝の日常らしい。

 フクロウたちは運んできた手紙や小包を目的の者の膝の上に落としていく。

 そのうちの一匹が私たちの前に降り立った。

 

「ヘドウィグ!」

 

 どうやらハリーのフクロウだったらしく、ハリーの目の前に一通の手紙を置いてじっとハリーの方を見ている。

 

「誰からだろう?」

 

 ハリーは興奮を抑えきれない様子で慌てて封を破る。

 そして手紙を取り出し読むと、自分の荷物を漁り始めた。

 

「誰か羽ペン持ってない?」

 

「ボールペンでいい?」

 

 私は何かのおまけで貰った有名店のロゴが入ったボールペンを取り出してハリーに手渡す。

 ハリーは手紙の裏に返事を書くと、ヘドウィグに持たせた。

 

「ハグリッドが今日の午後にお茶しようって」

 

「なるほど、確かに今日の午後の後段は授業が入ってないし」

 

「ロンとサクヤもどう? 一緒にハグリッドのところに行かない?」

 

 ハリーはおずおずと私とロンに聞く。

 開いている時間はホグワーツを探索しようと思っていたが、私にとって時間があるとかないとかという話は非常にナンセンスだ。

 

「ええ、私もご一緒しようかしら。ハグリッドさんにはロンドンで世話になったし」

 

「うん、僕も行くよ」

 

 私とロンはハリーの誘いを快諾する。

 ハリーは私たちの返事を聞き、嬉しそうに頷いた。

 まあ、何はともあれ魔法薬学の授業だ。

 魔法薬学の授業が行われる場所は地下牢で、少し肌寒い。

 地下牢の壁には所狭しとガラス瓶が並んでおり、その中にはアルコール漬けの動物がプカプカと浮いていた。

 授業が始まる時間になると、地下牢に一人の魔法使いが降りてくる。

 肩まで伸ばしたぬらりとした黒髪に鉤鼻の男、スリザリンの寮監のスネイプだ。

 スネイプは教室を見回し、生徒が集まっていることを確認すると、名前を呼んで出席を取っていく。

 

「ああ、なるほど……」

 

 スネイプはハリーの順番が来た時に、ハリーの方を見ながら言う。

 

「ハリー・ポッター。我らが新しい……英雄だね」

 

 それはハリーを称賛しているというよりかは、何か嫌味を言っているようだった。

 それを聞いて一部のスリザリンの生徒がクスクスと笑う。

 スネイプは出席を取り終わると、じっと生徒を見渡す。

 

「この授業では魔法薬調剤の厳密な化学と絶妙な芸術を学ぶ」

 

 決して大きな声ではない。

 だがその声は地下牢全体に響き渡った。

 

「この授業では杖を振り回すようなバカげたことはやらん。だからこそ、これが魔法かと思う諸君が多いかもしれんな。ふつふつと沸く大釜、立ち上る湯気、人の血管の中を這い巡る液体の繊細な力……心を惑わせ、感覚を狂わせる魔力。諸君がこの真理を理解することは期待しておらん。私が教えるのは、名声を瓶詰めにし、栄光を醸造し、死にさえ蓋をする方法である。ただし、私がこれまで教えてきたウスノロたちより諸君がまだマシであればの話にはなるがな」

 

 地下牢がシンと静まり返る。

 授業の初めの掴みとしてはこれ以上のものはないだろう。

 

「ポッターッ!」

 

 スネイプが突然ハリーの名前を呼ぶ。

 

「アスフォデルの球根の粉末にニガヨモギを煎じたものを加えると何になる?」

 

 ハリーはロンと顔を見合わせる。

 あの顔を見るに問いの答えは分かっていないようだ。

 少し離れたところでハーマイオニーが高々と手を挙げた。

 

「……わかりません」

 

 ハリーは素直にそう答える。

 スネイプはその様子を鼻で笑う。

 

「ふっ、有名なだけではどうにもならんらしい」

 

 スネイプはハーマイオニーの方を見向きもせずに問いを続ける。

 

「ポッター、もう一つ聞こう。ベゾアール石を見つけてこいと言われたらどこを探すかね?」

 

 ハーマイオニーは更に高く手を挙げる。

 だが、聞かれているのはハリーだ。

 ハリーは表情を暗くしながら答えた。

 

「わかりません」

 

「入校までに教科書を一度も開かなかったのかね? ポッター、ええ?」

 

 まあ、授業までに教科書を丸暗記するような生徒がハーマイオニー以外にいるとは思えない。

 ハリーとハーマイオニーのそんな様子を見て、スリザリンの一部の生徒が声を出さずに身をよじって笑っている。

 

「では、そうだな……ホワイト、君に聞こう。モンクスフードとウルフスベーンの違いは何だね?」

 

 スネイプはハーマイオニーを無視し、あえて私に質問をした。

 私はこの時点でスネイプの質問の意図を察する。

 スネイプは単にハリーやハーマイオニーに嫌がらせをしているだけではない。

 これは、先程の演説の続きなのだ。

 魔法の才能だけではどうしようもない、この授業では知識と経験がものを言う。

 そういうことを訴えているのだ。

 時間を止めて先ほどの質問の答えを教科書から探すこともできる。

 だが、スネイプが欲している答えは、教科書には載っていないだろう。

 私は「わかりません」と答えるために口を開く。

 だが、その瞬間心配そうな顔でこっちを見るマルフォイと目が合った。

 私は、開きかけていた口を閉じ、そのまま時間を止める。

 そして教科書を取り出すと、パラパラとページをめくり始めた。

 三十分ほど教科書を探しただろうか。

 トリカブトの項目に別名としてモンクスフードとウルフスベーンの記述を見つける。

 どうやらトリカブトという毒物の別名らしい。

 私は教科書をもとの場所に仕舞い直すと、時間停止を解除した。

 

「わかりません」

 

 私はスネイプに微笑みながら言葉を続ける。

 

「私トリカブトのことは詳しくなくて」

 

 私の答えに、スネイプとハーマイオニーは眉を顰める。

 どうやら私のジョークの意味が理解できたのはその二人だけだったようだ。

 

「ふん、まあいい。教えてやろうポッター。アスフォデルとニガヨモギを合わせると眠り薬となる。この薬は強力なため、『生ける屍の水薬』と言われている。ベゾアール石は山羊の胃から取り出す石で、大抵の薬に対する解毒剤となる。……どうした諸君? 何故今のを全部ノートに書き取らんのだ?」

 

 一斉に羽ペンと羊皮紙を取り出す音が辺りに響く。

 授業の掴みとしてはばっちりだろう。

 

「君のその無礼な態度、本来なら減点するところだが、今日のところは一点やろう。次から私の問いにはふざけずに答えろ」

 

 スネイプは私の方に近づいてくると、小さな声で私に囁く。

 

「はい先生」

 

 私は素直に返事をし、羊皮紙に先ほどの内容を書き取り始めた。




設定や用語解説

イングリッシュ・ブレックファースト
 イギリスの伝統的な朝ごはん。卵、ベーコン、ソーセージ、ハム、トマト、マッシュルーム、ベイクドビーンズ、ブラックプディングがワンプレートに乗った物。日本で言うところのご飯に味噌汁、焼き鮭、漬物、卵に海苔みたいな感じ。

チェンニグード
 適当に作った呪文

私トリカブトには詳しくなくて
 モンクスフードとウルフスベーンがトリカブトのことであるとわかっていないとそもそもトリカブトという単語は出てこない。いつものスネイプならこのふざけた態度に十点は減点していたが、サクヤがこちらの授業の進行に協力的であると感じ取ったため今回は一点加点。
 
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溶けた大鍋と新聞記事と私

あれ? もしかしてびっくりするほど進行遅い?


 初めての魔法薬学の授業ではおできを治す簡単な薬を調合することになった。

 スネイプは生徒を二人ずつ組にしていく。

 基本的にはグリフィンドール生はグリフィンドール生と、スリザリン生はスリザリン生と組むのだが、グリフィンドールもスリザリンも奇数なため、一組はグリフィンドールとスリザリンが組む組が出来上がることになる。

 

「そうだな……マルフォイ、ホワイトと組みなさい」

 

 何を思ってか、スネイプはマルフォイと私を組にした。

 私は荷物をまとめると、マルフォイの机へと移動する。

 

「ハァイ、ドラコ。元気してる?」

 

 私は荷物をマルフォイの横に置く。

 マルフォイは私が座りやすいように席を詰めた。

 

「ああ、そこそこ。そういえばサクヤはグリフィンドールになったんだったね」

 

 マルフォイは大鍋を準備しながら言った。

 

「てっきり君はスリザリンになるものだと思ってたよ」

 

 私は組み分けの際の組み分け帽子とのやり取りを思い出した。

 

「あのボロボロは随分悩んだみたいだけど、最終的にはグリフィンドールにしたみたい」

 

「血みどろ男爵が言っていたよ。久々の組み分け困難者だって。男爵の話ではあのマクゴナガルが組み分け困難者らしい」

 

 確か組み分けに五分以上掛かった新入生をそう呼ぶんだったか。

 

「じゃあドラコは逆に組み分け容易者ね」

 

「それは褒めてるのか?」

 

「即スリザリンに選ばれるということは主義主張がはっきりしているということでしょう? 立派なことだと私は思うわよ?」

 

 私がそう言うと、マルフォイは顔を赤くした。

 本当にわかりやすい少年だ。

 

「じゃあ、調合していきましょうか。分量通りに材料を入れて鍋で煮るんですって」

 

 つまりお菓子作りと同じだろう。

 私は鍋の中に入れて持ち運んでいた真鍮の秤を取り出すと、干しイラクサを量り始めた。

 

「ドラコは蛇の牙を砕いて。大まかに砕いてふるいにかけるのを繰り返すと粒が均等になるわよ」

 

 マルフォイは私の言われたとおりにすり鉢で蛇の牙を大まかに砕き、ふるいにかけ始める。

 

「まあでもそうなると、ドラコとは寮が離れてしまったわね。まあ、寮の違いなんてクラスの違いのようなものでしょう?」

 

「マグルの社会がどういった教育体制をしているかは僕は知らないけど、ホグワーツの寮っていうのは一つの勢力と言っていい。ホグワーツを卒業した後も、どの寮だったかを気にする魔法使いは多いよ」

 

 なるほど、だからこそマルフォイはスリザリンに入りたかったのだろう。

 

「ハッフルパフに入った日には恥ずかしくて家に帰れないよ」

 

「随分な言われようねぇ」

 

 やはり寮に対するイメージというものははっきりとしたもののようだった。

 私とマルフォイはその後も協力しながらおできを治す薬を調合していく。

 

「ほう、これは見事な」

 

 マルフォイが角ナメクジを茹でていると、スネイプが私たちの方へと近づいてきた。

 

「諸君見たまえ。これが正しい角ナメクジの茹で加減だ」

 

 そう言ってスネイプは私たちの大鍋から角ナメクジを引き上げる。

 

「流石だなマルフォイ。この完璧な角ナメクジにスリザリンに五点やろう」

 

 私はスネイプの手際の良さに感心する。

 スネイプが鍋から引き上げたのだから、茹で加減が完璧なのは当然だ。

 スネイプはそれをうまくマルフォイの手柄にしたのだ。

 次の瞬間だった。

 

「うわぁあ!!!」

 

 大きな叫び声とともにボンッと大きな音が地下牢に響く。

 緑の煙が辺りに広がり、強烈な腐敗臭がした。

 私はハンカチで口元を覆いながら煙の根源を辿る。

 どうやらネビルが魔法薬の調合に失敗し、鍋をグシャグシャに溶かしてしまったようだった。

 

「バカ者!」

 

 スネイプはネビルの元へと駆けてくと、こぼれた薬を魔法で取り除く。

 ネビルは魔法薬を全身に浴びてしまったらしく、体中におできが噴出していた。

 

「鍋を火から降ろさないうちにヤマアラシの針を入れたな?」

 

 スネイプはネビルを問い詰めるが、ネビルはシクシクと泣くばかりだった。

 

「医務室へ連れて行きなさい」

 

 スネイプはネビルと組んでいた少年に言いつける。

 ネビルが運ばれていくのを横目で見ながら、スネイプはハリーに言った。

 

「ポッター、なぜ針を入れてはいけないと言わなかった? 大方やつが間違えば自分の方がよく見えると考えたな? グリフィンドールは一点減点だ」

 

 ハリーは文句を言おうと口を開きかけたが、ロンがそれを止める。

 まあ、これもスネイプからしたら予定調和なのだろう。

 先ほど私に与えた一点は、理不尽な理由でハリーから減点するための一点だったのだ。

 

「どうもスネイプ先生はハリーのことが嫌いみたいね」

 

 私はしょぼくれるハリーを横目に見ながらマルフォイに言う。

 マルフォイはハリーが減点を受けて満足そうだった。

 

「よくは知らないが、スネイプ先生とポッターの父は同級生らしい。父上が言うにはだけどね」

 

 ふむ、何か複雑な事情がありそうだ。

 私は完成した薬を小瓶に詰めると、教卓へ提出する。

 全員が薬を提出したところで魔法薬学の授業は終了した。

 

「じゃあねマルフォイ。次授業が一緒なのは飛行訓練の日かしら」

 

 私はマルフォイに手を振ると、グリフィンドール生に交ざって地下牢を出る。

 私はとぼとぼと歩くハリーの背中をバンと叩いた。

 

「お疲れハリー、災難だったわね」

 

 ハリーはいきなり私に背中を叩かれて前のめりに転びそうになるが、何とか踏ん張った。

 

「うわっとと……サクヤも災難だったね。マルフォイと組まされるなんて。なんでスネイプは僕たちに嫌がらせをするんだろう」

 

 どうやらハリーは私とマルフォイが組まされたのは私に対する嫌がらせのためだと思っているようだった。

 私はハリーの都合のいい勘違いを訂正することなく話を続ける。

 

「確かにおかしいわよね。スネイプがスリザリンを贔屓するならまだしも、ハリー一人を集中的に攻撃するなんて」

 

「そんなもんじゃないか? フレッドやジョージもよく理不尽に減点されるって言ってたし。気にするなハリー」

 

 ロンはそう言ってハリーを励ました。

 

「でも、グリフィンドールの点を減らしちゃったし……」

 

「大丈夫よハリー。私がこっそり一点稼いでおいたわ」

 

 私がそう励ますと、ハリーは一層がっくりと肩を落とした。

 

「サクヤ、トドメを刺すなよ! ハリー、しっかりしろ! ハグリッドに会いに行くんだろ?」

 

 トドメを刺したつもりはなかったが、ハリーの様子を見るに逆効果だったらしい。

 

「折角サクヤが一点稼いだのに……」

 

「いや、多分ハリーから一点減点するために私に一点加点したに違いないわ。きっとそうよ」

 

「ゴメン、ありがとうサクヤ」

 

 私たちは三人で廊下を歩き、一度談話室に荷物を置きに戻る。

 太った婦人に合言葉をいい、私たち三人は肖像画の穴によじ登った。

 

「ちょっとサクヤ! さっきのはどういうこと!?」

 

 談話室で私を出迎えたのは、顔を赤くして文句ありげに私の方を睨むハーマイオニーだった。

 

「ちょっと、どうしたのよ。穏やかじゃないわね」

 

「どうしたもこうしたもないわ! どうして『わからない』なんて答えたの?」

 

 私はなんとかハーマイオニーを落ち着けようと取り敢えずソファーに座るように促そうとする。

 だが、その前に私とハーマイオニーの間にロンが割って入った。

 

「おいなんだよ! 失礼なやつだな。わからないのをわからないというのがそんなに悪いのか? みんながみんな君みたいに頭でっかちだって思わないことだな」

 

「なによ! だってサクヤは──」

 

「まだ言うか!」

 

 ハーマイオニーはグッと押し黙るとフンと鼻を鳴らす。

 

「あーそーですか! どうせ私は頭でっかちよ」

 

 ハーマイオニーはドスドスと足を鳴らしながら女子寮へと続く扉へと消えていく。

 私はその様子を見て大きくため息をついた。

 

「まあ……なんというか、ありがとねロン」

 

 私は取り敢えず庇ってくれたロンにお礼を言う。

 

「そんな……お礼を言われるようなことじゃないよ。ハリーとサクヤの友達として当然のことをしただけだよ」

 

 そう言ってロンは恥ずかしそうに頭を掻いた。

 一方ハリーはというと、女子寮の方を心配そうに見ている。

 なんというかどこまでも優しい少年だ。

 

「とにかく、私は荷物を置いてくるわ。談話室集合でいいかしら」

 

 私は二人に聞く。

 ハリーは談話室に掛けてある時計を確認すると、コクリと頷いた。

 私は二人に手を振り、女子寮に続く螺旋階段を登っていく。

 一人になったことで、私はもう一度大きくため息をついた。

 ハーマイオニーとは同部屋どころかベッドが隣なのだ。

 気まずいどころの話ではない。

 だがまあ、今回の場合、ハーマイオニーもロンも悪くない。

 悪いのは、私だ。

 ハーマイオニーは純粋にスネイプの質問にジョークで返した私の態度を咎めようとしただけだし、ロンはハリーと私が馬鹿にされたと勘違いし怒っただけだ。

 私が要らぬ見栄を張ってあのような答えを返したのが全て悪い。

 私は自室の扉を音を立てないように小さく開ける。

 私が室内を覗き見ると、ハーマイオニーがベッドに座って頭を抱えているのが見えた。

 

「なんであんな言い方しかできないのよ……私の馬鹿っ……視野の狭いったらありゃしないわ。ハリー・ポッターのことをまったく気にしていなかった」

 

 どうやらハーマイオニーは、自分の先程のセリフがハリーを傷つけることになると気がつかなかったことに相当落ち込んでいるようだった。

 私は時間を止めると、扉を開けて魔法薬学の授業で使った荷物を片付ける。

 そしてそのまま部屋を出て、時間停止を解除した。

 流石に今このタイミングでハーマイオニーに話しかける勇気は私にはない。

 幸い今日はこの後授業がないため、夕食後、ほとぼりが冷めた頃にそれとなく謝ろう。

 私は談話室まで下ると、二人が来るのを待つ。

 数分もしないうちにハリーとロンは男子寮から出てきた。

 

「よし、行こう」

 

 私三人は三時五分前に城を出て校庭を横切る。

 ハグリッドは禁じられた森の端にある小屋に住んでいるらしい。

 

「ここで合ってるよね?」

 

 ハリーは目の前にある木製の小屋を見上げる。

 表札等はなかったが、扉の横に置いてある防寒靴の大きさからハグリッドがここに住んでいることは間違いなかった。

 

「ええ、多分。ホグワーツでそのサイズの靴を履けるのは彼ぐらいでしょうし」

 

 ハリーは防寒靴をちらりと確認すると、大きな扉を数回ノックする。

 その瞬間ガリガリと扉の向こう側を引っ掻くような音とともに、獣の唸り声のようなものが聞こえてきた。

 

「ファング、さがれ!」

 

 重たい足音とともにハグリッドの大声が聞こえてくる。

 扉が少し開き、ハグリッドの顔が隙間から覗いた。

 

「待て待て! さがれファング!」

 

 ハグリッドは巨大な黒いボアハウンド犬の首輪を抑えながら私たちを招き入れる。

 小屋の中は一部屋しかなかったが、生活に必要なものは全て揃っており、非常に住み心地は良さそうだった。

 

「素敵なおうちね……」

 

 自然に囲まれた小屋で生徒たちを見守りながら森の管理をする。

 ハグリッド自身がどう思っているかは知らないが、見る人が見れば羨む生活を送っていると言えるだろう。

 

「ん? サクヤも来たんだな。っとそっちの男の子は……」

 

 ハグリッドはロンを見て少し考える。

 

「ロンです」

 

 ハリーが紹介すると、ハグリッドはポンと手を打った。

 

「ウィーズリー家の子かい? おまえさんの双子の兄貴たちを森から追い出すのに俺は人生の半分を費やしてるようなもんだ。ほれ、そこに座れ。ゆっくりするといい」

 

 ハグリッドは楽しそうに話しながら火にかけていたヤカンを手に取る。

 そしてティーポットに中のお湯を注いだ。

 

「どうだ、ホグワーツは。友達は……出来たようだな」

 

 ハグリッドは私たち三人を見回す。

 ハリーは入学してからのホグワーツでの出来事をハグリッドに話し始めた。

 私はハリーの話に時折相槌を打ちながらハグリッドに振る舞われたロックケーキを齧る。

 その名の通りロックケーキは岩のように硬かったが、きちんと味は付いている。

 日持ちもしそうだ。

 私はロックケーキをハグリッドが淹れてくれたお茶で口の中でふやかしながら食べる。

 ハリーはハグリッドとスネイプについての話題で盛り上がっていたが、私はティーポットの下にある新聞が気になった。

 私は火傷しないようにティーポットを持ち上げると、新聞を手に取る。

 新聞の一面にはグリンゴッツの記事が載っていた。

 

「おっと、待てサクヤ」

 

 私が新聞の記事を読もうとするとハグリッドの手がこちらに伸びてくる。

 私は時間を止めると、グリンゴッツの記事を読んだ。

 

 

 グリンゴッツに強盗侵入

 

 今年の七月三十一日に起きたグリンゴッツ侵入事件については闇の魔法使いの仕業だとされているが、詳細はわかっておらず捜査は未だ継続している。

 グリンゴッツのゴブリンたちは今日になって何も盗られてはいないと発表した。どうやら荒らされた金庫は侵入された時点で既に空になっていたようだ。

「金庫に何が入っていたかについては申し上げられません。申し上げないほうが皆様のためでしょう」グリンゴッツの報道官はそう述べた。

 

 

 私は記事を読み終えると時間停止を解除する。

 その瞬間、ハグリッドが大きく長い手を伸ばして私が持っていた新聞を取り上げた。

 

「この新聞は気にせんでくれ。おまえさんには関係ない」

 

「七月三十一日っていったら私たちがグリンゴッツに行った日と同じですよね?」

 

 ハリーはハグリッドの持ってる新聞を横から覗き込む。

 

「空にしたって、もしかしてあの金庫のことかな?」

 

 ハリーは何か思い当たる節があったのか、新聞の記事を読んでそう呟いた。

 

「関係ない! おまえさんたちは知らんでいいことだ。っと、もうこんな時間だな」

 

 ハグリッドはわざとらしく時間を確認すると、私たちに大量のロックケーキを押し付けてもう帰るようにと促す。

 そこまでして話を逸らしたいのかと思ったが、確かにもう夕食の時間になりそうだった。

 

「また遊びに来てもいい?」

 

 小屋から出る際に、ハリーがハグリッドに聞く。

 ハグリッドは優しげな笑みを浮かべ答えた。

 

「ああ、授業のない日ならな」

 

 私たちはハグリッドと別れてホグワーツ城へと戻る。

 その道中にハリーがグリンゴッツの話題を出した。

 

「七月の終わりにハグリッドとサクヤとグリンゴッツに行った時、ハグリッドはダンブルドアからの頼みで小さな包みを金庫から回収してたんだ」

 

 私がマーリン基金の手続きをしている時の出来事ということだろう。

 

「金庫にはその小包以外には何も入ってなかった。つまりハグリッドは間一髪で盗まれそうだった小包を回収したってことじゃないかな?」

 

 なるほど、筋は通っている。

 ということは今その小包はハグリッド、もしくはダンブルドアが持っているということだろう。

 

「グリンゴッツに強盗に入ってまで手に入れたい小包……中身が気になるな」

 

 ロンは少し興奮気味にそう言う。

 確かに、余程の魔法具に違いない。

 ホグワーツ城に入り、大広間へと続く廊下を歩く。

 私たちは夕食を取りながら小包の中身が何なのかを想像しあった。




設定や用語解説

どんどん不仲になるハーマイオニーとハリーとロン
 ある意味予定調和

ロックケーキ
 ハグリッドお手製の岩のように硬いケーキ。ハリーとロンには不評だった模様

グリンゴッツの金庫の中身
 タイトルのまんまです

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飛行訓練と思い出し玉と私

 ホグワーツに入学してからしばらくして、談話室の掲示板に一枚の羊皮紙が貼られた。

 その羊皮紙には飛行訓練が行われる旨と、場所と日時が書かれている。

 

「うげっ、スリザリンと合同かよ」

 

 私の横でお知らせを読んでいたロンが嫌そうに呟く。

 私はそうでもないのだが、ハリーとロンはスリザリンと、特にマルフォイたちと仲が悪かった。

 

「そらきた。最悪だよ……マルフォイの前で箒に乗って、物笑いの種さ」

 

 ハリーは卑屈な表情を浮かべて冗談を言う。

 

「自分に箒の才能がないって決めつけるのは良くないわ。一度も乗ったことがないってことは、無限の可能性を秘めてるってことなんだから」

 

「そうさ、きっとうまく乗れる。それにマルフォイのやつ、散々自慢してるけど口先だけだよ」

 

 ロンはそう言っているが、私の予想ではマルフォイはそこそこ箒には乗れると思っている。

 入学前にこっそりクィディッチ用の箒を持ち込もうとしていたほどだ。

 よっぽど箒に乗るのが好きなのだろう。

 

「まあ木曜日が来ればわかるわよ」

 

 かく言う私も空を飛んだ経験はない。

 魔法使いが空を飛ぶと言ったら箒だが、箒に跨って飛んでいる自分を、全く想像できなかった。

 飛行訓練が行われる木曜日の朝。

 やはり皆飛行訓練を楽しみにしているのか、いつもよりも大広間は騒がしい。

 私はミートパイを齧りながら、壊れたラジオのように本で読んだ箒の乗り方のコツを話すハーマイオニーの隣で相槌を打っていた。

 結局あの後ハーマイオニーとはなし崩し的に仲直りをしたが、ハリーとロン、ハーマイオニーの間には大きな溝を感じる。

 互いに話しかけることは無いものの、顔を合わせると険悪なムードが漂っていた。

 ハーマイオニーを挟んで反対側には、藁にも縋る思いでハーマイオニーの話を一言たりとも聞き逃さまいとしているネビルがいる。

 地に足を着けていたとしても危なっかしいネビルだ。

 足が地面から離れたら、何が起こるかわかったものではなかった。

 ハリーとロンはというと、机の反対側で朝食を取っている。

 私がハーマイオニーの話に適当に相槌を打っていると、大広間にフクロウたちが一斉に舞い込んでくる。

 私に郵便が来たことはなかったが、横にいるネビルはしょっちゅう実家から忘れ物が届けられていた。

 

「ばあちゃんからだ! 入学祝いに買ってくれた『思い出し玉』を家に忘れてきたんだけど、それを届けてくれたみたい!」

 

 ネビルは小包の中から手のひらサイズのガラス玉を取り出す。

 思い出すための道具を忘れるというのがなんともネビルらしいが、ネビル本人はとても嬉しそうだった。

 

「中の煙が赤くなったら何かを忘れているってことなんだ。見てて……って、あれ?」

 

 ネビルは思い出し玉をぎゅっと握り込む。

 すると中の煙はみるみるうちに赤く染まった。

 

「僕、何を忘れてるんだろう?」

 

 ネビルは不安そうな顔で頭を捻る。

 何を忘れているか思い出せなければ何にも意味がない。

 ネビルが思い出そうとしていると、近くを通りかかったマルフォイがネビルの思い出し玉を引ったくった。

 それを見て、ハリーとロンが弾けるように立ち上がる。

 

「待って」

 

 私は今にも喧嘩を始めそうなハリーとロンを制すと、立ち上がってマルフォイの方を向く。

 マルフォイは私の姿がハーマイオニーの陰に隠れて見えていなかったのか、私と目を合わせると途端にバツの悪そうな顔をした。

 

「ドラコ、一言断った方がいいわ。見せてって」

 

「あ、ああそうだな。ごめん」

 

 マルフォイはネビルに思い出し玉を押し付けると、逃げるようにクラッブ、ゴイルを連れて去っていった。

 

「ありがとう」

 

 ネビルは小さい声で私にお礼を言う。

 私としてはここで問題を起こされて厄介ごとに巻き込まれる方が御免だった。

 マルフォイとは魔法薬学でペアを組んでいるため、彼との仲が悪くなると、今後魔法薬学の時間気まずくなる。

 それは避けたいところだ。

 

「ヒュー、あのマルフォイもサクヤの前じゃかたなしだな。何か弱みでも握ってるのか?」

 

 ロンが満足げな顔でベーコンを齧る。

 

「さあ? マルフォイとは何もないはずだけど……」

 

 私はスリザリンの机に移動したマルフォイの背中を見る。

 入学してすぐにここまで嫌いあえるということは、相当相性が悪いのだろう。

 

 

 

 

 

 午前、午後の前段の授業が終わり、飛行訓練の時間がやってきた。

 校庭には箒が並べられており、グリフィンドールとスリザリンに分かれて固まっている。

 

「さあ飛行訓練を行いますよ! 何をボヤボヤしているんですか!」

 

 飛行訓練を担当しているマダム・フーチが城の方からこちらに駆けてきた。

 私の感覚では五十歳程に見えるが、既に百歳近い歳らしい。

 マクゴナガルも七十前後の歳だと言うし、魔法使いは若作りが上手い。

 

「みんな箒の側に立って! さあ早く!」

 

 フーチはやってきて早々に生徒たちに指示を飛ばす。

 私は言われた通りに箒の横に立った。

 

「右手を箒の横に突き出して! 『上がれ!』と言う」

 

 フーチに言われた通り皆が一斉に箒に手をかざし、口々に上がれと言い始める。

 

「上がれ」

 

 私も皆と同じように自分の横に置かれた箒に向かって言った。

 だが私の箒はコロンと地面を転がっただけだった。

 周囲を見回すと、何人かは手に箒を握っている。

 上手くいけばあのように箒が浮き上がるのだろう。

 

「上がれ」

 

 私は冷静にもう一度試す。

 今度は箒はピクリとも動かなかった。

 ふむ、何かコツがあるのだろうか。

 私は箒の先につま先を引っ掛けると、足で蹴り上げて右手でキャッチする。

 ちょっとズルだが、授業が進まないよりかはいいだろう。

 そのあとフーチは滑り落ちない箒の跨り方をやってみせる。

 生徒たち、特に今まで箒に乗ったことのない者は見様見真似で箒に跨った。

 フーチは生徒たちを見て回って握り方や跨り方を指導していく。

 

「ホワイト、握り方が少し違うわ。もう少し体の近くを握りなさい」

 

「こうですか?」

 

 私はフーチに言われた通りに握り方を直す。

 フーチは全員の姿勢を点検すると大きな声を張り上げた。

 

「私が笛を吹いたら強く地面を蹴ってください! 箒をしっかり押さえ、二メートルほど浮き上がったらそこで止まり、そしてゆっくり降りてきてください!」

 

 フーチは鋭い視線で生徒たちを見渡す。

 そして笛を咥えながらカウントダウンを始めた。

 

「いいですか……一、二の──」

 

 フーチが笛を吹こうと大きく息を吸い込んだ瞬間、私の横にいたネビルが焦って笛が鳴る前に地面を蹴ってしまう。

 私は咄嗟に手を伸ばしてネビルのローブの襟を掴んだ。

 掴んでから、それが間違いだと悟った。

 脱臼しそうになるほどの勢いで私は腕を引っ張られる。

 箒の推進力は私が思っていたよりも高く、人間二人分の重さなどものともせずにあっという間に十メートル以上上昇した。

 

「ネビル! しっかり箒を掴みなさい!」

 

 時間を止めて私だけでも逃げようかとも思ったが、私の体はもう宙に浮いてしまった。

 もうすでに時間停止を使ってこっそり事態を打破することはできない。

 私はネビルの箒の先端に足を引っ掛けると掴んでいた襟から手を離す。

 そのまま引っ掛けた足を軸にして箒の先端を掴み直すと、逆上がりの要領でネビルの前に跨った。

 

「サクヤッ!!」

 

 ネビルは歯をガチガチと鳴らしながら私のお腹に両手を回ししっかりと掴まる。

 私としても重心が安定していた方が操作がしやすい。

 

「サクヤ! 降りてこれますか!!」

 

 下からフーチの声が聞こえてくる。

 

「ネビル、もう大丈夫よ。大丈夫だから」

 

 私の後ろですすり泣く声が聞こえてくる。

 私は空いている地面を確認すると、ぐっと箒の先端を下に押し込んだ。

 私とネビルを乗せた箒はゆっくり降下していき、無事地面に着陸する。

 その瞬間拍手喝采が私を包んだ。

 

「すっげぇ! なんだ今の!」

 

 ハリーと同部屋のシェーマスが興奮したように叫ぶ。

 ハリーやロンも安堵の笑みを浮かべながら手を叩いていた。

 

「通しなさい! ほら、道を空けて!」

 

 取り囲む生徒を押し除けながらフーチが私たちに近づいてくる。

 フーチは心配そうに私とネビルの怪我の状態を確認した。

 

「ロングボトムのほうは……大きな怪我はなさそうですね。痛いところはありますか?」

 

 ネビルは急上昇した時に貧血状態になったのか、顔が真っ青だった。

 今にも吐き出しそうな顔をしている。

 

「ホワイト、貴方もなんて無茶を……一歩間違えば箒から落ちて大怪我していたところですよ! 怪我はありませんか?」

 

 私はネビルの襟を掴んだ右腕をグルリと回す。

 やはり筋を痛めたようだ。

 右腕の節々が少し痛んだ。

 

「少し痛めたみたいです」

 

 フーチはネビルの顔色と私の腕を交互に見ると、私たちを取り囲んでいる生徒の方に顔を向ける。

 

「私はこの子たちを医務室に連れていきますから、その間誰も動いてはいけません。箒もそのままにしておくように。勝手に箒に乗ったりしたらクィディッチの『ク』の字も言う前にホグワーツから出ていって貰いますからね!」

 

 フーチは生徒たちにそう言いつけると私とネビルを連れてホグワーツ城の方へと歩き始める。

 私は少し腕が痛いだけで歩くのにはなんの支障もなかったが、ネビルの方はフーチに支えて貰わなければ立つことすらままならなかった。

 私たちはそのままホグワーツ城を進み、医務室へとたどり着く。

 

「マダム・ポンフリー! いらっしゃいますか?」

 

 フーチは医務室の扉を開けると、大きな声でポンフリーを呼ぶ。

 ホグワーツの校医であるポンフリーはフーチの大声に大慌てで扉口へと駆けてきた。

 

「フーチ先生、医務室ではお静かに。患者ですか?」

 

 ポンフリーはネビルの顔を覗き込む。

 

「この子は体調が優れないようで、この子は右腕を少し痛めたようです」

 

 フーチが先程の状況をポンフリーに説明する。

 ポンフリーはそれを聞くとネビルと私を椅子に座らせた。

 

「ではこの子達は私が預かります。先生は授業に戻ってもらって大丈夫です」

 

「よろしくお願いします」

 

 フーチはそう言うと、医務室から出ていった。

 ポンフリーは棚を漁り小さな小瓶を取り出す。

 

「ほら、これを飲んで」

 

 ポンフリーはネビルに小瓶の中身を飲ませると、ベッドに寝かせた。

 

「次は貴方ね」

 

 睡眠薬でも飲まされたのか、ネビルは既に眠りに落ちている。

 

「服を脱いで右腕を見せてちょうだい。もしかしたらどこか脱臼しかけているかもしれないわ」

 

 私はネビルがよく寝ていることを確認すると、ローブと上着を脱ぐ。

 ポンフリーは私の右腕を優しく手に取ると、肩から順番に関節の状態を確かめ始めた。

 私は少々時間が掛かりそうだったので窓の外を見る。

 そこには箒に乗って睨み合っているマルフォイとハリーの姿があった。

 

「なにやってるんだか」

 

 先程箒に乗るなと言われたばかりだが、そんなことは些細なことだと言わんばかりにマルフォイとハリーが何かを言い合っている。

 マルフォイの手にはガラス玉が握られており、私の記憶が正しければあれはネビルの思い出し玉だった。

 マルフォイは突進してくるハリーを間一髪で避けると、手に持っていた思い出し玉を宙に放り投げる。

 その瞬間、ハリーは落下する思い出し玉を追うように地面へと急降下した。

 

「──ッ! 馬鹿!」

 

 私はポンフリーが腕を診ていることも忘れて窓の下を覗き込む。

 そこには思い出し玉を見事キャッチして歓声を浴びているハリーの姿があった。

 

「こら、まだ治療の途中ですよ」

 

「あ、すみません」

 

 私はほっと息をつくと、先程まで座っていた椅子に座り直す。

 ポンフリーは杖を取り出すと、呪文を唱えて私の腕に魔法を掛けた。

 すると先程までギシギシと痛んだ関節が軽くなり、痛みも消える。

 どうやらこれぐらいの怪我なら一瞬で治すことができるようだった。

 

「はい、終わりました。こっちの子はもう少し寝かせておきますが、貴方は授業に戻ってよろしい」

 

「ありがとうございました。マダム・ポンフリー」

 

 私はポンフリーにお礼を言うと、医務室を出て校庭へと戻る。

 その途中でハリーを半ば引きずるように歩くマクゴナガルに出くわした。

 

「おや、ミス・ホワイト。もう腕は大丈夫なのですか?」

 

 フーチから私のことを聞いたのか、マクゴナガルは私の右腕の心配をする。

 

「はい、すっかり良くなりました」

 

「そうですか。貴方は授業に戻りなさい。私はポッターと大事な話があります」

 

 マクゴナガルはそう言うと、ハリーを連れて廊下の曲がり角に消えていく。

 勝手に箒に乗ったことで罰則でも食らったのだろうか。

 いや、にしてはマクゴナガルの表情は柔らかかった。

 

「よくわからないわね」

 

 マクゴナガルと比べ、ハリーの方は今にも死にそうな顔をしている。

 あの顔を見る限りでは退学を宣告されたようにしか見えないのだが。

 まあ考えていても答えは出なさそうなので飛行訓練の授業に戻ることにしよう。

 私は城を出て校庭へと戻る。

 授業は少し進んでおり、フーチの統制のもと少し浮かんでは地面に降りるという訓練を行っていた。

 

「今戻りました」

 

 私は近くに落ちている箒に手をかざす。

 すると箒は自然に飛び上がり、私の手の中に収まった。

 

「腕はもう大丈夫ですか? 今日は見学でも構いませんが」

 

 フーチは生徒から目を離さないようにしながら私に声をかける。

 

「いえ、大丈夫です」

 

「そうですか。では端にお並びなさい」

 

 私はフーチに言われた通りに端っこに移動すると、そのまま飛行訓練に参加した。

 

「サクヤ、大丈夫かい?」

 

 私の横でつまらなさそうに飛行訓練を行っていたマルフォイがささやき声で声を掛けてくる。

 彼からしたら、こんな初歩の初歩は今更歩き方を習っているようなものだろう。

 

「ロングボトムのマヌケめ。自分一人で怪我するならまだしもサクヤまで巻き込むなんて」

 

「私が勝手に手を出したのよ。でも、心配してくれてありがとね。怪我はマダム・ポンフリーがスッカリ良くしてくれたわ」

 

 私は箒に跨ると、フーチの指示で箒で飛ぶ練習をする。

 箒なんかで空が飛べるわけがないと思っていたが、一度あんなにアクロバティックに飛んだあとだ。

 一度飛べるものと認識してしまえば、あとは感覚でどうにかなるものだった。

 しばらく基礎的な訓練を行い、授業の後半はフーチの監視のもとある程度自由に飛んでもいいことになった。

 マルフォイは意気揚々と箒を上昇させ、ホグワーツ城を回り始める。

 私は校庭の隅に座り、自由に飛び回る生徒を眺めた。

 

「サクヤ! もう怪我は大丈夫なの?」

 

 箒で飛んでいたロンが私の横に着地する。

 私は大きく肩を回して見せた。

 

「もう痛みもないわ。そもそもそこまで痛かったわけでもないけど」

 

 私がそう言うと、ロンはホッとしたようにため息をつく。

 

「こっちは気が気じゃなかったよ。サクヤはネビルと吹っ飛んでいくし、ハリーはマクゴナガルに連れていかれちゃうし」

 

「それよ。こっちに戻る途中でマクゴナガル先生とハリーに会ったんだけど……」

 

 私がそう言うと、ロンは少し表情を暗くした。

 

「ハリーがマルフォイの挑発に乗って箒に乗ったところをマクゴナガルに見つかっちゃって連れていかれちゃったんだ。フーチは勝手に箒に乗ったら退学だって言ってたけど……」

 

 ロンが心配そうにホグワーツ城を見る。

 確かにフーチはそう言っていたが、そんな些細なことで退学になるとは思えない。

 

「きっと大丈夫よ。流石にそんなことで退学にはならないと思うわ。ドラッグや売春なら話は別だけど」

 

「ドラッグ? マグルの学校じゃ薬を飲んだら退学になるの?」

 

「……魔法界には麻薬よりヤバい魔法薬が溢れてそうね」

 

 私は横に置いていた箒を掴むと、習った通りに跨る。

 そのまま上空へと飛び上がり、マルフォイの後を追ってグルリとホグワーツ城を一周した。




設定・用語解説

サクヤにとことん弱いマルフォイ
 サクヤが間に挟まっていることで、原作ほどハリーとマルフォイの仲は悪くない。良くもないが。

吹っ飛ぶネビルとサクヤ
 一歩間違えば脱臼もの。

麻薬
 魔法界には惚れ薬や真実薬、幸福薬などといったやばい薬が沢山ある。

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最年少シーカーとケルベロスと私

 飛行訓練があったその日の夕食時。

 私とロンがキドニーパイを切り分けていると、少々興奮気味なハリーが小走りで私の横に座った。

 

「ハリー! あの、その……どうだった?」

 

 ロンは遠慮がちにハリーにあの後のことを尋ねる。

 今日の飛行訓練でハリーは規則違反を犯し、授業の途中でマクゴナガルに連れて行かれたのだ。

 直前にフーチが、言うことを聞かなかったら退学にすると脅していたので、ロンはハリーが退学になるのではないかと心配しているようだった。

 

「罰則はなかったよ」

 

 ハリーがそう言うと、ロンは大きく息をつく。

 

「運が良かったね。マクゴナガルはスネイプと違って自分の寮だからって贔屓はしないから」

 

「そうでもないかも」

 

 ハリーは周囲に自分たちしかいないことを確かめると、小さな声で言った。

 

「実は、グリフィンドールのシーカーに選ばれた」

 

「シーカーだって!?」

 

 キドニーパイを口に運ぼうとしていたロンはフォークを取り落としそうになりながら驚く。

 私はそもそもシーカーが何なのか全く知らなかった。

 

「まさか。一年生は寮の代表チームには入れない規則なのに……」

 

「マクゴナガルがダンブルドアに頼んで規則を曲げたんだ。よっぽどグリフィンドールを勝たせたいみたい」

 

 良くわからないが、どうやらハリーは何かのスポーツの寮代表選手に選ばれたようだった。

 魔法界でスポーツといえば決まっている。

 クィディッチだ。

 

「マクゴナガル先生も贔屓するのね」

 

 私は教員用の机でスープを飲んでいるマクゴナガルをチラリと見る。

 ああ見えてかなり自分の寮を大切にしているのだろう。

 

「一年生が代表選手に選ばれるなんて、何年振りなんだろう。聞いたことないよ」

 

「キャプテンのウッドは百年ぶりだって言ってた」

 

 ハリーはそう言うとキドニーパイを掻きこみ始める。

 対照的にロンは驚きすぎてパイをフォークで刺したまま固まっていた。

 

「来週から練習が始まるんだって。でも、誰にも言わないでくれよ。ウッドは秘密にしておきたいんだって」

 

 キャプテンのウッドからしたら、ハリーは秘密兵器なのだろう。

 

「すごいな」

 

 いきなり私たちの後ろからロンの双子の兄であるフレッドとジョージが顔を出す。

 

「ウッドから話を聞いたよ。僕たちも選手なんだ」

 

「二人ともビーターだ。今年の優勝杯は頂きだぜ」

 

 フレッドとジョージは口々にそう言う。

 

「チャーリーが居なくなってから一度も優勝できてない。でも今年は大丈夫そうだ。あのマクゴナガル推薦、ウッドが小躍りしてたぜ」

 

 フレッド、ジョージは同時にハリーの両肩を叩くと小走りで大広間を出ていった。

 

「汽車の中でも話したけど、次男のチャーリーはキャプテンだったんだ」

 

 ロンは二人の話に補足を入れてくれる。

 

「今はルーマニアでドラゴンの研究をしてるよ」

 

「で、優秀なキャプテンが抜けてチームはボロボロってわけね」

 

「そうみたい」

 

 ロンはそう言って肩を竦める。

 チームを任されたウッドからしたらたまったもんじゃないだろう。

 なんにしてもそこまでクィディッチというのは人を熱狂させるのだろうか。

 ルールも知らないが、少し興味が湧いてきた。

 

「さて、私はもう談話室に上がるわね。二人が話をしている間に私のお腹はキドニーパイでパンパンよ」

 

「うん、おやすみサクヤ」

 

 私は最後にかぼちゃジュースを呷ると、二人に手を振って大広間を後にした。

 

 

 

 

 

『この学校への入学は貴方が生まれた時から決まっていた運命だわ』

 

 誰かの声がする。

 聞いたことのない声だが、不思議と良く耳に馴染む。

 入学は生まれた時から決まっていた運命?

 声の主はマクゴナガルだろうか?

 

『そうそう咲夜。ホグワーツで友達はできた?』

 

 友達はできたかだって?

 そんなことを聞いてくるなんて、声の主は孤児院のセシリアだろうか。

 

『咲夜、持っておきなさい。あの時の答えを見せて頂戴な』

 

 いや、マクゴナガルもセシリアも、こんな声ではない。

 じゃあ、一体誰の声だ?

 

「そんなの決まってるじゃない」

 

 私はその瞬間、ベッドの上で目を開く。

 そうだ、私は食堂でハリー達と別れてすぐ、寝支度を済ませてベッドに潜り込んだんだった。

 私は先ほどまで見ていた夢を思い出そうとする。

 だが、自分でも驚くほど先ほどの夢の詳細を思い出すことができなかった。

 まあ夢なんてそんなものか。

 でも、最後の一言は確かに現実で発せられたものだ。

 私は最後の声が誰のものだったかを必死に思い出す。

 そして、一つの結論に達した。

 

「最後のは私の声……何が決まっているというの……」

 

 私はブンブンと頭を振ると周囲を見回す。

 体感時間でしかわからないが、周囲の静けさからして既に消灯時間は過ぎているのだろう。

 だが、私の横のベッドで寝ているはずのハーマイオニーの姿が見えなかった。

 

「おかしいわね。ハーマイオニーはいつも消灯時間十分前にはぐっすりなのに」

 

 私は寝間着の上からローブを羽織ると、女子寮から談話室に降りる。

 次の瞬間、バタンと肖像画が閉まる音が聞こえた。

 

「女子寮にも談話室にもいない……まさかこんな時間に談話室の外に?」

 

 一週間近く同じ部屋で寝ているからわかるが、ハーマイオニーが何か特別な理由もなしに談話室の外に出るとは思えない。

 

「嫌な予感しかしないわね」

 

 私は談話室にあるソファーに座り込み考える。

 談話室の外に出てハーマイオニーを探しに行くべきだろうか。

 それとも全てを見なかったことにしてベッドに戻るか。

 

「ちょっと、様子だけ見に行ってみますか」

 

 私はソファーの上で時間を停止させる。

 

「さあ行きましょう」

 

 そしてソファーから立ち上がり肖像画を押し開き、肖像画の穴から周囲を見回した。

 

「……ああ、そういうことね」

 

 私は肖像画の外で言い争っているような格好で固まっているハリーとロン、ハーマイオニーを見つける。

 大方ハリーとロンがこっそり談話室を抜け出すという話をハーマイオニーが聞いてしまい、二人を引き留めようとしているのだろう。

 

「あーくだらない。心配して損したわ」

 

 私はため息をつくと、肖像画をパタリと閉じる。

 そして先ほどと同じソファーに座り、時間停止を解除した。

 

「まあ、帰りを待っててあげるぐらいはしましょうかね」

 

 私は一度女子寮に戻り、孤児院から持ってきた一冊の本を持って談話室に戻る。

 『そして誰もいなくなった』、イギリスが誇る推理小説家の名作だ。

 もう何度か読んでいるが、時間潰しに読み直すのもいいだろう。

 私はソファーに腰かけると、近くにあるランプに明かりをつける。

 

「さあ、U.N.オーエンとは誰なんでしょうね」

 

 まあ、私は既に知っているが。

 

 

 

 

 

 私が推理小説を読んでいると、転がり込むようにハリー、ロン、ハーマイオニー、ネビルの四人が談話室に転がり込んでくる。

 九月だというのに額にはびっしょりと汗を掻いており、その表情には明らかに焦りの色が見えた。

 

「あ、お帰り。ネビルも一緒だったのね」

 

 ネビルは医務室で寝ていたはずだが、あの様子だとすっかり元気になったようだった。

 まあ、今は昼に見た時より顔色は悪いが。

 四人は私のことが見えていないかのように、押し黙っている。

 やがて、ロンが絞り出すように言った。

 

「あんな化け物を学校の中に閉じ込めておくなんて……いったい何を考えてるんだ? 世界で一番運動不足の犬はあの犬に違いない」

 

 犬、化け物、閉じ込めておく。

 断片的な情報だが、あの四階にいるケルベロスのことだろう。

 一体何があったかは分からないが、ハリー達は四階にいるケルベロスを見つけてしまったに違いない。

 

「一体どこに目をつけているのよ。あの犬が何の上に立ってたか見なかったの?」

 

 ハーマイオニーはヒステリック気味に叫ぶ。

 

「床の上じゃない? 頭を三つ見るので精一杯で足元なんて見てないよ」

 

「床じゃないわ。仕掛け扉の上に立ってたの。何かを守っているに違いないわ」

 

 私は入学初日に見たケルベロスのことを思い出すが、名前がフラッフィーであることしか思い出せない。

 隠し扉の上なんかに立っていただろうか。

 ハーマイオニーはそのあと言いたいことを好きなように捲し立てて女子寮に上がっていってしまった。

 あの様子では私がソファーに座っていることすら見えていないかもしれない。

 

「凄いよな。まるで自分はなんにも悪くないみたいな言い草だぜ?」

 

 ロンはハーマイオニーの態度に呆れ果てている。

 だが、ハリーは違うことを考えているようだった。

 

「グリンゴッツは何かを隠すには世界で一番安全な場所だ……ホグワーツ以外では」

 

「なんの話?」

 

 私は反射的にハリーに聞く。

 ハリーは私から声を掛けられて、ようやく私の存在を認識したようだった。

 

「サクヤ!? なんで談話室に?」

 

「ハーマイオニーの姿が見えなかったから、談話室で待ってたのよ。……にしても酷い顔色ね。一体何があったの?」

 

 ハリーは事の経緯を私に話してくれる。

 私が一足早く談話室に戻ったあと、ハリー達はマルフォイに喧嘩を売られたらしい。

 だが、それは消灯後に談話室の外を出歩かせるためのマルフォイの罠だったようで、ハリー達は管理人のフィルチに散々追いかけられたらしかった。

 その道中でハリー達は四階右側の廊下に入り込んでしまい、そこでケルベロスを見つけてしまったのだという。

 そこから先はまっすぐ談話室へと逃げてきたようだ。

 

「なるほど。でもなんでハーマイオニーとネビルも一緒なのよ。お節介なハーマイオニーでも、流石に決闘についていくほどの冒険家ではないと思うけど」

 

「入口の太った婦人が外出中だったんだよ。それで締め出されちゃって」

 

 なるほど、内側からは開けられるが外側からは合言葉を言わないと開けられない。

 合言葉を言う相手がいないのでは開けようがないというわけだ。

 

「それで締め出されたハーマイオニーが一緒についてきちゃって」

 

「ネビルは……合言葉を忘れたのね」

 

 きっと消灯より随分前から肖像画の前で誰かが肖像画を開けるのを待っていたに違いない。

 

「ネビル、もう寝たほうがいいわ。ちゃんと汗を掻いた服は着替えるのよ?」

 

 ネビルは静かに頷くと、鼻をすすりながら男子寮の螺旋階段を登っていく。

 談話室に私とハリー、ロンの三人だけになったので、私は本題に入ることにした。

 

「で、ハリー。さっき言ってたことだけど……もしそのケルベロスの足元に何かが隠されているのだとしたら──」

 

 私はハリーが言いかけていたことを聞く。

 

「ハグリッドは間一髪で何かをグリンゴッツからホグワーツに移した。きっとあの犬が守ってるに違いないよ」

 

 確かにハリーの言う通り、タイミング的にはそうとしか思えない。

 

「でも、小さいものだったんだろう? そこまでして守ろうとするなんて、一体何が……」

 

 ロンも一緒になって頭を捻るが、如何せん情報が少なすぎる。

 流石に包みの中身を推測することはできないだろう。

 

「まあ、今日は色々ありすぎたし、もう寝ましょう? その犬が守っているものは明日以降ゆっくり調べればいいわ」

 

「調べに行こうとは思えないけど、中身が何かは気になるな」

 

 ロンは大きくあくびをしながら答える。

 談話室の時計を見ると既に日付が変わっていた。

 少々夜更かしが過ぎるだろう。

 

「うん、じゃあまた明日、サクヤ」

 

「おやすみ」

 

 ハリーとロンは足を引きずるようにして男子寮に上がっていく。

 私も談話室のランプを消すと、女子寮に戻った。

 自室の扉を開けると、ハーマイオニーが下着姿で汗をタオルで拭いている。

 部屋に入った私の姿に気が付くと、体を隠すようにタオルを引き寄せた。

 

「サクヤ、起きてたのね」

 

「さっきまでずっと談話室にいたじゃない。ほんとに見えてなかったの?」

 

 ハーマイオニーはいそいそと寝間着に着替え始める。

 

「も、勿論見えてたわ。でも、なんで談話室に?」

 

「目が覚めたら貴方の姿が見えなかったから」

 

 私はローブを脱ぐと、ベッドに潜り込んだ。

 

「ハリーから話を聞いたわ。大冒険だったみたいじゃない」

 

「大冒険? 冗談じゃないわ。一歩間違えばみんな揃って死んでいたかもしれないのよ。最悪退学もあり得たわ」

 

 ハーマイオニーは声を抑えながらも強い口調で私に言う。

 だが、すぐに理不尽な怒りを私にぶつけていることに気が付いたのか、シュンと表情を暗くした。

 

「……ゴメン。サクヤは私を心配して談話室で待っててくれたのに」

 

「気にしないで。私たち友達でしょう? 何か困ったことがあったら頼ってもいいのよ?」

 

 ハーマイオニーは恥ずかしそうにベッドに潜り込み頭まで毛布を被る。

 

「……ありがと」

 

 そして小さな声でそう呟いた。

 私はそれを聞いてハーマイオニーの方ににっこり微笑むと、静かに目を瞑る。

 夜更かしのせいもあってか、私はそのまま自然と眠りに落ちていった。

 

 

 

 

 

 朝食を取るために談話室に降りると、珍しくハリーとロンが私より早く談話室で談笑していた。

 普段は私の方が起きるのが早いので、少し珍しく感じる。

 

「おはよう、サクヤ」

 

 昨日あんなことがあったばかりだというのに、ハリーの顔はどこか清々しい。

 どうやらハリーとロンの中では、昨日の騒動は既に素晴らしい冒険の思い出となったようだった。

 私たちは大広間へと向かいながらあの犬が何を守っているのかを考察しあう。

 とはいえ情報が少なすぎるので、考察するほど話すこともないが。

 

「何かの魔法具でしょうね」

 

 大きさからして本ではないことは確かだ。

 ハリーの話では、金庫の中にあったのは手のひらに収まるほどの小さな包みだったらしい。

 

「なんにしても物凄く大切か、物凄く危険な物だな」

 

「その両方かも」

 

 ロンとハリーは口々に言う。

 

「私としては、その犬の化け物が気になるわね。頭が三つってことはケルベロスかしら」

 

 ハグリッドが包みを回収したということは、あの犬の飼い主はハグリッドだろう。

 ハグリッドに犬の詳細を聞くのもいいが、流石に立ち入り禁止の廊下に入りましたとは言えない。

 

「私は少し犬について図書室で調べてみるわね」

 

「僕たちも手伝うよ」

 

 それから一週間ほど、授業の合間を縫って図書室に通う日々が続いた。

 魔法生物に関する本や動物図鑑を中心に調べていくが、ケルベロスの記述はない。

 探し始めて一週間、朝食の前に時間を止めて図書室に来ていた私は、ついにケルベロスのことが詳細に書かれている本を見つけた。

 

「あった。これね」

 

 私は本に書かれている内容を羊皮紙に書き写していく。

 本の題名とケルベロスの詳細を書き写し終わると、私は時間を止めたまま談話室へと戻った。

 談話室のソファーに座り、時間停止を解除する。

 その瞬間、ハリーとロンが男子寮から降りてきた。

 

「おはよう、サクヤ」

 

 ロンは眠そうな目を擦りながら大きくあくびをする。

 ハリーは目は覚めているようだったか、寝ぐせで髪がはねていた。

 

「ケルベロスの詳細が分かったわ」

 

 私がそう言うと、ロンの意識が一気に覚醒する。

 ハリーも目をぱちくりさせていた。

 

「本当かい?」

 

 ハリーは疑わし気に私に聞く。

 私は周囲を見回し、談話室に人が増えてきたことを確認すると、小さい声で言った。

 

「歩きながら話しましょう。一か所に留まっていると誰に聞かれるかわからないわ」

 

 私はハリーとロンと大広間へ向かいながら先ほど調べたケルベロスの詳細を話し始める。

 

「魔法生物や動物図鑑に全く載ってないから、少し調べ方を変えてみたの。ギリシャ神話の本に書いてあったわ」

 

「ギリシャ神話って、あの星座の?」

 

「ええ、あの天文学で習うアレ。ケルベロスはギリシャ神話に出てくる怪物みたいなの」

 

 私は羊皮紙を取り出して読み始める。

 

「『ケルベロスは冥界の入り口を守護する番犬である。主に三つの頭が特徴であり、三つの頭が順番に眠ることによって常に監視を続けている』何かを守るにはぴったりの生物ね」

 

「だから夜にも関わらず起きてたんだな」

 

 ロンは感心したように頷いた。

 

「『オルペウスが死んだ恋人のエウリュディケを追いかけて冥界を訪れた時、ケルベロスはオルペウスが奏でるハープの音色で眠らされていることから、ケルベロスは音楽を聴くと眠ってしまう弱点を持つ。また、甘いものが好物で、お菓子を与えれば食べている間は前を通ることができる』意外に弱点が多いわね」

 

 私は羊皮紙を丸めると、懐に仕舞いこむ。

 ケルベロスの話をしているうちに大広間へとたどり着いた。

 

「大事なものを守らせるには、弱点が多い……守りは一つじゃない?」

 

 ハリーはぼそりとそんなことを呟く。

 確かに守りがケルベロスだけだったら、グリンゴッツのほうが安全そうだった。

 

「確かにホグワーツには優秀な魔法使いが沢山いるし、他の教員たちも何かしら守るための措置を講じていてもおかしくはないわね」

 

「まあ、それを確かめるすべはないな。僕はまだ頭と胴体をくっつけていたい」

 

 ロンはグリフィンドールの机に座ると、ベーコンを皿に盛りつけ始める。

 私も負けじと皿にベーコンを山盛りにした。

 

「サクヤって、見かけによらずよく食べるよな。僕より随分ちっこいのに」

 

 ロンは私の皿に盛られたベーコンの山を見て言う。

 確かにロンの高身長から見たら私は小さく見えるだろう。

 

「ほら、育ち盛りだから。ハリーももっと食べたほうがいいわ。といっても、初めて会った時よりかはまともになってきてるけど」

 

 初めてハリーに会った時はひょろひょろの少年に見えたが、ここ一週間ほどで多少は脂肪がついたように見える。

 

「そうかな? 自分じゃよくわからないけど」

 

「あとはもう少し筋肉をつけたほうがいいわね。ロンを見習いなさい」

 

 とはいえロンも筋骨隆々というわけではない。

 他の生徒と比べればそこそこ運動ができそうな程度だ。

 十一歳の少年なので当たり前と言えば当たり前だが。

 

「クィディッチの練習が始まったら嫌でも筋肉が付くと思うよ。シーカーは特に箒の上で踏ん張らないといけないから」

 

 そういえば、クィディッチのルールを私は全く知らない。

 いい機会なので、ロンに教えてもらおう。

 

「ねえ、クィディッ──」

 

 私がそう言いかけた瞬間、大広間に多数のフクロウが舞い込む。

 いつもの何でもないフクロウ便だが、ひと際大きな包みを運んでいるフクロウの集団があった。

 

「こっちに来るぞ」

 

 ロンは椅子から立ち上がると、フクロウが落とした大きな包みをキャッチする。

 紙袋に包まれた細長いそれは、長さだけ見たら私の身長より長いかもしれない。

 

「これ、ハリー宛だよ」

 

 ロンは包みに書かれた宛名を見ながら言う。

 少し遅れて、一匹のフクロウがハリーの膝の上に手紙を落とした。

 ハリーは急いで手紙の中身を確認し、私とロンに小さな声で言った。

 

「中身は箒だ。マクゴナガルが僕のために送ってくれたみたい」

 

「箒!? 何型の箒?」

 

 ロンは興奮を抑えこんで囁く。

 ハリーは手紙をもう一度確認し、箒の名前を読み上げた。

 

「ニンバス2000って書いてある。ロン、これって……」

 

 箒の名前を聞いた瞬間、ロンは分かりやすく固まった。

 

「ハリー、ニンバス2000っていったらニンバスの最新型だよ。いま間違いなく世界で一番速い箒だ……ハリー、早く開けて見せてよ」

 

 ロンは抱いていた箒の包みをハリーに渡す。

 ハリーは箒を腕に抱くと、更に声を小さくした。

 

「包みをここで開けるなって書いてある。マクゴナガルもこのことを内緒にしておきたいみたいだ。談話室に帰ってからこっそり開けよう」

 

 ロンは小さく何度も頷いた。

 

「私のことは気にしないで、男子寮の自分の部屋でこっそり開けたほうがいいわ」

 

 私は小さい声でそう促す。

 

「ありがとサクヤ。これ持ったままじゃ授業に参加できないし、一旦談話室に置いてくるよ」

 

「僕もついていっていいかい?」

 

 ハリーとロンは包みを抱えたまま足早に大広間から立ち去っていく。

 一人残された私は皿に盛られたベーコンをお腹に詰め込む作業に戻った。




設定や用語解説

キドニーパイ
 牛や豚の腎臓がたっぷり入ったパイ。イギリスの伝統料理

シーカー
 魔法界のスポーツ、クィディッチでスニッチと呼ばれる金色のボールを追いかけるポジション。 スニッチキャッチの得点が非常に高いのと、スニッチをキャッチした瞬間に試合が終わるので非常に重要なポジション。

そして誰もいなくなった
 アガサ・クリスティの名作推理小説

ケルベロス
 ギリシャ神話に出てくる怪物。ハリー・ポッターの原作でもフラッフィーの元ネタはこいつのはず。

ニンバス2000
 1991年当時最も速い箒。ニンバス社製の最新モデル。

Twitter始めました。
https://twitter.com/hexen165e83
活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。


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浮遊魔法とハロウィンと私

 私がホグワーツに入学してから、既に二か月が経過していた。

 ホグワーツのあちこちにハロウィンの飾りつけがなされており、廊下にはパンプキンパイの良い香りが漂っている。

 今夜はハロウィンのご馳走が食卓の上に並ぶと思うと、少々楽しみになった。

 ハロウィンの朝一発目の授業は呪文学だった。

 呪文学を担当しているフリットウィックはゴブリンの血が少し流れているらしく、一年生である私たちよりも身長が低い。

 教卓の後ろに踏み台を置いて、やっと上半身が教卓から出るありさまだった。

 

「今までは、物を動かす簡単な呪文を練習してきましたが、今日は前回達した通り物を浮かす呪文を練習してみましょう」

 

 フリットウィックは杖を取り出すとビュンと振る。

 

「いいですか。ビューン、ヒョイですよ? いいですか? ビューン、ヒョイです。呪文も正確に」

 

 フリットウィックは教卓の横にある重そうな石に杖を向け、呪文を唱えた。

 

「ウィンガーディアム・レヴィオーサ」

 

 フリットウィックが杖を振るうと、重そうな石はまるで重力の影響など受けていないかのように浮き上がり、教室中を飛び回った。

 石が音もなく教卓の横に着地した瞬間、教室中が拍手で包まれる。

 皆、少しでも早くこの呪文を試してみたいようだった。

 フリットウィックは生徒を二人ずつ組にし始める。

 基本的には席の近しいもの同士を組にしていき、私はハリーと、ロンは偶然隣の席にいたハーマイオニーと組になった。

 

「ビューンヒョイですって。どっちからやる?」

 

 私は机の上に置いてある大きな羽根の羽柄を摘んでクルクルと回す。

 ハリーは意気揚々と杖を取り出すと、習った通りに呪文を唱えた。

 

「うぃんがーであむ、れびおーさー」

 

 ハリーは杖を振るい羽根に向けるが、羽根はピクリとも動かない。

 ハリーは数回呪文を試し、全く動かないことを確認するとこちらを見ながら肩を竦めた。

 

「ダメだ。ピクリともしないよ」

 

「だらしないわね」

 

 私は杖を取り出し、わざとらしく咳払いをする。

 

「うぃんぐぁーでぃうむ・れぶぃおーさ」

 

 ビューン、ヒョイの動きで杖を振るい、私は羽根に杖を向ける。

 杖を向けられた羽根はびっくりするほど動かなかった。

 

「だらしないのは羽根のほうだったわね。……そうだ」

 

 私は髪を数回手櫛で梳き、細く真っ白な髪の毛を数本手に取る。

 そして髪の毛同士を結ぶと、片方を羽根の真ん中に、片方を杖の先端に結んだ。

 

「ウィンガーディアム・レヴィオーサ」

 

 私は机の上で髪の毛の余長を上手く使い、小さく杖を振るう。

 そしてそのまま杖をゆっくり持ち上げた。

 髪の毛で繋がれている羽根は吊られるような形で宙に浮きあがる。

 私の髪の毛はかなり細いので、遠目で見たら宙に浮いているように見えるだろう。

 

「ハリー、浮いたわ」

 

 手品にしてはあまりにもお粗末なそれを見て、ハリーは耐えきれないと言わんばかりに噴き出す。

 

「サクヤって頭良さそうに見えるけど、結構ふざけるよね」

 

「種や仕掛けしかございません」

 

 私はそのまま杖を上下させる。

 それに合わせて羽根はふわふわ宙を漂った。

 

「僕の黒髪じゃ無理そうだ」

 

「そんなことないわ。手品の糸は黒いほうが目立たないのよ?」

 

「太さがね」

 

 私は羽根をぶら下げて遊びながらハーマイオニーたちのほうを見る。

 私はそうでもないが、ハリーとロン、ハーマイオニーの仲は驚くほど悪い。

 ロンとハーマイオニーが組もうものなら、険悪な雰囲気になるのは必然だった。

 

「ウィンガディアム! レヴィオーサ!」

 

 ロンは杖をブンブンと振り回し呪文を叫んでいる。

 ハーマイオニーは非難するような声色でロンを制止した。

 

「言い方が間違ってるわ。ウィン・ガー・ディアム レヴィ・オー・サ。流れるように綺麗に言わなきゃ」

 

 ハーマイオニーに口を出されてロンは途端に不機嫌になる。

 

「そんなによくご存じなら、ぜひご教授していただきたいね。さあやってみろよ!」

 

 ロンがハーマイオニーに怒鳴る。

 ハーマイオニーは袖を少しまくると、杖を振り呪文を唱えた。

 

「ウィンガーディアム・レヴィオーサ!」

 

 すると羽根はふわりと机から浮き上がり、ハーマイオニーの頭上で停止した。

 

「オーッ! よくできました!」

 

 フリットウィックが拍手をして叫ぶ。

 

「みなさんごらんなさい。グレンジャーがやりましたよ!」

 

 ハーマイオニーは得意げな顔でロンを見る。

 対してロンはうんざりしたような顔で大きくため息をついた。

 

「おっと! ホワイトも成功したようです!」

 

 フリットウィックは私のほうを見て拍手をする。

 どうやら私の手品を見てまんまと騙されたようだった。

 授業が終わって、私とハリーはロンと合流する。

 ロンは先ほどのハーマイオニーとのやり取りのせいか、機嫌は最悪だった。

 

「まったくなんなんだあいつ。自分が少し他人よりできるからって……あ、サクヤのことを言ってるんじゃないからね?」

 

 ロンは私がまっとうに成功しているものだと思っているらしく、慌ててそう付け足した。

 

「いや、あれは羽根を糸で吊るして遊んでいたらフリットウィック先生が勘違いしただけよ」

 

「たまに君からフレッドとジョージと同じ雰囲気を感じるよ」

 

 ロンは呆れて苦笑いをするが、すぐにハーマイオニーへの怒りがぶり返したようだった。

 

「ほんと悪夢みたいなやつだよ。あれじゃ絶対友達いないね。サクヤもよく同じ部屋で我慢できるよな」

 

 その瞬間、誰かがハリーの肩にぶつかり、慌てて追い抜いていく。

 ハーマイオニーだ。

 それに私の見間違いでなければ、目に涙を溜めていたように見えた。

 

「あー、聞こえたみたいね」

 

「知るもんか」

 

 ロンは悪びれもせずに言った。

 結局次の授業にも、午後の授業にもハーマイオニーの姿はなかった。

 ロンの言葉が思った以上にハーマイオニーを傷つけたらしい。

 慰めに行こうとも思ったが、ハリーとロンと仲良くしている私が行っても逆効果だろう。

 午後の授業の荷物を置きに女子寮に戻ると、同部屋のパーバディとラベンダーがちょうどハーマイオニーの話をしているところだった。

 

「あ、サクヤ。ハーマイオニーのことなんだけど……」

 

 パーバディは私が入ってきたことに気がつくと、すぐさま声を掛けてくる。

 

「ずっと女子トイレで泣いてるの。何かあったの?」

 

 私はロンの名前が口から出そうになるがぐっと飲み込んだ。

 男子が女子を泣かせたとなったら、ロンがグリフィンドールの女子生徒から総攻撃を受けてしまう。

 

「さあ……でもその様子じゃハロウィンパーティにも出ないつもりなのかしら。迎えに行く?」

 

 私はパーバディとラベンダーに聞くが、二人は小さく首を振った。

 

「もうラベンダーが行ってきたわ。一人にして欲しいって」

 

「あの様子じゃしばらく出てこないわよ。聞いたことないぐらいショボくれた声してたもの」

 

 それならば、もう私から出来ることは何もない。

 

「そう、ならそっとしておいてあげましょう? きっと落ち着いたら戻ってくるわ」

 

 私は荷物を仕舞い込むと、パーバディとラベンダーとともに談話室へ降りる。

 そして談話室でハリー、ロンと合流し、大広間へと向かった。

 

 

 

 

 

「トロールがッ!! 地下室に……お知らせしなくてはと思って──」

 

 大広間で行われたハロウィンパーティ。

 私がグリフィンドールのテーブルでハロウィンのご馳走を食べていると、かなり慌てた様子のクィレルが大広間に駆け込んできた。

 クィレルは息も絶え絶えにダンブルドアにそう伝えると、パタリと気絶してしまう。

 一瞬の静けさのあと、悲鳴と怒声に大広間は包まれる。

 多くの生徒がパニックに陥る中、私は自分でも気味が悪いほどに落ち着いていた。

 地下室にトロール?

 そもそもトロールってなんだ?

 皆の慌てようを見るに、トロールは化け物か何かなのだろう。

 その後、ダンブルドアの指示のもと、生徒は一度各寮の談話室に戻ることになった。

 私は監督生に引率される生徒に交じってホグワーツの廊下を歩く。

 まあ何にしても、トロールは教員が何とかするだろう。

 ハロウィンのご馳走は既にたらふくお腹に入れたし、今日はもう寝よう。

 そんなことを考えている最中に、ふとあることが頭を過ぎる。

 女子トイレで泣いているハーマイオニーはトロールのことを知らない。

 女子トイレはここから少し離れているため、この騒ぎも聞こえていない可能性が高いだろう。

 

「……まあ、迎えにいくか」

 

 放っておいても大丈夫だとは思うが、最悪の事態を考えて呼びにいくぐらいはしたほうがいいだろう。

 私は人混みに紛れてグリフィンドールの生徒たちから離れると、女子トイレへと走った。

 女子トイレには個室が四つ並んでおり、一番奥の扉だけが閉まっている。

 

「ハーマイオニー! ここにいるんでしょう!」

 

 私は閉まっている扉の前でハーマイオニーを呼んだ。

 返事こそなかったが、呼びかけた際に物音がしたため、中に誰かいるのは確かだろう。

 

「いつまでも閉じこもってないで出てきたらどう?」

 

「ほっといてよ! どうせ貴方も私のこと性格の悪い頭でっかちって思ってるんでしょう?」

 

 ハーマイオニーは扉の向こうで声を荒げる。

 小さく鼻を啜る音がするあたり、まだ泣いていたようだった。

 

「面倒臭いわね貴方」

 

「ほら! やっぱり!」

 

 ハーマイオニーは声を出して泣き出してしまう。

 別にそういう意味で言ったわけではないのだが、ハーマイオニーは自分に都合が悪いように解釈したようだった。

 

「何馬鹿なこと言ってるのよ。勉強ができることが悪いことなわけないでしょ? それに、嫌ってたらこんなところまで探しにきたりしないわ」

 

 私はそっと扉に触れる。

 

「私は貴方のこと友達だと思ってたんだけど、貴方は違うの?」

 

「ほんとに? 嘘じゃない?」

 

「嘘じゃないったら……ほら、一緒にハロウィンパーティに……は中止になったんだった」

 

 カラカラとトイレットペーパーが回る音が聞こえる。

 音からして、どうやら鼻をかんでいるようだった。

 

「ハロウィンパーティが中止ってどういうこと?」

 

 扉越しにハーマイオニーは私に聞く。

 次の瞬間、ひどい悪臭が私の鼻をついた。

 

「あ」

 

 嫌な予感がする。

 私がトイレの入り口の方に視線を向けると、そこには四メートルはあろうかというハゲた人型の化け物がこちらに近づいてくるのが見えた。

 異様に長い腕には棍棒を握っており、ズルズルと棍棒を引きずって歩いている。

 

「ハーマイオニー、やっぱりしばらく出てこなくていいわ」

 

「どういうこと? この臭いは何!?」

 

 私はハーマイオニーのいる個室から離れると、化け物と対峙する。

 なるほど、こいつがトロールか。

 名前通りの間抜けヅラじゃないか。

 問題があるとするなら、間違いなく私より力が強いということと、ハーマイオニーがいるため時間を止めて一人で逃げることができないということだろうか。

 

「はぁい、お間抜けさん。このトイレには私しかいないわよ?」

 

 トロールは不思議そうに私の顔をじっと見ている。

 時間を止めてこのトロールを殺すことは簡単だ。

 止まっている間に眼球を抉り、眼孔から脳を掻き回せばいい。

 だが、この状況でそれをしてしまってはあまりにも不自然だ。

 最悪ハーマイオニーが死んだとしても、この能力の秘密は守らなければならない。

 となれば、取れる手段は一つ。

 私が囮となってトイレの外にトロールを誘導すればいい。

 私はポケットの中から金貨の詰まった小袋を取り出す。

 そして金貨を一枚握り込むと、トロールと私の間に投げた。

 キンッと澄んだ音がトイレに響き渡り、トロールの気が一瞬金貨に向く。

 その隙を突いて私は全速力で駆け出すと、トロールの横をすり抜けてトイレの入り口の扉までたどり着いた。

 

「さて、追いかけっこでもしましょうか。鬼が交代することはないけど」

 

 トロールは一瞬私を見失って辺りを見回すが、すぐに私の方を向く。

 トロールの意識が完全にこちらを向いたことを確認し、私はドアノブを捻った。

 

「……あれ?」

 

 結果から言うと、扉は開かなかった。

 ドアノブを何度も捻り扉を開けようとするが、押しても引いても扉は何かが引っかかっているかのように開かない。

 その手応えは、まるで扉に鍵が掛かっているかのようだった。

 

「嘘でしょ……」

 

 私は咄嗟にトロールに向き直る。

 トロールは私が扉を開けようと手こずっているうちに私の前まで移動してきたらしい。

 トロールは、天井が低いためか棍棒を右から左に振るう。

 私がその棍棒の軌道上にいることはあまりにも明白だった。

 まあでも焦ることではない。

 私は時間を止めることができる。

 たとえナショナルリーグのプロ野球選手の振るうバットであろうと、私に掠らせることすら叶わないだろう。

 私は時間を止めようと、一瞬周囲を見渡す。

 物の配置を覚えたり、人目がないかの確認のための癖だが、この一瞬の癖が命取りとなった。

 

「サクヤッ!!」

 

 奥の個室の扉が勢いよく開き、ハーマイオニーが顔を出してこちらを見る。

 彼女の目は完全にこちらを向いている。

 今時間を止めて移動したら、明らかに不自然だ。

 

「──ッ!」

 

 私は時間を止めるために身構えていたため、この体勢からではどう頑張ってもトロールの棍棒を避け切ることなどできないだろう。

 勿論、時間を止めたら回避できる。

 だが、そうしたらハーマイオニーが私の不自然な動きを観測してしまう。

 最悪ハーマイオニーが死んだとしても、この能力の秘密は守らなければいけない。

 だが、私が大怪我を負うだけで能力の秘密が漏れないのであれば、それが一番だ。

 私は時間を止めることなく、腋を締め左腕を身体の横で固める。

 運が良ければ左腕の骨折のみで済むだろう。

 あとは私が覚悟を固めるだけだ。

 

 次の瞬間、私の身体に強い衝撃が襲いかかった。




設定や用語解説

浮遊魔法
 ハリー・ポッターの中でも有名な呪文の一つ。ぶっちゃけ賢者の石と死の秘宝ぐらいでしか出てこない魔法だが、武装解除のエクスペリアームスよりも有名

サクヤマジック
 孤児院で小さい子供に好評

トロール
 オークとゴブリンを足して二で割らないような容姿をしている

面倒くさいハーマイオニー
 ハーマイオニーはマグルの学校でも友達いなさそう(偏見)

最悪ハーマイオニーが死んでも能力の秘密を守るサクヤ
 だが、ハーマイオニーが死ぬよりかは自分が大怪我を負う方を選択するサクヤ

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洗面台と棍棒と私

やば、予約忘れた……
バイクの上から投稿します。


 私の横から棍棒が迫る。

 トイレの奥では、今にもまた泣き出しそうなハーマイオニーがこちらを見ていた。

 時間は止めることができない。

 もうすでに、この体勢からでは身を捩って避けることも不可能だ。

 私は咄嗟に左腕を体側で固め、棍棒の衝撃に備える。

 だが、私の予想とは裏腹に、衝撃が来たのは真後ろからだった。

 背後で勢いよく開いた扉が私の体を突き飛ばし、前のめりに地面を転がる。

 横なぎに振られた棍棒は私の頭スレスレのところを通過すると、洗面台一つを粉々に砕いた。

 

「ハーマイオニー! 無事か!?」

 

 扉を開けたのはハリーだった。

 すぐ後ろにはロンの姿も見える。

 何にしても助かった。

 覚悟はしていたことだが、あのまま棍棒を喰らえば粉々になっていたのは洗面台ではなかっただろう。

 利き腕ごと私の肋骨……いや、内臓まで潰されていたかもしれない。

 私はそのまま地面を転がり、トロールの足元を潜り抜ける。

 これでトロールを挟み込む形になったが、私にはトロールに致命的なダメージを与える手段はなかった。

 

「これでも喰らえ!」

 

 ロンは壊れた蛇口を拾い上げると、トロールに投げつける。

 ダメージにはなっていなさそうだが、トロールの意識はロンに向いた。

 

「そのまま引きつけて!」

 

 私はロンにそう叫ぶと、ハーマイオニーの元へと走る。

 

「ハーマイオニー、逃げるわよ!」

 

 そしてハーマイオニーの手を掴んで引っ張るが、ハーマイオニーは腰を抜かしてしまっており、立ち上がれる気配がなかった。

 

「ご、ごめ……脚が……」

 

「便座に座りすぎて痺れたなんて言ったらただじゃおかないわよ!」

 

 私はハーマイオニーを引っ張り起こすと、そのまま肩に担ぎ上げる。

 あまり筋肉のない私の足腰が悲鳴を上げるが、無視できる範疇だった。

 

「やーい、ウスノロ! こっちだ!」

 

 ロンは必死になってトロールに洗面台の破片を投げつけている。

 だが、徐々にロンとトロールの距離は近くなっており、壁に追い詰められるのも時間の問題だった。

 その瞬間、ハリーが後ろからトロールにしがみつき、足をトロールの首に回して肩車のような状態になる。

 まるでプロレスのような動きだが、ハリーの必死の形相からして偶然の産物なのだろう。

 ハリーは杖を握ったまま暴れ牛にでも跨っているかのように振られ、今にも地面に落ちそうだった。

 

「ハリー!」

 

「早く、なんでもいいから呪文を──」

 

 トロールは一際大きく暴れると、ハリーを掴もうと棍棒を持っていない手で頭の周りを探る。

 変に振られたためか、ハリーの杖は深々とトロールの鼻に刺さった。

 あまりの痛みにトロールは膝をつき体を捩って苦しみ、杖を抜こうと頭を振るう。

 その衝撃でハリーは吹き飛ばされ、ロンを巻き込みながらトイレの壁に叩きつけられた。

 

「あとは任せて」

 

 私はハーマイオニーを肩から下ろすと四つん這いになって苦しんでいるトロールの顔面を──要するに鼻に刺さっている杖を思いっきり蹴り込んだ。

 杖は蹴られた衝撃で鼻の裏の骨を貫通し、トロールの脳に深々と刺さる。

 脳に杖が刺さったトロールは数度大きく痙攣すると、そのまま動かなくなった。

 

「いたた……ロン、受け止めてくれてありがと」

 

「いや、巻き込まれただけだよ」

 

 トロールを挟んで向かい側では、ハリーがロンに手を貸して起き上がらせているのが見える。

 あの様子を見るに二人とも大きな怪我はなさそうだった。

 

「これ……死んだの?」

 

 ハーマイオニーは壁伝いに立ち上がりながら震える声で言う。

 私はトロールの鼻に刺さっている杖を力任せに引き抜いた。

 杖が抜けると同時にドロリとした血と髄液が入り混じった液体がトロールの鼻から出てきて小さな血溜まりを作る。

 私は無事な洗面台でハリーの杖を洗いながら答えた。

 

「こいつの体の構造が人間に近いなら死んでるはずよ」

 

 私は水洗いした杖の水分をトイレットペーパーで拭き取り、ハリーに渡す。

 ハリーは恐る恐る杖を手に取り、汚れが残っていないか確認した。

 そうしているうちに、三人の人影が女子トイレに駆け込んでくる。

 先程大広間で気絶したクィレルを先頭に、スネイプ、マクゴナガルだ。

 クィレルは床に倒れているトロールを見て弱々しい悲鳴を上げ、床にへたり込んでしまう。

 スネイプはトロールに近づいていくと、血溜まりに沈むトロールの顔を足で転がした。

 

「死んでいる。お前たちが殺ったのか?」

 

 スネイプは驚愕交じりの目で私たちを見る。

 ハリーとロンは顔を見合わせたあと、私の方を見た。

 あの顔から察するに、どう説明すればいいかわからないのだろう。

 

「……私が殺しました」

 

 私はおずおずと手をあげる。

 スネイプは怪訝な目で私を見ると、トロールの検分に戻る。

 打って変わって顔面蒼白のマクゴナガルが目の前に立ちはだかった。

 

「一体全体どういうつもりなんですか……」

 

 マクゴナガルは血さえ上っていないものの、相当怒っていることが声色から伝わってくる。

 

「運が良くなければ、そこに転がっていたのは貴方たちになっていたんですよ?」

 

 確かにそれはそうだ。

 私も一回は大怪我を負うことを覚悟した。

 無傷でトロールを殺すことができたのは、単純に運が良かったからだろう。

 どう言い訳したものかと迷っていると、私の横で震えていたハーマイオニーが声を絞り出した。

 

「みんな、私を探しにきたんです……」

 

 ハーマイオニーは自分の体を抱くようにしながら続ける。

 

「私……本でトロールのことを読んで……一人で倒せると思って……」

 

 嘘だ。

 ハーマイオニーはロンとの喧嘩が原因でトイレで泣いていた。

 ハーマイオニーがハリーやロン、私を庇おうとマクゴナガルに嘘をついている。

 

「サクヤは私を引き止めようとここまでついてきてくれて……でも、結果として私は何も出来ませんでした。それどころかサクヤまで巻き込んでしまって……ハリーやロンが駆けつけてくれなかったら……私、きっと死んでいました」

 

 ハーマイオニーは俯きながら嘘の顛末をマクゴナガルに伝える。

 マクゴガナルはじっと何かを考えるように私たちを見ると、ハーマイオニーに厳しい口調で言った。

 

「貴方は確かに他の生徒と比べてほんの少し優秀です。ですが、所詮ホグワーツの一年生に過ぎません。まだ十一歳の子供なのですよ? 過度な自信は身を滅ぼします。これに懲りたら二度と無茶なことはしないように。グリフィンドールは五点減点です」

 

 減点と言われ、ハーマイオニーはしゅんと小さくなる。

 先程命の危機に瀕した時よりもダメージが大きく見えるのは私だけだろうか。

 マクゴナガルはハーマイオニーを先に寮に帰すと、今度は私たちに向き直った。

 

「先程も言いましたが、貴方たちは運がよかっただけです。ですが、野生のトロールと対決できる一年生はざらにはいません。一人五点ずつ上げましょう。今日はもう帰りなさい」

 

「わかりました。マクゴナガル先生。おやすみなさい」

 

 私は口早にそう言うと、ハリーとロンの手を引いて逃げるように女子トイレを後にする。

 グリフィンドールの寮へと続く階段を上りながらロンが冗談交じりに言った。

 

「三人で十五点は少ないよな」

 

「ハーマイオニーが五点減点だから実質十点だけどね」

 

 ロンの軽口をハリーが訂正する。

 それに対しロンは不満を垂れた。

 

「ああやって彼女が僕らを助けてくれたのはありがたかったけど、僕たちが彼女を助けたのも確かなんだぜ?」

 

「僕たちが鍵をかけてトロールを閉じ込めなかったら助けは要らなかったかもしれないよ」

 

「貴方たちが鍵をかけたのね」

 

 ハリーとロンは隠していた答案用紙が見つかった時のような反応をする。

 あの時扉が開かなかったのは、この二人が扉に鍵をかけたからだったのか。

 結果としてこの二人に助けられたのは事実だが、この二人が鍵をかけなかったら扉を開けてすんなりトロールを外におびき寄せることができたはずだ。

 

「まあ誰も大怪我を負っていないのだし、何も言わないわ」

 

「うん、ごめん。ありがとう」

 

 私たちは廊下を進み、突き当りにある太った婦人の肖像画の前にたどり着く。

 肖像画の横にはハーマイオニーが一人ぽつんと立っていた。

 ハリーとロン、ハーマイオニーの間に少し気まずい雰囲気が流れる。

 私は小さくため息をつくと、ハリーとロンの背中をドンとハーマイオニーのほうへと押した。

 

「うわっ!」

 

 ハリーとロンはつんのめりながらもなんとかハーマイオニーの手前で踏ん張る。

 二人は文句ありげに私を見たが、私は視線でハーマイオニーのほうを示した。

 

「あー、その……ありがと」

 

 ロンが小さくハーマイオニーに言う。

 

「助けてくれてありがとう。ごめんね」

 

 ハーマイオニーも、恥ずかしそうに二人に返事をした。

 

「はい、じゃあこれで仲直り。談話室に入りましょう?」

 

 私は太った婦人に合言葉を伝える。

 順番に入り口の穴を這い上がり、談話室の中に入った。

 談話室の中では大広間から運ばれてきたのか、ハロウィン料理がテーブルに並んでいる。

 先程たらふく食べたところだが、あんなことがあったあとだ。

 私たちは嬉々として料理に飛びついた。

 

 

 

 

 

 あの一件のあと、ハリーとロン、ハーマイオニーの三人はすっかり仲が良くなった。

 ハーマイオニーは積極的に二人の勉強の面倒を見るようになり、二人もそれを煙たがらずに受け入れるようになった。

 なによりハリーはクィディッチの練習が本格的に始まると、ハーマイオニーの手助けなくては宿題が回らないほど忙しくなった。

 そう、クィディッチシーズンの到来だ。

 自然と生徒の間でクィディッチの話題が多くなっていく。

 私は全くクィディッチのことは知らなかったが、クィディッチの話題を聞いているうちにある程度のルールはわかるようになっていた。

 クィディッチは七人のチームで行われ、四つの役職に分かれている。

 クアッフルと呼ばれるボールを奪い合い、ゴールにシュートするチェイサーが三人。

 クアッフルがゴールに入らないように阻止するキーパーが一人。

 ブラッジャーと呼ばれる選手を邪魔するボールから選手を守るビーターが二人。

 スニッチと呼ばれる素早く飛び回るピンポン玉サイズの飛翔物を追いかけるシーカーが一人。

 チェイサーがシュートを決めると十点。

 シーカーがスニッチをキャッチすると百五十点がチームに入るらしい。

 試合時間は無制限で、シーカーがスニッチを捕まえた時点で試合が終わるようだ。

 

「これシーカーの責任が重すぎない? スニッチをキャッチした時点で試合は決まったようなものじゃない」

 

 授業の合間にホグワーツの中庭に集まって暖を取っていた私は、ハリーが読んでいる『クィディッチ今昔』という本をのぞき込みながら尋ねる。

 熱源はハーマイオニーが持ってきてくれた魔法の火だ。

 瓶に入れて持ち歩けるもので、鮮やかな青い火だった。

 

「昔のルールの名残だね。クィディッチには制限時間がないだろう? 昔はスニッチじゃなくてスニジェットっていう鳥を使ってたんだ。今は保護されてスニッチを使うようになったんだけどね。スニジェットは生き物だからスニッチより賢いし、スタジアムなんて知ったことじゃない。腕のいいシーカーでもなかなか捕まらなかったんだよ」

 

 ロンが私の疑問に答えてくれる。

 

「だから大きな点差がつきやすかったんだ。でも、あまりにも点差が開きすぎると負けているシーカーがやる気をなくすだろう? だからスニジェットを捕まえたら逆転の見込みがある点数にして、試合が長時間白熱しやすいようにしたってわけだな。今は魔法具のスニッチを使っているからスタジアムの外に逃げることもないし、試合も短時間で決まるようになった。連盟でもスニッチの得点を五十点に変更したほうがいいんじゃないかっていう意見は上がってるみたい。でも連盟の上のほうは伝統派が多くて、結局今でもスニッチは百五十点のままってわけさ」

 

 まあ確かに、競技性をあげるならスニッチの点数を下げたほうがいい。

 だが、何百年も基本的なルールは変わっていないのだ。

 今更変更するのには抵抗があるのだろう。

 

「まあなんにしても、試合がどうなるかはシーカーに懸かってるってわけね」

 

「試合の前日にそういうこと言わないでよ」

 

 ハリーはそう言って身を震わせた。

 そういえばハリーのポジションはシーカーだったか。

 

「大丈夫だよハリー。スリザリンなんてけちょんけちょんにしてやれ」

 

 そのようなことを話していると、スネイプが近くを通りかかった。

 スネイプは片足を引きずるようにしながら私たちの横を通り過ぎる。

 だが、通り過ぎてから何かに気が付いたのかこちらに戻ってきた。

 

「ポッター、そこに持っているのは何かね?」

 

 ハリーは素直に手に持っていた本をスネイプに渡す。

 

「図書室の本は校外に持ち出してはならん。グリフィンドール五点減点」

 

「そんな!」

 

 スネイプは本を脇に抱えると、足を引きずりながら中庭を去っていった。

 

「校則をでっち上げたに違いない」

 

 ハリーはスネイプの後姿を忌々しげに見る。

 だが、私はスネイプが怪我していることのほうが気になった。

 

「あの怪我、いつからだっけ? ハロウィンパーティーの前は普通に歩いていたわよね?」

 

「女子トイレに駆け付けた時は引きずっていた気がするわ」

 

 私の問いにハーマイオニーが答える。

 あのような状況でも周囲をよく観察しており、尚且つ覚えているというのは実にハーマイオニーらしい。

 

「知るもんか。でもすっごく痛いといいよな」

 

 ロンはつまらなさそうにそう言った。

 

 

 

 

 その日の夜、いつも以上に騒がしい談話室で私はハーマイオニーと一緒に呪文学の宿題を片付けていた。

 もっとも、ハーマイオニーはとっくの昔に自分の分は終わらせており、今はハリーとロンの宿題を見ているのだが。

 宿題をハーマイオニーにチェックしてもらっている間、ハリーは手持ち無沙汰に暖炉の火をじっと見ている。

 だがどうにも落ち着かないのか、ソファーから立ち上がって言った。

 

「本を返してもらいに行ってくる」

 

「大丈夫か?」

 

 ロンは心配そうにハリーに聞いた。

 

「大丈夫。本を取りに行くだけだよ」

 

 ハリーはローブを着込み始めるが、ただでさえハリーはスネイプに毛嫌いされている。

 トラブルになることは目に見えていた。

 

「ハリーは宿題がまだ残ってるでしょう? 私が行ってくるわ」

 

 私はハリーの額を指で軽く押してソファーに座らせると、背もたれに掛けていたローブを手に取る。

 

「そんな、悪いよ」

 

「明日はクィディッチの試合でしょう? 余計なトラブルを抱えないようがいいわ。それに、ハリーと比べて私はそこまでスネイプに嫌われていないようだし」

 

 不思議と私はそこまでスネイプにキツく当たられることがない。

 多分私がマルフォイのお気に入りだからだろう。

 

「大丈夫。本を取りに行くだけ、でしょう?」

 

 私はローブを着込むと肖像画を押し開いて談話室を出る。

 そして階段を下り一階にある職員室に辿り着いた。

 私は数回職員室の扉をノックする。

 そのまましばらく待ったが、誰も返答しなかった。

 

「誰もいないのかしら」

 

 職員は職員室とは別に自室を持っている。

 すでに全員自室に戻ってしまったのだろうか。

 勝手に職員室に入って本を取ってくるか、このまま談話室に引き返すか迷っていると、中から微かにスネイプの声が聞こえた。

 なんだ、いるじゃないか。

 私はもう一度ノックするためにこぶしを軽く上げた。

 

「忌々しい犬め。三つの頭に同時に注意することなんてできるか?」

 

 ノックしようとした瞬間、確かにスネイプはそう言った。

 忌々しい犬?

 三つの頭?

 私はスネイプが怪我を負った原因を察する。

 スネイプはあのケルベロスに噛まれたのだ。

 どのタイミングだ?

 ハロウィンの朝、大広間ですれ違ったときは普通に歩いていたと記憶している。

 ハーマイオニー曰く、女子トイレに駆け付けたときには怪我を負っていた。

 

「ということは、あの騒ぎに乗じてスネイプは四階の廊下に入った?」

 

 一体何のために?

 ホグワーツの教師であるスネイプが守られているものを盗もうとするとは思えない。

 だとしたら、トロールの侵入を何者かの陽動とみて、確認しにいったのか?

 もしそうだとしたら自分たちが仕掛けた罠で怪我したことになる。

 ミイラ取りがミイラではないが、狩人罠にかかるというやつだ。

 

「そうだとしたら相当間抜けね」

 

 私は心の中でクツクツ笑うと、今度こそ大きな音が出るように扉をノックした。

 

「誰だ!」

 

 中からスネイプの声が聞こえてくる。

 私は扉越しに声を張り上げた。

 

「グリフィンドール生のサクヤ・ホワイトです! スネイプ先生に用事があって参りました!」

 

「少し待ってろ」

 

 すぐに動ける状態ではなかったのか、返事があってから数分経ってようやく職員室の扉が開く。

 スネイプは私を見下ろすと、いつも通りの口調で言った。

 

「何の用だ?」

 

「ハリーから取り上げた本を返してほしくて……あの本、私が図書室で借りたのですが、返却期限が迫ってるんです」

 

「私が返却しておくから、早く談話室に戻りなさい」

 

 スネイプはそう言って扉を閉めようとする。

 私はできるだけ不安そうな声色を作って言った。

 

「そんな! 先生は怪我をされているのに……私が借りた本ですので、私が責任をもって返却します」

 

 スネイプは何かを考えるように数秒黙ると、職員室の奥に声をかける。

 

「フィルチ、そこにある本を持ってこい」

 

 どうやら管理人のフィルチも一緒にいたらしい。

 スネイプはフィルチから本を受け取ると、私に突き出した。

 

「ありがとうございます」

 

 私は本を両手で抱え、深くお辞儀をすると図書室の方向へ走り出す。

 

「こら! 廊下を走るな!!」

 

 期待通りのフィルチの怒鳴り声が聞こえたため、私はわざとらしく早歩きをした。

 廊下の角を曲がったところで私はぴたりと止まると、グリフィンドールの談話室がある八階へと続く階段のほうへ歩き出す。

 上手いこと焦った風を装えただろうか。

 私は本を小脇に抱えてグリフィンドールの談話室へと戻る。

 談話室の中では先程と同じ場所でハリーとロン、ハーマイオニーが明日のクィディッチの試合の話をしていた。

 

「あ、サクヤ。おかえり」

 

 私はスネイプから返された本をハリーに渡す。

 

「ありがとう」

 

「どういたしまして。宿題は無事終わった?」

 

 私はハーマイオニーのほうを見る。

 ハーマイオニーは二人の宿題が書かれた羊皮紙を軽く持ち上げた。

 

「なんとかね。サクヤのほうこそ大丈夫だった? 変なことされてない?」

 

「されてたらスネイプは今頃アズカバンよ」

 

 私はハーマイオニーに軽口で返すと、先程まで座っていたソファーにローブをかけ、腰掛けた。

 

「それに、面白い話が聞けたわ。スネイプのあの怪我、どうもフ……ケルベロスにやられたみたいなの」

 

 一瞬フラッフィーと言いそうになる。

 私があの犬の名前を知っているのは色々と不自然だ。

 三人の認識では、私はあの犬のことはハリーやロンから聞かされただけなのだから。

 

「あの犬にスネイプが?」

 

 ハリーとロンは顔を見合わせる。

 

「つまり、スネイプはあの犬が守っている何かを狙ったのか?」

 

「いや、あの犬が守っている何かを奪われないために先回りしたんでしょ」

 

 ハリーの見当違いの予想に、私は咄嗟にツッコミを入れてしまう。

 

「でもスネイプが盗みに入ろうとしたのかもしれないだろ?」

 

 ロンはハリー寄りの考えのようで、ハリーの意見に同意する。

 

「確かに意地悪だけど、ダンブルドアが守っているものを盗もうとする人ではないと思うわ」

 

 逆にハーマイオニーは私の意見に同意した。

 

「おめでたいよ。先生はみんな聖人君子って思ってないか?」

 

 ロンにそう言われて、ハーマイオニーはわかりやすくムッとした。

 

「ほら、喧嘩しないの。それに、職員室にはフィルチもいたわ。もし盗みに入ったのだとしたら、フィルチにそのことを話さないと思うけど」

 

「うーん、確かに……」

 

 ハリーは本を手に持ったまま考え込む。

 どうにも納得はしていないようだった。

 

「なんにしても、あの犬は何を守っているんだろう?」

 

 ロンの疑問はもっともだ。

 グリンゴッツに強盗に入るほどの重要な何か。

 ホグワーツで厳重に守らなければいけないほどの何か。

 考えても答えが出るものではないが、ハリーたちとケルベロスについて調べた時のような軽い空気はそこにはなかった。

 トロールの件が守られている何かに関係しているのだとしたら、私たちは事件に巻き込まれた当事者だ。

 何が隠されていて、誰が狙っているのか。

 興味本位ではなく、己の身を守るために知らなければならないような気がした。




設定や用語解説

予約忘れた
 毎週土曜日19時にセットする予約を忘れたのに気がつき、信号待ちを利用してバイクの上から投稿。結果五分の遅れが出た。また、バイクに乗りながら小説を投稿したのは生まれて初めて。

スニッチキャッチの点数
 ほぼ独自解釈。でもそう考えるとスニッチキャッチが百五十点なのにも納得がいくというもの。

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初試合と箒の呪いと私

 ホグワーツの生徒が待ちに待ったクィディッチの試合の日がやってきた。

 今日はグリフィンドール対スリザリンの試合が行われる。

 魔法使いのクィディッチ好きはかなりのものらしく、なんと今日は授業が行われない。

 つまり全校生徒、教員までもがスタジアムでクィディッチの試合を観戦できるというわけだ。

 そんな中、私はいつも以上に騒がしい大広間でソーセージを齧る。

 私の横ではハーマイオニーがハリーにトーストを勧めていた。

 

「ほら、何か食べないと」

 

「食欲が無いんだ」

 

「トーストをちょっとだけでも、ね?」

 

 ハーマイオニーはいつも以上に優しい声色で言う。

 だがハリーは食欲が無いを通り越して体調が悪そうでもあった。

 

「気負いすぎよ。負けても死ぬわけじゃないんだし」

 

 私はそう言って皿に山盛りにしたソーセージを頬張る。

 ハリーはその様子を忌々しげに見た。

 

「簡単に言わないでよ。サクヤはスタジアムに立たないじゃないか」

 

「あら、わかってるじゃない。私と違って貴方はスタジアムに立つのだから力をつけておかないといけないのよ」

 

 私は皿に盛ってあるソーセージをフォークで突き刺すと、ハリーの口に押し込む。

 ハリーは苦虫でも噛み潰すかのように咀嚼すると、無理やりソーセージを飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 試合時間が近くなってきたので、私とロンとハーマイオニーはクィディッチのスタジアムへと移動した。

 クィディッチで使用するスタジアムのゴールは変わった形をしており、大きな輪が付いた金の柱が双方三本ずつそびえ立っている。

 客席も地面からかなり上のほうにあり、飛び回る選手がよく見えるようになっていた。

 

「さあ、いよいよ始まるぞ」

 

 ロンがグラウンドの端を指さしながら言う。

 その言葉通り、グリフィンドールとスリザリンの選手が入場してきた。

 スタジアムが歓声で包まれる。

 グラウンドの中央には審判であるフーチが立っており、その足元にはクィディッチで使用するボールが納められた箱が置いてあった。

 

「さあ、正々堂々戦うように!」

 

 フーチは各寮の選手が集まったのを確認すると、ホイッスルを口に咥える。

 それが合図かのように、選手たちは箒に跨った。

 甲高いホイッスルの音色とともに、フーチはクアッフルを力いっぱい宙へと放り投げる。

 それを追いかけるようにして選手たちは空へと飛びあがった。

 試合開始だ。

 

『さてクアッフルが投げられ試合開始です! 最初にクアッフルを取ったのはグリフィンドールのアンジェリーナ・ジョンソン! 素晴らしいチェイサーであり、同時に魅力的でも──』

 

『ジョーダン!』

 

 スタジアムに実況放送が響き渡る。

 実況をしているのはフレッド、ジョージとよく一緒にいるリー・ジョーダンだ。

 その横ではジョーダンが変なことを言わないようにマクゴナガルが監視していた。

 

『失礼しました先生。ジョンソン選手が縦横無尽にスリザリンの選手を躱していきます。おっと、ここでスピネット選手にパス! あぁ! スリザリンのキャプテンであるフリントがクアッフルを奪いました!』

 

 選手たちは縦横無尽にスタジアムを飛び回る。

 クアッフルは何の魔法も掛かっていないただのボールだが、選手たちの華麗なパスやシュートによってまるで生きているような動きをしていた。

 もっとも、魔法が掛かっているボールはそれ以上だが。

 

『あいたっ! これは痛い! ブラッジャーがベル選手の後頭部を直撃! クアッフルはスリザリンの手に渡ります』

 

 ブラッジャーはスタジアムを不規則な動きで飛び回るソフトボールほどの大きさの鉄球だ。

 ブラッジャーには選手を叩き落そうとする魔法が掛けられており、標的を見つけては軌道を変え、選手に襲い掛かる。

 スニッチと比べ急な方向転換はできないらしく、飛んでくるのがわかっていれば避けるのはそこまで難しくはない。

 だが、それは飛んでくるのがわかっていればの話だ。

 死角から飛んできたブラッジャーに気づくのが少しでも遅れると、たちまちブラッジャーの餌食となってしまう。

 そのブラッジャーからチームメイトを守るために、各チームにはそのブラッジャーを追いかけて、敵チームに打ち込むビーターと呼ばれる選手が二人いた。

 ビーターがブラッジャーを打ち合うことによってブラッジャーは更に変則的な動きとなるのだ。

 

「なんで鉄球なのよ。下手したら死人が出るわ」

 

 私はチェイサーを必死に目で追っているロンに聞く。

 ロンはクアッフルを見失うまいと必死に目で追いながら答えた。

 

「当たっても痛くなかったら誰も避けようとしないだろ? それに、すごい勢いで打ち込まれるから柔らかい素材だと壊れちゃうんだ」

 

「いや、そこを魔法で何とかしなさいよ」

 

 私が一瞬目を離しているうちに、観客席がどっと沸く。

 どうやらグリフィンドールが先取点を決めたようだった。

 

「ちょいと詰めてくれや」

 

 聞き慣れた声がしたかと思うと、私の横にハグリッドが現れる。

 私はロンとハーマイオニーを押し込み、ハグリッドが座れるよう観客席に場所を空けた。

 

「小屋から見ておったんだが、客席で見るのはまた違うのでな。スニッチは現れたか?」

 

 ハグリッドは首からぶら下げた大きな双眼鏡をポンポンと叩きながら私に聞く。

 

「どうなのかしら……私はまだ見つけてないけど。でもハリーは暇そうにしているし」

 

 私は上のほうを旋回しているハリーを指さす。

 ハグリッドはその方向に双眼鏡を向けた。

 

「シーカーは狙われるからな。スニッチが見つからん限りどこかに逃げといたほうがええ。チームから離れたほうがビーターに攻撃されにくい」

 

 確かに、ビーターの仕事は相手チームの妨害だけではない。

 自分のチームをブラッジャーから守らないといけないため、シーカーだけを攻撃するためにチームから離れるわけにもいかないのだ。

 

「なるほど。あれも作戦ってわけね」

 

 私は上空を旋回するハリーをじっと見る。

 次の瞬間、ハリーは地面に向けて急降下を始めた。

 

『おっと! グリフィンドールの若きシーカー、ハリー・ポッター選手がスニッチを見つけたようです! 物凄い勢いで急降下し──ぶつかっ──いや、地面スレスレを飛んでおります!』

 

 私は物凄い速度で飛ぶハリーの前方にじっと目を凝らす。

 一瞬金色に光る何かが見えたような気がしたが、すぐに見失ってしまった。

 

「スニッチってあんなに速いの?」

 

「速いだけじゃない。スニッチは急停止、急旋回を繰り返す。並の箒乗りじゃ見つけることも叶わんわい」

 

 ハグリッドは双眼鏡から目を離してハリーを肉眼で追っている。

 流石にあそこまで速いものを双眼鏡で追うのは無理だ。

 ハリーはスリザリンの選手の妨害を掻い潜り、スニッチに肉薄する。

 ハリーが宙に手を伸ばした瞬間、ハリーの箒が大きく横に振れた。

 

「ん? どうしたのかしら」

 

 風に煽られたのかと思ったが、その後もハリーの箒は急にジグザグに動いたり、急停止したりと、挙動が落ち着かない。

 

「いったいハリーは何をしとるんだ?」

 

 ハグリッドも異変に気が付いたのか、双眼鏡をハリーのほうへ向ける。

 

「ハリーに限って箒のコントロールを失うなんてことはないだろうし……」

 

「体調が悪いのかしら。今朝も殆どご飯を食べてなかったし」

 

 極端な空腹時は乗り物酔いしやすいらしい。

 急旋回のしすぎで目を回したのだろうか。

 いや、それにしては動きが変だ。

 まるで箒が意思を持ってハリーを振り落とそうとしているように見える。

 

「スリザリンの誰かが妨害してるんじゃ──」

 

「そんなことはありえん。箒に悪さをするには強力な闇の魔術でないと無理だ。それにハリーが乗ってる箒はニンバス2000。チビどもなんぞには手出しできん」

 

 それを聞いてハーマイオニーは何かに気が付いたのか、ハグリッドの双眼鏡をひったくると観客席のほうを見まわし始めた。

 

「どうしたんだハーマイオニー……」

 

 ロンは顔を真っ青にしてハーマイオニーに聞く。

 ハーマイオニーは何かを見つけたのか、小さい声で呟いた。

 

「思った通りだわ……向かいの席」

 

 私はハーマイオニーから双眼鏡を受け取ると、彼女が指さしている方向を見る。

 そこにはハリーのほうを凝視しながらブツブツと何かを呟いているスネイプの姿があった。

 

「何かを呟いているわね」

 

 それを聞いてロンは私から双眼鏡を奪い取った。

 

「呟いてるって誰が?」

 

「ほら、そこ。スネイプよ」

 

 ハーマイオニーはまっすぐスネイプのほうを指さした。

 

「多分、箒に呪いを掛けてる」

 

 ハーマイオニーは確信めいて言う。

 私はロンから双眼鏡を奪い返し、スネイプのほうを見た。

 

「確かに、何か魔法を掛けているようには見えるけど……」

 

「だとしてもどうすりゃいいんだ?」

 

「私に任せて」

 

 ハーマイオニーは言うが早いか姿勢を低くして観客席を移動していく。

 ハーマイオニーは意外とすばしっこく、その動きは猫を思わせた。

 

「どうするつもりなんだろう?」

 

 ロンは心配そうにハリーを見つめながら言った。

 

「もし本当にスネイプがハリーに呪いを掛けているのだとしたら、一瞬でも気を逸らすことができたらそれでいいはずよ」

 

「なるほど、じゃあスネイプの野郎を客席から叩き落してやればいいわけだ」

 

 別にそこまでする必要はないが、スネイプを妨害してハリーの箒が落ち着いたら本当にスネイプがハリーの箒に呪いを掛けていたことになる。

 ホグワーツの教員がこの衆人環視のもとそんな行為に及ぶとは思えなかった。

 ハーマイオニーは時にレイブンクロー生の間を縫い、時にクィレルを突き飛ばしてスネイプのもとまでたどり着く。

 そしてローブから杖を取り出すと、杖の先から青い炎を出し、スネイプのローブの裾に点火した。

 

「うわ、えぐっ」

 

 まさか呪いを止めるために人に放火するとは思わなかった。

 十秒も経たないうちにスネイプはローブに火がついていることに気が付く。

 スネイプはハリーから視線を外し、燃えている自分のローブの裾を足で何度も踏みつけた。

 その瞬間、ハリーは箒のコントロールを取り戻し、一直線に地面に向けて急降下を始める。

 

「嘘でしょ……」

 

 まさか本当にスネイプがハリーの箒に呪いを掛けていたのか?

 私は双眼鏡でスネイプの顔を見る。

 スネイプは焦ったような表情で慌ててハリーを目で追っていた。

 焦っている? 一体何に?

 次の瞬間スタジアムが爆発したと錯覚するほどの歓声が沸き起こる。

 慌ててグラウンドを見ると地面に軟着陸したハリーが金のスニッチを掲げていた。

 

『ハリー・ポッターがスニッチをキャッチ! グリフィンドール百五十点得点で試合終了ーッ!! 百七十対六十でグリフィンドールの勝利です!』

 

 リー・ジョーダンによる実況がスタジアムに響き渡る。

 唸るような歓声の中、私は一人先程のことを考えていた。

 スネイプを妨害したら本当に箒は落ち着いた。

 まさか本当にスネイプがハリーの箒に魔法を掛けていたとでもいうのだろうか。

 

「サクヤ、ロンを連れてハグリッドの小屋に来て。私はハリーを連れてくるわ」

 

 いつのまにか観客席に戻ってきていたハーマイオニーがハグリッドを押し退けるように顔を出す。

 

「おまえさん、俺の小屋を秘密の談話室かなんかと勘違いしとりゃせんか?」

 

「ハグリッド、貴方にも聞いて欲しいの」

 

 ハーマイオニーはそう言うと、また観客席からいなくなる。

 しばらくするとグラウンドで揉みくちゃにされてるハリーを無理矢理更衣室の方に引っ張っているハーマイオニーの姿が確認できた。

 

「うわーお。ハーマイオニーってパワフルだよな」

 

 ロンが半ば呆れながら竦める。

 

「あの様子だと私たちの前にハグリッドの小屋にたどり着きかねないわね。私たちも行きましょう?」

 

「俺はまだいいとは一言も──」

 

「え? 私たち、ハグリッドの小屋に遊びに行っちゃダメですか?」

 

 私はショックを受けた表情を浮かべてハグリッドに訴える。

 ハグリッドは私の様子を見て慌てて手をパタパタと振った。

 

「いやそんな、そんなことないぞ。いつでも遊びに来てええ」

 

「じゃあ今から行きますね。一緒にいきましょう」

 

 私はハグリッドの肩をポンと叩くと観客席から立ち上がる。

 ハグリッドは釈然としていない顔をしていたが、私が振り返ると慌てて観客席を立ってこちらに歩いてきた。

 

「ハーマイオニーも大概だけど、サクヤもサクヤだよ」

 

 ロンが立ち上がりながら何か言った気がしたが、聞こえなかったことにしてハグリッドの小屋へと急いだ。

 

 

 

 

 

 

「スネイプだったんだよ」

 

 ハグリッドの小屋で熱い紅茶をご馳走になりながら、ロンがハリーとハグリッドに説明した。

 

「スネイプは君の箒をじっと見つめながらずっと何かを呟いてた。きっと呪いを掛けていたに違いない」

 

「馬鹿な、なんでスネイプがそんなことせんとならん」

 

 ハグリッドは私たちがアレだけ横で騒いでいたにも関わらず、全く気がついていなかったらしい。

 だが、ハグリッドの言うことももっともだ。

 ハグリッドからしたらスネイプがそんなことをする理由がない。

 ハリーは自分の考えを正直に言おうと決意したのか、私たちに目配せした。

 

「ハグリッド、スネイプは今足を怪我しているだろう? あれはケルベロスにやられたんだ。あの四階廊下にいる三頭犬の。僕ら、スネイプがあそこで守られているものを盗もうとしたんじゃないかって思ってるんだ」

 

 ハリーの告白に、ハグリッドはティーポットを落とす。

 私は咄嗟に床に落ちているクッションを蹴り、ティーポットの下に滑り込ませた。

 まっすぐと落ちたティーポットは私の思惑通りにクッションの上に着地する。

 私はほっと一息つくと席を立ってティーポットを拾い上げた。

 

「あっつ!」

 

 あまりの熱さに私はティーポットを取り落とす。

 ティーポットは今度こそ床と激突し、中身を盛大に溢しながら粉々に砕けた。

 

「サクヤ、おまえさん何をやっとるんだ?」

 

 ハグリッドはポカンとした表情をして私に水で濡れたテーブル拭き用の布を手渡してくる。

 私はそれで手を冷やしながら杖を取り出した。

 

「ごめんなさい。話の続きをしてて。レパロ」

 

 私は床に散らばるティーポットの破片に修復呪文を掛ける。

 するとティーポットはたちまち元通りの形を取り戻した。

 

「スコージファイ」

 

 私は続けて床に清めの呪文を掛ける。

 床を濡らしていた紅茶はたちまち消え去った。

 

「まあ何にしてもだ。どこでフラッフィーのことを知ったかはわからんが、スネイプがそんなことするわけなかろう」

 

「でも、私はっきり見たわ。スネイプは確かにハリーの箒に魔法を掛けてた。瞬き一つしていなかったのよ!?」

 

 ハーマイオニーは机から身を乗り出し、ハグリッドに叫ぶ。

 ハグリッドはハーマイオニーのあまりの剣幕に若干威圧されていたが、自分の考えを曲げなかった。

 

「お前さんらは間違っとる。俺が断言する。ハリーの箒がなんであんな動きをしたかは俺にはわからんが、スネイプは生徒を殺そうとはせん! いいか、よく聞け。おまえさんらは危険なことに首を突っ込んどる。あまりにも危険だ。いいか? あの犬のことも、犬が守っとるもののことも忘れるんだ。あれはダンブルドア先生とニコラス・フラメルの──」

 

「ニコラス・フラメルね」

 

 私は机の上に空のティーポットを置きながらハグリッドがうっかり漏らした関係者らしき人物の名前を復唱する。

 ハグリッドは余計なことを喋ってしまった自分自身に猛烈に腹を立てているようだった。

 

「何にしてもハリー。ハグリッドさんの言う通りよ。スネイプ先生が盗もうとしているかはさておき、ダンブルドア先生が守りに関わっている以上、私たちに出来ることは何もないわ」

 

「そうだ。心配いらん。おまえさんらは授業に集中せえ」

 

 ハグリッドはそう言うとこれ以上余計なことを漏らさないように私たちを小屋から追い出しにかかる。

 私たちはハグリッドに別れの挨拶をすると、城に向けて校庭を歩き出した。

 

「さて、多分フラッフィーが守っているものにニコラス・フラメルが関係しているということは分かったわね」

 

 私は校庭を歩きながら呟く。

 

「で、どうするの? ニコラス・フラメルについて調べる?」

 

 私がそう聞くと、ハリー、ロン、ハーマイオニーの三人は当然だと言わんばかりに頷いた。

 

「スネイプが何かを企んでいるというのを知っているのは僕たちだけだ。少しでも情報は多い方がいい」

 

 ハリーは少々俯きつつ、何かを考えながらそう答える。

 確かに、スネイプが関係しているかどうかは抜きにしても、情報を集めておくことはいいことだろう。

 何者かがフラッフィーが守っているものを盗もうとしていることは確かなのだ。

 用心に越したことはない。

 

「じゃあ、また空いた時間を利用して図書室に通い詰めましょうか」

 

 私がそう言うとハリーは少し驚いた顔をした。

 

「サクヤは反対するものだと思ったのに。ほら、ハグリッドの部屋で忘れた方がいいって言ってたじゃないか」

 

「出来ることがないだけで、知る必要がないとは言ってないわ。それに、あそこで何が守られているのか少し興味があるし」

 

 私たちは城の中に入ると、談話室に向けて階段を登っていく。

 ニコラス・フラメル……どこかで聞いたことがあるような気がするが、どこで聞いたんだったか。

 ビンズの魔法史で聞いたのか?

 いや、それだったらハーマイオニーが知っている筈だ。

 授業で習ったことをハーマイオニーが忘れるはずがない。

 だとしたら、何かの本で名前を見たのだろう。

 フラッフィーのことを調べるにあたりかなりの本に目を通しているため、すぐに特定することはできそうにない。

 だが、調べていたらいつか見つかるはずである。

 私たちは肖像画の裏の穴をよじ登り談話室へと入る。

 談話室の中は今日のクィディッチでの勝利に沸いていたが、私はそのまま女子寮へとあがった。




設定や用語解説

実況
 クィディッチの実況はグリフィンドール生のリー・ジョーダンがマクゴナガルの監視のもと行っている。ジョーダン自体がグリフィンドール生ということもあり、グリフィンドールびいきな実況になりがちだが、その度にマクゴナガルに注意を受けている。


ブラッジャー
 現在は鉄製だが、昔は石に呪文を掛けて使用していた。だが砕けた破片が別々に選手を追いかけて非常に危険なため、今は砕けない素材を使用している。

ハリーのスニッチキャッチ
 この時ハリーは普通に手でキャッチしたのではなく、勢い余ってスニッチを飲み込んでしまっている。

Twitter始めました。
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活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。

 


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クリスマス休暇と懐中時計と私

 雪原の雪をかき分けるようにしてホグワーツ特急はロンドンに向けて走っていく。

 私は最後尾近くのコンパートメントの一室で、じっと窓の外を眺めていた。

 

「結局クリスマス休暇になってもニコラス・フラメルに関しては何も見つからなかったわね」

 

 目の前に座っているハーマイオニーは銃弾すら止められそうな厚さの本を、まるでティーン小説かのような気軽さで読んでいる。

 結局あの箒の一件の後、私たちはニコラス・フラメルについて調べ始めたが、未だ進展はなかった。

 そうしているうちにも月日は過ぎていき、クリスマスが迫ってくる。

 クリスマスはホグワーツも休校になるらしく、生徒はホグワーツに残るか実家に戻るかを選択することができた。

 

「ハリーは当たり前のように戻らない選択をしたみたいだけど……ロンは意外だったわ。あそこは結構な大家族だからクリスマスは家で祝うものだと思ってたのに」

 

 私がそう聞くと、ハーマイオニーは本から顔を上げずに答えた。

 

「ロンのご両親が次男のチャールズさんのいるルーマニアに行くから兄弟揃ってホグワーツに残ることにしたみたい」

 

「ああ、なるほど。ロンの兄弟がまるっと残るなら談話室は賑やかね」

 

 ハリーが一人で残ることになるのではないかと少し心配だったが、杞憂だったようだ。

 私はまた視線を窓の外に向ける。

 ロンドンに帰るのは久しぶりだ。

 孤児院の皆に顔を見せたいとは思っているが、ホグワーツの食事に慣れてしまった私には、孤児院での食事は少々つらいものがある。

 セシリアには悪いが、孤児院に戻るのは一日だけにしてあとはホテルにでも泊まろう。

 

「そういえばハーマイオニーはこの休暇どうするの? 普通に家族とクリスマスを祝う?」

 

 そう口にしてから、おかしな質問をしたことに気がついた。

 私はそもそも、普通に家族と過ごすクリスマスを知らない。

 

「そうなると思うわ。でも二人とも歯科医だからあまり休みは取れないと思う」

 

「歯医者は大変ね……」

 

 同時に儲かりもするが。

 きっとハーマイオニーは今の今まで何不自由なく暮らしていたに違いない。

 

「時間があるならニコラス・フラメルについて調べるのもありじゃない?」

 

 私がそう提案すると、ハーマイオニーは少し考え込んだ。

 

「そう思ってこの本を借りてきたんだけど……ほら、これ。『近代魔術の発展と魔法使いの在り方』って本」

 

「ああ、それ本だったのね。戦車の装甲板か何かだと思ってたわ」

 

 どんな例えよ、とハーマイオニーは突っ込む。

 

「まだ途中までしか読んでいないんだけど、今のところニコラス・フラメルの名前はないわ。でも書いてある本の内容自体は素晴らしいの! 『魔法使いは知識を求める生き物であり、魔法というのはそれによって発生した副産物でしかない。今の魔法使いは魔法を生活を便利にするための術としか思っておらず、知識を追い求めようとしない』まさに賢者の考え方だわ」

 

「でも、魔法を研究して新しく生み出すような魔法使いなんて極一部でしょう?」

 

「きっとこの本の作者は魔法使いという存在の根源の話をしているんだわ。魔法を得るだけで満足していては、真の意味で魔法使いとは言えない。素晴らしい考えね」

 

 そう言ってハーマイオニーは本を胸に抱える。

 

「私この本の作者のファンになっちゃいそう。フローリッシュ・アンド・ブロッツに置いてあるかしら」

 

 私はその本の作者の名前を覗き込む。

 そこには『パチュリー・ノーレッジ』と書かれていた。

 

「パチュリー・ノーレッジ?」

 

 どこかで聞いたことがある名前だ。

 私が作者の名前を呟くと、ハーマイオニーが解説してくれた。

 

「そう、パチュリー・ノーレッジ。ダンブルドア先生と同期の魔法使いらしいわ。ホグワーツ時代は目立った功績はなかったけど、ダンブルドア先生とともに主席に選ばれたみたい。卒業後は数年に一度こんな感じで魔術書を書いているみたいなの」

 

「ダンブルドアと同期ってことは相当な歳よね」

 

「ええ、そのはずだわ。だけど……」

 

 ハーマイオニーはそこで言葉を濁す。

 そして少々小声になって言った。

 

「ホグワーツ卒業後、誰もその姿を見ていないみたいなの。誰一人として会ったことのない謎の賢者。写真はホグワーツ卒業時に撮られた一枚だけって話だし」

 

「それ、もう死んでるんじゃ……誰かが名前だけ引き継いで本を書いているとか」

 

「それはわからないわ。もしかしたら、もう娘さんとかが名前を引き継いで本を書いているのかも。でも、実際ダンブルドア先生はまだ生きているでしょう? 私はまだノーレッジ先生は生きていると思っているわ」

 

 まあ、その魔法使いのおばあちゃんが生きていようがいまいが私にはあまり関係ない。

 なんにしても、ハーマイオニーはクリスマス休暇の楽しみを見つけたようだった。

 そんな話をしているうちにも、ホグワーツ特急はロンドンを目指して雪原を走る。

 私は窓の外を眺めながら休暇何をして過ごすか思考を巡らせた。

 

 

 

 

 

 キングス・クロス駅でハーマイオニーと別れた私は、ひとまず孤児院には帰らずに休暇を過ごすための資金調達をすることにした。

 私は駅のホームで時間を止めると、周囲の中から一番お金を持っていそうな男性の財布を手に取り、中の現金を盗む。

 

「あら、四百ポンドも持ってたわ。幸先いいわね」

 

 私は財布を男性の足元に落として元の位置まで戻ると、時間停止を解除する。

 そしてそのまま駅のホームを後にした。

 流石に同じ場所で複数回盗みを働くと目立ってしまう。

 次にお金を盗むのはこのお金が尽きてからでいいだろう。

 私はチャリング・クロス・ロード近くまで歩き、ホテルを探す。

 この辺は孤児院からも近いので知り尽くしている。

 私は未成年でも問題なく泊まれる少々アングラなホテルのエントランスに入った。

 

「いつまで泊まるんだい?」

 

 家出してきた子供をよく匿うのか、ホテルの受付に座っていた女性は特に身分を尋ねずにそれだけを聞いた。

 

「一月二日まで」

 

「食事は?」

 

「外で取るわ」

 

 受付の女性は電卓をガタガタと叩いた。

 

「二百ポンド、前払い」

 

 受付の女性は電卓をこちらに提示してくる。

 私は財布の中を確認し、時間を止めて受付のレジカウンターから五十ポンド紙幣を四枚取ると財布の中に入れた。

 そして時間停止を解除して受付の女性に五十ポンド紙幣を四枚手渡す。

 

「ん。確かに」

 

 女性は私がカウンターから取り出した紙幣を何も知らずにカウンターに戻す。

 私は女性から鍵を受け取ると、エントランス横にあるエレベーターで部屋のある階まで上がった。

 エレベーターを降りて少し廊下を歩いたところに私が借りた部屋を見つける。

 私は受付で受け取った鍵を使って部屋の中に入った。

 

「んー、まずまずね」

 

 私はベッドとバスルームを確認し、誰に言うでもなく呟く。

 家具は古くも新しくもないが、壊れているということはない。

 バスルームも清掃が行き届いていた。

 

「全額カウンターから抜き取ったのは流石に可哀想だったかも」

 

 私はトランクを開き、中に入っていた衣類をハンガーに掛けてクローゼットに仕舞い込む。

 

「さて、クリスマスぐらいは孤児院に帰りましょうか」

 

 今日は十二月の二十四日、クリスマスイブだ。

 孤児院では質素ながらもクリスマスのお祝いをするだろう。

 私は最低限の荷物を持つと部屋から出て鍵を掛ける。

 そしてエレベーターでエントランスまで下りると、そのままホテルを後にした。

 

 

 

 

 

 孤児院に戻った私は、職員のセシリアや子供たちから熱烈な歓迎を受けた。

 クリスマスイブには皆で少ないながらもいつもよりほんの少し良い食事を食べ、クリスマスソングを歌う。

 そんな質素ながらも温かいクリスマスパーティが終わったあと、私は院長に呼ばれて院長室に来ていた。

 私が座るソファーの前にはセシリアが淹れた紅茶が湯気を立てている。

 院長は私の前に腰掛けて紅茶の香りを嗅いでいた。

 

「ホグワーツはどうかな? 楽しくやれているかい?」

 

 院長は優しげな笑みを浮かべて私に聞いてくる。

 

「はい。ホグワーツでの生活は何もかも刺激的で楽しいです」

 

「はは、それは良かった。まあ成績など二の次でいい。サクヤがうまくやっていけているようで何よりだよ。クリスマスだけでも帰ってきてくれて本当にうれしい」

 

 私はセシリアと院長には休日は二日のみで、クリスマスの午後にはホグワーツに帰ると伝えてある。

 本当は年が明けるまで休暇は続くが、休暇中ずっとこの孤児院にいるつもりはない。

 明日の午後にはホテルに戻る予定だった。

 院長は静かに紅茶を一口飲む。

 私も舌を火傷しないように気をつけながらティーカップに口をつけた。

 決して良い茶葉ではないが、セシリアの淹れ方が上手なため非常に美味しい。

 私は紅茶の余韻を楽しむと、院長の次の言葉を待った。

 だが、院長は言葉を選んでいるかのように言い淀む。

 しばらく私と院長の間に静寂が流れた。

 

「なんでだろうな……」

 

 数分間の静寂のあと、院長が口を開く。

 

「私はてっきりサクヤはもう帰ってこないものだと思っていたよ」

 

 私はそんな院長の告白に目を見開いてしまった。

 

「どうしてだろうな。そんなはずはないはずなのに……最近君の存在が幻だったかのように感じることがある。君のことは赤子の頃から見てきたが、どこか掴みようのない煙のような子だと思っていた。魔法界という世界に解き放たれた君は、そのまま新しい世界に溶け込んでしまうのではないかとね」

 

 私は何と言えばいいのかわからずに言葉を詰まらせる。

 院長はそんな私の様子を表情から察したのか、諦めるように笑った。

 

「ここは確かに君の家ではあるが、君を縛る牢獄ではない。このように普通の人間に囲まれた空間は、魔法使いの君には少々過ごしにくいだろう。秘密にしないといけないことも多そうだ。もしほかに帰る場所があるのなら、無理してここに戻ってこなくてもいいんだよ。もし大人の力が必要なら、頼ってくれてもかまわない」

 

「あ、あの……」

 

 私は院長のそんな言葉に、本当のことを言おうと口を開きかける。

 だが、もう遅いのだ。

 私は盗んだお金でホテルに部屋を取った。

 本当のことを話せば、お金を盗んだことにも言及しないといけなくなってしまうだろう。

 

「……ありがとう、ございます」

 

 私は、そう返事をするのがやっとだった。

 本当にこのまま煙のようにこの部屋から消えてしまいたい。

 そう思ってしまうほど、院長の優しさが苦しく、そして自分の卑しさに嫌気が差す。

 

「次帰ってくるのは学年末の休暇だったか。また会えることを期待しているが……サクヤ、君の好きにするといい」

 

「……はい」

 

 先程まで湯気を立てていた紅茶が、今は氷でも入れたかのように冷たい。

 無意識のうちに私の手から魔力が漏れていたのだろうか。

 ティーカップの冷たさは、まるで私の心を映し出しているかのようだった。

 

 

 

 

 クリスマスの昼、私はセシリアや子供たちに見送られながら逃げるように孤児院を後にした。

 フクロウ便で送られてきたクリスマスプレゼントを開けることもなくホテルの部屋に置くと、そのままチャリング・クロス・ロードにあるパブ、漏れ鍋へと向かう。

 ホテルの中でじっとしていると余計なことを考えそうだったからだ。

 私は漏れ鍋に入るとバーテンダーに挨拶をし、そのままパブの中を通り抜けて中庭に出た。

 

「えっと、確かハグリッドは……」

 

 私は深紅の杖を取り出して、見様見真似でレンガを杖で叩く。

 どうやら私の記憶は正しかったようで、レンガは互いに押しのけるようにしてアーチ状に開いた。

 目の前に広がるダイアゴン横丁はうっすら雪が積もっており、どの店にもクリスマスの装飾が飾り付けられている。

 私は駆け出したいのをぐっと我慢して、ダイアゴン横丁を歩き出した。

 特にこれと言って買うものを決めているわけではないが、目的もなくブラブラと歩くのもいいだろう。

 私はあちこちキョロキョロと見回しながらゆっくりと横丁内を進む。

 前回来たときはハグリッドと一緒だったため、あまりゆっくり店を見ることはできなかったが、今回は私一人だ。

 私はひとまず文房具屋に入り、羊皮紙と羽ペン、インクを買い足す。

 私が思っていたよりも羊皮紙の使用頻度は高い。

 授業で出される宿題は羊皮紙で提出することが多いからだ。

 私は購入した文房具を空に近い手持ちのトランクに入れる。

 このトランクも金貨の入った小袋のように内部の容量を広げられないだろうか。

 多分このような小物に施されていると言うことは、そこまで複雑な魔法ではない筈だ。

 クリスマス休暇が終わったら呪文学のフリットウィックに聞いてみるのもいいかもしれない。

 私は文房具屋から出て引き続きダイアゴン横丁を歩く。

 そういえば思い出したことだが、私は時計が欲しいんだった。

 前から持っていた格安のデジタル時計はホグワーツ内では動かない。

 今までは談話室や教室にある時計、時計塔やロンの腕時計を見て時間を把握していたが、流石に不便を感じる。

 私も魔法界で使える時計が欲しかった。

 

「時計……時計……」

 

 私は高級箒用具店の横を通り過ぎたところに懐中時計が描かれた看板を下げている店を見つける。

 『時計専門店ラットフット 一四○二年創業』看板にはそう書かれていた。

 

「ごめんくださーい……」

 

 私は小さく扉を開けて中を覗き込む。

 なんというか、埃っぽくはないのだがオリバンダー杖店に近い古めかしい空気を感じた。

 店の中のショーケースには様々な種類の時計が磨かれた状態で置かれている。

 そのどれもがキラキラと輝いており、まるで宝石のようだ。

 

「いらっしゃいませ」

 

 店の奥から丸メガネを掛けた老人が姿を現した。

 かなりの高齢のように見えるが、腰は曲がっておらず足取りも力強い。

 ダンブルドアもそうだが、魔法界の老人はみな元気だと思った。

 

「時計を見に来たんですけど……」

 

「なるほど、時計屋に時計を見に来たんですね。ではどうぞ見ていってください」

 

 老人はにこやかに笑うと、ショーケースを開けてくれる。

 

「どのような時計をお求めでしょうか」

 

「あまり高くなく、ホグワーツで使えるものであまり華美でないものを」

 

「なるほど、ホグワーツの学生さんでしたか。クリスマス休暇ですもんね」

 

 老人はビロード張りのトレイに腕時計を見繕って並べていく。

 女性用のケース径の小さいものから、文字盤が見やすそうなものまで様々な種類の時計が私の前に提示された。

 

「学生さんが使うんでしたらこのへんがよろしいかと思います」

 

「手に取っても?」

 

「ええ、どうぞ」

 

 私は一番シンプルな腕時計を手に取り、腕に巻いてみる。

 

「……うーん」

 

 デザインはそこまでこだわりはない。

 だが、腕に乗せているとかなりの違和感を感じた。

 

「お気に召しませんか?」

 

「いえ、デザインはこういうシンプルなのがいいんです。でも、何故か違和感が……」

 

 私は腕時計を持ち上げて近くで見る。

 すると腕時計のチチチチという作動音が聞こえてきた。

 私はその音を聞いて察する。

 違和感の正体はこれだ。

 

「店主さん、この時計の振動数はいくつですか?」

 

「振動数? えっと……ちょっと貸してもらえますかな?」

 

 老人は私から腕時計を受け取ると耳に当てる。

 

「ふーむ、多分一万八千振動ですな」

 

 ということは一秒間に五回音を刻んでいるということか。

 私は違う腕時計を手に取り耳に当てる。

 先程のが一万八千だとしたら、この時計は一秒間に八回音を刻んでいるので二万八千八百振動だろう。

 先程よりかは随分いいが、少し振動数が速すぎるような気がする。

 

「これの半分の振動数が有れば……」

 

「ロービートの時計をお求めで?」

 

 老人は頬を少し掻くと、店の奥に消えていく。

 そして古びた木箱を一つ持ってきた。

 

「少々昔のモデルになるんですが……」

 

 老人は木箱を開けて中に収められた時計を取り出す。

 その時計には腕に巻くためのベルトは付いておらず、かわりに鎖が一本付いている。

 銀色のケースに白い文字盤、秒針はスモールセコンドになっていた。

 そう、懐中時計だ。

 

「百年以上前のビンテージですが、非常に良い音を奏でるんですよ」

 

 老人は竜頭を優しく巻き上げる。

 すると懐中時計はゆっくりだが力強く時を刻み始めた。

 

「一万四千四百振動。十九世紀の時計はこの振動数が多かったんです。今は性能を追い求め高振動の時計が主流ですがね」

 

 私は一秒間に四回音を刻んでいる懐中時計を手に取る。

 すると銀色のケース越しに微かに振動が伝わってきた。

 

「これ、すごく良いですね」

 

「ほう、これの良さが分かりますか。ケースの素材は純銀。針はブルースティールになっています」

 

 私は懐中時計をひっくり返す。

 丁寧に磨かれているのか、純銀のケースは私の顔をくっきりと映し出した。

 

「あ……でも昔の時計ってことは風防が割れやすいですよね」

 

 私は懐中時計の文字盤の上に嵌められたガラスを見る。

 この時計は懐中時計によくある金属の蓋がついていなかった。

 

「確かに、この時代の時計の風防は薄いガラスが使われているので非常に割れやすいですな」

 

「そうですよね……」

 

 気に入った時計だっただけに、そのような欠点を見つけてしまって私は少々気分が落ち込む。

 老人は何かを考えるように唸ると、小さな声で呟いた。

 

「今日はクリスマスか……」

 

 老人は私から懐中時計を回収すると、店の奥へ消える。

 十分ほどの時間が経っただろうか。

 老人はリボンのつけられた小さな木箱を手に私のもとへと戻ってきた。

 

「私からのクリスマスプレゼントだ。受け取ってくれるかな?」

 

 先程まで敬語だった老人は、まるで孫に接するような口調で私に木箱を渡してくる。

 

「そんな、受け取れませんよ……ちゃんとお金を払います」

 

 私は金貨の入った小袋をポケットから取り出す。

 だが、老人はその小袋をちらりと見ると、首を横に振った。

 

「その金貨の入った小袋、それはマーリン基金のものだろう? マーリン基金自体、恵まれない子供を支援しようとする者からの募金によって成り立っている。私にも、君の成長を応援させて欲しい」

 

 確かに、今持っているこの金貨もある意味貰い物だ。

 だとしたら、この老人から時計を貰っても同じことだと言えるが……

 

「じゃあこうしよう。一年に一度、お代はいらないからこの時計のオーバーホールに訪れてほしい。その時にでも学校であった出来事を教えておくれ。私には子供はいないし、妻には随分昔に先立たれてしまった。君に取っては他愛もない話でも、私にとってはガリオン金貨でも買えない貴重な話だ」

 

 私は断りきれず、木箱に入った時計を受け取ってしまう。

 しかもいつのまにかオーバーホールまでタダになってしまった。

 私は木箱を胸に抱えると、老人に深く頭を下げた。

 

「ありがとうございます。大切にします」

 

 老人は私の頭を優しく撫でる。

 この時計は私にとって宝物になるだろう。

 私は老人に再会の約束をし、店を後にした。




設定や用語解説

クリスマス休暇
 クリスマスイブから一月の頭に掛けてホグワーツ生は家に帰ることができる。また、申請をすれば帰らないこともできる

魔法研究者パチュリー・ノーレッジ
 知る人ぞ知る魔法使い。ただ本の内容はあまりにも専門的で難解なため、本当に魔法を研究している者しかその存在を知らない

あったかい孤児院
 直前に犯罪行為を犯したサクヤからしたら、居心地が悪い

老人から貰った懐中時計
 実は老人によって風防がサファイアクリスタルに変更されている

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ローストビーフとおまけのカードと私

ここまでで大体賢者の石の四分の三は終了したでしょうか


 時計屋を出てしばらくは特にあてもなくふらふらとダイアゴン横丁を見て回った。

 高級クィディッチ用品店で無駄に高い箒の手入れグッズを眺めたり、フローリッシュ・アンド・ブロッツで買う気は起きないが少し気になる本を立ち読みしたりする。

 流石に本屋でニコラス・フラメルについて調べようとは思わなかった。

 ホグワーツの図書室であれだけ調べて出てこないのだ。

 本屋で少し立ち読みした程度では特に有益な情報は得られないだろう。

 私はフローリッシュ・アンド・ブロッツを出ると、漏れ鍋の方へと歩き始めた。

 まだ日が沈むまで時間があるが、どこかで夕食も取らないといけない。

 だとしたら、帰りがてら漏れ鍋で何か食べて帰るのが効率的だろう。

 私はクリスマスの装飾を眺めながら来た道を戻る。

 あと少しで漏れ鍋に辿り着くというところまで来たとき、不意に奇妙な匂いを感じ取り、私は足を止めた。

 なんとも形容しがたい匂いがした方向に私は振り向く。

 そこには、占いで使う道具が売られている店があった。

 先程ここを通りかかったときはこのような匂いはしていなかったが、それは多分まだ開店していなかったからだろう。

 店の中では店員と思わしき眼鏡をかけた魔女が、慌ただしく何かを準備していた。

 その様子は開店準備というよりかは、何か催し物の準備をしているように見える。

 私は占い用品店に近づくと、壁に貼られている張り紙を見た。

 

『毎年恒例 百年に一度の伝説の夜! 不死の女王によるクリスマスオールナイト占い講演会』

 

 なるほど、占いの講演会の準備をしていたようだ。

 確かホグワーツでも三年生から占いの授業が取れるんだったか。

 別に占いに興味はないが、普通の人間が行う占いよりかはいくらか信憑性がありそうである。

 私は匂いの正体に納得すると、また漏れ鍋に続く道を歩き始めた。

 

 

 

 

 私は漏れ鍋に辿り着くと、カウンターの座面が高い椅子に座り、バーテンダーに話しかけた。

 

「すみません。夕食をここで取っていこうと思っているんですけど……どんなものがあります?」

 

 バーテンダーは私の顔を見て少し何かを考えていたようだが、不意に思い出したかのように笑顔になった。

 

「お、マクゴナガル先生に連れられていた嬢ちゃんじゃないか。ちょうどクリスマス特製ローストビーフが出せるよ」

 

 私はバーテンダーの男性に勧められるままにローストビーフを注文する。

 十分もしないうちに私の前には薄くスライスされたローストビーフが出てきた。

 

「何か飲むかい?」

 

「じゃあバタービールを」

 

 私がバタービールを注文すると、バーテンダーはすぐさまジョッキを取り出してそこにバタービールを注いでくれる。

 

「はいよ」

 

 ガンと鈍い音を立てて私の前にバタービールがなみなみ注がれたジョッキが置かれた。

 だが、私の前に置かれたバタービールはどうも様子が変だ。

 私はビールという飲み物はキンキンに冷やして飲む飲み物だというイメージがある。

 だが、目の前に置かれたバタービールはうっすらと湯気が立っていた。

 冷たすぎて水蒸気が上がっているのかとも思ったが、ジョッキに触れてみると確かに温かい。

 

「あの、これホットなんですけど……何か間違ってません?」

 

 私はバーテンダーの男性に恐る恐る話しかける。

 バーテンダーの男性は軽く首を傾げると、思い出したかのように笑いながら説明してくれた。

 

「そういえば嬢ちゃんはあんまり魔法界には詳しくないんだったか。実はバタービールはホットで飲む方が主流なんだ。体の芯まで温まるよ」

 

 そんな馬鹿な、と思いつつも私はジョッキに口をつける。

 

「……おいしい」

 

「だろう?」

 

 私の予想とは裏腹にホットバタービールは非常に美味しい飲み物だった。

 バターの風味と程よく効かされた生姜が身体を中から温めているような気がする。

 なんにしても甘い味付けと相まってアイスで飲んだ時とはまた違う飲み物になっていた。

 私はローストビーフのほうも一口大に切り分けて口に運ぶ。

 こちらも非常に柔らかくローストされており、かけられているグレイビーソースの味も最高だった。

 私が夢中になってローストビーフを頬張っていると、後ろの暖炉が緑色に光り輝いた。

 何事かと思い、私はフォークを咥えたまま暖炉の方を振り返る。

 一体何が起こったのかわからないが、暖炉の前には赤と黒のドレスを着た少女と、ビシッとしたスーツ姿の長身の女性が立っていた。

 なんとも奇妙で目立つ二人組だと私は思う。

 スーツ姿の長身の女性の方は赤い髪を腰まで伸ばしており、黒いスーツと相まって赤い髪が非常に鮮やかに見える。

 ドレスを着た少女の方は肩までの薄い青色の髪に、鮮やかな赤い瞳。

 極めつけに背中には大きな蝙蝠のような羽が生えていた。

 

「おや、これはこれはスカーレット嬢。今夜も講演ですか?」

 

 バーテンダーの男性はグラスを磨きながら暖炉から現れた二人組に話しかける。

 羽の生えた少女は一度大きく羽をばたつかせ体についた灰を払うと、バーテンダーに返事をした。

 

「ええ、今日はいつもの店でクリスマス講演会なの。だから帰りは明け方になると思うわ」

 

「そうですか……丁度上物のカリブーを仕入れたところだったんですが……」

 

「また今度にするわ。それとも賞味期限今日までだった?」

 

 羽の生えた少女は冗談めかして言う。

 バーテンダーはかなわないと言わんばかりに頭を掻いた。

 

「ヴィンテージになる前には飲みに来てくださいね?」

 

「じゃあそれまで精々死なないようにしなさい。少なくとも、まだ貴方の死は見えていないわ」

 

 羽の生えた少女はスーツ姿の女性を引き連れて中庭の方へと消えていく。

 なんというか、どこか惹かれる雰囲気を持つ少女だった。

 

「バーテンダーさん、今の人たちって──」

 

「ん? ああ、占い師のレミリア・スカーレットさんとその従者の方だよ。ダイアゴン横丁で講演会を開くときはよくここの暖炉に煙突飛行してくるんだ」

 

「煙突飛行?」

 

 聞きなれない言葉に、私はバーテンダーに聞き返す。

 

「イギリスの魔法使いの家の暖炉は煙突飛行ネットワークで繋がっていてね。煙突飛行粉を使って自由に暖炉間を移動できるんだ」

 

 なるほど、そんな便利な機能が暖炉に付けられているのか。

 まるで瞬間移動装置だ。

 

「もっとも、繋がっていない家もあるし、意図的に繋げていない暖炉もある。例えば嬢ちゃんの通うホグワーツの暖炉は煙突飛行ネットワークには繋がっていない。談話室の暖炉がネットワークに繋がっていたらホグワーツ生は抜け出し放題だ」

 

 ということは、ここの暖炉からグリフィンドールの談話室に戻ることはできないということだろう。

 私は少々残念に思いつつ、ローストビーフの最後の一切れを口の中に入れた。

 

 

 

 

 

 結局のところ、私はクリスマス休暇の殆どをホテルの中で過ごした。

 真冬のロンドンは肌寒く、あまり出歩く気になれなかったというのもあるが、そもそも私は遊び歩くということに慣れていない。

 去年のクリスマスは孤児院の子供たちと遊びつつ、ずっと本を読んで過ごしていた。

 普通の家庭の子供というのは、クリスマスをどのように過ごすのだろう。

 ホグワーツに戻ったらハーマイオニーやラベンダーあたりに聞いてみるのもいいかもしれない。

 私はホテルの中をぐるりと見まわし、忘れ物がないかを確かめる。

 特にハーマイオニーから送られてきたクリスマスプレゼントがトランクに入っているかをしっかりと確かめた。

 ハーマイオニーからはゼンマイ仕掛けの小さなオルゴールが送られてきた。

 オルゴールに収められている曲は『スカボロー・フェア』

 イギリスでは有名なバラッドだ。

 私はもう一度部屋の中を確認し、部屋から出る。

 受付でチェックアウトの手続きを済ませると、懐中時計を取り出して時間を確認した。

 十時七分、今から歩いてキングズ・クロス駅に向かえばいいぐらいの時間だろう。

 私はトランクを片手にロンドンの街を歩く。

 のんびりと歩いたつもりだったが、汽車が出発する二十分も前に私は九と四分の三番線に辿り着いた。

 

「少し早すぎたかしら」

 

 ホテルの部屋を十時五十五分に出てもよかったかもしれない。

 私の能力を使えば、一分前にホテルを出ても十一時に出発する汽車に乗り遅れることはないのだ。

 私はまだ一人もホグワーツ生が入っていないコンパートメントを探して、中に入る。

 手に持っていたトランクを座席の下に滑り込ませ、窓枠に肘をついて頬杖をついた。

 のんびりとしたクリスマス休暇は終わりだ。

 明日からまた勉学に勤しむ日常が戻ってくるのだろう。

 私は窓越しに駅のホームを眺める。

 家族との別れを惜しんでいる者、友達とふざけ合いながら汽車に乗り込む者、様々な人間模様が私の目に映った。

 

「来年からはクリスマスに帰らないっていうのもありかも」

 

 私はコンパートメントの中で呟く。

 次の瞬間、コンパートメントの扉がノックされた。

 

「はぁい」

 

 私は気の抜けた返事をする。

 開かれた扉の先にはマルフォイとクラッブ、ゴイルの三人が立っていた。

 

「ここいいかい? 割とどこも人が入っていてね」

 

「ええ、どうぞ。このコンパートメントは私が一人で使うには広すぎるもの」

 

 私は開いている座席を示しながら答える。

 

「悪いね。失礼するよ」

 

 マルフォイはそう言うと、私の正面に腰かけた。

 

「なんというか、久しぶりに君に会ったような気がするよ。クリスマス休暇前の魔法薬学以来かな?」

 

「まあ、休暇中には会っていないのだし、多分そうだと思うわ」

 

 マルフォイは親から持たされたのか、早速お菓子の詰め合わせの袋を広げ始める。

 

「サクヤも好きにつまんでくれ」

 

「あら、ありがとう」

 

 私は上品にチョコレートが飾られた小さなクッキーを指でつまむと、口の中に放り込んだ。

 

「そういえば、ドラコは休暇はどうだった?」

 

「僕の家ではクリスマスは家族と静かに祝っているよ。僕の父上はあまり賑やかなパーティーは好きではないみたいでね」

 

 なるほど、マルフォイ家ではクリスマスは家族と過ごすらしい。

 確かにパーティーをして盛り上がるだけがクリスマスというわけではない。

 

「そういうサクヤはどうだったんだい? 確か孤児院住まいだったっけ?」

 

「大変慎ましやかなクリスマスパーティーだったわ。一応ローストチキンは出たけど、褒められるような味ではなかったわね。ホグワーツに入学してから本当に舌が肥えた気がする」

 

「孤児院も大変だな……」

 

 マルフォイは憐れそうな表情を浮かべると、お菓子を私に勧めてくる。

 私は遠慮なしにキャンディーをつまんだ。

 

「どこか裕福な家庭に養子として貰われたら……なんなら、僕の家に来ないかい? 父上はホグワーツの理事もしている。母上も娘が欲しいという話をしていたし──」

 

「嬉しいお誘いだけど、遠慮しておくわ。ホグワーツに入校している間は衣食住には困らないし、孤児院に帰ると言っても休暇中だけだもの。それに、卒業後はすぐにでも独り立ちしようと思っているわ」

 

 確かに、マルフォイ家に養子に取られるというのは悪くない話なのかもしれない。

 だが、私はグリフィンドール生だ。

 私にどれだけスリザリンの素質があったとしても、結果的に所属しているのはグリフィンドール。

 代々スリザリンであることが誇りのマルフォイ家に養子に取られるのは難しいだろう。

 

「……そうか。まあ、考えておいてくれ」

 

 甲高い汽笛を鳴らし、窓の外の景色が動き出す。

 ホグワーツ特急は次第に線路の継ぎ目を踏むテンポを上げていった。

 しばらく私はマルフォイが持ってきたお菓子をつまみながら休暇中の出来事を語り合う。

 やはりダイアゴン横丁に買い物に行くのはお決まりのようであり、マルフォイも休暇中に一度ダイアゴン横丁に買い物に行ったようだった。

 

「まあ、ダイアゴン横丁はノクターン横丁のついでに寄る程度だけどね」

 

「ノクターン横丁?」

 

 ノクターン横丁という名前は初めて聞いた。

 マルフォイの話では、ダイアゴン横丁と隣接する形でノクターン横丁という通りがあるらしい。

 

「本当に価値のあるものはノクターン横丁でしか手に入らないんだ。その分治安も悪いけどね」

 

 マルフォイは少し誇らしげに言う。

 まあ、この歳の男の子は危険な場所に首を突っ込みたがるものだ。

 私がノクターン横丁のことをマルフォイから聞いていると、不意にコンパートメントの扉に付けられた窓から視線を感じた。

 私は咄嗟にその方向に目を向ける。

 その瞬間、扉の前に立っていたハーマイオニーと目が合った。

 ハーマイオニーは慌てて通路の奥へと逃げていく。

 

「誰か覗いていたのか?」

 

 マルフォイが怪訝な声を出した。

 

「さあ? よくわからなかったわ」

 

 私は適当に誤魔化すと、マルフォイに話の続きを急かした。

 私はマルフォイの話を聞き流しつつ、先程のことを考える。

 ハーマイオニーはコンパートメントを覗き込んで何をしていたのだろうか。

 もし私を探しに来たのだとしたら、コンパートメントに入ってくるはずである。

 まるで何か見てはいけないものを見てしまったかのような顔をしていた。

 まあ、考えていても答えは出ないだろう。

 私はハーマイオニーのことは一旦忘れ、マルフォイの話に相槌を打った。

 

 

 

 

 

 しばらく他愛もない話をしていると、今度はコンパートメントの扉がノックされる。

 

「どうぞ」

 

 私が返事をすると、車内販売のおばさんがお菓子が山のように盛られたカートを押しながら扉を開いた。

 

「坊ちゃんたち何か買うかい?」

 

「そうだな……じゃあ──」

 

 マルフォイが持ってきたお菓子は決して少なくはなかったが、四人で食べたら割とあっという間になくなってしまった。

 マルフォイはガリオン金貨をポケットから取り出すと、適当にカートからお菓子を見繕う。

 一分もしないうちに私たちのコンパートメントの座席にお菓子の山が出来上がった。

 

「はい、毎度あり」

 

 車内販売のおばさんは気前のいいマルフォイに頭を下げると、次のコンパートメントまでカートを押していく。

 マルフォイは手に持っていた蛙チョコを座席に放り投げると、コンパートメントの扉を閉めた。

 

「さあ、ここは僕の奢りだ。好きに食べてくれ」

 

 マルフォイは誇らしげに胸を張る。

 別にマルフォイが稼いだ金ではないが、親の金は子の金だ。

 今日はお金持ちのマルフォイ家に乾杯しようではないか。

 

「それじゃあ遠慮なく」

 

 私はお菓子の山の一番上に置かれている蛙チョコの箱を手に取り、開け始める。

 開封した瞬間チョコレートの蛙が空中に飛び出したので、私は咄嗟に手で蛙を弾いた。

 私が手で弾いた蛙は放物線を描いて飛んでいくと、ゴイルの口の中にすっぽりと収まる。

 

「あら、ナイスキャッチ」

 

 私がそう言うと、ゴイルは口をもごもごさせながら親指を立てた。

 チョコレートはゴイルの口の中に逃げてしまったので、私はおまけの魔法使いのカードだけ箱から引っ張り出す。

 そこにはホグワーツに入学してからよく見る魔法使いの顔があった。

 

「ダンブルドア……」

 

 おまけのカードはダンブルドアだった。

 別にカードを集めているわけではないが、ダンブルドアのカードは既に持っていたはずである。

 私は興味なさげにダンブルドアのカードを眺めると、ひっくり返して説明文を読んだ。

 

『アルバス・ダンブルドア 現ホグワーツ校長。近代の魔法使いの中では最も偉大な魔法使いだと言われている。その功績は数知れないが、特筆するとしたら一九四五年に闇の魔法使いであるグリンデルバルドを破ったことやドラゴンの血の十二種類の利用法の発見、ニコラス・フラメルとの錬金術の共同研究などだろう。趣味は室内楽とボウリング』

 

「ん? ニコラス・フラメル?」

 

 私はずっと探していた名前を意外な場所で発見し、何度かダンブルドアの説明を読み返す。

 どうやら私たちが探していたニコラス・フラメルという人物は錬金術師らしい。

 錬金術といったら現代化学の基礎を作った学問だ。

 錬金術自体は卑金属から貴金属を生み出そうとする学問だが、結果はともあれ研究が無駄だったわけではない。

 硫酸や塩酸といった薬品、フラスコなどの実験道具、質量保存の法則などは研究の副産物として生み出されたり、発見されたものだと記憶している。

 

「ダンブルドアのカードがどうかしたのかい?」

 

 私があまりにもダンブルドアのカードを凝視していたため、マルフォイが私の手元を覗き込んでくる。

 私は手に持っていたダンブルドアのカードをマルフォイに手渡した。

 

「いや、そういえばダンブルドアってホグワーツの校長のイメージが強すぎて、何をした人物なのか知らなかったなぁって」

 

 マルフォイはダンブルドアのカードの説明書きを読むと、興味なさげに私にカードを返してきた。

 

「やっぱり一番有名なのはグリンデルバルドを破ったことじゃないか?」

 

「やっぱりそのグリンデルバルドさんは有名な魔法使いなのね」

 

 私が聞き返すとマルフォイは簡単にグリンデルバルドについて教えてくれた。

 どうやら今から五十年以上前に魔法族によるマグル支配を掲げて反乱を起こしていた闇の魔法使いらしい。

 魔法の技術や力はダンブルドアに敵わなかったものの、人を惹きつけるカリスマ性においては驚異的なものがあったらしく、欧州を中心としてかなりの勢力を持っていたようだ。

 

「まあ、グリンデルバルドはもう改心してしまったっていう話だ。今は自分が作りあげたヌルメンガードって城の最上階に収監されてるそうだよ」

 

 まあ一九四五年から収監されているとしたら既に四十五年以上牢屋の中で過ごしていることになる。

 それだけの長い時間を牢屋の中で過ごせば考え方も変わるだろう。

 私はダンブルドアのカードをポケットに入れると、次のお菓子の箱に手を伸ばした。




設定や用語解説

占い用品店
 お香や水晶など占いで使う道具を幅広く取り扱う店。売り上げはそこまでよくないが、有名な占い師が講演会の会場として使うことがあるのでそこそこ人は入る。

バタービール
 USJで飲めるらしいが、作者はまだ飲んだことがない

カリブー
 カリブーの血液をイメージして作られたカナダの酒。鮮やかな赤色をしている。

マルフォイ家に養子に取られる
 もし本当に養子に取られた場合、マルフォイルートに突入するフォイ

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ニコラス・フラメルと石の守りと私

あと一か月ぐらいで賢者の石編は終わるでしょうか。賢者の石だけで二十話近くって、結構やばいのでは?


 ホグワーツに戻ってきた私はグリフィンドールの談話室でハリー、ロン、ハーマイオニーの三人と合流し、ホグワーツ特急で見つけたダンブルドアのカードを三人に見せた。

 ハーマイオニーはカードに書かれていたニコラス・フラメルとダンブルドアの関係にすぐさまピンときたらしく、物凄い勢いで女子寮の螺旋階段を駆け上っていく。

 

「どうしたんだろう?」

 

 ロンは不思議そうな声を出したが、そのことについて何かを考える前にハーマイオニーは談話室に戻ってきた。

 

「この本で探してみようなんて思いつきもしなかったわ」

 

 ハーマイオニーは胸に大きく古めかしい本を抱えている。

 確かその本は少し前にハーマイオニーが図書室から借りてきて、そのまま枕の横に積まれたままになっていた本の一つだったはずだ。

 

「少し前に寝る前の軽い読書用にと思って図書室で借りてきてたの」

 

「軽い?」

 

 ロンは見るからに重そうな本を見ながら言う。

 

「あら、ずっと枕元に積まれたままだったから押し花でも作ってるんだと思ってたわ」

 

「もう、ちょっと黙ってて」

 

 ハーマイオニーはそう言うなりブツブツと呟きながら本を捲り始める。

 私たち三人は調べ物をしているハーマイオニーをじっと待った。

 

「あった! これよ!」

 

「もう喋っていいかい?」

 

 ニコラス・フラメルに関する記述を見つけたハーマイオニーに対し、ロンが不機嫌そうに言う。

 だが、ハーマイオニーはお構いなしに本を私たちの方に突き出し、読み上げた。

 

「ニコラス・フラメルは知られている限りでは賢者の石の創造に成功した唯一の人物である!」

 

 ハリーとロンは顔を見合わせる。

 私は本を手元に引き寄せると、賢者の石に関する記述を読み上げた。

 

「なになに……『賢者の石とは、いかなる金属も黄金に変える力があり、また飲めば不老不死となる『命の水』の源である』 なるほど、錬金術は魔法界で完成していたのね」

 

「あの犬はフラメルの賢者の石を守っているんだわ。きっとフラメルがダンブルドアに石を守って欲しいと頼んだのよ! だって二人は友達みたいだし……フラメルは石が狙われていることを知っていたのね!」

 

 ハーマイオニーが興奮気味に言う。

 

「金を作る石! 不老不死の薬を作る石! スネイプが欲しがるのも無理ないな。誰だって欲しいもの」

 

 ロンが言うことももっともだ。

 そのような効果のある石なら、それこそ死に物狂いで奪いにきてもおかしくはない。

 

「まあ何にしても、ホグワーツの守りが鉄壁であることを願うしかないわね。奪われた瞬間世界が滅亡するようなヤバいものじゃないってことはわかったから、その点においては一安心だけど」

 

 それこそ核弾頭レベルのものだとしたら、闇の魔法使いに奪われた瞬間戦争が勃発してもおかしくない。

 賢者の石はその点を見ればまだ安全なように思えた。

 

「なるほど、『魔法界における最近の進歩に関する研究』に載ってないわけだな。見てよ、六六五歳だって。そんな歳なんだとしたら最近とは言えないもんな」

 

 ロンがハーマイオニーの持ってきた本を指差しながら言う。

 まあ確かに、年齢からして五世紀以上前にニコラス・フラメルは賢者の石を錬成したことになる。

 逆に考えれば、よく今の今まで奪われなかったなと、素直に感心してしまった。

 その日は結局守られている物の正体が分かったところで解散となった。

 私は女子寮に上がると、寝間着代わりの古いTシャツに着替えてベッドに潜り込む。

 

「ねぇ、ハーマイオニー。なんで今更なのかしら」

 

 私は天井を見つめながらハーマイオニーに聞いた。

 

「なんのこと?」

 

「賢者の石よ。なんで、今更狙われているのかしら。少なくとも生み出されてから六百年以上は経っているというのに」

 

 まあ、過去に狙われたこともあるのかもしれない。

 だが、そうだとしたら今回に限って特別な措置は講じないはずだ。

 ハーマイオニーは本を見つめながら考え込む。

 

「確かに……今までグリンゴッツで守っていたものを、わざわざホグワーツに移した。それも杞憂じゃなく、実際にグリンゴッツは破られている……」

 

 つまりは、グリンゴッツを破れるほどの魔法使いが賢者の石を狙っている。

 いや、そもそもグリンゴッツに盗みに入られる前にそれを察知して賢者の石を移動させた。

 ニコラス・フラメルは、いや、ダンブルドアはどうしてグリンゴッツが破られる前にそれを察知することができたのだろうか。

 一つの疑問が解決すると、新たな疑問が浮上してくる。

 そんな答えの出ない問題を考えているうちに、私は自然とまどろみ、眠りについていた。

 

 

 

 

 新学期が始まると、ハリーはクィディッチの練習で忙しくなった。

 グリフィンドール対ハッフルパフの試合が近づいてきているためだったが、なんと次の試合ではスネイプが審判をするらしい。

 ウッドはそのこともあって普段よりも相当苛烈な練習を行っていた。

 ウッドはスネイプがグリフィンドールに不利な判定をするのではないかと心配していたが、ハリーはそれ以上に不安を持っていた。

 前回の試合でハリーを箒から振り落とそうとしたのはスネイプなのではないかという疑いを持っている。

 ハリーは試合中にスネイプに危害を加えられるんじゃないかと心配しているようだったが、私はそれは逆だと思った。

 

「だってハリー。観客席ならまだしも、審判としてスタジアムを飛び回るんでしょう? 流石にそんな状況でハリーに手は出せないわ。だってあまりにも人目に付きすぎるもの」

 

 私は試合当日の朝に談話室のソファーに座って具合を悪そうにしているハリーに対して言う。

 

「もし本当にスネイプがハリーに危害を加えようとしているのなら、審判は辞退するはず。私はダンブルドアあたりがスネイプを審判にしたのではないかと思っているわ」

 

「ダンブルドアが?」

 

 ハリーは私の推測を聞いて顔を上げる。

 

「ええ。そうじゃなかったらスネイプがクィディッチの審判をするなんて話にはならないはずよ。つまり、スネイプがスタジアムでホイッスルを咥えている間は、貴方は安心して試合に臨むことができるってわけ。勿論、プレイに難癖つけられるかもしれないけど、そこはスネイプが文句のつけようがないプレイをすればいいだけだわ。貴方ほどの選手なら、そんなことは魔法薬の鍋をかき混ぜるより簡単でしょう?」

 

 ハリーは両手で頬をパチンと叩き気合を入れると、ソファーから立ち上がる。

 

「サクヤの言う通りかもしれない。スネイプとマンツーマンで個人授業を受けるわけじゃないんだ。スネイプを恐れていても始まらないよな」

 

 ハリーは元気を取り戻し、談話室を出ていく。

 私はそんなハリーの様子を見て、小さくため息をついた。

 

「ほんと、単純なんだから」

 

 先程ハリーに言ったことは全て私の憶測であり、根拠もへったくれもない。

 だが、少なくとも試合中にスネイプがハリーに危害を加えることはないだろう。

 スネイプが本当に賢者の石を狙っているとしたら、目立つ行動は避けるはずだ。

 今のところハリーと賢者の石には何の関係性もない。

 ハリーを殺したところで、賢者の石が手に入るわけではないのだ。

 

 

 

 

 

 結局のところ、クィディッチの試合は何事もなく終わった。

 ハリーはあらゆるプレッシャーを跳ね除けて、過去類を見ないほどの早さでスニッチをキャッチしたのだ。

 それこそスネイプが試合結果にケチをつける隙すらなかった。

 なんにしても、これで一気に寮対抗杯に近づいた。

 過去、寮対抗杯は七年連続でスリザリンに取られっぱなしらしい。

 今年こそはグリフィンドールが優勝できるのではないかと、クィディッチの試合が終わってからもグリフィンドールの談話室はお祭り騒ぎだった。

 私は談話室でロンの双子の兄であるフレッドとジョージが持ってきたお菓子をつまみながらハリーを待つ。

 選手だから着替えや片付けで時間が掛かっているのだろうと思っていたが、それにしては遅すぎる。

 ユニホームのまま談話室に帰ってきたフレッド、ジョージはまだしも、ユニホームを着替えシャワーまで浴びてきたアンジェリーナが暖炉の前で興奮しながら試合の感想を語っているぐらいだ。

 私は少し心配になり、肖像画を押し開けて談話室の外に出た。

 

「待ってサクヤ。私たちも行くわ」

 

 私がスタジアムの方に向けて歩き出そうとすると、パッと肖像画が開きハーマイオニーとロンが這い出てくる。

 どうやら二人とも考えていることは私と同じようだった。

 私たち三人はスタジアムの方へと歩き出す。

 しばらくハリーが居そうな場所を探していると、校庭に出る少し手前で顔を真っ青にしているハリーと出くわした。

 

「ハリー! いったいどこにいたのさ!」

 

 ロンがハリーに駆け寄って背中をバンと叩く。

 

「僕らの勝ちだよハリー! みんな談話室で君を待ってるんだ! パーティーをやってるんだよ。フレッドとジョージが厨房から色々失敬してきたんだ。ケーキやジュースや──」

 

「それどころじゃない」

 

 ハリーはロンの話を遮る。

 

「誰もいない部屋を探そう。重要な話があるんだ」

 

 私たちはハリーの物凄い真剣な表情に圧倒され、理由も聞かずに空き教室の中に入る。

 ハリーは部屋の中に誰もいないことを確かめると、声を潜めて言った。

 

「僕らは正しかった。やっぱり賢者の石を狙っているのはスネイプだったんだ。さっき箒を返しに行く最中に、禁じられた森の近くでスネイプがクィレルを脅しているのを見た。スネイプはクィレルにフラッフィーの出し抜き方を知っているかって問いただしてたんだ。その他にも、不思議なまやかしがどうとかって話をしてた。きっとクィレルが仕掛けた闇の魔術に対する魔法の解き方を聞いていたに違いない」

 

「クィレルは、もうスネイプに話してしまったの?」

 

 ハーマイオニーが聞くと、ハリーは首を振った。

 

「いや、抵抗していた。でも、スネイプは諦めていない様子だ。近々また話をしようと言っていた。あの様子じゃ長くは持たないんじゃないかと思う」

 

「それじゃ、三日と持たないよ。生徒のクシャミにも飛び上がって驚くぐらいだ」

 

 いや、本当にそうだろうか。

 石の守りを担当しているのがクィレルだけとは思えない。

 たとえクィレルが口を割ったとしても、その他の守りが石を守るはずだ。

 それに、本当に深刻な様子なのだとしたら、クィレルはダンブルドアに相談するはずである。

 そうしないのは、何か理由があるのだろうか。

 なんにしても、スネイプが賢者の石を狙っている可能性は以前と比べて俄然高くなった。

 クィレルが石の守りの全てを受け持っているとは思えないが、重要な一部を担っているのは確かだろう。

 クィレルが口を割らないことを祈りながら、私たちは談話室に戻った。

 

 

 

 

 

 あれから数週間が経過していたが、クィレルは私たちの予想に反する粘りを見せていた。

 クィレルは時間が経つごとにさらに青白く、やつれていったが、口を割った様子はない。

 それに、四階の廊下にある扉に耳をそばだてれば、今もフラッフィーの唸り声が聞こえてくる。

 もし石が奪われてしまったのだとしたら、フラッフィーは用済みになるはずだ。

 今のところはまだ、石は無事なのだろう。

 ハリーとロンは今にも石がスネイプに盗まれてしまうのではないかと心配していたが、ハーマイオニーだけは三か月ほど先の期末試験の心配をし始めていた。

 

「ハーマイオニー、試験は十週も先だよ?」

 

 ハリーとロンにも勉強をするように勧めるハーマイオニーにロンは呆れたように言った。

 だが、ロンのその認識は甘いと言わざるを得ない。

 

「何言ってるのよ。もう十週間しかないのよ!」

 

 ハーマイオニーの厳しい言葉に、ロンは肩を竦める。

 そして助けを求めるように私の方を見てきた。

 

「まあ、ハーマイオニーの言う通りね。賢者の石を気にしたところで貴方の成績が上がるわけじゃないわ。現状私たちにできることはないんだし、ここは試験の準備ができるうちに準備しておいた方がいいわよ」

 

 まあ、筆記試験に関しては私は全くと言っていいほど心配していない。

 答えがわからなかったら時間を止めて教科書を読みに行けばいいのだ。

 そうでなかったら、ハーマイオニーの答案用紙を丸写しするのもいいかもしれない。

 今までハーマイオニーの隣で勉強していて分かったが、彼女はまるで生き字引のようだった。

 つまり、私は試験に出そうな呪文の練習さえしていればいいのである。

 幸い、私には魔法の素質は少しはあるらしい。

 しっかりと呪文の意味を理解して使えば、大抵の魔法は扱うことができた。

 ロンはそれでも勉強するのが嫌そうにモゴモゴとしていたが、ホグワーツの教師たちも私たちと同意見らしい。

 どの教科も山のように宿題が出るため、勉強をしたくなくても必然的に勉強することになる。

 そのようなこともあり、私たちはニコラス・フラメルの正体を見つけたあとも自由時間は図書室にいることが多かった。

 

「こんなに覚えきれないよ」

 

 ロンは図書室の机の上に突っ伏す。

 私は魔法薬学の宿題を終わらせると、魔法史の宿題に取り掛かった。

 ハリーはハリーで『薬草ときのこ千種』という本をペラペラと捲っている。

 するとその時、ハグリッドが本棚の間からぬっと顔を出した。

 どうも機嫌があまりよくないのか、顔を顰めながら本棚の本を眺めている。

 その様子はあまりにも場違いだったが、ハグリッド自身は気が付いていないようだった。

 

「ハグリッド! 図書室で何をしてるんだい?」

 

 あまり機嫌が良さそうではなかったので、私は声を掛けるのをためらったが、ロンはそんなことはお構いなしにハグリッドに声を掛ける。

 ハグリッドは急に声を掛けられて少々驚いた顔をしたが、私たちの姿を見つけると途端に笑顔になった。

 

「いや、なんでもない。ちーっと見てただけだ。お前さんらは何をやっとるんだ? まだニコラス・フラメルについて調べとるんじゃないだろうな」

 

「いや、そんなのとっくの昔にわかったさ」

 

 ロンが特に隠すこともなく意気揚々という。

 

「それだけじゃない。フラッフィーが何を守っているかも知ってるよ。賢者の──」

 

「シーッ!!」

 

 ハグリッドは慌てて周りを見回す。

 

「あのな、そのことは大声で言いふらしちゃいかん」

 

 あたふたするハグリッドにハリーが畳みかける。

 

「ちょうどよかった。ハグリッドに聞きたいことがあったんだ。フラッフィー以外にあの石を守っているのは何なの?」

 

「シーッ! いいか、あとで小屋に来てくれや。ここでそのことを捲し立てられると困る。ただし、勘違いしちゃなんねぇぞ。教えるなんて約束はしねぇからな」

 

「わかった。じゃあ後で行くよ」

 

 ハグリッドは図書室を出ていく。

 私たちはハグリッドの大きな背中を見送ると、顔を見合わせた。

 

「ハグリッドは図書室に何をしに来たのかしら。読書をするようにも見えないし」

 

 私がそう言うと、勉強にうんざりしていたロンが先程までハグリッドが見ていた棚を覗きに行った。

 少ししてロンは山のように本を抱えて戻ってくる。

 

「ドラゴンだ!」

 

 ロンは声を潜めて言った。

 

「きっとハグリッドはドラゴンの本を探していたに違いないよ」

 

 確かにロンが持ってきた本は殆どがドラゴンに関する本だ。

 

「そういえば、ハグリッドに初めて会ったとき、ずっと前からドラゴンを飼いたいって言ってた」

 

 ドラゴンを飼いたい。

 まあわからなくもないが、ペットにするには少々危険なのではないかと思う。

 

「でも、ドラゴンを飼うのは法律違反なんだ。それに、ドラゴンは人間には絶対に懐かない。凄い狂暴なんだよ。チャーリーがルーマニアでドラゴンの研究をしているけど、いつも生傷だらけさ」

 

 確かに、ロンが言うようにドラゴンの飼育はワーロック法により禁止されている。

 ハグリッドがどれだけドラゴンを飼いたいとしても、飼うことは叶わないだろう。

 何にしても、ハグリッドの小屋に向かう前にまずは目の前の宿題を片づけなければ。

 私はロンの持ってきたドラゴンに関する本を本棚に戻すと、宿題の続きに手をつけ始めた。

 




設定や用語解説

賢者の石
 卑金属を黄金に変え、命の水を作り出す錬金術の最終到達点。だが、この貴重な石をただの魔力タンクとして無造作に使う魔女がいるらしい

禁じられた森
 ホグワーツの敷地内にある森。危険な魔法生物が多く住み着いており、生徒は基本立ち入り禁止。ハグリッドが管理をしている

ドラゴン
 魔法界のドラゴンは神龍タイプではなくリオレウスタイプ

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期末試験と金縛り呪文と私

 その日終わらせないといけない宿題を片付け、私たちはハグリッドの小屋を訪ねていた。

 ハグリッドは押し掛けるような形で来た私たちに気を悪くすることなく、紅茶とクッキーを振舞ってくれる。

 

「それで、何か聞きたいんだったな?」

 

 ハリーは紅茶を一口飲むと、単刀直入に聞いた。

 

「フラッフィー以外に賢者の石を守っているものは何なのかをハグリッドに聞きたくて」

 

「教えることはできん。まず、俺が知らんからな。それに、そうでなくともお前さんらは知りすぎとる。そもそもフラッフィーのことも一体どこで知ったのやら……」

 

 いや、流石に賢者の石の守りに関して何も知らないということはないだろう。

 私が口を開きかけると、ハーマイオニーが任せてくれと言わんばかりに目配せしてきた。

 どうやら、何か考えがあるらしい。

 ここは彼女に任せるとしよう。

 

「知らないなんて嘘。ここで起きていることで貴方の知らないことなんてあるはずないもの」

 

 ハグリッドの口元が少し動く。

 なるほど、ハーマイオニーはハグリッドをおだて倒す作戦のようだ。

 やり方としてはなんのひねりもないが、ハグリッドには非常に有効だろう。

 

「私たち、石が盗まれないように誰がどうやって守りを固めたのか知りたいだけなのよ。ダンブルドアがハグリッド以外に信頼して助けを借りるのは誰なのかってね」

 

「まあ、それぐらいなら……」

 

 ハグリッドは気を良くして話し出す。

 

「俺のほかにもホグワーツにいる先生方は大体力を貸しとる。スプラウト先生に、フリットウィック先生に、マクゴナガル先生だろ? それからクィレル先生もそうだな。勿論、ダンブルドア先生も手を加えとる。……待てよ? 誰か忘れとるな。ああそうだ。スネイプ先生もそうだ」

 

「スネイプもだって?」

 

 ハリーは驚いた様子で聞き返した。

 

「ああ、そうだとも。まさか、まだスネイプを疑っとるのか? スネイプは石を守る手助けをしとるんだ。盗むはずなかろう」

 

 それを聞いてハリーはいっそう不安そうな顔をする。

 もしスネイプが石の守りに関わっているのだとしたら、どのような仕掛けがなされているかスネイプは全て知ることができるということだ。

 つまりクィレルの仕掛け以外はもうすでに対策ができているのかもしれない。

 だとしたら、スネイプがクィレルを脅していたのにも説明が付く。

 

「フラッフィーを大人しくさせれるのはハグリッドだけだよね? ほかの先生にも話してないよね?」

 

 ハリーは心配そうに聞く。

 

「勿論だとも、俺とダンブルドア以外は知らん」

 

 ハグリッドがそう言うと、ハリーはほっとしたようにため息をついた。

 だが、安心するにはまだ早い。

 フラッフィーがケルベロスであると分かれば、フラッフィーは簡単に無力化することができる。

 まだ試してはいないが、伝承通りならば音楽を聞かせれば眠ってしまうはずだ。

 だがまあ、ここでそれを指摘して無駄にハリーの不安を煽ることもないだろう。

 私は紅茶を一口飲むと、話題を切り替えた。

 

「そういえば、さっき図書館にいたときは凄い機嫌が悪そうだったけど、何かあったの?」

 

 私がそう聞くと、ハグリッドは頭を掻きながら話し出す。

 

「いや、その……昨日ホグズミードにあるホッグズ・ヘッドっちゅうパブに飲みに行ったんだが、そこでしこたまポーカーで負けてな。あと少しでドラゴンの卵が手に入るところだったんだが……」

 

「ドラゴンの卵?」

 

 ドラゴンという単語にロンが食いついた。

 

「ああ。パブで意気投合したやつが持っておってな。それを賭けてポーカーをやることになったんだが、途中で吸血鬼が私も交ぜろと割り込んできたんだ」

 

「吸血鬼?」

 

 私が聞くと、ハグリッドが頷いた。

 

「ああ、小さな子供のような見た目をしておったが、既に五百年近く生きとるらしい。なんでもケンタウロスに会いにロンドンからやってきたそうだ。まあ、なんにしても、俺も随分酔っとったから特に深く考えずに交ぜてしまったんだ。それが悪かった。もう少しで髭まで毟り取られるところだった」

 

「でも、なんにしても法律違反だよ。その吸血鬼はドラゴンの卵なんてどうするつもりなんだろう?」

 

「料理に使うと言っとったな。それも法律違反だが、飼育するよりかはバレにくい。証拠が残らんからな。俺からしたらそんな勿体ないことはできんが──」

 

「料理って……ドラゴンの卵は劇薬なのよ? 食べたらどんな症状が出るか……」

 

 ハーマイオニーは心配そうに言う。

 だがまあ、そこは吸血鬼だ。

 人間とは消化器系の強さが違うんだろう。

 闇の魔術に対する防衛術の授業で少し習ったが、吸血鬼というのは血が濃ければ濃いほど歳を取るのが遅いらしい。

 五百年も生きているのにまだ子供の姿だということは、純血か、それに近い血を持っているのだろう。

 

「お前さんらも賭け事には気をつけろ。あっちゅうまに一文無しになっちまうぞ」

 

 なるほど、有り金全部毟り取られたから機嫌が悪かったのか。

 きっとドラゴンの卵が手に入らなかったのが相当悔しくて、気を紛らわせるためにドラゴンの本だけでも読みに来たに違いない。

 

「いや、ある意味負けて正解だったかも。ハグリッドも知ってることだとは思うけど、ドラゴンを飼育するのは法律違反でしょ? 学校の敷地内で飼ったりしたらあっという間にバレてお金どころか職まで失うところだったわよ?」

 

 私がそう言うと、ハグリッドはしゅんと身体を小さくした。

 

「ああ、わかっとる。これで正解だったと俺も思う」

 

 ドラゴンは魔法界にいる生物の中でもトップクラスに危険な生物だ。

 城の近くで飼われてはたまったものじゃない。

 

「過ぎたことを後悔しても仕方がないからな。次の給料が入るまでパブ通いはお預けだ」

 

 まあ、ホグワーツにいる間は食べるものには困らない。

 ハグリッドが餓死することはないだろう。

 

「でも、僕吸血鬼って見たことないよ。どんな感じの人だった?」

 

 ハリーは聞くと、ハグリッドはそこにあることを確かめるように髭を撫でた。

 

「さっきも言ったことだが、お前さんらより小さな少女だ。背中に大きな羽が生えておらんかったら五百歳なんてとてもじゃないが信じんかったろうな」

 

 背中に大きな羽。

 私はその人物を最近見たような気がする。

 

「ハグリッド。その吸血鬼って薄い青の髪の人?」

 

「なんだ? 知っとるのか?」

 

 私はクリスマス休暇中に漏れ鍋で見た少女について皆に話した。

 ハグリッドは悔しそうに唸り声をあげる。

 

「多分そいつだ。背格好も髪型の特徴も同じだった。くそ、占い師だってわかっとれば交ぜんかったんだが……」

 

 まあ確かに、占いを生業としている者に賭け事で勝つというのはかなり難しいだろう。

 

「レミリア・スカーレット……有名な人なのかな?」

 

 ハリーはハグリッドに尋ねるが、ハグリッドは首を横に振る。

 

「俺に聞かんでくれ。占いのことはさっぱりだ。それこそトレローニー先生に聞くのが一番なんだが……あの先生は塔から降りてこんからな」

 

 ハグリッドはそう言うと、壁にかけてある時計を確認する。

 私も懐中時計を取り出して時間を確認した。

 

「おっと、長話が過ぎたな。もう夕食の時間だ。気をつけて帰るんだぞ」

 

 私たちはお礼を言ってハグリッドの小屋を後にする。

 何にしても収穫はあった。

 スネイプが石の守りに関わっているのだとしたら、どのような守りが施されているか知っている可能性が高い。

 クィレルが口を割ったらいよいよ石は危険な状態に晒されるだろう。

 

「どうするんだハリー」

 

 ロンはハリーの方を伺う。

 ハリーは何か考えるようにしながら校庭を歩いていた。

 

「しばらくは様子を見るしかないよ。スネイプがどうして石を狙っているかはわからないけど、僕たちがどうこうしないといけないことでもないと思う。それこそやばくなったらダンブルドアに相談したほうがいい」

 

 まあ、ハリーの言うことはもっともだ。

 賢者の石を盗まれたところですぐさま私たちの身に危険が及ぶわけでもない。

 逆に下手に首を突っ込んだほうが危険が大きいだろう。

 私たちは談話室へは戻らず、そのまま大広間へと入る。

 そして少しの間賢者の石のことは忘れて夕食を楽しんだ。

 

 

 

 

 試験勉強は日に日に忙しくなっていき、私たちは賢者の石どころではなくなっていった。

 複雑な魔法薬の調合法を暗記したり、呪文学の呪文を羊皮紙に書き写したりしているうちに、ついに試験の日がやってくる。

 ハーマイオニーは十週しかないと言っていたが、まさしくその通りだ。

 十週間など、過ぎてしまえばあっという間だった。

 筆記試験は茹だるような暑さの中、大教室で行われた。

 私は答案用紙に自分の名前を記入すると、ひとまず自分で一通り問題を解く。

 試験時間の半分を使って大体八割ほど空欄を埋めることができた。

 さて、ここから先は私の能力の領分だ。

 私は一度深呼吸をすると、息を止め、ピタリとその場で静止する。

 そしてそのまま時間を止めた。

 私の周囲からペンを走らせる音が一斉に消える。

 私は椅子から立ち上がるとハーマイオニーの近くへと移動し、答案用紙を覗き見た。

 流石ハーマイオニーといったところだろうか。

 答案用紙は全て埋まっており、書き直した後もない。

 私は埋められていなかった答えを暗記すると、自分の席に戻る。

 そして先程と全く同じ姿勢を取り、時間停止を解除した。

 私は暗記した答えを答案用紙に記入していく。

 これで筆記試験に関しては九割以上の点数は取れるだろう。

 問題は実技試験の方だ。

 呪文学の授業ではパイナップルを机の端から端までタップダンスさせるという、なんともフリットウィックらしい試験が出た。

 私は自分の順番が来ると時間を止め、納得がいくまで止まった時間の中で練習をする。

 そしてある程度見せれる練度に達したところで時間停止を解除し、パイナップルに魔法をかけた。

 パイナップルは私の思った通りにステップを踏み、机の端へと移動する。

 私が試験を終えるとフリットウィックは小さく拍手して褒めてくれた。

 変身術の試験はネズミを嗅ぎタバコ入れに変える試験だったが、そこでも私は納得のいくまで止まった時間の中で練習を重ねてから本番に臨む。

 装飾の美しい箱である方が点数が高いとのことだったので、わざわざ試験中に図書室に美術品の写真が沢山載せられている本を探しに行ったのはここだけの話だ。

 マクゴナガルは私が変身させた嗅ぎタバコ入れを見て、少々目を見開いた。

 

「ミス・ホワイト。貴方そこまで上手に変身術を扱えるならどうして普段の授業からやらないのです?」

 

 マクゴナガルのそんな言葉を聞いて、私は少し失敗したと感じる。

 普段の授業で手を抜いていたことがバレたというのもあるが、二年生からの変身術の授業で手を抜けないどころか全力以上を常に出さなければいけなくなってしまった。

 

「は、はは……今日のために練習したんですよ」

 

 乾いた笑いが私の口から溢れる。

 何にしても、二年生からの変身術の授業は少し頑張らなければ。

 そういう意味では、魔法薬学の試験は私にとっては気楽なものだった。

 私は試験前に時間を止めて忘れ薬の調合法を復習すると、いつも通りに材料を鍋に入れ、煮込んでいく。

 そんなに時間が経たないうちに私の魔法薬は完成した。

 私は鍋の中身を小瓶に入れて机の上に提出する。

 薬を試したわけではないが、色と匂いからして私の忘れ薬は完璧に調合されているはずだ。

 魔法薬学の実技試験を最後に、学期末の試験は終わった。

 私は時間を止めて小細工をしていた分、他の生徒より長い時間を起きていたことになる。

 夕食の時間にはすっかり眠たくなっており、私は眠たい目を擦りながら夕食を食べて力尽きるように談話室のソファーに腰掛けた。

 

「ダメよサクヤ……ベッドで寝なきゃ……」

 

 そんな独り言が自然と自分の口から漏れる。

 だが、睡眠欲には抗いきれず、私はそのまま吸い込まれるように夢の中に落ちていった。

 

 

 

 

 

「サクヤ……サクヤ起きて」

 

 誰かが私の肩を揺すっている。

 私は大きく伸びをすると、自分を起こした相手の方を見た。

 私を起こしたのはハーマイオニーだった。

 談話室には既に私とハーマイオニー、それにハリーとロンしかおらず、静けさに満ちている。

 私はポケットから懐中時計を取り出すと、目を擦りながら時間を確認した。

 

「……もう二十三時じゃない」

 

 どうやら談話室のソファーの上で寝てしまったようだ。

 夕食の時間からと考えると、結構な時間ソファーの上で寝ていたことになる。

 

「ありがとうハーマイオニー。起こしてくれて。ちゃんとベッドで寝るわ」

 

 私はソファーから立ち上がると、大きな欠伸をしながら女子寮へと向かう。

 だが、次の瞬間ハーマイオニーに右手を掴まれ引き戻されてしまった。

 

「なに呑気なことを言ってるのよ。それどころじゃないの」

 

 ハーマイオニーは私を引っ張るとソファーに座らせる。

 私は何かの冗談だと思いハーマイオニーの顔を見たが、その顔は真剣そのものだった。

 その横にいるハリーとロンも、かなり深刻な表情をしている。

 

「……何かあったの?」

 

 私がそう聞くと、ハリーは私がソファーで居眠りをしていた間の出来事を話してくれた。

 試験が終わり考えることが少なくなったハリーは改めて賢者の石のことを考えたらしい。

 今まで狙われていなかった、いや、グリンゴッツに預けるだけで事足りていた賢者の石を、何故今年はホグワーツに移動させたのか。

 それは賢者の石が盗まれそうになっているからに他ならない。

 スネイプが賢者の石を盗もうとしているのは確定事項として、何故石を今盗もうとしているのか。

 賢者の石で一体何を行いたいのか。

 色々考え、ハーマイオニーとも相談した結果、ハリーたちはある結論に達したようだった。

 スネイプは自分自身が使うために石を手に入れようとしているのではなく、自分が忠誠を誓っている相手のために石を手に入れようとしているのだと。

 

「スネイプが忠誠を誓った相手?」

 

 私が聞くと、ハリーは声を潜めて言った。

 

「ヴォルデモートだよ。スネイプはクィレルにどちらに忠誠を尽くすのか決めろと言っていた。闇の魔術に傾倒しているスネイプが忠誠を尽くす相手で、おそらく死にかけているのはヴォルデモートぐらいしかいない」

 

 ……なんとも想像力が豊かなことだ。

 流石に話が飛躍し過ぎている。

 私は小さくため息をつくと、ハリーに言った。

 

「でもたとえスネイプが例のあの人のために石を盗もうとしているとしても、フラッフィーとクィレルの仕掛けた魔法を破らないといけないわけでしょ? だったら何も変わらないじゃない」

 

「思い出してくれサクヤ、ハグリッドがパブで賭け事に負けた時、相手は偶然ドラゴンの卵を持ってたんだ。ドラゴンが欲しくてたまらないハグリッドの前に、偶然違法であるドラゴンの卵を持った人間が現れると思うかい? ハグリッドにその時の状況を詳しく聞いたら、ハグリッドはその人物にフラッフィーの宥め方を教えちゃったって言うんだ」

 

 ハリーはそのままの勢いで捲し立てる。

 

「それで心配になってダンブルドアに相談しに行こうとしたんだけど、ダンブルドアは魔法省への用事で今日はホグワーツにいないんだ。もしスネイプが石を狙っているとしたら、チャンスはダンブルドアが不在の今日しかない」

 

「で、みんなでフラッフィーを飛び越えて賢者の石を守りに行こうってわけ?」

 

 私はハリーの手に握られている透明マントを見る。

 確かハリーがクリスマスプレゼントとしてダンブルドアから受け取ったものだったか。

 ハリーがダンブルドアから聞いた話では、元々透明マントはハリーのお父さんの持ち物だったらしい。

 

「もしスネイプとヴォルデモートが繋がっているとして、スネイプが石を手に入れてヴォルデモートを復活させたら魔法界は終わりだ。奴が魔法界を征服しようとしていた時、どんな有様だったかサクヤも聞いているだろう?」

 

「でも、だからって私たち四人でどうするつもりなのよ。ダンブルドアがいないんだったら副校長のマクゴナガルに相談すればいいじゃない」

 

「とっくにしたさ! 石の守りは万全だから、外で遊んでいろって言うんだ」

 

「だったらその通りなんでしょ。貴方たちが石を守りに行ったところで、フラッフィーの餌になるだけよ。たとえ歌でも歌ってフラッフィーを寝かしつけたとしても、その後に何が待ち構えているかわからない。わざわざ死にに行くことないわ。危ないことは大人に任せましょうよ。それに、マクゴナガルに相談したんでしょう? 流石に今日一晩ぐらいは警備を強化するはずよ」

 

 ハリーの言いたいこともわからないわけではない。

 だが、これはあくまでハリーの妄想でしかない。

 スネイプが怪しいのは確かだが、スネイプがヴォルデモートを復活させようとしているというのは流石に話が飛躍し過ぎている。

 だがハリーの中では石が盗まれたらヴォルデモートが復活してしまうというのは、もはや決定事項のようだった。

 

「もし僕がヴォルデモートだったら、復活したら真っ先に僕を殺す。自分を倒した象徴である僕を殺して、復活したことをアピールするに決まってる。サクヤ、待ってるだけじゃ死が近づいてくるだけだ。僕たちの手で石を守らないと」

 

「ダメよ。危険だわ。それに夜中出歩くだけならまだしも、立ち入り禁止の廊下に入ったことがバレたら相当重い罰則を受けるわよ?」

 

「だからなんだって言うんだッ!!」

 

 ハリーの叫び声が談話室に響く。

 

「ヴォルデモートが復活したらどうせ僕は殺されるんだ! だったらどんなに危険だろうが僕は行く。ベッドの中で殺されるのを待っているよりも随分とマシだから」

 

「行かせないわ。マルフォイと決闘するためにトロフィー室に行くのとはわけが違う。たとえ本当にスネイプがヴォルデモートを復活させるために今夜石を盗もうとしているのだとしても……いや、もし本当にスネイプが今夜賢者の石を盗み出すのなら、尚更肖像画を潜らせるわけにはいかないわ。ハリー、貴方も私も十一歳の子供なのよ? 自分ではもう十分大人だと思っていたとしても、はたから見ればガキでしかない」

 

 私はハリーの額の傷跡を指で突く。

 

「貴方は自分のことを特別だと思っているのかもしれないけど、私から見れば、ただの、十一歳の、無知で、無力な、お子様よ。さっさとベッドに戻って眠りなさい。心配で眠れないなら全身金縛り呪文をかけてあげましょうか? 大丈夫、ベッドまでは運んであげるわよ」

 

 私は肖像画の前に立ち塞がる。

 ハリーは顔を真っ赤にして杖を引き抜いた。

 

「サクヤ……そこをどいてくれ」

 

「杖なんて持ってどうするつもり? ロクに呪文も使えないくせに。その時点で貴方は魔法という不思議で便利な力に依存しているのよ。自分は魔法使いだからなんとかなるってね。本当に覚悟を固めているのだとしたら、杖なんて持たずにこぶしを固めなさい。私一人殴り倒せなくて、貴方はスネイプに勝てるのかしら?」

 

 これでハリーが殴りかかってきてくれるなら万々歳だ。

 ボコボコに返り討ちにして気絶させ、翌朝医務室に放り込めばいい。

 ハリーは私の目をじっと睨むと、ローブに杖を仕舞い込む。

 そして空いた右手をぎゅっと握り込んだ。

 私はハリーの右こぶしに全神経を集中させる。

 

「ペトリフィカス トタルス!」

 

 突然ハリーの腋の下から閃光が走り、私のお腹にぶつかる。

 次の瞬間、私の身体は一直線に伸び、全く身動きが取れなくなった。

 バランスが取れないため、私はそのまま肖像画の方向にバタンと倒れる。

 私は唯一動く眼球だけ動かしてハリーの後ろを見た。

 そこには辛そうな表情で杖を構えているハーマイオニーの姿があった。

 どうやら私はハーマイオニーに全身金縛り呪文を掛けられたらしい。

 

「ごめんなさい、サクヤ。でも、私もハリーと同じ考えだから……」

 

 三人は私を談話室の壁際の踏まれにくい場所へと移動させると、透明マントを被って談話室を出ていった。

 明かりの消えた薄暗い談話室には、金縛り状態のまま動けない私だけが取り残される。

 まさかハーマイオニーに攻撃されるとは思ってもみなかった。

 普段の彼女を見ている限り、他人に暴行できるような人間には見えない。

 私は心の中で大きなため息をつくと、時間を停止させた。

 とにもかくにも、止まった時間の中で金縛りの効果が消えるのを待とう。

 私のこの時間停止という能力は、時間を止めるときと動かすときに力を消費するが、止めている間は特に何の力も消費しない。

 つまりこの止まった時間の中で体力の回復や睡眠、魔法の効果が切れるのを待つことができるのだ。

 私は金縛りの効果が切れるまでの間、この後のことを考える。

 あの様子ではどのような妨害をしても石を守りに行こうとするだろう。

 このままでは三人が危険に晒される。

 折角友達になったのに、その友達を三人同時に失いたくはない。

 

 こうなったら、私が先回りして危険を全て排除するしかない。

 

 フラッフィーを無効化する方法はハリーたちもわかっている。

 その先に何があるかはわからないが、一つ一つ確かめて対策を立てていけば何とかなるはずだ。

 とにかく、今は体力の回復を優先させよう。

 先程までソファーで眠っていたため、あまり眠たくはないが、どうせ金縛りの効果が切れるまでやることはない。

 私は目を瞑ると、そのまま眠りについた。




設定や用語解説

ドラゴンの卵
 原作ではここでハグリッドがドラゴンの卵を手に入れ、育て始めることによってひと悶着起きる。具体的にはドラゴンが原因でハリーとハーマイオニーが罰則を貰い禁じられた森に傷ついたユニコーンを探しに行ってそこでヴォルデモートと出会いケンタウロスに助けられる。今回は全ての原因となったドラゴンの卵がレミリアのお腹の中のため、ハリー、ハーマイオニー、ネビル合わせて百五十点の減点を貰わなければ禁じられた森でヴォルデモートに会うこともケンタウロスと知り合うこともない

ケンタウロスに会いに来たレミリア
 占い繋がりでたまに禁じられた森を訪問している。勿論お忍びで

レミリアに食べられたノーバート
 原作では孵化したドラゴンにはノーバートという名前がつけられていたが、孵化する前にレミリアのお腹の中に消えた。なお、レミリアからしたらドラゴンの卵は珍味

立ちはだからないネビル
 原作では三人を止めようとするのはネビル。だが、この世界のネビルは五十点の減点を貰っていないので三人の前に立ちはだかる動機がない。原作ではこれ以上点数を減らさないために三人の前に立ちはだかった

立ちはだかるサクヤ
 サクヤからしたら、近くの銀行にライフルを持った強盗が来るから小学生四人で銀行を守りに行こうと提案されたようなもの。勿論、警察は来ない。そんな状況で、「よし、守りに行こう」とは普通思わないし、普通行かせない

全身金縛り呪文を受けるサクヤ
 対象を完全にハリーに絞っていたため、ハリーの背後で呪文を唱えたハーマイオニーに気が付かなった

時間停止中の回復
 サクヤの中では時間停止というのはオンオフを切り替えるもので、切り替えるときにしか力を消費しない。時間を止めている最中は特に力を消費することはない。故に、止まった時間の中で休息を取ることもできるし、魔法の効力が終わるのを待つこともできる

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ナイフと闇の囁きと私

 目が覚めた私は大きく伸びをして全身の凝りをほぐす。

 どうやら寝ている間に金縛りは解けたようだった。

 私は止まった時間の中でこのあとどうするか考える。

 ひとまず賢者の石の守りがどのようなものなのか確認しにいこう。

 止まった時間の中で行けるところまで行ってみて、無理そうなら引き返せばいい。

 

「さて」

 

 私は肖像画を押し開けて廊下に出る。

 

「ルーモス」

 

 杖の先端に明かりを灯し、薄暗い廊下を進んだ。

 十分もしないうちに私は立ち入り禁止の廊下の前に辿り着く。

 ハリーたちの姿は見なかったが、まあ当たり前だろう。

 三人は透明マントを被っているのだ。

 目には見えないし、止まった時間の中では足音すら聞こえない。

 三人を見つけることは困難だろう。

 私は立ち入り禁止の廊下の扉を見る。

 普段鍵が掛かっている扉は半開きになっており、既に誰かが入ったことを示唆していた。

 

「まさか、本当に誰かが石を盗もうとしている?」

 

 なんにしても、今は奥に進むしかない。

 このまま進んでいけば、その何者かを見つけることができるだろう。

 私は扉を押し開けてフラッフィーのいる廊下へと入る。

 フラッフィーは前回見た時と変わらない様子で、こんな夜中にも関わらず三つある頭のうち二つの頭の目は開いていた。

 

「まあ止まった時間の中ではハロウィンの飾りと大差ないけど」

 

 私はフラッフィーに触れないようにしながら大きな足を跨ぎ、隠し扉の前に移動する。

 隠し扉を押し開けると、そこには縦にまっすぐ伸びる底の見えない穴があった。

 

「流石に落ちたら死ぬわよね……」

 

 時間を止めることは出来ても、空を飛ぶことはできない。

 私は一度フラッフィーのいる廊下を出ると、城から出てスタジアムの近くにある箒置き場へと向かう。

 確かそこに授業で使用した箒も置いてあったはずだ。

 私は箒置き場にある備品の箒の中から状態の良さそうなものを手に取ると、箒に乗ってホグワーツ城へと戻る。

 そして四階まで飛び上がると、開いている窓から城の中へと入った。

 私はそのままフラッフィーのいる廊下へと戻ると、箒に飛び乗ってゆっくり穴の下へと降下する。

 もう何百メートル下りただろうか、ついに私の両足は地面に着いた。

 

「ルーモス」

 

 私は杖の先に明かりを灯し、周囲を注意深く観察した。

 どうやら何か植物の上に着地したようだった。

 確か薬草学のスプラウトも賢者の石の守りに手を加えているのだったか。

 だとしたら、本来この植物は何か危険な植物なのだろう。

 

「この植物対策はあとで調べるとして……次ね」

 

 私は植物を踏みしめ、次の部屋へと移動する。

 そこには先程とは打って変わって幻想的な空間が広がっていた。

 部屋の中に羽の生えた鍵が無数に浮かんでいる。

 アーチ状の天井からは眩い光が溢れ、部屋をキラキラと照らしていた。

 

「多分これを作ったのはフリットウィックね」

 

 私は入ってきた通路の向かい側にある分厚そうな木の扉の前に移動する。

 その扉は鍵が掛かっているのか、押しても引いても開くことはなかった。

 

「アロホモラ」

 

 一応鍵開けの呪文も試してみるが、開くことはない。

 だとしたら、きっとこの中に扉の鍵があるのだろう。

 私は改めて空中で静止している鍵を見回す。

 きっとドアノブと同じデザインの鍵だろう。

 飛び回っていたら探すのは一苦労だっただろうが、止まっていたら子供用の絵探し絵本と変わらない。

 私は天井近くで静止している羽根の半分折れた鍵を見つけると、箒で飛び上がり鍵を手に取る。

 きっとこの先にいる何者かに捕まえられたときに羽が折れてしまったのだろう。

 私は鍵穴に鍵を差し込み、ぐるりと回す。

 するとコトンと音を立てて扉の鍵は開いた。

 

「お大事に」

 

 私は鍵を地面に放り捨てると、扉を開けてその先へと進む。

 扉の奥の部屋は真っ暗だった。

 私は杖先に明かりを灯し、部屋の中を見回す。

 どうやら、次の部屋は全体が大きなチェス盤になっているようだった。

 時間が動いていたら、部屋に入ったと同時にチェス盤も起動するようになっていたのだろう。

 だが、今は時間が止まっている。

 だとしたら美術館に飾られている石像と大差ない。

 私は杖明かりを頼りに大きなチェスの駒の横を通り過ぎる。

 そしてそのまま次の部屋へと向かった。

 扉を開けて奥に進むと、部屋の中央に見たことのある怪物が倒れ伏していた。

 私はその倒れている怪物を観察する。

 

「ああ、これトロールね」

 

 私が前に殺したトロールより一回り大きなトロールが頭から血を流して倒れていた。

 どうやら既に倒されたあとのようだ。

 時間を止めているため生きているか死んでいるかはわからないが、なんにしても既に行動不能だろう。

 私は倒れているトロールを無視して次の部屋へと続く扉を開き、その先に進む。

 扉の奥は先程までと比べると狭く感じる個室だった。

 部屋の中央には机が置いてあり、その上にはそれぞれ形が違う小さな小瓶が七つと羊皮紙が一枚置かれていた。

 私は机の上の羊皮紙を広げ、中身を読む。

 どうやら論理パズルのようだ。

 正しい小瓶の中身を飲めば炎の奥へと進めるらしい。

 まあ、時間が止まっているので今は炎は出ていないが。

 

「時間停止対策がなってないわね」

 

 私は机の上の小瓶を無視し、部屋の奥へと進む。

 部屋の奥に扉はない。

 ただ狭い通路がまっすぐと続いている。

 私は大きく深呼吸を一度すると、通路の奥へと歩く。

 十メートルほどの通路を抜けた先は、大きな鏡が置いてある部屋だった。

 鏡の前には今まさに賢者の石を盗もうとしている魔法使いが立っている。

 私はその人物に見覚えがあった。

 

「クィリナス・クィレル?」

 

 そこにいたのは闇の魔術に対する防衛術の教授であるクィレルだった。

 クィレルは真剣な表情で鏡を観察している。

 その表情にはいつものおどおどした様子はなかった。

 

「石を守りに来た……のだとしたらトロールが気絶しているのはおかしいわよね? まさか、石を盗もうとしていたのは……」

 

 スネイプはクィレルに石の守りの破り方を問い詰めていたのではなく、クィレル自体を疑っていたのだろう。

 いや、決めつけるのは早い。

 話を聞いてから判断しても遅くはないだろう。

 私は通路の陰に隠れると、時間停止を解除する。

 そして鏡を観察しているクィレルの後ろに歩み寄った。

 

「誰だ?」

 

 私の気配を感じ取ったのか、クィレルがこちらに振り返る。

 クィレルは私の姿を確認すると、興味なさげに鏡に視線を戻した。

 

「なんだ。ミス・ホワイトか。ダンブルドアがもう異常を嗅ぎつけたのかと思って肝を冷やしたじゃないか。私は忙しい。後で殺してやるからそこで待っていろ」

 

 クィレルは投げやりにそう言うと、鏡を観察し始める。

 私はクィレルの横へと歩み寄った。

 

「先生、この鏡は?」

 

「知るか。だが、この鏡に石が隠されているはずだ」

 

 私はクィレルの横で鏡を見る。

 鏡の上には奇妙な言葉が書かれていた。

 

『すつうをみぞののろここのたなあくなはでおかのたなあはしたわ』

 

「私は貴方の顔ではなく貴方の心の望みを映す」

 

 どうやら何か特殊な魔法具のようだ。

 

「先生はどうして賢者の石が欲しいんですか?」

 

 私はじっと鏡を見つめながら言う。

 鏡に映る私は一軒家に住んでおり、紅茶を飲みながら本を読んでいた。

 部屋の隅にはスピーカーが置いてあり、有名な女性歌手の歌が流れている。

 平穏な日常、特別でない生活。

 ああ、私が求めるものはまさにこれだ。

 

「お前には関係ない」

 

「永遠の命、溢れんばかりの黄金、闇の帝王の復活……」

 

 予想される答えを順番に口に出していく。

 クィレルは闇の帝王の復活と聞いた瞬間体をピクリとさせた。

 

「まさか、ハリーの予想がこんな形であってるなんて」

 

「お前がどうしてそれを知っている」

 

 クィレルは鏡から目を離し、私を睨みつける。

 私もクィレルに正対した。

 

「何者かが賢者の石を盗もうとしているのは知っていました。では先生がグリンゴッツを破ったのですね」

 

「ああ。ハグリッドに先を越されてしまったがね」

 

「クィディッチの試合でハリーを殺そうとしたのも先生が?」

 

「スネイプに邪魔されていなければ今頃ご主人様の敵を殺すことができていた。スネイプめ、勘のいいやつだ」

 

 なるほど、ハリーに呪いをかけていたのはスネイプではなくクィレルだったのか。スネイプは反対呪文を唱えていたのだろう。

 

「それにしても解せない。何故お前のような普通の学生がここにいる? トロールは私が倒したにしても、それ以外の障害が数多くあったはずだが?」

 

 ようやくクィレルは私に脅威を感じ始めたようだった。

 クィレルは数歩距離を取り、杖を構える。

 

「障害なんてありました? 散歩感覚でここまで来たので先生の言う障害がなんのことかわかりません」

 

 私は杖を持っていないことを示すように両手を掲げて肩を竦める。

 何にしても、どのような仕掛けがあるかはわかった。

 フラッフィーさえ突破してしまえばすぐに死に至るような仕掛けは無さそうだった。

 だとしたら、ここにいるクィレルさえどうにかしてしまえばハリー達が死ぬことはないだろう。

 

『邪魔者は殺せ……』

 

 突如クィレルのいる方向から高くしわがれた声が聞こえてくる。

 

「はい、仰せのままに」

 

 クィレルはその声の指示に従い、杖を振り上げた。

 

「いいんですか?」

 

 私はクィレルが呪文を唱える前に呼びかける。

 クィレルの杖の動きがピタリと止まった。

 

「何の話だ?」

 

「私なら賢者の石を鏡から取り出せるかもしれませんよ?」

 

『その娘は嘘を吐いている。殺せ』

 

 またクィレルのいる方向から声が聞こえてきた。

 まさか、目には見えないだけでこの部屋にヴォルデモートがいるとでも言うのだろうか。

 クィレルは今度こそ躊躇することなく杖を振り上げ、呪文を唱えた。

 

「アバダ──」

 

 私はその瞬間時間を止め、クィレルに近づく。

 そしてクィレルが握っている杖を引っ張り、あと少しで抜け落ちてしまうようにした。

 このままの勢いで杖を振れば杖はすっぽ抜けて飛んでいくだろう。

 私は元の位置に戻ると、時間停止を解除する。

 

「──ケダブラ!」

 

 クィレルが杖を振った瞬間、私の思惑通り杖はクィレルの手からすっぽ抜け、私の方に飛んでくる。

 私はクィレルの杖をキャッチすると、真っ二つに折った。

 私とクィレルの間に微妙な空気が流れる。

 クィレルは何が起こったのか理解できていなかった。

 

『何をしている』

 

 沈黙を破ったのはヴォルデモートと思われる謎の声だった。

 

「も、申し訳ありませんご主人様……」

 

『その娘を絞め殺せ! 杖を奪え!』

 

「はい、仰せのままに」

 

 クィレルは私の方に襲いかかってくる。

 さて、次はどうしようか。

 折れた杖をクィレルの足元に置いて転ばせようか。

 ターバンをズラして目隠しをしようか。

 

『止まれ!』

 

 そんなことを考えていると、ヴォルデモートの声が辺りに響く。

 クィレルはつんのめるように停止すると、ヴォルデモートの言葉を待った。

 

『気が変わった。私が直接話す』

 

「ですがご主人様。ご主人様はまだ十分にお力が戻っておりません……」

 

『お前の意見など聞いていない』

 

「申し訳ありません……」

 

 クィレルは私を警戒しながらターバンを解いていく。

 ターバンを解き終わったクィレルは、ゆっくりと後ろに向き返った。

 

「──ッ……そういうことね」

 

 クィレルの後頭部には人間の顔が張り付いていた。

 目は血走り、鼻孔は蛇のように細く裂け目のようになっている。

 

『サクヤ・ホワイトよ……』

 

 分け目のような口から私の名前が発せられる。

 どうやらヴォルデモートはクィレルの後頭部に寄生しているようだ。

 

『貴様からは私に近いものを感じる……貴様のその力、ホグワーツで燻らせておくには惜しい。私についてこい。私が望む世界は、貴様にとっても住みやすい世界の筈だ』

 

「仲間になれ……そう言っているの?」

 

『そうだ。ホグワーツに居ても子供のままごとのような呪文しか教わることはできん。私が魔法とは何なのかを教えてやろう』

 

「ご主人様、ですがこの娘は──」

 

『黙れクィレル。私はホワイトと会話している。お前の相手などしていない』

 

 私はヴォルデモートの目を見る。

 

「私に、闇の魔法使いの素質が?」

 

『貴様の本質は悪だ。このような生温い環境にいたとしてもいつか居場所を無くす。貴様は今の友人とは一生分かり合えない。この先貴様を待ち構えているのは孤独だけだ』

 

 ヴォルデモートが言っていることは多分真実だろう。

 身寄りもなく、突然魔法界に放り込まれた私だ。

 いつ居場所がなくなってもおかしくはない。

 この先魔法界がどのように変化していくかは分からないが、ヴォルデモートが復活するのであれば魔法界の勢力は二分されるだろう。

 その際私もどちらかの勢力に組み入れられることになる。

 すなわち、ヴォルデモートにつくか、歯向かうかだ。

 

「今の貴方に魔法界を牛耳るほどの力があるようには見えない」

 

『私は今弱っている。だが、賢者の石さえ手に入れることができれば力も戻るだろう』

 

 悪くはない提案のように思う。

 ヴォルデモートに刃向かえば命を狙われるが、ヴォルデモートの仲間になったとしても魔法界から追われはするものの命を狙われることはない。

 いや、そもそもヴォルデモートの仲間であることを知られなければ普通に魔法界で生活することも可能だろう。

 ここでヴォルデモートの仲間になるメリットも十分あるように感じた。

 だが、一つ不可解なことがある。

 

「なんで、私のようなただの小娘にそのような誘いを? 目撃者は殺しておいた方がいいんじゃないでしょうか」

 

『このような状況でも論理的に考え、尚且つ腹芸もできるとは。ますます気に入った。それに、ただの小娘などと……隠さなくてもいい。私の前では全てがお見通しだ』

 

 まさか、私の心を──。

 

『閉心術を使えない者の心など、幼児向けの絵本よりも読むのは容易い。貴様のその時間を止める力。私に預けてみる気はないか?』

 

 ドクン、と心音が聞こえた気がした。

 血の気が一気に引き、一瞬で頭の中が真っ白になる。

 次の瞬間には無意識的に時間を止め、クィレルを押し倒しその上に馬乗りになっていた。

 

「知られた……」

 

 私は止まった時間の中で、焦るように周囲を見回す。

 部屋に置かれた鏡には、クィレルに馬乗りになっている私の姿が映っている。

 

「──ッ!? ご主人様、私は何を……」

 

 止まった時間の中でクィレルに触れているため、クィレルの時間も動き出す。

 私は時間を止めている意味がなくなったと判断し、時間停止を解除した。

 

「この小娘が時間を止めてお前を押し倒したのだ」

 

「動くなッ!! 動いたら殺す。指一本動かさないで!」

 

 私はクィレルに向かって叫ぶ。

 クィレルは状況が呑み込めていない顔をしていたが、私を押しのけようとはしなかった。

 

『動いたら殺す? 面白いことを言う。貴様は殺す。たとえクィレルが指一本動かさなくとも最終的にはクィレルを殺すだろう。それがお前の本質だ。それがお前の本性だ』

 

 私は焦るように周囲を見回す。

 何か、この状況を打開できる何かが欲しい。

 いや、そもそも私は一体何がしたいんだ?

 助けを求めるように私は部屋に置かれた鏡を見る。

 その鏡には、血だまりの中に倒れているクィレルを見て笑っている私が映っていた。

 

「そんな、私は……私は……」

 

 鏡の中の私はにっこりと笑うと、手に持っているナイフでクィレルを刺す。

 その度に赤い液体がクィレルの体から吹き出し、ナイフと私を赤く染めた。

 

『クィレルを殺すなら殺せ。立ち塞がる障害は全て殺せ。都合の悪いものは殺せ。殺せ、殺せ、殺せ!』

 

「うわぁぁあああああああ!!!!」

 

 私はいつの間にか握り込んでいたナイフをクィレルの顔面に向けて振り下ろす。

 渾身の力で振り下ろされたナイフはクィレルの眼球を深々と貫いた。

 ビクンッとクィレルの体が大きく跳ねる。

 私は無我夢中でナイフを捩じり、引き抜き、またクィレルに振り下ろす。

 その度に鮮血が飛び散り、私の体を赤く染めていく。

 

『それでいい。それでこそいい。サクヤ・ホワイトよ。私は貴様が気に入った。どんな手を使っても、貴様をこちら側に引き込んでやる』

 

 突如クィレルの体から黒い影が飛び出し、通路の奥へと消えていく。

 鏡の置かれた部屋には、もうクィレルだと判別できない人間の死体と、返り血まみれでナイフを握る私が取り残された。

 

「わ、私は……」

 

 カランと音を立ててナイフが地面に落ちる。

 人を殺した。

 人を殺した。

 人を殺した。

 しかも、ヴォルデモートに私の能力まで知られてしまった。

 あの様子ではヴォルデモートは賢者の石を諦めどこか遠くへ逃げたのだろう。

 今から追っても捕まえられるとは思えない。

 

「なんとかしないと……なんとかしないと……」

 

 私はナイフを拾い上げ、クィレルの元へと戻る。

 試しに胸の位置に手をかざしてみたが、動いている様子はない。

 呼吸、心拍ともに止まっており、クィレルが完全に死んでいることがわかった。

 

「死体を隠して……服を着替えて……この部屋の掃除も……」

 

 半ばパニックに陥りながら私はやらなければならないことを整理する。

 そもそも、私はこのナイフをどうやって取り出した?

 私の手に握られているナイフには綺麗な装飾が施されており、よく見れば今日の昼の実技試験で嗅ぎタバコ入れに施した装飾に良く似ている。

 刀身の真ん中には血のように赤い石が埋め込まれていた。

 私は、直感的にナイフの正体を察する。

 これは、賢者の石だ。

 どのようにして手に入れたかはわからないが、私が賢者の石をナイフに変化させたのだろう。

 

「どうしてこんなことに……」

 

 とにかく、一度落ち着かなければ。

 私は大きく深呼吸すると、時間を止める。

 そしてポケットからクリスマスに貰った懐中時計を取り出し、耳元に当てた。

 チクタクと小さな音を立てて懐中時計は動いている。

 私にはその音が子守唄のように聞こえた。

 

「大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫」

 

 大丈夫。

 いつも通りに。

 冷静になって物事を整理するんだ。

 私がクィレルを殺したと知っているのは私とヴォルデモートだけ。

 つまり、クィレルの死体は隠さずとも、私が殺したという証拠さえ消してしまえば問題はない。

 私はナイフをもう一度クィレルの眼孔に突き刺すと、柄の部分に清めの魔法をかける。

 するとナイフの柄にこびり付いていた血液が綺麗さっぱり消え去った。

 それと同様に、私は自分に対しても清めの魔法をかける。

 そして部屋にある鏡で返り血がついていないかしっかりと確認した。

 私は部屋を見回し、他に私の痕跡が残っていないか入念に確かめる。

 

「……よし」

 

 私が残した痕跡はナイフについた指紋ぐらいだ。

 その痕跡も先程の清めの魔法で綺麗さっぱり消え去っているだろう。

 あとは私さえここから消えてしまえばクィレルを殺した犯人は特定できなくなる。

 私はクィレルの死体をもう一度確認すると、鏡のある部屋を後にする。

 そして近くに置いていた箒に飛び乗ると、来た道を引き返した。

 道中ハリーたちとすれ違うかと思ったが、フラッフィーを越えてもハリーたちの姿は見えない。

 どうやらまだ談話室からここまでたどり着いていないようだ。

 私はスタジアム近くの箒置き場に箒を戻すと、歩いてグリフィンドールの談話室へと戻る。

 そして私が先程まで倒れていた場所でゴロンと横になった。

 私はここでハーマイオニーに全身金縛り呪文を掛けられ、そのまま眠ってしまったことにしよう。

 私は立ち入り禁止の廊下の奥に行っていないし、クィレルやヴォルデモートに会っていない。

 私は目を瞑ると、時間停止を解除した。

 私の長い一日が終わろうとしている。

 できれば本当に眠ってしまいたかったが、あんなことがあった後だ。

 流石に今眠ることは出来なかった。

 誰もいない談話室で一人天井を眺めながら、私は今後のことを考える。

 私に残されている選択肢は多くない。

 すなわち、ヴォルデモートの仲間になるか、ヴォルデモートを殺すかのどちらかだ。

 将来の平穏を得るためにはどちらの選択が正しいのだろうか。

 幸い、今回ヴォルデモートは復活しなかった。

 考える時間はまだある。

 それに、ヴォルデモートが言っていたことも気になる。

 『閉心術が使えない者』……つまりは魔法界には心を読む魔法と、心を読ませない魔法があるのだろう。

 閉心術を習得しなければ、私の能力の秘密はダダ漏れになってしまう。

 

「どこかに都合のいい魔法の先生はいないかなぁ……」

 

 それこそ、ヴォルデモートがそうなのだろうか。

 ヴォルデモートにつけば、閉心術などの魔法も教えてもらえるかもしれない。

 逆に、ダンブルドアに全てを話して閉心術を教えてもらうというのはどうだろう。

 能力のことは他人に漏らしたくはないが、必要なリスクと言えなくもない。

 いや、ダメだ。

 ダンブルドアに能力の秘密を教えてしまったら、魔法界で好き勝手に犯罪行為を行えなくなる。

 それこそクィレルを殺した罪を問われるかもしれない。

 そういう視点で見れば、ヴォルデモートなら私がどのような罪を犯そうが気にもしないだろう。

 ヴォルデモートの仲間になるか、ヴォルデモートを殺すか。

 私は天井を見つめながら思考を巡らせたが、結局朝になっても答えは出なかった。




設定や用語解説

クィレルが犯人だということ以外ほぼ満点なハリーの予想
 実は偶然ではなく、ヴォルデモートの考えが少しハリーの中に流れ込んできている

道中にあった植物
 悪魔の罠と呼ばれる危険な植物。暗く湿った場所を好み、生物が近づくと巻き付いて絞め殺す

時間停止対策
 時間を戻す魔法については逆転時計という形で実用の域にはあるが、時間を止める魔法については実用には至っていない。また、止めている間は莫大な魔力を消費するためそもそも実用的ではない。そもそもサクヤの時間停止の能力は魔法ではない

みぞの鏡
 クリスマス休暇中にハリーを虜にした姿見。鏡の前に立った者の心の望みを映す

サクヤの望み
 平穏な日常。人並みの生活

ヴォルデモートに目を付けられるサクヤ
 時間停止の能力を持っているという特質性に目を付けられる

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活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。


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ハリー・ポッターと賢者の石と私

これにて賢者の石編終了です。次回から秘密の部屋編に入ります。


 結局朝になってもハリーたち三人は談話室に帰ってこなかった。

 私は談話室に人が降りてくる前に起き上がると、肖像画を押し開けて職員室へと走る。

 そして思いっきり職員室の扉をノックした。

 

「すみません! 大変なんです!!」

 

 私は精一杯声を張り上げる。

 しばらくするとフリットウィックが職員室の扉を開けた。

 フリットウィックは何事かと言わんばかりに私を見つめる。

 

「ミス・ホワイト、どうしたのですか?」

 

 私はフリットウィックを少々見下ろすような形になりながら、ハリーたち三人が立ち入り禁止の廊下に向かったまま帰ってこないということをフリットウィックに伝えた。

 

「ご安心なさい。ポッター、ウィーズリー、グレンジャーの三名は無事ダンブルドアが保護しました。今頃は医務室でしょう」

 

「あぁ……よかった……」

 

 私は大きく息を吐くと、へなへなと床に座り込む。

 そしてすぐさま立ち上がるとフリットウィックにお礼を言って医務室へと走った。

 職員室から医務室はそれほど離れていないため、すぐにたどり着くことができた。

 私は医務室の扉をノックすると、ポンフリーが出てくるのを待った。

 

「どなたです?」

 

 だが、医務室から顔を出したのはポンフリーではなくマクゴナガルだった。

 マクゴナガルは私を見て少々驚いたような顔をしていたが、すぐにいつもの表情に戻る。

 

「そろそろ貴方が来るような気はしていましたが……こちらへ」

 

 マクゴナガルは私が口を開く前に医務室に私を通してくれる。

 医務室の中にはダンブルドアとポンフリーに、ハリー、ロン、ハーマイオニーの姿があった。

 

「サクヤ!」

 

 ハーマイオニーは私の姿を見るや否や駆け寄ってきて私に抱きつく。

 何事かと思ったが、ハーマイオニーはそのまま私に抱きついたまま泣き出してしまった。

 

「ごめんなさい、私……私……」

 

 私はハーマイオニーの栗色の癖毛を優しく撫でる。

 

「いいのよ。貴方が無事でよかった」

 

 私はハーマイオニーの肩越しにハリーを見る。

 ハリーは私と目が合った瞬間、気まずそうに視線を逸らした。

 

「一体何があったの? 賢者の石は無事なの?」

 

 私はハリーに問う。

 

「賢者の石は無事だった。でも、クィレル先生が……」

 

 ハリーたちは談話室を出たあと、協力しあって仕掛けをクリアし、最終的にハリーのみが鏡のある部屋にたどり着いたらしい。

 だが、そこで見たものは夥しい量の血痕と誰か判別することすら困難な状態で死んでいたクィレルだった。

 ハリーが何もすることが出来ずにそのまま部屋で立ち尽くしているうちに、ダンブルドアが鏡のある部屋に到着したのだという。

 

「結局、サクヤの言う通りだった。僕は何も出来なかった……」

 

 ハリーは悔しそうに拳を握りしめる。

 

「でも、一体誰がクィレル先生を……まさか本当にスネイプが?」

 

「私がどうかしたか?」

 

 私が白々しくとぼけると、部屋の隅からぬっとスネイプが出てくる。

 

「私は昨日は一晩中職員室で学期末試験の採点を行なっていた。それはそこにいるマクゴナガル先生も確認していることなんだがね」

 

 まあ、スネイプが犯人でないことは分かっている。

 ヴォルデモートの手下だったのはクィレルで、そのクィレルを殺したのは私だ。

 

「わしが不在にしておる間にこのようなことが起こってしまったことは非常に遺憾なことじゃ。じゃが、結果としてクィレル先生の身を挺した活躍によって石は守られた。クィレル先生の死は無駄になっておらん」

 

 今まで黙っていたダンブルドアが皆に聞かせるように言った。

 ダンブルドアは項垂れるハリーの肩に手を置く。

 

「それに、結果はどうであれ自らの未来を自分で守ろうとしたその勇気をわしは深く評価しておる。気に病むことはない」

 

 私はハーマイオニーの背中をさすりながら考える。

 ダンブルドアはどこまで事の真相をわかっているのだろうか。

 まあ流石に本当にクィレルが石を守ったとは考えていないだろう。

 だが、あくまで表向きには、クィレルの扱いは賢者の石を守った英雄ということにしたいようだった。

 まあ、そう考えるにはクィレルの死体に矛盾が多すぎるが。

 もし本当にクィレルが賢者の石を守ったのだとしたら、賢者の石を変化させたナイフで殺されているのはおかしい。

 賢者の石に興味がない第三者が石を盗もうとしたクィレルを殺したと考えれば、あのような死体でも説明が付く。

 つまりは、少し考えれば真実にかなり近いところまでは推測ができるということだ。

 

「とにかく、三人に怪我がないようで何よりよ」

 

 まあ、クィレルや賢者の石の話題にはあまり触れない方がいいだろう。

 ヴォルデモートは魔法で人の心が読めた。

 それと同じことをダンブルドアが出来ないと考えるのは不用心というものだ。

 つまり、ダンブルドアに怪しまれてはいけない。

 ダンブルドアにとって私は、危険な冒険に行きそびれた普通のグリフィンドール生でないといけないのだ。

 

「でも、次は置いてけぼりは嫌だからね?」

 

 私はハリーの顔を見て微笑む。

 ハリーは私の顔を見て頬を掻いた。

 

「うん。ごめんね、サクヤ」

 

 私はハーマイオニーから離れると、ハリーの方へと向かう。

 そしてハリーに右手を差し出した。

 

「仲直りの握手」

 

「……うん」

 

 ハリーは私が差し出した右手を握る。

 私もハリーの右手を力強く握り返した。

 

 人を殺した手で、握り返した。

 

「友情とはこの世で最も美しいものの一つじゃ。さあ、大広間へ朝食を取りにお行き」

 

 ダンブルドアは優しく微笑むと、私たちを医務室から追い出しにかかる。

 きっとこの後職員を集めて今後のことを話し合うのだろう。

 できればその話し合いを盗み聞きたかったが、生憎時間は止められても分身をすることはできない。

 諦めてハリーたちと朝食を取りに行くことにしよう。

 

「結果としては、向かって正解だったのかもね」

 

 私は少し前を歩くハリーに言う。

 

「いや、どうだろう。実際僕たちは間に合わなかったし、間に合っていたところでクィレル先生を助けられたかどうかはわからない」

 

「答えにくかったら答えなくてもいいんだけど、クィレル先生はどんなふうに殺されていたの?」

 

 今後この話題が出たときに、うっかり口を滑らせないためにも認識を揃えておくことは大切だ。

 ハリーは少し迷っていたが、最終的には話してくれた。

 

「はじめ見たとき、クィレルだってわからなかったんだ。顔面がぐちゃぐちゃで真っ赤に染まっていたから……顔には大きなナイフが刺さっていたよ」

 

「顔にナイフが?」

 

「うん。それでどうしていいかわからなくて立ち尽くしているうちにダンブルドアが来たんだ。ダンブルドアはクィレルの様子を確認すると、もう死んでいるって教えてくれた。それと同時に、石は無事だって」

 

 ダンブルドアはクィレルを観察したときにナイフが賢者の石を変化させたものであると気が付いたのだろう。

 

「それで、石はどこに?」

 

「僕にもわからない。結局最後の部屋にはクリスマス休暇の時に見た『みぞの鏡』が置いてあるだけで、その他には何も置かれていなかった。グリンゴッツで見た小包はなかったんだ」

 

「ということは、その鏡がどうも気になるわね……」

 

 これは嘘ではなく、本当に気になっている。

 なぜ私はあのタイミングで賢者の石を手に取ることができたのだろうか。

 いや、私は賢者の石を手に取ったのではない。

 私はいつの間にかナイフを握りこんでいたのだ。

 あの鏡は鏡に映った者が欲したものを現実にする力でもあるのだろうか。

「そういえば、その……『みぞの鏡』だっけ? 一体どういう魔法具なの? 休暇明けにちらっと聞いたけど詳しくは教えてもらってないし」

 

「えっと、そうだっけ? あの鏡は自分の望みを映し出すんだ。でも、ただそれだけで、その望みを叶える力はないってダンブルドアは言っていたよ」

 

「なるほど。ダンブルドアが仕掛けた守りがどういうものかわかったわ」

 

 少し元気を取り戻したのか、ハーマイオニーが私の横から口を挟んだ。

 

「つまり、賢者の石を使いたいものには自分が賢者の石を使っているところしか映らないけど、賢者の石を見つけたいだけの人には賢者の石を見つけだした自分が映りこむ。つまりは賢者の石が隠してある場所から賢者の石を見つけ出す自分が映るってことよ」

 

 賢者の石を見つけたいだけの人にしか、賢者の石の隠し場所はわからない。

 確かに、それならば悪意を持って賢者の石を狙うものには一生賢者の石は見つけられないだろう。

 でも、だとしたらどうして私は石を手にすることができたのだろうか。

 

「つまりクィレルを殺した闇の魔法使いは、結局賢者の石を見つけられずに引き返したってことなのかな?」

 

 ロンが少し唸りながら思考を巡らせている。

 

「でも、引き返すとなるとハリーたちと鉢合わせていないとおかしいんじゃない? 誰かとすれ違った?」

 

 私が聞くと、三人とも首を横に振った。

 

「姿くらましを使ったんじゃないかな?」

 

 ロンがそう言うが、ハーマイオニーがすぐさま否定した。

 

「ホグワーツの敷地内では姿あらわしも姿くらましも使えないわ」

 

 姿あらわし、姿くらましの二つの魔法は基本的にセットとして扱われる。

 簡単に言ってしまえば姿くらましというのは瞬間移動のようなものだ。

 ホグワーツでは防犯の観点からか、敷地内全体で姿くらましも姿あらわしも出来ない。

 

「だとしたらハリーが立ち入り禁止の廊下に入る前には既に逃げていたということかしら」

 

 私はそんな予想を皆に伝える。

 姿くらましが使えないとしたらそう考えるのが自然だろう。

 そんなことを話しているうちに、私たちは大広間にたどり着く。

 

「なんにしても、石を狙ったのが誰なのかは謎のままになってしまったわね。スネイプではなさそうだし……」

 

 私はグリフィンドールの机に座ると、大皿に盛られていたソーセージを自分の皿によそった。

 

「本当にスネイプじゃないのかな?」

 

 ハリーは未だにスネイプを怪しんでいるようだった。

 まあ、それは仕方がないだろう。

 裏切者がスネイプではなくクィレルだと知っているのはこの四人の中では私だけなのだから。

 

「でも、スネイプは昨日は一晩中職員室にいたんでしょう? それはマクゴナガルも確認しているみたいだし」

 

 ハーマイオニーはブツブツと呟きながら頭を捻っている。

 まあ、私としてはハリー達には勘違いしていてもらう方が都合がいい。

 いつか裏切者がクィレルであったと知る日がくるかもしれないが、それは別に今でなくてもよいだろう。

 私は自分の皿に山のように積んだソーセージの一つを、フォークで突き刺した。

 

 

 

 

「さて」

 

 ダンブルドアはハリーたち四人が医務室を出ていったのを確認すると、改めてスネイプとマクゴナガルの方を見た。

 

「それにしても、一体誰がクィレル先生を……それに賢者の石が無事なのも気になります」

 

 マクゴナガルが少し目を伏せながら言う。

 ダンブルドアはそんなマクゴナガルの肩に手を置くと、スネイプに目配せした。

 

「ミネルバ、実は先ほどの話で、あの子たちに伏せたことがある。セブルス」

 

 スネイプは医務室の奥にあるカーテンをめくる。

 そこにはダンブルドアが鏡の部屋から持ち帰ったクィレルの死体がベッドに寝かされていた。

 

「セブルス、確かなんじゃな?」

 

「はい、校長」

 

「なにがです?」

 

 マクゴナガルはスネイプの方を見る。

 スネイプは試験管一つを持ち上げながら言った。

 

「検死の結果なのですが……クィレルの体からユニコーンの血液が検出されましてな」

 

「っんな!?」

 

 マクゴナガルは目を見開いて驚いた。

 

「ハグリッドがこの前の職員会議で言っておったじゃろう。禁じられた森にいるユニコーンが何者かに襲われておるとな。検死の結果が確かなら、その犯人はクィレル先生だったということになる」

 

「そんな……でも、一体何故?」

 

 そう、マクゴナガルが驚くのも無理はない。

 確かにユニコーンの血には強い蘇生の力がある。

 だが、それと同時にその血を飲んだものは呪われるのだ。

 よほど死にかけていない限り、ユニコーンの血を飲む理由などない。

 

「クィレル先生が何か重い病気であったという話は聞いておらん。だとしたら、クィレル先生は何故ユニコーンの血を、それもハグリッドに断りもなしにユニコーンを襲って摂取したんじゃろうな」

 

 ダンブルドアはじっとクィレルの死体を見つめる。

 マクゴナガルは冷静さを取り繕っていたが、動揺を隠しきれていなかった。

 

「ここから先はあくまでワシの推測じゃが、賢者の石を狙っておったのはクィレル先生じゃろう。そしてクィレル先生が石を狙った理由じゃが……クィレル先生はヴォルデモートと繋がりがあったのじゃろうな。いや、クィレル先生が直接ユニコーンの血を摂取していたということは、ヴォルデモートが寄生していた可能性すらある」

 

「そんな、一体いつから……」

 

「機会があるとするなら、去年の夏でしょうな」

 

 スネイプが冷静にそう言った。

 マクゴナガルと違い、スネイプはダンブルドアの推測を聞いても全く動揺を見せなかった。

 

「クィレル先生にヴォルデモートが寄生していたのだとしたら、色々なことに辻褄が合う。じゃが、ここから先が問題じゃ。石を盗みに入ったクィレルは、最終的に鏡のある部屋までたどり着いた。そして、そこで何者かに殺されたのじゃ」

 

 ダンブルドアはクィレルの横に置かれたナイフを手に取った。

 ナイフに付いていた血は既に綺麗に洗い流されている。

 

「このナイフがクィレル先生に突き刺さっとった。そして驚くべきことに、このナイフは賢者の石でできておるのじゃ」

 

 ダンブルドアはナイフに埋め込まれている血のように赤い石を指で撫でる。

 

「では、クィレルを殺した者は一体……」

 

「そこが最大の問題なのじゃよ。少なくとも、ホグワーツの職員ではなし、ハリーたちでもない。誰ともわからない第三者が鏡のある部屋まで侵入した挙句、賢者の石を手に取り、その賢者の石でクィレル先生を殺した。そしてそれが目的であったと言わんばかりに賢者の石をクィレル先生に突き刺したまま姿をくらました」

 

 ダンブルドアは刀身に施された装飾を見ながら言う。

 

「石を鏡から取り出せておるし、実際に賢者の石をその場に残しておると言うことは賢者の石が目的ではないのじゃろう」

 

「では、一体何が目的で……」

 

「クィレルが賢者の石を盗むのを阻止しに来た。そう考えるのが自然でしょうな」

 

 スネイプが肩を竦めながら言った。

 

「そんな馬鹿な……一体誰が?」

 

 マクゴナガルは口を押さえる。

 ダンブルドアはナイフを懐に仕舞いこんだ。

 

「まあ、それについては今後少しずつ調べていくしかないじゃろう。それと、表向きはじゃがクィレル先生は石を盗もうとした何者かと戦って殺されたこととする。魔法省にはそうフクロウを飛ばすのじゃ。生徒達には、多くは話さん。仮に話したとしても、無駄に不安を煽るだけになるじゃろうからな。話はこれで終わりじゃ」

 

 ダンブルドアはそう言うと医務室を出ていこうとする。

 それをスネイプが呼び止めた。

 

「校長。今後の石の守りはどうするおつもりですか?」

 

「このナイフに関しては詳しく調べたあと、砕いてしまうつもりじゃよ。実はもうニコラスとの話し合いは済んでおる。ニコラスは長い一日を終えて眠りにつく準備を進めておるところじゃよ。幸い、身の回りの整理するだけの命の水の貯蓄はあるようじゃ」

 

 そう言い残し、ダンブルドアは医務室を出ていった。

 医務室の中では手際よくクィレルの死体の処置をしているポンフリーと、動揺を隠しきれていないマクゴナガル、そしてクィレルの死体を見つめながら物思いに耽るスネイプが取り残された。

 

 

 

 

 結局のところ、生徒たちにはクィレル先生は持病が悪化して聖マンゴ魔法疾患障害病院に入院したと伝えられた。

 きっとクィレルが死んだと知っているのは私たち四人と教師陣だけだろう。

 教師陣がクィレルの死の謎をどこまで掴んでいるかはわからない。

 だが、今のところ教師陣の私を見る目は変わってはいない。

 この件と私はまだ結びついてはいないはずだ。

 

「でもびっくりだよな。まさかグリフィンドールとスリザリンが同点なんてさ」

 

 私の横で残念そうにロンが溢す。

 私たちは今、大広間で行われる学年末パーティーに出席していた。

 机の上には新入生歓迎会の時と同じように空の皿が並べられている。

 きっとダンブルドアの掛け声とともに料理が出現するようになっているのだろう。

 本来優勝した寮の装飾で彩られる大広間は、今は特に装飾がなされていない。

 グリフィンドールとスリザリンが同点なので飾りつけは半々になるんじゃないかとハーマイオニーは予想をしていたが、どうやら飾りつけをしない方向で決着がついたようだった。

 

「クィディッチの寮対抗杯はグリフィンドールが優勝したんだから、こっちの優勝も僕らにしてくれればいいのに」

 

 そう、賢者の石のゴタゴタの後、すぐにクィディッチの最終戦があった。

 ハリーの調子は絶好調とは言えなかったが、何とかレイブンクローを抑え込み、グリフィンドールは悲願の優勝を果たしたのだった。

 

「まあ、学業面とはっきり分けてあることはいいことだと思うわよ? ハリーも「クィディッチの成績はグリフィンドールが一番だったけど、授業の成績が悪いから優勝はスリザリン」だなんて言われたら納得できないでしょう?」

 

 まあ、そうだけど……とハリーは不満げにスリザリンのテーブルの方を見る。

 スリザリン生もこの結果に不満げな表情を浮かべていた。

 

「また、一年が過ぎた!」

 

 ダンブルドアが立ち上がり、大声を張り上げる。

 ガヤガヤとうるさかった大広間がシンと静まり返った。

 

「皆がご馳走にかぶりつく前に、少々ワシの戯言に耳を貸してもらおう。皆、今年も勉学に励み、様々なことを頭に詰め込んだことじゃろう。じゃが、新学年を迎える前に君たちの頭が綺麗さっぱり空っぽになる夏休みがやってくる」

 

 ダンブルドアは皆の顔をぐるりと見回す。

 

「じゃが、その前に寮対抗杯の表彰を行わねばならんの。点数は次の通りじゃ。四位、ハッフルパフ三五二点。三位、レイブンクロー四二六点。そして……グリフィンドールとスリザリンが五二二点」

 

 本来ならここで一位の寮が沸き立つ場面だ。

 だが、大広間には拍手一つ起こらない。

 過去二つの寮が同一一位になったことがないわけではないが、少なくともここにいる生徒からしたら初めての経験だった。

 

「結構結構、グリフィンドールとスリザリンの諸君、非常によくやった。じゃが、最近の出来事も勘定に入れなくてはなるまいて」

 

 シンと静まり返った大広間に、朗々とダンブルドアの声が響く。

 生徒はダンブルドアの次の言葉をじっと待った。

 

「駆け込みの点数が一つある。つい昨晩の出来事じゃ。とある生徒が、危険を冒そうとする友人を止めるためにその友人に立ち向かった。たとえ自分が嫌われようともその友人の身を案じた優しさと勇気を評し……ワシはサクヤ・ホワイトに、グリフィンドールに十点を与えたい」

 

 数秒の沈黙の後、爆発でもしたような歓声と拍手が大広間に響く。

 横にいたロンは私の背中をバンバン叩き、ハーマイオニーは私の横で飛び跳ねていた。

 

「やったぞ! これでグリフィンドールが一位だ!」

 

 監督生のパーシーが力強くガッツポーズをし、横にいるウッドと拳を突き合わせている。

 スリザリン以外の他の寮も、スリザリンの七年連続優勝が阻止されたことでグリフィンドールと同じぐらい喜んでいる。

 スリザリンだけは、悔しそうにダンブルドアを睨んでいた。

 

「おほんおほん。さて、ワシとしたことが大広間の飾り付けを忘れておった」

 

 ダンブルドアが手を叩くと、大広間に真紅と金の横断幕が掛かる。

 その中央にはグリフィンドールの象徴であるそびえ立つライオンが描かれていた。

 それと同時に、机の上に様々な料理が出現する。

 私はその料理を眺め、そして呟いた。

 

「私としてはこっちが大事」

 

 

 

 

 

 学年末パーティーの次の日には試験の結果が発表された。

 学科試験の一位は当然のようにハーマイオニーだった。

 中には百点満点のテストで百二十点を取っている科目もある。

 私はというと、わからないところはハーマイオニーの試験を写したこともあり、学年で二番だった。

 ハリーとロンも学科試験の成績は悪くなく、イースター休暇から現在にかけて図書室で猛勉強した成果がしっかりと成績に表れていた。

 そして、驚くべきことに実技試験の一位は私だった。

 時間を止めて直前に納得いくまで試験科目を練習した結果が評価にここまで反映されるとは。

 総合成績こそハーマイオニーが一番だが、これから先は頭のいい生徒として扱われてしまうかもしれない。

 だが、この試験は卒業後の評価にも関わってくる可能性がある。

 手を抜くわけにもいかなかった。

 

 ロンドンに帰る日の朝には女子寮はすっかり空っぽになり、ベッドの横にはトランクやスーツケースが山積みになった。

 学年が変わると女子寮の部屋も変わる。

 その為このタイミングで一度部屋の中を空にしないといけない。

 今は女子寮の一番上の部屋だが、九月にはそこに新入生が入ってくるのだろう。

 

「サクヤはこの夏はどうするんだ? 孤児院に戻るの?」

 

 ロンドンに向かって走るホグワーツ特急のコンパートメントの一室で、ロンが百味ビーンズを吟味しながら私に聞いた。

 私は少し考えた後、返事をする。

 

「そうね。基本的には孤児院にいると思うわよ。他に行くところもないし、ダイアゴン横丁も近いしね」

 

「ハリーは?」

 

「ダーズリーの家に戻るよ。せいぜいダドリーと仲良くやるさ」

 

 ハリーは諦めたように笑う。

 それを聞いてロンは身を乗り出した。

 

「なら、みんなうちに泊まりにおいでよ。勿論夏休み全部ってわけにはいかないだろうけど」

 

 ロンの家にお泊まりか。

 孤児院の貧しい食事に飽きたらそれもアリかもしれない。

 

「ええ、特に用事がなければお邪魔しようかしら」

 

「うん。何か楽しみがないとやってられないからね」

 

 ハリーは嬉しそうにそう返した。

 私は本を読んでいるハーマイオニーを覗き込む。

 

「ハーマイオニーは?」

 

「ん? うーん……」

 

 本の内容に夢中になっているのか、ハーマイオニーは生返事をする。

 私はハーマイオニーの読んでいる本の表紙を見た。

『実用魔術と理論の狭間で パチュリー・ノーレッジ著』

 ハーマイオニーお気に入りの魔法使いの著書のようだ。

 

「またノーレッジの本?」

 

「またって何よ?」

 

 ノーレッジという名前に、ハーマイオニーは敏感に反応した。

 ハーマイオニーは本から顔を上げて私を見る。

 

「いや、一度借りて読んだけど単調な書き口と難解な内容ですぐに眠たくなってしまったから……何かそういう魔法でも掛かってるんじゃない?」

 

「失敬な」

 

「で、ハーマイオニー。君もどう?」

 

 ロンはようやく顔を上げたハーマイオニーに聞く。

 ハーマイオニーはキョトンとした表情で首を傾げた。

 

「なんの話?」

 

「夏休みに僕の家に泊まりに来ないかって話さ。もしかして、何も聞こえてなかったのかい?」

 

 ロンは呆れたと言わんばかりに肩を竦めた。

 

「ああ、えっと……両親次第ね」

 

「じゃあそのうちフクロウで手紙を送るよ。そのままそのフクロウで返事を頂戴」

 

「うん。わかったわ」

 

 ハーマイオニーは言うが早いがまた本に視線を落とす。

 私も窓の外に視線を向けた。

 青々と茂った草原の中をホグワーツ特急は真っ直ぐ進んでいく。

 ホグワーツに入学が決まった時はどうなることかと思ったが、一年過ぎた今となってはそれが日常になった。

 魔法界で生きていく覚悟が出来たわけではないが、このまま魔法使いとして生きるのも悪くはないだろう。

 まあ、マグルの生活も捨てがたいのは確かだが。

 

「ん? ……んふふ」

 

 自然とマグルという単語が出てきたことに、私は一人笑ってしまう。

 これは孤児院で子供たちに口を滑らせないようにしなければ。

 私は窓の外に広がる草原を眺めながら、込み上げる笑いを噛み殺した。




設定や用語解説

二つの優勝杯
 ホグワーツには二つの優勝杯がある。一つは学業や生活態度の点数で競う寮対抗杯。もう一つはクィディッチの寮対抗杯

サクヤへの点数
 今回グリフィンドールとスリザリンは同点のため、ハリーとロンとハーマイオニーに点数を上げてしまうとあまりにもオーバーキルになってしまう。故に今回ダンブルドアはサクヤのみに点数を与えた。

Twitter始めました。
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活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。


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ハリー・ポッターと秘密の部屋と私
高速道路とホームステイと私


今回から秘密の部屋編に入ります


 ホグワーツが夏休みに入り、私はウール孤児院に帰ってきていた。

 随分長い間留守にしていたが、私に貸し与えられている部屋には何の変化もない。

 この様子だと私が最後に部屋を出てから、誰も部屋の中に入っていないのかもしれない。

 普通なら考えられないことだ。

 私の部屋は今現在私しか使っていないため、私が留守にしている間は部屋に誰も住んでいないことになる。

 つまりは孤児院からしたら誰も使っていない部屋が一つ常に存在していることになるのだ。

 

「院長の配慮かしらね」

 

 私が去年から通い始めたホグワーツ魔法魔術学校は、その名の通り魔法使いが魔法を習うための学校だ。

 そのため教科書や学用品も必然的に魔法界のものになる。

 実際に今現在私の部屋の隅には魔法薬学で使う大鍋や、ホグワーツの制服である魔法使いのローブなどが山積みになっていた。

 孤児院の子供たちは、私はスコットランドにある普通の全寮制の学校に通っていると思っている。

 私が魔法学校に通っていると知っているのは孤児院の中では院長だけだった。

 

「さて」

 

 私は机の隅に積まれている魔法史の教科書を手に取ると、トランクの中から羊皮紙と羽ペンを引っ張り出した。

 魔法学校と言えど、普通の学校と同じように宿題が出る。

 夏休みだからといって、ずっと遊んでいるわけにもいかないのだ。

 しばらく私が教科書の内容を羊皮紙に書き写していると窓の外を何かが横切る。

 私は顔を上げて窓の外を飛ぶ何かをじっと観察した。

 

「鳩……いや、フクロウね」

 

 私は羽ペンを机の上に置くと、窓を大きく開け放つ。

 するとそれを待ち構えていたかのようにフクロウは窓から私の机の上へと飛び込んできた。

 フクロウは机の上を転がるようにして私の膝の上に軟着陸する。

 私は膝の上のフクロウを持ち上げると、机の上に立たせて足に括られている紙切れを解いた。

 

「窓の外にフクロウ用の止まり木でも作ろうかしら」

 

 私は目を回しているフクロウの頭を撫でる。

 そして片手で紙切れを開いた。

 

『汽車の中でも話していたことだけど、近いうちに僕の家に泊まりにこないかい? 都合のいい日があったら連絡して! こっちから迎えに行くよ。お返事待ってます。ロナルド・ウィーズリーより』

 

「ああ、そういえばそんなこと言ってたわね」

 

 私は数日前にホグワーツ特急の中で交わした会話を思い出し、先程トランクから取り出した羽ペンの先をインク瓶の中に漬け込む。

 そして紙切れの裏に返事を書き始めた。

 

『是非と言いたいところだけど、ずっとそっちにいるわけにもいかないし……三十日から二週間なんてどうかしら? サクヤ・ホワイトより』

 

 私は手紙を書き終わると、長細く丸めてフクロウの足に括り付ける。

 

「大丈夫? ゆっくりでいいからね」

 

 まだ疲労の色が見えるフクロウの背中を軽く撫でると、フクロウは窓の外へと飛び立っていった。

 私は窓を閉め、改めて机の上に教科書と羊皮紙を広げる。

 そして夕食の時間まで魔法史の宿題を進めた。

 

 

 

 

 ロンからの手紙を受け取って一週間が経った七月三十日の朝。

 私は着替えと日用品が入ったトランクを片手に、セシリアと二人で孤児院の前で迎えが来るのを待っていた。

 

「お泊まりに行くようなお友達がサクヤにできるなんて。学校は楽しい?」

 

 セシリアはニコニコと笑いながら横にいる私に話しかける。

 私は懐中時計で時間を確認しながら言った。

 

「はい。友人と呼べる者もできましたし、何より経験する全てが新鮮です」

 

「そっかそっか」

 

 もうすでに約束の時間を五分過ぎている。

 どのような方法で迎えに来るのか聞いていなかったが、流石に孤児院の中に直接出現することはないだろう。

 だとしたら、ここで待っていればいいはずである。

 

「私は少し寂しいかな。サクヤはよく子供たちの面倒を見てくれていたし」

 

「孤児院の方はお変わりありませんか?」

 

「ええ。心配しなくても大丈夫よ。みんな聞き分けのいい子たちばかりですもの」

 

 確かに、今現在性格に問題を抱えている子供はこの孤児院にはいない。

 いや、強いて言えば私ぐらいか。

 そんなことを考えていると、私の目の前を一台の車が通り過ぎる。

 かなり古い車だったので自然と目で追ってしまったが、その古い車の助手席には見慣れた赤毛の少年が座っていた。

 

「あ、サクャ──」

 

 窓から身を乗り出していたロンの声がどんどん遠くへ離れていく。

 しばらくすると、車道を百メートル近くバックして車は戻ってきた。

 

「ごめん、待たせたかい?」

 

 助手席の扉を開けてロンが車から降りてこちらに歩いてくる。

 運転席に座っていた男性は神経質に何度も後方から車両が来ていないことを確認すると、素早く運転席から降りてこちらに駆けてきた。

 

「やぁやぁ、どうもすみません。住所はわかっていたのですが場所が分からず少々迷ってしまいまして……」

 

 少々禿げている細身の男性は頭を掻きながらセシリアに頭を下げた。

 

「初めまして、アーサー・ウィーズリーと申します。少しの間にはなりますが、ホワイトさんをお預かりしたく思います」

 

「いえいえ、こちらこそうちのサクヤをよろしくお願いします。ご迷惑をお掛けしなければいいのですが……」

 

「いえいえ、そんなそんな」

 

 セシリアとアーサーは互いに頭を下げあっている。

 私はそんな大人たちを無視してロンに話しかけた。

 

「数日ぶりね、ロン。二週間お世話になるわ」

 

「逆に宿題のお世話をしてもらうことになりそうだけど……」

 

「あら、私は勉強道具は持っていかないわよ? ハーマイオニーはどうかわからないけどね。そういえばハーマイオニーやハリーは?」

 

 私はロンと一緒にクルマのトランクに荷物を積み込みながら聞いた。

 

「ハーマイオニーからはこの休暇は家族とゆっくりするって返事があったよ。でも、ハリーからの返事がないんだ」

 

「ん? 返事がないっていうのは少し気になるわね。フクロウは帰ってくるの?」

 

 私がそう聞くと、ロンはコクリと頷く。

 

「エロールはちゃんと帰ってくるんだけど、ハリーからの返事を運んできたことは一度もないな。でもちゃんと足にくくりつけた手紙は無くなってるし」

 

「謎ね」

 

 足にくくりつけた手紙が勝手に無くなることはまずないだろうし、手紙自体は届いているのだろう。

 だとすると、何かの理由で手紙が出せない状態ということだろうか。

 私は荷物を積み終わると、改めてアーサーに声をかけた。

 

「サクヤ・ホワイトです。二週間よろしくお願いします」

 

「ああ、ロンから話は聞いてるよ。何か不自由なことがあったらすぐに相談してほしい」

 

 私はアーサーと握手を交わす。

 その後セシリアに別れを告げ、車の後部座席に潜り込んだ。

 アーサーもセシリアとの世間話を切り上げ、運転席へ乗り込む。

 アーサーは乗るべき人間が全員乗っていることを確認すると、エンジンを掛けてアクセルを踏み込んだ。

 

「まさか車で迎えにくるとは思っていませんでした」

 

 私は後部座席から運転手に座るアーサーに話し掛ける。

 アーサーは少し嬉しそうにしながら片手でハンドルを叩いた。

 

「実は私はマグルの機械が好きでね。非常に興味深い」

 

「あ、やっぱり魔法使いなんですよね。運転している様子が非常に様になっていたのでてっきり普通の人間かと」

 

「違和感なく運転できているかい? これでも免許は持っていないから運転は見様見真似なんだ」

 

 ハハハとアーサーは笑うが、笑い事ではない。

 今のを聞いてすぐにでも車を降りたくなったが、死にそうになったら私だけでも時間を止めて脱出することにしよう。

 だが、私の心配をよそにアーサーの運転する古い車は危なげもなく道路を進み、高速道路に入った。

 

「改めて自己紹介をしておこう。私はアーサー・ウィーズリー。そこにいるロンの父親だ。普段は魔法省で変な魔法が掛かったマグルの道具を取り締まっている」

 

「サクヤ・ホワイトです。ロンと同じくグリフィンドール生です」

 

 アーサーはバックミラー越しに私を見る。

 

「ロンから話は聞いているよ。非常に優秀な魔女だとね。しかも可愛いって」

 

「あら、そんなこと言ったの?」

 

 私は助手席に座るロンの頭を指でつつく。

 ロンは恥ずかしそうに手を払い退けた。

 

「可愛いって言ったのはフレッドだよ! 僕はサクヤが学年二位だったって言っただけじゃないか!」

 

「冗談よ。お世辞として受け取っておくわね」

 

 私はロンの髪を後ろからワシャワシャと乱す。

 アーサーはそれを横目に見て楽しそうに笑った。

 

「ハハハ、息子の将来が心配だ。これは尻に敷かれるタイプだぞ」

 

「パパもママには頭が上がらないじゃないか!」

 

 ロンが叫ぶと、アーサーはばつの悪い顔をした。

 

「あー……まあ、お前はそういう血を引いているということだ」

 

 確かにこうしてみると、身体の特徴だけでなく、性格も多少は似ているように思えた。

 私はクスリと笑うと、改めて気になっていることをロンに聞く。

 

「それにしても、ハリーからの返事がないのが少し気になるわね」

 

「……うん。もしかしたら、ハリーのおじさんたちがハリーを閉じ込めているのかもしれない。だってそう考えないとおかしいだろう? 返事も書かないなんて」

 

 まあ、ロンの言う通りだ。

 この数日の間に手紙も返さないほどハリーからロンが嫌われたという可能性を考えるよりかは、居候先のマグルがハリーを監禁していると考えるほうが幾らか現実味がある。

 

「さっきも話したけど、手紙は受け取っているはずなんだ。エロールに括り付けた手紙はなくなっているし」

 

「ハリーのおじさんが手紙を処分している可能性が高いわね。もしくは手紙は受け取っているけど、羽ペンを奪われているとか」

 

 なんにしても、これに関しては実際にハリーの家を訪ねないとわからないだろう。

 

「まあ、もう少し待ってみたらどうだ。何かの手違いで向こうからの手紙が届いていないだけかもしれないだろう?」

 

 アーサーは真面目に前を真っ直ぐ見ながらロンに言った。

 その口ぶりからしてアーサーは息子に危険なことをあまりして欲しくない様子だった。

 まあ、当たり前と言えば当たり前か。

 背が高いと言えどロンはまだ十二歳だ。

 ハリーを居候先から救出するにしても、そう簡単にはいかないだろう。

 

「でも、うちのエロールならともかく、ハリーのヘドウィグはそこまでドジじゃないよ」

 

「じゃあうちのエロールが途中で手紙を落としているのかもな。パーシーのフクロウを借りてもう一度手紙を送ってみたらどうだ?」

 

「孤児院に手紙を持ってきたのがエロール?」

 

 私がロンに聞くと、ロンは小さく頷く。

 なるほど、確かに私に手紙を運んできたフクロウは足取りがおぼつかなかった。

 もう随分と年寄りなのだろう。

 

「飛んでる最中に風に煽られて手紙をなくしちゃったとか?」

 

「フクロウがかい? ……まあ、うちのエロールならあり得るかも。うん、帰ったらパーシーのフクロウで送ってみるよ」

 

「ああ、そうしてくれ。そうじゃなくてもエロールは最近ずっと出っ放しじゃないか。そのうち本当にくたばってしまうよ」

 

 アーサーは冗談めかしてそう言うが、冗談にしては現実味があり過ぎる。

 私は曖昧に笑うことしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 アーサーの運転する車は数時間高速道路を走り、最終的にデボン州にある小さな村の外れに停車した。

 私は車から出ると、トランクに仕舞っていた荷物を引っ張り出す。

 そして改めて目の前に建つ奇妙な建物に目を向けた。

 

「なんか……色々凄いわね」

 

 まるで子供の落書きをそのまま現実にしたかのような家がそこには建っていた。

 元々平家だった建物の上に新しく部屋を追加していったのか、数階建ての建物の形は歪で、あちこち曲がりくねっている。

 きっと何らかの魔法で建物を支えているのだろう。

 そうでなければ、風が吹いただけで上に増築された部屋が地面に落ちそうだと感じた。

 広い庭の隅には斜めに看板が刺さっており、その看板には『隠れ穴』と書かれている。

 

「そう? これぐらい普通だろ」

 

 ロンは玄関の前にいるニワトリを足で払いのけ、私を家の中へと案内する。

 

「おじゃましまーす」

 

 私は小さな声でそう言うと、ロンに続いて家の中に入った。

 

「あらいらっしゃい。昼食はもう出来てるわよ」

 

 家の中に入ってすぐに、ふくよかな魔女が私を出迎える。

 私はその女性に見覚えがあった。

 

「貴方は去年キングス・クロスのホームの──」

 

「ええ、モリー・ウィーズリー。ロンの母親よ」

 

「サクヤ・ホワイトです。しばらくお世話になります」

 

 私はモリーにペコリと頭を下げる。

 モリーはこうしちゃいられないと手を叩いた。

 

「ロン、サクヤの荷物をジニーの部屋に運んどいて頂戴。サクヤはこっちで席について待っていてね」

 

「いや、荷物ぐらい自分で──」

 

 そう言い切る前にモリーは私のトランクをロンに押し付けると、私の背中をグイグイ部屋の奥へと押していく。

 ロンは呆れた顔をしていたが、諦めたように私のトランクを抱えて変な方向に伸びている階段を上がっていった。

 私はモリーに案内されて台所にある木製のテーブルに腰掛ける。

 テーブルはかなり年季が入っていたが、綺麗に磨かれていた。

 台所周りはかなりごちゃごちゃと物が置かれているが、不思議と散らかっているようには感じない。

 まるで絵本の中の魔女の家だ。

 いや、まるでもなにも、ここは正真正銘魔女の家だが。

 

「みんなを呼んでくるわね。ここで待ってて」

 

 モリーはそう言うと、玄関口のほうへと戻っていく。

 私は目の前の壁に掛かっている時計をチラリと見た。

 その時計には針が一本しかなく、数字も書かれていない。

 だがその代わりに「お茶の時間」「鶏に餌をやる時間」などやることが記載されている。

 なるほど、実に合理的だ。

 時計の下には暖炉があり、燃えカスがプスプスと細い煙を立てている。

 夏なのに暖炉をつけることがあるのだろうかと思ったが、きっと煙突飛行するために使うのだろう。

 

「ということは漏れ鍋経由で帰れば徒歩でも帰れるのね」

 

 行きは車で迎えにきて貰ったが、帰りは煙突飛行で帰るのもありかもしれない。

 私が暖炉を見ながら頷いていると、台所に一人の少女が駆け込んできた。

 私はその少女に見覚えがある。

 確か一年前、初めて九と四分の三番線に行った際、モリーの横にいた少女だ。

 と言うことは、彼女がロンの妹のジニーだろう。

 ジニーは台所の机に座っている私を発見し、その場でピタリと止まる。

 そのまま数歩後ずさったが、後ろから雪崩れ込んできた上の兄弟たちに背中を押され、結局私の対面の席に座った。

 

「あの、えっと……」

 

 ジニーは恥ずかしそうに顔を伏せる。

 私は笑顔を作ると、ジニーに話しかけた。

 

「はぁい。貴方がジニーね。ロンから話は聞いているわ」

 

 ジニーは私の顔をチラリと見て、少し顔を紅くしながら答えた。

 

「よ、よろしく……お願いします。ホワイトさん」

 

「サクヤでいいわよ。私もジニーって呼んでいい?」

 

「はい、サクヤさん」

 

 ふむ、ロンの妹にしては素直でいい子じゃないか。

 

「よう! サクヤ久しぶり、でもないな」

 

「サクヤが一番乗りか。ようこそヘンテコな我が家へ」

 

 フレッドとジョージが席につくなり私に声を掛ける。

 

「そう? ヘンテコには見えないけど。非常に現代美術的だと思うわ」

 

「現代美術?」

 

 少し遅れて席についたパーシーが聞きなれない単語を聞き返した。

 

「気にしないで。マグルの言葉よ」

 

 まあ私自身現代美術に詳しいわけでもなければ、現代美術館に行ったことがあるわけでもないのだが。

 私がロンの兄弟たちと他愛もない話をしていると、モリーにアーサー、そしてロンが階段を下りて台所に入ってきた。

 モリーは棚からパンの入ったバケットを取り出すと、机の真ん中に置く。

 そしてフライパンにソーセージを投げ入れ、火を通し始めた。

 

「さて、これで勢ぞろいだ。まだサクヤに自己紹介してないのは……今のところいないか」

 

 アーサーは机についている子供たちを見回すと、何度か頷く。

 ロンの話では、パーシーの上にあと二人兄弟がいるんだったか。

 

「ああ、ジニー以外はホグワーツで何度か話してるよ」

 

 パーシーがアーサーに向かって言う。

 

「私はちゃんと自己紹介したもん」

 

 ジニーは少し頬を膨らませて答えた。

 

「ええ、もう友達よね? ジニー」

 

「はい!」

 

 私がジニーに聞くと、ジニーは元気よく返事をする。

 その様子を見て、アーサーは満足そうににっこりした。

 

「そうかそうか。それはよかった。まあとにかく、この夏休みにこの家にいるのは今のところこれで全部だ」

 

「改めて二週間よろしくお願いします」

 

 私が改めて挨拶をすると、モリーがフライパンを持ったまま振り返る。

 

「遠慮しなくていいのよ。ほら、いっぱい食べて」

 

 そして焼き終わったソーセージを机の真ん中に置かれた皿に山盛りにした。

 ロンの兄弟たちは我先にとフォークでソーセージをつつき始める。

 私もフォークを握り、負けじとソーセージを突き刺した。




設定や用語解説

ホグワーツの夏休み
 七月の半ばから9月の始めまで

セシリア
 孤児院の職員の一人でありサクヤの育ての親のようなものだが、サクヤ自身はセシリアのことを親だとは認識していない。あくまで施設にいる職員の一人程度の認識

隠れ穴
 ウィーズリー家が住んでいる家。増築に増築を重ねた家を魔法で支えている。また、庭の植木が上手いこと家を隠しているため、マグルには見つかっていない

エロール
 ウィーズリー家が飼っているフクロウ。既にかなりの歳のため、手紙を届ける頃には死にそうになっている

ジニー・ウィーズリー
 ロンの一歳下の妹。ウィーズリー家の子供たちの中では唯一の女の子

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オレンジ色と空飛ぶ車と私

秘密の部屋編はホグワーツにたどり着くまでに時間が掛かりそうです


 七月三十一日、私が隠れ穴に来て丸一日が経過した夜。

 私は台所で夕食の洗い物の手伝いをしていた。

 台所の上には一人分だけ料理が残されており、モリーによって保温の呪文が掛けられている。

 どうも、アーサーは魔法省での仕事の都合で帰りが遅くなるらしい。

 待っていては夕食がかなり遅くなってしまうのでその日はアーサーを待たずに夕食を取った。

 

「どうもありがとね。助かるわ」

 

 モリーは夕食前に取り込んだのであろう洗濯物を抱えながら台所に顔を出す。

 

「いえ、これぐらいは」

 

「あんまり気を使わなくてもいいのよ? 自分の家のようにくつろいでくれれば」

 

 モリーはそう言うが、私からしたら逆だった。

 

「自分の家だったらもっと家事を手伝ってますよ。自分の家の家事を手伝うのは当たり前でしょう?」

 

「その言葉、うちの子供たちに聞かせてあげたいわ。ロンももう少しサクヤを見習ったほうがいいわね」

 

 モリーはそう言って朗らかに笑う。

 

「特にジニーにはもう少し家事を手伝わせたほうがいいんじゃないでしょうか。あの子も女の子ならいつかどこかの家庭に嫁入りするわけですし」

 

「まあ、嫁入りはともかくとして、確かにそろそろ本格的に家事を教えたほうがいいかしらね。特に料理を覚えるのは時間が掛かるし」

 

 私は大鍋を洗い終わると水気をふき取って元あった場所に吊るす。

 これで皿洗いは終わりだ。

 その瞬間、私の後ろで緑色の炎が燃え上がる。

 振り返るとそこには少し灰で肩を白くさせているアーサーの姿があった。

 

「ごほっ、ごほっ。この暖炉もそろそろ掃除したほうが良さそうだ。ただいまモリー、それにサクヤも」

 

「お帰りなさい」

 

「お仕事お疲れ様でした」

 

 アーサーは肩に付いた灰を払い落とすと、モリーに鞄を手渡す。

 私は保温魔法が掛かった料理を机に並べた。

 

「ありがとうサクヤ。まるで娘がもう一人出来たようだよ。それにしても、いやぁ今日は疲れた……」

 

 アーサーは椅子に座ると大きく伸びをする。

 そして杖を取り出し保温魔法を解いた。

 

「今日は随分と遅かったけど、何かあったんです?」

 

 モリーは台所の隅に鞄を置くと、アーサーの向かい側に座る。

 アーサーは私の方を見て少し迷ったような顔をしたが、問題ないと判断したのか少し声のトーンを落として話し始めた。

 

「実は仕事自体は問題なく終わったんだ……あ、いやその時には既に九時半を過ぎていたが……少々事件が起こってね。私の担当ではないんだが少し気になって手伝っていたんだ」

 

「ただでさえ仕事が忙しいのに自ら進んで仕事を増やさないで頂戴。残業代も出ないんですから」

 

 モリーは少し頬を膨らませながらアーサーを叱る。

 アーサーはパンを千切りながら弁明した。

 

「まあ待ってくれ。勿論、ただの事件だったら手伝ったりはしないよ」

 

「その言い方ですと、何かあったんですね」

 

 アーサーはやはり私を見て悩むような表情を見せる。

 

「ハリーに何かあったのですか?」

 

 私がハリーの名前を出した瞬間、アーサーはパンを喉に詰まらせてむせ返った。

 

「サクヤ、君は少し察しが良すぎるね。でもその通りだ。ちょうど私の仕事が片付いた時に魔法省の魔法不適正使用取締局が少々ざわついてね。何事かと見に行ってみればハリーが浮遊魔法を不正に使ったというニュースで持ち切りだったんだ」

 

「ハリーが居候先で浮遊魔法を?」

 

 私が聞き返すと、アーサーは苦々しい顔をする。

 

「何かの間違いじゃないかと私も思った。だがあの辺の通りにはハリーの他に魔法が使える者は住んでいない。たとえ外から魔法使いが来ていたとしたら姿現しの痕跡が残ったりするからね」

 

「でも、それってかなり不味いんじゃ……」

 

「まあ、今回は厳重注意ってことで話が付いた。今頃はハリーの家に魔法省のフクロウがたどり着いた頃だろう」

 

「流石ハリー、悪運が強いわね。でもいたずら系の魔法ならともかくなんで浮遊魔法なんか……」

 

 私は台所の隅で独り言のように呟く。

 アーサーも私の意見に同意するように頷いた。

 

「ああ、局の人間も不思議がっていた。だからこそ今回厳重注意で済ませたということもあるが……本来未成年の不適切な魔法の使用はもっと処罰が重いんだ。それこそホグワーツを退学になってもおかしくはない。今回のように明確に未成年が使ったとわかるような状況ならなおさらね」

 

 咄嗟に浮遊魔法を使わないといけないような状況とはどういった場合だろうか。

 花瓶を割りそうになって咄嗟に浮遊魔法を掛けたとか?

 いや、そもそも杖を構えている状態ならまだしも、普通に家事をしている最中にそのような状況になったら、杖を抜いている暇などないはずだ。

 

「まあなんにしても、今回はお咎めなしだ。安心していいよ」

 

 アーサーはそう言うが果たして本当にそうだろうか。

 

「この浮遊魔法がハリーからのSOSの可能性はないでしょうか」

 

「なんだって?」

 

 私は顎に手を当てて考える。

 

「咄嗟に浮遊魔法を使うような場面なんてあるでしょうか。従兄のダドリーにいたずら、もしくは報復するにしてももう少し何かやり方があったはずです。浮遊魔法なんて使わないですよ」

 

「まあ、確かにそうだが……」

 

 アーサーは食べかけのパンを皿の上に置く。

 

「そうだな。あれじゃないか? 花瓶を割りそうになったとか」

 

「ハリーの魔法の腕じゃ、杖を構えていたとしても落下する花瓶に浮遊魔法を掛けるのは難しいと思います。花瓶を割って修復魔法を掛けた、とかならわかるんですけどね」

 

「まあ、確かに。サクヤの言うことも一理あるだろう。だが、だとしてもだ。SOSを送るならもう少し何か違う魔法を使うんじゃないか? 浮遊魔法じゃ何も伝わらない」

 

「まあ、そうですけど……」

 

 私なら何か危機的な状況があったとして、外部にそれを伝えたい場合どのような呪文を使うだろうか。

 多分法律など無視して滅茶苦茶に魔法を使うに決まっている。

 少なくとも浮遊魔法を一回だけということはないだろう。

 

「まあハリーが心配なのは私たちも一緒だ。本当に危険だと判断したら、私がハリーを迎えに行くよ。っと、もうこんな時間だ。こんな時間まで待たせてしまって悪かったね」

 

 アーサーにそう言われて私は懐中時計を確認する。

 懐中時計の青い針は文字盤に書き込まれた「11」の表示の上で重なっていた。

 

「あらホント。サクヤ、もうおやすみなさい。ジニーがまだ起きていたら寝るように注意して頂戴」

 

 モリーは私の背中を階段の方に押す。

 私は階段を上る前に台所の方へ振り返った。

 

「おやすみなさい。アーサーさん、モリーさん」

 

「ああ、おやすみ。サクヤ」

 

「うふふ、はいおやすみ。サクヤ」

 

 私は今度こそ階段を上ってジニーの部屋に入る。

 部屋は既に明かりが消えており、ジニーは隅に置かれたベッドの上で就寝していた。

 私はジニーを起こさないように反対側のベッドに潜り込む。

 今日の一件で、少なくともハリーがまだ生きていることはわかった。

 だとしたら、どうしてロンからの手紙を返さないんだろうか。

 何にしても明日ロンにはこの話をしておいた方がいいだろう。

 私は毛布を頭の上まで引っ張り上げ、そのまま眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 隠れ穴に来てから数日が経過した。

 と言っても周辺にショッピングモールがあるわけでもないし、公園があるわけでもない。

 暇を持て余すというほどでもないが、自ら何かやることを見つけなければ何もせずに一日が過ぎてしまう。

 結局私はこの数日をモリーの家事を手伝ったり、ロンに勉強を教えたりしながら過ごした。

 特に、モリーの家事の手伝いは非常に勉強になる。

 私自身家事の心得がないわけではない。

 孤児院では掃除や洗濯は当番制になっており、子供たちが手分けして行っているのだが、それはあくまでマグル式だ。

 魔法使いがどのように家事をこなすのか、モリーの家事のやり方を見て非常に勉強させてもらった。

 

「やっぱりハリーから手紙がこない。流石におかしいんじゃないか?」

 

 部屋の隅々まで燃えるようなオレンジ色で統一されているロンの部屋で私がロンの勉強を見ている時に、ロンが怪訝な顔をしながら言った。

 私が隠れ穴に来てから何度かパーシーのフクロウを無理矢理借りてハリーに手紙を送ったのだが、結果はエロールで手紙を送った時と変わりなかった。

 フクロウは帰ってくるが、手紙は返ってこない。

 ロンの言う通り、流石に何かがおかしいだろう。

 

「ええ、そうね。明らかにおかしいわ」

 

「助けに行った方がいいんじゃないか?」

 

 ロンは羽ペンを弄りながら教科書を睨んでいる。

 だが、明らかに教科書の内容は頭に入っていないようだった。

 

「もう、何回目よそれ。少なくとも私が勉強を見始めてから三回は言ってるわよ?」

 

「サクヤは心配じゃないのかよ? それに、学校の外で魔法を使って魔法省から忠告を受けたんだろう? 普通じゃないよ」

 

「まあ、そうなのよね」

 

 勿論、私も少しはハリーの心配はしている。

 だが、ハリーの居候先のダーズリー家は非常識なことが大嫌いなマグルのはずだ。

 だとしたら、ハリーの身に危険が及ぶことはないだろう。

 

「だったら──」

 

「だったらなんなの? どうするってのよ。使えもしない棒切れ片手にダーズリー家に突撃する?」

 

「それは……」

 

 ロンはモゴモゴと言い淀む。

 次の瞬間、私の背中が叩かれた。

 

「方法ならあるぞ」

 

 私は咄嗟に後ろを振り返る。

 そこにはにやけ顔のフレッドとジョージの姿があった。

 

「……嫌な予感しかしないんだけど」

 

「方法って、どんな?」

 

 フレッドは窓の外を指差す。

 そこには数日前、私がここに来るときに乗せてもらったフォード・アングリアが停まっていた。

 

「まあ確かに足はあれで十分だろうけど……高速で何時間掛かるのよ」

 

「おっと、ここだけの話、あれはただのオンボロじゃない」

 

「……? V8四百馬力エンジンでも積んでるの?」

 

「とにかく、幸い今日は曇りだ。日が暮れたら出発するぞ」

 

「準備しておけよ」

 

 そう言い残すと、フレッドとジョージはバタバタとロンの部屋を出ていった。

 

「なんなのよ、一体……」

 

 なんにしても、フレッドとジョージの二人は今日の晩にハリーを迎えに行くつもりらしい。

 

「もしかして……、そうか、その手があったか!」

 

 ロンは今度こそ羽ペンと教科書をトランクに放り込んだ。

 

「サクヤ、きっとフレッドとジョージは今夜ハリーを迎えに行くつもりだ」

 

「それぐらいは分かるけど……でもフレッドやジョージも免許は持ってないでしょ?」

 

「メンキョ? よくわからないけど、あの二人が言うようにあの車は普通じゃない。きっと上手く行くよ」

 

「その自信はどこから……まあいいわ。念のため、ハーマイオニーには手紙を出しておいた方がいいわね」

 

 私は羊皮紙を引っ張り出すと、ハリーを迎えに行く旨を書く。

 そして台所に下りると、ちょうど水を飲んでいたエロールの足に手紙を括りつけた。

 

「さあ、この手紙をハーマイオニーに届けて頂戴」

 

 私は窓を開けてエロールを外に放り投げる。

 するとエロールは放物線を描いて地面に落ちた。

 

「あら?」

 

 だが、私が外にエロールを拾いに行く前にエロールは何とか立ち上がり、空に飛び去って行った。

 

「大丈夫かしら? あのフクロウ」

 

 まあ、ハーマイオニーへの手紙は万が一の時のためのものだ。

 時間が掛かっても最終的に届けば問題ないだろう。

 

 

 

 

 

「よし、準備はいいか?」

 

 ジニーが寝静まったのを確認してから、私はロンとフレッド、ジョージと合流し庭に駐車されている車の中に潜り込んだ。

 後ろの座席に私とロンが、運転席にフレッド、助手席にジョージが乗っている。

 

「いいか? エンジン掛けたらすぐだぞ? エンジン音でお袋が起きちゃう」

 

「わかってる。任せなって」

 

 フレッドは手慣れた手つきで車のエンジンを掛けると、ハンドル横についているボタンを押す。

 そして一気にアクセルを踏み込んだ。

 その瞬間、私たちを乗せた車は空に向かって飛び上がり、そのまま雲の中へと突入した。

 

「すごいわ! フォード・アングリアって空も飛べたのね」

 

 窓の外に見える民家や畑がみるみるうちに小さくなっていく。

 ハンドルを握りながらフレッドが得意げに言った。

 

「こいつは特別だ。なんせ、親父がこれでもかってほど魔法をかけてるからな」

 

「どうもうちの親父は自分が何の職についてるか忘れちまってるみたいだ」

 

「どういうこと?」

 

 私は横にいるロンに聞く。

 ロンは窓の外を眺めながら答えた。

 

「パパは魔法省のマグル製品不正使用取締局の局長なんだ。本来はこういう魔法が掛けられたマグル製品を取り締まる側の人間なんだよ」

 

 ああ、なるほど。

 確かに取り締まる側の人間が真っ先に規則を破っているのは問題だろう。

 

「まあなんにしても、この車を使えばロンドンまで一時間も掛からない。それでこっそり家の中に侵入して、ハリーに話を聞く。都合が良ければそのまま荷物ごとハリーを隠れ穴にご招待って寸法さ」

 

「向こうに着いてからのことは何も考えてないのね」

 

「何とかなるだろ。サクヤもマグルの世界で暮らしてたなら鍵開けぐらいはできるだろ?」

 

「それ魔法使いなら誰でも杖の一振りでかぼちゃを馬車に変身させることができるって言ってるようなものよ?」

 

「そうか? てっきりサクヤならできるものかと……」

 

 まあ、特殊な鍵じゃなかったら大体ピッキングすることはできるが。

 だからといって「私はピッキングができます」なんて言うのは非常識もいいところだ。

 

「まさかそれを頼りにしてたわけじゃないわよね?」

 

「いや、大丈夫だ。ほら」

 

 フレッドはハンドルを握りながらポケットから小さなヘアピンを取り出す。

 

「やり方は習ってるし、何度かホグワーツの教室の扉で実践済みさ」

 

「呆れた」

 

 まあ何にしても頼もしい限りだ。

 フレッドの運転する車は雲の上を滑るように飛び、やがてロンドンの上空に到達する。

 フレッドは雲の隙間から慎重に下を確認すると、今度は銀色のボタンを押し込んだ。

 その瞬間、私は車の外に放り出される。

 

「おちッ──」

 

 そのまま地面に落下するかと思ったが、私の予想に反して、私の体は宙に浮いたままだった。

 いや、そもそも私の体が存在しなかった。

 

「あれ?」

 

 私は周囲をぐるりと見回す。

 まるで空の上に眼球だけを浮かべているように、私の体はおろか、先程まで隣に座っていたロンの姿さえ見えない。

 だが、手を伸ばして周囲を探ると、私はまだ確かに車の中にいるようだった。

 

「凄えだろ! こうして透明になっちゃえば町の上を飛んでも問題ない。まあでも、エンジン音は聞こえるから急いだほうがいいのは確かだけどな」

 

 運転席の方向からフレッドの声が聞こえてくる。

 どうやらこの車には、乗っている人間ごと透明になる魔法が掛けられているようだった。

 

「ほんと滅茶苦茶な改造が施されているわね」

 

「局長様様々だね」

 

 車は雲の下に出ると一気にロンドンの町へと急降下していく。

 

「さて、ここから先はサクヤの仕事だ。俺もフレッドも車の運転と鍵開けはできるんだが、生憎ロンドンには詳しくないんだなこれが」

 

 助手席のほうからジョージの声が聞こえてくる。

 なるほど、私に道案内をしろってことか。

 

「で、ハリーの家の住所は?」

 

「確かプリベット通り四番地だ」

 

「プリベット……って、随分通り過ぎてるわよ?」

 

「マジか。どっちの方向だ?」

 

 私は透けている車越しにロンドンの町を見回す。

 

「バッキンガム宮殿があそこで、ビックベンがあそこだから……もっと東ね」

 

「どっちが東だ?」

 

「あっち」

 

「あっちってどっち?」

 

 私は東を指差すが、そもそも指差した指自体が透明になっている。

 これでは道案内も難しいだろう。

 

「一度雲の上に戻った方がいいわ。まだ距離があるし」

 

「了解、お嬢様」

 

 フレッドの声が聞こえると同時に車はまた雲の上に戻る。

 それと同時に透明になっていた私の体に色がついた。

 

「じゃあ改めて」

 

 私は東の方向を指差す。

 フレッドはそれを確認すると、ハンドルをぐるりと回した。




設定や用語解説

未成年による魔法の不正使用
 ホグワーツ生は学校の外で魔法を使うことが禁止されている

V8四百馬力エンジン
 V型八気筒で四百馬力の出力があるエンジン。フォード・アングリアに積んでいいエンジンではないのは確か

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軟禁と屋敷しもべ妖精と私

 ロンドンから引き返した私たちは二十分もしないうちにプリベット通りにたどり着くことができた。

 

「よし、このまま空から家に近づいて──」

 

「待ちなさい。流石にそれは拙いわ。車は路上に止めていった方がいい」

 

「それもそうか」

 

 フレッドは道路の端に車を着地させると、周囲に誰もいないことを確認して車の透明化を解除する。

 私はなるべく音を立てないように慎重に扉を開け、車の外に出た。

 

「よし、じゃあ行くぞ」

 

 私たちはジョージを先頭にしてポツポツと電灯が灯っているプリベット通りを歩く。

 もう日付が変わって数時間経っている。

 深夜に生きる現代の人間でも、流石に寝静まっている時間だ。

 

「ハリーの家はどれだ?」

 

 フレッドが近くの家の庭を覗き込みながら言う。

 

「ダーズリー、ダーズリー……ここね」

 

 私は順番に表札を確認し、ダーズリーの文字を見つける。

 ダーズリー家の庭の芝は綺麗に切り揃えられており、玄関回りもかなり気を使われて清掃がなされていた。

 

「綺麗好き……にしてはあまりにも清掃が行き届いているわね。大事なお客さんでも来たのかしら?」

 

 私が庭を観察している間に、フレッドが玄関の扉に張り付く。

 五分もしない間に玄関の扉は微かに軋みながら開いた。

 

「お見事」

 

「ハリーの部屋はどこだ?」

 

 フレッド、ジョージ、ロンの三人は足音を殺しながら家の中へと入っていく。

 私は音を立てないように丁寧に玄関の扉を閉めると、誰も見ていないことを確認して時間を止めた。

 

「さてと」

 

 私は止まっているロンたちの横を通り抜け、手当たり次第に扉を調べる。

 しばらく家の中を捜索しているうちに、ダーズリー夫妻が就寝している寝室を見つけた。

 

「おはようございま……す」

 

 私は小さな声で呟きながら二人に近づく。

 もっとも、時間が止まっているのでどんな騒音を立てたとしても二人が目を覚ますことはないのだが。

 私は杖を取り出すと、右手で太った男性に触れる。

 そして失神呪文を男性に掛けた。

 

「うっ!」

 

 男性は低い唸り声をあげると、そのまま失神する。

 私は男性から手を放し、今度は女性に触れ、失神呪文を掛けた。

 女性もビクンと大きく体を震わせ失神する。

 これでたとえこの家の中で花火が爆発したとしても、この二人が目を覚ますことはないだろう。

 私は寝室から出ると、ドアノブに付いたであろう私の指紋を拭った。

 流石にこの二人が警察に通報するとは思えないが、万が一ってこともある。

 用心に越したことはない。

 

「あとは息子のダドリーだけど……」

 

 私は家の中を探索し、ダドリーの部屋を探し出す。

 そして両親と同じように失神呪文を掛けた。

 

「これでよし」

 

 私はダドリーの部屋から出ると、玄関口に戻る。

 そして元居た位置で元の体勢を取り直すと、時間停止を解除した。

 

「確か、ハリーの部屋は二階のはず」

 

 私は囁き声で三人にそう伝える。

 私たちはそのまま足音を殺しながら階段を上った。

 二階に上がった私たちは、特に苦労することもなくハリーの部屋を見つけることができた。

 というよりかは、ハリーの部屋がどこか探すまでもない。

 二階にある扉の一つだけに、明らかに外付けされたであろう鍵が取り付けられていた。

 

「うわぁ……あんなにあからさまに軟禁されているとは」

 

 ここまでくれば明らかに虐待だ。

 然るべきところに通報したら、かなりの問題になるだろう。

 

「ハリー、ハリー! 僕だよ!」

 

 ロンは扉に付けられた小さな窓から小声でハリーを呼ぶ。

 

「ロン? どうしてここに?」

 

 扉の向こうのハリーはこんな時間にも関わらず起きていたようだった。

 

「なんで手紙を返さないのさ? 山のように送ったのに」

 

「手紙なんて届いてないよ。それに、見ての通りさ」

 

 ロンは扉に付けられた大きな南京錠を弄る。

 

「フレッド、何とかなる?」

 

「任せとけ」

 

 ロンと入れ替わるようにフレッドが扉の前に行き、南京錠にヘアピンを差し込む。

 そしてものの数分で南京錠を開錠した。

 

「器用なものね」

 

「ほんとだよ」

 

 扉の向こうでハリーも呆れたような声を出す。

 私たちは扉を開いてハリーの部屋の中に入った。

 ハリーの部屋の窓には鉄格子が嵌められており、さながら簡易的な牢屋のようになっている。

 ハリー自体も少しやつれているように見えた。

 

「おいハリー、荷物はどこだ?」

 

 フレッドは部屋の中をぐるりと見回す。

 

「階段下の倉庫だよ。でも鍵が掛かってる。それよりどうやってここに?」

 

「そういう話はあとだ。ロンとサクヤはここでハリーの荷造りを手伝って、準備ができたら下に下りてきてくれ。俺とジョージは倉庫の鍵を開けて荷物を庭に出しておくよ」

 

 フレッドとジョージは言うが早いか足音を立てずに部屋を出ていった。

 彼らにとってこれぐらいの冒険は朝飯前なのだろう。

 私たちは部屋中に散らばっているハリーの荷物を片っ端から鞄の中に放り込む。

 荷物を詰め終わり、ハリーに鳥かごを抱えさせるともう一度部屋を見回して忘れ物がないかを確認した。

 

「よし。こんな家ともおさらばだ。行こうハリー」

 

 ロンはハリーの荷物を持つと、足音を殺しながら階段を下りていく。

 

「気を付けて。一番下の階段だけ軋むから」

 

 ハリーの忠告通り、確かに一番下の階段だけ体重を乗せるとギシリと軋んだ。

 まあこの音を聞いて起きる可能性のある人間は、もうすでに失神しているが。

 覚醒呪文を掛けないかぎり、朝まで意識が戻ることはないだろう。

 

「あ、ちょっと待って。置き手紙しとかなきゃ」

 

 キッチンを通り過ぎた時、ふとハリーが思い出したかのように言った。

 

「多分来年もここに戻ってくることになるだろうし。その時僕の部屋がダドリーのテレビゲーム置き場になってないようにしないと」

 

 ハリーは電話の横に置いてあった紙とペンを手に取ると、「友人が迎えにきたので学校が始まるまでお世話になろうと思います。また来年お会いしましょう」と走り書き、リビングのテーブルの上に置いた。

 

「これでいい。連中も僕がいなくなって清々するに違いない」

 

 ハリーは笑顔でそう言った。

 私たちが玄関から外に出ると、ちょうどジョージが箒を庭に運んでいるところだった。

 

「準備できたか? フレッドが家の前に車を回しているところだ。積み込むのを手伝ってくれ」

 

 私たちは黙って頷くと、フレッドが運転してきた車のトランクに荷物を積み込んでいく。

 私はロンが最後の荷物を積み込んだのを確認すると、囁き声で言った。

 

「ちょっと待ってて。証拠を消してくるわ」

 

 私は家の中に戻り、時間を止める。

 そしてハリーの部屋まで戻ると、丁寧に指紋と足跡を消していった。

 どうも止まった時間の中では魔法の痕跡というものは残らないらしい。

 つまり時間を止めてさえいれば、学校の外で魔法が使いたい放題ということだ。

 私は清めの呪文を使いながら少しずつ後退し、最終的に玄関の痕跡を消す。

 これで警察が調べに入ったところで私たちの指紋や足跡は出てこないはすだ。

 私は時間停止を解除すると、ハンカチ越しにドアノブを捻って外に出る。

 そして小走りで路上に停まっている車に潜り込んだ。

 

「出していいわよ」

 

「よしきた!」

 

 フレッドは銀色のボタンを押し車を透明にすると一気に空高く車を上昇させる。

 車は見る見るうちに天へと昇っていき、そのまま雲を突き抜けてその上に出た。

 

「よし、ここまでくれば一安心だ。それでハリー、一体何があったんだ?」

 

 ジョージが助手席からハリーのいる後部座席を覗き込む。

 

「その前にヘドウィグを放してやっていい? ずっと鳥籠から出れてなくてストレスが溜まってるんだ」

 

 私はフレッドからヘアピンを借りると、鳥籠に付けられている鍵を開ける。

 ハリーは鳥籠を開け、ヘドウィグを窓の外へと放した。

 

「じゃあ改めてお聞かせ願おうかしら。何があったの? それに部屋のあの様子、明らかに普通じゃないわ」

 

「だろうね。一歩間違えば監禁だ」

 

「いや間違いなくあれは監禁よ。まさかキングズ・クロスから帰ってからずっとあそこに閉じ込められてたの?」

 

「いや、まさか。そこまで連中は狂ってないよ」

 

 ハリー曰く、夏休みが始まって数週間ほどはそれなりに文化的な生活が送れていたらしい。

 

「ことが起こったのは七月三十一日、僕の誕生日だよ。その日はバーノンおじさんの取引先の人が来ることになってたんだ。バーノンおじさんは大きな注文を取るために二週間も前から接待の準備をしてた」

 

「そこでどえらいことやらかしちまったってわけか?」

 

「うん、まあそうなるのかな」

 

 フレッドの問いにハリーは曖昧な返事を返した。

 

「当日僕は二階の自分の部屋でいないフリをするっていう算段になってたんだ。バーノンおじさんからも物音一つ立てるなって口すっぱく言われてた。だからその日の夜は夕食を取ってすぐ自分の部屋に上がったんだ。そしたら、何故か僕の部屋に屋敷しもべ妖精がいて──」

 

「屋敷しもべ妖精?」

 

 私がハリーに聞き返すと、ロンが私の疑問に答えてくれた。

 

「豪邸とか由緒正しい魔法使いの家には屋敷しもべ妖精が住み着くんだ。主人の言うことには絶対に服従する魔法生物だよ。でも、屋敷しもべ妖精がマグルの家に住み着くなんて話は聞いたことないな」

 

「うん。ドビーは他にご主人様がいるって言ってた」

 

「ドビー……っていうのがその屋敷しもべ妖精の名前ね。で、そのドビーさんはどうしてハリーの部屋に?」

 

「それが、僕もよくわからないんだ。でもドビーは僕にホグワーツに戻ってほしくないみたい。みんなからの手紙をこっそり隠してたのもドビーらしいんだよ」

 

 なるほど、これで手紙の謎は解けた。

 ハリーとは違う者が手紙を回収していたのだったら、フクロウが手ぶらで帰ってきたのにも納得がいく。

 

「どうしてその屋敷しもべ妖精はハリーをホグワーツに戻らせたくないんだろう? 主人にそう命令されたとか?」

 

 ロンがハリーに聞くが、ハリーは首を横に振った。

 

「いや、ドビーが言うには僕のためだって言うんだ。ホグワーツは今年すっごく危険な罠が仕掛けられるから、ホグワーツに戻らないほうがいいって」

 

「危険な罠……ね。もしそれが本当だとして、どうしてドビーはそれを知っているのかしら」

 

「わからない。詳しいことを聞く前に消えちゃったから。でも、例のあの人とは違うらしい」

 

 ますます意味がわからない。

 ドビーは一体何を知っていて、どうしてハリーにそれを伝えにきたのだろうか。

 

「でも手紙はドビーがくすねてたにしても、どうして閉じ込められてたんだ? それまでは普通に生活できてたんだろ?」

 

 ロンが不思議そうにハリーに聞く。

 

「手紙を取り返そうとしたらドビーが部屋を飛び出していって……客人に出すデザートの大皿を魔法で浮かしてひっくり返したんだ。おじさんもおばさんもカンカンだよ。そしたらキッチンに魔法省からフクロウが飛んできて……」

 

「魔法を使うなと忠告の手紙を受け取ったってわけね」

 

「うん。僕が魔法を使っちゃいけないって知った瞬間、連中は嬉々として僕を閉じ込めたよ」

 

「なんというか、散々な夏休みだな」

 

「ああ、うちのママもそこまではしないな。せいぜい黒焦げの鍋を顔が映り込むぐらいピカピカに磨かせるとかその程度だぜ?」

 

 アレはマジしんどかったけどな、とジョージは冗談めかして言った。

 

「そこから先は君たちも知っての通りさ。惨めな思いでベッドで寝ていたら、救世主様のご登場だ。助けにくるのがあと数日遅かったら多分部屋の中で餓死してたと思う」

 

「冗談に聞こえないよ」

 

 ロンはハリーを見ながら苦笑いを浮かべた。

 

 その後一時間ほど雲の上を飛び、明け方に私たちは隠れ穴に戻ってきた。

 フレッドは車を慎重に車庫の前に着地させると、すぐさまエンジンを切って音を立てないように車から降りる。

 私も車から降り、荷物を取り出すために車の後ろに回った。

 

「いいか? 静かに二階に上がるんだ。それでお袋が朝ですよと呼びにくるのをベッドの中で待つ。そしたらロン、お前は飛び跳ねながら下に降りてこう言うんだ。『ママ! 夜の間に誰が来たと思う?』ってな。そうすりゃお袋はハリーを見て大喜びで、俺たちが車を飛ばしたなんて誰も知らずにすむ」

 

 だとしたら荷物はまだトランクの中に置きっぱなしの方がいいか。

 私は静かにトランクを閉じる。

 その瞬間隠れ穴の方から扉を開ける音が聞こえ、私は恐る恐る玄関口を見た。

 

「あ」

 

 玄関口の方から凄い形相のモリーがこちらに向かって歩いてきている。

 他のみんなもモリーに気がついたらしく、皆玄関口を見て固まっていた。

 

「こりゃダメだな」

 

 フレッドが諦めたような笑みを浮かべる。

 

「挑戦してみる価値はあるんじゃないかしら?」

 

「じゃあお手並み拝見だな」

 

 私はすまし顔を作ると真っ直ぐ玄関口に向けて歩き出す。

 そしてこちらに迫るモリーに向けて微笑みながら挨拶した。

 

「おはようございます、モリーさん。先に台所で朝食の準備をしておきますね」

 

「はいおはようサクヤ。眠たかったら寝ててもいいのよ?」

 

 モリーはにこやかな笑みで私にそう返してくれる。

 

「お気遣いありがとうございます。ですが大丈夫です」

 

 私はそのままモリーの横を通り過ぎ、玄関から家の中に入った。

 

「……セーフ。他のみんなはどうなったかしら?」

 

 私は台所に移動し、そこにある窓から庭を覗く。

 どうやらジョージが私の後に続いて突破を試みたようだったが、あえなくモリーに捕まっていた。

 

「お袋酷いぜ! サクヤはスルーだったじゃないか!」

 

「どうせ貴方たちが無理矢理連れて行ったんでしょう! 夜中にベッドを抜け出すだけならまだしも、車に乗って飛んでいくなんて……心配で心配で気が狂いそうだったわ!! お父様が帰ってきたら覚悟しなさい!」

 

 凄い剣幕で叱られてハリー含め四人とも身を縮こまらせている。

 あの様子では説教が終わるにはまだ相当に時間がかかりそうだった。

 

「取り敢えずスープの用意だけでもしちゃいますか」

 

 私は壁に掛けられている鍋をかまどの上に置くと、水を張って火に掛ける。

 取り敢えず簡単にトマトスープでいいだろう。

 私は外の会話に耳を傾けながら朝食のスープを作り始めた。




設定や用語解説

時間停止中の魔法の行使
 止まった時間の中では魔法の痕跡は残らない。また、各種妨害魔法も意味を成さなくなるためホグワーツの中に姿現しをしたり、ホグワーツ内でマグルの機械を使うことができる。

ハリー脱走
 原作よりも穏便に見えるが、やってることは相当物騒

ドビー
 ○フォイ家の屋敷しもべ妖精。

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庭小人と教科書のリストと私

君らいつになったらホグワーツに到着するの? って感じですが、ホグワーツに着くまでにもう少し掛かります。というか秘密の部屋編も長くなりそうだなぁ……


 トマトスープが出来上がる頃にはハリーたち四人は台所の方に入ってきた。

 ロンは不満げな表情で私を見てくるが、私が肩を竦めると諦めたように椅子に座る。

 

「お前たちときたら一体何を考えているやら……」

 

 私が配膳を進めていると、四人の後ろからまだブツブツと文句を言っているモリーさんが顔を出す。

 

「あらサクヤ、準備ありがとう。助かるわ。ハリーもゆっくりしていって。別に貴方のことは責めていませんからね」

 

 モリーはハリーに対してニコリと微笑むと、フライパンを火にかけ温め始める。

 そしてソーセージに火を通すと、ハリーの皿の上にソーセージを山盛りにした。

 

「それにしても不法な車で飛んでいくだなんて……」

 

「でもママ! 曇り空だったよ!」

 

「お黙りフレッド! そういうことを言ってるんじゃありません!」

 

「でも連中、ハリーを餓死させるところだったんだぜ?」

 

 フレッドとジョージが口々に抗議するが、モリーは聞く耳を持たない。

 どうも他人に甘く身内に厳しい性格のようだ。

 私はスープを皿に盛ると、机の上に並べる。

 そして自分も席につき、パンにバターを塗って食べ始めた。

 

 

 

 

 

 

 ソーセージにスープ、そしてパンをお腹に詰めおわったところで、ロンが大きな欠伸をする。

 まあ、昨日の朝からずっと起きていたのだ。

 眠たくないわけがなかった。

 

「なんにしても疲れたぜ」

 

 フレッドがフォークとナイフを置いて呟く。

 

「腹も膨れたことだし、そろそろベッドに──」

 

「行きませんよ」

 

 モリーがフレッドの言葉を遮った。

 

「夜中起きてたのは自分が悪いんです。庭小人の駆除をしてちょうだい。また手に負えないぐらい増えてるの」

 

「そんな!」

 

 フレッドは悲痛な叫び声を上げた。

 

「勿論、お前たちもです」

 

 そう言ってモリーはジョージとロンを睨む。

 だがハリーの方を向く頃には笑顔になっていた。

 

「ハリー、貴方は上に行ってお休みなさいな。あのしょうもない車で迎えにきて欲しいって、貴方が言ったわけじゃないもの」

 

「あの、いえ。僕も手伝います。庭小人の駆除って見たことありませんし」

 

 ハリーは私の方をチラリと見ながら慌てて言った。

 まあ私も眠たいことは確かだが、眠たければ時間を止めて眠ればいい。

 庭小人の駆除ぐらい付き合おうではないか。

 

「そう、優しい子ね。でも、そんなに面白いものでもないのよ?」

 

 モリーは暖炉の上に積まれている本の山から一冊の分厚い本を引っ張り出す。

 背表紙には『ギルデロイ・ロックハートのガイドブック~一般家庭の害虫~』と書かれていた。

 

「さて、ロックハートはどんなことを書いていたかしら」

 

 モリーは鼻歌交じりに本を捲り始める。

 表紙にはブロンドで青い瞳のハンサムな魔法使いの写真が載っており、こちらに向かってウインクを投げ続けていた。

 

「ほんと、彼って素晴らしいわ。家庭の害虫についてもほんとによくご存じ。この本、とってもいい本だわ」

 

 モリーは表紙の魔法使いを見てうっとりしている。

 そんな様子を見て、ロンがため息をつきながらハリーに囁いた。

 

「ママったら奴にお熱なんだ。というよりかは、魔法界にロックハートのファンは多いよ。特に魔女から大人気」

 

「ふうん、そうなのね」

 

 私は本の表紙でウインクを続けている魔法使いをじっと見る。

 確かに顔立ちはかなりいい。

 それに家庭の害虫という狭い分野で分厚い本が一冊掛けるということは、頭もいいんだろう。

 

「僕らを馬鹿にしすぎじゃないか? 庭小人の駆除ならしょっちゅうやってるから流石にやり方を忘れたってことはないよ」

 

 ジョージが不満げにモリーに言う。

 

「あら、貴方たちがロックハートよりよく知っているというのなら、お手並み拝見といきましょうか。私があとで点検に行ったとき、庭小人が一匹でも残っていたら後悔することになりますよ?」

 

「あー、はいはい。行こうぜ。さっさと終わらせてベッドに潜ろう」

 

 フレッドを先頭にして私たちは隠れ穴の庭に出る。

 ハリーは物珍しそうに庭のあちこちをキョロキョロと見ていた。

 

「そういえば、マグルの庭にも飾り用の小人が置いてあるよ」

 

「ああ、あのマグルが庭小人だと思ってるやつだろ? 僕も見たことはある。あの小さいサンタクロースに釣り竿持たせたやつ」

 

 ハリーがロンに言うと、ロンは茂みの中に手を突っ込みながら答えた。

 その瞬間、ロンが茂みの中から何かを引っ張り上げる。

 ロンの手には五十センチぐらいの小人が握られていた。

 小人は全体的に汚らしく、頭もジャガイモのように凸凹している。

 

「これが庭小人さ。不細工だろ?」

 

 ロンは庭小人に蹴られないように庭小人の足首を掴みなおす。

 そして頭の上でカウボーイの投げ輪のように庭小人をグルグル回し、最終的に垣根の向こうへと投げ捨てた。

 

「動物虐待……」

 

「いや、違うんだ。こうしないといけないんだよ。しっかり目を回させて巣穴への道をわからなくさせるんだよ」

 

 私がぼそりと呟くと、ロンが慌てて弁明した。

 

「ああ、その通りだ。だが、全体的に飛距離が足りないな。俺ならあの切り株まで飛ばせるぜ」

 

 フレッドは庭小人を思いっきり振り回すと、勢いをつけて投げる。

 庭小人は放物線を描いて飛んでいくと、切り株を少し越えてどしゃりと落ちた。

 私もそれに倣って庭小人を捕まえると、グルグルと振り回し垣根の向こうに放り投げる。

 私が投げた庭小人は綺麗な放物線を描き、切り株に頭からぶつかった。

 

「あ」

 

 頭をぶつけた庭小人はフラフラと立ち上がると、頭を押さえて数歩歩き、バタリと倒れる。

 

「あー、死んだか?」

 

「あの庭小人に違う庭小人をぶつけたらわかるんじゃないか?」

 

 ジョージは倒れている庭小人に狙いをつけて、庭小人を投げる。

 だがジョージが投げた庭小人は倒れている庭小人より随分と手前に落ちた。

 

「まあ、当たらないよな」

 

 ジョージが後頭部を掻きながら言う。

 私はもう一人庭小人を捕まえると、何度か回した後倒れている庭小人を狙って放り投げた。

 私が投げた庭小人は放物線を描いて山なりに飛んでいくと、倒れている庭小人に頭からぶつかる。

 すると倒れていた庭小人が起き上がり、飛んできた庭小人に文句を言い始めた。

 

「すげぇコントロールだな。狙ってやったのか?」

 

 フレッドが庭小人を追い立てながら私に聞く。

 私は試しにもう一度先程の切り株を狙って庭小人を投げた。

 私が投げた庭小人はまたもや吸い込まれるように切り株に向かって飛んでいき、頭から切り株にぶつかる。

 自分でも気が付いていなかったが、どうやら私には庭小人投げの才能があるようだ。

 私はその後も試すように庭小人を投げる。

 私が投げた庭小人は誰もが私が狙った位置に一インチの誤差もなく落下した。

 

「こんなところで私の隠れた才能を発掘してしまうなんて……」

 

 結局庭小人の駆除は一時間ほどで終了した。

 目を回した庭小人たちは列を成して草むらの中に消えていく。

 

「どうせまた戻ってくるんだけどな」

 

 ロンが庭小人を眺めながら言った。

 

「連中はここが気に入っているらしい。というより、パパが連中に甘いんだ。面白いやつらだと思っているらしくて……」

 

 丁度その瞬間、台所の方から緑色の光が見える。

 

「と、噂をすればだ。親父が帰ってきたようだぜ」

 

 私たちは庭を横切り家の中へと入る。

 アーサーは台所の椅子に座り込み、ぐったりと目を瞑っていた。

 どうやら夜通し仕事をしていたようである。

 

「まったく、酷い夜だったよ」

 

 私がアーサーにお茶を入れると、アーサーは軽く会釈してティーカップを持つ。

 そしてゆっくり一口飲むと、大きなため息を一つついた。

 

「一晩だけで九件も抜き打ち調査だ。フレッチャーのやつなんか私が後ろを向いた隙に呪いをかけようとしてくるし……」

 

「何か面白いものは見つかった?」

 

 フレッドが食い気味にアーサーに問う。

 

「いや、私が押収したのは縮む鍵が数個と、嚙みつくヤカンだけだ。まったくもってどうしようもない物を作るも──」

 

「ええ、貴方の作った車とかもそうですね」

 

 急に台所の奥からモリーが顔を出す。

 アーサーはモリーのいきなりの登場に慌てて姿勢を正した。

 

「モリー、いや、あの……くるまとは?」

 

「ええアーサー、貴方が自分の奥さんには仕組みを調べるために分解するとか何とか言って、実は呪文を掛けて飛べるようにしたあの車です」

 

 アーサーは何故モリーの機嫌が悪いのかわからず目をパチクリとさせている。

 

「モリー、あれ自体は何の法にも触れていない……えっと、その……たとえ空飛ぶ車を持っていたとしても、飛ばすつもりがなければだね──」

 

「ええ、ええ、ご存じですよ。何せ自分の夫が作った法律ですもの。自分の趣味のためにしっかり法に抜け穴を作ったことも! 申し上げますが、ハリーが今朝到着しました。貴方が今さっき飛ばすつもりがないと言った車でね!」

 

「ハリー? どのハリーだね?」

 

 アーサーは机の周りに群がる私たちをぐるりと見まわし、ハリーの姿を発見し飛び上がった。

 

「なんと! ハリー・ポッター君かい? いやはや、よく来てくれた。ロンがいつも君の話を──」

 

「その息子たちが昨晩ハリーの家まで車を飛ばして、また戻ってきたんです!」

 

 モリーの怒声が台所に響き渡る。

 だが、アーサーはわかりやすく目を輝かせた。

 

「や、やったのか? 上手くいったか? あ、いや……」

 

 アーサーはモリーの鬼のような視線に気が付き、口ごもる。

 

「そ、それはお前たち……いかん。そりゃ絶対いかん」

 

 これは長くなりそうだ。

 なんにしても大の大人が説教されているのを見るのは忍びない。

 それにそろそろ眠気も限界だ。

 私は大きく伸びをすると、ジニーの部屋に上がった。

 

「今日の朝うちに来たのって、もしかしてハリー・ポッター?」

 

 部屋に入った途端ジニーが私に詰め寄ってくる。

 ここ数日でジニーは随分私の存在に慣れたらしく、実の姉のように話しかけてくれるようになっていた。

 

「ええ、そうよ」

 

「どうして私も連れてってくれなかったの?」

 

 ジニーは膨れっ面で私に文句を言う。

 私はベッドに潜り込みながらジニーに言った。

 

「だって貴方夜の九時には寝ちゃうじゃない」

 

「言ってくれたら起きてたもん!」

 

「わかった。それじゃあ次の機会があったら貴方も連れて行くから」

 

 私は大きな欠伸とともに毛布を頭の上まで引っ張り上げる。

 ジニーは納得していなさそうだったが、睡魔には勝てない。

 私はそのまま夢の世界へと落ちていった。

 

 

 

 

 

 ハリーをマグルの家から救出してから一週間が経過しただろうか。

 私がトーストにバターとマーマイトを塗っていると窓際にフクロウが降り立った。

 足にはそこそこの厚さのある手紙の束を持っている。

 

「モリーさん、お手紙です」

 

 私は窓を開けてフクロウにベーコンのカケラを与えながら手紙の束を受け取る。

 

「どなた宛のお手紙?」

 

 私はモリーに手紙の束を手渡す。

 モリーはお玉を鍋の上に引っ掛けると、手紙をまとめている紐を解いた。

 

「あら、ホグワーツからの手紙だわ。それにハリーとサクヤの分もある。はい、貴方宛よ。こっちはハリーね」

 

 モリーは順番に便箋を配っていく。

 私はモリーから便箋を受け取ると、封蝋を破り中から手紙を取り出した。

 

「通学と新しい教科書の案内みたいですけど……基本呪文集以外は全部ロックハートの本みたいですよ」

 

 私はまたモリーに手紙を渡す。

 モリーは用意すべき教科書リストを見て、まあ素敵と飛び上がった。

 

「でも、この一式は安くないぞ」

 

 ジョージがリストを見ながら言った。

 

「ロックハートの本は高いんだ。全員分となると……」

 

「まあ、なんとかなるわ。ジニーのはお古で済ませられると思うし」

 

 まあ、これだけ子供がいれば余っている教科書もあるだろう。

 私は教科書のリストを眺めながらトーストをかじる。

 その時、この家にいる中では一番上の兄のパーシーが台所に下りてきた。

 

「みなさんおはよう。いい天気ですね」

 

 パーシーは一つだけ空いていた椅子に座ろうとするが、画鋲でも踏みつけたかのように立ち上がる。

 そして尻の下からよれよれのフクロウを持ち上げた。

 

「エロール!」

 

 ロンがパーシーから今にも死にそうなフクロウを受け取り、翼の下から手紙を取り出した。

 

「やっと来たよ。ハーマイオニーからだ。ハリーを迎えに行く前にハーマイオニーに手紙を出してたんだよ」

 

 ロンは私に手紙を手渡すと、エロールを勝手口近くにある止まり木まで運んでいく。

 エロールは最後の力を振り絞って止まり木に掴まったが、数秒もしないうちに地面にポトリと落ちた。

 

「悲劇的だよな」

 

 ロンはエロールを拾い上げ、台所にある食器の水切り棚の上に載せた。

 私はそれを横目で見ながら手紙に目を通す。

 

『お元気ですか。上手く行って、ハリーが無事だったことを願っています。ハリーが無事ならすぐに知らせてね。でも、別のフクロウを使った方がいいかもしれません。もう一度配達させたら、あなたのフクロウはもうおしまいになってしまうかもしれないもの。あとそれと。私たち水曜日は新しい教科書をロンドンに買いに行きます。ダイアゴン横丁でお会いしませんか? 近況をなるべく早く教えてね。ハーマイオニーより』

 

「どうもハーマイオニーは水曜日に家族と一緒にダイアゴン横丁に行くみたい。ご一緒しませんかだって」

 

 私は戻ってきたロンに手紙を渡す。

 ロンは手紙を読んで苦笑いをすると、手紙をハリーに渡した。

 

「それなら、返信はヘドウィグに頼もう。それと水曜日だけど……」

 

 ハリーは今度はモリーに手紙を手渡す。

 モリーは手紙を読むと、皆に向けて言った。

 

「ちょうどいいわね。買い出しは水曜日にしましょうか。ハリー、そう伝えてもらえるかしら」

 

「あ、はい。わかりました」

 

 ハリーは羊皮紙を取りに階段を上がっていく。

 私は今にも死にそうなエロールに水を飲ませるために、椅子から立ち上がった。




設定や用語解説

庭小人(ノーム)
 ジャガイモのような大きな頭に三十センチほどの身長の小人。危険な魔法動物ではないが、鋭い牙を持っているため噛まれたら痛い

サクヤの投擲
 投げて届く範囲なら、ほぼ誤差なく物を投げることができる。サクヤは自覚していないが、時間を操る能力を無意識に使って空間把握能力を上げている

マーマイト
 ビールの酒粕を主原料としたジャムのような何か

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煙突飛行と占い師と私

二人が出会ったのは果たして偶然だったのだろうか


 水曜日の朝、私はみんなより少し早く起き、自分の荷物をまとめ始める。

 ヨレヨレのTシャツや靴下をトランクに詰め込んだ後、ジニーの部屋を軽く見回して忘れ物がないかを確かめた。

 

「まあ、忘れ物があったとしてもロンに持ってきてもらえばいいか」

 

 私はトランク片手に階段を下りて台所の方に向かう。

 台所ではモリーがベーコンのサンドイッチを山のように皿に盛り付けていた。

 

「あら、おはようサクヤ」

 

「おはようございます、モリーさん。何か手伝いましょうか?」

 

「そうね……じゃあみんなを起こしてきて頂戴。ジニーの学用品も買わないといけないし、早く出るに越したことはないわ」

 

「わかりました」

 

 私はトランクを暖炉の横に置くと、先程下りてきた階段をもう一度上り順番に部屋を回って皆を起こしていく。

 そして最後にジニーを起こし、寝ぼけているジニーの手を引いて台所に下りた。

 

「ありがとうサクヤ。貴方も早くサンドイッチ食べちゃって」

 

 私は空いている椅子にジニーを座らせると、その隣に座りサンドイッチを手に取る。

 向かい側ではアーサーが火傷しないよう慎重な手つきで紅茶を飲んでいた。

 

「あちっ……そういえば、サクヤは今日帰るんだったか。荷物はもうまとめたかい?」

 

 アーサーが紅茶を啜りながら私に聞いてくる。

 そう、私は今日ロンドンにある孤児院に帰ることになっていた。

 今日帰る理由は単純で、ただ単に今から向かうダイアゴン横丁が私の暮らす孤児院と近いからだ。

 今日そのまま歩いて帰れば、孤児院まで送って貰う必要もない。

 

「はい、起きてすぐに。それに、忘れ物があってもロンが届けてくれると思いますし。そうよね?」

 

「え? ああ、うん。勿論。それっぽいものがあったら一緒にトランクに詰めて持ってくよ」

 

 ロンは口いっぱいにサンドイッチを頬張りながら答えた。

 

 朝食を取り終わるとみんなローブを着込んで暖炉の前に集合する。

 モリーは暖炉の上に置かれた植木鉢の中を覗き込んだ。

 

「アーサー、だいぶ少なくなってるわ。今日買い足さなくちゃ」

 

 モリーは小さくため息をつくと、ハリーの方に鉢を差し出す。

 

「さーて、お客様からどうぞ! ハリー、お先にいいわよ」

 

 ハリーは鉢と暖炉を交互に見て困惑したような顔をする。

 

「な、え……どうすればいいの?」

 

「あ、そうか。ハリーは煙突飛行は初めてだっけ。ごめん、伝え忘れてたよ」

 

 ロンが思い出したかのように頭を掻いた。

 

「ほう。じゃあ去年はどうやってダイアゴン横丁に学用品を買いにいったのかね?」

 

「地下鉄に乗りました」

 

 アーサーの問いにハリーは簡潔に答える。

 

「ほう? 地下鉄というとあれだろう? エスカペーターとかなんとかいうのがあるんだろう? ハリー、あれはどんな──」

 

「アーサー、後にして頂戴。ハリー、安心していいわ。煙突飛行ってそれよりずっと速いのよ。だけど、一度も使ったことがないとなると……」

 

 モリーは鉢を持ったまま自分の子供たちを見回す。

 その様子を見て、フレッドが鉢の中に手を突っ込んだ。

 

「ハリー、よく見てろよ」

 

 フレッドは鉢の中からキラキラ光る煙突飛行粉を掴み取ると、暖炉の中に粉を振りかける。

 すると暖炉の中で燃えていた炎は鮮やかな緑色に変わり、一気に燃え上がった。

 フレッドは意気揚々と暖炉の中に入り、大きな声で叫ぶ。

 

「ダイアゴン横丁!」

 

 その瞬間、フレッドの姿が暖炉から消えた。

 なるほど、煙突飛行で暖炉から人が出てくるところは見たことがあるが、出発側を見るのは初めてだ。

 

「ハリー、はっきり発音しないと駄目よ」

 

 今度はジョージが鉢に手を突っ込んで煙突飛行粉を手に取る。

 そして慣れた様子で煙突飛行をしていった。

 

「まあ母さん、ハリーは大丈夫だ。だろう? ハリー」

 

「もう、そんなこと言ってハリーが迷子にでもなったらどうするんです? ハリーのおじ様おば様になんて申し開きすれば──」

 

「大丈夫です。多分僕が迷子になっても、最高に笑える話だとしか思わないと思いますから。心配しないでください」

 

 ハリーが最高に笑えないジョークを言う。

 まあ、ハリーはジョークを言っているつもりはないだろうが。

 

「そう、それなら……アーサーの次に行きましょうか。まず、この粉を暖炉に振りかける。そして、どこに行くかはっきり言うの」

 

「肘は引っ込めておけよ」

 

「それに目は閉じたほうがいいわ」

 

「あんまりもぞもぞ動くなよ? へんな暖炉に落ちるかもしれないから」

 

「慌てないでね。フレッドとジョージの姿が見えるまでじっとしてるのよ?」

 

 ロンとモリーが口々に言う。

 ハリーは何度か頷くと、鉢から粉をつまみ暖炉に振りかけ、緑色に変わった炎の上に立った。

 ハリーは目を瞑り深呼吸をしようとして、とたんにむせ返る。

 

「だ、ダイア、ご……横丁!」

 

 ハリーがむせながらそう叫んだ瞬間、ハリーの姿がスッといなくなった。

 私たちはしまったという表情で顔を見合わせる。

 

「大丈夫かしら。ちゃんとたどり着いているといいけど」

 

「取り敢えず向こうに行ってみるしかないですね。私も行きます」

 

 私は鉢の中から煙突飛行粉を取り出し、暖炉に振りかける。

 そしてトランク片手に緑色に変わった炎の中にゆっくりと入った。

 緑色の炎は私の肌を撫でるが、不思議と熱さは感じない。

 まるでドライヤーから出る風のような温かさだ。

 私は小さく息を吸い、大きな声で叫ぼうとした。

 が、その瞬間、熱い灰が私の喉を焼く。

 

「だ、ゴホっ、うぇ、灰が喉に……」

 

 その瞬間、まるで掃除機で吸い込まれたような感覚が全身を襲う。

 私は状況を確認しようと周囲を見回そうとするが、緑色の炎が私の周囲を取り巻いているらしく、ろくに目を開けることもできない。

 すると次の瞬間、私は背中に強い衝撃を受けた。

 肺の中の空気が全て勢いよく口から逃げていく。

 私は呼吸困難になりながらも、ゆっくりと立ち上がった。

 どうやらここはどこかの暖炉のようだ。

 私は全身灰まみれになりながら暖炉の外へと出る。

 

「なんなのよ一体……」

 

 私は背中をさすりながら周囲を見回す。

 そこはどこかの店の中のようだった。

 店内にはいくつか棚が置かれており、その上には怪しげな魔法具や綺麗に磨かれた水晶玉が値札とともに並べられている。

 まだ開店していないのか、それともそもそも客入りが少ないのか、店の中には誰もいなかった。

 

「えっと、ここどこ?」

 

 私はローブを脱ぐと、暖炉の中で灰を叩き落とす。

 どうやら煙突飛行に失敗し、どこか別の場所に移動してきてしまったようだ。

 私は灰まみれになっているトランクを暖炉の中から引っ張り出すと、同じように灰を払い、暖炉の横に置いた。

 

「ここからもう一度煙突飛行したほうが早いかしら」

 

 私はそう思い煙突飛行粉と火をつける道具を探す。

 だが、暖炉の上に置かれた鉢は空になっており、火をつける道具も見つけることはできなかった。

 

「だとしたら、一度外に出て──」

 

「あらソフィア。貴方の怖がる泥棒さんは随分可愛らしい容姿をしているわよ?」

 

 不意に後ろから声がして、私はゆっくり後ろを振り返る。

 そこには背中から大きな蝙蝠のような羽を生やしている少女と、その少女の後ろに隠れながらへっぴり腰で杖を構えている眼鏡の魔女がいた。

 

「だって、あんな大きな音がしましたし……まだ店は開店前ですし……泥棒だって思うじゃないですか」

 

「こんな朝遅くに堂々と盗みに入る泥棒がどこにいるのよ。それに盗まれるようなものもないでしょうに。ほら、杖を仕舞いなさいな。相手さんも困惑しているわ」

 

 羽を生やした少女に諫められて眼鏡の魔女はおずおずとローブに杖を仕舞う。

 私は羽を生やした少女と、眼鏡の魔女に見覚えがあった。

 

「えっと、確か吸血鬼の占い師さんと……占い用品店の店員さん?」

 

 去年のクリスマスにこの店を覗いた時のことを思い出す。

 吸血鬼の少女は私の顔をじっと見て、首を傾げた。

 

「うーん、去年の講演会にこんなのいたかしら。貴方覚えてる?」

 

 吸血鬼の少女は眼鏡の魔女に聞く。

 眼鏡の魔女は眼鏡を両手でかけ直すと、私の顔をじっと見た。

 

「いやぁ、見たことないですけど……」

 

 そう言って眼鏡の魔女はまたローブから杖を引き抜く。

 私はそれを見て咄嗟に杖を引き抜いた。

 

「ああ、大丈夫です。綺麗にするだけですから」

 

 眼鏡の魔女はヒヒっと不器用に笑うと、私に向けて杖を振るう。

 すると私の持っていたローブ含め、私の全身に付いていた灰は綺麗さっぱり消え去った。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 私は左手で杖を握ったまま、眼鏡の魔女にお礼を言う。

 

「なるほど、貴方が……」

 

 気が付くと、いつの間にか杖を持っている左腕ががっちりと握られ固定されている。

 握っている腕を辿ると、いつの間にか私の目の前に吸血鬼の少女が移動していた。

 

「っ、なにを──」

 

「ああ、ごめんなさい。大丈夫よ」

 

 吸血鬼の少女は優しく私の手を放してくれる。

 私は二人に危害を与える気がないと判断すると、杖をローブに仕舞い直した。

 

「すみません。勝手にお邪魔する気はなかったんです。ただ煙突飛行に失敗してしまって……」

 

「ああ、煙突飛行に……」

 

 眼鏡の魔女は暖炉と私を交互に見ながら私の言葉を復唱する。

 

「ふうん。この店の暖炉ってネットワークに繋がっていたのね。毎回漏れ鍋を経由してた私が馬鹿みたいじゃない」

 

「あ、いつも漏れ鍋経由してたんですね。飛んでやってきているのだと思ってました。で、どこに行こうとしてたんです?」

 

 眼鏡の魔女は暖炉の上の鉢を覗き込みながら私に聞いてきた。

 

「えっと、ダイアゴン横丁に行こうとしていたんですけど……」

 

「よかったわね。着いたわよ」

 

 吸血鬼の少女はいたずらっぽく笑う。

 確かにこの店はダイアゴン横丁の外れに存在していたはずだ。

 

「ああ、いえ。私が行こうとしていたのは……いや、でも確かにここもダイアゴン横丁ですし……まさか、ダイアゴン横丁の店にランダムで飛ばされるとか?」

 

 私がうんうんと唸っていると、吸血鬼の少女はケタケタと笑った。

 

「貴方面白いわね。ソフィア、紅茶を準備しなさい。どうせ美鈴が迎えに来るまでまだ時間があるわ」

 

「えぇ~、さっきお茶したばかりじゃないですか。また飲むんですか?」

 

「お茶会じゃないわ。占いよ」

 

 眼鏡の魔女は成程と頷くと、暖炉に火を灯し紅茶を入れる準備を始める。

 吸血鬼の少女はがっちりと私の肩を掴むと、そのまま店内にあった椅子の上に私を座らせた。

 

「あの、多分私を探している魔法使いの家族がいると思うのであまり──」

 

「大丈夫、時間は取らせないわ。それに、私もそろそろ館に帰ろうと思っていたところだし」

 

 吸血鬼の少女は私の前に机と椅子を持ってくると、机を挟んで向かい側に腰かける。

 

「貴方は運がいいわ。きっと、煙突飛行に失敗したのも運命ね。貴方、お名前は?」

 

「……サクヤ・ホワイトです」

 

「そう。ではサクヤ。この紅茶を……ソフィア! まだなの?」

 

「そんなすぐにお湯沸きませんよ……」

 

 吸血鬼の少女はため息をつくと、手のひらに小さな炎を灯し、暖炉の方へと投擲する。

 炎はまっすぐ暖炉の中に落ちると、物凄い勢いで燃え上がり、一瞬で鍋の中の水を熱湯に変えた。

 

「これでよし」

 

吸血鬼の少女は眼鏡の魔女がボコボコと沸騰するお湯を冷まし始めるのを確認すると、私の方に向き直る。

 

「しょうがないわね。おしゃべりでもしながら時間を潰しましょうか。っと、自己紹介がまだだったわね」

 

 吸血鬼の少女はオホンと小さく咳ばらいをした。

 

「私はレミリア・スカーレット。五百年を生きる夜の支配者にして偉大な大占い師よ」

 

「大が二個入ってますよー」

 

「謙遜が過ぎたわね。夜の大支配者にして偉大な大大占い師ってところかしら」

 

 へんな人だ。

 私は率直にそう思った。

 レミリアは素で言っているのか、得意げに胸を張っている。

 その様子は私よりも小さな子供のように見えたが、五百年という言葉が正しいのなら私よりも、いやダンブルドアよりも年上のはずだ。

 

「へ、へぇ。そんな凄い人に占ってもらえるなんて光栄です」

 

「ええ、光栄に思うといいわよ」

 

「そんな大げさな……って言いたいんですが、本当に光栄なことですよ」

 

 眼鏡の魔女はティーポットを机の上に運んでくる。

 そして私の前にティーカップを置くと、紅茶をゆっくりと注いだ。

 

「私はソフィア・トレローニーと言います。この占い用品店を切り盛りしている魔女です」

 

「サクヤ・ホワイトと言います。ホグワーツの──」

 

「グリフィンドール生……合ってるかしら」

 

 私が自己紹介をしようとした瞬間、向かいに座っているレミリアが私の言葉を遮ってそう言った。

 

「……はい、グリフィンドール生です」

 

 偶然なのだろうか。

 私はレミリアの赤い瞳をじっと見る。

 レミリアも得意げな顔で私の顔を見た。

 

「では、始めましょうか。まずは目の前の紅茶をゆっくりと飲み干しなさい。漉しきれていない茶葉を飲まないように注意して、ゆっくり、ゆっくり飲むの」

 

 私は火傷しないように気を付けながら恐る恐る紅茶を飲む。

 流石にひと息で飲み干すことはできず、何度かに分けて紅茶を飲み干した。

 

「ティーカップをこちらに」

 

 私は言われたとおりにレミリアにティーカップを差し出す。

 レミリアはティーカップを受け取ると、中指で弾いた。

 ティーカップはコマのようにくるくると回転しながらテーブルの上を円を描くように回る。

 

「ティーカップに集中して。じっと目で追って」

 

 言われなくとも私の視線はティーカップに釘付けになっていた。

 ティーカップは次第に勢いを失っていき、最終的にテーブルの中央に裏向きの状態で動きを止める。

 レミリアは人差し指をティーカップの底に当てると、そのまま下に弾き、その反動で浮き上がったティーカップのハンドルを掴んで中を覗き込んだ。

 

「まあこんな感じでカップの底に残った茶殻の形を見て占うの。占いの中ではかなり一般的なものね。貴方もホグワーツで占い学を取れば、授業で習うと思うわよ?」

 

 レミリアはそう言いつつも、視線はカップの底を覗いている。

 そして、眉を顰めた。

 

「あら、若いのに可哀そうだわ。でも、それも運命なのかしらね」

 

 レミリアはカップを机の上に置く。

 そして私の目をじっと見て言った。

 

「サクヤ・ホワイト。貴方は一九九八年の夏に死ぬわ」

 

 レミリアの冷酷にも聞こえる声が、静まり返った店内に響く。

 私はまるで石化の魔法でも掛けられたかのように、レミリアを見つめたまま動けなくなった。




設定や用語解説

ヨレヨレのTシャツ
 いくらマーリン基金からお金が出ていようが、サクヤの貧乏性は治らない

ソフィア・トレローニー
 占い学の授業でおなじみシビル・トレローニーの妹。オリキャラ。多分もう殆ど出番はない

レミリア・スカーレット
 ついに物語に関わり始めたおぜう。ちなみに今作中にレミリアをおぜうさまと呼ぶものはいない

紅茶占い
 占い学の授業でも習う基本的な占いの一つ。レミリアは指でカップを弾き無駄に回すが、占いの結果には影響しない

死の予言
 レミリアに死の予言をされたものは皆予言通りに死んでいる

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紅い髪と陽気な少女と私

 

「サクヤ・ホワイト。貴方は一九九八年の夏に死ぬわ」

 

 カーテンが神経質にしっかり閉められている薄暗い占い用品店の店内に、五百年を生きる吸血鬼の少女、レミリア・スカーレットの予言が響き渡る。

 私は息をするのも忘れてレミリアの赤い瞳をじっと見つめることしかできなかった。

 

「は、はは。まさか……」

 

「残念ながらはっきり見えちゃったし。間違いないわ。貴方は六年後の夏に死ぬわね」

 

 レミリアは大きく肩を竦める。

 私は救いを求めるようにソフィアの方を見た。

 

「スカーレット先生がそう言うならそうなんだと思いますよ?」

 

「それじゃあ……私の命はあと……」

 

「ええ、そうね。あと六年しか生きられないわ」

 

 あと六年……ちょうどホグワーツを卒業する歳だ。

 ホグワーツを卒業してすぐに私の身に何かが起こるということなのだろうか。

 私は軽く首を振ると、無理矢理笑顔を浮かべる。

 

「ははは、まあ占いですし。精々六年後の今頃に気を付けることにしますね」

 

「ええ、これはただの予言。あまり気にしなくていいわ。気にしたところで運命は変えられないし」

 

 私は笑ってその場をやり過ごそうとするが、レミリアも笑って占いの結果は変えられないと告げた。

 私はまた何も言えなくなってしまう。

 静寂に包まれた店の中では、ソフィアがいそいそとティーセットを片付ける音だけが響いていた。

 私の額から頬に掛けて一滴の汗がつぅと滴り落ちる。

 この季節だ。

 汗を掻いても不思議ではない。

 だが、暑さどころか、私は背骨の裏側をなぞられるような寒気を感じていた。

 席を立つことはおろか、身じろぎ一つ出来ずに五分以上が経過しただろうか。

 突然店の扉が勢いよく開いた。

 

「おっ待たせしましたー! お嬢様、買い出し終わりましたよー!」

 

 緑色を基調とした動きやすそうなメイド服を来た赤い髪の女性は、両手に大きな紙袋を抱えたまま足を使って器用に店の扉を開けている。

 扉が開いたことで日の光がまっすぐと店内に差し込み、レミリアと私を煌々と照らした。

 

「ちょ! 美鈴! さっさと扉を閉めなさい!」

 

「え? ああ、申し訳ありません」

 

 美鈴と呼ばれた女性は特に悪びれる様子もなく店の中に入ると、また足を使って器用に扉を閉める。

 そして私の目の前の机の上に紙袋を置いた。

 

「はあ、全く……危うくローストチキンになるところだったわ」

 

 レミリアは少し赤くなっている二の腕を軽くさする。

 そんなレミリアの仕草を見て、美鈴はカラカラと笑った。

 

「吸血鬼ってローストしたらチキンになるんですねー」

 

「うるさいわね! で、目的の物は全て買えたんでしょうね?」

 

 レミリアは机の上に置かれた紙袋の中を探り始める。

 美鈴はレミリアの向かい側に座っている私の存在に気が付くと、紙袋に半ば頭までつっこみかけているレミリアに聞いた。

 

「お嬢様、こちらのレディーは?」

 

「迷子よ。煙突飛行に失敗したんですって」

 

 私は美鈴に小さく頭を下げる。

 それを見て、美鈴は拳と手のひらを突き合わせ、深々とお辞儀をした。

 

「それはそれは災難でしたね。私の名前は紅美鈴。そこで紙袋に頭を突っ込んでいるレミリア・スカーレットお嬢様の使用人です」

 

「あ、どうも。サクヤ・ホワイトです……」

 

「ホワイト……なるほど、確かに」

 

 美鈴は私の名前を聞いて小さく笑う。

 私が首を傾げると、美鈴は取り繕うように慌てて言った。

 

「ああ、いや。苗字が変とかそういうことじゃなくてですね。私と同じだなーと思いまして」

 

 そう言うと美鈴はもう片方の紙袋に万年筆で漢字を書きこむ。

 私は中国語や日本語は全く分からないので、その漢字を読むことはできなかった。

 

「『紅美鈴』……私の名前です。この『紅』という漢字には赤い色という意味があるんですよ」

 

 そう言って美鈴は鮮やかな赤い長髪を手で持ってパタパタと振った。

 

「お揃いですね、ホワイトさん」

 

 美鈴は私の顔を見てニコリと笑う。

 

「……はい! そうですね」

 

 私は美鈴の言葉に同意した。

 気が付くと、不思議と先程まで感じていた寒気は綺麗さっぱり消えている。

 その場にいるだけで周囲の空気を変える人間は稀にいるが、美鈴はまさにその典型だと思った。

 

「あ、そうだ。私は勝手に帰るからその子の親御さん探してあげなさいよ」

 

 レミリアは紙袋から顔を出すと、一冊の本を取り出す。

 表紙にはブロンドのハンサムな魔法使いの写真が載っていた。

 

「えぇ~、まあいいですけど……ちゃんと帰ったらすぐに寝るんですよ? もう朝も遅いんですから」

 

「お前は私の母親か何かか?」

 

「お? 母性をお望みですか? はーい、ママですよー!」

 

 付き合ってられんとレミリアは頭を抱える。

 そして椅子から立ち上がると暖炉の近くまで移動し、横に積まれている薪を一本手に取り、指で弾いて火をつけた。

 

「あ、粉がないんだっけ」

 

 レミリアは燃えている薪を暖炉に放り込むと、鉢の中を覗き込む。

 そして小さくため息をつくと、机の上の紙袋を両腕に抱えたままバチンという破裂音とともにその場から消えた。

 

「ったく……姿くらまし出来るならなんでいつも漏れ鍋経由なんでしょうねほんと。と、それじゃあ行きましょうか」

 

 私は美鈴に言われて慌てて暖炉横のトランクを取りに行く。

 そして小さく手を振るソフィアに見送られながら占い用品店の外に出た。

 薄暗い店内から朝日が差し込む通りに出たためか、私は眩しさに目を細める。

 何度か目をしばしばと瞬き、改めて外から店を見た。

 全ての窓にはカーテンが掛かっており、店の中を覗くことはできない。

 扉には『占い用品店 灰かぶり』と店名が書かれていた。

 

「ああ、だからか」

 

 私は何故この店の暖炉に出てしまったのか理解し、そして納得する。

 「灰が喉に」が「灰かぶり」と勘違いされたんだろう。

 

「えっと、まずはどこに向かいましょうか。どこか心当たりがあったりします?」

 

「そうですね……多分グリンゴッツだと思うんですけど……」

 

 私は美鈴に夏休みに同級生の家に泊まっていたことや、その家族と買い出しに来る予定だったことを話す。

 

「多くの現金を家に置いているようには見えませんでしたし、ダイアゴン横丁で合流する予定だったもう一組の家族はマグル生まれです。きっとマグルのお金の両替も必要だと思います」

 

「なるほどですね。確かに一理も二理も三理もありそうです」

 

 私と美鈴は横並びになって朝日の差し込むダイアゴン横丁を歩く。

 ホグワーツが夏休みだからか、ダイアゴン横丁にはホグワーツ生だと思われる子供の姿もちらほら見えた。

 

「それにしても災難でしたね。煙突飛行に失敗するなんて。たまに起きるんですよそういう事故。そういう場合は大抵魔法省の役人がなんとかするんですけど……」

 

「ああ、いえ。単純に私が失敗しただけといいますか……初めてだったんです、煙突飛行。それで目的地を言う前にむせてしまって」

 

「ああ、そういうことですか。『灰かぶり』ですもんね。あの店。うちのお嬢様が迷惑をお掛けしませんでしたか?」

 

「いえ、ご迷惑をおかけしているのはこっちの方で……スカーレットさんには占いをしてもらったんです」

 

 私がそう言うと、美鈴はわかりやすく驚いた顔をした。

 

「お嬢様が占いを……何か変なこと言われませんでした? なんにしてもあまり気にしなくていいですよ。占いなんて三割当たったらいいほうなんですから」

 

「そうなんですか?」

 

 美鈴は私の問いに何度も頷く。

 

「そうですよ。外れることの方が多いです。まあ都合のいいことに外れたら外れたで、「未来の出来事を貴方自身が知ったことで貴方が運命に干渉し、違う未来になった」なんて言うんですよ」

 

「そう、ですか……」

 

 私の視線の先には目立つグリンゴッツの建物が見えてくる。

 その建物の近くには見慣れた赤毛の集団がいるのが確認できた。

 

「もしかして、お嬢様に何か変なことでも言われました? 何か嫌なことが起きるとか」

 

「まあ、そんなところです。でも、美鈴さんの話を聞いて少し安心しました」

 

 私はグリンゴッツの階段近くで不安そうな顔をしているモリーに手を振る。

 モリーは私の姿を確認すると、大きな安堵のため息をつくのが見えた。

 

「それは何より。そしてお友達とそのご家族も見つかったみたいですね」

 

「はい。ここまでありがとうございました」

 

 私は美鈴の方を向くと、丁寧にお礼を言う。

 

「いえいえ、お嬢様のご命令でもありますので。それに占い自体も、死を予言されたとかじゃなかったらよっぽどお嬢様の悪ふざけだと思うので気にしないでくださいね」

 

 美鈴はそう言い残すと、あっという間に来た道を戻っていってしまう。

 私はいきなり冷水を掛けられたような気分になってその場で固まってしまった。

 

「サクヤ! 心配したわ! 怪我してない?」

 

 私が呆然と美鈴の後ろ姿を見つめていると、後ろからモリーが駆け寄ってきて私に抱きつく。

 そして全身を触り私に怪我がないことを確かめた。

 

「貴方に何かあったら施設の方にどう申し開きしていいか……先程の方は?」

 

 モリーは私を解放すると、もうかなり小さくなっている美鈴の方を見る。

 

「紅美鈴さんです。迷子になっていた私をここまで案内してくれて──」

 

「親切な人に見つけてもらってよかったわ。さあ、こっちよ。ハリーもハグリッドが連れてきてくれたし、これで全員集合ね」

 

 モリーは私の肩をガッチリ掴むと、グリンゴッツに向けて歩き出す。

 グリンゴッツの前には先程まで隠れ穴にいたメンバーとハーマイオニー一家が集まっていた。

 

「サクヤ! 大丈夫だった?」

 

 私が皆と合流すると、ハリー、ロン、ハーマイオニーの三人が駆け寄ってくる。

 

「私は大丈夫だったけど……ハリーは? ハリーも逸れたんでしょう?」

 

「あ、うん。その話なんだけど……」

 

 どうやらハリーはノクターン横丁という一本隣の通りの、ボージン・アンド・バークスという店の暖炉に出たらしい。

 

「その店でマルフォイ親子を見かけたよ。マルフォイの父親は店主に何か売っているようだったんだ」

 

「ほう? 売りに……多分心配になったんだろう。最近は抜き打ち調査を頻繁に行なっているからな」

 

 ヘトヘトになりながら一晩中抜き打ち調査している甲斐がある、とアーサーが皮肉交じりに言った。

 その後私はハーマイオニーの両親に挨拶すると、全員でグリンゴッツの中へと入る。

 そして邪魔にならない場所まで移動すると、それぞれの動きを確認した。

 

「ハリーと私たちは金庫からお金を取り出してくるわ」

 

「私は両親を連れてポンドをこっちのお金に換金してくる。……サクヤは?」

 

「私は使ったお金の申請に行ってきます」

 

 私は隅の方にあるマーリン基金のカウンターを指さす。

 

「なら、各人用事が終わったらまたここに集合だ」

 

 アーサーはそう言い、ウィーズリー家とハリーを連れてカウンターの方へと歩いていく。

 ハーマイオニーも両親を連れて換金用のカウンターへと歩いていった。

 

「さて、私もお金を補充しないと」

 

 私はマーリン基金の受付をしているカウンターへと進む。

 そしてそこにいるゴブリンに話しかけた。

 

「すみません、帳簿の申請に参りました」

 

「帳簿をこちらに」

 

 私は言われた通りにゴブリンに帳簿を渡す。

 ゴブリンは帳簿に目を通すと、カウンターの下から書類を取り出して確認し始めた。

 五分程で確認は終わったのか、ゴブリンは私の方に向き直る。

 

「金貨の袋をこちらに」

 

 私は金貨の入った小袋もゴブリンに渡した。

 ゴブリンは小袋を秤に載せると、書類に何かを書き込む。

 そしてカウンターの下から新しい帳簿と金貨の袋を取り出した。

 

「それでは、また一年以内にはこちらまでお越しください」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 私はゴブリンから帳簿と金貨の袋を受け取ると、頭を下げて受付を後にする。

 

「良い休暇を」

 

 私の後ろからゴブリンのそんな声が聞こえた。

 私は振り返りもう一度頭を下げると、待ち合わせ場所まで移動する。

 やはり私の用事が一番時間が掛からなかったようで、待ち合わせ場所には誰もいなかった。

 

「金庫組は時間が掛かるとして、ハーマイオニーの方はどうかしら」

 

 私は周囲を見回しハーマイオニーを探す。

 すると、マーリン基金から少し離れた場所にあるカウンターで換金の手続きをしているのが見えた。

 

「ポンドをガリオンに換えれるなら、ガリオンをポンドに換えれるのかしら」

 

 だとしたら、マーリン基金のお金を少しポンドに換金しておくのもいいかもしれない。

 そうすればリスクを負わずにマグルの世界で使えるお金を手に入れることができる。

 私がそんなことを考えていると、ハーマイオニーが両親を引き連れてこちらの方に戻ってきた。

 

「無事に換金できた?」

 

 私がそう聞くとハーマイオニーは革製の袋を振る。

 きっと中にはガリオン金貨が何枚か詰まっているのだろう。

 

「サクヤも無事手続きできたみたいね」

 

 私もハーマイオニーと同じように金貨の入った小袋をポケットから取り出した。

 

「マーリン及び支援者様様ってね。有難いことだわほんと」

 

「どんな人にも平等に学ぶ権利が与えられるというのは本当に素晴らしいことだと思うわ」

 

 ハーマイオニーはそう言って何度も頷く。

 

「そういえば、ハリーはボージン・アンド・バークスに出たみたいだけど、サクヤはどこに出たの? すぐに戻ってこれたということはそんなに離れた場所でもなかったんでしょ?」

 

「ん? ええ。漏れ鍋近くの占い用品店に出たわ」

 

「なんて店?」

 

「『灰かぶり』って店だけど……」

 

 ハーマイオニーは店の名前を聞いて少し考え込む。

 だが心当たりはないようだった。

 

「じゃあさっきの女性はお店の店員さん?」

 

「いえ、違うわ。あの人は占い師の使用人さん」

 

「占い師?」

 

 ハーマイオニーは分かりやすく首を傾げた。

 

「ほら、ハグリッドがホグワーツの近くの村のパブでボロ負けした占い師よ」

 

「ああ、子供みたいな吸血鬼の」

 

 どうやらハーマイオニーはしっかりと覚えていたようだった。

 

「そういえば『亜人、人間、吸血鬼』という本に書いてあったわ。吸血鬼は血が濃ければ濃いほど成長が遅いって」

 

「だとしたら、彼女は物凄く血が濃いってわけね。あの見た目で五百歳近いってことは五十年に一歳分ぐらいしか歳を取らないんじゃないかしら」

 

 私はレミリアの姿を思い出す。

 

「いえ、吸血鬼の成長は漸減的に遅くなるらしいわ。つまり赤子の頃は成長が早いけど、大きくなるにつれてどんどん成長が遅くなるんですって」

 

「まあ、生物的にはそっちの方が正しいわよね」

 

「本によれば五歳ぐらいまでは普通の人間と変わらないぐらいの成長速度らしいわよ」

 

「なるほど……でも五百歳であの見た目なら、実質不老不死のようなものよね。それにしても、よくそんな本読んでたわね」

 

 まさかハーマイオニーも時間を止めることができて、止まった時間の中で好き放題読書をしているのだろうか。

 

「ええ、だってノーレッジ先生の本だもの」

 

 どうやら、ただ単に好きな著者の本だっただけのようだ。

 そんな話をしていると、ウィーズリー一家とハリーがこちらに歩いてくるのが見えた。

 あの様子だと無事にお金を下ろすことができたようだ。

 

「いやはや、お待たせしましたかな? さて、ここから先は自由行動としましょう。グレンジャー氏、これから漏れ鍋で一杯どうです?」

 

 アーサーは戻ってくるなりグレンジャー夫妻を誘って漏れ鍋の方へと歩いて行ってしまう。

 どうやらマグルの機械について詳しい話を聞きたいらしい。

 

「じゃあ一時間後にフローリッシュ・アンド・ブロッツ書店で落ち合いましょうか」

 

 そんなアーサーを呆れた目で見ながらモリーが言った。

 




設定や用語解説

紅美鈴
 紅い長髪が特徴的な背の高い女性。スカーレット家に仕えており主人のレミリアとは冗談が言い合える仲

ノクターン横丁
 ダイアゴン横丁と隣接している横丁であり、闇の魔術に関する店が多く存在している

吸血鬼
 吸血鬼としての血が濃ければ濃いほど吸血鬼としての力が強く、成長が遅い。純血の吸血鬼は人間基準で見るとほぼ不老不死のようなもの。逆に一番低俗な吸血鬼は吸血鬼に噛まれたことによって生まれた吸血鬼。このような血の薄い吸血鬼は吸血鬼としての力が弱く、また歳を取るのも早い。

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本屋とオーバーホールと私

 グリンゴッツを出ると皆思い思いの方向に散っていく。

 モリーはジニーを連れて制服を買いに行き、パーシーは新しい羽ペンがいると一人文房具屋の中に消えていった。

 

「じゃあ俺たちも行くぜ。実はリーのやつと待ち合わせしてるんだ」

 

 フレッドとジョージはそう言い残すと通りを駆けていく。

 最終的に私たちだけがグリンゴッツの前に取り残された。

 

「それじゃあ私たちもいきましょうか」

 

 私はハリー、ロン、ハーマイオニーの三人と曲がりくねった石畳の上を歩く。

 道中、ハリーが買ってくれたアイスクリームを食べながらダイアゴン横丁の店を色々見て回った。

 雑貨屋でインクと羊皮紙を買い足したり、高級クィディッチ用品店でチャドリー・キャノンズのユニホームに釘付けになっているハリーとロンを無理やり引きずっているうちにあっという間に一時間が経過する。

 私は懐中時計を確認すると、三人とともにフローリッシュ・アンド・ブロッツ書店に向かった。

 

「なんというか、こんなに混む店だったかしら」

 

 私たち四人が書店にたどり着くと、そこには既にかなりの人だかりができていた。

 皆押し合うようにしながら店の中に入ろうとしている。

 

「あれじゃないか?」

 

 ロンは店の上の階の窓に掛かっている大きな横断幕を指差した。

 

『ギルデロイ・ロックハートサイン会~私はマジックだ~』

 

 どうやら有名人のサイン会の真っ最中らしい。

 なんにしても、店が混んでいるからといって教科書を買わないという選択肢はない。

 私たちは人垣を押し分けるようにしながら店の中に入り込む。

 中ではモリーと同じぐらいの歳の魔女たちに囲まれたロックハートが次々に自伝『私はマジックだ』にサインをしていた。

 

「私ちょっとサインをもらってくるわ!」

 

 ハーマイオニーは書店に置いてあるロックハートの著書を一冊掴むと、列に並んでいたモリーの隣にこっそり割り込む。

 私はそんな様子のハーマイオニーに呆れつつ、必要な教科書を集めながらサイン会の様子を眺めた。

 

「日刊予言者新聞です。ハンサムなスマイルを一枚お願いします」

 

 ロックハートはカメラマンにそう言われると、カメラの方に顔を上げる。

 そして驚いたような声で言った。

 

「もしや、ハリー・ポッターでは?」

 

 ロックハートがそう言った瞬間、人垣がパッと開きロックハートがハリーを台上に引っ張り上げる。

 

「ほら、ハリー。にっこり笑って。私と君のツーショットなんて一面大見出しだ」

 

 カメラマンはこのチャンスを逃さまいと握手を交わす二人に対しシャッターを切る。

 何度もフラッシュが焚かれハリーのぎこちない笑みがその度に照らされていた。

 

「有名人は大変ね」

 

 私は肩を竦めると隅っこの方でもみくちゃにされているジニーと合流する。

 ジニーは低い身長でなんとかロックハートを見ようと精いっぱい背伸びをしていた。

 

「この本取り敢えず大鍋の中に入れておいていい?」

 

「うん、いいよ」

 

 流石に手が疲れてきたので私は山のようになった必要な教科書をジニーの大鍋の中に入れた。

 

「みなさん、今日は記念すべき日になりました。なんと、かの有名なハリー・ポッターが私の自伝を買いに来たわけであります。ですが、実を言うと必然でもあるのです」

 

 ロックハートは観衆に向けて声を張り上げる。

 

「わたくし、ギルデロイ・ロックハートの著書のいくつかがホグワーツの闇の魔術に対する防衛術の教科書に指定されました。彼はその教科書を買いに来たわけですが、何故教科書に私の本が指定されているのか。理由は単純です。わたくしことギルデロイ・ロックハートはこの度、ホグワーツにて闇の魔術に対する防衛術の担当教授職を引き受けることになりました!」

 

 わっと観衆が沸き、同時に拍手が起こる。

 

「ダンブルドア校長から話があった時はついにこの時が来たかと思いましたね。数々の伝説を残してきた私ですが、ついに次世代の若者にその技術を伝授するときがやってきたわけです。ここにいるハリーも、私の授業を受けることになるでしょう」

 

 ロックハートはそう言ってハリーに並べられていた自分の著書の全てをハリーに手渡す。

 ハリーはタワーのようになっている本の山を抱えながらよろよろとこちらに逃げてきた。

 

「これあげる」

 

 ハリーは本の山をジニーの大鍋の中に入れる。

 私の本と混ざったが、書店の外に出た後に分ければいいだろう。

 

「僕のは自分で買うから──」

 

「あ、サクヤ! 君も教科書を買いに来たのかい?」

 

 その瞬間、私の後ろから聞き覚えのある声がした。

 私が振り返るとそこにはマルフォイの姿があった。

 

「お久しぶりドラコ。ということは貴方も本を買いにきたのね」

 

 私はマルフォイが抱えている本の山を指さす。

 マルフォイは本を抱えたまま呆れたようにロックハートの方を見た。

 

「いい迷惑だよほんと。荷物が重くなって仕方がない。今年は重すぎてホグワーツ特急が動かないんじゃないか?」

 

 マルフォイはそう言ってもう一度私の方を見る。

 そして私の後ろにいるハリーを睨みつけた。

 

「それに、教科書を買いに来ただけで一面大見出しなやつもいるしな。ええ? ポッター。有名人は大変だな?」

 

 マルフォイは皮肉交じりに言う。

 ハリーはマルフォイを睨みつけるだけだったが、その間にジニーが割って入った。

 

「ほっといてよ。ハリーが望んだことじゃないわ!」

 

「へえ? よかったじゃないかポッター。素敵なガールフレンドができて」

 

 そう言われてジニーはふくれっ面を真っ赤にする。

 その時ロックハートの本をそれぞれ抱えたロンとハーマイオニーが人込みの中から現れた。

 

「なんだ、君か」

 

 ロンはまるでゴミでも見るかのような目でマルフォイを見る。

 

「ハリーがここにいるからサインでも貰いに来たのか?」

 

「君こそサインを貰わなくて大丈夫かい? 沢山書いてもらって学校で売るといい。そんなに沢山買い込んだら君ら家族はこの先何か月か飲まず食わずだろう?」

 

「やめなさいよみっともない」

 

 私は今にも殴りかかりそうなロンの前に出る。

 

「ロン、こんな場所で喧嘩しないの。ドラコもよ」

 

 マルフォイは私にそう言われて分かりやすくシュンとする。

 その瞬間、今度はアーサーが人込みに押し流されて私たちのもとにやってきた。

 

「ひどいもんだここは。早く外に──」

 

「これはこれは、アーサー・ウィーズリー」

 

 アーサーが言い切る前に、マルフォイの後ろからマルフォイをそのまま大きくしたような男性が姿を現す。

 きっとマルフォイの父親だろう。

 

「ルシウス」

 

 アーサーは何とも微妙な表情でその男性の名前を呼んだ。

 

「役所は大忙しですな。あれだけ何回も抜き打ち調査を……勿論、残業代は貰っているのでしょうな」

 

 マルフォイの父親はジニーの大鍋の中に入っている本を一冊手に取る。

 それは今にも表紙が取れそうな中古の変身術の教科書だった。

 

「いや、どうもそうではないらしい。魔法省も大変ですな。満足に給料も出ないとは。娘の教科書も満足に揃えてやれないのでは仕事にも精が出ないでしょう」

 

「倹約家なだけだ。君が気にするようなことじゃない」

 

 マルフォイの父親は鼻を鳴らして中古の教科書を大鍋の中に放り投げる。

 そして今度は私の方を向いた。

 

「君がサクヤ・ホワイト君だね。息子から話は聞いている。これからもドラコをよろしく頼むよ」

 

 マルフォイの父親はハーマイオニーの方をちらりと見る。

 

「それに、たまに勉強を見てくれると助かる。マグル生まれに全教科で負けているというのは──」

 

「父上! も、もう行きましょう!」

 

 マルフォイは先程のジニー以上に顔を真っ赤にすると、父親を引きずって店の外に出て言った。

 

「ほんと、サクヤにはめっぽう弱いよな」

 

 ロンがマルフォイの後ろ姿を睨みながら言う。

 まあ、年頃の男子なんてあんなものだろう。

 

 私たちは本の代金を店主に払い、早々に書店を後にする。

 書店の外でジニーの大鍋に入れていた教科書を受け取りトランクの中に入れた。

 

「うわ、おも……」

 

 分厚い本がぎっしりと詰まったトランクは殺人的な重さになっている。

 私は何とかトランクを持ち上げたが、このままでは普通に片手で持って帰れそうにない。

 

「トランクの重さがゼロになったらいいのに」

 

 そんなニュートンやアインシュタインに真っ向から喧嘩を売るようなことを考えながら何とかトランクを持ち上げる。

 その瞬間、急にトランクが軽くなり、私は反動で後ろにひっくり返った。

 

「うわっ!」

 

 私はそのまま地面に尻もちをつく。

 その衝撃でトランクの留め具が外れ、中身が盛大に辺りに散らばった。

 暖炉に背中から落ちたり後ろにすっころんだり、今日は散々な一日だ。

 

「大丈夫?」

 

 ハーマイオニーはひっくり返った私を引き起こしてくれる。

 私はズボンに付いた砂を叩き落とすと、散らばった中身を詰め込みもう一度トランクを持ち上げた。

 

「ん?」

 

 その時妙な違和感を感じ、私はトランクを見る。

 何故かはわからないが、この一瞬でトランクの重さが急に軽くなった。

 転んだ拍子に中身を落としてしまったかと心配になり、私はもう一度トランクを開けて中を確認する。

 だが中は先程詰め直した時と変わらず分厚い本が所せましと並んでいた。

 

「なんで?」

 

「どうしたの?」

 

 ハーマイオニーは私と一緒にトランクの中を覗き込む。

 私はトランクを閉め、もう一度トランクを持ち上げた。

 やはりトランクは何も入っていないかのような重さになっている。

 

「ああ、いや。なんでもないわ」

 

 どうやら何か不思議な力が働いているようだ。

 この力がどういうものかわからない以上、ハーマイオニーには言わないほうがいいだろう。

 あとで時間を止めてゆっくり検証することにしよう。

 私たちはフローリッシュ・アンド・ブロッツ書店を離れると、皆で漏れ鍋まで移動する。

 今回はここで解散することになっていた。

 

「それじゃあサクヤ、引き続き良い休暇を」

 

「はい。お世話になりました」

 

「サクヤ! ハーマイオニー! またホグワーツ特急で!」

 

 ウィーズリー一家とハリーは漏れ鍋の暖炉で隠れ穴に煙突飛行していった。

 

「ハーマイオニーはここからどうするの?」

 

 私がそう聞くと、ハーマイオニーは両親の方を見ながら言った。

 

「私たちは地下鉄で帰るわ。流石にうちの暖炉は煙突飛行ネットワークに繋がってないし。サクヤは?」

 

「私はもう少し寄るところがあるから」

 

 私はグレンジャー一家と別れるとダイアゴン横丁へと戻る。

 そしてしばらく歩き、去年のクリスマスに懐中時計を買った時計屋を訪ねた。

 

「ごめんくださ~い」

 

 私は店の扉を開け店の中に入る。

 すると店の奥の方から店主の老人が顔を出した。

 

「おお、あの時の。買った時計の調子はどうだい?」

 

 老人は私の顔を見て嬉しそうに微笑む。

 私はポケットの中から懐中時計を取り出した。

 

「特に大きな狂いもありません。なので言われたとおりにオーバーホールにきました」

 

 老人は懐中時計を受け取ると、工具を使って懐中時計の裏蓋を開ける。

 そして忙しなく動くテンプを確認した。

 

「なるほど、大切に使われているようだ。こっちへ」

 

 老人は懐中時計片手に店の奥にあるテーブルに向かう。

 私はその横に置いてある椅子に腰かけた。

 

「オーバーホールにはどれぐらいの時間が掛かりますか?」

 

「一時間も掛からんよ。マグルの時計技師と違ってこっちは魔法を使えるから」

 

 老人は専用の工具を使って時計の分解を始める。

 私は横で老人の作業をじっと観察した。

 

「ホグワーツはどうだい? あそこは面白いところだろう?」

 

 私は老人にホグワーツでの思い出話をいくつかする。

 好きな授業や友達のハリー、ロン、ハーマイオニーの三人の話など、本当に他愛もない話だ。

 老人は時折時計を杖でつつきながら楽しそうに私の話に相槌を打つ。

 老人の言った通り、時計のオーバーホール自体は一時間も掛からず終わってしまった。

 

「清掃と給油をしておいた。精度の調整もしておいたから一年は大丈夫だと思う」

 

「ありがとうございます」

 

 私は老人から懐中時計を受け取る。

 魔法で綺麗に磨かれた懐中時計は私の手の中で小さな音を立てながら動いていた。

 私はいつものように右手で懐中時計をギュッと握りしめる。

 四ビートのリズムが私の手のひらを通じて感じ取れた。

 

「うん、いい感じです」

 

 私の行動に老人は不思議そうに首を傾げる。

 私は懐中時計をポケットの中に滑り込ませると、老人に向き直った。

 

「本当にありがとうございました。来年またオーバーホールに出しにきます」

 

「もし壊してしまったらフクロウ便で郵送してくるといい。うちは永年サポートが売りだから」

 

「はい。その時はよろしくお願いします」

 

 私はもう一度頭を下げ、店を後にする。

 一年に一度ではあるが、この付き合いは大切にしたい。

 私は漏れ鍋に戻りながらポケットの中で懐中時計を握りしめる。

 心拍数を頼りに時間を止めるよりも、時計の振動を頼りに時間を止めるほうが正確な能力の行使が可能だ。

 私は石のアーチを潜って漏れ鍋の中に入る。

 そのまま店内を通り抜けてロンドンの町に出た。

 私は妙に軽いトランクを片手にロンドンの町を歩き、孤児院まで帰る。

 そしてセシリアの熱烈なハグをやり過ごし、自分の部屋へと戻った。

 

「……やっぱりおかしいわよね」

 

 私は窓の外に誰もいないことを確かめ、時間を停止させる。

 そして手に持っていたトランクを床の上に置いた。

 

「トランクの重さが急になくなるなんて……」

 

 私は時間の止まった部屋の中でトランクを何度か持ち上げる。

 やはりトランクは空のように軽い。

 

「無意識に何か魔法を掛けているのかしら」

 

 私は一度トランクの中身を床の上に広げる。

 そしてもう一度トランクを持ち上げた。

 

「重さは変わらない。ということは中身の重さがゼロになっている?」

 

 私は今度は床に置いたロックハートの本を手に取る。

 ロックハートの本はずっしりとした重さを私の手に返してきた。

 

「出したものにはちゃんと重さがある。ということは中に入れたものの重さが消えるということね」

 

 私はもう一度トランクの中に本を入れる。

 すると今度はトランクと本の重さを足した重さをしっかりと感じた。

 

「もとに戻った? うーん、偶然変な力が働いたのか……」

 

 私はひっくり返したり覗き込んだりしながらトランクの中を調べる。

 だが特に異常を見つけることはできなかった。

 

「研究の余地ありね。いや、でもそういえば」

 

 私はポケットの中から金貨の入った小袋を取り出した。

 

「この袋の中に入れてある金貨の重さは見た目程度には減っているし……そういう魔法がありそうね」

 

 このマーリン基金の金貨の小袋も見た目以上の金貨がこの小袋に詰められている。

 きっとそのような空間を広げたり重さを軽減したりする魔法があるのだろう。

 

「やっぱり何でも入るトランク……いや、鞄があれば便利よね。でも中の時間が止まっていればもっと便利だけど」

 

 私はトランクを地面に置くと、時間停止を解除する。

 そして今度は懐中時計をポケットから取り出した。

 私は止まった時間の中を自由に動くことができる。

 また、止まった時間の中のものに触れればそのものの時間を動かすことができる。

 

「まあ、生き物に触れたら私の意思とは関係なく時間が動いちゃうのは欠点よね」

 

 だとしたら、時間が動いている普通の世界で、任意に物の時間だけを止めることができるのだろうか。

 私は右手に握りしめた懐中時計に集中する。

 そして六十秒かけて一周する秒針をじっと見つけた。

 次の瞬間、懐中時計の針はぴたりと動きを止める。

 

「お、できた」

 

 私はその場で懐中時計を軽く振る。

 普段は自由に動く銀の鎖は、まるで一本の棒になっているかのように動きを止めていた。

 

「単体で時間を止めてもその場で固定されるわけじゃないのね。重さもちゃんとあるし」

 

 詳しい原理は私にもわからない。

 だが、物体を指定して時間を止められるというのは、新しい発見だった。

 

「これ極めればいつでもどこでも温かい料理が食べれるんじゃないかしら」

 

 なんにしても、私のこの時間停止の能力はまだ分かっていないことが多い。

 これからも少しずつ自分の能力について研究していこう。

 私は床に散らばった荷物をトランクの中に詰め直す。

 なんにしても夏休みはまだ長い。

 自分の能力について調べる時間は十分にあるだろう。




日刊予言者新聞
 魔法界の新聞。ホグワーツへも届けてもらうことができる。

ギルデロイ・ロックハート
 勲三等マーリン勲章、闇の力に対する防衛術連盟の名誉会員、週刊魔女のチャーミングスマイル賞を5回連続で受賞した魔法使い。お母さん世代の魔女に大人気なハンサム。

ルシウス・マルフォイ
 ドラコ・マルフォイの父親にてホグワーツの理事の一人。過去ヴォルデモートの手下である死喰い人だったが、ヴォルデモートがいなくなったタイミングでうまいこと逃れ、今でも普通に権力者として魔法界にいる。

サクヤの能力の進化
 単純に時間を止めるだけだったのが、対象を選んで時間を止められるようになった。使用用途はまだ考え中(サクヤが)

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読者と遅刻と私

ようやくホグワーツに到着した秘密の部屋編


 一九九二年、九月一日、十時四十分。

 私はホグワーツ特急のコンパートメントの中で一人本を読んでいた。

 今日で長い夏休みも終わりだ。

 ホグワーツに戻れば新しい学年が始まる。

 私も晴れて二年生というわけだ。

 私は窓越しに九と四分の三番線を行き交うホグワーツ生を見る。

 皆大荷物を載せたカートを押しており、家族との別れを惜しんでいる者もいれば友達と協力してホグワーツ特急に荷物を引っ張り上げている者もいた。

 

「なんというか、あっという間の一年よね」

 

 私は初めてホグワーツ特急に乗った時のことを思い出す。

 あの時は九と四分の三番線への入り方がわからず、通りすがりのウィーズリー一家にハリーと一緒に付いていったんだったか。

 まさかそのままハリーやロンと仲良くなるとは思ってもいなかった。

 まあ、他に仲良くなるきっかけのある者がいなかっただけという話でもあるが。

 私は駅のホームから手に持っている本へと視線を戻す。

 今読んでいる本はギルデロイ・ロックハートの『バンパイアとのバッチリ船旅』だ。

 教科書に指定されているということは、学術書やバンパイアへの対処の仕方などが載っている本なのかと思ったが、なんてことはない。

 『バンパイアとのバッチリ船旅』はロックハートがバンパイアとの船旅でどのような事件に巻き込まれ、どのような活躍をもってしてその問題を解決したかがティーンズ小説のような書き味で書かれている。

 

「教科書っぽくはないけど、読み物としては面白いわよねこれ。ハーマイオニーが夢中になっているパチュリー・ノーレッジの書く本より三十倍は面白いわ」

 

 この本から何かが学べるとは思えないが、暇を潰すにはもってこいだと言えるだろう。

 

「ほう、そんな本から何かが学べるとは思えないがね。所詮は大衆向けの冒険活劇だ」

 

 突然、そんな声がして私は咄嗟にコンパートメントの扉の方を向く。

 そこには今手に持っている本の表紙にでかでかと載っている写真と同じ顔があった。

 

「ギルデロイ・ロックハート……先生?」

 

 音もなくコンパートメントの扉を開けたのは、今私が読んでいた本の著者であり、今年からホグワーツの闇の魔術に対する防衛術の担当になるギルデロイ・ロックハートだった。

 

「ふむ、君一人か……。生憎どこのコンパートメントもいっぱいでね。良ければご一緒してもよろしいかな?」

 

「はい、ここで良ければどうぞ」

 

 私が向かいの席を指し示すと、ロックハートは軽く会釈してコンパートメントに入ってくる。

 そして私の正面を空けるようにして向かい側の席に座ると、トランクから学術書を取り出して読み始めた。

 その様子からは本屋でサイン会を行っていた彼の面影はない。

 私が本屋で見たのはあくまでロックハートの外向けの姿だったということだろうか。

 ホグワーツ特急がロンドンを出てしばらくの間、私とロックハートはコンパートメントの中で静かに本を読み続けた。

 私とロックハートの間に会話はない。

 ロックハートは私がまるで存在すらしていないかのように最近の魔法の発見がまとめられた学術書に目を落としている。

 私は私でロックハートの目の前でロックハートが書いた本を読み続けた。

 

 一時間ほどが経っただろうか。

 不意にコンパートメントの扉がノックされ、私は意識を扉の方に向けた。

 

「車内販売ですよ。何かどうです?」

 

 どうやら車内販売の魔女のようだ。

 私は本から顔を上げすらしないロックハートを横目に見ながらコンパートメントの扉を開ける。

 

「お嬢ちゃん、お菓子はいかが? そちらの男性も……」

 

 車内販売の魔女はロックハートを見るとその場でぴたりと固まってしまった。

 

「も、ももももしかしてギルデロイ・ロックハート?」

 

 魔女はどもりながらもロックハートの名を口にする。

 ロックハートは名前を呼ばれたことにより、ようやく本から顔を上げた。

 

「人違いでは?」

 

「まさか、ご冗談を……わたくし貴方の大ファンなんです! 是非サインをお願いしたく……」

 

「申し訳ないが……今の私は教師です。ホグワーツで教師をしている間はそのようなことは控えようと思っていましてね」

 

「そ、そうですか……」

 

 ロックハートはそう言うと先程まで読んでいた本に視線を戻す。

 なんというか、本屋で見たロックハートとはまるで真逆の印象だ。

 私は車内販売の魔女からお菓子を少し買うと、横の座席に広げる。

 そして蛙チョコの箱を一つ手に取り、ロックハートに差し出した。

 

「おひとつどうです? 私だけ食べるのは忍びないので」

 

 ロックハートは本から視線を上げると、蛙チョコと私を交互に見る。

 

「あまり生徒からこういうものを貰わない方がいいとは思うのだが……そういうことなら有難く頂こう」

 

 ロックハートはそう言うと、私から蛙チョコを受け取る。

 そして手慣れた様子で箱から蛙を取り出し、逃げ回る蛙を器用に捕まえ口の中に放り込んだ。

 私も私でドギツイ色をしたヌガーを口の中に放り込む。

 

「カードは集めているかい?」

 

 ロックハートは蛙チョコの箱から一枚のカードを取り出す。

 私が小さく首を振ると、ロックハートは外箱ごとカードをくしゃくしゃと丸めてそのまま消失させてしまった。

 私はそんなロックハートに物凄い違和感を覚える。

 本を開きながらしばらく考え込み、そしてその違和感に気が付く。

 そう、ロックハートは杖を握っていない。

 

「今、杖を使わずに魔法を──」

 

「不思議かい?」

 

 ロックハートはそう言うと、今度は掌の上に先程の丸めた蛙チョコの箱を出現させる。

 そして掌を返すようにしてもう一度蛙チョコの箱を消失させてみせた。

 私は少し考え、そして一つの結論に達する。

 

「マジック(魔法)ではなくマジック(手品)ですね?」

 

「そう、これはマグルがよくやるような手品だ。魔法使いはよく騙される。魔法を使えるが故に、なんでも魔法で解釈しようとする。魔法使いの悪い癖さ」

 

 ロックハートは今度は杖を取り出して蛙チョコの箱をつつく。

 すると蛙チョコの箱は勢いよく燃え上がり、今度こそ跡形もなく消えた。

 

「さて、じゃあ今のは魔法かな? 手品かな?」

 

「今のは……魔法ですね?」

 

「ああ、その通り。でも先程の魔法を見たマグルはこう思うだろう。『見事な手品だ』とね」

 

 ロックハートはそう言って肩を竦めると、また本に視線を落とす。

 私はそんなロックハートの様子に素直に感心していた。

 

「なんというか、少し意外でした。本で読んだ貴方の印象とは随分違ったので」

 

「所詮大衆向けの娯楽書だ。内容もそれに合わせて書いている」

 

「なるほど、確かに読んでて面白くはありますね」

 

 本に書かれているロックハートは賢く、勇敢でウィットに富んでいる優男として書かれている。

 その様子はよく言えば英雄的、悪く言えば目立ちたがりなように感じた。

 

「では、本に書かれている内容は真実ではないと?」

 

「脚色をしていないと言えば嘘になる。事実は小説より奇なりとは言うが、だからといって事実が小説より面白いというわけでもない。読者が求めているのはエンターテイメントであって、リアリティじゃないんだよ」

 

 確かに、ロックハートの言うことは一理あると言える。

 特にロックハートは印税で収入を得ている身だ。

 売れる本を書かなければ生活が成り立たないのだろう。

 

 

 

 

 

 結局ロックハートとの毒にも薬にもならない会話はホグワーツ特急がホグズミード駅に到着するまで続いた。

 話してみて感じたことだが、本に書かれているロックハートより実際のロックハートは知的な印象を受ける。

 あくまで本の中では道化を演じているということなのだろうか。

 

「では、私はお先に失礼しよう」

 

 ロックハートはそう言うと、トランク片手にコンパートメントを出ていく。

 私はコンパートメントの扉を閉めると、時間を止めて私服からホグワーツの制服に着替えた。

 時間停止を解除し、ホグワーツ生に交ざってホグワーツ城を目指す。

 一年生の時はハグリッドの引率で湖をボートで渡って城まで行ったが、二年生からは変な生き物が牽く馬車に乗って行くらしい。

 私は同じグリフィンドール生のネビルと一緒にその馬車に乗り込んだ。

 

「久しぶりサクヤ。夏休暇はどうだった?」

 

「んー、まあそこそこって感じよ」

 

 ネビルは馬車を牽く生き物の方を恐る恐る伺っていたが、馬車が動き出すとこちらに向き直った。

 

「そういえば、ハーマイオニーがサクヤのことを探してたよ。まあ、探してたのはサクヤだけじゃなかったけど……」

 

「ハーマイオニーが? こっちのコンパートメントには来てないわね。それで、私の他に探してたのって?」

 

「ロンとハリー。ハーマイオニーは三人一緒のコンパートメントにいるはずだって言ってたけど……その様子じゃ一緒じゃなかったみたいだね」

 

 私はてっきりハリー、ロン、ハーマイオニーの三人でどこか一緒のコンパートメントに入っているのだろうと思っていたが、どうやら違うようだ。

 

「ええ、私のコンパートメントの中にいたのは私とロックハート先生だけよ」

 

「へぇ、ロックハート先生と……って、君ギルデロイ・ロックハートと一緒のコンパートメントだったのかい!?」

 

 ネビルはロックハートの名前を聞いてわかりやすく目を見開く。

 

「ええ、そうだけど……ネビルもロックハートのファン?」

 

「あ、そういうわけじゃないけど……でも凄い有名人じゃないか! いいなぁ……サインとか貰った?」

 

 どうやら純粋に有名人と同じコンパートメントになって羨ましいだけだったようだ。

 

「いえ、どうも教師職に専念するために学校ではそう言うことはしないみたい」

 

「そっかー。残念だなぁ。あ、でもおばあちゃんはロックハートのことが嫌いみたいだからサインなんて貰ってきた日にはまた怒られちゃうかも。ロックハートがホグワーツの教師になるって発表された時なんて、ダンブルドアに抗議の手紙を出すって言って聞かなくて」

 

「それはまた……どうして?」

 

「名前だけ有名なだけの小僧じゃホグワーツの教師は務まらないって」

 

「厳しいおばあさんね」

 

 しばらくネビルと話していると、馬車がホグワーツ城の真下に到着する。

 私はネビルとともに馬車を降り、上級生の流れに交じって大広間のグリフィンドールのテーブルに座った。

 既に大広間には大勢のホグワーツ生が集まっており、もう少しで新入生の歓迎会が始まりそうな雰囲気だ。

 

「サクヤ! やっと見つけた……どこのコンパートメントにいたの?」

 

 不意に後ろから声が掛けられる。

 私が振り向くと、そこには安心した表情を浮かべているハーマイオニーが立っていた。

 

「あらハーマイオニー。もう歓迎会が始まるわよ。早く席についた方がいいわ」

 

「席についた方がいいわ……じゃないわよ。ずっと探してたんだから」

 

 ハーマイオニーは私の横に腰かける。

 

「一体どこのコンパートメントにいたの? 私ホグワーツ特急を三往復もしたのよ?」

 

「先頭の客車のコンパートメントにいたけど……本当に三往復もしたの?」

 

「ほんとに? 先頭のコンパートメントは全部覗き込んだはずだけど……」

 

 ハーマイオニーは納得できなさそうに首を捻っている。

 

「それじゃあ、ハリーとロンもサクヤと一緒にいたのよね? それにしては姿が見えないけど……」

 

「いえ、一緒じゃなかったわ。私のコンパートメントにいたのは──」

 

 その瞬間、大広間の扉が開き一年生が列をなして入ってくる。

 一年生はレイブンクローとハッフルパフの机の間を通って職員の机の前に整列した。

 

「っと、始まるわね」

 

 私は一年生の中からロンの妹であるジニーを探す。

 ジニーは端のほうで硬い表情で顔を青くしていた。

 

「そういえば、列車の中でも随分緊張した様子だったけど、どうしたのかしら」

 

 ハーマイオニーがジニーを見ながら心配そうに呟く。

 

「多分必死になってどんな一発芸をしようか考えているんだと思うわ」

 

「どういうこと?」

 

「いやほら、私休暇中にロンの家にお泊りに行ってたじゃない? その時ジニーの部屋で寝泊まりしていたんだけど、あんまりしつこく組み分けの話をせがむものだから教えてあげたのよ。全校生徒の前で一発芸をして、その面白さで寮に組み分けされるって」

 

「貴方ねぇ……」

 

 ハーマイオニーは苦笑いを浮かべながらも心配そうにジニーの方を見る。

 

「ちなみに一発芸が滑ったらスリザリン行きだって伝えてあるわ」

 

「サクヤはアレね。ジニーと全スリザリン生に謝った方がいいわね」

 

 そうしているうちにも組み分け帽子が運び込まれ、組み分け帽子が歌い出す。

 歌が終わるころにはジニーが涙目になりながらも凄い形相でこちらを睨んでいた。

 

「……ちゃんと謝りなさいよ」

 

「まあ、そのうちね」

 

 マクゴナガルが新入生に組み分けの仕方を説明し、組み分けが始まっていく。

 組み分け帽子に寮を決められた新入生は皆安堵の表情でそれぞれの寮のテーブルについていった。

 その瞬間、私は窓の外から視線を感じ、その方向を見る。

 そこにはハリーとロンが少々薄汚れた格好で大広間の中を覗き見ていた。

 

「あら、何で外にいるのかしら」

 

 私はハーマイオニーの肩を叩いてハリーたちに気づかせる。

 ハーマイオニーはハリーたちが外にいることに気がつくと、理解できないといった顔をした。

 

「全然姿が見えないと思ったら、そんなところにいるなんて……でも、一体どうして?」

 

 私が小さく手を振ると、ハリーは苦笑しながら手を振り返してくれる。

 次の瞬間、ハリーとロンの後ろにスネイプが姿を現した。

 スネイプは何かを二人に言うと、城の方へと歩き出す。

 ハリーとロンも絶望したような表情でスネイプの後をついていった。

 

「当然っていえば当然だけど……大丈夫かしら?」

 

 ハーマイオニーは心配そうに二人の後ろ姿を目で追う。

 どういう事情があるにせよ、この時間に大広間にいない時点で異常事態だ。

 

「まあ、遅刻したぐらいで退学にはならないでしょ。減点される可能性はあるけど」

 

 なんにしても、私たちができることは何もないだろう。

 私が組み分けに視線を戻すと、ちょうどジニーの寮がグリフィンドールに決まったところだった。

 ジニーは組み分け帽子を椅子の上に置くと、小走りでこちらに近づいてくる。

 そしてハーマイオニーとは反対側の私の隣にちょこんと腰かけた。

 

「一発芸で寮を決めるなんて大嘘じゃない! 昨日眠れなかったんだから!」

 

 そして私の横に座るなり私の頭をポコポコと叩き始めた。

 

「貴方が、しつこく、聞いてくる、からでしょ。叩くのやめなさい。なんにしても、グリフィンドールへようこそ」

 

 私はジニーの手を軽く払いのけて、そのまま右手を掴み握手をする。

 ジニーは顔を少し紅くすると、途端に大人しくなった。

 

「あ……うん。ありがと」

 

 どうやら組み分けが無事終わったようで、組み分け帽子の退場とともにダンブルドアが立ち上がる。

 その瞬間、ガヤガヤと喧騒に包まれていた大広間がシンと静まり返った。

 

「おほん。新入生諸君。ホグワーツへようこそ! 歓迎会を始める前に一言だけ言わせて欲しい。ひとこと! 以上!」

 

 あっけにとられる新入生をよそに、在校生はダンブルドアの言葉に拍手喝采する。

 その瞬間、机に並べられていた食器の上に沢山のご馳走が出現した。

 

「……凄い」

 

 ジニーは目の前のご馳走を見て呆然としている。

 私は私で、自分の皿の上にローストビーフを山盛りにした。

 

「そういえば、ジニーはハーマイオニーと一緒のコンパートメントにいたのよね?」

 

「え? ああ、うん。そうだよ」

 

 ジニーは我に返ると、ナイフとフォークを掴んで料理をよそい始める。

 

「じゃあハリーとロンがどうやってここまで来たかはわからないわけね」

 

「あれ? サクヤと一緒にいたんじゃないの?」

 

 大広間にいなかったところを見るに、ホグワーツ特急に乗り遅れたのかもしれない。

 だとすると、どのようにしてホグワーツまでやってきたのだろうか。

 

「おい聞いたか! あのハリー・ポッターとウィーズリーのノッポが空飛ぶ車を墜落させて退学になったって!」

 

 隣のレイブンクローの机からそのような会話が聞こえてくる。

 耳を澄ますと、ところどころで空飛ぶ車の話題が会話の中に出ていた。

 

「空飛ぶ車……なるほど。あの二人はアーサーさんの車を飛ばしてここまでやってきたのね」

 

 だとすると、本当に退学になる可能性は出てくる。

 二人がスネイプにどこに連れていかれたかはわからないが、今は二人が談話室に戻ってこれることを祈ることしかできないだろう。

 




設定や用語解説

マジックとマジック
 ようは手品と魔法のこと。魔法使いは手品に気がつかない。マグルは魔法に気がつかない。

馬車を牽く変な生き物
 ネビルもサクヤも見えているが、ハーマイオニーは見えていない。

一発芸で組み分け
 マルフォイ「マルフォイ頑張るフォイ! ハリー・ポッターには負けないフォイ!」
 組み分け帽子「アズカバン!」

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吼えメールとマンドレイクと私

 結局のところ、ハリーとロンが退学になることはなかった。

 噂話やゴーストから聞いた話をまとめると、どうやら二人は空飛ぶ車でホグワーツまで来た挙句、校庭にある暴れ柳に突っ込んだらしい。

 普通なら退学になってもおかしくないような所業だが、二人の言い分とまだ新学期が始まってないということを考慮して罰則を貰うのみで済んだようだった。

 歓迎会が終わったあとハーマイオニーと二人でグリフィンドールの談話室で待っていると、しょぼくれた顔のハリーとロンが肖像画の穴をよじ登って談話室に入ってくる。

 その瞬間、談話室は拍手喝采に包まれた。

 

「やったなハリー! マジ感動的だぜ!」

 

 リー・ジョーダンが大きく手を叩きながら叫ぶ。

 

「なんで呼び戻してくれなかったんだよ! なんにしても、車で暴れ柳に突っ込むなんてなぁ……何年も語り草になるぜこれは」

 

 フレッドはロンの背中をバンバンと叩きながら興奮気味に言った。

 そのほかにも、普段あまりハリーたちと関わりのない上級生もハリーたちをまるでスターのように讃えている。

 談話室の中で硬い表情をしているのは監督生のパーシーのみだった。

 その気配を敏感に感じ取ったのか、ハリーとロンはパーシーに捕まる前に男子寮へと上がっていく。

 ハリーとロンを待っていたグリフィンドール生も、一つのイベントが終わったため皆大きく伸びをしながら各々散っていった。

 

「なんにしても、これで二人が調子に乗らないといいけど」

 

 ハーマイオニーは腰に手を当てて男子寮の方を睨む。

 

「まあ今更でしょ。それに、こんなことをしでかしてモリーさんが黙っているとは思えないわ」

 

 車で暴れ柳に突っ込んだということは、アーサーの車がお釈迦になったことを意味する。

 遅かれ早かれ今回の騒動はモリーの耳に届くだろう。

 

 

 

 

 次の日の朝、私たちが大広間で朝食を取っていると、ロンの頭の上に一匹のフクロウが落ちてきた。

 フクロウはそのまま机の上に滑り落ちると、ロンの食べていたオートミールの皿をひっくり返す。

 

「エロール! まだ死んでなかったのかお前」

 

 ロンは慎重な手つきでエロールを持ち上げると、小皿に水を入れてエロールの近くに置く。

 エロールは横たわりながらも小皿の中に嘴を突っ込んだ。

 

「まったく。お騒がせなフクロウだよほんと」

 

 ロンはローブに少し掛かったオートミールを拭いながらため息をつく。

 だが、すぐに机の上に落ちている赤い封筒に気が付いた。

 

「大変だ……」

 

「まあ、ローブは私が綺麗にしてあげるわ」

 

 ハーマイオニーがそう言って杖を取り出す。

 

「そうじゃなくて──これ」

 

 ロンはまるで爆発物でも触るかのように赤い封筒を持ち上げた。

 

「その手紙がどうしたの?」

 

 ハリーが慎重に手紙を持ち上げたロンに聞く。

 

「ママが……ママが『吼えメール』を送ってきた」

 

 その手紙を見て、横にいたネビルも顔を青くする。

 

「ロン、早く開けたほうがいいよ。僕も一回おばあちゃんから届いたことがあるんだけど、怖くて開けられずにいたら……その、酷かった」

 

 それを聞いて、サァっとロンの顔の血の気が引く。

 

「吼えメールってなに?」

 

 ハリーがロンに聞いたが、ロンは吼えメールに全神経を集中させており、まったくハリーの言葉が聞こえていなかった。

 

「開けたほうがいいよ。ほんの数分で終わるから……」

 

 そう言いながらも、ネビルは既に両手でがっちりと両耳を塞いでいる。

 ロンは意を決した表情で封筒を開封した。

 その瞬間、封筒が爆発したと錯覚するほどの爆音でモリーの声が大広間中に響き渡る。

 

『車を盗み出すなんて退学処分になって然るべきです! 昨夜ダンブルドアから手紙が来て、お父さんは恥ずかしさのあまり死んでしまうのではないかと心配したほどですよ! こんなことをする子に育てた覚えはありません! お前もハリーも──』

 

 あまりにも爆音なため、窓ガラスがビリビリと振動し、今にも割れそうになっている。

 

『まったく愛想が尽きました! お父さんは役所で尋問を受けたのですよ! みんなお前のせいです。今度ちょっとでも規則を破ってみなさい! わたしがお前をすぐに家に引っ張って帰りますからね!』

 

 そう言うと吼えメールは一気に燃え上がり、机の上に灰となって積もる。

 ハリーとロンは呆然と燃え尽きた吼えメールを眺めていた。

 

「なんというか、ご愁傷様……」

 

「いや、当然の報いでしょ」

 

 ハーマイオニーは厳しくそう言い放つ。

 だが、ハーマイオニーは吼えメールの一件で二人が十分罰を受けたと判断したのか、すぐに笑顔で時間割を机の上に広げた。

 

「ほら、すぐにでも授業が始まるわよ。一番初めの授業はスプラウト先生の薬草学ね。ハッフルパフとの合同授業みたい」

 

「ああ、うん」

 

 ロンとハリーは吼えメールのショックからまだ回復していないのか、大広間を出てからも心ここにあらずといった様子だった。

 二人を半ば引っ張るようにして私たちは温室のほうへと向かう。

 温室の外には既に他のクラスメイトが集まっており、薬草学のスプラウトを待っている様子だった。

 しばらく待っているとスプラウトとロックハートが何かを楽しそうに話しながら温室の方へと戻ってくる。

 スプラウトはずんぐりした小さな魔女で、つぎはぎだらけの帽子を被っている。

 また、ロックハートの方は本屋でみたライラック色のローブではなく、黒く、目立たないローブを着込んでいた。

 

「それにしてもびっくりしましたわ。ロックハート先生があそこまで薬草学の造詣が深いなんて」

 

「いや、スプラウト先生には敵いませんよ。私にはお手伝いすることぐらいしかできません。っと、スプラウト先生はこれから授業でしたね。後片付けは私がしておきますので、先生は授業のほうへ」

 

 ロックハートはそう言うとスプラウトが持っていた包帯の山をひったくり、温室の中へと入っていく。

 スプラウトはうっとりとした目でロックハートを見ていたが、すぐに我に返ってニコニコ笑顔で生徒たちに呼びかけた。

 

「みなさん! 今日は三号温室に!」

 

 スプラウトは慣れた手つきで三号温室の鍵を開け始める。

 そういえば今まで薬草学の授業は一号温室で行っていた。

 三号温室には危険な植物が植わっているとのことだったが、学年が上がったことによって少し授業のレベルも上がったということだろう。

 

「さあ、皆さん温室の中へ」

 

 スプラウトは温室の扉をパッと開けると、中に生徒たちを呼び込む。

 私たちはスプラウトの後に続いて温室の中に入ると、真ん中に置かれている机を取り囲むように円になった。

 

「今日はマンドレイクの植え替えを行います。マンドレイクの特徴がわかる人はいますか?」

 

 スプラウトが生徒にそう聞いた瞬間、ハーマイオニーの手がスッと上がる。

 

「マンドレイク、別名マンドラゴラは強力な回復薬です。姿を変えられたり、呪いをかけられたりした人を元の姿に戻すのに使われます」

 

 ハーマイオニーの完璧な答えに、スプラウトは小さく手を叩く。

 

「大変よろしい。グリフィンドールに十点あげましょう。ミス・グレンジャーの言う通り、マンドレイクはたいていの解毒剤の主成分になります。しかし危険な面もあります。その理由が言える人は?」

 

 またハーマイオニーの手が一番に上がる。

 

「マンドレイクの泣き声はそれを聞いた者にとって命取りになります」

 

「その通り。もう十点あげましょう。みなさん、一つずつ耳当てを手に取って」

 

 スプライトは生徒に耳当てを配り始める。

 

「私が合図したら皆さん耳当てをしっかりとつけてください。私が合図するまでは決して耳当てを外してはいけませんよ。それでは、付け!」

 

 スプラウトの合図とともに皆耳当てを耳に装着する。

 私も、もこもこした耳当てをしっかりと装着した。

 スプラウトは皆が耳当てをつけたことを確認すると、何かが植わった鉢植えと、空の鉢植えを温室の奥の方から運んでくる。

 そして鉢植えに植わっている植物を一気に引き抜いた。

 引き抜かれた植物の根は醜い赤子のようになっており、音は聞こえないが泣き喚いているように見える。

 スプラウトは空の鉢植えにマンドレイクを突っ込むと、黒い堆肥でマンドレイクの根をしっかりと埋め込んだ。

 一連の作業が終わり、スプラウトが自分の耳当てを外し、生徒に合図をする。

 私は隣の生徒が耳当てを外したのを確認したあと、慎重に耳当てを外した。

 

「このマンドレイクはまだ苗ですので、泣き声を聞いても死に至ることはありません。でも皆さんを数時間気絶させる程度には危険です。ですので、作業を行う際は耳当てを絶対に外さないように。後片付けの時間になったら私がまた合図をします」

 

 スプラウトは温室の奥を指さす。

 

「一つの苗床に四人、植え替えの鉢植えはここに十分あります。堆肥の袋はこっちです。歯が生えてきている最中ですので、十分注意してください」

 

 私たちは奥から必要なものを持ってくると、耳当てをして植え替える準備を進める。

 ハリーがマンドレイクの葉の部分を掴み、ロンが替えの鉢植えを構える。

 ハーマイオニーが堆肥の袋を準備し、私は両手でしっかりと耳当てを押さえた。

 

『行くよ』

 

 声は聞こえないが、ハリーがこちらに対してそう言ったような気がする。

 私たちがハリーの問いに頷くと、ハリーは一気にマンドレイクの苗を引き抜き、ロンが構えていた鉢植えの中に入れる。

 その瞬間、ハーマイオニーが鉢の中を堆肥で一杯にした。

 私はその様子を見て小さく手を叩く。

 その後も私たち四人は華麗なチームワークでマンドレイクの植え替えを終えていった。

 多分クラスで一番手際が良かったんじゃないだろうか。

 ハリーが抜き、ロンが構え、ハーマイオニーが埋め、私が手を叩く。

 四つ目の植え替えを終えた時、不意に後ろから私の肩が叩かれた。

 私が振り返るとそこには笑顔のスプラウトが立っている。

 そして私にマンドレイクの鉢をグイっと押し付けた。

 

『貴方も作業しなさい』

 

 声は聞こえなかったが、スプラウトは多分そう言ったのだろう。

 私はマンドレイクを引き抜くと、替えの鉢植えにマンドレイクを押し込み、ハーマイオニーが持っていた堆肥を流し込んだ。

 

 薬草学の次は変身術の授業だった。

 一年生の期末試験の際にやりすぎたこともあり、マクゴナガルがかなり期待した眼差しを私に投げかけてくる。

 課題はコガネムシをボタンに変えるというものだったが、私は時間を止めて何度か練習してから実習に臨んだ。

 

「さあミス・ホワイト。変化させてみなさい」

 

 マクゴナガルの監視下のもと、私は咳払いを一つした後コガネムシに呪文を掛ける。

 その瞬間、コガネムシは見事なエメラルドグリーンの飾りボタンに変化した。

 

「素晴らしい飾りボタンです。グリフィンドールに十点加点しましょう」

 

 マクゴナガルはにっこり微笑むと、今度はロンの様子を見に行く。

 私は小さくため息をつくと、変化させたボタンを杖でつついた。

 

「貴方も大変よね」

 

 飾りボタンに変化させられたコガネムシはピクリとも動かない。

 その瞬間、卵を腐らせたような臭いが鼻を突いた。

 

「臭っ……一体何が──」

 

 私が周囲を見回すと、ロンの杖から煙が噴き出している。

 よく見ると、ロンの杖は真ん中のあたりがテープでぐるぐる巻きになっていた。

 

「杖ぐらい新しいものを……いや、夏休暇の時には折れてなかったわよね?」

 

 多分だが、車で暴れ柳に突っ込んだ時に折れてしまったのだろう。

 だがあの杖ではまともに呪文は使えないはずだ。

 ちゃんと授業を受けるためにも新しい杖が必要だろう。

 

 変身術の授業が終わり、私たちは大広間に昼食を取りに来ていた。

 ロンは先程の失敗がかなり気になっているのか、杖のテープを巻きなおしている。

 

「くそ、このポンコツ! 役立たず!」

 

「学校に杖の予備がないかしら。それか家から代わりの杖を送ってもらうか」

 

「家に手紙を出したところでまた吼えメールが返ってくるだけさ。『杖が折れたのはお前が悪いからです!!』ってね」

 

 ロンがそう言って肩を竦める。

 もう杖を直すのは諦めたのか、ロンは鞄の奥の方に杖を押し込んだ。

 

「でも、その杖じゃまともに授業が受けられないわ」

 

 ハーマイオニーが自分の皿に卵料理をよそいながら言う。

 

「勿論、杖を振り回すだけが魔法じゃないけど、杖を振ることができなければ魔法使いじゃないわ」

 

 ロンは不貞腐れたようにベーコンにかじりつく。

 ハーマイオニーは肩を竦めると、時間割を確認し始めた。

 二人の間に微妙な空気が流れ始める。

 ハリーは何とか空気を変えようと、慌てて口を開いた。

 

「午後の授業はなんだっけ?」

 

「闇の魔術に対する防衛術よ」

 

 ハーマイオニーが間髪入れずに答える。

 

「君、ロックハートの授業を全部小さなハートで囲んでるけどどうして?」

 

 ロンがハーマイオニーの時間割を覗き込む。

 ハーマイオニーは顔を赤くすると、慌てて時間割を隠した。

 

「あら、ハーマイオニーも乙女ね」

 

「からかわないでよ! 純粋に尊敬してるだけ」

 

 昼食を終え、私たちはロックハートの本を抱えて闇の魔術に関する防衛術の教室に向かう。

 ロックハートはまだ来ていないようで、教室の中ではロックハートがどのような授業を行うのか生徒が口々に話し合っていた。

 

「去年のクィレルの授業は殆ど座学だったけど、ロックハートの授業はどんな感じだろう?」

 

 ハリーは机の上にロックハートの本を積み上げてタワーのようにしている。

 対照的に私は机の上に本を敷き詰めて机の上を平らにした。

 

「まあ、本を読む限りでは面白そうな授業にはなりそうだけど……」

 

 私は本の一つを指で弾く。

 その瞬間、ロックハートが教室の扉を開いて中に入ってきた。

 

「やあ、少し待たせたかな? すまないね。思いのほか昼食のミートパイが懐かしくてつい食べ過ぎてしまった。生徒の前にパイ生地をいっぱいつけたローブで出てくるわけにもいかないからね」

 

 ロックハートは教卓の上で授業の準備を進めながら教室の中を見回す。

 そして何かに気が付いたかのようにネビルの机の上に置いてある本を一冊取り上げた。

 

「すまない。使う教科書の指定をしていなかったね。しばらくはこの『トロールとのとろい旅』を使って授業をしていく。それ以外の教科書は自分のベッドの下に仕舞いこんでいて構わないよ」

 

 ロックハートはネビルに本を返すと、黒板の前に立つ。

 そして大きな字で三十分後の時間を書いた。

 

「さて、早速だが私の自己紹介の前にまずは君たちのことが知りたい。なに、簡単なテストだ。制限時間は三十分。自分がわかる範囲で解いてくれ」

 

 ロックハートが杖を振るうと、机の上に置いてあった教科書が全て消失する。

 そしてロックハートの鞄の中から数十枚の羊皮紙が列を成して飛び出し、生徒一人一人の机の上に裏向きで着地した。

 

「さあ、始めて欲しい。その間に私は裏で少し今日の授業の準備をしてくるよ」

 

 ロックハートはそう言い残すと教室の裏にある部屋の中に入って行ってしまう。

 生徒たちは顔を見合わせると、机の上に置かれた羊皮紙をひっくり返した。




設定や用語解説

マンドレイク
 別名マンドラゴラ。回復薬や解毒薬の材料になる。モンハンだとキノコだが、ハリー・ポッターでは植物の根。

Twitter始めました。
https://twitter.com/hexen165e83
活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。


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ピクシーと写真と私

 新学期が始まって初めの闇の魔術に対する防衛術の授業。

 私は机の上に置かれた羊皮紙をひっくり返し、テストの内容を確認した。

 

『問一 一九四〇年代に魔法界を震撼させた闇の魔法使いは誰か』

 

『問二 君は夜のロンドンで闇の魔法使いに遭遇した。君はどのような呪文で自らの身を守るだろうか』

 

『問三 ホグワーツに掛けられている防衛の魔法を一つ以上答えよ』

 

『問四 吸血鬼の弱点を二つ以上答えよ』

 

『問五 君は満月の夜に狼男に遭遇した。適切な対処を記述せよ』

 

 このような問題が羊皮紙に細かい字で五十問書かれている。

 どうやら、三十分で全ての問題を解かせる気はないらしい。

 私は鞄の中から羽ペンを取り出すと、分かる問題から順番に羊皮紙の問題を解き始めた。

 

 三十分後、大きな箱を抱えてロックハートが教室に戻ってくる。

 まだ殆どの生徒が羽ペンを動かしていたが、ロックハートが杖を振るうと答案用紙が宙に浮き、ロックハートのもとに集まった。

 

「それまで。テストはここまでにしよう。……ふむ、思った以上に授業の進捗はいいようだ。クィレル先生は優秀な先生だったみたいだね」

 

 ロックハートは集めた羊皮紙をパラパラとめくると、教卓の隅に置く。

 そして教室を見回し、一言付け足した。

 

「ああ、安心してほしい。このテストはあくまで現状を把握するためのものだから成績には反映されない。だが……特別点数が良かったホワイト君とグレンジャー君には十点ずつあげよう。グリフィンドールにニ十点だ」

 

 ロックハートに名前を呼ばれて、ハーマイオニーは少し顔を紅くする。

 対してロックハートはそんなことはどうでもいいと言わんばかりに教卓の上に置いた箱の中に手を突っ込んでいた。

 

「さて、闇の魔術に対する防衛術について今更説明する必要はないだろう。例のあの人が消えた今、闇の魔術師というもの自体は極端に少なくはなっている。今の君たちに必要なのは対人戦闘能力より、対危険生物戦闘能力だ。言ってしまえば、この一年は危険な魔法生物に対する防衛術を学んでもらうことになる」

 

 ロックハートは箱の中に突っ込んでいた手を引っ張り出す。

 そこには青色の小さな妖精が握られていた。

 

「ピクシー妖精だ。小さく、機敏で、悪戯好き。コーンウォール地方に生息している小妖精だよ」

 

 ロックハートはピクシー妖精を一匹教室の中に放つ。

 ピクシー妖精は教室の中を飛び回ると、早速天井に取り付けてあるシャンデリアを落とそうと躍起になり始めた。

 

「獰猛な性格で、鋭い牙がある。今日はこいつを使って失神呪文の練習を行おう」

 

 ロックハートが杖を振るうと、ピクシーの体が凄い速度で何かに引っ張られ、ピクシーはロックハートの手の中に収まる。

 

「さて、全員杖を持って立ち上がって」

 

 生徒たちは堅苦しいテストの反動もあってか、皆ワクワクした表情で椅子から立ち上がる。

 ロックハートは全員が立ち上がったのを確認すると、杖を一振りし教室中の机と椅子を消失させた。

 

「まずは呪文の練習だ。失神呪文……わかるものは?」

 

 ロックハートの問いに、ハーマイオニーの手が一番に上がる。

 

「グレンジャー君。答えは?」

 

「ステューピファイです」

 

「素晴らしい。知識は誰にも盗まれない宝だ。ステューピファイ。まずは杖を振らずに唱えてみよう。発音に気を付けて。『テュ』を『ピュ』と発音しないように。さん、はい!」

 

「「「ステューピファイ!」」」

 

 ロックハートの掛け声とともに、生徒が口々に呪文を口にする。

 ロックハートはそれを聞くと、満足そうに一度頷いた。

 

「よろしい。それでは実践だ。まずはお手本を見せよう」

 

 そう言うとロックハートは手に掴んでいたピクシー妖精を教室に放つ。

 そして杖を構えると、鋭くピクシー妖精に向けた。

 

「ステューピファイ!」

 

 杖の先端から赤い閃光が飛び出し、ピクシー妖精に命中する。

 ピクシー妖精はビクンと体を痙攣させると、教室の真ん中にポトリと落ちた。

 

「と、こんな感じだ。一度に多くのピクシーを放すと危ないから、一人ずつ実習しよう。さて、では最初は……」

 

 ロックハートはぐるりと教室内を見回す。

 そしてまっすぐ私を指さした。

 

「ホワイト君、やってみたまえ」

 

「え? あ、はい」

 

 私はロックハートに言われてローブから杖を引き抜く。

 

「準備はいいかい?」

 

「はい、大丈夫です」

 

 ロックハートは私の準備が整ったことを確認すると、箱の中からピクシー妖精を一匹取り出して教室に放った。

 私は教室を縦横無尽に飛び回るピクシーをじっと眺める。

 ピクシーの動きは速く、呪文を一発で当てるのは難しいだろう。

 私は杖を持っていない右手をまっすぐピクシーの方に向ける。

 そしてパチンと指を鳴らした。

 教室中を飛び回っていたピクシーはその音に反応し、私のほうにまっすぐ飛んでくる。

 横に動いている物体を追うのは難しい。

 だが。こちらに向かって飛んでくる物体は、どんなに速く動いていたとしても私から見たら止まっているのと変わらない。

 

「ステューピファイ!」

 

 私の真紅の杖から放たれた赤い閃光はこちらに向かって飛んでくるピクシーに直撃する。

 ピクシーは空中で失速すると、私の足元にポトリと落ちた。

 

「よろしい。リスクは高いが、それは同時にチャンスでもある。では次は──」

 

 その後もロックハートは順番に生徒を指名し、ピクシーを放っていく。

 授業の終わりには、少なくとも一人一回はピクシーと対峙した。

 

「ピクシーは素早い。呪文を一発で当てることは困難だが、それは同時にピクシーに呪文を当てられるようになれば大抵の魔法生物に魔法を当てられることになる。慣れてくればスニッチを魔法で撃ち落とすことすら可能だろう。そして、今日教えた失神呪文は非常に使い勝手のいい呪文だ。殺傷能力はなく、対象を無傷で気絶させることができる」

 

 ロックハートが杖を振るうと、消えていた机や椅子、教科書が教室に出現する。

 

「さて、今日の授業はここまでだ。授業の最初に言った通り、しばらくは教科書は『トロールとのとろい旅』だけ持ってくればいい。では、次の授業に向かいなさい。私はここで次の授業までにピクシーを起こさないといけないからね」

 

 ロックハートは気絶したピクシーの入った箱を抱えて教室の裏に消えていく。

 ロックハートが居なくなると生徒たちは興奮冷めやらぬ様子で教室を出ていき始めた。

 

「なんというか、意外だったな」

 

 教科書の山を抱え込みながらロンが言う。

 

「そうかしら。確かに本に出てくる彼とは少し性格が違うように思うけど、でも噂通り凄く優秀な魔法使いだわ」

 

 ハーマイオニーは教科書をまるで宝物のように胸に抱えた。

 

「うん、見直したって言い方は少し違うような気がするけど……本の内容は少し誇張して書いてあるものだとばかり思ってたんだ。でも、あの様子だと本の中のロックハートより実物のロックハートの方が優秀なように見えるよ」

 

「ああ、それは本人も話していたわね。自分の書く本はあくまで娯楽書だから、面白可笑しく脚色してるって」

 

「へぇ。って、そんな話どこでしたのよ?」

 

 ハーマイオニーは噛みつくように私に聞いてきた。

 

「どこって、ホグワーツ特急のコンパートメントの中だけど」

 

「彼と同じコンパートメントに乗ってたの!?」

 

 ハーマイオニーは驚きの声とともに手に持っていた教科書をバラバラと落とす。

 

「ええ、そうだけど……それがどうかしたの?」

 

「ほら、サクヤ察しろよ。ハーマイオニーはロックハートのファンなんだ」

 

 ロンが床に落ちたロックハートの著書を拾い上げる。

 その本は新品の教科書にしてはあまりにも読み込まれた跡があった。

 

「ああ、なるほど」

 

 ハーマイオニーは顔を真っ赤にしてロンから教科書を奪い取る。

 

「それは今関係ないでしょ! そうじゃなくて……私ずっと列車の中でサクヤを見つけられなかったことが気になってたの。それに、ロックハート先生が乗っていたのだとしたら確実に話題になるはずよ。それを見つけられないなんてことがあるのかしら」

 

「どういうこと?」

 

「サクヤは確か先頭の客車にいたって言ってたわね。何番目のコンパートメントにいたか覚えてる?」

 

 ハーマイオニーの問いに、私は昨日のことを思い出す。

 確か私は客車に入ってすぐのコンパートメント、つまり客車の一番後方のコンパートメントのはずだ。

 

「先頭の一番後ろよ。それがどうかしたの?」

 

「おかしいわ。私は確かにそのコンパートメントを覗いてる。でも、そこにはサクヤも、ロックハート先生もいなかったはずよ」

 

「そんなはずないわ。地味で目立たない私ならまだしも、あんなに目立つ容姿をしているロックハートを見落とすはずがないわ」

 

 またバラバラと教科書を落とす音が聞こえてくる。

 私が視線を向けると、今度はロンが教科書を取り落としていた。

 

「君、自分の容姿が地味で目立たないって思ってるのかい?」

 

「冗談に決まってるじゃない。ほら、行くわよ」

 

 私は本の山を抱えながらホグワーツの廊下を歩く。

 ロンは慌てて本をかき集めると、私の後を追って走り出した。

 

 

 

 

 ロックハートが教鞭を取る闇の魔術に対する防衛術の授業はたちまち大人気の授業になった。

 各学年に合わせたレベルの調整は勿論のこと、今までにないほど実践的であり、実戦的だ。

 さらに、ロックハート自身の魔法の技術も高く、噂ではホグワーツ内でダンブルドアに次ぐ実力者なのではないかと言われていた。

 まあそれだけだったらロックハートは噂通りの人物だったという話で終わる。

 だが、不思議なのはそのほかの教師たちの反応だ。

 特にマクゴナガルやスネイプなど、ダンブルドアに比較的近い教師たちはロックハートの評価を聞くたびに首を傾げていた。

 何故か一部の教師陣はロックハートが優秀であることにかなりの違和感を覚えているように感じる。

 私は大広間でトーストにバターと蜂蜜をたっぷりと塗りつけながら職員の机のほうを覗き見た。

 そこではロックハートがフリットウィックと親し気に話しているのが見える。

 少し視線を横に移動させると、その様子を怪訝な顔で見ているハグリッドの姿があった。

 

「そういえば、ハグリッドの小屋にお邪魔するのって今日の午前中よね?」

 

 私は横で口の中にベーコンを押し込んでいるロンに聞く。

 ロンは口をモゴモゴさせながら言った。

 

「うん、土曜の午前中だって言ってたから今日のはずだよ。でもハグリッドと約束したのは僕じゃなくてハリーだから詳しいことはわからないなぁ」

 

「で、そのハリーは?」

 

「ウッドに引きずられていったみたい。クィディッチの練習だってさ」

 

 なるほど、ハリーがロンと一緒に大広間に来ていない理由はそれか。

 グリフィンドールは去年の寮対抗杯で優勝を果たした。

 そのためキャプテンであるオリバー・ウッドも勢いづいているのだろう。

 

「なら、クィディッチの練習が終わるまでスタジアムで練習を見学するのはどう? サクヤもどうせ暇でしょう?」

 

「どうせは余計だけど……まあ、そうね。まだ授業も始まって一週間だし、復習するようなこともないしね」

 

 私はトーストを一口かじる。

 少しハチミツを塗りすぎたためか、バターのしょっぱさよりもハチミツの甘さがガツンときた。

 

「甘っ……」

 

 机の上に置かれているポットから紅茶を注ぎ、砂糖を入れずに飲む。

 紅茶の若干の渋さが口の中のハチミツの甘さを程よく中和した。

 

 朝食を取り終えると、私たち三人はハリーの練習を見学しにスタジアムに移動した。

 スタジアムにはまだグリフィンドールチームの姿はなく、スタンドにもカメラを持った新入生と思われる少年がじっと待っているだけだった。

 

「あ! もしかして、サクヤ・ホワイトさんですか!!」

 

 スタンドにいた少年はこちらに気が付くと、近くに駆け寄ってくる。

 

「コリン・クリービーって言います。グリフィンドール生です!」

 

 コリンはカメラを抱えたままぺこりとお辞儀をした。

 

「ということは新入生ね」

 

「はい、今年からホグワーツです」

 

 私たちは適当なスタンドに腰かける。

 コリンは腰かけることなく、私の正面に立った。

 

「僕、ハリー・ポッターさんに写真を撮らせてもらおうとここで待っていたんですけど、全然更衣室から出てこなくて。もう一時間以上待ってるんですけど……」

 

「ああ、多分ウッドがこの夏寝ずに考えたフォーメーションを延々と聞かされているんだと思うわ。それにしても……」

 

 私はコリンの容姿を上から下まで観察する。

 果たして私はこの少年と知り合いだっただろうか。

 有名なハリーのことを知っているのはおかしなことではない。

 だが、新入生が何故私のことを知っているのだろうか。

 

「よく私の名前を知っていたわね。どこかで名乗ったかしら?」

 

「ああ、いえ! でも一年生の間で話題になってますよ。凄く可愛い二年生がいるって。写真一枚いいですか!」

 

 そう言ってコリンはカメラを構える。

 私はそう長くない髪を軽くかきあげた。

 

「可愛く撮ってね」

 

「ありがとうございます!」

 

 コリンは興奮気味にカメラのシャッターを切る。

 その様子をハーマイオニーが呆れた様子で見ていた。

 そうしているうちに、グリフィンドールの更衣室から箒を担いだ選手たちが姿を現す。

 それを見て、コリンは選手の方に慌てて駆けていった。

 

「あの様子だと、本当に今から練習が始まるようね」

 

「だとするとあと一時間……いや、下手すると日が沈むまで練習するかもな」

 

 ロンが腕時計を見ながら言った。

 もしそうなのだとしたら、頃合いを見計らってハリーを攫うか、ハリーは諦めて私たちだけでもハグリッドの小屋に行くのかを決めなければならないだろう。

 グラウンドに出てきたグリフィンドールの生徒たちは早速箒に飛び乗り練習を始める。

 ハリーも去年マクゴナガルから貰った競技用の箒、ニンバス2000に乗って大空へと飛び上がった。

 そのハリーを追って、コリンもカメラを構えている。

 私もスタジアムを縦横無尽に飛び回っているハリーを目で追っていたが、視界の隅に緑色のユニフォームが映り、視線をそちらに向ける。

 そこにはスリザリンの選手たちがお揃いの箒を持ってグラウンドの隅に立っていた。

 

「スリザリンもやる気十分ね。練習試合でもするのかしら」

 

 私はそんなことを呑気に考えていたが、どうも様子がおかしい。

 ウッドやグリフィンドールの選手がスリザリンの選手の方に近づいていき、瞬く間に言い争いが始まってしまった。

 

「何か言い争いをしているみたいだけど……大丈夫かしら」

 

 ハーマイオニーは心配そうにそう呟く。

 

「行ってみよう」

 

 ロンはスタンドから立ち上がると、スリザリンのキャプテンと言い争いをしているウッドのもとに走っていった。

 私とハーマイオニーもその後を追う。

 そこにはスリザリンのユニフォームに身を包んだマルフォイの姿があった。

 

「あらドラコ。いつの間に選手になったの?」

 

 私がマルフォイに駆け寄ると、マルフォイは得意げに鼻を擦る。

 

「今年から僕がスリザリンのシーカーだ。それに、ほら! 箒も新しくした。ニンバス2001、最新鋭の箒さ。しかも、僕だけじゃない。スリザリンの選手全員がだ」

 

 確かにスリザリンの選手は全員お揃いの箒を持っている。

 

「父上がスリザリンのクィディッチチームに箒を寄贈したんだ。これでスリザリンは優勝間違いなしさ」

 

「ええ、そうね。それに、貴方がシーカーをするんだもの。活躍、楽しみにしてるわ」

 

 私がそう言って微笑むと、マルフォイは顔を真っ赤にして箒で顔を隠す。

 そうしているうちにも、ウッドとスリザリンのキャプテンの間で話が付いたようだった。

 

「……ああ、わかった。今日のところは引き下がろう。だが、こんなことは二度もないと思えよ!」

 

 どうやらスリザリンのキャプテンは、スリザリンの寮監のスネイプから特別に許可を得ていたらしい。

 ウッドもスタジアムの予約をしていたらしいが、去年の優勝寮ということもあり、今日のところはスリザリンにスタジアムを譲ったようだった。

 

「じゃあ、練習もなくなったことだし、ハグリッドの小屋に向かいますか」

 

 私は見るからに不機嫌なハリーの背中をバンバンと叩く。

 すると、ウッドが慌てて私たちの間に割って入った。

 

「ちょっと待った! スタジアムが使えなくなっただけでクィディッチの練習をしないとは一言も──」

 

「これ以上ハグリッドを待たせたらハグリッドの首が伸びすぎて小屋の低い天井を突き破ってしまうわ」

 

 私はハリーの背中を押しながらグリフィンドールの更衣室を目指す。

 ウッドはやれやれと大きく肩を竦めた。




設定や用語解説

くっそ優秀なロックハート
 秘密の部屋編はロックハートを中心にして動いていきます

新人シーカーマルフォイ
 下手ではないが、ハリーのような天性の才能は持っていない

ナメクジ喰らわないフォイ
 サクヤがいるだけで態度が軟化するマルフォイ。原作ほどハリーたちとマルフォイの仲は悪くない。良くもないが

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評価と才能と私

「随分遅かったな。今日はもう来ないものかと思ったぞ」

 

 二年生になって最初の土曜休み。

 私たちはハリーのクィディッチの練習が中止になったと同時にスタジアムを飛び出し、ハグリッドの小屋に来ていた。

 ハグリッドは少し遅かった私たちに気を悪くする様子もなく、笑顔で紅茶の準備をしている。

 

「ウッドが早朝急に練習するって言い出して……結局中止になったんだけど……」

 

「オリバーか。去年優勝したこともあって勢い付いとるんだろうな。だがなハリー、オリバーの気持ちを邪険にするのはいかんぞ。クィディッチはチーム競技だ。オリバー一人でやる競技じゃない」

 

「それはわかってるよ。でも、チームなら練習の日程ぐらい事前に教えて欲しいってだけさ」

 

「まあ、それはもっともだな。っと、紅茶が入ったぞ」

 

 ハグリッドは大きなマグカップにティーポットの紅茶を回し入れる。

 私は口の中を火傷しないように気をつけて一口飲んだ。

 

「でも、どうして急に練習が中止になったんだ? そりゃ俺としては中止になってくれて嬉しいが……」

 

「スリザリンが新人シーカーの育成にスタジアムを使うからってスネイプから特別許可を得たらしんだ」

 

「新人シーカー?」

 

 ハグリッドの問いに、ハリーは少々気怠げに言った。

 

「マルフォイだよ」

 

「マルフォイ? あのチンチクリンがか?」

 

 ハリーはマルフォイの父親がスリザリンチームに新型のニンバスをメンバー分寄贈したこと、それによってマルフォイがスリザリンのシーカーに選ばれたことを話した。

 

「そりゃ……なんと言えばいいか……むしろよかったんじゃないか?」

 

 ハグリッドの言葉にハリーは驚いたように目を見開く。

 

「どうして? 最悪だよ……」

 

「だってお前さんそりゃ……マルフォイんとこのせがれは実力で選ばれたわけじゃない、つまりはシーカーとしてはへっぽこもいいところってことだ。そんなやつ、実力で選ばれたお前さんの敵じゃねえ。確かに箒の性能はアッチが上かもしれん。だがな、クィディッチは箒の性能が全てじゃない。それはお前さんが一番理解しとるだろう?」

 

「ハグリッドの言う通りね」

 

 私はハグリッドの言葉に同意する。

 

「ドラコの実力がどれほどのものかはわからないけど、シーカーとしての腕前や経験はハリーの方が上のはずよ。自信持ちなさいな。それとも、新型のニンバスを持ったドラコに勝つ自信はない?」

 

「……そんなことないけど」

 

 ハリーは納得ができないといった表情で紅茶を啜る。

 

「でもスリザリンチームが強力になったのは確かだよ。そりゃハリーのニンバス2000とスリザリンチームのニンバス2001じゃそこまで差はないかもしれないけど、フレッドやジョージが使ってるクリーンスイープ5と比べたら性能に天と地ほどの差があるんだ」

 

 まあ確かにロンの言うことも一理ある。

 箒の差が絶対的な差になるとは思っていないが、スリザリンチームが強化されたのは事実だろう。

 

「何にしてもだ。スリザリンを僻んだところでグリフィンドールの箒が全部新しくなるわけでもねえ。素直に練習するこったな」

 

 ハグリッドはそう言って一旦クィディッチの話題を切り上げた。

 その後も私たちは新学期の話や新しく入ってきた新入生の話題に花を咲かせる。

 その話の流れで、新しく入ってきたロックハートの話になった。

 

「そういえばハグリッド、ロックハートとは仲が悪いの?」

 

 ロンが蜂蜜ヌガーを齧りながらハグリッドに聞く。

 ハグリッドはロンの問いに少し首を傾げた。

 

「俺とロックハートがか? なんでそう思うんだ?」

 

「いや、そんな雰囲気を感じただけだけど……」

 

 ハグリッドは少し悩むように何度か紅茶を啜る。

 

「まあ、別に俺とロックハートの仲は悪いわけじゃねえ。親しいわけでもないがな。そもそも、話すことがないからな。だがまあ、前評判とあまりにも違っとったから──」

 

「ん? そうかしら?」

 

 ハーマイオニーが横から口を挟む。

 

「評判通りの凄腕の魔法使いって感じだけど……」

 

 ハグリッドはまた少し悩み、小さな声で話し始めた。

 

「ここだけの話だがな。俺はロックハートの本に書いてあることはでまかせだと思っとった。俺だけじゃねえ。ホグワーツの教師でロックハートが本当に優秀な魔法使いだと思っとる教師は一人もおらんかったんだ」

 

「どうして?」

 

 ハリーの問いに、ハグリッドはさらに声を顰める。

 

「陰口みたいであんまり言いたくはないんだが……ロックハートがホグワーツ生だった頃の印象とあまりにも違いすぎてな。ホグワーツにおった頃の奴は確かにそこそこ優秀ではあったんだが、飛び抜けてって程でもない。むしろ物凄い目立ちたがりでかなりのナルシストだったという印象のが強い」

 

「確かに、今のロックハートの印象とは異なるわね」

 

 私の言葉にハグリッドは頷く。

 

「本屋で見たロックハートは在校中に問題ばかり起こしとった奴そのものだった。それがどうだ? ホグワーツに教師としてきたロックハートはまるで別人だ。今の奴はどちらかと言うと……」

 

 そこまで言ってハグリッドはふと我に返ったように押し黙る。

 

「いや、この話は忘れてくれ。ホグワーツの教師の中でもロックハートの評価は見直されてきとる。優秀で、ハンサムで、人格者だ。数年後にはホグワーツの名物教師の一人になるだろうな」

 

 ハグリッドは喉につっかえる何かをロックハートへとお世辞と共に飲み込んだようだった。

 

 そうしているうちにお昼の時間も近くなり、私たちは惜しまれつつもハグリッドの小屋を後にした。

 校庭を横切り、城へと続く階段を登って大広間を目指す。

 

「ポッター、ウィーズリー、話があります」

 

 だがその途中で、不意にマクゴナガルに呼び止められた。

 マクゴナガルはこちらに近づいてくると小さな羊皮紙をハリーとロンに渡す。

 ハリーとロンは同時にその羊皮紙を覗き込み、同時に顔を顰めた。

 

「二人とも処罰は今夜になります。夕食後フィルチさんと一緒にトロフィー室で銀磨きです。勿論、これは処罰ですので魔法は使ってはなりません。自分の力で磨くのです」

 

「「そんな!」」

 

 ハリーとロンの悲痛な叫びが重なる。

 まあ、車で暴れ柳に突っ込んだ処罰がその程度ならまだマシな方だろう。

 

「あとそれと……ミス・ホワイト」

 

 マクゴナガルは何かを思い出したかのように私の方を向く。

 

「ロックハート先生がお呼びでしたよ。なんでもホグワーツ特急で借りた本を返したいとかなんとか言ってましたが……」

 

 ロックハートが私を呼んでいる?

 少なくとも、ホグワーツ特急で本を貸した覚えはないのでそれ自体はただの理由づけだろう。

 

「いつでもいいので私室を訪ねてほしいと言っていました」

 

「わかりました。もしロックハート先生に会われましたら時間がある時に伺う旨をお伝えください」

 

 私は絶望に打ちひしがれているハリーとロンの背中を押しながらその場を後にする。

 マクゴナガルが見えなくなると同時にハーマイオニーが口を開いた。

 

「ロックハート先生に本を貸してたの?」

 

 私はその問いに対する答えに少し悩む。

 この三人には本当のことを話しておいてもいいかもしれないが、まだなんとも事情がわからない。

 一度会って話を聞いてみてからでも遅くはないだろう。

 

「ええ、マグルの推理小説を一冊貸したわ。興味があるみたいだったから」

 

「推理小説?」

 

「『そして誰もいなくなった』よ。ハーマイオニーも読んだことあるでしょ?」

 

 アガサ・クリスティの名作だ。

 ハーマイオニーが知らないということはありえないだろう。

 

「そりゃ確かに読んだことあるけど……」

 

「何にしても、ご飯を食べたら私室を訪ねてみるわ」

 

「私も一緒に──」

 

「大丈夫。心配しなくて良いわ。本を返してもらうだけですもの」

 

 私はついてきたそうにしているハーマイオニーの提案を断ると、そのまま大広間に入る。

 そして背中を押していた二人を椅子に座らせると、自分も椅子に座り昼食を取り始めた。

 

 

 

 

 昼食を食べ終わった午後一時過ぎ。

 私は四階にあるロックハートの部屋の前に来ていた。

 ロックハートの部屋は表札等はつけられておらず、場所を知らされていなければここがロックハートの部屋だということはわからないだろう。

 私は深呼吸を一度し、いつでも時間を止められるように身構える。

 そしてローブに挿してある杖をもう一度確認し、右手でドアをノックした。

 

「サクヤ・ホワイトです」

 

 私は扉越しに呼びかける。

 するとノックをしてすぐにいつもと変わらない様子のロックハートが扉を開けて現れた。

 

「やあ、よく来たね。どうぞ上がって」

 

 ロックハートは私を部屋の中に招き入れる。

 ロックハートの部屋の中は書斎のようになっており、隅のほうに申し訳なさそうにベッドが置かれている。

 部屋の壁という壁は本で埋まっており、机の上には古びた日記帳と新品の羊皮紙、そしてインク瓶に羽ペンが置いてあった。

 これは勝手なイメージでしかないが、まさに小説家の書斎という印象だ。

 

「どちらもあまり良いものではないが……紅茶と珈琲、どちらがいい?」

 

「珈琲で」

 

 ロックハートは私の返事を聞くと、瓶に入った珈琲豆を棚から取り出し、部屋の隅に置かれていたミルの中に入れる。

 するとミルは自動的に動き出し、ガリガリと音を立てて珈琲豆を粉砕していった。

 

「砂糖やミルクは?」

 

「いりません」

 

 本当は甘い珈琲のほうが好きだが、このよくわからない状況であまり混ざりっ気のあるものを飲みたくはない。

 そもそも今ロックハートが淹れている珈琲にも口をつける気はなかった。

 

「すまないね。もっとそれらしい理由が有ればよかったんだが、生憎君はイチャモンの付けようが無いぐらいには優秀だ。まあ、優秀だからこそここに呼んだということもあるが……」

 

 ロックハートはテキパキと珈琲を淹れると、二つのティーカップに均等に珈琲を注ぐ。

 

「っと、立ち話もなんだ。そこに座りなさい」

 

 そして部屋の隅にあった小さな丸椅子を指さした。

 私はティーカップをロックハートから受け取り椅子に座る。

 そしてまだかなり熱いであろうティーカップを書斎の机の隅に一度置いた。

 

「それで、どういったご用件で?」

 

 私はじっとロックハートを警戒しながら聞く。

 ロックハートはそんな私の目を少し見ると、大きな椅子に腰掛けた。

 

「何、そんなに警戒しないでくれ。といっても、無理な話ではあるだろうがね」

 

 ロックハートは一口珈琲を飲む。

 そして私と同じように書斎の机の上にティーカップを置いた。

 

「この一週間のうちに授業で何度か君の魔法を見せてもらったよ。君は才能の塊だ。流石は、去年学年一位といったところか」

 

「一位は私じゃなくハーマイオニーです。私は──」

 

「実技試験では一位、だろう? 本に書いてることをいくら覚えていたところで意味はない。そんなもの忘れてもまた読み返せば良いだけの話だ。だが、実際に魔法を使うとなるとそうはいかない。魔法使いというのは最終的には才能がものをいう世界だ」

 

 ロックハートは私の目をじっと見て、少々眉を顰める。

 私はロックハートの次の言葉を待った。

 

「ホワイト君、君はこう思ったことはないだろうか。授業で習う魔法のなんてチンケなことだろうと。このようなママごとのような魔法をいくら習ったところで何が変わるのかとね」

 

「そんなことは──」

 

「ない、と言い切れるかな?」

 

 確かにロックハートの言うように、授業で習う魔法にそこまで難しいものはない。

 まあ、それはある意味当たり前だ。

 一部の学生しか習得できないような魔法を教えるというのは、その他の多くの学生を切り捨てるということになる。

 

「……何が言いたいんです?」

 

「単刀直入に言おう。私から魔法を習う気はないかい? 私なら君の望む技術や呪文をあまねく教えることができる。それに、鈍臭い他の生徒に足を引っ張られることもない」

 

「私に先生の個人授業を受けろと?」

 

 私がそう聞くとロックハートはニコリと笑った。

 

「勿論、強制ではない。君が断ったら次に優秀な……そうだな、ハーマイオニー・グレンジャーでもいいかもしれない」

 

 ロックハートは咳払いを一つして続ける。

 

「これはあくまで私の都合であるから聞き流してもらって良いんだが……今後仕事をする上で弟子が欲しくてね。優秀な弟子を探すという目的もあってホグワーツの教師を引き受けたというのもあるんだ。もっとも、無数にある将来の選択肢の一つぐらいに考えてもらえばいい。君には君の人生があるだろう。私にそれを左右する権限はない」

 

 なんの冗談かと思ったが、ロックハートの表情は真剣そのものだった。

 どうやらロックハートは本気で私を弟子に取りたいらしい。

 いや、先程の言葉が真実ならば、優秀な生徒なら誰でも良いらしいが。

 

「それは……魅力的な提案ではありますが……」

 

 確かに私は学校のカリキュラムに囚われず魔法を教えてくれる存在を探していた。

 渡りに船な提案ではあるのだが、あまりにも都合が良すぎるようにも感じる。

 

「何か気になることでも?」

 

「……いえ、是非とも私に魔法を教えてください。私自身、このような都合のいい先生を探していたところですので」

 

 確かに都合は良すぎるが、魅力的な提案であることに変わりはない。

 ロックハートの目的が他にあったとしても、私には時間停止の能力がある。

 たとえこの瞬間にロックハートに殺されそうになっても、私ならその前にロックハートを殺せるはずだ。

 

「ですが……このことは秘密でお願いします。有名なロックハート先生から個人授業を受けるとなるとその……風当たりが強そうですので」

 

「勿論だ。私としても変な噂が立つのは回避したい」

 

「それと、できれば他の先生方にも秘密にしていただきたいです」

 

 私がそう言うと、ロックハートは不思議そうな顔をする。

 

「ほう、どうしてだい?」

 

「秘密というものは共有する人数が多くなればなるほど漏れやすいものですので」

 

「まあ、君がそうしたいならそうするが……わかった。個人授業の件は私とホワイト君だけの秘密だ」

 

 ロックハートは静かにもう一度珈琲を飲む。

 私も一口飲んだ方がいいかと思ったが、まだ警戒を解くには早いだろう。

 

「さて、ではホワイト君。君が今一番知りたい魔法はなんだろうか。もっとも、これに関しては授業の方向性を決めるだけの質問だ。気軽に答えてくれて構わない」

 

「では、それでしたら──」

 

 私はロックハートに言われて机の隅にあった鞄を指差す。

 

「私もあのような手持ち鞄を持っているのですが、いかんせん容量が心許なく感じることがあります。中の空間を広げることは可能でしょうか」

 

「ふむ、検知不可能拡大呪文か」

 

 ロックハートは鞄を机の上に置くと、杖を振り上げて鞄を叩く。

 そして留め具を外して鞄を開いた。

 私は椅子から立ち上がり、鞄の中を覗き込む。

 そこにはロックハートの部屋と同じぐらいの空間が広がっていた。

 

「N.E.W.T試験レベルの魔法だ。ホグワーツでは七年生の時に習うことになっている」

 

「やっぱりこれ便利ですよね。そういえば、これは重さはどうなるんです?」

 

「鞄の重さ以上には重たくはならないよ。ふむ、そうだね。それじゃあこの魔法から授業を始めようか」

 

 ロックハートはそう言うと、壁に掛けられている時計をちらりと見る。

 

「今日はもう時間がないから……日付や時間を決めたほうがいいだろうね」

 

「それでしたら日曜なんてどうです? 平日は授業があるでしょうし、まとまった時間が取れるのは休日ぐらいなのでは?」

 

「それじゃあ日曜に集まることにしよう。必要だったらその都度増やせばいい」

 

 まあ私の場合練習する時間は無限にある。

 基礎的なことだけ教えて貰って、練習は時間を止めて一人で行えばいい。

 

「では、日曜……取り敢えずは明日ですね」

 

「ああ、そうだね。明日は一日私室にいる予定だから君の好きな時間で構わないよ」

 

 私は明日特に予定が入っていないことを確認し、十時にこの部屋を訪ねる旨をロックハートに伝える。

 

「十時だね。わかった。お茶の準備をしておくよ」

 

 ロックハートはチラリと私のティーカップの中を覗き見る。

 そういえば、一口も口をつけていなかったか。

 これから魔法を習うという立場上、少しは気を使って中身を減らしておいたほうが良かったかもしれない。

 

「すまないね。こっちも気を使うべきだった」

 

 だが、ロックハートは特に気を悪くすることなく、ティーカップを見て苦笑した。

 

「私がお茶の準備をするのはやめた方がいいな。そうだね……ホワイト君、面倒じゃなければ、今度から君がお茶を淹れてくれないかい?」

 

「いや、これはなんというか──」

 

「大丈夫。その慎重さは評価されるべきものだ。私の目的がわからなかったから、出された飲み物には口をつけなかった。君は実に聡明な魔女だよ」

 

 ロックハートはそう言うと、テキパキとコーヒーの入ったティーカップを片付け始める。

 私は警戒していることを悟られてしまったことに少し反省しつつ、椅子から立ち上がった。

 

「そういうことでしたら、次回からは飲み物は私が用意します。あ、でも茶葉はどうやって手に入れたら……」

 

「厨房から貰ってくるのがおすすめだよ。ホグワーツの厨房には何気にいい茶葉が置かれている。昔からね。それに、厨房から貰ってくる分にはタダだ」

 

「厨房? 生徒が入れるんですか?」

 

「入口さえ知っていればね。大広間の真下に厨房はあるんだが……その付近の地下廊下に果物皿の絵画が飾ってあるだろう? その絵画の洋梨をくすぐると絵画が扉になる。厨房はその中だ」

 

 普段何も考えずに食事を取っていたが、料理がある以上誰かが作っているのは当たり前のことだ。

 

「わかりました。それでは、また明日よろしくお願いします」

 

 私は厨房の入り口の場所をしっかり頭に刻み込むと、ロックハートに一礼し部屋を後にする。

 話の流れでとんでもない約束をしてしまったが、魔法を習うことになった以上、とことんこの機会を利用しよう。

 私はどのような魔法を習おうか思考を巡らせながら地下廊下へと足を進めた。




設定や用語解説

教師からの評判が悪いロックハート
 そもそもダンブルドアは、生徒の良き反面教師になるだろうという理由でロックハートを採用しています。つまり無能であるとわかった上で採用したわけですね。ですので事前に教師たちにはロックハートの実力を伝えており、教師たちの中ではロックハート=無能という式が既に完成していました。まあ、結果としてロックハートはめちゃくちゃ優秀だったわけですが。

ロックハートからの呼び出し
 関係をまとめると……
 ロックハート→サクヤに魔法を教える
 サクヤ→卒業後ロックハートの弟子になる(強制ではなく、進路の選択肢の一つ)
 という関係。ハーマイオニーが知ったら嫉妬で爆発しそうですね。

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茶葉と鞄と私

 大広間近くの階段を下り、私は地下廊下に来ていた。

 地下廊下は薄暗く少々肌寒いため全く人の気配がないが、私にとっては好都合だ。

 私は地下廊下の壁に掛かっている大きな果物皿の絵画の前に立つ。

 そしてそこに描かれている洋梨を指でくすぐった。

 すると洋梨は逃げるように身を捩り、緑色のドアノブに変わる。

 私はそのドアノブを掴み、ゆっくり絵画を開いた。

 

「おお、これはこれは……」

 

 絵画をくぐった先は思っていた以上に大きな空間だった。

 天井は上にある大広間と同じぐらい広く、壁の近くには真鍮の鍋が山積みになっている。

 部屋の中央には大広間に置かれているような大きな長机が四つ並べられており、この部屋は大広間を模して作られているように思えた。

 

「これはこれはお嬢様。よくお越しくださいました!」

 

 そして四つの長机を取り囲むように設置されている調理スペースでは小さく不細工な妖精が忙しそうに料理の下拵えをしている。

 正確に数えたわけじゃないが、百人以上の小さな妖精がここにいるように見えた。

 そして妖精たちは私の存在に気がつくと、一度料理の手を止め恭しくお辞儀をする。

 どうやら彼らがホグワーツの台所を預かっているようだ。

 想定以上の光景を目の当たりにしてしばらく呆然としているうちに、私の前には座り心地の良さそうな椅子と淹れたての紅茶、いい香りのクッキーが用意される。

 私が遠慮がちに椅子に座ると、小さな妖精は恭しくティーカップを差し出した。

 

「どうぞごゆっくりお過ごし下さい」

 

「凄い。まるでお姫様だわ」

 

 私は紅茶の香りを嗅ぐと、ゆっくり口にする。

 変なものが入っていないか確かめてはいなかったが、普段自分が口にしている料理はここで作られているのだ。

 今更毒を気にする必要はないだろう。

 私は紅茶とクッキーを楽しみながら忙しなく働く妖精を眺める。

 なんともご苦労なことだが、丸一日ホグワーツで働いて幾らぐらい稼げるのだろうか。

 彼らのような便利な使用人が一人でもいれば家事がグッと楽になるはずだ。

 

「ちょっとそこの貴方」

 

「はい、なんでしょうか?」

 

 私は洗い終わった皿を抱えて私の前を横切った妖精に話しかける。

 妖精は運んでいた皿を近くの机に置くと、私の方に向きなおった。

 

「貴方たちは月にどれぐらいお給金をもらっているの?」

 

「めっそうもありません! わたくしども屋敷しもべ妖精はお給金など頂きません!」

 

「凄い、タダで働いているのね。って、屋敷しもべ妖精って言ったかしら」

 

 屋敷しもべ妖精、どこかで聞いた言葉だ。

 私は少し考え、ハリーの部屋に現れた妖精が屋敷しもべ妖精だったことを思い出した。

 

「なるほど、屋敷しもべ妖精ね……ねぇ貴方、私の屋敷しもべ妖精にならない?」

 

「申し訳ありませんが私はホグワーツに仕える身。その契約が切れない限り他の人間に仕えることは出来ません」

 

 屋敷しもべ妖精は丁寧にお辞儀すると、皿を抱えて作業に戻ってしまう。

 まあ、彼らは学校の備品のような扱いだと思うので、勝手に引き抜くのはまずいか。

 私は一人で納得すると、茶葉を貰うために違う屋敷しもべ妖精に話しかけた。

 

「紅茶の茶葉が欲しいん──」

 

「茶葉でございますね! どのような銘柄をご希望でしょうか!」

 

 私が言い切る前に屋敷しもべ妖精は意気揚々と注文を聞いてくる。

 

「ダージリンは定番だとして……ウバとアッサムも欲しいわね。あ、それとコーヒー豆もある?」

 

「ダージリンにウバにアッサムですね! ちなみにコーヒー豆は──」

 

「コロンビア」

 

 私の注文を聞き、屋敷しもべ妖精は飛ぶように厨房を走り回り指定の茶葉とコーヒー豆を掻き集める。

 そして数分もしないうちに私のもとに帰ってきた。

 

「どうぞ! お受け取りくださいお嬢様!」

 

 屋敷しもべ妖精は茶葉とコーヒー豆を紙袋に入れると恭しくこちらに差し出してくる。

 私は紙袋を受け取ると椅子から立ち上がった。

 あまりここに長居しても彼らの邪魔になるだろう。

 私は一度厨房内を見回してから出入り口の扉に手を掛け、ゆっくり押し開ける。

 そして地下廊下に誰もいないことを確認し、素早く外に出て扉に変化している絵画を閉じた。

 

「厨房……いいところね」

 

 まさかホグワーツにこんな都合のいい空間があったとは。

 特に用事なく厨房に入り浸るのもいいかもしれない。

 私は紙袋片手に上機嫌で地上へと続く階段を登った。

 

 

 

 

「検知不可能拡大呪文とは、簡単に言ってしまえば指定した空間を魔法を用いて広げる呪文のことだ。そして名前にもあるように魔法による検知が不可能……要は実際にその空間を確認しなければこの呪文が使われているかどうかがわからない」

 

 日曜日の午前十時。

 私はロックハートの私室の机の上に羊皮紙と羽ペンを広げていた。

 私の横ではロックハートが上級生用の教科書片手に検知不可能拡大呪文の説明を行なっている。

 

「魔法によって検知ができない……というのは何か意味があるのでしょうか」

 

「勿論だとも。例えばホワイト君。ここにある本棚をこの部屋のどこかに隠さないといけない時、君ならどうする?」

 

 私はロックハートが指し示した本棚を見る。

 この私の背よりも大きな本棚を隠すとなると、それ以上大きなもので本棚を覆うか、または本棚自体を小さくするしかない。

 ロックハートは杖を取り出すと、窓とカーテンの隙間に向かって呪文をかける。

 そして魔法で本棚を浮かし、数センチしか隙間がないように見えた窓とカーテンの隙間に本棚を押し込んでしまった。

 

「そう、大きな物を隠すとき、この呪文は非常に便利な呪文なんだ。誰もカーテンの隙間に本棚が入り込んでいるとは思うまい」

 

 確かに、本棚という大きな物を探す場合、物理的に入らなさそうなところまではわざわざ探さない。

 それよりかは空いている空間に透明になって存在しているのではないかと勘繰る方が自然だ。

 

「過去に自分のトランクの中に部屋を作ってしまった者もいたと聞くが……まあそういう使い方もある。勿論、君のように単に何でも入る鞄が欲しいという単純な理由もありだ」

 

 単純な理由とロックハートは言うが、学生にとっては大きな問題だ。

 鞄一つでホグワーツにやってくることができればどんなに移動が楽になるだろうか。

 

「では、早速魔法の練習に入ろう。持ってきた鞄を机の上に出してくれ」

 

 私は机の下から普段使っている革の手持ち鞄を取り出す。

 ロックハートはその鞄の中が空であることを確認すると、杖を取り出して呪文をかけた。

 

「鞄を開いてごらん」

 

 私は鞄を開き、中を確認する。

 するとそこには自動車一台分ぐらいの空間が広がっていた。

 

「……凄い」

 

「試してみるといい」

 

 ロックハートは反対呪文を鞄にかけて中の空間を元の大きさに戻す。

 私は椅子から立ち上がり、真紅の杖を鞄に向けて呪文を唱えた。

 

「さて、どうだろうか」

 

 ロックハートは鞄を開けて中を確かめる。

 私もロックハートの脇から中を覗き込んだ。

 

「ふむ、呪文も正確で魔法に対する理解も深そうだったから成功したと思ったが……」

 

 鞄の中の空間は外見通りの大きさを保持している。

 要するに、魔法は失敗したということだろう。

 

「まあ、焦る必要はないさ。この魔法はそこそこ高度な魔法だ」

 

 ロックハートはそう言うが、私には手応えというものがまるで感じられなかった。

 まるで子供用のおもちゃの魔法の杖を振っているような、そんな感覚がする。

 私は何度か教わった呪文を試してみたが、鞄の中の空間が広がることはなかった。

 ロックハートもその様子を見ながら首を傾げている。

 私は一度大きく深呼吸し、意識を切り替える。

 今までは習った通りに魔法を発動させようとしていた。

 だが私がやりたいことは検知不可能拡大呪文ではなく、鞄の中の空間を広げたいだけだ。

 中の空間を広げるだけなら、検知不可能拡大呪文に拘る必要はない。

 私は右手をポケットに入れ懐中時計を握りしめる。

 そして懐中時計が刻む四ビートの鼓動に意識を向け、時間を止める時のような感覚で鞄に呪文をかけた。

 その瞬間、バチンという大きな音とともに青い閃光がロックハートの私室を照らす。

 私は予想外の強い光に少々後ずさったが、ロックハートは真剣な表情で鞄を見ていた。

 

「検知不可能拡大呪文でこのような閃光が出ることは……とにかく中を見てみよう」

 

 ロックハートは鞄の中を覗き込む。

 私も先程と同じようにロックハートの脇から鞄の中を覗き込んだ。

 

「これは……」

 

 そこには虚空が広がっていた。

 鞄の中は少しの光もなく、今まで見た中で最も黒い色をしている。

 つまりは、光が反射して返ってきていないのだ。

 ロックハートは恐る恐る鞄の中に手を突っ込み、弄るように動かす。

 だが、その手は何かを掴むことはなく、ただ虚空を掻くだけだった。

 

「何もない。いや、光が届かないほど空間が広がっているということか」

 

 ロックハートは杖明かりを灯し、慎重に中を覗き込む。

 

「エクスペリアームス!」

 

 そして何度か呪文を唱え何かを確かめると、鞄の中から頭を抜いた。

 

「あくまで僕の予想でしかないけど、この鞄の中に宇宙に匹敵するような規模の空間が広がっている。こんな結果は初めてだ。ダンブルドアですらこのような空間を生み出すことはできないだろう」

 

 私も鞄の中を軽く覗き込む。

 そしてポケットの中に入っていた羊皮紙の切れ端をそっとその空間に置いた。

 どうやら、この鞄の中は無重力らしい。

 羊皮紙の切れ端はゆっくりと回転しながら遠くへ遠くへと飛んでいってしまった。

 

「これじゃ物を収納するのは難しそうですね」

 

「……まあ、そうだね。興味深くはあるが、実用性には欠けるだろう」

 

 ロックハートは鞄に対し反対呪文をかける。

 だが、鞄の中の巨大な空間が消えることはなかった。

 

「やはり縮まないか……ジェミニオ」

 

 ロックハートはもう一度鞄に、先程とは違う呪文をかける。

 すると鞄は一度ブルリと震え、二つに分裂した。

 

「双子呪文だ。そのもののそっくりな偽物を作り出す呪文だよ。取り敢えず、この複製した鞄で練習しよう」

 

 ロックハートは無限を内包した鞄を机の下に置くと、複製した鞄を私の前に置く。

 私は先程の感覚を元に、今度は教わった通りに魔法をかけた。

 

「成功、したと思います」

 

 確かな手応えを感じ、私は鞄を開く。

 そこには談話室と同じぐらいの大きさの空間が広がっていた。

 壁や床が革で出来ているところを見るに、どこか別の空間に繋がっているのではなく、本当に空間が広がっているのだろう。

 

「素晴らしい。コツを掴んだようだね」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 ロックハートは鞄の中を確認すると、私にその鞄を手渡す。

 その後、やや苦笑いしながら机の下に置いたもう一つの鞄を見た。

 

「でだ、こっちの鞄はどうする? 君が扱いに困るならこちらで処理するが……」

 

「そっちも引き取ります。一応思い出の鞄なので」

 

「そうか。扱いには気をつけるんだよ」

 

 ロックハートはもう一つの鞄のほうも私に手渡すと、机の上の後片付けを始めた。

 私はその様子を見て懐中時計を確認する。

 気がついたらもう昼食の時間になっていた。

 

「今日はここまでにしよう。他に習いたい魔法がなければここから先は私が授業のスケジュールを組んでいくが、どうだろうか」

 

「先生にお任せします。今日はありがとうございました」

 

 私は鞄を両手に持ち、小さく頭を下げる。

 ロックハートは教材を抱えながら小さく手を振った。

 

「いや、こちらとしても楽しかった。また来週の日曜日でいいかい?」

 

「はい、では同じ時間に」

 

 私はそう言い残し、ロックハートの部屋を後にする。

 そして少し進んだところにある空き教室に入ると、誰もいないことを確認して時間を停止させた。

 

「さて、我ながら恐ろしい物を生んでしまったわね」

 

 私は止まった時間の中で無限の空間が広がっている鞄を開く。

 そしてポケットの中から蛙チョコのゴミを取り出すと、鞄の中にそっと置いた。

 やはり鞄の中に少しでも入ると無重力になるようで、ゴミは鞄の中でゆっくりと動いている。

 そのまま鞄を動かしても、中のゴミは鞄と一緒に動いた。

 

「ということは、今私と蛙チョコのゴミは同じ空間を共有してないってことかしらね。鞄の中に別の空間が広がっていると考えた方がいいみたい」

 

 つまりなんらかの方法で物体をその場所に固定することができれば、この無限の空間を活用出来るということだろう。

 

「ん? 別の空間が広がっているということは、別の世界がこの鞄の中にあるって考え方もできない? だとしたら、鞄の中だけを……」

 

 私は鞄の持ち手を左手でしっかりと握り、そのまま鞄の中に足を踏み入れる。

 そして真っ暗な鞄の中をぷかぷか浮かびながらいつもと同じように時間を停止させた。

 すると先程まで私の横でゆっくり回転していた蛙チョコのゴミがピタリと動きを止める。

 どうやら鞄の中の空間の時間を止めることに成功したらしい。

 

「いや、よく考えたらさっきからおかしかったんだわ。外の時間を止めてたのに鞄の中のゴミは動いていたじゃない。その時点で外の世界と鞄の中の世界は別だとわかるはずなのに」

 

 私は鞄から這い出ると、時間停止を解除する。

 空き教室に設置されていた置き時計がカチコチと作動し始めたのを確認し、鞄の中の様子を伺った。

 

「成功ね」

 

 鞄の中のゴミはピタリと動きを止めている。

 私が手を突っ込んでゴミに触れると、ゴミの時間だけ動き出したのかゴミを自由に動かすことができた。

 私はゴミを引っ張り出し、複製されたもう一つの鞄を無理矢理鞄の中に入れる。

 そして手の届く隅の方に配置し、ゆっくりと手を離した。

 複製された方の鞄は時間が止まったのか、ガッチリと鞄の中の空間に固定される。

 これなら勝手に鞄の世界の果てまで移動していってしまうことはないだろう。

 

「我ながら便利なものを作ってしまったかもしれないわ」

 

 鞄の中の時間が止まっているということは、この中に入れたものはその状態を保ち続けるということである。

 中に入れたアイスは溶けないし、いつでも焼きたてのスコーンを食べることができる。

 無限の空間が広がる鞄は、そのまま無限の可能性の広がる鞄へと変わった。

 

「まあなんにしても、この鞄のことは秘密にした方がいいわね。明らかにこの世界の法則に反しているもの」

 

 私は鞄を閉じると、廊下に誰もいないことを確かめた後、静かに教室を出る。

 そしてそのまま鞄を片手に大広間へと駆けだした。




設定や用語解説

ホグワーツの厨房
 上にある大広間を模して作られてあり、厨房にある机から大広間の机へと料理を転送する仕組み

サクヤの鞄
 鞄内部に別世界があり、無限の空間が広がっている。無限の空間と聞くとあまりにも莫大なように聞こえるが、内部の空間が光の速さで広がっているため無限の空間が広がっているように見えるだけ。
 まあこの辺の理屈はどうでもよく、重要なのは別世界が広がっているとサクヤが認識したこと。それより、鞄内部の時間を止めることによって容量無限の永久保管庫のようなものを完成させてしまった。
 これによりサクヤはいつでもどこでも冷たいアイスを食べることができる。やったね!

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壁の文字とミセス・ノリスと私

 十月三十一日土曜日、私は大広間でハロウィンのご馳走を堪能していた。

 机の上にはいつもより何倍も豪華な料理が並んでおり、大広間もかぼちゃやコウモリの飾りつけがなされている。

 私は大きなかぼちゃパイをナイフとフォークで切り分けながら、ここにはいない三人のことを考えた。

 ハロウィンパーティーだというのにハリー、ロン、ハーマイオニーの三人がいないのにはある理由がある。

 どうやら今年のハロウィンとグリフィンドールに憑いているゴーストであるほとんど首無しニックの五百回目の絶命日パーティーが被っているらしく、三人はそちらに参加するとのことだった。

 勿論、私もハリーから一緒にニックの絶命日パーティーに参加しないかと誘われはした。

 だが、私はその誘いを断ったのだ。

 確かに絶命日パーティー自体にも興味はある。

 だが、それとハロウィンのご馳走とを天秤にかけることはできない。

 ゴーストが主体のパーティーに人間の食べれるものが出るとは思えなかった。

 

「まあでも、流石に三人が可哀そうよね」

 

 私は空いている皿に机の上の料理を取り分けると、そのまま皿ごと鞄の中に入れる。

 湯気を立てていた料理は鞄の中で私が手を放した瞬間に時間が止まり、ピクリとも動かなくなった。

 

「さて、絶命日パーティーはどこでやってるって言ってたかしら」

 

 私はある程度ご馳走にも満足したので、お腹をさすりながら席を立つ。

 そしてそのまま大広間の外へと出た。

 その瞬間、ハリーが凄い勢いで二階に続く階段を駆け上がっていくのが見える。

 その後ろをロンとハーマイオニーが慌てて追いかけていた。

 

「確か絶命日パーティーは地下でやってるはずだけど……逃げてきたのかしら」

 

 私は三人を追うように階段を上る。

 ハリー達は三階まで階段を駆け上がると、そのまま三階の廊下を走り始めた。

 

「一体、なんなのよ……」

 

 私はため息を一つつくと、そのまま三人の後ろを走る。

 ハリーがかなり全力で走っているためか次第に私と三人の距離は離れていったが、三人は廊下の途中で何かを見つけたらしく、足を止める。

 私は軽く息を切らせながら三人に近づくと、壁を見つめている三人に話しかけた。

 

「絶命日パーティーで料理の材料にでもされそうになった……って、なにこれ?」

 

 私は三人が見つめている壁に視線を向ける。

 そこには血液を思わせるような赤いペンキでこう書かれていた。

 

『秘密の部屋は開かれたり。継承者の敵よ、気をつけよ』

 

 壁の文字は松明の光を受けて鈍く光って見える。

 そもそも、秘密の部屋とは一体なんだろう。

 

「そこにぶら下がってるのはなんだ?」

 

 ロンが文字の下を指さす。

 その場所は暗く影になっていたためよく見えなかったが、どうやら猫が吊り下げられているようだった。

 

「この猫は……フィルチのね。でも、どうしてこんなところで死んでいるのかしら?」

 

「……ここを離れよう」

 

 ロンが声を潜めて言う。

 

「助けてあげるべきじゃないかな?」

 

「いや、今ここにいるのを見られないほうがいい」

 

 ハリーはフィルチの猫に手を伸ばそうとするが、ロンがそれを諫める。

 確かにロンの言う通りだ。

 今この場にいるのを誰かに見られるのは明らかにまずい。

 

「だったら急いだほうがいいわ。多分そろそろパーティーが終わるはず──」

 

 私がそう言いかけた瞬間、階段から多くの生徒が三階へと上ってくる。

 そして壁の文字とその前にいる私たちを見つけると、あっという間に私たちの周りを取り囲んだ。

 私たちを囲んでいる生徒たちは一定の距離を取りながらも、少しでも壁をよく見ようと押し合いへし合いしている。

 

「遅かったわね」

 

 私は大きなため息をつき、吊られている猫に手を伸ばす。

 見つかってしまったのなら、猫を助けようとする仕草ぐらいは見せたほうがいいだろう。

 

「なんだ? 何事だ?」

 

 私が猫を掴んだ瞬間、人垣の奥からしわがれた声が聞こえてくる。

 その声は私たちを取り囲んでいる生徒を押しのけ、すぐに私たちの近くまでやってきた。

 

「私の猫だ! ミセス・ノリスに何をしている!!」

 

 声の主はフィルチだった。

 フィルチは猫を掴んでいる私を鋭く睨みつける。

 

「フィルチさん、猫が──」

 

「お前がやったのか!? 私の猫を殺した!!」

 

 フィルチは今にも私に掴みかかってきそうな勢いだ。

 私はガチガチに固まっている猫を抱き、こちらに向かってくるフィルチと対峙する。

 

「アーガス!!」

 

 だが、フィルチがこちらに掴みかかってくる前に、三階の廊下にダンブルドアの大きな声が響いた。

 ダンブルドアは数人の教師を引き連れて私たちの前までやってくると、壁に書かれている文字と私が抱いている硬くなった猫を交互に見る。

 

「アーガス、一緒に来なさい。ミス・ホワイト。猫をこちらに。四人もついてくるのじゃ」

 

 私は言われたとおりに猫をダンブルドアに渡す。

 ダンブルドアは石のように硬くなった猫を優しく抱いた。

 

「私の私室がすぐ上にあります」

 

「ありがとうギルデロイ」

 

 ダンブルドアはロックハートの先導のもと、猫を抱えたまま階段の方に向けて歩き始める。

 私たちはそのまま連行されるように階段を上り、ロックハートの私室へと入った。

 ダンブルドアは机の上にフィルチの猫を静かに置く。

 そして今にも私に殴りかかってきそうなフィルチをよそに、猫に鼻が付きそうなほどの距離で猫を調べ始めた。

 

「フィルチさん、落ち着いて深呼吸を。大丈夫です。猫は死んでいませんから」

 

 ロックハートは私の後ろでフィルチを宥めている。

 

「死んでないだと? 適当な慰めを──」

 

「アーガス。ギルデロイの言う通りじゃ。猫は死んでおらん」

 

 フィルチがロックハートに突っかかる前に、ダンブルドアがフィルチに対して言う。

 フィルチは縋るような視線をダンブルドアに向けた。

 

「死んでいない?」

 

「ああ、そうだとも。石になっておるだけじゃ。原因はわからんが──」

 

「あいつがやったんだ!!」

 

 フィルチはヒステリックな悲鳴を上げて私を指さす。

 

「私が駆け付けた時、こいつが猫を掴んでいた! きっとこいつがやったに違いない!!」

 

「アーガス。落ち着くのじゃ。学生にこのような真似は出来んよ。ミセス・ノリスは高度な魔法で石にされておる。それに、わしはミス・ホワイトがつい先ほど大広間を出ていったことを知っておる。ミセス・ノリスを石にするだけならまだしも、壁にあのような細工をする時間はないじゃろう」

 

「だったらこいつが!」

 

 フィルチは次にハリーの方を指さした。

 

「こいつがやったに違いない! こいつは私が、私が……私がスクイブだと知っている!」

 

「そんな! 僕たちはやってません!」

 

 ハリーは必死にダンブルドアに訴えかける。

 

「私たちもつい先ほどまでほとんど首無しニックの絶命日パーティーに参加していました。私たちを見ているゴーストが沢山いると思います」

 

 ハーマイオニーが冷静に自分たちのアリバイを説明する。

 

「では、何故三階の廊下にいたのかね?」

 

 そんな弁明を聞いて、スネイプが私たちに質問した。

 

「ホワイトはまだわかる。あの食べようを見るに満腹になったので談話室に戻ろうとしていたのだろう。だが、諸君らは違うな。ゴーストのパーティーに人間の食べられるような料理は出ない。まさか、空腹のままベッドに入ろうとしていたとでも?」

 

「それは……」

 

 スネイプにそう言われてハリーが口ごもる。

 あの様子を見るに、何か理由があってあの場所を探していたのはハリーのはずだ。

 後ろの二人はハリーの後ろを追いかけているだけのように見えた。

 

「もしハリー達の犯行なのだとしたら、もう少しうまくやるじゃろう。それに、先程も言った通り学生が猫をこのように石化させることが出来るとは思えん。それにじゃフィルチ、運が良いことにミセス・ノリスは治すことができる」

 

「治る? でも、こんなにカチコチになって……」

 

「スプラウト先生が最近マンドレイクを手に入れたようでな。十分に成長したら石化を解く魔法薬を作らせよう」

 

 フィルチはまだ納得はいっていないようだったが、取り敢えず猫が助かるとわかったため落ち着いたようだった。

 

「学生は帰ってよろしい。先生方はわしと一緒に先程の廊下に戻ってあの文字を調べるのを手伝ってもらいたい。アーガスはミセス・ノリスを医務室へ。マダム・ポンフリーなら薬ができるまで彼女にぴったりのベッドを用意してくださるじゃろう」

 

 私たちはダンブルドアにそう言われると、逃げるようにロックハートの私室を後にする。

 ロックハートに少し聞きたいことがあったが、明日は日曜日だ。

 明日の個人授業の時にでも聞けばいいだろう。

 

「それにしても、誰がミセス・ノリスを石にしたんだろう?」

 

 談話室がある階を目指して階段を上りながらハリーが問いかける。

 

「ヒントがあるとしたら、壁に書かれていた文章だと思うわ」

 

「なんだっけ? 確か秘密がどうとかって……」

 

 ハーマイオニーはそんなロンの様子に小さくため息をつくと、壁に書かれていた文章を言い始めた。

 

「『秘密の部屋は開かれたり。継承者の敵よ、気をつけよ』そう書かれていたわ」

 

「ハーマイオニー、まさか貴方が犯人だったなんて……そんな長い文、書いた本人じゃないとそうそう覚えられないわ」

 

 私がそう言うと、ハーマイオニーは足を止めてこちらを睨んできた。

 

「冗談よ。何にしても『秘密の部屋』、『継承者』、この二つが鍵になりそうね」

 

「まさか、また去年みたいに図書室に籠るのかい? 図書室での調べ物はニコラス・フラメルの一件でお腹一杯だよ」

 

「いえ、調べ先に心当たりがあるわ。そもそもホグワーツについて書かれた本なんて学校の図書館にも数えるほどしかないもの」

 

 どうやらハーマイオニーは何か心当たりがあるようだった。

 私たちは肖像画に合言葉をいい、裏の穴をよじ登ると談話室のソファーの一角を占領する。

 

「何にしてもお腹が空いたよ。こんなことになるなら僕らもハロウィンパーティーの方に参加しておけばよかった」

 

 ハリーはそう言ってお腹をさする。

 

「それ、ニックに聞かれないようにしなさいよ?」

 

 私はそう言いながら鞄の中から取り分けていたハロウィンの料理を取り出した。

 

「じゃじゃーん! かぼちゃのパイにローストビーフにチキンにベーコンにデザートも取ってきたわ」

 

 私は皿に盛られた料理を次々と机の上に広げていく。

 三人はその様子を目を丸くして見ていた。

 

「サクヤ、前から天使のようだとは思ってたけど、改めるよ。君は女神だ」

 

 ロンはそんな冗談を言いながらカボチャパイを手に取り頬張り始める。

 他の二人はどうやって鞄から料理を取り出したのかが気になっているようだが、空腹に負けたらしくロンに続いて料理を食べ始めた。

 

 

 

 

 

 ミセス・ノリスの一件から一晩経ち、私はロックハートの私室で個人授業を受けていた。

 ロックハートは昨日の一件など気にも留めていないらしく、普段通りの口調で防御魔法の説明を行っている。

 私はそれを羊皮紙に書き留めながらも、頭の中は昨日のことを考えていた。

 

「プロテゴ……盾の呪文は相手の魔法から自らを守るための呪文だ。いくつか派生形があるが、まずは基本のプロテゴ、その後プロテゴ・マキシマの習得を……って、心ここに在らずって感じかな?」

 

 ロックハートにそう聞かれ、私は咄嗟に羊皮紙から顔を上げる。

 

「よし、君の考えていることを当てて見せよう」

 

 ロックハートはニコリと微笑むと、じっと私の目を見る。

 だが、数秒もしないうちに小さく眉を顰めると、咳払いを一つして話し始めた。

 

「君は昨日の猫の件で頭が一杯だ。そうだろう?」

 

「……まあ、間違ってはいないです」

 

「だろうね」

 

 ロックハートは手に持っていた教科書をパタリと閉じる。

 暗に昨日のことを質問してもいいと言っているのだろう。

 

「先生は秘密の部屋について何かご存知ですか? 秘密の部屋が開かれたとは、どう言う意味なんでしょう?」

 

 私がそう尋ねると、ロックハートは手に持っていた教科書を机の上に置く。

 

「ホワイト君。君はホグワーツの歴史についてどこまでご存知かな?」

 

「あまり多くは……四人の創始者がいて、それが寮の名前になった……ですよね?」

 

「まあ、概ねそんなところだ。ゴドリック・グリフィンドール、ヘルガ・ハッフルパフ、ロウェナ・レイブンクロー、サラザール・スリザリン。その中でもスリザリンは由緒正しい優れた魔法使いだけがホグワーツで教育を受けるべきだと考えていたんだ。結局のところスリザリンは他の三人とあまりにも馬が合わず、ホグワーツを去ることになる。その時にスリザリンが残したのが秘密の部屋だ」

 

 ロックハートはまるで歴史書を読み上げるようにスラスラと話を続ける。

 

「スリザリンは自分の継承者となるものがホグワーツに相応しくないものを追放することができるように秘密の部屋にスリザリンの継承者のみが操ることが出来る怪物を封じたと言われている」

 

「つまり秘密の部屋が開かれたというのは……」

 

 私がそう呟くと、ロックハートは小さく頷いた。

 

「スリザリンの継承者が怪物を城に解き放った。そういうことだろうね」

 

「わーお」

 

 あまりの事態に、私はついついそんな気の抜けた返事をしてしまった。

 

「随分他人事のようなリアクションだね。君は純血の家系だったかな?」

 

「いえ、よくわかりません。私はマグルの孤児院の育ちなので」

 

 実際のところ、私は自分が純血なのかハーフなのかマグル生まれなのか、それすら知らない。

 私は物心ついたときから孤児院にいるため、マグル生まれというよりかはマグル育ちというやつだろう。

 

「マグルの孤児院育ち……なるほどね。ちなみに、どこの孤児院か聞いても?」

 

「ロンドンにあるウール孤児院というところです。寂れた貧相な孤児院ですよ」

 

「……なるほど。何にしても気をつけた方がいい。伝承が本当なのだとしたら明日の朝ホグワーツのどこかの廊下で死体が見つかってもおかしくはないわけだからね」

 

 まあ、ロックハートの忠告ももっともだろう。

 これからは少しでも怪しい気配を感じたら時間を止める癖をつけた方がいいかもしれない。

 私はそこまで考え、ふとロックハートの言葉が引っかかった。

 

「石になった生徒、ではなく死体ですか? 猫が石化して見つかっているので、てっきり怪物はメデューサのように相手を石化させる能力を持っているものだと思ったのですが」

 

 その瞬間、ロックハートは確かにしまったという顔をした。

 そして少し悩んだような素振りを見せると、諦めたように肩を竦める。

 

「グリフィンドールの才女を甘く見ていたよ。……ここだけの話だ。こんな話が広まっても、生徒を不安がらせるだけだからね。誰にも広めないと約束できるかな?」

 

 私が頷くと、ロックハートは私の耳元に顔を近づける。

 

「実は、秘密の部屋は五十年前に一度開いている。その時はマグル生まれの生徒が一人死んだらしい」

 

「五十年前に、一度?」

 

「私が知っている限りでは、秘密の部屋が開かれたのはその一度だけだ。その時は危うくホグワーツが閉鎖するところだったが、運よく犯人が捕まったらしい。もっとも、私が入学したのはその事件があってから何十年も後だから噂話以上の話はわからないがね」

 

 さて、とロックハートは机の上に置いていた教科書を再び手に取る。

 

「盾の呪文がスリザリンの怪物に対してどれほどの効果があるかはわからないが、知らないよりかは知っているほうが遥かにマシだろう。プロテゴの呪文は魔法攻撃に対し──」

 

 ロックハートは話は終わったと言わんばかりに個人授業を再開する。

 秘密の部屋に関して聞きたいことはまだあったが、これ以上のことが知りたかったらそれこそ事件の当事者に話を聞くしかないだろう。

 五十年前となると、ダンブルドアや魔法史を教えているゴーストのビンズだろうか。

 だが、秘密の部屋のことを聞いたところで、素直に教えてくれるとは思えない。

 きっとロックハートの話以上の情報は出てこないだろう。

 私は意識を切り替えて盾の呪文の授業に集中した。




設定や用語解説

絶命日パーティー
 ゴーストの誕生日パーティーのような何か。今回の場合ニックが死んでから五百周年記念

ロックハートとの個人授業
 他の教師陣には秘密で行われている。また、サクヤもロックハートとの関係をハリーたちに説明してはいない

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燃えた羊皮紙と指の味と私

 フィルチの飼い猫のミセス・ノリスが石にされてから数日が経った魔法史の授業中。

 私は魔法史を担当しているビンズの低調な声を子守唄代わりに机の上に突っ伏してうたた寝をしていた。

 魔法史には実技試験が存在しない。

 つまり何も覚えていなくても試験で満点が取れるということである。

 魔法史のクラスで唯一真剣にビンズの話を聞いているのはハーマイオニーぐらいだろうか。

 彼女は今も私の隣で熱心にノートを取っている。

 

「言っておくけど、写させませんからね」

 

 ハーマイオニーは机に突っ伏している私に向かって毅然な態度で囁く。

 私は大きな欠伸をすると、頭をひっくり返しハーマイオニーとは反対の方向を向いた。

 

「勝手に見るからいい……」

 

「良くないわよ」

 

 ハーマイオニーは大きなため息をついて、羽ペンを机の上に置く。

 

「だったら、目が覚めるようなことをしてあげる」

 

「一体何を……」

 

 私はもう一度ハーマイオニーの方を見る。

 そこには天を貫かんばかりの鋭さで一直線に手を挙げているハーマイオニーの姿があった。

 まさか、私の居眠りを先生に報告するつもりなのだろうか。

 私はビンズがハーマイオニーの挙手に気がつく前にのっそりと体を起こす。

 その瞬間、ビンズがハーマイオニーの存在に気がつき、驚いたようにハーマイオニーに問いかけた。

 

「えっと君は確か……」

 

「グレンジャーです。質問よろしいでしょうか? 今学校で起こっている事件の……秘密の部屋について何か教えていただけませんか?」

 

 その瞬間、秘密の部屋という単語を聞いて居眠りをしていた生徒たちが一斉に覚醒し、ハーマイオニーとビンズを交互に見始める。

 ビンズは目をパチクリさせながら答えた。

 

「私が教えとるのは魔法史です。事実を教えとるのであり、伝説や神話を教えているわけではありません」

 

 ビンズはそういうと、また授業を再開し始める。

 やはり何も教えてはくれないかと、私は居眠りの続きを始めようと思ったが、ハーマイオニーの手はまだ挙がったままだった。

 

「先生、お願いします。伝説や伝承というのは、何か史実に基づいているものではありませんか?」

 

「あー……それはもっともではありますが……秘密の部屋の伝説というのは荒唐無稽で人騒がせな──」

 

 ビンズはそこまで言ったところで教室の中をぐるりと見回した。

 クラスの全員がビンズに対して熱い視線を送っている。

 ビンズの授業で全員がビンズの話を熱心に聞こうとしているなど、奇跡のような状況だった。

 ビンズは生徒たちの視線に負けたのか、ようやく重たい口を開き始める。

 

「あー、よろしい。秘密の部屋とは──」

 

 ビンズはホグワーツの創設者の話から入り、最終的にスリザリンが秘密の部屋を城に残してホグワーツを去ったという話を皆に話して聞かせた。

 その内容は概ね数日前にロックハートから聞いた話と同じだったが、話の中に五十年前秘密の部屋が開かれたという話はない。

 ビンズは五十年前もホグワーツで教師をしていたはずである。

 つまりはビンズ自身秘密の部屋を荒唐無稽な作り話だと言っているが、実在していることは知っているはずなのだ。

 やはり昔からいる教職員の間では、秘密の部屋が過去に開かれたという事実は隠しておきたいものらしい。

 

「もっとも、これは神話であり、秘密の部屋などホグワーツ内に存在しない! スリザリンは部屋どころか、箒置き場さえ作った形跡はないのです!」

 

 ビンズは声を荒げてそういうと、魔法史の授業に戻ってしまう。

 私は居眠りをする体勢に入りながらロックハートの話を思い出した。

 五十年前、秘密の部屋が開かれて生徒が一人死んだ。

 これ以上秘密の部屋について調べるなら、その時のことを詳しく調べる必要があるだろう。

 

 

 

 

 

 夕食を食べた後、談話室に戻ってきた私たちは、暖炉の前を占領し呪文学の宿題を片付けていた。

 ロンは羊皮紙にインクの染みを作ってしまい、インクを拭おうと杖に手を伸ばす。

 だが杖に触れた瞬間杖から火花が飛び散り、羊皮紙が燃え上がった。

 

「あらら」

 

 私は机に引火する前に羊皮紙に杖を向け、暖炉の中へと羊皮紙を飛ばす。

 ロンは暖炉の中で灰へと変貌していく書きかけの宿題を悲しそうな目で見つめたあと、諦めたように呪文学の教科書を閉じた。

 

「それにしても、何者なのかしら」

 

 ロンと同じタイミングで教科書を閉じたハーマイオニーが言う。

 

「出来損ないのスクイブやマグル生まれの子をホグワーツから追い出したいと願っているのは誰?」

 

「僕は一人心当たりがあるけどね」

 

 ロンは灰になった羊皮紙への未練を断ち切ったのか、少々不機嫌な様子で答えた。

 

「僕らが知ってる中でマグル生まれはクズだと思っているのは誰だ?」

 

「もしかして、マルフォイのこと言ってるの?」

 

「もちのロンさ! あいつが陰でマグル生まれのことをなんて呼んでるか、知らないわけじゃないだろう?」

 

 ロンはハーマイオニーに向かって言う。

 私にはマルフォイがマグル生まれのことをなんて呼んでいるか見当もつかなかったが、ハーマイオニーには心当たりがあるようだった。

 

「マルフォイがスリザリンの継承者?」

 

 ハーマイオニーは馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに肩を竦める。

 だが、ハリーもロンと同意見なようだった。

 

「マルフォイの家系は全員スリザリンの出身だって聞いたことがある。スリザリンと血の繋がりがあってもおかしくないよ」

 

 まあ確かに、スリザリンは千年ほど前の人物だ。

 マルフォイが血を引いている可能性がないわけではない。

 

「そうね。その可能性は大いにあるわ」

 

 ハーマイオニーも考え直したのか、ハリーとロンの意見に同調し始める。

 

「でも、どうやってそれを確かめよう?」

 

 ハリーが顔を曇らせると、ハーマイオニーがすぐさま答えた。

 

「方法がないわけじゃないわ。でもとっても危険だし、校則を五十は破ることになる」

 

「待って。それ絶対ロクな方法じゃないでしょ」

 

 私がそう言うと、ハーマイオニーは頷いた後に言葉を続けた。

 

「スリザリンの誰かになりすましてマルフォイから話を聞けばいいのよ。ポリジュース薬が少しあれば十分可能なはずよ」

 

「なにそれ?」

 

 ハリーとロンは声を揃えてハーマイオニーに聞く。

 

「ポリジュース薬は自分以外の誰かに変身するための薬よ。それを使えばスリザリンの誰かになりすますことぐらい簡単なはずだわ。それでマルフォイと親しい生徒になりすましてマルフォイから話を……」

 

 そこまで言ってハーマイオニーは私の方を見る。

 

「マルフォイと仲がいいって言ったら誰だ? 取り巻きのクラッブ、ゴイルとあと……」

 

 ロンそこまで言った後、スッと私の方を見た。

 

「サクヤ、君マルフォイと仲が良かったよね?」

 

「確かに仲が悪いわけじゃないけど……私が聞くの? 『貴方はスリザリンの継承者ですか?』って?」

 

 確かに私はマルフォイと仲が悪いわけではない。

 魔法薬学の授業ではよくペアを組むし、校内で会ったら世間話ぐらいはする。

 だが、言ってしまえばその程度の間柄だ。

 

「嫌よ。仮にマルフォイが喋ったとして、その後どうするのよ。マクゴナガル先生にでも言いつける? そしたら私生涯スリザリン生からチクリ魔ってレッテルを貼られることになるわ」

 

「スリザリン生からの評価なんて構うもんか。それより犠牲者が出る前にこの事件を解決すべきだよ」

 

 ロンの言葉にハリーが賛同する。

 私は助けを求めるようにハーマイオニーの方を見た。

 

「確かに、校則を山ほど破ってポリジュース薬を作るよりそっちの方が手っ取り早いのは確かね。サクヤがマルフォイにそのことを聞くにしても、出会い頭にいきなり尋ねるっていうのも不自然だわ。何かこうマルフォイがつい話したくなるようなシチュエーションを考えないと……」

 

 どうやらハーマイオニーの中では私がマルフォイに話を聞きに行くことは決定事項らしい。

 私はため息を一つつくと、諦めたように言った。

 

「わかったわよ。マルフォイから継承者のことを聞き出してあげる。でも、あまり期待しないでね?」

 

「ありがとうサクヤ」

 

 私は机の上に広げていた羊皮紙や教科書をまとめると、鞄の中に仕舞い込む。

 

「その代わり、それに関しては私一人でやるわ」

 

「どうして? 僕たちも手伝うよ?」

 

 ハリーがそう言うが、これに関しては人数がいてどうにかなる問題でもない。

 

「いや、むしろ貴方たち三人とは仲が悪くなったフリをした方がいいぐらいよ。マルフォイには私がスリザリンに入り損ねたグリフィンドール生ぐらいの印象を与えておきたいの」

 

 私は鞄を机の上に置いて三人を見回す。

 

「いい? 私と貴方たちは秘密の部屋の一件で考えが合わずに仲違いしたってことにするわ。情報共有の時以外はなるべく話さないようにしましょう」

 

「わかったわ。そしたら情報共有は……女子寮がいいわね」

 

 ハーマイオニーとは同じ部屋なので仲違いしていたとしても寝る時は一緒になる。

 情報共有をするならそのタイミングが一番だ。

 

「わかった。何か聞き出せたらハーマイオニーに伝えて。こっちはこっちで秘密の部屋について調べてみるよ」

 

「それなら、前に秘密の部屋が開かれた時のことを調べるといいかもしれないわ。五十年前の話だからあまり情報がないかもしれないけど」

 

 私はハリーにそう言うと、鞄を掴み女子寮の方へと向かおうとする。

 だが、一歩も歩かないうちにハーマイオニーに腕をがっしりと掴まれた。

 

「待って。私その話知らないわ。五十年前に一度秘密の部屋が開かれたの?」

 

 そういえばまだ三人にその話はしていなかったか。

 私は鞄を置き直すと、五十年前に一度秘密の部屋が開かれたこと、その時に生徒が一人死んでいることを三人に教えた。

 

「もしその話が本当なんだとしたら、ビンズがあんなに必死になって秘密の部屋を否定していたのも頷けるな。死者が出てると知れ渡ったら学校中がパニックだよ」

 

 ロンはそう言って肩を竦める。

 

「でも、そんな話誰から聞いたの?」

 

「ん? ロックハートよ」

 

 私はハリーの問いに正直に答えた。

 

「ロックハートが? でも、その頃まだ産まれてすらいないだろう?」

 

 ロンは私の話を聞いて怪訝な顔をする。

 

「そうね。だからこの話の裏をとって欲しいのよ。本当に五十年前に秘密の部屋が開かれたのか。一体誰が死んで、どのように事態が解決したのかとか」

 

 私自身ロックハートの話の全てを信じているわけではない。

 だからこそ、この話が本当なのかを調べる必要がある。

 

「わかった。五十年前のことは私たちで調べるわ。でもいつの間にそんなことを先生に聞いたの?」

 

 ハーマイオニーは少し羨ましそうに私に聞く。

 

「この前の日曜に教材を運ぶのを手伝ったときに少しね。でも、この話をロックハートから聞いたっていうのは内緒よ? 本人も隠したがっていたし」

 

 私は三人が頷いたのを確認すると、今度こそ鞄を持って女子寮へと上がった。

 五十年前のことは三人に任せるとして、私はマルフォイに取り入る方法を考えなくては。

 私は螺旋階段を上り、自分のベッドがある部屋へと入る。

 そして鞄をベッドの脇に放り投げると寝巻きに着替えてベッドに潜り込んだ。

 

 

 

 

 お腹が空いた。

 真夜中のロンドンを包丁片手にふらふらと歩く。

 なんでもいいから口に入れたい。

 喉が乾いて仕方がない。

 ぽつりぽつりと灯っている街灯に照らされて私の髪が橙に染まる。

 その時、運良く私の目の前を一人の少女が通りかかった。

 私はその少女の手を掴み、こちらに引き寄せる。

 

『私は食べても美味しくないよ』

 

 金髪の少女は真っ赤な瞳で私の顔を見つめている。

 

『そんなの、食べてみないとわからないわ』

 

『そう、ならどうぞ。貴方にあげる』

 

 少女はにっこり微笑み私に右手を差し出した。

 私は少女の白く細い人差し指をゆっくり咥える。

 そして、そのまま力任せに少女の指を噛み切った。

 

 

 

 その瞬間、私はベッドの上で目を覚ました。

 私はゆっくり目を開けると、ここが女子寮の自分のベッドの上であることを確認する。

 そして大きく深呼吸をすると、そのまま融けてしまうのではないかと思うほど脱力した。

 

「どんな夢よ……」

 

 私は少女の指を噛み切るという生々しい感覚が残る口を指でなぞる。

 しばらく口の周りをペタペタと触り、あることに気がついた。

 

 口の中が血の味がする。

 

 その事実に気がついた瞬間、私は裸足で洗面所に駆け込む。

 そして水道の水で口の中を何度もすすいだ。

 私が水を吐き出すごとに紅く血の混じった水が排水口へと流れていく。

 だが、数回すすぎを繰り返しているうちに吐き出す水は透明になっていった。

 

「本当に夢……よね?」

 

 私は月明かりが照らす自分の顔を鏡で見る。

 いつもと変わらない真っ白な髪に、澄んだ赤い瞳。

 整っているが、まだ幼さを感じさせる顔には不安と恐れの表情が浮かんでいた。

 

「ん?」

 

 私はふと違和感を感じ目を擦ってもう一度鏡を覗きこむ。

 そこにはいつも通りの青く澄んだ瞳を持った私の顔が写っていた。

 

「気のせい……」

 

 私は何度か深呼吸をして自分の心を落ち着かせる。

 きっと悪夢を見て気が動転しているのだ。

 よく考えれば、驚くほど現実味のない夢だったじゃないか。

 私はベッドに戻ると、毛布を頭の上まで引き上げてミノムシのように体を包む。

 人を殺す夢なんて誰だって見る。

 人を殺す夢を見たからって、実際に人を殺すわけではないのだ。

 私が人を殺すわけ……。

 その瞬間、恐怖に歪んだクィレルの顔が鮮明に脳裏に浮かび上がる。

 ダメだ、次から次へと嫌なことが頭に浮かぶ。

 

『サクヤ・ホワイト。貴方は一九九八年の夏に死ぬわ』

 

 ふと、レミリア・スカーレットの予言を思い出した。

 そういえばあの占い師はまるで私の死が決定事項かのような言い方をしていた。

 占いとは、そこまで的確に当たるものなのだろうか。

 今度の個人授業のときにでもロックハートに聞いてみるのがいいかもしれない。

 私はじっと目を瞑ると、そのまま朝が来るのを待った。




設定や用語解説

カスバート・ビンズ
 ホグワーツで魔法史を教えているゴースト。ゴーストになる前から教師をしており、ある日朝起きた時に生身の体を忘れて教室に来てしまい、それ以来ゴーストになった。また、授業は退屈で、唯一面白いのは毎回黒板をすり抜けて教室に現れるところぐらい。

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狂ったブラッジャーとシーカー勝負と私

 スリザリン対グリフィンドールのクィディッチ試合の前日。

 私は午後の授業が終わると同時にクィディッチのスタジアムに来ていた。

 スタジアムの中では緑色のユニフォームを着たスリザリンの選手たちが大会に向けて最終調整を行っている。

 私は周囲を見回し、スリザリンの観戦席で練習の様子を見ていたクラッブ、ゴイルの横に腰掛ける。

 クラッブ、ゴイルは私の存在に気がつくと、笑顔で挨拶をしてきた。

 

「やあサクヤ。今日も練習を見に来たのか?」

 

「ええ、明日はマルフォイの初陣ですもの。彼のコンディションは良さそう?」

 

 私はスタジアムの一番上を凄い速度で飛び回っているマルフォイを目で追う。

 クィディッチのことはよくわからないが、私があのような飛び方をしたらあっという間に目を回してしまうだろう。

 

「バッチリだ。グリフィンドールなんか目じゃないね」

 

「個人的にはどっちのチームが勝とうが興味ないけど、マルフォイには是非ともハリーを箒から叩き落としてもらいたいわ」

 

 私が間抜けな顔を作り箒から落ちる真似をすると、二人は腹を抱えてゲラゲラと笑い始める。

 なんというかこの二人は知能レベルが孤児院にいる五つ下の子供にそっくりだと感じた。

 しばらく練習を眺めていると、同学年のスリザリン生のパンジー・パーキンソンが観客席の方に上がってくる。

 そして私の姿を発見すると、呆れたようにため息をついた。

 

「またいる……貴方本当にグリフィンドール生?」

 

 パーキンソンはそう言いつつも私の横に腰掛ける。

 

「グリフィンドール寮に所属してるからグリフィンドール生だと思うわ」

 

「そういう意味で言ったわけじゃないわ。ほんと、何で貴方グリフィンドールにいるのかしらね。こうやって話すまではグリフィンドールのイケすかない頭でっかちだと思ってたけど、貴方ほんとにその辺のスリザリン生よりよっぽどスリザリンらしいじゃない」

 

 まあ、組分け帽子は私をスリザリンに入れようとしていたぐらいだ。

 スリザリン生と話が合うのは私の生まれ持った性質なのだろう。

 

「まあ確かに、グリフィンドールのマグル生まれより、貴方たちの方がよっぽど話が合うもの。やっぱり優れた魔法使いは優れた魔法使いと連むべきよね」

 

「言えてる」

 

 パーキンソンはスリザリンの練習をじっと見ながら私の言葉に同意した。

 マルフォイから継承者のことを聞き出すためにスリザリン生に近づいたが、マルフォイ以外のスリザリン生とここまで仲が良くなるのは予想外の展開だった。

 馬鹿なクラッブ、ゴイルたちはまだしも、疑い深そうなパーキンソンとまで仲良くなれるとは。

 スリザリンに女友達が出来たというだけでも、マルフォイに近づいた甲斐があったというものだ。

 

「サクヤはこの後どうするの? そろそろ練習も終わるみたいよ」

 

 パーキンソンはグラウンドに降り始めた選手たちを指差しながら言った。

 

「そうね。せっかくだし少しドラコと話してから談話室に帰るわ」

 

 私が席を立つとクラッブ、ゴイルもつられて立ち上がる。

 パーキンソンは小さくため息をつくとクラッブゴイルの二人を観客席に押し戻した。

 

「邪魔しないの。ほら、この二人は私が見てるからさっさと行ってきなさい」

 

「ごめん、ありがとね」

 

 私はパーキンソンにお礼を言うと、最後までノロノロとグラウンドで何かを待っているマルフォイのもとに駆け寄る。

 マルフォイは私の姿を確認すると、ピカピカの箒を抱えてこちらに駆けてきた。

 

「練習、見に来てくれたんだな」

 

 マルフォイは額の汗を拭うことすら忘れて少し紅くなっている顔で私に声を掛けてくる。

 私はポケットからハンカチを取り出すとマルフォイの顔の汗を拭った。

 

「コンディションはどう? 下から見てる分には調子良さそうに見えたけど」

 

「あ、えっと、うん。バッチリだ。えっとその、ありがと」

 

 マルフォイはさらに顔を赤くしてどもりながらもそう答える。

 私はマルフォイの顔を拭き終わるとハンカチをポケットに仕舞いながら言った。

 

「明日が初試合なわけだけど、やっぱり緊張してる?」

 

「してないって言ったら嘘になるかな。でも、それでミスをする僕じゃない」

 

「そう、頼もしいわね。明日は流石にグリフィンドールの観客席にいないとだけど、陰ながら応援してるわ」

 

 私はマルフォイの耳元に顔を近づける。

 そして小さな声で囁いた。

 

「がんばってね」

 

「もももももちろんだよ! ポッターなんかに負けるもんか」

 

 マルフォイはついにリンゴのように真っ赤になると、逃げるように更衣室の方へと駆けていく。

 私はその後ろ姿に手を振るとスタジアムを後にした。

 

 

 

 

 スリザリン対グリフィンドール戦の当日。

 どんよりとした曇り空の下、私はグリフィンドールの生徒たちと一緒にクィディッチのスタジアムに来ていた。

 グリフィンドールは今年度初試合ということもあり、皆期待に胸を膨らませている。

 私はというと、観客席の隅の方でじっと試合が始まるのを待っていた。

 少し周囲を見渡せば、ロンとハーマイオニーが双眼鏡片手に楽しそうに何かを話しているのが見える。

 ハーマイオニーの話では、五十年前の事件についてのことはあまり進展していないらしい。

 当時の新聞等も調べてみたが、そのような記述は見つからないそうだ。

 

「どうしたサクヤ。お前さんひとりか?」

 

 私がぼんやり考え事をしていると、私の横からハグリッドが大きな双眼鏡片手に顔を出す。

 私はハグリッドが座れるようにギリギリまで座席を詰めた。

 

「ええ、今日は私一人よ」

 

「それはまた……どうした? 喧嘩でもしちょるんか?」

 

「まあそんなとこね」

 

 私がそう言うと、ハグリッドは少し心配そうな顔をする。

 

「そりゃいかん。友達は大事にせにゃ。でも、お前さんが誰かと喧嘩するなんてあまり想像できんな。何か原因はあるのか?」

 

 まあ本当に喧嘩しているわけではないのだが、ハグリッドには今しばらく勘違いしていて貰おう。

 

「秘密の部屋に関することでちょっとね」

 

 私がそう含みを持たせて言うと、ハグリッドは手に持っていた双眼鏡をポロリと落とした。

 私の口からその言葉が出てきたのが相当予想外だったらしい。

 

「そりゃ……いかん。あんなものに関わるべきじゃねぇ。今すぐ手を引くべきだ」

 

「その様子だと、何か知ってるみたいね。ハグリッド、秘密の部屋ってなんなの?」

 

 私がハグリッドにそう聞くと、ハグリッドは身震いして観客席から立ち上がった。

 

「俺は何も知らん。そうだ、俺じゃねぇんだ。ましてやアラゴグも関係ねぇ……あいつは無罪だ……」

 

 ハグリッドは観客席に落ちている双眼鏡を拾うことなく逃げるようにどこかへ去っていってしまう。

 私は双眼鏡を拾い上げると、私の横の席に置いた。

 

「俺じゃない? アラゴグは無罪……。もしかして、ハグリッドって……」

 

 確かハグリッドは今年で六十四歳だったはずだ。

 と言うことは、五十年というとホグワーツの学生だったはずである。

 つまり、ハグリッドが在学中に秘密の部屋は開かれているということだ。

 

「ハグリッドは五十年前の事件の当事者……待って、でもハグリッドってホグワーツを退学になってるし……」

 

 スリザリンの継承者はハグリッドなんだろうか。

 私はその可能性を考え、そのあまりの馬鹿馬鹿しさに一人でクスクスと笑った。

 

「もしそうだとしたらスリザリンの血が薄すぎるわね。スリザリンの継承者とは対極の位置にいそうな人物じゃない」

 

 なんにしても、この情報自体はハーマイオニーに伝えておくべきだろう。

 あの三人ならハグリッドから何か話を聞き出すことが出来るかもしれない。

 私はハグリッドの双眼鏡を手に取る。

 その瞬間、スタジアムの更衣室から選手が箒を抱えて出てきた。

 爆発的な歓声と熱気でスタジアムが包まれる。

 私は双眼鏡でハリーとマルフォイの顔を観察した。

 どちらも面白いほど顔を青白くしており、緊張の色が窺える。

 今この瞬間に貧血で倒れたとしても誰も不思議には思わないだろう。

 私は双眼鏡から目を離すと、マルフォイに向かって小さく手を振る。

 マルフォイも私の姿を探していたらしく、こちらに向かって拳を突き上げた。

 頭に血は上っていないが、戦意までは失っていないらしい。

 マルフォイは箒に跨ると、獲物を狙うヘビのようにハリーを睨みつけた。

 

「笛の合図で試合開始です。いち、にの……さん!」

 

 フーチの笛の音と同時にハリーの顔を掠めるようにしてマルフォイは天へと昇っていく。

 ハリーはマルフォイのラフプレーに少々バランスを崩しながらもマルフォイの後を追って空高く飛び上がった。

 そしてそのハリーを追うように一つのブラッジャーが天へと昇っていく。

 更にそのブラッジャーを追い、フレッドとジョージがそれに続いた。

 

「始まったわね」

 

 グリフィンドールのチェイサーがクワッフル片手にスリザリンのゴールへ一直線に飛んでいく。

 シーカーのマルフォイとハリーはしつこく付き纏うブラッジャーを回避しながら競うようにスタジアムを飛び回っていた。

 

「それにしても随分しつこいブラッジャーね」

 

 ハリーを狙っているブラッジャーはいくらフレッドとジョージの二人が相手チームの方に打ち返してもすぐさま軌道を変えてハリーの方へと飛んでいく。

 先程なんてマルフォイの目の前で急停止してハリーの方に引き返していったぐらいだ。

 公平に選手を襲う魔法が掛けられているブラッジャーがあのような動きをするのはあまりに不自然である。

 会場もブラッジャーの違和感に気がついたのか、ハリーの方を指さし始めた。

 だが、なんにしてもハリーがブラッジャーに張り付かれているとビーターの二人がハリーに付きっきりになってしまう。

 そのせいもあってか、グリフィンドールはスリザリンに先制点を奪われていた。

 試合が始まって十分ほどが経過しただろうか。

 ついにスタジアムに大粒の雨が降り始める。

 私は鞄の中から大きな男物の傘を取り出す。

 そして周囲の邪魔にならないことを確認して傘をさした。

 スタジアムの方でも雨天の準備をするためか、一時的に試合が中断され選手たちが各チームの待機所へと戻ってきている。

 グリフィンドールの待機所でハリーとフレッド、ジョージの双子が言い争っているが喧嘩をしているようには見えない。

 きっとブラッジャー対策の議論をしているのだろう。

 十分もしないうちにフーチの笛の音とともに試合は再開された。

 相変わらずブラッジャーの一つがハリーに付き纏っているが、フレッドとジョージはもう一つのブラッジャーを追って他のチームメイトの方へと飛んでいく。

 どうやらハリーは一人でブラッジャーを避け続けることにしたようだった。

 確かに危険ではあるが、ビーター二人を引き連れていてはスニッチをキャッチすることなど不可能だろう。

 ハリーはブラッジャーを器用に避けながらスタジアム内を飛び回っている。

 その瞬間、私の目の前を緑色の線が一直線に横切った。

 私は双眼鏡から目を離し、急いでその緑色の何かを追う。

 マルフォイだ。

 マルフォイは他の選手とは比較にならない速度で観客席スレスレを飛んでいる。

 どうやらスニッチを見つけたようだ。

 マルフォイは大粒の雨粒が顔を打ち付けるのも構わず更に速度を上げていく。

 ハリーもそれに気がついたのか、マルフォイの後を追って一気に加速した。

 箒に速度の差があるとハリーは話していたが、ハリーはぐんぐんと速度を上げていき、ついにマルフォイの後ろにつく。

 マルフォイも一瞬後ろを振り返り、ハリーが追いついてきたのを確認した。

 

「このままハリーがマルフォイを抜いてスニッチをキャッチしちゃうかしらね」

 

 私が見ている限りでは、ハリーの方が技術的に上なように感じる。

 マルフォイが箒の性能を最大限に発揮できなければこのままハリーがスニッチをキャッチしてグリフィンドールの勝利だろう。

 私はまた目の前を通過したマルフォイの姿をじっと見る。

 

「……笑ってる?」

 

 目の前を通過したマルフォイは、確かに箒の上で笑っていた。

 次の瞬間、マルフォイがまるで壁にでもぶつかったかのような急停止をした。

 ハリーはマルフォイと衝突しないように急いで進路を少し上げる。

 その瞬間だった。

 マルフォイは撃ちだされた弾丸のような加速をすると、ハリーの背中めがけて手を伸ばす。 

 そして、ハリーの背後を飛んでいたスニッチを見事キャッチした。

 一瞬、スタジアムは静まり返り、その後スリザリンの観客席から爆発したような歓声が上がる。

 私は、マルフォイがスニッチをキャッチしたことでようやくマルフォイがやっていたことを理解した。

 マルフォイは途中からスニッチを追っていなかったのだ。

 スニッチを追っているふりをしてハリーを引きつけ、スニッチがハリーの死角に入った瞬間に急停止しハリーの死角にいたスニッチをキャッチしたのだろう。

 

『おーと! スリザリンのシーカーのテクニカルキャッチが炸裂! 雨で視界が悪いのを上手く利用しやがりました』

 

 そんなジョーダンの悔しそうな実況がスタジアムに響いている。

 マルフォイはスニッチを持ったままスタジアムをグルリと一周し、スリザリンの観客席の前でスニッチを掲げた。

 私は実況席の近くにある得点表を見る。

 スリザリン二百点、グリフィンドール十点。

 試合はスリザリンの圧勝だ。

 ハリーは何が起こったのか理解できていないのか、箒に跨ったままポカンとマルフォイの方を見ている。

 その瞬間、試合が終わっているにも関わらずブラッジャーの一つがハリーの右腕を強打した。

 嫌な音と共にハリーの右腕は曲がってはいけない方向に曲がり、その衝撃でハリーは箒から落下する。

 そのままの勢いでハリーはスタジアムの地面に激突した。

 悲鳴と怒声、気がついていない観客の歓声が入り混じる中、フレッドとジョージが更にハリーを追撃しようとしているブラッジャーを押さえ込みにかかる。

 地面に落ちたハリーはピクリとも動いていなかったが、すぐさま近くにいたロックハートがハリーの元へと駆けつけた。

 ロックハートはハリーの様子を確認すると、杖を取り出し簡易的な治療を施す。

 そうしているうちにフリットウィックが駆けつけ、勝手に浮かぶ担架を出現させてハリーをその上に乗せた。

 

「様子を見に……いや、ダメか」

 

 私はハリーの方に駆け出しそうになったが、グッと堪えてスリザリンの待機所の方を見る。

 私の今の役割はマルフォイに近づくことだ。

 ハリーの心配はロンやハーマイオニーがしてくれるだろう。

 私は意気消沈しているグリフィンドールの観客席から抜け出し、マルフォイの顔が良く見える位置まで移動する。

 そしてマルフォイがこちらを見た瞬間に小さく親指を立てた。

 マルフォイはこちらに向かってスニッチを掲げ、照れ臭そうに微笑む。

 だが、すぐにマルフォイの姿は歓声をあげるスリザリン生に飲まれて見えなくなっていった。

 

「さて、今日一日はマルフォイを捕まえることはできそうにないわね」

 

 私は人混みをスルリと抜けてスタジアムを後にする。

 医務室にハリーの様子を見に行こうと思ったが、今日の夜にでもハーマイオニーから話を聞けばいいだろう。

 私は校庭を抜けて城の中に入ると、昼食を取りに大広間へと向かった。

 

 

 

 

 その日の晩、私は寝支度を済ませベッドに寝転がっていた。

 パーバディとラベンダーは談話室にいるのかまだ部屋には上がってきていない。

 私がしばらく待っていると、暗い顔のハーマイオニーが扉を開けて中に入ってきた。

 

「ハリーは大丈夫そう?」

 

 ベッドから身を起こし開口一番にそう聞くと、ハーマイオニーは小さく頷く。

 

「怪我の様子は?」

 

「わからないわ。でも、命に別状はないって」

 

 ハーマイオニーは深いため息と共に私の横に腰掛ける。

 

「ロンが悔しがってたわ。マルフォイのアレは反則とかでもなく、ワールドカップのプロ選手がやるようなテクニカルキャッチだって。勿論、今日のマルフォイのキャッチはまぐれかもしれないけど、そういう戦術があることをハリーは知らないわけだから……」

 

 実際のプレーの経験はハリーの方があるが、知識だけならマルフォイの方が上だったということだろう。

 きっとそのワールドカップとやらにも実際に行って自身の目でプロチームの動きやプレーを見ているに違いない。

 

「そもそもあのブラッジャーさえなければハリーが負けてるはずないわ! きっとアレはスリザリンの妨害で……」

 

 ハーマイオニーはそこまで言って口をつぐむ。

 私はハーマイオニーの肩を軽く叩いた。

 

「まあ悔しいのはわかるけど重要なのはそこじゃないわ。今は秘密の部屋の事件をどうにかしなきゃ。あ、そうだ──」

 

 私は話題を変えるついでに試合前にハグリッドに会ったこと、ハグリッドが不審なほど秘密の部屋という単語に反応したことをハーマイオニーに伝えた。

 

「……確かに気になるし、偶然にしては出来すぎてるわ。わかった。私たちで調べてみる」

 

 ハーマイオニーがそう言った瞬間、女子寮の螺旋階段をドタバタと上がってくる音が聞こえてくる。

 

「っと、時間みたいね。おやすみハーマイオニー」

 

 きっとラベンダーたちが一通りスリザリンの悪口を言い終わり部屋に上がってきているのだろう。

 喧嘩しているという設定なのでこうやって仲睦まじく肩を並べてお喋りしているところを見られるのはまずい。

 ハーマイオニーは慌てて自分のベッドに走っていき、毛布を頭から被る。

 私もベッドに横になると目を瞑って寝たフリを始めた。




設定や用語解説

マルフォイを誑かすサクヤ
 サクヤはマルフォイが自分に惚れていることを自覚した上でああいう態度を取っています。怖い女。

マルフォイとハリーのシーカー対決
 テクニックはハリーの方が上ですが、純粋なクィディッチ知識ではマルフォイの方が上だと思っています。少なくともハリーは自分より上手なシーカーを見たことがないです。

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第二の被害者と決闘クラブと私

 スリザリン対グリフィンドールのクィディッチの試合があった次の日、私は個人授業を受けるためにロックハートの私室を訪ねていた。

 ロックハートは私を招き入れると、いつも通り机の上を少し片付けて授業の準備を始める。

 私は私で勝手に水場を使い紅茶を淹れ始めた。

 

「そういえば、昨日のクィディッチの試合でハリーが怪我をしたようですが、大丈夫そうですか?」

 

 昨日の夜ハーマイオニーから簡単にハリーの容態は聞いているが、命に別状はないということ以外はわからなかったらしい。

 ロックハートは箒から落ちたハリーに真っ先に駆けつけて応急処置をしていた。

 ある程度の容態は把握しているだろう。

 

「何箇所か骨が折れていたがマダム・ポンフリーが綺麗に繋いでくれたよ。ただ、怪我もそうだが精神的にも結構きてるみたいでね。一晩医務室で入院することになったみたいだが……」

 

 ロックハートはそう言うとチラリと私の方を見る。

 

「そういえば、昨日の夜は大丈夫だったかい?」

 

「なんのことです?」

 

 私が聞き返すと、ロックハートはなんでもないと話を切り上げた。

 

「さて、今日の授業だが……ちょうど前回の授業で盾の呪文が終わったところだったね。まさかあんなに早くプロテゴ・マキシマまで習得するとは思っても見なかったが……何にしても今日からまた新しい呪文に入ろうと思うが、何か気になる魔法はあるかい?」

 

「そうですね……魔法とは少し違うんですが……」

 

 私は少し前からロックハートに聞きたかったことをここで聞くことにした。

 

「先生はレミリア・スカーレットという占い師をご存知ですか?」

 

「レミリア・スカーレット? ああ、知ってはいるが……占いは専門外だ。君はスカーレット嬢の何を聞きたいんだい?」

 

 どうやらロックハートはレミリア・スカーレットのことを多少なりとも知っているみたいだ。

 私は全て打ち明けるということはせず、この前の休暇中にダイアゴン横丁で彼女を見かけたという話をした。

 

「ほう、なるほどね。確かに彼女は魔法界で最も有名な吸血鬼であり、最も有名な占い師だろう。五百歳近い年齢ということもあり魔法省にも顔が利く。それに、今の時代純血の吸血鬼というのは非常に珍しいんだ。純血の吸血鬼はどのような魔法生物より速く飛び、力が強いらしい。しかも強力な魔力も持っている。少なくとも今の魔法界で彼女が暴れたら対処出来る魔法使いは限られているだろうね」

 

「占い師としてはどうなんです?」

 

「優れた占い師だと聞いているよ。彼女の占いの的中率は三割ほどだと言われているが、これは占い師としては驚異的な的中率だ。それによく魔法省の神秘部に出入りしているという話を聞く。なんでも自分の予言を定期的に神秘部の予言の間の棚に追加しているらしい」

 

「予言……」

 

 予言という言葉を聞いて、あの時の予言が鮮明に脳裏に浮かび上がってくる。

 一九九八年の夏、私は命を落とすという死の予言。

 あの時はあまり深く考えなかったが、六年後の夏に一体何が待ち受けているというのだろうか。

 私がそんなことを考えていると、ロックハートは思い出したかのように言葉を付け足した。

 

「あとそれと、死の予言に関しては確実に当たるそうだ。的中率百パーセントの死の予言。彼女が占い師として有名な理由はそれだね」

 

「え?」

 

 死の予言については確実に当たる?

 

「彼女に死の予言をされたものはほぼ確実に予言通りに死ぬか、もしくは行方不明になるらしい。まあ、誰の死でも見えるというわけじゃなく、偶然見えてしまうものらしいが」

 

 私はそんなロックハートの言葉を聞いて、静かに唾を飲み込んだ。

 つまり私は六年後の夏に確実に命を落とす?

 それは……全くもって良くない。

 平穏で人並みな人生を望んでいる私だが、せめて六十歳までは生きたいと考えていた。

 

「それはまた……不思議な話ですね」

 

 私はなんとか表情を取り繕うと、ロックハートにそう返す。

 ロックハートは私を見て不思議そうに首を傾げたが、咳払いを一つして言葉を続けた。

 

「まあそういうのに興味が出てくる年頃だというのはわかるが、占いは才能が全ての学問であり、最も不確定な学問でもある。今はもっと実用的な魔法について勉強したほうがいい。……そうだね。今日は攻撃呪文の習得と決闘の作法について──」

 

 ロックハートはそのままいつも通り講義を進め始める。

 私はまだ少し放心していたが、考えてどうにかなる問題でもないので今はロックハートの授業に集中することにした。

 

 

 

 

 ロックハートとの個人授業が終わり、大広間で昼食を取った後、私はグリフィンドールの談話室に戻ってきていた。

 昨日スリザリンに負けたショックから回復してきているのか、談話室内に響く生徒の話し声は多くなっている印象を受ける。

 そんな中無駄に暖炉に薪を足して暇を潰していると、後ろから何者かに肩を叩かれた。

 私が後ろを振り返ると、そこには焦った表情のハーマイオニーが立っていた。

 

「マートルのいるトイレに急いで来て」

 

 ハーマイオニーは小声でそう呟くと、談話室の外に走っていってしまう。

 私は無駄に薪置き場から引っ張り出した薪を暖炉に放り込むと、談話室を出て三階の女子トイレに向かった。

 階段を下り廊下をしばらく歩いて私はマートルのいるトイレに到着する。

 中に入るとそこにはハーマイオニーと、女子トイレなのにも関わらずハリーとロンの姿もあった。

 

「ハリー、もう怪我はいいの?」

 

 私が尋ねるとハリーは小さく頷いて言葉を返す。

 

「僕は大丈夫。でもそれどころじゃない。昨日の夜、コリンがやられたんだ」

 

「コリンって、あのカメラの?」

 

 ハリーはもう一度頷き、昨日の夜医務室であった話を私に聞かせてくれた。

 昨日の晩、ハリーのベッドに屋敷しもべ妖精のドビーが姿を現したらしい。

 どうやら昨日のブラッジャーはドビーの仕業だったようで、ドビーはなんとしてでもハリーをホグワーツから遠ざけたいようだ。

 

「その後、医務室の中にダンブルドアとマクゴナガルがやってきたんだ。二人で石になったコリン・クリービーを抱えていた。昨日の夜、スリザリンの怪物に襲われたんだ」

 

 ハリーは少し声のトーンを落として話を続ける。

 

「それにダンブルドアは秘密の部屋が再び開かれたと言ってた。サクヤの言う通り、五十年前に秘密の部屋が開かれたというのは本当の話らしい」

 

「コリンは石になっていたのよね? 死んだんじゃなく」

 

「うん。石になってるってマダム・ポンフリーは言ってたよ」

 

 五十年前に秘密の部屋が開かれた時には死者が出ており、今回は出ていない。

 この五十年でスリザリンの怪物の力が弱まっているのだろうか。

 それとも何か条件のようなものがあるのだろうか。

 

「なんにしても、これ以上被害者が出る前に犯人を捕まえないとまずいわ。サクヤ、マルフォイの方はどう?」

 

「ガードが硬いわ。中々二人きりになれないの。チャンスがあるとすればクリスマス休暇だけど……」

 

 問題はマルフォイがクリスマス休暇をどこで過ごすかだ。

 一番手っ取り早いのは、クリスマスにマルフォイをデートに誘うことだろう。

 流石のマルフォイでもデートにまでクラッブ、ゴイルの二人を同行させるようなことはしないはずだ。

 

「……わかった。マルフォイに関してはサクヤに任せるわ。私たちはもう一度五十年前のことを調べてみる」

 

 私たちはお互いの役割を再確認すると、廊下に誰もいないことを確認してバラバラの方向に歩き出す。

 クリスマス休暇にマルフォイと二人きりになってスリザリンの継承者のことを聞き出すのなら、それまでにマルフォイからの信頼を揺らぎないものにしておかなければならない。

 またしばらくはマルフォイと行動を共にすることが増えるだろう。

 

 

 

 

 十二月も二週目に入り、去年と同じようにマクゴナガルがクリスマス休暇中に学校に残る生徒の名前を調べ始めた。

 マルフォイにクリスマスは家に帰るのかと聞くと、なんと今年はホグワーツに残るらしい。

 それならばと私もホグワーツに残るほうに名前を書き入れる。

 名簿を見る限りでは、今のところグリフィンドールでホグワーツに残るのはハリー、ハーマイオニーにウィーズリー兄弟ぐらいのようだった。

 

「そういえば、決闘クラブというのが始まるらしい。放課後の時間を使って先生が生徒に決闘の作法を教えるそうだ」

 

 マルフォイはどこからそのような情報を仕入れてきたのか、得意げに話し始める。

 

「決闘の作法も親に教えてもらえなかった穢れた血向けのおままごとだとは思うが、合法的に穢れた血連中を蹴散らすチャンスだとは思わないか?」

 

「確かに面白そうね」

 

 私は図書室でマルフォイの宿題を見ながら相槌を打った。

 その横ではクラッブとゴイルが額を突き合わせて魔法史の問題に頭を悩ませている。

 暗記科目なのだからいくら考えたところで答えが出るとは思えなかったが、まあ放っておくことにしよう。

 

「いつ開催されるの?」

 

「一回目が来週の夜八時だ。……もしよかったら一緒に行くかい?」

 

 マルフォイは恐る恐る私に聞いてくる。

 

「そうね……行こうかしら」

 

 私がそう言うと、マルフォイは目を輝かせた。

 

「僕は父上から決闘の作法については厳しく教わっているんだ。何かわからないことがあったら何でも聞いて」

 

「あら、頼もしいわね」

 

 私がクスクス笑うと、マルフォイは恥ずかしそうに頬を染める。

 そして照れ隠しなのか、急にクラッブ、ゴイルの二人の勉強を見始めた。

 

 それから一週間後、私はマルフォイたちと一緒に大広間に来ていた。

 いつもは大きな机が並んでいる大広間だが、今は机は取り払われ中央に大きな舞台が用意されている。

 そしてその舞台を取り囲むように物凄い数の生徒が集まっていた。

 私が周囲を見回すと、ハリーたち三人の姿も確認することが出来た。

 マルフォイは生徒を押しのけるようにして舞台の方へと進んでいく。

 私はその後ろをついていき、最終的に舞台に一番近い位置まで近づいた。

 

「誰が教えるのかしら」

 

 舞台の上にはまだ誰もおらず、他の生徒もそわそわと周囲を見回している。

 

「さあね。フリットウィックかロックハートあたりじゃないか?」

 

「ロックハートは……ないわね。そういうキャラじゃないわ」

 

 確かに決闘の技術を教えるのだとしたらロックハート以上の適任はいないだろう。

 だが、ここ数ヶ月の印象から察するに、こういう目立つ場に立ちたがる人物ではない。

 だが私の予想に反して大広間横の小部屋から出てきたのはロックハートとフリットウィックだった。

 

「あら、ドラコの予想大当たりね」

 

「まあね」

 

 マルフォイは得意げに鼻を鳴らす。

 舞台の上のフリットウィックは生徒たちを見回すと杖を喉元に当てて喋り始めた。

 

「皆さんよくお集まり頂きました。この教室では、魔法使い同士による決闘の作法を、私と助手を引き受けてくださったロックハート先生の二人で教えていくものであります」

 

 フリットウィックの甲高い声が拡声魔法により何倍にも大きくなって大広間に響き渡る。

 

「魔法使いの決闘というものは厳格に作法が決められており、通常は実際に魔法を撃ち合う決闘者と、その者が倒された時に後を請け負う介添人の二人一組で行うものであります。ですが今回は初回ということもあり介添人は付けておりません」

 

 そう言うとフリットウィックとロックハートは舞台の真ん中で向かい合うように立つ。

 

「まず初めに、魔法使いの決闘は礼から始まります。互いに頭を下げ、相手に礼を尽す。その後、相手に対して杖を構えます」

 

 フリットウィックとロックハートは互いに礼をすると、素早く杖を取り出し相手に対して真っ直ぐ向ける。

 

「両者が杖を構え終わってから三秒数え、最初の術を掛けます。今回はあくまで展示ですので、どちらも武装解除の呪文と盾の呪文以外使用しません」

 

 フリットウィックはロックハートの方をじっと見たままゆっくり数を数え始める。

 

「三……二……一……」

 

 フリットウィックはロックハートを鋭く睨むと目にも止まらぬ速さで武装解除の呪文をロックハートにかける。

 ロックハートは少し遅れて杖を振り上げるが、ロックハートの盾の呪文は間に合わず武装解除の呪文はロックハートの眼前へと迫る。

 そのまま呪文が顔に直撃すると誰もが思ったが、ロックハートは大きく体を捻りフリットウィックの武装解除の呪文を回避した。

 

「お、お見事。全く反応出来ませんでしたよ」

 

 ロックハートはぐいっと体を起こし、杖を構え直す。

 

「いやはやこちらこそ。まさか避けられるとは」

 

 フリットウィックは油断なく杖を構え続けていたが、大きく深呼吸をして杖を下ろした。

 

「一旦切ります。と、このように互いに早撃ちで呪文を掛け合います。先ほどは私が武装解除の呪文をロックハート先生に飛ばし、ロックハート先生はそれに対処した。盾の呪文は間に合わなかったようですが、かわりに体を捻ることで呪文を回避しました」

 

 フリットウィックは大広間にいる生徒たちに先程の決闘の解説を始める。

 その様子を見てロックハートは一度杖をローブに仕舞った。

 

 その後も二人は盾の呪文で魔法を弾いたパターンと、武装解除の呪文で杖が飛ばされたパターンの展示を行う。

 一通りの展示と説明が終わると、ついに実習の時間になった。

 

「それでは私が一人、ロックハート先生が一人指定して中央の舞台で決闘をしてもらいましょう! 数試合やってここにいる皆さんが決闘の流れを概ね掴むことができたら自由に組んで練習していいことにします」

 

 フリットウィックはそう言うと、舞台の上から生徒たちを見回す。

 

「それでは……ミス・ホワイト! 舞台の上へ!」

 

 フリットウィックは都合がいいと言わんばかりに私を指名する。

 私は周囲から拍手を浴びながら舞台に上った。

 ロックハートは私の方を見て少し悩むように顎に手を当てると、ハーマイオニーを指名した。

 ハーマイオニーは大きくガッツポーズをすると、軽い足取りで舞台に上がる。

 そしてロックハートと握手すると、嬉しそうにこちらを向いた。

 

「二年の学年一位と学年二位だ! 面白いものが見られるぞ!」

 

 誰かがそんなふうに囃し立てるのが聞こえてくる。

 意識していなかったが、そういうことになるのか。

 

「ミス・ホワイト。準備はいいですか? 手順は大丈夫ですね?」

 

 フリットウィックの言葉に私は静かに頷く。

 ロックハートはハーマイオニーに同じようなことを確認し、背中を押して送り出した。

 私は少し先に立つハーマイオニーをじっと見る。

 ハーマイオニーはロックハートに指名されたのがよほど嬉しかったのか浮かれ顔で私の方を見ていた。

 

「では、お互いに礼!」

 

 フリットウィックの合図で私は優雅にお辞儀をする。

 ハーマイオニーも私の真似をしてぎこちなくお辞儀をした。

 

「では、私が三つ数えたら相手に武装解除の呪文を掛けてください。いいですか? 武装解除の呪文だけですからね」

 

 私は左腕で真紅の杖を引き抜き、ハーマイオニーに向ける。

 ハーマイオニーも自信満々に杖を引き抜いた。

 その瞬間、ロックハートと目が合う。

 まるで特訓の成果を見せてみろとでも言いたげな視線をこちらに投げかけてくるが、私は小さく肩を竦めて見せた。

 ここで本気を出すつもりはない。

 なんならここはハーマイオニーに花を持たせるものアリだとすら考えている。

 

「それでは! 三……二……一……」

 

 ハーマイオニーはお手本のような動作で杖を振るうと、大きな声で呪文を叫んだ。

 

「エクスペリアームス!」

 

 ハーマイオニーの杖から放たれた呪文は真っ直ぐ私に向かって直進してくる。

 

「プロテゴ」

 

 私はいつも通り盾の呪文を発動させると、ハーマイオニーの呪文を弾いた。

 

「二人ともお見事! さあ、まだ油断してはいけませんよ?」

 

 フリットウィックのそんな声援が聞こえてくる。

 負けてもいいとは思っているが、流石にあんな見え見えな武装解除の呪文を喰らうのは恥ずかしい。

 ハーマイオニーは少し驚いたような表情を浮かべたが、すぐさま杖を振るい武装解除の呪文を放ってきた。

 私はその武装解除の呪文を全て弾くと、こちらからも武装解除の呪文を放つ。

 私が放った武装解除の呪文の赤い閃光はハーマイオニーの杖に吸い込まれるように飛んでいき、ハーマイオニーの杖を弾き飛ばした。

 ハーマイオニーの杖はゆっくりと宙を舞い、やけにゆっくり地面に落ちていく。

 杖が地面に落ちた瞬間、大きな拍手が私たちを包み込んだ。

 

「お見事ですミス・ホワイト! ミス・グレンジャーも大健闘でした! 二人ともとても筋がいいですよ!」

 

 フリットウィックは誰よりも大きな拍手を私たち二人に送っている。

 私はハーマイオニーの杖を拾い上げると、ハーマイオニーに差し出した。

 

「やっぱり実技のほうは貴方の方が上のようね」

 

 ハーマイオニーは杖を受け取りながら少し悔しそうに言う。

 私は小声でハーマイオニーに囁いた。

 

「久しぶりに冷や汗掻いたわ」

 

 嘘である。

 だが、良好な友人関係を維持するためならこの程度の嘘は許されるだろう。

 私は皆に見えないようにハーマイオニーに微笑むと、鼻を鳴らして踵を返す。

 喧嘩している設定なので、あまり仲良くするわけにもいかないだろう。

 私は舞台から下りると、マルフォイたちとハイタッチする。

 舞台の上ではフリットウィックとロックハートが次の生徒を選んでいた。

 

「見たかあの穢れた血の顔。自分の杖がどこに行ったか一瞬わかってなかったぞ」

 

 マルフォイはそう言ってクラッブ、ゴイルの二人とゲラゲラと笑っている。

 

「それでは……ミスター・マルフォイ! 舞台の上へ!」

 

 だがフリットウィックに突然指名され、驚きと不安が入り混じった表情で舞台上のフリットウィックを見た。

 

「あら、大抜擢ね。期待してるわ」

 

 私はにこやかに笑うとマルフォイの背中を押す。

 マルフォイは少々不安そうだったが、私が背中を押すと意気揚々と舞台に上がった。

 舞台の反対側にはハリーの姿が見える。

 どうやらマルフォイの決闘の相手はハリーらしい。

 二人は舞台の上で向かい合うと、互いに相手を殺すような勢いで睨み合い始めた。

 

「いいですか? 武装解除だけですからね?」

 

 フリットウィックはマルフォイにそう言うが、マルフォイはハリーを睨んだまま動かない。

 

「それでは、互いに礼」

 

 マルフォイとハリーはほんの少しだけ頭を下げると、すぐさま杖を取り出して相手に突きつけ合う。

 

「では、私の合図で始めてください。三……二……一……」

 

 マルフォイが不意打ちするのではないかと思ったが、意外にもマルフォイはじっとフリットウィックのカウントが終わるのを待ってから杖を振るう。

 

「「エクスペリアームス!」」

 

 同時に放たれた武装解除の呪文はマルフォイとハリーのちょうど中間地点で衝突すると、赤い閃光とともに大きな爆風を巻き起こした。

 

「サーペンソーティア! ヘビよ出よ!」

 

 マルフォイはいち早く体勢を立て直すと、杖の先からかなり食べ応えのありそうなヘビを出現させる。

 大きな長いヘビはマルフォイとハリーの間にドスンと落ちると、ハリーに対して攻撃体勢を取った。

 

「いけません! 武装解除の呪文だけですよ!」

 

 フリットウィックはキーキー声でマルフォイを注意する。

 マルフォイは悪びれる様子もなくハリーに対して勝ち誇った顔をした。

 

「どうした? 怖かったら降参してもいいんだぞ?」

 

 マルフォイのニヤケ顔に挑発されるように、ハリーはヘビに向かって一歩近づく。

 ハリーはそのまま床を這うヘビをじっと見つめると、小さく口を開いた。

 

「s──」

 

「ハリーッ!」

 

 ハリーはヘビに対し何かしようとしていたみたいだが、ロックハートの大声によってピタリと動きを止める。

 ロックハートはそのままヘビに近づくと、慣れた手つきで頭を掴みそのまま窓の外に投げ捨てた。

 

「やめ! そこまで。マルフォイ君、実に見事なヘビ召喚呪文だが、ここでは武装解除の呪文だけだ。でも二人とも最初の武装解除の呪文は速度、威力ともに大したものだ。みんな二人に拍手!」

 

 ロックハートがそう言うと、二人の決闘を見ていた生徒たちが二人に対して拍手を送る。

 マルフォイは納得していない顔をしていたが、ハリーをひと睨みして渋々私のもとに帰ってきた。

 

「カッコよかったわよドラコ。邪魔が入らなかったらきっと貴方が勝ってたわ」

 

「ふん。当たり前さ。僕があんな傷物に負けるもんか。ロックハートの妨害さえなけりゃ今頃シャンデリアから吊るしてやってたのに」

 

 マルフォイはそう言ってロックハートを睨む。

 

「まあまあ。でも、ハリーは何をしようとしていたのかしら」

 

「知るもんか。まあ決闘クラブなんて所詮こんなもんさ。これなら図書室で魔法史の宿題を片付けている方がまだ有意義だ。今からでも図書室に行かないかい?」

 

 マルフォイは早々に決闘クラブに見切りをつけたらしく、そのような提案をしてくる。

 私としてもここで学べることは少なそうなので、その提案には賛成だった。

 

「ええ、いいわよ。いきましょうか」

 

 マルフォイは私からの返事を聞くと、クラッブ、ゴイル二人に声をかけて大広間の外へと歩いていく。

 私はもう一度ロックハートの方をチラリと見ると、マルフォイの後について大広間を後にした。




設定や用語解説

マダム・ポンフリーが一瞬で繋いでくれました
 原作ではロックハートに文字通りに骨抜きにされてしまったハリーだが、ここでは普通の骨折だったのですぐに治してもらえた。だがマルフォイにシーカー勝負で負けたショックと談話室へ帰りたくなさ過ぎて一晩入院。

レミリアを対処できる魔法使い
 単独だったらダンブルドア。複数人で当たるなら闇祓いのエリート部隊。また、噂ではニコラス・フラメルでも対処できるとかなんとか。実際のところレミリアが魔法界で暴れたことはないのであくまで暇人のもしも話。

決闘クラブ
 原作ではロックハートが企画した決闘クラブだが、今作ではフリットウィックがダンブルドアからの要請を受けて企画。助手をロックハートに指定したのもダンブルドア。

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目撃者と理解者と私

 決闘クラブの次の日、休暇前最後の薬草学の授業が大雪で中止になったため、私は厨房につまみ食いに来ていた。

 厨房内では屋敷しもべ妖精が昼食の準備のために忙しなく働いている。

 私はそんな様子を横目で見ながら昼食用に用意されたソーセージをフォークで突き刺した。

 

「ホワイト様! 昼食までお待ち下さい!」

 

 屋敷しもべ妖精はしわがれた声で私に対し文句を言う。

 厨房にあまりにも入り浸り過ぎているため、屋敷しもべ妖精たちの私の扱いは若干雑になっていた。

 

「いやだって今食べても後で食べても変わらないじゃない」

 

「だとしたら尚更昼食の時間まで待つべきです」

 

 別の屋敷しもべ妖精がど正論を投げかけてくる。

 ぐうの音も出ないので、これ以上つまみ食いするのはやめておこう。

 

「もう少し時間のある時に来てください。なんで貴方はいつも忙しい時間帯にやってくるんですか」

 

「いやだって暇な時間って基本的にご飯の前なんですもの」

 

「だとしたら素直に大広間で食事をお取り下さい」

 

「ちゃんと大広間でも食べてるわ」

 

「どんだけ食べるんですか」

 

 屋敷しもべ妖精は料理の手を止めることなく口々にそう言う。

 私は肩を竦めると、ベーコンの盛り付けられた皿を一つ鞄の中に突っ込み私専用の肘掛け椅子から立ち上がった。

 

「その肘掛け椅子もいつまでもここに置きっぱなしにしないでくださいね」

 

 皿を運んでいた屋敷しもべ妖精が横目でこちらを見ながら言う。

 

「卒業する前には撤去するわ」

 

「卒業するまで入り浸る気ですか」

 

「迷惑?」

 

「いえいえ、いつでもお越しください」

 

 なんやかんや言って、彼らは人に尽くすのが好きなのだろう。

 私としても、本当に迷惑にはならないようにしなければ。

 私は屋敷しもべ妖精たちにお礼を言って、厨房から這い出る。

 そして次の授業の教科書を取りに階段を上り始めた。

 そのまま廊下を何度か渡り、階段を上り、グリフィンドールの談話室を目指す。

 人の気配が全くしない薄暗い廊下の角を曲がった時、私は目の前に奇妙なものを発見し足を止めた。

 廊下に二つの人影が横たわっている。

 人影の一つは生徒のようだった。

 ハッフルパフの制服を着た少年は恐怖の顔を張り付かせたまま天井を凝視するような形で硬直している。

 もう一つの人影はほとんど首無しニックだった。

 ニックは床から十五センチほど浮いたところで横たわっており、ハッフルパフの生徒と同じようにガチガチに硬直していた。

 色もいつもの真珠色ではなく、煤けたような黒色になっている。

 

「ニック?」

 

 私はニックに近づき、声を掛ける。

 だがニックはピクリとも動かなかった。

 

「時間が止まってるわけではないわよね……だとすると……」

 

 私はいつでも時間を止められるように意識しながら倒れている生徒の横にしゃがみ込む。

 

「ルーモス」

 

 杖に明かりを灯し顔を照らしてみるが、瞳孔が収縮することはない。

 脈を測ってみるが、完全に心臓は止まっていた。

 

「うん。多分死んでるわね。だとすると、スリザリンの怪物にやられたのかしら……」

 

 何にしても早くホグワーツの教員に知らせた方がいいだろう。

 私は踵を返すと職員室の方へ向けて歩き出した。

 

「待て!」

 

 その瞬間、私の後ろから声をかけられる。

 私が振り向くと、そこにはハッフルパフの上級生が立っていた。

 どうやら私がやってきた反対側の廊下からやってきたらしい。

 

「どこに行くつもりだ? というか、これは君がやったのか?」

 

 ハッフルパフの上級生は私に対し杖を向けたままゆっくり距離を詰めてくる。

 どうやら他にも仲間がいたようで、私に杖を向けているハッフルパフ生と同級生であろう生徒たちが倒れているハッフルパフ生の様子を確認し始めた。

 

「いえ、私も今この惨状を発見したところです。誰か先生を呼びにいこうと思いまして」

 

「先生を? 本当か?」

 

「いや本当ですけど……」

 

 私は肩を竦めると、職員室を目指して歩き始める。

 

「待て! 動くな! そこでじっとしてるんだ」

 

 だがまたもやハッフルパフ生がそれを制止した。

 私は足を止め、ため息交じりにハッフルパフ生の方に向き直る。

 私に杖を向けているハッフルパフ生は仲間に合図をし、教員を呼びに行かせた。

 

「いやいや、私じゃありませんって。なんでそう私のことを怪しむんです?」

 

 私は純粋に疑問に思い、杖を向けているハッフルパフ生に聞く。

 ハッフルパフ生は杖を握り直すと、半分怒鳴るように言った。

 

「ただの目撃者が、そんなに笑顔なはずないだろう!!」

 

「……え?」

 

 私は自分の顔を両手でペタペタと触る。

 危機感こそあまり感じていなかったが、だからといって笑顔であるはずはない。

 だが、私は確かに笑顔を浮かべていた。

 

「うそ……なんで私笑って……」

 

「とにかく、誰か先生が来るまではじっとしていて欲しい。僕も本気で君がやったとは思っていない。でも、君が怪しいのも確かだ」

 

 ハッフルパフ生に言われるまでもなく、私はショックでその場から動けなくなっていた。

 騒ぎを聞きつけた生徒たちが廊下を塞ぐようにして遠巻きに様子を窺っている。

 皆私の方を指さしながらヒソヒソと何かを囁き合っていた。

 

 

 

 

 

 どれほどの時が経過しただろうか。

 ハッフルパフ生がマクゴナガルを引き連れて帰ってきた。

 マクゴナガルは廊下の惨状を確認すると、顔面を蒼白にしながら後からやってきた他の教師たちに指示を飛ばす。

 床で倒れている生徒はフリットウィックとスプラウトが、床に浮いているニックは生徒の一人がマクゴナガルが魔法で出現させた大きなうちわで扇いで運んでいった。

 

「ミスター・ディゴリー。ミス・ホワイトの身柄はこちらで預かります。貴方にも後で事情は聞きますが、今日のところは帰って構いません」

 

 マクゴナガルは放心している私の腕をガッチリと掴むと、人混みをかき分け廊下を抜ける。

 マクゴナガルは私を引っ張ったままズンズンと廊下を進み、ガーゴイル像の前で立ち止まった。

 

「レモンキャンディー」

 

 マクゴナガルはガーゴイル像に向かってそう言う。

 きっとそれが合言葉だったのだろう。

 ガーゴイル像がぴょんと脇に避け、像があった背後の壁が左右に割れ始める。

 左右に割れた壁の裏にはエスカレーターのように上に上に動いている螺旋階段があった。

 

「校長先生がお待ちです。今回の件は私の手には追えません。ダンブルドア校長に全て正直に話すのです」

 

「あの先生──」

 

「わかってます。私も貴方が犯人だとは思っていません。だからこそ、校長先生に──」

 

「いえ、そうじゃなく……」

 

 私はマクゴナガルの顔を見上げる。

 

「私、まだ笑ってます?」

 

 マクゴナガルは私の顔をチラリと見ると、明らかに瞳に動揺の色を見せる。

 そして逃げるようにその場を去っていってしまった。

 私はマクゴナガルの背中を見送ると、改めてガーゴイル像裏の螺旋階段に目を向ける。

 何にしても、今は進むしかないだろう。

 私は螺旋階段に乗り、上の階へと進む。

 螺旋階段の一番上には重厚な樫の扉があった。

 扉にはグリフィンを象ったノッカーがつけられている。

 私は深呼吸を一つすると、いつでも時間を止められるように身構えてからノッカーを扉に打ちつけた。

 

「……」

 

 中から返事はない。

 私はドアノブを握ると、重たい扉をゆっくり押し開いた。

 部屋の中は円形になっており、机や棚には奇妙な小物が並んでいる。

 また、壁には歴代の校長と思われる肖像画がかけられており、皆スヤスヤと眠っていた。

 私は部屋をぐるりと見回し、見覚えのある小物を見つける。

 ボロボロでツギハギだらけの古い三角帽、組み分け帽子が棚に置かれていた。

 私は周囲を見回し、肖像画が全て眠っていることを確認してから時間を止める。

 そして止まった時間の中で組み分け帽子を被った。

 

「こんなに静かな校長室は久しぶりだのう。小物が奏でるチャカポコとした音や、肖像画のイビキが聞こえない。時間を止めているね? サクヤ・ホワイト」

 

 組み分け帽子は静かな声で私に語りかけてくる。

 私はその言葉に静かに耳を傾けた。

 

「安心するとよい。わしはそもそも個人の秘密を他人に話せるようには作られておらん。わしから秘密を引き出せるとしたら、わしを作ったホグワーツの創設者だけじゃ。もっとも、そのものは既にこの世にはおらんが。君のその能力の秘密は誰にも話していない。ダンブルドアにもじゃ」

 

 私はその言葉を聞いて少し安心する。

 

「にしても、この一年、随分な目に遭ってきたようじゃの。そうかそうか、賢者の石を守り抜いたのは君じゃったか。……ふむ、クィリナス・クィレルを殺したことを後悔しているね? 罪悪感……いや、間違った選択をしたのではないかと後悔している」

 

 組み分け帽子は私の頭の上で小さく笑う。

 

「安心するといい。クィリナス・クィレルはあの時点で既に死んでおったようなもんじゃ。ユニコーンの血を飲む行為は、生きながらにして死ぬ行為と同義。君は結果的に君の親友を、賢者の石を、ユニコーンの血を飲んだことで呪われたクィリナス・クィレルを救ったのじゃよ」

 

「そう……なんでしょうか」

 

「勿論、殺人そのものは許される行為ではない。人を殺すという行為は、それ以外に選択肢がない時に、全てを失う覚悟を持ってする行為じゃ。他に選択できる道がある場合は、殺人を選択肢に入れてはならん。殺人は自らの魂をも傷つける。人を殺せば殺すほど、人間として大切なものを失っていく」

 

 確かにクィレルを殺した時、自分が自分ではなくなったような感覚があった。

 あれはそういうことだったのだろうか。

 

「何にしても、ホグワーツは再び危機に瀕しておる。君の大切な人を、そして何より自分自身を守るためにどうすればいいのか。よく考えるのじゃ」

 

「……わかりました」

 

 私は組み分け帽子を脱ぐと、元の場所に置き直す。そして改めて周囲を見回し、元いた位置に戻ってから時間停止を解除した。

 ピタリと動きを止めていた小物たちはポコポコと音を立てながら動き出し、歴代校長の肖像画たちは一斉にいびきをかき始める。

 そして、そのいびきに重なるようにして私の後ろからグゲっという鳴き声が聞こえてきた。

 私が鳴き声がした方を振り返ると、そこにはヨボヨボで今にも死にそうな大きな鳥が止まり木に止まっていた。

 

「この世にエロールよりも死にそうな鳥がいたなんて。貴方はダンブルドアのペット?」

 

 私がそう聞くと、ヨボヨボの鳥は力なく鳴き声をあげる。

 その瞬間、突然鳥に火がつき、一気に燃え上がった。

 

「なっ──ぁ……」

 

 私が呆気に取られているうちに鳥は燃え尽き、灰になってしまう。

 その瞬間、ダンブルドアが扉を開けて部屋の中に入ってきた。

 私は灰の山を隠すように止まり木とダンブルドアの間に立つ。

 だが部屋の中に立ち込める生き物が燃えた臭いは誤魔化しようがなかった。

 

「隠さんでもよい。そろそろだったのじゃ。わしも早くすませてしまうようにと言い聞かせておったのじゃが……」

 

 ダンブルドアは灰の山に近づくと、その中から小さな雛鳥を取り出した。

 

「フォークスは不死鳥なのじゃよ。寿命がくるとこのように炎となって燃え上がり、そして灰の中から雛として蘇る」

 

 ダンブルドアは雛鳥を止まり木の横にあったタオルの敷き詰められた籠に移す。

 そして改めて私の方へと向き直った。

 

「ホグワーツに仕えている屋敷しもべ妖精の多くがつい先程まで君が厨房におったと証言しておる。君はあの場に居合わせただけ。そうじゃな?」

 

 ダンブルドアは私の瞳をジッと見つめる。

 私は小さく頷いた。

 

「わしとしても、君が犯人だとは考えておらん。学生が厨房に入り浸っておるのは考えものじゃが……まあ彼らの邪魔をしておらんならとやかく言う必要もないじゃろう。君からわしに特に聞きたいことがなければ、もう帰ってもよいが……」

 

「倒れていたハッフルパフ生は……死んでいたんでしょうか」

 

 私が触って確かめた限りでは、生きているようには見えなかった。

 だがダンブルドアは首を横に振る。

 

「ジャスティンは死んではおらん。コリンと同じく石にされただけじゃよ。マンドレイクの薬ができたら元通り動けるようになるじゃろう」

 

 ということは、また死者は出なかったということか。

 

「そうですか……でもニックはゴーストなのにあんな状態に……そもそもゴーストを傷つけることなんてできるんですか?」

 

「普通には無理じゃな。わしもゴーストがあのような状態になっておるところは初めて見る。ニックは何か特殊な魔法をかけられたのじゃろう。さて、他に聞きたいことがなければ──」

 

「あの! 最後に一つ……」

 

 私はダンブルドアの言葉を遮るように質問を重ねる。

 

「五十年前、秘密の部屋を開けたのは誰なんです?」

 

 優しげな笑みを浮かべていたダンブルドアの表情が少し硬直する。

 

「五十年前、スリザリンの怪物に生徒が一人殺されたと聞きました。でも、ホグワーツが今も変わらず存在しているということはその時は事件が解決したんですよね?」

 

 ダンブルドアは少し部屋の中を歩くと、私に背を向けたまま言った。

 

「その時は犯人だと断定された生徒が一人退学になった。それ以上のことはわしの口からは言えん」

 

「……そうですか。それでは失礼します」

 

 私はダンブルドアに頭を下げると、樫の扉のドアノブに手をかける。

 

「あまりロックハートを信用してはならん」

 

 私が扉を開けようとした瞬間、私の背中に向かってダンブルドアがぽつりと呟いた。

 

「何故です?」

 

 私は振り返らず、樫の扉を見つめたままダンブルドアに問い返す。

 

「……教師としてホグワーツに来てからロックハートは豹変した。学生の頃と比べてではない。つい一ヶ月前と比べてじゃ」

 

 確かに、思い当たる節はある。

 学校が始まる前に本屋で会ったロックハートと今のロックハートでは顔が同じだけの別人といっても過言ではないほど印象が異なっている。

 

「教師になったからこそ、今までの態度を改めたのでは?」

 

「……そうじゃといいの。だからこそ、用心じゃ。忘れるでないぞ」

 

 私は今度こそ重たい扉を押し開けると、螺旋階段を下ってガーゴイル像のある廊下に戻った。

 懐中時計を見ると、あと少しで午後の変身術の授業が始まる時間だ。

 私は小さくため息をつくと、変身術の教室に向かって歩き出した。

 




設定や用語解説

不死鳥フォークス
 ダンブルドアのペットの不死鳥。寿命が来ると燃え上がり、雛として生まれ変わる。また、ペットとしても優秀で、賢く、重たい荷物を運ぶことができ、また涙には癒しの効果がある。

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雪まみれのデートと燃える水と私

 ついに多くの生徒が待ち望んでいたクリスマス休暇がやってきた。

 殆どの生徒が一刻も早くホグワーツから離れようと、逃げるように城を後にしていく。

 この調子では、今年のクリスマスはホグワーツの中が殆ど空っぽになるだろう。

 

「それじゃあ、作戦を確認しましょう」

 

 クリスマス当日、私たち以外殆ど誰もいない談話室の暖炉の側でハーマイオニーは声を潜めて私とハリー、ロンに言う。

 

「まず、私たち三人は夕食のあとハグリッドの小屋に遊びに行く。そこで五十年前ホグワーツで何が起こったのか聞き出すわ。サクヤはマルフォイを誘い出してスリザリンの継承者について何でもいいから聞き出して」

 

「わかった。私はクリスマス・ディナーには出席せずに、その時間を狙ってマルフォイを誘い出すわ。そのタイミングが一番人が少ないでしょうし」

 

 私たちは互いに頷き合って談話室を後にする。

 私は談話室を出ると、西塔にあるフクロウ小屋へと向かった。

 ホグワーツのフクロウ小屋には学校が飼っているフクロウが結構な数おり、自由に手紙を配達させることができる。

 私は西塔にいた小さなフクロウの足に羊皮紙を括り付けながら言った。

 

「この手紙をスリザリンのドラコ・マルフォイに届けて頂戴」

 

 私がフクロウの頭をひと撫ですると、フクロウは窓の外へと飛び去っていった。

 

「……さて」

 

 私はフクロウを見送ると、階段を降りて厨房へと向かう。

 夕食が食べられないことが確定しているので、今のうちに腹ごしらえを済ませてしまおう。

 

 

 

 

 

 私が屋敷しもべ妖精に厨房を追い出されてから数時間後、私はランタン片手にホグワーツの敷地内にある湖の畔にやってきていた。

 昨日が新月だったこともあり月明かりは殆どないが、その分星が綺麗に瞬いている。

 私は一人湖の畔で立ち尽くしながら空を見上げた。

 

「ストーブでも持ってきた方が良かったかしら」

 

 十二月ということもあり、周囲には雪が降り積り、湖にも氷が張っている。

 私は恐る恐る氷の上に立ってみたが、意外にも氷は厚いようで割れる様子はなかった。

 

「お待たせ……」

 

 私が氷の上で遊んでいると、後ろから声をかけられる。

 私が声のした方向に振り返ると、そこには防寒着を着込んだマルフォイの姿があった。

 

「待たせたかい?」

 

「ううん、そんなことないわ。ごめんね、急に呼び出したりして」

 

 私は滑るように氷の上から地面のあるところまで戻ると、マルフォイの方へと近づく。

 

「話したいことがあって。誰にも聞かれたくないの」

 

 私はそのまま後ろ向きに倒れ仰向けになる。

 そしてマルフォイの手を引っ張りマルフォイも仰向けに倒れさせた。

 

「何を──」

 

「見て、凄い綺麗……」

 

 私は満天の星空を指さす。

 マルフォイは一瞬私の方を見たが、すぐに夜空を見上げた。

 

「ほんとだ。星なんて天文学の授業で見飽きたと思っていたけど……」

 

 マルフォイは星空を見ながら目を輝かせる。

 私とマルフォイはそのまましばらく無言で夜空を見つめ続けた。

 

「こうやって空を見上げていると、何もかも忘れそうになる。学校ではスリザリンの怪物が生徒を襲っているっていうのに」

 

 私は夜空を見上げながら話を続ける。

 

「スリザリンの継承者は、本当にホグワーツからマグル生まれを追放するつもりなのかしら」

 

 マルフォイが横目で私を見ているのを感じる。

 私はスッと手を空に伸ばした。

 

「私ね、最近思うのよ。私は赤子の頃に捨てられたから、両親の顔どころか名前も、親が魔法使いなのかもわからない。……怖いのよ。私はマグル生まれなんじゃないかって。私もスリザリンの怪物に襲われるんじゃないかって……」

 

「それは……」

 

 私はマルフォイのほうに体を向ける。

 

「そんなことないって、言ってくれないのね」

 

「……ごめん」

 

「謝らないで。意地悪なこと言ったわ」

 

 私はマルフォイに対して力なく微笑む。

 

「でも、スリザリンの継承者は一体誰なのかしら。継承者は間違ったことはしていないとは思う。でも、次襲われるのが私なんじゃないかと思うと、怖くて震えが止まらない」

 

 私はマルフォイの顔をじっと見る。

 マルフォイは真剣な顔で真っ直ぐ空を見上げていた。

 

「スリザリンの継承者が誰なのかわかったら……私きっと──」

 

 私はそこで言葉を切り、空を見上げる。

 そして時間を止め、ポケットから目薬を取り出すと溢れんばかりに目に注した。

 私は目薬をポケットに戻すと、時間停止を解除する。

 そのままゆっくり目を瞑り、涙を流したように見せた。

 

「……ごめん。ごめんなさい。こんなこと話すつもりで呼び出したわけじゃないのに……」

 

「サクヤ……」

 

「ドラコがスリザリンの継承者だったらよかったのに」

 

 私はマルフォイの顔を見つめる。

 マルフォイも私の顔をじっと見ていた。

 そのまま何秒間見つめあっていただろうか。

 私は諦めたような笑みを浮かべると、もう一度マルフォイに謝った。

 

「ごめんなさい。こんなこと言っても貴方を困らせるだけなのに……」

 

 私はゆっくり立ち上がり、背中についた雪をはたき落とす。

 

「……もう会わないようにしましょう。私なんかと一緒にいたら貴方にまで危険が及ぶわ」

 

「ま、待って!」

 

 私がその場を去ろうとすると、マルフォイは慌てて立ち上がった。

 

「……待ってサクヤ」

 

「……」

 

 私は静かにマルフォイの言葉を待つ。

 マルフォイはしばらく何かを考えるように押し黙っていたが、やがて小さな声で呟いた。

 

「僕が……僕がスリザリンの継承者だから……安心して……」

 

 私はマルフォイの目をじっと見つめる。

 そして優しく微笑みかけた。

 

「ありがとう。気を遣ってくれて」

 

 私はそのままマルフォイに背を向けてホグワーツ城の方へ歩き出した。

 マルフォイはああ言っているが、スリザリンの継承者ではないだろう。

 あれは私に気を遣って嘘をついている顔だ。

 そもそもマルフォイがスリザリンの継承者だという可能性は低いと考えていた。

 ここ一ヶ月ぐらい一緒に行動していたが、マルフォイは今回の事件に関してはどこか傍観的だったように感じる。

 純血の家系でスリザリン生だから自分は襲われない。

 もしマルフォイがスリザリンの継承者で怪物に生徒を襲わせているのだとしたら、そこまで他人事にはできないはずだ。

 マルフォイはスリザリンの継承者ではない。

 ……だとしたら、スリザリンの継承者は誰だ?

 私は城の中に入ると、真っ直ぐ談話室へと向かう。

 いや、今の時間だったらまだハリーたちは大広間でクリスマスディナーを楽しんでいる筈だ。

 だとすると時間を見計らってハグリッドの小屋に一緒に行くのもありかもしれない。

 私は防寒着を脱ぎ捨てると冷え切った体を暖炉で温める。

 どちらかと言うとマルフォイよりもハグリッドのほうが本命だ。

 私はソファーを暖炉の前に動かし、雪で濡れたローブをソファーに掛けて乾かす。

 十分もしないうちに体はぽかぽかと温まり、ローブもしっかりと乾いた。

 私は一度女子寮へと上がると、ベッドの下に隠している鞄を手に取り鞄の中にあるベーコンの盛り付けられた皿に手を伸ばす。

 私がその皿に触れた瞬間、皿に盛られたベーコンの時間が動き出し焼きたてのいい匂いを放ち始めた。

 私は鞄からベーコンの盛られた皿を取り出すと、フォークで突き刺し口に運ぶ。

 ハグリッドの小屋でまともな料理が出るとは思えない。

 今のうちに腹ごしらえしておいた方がいいだろう。

 

 

 

 

 

 一時間後、私は大広間から出てきたハリーたちと合流する。

 ハリーたちは無事ハグリッドを捕まえたようで、後ろに顔を真っ赤にしたハグリッドを連れていた。

 

「おお、サクヤ。お前さんどこに行っとったんだ?」

 

 ハグリッドは私をチラリと見ると、不思議そうに呟く。

 

「何言ってるのよ。サクヤはずっと大広間にいたわ」

 

「そうだったか? ……そうだったかもしれん」

 

 ハグリッドはハーマイオニーの言葉をそのまま鵜呑みにし、自分の小屋の方に歩いていく。

 私たちはハグリッドの少し後ろを歩きながら情報共有を始めた。

 

「うまくいったの?」

 

 ロンは小さな声で私に聞く。

 私はロンの言葉に首を横に振った。

 

「マルフォイはスリザリンの継承者ではなかったわ」

 

「ほんとに? 絶対マルフォイが継承者だと思ったんだけどな……」

 

 ロンはどこか悔しそうに呟く。

 

「でも、だとしたらなおさらハグリッドからしっかり話を聞かなくちゃ」

 

 ハーマイオニーは前を歩くハグリッドの背中を見つめる。

 ハグリッドの足取りはどこかおぼつかない。

 あの様子では大広間で相当お酒を飲んだのだろう。

 私たちはハグリッドが踏み固めた雪の上を歩き、ハグリッドの小屋までやってくる。

 

「さあ、入っとくれ。今暖炉を……っとっとっと」

 

 ハグリッドは小屋の入り口で転びそうになりながらも、なんとか踏みとどまり小屋の中に入っていく。

 中でファングが吠え始めるが、ハグリッドはお構いなしだった。

 このままではあまりにも危なっかしいので私たちはハグリッドを椅子に座らせると暖炉に火をくべ、ランタンに灯りをつけた。

 

「すまねぇ……ちょっと飲み過ぎたみたいだ……」

 

 ハグリッドは机の上をぼんやりと見つめている。

 もう眠気も限界に近いのだろう。

 だが、今寝てもらっては色々と困る。

 私は足元をウロウロするファングに気をつけながら酒瓶が並んでいる棚の方に向かう。

 そして棚の中から刺激の強そうなウォッカを手に取ると、グラスに注いでハグリッドの前に置いた。

 

「ほら、水を飲んだ方がいいわ」

 

「ああ、ありがとうサクヤ」

 

 ハグリッドはウォッカの注がれたグラスを手に取ると、一気に煽る。

 

「サクヤってたまに恐ろしく残酷なことするよな」

 

 ロンがその様子を見て身震いした。

 私たちは互いに頷き合うと、それぞれ椅子を引っ張ってきてハグリッドと共に机を囲む。

 私はもう一つグラスを持ってきて、水差しの水をその中に入れた。

 

「いい夜ねハグリッド」

 

 私はハグリッドのグラスにウォッカを注ぐ。

 ハグリッドはグラスに注がれたウォッカをじっと見つめていた。

 

「ねえハグリッド、前に秘密の部屋を開いたのは誰なの?」

 

 ハリーはハグリッドの意識があまり持たないことを察すると、単刀直入に聞く。

 

「俺じゃねえ! 俺は秘密の部屋を開いちゃいねぇ……」

 

 ハグリッドは顔を真っ赤にしながら大きな声で怒鳴る。

 ハーマイオニーはハグリッドの大声に気圧されながらも、質問を続けた。

 

「じゃあ、誰が秘密の部屋を開けたの?」

 

「し、知らん……結局本当の犯人は見つからなんだ。俺はホグワーツを退学になって……でもダンブルドア先生はそんな自分を森の番人として雇ってくださった。ダンブルドア先生は本当に偉大なお方だ」

 

 なるほど、ハグリッドは秘密の部屋を開けた犯人としてホグワーツを退学になったのか。

 確かにハグリッドが秘密の部屋を開ける動機がないわけではない。

 ホグワーツの中に何百年も閉じ込められている可哀想な怪物がいると知ったら、解放してあげようと思うに決まっている。

 当時の教師陣もそういう視点からハグリッドが犯人ではないと否定しきれなかったのだろう。

 

「ハグリッド、アラゴグって誰なの?」

 

 ハリーがまたハグリッドに質問する。

 

「アラゴグは俺が物置で孵化させたアクロマンチュラだ……でも、アラゴグはスリザリンの怪物じゃねぇ。俺はアラゴグを物置からは決して出さんかったし、禁じられた森に逃したあともずっと交流を続けとった。アラゴグが人を襲うもんか。それに襲ったとしたら、死体が残るはずがねえ」

 

 私はハーマイオニーの方をちらりと見る。

 ハーマイオニーは小さな声で「アクロマンチュラは肉食なの」と囁いた。

 

「でも、アラゴグはスリザリンの怪物だと勘違いされた。そういうこと?」

 

「ああ、そうだ。あの時は時期が悪かった。レイブンクロー生が殺されてホグワーツは閉鎖寸前だった。ああ、そうだ。リドルのやつ、きっとホグワーツが閉鎖されたら困るから俺を犯人にでっち上げたに違ぇねえ……」

 

「ハグリッド、リドルって?」

 

 ハリーはすかさず新しく出てきた名前について質問する。

 

「スリザリンの監督生だ。俺はやつが気に食わんかった。きっとやつも俺の存在を疎んでたに違ぇねえ。きっとそうだ……きっと……」

 

「ハグリッド、かんぱーい」

 

 私はハグリッドにウォッカの入ったグラスを持たせると、水の入った自分のグラスを打ち付ける。

 ハグリッドは反射的にグラスを持ち上げ口に運ぶと、半分こぼすようにしながら一気に煽った。

 ハグリッドはそのまま何度か痙攣し、少し意識を取り戻す。

 

「じゃあ、ハグリッドを犯人として突き出したのはトム・リドルなんだね?」

 

 ロンは確かめるようにハグリッドに聞く。

 ハグリッドは小さく頷くと、そのまま机に突っ伏して今度こそ意識を手放した。

 私はハグリッドを揺するが、ハグリッドが起きる様子はない。

 この様子では明日の朝には今日の夜のことは綺麗さっぱり忘れていることだろう。

 

「ロン、貴方リドルっていう人を知ってるの?」

 

 ハーマイオニーがハグリッドに毛布を掛けながらロンに質問する。

 

「うん。暴れ柳に車をぶつけた罰則で僕とハリーはフィルチと一緒にトロフィー磨きをしたんだけど、その時にリドルの金の盾を嫌ってほど磨かされたから覚えてる。確か特別功労賞だったかな?」

 

 ロンの意外な記憶力に少々驚きを隠せないが、それが本当なのだとしたらトム・リドルという人物について調べてみるものいいかもしれない。

 

「もしかしたらリドルはハグリッドを捕まえた功績で特別功労賞を貰ったのかも」

 

 ハリーの言葉にハーマイオニーが頷いた。

 

「可能性はあるわね。明日にでもトロフィー室を覗きにいきましょう」

 

 私たちは頷き合うと、ハグリッドが凍死しないように暖炉に薪を目一杯くべてから小屋を後にする。

 少しずつ過去の事件については分かってきたが、

まだ核心には迫れていない。

 五十年前の事件が今回の事件に繋がるかはわからないが、今は少しでも情報が欲しい。

 私たちは今後のことを話し合いながらホグワーツ城へと急いだ。




設定や用語解説

マルフォイの嘘
 もしマルフォイがスリザリンの継承者だったら私のことは襲わないでしょう? というサクヤの儚い希望を少しでも叶えるために付いた嘘。

水(ウォッカ)
 ハグリッドなのでなんとかなってますが、普通の人にやったら急性アルコール中毒で死に至る可能性があるので絶対にやめましょう。

Twitter始めました。
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活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。


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天才の過去と次の被害者と私

 クリスマスの次の日、私たちは四階にあるトロフィー室に来ていた。

 トロフィー室の棚には所狭しとトロフィーや盾が並べられており、金や銀に光り輝いている。

 

「ほら、この盾だよ」

 

 ロンは迷いなくトロフィー室の中を歩いていくと、金色に輝く盾を指さす。

 そこには『トム・マールヴォロ・リドル ホグワーツ特別功労賞 一九四三年』と刻まれていた。

 

「トム・マールヴォロ・リドル……ハーマイオニー、名前に聞き覚えはある?」

 

 ハーマイオニーは顎に手を当てて考えていたが、静かに首を横に振る。

 ハーマイオニーがわからないということは、現役で活躍している魔法使いではないのだろう。

 

「ほかに何かないかな?」

 

 ハリーは棚の上のトロフィーを一つ一つ調べ始める。

 私もそれに倣って首席名簿を調べ始めた。

 

「あった。ホグワーツを首席で卒業してるわ」

 

「こっちもあった。魔術優等賞のメダルだ。まるでパーシーみたいなやつだな」

 

 ロンは古いメダルを軽く持ち上げて肩を竦める。

 なんにしても、そこそこ優秀な生徒で助かった。

 これならリドルのことを覚えている人物も多いだろう。

 

「ホグワーツ首席……ならもしかしたら過去の新聞に記事が載ってるかも。毎年ホグワーツの首席は日刊予言者新聞から取材を受けてるわ。きっとリドルも受けてるはず」

 

 私たちは互いに頷き合うと、誰もいない廊下を進み図書室の中になだれ込む。

 図書室で本の整理をしていたマダム・ピンスが少し嫌な顔をしたが、私とハーマイオニーがいることを確認すると特に何も言わずに本の山を抱えて本棚の陰へと消えていった。

 やはり学年一位と二位のネームバリューは伊達じゃない。

 ハーマイオニーは慣れた様子で日刊予言者新聞のバックナンバーを漁り始める。

 探すべき年と時期は決まっているので、ものの五分もしないうちにハーマイオニーは黄ばんだ新聞記事を引っ張り出した。

 ハーマイオニーは新聞を丁寧に捲ると、該当する記事のあるページを机の上に広げる。

 そこには大きくはないが写真付きで今年の首席の紹介が載せられていた。

 

『今世紀一の天才、T・M・リドルがホグワーツを首席で卒業。将来は教授か役人か』

 

 写真にはカメラに向かって微笑む好青年が写っている。

 きっと彼がリドルなのだろう。

 

「うーん、パーシーってよりかはロックハートに似てるな」

 

 ロンは写真を覗き込み、少し顔を顰める。

 

「見て。リドルはすぐには就職せず、卒業旅行に出かけたみたい。でもやっぱり魔法省に勤めるだろうと予想されてるわ」

 

 ハーマイオニーは記事の続きを指でなぞる。

 

「もし魔法省に入省したのだとしたら、まだ現役で働いてる歳だ。パパに聞いたら何かわかるかなぁ」

 

 私は一度机を離れると、そこから数ヶ月分のバックナンバーを取り出し捲り始める。

 もしそこまで期待されているような生徒だとしたら、どこに就職したかぐらいは記事に書かれるだろう。

 

「あったあった。えっと……ボージン・アンド・バークスに就職したみたい」

 

「ボージン・アンド・バークス!?」

 

 ハリーが私から引ったくるようにして新聞記事を読み始める。

 私もハリーの肩越しに顔を突っ込み記事を読み始めた。

 

「『T・M・リドル、入省の誘いを蹴りボージン・アンド・バークスに就職』そりゃ記事になるよ。あんなボロ道具屋に就職するなんて」

 

 新聞の記事にも同じようなことが書かれている。

 少なくともホグワーツを首席で卒業した生徒が就職するような店ではないようだ。

 

「ハリー、この店について何か知ってるの?」

 

 私がそう聞くと、ハリーは新聞を読みながら頷いた。

 

「みんなでダイアゴン横丁に煙突飛行した時に僕が飛ばされたのがその店だったんだ。店の中は闇の魔術で使う道具で溢れてたよ。ほら、マルフォイ親子が色々家の物を処分してたって話をしたでしょ?」

 

 確かにそんな話をしていたような気がする。

 

「それじゃあ、その店の店主がトム・リドル?」

 

 

「いや、確か店主はそんな名前じゃなかったはずだよ」

 

 その話が本当なら、リドルはどこかのタイミングでボージン・アンド・バークスを辞めたことになる。

 これ以上リドルを追うには、ボージン・アンド・バークスまで聞きに行くしかないだろう。

 

「何にしても、少し調べる限りではスリザリン生ということ以外引っかかる点はないわね。スリザリンの卒業生でも立派な魔法使いは沢山いるし、純粋にハグリッドが犯人だと勘違いしたってことかしら」

 

 ハーマイオニーはこれ以上新聞から得られる情報はないと悟ったのか、いそいそと新聞を片づけ始める。

 

「何にしても、五十年前に秘密の部屋を開けたやつは上手いことやったよな。ハグリッドが捕まった瞬間に秘密の部屋を閉めたから捕まらなかったんだろう?」

 

 確かにロンの言う通り、ハグリッドが犯人ではないのにハグリッドが捕まった瞬間被害者が出なくなったということは、犯人は捕まるのを恐れて生徒を襲うのをやめたということである。

 

「リドルがハグリッドを捕まえたのを見て、このまま続けたら自分が捕まるかもって思ったってことかな?」

 

「うーん……でも多分そういうことじゃないか。そうじゃないと生徒を襲うのをやめたりはしないだろうし」

 

 私はハリーとロンの会話を聞きながら考える。

 リドルはどのような動機でスリザリンの継承者を捕まえようと思ったのだろうか。

 リドルの入っていた寮はスリザリンだ。

 スリザリン生にとって、スリザリンの継承者という存在は邪魔者を追放してくれる英雄的な存在のはずだ。

 私がもしスリザリン生だったら、応援こそしないがスリザリンの継承者の邪魔はしない。

 

「リドルはどうしてハグリッドを……」

 

 そもそも、本当にリドルが優秀な魔法使いなのだとしたら、ハグリッドを誤認逮捕なんてしないはずだ。

 

「何にしても、T・M・リドルについてはもう少し調べる必要がありそうね」

 

 新聞を元に戻したハーマイオニーが私たちのもとに戻ってくる。

 これ以上雑談するなら場所を変えたほうがいいだろう。

 私たちは椅子から立ち上がり、図書室を後にした。

 

 

 

 

 

 クリスマス休暇も終わり、ホグワーツに帰郷していた生徒たちが戻ってきた。

 事件はまだ解決していないが、一度休暇を挟んだことで生徒たちも落ち着きを取り戻している。

 私たちはあれからも少しずつリドルや秘密の部屋に関する情報を探したが、あまり大きな進展は得られていない。

 リドルはただ優秀なだけの魔法使いだったのか、リドルが卒業したあとの情報はほとんど見つからなかった。

 やはり過去の事件を追うよりも今起きている事件をしっかりと調べた方がいいのだろうか。

 

「何にしても、これ以上リドルについて調べるとしたら、リドル本人のことを知っている人物に話を聞くしかないわ」

 

 ハーマイオニーはもう何度も見直した日刊予言者新聞をめくりながら言う。

 

「リドルのことを知ってるとなると……ハグリッドとか?」

 

「自分を退学にさせた生徒だよ? 僕だったら絶対話さないな」

 

 ハリーの提案に、ロンが呆れたような声を出す。

 確かにハグリッドから話を聞くのは最終手段にしたかった。

 

「だとしたら……ゴーストとか? ああでもニックは今石になっちゃってるし。それにスリザリンの血みどろ男爵に話を聞きにいくのも……そもそも話してくれるかどうか」

 

「もういっそのこと、ホグワーツを探索して秘密の部屋を探す方が早いんじゃないかしら。過去の事件の真相が分かったところで、結局は過去の事件でしかないわけでしょう? 今実際に事件が起こってるんだし、そっちの調査に力を入れない?」

 

 私の提案に三人は考え込む。

 

「でも、それこそダンブルドアが動いてるんだろう? 僕らが出る幕はないんじゃ……」

 

「そこが問題なのよ。ダンブルドアが動いているはずなのに事件がまだ解決していない。きっと犯人は相当な切れ者に違いないわ」

 

 そう、スリザリンの継承者を捕らえようとしているのは私たちだけではない。

 それこそダンブルドアを筆頭にホグワーツの教師陣が全力で事件の解決にあたっているはずだ。

 つまり、スリザリンの継承者はダンブルドアの目を掻い潜って事件を起こしているということになる。

 

「もしそうなのだとしたら、下手に首を突っ込んでいい案件じゃないのかもしれないわね。もしスリザリンの継承者に目をつけられたら、純血であるかどうかなんて関係なく襲われる可能性すらあるわ」

 

「でも、だからって何もしないのは──」

 

「ハリー、よく聞いて」

 

 私はハリーの顔をじっと見る。

 

「去年私たちは興味本位で賢者の石について調べてた。それが偶然石を守ることに繋がったけど実際に石を守っていたのはホグワーツの先生たちよ。そして今回の秘密の部屋の事件も、ホグワーツの先生たちが全力で解決に向けて動いているはず。生徒の私たちが興味本位で深入りしていい事件じゃないわ」

 

 私がそう言うと、ハリーは黙って私を見つめ返してくる。

 

「それに純血であることが保証されてる貴方やロンはスリザリンの怪物が襲う対象になりにくいでしょうけど、私やハーマイオニーは違うわ。スリザリンの継承者に目をつけられたら次の日に死体になってホグワーツの廊下に転がっていてもおかしくはない。これ以上はハーマイオニーを危険に晒すことになるわ」

 

 ハリーはチラリとハーマイオニーの方を見る。

 

「私は……大丈夫だから……」

 

 ハーマイオニーはそう言うが、その目には確かに恐怖の色が浮かんでいる。

 ハーマイオニーはマグル生まれだ。

 何もしていなくても襲われる可能性がある。

 

「いーや、ダメよ。危険を冒してまで調べないといけない事件でもないわ。身を守るためならまだしも、変に目立つべきじゃない」

 

「……うん。サクヤの言う通りだね」

 

 ハリーが私の言葉に同意する。

 その瞬間、ハーマイオニーがポンと手を叩いた。

 

「そう、自分の身を守るためのことを調べればいいんだわ! 私たちはスリザリンの継承者にばかり目を向けていたけど、真に調べるべきはスリザリンの怪物のほうよ」

 

 ハーマイオニーは日刊予言者新聞を元の場所に戻すと、本棚から分厚い魔法動物図鑑を何冊も抱えてくる。

 確かにスリザリンの継承者が誰なのか分からずとも、スリザリンの怪物の正体がわかれば襲われないように対策をすることぐらいは出来るだろう。

 

「そうね。五十年前の事件に関してはこれ以上のことを調べるのは難しそうだし、そっち方面にシフトするのはいいかもしれないわね」

 

 私はハーマイオニーの持ってきた本を一冊手に取ると、ペラペラとページを捲り始める。

 ハリーとロンもそれに倣って本を捲り始めた。

 

 

 

 

 

 

 クリスマス休暇が明けて一週間ほどが経った朝。

 私は朝食を取りに大広間に向かうため、女子寮から談話室に下りてきていた。

 私は大きな欠伸を一つすると、他の三人が下りてくるのをソファーの上で待つ。

 ハーマイオニーは癖っ毛との格闘が終わるまでは下りてこないだろうから、ハリーとロンの方が早く談話室に来るはずである。

 だが、私の予想に反して先に談話室に下りてきたのはハーマイオニーだった。

 ハーマイオニーはまだ手櫛で髪を撫でていたが、それこそストレートパーマでもかけないとどうにもならないだろう。

 

「ごめん、遅くなったわ。……ハリーとロンは?」

 

 ハーマイオニーはキョロキョロと談話室を見回す。

 私はソファーから立ち上がりながら肩を竦めて見せた。

 

「まだ起きてきていないわ。寝坊かしら」

 

 私がそう言った瞬間、男子寮からロンが出てくる。

 ロンは私たちを見つけると、欠伸をしながら近寄ってきた。

 

「ごめん、寝坊しちゃって……僕が最後だろう?」

 

 ロンもハーマイオニーと同じく談話室を見回す。

 

「いえ、ハリーがまだよ。一緒じゃないの?」

 

 私がそう聞くと、ロンは首を横に振った

 

「いや、ベッドにいなかったからてっきり談話室だと思ってたんだけど……クィディッチの練習かな?」

 

 いや、授業のある日のクィディッチの練習は午後の授業が終わってから始まるはずだ。

 休暇明けでウッドが張り切っているのだろうか。

 

「いや、クィディッチの練習じゃなさそうよ」

 

 ハーマイオニーは談話室の奥を指さす。

 そこにはリー・ジョーダンと談笑しているフレッドとジョージの姿があった。

 

「じゃあ、ハリーはどこに行ったんだ?」

 

 ロンは不思議そうに首を傾げる。

 

「まあ、ベッドにも談話室にもいないなら大広間じゃないかしら。行ってみましょう?」

 

 どこにいるかわからないハリーをこのあまりにも広い城から見つけるには結構な時間が掛かる。

 きっとハリーが見つかる前に私のお腹と背中がくっついてしまうに違いない。

 私は食欲に負け朝食を取りに行こうと二人に促す。

 二人もそれに納得したらしく、談話室の出入り口に向かった。

 肖像画裏の穴をよじ登り、肖像画を押し開けて廊下へと出る。

 その瞬間、肖像画の陰から声が掛けられた。

 

「ミスター・ウィーズリー、ミス・ハーマイオニー、ミス・ホワイト。一緒に来なさい」

 

 肖像画の前に立っていたのはマクゴナガルだった。

 マクゴナガルはタイミングよく出てきた私たちに少々驚いていたが、すぐに真剣な表情になる。

 その顔は怒っているようにも悲しんでいるようにも見えたが、それ以上に血の気が引いているのが気になった。

 

「えっと、私まだ校則違反は──」

 

「そのような話ではありません。とにかく、こちらへ。さぁ」

 

 マクゴナガルはそう言うと、そのまま廊下を進み階段を下りていく。

 私たち三人は顔を見合わせると、マクゴナガルの背中を追って歩き始めた。

 マクゴナガルは一階まで階段を下りると、真っ直ぐ医務室へと向かう。

 こんな朝早くに私たち三人だけを連れて医務室に向かうなんて、嫌な予感しかしない。

 

「さあ、中に」

 

 マクゴナガルは医務室の中に私たち三人を招き入れる。

 医務室の中にはホグワーツの教員が勢揃いしており、一つのベッドを取り囲んでいた。

 

「まさか……」

 

 私たち三人は教員を押し除けるようにしてベッドに駆け寄る。

 そこには石になったハリーが横たわっていた。

 

「そんな……ハリー!」

 

 ハーマイオニーはハリーの手を触り、そのあまりにも異質な感触に小さな悲鳴と共に手を引っ込める。

 ロンは状況が飲み込めないといった表情で呆然とハリーを見つめていた。

 

「今朝、地下牢の近くで発見された。授業の準備で偶然通りかかったスネイプ先生が見つけての。すぐに医務室まで運んでくださった」

 

 ベッドの脇にいたダンブルドアが私たちに言う。

 私はハリーに手を伸ばすと、頬をそっと撫でた。

 

「きっと夜にベッドを抜け出したんじゃろな。近くにこれが落ちておったよ」

 

 ダンブルドアはキラキラ光る薄い布をそっと持ち上げる。

 私はダンブルドアに向かって手を伸ばし、透明マントを受け取った。

 

「石になっただけ……ですよね?」

 

 私はダンブルドアに確認を取る。

 ダンブルドアはハリーを見つめながら頷いた。

 

「そうじゃな。石になっておるだけじゃ」

 

「今のこの状況で真夜中の地下廊下を一人で歩こうだなんて、正気の沙汰とは思えませんな。自業自得もいいところだ」

 

 スネイプの言う通りだ。

 そんな時間に一人で出歩いたのだとしたら、スリザリンの怪物に襲ってくださいと言っているようなものである。

 

「それじゃあ、私たちを呼んだ理由は……」

 

「ええ、そうです。ミスター・ポッターがなぜそんな時間にそんな場所にいたのか。彼と親しい貴方達なら知っているのではないかと思ったからです。昨日の晩、何か聞いていませんか?」

 

 マクゴナガルはそう私たちに聞く。

 

「いや、特にこれといって……いつも通りに見えました」

 

 ロンは少し顔を青白くしながらマクゴナガルの質問に答えた。

 

「貴方たちは? どんな些細なことでも構いません。何か聞いてはいませんか?」

 

 私とハーマイオニーは顔を見合わせる。

 そして静かに首を横に振った。

 

「そうですか……」

 

 マクゴナガルは残念そうに目を伏せる。

 

「ダンブルドア先生、このことは公表するんですか?」

 

「生徒たちの不安を煽らんようにも、出来れば秘匿しておきたい情報ではある。じゃが、そういうわけにもいかなくての。それに、こういった情報は秘密にすると誤った情報が出回りやすくなるものじゃ」

 

 ハリー・ポッターという名前はあまりにも影響力がありすぎる。

 その辺のマグル生まれの生徒が襲われたのではない。

 魔法界で一番有名な魔法使い、ハリー・ポッターが襲われたのだ。

 それこそホグワーツが閉鎖される可能性すらある。

 

「昨日の夜のことについて何も知らないのでしたら、今日はもうお戻りなさい。ミスター・ポッターに関しては、各々の教師から説明がありますので、貴方たちの口からは何も言わないように。いいですね?」

 

 マクゴナガルの言葉に従い、私たちは医務室を後にする。

 流石に何も食べる気にならないのか、前を歩くハーマイオニーとロンの足は談話室の方に向いていた。

 

「まさかハリーが襲われるなんて……。ハリーはその……ほら、両親とも魔法使いだし……」

 

 ロンは階段を上りながら呟く。

 

「ハリーの存在が邪魔だった。そうとしか考えられないわね」

 

「……」

 

 ハーマイオニーは今にも泣きそうな顔で、無言で階段を上っている。

 

「何にしても、ハリーがやられたことによって魔法界は相当荒れるわ。……もしかしたら、マンドレイクが成長するまで学校が閉鎖されるかも」

 

「ハリーが聞いたら相当嫌がるだろうな。おじさんのところに戻りたくないって」

 

「ハリーが襲われてなかったらね」

 

 私たちは一度談話室に戻ると、男子寮、女子寮に分かれる。

 私は自分のベッドに向かうと、ベッドの下から鞄を取り出し、ハリーの透明マントを中に仕舞い込んだ。




設定や用語解説

ボージン・アンド・バークス
 ノクターン横丁にある古道具屋。闇の魔術に関する道具を多く取り揃えており死喰い人との繋がりもある。

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停職と収監と私

 ハリー・ポッターが襲われたという情報は瞬く間に魔法界中に知れ渡ることになった。

 連日新聞の一面にホグワーツでの秘密の部屋騒動のことが書かれ、毎朝普段の倍、大広間にふくろうが飛び交う。

 魔法省がホグワーツに調査に入ったほうがいいのではないか。

 ダンブルドアはこの責任をどう取るつもりなのか。

 そのような意見まで出てくる始末だった。

 

「メディアは言いたい放題だ。今ダンブルドアを辞任させて何になる。魔法界にダンブルドア以上の魔法使いがいるとは思えない。だが、言いたい放題言うのがメディアの仕事でもある」

 

 一月も終わりに差し掛かった日曜の昼過ぎ。

 私はロックハートの私室でいつも通り紅茶を用意していた。

 ロックハートも机と本棚を行ったり来たりしながら個人授業の準備を進めている。

 

「でも、なぜハリーが襲われたのでしょう。ハリーは父親も母親も魔法使い……所謂純血です。スリザリンの言うところの優秀な魔法使いのくくりです」

 

 私はティーポットの中の紅茶をティーカップに注ぐ。

 

「ふむ、いくつか可能性は考えられる。一つは、偶然スリザリンの化け物を見つけてしまい、目撃者を消すために石にされた。もう一つは、ポッター君の存在が邪魔だったから誘き出されて石にされた」

 

「存在が邪魔……でもそんなことあるんでしょうか。こう言うと言い方は悪いですが、ハリーがスリザリンの化け物をどうにかできるとは思えません」

 

 私ならともかく、ハリーがスリザリンの化け物に勝てるとは思えない。

 

「果たして本当にそうだろうか。ポッター君は赤子の頃にかのヴォルデモート卿を撃退している。彼は特別だ」

 

「まあ、結果的にやられてるんですけどね」

 

 私はいつも通りの椅子に座り、ノートを取り出す。

 ロックハートも準備が整ったのか、本の山を脇へ寄せた。

 

「さて、この個人授業が始まって数ヶ月経つが、サクヤは非常に筋がいい。物覚えもいいしね。防御魔法と攻撃魔法に至ってはホグワーツの七年生にも劣らないだろう。だが、ここまではあくまで基礎だ。所詮表の世界で使われている魔法でしかない」

 

 ロックハートは一冊の本を手に取りページを捲る。

 

「突然だがサクヤ、魔法使いとは何だと思う?」

 

「え? 魔法使いですか? ……魔力を持っている人間?」

 

「そうだね。今の魔法界において、魔法使いというのは魔力を持っている人間のことを指している。だが、魔力を持っている人間というのは、所詮魔力を持っている人間でしかない。真の魔法使いとは言えない」

 

「じゃあ、魔法使いって何なんです?」

 

「魔法使いという生き物は常に真理を追い求めるものだ。真の魔法使いにとって魔法というものは過程でしかない。結果になってはいけないんだ。ただ既存の魔法を覚えるだけじゃ真の魔法使いとは言えない。覚えた魔法という道具を用いて新たな真理に到達する。そしてその新たな真理を用いて魔法を作り、さらなる深みを目指す」

 

「さらなる深み……」

 

「まあ簡単に言ってしまえば、魔法を使えるだけでなく、作れるようになりなさいって話さ。そのためには魔法がどのように発動しているのか、魔力の根源はどこにあるのか。そういった理論的な話になってくる」

 

 そう言ってロックハートは机の上に積まれている本を叩いた。

 

「そのためには知識が必要だ。というわけでここからは最新の学術書の内容を読み解いていく。私の予想だが、二年生が終わる夏にはある程度自分で魔法が作れるようになるだろう」

 

 私は机の上の本を一冊手に取る。

 そこには『魔力と知力 パチュリー・ノーレッジ著』と書かれていた。

 

「あ、パチュリー・ノーレッジの本だ」

 

「ほう、彼女を知ってるのか」

 

「ああ、いえ。友達が彼女のファンで」

 

 私自身パチュリー・ノーレッジの本を読んだことはない。

 いや、正確には読もうとしたことはある。

 だが、そこに書かれている文章はあまりにも硬く、そして恐ろしいほどつまらない。

 まるでただの数字の羅列を見ているかのような錯覚すら覚える。

 

「なるほど、グレンジャー君だね。それにしてもファンか……ファンがつくような本だった記憶はないが……何にしても、現代魔術を学ぶにあたって、彼女の本ほど参考になるものはない」

 

 そう言うとロックハートは本を開き、本の内容を読みながら時折解説を入れていく。

 私は時折メモを取りながら、数時間に渡る現代魔術の講義を受けた。

 

 

 

 

 

「なんというか、凄まじいですね。このパチュリー・ノーレッジという人」

 

 数時間に及ぶ講義の末、一番初めに出た言葉はそれだった。

 魔法に対する考え方の次元が違いすぎる。

 

「凄まじい……か。確かに彼女の考え方はどこか俯瞰的だ。魔法というものを一つ上の次元から見ているように感じる。何にしても、この本に書かれていることを理解できるようになるのが当面の目標だ」

 

 そう言うと、ロックハートは私の前に三冊の分厚い本を積み上げる。

 表紙を見ると、三冊ともパチュリー・ノーレッジの著書だった。

 

「来週までに一通り目を通してくるんだ。流石に一から十まで教えていると時間が足りない。読んでみて、理解できない場所を講義の時間に教える。来週からはそういった流れで行こう」

 

「これ、三冊ともですか?」

 

 羊皮紙の本とはいえ、かなりのページがあることに変わりはない。

 三冊全てに目を通すには、かなりの時間を要するだろう。

 

「時間が足りないかい?」

 

「いえ、そういうわけでは」

 

 まあ、私にとって時間がないという概念は存在しない。

 夕食前にでも時間を止めてじっくり読めばいいだろう。

 

「じゃあ、今日の講義はこれぐらいにしよう。来週も同じ時間でいいかな?」

 

「はい、大丈夫です」

 

 私は机の下から鞄を取り出すと、分厚い本を三冊鞄の中に入れる。

 その瞬間、ロックハートの部屋の扉がノックされた。

 

「ロックハート先生! いらっしゃいますか!」

 

「少々お待ちを!」

 

 ロックハートは大声で返事をすると、杖を一振りし部屋の中を元に戻す。

 私は飲みかけの紅茶をティーカップごと鞄の中に詰め込むと、鞄の中からハリーの透明マントを取り出した。

 

「これ被って部屋の隅にいます」

 

 私はロックハートに向かって囁く。

 ロックハートは私が透明マントを被ったのを確認すると、部屋の扉を開けた。

 扉の外に立っていたのは白髪で小太りの男性だった。

 

「ギルデロイ……マーリン勲章の授与式以来かな?」

 

 小太りの男性はロックハートに握手を求める。

 ロックハートは笑顔でその男性と握手を交わした。

 

「またお会いできて光栄です。ところで、私に何か御用ですかな?」

 

 ロックハートは部屋の中に男性を招き入れる。

 男性は部屋の中に入ると、入り口の扉をぴっちりと閉じた。

 

「今お茶をお淹れいたします。とはいえ、あまり良い茶葉でもありませんが……」

 

「いやいや、遠慮しておこう。あまり大臣室を空けると補佐がうるさいんだ」

 

 大臣室……魔法界に大臣と呼ばれる役職は一つしかない。

 魔法大臣、つまり魔法省のトップだ。

 確か今の魔法大臣はコーネリウス・ファッジという名前だったはずだ。

 つまりは魔法省のトップがロックハートの部屋を訪れたということである。

 

「そういうことでしたら……」

 

 ロックハートは手に持っていた茶葉の缶を棚に戻すと、ファッジに向き直る。

 

「すぐにでも本題に入ったほうがいいんでしょうね。それで、私に何か用です?」

 

 ファッジは少し悩むように目を泳がせたが、すぐに口を開いた。

 

「ホグワーツの理事会でダンブルドアの停職が決まった。明日にはダンブルドアはホグワーツを去ることになる」

 

「それはそれは……あまりこういうことは言いたくないのですが……理事会の正気を疑うところではありますね」

 

「ルシウスだ。彼が理事たちを脅しつけたに違いない。何にしても、十二人全員の署名が集まってしまった。流石に無視はできん」

 

 どうやらダンブルドアの停職はファッジが望んでいることではないらしい。

 

「では、このような状況なのに校長が不在に?」

 

「……そうなる。そして、悪い知らせはもう一つある」

 

 私は透明マント越しにファッジとロックハートを観察する。

 ファッジは本当に申し訳なさそうにロックハートに言った。

 

「君に負担を掛けてしまうことは百も承知だが……ダンブルドアが復帰するまでの間君が代理で校長をやってほしい」

 

「私が……ですか?」

 

 ロックハートは驚いたような表情でファッジをじっと見る。

 

「通常ならば副校長のマクゴナガル先生が代理となるはずでは?」

 

「そうなのだが……今のホグワーツに、魔法界に必要なのは希望だ。あのギルデロイ・ロックハートが代理でホグワーツの校長に就任したとなれば、世論も落ち着くというものだ。それに、理事会も君の校長就任を強く推している」

 

「理事会が私を?」

 

「そうだ。それに、魔法省としても君に代理を務めてもらいたいと考えている」

 

 ロックハートはそこまで聞くと、深刻な表情で何かを考え始める。

 そして軽く頭を抱えると、何かを諦めるようにファッジに向き直った。

 

「そういうことでしたら……引き受けましょう」

 

 ロックハートがそう返事をすると、ファッジは安堵の息をついた。

 

「ハリー・ポッターが石にされてしまった今、君が最後の希望だ。魔法省としても、少しでも早くダンブルドアが復帰できるよう取り計らう」

 

 ファッジはそう言い残すと、ロックハートともう一度握手を交わし部屋を出て行く。

 私は足音が遠ざかっていくのを確認してから透明マントを脱ぎ捨てた。

 

「ダンブルドアが停職?」

 

「このタイミングでダンブルドアを停職にするのは悪手にもほどがある。理事会は一体何を考えているんだ?」

 

 私は透明マントを仕舞いながら考える。

 ルシウスというのはルシウス・マルフォイのことだろう。

 

「今のホグワーツの状況を利用して、ルシウス・マルフォイがダンブルドアを引きずり下ろそうとしている……そういうことですかね」

 

「その可能性が高いだろうね。マルフォイ家はスリザリンとの関わりが深い。この状況を都合がいいとすら思っているだろう」

 

 ロックハートはそう言いながら本棚の方へと歩いていく。

 そして棚の一角の本をごっそり抜き出すと机の上に置いた。

 

「予定変更だ。流石に校長職を兼務するとなるとこのような個人授業を続けることはできないだろう。毎週三冊づつ渡すつもりだったが、今まとめて渡しておくよ。例の鞄は持っているかい?」

 

 私は頷くと、鞄の中に机の上の本を詰め込み始める。

 鞄に入れながら背表紙を確認したが、殆どがパチュリー・ノーレッジの著書だった。

 

「それにしても、なんだか凄いことになってきましたね。ホグワーツはどうなってしまうんでしょうか……」

 

 私は最後の一冊を詰め込むと、鞄の留め具をつける。

 

「なんとかしてみせるさ。それが大人の仕事だ」

 

 ロックハートはそう言って椅子に掛けていたローブを羽織った。

 

「マクゴナガル先生に会いに行ってくる。これからのことを相談しなければ……」

 

「では、私はこれで。個人授業は少しお休みですね」

 

「君の淹れる紅茶が飲めなくなると思うと、今から少し憂鬱だ」

 

「あら、ご希望とあらば校長室まで出向いてお淹れしますが?」

 

 私とロックハートは顔を見合わせ、苦笑する。

 私は鞄を持ち上げると、ロックハートに一礼して部屋の扉を押し開けた。

 

 

 

 

 

 ロックハートが校長に就任したという話はあっという間にホグワーツ中に広まり、次の日には日刊予言者新聞の一面に掲載されたことで瞬く間に魔法界に広まった。

 魔法省、並びに理事会に推薦されたということや、ロックハート自身がマーリン勲章を受賞しているということもあり、世論からはロックハートの校長就任はある程度好意的に受け止められている。

 メディアもロックハートの校長就任を支持しているようで、新聞を読む分にはロックハート校長就任に対する批判等は書かれていない。

 また、ロックハートは生徒からの人気も高く、信頼も厚い。

 ホグワーツの生徒の殆どがダンブルドアの代わりに校長を務められるのはロックハートしかいないとすら考えていた。

 なんなら、一番ロックハートの校長就任に反対していたのはロックハート自身だった。

 本来ならばマクゴナガル先生が校長を務めるべきだという話を他の教師陣に溢しているのを何人もの生徒が聞いている。

 まあ、ロックハートの校長就任が支持されているかいないかはともかく、ロックハートは校長に就任してから緊急措置としていくつかの規則を制定した。

 まあ規則といっても破ったら罰則を喰らうようなものではない。

 授業間の移動は三人以上で行動するということや、下級生の組は出来るだけ上級生の組にくっつくことなど、怪物に襲われないようにする工夫だ。

 また、夜間は立ち入り禁止になる廊下や階段がいくつか設定された。

 立ち入り禁止になる基準は単純で、夜間そこに行く意味がないところだ。

 用事がないから行く必要がない。

 立ち入り禁止にしたところで迷惑する生徒は殆ど存在しない。

 若干目的地まで遠回りになる場合もあるが、通路が制限される分通行量も多くなる。

 単純ながらよく考えられた規則だと言えるだろう。

 また、ダンブルドアの停職、ロックハートの校長就任と同時に、もう一つ大きな事件がホグワーツで起きた。

 ハグリッドがアズカバンに連行されたのだ。

 逮捕ではなく事情聴取とのことだが、なぜ連行されたのかは公表されていない。

 だが、私たちはすぐにハグリッドの連行を秘密の部屋に結びつけた。

 ハグリッドは過去に秘密の部屋を開けた容疑でホグワーツを退学になっている。

 魔法省としてもこれほど事態が大きくなってしまったので、何か手を打ったという印象を世間に与えたいのだろう。

 

「なんというか。今すぐマグルの学校に逃げたい気分だわ」

 

 私はハグリッドの小屋の中でファングの餌皿にドッグフードを流し入れる。

 

「秘密の部屋を開けたのは私ですって嘘でも言ってホグワーツを退学になろうかしら」

 

「冗談にしても笑えないよ」

 

 一緒に小屋に来ていたロンがファングの寝床の掃除をしながらそう言った。

 

「でも、案外上手く回っていると思うわ。勿論、ダンブルドア先生が校長をやるのが一番だけど……」

 

 ハーマイオニーはホグワーツの殆どの生徒と同じくロックハートの校長就任を支持している一人だ。

 

「でも、結局のところ根本的な解決はしてないわけだろ? スリザリンの怪物をどうにかしないことにはさ」

 

「まあ、そうなのよねぇ。でもダンブルドアが停職になったということは、ダンブルドアが暇になったということよ。つまり、裏でスリザリンの怪物を倒す手段を探しているのかもしれないわ」

 

 私は餌皿に顔を突っ込んでいるファングの頭を撫でる。

 何にしても、これまで以上に警戒しながら生活したほうがいいのは確かだ。

 私は懐中時計で時間を確認すると、ハーマイオニーとロンを連れてハグリッドの小屋を後にした。




設定や用語解説

パチュリーの学術書
 パチュリーの著書には高度な魔法は書かれておらず、あくまで考え方や新しい魔法を作るうえで必要な知識、また、既存の魔法の研究結果などが書かれている。

コーネリウス・ファッジ
 イギリス魔法省の現トップ。魔法の才能は高いわけではないが、政治力はある。人当たりのいい性格だが、追いつめられると正常な判断ができないタイプ。

ロックハート校長
 原作のロックハートでは考えられないことだが、今作のロックハートは優秀な面しか見せていないため割と妥当な選択。

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毒蛇の王とロックハートと私

秘密の部屋編のクライマックス。


 ロックハートが校長に就任してから数ヶ月が経った四月の半ば。

 イースター休暇も終わり、少しずつ生徒の意識は期末試験に向きつつあった。

 ハリーが襲われてから四ヶ月ほど経ったが、そのあとスリザリンの怪物に襲われた生徒は出ていない。

 ロックハートの対策がうまく嵌っているからなのかはわからないが、生徒たちの間では秘密の部屋の一件は既に終わったことという認識になりつつあった。

 まあ、数ヶ月も被害者が出ていないともなれば危機感が薄れるのは仕方のないことだろう。

 

「さっきスプラウト先生に聞いたんだけど、六月にはマンドレイクが収穫できるそうよ」

 

 夕食後、和やかな雰囲気の談話室内で変身術の教科書を開きながらハーマイオニーが言う。

 

「六月ってことはギリギリ期末試験のあとか……うーん、僕も石にしてくれないかな」

 

「ロン、流石に不謹慎よ」

 

 私はロンの宿題を覗きながら小声で窘めた。

 ロンはじっと目の前の呪文学の教科書を睨んだが、やがて諦めるようにソファーの背もたれに体重を掛ける。

 

「でもハリーは期末試験を受けなくていいんだろう?」

 

「多分その分補講があると思うけどね。ほら、ここ違うわよ」

 

 ハリーはあの後も医務室のベッドに転がったままだ。

 期末試験は六月の頭。

 いつ石化を解く薬が完成するのかはわからないが、早くても試験の数日前だ。

 流石に病み上がりの生徒に期末試験を受けろと言うほど学校側も鬼畜ではないだろう。

 

「はぁ……何で期末試験なんてあるんだろう」

 

「貴方みたいな生徒がいるからよ。試験がないと勉強しないでしょ? っと、そろそろいい時間かしら」

 

 私はポケットの中に手を突っ込んで懐中時計を取り出そうとする。

 

「あら?」

 

 だが、ポケットの中に懐中時計は入っていなかった。

 私は他のポケットも弄るが、懐中時計は見つからない。

 

「サクヤ、何か探し物?」

 

「時計がない……多分変身術の教室に忘れてきたわ」

 

 私はソファーに掛けていたローブを羽織り、外に出る準備をする。

 

「私もついてくわ」

 

 すると、それを見たハーマイオニーもローブを手に取った。

 

「大丈夫。談話室で待ってて。すぐに戻るわ」

 

 だが変身術の教室に懐中時計を取りに行くだけだ。

 わざわざ二人で行く必要もないだろう。

 規則では二人以上での行動となってはいるが、ハリーが襲われてから次の被害者は出ていない。

 深夜に校内を徘徊するならまだしも、忘れ物を取りにちょっと出歩くぐらいなら大丈夫なはずだ。

 

「先に寝てて! すぐ戻るから」

 

「ああっ! ちょっと待ちなさい!」

 

 私はハーマイオニーの準備が整う前に談話室の外に出て変身術の教室に向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 十分もしないうちに変身術の教室にたどり着き、私は自分が座っていた机の下に手を突っ込む。

 そういえば今日の変身術の授業で間違えて呪文を掛けてしまわないように机の下に避難させておいたんだった。

 私は無事懐中時計を見つけると、机の下から拾い上げる。

 懐中時計で時間を確認すると、すでに出歩いていい時間を過ぎていた。

 

「もういい時間ね。急いで戻らないと」

 

 私はポケットの中に懐中時計を突っ込む。

 

 

「寝ない子だーれだ?」

 

 

 次の瞬間、私の視界は暗転した。

 

 

 

 

 

 冷たい空気を感じる。

 周囲に水溜りでもあるのか、時折ピチャンという雫が落ちる音がした。

 私は意識が覚醒してすぐ、体を動かさないようにしながら時間を止める。

 取り敢えず時間さえ止めていれば自分の身が危険に晒されることはない。

 私は大きく深呼吸をすると、現在の状況を整理し始めた。

 私は懐中時計を取りに変身術の教室に向かったはずだ。

 そこで自分の席から懐中時計を回収し、談話室に帰ろうとした。

 ……そこから先の記憶がない。

 私は首を回して周囲の状況を確認しようとする。

 だが、目の前は真っ暗で、何も見ることは出来なかった。

 

「いや、目隠しされてるのか」

 

 目の上に何かが巻かれているような感覚がある。

 私は目隠しを取ろうと腕を上げようとするが、体の後ろで縛られているらしく身動きを取ることが出来なかった。

 

「……誘拐された、ということかしら」

 

 私は手首に巻かれた縄を何とか取ろうと手を捻る。

 どうやら手首の縄はあまりキツく縛られていなかったようで、何度も手を捻っているうちに縄が緩み隙間から手を引っこ抜くことができた。

 

「よし」

 

 私は自由になった両手で目隠しをズラす。

 目の前には奥行きが広い空間が広がっており、両脇には大きな石の柱が何本も並んでいる。

 また、壁には細かな彫刻が施されており、そのどれもがヘビをあしらったものだった。

 

「で、一番の問題は……」

 

 私の目の前、部屋の中央には巨大なヘビが佇んでいる。

 全長十五メートルはあるだろうか。

 頭の大きさに至っては私の身長に近いほどの大きさだ。

 また、口の中には巨大な牙が生えており、その上には不気味な黄色の眼球がついていた。

 

「……確実にこれがスリザリンの怪物よね?」

 

 私は少し前にハーマイオニーと調べていた魔法生物について思い出す。

 結局候補を絞り切ることは出来なかったが、最終的に候補に上がったヘビの魔法生物はそう多くない。

 そして目の前の巨大なヘビは、その特徴に見事に合致していた。

 

「毒蛇の王、バジリスク……目を見るだけで獲物を殺すことができる凶悪な魔法生物……」

 

 だが、今私が死んでいないところを見ると、時間が止まっていたらその効力はないようだ。

 何にしても、これで時間停止を解くわけにはいかなくなった。

 安全のためにも、バジリスクはこの場で殺しておいたほうがいいだろう。

 私はバジリスクを殺すためにローブから杖を引き抜こうとする。

 だが、いくらローブを弄っても杖は見つからなかった。

 

「流石に取られてるか」

 

 私は改めてバジリスクを見据える。

 バジリスクは地を這うような体勢を取っているため、頭の位置はちょうど顔の高さにある。

 私は周囲を見回し、部屋の隅にあった彫刻の長く尖った部分を蹴り折ると、その杭のような破片でバジリスクの眼球を抉り取った。

 時間が止まっているため、血が飛び散るわけではないが、石像の破片には血がベットリと付着する。

 これで取り敢えず睨まれたことで殺されることはなくなった。

 私はバジリスクの上によじ登ると、脳みそのある位置目掛けて思いっきり杭を振り下ろす。

 だが頑丈な頭蓋骨に阻まれて杭は突き刺さらなかった。

 

「あ、そうか。上からじゃ無理か」

 

 私はバジリスクの頭部から飛び降り、今度は鼻の穴に杭を差し込む。

 そして大きく助走をつけ、思いっきり杭を蹴り込んだ。

 鈍い手応えとともに杭は深々とバジリスクの鼻の穴に突き刺さる。

 私はその杭の端を持ち、内部を広げるように大きく回した。

 念入りに念入りにバジリスクの頭の中を杭でかき混ぜる。

 このバジリスクが何百年生きているかは知らないが、脳さえ破壊すれば流石に死ぬはずだ。

 私は血塗れの杭を引き抜くと、バジリスクから少し離れて時間停止を解除した。

 バジリスクは鮮血を撒き散らしながら痙攣すると、何度かうねうねと動く。

 だが、すぐにピクリとも動かなくなった。

 私は少し離れた位置でじっとバジリスクを観察する。

 しばらく様子を見たが、それ以上バジリスクが動く様子はない。

 どうやら完全に絶命したようだ。

 取り敢えず、これで身の安全は確保できた。

 あとはこの空間から脱出するだけだが、そもそもここがホグワーツの中なのかどうかさえわからない。

 

「私を誘拐した犯人は一体何を考えて──」

 

「サクヤッ!! 無事か!?」

 

 突然名前を呼ばれて私は弾かれるように声が聞こえた方向を見る。

 そこには杖を握りしめてこちらに走ってくるロックハートの姿があった。

 ロックハートは私の元まで駆け寄ると、私とその横に血溜まりを作って死んでいるバジリスクを交互に見る。

 そして怪訝な顔で私に聞いた。

 

「これは……君が?」

 

「あっいや、その、あの、えっと……はい」

 

 私は少し目を逸らしてそう答える。

 ロックハートはバジリスクに歩み寄ると、バジリスクの傷口を調べ始めた。

 

「両眼をやられている。鼻から血が出ているところを見るに、鼻の穴から脳を掻き回したのか」

 

「あの、私実はここへは誘拐されて……」

 

「尋常な殺され方じゃない。バジリスク相手にどうやって……」

 

 ロックハートは何かをブツブツと呟くと、私の方に向き直る。

 なんにしても助かった。

 ロックハートがここまで来れたということは、帰る方法があるということである。

 

「これ、スリザリンの怪物ですよね……」

 

「ああ、そうだ。サラザール・スリザリンが自身の継承者のために残したものだよ」

 

「……これで、この事件は終わったんでしょうか」

 

 私はロックハートにそう尋ねる。

 

「いや、まだだ。まだ修正が効く」

 

 ロックハートは杖をまっすぐ私に向けた。

 

「先生?」

 

「まさか君がバジリスクを殺してしまうなんて……残念だけどサクヤ。君にはここで死んでもらう」

 

 今、ロックハートは何て言った?

 君にはここで死んでもらう?

 

「サクヤ……君の役割は囚われのお姫様だ。怪物を倒す勇者じゃない。君のおかげで僕の描いたシナリオが滅茶苦茶だよ」

 

 僕の描いたシナリオ?

 一体なんのことを言って──

 

「素直に怯えながら僕の助けを待っていたら、君は何事もなく地上に帰ることができたのに。こうなってしまってはもう生かして帰すわけにはいかなくなった。バジリスクを倒したという手柄は僕に与えられないといけないからね」

 

 私はロックハートから距離を取るように一歩後ろに下がる。

 そしていつでも時間を止められるように身構えた。

 

「まさか……貴方がスリザリンの継承者……」

 

「そうであるとも言えるし、そうでないとも言える。何にしても、君の予想通り秘密の部屋を開けたのは僕だよ。バジリスクに生徒を襲わせたのも僕だ」

 

 私が下がった分、ロックハートが一歩距離を詰めた。

 

「でも、だとしたらどうして……私の役割は姫? バジリスクは僕が倒す? 話の辻褄が合いません」

 

 ロックハートは手の中で杖をクルリと回す。

 そして不気味な笑みを浮かべた。

 

「ホグワーツからマグル生まれを追放するだなんて小さなことには僕は興味がない。秘密の部屋の事件はあくまでダンブルドアの老ぼれを蹴り落とし、僕の魔法界での地位を絶対的なものにするための足掛かりであればいい。かの有名なロックハートがダンブルドアでは解決出来なかった事件を見事解決し、ホグワーツに平和をもたらした。そういうストーリーが必要なんだよ」

 

 確かにダンブルドア以上の魔法使いであることが証明されれば、魔法界での地位を確たるものにすることができる。

 

「じゃあ、そのためにハリーを……」

 

「ハリー・ポッターか。やつは今回の件に関してはあまりにも邪魔だった。決闘クラブでパーセルタングを話しかけた時は驚いたね。まさかハリー・ポッターがパーセルマウスだったなんて」

 

 パーセルマウス……聞いたことはある。

 確かヘビと会話ができる人間のことだったはずだ。

 

「やつならバジリスクの声を聞くことができてしまう。だからこそ夜中に誘き出して始末する必要があった。透明マント越しにバジリスクの目を見たから死には至らなかったが、少なくともマンドレイクが成長し切るまでの時間を稼ぐことはできる」

 

「……なるほど、読めてきました。ダンブルドアを追放した貴方は堅実に校長職を務め、他の教員の信頼を獲得する。そして意図的にバジリスクに生徒を襲わせないことで先生が行った対策が上手く機能しているように見せかける。そして最終的にバジリスクを討伐することによって事件を解決し、名声を絶対的なものにする」

 

「そうだ。そして手に入れた地位と名声を利用して少しずつ魔法界を変えていくんだ。僕の計画では五年以内に魔法大臣の地位まで上り詰められる」

 

 つまり今回の事件は、全てロックハートによる自作自演の一部だったということか。

 

「なるほど……理由はわかりました。私が殺されないといけない理由も。でも、そうだとしたら何で私を弟子になんてしたんです? どうして私を誘拐してそれを助けにくるなんて無駄なことを……」

 

「限りなく優秀で絶対的な忠誠心を持つ配下を手に入れるためだよ。バジリスクに食べられそうなところを間一髪助けられる。そういうストーリーが重要だ。まあ、この有様なわけだが」

 

 ロックハートはバジリスクの死体を軽く蹴る。

 

「君がどのようにして拘束を解き、バジリスクを殺したのかには興味があるが、まあいい。シナリオを修正しよう。ロックハートは攫われた生徒を助けに向かったが、すでに生徒はバジリスクに殺されたあとだった。ロックハートは秘密の部屋でバジリスクと対決し、殺された生徒の仇を討つ。うん、これで行こう」

 

「別に先生が黙っていろと言うのなら、私は先生の邪魔はしません。むしろ先生が魔法界を変えるというのなら、私はそれを手伝いますよ?」

 

「はは、口では何とでも言える。何にしても、君を殺さないリスクとリターンを考えると、少し釣り合わないのでね」

 

 ロックハートは私に向かってまっすぐ杖を向ける。

 

「大丈夫だ。痛みなんて感じない。死の呪いはね、ただ対象の命を奪う、それだけなんだ」

 

 それに対し私は、ロックハートの杖に意識を向けた。

 

「最期に、何か言い残すことはあるかい?」

 

「最期……そうですね。私に魔法を教えてくれてありがとうございました」

 

「そうか。どういたしまして。アバダ──」

 

 私はロックハートが杖を振り上げた瞬間、時間を止めた。

 

「……本当に、貴方は私の良い先生でした」

 

 私はロックハートから杖を奪うと、バジリスクの死体に近寄り魔法で牙を折る。

 そして先端から滴る毒が手につかないように気をつけながら左手に握り込み、思いっきりロックハートの心臓目掛けて突き刺した。

 

「──ッ! ……あれ?」

 

 人体に刺したにしてはあまりにも手応えが固い。

 私は一度バジリスクの牙を抜くと、ロックハートのローブを弄り手応えの正体を取り出した。

 それは日記帳だった。

 日記帳はバジリスクの牙によって大きな穴が開いており、その穴からまるで血液のようにインクが流れ出している。

 少し特殊な日記帳のようだが、今はそれどころじゃない。

 私は日記帳を投げ捨てると、改めてロックハートの心臓にバジリスクの牙を突き刺した。

 

「さようなら、ロックハート先生」

 

 私はロックハートの杖を片手に時間停止を解除する。

 ロックハートは少し後ろに仰け反ると、胸に刺さっているバジリスクの牙を不思議そうに見た。

 

「ここは……私は一体何を……」

 

 ロックハートはそのまま後ろに倒れる。

 

「い、痛い……苦しい……誰か……」

 

 ロックハートの呼吸は次第に早くなっていき、顔を涙でグチャグチャにしながら苦しそうに咳き込み始める。

 

「誰か……僕を見て……」

 

 その言葉を最期に、ロックハートは死んだ。

 あたりはしんと静まり返り、水の滴る音だけがやけに大きく聞こえる。

 私はその場で大きく深呼吸をすると、そのまま壁に背中を預けて座り込んだ。

 殺した。

 また人を殺した。

 

「慣れないなぁ……」

 

 私は膝を抱えながらロックハートの死体を眺める。

 やらなければならないことは沢山あるが、今は何もしたくはない。

 私はそのままただぼんやりと、独り秘密の部屋の中で死体を見つめ続けた。




設定や用語解説

バジリスク
 サラザール・スリザリンがホグワーツに残した怪物であり、非常に強力な毒をもっている。また、バジリスクに睨まれると並大抵の生物は即死する。だが、鏡やレンズを通して見る分には石になるだけで即死することはない。

時間を止めて好きなようにバジリスクをいたぶるサクヤ
 実は時間停止中にどこまでのことができるのかをサクヤは把握していない。把握していないからこそ、やろうと思えば何でもできてしまう。逆に『バジリスクの時間も止まっているからバジリスクに傷をつけることができない』と考えてしまうと、サクヤはバジリスクに傷一つつけられなくなる。

パーセルマウス
 蛇と会話ができる魔法使いのこと。また、蛇語のことをパーセルタングという。魔法界にパーセルマウスは少なく、確認されているパーセルマウスの殆どがサラザール・スリザリンの末裔。原作のハリーは決闘クラブでパーセルマウスを使ってしまいスリザリンの継承者なんじゃないかと疑われるが、今作ではいち早く気が付いたロックハートに止められた模様。

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腐敗と日記帳と私

「……さて」

 

 私はゆっくり立ち上がると、ロックハートの死体に近寄り、しゃがみ込む。

 ロックハートの杖は手に入れたが、どこかに私の杖も隠しているはずだ。

 私はロックハートのローブを剥ぎ取ると、ローブを弄り始める。

 

「……っと、あったあった」

 

 すると、私の予想通り私の杖はローブの中から見つかった。

 そのほかに取られているものがないか一通り確認したが、杖以外に取られたものはないようだ。

 

「さてと、取り敢えずこれで杖は取り戻したし……」

 

 私はロックハートの杖をローブで拭うと、ロックハートの近くに放り投げる。

 ロックハートは私を助けにきて、そのままバジリスクと相打ちになったことにしよう。

 ロックハート自身魔法界で名を売りたかったみたいだし、ちょうどいいだろう。

 私はロックハートの死体に背を向けると、ロックハートの胸ポケットから出てきた日記帳を手に取る。

 あの時は余裕がなく詳しく調べなかったが、これはロックハートの日記帳だろうか。

 

「いや、それにしては古すぎる」

 

 日記帳に使われている紙は黄ばんでおり、表紙は今にも剥がれ落ちそうになっている。

 少しペラペラとめくってみるが、中には何も書かれていなかった。

 

「ん? ここに名前が書いてあるわね」

 

 私は最初のページに書かれていた名前を目を凝らして読み取った。

 

「T・M・リドル……何故ロックハートがリドルの日記を?」

 

 リドルは五十年前に秘密の部屋の事件を解決した人物だ。

 ロックハートは何かの参考資料としてリドルの日記を持っていたのだろうか。

 

「でも、この日記何も書かれてないし……謎ね」

 

 私はリドルの日記をロックハートの近くに投げ捨てる。

 何か書かれているんだとしたら何かの役に立つかもしれないが、何も書かれていないんだとしたらただのインクに汚れた紙屑だ。

 

「さて……」

 

 私は改めて石造りの部屋を見回す。

 少なくとも大きな部屋が最深部のようで、出入り口は一つしかない。

 私は部屋の奥まで進むと、部屋の扉を調べる。

 石でできた扉には取手やドアノブなどはついておらず、何か特殊な手段でないと開けることができないようになっているようだ。

 

「ボンバーダ・マキシマ!」

 

 私は扉に向かって完全粉砕の呪文をかける。

 だが、扉は私の呪文を完全に跳ね返した。

 

「この空間、盾の呪文で守られてるんだわ」

 

 私は時間を止めると、もう一度石の扉に向かって粉砕呪文をかける。

 時間を止めたことで盾の呪文の効果がなくなったのか、今度こそ石の扉は粉々に砕けた。

 

「よし」

 

 私は粉々になった扉の破片を踏みながら奥へと進む。

 扉の先はトンネルになっており、ずっと奥へと続いているようだった。

 私は杖明かりを灯すと、まっすぐトンネルの奥へと進んでいく。

 途中バジリスクの抜け殻があったが、それ以外には何もなく、クネクネと曲がりくねるトンネルをひたすら進んだ。

 感覚ではよくわからないが、二十分は歩いただろうか、私はついに終着点へとたどり着く。

 

「行き止まり……」

 

 トンネルの終着点は少し広い空間になっており、正面には太いパイプの入り口が見える。

 私はパイプの中に入り、少し先まで進んでみたが、急にパイプの勾配がキツくなり最終的にはパイプは完全に垂直になっているようだった。

 

「流石に登れないか」

 

 パイプはヌメヌメしており、手をかけられそうな突起もない。

 ここを登るのは実質不可能に近いだろう。

 私は今来た道を戻りながら懐中時計を取り出し、時間を確認する。

 十時三十九分。

 夜なのか朝なのかはわからないが、少なくとも私が気絶してから結構な時間が経過しているはずだ。

 元の部屋に戻って助けを待っていた方がいいかもしれない。

 私は元の部屋まで戻ると、ロックハートの死体を部屋の隅に引きずり、清めの呪文をかける。

 血で汚れたロックハートの死体は眠っているかのように見えるほど綺麗になった。

 

「これでよし」

 

 私は死体の処理を終えるとスリザリンの巨大な石像のある部屋で、スリザリンの像を背に地面に座り込んだ。

 少なくとも数時間は助けは来ないだろう。

 だとしたらかなりの長期戦になる。

 

「さて……今こそ新たな能力に目覚める時よ」

 

 私は懐中時計を取り出し、時計の針が早く進む様子を想像する。

 時間を止めることができるのだったら、自分の時間だけを遅くすることだって出来るはずだ。

 私はじっと時計の針を見つめ続けるが、時計の針はいつも通りの速度で進み続ける。

 やはり自分の時間だけを遅らせるなんてことは不可能なのだろうか。

 私は大きくため息をつくと、懐中時計をポケットの中に仕舞い直した。

 

「サクヤ!! 無事だったんだね!!」

 

 その瞬間、部屋の奥の方から複数人が走ってくる音が聞こえて来る。

 どうやら長期戦になると言う私の予想は外れたようだった。

 私は座ったまま走ってくる人物に目を凝らす。

 先頭はハリー、その後ろにダンブルドアが続き、マクゴナガル、スネイプ、フリットウィックと続いていた。

 

「もう、遅いわよ」

 

 私は大きく背伸びをすると、ゆっくりと立ち上がる。

 その瞬間、急にマクゴナガルが私に抱きついてきた。

 

「サクヤ……! よくご無事で……」

 

「ちょ、どうしたんですか急に」

 

 マクゴナガルは私に怪我がないか一通り確かめると、ようやく解放してくれた。

 

「よかった。もう何ヶ月も経っていたから流石に無事じゃないかと思ったよ」

 

 ハリーは私の顔を見て、にこやかに微笑む。

 私はその言葉を聞いて、バジリスクの方に目を向けた。

 バジリスクは既に一部が白骨化しており、死んでから数ヶ月経っているような状態だった。

 今度は私は部屋の隅にあるロックハートの死体の方を見る。

 そこでは朽ちかけたロックハートの死体を調べているスネイプの姿があった。

 

「あ、なるほど」

 

 どうやら私がこの部屋に攫われてからかなりの時間が経過したようだった。

 先程私自身の時間を遅くできないか試していたが、どうやら遅くできていたようである。

 懐中時計の針は早くならなかったが、私が手で持っていたため懐中時計も一緒に遅くなっていたんだろう。

 

「もうそんなに経っていたのね。ハリーが動いてるってことはもう六月?」

 

 私がハリーに聞くと、ハリーではなくダンブルドアが答えた。

 

「そうじゃ。君がスリザリンの継承者に攫われてからもう二ヶ月は経っておる。何にしても、詳しい話は帰りながら行おう」

 

 ダンブルドアは地面に落ちていた日記帳を手に取ると、スネイプに声をかけ部屋の外に向かって歩き出す。

 スネイプはロックハートの死体に魔法で作り出した布をかけると、宙に浮かせて運び始めた。

 私はハリーと一緒にダンブルドアの後ろをついていく。

 

「君が攫われた後、すぐに捜索隊が組まれたようでな。先生方が学校中を探し回った。じゃが、結果としては君は見つからず、ロックハート先生も失踪してしまったのじゃ」

 

 まあ、ロックハートの予定ではその日のうちに私を助け出してホグワーツに戻る予定だったのだろう。

 きっと誰にも何も言わずに秘密の部屋に入ったに違いない。

 

「事態を重く見た魔法省はすぐさまわしを呼び戻した。……じゃが、わしにも秘密の部屋を見つけることはできなんだ。結局サクヤも、ロックハート先生も見つけることは出来ずに二ヶ月が経過してしもうた」

 

 後ろからはダンブルドアの顔は見えないが、背中には哀愁が漂っている。

 

「では、どうやってここへ?」

 

「ハリーじゃよ。ハリー、ロン、ハーマイオニーの三人が過去の事件を推理し秘密の部屋を見つけ出したのじゃ」

 

「嘆きのマートルだよ。彼女が五十年前にバジリスクに襲われた生徒だったんだ」

 

 ハリーは秘密の部屋を見つけた経緯を私に説明してくれる。

 どうやら嘆きのマートルのいる三階の女子トイレが秘密の部屋の入り口だったらしい。

 

「でも、嘆きのマートルがスリザリンの怪物の被害者であることはダンブルドア先生もご存知だったんでしょう? 当事者ですし」

 

「勿論、今回も五十年前にもあのトイレは調べた。じゃが何も見つける事はできないでいたのじゃ」

 

「じゃあ、ハリーはどうやって……」

 

 私がハリーにそう聞くと、ハリーは少し視線を泳がす。

 

「秘密の部屋の入り口はパーセルタングじゃないと開けられない。隠してたわけじゃないんだけど……僕、パーセルマウスらしいんだ」

 

「へえ。それで入り口を開けられたのね」

 

 と言う事は私が粉砕した石の扉もパーセルタングで話かければ開いたのかもしれない。

 

「そう。それで急いでダンブルドア先生を呼びに行って……」

 

 なるほど、そして今に繋がるというわけか。

 

「さて、こちらの話は以上じゃ。次は君の話が聞きたい。攫われてから、一体何があったんじゃ?」

 

 ダンブルドアは足を止めて私の方を見る。

 

「それが、よくわからないんです。意識が戻った時にはバジリスクもロックハート先生も死んでいました。きっとロックハート先生はバジリスクと相打ちになったんだと思います」

 

 結局のところ、何も知らないと言うのが一番都合がいいだろう。

 

「それで、なんとか部屋から出ようとしたんですが、流石にあのパイプを登ることはできなくて……幸い、食料には困らなかったので今の今まで生きてこれました」

 

 私の体感では数時間と経っていないが、実際は二ヶ月も経っているのだ。

 流石に飲まず食わずだったとは言えないだろう。

 

「ふむ、事の真実を見るには、もう少し色々調べんといかんようじゃの。何にしてもサクヤ、君だけでも無事で何よりじゃよ」

 

 ダンブルドアはトンネルの一番奥まで来ると、杖を一振りして私とハリーを宙に浮かす。

 そして自分も浮き上がり、パイプを昇り始めた。

 

 

 

 

 

 曲がりくねったパイプを数分ほど上昇すると、パイプの出口が見えてくる。

 だが、その出口は隙間なく閉じており、このままでは通過できそうにない。

 

「ハリー」

 

「はい」

 

 ダンブルドアに呼ばれ、ハリーは返事をする。

 そして出口に彫られているヘビの彫刻を指でなぞると、空気の漏れるような音を口から出し始めた。

 するとパイプの出口がゆっくりと開き、光が差し込み始める。

 ダンブルドアは私たちをパイプの外に飛ばすと、床の上にゆっくり着地させた。

 そこはハリーが話してくれた通りマートルの住み憑いている女子トイレだった。

 こんなところに秘密の部屋の入り口があるだなんて誰が考えるだろうか。

 少し遅れてマクゴナガルとスネイプとフリットウィックがロックハートの死体を引っ張り上げながら箒に乗って上がってくる。

 とはいえ二ヶ月地下で放置した死体だ。

 通常よりも随分と軽くなっていることだろう。

 

「さあ、サクヤは私と一緒に医務室へ。スネイプ先生はロックハート先生の遺体をお願いします。フリットウィック先生は職員室にサクヤの無事をお伝えいただけますか?」

 

 スネイプとフリットウィックは頷くと、それぞれ女子トイレを出ていく。

 

「あの、マクゴナガル先生。僕も医務室に……」

 

「どこか怪我を?」

 

 マクゴナガルは心配そうにハリーを見る。

 

「あ、いえ。ただ付き添いたいだけと言うか」

 

「ハリー、あなたはまっすぐ談話室に戻りなさい。サクヤの無事を一刻も早く知りたいのは、貴方だけではありません。医務室に来るのはそれからでも遅くないでしょう」

 

 ハリーは嬉しそうに頷くと、談話室の方へ駆けていく。

 最終的にトイレには私とマクゴナガル、ダンブルドアが残された。

 

「では私たちも向かいましょう」

 

 私は二人に引率される形で医務室へとやってくる。

 医務室の中ではマダム・ポンフリーが待機しており、私はあっという間にベッドに寝かされ様々な魔法薬を口の中に突っ込まれた。

 

「二ヶ月も地下にいたんです。少なくとも二日は入院してもらいますからね」

 

 マダム・ポンフリーはそう言うと魔法薬の入っていた空の瓶を抱えて医務室の奥の方へと消えていく。

 

「とにかく、今はおやすみなさい。私はあなたの孤児院にフクロウを飛ばしに行きます。何か不自由があればマダム・ポンフリーに言うように」

 

 マクゴナガルはマダム・ポンフリーにハリーたちがお見舞いにくるだろうという旨を伝えると、医務室を出て行く。

 それと入れ替わるようにハリー、ロン、ハーマイオニーの三人が医務室の中になだれ込んできた。

 

「サクヤ!!」

 

 ハーマイオニーはベッドで寝ている私に抱きついて泣き始めてしまう。

 私はハーマイオニーの背中を撫でながらハリーとロンを見た。

 

「見つけ出してくれてありがとね」

 

「遅くなってごめん。それにしても、よく無事だったね」

 

 ロンは私の顔を見て不思議そうな顔をしている。

 

「流石に二ヶ月飲まず食わずだったわけじゃないよな?」

 

「バジリスクの肉って食べ慣れれば案外美味しいの。それに、私は魔女よ? 食料以外は魔法でなんとでもなるわ」

 

 私がそう言うと、ロンの顔色が少し悪くなる。

 別にヘビ肉を食べること自体はそこまで変なことではないと思うんだが。

 

「それで、秘密の部屋で何があったんだ? あ、えっと、言いたくないならそれでもいいんだけど……」

 

「それが、私にもよくわからないの。目が覚めた時にはバジリスクもロックハートも両方死んでたし」

 

「きっとロックハート先生は身を挺してサクヤを守ったのね……」

 

 ハーマイオニーは顔を袖で拭うと、ようやく私から離れる。

 

「ほら、やっぱりロックハート先生は逃げていなかったわ!」

 

「うーん、まあ、そうだね。ごめん」

 

 ハーマイオニーがロンにそう指摘すると、ロンは素直に謝った。

 きっとロックハートが逃げ出したのかそうじゃないのかで喧嘩でもしていたんだろう。

 

「学校の方はどんな感じ? 私がいなくなったことで色々変わったんじゃない?」

 

 私がそう聞くと、ハリーが答えてくれる。

 

「うん。ダンブルドアが戻るまでの間は授業が休講になった。ホグワーツを閉鎖するって話も出てたみたいだけど、そうはならなかったみたい」

 

「ホグワーツは閉鎖されなかったのね。じゃあ……私の扱いは?」

 

「行方不明ってことにはなってたけど、みんなもうサクヤは死んでるものだと思ってたよ。僕も実際にサクヤが生きてるところを見るまでは死んでると思ってたし。みんなびっくりすると思う」

 

 まあ、普通に考えたらそうだろう。

 秘密の部屋に連れ去られた少女が二ヶ月経っても発見されないとなったら、死んでいると考えるのが普通だ。

 

「取り敢えず、二日は入院みたい」

 

 私は懐中時計を取り出し、時刻が狂っているのを思い出して仕舞い直す。

 そして医務室に掛けられている時計を見て言った。

 

「退院できるのはそれ以降になりそうよ」

 

「わかった。みんなにも伝えとくよ」

 

 ハリーたちはマダム・ポンフリーの機嫌がいいうちに退散することに決めたようで、名残惜しそうにしながらも医務室を出ていく。

 私は懐中時計の時間を修正したあと、毛布に潜り込んだ。

 色々考えなければならないことはあるが、今は取り敢えず惰眠を貪りたい気分だ。

 私は毛布の中で静かに目を閉じ、睡魔に身を任せた。




設定や用語解説

秘密の部屋
 飛行能力がないと脱出不可能。ゆえに咲夜は取り残される結果に。

サクヤ自身の時間の流れを遅くする能力
 今回の場合、サクヤにとっての一秒が、現実時間での一日になった。

復活のハリー
 ちゃんと主人公しました。

サクヤを見つけることができなかったダンブルドア
 実をいうと、もはや死んでいるものと考えていたためそこまで真剣に探していなかったりします。

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ハリー・ポッターと秘密の部屋と私

 結局のところ、秘密の部屋騒動はバジリスクの死体が確認されたことで解決ということになった。

 学校側の発表ではバジリスクはロックハートによって討伐されたということになっている。

 生徒たちの間では、死闘の末バジリスクを倒したロックハートだが、バジリスクの毒にやられて死んでしまったのではないかという噂話が広まり、それが事実のようになっていた。

 まあ、その噂を広めたのは私だが。

 そして二ヶ月ぶりに学校に戻った私だが、あまり大きな騒ぎになることもなくクラスに戻ることができた。

 というのも、魔法界では二ヶ月ぐらい誰かが行方不明になることなんて日常茶飯事らしい。

 数日間質問攻めにはあったが、一週間も経たないうちに私の扱いは元に戻った。

 その代わりというわけではないが、今のホグワーツ生の間では、ハリー、ロン、ハーマイオニーの話題で持ちきりだ。

 ハリーたちはあの後、秘密の部屋を見つけ出し私を救い出した功績で『ホグワーツ特別功労賞』とともに百点ずつが与えられた。

 これで今年も寮対抗杯はグリフィンドールのものだ。

 まあ、三百点も加点されて優勝できなかったらそれはそれで問題だが。

 そうしている間にも六月はあっという間に過ぎていき、ホグワーツは夏休みに入る。

 私は学用品の全部を容量無限大の鞄の中にしまうと、他の生徒とともにホグワーツ特急へと乗り込んだ。

 

「そういえばマルフォイの親父がホグワーツの理事をクビになったって。なんでも他の理事を脅しつけてダンブルドアを停職させる書類にサインさせたとかで」

 

 ホグワーツ特急のコンパートメントの中で、ロンが百味ビーンズを慎重に選びながら教えてくれた。

 

「へえ、それじゃあ今ホグワーツの理事は一つ空席ってことよね?」

 

「うん。でもすぐに埋まったらしい。ホグワーツの理事って意外と人気があるから」

 

 私は百味ビーンズの箱に手を突っ込み、ヤバそうなビーンズグミを敢えてつまむと、ロンの口の中に放り込む。

 ロンはビーンズグミを口に含んだ瞬間、急いで窓を開けて外に吐き出した。

 

「やめろよ! 今の確実にヤバいやつだったよ!」

 

 その慌てふためきように、私とハリーは声をあげて笑う。

 ハーマイオニーだけは呆れたように肩を竦めた。

 

「あ、そうだ。みんなにこれを渡しておくよ」

 

 ハリーは何かを思いついたのか、羊皮紙の切れ端に羽ペンを走らせ始める。

 そして数字の羅列が書かれた羊皮紙を私たちに一枚ずつ手渡した。

 

「これ、うちの電話番号。夏休み電話してよ。二ヶ月間話し相手がダドリーだけっていうのは耐えられないから……」

 

「えっと、電話番号って?」

 

 私とハリーとハーマイオニーはマグルの世界出身なので電話に馴染みがあるが、ロンはきっと電話を見たことすらないだろう。

 電話番号の書かれた羊皮紙を見つめながらポカンとしていた。

 

「君のお父さんに去年教えたから、使い方を知ってると思う」

 

 確かに私もロンの家にホームステイしている時に、アーサーからマグルの機械について色々聞かれた記憶がある。

 確か電話の説明もしていたはずだ。

 

「わかった。パパに聞いてみるよ」

 

 ロンは電話番号の書かれた羊皮紙を大事そうにローブの中に仕舞い込む。

 私も何度か暗唱し番号を覚えてからポケットの中に突っ込んだ。

 

 私たちを乗せたホグワーツ特急はマグルの世界に向かってまっすぐと走っていく。

 あまりにも色々あった一年だったが、今年も何とか無事に過ごすことができた。

 それに、私が殺したロックハートからこの夏のお土産をタップリと頂いている。

 教科書と共に鞄の中に大量に詰め込まれているパチュリー・ノーレッジの本にも少しずつ目を通さなければ。

 ロックハートにどのような打算や思惑があろうが、彼が良い教師であったことには変わりない。

 

「いい先生……ね」

 

 私は窓の外を見つめながら誰に言うでもなく呟く。

 秘密の部屋でロックハートにも言ったことだが、私はロックハートが魔法界の支配を目的にしてようが別にどうでも良かった。

 あそこでロックハートに言ったことはその場凌ぎの戯言ではない。

 私は本気で、ロックハートにだったら協力してもいいと思っていた。

 だが、今更結果を変えることはできない。

 ロックハートは私を殺そうとし、私はロックハートを殺した。

 最終的には、それ以上でもそれ以下でもない。

 習った魔法や知識は、私の人生に有効活用させてもらおう。

 私は窓から視線を外すと、ハリーたちの会話に参加した。

 

 

 

 

 

 生徒が誰もいなくなったホグワーツの校長室で、ダンブルドアは一冊の日記帳と向かい合っていた。

 日記帳には抉られたような穴が開いており、そこを中心にインクがまるで血のように染み出している。

 ダンブルドアは表紙を開いて確認するようにそこに書かれている名前を読み上げた。

 

「T・M・リドル……」

 

 秘密の部屋で拾った日記帳にはそう名前が書かれている。

 ダンブルドアはこの名前に見覚えがあった。

 トム・マールヴォロ・リドル、その名前自体は魔法界ではそれほど有名ではない。

 だが、ダンブルドアは魔法界を震撼させた闇の魔法使いであるヴォルデモートの正体がリドルであることを知っていた。

 ヴォルデモートがまだ本名を使っていた頃の日記帳。

 それが秘密の部屋の中に落ちていたのである。

 ダンブルドアは日記帳に杖をかざし、魔力の痕跡を探し始める。

 そして日記帳から強い魔力の残滓を見つけ出した。

 

「やはり、ただの日記帳ではない。だとすると……」

 

 ロックハートはこの一年、この日記帳に操られていたのではないか。

 リドルに支配されたロックハートが秘密の部屋を開いたのではないか。

 飛躍した考えだが、そう考えればロックハートの豹変具合やこの事件についてもおおよその説明がつく。

 ダンブルドア自身、本来は生徒の良き反面教師となるようにロックハートをホグワーツの教員として招き入れたのだ。

 ところがロックハートはダンブルドアの予想を裏切り、評判以上の実力を発揮した。

 もしヴォルデモートがロックハートに憑依していたのだとしたら、全て納得できる。

 

「ただ、一つわからないことがあるとすれば……」

 

 ダンブルドアは机の上に置かれたロックハートの検死結果を手に取る。

 そこにはバジリスクの毒で中毒死したという検死結果が記載されていた。

 ロックハートが操られて秘密の部屋を開けたのだとしたら、バジリスクと相打ちになることはないはずだ。

 ロックハートは何故自分の味方であるバジリスクと相打ちになる形で死んでいたのだろうか。

 途中でロックハートの意識がリドルを打ち負かし、支配が解けたのだとしても、あのロックハートがバジリスクを倒せるほどの実力があるとは思えない。

 ダンブルドアは校長室の椅子に深く腰掛け、ロックハートに憑依していたであろうリドルの考えを推理する。

 一時間ほど考え込み、ダンブルドアはある一つの仮説を導き出した。

 ロックハートは今すぐにマグル生まれをどうこうしようという気はなかったのではないか。

 教師として生徒に闇の魔術に対する防衛術を教えている時も、他の教員と話す時も、ロックハートはスリザリン的な純血主義をカケラも表に出さなかった。

 もし今すぐにマグル生まれを追放しようと思っているのなら、もっとバジリスクにマグル生まれを殺させ、学校全体の危機感を煽るはずである。

 では、何故そうしなかったのか。

 ロックハートは秘密の部屋の事件をマッチポンプ的に解決することで魔法界全体に影響力を持ちたかったのだろう。

 きっとロックハートの本来のシナリオではダンブルドアを追放できた時点でこれ以上被害を広げる必要はなかったのだ。

 ロックハートが校長に就任し対策を施したことで被害者が出なくなり、ダンブルドアと自分自身を対比させる。

 そして校長として定着してきたところで大きな事件を自らの手で解決する。

 そうすれば、英雄的な名声と信頼を得ることができる。

 サクヤを攫ったのはそれを引き立てるためのフレーバーだろう。

 だが、そんなロックハートにも思わぬ落とし穴があった。

 サクヤを救い出すためにバジリスクと対峙したロックハートだが、バジリスクが抵抗したことにより最後の最後で日記帳ごと胸を貫かれてしまう。

 何とかバジリスクを殺したロックハートだが、結局治療が間に合わずバジリスクの毒に倒れたのだろう。

 

「自分の牙に貫かれたか、トムよ……」

 

 ダンブルドアは日記帳を見つめながら静かにそう呟いた。

 

 

 

 

 

 まあ、実際のところロックハートごと日記帳を殺したのも、バジリスクを殺したのもサクヤなのだが。

 数少ない手がかりから完全なる真実を突き止めるのはあまりにも難しい。

 そう言う意味ではリドルの思惑をほぼ完璧に推測したダンブルドアの推理力は相当なものだ。

 完全な答え合わせをするとなると、話は去年、一九九二年の夏休みにまで遡る。

 アーサー・ウィーズリーによる闇の魔術が掛けられた道具の抜き打ち調査を恐れたルシウス・マルフォイは、ヴォルデモートから預かった秘密の部屋を開ける力があるという日記帳を処分しようとノクターン横丁を訪れる。

 結局ノクターン横丁では日記帳を処分することはできなかったが、ダイアゴン横丁のフローリシュ・アンド・ブロッツでアーサー・ウィーズリーの娘であるジニー・ウィーズリーを発見し、その娘の大鍋の中に日記帳を滑り込ませた。

 大鍋の中に入れられた日記帳は同じく大鍋に教科書を入れていたサクヤに一度回収され、トランクの中に詰められるが、その後サクヤはトランクをひっくり返してしまい、日記帳はダイアゴン横丁の石畳の上に放り出された。

 サクヤはそれに気が付かず日記帳をダイアゴン横丁に置き去りにしてしまう。

 それを拾ったのはサイン会が終わり帰路に就いていたロックハートだった。

 ロックハートはあっという間に日記帳に取り込まれ、日記帳の中にいたリドルがロックハートの人格を支配する。

 そしてロックハートを支配したリドルは現在の魔法界の情報を入手。

 ヴォルデモートがハリー・ポッターに敗れ、すでに魔法界にいないことを知った。

 それならば僕がやるしかないと、ホグワーツの教員としてロックハートがダンブルドアに呼ばれていることを利用し、魔法界を支配する計画を立て始める。

 リドルはもともと闇の魔術に対する防衛術をホグワーツで教えたかったという経緯もあり、優秀な教師としてホグワーツに入り込むことに成功。

 それと同時に秘密の部屋を開け、生徒が死なないよう加減をしながらバジリスクに生徒を襲わせ始めた。

 リドルとしてはダンブルドアを追放し、自分が校長の座につくことが目的なのでホグワーツが閉鎖されるほどの事件は起こしたくない。

 全て順調に進んでいたリドルの計画だが、クリスマス休暇の前の決闘クラブにてハリー・ポッターがパーセルマウスであることを知る。

 バジリスクとパーセルマウスはあまりにも相性が悪い。

 パイプの中を蠢くバジリスクの声をハリーに聞かれてしまうからだ。

 リドルはパーセルタングを使ってハリーを夜中談話室の外に誘き出すと、バジリスクに襲わせて石に変えてしまう。

 ハリーを襲うこと自体は当初の計画にはなかったため、リドルも予想していなかったことだが、ここで何も知らないルシウス・マルフォイから思わぬ援護射撃が飛んできた。

 そう、ダンブルドアの停職命令と、ロックハートを校長に推すという理事会からの声明である。

 ルシウス・マルフォイ自体、自分の期待通り秘密の部屋が開かれたことを好機だと考えており、これを機に間接的にホグワーツを作り替えようとしていた。

 ルシウス・マルフォイ的には何も知らない間抜けを校長職に推薦したつもりだったが、結果的にリドルの背中を押す形となる。

 運が味方し計画より早い段階で校長に就任したリドルは、バジリスクに生徒を襲わせるのをやめさせ、自分が行った対策で被害が無くなったと見せかける。

 ほとぼりが冷め始めたのを見計らい、連れ去られた生徒を助けに行くという英雄的ストーリーでこの事件を終わらせることに決めた。

 ロックハートはサクヤを誘拐し、秘密の部屋に監禁。

 そしてマッチポンプ的にそれを助けに向かった。

 ここで、リドルの計画に一つ目の誤算が生じる。

 サクヤが杖も無しにバジリスクを殺してしまったのだ。

 もちろんリドルはバジリスクにサクヤを殺すなと命令を出していた。

 だが、そうだとしても小さな少女一人に殺されるような生物でもない。

 リドルはその状況を見て、咄嗟に計画を変更。

 サクヤを殺すことによって目撃者を無くし、完全な状態とは行かずとも事件を解決したという名声だけ得ようと試みる。

 だが、リドルは知らなかった。

 サクヤが時間を止める能力を持っているということを。

 時間を止めたサクヤはバジリスクの毒牙でロックハートを殺すことでバジリスクとロックハートが相打ちになったように見せかけようとした。

 そして不運にもサクヤの振り抜いた毒牙はローブの中に仕舞っていた日記帳に直撃。

 日記帳はバジリスクの毒に侵されて中にあったヴォルデモートの魂ごと力を失った。

 その時点でサクヤが攻撃をやめていれば、その場には何も知らないロックハートが残されただろうが、サクヤはそんなことは知るよしもない。

 もう一度毒牙をロックハートに突き刺し、リドルの支配が解けたロックハートはバジリスクの毒に侵されて死亡した。

 故にサクヤは、自分がリドルを、ヴォルデモートの日記帳を殺したことを知らない。

 逆にダンブルドアは、ヴォルデモートの日記帳が死んだことを知っているが、サクヤがそれを行なったことを知らない。

 複雑に各々の考えが交差し、絡み合っていた今回の事件だが、結局は誰もが断片的な情報しか得ることが出来ずに解決を迎えた。




設定や用語解説

英雄ロックハート
 ロックハートが実は無能で、リドルに操られていただけということを知っているのはダンブルドアのみ。

ルシウス・マルフォイ、理事をクビに
 だが、ドビーはいまだマルフォイ家で働いている模様。

ダンブルドアの推理
 限られた情報から限りなく正解に近い答えを導き出せるのはダンブルドアの推理力があってこそ。

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ハリー・ポッターとアズカバンの囚人と私
殺人鬼と水溜まりと私


アズカバンの囚人編スタート。ここから先はある意味下り坂。


 一九九三年、八月一日。

 ハリーはベッドの上で目を覚ますと、大きく伸びをしてベッドから起き上がる。

 そしてベッドサイドに置いてあった眼鏡をかけると、昨日誕生日プレゼントとして送られてきた様々な小物を見た。

 ロンからは小型のかくれん防止器が、ハーマイオニーからは箒の手入れセットが、サクヤからは綺麗な装飾が施された万年筆が、ハグリッドからは授業で役に立つらしい怪物の本が送られてきた。

 ハリーはプレゼントを見てニコリと笑うと、朝食を取りに一階へと下りる。

 リビングのテーブルには既にダーズリー家の三人がおり、買ったばかりの大きなテレビを見ながら朝食を取っていた。

 ハリーはバーノンとダドリーの間に座ると、トーストを食べながらテレビに目を向ける。

 

『一昨日未明、ロンドンにある孤児院に何者かが侵入し、職員児童含め三十二人を殺害した事件が発生しました。ロンドン警視庁によりますと犯人は脱獄犯のシリウス・ブラックである可能性が高く、市民に注意を呼びかけています。ブラックは武器を所持している可能性が高く、極めて危険です。通報用ホットラインが特設されていますので、ブラックを見かけた方はすぐにお知らせください』

 

「ロンドンだと? すぐ近くじゃないか」

 

 バーノンは新聞をめくりニュースで言っていた事件の記事を探し始める。

 

「三十人も殺してるとなれば一生刑務所からは出られんだろうな。いや、彼奴はその刑務所から脱獄して事件を起こしたのか……全くロンドン警視庁は何をやっとるんだ。こっちは高い税金を払っているというのに」

 

 バーノンはぶつくさ言いながら紅茶を啜り始める。

 ハリーはそんなバーノンの機嫌を損ねないようにしながら静かに朝食の続きを取り始めた。

 

 そう、ハリーは気が付かなかった。

 殺人事件が起きた孤児院がサクヤの住んでいる孤児院だということに。

 

 

 

 

 

 

 一九九三年、七月三十日。

 私はハリーの誕生日プレゼントを買いにダイアゴン横丁に来ていた。

 まずグリンゴッツにあるマーリン基金の窓口で軍資金を補充し、そのまま来学期使う教科書や消耗品を買い足していく。

 その道中で綺麗な金の装飾が施された万年筆が飾られていたので、それをハリーの誕生日プレゼントにすることにした。

 店員にプレゼントであることを伝えると、店員は綺麗な包装紙で万年筆の箱を包んでくれる。

 そしてどうやら配送サービスも行っているらしい。

 私はフクロウは持っていないのでハリーの家まで配送してもらうことにしよう。

 できれば明日の夜にはプレゼントを届けたいところだが、ここからハリーの家までそう遠くないので余程のトラブルがないかぎり遅れるということはないだろう。

 その後懐中時計のオーバーホールを時計屋でしてもらい、日が落ち切る前にダイアゴン横丁の入口にある漏れ鍋まで帰ってきた。

 もう孤児院の夕食の時間は過ぎている。

 孤児院を出てくる時も遅くなるようなら食事は用意しなくていいと伝えてあるので、ここで何か食べていった方がいいだろう。

 私はバーカウンターの高い椅子によじ登ると、バーテンダーの魔法使いに簡単な軽食とバタービールを注文した。

 

「はいよ。それにしても嬢ちゃん一人かい?」

 

 バーテンダーはバタービールをジョッキに注ぎながらそんな質問をしてくる。

 

「はい、そうですけど……」

 

「それは良くない。最近は物騒だからあまり一人で出歩かない方がいいぞ。もう日が暮れるし、できれば家の人にここまで迎えに来てもらった方が……」

 

 バーテンダーは冗談とかではなく、本気で私の身を案じている。

 私はその理由が分からず小さく首を傾げた。

 

「ほら、あれだよ」

 

 バーテンダーは店の奥にある壁を指さす。

 そこには黒いクシャクシャな髪の毛の小汚い男性の写真が指名手配書という形で掲示されていた。

 

「シリウス・ブラック?」

 

「そう。ずっとアズカバンに閉じ込められてたんだが、最近脱走したんだ。しかも、この辺を彷徨いているという噂もある。こいつが捕まるまでは夜に一人で出歩かないほうがいい」

 

 私はブラックの指名手配書をじっと見る。

 確かに凶悪そうな顔つきをしているが、時間停止能力の前にはただの小汚いおっさんだ。

 

「そんなに凶悪な犯罪者なんです?」

 

 私がそう聞くと、バーテンダーは何度も頷く。

 

「もちろんだとも。凶悪な殺人鬼だ。一度の魔法で十二人も人を殺してる。それに、例のあの人の一番の手下って噂だ」

 

 十二人、それまたたいそうな殺人鬼である。

 既に二人殺している私だが、ブラックは次元が違うということだろう。

 

「それに、アズカバンから脱獄したっていうのも奇妙だ。あそこから生きて出られた奴は未だかつていない。きっとブラックが初めてだ。そんなことできる奴は普通じゃねえ。悪いことは言わねえから、素直に迎えに来てもらいな」

 

 私は出されたミートパイを頬張りながら考える。

 確かにブラックは出会うだけで危険な凶悪犯なのかもしれない。

 だがそうだとしたら、マグルである院長やセシリアをここまで呼び出すほうが危ないんじゃないだろうか。

 

「うーん、やっぱり無理ですよ。うちはどっちもマグルですし……」

 

「だったらここに泊まってくのはどうだ? 上が宿になってる。今なら宿代は半額で……いや、タダでいい」

 

 バーテンダーは私がマーリン基金の小袋を使っていることを思い出したのか、咄嗟に言い直す。

 そこまで言われたら、断るのは逆に申し訳ない気持ちになってしまう。

 

「わかりました。じゃあ今日はここで部屋を借りて、改めて明日の朝帰ります。……電話って借りれます?」

 

「ああ? 電話……電話……確か店を出てすぐのところに公衆話電……とかいうのがあるはずだ」

 

 私はすぐ戻るとバーテンダーに言い、店の外に出る。

 バーテンダーの言う通り、店から数メートルの道路の脇に電話ボックスが設置されていた。

 私は電話ボックスに入ると、硬貨を一枚入れ院長室の電話番号に掛ける。

 すると数コールも待たないうちに電話は繋がった。

 

「はい、ウール孤児院院長の──」

 

「あ、院長ですか? 私です。サクヤです」

 

「ああ、サクヤか。電話を掛けてきているということは、今日は遅くなるという連絡かな?」

 

 私は院長に明日の朝帰ると言うことと、バーテンダーから聞いたシリウス・ブラックについて伝える。

 院長はシリウス・ブラックという名前に聞き覚えがあるようだった。

 

「今ちょうど夕刊でその名前を見たところだよ。そうか、魔法使いだったとは……わかった。今日はそのパブで泊まってくんだね」

 

「はい、そうです」

 

「わかった。それと、こっちも気をつけることにしよう。私たちでは魔法使いに太刀打ちできない。ブラックが捕まるまでは用心したほうが良さそうだね」

 

「はい、そうしてください」

 

「あとそうだ。ホグズミードの許可証にサインして置いたから後で私の──」

 

 その瞬間、通話がぷっつりと切れる。

 どうやら硬貨一枚で喋れる時間をオーバーしたようだ。

 かけ直すほど話す内容もないため、私は受話器を戻しパブの中へと戻る。

 途中で通話が切れてしまったが、多分今朝院長に渡したホグズミード行きの許可証の話だろう。

 ホグワーツ生は三年生から年に何度かホグワーツの隣にあるホグズミードと呼ばれる村に遊びに行くことができるようになる。

 だが、それには許可証に保護者となるもののサインが必要になるため、今朝院長に書類を渡したのだ。

 私自身ホグズミードがどのような村なのかは分からないが、話に聞く限りではダイアゴン横丁に雰囲気が似ているらしい。

 なにより休日にハリーたちと外へ遊びに行けるというのは、今から少し楽しみだ。

 私はカウンターの高い椅子にもう一度よじ登ると、夕食の続きを取り始める。

 そしてバーテンダーの仕事が暇になったタイミングを見計らって今日泊まる部屋に案内してもらった。

 

「もともと家に帰れなくなった酔っ払いを放り込んでおくための部屋だからそんなに快適ではないかもしれないが、一応物は揃ってる」

 

 バーテンダーはそう言うが、体の小さい私からしたら十分すぎる大きさのベッドが置いてあり、シーツも綺麗なものが置かれている。

 一晩寝るだけなら十分すぎるだろう。

 

「色々ありがとうございます。家のものが心配するとは思うので明日朝の六時には帰りますね」

 

「ああ、勝手に出ていって構わないよ。その時間多分俺は寝てるが……」

 

 バーテンダーという職業上、夜遅くまで働くのだろう。

 だとしたら朝は遅くまでゆっくり眠りたいはずだ。

 

「はい、お世話になります」

 

 バーテンダーは笑顔で頷くと、パブの方へと下りていく。

 私は鞄とローブをベッドの横の机の上に放り投げると、靴を脱いでベッドの上に寝転がった。

 

「シリウス・ブラックねぇ……」

 

 犯罪者とはある程度無縁のホグワーツでも、アズカバンの悪評は少なからず聞く。

 そんなアズカバンを脱獄したというのは確かに信じられない話だが、魔法界に捕まっていない犯罪者なんて星の数ほどいる。

 母数がでかいだけに、今更一人増えたところであまり変わらないだろう。

 私はポケットから懐中時計を取り出して今の時間を確認する。

 二十時半、寝るにはまだ少し早いが、寝れない時間でもない。

 私はベッドの上で大きな欠伸をすると、そのまま夢の世界へ落ちていった。

 

 

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 私は目を開けると、ポケットの中から懐中時計を取り出し、時間を確認する。

 そしてもう朝であることを確認すると、大きく伸びをしてベッドから起き上がった。

 

「なんかー、あんまり寝た気がしないわね」

 

 枕が変わると眠れないとはよく聞く話だが、今までの人生においてそういう経験はない。

 私は軽く肩を回しながら身支度を整えると、寝具を整頓してから部屋を出た。

 早朝のパブの中は静まり返っているが、全く人がいないわけでもない。

 私の他にも宿泊客はいたらしく、パブの机で新聞を読みながらコーヒーを啜っていた。

 私はカウンターにいる魔女に簡単に事情を説明してからパブの外に出る。

 ここで朝食を取ってもよかったが、この時間なら孤児院に戻って、孤児院で食べてもいいだろう。

 帰る時間を考慮しても、朝食の時間には十分間に合うはずだ。

 私はまだ人が少ないロンドンの街を歩き、孤児院を目指す。

 大きな欠伸をしているサラリーマン、開店準備をしているパン屋、ランニング中の女性などを横目に見ながら十分ほど歩いただろうか。

 私は特に何の問題もなく孤児院にたどり着くことが出来た。

 私はポケットから懐中時計を取り出し、時間を確認する。

 午前六時三十分。

 もう孤児院の起床時間は過ぎているため、みんな起きているはずだ。

 私は特に音を気にすることなく孤児院の玄関を開ける。

 時間的にもそろそろ朝食の時間だ。

 みんな食堂に集まっていることだろう。

 私は取り敢えず顔を出そうと、荷物も置かずに食堂へ続く扉を押し開けた。

 

「ただいまー。まだ何か残って──」

 

 扉を押し開けた先、食堂の中には誰一人としていなかった。

 私は食堂に掛けてある時計を見ると、自分の懐中時計を取り出して時間を確認する。

 どちらの時計も午前六時三十一分を指しているということは、時計が狂っているということはないはずだ。

 

「まだ誰も起きて来てないのかしら。……いや、そんなことある?」

 

 孤児院の子供たちは朝六時に起きる習慣がついているし、朝食を準備するセシリアは普段その一時間前には起きている。

 私は食堂をぐるりと回り、誰もいないことを確認すると、子供部屋のある二階へ続く階段を上った。

 二階に上がったが、まるで誰もいないかのように周囲は静まり返っている。

 みんなしてどこかに出かけているんだろうか。

 私は自分の部屋の反対側に位置する子供部屋の扉をノックする。

 数秒待ったが、返事が返ってくることはなかった。

 

「……入るわよー」

 

 私はドアノブを回し、子供部屋の中に入る。

 他の子の部屋に入るのは久しぶりだったが、あまり変わってないように見える。

 私がベッドの方に視線を向けると、そこには毛布を被った膨らみが見えた。

 

「……はぁ、ほんとにみんなして寝坊したのね」

 

 私は寝ている子供たちを起こすためにベッドのほうに近づく。

 その瞬間、ぴしゃりという音とともに私は水ようなものを踏みつけた。

 

「うわっ、何か零れてる。お漏らしじゃないでしょうね……」

 

 私は急いでその場から飛びのき、足元を確認する。

 

 そこには、赤い水溜まりが広がっていた。

 

 私の靴の裏もまるで溢したペンキを踏んだかのように赤く染まっており、私が踏んだ地面に赤い足跡を残している。

 その瞬間、鉄臭い血の匂いが急に私の鼻を突いた。

 

「──ッ!?」

 

 何故今まで気が付かなかったのだろう。

 床に広がっている液体が血液であると認識した瞬間、一気に部屋の中の状況を理解する。

 私は血溜まりを踏むことを躊躇うことなくベッドに駆け寄ると、毛布の膨らみの下を確認した。

 毛布の下には私もよく知っている二つ下の女の子が、血まみれでベッドの上に転がっていた。

 首筋には大きな切り傷があり、この子が既に助からない傷を負っていることを物語っている。

 私は呆然としたまま部屋の全てのベッドを回り、その上で寝ている子供たちの状態を確認する。

 子供たちはみな等しく首を切り裂かれて死に至っていた。

 

「なんで……」

 

 私の脳裏に、昨日聞いた話がフラッシュバックする。

 『凶悪な殺人鬼だ。一度の魔法で十二人も人を殺してる』

 

「──ッ! 他のみんなは!?」

 

 私は部屋を飛び出すと、子供部屋を一つ一つ確認する。

 だが、全ての部屋の床は赤く染まっており、生きている子供を見つけることはできなかった。

 

「みんな……みんな殺されてる」

 

 私は最後の子供部屋の中で呆然と立ち尽くすと、ふらふらとセシリアの部屋へと向かう。

 セシリアの部屋は子供たちは立ち入り禁止になっているため、一瞬入るのに躊躇ったが、そんな場合でもないと考え直し扉を押し開けた。

 セシリアの部屋は子供部屋とは異なり、かなり整頓がなされており、彼女の几帳面な性格が伺える。

 私はベッドの方に近づくと、その上で寝ているセシリアをじっと見つめた。

 セシリアはまるで眠っているかのような穏やかな表情だが、顔に血の気が全くない。

 血の気の引いた顔の下の首には、子供部屋の子供たちと同じように深く鋭い切り傷がつけられていた。

 

「ねぇ……もう朝ですよ。ほら、朝食を作らないと……」

 

 私はセシリアの肩に手を置いて、何度も何度も揺する。

 だが、セシリアはまるで大きな人形のように、自ら動くことはなかった。

 

「──っ」

 

 私はまるで幽霊のような足取りで院長室を目指す。

 この孤児院で院長だけが住み込みではなく、自宅から通勤している。

 だが、仕事に真面目な院長は普段朝食の時間までには院長室に来ていることが多い。

 それに、この時期は新しく学校に通う子供達の書類や手続きで徹夜していることもある。

 もしかしたら、院長だけは殺されていないかもしれない。

 私は院長室にやってくると、ノックすることなく院長室の扉を開ける。

 だが、私の淡い期待を裏切るように、院長は机に突っ伏すように死んでいた。

 首から流れ出たのであろう血が机と床を赤く染めている。

 私は死んでいる院長に近づくと、血溜まりが広がる机の上から一枚の紙を持ち上げた。

 それはホグズミード行きの許可証だった。

 血飛沫が飛んで半分血に染まっているが、確かに保護者のサイン欄には院長の名前が書き込まれている。

 

「──っ、院長……」

 

 私は小さく院長を呼ぶが、返事が返ってくることはない。

 子供たちに、セシリアに、院長に。

 孤児院にいる私以外の全ての人が殺された。

 

「どうしよう……どうすれば……警察……いや、でも、私は魔女だし……」

 

 全く頭が働かない。

 この後、私は一体どうすればいいのだろう。

 もし私がマグルだったとしたら、素直に警察に通報すればいい。

 だが、私は魔法使いだ。

 持ち物検査なんてされたら、怪しいものがごまんと出てきてしまう。

 それに、その行為そのものが魔法界の法律に引っかかるかも知れない。

 

「……逃げよう。……逃げたい」

 

 私はホグズミード行きの許可証を折りたたんでポケットの中に入れると、院長が大切にしていた万年筆を手に取る。

 きっとみんなの葬式に出ることはできない。

 なので、これは形見だ。

 私は万年筆をポケットの中に入れ、一度自分の部屋へと戻る。

 そして自分の大切なものを鞄の中に詰め、時間を止めて体についた血液を魔法で綺麗にした。

 私は目につくところに血がついていないことをもう一度確認してから、鞄片手に孤児院の外に出る。

 そして数歩歩いて振り返り、今まで暮らしてきた孤児院をじっと見つめた。

 嫌になるほど貧乏で、冬場なんて寒さに震えて。

 でも、何故かどこか暖かくて。

 

「……さよなら」

 

 私は前を向き直すと、私の全ての財産が詰まった鞄片手に漏れ鍋に引き返す。

 少なくとも、この夏はどこかマグルの目につかない場所で暮らした方がいいだろう。

 きっとマグルの警察は、いなくなった私のことを誘拐されたものだと判断するはずだ。

 少なくとも一年は警察に捕まらないようにした方がいい。

 そして夏休みさえ終われば、ホグワーツでの寮生活が待っている。

 ホグワーツでの三年目が終わる頃にはほとぼりも冷めているはずだ。

 私は時間が止まっている物音一つしないロンドンの街を、足音を響かせながら歩く。

 その日、マグルとしてのサクヤ・ホワイトは死んだ。

 




設定や用語解説

ホグズミードの許可証
 ホグワーツでは三年生から指定された週末にホグズミードと呼ばれる魔法族しかいない村に外出できるようになる。そのホグズミードに行くことを許可する書類には親族か保護者のサインが必要。

ウール孤児院
 ロンドンに昔から存在する孤児院。だが昔から存在しているだけで、決して裕福ではない。運営資金は国からの援助と資産家からの寄付金。

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バーテン服と三食宿付きと私

アズカバンの囚人編も、ホグワーツにたどり着くまでに結構掛かりそうです。


 時間を止めたまま漏れ鍋がある通りまで戻ってきた私は、近くの路地裏に入り込む。

 そして周囲に人目や監視カメラがないことを確かめると、時間停止を解除して通りへと戻った。

 私はそのまま何食わぬ顔で漏れ鍋の中に入り、カウンターに腰掛ける。

 カウンターの向かい側にいる魔女は私の姿を見て少し驚いていたようだが、すぐに笑顔で接客してきた。

 

「おはようお嬢ちゃん。何か食べるかい?」

 

「簡単な軽食と紅……いや、コーヒーをお願いします」

 

「はいよ」

 

 魔女は快く返事をすると、かちゃかちゃと準備を始める。

 私はその様子をぼんやりと見ながら今後のことについて思考を巡らせた。

 誰がどのような理由であのようなことをしたのかはわからない。

 あの孤児院が狙われる理由なんてあるのだろうか。

 なんにしても、ひとまず今後の宿を探さないといけない。

 マグルの世界のホテルなどは警察に見つかる可能性があるから論外として、魔法界で宿を取るか、誰かの家にお世話になるか。

 去年ホームステイしたロンの家はどうだろう。

 いや、確か今ロンは家族と共にアーサーが懸賞で当てたガリオン金貨を使ってエジプト旅行に行ってるはずだ。

 だとしたらハーマイオニーの家はどうだろう。

 いや、ダメだ。

 両親がマグルなため生活環境もマグル寄りだろう。

 確か両親とも歯科医だと言っていたため、家はマグルの街にあるはずだ。

 そもそも選択肢になかったが、これでハリーのおじさんの家にお邪魔するという選択肢も消えた。

 

「だとしたらマルフォイ……いや、あそこの家は今それどころじゃないか」

 

 確かドラコの父のルシウス・マルフォイは数ヶ月前にホグワーツの理事を追われていたはずだ。

 だとしたらこのタイミングでその騒動の真っ只中にいた私は歓迎されないだろう。

 私はマーリン基金の金貨の入った小袋を取り出し、中身を確認する。

 昨日グリンゴッツで補充してきたばかりなので、中身に関しては元の二百枚からほぼ減っていない。

 魔法界の宿の相場がどの程度かはわからないが、贅沢しなければ夏休みの間ぐらいなら宿に泊まることは出来るだろう。

 

「はいよ。サンドイッチとコーヒーね」

 

 そうしているうちに、私の目の前に頼んでいた軽食が差し出された。

 あのような光景を見てすぐに食欲など湧くはずもないが、体は栄養を欲している。

 私はサンドイッチを手に取ると、コーヒーで流し込むようにしながら胃の中に詰め込んだ。

 

「ご馳走でした。それとなんですが、ダイアゴン横丁に泊まれる場所ってありますか?」

 

 私はカウンターの魔女に五シックル手渡しながらそう尋ねる。

 魔女は少し考えた後答えた。

 

「そうねぇ。ここの上にも泊まれるし、結構高くなるけどグリンゴッツの近くにホテルがあったはずだわ」

 

「ちなみに、ここの一日の宿泊費は……」

 

「一日十シックルよ」

 

 思った以上に高くはない。

 そしてここより結構高いということは、グリンゴッツ近くのホテルはマグルのホテルと同じぐらい金がかかると考えた方がいいだろう。

 

「じゃあ、ここに宿を取ろうと思います」

 

「ええ、大丈夫よ。いつまでの予定?」

 

「夏休みの終わりまでなんで……八月末まででしょうか」

 

 私がそういうと、魔女は驚いたような顔をした。

 

「そんなに? 別に泊まるのはいいけど……貴方お家は? 親御さんが心配しないかしら」

 

「大丈夫です」

 

「……そう、わかったわ。店主には私から言っておいてあげる。宿泊費は……そうねぇ。最後にまとめてでいいわ」

 

「ありがとうございます。昨日泊まった部屋にそのまま泊まる感じで大丈夫ですか?」

 

 魔女はカウンターの下から簿冊を取り出すと、部屋の状況を確認し始める。

 

「ええ、大丈夫みたい。もしかしたら何かの理由で何処かの部屋に移動してもらうことになるかもしれないけど……」

 

「はい、大丈夫です。よろしくお願いします」

 

 私は魔女に頭を下げると、階段を上り今朝まで寝ていた部屋にもう一度入る。

 そして改めて室内を見回した。

 

「取り敢えず、一ヶ月はここが家ね」

 

 私は力尽きるようにベッドに横になる。

 これから先のことを色々と考えないといけないが、今だけは何も考えずにこうしていたい。

 私は靴を放り出し、枕を抱えるようにしてベッドの上でうずくまった。

 

 

 

 

 孤児院が襲われた次の日の朝、私は朝食を取りにパブの方へ下りてきていた。

 昨日は一日中部屋の中で考えていたが、故人への想いと今後の不安が堂々巡りするだけで、いまいち考えはまとまらない。

 一体誰が、なんの目的であんなことをしたのだろうか。

 いや、犯人の目星は付いている。

 シリウス・ブラック。

 アズカバンから脱獄したという殺人鬼だ。

 タイミング的に、奴がみんなを殺した可能性が非常に高い。

 

「……私の前に現れたら首を掻っ切って殺してやる」

 

 私はボソリと呟くと、昨日と同じようにカウンターにある高い椅子によじ登った。

 

「おはようございます……って、バーテンダーさん今日は早いんですね」

 

 私がカウンターの向かい側を見ると、いつも夜の時間にバーテンダーをしている男性が立っていた。

 

「バーテンダーか……まあバーテンでもあるんだが、今の私は漏れ鍋の店主だ。まあ気さくにトムとでも呼んどくれ」

 

 バーテンダーの姿の彼しか見たことがなかったが、どうやらここの店主らしい。

 

「何にしても、デイジーから話は聞いた。夏休みの間うちに泊まるんだってな。言っとくが、宿代がタダなのは昨日だけだぞ?」

 

「そんなこと言わずにタダにしてくれてもいいのに」

 

「はっはっは。うちも商売なもんでね。まあ店の手伝いをするならその限りじゃないが……」

 

 トムは冗談混じりにそう言うが、案外悪くない提案かもしれない。

 どうせ夏休みが終わるまで暇なのだ。

 ダイアゴン横丁を散策するにしても限度があるし、学校で出された宿題なんてとうの昔に終わっている。

 やることと言ったら、私が殺したロックハートから借りた本を読むぐらいしかない。

 それならば暇つぶしがてらパブを手伝うのも全然アリだ。

 

「それじゃあ、それでお願いします」

 

「『それで』って、うちの手伝いをするってことか?」

 

「はい。どうせあと一ヶ月は暇ですし、それで宿代がタダになるなら」

 

 トムは一瞬キョトンとしたが、すぐに笑顔で答えた。

 

「嬢ちゃんみたいな可愛い子がウェイトレスやってくれたらうちは大繁盛だろうよ! それなら住み込み待遇として三食宿付きで給料まで出すぜ」

 

「ほんとですか! お小遣い少ないので助かります!」

 

 嘘だ。

 そもそも私が持っているお金は全て借り物で、正確には私のお金と呼べるものは何一つない。

 マーリン基金自体返す必要こそないが、人から無償で恵んで貰ったお金であることに変わりはない。

 だとしたら、心置きなく自分の好きに使えるお金を少しは作っておいたほうがいいだろう。

 

「さてさて……うちの制服にサイズが合うものがあるかな。まあ合わなかったら魔法で小さくすればいいか」

 

 トムは飛ぶように店の奥へと走っていくと、五分もかからずカウンターへと戻ってくる。

 手には真っ白なシャツと黒のベスト、そして黒パンツを持っていた。

 私はその服を見て少し胸を撫で下ろす。

 今までの会話からトムが変態趣味を持っていなさそうだとは感じていたが、フリフリの可愛らしいエプロンドレスを着させられる可能性は十分あったためだ。

 

「もっと可愛らしいのが有ればよかったんだが、生憎こういう堅苦しいのしかなくてな。どれ、サイズを合わせてみてくれ」

 

 私は制服を受け取ると、階段を上って一度自分の借りている部屋に戻る。

 そしていそいそと制服に着替え、部屋に置いてあった姿見の前に立った。

 

「……悪くないわね」

 

 トムの見立ては完璧で、制服はジャストサイズだ。

 十三歳の平均身長よりいくらか小さい私だが、シャツやベストがダブつくことはない。

 私は元々履いていたボロのスニーカーを脱ぎ、ホグワーツの制服用の革靴に履き替える。

 そしておかしなところが無いかを確認したのち、部屋を出て一階へと戻った。

 

「どうです?」

 

 私はトムのところへ戻ると、腰に手を当てて胸を張る。

 トムは私のベストの襟を少しだけ正すと満足そうに頷いた。

 

「うん、完璧だ。っと、そういえばまだ嬢ちゃんの名前を聞いていなかったな」

 

 確かに、まだ名乗っていなかった気がする。

 私は背筋を正すと、わざとらしくお辞儀をして名乗った。

 

「サクヤ・ホワイトです。よろしくお願いします」

 

「ああ、よろしくな。それじゃあ早速仕事に取り掛かってもらおうか……」

 

 トムはヘッヘッヘと悪党のような笑顔を作ると、台拭きを濡らして私に手渡してくる。

 

「それじゃあ、まずは机を拭いてくれ」

 

「かしこまりました!」

 

 私は小さく敬礼を返し、台拭き片手にテーブルに張り付く。

 まあ、私ぐらいの歳の少女に任せられる仕事なんてたかが知れてる。

 孤児院でいつもやってることの延長程度のことしか任せられないだろう。

 

 私が奥から順番にテーブルを拭いていると窓の外に一羽のフクロウが舞い降りる。

 どうやら新聞配達のフクロウのようで、足には丸められた新聞を掴んでいた。

 

「おっと、はいはいお待ちを」

 

 トムは窓を開けてフクロウを店の中に入れると、フクロウの足に取り付けられている革袋にクヌート銅貨を何枚か入れる。

 フクロウはそれを確認すると、新聞を店の中に落とし、用は済んだと言わんばかりに飛び去っていった。

 

「新聞だよ。毎朝こんな感じで届けてくれる。フクロウが来たら足についてる革袋に5クヌート入れてくれ」

 

 そういえば、ホグワーツでも新聞を購読している生徒が少なからずいたことを思い出す。

 私はテーブルを拭く手を止めると、トムが広げている新聞を覗き込んだ。

 

『シリウス・ブラック マグルの孤児院を襲撃』

 

 顔から血の気が引いていくのを感じる。

 新聞には薄汚れた黒髪の男性が牢屋の中で叫んでいる写真が掲載されていた。

 

『昨日、ロンドン警視庁(マグルの治安維持組織)からの協力依頼を受けて魔法省の闇祓い数名がロンドンにある孤児院に捜査に出向いた。孤児院の中では職員児童含め三十二人のマグルが殺害されており、闇払い局は捜査の結果シリウス・ブラックの犯行であると断定。また、被害者や現場に魔法の痕跡はまるでなく、ブラックは魔法を使わずあえて刃物のようなもので被害者を切りつけたと見て捜査を進めている。この事件に対し闇祓い局長であるルーファス・スクリムジョールは「殺され方から見るに、ブラックは自らの快楽のために殺人を犯している可能性が非常に高い。ブラックは非常に危険で凶悪な殺人鬼だ。明日にでもやつをアズカバンに連れ戻す」とのコメントを記者に残した』

 

「ブラックがロンドンに……ていうか、うちの店の近くじゃねえか?」

 

 トムは新聞を読みながら顔を顰める。

 私はもう一度記事を読み返し、ある違和感に気がついた。

 この記事には私のことが一切書かれていない。

 もしかしたら、魔法省は私がここの孤児院で暮らしていたということを認識していないのかもしれない。

 私は胸を撫で下ろし、テーブルを拭く作業に戻る。

 まあ、私がその孤児院で暮らしていたということは遅かれ早かれバレることではあるだろう。

 マクゴナガルやロン、それにロンのお父さんは私の孤児院まで来たことがあるし、ハリーやハーマイオニーも私が孤児院で暮らしていると知っている。

 だとしたら行方不明になったと大騒ぎになる前にこちらから手紙の一つでも送るべきだ。

 送るべきなのだが……どうにも気が進まなかった。

 

「こりゃやべぇな……せっかくサクヤがホールに入ってくれるのに、客足が遠のいちまう」

 

 トムはぶつくさ言いながらカウンターの方に向かい、カチャカチャと料理の仕込みを始める。

 私は最後のテーブルを拭き終わると、最後にカウンターを拭いてトムのもとへと戻った。

 

「テーブル拭き終わりました」

 

「おう、ありがとな。そしたら次はお使いに……いや、このご時世じゃ危険か?」

 

 トムは新聞の記事をチラリと見ながら悩み始める。

 

「ダイアゴン横丁ならよっぽど大丈夫だと思いますよ。流石のシリウス・ブラックも白昼堂々ダイアゴン横丁の表通りで人を襲ったりしないでしょうし」

 

「そうなんだがなぁ……まあ、心配しすぎか。でも、絶対にノクターン横丁には近づくんじゃねえぞ?」

 

 トムは羊皮紙に羽ペンを走らせ買うもののリストを作ると、私にそれを手渡してくる。

 その後、私にガリオン金貨を三枚握らせた。

 

「こんだけ有れば足りる筈だ。お釣りは好きに使っていい。ただ、昼過ぎまでには帰ってきてくれ」

 

 私は渡されたメモを見ながらコクリと頷く。

 メモには腐りやすい食材がいくつかと、調味料がいくつか書かれていた。

 

「じゃあ、気をつけて行くんだぞ」

 

「わかりました」

 

 私は一度借りている部屋に戻り、鞄の中からローブを取り出す。

 そしてパブの制服の上からローブを羽織ると、鞄片手にパブの中庭へと出た。

 私は中庭の奥のレンガの壁の前まで行くと、ゴミ箱の上から三番目のレンガを杖でつつく。

 すると、みるみるうちにレンガはアーチ状に広がっていき、ダイアゴン横丁への入り口を作り出した。

 家から近いということもあり見慣れた光景ではあるが、この夏は嫌になるほど出入りすることになるんだろう。

 魔法界で暮らし、魔法界で働く。

 私はもう、マグルの世界には戻れない。

 

「私はもう、魔法界に平穏を見出すしかないのか」

 

 私はそう呟くと、ダイアゴン横丁に足を踏み入れた。




設定や用語解説

ウィーズリー家のエジプト旅行
 ロンの父であるアーサーが日刊予言者新聞のガリオンくじグランプリで七百ガリオンを当てたため実現した旅行。

ハーマイオニーの両親
 二人ともマグルであり、二人とも歯医者。

ルシウス・マルフォイ
 他の理事を脅迫したことや、ダンブルドアを不当に停職させたことで理事会を追放された。

デイジー
 ぽっとでのモブキャラ。モデルは映画に出てきた漏れ鍋の清掃員。

十三歳に仕事をさせるバーテンのトム
 マグルの世界では論外だが、魔法界では割と普通。トム自身もデイジーからサクヤのことを家出少女か何かだと思うと聞いていたため、住み込みで働くことを提案した。

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活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。


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紅葉と風船と私

 私はダイアゴン横丁で一通りの買い物を済ませ、漏れ鍋へと帰ってきた。

 漏れ鍋の店主であるトムには三ガリオン渡されていたが、食材を扱っている店で値切りに値切ったため一ガリオン以上手元に残っている。

 私は手元に残ったお金をマーリン基金の小袋とは違う財布に仕舞い、ポケットの中に放り込んだ。

 給料とは少し違うが、これは私が好きに使っていい金だ。

 盗んだ金でもなければ、施された金でもない。

 その事実が妙に嬉しくて、私は軽い足取りで漏れ鍋の店内へと戻った。

 

「トムさん買い物終わ──」

 

 私が店内に足を踏み入れた瞬間、急に視界が遮られたかと思うと、柔らかな感覚が私を包み込む。

 一瞬何が起こったのか理解できなかったが、すぐに何者かが私に抱きついたのだと理解した。

 

「よくぞご無事で……」

 

「ちょ、な──」

 

 抱きつかれたのは理解できたが、状況がイマイチ飲み込めず私はその者の腕の中で嫌がる猫のようにジタバタと暴れる。

 そしてなんとか腕の中から脱出し、改めてその人物を見上げた。

 

「えっと、マクゴナガル先生? 随分お早いご登場で……」

 

 そこには安堵の笑みを浮かべたマクゴナガルが立っていた。

 私はそのまま店の中をぐるりと見回す。

 朝には誰もいなかったパブの中にはそこそこ人が入っており、皆こちらをジッと見つめていた。

 

「サクヤ、マクゴナガル先生から話は聞いたぜ。なんでそういう大事なことを先に言わねえんだ。とんでもねえことになってるじゃねぇか」

 

 トムはカウンターに手をつきながらそう言った。

 トムの顔には真っ赤なビンタの痕が見てとれる。

 

「お陰で先生と話が食い違ってこの通りだ」

 

「うわ、痛そ……」

 

「『痛そ……』じゃありません。警察に保護されるでもなく、学校に連絡するでもなく、黙ってパブの安宿に転がり込むなんて……サクヤ、貴方は被害者なのです。逃げ回る必要なんてないんですよ?」

 

 マクゴナガルの言葉を聞いて、私は新聞の一文を思い出す。

 『ロンドン警視庁の協力依頼を受けて』ということは、警察組織の中にも魔法使いの存在を知っている人間がいるということだ。

 

「連絡はしようと思っていたんですが……」

 

「遅すぎます! 漏れ鍋に戻ってすぐに事情を説明し学校に連絡すべきでした。……それにしても、貴方だけでも無事で何よりです。ここの店主が引き止めていなければ、貴方も今頃……」

 

 マクゴナガルは顔を真っ青にして首を振る。

 確かに、マクゴナガルの言うことはもっともだ。

 だが、違う。

 そうじゃない。

 引き止められて私が孤児院にいなかったからこそ、孤児院のみんなは皆殺しにされたのだ。

 私がその場にいたら、そもそもブラックが殺しを行う前に私がブラックを殺している。

 そう、私がいれば、犯行を未然に防げたはずなのに……。

 

「貴方があの孤児院にいたということは報道規制がかけられています。あの孤児院に生き残りがいたと分かれば、ブラックが貴方の命を狙う可能性があるからです。何にしても、見つかって本当に良かった。私は貴方がブラックに連れ去られたのではないかと気が気で……」

 

「まさか。は、はは。私が死ぬわけ……」

 

「何にしても、ブラックのことは闇祓いに任せるとして、これからのことを考えなくてはなりません。ホグワーツにいる間は寮があるので問題ないとして、休みの間どうするかを決めなくては──」

 

「それなら、大丈夫です。ここで住み込みで働くことになったので」

 

 私はローブを脱いで中に着ていた制服を見せる。

 それを見て、トムは苦々しく頬を掻いた。

 

「サクヤ、そのことで先生からこいつを貰っちまってな。この鬼畜外道悪徳漢って」

 

「あ、あれは帰るところのなくなったサクヤの足元を見てこき使おうとしているのだと勘違いしたからであって……何にしても、学生という身分である貴方が自らの生活のために働く必要などありません。あんなことがあったのです。貴方は本来魔法省で保護されるべきなのですよ?」

 

「でも、何にしても泊まる場所は必要ですよね? だったらここで住み込みで働く方が──」

 

「確かに漏れ鍋に宿を取るというのは選択肢の一つでしょう。ですが、宿代のために働く必要がどこにあるのです?」

 

 まあ、マクゴナガルの言うこともわからなくはない。

 確かに私は保護されるべき対象だろうし、店主のトムもそんな状況の子供から宿代を取ろうなどと考えはしないだろう。

 だが、今重要なのはそこではない。

 宿代の話は、すでに私の中では些細な問題になっていた。

 

「いや、でも給料欲しいし、どうせ夏休み暇なので出来れば働きたいんですが……もしかして、ホグワーツってアルバイト禁止だったりします?」

 

 マクゴナガルはそれを聞いて大きなため息をつくと、チラリとトムのほうを見る。

 トムも呆れたように肩を竦めていた。

 

「……まあ、貴方がそうしたいのであれば、止めはしませんが。貴方の居場所もはっきりするわけですし」

 

「ほんとですか!? よかったぁ……それじゃあ、改めてよろしくお願いします」

 

 私はぺこりとトムに頭を下げる。

 トムは苦笑いをしながら頭を掻いた。

 

「まあ、そうだな。よろしく頼むよ。というわけだ、マクゴナガル先生。安心してくだせぇ。サクヤのことはちゃんと面倒見ますので」

 

 マクゴナガルも、私が暇を持て余してフラフラと出歩くよりかは、ここで仕事していた方が安全だと判断したのだろう。

 

「よろしくお願いします。何かありましたらホグワーツまでご連絡を。私はサクヤが見つかったことをほかの教師の皆さんに伝えに行きます。貴方は自身の親しい友人に自分の無事をご報告なさい。みな心配しているはずです」

 

 マクゴナガルはそう言うと、バチンと音を立ててその場からいなくなる。

 私はほっとため息をつくと、買ってきた食材や調味料をトムに渡した。

 

「……なあ、ほんとにそれでいいのか? 友達の家にホームステイするほうに切り替えてもいいんだぜ?」

 

「いいんですよ。小遣い程度のお金が欲しいのは本当のことですし。それにあんまり友達に迷惑掛けたくないんです。心配もされたくない。同情もされたくない」

 

「まあ、気持ちは分からなくはないけどな。わかった。そのことについては極力秘密にしておくぜ。お前はガリオン金貨欲しさに夏休みの間うちで住み込みで働く金欠少女サクヤだ」

 

 私とトムは改めて握手を交わす。

 何にしても、トムが物分かりのいい人間で助かった。

 

「よし、パブとしてはこれからどんどん忙しくなる時間だ。チャキチャキ働いてもらうぜ。今日のサクヤの仕事は客の注文を聞くことと、料理や酒を配膳することだ。まあ、ようは一般的なホールの仕事だな」

 

 私が頷くと、トムはホールの仕事内容のレクチャーを始める。

 何にしても、忙しい夏休みになりそうだ。

 

 

 

 

 私が漏れ鍋で働き始めて一週間近くが経過した。

 パブでの仕事にもすっかり慣れ、酔っ払いたちに可愛がられながら楽しく勤務している。

 シリウス・ブラックが脱獄してから少し客足が遠のいたらしいが、今は通常以上に繁盛しているようだ。

 

「サクヤちゃんビール!」

 

「私はビールじゃないわよー」

 

「サクヤちゃんこっちハイボールソーダ無しで!」

 

「それもうただのウイスキーじゃん」

 

「サクヤちゃん何か一発芸でもやってくれよー!」

 

 私は大きくため息をつくと、カウンターから十メートルは距離がある客に向かってリンゴを投げ渡す。

 客がリンゴをキャッチしてキョトンとした瞬間、カウンターに置いてあったナイフをリンゴに向かって投擲した。

 ナイフは一回転半回ってリンゴに突き刺さる。

 客は突然リンゴに生えたナイフを見て小さく悲鳴をあげた。

 

「はい、リンゴのナイフ刺し十七シックルね」

 

「それもう一ガリオンじゃねえか!」

 

 どっとパブの中が酔っ払いの爆笑で包まれる。

 私もクスクスと笑うとトムが用意したビールジョッキとウイスキーグラスを盆に載せてカウンターを出た。

 私がビールを配膳していると、暖炉が緑色の炎を上げて燃え上がり、中から小太りの男性が姿を現す。

 私は新しい客だと思い無意識的に駆け寄ったが、そこに立っていたのは魔法大臣のコーネリウス・ファッジだった。

 

「大臣じゃねえですかい! お仕事おわりですかい?」

 

「いやはや、そうだったらどんなに良かったか……ちょっと問題があってね」

 

「今のご時世常に問題だらけな気はしますが……」

 

「今のご時世だからこそ大問題なんだ」

 

 ファッジはカウンターに近づくと、声を小さくして言う。

 

「ハリー・ポッターが叔父の家からいなくなった」

 

 ファッジの言葉に、酔っ払いたちが騒めき始める。

 

「まさか……シリウス・ブラックに?」

 

「いやいや、単なる家出のようだ。居候先の家族と喧嘩をしたようでね。なんでも叔母を膨らませて飛ばしてしまったらしい。今現地に魔法事故リセット部隊が向かってるよ。それだけなら子供の微笑ましいイタズラで済んだんだが……まあこのご時世だ。ブラックも近くにいる可能性が高い。一刻も早く見つけて保護しなくては」

 

 何をやってるんだあの問題児は。

 私は空いた盆の上に空になったグラスを満載すると、カウンターへと運ぶ。

 そして新しいグラスに氷と水を注ぎ、ファッジに差し出した。

 

「おお、ありがとう。それでだ。ハリーがここに来てないかと思って立ち寄ったんだが……この様子じゃここには来ていないらしい」

 

 ファッジはパブを見回して客の様子からそう判断したようだ。

 

「まあ、どちらにせよハリーを見つけたらここに連れてくる予定だ。シリウス・ブラックがロンドンを彷徨いている今、ハリー一人をマグルの街に置いておくのはあまりにも危ない」

 

「それはそれは。お待ちしております」

 

 トムは恭しく頭を下げる。

 ファッジはグラスの中の水を一気に煽ると、暖炉の方へと歩いていき煙突飛行で何処かへ消えていった。

 

「ハリー・ポッターが家出……サクヤ、部屋を一つ用意しておいてくれ」

 

「わかりました」

 

 私は手に持っていたお盆を置くと、カウンターの下から簿冊を取り出して空き部屋を確認する。

 どうやら私の横の部屋が空き部屋のようなので、ハリーにはそこに入ってもらおう。

 私は物置部屋から新しいシーツを何枚か手に取ると、階段を上がって部屋の準備を済ませる。

 下に戻る頃にはパブは先程までの活気を取り戻していた。

 その後も入れ替わり立ち替わりで魔法省の人間が煙突飛行してきては、トムと一言二言情報交換をしてまた何処かへ煙突飛行をしていく。

 私は空になりつつある煙突飛行粉を補充しながら、小耳に挟んだ情報の整理を始めた。

 ハリーは居候先の叔父であるバーノンの妹、マージと喧嘩になり、マージを魔法で膨らませてしまったようだ。

 その後ハリーは荷物をまとめて居候先を飛び出したらしい。

 魔法省の人間が居候先の周辺を隈なく探したようだが、歩いて行ける範囲にハリーの姿はなかったようだ。

 ハリーはクィディッチ用の箒を持ってるし、親の形見である透明マントも持っている。

 もし透明マントを被って空を飛んでいるのなら、見つけるのはほぼ不可能だろう。

 そんなことを考えていると、店の外から耳をつんざくような音が聞こえてくる。

 何事かと窓の外に目をやると、店の外に三階建ての紫色のバスが停まっていた。

 このようなバスがロンドンを走っていたら確実に記憶に残っている筈だ。

 記憶にないということは、これは魔法界のバスなんだろう。

 私がバスを眺めていると、ファッジがハリーの肩をガッチリと掴んで店の中に入ってくる。

 どうやら無事ハリーを捕まえたようだった。

 

「大臣! 捕まえなすったかね!」

 

 トムはカウンターを飛び出すと、二人を個室へと案内していく。

 どうやら、ハリーは私の存在に気が付かなかったらしい。

 私は店の外に出ると、重たいトランクを息を切らせながらバスから降ろそうとしている車掌を手伝った。

 

「お、すまんな! あんがとよ!」

 

 車掌は私に軽くお礼を言うと、運転席に乗り込みバスを急発進させる。

 バスはそのまま路地裏の方へ走っていき、すぐに見えなくなってしまった。

 

「あれは確実に魔法界のバスね。絶対乗りたくないわ」

 

 側から見てるぶんには面白いが、あの中に居たいとは思わない。

 あの加速に耐えるにはバケットシートが必要だろう。

 

「取り敢えず、荷物を運んじゃいますか」

 

 私は荷物を順番にハリーが入る予定の部屋に入れていく。

 最後に重たいトランクを半ば引きずるようにしながら二階まで引っ張り上げ、息を切らせながら部屋の中に押し込んだ。

 

「はぁ……はぁ……、ほんと、私の鞄ってめちゃくちゃ便利ね……」

 

 本来ならば私の荷物もこれぐらい重たいのだと考えると便利な鞄を作って本当に正解だったと思う。

 そんなことを考えながら呼吸を整えていると、窓の外に一羽のフクロウが留まった。

 

「あら、ヘドウィグじゃない」

 

 窓の外に留まっていたのはハリーのペットであるヘドウィグだった。

 私は窓を開けてヘドウィグを部屋の中に入れる。

 ヘドウィグは部屋に置かれていた洋箪笥に飛び乗ると、小さくホォと鳴いた。

 

「ハリーと違って貴方は頭がいいわねー」

 

 私はヘドウィグの頭をそっと撫で、部屋を後にする。

 ファッジとハリーがどんな話をしているかが気になるが、まあその辺は後でハリーからゆっくり聞けばいいだろう。

 私はパブに戻ると、閉店時間も近いのでカウンターに置かれていた鐘をカランカランと鳴らし客にラストオーダーであることを知らせる。

 酔っ払いたちは鐘の音を聞いた瞬間慌てて注文を叫び始めた。

 

「ビール!」

 

「ブランデー!」

 

「エール!」

 

「はいはい順番に周りますからねー」

 

 私はテーブルをぐるりと巡り、注文を聞き終える。

 そのタイミングでトムがカウンターへと帰ってきた。

 

「はい、これラストオーダーです」

 

 トムは私が注文をメモした羊皮紙を見ると、手際良く酒を用意していく。

 私はトムが用意したお酒を盆の上に載せると、もうすでに意識が朦朧としている客たちに配膳して周った。

 

「はいビールねー」

 

「うぃー……」

 

「ブランデーお待たせ」

 

「あー……」

 

「はいジンジャーエール」

 

「いやそれジュースじゃねえか!」

 

 皆最後の一杯を飲み終わると、ゾンビのような足取りで暖炉の方へと歩いていく。

 支払いがまだだが、トム曰くツケでいいらしい。

 魔法界は狭い世界だ。

 酒代を取り立てる機会などいくらでもある。

 

「サクヤちゃんお会計お願い」

 

「はいはい今いきまーす」

 

 そして一部の意識がはっきりしている客はしっかり支払いを済ませてから姿くらましで帰っていく。

 しばらくすると、あれだけうるさかったパブは静寂に包まれた。

 私は机の上の皿やジョッキを流し台に運んでいく。

 流し台では魔法のスポンジがひとりでに皿を洗い始めていた。

 

「あ、そういえばハリーの荷物を部屋に上げときました」

 

「お、気が利くな。っと、そろそろ大臣がお帰りのようだ」

 

 トムが個室の方を見ながら言う。

 私もその方向に目を向けると、大臣が個室から出てくるところだった。

 トムは大臣と入れ替わるように個室の中に入り、ハリーを上の部屋へと案内していく。

 大臣は大きく伸びをしながらカウンターへと腰掛けた。

 

「何か飲んでいきます?」

 

「ファイア・ウイスキーを一杯だけ貰うよ」

 

 私はファイア・ウイスキーを棚から取り出し、小さなショットグラスに注いでファッジに差し出す。

 ファッジはグラスに口をつけると、半分一気に飲み干した。

 

「問題だらけで参っちゃうよ。でも、無事ハリーを保護出来てよかった」

 

「このご時世ですからねぇ」

 

 シリウス・ブラックが脱獄したというだけでも一大事なのだ。

 そこに更にハリー・ポッターが行方不明となったらファッジの支持率にも関わってくる。

 

「まあ、ハリーに関してはしっかり見張っておきますので」

 

「よろしく頼むよほんと。……ところで、初めて見る顔だが新しく入った人かな?」

 

 ファッジは酔いで少し顔を赤くしながら私に聞く。

 

「はい。サクヤ・ホワイトと申します。ひと月ほどここでお世話になる予定です」

 

 ファッジはそうかそうかと何度も頷くと、グラスの残りを一気に煽った。

 

「何か困ったことがあったらいつでも言いなさい。それじゃあ、私はこれで失礼するよ」

 

 ファッジは椅子から立ち上がると、ファイア・ウイスキーの代金をカウンターに置いて暖炉の方へ歩いていく。

 

「あとそれと、ハリーの宿泊費は魔法省へ請求してほしい。後日担当の者を向かわせよう」

 

 ファッジはそう言い残し、煙突飛行でパブを後にした。

 私は一通りの後片付けを済ませ、店内の灯りを落とす。

 私が時間を確認すると、もうすでに日を跨いでいた。

 

「さて、私も寝ますか」

 

 私は大きく伸びをし、借りている部屋に戻る。

 あの様子では、ハリーもこの夏はここに泊まるんだろう。

 私は身体を清め寝る支度を済ませると、ベッドに潜り込む。

 

「明日から楽しくなるわね」

 

 明日、何も知らないハリーの前にいきなりバーテン姿の私が現れたらハリーはどんな反応をするだろうか。

 私はベッドの中でクスリと笑うと、そのまま夢の世界へと落ちていった。




設定や用語解説

サクヤのナイフ投げ
 この時はまだ大道芸レベル。

三階建ての紫色のバス
 『夜の騎士バス』のこと。迷子の魔法使いが杖先を差し出すとそれに反応し迎えに行く。

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家出少年と小麦色と私

 ハリーが家出をした次の日の朝。

 私は朝早くからカウンターに立って宿泊客向けの軽食を用意していた。

 店内を見回すと、ボサボサ頭の中年魔法使いが日刊予言者新聞を読みながら紅茶を啜っているのが見える。

 また、反対側の机では買い出しのために田舎からやってきた魔女が、念入りに買うもののリストをチェックしていた。

 また、私の横では、私と同じくパブで働いている魔女のデイジーがフライパンを振っている。

 デイジーの仕事は主に宿泊客に対する仕事が多いようで、客室の清掃やリネンの交換、洗濯、宿泊客向けの料理などはデイジーが担当していた。

 

「サクヤちゃん今日は早いわねぇ。もう少し寝ててもいいのよ?」

 

 デイジーはそう言って私に微笑みかける。

 確かに、私はいつももう少し遅い時間に起きて、朝のこの時間はカウンターには立たないことが多い。

 だが今日は特別なのだ。

 

「ハリーを驚かせたくて」

 

「あらあら、いいわねぇ」

 

 そう、ハリーはまだ私の存在に気がついていない。

 朝食を取りに起きてきたら、いきなり声を掛けて驚かせてやろうという算段だ。

 そんな話をしていると、ハリーがキョロキョロと店内を見回しながら階段を下りてくるのが見える。

 私は咄嗟にしゃがみカウンターの陰に隠れた。

 

「やあ坊ちゃん。朝ごはんかい?」

 

 デイジーがどうしていいかわからない様子のハリーに声を掛ける。

 

「あの、えっと……はい」

 

「じゃあ、空いてるテーブルに座っていて頂戴な」

 

 ハリーはデイジーにそう言われて店の隅の方のテーブルに座る。

 私はハリーが窓の外を見ていることを確認すると、急いで朝食のプレートを用意し、紅茶と一緒に盆に載せてハリーの元まで運ぶ。

 そしてハリーの死角からそっと朝食のプレートをテーブルに置いた。

 

「お待たせ致しました」

 

「あ、ありがとうございま──」

 

 ハリーは慌ててこちらに振り向くと、私の顔を見て固まってしまう。

 私は笑いを堪えきれずその場でクスクスと笑い出した。

 

「サクヤ? どうしてここにいるの?」

 

「うふふふふ、実は一週間前からここに住み込みで働いてるの。ハリーの隣の部屋よ」

 

 私はティーカップに紅茶を注ぎ、ハリーの前に差し出す。

 ハリーはポカンと口を開けて固まっており、朝食どころではないようだった。

 

「聞いたわよ? 叔母さんを風船にしちゃったんですって?」

 

「うん、ちょっとキレちゃって」

 

「あら怖い。私にキレても膨らませるのは胸だけにしてよ?」

 

「そ、そんな! しないよ!」

 

 ハリーは顔を真っ赤にして手をブンブンと振る。

 私はケタケタと笑うと改めてハリーに言った。

 

「ま、というわけで私も夏休みの間はここにいるわ。店の手伝いとかもあるけど自由時間がないわけじゃないから、また一緒に買い物にでも行きましょう?」

 

「うん、そうだね。サクヤがいれば心強いよ。ロンもハーマイオニーも家族旅行に行ってるみたいだし」

 

 私はハリーの顔をじっと観察する。

 ハリーの顔に同情や憐れみの色はない。

 きっと、私の暮らしていた孤児院がブラックに襲われたことを知らないのだろう。

 そういえば、結局ロンやハーマイオニーにも私が無事であるという手紙は送っていない。

 いや、正確には手紙は送った。

 ただ手紙の内容は旅行先での彼らの近況を聞くものであり、私のことは一切書かなかったのだ。

 本来ならば伝えた方がいいのだろう。

 だが、腫れ物を扱うような接し方はされたくない。

 

「まあともかく、昼前に買い出しに出かけるんだけど、一緒に来ない? どうせ暇でしょ?」

 

「うん」

 

「じゃあ、時間になったら部屋に呼びに行くわ。朝食、冷めないうちに食べちゃいなさいよー」

 

 私は手をひらひらと振ってカウンターへと戻る。

 デイジーはハリーに見えない位置で私に対し親指を立てていた。

 

「いい雰囲気じゃない。付き合ってどれぐらいなの?」

 

「あ、いやそういう関係では……でも学校では一番仲のいい友達の一人です」

 

 ハリーに対し恋愛感情を抱いたことはない。

 だが、特別な存在ではないと言えば嘘になる。

 

「いや、どちらかと言えば……手間の掛かる弟?」

 

「あらあら。でも、そのうち異性として意識する日が来るかもね」

 

「はは、まさか。私結婚するならイケメンで金持ちな優男って決めてるんです」

 

「貴方一生独り身かも」

 

 まあ、それもある意味ありだろう。

 いい相手が見つからないのなら、無理して結婚することもない。

 私はカウンター越しに朝食を食べているハリーを眺める。

 将来的にどうなるかはわからないが、今の関係は仲のいい男友達で十分だ。

 

 

 

 

 

 ハリーが漏れ鍋に来てからは、一緒にダイアゴン横丁へ買い出しに行くことが多くなった。

 私だけでも結構オマケしてもらえるが、やはりハリーのネームバリューは半端ない。

 ハリーが横にいるだけで買う予定の無いものまで勝手に押しつけられてしまう。

 また、私もだいぶ名前が売れてきたのか、私目当てに店に来る客も多くなった。

 そうしているうちにもあっという間に時間は過ぎていき、夏休みも残すところ一日となった。

 私はいつも通りの時間に起きると、軽く身支度を済ませてパブへと下りる。

 パブの開店時間から働いているデイジーに朝の挨拶をし、料理の手伝いを始めた。

 

「明日からホグワーツよね? 準備は大丈夫?」

 

 デイジーは軽快にフライパンを振るいながら私に聞く。

 

「はい。買うものも買いましたし、宿題は七月中には終わっていたので」

 

 実際のところこの身一つでホグワーツに行ったとしてもなんとかなるだろう。

 それに私の場合何でもかんでも鞄に仕舞う癖がついてしまったので忘れ物という概念がそもそも存在しなかった。

 

「……そう。寂しくなるわね」

 

「私はこの店の売り上げが心配ですけどね。まあでも立地がいいので大丈夫だとは思いますが」

 

 シリウス・ブラックがどこにいるかわからない今の情勢を思えば、この一ヶ月漏れ鍋は異常なほど客が入っていた。

 一概に全部が全部そうとは言えないが、私目当てで店に足を運ぶ者が一定数いるのは確かだ。

 

「サクヤ、来年はどうするの? 孤児院は……その、あんな状況だし、もしよかったら来年もここで働いてもいいのよ? トムも反対しないと思うわ」

 

「うーん……」

 

 別に、その誘いを受けるのはやぶさかでは無い。

 頼るものが何もない今、来年の寝床の保証ができるのは大きい。

 だが、確定させてしまうには早すぎるような気もした。

 

「他に頼るところがなければ……来年の夏の予定も決まってませんし……」

 

「……そう、よね」

 

「でも、ありがとうございます。そう言ってもらえるだけでどんなに助かるか……」

 

 実際のところ、襲われた孤児院に私が暮らしていたことを知っている人間は少ない。

 マグルの新聞はもちろんのこと、魔法界の新聞やメディアにも孤児院の名前はおろか、あの孤児院に生き残りがいることすら報道されなかった。

 その理由は単純で、私の身に危険が及ばないようにするためだ。

 孤児院に生き残りがいることがわかれば、私がブラックに狙われるかもしれない。

 それを恐れた魔法省が報道規制をかけているのだろう。

 まあ、私としては生き残りがいることを実名報道してもらっても全然構わないのだが。

 シリウス・ブラックが私を殺しにくるなら好都合だ。

 殺される前に返り討ちにしてやる。

 何にしても、そのような理由もあり私が孤児院の生き残りであることを知っている人間は少ない。

 バーの店主であるトムとデイジー、ホグワーツの教師、それに魔法省の役人ぐらいだろう。

 私がそんなことを考えていると、見覚えのある少女が大荷物を引きずりながらロンドンのほうの入り口から店内に入ってくる。

 少女はキョロキョロと周囲を見回すと、カウンターの方に駆け寄ってきた。

 

「サクヤ! 久しぶり! 本当に漏れ鍋で働いているのね」

 

 店に入ってきたのはハーマイオニーだった。

 ハーマイオニーはこんがり日焼けしており、この夏を相当楽しんでいたのを窺える。

 

「久しぶり、ハーマイオニー。そんな大荷物抱えてどうしたの? 貴方も家出?」

 

「もう、ハリーと一緒にしないで。私今日はここに泊まることにしたの。ロンも家族全員で泊まるらしいわよ。明日はみんな一緒にキングス・クロスに行けるわ」

 

 なるほど、そのままホグワーツへ向かうために荷物を全部持ってきたのか。

 私はカウンターの下から簿冊を取り出すと、空き部屋を確認する。

 

「えっと、空き部屋空き部屋……ないわね」

 

 そういえば、昨日魔法省の役人が空いている部屋を片っ端から予約したんだった。

 そもそも漏れ鍋には宿として泊まれる部屋はそう多くない。

 私が一部屋、ハリーが一部屋使っているため、残りの部屋は片手で数えられる程度だ。

 

「え? 部屋、ない……の?」

 

「残念だったわねー。今日は店の前で野宿して頂戴」

 

 ハーマイオニーはショックを受けたようにその場で固まってしまう。きっとここまで荷物を運んでくるのにも沢山の苦労があったのだろう。

 私はそんなハーマイオニーを見てひとしきり笑うと、涙を拭いながら言った。

 

「冗談よ。部屋は一杯だけど私の部屋に泊まればいいわ」

 

 それに、今埋まってる部屋もウィーズリー家が泊まるために抑えてあるに違いない。

 私はカウンターから出ると、ハーマイオニーの荷物を部屋に運ぶのを手伝った。

 

 私の部屋に荷物を運び込んでいると、隣の部屋からハリーが眠たそうに目を擦りながら出てくる。

 この様子だと今さっき目が覚めたばかりのようだ。

 

「おはようサクヤ……相変わらず朝早いね」

 

「貴方が遅いだけ。そんな様子じゃ学校が始まってから苦労するわよ?」

 

 私はハリーのパジャマの胸ポケットに入っている眼鏡を引っこ抜くと、ハリーの顔に掛ける。

 ハリーは何度か目をパチクリさせた後、ようやくハーマイオニーの存在を認識した。

 

「ハーマイオニー! 久しぶり!」

 

「ええ、久しぶり。叔母さんを膨らませて家出したって聞いてたから心配してたんだけど……その様子じゃ自堕落な夏休みを過ごしたようね」

 

 ハリーはそう言われて恥ずかしそうに頭を掻く。

 

「まあ、何にしてもハリーは朝ごはんを食べてきた方がいいわ。デイジーさんが首を長くして待ってるわよ。ハーマイオニーはもう朝ごはんは食べた?」

 

「家を出る前に軽く食べてはきたけど、何か貰いたいわ」

 

「じゃあパブのほうに下りましょうか」

 

 私はハーマイオニーとハリーを引き連れてパブに続く階段を下る。

 私たちがパブに戻ると、見慣れた面々がテーブルの一つを占拠していた。

 

「っと、私たちが最後のようだ」

 

 カウンターでデイジーと話していたアーサーが私たちを見て呟く。

 どうやら荷物を運び込んでいる間にウィーズリー一家が漏れ鍋に到着したようだ。

 

「ハリー! ハーマイオニー! サクヤ!」

 

 ロンが跳ねるように椅子から立ち上がってこちらに駆け寄ってくる。

 

「聞いたぜハリー。叔母さんを膨らませちゃったんだって?」

 

 ロンは楽しそうに笑いながらハリーの肩を叩く。

 

「うん、退学になるかと思ったけど、お咎め無しだったよ」

 

「いい気にならないの。本当だったら退学だったんだから」

 

 ハーマイオニーは大きなため息をつく。

 

「そういえば、ロンはエジプトに行ってたんだったかしら」

 

 私がロンに聞くと、ロンは楽しそうに話し始める。

 

「うん。パパが当てた懸賞のお金を使って。まあ旅行で殆ど無くなっちゃったんだけど、新しい杖は買ってもらえる予定だよ」

 

 ロンはそう言ってテープでぐるぐる巻きの杖を取り出した。

 

「それ、まだ買い直してなかったのね。買い直せって言ったのに」

 

「あー、うん。でも、こいつとも今日でおさらばだ。去年はこいつのせいで散々だったからなぁ」

 

 確かに宿題の羊皮紙を燃やしたり授業中に変な煙を出したりと、折れた杖に相当苦労させられていた記憶がある。

 私は小さく肩を竦めると、カウンターにいるアーサーに話しかけた。

 

「お久しぶりです。今晩は泊まっていかれるんですよね?」

 

「ああ、その予定だよ。……なるほど。本当にここで働いているんだね」

 

 アーサーは私の着ている制服を見て頷く。

 私はその場でクルリと回ってみせた。

 

「似合ってます?」

 

「ああ、凄くしっかりして見えるよ。とてもロンと同い年には見えないな」

 

 私はアーサーの顔をじっと観察する。

 表面上は上手く隠しているが、アーサーの目の奥には同情の色があった。

 きっとアーサー、それに妻のモリーは私が暮らしていた孤児院が襲われたことを知っているのだろう。

 

「そういえば、部屋割りはどうします? 確か四部屋予約されてましたよね?」

 

「ああ、丁度彼女とそのことについて相談していたところだ」

 

 アーサーはデイジーから部屋の鍵を貰うと、子供たちに声をかけて荷物を部屋に運び入れ始める。

 私はハリーとハーマイオニーの朝食を準備するためにカウンターへと立ったが、すぐさまデイジーに追い出されてしまった。

 

「サクヤは明日から学校でしょう? それに友達も来てるんだし、今日ぐらいはゆっくりするべきよ」

 

 私は渋々ハリーたちと同じテーブルに座る。

 まあでも、そういうことならお言葉に甘えて今日はゆっくりしよう。

 

「そういえば、ハリーとサクヤはもう次の学年に必要なものは買い揃えた? 魔法薬の材料の補充だったり新しい教科書だったり」

 

 ハーマイオニーはホグワーツから届いた手紙を机の上に広げる。

 そこには三年生の授業で必要な教科書が記載されていた。

 

「あら? ハーマイオニーの教科書のリスト、私の倍近くあるわね」

 

 私も鞄の中からホグワーツから届いた手紙を引っ張り出し確認する。

 やはり私のリストはハーマイオニーのに比べると半分ほどしかない。

 

「多分、選択した授業が違うからだと思うわ」

 

「そういえば、三年生からは選択科目があるんだっけ。秘密の部屋のゴタゴタで適当に決めたからすっかり忘れてたわ」

 

 ホグワーツでは三年生になると、変身術、呪文学、魔法史、薬草学、天文学、魔法薬学、闇の魔術に対する防衛術の七科目に加えて、占い学、マグル学、魔法生物飼育学、数占い学、古代ルーン文字学の五科目が選択可能になる。

 

「そういえば、サクヤは何を選択したの?」

 

「えっと、占いと魔法生物よ」

 

 ハーマイオニーの質問に私はそう答える。

 

「ハリーとロンに合わせたわ。正直選択科目はどれも実用性に欠けそうだし。基本の七科目をしっかり押さえていれば十分よ。そういうハーマイオニーは? このリストを見る限り、相当な数の授業を取ってるみたいだけど」

 

「勿論、全部選択したわ」

 

 ああ、なるほど。

 実にハーマイオニーらしい。

 

「貴方のそういう知識にがめついところ好きよ、私」

 

「褒められてる気がしないわね」

 

 でも実際のところ、全部の教科を受講することは可能なのだろうか。

 たとえ上手く時間割を調整したとしても、課題や試験勉強をこなす時間があるとは思えない。

 それこそ、時間でも止めない限り限度があるだろう。

 そんな話をしていると、デイジーが大皿にサンドイッチを盛り付けて持ってきてくれる。

 私たちはそれをつまみながら、この後のことを話し合った。




設定や用語解説

結婚するならイケメンで金持ちな優男
 リドル憑依のロックハートがドンピシャでしたが、自分で殺してしまいました。

選択授業
 ホグワーツでは三年生から占い学、マグル学、魔法生物飼育学、数占い、古代ルーン文字が選択できるようになる。一番就活向きなのは実はマグル学。一番実用性がないのは占い学。

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猫と給料と私

 漏れ鍋で朝食を取り終わった私たちは、ダイアゴン横丁に新学期に必要な物の買い出しに来ていた。

 といっても私とハリーは既に必要なものを揃えているため、ロンとハーマイオニーの付き添いという形だが。

 私たちはオリバンダーの店でロンの杖を買った後、本屋、文房具屋、魔法薬の材料屋を回り、必要な物のリストを順番に埋めていく。

 リストが埋まる頃には、ハーマイオニーの両手は沢山の教科書と羊皮紙で一杯になっていた。

 

「ねえサクヤ、その素敵な鞄にちょっとでいいから私の荷物を入れさせてくれない?」

 

 ハーマイオニーは両手をプルプルさせながら私に聞いてくる。

 

「別にいいけど……ホグワーツに行く時はもっと荷物が増えるわけでしょ? 今のうちに慣れておいた方がいいと思うわよ?」

 

「意地悪言わないで……それに、この後ペットショップに行こうと思ってるの。私誕生日が九月だから両親がひと足早く自分でプレゼントを買いなさいってお小遣いをくれて──」

 

 私は限界が近そうなハーマイオニーの荷物を笑いながら受け取ると、本がパンパンに詰まった重たい袋を鞄の中に放り込む。

 ハーマイオニーはその様子を見ながらボソリと呟いた。

 

「どうしよう。ペットじゃなくて鞄を買おうかしら」

 

「貴方なら少し勉強すれば自分で作れそうだけどね。ほら、ペットショップに行くんでしょ? ハリーとロンもついてくる?」

 

 私が二人に行くと、ロンがポケットからペットのネズミを取り出した。

 

「うん。どうもエジプトに行ってからスキャバーズの体調が悪いんだ。多分エジプトの水が合わなかったんだと思う」

 

 確かにスキャバーズはロンの手の中で縮こまっている。

 病気かどうかはわからないが、調子がおかしいのは確かだろう。

 

「それじゃあ、みんなで向かいましょうか」

 

 私たちはアイスクリーム屋の向かいにある魔法動物ペットショップに入る。

 店の中には所狭しとケージが並べられており、ペット達の鳴き声が響き渡っていた。

 

「僕はスキャバーズを見てもらいに行ってくるよ」

 

「僕もついていく。ハーマイオニーたちはペットを選んでて」

 

 ロンとハリーはそう言うとカウンターの方に歩いていく。

 私はハーマイオニーと一緒にペットを探すことにした。

 

「ハーマイオニーはどんなペットが欲しいの?」

 

「フクロウが欲しいわ。ハリーにはヘドウィグがいるし、ロンにはエロールがいるでしょ?」

 

「エロールはどちらかというとウィーズリー家で飼われているフクロウだけどね」

 

 まあでも、ホグワーツに持ち込めるペットの中ではフクロウが一番間違いないとは思う。

 賢く、自立性があり、何より実用的だ。

 私はハーマイオニーと一緒にフクロウのケージを順番に覗いていく。

 ハーマイオニーはどのフクロウにしようか相当悩んでいるようだったが、あるケージの前でピタリと立ち止まった。

 

「ん? いい感じのいた?」

 

 私もハーマイオニーの横からケージの中を覗き込む。

 だが、そこにいたのはフクロウではなく大きなオレンジ色の猫だった。

 ケージの中からじっとこちらを伺う猫は顔がペタンと潰れており、お世辞にも可愛いとはいえない。

 だが、どこか人を惹きつける魅力があるように感じた。

 

「ハーマイオニー、猫を買うなら子猫の方がいいんじゃない?」

 

 私は隣の子猫が入っているケージを指さす。

 ハーマイオニーはチラリと子猫を見たが、すぐにオレンジの大きな猫に視線を戻した。

 

「あら、その子がお気に入り?」

 

 ハーマイオニーが食い入るように猫のケージを眺めていると、カウンターにいた店員とは違う魔女が私たちに話しかけてくる。

 

「その子はなかなか買い手がつかなくてねぇ。賢くていい子なんだけど、何でかしら」

 

 まあ、猫を買うなら子猫の方がいいし、子猫を買うなら可愛い方がいい。

 誰も好き好んで大人のブサイクな猫は買わないだろう。

 

「サクヤ、決めたわ。この子にする」

 

 ハーマイオニーはじっとケージを見ながら言った。

 

「いいの? フクロウを買いに来たんでしょ?」

 

「いいの。店員さん。この猫ください。それと猫用の生活用品とかも」

 

「まいどあり! それじゃあ、この子の餌皿や寝床を揃えた方がいいわね。こっちにいらっしゃい」

 

 ハーマイオニーは店員に連れられて店の奥へと消えていく。

 私はため息をつくとケージの中にいる猫に話しかけた。

 

「まあ、よかったわね。買い手が見つかって」

 

「ナーン」

 

「ハーマイオニーは真面目でいい子よ。きっと大切にしてくれると思うわ」

 

「ナーゴ」

 

「でもメンタルが弱いところがあるから貴方が支えてくれると嬉しいわ」

 

「ニャゴ」

 

 まさかこの猫、人の言葉がわかるのか?

 店員が賢い猫だと言っていたが、あながち間違いでもないのかもしれない。

 

 しばらく猫に話しかけていると、ハーマイオニーが腕いっぱいに猫の飼育用品を抱えて帰ってきた。

 

「サクヤ……これ……」

 

「あー、はいはい」

 

 私は鞄を開けると、ハーマイオニーが抱えている荷物を一つ一つ手に取り鞄の中に詰めていく。

 私が最後の荷物を鞄に詰め終わると、ハーマイオニーは満足げにケージから猫を抱き上げた。

 

「この子、もう名前はついてるんですか?」

 

「ええ、クルックシャンクスという名前ですよ」

 

「ナーゴ」

 

 ハーマイオニーの質問に、店員と猫が答える。

 

「クルックシャンクス。今日から私が貴方のご主人様よ」

 

「ナーン」

 

 クルックシャンクスはハーマイオニーの腕の中でゴロゴロと喉を鳴らしている。

 まあ、本人が気に入っているならこれ以上言うことはない。

 私はハーマイオニーの方がいち段落したと判断し、店の外に出た。

 

 店の外には既に用事を済ませたのであろうハリーとロンがスキャバーズに魔法薬を飲ませていた。

 スキャバーズは相変わらず縮こまっており、元気があるようには見えない。

 

「スキャバーズは大丈夫そう?」

 

「病気ではないみたいだけど、もしかしたらもう寿命かもって。こいつ結構おじいちゃんだからなぁ」

 

 まあ、スキャバーズはロンが一年生の時に兄のパーシーから譲り受けたペットだ。

 単純に考えて三年以上は生きていることになる。

 

「魔法界のネズミって長生きなのね」

 

 私はスキャバーズの頭をそっと撫でる。

 その瞬間、店の入り口の方からオレンジ色の何かが高速で私の腕目掛けて突っ込んでくるのが見えた。

 私は咄嗟にスキャバーズの首根っこを掴むと、自分の方に引き寄せる。

 突っ込んできたオレンジ色の何かはそのまま空振りし、石畳の上に着地した。

 

「クルックシャンクス! ダメよ!」

 

 オレンジ色の正体は案の定クルックシャンクスだった。

 先程までは大人しそうにしていたが、今は獲物を狙う狩人の目で私が摘んでいるスキャバーズを睨んでいる。

 私はスキャバーズをパブの制服の胸ポケットに滑り込ませながら慌てて店を出てきたハーマイオニーに言った。

 

「ハーマイオニー、早速猫が逃げてるわよ」

 

 ハーマイオニーは急いでこちらに駆け寄ると、今にも私の胸目掛けて飛びかかろうとしているクルックシャンクスを後ろから抱き上げる。

 クルックシャンクスはハーマイオニーの腕の中で少し暴れたが、やがて諦めたかのように大人しくなった。

 

「まあ、そうなるわよね。むしろ今までよくハリーのヘドウィグに襲われなかったわね」

 

 猫はネズミを獲る生き物だ。

 賢い飼い猫とはいえ本能には逆らえないのだろう。

 そう思えば、主食のネズミであるスキャバーズを一度も襲おうとしなかったヘドウィグの自制心は相当なものだ。

 私は胸ポケットの中で丸くなっているスキャバーズを服の上から軽く撫でた。

 

「ハーマイオニー……もしかしてそれ、君のペットかい?」

 

 ロンはハーマイオニーが抱いているクルックシャンクスをまるで怪物でも見るような目で見ている。

 

「ええそうよ。クルックシャンクスっていうの。可愛いでしょ?」

 

「まあ、うん。スキャバーズを殺そうとしないのなら、可愛いかもしれないけど……今、明らかに狙ってたよな?」

 

 ロンにそう言われて、ハーマイオニーはバツの悪そうな顔をする。

 そして助けを求めるようにこちらに視線を飛ばしてくるが、助け舟の出しようが無いぐらいには明らかにクルックシャンクスはスキャバーズを狙っていた。

 

「しょうがないでしょう? この子は猫なんだし……それに、ホグワーツに着いたら男子寮女子寮に分かれるんだし問題ないわ」

 

「そういう問題じゃ……」

 

 ロンは文句ありげな表情で口を開きかけたが、大きなため息をついて私の方に近づいてくる。

 

「サクヤ、ありがとう。多分サクヤがスキャバーズを避難させなかったら今頃僕のペットは猫のフンになってたよ」

 

「クルックシャンクスには私からもキツく言っておくから、ハーマイオニーと喧嘩するんじゃないわよ? こっちが居心地悪くなるんだから」

 

 私はため息交じりにそう言うと、胸ポケットからスキャバーズを引っ張り出してロンに渡す。

 ロンは私と離れるのが名残惜しそうな様子のスキャバーズを無理矢理ローブのポケットに仕舞った。

 

「何にしても、その猫を僕の部屋に近づけないようにしてくれよ? 別に意地悪言ってるわけじゃない。本当にスキャバーズが餌にされかねないから言ってるんだ」

 

「わかってるわよ。わかってるわよねー?」

 

 ハーマイオニーはそう言ってクルックシャンクスに話しかける。

 クルックシャンクスはハーマイオニーに抱え上げられながら返事をするように鳴いた。

 

 

 

 

 

 漏れ鍋で過ごす最後の夜はとても楽しいものになった。

 店主のトムが店のテーブルをいくつか繋げてくれて、さながら小さなパーティー会場のようにしてくれたのだ。

 そこで振る舞われた料理もかなり気合が入ったもので、私たちは明日から始まる新学期の話題に花を咲かせる。

 デザートのチョコレートケーキを平らげる頃には、みなすっかり満腹になっていた。

 

「そういやパパ、明日はどうやって駅まで行くの?」

 

 フレッドがチョコレートがべっとりついた口を拭きながらアーサーに聞く。

 

「魔法省が車を二台用意してくれる」

 

「魔法省が車を?」

 

 あまり予想していなかった答えに、パーシーが訝しげに聞き返す。

 

「そりゃパース、君のためさ」

 

 アーサーが口を開く前にジョージが真剣な表情で言った。

 

「車の前に『HB』って旗をつけなきゃな。もちろん、主席じゃなくて石頭って意味だけど」

 

 ジョージの冗談にテーブルが笑いに包まれる。

 パーシーは少し顔を顰めながらも再度アーサーに聞いた。

 

「それで、どうして魔法省が車を?」

 

「そりゃ、うちの車は野生に帰ってしまったし……まあ、魔法省のご厚意だよ」

 

「あら、職権濫用ね」

 

 私がそう言うと、アーサーがいやいやと手を振りながら曖昧に笑った。

 

「まあ私が魔法省勤務なのが一ミリぽっちも関係ないかと言われれば、否定はできないが……実際大助かりだ。ただでさえ人数が多くて目立つのに、その殆どがカート一杯の荷物を抱えてるとなったらね」

 

「みんな、荷造りは済んだんでしょうね?」

 

 モリーが子供たちを見回しながら聞く。

 そういえば、まだローブや洋服が部屋のクローゼットに掛けっぱなしだ。

 これが終わったら鞄の中に放り込まなければ。

 

 楽しい夕食も終わり皆満腹になるとそれぞれの部屋へと戻っていった。

 私は簡単に夕食の後片付けを手伝うと、荷造りを仕上げてしまうために二階に上がろうとする。

 

「サクヤ、ちょっと待ってくれ」

 

 だが、階段の手すりに手をかけたところで店主のトムに呼び止められた。

 

「そういえば、まだ働いて貰った分の給料を渡していなかったと思ってな」

 

 トムはそう言うと、カウンターの下からリンゴと同じぐらいの大きさのパンパンに膨らんだ袋を取り出す。

 

「ここ一ヶ月、サクヤのおかげで随分繁盛したよ。これは君の頑張りの結晶だ」

 

 トムはその重たそうな袋をカウンターに載せる。

 一体いくら入っているのだろうか。

 少なくともガリオン金貨の大きさで二百枚以上は入っていそうに見えた。

 

「えっと……子供のお小遣いの範疇を超えてません?」

 

 私は恐る恐る袋を少し持ち上げ、そのままカウンターに下ろす。

 袋はズッシリとした重さがあり、これだけで人を殴り殺せそうだと感じた。

 

「そりゃサクヤが子供の手伝い程度の働きしかしなかったんだったらそうだろう。だがサクヤは大人の魔法使い以上にしっかり働いた。これが適正金額だ」

 

 トムは袋を私に押し付ける。

 

「それに……これから何かと必要になってくるだろう。お前さんを見てるとそう感じるぜ」

 

「……そうですね。ありがとうございます」

 

 私は重たい袋をしっかり掴むと、自分の方に引き寄せた。

 私が、初めて自分で稼いだお金だ。

 施されたわけでもなく、奪い盗ったわけでもない。

 

「そして、ありがとうございました」

 

「ああ、せいぜい勉学に励めよ」

 

 私は深々とトムに頭を下げると、袋を持って二階に上がる。

 そして借りている部屋に飛び込むと、部屋の中にハーマイオニーがいないことを確認し、時間を止めた。

 

「うへ、うへへへへ」

 

 私はベッドの上で貰ったばかりの袋をひっくり返す。

 袋の中身は全て金色に光り輝くガリオン金貨だった。

 

「一体何枚あるのかしら。もう何でも買えちゃうわ」

 

 私は一枚ずつ数を数えながらガリオン金貨を袋の中に戻していく。

 

「百九十八……百九十九……二百。と言うことは、満金のマーリン基金と同じだけの金貨がここにあるってことね」

 

 基本的にホグワーツ滞在中は殆どお金を使うことはない。

 お金を使う機会があるとすればホグズミードに遊びに行く時ぐらいだろう。

 

「でも、それもマーリン基金の金貨を使えばいいし、この二百ガリオンは全額貯金しちゃっても大丈夫そうね」

 

 私はガリオン金貨の入った袋を鞄の中に入れると、時間停止を解除する。

 そして、大きく深呼吸を二回して心を落ち着かせてから、荷造りを始めた。




設定や用語解説

スキャバーズ
 ロンのペットのネズミ。長年ウィーズリー家で飼われている。

クルックシャンクス
 ハーマイオニーのペットになった猫。半分ニーズルの血が入っている。

お給料二百ガリオン
 結構な金額だが、一か月の給料としては常識の範囲内。


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バッジと許可証と私

 ホグワーツに行くための荷造りも終わり、寝る支度をするために私は借りている部屋を出る。

 その瞬間、ロンとパーシーが泊まっている部屋から怒鳴り声が聞こえてきた。

 

「確かにここに置いたのに! 磨くためにここに置いたんだ!」

 

「僕は触ってないぞ」

 

 私は小さく肩を竦めると、半開きになっている扉から怒鳴り声のした部屋の中に入る。

 ハリーも騒ぎを聞きつけたのか、私の後に続くように部屋に入ってきた。

 

「どうしたの?」

 

「僕の首席バッジがないんだ! おいロン! どこに持ってった?」

 

「だから僕じゃないって! 頼まれても触りゃしないよ。それに、スキャバーズ用の栄養ドリンクもないんだ。パブに忘れたのかも。ちょっと取りに行ってくる」

 

 ロンが部屋を出ようとすると、パーシーがロンの腕をがっしりと掴む。

 

「バッジが見つかるまでどこにも行かせないぞ!」

 

「勘弁してくれよ……どうせその辺に落ちてるだろ。ベッドの下は探した?」

 

 ロンはそう言って部屋の床に這いつくばり始める。

 

「まあ、そう言うことなら栄養ドリンクの方は私が持ってきてあげるわ。どうせ暇だし」

 

「僕も一緒に行くよ。荷造りは終わってるから」

 

 私が部屋を出ようとすると、ハリーがそれに乗っかるように言う。

 

「ごめん。多分僕が座っていた椅子の近くだと思う」

 

「わかった。ちょっと待ってて」

 

 私とハリーは部屋を出るとそのまま階段を下りて暗くなった廊下を進む。

 その途中でアーサーとモリーが怒鳴り合っている声がパブの中から聞こえてきた。

 

「何か言い争いをしてるみたい」

 

 ハリーが気まずそうに言った。

 まあ、友達の親の口喧嘩なんて聞きたくはない。

 ここは一度退散して時間を改めた方がいいだろう。

 私たちはパブに入ることなく来た道を引き返そうとした。

 

「ハリーに教えないなんて馬鹿なことがあるか」

 

 だがその瞬間、興味深い話が聞こえてきて私たちは足を止める。

 私はハリーと顔を見合わせると、パブの入り口にべったりと張り付いた。

 

「ハリーには知る権利がある。あの子はもう十三歳だ」

 

「アーサー、まだ十三歳です。伝えても、怖がらせるだけです」

 

 どうやらハリーについて揉めているようだ。

 

「モリー、知っていれば警戒できるが、知らなければ警戒することすらできない。それに、あんなことがあった後だ。『夜の騎士バス』があの子を拾っていなかったら、あの夜ハリーは死んでいただろう」

 

「でも、ハリーは死んでいないわ。わざわざ伝えなくても……」

 

「モリー、ブラックは狂人だ。それに脱獄不可能と言われていたアズカバンから脱獄した挙句、この三週間足取りすら掴めていない。私たちはあの孤児院での事件があったから、ブラックがロンドンにいるとわかったんだ。あまりこう言うことを言いたくはないが……奴を捕まえられる見込みはあまりにも薄い」

 

「でも、ホグワーツにいれば絶対安全ですわ」

 

「同じことを我々も思っていたよ。アズカバンに収監されている限り絶対大丈夫だとね。だが、結果はどうだ? 絶対なんてない。ブラックがアズカバンを脱獄できるなら、きっとホグワーツにだって侵入できる」

 

「でも、ブラックがハリーを狙っていると決まったわけじゃ──」

 

 ドン、と何かを叩く音がモリーの言葉を遮る。

 きっとアーサーが机を叩いたんだろう。

 

「モリー、奴はハリーを狙っている。それは間違いない。ブラックはハリーを殺せば『例のあの人』の権力が戻ると思っているんだ。それに、実際にブラックは行動を起こしている」

 

「じゃあ、あの孤児院は……」

 

「ああ。奴は家族のいないハリーが暮らしている可能性が一番高い場所を襲った。ブラックはあの孤児院にハリーがいると考えたに違いない。だが、孤児院にハリーはいなかった。怒り狂ったブラックは孤児院の人間を皆殺しに……」

 

 アーサーとモリーの間に沈黙が流れる。

 

「可哀想に……でも、本当に強い子だわ。あんなに気丈に振る舞って。何も無かったかのように笑ってるけど、辛くないはずないわ」

 

 モリーの啜り泣く声がこちらにまで聞こえてくる。

 やはり、ウィーズリー夫妻は私の身の回りに起きた事件を知っている。

 これ以上私の話題になれば、私の名前が出てきてしまうかもしれない。

 私は入り口の陰で焦るハリーを尻目にパブの中に足を踏み入れる。

 アーサーとモリーはすぐに私が入ってきたことに気づき、慌てて表情を取り繕う。

 だが、モリーの目は真っ赤になっていたし、アーサーは私と目を合わせようとはしなかった。

 

「スキャバーズの栄養ドリンクを取りに来たんですけど……お邪魔でした?」

 

「いや、そんなことは……っと、栄養ドリンクだったね。えっと、ロンのやつどこに落としたんだか」

 

 アーサーは机の下に頭を突っ込み、栄養ドリンクを探し始める。

 

「っと、あったあった」

 

 どうやらロンはただ置き忘れていただけのようで、スキャバーズの栄養ドリンクは椅子の下に置かれていた。

 

「息子のためにすまないね。これからも仲良くしてやってほしい」

 

 私はアーサーから栄養ドリンクの小瓶を受け取る。

 私はその小瓶をポケットの中に滑り込ませた。

 

「それじゃあ、私はこれで。明日は駅までよろしくお願いします」

 

 私は小さく頭を下げ、パブから出る。

 そして入り口の横にいたハリーの手を引いて真っ直ぐ二階へと戻り、そのままハリーの部屋に入った。

 

「……シリウス・ブラックは僕を殺そうとしている。そういうことだよね?」

 

 しばらく沈黙が続いた後、ハリーが確認するように私に聞く。

 

「まあ、あの話を聞く限りはそうでしょうね」

 

「色々合点がいったよ。ファッジ大臣が僕にマグルの街を出歩くなと言ったことや、明日魔法省が車を出してくれることも含めて。シリウス・ブラックが僕を狙っているからだったんだ」

 

 確かに、シリウス・ブラックがハリーの命を狙っているとなったら一大事だ。

 ブラックはハリーを殺せばヴォルデモートの権力が戻ってくると信じているとアーサーは言っていたが、それはあながち間違いではない。

 もし生き残った男の子であるハリーがヴォルデモートの勢力のものに殺されたのだとしたら、闇の勢力のものは明らかに活気付く。

 それに、ヴォルデモートは滅んではいない。

 二年前、クィレルの後頭部に寄生していたヴォルデモートは復活するために賢者の石を手に入れようとしていた。

 そう、ヴォルデモートは復活するための準備を進めているのだ。

 ブラックがハリーを殺すことで、ヴォルデモートの復活が早まる可能性すらある。

 

「……知らない方が幸せだった?」

 

 私は深刻そうな表情のハリーに聞く。

 

「いや、そんなことない。自分の身の回りで何が起きているか、知ろうとしないのはただの現実逃避だ」

 

「まあ、そうよねぇ」

 

 そういう意味では私は現実逃避をしていたのかも知れない。

 孤児院の皆が殺されたことから目を背けて、漏れ鍋で忙しく仕事をすることで考える時間そのものを少なくしていた。

 先程の話の内容を聞くまで、私は何故孤児院が襲われたのか考えようともしていなかった。

 

「現実から逃げちゃダメよね。やっぱり」

 

 きっと学校が始まれば、ブラックはハリーを殺すためにホグワーツに侵入してくるだろう。

 その時が、ブラックの最後だ。

 

「何にしても、ロンとハーマイオニーにはこのことを話しておいた方がいいと思うわ」

 

「うん。僕もそう思う。明日時間がある時に話してみるよ」

 

「それじゃあ、おやすみ。ハリー」

 

 私はヒラヒラと手を振ると、ハリーの部屋を後にする。

 そして床板を引き剥がしかねない様子のパーシーを尻目にロンに栄養ドリンクを渡し、自分の部屋へと戻った。

 

「おかえり。何かあったの?」

 

 まだ荷造りの途中のハーマイオニーがトランクに新しく買った教科書を押し込みながら聞いてくる。

 私は下で聞いたアーサーとモリーの会話の一部始終をハーマイオニーに話して聞かせた。

 

「そういうことだったのね」

 

 ハーマイオニーは一度荷造りの手を止める。

 

「おかしいとは思ったのよ。魔法省が漏れ鍋から駅まで車を出すなんて。普通そんなことしないでしょ? でも、ハリーがブラックに狙われているなら納得だわ」

 

「ハーマイオニーはホグワーツなら安全だと思う?」

 

 私がそう聞くと、ハーマイオニーは首を横に振る。

 

「今まで毎年何かしらの事件が起こってるし、ホグワーツが絶対安全とは思えないわ。でも、ホグワーツよりも安全な場所があるとも思えない。結局ハリーは学校に行くしかないわ」

 

 それに関しては私もハーマイオニーと同意見だった。

 きっとホグワーツがイギリス魔法界で一番安全な場所だろう。

 ホグワーツ自体のセキュリティ性もそうだが、何よりダンブルドアのお膝元であるというところが大きい。

 

「実際、ロンドンの孤児院が一つ襲われてるし……そういえば、ブラックは手当たり次第に全部の孤児院を襲わなかったってことよね?」

 

「そうね。襲われた孤児院は一軒だけよ」

 

 ハーマイオニーの表情を見るに、襲われた孤児院が私のいた孤児院だとは夢にも思っていないのだろう。

 それはそうだ。

 孤児院なんてロンドンに沢山ある。

 

「でも、ブラックが孤児院を手当たり次第に襲わなくてよかったわ。もしそうだったら、サクヤも襲われていたかもしれないし……」

 

「ええ、そうね。襲われた孤児院が一軒だけで『良かった』わ」

 

 ズキリ、と胸の奥に得体の知れない痛みが走る。

 私はその痛みを無視して言葉を続けた。

 

「何にしても、ホグワーツ特急に乗るまでは一秒たりとも安心できないわね。きっと明日はアーサーさんがハリーにべったり付き添うんだと思うけど、私たちも警戒しておきましょう?」

 

「ええ、そうね。クルックシャンクスも怪しい人物がいたらすぐ報告するのよ?」

 

 ニャーンという鳴き声がベッドの下から聞こえてくる。

 動物の勘というのは人間を凌駕していることが多い。

 猫であるクルックシャンクスなら不審が近づいてきたときに察知できるかもしれない。

 

「何にしても今日はもう寝ましょうか。明日は比較的ゆっくりだけど、早く起きておくことに越したことはないわ」

 

「……そうね。そうするわ」

 

 私はハーマイオニーと一緒にベッドに潜り込む。

 シングルベッドに二人は少々狭苦しかったが、横にハーマイオニーの体温を感じていると次第に眠たくなり、やがて眠りに落ちていった。

 

 

 

 

 

 次の日、私たちは魔法省が用意した車に乗ってキングス・クロス駅に来ていた。

 私はハーマイオニーと一緒に九と四分の三番線へと続く壁をすり抜けると、ホグワーツ他のみんながホームに揃うのを待つ。

 そしてみんなが揃ったのを確認し、ホグワーツ特急に乗り込んだ。

 

「空いてるコンパートメントは……っと、ここが空いてるわね」

 

 ハーマイオニーはいくつかコンパートメントを覗き込み、そのうちの一つに入っていく。

 コンパートメントの中には、ホグワーツの生徒には見えない男性がボロボロのローブを毛布がわりにしてぐっすりと眠っていた。

 

「流石に生徒……じゃないよな?」

 

 ロンが訝しげに男性を見ながら呟く。

 

「まあ、十中八九新しい先生でしょうね。ほら、闇の魔術に対する防衛術の先生が空席でしょう?」

 

 私は荷物棚に載っている鞄を覗き見る。

 そこには剥がれかかった字で『R・J・ルーピン』と書かれていた。

 

「なるほど、ルーピン先生ってわけだ。でも、本当にちゃんと教えられるのかな?」

 

 確かにボロボロの服装ややつれた顔を見るに、前任のロックハートほどしっかりした魔法使いには見えない。

 いや、逆にいえばロックハートが優秀すぎたのだ。

 それこそ魔法界の征服を考えて、実行に移せるほどには。

 

「ロックハート先生と比べるのは可哀想よ。だってロックハート先生はダンブルドア校長と肩を並べられるほどの優秀な魔法使いだったんですもの」

 

 ハーマイオニーはそう言うと、少し悲しそうな表情になる。

 そういえば、ハーマイオニーはロックハートにお熱だったんだったか。

 ロックハートはすでに私に殺されてこの世には居ないが、きっと何倍にも美化されてハーマイオニーの心の中で生き続けるだろう。

 私がしみじみそんなことを考えている間に、話は今年から許可されるホグズミード行きの話題に移ったようだ。

 ロンは楽しそうにホグズミードの有名店の名前を挙げる。

 だが、楽しそうなロンやハーマイオニーとは裏腹に、ハリーの表情はどこか優れない。

 私が不思議に思っていると、ハリーはおずおずとその原因を話し始めた。

 

「実は、叔父さんが許可証にサインしてくれなかったんだ。ファッジ大臣にも頼んだんだけど、保護者じゃないとダメだって」

 

「許可されない? そりゃないぜハリー。きっと誰かが許可をくれるさ! ほら、えっと……マクゴナガルとか」

 

 ロンはそう言うが、このご時世だ。

 マクゴナガルがハリーを城から出そうとするとは思えない。

 ハリーも許可が下りることは絶望的であると理解しているのだろう。

 完全に諦めたような笑みを浮かべていた。

 

「でも、こう言ったらアレだけど、今年はそれで正解なのかも」

 

 ハーマイオニーは遠慮がちにハリーに言う。

 

「でも、いくらシリウス・ブラックがハリーを狙っているからって、真っ昼間のホグズミードに姿を現すかな?」

 

「ロン、ブラックは人混みのど真ん中で何人も殺してるのよ? それに、孤児院の事件だって女子供関係なく皆殺しにされてるわ。そんな凶悪な魔法使いがそれぐらいで尻込みするとは思えないわ」

 

 ハーマイオニーの言葉に、ロンは返す言葉が見つからないと言わんばかりに口をパクパクさせる。

 でもハーマイオニーの言うことがもっともだ。

 ハリーは可能な限り城から出ない方がいいのは確かだろう。

 

「うん、まあでも、ダメ元で一回聞いてみるよ。できれば僕もみんなと一緒にホグズミードに行きたいし」

 

 ハリーはそう言って力なく微笑む。

 ロンとハーマイオニーはその後もハリーを励まそうと色々話題を切り出していったが、私は別のことが気になっていた。

 そういえば、私の許可証に書かれている名前は故人のものだ。

 果たして、既にこの世にいないものは保護者としてカウントされるのだろうか。

 私は鞄の中に入っている血に染まった許可証を思い出す。

 もし受理されない場合、私も一緒にハリーと居残りということになる。

 

「まあ、それもありか」

 

 一人なら寂しい居残りも、二人なら事情が変わってくる。

 私は小さい声でそう呟くと、ホグズミードの会話に混ざり込んだ。




設定や用語解説

ホグワーツ首席
 監督生のまとめ役として男女一名ずつ指名される。

なくなった首席バッジ
 双子が隠し、首席(Head Boy)という文字を頭でっかち(Humungous Bighead)という文字に変える悪戯を行っていた。

血塗れの許可証
 書かれているサインは故人のもの。


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凍てつく列車と吸魂鬼と私

 

 ぐっすり眠っている新しい闇の魔術に対する防衛術の教師を尻目にホグズミードについて話していると、急にホグワーツ特急が速度を落とし始める。

 私は不思議に思い時計を確認するが、ホグズミード駅に着くにはあまりにも早すぎるように感じた。

 

「どうしたのかな? 羊の群れが線路を横断してるとか?」

 

 ロンはコンパートメントの扉を少し開けて、周囲をキョロキョロと見回し始める。

 よくはわからないが、何か良からぬことが起きていることは確かだ。

 私は立ち上がろうとするハリーを座席の奥へと突き飛ばすと、そのまま隅に追いやるようにその前に立った。

 

「サクヤ、何するん──」

 

「ハリー、静かに」

 

 文句を言いかけたハリーの言葉を遮る。

 次の瞬間、客車内の明かりが一斉に消えた。

 

「何が起こってるんだ?」

 

 扉から顔を出していたロンが椅子に座り直す音が聞こえてくる。

 

「わからないわ。でも、絶対いいことじゃない」

 

「それには同感だね」

 

 ハリーでもロンでもハーマイオニーでもない声がコンパートメント内に響く。

 私は咄嗟にそちらの方向に杖を向けたが、すぐに横で寝ていたルーピンだということに気がついた。

 ルーピンは魔法で小さな炎を作り出すと、コンパートメントの中に浮かべる。

 炎に照らされたルーピンの顔は、先程の疲労しきった顔とは異なり鋭い視線で辺りを警戒していた。

 

「動かないで」

 

 ルーピンは小さな声でそう言うと、コンパートメントの扉に静かに手を伸ばす。

 だが、ルーピンが手をかける前に、扉はゆっくりと開いた。

 

「……誰?」

 

 扉の先にはマントを着た黒色の影が立っていた。

 顔はフードによってよく見えないが、宙に浮いているところを見るに人間ではなさそうだ。

 

「シリウス・ブラックを匿っているものはいない。帰れ」

 

 ルーピンは黒い影に杖を向けながら言う。

 だが、黒い影はその言葉を無視するようにその場で何かを吸い込み始めた。

 それには、本来どんな効果があったのだろう。

 ロンやハーマイオニーは恐怖で顔が引き攣り、腰を抜かしたように立ち上がれなくなってしまったようだし、ハリーに至っては私の後ろで気絶してしまう。

 だが、不思議と私はその生物の影響を受けていないようだった。

 むしろ、正体不明の安心感すら覚えるほどである。

 私は謎の黒い影にまっすぐ手を伸ばし、右手で首を掴む。

 そしてそのまま力を込め、黒い影の首をへし折った。

 首が折れた黒い影は糸が切れた操り人形のように客車の床に落ちると、そのまま霧散してしまう。

 私はその数秒後、自分が何をしたのか理解した。

 

「……ぁ、──ッ!? あ、あの! そんなつもりじゃ……」

 

 私はその場にしゃがみ込み、先程まで黒い影が横たわっていた場所を手で探る。

 だが、そこには冷たい床があるだけで黒い影の死体はおろか着ていたであろうマントのカケラさえなかった。

 

「君! とにかく落ち着いて。ほら、座席に座って深呼吸するんだ」

 

 ルーピンは私の脇を掴んで持ち上げると、コンパートメントの座席に座らせる。

 私が今殺した生き物は、果たして本当に殺していいものだったんだろうか。

 私は、相手の正体を探ることせず、ただ悪戯に殺したいから殺したのではないか。

 

「そんな……いや、私は……」

 

「大丈夫だ。私がついてる。それに、吸魂鬼は先程の一体だけだったようだ。もう心配いらないよ」

 

 先程の行為が原因でホグワーツを退学になったらどうしよう。

 人間ではなさそうだが、人間でなかったら殺しても罪に問われないわけではない。

 クィレルを殺した時もロックハートを殺した時も上手く隠蔽できたのに……今回は目撃者が多すぎる。

 

 

 

 

 

 いや、このコンパートメントにいる全員を殺してしまえば、私が殺したという証拠は消えるんじゃないか?

 

 

「──ッ!? ぅ……」

 

 胃液が逆流し、私の喉を焼く。

 私は胃袋から込み上げてきたものを無理矢理飲み込むと、私の左手が掴んで離さない真紅の杖を右手で無理矢理引き抜き、ローブに仕舞い込んだ。

 

「サクヤ、大丈夫?」

 

 隣に座っていたハーマイオニーが私の背中を撫でてくれる。

 気がつけばコンパートメントに明かりが戻っており、気絶していたハリーも意識を取り戻したようだった。

 

「おい、ハリー。大丈夫か?」

 

 ロンが座席に伸びていたハリーを引っ張り起こしている。

 ハリーはズレた眼鏡をかけ直すと、顔に浮かんだ冷や汗を拭った。

 

「なんだったの? それに、叫んでいたのは誰?」 

 

「何言ってるんだハリー。誰も叫んじゃいないよ」

 

 ハリーは少しでも状況を把握しようとキョロキョロとコンパートメントを見回している。

 

「でも、確かに叫び声を聞いたんだ」

 

 その瞬間、パキリという音がコンパートメント内に響いた。

 音がした方向に顔を上げると、ルーピンが巨大な板チョコを小さく割っていた。

 

「さあ、これを食べて。元気が出るから」

 

「アンパンマン?」

 

 私は板チョコのカケラを受け取りながらよくわからないことを口走る。

 

「あれはなんだったんですか?」

 

 ハリーは板チョコのカケラをつまみながらルーピンに聞いた。

 

「ディメンター、吸魂鬼だよ」

 

 吸魂鬼、聞いたことがある。

 確か魔法使いが最も恐れる存在であり、アズカバンの看守も務めていたはずだ。

 

「私は少し運転手と話をしてくる。すぐに戻ってくるからチョコレートを食べて待っていてくれ」

 

 ルーピンは座席から立ち上がると、コンパートメントの扉を開けて出ていく。

 私はチョコレートを片手に持ったまま、吸魂鬼が霧散した床の上をじっと見ていた。

 

「ハリー、ほんとに大丈夫?」

 

 ハーマイオニーは私の背中をさすりながらハリーに聞く。

 ハリーはまだ状況が呑み込めていないようだった。

 

「一体何があったの?」

 

「吸魂鬼がコンパートメントの扉を開けて入ってきたんだ。そして、大きく息を吸い込むような動作をして……あいつが入ってきたとき、物凄く寒くなった。みんなも感じたよな?」

 

 ロンの言葉に、ハーマイオニーが何度も頷く。

 

「まるで幸せを全部吸い取られちゃったみたいな感覚になって……」

 

 ハーマイオニーはその言葉にも同意する。

 だが、少なくとも私はそのようなことにはなっていない。

 

「それで、ルーピン先生が吸魂鬼に近づいていったんだけど、その前にサクヤが出て……」

 

 ロンが今気がついたと言わんばかりに私の方を見る。

 私は視線から逃げるように顔を伏せた。

 

「……サクヤ、あれはどうやったんだ? こう、吸魂鬼の首に手を伸ばして、ぽきりって──」

 

「……わからないわ。なんであんなことをしてしまったのか」

 

「してしまったって……何言ってるんだ? サクヤは僕たちを守ってくれたじゃないか」

 

 私は顔を上げてロンの顔を見る。

 ロンは心底不思議そうな顔をしていた。

 

「でも、アズカバンの看守なのだとしたら殺しちゃまずいんじゃ……」

 

「うーん、確かにそうかもだけど……」

 

 ロンは腕を組んで考え込む。

 すると、用事が済んだのかルーピンがコンパートメントに戻ってきた。

 

「なんだ、チョコに毒なんて入ってないよ? 元気になるから食べなさい」

 

 ルーピンにそう言われて私たちは手に持ちっぱなしだったチョコレートを齧り始める。

 チョコレートは非常に甘ったるく、チョコレート単体で食べるには甘すぎる。

 私は座席に置いていた鞄から一週間ほど前に作り置きしたコーヒーをカップごと鞄から取り出すと、口の中の『甘い』を『苦い』で洗い流した。

 

「あと十分でホグズミードに着くようだ。ハリー、大丈夫かい?」

 

 ルーピン先生はハリーの体調を確認する。

 そして次に私の方に振り向いた。

 

「それに、私は特に君が心配だ。先程吸魂鬼に直接触れていただろう? あれは人の魂を吸い取る凶悪な存在だ。決して近づいちゃいけないよ?」

 

「あの、やっぱり罪に問われますか?」

 

「罪に? いやいや、まさか。吸魂鬼はそもそも生きていない。ある程度の知能があるからアズカバンの看守として利用しているが……そもそも、生きていないから死ぬこともない」

 

 ルーピンは先程まで吸魂鬼が立っていた場所を見る。

 

「ただ、アレは私も初めて見る現象だ。吸魂鬼の首の骨が折れるなんて聞いたことがない。君はそのことについて何か……いや、その様子だと自分でもよくわかっていないみたいだね」

 

 ルーピンは私の顔を見ながら続ける。

 

「いいかい? 吸魂鬼は非常に危険な存在だ。君は影響を受けていないようだったが、だからと言って近づいてはいけないよ? 魔法使いは奴らを懐柔できているわけじゃない。ただ利害が一致しているから、利用できているだけだ」

 

「……はい。わかりました」

 

 ホグワーツ特急は次第に速度を落としていき、今度はちゃんと終点のホグズミード駅に停車する。

 私たちはバタバタと客車から降りると、そのまま生徒の流れに乗って歩き、変な生き物が牽いている馬車に乗り込んだ。

 

「なんというか、マトモそうな先生だね」

 

 私たち四人が乗ると、変な生き物は少しこちらを覗き込み、馬車を牽き始める。

 ハリーは馬車のソファーに体を埋めると、目を瞑りながらそう言った。

 

「うん、ロックハートほどじゃないけど、期待はできるよな」

 

 ロンはハリーの言葉に何度か頷く。

 確かに、起きてからのルーピンはロックハートに近いものを感じた。

 あの様子だったら、授業の方も期待できるかもしれない。

 私たちを乗せた馬車はそのままホグワーツの門を潜ると、城の前で停車する。

 私は座席に置いていた鞄を手に取ると、大きく伸びをしながら馬車から降りた。

 

「やあサクヤ! 久しぶりだね」

 

 私が馬車を降りた瞬間、横からそんな声が聞こえてくる。

 私がそちらの方向に目を向けると、そこにはマルフォイがクラッブ、ゴイルの二人を引き連れて立っていた。

 

「ドラコ! 久しぶりね。いい休暇を送れた?」

 

 私はマルフォイの方に駆け寄ると、顔を近づけてそう聞く。

 私の質問に対しマルフォイは少し顔を赤らめると、一歩後ろに下がって答えた。

 

「ああ、まあ、いい休暇だったよ。サクヤはどうだい?」

 

「そこそこね。それじゃあ、また合同授業の時にでも」

 

 私はマルフォイに手を振ると、ハリーたちの元へと戻る。

 ハーマイオニーは、私のそんな様子を呆れた目で見ていた。

 

「スリザリンの継承者を探してるわけじゃないんだから、そんなに色目を使わなくてもいいのに」

 

「色目? そんなにセクシーに見えた?」

 

 私は右手を首筋に持っていくと、大きく髪を靡かせる。

 そんな仕草を見て、ハーマイオニーは一層大きなため息をついた。

 

「貴方、普通にマルフォイと仲いいわよね」

 

「まあ、嫌う理由もないし」

 

 私たちは正面玄関へと続く石段を上り、巨大な樫の扉を通って玄関ホールに入る。

 そしてそのまま生徒たちの流れに乗るような形で大広間へと入った。

 

「ポッター! ホワイト! グレンジャー! 三人は私のところにおいでなさい!」

 

 だが、私たちが大広間に入った瞬間、後ろからそんな大声が聞こえる。

 私たちが恐る恐る振り返ると、副校長でありグリフィンドールの寮監でもあるマクゴナガルが大広間を少し出た廊下に立っていた。

 

「君たち、揃って何かした?」

 

 ロンがこちらに近づいてくるマクゴナガルに聞こえないように小声で問う。

 名前を呼ばれた私他二名は、小さく首を横に振った。

 

「御安心なさい。少し聞きたいことがあるだけです」

 

 マクゴナガルはそう言うと、ロンに視線を向ける。

 

「ウィーズリー、貴方はみんなと一緒にお行きなさい」

 

 ロンは私たちを心配そうな目で見た後、グリフィンドール生に交じってテーブルに座る。

 マクゴナガルはそれを確認すると、私たちを引き連れて大広間横の階段を上った。

 

「ルーピン先生が前もってフクロウを飛ばしてくださいました。ポッター、汽車の中で倒れたそうじゃありませんか」

 

 私たちが事務所に入ると、そこにはマダム・ポンフリーが待機しており、ハリーを見つけるやいなや獲物を見つけた鷹のように飛びつく。

 ハリーは顔を赤くしながら手をブンブンと振った。

 

「あの、大丈夫です。もうすっかり元気ですから」

 

「列車の中で気絶したと聞きました。大丈夫なはずありません」

 

 マクゴナガルはハリーをマダム・ポンフリーに任せると、今度はハーマイオニーの方を向く。

 

「グレンジャー。貴方は選択授業に関する話があります。あそこにある私の机の前で待っていてください」

 

「わかりました」

 

 ハーマイオニーは一言そう返事をすると、マクゴナガルの机に向かって歩いていく。

 マクゴナガルは最後に私の方を向いた。

 

「そしてホワイト、貴方は──」

 

「私、別に気絶していませんよ?」

 

 私がそう言うと、マクゴナガルは首を横に振る。

 

「ダンブルドア校長がお呼びです。ペロペロ酸飴と言えばわかりますか?」

 

 ペロペロ酸飴、きっとそれが今の合言葉なんだろう。

 私は小さく頷くと、校長室入り口のガーゴイル像の前まで移動した。

 

「ペロペロ酸飴」

 

 私はガーゴイル像に対して合言葉を唱える。

 するとガーゴイル像は魂が宿ったように飛びのき、その向こうから校長室へと続く螺旋階段が姿を現した。

 私は螺旋階段を上ると、その奥にある樫の扉をノックする。

 すると樫の扉はひとりでに開いた。

 

「お入り、サクヤ」

 

 部屋の中からダンブルドアの声が聞こえてくる。

 私は一度大きく深呼吸すると、いつでも時間を止めれるように身構えながら校長室に入った。

 校長室は私が最後に入った時とほとんど様子が変わっておらず、相変わらずよくわからない小物が棚の上で忙しなく動いている。

 ダンブルドアは部屋の奥の椅子に腰掛けており、キラキラした目でじっと私を見ていた。

 

「何か御用でしょうか」

 

 私はダンブルドアの方へゆっくりと歩いていく。

 ダンブルドアも椅子から立ち上がると、こちらへ近づいてきた。

 

「ホグワーツ特急の中で不思議なことが起こったとルーピン先生からお手紙をいただいての。そのことについて少し話を聞きたくて君をここに呼んだのじゃ」

 

 バタン、と後ろで唯一の出入り口である扉が閉まる音が聞こえてくる。

 私はなるべく自然な笑みに見えるように努力しながらダンブルドアを見続けた。

 

「ルーピン先生の話では君は吸魂鬼の首を掴み、そのままへし折ったらしい。本当かね?」

 

「はい、本当です」

 

「どうしてそんなことを?」

 

 どうして──。

 確かに、私はどうしてそんなことをしたのだろう。

 

「……わかりません。自分でもどうしてあんなことをしたのか……」

 

「どうして吸魂鬼の首を折ることができたのか。それもわからないかね?」

 

「……はい」

 

 ダンブルドアは真っ直ぐ私の目を見る。

 私は負けじとダンブルドアの目を見続けた。

 

「ダンブルドア先生。私、やっぱりおかしいんでしょうか? いつのまにか、吸魂鬼の首を折っていたんです。まるで子供の悪戯のように」

 

「……いや、大丈夫じゃ。君自身が何者なのか、考える時間はまだある」

 

 ダンブルドアは私の肩に軽く手を置くと、校長室の樫の扉をゆっくりと開ける。

 

「さあ、一緒に新入生の歓迎会に向おう。ワシがおらんと始まらんのでな」

 

 そしてそのまま校長室を出て螺旋階段を下りていった。

 私もダンブルドアに続いて螺旋階段を下りる。

 どうして吸魂鬼を殺せたか、どうして殺したか。

 それに関してはよくわからないが、問題になっていないのなら深く考えない方がいいだろう。

 私はガーゴイル像の横を通り抜けると、ダンブルドアと共に大広間に向かって歩き始めた。




設定や用語解説

吸魂鬼
 人の幸福を餌にする魔法界で最もおぞましい存在。人の魂を吸い取ることができる。また、アズカバンの看守として利用されている。

アンパンマン
 正義の味方。お腹を空かせた子供にアンパンを配る。サクヤが暮らしていた孤児院にも絵本があった。


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新しい先生と占い学と私

 

 私はダンブルドアと共に大広間へ入ると、姿勢を低くしてコソコソとグリフィンドールのテーブルへと近づく。

 

「サクヤ、こっち」

 

 すると、その様子を見ていたロンが私に声をかけてきた。

 私はロンが空けてくれていた椅子に座り、ほっと一息つく。

 そこにはロンの他に、ハーマイオニーとネビルの姿があった。

 

「あれ? ハリーはまだ?」

 

 てっきりハリーも既に大広間に来ているものだと思っていたが、グリフィンドールのテーブルにハリーの姿はない。

 

「まだマダム・ポンフリーに捕まっているみたい。ご馳走には間に合うといいけど……」

 

 ハーマイオニーは心配そうに大広間の大きな扉を見た。

 

 結局ハリーが大広間に戻ってきたのは新入生の組み分けが終わってからだった。

 ハリーは組み分けが見れなかったことが少し残念な様子だったが、私からしたらご馳走にさえ間に合っていれば何の問題もないように感じる。

 

「でも、実はまだ一回も下級生の組み分けを見れてないんだ」

 

 ハリーは今まさに立ち上がろうとしているダンブルドアを見ながら言った。

 

「あら、そうだっけ?」

 

「うん。去年は車で暴れ柳に突っ込んじゃったから」

 

 そういえばそうだった。

 去年の今頃、ハリーとロンが窓の外で大広間の様子を覗いていたのを思い出す。

 

「そう思えば一歩成長しているわね。今年はちゃんとグリフィンドールの机についてるもの」

 

「去年も僕らのせいじゃないよ。九と四分の三番線に入れなかったから仕方なく……」

 

 ハリーはそこで話を切って職員のテーブルの方に意識を向ける。

 私もそちらに視線を向けると、ダンブルドアが大きな咳ばらいを一つしたところだった。

 

「オホン。新入生の諸君。皆の今夜のベッドの位置が無事決まって何よりじゃ。さて、ご馳走にありつく前に、皆にいくつかお知らせがある」

 

 ダンブルドアは静かに皆の顔を見回す。

 

「ホグワーツ特急で抜き打ち捜査があったから皆も知っておることじゃろうが、我が校は今年、アズカバンの吸魂鬼……つまりディメンターたちを受け入れておる。彼らは魔法省のご用でここに来ておるのじゃ」

 

 ホグワーツにアズカバンの吸魂鬼が来ている。

 まあ、どうして吸魂鬼が来ているかの理由は明白だろう。

 このタイミングだ。

 シリウス・ブラックが城内に入らないように監視をしているに違いない。

 

「吸魂鬼たちは学校の入り口という入り口を固めておる。あの者たちがいる限り、誰も許可なしでホグワーツに近づくことはできん。彼らは変装や悪戯で誤魔化せるような存在じゃない。たとえ透明マントでも欺くことはできんじゃろう」

 

 最後の言葉は、きっとハリーに向けた言葉だろう。

 ダンブルドアはハリーが透明マントを持っていることを知っている。

 何せ、一年生の時のクリスマスに、プレゼントとして透明マントをハリーに贈ったのはダンブルドアなのだ。

 

「さて、楽しい話に移ろうかの。まず今年から、新任の先生を二人お迎えすることになった」

 

 ダンブルドアは職員用のテーブルについているルーピンのほうをちらりと見る。

 

「まず、ルーピン先生じゃ。ルーピン先生は空席になっている闇の魔術に対する防衛術の教授をお引き受けくださった」

 

 パラパラと小さな拍手がテーブルのあちこちから聞こえてくる。

 まあ、ルーピンは去年のロックハートと比べると明らかに見劣りする。

 ただ、汽車でのあの様子を見る限り、無能というわけではなさそうだ。

 

「スネイプを見ろよ」

 

 ロンがハリーに対して囁く。

 私もスネイプの方を見てみるが、スネイプはルーピンの方をじっと睨んでいた。

 スネイプが闇の魔術に対する防衛術の教授につきたがっているという話は周知の事実だ。

 きっと今年も闇の魔術に対する防衛術の席を狙っていたに違いなかった。

 

「そして、もう一人の新任の先生じゃが……魔法生物飼育学の先生であったケトルバーン先生が残念ながら前年度末をもって退職なさることになった。手足が一本でも多く残っておるうちに余生を楽しまれたいそうじゃ。そこで後任に、嬉しいことにルビウス・ハグリッドが森番に加えて魔法生物飼育学の教授を兼務してくださることになった」

 

 割れんばかりの拍手が各テーブルから沸き起こる。

 何十年も森番として生徒を見守ってきたハグリッドだ。

 生徒からの人気も信頼も厚いのだろう。

 ダンブルドアは拍手が鳴りやむのを静かに待つと、最後に大きく手を叩く。

 

「さて、大事な話は終わりじゃ」

 

 その瞬間、テーブルの上に置かれていた空の皿が一瞬で料理で満ち満ちた。

 

「宴じゃ!」

 

「待ってました!」

 

 私は手当たり次第に料理を自分の皿に盛りつけると、片っ端から口の中に詰め込んでいく。

 

「サクヤ、そんなに慌てたら詰まらせるわよ」

 

 ハーマイオニーはそんな私に対して小さくため息をつくと、かぼちゃジュースをコップに注いで私の前に差し出す。

 私はそのコップを手に取ると、口の中の料理諸共一気に胃の中に流し込んだ。

 

 

 

 

 

 

 胃袋が破ち切れんほどにご馳走を詰め込んだ翌朝。

 私はまだ少し重たいお腹をさすりながらいつもの三人と一緒に大広間に朝食を取りに来ていた。

 

「そういえば、新しい時間割はもう確認した?」

 

 ハーマイオニーはトーストにマーマイトを塗りながら時間割を確認している。

 私は今日の朝配られた時間割をポケットの中から取り出すと、机の上に広げて確認した。

 

「私はハリーとロンと同じよね? ハーマイオニーはどうなってるの?」

 

 私は自分とハリーの時間割と見比べると、ハーマイオニーの時間割も覗き込む。

 だが、そこには奇妙な時間割が書かれていた。

 

「貴方授業詰め込みすぎて物理的に不可能な時間割になってるじゃない。ほら、占い学とマグル学と数占い学が被ってるわよ。全部九時から」

 

「大丈夫。ちゃんとマクゴナガル先生と一緒に決めたから」

 

 ハーマイオニーは妙に自信たっぷりにそう言った。

 

「いや、無理でしょ。体を真っ二つにしたとしても三つの授業に同時に出ることはできないわ。だって貴方の顔についている目は二つしかないもの」

 

「まあ、何とかなるわ」

 

 私はそんな様子のハーマイオニーに肩を竦める。

 まあ、たとえ何かのトリックで同時に授業を受けるのだとしても、どうせどこかで無理が生じボロが出てくるだろう。

 その時にでもサポートしてあげればいい。

 

「まあ、そういうことなら占い学はみんな一緒に受けれるのよね」

 

 私は今日の一限目の授業を確認する。

 

「うん。占い学は北塔のてっぺんでやるらしいよ」

 

「じゃあ、早めに移動したほうがいいね」

 

 ロンの言葉に、ハリーが付け足すように言った。

 確かに北塔はここからかなり距離がある。

 それに一番上ともなると、上るのにも時間が掛かるだろう。

 私たちは急いで朝食を済ませると、北塔までの道を急いだ。

 北塔には今まで用事がなかったため近づいたことがなかったが、思った以上に時間が掛かる。

 私たちが北塔のてっぺんまでたどり着く頃には、私含め四人とも息を切らしていた。

 

「これは……骨が折れるわね」

 

 私は窓に手をついて息を整える。

 

「さっき朝ご飯を食べたばっかりなのに、もうお腹が空いてきたよ」

 

 ロンが深呼吸をしながら言った。

 

「それで、占い学の教室はどこ?」

 

 ハーマイオニーはキョロキョロと周囲を見回す。

 占い学を受ける他の生徒も、教室の場所がわからず不安そうに辺りを見回していた。

 その瞬間、天井から銀の梯子が音もなく下りてくる。

 私が天井を見ると、そこには撥ね扉があり、真鍮の表札が付いていた。

 

「『シビル・トレローニー、占い学教授』……トレローニー?」

 

 どこかで聞いたことのある名前だ。

 ホグワーツの先生だし、風の噂で名前を聞いただけだろうか。

 私は他の生徒を追うようにして梯子を上る。

 梯子を上った先には怪しげな喫茶店のような内装の部屋が広がっていた。

 教室の中には小さな丸テーブルがニ十卓ほど並べられており、その周りにソファーや丸椅子など統一感の無い椅子が置かれている。

 また、窓という窓は神経質なほどきっちりカーテンで遮光されており、まだ暑さの残る季節にも関わらず暖炉の中では薪が勢いよく燃やされていた。

 

「先生はどこだ?」

 

 ロンが教室内を見回して言う。

 

「ようこそ」

 

 突然、教室内に声が響く。

 私が声のした方向に目を向けると、そこには大きな丸眼鏡をかけた痩せ型の女性が立っていた。

 

「さあお掛けになって。あたくしの子供たちよ」

 

 彼女がシビル・トレローニーだろう。

 トレローニーはゆったりとしたショールをまとっており、数えきれないほどのネックレスやブレスレットを身に着けていた。

 私たちは四人で一つの丸テーブルを囲む。

 私はその中でも一番フカフカなソファーに身を埋めた。

 

「あ、この椅子めちゃくちゃ座り心地がいいわ」

 

 部屋の暖かさも相まって、自然とまぶたが重たくなってくる。

 

「占い学へようこそ」

 

 だが、トレローニーはそんな私の様子を気にすることもなく話し始めた。

 

「あたくしがトレローニー教授です。多分、あたくしの姿を見たことがない子たちも多いでしょう。俗世の騒がしさはあたくしの心眼を曇らせてしまいますの」

 

 トレローニーは大きな目で生徒たちを見回す。

 

「皆さまがお選びになった、この占い学という学問は、ホグワーツで教えている学問の中でももっとも才能に左右されるものです。眼力の備わっていない方にはあたくしが教えられることは殆どありません。この学問では、書物というものは占いをするための知識を授けてくれるだけであり、勉強をすればするほど占いが出来るようになることはありませんわ」

 

 つまり、勉強しなくていいということか。

 それは何とも楽でいい。

 

「たとえ優秀な魔法使いであろうとも、未来の神秘の帳を見透かすことが出来るとは限りません。占いの才能とは、限られたものに与えられる天分ともいえましょう。……そこの貴方?」

 

 トレローニーは急にネビルに話しかける。

 ネビルは突然話しかけられて座っていた長椅子から落ちそうになった。

 

「貴方のおばあさまは元気?」

 

「え? あの……元気だと思います」

 

 ネビルはしどろもどろになりながらもそう答える。

 

「そう。あたくしが貴方の立場だったら、そんなに自信ありげな言い方はできませんことよ」

 

 そう言われてネビルはゴクリと息を飲んだ。

 

「この一年は占いの基本的な方法のお勉強をしましょう。今学期は紅茶占いに専念致します。ああ、ところで貴方?」

 

 トレローニーは今度はパーバティに声を掛ける。

 

「赤毛の男子にお気をつけあそばせ」

 

 パーバティは目を丸くすると、後ろに座っていたロンと少し距離を取る。

 

「まだ何もしてない」

 

 ロンはその様子を見て大きく肩を竦めた。

 

「それでは、早速授業を始めていきましょう。では、そこの貴方?」

 

 今度はトレローニーは近くに座っていたラベンダーを指名する。

 

「一番大きな銀のティーポットを取っていただけないこと?」

 

 ラベンダーはほっとした様子で椅子から立ち上がると、棚から大きなポットを取ってトレローニーに手渡した。

 

「ありがとう。ところで、あなたの恐れていることは十月の十六日に起こりますわ」

 

 ラベンダーは身を縮こませると、急いで自分の席へと戻る。

 トレローニーはラベンダーのそんな様子を気にすることなく話を続けた。

 

「では、二人ずつ組を作ってくださいな。棚からティーカップを取って、あたくしのところへ紅茶を貰いにいらっしゃい。それから席に戻って、茶葉を飲まないように注意しながら紅茶を最後までお飲みなさい。そして、茶葉をカップの内側に沿わせるようにカップを回し、ソーサーに伏せてください。茶葉に残った水気がソーサーに落ちきったら、相手にカップを渡して茶葉を読んでもらいます。茶葉の模様の意味は、教科書の五ページを参考にするとよろしくてよ。ああ、それと──」

 

 今まさに立ち上がろうとしていたネビルの腕を、トレローニーはそっと掴む。

 

「一個目のカップを割ってしまったら、次はブルーのカップにしてくださる? あたくし、ピンクのカップが気に入っていますの」

 

 その言葉通り、ネビルが棚に近づいた瞬間、カチャンと陶磁器の割れる音がした。

 トレローニーは箒と塵取りを手にネビルに近づくと、特にネビルを叱ることなく言う。

 

「次はブルーのにしてね。よろしいかしら……ありがとう」

 

 私はその様子を見て、去年の夏休暇を思い出す。

 そういえば、去年の夏休暇に迷い込んだ占い用品店で、私も紅茶占いをしてもらったんだった。

 

「ああ、そうだった……」

 

 今まですっかり忘れていたが、私は占い師に死の予言をされているんだった。

 そのことを思い出した瞬間、私の意識は一気に覚醒する。

 私はハーマイオニーとペアを組むと、棚からティーカップを取ってトレローニーから紅茶を貰った。

 

「さて……」

 

 私は席へ戻ると、ゆっくり紅茶を飲み始める。

 淹れたての紅茶は非常に熱かったが、味はとても美味しかった。

 

「お茶受けが欲しくなってくるわね。スコーンとかないかしら」

 

 私はそう言って鞄の中を覗き込むが、生憎肉っぽいものしか入っていなかった。

 

「サクヤ、授業中なんだから真面目にやりなさい」

 

 早々にカップを空にしたハーマイオニーがグイっと自分のカップを私の方に押し付けてくる。

 私は一度ハーマイオニーのカップを横に置くと、自分のカップの中身を飲み干した。

 

「えっと、どうするんだったかしら」

 

 私は茶葉を広げるようにカップをくるくると回すと、ソーサーに被せてそのままハーマイオニーの方に押しやる。

 ハーマイオニーは私のカップをひっくり返すと、教科書をめくり始めた。

 

「この図形は……ふくろうかしら。それにこっちは十字架。ふくろうは怠慢を意味していて、十字架は怪我や苦難を意味している……。つまりサクヤは怠慢が原因で怪我をする……ってことかしら」

 

 貴方にぴったりね、とハーマイオニーは皮肉たっぷりに言う。

 

「まさか、私はとっても働き者よ? まあハーマイオニーには劣るかもしれないけど」

 

「それで、私はどう?」

 

 私はそう言われて、横に置いてあったハーマイオニーのカップを覗き込む。

 そこにはお茶の葉が乱雑にカップの底にくっついてた。

 

「あー、お茶の葉がいっぱい見えるわ。きっと貴方はこの先お茶の葉ね」

 

「どういう占いよ。もっと真面目にやりなさい」

 

 私は渋々お茶の葉の形に意味を見出し始める。

 

「そうねぇ……だとしたら、これは時計ね。多分時間に追われるという意味よ。ということはこっちは羽ペンと羊皮紙かしら。貴方、今年は宿題を間に合わせるのに苦労しそうよ」

 

「もう、そんな図形教科書に載ってないでしょ!」

 

 ハーマイオニーはプリプリして私からティーカップを取り上げる。

 私は自分のカップを引き寄せると、自分のカップの中を覗きこんだ。

 

『サクヤ・ホワイト。貴方は一九九八年の夏に死ぬわ』

 

 レミリア・スカーレットのセリフが脳内にフラッシュバックする。

 私は軽く首を振ると、カップを逆さにしてソーサーに伏せた。

 

「まさかね。私がそんなに簡単に死ぬわけないわ」

 

「ん? どうかした?」

 

「いえ、何でもないわ」

 

 私は隣でロンが持っているハリーのカップを覗き込む。

 その反対側では、トレローニーが私と同じようにハリーのカップを覗き込んでいた。

 

「うーん、何かの動物かな? これが頭ならカバだけど……羊にも見えるし……」

 

「ちょっと貸して」

 

 私はロンからハリーのカップを取り上げる。

 

「うーん、豚が二匹。いや、今年は三匹だったかしら」

 

 私がそう言った瞬間、ハリーが思わず吹き出した。

 ロンは始め意味が分からない様子だったが、すぐにどういう意味か理解にニヤニヤし始める。

 

「それにこっちは風船に見える……きっとそのうちの一匹が風船になって飛んでっちゃうのね」

 

 ハリーとロンは堪え切れなくなって声を殺して笑い始める。

 私も笑いが取れて満足したので、ハリーにカップを返そうとした。

 

「──おっと!」

 

 だが、ハリーがカップを掴む瞬間に私が手を離してしまい、ハリーのカップは机の上に落ちる。

 幸いカップが割れることはなかったが、中の茶葉はその衝撃で机の上に飛び散った。

 

「あー、ごめんなさい。もう一杯いっとく?」

 

 私はトレローニーの机の上に置いてあるポットを指さす。

 

「いや、今何か口に含んだら吹き出しそうだからいい」

 

 ハリーは茶葉を適当に散らすと、ティーカップをソーサーの上に戻した。

 

「まあ、貴方……恐ろしい敵をお持ちのようね」

 

 急に私の真横から声を掛けられ、私は声のした方向を向く。

 そこにはトレローニーが立っており、私のカップを覗き込んでいた。

 

「恐ろしい敵?」

 

 私はトレローニーに聞き返す。

 

「ええ、貴方のカップには隼が見えます。それにこっちにはこん棒に、髑髏……、どれも不吉の象徴ですわ。ああ、それに──」

 

 トレローニーは大袈裟な仕草で私のカップを手に取ると、穴が開くほど見つめる。

 その様子を教室中の生徒が固唾を呑んで見守っていた。

 トレローニーはふらふらと空いていた肘掛椅子に身を沈めると、目を瞑り、胸に手を当てる。

 

「ああ、なんて可哀そう子……貴方、お名前は?」

 

「サクヤです。サクヤ・ホワイト」

 

 トレローニーは私の名前を聞くと、言うか言わないか悩むように口を動かす。

 

「これに関しては、聞かないほうが幸せかもしれませんわね。ええ、どうかお聞きにならないで……」

 

「先生、一体何が?」

 

 近くの席にいたディーンがトレローニーに聞く。

 他の皆もトレローニーの予言が気になるのか、席を立ってトレローニーの近くに集まった。

 

「サクヤ・ホワイト……貴方にはグリムが取り憑いていますわ」

 

「グリム?」

 

 私は聞きなれない単語に首を傾げる。

 だが、ロンやネビルなど、魔法界で育った生徒たちは恐怖のあまり手で口元を覆った。

 

「グリムです。死神犬ですよ! 墓場に取り憑く巨大な亡霊犬です。これは不吉の象徴であり、大凶の前兆……死の予告です」

 

「あ、はい。そうですか」

 

 トレローニーの死の予言に、私はついそんな気の抜けた返事をしてしまった。




設定や用語解説

魔法生物飼育学
 去年まではケルト・バーンが担任していたが、今年からハグリッドが受け持つことになった。

占い学を適当に受けるサクヤ
 初めから良い成績を取る気はなく、暇つぶし程度にしか考えていない。


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活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。


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グリムとヒッポグリフと私

「グリムです! 死神犬ですよ! 墓場に取り憑く巨大な亡霊犬です。これは不吉の象徴であり、大凶の前兆……死の予告です」

 

「あ、はい。そうですか」

 

 新学年が始まって一番初めの占い学の授業。

 私はトレローニーから受けた死の予言に対し、そんな気の抜けた返事をしてしまった。

 トレローニーはそんな私の態度を見て眉を顰める。

 

「あら、信じていないご様子で」

 

「いえ、別にそんな。ああ、やっぱりと思っただけで」

 

 なんにしても異なる二人の占い師から死を予言されたとなったら、予言の信憑性も増してくる。

 私は本当に一九九八年に死んでしまうのだろうか。

 

「実は去年違う占い師の方に同じように死の予言をされまして。グリムが取り憑いているというのは初耳ですが……」

 

 私がそう言うと、トレローニーは少々不服そうに聞き返してくる。

 

「去年の占いは外れたから、今年も大丈夫だろう。きっとそうお思いなのでしょうね……。ですが、あたくしをその辺のもぐりと一緒にされては困りますわ」

 

 トレローニーは腕輪を鳴らしながら人差し指で眼鏡の位置を直す。

 

「参考までに、その占い師のお名前をお聞きしてよろしくて? あたくしが名前を聞いたことがないような占い師なのだとしたら、その者の占いなど聞く価値すらありませんわ」

 

「レミリア・スカーレットっていう吸血鬼の女の子ですけど……」

 

 私がその名前を出した瞬間、トレローニーは椅子から滑り落ちて地面に尻もちをついた。

 

「先生! 大丈夫ですか!?」

 

 トレローニーの身を案じて周囲にいた生徒がトレローニーに駆け寄る。

 だが、当のトレローニーは自分が椅子から落ちたことすら気に留めず、大きな目を更に見開いて震える声で言った。

 

「あ、貴方……スカーレット嬢から死の予言を?」

 

「え? はい。去年の夏に」

 

 トレローニーは生徒の手を借りて立ち上がると、椅子に座り直し、顔を伏せ両手で顔を覆う。

 そして小さな声で「かわいそうな子」と呟いた。

 トレローニーはしばらくその体勢で固まっていたが、やがて顔を上げ、生徒たちを見回す。

 

「今日の授業はここまでにしましょう。カップはどうぞお片付けなさってね……」

 

 そして消え入りそうな声でそう言い、早々に部屋の奥に入り込んでしまった。

 私たちは無言でティーカップを洗って棚に戻すと、梯子を下りて占い学の教室を後にする。

 

「それにしてもグリムがついてるなんて……冗談にしても笑えないわ」

 

 ハーマイオニーは少し機嫌が悪そうに言う。

 

「あれはどう見てもグリムには見えなかったわ」

 

「でも、他の占い師もサクヤの……えっと、あれを予言したんだろう?」

 

 ロンは言葉を濁しながらもハーマイオニーにそう反論する。

 

「でも、所詮は占いでしょ? 確定した未来じゃないわ」

 

 確定した未来じゃない。

 果たして本当にそうだろうか。

 私が話を聞いた限りでは、レミリア・スカーレットは死の予言を外したことがないらしい。

 それが本当なんだとしたら、私の死は確定した未来ということになる。

 私たちはまた無言になると、まっすぐ変身術の教室を目指す。

 占い学の教室から変身術の教室までかなりの距離があったが、占い学が少々早めに終わったため十分余裕をもって変身術の教室に入ることが出来た。

 新学期初めの変身術の授業は『動物もどき』に関する授業だった。

 マクゴナガル自身が動物もどきらしく、動物もどきの説明をしてから実際にトラ猫に変身してみせる。

 私はマクゴナガルが行ってみせた変身を、興味深く観察した。

 去年私が殺したロックハートが読むように薦めてきたパチュリー・ノーレッジの著書にも変身に関する本がいくつかあった。

 その本曰く、杖を用いた動物への変身と、動物もどきの変身は根本的に違うらしい。

 動物もどきはそれぞれ決まった動物にしか変身できない代わりに、杖なしで変身を行うことが出来る。

 動物もどきの変身は変身というよりかは、もう一つの自分の体のようなものだ。

 

「まったく、皆さんどうしたんです?」

 

 マクゴナガルは人間の姿に戻ると同時に生徒たちを見回しながら言う。

 

「別に気にはしませんが、私の変身がクラスの拍手を浴びなかったのは初めてです」

 

 マクゴナガルがそう言うと、クラスのみんなが一斉に私の方に振り向く。

 私はその視線の意味が分からず、首を傾げた。

 

「先生、私たち占い学の授業を受けてきたばかりで……授業でお茶の葉を読んだんですけど──」

 

「ああ、そういうことですか」

 

 ハーマイオニーが言い切る前にマクゴナガルは顔を顰めた。

 

「ミス・グレンジャー、それ以上は言わなくて結構です。それで、今年はいったい誰が死ぬことになったのですか?」

 

 みな、目を丸くしてマクゴナガルを見る。

 

「先生、私です」

 

 私は小さく手を挙げて答えた。

 

「なるほど、そうですか」

 

 マクゴナガルは私を見ながら言う。

 

「では、教えておきましょう。シビル・トレローニーは本校に着任してからというもの、毎年一人は生徒の死を予言してきました。ですが、いまだに誰一人として死んではいません。死の前兆を予言するのは新しいクラスを迎えるときの彼女のお気に入りの流儀です」

 

 マクゴナガルはそこで一度言葉を切ると、一度深呼吸してから話を続ける。

 

「占い学というのは魔法の中でも一番不確定な分野の一つです。それに、真の予言者は滅多にいません。私が知っている中でも真に占い師と呼べるような方は歴史上数えるほどしかいません。そしてトレローニー先生は……」

 

 マクゴナガルは再び言葉を切り、それ以上深くは掘り下げなかった。

 

「少なくとも、私が見る限りでは貴方は健康そのものです。ですから、今日の宿題を免除したりはしませんのでそのつもりで。……まあ、もし次の授業までにあなたが死んだら、提出しなくても結構です」

 

 その冗談にハーマイオニーが噴き出す。

 私もニヤリと笑うと、マクゴナガルに冗談を返した。

 

「うーん、予言が当たったほうがお得なような気がしてきました」

 

「馬鹿なこと言ってないで、授業に戻りますよ」

 

 マクゴナガルはそう言うと、動物もどきの説明を再開する。

 私は授業の内容をまとめながら先ほどのマクゴナガルの言葉を思い出していた。

 『私が知っている中でも真に占い師と呼べるような方は歴史上数えるほどしかいない』

 私はその数えるほどしかいない占い師の中に、レミリア・スカーレットの名前が入っているような気がしてならなかった。

 

 

 

 

 変身術の授業が終わり、私たちは昼食に向かう生徒たちに混じって大広間に移動した。

 私はグリフィンドールのテーブルに座ると、肉やポテトを皿の上に山盛りにする。

 そしてフォークを手に取ると、料理を口の中に詰め込み始めた。

 対してロンはシチューを自分の小皿に取り分けたはいいものの、食欲がないのか口は付けなかった。

 

「もう、マクゴナガル先生のおっしゃったこと聞いたでしょう?」

 

 ハーマイオニーがロンに対しため息をつく。

 ロンはついにスプーンを机に置くと私に対して神妙な面持ちで言った。

 

「サクヤ、どこかで黒い犬を見かけたりとかしなかったよな?」

 

「いえ、見てないわ。黒い犬がどうかしたの?」

 

 ロンはほっと息をつくと、スプーンを握り直す。

 

「いや、見てないならいいんだ。僕の叔父のビリウス叔父さんはグリムを見た丸一日後に死んじゃったから」

 

「偶然だと思うけど……」

 

 ハーマイオニーはかぼちゃジュースを注ぎながら言う。

 

「ハーマイオニー、わかってないよ……グリムと聞けば、大概の魔法使いはお先真っ暗って感じなんだぜ?」

 

「つまり、そういうことなんでしょ。グリムのせいで死ぬんじゃなくて、グリムが怖くて死んじゃうのよ。グリムを見たら死んでしまうという固定概念に囚われているからプラシーボ効果のようなもので死んでしまうんだわ」

 

 ロンは何か反論しようとしていたが、思うように言葉が出てこず口をパクパクとさせる。

 

「それに、占い学ってとてもいい加減だと思うわ。あてずっぽうが多すぎる」

 

「もう、二人ともその辺にしておきなさい。当の本人以上に貴方たちが騒ぎ立ててどうするのよ」

 

 私は席を立ちかけているハーマイオニーを宥めると、口の中にベーコンの塊を押し込む。

 

「まあ、ハーマイオニーの言うことにも一理あるし、ロンの話も興味深くはあるわ。ここが、マグルの世界なら占いなんていい加減なものだと言い切れるけど、魔法界はそもそもが神秘に満ちた世界だもの。私たちの常識が通用しないのも確かよ。だからまあ、黒い犬には注意することにするわ。はい、この話はこれでおしまい」

 

 ハーマイオニーは口の中のベーコンを飲み込むと、やや不服そうに席に座り直す。

 

「それに、もう一人の占い師の話では私が死ぬのは随分と先みたい。今日明日ってわけじゃないからロンもそんなに心配しないで」

 

 私がロンにそう言うと、ロンは少しずつシチューを口に運び始める。

 

「そういえば、もう一人の占い師に去年占ってもらったって言ってたっけ」

 

 今まで黙って様子を伺っていたハリーがおずおずと口を開いた。

 

「ええ。レミリア・スカーレットね」

 

「うん。その占い師とはどこで知り合ったの? 学校じゃないよね?」

 

 私は去年の夏休暇、ダイアゴン横丁に一緒に買い物に行った時に誤って占い用品店の暖炉に煙突飛行してしまった時のことを三人に話す。

 ハーマイオニーはそれを聞いてポンと手を打った。

 

「どこかで聞いた名前だと思ったら、一昨年ハグリッドがパブで大負けした占い師だわ」

 

「そう。それにそのお店自体もトレローニー先生のご家族がやってるお店みたい。レミリア・スカーレットは定期的にそこで講演会を開いているそうよ」

 

「死の予言って占い師特有の脅し文句なのかしら。なんにしてもサクヤ、死を予言されたからって思い悩んで死んだりしないでね?」

 

 ハーマイオニーは心配そうに言った。

 

「それこそ、悪い冗談よ。それぐらいで死んだりしないわ」

 

 予言を信じるにしろ信じないにしろ、私自身死ぬつもりは毛ほどもない。

 平穏な日常、豊かな老後。

 それこそが私が目指す未来だ。

 

 

 

 

 

 昼食を食べ終わった私たちは一度談話室に戻り、午後の授業の用意を持ってハグリッドの小屋の前に来ていた。

 今日の午後の授業の一つ目は魔法生物飼育学だ。

 去年まではケトルバーンが教授を務めていたが、ケトルバーンが退職したため今年からハグリッドが教授を務めることになる。

 

「やあサクヤ。魔法生物飼育学は合同授業なんだな」

 

 私たちがハグリッドを待っていると、後ろからマルフォイが話しかけてきた。

 どうやら魔法生物飼育学はスリザリンと合同授業らしい。

 

「ええ、ドラコもこの授業を取っていたのね」

 

「まあね。魔法生物飼育学を取っておけば卒業後の進路の選択肢が増えるって母上が言ってきかなくて。まさかあのウスノロに教わることになるとは思わなかったが」

 

 マルフォイはそう言うと遠くの方で何かを準備しているハグリッドの方を見る。

 

「今までずっと森番しかしたことがないやつに教授職が務まるのか?」

 

 マルフォイがそう言うと、ハリーが一歩前に出た。

 

「嫌なら今すぐ談話室へ帰れマルフォイ。選択科目をやめるのは自由だ。それに、ハグリッドは誰よりも魔法生物に詳しいよ」

 

「母上が取るように薦めていなかったらこっちから願い下げさ。それにポッター、お前こそ談話室に帰った方がいいんじゃないか? 汽車の中で気絶したらしいじゃないか。魔法生物の相手が務まるのか?」

 

 マルフォイがそう言うと、後ろにいたクラッブとゴイルがゲラゲラ笑い始める。

 このままだと殴り合いの喧嘩に発展しそうな予感がするので、私は二人の間に割って入った。

 

「はいはい。こんなところで喧嘩しないの。どっちもシーカーなんだから、スタジアムで決着をつけて頂戴。今は授業よ、いい?」

 

「あ、ああ。ゴメン」

 

 私がそう言うと、マルフォイは素直に謝ってスリザリン生の集まりへと退散していく。

 ハリーはまだ少し怒っているようだったが、ハグリッドがこちらにやってきたことで意識をそちらに向けた。

 

「全員揃っとるか? よし、みんなついてこい!」

 

 ハグリッドは生徒たちをぐるりと見回すと、ズンズンと森の縁に沿って歩いていく。

 私たちがハグリッドの後をついていくと、そこには放牧場のようなものが広がっていた。

 だが、今のところ放牧場の中には何の生物もいない。

 私たちが首を傾げていると、ハグリッドが大きな声を張り上げた。

 

「よし、みんな柵の周りに集まったな。俺の紹介は省くとして、授業が始まって一番最初にやるこたぁ、まずは教科書を開くこったな」

 

「どうやって?」

 

 マルフォイが眉を顰めながらハグリッドに聞く。

 

「えぇ?」

 

「どうやって開くんです?」

 

 マルフォイはそう言うと、教科書に指定されている『怪物的な怪物の本』を取り出したが、紐でぐるぐる巻きに縛ってあった。

 だが、それは当然の処置だと言える。

 ハグリッドが指定したこの本は実際の怪物のように動き、放っておくと暴れまわって手に負えないのだ。

 マルフォイと同じように他の生徒も教科書を取り出すが、皆思い思いの方法で本が暴れ出さないように拘束している。

 ハリーは本をベルトで縛っており、ハーマイオニーはテープのようなもので本をぐるぐる巻きにしていた。

 

「なんだ、誰も教科書を開いてすらおらんのか?」

 

 ハグリッドはあんぐりと口を開けながら言う。

 

「おまえさんたち、撫でりゃよかったんだ。ほれ、貸してみろ」

 

 ハグリッドはハーマイオニーから教科書を受け取ると、テープを剥がして教科書を自由にする。

 教科書はすぐにハグリッドの手に噛みつこうとしたが、ハグリッドが背表紙をひと撫でした瞬間、ブルリと震えて開き、ハグリッドの手のひらの上で大人しくなった。

 

「まったく驚きだね。この中の誰もこの方法を試してなかったなんて」

 

 マルフォイは皮肉たっぷりにそう言うと、自分の持っていた教科書の紐をほどき背表紙を撫でる。

 するとハグリッドが先程やったのと同じように教科書は大人しくなった。

 私も鞄の中から時間の止めてある『怪物的な怪物の本』を取り出すと、時間停止を解除すると同時に背表紙を撫でる。

 時間の止まっている鞄の中に入れっぱなしだったので拘束は必要なかったが、他の生徒と同じように教科書は一度も開いていなかった。

 

「俺はこいつらが愉快な奴らだと思ったんだがなぁ……」

 

 ハグリッドはがっくりと肩を落としてうな垂れる。

 まあ、お世辞にもこの教科書を指定したことが正解だとは言えないだろう。

 

「ま、まあ……そんで、教科書はある。あとは、魔法生物が必要だな。連れて来るから待っとれよ」

 

 ハグリッドは出鼻を挫かれて少々混乱していたが、気を取り直して森の奥へと消えていく。

 

「まったく、一体学校は何を考えているんだか。あのウドの大木が教えてることを父上がお知りになったら卒倒なさるだろうなぁ」

 

 マルフォイは肩を竦めてみせる。

 

「父上が理事を追い出されていなければ、あんなのを教師として採用するなんて絶対にお許しにならなかっただろう」

 

「黙れマルフォイ」

 

「どうしたポッター。吸魂鬼でも見つけ──」

 

「みんな! あれを見て!」

 

 マルフォイが言い切る前にラベンダーが森の方を指さして叫ぶ。

 私たちがその方向を振り向くと、馬と大鷲を足して二で割ったような生物が十数頭こちらに早足で向かってきていた。

 背中には大きな羽が生えており、前足には鋭く大きいかぎ爪がついているのが見える。

 見た目からして明らかに肉食の危険な生物であると思われるが、首輪をされているところを見るにホグワーツで飼育されている生物であることがわかる。

 実際に、首輪から伸びる長い鎖はハグリッドがしっかりと握っていた。

 ハグリッドは鎖を柵に括りつけると、私たちの元へと戻ってくる。

 

「ヒッポグリフだ!」

 

 ハグリッドはヒッポグリフを指し示しながら大声で言った。

 

「どうだ、美しかろう? え?」

 

 まあ、ハグリッドの言いたいことも分からなくはない。

 凛々しい鷲の頭に艶やかな毛並み。

 大きな翼を器用に畳んで体に沿わせているその姿は、そのまま子供向けの絵本に出てきても違和感がなかった。

 

「そんじゃ、もうちっとこっちへこいや。ヒッポグリフについて色々知らなければならんからな」

 

 ハリー達を筆頭に私たちは恐る恐る柵の前へと近づく。

 ハグリッドは皆が柵へ近づいたのを確認すると、ヒッポグリフの方を指し示しながら説明を始めた。

 

「まず、こいつらは誇り高い。すぐ怒るぞ。だからヒッポグリフは絶対に侮辱してはならん。必ずヒッポグリフが先に動くのを待つんだぞ」

 

 ハグリッドは生徒たちを見回しながら話を続ける。

 

「まず、こいつらのそばまで歩いていき、ゆっくりお辞儀をする。そんで、じっと待つんだ。ヒッポグリフがお辞儀を返したら触ってもいいっちゅうこった。逆にもしお辞儀を返さなんだら、素早く離れろ。こいつらのかぎ爪はちと痛いからな」

 

 私はヒッポグリフの前足についているかぎ爪を見る。

 少なくともあんなもので引っかかれたら痛いどころじゃすまないだろう。

 

「よーし、誰が一番だ?」

 

 ハグリッドがそう言うと、生徒たちは一番前にならないように後ずさり始める。

 その様子を見て、ハグリッドが残念そうな声を出した。

 

「だ、誰もおらんのか?」

 

「僕やるよ」

 

 その様子を見かねて、ハリーが名乗りを上げる。

 

「よし、偉いぞハリー!」

 

 ハリーは放牧場の柵を乗り越えてハグリッドの元まで行く。

 ハグリッドは群れの中の一匹の鎖を柵から解くと、ハリーの近くまで一緒に歩いてきた。

 

「よし、それじゃあバックビークが相手だ」

 

 ハリーはハグリッドが連れてきた灰色のヒッポグリフと対峙する。

 

「目を逸らすなハリー。あと、あんまり瞬きせんようにな。ヒッポグリフは目をしょぼしょぼさせるやつを信用せんからな」

 

 ハリーはじっとヒッポグリフを見ながら、ゆっくり近づいていく。

 

「よし、ええぞ。そしてお辞儀だ」

 

 ハグリッドに言われて、ハリーは恐る恐るお辞儀をする。

 するとヒッポグリフは前足を折ってお辞儀のような恰好をした。

 

「よし! やったぞハリー!」

 

 ハグリッドがハリーの背中をバンバンと叩く。

 

「よーし! 触ってもええぞ。嘴を撫でてやれ」

 

 ハリーは先程以上に恐る恐るヒッポグリフに近づき、そっと嘴を撫でる。

 そのまま腕を食いちぎられるんじゃないかと誰もが思ったが、ヒッポグリフはとろりと目を閉じ撫でられるのを楽しんでいるようだった。

 

「よし、ええぞ! そんじゃハリー、次は背中に乗ってみるか」

 

「え?」

 

 ハグリッドは言うが早いかハリーを抱き上げてヒッポグリフの背中に乗せる。

 ヒッポグリフはハリーが背中に乗ったことを確認すると、大きな翼を羽ばたかせて大空へと飛翔していった。

 ハリーを乗せたヒッポグリフはそのまま大空を大きく一周すると、放牧場の中に軽やかに着地する。

 

「よし、よくできたハリー!」

 

 マルフォイたちを除くクラスの全員がハリーに大きな拍手を送った。

 ハリーは羽をむしらないように気を付けながら慎重にヒッポグリフから降りる。

 ハグリッドはその様子を見届けると、他の生徒たちに呼びかけた。

 

「よーし! 他にやってみたいもんはおるか?」

 

 ハリーという人柱兼成功例を見て、他の生徒たちも恐る恐る放牧場の中に入っていく。

 ハグリッドはそれを見てヒッポグリフの鎖を一匹ずつ解いていった。

 

「ちゃんと俺が言ったようになるようにな。決して侮っちゃなんねえぞ。よし、そいじゃ、サクヤもバックビーク相手にやってみるか」

 

 ハグリッドに言われて、私はハリーと入れ替わるようにバックビークという名前のヒッポグリフの前に立つ。

 私はヒッポグリフの黄色い目をじっと見ると、ゆっくりと頭を下げた。

 

「どうぞよろしくお願い致します」

 

 私はヒッポグリフが頭を下げたかどうか確認するために、目線だけ頭を上げようとする。

 だがその瞬間、肩口から斜めに引き裂かれるような痛みが私を襲った。

 

「──え?」

 

 私はその衝撃で仰向けに後ろに倒れる。

 

「何が……」

 

 私は状況を確認するために首だけ起こして自分の体を見る。

 だが、自分の体を確認する前に、バックビークが私のお腹の上に鋭いかぎ爪のついた前脚を振り下ろした。

 

「──ッ!!」

 

 穴が開いたんじゃないかと思えるほどの衝撃が腹部に走る。

 

「ッ!? サクヤ!!」

 

 誰かが叫ぶ声が聞こえる。

 時間を止めようとするが、あまりの激痛と衝撃に意識を保つことすらできなかった。




設定や用語解説

グリム
 死神犬。イギリス全土に伝わる不吉の象徴。グリムを見た人間は近いうちに死んでしまうと言い伝えられている。

ヒッポグリフ
 グリフォンと雌馬の間に生まれたとされる伝説の生き物。身体の前半分が鷲、後ろ半分が馬の姿をしている。肉食。また、グリフォンよりかは大人しいため、乗馬として用いることができる。

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白い包帯と赤い傷跡と私

『サクヤから離れろ! この醜い野獣がッ!』

 

 誰かの声が聞こえる。

 一体誰の声だろう?

 

『サクヤ……死なないで……サクヤ……君が死んだら僕は……』

 

 悲しそうな声だ。

 聞いてて、こちらが辛くなってくる。

 

『サクヤ……頼む……返事をしてくれ……サクヤ……』

 

『大丈夫。この子は死なないわ。私がついているもの』

 

 小さな女の子のような可愛らしい声が聞こえてくる。

 声に聞き覚えはないが、懐かしい感じがする声だ。

 

『この子は死なないし、死なせない。死なせてたまるものですか』

 

 優しく、包まれるような声だ。

 私は、その声がする方に手を伸ばした。

 

「こんな面白いおもちゃ、大事に遊ばなきゃ」

 

「──ッ!? ……夢?」

 

 私がベッドから跳ね起きた瞬間、肩からお腹に掛けて激痛が走る。

 私はあまりの激痛に少し悶えたあと、ゆっくりと周囲を見回した。

 

「ここは……医務室よね」

 

 真っ白なシーツに、ベッドを区切るように引かれたカーテン。

 少し首を上げてみれば、近くに薬品棚も確認できた。

 

「私……えっと……、どうしてここに……」

 

 私は意識を失う前のことを思い出す。

 私は確か魔法生物飼育学の授業を受けていて、それで……。

 

「そうだ。それでヒッポグリフに襲われて……」

 

 私は自分の体に掛けられている白いシーツを捲りあげる。

 シーツの下の私の体は服を着ておらず、代わりに血が滲んだ包帯でぐるぐる巻きになっていた。

 包帯が巻かれている範囲は広く、左の肩口からおへその下まで隙間がない。

 逆に手足には傷が殆どないらしく、痛みは感じなかった。

 

「はぁ……、情けない」

 

 私は包帯の上から傷口をなぞってどこに傷があるかを確認する。

 どうやら左の肩から右の脇腹に掛けて一線切り裂かれている。

 それにお腹はどこからどこまで傷があるかわからない程度には全体的に痛かった。

 私は自分の体の状態を確認し終わると、今度は自分の周囲を探り始める。

 確か鞄の中に鎮痛剤を入れていたはずだ。

 少しでも体中に走る激痛を鎮めたい。

 だが、私の手の届く範囲に私の鞄はなく、起き上がって探しに行こうにもあまりの痛みに体を起こすことすらままならなかった。

 

「誰か人を呼んだほうが早いかしら。それに、今何時よ?」

 

 周囲の明るさからして、夜ではないようだ。

 だとしたら、カーテンの向こう側に誰か他の患者がいるかもしれない。

 それに、少し大声を出せばマダム・ポンフリーが駆け付けてくれるだろう。

 

「だれ──ッ!? あ、駄目だこれ」

 

 そもそも息を大きく吸い込むことが出来ない。

 もしかしたら内臓にダメージがあるのかもしれない。

 

「……諦めるか」

 

 私は全てを諦め、じっと目を閉じる。

 今が深夜ではなかったら、誰か様子を見に来るだろう。

 

 

 

 

 

 結局のところ、マダム・ポンフリーが包帯を替えに来たのは私が目覚めてから二時間後のことだった。

 

「ようやく意識が戻ったようで一安心です。医務室に運ばれるのがあとちょっとでも遅かったら……」

 

 マダム・ポンフリーは私の包帯を取ると、傷口を清め魔法薬を塗った後に包帯を巻きなおす。

 私はその時に傷口を観察したが、傷口が縫われた後はなかった。

 

「これ、縫合してないようですけど……」

 

「縫合? 縫合って、あのマグルが傷口を針と糸で縫うあの? 魔法界ではそんな原始的なやり方はしないわよ」

 

 なるほど、魔法界には魔法界のやり方があるということなんだろう。

 私は自分の真っ白な肌に走る赤黒い傷をまじまじと観察する。

 

「……大丈夫よ。安心して。ちゃんと傷跡が残らないように治すから。早く治す方法もあるんだけど、痕が残っちゃうのよね」

 

「別に傷跡ぐらい気にしませんが……」

 

「ダメよ。女の子なんだから気にするべきです」

 

 マダム・ポンフリーは私に包帯を巻き終わると、魔法薬の入った小瓶を私に押し付ける。

 

「痛み止めです。少々苦いですが、痛みに苦しむよりかはマシでしょう。私は貴方の意識が戻ったことを先生方に伝えてきます」

 

 マダム・ポンフリーはそう言うと、カーテンを潜って私のベッドから離れていく。

 私は魔法薬の臭いを少し嗅ぐと、覚悟を決めて一気に飲み干した。

 

「……にっが。何入れたらこんなに苦くなるのよ」

 

 今すぐ口の中をすすぎたい衝動に駆られるが、生憎、近くに水差しはない。

 私は魔法薬の入っていた小瓶をベッド横の机に置くと、体の痛みが引くのをじっと待った。

 

 

 

 マダム・ポンフリーが出て行ってから三十分ほどが経っただろうか。

 医務室に入ってくる数名の足音が聞こえたかと思うと、カーテンを開けてマクゴナガルとマダム・ポンフリーが入ってきた。

 

「あぁ、サクヤ……意識が戻ったようで何よりです」

 

 マクゴナガルは安堵の息をつくと、私の頭をそっと撫でる。

 

「罰が当たったのかもしれません。私だけ生き残ったから。孤児院の皆が私を呼んでいるのかも……」

 

「何をおっしゃいますか。そんなことは決してありません」

 

 痛み止めが効いてきたのか、私は自分の力で体を起こすことが出来た。

 私はマクゴナガルの顔を見ながら言う。

 

「私は、一体どれぐらい眠っていたんですか?」

 

「……貴方があのヒッポグリフに襲われた日から三日が経ちました」

 

 もしその話が本当なのだとしたら、私は相当長い間眠っていたことになる。

 

「ヒッポグリフに襲われたところまでは覚えてるんですけど……」

 

「ええ、そうでしょうね。医務室に運ばれてきた貴方を見たときは生きているのが不思議なほどでした。すぐに助けが入らなければ死んでいた可能性もあります。ミスター・マルフォイに感謝するように」

 

「マルフォイ? ドラコがどうかしたんですか?」

 

 私がそう聞くと、マクゴナガルは隣のベッドを見ながら言った。

 

「襲われている貴方をヒッポグリフから助け出したのはミスター・マルフォイです。その時腕に負った傷の治療のために隣のベッドに入院していたのですが……この様子じゃもう退院したみたいですね」

 

「ドラコが私を?」

 

 私が聞き返すと、マクゴナガルは無言で頷いた。

 なんというか、意外とは思わなかった。

 マルフォイなら私が死にそうになっていたら身を挺して守るぐらいはするだろう。

 

「そうですか……、彼には感謝しないといけませんね。ドラコの怪我の具合は……」

 

 私がマダム・ポンフリーに視線を向けると、ポンフリーは肩を竦めた。

 

「貴方の怪我と比べたらかすり傷のようなものです。まだ包帯は取れていませんが、授業には復帰しています」

 

 なら、本当にかすり傷なんだろう。

 私はほっと息をつくとゆっくりベッドに横たわる。

 

「とにかく、今は怪我を治すことに専念なさい。では、私は授業がありますのでこれで」

 

 マクゴナガルはそう言うと、医務室を出ていこうと踵を返す。

 私は、そんなマクゴナガルに対して軽口を飛ばした。

 

「あ、マクゴナガル先生。変身術の宿題は提出しなくてもいいですよね?」

 

「……そんな冗談が言えるようなら大丈夫そうですね」

 

 マクゴナガルは肩を竦めると今度こそ医務室を出ていった。

 

「では、私も事務仕事の方に戻ります。声の届く場所にはいますので、何かありましたら呼んでください」

 

「あ、私の鞄ってどこにありますか?」

 

 私がそう聞くと、マダム・ポンフリーはベッドの下のスペースから私の鞄を取り出してくれる。

 私は鞄を受け取ると、自分の手の届く場所に置いた。

 

「ありがとうございます」

 

「いえ、それでは」

 

 マダム・ポンフリーはそう言うとカーテンを潜って私のベッドから離れていく。

 私は人目がなくなったことを確認すると、大きく息をついて目を瞑った。

 とにかく、今は怪我を治すことに専念しよう。

 

 

 

 

 

 私の意識が戻ったという話はすぐに伝わったのか、授業が終わる時間にはハリー、ロン、ハーマイオニーの三人が面会に来た。

 

「これが変身術、これが闇の魔術に対する防衛術、それに、これが魔法薬学ね」

 

 ハーマイオニーは私のベッドの横の机に授業の内容をまとめた羊皮紙を山積みにする。

 

「サクヤ、大丈夫? まだ結構痛むの?」

 

 ハリーは私の寝間着の隙間から覗く包帯をちらりと見ながら言った。

 

「まあ、痛くないって言ったら嘘になるわね。でも今は鎮痛薬で抑えているからそうでもないわ」

 

「でも、まさかサクヤがヒッポグリフに襲われるなんて。ちゃんとハグリッドに言われた通りにやってたんでしょ?」

 

 ハーマイオニーは羊皮紙の束を綺麗に揃えると、ベッドの横に置かれた椅子に腰かける。

 

「私はそのつもりなんだけど……まあでも相手はコンピュータってわけでもないんだし、こういうこともあるわよ」

 

「そう……そうよね」

 

 ハーマイオニーは歯切れ悪くそう言う。

 私はそんなハーマイオニーを見て、大体の事情を察した。

 

「……なるほど、ハグリッドね。彼はどう? やっぱり相当落ち込んでる?」

 

 もし私に過失がない場合、誰が悪いかと言えばそんな危険な生物を授業に持ってきたハグリッドということになる。

 私自身ハグリッドを責めるつもりはないが、ハグリッドに過失がないとは口が裂けても言えなかった。

 あ、体は既に裂けてるんだったか

 

「相当落ち込んでるわ。学校の理事からも忠告が来たみたいで……それ以降の授業はレタス食い虫ばっかり」

 

「うわぁ……多分そのうちここにもお見舞いに来るだろうけど、面倒くさいなぁ」

 

「面倒くさいって、貴方ねぇ……」

 

「だってそうじゃない。私自身ハグリッドを責める気はないし、だとしたら私がハグリッドを慰めるだけでしょう? 誰のためのお見舞いよ。……まあでも、ハグリッドに会ったら私は気にしていないって伝えておいて」

 

 私がそう言うと、三人はしっかりと頷いた。

 その後も三人は私の意識のなかった三日間のことを色々教えてくれた。

 新任のルーピンが務める闇の魔術に対する防衛術は非常にまともな授業で、初回はまね妖怪、その次は赤帽鬼をやったらしい。

 去年のロックハートほどではないが、見た目に反して凄くしっかりした先生だと生徒たちの間では人気のようだ。

 また、占い学は私に対する予言が半ば当たったことによって真面目に受ける生徒が増えたようだった。

 同室のラベンダーやパーバティはトレローニーの信者のような存在になり、毎日のように昼休みに入り浸っているらしい。

 まあでも、女の子が占いに嵌るのは自然なことだろう。

 信憑性の欠片もないマグルの占いですら夢中になるのだ。

 それが実際によく当たるとなったら熱中もするだろう。

 私が三人から三日間のことを聞いていると、医務室の扉を開けてマルフォイがクラッブ、ゴイル、パーキンソンを連れて中に入ってきた。

 

「サクヤ! 意識が戻って良かった!」

 

 マルフォイは私のベッドの方に駆け寄ってくるが、既にベッド前の椅子を占領しているハリー達を見て足を止める。

 

「そこをどけポッター。もう見舞いは十分だろう?」

 

「黙れマルフォ──」

 

「ハリー」

 

 私は今にも喧嘩を始めそうなハリーに目で訴えかける。

 

「……わかったよ。行こうみんな」

 

「明日は何か持ってくるよ」

 

 ハリー達は椅子から立ち上がると、私に一声かけて医務室から出ていく。

 マルフォイはその様子を満足そうに眺めると、先程までハリーが座っていた椅子に腰かけた。

 

「ドラコ、貴方が私を助け出してくれたんだってね」

 

「あ、うん。そうみたい」

 

「そうみたいって……覚えてないの?」

 

 私がそう言うと、マルフォイは恥ずかしそうに頬を掻く。

 

「うん、あの時は無我夢中で……」

 

「なんにしてもよ。ありがとう。貴方が助け出してくれなかったら、私きっと死んでたわ」

 

 マルフォイの青白い顔が赤くなる。

 私は右手を伸ばし、胸の前で吊られているマルフォイの右手に触れた。

 

「これ、私のせいよね? もしかして、まだ痛むの?」

 

「え? そんな、全然全然! もう治ったよ! ほら!」

 

 マルフォイは慌てて吊っていた右手を引っこ抜くと、ブンブンと振って見せる。

 横にいたパーキンソンはその様子を見てため息をついた。

 

「なんにしても、元気そうで何よりよ。にしてもあのウスノロめ。初回からあんな怪物を授業に連れて来るなんて。どうかしてるとしか思えないわ」

 

 パーキンソンがそう言うと、横にいたクラッブとゴイルがうんうんと相槌を打つ。

 

「やつが教師の職に就いていられるのも今のうちだ。父上が学校の理事会に訴えた。それに魔法省にもだ。サクヤはあいつに言われた通りにやっていた。このまま有耶無耶になんてさせるもんか。アズカバンに送り返してやる」

 

 マルフォイはそう言って顔を歪める。

 私は、そんなマルフォイを見てため息をついた。

 

「マルフォイ……アレは事故よ。それに、生徒が少し怪我したぐらいで教師を退職させていたらホグワーツから教師が一人もいなくなってしまうわ」

 

「少しなもんか! もう少しで死んでいたんだぞ! それに、初回からあんなに危険な魔法生物を授業にもってくるなんて間違ってる」

 

「でも、私以外の生徒はなんともなかったんでしょう? だとしたら、ハグリッドの指導自体は間違ってはいなかったということよ。よくて減給ぐらいだと思うわ」

 

「う、うーん。でも、サクヤは大怪我したのに……」

 

 マルフォイとしてはハグリッドに何か制裁が加わらないと気が済まないようだ。

 私自身ハグリッドが退職になろうがアズカバンに行こうが一向に構わない。

 問題があるとすればハリー達との関係だ。

 ハリーたちはハグリッドの退職を望んではいないだろう。

 私がマルフォイ側についてハグリッドを糾弾したら、あの三人と居づらくなるに決まってる。

 それは少し避けたいところだ。

 

「はぁ……ドラコ、分かってないわね」

 

 だとしたら、私のやることは一つである。

 

「ハグリッドには何も罰則を与えないほうがいいのよ。罪を償わせてはいけないわ。下手に停職や退職なんてさせたらハグリッドは十分な罰を受けたと勘違いしてしまうでしょ? だから、償わせない。謝らせない。ああいうタイプにはそれが一番効くのよ」

 

 私は呆れ顔を作ってマルフォイに言う。

 そう、ハグリッドに罰則を与えないことが一番の罰則だとマルフォイに思い込ませてしまえばいいのだ。

 そうすれば、マルフォイはむしろハグリッドが罰則を受けないように働きかけることすらするだろう。 

 

「ハグリッドの心の中で自責の念だけを積もらせる。罰を与えてしまうと、罰を与えた相手に感情を逃がすことができてしまう。それではダメ。やるなら徹底的に。自分以外を責めれない状況に陥れる。すると、そのうち自分自身から逃げたくなってくるの。自分自身から逃げる方法……どうすればいいかわかるわよね?」

 

 私はマルフォイに微笑みかける。

 マルフォイは顔を少し強張らせた。

 

「まあ、そこまで行くかはわからないけど、もしそうなったら面白そうじゃない? ハグリッドが退職するより、私はそっちの方が見たいわ」

 

 マルフォイはぽかんと私の顔を見つめている。

 一瞬の静寂の後、パーキンソンが短く口笛を吹き静寂を破った。

 

「あなたって、本当にグリフィンドール生?」

 

「どういう意味よそれ」

 

 私はふくれっ面をパーキンソンに向ける。

 パーキンソンはそんな私を見て肩を竦めた。

 

「そのまんまの意味よ。よくそんな残酷なこと思いつくわね」

 

「そんなに残酷かしら? で、ドラコはどう思う?」

 

「う、うん。サクヤがそうしたいなら、そうするよ。父上にも働きかけて、ハグリッド自身に罰則が与えられないようにしてみる」

 

 呆然としていたマルフォイだったが、私が呼びかけると慌ててそう返事をする。

 私はその返事に満足そうに頷いた。

 

「でも、どちらにしろあのヒッポグリフは処刑されるだろうな。魔法界には危険生物処理委員会っていう組織があるんだけど、彼らはそういう事件があると凄く積極的になる。学校の理事が委員会にこの件を持ち込んだらヒッポグリフは終わりだよ」

 

「まあ、それは好きにさせておけばいいんじゃないかしら」

 

 あのヒッポグリフが処刑されようがされまいが私の知ったことではない。

 まあでも生徒を殺しかけた魔法生物だ。

 順当にいけば殺処分が妥当だろう。

 

「それじゃあ、僕らはそろそろ行くよ。すぐに退院できることを願ってる。じゃあね」

 

「ええ、お見舞いに来てくれてありがとね。また何か続報があれば教えて」

 

 私は手を振ってマルフォイたちを送り出す。

 そして四人が医務室を出たのを確認すると、ハーマイオニーが残していった羊皮紙に軽く目を通し、鞄の中に仕舞いこんだ。

 

「これでハグリッドが退職になることはないと思うけど……どうかしらね」

 

 マルフォイにはああ言ったが、ハグリッドは自責の念に押しつぶされるような性格はしていない。

 逆に分かりやすく罰則が与えられたほうがよっぽど精神に来るだろう。

 

「まあ、かといって擁護する気もないけど」

 

 私はベッドに寝転がると、毛布をしっかりと体に掛ける。

 先程まで会話で気が紛れていたためあまり感じていなかったが、痛みが少しずつ私を蝕んでいくのを感じた。

 私は痛みを少しでも誤魔化すためにギュッと目を瞑って懐中時計を胸に当てる。

 そうしているうちに痛みが次第に引いていき、私は夢の世界に落ちていった。




設定や用語解説

縫合
 傷口を針と糸で縫って塞ぐマグルのやり方。魔法で傷口を塞ぐことができる魔法界ではかなり原始的に見える

パーキンソン
 マルフォイと一緒にいることの多いスリザリンの女の子。別にマルフォイに気があるわけではなく、ハリーとハーマイオニーぐらいの間柄


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掲示板と血塗れの書類と私

今作の連載が始まって早くも一年。思いがけず長編になってしまっていますが私は元気です(完結できるよう頑張ります)
ちなみに、物語の進捗としては1/3程度です


 結局私が医務室を退院できたのは、目が覚めてから一週間ほど経った頃だった。

 私の肩やお腹にはまだ傷の痕が薄く残っているが、マダム・ポンフリーの話ではそれ自体も一か月ほどで消えてなくなるらしい。

 現状、痛み自体も全くない。

 これならばなんの問題もなく学生生活を送れそうである。

 一週間休んでいたため授業の内容からは遅れているが、それに関しては今更の話だ。

 去年秘密の部屋に取り残された時はもっと長い間授業を受けていなかった。

 今更一週間ぐらい何の問題もない。

 それに入院中にもハーマイオニーが甲斐甲斐しく授業の内容を羊皮紙にまとめてベッドまで届けてくれた。

 その甲斐あってか、私は授業に何の支障もなく復帰することができた。

 それに、私が授業に復帰してからというもの、多くの教師が嫌に私に優しく接してくるようになった。

 フリットウィックは私が掛けた魔法を必要以上に褒めまくるし、ルーピンは明らかに私に対しての加点が甘い。

 特にトレローニーはそれが顕著で、他の生徒には不安を煽るようなことしか言わないが私に対してだけは励ますような予言しかしなくなった。

 私に対する態度を変えないのは魔法薬学のスネイプぐらいだろうか。

 あのマクゴナガルでさえ私を少し贔屓しているような気がする。

 きっと教師の間では孤児院のことなども共有されているに違いない。

 私は教師たちの同情と哀れみの目に少々嫌気が差したが、迷惑するほどでもないので好きにやらせておくことにする。

 なんにしても、一番やりにくい授業は魔法生物飼育学だろう。

 ハグリッドは私が入院中、毎日のように見舞いに来たし、その度に食べきれないほどのロックケーキを見舞いの品として持ってきた。

 授業に復帰してからも異常なほど過保護になり、木のささくれが指に刺さる可能性があるからとレタス食い虫の飼育容器すら運ばせようとはしなかった。

 

 そうしているうちに私が復帰してから一か月ほど経過した。

 ヒッポグリフにやられた怪我もすっかり良くなり、体に残っていた傷痕も綺麗さっぱり消え去っている。

 これがマグルの世界だったら、今でも私は病院のベッドの上で、私の体には痛々しい傷跡が走っていたことだろう。

 

「サクヤ、おとめ座ってこんな形だったっけ?」

 

 私とロンとハーマイオニーは談話室の暖炉の前を陣取って天文学の宿題を進めていた。

 

「ザニアがないわ。ほら、ここよ」

 

 私はロンの羊皮紙のおとめ座に羽ペンで点を一つ描き足す。

 ロンは私が描き足した星と教科書の星座図を見比べた。

 

「あ、これ星なんだ。教科書についたゴミかと思った」

 

「貴方ねぇ……」

 

 ハーマイオニーは呆れたように肩を竦める。

 私は自分の羊皮紙に最後の点を描きこむと、羊皮紙と羽ペンを鞄の中に仕舞いこんだ。

 

「そういえば、さっきから掲示板の前に人が集まっているけど、何かあったのかしら?」

 

 私は伸びをしながら掲示板の方を見る。

 先ほどから常に数人の生徒が掲示板の前に集まり、楽し気に談笑していた。

 

「確かにそうだな。ちょっと見てくる」

 

 星座図を作る面倒な作業に嫌気が差し始めてきたのであろうロンが羽ペンを投げ出して掲示板の方へ歩いていく。

 そして生徒たちの間から掲示物を覗き見ると、浮かれ足で暖炉の前へと戻ってきた。

 

「ホグズミードだ! 一回目のホグズミード休暇の日付が書いてあった」

 

「ほんと!? 何日?」

 

 前からホグズミード行きを楽しみにしていたハーマイオニーがロンの話に食いつく。

 

「十月末、ハロウィンだよ」

 

 それを聞いてハーマイオニーは小さくガッツポーズをした。

 

「ゾンコには行きたいよな。それにハニー・デュークスでお菓子も買いたいし……サクヤはどこか行きたい店はある?」

 

「そうねぇ。ダービッシュ・アンド・バングズは行きたいと思ってるけど……」

 

 私はロンの問いに言葉を濁す。

 そういえば、私はホグズミードに行けるのだろうか。

 私の許可証は血塗れで、書かれている名前も故人のものだ。

 それに、私自身シリウス・ブラックに命を狙われている可能性もある。

 そういうことを加味すると許可が下りない可能性の方が高いだろう。

 もし許可が下りなかったらハリーと二人でお留守番か。

 そんなことを考えていると、クィディッチの練習終わりのハリーが談話室に帰ってきた。

 ハリーは掲示板の前の人集りをチラリと見てからこちらに歩いてくる。

 そして空いていたソファーに身を沈めた。

 

「何かあったの?」

 

 ハリーは掲示板の方を見ながら言う。

 

「第一回のホグズミード行きの知らせだよ」

 

「やったぜ。ちょうど臭い玉が切れてたんだ。ゾンコの店に行かなくちゃ」

 

 ロンがそう言うと、ハリーの後から談話室に入ってきたフレッドが意気揚々と掲示板の方に歩いて行く。

 逆にハリーはソファーの上で一層小さくなった。

 

「ハリー、次はきっと行けるわ。ブラックはすぐに捕まるわよ」

 

 ハリーの心情を察したハーマイオニーがハリーを励ます。

 

「ホグズミードでやらかすほどブラックも馬鹿じゃない。捕まるとは思えないな。でも、逆に言えばブラックはホグズミードじゃ手出しできないってことさ」

 

 ロンはそう言ってハリーの顔を見る。

 

「ハリー、マクゴナガルに聞けよ。次はなんて言ってたら一生行けないぜ」

 

「ロン! ハリーは学校から出ちゃ行けないのよ!」

 

 ハーマイオニーがそうロンを窘める。

 

「でも、三年生でハリー一人だけ残しておくなんてできないよ。今度マクゴナガルに聞いてみろよ」

 

「うん。そうするよ」

 

 まあ、ダメ元でマクゴナガルに聞いてみるのは悪いことではないだろう。

 私の場合いくら吸魂鬼が学校の周囲を固めてようが、いつでも好きな時に自由に抜け出すことができる。

 だが、校則違反を犯してまでホグズミードに行きたいとは思わない。

 一応マクゴナガルに聞いてみて、許可が下りなければ素直に談話室でゆっくりしよう。

 私がそんなことを考えていると、ハーマイオニーの膝の上にクルックシャンクスが飛び乗った。

 口には大きな蜘蛛を咥えており、誇らしげにハーマイオニーに見せている。

 

「あら、ひとりで捕まえたの?」

 

 ハーマイオニーがクルックシャンクスを撫でながら言った。

 

「なんでもいいけどこっちには近づけないでくれよ? 鞄でスキャバーズが寝てるんだ」

 

 ロンはそう言って鞄を少し遠ざける。

 クルックシャンクスはロンがそう言った瞬間、鞄の方を見たような気がした。

 

「なら、星座図も終わったし私はクルックシャンクスと女子寮に上がるわ。猫とネズミを同じ空間に置いておいたらトラブルしか起きないもの。ハーマイオニーもそれでいいわよね?」

 

 私はハーマイオニーの膝の上に乗っているクルックシャンクスを抱え上げる。

 クルックシャンクスは何事かと少々暴れながら私の方を見たが、私の目を見た瞬間大人しくなった。

 いや、大人しくなるどころの話じゃない。

 尻尾をピンと立てたままブルブル震えてピクリとも動かなくなってしまった。

 

「え、ええそうね。私は数占いの宿題が残ってるし、クルックシャンクスは任せるわ。いい子にしてるのよー」

 

 ハーマイオニーは文字通りの猫撫で声でクルックシャンクスの頭を撫でる。

 私は片手でクルックシャンクスを抱き直すと、鞄を掴んで女子寮へと上がった。

 

 

 

 

 

「ちょっとお待ちなさい」

 

 ホグズミード週末のお知らせが掲示された次の日、変身術の授業の終わりに教室を出て行こうとする生徒たちをマクゴナガルが呼び止める。

 

「みなさんは私の寮の生徒ですので、ホグズミード行きの許可証をハロウィンまでに私に提出するように。いいですか? 許可証がなければホグズミードも無しです。忘れず提出すること」

 

 マクゴナガルがそう言うと、ネビルが遠慮がちに手を挙げた。

 

「あのー、僕、許可証をなくしちゃって……」

 

「貴方の許可証は貴方のおばあさまが私に直送なさいました。その方が安全だと思われたのでしょう」

 

 ネビルはホッと表情を緩ませると、シェーマスと一緒に教室を出て行く。

 

「今だ、行け」

 

 その瞬間、ロンがハリーの背中を押した。

 その様子を見てハーマイオニーが何か言いたげだったが、言葉を飲み込んだようだった。

 ハリーは教室から生徒がいなくなったのを見計らってマクゴナガルに近づく。

 

「ポッター、どうかしましたか?」

 

 マクゴナガルはハリーの存在にすぐに気がつき、ハリーに問いかけた。

 

「あの、先生。叔父と叔母が許可証にサインするのを忘れちゃって」

 

 マクゴナガルはハリーをじっと見ている。

 その視線にハリーはしどろもどろになりながらも話を続けた。

 

「あの、それで……ダメでしょうか? つまり、その、かまわないでしょうか? あの、僕がホグズミードに行っても」

 

「ダメですポッター。今私が言ったことを聞きましたね? 許可証がなければホグズミードは無しです。そういう規則ですから」

 

「でも、先生。ご存知のように、叔父と叔母はマグルです。わかってないんです。許可証がどうとか……もし先生が良いとおっしゃってくだされば──」

 

「ポッター、私はいいとは言いません。許可証にはっきり書いてあるように、両親か保護者が許可しなければなりません」

 

 マクゴナガルは机の上の書類をまとめると、引き出しの中に仕舞い込む。

 

「ポッター、残念ですが、これが私の最終決定です。さあ、早く行かないと次のクラスに遅れますよ?」

 

 ハリーはこれ以上は無意味だと判断したのか、肩を落として教室を出ていく。

 私はロンとハーマイオニーに先に行くように手振りすると、マクゴナガルに近づいた。

 

「何度言っても許可は……と、ホワイト、貴方でしたか。いかがしましたか?」

 

 マクゴナガルはいそいそと次の授業の準備を始めている。

 私は鞄の中から血でカピカピになった許可証を取り出すと、机の上に出した。

 

「先生、これって許可下りますか?」

 

 マクゴナガルは血まみれの許可証に明らかに動揺すると、震える手で許可証を持ち上げ血で半分隠れているサイン欄を見る。

 そして右手を目がしらに当ててしばらく考え事をした後、許可証を私に返した。

 

「残念ですが、故人は保護者にはなりえません」

 

「そうですか……」

 

 私は許可証を鞄の中に仕舞い込む。

 

「ホワイト、貴方の場合は確かに事情が特殊です。保護者と呼べる存在がいないので本来ならば学校側が許可を出すべきなんでしょう。ですが、今は情勢が情勢です。シリウス・ブラックがまだ捕まっていない今、学校の外に出るのは賢明とは言えません」

 

 マクゴナガルは話を続ける。

 

「ブラックが捕まり吸魂鬼がアズカバンへと帰ったら、改めて私が許可を出しましょう。それまで辛抱できますね?」

 

「はい、大丈夫です。私もホグズミードに行けるとは思っていなかったので。ハリーと一緒に学校で大人しくしてようと思います」

 

 私は小さく頭を下げ、変身術の教室を後にする。

 やはりブラックに狙われている可能性のある私はホグズミードには行けないか。

 私としてはブラックを探し出して殺してやりたいとすら考えているのだが。

 

「学校に侵入してきたら話が早いんだけどなー」

 

 見つけたら徹底的に追い詰めて少しずつ刃物で切り刻んでやる。

 私は硬く拳を固めると、次の授業の教室に急いだ。

 

 

 

 

 

 ハロウィンの朝、私はいつもの三人と一緒に大広間で朝食を取った後、みんなと一緒に玄関ホールへと移動する。

 そこではフィルチが、許可が下りている生徒が載っている長いリストを見ながら外に出る生徒を確認していた。

 

「ハニーデュークスでお菓子を沢山買ってくるわ」

 

 ハーマイオニーは心底気の毒そうな顔でハリーに言う。

 

「うん、たーくさんね。ゾンコでも何か買ってくるよ」

 

 ロンもハリーの肩に手を置いて励ました。

 

「僕のことは気にしないで。三人で楽しんできてよ。パーティーで会おう」

 

 ハリーは空元気を振り絞って笑顔で二人に手を振る。

 私もハリーの肩に手を置いて言った。

 

「そうよハリー。買い物なら今年の夏にダイアゴン横丁で散々したじゃない。それに今日はハロウィンよ。ホグズミードでお腹をいっぱいにしちゃったら勿体ないわ」

 

「うん、そうだね。サクヤも楽しんできてよ」

 

 ハリーは話を聞いているのかいないのか、肩を落としながら言う。

 私は小さくため息をつくと、ハリーに対して言った。

 

「何言ってるのよ。私も居残りよ」

 

 私がそう言うと、ハリーは目を丸くする。

 いや、ハリーだけではない。

 ロンとハーマイオニーの二人も驚いていた。

 

「あれ? 言ってなかったかしら」

 

 私は肩を竦めて見せる。

 

「え、でも君、そんなこと一言も……どうして?」

 

 ハリーは目をパチクリさせながら聞いてきた。

 

「孤児院の職員からサインを貰ってたんだけど、その人が退職しちゃって。それで私の許可証が無効になっちゃったってわけ」

 

「あー……そう、なんだ……」

 

 ハーマイオニーは何と言っていいかわからないといった表情で私を見る。

 

「だから……はい、これ」

 

 私は呆然としているハーマイオニーにガリオン金貨を二枚手渡す。

 

「これで買えるだけお菓子買ってきて。何買ってくるかは二人に任せるわ」

 

「あ、それなら僕も」

 

 ハリーもポケットの中からガリオン金貨を取り出し、ロンに手渡す。

 

「なんか悪いわね。お遣い頼んじゃって。私たち二人は談話室で優雅に紅茶でも飲みながら待たせてもらうわ」

 

 私は冗談交じりにそう言うと、ハリーにウィンクする。

 ハリーは私の冗談に苦笑で返したが、少し元気が出たようだった。

 

「……うん、わかったわ。食べきれないぐらいお菓子を買ってきてあげる」

 

「覚悟しとけよ二人とも」

 

 ハーマイオニーとロンはそう言うと、ホグワーツの玄関ホールを抜けて城の外へ歩いて行った。

 私はそれを見送ると、ハリーと一緒に談話室へと戻る。

 談話室には暇を持て余している様子の下級生と、上級生が数人残っていた。

 

「ハリーハリーハリー! ハリーったら!」

 

 私たちが談話室に入った瞬間、談話室の一角から大きな声が聞こえてくる。

 私たちが目を向けると、そこにはハリーの大ファンのコリン・クリービーと彼の同級生であろう二年生が普段は上級生が占領しているソファーに座っていた。

 

「ハリー! もしよろしかったらこっちで少しお喋りしませんか!? 去年の話をぜひ聞きたいです!」

 

 ハリーはそれを見てやりにくそうに頬を掻く。

 どうにもハリーはこのクリービー少年が苦手なようだった。

 

「あー、僕たちこれから図書館で勉強しないといけないから。またあとでね」

 

 ハリーはそう言うと踵を返そうする。

 私は小さくため息をつくと、残念そうな顔をしているコリンに話しかけた。

 

「コリン、貴方勉強は大丈夫なの? 去年は学期の初めのほうから石にされていたから相当勉強が遅れているわよね?」

 

 私がそう言うと、コリンは大きく胸を張る。

 

「大丈夫です! 夏休みの間に一通り復習してきました! そういえば、ハリーもサクヤもホグズミードにはいかないんです?」

 

 もっともな疑問だろう。

 私はコリンの頭をポンと叩くと、軽く微笑んで言った。

 

「行く必要がないからね。それに私、人込みって苦手なの」

 

 じゃあね、と私はコリンに手を振ってハリーの後を追う。

 ハリーは図書館に行くと言っていたが、廊下を少し歩いたところで管理人のフィルチに捕まっていた。

 

「そこで何をしている? どうして仲間の悪ガキどもとホグズミードで臭い玉やらゲップ粉とかを買いに行かない?」

 

 どうやら三年生であるハリーがこの時間に一人で廊下をうろついているのを怪しんでいるようだった。

 

「こんにちはフィルチさん。ハリーが何かしましたか?」

 

 私は後ろから近づくと、二人に声を掛ける。

 フィルチは私にいきなり声を掛けられたことでビクンと肩を震わせたが、すぐに私の方に振り向いた。

 

「お前もだ。どうしてホグズミードに行かん? 学校に残って何かいたずらするつもりなのか?」

 

「まさか。ウィーズリーの双子じゃあるまいし。それに、どうして私がホグズミードに行けないか、理由を御存じでない?」

 

 私がそう言うと、フィルチは鼻を鳴らす。

 

「フン、興味ないな。なんにしても、ホグズミードに行かないならお前たちがいるべき場所は談話室だ。今すぐ談話室に戻れ!」

 

「はーい。しつれーしまーす」

 

 私はフィルチに頭を下げると、ハリーの手を引いてフィルチから離れる。

 あの様子じゃフィルチは孤児院の事件のことを知らなそうだ。

 

「フィルチのやつ、多分僕が廊下を歩いているだけで気に入らないんだ」

 

 ハリーは私に手を引かれながらブツブツと呟く。

 

「まあ、普通に考えたらホグズミードに行かないなんて不自然だしね。それでどうする? 本当に図書館で勉強する?」

 

「まさか」

 

 私はハリーの手を放し、二人で誰もいない廊下を歩く。

 まあ、こうなってしまっては完全に暇を持て余しているだけなので、日当たりの良い場所で読書でもしよう。

 

「そう。じゃあ私はこの時間を利用して読書でもしようと思うわ。ハリーは?」

 

「図書館には用事がないし、もう少ししたら談話室に戻るよ」

 

 私は軽く手を振ってハリーと別れる。

 折角の機会なので去年ロックハートから貰った本でも読もう。

 私は一階へと下りると、読書に丁度良さそうな場所を探してふらつき始めた。




設定や用語解説

レタス食い虫
 草食の大人しい芋虫。何かの幼虫というわけではなく、成虫になっても芋虫の姿をしている。また、食べることもでき、ホグワーツの食堂では時折レタス食い虫の揚げ物が出る。

ロックケーキ
 ハグリッドが得意としている岩のように硬いケーキ。人外のようなあごの力がないとろくに歯が立たない。

コリン・クリービー
 秘密の部屋騒動で一番初めに石にされたグリフィンドールの二年生。去年のハロウィンから学期末に掛けてずっと石だったので一年生の授業は殆ど受けれていなかった。

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狭い通路と切り裂かれた肖像画と私

 一九九三年のハロウィーンの昼前。

 私は暴れ柳が風に任せて揺れているのを横目に見ながら日向で読書に耽っていた。

 今読んでいるのは去年ロックハートから半ば貰い受ける形になってしまった魔法の参考書だ。

 何十冊とある本のうち半分ほどには目を通したのだが、逆に残りの半分には全く手を付けていない。

 だが、だいぶ魔法という学問の基礎は身に着けることができたように感じる。

 今なら簡単な魔法なら自分で作り出せそうだ。

 ちなみに今読んでいる本はパチュリー・ノーレッジ著の『魔法が神秘の術から学問へと至るまで』という魔法の歴史書だ。

 魔法という学問が成立していなかった時代から、どのように体系化されていったかの歴史と、それに関する考察が淡々と綴られている。

 なお、面白いことは何一つ書いていないので、読んでいて非常に眠たくなってくる。

 

「ん?」

 

 その時だ。

 遠くにオレンジ色の物体が動いているのが視線の端に移る。

 目を凝らしてよく見ると、クルックシャンクスが暴れ柳のほうに近づいていっているようだった。

 

「あら、いつの間に逃げ出したのかしら」

 

 クルックシャンクスは普段女子寮の中で大人しくしているはずだ。

 きっと誰かが扉を開けた隙をついて外に出たに違いない。

 

「って、このままじゃハーマイオニーの飼い猫がネズミの餌になるわ。早く止めないと」

 

 なんにしてもこのままではクルックシャンクスが暴れ柳の枝に殴り殺されてしまう。

 私は急いで本を鞄の中に入れると、クルックシャンクスの後を追って暴れ柳に近づいた。

 

「こーら、ダメでしょクルックシャンクス。その木は危ないんだから」

 

 私がそう言うと、クルックシャンクスは任せていろと言わんばかりにこちらを見て一度鳴き、暴れ柳のほうに駆けていく。

 そして暴れ柳の攻撃を難なく躱すと、根本のコブを前足で踏んだ。

 するとどうだろうか。

 先程まであんなに暴れていた暴れ柳がぴたりと動きを止めた。

 

「へえ、あんなところに弱点が……って、そうじゃなくて」

 

 私はクルックシャンクスに近づくと、根本のコブを踏みつけながらクルックシャンクスを抱き上げる。

 

「ほーら、帰るわよー。貴方が女子寮からいなくなったらハーマイオニーが心配するわ」

 

「ナーゴ」

 

 クルックシャンクスはスルリと私の手から逃れ、暴れ柳のうろに入り込んでしまう。

 私は右足で器用にコブを押しながらうろの中に顔を突っ込んだ。

 

「帰ってきなさーい。って、ナニコレ?」

 

 どうやらうろの下に地底を走る横穴があるようで、クルックシャンクスはその穴を進んでいってしまったらしい。

 私は暴れ柳の枝が下の穴まで届かないことを確認すると、コブから足を離して穴の中に下りた。

 穴の中は真っ暗だった。

 屈んでやっと通れるほどの横穴が奥へ奥へと続いており、タタタタという足音が穴の奥へと走っていくのが聞こえる。

 私は杖明かりを灯すと、クルックシャンクスを追って横穴を進み始めた。

 

「こらー。待ちなさーい。ホグワーツには危ないところいっぱいよー」

 

 屈んだ状態では満足に走ることもできないので歩くぐらいの速度でクルックシャンクスを追っていく。

 横穴自体は分かれ道等はなく、ひたすら奥へ奥へと続いているようだった。

 私は杖明かりを頼りに更に奥へと横穴を進んでいく。

 三十分ほど横穴を進んだだろうか、次第に横穴は上へと勾配していき、やがて通路の奥に光が見え始めた。

 私は杖明かりを消して光源へと近づく。

 どうやら穴の出口のようだ。

 私は恐る恐る穴から顔を出し周囲を見回した。

 

「ここは……」

 

 穴の先は古びた屋敷だった。

 壁紙は剥がれかけており、所々獣が引っ掻いたような跡がついている。

 床はシミと虫食いだらけで、今にも穴が開きそうに見えた。

 私は床に埃が積もっていないことを確認すると、慎重に屋敷の中に降り立つ。

 ホグワーツは基本石造りのため、少なくともここはホグワーツの敷地内ではないだろう。

 

「って、それどころじゃないわ。他人の家ならなおさらクルックシャンクスを放っておくわけにはいかないわね」

 

 私は周囲に人の気配がないことを確認すると、時間を停止させる。

 そして右側にあった扉を開けて部屋の外に出た。

 

「一軒家にしてはそこそこ大きな屋敷ね。でも、窓に板が打ち付けてあるし、もう廃墟なのかしら」

 

 私はホールに出て周囲を見回す。

 屋敷は二階建てになっているようで、ホールの端から今にも崩れ落ちそうな階段が上へと続いている。

 

「……廃墟にしては少し不自然ね」

 

 私は二階へと続く階段をじっと観察する。

 部屋の隅のほうは厚く埃を被っているが、階段には埃が積もっていない。

 人が全く住んでいないにしては不自然だと言えるだろう。

 私は一階の部屋を隅々まで調べ、クルックシャンクスがいないことを確かめると、崩れそうな階段を慎重に上り二階へと上がる。

 私は床に顔を近づけ猫の足跡を見つけると、足跡を辿って一つの部屋に入った。

 

「見つけた」

 

 部屋の中には大きな天蓋付きのベッドが置かれており、そのベッドの上にクルックシャンクスはちょこんと座っていた。

 クルックシャンクスの前には大きな黒い犬が寝そべっており、顔をクルックシャンクスの方に向けている。

 喧嘩しているようには見えないため、きっとこの二匹は仲がいいんだろう。

 私は部屋の外で時間停止を解除すると、部屋の中に入る。

 私が部屋に入った瞬間、黒い犬はスッと立ち上がり、臨戦態勢に入った。

 

「待って待って。私はこの子を連れ戻しに来ただけよ」

 

 私は手をブンブンと振ると、クルックシャンクスを指し示す。

 

「ニャーン」

 

 クルックシャンクスは私が無害であると訴えるような鳴き声を出した。

 黒い犬はそれを聞いてか、臨戦態勢を解除する。

 だが、じっとこちらを警戒しながらピクリとも動こうとしなかった。

 

「まったく。魔法界の動物はみんな賢いわね。ほーらクルックシャンクス、女子寮に帰りましょうね」

 

 私はクルックシャンクスの脇を掴んで抱き上げる。

 クルックシャンクスはまだ遊びたいのか少し足をバタつかせたが、やがて諦めたように大人しくなった。

 

「じゃ、この子を持って帰るわね。ところで、貴方は野良犬? それとも、ここの飼い犬なのかしら?」

 

 私が黒い犬にそう聞くと、黒い犬はクーンと情けない声を出す。

 この様子じゃ多分野良犬なのだろう。

 

「あ、そうだ」

 

 私は一度クルックシャンクスを床に下ろし、鞄の中に浮いているステーキが載せられた皿を手に取る。

 私が鞄からその皿を取り出した瞬間、ステーキ肉はジュウジュウという脂が弾ける音と共に美味しそうな匂いを放ち始めた。

 

「じゃじゃーん。確か犬って焼いたお肉は大丈夫よね」

 

 私はステーキの載せられた皿を黒い犬の前に差し出す。

 黒い犬はステーキの匂いを何度か嗅いで確かめると、夢中になって食べ始めた。

 

「まあこんなにガリガリだし、ろくに餌も食べれてないんでしょうね。できれば飼ってあげたいけど、ホグワーツは犬をペットとして許可してないし……ハグリッドに預けるのも一つの手かもしれないけど、今のゴタゴタしている間は無理そうね」

 

 私はステーキ肉を食べている黒い犬の頭をそっと撫でる。

 

「ま、たまにクルックシャンクスと様子を見に来てあげるわ。生憎ホグズミードには行けないから、時間はあるしね」

 

 私はもう一度クルックシャンクスを抱え上げると、扉を開けて部屋を出る。

 階段を慎重に降りて壁に穴が開いている部屋に戻ると、穴の中にクルックシャンクスを放した。

 

「じゃ、帰りましょうか。先導よろしくね」

 

 私がそう言うと、クルックシャンクスは私が付いてきているのを確認しながらゆっくり通路を歩き出す。

 本当に賢い猫だ。

 これほど賢いのに、何故ロンのスキャバーズを執拗に狙うのだろう。

 これほどしっかり人の言葉を理解できるのなら、ペットのネズミを食べてはいけないことぐらい分かりそうなものだが。

 

「よほどスキャバーズが美味しそうな匂いを出しているのかしら」

 

 私はそんなことを呟いて、クスリと笑う。

 もしそうなら、スキャバーズを囮にして猫トラップを作れそうだ。

 私はそんな馬鹿なことを考えながら狭苦しい通路を通ってホグワーツ城へと帰った。

 

 

 

 

 

 ハロウィンパーティーの時間が近くなってくると、ホグズミードに行っていた生徒たちがホグワーツへと帰ってきた。

 

「ほら、買えるだけ買ってきたんだ」

 

 ロンは談話室の机の上にお菓子を山のように積む。

 ハーマイオニーも私にお菓子の詰まった大袋を渡してきた。

 

「あら、随分いっぱい詰まってるけど、予算オーバーしてないわよね?」

 

 私がそう聞くとハーマイオニーは恥ずかしそうに頬を掻く。

 

「そりゃ、少しはオーバーしてるけど……でも、多分サクヤが思ってるほどオーバーしてないわ。ハニーデュークスのお菓子はダイアゴン横丁で売られているものに比べると随分と安いの」

 

「そうなのね……色々食べ比べてみて気に入ったやつを次も買ってきてもらおうかしら」

 

「ところで、ホグズミードってどんなところだった?」

 

 ハリーが興味ありげに二人に聞く。

 

「そうだな……大体どこの店も回ったよ。魔法用具店に悪戯専門店のゾンコだろ? それに三本の箒で熱いバタービールを引っかけて……」

 

「ハリー、郵便局が凄かったわ。二百羽以上フクロウがいて、配達速度によって色分けされているの」

 

「それに、ハニーデュークスに新商品のヌガーがあって、試食品を配ってたんだ。二人の袋にも入れといたよ。ほら!」

 

 ロンはお菓子の山からカラフルなヌガーをつまみ上げる。

 

「……それで、貴方たちはどうしてたの?」

 

 ハーマイオニーは少し心配そうな顔をしながら私たちに聞いてくる。

 

「私はクルックシャンクスと遊んでたわ。女子寮から逃げ出してたから戻しといたわよ」

 

 私がそう言うと、ロンがハーマイオニーをじろりと見る。

 ハーマイオニーは気まずそうに咳払いを一つした。

 

「ありがとね。もしかして、あの子扉の開け方がわかるのかしら」

 

「ハーマイオニー、あんまり逃げ出すようだったら首輪とリードをつけろよ。それでベッドにでも繋いでおいてくれ」

 

 ロンは機嫌悪そうに言う。

 

「何を言ってるの。クルックシャンクスは猫よ。どこの世界にリードに繋がれた猫がいるの?」

 

「はいそこまで。ロン、クルックシャンクスは私がちゃんと捕まえておいたから大丈夫よ。それに、貴方がちゃんとスキャバーズを守ってればなんの心配もないわ」

 

 このままではまた喧嘩になりそうだと判断した私は、二人の間に割って入る。

 

「そういえば、ハリーとは途中で別行動してたけど、貴方は何をしていたの?」

 

 私は話題を戻すためにハリーに話を振った。

 

「えっと、ルーピンが部屋で紅茶を入れてくれて。あ、でもそれから、部屋にスネイプが来て魔法薬を置いていったんだ」

 

「スネイプが?」

 

 ロンが怪訝な顔をして聞き返す。

 

「うん。ルーピンは定期的にその薬を飲まないといけないって言ってた。調合が複雑だから、スネイプに作ってもらっているって」

 

「で、ルーピンはその薬を飲んだの?」

 

 ロンは目を丸くして答える。

 

「ルーピン先生は病気なのかしらね。確かにいつもどこか体調が悪そうには感じるけど」

 

「いや、それもそうだけど。僕だったらスネイプから渡されたものには絶対に口をつけないけどな。毒とか入ってそうだし。ほら、スネイプは闇の魔術に対する防衛術の教授職を狙ってるだろう?」

 

 まあ確かにスネイプが闇の魔術に対する防衛術の教師をやりたがっているというのは有名な話だ。

 でも、だからといって現職の先生を毒殺してまでその座を欲しているとは思えない。

 

「何馬鹿なこと言ってるのよ。流石に白昼堂々と毒殺はしないでしょ。それに、その場にはハリーも居たわけだし」

 

 私はそう言いながら懐中時計を確認する。

 

「っと、そろそろ大広間に下りたほうがいいわね。パーティーが始まるわ」

 

 私はハーマイオニーから渡されたお菓子の袋を鞄の中に仕舞うと、鞄を小さくしてポケットの中に入れる。

 そして肖像画の穴をよじ登ると、四人で大広間へと向かった。

 

 

 

 

 大広間にはハグリッドが用意したのであろう何百というくり抜きかぼちゃに蝋燭が灯され、生きたコウモリの群れが天井近くを飛んでいた。

 また、オレンジ色の様々な飾りがあちこちに付けられており、見ているだけでも楽しい気分になってくる。

 用意されたご馳走も絶品だ。

 かぼちゃ料理を始めとして火の通り加減が完璧なローストビーフに様々な副菜、選ぶだけで楽しいデザートの数々が机の上に並んでいる。

 私は手当たり次第に皿に盛りつけると、順番に口に運び始めた。

 

「サクヤって、僕らの倍は食べるのに全然太らないよな」

 

 ロンは私が食べている様子を見ながら感心したように呟く。

 

「そうかしら。でも、それを言うならハーマイオニーもじゃない? 去年と比べて随分食べる量が増えたように感じるけど」

 

 私がハーマイオニーにそう言うと、ハーマイオニーは分かりやすく目を逸らした。

 

「ほら、私って育ち盛りだから」

 

「じゃあ、私もそう言うことで」

 

 私はハーマイオニーの回答に乗っかると、ポテトサラダをどっさり皿に盛る。

 

「育ち盛りって……」

 

 ハリーは私を見ながら何か言いたげな表情で言う。

 まあ、ハリーの言いたいことは分かる。

 確かに私は同級生と比べると身長が小さい。

 でも多分それはそういう体質だからだろう。

 

「何よ。ちびって言いたいの?」

 

「いや、そういうつもりは……」

 

 ハリーは分かりやすく視線を泳がせる。

 私はため息をつくと、ハリーの皿にベーコンの塊を載せた。

 

「貴方はもう少し肉をつけたほうがいいわね。初めて会った時と比べたら随分マシになったけど、まだまだ細いわ。今年もクィディッチの試合があるんでしょう?」

 

「うん。去年は結局中止になっちゃったし、チームのみんなも今年こそはって張り切ってる」

 

 確かに去年は秘密の部屋の一件のせいでクィディッチどころじゃなかった。

 そもそもハリーも石にされていたのだ。

 グリフィンドールはバランスのいいチームだが、ハリー以外に優秀なシーカーがいない。

 ハリーが出れなければ随分と戦力が落ちてしまうのだ。

 

「まあ、去年みたいに怪我しないようにね」

 

 私がそう言うと、ハリーは苦笑いをした。

 

 

 

 

 

 ハロウィンパーティーはゴーストによる余興で締めくくられ、解散となった。

 私たちは生徒の流れに乗りながら上の階にある談話室を目指す。

 ホグズミードには行けなかったが、今日は取り敢えずこのパーティーで満足しておこう。

 しばらく生徒の流れに乗って廊下を進んでいたが、やがて談話室がある階の廊下で前がすし詰め状態になり進めなくなった。

 

「どうしたんだろう?」

 

 談話室に入るための渋滞にしてはあまりにも動きがなさすぎる。

 

「どうしたの? もしかして先頭はネビル?」

 

「いや、それにしてはざわついてる。何かあったのかも」

 

 四人の中で一番身長が高いロンがつま先立ちで肖像画の方を見る。

 私はというと、前の生徒の背中しか見えなかった。

 

「通してくれ。何をもたもたしてるんだ?」

 

 私たちが様子を伺っていると、後ろからパーシーが生徒をかき分けて前へ前へと歩いてくる。

 そして私たちの前を通り過ぎると、そのまま肖像画の前まで進んでいった。

 

「……誰か、ダンブルドア先生を呼んで。急いで」

 

 パーシーは冷静を装った声で言う。

 だが、次の瞬間には後ろからダンブルドアが歩いてきていた。

 

「近くまで行こう」

 

 ハリーはそう言うと、ダンブルドアの後ろに続くようにして人混みの前に出る。

 私もその流れに乗って人混みの先頭へと出た。

 

「……これは」

 

 そこには、滅多切りにされた肖像画があった。

 幸い肖像画に描かれている太った婦人はどこかへ逃げていったのか、肖像画の中には見当たらない。

 だが、この肖像画の壊され方は異常だ。

 誰かがいたずらでやったにしては度が過ぎている。

 

「婦人を探さねばならんな」

 

 ダンブルドアは深刻そうな顔で振り返ると、後ろからやってきていたマクゴナガル、ルーピン、スネイプに対して言った。

 

「マクゴナガル先生。すぐにフィルチさんのところへ行って城中の絵の中を探すように言ってくだされ」

 

「見つかったらしっかり慰めてやれよ!」

 

 ダンブルドアがマクゴナガルにそう言った瞬間、頭上からからかうような声が聞こえてくる。

 私たちが上を向くと、そこにはポルターガイストのピーブズがプカプカと浮かんでいた。

 

「ピーブズ、どういうことかね?」

 

 ダンブルドアは静かな声でピーブズに聞く。

 ピーブズは流石にダンブルドア相手には強気に出れないのか、少し声を落として言った。

 

「校長閣下、あの女は五階の風景画の中を走っていくのを見ましたよ。ひどく泣き叫びながらね。ああ、可愛そうに」

 

 そう言うピーブズの表情はどこか嬉しそうに感じる。

 どうやらこの惨事が楽しくて仕方がないらしい。

 

「誰がやったか、見たかね?」

 

「はい、勿論ですとも校長閣下。そいつは婦人が入れてやらないんで酷く怒ってましたねぇ」

 

 ピーブズは楽しそうに空中で宙返りをしながら答えた。

 

「あいつは相当な癇癪持ちですよ。あのシリウス・ブラックは」

 

「シリウス……ブラック……」

 

 私の全身から血の気が引いていくのを感じる。

 どす黒い何かが腹の底から湧き出し、全身を支配するように這い回った。

 

「ルーピン先生、急いで生徒たちを大広間へ」

 

「分かりました。さあ、みんな落ち着いて、走らず歩いて大広間に移動するんだ。監督生は新入生を引率するように」

 

 ルーピンにそう言われて、グリフィンドールの生徒たちは混乱しながらも大広間に向けて歩き出す。

 

「サクヤ? ほら、行きましょう?」

 

 私はハーマイオニーに手を引かれるままに歩き、大広間へと戻ってくる。

 十分も経たないうちに他の寮の生徒も大広間に集められ、全校生徒が大広間に集まる形になった。

 

「これから先生方によって城内をくまなく捜索せねばならん。したがって、少々気の毒じゃが生徒の皆は今夜はここに泊まることになろうの。ここの指揮は主席の二人に任せる。監督生は大広間の入り口に立って見張りにつくように」

 

 ダンブルドアは気合十分のパーシーに向かってそう告げる。

 そして杖を一振りして大広間の机を全部片隅に寄せると、何百もの寝袋を出現させ床に敷き詰めた。

 

「では、ぐっすりおやすみ」

 

 ダンブルドアは他の教師を引き連れて大広間を出ていく。

 教師たちがいなくなった瞬間、大広間はガヤガヤと騒がしくなった。

 

「みんな寝袋に入るように!」

 

 主席のパーシーが大声を出す。

 

「さあ、おしゃべりはやめたまえ! 消灯時間まであと十分だ」

 

 生徒たちはそれを聞いて、各々のグループで固まりながら寝袋に入っていく。

 

「行こうぜ」

 

 ロンがそう呼びかけ、私たちも寝袋を掴んで壁の隅の方に引きずっていった。

 

「ブラックはまだ城の中にいるのかしら」

 

「どうだろう。少なくともダンブルドアはそう思っているみたいだけど」

 

 ハーマイオニーの心配そうな呟きに、ロンが寝袋の上に寝ころびながら言う。

 

「そうね……でも、どうやって侵入したのかしら。入り口は全て吸魂鬼が見張っているのに」

 

 ハーマイオニーの言葉を聞いて、私は昼間通った通路を思い出していた。

 少なくとも、あの通路に吸魂鬼はいなかった。

 つまり、学校関係者が誰も知らない秘密の抜け道がまだホグワーツにはいくつもあるのだろう。

 ブラックはそういった抜け道を通ってきたに違いない。

 もしかしたら私が昼間通ったあの抜け道を通って学校の敷地内に入ってきた可能性すらある。

 

「なんにしても……」

 

 私の前に現れたら殺す。

 私は一度深呼吸をし高ぶる気持ちを落ち着かせると、殺意を隠すように寝袋に潜り込んだ。




設定や用語解説

暴れ柳
 ホグワーツの校庭に植えられている暴力的な柳の木。近づくもの皆傷つけるかなり危ない存在だが、植物としては貴重なため暴れ柳が怪我をしたらスプラウト先生がしっかり治療する。

全然太らないし大きくもならないサクヤ
 本人としてはチビなことを割と気にしている。

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ずぶ濡れと墜落と私

 ハロウィンの夜から数日の間、シリウス・ブラックの話題で持ちきりになった。

 結局あの日の捜索ではブラックを見つけ出すことはできなかったらしく、生徒たちの間で様々な噂が飛び交う。

 だが、そのどれもが信ずるに値しないような根も葉もない噂だ。

 また、グリフィンドールの談話室の前には太った婦人に代わりカドガン卿の肖像画が掛けられることになった。

 太った婦人の肖像画が修復されるまでの代理という話だが、これがなかなかの曲者で、扉を通ろうとするものに手当たり次第に決闘を挑んだり、コロコロと合言葉を変えたりする。

 まあこのご時世を考えれば適任なのかもしれないが、一日に何度も出入りしなければならない扉と言うこともあり、あまりにも面倒くさい。

 特に被害を受けているのは合言葉を覚えるのが苦手なネビルで、二日に一度は談話室の前で待ちぼうけを食らっていた。

 だが、その甲斐もあってかハロウィンの夜以降シリウス・ブラックは城の中に現れていない。

 時間が経つにつれて生徒たちの間でも緊張感は解けていき、皆の意識は次第にクィディッチの第一試合へと向いていった。

 

「聞いたか? 明日はスリザリンじゃなくてハッフルパフとの対戦になるらしい」

 

 クィディッチの試合を明日に控えた夜。

 大広間で夕食を取りながらロンが言った。

 

「どうして? 予定ではスリザリンとの対戦だったわよね?」

 

 私がそう聞くと、ロンはスリザリンのテーブルの方を見る。

 

「どうやらスリザリンのキャプテンがシーカーの腕が万全じゃないって訴えたらしいんだ。それでスリザリンとの試合が延期になったって。それ自体は少し前から決まっていたことらしいんだけど……」

 

 まあ、そうでなければハッフルパフの選手はいきなり試合に出ることになってしまう。

 きっとここまで話が回ってきていなかっただけで、スリザリンではなくハッフルパフと当たることは一週間ほど前から決まっていたんだろう。

 

「でも、多分明日の試合に出たくない言い訳だろうな。ほら、天文学のシニストラ先生が言ってただろ? 明日は嵐がくるって」

 

 確かにマルフォイの腕は随分前から包帯が取れており、普通に動かせている。

 シーカーの腕の調子が悪いというのはキャプテンの言い訳だろう。

 

「嵐の中でのクィディッチは過酷だ。スニッチは見えないし、速度を上げると雨粒が顔に突き刺さるんだ。多分見てるこっちもずぶ濡れになると思うよ」

 

「えー、私談話室で待ってようかな」

 

 私がそう言うと、ハリーは分かりやすく残念そうな顔をする。

 

「冗談よ。ちゃんと見に行くわ。でも、そうなのだとしたらしっかり雨の準備をしないと。マントに防水呪文でもかけていこうかしら」

 

 私は皿に残っていた最後のパンを口の中に放り込み、席を立って談話室に戻る。

 そしてそのまま女子寮へと上がり、普段自分が着ているローブに防水呪文を重ね掛けした。

 

「これでよし。あとはしっかり防寒していけば大丈夫そうね」

 

 私は防水呪文を掛けたローブをベッドに掛け、談話室へと降りる。

 そして暖炉の前のソファーに座り読書を始めた。

 

 

 

 

 次の日。

 バケツをひっくり返したような雨の中、私たちはクィディッチスタジアムの観客席に来ていた。

 観客席にはこの大雨にも関わらず、ホグワーツの殆どの生徒と教師が集まっている。

 この場にいる時点であまり人のことは言えないが、皆クィディッチとなると多少の雨などものともしないらしい。

 私のようにしっかり雨の対策をしている生徒は少なく、殆どの生徒は全身びしょ濡れになりながら観客席で身を震わせていた。

 

「そろそろ始まるぞ」

 

 ロンがグランドの真ん中を指さして叫ぶ。

 雨でよく見えないが、確かにそこには赤と黄色のユニホームをまとった選手たちが見えた。

 赤がグリフィンドール、黄色がハッフルパフだろう。

 普段ならうるさいぐらい聞こえる実況やマダム・フーチの開始を告げる笛の音も殆ど聞こえず、気がついたら選手たちは箒に乗ってスタジアム内を飛び回り始める。

 普段と比べて動きは随分と遅かったが、それでもちゃんとプレーができているあたり日頃の練習の成果がしっかりと出ているようだった。

 

「ハリーはどこかしら」

 

 私はフードの隙間から雨が入りこまないようにしながら上空を見回す。

 だが、この雨だ。

 ハリーを特定するのは困難を極める。

 

「こんなんで本当にスニッチが捕まるの?」

 

「捕まらなかったら、捕まるまでやるのがクィディッチだよ。嵐で取れないんだったら、嵐が過ぎ去るまでやるさ!」

 

 ロンが私の横で叫んだ。

 心なしか楽しそうに見えるのは気のせいだろうか。

 いや、気のせいではないだろう。

 ロンから言わせれば、こういう状況もクィディッチの醍醐味に違いない。

 そのまましばらく試合を見ていたが、両チームともに少しずつ点数を入れれているようだ。

 横で律儀に点数を数えていたハーマイオニーが今の得点状況を私に教えてくれる。

 どうやら今現在、グリフィンドールが五十点リードしているようだ。

 その瞬間、微かにフーチの笛の音が聞こえてくる。

 どうやらウッドがタイムを要求したらしい。

 

「私ちょっと行ってくるわ。ハリーの眼鏡に防水魔法を掛けてくる」

 

 ハーマイオニーはそう言うが早いか観客席を飛び出していく。

 グリフィンドールのピッチではウッドが皆を集めて何かを話しており、何か問題があるというよりかは、純粋に情報をまとめているように見えた。

 

 しばらくするとまた笛が鳴り、選手たちは雨を切り裂くようにして空へと昇っていく。

 この雨にも慣れてきたのか、先程と比べると選手の動きがいいように感じた。

 

「このままハリーがスニッチをキャッチできれば……」

 

 ハーマイオニーが自分の肩を摩りながら観客席へ戻ってくる。

 

「多分体力だけで見たら体の大きなディゴリーが有利だ。でも、ハリーの方がシーカーとしての腕はいいと思う。箒もいいのに乗ってるし。ディゴリーがスニッチを見つけたのにハリーが気がつければ負けることはないさ」

 

 ロンが雨の中で目を凝らしながら言った。

 次の瞬間、二人の選手が急加速を始めるのが見える。

 クィディッチであのような動き方をする選手はシーカーしかいない。

 ハリーと相手チームのシーカーであるディゴリーがスニッチを見つけたのだ。

 

「行けるぞハリー!」

 

 私の横でロンが叫ぶ。

 だが、その瞬間クィディッチのスタジアムに黒い影のようなものが近づいてきた。

 

「あれは……」

 

 私はスタジアムを漂う黒い影に対し目を凝らす。

 間違いない、あれは吸魂鬼だ。

 

「なんでスタジアムに吸魂鬼が?」

 

「ハリー!!」

 

 横でハーマイオニーが悲鳴を上げたのを聞いて、私は咄嗟にハーマイオニーの視線を追う。

 そこには箒から滑り落ちるハリーの姿があった。

 ハリーはそのまま真っ直ぐ地面へと落ちていったが、落下速度が次第にゆっくりになり、最終的に優しく地面へと下ろされる。

 私が観客席を見回すと、職員用の観客席に座っていたダンブルドアがハリーに向けて杖を向けていた。

 

「大丈夫。ダンブルドアが何とかしたみたいよ」

 

 私は今にも泣きそうなハーマイオニーの肩を叩く。

 ダンブルドアはハリーが地面に付いたのを確認すると、今度は吸魂鬼に向けて杖を向けた。

 ダンブルドアの杖から放たれた銀色の光はやがて不死鳥を象り吸魂鬼に向けて飛んでいく。

 銀色の光でできた不死鳥は吸魂鬼を追い立てるとスタジアムの外へと吹き飛ばした。

 

「取った! スニッチをキャッチしたぞ! ハッフルパフの勝利だ!」

 

 グラウンドではハリーに何が起こったのか認識できていないディゴリーがキャッチしたスニッチを掲げている。

 だが、すぐに周囲を見回し、ハリーが地面に倒れているのを見てスニッチを投げ捨てハリーに駆け寄った。

 

「どうした! 何があった!? 審判! いや、早く医務室に!」

 

 ディゴリーはハリーを抱え上げると、グリフィンドールのピッチへと駆けこむ。

 ここからではよく見えないが、観客席の方からマクゴナガルとダンブルドアがグリフィンドールのピッチに駆け込んでいったように見えた。

 

「この場合、試合はどうなるの?」

 

 私は口をぽかんと開けているロンに聞く。

 ロンは口をパクパクとさせながらも私の問いに答えた。

 

「わからない。でもスニッチを取ったのはディゴリーだ。ハリーが落ちた時点では試合はまだ止まってなかった。公式ルールに則れば、ハッフルパフの勝ちだよ……」

 

「わ、私ハリーの様子を見に行くわ」

 

「うん、みんなで行こう」

 

 私たちは観客席を抜け出すと、グリフィンドールのピッチに駆け込む。

 そこではハリーの手当と並行して試合をどうするかが話し合われていた。

 

「こんなの間違っている! この試合はやり直すべきだ!」

 

 ずぶ濡れのディゴリーがマダム・フーチに対して訴える。

 

「途中で吸魂鬼が試合の邪魔をしたんだ。やり直してしかるべきだ。そうだろう?」

 

 ディゴリーは拳を固く握りしめているウッドにもそう訴えた。

 

「いや……ルールに則れば、ハッフルパフの勝利だ。あの時、まだ試合は止まっていなかった」

 

 ウッドは悔しそうな表情をしながらも、グリフィンドールの負けを認める。

 

「私としても、試合をやり直すほどのトラブルでもないでしょう。試合を邪魔するために何者かが意図的に吸魂鬼を招き入れたわけではなさそうですし、この試合はハッフルパフの勝ちで終わらせるべきです」

 

 マダム・フーチは最終決定だと言わんばかりの口調でディゴリーに言った。

 ディゴリーは何か言いたげに口を開きかけたが、ハリーを見て口を閉じる。

 そして気絶しているハリーの肩を優しく叩くと、ハッフルパフのピッチに向けて雨の中を歩いていった。

 

「なんにしても、早くポッターを医務室に運ばねばなりません。私とマダム・フーチでポッターを医務室に運びますので、貴方たちはまず寮に戻って濡れた服を着替えて来なさい。お見舞いに来るのはそれからでも遅くないはずです」

 

 マクゴナガルはそう言うと、マダム・フーチと共にハリーを連れて奥へと消えていく。

 私たちはしばらくグリフィンドールのピッチで何も言えずにいたが、やがて沈黙を破るようにジョージが言った。

 

「取り敢えず、着替えないことにはハリーのお見舞いにも行けない。さっさと着替えて医務室に行こうぜ」

 

 私たちはジョージの言葉に同意すると、みんなで城に向けて歩き始める。

 グリフィンドールの選手たちはこの後どのような点差がつけば今年の優勝を狙えるかを話し合っていた。

 

「ハリー、大丈夫かしら」

 

 ハーマイオニーはショックと寒さで肩を震わせている。

 私は防水効果の付いたローブをハーマイオニーに被せると、背中をドンと叩いた。

 

「あれぐらいじゃ死なないわ。多分少し気絶してるだけよ」

 

 私はハーマイオニーの背中を押して城の階段を上がり、談話室を抜けて女子寮へと上がる。

 途中からローブをハーマイオニーに貸してしまったので、私も頭の先から靴下の先までずぶ濡れだった。

 

「取り敢えず私はシャワーを浴びて来るわ。ハーマイオニーも早く準備しちゃいなさいよ」

 

 私は替えの着替えが入った鞄を掴むと、シャワー室へと足を向ける。

 なんにしても、早く準備をしてハリーのお見舞いに行ってあげよう。

 

 

 

 

 私たちは準備を済ませると、三人揃って医務室へと駆けこむ。

 医務室には既に人が入っており、結局シャワーすら浴びずに医務室に入り込んだ様子のフレッドとジョージがハリーの肩を掴んでハリーを励ましていた。

 

「気にするなハリー、これで試合が決まったわけじゃない。ハッフルパフが二百点差でレイブンクローに負けて俺たちがレイブンクローとスリザリンに勝てば優勝だ」

 

「でも、それじゃあハッフルパフがレイブンクローに勝ったら?」

 

 ハリーは心配そうにフレッドに聞く。

 

「ありえないぜ。レイブンクローのほうが圧倒的に強いさ。まあでも、スリザリンがハッフルパフに負けたらアレだが……」

 

「なんにしても百点差が決め手になるな」

 

 フレッドの言葉にジョージが続けた。

 

 しばらくするとマダム・ポンフリーが医務室に到着し、泥だらけのフレッドとジョージに出ていくように命じる。

 私たちは既に綺麗な服に着替えていたので追い出されずに済みそうだ。

 

「僕、あの後どうなったの? 地面に落ちるところまでは覚えているんだけど」

 

 ハリーは深刻そうな顔で私たちに尋ねる。

 私たちは顔を見合わせると、ハーマイオニーがハリーに説明を始めた。

 

「貴方が地面にぶつかる前にダンブルドアが魔法を掛けて貴方をゆっくりにしたの。それで、その後吸魂鬼を追い払って……そのあと、マクゴナガル先生とフーチ先生が貴方をここまで運んだのよ」

 

 ハリーは俯いて何かを考え始める。

 そしてふと顔を上げて私たちに聞いた。

 

「誰か僕のニンバスをキャッチしてくれた?」

 

「いや、僕たちは見てないけど……」

 

 ロンは私とハーマイオニーの顔を見る。

 私もハーマイオニーも首を横に振った。

 少なくともあの状況で箒の行方を追っていた人間などいないだろう。

 その瞬間、その問いに答えるようにフリットウィックが医務室に顔を出す。

 フリットウィックはハリーが起きていることを確認すると、悲しそうな顔でハリーに持っていたバッグを差し出した。

 

「ポッター君、君の箒ですが、どうにも暴れ柳に突っ込んだようで……。私が確認しに行った時にはこの有様でした」

 

 ハリーはフリットウィックからバッグを受け取ると、中身を見て悲しそうに呻く。

 そしてベッドの横にバッグの中身をひっくり返した。

 

「まさか、そんな……」

 

 ハリーは床に散らばる木片を虚ろ気な目で見る。

 そこにはハリーの相棒であるニンバス2000がバラバラになって散乱していた。




設定や用語解説

大雨の中のクィディッチ
 クィディッチの試合はスニッチが捕まるまで終わらない

セドリック・ディゴリー
 ハッフルパフのキャプテンにしてシーカーを務める上級生。人格者であり、全てのハッフルパフ生の見本のような存在

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忍びの地図とハニーデュークスと私

 一九九三年の十二月。

 気がつけばクリスマス休暇が既に目前まで迫っていた。

 結局今の今までシリウス・ブラックは捕まっておらず、あれ以降痕跡すら見せていない。

 目撃証言すらないので今ブラックがどこにいるかも全く見当が付いていないのが現状だった。

 そんな状態ではあるが学校側は生徒にも休息が必要だと判断したらしく、学期最後の週末にホグズミード行きが許可される。

 もっとも、私とハリーは許可証がないので学校に居残りだが。

 

「はいこれ。買ってきて欲しいもののリストね」

 

 私は羊皮紙にお気に入りのお菓子を書くと、ハーマイオニーに手渡す。

 

「それと、何か美味しそうなものがあったら一緒に買ってきて頂戴」

 

「……うん、わかったわ。任せて」

 

 ハーマイオニーはリストに上から下まで目を通し、二つ折りにしてポケットの中に仕舞いこむ。

 ハリーも私に倣ってロンにリストを手渡していた。

 

「休暇中に何か遊べそうなものも買ってくるよ。今年も四人揃ってホグワーツに残るしな」

 

 そう、ロンの言う通り、帰るところの無い私と帰りたくないハリーは勿論のこと、ロンもハーマイオニーもホグワーツに残ることにしたようだった。

 私は二人が休暇中に学校に残る理由をそれとなく察している。

 二人とも、ハリーを一人にしたくないと考えているのだろう。

 私とハリーは玄関ホールでロンとハーマイオニーを見送ると、談話室に向けて歩き出した。

 

「で、ハリーはどうするの? 私は談話室で読書でもしようと思ってるけど」

 

 私がそう聞くと、ハリーは少し考えた後口を開く。

 

「うーん。僕も読書しようかな。暖炉の前を占領したいし、それにそろそろいい加減新しい箒を買わないとウッドに殺されちゃうよ」

 

「あー、学校の備品の『流れ星』って、ほんとにただ宙に浮けるだけってレベルの代物だもんね。あれならグラウンドを両足で走ったほうが速いわ」

 

「違いない」

 

 既に新しい箒を買っているものだと思っていたが、どうやらハリーはまだニンバス2000に心を囚われているようだ。

 まあ相棒と呼べるほどにはハリーはニンバスを愛用していたため、執着するのもわかる。

 だが、新しい箒がないとシーカーとして戦うことができないのも事実だ。

 

「じゃあ、僕は図書館で箒選びの本を借りてくる」

 

 私はハリーと階段の前で別れると、寄り道せずに談話室へと戻り暖炉の前に移動する。

 そこには既に下級生が大勢いたが、幸い私とハリーが使う分のソファーは確保できそうだった。

 私はソファーに身を埋めると、鞄の中から本を取り出し、ついでに淹れたての紅茶をティーカップごと机の上に置く。

 その様子を横にいた新入生が目を丸くして見ていた。

 

「さて……」

 

 私は紅茶を啜りながら太ももの上に置いた本を捲る。

 そろそろロックハートから借りた本の残りも少なくなってきた。

 既に新しい魔法を作る下地はできているといっていいだろう。

 時間を止めるという私の特殊な能力。

 今のところ時間を止めたり時間の流れる速度を調整したりすることしかできていない。

 だが、現代物理学では時間と空間は密接な関係にあることが知られている。

 つまり時間を操れるということは、空間を操れるということなのだ。

 だが、そこまで至るには今度は物理学の知識が足りていない。

 その辺を理解せずに術を作るのはあまりにも危険だろう。

 そんなことを考えながら新しいページをめくる。

 そろそろハリーが戻ってきてもいい頃だが、まだハリーは談話室に戻ってきていなかった。

 

「遅いわね」

 

 私は談話室の入り口を見る。

 次の瞬間、ハリーが談話室の中に駆け込んできた。

 ハリーはキョロキョロと談話室を見回すと、私のもとに走ってくる。

 その手には古びた羊皮紙の紙切れを持っていた。

 

「随分息を切らしてるけど……そんなに早く読書がしたかったの?」

 

 私は冗談交じりにハリーに言う。

 ハリーは私の冗談が聞こえていないかのように私に迫ると、声を潜めて言った。

 

「急いで外に出る準備をして」

 

「外って……ハグリッドの小屋にでも遊びに行くの?」

 

 私は本を閉じ鞄の中に仕舞うと同時にローブを引っ張り出す。

 

「とにかく、準備をしておいて。僕も防寒着を取ってくるから」

 

 ハリーはそう言うと男子寮の階段を駆け上っていく。

 透明マントが必要だということは、ハグリッドの小屋が目的地ではなさそうだ。

 私はローブの下にもこもこしたセーターを着込むと、ハリーが帰ってくるのを待つ。

 ハリーは五分もしないうちに螺旋階段を転がり落ちるように下りてきた。

 

「詳しい話は歩きながら話すよ。とにかく早く出発しよう」

 

 ハリーはそう言うと談話室の出口へと向かい歩き始める。

 私は鞄を縮めてポケットの中に仕舞うと急いでハリーの後を追った。

 

「どこに行こうとしているか大体予想はつくけど、一体どういう経緯で何をしようとしているかは教えて」

 

 私は人の殆どいない廊下を歩きながらハリーに聞く。

 ハリーは周囲を見回し人がいないことを確かめると、小さな声で話し始めた。

 

「図書室に向かう途中でフレッドとジョージに呼び止められたんだ。そして、この羊皮紙を渡された。お祭り気分のお裾分けだって」

 

 ハリーは手に持っていた羊皮紙を私に見せてくる。

 私はその羊皮紙を手に取り広げてみたが、中には何も書かれていなかった。

 

「ただの古びた羊皮紙に見えるけど」

 

「いや、この羊皮紙には凄い魔法が掛けてあるんだ。見てて」

 

 ハリーは廊下の途中で立ち止まると、羊皮紙に杖を当て、呪文を唱えた。

 

「われ、ここに誓う。われ、よからぬことを企む者なり」

 

 ハリーがそう唱えた瞬間、杖の先から細いインクの線が広がり始め、やがてそれは羊皮紙の上に精巧な地図を描き出した。

 

「これは……ホグワーツの地図ね。それも凄い正確な」

 

 私は羊皮紙を手に取り周囲と地図を見比べる。

 廊下の長さや幅、教室の大きさなどもほぼ正確に再現されているようだ。

 

「それだけじゃない。見て」

 

 ハリーは地図上を指さす。

 そこには小さな点が描かれており、小さな文字で名前が書いてあった。

 私は今自分がいる四階廊下を地図上で見る。

 するとそこにはハリー・ポッターとサクヤ・ホワイトの点が、今私たちが立っている位置に表示されていた。

 

「……確かに凄いわね。この地図があれば学校内の全ての人間の行動が把握できてしまうわ」

 

「フレッドとジョージの悪戯の成功の秘訣がこの地図だったらしい。とにかく、二人曰くホグズミード行きの抜け道は全部で七本ある。そのうちの四本はフィルチも知っているから吸魂鬼が張り付いているけど、残りの三つは誰にも知られていないんだ」

 

 ハリーは地図を指し示しながら話を続ける。

 

「そのうちの一つ、五階の鏡の裏の道は崩れてるらしい。残るはこの四階の魔女の像の裏の道と──」

 

「暴れ柳の道ね」

 

「え? うん。そうだね。暴れ柳の道は近づくことすら困難だから、残るは四階の魔女の像の裏、ハニーデュークスに繋がる道だ」

 

 ハリーは地図を畳むとコブのある隻眼の魔女の像の前に行く。

 私は像の裏を調べたが、抜け道があるようには見えなかった。

 

「何もなさそうだけど……」

 

「ちょっと待って」

 

 ハリーはもう一度地図を開き、現在地を確認する。

 そして杖を取り出し、像を叩きながら言った。

 

「ディセンディウム、降下!」

 

 ハリーが呪文を唱えると、像のコブが割れ細身の人間が一人通れるぐらいの隙間が開いた。

 

「開いた。多分この先を進んでいけばホグズミードだ」

 

 ハリーは早速開いた隙間に体をねじ込み始める。

 

「待って」

 

 私はそんなハリーを呼び止めた。

 

「ねえハリー、本当に学校を抜け出してホグズミードに行くの?」

 

 私がそう言うと、ハリーは表情を曇らせる。

 

「サクヤは反対?」

 

「いや、私としては別にどちらでもいいんだけど。一応聞いておきたくて。本当に校則を破ってホグズミードに向かうのね」

 

 ハリーは隙間に体をねじ込みながら考える。

 だが、すぐに答えは出たようだった。

 

「うん、僕は行くよ。サクヤはどうする?」

 

「あなた一人で行かせるわけにはいかないわ」

 

 私はハリーに続いて隙間に身を通す。

 隙間の奥は石の滑り台のようになっており、私は足の裏で上手くバランスを取りながら坂を滑り降りた。

 しばらく坂を滑り、やがて湿った地面に着地する。

 穴の中は真っ暗で、リアルに一寸先も見えなかった。

 私は杖明かりを灯し、周囲を見回す。

 どうやら土を掘っただけのトンネルのようで、天井の高さも手を伸ばせば届いてしまうほど低い。

 だが、暴れ柳の下の道に比べると、まだ少し通りやすく感じた。

 

「……一体誰がいつ掘ったんだろう」

 

 ハリーも自分の杖に明かりを灯し、周囲を見回している。

 

「わからないわ。でも少なくともその地図よりかは前からあったということでしょうね」

 

 私は杖を通路の奥に向ける。

 ハリーは地図を白紙に戻しポケットの中に仕舞い直すと、通路の奥に向けて歩き始めた。

 

 私たち二人は曲がりくねったトンネルをひたすら歩き、無限に続いているように思えるような石段を上る。

 ホグワーツを出てから一時間は歩いただろうか。

 ついに石段の一番上に到達した。

 

「行き止まりだ」

 

 ハリーは石段の先を見て呟く。

 私は石段の一番上まで行くと、天井を慎重に叩いた。

 

「これ、撥ね戸になってるわ」

 

 私はゆっくり撥ね戸を押し上げ、頭を少しだけ出して周囲を見回す。

 撥ね戸の外は倉庫のようだった。

 壁沿いに木箱やケースがびっしりと並べられており、甘い匂いが充満している。

 私とハリーは撥ね戸から外に出ると、周囲の物音を探った。

 

「……大丈夫そうね」

 

「よし行こう」

 

 私とハリーは通路を進み階段を上り、そこにあったドアを慎重に開ける。

 どうやらカウンターの裏に出たらしく、私たちは低い姿勢のままカウンターを抜けてゆっくりと立ち上がった。

 

「これは凄いわね」

 

「……うん。ダドリーに見せたらどんな表情をするか見てみたいよ」

 

 店の中には所狭しとお菓子の箱が並べられており、そのどれもが極彩色を放っている。

 色とりどりのヌガーに始まり、ピンク色のココナッツキャンディーや何百種類ものチョコレート、ドルーブルの風船ガムにブルブル・マウス、ヒキガエル型ペパーミントなど、ここで買えないお菓子は無いんじゃないかと思えるような品揃えだった。

 

「サクヤ、向こうにロンとハーマイオニーがいるよ」

 

 ハリーが指さした方向を見ると、店の奥にある『異常な味』コーナーでお菓子を選んでいる二人の姿があった。

 私とハリーは足音を殺して二人の後ろに近づく。

 どうやら二人は私たち用のお菓子を選んでいるところのようだった。

 

「これとかどうだろう。血の味がするペロペロキャンディーだって」

 

 ロンは棚の上の飴を指さす。

 

「うーん。駄目よ。これ多分吸血鬼用だと思うわ」

 

「じゃあこれは?」

 

 ロンは今度はゴキブリ・ゴソゴソ豆板の瓶を持ち上げた。

 

「絶対いやだよ」

 

 たまらずハリーが言う。

 ロンは瓶を取り落としそうになるほど驚くと、慌ててこちらに振り向いた。

 

「ハリー! それにサクヤも! どうしてここにいるの?」

 

 ロンが瓶を棚に戻しながら言う。

 ハーマイオニーも口に手を当てて悲鳴が漏れないようにしていた。

 

「うわーお。まさか二人とも姿現しができるようになったの?」

 

「まさか」

 

 ハリーは小さな声で私が廊下で聞いた話と同じ話を二人にする。

 ロンはその話を聞いて憤慨した。

 

「フレッドもジョージもなんでこれまで僕にくれなかったんだ! 弟じゃないか!」

 

 ハリーはそれを聞いて苦笑いをする。

 だが、ハーマイオニーは深刻そうな顔をした。

 

「でもこのまま地図を持っているわけじゃないんだし。ちゃんとマクゴナガル先生に渡すわよね?」

 

「僕、渡さない」

 

 ハリーは間髪入れずに答える。

 

「僕がこれを渡したらどこから手に入れたかを言わなきゃいけない。フレッドとジョージに迷惑は掛けられないよ」

 

「でもそれじゃあシリウス・ブラックはどうするの? この地図にある抜け道のどれかを使ってブラックが城に入り込んでいるかもしれないのよ! 先生方に抜け道を知らせないといけないわ」

 

 ハーマイオニーはそう言って口を尖らせる。

 だが、ハリーも負けじと反論した。

 

「ブラックが抜け道から入り込むはずがないよ。七つの抜け道の内四つは既にフィルチが知ってるし、残りの三つも僕らが通ってきた道以外は実質通れない。それにこの道も倉庫の地下に入り口があるんだ。見つかりっこないよ」

 

「それにあれを見ろよ」

 

 ロンは店の出入り口に貼りつけてある掲示物を指さした。

 そこには日没後には吸魂鬼が村を巡回する旨が書かれている。

 

「この村には吸魂鬼がわんさか集まるんだ。ブラックが夜にこの村に現れたらそれこそお陀仏だよ」

 

「まあまあ、折角のクリスマスなんだし、そういう話は帰ってからでも遅くないわ」

 

 私はハーマイオニーの肩をバンバンと叩く。

 

「見て! このペロペロキャンディー、ペロペロキャンディーに見えてチョコレートなんだって! それにこっちのガムは膨らませるとそのまま空に飛んでいくらしいわ。あ、このヌガーは初めて見るわね。この虹色はいったい何味なのかしらね!」

 

 私は気になるお菓子を腕一杯に抱える。

 ハーマイオニーはそんな私を見て大きなため息をついた。

 

「もう、わかったわ。でもこのまま有耶無耶にはさせないからね」

 

 ハーマイオニーのお許しが出たところで私はお菓子の会計を済ませる。

 これだけ買い込んでおけばクリスマス休暇はお菓子に困ることはないだろう。

 私は買い込んだお菓子を鞄の中に流し込むとハリー達と合流する。

 そして四人でホグズミード村を歩き始めた。

 ホグズミードの家々はどこも魔法で飾りつけを行っており、どの家もキラキラと輝いている。

 村の中にマグルが一人もいないからこそできる装飾と言えるだろう。

 

「あれが郵便局で……ゾンコの店はあそこ」

 

 ロンはあちこち指さしながら吹雪の中を先導していく。

 ホグワーツを出発したときはあまり意識していなかったが、外は結構吹雪いているようだった。

 

「叫びの屋敷まで行くのはどうかしら?」

 

 ハーマイオニーはそう提案するが、ロンは寒さに歯を鳴らしながら言った。

 

「いや、三本の箒でバタービールを飲まないか? 思った以上に冷え込んできた」

 

 私たちはロンの提案に賛成する。

 確かに今日は外を歩いて回るには寒すぎるだろう。

 私たちはロンを先頭にして道路の向かいにある小さなパブに入った。




設定や用語解説

流れ星
 学校の備品であり骨董品スレスレの箒。蝶にも抜かされるほど遅い。

忍びの地図
 ハリーが双子から貰ったホグワーツの詳細な地図。また、地図上にはその場にいる人物の名前も表示される。

ハニーデュークス
 ホグズミードにあるお菓子屋

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三本の箒と仇と私

 

 クリスマス休暇に入る前最後のホグズミード行きが許可された週末。

 私とハリーは抜け道を通ってお忍びでホグズミードに来ていた。

 

「ほら、ここが三本の箒だよ」

 

 ロンが看板を指し示しながら紹介してくれる。

 そこは『三本の箒』と呼ばれるパブで、ホグズミードにある酒場では一番の人気らしい。

 店の大きさはこの夏バイトをしていた漏れ鍋より少し小さいだろうか。

 私たちは入り口で雪のついたローブを脱ぐと、奥の方に進み空いていた小さなテーブルに座った。

 

「僕が飲み物を取ってくるよ」

 

 ロンはそう言うと意気揚々とカウンターの方へ歩いていく。

 しばらくするとロンが両手に二つずつ大ジョッキを抱えて戻ってきた。

 

「メリークリスマス!」

 

 私たちはバタービールのジョッキをぶつけ合うと、火傷しないようにゆっくりジョッキに口をつける。

 私はバタービールは冷たい方が好きだが、こういう寒い日は熱いバタービールに限るだろう。

 

「やっぱこれよね。この夏客に奢られて散々飲んだけど、やっぱり冬場はホットの方がいいわ」

 

 私がジョッキを傾けていると、急に冷たい風が私の頬を撫でる。

 風の吹いた方向に視線を向けると、マクゴナガルとフリットウィックが雪を払いながら店に入ってきたところだった。

 その後ろにはハグリッドと魔法大臣であるファッジの姿もある。

 

「マズっ」

 

 私はジョッキを持ったまま身をかがめると、机の下に隠れる。

 少し遅れてハリーもハーマイオニーに押し込められるように机の下に転がり込んできた。

 

「モビリアーブス」

 

 ハーマイオニーが呪文を唱えると、そばにあったクリスマスツリーが数センチ浮き、私たちを隠すように移動する。

 これで覗き込まれない限り私たちの姿が見えることはないだろう。

 職員御一行はカウンターで注文を済ませると、私たちのすぐそばのテーブルにつく。

 私は鞄の中から羊皮紙と万年筆を取り出し、ハーマイオニーと筆談を始めた。

 

『抜け出せそうな感じ?』

 

『無理。出口まで見つからずに行くのは不可能』

 

『おーまいごっと』

 

 私はハーマイオニーとの筆談結果をハリーにも見せる。

 ハリーは羊皮紙を読むと、困ったように眉を下げた。

 

「ギリーウォーターのシングルとホット蜂蜜酒、アイスさくらんぼシロップソーダに紅い実のラム酒お待たせしました」

 

「ありがとうロスメルタのママさん」

 

 店主がお酒を持ってきたらしく、ファッジがお礼を言う。

 

「また会えて嬉しいよ。よかったら君も一杯やってくれ。積もる話もあるだろう」

 

「まあ、光栄ですわ」

 

 ハイヒールの音が遠ざかっていったかと思うと、すぐに戻ってくる。

 酒が入って、しかも店主も巻き込んでとなると、しばらくはここで拘束されるだろう。

 あまりにも長くなりそうだったら時間を止めて店の隅に火でもつけよう。

 とにかく、今は大人たちの話を聞いているほかない。

 

「それで、今日はなんでこんな片田舎に?」

 

 ロスメルタの声だ。

 ファッジはその問いに答えるのに少し躊躇したようだったが、やがて声を小さくして話し始めた。

 

「ほかでもないよ。ブラックの件でね。学校で何が起こったかは聞き及んでいるだろう?」

 

「まあ、噂ぐらいは」

 

 ロスメルタはそう言うが、絶対噂程度じゃないだろう。

 酒場の店主という立場上、下手すると魔法省の人間よりもその辺の話には詳しいはずだ。

 

「大臣はまだブラックが近くに潜伏しているとお考えで?」

 

「そう考える他ないだろう。それに用心に越したことはない。つい先程吸魂鬼と会ってきたところだ。連中はダンブルドアに対して猛烈に怒っていたよ。ダンブルドアが城内に入れないとね」

 

「当たり前です。あんな恐ろしいものにうろうろされては生徒たちも教育に専念できないでしょう」

 

 マクゴナガルは論外だと言わんばかりの強い口調で言う。

 

「そうは言うがね、連中よりもっと恐ろしいものから守るために連中がここにいるんだ。実際に、ブラックは一度ホグワーツに侵入している」

 

 まあ、ファッジの言うことも一理ある。

 ダンブルドアがいるにも関わらず、シリウス・ブラックは一度ホグワーツに侵入している。

 だとしたら、警備を強化せざるを得ないというのももっともな話だ。

 

「でもねぇ。私はまだ信じられないですわ」

 

 ロスメルタが静かな声で言う。

 

「多くの人間が闇の陣営に加担していく中、シリウス・ブラックだけはそうはならないと思っていましたのに。……あの人がまだホグワーツ生だった時のことを今でも覚えていますわ。もしあの頃にブラックが将来殺人鬼になると聞かされても、私は酔っ払いの妄言だと思ったことでしょうね」

 

「それは君がブラックの最悪の仕業を知らないからだよ。といってもあまり知られている話でもないが……」

 

「最悪の?」

 

 ファッジの思わせぶりなセリフにロスメルタが食いつく。

 

「あんなにたくさんの人間を殺した以上に悪いことだっておっしゃるんですか?」

 

「まさにその通りだ。ブラックの学生時代をよく知っていると言っていたね。奴の一番の親友が誰だったか覚えているかい?」

 

「もちろんです」

 

 ロスメルタは即答する。

 

「ここにもしょっちゅう来てましたわ。あの二人にはよく笑わされたものです。シリウス・ブラックとジェームズ・ポッターのコンビには」

 

 ガタンと隣で音がする。

 どうやら驚いたハリーが机に頭をぶつけたようだ。

 

「まったくもってその通りです」

 

 マクゴナガルがロスメルタに続けるように言う。

 

「それと同時に、二人ほど私たちを困らせる存在もいませんでした。二人はいつも悪戯の首謀者で、しかも二人揃って恐ろしく賢い生徒でした」

 

「まったくだ。フレッドとジョージも大概だがね」

 

「みんなブラックとポッターは兄弟なんじゃないかと思ったでしょうね!」

 

 フリットウィックが同意する。

 ファッジは昔を懐かしむように小さく笑みをこぼした。

 

「ポッターは誰よりもブラックを信用してた。それは学校を卒業して結婚しても変わらなかった。ブラックは結婚式で新郎の付き添い役を務めたし、産まれた子の名づけ親もブラックだ」

 

 そんな話は初めて聞く。

 ハリーもその話は知らなかったらしく、目を見開いていた。

 

「だが、まさかあんなことになるとは。これを知ったらハリーはきっと辛い思いをするだろう」

 

「ブラックの正体が例のあの人の一味だったという話です?」

 

「いや、もっと悪い話だ」

 

 ファッジは声のトーンを落とす。

 

「ポッター夫妻は自分たちが例のあの人に狙われていることを知っていた。ダンブルドアが察知したんだ。そして二人に身を隠すように提案した。だが、例のあの人から身を隠すのは容易なことじゃない。生半可な隠蔽魔法じゃダメだ。だから、ダンブルドアは『忠誠の術』が一番だと二人に教えたんだ」

 

「一体どんな術ですの?」

 

 ロスメルタが夢中になって聞くと、フリットウィックが咳ばらいをしつつ答えた。

 

「とてつもなく複雑な術です。生きた人間に秘密を魔法で封じ込めるのです。選ばれた者は『秘密の守人』として自分の中に情報を隠す。封じ込められた秘密は秘密の守人が暴露しない限り絶対に見つけることができない。秘密が守られている限り、例のあの人が村の中を何年探そうが、たとえ家の窓に鼻先を押し付けて覗き込もうが見つけることはできないのです」

 

「それじゃあ……もしかしてブラックがポッター夫妻の秘密の守人に?」

 

「ええ、そうです」

 

 ロスメルタの問いにマクゴナガルが答えた。

 

「ジェームズ・ポッターはブラックだったら……親友である彼なら秘密を漏らすことなく死を選ぶだろうと考えたのです。それほどまでに信頼していた。私たちもそれに賛成でした。あの時はブラック以上の適任はいなかった。ただ、ダンブルドアだけは心配していらっしゃいましたが……」

 

「ダンブルドアはブラックを疑っていらしたの?」

 

 ロスメルタが息を呑む。

 

「ダンブルドアはポッターに近しい誰かが二人の動きを例のあの人に密告しているという確信がおありなようでした。でも、ポッターの強い要望で秘密の守人にはブラックが選ばれた」

 

「ああ、そうだとも」

 

 ファッジが重々しく口を開く。

 

「そして忠誠の術をかけてから一週間も経たないうちに事件は起こった」

 

「ブラックが二人を裏切った?」

 

「まさにその通り。だが、知っての通り例のあの人は幼いハリーに敗れて姿をくらませた。ブラックとしては嫌な立場に立ってしまったわけだ。裏切った瞬間、自分の旗頭が倒れてしまったんだからね。当然逃げるほかない」

 

 ファッジがそう言うと、机を叩く音が聞こえる。

 

「あのくそったれの裏切者め!」

 

 ハグリッドだ。

 ハグリッドは店が一瞬シンとなるほどの大声でブラックを罵倒する。

 

「俺はあの夜奴に会ったんだ。きっと最後に会ったのは自分に違ぇねえ。ハリーを崩壊した家から助け出した時、ブラックはいつもの空飛ぶオートバイに乗って現れた。俺はその時ブラックが秘密の守人だって知らんかったから襲撃を聞きつけて駆け付けたんだと思った。ブラックは真っ青になって震えとった。そんで、俺がブラックに何をしたと思う? あろうことに俺は殺人鬼の裏切者を慰めたんだ!」

 

「ハグリッド、少し声を落として」

 

 感情が入り声が大きくなるハグリッドをマクゴナガルが抑える。

 

「俺は、奴がジェームズたちが死んだと知って取り乱したんだと思った。でも違ったんだ。奴は例のあの人が死んだことがショックだったんだ。奴はその後なんて言ったと思う? 『ハグリッド、僕はハリーの名付け親だ。ハリーは僕が育てる』って。前もってダンブルドアから言いつけを貰っておらんかったら、俺はきっとハリーを奴に渡してしまっとっただろう。もし俺がブラックにハリーを渡していたらどうなってたか……なんにしても、ブラックとはそこで別れた。俺はハリーをダンブルドアの元に連れていかないといかんかったからな。ブラックはその後大急ぎで逃げたんだろう」

 

 ハグリッドが話し終わると、テーブルはしばらく沈黙に包まれる。

 その沈黙を破ったのはロスメルタだった。

 

「でも、結局ブラックは捕まった。魔法省が次の日に追い詰めたのよね?」

 

「魔法省だったらよかったんだが……」

 

 ロスメルタの問いにファッジが言葉を濁す。

 

「ブラックを追い詰めたのはピーター・ペティグリューだった。君もよく知っているだろう?」

 

「ええ、小さく臆病で、いつも二人の陰に隠れていました。あのピーターがブラックを?」

 

「ああそうだ。実に勇敢で、英雄的なことだよ。だが、ブラックを追い詰めたところでブラックとの決闘に敗れ、木っ端微塵になってしまった」

 

「本当に、マヌケな子です。学生の頃からどうしようもなく決闘が下手だったのに……魔法省に任せるべきでした」

 

 マクゴナガルは今にも泣きそうな声で厳しいことを言う。

 

「まったくだ。だが、彼の功績もありブラックは魔法省の警察部隊に取り押さえられ、連行された。ペティグリューには勲一等マーリン勲章が授与されたよ。彼の母親にとってそれが少しでも慰めになったならいいんだが。なんにしても、それ以降ブラックはずっとアズカバンだった」

 

「大臣、なんでブラックは今頃になって脱獄したのでしょう。まさか、ブラックはまた例のあの人と組むつもりでは?」

 

 ロスメルタがそう聞くと、ファッジは苦々し気に言った。

 

「奴の最終目的はそれだろう。私が今年の夏にアズカバンに視察に行った時、実を言うと少し奴と話した。奴が脱獄するほんの少し前の話だ。ブラックは驚いたことに吸魂鬼の影響をまったく受けていないようだった。それどころか私が持っていた新聞を欲しがるほどには正気を保っていたんだ。退屈だからクロスワードがやりたいと、奴はそう言った」

 

 ファッジが続ける。

 

「もしかしたらその新聞で去年ホグワーツで秘密の部屋が開かれた事件の記事を読んだのかもしれん。ブラックは例のあの人が復活する予兆を見せていると判断したんだろう。私がアズカバンに視察に行った数日後にブラックは脱獄した」

 

「それじゃあ、ブラックがハリー・ポッターを狙っているのは……」

 

「ああ、ブラックは例のあの人の元に戻る前に宿敵であるハリーを殺そうと考えているのだろうね。実際ブラックは脱獄してすぐにマグルの孤児院を襲った。ハリーが孤児院で暮らしていると思いこんだのだろう。結果として、襲われた孤児院は一人残して皆殺しだ。難を逃れた少女は偶然漏れ鍋に宿泊していたらしい」

 

 ファッジがそう言うと、ハグリッドが啜り泣き始める。

 

「俺はサクヤが不憫でならん……帰る家を失くしちまったのに、なんにもなかったかのようにみんなにふるまって……悲しくないはずがないのに……」

 

「彼女の捜索の時、一番初めに見つけたのは確かマクゴナガル先生だったか」

 

「ええ、そうです。私がホワイトを見つけた時には、あの子は既にこの夏の居場所を見つけていました。あの子は恐怖や絶望に屈することなく、必死に生きようとしていた……本当に強い子です」

 

 マクゴナガルは鼻をすする。

 

「だからこそ、守らねばならん。一刻も早くブラックをアズカバンに連れ戻すのが我々大人の役割だ」

 

「それに、ミス・ホワイトの次の居場所も用意してあげないといけませんな」

 

 フリットウィックが甲高い声をあげる。

 ガタリと椅子が擦れる音が聞こえ、ファッジが立ち上がった。

 

「っと、そろそろホグワーツに戻らねば。ダンブルドアとの食事の約束に遅れてしまう」

 

「では、我々も学校に戻りましょう」

 

 ファッジに続いてマクゴナガルやフリットウィック、ハグリッドも席を立つ。

 四人はロスメルタに挨拶するとローブを着込み、店から出ていった。

 私は手に持っていたバタービールのジョッキを先に机の上に置くと、机の下から這い出る。

 

「ハリーとブラックとの間にそんな因縁があったなんて……でも、ハリーのお父さんの親友だった人物が何故……」

 

 私は椅子に座ると、つい先ほど聞いた話を改めて考える。

 ブラックは初めからヴォルデモートに傾倒していたのだろうか。

 いや、もしブラックが初めから闇の思想を持っていたら、そもそもハリーの父親と仲良くなっていなかっただろう。

 私がそんなことを考えていると、ふと周囲から視線を感じる。

 私が顔をあげて周囲を見回すと、ハリー、ロン、ハーマイオニーの三人がじっとこちらを見ていた。

 

「あぁ……サクヤ、あの……」

 

 ハーマイオニーは今にも泣きそうな顔でこちらを見ている。

 

「私、全然気が付かなくて……サクヤのいる孤児院がそんなことになってたなんて……」

 

「意図的に隠してたのよ。貴方たちは何も悪くないわ」

 

 私はすっかり冷たくなったバタービールで喉を潤す。

 

「孤児院に生き残りがいると知られれば、ブラックが私の命を狙うかもしれないからって、魔法省が私の情報を隠蔽したの」

 

「……僕、ダーズリーの家で孤児院が殺人鬼に襲われたってニュースで見た。まさかそれがサクヤのいる孤児院だったなんて」

 

 ハリーはそう言って表情を暗くする。

 私は小さくため息をつくと、ハリーに言った。

 

「私のことはどうでもいいのよ。ブラックにとって、私は最重要目標ではないわ。何なら、存在すらバレていない可能性すらある。問題は貴方よハリー。さっき先生たちが話していたのが真実だとすると、貴方とブラックには大きな因縁がある」

 

 私はそこで一度言葉を切ると、バタービールを煽った。

 

「選択を迫られるわ。安全なところに身を隠し、脅威が過ぎ去るのを震えて待つか、両親の仇に果敢に立ち向かうか。ハリー、貴方はどちらを選ぶ?」

 

 私は飲み終わったジョッキを机の上に置く。

 そして椅子に掛けていたローブを手に取ると、バタービールの代金を机の上に置いて立ち上がった。

 

「私、先に帰るわ。また後で、貴方の選択を聞かせて頂戴」

 

 私はローブを羽織り、まだ若干吹雪いている店の外に出る。

 ハーマイオニーが私を追ってくるかと思ったが、誰も店の外には出てこなかった。

 

「嫌な女ね、私」

 

 私は路地裏に移動すると、人の視線がないことを確認し、時間を停止させる。

 そして、止まった時間の中をホグワーツに向けて歩き出した。




設定や用語解説

三本の箒
 ホグズミードにあるパブ。非常に繁盛しており、ホグワーツの生徒だけでなく教員もこの店によく訪れる。

忠誠の術
 秘密を生きている人間に押し込める術。その者が秘密を暴露しない限り、その秘密は絶対に暴かれることがない。

Twitter始めました。
https://twitter.com/hexen165e83
活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。


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理事会とファイアボルトと私

 

 クリスマス休暇初日。

 私はいつもより少し早めに起きると、大広間で朝食を取り談話室へと戻る。

 そして暖炉の前のソファーで本を読みながら実家に帰る生徒たちを見送った。

 

「おはようサクヤ」

 

 休暇に入ったこともあり、ベッドの上でゆっくりしていたのであろうハーマイオニーが眠そうな目を擦りながら談話室へ下りてくる。

 結局ハーマイオニーとは三本の箒で別れてからろくに会話をしていなかった。

 

「私はもう朝ご飯食べちゃったから、大広間には私抜きで行っていいわよ」

 

「……まあ、ハリーもロンもいつ起きてくるかわからないし、一人で行ってくる」

 

 ハーマイオニーは大きな欠伸を一つし、肖像画を押し開けて談話室から出ていく。

 私はそんなハーマイオニーの背中を見送ると、再び読書に戻った。

 

 結局いつもの四人が談話室に揃ったのは昼食の少し前だった。

 談話室に下りてきたハリーの顔は少々顔色が悪い。

 きっと昨日はあまり眠れなかったのだろう。

 

「ハリー、大丈夫?」

 

 ハーマイオニーがハリーの顔を覗き込む。

 まあ、昨日の夜は考えることが多かったんだろう。

 あんな衝撃的な事実が明らかになったあとだ。

 自分の身の振り方を決めるには、決して短くない時間を要する。

 

「で、結論は出たのかしら」

 

 私がそう言うと、ハーマイオニーは慌てて口を開いた。

 

「ハリー、軽はずみな行動は危険よ。魔法省も吸魂鬼も、ダンブルドアも動いてるわ。貴方がシリウスを探し出す必要なんかないわ」

 

「そうだぜハリー。ブラックのために死ぬ価値なんてないさ」

 

 ロンもハーマイオニーに同調するが、ハリーは深刻な顔で言った。

 

「でも、僕が吸魂鬼に近づくたびに母さんの悲鳴が聞こえてくるんだ。母さんの声なんて覚えてもいないのに。僕の親は親友だと思っていた奴に裏切られたんだ。両親の無念は誰が晴らすんだ?」

 

「でも、貴方にはどうすることもできないでしょう? きっと吸魂鬼がブラックを捕まえるわ」

 

 ハーマイオニーは必死になってハリーに訴える。

 

「でも、ファッジの言ったことを聞いただろう? ブラックはアズカバンでも正気を保っていたって。吸魂鬼が有効な手段だとは思えない」

 

「つまり、貴方はどうするの?」

 

 私がそう聞くと、ハリーは考え込み始めた。

 

「まさか、ブラックを殺しにいきたいなんていわないよな?」

 

「馬鹿言わないで。ハリーが誰かを殺したいだなんて考えるはずがないわ。そうでしょう?」

 

 ハーマイオニーは俯いて考え込むハリーに優しく聞く。

 だが、ハリーは肯定も否定もしなかった。

 

「逃げるの?」

 

 私は短くハリーに問いかける。

 ハリーは顔をあげて私を見た。

 

「サクヤ、どうしたの? 貴方らしくないわ」

 

 ハーマイオニーはそっと私の手を取る。

 私はしばらくハーマイオニーの体温を感じ取ると、大きく深呼吸をした。

 

「……休暇初日にするような話じゃなかったわね。折角だからどこか遊びに行く?」

 

「それならハグリッドの小屋に遊びに行くのはどうだ? もう何百年も会ってないような感覚だよ」

 

 ロンがそう提案すると、ハリーはソファーから立ち上がった。

 

「そうだね。行こう。それに、ハグリッドならブラックの話を何かしてくれるかもしれない」

 

「確かにそうね。敵を知り己を知れば百戦危うからずって言うし、情報収集はしておくことに越したことはないわ」

 

 ハリーと私の言葉に、ロンはしまったという顔をする。

 だが、ロンが他の提案をする前にハリーはローブを取りに男子寮に上がって行ってしまった。

 

「それじゃあ、私たちも準備しますか」

 

 私はポケットの中から小さくした鞄を取り出すと、魔法を掛けて元の大きさに戻す。

 そして鞄の中から防寒着とローブを取り出した。

 ハーマイオニーとロンはその様子を見て、諦めたようにそれぞれの寮へと上がっていく。

 十分後、私たちは防寒着を着こんだ状態で談話室を出発した。

 私たちはそのまま人の殆どいない城の中を通り抜け、芝生の凍った校庭を横切ってハグリッドの小屋を目指す。

 昼前の時間にも関わらずズボンやローブの裾が凍り付くほど気温は低かったが、特に問題なくハグリッドの小屋にたどり着くことができた。

 先頭にいたロンが扉をノックするが、ハグリッドからの返事はない。

 

「留守かな?」

 

「いや、でも中から変な音が聞こえるよ?」

 

 ハリーは扉に耳を近づけて言った。

 

「ハグリッド! いないの?」

 

 ハリーはロンに続いて力強く扉をノックする。

 すると、重たい足音が聞こえ、小屋の扉を開けてハグリッドが顔を出した。

 ハグリッドは一晩中泣きはらしたかのように目を充血させている。

 

「もしかして、もう聞きつけたか?」

 

「なんの話?」

 

「……とにかく入れ」

 

 ハグリッドは大きく鼻を啜って私たちを中に招き入れる。

 小屋の中には私を襲ったヒッポグリフがベッドの近くで丸くなっていた。

 

「すまん、何か用だったか?」

 

「それどころじゃないよ。ハグリッド、何かあったの?」

 

 ハグリッドは机の上に置いてあった手紙をハリーに手渡す。

 どうやら学校の理事会からの手紙のようだ。

 私たちは顔を突き合わせて手紙を覗き込んだ。

 

『拝啓、ハグリッド殿。ヒッポグリフが貴殿の授業で生徒を攻撃した件について、当局としては生徒からの起訴も起こっていないため表立った罰則は与えないことに決定しましたことをここにお知らせいたします』

 

「ああ、ようやく結果が出たのね。まあ、あれに関しては完全に事故だったしハグリッドは悪くないわ」

 

 私は肩を竦めて言う。

 私のそんな言葉にロンが同意した。

 

「そうだよハグリッド。当の本人が気にしてないんだ。ハグリッドがいつまでも引きずるべきじゃないよ」

 

「その先だ」

 

 ハグリッドは続きを読むように促す。

 私たちはまた頭を突き合わせた。

 

『しかしながら、我々は今回の惨事を引き起こしたヒッポグリフに対し懸念を表明せざるをえません。従いましてこの件は『危険生物処理委員会』に付託されることになります。事情聴取が行われますので、こちらが指定する日にヒッポグリフを伴いロンドンの当委員会事務所まで出頭願います』

 

 手紙のあとには学校の理事たちの名前が書かれている。

 

「ウーン……でも、バックビークはハリーの時はなんともなかったのに、なんでサクヤの時はダメだったんだろう?」

 

 ロンが手紙を読みながら言う。

 

「でも、事情聴取を受けるだけなんでしょう?」

 

 ハーマイオニーがそう言うと、ハグリッドは声を上げて泣き始めた。

 

「おまえさんは危険生物処理委員会っちゅう連中を知らん。奴らは面白え連中を目の敵にしとる」

 

 襲われた本人である私はこの件に対して強くは出れない。

 私がバックビークの無罪放免を主張するのはあまりにも不自然だろう。

 

「ねえ、もしバックビークが有罪になったら、どうなっちゃうの?」

 

 ハリーが恐る恐るハグリッドに聞く。

 ハグリッドはバックビークを見ながら言った。

 

「……処刑されちまう。そういう例を俺は沢山見てきた」

 

「なら、しっかりした弁護を打ち立てるべきだわ。バックビークが安全であるしっかりとした証拠を集めて、裁判で闘うのよ」

 

 私は手紙をハリーから受け取ると、もう一度上から下まで目を通す。

 

「ん?」

 

 そして、理事たちの名前の一番下の列に、パチュリー・ノーレッジの名前を発見した。

 

「まあ一番手っ取り早いのは、襲われた本人である私がバックビークを煽りましたって証言することだけど……」

 

「それはダメだ。事実に反するどころか、なんも悪くねえサクヤに迷惑が掛かっちまう」

 

「でも、私自身バックビークが無罪になろうが処刑されようが割とどっちでもいいわけで……でも、なんで私は襲われたのかしら」

 

 私はそう言いながらハーマイオニーに手紙を見せ、ノーレッジの名前を指さす。

 ハーマイオニーはしばらく目をパチクリさせていたが、やがて私から手紙を取り上げ、食い入るように見始めた。

 

「あのパチュリー・ノーレッジが学校の理事に!?」

 

「誰それ?」

 

 ロンがぶっきらぼうに聞く。

 だが、ハーマイオニーはロンの声など聞こえてはいなかった。

 

「ハーマイオニーがお熱の魔法使いよ」

 

 私はハーマイオニーの代わりにそう答える。

 

「ルシウス・マルフォイが抜けた穴を埋める形で就任したんでしょうけど……そこまで驚くようなこと?」

 

 私がそう言うと、ハーマイオニーは憤慨し始めた。

 

「パチュリー・ノーレッジがホグワーツを卒業してから今に至るまで、誰も彼女と会ったことがないの。そんなパチュリー・ノーレッジが表の世界に出てくるなんて……信じられないわ」

 

 私自身ノーレッジが書いた本は読んだことがあるが、ノーレッジのことが書かれた本を読んだことはない。

 ハーマイオニーがそう言うなら、彼女が理事に就任したということ自体が驚くべきことなのだろう。

 

「って、まあそれは置いといて。今はバックビークの裁判について調べなきゃ。バックビークがサクヤを襲ったのが事故だってことを証明することができればいいわけよね」

 

 ハーマイオニーは優しくハグリッドの肩に手を置く。

 ハグリッドは小さく鼻を啜ると、顔を伏せながら言った。

 

「いや、本来俺がなんの罰則もないのがおかしいぐらいなんだ。バックビークが処刑になるのは悲しいが、俺ぁ避けられんことだと思っとる。バックビークはサクヤを襲った。その事実はどう弁護しても変えられるもんじゃない。……サクヤには辛い思いをさせちまったし、これ以上迷惑はかけられん……」

 

「……勝手に逃しちゃえば?」

 

 私は小屋の中に繋がれているバックビークを見る。

 バックビークは口の周りを血まみれにしながら鶏を食べていた。

 

「それは出来ん。バックビークを隔離しておくよう理事会から言いつけられとるし、逃したとしてもバックビークが遠くへ逃げてくれる保証はねえ」

 

 私たちはなんて言っていいか分からず、当たり障りのない言葉でハグリッドを慰めることしか出来なかった。

 ハグリッドの小屋からの帰り道、ハーマイオニーが口を開く。

 

「なんとかしてバックビークを助けられないかしら。裁判になったらハグリッドが負けるのは目に見えてるわ」

 

「うーん、難しいとは思うよ。でも人間を襲う危険な生物なんて禁じられた森には沢山いるのに、バックビークだけ処刑されるのはおかしな話だよな。理事会はどうして話を危険生物処理委員会に持ち込んだんだろう?」

 

 ロンの言う通り、この話は学校と学校の理事の間だけで解決出来そうな話だ。

 外部組織に話を持ち込んで、バックビークを処刑させる意図がわからない。

 

「確かにおかしな話よね。ハグリッドが減給だったり停職処分を受けるならまだしも、ハグリッドはお咎めなしでバックビークだけ処刑されてしまうなんて。理事の中に危険な生物を目の敵にしている魔法使いがいるとか?」

 

 ハーマイオニーは首を傾げながら言った。

 まあ、ハグリッドが罰則を受けないことには心当たりがある。

 きっとマルフォイが自分の父親を通じてハグリッドに処分を下さないようにしたのだろう。

 そこまでは私の想定通りだ。

 だが、それ以上の話は理事会が決めたことである。

 

「なんにしても、人間以外の種族を理由なく嫌っている魔法使いって少なくないんだ。理事会にそういう魔法使いがいてもおかしくないよ」

 

 確かにロンの言う通りだ。

 魔法史の授業でも、そういった考えに基づく事件が何度も起こっている。

 

「まあでも、裁判が行われるならそれに向けて準備はしないといけないわ。誰もバックビークの弁護をしないなんて、あまりにも可愛そうだもの。私図書室で魔法史について調べてくる」

 

 ハーマイオニーはそう言うと廊下の途中で曲がり図書室のほうへと歩いていった。

 私たちはそのまま階段を上り、談話室へと入る。

 

「結局ブラックのことを聞きそびれちゃったわね」

 

「聞ける雰囲気でもなかったしね」

 

 ハリーは気まずそうに頬を掻く。

 

「まあ、せっかくの休暇なんだ。今は楽しもうぜハリー」

 

 ロンはハリーの背中を叩くと、チェスでもしないかとハリーに提案した。

 私は小さくため息をついて朝座っていた暖炉前のソファーに座る。

 そして鞄から読みかけの本を取り出すと、暖炉に火をくべて続きを読み始めた。

 

 

 

 

 

 一九九三年のクリスマス。

 私は朝目を覚ますと、身支度を済ませて談話室へと下りた。

 談話室の暖炉にはすでに火が入っており、談話室全体がポカポカと暖かくなっている。

 これは厨房にいる屋敷しもべ妖精から聞いた話だが、ホグワーツでは生徒たちが不自由なく生活できるように屋敷しもべ妖精が陰ながら働いているらしい。

 この暖炉もその苦労の賜物というわけだ。

 

「ありがたい限りよねほんと」

 

 私はもはや特等席となりつつある暖炉前のソファーに座り込むと、厨房から失敬したトーストと紅茶を鞄の中から取り出して食べ始める。

 朝食を取るためだけに八階にある談話室から大広間へと下りるのは些か面倒だ。

 

「おはようサクヤ……相変わらず朝早いわね」

 

 私が五枚目のトーストに手を伸ばしたところでハーマイオニーが女子寮から下りてきた。

 まだ寝ぼけているようで、ぼんやりとした表情でぬいぐるみのようにクルックシャンクスを抱いている。

 

「貴方はまだ眠そうね。折角の休暇なんだからもう少し寝てたら?」

 

「そういうわけにも行かないわ……クリスマス休暇の宿題がわんさか出てるんですもの」

 

 ハーマイオニーは大きな欠伸をすると、私の横のソファーに座り込み半分目を閉じながらクルックシャンクスを撫で始める。

 

「一枚食べる?」

 

「食べるぅ」

 

 私はそんなハーマイオニーの口にトーストを一枚咥えさせた。

 

 私が談話室に下りてきてから一時間ほど経過しただろうか。

 ハリーとロンが箒を片手に男子寮から下りてくる。

 私は十三枚目のトーストのカケラを口の中に放り込むと、ハリーとロンに挨拶した。

 

「メリークリスマス。ハリー、ロン」

 

「メリークリスマス!」

 

 ハリーとロンは上機嫌で私たちの近くに来ると、暖炉の近くにソファーを寄せて腰を下ろす。

 そして手に持っていた箒をまるで宝石かのような手つきで調べ始めた。

 

「ねえハリー、その箒どうしたの?」

 

 私はハリーの持っている箒を覗き込む。

 箒にはあまり詳しくない私だが、ハリーの持っている箒には見覚えがあった。

 ダイアゴン横丁の高級クィディッチ用具店に売られていたファイアボルトという最高級の箒だ。

 ハリーと一緒にダイアゴン横丁を見て回った時、ショーウィンドウからハリーを引き剥がすのに苦労したためとても印象に残っている。

 確か一本で何百ガリオンもする最高級の箒だった筈だ。

 

「それって確かフェラーリみたいな箒よね?」

 

「うん、クリスマスプレゼントとして送られてきたんだ」

 

 それはまた、随分と金持ちな知り合いがいるものである。

 まあ私なら箒よりもガリオン金貨をそのままもらったほうが嬉しいが。

 

「何にしても、これで次のグリフィンドール対レイブンクロー戦はもらったも同然だな。あいつら全員クリーンスイープ七号に乗ってるんだ」

 

 ロンは羨望の眼差しでハリーの箒を見つめる。

 まあ確かにハリーのニンバスが折れてしまったため代わりの箒が必要だということはわかる。

 問題はこの箒を誰が送ってきたかということだ。

 

「ハリー、その箒の贈り主は誰?」

 

 私がそう聞くと、ハリーは首を横に振った。

 

「書かれてないんだ。メッセージカードも入ってなかった」

 

「でも、ハリーの箒が折れたことを知っているということは学校関係者よね」

 

「うん。でも、僕のために何百ガリオンもする箒を贈ってくれる人って誰だろう?」

 

 ハリーはそう言って首を傾げる。

 

「もし心当たりがあるなら紹介してもらいたいわ。私ダイヤで装飾されたブレゲのグランドコンプリケーションが欲しいの」

 

 私がそんな冗談を言うと、ハーマイオニーがわかりやすく怪訝な顔をした。

 

「ちょっと待って。その箒、本当に大丈夫?」

 

「この箒が大丈夫じゃなかったら、世界中の箒がその辺のデッキブラシと同じになっちゃうよ」

 

 ロンはそう言って肩を竦めるが、ハーマイオニーはお構いなしに続ける。

 

「私箒にはあまり詳しくないんだけど、その箒物凄く高いのよね?」

 

「うん、スリザリンの箒を全部足した金額よりも全然高い」

 

「そんな箒を送りつけておいて、名乗りもしない人なんているのかしら」

 

「誰だっていいだろ? ハリー、早速飛ばしに行こうよ」

 

 ロンはそう言ってソファーから立ち上がる。

 だが、そんなロンをハーマイオニーが止めた。

 

「よくないわ! その箒で飛ぶのは危険よ!」

 

 ハーマイオニーが急に立ち上がったため、クルックシャンクスが膝の上から落ち地面に着地する。

 クルックシャンクスはそのまま男子寮の方へと行こうとしたので、私はクルックシャンクスを抱き上げてソファーへと戻った。

 

「危険? 何がどう危険なんだ?」

 

 ロンはわかりやすく不機嫌になるとハーマイオニーに怒鳴る。

 

「このタイミングでハリーに箒を贈るなんて都合が良すぎると思わない? 私の予想が正しければ……その箒はシリウス・ブラックから送り付けられたものだわ……」

 

 私たち四人の間に沈黙が走る。

 数秒の沈黙の後、私は思わず吹き出した。

 

「ふふっ、ハーマイオニー、流石に飛躍しすぎよ。それにシリウス・ブラックはハリーの箒が折れたことを知るはずがないわ。それこそ、あの時スタジアムで試合でも見てない限りね」

 

「そうだよ。それに逃亡中のブラックがどうやってファイアボルトを入手するって言うんだい? のこのこ箒屋に出向いて楽しくショッピングをするとでも?」

 

 ロンも一緒になってハーマイオニーに言う。

 ハーマイオニーは「確かにそうだけど……」と言葉を濁した。

 

「まあでもハリー、たとえ贈り主がブラックじゃなくても、だからといって安心できるわけではないわ。試合で使う以上隠すことはできないんだし、さっさとマクゴナガル先生に報告した方がいいわ」

 

 私がそう言うと、ハリーは手に持っている箒に目を落とす。

 

「隠していたら酷いことになるわよ。たとえその箒になんの異常も呪いもなかったとしても、罰則としてグリフィンドールのチームでプレイできなくなる可能性すらあるわ」

 

「……それはわかってるんだけど」

 

「わかってないわ。その箒を試合で使うには、マクゴナガル先生に報告して調べてもらうしかないって言ってるの。それ以外の選択肢はないわ。まあ、その箒で床を掃くだけなら報告しなくてもいいけどね」

 

「わかった、わかったよ。ちゃんとマクゴナガルに言うよ。それでいいだろう?」

 

 ハリーは勘弁してくれと言わんばかりに両手を挙げる。

 

「でも、その前に一回だけ……」

 

「「ダメよ」」

 

 ロンの言葉を遮るように私とハーマイオニーの声が重なった。

 私はハーマイオニーにクルックシャンクスを押し付けると、ソファーから立ち上がりハリーの肩に手を置く。

 

「ハリー、折角クリスマスプレゼントでもらった最高級の箒を少しの間でも手放したくないのは理解できるわ。でも、必要なことなの。わかってくれるわよね?」

 

「……うん。サクヤは僕のために言ってくれてるんだもんね。大丈夫、ちゃんと調べてもらうよ」

 

 私はソファーへと戻ると十四枚目のトーストを手に取る。

 マクゴナガルはきっとハリーの箒を預かって呪いがかけられていないか徹底的に調べるだろう。

 だが、マクゴナガルもかなりのクィディッチ狂いだ。

 レイブンクロー戦までには間に合うようにしてくれるはずである。




設定や用語解説

ホグワーツ理事会
 ホグワーツの運営や学習方針を決める人たち。本編では影が薄い。

ファイアボルト
 クィディッチ用の最高級の箒。五百ガリオン。

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紙袋と犬の足と私

 

 自堕落なクリスマス休暇はあっという間に過ぎ去り、すぐに新学期がやってきた。

 ハリーの話では箒はマクゴナガルとフリットウィック、フーチによって解析中だという。

 三人で様々な呪いを検証しているらしく、手元に戻ってくるのはまだまだ先の話になりそうだと話していた。

 また、ハリーはルーピンから守護霊の呪文を習い始めたらしい。

 これ以上吸魂鬼に気絶させられてはクィディッチどころじゃない、ということのようだ。

 守護霊の呪文自体、存在は知っているが、去年ロックハートは私に守護霊の呪文を教えなかった。

 これは後から知った話だが、闇の魔法使いは守護霊の呪文を嫌う傾向にあるようだ。

 きっとロックハートなりのこだわりがあったのだろう。

 私はというと、クィディッチの練習に追われるわけでもなく、際限なく増え続ける宿題に忙殺されるわけでもなく、のんびりとした日々を送っていた。

 そうしている間にも一月が過ぎ、二月が過ぎ、三月に差し掛かった頃、ようやくハリーの手元にファイアボルトが帰ってきた。

 ファイアボルトを持ったハリーはまるで英雄のように扱われ、談話室の話題もそれで持ちきりになった。

 私もハリーの練習風景を見学に行ったが、まるでジェットエンジンでも付いているかのような加速をしていた。

 アレなら確かにスピード勝負では誰にも負けないだろう。

 そんなこんなでついに迎えたグリフィンドール対レイブンクロー戦。

 私は他のグリフィンドール生と一緒に校庭を横切りスタジアムに向かう。

 だが、その途中で校庭の隅にクルックシャンクスの姿を発見した。

 

「また女子寮から逃げ出してるわ」

 

 私はスタジアムに向かう列から外れると、クルックシャンクスを追いかける。

 少し試合に遅れるかもしれないが、クルックシャンクスを女子寮に連れ戻してからでも遅くはないだろう。

 それに今回の試合、グリフィンドールの勝利は目に見えている。

 レイブンクローのシーカーであるチョウ・チャンが可哀想になってくるほどだ。

 クルックシャンクスは校庭を横切ると、暴れ柳に向かって走っていき、うろの中に身を滑り込ませる。

 きっとあの犬に会いに行くのだろう。

 

「うーん、あの屋敷に行くなら連れ戻す必要もないかしら?」

 

 私は建物の陰に入り周囲に人がいないことを確認すると、時間を停止させる。

 

「まあでもあの犬もどうなっているか気になるし、様子を見に行きましょうか」

 

 私は鞄の中に先週厨房でストックさせてもらったステーキ肉があることを確認すると、時間を止めたまま暴れ柳のうろの中に入り込んだ。

 私はそのままクルックシャンクスを追い越して杖明かりを頼りに長い横穴を通り抜ける。

 体感時間で三十分ほど歩いただろうか。

 数ヶ月ぶりに屋敷の中に足を踏み入れた。

 

「さて、わんこを探しますか」

 

 私は止まった時間の中で屋敷の中を歩き回り黒い犬を探す。

 今にも崩れそうな階段を上り、突き当たりの部屋の扉を押し開けた。

 

「……な、ぁ」

 

 部屋の中に一人の男が立っていた。

 くしゃくしゃで伸ばしっぱなしの真っ黒な髪。

 痩せ衰え骸骨のようにも見える顔。

 私は、その男に見覚えがある。

 

「シリウス・ブラック……」

 

 部屋の中に孤児院のみんなの仇であるシリウス・ブラックが立っていた。

 全身の毛が逆立つのを感じる。

 今すぐにでも殺してやりたい衝動に駆られたが、話を聞いてからでも遅くはないだろう。

 私は大きく深呼吸すると、ブラックの皮膚に触れないように気をつけながらブラックの服を念入りにチェックする。

 どうやら杖や刃物の類は持っていないらしい。

 私はポケットに入れていた鞄を元の大きさに戻すと、鞄の中からロープを取り出してブラックの足首を縛る。

 そして胴体をぐるぐる巻きにする様にロープを回し、腕と胴を一緒に縛り上げた。

 本当だったら手首や親指を縛るのが一番だが、それをするにはブラックの時間を動かして腕を動かさないといけない。

 それをするのは少しリスクがある。

 私はブラックを縛り上げ、紙袋をブラックに被せてから真後ろに回り込む。

 そして鞄からナイフを取り出し、時間停止を解除すると同時にブラックの背中を思いっきり蹴飛ばした。

 

「──ッ!?」

 

 声にならない悲鳴がブラックの口から漏れる。

 私はうつ伏せに倒れたブラックの背中に馬乗りになると、首筋にナイフを押し当てた。

 

「これ以上ナイフを首に押し込まれたくなければ動かないで」

 

 既にナイフはブラックの首に五ミリほど食い込んでいる。

 ブラックは全く状況が理解できていないようだったが、ナイフが首に刺さりつつあることは理解したらしい。

 

「ま、待て! 人違いだ!」

 

 ブラックは暴れることなく紙袋越しに私に訴えた。

 

「人違い? そんなことあるはずないわ。私があなたを見間違えるはずがない」

 

「落ち着いて、話をしようじゃないか。きっと誤解だ。話せばわかる」

 

「ええ、私もぜひ聞きたいわね。どんな気持ちでみんなを殺したのかとか」

 

 ナイフを握る手に力が篭り、ブラックが呻き声をあげる。

 私は右手で杖を取り出すと、魔法でブラックの腕を縛り直した。

 

「みんなを? 誤解だ。私は誰も殺してない」

 

「白々しいわね。五十人近く殺してるくせに」

 

「五十人? いや、本当だ。本当に私は無実なんだ。どうか私に説明させてくれないか?」

 

 ブラックは冷静な声色で私に訴えかける。

 私はナイフと杖を握りながらも、ブラックの様子に違和感を覚えていた。

 私が想像していたシリウス・ブラックという人物は、推理小説に出てくるような気の狂った殺人犯だ。

 だが、今こうして私が馬乗りになっているブラックからは明らかに理性を感じる。

 私はブラックの首からナイフを放し、ブラックから離れた。

 ブラックはゆっくり体を起こすと、壁に背をつけて楽な姿勢を取る。

 

「エピスキー、癒えよ」

 

 私はブラックの傷に治癒魔法をかけると、杖を向けながらブラックの前にあるベッドに座り込んだ。

 

「それじゃあ、言い訳タイムと行きましょうか。精々私を納得させられるお話を聞かせて頂戴」

 

 私は紙袋を被せたブラックの顔を見る。

 開心術対策のために紙袋を被せたが、これではブラックの表情が見れない。

 脱がせようか迷ったが、取り敢えず被せたままでいいだろう。

 

「君は誤解をしている。いや、魔法界全てがこの私という存在を誤解していると言っていいだろう。あの時、追われていたのは私だと皆がそう思っている。だが、真実は違う。あの時、私は追う側の人間だった。ポッター夫妻を裏切った魔法使いをもう少しで捕まえるところまで来ていた」

 

「ポッター夫妻を裏切った魔法使い? それは貴方なんじゃないの? 貴方が二人の秘密の守人だって聞いたけど」

 

 私がそう聞くと、ブラックは首を横に振る。

 

「その予定だった。だが、ギリギリになって秘密の守人を変えたんだ。このことを知っているのは私とポッター夫妻、そして実際に秘密の守人になった奴しか知らない」

 

「……一体誰が秘密の守人になったの? いや、待って。貴方が追い詰める側だとしたら、その時殺された……」

 

 紙袋の下の表情は窺い知れないが、その時ブラックは笑みを浮かべたような気がした。

 

「そうだ。秘密の守人はピーター・ペティグリューだ。私たちはヴォルデモートの裏を掻くために、ギリギリになって誰にも知らせずに秘密の守人を変えた。その方が安全だと私もジェームズも思った。だが、奴は裏切った。ペティグリューはポッター夫妻の居場所をヴォルデモートに密告し、結果としてポッター夫妻はヴォルデモートに襲撃された」

 

「でも、そこでさらに事態が急転した。そうよね? 誰も例のあの人がやられるとは思っても見なかった」

 

「ああそうだ。ペティグリューは逃げ出した。事態を察知した私はすぐにペティグリューを追った。ペティグリュー自身優秀な魔法使いではない。すぐに追い詰めることができた。だが、奴は周囲にいたマグルを魔法で皆殺しにした後、自ら小指を切り落としてネズミになって逃げ出したんだ」

 

 確かペティグリューは小指を残して木っ端微塵になったんだったか。

 辻褄は合うが、少し気になる点もある。

 

「ネズミになって逃げた? 変身術を使ったということ?」

 

「ペティグリューは動物もどきだ。それも未登録の。奴が動物もどきだと知っている魔法使いは本当に少ない」

 

 もしその話が本当なのだとしたら、裏切り者はピーター・ペティグリューで、シリウス・ブラックは無罪ということになる。

 だが、私の中ではまだ気になっている点がいくつかあった。

 

「もしその話が本当なのだとしたら、どうして捕まった時にその話をしなかったの? それに今更脱獄するというのも不可解だわ。それに、何の目的でホグワーツに侵入したのかも説明してない」

 

「私が捕まった時、誰も私の話など聞かなかった。それに当時は裁判なしでアズカバンに収監されることも多かったんだ。服従の呪文で操られていただけだと主張する輩が多かったからな」

 

 ブラックは皮肉るように鼻を鳴らす。

 

「それと、今になって私が脱獄した理由だが、ファッジがアズカバンに来た時に貰った新聞にペティグリューが載っているのを見たからだ。ペティグリューはホグワーツの生徒のペットになっていた。このままではハリー・ポッターに危険が及ぶと判断した私はアズカバンを脱獄し、ここまでやってきた」

 

 小指のないネズミ。

 確かに、私の友人がペットとして小指のないネズミを飼っている。

 もしブラックの話が本当なのだとしたら、スキャバーズは動物もどきで、しかもハリーの両親の居場所を密告した裏切りものということになる。

 

「……貴方の主張はわかったわ。それを信じるか信じないかは別として、興味深い話ではあった。でも、この夏に孤児院を襲った件についてはどう説明するつもり?」

 

「孤児院? ああ、ロンドンのマグルの孤児院が何者かに襲われた事件か。あれに関しては私はまったく関与していない。そもそも、マグルの警察も闇祓いも、私が近くに潜伏しているであろうという事実だけで犯人を私だと推測したに過ぎない。あの事件と私は無関係だ」

 

 確かに、孤児院からはブラックに繋がる証拠は出ていない。

 だが、だからといって、はいそうですかと済ませられる問題でもない。

 

「ダメね。全然ダメだわ。貴方の話を信じるには証拠が少なすぎる。ありあわせの材料で、嘘の話を作っているようにしか聞こえない。ピーター・ペティグリューの件だって、口で言うだけならなんとでも言える。ロンドンの孤児院の事件だって、貴方が殺した証拠はないけど、貴方が殺していない証拠もないんだもの」

 

 私はブラックに被せていた紙袋を剥ぎ取る。

 ブラックは私の顔と服装を見て、明らかに動揺した。

 

「君は……あの時の……」

 

「私は貴方の言うペットのネズミに心当たりがある。だからシリウス・ブラック、取引しましょう? 私はあの夜、孤児院で何があったのか知りたい。貴方が犯人じゃないのだとしたら、一体誰が孤児院のみんなを殺したのか。もし貴方が孤児院の事件の真実を掴むことができたら、ペットのネズミを貴方の元まで持ってきてあげる」

 

「私が? それはできない。私にはハリーを守る義務が──」

 

「……誰から誰を守るのよ。ピーター・ペティグリューから? もしペティグリューがハリーを殺す気があるなら、いくらでも機会はあった。もう何年も一緒の部屋で寝てるんですもの」

 

「だが、だからといって私が孤児院の事件を調べる必要は──」

 

 私は杖を真っ直ぐブラックに向ける。

 

「孤児院で何が起きたか。それがわかるまで私は貴方を信じない。逆に、孤児院の件の貴方の疑いが晴れたら、無条件で貴方の無実を信じてあげてもいいわ。ピーター・ペティグリューの確保にも勿論協力する。なんなら、貴方とハリーの仲を取り持ってあげることもできるわ」

 

 ブラックは少し顔を伏せて考え込む。

 そしてしばらくした後、ブラックは静かに頷いた。

 

「……わかった。孤児院の事件を調べよう。こちらとしても、校内に協力者は欲しい。情報共有はフクロウで行おう」

 

「引き受けてくれて何よりよ。……そうね、私に手紙を出すときは、宛名を『ホワイト』で送って頂戴」

 

「偽名にしては安直過ぎないか? そしたら私は……『パッドフット』、パッドフットで手紙を送ってくれればいい」

 

 痩せこけた汚い中年男性にしては随分可愛らしい名前だ。

 

「わかった。パッドフットね。名前を呼ぶ必要があるときはその名前で呼ぶわ」

 

 私はブラックにかけられている腕縛りの呪文を解除し、ぐるぐる巻きにしていたロープを解く。

 ブラックは拘束が解かれたことを確認すると、床に手をついて立ち上がった。

 

「それにしても、君のような学生に不意を突かれるとは。長い監獄生活で相当焼きが回ったようだ」

 

 ブラックはそういうと、目に見えてしょんぼりする。

 どうやら決闘や荒事に対しては相当な自信があったようだ。

 

「そういえば、こっちも聞きたいんだけど、ここにいた黒い犬見なかった?」

 

 私は当初の目的を思い出し、ブラックに質問する。

 ブラックはキョトンとした後、咳払いをして答えた。

 

「いや、見てないな。確かに犬がいた痕跡はあったが……」

 

「そう……お腹を空かせてると思ってステーキを持ってきたのに」

 

 私はそう言って鞄の中からステーキを取り出す。

 その瞬間、ステーキの時間が動き出し、ジュージューと音を立てながら白い湯気が立ち上り始めた。

 グゥとブラックのお腹が大きな音を立てて鳴る。

 私とブラックは顔を見合わせた。

 

「……残念だわぁ。折角用意して来たのにいないなんて。まあいないのなら仕方がないわね。私が食べちゃいますか。勿体無いし」

 

「いや、あの──」

 

 私は机の上にステーキの皿を置くと、鞄の中からナイフとフォーク、ステーキソースを取り出す。

 そして熱々のステーキにたっぷりガーリックバターソースをかけると、大きく切り分けて口一杯に頬張った。

 ブラックは物欲しげな表情でじっとステーキを見つめている。

 私は口の中の肉を飲み込むと、もう一度ナイフで大きく切り分けた。

 私はそのままフォークで刺した肉をブラックの目の前に持っていく。

 ブラックは震えながら肉に顔を近づけたが、ブラックが肉に食いつく前に自分の口の中に放り込んだ。

 

「あ、そうだ。ハリー宛てにファイアボルトが届いたんだけど、贈ったのは貴方?」

 

 私はステーキを咀嚼しながらブラックに聞く。

 

「……ああ、私がクリスマスに贈ったものだ。ハリーは喜んでいたか?」

 

 私はフォークを咥えながら鞄からもう一皿ステーキを取り出す。

 そしてナイフとフォークを添えてブラックの方に差し出した。

 

「ええ、喜んでいたわ。でも、すぐに先生に取り上げられてしまったけど」

 

「どうして? 何のために?」

 

 ブラックは口元の涎を拭うと、ステーキを切り分けて口の中に詰め込む。

 

「貴方からの贈り物の可能性があったからよ」

 

「私からの贈り物だったら何か問題が……いや、問題ありか」

 

 ブラックは気まずそうに頭を掻く。

 

「まあでも、色々調べて問題なしと判断されたらしくて、今日の試合ではファイアボルトを使っているけどね」

 

 ブラックの表情が一気に明るくなる。

 なんとも分かりやすい性格だ。

 

「それじゃあ、何か分かったら連絡して頂戴」

 

 私は部屋の隅でくつろいでいたクルックシャンクスを抱きあげると、ブラックのいる部屋を後にする。

 そしてそのまま一階へと戻ると、ホグワーツへと続く穴を引き返し始めた。




設定や用語解説

守護霊の呪文
 有名な「エクスペクト・パトローナム」の呪文。動物や魔法生物を模した守護霊を召喚する。主に吸魂鬼に対し効果があり、また、吸魂鬼に対抗するための唯一の呪文でもある。習熟度が低いと銀色のモヤが出るだけだが、その状態でもある程度の効果がある。

「偽名にしては安直過ぎないか?」
 そもそも偽名じゃないが、シリウスはサクヤが適当に名乗った名前と勘違いした。

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裁判と鼠取りと私

 

 グリフィンドール対レイブンクローのクィディッチの試合はグリフィンドールの勝利で終わった。

 ハリーは何の問題もなくファイアボルトを操り、レイブンクローのシーカーを寄せ付けることなくスニッチをキャッチした。

 ハリーのシーカーとしての腕もさることながら、やはり箒の性能が段違いだ。

 なんにしても、次のグリフィンドール対スリザリンの試合でスリザリンに五十点差をつけて勝てばグリフィンドールが優勝である。

 

「そういえば、父上の話では明日あのヒッポグリフの裁判がロンドンで行われるらしい。まあ、処刑判決以外あり得ないだろうね」

 

 授業終わりに図書館で一緒に勉強していたマルフォイが魔法史のレポートを書きながら話してくれる。

 

「でも、ハグリッドも相当準備しているみたいよ? ヒッポグリフが無罪判決を受けた過去の事件を調べたりとか、法律の勉強とか」

 

 まあ、そのデータを集めたのは主にハーマイオニーだが。

 自分の宿題をこなすだけでてんやわんやになっているのに、合わせて裁判の準備の手伝いまでするとはお人好しもいいとこだ。

 

「いや、今回の場合弁護をするのがあの毛むくじゃらのウスノロじゃなく敏腕の弁護士でも無罪判決を引き出すのは無理だろうね。父上の話では魔法界の権力者と危険生物処理委員会との間で取引があったらしくて、表向きはヒッポグリフは処刑されるんだけど裏ではその権力者のペットとして売却されるらしいんだ」

 

「危険生物処理委員会が裏取引を?」

 

 私が聞くとマルフォイが残念そうな顔で頷いた。

 

「危険生物処理委員会が魔法生物の処刑に積極的なのはそれが理由さ。有罪判決を出さないと権力者に売却することができないからね。勿論、秘密裏に行われていることだからこのことを知っている人間は委員会内部でも上層部だけさ」

 

「なるほど、それが危険生物処理委員会の収入源なわけね」

 

 ということはバックビークはどこか金持ちな権力者のもとでペットとして可愛がられるということか。

 ハグリッドがそのことを知ったらさぞ喜ぶだろう。

 

「おい、これじゃ点数が付けられないどころか減点を貰う可能性すらあるぞ……そういえば、サクヤは明日のホグズミードはどうするんだ?」

 

 マルフォイはゴイルの書いたレポートを見て顔を顰めながら私に聞いてくる。

 

「あれ? 言ってなかったかしら。今年は色々あって許可証にサインを貰えなくてホグズミードには行けないの」

 

「ホグズミードに行けない? 孤児院の連中は正気か? サクヤ、虐待とか受けてないよね?」

 

 マルフォイは信じられないと言わんばかりな声色で言う。

 

「あ、それに関しては大丈夫よ。サイン自体は貰ったんだけど、その職員が退職しちゃったからサインの効力がなくなっちゃっただけで」

 

「そうか……そしたら、何か買ってくるよ。明日は裁判が終わったら結果を父上が教えてくれると思うし、それを伝えるついでにね」

 

「ええ、お願いしようかしら」

 

 私は広げていた羊皮紙を片付けると、教科書と一緒に鞄の中に詰め込む。

 そしてマルフォイ、クラッブ、ゴイルに手を振ると図書館を後にした。

 

 次の日、皆がホグズミードから帰ってくるぐらいの時間帯にマルフォイから呼び止められた。

 マルフォイの手には大きなハニーデュークスのお菓子の袋が握られている。

 

「サクヤ! いろいろ買ってきたよ!」

 

 マルフォイは笑顔で私にお菓子の袋を渡してくれる。

 ああ、こうして女に貢ぐ男というのは生まれるんだろうと思いながらマルフォイからお菓子の袋を受け取った。

 

「ありがとう。そういえば、ヒッポグリフの裁判はどうなった?」

 

「予定通り処刑されることになったらしい。つまり金持ちのペット行きだよ」

 

 マルフォイは歯がゆそうな顔をする。

 

「まあ、あのウスノロの泣き顔でも見て留飲を下げることにするよ。今日は大広間には顔を出さないだろうな」

 

 それじゃあ、とマルフォイは手を振って廊下を歩き去っていく。

 私はハニーデュークスの大袋を抱えて談話室へと戻った。

 

 

 

 

 イースター休暇明けの週の土曜日、ついにグリフィンドール対スリザリンの試合の日がやってきた。

 私はスタジアムの観客席でロンとハーマイオニーと共に選手の入場を待つ。

 

「グリフィンドールが二百点差でスリザリンに勝てばグリフィンドールが優勝だ……」

 

「もう。ロン、さっきからそればっかりじゃない」

 

「当たり前だろ? 優勝が懸かってるんだ」

 

 ハーマイオニーは呆れたようにため息をつく。

 

「でも、スリザリン相手にチェイサーが五十点差をつけないといけないんでしょう?」

 

 私がそう聞くと、ロンはスタジアムを睨みながら言う。

 

「チェイサーの腕はグリフィンドールのほうが上だよ。時間さえかければ点差をつけることは不可能じゃない。でも、問題があるとすればハリーは五十点差がつくまではスニッチをキャッチできないんだ。その前にマルフォイがスニッチを見つけてキャッチしてしまったらその時点でグリフィンドールの負けが確定する」

 

 なるほど、確かにそれは厳しい勝利条件だ。

 マルフォイはハリーほどの腕と箒は持っていないものの、普通にシーカーとしての腕はいい。

 スニッチを見つけてしまったら捕まえるのにそこまで時間は掛からないだろう。

 そうしているうちに選手たちが声援と共にスタジアムに入場し、フーチの笛の音と共に試合が開始された。

 

『さあマダム・フーチの笛が鳴り試合が開始されました。実況はわたくしリー・ジョーダンでお送りします。さて最初にクアッフルを取ったのはグリフィンドールのアリシア・スピネット選手! スリザリンのゴールへ向けて一直線に飛んでいきます! いいぞ! そのまま……あー! スリザリンのワリントン選手がクアッフルを奪いました! おっと! ここでジョージ・ウィーズリーが惚れ惚れするブラッジャー打ちでワリントンを妨害! 再びクアッフルはグリフィンドールへ!』

 

 リー・ジョーダンの実況がスタジアム内に鳴り響く。

 グリフィンドールの選手はそのままクアッフルをパスし合いスリザリンのゴールへシュートした。

 

『ゴール! グリフィンドール先制点です!』

 

 グリフィンドールの観客席がわっと沸き上がる。

 その後もグリフィンドールは二十点、三十点とスリザリンとの点差をつけていった。

 このままいけばスリザリンとの点差をつけること自体は可能だろう。

 問題があるとすれば、既にマルフォイがスニッチを見つけていることだろうか。

 

「スリザリンのシーカーがスニッチを見つけたようです! スニッチを追いかけて一直線にスタジアムを横切っていきます! おっと! ここで事態に気が付いたグリフィンドールのシーカー、ハリー・ポッターがドラコ・マルフォイの後を追う! だがまだスリザリンとの点差は三十点しかついていないぞ! えー、余談になりますが、グリフィンドールが優勝するにはスリザリンと二百点差をつけなければなりません! スニッチを取ればスリザリンの勝利! 取らせなかったらグリフィンドールはニック状態になります!』

 

 マルフォイは後ろからハリーが来ていることを確認すると、箒と体を一直線にして一気にスニッチに迫る。

 ハリーはマルフォイと横並びになると、マルフォイとは反対の方向を一瞬見て、すぐに真下に急降下した。

 その瞬間、ハリーで死角になっていた位置からブラッジャーが飛来し、マルフォイの箒の柄を直撃する。

 フレッドがハリーの作った死角からブラッジャーを打ち込んだのだ。

 マルフォイは箒から振り落とされそうになりながらも、なんとか体勢を取り直す。

 だが、スニッチは見失ってしまったようだ。

 

『グリフィンドールのビーターによる妨害が綺麗に決まりました!』

 

「いいぞフレッド!」

 

 ロンが隣で大声で叫ぶ。

 私は私で、今ハリーとフレッドが行った妨害行為に素直に感心していた。

 

「なるほど、ああいうプレーもあるのね」

 

「むしろフレッド、ジョージはああいうプレイの方が得意だよ。妨害させたらあの二人の右に出る選手はいない」

 

 フレッド、ジョージの二人はいつも以上に目を輝かせてブラッジャーを追っている。

 あの二人の中ではスリザリンの選手にブラッジャーをぶつけるのはいつもの悪戯の延長なのだろう。

 そうしている間にもグリフィンドールは得点を重ね、ついにグリフィンドールとスリザリンの点差が五十点になる。

 その瞬間、ハリーが今までにないほどの速度で動き出した。

 

『ハリー・ポッターがスニッチを発見したようです! まるで稲妻のような速度で一直線に上空から降下していきます! マルフォイが後ろから追いかけるが……やった! ハリー・ポッターがスニッチをキャッチ! グリフィンドールの優勝です!』

 

 グリフィンドールの観客席が歓声で爆発する。

 ハリーはグラウンドに立ってスニッチを掲げていた。

 グラウンドには次々とグリフィンドールの選手が降り立ち、ハリーを担ぎ上げる。

 私の横にいるハーマイオニーも、ロンと抱き合いピョンピョンと飛び跳ねていた。

 優勝杯の授与式はすぐに執り行われ、キャプテンのウッドが誇らしげな表情でダンブルドアから優勝杯を受け取る。

 中止になった去年を数に入れなければ、これでグリフィンドールが二年連続優勝だ。

 

 

 

 

 

 今年も優勝したこともあり、グリフィンドールはしばらくお祭り騒ぎだったがそれも長くは続かなかった。

 六月が近づくにつれて校内の雰囲気はクィディッチから学期末試験へと向かっていく。

 図書館の机は勉強する生徒で埋まり、談話室のあちこちで羽ペンを走らせる音が聞こえてくる。

 特に誰よりも沢山授業を取っているハーマイオニーは大忙しだった。

 授業へ向かう移動間も教科書に目を通し、かと思えば急にいなくなり、何故か空き教室から急に現れたりと明らかに様子がおかしい。

 ハーマイオニーが作った試験の時間表も矛盾だらけだった。

 

「数占いの試験が九時で、変身術の試験も九時、そのあとの呪文学と古代ルーン語も時間が被ってる。君一体いくつ体があるの?」

 

 ロンがハーマイオニーの試験の予定を見ながら呆れたように呟く。

 ハーマイオニーは予定表を急いで隠すと何でもないかのような表情をした。

 

「別に、普通よ。だってここは魔法界だもの」

 

 ハーマイオニーはそう言うと、数占いの教科書を本の山から探し始める。

 

「でも、何かトリックがあるのよね? 体を分裂させる魔法薬とか?」

 

「あー、まあそんなところよ」

 

 私が聞くと、ハーマイオニーは言葉を濁した。

 きっとそれに近い魔法を使用しているのだろう。

 

「なんでもいいけど、過労死しないようにしなさいよ。ほら、こことか丸くハゲてる」

 

 私はハーマイオニーの後頭部を指でつつく。

 

「え!? 嘘!! どこ!? どこ!?」

 

「嘘よ」

 

 ハーマイオニーは手に持っていた分厚い本で私の頭を叩いた。

 その時、窓の外に純白のフクロウが降り立つ。

 ハリーのペットのフクロウであるヘドウィグだ。

 

「ハグリッドからだ」

 

 ハリーはヘドウィグから手紙を受け取ると、急いで手紙を開く。

 

「バックビークの控訴裁判の日付が決まったみたい。六月の六日だ」

 

「試験の最終日だわ」

 

 ハーマイオニーが間髪入れずに言った。

 ハリーは手紙の続きを読みながら言う。

 

「ホグワーツで裁判が行われるらしい。……それに、死刑執行人が一緒にやってくるって」

 

 それを聞いて、ハーマイオニーが怒りを露わにした。

 

「控訴に死刑執行人を連れてくるなんて……それじゃあ、まるで判決が決まってるみたいじゃない!」

 

 確かに、判決は既に決まっている。

 ということは、その日来る死刑執行人は偽物なのだろう。

 私がそのことを話そうか迷っていると、窓際にもう一羽小さなフクロウが降り立つ。

 そのフクロウは恐る恐る談話室に入ると、私の肩の上に飛び乗った。

 

「ん? 誰からかしら」

 

 私は小さなフクロウの足に括られている羊皮紙を解くと、贈り主を確認する。

 そのにはパッドフットと名前が書かれていた。

 

「あー、漏れ鍋の店主からだわ」

 

 私は適当なことを言いながら皆には見えないように羊皮紙を広げる。

 そこには短くこう書かれていた。

 

『痕跡を見つけた。六日に戻る。ネズミは逃がすな』

 

 私は何度か羊皮紙を読み返してから暖炉の中に羊皮紙を放り込む。

 どうやらブラックはロンドンで重要な何かを掴んだようだ。

 これはすぐにでもスキャバーズを確保しておいた方がいいかもしれない。

 私は大きくあくびをすると、教科書を鞄の中に放り込んだ。

 

「じゃ、私はそろそろ寝るわ。ハーマイオニーもあんまりこんをつめすぎないようにね」

 

 私はソファーから立ち上がり、鞄片手に女子寮へと入る。

 そして皆の死角に入ったところで時間を止め、談話室に戻るとそのまま反対側にある男子寮へと入った。

 

「ロンには悪いけど、スキャバーズは捕えさせてもらうわ」

 

 私はロンのベッドの近くに置かれた毛布の上で眠っているスキャバーズを掴むと、すぐに鞄の中に放り込む。

 これでたとえスキャバーズが動物もどきだとしても、何が起こったかは理解できないだろう。

 それに鞄の中は時間が止まっている。

 どれだけの時間鞄の中でスキャバーズを監禁したところで、スキャバーズは餓死するどころか監禁されていたことを認識することすらできない。

 私は談話室を経由して女子寮へと戻ると、時間停止を解除する。

 これで動物もどきの疑惑があるスキャバーズの確保には成功した。

 もしシリウス・ブラックが信用に値する人物だとわかれば、素直にブラックにスキャバーズを引き渡そう。

 だが、ブラックの話が作り話の可能性もある。

 そもそもスキャバーズが動物もどきでもなんでもなく、アズカバンで見た新聞の写真から話をでっち上げた可能性すらある。

 それに、スキャバーズがピーター・ペティグリューだったとしても、ブラックがハリーの両親を裏切っていないという証拠にはなりえない。

 本当はブラックが秘密の守人で、ピーター・ペティグリューは何か理由があって人間の姿に戻れないだけかもしれない。

 

「まだ決めつけるには早すぎる」

 

 私は自分のベッドに横になると、色々な可能性を考える。

 もしブラックが孤児院を襲っていないのだとしたら、一体誰が何の目的で孤児院を襲ったというのだろうか。

 ウール孤児院は魔法界とは何の関係もない貧乏な孤児院だ。

 襲われる理由があるとは思えない。

 私は少し早めに寝る支度を済ませ、ベッドの中に潜り込む。

 なんにしても、ブラックが掴んだという痕跡を聞いてからでいいだろう。




設定や用語解説

スリザリンと二百点差
 バスケやラグビーなら絶望的な点差だが、クィディッチではクアッフルをゴールに入れると十点、スニッチキャッチで百五十点入るので実質チェイサーが五回分ゴールを多く取り、スニッチをキャッチしたら二百点差になる。

丸くハゲてる
 十円ハゲという単語を使おうとして、イギリスに十円玉はないと思い出しこのような表現に。

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拳銃と斧と私

 六月最初の月曜の朝、ついに学期末試験が始まった。

 初めの試験は変身術だ。

 試験の課題はティーポットを陸亀に変えるというもので、今までの授業から見ても難易度が高めだ。

 私はマクゴナガルの監視のもと、机の上に置かれたティーポットに向けて杖を振るう。

 一昨年の学期末試験では時間を止めて何度も練習したが、去年から魔法の勉強を本格的に始めた私からしたらこの程度の魔法はお遊びのレベルだ。

 変身魔法が掛かったティーポットはみるみる形を変え、大きさすら異なる大きな陸亀に姿を変える。

 

「お見事です。それだけできるのに、どうして授業ではもう少し真面目にできないのです?」

 

 マクゴナガルは私の変身させた陸亀をひっくり返しながら言う。

 確かに私は授業中居眠りをしていることも多かった。

 

「いや、普段から真面目ですよ。ええ。睡魔に勝てないだけで……」

 

 もう少しちゃんと授業を聞こうと胸に刻み、私は変身術の教室を後にした。

 

 

 

 

 

 

「私の変身させた亀、陸亀ってより海亀に見えたわ。減点されたらどうしましょう……」

 

「陸亀が海亀に見えたところでどうだっていいさ。僕のは尻尾がポットの注ぎ口のままだったんだから……そういえば、僕のネズミを見なかった? 昨日の夜いなくなったんだ」

 

 大広間で昼食を取っている最中、ロンはサンドイッチを口の中に詰め込みながら私たちに聞く。

 

「言っておきますけど、クルックシャンクスではありませんからね? 昨日は女子寮から出していないもの」

 

 ハーマイオニーはすかさず言う。

 

「ベッドの下じゃないかなぁ? 僕のカエルは十回のうち三回はベッドの下から見つかるよ」

 

 向かいの席にいたネビルが答えた。

 ネビルのカエルはよく自由を求めてネビルの元からいなくなる。

 ネビルはその度に半べそになりながらカエルを探しているので、ペット探しに関しては学校で誰よりも経験者だろう。

 

「そういえば、亀って口から湯気を出すんだっけ?」

 

 ネビルが心配そうにハリーに聞く。

 ハリーは悲しそうな顔で首を横に振った。

 

 午後からは呪文学の試験だ。

 試験内容は元気の出る呪文で、これはハーマイオニーが予想していた通りの結果だった。

 私はペアになったハーマイオニーに元気の出る呪文を掛ける。

 ハーマイオニーは少し勉強の疲れが出ていたが、私が呪文を掛けると途端に元気になった。

 

「凄いわ! 疲れが一気に吹っ飛んじゃった! 今なら四十時間以上連続で走り回れるかも!」

 

「……先生? この呪文本当に大丈夫なやつですよね?」

 

 私はまるで危ない薬でも決めたように元気になったハーマイオニーを見てフリットウィックに聞く。

 フリットウィックはハーマイオニーの顔色を確かめると、小さい声で「多分」と呟いた。

 

 次の日は魔法生物飼育学と魔法薬学、その次の日は魔法史と薬草学の試験、そして試験最終日の午前には闇の魔術に対する防衛術の試験があった。

 特に闇の魔術に対する防衛術は今までの試験とはまったくもって形式が異なり、野外での障害物走のような試験だった。

 私は水魔のいるプールを渡り、レッドキャップのいる場所を横切り、ヒンキーパンクを突破する。

 そして最後にまね妖怪のいるトランクが置かれたテントの中に駆け込んだ。

 

「そういえば、話には聞いていたけどボガートと対峙するのは初めてね」

 

 まね妖怪ボガートは私がヒッポグリフに襲われて医務室に入院している間に授業でやったらしい。

 ボガートは目の前にいる人間のもっとも恐ろしいものに変身し、対象を恐怖に陥れる妖怪だ。

 私の怖いものが何かは分からないが、ボガートを退散させる呪文は知っているのできっと何とかなるだろう。

 私がトランクの前に立つと、トランクの隙間からもやのようなボガートが飛び出し変身を始める。

 うねうねと形を変えたかと思うと、なんとボガートは私自身に変身した。

 

「私の怖いものって……私自身?」

 

 私は自分自身に杖を向ける。

 ボガートが変身した私は、懐から拳銃を取り出して私に向けた。

 

「リディクラス!」

 

 私は急いで私に向かって呪文を放つ。

 するとボガートの私が持っていた拳銃はバナナに変わった。

 ボガートの私は手に持っていた拳銃がバナナに変わったことに気が付くと、皮をむいて食べ始める。

 私はほっと安堵の笑みを浮かべるとボガートのいるテントを後にした。

 

「よくやった。上出来だよサクヤ」

 

 外から中の様子を見ていたルーピンがにっこりしながら言う。

 

「特に最後のボガートの対処は良かった。初めてだったはずだろう?」

 

「そう思うなら事前に予習させてくださいよ」

 

 私が文句を言うとルーピンは少し困った顔をする。

 

「まあ、それに関しては忘れていた私が悪い。でも優秀な君なら何の問題もないと私は判断したよ。そしてそれは正しかった」

 

 ルーピンはそれだけ言うと、次の生徒の様子を見るためにスタート地点の方へと走っていく。

 私は肩を竦めると、既に試験を終えていたハリーたち三人と城へと戻った。

 

「それにしてもボガートが変身したマクゴナガルの言うことを真に受けるなんて……」

 

 ロンが口に手を当てて思い出し笑いを押し殺す。

 先ほどの試験でハーマイオニーがボガートの対処に失敗したのだ。

 

「だって仕方がないでしょう? 全科目落第だなんて……悪夢だわ」

 

「だからって普通それを信じるか?」

 

「もう、恥ずかしいから言わないで!」

 

 ハーマイオニーは鞄を振り回してロンを追い払おうとする。

 ロンは楽しそうに鞄を避けた。

 

「ねえ、あれってもしかして」

 

 ハリーが急に足を止めてホグワーツの正面玄関を指さす。

 ロンとハーマイオニーはあと少しで喧嘩に発展しそうな勢いだったが、ハリーの言葉に釣られて玄関の方を見た。

 そこには魔法大臣のコーネリウス・ファッジが立っており、汗を拭いながら校庭の方を見ていた。

 

「やあ、ハリー。試験を受けてきたのかね?」

 

 ファッジはハリーの存在にすぐに気づき、声を掛けてくる。

 

「はい」

 

「そうかそうか。いい成績が残せるといいね」

 

「ありがとうございます。……大臣はどうして学校へ?」

 

 ハリーがファッジに聞くと、ファッジは深いため息をついて答えた。

 

「実はあまりうれしくないお役目で来た。危険生物処理委員会が私にヒッポグリフの処刑を立ち会って欲しいというんだ。まあ私もブラック事件の状況確認のためにホグワーツに来る必要があったから別にいいんだが……」

 

「それじゃあ、もう控訴裁判は終わったということですか?」

 

 後ろの方で様子を窺っていたロンが思わずファッジの前に歩み出る。

 

「いやいや、それは今日の午後の予定だ」

 

 ファッジはロンのそんな態度に気を悪くした様子もなく、説明してくれた。

 

「それだったら処刑に立ち会う必要なんかなくなるかもしれないじゃないですか!」

 

「ああ、私もそちらの方が助かるよ。今はできるだけ仕事を増やしたくない」

 

 ファッジは優しくそう言ったが、明らかにロンから目を逸らした。

 あの様子では、ファッジも危険生物処理委員会の裏の顔をよく知っているようだ。

 その時、城の扉を開けて中から二人の人間が顔を出す。

 一人はよぼよぼな老人で、一人は深くローブのフードを被っていて年齢はおろか性別すらパッと見ただけでは分からなかった。

 まるで城の近くを徘徊している吸魂鬼のような容姿だったが、肩には大きな斧を抱えている。

 きっと斧を持っている方は委員会が連れてきた死刑執行人だろう。

 

「やーれやれ、仕事とはいえこんな辺境の地にワシのような老いぼれを呼び出さんで欲しいところじゃわい」

 

 老人は腰を叩きながらファッジの方へ近づく。

 斧を抱えた人物も、老人に付き従うようにファッジに近づいた。

 

「むしろ呼び出されたのは私のほうなのだがね。わざわざヒッポグリフの処刑程度で呼び出さないで欲しいのだが……」

 

 ファッジは大きな斧から少し距離を取りながら文句を言った。

 まあ確かにあの大きさの斧では、少し取り落としただけで足の先が無くなる可能性すらある。

 

「まあ、そう言わないでくださいよ。私も仕事、貴方も仕事。みんなそれで生活してるんですから」

 

 不意に女性の声が聞こえたかと思うと、斧を抱えた人物がフードを脱ぐ。

 フードの下からは鮮やかな赤髪が特徴的な美人な女性の顔が現れた。

 

「……貴方は確か」

 

 私はその姿に物凄く見覚えがある。

 一昨年の夏、私が占い用品店に迷い込んだ時にグリンゴッツまで私を送ってくれたレミリア・スカーレットの使用人、紅美鈴だ。

 

「お、君はあの時の。たしか……ホワイト! サクヤ・ホワイトちゃんでしたね」

 

 美鈴はにっこり笑うと、斧を持っていないほうの手で握手を求めてくる。

 私が美鈴の手を握ると、美鈴は握った手をブンブンと振った。

 

「ヒッポグリフに襲われたんですって? 大変でしたねー。でも、もう安心していいですよ? 悪いヒッポグリフは私がえいっとやっつけちゃいますので」

 

 美鈴はそう言って大きな斧をまるでおもちゃのように軽々振り回す。

 私は他の皆には聞こえないように声を潜めて言った。

 

「ヒッポグリフを引き取るお金持ちって、もしかしてスカーレットさんなんですか?」

 

 美鈴はそれを聞くと、一瞬キョトンとしてから小さく笑う。

 

「それを知っているとは情報通ですね。ええ、そうですよ。殺し損ねたフリをして、私がヒッポグリフを逃します」

 

 そして、小さな声でそう教えてくれた。

 

「でも、それ自体が非合法的な闇取引ですので絶対に話を広めちゃダメですよ?」

 

 美鈴はウインクをすると、またフードを深々と被る。

 そして老人とファッジに声をかけて、また城の中へと消えていった。

 

「サクヤ、さっきの女性とは知り合いなの?」

 

 少し遅れて城の中に入りながらハリーが私に聞く。

 

「知り合いってほどでもないけど……漏れ鍋で少し話したことがある程度よ」

 

 私は適当に誤魔化して大広間に入る。

 なんにしても、これでバックビークの有罪が確定したと同時に、無事も保証されるだろう。

 

 

 

 

 

 学期末最後の試験は占い学だった。

 どうやら占い学の教室で一人ずつ水晶玉占いの試験を行うらしい。

 

「私どうにも占い学って苦手。今回の試験もまったく対策のしようがなかったし」

 

 ハーマイオニーは占い学の教科書の『未来の霧を晴らす』の水晶玉のページを睨むように読んでいる。

 

「来年からは選択するのやめようかしら」

 

「それがいいわ。見てて思うけど、あなた占いを信じるような性格してないもの」

 

 そういう私も、自分が占うことに関してはまったくもって才能がないようだった。

 水晶玉の中に何かが見えたことなどないし、手相占いも当たった試しがない。

 

「まあ試験対策のしようがないってことは、勉強しなくてもいいってことじゃない。楽なことこの上ないわ」

 

 だが、このままでは試験で酷い点数を取ってしまう。

 ここは少しインチキさせてもらうことにしよう。

 私は自分の順番が来ると、銀色の梯子を上って占い学の教室へと入る。

 教室の中はカーテンが閉め切られており、いつも以上に気温も湿度も高くなっていた。

 

「こんにちは、よくいらっしゃいました」

 

 トレローニーは私の顔を見ると、少し悲し気な表情になる。

 

「どうぞこちらに座って。水晶玉に何が見えたか、あたくしに教えてくださいまし」

 

 私はトレローニーに促されるままに椅子に腰かけると、水晶の中を覗き込んだ。

 

「どうかしら? 何か見えて?」

 

 水晶の中には白い靄のようなものが渦巻いているだけで、それに何か意味があるようには見えない。

 

「これは……教室ですかね。それもこの教室に見えます」

 

「あら、あたくしの教室ですの? 教室の中には一体どなたが?」

 

「大きな眼鏡をかけた女性と……白髪の学生。きっと私と先生だと思います。私が占い学の教室で水晶玉を覗いている……」

 

 私はじっと水晶玉に集中しているフリをする。

 

「急に棚に置いてあるティーカップが床に落ちて、先生が様子を見に行きました」

 

 私はそう言った瞬間に時間を止め、壁際にあるティーカップを魔法で浮かせて棚からずらす。

 時間停止を解除した瞬間、壁際のティーカップが床に落ちてカチャンと音を立てた。

 トレローニーはびくりと体を震わせると、椅子から立ち上がって音がした方向へ歩いていく。

 そして床の上で割れているティーカップを見つけると、修復魔法を掛けて棚へと戻した。

 

「お見事な予知ですわ。貴方には占いの才能がありそうですわね」

 

「偶然ですよ。偶然。もういいですか?」

 

 私は椅子から立ち上がると、撥ね扉へと歩いていく。

 

「お待ちになって。少しお聞きしたいことがありまして」

 

 トレローニーの言葉に、私は撥ね扉の前で立ち止まる。

 

「まだ何か?」

 

「死の予言の件ですわ。レミリア・スカーレット嬢の」

 

 私は教室を引き返すと、トレローニーの前に座り直す。

 

「あたくしの妹から当時のことを聞きましたわ。死の予言をされるまでの経緯と、予言の内容も」

 

「そういえば、あの店の店主さんもトレローニーさんでしたね」

 

 トレローニーは小さく頷く。

 

「スカーレット嬢の占いは確かによくあたります。あの方は魔法界でも一二を争うほどのカリスマ的な占い師ですわ。ですが、どうか悲観的にならないで。貴方は確かに死神に取り憑かれているのかもしれません。ですが、未来というものはこの水晶玉の中に見えるように常に霧が掛かっているようなものです。未来に絶対ということはありませんわ」

 

「でも、レミリア・スカーレットの予言は絶対にあたると聞きました」

 

「確かに、スカーレット嬢の占いが外れたという話を聞いたことはありません。ですが、占いの裏を掻いて死の運命を回避した者もいます」

 

 トレローニーは珍しく私に対して悪戯っぽい笑みを向けた。

 

「……ありがとうございます」

 

 私はトレローニーに頭を下げると、今度こそ占い学の教室を後にした。




設定や用語解説

サクヤの怖いもの
 ヴォルデモートよりダンブルドアより、サクヤ・ホワイトは自分が怖い。

大きな斧
 長さ170cm、重量50kgの超重量武器。サクヤより大きく重い。

未来に絶対はない
 絶対当たるレミリア・スカーレットの死の予言だが、名前を変えたりすることで回避できることがある。

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満月の夜と不可能犯罪と私

 一九九四年の六月六日。

 私は全ての試験を終え、談話室に帰ってきていた。

 多くの生徒が試験後の解放感からか、外に遊びに行っており、談話室の中には私の他には上級生が数名とハリー、ロン、ハーマイオニーの三人しかいない。

 

「バックビークが負けたみたい」

 

 私が三人に近づくと、ロンが弱々しく言った。

 私はロンが持っている羊皮紙を覗き込む。

 どうやらハグリッドからの手紙のようで、震える手で泣きながら書いたのか荒々しい文字が書かれている。

 

『控訴に敗れた。日没に処刑だ。おまえさんたちにできることは何もねぇから、来ちゃなんねぇぞ。おまえさんたちには見せたくねぇ』

 

「そう……残念だったわね」

 

 私はロンに羊皮紙を返す。

 

「ハグリッドを一人にできないよ」

 

「でも、処刑は日没だ。絶対許可は下りないよ……ハリー、特に君は──」

 

 ロンは死んだような目で窓の外を見る。

 

「透明マントを着ていけば大丈夫だよ。それに忍びの地図もある。危険は無いさ」

 

「……私は行かないほうがいいわね。原因を作ったのは私のようなものだし」

 

 まあ、実際バックビークが処刑されることはない。

 きっと魔法界のどこかにあるレミリア・スカーレットの豪邸で可愛がられるんだろう。

 

 夕食後、ハリー達三人は透明マントを被ってハグリッドの小屋へと歩いていった。

 私は三人を見送ると、一度談話室へ戻る。

 すると、談話室の窓の外に一匹のフクロウが待ち構えていた。

 私はフクロウを談話室の中に招き入れると、足に結ばれている羊皮紙を解き、広げて内容を読む。

 

『日没後、同じ場所で パッドフット』

 

 羊皮紙には短くそれだけが書かれていた。

 私はフクロウを窓の外に放つと、すぐにブラックからの手紙を暖炉で燃やす。

 そして鞄の中にロープやスキャバーズなどが入っていることを確認すると、ナイフを取り出して制服の下に隠した。

 

「日没後に同じ場所だったらそろそろ向かった方がいいわね」

 

 私は鞄を小さくしてポケットの中に入れ、談話室を後にする。

 そしてそのまま階段を下りると、校庭に人の気配がないことを確認してから時間を止め、暴れ柳のうろの中に入った。

 私は時間停止を解除して、杖明かりを頼りにゆっくり横穴を進んでいく。

 外の様子は窺い知れないが、例の廃墟に着く頃には日は沈んでいるだろう。

 

 三十分ほど横穴を進んだだろうか。

 私は埃っぽい廃墟の床の上に足を下ろした。

 

「さて、同じ場所なのだとしたら二階だけど……」

 

 私は杖明かりを灯したまま、薄暗い廃墟の中を歩く。

 今にも崩れそうな階段を上り、私はブラックと遭遇した部屋の前までやってきた。

 

「そこにいる?」

 

 私は扉越しにブラックに呼びかける。

 部屋の中は少しの間無音だったが、すぐに返事が来た。

 

「ああ、入ってくれ」

 

 私はゆっくり扉を開けて部屋の中に入る。

 部屋の中ではブラックがベッドに腰かけていた。

 この前と比べるとブラックの服装は少し綺麗になっているように感じる。

 ブラックも私の視線に気が付いたのか、上着の裾を少し持ち上げながら言った。

 

「マグルの街に忍び込むには服装には気を付けないとな。奴らは無駄に綺麗好きだし」

 

「まあそれは言えてるわ」

 

 私は部屋の隅にあった椅子の埃を払うと、ブラックと向かい合うように腰かける。

 

「それで、帰ってきたということは何か重要なことがわかったのよね?」

 

 ブラックは私の言葉に頷いた。

 

「君と別れたあと、私は一度実家に戻り準備を進めた。まず初めに忍び込んだのは魔法省だ。新聞を読む限りではあの事件はすぐにマグルの警察から魔法省に捜査協力が出されたからね」

 

「指名手配犯が魔法省に?」

 

「ホグワーツに忍び込むよりかは簡単だよ。あそこは職員も多ければ来客者も多い。少し変装して堂々と歩いていれば誰も私がシリウス・ブラックだとは思わない」

 

 ブラックはそう言って肩を竦める。

 確かに、見知らぬ男性がホグワーツを歩いていたら違和感しかないが、役所のような場所なら自然な光景になるのだろう。

 

「私は資料室で当時の捜査資料を漁った。だが、魔法省は犯人に関する具体的な手掛かりを何も掴んではいなかった。あの孤児院からは魔法を使った痕跡は見つからなかったそうだ」

 

「魔法の痕跡がない?」

 

「ああそうだ。魔法というのは使うとその場に残滓のようなものが微かに残る。強力な魔法であればあるほど、強い残滓がその場に残るんだ。もっとも、どんな魔法を使ったかまではわからないがね。あの孤児院からはそういった痕跡は見つかっていない。つまり、あの惨状を作り出すのに犯人は魔法を使っていない。魔法省も犯人はどこにでもあるようなナイフで犯行を行ったと結論づけた」

 

 三十人以上を殺すのに魔法が使われていない……そんなことがあり得るのだろうか。

 

「じゃあ、犯人はマグルである可能性もあるんじゃないの?」

 

「まあ、その可能性も十分ある。結局のところ魔法省は逃亡中の私は杖を持っていないだろうと推測し、私が魔法を使わず殺したと結論づけた」

 

 確かにそれなら魔法省がブラックの犯行だと結論づけるのも納得がいく。

 

「でも、それ以上の何かがわかった。そうよね?」

 

「ああ、そうだ。魔法省の捜査資料を読んだとき、私は疑問に思った。マグルでも可能な犯行なのに、どうしてマグルの警察は魔法省に捜査協力を依頼したんだろうとね。私は今度は捜査協力を依頼したロンドン警視庁に忍び込んだ。だが、マグルの警察は魔法省よりも資料の管理が厳重だ。捜査資料を見つけ出すのに随分と時間が掛かってしまったが、先週ようやく捜査資料を入手することができたんだ」

 

 ブラックは暗くなりつつある室内で神妙な面持ちをする。

 

「マグルの調べでは、殺された被害者たちには奇妙な点があるらしい。マグルの世界ではその人物がいつ死んだのか調べることができる。死亡推定時刻というらしいが、マグルの調査では三十二人の被害者は、ほぼ同時に死亡している。それに、あれだけ部屋中が血まみれになっているにもかかわらず、血が付いた足跡は一種類だけだったようだ」

 

「じゃあ、その足跡の人物が犯人ということでしょう?」

 

 ブラックは少し押し黙ると、確認するように聞いた。

 

「……調べるうちに知ったことだが、君はあの孤児院の生き残りらしいね。ホワイト、見つかったのは君の足跡だ。君は一度あの孤児院に入っている、そうだね?」

 

「……ええ。私は自分の目で孤児院の皆が殺されているのを確認した。足跡はその時に付いたものだと思う」

 

「問題はそこだ。足跡は君の物しか見つかってない。つまり犯人はあれだけの血だまりの中、全く血を踏まずに殆ど同時に三十二人を殺したということになるんだ。そんな犯行はマグルには不可能だ。だからこそ、ロンドン警視庁は魔法省に捜査協力を依頼した」

 

「ちょっとまって、それっておかしいわ」

 

 マグルの警察は魔法でも使わない限りできない犯行だったからこそ魔法省に協力を求めた。

 だが、魔法省の調べでは犯人は犯行に魔法を使っていない。

 

「そう、明らかにおかしい。だが、裏を返せば不可能な犯行だからこそ、私の身の潔白が証明できる。少なくとも、私には魔法を使わずに痕跡を残すことなく三十二人を同時に殺すことはできないからね」

 

 ブラックはそこで一度言葉を切ると、大きく肩を竦めながら冗談混じりに言った。

 

 

「それこそ、時間でも止めない限りこの犯行は不可能だろう」

 

 

 ブラックがそう言った瞬間、私は時間を止めていた。

 時間を止めない限りこの犯行は不可能?

 確かに、時間を止めて全員を刺し殺せば、一度に全員を殺すことは可能だ。

 時間を止めているかぎり血は傷口から吹き出さないため、血だまりを踏むこともない。

 だが、私は事件があったときは漏れ鍋の宿で眠っていたはずだ。

 みんなを殺すような時間はどこにも……。

 

「時間がない……なんて、関係ない。私にアリバイなんて存在しない……そんな、私、いつの間に……」

 

 考えれば考えるほど、私が殺したようにしか思えなくなってくる。

 少なくとも、マグルの警察の調査が正しければ、私にしかできない犯行だ。

 

「なんで……どうして私は皆を……」

 

 私が殺したという記憶はない。

 だが、記憶なんて曖昧なものだ。

 本当に私がやったんじゃないのか?

 自分が犯人ではないと思い込みすぎて、いつの間にか自分の中で記憶が改ざんされたんじゃないか?

 何せもう一年近く前だ。

 もう何が嘘で何が真実か、それすらわからない。

 

「……ダメだ。もう、分からない。わからなくなっちゃった」

 

 私は懐に忍ばせていたナイフを取り出すと、ベッドに座っているブラックの首に突き刺し、真横に引き抜く。

 そして、ダメ押しと言わんばかりにブラックの胸にナイフを突き立てた。

 

「わからない。わからないよ……だから、だからね? シリウス・ブラック、貴方が犯人。私は、これで孤児院のみんなと、ハリーの両親の仇を討った」

 

 私はナイフを引き抜くと、ブラックの前に立つ。

 そして、時間停止を解除した。

 

「──ッ!?」

 

 ゴボリという音と共にブラックの首と胸から血が溢れ出す。

 ブラックは何が起こったのか理解するよりも前に、床に崩れ落ちて死んだ。

 

「……さようなら、シリウス・ブラック。貴方の見つけた真実は、私にとってあまりにも都合が悪すぎる」

 

 ブラックの死体からあふれ出た血液が地面に広がり、私の靴を濡らす。

 その瞬間、ギシリと階段を上る音が部屋の外から聞こえてきた。

 私は時間を止めようと一瞬周囲を見回す。

 

「サクヤ! そこにいるの?」

 

 だが、時間を止める寸前に聞こえてきたハリーの声が、私に時間を止めさせるのを躊躇わせた。

 何故ここにハリーが……しかも、私がここにいることを知っている。

 私が混乱しているうちに、部屋の扉を開けてハリー、ロン、ハーマイオニーの三人が部屋の中に入ってきた。

 

「──ひッ! ……サクヤ、この人……」

 

 ハーマイオニーは短く悲鳴を上げると、口元を抑えてブラックの死体を覗き見る。

 

「間違いない。こいつ、シリウス・ブラックだ! ……もしかして、君がブラックをやっつけたのかい?」

 

 ロンがブラックと私が手に持っているナイフを交互に見ながら言った。

 ナイフを見られたからには、もう誤魔化しは効かないだろう。

 私はナイフについた血をハンカチで拭いながら言った。

 

「ええ、そうよ。ブラックは私が殺した」

 

「……一体何があったんだい?」

 

 ハリーがブラックの死体を呆然と見ながら聞く。

 私は肩を竦めると、ブラックの死体を蹴飛ばした。

 

「襲われたの。学校の校庭を歩いている時に攫われて……貴方に対する人質として私を攫ったってブラックは言ってたわ。言うことを聞かないと私の指を一本ずつ切り落とすって……それで、あんまりにもムカついたから……」

 

 私は後ろからナイフを引き抜いて、振り下ろす真似をする。

 

「多分ブラックも、私が女で子供だから油断したんだと思うわ。じゃないとこんなに簡単に殺せなかったと思うし」

 

 私がそう言うと、ロンが短く口笛を吹いた。

 

「でも、貴方たちはどうしてここに? まだ私が攫われてから一時間も経ってないし、偶然たどり着くような場所でも無いと思うんだけど……」

 

「これだよ」

 

 ハリーがポケットから古びた羊皮紙を取り出した。

 ハリーがフレッド、ジョージからもらったという忍びの地図だ。

 

「ハグリッドの小屋からの帰り道、暴れ柳の抜け道を通っていくサクヤの名前を見つけたんだ。それで不思議に思って後をつけて来たんだけど……」

 

 ハリーはもう一度床に倒れているブラックを見る。

 

「まさかこんなことになってるなんて。地図にはサクヤの名前しかなかったから……」

 

「きっとブラックは自分の名前が地図に映らないように自分に魔法を掛けていたんだろうね」

 

 不意に部屋の外から声が聞こえてきたかと思うと、ルーピンが顔を出す。

 

「ルーピン先生!」

 

「暴れ柳のうろの中に入っていく君たちを見かけてね。勝手ながら後をつけさせてもらったよ」

 

 ルーピンは部屋の中に入ると、死んでいるブラックを調べ始める。

 

「でも、まさかブラックがサクヤを攫うとは……怪我はないかい?」

 

「はい。大丈夫です。指も全部くっついています」

 

 私はナイフを仕舞うと、ルーピンに指が無事なことを見せる。

 

「あの、先生……先生は地図のことを……」

 

「ああ、知ってるよ。その羊皮紙がどういうものかも、その地図を誰が作ったのかもね。ハリー、そこで死んでいるシリウス・ブラックはその『忍びの地図』を作った人物の内の一人だ。その地図は君のお父さんが学生の頃、仲間と一緒に作り上げたものだ」

 

「この地図をお父さんが?」

 

 ハリーはじっと古びた羊皮紙を見つめる。

 

「プロングズがジェームズ、パッドフットがシリウス、ワームテールがピーター、そしてムーニーが私。そう、私もこの地図を作り上げた魔法使いの一人だ。だからこの地図のことはよく知っているし、この地図に名前を表示させない方法も知っている。そして、それはブラックも同じだ」

 

「でも、それなら先生はブラックがホグワーツへ侵入するための抜け道を知っていることを知っていたということですよね? どうしてダンブルドア先生に報告しなかったんです?」

 

 私がそう質問した瞬間、ハーマイオニーがハッとした表情をする。

 そして私を部屋の奥に引っ張ると、杖を抜いてルーピンに突き付けた。

 

「ハリー! ロン! 構えて!」

 

 ハーマイオニーの叫び声を聞いてハリーとロンは慌てて杖を引き抜く。

 ルーピンはハーマイオニーの対応に目を丸くすると、大人しく両手を挙げた。

 

「待ってくれ、君が言いたいことはよく理解できる。だが、それは誤解だ。私はブラックの仲間じゃない」

 

「ハリー、ロン、サクヤ、信じちゃダメ! 先生はまだ私たちに隠していることがあるわ!」

 

「私が人狼だということかい? ハーマイオニー、それは学校の職員なら全員が知っている秘密だよ」

 

 人狼という言葉にハリーとロンが眉を顰める。

 あの顔はよく理解していない顔だ。

 

「狼男! ルーピンの代理でスネイプが授業を行った時に習ったでしょう? でも、ダンブルドアは先生が人狼だとわかっていて雇ったってこと?」

 

 ハーマイオニーは油断なくルーピンに杖を突きつける。

 ルーピンは落ち着いた口調で言った。

 

「そうだ。ダンブルドアは私が人狼だと知っているし、私を雇う時に学校中の先生に私が人狼であると説明した。あの人は本当に偉大な魔法使いだよ。人狼だからといって、私を見捨てることをしなかった。……それは、今も昔も変わらない。私がホグワーツに入学できたのは、ダンブルドアが色々と便宜を図ってくれたおかげなんだよ」

 

 ルーピンは懐かしそうに屋敷を見回した。

 

「ハリーには話したね。暴れ柳は私が入学した年に校庭に植えられたと。本当は、私が入学したから校庭に植えられたんだ。当時の先生たちが学校の校庭からこの村の廃墟の屋敷まで横穴を掘って、その穴を塞ぐようにして暴れ柳を植えた。私は満月の夜になると、先生に連れられてこの屋敷に籠り、ここで人狼に変身したんだよ。人狼に変身してしまうと私は我を忘れて人間を襲うようになってしまう。だからこそ、人が来ないこの屋敷に閉じこもって満月の夜が過ぎ去るのを待った。そう、ダンブルドアは私が人狼に変身しても、他の生徒を襲わないように配慮してくれたんだ」

 

「じゃあ、ダンブルドアはこの屋敷から暴れ柳まで横穴が繋がっていることを知っていたということ?」

 

 ハリーがそう聞くと、ルーピンは頷いた。

 

「その通り。ダンブルドアやマクゴナガル、それにポンフリーとかはこの横穴のことを知っているはずなんだ。吸魂鬼がホグワーツの周りを固めるという話になった時、誰も暴れ柳の横穴の話をしなかったから、てっきりもうすでに穴は埋められたものだと思っていた。……結果としては、穴はそのまま残っていたわけだが」

 

 ハーマイオニーは恐る恐る杖を下ろす。

 ルーピンはそれを見て優しく微笑んだ。

 

「ありがとう。とにかく、今は一刻も早く城に戻ろう。ブラックの遺体の回収は後回しだ。幸いヒッポグリフの一件でファッジがホグワーツに来ている。そのまま引き継いでしまえばいいだろう」

 

 ルーピンはブラックの死体を見下ろすと、少し悲しそうな顔をする。

 だが、すぐに真剣な表情になった。

 

「さて、学校に戻ろう。みんな心配しているだろうしね」

 

 私たちはルーピンを先頭に一階に下りると、横穴を通って暴れ柳の真下に戻る。

 ルーピンは手慣れた手つきで暴れ柳のコブに石を置いた。

 

「さあ、これで大丈夫だ。順番に上がろう」

 

 ハーマイオニー、ロン、私、ハリーの順番でうろをよじ登り、最後にルーピンが這い出てくる。

 私たちが暴れ柳の枝が届かない位置まで移動すると、ルーピンはコブに載せていた石を魔法で移動させた。

 

「おやおや、どこに行ったかと思えば……こんな時間に生徒を連れて一体どこへ行っていたんでしょうな」

 

 不意に後ろから声をかけられ、私たちは急いで振り返る。

 そこには片手にゴブレットを持っているスネイプの姿があった。

 

「貴様のために時間をかけて調合しているというのに、それを飲み忘れるとは……良い御身分ですな。さっさと飲みたまえ。そろそろ月が顔を出すぞ?」

 

 スネイプは手に持っていたゴブレットをルーピンに押し付ける。

 ルーピンは空を見上げると、慌ててゴブレットの中身を飲み干した。

 

「いつもありがとう、スネイプ先生。でも、私はどうもこれが苦手でね……」

 

「飲みたくないのであれば、次回からは調合しないが──」

 

「いやいや、感謝しているとも。本当だ」

 

 ルーピンはゴブレットをスネイプに返す。

 スネイプはゴブレットを受け取ると、私たちを見ながら言った。

 

「それはともかくとして、一体何をしていたのかね? 私の目が節穴じゃなければ、あの例の横穴から顔を出したように見えたが?」

 

「そのことだ、セブルス。急いでダンブルドアとファッジを呼んでくれ。シリウス・ブラックが見つかった」

 

 ルーピンがそう言った瞬間、スネイプが目を見開いた。

 

「シリウス・ブラックだと? どこにいる?」

 

「叫びの屋敷だ。サクヤがブラックに攫われたんだ」

 

 スネイプは不可解な顔をして私を見る。

 

「その攫われた生徒がここにいるわけだが?」

 

「隙を見て殺しました」

 

「……ああ、私が到着した時にはブラックは既に死んでいたよ。まったく、たくましい限りさ」

 

 ルーピンはスネイプに屋敷内の状況を簡単に説明する。

 スネイプはルーピンの話を聞き終わると不敵に微笑んだ。

 

「ふん、奴にはお似合いの最期だ。出来ればこの手で殺してやりたかったが……まあいい。ルーピン、お前は子供たちを医務室まで連れて行け。私はダンブルドアに報告した後、ブラックの死体を回収しに行く」

 

 スネイプはそう言うと、城の方へと歩いていく。

 ルーピンは顔を覗かせ始めた満月をチラリと見ると、スネイプの後を追うように城の方へと歩き始めた。

 

「あとは他の先生たちがなんとかしてくれるだろう。私たちは医務室へ向かおうか」

 

 私たちはルーピンを先頭にして城の中に入る。

 私はルーピンの後ろを黙って歩きながら、ブラックを刺し殺した手応えの残る左手を握りしめた。




設定や用語解説

スネイプの魔法薬
 人狼に変身しても自我を保つための薬。人狼に変化するのを止めることはできない。

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暗示と栄誉と私

 

 ルーピンに連れられて医務室に来た私は、事情を聞いたマダム・ポンフリーにあっという間に拘束され、瞬く間にベッドの上に転がされた。

 

「去年も誘拐、今年も誘拐! 一体何回誘拐されたら気が済むのですか!? どこか痛いところは? どんな呪文を掛けられたのです?」

 

 マダム・ポンフリーは元気爆発薬を私に押し付けながら捲し立てる。

 私が元気爆発薬を一気に呷ると、耳からぷぴいと蒸気が噴き出た。

 

「マダム・ポンフリー、子供たちを頼みます。私はそろそろ自室に籠らなければ」

 

「……わかりました。あまり時間もありません。急いだほうがよろしいですよ?」

 

 ルーピンは時計を確認すると、慌てて医務室を出て行く。

 きっと人狼に変身してしまう時間が迫っているのだろう。

 

「貴方たちはどこか悪いところは? 襲われたり、誘拐されたのでなければもう寮に戻りなさい」

 

 マダム・ポンフリーはハリーたち三人に向かって言う。

 ハリーたちはなんとか医務室に残ろうとあの手この手で言い訳したが、結局マダム・ポンフリーに医務室を追い出されてしまった。

 

「何にしても、もう少し経てばダンブルドア先生が話を聞きにくるでしょう。それまでは絶対安静です。ベッドの上から動いてはなりませんからね」

 

 マダム・ポンフリーは私にそう言いつけ、ベッドのカーテンをぴっちり閉じる。

 先程まで何かと騒がしかったが、途端に私の周りを静寂が包み込んだ。

 

「……シリウス・ブラックが孤児院のみんなを殺しました。シリウス・ブラックが孤児院のみんなを殺しました。シリウス・ブラックが孤児院のみんなを殺しました。シリウス・ブラックが孤児院のみんなを殺しました──」

 

 何度も何度も呟き、自分に言い聞かせる。

 孤児院のみんなを殺したのは私じゃない。

 そんな記憶はない。

 殺した記憶なんてない。

 殺す理由なんてない。

 殺す理由なんて……。

 

「でも、私以外考えられない。本当に私じゃないの?」

 

 魔法界には忘却呪文という実に都合の良い魔法が存在する。

 自分自身に忘却呪文を掛けて、都合の悪い記憶を消した可能性すらある。

 もしそうだとしたら、信じられるものは何もない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 でも、だとしたら──

 もし、私が孤児院の子供たちを、セシリアを、院長を殺したとして、その理由はなんだ?

 もし私が私の意思で自分の居場所を壊したのだとしたら、何か理由がある筈である。

 考えられる可能性は二つ。

 一つは、孤児院の誰か、または不特定多数に時間停止能力がバレた可能性。

 その場合私は口封じのために疑わしいものを皆殺しにするだろう。

 もう一つはなんらかの理由で孤児院という今の居場所そのものが邪魔になった可能性。

 どこかに移り住むため、もしくは孤児院という存在そのものが弱点になると考えた場合、もしかしたら私は皆殺しも視野に入れるかもしれない。

 

「まあ、一番考えられるのは能力がバレた可能性よね」

 

 時間停止能力を徹底的に隠そうと思い至る前は、結構頻繁に孤児院の中で時間を止めていた。

 大人というのは子供が思っている以上に子供の様子を見ているものである。

 院長と世間話をしているときに、ふとそういう話が出たのかもしれない。

 今思い返してみれば、院長だけは机に突っ伏す形で殺されていた。

 夜中院長室を訪ねた私が、世間話の中で私の時間停止能力に言及した院長を殺害。

 その後孤児院の誰に感づかれているかわからないので、時間を止めたまま他の皆も殺し、漏れ鍋に戻って自分の記憶を消した。

 もしかしたら当時の私はブラックに罪をなすりつけるところまで想定していた可能性がある。

 そう考えると、途端に自分で殺したような気がしてきた。

 殺してしまったブラックには悪いが、全ての罪を背負った状態で天国にでも行ってもらおう。

 私は元気爆発薬のせいで火照った顔を手でパタパタと扇ぐと、ベッドの上に寝転がる。

 そして、カバンの中に入れっぱなしのスキャバーズの存在を思い出した。

 シリウス・ブラックが無実なのだとしたら、スキャバーズは動物もどきだということになる。

 もしその場合、このままロンに持たせたままというのは少し危険だ。

 殺すか逃すかしてしまうのが一番だろう。

 ロンには禁じられた森に逃げて行くのを見たと言っておこう。

 

 しばらく医務室のベッドで寝転がっていると、何人かが医務室に入ってくる足音が聞こえてくる。

 私はベッドから体を起こすと、足音の主が近づいて来るのを待った。

 

「サクヤ、入りますよ?」

 

 マダム・ポンフリーの声が聞こえたかと思うと、カーテンを開けて数人の魔法使いが入ってくる。

 ダンブルドアにスネイプ、マクゴナガル、それに魔法大臣のファッジの姿もあった。

 

「この子は安静にしなければいけません。ですので、お話は手短にお願いします」

 

 マダム・ポンフリーはそう言うと、奥の方へと引っ込んでいく。

 ダンブルドアは私のベッドに近づくと、優しい声で言った。

 

「この夕暮れ時からの短い時間に、とんでもないことが起こったようじゃの。何があったか、聞かせてくれるじゃろうか?」

 

 私は、ダンブルドアの質問に対して自分にとってもっとも都合がいい作り話をした。

 校庭を歩いていた私は不意に魔法をかけられて、気が付いた時には古びた屋敷の中にいたこと。

 目の前にはブラックがおり、私のことをハリーを誘き出すための人質だと言ったこと。

 逃げられないように私の手と足を切り落とすとブラックが言ったこと。

 杖は奪われていたが、護身用に隠していたナイフはそのままだったため、隙を突いてブラックを刺し、杖を奪い返したこと。

 帰り道が分からず途方に暮れていたらハリーたちが現れたということ。

 私がそのような作り話を語り終わると、ダンブルドアは何度も頷いてから言った。

 

「まずサクヤ、ワシは君の勇気に敬意を表したい。絶望的な状況に置かれたにも関わらず、よく最後まで諦めずに行動を起こした」

 

「ああ、誇っていい。君は魔法界の英雄だ!」

 

 ファッジは気分良さそうに笑いながらそう言うが、マクゴナガルにひと睨みされてすぐに押し黙る。

 私はとびっきり不安そうな表情を作ると、ダンブルドアに聞いた。

 

「ダンブルドア先生……私、自分の身を守るためとはいえ、ブラックを刺してしまいました。人を、ナイフで刺したんです……。私は、やっぱり退学処分ですか?」

 

「とんでもない!? 正当防衛だ。そうだろう?」

 

 ファッジはダンブルドアに言う。

 ダンブルドアもファッジの言葉に頷いた。

 

「そうじゃな。杖が手元にあるならまだしも、その状況ならそれしか方法はなかったじゃろう。感心できる方法でないことは確かじゃが、今回の場合致し方あるまい」

 

「やっぱり……ブラックはもう……」

 

 私がそう聞くと、横にいたスネイプが口を開いた。

 

「既に死んでいた。首と心臓に一撃ずつ。ほれぼれするような手捌きですな」

 

「ブラックの死体はちょうど来ておった死刑執行人が回収していった。死体の処理は専門家に任せるに限る」

 

 スネイプの言葉にファッジがそう付け足した。

 

「私としてはサクヤ君にマーリン勲章を贈りたいところなんだが……話を大きくするなとダンブルドアが言うのでね。サクヤ君には悪いがブラックは吸魂鬼が捕らえ、その場でキスをしたことにしようと思っている」

 

 吸魂鬼によるキス。

 この場合ロマンチックなものではなく、魂を吸い取る行為のことだ。

 

「はい。私としてもそうしていただいたほうが……あまりいい思い出でもありませんし」

 

「何を言う。本来誇っていいことだ。君は、自分の大切な人の仇を討ったんだからね」

 

 ファッジ言われて、私は改めて認識する。

 そうか、何も知らない人からみれば、私は孤児院のみんなの仇を討ったことになるのか。

 

「なんだか、そんな自覚全然湧きません。ブラックが死んでも、孤児院のみんなが戻ってくるわけじゃありませんから……」

 

 私はそう言って顔を伏せる。

 マクゴナガルは途端に泣きそうな顔になると、優しく私の背中を手で撫で始めた。

 

「あー……ともかく、なんにしても、これで君の命を脅かす脅威は去ったわけだ。私はそろそろ魔法省に戻らなければ。ブラックが死んだとなれば、私の机に書類の山ができている筈だからね」

 

 ファッジはそう言うと、そそくさと医務室を出て行く。

 

「それでは、ワシらも退散することにしよう。あまり長居をしたら、マダム・ポンフリーはワシとて平気で出禁にしてしまうからの。サクヤ、最後に何か聞きたいことはあるかな?」

 

 ダンブルドアはじっと私を見る。

 私は顔を上げてダンブルドアを見つめた。

 

「今聞くことじゃないかもしれないですが、夏休みになったら、私はどうしたらいいですか?」

 

 ダンブルドアはマクゴナガルの方をチラリと見てから話し始める。

 

「そうじゃな。こういうものは選択肢が多い方がいいからの。大きく分けると、居候か、養子か、一人暮らしかじゃ。どれを選ぶのも間違いではないが、君の今後に大きく影響を及ぼすじゃろう。ワシとしてはどこかの家に養子に入ってもらうのが安心なのじゃが……」

 

「私は一人暮らしがしたいです」

 

「そう言うと思っておったよ。君は独立心の強い子じゃ」

 

 ダンブルドアは私を見てニコリと笑った。

 

「しっかり者の君なら、特に問題はないじゃろう。夏休みに入るまでにはこちらで居住する家を探しておこう。どこか場所の希望はあるかな?」

 

「それなら、ロンドンに近い方がいいです。その方が便利ですし」

 

 ダンブルドアはそれを聞いて何度か頷くと、先生たちを引き連れて医務室を出ていった。

 私は自分のベッドの周りに誰もいないことを確認すると、再び寝転がって大きく伸びをする。

 この先の身の振り方を真剣に考えないといけないが、今は睡魔に任せて眠ってしまおう。

 私は毛布を頭の上まで引っ張り上げると、そのまま夢の世界へ落ちていった。

 

 

 

 

 その日の深夜、私はこっそり医務室を抜け出して校庭へと来ていた。

 雲一つない空に満月が昇っているため、周囲は真夜中とは思えないほど明るい。

 私はそんな満月を見上げると、時間を停止させた。

 

「……やっぱり殺した方がいいかしら」

 

 私は鞄を開くと、中に入っているスキャバーズを見る。

 ブラックの話では、このネズミはピーター・ペティグリューという動物もどきで、ハリーの両親をヴォルデモートに売った裏切者らしい。

 だが、ブラックが死んだ今、ペティグリューが裏切者だと知るものはいなくなった。

 そして、ペティグリューがハリーの両親を裏切ったという証拠もない。

 だとしたら、ここでペティグリューを泳がせておくのもアリだと私は考えていた。

 ブラックが死んだ今、ペティグリューが生きていると知っているものは私しかいない。

 ここでペティグリューを逃がしておけば、その事実を知っていること自体が私にとって優位に働くかもしれない。

 私は鞄の中から手袋を取り出すと、左手に装着してペティグリューを掴む。

 そしてそのままペティグリューを鞄の中から取り出すと、地面にそっと置いた。

 これでもしロンの元に帰ってきたとしたら、このネズミはきっと本当にただのネズミで、今までのブラックの話の信憑性が一気に薄くなる。

 逆に、ロンの元に帰ってこなかったとしたら、ブラックの話にも信憑性が出てくるというものだ。

 私は時間を停止させたまま医務室へと戻り、ベッドの中に潜り込む。

 そしてそのまま時間停止を解除し、眠りについた。




設定や用語解説

元気爆発薬
 魔法界の合法覚醒剤。キメると元気が溢れ出すが、耳から蒸気も出る(意味不)

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ハリー・ポッターとアズカバンの囚人と私

 

 シリウス・ブラックが死亡したというニュースはあっという間に魔法界に広まった。

 魔法省の発表ではブラックは吸魂鬼に捕まり、その場で魂を吸われたことになっている。

 魔法省としても、ホグワーツの生徒がブラックを刺し殺したという事実は隠しておきたいものらしい。

 だから私がブラックを刺し殺したと知っているのは魔法省の一部の職員と、ホグワーツの教員、そしてハリーたち三人だけだ。

 まあ、世間からしたら誰がブラックを殺したかなんて些細な話だ。

 重要なのは、凶悪な脱獄犯がこの世からいなくなったということである。

 ホグワーツ周辺に居た吸魂鬼は全てアズカバンに戻り、グリフィンドールの談話室前には太った婦人が戻ってきた。

 生徒たちもブラックが死んだという安心感と、期末試験が終わったという解放感から、毎日お祭りのような雰囲気がホグワーツ中に満ちている。

 そんな中、私だけは胸の奥にモヤモヤとしたものを抱えていた。

 結局あれから色々考えたが、孤児院を襲ったのが私だという確証は今のところ得られていない。

 だが、何度考えても私が時間を止めてみんなを殺したと考えるのが一番自然だった。

 これに関してはもう、私が殺したという前提で考えるしかない。

 何か理由があって孤児院の皆を皆殺しにした私は、自分が殺したという記憶が残っていると不利だと考え、自らに忘却呪文を掛けた。

 つまり、今の私にできることは、皆殺しという選択をした過去の私を信じることだけだ。

 他の誰かではなく、過去の自分自身を信じる。

 過去の私は正しい判断をしたはずだ。

 過去の私を信じて、今の私の状況を最大限利用するしかない。

 

 学期末試験の結果は夏休みに入る前日に発表された。

 なんと今年はハーマイオニーを抑えて私が学年一位だという話だ。

 もっとも、総合点数では多くの教科を取っているハーマイオニーが一番だが、学年の順位は各教科の平均点で決まる。

 ハーマイオニーは教科こそ沢山取っているものの、去年と比べると全体的に学科と実技の点数を落としていた。

 

「……私、来年からはマグル学と占い学を外すことにしたの。実は今まで少し反則的な魔法具を使って授業を受けていたんだけど、その二つを外せば普通の時間割になるから」

 

 ハーマイオニーはテーブルの上のミートパイを切り取りながらため息をつく。

 

「そんなに私に学年一位を取られたのが悔しかった?」

 

 私がそう聞くと、ハーマイオニーは顔を赤くした。

 

「そ、そんなことないわ。ただ私が使っていた手段がすっごく混乱するものだったっていうのと、純粋に勉強する時間が足りなかったから! それにマグル学と占い学は習ったところで学ぶものは少なそうだもの」

 

「まあ、そうだろうね。だって君マグル学の試験で百点満点中三百二十点取ったって話じゃないか。そりゃ学ぶ必要ないよ」

 

 ロンが口いっぱいにかぼちゃのサラダを頬張りながら言った。

 

「私としては、その反則的な魔法具が何かが気になるところだけどね」

 

「ダメよ。誰にも言わないっていう条件で借りたものだし、もうマクゴナガル先生に返してしまったわ」

 

 それは何とも残念だ。

 だが、どのような魔法具かわからない以上、下手に詮索しないほうがいいだろう。

 詮索した結果何かの契約に引っかかり、ハーマイオニーが重たい罰則を貰う可能性もある。

 興味本位でハーマイオニーを危険に晒すことはできないだろう。

 

「そういえば、結局スキャバーズは見つからなかったよ。あいつも馬鹿じゃないから、最終日には帰ってくると思ってたんだけどなぁ」

 

 ロンは少し寂しそうにそう呟く。

 

「私が思うに、スキャバーズは自分の意思で貴方の元から離れたんじゃないかしら。ほら、ペットは寿命が近づくと飼い主の元を離れる子がいるって言うじゃない?」

 

 私がそう言うと、ロンは少し悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 

「それか、クルックシャンクスが食べちゃったかだな」

 

「もうロン! 冗談にしては笑えないわ。スキャバーズは男子寮から出ていないし、クルックシャンクスも男子寮には入っていないんでしょう?」

 

「冗談、冗談だよ。僕もスキャバーズは自分で出ていっちゃったんだと思ってる。だって部屋が荒らされた感じはしなかったし、オレンジ色の毛も落ちてなかった。諦めてママにフクロウでもねだるよ」

 

 ロンはハーマイオニーを宥めながら肩を竦めた。

 

「あっそうだ。試験のことで皆に聞きたいことがあったんだ」

 

 居候先に帰る前に少しでも美味しいものをお腹に詰め込んでいたハリーが、不意に顔を上げる。

 

「占い学の試験の最後にトレローニーがおかしくなったんだけど、みんなはどうだった?」

 

「おかしく? いつもおかしいけど、あれ以上ってこと?」

 

 ロンが聞くと、ハリーはコクリと頷いた。

 

「試験自体は何事もなく終わったんだけど、僕が教室を出ていこうとした瞬間、突然様子がおかしくなったんだ。虚ろな目で、いつもと違う荒々しい声で吐き出すようにこう言い始めた。『闇の帝王は友もなく孤独に打ち棄てられたように横たわっている。その召使は十二年間鎖につながれていた。今夜、真夜中になる前、その召使いは自由の身となり、ご主人様の下に馳せ参ずるであろう。闇の帝王は、召使いの手を借り、再び立ち上がるであろう。以前よりさらに偉大に、より恐ろしく……』って。最初は僕を脅しているのかと思ったんだけど、あれはもしかしてブラックのことを指していたのかなぁ?」

 

「でも、ブラックはサクヤが倒しちゃったし、その予言は当たらなかった、そうだろう?」

 

 ロンはそう反論するが、私には思い当たることが一つある。

 私が逃がしたスキャバーズがピーター・ペティグリューで、ブラックの言う通り本当にポッター夫妻を裏切っていたのだとしたら、この予言はピタリと当たるのだ。

 

「うん。だから試験の最後を締める先生の演出だったのかなぁ。でも、それにしてはあまりにもその後起こったことが起こったことだし……」

 

 だとしたら、私が逃がしたピーター・ペティグリューは今頃ヴォルデモートと接触しているかもしれない。

 というか、そうなっている可能性しか考えられなかった。

 ヴォルデモートの復活が近い。

 そう考えた時、私は二年前にヴォルデモートから言われたことを思い出した。

 

 『サクヤ・ホワイトよ。私は貴様が気に入った。どんな手を使っても、貴様をこちら側に引き込んでやる』

 

 ヴォルデモートが復活したら、私は今後の身の振り方を考えなければならない。

 ヴォルデモートの仲間になるのか、ヴォルデモートと敵対するのか。

 少なくとも、ヴォルデモートは私が時間を止められることを知っている。

 もし仲間にならないのであれば、ヴォルデモートは殺しておかないとならない。

 それも、ヴォルデモートが復活してすぐ、周囲にいる仲間を皆殺しにしなくては。

 だが、それをするにはヴォルデモートの復活を早急に察知して居場所を見つけ出さなければならない。

 少しでも殺すのが遅れれば、私の能力の秘密はすぐに仲間内で共有されてしまうだろう。

 だとしたら、私としては仲間になってしまう方がリスクが少ない。

 私が仲間になれば、ヴォルデモートも私の能力を広めようとはしないだろう。

 

「そのトレローニー先生の予言って、私たちの他に誰かに話した?」

 

 私がハリーに聞くと、ハリーはキョトンとした顔で首を振った。

 

「ううん。バックビークとブラックのゴタゴタで今の今まですっかり忘れてたよ。……やっぱり、誰かに話した方がいいのかな?」

 

「まあ、機会があったらでいいんじゃない? 予言と違ってブラックは死んだんだし、わざわざ話に行くほどのことでもないわよ」

 

 できればこの予言は、ダンブルドアには聞かれたくない。

 自分の立場を決めかねている今、どちらかが有利になるようなことはできるだけ控えるべきだろう。

 

 

 

 

 

「それじゃあ、来年また闇の魔術に関する防衛術の先生が変わるのね」

 

 ロンドンに向かうホグワーツ特急のコンパートメントの中で、私はハリーの話に相槌を打った。

 

「うん、そうみたい。スネイプのやつがスリザリン生にルーピンが人狼だってことをバラしちゃったみたいで。保護者からの苦情が殺到したみたいなんだ」

 

「人狼だからって酷いわ……とてもいい先生なのに」

 

 ハーマイオニーはそう憤慨するが、ロンは仕方ないと言わんばかりの表情をした。

 

「まあでも、保護者が苦情を出す気持ちも分からなくはないよ。人狼って、基本的には凶悪で人間を襲う存在だから。勿論、ルーピンはいい先生だけど、それを知らない保護者からしたら、採用したダンブルドアの正気を疑っていてもおかしくない。魔法界で人狼というものは、それぐらいの認識なんだ」

 

「だからってあんまりよ。ダンブルドアは擁護しなかったのかしら」

 

 ハーマイオニーの言葉に、ハリーが静かに首を横に振った。

 

「ダンブルドアはそのつもりだったみたいだけど、ルーピンの方から辞退したらしい。人狼だと世間にバレてやっていけるほど、ホグワーツの教員職は甘くないって。でも、代わりにダンブルドアの伝手で新しい職を紹介してもらったみたいだよ」

 

 まあルーピンとしてもそちらの方がやりやすいだろう。

 私は先程車内販売で買った蛙チョコの箱を開ける。

 逃げようとするカエルの四肢を千切って口の中に放り込むと、箱からおまけのカードを取り出した。

 

「あ、パチュリー・ノーレッジ」

 

 箱の中に入っていたのはパチュリー・ノーレッジのカードだった。

 カードの表面には、ダンブルドアと同年代とは思えない可愛らしい少女の写真が載せられており、こちらを見向きもせずにずっと読書に耽っている。

 私はカードを裏返し説明文を読んだ。

 

『パチュリー・ノーレッジ。様々な分野の魔法の研究者で、その技術はダンブルドアにも匹敵すると言われている。今でも年に数冊論文や学術書を出しているが、その姿を見たものは誰もいない。現在ホグワーツ理事会員』

 

「あ、このカードの情報って更新されるのね。ほら」

 

 私はハーマイオニーにパチュリー・ノーレッジのカードを手渡す。

 ハーマイオニーは裏面の説明を読むと、少し眉を顰めた。

 

「おかしいわ。ホグワーツの理事になったのに誰も姿を見たことがないなんて。矛盾してると思わない?」

 

「後から説明文を付け足したとか?」

 

 ハリーもカードを覗き込みながら言うがロンがそれに反論した。

 

「いや、カードの説明文が変わるときは全部の文が変わるはずだよ。付け足すだけってことは無いと思う」

 

「じゃあ、ホグワーツの理事に入ったのに誰も姿を見たことがないってことよね? 手紙や魔法具でやりとりをしているとか?」

 

「それか、取り敢えず空席を埋めるために理事会が名前だけ貸してもらったか。穴だけ埋めて、後からゆっくり選ぶ予定なのかも」

 

 確かにその可能性はあるだろう。

 ホグワーツの理事という立場に執着せず、そこそこの立場にいる人間の名前を借り、取り敢えず空席を埋めておいて、後からじっくり選考する。

 その方が慌てて空席を埋めるより色々と都合がいいのかも知れない。

 

「そもそもなんだけどさ、ホグワーツの理事たちって一体どんなことをしているの? 普段は違う仕事もしているんだろう?」

 

 ハリーの疑問に、ハーマイオニーがスラスラと答える。

 

「理事会は学校の教育や運営に関することを決める組織よ。どのような教育をするべきかとか、食事や生活環境をどうするべきかとか。先生たちと違って学生に教育することは無いけど、学校運営にはなくてはならない組織ね」

 

「じゃあ定期的に会議を開いてホグワーツの色々なことを決めているわけね。明日の夕ご飯はローストビーフにしようとか」

 

「そこまで細かいことを決めているわけじゃないと思うけど……まあそういうことよ」

 

 パチュリー・ノーレッジ、彼女は間違いなく天才だ。

 彼女の著書を読めばわかるが、人間が一生のうちにあそこまでの知識を得られるとはとてもじゃないが思えない。

 ある一分野に絞れば彼女と同じ位置に立つこともできるだろう。

 だが、あくまで分野を絞ればの話だ。

 彼女の学術書はあらゆる分野の高度な知識が複雑に絡み合い構成されている。

 故に、ある一つの分野だけに詳しいだけでは、彼女の書く学術書を読み解くことができない。

 ある一定以上の幅広い知識がないと意味がわからないそれは、まるで暗号のようだった。

 

「でも、本当にノーレッジ先生が理事を務めていて、私たちの教育に携わっているのだとしたら素敵なことよね。一度でいいからお会いしてみたいわ」

 

 ハーマイオニーは目を輝かせながらカードの中で本を読んでいるパチュリー・ノーレッジを見つめた。

 そうしている間にもホグワーツ特急はロンドンへ向かって草原を走り抜けていく。

 私が帰るべき孤児院は既に潰れてしまったが、自分で皆殺しにした可能性がある以上、ある程度割り切って新しい生活を送るとしよう。

 願わくば、家の近くに美味しいパン屋がありますように。

 




設定や用語解説

マグル学で三百二十点を取っても平均点でサクヤに負ける
 サクヤもいくつかの教科で百点以上の点を取ってます。

反則的な魔法具
 逆転時計のこと。サクヤはこの時まだ存在を本で読んだことがあるだけ。

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おまけ

 一九九四年、六月六日。
 サクヤが談話室で日没まで時間を潰している頃、レミリア・スカーレットのメイド、紅美鈴はホグワーツの空き教室の椅子に座りうたた寝をしていた。
 教室の中には美鈴のほかに誰もおらず、教室内は美鈴の寝息が聞こえるほどには静かだ。
 まるで時間が止まっているかのような空間だったが、廊下に微かに足音が響いた瞬間、美鈴は静かに目を開ける。
 美鈴は先ほどまでうたた寝をしていたとは思えないほど自然な動作で立ち上がると、壁に立てかけてあった大きな斧を手に取る。
 鋼鉄でできた斧は美鈴と同じぐらいの重量がありそうだったが、美鈴は箒でも振り回すように斧を軽々と一回転させてから肩に担いだ。
 その瞬間扉が開き、一人の老人が教室の中に入ってくる。
 その老人は美鈴の準備が整っていることを確認すると、教室の外へと手招きした。

「そろそろ時間じゃ。準備はよろしいか?」

「ええ、問題のヒッポグリフは森の近くの小屋にいるんでしたっけ」

 美鈴は老人の後について城を出ると、校庭を横切ってハグリッドの小屋に向かう。
 ハグリッドの小屋の前には既にダンブルドアとファッジがおり、処刑される予定のヒッポグリフを眺めていた。

「よし、全員揃ったな」

 ファッジは美鈴と老人の到着を待つと、ハグリッドの小屋の扉をノックする。

「ちょいと待ってくれ」

 ノックに応えるようにハグリッドの声が聞こえたかと思うと、一分もしないうちにハグリッドが戸口に現れた。
 ハグリッドは泣きこそしていないものの、心ここにあらずといった様子で顔に全く覇気がない。
 ファッジはそれを見て同情の目を向けると、ハグリッドに優しい口調で話しかけた。

「ああ、ハグリッド……そんな顔しないでくれ。我々も仕事だ。そして、その……死刑執行の正式な通知を読み上げねばならん。それから、君と死刑執行人の彼女が書類にサインをする。手続きは以上だ」

「手短にお願いしますねー」

 美鈴は眠そうに大きな欠伸をする。
 ハグリッドはその様子を見て大きな拳を握りしめた。

「ああ、こういうのはさっさと済ませてしまったほうがいいな」

 ファッジは小さく咳ばらいをすると、ローブから丸めた羊皮紙を取り出し、広げて読み始める。

「危険生物処理委員会はヒッポグリフのバックビークが六月六日の日没に処刑されるべきと決定した。死刑は斬首とし、委員会の任命する執行人、紅美鈴によって執行され、アルバス・ダンブルドア、コーネリウス・ファッジを証人とする。ハグリッド、ここにサインを」

 ハグリッドはファッジから羽ペンを受け取ると、ノロノロと羊皮紙にサインをする。

「さて、紅さんも」

 美鈴も羊皮紙に書道家顔負けな達筆な漢字で『紅美鈴』と署名を行った。

「……さて、手続きは以上だ。……ハグリッド、君は小屋の中にいたほうがいいかもしれん」

 ファッジはハグリッドに優しく声を掛ける。

「いんや、俺は……俺はあいつと一緒にいたい。あいつを独りぼっちにしたくねぇ……」

「……そうか、そういうことなら」

 ファッジは羊皮紙をローブに仕舞い込むと、庭先に繋がれているヒッポグリフに目を向ける。

「では紅さん。よろしく頼むよ」

「はいはい。よっこらせ」

 美鈴は大きな斧を肩に担ぐと、まっすぐヒッポグリフへと近づく。
 その様子を見て、ハグリッドが慌てて美鈴に声を掛けた。

「ああ! ちょっと待った! ヒッポグリフに近づく時にゃもっと礼節をもって……」

「ああ、大丈夫ですよ。相手も立場というものを理解しているので」

 美鈴はそのまま特に警戒することもなくヒッポグリフに近づいていく。
 ヒッポグリフは美鈴が近づくと立ち上がって威嚇する体勢を取ったが、美鈴がひと睨みすると途端に大人しくなって地面に伏せた。

「よしよしー、いい子ですねー。そのまま動かないでくださいねー」

 美鈴は肩に担いでいた斧を大きく振りかぶると、ヒッポグリフ目掛けて一気に振り下ろす。
 振り下ろされた斧はヒッポグリフの首スレスレを通過すると、ヒッポグリフを繋いでいた鎖を鋭い金属音と共に切断した。

「おっとぉ! 手が滑った!」

 美鈴は地面に深々と刺さった斧を抜こうと、両手で斧の柄を掴み引き抜きに掛かる。
 だが、その最中にヒッポグリフの尻尾を踏みつけてしまい、ヒッポグリフは痛みのあまり弾かれるように地面を蹴り大空へと飛び上がった。

「あっちゃー、逃げられたー。すみません、私がドジなばっかりに」

 美鈴はヒッポグリフが遠くへ飛び去ったのを見届けると、悪びれる様子もなくファッジに声を掛ける。

「あー……まあ、逃げてしまったのなら仕方がない」

 ファッジは委員会の老人をちらりと見ながらほっと安堵の息をつく。
 ハグリッドは何が起こったのか一瞬理解できていなかったが、ヒッポグリフが助かったことを理解すると途端に満面の笑みになった。

「さて、ヒッポグリフの処刑も終わったことだし、この話はこれで終わりだ」

「それなら、少しここでお茶でもしていくというのはどうじゃ? それに、そちらのお嬢さんもヒッポグリフを追わんならこの後暇じゃろう?」

 ダンブルドアはそう言うと、ファッジと美鈴にそう聞く。

「それなら、すぐに紅茶を用意します」

 ハグリッドはダンブルドアの言葉を聞くと、上機嫌で小屋の中に入っていく。
 美鈴は一度空を仰ぐと、斧をハグリッドの小屋の横に置いた。

「ええ、是非ご馳走になりましょう。森番の彼からはホグワーツの庭の手入れのとかも聞きたいですし」

 美鈴はファッジと委員会の老人と共にハグリッドの小屋の中に入る。
 そして日が完全に暮れるまでハグリッドの小屋で紅茶とロックケーキを楽しんだ。


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ハリー・ポッターと炎のゴブレットと私
引っ越しと召使いと私


今回から炎のゴブレット編が始まります。なお、サクヤちゃんは対抗試合なんて微塵も興味ありません(参加しないとは言っていない)


 一九九四年、七月。

 私はキングズ・クロス駅でハリー、ロン、ハーマイオニーの三人と別れ、私の全ての持ち物と財産が詰まった鞄を片手にロンドンの街に繰り出していた。

 

「えっと、住所的にはこの辺よね?」

 

 私は羊皮紙の切れ端に書かれた住所を頼りに、これから自分が暮らす家を探す。

 去年まで住んでいた孤児院は、去年の七月末に何者かに襲われ私以外の人間が全て殺されてしまった。

 いや、私が皆殺しにした可能性が一番高いのだが。

 まあ、その話は今はいい。

 今優先すべきは、これから学校を卒業するまで暮らすことになる家の環境を整えることだ。

 私は歩道を歩きながら、数日前にマクゴナガルに呼び出された時のことを思い出していた。

 

 

 

 

 夏休みに入る数日前、私はマクゴナガルに呼び出されて職員室にあるマクゴナガルの机の前にきていた。

 マクゴナガルは机の中から手のひらサイズの羊皮紙の切れ端を取り出すと、私に手渡してくる。

 

「ここが、あなたがこれから暮らす家がある場所です。キングズ・クロスから歩いて行ける距離ですので、特に不自由なく生活できることでしょう」

 

 私は羊皮紙を受け取ると、そこに書かれている住所を確認する。

 

「貸家……という認識でいいですよね? 家賃はいくらでどこに支払えばいいでしょうか」

 

 私がそう尋ねると、マクゴナガルは首を横に振った。

 

「借りている家ではありますが、賃貸ではありません。この家は校長先生の古い友人が持て余していた別荘です。買ったはいいものの使う機会もなく、かなりの間放置していたらしく、いい機会だからあなたがホグワーツを卒業するまでの間貸し出すという話のようです」

 

「ダンブルドア先生の古い友人ですか……」

 

「とにかく、ホグワーツを卒業するまではそこに住むと良いでしょう。家具などはそこにあるものをそのまま使っていいそうです。もし新しい生活を始めるにあたって準備金が必要な場合は──」

 

「ああ、いえ。大丈夫です。今年も暇な時は漏れ鍋で働こうと思っていますし。それにマーリン基金もありますので」

 

 私がそう言うと、マクゴナガルは咳払いを一つして話を続けた。

 

「そうですか。何にしても、生活を始めて何か困ったことがあればすぐに漏れ鍋を通じて私にフクロウを飛ばすのですよ? 貴方はしっかりしていますが、まだ学生です。学年一位という肩書きに恥じない生活を心掛けるように──」

 

 

 

 

「なんて話だったけど、別荘を買ったけど結局持て余すなんて、とんだ富豪もいたものね」

 

 何にしても、ダンブルドアの人脈の広さに感謝だ。

 羊皮紙の住所を頼りにロンドンの街を歩いていると、次第に人通りの少ない道に進んでいることを認識し始める。

 先程までは歩道がしっかり整備されているような大通りだったのに、今歩いている道はまるでロンドンではない別の街かのように静かで、荒んだ空気が立ち込めていた。

 近くにある家は窓ガラスが割れているし、反対側の家にはゴミが山積みになっている。

 もうかれこれ十年以上ロンドンで暮らしているが、こんな寂れた通りがあるだなんて知らなかった。

 

「えっと、ここが十番地、ということは次が十一番地。で、私の家が十二番地だから……あれ?」

 

 私は表札を頼りにダンブルドアの知り合いの別荘を探す。

 だが、十一番町の次が十三番地になっており、私の探している番地がスッポリと抜け落ちていた。

 

「おかしいわね……」

 

 私はもう一度羊皮紙に書かれた住所を見る。

 『グリモールド・プレイス 十二番地』

 十二番地ということは、十一番地と十三番地の間に存在しているはずだ。

 私はもう一度十二番地があるべき場所を見る。

 すると、先程まではなかった十二番地の表札をつけた家が私の前に現れていた。

 

「なるほど。九と四分の三番線みたいに隠してあったのね」

 

 目の前にある家は周囲の家と比べると、新築同然な小綺麗さを保っている。

 それに、この通りにあるどの家よりも大きく立派に見えた。

 

「本当にここに住んでもいいのかしら。孤児院の狭い個室に比べてグレードアップしすぎじゃない?」

 

 そう言いつつも、私は玄関にある蛇の装飾がなされた扉のドアノブを捻る。

 そしてゆっくりドアノブを引いた。

 

「……おぉ」

 

 ロンの家族が住む『隠れ穴』は増築に増築を重ねたようなヘンテコなものだったので、ここも内部は相当おかしなことになっているのでは無いかと思っていたが、そんなことはなかった。

 内部は至って普通の一軒家といった感じで、金持ちが別荘に買うにしてはあまり高級感がない。

 まあ、住み心地を考えたらこれぐらいのほうが丁度いいのかもしれないが。

 私はどこかに明かりがないかと玄関ホールを見回す。

 既に太陽は地平線の向こうへと沈んでしまっているため、玄関ホールの中は本が読めないほどには薄暗い。

 私が鞄の中から懐中電灯を取り出そうとしていると、シュボッという音を立てて壁に設置されているガスランプが一斉に灯る。

 そして玄関ホールの先に佇んでいたのであろう小さな人影を照らし出した。

 

「お待ちしておりました。お嬢様。ささ、荷物をこちらへ。お食事はいかが致しましょうか」

 

 廊下の奥に立っていたのは屋敷しもべ妖精だった。

 ホグワーツで働いている屋敷しもべ妖精と比べると随分と年老いて見えるそれは、灰色の枕カバーを器用に着こなしており、まるで老執事のようだった。

 

「まさか、屋敷しもべ妖精付きだったなんて……独り暮らしだって聞いてたのに」

 

「『一人』暮らし、でございますよ。私ども屋敷しもべ妖精は一人とは数えません。この家に備え付けられた家具のようなものだとお考えください」

 

 ダンブルドアやマクゴナガルがやけにすんなり一人暮らしを許可したと思っていたが、これが理由だったのだろう。

 住む家に屋敷しもべ妖精がついていたら家事の手間などは掛からない。

 それに、私がホグワーツに行ってる間も家を完璧に維持してくれるだろう。

 

「でも、貴方はここの家の持ち主に仕えている屋敷しもべ妖精であって、私に仕えているわけではないんでしょう? だとしたらあまり信用できないというか……なんならこの上の持ち主のもとに帰ってもらってもいいんだけど……」

 

「その不満は想定済みでございます。お嬢様がそう思われると予感した前の私のご主人様は、私に対し貴方様に仕えるよう命令をなさいました。つまり、私めはもう既に貴方様に仕えている屋敷しもべ妖精なのでございます。故にお嬢様のご命令とあらば自らの手を切り落とし、目玉を抉り出すこともやぶさかではございません」

 

「つまり、私が『誰にもこの秘密を漏らしてはいけない』と命令したら、貴方はその秘密を誰にも言うことが出来ないというわけね」

 

「勿論でございます」

 

 ふむ、この屋敷しもべ妖精が私に仕えているのであれば色々やり易くなる。

 

「それじゃあ貴方は私がホグワーツを卒業するまで私に仕えてくれるという認識で大丈夫?」

 

「いえ、前のご主人様は私めの存在を完全に貴方様に譲渡致しました。私めはお嬢様が私めをお捨てになるか、お亡くなりになるまでお嬢様にお仕えすることになります」

 

 つまりはこの屋敷しもべ妖精はこの家の持ち主からのプレゼントということだろう。

 家を貸してくれるだけでなく、屋敷しもべ妖精を一匹プレゼントしてくれるとは、なんと豪勢なことだ。

 

「そう、それじゃあ遠慮なく使わせてもらおうかしら。取り敢えず、この鞄をお願い。私が使うに相応しい部屋に入れておいて。それと夕食は肉料理がいいわ。私はこの家をぐるりと見て回るから、それまでに準備をお願いね」

 

「かしこまりました、お嬢様」

 

 屋敷しもべ妖精は私から鞄を受け取ると恭しくお辞儀をした。

 

「そういえば、まだ貴方の名前を聞いていなかったわね」

 

「クリーチャーと申します。よろしくお願い致します」

 

 クリーチャーと名乗った屋敷しもべ妖精はガスランプで照らされた廊下の奥へと消えていく。

 私はその後ろ姿を見送ると、小さくため息をついた。

 

「独り暮らしって聞いてたのに……まあ、便利な奴隷付き物件だと思えばいいか」

 

 私は気を取り直して家の探索を開始する。

 最近リフォームされたのか壁紙や床板などは新しいが、柱や手すりなどには歴史を感じる。

 また、あちこちに蛇を象った装飾がなされているところを見るに、この家の前の家主はスリザリン出身なのだろう。

 何にしても、置いてある家具は一級品で、どれもピカピカに磨かれている。

 私はキッチンやバスルームを見て回ると、消耗品で足りなさそうなものをメモした。

 

「寝室や客室は二階かしら。家の大きさ的にはロンの家族が広々暮らせそうね。……掃除の手間を考えたら自分の部屋とクリーチャーの部屋以外は閉鎖しちゃったほうがいいかも」

 

 私は階段を上り二階へと上がる。

 二階には私の予想通りいくつもの部屋があり、そのうちの一つが開けっ放しになっていた。

 いや、開けっ放しなのではない。

 鞄をどこの部屋に入れたのか分かりやすいよう意図的に扉を開けてあるのだろう。

 私は誘われるように開いている扉から部屋の中に入る。

 部屋の中には大きな机としっかりとしたクッションのついた椅子が置かれており、壁一面は本棚になっていた。

 また、反対の壁沿いには作業用の机が置かれており、その上には大小様々なガラス瓶が置かれている。

 

「凄いわ。ここは書斎兼研究室ね。魔法薬の調合も出来そうだし、ある程度の広さもあるから魔法の練習も出来そう」

 

 それに、一人暮らしなら不可能だが、屋敷しもべ妖精がいると可能なことが増える。

 例えば、学校の外で魔法を使用することだ。

 未成年の魔法使いの近くで魔法を使うと、もれなく魔法省に探知されてしまうのだが、屋敷しもべ妖精がいるなら屋敷しもべ妖精が魔法を使ったと言い訳すれば良い。

 もしかしたらこの屋敷しもべ妖精はダンブルドアかマクゴナガルが独り暮らしの私が魔法を使えるように配置したものかもしれない。

 私は机の横に鞄が置かれていることを確認すると、部屋を出て扉を閉めた。

 二階にある他の部屋もぐるりと見て回ったが、何も家具が置かれていない空き部屋が多く、唯一書斎の隣の部屋が寝室としてベッドが置かれていた。

 これだけ沢山の部屋があるならば、一つを屋敷しもべ妖精の部屋としてしまった方がいいだろう。

 下手に屋根裏なんかに住み着かれてはたまったものじゃない。

 潔癖症というほどでもないが、屋根裏でネズミと一緒に寝泊まりしている存在を台所に立たせる気はなかった。

 私は一時間ほどかけて家の隅々まで探索すると、最終的にダイニングへと向かう。

 ダイニングにある大きなテーブルには、既に焼き立てのパンと大きなステーキ、そしてアツアツのスープが用意されていた。

 

「そろそろお越しになられる頃だと思っておりました。お食事の準備は既に」

 

 クリーチャーは恭しく私に頭を下げる。

 私は料理の前に座ると、ナイフとフォークを使ってステーキを切り分け始めた。

 

「ありがとうね。あとそれと、空き部屋を一つ貴方にあてがうわ。今どこに住み着いているかはわからないけど、今日中に移動しなさい」

 

「そんな、お部屋を一つ使わせて頂くわけには参りません。私めは屋根裏で十分でございます」

 

「貴方は十分だと思ってるかもしれないけど、私は十分だと思ってないわ。特に衛生面で。私が食べる食材に触れるのだから、最低限綺麗なところに住みなさい。それと、ちゃんとお風呂にも入ること。良いわね?」

 

 私がそう言いつけると、クリーチャーは少し目を丸くする。

 だが、すぐに微笑に戻り頭を下げた。

 

「これはこれは、私めの配慮が足りず申し訳ありません。明日の朝までには住処を二階の隅の部屋に移動させていただきます」

 

「あ、そうだ。あとこれ」

 

 私はナイフを一度置き、ポケットの中からマーリン基金のガリオン金貨が入った小袋を取り出すと、クリーチャーに向かって放り投げる。

 クリーチャーは慌てて小袋を受け取ると、中身を確認してそのまま後ろにひっくり返りそうになった。

 

「お嬢様、この金貨は一体……」

 

 クリーチャーの疑問に、私はステーキを口の中に詰め込みながら言う。

 

「何って、この家を維持するにあたってお金が必要でしょう? 食材を手に入れるのもタダじゃないわけだし。だから、その金貨の袋を貴方に預けておくわ。あ、ごめんこっちもか」

 

 私は簿冊の存在を思い出し、追加でクリーチャーに投げる。

 

「その金貨は実際のところ私のお金ではないの。マーリン基金っていう団体が私のように身寄りのない子供に支援金を出してくれるんだけど、その支援金が入った袋がそれ。拡張呪文が掛かってるから見た目に反して二百枚ぐらい金貨が入っているはずよ。何かものを買ったら簿冊に記入しておいて」

 

 私がそう説明すると、クリーチャーが簿冊を捲りながら質問をした。

 

「はぁ。でも私めにこんな大金をお預けになられて大丈夫なのです? 新学期に必要なものを買い出しに行かれたりするでしょうに……」

 

「まあ、その時は一度返してもらうから大丈夫よ。申請もしないといけないし」

 

 私はステーキの最後の一切れを口の中に放り込むと、スープを飲み干す。

 そして最後にナプキン口周りを拭くと、満足げに席を立った。

 

「料理美味しかったわ。ホグワーツにいる屋敷しもべ妖精も中々のものだと思ってたけど、貴方のはそれ以上ね。明日以降の食事は特に私が何も言わなければ貴方に任せることにするわ。それと、貴方が鞄を入れておいてくれた部屋、あそこを書斎兼研究室にするから扉が閉まっている時は立ち入らないこと。掃除をして欲しい時は扉を開けておくから」

 

 私はクリーチャーにそう命令すると、ダイニングを出て書斎へと上がる。

 考えていた生活と少し違ったが、これはこれで快適な生活が送れそうだ。




設定や用語解説

ガスランプ
 ガスランプとは言っているが、魔法で灯っている。

屋敷しもべ妖精のクリーチャー
 本人です。

サクヤの新しい家
 リフォームしたてなのか、内装は非常に綺麗になっている。また、余計な家具や魔法具は置かれていないし、うるさい肖像画や家系図とかもない。

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お誘いとドレスと私

 私の一人と一匹暮らしは好調な滑り出しを見せていた。

 クリーチャーは私の命令したことはきっちりと守り、掃除も料理も完璧にこなしている。

 それに私が衛生面を整えろと命令したからか、毎日新しい枕カバーを身につけるようになった。

 本当ならばちゃんとした衣服を身に付けさせたいところではあるが、屋敷しもべ妖精に衣服を与える行為は解雇を意味する。

 そしてそれは屋敷しもべ妖精にとっても不名誉なことらしかった。

 私は書斎の机の上に夏休みの宿題を広げると、教科書を開くことなくスラスラとペンを走らせていく。

 自己学習の成果が出ているのか、学校側から課せられる宿題レベルの知識は頭の中に入っていた。

 私が羊皮紙の上で羽ペンを走らせていると、書斎の扉が三回ノックされる。

 

「お嬢様、ハリー・ポッター様からお手紙が届いております」

 

 クリーチャーだ。

 私は羽ペンをインク瓶に戻すと、椅子から立ち上がり書斎の扉を開ける。

 扉の前には腕に真っ白なフクロウを止まらせたクリーチャーが立っていた。

 

「ご苦労様。それと、お茶を淹れて頂戴」

 

「かしこまりました」

 

 クリーチャーはフクロウを部屋の中に入れ、頭を下げて扉を閉める。

 私はハリーのペットであるヘドウィグを窓際の止まり木に止まらせると、足に巻かれていた羊皮紙を解いた。

 

『サクヤへ。新しい家での生活はどう? もし人手が必要そうなら手伝いに行くからいつでも電話して。こっちは今、いとこのダイエットの真っ最中だよ。ダドリーの通信簿にダイエットの必要性がつらつらと書かれていたらしくて、ついにおじさんたちが重い腰を上げたんだ。しかも、ダドリーだけカロリー制限は可哀想だからって家にいる全員が付き合わされてる。そのせいで今日の朝ごはんはオレンジのカケラが一つだけさ。このままじゃ夏休みが終わる前に餓死しちゃうから何かフクロウで送ってくれると凄い助かる。学校が始まったらホグズミードでお礼はするから。p.s. おじさんがついにホグズミードの許可証にサインしてくれたよ。これで今年はホグズミードに行けると思う。ハリーより』

 

「要約すると、飢えて死にそうだから何か送ってくれってことよね?」

 

 私がヘドウィグに聞くと、ヘドウィグは小さく鳴く。

 私は机の上に新しい羊皮紙を取り出すと、ハリーからの手紙に返事を書き始めた。

 

『ハリーへ。新しい家は中々快適よ。朝起きる時間も決まっていないし、家事をしてくれる便利な存在もいるしね。それと、ダイエットのことだけどそんなに脂肪が余ってるなら消失呪文で少し消失させたらどうかしら。案外スマートになるかも。まあそれとは別にして、家から少し食料を送ります。日持ちを考えるとビスケットが最適かしらね。でも、服に食べカスをつけたまま歩き回らないように注意しなさい。サクヤより』

 

「っと、こんなところかしら」

 

 私は手紙を一度読み返すと、細く畳んでヘドウィグの足に括り付ける。

 その瞬間、また部屋の扉がノックされた。

 

「お嬢様、お茶をお持ちいたしました」

 

「入っていいわよ」

 

 私が許可を出すと、クリーチャーが片手で器用にティーポットとカップが載せられたお盆を持ちながら、扉を開けて部屋に入ってきた。

 クリーチャーは私の机までカップを運ぶと、タイミングを見計らって紅茶を注ぎ入れる。

 その瞬間、部屋いっぱいに紅茶の香りが広がった。

 

「あ、そうだクリーチャー。ビスケットってこの家にあるかしら? 友達が飢えてるみたいなの」

 

 私はハリーからの手紙をクリーチャーに見せる。

 クリーチャーは手紙に目を通しながら言った。

 

「それならば、日持ちのするものをある程度纏まった数ご用意致します。一時間ほどお時間頂けますか?」

 

「それならヘドウィグを預けるから、用意が出来たらヘドウィグに持たせてハリーへ送って頂戴。私はそろそろ仕事の時間だから」

 

 私は懐中時計を取り出して時間を確認する。

 ここから漏れ鍋まで歩いて三十分ほどなので、そろそろ家を出ないといけないだろう。

 

「そうでございましたか。では、そのように致します」

 

 クリーチャーはヘドウィグを肩に乗せると、盆を持って部屋を出て行く。

 私はクリーチャーの淹れた紅茶を飲みながら出かける準備を始めた。

 

 

 

 

 八月に入ると今度はロンから手紙が届いた。

 なんでも、ロンの父であるアーサーがクィディッチワールドカップのチケットを人数分確保したらしく、私も一緒にどうかという内容だった。

 

「これは……困ったわね」

 

 私は手紙を読みながら頬を軽く掻く。

 確かに魅力的な提案ではあるし、プロのクィディッチの試合というものを一度は見に行きたい。

 特に何も事情がなければ、私は二つ返事で行くと返信していただろう。

 

「どうしたものかしら……」

 

 私は机の引き出しから昨日家に届いた一枚の手紙を取り出す。

 そこにはクィディッチワールドカップのチケットが取れたから一緒に行かないかといった内容が書かれていた。

 差出人はドラコ・マルフォイ。

 スリザリンにいる友達の一人だ。

 

「どっちの誘いに乗ったとしても、断った方からいい顔はされないだろうし、かといってこれを理由に行かないというのは勿体ない」

 

 個人的には最近一緒に遊べていないのでマルフォイの誘いに乗りたい気持ちが強い。

 だが、二人の手紙に書かれているチケットの席を見る限りでは、どちらも最上階貴賓席だった。

 

「絶対席は近くよね。なんなら顔が見える距離だと思うし……」

 

 私はロンとマルフォイの手紙を机の上に並べて唸る。

 そのまま二十分ほど悩んだが、実を言うと私の中で結論は既に出ていた。

 どちらにも行かない、それが一番だろう。

 私は引き出しから羊皮紙を二枚取り出すと、予定があるのでワールドカップには行けないという内容の手紙を書き始める。

 クィディッチワールドカップに興味はあるが、どちらかを切り捨ててまで見に行くものでもない。

 この日は素直に家で魔法の研究でもすることにしよう。

 

 

 

 

 クィディッチワールドカップ当日。

 私は使っていない部屋の中に座り込み、じっと意識を集中していた。

 ホグワーツに通い始めてからというもの、私の能力は少しずつ進化している。

 以前は時間を止めることしかできなかったが、今では指定した物の時間だけを止めたり、時間の流れを早めたり遅めたりすることができるようになった。

 私の時間だけを少し早めれば、私は徒競走で誰にも負けなくなる。

 逆にファイアボルトに乗ってるハリーの時間を遅くしたら、ハリーは亀にも追い抜かれるだろう。

 私は大きく深呼吸をすると、部屋全体を隅々まで見回す。

 今、私がしようとしているのは空間への干渉だった。

 最新の科学では時間と空間は同じものとして扱われている。

 つまり、時間に干渉できるということは、同時に空間にも干渉できるはずなのだ。

 その実例として、私は既に内部に無限の空間を持つ鞄を所持していた。

 これ自体は二年生の時に検知不可能拡大呪文の練習中に不可抗力で作り上げてしまったものだが、既存の魔法では内部の空間を無限に広げることはできない。

 つまり何らかの形で私の時間を操る能力が拡大呪文に干渉し、鞄の中の空間を無限に広げたのだろう。

 

「部屋の隅の八つの点を遠ざけるイメージで……」

 

 私は目を瞑り、部屋の角の八つの頂点が無限に広がっていく様子を思い浮かべる。

 部屋がどこまでも無限に広がる。

 どこまでも遠くへ、遠くへ……。

 

「……」

 

 私は静かに目を開ける。

 そこには、何もなかった。

 周囲には明かり一つなく、先程まで足を付けていた床すらない。

 

「──ッ! 出口ッ!!」

 

 私は急いで杖明かりを灯して部屋の扉があった方向を見る。

 そこには部屋の出入口の扉が宙に浮かんでいた。

 

「よかった……。これをやるときはもう少し用心したほうがいいわね。少し間違えたら延々と何もない空間を彷徨うことになりそう」

 

 私は呼び寄せ呪文を扉に掛けることによって自分を扉の方へと引き寄せる。

 そして無重力の中ドアノブを捻り、部屋の外に出た。

 部屋の外は特に変わった様子はなく、私の体は床に張り付くように引き寄せられる。

 どうやら部屋の外には能力の影響は出ていないようだ。

 

「一応、実験は成功ね。鞄の時の現象を再現できたわけだし」

 

 私はもう一度部屋の中に入ると、中の空間の時間を停止させる。

 この部屋は倉庫にしよう。

 中の世界の時間を止めている限り、私以外の誰もこの部屋に入ることはできない。

 私は部屋の外に出ると、扉を閉めて鍵を掛ける。

 そもそも部屋に踏み入ることはできないが、扉を開けたら真っ暗な空間が広がっているというのは奇怪すぎる。

 クリーチャーが驚かないように普段はこの部屋は封鎖しておこう。

 私は自分の書斎へと戻ると、先程の結果を羊皮紙にまとめる。

 取り敢えず実験には成功したが、このままでは便利な収納スペースを作るだけの能力になってしまう。

 能力的にはもう少し研究が必要だろう。

 私は実験の結果を羊皮紙にまとめ終わると、部屋のことをクリーチャーに伝えるためにキッチンへと下りた。

 

「クリーチャー、貴方の部屋の三つ隣の部屋には入らないようにしなさい。一応鍵を掛けておいたから問題ないとは思うけど」

 

 私はキッチンで今日の晩御飯を作っているクリーチャーに声を掛ける。

 

「はい、かしこまりました。差し支えなければ理由をお聞かせいただけると──」

 

「死の危険があるから。物理的には入れないようにはなってるけど、姿現ししたらどうなるかわからないわ」

 

「死の危険……でございますか」

 

 クリーチャーはフライパンで炒めていた野菜を鍋に流し込む。

 そして鍋に水を入れると、オーブンの様子を窺い始めた。

 

「そう、死の危険。だから詮索もしないこと」

 

「そんな、詮索など……滅相もございません」

 

「ならいいけど。夕食はいつもの時間に頼むわ」

 

 私はそう言うと、二階にある書斎へと戻る。

 夕食の時間まであと一時間はあるため今日中に残っている宿題を全て終わらせてしまおう。

 

 

 

 

 

 新学期を一週間後に控えた金曜の朝。

 私は自宅にある暖炉に火を灯し、煙突飛行粉を投げ入れる。

 そして緑色に変わった炎の中に踏み込むと、煙を吸い込まないようにしながら言った。

 

「漏れ鍋!」

 

 次の瞬間、私の体は煙と共に煙突へと吸い込まれていく。

 私はそのまま物凄い速度で上昇し、気が付いた時には漏れ鍋の暖炉の中に立っていた。

 私は体に付いた灰を払いながらカウンターへと向かう。

 

「あれ? サクヤちゃん今日シフトだっけ? 昨日が最後だって聞いたけど」

 

 カウンターの向かい側にいる店主のトムが首を傾げながら私に聞いてくる。

 

「ああいえ、今日は買い出しですよ。夜まで掛かるようなら夕食はここで取るかもしれませんが」

 

 私はトムに小さく会釈をすると、パブを抜けて中庭へと進む。

 そして杖を取り出し、順番通りにレンガを叩いてダイアゴン横丁に入った。

 

「えっと、新学期で必要なものは新しい教科書と、魔法薬の材料を買い足して……、あと、正装用のドレスローブ? ドレスローブなんて何に使うのかしら」

 

 マグルの学校によってはマナーの授業を行う学校もあると聞く。

 そんな感じでホグワーツでも社交のためのダンスの授業でも行うのだろうか。

 

「まあ、用意しろってことは着る機会があるってことだし、それならちゃんとしたものを用意しましょうか」

 

 私は一番初めにマダム・マルキンの洋装店へと向かう。

 マダム・マルキンの洋装店では、恰幅のいい女店主、マダム・マルキンが新入生と思われる少年の採寸を行っていた。

 

「あら、お客さんね。ドレスローブかしら」

 

 マダム・マルキンは巻尺を少年に当てながら私に声を掛ける。

 どうやら私と同じような目的で入店する人が多いようだ。

 

「はい。正装用のドレスローブが必要みたいで」

 

「そうなのよねぇ。そのせいでうちもてんてこ舞いだわ。まあ、儲かってるからいいんだけどね」

 

 マダム・マルキンはそう言って苦笑いを浮かべる。

 

「あれ? 毎年のことではないんです?」

 

「ええ、学校に問い合わせたら今年だけの特別な持ち物だって話だし。ダンスパーティーでもやるのかしら。貴方は何かご存じ?」

 

 私はマダム・マルキンからの問いに静かに首を振った。

 

「私はてっきり四年生から社交ダンスの授業でも始まるのかと……でも、そうすると着る機会は少なそうですね」

 

 だとしたらあまりお金は掛けないほうがいいだろうか。

 

「そうね。でも、サイズは後から魔法でいくらでも調整できるし、この機会にいいものを買っておいた方がいいわよ。貴方折角綺麗な容姿してるんだから、着るものもそれなりの物を選ばないと」

 

 マダム・マルキンは少年の採寸を他の魔女に任せると、私の肩をぐいぐいと押して店の奥へと向かう。

 

「全体的に色白だから真っ赤なドレスが似合うわね。でも、目の色に合わせた青いドレスも捨てがたいし……」

 

「あの、目立たないものの方が……黒とか」

 

「黒は逆に目立つわよ? 大丈夫、私に任せて」

 

 マダム・マルキンはバチンとウインクすると、試着室へと私を引きずり込む。

 そして着せ替え人形のように何着か私にドレスを試着させると、ウンウンと唸り始めた。

 

「うーん、素体が綺麗だから迷っちゃうわね。可愛い系じゃなくて綺麗系だからフリルは少なめの方がいいだろうし……ちなみに、貴方どこの寮?」

 

「グリフィンドールです」

 

 マダム・マルキンはそれを聞くと、最終的にスレンダーなデザインの真っ赤なドレスを私に差し出した。

 私はドレスを身に纏うと、鏡の前でポーズをとる。

 

「あら、いいわねぇ。異国のお姫様って感じがするわ」

 

 マダム・マルキンは服のあちこちをつまみながらサイズが合っているか確認を始める。

 私はじっと鏡に映る自分を見つめていた。

 

「確かに。これしかないって思えるほどにはしっくりきました」

 

「でしょう? 散々付き合わせちゃったし、お値段は少し勉強させてもらうわ」

 

 私はドレスから先程来ていた洋服に着替えると、ドレスをマダム・マルキンに渡す。

 マダム・マルキンは手慣れた様子でドレスを畳むと、紙袋に入れて私に渡した。

 私は鞄の中に紙袋を仕舞いこむと、ドレスの料金をマダム・マルキンに支払う。

 マダム・マルキンの言う通り、店に展示してあるドレスの値段と比べると、八割ほどの値段になっていた。

 私はマダム・マルキンに軽くお礼を言うと、鞄を片手に店を出る。

 店員の趣味に付き合わされ結構な時間を消費してしまったが、結果としていい買い物ができたのでまあいいだろう。

 

「さて、これはいつ着ることになるのかしらね」

 

 私は誰に言うでもなくそう呟くと、次の買い物をするためにダイアゴン横丁を歩いた。




設定や用語解説

屋敷しもべ妖精の解雇
 屋敷しもべ妖精は仕えている者から衣服を渡されるとその家を出ていかなければならない。なお、今作のドビーはハリーとルシウスとのひと悶着がないためまだマルフォイ家に仕えている。

クィディッチワールドカップ
 誘いを受けたのはクィディッチワールドカップの決勝戦。ブルガリア対アイルアンド。

サクヤの空間操作能力
 いまだ未完成。能力の加減ができないのでふとした拍子に空間を無限大にまで広げてしまう。

真っ赤なドレス
 サクヤ自身は絶対に自分から選ばないような色。



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雨傘と闇の印と私

今回から炎のゴブレット編スタート


 一九九四年、九月一日。

 私は部屋の中の物を手当たり次第に鞄の中に詰め込むと、忘れ物がないか部屋の中を見回す。

 まあ、部屋の中の物を全て鞄の中に入れたので、忘れ物などあるはずがないが。

 

「よし、準備完了」

 

 私は部屋の扉を開けっぱなしにすると、階段を下りて玄関へと向かう。

 玄関ホールでは、クリーチャーが傘を両手で持って姿勢を正して立っていた。

 

「クリーチャー、留守をよろしくね」

 

 私がそう言うと、クリーチャーは深々と頭を下げる。

 

「いってらっしゃいませ、お嬢様。ご用があればいつでも私めをお呼びください」

 

「ええ、その時はフクロウでも送るわ」

 

 私はクリーチャーから傘を受け取ると、玄関の扉を開けて家を出る。

 外は結構な雨だったが、風は強くないのでそこまで濡れることもないだろう。

 私は傘を差すと、キングズ・クロス駅に向かって歩き始める。

 次この家に帰ってくるのは一年後だろうか。

 いや、もしかしたらクリスマス休暇に帰ってくるかもしれない。

 私は一度振り返り、魔法の効果によって既に見えなくなった家の場所を見る。

 借り物の家だが、帰る場所があるというのはいいものだ。

 機会があればだが、ダンブルドアにこの家を貸してくれた人物の名前を聞くのもいいかもしれない。

 家を貸してくれただけならまだしも、屋敷しもべ妖精まで譲渡してくれたのだ。

 お礼の手紙ぐらい書くのがマナーだろう。

 

 

 

 

 私はキングズ・クロス駅に入ると、傘を畳み自然な動作で鞄の中に突っ込む。

 まるで手品のような光景だが、一瞬の出来事だったため誰も気にも留めないだろう。

 私はそのままキングズ・クロス駅の中を歩くと、九番線と十番線の間にある柱にもたれ掛かる。

 そして人の視線が無くなったのを確かめてから後ろに倒れこみ、九と四分の三番線へと入った。

 九と四分の三番線には既にホグワーツ特急が停車しており、ホームはホグワーツへ向かう生徒で溢れている。

 私は大荷物を抱えた生徒の多い中、鞄一つで列車に乗り込むと、空いているコンパートメントを探して中に入った。

 列車が出るまでにはまだ二十分ほどある。

 私は机の中から新しく買った教科書を取り出すと、ペラペラと捲り始めた。

 

「呪文学からは特に学ぶことはなさそうね。魔法史のテストは教科書を丸写しで大丈夫だし、選択科目ぐらいかしら。でも魔法生物飼育学は担当がハグリッドだから大したことないし、占い学は対策のしようがないし」

 

 一昨年にロックハートから個人授業を、去年はパチュリーの著作を読み漁った私の学力は既に上級生にも劣らないものになっている。

 この分なら来年にある普通魔法レベル試験も問題なくパスすることができるだろう。

 

「あ、ハリー! ここに居たわ!」

 

 私が教科書に目を通していると、コンパートメントの外からハーマイオニーの声が聞こえてくる。

 しばらくするとコンパートメントの扉を開けてハリー、ロン、ハーマイオニーの三人が中に入ってきた。

 

「久しぶりサクヤ、休暇はどうだった?」

 

 ハーマイオニーは座席の下に荷物を押し込むと、私の向かいに座る。

 ハリーは私の隣に、ロンはハーマイオニーの隣に腰かけた。

 

「そうねぇ。割とゆっくり出来たわ。新しい家も結構綺麗で大きかったし、何より屋敷しもべ妖精付きなの。もう最高よ。ダンブルドアの友人さまさまって感じ」

 

「うわーお。屋敷しもべ付きって、相当いい家じゃないか」

 

 ロンが目を見開いて驚く。

 

「うちのママがいつも言ってるよ。うちにも屋敷しもべ妖精がいたらいいのにって」

 

「実際凄く便利よ。掃除は完璧だし料理は美味しいし。私の言いつけたことは素直に守るしね」

 

 私がそう言うと、ハーマイオニーが少し眉を顰める。

 

「でも、ちゃんと人間のお手伝いさんと同じように、お給料やお休みをあげてるのよね?」

 

「え? 何言ってるのよ」

 

 私はそう返すと、ハリーとロンの顔を見た。

 どっちもしまったといった表情をしているところを見るに、ハーマイオニーは屋敷しもべ妖精のことを奴隷制度か何かと勘違いしているのだろう。

 ハーマイオニーのその認識はあまりにも間違っている。

 屋敷しもべ妖精はそういう存在として生まれてきて、人間に尽くすことに誇りを持っている。

 屋敷しもべ妖精に優しくするだけならまだしも、休暇をあげたり給料を支払ったりという行為は彼らにとっては侮辱に等しいのだが。

 

「あのねぇハーマイオニー……」

 

 私はため息交じりにハーマイオニーに言う。

 

「給料は先払いしたし、私が家に帰るまでは休暇よ。まったく、羨ましいご身分だわ」

 

 私はそう言って大きく肩を竦めてみせた。

 

「そ、そう。それならいいんだけど……」

 

 ハーマイオニーはそれを聞くとほっと息をつく。

 ここでハーマイオニーを論破するのは簡単だ。

 だが、新学期早々親友との絆にひびを入れるべきではないだろう。

 ここはハーマイオニーの価値観に合わせるべきだ。

 

「そうよね。実際に仕事をするのはサクヤがいる二か月だけだし……お給料も先払いしているなら……」

 

「それに彼には個室を与えているわ。屋根裏なんかで眠られたらたまったもんじゃないもの」

 

 私がそう言うと、ロンがまた驚いた顔をする。

 

「君屋敷しもべ妖精に部屋まで与えているのかい? 随分可愛がってるんだね」

 

「いや、屋根裏なんかで寝られたら普通に不衛生じゃない。そんなのに食材を触らせたくないだけよ。それに部屋はいくつも余ってるし」

 

「それにしてもだよ。おったまげー」

 

 やはりハーマイオニーとロンの間では屋敷しもべ妖精に関する認識がだいぶ違うようだ。

 きっとロンの感性が魔法界ではスタンダードなんだろう。

 

「サクヤが奴隷労働を屋敷しもべ妖精に科すような人間じゃなくて本当によかったわ」

 

「その様子だと、休暇中に何かあったの?」

 

「クィディッチワールドカップの会場で酷い扱いを受けている屋敷しもべ妖精がいて……それを見てからこの調子なんだ」

 

 私の横に座っていたハリーが小声でそう教えてくれる。

 

「なるほど、合点がいったわ」

 

 私は小声で返事をすると、改めてみんなに対して言った。

 

「そういえば、ワールドカップはどうだった? 結構散々な結果だったって聞いてるけど」

 

 これは漏れ鍋にあった新聞で読んだことだが、クィディッチワールドカップの会場が闇の魔法使いに襲われたらしい。

 なんでも、試合が終わった後に闇の印まで打ち上げられたという話だ。

 

「闇の印って言ったら、例のあの人のマークでしょう? それが打ち上げられるなんてよっぽどのことだと思うけど」

 

「うん、そのせいでパパはてんてこ舞いだよ。日刊予言者新聞には好き勝手書かれるし」

 

「まあ、魔法省が散々に言われている記事だったのは覚えているわ。警備の甘さ……やりたい放題……国家的恥辱……たしか記者はリータ・スキーターだったかしら」

 

 リータ・スキーターの書く記事は偏向的だと漏れ鍋の店主のトムがぶつくさ言っていたのを思い出す。

 確かにあの記事は意図的に魔法省をこけ下ろしていたように感じた。

 

「実はあの時、僕たちは犯人のすぐ近くにいたんだ。姿は見えなかったけど、呪文を唱える声を聞いた。そのあとすぐ魔法省の人たちが来て犯人を探したんだけど……結局見つからなかった」

 

「つくづくトラブルに巻き込まれるわね貴方。まあ、大きな怪我がなかったようで何よりよ。でも、そんな面白そうなイベントが起きるんだったら私も行けばよかったかしら」

 

「面白いもんか。大騒ぎだったんだから……」

 

 ハリーは疲れを吐き出すようにため息をつく。

 私はそんなハリーを見て小さく笑みを溢した。

 

「冗談よ。でも、ワールドカップに行きたかったのはホントよ。外せない用事がなければ私も誘いに乗ってたんだけど」

 

「うん、まあ用事があったならしょうがないよ。それにあんなことがあったんだし、行った方が良かったかは微妙なところだな、でも──」

 

 ロンはワールドカップでの思い出を私に話して聞かせてくれる。

 試合の話になるとハリーもロンと一緒になって、あのプレイがどうとか試合運びがどうとかどんどん会話が専門的になっていった。

 最終的にはそこにシェーマスとネビルが加わり、私そっちのけでプレイの話を始めてしまう。

 ハーマイオニーもハーマイオニーで、自分には関係のない話だと言わんばかりに『基本呪文集・四学年用』を読み耽っていた。

 私はクィディッチトークが白熱しすぎてオーブンの中にいる鶏のような気分になってきたので、適当な理由をつけてコンパートメントを出る。

 すると運がいいことに隣のコンパートメントから聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 私は気を取り直し、隣のコンパートメントの扉をノックし、扉を開いた。

 

「お久しぶり、ドラコ。それにクラッブ、ゴイルの二人もね」

 

「サクヤ! 久しぶりだね!」

 

 隣のコンパートメントにいたのはマルフォイとその取り巻きのクラッブ、ゴイルだった。

 私はコンパートメントの中に入ると、マルフォイの隣に座る。

 

「折角誘ってもらったのにごめんなさいね」

 

「ああ、いや。こっちも気を遣わせたようで悪かったよ。きっとウィーズリーにも誘われてたんだろ?」

 

 私はいきなりマルフォイに核心を突かれて少々驚く。

 

「いや、客席でウィーズリーの家族とポッターとグレンジャーを見てね。ウィーズリーがあの二人を誘ってるのに君を誘ってないのはおかしいと思ったんだ」

 

「大正解よドラコ。そこまで推測できてるなら話してしまってもいいわね」

 

 私は本当は用事などなく、双方に気を遣ってどっちの誘いにも乗らなかったことをマルフォイに説明する。

 マルフォイはその話を聞いて少々バツの悪い顔をした。

 

「良かれと思って誘ったんだけど、逆効果だったね。ごめん」

 

「そんな、気にしないで。私の方こそ、まさか勘付かれるとは思っても見なかったから」

 

「お詫びじゃないけど、色々お土産を買ってきたんだ。それにクィディッチワールドカップの後で面白い催し物もあった」

 

 マルフォイは座席にお土産のお菓子を広げながら、楽しそうに話し始める。

 

「試合の後でお祭り騒ぎがあってね。キャンプ場の管理をしているマグルの家族を魔法で吊るし上げて大暴動だ。傍から見ていたけど、あの時のマグルの顔は傑作だったな」

 

 マルフォイがその時のマグルの顔を真似ると、クラッブ、ゴイルが馬鹿笑いを始める。

 

「でも、闇の印が打ち上げられたということは例のあの人の関係者か、元手下が起こした事件ってことよね?」

 

 私がそう聞くと、マルフォイの表情は途端に真剣なものに変わった。

 

「問題はそこなんだ。あの印は冗談やおふざけで掲げていいものじゃない。あの印を恐れる魔法使いは多いけど、それはあの人の部下も同じだ。あの印が空に掲げられた瞬間、マグルを捕えて馬鹿騒ぎをしていた連中は蜘蛛の子を散らすように逃げた。例のあの人の怒りを買ってしまったと思ったんだろうな」

 

「それじゃあ、闇の印を掲げたのは騒ぎを起こした人たちとは違う魔法使いということね。でも、一体何のために……」

 

「きっと騒いでいた連中が許せなかったんだろうな。その点、父上は理性的だった。あえて魔法大臣と行動を共にし、自分に疑いが掛からないようにしていたよ」

 

 ルシウス・マルフォイが例のあの人の手下だったのではないかという話は噂としては有名な話だ。

 私がそういう立場なら、確かに自分のアリバイをしっかりさせるために魔法省の関係者と行動を共にするだろう。

 

「父上はファッジ大臣と仲がいいからね。そういえば、そのコネで面白い話を聞いたよ。サクヤは今年のホグワーツで何が行われるか知っているかい?」

 

 マルフォイは自慢げに私に聞いてくる。

 私は少し考え、推測できる限りの答えを返した。

 

「持ち物にドレスローブがあったし、何かのパーティーが行われるのは確定よね? だとすると、何か大きなイベントがあるとか……」

 

「流石だね。殆ど正解だよ。……実は今年、百年ぶりに三大魔法学校対抗試合が行われるんだ」

 

 三大魔法学校対抗試合、確か魔法史の授業で名前を聞いたことがある。

 

「それって確かホグワーツ、ボーバトン、ダームストラングの三校が代表選手を一人ずつ出して魔法競技を行う親善試合よね? でも、あまりに死者が出たから中止されたって聞いたけど」

 

「ああ。今までも何度か再開しようと試みてたみたいなんだけど、今年になってようやくそれが叶ったってところかな。持ち物にあるドレスローブはクリスマスのダンスパーティーで着るんだと思うよ」

 

「それは……イベントいっぱいで楽しそうね。」

 

 魔法学校三校が試合をするとなれば、外から人を呼んでの大騒ぎとなるだろう。

 ボーバトンとダームストラングは外国にある学校であるため、魔法省の国際魔法協力部と魔法ゲーム・スポーツ部も関わってくるはずだ。

 

「ワールドカップを見に行けなかったのは少し残念だったけど、それ以上にレアなイベントがホグワーツで行われるわけでしょ? コーラとポップコーンを用意しなきゃ」

 

 私がそう言うと、マルフォイは意外そうな顔をする。

 

「サクヤは立候補しないのかい?」

 

「え? いや、うーん……見るのは楽しそうだけど、当事者になるっていうのは少しね」

 

「そっか……サクヤが選手になったら絶対に人気が出ると思うけどな。可愛いし、魔法の腕も学年一だし」

 

「そういう貴方はどうなのよ。立候補するの?」

 

 私がそう聞くと、マルフォイは自信ありげに頷いた。

 

「勿論だとも。でも、父上は何故か僕が立候補するのに乗り気じゃなかった」

 

「年齢制限でもあるんじゃない? 成人した生徒しか参加できないとか」

 

 魔法界ではマグルの世界と違って十七歳から成人と認定される。

 ホグワーツで言うと、六年生から七年生がそれにあたるだろう。

 

「確かに、その可能性は高いかもしれない。開催されるにあたって安全面をかなり重視したって話だったから。でも、もしそうだとしたら立候補できる人間がかなり限られるな……」

 

「まあ、代表選手に選ばれるのは一人だけなんだし、別にいいんじゃない? それにこういうのは関係ないところからお祭り気分で観戦してる方が面白いと思うわよ。代表選手になったらプレッシャーも凄いだろうし」

 

 それに今の私の現状を考えると、下手に目立つことはしないほうがいい。

 学校の代表選手に選ばれたらメディアの目にも晒されるだろうし、私に関することを調べ始める魔法使いも出てくるだろう。

 秘密の部屋での出来事や孤児院のことを知られたら悲劇のヒロイン扱いされるだろうし、ブラックを殺したことを知られれば復讐者扱いされる。

 それに、ブラックのようにそれをきっかけに私の能力の正体にたどり着いてしまう魔法使いも出てくるかもしれない。

 ……それは、絶対に阻止しないとならないことだった。

 

「さて、そろそろ自分のコンパートメントに戻るわ。外に出る前にローブに防水呪文もかけたいし。また学校でね」

 

「うん。またな、サクヤ」

 

 私はマルフォイたちの見送りを受けてコンパートメントを出る。

 そして自分の鞄が置いてある隣のコンパートメントに戻った。




設定や用語解説

サクヤの学力
 既に知識量は学生レベルではなく、学者や教授の域に達しているがサクヤはそれに気が付いていない。

ボーバトン
 フランスにある魔法学校。映画では女子校になっていたが共学。

ダームストラング
 スウェーデンかノルウェーの北の方にある魔法学校。映画では男子校になっていたが共学。生徒に闇の魔術を実際に教えることで有名。

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奴隷労働と対抗試合と私

 

 今年の新入生の組み分けも特に何のトラブルもなく終わり、ダンブルドアの適当な掛け声と共に目の前が料理で一杯になる。

 私は肉料理を中心に自分の皿を山盛りにする。

 それを横で見ていたほとんど首なしニックが切なそうな笑みを浮かべた。

 

「美味しいですか? ミス・ホワイト。ほら、野菜も食べませんと大きくなれませんよ」

 

「優先順位が低いだけ。ちゃんと食べるわ」

 

 私はニックが指さしたサラダを皿の隅にちょこんと盛る。

 それを見てニックは小さくため息をついた。

 

「まったく……今晩はご馳走が出ただけでも運がよかったというのに」

 

「厨房で何かあったの?」

 

 私が聞くと、ハリー、ロン、ハーマイオニーの三人も興味ありげにニックの方を見た。

 

「ピーブズですよ。歓迎会に出たいと駄々をこねまして。でも礼儀作法も知らない、料理の皿を見たら投げつけずにはいられないようなやつです。学校にいるゴーストの代表で話し合ったのですが、結局参加させることはできないという結論が出ました」

 

「で、それが気に入らないピーブズが歓迎会を台無しにするために厨房で暴れたというわけね」

 

「まったく持ってその通り」

 

 ニックが首をぐらんと揺らしながら首を縦に振った。

 

「何もかもひっくり返しての大暴れ。鍋や釜は投げるし、厨房の床はスープでビショビショ。この歓迎会で並ぶはずだった料理の殆どが宙を舞い、何もかも滅茶苦茶な状態でした」

 

「よく間に合ったわね。屋敷しもべ妖精たちは大変だったでしょうに」

 

「ええそれはもう。ピーブズが暴れている時など声が出ないほど怖がって──」

 

 屋敷しもべ妖精の話題になった途端、ハーマイオニーがゴブレットを取り落とす。

 中に入っていたかぼちゃジュースがクロスの白をオレンジに侵食していったが、ハーマイオニーはお構いなしだった。

 

「屋敷しもべ妖精がホグワーツにもいるっていうの?」

 

「左様ですとも。イギリスのどの屋敷より大勢いるでしょうな」

 

「そんな! 私一人も見たことがないわ!」

 

「そう? 厨房には常に百人以上いるけど……確かに厨房の外では見かけないわね」

 

 私が首を傾げると、ニックが説明してくれた。

 

「夜になると厨房から出てきて掃除をしたり火の始末をしたりするのです。姿を見られないようにするというのは、いい屋敷しもべ妖精の証拠です。なので見たことがないというのも無理は話ではないでしょう」

 

 ハーマイオニーはショックを受けた表情でニックに聞く。

 

「でも、お給料はちゃんともらってるわよね? それにお休みも。それに病欠とか、年金も──」

 

「はっはっはっは! ミス・グレンジャーは冗談がお上手ですな」

 

 ニックはこれ以上のジョークはないと言わんばかりにひとしきり笑うと、新入生をからかいにテーブルを移動していく。

 ハーマイオニーはしばらくナイフとフォークを握ったまま放心していたが、やがてナイフとフォークを机に置いて自分の皿をスッと奥へ遠ざけた。

 

「ねえハーマイオニー。君が絶食したって屋敷しもべ妖精が病欠を取れるわけじゃないよ?」

 

「奴隷労働よ! この料理を作ったのがまさにそれなんだわ! 奴隷労働!」

 

 ロンが優しくハーマイオニーを諭すが、ハーマイオニーは鼻息を荒くして叫ぶ。

 私はやれやれと肩を竦めるとステーキを大きく切り取ってハーマイオニーの口に突っ込んだ。

 

「ふむぅっ! あにふふのほ!」

 

 ハーマイオニーは口いっぱいのステーキをどうにか処理しようと口をモゴモゴさせ始める。

 私はまたステーキを切り分けながらハーマイオニーに語りかけた。

 

「このステーキを焼いた屋敷しもべ妖精は貴方が絶食することを望んでないわ。彼らは私たち学生が大きくスクスク健康的に成長できるように毎日腕によりをかけて料理に励んでくれている。そこにあるのは奴隷労働なんて卑屈なものじゃない。奉仕の心という崇高な精神よ。貴方が屋敷しもべ妖精の待遇をどう思おうが知ったこっちゃないけど、彼らの作った料理を無下にするのは許さないわ」

 

 私は切り分けたステーキを口に運ぶ。

 相変わらず惚れ惚れする焼き加減だ。

 私が同じように肉を焼いたところでこうはならないだろう。

 

「こんなに美味しい料理を食べないだなんて、彼らに失礼だわ」

 

「そんなの、サクヤの勝手な推測じゃない! 本当は命令で強制的に働かされているのかもしれ──むぐっ!」

 

 私は今度はかぼちゃパイをハーマイオニーの口に突っ込む。

 

「そんなことないわ。彼らが料理してる時って本当に楽しそうだもの。彼らは労働が好きなのよ」

 

「その言いぶりだと、サクヤは厨房に入ったことがあるの?」

 

 ハリーは料理から顔を上げて私に聞く。

 

「ええ、結構お世話になってるわよ。料理や茶葉のストックとか、単純に暇つぶしとか」

 

「むぐ、んぐっ、ぅん。そんな! なんで今まで教えてくれなかったの?」

 

 ハーマイオニーは急いで口の中を空にするとヒステリックな叫び声をあげた。

 

「いやだって聞かれなかったし……それに、あんまり広めるような情報でもないでしょう?」

 

「そうかもしれないけど……」

 

 ハーマイオニーは先程遠ざけた皿をじっと見ると、手元に引き寄せて食べ始める。

 私はそれを見て満足そうに頷いた。

 

「あら、お利口さんね。偉いわー」

 

「うるさい! もう!」

 

 ハーマイオニーは怒りと料理で頬をパンパンにしながら怒る。

 ハリーとロンはその様子を見て安心したように息をついた。

 

「ごめんごめん。でも絶食なんて続かないし、迷惑をかける相手が増えるだけよ。それに、残飯を処理する仕事の方が大変だしね」

 

 一通り皿の上の料理がなくなると、ダンブルドアの合図と共に皿の上の食べカスが綺麗さっぱり消えてなくなる。

 私は満足気にお腹を撫でながらダンブルドアの方を見た。

 

「皆、よく食べ、よく飲んだことじゃろう。いくつかお知らせがあるので、もう一度耳を傾けて貰おうかの」

 

 ダンブルドアは立ち上がって全校生徒を見渡す。

 

「管理人のフィルチさんから『叫びヨーヨー』、『噛みつきフリスビー』、『殴り続けブーメラン』の三品が新しく城内持ち込み禁止になったと伝えてほしいとのことじゃ。持ち込み禁止のリストはフィルチさんの事務所にあるので、確認したい生徒は事務所を訪ねるように」

 

 まあ、そんな生徒がいればじゃが、とダンブルドアは小声で付け加える。

 

「それと、校内にある森はいつも通り生徒は立ち入り禁止じゃ。ホグズミードも三年生になるまで禁止。そして──」

 

 ダンブルドアはそこで一度言葉を切って皆を見回す。

 

「今年の寮対抗クィディッチ試合は中止するものとする」

 

「ええぇーっ!!」

 

 ハリーが私の横で叫び声を挙げた。

 ハリーだけではない。

 フレッドは言葉が出てこずに口をパクパクさせているし、各寮のクィディッチの選手も皆口々に抗議の言葉をダンブルドアに投げかけた。

 

「どうどうどう、ちゃんとこれには理由があってのう。今年の十月から今学期の終わりにかけて行われるあるイベントのためじゃ。先生方も殆どの時間と労力をこのイベントのために費やすことになる」

 

 あるイベント、私はそれを聞いてホグワーツ特急の中でマルフォイから教えてもらったイベントを思い出す。

 

「しかしじゃ。わしは皆がこのイベントを大いに楽しんでくれると確信しておる。なんと、今年ホグワーツで──」

 

 次の瞬間、大広間の扉が大きな音を立てて開け放たれた。

 多くの生徒が音につられて扉の方向を見たが、皆そこに立っていた人物を見て言葉を失う。

 そこに立っていたのは傷だらけの男だった。

 顔や手は傷痕で埋め尽くされており、左目には義眼だと思われる目が嵌め込まれている。

 だが、マグルの義眼とは違い、男の義眼はまるで意思を持っているかのごとくあちこちを見回していた。

 男は義足だと思われる足を引きずりながら大広間をまっすぐ進むと、ダンブルドアと言葉を交わし職員用のテーブルの空いている席に腰掛ける。

 皆呆然とその男を見ていたが、やがてダンブルドアが男の紹介を始めた。

 

「新しい闇の魔術に対する防衛術の担当のムーディ先生じゃ」

 

「マッドアイ・ムーディ? 君のパパが今朝助けにいった人だよね?」

 

 ハリーがロンに囁く。

 

「うん、多分そう」

 

 ロンは声を低くして答えた。

 ダンブルドアはムーディの紹介を終えると、おほんと大きく咳払いして話を続ける。

 

「先程言いかけたことじゃが、今年、ホグワーツで実に百年ぶりとなる、あるイベントを開催する。これを皆に発表できるというのは、ワシにとっても喜ばしいことじゃ。今年、ホグワーツで三大魔法学校対抗試合を行う!」

 

「ご冗談でしょう!?」

 

 フレッドが間髪入れずに叫び声を挙げる。

 ダンブルドアはフレッドの大声を楽しむように笑った。

 

「ミスター・ウィーズリー、決して冗談ではない」

 

 ダンブルドアは三大魔法学校対抗試合について説明を始める。

 ダンブルドアの説明は、昼にマルフォイから聞いた話とほぼ変わらなかった。

 百年ぶりに行われる対抗試合。

 各校の代表を一名ずつ選出して様々な課題に取り組む。

 優勝賞金は千ガリオン。

 学生という身分でなくとも大金だ。

 

「立候補するぞ!」

 

 ジョージが興奮気味にダンブルドアに向かって叫ぶ。

 ジョージだけではない。

 半分以上の生徒が立候補しようと考えていそうな雰囲気だった。

 だが、そんな中、私の予想が的中してしまう。

 

「立候補を考える全ての諸君が優勝杯をホグワーツにもたらそうという熱意に満ちていることは重々承知じゃ。じゃが、参加校の校長、そして魔法省とで話し合った結果、今年の選手に年齢制限を設けることとなった。一定の年齢に達したもの、つまり今回の場合は十七歳以上の者だけが、代表選手として名乗りを上げることができる」

 

 ダンブルドアがそう言った瞬間、一部の生徒の顔が険しくなる。

 それはそうだろう。

 十七歳未満の生徒からしたら、出鼻を挫かれた形になるからだ。

 

「このことは我々がいくら予防措置を取ろうとも、やはり試合の課題が難しく、危険なものだからじゃ。必要な措置じゃと理解してほしい。さて、話は以上じゃ。明日からの授業に備えて、ゆっくりお休み。では、解散!」

 

 ダンブルドアはそう話を締めくくると、椅子に座り直し隣にいるムーディと話し始める。

 私は皆と一緒に席を立つと、談話室に向けて歩き出した。

 

「そりゃないぜ! 俺たち四月には十七歳だぜ? なんで参加出来ないんだ?」

 

 ジョージは階段を上りながら大きな声で文句を言う。

 

「俺はエントリーするぞ。止められるもんなら止めてみろ!」

 

 フレッドはジョージの言葉に同意するように息巻いた。

 まあ確かに、可能性は低いだろうが挑戦するだけならタダだ。

 それに、あの双子ならダンブルドアの目を掻い潜って本当にエントリーできてしまう気がする。

 たとえエントリー出来なかったとしても面白いものが見れる筈だ。

 私は談話室でハリー、ロンと別れるとハーマイオニーと一緒に女子寮に上がった。

 

「ねえサクヤ。もし年齢制限がなかったとしたら、サクヤはエントリーする?」

 

 私が寝る準備をしていると、ハーマイオニーが遠慮がちに私に聞いてくる。

 私は鞄の中からお気に入りの枕を引っ張り出しながら言った。

 

「しないわ。面倒くさいし、好奇の目で見られるのは好きじゃないもの」

 

「そっか、そうよね」

 

「そういう貴方はどうなのよ?」

 

 私が聞き返すとハーマイオニーは慌てた表情で答える。

 

「いや、えっと……多分、立候補してたかも。代表選手に選ばれたら新しい魔法を学ぶ機会も増えるだろうし、就職も有利になりそうだし」

 

「打算的ね」

 

「──っ!! いいでしょ! 別に!」

 

 まあハーマイオニーの言いたいこともわかる。

 学校の代表となれば広く名前を売ることができる。

 魔法省の職員と関わる機会も多いので、コネも作り放題だ。

 ホグワーツを卒業してからのことを考えるのなら、代表選手になるのも悪くないだろう。

 まあ、私の場合メリットよりデメリットの方が大きいので絶対に立候補はしないが。

 私はベッドに潜り込むと、同室のラベンダーとパーバティ、ハーマイオニーの四人で上級生の誰が代表選手に選ばれるか予想しあった。




設定や用語解説

ピーブズ
 ホグワーツ設立された当初から学校に住み着いているポルターガイスト。生徒の悪戯心の具現化ではないかと言われている。

ホグワーツの屋敷しもべ妖精
 まだ解放されていないのでドビーいない。

ムーディ
 元ベテラン闇祓いの老人。非常に用心深く、常に自分の周囲を魔法の義眼で透視している。

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スクリュートと許されざる呪文と私

 

 四年生最初の授業は薬草学から始まった。

 授業内容はブボチューバーの膿絞りでお世辞にも楽しい授業とは言い難かったが、ブボチューバーの膿は非常に貴重で様々な魔法薬の材料になる。

 授業の終わりには数リットルもの瓶が膿で埋まり、スプラウトも授業を受けたハッフルパフとグリフィンドールの生徒も謎の達成感に包まれた。

 薬草学の次の授業は魔法生物飼育学だ。

 私たちはスリザリン生と合流しながらハグリッドの小屋を目指す。

 私たちが小屋の近くに到着すると、ハグリッドが大きな木箱を抱えて小屋の裏から顔を出した。

 

「おお、全員揃っとるな。今年はこいつをやるぞ。ほれ! 箱の中を見てみろ」

 

 ハグリッドにそう言われて何人かの生徒が恐る恐る箱の中を覗く。

 その瞬間、箱を覗いたラベンダーが悲鳴を挙げながら後ろにひっくり返った。

 箱の中に入っていたのは実に奇妙な生物だった。

 体長は十から十五センチほどだろうか。

 殻を剥かれたロブスターのようなヌメヌメした体に、サソリのような尻尾が生えている。

 頭と思われる部位は無く、前が見えているかどうかも怪しい。

 そして時折尻尾から火花を散らせたかと思うと、尻尾を爆発させて十センチほど前進していた。

 

「尻尾爆発スクリュートだ。今孵ったばかりで、こいつを今年のプロジェクトにしようと思っとる」

 

「なんで僕たちがこんなのを育てないといけないんでしょうねぇ」

 

 冷たくせせ笑う声がスリザリンの生徒の中から聞こえてくる。

 この声はマルフォイだ。

 マルフォイは箱に一歩近づくと、尻尾爆発スクリュートを指差して言った。

 

「こいつらが一体何の役に立つんです? この授業にどんな意味が?」

 

 ハグリッドは何か言おうと口を開くが、言葉が出てこないようだった。

 そして数秒の沈黙の後、ぶっきらぼうに言う。

 

「マルフォイ、そいつは次の授業だ。今日はこいつに餌を与えるぞ。何を食うかわからんから色々用意してきた。なんせ、俺もこいつらを飼うのは初めてだからな」

 

「ちょっと待ってハグリッド。今なんて?」

 

 私はハグリッドの口から予想外の言葉が出てきたため、思わず聞き返してしまう。

 

「ああ、俺もこいつを飼育するのは初めてだ。なんせ新種だからな。マンティコアとファイア・クラブを俺が掛け合わせた」

 

「いや、それを授業で生徒に触らせていいわけないでしょう? 安全な生物である保証がないのに」

 

 私がそう言うと、多くの生徒が同意する様に頷く。

 どうやらみんなこの生物を授業でやるのは嫌だと思っているらしい。

 

「でもなぁサクヤ。こいつらはまだ赤ん坊だ。危険なんてあるもんか」

 

「……そういう問題なのかしら」

 

 ハグリッドは私からの抗議を聞かなかったことにしたらしく、そのまま授業を進めていく。

 私は肩を竦めると、後ろの方で遠巻きに授業を観察することにしたらしいマルフォイの隣に移動した。

 

「あのデカブツ、一体何を考えているのやら。あんな気持ち悪くて自分でもよく分かってない生物を授業に持ってくるなんて。あのデカ頭には藁しか詰まっていないのか?」

 

 マルフォイはハグリッドを睨みながらぶつくさ文句を言っている。

 

「貴方に同意よドラコ。新種は確かに珍しいかもだけど、授業でやる内容としては不適切としか言いようがないわ」

 

 もっと授業でやる内容はあるだろうに。

 少なくとも、私はあの箱の中に手を突っ込む勇気はない。

 得体が知れている分、ナメクジを丸呑みするほうがまだマシだ。

 

「アイタッ!」

 

 そんなことを考えているうちに、恐る恐るスクリュートに餌を与えていたシェーマスが尻尾の爆発によって火傷を負った。

 同室のラベンダーもスクリュートの針に刺されたと悲鳴を挙げている。

 生まれたての赤子の段階でこれなら、成長したらどうなってしまうのだろう。

 今のうちに全部叩き潰しておいた方がいいような気がしてきた。

 

 

 

 

 

 

 午後にあった占い学の授業は何事もなく終わり、私たちは大広間でハーマイオニーと合流する。

 ロンは占い学の授業中のおふざけのせいで宿題が増やされたことについてまだぶつくさと文句を言っていた。

 

「ちょっと冗談を言っただけじゃないか。あんなに怒らなくても……」

 

「いや、流石に下品だったわよ。後でラベンダーに謝りなさいよね」

 

 ロンはシチューをスプーンで掬いながらガックシと項垂れる。

 ハーマイオニーはその様子を見て上機嫌に言った。

 

「あら、宿題が沢山出たの? 数占いのベクトル先生は何も課題を出さなかったわよ?」

 

「じゃあベクトル先生バンザイだな」

 

 ロンは不機嫌そうにシチューを口に運ぶ。

 するとその時、上級生たちが興奮した面持ちで大広間に入ってきた。

 

「何かあったのかな?」

 

 ハリーが大広間の入り口に顔を向ける。

 私は耳を側立てて上級生たちの会話を聞いた。

 

「……闇の魔術だとか、マッドアイがどうとか言ってるけど、きっと闇の魔術に対する防衛術の授業のことよね?」

 

「その通り」

 

 いきなりそんな声がしたかと思うと、私たちの後ろからフレッドとジョージの二人が顔を出す。

 

「午後にムーディの授業があったんだ」

 

「やつは凄いな。マジでクールだ」

 

「ロックハートとかルーピンがいかにマトモな教師だったかよくわかるぜ。あんな授業、今まで受けたことがない」

 

 双子は口々に言う。

 

「どんな授業だったの?」

 

 ロンは興味津々に二人に聞いた。

 

「やつは闇の魔術と戦うっていうのがどういうことか、よくわかってる。きっと全てを見てきたんだな」

 

「ああ、すっげえぞ」

 

 二人はそう言うと、離れた位置に座っていたリーの元へと走っていってしまう。

 ロンは慌てて時間割を引っ張り出すと、がっかりした声を上げた。

 

「あの人の授業、木曜までないじゃないか!!」

 

 

 

 

 

 それから木曜までの間は特になんの問題もなく授業が進んでいった。

 みなムーディの授業が楽しみのようで、木曜の昼食を食べ終わると競うように闇の魔術に対する防衛術の教室へと急ぐ。

 私もハリー、ロン、ハーマイオニーと共に教室の最前列の席を陣取った。

 私はムーディを待ちながら今までの闇の魔術に対する防衛術の担当教師を振り返る。

 ルーピンは比較的マトモだったが、クィレルとロックハートはどちらも闇の魔法使いといっても差し支えないような人物だった。

 クィレルは後頭部にヴォルデモートを寄生させていたし、ロックハートは生徒を危険に晒すような自作自演を行いダンブルドアの失脚と魔法界での地位と名声を手に入れようとしていた。

 新しくこの授業の教師となったアラスター・ムーディは元闇払いでダンブルドアとも旧知の仲らしい。

 そういう点で見れば信用していいのかも知れないが、長年に渡る闇の魔法使いとの戦いでかなり被害妄想を拗らせており、信頼できない名前からの手紙は全て爆破するほどの用心深さらしい。

 きっとホグワーツの彼の私室には数え切れないほどの魔法検知器が設置されていることだろう。

 私たちが教科書を用意しながら神妙な面持ちで授業が始まるのを待っていると、コツ、コツ、と義足が地面を叩く音が聞こえてくる。

 そしてその音は教室の前で止まり、ムーディが扉を開けて中に入ってきた。

 ムーディは部屋に入ると、魔法の義眼で教室中を隈なく見回し、黒板前にある教師用の机へと進みながら言った。

 

「そんなものは仕舞ってしまえ。教科書だ。そんなものはこの授業では必要ない」

 

 ムーディは生徒の前に立つと生徒が全員いることを確認する。

 そして、義足を付けている足を労りながらゆっくりと椅子に腰掛けた。

 

「前任のルーピン先生からは手紙を貰っている。お前たちは去年までの間に闇の怪物たちと戦う術を満遍なく学んできているようだ。だが、わしから言わせれば遅れているとしか言いようがない。特に呪いの扱いについてだ。わしの役目は、お前たちが闇の魔術、とくに呪いに関して最低限対処できるようにすることだ。わしの持ち時間は一年だが、その短い期間に──」

 

「え? ずっといるんじゃないの?」

 

 私の隣に座っていたロンが思わず漏らす。

 ムーディはそれを聞き逃さなかったらしく、話を一度切ってロンを見た。

 ロンはしまったと言わんばかりに顔を引き攣らせる。

 少しの間クラスに緊張が走ったが、ムーディは少し笑うとロンに対して言った。

 

「お前はアーサー・ウィーズリーの子供だな? えぇ? お前の父親のおかげで数日前に窮地を脱した……まあ、そんな話はどうでもいい。ああ、そうだ。一年だけだ。ダンブルドアの頼みで特別にな。一年後には、また静かな隠居生活に戻る」

 

 どんな脅され方をするかビクビクしていたロンは、思った以上にムーディの対応が柔らかく思わず安堵の笑みを溢す。

 だが、その瞬間ムーディがバンと大きな音を立てて手を叩いたことによって、また体を縮こまさせた。

 

「さて、早速取り掛かる。魔法省によればわしが教えるべきは反対呪文であり、実際の闇の魔術がどんなものかを見せるのは六年生からということになっている。お前たちでは呪文を見るのにも耐えられんとな。だが、ダンブルドアはお前たちの根性をもっと高く評価している。それにわしとしても、自分たちが戦うべきものの正体を知るのは早ければ早いほどいいと思っている。見たこともないものからどうやって身を守れと? お前たちに違法な呪いを掛けようとする者たちは、面と向かって礼儀正しく今から使う魔法を教えてくれたりはせん。お前たちのほうから備えなければならんのだ。いいかミス・ブラウン。お前がそうやって友達に天宮図を見せている隙に、横から呪いが飛んできたらどうするつもりだ?」

 

 ラベンダーは急に名前を呼ばれてビクリと跳ね上がる。

 どうやら横の席に座っていたパーバティに占い学の課題の天宮図を見せていたらしい。

 

「わしが話している時はわしの話を聞け」

 

 ラベンダーは急いで天宮図を鞄の中にしまうと、コクコクと頷く。

 どうやらあの魔法の義眼には透視能力も備わっているようだ。

 

「さて……魔法省が定めた法律により、最も厳しく罰せられる呪文が三つある。答えられる者はいるか?」

 

 ムーディは気を取り直して生徒に対し質問を飛ばす。

 その質問に対し、私やハーマイオニーを筆頭に数人が中途半端に手を挙げた。

 私の横にいるロンも遠慮がちに手を挙げている。

 

「よし、ウィーズリー、言ってみろ」

 

 ムーディに指されると、ロンは自信なさげに言った。

 

「えっと、パパが一つ教えてくれたんですけど……確か、『服従の呪文』とかなんとか……」

 

「ああ、その通りだ。お前の父親なら、その呪文をよく知っているはずだ。何せ、散々魔法省をてこずらせた呪文だからな」

 

 ムーディは机の下からガラス瓶を取り出すと、その中から手のひらサイズの蜘蛛を一匹取り出す。

 

「インペリオ、服従せよ」

 

 そして蜘蛛に対して服従の呪文をかけた。

 呪文をかけられた蜘蛛はサーカス顔負けの動きで手のひらの上で三回転宙返りを決めると、そのまま机に降り立ち綺麗な側転を始める。

 かと思えば今度は足を器用に畳んで丸くなり、机の上を転がり始めた。

 そのままムーディが杖を振り上げると、今度は二本の足だけで立ち上がりタップダンスを始める。

 その光景を見て、クラスのみんなが笑った。

 だが、私はその光景を非常に興味深く観察していた。

 たとえ私が蜘蛛と言葉を交わすことができて、その蜘蛛が私の命令に忠実に従うとしても、あんな動きをさせることはできないだろう。

 あの動きは蜘蛛自身の意思で出来る動きではない。

 

「……凄い」

 

 私はついそんな言葉を漏らしていた。

 人間というのは自分の精神状態によって手元が狂ったり、大きなミスをすることがある。

 だが、この呪文を使えば緊張で手元が狂うといったことがなさそうだ。

 その人間本来の、いや、それ以上の力を引き出す能力をこの呪文は持っている。

 

「面白いと思うか?」

 

 ムーディはタップダンスをしている蜘蛛を見て笑っている生徒たちに呼びかける。

 

「それじゃあ、次は何をやらせようか。溺れるまで水に潜らせるか? それとも窓から身投げさせるか?」

 

 笑いが一瞬にして消えた。

 ムーディにそう言われて、生徒たちはようやくこの呪文の恐ろしさを理解しはじめる。

 ムーディは生徒たちをじっと見回すと、唸るような声で説明を始めた。

 

「完全な支配だ。わしはこいつを思いのままにできる。窓から飛び降りさせることも、誰かの喉に飛び込ませることもな。何年も前の話になるが、多くの魔法使いがこの呪文に支配された。呪文によって操られているのか、はたまた自分の意思で動いているのか。それを見分けるのは簡単なことではない」

 

 十数年前、ヴォルデモートがハリーにやられた際に自分は操られていただけだと主張した死喰い人が数え切れないほどいたというのは有名な話だ。

 

「だが、服従の呪文には抵抗することができる。これからの授業で少しずつ教えていこう。だが、誰にでもできるというものでもない。可能であれば、呪文を掛けられないようにするのが一番だ。油断大敵ッ!!」

 

 突然の大声にクラスの半分以上が飛び上がる。

 ムーディは机の上を転がっていた蜘蛛をガラス瓶の中に戻した。

 

「他の禁じられた呪文を知っているものはいるか?」

 

 ムーディの質問に、また数名が手を挙げる。

 驚いたことに、いつもは薬草学以外てんでダメなネビルも手を挙げていた。

 

「よし、そこの坊主。言ってみろ」

 

「えっと……『磔の呪文』」

 

 ネビルは今にも消えそうな声で答える。

 ムーディはネビルの回答を聞き、出席表に目を落とす。

 

「ふむ、ロングボトムか……」

 

 ムーディはネビルの顔をチラリと見て、何かを思い出したかのように頷き、蜘蛛をガラス瓶から取り出した。

 そしてよく見えるように魔法で肥大化させると、杖を向けて呪文を唱える。

 

「クルーシオ、苦しめ」

 

 ムーディが呪文を唱えた瞬間、蜘蛛は脚をバタバタと痙攣させ苦しみだす。

 きっと蜘蛛に発声器官が備わっていたら、耳鳴りがするほどの悲鳴をあげていただろう。

 ムーディは十秒ほど蜘蛛に杖を向けていたが、ネビルの顔色が悪いのを見てすぐに呪文を解き蜘蛛をガラス瓶に戻した。

 ガラス瓶に戻った蜘蛛は動く元気すらないのか瓶の底にへばりついて動かない。

 

「苦痛だ。この呪文を使えば拷問に親指締めもナイフも必要ない……これも、かつて盛んに使われた呪文だ」

 

 確かに、杖さえあれば気軽に拷問することができるというのは便利かもしれない。

 それに、加減を間違えて殺してしまうリスクも少ないのだろう。

 

「さて、次で最後だ。誰かわかるやつはいるか?」

 

 手を挙げる生徒が極端に少なくなった。

 教室で手を挙げているのは私とハーマイオニーしかいない。

 

「よし。ホワイト、答えてみろ」

 

「『死の呪い』です」

 

 私が即答すると、クラスの何人かが小さく悲鳴を上げた。

 

「その通り。最後にして最悪の呪文だ」

 

 ムーディは瓶の中の蜘蛛を机の上に置き、勢いよく杖を振り上げる。

 

「アバダケダブラ!」

 

 ムーディがそう呪文を唱えた瞬間、緑色の閃光が蜘蛛に直撃し、蜘蛛は仰向けにひっくり返って死んだ。

 外傷は見られない。

 まるでコンピュータの電源を落とすかのように、ただ死んだとしか言えないような死に方だ。

 

「気分のよいものではない」

 

 ムーディは少し声のトーンを抑えて言う。

 

「しかも、反対呪文は存在しない。防ぎようがないのだ。これを受けて生き残ったやつは、魔法界には一人しかおらん」

 

 ムーディは二つの目でハリーをじっと見る。

 

「まさに最悪の呪文だ。だが、誰にでも使える呪文というわけでもない。この呪いには強力な魔力がいる。たとえここにいる全員がわしに対してこの呪文を唱えたところで、鼻血さえ出させることは難しいだろう。まあそんなことはどうでもいい。大切なのは、どういう呪文か知るということだ。『服従の呪文』、『磔の呪文』、『死の呪い』、これら三つは『許されざる呪文』と呼ばれている。このうち一つでも同類である人に対して使ったらアズカバンで終身刑だ。だが、お前たちに立ち塞がる敵は、先のことなど考えておらん。故に、武装し、備えなけばならんのだ。これを書き写せ──」

 

 そこから先はムーディが黒板に書いた許されざる呪文の説明を羊皮紙に書き写す時間になった。

 私は羽ペンを走らせながら許されざる呪文について考える。

 死の呪いや磔の呪文は、そこまで覚える価値がないだろう。

 実用性に欠けるし、何より代用が利く。

 だが、服従の呪文は別だ。

 人を自在に操る力というのは非常に便利で、実用性が高い。

 多少リスクを負ってでも習得する価値はある。

 だとしたら、練習はどのようにすればいいだろうか。

 世間体を考慮してか、パチュリー・ノーレッジの本には許されざる呪文に関する詳しい練習方の記載はなかった。

 だが、基本は普通の魔法の習得法と同じなはずだ。

 理屈を理解し、小さいものから練習していく。

 それこそ先程ムーディが実演してみせたような、蜘蛛や虫から練習し、段々対象を大きくしていくのがいいだろう。

 最終的にはマグルを一人攫って、練習用に鞄の中に監禁してもいいかもしれない。

 それに、時間が止まっている相手に呪文をかけることが出来るのかも気になるところだ。

 授業が終わったら早速動きの遅い昆虫でも捕まえに行くとしよう。

 私は羊皮紙の最後に『油断大敵』と書き込むと、インク瓶の蓋を閉めた。




設定や用語解説

セプティマ・ベクトル
 数占いの教授。女性。若い頃から数学が得意であり、優秀な数占い師。多分今後登場することはない。

許されざる呪文に興味津々のサクヤ
 服従の呪文を実用的だと感じている時点で割と末期。

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S.P.E.W.と服従の呪文と私

 一回目の闇の魔術に対する防衛術の授業があったその日の夜。

 私は蜘蛛の入った小瓶を懐に忍ばせて談話室に戻ってきていた。

 蜘蛛を捕まえた理由は簡単だ。

 服従の呪文を研究するためである。

 私は暖炉の前のソファーを陣取って占い学の宿題を進めているハリーとロンを尻目に女子寮へと上がる。

 この時間ならまだ女子寮の自分の部屋には誰もいないだろう。

 私は自分のベッドのある部屋に入ると、誰もいないことを念入りに確認して時間を停止させる。

 そして小瓶の中から蜘蛛を取り出し、蜘蛛の時間停止を解除すると、床の上にそっと下ろした。

 

「さて……おほん」

 

 私は小さく咳払いすると杖を引き抜いて蜘蛛に向ける。

 

「インペリオ、服従せよ」

 

 そして蜘蛛に対して服従の呪文を掛けた。

 体の中心から杖に向かって、何か暖かいものが流れる感覚がする。

 そしてその暖かなものは杖を向けられている蜘蛛へと到達したかと思うと、蜘蛛の自由を完全に奪った。

 

「なるほど、自分の意思を呪文に乗せて、杖から放出するのね」

 

 私は蜘蛛に杖を向けながら『ひっくり返って動くな』と命じる。

 すると蜘蛛は私の命令通りコロンとひっくり返ると、そのまま動かなくなった。

 ひとまず、実験は成功だ。

 私はその後も何度か服従の呪文を解いたり掛けたりを繰り返し、呪文の使用感を確かめていく。

 もっと難解で高度な魔法かと思ったが、難易度的には大したことはない。

 これなら人間に対して掛けれるようになるのも時間の問題だろう。

 

「さて、ここから先は興味本位だけど」

 

 私は蜘蛛に対して杖を振り上げる。

 そして鋭く振り下ろしながら呪文を唱えた。

 

「アバダケダブラ!」

 

 緑色の閃光が杖先から迸り、床を這っている蜘蛛に直撃する。

 しかし蜘蛛は少し体を震わせただけで、死に至ることはなかった。

 

「なるほど、出力不足っぽいわね」

 

 私は蜘蛛を魔法で浮遊させると、そのまま窓の外へと放り捨てる。

 そして杖をローブに仕舞い込み、時間停止を解除した。

 まあ、死の呪いに関しては習得する気はない。

 そんな呪文使わずとも、時間を止めてナイフで刺し殺せばいいからだ。

 私は鞄片手に談話室へと下りる。

 そして夢中になって羊皮紙に何かを書き込んでいるハリーとロンの近くに腰掛けた。

 

「随分楽しそうだけど、それ占い学の宿題よね? 楽しい要素なんてあったかしら」

 

 確か占い学の宿題は一ヶ月間の自分の運勢を占うというものだった筈だ。

 ロンはニヤリと笑うと、私に書きかけの羊皮紙を見せてくれる。

 そこには一ヶ月かけて様々な不幸に遭う運命が記載されていた。

 

「あら、随分な一ヶ月ね」

 

 どうやら真面目にやるのが面倒くさくなったようで、占い学の宿題を嘘の占いででっち上げたらしい。

 火傷や怪我から始まり、一ヶ月の終わりには死の運命が書き込まれていた。

 

「全く貴方たち──」

 

 私は軽くこめかみを押さえながら羊皮紙をロンに返す。

 

「──天才の発想だわ。私もでっち上げよっと」

 

 私はロンの近くに腰掛けると鞄の中から羊皮紙を取り出してペンを走らせた。

 

「木曜の晩、金星の導きによって失くしていたものの居場所がわかる。金曜の朝、月が沈むのに合わせて目が覚め、素敵な朝焼けが見える──とかどうかしら」

 

「あー、悲劇的なことを書いておいた方が評価されると思うけどな」

 

「そう? そんなことないと思うけど……だってあの先生の中では私は死ぬことが確定していて、今は短い余生を精一杯幸せに生きてほしいって感じだもの」

 

 実際、去年の最初の授業のときに私がレミリア・スカーレットから死の予言をされたと知ってから、トレローニーは私に対して凄く優しい。

 他の生徒には平気で不安を煽るような占いをするのに、私に対してはいいことしか言わないのだ。

 

「あー、確かに。なんというかあの先生がサクヤを見る目って憐れみに満ちてるよな」

 

「うん。僕なんてあの人の占いが全部当たってたら五回はグリムに食い殺されてるよ」

 

 ハリーが首を切られて自分が死ぬという結末を羊皮紙に書き込みながら苦笑いする。

 その時、談話室の出入り口の穴をハーマイオニーがよじ登ってきた。

 手には羊皮紙の束とジャラジャラと音が鳴っている箱が抱えられている。

 どうやら今の今まで談話室の外で作業していたようだ。

 

「あら、まだ寝てなかったのね。でもちょうどいいわ!」

 

 ハーマイオニーは軽い足取りで私たちの近くへ駆け寄ってくると、机の上に羊皮紙の束と箱を置く。

 

「ついに完成したの。ほら、これ!」

 

 ハーマイオニーは箱の蓋を意気揚々と開ける。

 中には色とりどりのバッジが五十個近く入っていた。

 私はバッジの一つを手に取り、そこに書かれている文字を読み上げた。

 

「『S.P.E.W.』? 反吐がどうかしたの?」

 

「『スピュー』じゃないわ。『エス、ピー、イー、ダブリュー』、『しもべ妖精福祉振興協会』の略よ」

 

「聞いたことないなぁ」

 

 ロンの言葉に、ハーマイオニーが威勢良く返した。

 

「当然です。今私が始めたばかりですもの」

 

「へえ。メンバーは何人いるんだい?」

 

「貴方たちを含めて四人ね」

 

 ロンはそれを聞いて大きく肩を竦めた。

 

「勘弁してくれよ。君は僕たちが『反吐』なんて書かれたバッジをつけて歩き回ると本気で思ってるわけ?」

 

「エス! ピー! イー! ダブリュー!」

 

 ハーマイオニーは少し声を大きくして言う。

 

「私図書室で徹底的に調べたの。小人妖精の奴隷制度は何世紀も前から続いているのよ! これまで誰もなんとかしようとしなかったなんて信じられないわ」

 

「そりゃそうだよハーマイオニー。誰もそんなこと望んでないよ」

 

 ロンがそれこそ信じられないといった表情で首を横に振る。

 だが、ハーマイオニーはお構いなしに話を続けた。

 

「私たちの短期的目標は屋敷しもべ妖精の正当な報酬と労働条件を確保することである。長期的な目標は、杖使用禁止に関する法改正、屋敷しもべ妖精の政治への参入権である」

 

「へえ」

 

 私はハーマイオニーの説明に相槌を打つ。

 

「でも、どうやってやるの?」

 

 ハリーが当然の疑問を投げかけた。

 

「まず、メンバー集めから始めるわ。入会費二シックルで、このバッジを買う。そして、その売り上げでビラ撒きキャンペーンをするの。そして募金を募って、更に組織を大きくしていく。ゆくゆくは屋敷しもべ妖精だけじゃなくて、人間に近い存在なのに虐げられている種族の立場向上を目的とした組織にしていきたいわね。ロン、貴方は財務を担当して。ハリーは書記。サクヤは副会長をやって頂戴」

 

「うん、嫌」

 

 私は笑顔でそう告げた。

 ハーマイオニーは私が何を言ったのか理解できなかったらしく、首を傾げている。

 

「ごめん、よく聞こえなかったわ。もう一回お願いできる?」

 

「嫌だと言ったのよ。少なくとも、そこまで表立って動くのであれば協力できないわね。緑化委員会じゃないんだから」

 

 緑化活動ぐらいの当たり障りのない活動なら友達付き合いとして参加するのもやぶさかではない。

 だが、それが屋敷しもべ妖精のような人間に近い存在の権利問題となると話は別だ。

 経歴に傷がつくかもしれないし、そうでなくても変な目で見られる。

 最終的にリンカーンのような奴隷解放の立役者として歴史の偉人になるかもしれないが、リスクの方が大きいだろう。

 それに、一番大きな理由としては、ただ単に面倒くさい。

 

「ごめんなさいね。別に貴方の活動に反対しているわけじゃないのよ? ただ、こういう活動は良くも悪くも目立ちすぎるわ。……私は、できれば目立ちたくない。目立つことをするには、私はあまりにも背負い過ぎている」

 

 私がそう言うと、ハーマイオニーはわかりやすく狼狽する。

 こう言っておけば、ハーマイオニーは私に強く活動を強要することはないだろう。

 

「あとそれと、本人たちの声も聞かずに勝手に権利を主張しない方がいいわ。屋敷しもべ妖精が可哀想だと思う気持ちは否定しないけど、今のままじゃ貴方の自己満足で終わってしまうわよ?」

 

「そういえば、サクヤは厨房に入ったことがあるって言ってたよね? どこに入り口があるの?」

 

 ハリーがバッジを弄りながら私に質問した。

 

「地下廊下にある果物皿の絵画が入り口になってるわ。洋梨をくすぐると絵が扉に変わるの。そこで彼らの話を聞いてから活動を始めてもいいんじゃない?」

 

 ハーマイオニーは少し考えると、無言で私の提案に頷く。

 

「まあ、私自身が活動に参加することは出来ないけど、こうやってアドバイスぐらいはあげれるから気の済むまでやってみればいいと思うわ。それじゃあ、私はこれで」

 

 私は三人に手を振ると談話室を出て女子寮へと続く螺旋階段を上る。

 上手く厄介ごとを回避できたことにホッと息をつくと、寝る準備を済ませてベッドに横になった。

 

 

 

 

 

 ボーバトンとダームストラングがやってくる十月が近づく九月末。

 過激な授業に定評のあった闇の魔術に対する防衛術だが、ついに担当のムーディの頭がおかしくなった。

 

「今日の授業は『服従の呪文』に対する抵抗力をつける授業だ。服従の呪文は強い精神力があれば打ち破ることができるというのは前の授業で話した通りだ。だが、理屈ばっかり知っていても実際にかけられて見ないことには勝手はわからん。わしがお前たちに服従の呪文をかける。お前たちはわしの命令に限界まで抵抗しろ」

 

 ムーディのあまりの発言に、ハーマイオニーが思わず手を挙げる。

 

「でも、先生。先生はそれは違法だとおっしゃいました。たしか同類であるヒトに対してこれを使用することは──」

 

「アズカバンで終身刑に値する。確かに言った。だがダンブルドアはこれがどういうものなのか、実施にお前たちが体験して知る必要があると判断なされた。もっとも、悪意あるものに呪文を掛けられたときまでその体験を取っておきたいというのであれば……わしは一向に構わん。授業を免除する。出ていくがよい」

 

 ムーディはそう言って杖で教室の出口を指し示した。

 ハーマイオニーは顔を赤くして出ていきたいと思っているわけではありませんといったようなことをボソボソと呟く。

 どうやらハーマイオニーは授業に疑問を持ちつつも出ていく気はないようだ。

 私は席を立とうか立たないか相当迷いつつ、冷静に思考を巡らせる。

 何回か生物相手に試してみて分かったことだが、服従の呪文には相手を操る力はあっても、相手の記憶を引き出す力はない。

 ムーディに服従の呪文をかけられたとしても、時間を操る能力まではバレない筈だ。

 それに、服従の呪文に永続性は無く、定期的にかけ直す必要がある。

 そういった点を考えても、今ここで服従の呪文を掛けられても大事に至ることはないだろう。

 それならば空気を読んで甘んじて服従の呪文を食らおう。

 操られている人間がどのような状態なのか体感的に知ることによって、私の服従の呪文は更に習熟するはずだ。

 ムーディは一通り術の破り方を生徒に教えたあと、一人ずつ前に呼び出して服従の呪文を掛けていく。

 私は服従の呪文が掛けられた生徒をマジマジと観察した。

 一見しただけでは呪文に掛かっているかどうかはわからない。

 少し目がボンヤリしている程度で、日常生活で出会っても何ら違和感がない。

 だが、服従の呪文を掛けられた生徒はムーディが命令すると途端に命令通りのおかしな動きを始めた。

 トーマスは国歌を歌いながら片足立ちで教室中を跳ね回ったし、ネビルは普段なら到底できないような見事な体操演技を立て続けに行って見せた。

 

「よし、次だ。サクヤ・ホワイト」

 

 名前を呼ばれて、私はムーディの前に立つ。

 こんなこと、最初で最後だ。

 いや、最初で最後にするために、今呪文を受けるのだが。

 

「インペリオ! 服従せよ!」

 

 ムーディが私に対して杖を向ける。

 その瞬間、とてつもない幸福が体の底から湧き上がり、身体中を駆け巡った。

 全ての悩みは幸福の前には無に等しく、生きる事さえどうでも良くなる。

 ああ、私は今幸せだ。

 この幸せさえ得られたら、私はもう何も要らない。

 

『その場で宙返りだ。宙返りを行え』

 

 ボンヤリとした頭の中にムーディの声が響き渡る。

 だが、ここで宙返りをしていいのか?

 私がここでムーディの命令に従ってしまえば、ムーディは満足して術を解除するだろう。

 そうなってしまえば、この幸福は得られなくなる。

 命令に抗えば抗うほど、この幸福は長く続く。

 ああ、全てを塗りつぶして。

 クィレルを殺したあの日の晩を。

 ロックハートを殺したあの出来事を。

 みんなの死体を見つけたあの時の絶望を。

 私の罪も、私の過去も、そして未来まで。

 全部全部この幸福で塗り潰そう。

 

「貴方の罪は貴方のもの。例えどんなに幸福のインクを落とそうが、黒いインクの海の色を変えることなんてできないのよ」

 

 頭の中にそんな声が響いた瞬間、私はふと我に返る。

 目の前にはムーディが杖をこちらに向けて立っており、今まさに私に命令をしている最中だった。

 

「どうした。ほれ、宙返りだ」

 

「生憎スカートを穿いているのでご遠慮したいのですが……その場でターンじゃダメですか?」

 

 私がそう言葉を返すと、ムーディは無事な方の目を丸くして私を見つめる。

 

「ほう、やりおったな。お前たち、見たか? サクヤ・ホワイトが呪文に打ち勝ったぞ。そうだ、ホワイト。それでいい。この呪文を破るには心を強く持たねばならん」

 

 私はぺこりと頭を下げて自分の席へ戻る。

 ムーディはああ言っていたが、少なくとも私には自分の意思で呪文を打ち破った感覚がなかった。

 どちらかと言えば第三者に干渉されたような、そんな不思議な感覚。

 だが、先程聞いた声は私の記憶のある限りでは聞き覚えはなかった。

 私が良く知る人物じゃない。

 だとしたら、あの声の主は一体誰なのだろう。

 

「よし! そうだ! いいぞ! お前たち見ろ! ポッターも成功しかけたぞ! よし、ポッター。もう一回だ」

 

 ムーディの大きな声が聞こえてきて私はふと我に返る。

 教室の前方ではハリーが膝を抱えて蹲っており、机が一つひっくり返っていた。

 どうやら机に飛び乗れという命令に背いた結果、机に膝から突っ込んだらしい。

 ムーディはハリーに癒しの呪文をかけると、腕を持って立ち上がらせ再度服従の呪文をかける。

 ハリーはその後何度か服従の呪文に抗ってみせ、最終的には完全に打ち破るまでに至った。

 

「よろしい! 今回の授業で呪文を打ち破れたのはホワイトとポッターの二名だけであったが、その身をもって服従の呪文を体験できたことはお前たちにとっても大変有意義なものになるだろう。だが、こんなものはそもそも掛けられないのが一番だ。そのために日々己を鍛え、脅威に備えなければならん。油断大敵ッ! 常に敵を意識し、用心しろ! 今日の授業は以上だ」

 

 ムーディが授業の終わりを告げると、生徒たちは先程の授業について興奮気味に話しながら教室を出ていく。

 私も机の上の羊皮紙を鞄に仕舞い、帰る準備をし始めた。

 

「ホワイト、少し残れ。話がある」

 

 だが、いざ帰ろうとしたその時、ムーディが私を呼び止める。

 

「話? ゴメン、先に行ってて」

 

 私はハリー、ロン、ハーマイオニーの三人に声をかけ、ムーディのもとへと向かった。

 ムーディは教室から生徒がいなくなったことを確認すると、教室の扉をピシャリと閉める。

 そして教師用の椅子に腰を下ろすと、両方の目で私を見ながら話を始めた。

 

「……話というのは、先程の服従の呪文についてだ。どうもお前は服従の呪文と相性が良すぎる。わしの命令に従わないだけならまだしも、服従の呪文の副作用である幸せな感情だけを貪欲に求めていた。ああいう状態は良くない。服従の呪文で操られておったほうがまだマシだ」

 

「でも、最終的には完全に呪文を破ることができました」

 

「それは本当にお前の力か? わしには、何者かがお前の心に干渉し、無理矢理正気に戻したようにしか思えなかったが」

 

 あまりの図星に、私は少し言葉を失う。

 どうやら私と同じ感覚をムーディも感じていたらしい。

 

「何者かの加護がお前に付いている。心当たりは……その様子ではなさそうだな」

 

 ムーディの言う通り、そのような心当たりは全くない。

 だが、人の恨みはいくつか買っている気がする。

 

「まさか、ゴーストとか……そういう悪いものが私に憑いているんでしょうか?」

 

 私がそう聞くと、ムーディは首を横に振った。

 

「もしそうだとしたら寮付きのゴーストが気がつく筈だ。そうでないとしたら……」

 

 ムーディは魔法の義眼で私の頭から足先に掛けてぐるぐると見回す。

 

「お前さん、何か魔力の強いものを持っとらんか? 魔法具とか……持っとらんのだとしたら杖だな」

 

「杖……ですか?」

 

 私はローブから杖を引き抜いてムーディに見せる。

 ムーディは私の杖には触れずにマジマジと観察し始めた。

 

「ほう、美しい杖だな。オリバンダーの店のものか?」

 

「そうです」

 

「ふむ。イギリスで杖を買うならあの店が一番だ。杖の材質は? 芯材には何を使っている?」

 

 ムーディに聞かれて、私は数年前の夏を思い出す。

 

「確かアカミノキに……吸血鬼の髪、だったような」

 

「吸血鬼だと?」

 

 ムーディはそんな馬鹿なと言わんばかりに眉を顰める。

 

「吸血鬼の髪を杖の芯材に使うなぞ聞いたことがない。吸血馬の尾やたてがみの間違いではないのか?」

 

「いえ、オリバンダーさんは確かに吸血鬼の髪だと……」

 

 ムーディは改めて私の杖を観察する。

 

「魔法界にいる一部の吸血鬼は強力な魔力を持っている。それは体の一部でも変わらん。例え爪や髪の毛でも、魔力の塊だ。杖に宿った吸血鬼の魔力が意思を持ち、お前の精神を加護しているのかもしれんな」

 

「それは……いいことなんでしょうか?」

 

「杖がお前に忠誠を誓っている間は、悪さはせんだろう。だが、杖の忠誠心が薄れるようなことがあれば、この杖がお前に悪さをする可能性はある。わしなら明日にでもオリバンダーの店に行って新しい杖を買うだろうな」

 

 杖が使用者に忠誠を誓う。

 これ自体は特別な話ではなく、どの杖にも起きる現象だ。

 自分に忠誠を誓っている杖ほど強い魔力を発揮する杖もないし、反対に他の魔法使いに忠誠を誓っている杖ではいつもの半分の力も出せない。

 だが、いくら忠誠心が薄れようが杖自身が使用者を攻撃してくるという話は聞いたことがない。

 

「まあ、今のところはいいように働いているようだ。だが、そのような杖であると認識し、備えておかねばならん。いいな? 話は以上だ」

 

 ムーディはそう言うと次の授業の準備をしに隣の教室へ行ってしまう。

 私は机に置いていた鞄を手に取ると、大広間に向かったであろうハリーたちの後を追った。




設定や用語解説

サクヤに優しいトレローニー
 レミリア信者のトレローニーからしたら、サクヤの死は毎日太陽が昇るというぐらい確定的なこと。

S.P.E.W.参加をやんわりと回避するサクヤ
 活動が面倒くさいというのが一番の理由だが、目立ちたくないというのも本当の話。サクヤが目指しているのは平穏な日常であり、英雄や革命家ではない。

杖の加護
 吸血鬼の体の一部というのは、本人の体から離れても意思を持ち続ける。高位な吸血鬼になると自分の体の一部を意図的に切り離しコウモリに変化させたり、自由自在に操ったりする。


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ボーバトンとダームストラングと私

 一九九四年、十月三十日。

 太陽はすっかり傾き、あと1時間もしないうちに夕食になるという時間に、ホグワーツにいるほぼ全ての魔法使いが城の前に整列していた。

 

「ウィーズリー、帽子が曲がっています。それと、ミス・パチルは頭に付けているへんなものを取りなさい」

 

 マクゴナガルが神経質に並んでいる生徒の身だしなみを整えていく。

 そう、私たちは六時に到着する予定のボーバトンとダームストラングの生徒の歓迎のために城の前で待機しているのだった。

 

「でもどうやって来るんだろう? 汽車かな?」

 

 ロンが帽子を被り直しながら言う。

 

「違うと思うわ」

 

「じゃあ姿現しとか?」

 

 ロンがそう言うと、ハーマイオニーは大きなため息をついた。

 

「何度も説明して差し上げているように、ホグワーツの敷地内では姿現しも姿くらましも使えません。何度言ったら分かるのよ」

 

「そんなことよりお腹が空いたわ」

 

「貴方も貴方で呑気ねぇ」

 

 私は今にも鳴りそうなお腹をそっと撫でる。

 その瞬間、ダンブルドアが空を指さした。

 

「わしの目に狂いがなければ、ボーバトンの代表団が近づいてくるぞ!」

 

 みんなダンブルドアの指さした方向にじっと目を凝らす。

 すると、その方向から十二頭もの天馬に牽かれた巨大な馬車が物凄い速度でこちらに近づいてきていた。

 天馬と馬車はそのままの速度で校庭に突っ込むと、大きな地響きを立てて着地する。

 そして馬車の扉がひとりでに開いたかと思うと、これまた巨大な女性が姿を現した。

 その身長はハグリッドよりも少し高いのではないかと思えるほどで、履いているハイヒールなんて子供用のソリほどの大きさがある。

 

「これはこれはマダム・マクシーム。ようこそホグワーツへ」

 

 ダンブルドアはマダム・マクシームと呼ばれた女性に近づくと、そっと手の甲に接吻をする。

 

「おお、ダンブリドール。おかわり、あーりませんか?」

 

 マダム・マクシームはダンブルドアを見下ろす形で微笑んだ。

 

「お陰様で上々じゃよ」

 

「それは何よりでーす。カルカロフはまーだですかー?」

 

「もうじき来るじゃろう。外でお待ちになって一緒にお出迎えなさるか? それとも、中に入って暖を取られますかな?」

 

「あたたまりたーいでーす」

 

 マダム・マクシームが手招きすると、水色のローブを着た生徒たちが馬車から降りてくる。

 代表選手の年齢制限のためか男女ともに最高学年近くに見えた。

 

「では、こちらへ。フリットウィック先生、マダム・マクシームとボーバトンの生徒たちを大広間にご案内してくだされ。ハグリッドは天馬の世話を頼む」

 

「うちのうーまはシングルモルトウイスキーしかのーみませーん」

 

 マダム・マクシームがそう付け加えた。

 

「だ、そうじゃ。よろしく頼む」

 

 マダム・マクシームとボーバトンの代表選手候補の生徒たちはフリットウィックの案内で城の中へと入っていく。

 私たちはその後ろ姿を見送ると、次はダームストラングの生徒の到着を待った。

 

「ダームストラングの馬はどんなのだろう」

 

 ハリーはボーバトンの巨大な天馬を見上げながら言う。

 

「何にしても、ボーバトンのより大きかったらハグリッドの手にも負えなさそうね」

 

 だが、私のそんな心配は杞憂に終わった。

 

「おい! 湖を見ろ!」

 

 そんな叫び声がどこからか聞こえてきたかと思うと、湖の中心が大きく渦を巻き、その中から巨大な帆船が姿を現した。

 ホグワーツの湖がどこかの海に繋がっているとは思えない。

 きっとあの船自体がこの湖までワープのような形で移動してきたのだろう。

 帆船は大きな波を立てながら水面に浮かび上がると、小さな船を下ろしてこちらに近づいてくる。

 数分もたたないうちにダームストラングの校長らしき人物が代表選手候補たちを連れて城の前までやってきた。

 

「やあやあダンブルドア。元気かね」

 

「元気いっぱいじゃよカルカロフ校長」

 

 カルカロフと呼ばれた男とダンブルドアが握手をする。

 先程のマダム・マクシームは明らかに英語が不慣れなようだったが、カルカロフはネイティブと同じぐらい流暢だ。

 案外こっちの出身なのかもしれない。

 ダンブルドアとカルカロフは挨拶を交わすと、そのまま城の中へと進んでいく。

 それを合図に、出迎えのために外に出ていた生徒たちも大広間へと足を進めた。

 

「ハリー! 見たか! クラムだ!」

 

 大広間への道中、ロンが興奮気味にハリーに叫ぶ。

 ハリーも先程から爪先立ちでダームストラングの代表選手候補の列を見ていた。

 

「ハーマイオニー、クラムって?」

 

 私はそんな二人を呆れ気味の表情で見ているハーマイオニーに聞く。

 ハーマイオニーはため息交じりに答えてくれた。

 

「世界的に有名なクィディッチのプロ選手。私たちが観に行ったワールドカップの試合にもブルガリア代表としてプレイしてたわ」

 

「ああ、なるほど。男の子たちのスターってわけね」

 

 自分の憧れの選手がまだ学生で、しかも目の前にいるんだとしたら興奮するのも頷けるというものだ。

 それはどうやらマルフォイも同じだったようで、早速クラムをスリザリンのテーブルに誘っていた。

 

「ああ、くそ! クラムをスリザリンに取られた!」

 

「まあその気持ちは分からなくもないけど、少なくとも今年一年はホグワーツにいるんでしょ? だったら話す機会もあるわよ」

 

 私はグリフィンドールのテーブルに座ると、空のゴブレットや金の大皿を眺める。

 私にとってはクィディッチのプロ選手よりもこっちがご馳走で満たされるほうが大事だ。

 大広間にいる全員が椅子に座ったのを見計らって、ダンブルドアが立ち上がる。

 

「こんばんは、紳士、淑女、そしてお客人。ホグワーツへようこそ。心から歓迎いたしますぞ」

 

 ダンブルドアはボーバトンとダームストラングの生徒たちを見回してニッコリする。

 

「三校対抗試合はこの宴が終わると正式に開始される。それまでは皆、大いに飲み、食い、寛いでくだされ!」

 

 生徒たちの拍手と同時にテーブルの上がご馳走で満たされる。

 どうやら今日は厨房の屋敷しもべ妖精が随分な大盤振る舞いをしたらしい。

 いつも以上に豪華なご馳走はもちろんのこと、外国の料理だと思われる見たこともない料理も並んでいた。

 

「さてさてさてさて、私にとってはクラムより対抗試合よりご馳走よ」

 

 私は自分の皿にこれでもかと言うほど料理を積み上げると、フォークとスプーンを使って盛大にお腹の中に詰め込み始める。

 ハリーとロンはそれを見て楽しそうに笑ったが、ハーマイオニーだけはやれやれといったため息をついた。

 

「あんまり詰め込むと喉に詰まらせるわよ」

 

「大丈夫よ。詰まったのなら更に上から押し込めばいいわ」

 

「貴方食事中は相当頭悪くなるわよね」

 

 まあ、否定はしない。

 だが、折角どれだけ食べても太らない体質なのだ。

 沢山食べないと損である。

 

「でも、こんなに美味しい料理が、こんなに沢山、これも見たことないし、これも食べたことない! ねえハーマイオニー、このスープみたいなのって何だと思う?」

 

「ブイヤベースよ」

 

「ハーマイオニー、今くしゃみした?」

 

 ロンがそう言った瞬間、ハーマイオニーがキッとロンを睨む。

 ロンは気にも留めていないのか、お構いなしにローストビーフを口に詰め込んだ。

 

「去年フランスに旅行したときに食べたの。とっても美味しいわよ」

 

 ハーマイオニーの言葉通り、ブイヤベースというフランス料理も非常に美味しかった。

 しばらく食事を続けていると、不自然にふたつ空いていた職員テーブルの椅子に見覚えのない男性二人が座っているのが目に入る。

 私がそちらに視線を向けると、その視線に気がついたハリーが説明してくれた。

 

「魔法省の国際魔法協力部の部長のバーテミウス・クラウチさんと魔法ゲーム・スポーツ部の部長のルドビッチ・バグマンさんだよ」

 

「なるほど。対抗試合の主催者たちね。にしても、よく知ってたわね」

 

「ワールドカップの会場で少し話をしたから、それでね」

 

 そう言うハリーの表情はどこか複雑だった。

 まあワールドカップの会場であのような事件があったのだ。

 ハリーのあの二人の間に一悶着あったとしても不思議ではない。

 

 大広間に存在する全てのご馳走が食べ尽くされると、ダンブルドアが再び椅子から立ち上がる。

 そして生徒がシンと静まり返るのを待って声を張り上げた。

 

「時は来た。三大魔法学校対抗試合は今まさに始まろうとしておる。じゃがその前に、試合をどんな手順で進めるのか説明しておこうかの。それに先立ち、まずはこの二人をご紹介しよう。国際魔法協力部のバーテミウス・クラウチ氏と魔法ゲーム・スポーツ部のルード・バグマン氏じゃ。お二方はこの数ヶ月の間、三校対抗試合の準備に尽力されてきた。そして、お二方はカルカロフ校長、マクシーム校長、そしてこのわしと共に代表選手の健闘ぶりを評価する審査委員会に加わってくださる。フィルチさん、箱をこちらへ」

 

 ダンブルドアに呼ばれて管理人のフィルチが宝石の散りばめられた木箱を恭しく運んでくる。

 ダンブルドアはフィルチから箱を受け取ると皆に見えるように机の上に置いた。

 

「代表選手が取り組むべき課題の内容は、すでにクラウチ氏とバグマン氏が検討し終えておる。課題に必要な手配もじゃ。課題は三つあり、今年度を通してある程度の間を置いて行われ、代表選手はあらゆる角度から試される。魔法の技術は勿論のこと、勇気、推理力、対処力などじゃ。皆も知っての通り、試合で競い合うのは各校代表の三名。代表選手は課題をどのように巧みにこなすかで採点され、三つの課題の総合点が最も高かった者が優勝杯を獲得するのじゃ」

 

 ということは、あくまで点数を競い合うのであって、選手同士が直接対決するような競技は少ないのだろう。

 まあ安全性に考慮しているという話をマルフォイがしていたし、それが妥当なのかもしれない。

 

「そして、代表選手を選ぶのは、公正なる選者……『炎のゴブレット』じゃ」

 

 ダンブルドアは杖で木箱を数回叩く。

 すると木箱はゆっくりと開き、中から荒削りの木のゴブレットが現れた。

 ゴブレットには青い火が灯っており、なんらかの強い魔力が宿っていることが窺える。

 ダンブルドアは木箱からゴブレットを取り出すと、木箱を閉じてその上に置いた。

 

「代表選手に名乗りを上げたいものは羊皮紙に名前と所属校名を書いてゴブレットに入れるのじゃ。立候補の期限は二十四時間。明日のハロウィンの夜にゴブレットが各校の代表選手を選出する。明日の夜まで、ゴブレットは玄関ホールに設置される。じゃが、興味本位でゴブレットに名前を入れてはいかんぞ? 代表選手に選ばれてしまったら、最後まで試合を戦い抜く義務が発生する。ゴブレットに選ばれた選手は、魔法契約によって拘束されるのじゃ。自分に競技に挑む準備があるのかどうか、確信を持った上でゴブレットに名前を入れるように」

 

 ダンブルドアはそこで一度言葉を切り、生徒たちを見回す。

 

「それと、年齢に満たない生徒が誘惑に駆られることが無いように、その周囲にわしが『年齢線』を引くことにする。十七歳に満たないものは、何人たりともその線を越えることは出来ないようになっておるので、承知しておくように。以上じゃ」

 

 ダンブルドアはゴブレットを両手で持つと、大広間を横切って玄関ホールへと進んでいく。

 どうやら歓迎会はこれでお開きのようだ。

 私はパンパンに膨れた胃袋を抱え上げるように立ち上がると、グリフィンドール生に交じって談話室に向かう。

 

「なるほどな。年齢線か!」

 

 階段を上りながらフレッドが興奮気味に叫ぶ。

 

「うーん、なら老け薬で誤魔化せるかも。それに、ゴブレットに名前を入れちまえばこっちのもんだ。ゴブレットは俺が十七歳かどうかなんてわからないだろうしな」

 

 どうやらフレッドとジョージは何としても代表選手に立候補したいらしい。

 確かに常に刺激を求めている二人だ。

 こんな面白そうなことがホグワーツで行われるのに、首を突っ込めないのが我慢ならないのだろう。

 

「どっちかが代表選手になったらかなり素敵ね。ダンブルドアの設けた年齢線を突破したアウトローな代表選手。人気出ると思うわよ?」

 

「だろう? よし兄弟。さっさと談話室に戻って作戦会議だ」

 

 フレッドとジョージは一段飛ばしで階段を駆け上がっていく。

 その背中を見ながらハーマイオニーが小さなため息をついた。

 

「ダンブルドア先生なら老け薬ぐらい想定してると思うけど……」

 

「そうね。きっと明日は面白いものが見れるわ」

 

 私がそう言うと、ハーマイオニーは肩を竦める。

 まあなんにしても、お祭り気分でこのイベントを存分に楽しもうではないか。

 私はそう心に決めると、上機嫌で談話室へと向かった。




設定や用語解説

マダム・マクシーム
 物凄い高身長な魔女。ボーバトンの校長をやっているだけあって魔法の実力は相当なものだが、筋力も凄い。実は巨人の血が流れている。

イゴール・カルカロフ
 ダームストラングの校長で元死喰い人。一度はムーディに捕えられアズカバンに収監されたが、仲間を何人も密告して釈放された。

ビクトール・クラム
 世界的なクィディッチ選手。ブルガリア生まれ。ダームストラング校の最高学年。

バーテミウス・クラウチ
 魔法省の役人で元魔法法執行部部長。今は国際魔法協力部の部長をしている。パーシーの上司。

ルドビッチ・バグマン
 魔法省の役人で魔法ゲーム・スポーツ部の部長。陽気な性格で、賭け事が好き。

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代表選手と消えた炎と私

 一九九四年、十月三十一日、ハロウィンの夜。

 私はハロウィンパーティーのご馳走に舌鼓を打っていた。

 昨日は外国の料理が多く並んでいたが、今日の料理は普段のホグワーツらしいハロウィン料理だ。

 私は色々なご馳走をかぼちゃジュースで流し込むと、ダンブルドアの方に視線を向ける。

 ダンブルドアの前には、先程まで玄関ホールに設置されていた炎のゴブレットが置かれていた。

 結局、フレッドとジョージは年齢線を越えることは出来なかった。

 二人は老け薬を数滴飲んでから年齢線を跨いだが、次の瞬間には口周りに見事な髭を生やした状態で吹き飛ばされた。

 やはりあの双子よりもダンブルドアの方が一枚上手だったようだ。

 

「アンジェリーナだったらいいな」

 

 テーブルの向かい側でフレッドが楽しそうにリーに話しているのが聞こえてくる。

 どうやら二人の中ではもう既に笑い話になっているらしい。

 

 あらかた料理が食べつくされると、金の皿の上が綺麗さっぱり元の状態に戻る。

 そして、それを合図にするようにダンブルドアが立ち上がった。

 

「さて、どうやらゴブレットは代表選手の選出を終えたようじゃ。名前を呼ばれた者は大広間の一番前を通って隣の部屋に進むように。そこで最初の指示が与えられるであろう」

 

 ダンブルドアが杖を振るって大広間の照明を落とす。

 周囲が暗くなったことで、ゴブレットの青い光がより一層強調された。

 大広間にいる全ての生徒がゴブレットの青い光に向けられる。

 その瞬間だった。

 ゴブレットの炎が赤くなり、周囲に火花が飛び散り始める。

 そしてより一層大きく燃え上がったかと思うと、焦げた羊皮紙が一枚ダンブルドアの手元に落ちてきた。

 ダンブルドアは舞い落ちる羊皮紙を器用にキャッチし、再び青くなったゴブレットの炎の明かりで羊皮紙の内容を読み上げる。

 

「ダームストラングの代表選手は……ビクトール・クラム!」

 

 大広間が大きな拍手で包まれる。

 名前を呼ばれた男子生徒は大きくガッツポーズをするとスリザリンのテーブルから立ち上がり、ダンブルドアの目の前まで歩いてから教職員のテーブルに沿って進み、隣の教室に入っていった。

 

「やっぱりゴブレットはわかってる! ダームストラングの代表選手はクラム以外に考えられないよ!」

 

 私の横でロンがそう叫びながら跳ね回っている。

 確か昨日聞いた話では、クラムという生徒はクィディッチのプロ選手だったはずだ。

 まあ自分の憧れの選手が代表選手に選ばれたとなったら、飛び跳ねずにはいられないだろう。

 だが、クラムに向けられた拍手は長くは続かなかった。

 再びゴブレットが赤く燃え上がったのだ。

 大広間にいる全ての人間が固唾を呑んでゴブレットに集中する。

 

「ボーバトンの代表選手は……フラー・デラクール!」

 

 ダンブルドアは二枚目の羊皮紙を読み上げた。

 レイブンクローに座っていたボーバトンの女子生徒が立ち上がると同時に拍手が沸き起こる。

 ボーバトンの女子生徒はシルバーブロンドの髪を靡かせると、優雅な動きで隣の部屋へと歩いていった。

 

「これで残るはホグワーツだけか……それにしても、さっきの人、サクヤといい勝負できる容姿してたよな」

 

 ロンが興奮を抑えきれない様子でそう言う。

 

「うん、僕もそう思う。ワールドカップで見たヴィーラみたいだよね」

 

 ハリーもロンの言葉に同意するように頷いた。

 まあ、確かにロンとハリーの言うように、代表選手に選ばれた女子生徒は私から見てもかなりの美人と言える容姿をしていた。

 私も自分の容姿には自信があるが、あそこまでの大人の魅力は出せない。

 やっぱりフランスの女性はレベルが高いのかもしれない。

 そんなことを考えていると、またゴブレットが赤く燃え上がる。

 残るはホグワーツだけだ。

 ダンブルドアは舞い落ちてきた羊皮紙をキャッチすると、ゴブレットの青い炎で羊皮紙を照らした。

 

「ホグワーツの代表選手は」

 

 ダンブルドアはそこで一度言葉を切ると、眉を顰めて羊皮紙をもう一度覗き込む。

 そして何度か羊皮紙をひっくり返して名前を確かめると、難しい顔で小さく唸った。

 

「はっはっは、流石に溜めすぎだダンブルドア。どれ、私が代わりに読み上げよう」

 

 明らかに様子がおかしいダンブルドアに気が付いていないのか、ルード・バグマンが笑いながら羊皮紙をひったくる。

 そしてわざとらしく咳払いをすると、大きな声で羊皮紙に書かれた名前を読み上げた。

 

「おほん! 栄えあるホグワーツ代表は……サクヤ・ホワイト!」

 

 

 

 

 は?

 

 

 

 

 ルード・バグマンが名前を読み上げた瞬間、大広間は大きな拍手に包まれる。

 だが、それと同時に怪訝な視線が私の体を四方八方から貫いた。

 

「……いや、え?」

 

 私はまったく状況が呑み込めず、席に座ったまま呆然としてしまう。

 冗談にしては笑えない。

 冗談じゃないとしたらもっと笑えない。

 

「サクヤ・ホワイト! いないのか? いや、いないということないだろう。恥ずかしがらずに出ておいで!」

 

 バグマンが楽しそうに教職員テーブルで叫んでいる。

 だが、後ろから近づいてきたマクゴナガルに事情を聴いたのか、眉を顰めて言った。

 

「え? まだ十三歳?」

 

 バグマンのその声は決して大きくはなかったが、大広間にいる全員の耳に届いてしまったらしい。

 拍手はピタリと止み、代わりに囁き声が周囲に満ちた。

 

「サクヤ、いつの間に立候補していたんだい?」

 

 ロンが目を丸くして私に聞く。

 私は呆然としながらも、ロンの問いに反射的に答えていた。

 

「いや、入れてない。私は立候補してないわ」

 

「サクヤ・ホワイト! ……とにかく隣の部屋に来なさい」

 

 ダンブルドアは大きな声で私の名前を呼ぶ。

 どうしてこんなことになってしまっているかはわからないが、とにかく今はダンブルドアの言うことに従うほうがいいだろう。

 私は覚悟を決めると、椅子から立ち上がりダンブルドアの元へと向かう。

 そしてダンブルドアの前で曲がり、誰とも視線を合わせないようにしながら隣の部屋へと急いだ。

 私は部屋へと続く扉を押し開け、大広間の隣の部屋に入る。

 部屋の中には沢山の魔法使いの肖像画が並んでおり、壁に埋め込まれた暖炉がパチパチと音を立てている。

 そして暖炉の近くにダームストラング代表のクラムと、ボーバトン代表のフラーが立っていた。

 

「おー、よろしくおねがいしまーす!」

 

 フラーは少し屈みながら私に対して微笑みかける。

 私はそんなフラーに対して曖昧に笑顔を返すと、大きなため息をついた。

 

「ええ、よろしく……」

 

「どうしたのでーす? 代表選手に選ばれたのに、あまりうれしそうじゃないでーすねー」

 

「まあ、えっと……できれば今すぐロンドンに帰りたいというか──」

 

 私は困惑した表情でフラーの顔を見上げる。

 フラーもクラムもかなりの高身長なためか、知らない人が見たらまるで親子のような身長差だ。

 その瞬間、各校の校長とクラウチ、バグマン、それにマクゴナガルが部屋の中に入ってくる。

 

「いやはや、大したものですな! まさかあのダンブルドアが一本取られるとは! いやはや、面白くなってきた!」

 

 バグマンは一人楽しそうに拍手すると、私の肩をバンバンと叩く。

 

「実は私は年齢制限なんて反対だったんだ。チャンスは皆平等にあるべきだ。そうだろう? そうだとも。ゴブレットはよくわかってる」

 

「いや、私は別に──」

 

 私が口を開きかけたと同時にバグマンを押しのけてマクゴナガルが私に迫ってきた。

 

「サクヤ・ホワイト! これは一体全体どういうことですか! 何故貴方の名前がゴブレットから出てくるのです!?」

 

 マクゴナガルは私の肩をがっちりと掴むと前後に強く揺さぶる。

 私は大きく頭を揺らしながら訴えた。

 

「いや、私も、なにが、なんだか、よく、わから、なくて……」

 

「マクゴナガル先生、そんなに力強く揺すってはサクヤの首が取れてしまう。それに、ろくに会話も成り立たんのでな」

 

 ダンブルドアがそう言ってくれたおかげで、私はようやくマクゴナガルから解放される。

 私は左手で首を摩りながら全員と少し距離を取った。

 

「どういうことですか? 何かあったのですか?」

 

 様子がおかしいことを察したのか、暖炉の近くにいたクラムがこちらに近づいてくる。

 それに対して、ダンブルドアの後ろにいたカルカロフが答えた。

 

「なに、大したことじゃない。ホグワーツの代表選手が我々の定めた年齢に達していなかっただけだ」

 

「これが大したことじゃないと本当にお思いですかカルカロフ校長」

 

 マクゴナガルが鋭い目つきでカルカロフを睨む。

 カルカロフは小さく肩を竦めて少し後ろに下がった。

 その瞬間、勢いよく部屋の扉が蹴り開けられたかと思うと、ムーディが足早に私に近づき、胸倉を掴んで壁に叩きつける。

 全力で抵抗すれば逃げることもできたかもしれないが、ここは取り敢えず無抵抗で壁に磔にされよう。

 ここにはマクゴナガルもダンブルドアもいる。

 いくらムーディでもここで私に危害を加えることはないだろう。

 

「やってくれたな小娘! いたずらが成功して満足か? え?」

 

「なんのことだか──」

 

「わからないとは言わせんぞ。どうやったかはわからんが、代表選手の選考を滅茶苦茶にしてくれたな! 上級生に服従の呪文を掛けたのか? もしそうだとしたらわしがこの手で貴様をアズカバンに──」

 

 私は壁に磔にされている状態で、改めて今の状況を整理する。

 まず一番大切なのは、私はゴブレットに名前を入れていないし、入れる理由もないということ。

 私が代表選手として対抗試合を戦うなど論外だ。

 だとしたら一体誰が、何の目的で私の名前を入れたのだろうか。

 

「ムーディ先生、その辺にしといてもらおうかの」

 

 ダンブルドアが杖を振るうと、私は壁沿いに宙に浮き、そのまま床の上に着地する。

 助かったと思ったが、それは大きな間違いだった。

 着地した先はダンブルドアの目の前だった。

 ダンブルドアはキラキラとした目で私の顔をじっと見ている。

 怒っている表情ではないが、その顔に優しさは感じなかった。

 

「サクヤ、君は『炎のゴブレット』に名前を入れたのかね?」

 

「──ッ……ぁ」

 

 私は小さく口を開いたが、少し考えそのまま口を閉じる。

 ここで正直に答えて、信じてもらえるだろうか。

 そして、私が正直に答えたとして、得をする人間がいるだろうか。

 先ほどのカルカロフの反応を見る限り、他校からすればホグワーツの代表選手が若すぎることにリスクはない。

 むしろ自分の学校が優勝する可能性が高くなるため、都合がいいとすら思っているだろう。

 魔法省のバグマンはこの状況を面白がっているようだし、クラウチはそもそもこの問題に関心がなさそうだった。

 となると、今回のこの件を問題視しているのは私とホグワーツの教職員のみということになる。

 そもそも、私の無実を証明することは簡単だ。

 私は昨日も今日もずっとハーマイオニーと一緒にいた。

 ゴブレットに名前を入れに行く隙などない。

 だが、今問題なのは私の無実の証明ではないのだ。

 私が名前を入れていないんだとしたら、悪意の第三者が私の名前が書かれた羊皮紙をゴブレットに入れたということになる。

 そうなれば、新たな疑問が生じてくるだろう。

 『悪意の第三者は何故サクヤ・ホワイトの名前をゴブレットの中に入れたのか』

 『何故他の誰かではなく、サクヤ・ホワイトなのか』

 私に何か特別な事情がなければ、このようなことにはならない。

 勘のいい人間なら、そこに疑問を持ち私のことを調べ始めるだろう。

 だとしたら、嘘でも私がやりましたと言った方がいいのだろうか。

 いや、それはそれであまりよくはない。

 私がやったと言ったらそれはつまり、『私はダンブルドアの裏を掻くことができる』と言っているようなものである。

 それに、その方法を白状するまで解放されない可能性もある。

 だとしたら、自分がやったとは言わないほうがいい。

 真実を言っても、嘘を言っても私にとって致命傷になる。

 私の名前をゴブレットに入れた人間が誰かはわからないが、もし私を困らせるのが目的なのだとしたらそれは達成していると言えるだろう。

 だとしたら私はどうするべきか。

 詰んでいる状況に変わりはないが、このまま私を陥れた人間の思惑通りに行くのはあまりにも癪だ。

 なら、私が取るべき行動は──

 

「ダンブルドア校長、貴方がそれを言いますか?」

 

 笑え。

 笑え、笑え、笑え。

 私は全力で胡散臭い笑みを作ると、ダンブルドアに問い返した。

 

「何を──」

 

「おっと、申し訳ありません。これは秘密でしたね。なんにしても、これでホグワーツの代表は私になった。フラーとクラムには悪いですが、これでホグワーツの優勝で決まりです。年齢制限を設けるという話だけが、私を代表選手にする上での障害でしたもんね。本当に、マクシーム校長もカルカロフ校長も揃いも揃って用心が足りない。ただでさえホグワーツの敷地内で競技を行うのに、一番大事な選手選考の一端を競い合う校長の一人に任せるなんて」

 

「なんだと?」

 

 先程まで余裕そうだったカルカロフの表情が途端に表情を曇らせる。

 マクシームもまさかといった表情でダンブルドアを見ていた。

 

「本当に、校長の自校贔屓には困ったものです。どうしても優勝したいからって、私を引っ張り出してこなくてもよかったのに。私が参加したらホグワーツの優勝で決まりじゃないですか」

 

 私はため息交じりに肩を竦めてみせる。

 

「ダンブリドール! どういうことですか!?」

 

 マクシームは上から押し潰すようにダンブルドアに言った。

 ダンブルドアは困惑したような表情で私を見る。

 私はダンブルドアの目を見て、小さく口を動かした。

 

『助けて』

 

 私の声にならない悲鳴は、完璧にダンブルドアに伝わったらしい。

 ダンブルドアは少し目を見開くと、真面目な表情で小さく頷いた。

 

「ふむ、サクヤの言う通りじゃの。お二人とも少々油断のし過ぎではないか? 対抗試合は、何も選手だけが競い合うものではないということは過去の大会を見ても明らかじゃ」

 

「じゃあ何か? この小娘がお前の秘密兵器だと本気で言っているのか?」

 

「何を言っておるのかわからんのう。どうしてサクヤの名前がゴブレットから出てきたのか、ワシニハケントウモツカンナー」

 

「──っ、この狸爺が! バグマン、代表選手の選考のやり直しを求める! ダンブルドアが不正をしているのは明らかだ!」

 

 カルカロフは鬼のような形相でバグマンに訴える。

 だが、バグマンは困った顔で首を横に振った。

 

「そういうわけにもいかない。ゴブレットの炎はもう消えてしまった。この対抗試合が終わり、次の対抗試合が始まらないことには炎が灯ることはないだろう」

 

「そうじゃよカルカロフ校長。それに、何か不満でもおありか? サクヤはまだ十三歳じゃ。十三歳の少女にご自慢のクラムが負けると? よっぽど自信がないようにみえるの」

 

「ぐっ……貴様この……そっちがその気なら、こちらとしても考えがあるぞ。覚えておけよダンブルドア」

 

 カルカロフは悔しそうな表情でダンブルドアを睨む。

 そのような言い方をされたら、カルカロフとしてはこれ以上この件に口出しはできないだろう。

 マクシームも表情は険しいが、この件に関しては何も言うつもりはないらしい。

 私はそれを見て、取り敢えず意図した結果には持ち込めたことを確信した。

 そう、何も泥を被るのは私じゃなくてもいい。

 ゴブレットから私の名前が出てきたのは私の責任ではない。

 どちらかと言うと運営側、それも年齢線を引いたダンブルドアの責任だ。

 ダンブルドアもそれをよくわかっているのだろう。

 だから私の小芝居と『助けて』という言葉で大体の事情を察し、自ら泥を被ってくれたのだ。

 詳しい話はあとで校長室で行えばいい。

 

「さてさて、話もついたところで開始と行きますかな?」

 

 タイミングを見計らっていたバグマンが手を揉みながら話を切り出す。

 

「些かトラブルもあったが……なに、大した問題ではなさそうだ。年齢制限はあくまで安全面からの対策であって、ダンブルドアが推薦する生徒であるならば問題なかろう。バーティ、主催者として代表選手に指示を与えてもらいたい」

 

 バグマンに呼ばれたクラウチは、殆ど表情を変えないまま前に出る。

 その顔は無表情というよりかは体調が悪いのを我慢しているような顔だった。

 

「ふむ、指示ですな。では、選手の諸君、一歩前へ」

 

 クラウチに呼ばれて、私含めた代表選手三人がクラウチに近づく。

 

「最初の課題は君たちの勇気を試すものだ。ここではどういう内容なのかは教えない。未知なものに遭遇し、それを自分一人の力で対処するのだ。競技が行われるのは十一月二十四日。杖のみを頼りに、誰の力も借りずに課題に立ち向かう」

 

「誰の力も借りずね。ふん、怪しいもんだがな」

 

 カルカロフは隠すことなく悪態をつく。

 だが、クラウチは聞こえていないかのように話を続けた。

 

「第一の課題を無事突破することができたら、第二の課題についての情報を与える。そして、課題は過酷で準備には時間の掛かるものであるため、選手たちの期末テストは免除される」

 

 クラウチは少し考えるように顔を伏せると、ダンブルドアの方を見る。

 

「アルバス、これで全部で間違いないか?」

 

「わしもそう思う」

 

 ダンブルドアはにこやかに頷いた。

 

「いや、まだだ」

 

 だが、後ろで話を聞いていたバグマンが楽しそうに口を挟む。

 

「先程の件を考慮して、急遽審査員を替えたいと思うのだが、どうだろうか? 今のままでは、各校自分の生徒を贔屓して、他校の生徒に点数をつけない気がするのでな。私の伝手を頼るから、どうしてもイギリス人にはなってしまうが……」

 

「わしは構わんよ。お二人はどうじゃろうか?」

 

 ダンブルドアはバグマンの提案を了承すると、他の二人の校長に呼びかける。

 マクシームは難しい顔で頷いたが、カルカロフだけは不服そうだった。

 

「まあ、今のままよりかはマシかもしれんが……あまりにも偏った人選だったら異を唱えるぞ」

 

「勿論だとも。公正な審査員を選出するよう心がけよう! なに、これでも伝手は多いんだ。さーて、楽しくなってきた。ダンブルドア、今日は泊まっていくと言ったが、前言撤回だ。今すぐ魔法省に戻って審査員の選出を始める」

 

「倒れんようにの」

 

 バグマンはこうしちゃいられないと言わんばかりにローブを羽織って部屋を出て行く。

 クラウチはその様子をぼんやりした目で見ながら言った。

 

「さて、それじゃあ私も帰らせてもらう。部下のウィーザビーくんに仕事を任せっきりにしてあるのでな。多分、わしが戻るまで不眠不休で仕事を続けるだろう」

 

 クラウチはそう言うと、重そうな足取りでバグマンを追っていった。

 

「さて、では今日は解散としますかの。各校、代表選手のお祝いもあるじゃろうし、サクヤに少々聞きたいこともあるのでな」

 

「作戦会議の間違いだろう? 行くぞ、クラム」

 

 カルカロフはそう吐き捨てるとクラムを引き連れて部屋を出て行こうとする。

 私はカルカロフに視線が集まった隙を突いて時間を停止させた。

 

「さて、不服ではあるけど……こういうのはマウントの取り合いよね」

 

 私は時間が止まっているクラムの身体を弄り、ズボンのポケットから杖を引っこ抜く。

 そして、元の場所に戻り時間停止を解除すると、今まさに出て行こうとするカルカロフを呼び止めた。

 

「あ、待ってください」

 

「……なんだ?」

 

 カルカロフは怪訝な表情を私に向ける。

 私はまっすぐクラムに近づくと、ローブの中からクラムの杖を引っこ抜いた。

 

「落としましたよ」

 

 私は笑顔でクラムに杖を差し出す。

 クラムは一瞬固まり、慌ててズボンのポケットを確認すると、気まずそうな顔をした。

 

「あ、ありがとう」

 

「いえいえ」

 

「……クラム、お前は優秀だがどこか抜けているな」

 

 カルカロフは呆れた顔をすると、今度こそ部屋を出て行った。

 まあ、これはジャブみたいなものだ。

 能力がバレることは避けなければならないが、この程度なら問題ないだろう。

 

「さて、私もそろそろ失礼させてもらいましょう。談話室でグリフィンドールの生徒が私の帰りを今か今かと待っているでしょうし。ダンブルドア先生、行きましょう?」

 

 私はダンブルドアの袖を掴むと、優雅な動きで部屋の扉の前まで移動する。

 そして部屋にいる全員に対して一礼してから大広間横の小部屋を出た。




設定や用語解説

フラー・デラクール
 ボーバトンの代表選手。祖母がヴィーラであり絶世の美女。魔法の実力はそこそこ。

フラーにあまり反応しないロン
 サクヤ自体が本から出てきたような美少女なので、割と目が肥えている。

代表選手に選ばれたサクヤ
 ホグワーツ代表はセドリックでもなく、ハリーでもなくサクヤ。四校目の代表選手は存在しない。

ダンブルドアを巻き込むサクヤ
 何者かの思惑にそのまま乗るのは癪だし、かといって自分で入れたとは言いたくないサクヤが思いついた策。ダンブルドアとサクヤが共謀関係で、ダンブルドアの意思でサクヤが代表選手になったと思わせることでサクヤの名前を入れた何者かを混乱させようとした。

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活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。


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打ち合わせと策略と私

 三大魔法学校対抗試合の代表選手が決まった夜。

 私はダンブルドアを引っ張るような形で大広間を出ると、そのまま校長室に向かった。

 階段を上り廊下を進み、ガーゴイル像に合言葉を言って校長室へと入る。

 そして校長室の重厚な扉を閉めると、そのまま床にへたり込んだ。

 

「──っ、サクヤ、大丈夫か?」

 

 ダンブルドアは私を気遣うように屈み込むと、私の顔を覗き込む。

 きっと私は心底嫌そうな顔をしているだろう。

 私はそんな表現を隠すことなくダンブルドアに言った。

 

「先生、なんで私の名前がゴブレットから出てくるんですか? 私が代表選手は色々まずいですよ!」

 

 ダンブルドアは私のそんな嘆きを聞いて、安心したように微笑んだ。

 

「やはり、お主が仕掛けたことではなかったか」

 

「当たり前じゃないですか! 私は去年殺人鬼とはいえ人を一人殺しているんです。それに孤児院のことや秘密の部屋のことも……私は決して目立っていい人間じゃない。マスコミがそのことを嗅ぎつけたらどんな騒がれ方するか……」

 

「では何故あのような小芝居を? 素直に『私は入れていない』と言えばよかったじゃろうに」

 

 私はダンブルドアのもっともな疑問に対して少し頬を膨らませながら答えた。

 

「そんなの誰も信じないですし、死なば諸共ですよ。そもそもこの件は私に一切の責任はないわけですし、だったら黒幕役をダンブルドア先生に背負ってもらおうかなと。先生もそれを察してあのような芝居を打ってくださったんですよね?」

 

「まあ、そうじゃの。じゃが良いのか? カルカロフあたりはお主のことをわしの懐刀か秘密兵器か何かだと勘違いしておるぞ?」

 

「いいんです。好きに思わせておけば。それに優勝する気はさらさらありませんし。このような異常事態です。先生もそこまで高望みはしていないですよね?」

 

 ダンブルドアは私の問いに対して大きく頷いた。

 

「勿論、お主の安全が優先じゃ。何者がお主の名前をゴブレットに入れたかはわからんが、決して善意ではないじゃろう。課題に備えるのと同時に、その何者かも警戒せねばならん」

 

「あの様子ではカルカロフやマクシームがホグワーツを不利にさせるために私の名前を入れたわけではなさそうでしたもんね」

 

「そうじゃな。あの二人ではないじゃろうな。逆に、お主は犯人の心当たりはあるかの?」

 

 ダンブルドアに言われて、私は少し考え込む。

 今まで因縁を持ってきた相手の殆どは私の手で殺してきたため、そのような小細工が出来るとは思えない。

 だとしたらクィレルやロックハート、ブラックではない。

 考えられるとしたら、一年の時に対峙したヴォルデモートか、三年の時に逃したペティグリューだろう。

 とくにネズミの動物もどきのペティグリューなら城に忍び込んでゴブレットに名前を入れることぐらいは造作もないはずだ。

 

「いえ、全く思いつきません。誰かと喧嘩しているわけでもないですし、上級生に因縁がある人間はいません。そもそも、ゴブレットに他人の名前を入れることは可能なのですか?」

 

「入れるだけなら可能じゃ。じゃが、そのような羊皮紙が選ばれることはない。ゴブレットはランダムに代表選手を選んでいるわけではないからの。入れたものの覚悟や魔法の素質などを見て、総合的に代表選手を決めるのじゃ。故に、不正はできないようになっておる。そのようないたずらもじゃ」

 

「では、何故ゴブレットから私の名前が?」

 

 ダンブルドアは私の問いに対してしばらく考え込む。

 

「うーむ、あくまで予想じゃが、強力な錯乱呪文を用いてゴブレットを錯乱させたのじゃろう。そうでなければ、お主の名前がゴブレットから出てくることはない。問題は、ゴブレットを錯乱させることができるような魔法使いがお主の名前をゴブレットに入れたということじゃ」

 

 やはり、問題はそこだ。

 

「今すぐ犯人を特定するのは難しいじゃろう。サクヤは第一の課題に専念するのじゃ。普段の授業では昼行灯を演じておるようじゃが、お主が優秀な魔女なのは期末試験の結果が物語っとる。二年生の頃はロックハート先生から手ほどきを受けておったようじゃしな。サクヤ、お主なら第一の課題はなんの問題もなく突破することが出来るじゃろう」

 

 どうやら、ロックハートと私の関係はバレていたらしい。

 まあ週一の頻度で個人授業を受けていたのだ。

 気がつかない方がどうかしているだろう。

 

「では、犯人探しは先生が?」

 

「と言っても、まったく見当がついていない現状、何か動きがあるまではこちらとしても動きようがない。何か少しでも違和感を感じたらマクゴナガル先生を通じてわしに伝えてほしい。ホグワーツの先生方にはわしから真実を伝えておくからの。何か問題が起こったら、すぐに教師を頼るのじゃよ?」

 

 私はダンブルドアの言葉に頷いた。

 

「わかりました。あとそれと、先程打った芝居の詳細を固めておきましょう。認識を合わせておかないと後々面倒なことになるかもしれませんし」

 

「ふむ、それならこういうのはどうじゃろうか。大筋は先程打った小芝居のままで行こうと思う。詳細は──」

 

 ダンブルドアは肘掛け椅子に腰掛けると、嘘の設定の説明を始めた。

 

「お主は対抗試合に向けてわしが選出した特別な生徒だということにしよう。表向きは年齢線をひいてはおったが、わしが選んだお主だけは拒絶されることなく年齢線を越えれるようになっておった。じゃが、勿論ゴブレットの審査は平等じゃ。あくまでホグワーツ優勝の可能性を高めるためであって、他の上級生が選ばれる可能性も十分あった。ゴブレットは他の立候補者とサクヤを比較した結果、サクヤを選んだのじゃ」

 

「なるほど。それなら他のホグワーツの生徒にもあまり角が立ちませんね。不平等感も減りますし」

 

「そして、わしらはこの事実を直接口にするのではなく、匂わせる程度に留める。それと同時に先生方にはこの作り話の噂を流してもらおう。一週間もしないうちに先程の作り話は学校中に広がるはずじゃ」

 

「わかりました。では、そのようにします」

 

 私はダンブルドアが言った作り話を頭に叩き込む。

 私はダンブルドアが推薦した優秀な下級生。

 夜中にこっそり年齢線を越え、ゴブレットに名前を入れたということにしよう。

 

「さて、わしからの話は以上じゃ。サクヤ、お主からわしに聞きたいことがなければ今日は解散とするが……」

 

「勿論、聞きたいことはあります。ぶっちゃけ第一の課題って何が出るんです?」

 

「本当に『ぶっちゃけ』じゃのう。まあ、当然の疑問ではある。そして、あのような小芝居を打った手前、わしがお主に教えていないというのも不自然な話じゃろう。第一の課題はドラゴンじゃ。ドラゴンを出し抜き、金の卵を奪い取る。それが第一の課題じゃよ」

 

 なるほど、ドラゴンか。

 まだ遭遇したことはないが、厄介な魔法生物であることは聞いている。

 だがまあ、殺すならまだしも金の卵を奪い取るだけならいくらでも方法はあるだろう。

 

「……わかりました。準備をしておきます」

 

「何か必要な魔法や呪文があったら先生方を頼るのじゃぞ。ドラゴンは硬い鱗で魔法を弾く上に、口から吐くブレスは鉄をも融かす。並の魔法はまともに掛からないものだと心得るのじゃ」

 

「はい。取り敢えず、聞きたいことはそれだけです」

 

 私はダンブルドアに頭を下げると、螺旋階段に続く扉に手をかける。

 

「では、失礼します」

 

 そして重たい扉を押し開けて校長室を後にした。

 

 

 

 

 

 校長室を後にした私は階段を上りながらこの先のことを考える。

 取り敢えず、ダンブルドアの協力は取り付けることができた。

 主催を務める魔法省としても私が代表選手になることに関しては殆ど問題視していない。

 問題は、生徒からどう見られているかだ。

 殆どの生徒は私が年齢線を掻い潜って自分でゴブレットに名前を入れたと思うだろう。

 それを好意的に受け取る人間が、果たしてどれほどいるだろうか。

 私は八階の廊下を進み、突き当たりにある『太った婦人』の肖像画の前で立ち止まる。

 

「あらあらあら、代表選手のご登場ね。合言葉をどうぞ」

 

「『戯言』」

 

 私が合言葉を言うと、肖像画はパッと開く。

 私はその裏にある穴をよじ登って談話室の中に入った。

 その瞬間、談話室が爆発したかと勘違いするほどの拍手と歓声が沸き起こる。

 談話室内にはグリフィンドール生が勢揃いしており、全員が私に注目していた。

 

「名前を入れたなら教えてくれりゃいいのに!」

 

「髭も生やさずにどうやったんだ? スッゲェな!」

 

 群勢の中心にいたフレッドとジョージが大声で言う。

 どうやら、取り敢えずグリフィンドール生は私が代表選手になったことを歓迎してくれているようだ。

 

「グリフィンドールから代表選手が出るなんて!」

 

「こっちにご馳走が用意してあるよ! 今日は宴だ!」

 

 何人もの手に引っ張られ、私は談話室の中心に引きずられていく。

 私は内心安堵しながら、皆の歓待を受けた。

 

「それで、流石に聞かせてくれるよな? どうやってダンブルドアの年齢線を越えたんだ?」

 

 私にかぼちゃジュースの入ったゴブレットを渡しながらジョージが言う。

 私はかぼちゃジュースを一息で飲み干すと、不敵な笑みを作った。

 

「どうやってもなにも、特に何もしてないわ。普通に踏み越えただけよ」

 

「嘘つけ! その結果俺たちはクリスマスでもないのに見事な髭を口周りに蓄えることになったんだぜ?」

 

 ジョージが冗談交じりに言う。

 私はそんなジョージの疑問に含みを持った返答をした。

 

「まあ、これに関しては詳しいことは言えないんだけど……一つ言えることがあるとすれば、味方につけるべきは誰か、ということよ」

 

 私はその後も何人ものグリフィンドール生の質問に当たり障りのない程度に答えていく。

 取り敢えず、グリフィンドール生は疑問こそあれ私の味方についてくれるようだった。

 

 夜も更け、殆どの生徒が寮へと上がっていき、最終的に談話室には私、ハリー、ロン、ハーマイオニーのいつもの四人になった。

 

「でも意外だったなぁ。まさかサクヤが立候補するなんて。歓迎会のご馳走にしか興味ないみたいな顔してたのに」

 

 ロンが余ったビスケットのカケラに手を伸ばしながら言った。

 私はそんなロンの言葉に大きく肩を竦める。

 

「まあ確かにご馳走は楽しみではあったけど──」

 

「……ねえ、サクヤ。本当は立候補してないんでしょう?」

 

 ハーマイオニーが私の言葉を遮るように言った。

 私はその言葉の真意を探るためにハーマイオニーの顔を見る。

 ハーマイオニーは今にも泣きそうな顔でこちらを見ていた。

 

「……なんで、そう思ったの?」

 

「だって、名前を呼ばれた時の貴方、今にも死にそうな顔をしてたから……自分でゴブレットに名前を入れてたら、驚きこそすれあんな顔はしないでしょう?」

 

「……敵わないわね。その通りよ」

 

「どういうこと?」

 

 ハリーとロンが同時に首を傾げる。

 私はお馬鹿二人組にもわかるように説明を始めた。

 

「実は、私はゴブレットに名前を入れてないの。私の名前はゴブレットから勝手に出てきたのよ。だっておかしいと思わない? 三年生の時あんなことがあったのに、私自ら目立ちに行くなんて」

 

「まあ、確かに不自然かも」

 

 ロンは思いも寄らなかったと言った表情で相槌を打つ。

 

「誰かが私の名前をゴブレットの中に入れたんだと思う。なんの目的かはわからないけど、少なくとも善意でないことは確かよ。だから、ダンブルドアと協力してひと芝居打つことになったわけ。そうすれば少なくともその何者かの思い通りにはならないでしょう?」

 

「やっぱり、味方につけたと言っていたのはダンブルドアのことだったんだね」

 

 ハリーの言葉に、私は頷いた。

 

「ええ、その通りよ。名前を入れた何者かの目的がわからない以上、最大限の警戒をしないといけない。暗にダンブルドアの関与を仄めかすことで、何も知らない人から見たらダンブルドアが裏で手を引いたように見えるし、名前を入れた張本人から見たら私がダンブルドアを味方につけたとわかる。どちらにしても私を下手に攻撃できなくなるってわけ」

 

「確かに。味方につけたらこれ以上心強い人はいないもんな。でも、誰がサクヤの名前をゴブレットに入れたんだろう」

 

「『何のために』っていうのも重要よ」

 

 ロンの疑問にハーマイオニーが言葉を付け足した。

 

「サクヤは心当たりはあるのかい?」

 

 ハリーの問いに私は唸り声を上げる。

 

「うーん、正直見当もつかないんだけど、可能性があるとすればシリウス・ブラックの関係者じゃないかしら。つまり、昔例のあの人の手下だった闇の魔法使いとか」

 

 表向きはブラックはヴォルデモートの一番の手下で、それを私が殺したことになっている。

 それを知った闇の魔法使いや元死喰い人が報復のためにゴブレットに私の名前を入れたのかもしれない。

 

「……いや、考えすぎか」

 

 報復するならもっと賢い方法があったはずだ。

 代表選手に選ばれる程度では、ただの罰ゲームぐらいにしかならない。

 そもそも、ホグワーツに忍び込んでゴブレットに細工をするぐらいなら、直接私を殺しにくるだろう。

 

「何にしても、慎重に動かなくちゃ。誰かが貴方の命を狙っているかもしれないんだもの」

 

「そんなこと、百も承知よ。いい? 三人とも。このことは誰にも話してはダメよ。表向きはダンブルドアの推薦で私が代表選手へ立候補できたことにするから。私の名前を入れた何者かの思惑を崩すためにね」

 

「オーケーわかった」

 

 ロンは任せろと言わんばかりに頷いた。

 話が一段落すると、私たちは男女に分かれてそれぞれの寮へと上がっていく。

 私は螺旋階段を上りながらハーマイオニーの背中に話しかけた。

 

「……ありがとね。貴方が気がついてくれなかったら、きっと私は貴方たちも騙し続けてたわ」

 

 それを聞いて、ハーマイオニーは足を止める。

 

「何年一緒にいると思ってるの? 貴方のことはなんでもお見通しなんだから」

 

 ハーマイオニーはそう言うと、恥ずかしそうに足早に階段を上っていった。

 私はそんな背中を見ながら独り呟く。

 

「でも、本当に私の全てを見通してしまったら、貴方は私をどういう目で見るんでしょうね」

 

 血で濡れた私の手を、貴方は握ってくれるのかしら。




設定や用語解説

ダンブルドアの推薦選手サクヤ
 事情を知らない人から見たら、ダンブルドアがなりふり構わず勝ちにきてるように見える。

サクヤの嘘を見抜くハーマイオニー
 伊達に三年以上同じ部屋で生活していない。サクヤのそれが驚愕なのか混乱なのか見抜くぐらいはできる。

ダンブルドアを味方につけたサクヤ
 ダンブルドアという名前はそれだけでかなりの防波堤になる。

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取材と邂逅と私

 代表選手の選出があったハロウィンパーティーの夜から一週間も掛からずに、私とダンブルドアが協力体制にあるという噂は学校中に広まった。

 まあ実際私個人がダンブルドアを欺くよりも、元々ダンブルドアが年齢線に細工をして私だけ立候補できるようになっていたという話の方が現実的なのも確かだ。

 そして、あくまで噂でしかないおかげか、表立って私に文句を言いにくる生徒は今のところいない。

 規則を犯して代表選手になった私を責める生徒もいるかと思ったが、それは杞憂だったようだ。

 むしろ、ホグワーツの生徒は素直に私が代表選手に選ばれたことを祝ってくれた。

 ダンブルドアとの繋がりが仄めかされていることもあり、皆私がダンブルドアの一番弟子か何かだと勘違いしているらしい。

 まあ、そう勘違いするよう仕向けたのは他でもない私だが。

 唯一心配だったのはスリザリンからの攻撃だが、これはマルフォイが上手く私を応援する空気を作ってくれたようで、今のところスリザリンの同級生からも祝福の言葉を貰っている。

 特にマルフォイは少し悔しそうな顔をしながらも、自分のことのように喜んでくれた。

 ああ、代表選手が交代できるのなら、今すぐにでもマルフォイと交代したい。

 私のように嫌々代表選手をやるぐらいなら、絶対マルフォイのような意欲の高い生徒がなった方がいいに決まっている。

 

「そういえば、あの噂は本当かい? ダンブルドアに自分の実力を認めさせるために、決闘を挑んで勝ったって話」

 

 マルフォイが魔法薬の材料を準備しながらとんでもない話を始める。

 私は萎びたヤモリの尻尾を瓶から取り出しながら大きなため息をついた。

 

「流石にそれは話に尾ひれが付きすぎよ。あのダンブルドアに決闘で勝てるわけないじゃない」

 

 嘘である。

 時間を止めればダンブルドアを殺すことは容易いだろう。

 

「まあ、流石にそうか。でもダンブルドアが年齢線に細工したっていうのは本当の話なんだろう?」

 

「ノーコメントよ。安易に肯定していい話でもないし、認めちゃったら八百長もいいところだしね」

 

 私は冗談めかしてマルフォイの鼻をつつく。

 マルフォイは鼻の頭を掻きながら顔を赤くした。

 

「解毒剤! 材料の準備は全員出来ているはずだな。それを手順通りに、注意深く煎じるのだ」

 

 黒板の前でスネイプが生徒の机を覗き込みながら言う。

 私は机の上を見回し、材料が全て揃っていることを確認した。

 

「授業の終わりに代表を一人選出して自分の作った解毒剤を試してもらう。自分が毒を飲むことになるという前提で解毒剤を調合するのだ」

 

 スネイプはそう言ってネビルとハリーを睨む。

 どうやら毒を飲むのはネビルかハリーか、または両方となるようだ。

 

「さて、今日もちゃっちゃと調合しちゃいましょうか」

 

 私は袖を軽く捲るとナイフを手に取る。

 その瞬間、教室のドアがノックされ、遠慮がちに開いた。

 教室に入ってきたのは秘密の部屋騒動の時に一番初めに石にされた生徒、コリン・クリービーだった。

 コリンはキョロキョロと教室を見回すと、スネイプの前に歩いて行った。

 

「なんだ?」

 

 スネイプはコリンを見下ろしながら威圧的に言う。

 コリンはそんな態度のスネイプに随分怯えているようだったが、その目は使命に燃えていた。

 

「先生、僕ホワイトさんを上に連れて行くように言われてきました」

 

「ホワイトを? 誰が? 何のためにだ?」

 

「バグマンです。代表選手の写真を撮るんだと思います」

 

 スネイプはコリンから私へと視線を移す。

 どうやら代表選手の集まりがこれからあるようだ。

 

「そういうわけだホワイト。さっさと荷物をまとめてそこのチビを連れて出ていけ」

 

「わかりました。解毒剤の課題のほうは──」

 

「どうせいつものように面白味もなく調合するだろう。今日の課題は免除する。これ以上授業を邪魔されては敵わん。出ていくならさっさと出ていけ」

 

 私は素早く机の上のものを鞄の中に詰め込むと、コリンの手を引いて地下牢教室を後にする。

 コリンは私に手を引かれながら興奮気味に言った。

 

「凄いや! 代表選手に選ばれるなんて。ダンブルドアとのチェス勝負に勝ったって本当かい?」

 

 私は階段を上りきるとコリンの手を離す。

 

「それは嘘よ」

 

「でも、凄いよね! サクヤはホグワーツの誇りだよ」

 

「あら、嬉しいこと言ってくれるじゃない。それで、バグマンさんが待ってる教室はどこ?」

 

 私はコリンの案内でホグワーツの廊下を歩く。

 十分もしないうちに私は指定された教室の前に辿り着いた。

 

「それじゃあ、僕は授業に戻るよ。頑張って!」

 

 コリンはブンブンと手を振りながら廊下を走り去っていく。

 私はコリンに軽く手を振ると、教室の扉を開けて中に入った。

 教室の中にはバグマンのほかに他校の代表選手の二人、そして見知らぬ魔女が一人いる。

 バグマンはその魔女と楽しそうに何かを話していたが、私が入ってきたのに気が付くと弾むように立ち上がった。

 

「おお、来たな最年少の代表選手! さあさあ、こっちにどうぞ。なに、ちょっとした『杖調べ』の儀式をするだけだ。そのうちほかの審査員もくるだろう」

 

「杖調べ?」

 

 私が聞き返すと、バグマンは笑顔で説明してくれた。

 

「ああ、君たちの杖が万全かどうかを調べないといかんのでね。杖の専門家が上の階でダンブルドアと話している。そのうち下りてくるだろう」

 

 その時、バグマンの横にいた魔女がわかりやすく咳払いをする。

 

「おっとそうだ。こちらはリータ・スキーターさんだ。この方が今回の試合について日刊予言者新聞に短い記事を──」

 

「ルード、そんなに短くはないかもね」

 

 スキーターは私に熱心な視線を送りながら言う。

 

「儀式が始まる前に、少しお話いいかしら? だって最年少選出ざんしょ? 読者も気になるところだと思うの」

 

「いいとも! ……あぁ、勿論ミス・ホワイトが良ければだが」

 

 私はどうしようかと少し目を泳がす。

 だが、インタビューに答えずに好き勝手書かれるぐらいなら、少しでも干渉して記事の方向性を操作したほうがいいだろう。

 

「ええ、構いませんよ」

 

「素敵ざんすわ!」

 

 スキーターは勢いよく立ち上がると私の肩を抱いて部屋の外に連れ出す。

 そして近くにあった箒置き場の中へと私を押し込んだ。

 

「あんなガヤガヤしたところでは落ち着けないざんしょ? ここなら落ち着けるわ。実に素敵ざんす」

 

 スキーターは置いてあったバケツをひっくり返すと不安定なそこに腰掛ける。

 私も近くにあった木箱の上に腰を下ろした。

 

「さてと……サクヤ、自動速記羽ペンQQQを使っていいざんしょ? その方がお喋りに集中できるし」

 

 スキーターはそう言うとワニ革の鞄の中から羊皮紙と黄色い羽ペンを取り出し近くの木箱の上に置く。

 すると羽ペンはひとりでに立ち上がった。

 どうやら喋った内容を自動的に速記する魔法具のようだ。

 

「あ、いいですねそれ。どこで買えるんです?」

 

「ホグズミードの羽ペンを取り扱っている店で買えるざんすよ。ただ、ちょっとお値段は張るざんすが」

 

 スキーターはそう教えてくれると、改めて私の方に身を乗り出し話し始めた。

 

「さて、それじゃあインタビューを始めていくざんすけど……まず最初に、貴方はどうして三校対抗試合に参加しようと決意したのかしら。名声のため? それとも優勝賞金が目当て?」

 

 本音で答えるなら決意などしていないというのが答えだが、それではこの先の話と食い違ってしまう。

 

「賞金目当てです」

 

「素敵ざんすわ!」

 

 私の適当な回答に、スキーターは手を叩いて喜んだ。

 

「賞金一千ガリオンは確かに魅力よね。優勝賞金の使い道は何か考えてるざんす?」

 

「まだ先の話にはなりますが、卒業旅行の足しにでもしようかと」

 

「あら、意外と古風なことを……最近は卒業後すぐ就職する子が殆どだけど」

 

 そうなのか。

 パチュリー・ノーレッジの本ではホグワーツの卒業生は当たり前のように卒業旅行を行っていたのでそれが当たり前だと思っていたが、どうやらそうではないらしい。

 

「まあ、それはいいとして……でもサクヤ、貴方はまだ十四──」

 

「十三歳です」

 

「十三歳ざんしょ? 魔法省が定めた年齢の基準を全く満たしていない。貴方はどうやって……つまりどのようにしてゴブレットに名前を入れたのかしら。ゴブレットの周りにはダンブルドアが年齢線を引いたと聞いているざんす。貴方はその年齢線を突破して、ゴブレットに名前を入れたということかしら?」

 

 スキーターのメガネが隙間から差し込んだ光でキラリと光る。

 リータ・スキーターといえば偏見や誇張した記事を書くことで有名なライターだ。

 下手に敵に回すより、相手の姿勢に理解を示し、味方につけてしまったほうがいいだろう。

 

「私はただ普通に年齢線を踏み越えただけですよ。特に何か策を講じたとか、そういったことはありません」

 

「じゃあ、特に何もすることなく、ダンブルドアの年齢線を越えることができたということざんす? 一体どうやって?」

 

 スキーターの頭に疑問符が浮かぶ。

 私はそんなスキーターの顔を見ながらニコリと笑った。

 

「私じゃなく、年齢線を引いた本人が細工をしたとしたら?」

 

「……っ、詳しい話を聞かせてもらえるかしら」

 

 私は明かりを取るために少し開けていた扉を完全に閉めると、鞄の中からランタンを取り出す。

 

「なに、簡単な話ですよ。ダンブルドアが私に立候補権を与えた。それだけです」

 

「それじゃあ、ダンブルドアが特別扱いをするだけの何かが、貴方にはあると……そういうことね。素敵ざんす」

 

 スキーターは薄暗い箒置き場の中でニヤリとした。

 

「正直、優勝できると思う? 他校の代表は貴方より四つは上なわけだけど……」

 

「相手になるとは思えません。クラムはクィディッチを引退することになるでしょうね。デラクールは……可哀想なので顔は傷つけないでおきます」

 

「素敵ざんすわ! 『若きホグワーツの代表、サクヤ・ホワイト。見た目とは裏腹に中身は真っ黒』一面はこれで決まりざんす! ダークヒロインは人気出るわよ」

 

 その瞬間、箒置き場の扉がノックされる。

 扉を押し開けると、廊下にダンブルドアが立っていた。

 

「ダンブルドア! またお会いできて光栄ざんす」

 

 スキーターは箒置き場から出るとダンブルドアに握手を求める。

 

「この夏私が書いた『国際魔法使い連盟会議』の記事はお読み頂けたざんしょか?」

 

「勿論じゃとも。魅力的な毒舌じゃったな。特にわしのことを『時代遅れの遺物』と表現なさったあたりがのう」

 

 どうやらダンブルドアも散々な記事を書かれているようだ。

 スキーターはダンブルドアのそんな言葉に悪びれる様子もなくしゃあしゃあと言う。

 

「それは貴方のお考えが少し古臭いという点を指摘したかっただけざんす。それに巷の魔法使いの多くは──」

 

「大変興味深い話じゃが、またの機会にさせてもらおう。『杖調べ』の儀式がまもなく始まるのじゃ」

 

「あら、素敵ざんす。それなら急いで元の部屋に戻りましょう?」

 

 私はランタンを鞄の中に収納すると、ダンブルドアの後に続いて先程の部屋へと戻る。

 そこには三校の校長、バグマン、クラウチの他に、七つの人の姿があった。

 男性が三人に、女性が三人、そして性別不明の仮面が一人。

 男性の一人はスキーターの仲間だろう。

 胸の位置に大きなカメラを抱えている。

 コリンが写真と言っていたが、彼が写真を撮るに違いない。

 もう一人の男性は私が杖を買った店の店主、オリバンダーだった。

 深く椅子に腰掛け、隣にいる女性と何かを楽しげに話している。

 最後の男性は魔法大臣のコーネリウス・ファッジだ。

 朗らかに笑いながら横にいるクラウチと話をしているが、対照的にクラウチの方は気分が優れないようだった。

 そして、残る女性三人と仮面一人だが、私はそのうちの女性二人とは面識がある。

 一人は吸血鬼であり私の死を予言した占い師、レミリア・スカーレットだ。

 赤いドレスを身に纏っており、少しでも肌の露出を避けるためか二の腕までのイブニンググローブを身につけている。

 スカートで隠れて見えないが、きっと靴下も太ももまで長さがあるに違いない。

 もう一人の女性はレミリアの従者である紅美鈴だ。

 腰まで届く真っ赤な長髪に、マグルが着るようなビシッとしたスーツを身につけている。

 背の高さと姿勢の良さが相まって、まるで要人を警護するSPのようだった。

 いや、実際護衛の仕事もしているのかもしれないが。

 後に残るは一人の女性と仮面。

 女性……いや少女と言っても差し支えない見た目の魔女は、深い紫色のローブをゆったりと着ている。

 手にはいくつか簡素な見た目の指輪を嵌めており、そのどれもに小さな宝石が埋め込まれていた。

 私と同い年ぐらいに見えるが、誰かの娘というわけでもないだろう。

 きっとレミリアのように若く見えるだけで、実年齢は私よりもずっと上に違いない。

 そしてその紫のローブの魔女と何かを話している様子の仮面……声を聞く限り男性だが、それ以外の情報がビックリするほど存在しない。

 真っ黒のローブと仮面で全身を隠しており、唯一わかることといえば背の高さぐらいだ。

 私は一通り部屋の中を観察すると、空いていたフラーの隣の椅子に座る。

 バグマンはダンブルドアと私が帰ってきたことを確認すると、大きく咳払いをして椅子から立ち上がった。

 

「よくお集まりくださいました。選手の皆さん、そして、審査員の皆様。特に急遽審査員を引き受けてくださった御三方。これより、杖調べの儀式を始めさせていただきます」

 

 バグマンは恭しく一礼する。

 その様子を部屋の隅にいたカメラマンが一枚写真を撮った。

 

「さて、オリバンダーさんをご紹介しましょう。杖職人であり、杖の専門家でもあります。試合に先立ち、皆さんの杖が良い状態か調べ、確認してくださります」

 

 バグマンに紹介され、オリバンダーは私たち代表選手に向かって小さく頭を下げる。

 

「職人、選手、そして審査員が杖に異常がないことを確認し、杖調べの儀式とします。っと、その前に審査員の紹介といこう」

 

 バグマンは忘れていたと言わんばかりに審査員たちが座っている椅子の方を指し示す。

 

「まず初めに、急な話を引き受けてくださった御三方には限りない感謝を。持つべきものは良き友人と良き上司だというのをつくづく実感させられたよ。さて、それじゃあ向かって右から。イギリス魔法界の魔法大臣であらせられるコーネリウス・ファッジさんだ」

 

 ファッジは紹介を受けて朗らかに笑いながら立ち上がると、クラム、フラー、そして私と握手を交わす。

 

「イギリス魔法省の代表として、厳正な審査を心がけよう。そして、選手の皆さんには試合だけでなく、他校との交流も大切にして貰いたいと思っている。対抗試合が終わるまでの間に、新しい友を得られることを願っているよ」

 

 ファッジはそう言うと自分の椅子へと戻っていく。

 ホグワーツのあるイギリスの魔法大臣ではあるが、立場上贔屓をすることはないだろう。

 バグマンはファッジが椅子に座ったのを確かめると、再度口を開く。

 

「さて、お次に魔法界を代表する占い師のレミリア・スカーレットさんだ」

 

 名前を呼ばれたレミリアは椅子から立ち上がって、優雅にお辞儀をした。

 

「彼女は私の古い友人でね。よく一緒にトランプで遊んだものだ。まあ、大抵の場合スカンピンになるまで毟られるんだが……」

 

 バグマンはその当時のことを思い出したのかブルリと震える。

 

「あら、それは貴方が泣きの一回を繰り返すからじゃない」

 

「いやはや、手厳しい」

 

 バグマンは苦笑いで頬を掻く。

 レミリアはそのまま代表選手の子を見渡すと、不敵に微笑みながら言った。

 

「夜の支配者にして最強の吸血鬼、レミリア・スカーレットよ。今回はルードが何か面白いことをしているみたいだったから首を突っ込ませてもらったわ。代表選手に選ばれた諸君、せいぜい私を楽しませなさい。面白かったり、見ていて楽しかったら結果に関わらず加点するとだけ伝えておくわ」

 

 レミリアは羽をバタつかせると、ドヤ顔のまま椅子へと座り直す。

 それを見て横に座っていた美鈴がペコリと頭を下げた。

 

「うちのお嬢様がご迷惑をお掛けするかもしれませんが、何卒ご容赦を……」

 

「ちょ、美鈴! 貴方がそんなこと言ったら私が我儘お嬢様みたいじゃない! ちゃんと審査員するし迷惑も掛けないわよ!」

 

「本当かなぁ?」

 

 美鈴がふざけた表情をレミリアに向ける。

 レミリアは拳を握りしめ美鈴の頭目掛けて上から下へと振り下ろした。

 メシャリという音がし、椅子に座っていた美鈴の頭が床へとめり込む。

 その光景を見てフラーが小さく悲鳴を上げたが、美鈴はすぐにジタバタと動き出し床から頭を引っこ抜いた。

 

「ちょ、何するんですか! というかどうするんですかこれ! ホグワーツの床に大穴開けちゃって」

 

「主人を煽る貴方が悪いのよ。杖調べが終わったら森から木でも切り出して修復なさい!」

 

「んな無茶苦茶な」

 

 美鈴は髪と服に付いた木材のカケラを手で払う。

 かなりの衝撃と木材の破片が美鈴の頭を襲ったはずだが、どうやら美鈴は無傷のようだった。

 バグマンはそれを見て楽しそうに笑っている。

 どうやらこの二人は普段からこんな感じのようだ。

 

「さてさて、それでは最後に……」

 

 バグマンは美鈴の横に座っている紫色のローブを着た魔女を見る。

 

「先進魔法研究会名誉顧問にして、魔法研究の第一人者であるパチュリー・ノーレッジさんだ」

 

 パチュリー・ノーレッジ。

 魔法界の生きる伝説が、私の目の前にいた。




設定や用語解説

リータ・スキーター
 毒舌的へ偏見に満ちた記事を書く女性ジャーナリスト。日刊予言者新聞によく記事が載る。

カメラマン
 日刊予言者新聞社所属のカメラマン。


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杖調べと家主と私

 「先進魔法研究会名誉顧問にして、魔法研究の第一人者であるパチュリー・ノーレッジさんだ」

 

 パチュリー・ノーレッジ。

 その名前を聴いた瞬間、私の目はその魔女に釘付けになっていた。

 

 パチュリーは静かに立ち上がると、私たち三人の顔をじっと見る。

 その顔はどこまでも無表情で、私たちと同じ人間だとはとても思えない。

 

「パチュリー・ノーレッジよ。バグマンからの頼みで三大魔法学校対抗試合の審査員を引き受けることになったわ。さっきの吸血鬼さんとは違って、私は課題をクリアするうえで用いた魔法の難易度や、立てた作戦の高度さを評価する。手堅く簡単な魔法で課題をクリアするのもいいけど、折角の機会なのだし、難しい魔法や新たな技術を積極的に試しなさい。以上よ」

 

 パチュリーは椅子に座り直すと、隣にいる仮面の男と話し始める。

 その様子を見て、フラーが怪訝な顔をした。

 

「──、──」

 

 フラーが小さな声で何かを呟く。

 その言葉はフランス語だったためなんて言ったかはわからないが、少なくともあまりいい意味ではなさそうだ。

 

「四百九十一歳よ。小娘」

 

 だが、レミリアにはフラーの呟き声が聞こえており、意味も通じたらしい。

 レミリアは「そういえば貴方は?」と横にいるパチュリーに聞いた。

 

「え? えーと、何歳だったかしら。ダンブルドア、覚えてる?」

 

「そうじゃのう……百十は超えとったと思うが」

 

 ダンブルドアはわかりやすく首を傾げる。

 そしてフラーに対してにこやかに微笑んだ。

 

「わしも歳なので詳しい年齢は覚えとらんが、そこにいるパチュリー・ノーレッジさんとは同期じゃよ」

 

「Oups……すみませーん」

 

 フラーは少し顔を赤くして申し訳なさそうに謝る。

 ダンブルドアとホグワーツ同期とは聞いていたが、まさか見た目がここまで若いとは思ってもみなかった。

 だが、不思議と違和感は感じない。

 私が彼女の本から感じていた彼女の人物像に、目の前の少女はピタリと当て嵌まっていた。

 まあ、ここは魔法界だ。

 見た目を若くする方法も、そもそも歳を取らない方法もいくらでもあるのだろう。

 

「さて、では杖調べの儀式と参ろうか。オリバンダーさん、よろしくお願いします」

 

 ダンブルドアがそう言うと、レミリアを挟んでパチュリーの反対側に座っていたオリバンダーが立ち上がり、部屋の中央に置いてあった机の前に移動した。

 

「では、マドモアゼル・デラクール。まず貴方からこちらに来てくださらんか」

 

 名前を呼ばれたフラーは軽やかに立ち上がると机の前まで進みオリバンダーに杖を渡す。

 オリバンダーは長い指でフラーの杖をクルリと回すと、目元に近づけて隅々まで調べ始めた。

 

「ふーむ、そうじゃな。二十四センチ……しなりにくい。材質は紫檀に、おお、これはヴィーラの髪の毛じゃな?」

 

「わたーしのおばーさまのものでーす」

 

 ヴィーラは確かブルガリアに多く生息している魔法生物だったはずだ。

 ヴィーラは非常に美しい外見をしており、その姿を利用して男性を誘惑するらしい。

 そのような生物の血を引いているのだとしたら、美人なのにも納得がいくというものだ。

 

「なるほど……わし自身はヴィーラの髪の毛を杖に使用したことはないが、少々気まぐれな杖になるようじゃ。しかし、杖との相性は人それぞれ。貴方にはよく合っているようじゃ」

 

 オリバンダーは杖を軽く振り、杖先に花を咲かせる。

 

「よしよし、上々じゃな」

 

 オリバンダーは杖に咲いた花を摘み取ると、杖と共にフラーに手渡した。

 

「では次にクラムさん。よろしいかな?」

 

 フラーと入れ替わるようにしてクラムがのそっと椅子から立ち上がる。

 そしてオリバンダーの前まで移動すると、手に持っていた杖をオリバンダーに突き出した。

 

「ふむ、グレゴロビッチの作品のようじゃな。あまり例のない太さじゃ……かなり頑丈、二十六センチ。クマシデにドラゴンの心臓の琴線かな?」

 

 オリバンダーからの問いにクラムは無言で頷く。

 オリバンダーは杖に大きな傷がないことを確かめると、何度か頷いてクラムに杖を返した。

 

「さて、残るは……ミス・ホワイト、こちらへ」

 

 私は椅子から立ち上がると、クラムとすれ違って部屋の中央へと進む。

 そしてローブから真紅の杖を引き抜き、オリバンダーに手渡した。

 

「おお、よく覚えておるとも。あの時は本当に驚いたものじゃ。まさか本当に売れる日が来るとは」

 

 オリバンダーは懐かしそうに私の杖を撫でる。

 

「この杖はわしの先々代が作った杖じゃ。二十五センチ、やや硬い。アカミノキに、吸血鬼の髪の毛が使われておる」

 

 オリバンダーはちらりと後ろを振り返る。

 その視線を受けて、レミリアが肩を竦めた。

 

「基本的には吸血鬼の髪の毛が杖の芯材として使われることはない。杖の自己主張が強すぎて、殆どの魔法使いと相性が悪くなってしまうからのう。じゃが、相性さえあればこれ以上の芯材もない。ないのじゃが……」

 

 オリバンダーは杖を何度かひっくり返すと、私と杖を交互に見る。

 そして大きく首を傾げた。

 

「ふーむ、不思議じゃ。ホワイトさん、この杖で何か魔法を使ってみてはくれんか?」

 

 オリバンダーはそう言って杖を私に手渡す。

 私は杖を受け取ると、空中に向かって軽く振った。

 すると杖先から雪の結晶のようなものが沢山飛び出し、空中で弾ける。

 

「ふむ、ちゃんと魔法は使えておるようじゃな。まことに不思議なことに、この杖は貴方に対してこれっぽっちも忠誠心を持っておらん。ほんとこれっぽっちもじゃ」

 

「そんなに強調しなくていいわよ」

 

 オリバンダーの後ろに座っていたレミリアが口を挟む。

 だが、オリバンダーはそんなレミリアの声が聞こえていないかのように話を続けた。

 

「本来ならば、いくら相性がよくともここまで忠誠心を持っていないと、ろくに魔法は使えないはずなのじゃ。じゃが、今のを見る限り並の杖以上にその杖を使いこなしておるように見える」

 

「杖の忠誠心を得られていない……何か原因があるのでしょうか」

 

「吸血鬼はプライドが高い。それが杖にも反映されているのかもしれんな」

 

 オリバンダーはまた後ろをちらりと振り返った。

 

「言いたいことがあるなら直接言いなさいよ!」

 

 レミリアはその視線に対して頬を膨らませる。

 だが、オリバンダーはすぐに私の方に向き直ると、私の杖をじっと見た。

 

「忠誠心は無いようじゃが、少なくともこの杖は貴方に協力的じゃ。状態は悪くないようじゃな」

 

 私は小さくオリバンダーに頭を下げると、先程まで座っていた椅子まで戻る。

 先ほどのオリバンダーとレミリアのやり取りを見るに、どうやらこの杖にはレミリアの髪の毛が使われているようだった。

 なんとも奇妙な縁だ。

 いや、杖が魔法使いを選ぶのだとしたら、私がこの杖を持つことになったのは必然だったのかもしれない。

 

「さて、みんなご苦労じゃった。今日はもう授業に戻ってよろしい。いや、まっすぐ夕食の席に下りてゆくほうが手っ取り早いかもしれん。そろそろ授業が終わるしの」

 

 ダンブルドアが椅子から立ち上がり、部屋にいる全員に対して言う。

 だが、それを聞いて大慌てでカメラを持った魔法使いがカメラを掲げた。

 

「ダンブルドア、写真、写真をお忘れですよ!」

 

「そうだそうだ。まったく持って忘れていた。審査員と代表選手の写真を撮らなければ。そうだろうダンブルドア」

 

 バグマンが興奮した様子で叫んだ。

 それを聞いて皆一度椅子から立ち上がる。

 カメラを持った魔法使いが杖を一振りすると、壁の一角の椅子が部屋の隅へと飛んでいき、壁際に三つだけ椅子が残された。

 

「そうざんすね……そうしたら身長的に……、スカーレット嬢、ノーレッジ先生、サクヤが椅子で、男性陣とフラーは後ろに立ってくださる?」

 

 スキーターがそう言うとレミリアが意気揚々と真ん中の椅子に腰かける。

 私もその横に腰かけようと思ったが、レミリアの羽が邪魔になり、どうにも座れそうになかった。

 

「あら、そうなるとスカーレット嬢は後ろのほうがいいざんすね。だとしたら、審査員が後ろで選手が前……ダンブルドア、踏み台か何かあるざんす?」

 

「それには及ばないわ」

 

 パチュリーはレミリアに向かって手をかざす。

 すると、レミリアが五十センチほど浮き上がった。

 いや、浮いているとは少し違うらしい。

 レミリアは確かに浮いているが、まるで見えない地面に立っているかのように接地感がある。

 レミリアが何度か足踏みすると、その度に木の床を踏む音が聞こえてきた。

 

「ふうん、なかなかやるじゃない。まるでシークレットブーツでも履いているようだわ」

 

「あら、いいわね。それじゃあこの呪文はシークレットブーツの呪文と名付けましょうか」

 

 五十センチアップのシークレットブーツなんて不安定過ぎて歩けたものじゃないだろうが、確かにこの呪文を使えば身長を誤魔化すことは出来そうだ。

 いや、パチュリー自身一言も発していないため、呪文と言っていいのかわからないが。

 パチュリーは自分自身も浮き上がらせると、宙を歩き椅子の後ろへと移動する。

 レミリアはまた当たり前のように真ん中の椅子の後ろに立った。

 そしてレミリアとパチュリーを取り囲むように他の審査員も椅子の後ろに移動する。

 

「後ろのバランスはいい感じざんすね。それじゃあ、選手のみんなはサクヤを真ん中にして椅子に座ってね」

 

 スキーターの指示通りに私はレミリアの前の椅子に腰かけた。

 そしてパチュリーの前にフラーが座り、ファッジの前にクラムが座る。

 最後にスキーターが正面から見て全体のバランスを確かめると、カメラマンに指示して何枚か写真を撮った。

 

「さて、次は個別の写真を撮るざんす。まずはフラー、貴方から行きましょうか」

 

 集合写真を撮り終わると、スキーターがフラーの肩を掴んで教室の隅へと引っ張っていく。

 どうやら解放されるのはもうしばらく後になりそうだ。

 私は部屋の隅で仮面の男にちょっかいを掛けていた美鈴に声を掛けた。

 

「お久しぶりです。美鈴さん。といっても、数か月前にも会いましたけど」

 

「でゅくし! でゅく──っと、はい。お久しぶりですね。まさか代表選手に選ばれるとは。いやぁ、持ってますねー」

 

 美鈴は仮面の男を突いていた指を引っ込めると、くるりとこちらに振り返る。

 仮面の男は美鈴から逃げるようにパチュリーの元へと歩いていった。

 

「いや、あはは。まさか私も代表選手に選ばれるとは思っていませんでした」

 

「サクヤちゃんが出場することになってお嬢様も大喜びですよ。少なくともこの一年は退屈せずに済むって」

 

「退屈しない……いや、そんなに面白いものではないと思いますが」

 

 私がそう言うと、美鈴は人差し指を左右に振った。

 

「ちっちっち、それを決めるのはサクヤちゃんじゃなくお嬢様よ。まあ私としては何でもいいんだけどね」

 

 美鈴はそう言うと部屋の隅でファッジと話し込んでいるレミリアの方を見る。

 その表情はどこか儚げで、先程までレミリアとコントのようなやり取りを繰り広げていたのがまるで嘘のようだった。

 

「そういえば、ファッジ大臣の前で普通にスカーレットさんの従者として振る舞っていますけど、大丈夫なんです? 確か死刑執行人としてホグワーツに来ていましたよね?」

 

 私の問いに、美鈴はカラカラと笑う。

 

「あんなの信じるのはここの森番ぐらいですよ。大臣やダンブルドア含めてあの場にいる全員があの処刑は茶番であると理解していましたとも」

 

「それじゃあ、あのヒッポグリフはまだスカーレットさんの屋敷で飼われているんですね」

 

「ああいえ。もういませんよ。うちに来て三日で衰弱死しました」

 

 美鈴さんは衝撃的な事実をあっけらかんとした表情で言う。

 

「どうにも吸血鬼の狂気に中てられたようで。水すら飲まずにそのまま動かなくなりました。まあ、いつものことなんで気にしないでください」

 

「いつものことって……まあ、このことに関しては私は何も言えないですけど」

 

 なんにしても、この事実はハグリッドには口が裂けても言えないだろう。

 私としては自分を襲ったヒッポグリフだ。

 哀れだとは思うが、可愛そうだとは思わなかった。

 

「美鈴! ちょっと来なさい!」

 

 部屋の隅でファッジと話し込んでいたレミリアが大声で美鈴を呼ぶ。

 

「はいはーい、今行きますよー。というわけなので、また第一の課題の時にでも。私もお嬢様のお付きとしてホグワーツに来ると思いますので」

 

「はい。その時にでもまた」

 

 美鈴は私に手を振ると、レミリアの元へと歩いていく。

 私はその背中を見送ると、今度はレミリアとは反対側の部屋の隅でオリバンダーと話をしていたパチュリーの近くへと移動した。

 

「ほう、では最近は杖すら持ち歩いていないと……まあ、杖はあくまで己の魔力を導くための魔法具。代わりの物があれば必要ないという理屈はわかりますが……」

 

「まあ、杖でもいいんだけどね。異なる属性の魔法を効率よく引き出すには万能の杖一本よりも、それぞれの属性に特化した指輪のほうがいいのよ。杖を何本も持ち歩くよりかは利便性が高いでしょう? つねに指についているから瞬時に魔法が使えるし。あと百年もすれば、こっちがスタンダードになっているかもね」

 

「新しい技術は歓迎すべきだとは思いますが、杖職人としては少々寂しいですな」

 

 オリバンダーは複数の指輪が付けられたパチュリーの指をまじまじと観察している。

 私がその様子を見ていると、私の視線に気が付いたのかパチュリーが手招きしてきた。

 私はその手招きに応じるようにパチュリーの近くへと行き、右手を差し出す。

 

「初めまして。サクヤ・ホワイトです。こんなところでかの有名なノーレッジ先生にお会いできるとは思いませんでした」

 

 パチュリーはオリバンダーに見せていた手を引っ込めると、握手に答えてくれた。

 

「今のホグワーツ生で私を知っている生徒がいるなんてね。少し驚いたわ。私はダンブルドアとは違ってあまり表には出てこないし」

 

「蛙チョコのおまけになっているので知っている生徒は多いと思いますが……著書を何冊か読みました。非常に興味深い内容の本が多くて……凄く勉強させてもらってます」

 

「そう。その歳であの内容が理解できるのね。勉強熱心なようで何よりだわ。表から読んで内容を理解できるのなら、今度は裏から読めるように頑張りなさい」

 

「裏から?」

 

 パチュリーは無言で頷くと、少し声を小さくして言った。

 

「私の著書の殆どは裏に情報が隠れている。表に書いてある内容なんて、表に出しても問題ないような低レベルなものばかりよ。貴方なら、時間を掛ければ裏の情報を読み解けるはず」

 

 これは物凄いことを聞いてしまったかもしれない。

 そもそも、彼女の著書は普通に読んでも理解するのに時間が掛かる。

 もしあの難解な内容がただのカモフラージュで、暗号文のように真の情報が隠されているのだとしたら……。

 

「でも、どうしてそんなことを私に? おいそれと広めていいことでもないですよね?」

 

「……いや、引きこもりすぎて、自分の本を読んでいる魔法使いに会うのって初めてだから。きっと貴方しか知らない情報よ」

 

「……光栄です」

 

 自分の読者に会うのが初めてだなんて、一体何十年規模で引きこもっていたのだろうか。

 確かに彼女のことが書かれている本には、ホグワーツ卒業後の彼女の姿を見たものは一人もいないと書かれている。

 きっと最近になって表に出てくるようになったに違いない。

 でも、そうだとしたら、バグマンとパチュリーはどのようにして知り合ったのだろうか。

 バグマンのあの様子からして、彼女の著書を読んでいるとは思えない。

 一体どういう繋がりで、彼女を審査員に呼んだのだろうか。

 

「ほっほ、面白い組み合わせじゃの」

 

 私がそんなことを考えていると、オリバンダーと入れ替わるようにしてダンブルドアがこちらに歩いてくる。

 

「そう言えば、紹介しておらんかった。サクヤ、こちらはわしの古い友人で今はホグワーツの理事の一席を埋めてくれておるパチュリー・ノーレッジじゃ。そして、君に別荘を貸し与えてくれている人物でもある」

 

「え? そうだったんですか!?」

 

 私が驚愕に目を見開くと、パチュリーは無言で小さく頷いた。

 

「ダンブルドアからの頼みでね。ちょうど使ってない屋敷があったから。それに、あんな話聞いてしまったら放ってはおけないし」

 

「そんな……ありがとうございます。本当に助かってます」

 

「いいのよ。最近手に入って持て余していた屋敷だったから。卒業までとは言わず、自由に使ってちょうだい。屋敷も、屋敷しもべ妖精もね」

 

 パチュリーは相変わらず無表情だったが、その顔に少し赤みがかかったように見えた。

 

「サクヤ! 貴方の番ざんすよ!」

 

 壁際で選手個別の写真を撮っていたスキーターが私を大声で呼ぶ。

 もう少しパチュリーと話したいが、私の写真撮影が終わらないことには夕食を食べに行くこともできない。

 私は後ろ髪を引かれる思いでパチュリーから離れると、スキーターの元へと向かった。

 




設定や用語解説

先進魔法研究会
 新しい魔法や魔法薬の研究をしている魔法使いの集まり。名誉顧問はパチュリー・ノーレッジだが、名前を貸しているだけで会に出席したことはない。

レミリアの年齢
 諸説あるが今作ではこの時点で491歳という設定。

ダンブルドアとパチュリーは同期
 同じ年にホグワーツに入学している。ダンブルドアはグリフィンドール、パチュリーはレイブンクロ―生。

杖の忠誠心
 魔法使いが使う杖というのは、使用する魔法使いに忠誠心を持つ。故に、他人の杖を使っても本来の性能を発揮しきれない。

杖を使わない魔法
 パチュリーは杖の代わりに指輪を使用している。役割としては同じだが、使用する魔法の系統によって使う指輪を分けることで効率よく魔法を行使できる。

さようならバックビーク
 レミリアに引き取られ三日で衰弱死した。

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ダークヒロインと決闘の先生と私

 杖調べから一週間もしないうちにスキーターの記事は日刊予言者新聞に掲載された。

 見出しはこうだ。

 『ホグワーツの若き天才サクヤ・ホワイト。名前に反しそのうちに秘めたるは深い闇』

 対抗試合そっちのけで私がメインの記事を書くのはどうかと思ったが、まあそれはこの際いいだろう。

 肝心の内容は、私がスキーターに言ったことが相当脚色して書いてあった。

 どうやら私は第一の課題でクラムの右腕をもぎり、フラーの髪を燃やし尽くすことになっているようだ。

 スキーターは第一の課題が個人競技だった時のことを考えていたのだろうか。

 

「ふん、やつに随分気に入られたもんだな。スキーターは気に入らない相手のことはとことんこき下ろすことで有名だ。記事を読む限り脚色されてはいるが、批判的なことは書かれておらん」

 

 私の目の前で日刊予言者新聞を読んでいたムーディが唸った。

 そう私は今、ムーディの私室にある木箱の上に座っている。

 何故、そんなことになっているのか。

 その理由は実に単純で、大広間で夕食を取っていたら、ムーディにいきなり呼び出されたのである。

 ムーディは新聞を机の上に放り投げると、椅子から立ち上がった。

 

「……さて、いきなり呼び出したのにはモチロン理由がある。至極単純な話だ」

 

 私は近づいてくるムーディの表情をじっと観察する。

 怒っているようには見えない。

 だが、目に優しさは一切なかった。

 

「今年いっぱい、授業の合間にお前を鍛えることにした」

 

「はあ、私を鍛える……鍛える?」

 

 私がつい聞き返すと、ムーディはグイっと顔を近づけて話を続けた。

 

「ダンブルドアから話を聞いたぞ。相当面倒なことに巻き込まれておるようだな。ワシの見立てでは、お前の名前をゴブレットに入れたのは十中八九闇の魔法使いだ」

 

「……でもそんなの誰が何のために? 私を狙う理由も、私を代表選手にする理由もまるで見当がつかないのですが」

 

「何故お前の名前をゴブレットに入れたのか。いくつか理由は思いつくが、断定はできん。だが、お前が狙われた理由はおおよそ予想が付くぞ。ホワイト、お前は三年の学期末にシリウス・ブラックを殺しているそうじゃないか」

 

 まあ、流石にその話は耳に入っているか。

 私は無言で小さく頷いた。

 

「経緯はどうであれ、お前は闇の魔法使い、それも例のあの人に一番近いとされるブラックを殺したわけだ。死喰い人どもは仲間意識が非常に強い。隠れた死喰い人が私怨でお前を狙っている可能性もある」

 

「いや、それはないと思いますけど……私がブラックを殺したという情報は魔法省でも一部の人間しか知らないはずですし」

 

「どうしてそう言い切れる? え? 授業でも言ったことだが、服従の呪文で操られていたと主張する魔法使いが、本当に操られていたのか判断するのは非常に困難だと。昔死喰い人であったものが、今ものうのうとお日様の下を歩いておるのだ。魔法省にも、当たり前のように潜伏しているだろうな」

 

「でも、そうだとしても、十年以上アズカバンにいたブラックにそこまで入れ込んでいる人物がいるものでしょうか。シリウス・ブラックが死んだことでブラック家が潰えたと新聞で読みましたが」

 

 そもそも、ブラックの話が本当だったら、ブラックは無実であったということになる。

 そうなれば、ブラックの死を喜ぶ死喰い人はいても、悲しむ死喰い人はいないはずだ。

 

「確かにブラック家最後の男が死んだことによってブラックの姓は完全に潰えた。だが、ブラック家の血を引くものは魔法界には沢山いる。例えばだが、お前が懇意にしているらしいドラコ・マルフォイというスリザリンの生徒がいるだろう。そいつの母親はシリウス・ブラックの従姉で、ルシウス・マルフォイと結婚する前の姓はブラックだ。それに、結婚相手のルシウス・マルフォイは死喰い人であった可能性が非常に高い」

 

 マルフォイの母親がシリウス・ブラックの従姉……、確かに少し考えればわかることだ。

 魔法界で純血とされている一族の数はそこまで多くはない。

 純血同士で結婚を繰り返したら、周囲は親戚だらけになるだろう。

 

「まあ、ナルシッサ・マルフォイがホグワーツに侵入してゴブレットに名前を入れたとは考えられんがな。だが、死喰い人の繋がりを利用してゴブレットに名前を入れた可能性は十分ある。ハロウィンの夜……いや、今現在も死喰い人はホグワーツ内に侵入しておるのだ。しかも、そやつは人目を気にすることなく校内を歩き回れる立場にある」

 

 私は少し考え、驚きのあまり口に手を当てた。

 

「ま、まさかマダム・マクシームが死喰い人だったなんて……」

 

「おい小娘、本当にそうだと考えているのか? もしその言葉が本気なら、わしはお前の昨年の成績を大いに疑うことになる」

 

「流石に冗談ですよ。ダームストラングの校長ですよね?」

 

 ああ、とムーディは頷く。

 

「そうだ。イゴール・カルカロフ。死喰い人だったカルカロフは潜伏している仲間を売ることでアズカバン送りを免れた」

 

「裏切者もいいところじゃないですか」

 

「だからこそ、奴は昔の仲間に強い負い目がある。ルシウス・マルフォイあたりから脅されたら、ゴブレットにお前の名前を入れるぐらいのことは平然と行うだろうな」

 

 確かに、その可能性はある。

 だが、そうだとしたらあの時見せた焦りや怒りは全部演技だったということになる。

 

「まあ、逆に言えばカルカロフはそれ以上のことは頼まれておらんだろう。死喰い人も裏切者のカルカロフを利用こそしても信用はしない。たとえカルカロフを絞めたとしても、大した情報は吐かんだろう」

 

 もし本当にカルカロフが私の名前を入れたのだとしても、それ以上の情報を持っていない可能性が高いということか。

 確かにそれならば、半信半疑の状態で客人であるカルカロフを尋問することはできないだろう。

 

「話が長くなったが、つまりだ。お前が死喰い人から狙われている可能性は十分あるということだ」

 

「だから、ムーディ先生が私を鍛えると……」

 

「そうだ。このことはダンブルドアも了承しておる。お前には戦う力と、闇の魔術に対する知識が必要だ」

 

 ……まあ、悪い話ではない。

 前の先生は私が殺してしまったし、そろそろ新しい先生が必要だと思っていたところだ。

 闇の魔法使いと何十年も戦い続けたムーディなら、戦闘に関する良き教師となってくれるだろう。

 それに、つい先日魔法研究の神様みたいな人に著書の隠された秘密を教えてもらったところだ。

 魔法の技術に関しては、それを読み解くことである一定以上の、いや、並の魔法使いを超える技術を得ることもできるかもしれない。

 

「わかりました。よろしくお願いします」

 

「だが一つ言っておく。わしはあくまで闇の魔術に対する防衛術の課外授業を行うに過ぎん。課題に手を貸すことはせんからな」

 

「まあ、それに関してはなんとでもなるので……」

 

 私がそう言うと、ムーディは眉を顰める。

 

「随分余裕じゃないか、え? 第一の課題のことはダンブルドアから聞いておるんだろう?」

 

「はい。ドラゴンですよね? 正直対人戦じゃなくてホッとしてますよ」

 

「ホワイト、お前まさかドラゴンを知らんのか?」

 

 私は肩を竦めながら答えた。

 

「まさか、勿論知っていますよ。それ込みの話をしているつもりです」

 

「ふん、自分自身を過信した結果、命を落とした闇祓いを星の数ほど見てきた。お前がそうならんか見ものだな。なんにしてもだ。特に用事がなければ課外授業は夕食後毎日行う。それでいいな?」

 

「はい。それでお願いします。で、課外授業は今日から?」

 

「ああ」

 

 ムーディは杖を引き抜くと、棚に向かって杖を振るう。

 すると棚が横に滑り、隠されていた扉が姿を現した。

 

「ついてこい」

 

 ムーディは義足を引きずりながら扉を開けて隠し部屋の中に消えていく。

 私は木箱から立ち上がると、ムーディの後を追って部屋の中に入った。

 部屋の中には家具は一切なく、教室ほどの空間が広がっている。

 そして、壁や床は石材で出来ており、窓の類は一切なかった。

 

「この部屋隠しておく必要あります?」

 

「監禁部屋だ」

 

 ああ、なるほど。

 確かにこの部屋から杖なしで脱出するのは困難だろう。

 唯一の出入り口である扉を塞いでしまえば、この部屋は完全に密室になる。

 

「まあ、使う機会はまずないだろうがな。何にしても課外授業をするのにこれほど都合がいい部屋は他にあるまい」

 

 ムーディは部屋の真ん中まで歩くと、改めて私と対面する。

 

「とにかく、まずはお前の実力を見極めねばならん。自由に撃ってこい」

 

 ムーディは手に持っていた杖を構える。

 私はローブから杖を引き抜くと同時に武装解除の呪文を放った。

 

「速度は十分、威力もある。まずまずだな」

 

 だが、ムーディは軽く杖を振るうだけで赤い閃光を跳ね除ける。

 

「次はこちらから撃つぞ。防いでみよ」

 

 ムーディはそう言った瞬間武装解除の呪文を放っていた。

 

「プロテゴマキシマ!」

 

 私は急いで杖を振り上げると、盾の呪文を唱える。

 どうやらギリギリ間に合ったようで、ムーディの武装解除の呪文は私の前で花火のように弾け散った。

 

「ほう、最高レベルの盾の呪文を使えるのか。授業では習わんだろう。誰に教わった?」

 

「ロックハート先生です」

 

「ロックハート……まさか、ギルデロイ・ロックハートか? 奴がマトモに呪文が使えるとは思えんが」

 

 ムーディはロックハートの名を聞いて首を傾げる。

 

「最近命を落としたとは聞いていたが、奴はここの教師をやっとったのか?」

 

「教師というか、一時期ダンブルドア先生の代理で校長まで務めてましたよ?」

 

「世も末だな」

 

 隠居していたとは聞いていたが、まさかそこまでとは。

 

「私が知る限りでは、かなり優秀な魔法使いだと思いますよ? バジリスクにやられて死んでしまいましたが」

 

 正確には、『バジリスクの毒にやられて』だが。

 

「奴がバジリスクに勝てるとは思えん。当然の結果と言えよう。まあ、何にしてもだ。防衛術の基礎は十分に備わっておるようだな。そのレベルの魔法が使えるのなら、新しく呪文を覚える必要はあるまい。もっと応用的な、技術的な指導を行うことにしよう」

 

 そう言うとムーディは改めて杖を構える。

 

「決闘だ。武装解除の呪文と盾の呪文のみ。狙うのは杖だけだ。今日はこれを時間いっぱい行う」

 

 私もそれに合わせるように杖を持っている左手に力を込めた。

 時間停止を使えば、私はどんな相手にでも負けることはないだろう。

 だが、時間を操る能力は決して万能ではない。

 いや、実際諸刃の剣もいいところだ。

 時間停止を決闘で使うということは、その場にいる全ての人間を殺さなければならない。

 つまり、相手を殺したくない場合は能力を殆ど使えないということだ。

 

「エクスペリアームス!」

 

 私は早速ムーディの杖目掛けて武装解除の呪文を放つ。

 いい機会だ。

 とことん腕を磨かせてもらおう。

 

 

 

 

 

 ムーディと私の決闘方式の模擬戦は結果的にはムーディの全勝で終わった。

 私自身決闘に慣れているわけでもないし、ムーディが戦闘の達人であることも理解している。

 だが、ここまで歯が立たないとは。

 私は勢い余って吹っ飛ばされた時に打ち付けた腰を摩りながら女子寮の螺旋階段を上る。

 これが毎日続くとなると、結構な負荷になるだろう。

 

「筋トレもした方がいいのかなぁ。ムーディの奴、途中から盾の呪文すら使わずに私の呪文を避けてたし」

 

 もう随分な歳のはずなのに、何故あそこまで軽やかに動けるのだろうか。

 見た目に反し、ムーディの身のこなしには全くの老いを感じなかった。

 私は自分のベッドがある部屋に入ると、中に誰もいないことを確認してから時間を止める。

 取り敢えず、時間を止めたまま一度仮眠を取って、パチュリー・ノーレッジの本の解読に移ろう。

 時間を止めていれば、私の一日は四十八時間にも七十二時間にもなる。

 課題の準備に、課外授業に、身体作りに、暗号解読に。

 一日二十四時間では、全くもって時間が足りない。

 私は少々痛む腰を摩りながらベッドに潜り込み、毛布を頭の上まで引き上げた。

 




設定や用語解説

サクヤの時間停止
 サクヤは時間を止めるという行為そのものには体力を消費するが、あくまで止める瞬間だけで、止め続けることに関しては体力を消費しない。なので、時間を止めて体を休ませたり、睡眠を取ったりすることが可能。勿論、止めている間だけ歳を取る。

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第一の課題と金の卵と私

 授業に修行に解読に、長い一日を忙しく過ごしているうちにあっという間に第一の課題の日がやってきた。

 私が大広間で昼食を食べていると、慌てた様子のマクゴナガルが大広間へと入ってくる。

 

「ミス・ホワイト、すぐに競技場へと向かってください。集合時間まであと二十分しかありませんよ」

 

 多くの生徒が私を見つめるなか、私はフォークを皿に置いてナプキンで口元を拭いた。

 

「もしそれが事実なら相当まずいですね。デザートは夕食後の楽しみに取っておきましょう」

 

 私は机の上のパイを皿ごと鞄の中に仕舞う。

 マクゴナガルはその様子を見て大きなため息をついた。

 

「相当まずいと自覚しているならもう少し慌てたらどうです? すぐにでも向かわなければ遅刻しますよ」

 

 私は鞄の留め具を閉めると、グリフィンドールのテーブルから立ち上がる。

 その瞬間、大広間が大きな拍手に包まれた。

 

「がんばれよ!」

 

「応援してるわ!」

 

 話したことない他寮の生徒までもが私に対して応援の言葉をかけてくれる。

 逆に、私の隣に座っていたハーマイオニーは不安そうな表情で言った。

 

「サクヤ、気を付けてね……危なかったら、すぐに棄権してね?」

 

「心配しすぎよ。それじゃあ行ってくるわ」

 

「うん、サクヤならきっと大丈夫だよ。応援してる」

 

 ハリーがそう言った瞬間、マクゴナガルが私の右腕をがっちりと掴み、大広間の外へと引っ張っていく。

 私はマクゴナガルに歩調を合わせつつ、マクゴナガルに話しかけた。

 

「第一の課題に関して、ダンブルドア先生は何かおっしゃってました?」

 

「私は何も聞き及んでいませんが。何か気になることがおありで?」

 

「いえ、特には」

 

 私は鞄を握り直し、第一の課題が行われる競技場へと急ぐ。

 ダンブルドアの話では、第一の課題はドラゴンのはずだ。

 マクゴナガルに案内されるまま禁じられた森の縁を回り、その近くに建てられたテントの前に辿り着く。

 マクゴナガルはそこで足を止めると、少し震えた声で言った。

 

「中にバグマン氏がいます。彼の指示に従って課題に関する手続きを……ともかく、頑張りなさい」

 

「ええ、死なない程度にぼちぼちやります」

 

 私はマクゴナガルにペコリと頭を下げると、テントの中に入り込む。

 テントの中にはいくつか椅子が置いてあり、そのうちの一つにボーバトン代表のフラーが顔を青くして腰かけていた。

 その横には椅子には座らずじっと何かを考えている様子のクラムが立っている。

 互いに表情は違うが、二人とも相当不安そうな様子だった。

 

「サクヤ! よーしよし! これで代表選手が揃ったな。よし! みんなこっちに集まってくれ」

 

 私はそのままバグマンの近くまで歩を進める。

 椅子に座っていたフラーも慌てた様子で立ち上がると、バグマンの近くに寄ってきた。

 

「よし、ついに話して聞かせる時が来た」

 

 バグマンが意気揚々と話を始める。

 

「まず代表選手の君たちにはこの袋の中に入っている模型を一人一つ掴み取ってもらう。その模型には様々な、えー、違いがある。それから、そうだ! 君たちに課せられる課題は金の卵を取ることだ」

 

 なるほど、ダンブルドアから聞いた通りだ。

 きっと袋の中にはドラゴンの模型が入っており、引いたドラゴンを相手にするのだろう。

 

「さて、誰から引く? 誰から引いてもいいぞ!」

 

 バグマンはキョロキョロと代表選手を見回すと、ずいっと袋を私の近くに差し出した。

 

「それじゃあ、年齢順にサクヤからだ」

 

「あ、はい」

 

 私は左手を袋の中に突っ込み、もぞもぞと動くゴツゴツした模型を一つ取り出す。

 私は左手を開き、手の中で蠢く模型を観察した。

 それはダンブルドアからの情報通りドラゴンだった。

 刺々しい見た目に、黒い鱗。

 このドラゴンは確か──

 

「……ハンガリー・ホーンテール」

 

「おっと! 一番凶悪なのを引いてしまったな。そう、君が相手にするのはそれだ」

 

 ホーンテールの模型は私の手の中で動き回ると、見かけだけの炎を吐き出す。

 第一の課題がドラゴンだということは知っていたので多少勉強はしていたが、まさかドラゴンの中でも最も凶暴だと言われているハンガリー・ホーンテール種が相手とは。

 まあ、正直どんなドラゴンが相手でも負ける気はしないが。

 私はドラゴンの模型をポケットの中に仕舞いながらフラーとクラムのほうを見る。

 模型を見る限り、フラーはウェールズ・グリーン普通種、クラムは中国火の玉種を引いたようだった。

 

「さて、全員引いたな。ドラゴンの首に掛けられた札に番号が振ってあるだろう? その番号はドラゴンと対決する順番だ。第一の課題は単純明快! ドラゴンを出し抜いて、金の卵を手に入れることだ。さて、何か質問があるものはいるかな?」

 

 フラーは冷や汗を流しながら小さく首を振る。

 クラムは更にムッとした表情になったが、特に質問はないようだった。

 

「質問いいですか?」

 

 私はドラゴンの首に掛けられた番号を確認しながら言った。

 

「あ、三番だ。じゃなくて、これってドラゴンを傷つけても大丈夫なんですかね? どこからか借りてるドラゴンだったりするならドラゴンが怪我をしないように気を付けますが……」

 

「はっはっは! ドラゴンの心配をする前に自分の心配をした方がいいと思うがね」

 

「じゃあ、殺してしまっても構わないと?」

 

「ドラゴンが死んだら、ドラゴンをここまで連れてきた魔法使いから感謝されるだろうな。ここまで連中を連れてくるのに相当苦労したようだからな。なんにしても、課題はドラゴンを殺すことじゃない。金の卵を手に入れることだ。下手にドラゴンを刺激してしまったら、命を落とすのはドラゴンではなく……サクヤ、君自身になるかもしれんぞ?」

 

 バグマンは私の肩に手を置くと、笑いながらテントを出て行った。

 それと同時に、バグマンの陽気な声がテントの布越しに聞こえてくる。

 

『レディース&ジェントルマン! ようこそお集りくださいました! ただいまより、三大魔法学校対抗試合、第一課題を開始したいと思います!』

 

 バグマンはそのまま第一課題の内容や審査員の紹介をしていく。

 それを聞く限りでは、杖調べの会場に来ていた面々が審査員席に座っているようだ。

 

「えっと、バグマンの実況を聞く限りではブザーが鳴ったら最初の選手が入場するみたいですが……一番ってどなたです?」

 

 私が二人に話しかけると、フラーがおずおずと手を挙げる。

 どうやら相当余裕がないようで、顔に血の気が全くなかった。

 

「えっと、大丈夫ですか? 貧血なように見えますが」

 

「ぎゃくにあなたはなんでよゆうでーす? ドラゴンですよー?」

 

「え? たかがドラゴンですよね?」

 

 私はフラーに対し大きく肩を竦めて見せる。

 

「多分そこまで心配することないと思いますよ? 別にドラゴンを単独で討伐しろと言われているわけじゃないんですし」

 

 私は過呼吸気味になっているフラーの背中をそっと撫でた。

 

「あんまり緊張するといざブザーが鳴って飛び出したときに貧血で倒れてしまいますよ? 失敗してもどうせ運営側が助けてくれるぐらいの気持ちでいきましょう?」

 

 私がフラーに微笑みかけると、フラーの顔に少し赤みが差した。

 

「ありがとーありがとー、あなた、いいひとでーす。あなたのこと、かんちがいしてましたー」

 

 フラーは少ししゃがみ込むと私にガバッと抱き着く。

 

「わたしもがんばりまーす! あなたもー、がんばってくださーい!」

 

 その瞬間、テントの外からブザーが鳴り響く。

 私はフラーの背中をポンポンと叩くと、フラーから離れた。

 フラーはまだ少し緊張した面持ちだったが、杖を勢いよく引き抜いてテントの外へ駆けていった。

 私はフラーの後ろ姿を見送ると、テントの中に置いてあった椅子に座る。

 クラムはクラムでドラゴンの模型をじっと見つめていた。

 テントの外からは大きな歓声とバグマンの陽気な実況の声、そしてドラゴンのものだと思われる唸り声が聞こえてくる。

 バグマンの曖昧な実況だけでは何が起こっているかよくわからなかったが、十五分もしないうちに爆発的な歓声がテントの外で沸き起こった。

 どうやらフラーは無事第一の課題をクリアしたようだ。

 それからあまり時間を置かずに、二回目のブザーが鳴り響く。

 そのブザーを聞いて、クラムが無言でテントの外へと歩いて行った。

 

「気を付けて」

 

 クラムの後ろ姿に声を掛けると、クラムはこちらを振り返りこそしなかったが、後ろ手に親指を立てる。

 多少は緊張しているようだったが、プロのクィディッチ選手だけあって、こういう場には慣れているんだろう。

 クラムが出ていくと同時に、フラーの時よりも大きな歓声が沸き起こる。

 やはりフラーと比べると知名度が高いだけあるのだろう。

 私はテントの外の歓声を聞きながら、この後の作戦について整理し始めた。

 ホグワーツで平穏な日々を送るためにもここで無様を晒すわけにはいかない。

 真相はどうであれ、第三者から見れば私は優秀故にダンブルドアに推薦された存在なのだ。

 金の卵を取るのはもちろんのこと、高得点も狙っていかなければならないだろう。

 作戦はこうだ。

 まず、得意の変身魔法を使って周囲に私の分身を沢山作る。

 ドラゴンは知能は高くないはずなので、少なからず分身に気を取られるだろう。

 その隙をついて私自身に透明化の呪文を掛け、一気にドラゴンに肉薄する。

 そして金の卵を掴み取り、第一の課題クリアだ。

 

「あとはこのやり方を審査員がどう評価するかだけど、スマートにやれば低い点はつけられないはず」

 

 レミリアが期待するような面白い展開にはならないだろうが、パチュリーが期待している高度な魔法というのはクリアしているはずだ。

 岩を人間そっくりに変身させたり、自分の全身に透明化呪文を施すことはかなりの技量を要する。

 並の生徒では……いや、ホグワーツを卒業した魔法使いにも難しいかもしれない。

 私はローブから杖を引き抜き、右手でそっと撫でる。

 オリバンダーの話では、この杖は私に忠誠を誓ってはくれていないらしい。

 まあ、あの性格のお嬢様だ。

 人間に付き従う気があるとも思えない。

 

「でも、私を守ろうとしてくれている……そうよね?」

 

 私は杖を弄りながらそう呼びかけた。

 ムーディの話では、私には強力な加護が付いているらしい。

 あの時は気が付かなかったことだが、きっとその加護はレミリアから与えられたものだろう。

 私がレミリアと初めて会った時、レミリアは私の杖を見て明らかに驚いていた。

 もしその時吸血鬼の加護が私に付いたのだとしたら、それは私と杖との絆と言えるのではないだろうか。

 私と杖との間に主従関係はない。

 だが、それ以上の繋がりが、私と杖との間にはあった。

 その瞬間、大歓声がテントの外から聞こえてくる。

 どうやら、クラムも金の卵を無事ゲットしたようだ。

 私は杖を仕舞い直すと、椅子から立ち上がって大きく背伸びをした。

 

「さて……」

 

 本気を出すつもりはサラサラないが、無様を晒すつもりもない。

 私はブザーが鳴り響くと同時にテントの外へと飛び出した。

 

『さあ、最後の選手です! ホグワーツ代表にして最年少選手、サクヤ・ホワイト!』

 

 テントを出た瞬間、ドラゴンの咆哮より大きな歓声が鼓膜を打つ。

 私は観客席に向かって笑顔で手を振ると、目の前で卵を守るように丸くなっているドラゴンに集中した。

 

「さて、それじゃあ始めますか」

 

 私は周囲の岩に変身魔法を掛けるために杖を引き抜く。

 それと同時に私の存在に気が付いたのか、ドラゴンがゆっくりと頭を持ち上げてこちらを見た。

 ドラゴンは私が何者なのかを探るようにじっとこちらを睨みつける。

 

 

 そして、何を思ったのか、今の今まで大事そうに抱いていた卵を丸呑みにした。

 

 

 

「……え?」

 

『おっと! これは一体どういうことでしょうか! ドラゴンが金の卵ごと自分の卵を丸呑みにしてしまいました! ノーレッジさん、このようなことはあり得るのでしょうか!?』

 

 バグマンが隣に座っているパチュリーに解説を求める声が聞こえてくる。

 

『ドラゴンの胃液は非常に強い酸性よ。魔法で保護されている金の卵ならまだしも、普通のドラゴンの卵はあっという間に消化されてしまうでしょうね。他の巣の卵を餌として食べてしまうならまだしも、自分の産んだ卵を食べてしまうことはまずないわ』

 

 パチュリーはそう言っているが、実際に目の前にいるドラゴンは卵を吞み込んでしまった。

 つまり……私が金の卵を手に入れるには……

 

『ということはサクヤ・ホワイト選手が金の卵を手に入れるには、ドラゴンを──』

 

「ドラゴンを殺して、腹を掻っ捌くしかない」

 

 私は、自分に言い聞かせるようにそう呟いた。




設定や用語解説

ハンガリー・ホーンテール種
 原作ではハリーが戦ったドラゴン。今回連れてこられた中では最も狂暴。

殺してしまっても構わんのだろう?
 ダメです。営巣中のドラゴンを借りてきているだけなので少し傷つける程度ならまだしも、殺すことはまるで想定されていません。

高得点を狙いに行くサクヤ
 本来は無難にやり過ごすべきだが、与えられた役割を忠実にこなそうとしてしまっている。

杖と信頼関係を築こうとするサクヤ
 レミリアに見られたら鼻で笑われます。

卵を呑み込むドラゴン
 完全に異常事態。普通ならこの時点で第一の課題はやり直しになるが──

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ドラゴンと痛み止めと私

 

「ドラゴンを殺して、腹を掻っ捌くしかない」

 

 私は、金の卵を呑み込んでしまったドラゴンを睨みつける。

 自然界のドラゴンが行う行動ではない。

 だとすると、このドラゴンの行為は仕組まれたものの可能性がある。

 私の名前をゴブレットに入れた何者かがドラゴンを操って私を殺そうとしているのだとしたら……

 その何者かは、あくまで自分の手は汚さず、対抗試合中の事故として私を殺したいのだろう。

 

「……作戦変更」

 

 ドラゴンは私に向かって大きく口を開けると、灼熱のブレスを吐き出す。

 私は跳ぶようにしてブレスを避け、岩の陰へと転がり込んだ。

 

「エンゴージオ、肥大化せよ」

 

 私はポケットからドラゴンの模型を取り出すと、肥大化呪文でドラゴンと同じサイズまで肥大化させる。

 戦闘力はないが、ドラゴンの気を引くことはできるだろう。

 

「オパグノ、襲え」

 

 肥大化させた模型は大きな咆哮をあげると、本物のドラゴンに向かって突進していく。

 私はその隙に岩陰から飛び出し、ドラゴンに向かって杖を構えた。

 

「ボンバーダ・マキシマ!」

 

 そして私が覚えている限りで一番攻撃力の高そうな呪文をドラゴンの頭部に直撃させた。

 

「危なッ!」

 

 だが、私が放った粉砕呪文はドラゴンの鱗に弾かれ、私の顔スレスレを掠める。

 知識としては知っていたが、まさかドラゴンの鱗にここまでの魔法耐性があるとは。

 だが、今の一撃でドラゴンの注意が私に向いてしまった。

 ドラゴンは模型の首をへし折ると、私に向かって鋭い棘のついた尻尾を振り回してくる。

 私はその尻尾を屈んで避けると、ドラゴンの死角に入り込むようにドラゴンの足元に潜り込んだ。

 やはり鱗に守られているところをいくら攻撃しても弾かれてしまうだけだ。

 だとしたら比較的皮膚の薄い腹や、弱点と言われている目を狙うしかない。

 

「ディフェ──」

 

 だが、位置的には見えていないにも関わらず、ドラゴンは私の位置を正確に把握できているらしい。

 呪文を唱えようとした私に向かって既にドラゴンのかぎ爪が目の前まで迫っていた。

 私はかぎ爪を避けると近くの岩陰へもう一度隠れる。

 その瞬間、私の周囲が炎に包まれた。

 明らかに視界の外にいる私の位置を正確に認識している。

 

「やっぱり、何者かに操られている……服従の呪文かしら」

 

 私は熱気で肺を焼かれないように注意しながらドラゴンのブレスが収まるのを待つ。

 もし客席から服従の呪文でドラゴンを操っているのだとしたら、いくらドラゴンの死角に入っても意味がないだろう。

 となると、弱点を狙った攻撃も避けられてしまう可能性が高い。

 鱗に攻撃は効かない。

 弱点を狙えば避けられる。

 しかも、金の卵はドラゴンの胃の中で、殺さなければ取り出すことすら難しいだろう。

 呼び寄せ呪文で金の卵を吐き出させることが出来るとは思えない。

 というよりかは、金の卵にはあらゆる移動魔法が効かないだろう。

 もしそのような魔法が使えてしまったら、課題の意味がなくなってしまう。

 

「もう、どうしろっていうのよ……」

 

 次の瞬間、私が背中を預けていた岩が爆発した。

 私はその衝撃で前方に吹き飛ばされる。

 地面を転がりながら後方を確認すると、先程まで私が隠れていた岩がドラゴンの突進によって粉々になっていた。

 

「──ッ!」

 

 私は習ったばかりの受け身を存分に披露し、白い肌を血で紅く染めながらもなんとか骨折することなく体勢を立て直す。

 観客席のあちこちから悲鳴が上がるが、もはやそれに耳を傾ける余裕は私にはなかった。

 痛みと興奮のせいで相当な量のアドレナリンが出ているのか、頭痛と吐き気が同時に襲ってくる。

 そして、三半規管もおかしくなっているらしい。

 真っ直ぐ立っているはずだが、視界は回り焦点も上手く定まらなかった。

 このままでは、私はドラゴンに殺されてしまう。

 致命傷こそ受けていないが、全身を這うような擦り傷や切り傷が激しく痛む。

 なんで安全なはずのホグワーツで、ドラゴンなんかと殺し合わなければならないのか。

 こんなの、私は望んでいない。

 私の望む世界は……。

 

「……めんどくさ」

 

 私は自分の血で右目にべったりと張り付いている前髪を、右手で後ろにかき上げる。

 そして左手に持っている杖をまっすぐドラゴンに向けて、スッと横に滑らせた。

 

「ディフィンド──裂けよ」

 

 その瞬間、私に対してブレスを放とうとしていたドラゴンの動きがピタリと止まり、首に紅い線が走る。

 そしてドラゴンの首はその線に沿ってズレていき、重力に従ってドサリと地面に落ちた。

 突如首を刎ねられたドラゴンは、何回か痙攣した後にそのまま動かなくなる。

 私は大きく深呼吸すると、ドラゴンの死体に近づき、その腹を引き裂いた。

 ドラゴンの中からは、胃液で半分解けた卵と共に金の卵が転がり出てくる。

 私は金の卵についた胃液を清めの呪文で取り除くと、杖をローブに仕舞いこみ、両手で卵を持ち上げた。

 これで、第一の課題クリアだ。

 私は金の卵を抱きかかえながら、深呼吸を繰り返す。

 命の危機を脱したからか、体中の傷がさらに痛み始めてきた。

 さっさとポンフリーにでも治療してもらって、寮のベッドで泥のように眠りたい。

 そう言えば、先程から競技場内がやけに静かだ。

 観客の声はおろか、司会・実況を行っていたバグマンの声すら聞こえない。

 私は、それが妙に気になり、顔を上げて観客席を見回した。

 観客席に座っている人間たちは皆困惑した顔で近くの者と囁き合っている。

 拍手や歓声はない。

 私はそのまま審査員席に視線を移す。

 実況のバグマンはこちらを指さしながらクラウチと何かを話し合っており、ファッジに至ってはまるで化け物でも見るかのような目でこちらを見ていた。

 

「……もう、なんだってんのよ」

 

 このままここに居ても埒が明かない。

 私は先程まで待機していたテントに向けて足を引きずりながら歩き出す。

 時間が経つにつれて痛みと共に視覚や聴覚もはっきりとしてくる。

 ざわざわという観衆の囁き声が耳にへばりつく。

 私は競技場の隅にたどり着くと、幕を持ち上げてテントの中に入った。

 

「──ッ、はぁ……はぁ……」

 

 私はポケットの中から小さくしている鞄を取り出すと、拡大魔法で大きくする。

 確か痛み止めか何かが鞄の中に入っていたはずだ。

 私は血まみれの手を鞄の中に突っ込み、中を漁る。

 そして小瓶に入っている痛み止めの魔法薬を取り出すと、栓を開けて中身を一気に胃の中に流し込んだ。

 

「……よし、これで、よし」

 

 私は空の小瓶を鞄の中に投げ入れ、鞄を縮めてポケットの中に仕舞い直す。

 その瞬間、マクゴナガルとポンフリーとがテントの中に大慌てで入ってきた。

 

「サクヤ! ご無事ですか!?」

 

 マクゴナガルは私を椅子に座らせると、服を脱がせ全身に走る切り傷や擦り傷を清めの魔法で綺麗にしていく。

 ポンフリーはマクゴナガルが綺麗にした傷口を魔法薬で消毒すると、全身に治癒の魔法を掛け始めた。

 

「良かった。どうやら大きな怪我はしていないようですね。骨や内臓には異常がないようです」

 

 ポンフリーの診断を聞いてマクゴナガルは安堵のため息をつく。

 治療が始まって五分もしないうちに、私の怪我は全て完治した。

 

「少々トラブルはありましたが、貴方が無事で何よりです。なんにしても、よくぞドラゴンを倒してみせました。まさかドラゴンが卵を呑み込んでしまうなんて……」

 

「そうですよ。絶対おかしいですよね。誰かがドラゴンを操っていたようにしか思えません」

 

 私がそう言うと、マクゴナガルは少し顔を顰めた。

 

「やはり、貴方もそう思いますか。先程ダンブルドアとも話していましたが、私とダンブルドアも同じように考えています」

 

「だったら、途中で競技を止めてくれたらよかったのに……明らかに異常事態じゃないですか」

 

「止めようとしていた最中でした。ですが、いざ介入しようとした瞬間、貴方は自力でドラゴンをなんとかしてしまいましたから」

 

 まあ、確かに私が怪我を負ってからドラゴンを殺すまで十秒も経っていないだろう。

 介入しようとして間に合わなかったという説明にも納得はいく。

 

「それにしても、どのような魔法を用いたのです? あの切断魔法はこの私でも見たことがないほどです」

 

 ああ、あの魔法か。

 正確には、あれは切断呪文だけではない。

 私はあの時、ドラゴンの首のみの時間をほんの少し遅くした。

 そうすることで時間が遅れている箇所と遅れていない箇所で物質の位置のズレが生じる。

 私はそこを境界線にして切断呪文をかけたのだ。

 岩を斧で両断するのは困難だが、割れ目に楔を打ち込めば容易に割れるのと同じように、ドラゴンの首に割れ目を作り、そこに切断呪文という楔を打ち込む。

 咄嗟の思いつきだったが、上手くいって何よりだ。

 

「……切断魔法の応用です。無我夢中だったので、私もどうしてあそこまでの威力が出たのかは分かりません」

 

 そして、こう言っておけば能力がバレることはない。

 まさか時間を操る能力の応用で物を切断しているとは誰も思わないだろう。

 

「そうですか……何にしても、怪我がもう大丈夫でしたら競技場に戻った方が良いでしょう。そろそろ審査員が点数を発表すると思いますので」

 

 そういえば、そのようなルールだったか。

 私は金の卵を鞄の中に放り込むと、ボロボロになったホグワーツの制服に修復魔法をかけてから袖を通した。

 私は身だしなみを整えてからテントの外に出る。

 するとマクゴナガルの言う通り、審査員が順番に点数を発表していた。

 右から、ファッジ……九点、クラウチ……十点、バグマン……十点。

 そしてレミリア……八点、パチュリー……五点。

 

「五点か。手厳しい」

 

「いえ、そうでもないかもしれません」

 

 私の後を追ってきたマクゴナガルが点数を見て言う。

 

「ノーレッジ教授はそもそも点数をあまりつけたくないようで、他の選手の点数も相当低くしています。五点は相当良い評価でしょう」

 

「これで合計四十二点ですか。他の選手はどうだったんです?」

 

「ミス・デラクールが三十五点。ミスター・クラムが三十七点です。大きく差はついていないとはいえ、現状のトップは貴方です」

 

 割と散々な結果だったが、痛い思いをしただけあったということだろう。

 

「さて、第二の課題に関する指示がバグマンからあると思いますのでテントに戻りましょう。他の選手もテントに集まってくるはずです」

 

 私はマクゴナガルの言葉に頷くと、テントに引き返す。

 そして椅子に座り直し、昼に取っておいたパイを鞄の中から取り出し食べ始めた。

 

 

 

 私がパイを食べ始めてから十分もしないうちに他の選手とバグマン、クラウチがテントの中に入ってきた。

 バグマンはテントの中に私がいることを確認すると、他の選手も私同様に椅子に座らせる。

 

「全員、素晴らしかった! 本当によくやったな!」

 

 バグマンは非常に嬉しそうに話を続ける。

 

「さてさて、手短に話そう。第二の課題までは随分と間が空く。第二の課題は二月二十四日の午前九時からだ。しかし、それまでの間に、諸君はすべきことがある」

 

 バグマンはフラーが抱えている金の卵を指差す。

 

「蝶番が見えるかな? そう、この金の卵は開くように出来ている。卵の中に第二の課題のヒントがあるんだ。そのヒントを解けば、第二の課題で何を行うか、自然とわかるはずだ。言っておくが、第二の課題は今日のように何も知らずに取り組めるようなものではない。万全の準備が必要だ。わかったかな?」

 

 私たち三人は無言でバグマンの言葉に頷く。

 なるほど、また謎解きか。

 どのような謎解きかは知らないが、流石にパチュリー・ノーレッジの魔導書より難解ということはないだろう。

 魔導書の謎解きは現在進行形で熱心に取り組んでいるが、まだ一冊目の半分ほどしか進行していない。

 だが、一冊読めるようになれば、あとはスラスラ解読できるようになるような気がする。

 

「よし! それじゃあ今日はこれで解散だ」

 

 バグマンはそう言うとテントから出ていった。

 私はパイの残りを口の中に放り込み、鞄を手に取る。

 そしてフラーとクラムを横目に見ながらテントの外に出た。

 

「お見事、とでも言っておきましょうか」

 

 テントの外に出た瞬間、真横から声を掛けられる。

 私がその方向を向くと、そこにはパチュリーが立っていた。

 どうやら私がテントから出てくるのを待っていたようだ。

 

「貴方の歳でドラゴンを殺せるなんて大したものね。特にあのドラゴンの首を切り落とした魔法……あれは貴方のオリジナルよね?」

 

「……ええ、そうです。そういえば、貴方の本の解読、順調に進んでいますよ」

 

 私はこれ以上そのことについて言及される前に話題を切り替える。

 あのパチュリー・ノーレッジだ。

 少しでもヒントを与えたら私の能力の秘密に辿り着いてしまうかもしれない。

 そうなってしまえば、殺さざるを得なくなる。

 できれば、この人類の宝のような頭脳を持った魔法使いを殺したくはない。

 

「まさか逆から縦にも読めるようになっているとは思っていませんでした。今は言語の解析中です」

 

「そこまで辿り着いたなら時間の問題ね。あの言語に慣れてしまえば他の本も読めるようになると思うわよ」

 

 パチュリーはそう言うと私に近づいてくる。

 そしてポケットの中から綺麗な青の宝石を取り出した。

 

「これは私からのお祝い。審査員という立場上、特定の選手を贔屓することはできないけど、まあこれぐらいのささやかなプレゼントは許されるでしょう」

 

 私は宝石をパチュリーから受け取り、目の前に近づけて観察する。

 

「ただの宝石……というわけではないですよね?」

 

「ええ、それは触媒。どういう性質があるかは自分で調べなさい」

 

「あはは、また宿題が増えてしまいましたね」

 

 私は青い宝石をポケットの中に滑り込ませながら苦笑した。

 

「なに、魔導書に書かれている内容と全く関係ないわけではないわ。私の本に書かれている内容を実行する上で、その石は必ず必要になってくる」

 

 パチュリーはそう言うとローブのフードを深く被った。

 

「さて、私はもう行くわ。連れを待たせているの」

 

「連れ……って、あの仮面の?」

 

「ええ、そうよ。そして、どうやら貴方も友達を待たせているようだしね」

 

 パチュリーはテントとは反対側の森の奥を指差す。

 私が視線を向けると、慌てて木の陰に隠れる三つの人影があった。

 そのうちの一つは、また恐る恐る顔を覗かせ熱心な視線をパチュリーに送っている。

 

「彼女、貴方のファンなんですよ」

 

「知ってるわ。ファンレターを貰ってるし。あの子も随分熱心に私の本を読み込んでいるようね」

 

 パチュリーはまた私に視線を戻す。

 

「次会うのは第二の課題になるかしらね。その時にでも、進展を聞かせて頂戴。それじゃあ」

 

 次の瞬間、パチュリーは音もなく消え去ってしまった。

 姿現し特有の破裂音はしていないところを見るに、きっと違う魔法なのだろう。

 

「……パチュリー・ノーレッジか」

 

 ダンブルドアに並ぶ、生きた伝説。

 私はポケットの中の宝石を手の中で転がすと、三つの人影に向かって歩き出した。




設定や用語解説

サクヤ・ホワイトの切断魔法
 時間操作の応用で、切断したい箇所の時間をズラすことによって物体に弱い部分を作る。その線に沿って切断魔法をかけることによって切断魔法の効果を何倍にも高めることを可能にした。勿論、あまりにも硬すぎるものは切れないし、時間操作だけでは切断までは至らない。

ドラゴン討伐完了
 陰でチャーリーが悲鳴を上げていることでしょう

パチュリーに目をつけられるサクヤ
 綺麗な宝石を貰う。一体何者の石なんだ……

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悲鳴と闇の魔術と私

 

 パチュリーと別れた後、私はハリー、ロン、ハーマイオニーの三人と合流し帰路に就いていた。

 

「でも、本当に大丈夫なの? あんなに傷だらけで……ドラゴンの血も浴びてたでしょう?」

 

 ハーマイオニーは何度も何度も私の体の心配をしてくる。

 私は大きなため息をつきながらハーマイオニーに言った。

 

「もう、そんなに心配ならこの場で私を素っ裸にして確認すればいいじゃない。パンツから脱ぎましょうか?」

 

 私は両手でスカートの裾を掴む。

 ハーマイオニーは顔を真っ赤にしながら慌てた様子で私の手を押さえた。

 

「わかった! わかったからスカートをたくし上げようとしないで!」

 

 そんなやりとりを見て、ロンが肩を竦める。

 

「サクヤって、たまにとんでもないこと言い出すよな」

 

「まあ、私別にいいところのお嬢様ってわけじゃないし」

 

「それはそうなんだけど……見た目に合ってないというか。実は名家の令嬢とかじゃないよね?」

 

 ロンの言葉に、ハリーが何度か頷く。

 私は不敵な笑みを浮かべると、ロンに対して言った。

 

「実はマルフォイ家の隠し子なのよ」

 

「……あり得そうな嘘つくのやめろよ! え? もしかして本当に?」

 

「嘘よ」

 

 ロンは唖然とした表情で口をパクパクさせると、諦めたように苦笑いした。

 

 私たち四人は校庭を横切って城に入り、階段を上ってまっすぐ談話室を目指す。

 八階廊下を奥まで進み、太った婦人の肖像画に合言葉を言って談話室へと入った。

 その瞬間、爆発したような歓声が私を包み込む。

 どうやらグリフィンドールの生徒たちが私の帰りを待ち構えていたようだ。

 

「さいっこうにクールだぜサクヤ! まさかドラゴンを倒しちまうなんてな!」

 

 ジョージが私の肩をガッチリ抱いて談話室の真ん中に引っ張り込む。

 談話室のテーブルには様々な料理やお菓子が山盛りになっており、片隅にはバタービールの瓶が何本も並んでいた。

 

「ちょいと厨房とホグズミードから調達してきた。サクヤが腹空かせてると思ってな」

 

 フレッドが大ジョッキになみなみとバタービールを注ぎ、私に手渡してくる。

 私は鞄から金の卵を取り出すと、バタービールと共に掲げた。

 

「ありがとうみんな! この魅惑的な液体とドラゴンの金のゲロに乾杯!」

 

 そしてそのままジョッキの中身を一気に飲み干し、空ジョッキを机に叩きつける。

 それを受けて、談話室はまた大きな拍手に包まれた。

 私は近くにいたアンジェリーナに金の卵を手渡すと、早速料理に手をつけ始める。

 金の卵は次から次へとグリフィンドール生の手を渡り、最終的には私の机の横に戻ってきた。

 

「にしても、あれはどうやったんだ? あの、なんだ? 一発でドラゴンの首がこう、ボトリって」

 

 私に骨つきのチキンを手渡しながらフレッドが聞いてくる。

 私はチキンに齧り付きながら答えた。

 

「切断魔法。本当は奥の手だったんだけど、随分早く披露することになっちゃった」

 

 私はそう言うと杖を取り出し、バタービールの空き瓶に向ける。

 そして空き瓶の上半分の時間を少し遅くし、バタービールの瓶に切断呪文を掛けた。

 まっすぐ水平に切断したため、切れた上半分はピッタリと下半分の上に乗っかり、見た目上は何も起こっていないように見える。

 私は杖をしまうと、近くにあったフォークを空き瓶の口目掛けて投擲した。

 フォークはそのまま正確に空き瓶の口にヒットし、空き瓶の上半分のみが地面に落ちる。

 それを見て、談話室にまた大きな拍手が沸き起こった。

 

「まあ、その前にドラゴンに手痛い一撃を貰っちゃったけどね。フラーやクラムは大きな怪我はしてないんでしょう?」

 

「うーん、まあそうだね。でも点数はサクヤが一番だよ。このままの調子でいけば、本当にホグワーツが優勝しちゃうかも」

 

 私はそんな事を言うネビルのおでこを小突いた。

 

「優勝しちゃうかもじゃなくて、優勝しちゃうのよ」

 

「よし、その意気だ。……っと、そうだ! 開けてみてくれよ。第二の課題のヒントが入ってるんだろう?」

 

 ジョーダンがテーブルの金の卵を持ち上げると、私に手渡してくる。

 私は手に持っているチキンを口の中に詰め込むと、金の卵の隙間に爪を食い込ませた。

 

「本当は一人で見ないといけないんでしょうけど、今更よね。行くわよ」

 

 私はそのまま力を込めて金の卵をこじ開ける。

 その瞬間、耳をつんざくような咽び泣く悲鳴が大音量で金の卵から鳴り始めた。

 皆両手で耳を塞いで苦しそうに呻いている。

 

「サクヤ! 早く卵を閉じろ!」

 

「ダメよ。ヒントはちゃんと聞かないと」

 

 私は悲鳴のような音により一層集中したが、その悲鳴を言語化することはできなかった。

 だが、悲鳴に何か法則性は感じる。

 言葉なのか歌なのかはわからないが、この悲鳴を言語化できれば、第二の課題の正体がわかるのだろう。

 私は一通り悲鳴を聞き終わると、金の卵をバチンと閉じる。

 悲鳴が消えたことによって、私の周りの生徒たちは少しずつ顔を上げ始めた。

 

「な、なんだったんだ?」

 

 ロンが軽く頭を振りながら金の卵を見る。

 私は金の卵を鞄の中に仕舞い込んだ。

 

「多分何かの暗号だとは思う。人間の悲鳴とは少し違うようだったし……でも何かの生物の声だとは思うわ」

 

「そうだとしたら……私たちとは違う言語を使う生物ってこと?」

 

 ハーマイオニーの問いに私は頷く。

 

「多分ね。でもその前提でいけばそう遠くないうちに卵の秘密は解けそう」

 

 私は皿の上に残っていたチキンを口の中に放り込むと、鞄片手に女子寮に続く扉の方に移動する。

 先程の卵の悲鳴でパーティーは白けてしまった。

 今日はもう解散の流れだろう。

 私はそのまま女子寮の階段を上り、自分のベッドがある部屋に入る。

 そしてポケットの中にある青い宝石を鞄の中に仕舞い込むと、寝る支度を始めた。

 

 

 

 

 第一の課題が終わった次の日。

 私が大広間で厚切りのトーストに滴り落ちるほどバターを塗っていると、ハーマイオニーが新聞を握りしめながらこちらに走ってくるのが見えた。

 あの慌てようから察するに、新聞にはそれほど良い内容は書かれていないのだろう。

 私は邪魔が入らないうちにと、トーストを一口頬張る。

 濃厚な塩気がカロリーとともに口の中に充満する。

 私はそれをオレンジジュースで胃の中に流し込んだ。

 

「サクヤっ! 今日の新聞なんだけど……」

 

 ハーマイオニーは息を呼吸を整えながら私の横に座る。

 そして私の前に日刊予言者新聞の朝刊を置いた。

 私はハーマイオニーの分のオレンジジュースをゴブレットに注ぎながら朝刊を覗き込む。

 そこには血まみれになりながら金の卵を掲げている私の写真が大きく掲載されていた。

 新聞の見出しはこうだ。

 

『狂気に満ちた英才教育 ホグワーツのサクヤ・ホワイト、第一の課題にてドラゴンを最も残虐な方法で処刑 その裏に見え隠れするダンブルドアの黒い影』

 

「えっと、なになに……『ホグワーツ代表のサクヤ・ホワイトは学校では到底習わないような凶悪な魔法を用いてドラゴンを殺傷した』『サクヤ・ホワイトは以前からダンブルドアに目をかけられており、年齢制限に満たないにも関わらず代表選手に選ばれたのはダンブルドアがサクヤ・ホワイトを贔屓している動かぬ証拠』『全身返り血塗れになりながら金の卵をドラゴンの腹の中から引きずり出しているサクヤ・ホワイト。その表情はどこか楽しげであった』……うん、この記事がどうしたの?」

 

「どうしたもこうしたもないわ! 抗議するべきよ!」

 

「抗議するにもそこまで偏向報道というわけでもないし、私としては思惑通りダンブルドアが糾弾されているからこれでいいんだけどね」

 

 まあ、本当ならば記事など書かれないほうがいい。

 だが、代表選手に選ばれてしまった以上、否が応でも目立ってしまう。

 だとしたら、私ではなくダンブルドアに非難の矛先が向いているほうがいいだろう。

 

 

 

 

 

 

「よろしい。呪文の撃ち合いに関してはこれでいいだろう」

 

 十二月も半ば、ホグワーツの校庭にも雪が降り積もる頃、私は隠し部屋の中でムーディの課外授業を受けていた。

 この課外授業自体何か特別な理由がない場合は毎日のように行われているため、もう相当な時間ここでムーディに戦い方を習っていることになる。

 ムーディは手に持っていた杖をローブに差すと、近くに置いてあった椅子にどっかりと腰掛けた。

 

「やはりお前は筋がいい。この一ヶ月でお前の技術は格段に進歩した。並の魔法使いには……いや、決闘という形式だったら闇祓いにも負けんだろう。だが、たとえ決闘で勝てたとしても、それで生死が決まるわけではない。お前に必要なのはお前自身の身を守る技術だ。敵は行儀良く武装解除の呪文など使ってはこん。腕のいい死喰い人なら初手で死の呪いを放ってくるだろう」

 

 死の呪い、アバダケダブラ。

 当たったら最後、反対呪文が存在しない凶悪な魔法だ。

 

「そのような存在を相手にする時、重要なことは何か。機先を制することだ。相手の動きを予測し、相手より早く呪文を放つ」

 

「相手がどう動くか考えて、撃たれる前に撃つということですか?」

 

 ムーディは静かに首を横に振った。

 

「予想ではない。予測だ。そのためには、相手が魔法を放とうとしている予兆を感じ取らなければならん。例えばだ」

 

 ムーディは杖を持たずに手を私の方へと向ける。

 一体何をしているかよくわからなかったが、次の瞬間、とてつもなく嫌な予感がし私は咄嗟に横に飛び退いた。

 

「そうだ、その感覚だ。どうやらこの一ヶ月である程度は身についていたようだな。今、わしが何をしたかわかったか?」

 

「いえ、特には……でも凄く嫌な予感がして」

 

「もう一度、今度は杖を持って同じことをするぞ」

 

 ムーディはそう言うと杖を引き抜きまっすぐ私に向ける。

 私は先程と同じような感覚がしたので咄嗟に横に避けた。

 その瞬間、赤い閃光が私の顔スレスレを通過し、壁に当たって弾ける。

 それを見て、先程ムーディが何を行ったのか理解した。

 

「これでわかったな」

 

「さっき私が感じたのは、呪文を放つ予兆?」

 

「その通り。体の中を魔力が駆け巡り、杖先に到達するまでの刹那の時間。これを完全に消せる魔法使いは存在せん。この予兆を的確に感じ取り、相手より早く呪文を放つ。死の呪いを放ってくるような奴らと相対するにはこの感覚が必要不可欠だ」

 

 確かに、少しでも早く相手の動きを察知できれば、私の能力を使って先回りができる。

 そうじゃなくとも何かしら回避動作に移ることが可能だろう。

 

「でも、それなら杖を振る動作でわかるんじゃ?」

 

「愚か者、敵は礼儀正しく正面から魔法を放ってはこんぞ。真後ろから不意を突かれたらどうする? お前はわしと違って頭蓋骨の後ろを見通すことは出来んだろう」

 

 ムーディの言う通りだ。

 この感覚を正しく身に着けることができれば、不意打ちで意識を失うことはなくなるだろう。

 そう、私の能力は不意打ちに非常に弱い。

 敵と相対している場合、私は誰にも負けないだろう。

 だが、能力を発動する前に、敵を認識する前にやられてしまったら、能力の介入の余地がなくなるのだ。

 

「それにだ。慣れてくれば、相手がどんな呪文を放とうとしておるのかもわかるようになってくる。だが、そのためには闇の魔術に対して深い理解が必要だ」

 

「闇の魔術に対する深い理解? 知識を身に付けろ、そういうことですか?」

 

 自慢ではないが、知識だけなら私は既に新しい魔法を開発できるほどには身に着けている。

 最近ではパチュリーの本を裏から読み解こうとしているためか、表に書かれている内容は問題なく理解できるようになっていた。

 

「知識もそうだが、頭で理解しているだけでは不十分だ。闇の魔術に真に対応するには、闇の魔術をその身で理解していなければならん」

 

「その身で理解……また服従の呪文でも私に掛けます?」

 

 私が冗談交じりに肩を竦めると、ムーディは静かに首を横に振った。

 

「いや、そうではない。お前自身が闇の魔術を使えるようにならねばならんと言っておるのだ」

 

「とんでもないこと言い出しましたね」

 

 私はあえて茶化した口調で言うが、ムーディは真剣そのものだった。

 

「だが、必要なことだ。許されざる呪文は勿論のこと、悪霊の火などにも精通しなければならん。ここから先の課外授業では主に闇の魔術そのものを教えていく」

 

「まあ、私としては使える魔法の幅が広がることは願ってもないことですが……ホグワーツの教師としてそれでいいんです?」

 

 私がそう聞くと、ムーディはニヤリと笑った。

 

「本職は闇祓いだ。教員職にはダンブルドアの頼みで就いているにすぎん。では、早速取り掛かるぞ」

 

 なんだかとんでもない流れになってきたが、私としては願ったり叶ったりだ。

 服従の呪文を自習したことはあるが、専門家に教わるほうが術の精度も上がるだろう。

 私は意気揚々と真っ赤な杖をローブから引き抜いた。




設定や用語解説

魔法の前兆
 魔法使いが呪文を放つ時、体内の魔力が杖に伝わるまでに一瞬のタイムラグが生じる。

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移動魔法とダンスパーティーと私

「読めた……ついに一冊読み終わった」

 

 あと少しでクリスマス休暇に差し掛かるという頃。

 私は時間の止まった談話室のソファーに身を埋めながら、パチュリー・ノーレッジの著書を胸に抱え感傷に浸っていた。

 この本の表紙に書かれている題名は『移動魔法の推移とその先』。

 題名の通り古代から現代に至るまでの魔法使いの移動方法の推移の過程と、この先どのような移動手段が発達するかといった内容がつらつらと単調に綴られてる歴史書だ。

 だが、この本を裏から縦に読むと、違った題名が浮かび上がってくる。

 

 『移動術~アズカバンからホグワーツに一秒で移動する方法~』

 

 そう、この本には既存の魔法に囚われないまったく新しい仕組みの移動魔法について記述されている。

 それこそ、この本に書かれている魔法を用いれば、姿現しを行うことができないアズカバンからホグワーツに一瞬で移動することができるだろう。

 

「恐ろしいわね。この魔法が悪用されればあっという間にアズカバンはもぬけの殻になってしまうわ。まあだからこそ、公表はしていないんでしょうけど」

 

 私はソファーから立ち上がると、胸に抱いていた本を机の上に置く。

 そして杖を引き抜くと、本に書かれている移動魔法を発動させた。

 

「……成功ね」

 

 次の瞬間、私はロンドンにある自分の家の部屋に立っていた。

 無論、時間が止まっているため物音一つしない。

 

「姿現しができないはずのホグワーツから移動できるなんて……」

 

 私はもう一度魔法を発動させ、グリフィンドールの談話室に戻る。

 そして先程まで座っていた椅子に座り直した。

 

「第一の課題の日、あの人は私の目の前から音もなく消えてみせた。きっとこの魔法を使って移動したのね」

 

 通常の姿現しでは出現する場所の空気を押し出す乾いた破裂音がする。

 だが、この移動魔法は時空の隙間を落下するように移動するため、音もしなければバラける心配もない。

 一つ問題があるとすれば、この移動魔法を使うには全く新しい魔法体系の理解が必要だということだろうか。

 言うなれば、この三次元の世界で、四次元方向に体を移動させるようなものだ。

 

「時間を操る能力の弱点として、密室に閉じ込められたらどうしようもないというものがあったけど、この魔法はその弱点を綺麗に補ってくれる」

 

 私は時間の止まった談話室の中で何度か移動魔法を繰り返す。

 かなり連続で使用しているが、魔力の消費も最低限で、移動する位置も安定していた。

 

「この速度で移動できるなら戦闘に組み込むことも出来そう。こう、相手の後ろに回り込んでスパッと」

 

 私は談話室の中で固まっているジニーの後ろに瞬間移動すると、首筋にナイフを突きつけた。

 

「なんてね」

 

 私はナイフをローブの中に仕舞いこみ、先程まで座っていた椅子に座り直す。

 そして時間を止める前とまったく同じ体勢をとり、時間停止を解除した。

 

「でもハリー、こうなったらなりふり構ってる場合じゃないよ。ネビルですらパートナーを見つけてるんだ。僕らだけダンスのパートナーがいないだなんてサイアクの展開だぜ?」

 

 時間が動き出すと同時に、ロンがハリーに対して言う。

 そう言えば時間を止める前までクリスマスに行われるダンスパーティーのパートナーの話をしていたんだったか。

 

「女の子ってなんで塊になって移動するんだろうな。あんなの、どうやってダンスに誘えばいいんだ?」

 

 そう言ってロンが頭を抱える。

 私は、そんなロンを見てため息をついた。

 

「あのねぇ。別に誘った女の子と今後も付き合わないといけないわけでもないんだから、気軽に誘えばいいじゃない。何をそんなに悩んでいるのよ」

 

「そりゃ、サクヤはいいよ。代表選手だし。待ってたら無限に誘いがくるだろ? こっちはそうもいかないし……」

 

「ジニーでも誘えばいいじゃない。兄弟でダンスを踊っちゃいけないってルールはないでしょう?」

 

 私がそう聞くと、ロンはがっくりと肩を落とした。

 

「ジニーはもう相手がいるよ」

 

「あら、確か三年生以下は四年生以上に誘われないとパーティーに参加できないわよね? 上級生から誘われたってこと?」

 

「うん。ネビルと行くみたい」

 

 ああ、なるほど。

 ロンが焦り始めるのも分かる気がする。

 

「もたもたしてたらいい子は全部取られちゃうわよ? ハリーは誘いたい女の子とかいないの?」

 

「もう誘った」

 

 ハリーは表情を暗くしながら言う。

 

「でも、駄目だったよ。もう予約済みだった」

 

「あら、ご愁傷様ね」

 

「……そういうサクヤはどうなの? もう相手はいる?」

 

 ハリーは恐る恐ると言った様子でそんなことを聞いてくる。

 私はその問いに頷いた。

 

「勿論。代表選手は皆の前で踊らないといけないし。こういう懸念事項はさっさと済ませておくに限るわ」

 

「誰を誘ったの?」

 

 私の横で変身術の参考書を読んでいたハーマイオニーが本を閉じてこちらに身を乗り出してくる。

 

「誰も誘ってはないわ。一番初めに声をかけてきた男子の誘いを受けただけよ」

 

「ああ、もう相手は誰かわかったよ。マルフォイだろ?」

 

「ご明察ね」

 

 クリスマスの夜にダンスパーティーが行われると発表されたその日のうちに、マルフォイが私をダンスに誘ってきたのだ。

 こちらとしても断る理由はない。

 私はマルフォイからの誘いを二つ返事で了承した。

 

「マルフォイ家の坊ちゃんなら社交ダンスの心得もあるでしょうし、ダンスローブも一級品なはずよ。ルックスも……まあ悪くはないしね。個人的にはもう少し肉付きがいい方が好みだけど」

 

「でも、中身はトロールの鼻くそ以下だぜ?」

 

「だから言ってるでしょう? ダンスを一緒に踊るだけの相手よ。そう難しく考える必要もないわ」

 

 私はそう言って肩を竦めてみせる。

 ロンはしばらく頭を抱えた後、何か思いついたかのようにハーマイオニーの方を見た。

 

「そういえばハーマイオニー。君も女の子だったよね?」

 

「あら、よくお気づきになられましたこと」

 

 ハーマイオニーは皮肉交じりに鼻を鳴らした。

 

「貴方の考えていることは何となくわかるけど、お生憎様。もうパートナーがいるわ」

 

「まさか!」

 

「そのまさかよ。貴方は三年も掛かってようやく私が女だと気がついたようだけど、みんながみんなそうじゃないわ」

 

 ハーマイオニーは仏頂面で参考書の世界へと戻っていった。

 ロンはそんなハーマイオニーを見て口をパクパクさせていたが、やがて大きなため息をついた。

 

「この手には頼りたくなかったけど……仕方がない。ハリー、最終手段を使うしかないよ」

 

 ロンの言葉に、ハリーも深刻な顔で頷く。

 そして二人揃ってこっちを向いて頭を下げた。

 

「サクヤ、女の子を紹介してくれない?」

 

「究極の手段に出たわね。……まあ、いいけど」

 

 私はたった今肖像画の穴を這いあがってきたラベンダーとパーバティに手を振る。

 確か昨日の夜の時点ではあの二人はパートナーを見つけていなかったはずだ。

 

「ねえ、ここに可哀そうな男子が二人いるんだけど、パートナーになってあげてくれない?」

 

 ラベンダーとパーバティは顔を見合わせると、クスクスと笑いだす。

 

「ゴメン。私はもうシェーマスと組んだわ」

 

「私はいいわよ。お相手はどちら?」

 

 どうやらラベンダーは既にパートナーを見つけたようだった。

 私はパーバティの問いにハリーとロンの両方を指さす。

 

「両方よ。そう言えばパーバティ、貴方分身出来たわよね?」

 

「……ああ、そういうことね。いいわ、聞いてみる」

 

「ありがと。結果が分かったら教えて頂戴」

 

 パーバティは私に軽く手を振ると、ラベンダーと共に女子寮へと続く螺旋階段を上っていく。

 ハリーとロンはその様子を口をポカンと開けたまま見ていた。

 

「えっと、つまりどういうことだい?」

 

「貴方たちのパートナーが半分決まったってこと。そして、上手く行けば両方ともパートナーができるわ」

 

「でも、ラベンダーはシェーマスと行くって言ってたよ? もしかして、パーバティって本当に分身できるの?」

 

 私はハリーの不思議そうな顔を見てニヤリと笑った。

 

「ほら、いるじゃない。パーバティにはレイブンクローに分身とも言えるような存在が」

 

 そう、パーバティにはレイブンクローに双子の妹がいる。

 二人もそのことを思い出したのか、納得したように何度か頷いた。

 

「まあ、妹のパドマにパートナーがいないかどうかは完全に運だけど。そうなったら仲良くパーバティの取り合いをしなさいな。それじゃあ、私はもう寝るわね」

 

 私はソファーの横に置いていた鞄を手に取ると、三人に手を振って女子寮を目指す。

 先程まで時間を止めて本の解読を行っていたため、私の眠気はピークに達していた。

 多分これから朝までぐっすり眠ったとしてもこの眠気は解消されないだろう。

 寝足りない分は時間を止めて二度寝するしかない。

 私は大きな欠伸を一つすると、女子寮への螺旋階段を上り始めた。

 

 

 

 

 クリスマス当日。

 私はダイアゴン横丁で購入した真っ赤なドレスに袖を通すと、女子寮を後にする。

 そして誰もいない談話室を通り過ぎ、肖像画の穴を抜けて大広間の前の広場を目指した。

 

「少しベッドでゆっくりしすぎたかしら」

 

 私は慣れないヒールで階段を下りながら懐中時計を確認する。

 既に代表選手でない生徒は大広間に入場している頃だろう。

 私は懐中時計を仕舞い直すと、そのまま階段を下りる。

 私が大広間の前に着く頃には既に一般の生徒は全員大広間に収まっており、扉の前に代表選手とそのダンスパートナー、そして案内役のマクゴナガルだけが残っていた。

 マクゴナガルはのんびり歩いてくる私を見て小さくため息をつく。

 

「ミス・ホワイト。あと一秒でも到着が遅れていたらこちらから探しに行くところでした」

 

「代表選手は後から入場すると聞いていたもので。私が最後ですか?」

 

 私は大広間の前に集まっている生徒たちを見回す。

 代表選手のフラーとクラム、そしてフラーのパートナーだと思われるホグワーツの上級生、私のパートナーであるマルフォイ。

 そして、クラムの横に立っているハーマイオニー。

 

「……あら、貴方クラムと組んだの?」

 

 私は綺麗に着飾ったハーマイオニーを見て少々驚く。

 磨けば輝く少女だとは思っていたが、衣装と化粧だけでここまで人は可愛くなるのか。

 

「彼から誘いを受けたの。一緒に踊らないかって」

 

「そう。びっくりするぐらい可愛いわね。相当気合入ってるじゃない」

 

 私はハーマイオニーのつやつやの髪を撫でる。

 

「貴方はもう少し気合を入れるべきだと思うわよ。その様子だと、ギリギリまでベッドで寝ていたんでしょう? お化粧はした? こことか髪が少し撥ねてるし」

 

「いや、してないけど……」

 

 私はハーマイオニーに指摘された箇所を少し手櫛で撫でる。

 すると私の髪は正しい位置へスッと戻っていった。

 

「……ほんと、羨ましいったらないわ。どういう体の構造してるのよ」

 

「ほんとでーす。サクヤ、抱きしめたくなるぐらいかわいーですねー」

 

 私とハーマイオニーの会話を聞いていたのか、フラーがニコニコしながらこちらににじり寄ってくる。

 私はフラーのそんな態度を少し意外に思いながらも、フラーの抱きつき攻撃を回避した。

 

「その反応は予想外だわ。普通第一の課題であんなことをした私を少しは敬遠したりしない?」

 

「たしかに、あのときはすこしおどろきましたーが、わたーしのがっこうのマクシームこうちょうならすででくびをねじきりまーす!」

 

「それはもう人間じゃないわね」

 

 あの身長から繰り出されるヘッドロックはそれはそれは強力なことだろう。

 ドラゴンの大きさにもよるが、本当に首を捩じ切ることもできるかもしれない。

 

「まあ、第二の競技まではまだ時間があるし、それまでは仲良くしましょう? クラムもそれでいいわよね?」

 

 私は少し離れた位置で腕を組んでいたクラムにも声を掛ける。

 クラムはいきなり声を掛けられて少し驚いた様子だったが、少し目を逸らして頷いた。

 私はそれを見てハーマイオニーとフラーと一緒にクスクス笑うと、クラムの横で居心地悪そうにしているマルフォイの前へと移動する。

 マルフォイは近づいてきた私を見て少し頬を赤くした。

 

「あ、その……今日はよろしく。サクヤ」

 

 私はマルフォイの服装を上から下まで観察する。

 いつも以上にしっかり固められた金髪のオールバックに緑を基調にしたスレンダーなドレスローブ。

 うん、やはりいいとこの坊ちゃんだ。

 このドレスローブだけで五十ガリオンだと言われても不自然には思わないだろう。

 

「待たせて悪かったわね。居心地悪かったでしょ?」

 

「そんなことは……まあ、女性が三人集まっているところに入っていく勇気はないけどね」

 

「そろそろ時間です。私の後に続いて入場してください」

 

 マクゴナガルはそう言うと、大広間の扉を魔法で開き、中に入っていく。

 私はマルフォイと腕を組むと大広間の中に向かって歩き出した。

 私たちは拍手に迎えられながら大広間の奥に設置されている大きな円卓へと向かう。

 円卓には既に審査員が座っており、拍手をしながらこちらに視線を送っていた。

 円卓に座っている審査員は全員で五人。

 普段よりも豪華なパーティー用のドレスで着飾っているレミリア・スカーレットに普段と殆ど変わらない服装のパチュリー・ノーレッジ。

 魔法大臣のコーネリウス・ファッジは落ち着きのある上品なドレスローブ姿だが、対照的にルード・バグマンは紫に大きな星柄を散らした派手なドレスローブを身に着けていた。

 そして、最後にバーテミウス・クラウチが──

 

「あれ? パーシーじゃない」

 

 円卓にはクラウチの姿はなく、かわりに濃紺のきっちりとしたローブを着たパーシー・ウィーズリーが鼻高々といった様子で座っていた。

 

「昇進したんだ。クラウチ氏の補佐官に任命された。今日はその代理だよ」

 

「そうなの……でも、代理だなんて。クラウチさんは随分とお忙しいのね」

 

 私はそのままの流れでマルフォイと共にパーシーの近くの椅子に腰かける。

 パーシーは少し表情を曇らせながら答えた。

 

「いや、最近どうもクラウチ氏は体調が優れない様子でね。まあ、もう結構なお歳だし僕としてもあまり無茶をして欲しくはないが……」

 

「そう、体調が良くなるといいわね」

 

 確かに第一の試験の時も絶好調とは程遠い顔色をしていたような気がする。

 それにしても入省一年で部長補佐とは随分な速度の出世と言えるだろう。

 

「さて、どうかしらね。私の予言では来年死ぬことになってるけど」

 

 円卓の向かい側に座っているレミリアが肩を竦める。

 パーシーはそれを聞いて途端に不安そうな表情になった。

 

「貴方が言うとシャレになりませんよ。冗談ですよね?」

 

「まあ流石に予言というのは冗談だけど、このままでは先は長くないわよ」

 

「この先長くはないってどういうことです?」

 

 オウム返しにパーシーがレミリアに聞き返す。

 

「だって彼、魔法で無理やり体を動かしているようだし。あんなこと続けたら体がボロボロになってしまうわよ」

 

 ふむ、マグルの世界で言うところの覚せい剤のようなものだろうか。

 

「まあ、無理が祟った結果、ウィーズリーの三男坊が出張ってきてるわけだけど。いい機会だからゆっくり休むように伝えなさいな」

 

「はい。スカーレット嬢が心配なされてたとお伝えしておきます」

 

 パーシーは椅子に座りながら丁寧に頭を下げる。

 レミリアは満足そうに微笑むと、どこからともなくワイングラスを取り出し、それを優雅に回し始めた。

 私はその様子を横目に見ながら自分の席の前に置かれたメニュー表を手に取る。

 いつもならダンブルドアが挨拶した後にテーブルに置かれた皿が料理で満ちるところだ。

 だが、ダンブルドアはカルカロフとの会話に花を咲かせており、挨拶をする気配はなかった。

 いや、それどころか美味しそうにポークチョップを食べている。

 どうやらいつもの方式とは少し違うらしい。

 

「ドラコ、これどう思う? メニューが置かれてるけど」

 

「さあ、頼めば来るんじゃないか?」

 

 私はメニューを開いて順番に上から音読していく。

 すると次から次へと私の前に料理が満ちた。

 

「凄いわ。普段の数倍の量がありそう」

 

「……まあ、全部頼むことは向こう側も想定していないだろうしね。というか、そんなに食べられるのかい?」

 

 マルフォイは私の前にぎっちぎちに並べられた料理を呆れた目で見る。

 私はそんなマルフォイに対して親指を立てると、手元にあるフォークを手に取った。




設定や用語解説

パチュリーの著書
 今まで出版した多くの著書にかなりやばめな情報が暗号化して詰め込まれている。今まで解き明かしたものはいない。そもそも、暗号が込められているとは誰も思わない。

パチュリーの移動魔法
 姿現しとは仕組みが違うので姿現しが禁止されている場所でも使用することができる。だが、杖がないと発動しないため、その点では姿現しに劣る。

一回誘って断られたハリー
 チョウを誘ったが、原作通りチョウはセドリックと組んだ。

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名家の嗜みと青い宝石と私

 一九九四年、十二月二十五日。

 三大魔法学校対抗試合の一環として開催されたクリスマスダンスパーティーの夜。

 私は頼んだ料理を綺麗に平らげ、自分の目の前に皿の山を築き上げていた。

 

「ふう。やっぱりホグワーツの料理は美味しいわ。というか、屋敷しもべ妖精って料理上手よね。そう言えば、ドラコの家にも屋敷しもべ妖精がいるんだっけ?」

 

 私はナフキンで口の周りを拭きながら隣に座っているマルフォイに聞く。

 マルフォイは私の前に積まれた皿の枚数を数えながら答えた。

 

「うん。薄汚いのが一匹ね。アホでドジな奴だけど、まあ、料理の腕は悪くないよ」

 

「そういうのって誰から習うんでしょうね。屋敷しもべ妖精にも学校があるのかしら」

 

 私はちらりとパチュリーに視線を向ける。

 パチュリーはこちらの視線に気が付いたのか、手に持っていたクッキーを皿に置いた。

 

「他の屋敷しもべ妖精はどうかわからないけど、貴方に与えたクリーチャーは先代から教わったと言っていたわよ」

 

 なるほど、どうやら代々受け継がれてきた技術のようだった。

 

「あ、そういえばノーレッジ先生、一冊読み終わりましたよ」

 

 私はついでと言わんばかりにパチュリーにそう伝える。

 それを聞いてパチュリーは小さく微笑んだ。

 

「そう。おめでとう。ちなみに読み終わったのは?」

 

「『移動魔法の推移とその先』です」

 

「ああ、あの本ね。便利でしょうあの魔法」

 

「ええ、苦労して読み解いた甲斐がありました」

 

 私は悪戯っぽく笑って見せる。

 

「そこで質問なんですけど、次に読んだ方がいい本とかありますか?」

 

「そう……ね。『呪文を唱える重要性と無言呪文の有用性』とか面白いかもしれないわね」

 

 『呪文を唱える重要性と無言呪文の有用性』とは、魔法使いが魔法を使う上で何故呪文を唱えなければならないのか、また、無言呪文はどのようなプロセスで発動し、どのようなメリットがあるのかといったことが何百ページに渡って書かれている本だ。

 

「わかりました。次はそれを読んでみようと思います」

 

 もうすでに一冊読み終わっていることもあり、二冊目はサクサクと読み進めることができるだろう。

 できればクリスマス休暇中に読んでしまいたいところだ。

 パチュリーとそのような会話をしていると、私から見て右のほうに座っていたハーマイオニーが溜まらず口を挟んだ。

 

「ノノノノーレッジ先生! わ、私も先生の本読んでます! 『呪文を唱える重要性と無言呪文の有用性』も読みました! 本当に興味深い内容で……あまり触れられることのない無言呪文のリスクとデメリットについてあんなに詳しく書かれている本は他にはないと思います」

 

 ハーマイオニーは鼻息を荒くしながらパチュリーに対して捲し立てる。

 パチュリーはそんなハーマイオニーを一瞬冷ややかな目で見たが、すぐにいつも通りの無表情になった。

 

「そう、嬉しいわね。私の本を読んでくれる学生は少ないから」

 

「そんな! 全ての授業の教科書を先生の本にするべきです!」

 

 それはない。

 あれほど難解な本を教科書にしたところで、理解できる生徒は一握りもいないだろう。

 

「そう。是非魔法省かホグワーツの理事にでもなって、私の本を教科書に採用して頂戴」

 

「はい! 是非!」

 

 ハーマイオニーに尻尾が生えていたら、千切れんばかりに振っていることだろう。

 ハーマイオニーがパチュリーのファンだということは十分理解していたが、ここまで行くともう崇拝の域だ。

 ハーマイオニーは呼吸を落ち着けるように何度か深呼吸をすると、椅子に深く座り直す。

 そして少しトーンを落としてパチュリーに聞いた。

 

「でも、ホグワーツの理事の一席を埋めたという話を聞いた時は本当に驚きました。表の世界に出てくるような人だとは思ってはいなかったので」

 

「……本当に、私のことをよく調べているようね。確かに、私は基本屋敷に籠って魔法の研究ばかりしているわ。でも、古い知り合いの頼みだから」

 

 パチュリーはちらりとダンブルドアの方を見る。

 

「まあ、名前を貸しているだけだから、理事としての活動には殆ど参加していないわ」

 

「そう、なんですか……私は先生の作ったカリキュラムの授業を受けてみたかったんですけど……」

 

 ハーマイオニーは目に見えて肩を落とす。

 だが、パチュリーはそんなことはお構いなしだった。

 

「そんなことに時間を割いているほど私は暇じゃないわ」

 

 私はそんなパチュリーの発言に違和感を覚える。

 暇じゃないとは言うが、だとしたら何故対抗試合の審査員を引き受けたのだろうか。

 確かバグマンから声をかけ、それを了承したとパチュリーは言っていた。

 もし暇じゃないという話が本当なら、そんな話は引き受けないはずだ。

 

「あの、それじゃあどうして──」

 

 私がそのことについて聞こうとしたその時、大広間が拍手喝采で包まれる。

 ステージの方へ視線を向けると、そこには様々な楽器を持った毛むくじゃらの女性たちが立っていた。

 どうやら、そろそろダンスの時間らしい。

 私は照明が落ちると同時に立ち上がると、マルフォイの手を取った。

 

「さて、食べた分だけ踊りましょうか。どうやら私たちが一番最初に踊らないといけないみたいだし」

 

「あ、うん。食べた分だけって、何日間踊り続けるつもりだい?」

 

 マルフォイは少し不安そうな顔をしながら立ち上がる。

 私はそんなマルフォイに対して頬を膨らませた。

 

「もう、そんなに食べてないわ」

 

「いや……まあいいか」

 

 マルフォイはどこか諦めたような顔で私の腰へと手を回す。

 そして音楽が始まると同時に私とマルフォイは踊り始めた。

 

「あら、上手じゃない」

 

 私はマルフォイの腕の中でクルリとターンしながらマルフォイに声を掛ける。

 マルフォイは私の顔をちらりと見ると、また少し顔を赤くした。

 

「まあね。社交ダンスは名家の嗜みだ。小さい頃から心得がある」

 

「それじゃあ、その実力見せてもらいましょうか。合わせるからリードして頂戴」

 

 マルフォイは少し鼻息を荒くすると、先程よりも大きな動きで踊り始める。

 私はそれに合わせながら、マルフォイとのダンスを楽しんだ。

 

 

 

 

 

 クリスマスパーティーから一週間後。

 私はパチュリーから教えてもらった『呪文を唱える重要性と無言呪文の有用性』をロンドンにある自分の部屋の書斎で読んでいた。

 ホグワーツでは姿現しを行うことができないが、パチュリーが考案した移動魔法を用いればそんなことは障害ではなくなる。

 気軽にロンドンにある自分の家に戻ってくることができるのだ。

 私は本を広げながら少し後ろに椅子を傾ける。

 女子寮や談話室で時間を止めて本を読むのも悪くはないが、ここなら誰の目にもつくことがない。

 魔法の研究を行うにはもってこいの場所だろう。

 

「それにしても、この本の内容はノーレッジ先生が薦めるだけあって凄まじいわね」

 

 私は冷や汗を流しながら本を読み進める。

 いや、冷や汗どころじゃない。

 まるで知識と引き換えに己の精神をやすりで削り落としているかのような。

 新たな感覚を得るために、己の脳の形を変形させているかのような。

 そのような狂気を、本当に身近なところに感じるのだ。

 この本の表に書かれている題名は『呪文を唱える重要性と無言呪文の有用性』。

 だが、裏に隠されている本当の題名はこうだ。

 

『賢者の石を用いた魔法の有用性と実用性』

 

 この本は題名通り賢者の石を用いて魔法を使う方法が書かれている。

 そう、私が一年生の頃に殺したクィレルがヴォルデモート復活のために手に入れようとしていた賢者の石を、この本はあくまで魔法を発動させる材料の一つとして使用しているのだ。

 

「当たり前のように賢者の石っていう単語が出てくるわね。ダンブルドアと同い年であの少女のような容姿の謎が解けたわ」

 

 もしパチュリーが賢者の石を手にしているのだとしたら、あの若い見た目にも納得がいく。

 きっと賢者の石で命の水を作り、老化を防止しているのだろう。

 私は最後まで本を読み終え、背もたれに体重をかけて伸びをする。

 なんにしても、この本に書かれている内容は賢者の石を手に入れないことには使えない。

 一度は手にした賢者の石だが、ヴォルデモートですら手に入れることができなかった賢者の石を、私が再度手に入れることは出来ないだろう。

 

「それに、ニコラス・フラメルの賢者の石はダンブルドアが砕いてしまったようだし。後はノーレッジ先生から直接貰うぐらいしか──」

 

 そこまで口にし、私はあることを思い出して鞄を漁り始める。

 そしてパチュリーから渡された青い宝石を取り出した。

 

「まさか……まさかよね?」

 

 私は綺麗な青い宝石を手の中で転がし、窓から差し込む光に透かす。

 まさか、この宝石が賢者の石とでもいうのか?

 

「──っ」

 

 私は鞄から水差しとゴブレットを取り出し、ゴブレットの中に水をそそぐ。

 そして震える手で青い石を水の中に落とした。

 するとどうだろうか。

 ゴブレットの中の水は一瞬泡立ったかと思うと、淡く光り輝き始めた。

 私はゴブレットの中から青い宝石を取り出し、机の上に置く。

 そして青い宝石が変化させたゴブレットの中の水をマジマジと観察した。

 

「ノーレッジ先生の本に書いてあった通りだ……賢者の石は命の水を生成する。それに、命の水の特徴も本に書いてあった通り……」

 

 私は恐る恐るゴブレットを持ち上げて、それに口をつける。

 そして少し考え、一口も飲まずに机の上に置きなおした。

 

「いや、今の身長で成長止めるのはアホらしいわね。これを飲むのは成人してからにしましょう」

 

 私は命の水を小瓶の中に入れ、コルクでしっかりと封をする。

 そして鞄の中のわかりやすいところに小瓶を放り込んだ。

 

「っと、なんにしても賢者の石があるということはこの本に書かれている魔法を実践できるということよね」

 

 賢者の石を用いた魔法は杖を使った魔法とは根本的に異なる。

 杖を用いた魔法は体内の魔力を杖で導き、指向性を持たせて放つというものだ。

 だが、賢者の石を用いた魔法は、魔力を賢者の石の中で増幅、変換するという特徴がある。

 つまりは魔法使いが持っている魔力をそのまま魔法に使うのではなく、より魔法を使うのに適した魔力へと変換するのだ。

 

「そう言えば、ノーレッジ先生が言っていたわね。これは触媒だって。つまりはそういうことなのね」

 

 賢者の石とはつまり、魔力を変化させる触媒なのだ。

 私はシャツの裾で賢者の石を拭くと、手の中に握りこむ。

 そしてその状態で時間を停止させた。

 

「……凄い。すごいすごいすごい!」

 

 私は今、ただ時間を止めただけだ。

 だが、時間を止める精度の解像度が全然違う。

 まるで、自分の頭の中に高精度の時計が埋め込まれたような。

 今まで自分の感覚だけで時間を止めていたが、それに明確な基準が設けられたような。

 私は一度時間停止を解除し、ポケットの中から懐中時計を取り出す。

 そしてその懐中時計の針を十二時ぴったりに調整した。

 

「十秒で一時間。ぴったり加速させる」

 

 私はそれを意識し、懐中時計の時間を加速させる。

 そして十秒経ったところで、懐中時計の時間を元に戻した。

 私の感覚では、一時間ぴったり時間を進めたはずだ。

 私が懐中時計の時刻を確認すると、懐中時計は一時ぴったりを指していた。

 

「やっぱり、術の精度がかなり上がってる」

 

 これなら、一瞬で朝まで時間を飛ばしたり、逆に百メートルをぴったり十秒で走ったりすることができるということである。

 いや、むしろ今まで加減が利いていなかった空間を操る能力にこそ、大きな力を発揮するだろう。

 私は賢者の石を握りこんだまま、懐中時計の裏蓋を外し中の空間を操る。

 そして賢者の石がすっぽりと収まる空間を作り上げると、賢者の石を中にはめ込んだ。

 賢者の石の隠し場所としては、これ以上の場所は存在しないだろう。

 私は懐中時計の裏蓋を嵌めると、懐中時計を握りこむ。

 その状態で魔力を賢者の石に流し込めることを確認し、懐中時計をポケットに仕舞いこんだ。

 

「……さて、それじゃあ談話室に帰りますか」

 

 私は時間を停止させてから女子寮の自分のベッドのある部屋へと瞬間移動する。

 そして部屋の中に誰もいないことを確認し、時間停止を解除した。

 

「……何というか、ここまでくると本気でノーレッジ先生に直接教えを乞いたくなるわね。取り敢えず、先生のいろんな本を裏から読んでいきますか」

 

 私は懐中時計を握りこむと、自分のローブのポケット内の空間を広げる。

 そしてポケットの中に鞄を仕舞いこむと、ベッドに寝ころんで大きく伸びをした。




設定や用語解説

現在のドビー
 ハリーとの繋がりも少なく、未だにマルフォイ家で屋敷しもべをやっている。

ハーマイオニーを冷ややかな目で見るパチュリー・ノーレッジ
 何故冷ややかな目で見ていたのか。覚えていたら伏線回収します。

パチュリー・ノーレッジの賢者の石
 原作のような赤い石ではなく、色とりどりで宝石のように磨かれている。

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第二の課題とバブルパルスと私

「そういえばサクヤ。お前、卵の謎は解き終わったのか?」

 

 クリスマス休暇が明けてから一か月が過ぎ、二月に入った頃。

 私がムーディの隠し部屋で死の呪いの練習をしている最中に、ふと思い出したようにムーディが言った。

 

「……え? 卵って何の話です?」

 

「第二の課題のヒントになる金の卵だ。勿論既に謎を解き終わって第二の課題の準備を進めているんだろうな?」

 

 私は杖をローブに仕舞い直すと、ポケットの中から鞄を取り出し、更に鞄の中から金の卵を取り出す。

 そういえば、こいつの存在を完全に忘れていた。

 

「あー、まあ、これからボチボチやりますよ」

 

「ということは、今まで解こうともしとらんかったんだな」

 

 ムーディは椅子に座りながら大きなため息をつく。

 私は頭を少し掻きながら、金の卵を開いた。

 その瞬間、かなり大きな音で悲鳴のようなものが部屋中に響き渡る。

 私はそれに耳を傾けるが、その音に意味を見出すことは出来なかった。

 

「うーん、ただの悲鳴にしか聞こえませんね」

 

 私は卵を閉じると、鞄の中へと仕舞い直す。

 ムーディはそんな私を見て、また大きなため息を付きながら言った。

 

「湖だ」

 

「え?」

 

「第二の課題は湖だ。湖の中で一時間、捕えられた人質を探し出す。それが第二の課題だ」

 

 第二の課題は湖、つまりは水中ということだろう。

 水中で一時間、自由に動き回ることができなければ第二の課題はクリアできないということか。

 

「それじゃあ、泳ぎの練習をしないといけませんね。まずは顔を水につけるところから始めますか」

 

「ふざけている場合ではないぞ。第二の課題までに三週間もない」

 

「ま、なんとかなりますよ。そっちに関してはあてがありますので」

 

 まだ読み進めていないパチュリーの本の中に、きっと水中に適応する方法も書かれているはずだ。

 それに、水の中で呼吸するだけならいくつか有用な魔法を知っている。

 頭の周りに空気を纏う泡頭呪文など、それにぴったりだろう。

 

「……ふん、まあいい。なんにしても、準備をしておくのだぞ」

 

「はい。わかりました」

 

 私はムーディの言葉に頷くと、死の呪いの練習を再開する。

 元から持っている時間を操る能力に加え、パチュリーが作り上げた空間移動魔法。

 この二つの力だけでも私は誰にも負ける気はしない。

 それに加え、ムーディによる戦闘訓練に賢者の石による魔法の強化。

 なんというか、ここ半年ほどであまりにも力を付けすぎてしまった。

 慢心するわけではないが、このままホグワーツを飛び出し無法者として生活を始めても何の問題もなく暮らしていけるんじゃなかろうか。

 お金はいくらでも調達することは出来る。

 マグルのホテルを転々としながら自由気ままに生きるのも面白いかもしれない。

 

「……ふふ」

 

 まあ、それはこの際置いておこう。

 まっとうな生き方から外れることはいつでもできる。

 今は目先のことについて意識を向けることにしよう。

 

 

 

 

 一九九五年、二月二十四日。

 三大魔法学校対抗試合の第二の課題の日がやってきた。

 私は湖の畔に設置された観客席を横目に見る。

 どうやら第一の課題の時に森の近くに設置されていたものを、湖の近くにそっくりそのまま移動させてきたらしい。

 そして、私の後ろには審査員用の椅子とテーブルが設置されており、既に審査員の五人が着席していた。

 審査員席には向かって左からレミリア、パーシー、バグマン、ファッジ、パチュリーの順で座っている。

 その並びに何か意味があるのかは分からないが、レミリアが一番左端なのには明確な理由があった。

 レミリアの更に左、そこにレミリアの従者である美鈴が大きな日傘を差して立っている。

 その日傘が作り出す大きな影に、レミリアはすっぽりと収まっていた。

 どうやら太陽と影の差す方向的に、レミリアが端っこの方が都合がいいようだ。

 

『さあ、全選手の準備が整ったようです! 第二の課題の内容を簡単に説明しましょう!』

 

 私が軽く首を回しながら競技の開始を待っていると、審査員席のバグマンが拡声呪文を用いて大声を張り上げる。

 それを受け、ガヤガヤと騒がしかった客席がシンと静まり返った。

 

『選手たちは一時間以内に奪われたものを取り戻さなくてはなりません。何をどうすればよいのか、選手たちの顔を見る限り、しっかりと理解できているようです』

 

 奪われたものを取り返す……確か人質を取られているとムーディは言っていたか。

 人質……つまりは私と仲のいい人物が湖中のどこかに囚われているということだろう。

 私は自分の横に並ぶフラーとクラムを見る。

 どちらも二月の寒空の下ということもありローブで体をしっかりと覆っていたが、その下にはしっかり水着を着ているようだ。

 それに対して私は、普段のホグワーツの制服姿のままこの場に来ている。

 確かに水着を着ていた方が水中では動きやすそうではあるが、流石にこの気温で水着を着る気にはなれなかった。

 

「さあ、それでは課題を始めていきましょう! さん……に……いち……」

 

 バグマンが大音量でホイッスルを鳴らす。

 それと同時にフラーとクラムは水中に潜る準備を始めた。

 フラーはどうやら泡頭呪文を用いて水の中に潜るつもりらしい。

 自身の頭を大きな泡で包み込むと、ローブを脱ぎ捨て水着姿で湖の方へと走っていく。

 

「あう!」

 

 そして湖の冷たい水を踏んで思わず声を上げた。

 

「いや、そりゃそうでしょうに」

 

 凍ってこそいないが、湖の水の温度は限りなく零度に近いはずだ。

 何の準備もなしに水の中に入れば低体温症になってしまうだろう。

 

「……っ!」

 

 だが、フラーはそれを気合と根性で何とかすることにしたらしい。

 そのまま特に何の対策もせず水の中に潜っていった。

 

「無茶するわ。で、貴方はどうするの?」

 

 私は肩を竦めながらクラムの方を見る。

 クラムは私の問いかけに対し視線だけで答えると、杖を引き抜いて自らの体に変身術を掛けた。

 すると見る見るうちにクラムの頭がサメへと変身する。

 だが、変身したのは頭だけで、体は人間のままだった。

 クラムはその状態で湖の中へと飛び込んでいく。

 まあ、あの状態でも水中で息はできるのだろう。

 

『さあ、これで湖の畔に残るのはホワイト選手のみとなりました! ですが、ホワイト選手はいまだ動く様子はありません!』

 

 私の後ろでバグマンが声を張り上げる。

 このままでは準備ができていないと勘違いされてしまうだろう。

 私はクラムの姿が見えなくなると同時にローブと靴を脱ぎ捨てる。

 そして制服から杖を引き、自らの首に突きつけ、魔法を掛けた。

 私が一番得意としている魔法は、時間を操るものだ。

 だが、それ以外にも得意分野はある。

 私は杖を首に突きつけたまま、横へと滑らせる。

 すると、そこには魚の鰓のようなものが出現していた。

 そう、自らの体を変化させ、魚の鰓にあたる器官を生成したのだ。

 同じように手足にも変身魔法を掛け、大きな水かきを生成する。

 これで、水中で動き回る準備自体は完了した。

 

「でも、これじゃあ寒いことには変わりないわね」

 

 次に私は制服の下に着ている下着に変身術を掛ける。

 すると、下着は形を変えながら全身を包み込み、さながらダイビングスーツのような形へと変化した。

 

「さて」

 

 一通り魔法を掛け終わったところで、私は審査員席を振り返り優雅にお辞儀をする。

 そしてそのまま後ろへ大きくジャンプし、湖の中に飛び込んだ。

 

「ぶべら!」

 

 水に頭から飛び込んだ瞬間、私はあまりの水の冷たさに一瞬溺れそうになる。

 だが、変身術で作り出したスーツによって守られた箇所はしっかりと保温されており、凍死することはないだろう。

 私は喉を閉めたまま大きく水を吸い込み、鰓を通して酸素を体内に吸収する。

 どうやら上手く変化させることができていたようで、地上と同じような感覚で呼吸が可能になっていた。

 私は自分が施した魔法に特に問題がないことを確認すると、水かきで大きく水を掻く。

 手足に生み出した水かきは普通に水を掻くより格段に多くの水を掴み、体を前へ前へと押し出していった。

 

「(さて、ここまでは問題なし。後はどこに人質がいるかよね)」

 

 私は水を掻きながら広い湖の中を探索する。

 制限時間は一時間。

 この湖の広さからして、普通に探すだけでは時間切れになってしまうだろう。

 きっと、何か探し出すための手掛かりが湖の中に残されているはずである。

 私は冷たい水を大きく吸い込み、更に奥へ、深くへと泳ぐ。

 その瞬間だった。

 

「──ッ!」

 

 私は感覚だけを頼りに後ろから飛んできた槍を回避する。

 私がその方向を向くと、そこには水中人がこちらに対し槍を構えていた。

 

「……」

 

 私は制服から杖を引き抜くと、水中人と対峙する。

 水中人は私が杖を抜いたのを見ると、こちらに対し一直線に突進してきた。

 動きは単調、避けれない速度じゃない。

 これならギリギリのところで回避し、カウンターを喰らわせることができる。

 私は槍の先端に意識を集中し、いつでも水を蹴れるように足を脱力する。

 だが、水中人は私の目の前で急停止すると、そのまま槍をぐるりと回し私の側方から攻撃を加えてきた。

 私はギリギリの所で槍を回避すると、水を強く蹴って後ろへと飛びのく。

 今のは明らかに戦闘の訓練を受けている動きだ。

 

「(……よし)」

 

 私は周囲を確認し、他の選手や水中人がいないことを確認すると、水中人に杖を突きつける。

 

「(インペリオ)」

 

 そして水中人に対し服従の呪文を掛けた。

 水中人は構えを解くと、ぼんやりとした表情で道案内を始める。

 私は杖を仕舞いこむとその水中人の後ろにぴったりとくっついて泳ぎ始めた。

 

 

 

 

 十分ほど泳いだだろうか。

 水中人は一度岩陰に隠れると少し前方を槍で指し示す。

 私も岩陰に隠れながら、少し顔を出して槍で示された方向を見た。

 湖底にいくつもの家が立ち並び、その周囲を多くの水中人が往来している。

 中心の大きな広場ではコーラス隊だと思われる水中人が歌を歌っており、そのすぐ横にある巨大な水中人の像の尾の部分にいくつか縛り付けられた人影が見えた。

 

「(あれが人質ね。案内ありがと)」

 

 私は魔法で水中人を気絶させてから服従の呪文を解除する。

 そして、村の中心に向かって杖を向けた。

 

「(コンフリンゴ・マキシマ! 大爆発)」

 

 私は魔法を掛けた瞬間、急いで岩陰に隠れる。

 その瞬間、広場の中心にあった小石が大爆発を起こし、周囲数百メートルまで届く強力な衝撃波を発生させた。

 

「あばばばばばばばば」

 

 岩陰に隠れていても意識が飛びそうになるほどの衝撃波が私の脳を揺らす。

 衝撃波が収まってから先程の水中人の村を見ると、その場にいた水中人は全員意識を失い力なく水中を漂っていた。

 

「(よし)」

 

 私は小さくガッツポーズをすると、水を掻いて人質に近づいていく。

 そして特に何の障害もなく人質の元までたどり着いた。

 水中人の像に縛り付けられた人質は全部で三人。

 一人は銀髪が綺麗な年下と思われる少女。

 髪色や顔だちを見る限りイギリス人ではない。

 きっとフラーの人質だろう。

 もう一人はハーマイオニーだった。

 クリスマスの時にまとまっていたのが嘘のように髪は好き勝手に水中に広がっている。

 きっと私の人質だろう。

 そして最後の一人はマルフォイだった。

 冷たい水の中に浸かっているためか、青白い顔がさらに青白く変色している。

 フラーと私の人質はいるので、消去法でクラムの人質なのだろう。

 私はポケットからナイフを取り出すとハーマイオニーを繋いでいるロープを切断し、その身を自由にする。

 そしてハーマイオニーを抱きかかえながら水を強く蹴り、一気に水面を目指した。

 邪魔するものが存在しない水中を悠々と泳ぎ、水面に顔を出す。

 それと同時にハーマイオニーが意識を取り戻した。

 

「ぷは! はぁ、はぁ……って、あれ? サクヤ?」

 

 ハーマイオニーは私の肩に捕まりながら、私の顔を見てポカンとしている。

 私はハーマイオニーにニコリと微笑むとハーマイオニーの腰を抱えて審査員席の方向へ泳ぎ始めた。

 

「あの、サクヤ、あぷ、あの、言いにくいんだけど──」

 

 ハーマイオニーは何か言いたげだったが、その度に顔に水が掛かり少し苦しそうにしている。

 私はそのまま湖岸まで泳ぐと、ハーマイオニーを引き上げた。

 

『ホワイト選手が人質を救出し無事戻ってきました! 途中で脱落したデラクール選手は例外としたら、一着での帰還です! ですが……』

 

 バグマンがこちらに注目しながら拡声呪文で実況をしている。

 私は変身魔法を解除しながら審査員席の近くへと向かった。

 

『どうやら、人質の取り違えが発生したようです! ホワイト選手はクラム選手の人質を連れ帰ってきました』

 

「……は?」

 

 私はハーマイオニーの手を引きながら、ハーマイオニーの顔を見る。

 ハーマイオニーは少し困り顔で私に対して微笑んだ。

 

「ということは、私が救い出さないといけない人質って……」

 

「……うん、そう。マルフォイの方よ」

 

 私はハーマイオニーの苦々しい言葉にがっくりと肩を落とす。

 

「いや、普通ハーマイオニーの方を助けるでしょうに」

 

 私は防水呪文を掛けた懐中時計を制服のポケットから引っ張り出し、時間を確認する。

 残り時間はあと十分。

 水中人は全員気絶しているため、今から大急ぎで戻ればギリギリ時間内に間に合うだろう。

 私は急いで全身に魔法を掛け直すと、湖岸を猛スピードで走り湖の中に飛び込む。

 そして全力で水中人の村へと急いだ。




設定や用語解説

サクヤの戦闘能力
 不意打ちを喰らわなかったらダンブルドアとも対等に戦える程度。逆にサクヤが不意打ちをしたら、ダンブルドアをしてもなすすべがない。

変身術で諸々を解決するサクヤ
 割と力業ではあるが、ある意味では一番の正攻法。クラムが行った中途半端な変身術を完成させたような形。

水中人に服従の呪文
 す、水中人は人じゃないからセーフセーフ……(アウトです)

水中でコンフリンゴ(爆発魔法)
 いわゆるダイナマイト漁。人質はダンブルドアによる魔法で守られているので無傷。

人質を取り違えるサクヤ
 これに関しては運営が悪い。サクヤからしたらクラムとマルフォイはよく一緒に食事をしている友人同士に見えている。

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インタビューと城の裏手と私

 両手足に生成した水かきで可能な限り多くの水を掻き、まるで魚雷のような速度で水中人の村を目指す。

 残された時間はあと五分。

 何の問題もなく水中人の村に辿り着けたとしても、時間はかなりギリギリだろう。

 私は気絶している水中人を押しのけながら広場まで戻ってくると、水中人の像の前までやってくる。

 そこには頭だけ魚に変化させたクラムが、人質二人を見ながら頭を悩ませていた。

 私はそんなクラムに対して手を振ると、まっすぐ銀髪の方を指さす。

 そして自分はマルフォイへと近づくと、ナイフを使って縄を切断した。

 クラムはそれを見て、銀髪の少女の縄を噛み切り始める。

 私はそんなクラムにナイフを渡すと、右手首を何度か叩き時間がないことをアピールした。

 

「(じゃあね)」

 

 私はマルフォイの足を右手で掴むと、両足を高速でバタつかせ審査員席の方向へと泳ぎ始める。

 近くの湖岸に上がるより、このまま水中を進んで審査員席近くの湖岸へ出たほうが速く到着できるだろう。

 私は水面ギリギリを高速で泳ぎ、そのまま審査員席の方向へ大きくジャンプする。

 そしてマルフォイを空中で抱え直すと、息を切らせながら審査員に報告した。

 

「はぁ……はぁ……人質の、救出……、完了しました」

 

 私はマルフォイを湖岸に投げ捨て、懐中時計を確認する。

 制限時間まで残り十秒。

 なんとか制限時間内に間に合ったようだ。

 

「あー、お疲れ。というか、間に合っちゃったわね」

 

 審査員席の端っこに座っていたレミリアが、呆れた顔で私を見ている。

 私は変身術を解きながら、ポカンとした表情でレミリアを見返した。

 

「どういうことです?」

 

「人質を間違えたとはいえ、一人救出したことには変わりないからその時点で課題に関してはクリア扱いにしようとさっきまで協議してたのよ。二人目を救出してたら確実に制限時間をオーバーするだろうってことで」

 

「えぇ……」

 

 私はよろよろと立ち上がるマルフォイを横目で見ながらそんな声を漏らす。

 マルフォイは状況がよく把握できていないのか濡れた髪をかきあげながら周囲を見回していた。

 

「えっと、第二の課題は終わった……のかい?」

 

 私は杖を引き抜くと、自分とマルフォイの服を一瞬で乾かす。

 そしてため息を吐きながら答えた。

 

「終わったわ」

 

「……そうか。流石だね」

 

 私は肩を落としながら湖岸に座り込む。

 マルフォイはテンションの低い私を不思議に思ったのか、私の横で湖面を観察しながら声をかけてきた。

 

「クラムの姿が見えないな。ボーバトンの代表はあそこで泣き叫んでいるけど」

 

 私はマルフォイが指さした方向を見る。

 そこではフラーがフランス語で何かを泣き叫びながら湖に飛び込もうとしていた。

 

「デラクールはリタイアしたそうよ。あの様子だと、人質の少女が本当に死ぬものだと思ってるみたいだけど」

 

「そうなのかい? でも、それじゃああそこで毛布に包まっているグレンジャーは誰が助けたんだ? クラムはまだ湖の中なんだろう?」

 

 私はそれを聞いて小さく手を上げる。

 

「私が助けたわ。普通ハーマイオニーが私の人質だって思うじゃない」

 

「いや……あー、まあ、そうか」

 

 マルフォイはそれを聞いて少し首を傾げたが、仕方がないと言わんばかりに頷いた。

 そういえば、何故私の人質はハリーやロンじゃなかったのだろう。

 私は少し頭を捻ったが、少し離れたところにいるハーマイオニーの姿を見ておおよその理由が分かった。

 数か月前に行われたクリスマスダンスパーティー。

 その時にパートナーに選んだ相手を基準に人質を決めたのだろう。

 フラーの人質だけはダンスパーティーのパートナーじゃないが、フラーのパートナーだったデイビーズがフラーの本当に大切な相手だとは思えないし、運営側も思わなかったのだろう。

 だとしたら、教員側から見ても、私とマルフォイはそれほどまでに仲がいいように見えていたのか。

 私はまた湖の方へと視線を戻す。

 どうやらクラムも無事湖面へと辿り着いたらしく、フラーの人質を抱えながらこちらに泳いできていた。

 

『ビクトール選手も残された人質を救出したようです! 制限時間を少しオーバーしましたが、課題を無事達成したことには変わりありません! これより審査員による点数の協議が始まります。点数の発表まで少々お待ちください!』

 

 バグマンはそう宣言すると、審査員席で各選手の点数を話し合い始める。

 クラムはそのまま審査員席の近くまで泳いでくると、フラーの人質である少女を抱き上げ、湖岸へと上陸した。

 

「ガブリエル!」

 

 その瞬間、フラーが少女に駆け寄りがっちりと抱きしめ、フランス語で何かを捲し立てる。

 だが、抱きしめられているガブリエルはフラーに抱きしめられながらも、うっとりとした表情でクラムの横顔を見ていた。

 

「ありがとー! ございまーす! あなたのひとじちでないのに……本当に、ありがとう」

 

 フラーはガブリエルを放すと、クラムの横顔に小さくキスをする。

 その様子を見て、ガブリエルは頬を膨らませた。

 

「いや、残ってたのがこの女の子だけだったから──」

 

 クラムは何かを言いかけるが、ガブリエルの情熱的な抱きつき攻撃を受けそのまま後ろに倒れる。

 どうやら私は意図せず結構な修羅場を構築してしまったようだ。

 

『レディース&ジェントルメン! 審査結果が出ました! 本来ならば水中人の女長であるマーカスが湖底の様子を私に伝えてくれるはずでしたが、水中人の殆どが気絶してしまっているらしく、断片的な情報での採点になったことをご了承ください!』

 

 バグマンはそう前置きしてから各代表の点数を発表し始める。

 

『まず最初に湖に飛び込んだデラクール選手ですが、途中で水魔に不意を突かれリタイヤとなりました。ですが見事な泡頭呪文や、リタイヤするまでの水中での動きを評価し得点は二十点です!』

 

 観客席から決して小さくない拍手が沸き起こる。

 フラーはそれを聞きながら、本来なら零点でもおかしくないと呟いていた。

 

『さて、次に湖に飛び込んだビクトール選手。変身術自体は中途半端ではありましたが、水中で活動するには必要十分と言えるでしょう。制限時間を少しオーバーしましたが、無事デラクール選手の人質を救出しました! 得点は三十点!』

 

 なるほど、たとえ途中でリタイアになったとしても、制限時間をオーバーしてしまったとしても、一応得点自体は貰えるようだ。

 だったらレミリアの言う通り、無理してマルフォイを助けに行く必要はなかったかもしれない。

 

『最後にホワイト選手ですが、見事な変身術と高度な物理の知識を用いて一番早く人質を救出してみせました! ですが人質を取り違え、クラム選手を大いに混乱させてしまったためペナルティとして満点の五十点から十点の減点を行い、得点は四十点です!』

 

「取り違えるような人質を設定する運営が悪いでしょうに」

 

 私は一応の抗議を行うが、クラムを混乱させてしまったのは確かだ。

 広場にハーマイオニーがちゃんと残っていれば、クラムも制限時間に間に合ったはずである。

 

『それでは、これにて第二の課題を終了致します! 第三の課題、最終課題は六月二十四日の夕暮れ時に──』

 

 バグマンが審査員席で声を張り上げているのを聞きながら、砂だらけのローブを拾い上げる。

 そしてバサバサと砂を払ってから鞄の中に仕舞い込んだ。

 何にしても、点数的には私が一番だ。

 第三の課題がどのようなものかはまだ分からないが、私がこのまま優勝できる可能性はかなり高いだろう。

 

「あ、そういえば」

 

 私は制服のポケットから杖を取り出すと、全身に掛けた変身術を解いていく。

 その様子を隣にいるマルフォイが興味深そうな目で見ていた。

 

「それ、かなり高度な変身術だろう? いつ覚えたんだい?」

 

「独学よ。私が変身術得意なことは貴方も知っているでしょう?」

 

「確かに得意だとは聞いてるけど、ここまでとは思わなかったよ」

 

 まあ、独学とは言ったが、半分以上はパチュリーの本に書かれていた技術を応用している。

 きっと審査員席に座っている彼女はそのことに気がついているだろう。

 

「まあ、何にしてもよ。第二の課題も終わったことだし、城に帰りましょうか。貴方が人質に取られた経緯とかも聞きたいし」

 

「そうかい? そう面白い話でもないけどね。でも聞きたいというのなら──」

 

 私はマルフォイと二人で城に向けて歩き出す。

 ハーマイオニーがなんとも言えない目でこちらを見ていたが、私は視線でクラムの方を指し示した。

 

 

 

 

 

 

 私はマルフォイの話を聞きながらゆっくりホグワーツ城の方へと歩く。

 マルフォイの話では、昨日の晩にスネイプに呼び出され、ダンブルドアから第二の課題の人質役を頼みたいとの申し出があったらしい。

 水中で死んだように眠っていたマルフォイだが、どうやらダンブルドアから眠りの呪文をかけられていたようだ。

 

「僕らの身の安全はダンブルドアが保証すると言っていたけど、果たしてどうやら。水中人が寝ている僕の首を掻っ切るかもしれない。それにあんな湖の奥深くだ。事故があったら死は免れなかっただろうね」

 

 マルフォイはそう言いながら得意げに胸を張る。

 

「確かに。場合によっては死んでいたかもしれないわね。結構危ない魔法を近くで使ったし。ダンブルドアがちゃんと保護の呪文を掛けていなかったら水圧で死んでたかも」

 

「す、水圧?」

 

 マルフォイは私の言葉を聞いて表情を曇らせる。

 

「そう。バブルパルスっていうんだけど、それで水中人を一網打尽にしたのよ。でも、その時は人質のことすっかり忘れてたから、貴方が五体満足なようで一安心だわ」

 

「はは、は……まあ、今度僕が人質に取られるようなことがあったら、その時は頼むよ?」

 

「そうね。人質が死んでしまったら元も子もないもの」

 

 マルフォイは青白い顔を更に青くしながら曖昧に笑う。

 私はホグワーツ城へ続く階段を上りながら第二の課題での行動を思い返していた。

 なんというか、もっと焦らずじっくりと取り組んでも良かったかもしれない。

 冷静に考えていたら自分の人質がハーマイオニーではなくマルフォイだとわかったはずだし、何より水中人をあのように気絶させる必要もなかっただろう。

 そんなことを考えながらホグワーツ城正面の大きな扉をくぐろうとしたその時、急に扉の陰から人影が飛び出してきた。

 

「第二の課題も素敵ざんしたわ! あの変身術も学生のレベルを大きく超えて……特に、人質を間違えてなお制限時間内に間に合うという余裕。素敵ざんす!」

 

 扉の陰に隠れていたのは日刊予言者新聞で記者をしているリータ・スキーターだった。

 スキーターは羊皮紙の切れ端と羽ペンを片手にズイズイと私に迫ってくる。

 

「ねえ、いいざんしょ? 私に少しお話してくださる? 読者も貴方の話を読みたくてうずうずしている頃だわ。そっちのボーイフレンドも一緒にね?」

 

 スキーターは私とマルフォイの腕をがっちり掴んで城の外へと引っ張っていこうとする。

 私はそんなスキーターの手から逃れると、小さく微笑みながら言った。

 

「インタビューを受けるのは私一人。それならインタビューに答えてもいいですよ?」

 

「あらそう? 目立つのは私一人で十分。そういうことね。素敵ざんす。そういうことなら、そうしましょうか」

 

 スキーターはマルフォイの腕を離すと、改めて妙に艶めかしい手つきで私の肩を抱く。

 

「そういうことだからドラコ、先に帰ってて。スリザリンのみんなも貴方の話を早く聞きたいでしょうしね」

 

「僕は一緒にインタビューを受けてもいいけど……」

 

「自分のことを語るところを貴方に見られるのが恥ずかしいのよ」

 

 そういうことなら、とマルフォイは私に手を振って城の中へと消えていく。

 スキーターは私の肩をがっちり掴みながら、人気のない城の裏へと歩き出した。

 

「あれ、マルフォイ家のお坊ちゃんよね? 彼とはどういう関係? 恋人同士? それとも、まだそこまでは進展していないのかしら?」

 

「いや、普通に友達ですよ?」

 

「でも、クリスマスパーティーでは彼をパートナーに選んだざんしょ? それにさっきも相当仲が良さそうだったし」

 

 スキーターは城の裏に差し掛かったところで足を止め、近くにあった石の上に座り込む。

 私は立ったまま城の壁にもたれ掛かった。

 

「まあ、仲がいいのは否定しませんよ。入学当初からの仲ですし。でも、恋人というわけではないです」

 

「でも、やっぱり将来のことを考えると、彼と結婚したい。そうよね?」

 

「うーん。私にそんな気はないんですが……というか、結婚って……。まだそんなこと考える歳ではないですよ」

 

 まあ、マルフォイ自身結婚するのに悪い相手ではない。

 家柄もいいし、性格の相性もいい。

 何より実家がお金持ちだ。

 

「そう? でも、貴方にとって彼はかなり都合がいい嫁ぎ先よね? 家柄もしっかりしているし。今の魔法界で安定を求めるなら、彼は本当に優良物件」

 

「……何が言いたいんです? というか、第二の課題に関するインタビューでは?」

 

 私がそう言った瞬間、スキーターの口角が上がった。

 

「彼と彼の実家は本当に良い居場所となる。帰る家を失った貴方にとってはね」

 

 ドクン、と心臓が大きく脈打つのを感じる。

 私はスキーターの目をじっと見つめながら、彼女の言葉を頭の中で反復した。

 『帰る家を失った貴方』、今スキーターはそう言ったか?

 

「ああ、本当に貴方ほどの悲劇のヒロインはいないわ。殺人鬼によって帰る家と家族を失い、そしてその敵を討った貴方に最後に残ったのは虚しさだけ。何故ダンブルドアが貴方を贔屓するのか。それは貴方が特別な女の子だから……そうざんしょ?」

 

 私の右手がゆっくりポケットの中に入っている懐中時計へと伸びる。

 

「あのハリー・ポッターと同じだわ。両親をあの人に殺されたハリー・ポッター。家族同然な施設の人たちをシリウス・ブラックに殺された貴方。ハリー・ポッターが例のあの人を打ち破ったように、貴方はシリウス・ブラックを打ち破った。ナイフを胸に突き刺してね」

 

 こいつ、どこまで知っている?

 その情報は学校の教員と、魔法省の一部の役人しか知らないはずだ。

 

「ダンブルドアは貴方をもう一人の英雄へと仕立て上げようとしている。まあ、それは貴方のためというのもあるんでしょうけど、でも、それだけじゃない。サクヤ、貴方は言ったわね? 貴方が代表選手に立候補できたのは、ダンブルドアが裏から手を回したからだって」

 

「そう……ですけど」

 

「でも、普通ならそんなことに手は貸さない。じゃあ、何故? それは、貴方が普通じゃないから。そうざんしょ? 課題を見ててもわかるわ。貴方は普通の生徒じゃない。それこそ、何百年に一度の天才。頭がよく、魔法の才能に満ち満ちている。素敵ざんす! この大会は貴方の名前を大きく世に広めるいい機会。ダンブルドアはこの大会を利用して貴方を大きく売り出そうとしている」

 

 スキーターは小さく舌なめずりすると、立ち上がって私に顔を寄せた。

 

「私たちの利害は一致していると思うの。貴方の名前を売りたいダンブルドア、貴方の記事を書きたい私。ね? いいざんしょ? 私に貴方についての記事を書かせて頂戴? あの孤児院で何があったのか。叫びの屋敷で何があったのか。生き残った女の子のプロデュースを私にさせて頂戴?」

 

 生き残った女の子。

 考えたことはなかったが、そう解釈することもできるのか。

 確かに、ハリーと私の境遇は少々似通っている。

 私を第二のハリー・ポッターだというのは、あながち間違いではないのかもしれない。

 

「そう……ですね。確かに私は第二のハリー・ポッターだと言えるのかもしれません。でも──」

 

 私は右手で懐中時計を握りこむ。

 そしてそのまま時間を止めた。

 

「私が求めるのは名声じゃない。そして、その事件は広めてはいけない。その事件は『シリウス・ブラックが孤児院を襲い、生き残った私がその敵を討った』。それで終わった話。掘り起こしてはいけないのよ。その事件の詳細が広まれば、ブラックのように事件の矛盾点に気が付く人間が出てきてしまうかもしれないから」

 

 私は目の前で固まっているスキーターに杖を向ける。

 そして、そのままスキーターの時間のみを動かした。

 

「だから、貴方には死んでもらうわ」

 

「え? それはどうい──」

 

「アバダ・ケダブラ」

 

 緑色の閃光が私の真紅の杖から迸り、スキーターの身体に直撃する。

 スキーターは一瞬体を震わせると、そのまま膝から地面へと崩れ落ちた。




設定や用語解説

自分の人質がいないクラム
 純粋に可哀そう。審査員もそのことをわかっているのでクラムの点数はその分考慮されている。

ハリーやロンが人質に選ばれなかった理由
 ハリーやロンを選んでも、ハーマイオニーと取り違える可能性はあった。それに、近しい人が一度に二人も消えると流石に怪しまれると思った教員が他の寮であるマルフォイを人質にすればいいと提案し、結果的にマルフォイが人質になったという経緯がある。

本来50点満点のサクヤ
 第一の課題ではレミリアとパチュリーは辛口採点だったが、第二の課題のサクヤの点数に関しては人質さえ間違えなければ文句のつけようがなかった。

知りすぎているリータ・スキーター
 サクヤには知りようのないことだが、リータはコガネムシの動物もどきであり、コガネムシになって魔法省に忍び込み、サクヤの情報を漁っていた。

アバダケダブラ
 ムーディによって習得済み。

時間が止まっている中での魔法
 魔法が行使された時間が0秒なので感知されることもなければ痕跡も残らない。未成年魔法使いの匂いも感知されない。

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記者の死体と第三の課題と私

 

 時間が止まった世界では、私から発せられる音以外は何も聞こえない。

 今もそうだ。

 時間の止まった世界では、自分の呼吸の音や心臓の音が鮮明に感じ取れる。

 私は目の前に転がるスキーターの死体を見ながら、自分の心臓の音に耳を傾けていた。

 

「……心拍数が上がってない。なんか、慣れちゃったなぁ」

 

 私は目の前に転がる死体の時間を止めると、死体の腕を掴む。

 そしてロンドンにあるノクターン横丁へと瞬間移動し、人気のない路地裏に死体を投げ込んだ。

 

「さて、アリバイ工作はこんなものでいいかしらね」

 

 ホグワーツでは姿くらましはできない。

 ただでさえ人気が少ないノクターン横丁の、誰も通らないような路地裏だ。

 死体が見つかるのに数日掛かってもおかしくはない。

 それに、スキーターのことだ。

 様々な魔法使いから恨みを買っていることだろう。

 間違っても私が疑われることはないはずだ。

 

「あ、そうだ。一応これは処分しておこうかしら」

 

 私はスキーターの死体から、手帳や財布などの持ち物を片っ端から剥ぎ取る。

 一番の目的は私の情報が書かれた手帳を処分するためだが、財布などの貴重品も奪っておけば少しは目眩ましになるはずだ。

 

「まあ、心配のしすぎかしら」

 

 私は移動魔法を用いてホグワーツ城の裏へと戻ると、時間停止を解除する。

 そしてそのまま裏口から城の中に入り、談話室を目指した。

 

 

 

 

 スキーターの死体が発見されたのは第二の課題から一週間が過ぎた頃だった。

 日刊予言者新聞は彼女の怪死を小さく記事にしたが、それ以降は彼女に関する記事は掲載されていない。

 どうやら身内からしても、いつ死んでもおかしくはないと思われていたのだろう。

 

「よし、随分と様になってきたな」

 

 私の目の前の丸椅子に腰かけているムーディが私の目の前でもがき苦しんでいる蜘蛛を見ながら言った。

 私は蜘蛛に掛けていた磔の呪文を解除すると、悪霊の火を用いて蜘蛛を跡形もなく焼き尽くした。

 

「よし、それでいい。その歳で悪霊の火を操ることができる魔法使いは殆どいないだろう。だが、これでお前は闇の魔術について、深い知識を身に着けることができたはずだ」

 

 私は悪霊の火を解除すると、杖をローブ内に仕舞いこむ。

 

「まったく、生徒に教えるような内容じゃないですよこれ」

 

 私が肩を竦めると、ムーディは小さく鼻を鳴らした。

 

「だが、必要なことだ。闇の魔術に対抗するには、闇の魔術を深く知らなければならん。そして、お前は既に並の死喰い人以上に闇の魔術について精通しておる。たとえ夜道で不意を打たれたとしても、何の問題もなく対処することができるだろう」

 

「まあ、確かにもう並の魔法使いには負ける気はしませんが……さて、次は何を教えてくれるんです?」

 

「そうだな。次、次か……」

 

 ムーディは腕を組んで小さく唸る。

 十秒ほどの沈黙の後、ムーディは呆れたような顔で言った。

 

「もう、次はない。教えるべきことは全て教え終わった。これ以上の課外授業は時間の無駄だろうな」

 

「それじゃあ、明日からはもうここに来なくてもいいと?」

 

 私は石造りの隠し部屋を見回しながらムーディに言う。

 

「ああ、そういうことだ。それに、第三の課題も控えておる。そちらに向けた準備も進めていかなくてはならないだろう?」

 

「いやまあ、準備も何もまだ何をするかすら知らないので対策のしようが無いんですけどね。先生は何か知っています?」

 

「なんだ。ダンブルドアから何も聞いてはおらんのか?」

 

 ムーディは少し目を丸くすると、ため息交じりに教えてくれた。

 

「巨大な迷路だ。中央にある優勝杯を一番初めに手にした選手の優勝となる」

 

「初めに手にした選手の優勝? それじゃあ、今までの点数は関係ないということですか?」

 

「まあ、そういうことになるか。迷路には今までの点数が高い選手から入ることになる。点数が高い選手が有利なことには変わりないが、点数が低い選手にもチャンスはあるということだ」

 

 ムーディはそこで一度言葉を切ると、部屋に置かれた椅子から立ち上がる。

 

「そういえばサクヤお前、優勝する気はあるのか? 第一の課題、第二の課題は真面目に取り組んでいたようだが……」

 

「そう、ですね……一千ガリオンは欲しいですし、優勝できるなら優勝するつもりでいますよ」

 

「随分と曖昧な返事だな。そのような浮ついた考えでいると足元を掬われるぞ? 油断大敵! 優勝を目指すなら全力で優勝杯を取りに行くのだ」

 

 ムーディはガンと手に持っていた杖を床に打ち付ける。

 私はその様子に小さくため息を付いた。

 

「まあ、そうですね。それじゃあ優勝することにします。まあ、迷路となれば運の要素も強いでしょうし、絶対とは言えませんが」

 

「よし、その意気だ。わしによる課外授業は今日で終わりだが、相談したいことがあればいつでもこの部屋を訪れるがいい」

 

「あら、お優しいことで。頼りにさせていただきますよ」

 

 私がそう言うと、ムーディは気に入らないと言わんばかりに鼻を鳴らす。

 

「ふん。お前のことだ。何か問題に突き当たったとしても、自分一人で解決してしまうのだろうな」

 

「そんなことは……。なんにしても、今日までありがとうございました」

 

 私はムーディに対し頭を下げ、隠し部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 一九九五年、五月末。

 私はバグマンに呼び出され、クィディッチ競技場へと来ていた。

 クィディッチ競技場には私とバグマンの他に、クラムとフラーの姿もある。

 

「やあ、やあ。よく集まってくれた、選手の諸君」

 

 バグマンは私たちに対し陽気に挨拶すると、大きな手振りで競技場の中を指し示す。

 競技場の中には大きな生け垣が張り巡らされており、巨大な迷路が形成されていた。

 

「どうだ。見事なものだろう? まだ育成途中だが、あと一か月もすれば六メートルほどの高さになる。さて、これが何かわかるかね?」

 

 バグマンが私たちに問うと、クラムが唸るように答えた。

 

「迷路」

 

「そう、その通りだ。第三の課題は迷路! 実に単純明快だろう? この迷路の中央に優勝杯が置かれる。その優勝杯を最初に手にした選手の優勝だ」

 

 バグマンはそう言うと、思い出したかのように付け加える。

 

「勿論、今までの点数が全く関係ないということはない。迷路には点数の高い選手から順番に入ってもらう。一番点数が高いホワイト君とデラクール君では迷路に入る時間に二十分の差がある。ホワイト君が有利なことには変わりないが、デラクール君にもチャンスはあるということだ。どうだ、面白かろう?」

 

 バグマンは楽しそうに笑いながら私たちを見回す。

 私は数か月前にムーディから聞いたことを思い出しながら何度か頷いた。

 

「そうだろうそうだろう! では、何か質問がなければ、城に戻るとしようか。今日は少し冷えるからな」

 

 バグマンはそう言うと、足早にホグワーツ城の方へと歩いていく。

 私は育ちかけの迷路をもう一度眺めると、フラーと一緒にホグワーツ城の方へと歩き出した。

 

「第三の課題は迷路か……私迷路は初めて。少しワクワクするわね」

 

 私が笑顔でフラーに言うと、フラーは頭を抱えながらため息をつく。

 

「のんきなものデス。きっとただ迷路をするだけではないんでしょう?」

 

「まあ、そうね。きっと色んな障害が配置されると思うわ。でも、流石にドラゴン以上ということはないはずよ」

 

「どらごんより凄いのが来たらさすがに死んじゃいマース」

 

 フラーはブルリと肩を震わせる。

 

「でもまあ、サクヤが有利なのには変わりませんが、私にもまだチャンスはありマス。絶対に負けないデスからね!」

 

「あら、やる気満々って感じね。望むところよ」

 

 私はフラーに対し軽く手を振ると、ホグワーツ城の入り口の前で別れる。

 そしてグリフィンドールの談話室へ向けて歩き出した。

 

 

 

 

 一九九五年、六月二十四日、第三の課題当日。

 私はホグワーツの生徒に囲まれながら大広間で朝食を取っていた。

 

「サクヤ、これも食べて。今日は頑張ってね!」

 

「でも、腹を壊して競技に参加できませんだなんてマヌケなことにはならないようにな」

 

 グリフィンドールだけじゃなく、レイブンクローやスリザリンなど様々な寮の生徒が私に激励を飛ばし、自分の寮のテーブルへと戻っていく。

 私は皿に山盛りにされたベーコンと玉子を口の中に詰め込みながら呆れ顔で言った。

 

「応援してくれるのはありがたいけど、貴方たち今日も試験よね? そんなので大丈夫なの?」

 

 そう、今日は第三の課題が行われる前に期末試験が行われる予定だ。

 

「でも、それはサクヤも変わらないだろう? 試験、受けてるじゃないか」

 

 ロンは半分ふざけて私の山にベーコンを盛りながら肩を竦める。

 

「僕だったら絶対に受けないけどな。だって、選手は本来期末試験を受けなくてもいいんだろう?」

 

「うーん、私もよくわからないんだけど、マクゴナガル先生が受けたほうがいいって」

 

 私はフォークでベーコンの塊を突き刺し、ロンの口の中に押し込む。

 ロンは顎が外れそうな大きさのベーコンを半分涙目になりながら何とか咀嚼し始めた。

 

「でも、マクゴナガル先生の言う通りだと思うわ。免除されているとはいえ、受けたら受けたでちゃんと成績にはなるんだし」

 

「まあ、そうよね。免除されても第三の課題が始まるまで暇だし。だったら試験を受けるほうがいいわ」

 

 私は皿の上の料理を綺麗に平らげると、ポケットから懐中時計を取り出し、時間を確認する。

 

「っと、そろそろ時間ね。教室に向かいましょうか」

 

 私はナプキンで口を拭くと、椅子から立ち上がり鞄を手に取る。

 その時、何か言いたげな表情のマクゴナガルが私の横を通り過ぎたが、特に声を掛けられることはなかった。

 

 

 

 

 

「レディース&ジェントルメン! 第三の課題、三大魔法学校対抗試合の最終課題がまもなく行われます! 今のうちに現在の得点状況をおさらいしておきましょう」

 

 拡声魔法が掛けられたバグマンの声がクィディッチの競技場内に響き渡る。

 私はポケットから懐中時計を取り出すと、時間を確認してポケットへと戻した。

 

「ボーバトンのフラー・デラクール選手! 五十五点! ほかの選手と大きく点差が開いてしまっていますが、まだチャンスは十分に残されています! 次にビクトール・クラム選手! 六十七点! そしてサクヤ・ホワイト選手! ダントツの八十二点! 一番初めのスタートです」

 

 私はチラリとほか二人の選手を顔を見て、すぐに迷路に意識を向ける。

 この迷路に置かれている優勝杯を手に取れば私の優勝だ。

 賞金は一千ガリオン、それだけあればパチュリーにあの家を返し、新しく家を買うこともできるだろう。

 卒業後のことを考えるのは少し早いが、誰にも邪魔されない平穏な暮らしに一歩近づける。

 望んで参加した試合ではない。

 できることなら、このような目立つ行為はしたくない。

 リータ・スキーターが言っていた。

 ダンブルドアは私を第二の英雄に仕立て上げたいのだと。

 確かに、側から見ればそう思うのは自然なことだ。

 スキーターがそのような結論に辿り着くのにも頷ける。

 

「私が、第二の英雄……」

 

 その瞬間、私の背筋を冷たい汗が一滴流れ落ちた。

 スキーターの考えは本当に思い違いか?

 あの時は何者かがダンブルドアの裏を掻き、ゴブレットに細工をしたと考えた。

 だが、どうだろう。

 ゴブレットに一番自然に細工ができるのは他でもないダンブルドアだ。

 もし、スキーターの言う通りダンブルドアが私を英雄に仕立て上げようとしているのだとしたら……

 私の名前をゴブレットに入れたのは、他でもないダンブルドアではないか?

 秘密の部屋から生還した。

 ブラックに狙われ、逆に殺した。

 そして今回、最年少で三大魔法学校対抗試合に優勝したとなったら話題性はバッチリだ。

 優勝したタイミングでブラックのことを公表すれば、私は瞬く間に第二の英雄として祭り上げられるだろう。

 ムーディの課外授業もそうだ。

 あの課外授業もダンブルドアが指示したものかもしれない。

 

「ダンブルドアは、私に何をさせようとしているの?」

 

 その瞬間、甲高いホイッスルの音が私の鼓膜を打つ。

 

「サクヤ選手、スタートです!」

 

 バグマンの大声と共に、私は迷路の中に足を踏み入れた。

 

 

 

 

 杖を構えることもせず、呆然と迷路の中を歩く。

 本当ならば、一つ一つの障害に注意を払って慎重に進むべきなのだろう。

 だが、どうにも迷路に集中することができない。

 ダンブルドアが私を英雄に仕立て上げようとしているというのはつまり、私にとってはダンブルドアが私を陥れようとしているのに等しい。

 私は英雄なんかになる気はない。

 ほどほどでいい、名声なんて望んでない。

 ダンブルドアは、私を英雄にして何をさせたいのか。

 そんなのは決まっている。

 ヴォルデモートに対する備えだろう。

 ヴォルデモートが復活しようとしていることは賢者の石騒動の際に明らかになっている。

 ダンブルドアは私をヴォルデモートにぶつけるつもりなのかもしれない。

 その時、私の脳裏にある言葉がフラッシュバックした。

 

『私についてこい。私が望む世界は、貴様にとっても住みやすい世界の筈だ』

 

 ヴォルデモートはあの時私にそう言った。

 私が住みやすい世界。

 ダンブルドアが思い描いたその世界は、本当に私にとって住みやすい世界なのか?

 ヴォルデモートが思い描く世界の方が、私には過ごしやすいのではないか?

 心臓が大きく脈打つ。

 体が熱い。

 脳が沸騰しそうになっているのを感じる。

 ダンブルドアとヴォルデモート、きっと実力は拮抗しているだろう。

 とすれば、私がどちらにつくかによって勝敗が決まる。

 

「私は、一体どちらに……」

 

 不意に、私のつま先が台のようなものにぶつかる。

 はっとして前方に意識を向けると、そこにはキラキラと輝く優勝杯が置かれた大理石の机があった。

 

「そんな……ここまで何の障害も……」

 

 私は後ろを振り返る。

 何度か曲がった記憶はあるが、そこまで長い時間歩いたわけではない。

 それに、どれほど運が良かったとしても、全く邪魔されずにここまでたどり着くなんてことは本来不可能だろう。

 

「これも……ダンブルドアが仕組んだことだっていうの?」

 

 私は目の前にある優勝杯を見る。

 これを取れば、対抗試合の優勝は私だ。

 どこからどこまでダンブルドアの策略かはわからない。

 だが、少なくとも今は、この優勝杯を手に取るしかないだろう。

 私は周囲を見回し他の選手の姿が見えないことを確認すると、優勝杯を手に取った。




設定や用語解説

試験を受けているサクヤ
 本来この日は選手の家族がホグワーツにくる日だったが、サクヤには誰も来ていないのでマクゴナガルが事前に気を利かせた形になった。

第二の英雄
 サクヤはハリーと同じ素質を持っている……ように表向きは見える。

どストレートにゴブレットにたどり着くサクヤ
 明らかな異常行為。何者かが細工しないことにはこうはならない。

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優勝杯と復活の儀式と私

 全てはゴブレットから私の名前が吐き出された時から始まった。

 誰が何を思って私の名前をゴブレットに入れたのか。

 当初は、私のことを貶めようとする闇の魔法使いが私の名前を入れたのだと考えた。

 カルカロフは元死喰い人だ。

 カルカロフ自身が私に対して恨みを持っていなくとも、他の死喰い人から頼まれて入れた可能性は十分にある。

 それに、私が去年逃したピーター・ペティグリュー。

 奴が今どこで何をしているかはわからないが、ネズミに変身できる動物もどきであるペティグリューもホグワーツに侵入し、私の名前をゴブレットに入れることが出来るだろう。

 だが、リータ・スキーターが言った言葉。

 彼女の言葉が私に新しい疑念を抱かせた。

 ゴブレットを設置し、年齢線を引いたダンブルドア自身がゴブレットに細工をし、私の名前をゴブレットから吐き出させた可能性。

 もしそうだとしたら、ダンブルドアの目的はなんだ?

 それに関してもスキーターが結論を出している。

 ダンブルドアは私を第二の英雄に仕立て上げようとしているのかもしれない。

 闇の魔法使いが私の名前をゴブレットに入れたと考えるよりも、そちらの方がよっぽど自然だ。

 ゴブレットから私の名前が出てきた時、私は自らの保身のためにダンブルドアを巻き込んだ。

 だが、もしかしたら、巻き込まれたのは私自身なのかもしれない。

 私は、目の前にある優勝杯に手を伸ばす。

 この優勝杯を手に取るということは、ダンブルドアと契約を交わすことになるんじゃなかろうか。

 この迷路に入ってからここまで、無意識で呆然と歩いてきたにも関わらず、誰からも邪魔されることなくここまでたどり着けてしまった。

 何者かの介入があったことは明白だろう。

 本当にこの優勝杯を手に取っていいのか?

 いや、ここまで来てしまったら、手に取るしかない。ここで他の二人が来るまで何もしないというのは、あまりにも不自然だ。

 私は大きく唾を飲み込むと、意を決して優勝杯を掴んだ。

 その瞬間だった。

 

「……え?」

 

 私の両足は地面から浮き、踏ん張りが利かなくなる。

 慌てて優勝杯から手を離そうにも、まるで強力な磁石かのように私の手は優勝杯から離れることはなかった。

 

「──ッ、これ、移動(ポート)キーね」

 

 私自身使ったことはないが、知識としては知っている。

 魔法界には、姿現し、煙突飛行のほかにもう一つ移動魔法がある。

 それがこの移動キーだ。

 その物体に触れた魔法使いは、定められた位置まで移動キーと共に移動する。

 きっとこの優勝杯も移動キーの魔法がかけられているのだろう。

 周囲の景色が光の筋となり私の横を通り過ぎる。

 それらは次第にゆっくりになっていき、最終的に私の両足は土の地面へと着地した。

 私はローブから杖を引き抜くと、注意深く周囲を見回す。

 てっきり審査員席の前にでも飛ばされるものだと思っていたが、少なくともここはホグワーツの敷地内ではない。

 地面には草が生い茂り、その周囲に点々と墓石が立っている。

 遠くに教会と洋館らしき影が見えるが、周囲が暗いこともありはっきりとは見えなかった。

 

「ここ、どこかしら……」

 

 まあ、危ないと思ったらすぐにでもロンドンにある自宅でもグリフィンドールの女子寮でも好きなところに逃げればいいだろう。

 私にはそれが出来る。

 

「って、いつも慢心して酷い目にあってるじゃない」

 

 私は軽く頭を振り、気を引き締める。

 その瞬間、前方から一人の人影が私の方へと近づいてくるのが見えた。

 私はその人影に向かって杖を向ける。

 だが、人影は私が杖を構えたのを見て、慌てたようにこちらに近づいてきた。

 

「ま、待ってくれ! 何もしない! 何もしないよぅ!」

 

 人影は両腕で何かを大切そうに抱えながらこちらに駆け寄ってくる。

 

「き、君を待ってたんだ。はは、あいつ、上手くやったんだな」

 

 人影は小太りの男性だった。

 身長はそこまで高くはなく、ボサボサの髪を肩まで伸ばしている。

 少なくとも、私はこんな男知らない。

 私はさらに鋭く杖を男性に突きつける。

 

「面識あったかしら?」

 

「え、ええっと……ああ、そうか。俺、俺だよ。ピーターだ。ピーター・ペティグリュー。去年君に逃してもらったロンのペットのネズミさ」

 

「ピーター・ペティグリュー……こんなところにいたのね」

 

 私は杖を下ろすとローブに仕舞い込む。

 これで相手は私が武装を解いたと勘違いするだろう。

 だが、私の本質は杖を使った魔法ではない。

 

「それで、待っていた? 私を? どういうことかしら」

 

「そのまんまの意味だよ。俺たちの計画通り、君はこの場に誘い込まれた」

 

 『俺たちの計画通り』

 その言葉が本当なのだとしたら、私の名前をゴブレットに入れたのは……

 

『気を抜き過ぎだワームテール。時間がない。術の準備をしろ』

 

 ペティグリューの抱いていた布の塊から低くおどろおどろしい声が聞こえてくる。

 ペティグリューはそれを聞いて身を竦めると、震える声で謝り始めた。

 

「ももも申し訳ありません我が君……今すぐ、今すぐ準備を始めます」

 

 ペティグリューはそう言うと、私に目配せして大きな墓石の方へと歩いていく。

 少なくともペティグリューは私のことを敵だとは思っていないらしい。

 私はいつでも時間を止められるよう気を張りながらペティグリューの後をついていった。

 

「サクヤ、少しご主人様を頼む」

 

 ペティグリューは腕に抱えていた布の塊を私に渡すと、近くに置いてあった大鍋を運び始める。

 私はその様子を窺いながら渡された布の中身を見た。

 

「……なに、これ?」

 

 布の中身は醜い赤子のような何かだった。

 髪の毛は無く、肌は鱗のようにひび割れておりどす黒い。

 そして、ひび割れた隙間からは痛々しく血が滲んでいた。

 

『これとは失礼だな。サクヤ・ホワイトよ。だが、この姿ともあと少しでおさらばだ』

 

 赤子の口が開き、人のものとは思えない声が漏れる。

 私はそのあまりの異様さに静かに息を呑んだ。

 

「貴方は……もしかしなくても……」

 

『ほう、流石にこの数年で閉心術程度は身に付けたか。だが、心を読まずともお前の考えていることぐらいはわかるぞ。そう、その通りだサクヤ。私だ』

 

 閉心術? いや、私は閉心術の練習などしたことがない。

 だが、確かに今、心の中に何かが侵入してくる感覚はなかった。

 

『ここ数年、お前の動向は常に追っていたぞ。随分な大立ち回りをするものだ。バジリスクを殺し、ロックハートを殺し、ブラックを殺し……その様子じゃ、私の育った孤児院を襲ったのも貴様だろうな』

 

「ちが……私じゃない……」

 

『何、隠さなくとも良い。あの孤児院の後始末は私のやり残した仕事の一つだ。もっとも、消し損ねた孤児院から貴様のような逸材が生まれたことを考えれば、それで良かったのかもしれんがな』

 

「……貴方も、あの孤児院の出なの?」

 

『ああ、そうだとも。ホグワーツに入学してから、私はあの孤児院に全くの興味を無くした。それこそ後始末を忘れるほどに』

 

 もぞりと赤子姿のヴォルデモートが身じろぎする。

 私は今すぐ赤子を捻り潰して逃げ出したい葛藤に駆られたが、体は蝋で固められたかのように動かなかった。

 

『あの孤児院のことは調べたぞ。あのやり方は貴様にしかできない。時間の止められる貴様にしかな。アレをやったのは貴様だ。貴様があそこにいたマグルを皆殺しにしたのだ』

 

「いや、そんな……でも──」

 

 確かに、アレは私にしかできない。

 

「ご主人様! 準備が整いました!」

 

 ペティグリューの言葉に、私は意識を前方に向ける。

 大鍋の中身は既にグツグツと沸騰しており、液体自体が燃えているかのように火花を散らしていた。

 

『さて、サクヤよ。どうやら貴様はまだ決めかねているようだな。ダンブルドアにつくか、私につくかを』

 

 心臓が大きく脈打つのを感じる。

 

『確かに、ダンブルドア側につくのもいいだろう。間違った選択ではない。だが、間違いでないだけだ。お前はそれで本当にいいのか? ダンブルドアにつけば、貴様は一生自分を隠し、嘘を吐き続けなければならん。三年前のあの夜、私は貴様に言ったな。貴様の本質は悪だと』

 

 私の本質は悪。

 ヴォルデモートの言葉が胸に響く。

 

『貴様は問題の解決に殺人という手段を用いた。そして、それが既に常套化している。貴様はこの先も人を殺す。それは貴様の性だ。生まれ持った性質だ。初めて人を殺したあの瞬間から、お前は殺人に取り憑かれている』

 

 脳裏にクィレルの恐怖に歪んだ顔がフラッシュバックする。

 私の……本質は……。

 私の世界は……。

 

『私のもとに来い、サクヤ・ホワイト。私は貴様の全てを受け止めてやれる。私には自分を隠す必要などない。私は貴様がいくら殺そうが、悪事に手を染めようが、気にはしない。さあ、私の手を取るのだ』

 

 布の中の赤子が私に向かって手を伸ばす。

 その動きはあまりにも弱々しいが、赤子の薄く開かれた瞼の下の眼球には確かな意志を感じた。

 

「……ぁ、は、い。……はい。わかりました」

 

 震えてる唇から言葉が漏れる。

 私は右手を赤子へと伸ばした。

 

『そうだ。それでいい。貴様は正しい選択をした』

 

 赤子は私の右手の人差し指を握ると、首を回してペティグリューの方を見る。

 

『よし、始めろ』

 

「は、はい!」

 

 ペティグリューは赤子を抱き上げると、鍋の中にそっと沈める。

 そして杖を持ち上げ、静かに唱え始めた。

 

「父親の骨、知らぬ間に与えられん。父親は息子を蘇らせん!」

 

 その瞬間、近くの墓石がパックリと割れ、細かい塵や骨が鍋の中へと降り注ぐ。

 

「し、しもべの肉。喜んで差し出されん……しもべは──ご主人様を蘇らせん」

 

 ペティグリューは懐からナイフを取り出すと、左手で握り、そのまま自分の右手首へ振り下ろす。

 

「ひ、ひぎぃ! あ、が……」

 

 二度、三度同じようにナイフを振り下ろし、最終的に自らの手首を鍋の中に切り落とした。

 

「はぁ、はぁ……、ぅ、ぁう……」

 

 ペティグリューは目に涙を溜めながら切り落とした手首を紐で縛り上げる。

 そして何度か深呼吸をし、左手で杖を持ち直した。

 

「──、──……。──」

 

 ペティグリューは息を切らせながらも小声で何かを呟き、私に対しナイフを渡してくる。

 そして指先を少し切るようにジェスチャーした。

 どうやら、この儀式は私の血液を入れることで完了するらしい。

 私は右手の人差し指の腹を少し切り付けると、滴る血を鍋の中に入れた。

 その瞬間、鍋の中身は白く色を変え、より一層激しく沸き立ち始める。

 そして、次第に水面が大人しくなったかと思うと、ものすごい量の蒸気が鍋の中から立ち上った。

 いや、立ち上がったのは蒸気だけではない。

 蒸気が落ち着いてくると、その中に人が立っていることが確認出来る。

 そして、人影はゆっくり鍋の外に這い出し、その姿を現した。

 そこに立っていたのは蛇のような男だった。

 雪のように白い肌、スラリとした長身。

 頭に髪の毛は無く、顔は人間ではないように変形している。

 

「ワームテール。ローブを着せろ」

 

「は、はいご主人様。ただいま……」

 

 ペティグリューは慌てて地面に置いてあったローブを拾い上げると、片手で男に羽織らせる。

 私はその様子を呆然と見ながら、今起こったことを冷静に頭の中で整理した。

 そう、ヴォルデモートが肉体を取り戻したのだ。

 ヴォルデモートは体の感覚を確かめるようにあちこちの関節を曲げ伸ばすと、最後に大きく首を回す。

 そして満足気に息を吐いた。

 

「あぁ……いい感じだ。全身に魔力が満ちるのを感じる」

 

 ヴォルデモートはローブの中から杖を引き抜き、私に向かって軽く振るう。

 次の瞬間には私の指にできた傷は綺麗さっぱり消え去っていた。

 

「なるほど、杖と体の相性もいい。違和感も──想定の範囲内だ。ワームテール、腕を出せ」

 

「はい……ご主人様。ありがとうございます……」

 

 ペティグリューはまだ完全に血が止まりきっていない右腕を差し出す。

 だが、それを見てヴォルデモートは静かに首を振った。

 

「ワームテール、反対の腕だ」

 

「ご主人様、それだけはどうか──」

 

 だが、ヴォルデモートはペティグリューの言葉を待たずに左手を引っ張ると、ペティグリューのローブの袖を捲り上げる。

 そこには口から蛇を吐いている髑髏の刺青が見えた。

 ヴォルデモートの象徴である闇の印だ。

 

「ふむ、戻っているな。全員がこれに気がつくだろう。だが、その前に色々と話をしなければな」

 

 ヴォルデモートは赤い瞳を私に向ける。

 

「時間を止めろ。サクヤ・ホワイト。話をしよう」

 

 私はペティグリューの方をチラリと見る。

 その視線で察したのか、ヴォルデモートは小さく微笑んだ。

 

「問題ない。奴には破れぬ誓いを立てさせる。それでも不安だというのなら殺しても構わん」

 

「……わかりました」

 

 私はヴォルデモートの言葉に頷くと、私の世界にヴォルデモートとペティグリューを招待した。




設定や用語解説

移動キー
 触れたものを指定された場所へ移動させる物体。時限式の物や、触れただけで作動するものもある。また、一度触れたら移動が完了するまで移動キーから手を離すことは出来ない。

閉心術が効かないサクヤ
 サクヤは初めて殺人を犯してから無意識的に心を閉じている。

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銀の義手と闇の帝王と私

 世界の時間を停止させた私は、ヴォルデモートとペティグリューの時間停止だけを解除する。

 ヴォルデモートは時間停止が解除されると同時に周囲を見回すと、ペティグリューの失われた右手に向かって杖を向けた。

 杖先から銀色のモヤが噴射され、そのモヤはペティグリューの右手にまとわりつき次第に形を変えていく。

 そして最終的に銀色のモヤは人の手の形となり、ペティグリューの失われた右手の代わりとなった。

 ペティグリューは信じられないものを見る目で新しい右手を眺めると、感覚を確かめるように指を動かす。

 そして涙を流しながらヴォルデモートに頭を下げた。

 

「ありがとうございます……ありがとうございます……」

 

「長話になるだろうからな。失血死されても困る。さて、屋敷の方へと移動しよう」

 

 ヴォルデモートは地面に蹲っているペティグリューには目もくれず、遠くに見える屋敷に向けて歩き出す。

 私はその後を追って墓場を歩き出した。

 

 

 

 

 屋敷の中はひどく荒れており、とてもじゃないが人が住める環境ではなかった。

 床には異臭を放つ包帯が放置されており、あちこちにマグルの食べ物の包装容器が転がっている。

 私は小さくため息をつくと、ヴォルデモートとペティグリューの時間を一度止める。

 そして杖を一振りしてゴミをまとめて消失させると、部屋全体に清めの呪文を掛けた。

 それから鞄の中からストックしている紅茶の入ったティーカップを取り出し、綺麗にしたばかりの机の上に載せる。

 これで準備はいいだろう。

 私は先程いた位置に戻ると、ヴォルデモートとペティグリューの時間停止を解除した。

 

「──、ほう」

 

 ヴォルデモートは一瞬で綺麗になったように見える部屋を見回すと、ティーカップが置かれた机の椅子へと座る。

 私はその対面に腰掛けた。

 

「やはり便利なものだな、時間を止める能力というのは。そして、同時に恐ろしくもある」

 

 ヴォルデモートはティーカップを持ち上げると、躊躇うことなく口に運ぶ。

 

「……ふむ、ホグワーツでよく飲まれている銘柄だ。懐かしい」

 

 そして紅茶を味わったあと、私の目をじっと見た。

 

「やはりな。読めん。先程から何度か侵入しようとしているが、今の貴様の心はまるで無機物のようだ」

 

「おかしいですね……閉心術を習ったことはないのですが」

 

「いや、貴様のそれは閉心術ではないな。これはあくまで予想だが、無意識のうちに貴様は心を閉ざしている。いや、心の時間を止めているのだろう」

 

 ヴォルデモートは細く長い指でカップの縁をなぞる。

 

「今まで、今の私のようにじっと目を見つめられたことはあるか?」

 

 ヴォルデモートにそう言われ、私は記憶を探る。

 目をじっと見つめられた経験……ある、何度かある。

 

「あります」

 

「その時、頭の中に何者かが入ってくる感覚はあったか?」

 

「……いえ、侵入された感覚はありません。と言っても、開心術を掛けられた経験が少ないのでハッキリしたことは言えませんが」

 

 ヴォルデモートは唇に指を当てて少し考え事を始める。

 そして思案を巡らせた後、また私の目を見始めた。

 

「少し心を開いてみよ。一度私が心の中に侵入する。開心術の痕跡を探るためだ」

 

「ですが──」

 

「安心せよ。私は貴様の全てを受け入れよう」

 

 私は少し躊躇ったが、ヴォルデモートのその言葉を聞き一度目を瞑る。

 そして自分の全てを曝け出す気持ちで静かに目を開いた。

 その瞬間、ずるりと何かが滑り込んでくる感覚が胸のうちに走る。

 ヴォルデモートだ。

 ヴォルデモートが私の中を這い回り、私の記憶を探っている。

 いくつもの記憶がフラッシュバックし、そして消えていく。

 

「ぁ、ぁぁぁ……」

 

「よし、このぐらいで良いだろう」

 

 目の前で私の目を見つめているヴォルデモートの口から言葉が漏れる。

 次の瞬間には、私の中にいたヴォルデモートは跡形もなく消え去っていた。

 

「今のような感覚を過去感じたか?」

 

「……いえ、初めての感覚です」

 

「そうか。なら、ダンブルドアにはまだ貴様の能力のことは漏れていないだろうな。私の方でも探ってみたが、開心術で荒らされた形跡はなかった」

 

 ヴォルデモートは小さく微笑む。

 その笑みに優しさはまるで感じなかったが、不思議と嫌な気分ではなかった。

 

「どうやら貴様はかなり早い段階で心を閉ざす術を身につけたらしい。……ふむ、使えるな。これならば安心してダンブルドアのもとへ送り込める」

 

「ダンブルドアのもとへ?」

 

 私が聞き返すと、ヴォルデモートは不敵に笑った。

 

「そのことも含めて、貴様にはいくつか話をせねばならん」

 

 ヴォルデモートは味わうように紅茶をもう一口飲むと、静かに語り始めた。

 

「賢者の石を奪い損ねた後、私は隠れ家にしていたアルバニアの森へと帰っていた。その時の私は依代を無くし、この世でもっとも弱い存在へと成り果てたのだ。惨めなものだった。だが、その時の私には自らの存在をこの世に繋ぎ止めておくことだけで精一杯だったのだ。そのような生活が二年ほど続いた頃だろうか。私のもとを一人の男が訪ねた」

 

 ヴォルデモートは鋭い視線をペティグリューに向ける。

 

「それがこの男、ピーター・ペティグリューだ。こいつは死喰い人としては新参もいいところだ。だが、戻ってきたのだ。私のもとへな。そして、こいつは手土産と言わんばかりに一人の女を連れていた。魔法省のバーサ・ジョーキンズだ」

 

 私は空になったヴォルデモートのティーカップに紅茶を注ぐ。

 ついでにペティグリューのティーカップも覗き込んだが、ペティグリューのティーカップの中身は半分も減っていなかった。

 

「こいつが連れてきたバーサ・ジョーキンズは様々な情報を私にもたらしてくれた。今年ホグワーツで三大魔法学校対抗試合が行われること。それに、私が連絡を取れば喜んで私に手を貸すであろう忠実な死喰い人の情報もな。そう魔法省の人間だからいいというわけでない。バーサ・ジョーキンズだからこそよかったのだ。強力な忘却術で忘れさせられていたが、ジョーキンズは普通の役人では知り得ない情報を知っていた」

 

「知り得ない情報?」

 

「知っていた、ではないな。知ってしまったというのが正しいか。バーサはクラウチ邸を訪ねた時に知ってはいけないことを知ってしまった。魔法省の役人であるクラウチが、死喰い人である息子を秘密裏にアズカバンから脱獄させ、自宅で匿っていたということだ」

 

 話には聞いたことがある。

 バーテミウス・クラウチ・ジュニア。

 闇祓いの夫婦を磔の呪文で拷問し、アズカバンで終身刑を言い渡された死喰い人だ。

 

「ですが、確かクラウチ・ジュニアはアズカバンで獄中死したはずでは?」

 

「アズカバンで死んだのはクラウチ・ジュニアの母親だ。ポリジュース薬で入れ替わり、クラウチ・ジュニアは母親の姿でアズカバンを出た。アズカバンに残ったのは重たい病を抱えていた母親というわけだ。クラウチ・ジュニアの母親はそのままアズカバンの中で死んだ。まあ、その話は本人から直接聞くといい。ともかく、私はワームテールと共にクラウチ邸を襲撃し、クラウチに服従の呪文を掛け支配した。そしてジョーキンズの情報通り、クラウチ・ジュニアはそこにいたのだ。クラウチ・ジュニアもまた、ワームテールと同じように私の元へと戻ってきた。私の元に優秀な魔法使いが戻ってきたことによって、ある計画を実行に移すことができる。そう、私の肉体を復活させる儀式だ」

 

 ヴォルデモートは体の調子を確かめるように目の前で指を動かす。

 

「本来、肉体の復活には父親の骨と、下僕の肉、そして敵の血が必要なのだ。父親の骨は墓場から、下僕の肉はここにいるワームテールのものを、そして敵の血にはハリー・ポッターのものを使うつもりだった。だが、あの小僧は本人が気がつかないほど厳重に守られている」

 

「だから、代わりに私を──」

 

「まあ待て。結論を急ぐな。そう簡単に諦める私ではない。私はクラウチ・ジュニアを使ってハリー・ポッターをここへと攫ってくる計画を立てた。そう、クラウチ・ジュニアをホグワーツへと忍び込ませ、ハリー・ポッターが対抗試合の代表選手に選ばれるように細工をする。そして、ハリー・ポッターが優勝するよう仕向け、奴に一番最初に優勝杯を触らせる。優勝杯は、クラウチ・ジュニアを使って移動キーに変えておくのだ」

 

「それじゃあ、私の名前がゴブレットから出てきたのは……」

 

 ヴォルデモートは少し目を細め、静かに頷いた。

 

「我々が仕掛けたことではない。そもそも、クラウチ・ジュニアはゴブレットを混乱させ、ハリー・ポッターを第四の学校の代表として選出する様に術を掛けたはずだった。ホグワーツ代表として貴様の名前が出てきたとしても、第四の学校の代表選出としてハリー・ポッターの名前が出てくるはずなのだ。だが、結果として貴様の名前が出てきてすぐ、ゴブレットの炎は消えた」

 

「クラウチ・ジュニアがしくじった?」

 

「ああ、私も当初そう思った。だが、それにしては妙だった。私としては、ハリー・ポッターの名前が出てこなかったこと以上に、貴様の名前がゴブレットから出てきたことが気になった。貴様のことはここにいるワームテールから聞き及んでいる。ジョーキンズからも貴様の周りで起こったことは聞き出した。貴様が私と同じ孤児院出身だと言うことや、孤児院で起こった事件のこと。貴様がブラックを殺したことなどもな。私はすぐに気がついたぞ。貴様が孤児院のマグルを皆殺しにしたのだとな」

 

 それに関しては、本当に私がやったのか確証がない。

 だが、確かに私が行ったことだと考えれば動機以外の全てに納得がいくのも確かだ。

 

「何にしても、私は計画を変更せざるを得なかった。もはやハリー・ポッターには手出しができん。だとするなら、目標を変えるまでだ。ホグワーツの代表選手となった貴様をここへと誘き出し、貴様の血を用いて肉体を復活させる。本来ならあの小僧とは私が直接決着をつけたがったが、この際贅沢は言えんだろう」

 

「どういうことです?」

 

「ハリー・ポッターの血を用いて肉体を復活させることによって、私は奴に触れることができるようになる。今の私では、あの小僧に指一本触れることはできないだろう。あの小僧に掛けられている護りの魔法は強力だ。破る術は殆どない。だが、それは私が直接手を下す場合の話だ。他のものが殺す分には奴に掛けられた護りの魔法は役に立たない。クラウチ・ジュニアには、貴様をここへと辿り着かせるサポートと共に、ハリー・ポッターの暗殺も命じている」

 

 ヴォルデモートの言葉に、私の心拍が早くなる。

 

「──っ、ハリーの、暗殺……ですか……。今夜でしょうか」

 

「機会があればだ。そう簡単に殺せるのだったら、わざわざこんな大掛かりなことを計画したりなどせん」

 

 ほっと、私は小さく息をつく。

 ヴォルデモートはそんな私の様子を見て不気味な微笑みを浮かべた。

 

「貴様は奇妙だな。あれだけ殺しておきながら、人付き合いは大切にしている。だが、その関係が続けられているのは、奴が貴様のことを何も知らないからだ。奴は貴様の本質を少しでも知れば、軽蔑し突き離すだろう」

 

 ……確かに、ヴォルデモートの言う通りだ。

 私には、あまりにも秘密が多すぎる。

 

「っと、話が逸れたな。ともかく、計画を変更し、私は無事貴様を私の陣営へと迎えることができた。肉体の復活も上手くいった。ここまでが私の今までだ。そして、ここからは我々のこれからの話になる」

 

 ヴォルデモートは一層視線を鋭くする。

 

「左腕に刻まれた闇の印が活性化したことによって私が復活したことは我が配下に伝わったことだろう。闇の印を打ち上げればすぐにでも集まってくるはずだ。今後の方針についてはその場で説明する。だが、重要なのは貴様の扱いだ。貴様の能力を知る者は少なければ少ないほどいい。現に、ホグワーツに潜入させているクラウチ・ジュニアは貴様の能力に関しては教えてはおらん。貴様の能力を知っているのは私と、ここにいるワームテールだけだ。だが、能力を隠すとなれば何故私が貴様を重用するか疑問に思う者が出てくるだろう。そこで、ひと芝居打つことにする」

 

 ヴォルデモートのスラリとした指が私の髪を撫でる。

 

「サクヤ・ホワイトよ。貴様は私の娘であると他の者に説明することとする」

 

 そして、あまりにも衝撃的なことを澄まし顔で言い放った。




設定や用語解説

時間が止まった世界での他人
 サクヤが直接触れているか(もしくは触れられているか)、サクヤが時間停止を解除した者は時間が止まった中でもサクヤと同じように動き回ることができる。

サクヤの閉心術
 サクヤ自身閉心術のやり方自体は知らないが、無意識の内に自分の時間をほんの少しだけ周囲とズラすことによって閉心術と同じような効果が得られている。サクヤが意識して時間の流れを一致させることにより、サクヤへの開心術が可能になる。また、サクヤに直接触れれば時間の流れの影響を受けないので開心術をかけることが出来る。

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親子関係と下僕と私

 

「……娘、ですか」

 

 何処に存在するかもわからない洋館の一室、止まった時間の中でヴォルデモートの話は続く。

 

「ああ、そうだ。貴様は私がハリー・ポッターに敗れる前に、とある魔女との間に出来た子供ということにしよう。そうすれば、貴様の存在を疑問視する者は出てこない」

 

 私はヴォルデモートの顔をじっと見つめる。

 目の色は毒々しい赤色で、その奥には無限の闇が広がっている。

 私とはあまりにも容姿が違う。

 だがまあ、隠し子という設定が不自然ではないことは確かだ。

 同じ孤児院出身であり、ヴォルデモートがハリーに敗れる前に生まれている。

 あとは両者がそうだと言い張れば、そういうことになるだろう。

 だが、本当にそれでいいのか?

 ヴォルデモートの娘という肩書き、それは相当重たいものではないのか?

 

「貴様の不安もわかる。だが、そこまでする価値が貴様にはある。それに、貴様は能力だけではない。戦闘の技術もセンスも相当なものであるとの報告を受けている」

 

「それは、まあ。ここ一年相当しごかれましたから」

 

「ああ、どうやらそのようだな。あのクラウチ・ジュニアに鍛えられ、実力を認められたのだ。私の配下の中でも一二を争う戦闘能力を持っていると言っても過言ではないだろう」

 

「クラウチ・ジュニアに鍛えられた? ……それじゃあ、今ホグワーツにいるマッド・アイは──」

 

「そうだ。奴はポリジュース薬で変装しているクラウチ・ジュニアだ。奴は去年の九月からホグワーツへと潜入している」

 

 ということは、私は死喰い人に闇の魔術を教えられていたということか。

 確かに、おかしいとは思っていた。

 闇の魔術に対抗するためという口実で、ムーディは私に闇の魔術そのものを教え込んでいたのだ。

 

「ダンブルドアはマッドアイをこの一年限定で雇い入れた。クラウチ・ジュニアには最後までホグワーツに潜伏させ、今日、貴様がホグワーツに戻ると同時に私の手元へと戻す。奴にも、そのように指示を出している」

 

「わかりました」

 

 私はヴォルデモートの言葉に頷く。

 ヴォルデモートは紅茶をもう一口飲むと、少し息をついた。

 

「さて、今話しておくべきことはこれで全てだ。最後に、こやつの口止めをせねばな」

 

 そして、ティーカップを置くと同時にヴォルデモートはペティグリューの方を向く。

 ペティグリュー自分の話になると思っていなかったのか、ビクリと体を震わせた。

 

「ワームテールには魔法契約を交わさせる。破れぬ誓いという選択肢もあるが、あれでは双方共に死んでしまうからな」

 

 魔法契約とはその名前の通り、交わした契約を決して破ることが出来なくなる魔法だ。

 契約を破ったが最後、破ったものは死に至る。

 

「私が結び手をしよう」

 

 ヴォルデモートはローブから杖を取り出すと、空中に契約文を書いていく。

 私は小さく深呼吸をすると、契約文を読み上げた。

 

「ピーター・ペティグリュー。貴方はサクヤ・ホワイトの能力の秘密について他言しないことを誓いますか?」

 

「は、はいぃ……誓います」

 

 ペティグリューがそう宣言した瞬間、空中に書かれた契約文がペティグリューの心臓のあるあたりに吸い込まれていった。

 

「これでいい。契約は終了だ。これでこいつは貴様の能力について他言出来なくなる。貴様の能力は可能な限り隠さなければならん」

 

 ヴォルデモートは杖を仕舞うと、ペティグリューを睨みつける。

 

「お前も死にたくはないだろう。能力の秘密に限らず、この娘に関して多くを語らないことだな」

 

「そ、それはもう……はい、もちろんでございます」

 

 ヴォルデモートはその返事に満足そうに頷くと、もう一度杖を取り出し自分の体に向けた。

 杖先から緑色の帯のようなものが飛び出し、ヴォルデモートの体を覆っていく。

 そして、帯のようなものはグネグネと形を変え、緑色の洋服に変化した。

 

「いつまでも素っ裸にローブというのも格好がつかないのでな。さて、話は以上だ。そろそろ、裏切り者たちを呼び戻すとしよう」

 

 ヴォルデモートはローブを翻し、洋館の外へと歩いて行く。

 私は机の上を簡単に片付け、ヴォルデモートの後を追った。

 

 

 

 

 ヴォルデモートとペティグリューと共に大鍋が置かれた墓の前まで戻ってきた私は、時間停止を解除する。

 ヴォルデモートは周囲に音が戻ったことを理解すると、ペティグリューの方を向いた。

 

「腕を出せワームテール」

 

 ペティグリューは左腕の袖を引っ張り上げ、恐る恐るヴォルデモートへと差し出す。

 ヴォルデモートはその左腕を掴み、指を腕に刻まれた刺青に押し当てた。

 

「う、ぐ……」

 

 ペティグリューの顔が苦痛に歪み、目に涙が浮かぶ。

 きっとあの行為は非常に痛みを伴うのだろう。

 赤い刺青はみるみるうちに黒く染まっていった。

 

「これでいい。すぐにでも裏切り者たちが集まってくるはずだ」

 

 ヴォルデモートは静かに目を閉じ、じっと周囲の音を探る。

 そのまま一分、二分と経った頃、バチンという姿現しの音が周囲にこだましはじめた。

 そして、姿現しの音が鳴り止んだ頃、人影がこちらに歩み寄り始める。

 皆深々とフードを被っており、顔を仮面で隠していた。

 

「そ、そんな……まさか……」

 

「そのまさかだエイブリー。まあ、そうだろうな。ここまで姿が変わってしまえば、私だと認識することすらままならないか。所詮、貴様はその程度だったということだな」

 

「そんな、そんなことは決して……」

 

 次々に現れた人影は順番にヴォルデモートの前に跪き、ローブの裾にキスをしていく。

 そしてヴォルデモートを取り囲むように大きな輪を作った。

 

「よく来た。死喰い人たちよ。最後に会った時から十三年ほど経ったか。しかし、お前たちはそれが昨日のことかのように私の呼び掛けに応えた。私たちは闇の印のもとに結ばれている。そうだな?」

 

 ヴォルデモートはぐるりと周囲を見回す。

 死喰い人たちは、ヴォルデモートに睨まれた瞬間身じろぎ、小さく悲鳴を上げた。

 

「だが、どうしてだろうなぁ? お前たち全員から罪の臭いがするぞ? どうやら、ここにいる全員が無傷で魔力も失われていないようだ。それに、永遠の忠誠を誓ったはずの貴様だが、私がどのようにして復活したかも知らないらしい」

 

 ヴォルデモートは目を伏せると、正面にいた死喰い人に杖を向ける。

 

「マクネア、貴様に聞こう。私は貴様が忠誠を誓ったヴォルデモート卿であるか?」

 

「貴方様は……はい、私が永遠の忠誠を誓った我が君でございます」

 

「そうかそうか。ワームテールから聞いているぞ。今では魔法省で勤務しているようだな。どうして貴様は今日この場に集まることができた? どうしてアズカバンに収監されていない?」

 

「それは……」

 

「失望したぞマクネア。マクネアだけではない。ここにいる全員に私は失望している。何故、誰も私を探そうとしなかった? 私が……死を克服する研究を進めていたこの私が本当に滅びたと、貴様らはそう思ったわけだ。そして、自らの保身に走った──ルシウス!」

 

 ヴォルデモートがそう叫んだ瞬間、死喰い人の一人がピクリと反応する。

 

「貴様は実に抜け目ない。世間的には立派な体面を保ちながら、今でもマグルいじめを楽しんでいるようだ。しかし、私を探そうとはしなかった。そうだな?」

 

「我が君、私は常に準備を進めておりました。貴方様の消息を少しでも掴むことができれば、私はすぐにでもお側に駆けつけたことでしょう」

 

「口だけは達者なのは十三年経っても変わらんな」

 

 ヴォルデモートは死喰い人のもとを離れると、中央へと戻る。

 そして私の頭に手を置いて、優しく撫でた。

 

「我が君、無礼を承知でお聞きしなくてはなりません。貴方様は、どのようにして我々のもとへお戻りになられたのでしょう」

 

「気になるだろうな。そうだとも。貴様らがのんびりと平和を謳歌している間に様々なことがあった。全ての始まりは、今ここにいるこの娘だ」

 

 ヴォルデモートは私の頭に手を置きながら話を続ける。

 

「ちょうど去年の今頃だろうか。ここにいる娘、サクヤ・ホワイトは我が敵の一人であるシリウス・ブラックに命を狙われていたワームテールを助け出し、私のもとへと送った。ルシウス、貴様なら知っているんじゃないか? サクヤがシリウス・ブラックを殺したという事実を」

 

「はい。確かに知り得ています。ですが、この娘と貴方様にどのような繋がりが……」

 

「察しが悪すぎはしないか? ここにいるサクヤ・ホワイトは私の娘だ。血の繋がったな。ワームテールから話を聞いた私は、最も信用できる部下をホグワーツへと送り込み、娘の教育係に当てた。そして今夜、ホグワーツで行われている三大魔法学校対抗試合を利用してホグワーツを抜け出し、娘が私のもとへと帰ってきたわけだ。私は父親の骨と下僕の肉、そして娘の血を用いて肉体を復活させ、今この場に立っている」

 

 ヴォルデモートはそのまま私の首に指を絡ませる。

 

「サクヤはすぐにでもホグワーツへと戻らねばならん。ダンブルドアの動きを監視し、私に報告するためだ。ダンブルドアのもとには、裏切り者の一人がいる。早ければ既に私が復活したことを知り得ているだろう。そこでだ、サクヤよ」

 

 名前を呼ばれて、私はヴォルデモートの顔を見上げる。

 ヴォルデモートは不気味な笑みを浮かべながら私を見下ろしていた。

 

「貴様はホグワーツへと戻り、ダンブルドアにヴォルデモートが復活したと告げるのだ。ヴォルデモート復活の場に立ち合い、命懸けで逃げてきたとな。そして、貴様はそのままダンブルドアの組織へと潜り込み、向こうの陣営の情報をこちらに流すのだ」

 

「仰せのままに、お父様」

 

 私はスカートの裾を持ち上げ、深く礼をする。

 

「その際、マッドアイが偽者であると追及せよ。本物は奴の部屋のトランクの中に監禁されている。クラウチ・ジュニアは既にホグワーツを出て姿くらましができる場所まで移動中だ。本物が見つかる頃には私の手元に戻っているだろう」

 

 私はローブから真紅の杖を引き抜く。

 その色は、驚くほどにヴォルデモートの瞳の色に酷似していた。

 

「では、行け」

 

「はい。お父様──アクシオ」

 

 私は呼び寄せ呪文で地面に転がる優勝杯を引き寄せ、飛んできた優勝杯を右手で掴み取った。

 その瞬間、私の両足は地面を離れ、天高く舞い上がる。

 私はそのままイギリスの空を高速で飛びながら、小さく息を吐いた。

 道は定まった。

 私は、闇の道を選んだ。

 

「私は、私の平穏のために」

 

 他の全てを犠牲にしても、自らの平穏を追い求めるために。

 

 

 

 

 足が地面につく。

 その瞬間、大歓声が私を包み込む。

 

『ホグワーツのサクヤ・ホワイトがやりました! 優勝は、サクヤ・ホワイト選手です!!』

 

 バグマンが歓声に負けじと拡声魔法を用いて大声を張り上げる。

 私は肩で大きく息をすると、その場に膝から崩れ落ちた。

 

「……はぁ……はぁ、っ、ぁ──」

 

 杖を握る左手を震わせ、それを右手で押さえ込む。

 そして、今にも吐きそうな顔で周囲を見回した。

 近くにダンブルドアの姿はない。

 きっとヴォルデモートの復活に気がついたスネイプがダンブルドアを連れ出したのだろう。

 

「誰か……助け……」

 

「どうしたのです?」

 

 私はそこで言葉を切ると、近づいてきたマクゴナガルに縋り付く。

 そして、顔を歪めながら必死に言葉を吐き出した。

 

「今すぐ、校長先生に伝えないと──すぐにでも、すぐにでも!!」

 

「一体どうしたと言うのです。ひとまず落ち着いて冷静に話を──」

 

「何か問題?」

 

 後ろから声をかけられ、私は咄嗟に振り返る。

 そこにはダンブルドアすら凌ぐであろう魔法研究の権威、パチュリー・ノーレッジが立っていた。




設定や用語解説

魔法契約
 破れぬ誓いとは違い、ペティグリューが秘密を漏らしたとしてもサクヤが死ぬことはない。

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涙と団結と私

 

 まずいことになった。

 この人の存在を完全に忘れていた。

 私はパチュリー・ノーレッジの顔を見ながら、内心冷や汗を掻いていた。

 魔法の実力だけで見たら、彼女以上の使い手は魔法界には存在しない。

 自ら作り上げた魔法を自由に使い、今の魔法界の魔法体系すら無視した反則級の魔法を使いこなす彼女は、今一番敵に回してはいけない存在だ。

 この人相手には、閉心術がどこまで通用するかすらわからない。

 

「マクゴナガル先生、彼女、相当憔悴しているわ。一刻も早く医務室に連れて行く必要がある」

 

「ええ、ええそうでしょう。ほら、サクヤ、立てますか?」

 

 私はマクゴナガルの肩を借りながらフラフラと立ち上がる。

 

「サクヤ・ホワイトをこのまま医務室へ連れていきます。表彰式は中止です! いいですね!」

 

 そして、マクゴナガルは私の肩を抱いて医務室に向けて歩き出した。

 パチュリー・ノーレッジは小さく口を開き掛けたが、特に何も言わず審査員席の方へ帰って行く。

 私がもう一度振り返った時には、レミリア・スカーレットに対し何かを耳打ちしているところだった。

 

「貴方らしくもない、どうしたのです?」

 

 マクゴナガルは優しく肩を抱きながら私に聞く。

 私は唇を震わせながらなんとか言葉を紡いだ。

 

「あの人が……あの人が帰ってきた。今すぐダンブルドアに伝えないと……」

 

「あの人? 一体誰の話を──」

 

「その話、詳しく聞かせて貰おうかの」

 

 医務室に向かう廊下の途中、横合いから声を掛けられる。

 振り向くと、そこにはダンブルドアとスネイプが立っていた。

 

 

 

 

「優勝杯に触れた瞬間、私は飛ばされて……気がついた時には薄暗い墓場に立っていました。そこには仮面を被った不気味な男が立っていて……私はその男に捕まり、柱に磔にされたんです」

 

 ホグワーツの医務室のベッドに腰掛けながら、私は作り話を紡ぎ始める。

 

「男は大鍋で何かの儀式をしているようでした。男は大鍋の中に醜い赤子のようなものを入れると、墓を暴きその中から骨を取り出して鍋の中に入れました。そして、自分の右手を切り落とし、それも鍋に入れたんです」

 

 私は少し呼吸を早くする。

 

「そ、そのあと男は私にナイフを向けて、向けて……手を切り裂き、溢れ出た血を鍋に加えたんです。その瞬間でした。鍋から大きな湯気が上がったかと思うと、そこに人の姿が……人間とは思えないような姿でした。蛇のような顔に赤い瞳。でも、誰に説明されるでもなく、直感的にわかりました。あの人が復活した。例のあの人が復活したんだって」

 

「まさか──」

 

 マクゴナガルが息を呑む。

 対してダンブルドアとスネイプは少し表情を険しくしただけだった。

 

「嘘じゃありません! あの人はすぐに昔の仲間を呼び寄せ、自身の復活を宣言しました。集まった死喰い人たちは一人ずつあの人に平伏し、許しを乞いているようでした……このままでは殺されると思った私は無我夢中で逃げ出して優勝杯を掴んで……」

 

「そして君はホグワーツへと戻ってきた。そうじゃな?」

 

 ダンブルドアは確認するように私に問いかける。

 私は肩を震わせ、小さく頷いた。

 

「サクヤよ、安心していい。ヴォルデモートはこの城に立ち入ることは出来ん。ここは安全じゃ」

 

「いや……安全じゃない。安全じゃ……死喰い人がいる。死喰い人が紛れて……」

 

「大丈夫じゃサクヤ。セブルスは確かに一時期闇の魔法に傾倒した時期があった。じゃが最終的に自分の過ちを認め、悔い、こちら側へと戻ってきたのじゃ」

 

 私はダンブルドアの言葉に静かに首を横に振る。

 

「違う、スネイプ先生じゃない……」

 

 私は大きく深呼吸する。

 そして呼吸を整えてダンブルドアに告げた。

 

「ムーディ先生……あの人はムーディ先生じゃない。本物は部屋のトランクの中に監禁されて──あいつの正体はバーテミウス・クラウチ・ジュニアなんです!」

 

「なんだと!?」

 

 その言葉にスネイプが目を見開く。

 

「ミネルバ、サクヤを頼む」

 

 ダンブルドアはそう言うと、スネイプと共に医務室を飛び出していった。

 

 

 

 

 十分ほど経っただろうか。

 担架に乗せられた男性が医務室に運び込まれ、私の横に寝かされる。

 その姿はあまりにもやつれ、憔悴しきっていたが、その身体的特徴から本物のムーディだと言うことはすぐにわかった。

 ダンブルドアはムーディをポンフリーに任せると、私のベッドへと戻ってくる。

 

「ダンブルドア先生、偽者の方は……」

 

「残念ながら既にホグワーツを去った後じゃった。ヴォルデモート卿が復活したことを認識し、主人の元へと帰ったのじゃろう」

 

「そう、ですか……」

 

 私は力なく顔を伏せる。

 どうやらクラウチ・ジュニアは無事にホグワーツから逃げおおせたらしい。

 考えてみれば、彼は私の師匠のようなものだ。

 無事逃げたようで取り敢えず一安心といったところである。

 

「ともかく、サクヤが無事で何よりじゃ。ヴォルデモートと対峙し、生きて帰ってこれただけで奇跡に近しい。君は今夜多大なる勇気を示した」

 

「あの人は、私の命を狙っているようでした。何故あの人が私の血液を用いて肉体を復活させたのかは分かりません。ですが、偶然そこにいたからではなく、明らかに私という存在そのものを狙っていた──」

 

「ヴォルデモートは、君に何を話した?」

 

 私は顔を伏せ、首を横に振る。

 ダンブルドアは静かに頷くと、マクゴナガルの方を見た。

 

「ミネルバ、皆を集めて欲しい。ヴォルデモートが復活した今、我々も団結せねばならん」

 

「わかりました」

 

 マクゴナガルはダンブルドアの言葉に頷くと、早足で医務室を出て行く。

 私はその後ろ姿を見送ると、ダンブルドアに尋ねた。

 

「この先、どうなってしまうのでしょうか……」

 

「それを決めるのは我々じゃ」

 

 私はベッドに腰掛けながら強く拳を握り締める。

 そして決意に満ちた目でダンブルドアに訴えた。

 

「……このままでは終われない。先生、私は……自分の未来は自分で切り開きたい」

 

「……じゃが、サクヤ。君はまだ学生じゃ。命を賭して戦うには若すぎる」

 

「先生が、それを言うのですか?」

 

 私は縋るように、怒るようにダンブルドアを睨みつける。

 

「先生なんでしょ? 私の名前がゴブレットから出てくるように細工をしたのは。例のあの人は言っていました。本来なら、この場に飛ばされてくるのはハリー・ポッターのはずだったって。でも、結果として私が代表選手に選ばれた」

 

 私は目に涙を溜めながら搾り出すように吐き捨てる。

 

「わ、私わかってるんですから……っ! 先生は私を第二の英雄に仕立て上げようとしているんでしょう? 生き残った女の子っ……第二のハリー・ポッターとして……だから、だから私に戦い方を教え、試練を与えたんですよね? そうだと、そうだと言ってください……」

 

 ダンブルドアの前で演技をしながら、私はそのことについて考える。

 ヴォルデモートはゴブレットから私の名前が出てきた件については関与していないと言った。

 と言うことは、代表選手選出の件は本当にダンブルドアの仕業の可能性がある。

 

「先生、私には力がある。私には覚悟がある。私は、きっと戦力になります……だから先生、お願いです。私に、戦わせて下さい……お願いします……お願い、します……きっとお役に立ちます。期待に応えます。だから、私を──」

 

 私は大粒の涙を流しながら、ダンブルドアに頭を下げた。

 

「私を、捨てないでっ……」

 

 ダンブルドアは蹲るように頭を下げる私を優しく抱きしめる。

 

「すまなんだ。良かれと思ってやったことが、君に必要以上の使命感を芽生えさせてしまったらしい。何故君の名前がゴブレットから出てきたか、それに関してはわしにも分からん。じゃが、サクヤの言う通り、君に期待をしてしまったのも確かじゃ」

 

 私は涙を拭いながら顔を上げる。

 ダンブルドアの眼鏡の奥の瞳は、何かを決意する様にまっすぐで、光り輝いていた。

 

「君のその覚悟、しっかりと受け取った。わしには、君のその覚悟に応える責任がある。共にヴォルデモートに立ち向かおうではないか」

 

 私は少し目を丸くしパチクリさせると、小さく鼻を啜ってニコリと微笑む。

 そして鼻声になりながら言った。

 

「はい……はい! よろしくお願いします!」

 

 さて、これでヴォルデモートの言葉通り、ダンブルドア陣営に潜り込むことができた。

 私はダンブルドアから離れると、ハンカチで顔を拭く。

 私は涙が引くのを待ちながら、今後のことを冷静に考え始めていた。

 私がヴォルデモートに命じられたことはダンブルドア陣営の動きを報告すること。

 つまり私はヴォルデモート側のスパイということだ。

 ヴォルデモートが知りたい情報は何か。

 今、このタイミングに限って言えば、ダンブルドア陣営に誰がつくかということだろうか。

 私はハンカチを仕舞い直すと、ベッドから立ち上がる。

 それと同時にマクゴナガルが多くの魔法使いを連れて医務室へと入ってきた。

 マクゴナガルを先頭に、魔法大臣のファッジ、バグマン、スネイプ、スプラウト、フリットウィック、ハグリッド、そしてクラウチの代理で審査員として来ていたパーシー。

 その後ろにはレミリア・スカーレットに従者の紅美鈴、そして最後にパチュリー・ノーレッジといつも後ろに従えている仮面の男が医務室へと入ってきた。

 

「皆のもの、まずは集まってくれたことに感謝申し上げる」

 

「本当よ。一体なんだって言うの? 優勝者が決まったのだからさっさと表彰式を行えばいいじゃない」

 

 レミリアは不満げに羽をバタつかせる。

 

「まあまあお嬢様。そんな空気でも無さそうですよ?」

 

「まったくどうしたってのよ。ゲラートのガキが脱獄でもした? それとも私を差し置いて闇の帝王とか抜かした小僧が復活したとか?」

 

 レミリアはそう茶化しながら肩を竦める。

 それを聞いて、ダンブルドアがニコリと微笑んだ。

 

「ほっほっほ。まさにその通り。さすがスカーレット嬢じゃの。そのまさかじゃ」

 

 ダンブルドアがそう言った瞬間、レミリアの顔から笑みがスッと抜ける。

 そして今まで見たことがないほど真剣な表情に変わった。

 ダンブルドアはそれを見て、静かに宣言する。

 

「ヴォルデモート卿が復活した」

 

「そんな馬鹿な! 何かの間違いだろう?」

 

 突然ダンブルドアの話を遮る形でファッジが大声を上げる。

 ダンブルドアは首を横に振ると、ファッジに言い聞かせる。

 

「コーネリウス、間違いではない。ヴォルデモートが復活したであろう可能性は非常に高いと言わざるを得ない」

 

「例のあの人が蘇った? 馬鹿馬鹿しい。そんなことが起こり得るはずがない。それに、それは一体どういった伝手で伝えられた情報なんだ?」

 

 ダンブルドアは横にいる私をちらりと見る。

 私は小さく頷くと、一歩前へ歩み出た。

 

「私です。私がこの目で確認しました」

 

 ファッジは私をポカンとした表情で見つめると、狂ったようにケタケタと笑い始める。

 

「あはははははは、そんな話を、信じろと? サクヤくん、君は少々目立ちたがり屋な一面があるようだが、冗談にも限度がある。大人をからかうのもいい加減にしたまえ」

 

「口を閉じろコーネリウス・ファッジ。憶測で話を切り上げるな。笑うのは、本当に冗談であるとわかった時でも遅くはない」

 

 レミリアは声を上げて笑うファッジを睨みつける。

 ファッジは剃刀のような鋭さのレミリアの視線を受け、小さく悲鳴を上げて縮こまった。

 

「アルバス、貴方はこの娘の話が信ずるに値するものだと、そう判断したということね?」

 

「……ああ、そうじゃ」

 

 レミリアは値踏みするように私の顔を観察すると、何度か頷く。

 そして近くにあった椅子に腰掛けた。

 

「わかった。話を聞くわ」

 

 ダンブルドアは、ようやく話ができる環境が整ったと判断したのか、私がダンブルドアに話して聞かせた内容をそのままこの場にいる全員へと伝える。

 ダンブルドアが説明を終えると、医務室内は静寂に包まれた。

 

「そこでじゃ。ヴォルデモートが復活した以上、我々も団結せねばならん。そうでなければ、すぐにでも魔法界は闇に包まれてしまうじゃろう」

 

「う、うーん……」

 

 ファッジはまだ納得がいっていないのか、小さく唸り声を上げる。

 レミリアは何かを思案する様に考え込み、逆にパチュリーは興味なさそうに大きな欠伸を一つした。

 他の全員はダンブルドアの指示を静かに待っている。

 ダンブルドアはその様子を見て、再度口を開く。

 

「ヴォルデモートが復活したとなれば、様々な措置を講じねばならん。それにはここにいる者の協力が欠かせないことを理解してほしい。手始めに、アズカバンを吸魂鬼の支配から解き放つ。ヴォルデモートが復活した今、吸魂鬼は守り手として不十分じゃ」

 

「正気か? ダンブルドア……吸魂鬼を解き放つだと? そんなことしたら私はすぐにでも大臣職を蹴り落とされてしまう! 魔法使いの半分が安眠できるのは吸魂鬼がアズカバンの警備に当たっていると知っているからだ」

 

「連中はいつまでも魔法省に忠誠を尽くしたりはせんぞ? 吸魂鬼が魔法省に従っておるのは、利害が一致しておるからだ。ヴォルデモートについた方がいい思いができると考えれば、吸魂鬼は明日にでも魔法省を裏切り、ヴォルデモートの配下になるじゃろう」

 

 ファッジは言葉が出ないといった様子で口をパクパクさせる。

 

「それと、巨人に使者を送らねばな。ヴォルデモートは過去、巨人を説得し仲間に引き入れている」

 

「巨人と交渉だと? ついにボケたか?」

 

 ファッジは大きなため息をついて頭を抱える。

 

「巨人と交渉なぞ正気の沙汰ではない。それに、奴らが我々の話を聞くとは到底思えん」

 

「じゃが、必要な措置じゃ。コーネリウス、貴方は自分の役職に執着するあまり、物事が見えなくなっておる。コーネリウス、今こそ勇気を振り絞るのじゃ。今ここで傍観を決め込めば、貴方は未来の歴史学者に無能な魔法大臣だと笑われることとなろう」

 

「何度でも言うぞダンブルドア。正気の沙汰ではない。狂人的だと言ってもいい。そのような措置、とてもじゃないが……それに──」

 

「あほくさ」

 

 医務室の中に、ため息交じりの声が響く。

 全員が声の方向に振り向くと、そこには帰り支度を始めているレミリアの姿があった。




設定や用語解説

サクヤが代表選手に選ばれた謎
 ダンブルドアが細工をしたのか、はたまた別の勢力か。ただヴォルデモート陣営でないことは確か。

騎士団に潜り込むサクヤ
 ただ戦力として期待されているというよりかは、保護に近い形。

現実を受け止めきれないファッジ
 ここは原作通り。

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優勝パーティと空き教室と私

 

「あほくさ」

 

 ホグワーツの医務室にレミリア・スカーレットの声が響く。

 その場にいる全員がレミリアの方を注目した。

 対してレミリアは既に椅子から立ち上がっており、部屋の窓に手をかけている。

 

「私はここに老いぼれ二人の口喧嘩を聞きにきたわけじゃないわ。それに、ダンブルドアが提案した措置もナンセンスとしか言いようがない。生憎、時間がないの。今日はもう帰らせて貰うとするわね」

 

「待っておくれスカーレット嬢。是非貴方のお力をお借りしたい」

 

 ダンブルドアは咄嗟にレミリアを引き止める。

 だがレミリアはつまらなさそうにダンブルドアを見ると、その横にいる私に目を向けた。

 

「サクヤ、改めて優勝おめでとう。こんなことになってしまったけど、この大会を最年少で優勝することができたその実力は評価に値するわ」

 

 じゃあね、とレミリアは窓の外に飛び出す。

 皆が窓を覗き込んだが、レミリアは既に彗星のような赤い光の筋となって遥か遠くへと消えていた。

 

「うっわ! 置いてかれた! それじゃあ私もこの辺で!」

 

 取り残された美鈴は慌てた様子で窓から飛び降りると、既に姿が見えなくなったレミリアを追って校庭を走り出す。

 どうやら美鈴自身は走って帰るつもりのようだった。

 

「さて、それじゃあ私もこの辺で失礼させてもらうわ」

 

 部屋の中からまた声が響く。

 パチュリー・ノーレッジだ。

 パチュリーは手に持っていたローブを羽織ると、フードを深く被る。

 

「やはり、手を貸してはくれんか?」

 

 ダンブルドアは先程レミリアを引き止めようとした時とは打って変わって、パチュリーが協力的でないことはわかりきっている様子だった。

 

「え? いや、だって戦争するんでしょう? 嫌よ、怖いもの。怪我するかもしれないし。それに、なんで私がそんなことしなきゃいけないの?」

 

「ですが先生。ヴォルデモートが魔法界を支配してしまった後では、色々と遅いのでは?」

 

 パチュリーの隣にいる仮面の男がパチュリーに声を掛ける。

 

「別に私は困らないもの。誰が魔法界のトップに立っているかなんて興味ないわ」

 

 パチュリーはそう言うと真っ直ぐ私の元へと近づいてくる。

 そして耳元で囁いた。

 

「内緒にしといてあげる」

 

「──ッ!?」

 

 パチュリーはスッと身を引くと、仮面の男の近くへと戻る。

 そして男と共に音もなく消え去ってしまった。

 パチュリー・ノーレッジ、彼女は何をどこまで知っている?

 今この場で殺しておいた方がよかったかもしれないが、既に行方は掴めなくなってしまった。

 探して見つかるような相手ではない。

 それに彼女のことだ。

 時間を止めたところで殺せるかすら定かではないだろう。

 唯一の救いは、少なくともどちらの陣営にも参加する意思は無さそうだということだろうか。

 私は動揺を悟られないようにしながら、なんとか心を落ち着ける。

 これでこの場から四人がいなくなった。

 いや、影響力の大きさだけで言えば、四人どころの話ではないか。

 魔法省とも繋がりが深く、さまざまな種族との繋がりを持っているであろうレミリア・スカーレットと、ダンブルドアを凌ぐ知識と技術を有しているパチュリー・ノーレッジを味方につけることが出来なかったのだ。

 ヴォルデモート側についた私としては心底ほっとしているが、ダンブルドアからしたら堪ったもんじゃないだろう。

 

「さて、それじゃあ私も失礼させてもらおう。与太話に付き合えるほど、私は暇ではないのでね」

 

 ファッジはこれ幸いと言わんばかりに帰り支度を始める。

 そんなファッジの前にスネイプが歩み出て、左手の袖をグイッと捲った。

 

「見ろ」

 

 スネイプの左腕にはペティグリューと同じように、闇の印が刻まれていた。

 ファッジはその印を見てギョッとする。

 

「闇の印だ。一時間前まではもっとはっきりしていた。死喰い人は皆闇の帝王にこの印を焼き付けられる。我々を見分ける手段であり、我々を召集する手段でもあった。あの人が死喰い人の闇の印に触れれば、全員にそれが伝わる。そしてすぐにでもその場から姿をくらまし、あの人の元へと姿現しする手筈となっているのだ。何故カルカロフがこの場にいないかわかるか? 奴は自分の生徒の面倒を見ているのではない。印が焼けるのを感じてこの場から逃げ出したのだ。奴は、そして私も闇の帝王が帰ってきたことを知ったのだ」

 

 ファッジはスネイプの言ったことを殆ど理解できていないようだった。

 馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに頭を振ると、山高帽を深く被る。

 

「言いたいことは終わったか? 私はこれにて失礼するよ。学校の経営について話があるので、明日にでもまた連絡しよう。ルード、ウィーズリー君、行こう」

 

 ファッジはそう言うと、一足早く医務室を出て行く。

 

「ああ、おい! ちょっと待てコーネリウス!」

 

 バグマンはファッジの後ろ姿に向かってそう叫ぶと、急ぎ足で私に近づき、ガリオン金貨の詰まった大袋を渡してきた。

 

「君の賞金だ。この様子じゃ、表彰式は無さそうだからね。何、大臣は少し混乱しているようだ。冷静さを取り戻せば……あるいは……」

 

 バグマンはそれだけ言うと、ファッジの後を追って医務室を出て行く。

 パーシーはどうしようか少し迷ったようだったが、やがて二人の後を追っていった。

 ダンブルドアは三人を見送ると、改めて部屋の中を見回す。

 そこにはもうホグワーツの教師陣しか残っていなかったが、ある意味ではダンブルドアの最も信用している魔法使いが残ったと言っても過言ではない。

 

「やらねばならぬことがある」

 

 ダンブルドアは毅然とした態度で言った。

 

「ミネルバ、昔の仲間に声を掛けて回っておくれ。近いうちに召集せねばならん」

 

「わかりました」

 

 マクゴナガルはダンブルドアの言葉に頷くと、医務室を飛び出していく。

 

「ハグリッド、君には巨人族説得を頼みたい。後で校長室を訪ねてほしい。そして、できればマダム・マクシームと」

 

「了解ですダンブルドア先生。今呼んできます」

 

「そしてスプラウト先生は生徒の対応に当たってほしい。対抗試合があのような終わり方をしたこともあり、不安に駆られておるじゃろうからな。フリットウィック先生は闇祓いの知り合いを数人連れてクラウチ邸を訪ねるのじゃ。運が良ければ、バーテミウスがまだ生きておるかもしれん」

 

 ハグリッドとスプラウトとフリットウィックはそれぞれ頷き、バタバタと医務室を出て行く。

 そしてダンブルドアは最後にスネイプの方を見た。

 

「セブルス。君に何を頼まねばならぬのか、もうわかっておろう? もし、やってくれるなら……」

 

「大丈夫です」

 

 スネイプはいつもと変わらない顔色だったが、目には確かな決意をたぎらせていた。

 

「そうか、では幸運を祈る」

 

 スネイプはローブの裾を翻し医務室を出て行く。

 ダンブルドアはその後ろ姿を心配そうに見送った。

 そのまま数分経っただろうか。

 ダンブルドアは何かを思案している様子だったが、やがて私の方を向いた。

 

「サクヤ、君にも頼まねばならんことがある。昔の仲間を召集するにあたり、組織の拠点が必要じゃ」

 

「私の家を、ということですね。私は構いませんが……でもいいんですか? そもそもあの家はノーレッジ先生からお借りしている家ですが」

 

「彼女は自由に使っていいと言った。つまりは自由に使っていいのじゃろう。それに彼女のことじゃ。物に執着するとも思えん」

 

 まあ、確かにパチュリー・ノーレッジのことだ。

 そんなことでは文句は言わないだろう。

 

「そういうことでしたら……どうぞ。好きに使ってください」

 

「ありがとう。今年度が終わるまでまだ少し時間があるが……明日にでも一度家へと帰り、受け入れの準備を進めて欲しい」

 

 今日が土曜日のため、明日は一日授業はない筈だ。

 

「移動には移動キーを用いる。明日の朝八時にロンドンへ飛び、夜八時に校長室へ飛ぶよう魔法をかけよう」

 

「いいんです? 移動キーの不正作成は法律違反ですよ?」

 

 私が冗談交じりに言うと、ダンブルドアはいたずらっぽい笑みを浮かべた。

 

「なに、幸いと言っていいかはわからんが、偶然にも魔法省の人間がここにおらんのでのう」

 

 ダンブルドアはポケットから小さなダイスを一つ取り出すと、そのダイスに魔法を掛ける。

 そしてそのダイスを私へと手渡した。

 

「受け入れの準備に伴い、新たに色々と買わねばならん物もあるじゃろう。生憎今すぐは持ち合わせがないが、掛かった費用は全額わしが負担するので安心してよい」

 

「勿論、一クヌート単位まできっちり請求致しますわ」

 

「さて、本来なら君は今晩は医務室で寝ておらねばならんのだが、そうも言ってられんじゃろう。寮に帰ってよろしい。きっと今頃談話室では君の優勝記念パーティーが行われている頃じゃ」

 

 私は移動キーをポケットの中に入れると、医務室を出て行こうとする。

 

「おっとそうじゃ、もう一つ伝えねばならんことがあった」

 

 だが、その瞬間ダンブルドアが私を呼び止める。

 

「ヴォルデモート卿が復活したという事実はしばらく隠匿することとする。まだ何の被害も出ていない今、必要以上に不安を煽るようなことはせん方がいいじゃろう」

 

「それはハリーたちにも……ということでよろしいですか?」

 

「……ハリーには後日、わしの口から伝えよう。ロンはご家族から。そしてハーマイオニーには──」

 

 私は一度ダンブルドアの方を振り向く。

 

「ハーマイオニー・グレンジャー嬢には、お主の口から説明してほしい」

 

「……はい。分かりました」

 

 私は今度こそ医務室を後にした。

 

 

 

 

 医務室を出た私はホグワーツの廊下を歩き、グリフィンドールの談話室を目指す。

 あのような形で第三の課題自体は終わったが、何も知らない生徒からすれば体調の悪そうな私が医務室に運ばれた以上のことは知らないだろう。

 だとしたら、今頃談話室は大騒ぎの真っ最中のはずだ。

 私は階段を上り、八回廊下の奥にある太った婦人の肖像画の前に移動する。

 

「あら、主賓のご登場ね。体調はもういいの?」

 

「『ボターロ マロブロ』ええ、少し休んだらよくなりました」

 

 合言葉を伝えると、太った婦人の肖像画がパックリと開き、私を中に招き入れてくれる。

 私は肖像画裏の穴をよじ登り、談話室の中に入った。

 私の予想通り、談話室の中は大騒ぎだった。

 厨房から持ってきたのか沢山の料理が机の上に並べられている。

 

「クラムもデラクールも我らが女王に完敗だ!」

 

「ついでに俺らも我らが女王に乾杯!」

 

 フレッドとジョージが腕を組み、バタービールを瓶ごと煽っている。

 私は限界まで気配を殺すと、フレッドの後ろへと回り込みバタービールを奪って一気に飲み干した。

 

「サクヤ! 体調は大丈夫なのかよ!?」

 

 私の存在に気が付いたフレッドが後ろを振り向き口をあんぐりと開ける。

 私は飲み干したバタービールの瓶をフレッドに投げ返した。

 

「ええ、大丈夫よ。ゴメンね。私のせいで表彰式を台無しにしちゃって」

 

「そんなことあるもんか! 上級生二人を寄せ付けずに優勝するなんて最高にクールだぜ」

 

「ええほんと! おめでとう!」

 

 皆口々に私を褒めたたえ、握手を求めてくる。

 私は一人一人と握手しながら談話室内を見回した。

 

「そう言えば、ハリーの姿が見えないけど」

 

「言われてみればそうだな。そしてうちの愚弟の姿もない。もしかしたら、サクヤのお見舞いに医務室に向かったのかもな」

 

「ということはハーマイオニーも一緒ね。まあ、そのうち帰ってくるか」

 

 どうやら入れ違いになったようだった。

 私はジョージから新しいバタービールの瓶を受け取ると、瓶の栓を開けた。

 

 

 

 

 

 

 私が談話室に戻ってから十分ほどが経過しただろうか。

 肖像画裏の穴をよじ登り、ハリー、ロン、ハーマイオニーの三人が帰ってきた。

 

「あ、帰ってきた。入れ違いになっちゃったかしら?」

 

 私は三人に向かって手を振る。

 ハーマイオニーは私が談話室にいることに目を見開くと、早足で近づいてきて私の腕をがっしりと掴んだ。

 

「ちょっとサクヤを借りるわよ」

 

「ちょちょちょどうしたってのよ」

 

 ハーマイオニーはそのまま力強く私を引っ張っていき、談話室の外に引きずり出す。

 ハリーとロンもその後ろをぴったりとついてきた。

 

「話したいことがあるんだ。それも今すぐに」

 

 私の横を歩きながらハリーが深刻な顔をする。

 私はハーマイオニーの腕を解きながら、ハリーに向き直った。

 

「……何かあったの?」

 

「ここじゃダメだ。人に聞かれない場所じゃないと」

 

 私たちはハリーを先頭にして近くの空き教室に入る。

 ハリーは廊下を見渡して、周囲に人がいないことを確認すると教室の扉を閉める。

 そしてハリーはいつになく神妙な面持ちで言った。

 

「あいつが、ヴォルデモートが復活した」




設定や用語解説

パチュリーよりもレミリアの方を積極的に引き止めるダンブルドア
 仲間として優秀というのもあるが、ヴォルデモート側につかれると一番困る人物だからというのが大きい。

賞金1000ガリオン
 これでサクヤは小金持ちになりました。

ヴォルデモートが復活したことを隠匿するダンブルドア
 原作では逆に復活したことを広く公表していた。

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拠点と手鏡と私

 

「あいつが、ヴォルデモートが復活した」

 

 私たち以外誰もいない空き教室の中で、ハリーが神妙な面持ちで言った。

 

「……例のあの人が復活? どういうこと?」

 

 私はできるだけ動揺を表に出さないようにしながらハリーに聞き返す。

 というか、何故その話をハリーが知っているんだ?

 

「第三の課題の真っ最中に、額の傷が痛んだんだ。尋常な痛みじゃない。頭が割れるかと思った。もしかしたら、半分気絶していたかもしれない。でもその時、確かに見たんだ。大鍋の中から一人の男が立ち上がるのを。人間とは思えない顔だったけど……でも、間違いない。あれはヴォルデモートだ。復活したヴォルデモートだ!」

 

 ハリーは息を荒げながら私に訴えかける。

 ロンとハーマイオニーの表情を見る限り、どうやら二人は既にハリーから同じ話を聞いているようだ。

 

「傷は、まだ痛むの?」

 

「……いや、もう大丈夫。その幻覚のようなものを見た時だけだよ。でも、今までここまで傷が痛んだことはなかった」

 

「詳しく……詳しく話を聞かせてもらえないかしら。周囲に人はいた? 何かを話していた?」

 

 もしハリーが私とヴォルデモートの関係に感づいているのだとしたら、このような話を私にすることはないだろう。

 ということは、本当に断片的な情報しか知りえないのかもしれない。

 

「……わからない。でも、他に二人ぐらい立っていたような気がする。でも、それが誰かまでは……」

 

「……なるほどね」

 

 ハリーの話を聞く限りでは、私とヴォルデモートの関係性までには気が付いていないようだ。

 私は小さく息を吐くと、教室の壁に寄り掛かる。

 なんにしても、ハリーとヴォルデモートの繋がりを甘く見ていたかもしれない。

 ここから先、ヴォルデモートと接触する際は何かしらの変装をすることにしよう。

 下手をすると私とヴォルデモートが楽しく談笑しているところをハリーが見てしまう可能性がある。

 そうなってしまえばスパイもクソもない。

 

「……ハリー、心して聞いて頂戴。それに、ロンとハーマイオニーも」

 

 私は三人の顔を見回す。

 本来ならばダンブルドアからハリーに伝えることになっているが、この際仕方がないだろう。

 

「ハリー、貴方の言う通りよ。例のあの人が復活した」

 

 私はダンブルドアに聞かせた話を、ハリー、ロン、ハーマイオニーにも話す。

 優勝杯を手にした瞬間、墓場のような場所に飛ばされたこと。

 ヴォルデモートが肉体を取り戻したこと。

 本来ならばその場にいるのはハリーのはずだったこと。

 

「例のあの人は仕方なく私の血を使ったみたい。本当だったら貴方の血を使いたかったって」

 

「その話は、もうダンブルドアには──」

 

「勿論伝えたわ。既にダンブルドアは動き出している。それにハリー、多分明日にでもダンブルドアに呼び出されると思うわ。きっと私が今した話とまったく同じ話をされると思う」

 

 ハリーはその話を聞いて押し黙る。

 きっとハリー自身、自分が見たのは悪い夢か何かだったと思いたかったに違いない。

 

「この先、どうなっちゃうんだろう……」

 

 ロンが唇を青くしながら小さい声で呟く。

 その問いに誰かが答えることはなく、ただただ時間だけが過ぎていった。

 

 

 

 

 次の日。

 私は私服姿でロンドンの街を歩いていた。

 本来ならばまだ夏休みに入ってもいないのにホグワーツの外にいるのはおかしい。

 だが、今日に関してはちゃんとした目的がありホグワーツの外に出ていた。

 私がパチュリーから借り受けているロンドンの家をダンブルドア陣営の拠点にするための準備を行うのだ。

 私は人気のない路地裏へと入り込み、小さな倉庫の陰に隠れる。

 そして杖を取り出し、グリモールド・プレイスにある自宅の自分の部屋へ瞬間移動した。

 

「クリーチャー、いる?」

 

 私は部屋の扉を開けて廊下に向かって声を掛ける。

 すると十秒もしないうちに私の目の前に屋敷しもべ妖精のクリーチャーが姿現しで現れた。

 

「お嬢様、お早いお帰りで。学校の方はもうよいのですか?」

 

「今日一日だけよ。それに、ちゃんとダンブルドアの許可も得ているしね」

 

 私はクリーチャーにこの家をダンブルドア陣営の拠点として使用することを伝える。

 クリーチャーはその話を聞き終わると、感慨深そうに何度か頷いた。

 

「なるほど、なるほど。左様でございましたか。では、この家が不死鳥の騎士団の拠点になると」

 

「不死鳥の騎士団?」

 

 私が聞き返すと、クリーチャーは懐かしそうに話し始める。

 

「例のあの人が猛威を振るっていた頃……十年以上前の話でございます。魔法界は大きく分けて二つの陣営がありました。闇の魔法使いが集まった例のあの人の陣営と、それに対抗する陣営でございます。その対抗する側の陣営の一つに、ダンブルドアが中心となり結成した秘密同盟があります。それが不死鳥の騎士団なのでございます。きっとダンブルドアが現在集めている昔の仲間というのは、その不死鳥の騎士団に所属していたメンバーでしょう」

 

「不死鳥の騎士団……ね」

 

 ということは、私は昨日その不死鳥の騎士団に入ったということだろう。

 

「にしても、詳しいわね」

 

「無駄に長い時間を生きているだけにございます。しかし、この家を不死鳥の騎士団の拠点に、ですか」

 

「ええ、だから色々準備をしなくちゃいけなくて。空いている部屋にベッドを詰め込んだり、机や食器を用意したりね。ということで、はいこれ」

 

 私は鞄の中から対抗試合の賞金である一千ガリオンを取り出し、クリーチャーに手渡す。

 

「これで色々と揃えて頂戴。細部は任せるわ」

 

「かしこまりました」

 

「あとそれと、いくら使ったかは記録しておいてね。あとで全額ダンブルドアに請求することになっているわ」

 

「そうでございますか。でしたら、遠慮なく揃えさせていただきます」

 

 クリーチャーは金貨の入った袋を両手で大切そうに抱えると、バチンと音を立ててその場からいなくなる。

 これで屋敷の準備に関しては勝手に進んでいくだろう。

 私はひと息ついてから、時間を停止させる。

 そして昨日移動キーで飛ばされた墓場へと瞬間移動した。

 運がよければヴォルデモートはまだあの屋敷にいるだろう。

 私は墓場を抜けてボロボロの屋敷へと入る。

 

「相変わらずボロいわね。まああのスキャバーズがまともに掃除できるわけないわね」

 

 私は埃が積もった廊下を進み、昨日ヴォルデモートと話をした部屋へと入る。

 そこには一人の死喰い人が立っており、部屋の一番奥にヴォルデモートは座っていた。

 どうやら、ちょうど目の前の死喰い人から話を聞いている最中のようである。

 私は鞄の中から真っ黒なローブと顔の全体が隠せる仮面を取り出し身に着ける。

 そして手袋を嵌め、完全に皮膚を隠した。

 

「さて、これでよし」

 

 私はそのまま部屋の中に移動し、死喰い人の後ろにある椅子に座る。

 そして時間停止を解除した。

 

「──では貴様は、貴様ならば不死鳥の騎士団との二重スパイの務めを果たせると、そう言いたいわけだな?」

 

 ヴォルデモートは一瞬だけ私に視線を向けたが、すぐに目の前にいる死喰い人へと視線を戻す。

 ヴォルデモートを会話をしている死喰い人は、私が聞いたことのある声でヴォルデモートに返事をした。

 

「左様でございます。我が君。私はこの十三年でダンブルドアの信用を得ました。私ならば怪しまれることなく騎士団の情報をこちらへと流すことができます」

 

「そして、こちらの機密もダンブルドアに筒抜けというわけだな」

 

「そのようなことは決して……」

 

 いくら仮面で顔を隠していても分かる。

 ヴォルデモートと会話をしているのはホグワーツの教員の一人であるセブルス・スネイプだ。

 昨日ダンブルドアが言っていた、スネイプに頼まねばならぬことというのはこのことなのだろう。

 死喰い人としてヴォルデモートに近づき、その情報をダンブルドアに流す。

 ただ一つわからないのは、スネイプが真に忠誠を誓っているのはどちらかということだろう。

 ヴォルデモートもそれがわからず、スネイプを疑っているに違いない。

 

「ふ、まあよい」

 

 だが、少し思案したあと、ヴォルデモートは不敵に笑う。

 

「貴様がどちらに忠誠を誓おうと関係のないことだ。貴様の存在は都合よく利用させてもらう。貴様は定期的に不死鳥の騎士団の情報を私の元へと届けるのだ」

 

「……仰せのままに。我が君」

 

 スネイプはそう言うと、深く一礼し姿くらましする。

 私はスネイプがいなくなったと同時に椅子から立ち上がった。

 

「いいのです?」

 

「奴にはこちらの情報は与えん。一方的に情報を運ばせるだけだ。それに、その情報が正しいものであるか、確かめるすべが私にはある」

 

 ヴォルデモートはそう言って私に対し微笑む。

 私は時間を停止させ、ヴォルデモートの時間だけを動かした。

 

「そして、この屋敷に戻ってきたということは、何か報告したいことがあるということだろう?」

 

「はい。不死鳥の騎士団内への潜入に成功しました」

 

 私がそう報告すると、ヴォルデモートは満足そうに頷く。

 

「昨日の今日で大した仕事の早さだ。それで?」

 

 私はヴォルデモートに昨日医務室であった出来事をそのまま報告する。

 ヴォルデモートは黙って私の報告を聞くと、何かを考えるように口に指をあてた。

 

「つまり、パチュリー・ノーレッジが貴様に貸し与えた家が不死鳥の騎士団の拠点になると」

 

「はい、そのようです」

 

「グリモールド・プレイス、十二番地……本当に、そこで間違いないんだな?」

 

 ヴォルデモートは古い記憶を思い起こすようにしばらく何かを考える。

 

「パチュリー・ノーレッジがあの土地を押さえ、お前に与えた……。いや、まさかな」

 

「……どういうことです?」

 

 私が聞くと、ヴォルデモートは私をまっすぐ見据えながら言った。

 

「グリモールド・プレイス十二番地と言えば、元々ブラック家が暮らしていた屋敷だ」

 

「ブラック家……というと、最後の当主は──」

 

「ああ、そうだ。シリウス・ブラック。奴がブラック家の最後の当主のはず。もっとも、シリウス・ブラックは長い間アズカバンに収監されていた。屋敷は長い間無人になっていたことだろう」

 

 私が去年から暮らしている家が、シリウス・ブラックの実家?

 いや、それよりも気になることがある。

 

「ということはパチュリー・ノーレッジはブラックが死んですぐにあの屋敷の所有権を得た。そして、その家を私に貸し与えた、ということですね」

 

「そう考えるのが自然だろうな。しかし、そうなるとパチュリー・ノーレッジの目的がさっぱり読めない」

 

 ヴォルデモートの言う通りだ。

 パチュリーは、一体何を思ってあの屋敷を手に入れたんだ?

 それに、折角手に入れた屋敷を半分譲渡するような形で私に貸し与えたのも謎だ。

 

「ふむ、警戒するに越したことはないだろうな。どのような罠が仕掛けられているかわからん。安易な気持ちで攻め入らないほうがいいだろう」

 

「わ、私のマイホームが急にビックリハウスに……」

 

「そんな可愛げのあるものならよいのだがな」

 

 なんにしても、パチュリーの目的が分かるまであの屋敷で下手なことはしないほうがいいだろう。

 いや、それに関しては今更か。

 一番の救いは、パチュリーがどちらの陣営にもつく気がないということだろう。

 彼女には全ての情報が筒抜けになっていると考えたほうがいいかもしれない。

 

「この際、パチュリー・ノーレッジをこちらに引き入れたほうが良いかもしれんな。貴様からの報告を聞く限りでは、パチュリー・ノーレッジはどちらにつく気もないように見える。だが、警戒はせねばならん」

 

「分かりました。私からの報告は以上です」

 

「ふむ、ご苦労であった。貴様は奴とは違い優秀なようだ。貴様にはスパイの任務と合わせてセブルス・スネイプの監視の任を与えよう。ああ、それと、これを持っていけ」

 

 ヴォルデモートはローブから何かを取り出すと、私に投げる。

 私はそれを左手で掴んだ。

 

「これは……手鏡ですか?」

 

 ヴォルデモートが投げてよこしたのは小さな手鏡だった。

 鏡の蓋には綺麗な装飾が施されており、かなり上等な物に見える。

 

「ただの鏡ではない。それは両面鏡だ」

 

 ヴォルデモートはそう言うと、同じ手鏡をローブから取り出す。

 

「鏡を覗き込んでみろ」

 

 言われた通り鏡を覗き込むと、そこにはヴォルデモートの顔が映っていた。

 

「この鏡は二つで一つ。この鏡を用いれば、どれだけ離れていようが互いにやり取りすることが可能だ。そして、私の予想が正しければだが……」

 

 ヴォルデモートは手鏡の蓋を閉めると、手の中に握りこむ。

 

「この状態で一度私の時間を止め、手元の手鏡の時間のみを動かしてみろ」

 

 私は言われた通りにヴォルデモートの時間を停止させると、手鏡を手に取り時間を動かす。

 するとその瞬間、ヴォルデモートの時間も一緒に動き始めた。

 

「……よし、どうやら私の思った通りのようだな。手鏡の一つの時間を動かせば、対になっているもう一つの手鏡の時間も動き出す。そしてその手鏡に触れていれば、一緒に時間停止が解除されるというわけだ」

 

 なるほど、確かにこれは便利だ。

 これならばどこにいても安全に連絡を取り合うことができる。

 

「こちらから話がある時は鏡を少し熱する。手鏡が熱くなったら時間を止め、手鏡の時間停止を解除するんだ」

 

「わかりました。そのように」

 

 私は手鏡をポケットに仕舞うと、改めてヴォルデモートの時間停止を解除した。

 

「そういえば、スネイプには私のことは話してあるのですか?」

 

「明言はしていないが、時間の問題だろうな。奴には娘の血を用いて復活したということは伝えてある」

 

「つまり、私がスパイであるという情報がダンブルドアに伝わった時は──」

 

「そう。セブルス・スネイプが私を裏切ったということだ。貴様の存在は当初スパイとして活用するが、それと同時に警報機でもある。貴様が不死鳥の騎士団に潜入できている限り、こちらの一番重要な秘密は外部に漏れていないと考える。逆に、少しでも感づかれた気配があったら、すぐに私の元へと戻ってくるのだ。不死鳥の騎士団に潜入し、その情報をこちらに流すというのも大切な仕事ではあるが、貴様という存在は本来手元に置いていた方が輝くというもの」

 

 ヴォルデモートは私との繋がりを絶対に秘匿したいとは考えていないのだろう。

 確かに、ヴォルデモートの言う通りだ。

 私をそばに置いておくだけで、殆ど全ての危機からその身を守ることができる。

 

「セブルス・スネイプ、奴の動向には注意しろ。奴の存在はこちらの強力な牙にもなりうるが、同時に猛毒にもなりうる。私からは以上だ。何か有益な情報を手に入れたら、すぐにでも私に知らせよ」

 

「かしこまりました」

 

 私はヴォルデモートに頭を下げると、ヴォルデモートの時間を停止させる。

 そしてそのまま自分の部屋へと瞬間移動した。




設定や用語解説

生きて帰るカナリアのサクヤ
 サクヤはスネイプが裏切っていないかどうかを確かめる警報装置的な役割。ヴォルデモートは、サクヤなら何があってもここまで逃げて来られると確信している。

グリモールド・プレイスの謎
 実はサクヤの家ってブラック家の屋敷だったんですよ。衝撃の事実。

両面鏡
 簡単に言えばビデオ電話みたいなもの。鏡を覗き込むと、対になったもう一つの鏡の向こうにいる人物と会話ができるというもの。ヴォルデモートはその魔法的繋がりに目をつけ、遠く離れたところにいても時間操作の効果を受けない魔法具として運用。これにより、離れたところにいても時間を止めたまま会話ができる。

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ハリー・ポッターと炎のゴブレットと私

 

「クリーチャー! いる?」

 

 ヴォルデモートの屋敷から自分の家へと戻ってきてすぐ、私は大声でクリーチャーを呼ぶ。

 ヴォルデモートとは時間を止めて話をしていたため、私が家を出てからそこまで時間は経っていない。

 きっとクリーチャーはまだ買い出しに出かける前だろう。

 

「お呼びでしょうか。お嬢様」

 

 私の予想通り、クリーチャーは十秒もしないうちに私の前に現れる。

 私は自分の部屋の椅子に座ると、クリーチャーをまっすぐ見据えた。

 

「いくつか聞かないといけないことが出来たわ。でも、その前に」

 

 私はクリーチャーの顔をじっと見る。

 

「貴方は私に忠誠を誓っている。それは確か?」

 

「何を今さら……そのような質問をお嬢様からされるとは……クリーチャーめは悲しゅうございます」

 

 クリーチャーは礼儀正しく深々と頭を下げる。

 

「そう、そうよね。なら、貴方にいくつか質問をするわ。この屋敷は元々ブラック家が所有していた。間違いない?」

 

 クリーチャーは私の口からブラック家という名前が出てくるとは思わなかったのか、少々目を丸くする。

 

「よくご存知でいらっしゃる。お嬢様の言う通り、ここはブラック家のお屋敷でございます」

 

「貴方は長いことブラック家に仕えていた。そうよね?」

 

「左様でございます」

 

 クリーチャーは私の問いに肯定する。

 どうやら、この家のことはヴォルデモートの記憶違いではないらしい。

 

「貴方の新しい主人になったパチュリー・ノーレッジは住むもののいなくなったこの屋敷を買い取り、私に屋敷ごと貴方の所有権を譲渡した。それは何故?」

 

「お嬢様、それにはお答えすることは出来ません。屋敷しもべ妖精は、たとえ今はお仕えしていないのだとしても、前の主人の秘密を漏らすことは出来ないのでございます」

 

「……そう、そうよね。でも、今貴方は私に仕えている。たとえ前の主人であるパチュリー・ノーレッジにも私の秘密を話すことは出来ない。そう考えていいのよね?」

 

 私はダメ押しと言わんばかりにクリーチャーに聞く。

 クリーチャーはその問いに対して深々としたお辞儀で答えた。

 

「左様でございますとも。私はどのようなことがあろうとも、お嬢様を裏切るような真似は致しません。第一、そのようなことをしてしまえば前のご主人から与えられた最後の命令にも背いてしまうのでございます」

 

「最後の命令?」

 

 私の問いにクリーチャーが頷く。

 

「パチュリー様は私めに『サクヤ・ホワイトに仕えろ』と、そう命令なさいました。そしてそれはなによりも重く、大切な命令だと言うのです。故に、私めはお嬢様にお仕えするのです」

 

 それに、とクリーチャーは言葉を付け足す。

 

「それにお嬢様は良きご主人様でございます。屋敷しもべ妖精を虐めず、かといって尊厳を傷つけることもない。こちらとしても仕え甲斐があるというもの。お嬢様、屋敷しもべ妖精は主人を裏切るような真似は致しません」

 

「……そう、わかった。急に呼んで悪かったわね。引き続き、買い出しをお願いするわ」

 

「かしこまりました。お嬢様」

 

 クリーチャーはそう言うと、バチンと音を立ててその場からいなくなる。

 私は先程までクリーチャーが立っていた場所を見つめながら考え込んだ。

 パチュリーは何故この屋敷を手に入れ、それをそっくりそのまま私に譲渡するようなことをしたのだろう。

 ダンブルドアから相談を受けたパチュリーが、シリウス・ブラックが死んだことによって空き家になったこの屋敷を私のために買い取り改装し、私に与えたと考えるのは流石に能天気が過ぎる。

 いや、その考えは本当に能天気か?

 あの時の私の立場は、家族同然の人たちを殺され、自分自身も殺されそうになったところを奇跡的に脱し、逆に凶悪犯を返り討ちにした悲劇のヒロインだ。

 ペティグリューが生きており、今でこそシリウス・ブラックが無実であったということがわかったが、あの時は私自身ですらシリウス・ブラックの無実を疑っていた。

 シリウス・ブラックは、殺人鬼として死んだのだ。

 私の境遇を知ったパチュリーが、私を憐れみ、同情し、私に住む家を与えた。

 その可能性は十分にあるだろう。

 

「パチュリー・ノーレッジ……彼女とはまだ敵対していない。いや、むしろ師弟の関係ですらある」

 

 不死鳥の騎士団とパチュリー・ノーレッジ。

 この二つはきっちりと分けて考えた方が良さそうだ。

 だとすると、あの時医務室にいた者たちは四つに分けることができる。

 まず一つ目が、ダンブルドアを中心とした勢力。

 私は今表向きはここに所属していることになっている。

 もう一つがファッジが大臣を務めている魔法省の勢力。

 今のところファッジ自身がヴォルデモートの復活を信じておらず、あの様子ではダンブルドアの勢力とは協力関係を築かないだろう。

 そして三つ目。

 勢力と言っていいかわからないが、レミリア・スカーレットはダンブルドアの勢力とも魔法省とも別で動き出した。

 レミリア・スカーレットは魔法界でも顔が利き、交友関係が広い。

 彼女が独自で勢力を結成したらどのような面子が集まるか全く想像ができない。

 ダンブルドア自身はレミリア・スカーレットを絶対にヴォルデモートの勢力に加入させたくない様子だ。

 ダンブルドアの説得次第ではレミリア・スカーレットはダンブルドアの勢力に入るかもしれないが。

 確かにレミリアを勢力に引き入れるメリットは大きい。

 彼女は吸血鬼だ。

 彼女が勢力にいるだけで、亜人や魔法生物などを説得しやすくなるだろう。

 まあ、あのわがままお嬢様が素直にダンブルドアの言うことに従うとも思えないので、引き入れるにしてもリスクが伴うが。

 最後に四つ目。

 これも勢力とは言えないが、パチュリー・ノーレッジはどこにも所属していない。

 医務室で言ったことが嘘ではなかったら、彼女はどこの勢力にも所属するつもりはないらしい。

 彼女が今どこで、何をしているかはわからない。

 だが、彼女を引き入れることができれば相当有利になるのは確かだ。

 ダンブルドアもヴォルデモートも、彼女を仲間に引き入れようとするだろう。

 

「さて、私は私で部屋のレイアウトでも考えますか」

 

 私は大きく伸びをし、椅子から立ち上がる。

 このことについては考え続けて答えが出るようなことでもないだろう。

 私は意識を切り替えると、ベッドの配置を考えるべく自分の部屋を後にした。

 

 

 

 

 クリーチャーの精力的な働きにより、私の家は不死鳥の騎士団の拠点とするに十分な準備が整った。

 私の部屋とクリーチャーの部屋、そして無限の空間が広がっている開けてはいけない部屋以外の全ての部屋に二段ベッドを入れ、人が寝れる環境を整える。

 ダイニングには大きな机を入れ、詰めれば何人でも座れるよう長椅子を両側に配置した。

 

「二段ベッドが十二点、長机に長椅子が二つ、食器が沢山と煮炊き用の大鍋、その他消耗品があれこれ。全部合わせて二百八十ガリオンです」

 

 私は移動キーで校長室に戻ってくると、椅子に座っているダンブルドアにそう報告する。

 ダンブルドアは羊皮紙に書かれたリストに目を通すと、満足そうに頷いた。

 

「上々じゃ。ここまで準備が整えば、あとは必要に応じて調達するだけで良いじゃろう」

 

 ダンブルドアは机の引き出しから革の袋を三つ取り出すと、私に手渡してくる。

 きっと一つの袋に百ガリオンずつ入っているのだろう。

 

「明日にでも拠点の中に人が入る。人の受け入れに関してはモリーが担当してくださることになった」

 

「モリー……ロンのお母さんですか?」

 

「左様。アーサー・ウィーズリー、モリー・ウィーズリー共に騎士団のメンバーじゃ。ホグワーツが休暇中はウィーズリー家は全員拠点で生活することになるじゃろう」

 

「それはそれは、楽しい休暇になりそうです」

 

 私は金貨の入った袋を鞄に詰めながらそんな返事を返す。

 

「何にしても、家のことはクリーチャーに任せてありますので、なんでも申し付けてください。クリーチャーにも説明はしてありますので」

 

 私は住所と共に家の鍵をダンブルドアに渡す。

 ダンブルドアはその鍵を机の上に置いた。

 

「ホグワーツが夏休み休暇に入ってすぐ、一度騎士団員全員を集め、現状の説明と共に今後の方針を話し合う予定じゃ。それまでは通常通りの学生生活を送ればよい」

 

「では、それまでは私に仕事はないと」

 

 ダンブルドアは小さく首を横に振る。

 

「サクヤ、君にはハリーの護衛を頼みたい。ヴォルデモートが復活した今、ハリーの命がどのように狙われるかは分からん。アラスターの例もある。できる限りハリーに寄り添い、その身を守るのじゃ」

 

 まあ、ダンブルドアが言う通り、確かにそれはいつも通りの学校生活をしていれば可能なことだ。

 基本的に私たちは四人セットになって行動することが多い。

 

「わかりました。では、そのようにします」

 

 私はダンブルドアに頭を下げると、校長室を後にした。

 

 

 

 

 私が思っている以上に時間というものは早く過ぎ、あっという間に学期末がやってきた。

 期末試験の結果はハーマイオニーが一位で私が二位。

 やはり学科の点数はハーマイオニーがダントツによく、実技の点数は私の方が少し高い。

 一昨年までの構図に戻ったというところだろうか。

 私はベッドの周りのものを鞄に詰めると、その鞄を小さくしてポケットの中に入れる。

 そして他の生徒と一緒に玄関ホールへと出ていった。

 

 玄関ホールは既に多くの生徒で溢れており、皆ホグズミードに行くための馬車を待っているところだった。

 遠くではハグリッドがマダム・マクシームと共にボーバトンの馬車馬に馬具をつけているのが見える。

 どうやら一足先にボーバトンの生徒たちが帰るようだ。

 

「サクヤ!」

 

 不意に声をかけられ、私はあたりを見回す。

 するとボーバトンの代表選手であるフラーがこちらに向かって大きく手を振っているのが見えた。

 

「また会いまショウ! わたし、もっと英語うまくなれるよう、こっちで働けないかって思ってるの!」

 

 私はそんなフラーに手を振り返しながら答える。

 

「もう十分上手だと思うわよ。でも、そうね。再会できることを楽しみにしているわ!」

 

 フラーはそれを聞いてにっこり笑うと、馬車の中に姿を消す。

 最後にマクシームが馬車に乗り込むと、御者を務める生徒が大きく手綱を靡かせた。

 ボーバトンの巨大な馬が大きく嘶き、天高く馬車を牽いて飛んでいく。

 

「そういえばダームストラングはどうやって帰るんだろう? カルカロフは逃げちゃったんでしょ?」

 

 ハリーはどんどん小さくなっていく馬車を見ながらそんなことを呟く。

 

「まあ、カルカロフ以外にもダームストラングの教員は来ているだろうし、何とでもなるわよ」

 

 結局あの後カルカロフは帰ってこなかった。

 カルカロフは自分の生徒をホグワーツに置き去りにして、一人でどこかに逃げてしまったのだ。

 ハリーの心配を他所に、遠くの方で大きな水の音が響く。

 きっとダームストラングの船が湖の中に沈んでいった音に違いない。

 

「ほらね」

 

「ああ、うん。そうみたいだ」

 

「それにほら、僕らの馬車も来たよ。まあ、馬無しだから馬車って呼べるかはわからないけど」

 

 ロンが森の方からやってくるセストラルが牽いた馬車を指差して言う。

 セストラルは一度死を見たことのある人間にしか見えない。

 ハリーもロンもハーマイオニーも、セストラルは見えていないようだった。

 私たちは四人で馬車に乗り込み、ホグズミードを目指す。

 ハリーは外の景色を眺めながら、ぽつりと呟いた。

 

「これから、どうなるんだろう。ダンブルドアはダーズリーのところに帰れとしか言わなかった。でも、本当にそれでいいのかな?」

 

「……ダンブルドアには何か考えがあるのかもね。今ハリーをマグルの元に帰すことがどれほど危ないか、ダンブルドアが理解していないということはないはず」

 

「……そうだよね」

 

 その後、特に会話もなく馬車はホグズミードに到着する。

 私はみんなの荷物をコンパートメントに積むのを手伝うと、窓際の席に腰掛けた。

 

「何にしても、今年の夏こそ是非私の家に遊びに来て。最近人を呼べるようにベッドを増やしたの。あなたたちが寝泊まりする場所もしっかりあるわ」

 

 私は鞄の中からお菓子の袋を取り出しながら三人に話しかける。

 三人には私が不死鳥の騎士団に入ったことは話していないが、近いうちに知ることになるだろう。

 

「うん、行く。遊びに行くよ。連中は喜んで僕を追い出すさ」

 

「ああでも、それとは別に貴方の家にも遊びに行きたいわね」

 

 私がそう言った瞬間、ハリーが椅子から滑り落ちそうになる。

 

「いや、僕としては大歓迎だけど……連中には間違いなく歓迎されないとは思う」

 

「冗談よ。遊ぶとしても家の外で、になるかしらね」

 

 それもこれもダンブルドアの判断次第だ。

 いや、私の場合、ヴォルデモートの考え次第なところもあるが。

 

「何にしても、長い夏休暇になりそう」

 

 私は窓の外を見ながら、ふと考える。

 ヴォルデモートからハリーを殺すように指示を受けた時、私は本当に実行できるだろうか。

 確かに私はヴォルデモートの考えに賛同した。

 私の目指す世界は、ヴォルデモートの理想の先にある。

 それはわかっている。

 わかってはいるが──。

 私を乗せたホグワーツ特急はロンドンへ向けてまっすぐ野原を突き進んでいく。

 私は、究極的には私が平穏に暮らせればそれでいい。

 私が真に平穏を得た時、横に立っているのは果たして誰なのだろう。




設定や用語解説

優秀な屋敷しもべ妖精クリーチャー
 相当な年寄りだが、まだまだ元気。

学年一位の成績はハーマイオニー
 サクヤも学科の成績は満点に近いが、ハーマイオニーは満点以上の点数を取る。

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ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団と私
避難と非難と私


今回から不死鳥の騎士団編に入ります。


 

「あっつ……今日は特にヤバいわね」

 

 窓の外を見ると、折角綺麗に手入れした芝が軒並み干からび、黄色くなっているのが目に入る。

 あまりの日照りのせいで庭へ散水することが禁止されているのだ。

 

「何というか、冷蔵庫の中に部屋でも作ろうかしら」

 

 私はそんな冗談を言いながら、リビングの窓を大きく開けた。

 その時、隣に住んでいるダーズリー家のペチュニアもちょうど窓を開けたらしく、ふと目が合う。

 

「あら、ペチュニアさん。いやぁ、今日は一段と凄い日差しですね」

 

 私は窓から身を乗り出し、カンカンに照りつける太陽を見上げる。

 

「お陰でうちの庭がこんがり日焼けしてしまって。お宅のお庭は大丈夫ですか?」

 

 ペチュニアは憎らしそうに太陽を見つめると、苦笑いで答えた。

 

「うちの庭も真っ黄色になってるわ。枯れてしまわないと良いのだけれど……」

 

「芝の生命力に賭けるしか無さそうですね」

 

 私とペチュニアは同時にため息を吐く。

 

「そういえばお聞きしましたわ。ダドリー君、この前のボクシングの大会で優勝したそうで」

 

「そうなのよ。ボクシングを始めてから一年も経ってないのに、メキメキと上達して。本当に自慢の息子だわ」

 

「あら、そうなのですか? いい体格をしているのでてっきり小さい頃からボクシングをされているのだと思っていたのですが……」

 

 私は頬に手を当てて驚いたような表情を作る。

 ペチュニアは息子のダドリーを褒められ上機嫌だった。

 

「昔から何をさせてもすぐに出来てしまう子ではあったけど、ボクシングがあの子にあそこまで合っているとは思っても見なかったわ。でも、虫一匹すら殺せない優しい子なのよ」

 

「ええ、それはもう。彼の目を見ればわかりますわ。真っ直ぐで男らしい目をされてますもの。っと、あらら、もうこんな時間。そろそろお夕飯の準備をしないと……」

 

 私はポケットから懐中時計を取り出すと、時間を確認する。

 

「あ、でも卵を切らしてるから買いに行かないと。それに牛乳と……あら? 小麦粉もないわ!」

 

「……ブラウンさん。もしよろしければ今日の夜、うちで食べない? バーノンもいつか貴方を夕食の席にお呼びしたいとおっしゃってましたわ」

 

 ペチュニアは私の顔を伺うように遠慮がちに言う。

 

「え、そんな。私なんかがお邪魔したらご迷惑では?」

 

「いいのいいの。気にしないで。それにうちは男ばかりだから、貴方のようなレディは大歓迎だわ」

 

「それなら!」

 

 私は窓から身を乗り出す。

 

「前々から是非ペチュニアさんに料理を習いたいと思っていたんです! もしご迷惑でなければ今晩の夕食をご一緒に作れたらな……と」

 

 ペチュニアはそれを聞いて少し困った顔をしたが、部屋の中を一度見てすぐに返事を返してきた。

 

「それじゃあ、お手伝いを頼もうかしら」

 

「はい! 準備ができたらそちらに伺いますね」

 

 私は身体を引っ込めると窓を閉め鍵を掛ける。

 そのまま家の戸締りをして回ると、他所行きの服に着替え始めた。

 

「向こうも部屋の片付けとかがあるでしょうし、三十分は空けた方がいいわね」

 

 私は姿見の前で身だしなみを確認する。

 黒に近い茶色の髪に灰色の瞳。

 そしてそれを隠すかのようなフレームの大きいメガネ。

 

「何というか、少し見た目と声色を変えただけで、ここまで気がつかないものかねぇ、まったく」

 

 私は随分と印象の変わった自分の顔をまじまじと観察すると、悪戯っぽくニコリと笑った。

 何故私がこのような変装をしてダーズリー家の横で暮らしているのか。

 その理由は休暇初日にまで遡ることになる。

 

 

 

 

 

 

 夏休み初日、キングズ・クロス駅でハリーとハーマイオニーを見送った私は、そのままウィーズリー家御一行と行動を共にしていた。

 

「そういえばママ、今日はどうやって隠れ穴まで帰るの?」

 

 ジニーが先頭を歩くモリーに対して聞く。

 モリーは私の顔をチラリと見た後、ジニーに対して言った。

 

「今日は隠れ穴には帰らないわ」

 

「え? それじゃあどこに帰ろうってんだ? もしかして、今日はマグルのホテルに泊まってくとか?」

 

 フレッドが少しワクワクした様子で聞く。

 

「そいつはいいな。一回ルームサービスっていうのを頼んでみたかったんだ」

 

 ジョージも興奮気味に言った。

 

「違います! 着けばわかるわ。それにそんなに遠くないから歩いて行くわよ」

 

 モリーはそう言うと駅を出てロンドンの街を歩き出す。

 ウィーズリー家の子供たちはカートを押しながらその後に続いた。

 

「ママったら、どこに行くつもりなんだろう。そういえば、サクヤの家はこっちでいいの?」

 

 ロンの問いに、私は曖昧に答える。

 

「ええ、大体こっちの方向よ」

 

 まあ、大体ではなく、私たちの向かっている方向は全く同じなのだが。

 モリーが目指している場所、それは不死鳥の騎士団の拠点だ。

 そして、そこは私の家でもあるので必然的に私もそこへ帰ることになる。

 二十分ほどロンドンを歩き、私たちはグリモールド・プレイスに出る。

 モリーはそこで立ち止まると、ポケットから羊皮紙を取り出して子供たちに見せた。

 

「『不死鳥の騎士団本部はグリモールド・プレイス十二番地に存在する』……ママ、これって一体」

 

 ジョージが羊皮紙を見ながらモリーに聞く。

 どうやら私の自宅は魔法で隠されているらしい。

 ここが不死鳥の騎士団の拠点になっていると理解していないと、そもそも建物自体が見えないようになっているのだろう。

 モリーは全員に羊皮紙を回すと、ポケットの中に用心深くねじ込む。

 そして小さく息を吐き、私の家に入っていった。

 

「お帰りなさいませ、モリー様。それにお子様方も、お待ちしておりました。ああ、それに何ということでしょう。お嬢様もいらっしゃるではありませんか」

 

 玄関ホールに入った瞬間、屋敷しもべ妖精のクリーチャーが深々とお辞儀をして私たちを出迎える。

 

「あらクリーチャー、お部屋の準備は出来ているかしら? 息子たちの荷物を運ぶのを手伝ってあげて頂戴」

 

 モリーはそう言ってクリーチャーに微笑む。

 

「いえいえ、お荷物は玄関ホールにそのままにしていただければ私が全て部屋へと運び入れます。それよりお腹を空かせていることでしょう。ご夕食の準備が整っております。皆様、ダイニングへとお進みください」

 

 クリーチャーはそう言って深々とお辞儀する。

 ロンはその様子を見て目を丸くしていたが、モリーに背中を押されてダイニングへと入っていった。

 

「クリーチャー、お仕事ご苦労様。その様子じゃ、モリーさんとは上手くやっているようね」

 

 私が声を掛けると、クリーチャーはシワだらけの顔をさらにシワくちゃにしながら微笑む。

 

「勿論でございます。ささ、お嬢様も長旅でお疲れでしょう。本日の夕食はお嬢様の好物であるローストビーフをご用意しております」

 

「そう、ありがとう」

 

 私は軽くクリーチャーに手をふり、ダイニングへと入っていく。

 ダイニングには既に数々の料理が準備されており、そのどれもが美味しそうな匂いを放っていた。

 

「流石クリーチャー。仕事の出来る妖精ね」

 

 私は適当な位置に腰掛けると、他のみんなが椅子に座るのを待つ。

 ロンは状況が飲み込めないといった顔のまま、恐る恐る私の横に座った。

 

「ねえ、これどうなってるの? 何か知ってる?」

 

 ロンは目の前の料理を見ながら私に囁く。

 

「多分モリーさんが説明してくださると思うわよ」

 

 私はナイフとフォークを手に取りながら答えた。

 

 食事が始まると、モリーは順を追って子供たちに現在の状況を話し始める。

 ヴォルデモートが復活したという話から始まり、ダンブルドアが昔の仲間を集めていることや、不死鳥の騎士団の拠点として私の家を使うことになったことなど。

 

「なので明日の朝には一度隠れ穴に戻り、貴方たちの荷物を纏めます。この夏は、ここで生活することになりますからね」

 

 モリーはそう言って話を締めくくる。

 ロンは小さく口笛を吹くと、私を見ながら言った。

 

「そうならそうと早く言ってくれればいいのに!」

 

「何でもかんでも喋るわけにはいかないわ。貴方だって私の家に遊びにきているんじゃないんだから。どちらかと言うと、避難に近いのよ?」

 

 私はそう咎めるが、ロンは肩を竦めた。

 

「それはまあわかってるけどさ。近いうちにハリーとハーマイオニーも呼ぶんだろう?」

 

「ハリーはわからないけど、ハーマイオニーは近いうちに呼ぼうと思ってるわ」

 

 私はローストビーフの塊を大きく切ると、たっぷりソースをつけて口の中に放り込む。

 確か、今晩一度不死鳥の騎士団メンバーがここに集まる筈だ。

 そこで大体の今後の方針が決まるだろう。

 

 

 

 

 夏休み初日の夜。

 モリーが子供たちを連れて隠れ穴に出発したと同時に、ダイニングに人が集まり始める。

 その中には私がよく知る人物もいたが、半数は名前も聞いたことがない魔法使いだった。

 うちのダイニングは割と広いので、ある程度は中に人が入れる。

 だが、会議が始まる頃にはダイニングはすし詰め状態になっていた。

 後から来た魔法使いの半数以上が椅子に座ることも出来ず、机の周辺に群がるように立っている。

 長机の上座、全員が見渡せる位置に座っていたダンブルドアは、今日来るべき人が全員集まったことを確認すると、椅子から立ち上がり言った。

 

「皆のもの、よくぞ集まってくれた。大体の者が、どうしてここに集められたのか理解していることと思う」

 

 ダンブルドアは真剣な顔で皆の顔を見回す。

 

「今年の六月二十四日、今まで力を失っていたヴォルデモート卿が復活した。奴は死喰い人を呼び戻し、自らの目的のために動き出しておる」

 

 ヴォルデモートの名前を聞いて、半数以上の魔法使いが身を竦める。

 

「我々はまた、力を合わせ、立ち向かわねばならん。過去、わしと共に戦った諸君。よくぞまた集まってくれた。そして、新たに不死鳥の騎士団に加わる諸君。君たちの決意と、勇気をわしは高く評価する。今日のこの集まりは顔合わせも兼ねておる。順番に自己紹介の方を頼む」

 

 ダンブルドアがそう呼び掛けると、ダンブルドアの横に座っていた黒人の男性が立ち上がる。

 

「では、まず私から。キングズリー・シャックルボルトと申します。魔法省で闇祓いとして勤務しています。よろしく」

 

 シャックルボルトはにこやかに会釈すると椅子に座り直す。

 そして皆、シャックルボルトの自己紹介を参考に簡単に自己紹介をし始めた。

 

 十五分ほど経っただろうか。

 自己紹介の順番は部屋をぐるりと周り、私のもとまで回ってくる。

 私は隣の魔女が座ったのを確認すると、椅子から立ち上がり机の上に身を乗り出した。

 

「サクヤ・ホワイトです。ここの家主であり、ヴォルデモートの復活をこの目で目撃した一人でもあります。この屋敷で何か不自由を感じましたら、屋敷しもべ妖精のクリーチャーにお申し付けください」

 

 私はそう言って頭を下げる。

 私の容姿を見てか、自己紹介を聞いてかはわからないが、部屋の中がざわめいた。

 まあ、当然だろう。

 私は間違いなく当事者ではあるが、まだ成人すらしていない子供だ。

 このような場に相応しくないと考える魔法使いも出てくるだろう。

 私は頭を上げて、部屋にいる魔法使いたちを見回す。

 私を見る目の殆どが、私がここにいることを疑問視しているようだった。

 

「あんたのこと、新聞で読んだぜ。確か三大魔法学校対抗試合を最年少で優勝した魔女だ。ダンブルドア、何で子供がここにいるんだ?」

 

 ドージと名乗った魔法使いが怪訝な目を向けながらダンブルドアに聞く。

 それを聞き、漏れ鍋の常連である初老の魔法使いが私に話しかけた。

 

「いや、私は漏れ鍋のウエイトレスだと記憶していたが……」

 

「そうよダンブルドア。彼女は若すぎるわ」

 

「まだ未成年ではないか。ダンブルドア、彼女はホグワーツの外で魔法が使えない。あまりにも危なすぎるだろう」

 

 ど正論だ。

 確かに未成年である私はホグワーツの外で魔法を使うと魔法省に感知される。

 そのような意見が出るのは至極当然だろう。

 

「まあまあ皆さん。確かに私は魔法を使うと魔法省に検知されてしまいます。ですが、女で子供である私にしか出来ないことも、数多くあるのが事実でしょう? 私は魔法使いである以前に人間です。魔法が自由に使えないにしても、お役に立てることは多いと思いますよ?」

 

 私はダイニングに集まっている魔法使いたちの顔を見回す。

 そして、私のそんな説得に付け足すようにダンブルドアが口を開いた。

 

「サクヤにはハリーの側で、彼の護衛を行なって貰おうと思っておる。同じグリフィンドール生で、同じ学年である彼女だからこそ出来る仕事じゃ」

 

「護衛? 護衛だとダンブルドア。こんな小娘に護衛が務まると本当に思っておるのか?」

 

 ダンブルドアの言葉に、部屋の隅の方に立っていたムーディが食ってかかった。

 

「ムーディ先生……私の実力は貴方が一番よく理解しているはずでは?」

 

 私はムーディに対して肩を竦める。

 だが、そこまで口にしてそれが的外れな指摘であることを思い出した。

 そういえば、ここにいるムーディは私に闇の魔術を教えたムーディとは別人なのだ。

 

「ふん、お前とは初対面に近いのだがな」

 

「ああ、そう言えばそうでしたね」

 

 私は机の下でこっそり杖を抜くと、ダンブルドアに目配せする。

 ダンブルドアは私が何かしようとしているのを理解すると、小さく頷いた。

 

「そういえば、部屋が随分と狭いですね。ご不便をおかけしました」

 

 私は杖を持った左手をスッと持ち上げると、虚空に向かって軽く振る。

 その瞬間、部屋の壁が音もなく広がり、部屋の大きさが倍ほどの大きさになった。

 

「それに、椅子の数も足りません」

 

 私はもう一度杖を振り、自分が座っている椅子を双子の呪文で倍々に増やしていく。

 そしてそれらを同時に浮遊させると、椅子に座れていない魔法使いの足元へ飛ばした。

 

「あら、私ったらお客様にお茶もお出ししないで……気が利かず申し訳ありません」

 

 私は戸棚に向けて杖を振るう。

 すると茶器はひとりでに動き出し、全員分の紅茶を用意し始めた。

 

「む、無言呪文……それに、これほどの規模で魔法を扱えるとは。対抗試合の優勝者の名は伊達じゃないようだぞアラスター」

 

 老年の魔法使いが苦笑いでムーディのほうを見る。

 ムーディは足元に置かれた椅子にドカッと座ると、鼻を鳴らしながら言った。

 

「ふん、そこにいるじゃじゃ馬よりかは役に立ちそうだな」

 

「ちょっとマッドアイ! じゃじゃ馬って私のことじゃないわよね!?」

 

 ムーディの言葉に若い女性の闇祓いのトンクスが食って掛かる。

 ダンブルドアはその様子を見て大きく咳払いをした。

 

「さて、自己紹介はこの辺で良いじゃろう」

 

 ダンブルドアは倍ほどに広くなった部屋を見回す。

 

「まずは現在のヴォルデモート卿に関する情報をまとめねばならん。各人、自分が知り得た情報をここで共有してほしい。そうじゃのう……では、ことの発端になったサクヤ、君の話から聞こう」

 

 私はダンブルドアに声を掛けられ、椅子から立ち上がる。

 そして、医務室でダンブルドアに話した内容と全く同じ作り話をダイニングにいる魔法使いたちに聞かせ始めた。




設定や用語解説

ムーディとは初対面のサクヤ
 サクヤにとってはムーディは魔法の先生だが、ムーディにとってサクヤは生意気なガキでしかない。

無言呪文
 ロックハートに習ったので、実は二年生の時から使える。

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変装とプディングと私

 

 会議が始まってから一時間が経っただろうか。

 ヴォルデモート卿や死喰い人の現在の状況などの情報が粗方出終わり、会議は今後の方針や作戦などの話にシフトしつつあった。

 

「そうじゃのう。手始めに、早急に動き出さないといけない者に指示を出すことにしよう。まず、サクヤ」

 

「はい」

 

 私はいきなり名前を呼ばれ、少々驚きながらダンブルドアの方を向く。

 

「お主にはこの夏、ハリー・ポッターの護衛についてもらう」

 

「では、ハリーをこの家に招待して──」

 

「いや、そういうわけにはいかんのじゃ。ハリーはしばらくの間、ダーズリー家で暮らさねばならん。故に、お主がハリーのもとへ出向くのじゃ。実を言うと、既に準備は済んでおる」

 

 ダンブルドアはそう言うと、一枚の羊皮紙を私に手渡してくる。

 私はその中身を読むと、あまりにも予想外の内容に羊皮紙を取り落としてしまった。

 

「わ、私がマグルに扮して隣に引っ越す?」

 

 羊皮紙に書かれていた作戦はこうだ。

 ダーズリー家の右隣の家の家族を他所に引っ越させ、その家にマグルに扮した私が引っ越し、ハリーを監視、護衛しろという内容だ。

 

「既に隣は空き家になっておる。あとはサクヤ、お主が隣に移り住むだけじゃ」

 

「私の細かい設定や家族構成とかは……」

 

「お主に任せよう。周辺住民や、ダーズリー家に怪しまれなければそれでよい。では、次に巨人への接触じゃが──」

 

 ダンブルドアは私に全てを丸投げすると、さっさと次の議題へと移ってしまう。

 私は小さくため息をつくと、会議の内容に耳を傾けた。

 

 

 

 

「というわけで、巨人の説得にはルビウス・ハグリッドとマダム・マクシームが。キングズリー・シャックルボルトやニンファドーラ・トンクス、アーサー・ウィーズリーなどは引き続き魔法省で勤務しながらコーネリウス・ファッジの監視を継続するようです。そして──」

 

「サクヤ、お前はマグルに扮し、ハリー・ポッターの護衛につくと」

 

「はい、その通りです」

 

 夏休み二日目の午前十一時。

 私はダーズリー家の隣の家のリビングで時間を止め、昨日の会議の内容をヴォルデモートに報告していた。

 

「なるほど。どうやらダンブルドアはお前のことを戦力とは思っていないようだ。重要な任務を与えているように見せかけ、お前を安全なところに押し込めておくつもりらしい」

 

 私もヴォルデモートと同じ考えだ。

 ダンブルドアは私を形だけ不死鳥の騎士団に入団させはしたが、重要な任務に就かせる気はないように感じる。

 やはり子供扱いされているのだろう。

 

「ハリー・ポッターの護衛はお前一人か? 他に監視の目は?」

 

「近所に住んでいるスクイブの老婆、アラベラ・フィッグと色んな騎士団員が交代で」

 

「なるほど。過保護なことで。何にしても、今すぐハリー・ポッターに手出しするつもりはない。ダンブルドアお抱えの騎士団員には精々来ることのない襲撃者に精神をすり減らしてもらうこととしよう」

 

 鏡の中に映るヴォルデモートはいたずらっぽい笑みを浮かべる。

 

「護衛の間隙を縫ってハリーを襲撃したりとかしないのです?」

 

「ああ、しない」

 

「何故?」

 

 私がそう聞くと、ヴォルデモートは少し考え込む。

 

「……ふむ、そうだな。その話をすると長くなる、と言いたいところだが、時間はいくらでもあるんだったな。ここで話をしておくのもよいだろう」

 

 どうやら、今すぐにハリーを襲わないのは何か理由があるようだ。

 ヴォルデモートは少しの間目を瞑ると、思い出すように語り始めた。

 

「今から十五年前のことだ。我が配下の死喰い人の一人がホグズミードの安宿でとある予言を聞いた。『闇の帝王を打ち破る力を持った者が近づいている。七つ目の月が死ぬとき、帝王に三度抗った者たちに生まれる』という予言だ。私はその予言を知り、すぐに予言に当てはまる子供を探した」

 

「それが、ハリー」

 

「いや、どうだったのだろうな。予言に当てはまる子供は二人見つかった。ロングボトム家と、ポッター家だ」

 

「ロングボトム……ネビル・ロングボトム?」

 

 私はいきなり聞き覚えのある名前が出てきたのでつい聞き返してしまう。

 

「ああ、そうだ。ロングボトムは夫婦ともに闇祓いだ。そして、その子供は七月の三十日生まれ。ポッター家は夫婦共に不死鳥の騎士団に所属しており、その子供は七月の三十一日生まれ。どちらも条件を満たしている」

 

「では、ネビル・ロングボトムも予言の子の可能性がある……そういうことですか?」

 

「さあな。今となってはわからん。念のため殺しておくに越したことはないだろうが、現状表舞台には出てきていない。死喰い人を派遣するほどでもないだろう。なんにしても、私は手始めにポッター家の子供を殺しに向かった。不死鳥の騎士団は私がポッター家を狙っていることを事前に察知したが、私の方が一枚上手だった。私はワームテール……ピーター・ペティグリューを説得し、ポッター家の秘密の守人になるように仕向けた。そして、一九八一年、十月三十一日の晩、私はポッター家を襲撃した」

 

 ヴォルデモートは小さく息をつく。

 

「ジェームズ・ポッターとリリー・ポッターを殺すまでは順調だった。ジェームズは妻と子を守るために死に、リリーは子を守るために死んだ。あとに残されたのは魔法も使えぬ赤子一人。私はその赤子、ハリー・ポッターに対し死の呪いをかけた。その時だ。死の呪いが跳ね返り、私の肉体は滅んだ。不死の研究を進めていた私でなければ、肉体を失うだけでは済まなかっただろうな」

 

「赤子のハリーが、死の呪いを跳ね返した……」

 

「そうだ。だが、そんなことはあり得ない。死の呪いというものは、産まれたての赤子に跳ね返せるほど、生易しい呪いではない。あの女、リリー・ポッターが自らの命を用いて自分の子供に護りの魔法を掛けたのだ」

 

「護りの魔法?」

 

「いかにも。古くからある魔法だ。やつの中に母親の血が流れている限り、そしてその血の庇護下にある限り、護りは継続される。そういった魔法だ。故に、ダンブルドアはリリー・ポッターの姉であるペチュニア・ダーズリーのもとへハリー・ポッターを預けたのだ」

 

 その血の庇護下にある限り。

 だからダンブルドアはハリーをダーズリーの元へと返したのだ。

 

「ハリー・ポッターがマグルのもとで生活しているかぎり、私は奴に手出しすることができん。もっとも、お前や、私以外の死喰い人なら手出しができるかもしれん。だが、その前に調べなければならないことがある。予言だ。私は予言を信じ、ポッター家を襲った。だが、あの時死喰い人が聞いた予言は完全なものではなかったのだ」

 

「予言が完全ではない?」

 

 ヴォルデモートは頷く。

 

「そうだ。予言を聞いた死喰い人は盗み聞きしていることがバレ、途中で逃走した。予言の前半しか聞くことができなったのだ。あの時なされた予言には続きがあるはずだ。ハリー・ポッターを殺すのはその予言を知ってからでも遅くない」

 

 つまり、その予言の続きを知るまでは、ハリーを殺す気はないということだろう。

 

「でも、予言の続きを調べるなんて……予言を聞いた者を拷問するとか?」

 

「それができれば話は早いんだがな。その予言を聞いたのはダンブルドアだ。拷問して情報を聞き出すには骨の折れる相手と言える。だが、それよりも、もっと確実な方法がある」

 

 ヴォルデモートはそう言うと、わずかながら声を潜めて言った。

 

「魔法省の地下九階。そこに神秘部という部署がある。そこには今まで魔法界でなされてきた数多くの予言が収められているのだ。あの時なされた予言もきっとその中に保管されているだろう。魔法省に深いコネクションを持っているルシウスが現在神秘部に探りを入れている。ルシウスが予言を手にすることができればそれでよし。もしできなければ──」

 

 ヴォルデモートは私の顔をじっと見る。

 

「その時はお前に行ってもらう。時間が止まった世界でなければできないこともあろう」

 

「はい。その時はいつでもお申し付けください」

 

 私は鏡越しにヴォルデモートに頭を下げる。

 それを見て、ヴォルデモートは満足そうに頷いた。

 

「では、その予言を手に入れるまではハリーに直接手を出す気はないと」

 

「まあ、そういうことになるな。もっとも、それ以外にもやることはある。お前は引き続き不死鳥の騎士団の情報をこちらへ流せ」

 

「仰せのままに。では、これで」

 

 私は時間停止を解除すると、両面鏡をポケットへと仕舞う。

 そして改めて越してきたばかりの家の中で呟いた。

 

「さて、切り替えていきましょう」

 

 私は部屋を見回し、足りない家具がないか確認する。

 どうやら前ここに住んでいたマグルは引っ越しの際に家具の殆どを置いていったらしい。

 生活に必要な大体の家具や道具が家の中には残っていた。

 

「これなら消耗品と小物を少し買い足すだけで大丈夫そうね」

 

 私は鞄の中からリング止めのノートを取り出すと、ボールペンで必要な物をメモしていく。

 

「庭の手入れもきっちりされているし、ここの通りはある程度の地位や職に就いているマグルが暮らす通りのようね。だとしたら……」

 

 私は鞄の中から大きな姿見を取り出すと、壁に立てかける。

 そしてそのまま時間を止め、杖を取り出した。

 

「念のために姿を変えておきましょう。そうね……髪は栗色に変えて、瞳の色もそれに合わせて灰色にしようかしら。それに、黒い大きなフレームの眼鏡も」

 

 私は杖で自分の頭を突く。

 すると私の真っ白な髪はみるみるうちに染まっていき、ハーマイオニーの髪のような栗色になった。

 大きな変化ではないのでよくわからないが、鏡を覗き込むと私の青い目は灰色になっている。

 

「これでよし。あとは眼鏡だけど……」

 

 私は鞄の中から羽ペンを一つ取り出すと、変身術を用いて眼鏡に変えて掛ける。

 やはり髪色と目の色、眼鏡だけで相当印象が変わるものだ。

 

「あとは少し声色を変えれば……うん、まじまじ見られなければハリーにもわからないでしょうね」

 

 私は少し声を低くする。

 そして鞄の中からブランド物のワンピースを取り出すと、Tシャツとジーンズを脱ぎ捨てそれに着替えた。

 変装はこのぐらいでいいだろう。

 

「……さて、それじゃあ挨拶に行きますか」

 

 私は姿見でもう一度自分の姿を確認すると、家の外に出る。

 そして隣にあるダーズリー家の前へと移動し、呼び鈴を鳴らした。

 三十秒もしないうちにダーズリー家の扉が少し開かれ、痩せぎすの女性が顔を出す。

 その女性は私の容姿を上から下まで見ると、少々警戒しながら扉の外に出てきた。

 

「どなた?」

 

「お初にお目にかかります。ルナ・ブラウンというものです。先日隣に越してきたのでご挨拶をと思いまして……」

 

「あら、そうでしたか。それはどうもご丁寧に」

 

 私が頭を下げると、女性は安堵の笑みを浮かべる。

 きっと、この女性がハリーの叔母であるペチュニア・ダーズリーだろう。

 

「でも、貴方おいくつ? まさか一人で越してきた……なんてことはないわよね?」

 

「まさか。父と母も一緒です。ですが、両親共に海外出張に出ておりまして……学校が夏休みに入ったので私だけ先に越してきたというわけです」

 

「あら、そうなの……うちの子も先日スメルティングズ男子校から帰ってきたわ。やっぱりどこの学校も夏休みに入るタイミングは同じなのね。ブラウンさんはどちらの学校に?」

 

 ペチュニアは値踏みするような目を私に向ける。

 私は余裕の笑みを浮かべながらペチュニアに告げた。

 

「マールヴォロカレッジです」

 

 マールヴォロカレッジはイギリスでも有名な超名門校だ。

 ペチュニアはマールヴォロカレッジの名前を聞くと少々目を見開く。

 

「スメルティングズと同じく全寮制の学校なので八月の終わりにはマールヴォロの方へ戻りますが、それまではここで過ごす予定になってます。どうぞよろしくお願いします」

 

「え、ええ。よろしくお願いしますわ」

 

 私はペチュニアにニコリと微笑むと、自分の家に戻る。

 取り敢えず、掴みとしては十分だろう。

 まあ、人間関係は積み重ねが大事だ。

 ハリーの話では、ここの通りの人間は、自分たちがまともな人間であることをなによりの誇りとしているという。

 ダーズリー家とはまともな隣人関係を築いていくことにしよう。

 

 

 

 一九九五年、八月初旬、この夏で一番暑い夜。

 私はダーズリー家のキッチンでペチュニアを手伝いながら料理を教わっていた。

 私自身料理ができないわけではないが、流石に毎日料理を作っている主婦には劣る。

 ハリーの護衛と監視のためにダーズリー家に近づいている私だが、少なからず料理の勉強になっていた。

 

「プディングの焼き加減はこのぐらいね。表面にだけ焼き色がついていても中まで火が通っていないことがあるから、火加減には十分注意してね」

 

 ペチュニアはオーブンからカスタード・プディングを取り出しながら私に説明してくれる。

 私は火傷しないように注意しながらプディングを取り出すのを手伝った。

 リビングではペチュニアの夫のバーノンがソファーに座りながら大きなテレビでニュースを見ている。

 テレビではきっちりとしたスーツを着込んだニュースキャスターが朗々とスペインの空港のストライキのニュースを読み上げていた。

 

「ふん。フランス空港の運営組織は何をやっとるんだ。そんな奴ら全員解雇してしまえばいいものを」

 

 バーノンはニュースを見ながらぶつくさと呟く。

 

「そもそも、ストの原因はなんなんでしょうね。労働者なんて所詮馬鹿ばかりです。新しく雇ったところでまた同じようにストライキを起こすだけです」

 

「まったく持ってその通りだ。上に立つ者はいつも下の者に足を引っ張られる」

 

「やはりバーノンさんも苦労しておいでですか?」

 

「そうだとも。うちの連中としたらどいつもこいつも無能ばかりで……いくら給料を払っとると思っとるんだ」

 

 私はそんなバーノンを見てにこやかに微笑む。

 

「やはり、グランニングズはバーノン社長あってこそですね。会社はダドリー君に継がせるので?」

 

「む? うーん、いや。もっとあの子に合った職があるだろうが……まだどうにもわからんな」

 

 ハリーの話では、ダドリーはスリザリンのクラッブ、ゴイルコンビ並に頭が悪いらしい。

 バーノンもそれがよくわかっているようで、自分の会社を息子に継がせる気はないように見えた。

 

「そういうブラウンさんは将来はどのように考えているんだね。父親は家電メーカー、母親は雑誌の編集だと聞いているが……」

 

「そうですね……まだはっきりとした将来は見えておりませんが、コンピュータのシステムの構築に関する仕事に就きたいと思っています」

 

 それを聞いてバーノンは上機嫌で言う。

 

「ほう、コンピュータか。そうだとも。これから先はコンピュータの時代だ。ここだけの話、ウィンドウズがこの夏新しいOSを発表するらしい」

 

「新しいOSですか。やはりグランニングズでも導入を?」

 

「勿論だとも。発売してすぐに必要台数を押さえるよう部下に指示を出している」

 

「流石、できる社長は一味違いますね」

 

 私は最後にメインディッシュの盛り付けを終わらせると、ペチュニアに視線を送った。

 ペチュニアは綺麗に盛り付けたメインディッシュの皿を確認し、バーノンに声を掛ける。

 

「バーノン、夕食が出来たわ。ダドリーが帰ってきたらご飯にしましょう」

 

「おお、そうか。ありがとう。ブラウンさんもね。何もない家だが、ゆっくりしていってほしい」

 

 バーノンはテレビの電源を落とすと、ソファーから重そうな体を持ち上げる。

 部下やドリルの刃の管理はできるのに、体重の管理はできていないようだった。

 

「ありがとうございます。家に帰っても私一人なので……今日は楽しい夕食になりそうです」

 

 私は悲壮感を漂わせながらバーノンに微笑む。

 バーノンはペチュニアと少し顔を見合わせると、何かを誤魔化すように咳払いをした。

 

「オホン。なに、うちは男ばかりだ。君のような美しく知的なレディは大歓迎だよ。気軽にうちに遊びに来るといい」

 

「そんな……ご迷惑になってしまいます」

 

「迷惑だなんてことはない。それに……できれば息子の勉強を見てやってほしい。ダドリーは天才だが、勉強の方は肌に合わないようでな」

 

 バーノンはまた誤魔化すように咳払いする。

 私はその提案に対し苦笑いで返した。

 その時、玄関のほうからドタバタと慌ただしい足音が響いてくる。

 

「あら、ダドちゃんが帰ってきたかしら」

 

 ペチュニアは流しで軽く手を洗うと、玄関の方へ駆けていく。

 私はその足音を注意深く聞きながら、今日の不死鳥の騎士団の護衛体制を思い出していた。

 今日の護衛の担当はクズで飲んだくれのマンダンガスだ。

 私が働いていた漏れ鍋にも相当ツケが溜まっている。

 そのような者が何故不死鳥の騎士団にいるか最初は疑問だったが、裏のことは裏の者が一番よく知っているからだという。

 ダンブルドアもマンダンガスの伝手を頼りにしているのだろう。

 まあ、仕事ができるかどうかは別だが。

 

「ママ! ママッ! あいつが僕をアレで脅した! あいつがアレを使おうとしてる!」

 

 私がそんなことを考えていると、玄関の方からダドリーの大声が聞こえてくる。

 私はその大声を聞き全てを察すると、大きなため息をついた。




設定や用語解説

戦力外通告サクヤ
 ダンブルドアとしては、未成年の魔法使いは戦いの場に出したくないと思っている。

ハリーやダンブルドアの暗殺を命じないヴォルデモート
 サクヤがいる限りこちらの絶対的有利は揺るがないので、先に不安要素を潰そうとしている。

ルナ・ブラウン
 マグルに扮したサクヤ。知的で明るい超絶美少女。

マールヴォロカレッジ
 イギリスにある共学のパブリックスクール。卒業生にキャサリン妃がいる。

グランニングズ
 バーノンが社長をしている会社。ドリルの刃を作っている。

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非行少年とおもちゃの杖と私

予約投稿ミスで95話の内容を飛ばして96話の内容を95話に投稿してしまったみたいです。こちらに関しては本来の95話の内容に編集しなおしました。来週に関しては今週投稿してしまった96話と97話の二本立てでお送りします。


「ママ! ママッ! あいつが僕をアレで脅した! あいつがアレを使おうとしてる!」

 

 一九九五年、八月。

 私がダーズリー家のキッチンで料理の手伝いをしていると、ダーズリー家の一人息子であるダドリーの大声が玄関から聞こえてきた。

 そしてそれとほぼ同時に玄関からハリーが飛び出してくると、床が抜けるんじゃないかと思うほど怒りに任せて床を踏み鳴らしながら階段を上がっていく。

 

「おい! まて小僧! 一体ダドリーに何をした!?」

 

 そんなハリーを見て、バーノンの怒りが一気に最高潮に達する。

 

「パパ! あいつが外でアレを出して僕を脅した! 豚にしたあと膨らませて飛ばしてやるって!」

 

「そいつが僕の両親を馬鹿にしたんだ!」

 

 ハリーが階段の途中で怒鳴る。

 

「小僧! そこから降りてこい! 今日という今日は許さんぞ! 庭でコソコソとニュースを聞いていると思えば、毎朝毎朝家の周りでフクロウを飛ばし、挙句の果てにダドリーを杖で脅すだと? もう我慢の限界だ! お前があのバカ小屋以外で杖を使うことを許されていないことを忘れたわけじゃないぞ!」

 

「忘れてなかったらどうするっていうんだ!」

 

 ハリーは階段を下り、バーノンのもとまで戻ってくる。

 その右手には杖がしっかりと握られていた。

 私はそれを見て大きなため息を吐く。

 何を言われたのかは分からないが、魔法使いがマグルを杖で脅すなどもってのほかだ。

 バーノンにとっては拳銃を突きつけられているに等しい恐怖だろう。

 

「また僕を部屋に軟禁するのか? それともその大きなお腹を引きずってボクシング対決か?」

 

「いいか小僧、お前がこの家にいる限り、お前にはわしの言うことを聞いてもらう! 好き勝手なぞさせるものか! ダドリーがお前の馬鹿な両親を馬鹿にしたことと、お前がその杖を使っていいこととは何の関係もない! それに、お前の両親はお前を残して死んだ大馬鹿だ!」

 

「僕の両親は馬鹿じゃない! 両親は僕を守って死んだ立派な人だ!」

 

 ハリーはバーノンの鼻先に杖を突きつける。

 バーノンは杖を向けられて少し怯んだが、すぐにハリーを睨みつけた。

 

「赤子を一人残して先に死んだ奴が馬鹿じゃなかったらなんだっていうんだ。わかったようなことを言うんじゃない。小僧……」

 

 ハリーは負けじとバーノンを睨みつけると、早足で階段へと向かう。

 

「おい! どこに行く! 戻ってこい!」

 

 だが、ハリーはそれを無視すると、階段を上って二階へと消えていった。

 ハリーがいなくなると、リビングは静寂に包まれる。

 玄関からはペチュニアに肩を抱かれたダドリーが顔を覗かせており、じっとバーノンの様子を窺っていた。

 

「……お邪魔みたいですね」

 

 私はキッチンで小さく呟くと、バーノンに小さく会釈して玄関へと向かう。

 

「い、いやぁ……甥がどうもすみませんな。あいつはセント・ブルータス更生不能非行少年院に通ってるぐらいの不良でしてな。いつもあのような癇癪を──」

 

「ええ、分かってます。ご苦労なされているようで」

 

 私はバーノンの横を通り過ぎると、玄関にいるダドリーとペチュニアに微笑む。

 

「今日はもう帰ります。是非、また料理を教えてください」

 

 私はダドリーの肩を抱いているペチュニアの横を通り過ぎ、玄関を通ってダーズリー家を後にする。

 そしてまっすぐ自分の家へと戻り、時間を停止させた。

 

「ほんと、手間のかかる英雄さんだこと」

 

 私は玄関で踵を返すと、もう一度ダーズリー家の前に戻る。

 そして塀や壁をよじ登り、ハリーの部屋の窓の前まで来た。

 私は時間を止めたままハリーの部屋の中を覗き込む。

 ハリーは部屋の中にあるトランクに、丸めた靴下を放り込もうとしている状態で固まっていた。

 ホグワーツに戻るための荷造りにしてはあまりにも早すぎる。

 どうやら家出の準備をしているようだった。

 

「たっく、どこ行こうっての?」

 

 私は鍵開けの呪文でハリーの部屋の窓を開けると、部屋の中に入り込む。

 そしてハリーの死角に回り込むと、キャビネットの上に腰かけ、時間停止を解除した。

 

「──もうたくさん? それはこっちのセリフだ。我慢の限界? それもこっちのセリフだ……」

 

 ハリーはぶつくさ言いながら力任せに靴下をトランクの中に投げ入れる。

 まるまった靴下は中で跳ね返ると、トランクの外に転がり落ちた。

 

「それで家出……ってわけ? まったく、こっちの苦労も知らないでさ」

 

「だ、誰?」

 

 私がもう何度目かわからないため息を吐きながらそう呟くと、ハリーがひっくり返りそうになりながら私の方に振り返る。

 ハリーは急に部屋の中に現れた私を見て目を白黒させていた。

 

「えっと、確か君は隣に越してきた……」

 

「あら、よくご存知で。伊達に毎日必死になって情報をかき集めてないわね。でも、もう少し身の回りに目を向けてみたら? 部屋の中が物凄いことになってるじゃない」

 

私はキャビネットから飛び降りると、床の上に散らかった物の物色を始める。

 

「き、君には関係ないだろう? それに、どうやってここに?」

 

「どうやってって、普通に窓からだけど……これ、鳥籠? 随分大きな鳥籠ね。でも、もう少し掃除した方がいいわ。ここで飼われる鳥が可愛そうよ」

 

 私は床に散らかっているホグワーツの教科書を手に取る。

 そしてそれをペラペラと捲りながら言った。

 

「それに何? 『基本呪文集・四年生用』って、これもしかして魔術書か何か?」

 

「それに触るな!」

 

 ハリーは私から呪文学の教科書を引ったくると、トランクの中に投げる。

 私は肩を竦めながら先程まで座っていたキャビネットに座り直した。

 

「何にしても、ダドリーやバーノンさんと仲直りした方がいいわ。両親を馬鹿にされておかんむりなのはわかってるけど、だからって家出するなんて考え無しにも程があるし。それに、あんなおもちゃでバーノンさんを突っつき回して」

 

「ふん、おもちゃだったらあんなに怖がるもんか」

 

「へぇ、じゃあ何だって言うのよ」

 

 私は鼻と鼻がぶつかりそうになるぐらいハリーに顔を近づけると、こっそりハリーの尻ポケットから杖を抜き取る。

 ハリーは杖を奪われたことすら気付かずに、顔を少し紅くした。

 私はにこりと微笑むと、ハリーから遠ざかり杖をハリーから見えないように保持する。

 そして手品のような手つきで杖をハリーに突きつけた。

 

「バーン! なんてね」

 

 ハリーは向けられている杖が自分のものと気がつくと、慌てて取り戻そうとする。

 私はハリーの狭い部屋の中を逃げ回ると、またハリーに杖を突きつけた。

 

「うふふ。アブラカタブラってね」

 

「返せったら!」

 

 私はハリーの突進を避け、ベッドの上に立つ。

 

「こんなおもちゃで遊んでるからセント・ブルータスなんかに送られるのよ。私が処分してあげるわ」

 

 そして私は杖の端を両手で持つと、勢いよく膝の上に振り下ろした。

 バキリ、という小気味よい音が部屋に響く。

 ハリーはその音を聞いてこの世の終わりのような顔をしていた。

 

「ふ、うふふふ。あははははは!」

 

 私はその顔に耐えきれなくなり、思わず声を上げて笑ってしまう。

 折った杖をハリーに対し放り投げると、そのまま腹を抱えてベッドの上で笑い転げた。

 

「な、なんてことを……なんてことをしてくれたんだ……」

 

 ハリーは呆然としながら折れた杖を拾い上げる。

 私はひぃひぃ言いながらハリーに言った。

 

「おもちゃの杖の一本や二本ぐらいいいじゃない。そんなに欲しいなら私が仕入れてきてあげるわ」

 

「あの杖はおもちゃなんかじゃ──」

 

「おもちゃよ。よく見なさい」

 

 私はハリーの持ってる杖を指差す。

 ハリーはその杖をマジマジと見ると目を丸くした。

 

「あ、あれ? 確かにこれは僕の杖じゃない」

 

 それにハリーが気がついたタイミングで、私は本物のハリーの杖を服の下から取り出す。

 そう、先程逃げ回っていた時にこっそりウィーズリーの双子特製の騙し杖と呼ばれるおもちゃにすり替えておいたのだ。

 

「本物はこっちよ。柊、二十八センチ、不死鳥の尾羽。名前を言ってはいけないあの人の杖と兄弟杖」

 

 私は手に持っていた本物の杖をくるりと反転させると、ハリーに向けて差し出す。

 そして眼鏡を外して、いつもの声色で言った。

 

「ごめんなさい。おちょくりすぎたわね」

 

「……もしかして、サクヤ?」

 

 ハリーは私から杖を受け取ると、眼鏡の奥で目をパチクリさせる。

 私はまたクスクスと笑うと、ハリーの顔をしっかりと見据えた。

 

「はい、せいかーい。グリフィンドールに十点ってね」

 

「もうあんな冗談はやめてくれよ……本当に杖を折られたかと思ったじゃないか」

 

「ごめんなさいね。でも、今このタイミングで家出をしたら、それこそ最終的に杖を折られることになるわよ?」

 

 私はハリーのベッドをソファーがわりに腰掛ける。

 

「家出してどうするつもりだった? 隠れ穴まで行ってみる? それとも漏れ鍋かしら。いつ死喰い人に命を狙われているかわからないのに? 貴方はきっと抵抗するでしょうね。でも、そうしたら連中の思う壺。今の魔法省は一昨年ほど貴方に優しくないわ。きっとなにかと理由をつけてホグワーツを退学にさせ、杖を折るでしょうね」

 

「そんなこと──」

 

「ない、と言い切れる? ファッジは今ダンブルドアと対立してる。一昨年とは違うのよ。貴方が何か不正をしたら、これ幸いと言わんばかりに貴方を退学にするわ」

 

 ハリーはそれを聞いて小さく呻く。

 私はそんなハリーを見て素気なく言った。

 

「だからまあ、家出するにしても私の家にしなさい。ひとまず、隣にある私の家に来るといいわ。そのあと、私がダンブルドアと交渉してグリモールド・プレイスにある本当の家に招待してあげる」

 

「いいのかい?」

 

「よくないわよ。でも、貴方もずっとここで夏を過ごす気はないでしょう?」

 

 私はハリーに対しいたずらっぽく笑いかける。

 

「ああ、やっぱり君って最高だよ」

 

「そうと決まればさっさと荷物をまとめちゃいなさい。それと、バーノンとペチュニアに置き手紙もね」

 

 私がそう言うと、ハリーは急いでトランクの中に衣服や教科書を詰め込み始める。

 

「私は近くにいる騎士団員に連絡してくるわ。貴方はここで荷物をまとめておいて」

 

「騎士団員って?」

 

「詳しいことは私の家で。じゃあね」

 

 私は眼鏡を掛けると、ハリーの部屋の窓から庭へと飛び降りる。

 そしてそのまま植木の陰に隠れているマンダンガスへと近づいた。

 

「あれ? おまえさん、どうしてハリーの部屋から出てきたんだ? 俺っちがちーと目を目を離しているうちに何かあったのか?」

 

 マンダンガスは私を見て不思議そうな顔をしている。

 

「ちーと目を離しているうちに何かあったのよ。護衛をサボっていたのをバラされたくなかったら本部に連絡して頂戴。ハリーがダーズリー家の隣にある私の家に家出したって」

 

「家出? そりゃまた何で?」

 

「子供が家出する理由なんて限られてるでしょ。保護者との喧嘩よ。勝手にあちこち行かれるよりかは、こっちで確保しちゃったほうが早いわ。それに、そろそろ頃合いだと思うしね。ハリーを騎士団の本部に連れて行くべきよ」

 

「だがよ、それを決めるのはダンブルドアだ」

 

 マンダンガスは眉を顰めて私を見る。

 

「そうね。だからこそ、ダンブルドアの許可が出るまで私の家で身柄を確保するわ。ほら、私は姿現しできないんだから、伝達頼んだわよ?」

 

 マンダンガスは首を捻りながらもバチンという音を立てて姿くらましする。

 私はそれを見送ると、またハリーの部屋までよじ登った。

 

「準備できた?」

 

 私は窓からハリーの部屋を覗き込む。

 ハリーは押し込むようにしてなんとかトランクを閉じたところだった。

 

「うん、なんとか」

 

「よし、トランクをこっちへ」

 

 私は重たいトランクをハリーから受け取ると、それを私の家の植木に向かって投げる。

 ハリーのトランクはそのまま植木の上に落ち、小さくバウンドして庭に転がった。

 

「荒っぽくないかい?」

 

「あら、それじゃあ礼儀正しく玄関から出る?」

 

「まさか。でも、箒は投げないでね」

 

 私はハリーからファイアボルトを受け取ると、それを片手に持ったままダーズリー家の庭まで降りる。

 ハリーは空の鳥籠を片手にその後を追ってきた。

 私たち二人はそのままコソコソとダーズリー家の庭を歩き、通りに出て、隣にある私の家へと移動する。

 そして庭に転がっているトランクを二人で持ち上げると、そのまま家の中に入った。




設定や用語解説

吸魂鬼に襲われていないハリー
 ヴォルデモートが復活した発言をしていないため、アンブリッジにそこまで目をつけられていない。

割と正論を言うバーノン
 でもハリーに対し当たりが強いのは確か。

ハリーをおちょくるサクヤ
 割としっかり悪ガキ

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鍋と護送と私

先週本来95話を投稿するところを間違えて一つ飛ばして96話を投稿してしまったので今週に関しては先週間違えて投稿した96話と本来は来週分の97話の二本立てでお送りします。95話、『非行少年とおもちゃの杖と私』をまだ読んでいないという方は前回からお読みください。


 

「ブラウン家にようこそ。何もない家だけどゆっくりしてって頂戴」

 

 私はハリーのトランクをリビングの片隅に置いたあと、ハリーをソファーへと案内する。

 ハリーはソファーへと腰掛けるとキョロキョロと部屋の中を見回していた。

 

「でも、どうしてサクヤがダーズリー家の隣に住んでいるの? それも変装なんかして」

 

 ハリーは当然の疑問を私に投げかけてくる。

 私は紅茶の準備をしながらその問いに答えた。

 

「貴方の護衛のためよ、ハリー」

 

「護衛? 僕の? 何で?」

 

「何でって……だって貴方は選ばれた男の子でしょう?」

 

 選ばれた男の子。

 それを聞いてハリーは眉を顰めた。

 

「でも、だからってサクヤがここにいる理由にはならないだろう? どうしてサクヤなの?」

 

「それは……騎士団員の中では私が一番マグル文化に明るいし。何より未成年の私に出来ることって言ったらそれぐらいだしね」

 

 私はポットの紅茶をティーカップに注ぐと、ハリーの前に差し出す。

 

「騎士団員?」

 

「そう、不死鳥の騎士団。ダンブルドアが組織した秘密同盟」

 

 私は自分のマグカップに紅茶を注ぎ、それを片手にハリーの前のソファーに腰掛けた。

 

「それじゃあ、その不死鳥の騎士団の魔法使いが、この夏ずっと僕を護衛してたってこと? ヴォルデモートから僕を守るために?」

 

「物分かりがいいわね。その通りよ」

 

 ハリーは何が何だかわからないという表情を顔にありありと浮かべる。

 ハリーはこの夏、少しでも情報を集めようと躍起になっていた。

 マグルのテレビニュースや新聞にまでも目を通し、ヴォルデモートの痕跡がないか調べていたのを思い出す。

 

「ほかに、聞きたいことは?」

 

「サクヤは、その、不死鳥の騎士団のメンバーなの?」

 

「ええそうよ」

 

「ロンやハーマイオニーも?」

 

「二人は騎士団員じゃないわ。基本的に、ホグワーツを卒業した魔法使いしか騎士団には入れないことになってるから」

 

 私がそう言うと、ハリーは怪訝な顔をする。

 

「でも、サクヤは騎士団員なんだろう?」

 

「私はほら、特別だから」

 

 私はそう言って冗談混じりに胸を張る。

 

「ダンブルドアは私が並の魔法使いよりよっぽど戦えることをよくご存知だわ。だからこそ、こうやって貴方の護衛を任されているのであって」

 

「でも、なら何でもっと早く教えてくれなかったんだい? 隣に越してきたのがサクヤだって知ってたら毎日のように遊びに行ったのに」

 

「貴方ねぇ……少しは私の世間体を大切にして欲しいわ。私はここではマールヴォロカレッジのお嬢様。貴方はセント・ブルータス更生不能非行少年院に通わされている不良少年。そんなあなたが私の家に毎日のように入り浸ったら、ご近所さんから変な目で見られるでしょう? それに、貴方と私が仲良くしていると、私が魔法使いだってことが貴方の叔父たちにバレてしまうわ」

 

「構うもんか」

 

「構うのよ。少なくとも私はね」

 

 その時、バチンという音が鳴り、リビングにマンダンガスが現れる。

 

「バーテンの嬢ちゃん、取り敢えず今本部にいる奴らには話してきたぜ。そこから先どうなるかはダンブルドア次第だな」

 

 マンダンガスはそう言うとキッチンの戸棚からファイアウイスキーを取り出して瓶ごと煽る。

 

「あとそうだ。ここの二階を借りてるぜ。しばらく盗品の鍋を隠しといてくれ」

 

「それは構わないけど、全部はダメだからね。少なくとも、一つはハリーの部屋だから」

 

「一部屋だけだ。それに、すぐに馬鹿のマグリアに売っちまう予定だからさ」

 

「儲かってるなら漏れ鍋にツケの支払いしなさいよ。私が預かっておいてあげましょうか?」

 

 私がそういって手を差し出すと、マンダンガスはとんでもないと言わんばかりに首を横に振った。

 

「まさか! あんたがちょろまかすかもしんねえだろ?」

 

「場所代」

 

「そもそもここは嬢ちゃんの家じゃねえじゃねえか。まあいいや。とにかく、俺はちゃんと本部に伝えたからな」

 

 マンダンガスはそう言うとまたバチンと音を立てて姿をくらませる。

 私は紅茶のおかわりを注ぎながらハリーに言った。

 

「とにかく、ダンブルドアからの返事が来るまではここにいてもらうわ。家の中ならどこにいてもいいけど、外出は禁止。ヘドウィグも帰ってきたら鳥籠の中に入れといて」

 

「サクヤはその間どうするの?」

 

「もちろん、一緒にいるわ。それに、明日にはマンダンガスよりもう少しマシな護衛が本部から姿現ししてくるはず」

 

 私はソファーから立ち上がると冷蔵庫の扉を開ける。

 そういえば今日の夜はダーズリー家で食べる予定だったことをその時思い出した。

 

「あー、ありあわせでいい? というか、お腹は空いてる?」

 

「ペコペコだよ」

 

「そう。それじゃあ、覚悟しなさい」

 

 私はリビングの隅に置きっぱなしにしていた鞄を掴むと、そのままダイニングテーブルへと移動する。

 そして鞄の中からステーキやらサラダやらミートパイやらを次々と取り出し、ダイニングテーブルへと並べた。

 

「さあ召し上がれー。どれもこれも焼きたてよ」

 

 私はナイフとフォークを机に並べ、少し椅子を引く。

 ハリーはダイニングテーブルへ近づいてくると、出来立てアツアツのステーキを見て目を輝かせた。

 

「いつも思うけど、それどうやってるの?」

 

「さて、鞄の中にキッチンでもあるんじゃない? ほら、温かいうちに食べましょう?」

 

 私はハリーの反対側へ周り、椅子に座ってナイフとフォークを握る。

 そしてアツアツのステーキにナイフを突き立てた。

 

 

 

 

 ハリーがうちに来て丸々二日が経過した夜。

 ダーズリー家の隣にある私の家のリビングに数人の魔法使いが集まっていた。

 

「荷造りは……大丈夫ね。って、これもしかしてファイアボルト!?」

 

 トンクスはハリーが抱えている箒を見て手を叩いて喜んでいる。

 その様子を少し離れた位置から見ていたムーディは、気に入らんとばかりに口を開いた。

 

「なんにしてもだ。本部の決定も待たずにハリーと接触し匿うとはな。護衛任務をなんだと思っとるんだ?」

 

「何言ってるんですか。ほら、見てください。ハリーには腕も足も付いてます。護衛の任務は完璧にこなせているでしょう?」

 

 私はやれやれと肩を竦めてみせるが、ムーディの言うことがもっともだということもわかっている。

 

「まあいいじゃないか。予定が少し早まっただけだ。どちらにしろ近いうちに本部へ移送する手筈だったじゃないか」

 

 ルーピンはトンクスの箒にトランクを固定しているハリーを見ながら言う。

 

「それに、私としてはよく家出する前にハリーを引き留めてくれたと褒めたいぐらいなんだがね」

 

「やり方が気に食わんだけだ」

 

 ムーディは鼻を鳴らすと魔法の義眼を忙しなく動かし周囲の様子を探る。

 そして安全を確かめると全員を一箇所に集めた。

 

「時間までもうすぐだ。キングズリーとディグル、そしてドージは後発。サクヤ、お前はバンスと付き添い姿くらましで直接本部に帰れ。あとの者は計画通り合図と共にここを出る」

 

「全員姿現しじゃダメなの?」

 

 ハリーが不思議そうな顔をしながら言った。

 

「ダメだ。お前さんは本部の場所を知らんし、何より姿現しに慣れとらん。箒で行った方が確実だ」

 

「それに、私箒持ってないしね。ロンの流れ星を借りたらいつ到着するかわからないし」

 

 私はハリーに手を振ると、バンスの手を握る。

 

「それじゃあ、また後で」

 

 その瞬間、姿くらまし特有のヘソから引っ張られるような感覚が私の全身を襲った。

 バチンという音と共に私とバンスは騎士団本部の玄関ホールに姿現しする。

 

「さて、バンスさんはこのあとどうします?」

 

 私はバンスの手を離すと、調子を確かめるように首に手を当ててぐるりと回す。

 

「そうねぇ。私はモリーと少し話をしてくるわ。サクヤちゃんはどうするの?」

 

「ロンとハーマイオニーにハリーがもうすぐくることを伝えてきます。真っ直ぐ飛べば二十分ぐらいで着きますよね」

 

「真っ直ぐ飛べばね。アラスターがいるから倍はみておいたほうがいいわよ」

 

 バンスはそう言うとキッチンの方へと消えていく。

 まあ、確かにバンスの言う通りだ。

 ムーディのことなので途中で追っ手が来ていないか確かめるために引き返す、なんてことも視野に入れておいた方がいいだろう。

 

「クリーチャー」

 

「こちらに」

 

 私が一言呼ぶとすぐにクリーチャーが顔を出す。

 

「ハリーがもうすぐ到着するわ。歓迎の用意をしておいて」

 

「かしこまりました」

 

「それと、それまで私は自分の部屋にいるから、ハリーが到着したら教えて」

 

 私はそれだけ伝えると、階段を上り自分の部屋に入る。

 ここ数週間はプリベット通りで生活していたため、自分の部屋が妙に懐かしく感じた。

 と言っても、全く帰ってきてなかったわけではないのだが。

 私は自分の部屋の椅子に座り、時間を停止させる。

 そして懐から両面鏡を取り出した。

 

「ハリー・ポッターがグリモールド・プレイスへと移動中です。一時間もしないうちに到着すると思います」

 

 私は鏡に向かってそう報告する。

 鏡には何も映っていなかったが、数秒もしないうちにヴォルデモートの顔が映った。

 

「そうか、報告ご苦労。では今日からホグワーツが始まるまでの間はそこにいるんだな?」

 

「はい。そうなります。そちらはどのような状況ですか?」

 

「変わらんよ。ルシウスが魔法省に探りを入れている。成果が出るにはまだ時間がかかるだろうな」

 

 ヴォルデモートは赤い瞳で私の顔を見る。

 

「何か動きがあったら報告しろ。セブルス・スネイプの動向もだ」

 

「かしこまりました。それでは」

 

 私は数秒待ってから両面鏡を懐にしまい直す。

 そして部屋の中に誰もいないことを今一度確かめてから時間停止を解除した。

 

「あ、そうだ」

 

 鏡を見て思い出した。

 もうプリベット通りに帰ることもないだろうし変装を解いてしまっても構わないだろう。

 私は部屋の壁に吊るしてある姿見の前に移動すると、杖を取り出し軽く頭を小突く。

 するとまるで汚れが流れ落ちるように私の髪はみるみるうちに白さを取り戻していった。

 私は髪の色が元に戻ったのを確かめ、鏡に近づき自分の瞳を覗き込む。

 色を失っていた瞳はいつも通り真っ青な輝きを取り戻していた。

 

「よし、これで元通りね。やっぱり私と言ったらこの白い髪に青い瞳だわ」

 

 私は姿見の前でくるりと回ると、ハーマイオニーたちに会うために自分の部屋を出た。

 

 

 

 

 結局それから一時間もしないうちにハリーは無事グリモールド・プレイスにある私の家に到着した。

 私はクリーチャーと共にハリーを出迎え、ベッドが沢山置かれている部屋へハリーを案内する。

 

「ここが寝室兼各人の個人スペース。部屋が沢山有るわけじゃないから少し窮屈なのは我慢して。ベッドは空いてるところを自由に使って頂戴」

 

「えっと、うん。ありがとう」

 

 私はクリーチャーがハリーのトランクを運んでいるのを確認し、ハリーに手を振って一階のダイニングへと戻る。

 ダイニングには既にハリーの護送に携わった魔法使いを含め二十人近い騎士団員が集まっていた。

 

「なんにしてもだ。特に問題なくハリー・ポッターの護送は終わったわけだが、ポッターの所在が変わったことで騎士団の今後の人員の振り分けも変わってくる」

 

 どうやら既に会議は始まっているらしく、ムーディがダイニングにいる騎士団員に向かって言う。

 私は会議の邪魔をしないように静かに空いている席に腰掛けた。

 

「まず、ポッターの護衛は今後必要なくなる。少なくともホグワーツに行くまではな。キングス・クロスまで向かう道中はわしとルーピン、トンクス、そしてモリーが護衛につく」

 

 ムーディは魔法の義眼で私をチラリと見ると、話を続けた。

 

「ホグワーツ特急からの護衛は主にホワイトが担当する。ホグワーツに着いてからも同様だ。それまでの間、各人はダンブルドアから与えられた任務を遂行する。何か質問があるものは?」

 

 ムーディが周囲を見回すと、シャックルボルトが発言した。

 

「今死喰い人たちはどう動いている? 何か情報はあるか?」

 

 ダイニングに数秒の沈黙が流れた後、スネイプが口を開いた。

 

「もしかしてその質問は私にされたのですかな?」

 

 スネイプはキングズリーに問うと、小さく肩を竦める。

 

「少なくとも、表立って動くつもりはないようですな。闇の帝王はルシウス・マルフォイを積極的に魔法省に送り込んでおられるようだ」

 

「やはり例のあの人が復活したということを公表した方がいいのではないか?」

 

 スネイプの報告を聞いて、ドージがそう提案する。

 

「危機が迫っていることを知る権利は誰にでもある。知っていれば、備えることも出来る」

 

「確かに。一理ありますな。ですが、ダンブルドアは今すぐ公表する気は無いようです」

 

 シャックルボルトはドージに向かって言う。

 

「少なくとも魔法省が例のあの人の復活を認めるか、例のあの人自身が自らの存在を世に晒し始めるまでは方針を崩さないと、そのように話し合いで決めたではありませんか」

 

「わかってる、わかっているとも」

 

 ドージは自分に言い聞かせるように何度も頷いた。

 その後もシャックルボルトが進行役になって会議は進んでいく。

 私はその会議を聞きながら、机の隅に座るスネイプに意識を向けた。

 スネイプは今のところヴォルデモートを裏切ってはいないようだ。

 少なくともスネイプは真に隠すべき情報は会議中に答えていない。

 それに、気づいていないだけかもしれないが、私がヴォルデモートのスパイだと言うことも誰にも話してはいないようだ。

 スネイプは本当にヴォルデモートに忠誠を誓っているのだろうか。

 勿論、スネイプが闇の魔術に傾倒しているのは知っている。

 今でもヴォルデモートを崇拝しているのは確かだろう。

 だが、それ以上にダンブルドアがスネイプを信用しているというのが気になる。

 あのダンブルドアがスネイプが絶対に味方であると確信するほどの何か。

 その何かがスネイプとダンブルドアの間にはあるはずだ。

 

 

 ……まあ、信用出来なくなったら殺せばいいだけだが。




設定や用語解説

騎士団内でのサクヤの印象
 優秀な魔法使いであることには違いないが、自分の考えで動きすぎる子供だと認識されている。

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監督生と金星人と私

 一九九五年、八月の終わり。

 私が自分の部屋で本を読んでいると、一匹のフクロウが窓の外を横切った。

 私はそのフクロウが小包を抱えていることを横目で見て確認すると、窓を開けて読書を再開する。

 小包を抱えたフクロウは窓から部屋の中に飛び込み、机の上に小包を落とすと窓の縁に着地した。

 

「結構遅かったわね」

 

 私はフクロウのクチバシを軽く撫で、鞄の中からエサを取り出しフクロウに与える。

 フクロウはそれを咥えると窓の外に飛び去っていった。

 私は窓を閉め、フクロウが運んできた小包の封を解く。

 小包の中には七通の手紙が入っていた。

 

「ああ、やっぱり。いつもはもう少し早く届くんだけど」

 

 手紙はホグワーツからだ。

 私を含めホグワーツに在校中の学生に一通ずつ。

 私は自分の分の便箋の封を解くと、内容を改めた。

 

「教科書のリストと、新学期の案内ね」

 

 新しく買い足さなければいけない教科書は二冊。

 一冊は呪文学の教科書である『基本呪文集・五学年用』。

 そしてもう一冊は『明日への一歩を踏み出すための防衛術』、闇の魔術に対する防衛術の教科書だろう。

 

「えっと呪文集は去年と変わらずゴスホーク著ね。で、防衛術の本は……嘘でしょ?」

 

 私は何かの間違いでないかと目を擦る。

 だが、手紙に書かれている内容が変わることはなかった。

 

『明日への一歩を踏み出すための防衛術 パチュリー・ノーレッジ著』

 

「ノーレッジ先生の本が学校の教科書に? でも、先生の著作にこんな題名の本あったかしら」

 

 難解でクソつまらないことに定評のあるパチュリー・ノーレッジの本がホグワーツの指定教科書?

 知識がなければ辞書を読むよりつまらないと言われるほどの代物を指定するとは、一体どんな物好きなのだろうか。

 私は自分宛ての手紙を引き出しの中に仕舞い込むと、他の皆の手紙を持って部屋を移動する。

 そこではちょうどロンがハーマイオニーをチェスで打ち負かしていたところだった。

 

「待った! 一手、いや二手戻していい?」

 

「二手でいいの?」

 

「……やっぱり三手」

 

 ロンはニヤニヤしながら慣れた手つきでチェスの駒を戻し始める。

 ハーマイオニーは私が部屋に入ってきたことすら気がついていないほどチェス盤に集中していた。

 私はチェス盤の横のベッドの上で箒を磨いていたハリーの横に腰掛けると、ホグワーツからの手紙を渡す。

 

「ホグワーツから。いつものよ」

 

「ああ、うん。遅かったね」

 

 ハリーは磨きクロスを横に置くと、私から手紙を受け取る。

 その様子にロンも気がついたのか、こちらをグイッと振り向いた。

 

「教科書のリスト? 随分遅かったよな。忘れられたかと思ったよ」

 

 ロンも私から手紙を受け取ると、チェスの駒を進めながら器用に封を解き始める。

 

「それに、今年はなんとノーレッジ先生の本が教科書に指定されてるわよ」

 

 私がそう言った瞬間、今までチェス盤をじっと睨みつけて動かなかったハーマイオニーが電撃でも食らったかのように私の方を向いた。

 

「本当!?」

 

「嘘よ」

 

「なんだ嘘か……」

 

 ハーマイオニーはがっくし項垂れるとまたチェス盤に集中し始める。

 そんな様子を見て、手紙を読んでいたハリーが呆れたように言った。

 

「いや、本当だよ。ほら」

 

 ハリーはハーマイオニーに教科書のリストを手渡す。

 ハーマイオニーはリストにあるパチュリー・ノーレッジという文字を食い入るように見ると、さっきの仏頂面はどこへやらと言った様子で頬を緩めた。

 

「凄い! しかもこの本、きっと新刊よ!」

 

 パチュリーの大ファンである彼女が言うのならきっとそうなのだろう。

 

「でも、新しい闇の魔術に対する防衛術の先生って一体誰なのかしら。ムーディ先生ではないんでしょう?」

 

 ハーマイオニーは私からホグワーツからの手紙を受け取りながらそう聞いてくる。

 

「そうね。マッドアイではないわ。ダンブルドアは新しい先生を見つけるのに相当苦労しているって話は小耳に挟んだけど……」

 

 結局誰になったかという話は私は聞いていない。

 不死鳥の騎士団内でもその話題が上がらないということは、きっとまだ誰も知らないんだろう。

 

「案外スネイプだったりしてね」

 

 私がそう言うと、ハリーとロンが露骨に嫌そうな顔をした。

 

「もしそうだったら悪夢だよ」

 

「でももしそうなったら、魔法薬学に誰がつくかが気になるけどな。っと、これでチェックメイト」

 

 ロンはすっかりチェスに興味を無くしたハーマイオニーにトドメを刺す。

 その時、ロンの便箋から赤色の何かが転がり落ちた。

 

「ん? ロン、これ落ちたわよ」

 

 私は床に落ちたそれを拾い上げた。

 便箋から転がり落ちたのはバッジだった。

 グリフィンドールの象徴であるライオンを模したデザインのそれは赤と金で彩られ、真ん中には大きく『P』の刻印が入っている。

 

「って、これ監督生バッジじゃない?」

 

「監督生? 僕が?」

 

 ロンは私からバッジを受け取ると、マジマジとそれを観察し、便箋の中からもう一枚の羊皮紙を引っ張り出す。

 そこには新学期の案内と併せて、ロナルド・ウィーズリーを監督生に指定するという文言が記載されていた。

 

「冗談だろう? 僕が監督生だって? ……はは、おっどろきー」

 

 ロンはなんて言っていいかわからないといった表情で気まずそうに頭を掻く。

 

「……あ、私のにも入ってたわ! 女子の監督生はサクヤだと思ってたのに!」

 

 少し遅れてハーマイオニーも手紙から出てきたバッジを片手に飛び上がった。

 

「何言ってるのよ。私なんかに監督生が務まるわけないでしょう?」

 

「でも、私よりサクヤの方がずっと優秀だし……」

 

 私はそんなハーマイオニーに肩を竦める。

 

「マクゴナガル先生はきっと貴方の几帳面さを買ったんだと思うわ。それに面倒見も良いし。貴方なら何の問題もなく下級生を任せられるって思ったんでしょうね」

 

 実際私は監督生なんて面倒くさい役職には就きたくない。

 まあ将来の就職のことを考えればキャリアの一つにはなるんだろうが、少なくともヴォルデモートが目指す世界では使えないだろう。

 

「私、両親に手紙を書いてくるわ! ハリー、後でヘドウィグを貸してくれない?」

 

「……ああ、うん。オッケー」

 

 ハリーは少し呆然としていたが、ヘドウィグの鳥籠の方に歩いて行く。

 ロンは自分が監督生に選ばれたことが未だに信じられないのか、バッジを指先でつまんで透かすように見ていた。

 

「っと、あんまりここでゆっくりするわけにもいかないわね。ジニーとフレッドとジョージにも手紙を渡してくるわ。それに私は時計のオーバーホールとかマーリン基金の手続きとかでダイアゴン横丁に行かないといけないし、ついでに全員分の教科書と消耗品も買ってくるわね」

 

 私はそう言うとハリーたちのいる部屋を出てジニーたちを探し始める。

 対抗試合の賞金も出たことだし、マーリン基金に関しては援助の方を取りやめてもらっていいだろう。

 ホグワーツを卒業するまでの資金は十分にある。

 それこそ、今手元にある金貨を半分ほどグリンゴッツに預けてしまってもいいかもしれない。

 今現在私は全財産を鞄の中に入れて生活している。

 それはそれで便利で良いのだが、いざ鞄を無くした時に一文なしになってしまう。

 そのリスクを考えれば、多少は資産を別の場所に逃しておくべきだろう。

 

「三百……いや、五百ガリオンは入れてしまっても問題ないわね」

 

 私は一人そう呟くと、一階へと続く階段を下りた。

 

 

 

 

 一九九五年、九月一日。

 長い夏休暇も終わりを告げ、ホグワーツに向かう日がやってきた。

 私たちは九と四分の三番線でモリー、ムーディ、トンクス、ルーピンに見送られ、ホグワーツ特急に乗り込む。

 

「さーて、ずいぶん遅くなっちゃったけど空いているコンパートメントはあるかしら」

 

 私は近くのコンパートメントを覗き込みながら言う。

 その様子を見てハーマイオニーが少々気まずそうに言った。

 

「えっと、私たちは監督生の車両に行くことになってて……でも、ずっとそこにいないといけないってことはないと思うわ」

 

「ん? 別にずっとそこにいてもいいんじゃない? コンパートメントは結構混んでるわけだし、誰かが一人ぼっちになるってわけでもないしね」

 

「まあ、暇になったらそっちに遊びに行くかもな」

 

 ロンとハーマイオニーはそう言うと列車の前の方へと移動していく。

 私はその様子を見送ると、改めてハリーとジニーの方を見た。

 

「さて、じゃあ気を取り直してコンパートメントを探しますか。席が空いているとしたら……後ろの方かしらね」

 

「うん、多分後ろのが空いてると思う」

 

 ハリーはそう言うと後ろの車両へと続く扉を開けて進んでいく。

 私たちはそのまま空いているコンパートメントを求めて奥へ奥へと進んでいき、最終的に最後尾の車両へと辿り着いた。

 

「あ、やあハリー、サクヤ、ジニー。君たちも席を探しているの?」

 

 最後尾の車両の通路にはネビル・ロングボトムがペットのカエルを片手に握りしめたまま立ち尽くしていた。

 その様子を見るに、最後尾の車両にも空いているコンパートメントがないらしい。

 

「どこもかしこもいっぱいってわけね。これは解散して各人知り合いのところに潜り込んだ方がいいかしら」

 

「待って。ここが空いてるわ」

 

 私が踵を返そうとしたその時、ジニーが近くのコンパートメントを指さす。

 

「ほら、ルーニーだけよ」

 

 私はジニーが指さしたコンパートメントを覗き込む。

 そこには少女が一人雑誌を読んでいた。

 少女の髪は少し濁ったブロンズで、腰までの長さがある。

 そこまでは普通の少女だ。

 だが、この少女は杖を左耳に挟み、コルクを繋ぎ合わせたネックレスをし、雑誌を逆さまに持っていた。

 ネビルがこのコンパートメントに入らなかった理由もわかる。

 この少女は明らかに変人だ。

 

「ジニー、知り合い?」

 

「同い年のレイブンクロー生」

 

 ジニーは言うが早いかコンパートメントの扉を開けて中に入り込む。

 

「こんにちはルーナ。ここ座っても大丈夫?」

 

 ルーナは私たちの顔を順番に見ると、私の顔を見つめながら小さく頷いた。

 

「ありがと」

 

 ジニーはルーナに対しにこやかに笑うと、トランクをコンパートメントに運び込む。

 ハリーとネビルもそれに続いてトランクや鳥籠を中に運び込み、最後に何も持っていない私が入り扉を閉じた。

 

「ルーナ、いい休みだった?」

 

 ジニーは窓際に腰かけると、ルーナに声を掛ける。

 

「うん、とっても楽しかった」

 

 ルーナはそう答えたが、視線は私の方に向いたままだった。

 

「どうしてあんただけ手ぶらなの? 荷物を全部家に忘れちゃったとか?」

 

「逆。全部ホグワーツに忘れてったのよ」

 

 私はルーナに対しそんな冗談を言うと、ポケットの中から鞄を取り出し、さらに鞄の中からハニーデュークスのお菓子の大袋を取り出した。

 

「凄い! 今のどうやったの?」

 

 ルーナは読んでいた雑誌を閉じると、興味津々に私の鞄を覗き込む。

 だが、私の鞄は私以外の者が見ても中まで光が届かないため暗闇が広がっているようにしか見えない。

 

「種も仕掛けもないマジック(魔法)よ」

 

「わかった、あんた金星人ね」

 

「そう、きんせ……え?」

 

 私はルーナのあまりにも予想外の答えに、思わず聞き返してしまう。

 

「金星人。魔法族とも違う不思議な術が使えるって『ザ・クィブラー』に書いてあったの。きっとあなた金星人の末裔ね」

 

「気にしないで。こういう子なの」

 

 ジニーはすまし顔で私に言う。

 

「ねえ、金星ってどんなところなの? 地下深くに大きな都市があってそこに何十万もの金星人が暮らしているって本当?」

 

 私はルーナのそんな問いに頭を抱える。

 そして申し訳なさそうに言った。

 

「ごめんなさいね。私は金星人じゃないから金星の様子はわからないわ。私はほら、月人だから。月の裏側ならわかるんだけど……」

 

「月人? 月人は月の裏側に住んでるの?」

 

 私は神妙な顔で声を潜める。

 

「この話は他言無用よ? 絶対秘密の超極秘事項なんだから。どうして月はずっと同じ面を向けて地球の周りを回っていると思う?」

 

「自転と公転周期が一致しているからって天文学で習ったよ」

 

「そう、でもそれは表向きの理由でしかない。実は月人が自転の速度をコントロールして、意図的に裏側を隠しているの。おっと、この話は絶対秘密よ? 月人以外にはローマ教皇と魔法大臣しか知らない話なんだから」

 

 私はクスリと笑うと、ルーナにハニーデュークスのお菓子を手渡す。

 ルーナは目をキラキラさせながら私からお菓子を受け取った。

 

「うん、約束する。絶対誰にも言わないよ。私は口は硬い方だもん」

 

 私は満足げに頷くと、ハリーたちにもお菓子を配り始める。

 ハリーとジニーは明らかな作り話に相当呆れた顔をしていたが、ネビルはどうやら私の話を真に受けたようだった。

 

「ま、まさかサクヤにそんな秘密が……でも、確かに人間っぽくないとは思ってたけど──」

 

 あわあわと口を震わせているネビルの脇腹をハリーが小突き、小さい声で私の冗談であるとネビルに伝える。

 ネビルはキョトンとした目で私の顔を見ると、少し顔を赤くして俯いた。




設定や用語解説

窓に突っ込まないフクロウ
 一話の頃からサクヤも成長しました。

パチュリー・ノーレッジの教科書
 もう嫌な予感しかしない。

宇宙人サクヤ
 でも実際一般の生徒から見たらサクヤは宇宙人にしか見えないほど優秀。

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仮面とガマガエルと私

 私たちを乗せたホグワーツ特急は、ロンドンの街中を抜け、今は広々とした野原を走っている。

 私は晴れとも曇りとも言えない微妙な空模様を見ながら、ネビルとハリーの話に耳を傾けていた。

 

「誕生日に何を貰ったと思う?」

 

 ネビルはいつになく嬉しそうにハリーに聞く。

 そう言えば、ネビルの誕生日はハリーの一日前の七月三十日だ。

 その話を聞いて、私はネビルがもう一人の予言の子供だったということを思い出した。

 

「また思い出し玉とか?」

 

「うーん、前のは失くしちゃったからそれも必要かもだけど、違うよ。ほら、これ見て」

 

 ネビルは鞄に手を突っ込み、小さな灰色のサボテンのようなものの鉢植えを取り出す。

 

「あら、ミンビュラス・ミンブルトニアじゃない」

 

「み、びゅ? なにそれ?」

 

 ネビルは私の言葉に得意げに頷く。

 ハリーはその鉢植えを奇妙なものを見る目で見ていた。

 

「でもこれ、とっても貴重なものでしょ? よく手に入ったわね」

 

「うん。アルジー大おじさんが僕のためにアッシリアから持ってきてくれたんだ。多分ホグワーツの温室にもないと思う。僕、早くこれをスプラウト先生に見せたくて」

 

 ネビルは全体的に授業の成績が良くないが、薬草学だけは人並み以上の成績を取っている。

 流石に私やハーマイオニーには点数では敵わないが、趣味的な知識を合わせたらハーマイオニー以上かもしれない。

 

「えっと、これ、役に立つの?」

 

 ハリーは恐る恐るネビルに聞く。

 ネビルはとんでもないと言わんばかりに興奮して言った。

 

「勿論! 色んな魔法薬の材料になるんだ。それに、びっくりするような防衛機能も持ってる」

 

 ネビルはそう言うと鞄から羽ペンを取り出す。

 私はそれを見て慌てて羽ペンを取り上げた。

 

「それ突いたら臭液がそこら中に飛び散るわよ。私は新学期早々ドロドロになるのは嫌だからね」

 

「あ、ああごめん。そうだね。うっかりしてたよ」

 

 私は羽ペンをネビルの鞄へと戻す。

 ネビルは軽く後頭部を掻きながら鉢植えを鞄の中に戻した。

 

 

 

 

 結局ロンとハーマイオニーが私たちのコンパートメントにやってきたのはそれから一時間ほど経った頃だった。

 ロンは精魂尽き果てたといった様子でどっかりと椅子の背にもたれ掛かる。

 ハーマイオニーもこれ以上ないほどに不機嫌そうな表情だ。

 

「もう腹ペコだよ。ハリー、それ一つ貰っていい?」

 

「うん」

 

 ハリーが返事をすると、ロンは先程車内販売で買った蛙チョコの箱を開け始める。

 だが、箱を開けた途端蛙は大きくジャンプし、窓の外に消えていった。

 普段のロンならたとえ飛び出したとしても器用にキャッチしている。

 どうやら随分とお疲れのようだった。

 

「……はぁ。飛び出すなら僕の口の中に飛び込んでくれればいいのに」

 

「お腹が空いてるならサンドイッチならあるわよ。クリーチャーの力作」

 

 私は鞄の中から今朝クリーチャーから渡されたサンドイッチを取り出す。

 ロンは一言お礼を言うと大きな口で齧り付いた。

 

「スリザリンの監督生、誰だったと思う?」

 

 ロンはサンドイッチを飲み込むと、小さくため息を吐く。

 

「マルフォイ」

 

 ハリーがそれ以外考えられないといった表情で言った。

 

「うん、そう。あとパンジー・パーキンソン」

 

「ふーん。やっぱりスリザリンじゃ家柄で監督生を決めるのかしらね。その方が発言力ありそうだし」

 

 マルフォイ家もパーキンソン家も代々純血の家系だ。

 スリザリンの寮内では優秀さ以上に家柄が評価の対象となるのだろう。

 

「だとしたら、いつも以上にマルフォイの前では気を付けないとね。貴方たちあんまりマルフォイと仲良くないんだから特に理由もなく罰則とか貰いそうだし」

 

「そうなったらやり返すだけだ。クラッブとゴイルに難癖付けてやる。そうだな、ゴイルには書き取りをやらせよう。あいつは書くのが苦手だから……」

 

 ロンは顔を顰めて一生懸命何かを書いているような真似をする。

 

「僕が……罰則を……受けたのは……顔が……ヒヒの……尻に……似ているから」

 

 私を含めコンパートメントの中にいる全員が大笑いする。

 特にルーナはこちらがびっくりするほどツボに入ったらしく、悲鳴にも近い笑い声をあげて椅子の上でのた打ち回った。

 

「ヒヒの……尻!」

 

 ロンはルーナのあまりの大爆笑に途方に暮れたような表情をする。

 私はルーナの足元に落ちた雑誌を拾い上げた。

 雑誌の表紙には掲載記事の一覧が小さく載っている。

 

『ファッジのグリンゴッツ乗っ取り計画はどれぐらい乗っているのか』

 

『腐ったクィディッチ選手権』

 

『古代ルーン文字の秘密解明』

 

『例のあの人、復活の兆し』

 

「例のあの人、復活の兆し……ねぇ。ルーナ、これ読んでいい?」

 

 私は涙目のルーナに問いかける。

 ルーナはヒイヒイ言いながら頷いた。

 私はそれを見て雑誌の該当ページを開く。

 そこには例のあの人が死の秘宝の一つである蘇りの石で人知れず復活し、スコットランドでパン屋を営んでいるかもしれないという記事が載っていた。

 

「死の秘宝……蘇りの石……死の秘宝って、確かおとぎ話に出てくるやつよね?」

 

 私が誰に言うでもなく呟くと、ロンとネビルが頷く。

 

「うん、『三人兄弟の物語』に出てくる伝説の石だよ。死んだ人を生き返らせる効果があるっていう」

 

「でも蘇った人は結局この世に馴染むことができなかったんだよね」

 

 ネビルが懐かしむように呟く。

 やはり魔法界では有名なおとぎ話らしい。

 

「まあ、例のあの人がスコットランドでパン屋を営んでいたら、それはそれで愉快でいいかもね。あの人がパンを焼いて、私がそれをお客さんに売るの」

 

「なんで一緒に働くこと前提なのよ」

 

 ハーマイオニーは私の冗談に肩を震わせる。

 私はザ・クィブラーを閉じるとルーナに返した。

 その時、私は視線を感じコンパートメントの扉に付けられた小さい窓を見る。

 窓には見慣れた金髪の少年、ドラコ・マルフォイが顔を覗かせていた。

 マルフォイは私と目が合うと逃げるように廊下を去っていく。

 私は小さくコンパートメントの扉を開け、コンパートメントから首だけ出してマルフォイに声を掛けた。

 

「久しぶりドラコ。監督生になったんですって?」

 

 マルフォイはまさか声を掛けられるとは思っていなかったのか、ビクンと肩を震わせる。

 そして恐る恐るこちらに振り返ると、ぎこちない笑みを浮かべた。

 

「や、やあサクヤ。いい天気だね」

 

「そうかしら。まあ涼しそうな天気ではあるけど」

 

 私は通路の窓の外を見る。

 空模倣は先程と同じように、空の半分を厚い雲が覆っていた。

 

「えっと、それで……なんだっけ?」

 

「いや、特に用事があるわけじゃないんだけど……監督生、なったんでしょ?」

 

 私はマルフォイの胸に輝くバッジを指さす。

 マルフォイは自分の胸にあるバッジを一瞬見ると、自分が監督生であるということを今思い出したかのような顔をした。

 

「あ、うん。実はそうなんだ」

 

「そう。いいじゃない。監督生」

 

 私とマルフォイの間に沈黙が流れる。

 マルフォイはどうしていいかわからないといった顔をすると、思い出したかのように言った。

 

「あ、ああそうだ。見回りをしなくちゃ。それじゃあ、僕はこれで」

 

 マルフォイは私から逃げるように踵を返して列車の前方に向かって歩き出す。

 私は少し目を細めると、その背中に向かって言った。

 

「もしかして、父親から聞いた?」

 

 ビクンとマルフォイの背中が撥ねる。

 この反応を見るに、多分マルフォイは父親から私がヴォルデモートの娘であるということを聞いたのだろう。

 だとしたら、先程の態度にも納得がいくというものだ。

 

「内緒だからね」

 

 私はマルフォイの背中にそう告げるとコンパートメントの中に引っ込む。

 コンパートメントの中ではロンとネビル、ハリーが蛙チョコのおまけカードの交換会をしているところだった。

 

「マルフォイのやつ、なんて?」

 

 ロンがカードとにらめっこしながら私に聞いてくる。

 

「ハリー、貴方顔がメガネザルに似てるから書き取りの罰則ですって」

 

「そりゃいいや。多分世界で一番贅沢な羊皮紙とインクの使い方だろうね」

 

 私の冗談にハリーは肩を竦める。

 そして新しい蛙チョコの箱からカードを取り出した。

 

「あ、レミリア・スカーレット」

 

 カードの中のレミリアは水晶玉を片手に持ち不敵に微笑んでいる。

 

「へえ。彼女のカードなんてあるんだ」

 

「まあ、占いの分野では相当な有名人らしいからカードになってても不思議じゃないよ」

 

 私はハリーからレミリアのカードを借りると、彼女の顔を見つめる。

 カードの中のレミリアは私の顔を見て舌を出し、いたずらっぽい笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 日が沈み辺りがすっかり暗くなった頃、ホグワーツ特急はホグズミードへと到着した。

 私たちは人の流れに乗って駅から馬車へと移動し、ホグワーツ城を目指す。

 そしてそのまま大広間へと入り、グリフィンドールのテーブルへと腰かけた。

 

「そう言えば、いつも新入生の案内をしているハグリッドがいなかったよね」

 

 ハリーが職員用のテーブルを見回しながら言う。

 私も職員用のテーブルを見るが、ハグリッドがいつも座っている席は空席になっていた。

 

「ああ、彼は不死鳥の騎士団の任務で出払ってるから。戻るのはもう少し先になると思うわよ」

 

「騎士団の任務? 何をしているの?」

 

 ハリーが興味深げに私に聞く。

 

「巨人の説得にね。ボーバトンのマクシーム校長と一緒に」

 

「ああ、なるほどね」

 

 ハリーは納得したように頷く。

 ハーマイオニーもハリーに釣られて職員用のテーブルを見ていたが、何かに気が付いたのか眉を顰めて呟いた。

 

「あの人誰?」

 

 ハーマイオニーの言葉に私たちは改めて職員用のテーブルを見る。

 そこには見たことのある人物が一人と、全く見たことのない魔女が一人座っていた。

 魔女の方はダンブルドアの横に腰かけており、銀色の星を散らした紫色のローブにピンクのカーディガンを羽織っている。

 歳はロンの母親のモリーと同じぐらいだろうか。

 どこにでもいそうなおばさんという印象が強い。

 まあ、このおばさんはどうでもいい。

 問題は見覚えのあるもう一人の人物だ。

 真っ黒のローブにフードを深くかぶり、顔全面を覆い隠す仮面をつけている。

 机の上に置いている手にも手袋を嵌め、まったく素肌が露出していなかった。

 

「あれって……確かノーレッジ先生の……」

 

 そう、そこに座っていたのは審査員としてパチュリーがホグワーツに来ていた際、常にそばに待機させていた仮面の男だった。

 

「従者……いや、弟子だったかしら」

 

「やっぱり。あれノーレッジ先生と一緒にいた人よね? サクヤは何か知ってる?」

 

 ハーマイオニーはパチュリーの関係者が職員用のテーブルに座っているとあって目を輝かせている。

 私は小さく肩を竦めるとハーマイオニーに対して言った。

 

「いや、話をしたこともないわ。でも、今年の闇の魔術に対する防衛術の先生が誰かはこれでわかったわね。あのパチュリー・ノーレッジの弟子なら、先生の新作を教科書に指定しても不思議じゃない」

 

「いや、違うわ。サクヤ、貴方まだ新しい教科書に目を通してないの?」

 

 ハーマイオニーが興奮交じりに言う。

 

「『明日への一歩を踏み出すための防衛術』、あれはホグワーツの教科書として執筆されたものよ。今までの小難しい学術書じゃない。内容も分かりやすくて、各学年ごとに項目が分けてある。だから私はてっきりノーレッジ先生が闇の魔術に対する防衛術を担当するものだと思ったんだけど……」

 

「でも、それに限りなく近い結果になったわね。彼は明らかにノーレッジ先生の関係者。きっと魔法界で誰よりもノーレッジ先生に近い位置にいるはずよ」

 

 私はもう一度職員用のテーブルを見る。

 仮面で顔を隠しているため何を考えているかわからないが、あのパチュリー・ノーレッジの関係者だ。

 ただ者ではないことは確かだろう。

 

「でも、だとしたらあのおばさんは何なんだろう?」

 

 ロンは私たちの話を聞いて首を傾げる。

 確かに闇の魔術に関する防衛術以外に空席の課目はないはずだ。

 ハグリッドの代理かとも思ったが、魔法生物飼育学の代理はプランク先生が務めるとダンブルドアが不死鳥の騎士団の会議で言っていたのを思い出した。

 

「さあ、それに関してはダンブルドアからの紹介を待つしかないわね」

 

 私はダンブルドアの横に座るおばさん魔女を見る。

 ずんぐりした体にくりくりの髪。

 なんというか、ダイアゴン横丁かホグズミードでお菓子の出店でも開いてそうな雰囲気だ。

 

「っと、新入生が入ってきたぜ」

 

 私が職員用のテーブルに気を取られていると、大広間の入り口が開きマクゴナガルが入ってくる。

 マクゴナガルの手にはいつものように組み分け帽子が抱えられており、その後ろには新入生を引き連れていた。




設定や用語解説

スコットランドでパン屋を営むヴォルデモート
 それはそれで見てみたい。

レミリア・スカーレットのカード
 占い師としての功績がいくつか書かれている。

騎士団のことをペラペラ喋るサクヤ
 割と不真面目。

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高等尋問官と安らぎの水薬と私

「さて、今年も素晴らしいご馳走を皆が消化している最中であると思うが、学年度の初めのいつものお知らせに少々時間を頂こうかの」

 

 新入生の組み分けが終わり、歓迎会のご馳走が生徒の胃の中に収まったのを見計らってダンブルドアが椅子から立ち上がる。

 

「一年生に注意しておくが、校庭にある禁じられた森は生徒立ち入り禁止じゃ。これに関しては、上級生もよくわかっていることじゃろう。それと、管理人のフィルチさんからで、授業と授業の合間に廊下で魔法を使ってはならんと再度徹底してほしいとの要請を受けた。他にも、もろもろの禁止事項の一覧表がフィルチさんの事務所のドアに張り出されてある。確認したい生徒がいれば、フィルチさんの事務所を訪れるように」

 

 ダンブルドアはいつもの決まり文句が終わると、職員用のテーブルを手で指し示す。

 

「今年から新しく二人の先生を迎えることになった。まず、今年も空席になってしもうた闇の魔術に対する防衛術を担当してくださるグリム先生じゃ」

 

 ダンブルドアに紹介されてグリムと呼ばれた男性が立ち上がる。

 仮面で顔を隠した見るからに怪しいその姿に、殆どの生徒がひそひそと周囲の生徒と囁き合い始めた。

 その様子を見てダンブルドアは補足を入れる。

 

「グリム先生はこのような容姿じゃが、去年三大魔法学校対抗試合の審査員を務められた魔女であるパチュリー・ノーレッジのお弟子さんじゃ。容姿についても研究中の事故で強力な呪いに掛かってしまい、自身の顔を周囲に晒せないらしい」

 

 グリム先生はダンブルドアに向かって小さく手を上げる。

 ダンブルドアはそれを見ると、どうぞと言わんばかりに椅子に座った。

 

「ご紹介に預かりました。グリムです」

 

 男性とも女性とも判断がつかない合成音声のような声が大広間に響く。

 どうやら呪いの効果か何かしらの魔法で声も変化しているらしい。

 

「今年から闇の魔術に対する防衛術を担当します。このような容姿ですが……なに、不便なことと言えば目の前で繰り広げられた暴飲暴食をゴーストと共に指を咥えて見ていることしかできなかったことぐらいでしょう。私は呪いの効果で人前で仮面を取ることは出来ません。なので、この席が終わったら急いで自室へと戻り一人悲しくローストチキンに齧りつくことにします」

 

 グリムはそう言うと大げさと言えるほどの仕草でお辞儀をし、椅子に座り直す。

 話が終わったのを見計らって、ダンブルドアが大きな拍手をグリムに送った。

 それをきっかけに大広間内に決して小さくない拍手が沸き起こる。

 どうやら生徒たちはグリムのことを容姿こそ奇妙だが面白い先生だと判断したらしい。

 

「それにしてもグリムって不吉な名前だよな。流石に偽名かな?」

 

 ロンがグリムに拍手を送りながら呟く。

 だが、それを聞いてハーマイオニーが反論した。

 

「ドイツの方じゃ一般的な名字だったりするわよ。ほら、聞いたことない? グリム童話って。あれのグリムはグリム兄弟のグリムだもの」

 

「うーん、聞いたことないな」

 

「それじゃあ、グリム先生はドイツ人の可能性もあると」

 

 私がそう呟くと同時に、ダンブルドアが再び立ち上がる。

 

「お次に紹介するのはドローレス・アンブリッジ先生じゃ。アンブリッジ先生は今年ホグワーツに新しく新設された役職である『ホグワーツ高等尋問官』に就任なさる。ホグワーツ高等尋問官とは、これからの魔法教育をより良いものにするために授業や生活環境を視察し、授業のカリキュラムの見直しや校則の改正案を出すお仕事じゃ。直接生徒の諸君らを担任するわけではないが、授業中にちょくちょく顔を出されることじゃろう」

 

 どのような役職かいまいちピンと来ていない生徒が多いのか、まばらに拍手が上がる。

 まあ、私たち生徒の授業を直接見るわけではないのであまり関わりのない人物と言えばその通りだ。

 アンブリッジは先程のグリムと同じようにダンブルドアに小さく手を上げて合図をする。

 ダンブルドアはそれを見て、また椅子に座り直した。

 

「校長先生、歓迎の言葉恐れ入りますわ」

 

 大広間に甲高い吐息交じりの声が響く。

 見た目に反し随分と少女チックな声だが、まあその辺は個性の範疇だろう。

 

「ご紹介に預かりました通り、わたくしはホグワーツ高等尋問官という立場でこの場に立たせていただいております。魔法省は若い魔法使いや魔女の教育は非常に重要なものであると常にそう考えてきました。ここにいるみなさんが持って生まれた才能は慎重に教え導き、磨かなければなりません。魔法界独自の古来からの技を後代に伝えていかなければ、それらは永久に失われてしまいます。ですが、よい教育を維持するにはそれ相応の変化も必要です。古き慣習のいくつかは大切に維持されるべきですが、陳腐化し、時代遅れになったものは放棄されるべきです。保持すべきは保持し、正すべきは正し、禁ずべきやり方とわかったものは何であれ切り捨てるのがわたくしのお仕事です。さあ、いざ前進しようではありませんか。開放的で効果的で、かつ責任ある新しい時代へ」

 

 アンブリッジは少し鼻息を荒くながら椅子に座り直す。

 ダンブルドアはその演説が百年に一度の名演説であるかのような大きな拍手を送ると、静かに立ち上がる。

 他の教員たちもまばらに拍手したが、ダンブルドアとは異なり二、三回投げやりな拍手を送っただけだった。

 

「ありがとうございましたアンブリッジ先生。まさに啓発的じゃった。さて、話は変わって今年のクィディッチの選抜日についてじゃが──」

 

 ダンブルドアはアンブリッジに会釈すると、クィディッチの選手選抜日の話を始める。

 

「つまり、どういうことだ?」

 

 アンブリッジの話が半分以上理解できなかったのか、ロンが首を傾げた。

 

「これは私の予想だけど、多分彼女は魔法省から送り込まれた役人ね。最近ファッジとダンブルドアはいい関係とは言えないわ。きっとファッジはホグワーツに直接的に干渉するために彼女を送り込んだんでしょう」

 

「まあ、高等尋問官だもんね。大層な役職だよ」

 

 ハリーは呆れたようにそう呟く。

 彼女の影響でホグワーツがどのように変わるかは分からないが、良い方向に進んでいくとはとてもじゃないが思えなかった。

 

 

 

 

 新学期初日の朝。

 私たちはいつもの四人で大広間で朝食を取っていた。

 私はテーブルに置かれているトーストにバターを塗り、鞄の中に仕舞うという作業を延々と繰り返す。

 私の横ではハリーとロンが時間割とにらめっこしていた。

 

「今日の時間割は酷いな。魔法史に魔法薬学、占い学と嫌な授業が三連続だ。唯一の救いは闇の魔術に対する防衛術が最後に入っていることだけど……」

 

「それも当たりかどうかは分からないもんね」

 

「そう? 昼寝の時間から始まってちょっと鍋をかき混ぜて、適当な作り話をしたら終わることじゃない。そんなに身構えることかしら」

 

 私がそう言うと、ハーマイオニーが大きなため息をつく。

 

「あのねぇ……サクヤ、私たちは今年五年生なのよ。居眠りしている場合じゃないわ」

 

「五年生? なにかあったっけ?」

 

 私がハーマイオニーに問うと、ハーマイオニーはまた大きなため息をつく。

 

「ほんと、これで学年二位なんだから羨ましい限りよね。今年は『普通魔法使いレベル試験』通称『OWL(ふくろう)』の年でしょう?」

 

「そうだっけ?」

 

 OWLとはホグワーツの五年生が学期末に受ける魔法試験だ。

 この試験の結果は五年以降の履修内容に大きく関わってくるため、誰もが死にそうになりながら試験勉強を行う。

 マグルの世界で言うところのGCSEみたいなものだ。

 

「もう、しっかりしてよね。今後の就職や進路に大きく関わってくるんだから」

 

「進路……ねぇ。寝てるだけでお金が入ってくる仕事に就きたいわ」

 

 ハーマイオニーは信じられないと言わんばかりに両手で口を覆う。

 

「そう言うみんなはどうなのよ。どうなりたいか、決まってる?」

 

 私がそう聞くと、ロンとハリーが頭を悩ませる。

 

「うーん、まだ何ともなぁ。でも、闇祓いとかカッコいいよな」

 

「うん。そうだよな」

 

 ロンとハリーが熱を込めて言う。

 

「まあ、憧れる職業ではあるわよね。ハーマイオニーは?」

 

「明確には決まってないけど、何か本当に価値のあることがしたいと思ってるわ」

 

 ハーマイオニーは得意げに続ける。

 

「例えば……ほら、SPEWをもっと推進できたら──」

 

「はい解散、やめやめ。魔法史に向かうわよー」

 

 私はトーストを一枚咥え椅子から立ち上がる。

 ハリーとロンもSPEWの活動に巻き込まれる前に急いで椅子から立ち上がった。

 

 

 

 魔法史の授業でたっぷりと睡眠をとった私は、晴れ晴れとした顔で魔法史の教室を後にする。

 

「こういうのはいかがかしら」

 

 私の横を歩いていたハーマイオニーが私たち三人に対し冷たい目を向けながら言った。

 

「今年はノートを貸してあげないっていうのは」

 

「僕たちがOWLに落ちるだけだよ。それでも君の良心が痛まないっていうなら──」

 

「あら、いい気味よ。ハリーとロンは授業中に遊んでるし、サクヤに至っては話を聞く気すらないじゃない」

 

「睡眠学習よ睡眠学習。でもほら、私はいつもテストではいい点とってるでしょう?」

 

「それは私が毎回ノートを写させてあげてるからでしょ!」

 

 ハーマイオニーは頬を膨らませながらズンズンと地下牢にある魔法薬学の教室へと歩いていく。

 

「あー、待ってよハーマイオニー。今度からちゃんと聞くから」

 

 まあ、嘘だが。

 私たちは小走りでハーマイオニーに追いつくと、一緒に地下牢へと下りていく。

 地下牢の教室には既にスリザリンの生徒が集まっており、人だかりの中心にマルフォイの姿があった。

 

「おはようドラコ。今年もよろしくね」

 

 私はこちらをちらりと見たマルフォイに小さく手を振る。

 マルフォイは列車の中と同じようにビクリと肩を震わせると、私に対し小さく会釈した。

 

「それじゃあ、私はいつも通りドラコの近くに座ろうと思うけど……貴方たちはどうする?」

 

 私はハリー、ロン、ハーマイオニーの三人を見回す。

 

「うーん、好き好んで近くに行くほど仲良くないしな」

 

「右に同じ」

 

 ハリーとロンはそう言って肩を竦める。

 口ではそう言っているが、それは論外と言わんばかりの雰囲気を醸し出していた。

 

「そう。じゃあまた後で」

 

 私はそう言うとマルフォイの方へと近づいていく。

 

「やあサクヤ。えっと、久しぶり」

 

「何言ってるの。昨日会ったじゃない。パンジーも久しぶり。監督生に選ばれたんですって?」

 

 パンジーはブランド物のブローチを自慢するような仕草で監督生バッジを私に見せる。

 

「そういうサクヤは選ばれなかったのね。てっきりグリフィンドールの女子監督生はサクヤだと思ってたのに」

 

「嫌よ面倒くさい。なんで私が下級生の面倒みないといけないのよ」

 

「ああ、うん。貴方はそういうタイプよね」

 

 パンジーは呆れ気味に頬を掻く。

 私はいつものようにマルフォイの隣に腰掛けると、鞄の中から教科書を取り出し机の上に置いた。

 その時、教室の扉が開きスネイプが入ってくる。

 スネイプは教卓の前に立つと、普段通りの冷たい声で授業を始めた。

 

「本日の授業を始める前に、諸君にははっきり言っておこう。今学年末、諸君は重要な試験に臨む。その試験で私は諸君にOWL合格スレスレの『可』以上を期待すると、事前に伝達しておこう」

 

 スネイプは教室中を見回し、一人一人の顔を見る。

 

「私は優秀なものにしかNEWT(いもり)レベルの魔法薬の受講を許さぬ。OWLで『優』を取れない者は、このクラスを去ることになろう」

 

 スネイプの目が明らかにネビルやハリーのほうを向く。

 その視線に気がついたのか、私の隣に座るマルフォイがニヤリとした。

 

「しかしながら、幸福な別れの時までまだ一年ある。であるからNEWTに挑戦するか否かは別として、ここにいる生徒には高いOWL合格率を期待する」

 

 スネイプはローブから杖を取り出すと教鞭のように左手の平に軽く打ち付けた。

 

「さて、今日はOWLにしばしば出てくる魔法薬を調合してもらう。『安らぎの水薬』、不安を鎮め、動揺を和らげる。だが、成分が強すぎると飲んだものは深い眠りにつき、時にはそのまま目覚めることはなくなる。故に、調合には細心の注意を払いたまえ」

 

 スネイプはそう言うと黒板にレシピを出現させる。

 私はレシピに軽く目を通し、自分の認識している調合法と差異しかないことを確かめると早速調合に取り掛かった。

 

「さてさて……」

 

 材料棚から必要な素材を取ってきた私は、レシピの順番を完全に無視して素材を刻み、潰し、鍋に入れて煮込んでいく。

 この調合法はパチュリーの執筆した『毒は薬、薬は毒』を裏から解読した時にわかる隠されたレシピの一つだ。

 このレシピには煩雑な工程や数ミリグラムの素材の分量などは存在しない。

 それこそシチューでも作るかのような手軽さで魔法薬を調合することができる。

 私は最後の材料を適当に大鍋に放り込むと、蓋をして火を止める。

 そして隣で従来のレシピに四苦八苦しているマルフォイの手伝いを始めた。

 

「ほら、月長石の粉を入れるタイミングを間違えないように……ええ、いいわ。そして右に三回。……うん、いいんじゃないかしら」

 

 マルフォイは私の指示通りに魔法薬をかき混ぜると、時計をチラリと見る。

 ここから先は七分間煮るだけの工程に入る。

 つまり、少しの間暇な時間が出来ると言うことだ。

 

「そういえば、ドラコはこの休みはどうだった? 家族旅行とか行くのかしら?」

 

「……いや、この夏は行っていない。父上がそれどころじゃなかったから」

 

「そうよね。そのはずだわ」

 

 私はマルフォイにニッコリ微笑みかける。

 そしてマルフォイの耳に顔を近づけ、小さい声で囁いた。

 

「私のことを貴方に喋ったのは、貴方のお父様?」

 

 マルフォイの顔が僅かに引き攣る。

 

「ち、いや、違う。父上は関係ない。ただ、父上と父上の友人が話しているのを偶然聞いてしまっただけで」

 

「そう、盗み聞きしたんだぁ。悪い子ね」

 

 私の言葉に、マルフォイは一層顔を引き攣らせる。

 額には汗が滲み、歯は震えてカチカチと音を立てていた。

 

「まあ、どっちでもいいんだけど。お父様が復活した今、魔法界は二つに分かれようとしているわ。貴方はもちろん私の味方、そうよね?」

 

「ももももちろん」

 

「そう、ならいいんだけど」

 

 私はマルフォイの頬を軽く指で撫でると、自分の大鍋の蓋を開ける。

 大鍋からはうっすらと銀色の湯気が立ち上った。

 

「さて、私のは完成したみたい。ドラコもそろそろバイアン草のエキスを準備したほうがいいわ。

 

 私がそう言うとマルフォイは逃げるように薬棚へと走っていく。

 私はその後ろ姿を見ながら小さくため息をついた。




設定や用語解説

グリム先生
 全身真っ黒で、真っ黒のローブに顔には仮面を付けている。魔法で変換された中世的な声をしているが、体格からして男性。グリム……一体誰なんだ……

最初から高等尋問官のアンブリッジ先生
 魔法省からの刺客。でも正直サクヤとの相性はそこまで悪くはない。

怯えるマルフォイにため息を吐くサクヤ
 マルフォイにバレているぐらいなら、ダンブルドアにバレるのも時間の問題だろうというため息。

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危機感と警報器と私

実は今回記念すべき第百話となっております。まあ内容は普通ですが。


 魔法薬学、占い学と授業を終えた私たちは闇の魔術に対する防衛術の教室に向かって歩いていた。

 闇の魔術に対する防衛術の授業を担当するのは新任のグリムという人物だ。

 グリムは全身を真っ黒のローブで覆い、顔面を仮面で完全に隠している。

 グリム曰く呪いのせいで人前で素顔を晒すことができないらしい。

 その話が本当か嘘かはわからないが、授業を受ける分には関係ない話だろう。

 

「それにしてもサクヤの言い訳は完璧だったな。占い学の授業でアレだけ居眠りした後、トレローニーに『夢占いで使う夢を準備していたんです』だもんな」

 

 ロンは感心するように何度も頷く。

 それを聞いて途中で合流したハーマイオニーが呆れたように言った。

 

「魔法史でアレだけ寝たのにまだ寝れるのね」

 

「心配しないで。夜もちゃんと寝るわ」

 

 私はハーマイオニーに対してサムズアップを送る。

 

「そう言う問題じゃないでしょ。まったく……次の授業では寝ないようにね」

 

「内容次第だわ」

 

 私は教室の扉を開き、空いている席に腰掛ける。

 ロンとハリーは私の前の席に、ハーマイオニーは私の横へと腰掛けた。

 

「でもまあ、純粋に楽しみではあるんだけどね。あの変な先生がどんな授業をするのか興味があるし」

 

「闇の魔術に対する防衛術の先生って優秀な人が多いよな。すぐやめちゃうけど」

 

 確かにロンの言う通り、初年度のクィレル、二年生の時のロックハート、三年生のルーピン、四年生のマッドアイと誰もが非常に優秀な魔法使いだった。

 今回もあのパチュリー・ノーレッジの弟子ということもあり、その実力には大いに期待できるだろう。

 私は今年の闇の魔術に対する防衛術の教科書である『明日への一歩を踏み出すための防衛術』を鞄の中から取り出し、裏から捲る。

 思った通りこの本も今までの著作の例に漏れず裏から解読することによって新しい情報が出てくるようだ。

 裏に書かれた題名は『明日を掴み取るための防衛術』。

 解読してみないとなんとも言えないが、きっと表に書いてある内容から更に一歩踏み込んだことが書かれているのだろう。

 裏から本を読み進めるには、表に書かれた内容を完全に理解する必要がある。

 この本の解読作業は少し授業が進んでからでいいだろう。

 クラスの全員が席につき、教科書を机の上に置いて授業が始まるのを待っていると、扉が開きグリムが教室の中に入ってくる。

 手には大きな箱を抱えており、グリムが歩くたびにガチャガチャと音を立てていた。

 

「よし、みんな揃っているな。点呼を取るなんて面倒なことはやりたくないのだが……まあ最初だけだ」

 

 グリムはそう言うと鞄から名簿を取り出し、順番に名前を読み上げる。

 そして全員揃っていることを改めて確認すると、仮面を何度か揺らし頷いた。

 

「ふむ、一人も遅刻していないとは、今の子供たちは良い子ばかりのようだ。さて、そんな良い子の君たちに質問しよう。何故、学校の授業に『闇の魔術に対する防衛術』なんて教科があるのだと思う? マグルの学校じゃ護身術なんて授業はない。仮にあったとしても七年間みっちり必修科目として存在していることはまずないだろう。シェーマス、どう思う?」

 

 急に名前を呼ばれたシェーマスは慌てたように顔を上げると、少し首を傾げる。

 

「マグルに危機感が無いから?」

 

「それもあるだろう。彼らは自分たちに都合の悪いものに目を向けようとしない。そうだな……ネビル、君はどう思う?」

 

 ネビルはびくっと身体を震わせると、恐る恐る言った。

 

「大事な人を守るため?」

 

「そこで一番に自分の身という言葉が出てこない君は優しい少年なのだろうね。でも、そもそも襲われなければ防衛術など必要ないだろう? ハーマイオニー、どう思うかな?」

 

 自分を当ててくれと言わんばかりに机から身を乗り出していたハーマイオニーは少し鼻息を荒くしながら立ち上がった。

 

「はい。それはマグルの世界とは違い、魔法界では一個人が持つ力が大きいからだと思います。マグルの世界、それもイギリスではマグルの武器である銃は厳しく規制されており、また警察組織も非常に優秀なため普通に暮らしている分には争いごとに巻き込まれることはまずありません。ですが魔法界は違います。杖を持った魔法使いはそれだけで大きな力を有した存在であり、魔法を用いれば人を操ることも、怪我を負わせることも、それこそ、殺めてしまうことも簡単に出来てしまいます。ですが、銃と違い魔法使いの杖を規制することはできません。ですので個人がしっかりとした防衛術を身につけ、また、防衛術を必修科目として履修しているという事実が抑止力に繋がるのだと私は考えます」

 

 ハーマイオニーはそう捲し立てると満足そうに椅子に座る。

 グリムは腕を組んで何度か頷いた。

 

「ハーマイオニー、君の言う通りだ。杖を持った魔法使いほど恐ろしい存在もいない。許されざる呪文と呼ばれる、服従、磔、死の呪いもただ法で規制されているだけであり、練習さえすれば誰であっても使うことができてしまう。例えば今私がここで杖を振り上げ、ここにいる全員を服従させたとしよう。それがバレれば、私はアズカバン行きだ。だが、それだけだ。元々お尋ね者な奴らからしたら、アズカバン行きなんて怖くもなんともない。今の法は、闇の魔法使いが闇の魔術を使うことへの抑止力にはなり得ていないんだ。いつ、君たちの身に危機が迫るかわからない」

 

「でも先生、例のあの人がいた時代ならまだしも、今はもういません。その前に世間を騒がせたグリンデルバルドも監獄の中。ならもう安心なのでは?」

 

 私は試すようにグリムに問いかける。

 グリムがどこまでダンブルドアと情報の共有をしているかはわからないが、少なくとも私がヴォルデモートの復活を目撃したことは知っているだろう。

 グリムは急に手を上げて質問した私の方を見ると、小さく肩を竦めた。

 

「確かに、グリンデルバルドは監獄で、ヴォルデモートの影も今は見えない。だが、それだけだ。今ここで君たちが魔法を習っているということは、ここにいる全員が第二、第三の闇の帝王になる可能性を秘めているということだ。私はね、明日にでもヴォルデモートが復活してホグワーツを襲撃しにくるなんて思っちゃいないよ? だが、行き過ぎた思想を持った生徒が徒党を組み、今の魔法界を変えようとするぐらいのことはいつ起こってもおかしくないと思っている。魔法省の現体制はクソだと言ってクーデターを起こしたり、行き過ぎた純血主義がマグル生まれの排他を始めたり、逆に純血主義を廃しようとする活動が次第に過激になり、魔法界を巻き込んだ大戦争に発展したり。そうだな、屋敷しもべ妖精の反乱、なんてエピソードでもいいかもしれない。今の魔法界は言わば火薬庫の中で花火大会をしているようなものだ。いつ大爆発を起こしてもおかしくはない」

 

 グリムは黒板の前を行ったり来たりしながら話し続ける。

 

「そうなった時、君たちは一体どのような立場にいるだろうか。戦いの中心で呪文を撃ち合っているかもしれない。家族を守るために家に防衛呪文を張り巡らせているかもしれない。他人事だと知らんぷりできる保証はどこにもない。君たち全員が当事者になる可能性を秘めている。そうなった時、君たちが明日への一歩を踏み出すために、この授業は存在している」

 

 教室にいる全員が真剣な表情でグリムの話に聞き入る。

 グリムはそんな生徒たちをぐるりと見回すと、パンと一度大きく手を叩いた。

 

「さて、真面目な話はここまでだ。今回は初回だからね。気楽に聞いてくれていい。全員教科書の二〇七ページを開いてくれ」

 

 グリムの指示を聞き、全員が机の上に置いていた教科書を捲り始める。

 そこには戦闘や防衛で役立つ魔法具が写真付きで載せられていた。

 

「今日はここに載ってる魔法具を実際にいくつか持ってきた。一つ一つ展示しながら説明していこう」

 

 グリムはそう言うと、持ってきた箱の中からコマのような魔法具を取り出す。

 

「これは見たことがある生徒も多いだろう。かくれん防止器、スニーコスコープだ」

 

 私は持っていないが、魔法界では割と有名な魔法具だ。

 去年課外授業を受けていたクラウチ・ジュニア扮するムーディの部屋にも置いてあったし、ハリーも小型のものをロンから貰って所持している。

 

「かくれん防止器は怪しいものを探知すると音と光を発しながら回り出す。一度実験してみよう。実験の手伝いを……そうだな、ハーマイオニー、君に頼もうか」

 

 ハーマイオニーは机の下で小さくガッツポーズをし、グリムのもとへ駆けていく。

 グリムはハーマイオニーにかくれん防止器を握らせると、教卓から少し離れた。

 

「よし、そのままかくれん防止器を机の上に立てて……そう、それでいい。支えていなくとも自立すれば、正常に作動しているということだ。魔力が切れると自立しなくなる。その場合は魔法をかけ直すか、買い替えるかだな。ハーマイオニー、席に戻っていいよ」

 

 ハーマイオニーは嬉しそうに私の隣へと帰ってくる。

 グリムは教卓から少し離れた位置で話を続けた。

 

「今このかくれん防止器は起動状態にある。この状態で怪しい者が近づくとかくれん防止器は反応するわけだが……この教室内で一番怪しい存在だと思う人は誰かな?」

 

 グリムの言葉に皆教室内をキョロキョロと見回す。

 そして満場一致と言わんばかりに全員が前を向いた。

 

「先生が一番怪しいと思います」

 

 ラベンダーがクスクス笑いながら言う。

 グリムはそれを聞いて少々大袈裟にショックを受けたような仕草をした。

 

「本当に? そうか……まあ、そうだな。では、僭越ながら──」

 

 グリムはそろりそろりと教卓へと近づいていく。

 すると、かくれん防止器はけたたましい音を立てながら光り始めた。

 

「っと、このような動作をする。今は索敵距離をかなり縮めているが、本来なら数十メートル先まで探知可能だ。今回ハーマイオニー君がかくれん防止器を起動したため私に対して反応したが、私が起動した場合は私のことは怪しいものと判断しなくなる」

 

 グリムは一度かくれん防止器を止めると、再度机の上に置く。

 するとかくれん防止器はピタリと静かになった。

 

「とまあこんな感じだ。かくれん防止器があれば寝ている間に不意を突かれることが少なくなるだろう」

 

 グリムはかくれん防止器を机の隅に置くと、箱の中から違う魔法具を取り出し説明し始める。

 私は頬杖をつきながらそんなグリムの様子をぼんやりと観察していた。

 グリムは何というか、私が思っていたよりも随分とマトモで、常識のある人物に見える。

 パチュリーの弟子だというから奇想天外な技術を授業で教えるのかと思っていたが、授業の内容も凄く普通だ。

 もっとも、初回の授業だからということもあるかもしれないが、だとしても見た目ほどの異常さは感じられなかった。

 グリムには、パチュリーのような滲み出る異様さがない。

 格好だけ異質な、普通の男。

 それがグリムの印象だ。

 

 

 

 

 

 結局その後もグリムの授業は当たり障りなく終わり、私たちは夕食を摂りに大広間へと来ていた。

 私はミートパイを皿ごと自分の手元に寄せると、ナイフとフォークで切り分け口の中に運んでいく。

 

「なんというか、普通に面白い授業だったね」

 

 ハリーが自分の皿に料理を取り分けながら言う。

 

「初め見たときは相当おかしな先生かと思ったけど、全然そんなことなかった。ルーピン先生に雰囲気が似てるかな」

 

「あー、うん。確かに。去年のマッドアイは相当イカれた先生だったし、二年生の時のロックハートは優秀すぎて異質だったもんな」

 

 やはりハリーとロンも私と同じ考えらしい。

 私は口一杯にミートパイを頬張りながらハーマイオニーに聞いた。

 

「ハーマイオニーはどう思う?」

 

「うーん……でも言ってることは相当まともだし、授業も分かりやすい。OWLの年の先生としては当たりだと思うわ。ただ……」

 

 ハーマイオニーはフォークを咥えながら言う。

 

「私としては、教科書に載っていないような高度な魔法を教えてもらいたいわ。指定された教科書の内容って凄く分かりやすいけど、あくまで学生の範囲を出ないもの」

 

 確かにあの教科書を表から読んでもそこまで高度な技術は書かれていない。

 だが、裏から読み進めれば話は変わってくるだろう。

 

「まあ、良くも悪くも教科書以上のことは教えてくれないと思うわよ」

 

「ええ、それが少し残念だわ」

 

 果たしてグリムはどこまでの内容を生徒に教えるつもりなのだろうか。

 表の内容で終わるのか、それとも裏に書かれた内容も授業で取り扱うのか。

 どうなるかはわからないが、授業を受けていればそのうちわかるだろう。

 私は誰も手をつけていないミートパイの皿を鞄の中にこっそり仕舞うと、自分の目の前にある料理を口に運び続けた。




設定や用語解説

相変わらずサクヤに甘いトレローニー
もうそろそろ酷い事故や事件に巻き込まれて死ぬんじゃないかと思っている。

まともな先生グリム
 ルーピン先生に少し雰囲気の似ている普通の先生。

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開心術と夢のお告げと私

「神経を研ぎ澄ませ。心を煙のように柔軟に……どこまでも深く、深く相手の中に入っていく」

 

 私は目の前に縛られている人間の目を瞬きすらせず見つめ続ける。

 目の前の人間は口封じの呪いが掛けられているため悲鳴の一つも上げることができないが、その表情は恐怖に歪んでいた。

 

「そうだ。集中しろ。心の隙間に潜り込め。相手の全てを暴きたいという強い意思が開心術を可能にする。目を見つめるという感覚ではダメだ。相手の眼球はあくまで心の入り口でしかない。お前が見たいのは相手の顔色ではない。その奥に巧妙に隠された相手の全てだ」

 

 一九九五年のハロウィンパーティーの前日。

 私はヴォルデモートがアジトにしている屋敷の一室で、ヴォルデモートから開心術の手ほどきを受けていた。

 もっとも、私がホグワーツを抜け出してヴォルデモートと接触していることがバレたら大問題だ。

 故に、今現在、私とヴォルデモート、そして目の前のマグル以外の時間を止めている。

 そうしていれば、私がヴォルデモートと何時間接触しようが、実際に流れた時間は零に等しい。

 

「相手を支配しろ。全てを掌握しろ」

 

 私の目の前で縛られている人間は私がつい先ほどロンドンから攫ってきたマグルだ。

 私はこのマグルの年齢も職業も家庭環境も知らない。

 いや、知らないからこそ意味がある。

 私はヴォルデモートに言われた通りに相手の心に意識を集中する。

 そして相手の目を入り口にして、相手の心に入り込んだ。

 

「マイケル・ウィルソン。年齢三十七歳、妻と子供が三人」

 

「よし、その調子だ。仕事は何をしている?」

 

「職業は……電気工事士」

 

「上出来だな」

 

 私の横に立っていたヴォルデモートは満足そうに頷く。

 私は一度強く目を瞑ると、軽く頭を振った。

 

「結構疲れますねこれ。これなら、拷問でもして吐かせた方が早いのでは?」

 

「情報を吐かせるだけならそれでいいだろう。だが、それでは真の意味で相手の心を暴くことは出来ない。それに、開心術にはある程度の秘匿性がある。相手の技量が未熟なら、相手はこちらが開心術を使っていることすら気が付かない」

 

「……ん? それなら過去私に対して開心術を使った魔法使いがいるんじゃ……」

 

 私がそう言った瞬間、ヴォルデモートが私の頭に手を乗せる。

 

「それに関しては心配いらない。前に話した通り、お前は無意識のうちに心を凍結させる術を身に着けていた。あれは私でも抜くことができない鉄壁の閉心術……いや、凍心術と言った方が正しいか」

 

「でも、いつからそれが出来ていたかは分からないですし……」

 

「そうだな……お前の顔を見た後、不可解な顔をされたことはないか?」

 

 ヴォルデモートにそう言われて私は過去の記憶を辿る。

 

「そう言えば、ロックハートが何度かそのような表情をしていたような……」

 

「だとしたら、二年生の時にはもう使えたと考えてよいだろうな」

 

 二年生の時から閉心術が使えていたとすると私の能力の秘密や殺人の経歴などは外部に漏れていないだろう。

 あの頃はダンブルドアも私に興味を抱いていなかったはずだ。

 ヴォルデモートは杖を取り出すと、マグルの男性に対して忘却術を掛ける。

 私も杖を取り出してマグルの男性の時間を止めると、服の裾を掴んでロンドンの街中へと瞬間移動した。

 私はマグルを攫った位置にマグルを再設置し、瞬間移動でヴォルデモートの屋敷へと戻る。

 

「お前のその移動魔法、姿現しとは違うようだな」

 

「ああ、この魔法ですか。この魔法はパチュリー・ノーレッジが考案した移動魔法です。杖がないと使用できないのでその点では姿現しには劣りますが、現状姿現しが禁止されている場所へも移動できます。まあ、まったく新しい魔法体系の理解が必要なので使えるようになるまでにかなり時間が掛かると思いますが」

 

「ふむ。だが、時間が止まった世界ではそもそも魔法による結界や障壁は意味を為さなくなるのだろう? それならば、姿現しと変わらないのではないか?」

 

 ヴォルデモートは杖を仕舞いながら首を傾げる。

 

「まあ、その通りではありますね。ただ、私はまだ姿現しは覚えていないので……」

 

「……なんとも歪な習得状況だな。まあ、問題はあるまい。だが、この移動魔法は人目に付くところでは使うんじゃないぞ。見る者が見れば姿現し魔法でないことはすぐにわかる」

 

 これに関してはヴォルデモートの言う通りだが、この技術はパチュリーの本を読み解けば誰でも使えるものだ。

 私の時間を操る魔法とは違う。

 

「だが、まあそうだな。近いうちに昔の仲間をアズカバンへ迎えに行こうと思っている。その時はお前にも協力してもらうことになるだろう」

 

「時間停止を利用して姿現し出来るようにするということですね」

 

「そう言うことだ。とはいえ、時間を操る魔法は可能な限り秘匿したい。時間を止めたままこの屋敷に付き添い姿現しをする。アズカバンにいる奴らからすれば、いきなりこの屋敷に連れてこられたように感じるだろう」

 

 確かにそのようにすればアズカバンにいる死喰い人たちは私の術の一端も知ることはない。

 

「計画は追って伝える。それと、開心術の訓練はこれからも定期的に行おう。最終的には相手と目が合うだけで心を読めるようになるはずだ」

 

「よろしくお願いします」

 

 私はヴォルデモートに対し頭を下げる。

 そしてそのままヴォルデモートの時間を停止させると、杖を取り出しホグワーツへと瞬間移動した。

 

 

 

 

 

 一九九五年、十一月。

 私はホグワーツの北塔の天辺にある占い学の教室で、『夢のお告げ』という教科書を枕代わりにして居眠りをしていた。

 城の外は雪でも降りそうなほど肌寒いが、この教室は常に暖炉に火が入っているのでポカポカと暖かい。

 居眠りするには格好の場所だと言えるだろう。

 それに、トレローニーは私に対し激甘だ。

 授業を妨害しない限り、私を注意することはない。

 この居眠り自体も授業の一環だと言わんばかりに私の睡眠を妨げることなく授業を進めていた。

 

「うぇへへ……スターゲイジーパイマーマイト味ぃ……」

 

 無意識に今見ている夢の内容が口から洩れる。

 その瞬間、私の肩がポンポンと叩かれた。

 トレローニーが授業の途中で私を起こすとは、随分珍しい。

 私は目を擦りながら体を起こした。

 そこには大きなピンク色のカエルが立っており、私をじっと見降ろしている。

 大きなカエルは大きく息をつくと、私の頭をクリップボードで軽く叩いた。

 

「授業中に居眠りとは感心しませんね。グリフィンドールは十点減点です」

 

 私は目をショボショボさせると、もう一度カエルの顔をちゃんと見る。

 そこには、ホグワーツ高等尋問官のアンブリッジが立っていた。

 

「おはようございます。アンブリッジ先生」

 

「はい。おはようございます。貴方は優等生だと聞いていますが、それにかまけて授業で居眠りすることは許されません。いいですね?」

 

「はいはいはーい」

 

「返事は短く、『はい』は一回」

 

「……はい」

 

 私が返事をすると、アンブリッジは満足そうに頷いて教室の隅へと移動していく。

 私は大きな欠伸を一つすると、横に座っているハリーに話しかけた。

 

「えっと、何しに来たのあの人」

 

「授業の視察だって言ってたよ。詳しい話はよく分からないんだけど……」

 

 私は形だけでも教科書を開きながら教室内を見回す。

 普段はゆったりとした雰囲気が流れている占い学の教室だが、今日に限ってはピリッとした張り詰めた空気が流れていた。

 

「はぁ……面倒くさい。今日は魔法史の授業がないから睡眠時間が足りてないのに」

 

 まあなんにしても、魔法省の役人に目を付けられると面倒だ。

 今日ばかりは真面目に授業を受けているフリをした方がいいだろう。

 

「それでは、二人組になってくださいまし。『夢のお告げ』を参考になさって一番最近ご覧になった夢をお互いに解釈なさいな」

 

 トレローニーはそう言うと、教室を巡回し始める。

 私はハリーがロンとペアを組んだのを確認すると、椅子から立ち上がりネビルが座っている机へと移動した。

 

「はぁいネビル。ご一緒いかが?」

 

「え? あ、うん。よ、よろしく」

 

 ネビルは少し顔を赤くすると恥ずかしそうに教科書で顔を隠す。

 私も教科書を机の上に広げた。

 

「えっと……で、なんだっけ? 夢の内容から未来を予知すればいいのよね? ネビルは最近どんな夢を見た?」

 

「えっと、魔法薬学の時間に鍋を溶かしちゃって……スネイプとうちのおばあちゃんの二人に説教させる夢を見たよ」

 

「それは随分な悪夢ね。きっと来週にでも実家から吼えメールが届くわ」

 

「シャレになってないよ……」

 

 ネビルは今にも泣きそうな顔をする。

 

「そ、それで……サクヤはどんな夢を見たの?」

 

「そうねぇ。マーマイト味のスターゲイジーパイをいそいそと量産する夢を見たわ」

 

 私はつい先ほど見た夢をネビルに伝える。

 ネビルは教科書を捲りながらウンウンと唸り始めた。

 

「えっと、夢を見たのが今日で、年齢は僕と同じだから……」

 

 私はそんなネビルの様子を横目に見ながら教室をぐるりと見回しアンブリッジの方を見る。

 アンブリッジは教室の隅の方でトレローニーと話をしているようだった。

 

「貴方はこの職に就いてからどれぐらいになります?」

 

「……かれこれ十六年ですわ」

 

 トレローニーは自分の授業を穢されていると感じているのか、いつになく機嫌が悪そうだ。

 だが、アンブリッジはそんなことはお構いなしに話を続ける。

 

「相当な期間ね。任命はダンブルドア先生が?」

 

「そうですわね」

 

 トレローニーはまたもや素っ気なく答える。

 

「それで、貴方はあの有名な『予見者』カッサンドラ・トレローニーの曾々孫だとか」

 

「ええ」

 

 アンブリッジはクリップボードに何かをメモする。

 

「それで、わたくしの記憶が正しければ……貴方はカッサンドラ以来初めての『第二の眼』の持ち主だとか」

 

「こういうものはよく隔世しますの」

 

 アンブリッジはそれを聞き、ニヤリと笑う。

 

「そうですわね……それでは、わたくしのために何か予言をしてみてくださらない?」

 

「……おっしゃることがわかりませんわ」

 

「わたくしのために、一つ予言をしていただきたいの」

 

 アンブリッジははっきりとトレローニーに告げる。

 トレローニは怒りを我慢するように拳を握りしめると、絞り出すように言った。

 

「『内なる眼』は人に指図されて予見したりしませんわ!」

 

「そう、それなら結構」

 

 アンブリッジはそれが聞きたかったと言わんばかりにクリップボードにメモを取り始める。

 それを見て流石にまずいと思ったのか、トレローニーは慌ててアンブリッジに声を掛けた。

 

「わたくし……あの、お待ちになって! あたくしには見えますわ。何か貴方に関するものが……何かを感じます。何か暗いもの……恐ろしい危機が……」

 

 トレローニーは震える指でアンブリッジを指さす。

 

「お気の毒に……貴方は恐ろしい危機に陥ってますわ!」

 

 教室がシンと静まり返る。

 アンブリッジは微笑を浮かべたままクリップボードに何かを書き留めながら言った。

 

「そう……それが精いっぱいということでしたら」

 

 アンブリッジは教室の隅の方へ移動すると、ソファーに座りクリップボードにペンを走らせ続ける。

 私は時間を止めるとアンブリッジの近くへと移動し、クリップボードを覗き込んだ。

 

「えっと、何々……『予言者としての才能は感じられず、教員の入れ替えを検討する必要あり』。ああ、まあ正当な評価よね」

 

 確かにトレローニーには占いの才能は無いように見える。

 占い学という分野について詳しいのは事実だが、予言者としての才能は皆無だろう。

 私は自分の席に戻ると先程と同じ体勢を取り時間停止を解除する。

 

「えっと、占いの結果が出たよ。『月』と『罰』だって。どういう意味だろう?」

 

「『月』……パイに入れられたニシンが月を示しているということかしら。それに『罰』……」

 

「まあ。スターゲイジーパイって見た目は完全に罰ゲームだよね」

 

「違いないわ」

 

 私はネビルと笑い合うと、トレローニーに視線を戻す。

 トレローニーはラベンダーの授業に関する質問に答えていたが、その表情は無理に取り繕った表情だった。

 

 その日の夜の夕食の席。

 私は料理を皿に盛りつけながらハーマイオニーとロンの話に耳を傾けていた。

 

「それにしても、今まで授業の視察なんてしていなかったよな。それなのに今日は占い学に引き続き、闇の魔術に対する防衛術、それに変身術の授業と連続でアンブリッジだ。参っちゃうよ」

 

「でも、新学期が始まって二か月も経つのに、どうして今になって視察なんて始めたのかしら。サクヤは何か話を聞いてる?」

 

「いえ、何も聞いていないわ。でも、そこまでおかしな話でもないと思うわよ。単純に生活環境や設備の視察が終わったから授業の視察をし始めただけじゃない? まあ、視察を始めたっていうのは色々と問題だけど」

 

 私はため息を吐くと、大きく切ったベーコンを口の中に運んだ。

 

「お陰で私の居眠りの時間がゴリゴリと削られてるわ。この調子だと魔法史の授業でも居眠り出来なさそうだし……はぁ。こっそりアンブリッジを暗殺しようかしら」

 

「あ、うん。いい考えだ。きっとみんな喜ぶよ」

 

 ロンが私の冗談に乗っかる。

 私はそんなロンの言葉に首を傾げた。

 

「あら、そうなの? 随分とあの先生を嫌ってるのね」

 

「みんな嫌いだよ。サクヤもだろ?」

 

「でも、特に何か罰則を受けたというわけでもないでしょう? 授業も受け持ってないわけだし。あ、私は今日十点減点されたか」

 

「まあそうなんだけどさ。なんというか、僕は苦手だな。みんなもそうだろう?」

 

 ロンが同意を求めると、ハリーとハーマイオニーが頷く。

 

「へえ、意外ね。ハーマイオニーはアンブリッジ先生と気が合いそうだと思ったけど」

 

「心外だわ。私もあの先生は苦手。なんかお腹の中にドス黒いものを隠しているというか……表面だけ取り繕っている感じが苦手」

 

 まあ、アンブリッジは明らかに魔法省から送り込まれた役人だ。

 ファッジとダンブルドアが対立している今、アンブリッジが何を企んでいるかは容易に想像がつくというものだ。

 

「まあ、アンブリッジが何か仕掛けてくるとしたら、授業の視察が全て終わった後でしょうね。とんでもない改革案を出してこないといいけど」

 

 私は職員の机でスープを飲んでいるアンブリッジをちらりと見る。

 アンブリッジがあの微笑の下で何を考えているかは分からない。

 だが、ろくでもないことなのは確かだろう。




設定や用語解説

サクヤの開心術
 未だ修行中だが、習得自体は鬼のように早い。きっと才能だろう。

許されたマイケル・ウィルソン
 時間も進んでおらず忘却術も掛けられているので何の違和感もなく日常生活へ戻ることが出来た。ヴォルデモートの機嫌が悪かったら殺されていた。

動き出すアンブリッジ先生
 概ね原作通り。

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集団脱獄と校長の肖像画と私

 あと少しで十一月も半ばという日曜の夜。

 私は談話室にある暖炉の目の前のソファーに座り、懐中時計の針を目で追っていた。

 現在時刻は夜の七時五十九分三十秒。

 あと三十秒でヴォルデモートとの約束の時間だ。

 私は懐中時計の針を目で追い、八時ぴったりに時間を止める。

 そして両面鏡をポケットから取り出した。

 

「……よし、几帳面なほどに時間通りな奴だ」

 

 数秒後、両面鏡にヴォルデモートの顔が映る。

 

「全員を脱獄させ終えたらまた声を掛ける。それまでは時間を止め続けろ」

 

「仰せのままに。我が主さま」

 

 私は鏡越しに微笑むと、時間停止を解除した両面鏡を机の上に置く。

 ヴォルデモートがアズカバンに姿現しし、全員を屋敷に付き添い姿現しするのに掛かる時間は数分ほどだろう。

 私はソファーに座ったままヴォルデモートから声が掛かるのを待った。

 

 

 

 私の予想通り、三分もしないうちにヴォルデモートの顔が両面鏡に映る。

 ヴォルデモートの肩越しに奥を覗き込むと、薄汚れたローブを着た複数人が胡坐を掻いて蹲っていた。

 

「いち、にい、さん……随分いますね」

 

「十人。そしてここにいる全員が私に忠誠を誓う忠実なしもべだ。私のいない魔法界でのうのうと暮らしていた裏切者どもとは違ってな」

 

 ヴォルデモートは鏡を机に置き、蹲った状態で固まっている魔法使いのもとへと歩いていく。

 

「ドロホフ、ルックウッド、レストレンジ……皆私を裏切らず、アズカバンに収監された。だが、それも今日で終わりだ」

 

 ヴォルデモートは少し目を細めると、両面鏡のもとへと戻ってくる。

 

「ご苦労だった。時間停止はもう解除してもいい」

 

「わかりました」

 

 私は両面鏡をポケットに仕舞うと、先程と同じ体勢を取り時間停止を解除する。

 今頃ヴォルデモートの屋敷の中ではヴォルデモートと囚われていた死喰い人たちが感動の再会を果たしていることだろう。

 

 

 

 

 

 次の日の朝、私が大広間に朝食を取りに下りていくと、大広間はいつもとは異なる雰囲気に包まれていた。

 話し声は聞こえるがいつものような笑い声ではない。

 不安そうな囁き声がどこのテーブルからも聞こえてくる。

 そして、そのような話をしているほぼ全員が顔を突き合わせて新聞記事を覗き込んでいた。

 

「サクヤ! 早くこっちに来て!」

 

 私がグリフィンドールのテーブルに近づくと、ハーマイオニーが大きな声で私を呼ぶ。

 私は大きな欠伸をしながらハーマイオニーの隣に座った。

 

「どうしたのハーマイオニー。二階のトイレが大爆発した?」

 

「それなら困るのはマートルだけだからいいんだけど……とにかく、この記事見て」

 

 私はトーストにバターを塗りながらハーマイオニーが突き出した日刊予言者新聞の記事を見る。

 そこには昨日の晩にアズカバンで集団脱獄が起きたと書かれていた。

 

「へえ、アズカバンで集団脱獄ねぇ。脱獄はシリウス・ブラック以来?」

 

「呑気なことを言ってる場合じゃないわ。つまり、今まで大きな動きを見せていなかった例のあの人が本格的に動き出したってことでしょう?」

 

「まあ、そうね」

 

 私は日刊予言者新聞をパラパラと捲る。

 

「アントニン・ドロホフ……ギデオンならびにフェービアン・プルウェットを惨殺した罪。オーガスタス・ルックウッド……魔法省の秘密を例のあの人に漏洩した罪。ベラトリックス・レストレンジ……フランクならびにアリス・ロングボトムを拷問し、廃人にした罪。どいつもこいつも札付きのワルってわけね」

 

 私は興味なさげに日刊予言者新聞を脇に避けるとトーストを齧り始める。

 ハーマイオニーはそんな私の態度を見て大きなため息をついた。

 

「貴方ねぇ……学生の中で一番他人事じゃないでしょうに」

 

 まあ、不死鳥の騎士団の団員という立場から見ても、脱獄の共犯という立場から見ても他人事ではないのは確かだ。

 ある程度は興味ありげにした方がいいかも知れない。

 

「まあその通りなんだけど……で、記事にはなんて書いてあるの? どうやって脱獄したかとか──」

 

「それについては書いてないわ。でも、シリウス・ブラックと同じ手法じゃないかって話」

 

 シリウス・ブラックは過去に単独でアズカバン脱獄を成功させた猛者だ。

 ブラックがどのように脱獄を成功させたのかはわからない。

 今となってはもう遅いが、ブラックにどうやってアズカバンを脱獄したか聞いておくべきだったと、今になって少し後悔する。

 

「でもまあ、外部犯の犯行でしょうね。囚人だけで脱獄できるのならとっくの昔に脱獄しているはずだもの」

 

「それじゃあ、復活した例のあの人が──っ!」

 

 私は齧っていたトーストをハーマイオニーの口の中に突っ込む。

 

「復活したとか、大広間で言わないの。そのことを知っているのは本当にごく一部の魔法使いだけなんだから」

 

 ハーマイオニーは少し涙目になりながら文句ありげな視線を私に送ってくる。

 私はそんな視線を受け流し、新しいトーストにバターを塗り始めた。

 

「まあなんにしても、ハリーとロンにもそのことを教えてあげて」

 

「それはわかったけど……それにしても二人とも遅いわね。授業がある日なのにまだ大広間に降りてきていないなんて。談話室にはいなかった?」

 

「探してすらいないからハッキリしたことは言えないけど少なくとも目につくところには……って、来たみたいよ」

 

 私はバターナイフで大広間の入り口を指し示す。

 そこには心底具合の悪そうなハリーと、そんなハリーを看病しているロンの姿があった。

 二人は私たちを見つけると、足早に近づいてくる。

 そしてハリーとロンはハーマイオニーを挟んで私とは反対側の席に座った。

 

「あの……大丈夫? 貴方トロールみたいな顔色してるわよ?」

 

 ハーマイオニーが心配そうにハリーの顔を覗き込む。

 ハリーは空元気を振り絞るように笑顔で首を振った。

 

「全然! うん、大丈夫──」

 

「昨日の夜随分うなされてたんだ。今朝も体調が悪そうで……大丈夫そうには見えなかったけど」

 

 ハリーの言葉を遮るようにロンが教えてくれる。

 ハリーは逃げ場を探すように視線を泳がせたが、やがて諦めるように言った。

 

「わかった。正直に言うよ……夢を見たんだ。それもヴォルデモートの」

 

 ヴォルデモートの名前を聞いてロンとハーマイオニーが肩を震わせる。

 私はハリーの肩に手を置くと、耳に顔を近づけて囁いた。

 

「ここじゃ拙いわ。どこか人のこない……地下の空き教室なんてどうかしら」

 

 私たちは互いに頷き合うと大広間を後にする。

 そして大広間横の階段を下り、地下にある空き教室へ入った。

 

「それで、例のあの人の夢っていうのは……、学期末に見た、あの人が復活した時みたいな感じってこと?」

 

 私は教室内にあった椅子に適当に腰掛けながらハリーに聞く。

 ハリーは教室の壁に寄りかかると、小さく頷いた。

 

「それじゃあハリー、またあの人に関する何かを見たってことだよな。今度は、どんな感じだったんだ?」

 

「埃っぽい部屋の中心にヴォルデモートがいて、それをボロボロのローブを着た多くの魔法使いが囲んでいた。全員がヴォルデモートに跪いていて……やつがその魔法使いたちに話していた。『よくぞ帰ってきた。我が忠実なるしもべ達よ』って。それから魔法使い達は泣きながらヴォルデモートのローブの裾にキスをして……そこで夢から覚めたんだ」

 

「それってまさか……」

 

 ハーマイオニーは持っていた新聞記事をハリーとロンに見せる。

 ハリーとロンは新聞記事に目を通し、顔を強張らせた。

 

「きっと僕が見たのはこの脱獄のすぐ後の様子だったに違いない。新聞記事に載ってる写真の人物が確かにあの中にはいたよ。特にこのレストレンジって女性。一人だけ女性が交じっていたからよく覚えてる」

 

「それじゃあ、ただの夢ってわけじゃなくて、本当に例のあの人の様子を覗き見たってことね」

 

 ハリーは額の傷に手を伸ばす。

 

「うん。きっとそうだ。それに、今はだいぶ良くなったけど起きた時からずっと傷痕が痛むんだ」

 

「大丈夫? イブプロフェン飲む?」

 

「イブ……え?」

 

 私は鞄の中を漁り頭痛薬を取り出す。

 ハリーは私から頭痛薬を受け取ると、曖昧にお礼を行ってポケットの中にしまった。

 

「何にしても、そのことに関しては私からダンブルドア先生に伝えておくわ。アズカバンからの集団脱獄に対して騎士団がどう動くのかも聞きたいし」

 

「そういえば、サクヤは最近不死鳥の騎士団員としての仕事はしてるの?」

 

 ハリーの問いに、私はエヘンと胸を張る。

 

「貴方が今こうして生きていること。それが私の仕事よ。まあ、新学期が始まってから暇してるのは確かだけど……でも四六時中闇祓いが貴方の身辺警護についてたら貴方も気が滅入っちゃうでしょう? 変な目でも見られるだろうし。私なら極々自然な形で貴方の護衛ができるわ」

 

「でも、僕のために命を張ったりだとか、そういうのはやめてね。自分が傷つく以上にサクヤが傷つくところは見たくないよ」

 

 私はハリーのおでこを指でつつく。

 

「そのままお返しするわ。私も貴方が傷つくところを見たくない。ハーマイオニーも、ロンも同じ。自分の大切な人間が傷つくところなんて誰も見たくはないわ」

 

「……うん、そうだね」

 

 ハリーはおでこを軽く手で押さえると、気まずげに笑った。

 一通りの話を終えた私たちは、扉の鍵を開けて空き教室を出る。

 

「さて、私は授業が始まる前にダンブルドア先生にこのことを報告してくるわ。貴方達は先に教室に向かってて」

 

「それなら、僕も一緒に──」

 

「大丈夫よ。もし詳しい話が聞きたいんだったらダンブルドアが直接貴方を呼び出すと思うわ」

 

 私はハリーにそう言うと、三人に手を振ってホグワーツの廊下を駆けていく。

 そしてそのまま何度か曲がり、人のいなくなったタイミングを見計らって時間を停止させた。

 

「流石にこのことはヴォルデモートには伝えておいた方がいいわよね」

 

 ハリーとヴォルデモートにどのような繋がりがあるかはわからない。

 だが、ハリーがヴォルデモートの様子を覗き見ることが出来ているのは事実だ。

 私はポケットから両面鏡を取り出す。

 すると両面鏡の時間と共にヴォルデモートの時間も同時に動き始めた。

 

「私です。サクヤ・ホワイトです」

 

 私が鏡に話しかけると、十秒ほどで両面鏡にヴォルデモートの顔が現れる。

 

「ああ、サクヤか。その様子だと、何か緊急で私に伝えたいことがある、と言ったところだな」

 

「はい。その通りでございます」

 

 私はヴォルデモートにハリーが見た夢の内容を説明する。

 ヴォルデモートは長く白い指を口に当てると、小さい声で呟いた。

 

「……なるほど」

 

「この情報はお役に立ちましたでしょうか」

 

「……ん、ああ。そうだな。お前の情報で、私の計画がまた一歩先に進んだ」

 

 ヴォルデモートは満足そうに頷く。

 

「まったく……お前はつくづく有能だな。学生にしておくのは惜しいほどだ」

 

「勿体なきお言葉です。それもこれも我が君の存在があってこそ」

 

「そう謙遜せんでもよい。それに、お前は開心術の覚えもいい。年を越す前には私の指導がいらないほどには習熟させることができるだろう」

 

 それじゃあ、時間を止めた開心術の特訓もあとひと月もせずに終わりか。

 確かにさりげなく相手に開心術を掛けることにもだいぶ慣れてきた。

 相手が強固な閉心術で心を閉ざしていない限り、ある程度相手の思想を読むことが可能だ。

 

「かしこまりました。では、私はこれで……」

 

「……待てサクヤ。もう一つ話しておくことがある」

 

 私が両面鏡を仕舞おうとすると、ヴォルデモートから呼び止められる。

 

「今年のクリスマス休暇の間に、私の元へと帰ってきたしもべたちにお前のことを紹介しておきたい。顔を合わせておくことで今後の計画も円滑に進むというものだ」

 

 私の元へと帰ってきたということは、昨日アズカバンから連れ戻してきた死喰い人たちに私のことを紹介したいということか。

 

「かしこまりました。私がいなくなってもダンブルドアに不審に思われないよう手を打っておきます」

 

 私は鏡越しにヴォルデモートに頭を下げると、両面鏡をポケットに仕舞う。

 そして時間停止を解除し、今度は三階に向けて歩き出した。

 午前の授業が始まるまでにまだ二十三分と三十九秒ある。

 ダンブルドアにハリーの夢のことを伝えにいっても十分間に合うだろう。

 私は三階の廊下にあるガーゴイルの石造の前に立つ。

 そして石造に向かって合言葉を唱えた。

 

「糖蜜ヌガー」

 

 合言葉を唱えた瞬間、ガーゴイルの石造は魂が宿ったかのように動き出し、ピョンと脇に退く。

 そしてガーゴイル像がいた壁が左右に開き、動く螺旋階段が現れた。

 私は螺旋階段を上っていき、奥にある重厚な樫の木の扉をノックする。

 すると扉はひとりでに開き、私を中へと招き入れた。

 

「おじゃましまー……って、誰もいないわね」

 

 私は校長室を見回すが、ダンブルドアの姿はない。

 まあアポなしでここに来た私が悪いのだが、まさかダンブルドアが留守なのに校長室に入ることができるとは思ってもみなかった。

 

「お客さんかな? 見ての通り、ダンブルドアはいないよ」

 

 不意に後ろから声を掛けられ、私は肩をびくつかせる。

 声の掛けられた方を振り向くと、いつもは寝ている歴代校長の肖像画のうちの一枚がこちらを見ていた。

 

「ええ、どうもそのようで。時間を改めることにします」

 

 私は肖像画に対して小さく頭を下げると、校長室を出るために扉に手を伸ばす。

 

「そうだ。思い出した。サクヤ・ホワイトか」

 

 だが、肖像画が私の名前を呼んだため、私はもう一度肖像画の方を向いた。

 

「私をご存じで?」

 

「よく知っているとも。今あの屋敷の主となっている者の名前ぐらいは」

 

 私は肖像画に近づき、下に書かれている名前を見る。

 そこには『フィニアス・ナイジェラス・ブラック』と書かれていた。

 

「フィニアス・ブラック……そう、貴方はブラック家の……」

 

「左様。少し前まではあの屋敷にも私の肖像画が飾られておったのだが、ノーレッジとかいう小娘に撤去されてしまった。あやつ、永久粘着呪文が掛けられた肖像画ですらもいとも簡単にはずしおったぞ。リフォームするとは言っておったが、あそこまで徹底的にやることもないだろうに」

 

「それはそれは……お邪魔させていただいております」

 

「ふん、別にいい。私が住んでいたわけではないしな。それに……いや、余計なお世話か。お前はサクヤ・ホワイトなのだからな」

 

 フィニアス・ブラックはそう言い残すと、早々に寝息を立て始める。

 私はもう一度フィニアス・ブラックの肖像画に頭を下げ、今度こそ校長室を後にした。




設定や用語解説

シリウスが動物もどきだと知らないサクヤ
 シリウスが動物もどきだと知っているのはルーピンとピーターの二名のみ。ダンブルドアですらシリウスが動物もどきだと知らない。

イブプロフェン
 マグルの痛み止めの薬

フィニアス・ナイジェラス・ブラック
 昔ホグワーツで校長の職についていた魔法使い。シリウスの祖先。ホグワーツの歴代校長で最も人望がなかった。

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王者と代理と私

 十一月も終わりに差し掛かってくる頃、今年度のクィディッチのシーズンがやってきた。

 シーズン最初の試合はグリフィンドール対スリザリン。

 見どころはやっぱりハリーとマルフォイのシーカー対決だろう。

 センスと箒はハリーの方が随分と勝っているが、クィディッチの知識やテクニックにおいてはマルフォイの方が秀でている。

 真っ向勝負ではマルフォイに勝機はないが、からめ手を使えばマルフォイにもチャンスがあるだろう。

 

「で、貴方はどうしてそんなに青ざめているのよ」

 

 私はオートミールすら喉を通らない様子のロンの肩を叩く。

 

「どうしてって……緊張しないほうが無理があるよ。ああ、なんでキーパーなんていう重大ポジションに就いちゃったんだろう。ビーターとかに立候補すればよかった」

 

「何言ってるのよ。クィディッチで重要じゃないポジションなんてないわ。それにフレッドとジョージの二人ほどビーターにはまり役の双子もいないでしょう?」

 

 そう、今年に入ってロンがグリフィンドールのクィディッチチームに立候補し、キーパーとして採用されたのだ。

 だが、ハリー曰くキーパーとしてのロンは極度のあがり症で、緊張すると普段の実力の半分も発揮できないらしい。

 そして、相手チームのスリザリンはそのことをグリフィンドール以上によくわかっているようだった。

 私は大きなパイの皿を一人で抱えながらスリザリンのテーブルの方を見る。

 そこにはバッジのようなものをやり取りしながらこちらを盗み見てニヤニヤと笑みを浮かべているスリザリン生の姿があった。

 

「それに、どうやら貴方のファンは沢山いるみたいよ」

 

「スリザリンの、だろ」

 

 ロンは大きなため息をつくと、スプーンを机に置く。

 まあ、下手に食べて戻すぐらいなら、何も食べないほうがマシだろう。

 

「気楽に行きましょう、ロン。百五十点入れられなければあとはハリーが何とかしてくれるわ」

 

「そうだぞロン。それにこの前のシュートは凄かったじゃないか」

 

 私を挟んでロンの反対側で朝食を取っていたハリーがベーコンをかじりながら言う。

 だが、ロンは静かに首を振った。

 

「あれは偶然だったんだ。箒から落ちそうになって、何とか戻ろうとしたら足にクアッフルが当たって……それが反対側のゴールにたまたま入っただけ」

 

「だったら、あと二、三回そんな偶然を起こせばいい。簡単な話だよ」

 

 私はハリーにロンを任せると、一足先に大広間を後にした。

 

 

 

 

 

『さあ、今年もついにこの時がやってきました! シーズン初めの試合はグリフィンドール対スリザリン! アンジェリーナ率いるグリフィンドールチームはキーパーに新たにロナルド・ウィーズリーを起用。対するスリザリンチーム、新たにモンタギューをキャプテンに、クラッブ、ゴイルをビーターとして起用しています。そして今年の見どころですが、やはりシーカーの──』

 

 解説のリー・ジョーダンの声がスタジアムに響き渡る。

 私はグリフィンドールの観客席からグラウンドに集う選手たちを見下ろしていた。

 選手たちは審判を担当するフーチを中心に大きな円を作っている。

 中心にいるフーチは手にクアッフルを抱えており、両チームのキャプテンに最後の確認を行なっていた。

 

「総合力で見たらグリフィンドールだけど、スリザリンには何か策があるみたいね」

 

 私は隣にいるハーマイオニーに話しかける。

 

「策と言っても卑劣な策よ。ほら、アレを見て」

 

 そう言ってハーマイオニーはスリザリンの観客席を指差した。

 そこにはスリザリンの旗と共に、赤と黄で彩られたもう一つの旗があった。

 旗には大きく『ウィーズリーこそ我が王者』と書かれている。

 

「スリザリンにはロンのファンが多いのね」

 

「それ本気で言ってる?」

 

 勿論、アレがロンに対する煽りなのは理解している。

 だがやり方はどうであれ、アレがロンに対して効果的なのは確かだ。

 

「アレがただの嫌がらせならいいけど」

 

 フーチが高らかに笛を吹き、選手達が次々とグラウンドを蹴ってスタジアムを飛び回り始める。

 それと同時に観客席にいたスリザリン生が大きな声で歌い出した。

 

『ウィーズリーは守れない♪ 万に一つと守れやしない♪ だから歌うぞスリザリン♪ ウィーズリーこそ我が王者♪』

 

 スリザリンの大合唱がスタジアムに響く。

 その大合唱にグリフィンドールから大ブーイングが起こるが、スリザリンはそこまで含めて作戦だと言わんばかりに歌う声を大きくした。

 私はその歌を聞きながらスタジアムを飛び回るチェイサーたちに目を向ける。

 今はスリザリンがクアッフルを持っているようで、キャプテンのモンタギューが一直線にゴールポストへ向けて突っ込んでいった。

 

『さあモンタギューとキーパーとの一騎打ちです! モンタギューがクアッフルを振りかぶり──っとフェイントでワリントンにパス! ああ! ロン、右だ!』

 

 ワリントンの投げたクアッフルはロンの守りを易々と抜けてゴールのリングに吸い込まれていく。

 それを見てスリザリンから大きな歓声が上がった。

 

「いいぞウィーズリー! ナイスキーパー!」

 

「お前がいればスリザリンは常勝だ!」

 

 先制点を決めたことでスリザリンは勢いづき、さらにチェイサーの動きが良くなる。

 チェイサー同士の点の取り合いではスリザリンに流れがあると言えるだろう。

 グリフィンドールのチェイサーも果敢に攻めるが、スリザリンのビーターのクラッブ、ゴイルが二人がかりで妨害をするため中々点が入らない。

 どうやらスリザリンはシーカーに対する守りや攻めを捨て、完全にチェイサーで点数を稼ぐ作戦に出たようだ。

 

「なるほど、上手いわね」

 

「感心してる場合じゃないわ! ハリー! 急いで!」

 

 私の横でハーマイオニーが叫ぶ。

 だが、ハリーの横にはピッタリとマルフォイがついており、ハリーの進路を何度も妨害していた。

 そうしている間にもスリザリンとグリフィンドールの点差がどんどん開いていく。

 三十分、一時間と試合時間が過ぎていき、遂にスリザリンとグリフィンドールの点差が百五十点まで開いた。

 その瞬間だった。

 今までしつこくハリーの妨害を行なっていたマルフォイが不意にハリーから離れたかと思うと、箒を真下に向けて急降下していく。

 ハリーも慌てて急降下を始めマルフォイを追いかけるが、あと少しで追いつけるというタイミングでマルフォイは一気に方向転換し今度は急上昇を始めた。

 

『どうやら両チームのシーカーがスニッチを再度見つけたようです。グリフィンドールのポッター選手は今まで何度もスニッチを見つけたようでしたが、そのことごとくをマルフォイに妨害され見失っています』

 

 急上昇を始めたマルフォイをハリーが必死になって追いかける。

 マルフォイの持つニンバス2001とファイアボルトでは最高速が違うためハリーはすぐにマルフォイに追いついたが、ハリーはマルフォイの真横につけたまま次の行動が取れないでいた。

 マルフォイとハリーの目の前にはスニッチが飛んでいる。

 マルフォイはハリーの方を見てニヤリと笑うと、スニッチを譲るかのような仕草をした。

 だが、ハリーにはスニッチを取ることができない。

 グリフィンドールとスリザリンの点差は百五十、いや、今またシュートを決められて百六十点になった。

 今のままではたとえスニッチを取ってもスリザリンの勝ちになってしまう。

 

「ハリー! スニッチを取って!」

 

 キャプテンのアンジェリーナがスタジアムの上空で叫ぶが、少し遅い。

 その時にはスニッチは余裕の笑みで前に出たマルフォイの手の中に収まっていた。

 

『試合終了ーッ! 四百十対百でスリザリンの勝利です。……クソ!』

 

 ガン、と実況席を殴る音がスタジアムに響く。

 スリザリンの観客席からは『ウィーズリーこそ我が王者』の大合唱が起こっていた。

 隣にいるハーマイオニーは何が起こっているのか理解できない様子でワナワナと唇を震わせている。

 私はグラウンドに降り立ちスニッチを掲げているマルフォイを見ながら先程の試合を振り返った。

 スリザリンは初めからこれを狙って行動していたのだ。

 ロンの上がり症という弱点を上手く突き、チーム総出でクアッフルによる得点に集中する。

 その間マルフォイがハリーを妨害し、出来るだけ試合を長引かせる。

 そして、点差が百五十以上開いたのを見計らってマルフォイが動き、スニッチを取る。

 これは点差を縮めるための策ではない。

 圧倒的な点差を作るための作戦だ。

 

「今回はスリザリンの作戦勝ちね。二百六十点差がついてしまったし、グリフィンドールはかなり絶望的な状況じゃないかしら」

 

「こんなのズルよ! それもかなり最低な!」

 

 ハーマイオニーは半分涙目になりながら拳を握りしめている。

 まあ、ハーマイオニーの言いたいこともわからないでもない。

 スリザリンが真っ当にプレーしていれば、ロンはあそこまでミスをしなかっただろう。

 

「でも、相手チームの選手を侮辱しちゃいけないなんてルールはないでしょう? まあ、確かに褒められたやり方じゃないのは確かだけど。今はロンをどうフォローするか考えなきゃ」

 

 スリザリンのやり方は確かに汚いが、ロンがそれを無視してプレーに集中できていればこのような結果にはならなかった。

 しかも今回の試合で『ウィーズリーこそ我が王者』が現実のものになってしまったのだ。

 私は未だに箒に乗ってゴールの前で呆然としているロンを見る。

 落ち込むぐらいで済めばいいが、自暴自棄になって自殺でもしないかが心配だ。

 その時だった。

 突如観客席のどこかで大きな悲鳴が上がる。

 皆ざわざわと騒ぎ立て、グラウンドの中心を指さし始めた。

 私は騒ぎの原因を探すためにグラウンドを見下ろす。

 そこには、二人掛かりでマルフォイに暴行を加えているハリーとフレッドの姿があった。

 

「……あー、うん。なにやってるんだか」

 

 すぐにスリザリンやグリフィンドールの選手総出で止めに掛かり、ハリーとフレッドはマルフォイから引きはがされる。

 マルフォイはよろよろと立ち上がるとそのままニヤリと笑って後ろ向きに倒れた。

 

 

 

 

 その日の夕食の席。

 私は更衣室で呆然としていたロンを無理矢理着替えさせ、大広間に引っ張ってきていた。

 ロンは大人しく椅子には座ったが、フォークを手に取ろうとすらしない。

 

「まあ、貴方の気持ちもわからなくはないけど、何か食べないと餓死するわよ? 貴方、朝も殆ど食べてなかったじゃない」

 

「……お腹すいてない」

 

「なら、かぼちゃジュースだけでも飲みなさい。ほら、注いであげるから」

 

 私はゴブレットにかぼちゃジュースを注ぐと、無理矢理ロンに手渡す。

 そして私は私で自分の食べる分を皿に盛り始めた。

 

「落ち込む気持ちは分かるわ。でも、スリザリンは確実に次もあの方法を使ってくるわよ。それも、他の寮とグリフィンドールの試合で」

 

 ロンはビクっと体を震わせると、ゴブレットを机に置く。

 

「スリザリンと戦うことは今年はもう無いかもしれないけど、グリフィンドールとの点差を広げるために今日みたいな妨害をしてくることは目に見えているわ」

 

「……大丈夫」

 

 ロンは自分の膝を見つめながら呟く。

 

「大丈夫そうには見えないわね」

 

「そうじゃない。僕……チームを抜けるよ。あの時の僕はどうかしてたんだ。僕がグリフィンドールチームに入ったのは間違いだった」

 

「……今チームを抜けるべきじゃないわ」

 

 私はポテトサラダを大きく頬張る。

 

「確かに貴方以外の誰かがキーパーになったら、スリザリンはあの方法を使うことができない。でもね、貴方のためにも今チームを抜けるべきじゃない」

 

「どうして?」

 

「どうしてもこうしても、今チームを抜けたら貴方は一生この名誉を挽回する機会を失うわ。それに、大好きなクィディッチを一生楽しめなくなる。貴方は名誉と同時にクィディッチも失うのよ」

 

 ロンの眉がピクリと動く。

 

「それが嫌だったら、チームに残って結果を残すしかない。貴方が得点を許さず、ハリーがきっちりスニッチをキャッチしたらレイブンクローとハッフルパフに百五十点差で勝利できる。あとは他の寮とスリザリンの結果次第だけど、優勝は無理でも最下位になるってことはないはずよ」

 

 まあ、肝心のハリーも今回マルフォイにまんまとやられ、スニッチキャッチを逃している。

 そう上手に事は運ばないだろうが、それはこの際置いておくことにしよう。

 私はもう一度ロンにゴブレットを持たせる。

 ロンはゴブレットに入ったかぼちゃジュースを見つめると、グイっと一気に飲み干した。

 

「……サクヤの言う通りだ。ここで逃げたら一生後悔する。うん、確かにその通りだ」

 

「でしょ? だったらメンタルの強化とキーパーとしての能力の向上、頑張りなさい」

 

「わかってるよ」

 

 ロンはスプーンを手に取ると、シチューの大皿を手元に引き寄せ食べ始める。

 私は小さくため息を吐くと、こっそりロンに開心術を掛けた。

 ロンはまだ心に大きくダメージを受けてはいるようだが、向上心が見て取れる。

 少なくともこのまま落ちるところまで落ちて自殺するといったことにはならなさそうだ。

 私は開心術を解くと、ロンの肩を軽く叩いてから大広間を後にした。

 

 

 

 

「……で、貴方は貴方で一体どうしたのよ。ロンも相当ダメージ受けてたけど、貴方はその比じゃないわね」

 

 私が大広間から談話室に戻ると、暖炉の前のソファーでハリーが項垂れていた。

 その周りにはグリフィンドールのチームメンバーが集まっており、深刻な顔で話し合っている。

 

「何にしても、代わりの選手をどうするか考えないと。アンブリッジに抗議するにしてもそれが叶うかはわからないし」

 

 アンジェリーナの言葉に、チームメンバーはそれしか方法はないと言わんばかりの表情で頷いている。

 私はハリーの横のソファーに座ると、俯いたまま呆然としているハリーの顔を見た。

 俯いているので開心術は掛けられない。

 何が起こったのか知るには本人から直接聞きだすしかないだろう。

 

「で、何があったの? 確か貴方はマルフォイと取っ組み合いをしていたわよね?」

 

 私がマルフォイと言った瞬間、ハリーの肩がピクリと動く。

 

「マルフォイ……代わりの選手……もしかして、クィディッチへの出場停止処分を貰ったとか?」

 

「正解よサクヤ」

 

 ハリーの代わりに近くのソファーに座っていたハーマイオニーが答えた。

 

「……マクゴナガルは減点と罰則だけで済まそうとしていたんだけど、その場にアンブリッジが割り込んできてハリーとフレッド、ジョージの三人を今年いっぱいクィディッチ禁止の処分にしたらしいわ」

 

「そう、アンブリッジが……ねえ」

 

 確かにホグワーツ高等尋問官であるアンブリッジにはその権限が与えられている。

 暴行を振るった選手を出場停止にするというのも妥当な処置ではあるだろう。

 

「そもそも、なんでマルフォイに殴りかかったりしたのよ。確かにスリザリンのやり方は正当じゃなかったし、あんなに大差で負けて悔しかったのはわかるけど──」

 

「あいつは僕とロンの両親を侮辱したんだ!」

 

 ハリーが勢いよく顔を上げて怒鳴る。

 私は怒りに顔を歪めるハリーの目を見ると、開心術を掛けた。

 ハリーの中に渦巻く感情は『怒り』と『後悔』。

 そして今回の処置を理不尽だと思っているようだ。

 

「両親を侮辱されたぐらいで熱くなり過ぎよ」

 

「サクヤは親を知らないからそんなことが言えるんだ」

 

 ハリーはボソリとそう呟いた後、ハッと我に返ったように顔を上げる。

 

「ごめん、そんなつもりじゃ──」

 

「気にしないで。私が両親を知らないのは事実だし」

 

 私とハリーの間に少しの間沈黙が流れる。

 私はそんな沈黙を振り払うように頭を振ると、溜め息交じりに言った。

 

「まあ、マルフォイのあの様子を見るに、わざと煽って殴られにいったように見えたわね。もしかしたら、裏でアンブリッジと打ち合わせをしていたのかもしれない。マルフォイの父親は魔法省に深いコネクションを持っているし、アンブリッジとも知り合いだという可能性も高いわ」

 

 私はハリーの肩に手を置く。

 

「嵌められたのよ。貴方」

 

 ハリーは何度か口を開きかけたが、そのまま口を噤んで俯いてしまう。

 私はソファーから立ち上がるとアンジェリーナのもとへ向かった。

 

「でも、どうしてジョージも? マルフォイに暴行を振るったのはハリーとフレッドだけよね?」

 

「あのガマガエルには俺ら二人を区別するような高等な脳みそはないのさ」

 

 ジョージはそう言って肩を竦める。

 

「アンブリッジの言い分では、私たちが止めてなければジョージも暴行に加わっていただろうって」

 

「その通りさ。でも、どうせクィディッチができなくなるなら今からでもあのクソイタチの頭をどつきに行こうかな。そっちの方がお得だ」

 

「本当にやめてねジョージ。折角抗議しに行こうと思ってるのに」

 

「冗談だよ。ジョーダン」

 

 ジョージはフンと鼻を鳴らすとフレッドと一緒に男子寮へと上がっていく。

 アンジェリーナはため息交じりに言った。

 

「あの二人、いたずらがエスカレートするんじゃないかしら。ほんと、少しだけでいいから大人しくしていてほしいわ」

 

「なんというか、クィディッチのキャプテンも大変ね。何か力になれることがあれば協力するからいつでも言ってね」

 

 私は社交辞令交じりにアンジェリーナに言う。

 だが、アンジェリーナは私がそう言った瞬間、私の腕をガッチリと掴んだ。

 

「今協力するって言ったわよね?」

 

「え、ええ。言ったけど……」

 

 アンジェリーナは言質を得たと言わんばかりに頬を綻ばせた。

 

「それじゃあ、シーカーお願いね」

 

「……え?」

 

「お願い! サクヤしかいないの!」

 

 アンジェリーナは縋るように私の手を握る。

 

「いや、私箒なんて授業でしか乗ったことないし。どう考えても適任とは思えないわ」

 

「そりゃ出場停止処分が撤回されてハリーが試合に出れるのが一番なんだけど、念のために代理は立てておかないといけないし……それに今のグリフィンドールには英雄が必要なの」

 

 英雄が必要、どこかで聞いた言葉だ。

 

「去年あれだけ大立ち回りしてホグワーツを優勝に導いたサクヤがシーカーを引き受けたってなったら、グリフィンドールの士気は一気に上昇するわ。それに、サクヤならハリーが復活したってなってもポジションに固執することはないでしょ?」

 

 まあ、アンジェリーナの話は理解できる。

 臨時としてチームに入れるには私はピッタリな人材だろう。

 

「でも、シーカーとして仕事ができるかは全くの別じゃない? 経験者を入れた方がいいと思うけど。それに私箒持ってないし」

 

「大丈夫よ。チェイサーやビーターと違ってチームワークが重視されるわけでもないからスニッチを捕まえる練習さえすればある程度まで形になるわ。それと箒は──」

 

「箒は僕のを貸すよ」

 

 アンジェリーナの言葉を遮るようにハリーが言った。

 

「でも、いいの? ファイアボルトはあなたの宝物でしょう?」

 

「こうなったのは僕がマルフォイの挑発に乗ったからだ。シーカーとしてのノウハウやテクニックは僕が教える。試合に出るなとは言われたけど、クィディッチを教えるなとは言われてないしね」

 

 先程まで項垂れていたハリーだが、既にハリーの目には光が戻ってきていた。

 

「まあ、そこまで言うなら引き受けるけど……あんまり期待しないでよ?」

 

 私はそう言って肩をすくめてみせる。

 まあ、ハリーとロン、二人のことを考えるのであればクィディッチチームに入るという選択も間違いではないだろう。

 

「よかった! これで残るはビーターの二人ね」

 

 アンジェリーナは私の手を握ってブンブンと振ると意気揚々と他の生徒に声を掛けにいく。

 私はそんなアンジェリーナにため息をつくと、自分のベッドがある部屋へ向かって歩き出した。




設定や用語解説

サクヤのクィディッチの才能
 ちゃんと練習すれば無駄にすばしっこいクラムが出来上がる。それと、尋常じゃないレベルで動体視力がいいので一度スニッチを見つけたらよっぽどのことがない限り見失わない。でも実は一番得意なポジションはビーター。スタジアムの端っこから反対側にいる選手に的確にブラッジャーを当てたり、ブラッジャー同士をぶつけて、通常ではあり得ない軌道でブラッジャーを打ち込んでくる。
 全く練習しなければ原作で言うところのジニーぐらいの実力。

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生傷と巨人と私

 グリフィンドールがクィディッチの試合でスリザリンに大敗した次の日の朝。

 私はハリー、ロン、ハーマイオニーの三人と一緒に大広間へ下りてきていた。

 

「それじゃあ、サクヤがハリーの代わりにシーカーをやるのかい? おったまげー」

 

 ロンは昨日のショックからある程度立ち直ったのか、いつものようにベーコンを皿に山盛りにしている。

 

「でも、うん。シーカーはサクヤにピッタリなポジションだと思うよ。シーカーは小柄で軽い方が──」

 

「それもしかしてチビって馬鹿にしてる?」

 

「とんでもない! 褒め言葉さ」

 

 慌ててそう言うロンに対し、私は軽く微笑む。

 

「冗談よ」

 

「……まあ、なんだ。軽い方が有利なのは確かさ。その分加速も減速もしやすいから」

 

「でも、本当に大丈夫なの?」

 

 ハーマイオニーが心配そうに言う。

 

「クィディッチの練習でてんてこ舞いになって成績が落ちたりしない? それに、貴方には騎士団員としての仕事もあるでしょう?」

 

 加えて言えば、死喰い人としての騎士団へのスパイの仕事に、ヴォルデモートとの開心術の練習もある。

 まあ開心術に関してはヴォルデモートから免許皆伝を受けたのでもう練習の必要はないが。

 

「時間に関しては何も問題ないわ。そもそも時間は余らせ気味だし」

 

 私はふと違和感を感じ職員用のテーブルを見る。

 そこにはあちこちガーゼだらけのハグリッドが小さいスプーンでチビチビとスープを啜っていた。

 

「って、あら? ハグリッドじゃない。帰ってきてたのね」

 

 私がそう言った瞬間、他の三人が凄い速度で振り向き、席を立ってハグリッドのもとへ駆けていく。

 私も一度フォークを置き、三人の後を追った。

 

「ハグリッド! いつ帰ってきたの?」

 

 ハリーは喜びと驚きが入り混じった表情でハグリッドに言う。

 

「昨日の夜、ようやくひと段落ついたところだ」

 

 ハグリッドはやれやれと言わんばかりに首を何度か捻る。

 

「俺もお前さんらに会いたかったぞ。どうだ、新学期は。変わったことはあったか?」

 

「色々あったけど、その前に。ハグリッドは何ヶ月もどこに行ってたの?」

 

 ハグリッドは私たちを見て嬉しそうな顔をしたが、すぐに声を潜めて言った。

 

「ここじゃいかん。それに、極秘任務だしな」

 

「それなら、ハグリッドの小屋だったらいい?」

 

「お茶しにくるだけなら歓迎するが、任務のことは話せんぞ」

 

「じゃあ、今日の放課後にね」

 

 私たちはハグリッドに手を振って先程までいたテーブルに戻る。

 ハリーはハグリッドの方をチラリと窺うと、少し小声で言った。

 

「ハグリッド、今までどこに行ってたんだろう。サクヤは何か聞いてる?」

 

「巨人の説得に行ったっていう話は聞いたけど、事の顛末まではわからないわね」

 

「巨人? ああ、そういえば前にそんな話をしてたね」

 

 そう、ハグリッドはホグワーツが夏休みに入ってすぐ、ボーバトンの校長のマダム・マクシームと一緒に巨人を説得に向かったのだ。

 

「ダンブルドアからの密命でね。巨人族の血が流れている彼らなら上手くことを運べると思ったんでしょうけど……あの顔のガーゼを見るにあまり上手くはいかなかったようね」

 

 まあ、どこか抜けてるところがあるハグリッドだけなら納得の結果ではあるのだが、今回の旅にはマダム・マクシームが同行している。

 ダンブルドアには及ばないにしても、彼女も一流の魔法使いだ。

 そんなマクシームが同行してあの状態なのだから、よっぽど『何か』があったのだろう。

 

 

 

 

 その日の放課後、私たちはハグリッドの部屋を訪れていた。

 帰ってきてからまだ荷解きをしていないのか、大きなリュックが壁際に無造作に置かれている。

 

「ようきたな。待っとったぞ」

 

 ハグリッドは銅で出来たやかんを火から下ろすと、ティーポットに熱湯を注ぐ。

 

「それでハグリッド、巨人との交渉は上手くいったの?」

 

 ハリーは椅子に座ると同時に単刀直入にハグリッドに聞いた。

 

「なんでお前さんがそれを……サクヤだな?」

 

 ハグリッドは私を軽く睨みつけ、小さくため息をつく。

 

「サクヤ、お前さんはダンブルドアに認められて騎士団員になったという話は聞いとるが……些か口が軽すぎはせんか?」

 

「別に、口が軽いわけじゃないわ。三人の方がずっと重たいだけ」

 

「知らん方がええこともある」

 

 ハグリッドは私たちに紅茶を配ると、大きな椅子にドカリと座り込む。

 その様子を見るに足も少し負傷しているようだ。

 

「で、話を戻すけど、巨人との交渉はどうだったの? 随分時間が掛かったようだけど」

 

「掛かった時間の殆どは移動のためだ。なんせ、色んなもんを誤魔化さんといかんかったからな。マグルに、死喰い人に、それに魔法省に──」

 

「魔法省も? どうしてさ?」

 

 ロンが首を傾げる。

 

「連中、特にファッジはダンブルドアと対立しとる。ファッジはダンブルドアが魔法大臣の席を狙っとると思い込んどるんだ。だからダンブルドアやそれに近い人間を監視して、隙が有れば逮捕しようとしとるわけだな」

 

 その中でも特にハグリッドは目の敵にされているだろう。

 ダンブルドアに忠誠を誓っていて半巨人でホグワーツ退学。

 特に魔法省は巨人や人狼、吸血鬼などの存在を嫌っている。

 例外があるとすれば魔法省に深いコネクションがあるレミリア・スカーレットぐらいだろう。

 まあファッジからしたらレミリア・スカーレット自体も嫌々仲良くしている程度の存在だろうが。

 

「ちゅうわけで俺とオリンペは一緒に休暇を過ごすふりをしながらまずはフランスに行った。オリンペの学校があるあたりを目指しているように見せかけたわけだ。そこであちこちぐるぐるしながら監視の目を撒いたんだが、一ヶ月ほど掛かっちまった。だが、監視さえ撒いてしまえばこっちのもんだ。そっから先は早かったな。随分楽に巨人族が暮らしている土地まで行くことができた」

 

 ハグリッドはそこまで話して、片手で顔を覆う。

 

「だが、順調なのはそこまでだった。俺たちが巨人の住処に着いた時、そこにはもう殆ど巨人は残っとらんかった」

 

 巨人が、残っていない?

 

「どういうこと?」

 

「分からん。残っているやつに聞いた話どこかの魔法使いがガーグを説得して仲間の殆どを連れていってしまったらしい。しかも、つい最近の話ときたもんだ」

 

「どこかの魔法使いって……詳細は分からなかったの?」

 

「それも分からんかった。英語がわかる奴が殆ど残っていなくてな。まあ残っていた奴らは群れに馴染めなかったような連中ばかりだ。いじめられとったり身体が弱かったりな。それでも、俺を踏み潰せるぐらいには大きいんだが」

 

 正直、巨人を説得した人物に関してはノーヒントもいいところだ。

 だが、状況からしてヴォルデモートか、その配下の者の可能性が高いだろう。

 ヴォルデモートと巨人に関する話はしたことがなかったが、夏休みの間に巨人を説得していたんだろうか。

 

「なんにしてもその時点で俺たちの任務は失敗だ。何せ説得する相手がいなくなっちまったんだからな。一応、残ってる巨人に声を掛けたが、殆ど理解出来とらん様子だった」

 

「それじゃあ、巨人は一人も来ないの?」

 

 ハリーがそう聞くと、ハグリッドは小さく頷いた。

 

「その魔法使いっちゅうのが例のあの人だとしたら最悪だな。もし違う誰かなら、まだ少しは望みはあるが……だが、巨人に用があるやつなんて魔法界には殆どおらん」

 

「それじゃあ、巨人はあの人側についた。そう言うことね」

 

「そう考えるのが妥当だろうな」

 

 私はハグリッドの用意してくれた紅茶を一口飲む。

 ヴォルデモートからは巨人を仲間に引き入れたという話は聞いていない。

 ただ私に話していないだけならそこまで問題ではないが、ヴォルデモート以外の陣営が巨人を仲間に引き入れたのだったら大問題だ。

 それはつまり、魔法省でも不死鳥の騎士団でも死喰い人でもない、第四の勢力が出現したことを意味する。

 ヴォルデモートはこのことを認識しているだろうか。

 

「何にしても、話は以上だ」

 

「でも、待ってハグリッド。もしそれで終わりならどうして帰ってくるのがこんなに遅くなったの? そのまま帰ってきたら夏休みの間に帰ってきてるはずでしょ?」

 

 話を打ち切ろうとしたハグリッドにハーマイオニーが尋ねる。

 

「あー、それはだな──」

 

 ハグリッドが何かを誤魔化そうと口を開いた瞬間、小屋の扉が数回ノックされた。

 

「っと、客が多いな。ちょいと待っててくれ」

 

 ハグリッドは都合がいいと言わんばかりに椅子から立ち上がると、小屋の扉を開ける。

 そこにはホグワーツ高等尋問官のドローレス・アンブリッジが立っていた。

 

「あら、来客中? で、貴方がハグリッドね?」

 

 アンブリッジは戸口から小屋の中を見回す。

 まあ見回すと言っても目の前にハグリッドが立っているのでその殆どがハグリッドに隠れて見えないだろうが。

 

「あー、そうだが……失礼ですが、いったいお前さんは誰ですかい?」

 

「わたくしはドローレス・アンブリッジです」

 

 アンブリッジが名乗ると、ハグリッドはますますよく分からないといった顔をする。

 

「ドローレス・アンブリッジ? 確か魔法省の人だったと思うが……ファッジのところで仕事をしてなさらんか?」

 

「大臣の上級次官でした。ですが、今はホグワーツ高等尋問官です」

 

「尋問官? 何ですかいそりゃ──っと、立ち話もなんですからお茶でもいかがです?」

 

 ハグリッドが大きく手を伸ばして私たちを指し示す。

 アンブリッジは少し考える仕草をしたが、私の顔を見て途端に顔を顰めた。

 

「いえ、結構です。私は高等尋問官として、貴方に今までのことの確認と、これからのことを伝達しにきただけですわ」

 

 アンブリッジはそう言うと、もう一度部屋の中を見回す。

 

「それで、貴方は何処へ行っていたの? 新学期は二ヶ月も前に始まっているのよ? それに、その怪我はどうしたのです?」

 

「あー、その。健康上の理由で休んでた。ちょいと新鮮な空気をな」

 

「そう、随分と健康になったようで何よりだわ」

 

 アンブリッジは口ではそう言っているが、ハグリッドの話を毛ほども信用していないようだった。

 

「何にしてもわたくしはホグワーツ高等尋問官として同僚の先生方の授業を査察することになっています。貴方の授業も近いうちに査察しますのでその認識でいるように」

 

 アンブリッジはそう言うと、最後に私のほうをチラリと見てからハグリッドの小屋を出ていった。

 ハグリッドは小屋の扉を閉めると、顔を顰めながらテーブルに戻ってくる。

 

「査察だと? あいつがか?」

 

「そうなんだ。僕たちの予想では、もうトレローニーは停職候補になった」

 

 確かにあの様子ではトレローニーは停職を受ける可能性が高い。

 だがハグリッドの場合、授業がどうであれ停職を受ける可能性がある。

 

「ねえハグリッド、授業でどんなものを教えるつもりなの?」

 

 ハーマイオニーが恐る恐る聞く。

 

「おう、心配せんでも授業の計画はどっさりあるぞ。OWL学年用に取っておいた動物がいる。特別も特別だ」

 

 特別と言うと聞こえはいいが、裏を返せば普通ではない動物ということになる。

 ハーマイオニーもそれが心配なのか、まるで赤子をあやすような声色で言った。

 

「ねえ、ハグリッド。アンブリッジ先生は貴方があんまりにも危険な動物を連れてきたら絶対気に入らないと思うわ」

 

「危険? 危険なもんか。そりゃ、連中は自己防衛ぐらいはするが──」

 

「ハグリッド、アンブリッジの査察に合格しないといけないのよ? だから授業はOWLで出るような動物の世話とかに……」

 

 ハーマイオニーはそう言うが、ハグリッドは怪訝な顔をする。

 

「だけんどハーマイオニー、それじゃ面白くねぇ。俺が持ってくるのはもっと凄いぞ。なんせイギリスで飼育に成功しとるのは俺だけだ」

 

「ハグリッドお願いよ。アンブリッジは貴方をホグワーツから追い出す口実を探しているわ。頼むからつまらない動物にして頂戴」

 

 ハーマイオニーは必死に説得するが、ハグリッドは聞く耳持たずといった様子で大きなあくびをした。

 

「授業に関してはなんも問題はねぇ。心配せんでいい。それより、俺はお前さんらの話が聞きたい。俺が居らんかった二ヶ月のことを色々教えてくれや」

 

 ハリーはハーマイオニーの顔を少し窺ってから新しい防衛術の先生のグリムの話や今年のクィディッチの話をし始める。

 私はそれに相槌や補足を入れながらハグリッドの淹れる少し濃すぎる紅茶を楽しんだ。




設定や用語解説

ガーグ
 巨人の群れのリーダーのこと

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セストラルと査察と私

みなさま、良いお年を


 ハグリッドが帰ってきてから一番最初の魔法生物飼育学の授業がやってきた。

 私たちはいつもの四人で城を出ると、雪を掻き分けながら授業が行われる禁じられた森の近くへと向かう。

 

「ハグリッド、大丈夫かしら。あの後ハグリッドを説得に行ったんだけどやっぱり聞く耳持たなくて……」

 

 ハーマイオニーが心配そうな声を出す。

 まあ、ハーマイオニーの懸念もわかるが、ここまできたらハグリッドを信じるしかないだろう。

 授業の集合場所に近づくにつれてグリフィンドールとスリザリンの生徒が増えてくる。

 グリフィンドールとスリザリンは元々かなり仲が悪いが、あのクィディッチの試合以降、二つの寮の仲は過去最悪のものになっていた。

 

「おや、よく授業に顔を出せるねぇ。僕だったら恥ずかしくてホグワーツを自主退学してるところだよ」

 

 少し遠くでマルフォイがロンを指差しながらスリザリンの女子生徒と話しているのが聞こえてくる。

 ロンは顔を真っ赤にしてマルフォイに食ってかかろうとしたが、ハーマイオニーに腕を掴まれて止められた。

 

「ダメよ。ハリーが挑発に乗ってクィディッチを禁止になったのを忘れたの?」

 

「……わかってるよ」

 

 ロンは力任せにハーマイオニーの手を振り解くと、ハッと我に返り小さくハーマイオニーに謝る。

 私はため息交じりにマルフォイの方に視線を向けた。

 マルフォイは私と目が合った瞬間、逃げるように視線を泳がせる。

 まあ、別に私はスリザリンのあのプレイスタイルになんの不満も感じていない。

 スリザリンのやり方は理不尽ではあるが反則でもなんでもない。

 実際問題スリザリンのチェイサーの得点力は唸るものがあるし、ハリーにあれだけの時間スニッチを取らせなかったマルフォイのプレイングも大したものだ。

 今年のスリザリンのクィディッチチームはかなりの仕上がりと言えるだろう。

 

 

 

 

 

 私たちがハグリッドの小屋の前で待っていると、大きな牛の切り身を肩に担いだハグリッドが森の方から現れる。

 

「ええか? 今日は森の中で授業をするぞ。ほれ、ついてこい」

 

 ハグリッドはそう言うと禁じられた森の中を指差した。

 魔法生物飼育学で森の中に入るのは初めてのことだが、ハグリッドが一緒なら危険はないだろう。

 私たちはハグリッドが踏み固めた雪の上を歩きながら森の中へと進んでいく。

 

「森の探索は五年生になるまで取っておいたんだ。より自然な生息地で勉強したほうがためになるっちゅうことだな。何にしても、今日のは珍しいぞ。連中を飼い慣らせとるのはイギリスでは多分俺だけだ」

 

 それを聞いてマルフォイが近くのスリザリン生に何かをコソコソと耳打ちする。

 きっと碌なものではないといった話をしているのだろう。

 まあ、去年授業で飼育した尻尾爆発スクリュートという例があるので、碌なものではない可能性は捨てきれない。

 私たちはハグリッドの案内で十分ほど森の中を歩くと、少し開けた広場のような場所に出る。

 ハグリッドは広場の中心に担いでいた牛の肉を下ろし、全員が迷わずここまで辿り着いたことを確認した。

 

「よし、みんな揃っとるな。さあ、あいつらは肉の匂いに釣られて集まってくるだろう。だが、俺の方でも呼んでみる。俺が来たってことをあいつらも知りたいだろうからな」

 

 ハグリッドは大きく息を吸い込み、甲高い叫び声を上げる。

 まるで怪鳥の鳴き声のようなそれは何度か反響し森の中へと消えていった。

 

「冗談じゃないよ」

 

 マルフォイが恐怖に顔を歪めながら呟く。

 それに関してはスリザリン、グリフィンドール問わず同意だったようで、殆どの生徒が不安そうな表情をしていた。

 それから数分ほど経っただろうか。

 暗い森の奥から小さく足音が近づいてくるのが聞こえてくる。

 

「……どうやら来たみたいだな」

 

 ハグリッドが大きく太い指で森の奥を指差す。

 ハグリッドが指差した先、木陰から現れたのはセストラルだった。

 ドラゴンのような頭に骨張った馬のような体。

 背中からは大きなコウモリのような翼が生えている。

 なるほど、ハグリッドが授業でやりたかった動物とはセストラルだったのか。

 ホグワーツ城からホグズミード駅までの馬車引きをしているのは知っているので、そこまで飼育が難しい魔法生物だとは思わなかった。

 セストラルは真っ直ぐハグリッドの元まで近づいていくと、地面に置かれた生肉を食べ始める。

 

「さて、と。よくわからんって生徒が大半だろうな。ほれ、もう一頭来たぞ」

 

「もう一頭って、まだ一頭も来てないじゃないか」

 

 マルフォイが顔を青くしながらハグリッドに言う。

 

「まあ、その指摘はもっともだな。さて、そいじゃ……こいつが見えるっちゅうやつは手を挙げてみろや」

 

 私は小さく手を挙げる。

 私の他にもスリザリンの男子生徒一人と、ネビルが手を上げた。

 

「三人か。まあそんなもんだろうな。ほれ、見えん生徒も俺の足元の生肉をよく見てみろ。何かが啄んどるのが見えるだろう? こいつらは見えんだけで確かにそこにいる。さて、この動物の名前がわかるものはいるか?」

 

 ハグリッドの質問に、ハーマイオニーが真っ直ぐ手を挙げる。

 ハーマイオニーには見えていないようだが、話に聞いた特徴だけで何の生物か当たりをつけたらしい。

 

「よし、そんじゃハーマイオニー、言ってみろ」

 

「セストラルです」

 

 ハグリッドはハーマイオニーにニッコリ微笑む。

 

「そう、こいつらはセストラルだ。ホグワーツのセストラルの群れはみんなこの森に住んどる」

 

「確かセストラルってとーっても縁起が悪いってトレローニー先生が言っていたような……」

 

 恐る恐るといった様子で消える生肉を観察しているパーバティがラベンダーに呟く。

 ハグリッドはそれを聞いていやいやと首を振った。

 

「パーバティ、そいつは迷信だ。こいつらはどえらく賢いし、それに役に立つ。ほれ、ここにいる全員が毎年こいつらの牽く馬車に乗ってホグワーツまで移動しちょるだろうが」

 

 それを聞いて、ハリーが「あっ!」と声を上げる。

 私やネビルの目にはしっかりと馬車を牽くセストラルが見えていたが、ハリーたちには馬車が一人でに動いているように見えていたのだろう。

 

「さて、見ての通り……いや、見えてない者の方が多いと思うが、セストラルを見える者と見えない者がいる。どうして見える者と見えない者がおるのか知ってる者はいるか?」

 

 ハグリッドはぐるりと生徒の皆を見回す。

 先程と同じようにハーマイオニーが手を挙げた。

 

「セストラルを見ることができるのは……死を見たことがある者だけです」

 

 そう、ハーマイオニーが答えた通り、セストラルを見ることができる者というのは、死を見たことがある人間だけだ。

 何人も殺している私は勿論のこと、ネビルやスリザリンの生徒も何かの機会に人の死というものを見たことがあるのだろう。

 

「その通りだ。グリフィンドールに十点! さて、セストラルは──」

 

「ェヘン、ェヘン」

 

 ハグリッドがセストラルの解説をしようとした瞬間、少し離れたところからわざとらしい咳払いが聞こえてくる。

 私が咳払いのした方向に視線を向けると、そこには緑の帽子とローブを着たアンブリッジが立っていた。

 手にはクリップボードを構えており、ハグリッドをしげしげと見上げている。

 

「おお、アンブリッジ先生」

 

 アンブリッジに気が付いたハグリッドがニコリとしながらアンブリッジに話しかける。

 アンブリッジはハグリッドのほうに少し近づくと、大きな声でゆっくりと話し始めた。

 

「今朝あなたの小屋に送ったメモは受け取りましたか? 授業を査察すると書きましたが」

 

「ああ、そういえばそうだったな。この場所がわかってよかった。見ての通り──あ、いや、見えるかどうかは分からんが、今日はセストラルをやっちょる」

 

 ハグリッドは近くにいるセストラルを指し示すが、アンブリッジには見えていないらしく、アンブリッジは顔を顰めて大声で聞き返した。

 

「え? 今なんと言いました?」

 

「あー……セストラル! 翼のある大きな馬だ。ほれ、こんな感じの」

 

 ハグリッドは大きな声と身振りでアンブリッジにセストラルを説明しようとする。

 アンブリッジはその様子に眉を吊り上げるとクリップボードにブツブツ言いながら書き始めた。

 

「原始的な……身振りに……頼らねば……ならない」

 

 どうやらアンブリッジはハグリッドのことをトロールか何かと勘違いしているらしい。

 まあ、ハグリッドが巨人とのハーフであるというのは事実なので、ハグリッドのことを何も知らなければそのような対応になるのも無理はないだろう。

 

「あー、とにかくだな……セストラルっちゅうのは……。っと、どこまで話したかな?」

 

「記憶力が弱く……直前のことも覚えていない……っと」

 

 アンブリッジは呟き声を隠すことなく、またメモを取った。

 わざと生徒に聞こえるように言っているのはもはや明白だ。

 ハグリッドにもアンブリッジのブツブツ声は聞こえているらしく、明らかにアンブリッジを意識しながら口を開く。

 

「ああ、そうだ。ここにいるセストラルだがな。最初は雄一頭と雌五頭で飼い始めた。つまりは、こいつらはこの森で繁殖しちょる。イギリス魔法界でもこいつらの繁殖に成功しちょるのは俺ぐらいだろうな」

 

「当たり前です。魔法省はセストラルを『危険生物』に分類しているのですから。誰が好き好んで殖やすものですか。勿論、そのことを理解して繁殖させているのでしょうね?」

 

 ハグリッドの授業を遮ってアンブリッジが口を挟む。

 ハグリッドは待て待てと言わんばかりに反論した。

 

「勿論知っとるが……こいつらはそんなに危険じゃねえ。そりゃ、散々痛めつけたりすれば噛み付くこともあるかもしれんが──」

 

「暴力の……行使を……楽しむ……傾向がある……っと」

 

「そりゃ違うぞ! そんなことはしねえ!」

 

 ハグリッドは少々心配そうな顔でアンブリッジに反論する。

 だが、アンブリッジは聞く耳持たずと言った表情で続けた。

 

「普段通り授業を続けて下さいな。わたくしは歩いて見て回りますので」

 

 アンブリッジは歩くようなジェスチャーをする。

 

「生徒たちの間を。そして、質問をしますので」

 

 そして、生徒一人ひとりを指差し、口の前で手をパクパクと開閉させた。

 ハグリッドはアンブリッジのその謎のジェスチャーの意図がわからないと言った様子でポカンとしている。

 対照的に、それがアンブリッジの煽りであると瞬時に理解したハーマイオニーは顔を真っ赤にしながら悔しそうに拳を握りしめていた。

 

 

 

 

 その後もアンブリッジは授業の査察を続け、授業の終わりにクリップボードを確認しながらハグリッドに言った。

 

「さて、査察に関してはこれでなんとなります。結果を貴方が受け取るのは十日後です」

 

 アンブリッジは大きな声と身振りでハグリッドに伝えると満足げな表情を浮かべて城の方へと戻っていく。

 ハグリッドは今だに何が起こったのか理解出来ていないような表情だったが、ハーマイオニーは顔を真っ赤にして悪態をつく。

 

「あの腐れ嘘つき怪獣ババア!!」

 

 私たちはそのまま城への帰り道を辿る。

 

「アンブリッジが何を目論んでいるかわかるでしょう? ハグリッドをウスノロのトロールか何かに見せようとしているのよ。ただお母さんが巨人ってだけで……本当に不当だと思わない? 授業はとっても良かったのに」

 

 確かに今日の授業は非常にまともだった。

 

「とっても面白いと思わない? 見える人と見えない人がいるなんて」

 

「ええ、本当に。不思議な生物よね」

 

 私はハーマイオニーを見ながらクスクスと笑う。

 でも、ハーマイオニーが言うようにアンブリッジがハグリッドを追放するのはそんなに難しい話ではないだろう。

 魔法省がダンブルドアから戦力を引き裂こうとしているのは確かなようだった。

 一つ気がかりなのは、ヴォルデモートの復活を見た本人である私に対する攻撃が無いところだろうか。

 もっとも、私自身がアンブリッジに口実を与えないように立ち回っているというのもある。

 だが、ファッジとしてはどうにかしてダンブルドアから私を引き剥がしたいと考えている筈だ。

 確実にファッジの息がかかっているアンブリッジには今後ともに注意した方がいいだろう。

 

 

 

 

 クリスマス休暇に入る最後の週の闇の魔術に対する防衛術の授業。

 いつもと同じように教科書通りに授業を進めていたグリムが、授業の終わりに生徒に向かって仮面の下から呼びかけた。

 

「今日が休暇に入る前の最後の授業だ。年が明けてからは新しい範囲に入ろうと思っているが……ここまでの授業で何か質問があるものはいるか?」

 

 生徒たちは互いに顔を見合わせると、小さく首を振る。

 だが、ハーマイオニーだけは真っ直ぐと手を挙げた。

 

「質問よろしいですか?」

 

「ああ、勿論だとも。何が聞きたいんだいハーマイオニー」

 

 ハーマイオニーは椅子から立ち上がる。

 

「あの、授業やグリム先生についてではないんです。……その、パチュリー・ノーレッジ先生についてお聞きしたくて」

 

 ハーマイオニーがその名前を出すと、教室内が一瞬ざわつく。

 グリムは何かを考えるように仮面を指でさすると、ハーマイオニーに対して聞いた。

 

「ふむ、ノーレッジ先生についてか……具体的には何を聞きたいのかな?」

 

「えっと、ホグワーツを卒業してからの数十年間、何をされていたのかとか、最近になって世間に姿を現し始めたのはどうしてかとか……そのようなことをお聞きしたいのですが」

 

 ハーマイオニーの問いにグリムは腕を組んで考え込む。

 ハーマイオニーはその様子を見て、途端に不安になったかのように言葉を付け足した。

 

「す、すみませんこんな授業には関係ないことを。私ノーレッジ先生のファンでして、つい……」

 

 ハーマイオニーは顔を赤くして椅子に座ろうとする。

 だが、ハーマイオニーが椅子に座るよりも早くグリムが口を開いた。

 

「先生は基本的に自分の研究室に籠って新しい魔法の開発や既存の魔法の改良、魔導書の執筆などを行っておられる。あの人は天才だ。いや、狂人と言った方が正しい」

 

 グリムは何度か首を振るとパチュリーが執筆した教科書に手を添える。

 

「パチュリー・ノーレッジとアルバス・ダンブルドアがホグワーツの同級生だというのは知っているかな? ダンブルドアが男子の首席、ノーレッジ先生が女子の首席だったらしい。ダンブルドアはホグワーツ卒業後、様々な偉業を成し遂げ、最終的にはホグワーツの校長というポストに収まった。ダンブルドアは優秀な魔法使いのお手本のような存在だと言えるだろうね。一方、ノーレッジ先生はどうだったか──」

 

 グリムは教科書を手に取ると、私たちに背を向ける。

 

「ノーレッジ先生はホグワーツを卒業してすぐ、自身の研究室を構え、研究に没頭した。ダンブルドアと並ぶとも劣らない知力と才能を持った魔法使いが己の全てを魔法という学問の研究に捧げたんだ。それがどれほどのことか、わからないものはいないだろう?」

 

 その光景を想像し、私の背中に一筋の汗が流れる。

 

「ホグワーツを卒業して約百年。あの人の魔法は今だに進化を続けている。この本に書いてある内容だってそうだ。魔法省の教育方針に沿った内容ではあるが、書かれていることは今までの魔法の概念を覆しかねない内容ばかりだ」

 

 グリムはそこで一度言葉を切ると、教科書を机に置き、自らも椅子に座り込む。

 

「だが、最近になって、ノーレッジ先生が世間に顔を出すようになった。百年もの間、研究に全てを捧げてきた先生がだ」

 

 グリムはそこで一度言葉を溜めると、小さな声で言った。

 

「きっとここ数年で魔法界は大きく動く。先生が私をホグワーツに送り込んだのもそれが理由だろう。子供たちにこの先を生き延びる術を授けるために。あの人は、もしかしたら第二次魔法戦争が起こることを予期しているのかもしれない」

 

 息が詰まるような沈黙が防衛術の教室に流れる。

 グリムは机の上の資料や教科書を鞄に詰め込むと、小さく咳払いをした。

 

「では諸君、年が明けたらまた会おう」

 

 グリムはそう言うと教室から出ていく。

 教室には呆然としたまま動けない生徒たちと、立ったまま固まっているハーマイオニーが残された。




設定や用語解説

セストラル
 骸骨のような身体に蝙蝠のような翼を持つ天馬。死を目撃した者にしか見えず、その見た目も相まって不吉の象徴とされている。

セストラルが見えないハリー
 セドリックが生きているため。また、赤子の頃に両親の死を目撃しているが、それはノーカウント(原作と同じ扱い)

相変わらず地雷の上でタップダンスを踊るハーマイオニー
 ハーマイオニー視点で見ると、サクヤがセストラルが見える理由はブラックを殺したからということになる。それに気が付かず「面白い」というハーマイオニーと、わかってて同意するサクヤ。

大天才パチュリー・ノーレッジ
 ダンブルドア以上の才能を、百年以上研究のためだけに費やした魔女。世間の認識ではダンブルドアの方が優秀だという風潮があるが(そもそも存在を知らない魔法使いが大半)、魔法を純粋に学問として見た場合、彼女の右に出るものは殆どいない。

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パジャマとやかんと私

 クリスマス休暇に入る少し前、私は赤と黄色のユニフォームを着てクィディッチスタジアムのグラウンドに立っていた。

 手にはハリーの宝物であるファイアボルトが握られている。

 

「いいかい。その箒は滅茶苦茶速い。授業で使った流星とは雲泥の差だ。だから、初めから全力で飛ぼうとしちゃいけないよ」

 

 クィディッチで使うボールがあれこれ入った箱を片手にハリーが説明する。

 

「ルールは大丈夫だろう? サクヤの仕事はスニッチをキャッチすることだ。逆に言えば、それ以外のことは殆ど考えなくていい。チョウやセドリックよりも早くスニッチをキャッチできたら僕らの勝ちだ」

 

 ハリーは箱を地面に置くと、中から金色のスニッチを取り出す。

 

「スニッチは小さくて素早い。少し目を離したらすぐに見失ってしまうと思う。だから試合中は積極的に飛び回ってスニッチを探すことになる。ここまではいいかい?」

 

「ええ。大丈夫」

 

「それじゃあ、一回やってみよう。スニッチを離すから、十秒経ったら追いかけて、キャッチする。それを何度も繰り返すんだ。それに慣れてきたら今度はチェイサーやビーターが練習している環境に交じって同じ練習をする。試合中は常に真っ直ぐ飛べるわけじゃないからね。他の選手を避けて飛ぶ練習もしなくちゃ」

 

 ハリーはスニッチを空に放つと、しばらく目で追う。

 私は心の中で十秒数えると、箒に跨り遠くに飛んでいるスニッチに向かって真っ直ぐ飛んだ。

 

「よっと」

 

 ハリーの言う通りファイアボルトの加速力は凄まじいものがある。

 普通に飛んでもスニッチに追いつくことが出来るので飛ぶ軌跡さえ分かっていれば容易にキャッチ出来てしまう。

 

「捕まえたわよ」

 

 私は地上にいるハリーの元へと戻ると、掴んでいたスニッチを手渡す。

 ハリーは驚愕交じりに言った。

 

「サクヤ、今の見えてたのかい?」

 

「いや、これだけピカピカしてたら流石にね」

 

 実際のところ、スニッチの動きを目で追ったり、軌道を予想することは難しいことではない。

 それに私なら一度時間を止めてしまえばのんびりとスニッチを探すことができる。

 私はその後もハリーが放ったスニッチをあっという間に捕まえてハリーの元に持ってくるということを繰り返す。

 十回目のキャッチの後、私はハリーの横に降り立って苦笑した。

 

「なんかフリスビーをキャッチする犬みたいね私」

 

「初めてでここまでスニッチを取れるのは凄いよ。それに、特に目がいい。普通はあんなにすぐスニッチを見つけることはできない」

 

 ハリーは手に持っていたスニッチを木箱の中へ戻す。

 

「この調子ならすぐにでもチームに交ざって練習できると思う。というか、人がいる環境で練習しないとこれ以上の上達は見込めなさそうだ」

 

「それじゃあ、今日の練習はこれで終わり……でいいのよね?」

 

「うん、大丈夫」

 

 私とハリーは箒やボールを用具室に戻すといつものローブに着替えてクィディッチスタジアムを後にする。

 城へと戻る道中、ハリーが羊皮紙の切れ端で点数を計算しながら言った。

 

「まだ何ともわからないけど、少なくともハッフルパフ戦とレイブンクロー戦では普通にスニッチを取るだけじゃダメだ。百五十点差じゃスリザリンにつけられた二百五十点差をひっくり返せないと思う。総合優勝を狙うには少なくともこれ以降の試合は二百点以上の差をつけて勝利していかないといけない」

 

「つまり、スリザリンにやられたことを今度は私たちがやるってわけね」

 

「そういうわけじゃないけど……チェイサーが点差を開くまではスニッチがキャッチできない。新しいビーターはまだ決まってないけど、フレッドとジョージ以上の人材が出てくることはないと思うからシーカーの妨害はシーカー自身がやらないといけないと思う」

 

「任せて。そういうのは得意よ。私」

 

 私はハリーに対しニヤリと微笑む。

 ハリーは私の顔を見ると、少し心配そうに言った。

 

「なんというか、サクヤはビーターの方が合ってるかも」

 

「どういう意味よそれ」

 

 私は軽く頬を膨らませる。

 何にしても、クィディッチのメンバーに関しては取り敢えず大丈夫そうだろう。

 

「でも結局、アンジェリーナが抗議してもハリーの謹慎は解けなかったのよね?」

 

「うん、まあアンブリッジが相手だからそこまで期待はしてなかったけど……」

 

 ハグリッドの授業の時にあの様子だったアンブリッジのことだ。

 どれだけ正当に訴えても聞く耳を持たないだろう。

 

 

 

 

 その日の深夜。

 私がベッドで熟睡していると不意に肩を叩かれた。

 

「……エミリー? それともトーマス? ……トイレぐらい一人で行けるでしょ?」

 

 私は寝ぼけまなこを擦りながらベッドから起き上がる。

 そこに立っていたのは寝巻き姿のマクゴナガルだった。

 しばらくの沈黙のあと、私は目をパチクリしながらマクゴナガルに聞く。

 

「えっと、トイレに一人で行くのが怖くて、ついてきて欲しいとか、そういう話じゃなさそうですね」

 

「すぐに起きて支度なさい」

 

 マクゴナガルは寝巻き姿ではあるが、いつも通りの厳格な表情だ。

 

「支度?」

 

 私が聞き返すとマクゴナガルは少し声を小さくして言った。

 

「騎士団としての仕事です。私はすぐに他の子供たちを起こしてきますので、貴方は先に談話室で待っていてください」

 

 マクゴナガルはそう告げると足早に部屋を出て行く。

 私は大きく伸びをすると、ベッド横のチェストに置いていた懐中時計を手に取った。

 

「午前一時二十八分……こんな時間にマクゴナガルが私を訪ねてくるなんて相当ね」

 

 私は周囲を見回し、他に起きている者がいないことを確認すると、時間を止めて動きやすい服装に着替える。

 そしてベッド横に置いていた鞄を小さくしてポケットに入れると、時間停止を解除して談話室へと下りた。

 

 

 

 

 しばらく談話室で待っていると、マクゴナガルがジニーを連れて女子寮から降りてきた。

 ジニーは何が起こったのか理解できていないようで、寝巻きのまま不安そうな顔をしていた。

 

「私はフレッドとジョージを連れてきます」

 

 マクゴナガルはそう言うと今度は男子寮へと上がっていく。

 私はソファーに腰掛け、まだ覚醒しきってない頭で今の状況を推測した。

 マクゴナガルがジニーを連れてきたということは、ウィーズリー家の関係者に何かがあったのだろう。

 可能性として高いのは父親のアーサー・ウィーズリーが騎士団の任務中に負傷、又は死亡したケースだろうか。

 

「ねえ、サクヤ。何があったの?」

 

 ジニーの問いに私は静かに首を横に振る。

 

「私も何も説明を受けてないわ。多分全員揃ったら説明してくれると思うけど……」

 

 私たちは無言のまま肌寒い談話室でマクゴナガルが来るのを待つ。

 十分ほど待っただろうか。

 マクゴナガルがフレッド、ジョージの二人を連れて男子寮の階段を下りてきた。

 フレッド、ジョージの二人は私とジニーが談話室にいることを確認すると、ほっと安堵の息をついた。

 

「どうやら退学とか、そういうヤバい話じゃなさそうだな」

 

「マクゴナガルが寮の部屋まで来るなんてよっぽどだからな」

 

 二人はそう言って笑い合う。

 だが、マクゴナガルはその様子を咎めることなく、ついてきなさいと端的に口にし、先導するように談話室を出ていった。

 

「……何かあったのか?」

 

 マクゴナガルの後ろに続きながら、ジョージが小声で私に聞いてくる。

 

「まだ何も聞いてないけど……退学の方がよっぽどマシな可能性もあるわ」

 

 私はマクゴナガルにも聞こえるようにそう答えた。

 

「ジニーにフレッドにジョージ……もしウィーズリーの兄弟を集めたのだとしたら一人足りないと思わない?」

 

「まさか、ロンのやつに何かあったのか?」

 

 フレッドは少し不安そうな顔をする。

 だが、間髪入れずに前を歩いていたマクゴナガルが言った。

 

「ロナルド・ウィーズリーは今校長室です」

 

「死体が転がっているとか言わないよな?」

 

 ジョージがそう聞くと、マクゴナガルは首を横に振った。

 

「元気にしているのでご安心なさい。……怪我をなされたのは貴方のお父様です。不死鳥の騎士団の任務中に負傷なされたようで──」

 

「親父が怪我? 騎士団の任務で?」

 

 フレッドがマクゴナガルの言葉を復唱するように尋ね返す。

 

「はい。既に聖マンゴに運び込まれ癒者による治療を受けています」

 

 騎士団の任務中に怪我、ということは十中八九死喰い人に襲われたのだろう。

 ヴォルデモートからウィーズリー襲撃の話は聞いていないため、たまたま鉢合わせて戦闘になった可能性が高いか。

 私たちは階段を下り、三階にあるガーゴイル奥の隠し螺旋階段を上って校長室に入る。

 校長室では青ざめた表情のハリーと、それに付き添うロンの姿があった。

 

「校長先生、子供たちを連れてきました」

 

 マクゴナガルがそう報告すると、右手にヤカンを持ったダンブルドアがこちらに近づいてくる。

 ダンブルドアは手に持っていたヤカンを近くの机の上に置き、私に向き直った。

 

「手短に話すとしよう。アーサー氏が任務中に襲われた。アーサー氏自体は既に聖マンゴに運び込まれておる。そこで、君たちをロンドンにある騎士団の本部に送ることにした。病院へはそっちのほうが隠れ穴より近いからの」

 

「本部……ああ、だから私が呼ばれたのですね」

 

 私がパチュリーから譲り受けた家は現在不死鳥の騎士団の本部になっている。

 維持や管理は屋敷しもべ妖精であるクリーチャーが行っているはずだ。

 

「サクヤ、君がおった方が都合がよいのでの」

 

「護衛は私一人ですか?」

 

 私が他の皆に聞こえないようにダンブルドアに尋ねると、ダンブルドアは小さく頷いた。

 

「ホグワーツにいる騎士団員たちは休暇に入るまではホグワーツを離れることは出来ん。あとから人は送るが、すぐに動けるのは君だけじゃ」

 

 いまだに状況がよく呑み込めないが、ダンブルドアの表情を見るに今すぐにでもここを離れたほうがよさそうだ。

 

「……分かりました。本部まではどうやって?」

 

「移動キーを使う。煙突飛行はあまり安全ではない」

 

 ダンブルドアは机の上に置いていたヤカンを私に差し出してくる。

 なるほど、このヤカンが移動キーになっているのだろう。

 

「まあ、煙突飛行は魔法省が管理してますもんね。でも、移動キーを勝手に作るのも違法では?」

 

「なに、コーネリウスに内緒にしておけば何の問題もなかろうて」

 

 私はダンブルドアからヤカンを受け取ると、皆の方に差し出す。

 移動キーを使ったことがあるのか、特になんの説明もなしに全員がヤカンに手を伸ばした。

 

「詳しい話はハリーから聞くのじゃ。では、三つ数えて……一……二……」

 

 次の瞬間、私たちはヤカンに引っ張られるように宙を舞った。

 私の右手はヤカンの取っ手に完全に引っ付いている。

 夏にヴォルデモートのもとに送られた時のことを思い出すが、今回は私一人ではない。

 ハリーにロン、ジニー、フレッド、ジョージ、それに私を入れて六人もの魔法使いが一つのヤカンにくっつき、高速で宙を舞う。

 そのまま私たちはホグワーツからロンドンまでの距離を圧縮するように移動し、次の瞬間にはクリーチャーによってピカピカに磨かれた地下の厨房に立っていた。

 

「これはこれはお嬢様。お帰りなさいませ」

 

 モップでシンクを磨いていたクリーチャーが少々驚きながらも恭しく私に対して頭を下げる。

 

「ですが、なにやら訳ありのご様子で」

 

「そうね。取り敢えず温かいスープでも作って頂戴」

 

 私がそう伝えると、クリーチャーは私以外の子供たちの顔色を見回し、納得したように頷いた。

 

「ほうれん草のポタージュスープをおつくりしましょう。それまでは温かいバタービールでもいかがですか?」

 

「頂くわ」

 

 私は移動キーのショックで足元がおぼつかないハリーを厨房の椅子に座らせると、クリーチャーが持ってきたバタービールを大きなマグカップに注いで皆に配る。

 そして私自身は瓶のままバタービールを煽り、ハリーの前に椅子を持ってきて座った。

 

「それで、一体何があったのよ」

 

 私はまっすぐハリーの目を見る。

 ハリーは私から逃げるように少し視線を泳がせたが、やがて諦めるように話し始めた。

 

「夢を見たんだ。僕が蛇で、そしておじさんを襲う夢だった。夢……いや、でも実際は夢じゃなかった」

 

「要領を得ないわね」

 

 だが、ハリーの心を読んで分かった。

 夢というよりかは、ハリーはヴォルデモートのペットの蛇であるナギニの中に入っていたのだろう。

 ハリーは蛇の中から外の景色を見ていた。

 いや、ハリー自身が蛇だった。

 ナギニがどうして魔法省にいたのかは分からない。

 だが、その理由を推測することはできる。

 きっと神秘部のどこかに保管されている予言を探すために送り込まれたのだろう。

 その道中で神秘部の監視をしていたアーサーと鉢合わせになり、結果的にアーサーがナギニに噛まれた。

 

「よくわからないけど、つまりハリーはアーサーさんが蛇に襲われるところを夢に見て、それをダンブルドア先生に報告した。そして実際に調べてみると本当にアーサーさんが襲われていて、今こんな状況……ってところかしら」

 

「うん。大体そんな感じ」

 

 ハリーの代わりに隣にいるロンが答える。

 

「でも、どうやってアーサーさんを見つけたの? 魔法省に人を送ったにしては動きが早すぎるわよね?」

 

「肖像画だよ。ほら、校長室に歴代校長の肖像画があるだろう? 肖像画は他の場所にある自分の肖像画に移動できるから」

 

「なるほど。ホグワーツの校長を務めるほどの魔法使いなら、魔法省にも肖像画が飾られているってわけね」

 

 きっとアーサーは騎士団の任務で神秘部に怪しい者が入らないように監視していたのだろう。

 私はその任務については把握していないが、ダンブルドアは今夜アーサーが神秘部の監視をしていることを知っていたはずだ。

 ハリーの話を聞いて、ただの夢ではないと即座に判断したのだろう。

 私はバタービールをもう一口煽る。

 今回の件、ヴォルデモートに報告しておいた方がいい。

 私はバタービールを机に置くと、厨房の出口へと向かった。

 

「少しだけ自分の部屋に戻るわ。すぐに戻ってくるからみんな厨房から動かないでね」

 

 私はそう言い残すと階段を上って二階にある自分の部屋へと入る。

 そして時間を止め、ポケットの中から両面鏡を取り出した。

 

「我が主様、私です」

 

 私は鏡の向こう側に向かって呼びかける。

 しばらくすると鏡の向こうにヴォルデモートの顔が現れた。

 

「……っ、どうしたサクヤよ」

 

「ご報告しなければならないことがあります」

 

 私は現在の状況を包み隠さずヴォルデモートに伝える。

 ヴォルデモートは私の報告を最後まで聞くと、少し難しい顔をした。

 

「ハリー・ポッターがナギニと繋がった……なるほどな。それで、今はグリモールド・プレイスにいると」

 

「はい、その通りです」

 

 ヴォルデモートは小さくため息をつくと、気怠げそうに腕を組む。

 

「ナギニには神秘部の偵察の任を与えていた。まだ戻ってきてはいないが……まさかそんなことになっているとは」

 

「その様子ですと、予言の方はまだ……」

 

 私が問いにヴォルデモートが頷く。

 

「思った以上に護りが固い。それに、騎士団員が神秘部を監視しているということは私が予言を狙っていることがダンブルドアにバレていると考えていいだろう」

 

「もしそうだとしたら解せませんね。ダンブルドアは何故予言を処分してしまわないのでしょう。私だったらすぐにでも予言を処分してしまいますが」

 

「ダンブルドアは予言のことを私を引きずり出すための罠として見ているのかもしれないな。私の動きを少しでも予想するために予言を利用しているのだろう」

 

 確かに予言という明確なエサがあれば何もない状況よりかはヴォルデモート陣営の動きを読みやすくなる。

 好き勝手にあちこち攻撃されるよりかは、予言を危険に晒した方がマシだと考えているのだろう。

 

「まあ、とにもかくにもよく報告してくれた」

 

「今後、私はどのように動けばよろしいでしょうか?」

 

「しばらくは今まで通りでいい。前に言った通り、クリスマス休暇中に一度アジトで古参の下僕どもと顔合わせはしてもらうが、それまではダンブルドア側の人間として振る舞え」

 

「かしこまりました。私からの報告は以上です」

 

 私はヴォルデモートに頭を下げ、両面鏡をポケットの中に仕舞い時間停止を解除する。

 そしてホグワーツの制服から普段着へと着替えると、皆が待つ厨房へと戻った。




設定や用語解説

エミリーとトーマス
 ウール孤児院にいた子供の名前。

魔法界の肖像画
 魔法界の肖像画は、自らの肖像画を自由に行き来できる。

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マグカップと峠と私

今作も三年目に突入しました。全体の進捗としては半分ほどですかね。なのであと二年は続くと思います。お付き合いのほどよろしくお願いします。


 ヴォルデモートに報告を終えた私はホグワーツの制服から普段着に着替え、階段を下りて厨房に戻る。

 するとそこには今にも屋敷を飛び出しそうな様子のフレッドとジョージの姿があった。

 

「もう親父は聖マンゴに運び込まれているんだろう? だったら今すぐにでも行かなきゃ。俺たちは親父の息子だ」

 

 フレッドの言いたいことも分かるが、そういうわけにもいかない。

 もしそれが許されるならダンブルドアは私たちを直接聖マンゴに送り込んでいたはずだ。

 

「フレッド、気持ちはわかるけど今すぐってわけにはいかないわ。ダンブルドア先生が何故聖マンゴでなく騎士団の本部に私たちを送ったかわかる?」

 

「そりゃ……」

 

 フレッドは無言になって考えるが、すぐに答えは出てこない様子だ。

 私はフレッドだけでなく、この場にいる全員に言い聞かせるように言った。

 

「アーサーさんは騎士団の任務中に負傷した。そのことだけでも怪しいのよ。何百キロも離れた位置にいるハリーがそれを知っているというのは怪しいどころの話じゃないわ。私たちが聖マンゴに行くのは、少なくとも今じゃない。せめて聖マンゴからモリーさんに連絡がいくまでは待つべきよ」

 

「そりゃ、そうかもしれないけどよ……」

 

 フレッドは納得がいかないと言わんばかりに椅子に座り込む。

 

「それに、さっき使った移動キーも合法に申請を出して作ったものではないわ。私たちはまだここに居るはずがない人間。そんな私たちがいきなり聖マンゴに現れたら、厄介なことになるのは目に見えてる」

 

「だけど……生きた親父に会えるのはもしかしたら最後になるかもしれないんだぞ?」

 

 ジョージが消え入りそうな声で言う。

 それを聞いてジニーが一層泣きそうな顔になった。

 

「それは……確かに。その可能性は十分ある。でも、アーサーさんはその覚悟を持って任務に就いていたはずよ」

 

「任務がなんだってんだ。くそっ……俺たちはそんな覚悟してねえぞ」

 

 フレッドは力任せにマグカップを机に打ち付けた。

 

「なんにしても、そのうち他の騎士団員がここにやってくるはずよ。私も一応騎士団員ではあるけど、長時間子供たちだけで放置しておくとは思えない」

 

 ダンブルドアのことだから信頼のおける騎士団員をここに向かわせているはずだ。

 私の役割はその騎士団員が到着するまで誰もここから出さないことだろう。

 

 

 

 

 私の予想通り、それから一時間も経たないうちに魔法省勤務のシャックルボルトが厨房に現れた。

 

「全員無事だな?」

 

 シャックルボルトは開口一番にそう言うと、厨房の中を見回す。

 フレッドとジョージはシャックルボルトの姿を見た途端、椅子から立ち上がりシャックルボルトに詰め寄った。

 

「親父は!? 無事なのか?」

 

「待て。私はダンブルドアからの指示で直接ここを訪れている。詳しいことは何一つわからない」

 

 私はクリーチャーに温かい紅茶を淹れるように指示する。

 シャックルボルトは私たちの護衛役としてここにやってきたのだろう。

 

「お早い到着で、シャックルボルトさん。ダンブルドア先生から事情はどこまで?」

 

「アーサーが怪我をしたということと、本部に子供たちがいるということ以外は何の説明も受けていない」

 

「それはそれは、お疲れ様です」

 

 私はシャックルボルトに席を勧めると、その対面に座り今までの経緯をシャックルボルトに話して聞かせる。

 シャックルボルトはクリーチャーの用意した紅茶を一口飲むと、安堵のため息を吐きながら言った。

 

「事情はよくわかった。よく我慢してここに留まってくれたな。アーサーも立派な息子たちを持って鼻が高いだろう」

 

「なんにしても、シャックルボルトさんがくれば一安心ですね。私だけでは不安が残りましたので」

 

 私がそう言うと、シャックルボルトは不敵に笑った。

 

「魔法の実力を買われて不死鳥の騎士団入りした天才少女がよく言うよ。一対一なら誰にも負けない、ぐらいの自信はあるのだろう?」

 

「それはそれ、これはこれです」

 

 その時、厨房の中央に突然大きな火柱が上がる。

 私は反射的に杖を構えたが、すぐにそれがダンブルドアのペットである不死鳥のフォークスだということが分かった。

 フォークスは羊皮紙を机の上に落とすと、すぐさま燃え上がり厨房から姿を消す。

 私は羊皮紙を拾い上げ、シャックルボルトに手渡した。

 

「ダンブルドアからでしょうか」

 

「いや、ダンブルドアの筆跡ではない。きっとモリーからだ」

 

 シャックルボルトは羊皮紙を机の上に広げる。

 先程までふさぎ込んでいたウィーズリーの子供たちがこぞって羊皮紙を覗き込んだ。

 

『お父様はまだ生きています。母さんはこれから聖マンゴに行くところです。できるだけ早く知らせを送りますのでじっとしているのですよ。ママより』

 

「まだ生きてる……」

 

 ジョージが皆の顔を見回す。

 

「だけど、まるでそれじゃ……」

 

 いつ死んでもおかしくはない。

 誰も口にはしなかったが、誰もがそう理解した。

 

「なんにしても、モリーさんから知らせが来るまではここでじっとしている方がいいわね。シャックルボルトさん、交代で仮眠を取りましょう。貴方は明日も魔法省に出勤しなければならないでしょう?」

 

「こんな状況だからこそ、か。そうだな。子供たちは私が見ているから君は少し寝てくるといい。他の皆も少し寝たほうがいい」

 

 私はポケットの中から懐中時計を取り出し、今の時間を確認する。

 

「そういうことでしたら、二時間ほど仮眠をとってきます。他の皆も、夏休みの時と同じように部屋は空けてあるからベッドは自由に使ってちょうだい」

 

 私はそう言い残すと階段を上り自分のベッドのある部屋に入る。

 あの様子じゃ、子供たちは誰も寝ようとはしないだろう。

 だとしたら護衛の立場である私とシャックルボルトははっきりとした意識を保持したままの方がいい。

 私はしばらくぶりの自分のベッドに潜り込むと、二時間後に目が覚めるように意識しながら眠りについた。

 

 

 

 外が明るくなり始める時間帯になった頃、モリーが厨房の扉を開けて入ってきた。

 みな疲れ切った顔を一斉に上げ椅子から立ち上がろうとしたとき、モリーが力なく微笑む。

 

「大丈夫ですよ。お父さまは無事です。あとでみんなで面会に行きましょう」

 

 皆それを聞いて安心したように表情を緩める。

 モリーは厨房内を見回すと、不思議そうな顔をした。

 

「あら、キングズリーが来ていると聞いていたのだけれど」

 

「ああ、彼なら私と交代で仮眠を取っています。モリーさんが来たので今から起こしに行こうかと思っていたのですが……」

 

「そう、それじゃあお願いするわ」

 

 私はモリーさんの横を通り過ぎ、二階に上がってシャックルボルトの寝ている部屋の扉を叩く。

 すると数秒もしないうちにシャックルボルトが部屋の扉を開けた。

 

「何かあったか?」

 

「モリーさんがこちらへ到着しました。アーサーさんは峠は越えたそうです」

 

 私がそう伝えるとシャックルボルトは深く安堵の息を吐く。

 

「そうか。それは良かった」

 

 私はシャックルボルトと一緒に厨房へと下りる。

 厨房ではクリーチャーがモリーに簡単な朝食を振る舞っているところだった。

 

「モリー、アーサーの容態は?」

 

 シャックルボルトがモリーに聞くと、モリーは落ち着いた様子で答える。

 

「処置が早かったおかげで命に別状はないそうです。でも、発見が遅れたらどうなっていたか……」

 

「そうか、無事なようで何よりだ」

 

「ダンブルドアから伝言を預かっています。お昼にはトンクスとアラスターがこちらに来るそうです。キングズリー、貴方はいつも通り魔法省に出勤するようにと」

 

 モリーの言葉に、シャックルボルトは時計を確認する。

 

「そうか。それなら私は一度自宅に戻ろう」

 

 シャックルボルトはバチンと音を立てて厨房から姿をくらます。

 私はそれを見送ったあと、改めてモリーに声をかけた。

 

「命に別状がないようで何よりです。お見舞いは今日のお昼から?」

 

「ええ、その予定よ。今から行ってもまだ寝てるだろうし。それに、向こうにビルを残しているわ。何かあったらすぐに連絡がくるはず」

 

「それじゃあ、それまでに子供たちはしっかり睡眠を取らせたほうがいいですね。モリーさんも少し休んでください。起きる頃には昼食が出来上がっているようにクリーチャーには指示しておきますので」

 

 私はシャックルボルトと交代で仮眠を取っていたためそこまで眠たくはない。

 そのうちやってくるであろうトンクスとムーディの受け入れは私が行うことにしよう。

 モリーは私に対してお礼を言うと、子供たちを引き連れて二階へと上がっていく。

 私は欠伸を噛み殺すと、台所で洗い物をしているクリーチャーに声をかけた。

 

「いきなりで悪かったわね。昼食の準備も任せたいのだけれど……そもそも食材がないか」

 

 本来私が帰ってくるのはもう少し後だ。

 クリーチャーもそれに合わせて食材の買い出しに出ようとしていたはずである。

 

「あと二時間も経てば店も開き始めます。昼食までには必ず間に合わせます。クリスマスはこちらで過ごされるご予定で?」

 

「ええ。それに、この様子じゃウィーズリー一家とハリー、もしかしたらハーマイオニーもここでクリスマスを過ごすことになるかもしれないわ。お金は渡すから多めに食材を買い込んでおいて頂戴」

 

 私はいつも使っている鞄の中から同じデザインの鞄を引っ張り出す。

 この鞄は二年生の時にロックハートとの個人授業で作ったものだ。

 いつも使っている鞄と違い、こちらの鞄には普通の拡大呪文しか掛かっていない。

 中に広がる空間もせいぜい部屋一つ分程度だ。

 

「この鞄を貴方にあげるわ。自由に使って」

 

 クリーチャーは私から鞄を受け取ると、中を開いて目を丸くする。

 

「こんな上等な魔法のかかったものは受け取れません!」

 

「でも、必要でしょう? それにこの鞄は私が自分で魔法をかけたものだからそんなに良いものでもないわ」

 

 クリーチャーは目をパチクリさせると、屋敷しもべ妖精には少々不釣り合いな大きさの鞄を抱えたまま深くお辞儀をした。

 

「ありがとうございます。お嬢様」

 

「いいのよ。貴方には苦労をかけてるし。それじゃあ、買い出しと昼食をよろしくね。私はトンクスとムーディが来るまで自分の部屋にいるから」

 

 私はクリーチャーにヒラヒラと手を振ると、階段を上り自分の部屋へと入る。

 

「そういえば、私は着替えとか全部鞄の中に入ってるから大丈夫だけど、ハリーやロンは手ぶらで、しかもパジャマよね? 大丈夫なのかしら」

 

 まあその辺は魔法界だ。

 多分そのうちトランクごとこの屋敷に届くだろう。

 私は自分の部屋の椅子に腰掛けると改めて部屋の中を見回す。

 当初は寝室と書斎を別にしていたが、騎士団の本部として使う都合上、今はこの部屋にベッドから何まで置かれている。

 部屋の中には書斎机に肘掛け付きの椅子、本棚に、部屋の隅には調合台が置かれている。

 この調合台は授業で習わないような複雑な魔法薬も調合できる本格的なもので、魔法薬の専門家でなければ使わないような代物だ。

 

「なんというか、これだけ完全にオーバースペックな代物よね。過去にブラック家に魔法薬のスペシャリストでもいたのかしら」

 

 授業で習う範囲なら大鍋が一つあれば十分だ。

 しかも調合台を見るに、相当使い込まれている。

 つまり金持ちが見栄を張って買っただけではないということだ。

 

「まあ、現状こんな高度な調合台を使うような魔法薬を調合する予定はないわけだし。もうしばらく埃を被っててもらいましょうか」

 

 私は椅子に座ったまま大きく伸びをすると、鞄の中から本を取り出し、トンクスとムーディが来るまで読書に耽った。




設定や用語解説

聖マンゴ魔法疾患傷害病院
 イギリス魔法界最大の病院。様々な怪我や病気、呪いによる疾患を治療する技術を有している。

検知不可能拡大呪文が掛けられた鞄
 サクヤが普段使っている無限の空間が広がる鞄ではなく、ただただ中の空間が広いだけの鞄。

サクヤの自室
 残されている家具をそのまま使用しているので使い道のないものもいくつか置かれている。ハイスペックな調合台もそのうちの一つ。一体誰の部屋だったのだろうか……

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病院と病棟と私

 アーサー・ウィーズリーが襲われてから一夜明けた次の日の昼。

 私たちはマグルの服装でロンドンの街を歩いていた。

 トンクスを先頭にハリーとウィーズリー家の子供たち、その後ろにモリー、最後に私とムーディが続く。

 

「それにしても、聖マンゴってロンドンにあるんですね。名前は聞いたことあるんですが直接訪ねるのは初めてです」

 

「世話にならんことに越したことはない。特に学生のうちはな」

 

 ムーディはぶっきらぼうにそう答える。

 私もムーディに愛想の良さは求めていないので特に気にすることなく言葉を続けた。

 

「でも、どうせロンドンに作るならダイアゴン横丁の中に作ればよかったんじゃありません? その方が利便性が高そうですが」

 

「ダイアゴン横丁は古く歴史のある横丁だ。病院を建てるスペースなど存在せん。それに、魔法省みたいに地下に埋めてしまうこともできん。病院を埋めるというのはあまり健康的ではなかろう? え?」

 

「まあ、そうですね。でもそれを聞くに、聖マンゴはそんなに古い建物ではないんですね」

 

「グリンゴッツやホグワーツに比べたらな。ほれ、そこだ」

 

 ムーディが杖で少し先を指し示す。

 そこには赤レンガで建てられた古びたデパートがあった。

 『パージ・アンド・ダウス商会』と看板が掛かった下には全く手入れのされていない様子のショーウィンドウがあり、中には流行遅れの服を着たマネキンが数体立っている。

 そして入り口には『改装のため閉店中』と張り紙がされていた。

 

「さて」

 

 先頭を歩いていたトンクスはショーウィンドウに近づいていき、中にいるマネキンに声を掛ける。

 

「どうも。アーサー・ウィーズリーに面会に来たんだけど」

 

 トンクスがマネキンにそう伝えると、マネキンは小さく頷き手招きし始める。

 それを見てトンクスはジニーの肩を押しながらショーウィンドウの中に消えていった。

 なるほど、聖マンゴの入り口は九と四分の三番線の入り口と同じような作りになっているようだ。

 トンクスとジニーに続いてモリーとフレッド、ジョージ、ハリーにロンと続いていく。

 私とムーディは最後に、周囲に監視の目がないことを確かめてからショーウィンドウのガラスを潜り抜けた。

 

 ショーウィンドウを抜けた先は病院の待合室になっていた。

 受付の前に並べられた椅子には様々な症状の患者が座っており、いたって健康そうに見える魔女からこの世のものとは思えない容姿をしている魔法使いまでバラエティに富んでいる。

 そんな患者たちには目もくれずにモリーは真っ直ぐ受付に進んでいくと、ライム色のローブを着た魔女に話しかけた。

 

「こんにちは。夫のアーサー・ウィーズリーが別の病棟に移ったと聞いたのですが……どこでしょうか?」

 

「アーサー・ウィーズリー? ちょっと待ってね」

 

 受付の魔女はクリップボードに書かれた長いリストに指を走らせる。

 

「えっと、二階ね。右側の二番目のドア。ダイ・ルウェリン病棟」

 

「ありがとう。さあ、みんないらっしゃい」

 

 モリーは受付の魔女にお礼を言い、子供たちを連れて階段を上がっていく。

 階段を上がった先の二番目の扉、その横には『「危険な野郎」ダイ・ルウェリン病棟──重篤な噛み傷』との表札が掛かっていた。

 ここがアーサーのいる病棟だろう。

 

「私たちは外で待ってるわ。いっぺんに入ると病室がパンパンになっちゃうし。まずは家族だけでね」

 

 トンクスがモリーにそう提案する。

 私とハリーはそれを聞いて一歩後ろに下がった。

 

「ええ、そうさせてもらおうかしら。ハリー、貴方は私たちと一緒にいらっしゃい。アーサーも貴方にお礼を言いたがってるわ」

 

 モリーさんは身を引き掛けたハリーの肩をガッチリと掴むと、半ば引き摺り込むように病室の中へと姿を消していく。

 病室の外に残された私たち三人は、壁際に集まり情報共有をし始めた。

 

「流石に内緒はやめてくださいよ? アーサーさんは神秘部に保管されている何かを護衛していた。一体何を守ってたんです?」

 

 私がムーディにそう聞くと、ムーディは困ったように唸り声を上げる。

 私はトンクスの方にも視線を飛ばすが、トンクスはわかりやすく視線を逸らした。

 

「それに関してはわしの口からは言えんな。それに、誰が聞いてるか分からんこんな場所でできる話でもない。どうしても知りたいならダンブルドアから直接聞け」

 

 まあ、保管されているものが予言であることや、それをヴォルデモートが狙っていることも私は知っている。

 だが少なくともダンブルドアは予言の存在を私に知られたくないようだった。

 

「まあ、いいんですけどね。ダンブルドアが私のことを子供扱いしていることは自覚しているところですし。実際子供ですしね、私。でも、同じ騎士団員として認識の共有ぐらいはしたいなって、それだけなんですけど……」

 

「なんだ、拗ねておるのか? ませたガキだとは思っていたが子供らしいところもあるな。少し安心したぞ」

 

 ムーディは私の肩を強く叩く。

 そして少し声を小さくして言った。

 

「もし本当に子供扱いしているならハリーと一緒に病室に押し込んどる。わしとトンクスと一緒に病室に入る意味を理解するんだな」

 

「わかってますよ」

 

 私はそう言うと簡単に身なりを正す。

 トンクスは私とムーディの問答が無事軟着陸したことに安堵の息をついていた。

 そうしている間に病室の扉が開き、少々不満げな様子の子供たちとモリーが病室から出てくる。

 表情から察するに、アーサーの怪我や状況に対して納得のいく返事をもらえなかったのだろう。

 私たちは軽くモリーに会釈すると病室の中に入る。

 病室はいくつかベッドが置かれているが、入院している患者はアーサー含めて三人しかいなかった。

 

「やあ、随分手酷くやられたなアーサー」

 

 ムーディはアーサーのベッドに近づいていくと、近くにあった椅子に腰掛ける。

 アーサーは私たちの顔を順番に見るとやれやれといった様子で首を振った。

 

「少し居眠りしていたらこれだ。睡魔というのは恐ろしいものだよ」

 

「油断大敵だと口を酸っぱくして言っておるだろうが。……まあいい。ここに説教をしに来たのではない」

 

 ムーディは他の患者に聞こえないように少し声のトーンを落とす。

 

「あの後騎士団員を何人か集めて周囲を隈なく捜索したのだが、蛇は見つからなかった」

 

「でも、例のあの人も蛇が中に入れるとは期待していなかったはずだよね?」

 

 トンクスの言葉にムーディが頷く。

 

「ああ。わしの考えでは蛇は偵察として送り込んだのだろうな。やつは自身が立ち向かうべきものを見定めようとしたのだろう。もしアーサーがあそこにいなければもっと時間をかけて見回っていたはずだ」

 

 ムーディの推測は概ね合っている。

 ヴォルデモートもナギニを偵察として送り込んだと言っていた。

 

「それでだ。ハリーがその一部始終を見たと言っておるのだったな」

 

 ムーディの言葉に私は頷く。

 

「ハリーは蛇の中からアーサーさんを見ていたと言っていました。もしそれが本当なんだとしたら──」

 

「ああ、あまりいい話ではない。ハリーはどこかおかしい。もしハリーが例のあの人と繋がっておるのならどこかでその関係性を断ち切らねばならんだろう」

 

 ムーディが一層表情を固くする。

 

「もしハリーに例のあの人が取り憑いておるなら、それはあまりにも芳しくない。こちらの情報が筒抜けなだけでなく、ハリーの居場所を常に教えることにもなってしまう」

 

「今までも例のあの人の様子を夢で見ることがあったそうです。それこそ、去年の夏頃から」

 

 私の言葉に、ムーディは静かに首を振る。

 

「今まではまだいい。だが、今回の件でその繋がりがヴォルデモートに知られた可能性が高い。早急にハリーに閉心術を教えねばならんだろう。ダンブルドアも同じ意見のはずだ」

 

 確かに今のハリーの心は簡単に開心術で侵入できてしまう。

 ヴォルデモートから直接手ほどきを受けた私の開心術はそれ相応のレベルではあるが、それを加味してもハリーの心は無防備なように思えた。

 

「何にしても、騎士団員の中でハリーの一番近くにいるのはサクヤ、お前だ。ハリーの動向には十分に注意を払い、何かおかしな行動をしていたらすぐにダンブルドアに伝えろ。それが本人の意思でも、そうでなくともだ」

 

「はい。分かっています」

 

 私はムーディの言葉にしっかりと頷いた。

 

 

 

 

 

 アーサーの見舞いに行った次の日の夕方。

 私が玄関の周りにクリスマスの飾り付けをしていると、突然呼び鈴が鳴り響いた。

 私はそれを聞き、杖を抜いて慎重に扉に近づく。

 私の家の呼び鈴が鳴るというのは一種の異常事態だ。

 不死鳥の騎士団員なら直接玄関ホールに姿現ししてくるし、それ以外の人間はそもそも私の家の場所を知らない。

 

「はぁい。どなた?」

 

 私は杖を突きつけながら扉越しに声を掛ける。

 すると扉の向こうから聞き慣れた声で返事が返ってきた。

 

「サクヤ、私……ハーマイオニー・グレンジャーよ」

 

「ハーマイオニー? 貴方確かクリスマスは家族とインドでカレーを食べるって言ってなかった?」

 

 勿論、そんな予定はハーマイオニーから聞いていない。

 これはある種のカマ掛けだ。

 

「どんなクリスマスよ! ……スキーなら断ったわ。昨日の朝マクゴナガル先生から事情を聞いたの。でも正式に学校が終わるまでは学校の外には出れないって。それでクリスマス休暇に入るのを待って、キングズ・クロスから直接こっちに来たってわけ」

 

 家族とスキー。

 確かハーマイオニーは数日前大広間で同じことを言っていたはずだ。

 私は杖をズボンに挟み込むと、そのまま扉を開ける。

 そして大きなトランクを引きずっているハーマイオニーを我が家へ迎え入れた。

 

「ごめんなさいね。あなただけ置いてくような形になって」

 

 私はハーマイオニーを二階の部屋に案内しながら言う。

 

「それを決めたのはダンブルドア先生かマクゴナガル先生でしょう? あなたが悪いわけじゃないわ。それに今回の件、私が部外者なのは事実だし……」

 

「まあでも、私は嬉しいけどね。クリスマスに家に友達を呼べるっていうのは。簡単にだけどクリスマスパーティーを開こうと思うの。やっぱりクリスマスはみんなで祝うものでしょ?」

 

 私がいた孤児院では毎年質素ながらもクリスマスパーティーが開かれていた。

 その感覚が抜けないのか、クリスマスはパーティーをするものだという認識が私の中にある。

 

「クリスマスのご馳走も期待しておいて。クリーチャーに腕を振わせるわ」

 

「それは楽しみね。彼の料理とっても美味しいもの」

 

 私はジニーが泊まっている部屋にハーマイオニーのトランクを放り込む。

 その瞬間、何か思い詰めたような表情のハリーが私とハーマイオニーの横を通り過ぎた。

 

「ハリー!」

 

 ハーマイオニーがハリーの背中に向かって呼びかける。

 ハリーは今まさにハーマイオニーの存在に気がついたと言った様子で振り返った。

 

「ハーマイオニー? どうしてここに?」

 

「どうしてもこうしても……本当だったらあなたたちと一緒にこっちに来たかったぐらいよ。気分はどう?」

 

 ハリーはハーマイオニーの問いに対し軽く視線を泳がせる。

 私はその様子を見て小さくため息をついた。

 

「貴方なりに色々考えてるんだとは思うけど、思い詰め過ぎよ。どうせ自分が例のあの人に操られているだとか、そんなくだらないことを考えているんでしょう?」

 

 ハリーは昨日聖マンゴから帰ってきた時から様子がおかしかった。

 だがまあ、ハリーの考えそうなことはわかる。

 

「貴方と例のあの人が繋がっているのは事実よ。その原因についてはわからないけど、きっと赤ん坊の頃に受けた呪いが原因でしょうね。今まではそれがいいように働いていたけど、例のあの人が繋がりに気づいたとなると、その繋がりを悪用される危険性が出てくる。貴方が今一番心配しないといけないのはそれ。今までじゃなくて、これからよ」

 

「でも、だとしたらどうすればいい?」

 

 ハリーの訴えに、私は涼しい顔で返す。

 

「大丈夫、方法はあるわ。閉心術っていう技術があるのだけれど、ダンブルドア先生はきっと貴方に閉心術を習得するようにと指示をするはず。例のあの人との繋がりを断つにはその方法が一番よ」

 

「へい……なに?」

 

「閉心術」

 

 私が答える前にハーマイオニーが口を開く。

 

「『閉心術は開心術への対抗手段であり、自身の心を閉ざす魔法である』。ようは相手に自分の心を読まれないようにする魔法よ」

 

「その魔法を使えば僕はヴォルデモートと繋がることがなくなる?」

 

「多分ね」

 

 ハリーの問いに私は頷く。

 

「例のあの人は開心術の達人だという話だし、生半可な閉心術じゃ太刀打ちできないわ。もし閉心術を習うことになったら真剣に取り組むのよ?」

 

「うん。それは勿論」

 

 私はハリーが頷いたのを確認すると、ハリーと別れハーマイオニーが寝る予定の部屋へと入る。

 そしてハーマイオニーに昨日からの出来事を説明し始めた。




設定や用語解説

子ども扱いされるサクヤ
 ムーディ自身サクヤの実力自体は認めている。だが、だからと言って子供扱いしないかというのは別の話。

閉心術
 開心術への対抗策。心を閉じることによって考えを読まれなくなる。

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リドルの屋敷と予言の間と私

 クリスマスイブの夜。

 私は零時五十九分ピッタリに目を開けると、ベッドから起き上がる。

 そして周囲に動くものがないことを確かめ、時間を停止させた。

 

「さて、そろそろ準備をしないと」

 

 私は鞄の中から真っ黒なローブと服を取り出すと、寝間着を脱ぎ捨てそれに着替える。

 そして鞄から大ぶりのナイフを何本か体のあちこちに隠した。

 

「よし」

 

 私は姿見の前で全身をよく観察し、おかしなところがないかを確かめる。

 そして不備がないことを確認すると、杖を引き抜きヴォルデモートが潜伏している屋敷へと移動した。

 私はそのまま時間の止まっている中、ヴォルデモートの屋敷を移動し、指定された部屋へと入る。

 その部屋には既に多くの魔法使いが長机を囲っており、部屋の一番奥の椅子にヴォルデモートが腰かけていた。

 勿論、時間を止めているのでこの場にいる全員、ピクリとも動かない。

 私はいい機会だと思い、時間を止めたまま魔法使いたちを観察し始めた。

 

「マルフォイのお父さんに、人間版スキャバーズ、他にも沢山と……あれは顔つき的にクラウチ・ジュニアかしらね。で、多分こっちの女がレストレンジ」

 

 きっと席がヴォルデモートに近いほど、死喰い人内での序列が高いのだろう。

 その理屈で行くと、レストレンジとクラウチ・ジュニアが死喰い人の中では序列が高く、ルシウスは中の上、ペティグリューは中の下と言ったところか。

 私は長机を見回し開いている席を探す。

 するとヴォルデモートの反対側、一番遠い位置にポツンと古ぼけた椅子が用意されていた。

 

「……まあ時間ギリギリに来た私が悪いんでしょうけど、このまま一番遠い席っていうのも気に入らないわね」

 

 私は古ぼけた椅子に修繕魔法を掛けると、ヴォルデモートの右隣りに置いた。

 

「これで良し」

 

 私は満足げにその椅子に座ると、何食わぬ顔で時間停止を解除する。

 その瞬間、部屋の中にいた魔法使いは一斉に動きだし、口々に話し始めた。

 

「時間です」

 

 ルシウスが腕時計を見ながら言う。

 それを聞いて、ルシウスの隣にいた魔法使いがため息をついた。

 

「結局ご息女様はお越しになりませんでしたね。やはり未成年の、それに騎士団の監視下にある学生をこの屋敷に呼び出すというのは無理があったのでは?」

 

「何を言うエイブリー。私の娘は時間通りに出席している」

 

 ヴォルデモートは私の頭をそっと撫でる。

 それを見て、この場にいる死喰い人の全員が私の存在に気がついた。

 

「なっ……いつの間に……」

 

 私の隣にいるレストレンジが目を丸くして呟く。

 私はレストレンジに笑顔で会釈した。

 

「今日貴様らを集めたのは他でもない。我が娘を紹介するためだ。サクヤ」

 

「はい」

 

 私は椅子から立ち上がり、ヴォルデモートに一歩近づく。

 ヴォルデモートは私の顔をチラリと見ると、紹介を続けた。

 

「サクヤ・ホワイトだ。私の娘であり、不死鳥の騎士団にスパイとして潜入している」

 

 私は死喰い人たちを見回すと、一度深く礼をして椅子に座り直す。

 死喰い人たちは私の顔を見ると、小さい声で囁き合った。

 

「さて、サクヤの紹介が終わったところで、今後の計画をお前たちに伝達する。サクヤをここに呼び寄せた理由の半分は計画を伝えるためだ」

 

 ヴォルデモートは深く椅子にもたれ掛かりながら言った。

 

「ルシウス、状況を説明しろ」

 

 ヴォルデモートに名前を呼ばれて、ルシウスが立ち上がる。

 

「魔法省の神秘部、それも予言が格納されている部屋を調べた結果、予言についてはその予言に関わる者しか持ち出すことができないことがわかりました。この場合、予言を行ったシビル・トレローニー、予言を聞いたアルバス・ダンブルドア、予言の対象である我が君とハリー・ポッターの四名がそれに該当します」

 

「そうだ。となれば、私が直接魔法省に出向かなければならないということになる。サクヤ、それがお前をここへ呼んだ理由だ」

 

「なるほど。確かに私ならお父様を安全に予言の間へと導くことができます」

 

 ヴォルデモートが直接魔法省に出向くというのはあまりにもリスクを伴う行為だ。

 予言を移動、もしくは破壊できるダンブルドアがいつまでも予言を魔法省に置いておく理由というのは多くは考えられない。

 一番有力な候補としては、予言をエサにしてヴォルデモートを誘き出そうとしている可能性だ。

 もしダンブルドアの狙いがそれなら、自ら罠に掛かりに行くようなものである。

 だが、私と共に時間を止めて侵入すれば、罠にかかるリスクを最小限にまで減らせるだろう。

 

「では、今から魔法省へ?」

 

「ああ、そのつもりだ。お前と私の二人だけなら十分もあれば戻ってこれよう」

 

 ヴォルデモートはそう言うと、椅子から立ち上がる。

 

「我が君! 私もお供を……!」

 

 それを見て私の横にいたレストレンジも立ち上がるが、ヴォルデモートは片手を突き出して制止した。

 

「足手まといだベラトリックス。お前がついてきたところで何かの役に立つとは思えん」

 

「ですが──」

 

「くどいぞレストレンジ」

 

 なおも食い下がるレストレンジにクラウチ・ジュニアが口を挟む。

 レストレンジはクラウチ・ジュニアと私をひと睨みすると、渋々椅子に腰掛けた。

 

「さて、サクヤよ。私の手を取れ。付き添い姿くらましだ」

 

 私は椅子から立ち上がり、ヴォルデモートの手を握る。

 私はそれが合図だと察し、時間を停止させた。

 

「サクヤ、お前の力を利用して予言に近づくのはできれば最終手段としておきたかったのだがな。ダンブルドアが罠を張っていると明確に分かった今、悠長なことも言ってられん」

 

 私は手を離してもヴォルデモートの時間が止まらないように術を掛け直す。

 

「それでは、これから魔法省へ?」

 

「そうだ。ナギニが侵入した神秘部前の廊下へ直接姿現しする」

 

 ヴォルデモートがそう言った瞬間、引っ張られるような感覚とともに視界が暗転する。

 次に足が地面についたときには、私とヴォルデモートは暗い石畳の廊下に立っていた。

 目の前には黒く取っ手がない扉があり、そのすぐ横には不死鳥の騎士団のメンバーであるシャックルボルトとトンクスが立っている。

 どうやら今日の見張りはこの二人のようだった。

 

「やはり私が近いうちにここを訪れると踏んで張り込んでいたか」

 

 ヴォルデモートはローブから杖を抜いてピクリとも動かない二人に近づく。

 

「殺しますか?」

 

 私がそう聞くと、ヴォルデモートは少し考えた後杖をローブに仕舞い直した。

 

「念のためだ。私がここを訪れたという痕跡を残さない方が良いだろう」

 

 ヴォルデモートは二人の横を通り過ぎ、取っ手のない扉を押す。

 扉には鍵は掛かっておらず、特に抵抗もなく扉は開いた。

 

「こっちだ」

 

 私はヴォルデモートに案内されて神秘部の中に足を踏み入れる。

 扉の先は円形の部屋になっており、十二個の扉が部屋を取り囲むように存在していた。

 

「ルシウスの話では予言の間は時間を研究している部屋の先らしい」

 

「時間を研究……ですか」

 

「やはり興味があるか?」

 

 ヴォルデモートは正面の扉を少し開け、軽く覗き込む。

 そして小さく「違う」と呟いた。

 

「興味がないと言えば嘘になります。魔法界には逆転時計なんていうトンデモ魔法具があるわけですし」

 

「その様子だと、お前は時間を巻き戻すことはできないんだな」

 

 ヴォルデモートの言葉に私は頷いた。

 

「過去そのものを変える魔法なんて想像もつきません」

 

「だが、魔法界には過去に戻ることができる魔法具がある。過去に戻ることは可能なのだ」

 

 確かにヴォルデモートの言う通り、魔法界には逆転時計という魔法具がある。

 逆転時計は文字通り時間を逆転させるもので、使用した人間は肉体ごと過去に戻ることになる。

 いわゆるタイムトラベルというやつだ。

 

「逆転時計ですか。知識としては知っていますが、実際にこの目で見たことはないですね」

 

「逆転時計は魔法省が厳重に管理している。使用するにも申請が必要だ」

 

 まあ、それはそうだろう。

 過去を改変するということは、今この場に生きている全ての人間を殺すに等しい。

 過去が少しでも変われば、未来は全く違うものへと変貌する。

 

「では、全ての逆転時計は魔法省が管理していると?」

 

「私が知る限りではな。もっとも、保管されているのはここ、『神秘部』だ。今なら一つぐらい盗めるかもしれないが、痕跡を残すべきではないだろう」

 

 ヴォルデモートと私は机の間を抜け、更に奥の部屋へと足を踏み入れる。

 そこは巨大な倉庫のような部屋だった。

 高い天井とどこまでも続く棚。

 棚には番号が振られており、目の前の棚には『53』と書かれていた。

 

「こっちだ」

 

 ヴォルデモートは棚の番号を確認すると、迷うことなく進んでいく。

 私は棚の中を覗き見ながらその後に続いた。

 

「ガラス玉……」

 

 棚の中にはテニスボールほどの大きさのガラス玉が所狭しと並んでいる。

 きっとこのガラス玉の中に予言が保管されているのだろう。

 

「物凄い数ですね」

 

「今の魔法界に本物と言える予言者は数える程しかいない。だが、そのうちの一人が相当な長生きで、しかも活動的だ」

 

「相当な長生き……レミリア・スカーレットですか?」

 

 ヴォルデモートは棚の番号を確認しながら頷いた。

 

「ルシウスの話では週に一度のペースでここに予言を置いていくらしい。予言者は引きこもりが多いが、彼女はそうではないようだな」

 

 私は去年行われた対抗試合を思い出す。

 確かに去年の彼女を見る限り、引きこもりという単語とは無縁の性格をしているように思えた。

 

「ここだ」

 

 ヴォルデモートは九十七番の棚の前で立ち止まると、奥へと入っていく。

 私は数え切れないほどのガラス玉を横目に見ながらヴォルデモートの後を追った。

 

「これだ。『S.P.TからA.P.W.B.Dへ 闇の帝王、そしてハリー・ポッター』まさにこの予言だ」

 

 私はヴォルデモートが予言に触れるように時間停止を解除する。

 ヴォルデモートは時間が動き出したことを確認すると、ガラス玉に向かって真っ直ぐ手を伸ばす。

 だが、手に取ろうとしたその時、ヴォルデモートの手が何かに弾かれた。

 まるで予言が触れるものを拒絶したかのように。

 

「まさか……」

 

 ヴォルデモートはもう一度手を伸ばす。

 だが、先程と同じようにヴォルデモートの手はガラス玉に触れる前に弾かれてしまった。

 

「まったく予想していなかったと言えば嘘になるが……まさかな」

 

 ヴォルデモートは少し赤くなっている指先を摩りながら呟く。

 私も試しにと予言に手を伸ばしてみるが、結果はヴォルデモートと全く同じで、静電気でも食らったかのように軽い痛みが走ると同時に指先が弾かれた。

 

「どうやらこの肉体では『闇の帝王』だと認識されないようだ。やはり関係ない者の血を入れたせいか……」

 

 ヴォルデモートはガラス玉を覗き込み、そこに映る白いモヤを見る。

 

「我が君に予言が触れないのであれば、違う作戦を考えなくてはいけませんね」

 

 私はヴォルデモートの顔を見上げる。

 ヴォルデモートは私の頭に手を置くと、ガラス玉を見ながら言った。

 

「手はある。一度屋敷へと戻るぞ」

 

 次の瞬間、私の視界が暗転する。

 水道管に無理矢理詰め込まれるような感覚のあと、私は先程の死喰い人が集まる部屋の中に立っていた。

 

「わ、我が君! 先程出て行かれたばかりでは?」

 

 ルシウスがヴォルデモートと私を見ながら目を丸くしている。

 ヴォルデモートは不服そうな顔をしながら椅子に座ると、この場にいる全員に向かって言った。

 

「作戦変更だ。予言はハリー・ポッターに取らせる」

 

「ハリー・ポッター……で、ございますか。確かに奴でも予言には触れられますが……それはあまりにもリスクのある行為ではないかと愚考します」

 

 ルシウスは慎重に言葉を選びながらヴォルデモートに進言する。

 

「なに、手はある。下準備に少々時間は掛かるだろうが……」

 

 ヴォルデモートは死喰い人を見回すと私の肩に手を置いた。

 

「何も問題はない。サクヤはまさに生き写しだ。いいか、作戦を伝える──」

 

 ヴォルデモートの口から予言奪取の作戦が発せられる。

 私はそれを聞きながら自分の負担の大きさに内心辟易した。




設定や用語解説

ヴォルデモートの屋敷
 リトル・ハングルトンにある古い建物。周囲に住むマグルからはリドルの館と呼ばれている。

予言に触れないヴォルデモート
 サクヤの血が入っているため、別人扱いを受けてしまう。

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縫合とサンタと私

「で、興味本位で縫合を試してみたってわけですか」

 

 クリスマス当日の昼。

 私たちはムーディ、ルーピンの護衛のもと聖マンゴに入院しているアーサーの病室を訪れていた。

 

「傷口を針と糸で縫い合わせるなんて……アーサー、貴方は人形ではないのですよ!」

 

 モリーはベッドで横になっているアーサーを叱りつけている。

 なんでも蛇に噛まれた傷口に対してどうしてもマグルの医療を試したかったらしく、癒者と結託して傷口を縫合したらしいのだ。

 それでうまくいけばよかったのだが、結果としては大失敗。

 蛇の毒が縫合糸を溶かしてしまい、傷口がぱっくりと開いてしまったらしい。

 完全に説教モードに入ってしまったモリーの後ろで私とハリーとロン、ハーマイオニーは目配せしあう。

 そしてムーディに喫茶室に向かうと告げ、こっそり病室を後にした。

 

「まったく縫合だなんて……パパらしいけど」

 

 ロンは廊下を歩きながら呆れたような声を出す。

 

「一応マグルの医者の名誉のために言っておきますけど、普通の怪我では上手くいきますからね」

 

 ハーマイオニーは少し複雑な表情をしながら言った。

 私たちは六階にある喫茶室を目指して階段を上がっていく。

 五階まで上った時、ふとハリーが足を止めた。

 

「あの人……どこかで見たことあるような……」

 

 ハリーの言葉に、私たちは揃って五階の廊下に目を向ける。

 『呪文性損傷』の看板のすぐ下にその男性は立っていた。

 

「……あ、クラウチさんじゃない? ほら、国際魔法協力部でパーシーの元上司の」

 

 去年三大魔法学校対抗試合の運営の一端を担っていた魔法省の役人だ。

 確か息子のクラウチ・ジュニアに服従の呪文で操られていて、衰弱しているところを闇祓いに保護され、そして……。

 

「廃人になって魔法省を引退したって聞いてたけど、まさか聖マンゴに入院していたなんて」

 

 クラウチ・シニアは焦点のおぼつかない目で壁に手をつきながらふらふらと廊下を歩いている。

 どう見ても一人で病院内を彷徨いていい状態ではない。

 きっと何かの間違いで病室から出てきてしまったのだろう。

 

「こんにちはクラウチさん。私のことを覚えていますか?」

 

 私はクラウチ・シニアの前に立つと、にこやかに微笑みかける。

 クラウチ・シニアはやつれたシワだらけの顔をこちらに向けると、うめき声のような音を口から発した。

 

「そうですか。それは何よりです。っと、そんなことより、勝手に病室を出てはお癒者さんに怒られてしまいますよ。自分の病室がどこかわかりますか?」

 

 私はクラウチ・シニアに対し開心術を掛ける。

 ぐちゃぐちゃな思考で何を考えているか分かったものではないが、病室の場所ぐらいは見ることができた。

 

「サクヤ、この人って……」

 

「どうして入院しているのか。聞きたいことはそれ?」

 

 私はクラウチ・シニアの手を握って引っ張りながらハリーに問い返す。

 

「難しい話ではないわ。きっと一年もの間服従の呪文で操られ、酷使された結果、心が壊れてしまったんでしょうね。妻には先立たれ、息子は死喰い人として指名手配中。家で看病できる人もいないんでしょう」

 

 私はクラウチ・シニアの記憶にある病室を探しながらハリーに言った。

 

「っと、ここね」

 

 私はクラウチ・シニアの病室を見つけると、ドアノブに手を掛ける。

 だが、ドアノブを捻っても硬い手ごたえがあるだけで、扉が開くことはなかった。

 きっと扉に鍵が掛かっているのだ。

 私はクラウチ・シニアの手を離すと、時間を止めて杖を取り出す。

 そして扉についている鍵に対して鍵開けの呪文を使い、鍵が開いたことを確認してから時間停止を解除した。

 

「ちょっと立てつけが悪いわね」

 

 私は誤魔化すようにそう言うと、病室の扉を押し開ける。

 そこには、赤と白の暖かそうな服を着た……いや、言い方を変えよう。

 

 そこにはサンタ服を着た死喰い人のクラウチ・ジュニアが血まみれのナイフを片手に握りしめ立っていた。

 

 クラウチ・ジュニアは急に扉が開いたことに驚いていたようだったが、私たちの顔を見てすぐに平静を取り戻す。

 

「なんだ。お前らか。癒者か闇祓いかと思って無駄に驚いたじゃないか」

 

 クラウチ・ジュニアは小さく安堵の息をつくと、血まみれの手で髪をかき上げる。

 クラウチ・ジュニアの後ろには血だまりができており、その中に二人の男女が横たわっていた。

 いや、その二人だけではない。

 どのベッドを見回してもシーツやマットが赤く染まっており、血の匂いが部屋に充満している。

 どうやらクラウチ・ジュニアはこの病室いる全ての患者を刺し殺したようだった。

 私は形だけでもと思い杖を抜く。

 それを見て後ろの三人も慌てて杖を抜いた。

 

「こんなところで何をしているの? バーテミウス・クラウチ・ジュニア」

 

 私がその名前を呼ぶと、ハーマイオニーがハッと息をのむ声が聞こえてくる。

 そう、私はともかく、後ろの三人もクラウチ・ジュニアと初対面というわけではない。

 クラウチ・ジュニアは私たちが四年生の時にムーディに変装してホグワーツで闇の魔術に対する防衛術を教えていたのだ。

 

「何って、見たらわかるだろう? お前たちが連れているそいつ……俺の親父のお見舞いだよ。もっとも、お見舞いはお見舞いでもナイフをお見舞いしに来たってわけだが」

 

 クラウチ・ジュニアは手に持っているナイフをくるくると回す。

 

「だが、どうやら俺は相当運がいい。いや、あいつが殺せと、俺を導いたのかもな。我が君の怨敵、そしてあいつの仇であるロングボトム夫妻が親父と同じ病室だとは」

 

「ロングボトム夫妻……まさか、そこに倒れているのって……」

 

 私の後ろでハリーが呟く。

 クラウチ・ジュニアはそれを聞いてニヤリと口を歪ませた。

 

「お前の察しの通りだハリー・ポッター。あのドジでスクイブのネビル坊ちゃんのご両親だ。アズカバンに収監されているときから、こいつら二人のことがずっと気がかりだった。だが、これでようやくスッキリしたぜ」

 

 クラウチ・ジュニアはまっすぐ私の顔を見る。

 そして一瞬優し気な表情を浮かべると、私に対してナイフを向けた。

 

「だが、まだ俺の仕事は終わっちゃいない。サクヤ・ホワイト。お前が連れているそいつ、俺の親父をきちんとあの世に送り届けてミッションコンプリートだ」

 

 クラウチ・ジュニアはナイフを向けたまま私の方へと歩き出す。

 それを見てハリーとロンが私の前に飛び出し、杖をクラウチ・ジュニアに向けた。

 

「エクスペリアームス!」

 

 ハリーの武装解除呪文がまっすぐクラウチ・ジュニアに向かっていく。

 だが、クラウチ・ジュニアは少しだけ身を逸らすだけで武装解除呪文を避けると、手に持っていたナイフを投擲した。

 投擲されたナイフは鋭い風切り音と共に私の顔スレスレを掠める。

 そして私のすぐ後ろにいたクラウチ・シニアの額に深々と突き刺さった。

 

「ははっ! 命中!」

 

 クラウチ・ジュニアは余裕のある動きでローブから杖を取り出す。

 その時、私の後ろで間の抜けた声がした。

 

「あれ? ハリーに、ロンに、ハーマイオニー。それにサクヤも。なんでここにいるの?」

 

 私はクラウチ・ジュニアを視界の隅に捉えながら後ろを振り返る。

 そこにはネビルと、ネビルの祖母と思わしき老年の魔女が立っていた。

 

「ネビル! 来ちゃだめだ!」

 

 ハリーが慌ててネビルに叫ぶ。

 だが、ネビルの祖母はすぐに状況を理解したのか神業とも思える速度で杖を引き抜くと部屋の中に滑り込み、クラウチ・ジュニアに杖を突き付けた。

 

「クゥウウウラァァアアアウゥゥゥチィィィィイイイイイイ──ッ!!!」

 

 ネビルの祖母は部屋の惨状を見るや否や獣のような雄たけびを上げてクラウチ・ジュニアに突っ込んでいく。

 クラウチ・ジュニアはそれを見て満面の笑みを浮かべた。

 

「俺の裁判以来だなロングボトムのババア! とっくの昔にくたばったもんだと思ったぜ!」

 

「やはりお前はアズカバンなんぞに入れず、あの場で殺しておくべきだった!!」

 

 クラウチ・ジュニアとネビルの祖母との間で閃光が飛び交う。

 私はその攻防を目で追っていたが、怒りで我を忘れて攻撃しているネビルの祖母とは対照的に、クラウチ・ジュニアはどこか遊んでいるかのように楽しげだ。

 私はもう一度病室内を見回す。

 中にいる患者はクラウチ・シニア含め全員が死亡している。

 クラウチ・ジュニアの目的が自分の父親の抹殺だとしたら、目的は既に果たしているはずだ。

 下の階にいるムーディやルーピンが駆け付ける前にクラウチ・ジュニアを逃がした方がいい。

 私はクラウチ・ジュニアに対し叱りつけるような視線を送る。

 クラウチ・ジュニアはすぐにその視線に気が付いたのか、わかりましたよと言わんばかりに気まずげな表情を浮かべた。

 

「ルーモス・マキシマ!」

 

 クラウチ・ジュニアが呪文を唱えた瞬間、強い光が目を焼き一瞬周囲が見えなくなる。

 その時、バシッという姿くらまし特有の破裂音が聞こえ、視力が回復する頃にはクラウチ・ジュニアの姿は跡形もなく消え去っていた。

 

「──っ、逃げられた……いや、助かったと言った方がいいのかしら」

 

 私はしゃがみ込み、足元に転がるクラウチ・シニアの死体を調べる。

 クラウチ・ジュニアが投げたナイフはかなり深く突き刺さっており、頭蓋骨を貫通して脳にかなりの損傷を与えているように見えた。

 

「これじゃあもう助からないわ」

 

 私はそのまま視線を前方に向ける。

 そこには血溜まりの中に倒れ伏すロングボトム夫妻を見下ろすネビルの姿があった。

 

「ネビル……その、なんて言ったらいいか……」

 

 ハリーがネビルに近づいていき、オロオロとした視線を向ける。

 だが、ネビルは悲しげというよりかは困惑したような表情だった。

 

「正直、物心つく前から正気じゃなかったから、どんな顔していいかわからないんだ。わからないんだけど……」

 

 ネビルは誰に言うでもなく呟く。

 だが、その目からは自然と涙が出て溢れ、足元に広がる血溜まりと混ざり合った。

 

 

 

 

 

 数日後、ロングボトム夫妻の葬式がロングボトム家でひっそりと行われた。

 葬式の規模は決して大きくはなかったが、不死鳥の騎士団員以外にも多くの参列者が集まった。

 ロングボトム夫妻が生前どれほど慕われていたかがよくわかる。

 

「優秀な闇祓いだった。二人のお陰で命を救われた騎士団員は大勢いる」

 

 葬式が行われた日の夜。

 騎士団本部のダイニングでムーディは自分のスキットルから少しスコッチを煽ると、軽く顔を振った。

 私は懐中時計を取り出し、今の時間を確認する。

 現在時刻は深夜の二時半。

 もう殆どの者が寝付いており、ダイニングに残っているのは私とムーディだけだった。

 

「死喰い人に拷問されて聖マンゴに入院しているという話は聞いていましたが……一体何があったんです? 発狂するまで拷問されるなんて、ただ事じゃないですよね?」

 

 私は手元で懐中時計を弄りながらムーディに聞く。

 ムーディは話しにくそうに少し唸ったが、スコッチをもう一口煽ってから口を開いた。

 

「二人が死喰い人たちに捕まったのは例のあの人がハリー・ポッターに敗れた数日後だ。フランクとアリスはその時死喰い人の残党狩りに駆り出されていた。確かその時追っていたのはセレネ・ブラックとかいう死喰い人の魔女だ。二人は死喰い人を追い詰め、そして打ち破った。生きて捕えることはできなかったようだが……命がけの決闘だ。相手を殺していなかったら、殺されていたのは二人の方だろう。……そこまではよかった」

 

 ムーディは怒りをかみ殺すようにスキットルを傾ける。

 

「その現場にバーテミウス・クラウチ・ジュニアが現れたのだ。クラウチ・ジュニアは死喰い人との決闘で既に満身創痍だった二人に襲い掛かり、二人を捕えて死喰い人のアジトに監禁した。自分たちのご主人様を倒されたことに相当腹を立てていたのだろう。クラウチ・ジュニアやベラトリックス・レストレンジといった狂信的な死喰い人が腹いせと言わんばかりに二人を拷問したのだ」

 

「じゃあ、その拷問で二人は──」

 

「クラウチ・ジュニアやレストレンジが捕まり、二人は無事救出された。だが、長時間にわたる拷問に晒された二人の精神は無事では済まなかった」

 

 まあそうだろう。

 磔の呪文は人間に最大限の苦痛を与える呪文だ。

 数秒喰らうだけでも穴という穴から液体を垂れ流し、無様な姿を晒すことになる。

 

「それじゃあ、どうしてクラウチは今になって二人を殺害するようなことをしたのでしょうか」

 

「父親を殺しに来たついで……と言ったら言い方が悪いが、二人の殺害が主目的ではないことは確かだろう。バーテミウスという優秀な役人が復帰する前に殺しておきたかったのだろうな」

 

 確かにクラウチはあの病室に入院していた患者を全て殺していた。

 ロングボトム夫妻もその流れで殺されたと考えるのが自然だろう。

 だが、私の脳裏にクラウチの言葉が引っかかる。

 クラウチはあの時ロングボトム夫妻のことを『あいつの仇』と言っていた。

 『あいつ』というのは、ムーディが言っていた『セレネ・ブラック』のことだろう。

 魔法界でブラックと言ったらブラック家が真っ先に思い浮かぶ。

 まあ、ブラック家というのは魔法界ではかなり大きな一族だ。

 直系は私がシリウス・ブラックを殺したことによって途絶えたが、分家はかなりの数存在しているはずだ。

 

「結局、あの後クラウチ・ジュニアを捕えることは出来ていないんですよね?」

 

「相当用心深い性格だ。それに度胸もある。わしに成り代わって一年間もダンブルドアのすぐそばに潜むような男だ。そう簡単には捕まらないだろう」

 

 まあ、私としてはクラウチには捕まって欲しくはないが。

 近いうちにクラウチからも話を聞いてみたほうがいいかもしれない。

 私はわざとらしくあくびをすると、椅子から立ち上がった。

 

「そろそろ寝ます。ムーディさんもお酒はほどほどに……」

 

「余計なお世話だ」

 

 私は小さく肩を竦めると、ダイニングを後にする。

 そして自分の部屋へと続く階段を上り始めた。




設定や用語解説

入院中のクラウチ・シニア
 原作では五月にホグワーツの禁じられた森で殺されている。今作では対抗試合の代表選手がハリーではなくサクヤだったので、第二の課題のヒントが隠されている卵を開けるために監督生用の浴場に深夜に忍び込むこともなく、帰り道に忍びの地図でクラウチの名前を見ることもなく、クラウチ・ジュニアが忍びの地図の存在を知ることもなかったため、クラウチ・ジュニアがわざわざホグワーツへクラウチ・シニアを呼び寄せて殺すということはしなかった。

クラウチ・ジュニアの本来の任務
 本来は無言者のブロデリック・ボードの口封じが任務だが、目的の秘匿のために自分の父親を殺しに来たということにした。

セレネ・ブラック
 第一次魔法戦争で猛威を振るった魔女。魔法薬のスペシャリストであり、最もヴォルデモートと距離の近かった死喰い人。

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デートと折れた杖と私

 クリスマス休暇が終わりホグワーツで授業が始まったが、聖マンゴが何者かに襲撃されたという話は既に学校中の生徒が知っていた。

 まあ、日刊予言者新聞にも記事が掲載されたし、当たり前と言ったら当たり前なのだが。

 だが、犯人がクラウチ・ジュニアであるということを知っている生徒は少ない。

 というのも、魔法省は犯人がクラウチ・ジュニアであると認めていないからだ。

 魔法省の見解ではクラウチ・ジュニアはアズカバンの牢獄内で既に死亡している。

 今現在クラウチ・ジュニアが生きている、それもアズカバンから脱獄しているというのは魔法省としても認めたくないのだろう。

 そして、休暇明けすぐにハリーの閉心術の訓練は始まった。

 訓練を担当しているのは閉心術のスペシャリストであるスネイプだ。

 スネイプはヴォルデモートでも心を読むことができないほど固く心を閉ざすことができる。

 ハリーとスネイプの仲は決して良くはないが、閉心術の訓練をするのだったらそれぐらいの方が都合がいいのだろう。

 さらに言えば、訓練が始まったのはハリーだけではなかった。

 二月に行われるグリフィンドール対ハッフルパフのクィディッチの試合に向けてグリフィンドールのクィディッチチームはフルスロットルで練習を始めた。

 シーカーがハリーから私に代わっただけではなく、連携が必須なポジションのビーター二人も新しくなっている。

 そのため練習の殆どはチェイサーとビーターの連携がメインで、私はチームメイトが練習している中、一人スニッチを追いかけるという行為を繰り返していた。

 

「最悪だ。酷いもんだよスネイプの授業は」

 

 グリフィンドールチームのクィディッチの練習終わり。

 私は私のコーチをしてくれているハリーと共に大広間へ向けて歩いていた。

 早く行かないと夕食の時間が終わってしまう。

 私は少し早足になりながらハリーの愚痴に返答する。

 

「酷いって、どういうふうに? まあ、貴方たち仲が悪いからあまりいい雰囲気で閉心術の授業を受けられているとは思えないけど」

 

「アレとの個人授業を受けるぐらいなら尻尾爆発スクリュートの方がマシさ」

 

「そりゃ相当酷いわね」

 

 基本的に閉心術の訓練は、開心術を拒絶するという行為を何度も繰り返し、体に慣れさせるというものだ。

 つまりは相手を拒絶する思いが強ければ強いほど閉心術というのは成功しやすい。

 

「そういう意味では相性抜群なはずなんだけど……」

 

「どこがさ!」

 

 ハリーはイライラしながら道端に落ちている石を蹴る。

 

「いい? 大切なのは拒絶よ。つまり相手のことが嫌いであればあるほど閉心術は成功しやすいの」

 

「それはわかってるつもりなんだけど……」

 

「だとしたら後は慣れの問題ね。訓練を積むしかないわ」

 

 私がそういうと、ハリーは項垂れる。

 何にしても、嫌だといって訓練をサボっていては、身につくものも身につかないだろう。

 

「とにかく、例のあの人に心を読まれたくなかったら、しっかり個人授業に出て閉心術を習得すること。それに、閉心術は覚えておいて損はない技術よ。特にここ魔法界ではね」

 

 私たちは大広間に入ると並んでグリフィンドールのテーブルへ座る。

 そして少し遅めの夕食を慌てて食べ始めた。

 

 

 

 

 

 

 忙しくしているうちにあっという間に一月は過ぎ去り、クリスマス休暇が明けてから一か月が経過した。

 相変わらず私は学業とクィディッチの練習に追われていたが、それだけにかまけてはいられない。

 私はグリフィンドールの掲示板に掲示された次のホグズミード行きの日程を確認する。

 

「二月の十四日……バレンタインデーか」

 

 だったら、なおさら都合がいい。

 私は暖炉のそばで変身術の宿題に苦戦しているハリーに目を向けると、笑顔を作って近づいた。

 

「次のホグズミード行きの日程が出たみたい」

 

 私は羊皮紙の上で羽根ペンを走らせるハリーの横へ座る。

 

「へー、一体いつだい?」

 

 ハリーは羊皮紙から目を離すことなく返した。

 

「二月の十四日、バレンタインデーよ」

 

 バレンタインデーと聞いて、一瞬羽根ペンを動かす手が止まる。

 だが、ハリーは動揺を隠すようにすぐに宿題を再開した。

 

「ふ、ふーん」

 

「ねえ、ハリーはバレンタインデー、用事あったりするの?」

 

 私はハリーの耳元で囁く。

 その瞬間、ハリーの耳が少し赤くなった。

 

「いや、特には……でも、ホグズミード行きの日だし、いつもの四人で回るんじゃない?」

 

「それが、ロンとハーマイオニーは監督生の集会があるせいで別行動なのよね……」

 

「え? それじゃあ……」

 

 ハリーの羽根ペンを動かす手が完全に止まる。

 私は周囲に誰もいないことを確認すると、またハリーの耳元で囁いた。

 

「二人きりで回りましょ? ホグズミード」

 

 ポトリとハリーの羽根ペンが机の上に落ちる。

 

「え、でもあのその……いいのかい?」

 

「いいって何がよ? 誰かの許可がいるの?」

 

「いやその、仮にもバレンタインだしさ」

 

「あら、先客がいた?」

 

 ハリーは私の問いに対し、千切れんばかりに首を横に振る。

 

「でしょ? 私もどうせ暇だし。デートしましょ、デート」

 

 私はハリーの背中を軽く二回叩く。

 

「楽しみにしてるわ。約束すっぽかさないでよ?」

 

 そしてハリーに対してにこやかに微笑むと、そのまま女子寮へと上がった。

 

 

 

 

 バレンタインデー当日。

 私はハリーと二人でホグズミード村に来ていた。

 ロンとハーマイオニーの二人はいない。

 私とハリー二人きりだ。

 

「どこから回ろうかしら。ハリーはどこか行きたい場所はある?」

 

「えっと、あの……どこでも、どこでも大丈夫だよ!」

 

「どこでもって……それが一番困るのよねぇ」

 

 ハリーはしどろもどろになりながらも私に対してぎこちなく微笑む。

 私はそんなハリーに対して微笑み返すと、マダム・パディフットの店を指さした。

 

「なら、あの店にしない? 外は結構寒いし、何か温かいものでも飲みましょう?」

 

「え? あ、えっと……うん、そうだね」

 

 マダム・パディフットの店と言えばカップル御用達の店として有名だ。

 口には出していないが、バレンタインデーに男女二人でマダム・パディフットの店に入るというのは、つまりはそういうことなのだ。

 そう、私は今ハリーとのデートを演出している。

 勿論、ハリーには何も伝えていない。

 きっとハリーはこの外出中に告白でもされるんじゃないかとドギマギしていることだろう。

 私とハリーは喫茶店の中に入ると、窓際にある二人掛けのテーブルに座る。

 ハリーはテーブルにつくなり恥ずかしそうにメニューで顔を隠した。

 

「何を注文しましょうか。実を言うと、私この店入るの初めてなのよね。何か美味しそうなものはある?」

 

 私は半分立ち上がるような体勢でハリーが見ているメニューを覗き込む。

 ハリーは急に近づいてきた私の顔を一瞬だけ見て、更に顔を赤くした。

 

「こ、これとかいいんじゃないかな?」

 

 ハリーはメニューにあるパスタを指さす。

 

「あら、いいじゃない。ならそれにしましょうか」

 

 私は軽く手を挙げて店員を呼ぶと、ハリーが選んだパスタと飲み物を注文した。

 

「それにしても、こうして二人きりで出かけるのっていつぶりかしら。いつもはハーマイオニーやロンも一緒だし」

 

「そ、そうだね。結構久しぶりだとは思うけど──」

 

「ふふ、やっぱりこうして二人だけで出かけると特別感があっていいわね」

 

 私はもう一度ハリーに対して微笑む。

 これで堕ちない男はいないだろう。

 ハリーはゆでだこのように顔を赤くすると、言葉が出てこないと言わんばかりに口をパクパクさせた。

 実にわかりやすい。

 私はそんなハリーの表情を楽しみながら料理が来るのを今か今かと待った。

 

 

 

 

 

 それから数時間、私は精いっぱいハリーとのデートを演出した。

 ハニー・デュークスでお菓子を買い漁ったり、ゾンコの店で買いもしない悪戯グッズを眺めたり。

 傍から見たらそれはそれはラブラブなカップルだったことだろう。

 

「今日は楽しかったわ。久しぶりに羽を伸ばせたって感じ」

 

 私は少しずつ人の少ない路地へと近づきながら、腕を伸ばして大きく伸びをする。

 

「うん、そうだね。楽しかった」

 

「ねえ、最後に少し寄り道しない?」

 

 私は懐中時計を確認しながらハリーに小声で言う。

 

「え? う、うん。いいけど……どこに行くの?」

 

「……大切な話があるの。できるだけ、誰にも聞かれたくない」

 

 私はハリーの顔をじっと見つめる。

 ハリーはついに来たかと言わんばかりに曖昧に微笑むと、ぎこちなく頷いた。

 

「だ、大切な話? 君から、僕に?」

 

「そう。私から貴方へ」

 

 私はハリーの手を掴むと、村の外れへとハリーを引っ張っていく。

 ホグズミードの大通りからは結構離れているので、近くに人の気配は全くしなかった。

 

「そ、それで……大事な話って?」

 

 そんなハリーの問いに対し、私はハリーの鼓動が聞こえそうな距離まで近く。

 そして、半ば抱きつくような姿勢で、ハリーの目を見て言った。

 

「私、初めて会った時から貴方の──」

 

 そこまで口に出し、私はそのままハリーの肩を掴んで地面に押し倒す。

 

「何を──」

 

 ハリーは何が起きたかわからないといった様子で目を白黒させていたが、次の瞬間私の頭上を緑色の閃光が通り過ぎるのを見て表情を固くした。

 ハリーはこの閃光がどのような呪いかよく知っているはずだ。

 そう、反対呪文が存在しない絶対呪文、『アバダ・ケダブラ』死の呪いだ。

 私はすぐにハリーの上から転がり落ちるように立ち上がると、杖を引き抜いて閃光が飛んできた方向を向く。

 そこに立っていたのはハッフルパフ生のセドリック・ディゴリーだった。

 セドリックは杖を構えたままゆっくり私たちに近づいてくる。

 

「止まりなさい!」

 

 私は大声で警告するが、セドリックは聞こえていないかのように歩を進める。

 

「あの方のために殺さなければならない……あの方のために殺さなければならない……」

 

「あの方? なんにしても、正気じゃないわね」

 

 私は倒れているハリーの状況を確認し、セドリックに向けて武装解除の呪文を放つ。

 私の杖から放たれた赤い閃光は真っ直ぐセドリックの右手へと飛んでいったが、寸前で盾の呪文によって弾かれた。

 

「──のために……、──のために……、──のためにっ!!!」

 

 次の瞬間、消えたと錯覚するほどの速度でセドリックが私との距離を詰める。

 そしてそのまま捨て身とも取れる勢いで私にぶつかった。

 

「──ッ!!」

 

 体の大きなセドリックの体当たりをまともに食らった私は、そのまま地面に押し倒される。

 先程まで握っていたはずの杖も数メートル先に転がっており、私の短い手じゃどう頑張っても届きそうにない。

 

「あの方のために殺さなければ──」

 

 セドリックはそのまま私に馬乗りになり、私の額に杖を押し付ける。

 

「サクヤッ!」

 

 ハリーの叫び声が聞こえるが、ハリーが立ち上がってこちらに駆けつけるよりも先にセドリックの死の呪文が私の頭を貫くほうが早いだろう。

 私は咄嗟に手元にあった石を握り込むと、セドリックのこめかみを思いっきり殴りつける。

 痛覚が完全に切れているわけではないのか、セドリックは殴られた方向に一瞬グラついた。

 私はその一瞬の隙を突いてセドリックの杖をへし折ると、もう一度強い力でセドリックの頭を殴りつける。

 だが、セドリックは止まらない。

 杖が折れたことなどお構いなしで、折れた杖を私の心臓めがけて振り下ろす。

 私はギリギリのところでその杖を払い除けると、折れた杖の先端を拾いセドリックの耳に突き立てた。

 

「これで──」

 

 私は耳に刺さった杖にダメ押しと言わんばかりに石を打ち付ける。

 

「終わりよ!」

 

 その衝撃で折れた杖の先端はセドリックの鼓膜を突き破り、脳を破壊した。

 耳から杖を生やしたセドリックは何回か痙攣すると、そのまま力なく私の上に覆い被さってくる。

 

「はぁ……はぁ……ふぅ」

 

 私はセドリックの死体を自分の上から退かすと、体についた土や雪を払い落とした。

 

「ハリー、怪我はない?」

 

「う、うん。サクヤは?」

 

「大きな怪我はないわ」

 

 私はハリーの無事を確かめると、自らの体に大きな怪我がないことを確認する。

 そして少し遠くに落ちていた自分の杖を拾い、足元に転がるセドリックの死体を見下ろした。

 

「……正当防衛よね?」

 

 私はハリーに問いかけるが、ハリーは呆然とセドリックの死体を眺めているだけだった。

 

「何にしても、すぐにホグワーツの先生に伝えないといけないわ。ハリー、貴方確か守護霊の呪文使えたわよね?」

 

「ああ、うん」

 

「ダンブルドア先生を呼び出して頂戴。私たちはここを離れるべきじゃないわ」

 

 本来なら私が守護霊を送るべきなんだろうが、生憎私は守護霊の呪文が使えない。

 どうも守護霊の呪文は闇の魔法使いと相性が悪いらしい。

 私に魔法を教えたロックハートやクラウチ・ジュニアはまさしく闇の魔法使いだったので、その教え子の私も守護霊の呪文が使えないのだ。

 ハリーは震える手で杖を抜くと、大きく深呼吸をしてから呪文を唱える。

 

「エクスペクト・パトローナム!」

 

 その瞬間ハリーの杖先から銀色の大きな牡鹿が飛び出し、ホグズミードの建物を飛び越えて城の方向へと消えていった。

 私はハリーの守護霊を見送ると、小さくため息を吐く。

 

「サクヤ、セドリックはもう……」

 

「ええ、死んでるわ。私が殺した」

 

 私はセドリックを見下ろしながら言う。

 

「でも、どうしてセドリックはサクヤを……」

 

「私をってよりかは、私たちを……でしょうね。あくまで予想でしかないけど、きっと服従の呪文で操られていたんだと思うわ」

 

 セドリックは耳から中途半端に杖を生やした状態で地面に倒れ伏し、ピクリとも動かない。

 私は近くに置いてあった木箱に腰掛けると、頭を抱えて大きくため息をついた。

 

 

 

 

 ハリーが守護霊を送ってから一時間もしないうちにダンブルドアがマクゴナガルとスネイプ、スプラウトを引き連れて現れた。

 ダンブルドアは現場を見ると、セドリックはスネイプに任せて真っ直ぐ私の元へと近づいてくる。

 私は伏せていた顔を上げ、目の前のダンブルドアの顔を見た。

 

「一体何があった?」

 

 ダンブルドアは真っ直ぐ私の目を見てそう聞く。

 きっと私の心を読もうとしているのだろう。

 私は意識してしっかり心を閉じると、声を震わせながら言った。

 

「セドリックが私たち二人を殺そうとして、私がセドリックを殺しました」

 

 ダンブルドアは確認するようにハリーを見る。

 ハリーはダンブルドアの視線に気がつき、小さく頷いた。

 私はセドリックの死の呪いを避けてからの一連の状況をダンブルドアに話して聞かせる。

 ダンブルドアは黙って私の説明を聞き、時折何かを確認するようにセドリックの方を見た。

 

「事情はわかった。ひとまず、ホグワーツ城へ戻ろうかの」

 

 ダンブルドアは杖を一振りしてセドリックの遺体を大きな布で包む。

 私は腰掛けていた木箱から立ち上がると、ダンブルドアの先導のもとホグワーツへの帰路についた。




設定や用語解説

ハリーとデートするサクヤ
 第三者から見てもあまり違和感のない光景。「へー、やっぱりあの二人付き合ってたんだ」ぐらいの印象しか抱かれない。

アバダケダブラ(物理)
 トロールの時といい脳破壊が大好きなサクヤちゃん。実はかなり間一髪な状況。

守護霊の呪文が使えない
 サクヤは闇の魔法使い(仮)なので守護霊の呪文は使えない。というか、使おうとすらしていないというのが正しい。

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留置所と裁判と私

 城に戻った私たちは談話室へは戻らず直接校長室へ来ていた。

 セドリックが何者かに操られていたというのも大きな問題だが、一番の問題は私が正当防衛とはいえホグワーツの生徒を殺したことだ。

 

「スプラウト先生はエイモス・ディゴリーにフクロウを送ってくだされ。スネイプ先生はセドリック君の遺体の処理を。マクゴナガル先生は魔法省に早急に報告を」

 

 ダンブルドアの指示を聞き、教員たちはバタバタと校長室を出ていく。

 私はダンブルドアとハリー以外が校長室を出ると同時に口を開いた。

 

「隠蔽はしない……ということですね」

 

 ハリーは私の言葉の意味がわからなかったのか首を傾げたが、ダンブルドアは深刻な表情で頷いた。

 

「ホグワーツの生徒が一人死んだのじゃ。隠すことは難しい。サクヤ、お主の判断は決して間違ってはおらんかった。おらんかったが……よくない状況なのは確かじゃろう」

 

 私は腕を組むと、校長室の壁に背中を預ける。

 

「セドリックが死喰い人に操られていたのだとしたら、セドリックも君も被害者じゃ。それを立証できればサクヤが罪に問われることはない。一つ問題があるとすれば、魔法省はこれを口実になんとしても君をホグワーツから追い出そうとするじゃろう。最悪、アズカバン送りの判決を出す可能性だってありうる」

 

「そんな! だってサクヤは正当防衛じゃないか!」

 

 ハリーが声を上げるが、そんなことは私もダンブルドアもわかっている。

 今重要なのは魔法省に対して付け入る隙を与えてしまったことだ。

 

「ドローレス・アンブリッジ……あの高等尋問官がここに令状を持ってやってくるのは時間の問題じゃろう。彼女はサクヤの身柄を闇祓いに引き渡すようにと交渉してくるはずじゃ」

 

「……先生としては、それに応じるつもりで?」

 

 ダンブルドアは少し顔を伏せて黙り込む。

 私はそんなダンブルドアの顔を見て言った。

 

「引き渡してください。下手に抵抗しないほうがいいでしょう。魔法省も、まだ何もわかっていない段階では私に手出しはできないはずです。裁判もせずに私をアズカバンに叩き込んだりはしないでしょう。魔法省としても、正式な手続きを踏んで私を罪人にしたいはずです。それに──」

 

 私は混乱している様子のハリーに微笑みかける。

 

「私の無実はハリーが証言してくれるはずです」

 

 ダンブルドアは何かを決意するように頷くと、私の肩に軽く触れる。

 

「わしは一体誰が、いつセドリック・ディゴリーに服従の呪文を掛けたのか調べることにする。君が拘束され、裁判に掛けられるまで一週間はあるじゃろう。それと、キングズリーとニンファドーラにも連絡を飛ばしておこう」

 

 シャックルボルトとトンクスは現役の闇祓いだ。

 同じ闇祓いに拘束されるにしても、騎士団の仲間に拘束されたほうが些か気分は楽だろう。

 私が頷くと、ダンブルドアは不死鳥であるフォークスを手元に呼び、羊皮紙を持たせ宙へと放つ。

 フォークスは校長室をぐるりと一周回ると、紅く燃え上がり虚空へと消えた。

 

 

 

 

 

 ダンブルドアの予想通り、マクゴナガルが魔法省に連絡をしてから一時間もしないうちに魔法大臣であるコーネリウス・ファッジがアンブリッジと闇祓いを二名ほど引き連れて校長室を訪ねてきた。

 アンブリッジは私とハリーが校長室にいることを確認し、表情をにやつかせる。

 逆にファッジはどこかホッとした様子でダンブルドアに話しかけた。

 

「マクゴナガル先生から連絡を受けた時は何事かと思ったが……何にしても、そこにいるサクヤ・ホワイトには殺人の容疑が掛かっている。魔法省に身柄を引き渡してもらうぞ」

 

 ファッジはそう言うと後ろで控えていた闇祓い二名に指示を出す。

 闇祓いのうち、一人は白髪頭の見覚えのない魔法使いだったが、もう一人は騎士団員でもあるシャックルボルトだった。

 

「杖は預かる。その代わりに拘束具はつけない。いいかな?」

 

 白髪頭の闇祓いは落ち着いた声色で諭すように私に言う。

 私は一瞬だけシャックルボルトに視線を飛ばすと、ローブの中から真紅の杖を取り出し、白髪頭の闇祓いに渡した。

 

「いい子だ。大丈夫。手荒なことはしないよ。こんなことになって不安だろうが……心配いらないから──」

 

「ドーリッシュ、余計なことは言うな」

 

 白髪頭の闇祓いに対してファッジが鋭く言う。

 アンブリッジはエヘンと変な咳を一つすると、にやついた表情のままファッジに言った。

 

「いつかこのようなことになるんじゃないかと、常々思っていましたのよ? この子は優秀ですけど……でもそれ以上に獰猛で、凶悪な心の持ち主ですわ」

 

「違う! サクヤは襲われたから仕方なく──」

 

「それが真実である保証はどこに? ん? ないのでしょう?」

 

 ハリーが咄嗟に反論するが、アンブリッジは聞く耳を持たない。

 私は嗜めるような視線をハリーに向けると、そのままドーリッシュと呼ばれた闇祓いの側へと移動した。

 

「コーネリウス、一時的に生徒を預ける」

 

「そうなることを私も願っているよ」

 

 ファッジは冷ややかな目でダンブルドアを見ると、用は済んだと言わんばかりに校長室から出ていった。

 私はドーリッシュとシャックルボルトに左右を固められる形でファッジの後を追う。

 そのままホグワーツの玄関ホールまでやってくると、アンブリッジが小さな声で私に囁いた。

 

「もう二度と帰ってくることはないでしょうから、今のうちに母校にお別れを告げておきなさいね」

 

 それじゃあ、私はここで、とアンブリッジは玄関ホールで立ち止まる。

 私はそんなアンブリッジを一瞬だけ睨みつけると、そのままホグワーツ城を後にした。

 

 

 

 

 闇祓いに身柄を拘束された私は何度かの付き添い姿くらましの末、石造りの小さな部屋へと案内された。

 部屋の中には簡素なベッドと机が置かれており、奥には洗面所に続くのであろう扉が一つある。

 

「裁判までの間、君にはここで生活してもらう。食事は一日三回。トイレやシャワーは奥の扉の先だ」

 

 私をここまで案内した闇祓いは簡潔にそう説明するとガシャリと鍵を掛けて部屋を出ていった。

 

「口には出さなかったけど、典型的な留置所よね」

 

 私は改めて部屋の中を見回す。

 壁に窓はなく、入ってきた扉にも小さな鉄格子の覗き窓が一つあるだけ。

 部屋の隅に大人用のベッドが一つ、その近くに机と椅子。

 清掃は行き届いており不潔さは感じないが、決して設備が新しいとは言えなかった。

 私はローブを脱ぎ、机の上に放り投げる。

 ホグワーツでは杖を、そしてここに入る直前に衣服以外の持ち物は全て没収された。

 まあ、私が普段持ち歩いている何でも入る鞄は寮に置きっぱなしのため、取られてはいないが。

 私はベッドに腰掛けると、靴を脱ぎ捨て力なくベッドに倒れ込む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、心の中で大きくガッツポーズをした。

 

 ここまで、全て私の計画通りに事態が進んでいる。

 セドリック・ディゴリーに服従の呪文を掛けたのは他でもない、私だ。

 私はセドリックを操り、私とハリーを殺すように仕向けた。

 私はそれに抵抗し、やむなくセドリックを殺害する。

 魔法省とダンブルドアの関係から、魔法省は私の殺人を口実に私を貶めようとするだろう。

 流石に裁判無しでアズカバンに収監するようなことはしないだろうが、合法的に有罪にするためにあらゆる手段を講じるはずだ。

 私が不利になるように仕組んだ裁判を行い、少なくともホグワーツ退学、そして可能ならアズカバン収監、ダンブルドアの失脚も狙ってくるだろう。

 まあ、それに関しては割とどうでもいい。

 裁判の結果など私には知ったことではない。

 重要なのは裁判で正当防衛を証言するのがハリーであるということだ。

 私はあの時、私とハリーが一緒にいるタイミングでセドリックに襲わせた。

 私の正当防衛を法廷で証言できるのはハリーだけだ。

 そう、私の……私たちの目的はハリーを魔法省に呼び出すことである。

 裁判が始まるギリギリのタイミングで私はルシウスの手引きで神秘部にある予言の間へと移動する。

 そしてヴォルデモートがハリーに私が尋問されている姿を送りつけ、ハリーを神秘部へ誘導。

 私を人質としてハリーに予言のガラス玉を取らせ、私の身柄と交換させるのだ。

 予言さえ手に入れば魔法省に用はない。

 私とハリーを残し、死喰い人たちは退散する。

 私は決して柔らかくはないベッドの上で寝返りを打つと大きな欠伸をした。

 何にしても、ここまでミスはないはずだ。

 あとは裁判が行われるその日まで、自堕落に惰眠を貪ることにしよう。

 

 

 

 

 結局、私が拘束された日から裁判の日まで食事を運んでくる魔女以外、この部屋を誰も訪れなかった。

 トンクスやシャックルボルト辺りは顔を出すかと思っていたが、きっとファッジ辺りが私に欠片も情報を与えないように手を回したに違いない。

 

「サクヤ・ホワイト。裁判の時間だ」

 

 扉越しに聞き覚えのある声が聞こえてくる。

 私は軽く身なりを整えてローブを羽織ると、一週間ぶりに開かれた扉から部屋の外に出た。

 そこに立っていたのはバーテミウス・クラウチ・ジュニアだった。

 クラウチは私の顔を見てニヤリと笑うと、杖や小物を私に手渡す。

 私は杖や懐中時計、ナイフなどをローブに仕舞いながらクラウチに軽口を飛ばした。

 

「直接貴方が来るとは思っても見ませんでした。職員を服従の呪文で操ってとか、リスクの低い方法はいくらでもあるでしょうに」

 

「なに、俺にとってはこれが一番リスクが少ない。ダンブルドアを一年近く騙し続けたという実績付きだ」

 

 クラウチは不敵な笑みを浮かべると、小さな小瓶を振ってみせる。

 そしてその中身を一気に飲み干した。

 その瞬間、整った顔立ちをしているクラウチの顔がぐにゃりと歪み、形を変え始める。

 そしてものの数秒もしないうちに闇祓いのドーリッシュと瓜二つの顔になった。

 

「さて、魔法省に向かおう。俺がサクヤを引き連れているところを魔法省の役人の何人かに見せておいた方がいい」

 

 クラウチは私の手を握り、付き添い姿くらましをする。

 視界が暗転し、地面に足がついた時には私は大きなエントランスのような場所に立っていた。

 壁の両側には暖炉が幾つも設置され、ひっきりなしに魔法使いが出たり入ったりしている。

 ホールの真ん中には大きな噴水があり、魔法使いやケンタウルス、小鬼などの像が飾られていた。

 

「こっちだ」

 

 クラウチはそんな光景には目もくれず私の二の腕をガッチリと掴みながら早足でエントランスを進んでいく。

 そして奥にあったゲートを半ば顔パスで通過すると、その先にあるエレベーターに乗り込んだ。

 

「裁判は魔法法執行部がある地下二階で行われる予定だったが、十分前に場所が変更になった。裁判が行われるのは地下十階の十号法廷だ」

 

「証人を間に合わせないように魔法省が手を打ったわけですね」

 

「そういうことだ。そして、我々はそれを利用する」

 

 クラウチがエレベーターのボタンを押すと、エレベーターはガチャガチャ音を立てて下降し始める。

 その後すぐにエレベーターは止まり、扉が開いた。

 

「時間通りだな」

 

 そこで待っていたのはロドルファス・レストレンジとベラトリックス・レストレンジのレストレンジ夫妻だった。

 クラウチはエレベーターから降りると、私の方を向く。

 

「ハリー・ポッターの髪は抜いてきたか?」

 

 クラウチに言われて、私は服の下から一本の癖っ毛を取り出した。

 セドリックの死の呪いを避けるためにハリーを押し倒した時にこっそり抜き取っていたものだ。

 私はそれと合わせて自分の髪を一本引き抜く。

 そしてその二本をクラウチに渡した。

 クラウチはハリーと私の髪をそれぞれポリジュース薬の入った小瓶に入れ、目の前の二人に渡す。

 レストレンジ夫妻は何の躊躇いもなく小瓶の中身を飲み干すと、互いの服に変身術を掛け合い、私とハリーそっくりに変装した。

 

「よし、ベラトリックスは俺と一緒に地下十階に降りる。ロドルファスはエレベーターが帰ってきたらエントランスに上がり、隙を見てハリー・ポッターと入れ替わる」

 

「ええ」

 

「ああ」

 

 偽物の私とハリーがそれぞれ返事をする。

 

「サクヤ、お前は神秘部へ向かい、予言の間へ向かえ。そこに我が君とマルフォイ、マクネア、ドロホフの四人がいる筈だ」

 

 私はクラウチの言葉に頷くと、神秘部の奥へと歩き出す。

 予言の間まではヴォルデモートと一緒に一度通ったことがあるので道に迷うことはないだろう。

 私は神秘部入口の扉を抜けた瞬間に時間を止め、円形の部屋にある扉を順番に開け始めた。

 

 

 

 

 様々な時計が置かれた部屋を通り過ぎ、予言の間に入った私は目当ての予言が保管されている九十七番の棚へと向かう。

 そして周囲に誰もいないことを確かめると時間停止を解除し九十七番の棚の奥へと進んだ。

 

「待っていたぞ、我が娘よ」

 

 そこにはクラウチの言葉通り、ヴォルデモートと、ドラコの父親であるルシウス・マルフォイ、そして危険動物処理員会で処刑人をしているワルデン・マクネアとアントニン・ドロホフが立っていた。

 

「ここまでは計画通り。あとはハリー・ポッターの少しの勇気に期待しよう」

 

 ヴォルデモートはそう言うと、杖を引き抜き、目を瞑って集中し始める。

 私はルシウスへ近づき、後ろを向いて手を交差させた。

 

「優しくお願いしますね」

 

「善処致します。ご息女様」

 

 ルシウスは杖を抜くと、私の手首に軽く当てる。

 その瞬間、ロープのようなものが私の手首にまとわりつくような感覚が走った。

 少し手を動かしてみるが、隙間なくきっちりと縛られている。

 だが、血液が止まっているような感覚はない。

 

「さて、あとはハリーが駆け付けるのを待つだけですね」

 

 私は瞑想を続けるヴォルデモートを見る。

 きっと今頃、私が拷問されている光景でもハリーに送りつけているのだろう。

 あとは、私のヒーローが助けに来るのを待つだけだ。

 

 

 

 

 

 ハリーが予言の間に到着したのはそれから三十分が過ぎた頃だった。

 私が犯した殺人の裁判は既に始まっている。

 まだ騒ぎになっていないところを見るに、レストレンジ夫妻は上手く代役を務めているようだ。

 

「ハリー! 来ちゃダメ!!」

 

 私は息を切らせて登場したハリーに対して悲痛に叫ぶ。

 その叫び声を聞いてドロホフが汚らしく笑った。

 まったく、死喰い人じゃなく役者でもやっていた方がいいんじゃないだろうか。

 

「サクヤ! ……サクヤを離せ!」

 

 ハリーは杖をまっすぐヴォルデモートに向けて叫ぶ。

 それを見てルシウスが私の頭に杖を突き付けた。

 

「赤子の時に会って以来だなハリー・ポッター。生き残った男の子、魔法界の英雄よ。その気高き勇気に称賛を送ろう。いや、蛮勇かな?」

 

 ヴォルデモートは私の首に指を絡ませると、頸動脈のあたりを優しく撫でる。

 

「ハリー……なんで一人で……いくらでも助けを呼べたはずなのに……」

 

 私は目に涙を浮かばせる。

 それを聞いてヴォルデモートが声をあげて笑った。

 

「なんで一人か、簡単だ。私がそうするように指示した。一人で神秘部の予言の間に来いとな。私はいつでも貴様の最愛の人物を殺せるぞと」

 

 ヴォルデモートがそう言うと同時に、ハリーが拳を握りしめる。

 

「ああ、だから、言われた通り一人で来たぞ。さあ、サクヤを離せ! お前が欲しいのは僕の命だろう? サクヤは関係ないはずだ」

 

「ハリー。ああ、ハリーハリーハリー! 貴様が賢い子供で本当に何よりだ。リリー・ポッターは穢れた血だったが、優秀な子供を授かったな」

 

 ヴォルデモートは顔を歪ませ、ハリーを煽る。

 だが、すぐに真剣な表情に戻ると、首を振った。

 

「だが、違うな。この小娘と交換するのは貴様の命ではない。ここだ、ここまでこい」

 

 ヴォルデモートは予言が収められたガラス球を指し示す。

 

「この小娘の命はそこのガラス球と交換だ。確かに貴様をここで殺しておくのもいいだろう。だが、そんなことはいつでもできる。私は欲張らない主義でね」

 

 ハリーは杖を構えたままゆっくりとガラス球に近づくと、ヴォルデモートから視線を外さないようにしながら左手でガラス球を取る。

 そしてすぐに距離を取った。

 

「まずはサクヤを離せ!」

 

「そう慌てるな。約束を違える私ではない。ほら、貴様はもう用済みだ」

 

 ヴォルデモートは私の背中を叩くように押す。

 私は前のめりに地面に倒れこむと、そのまま地面を這うようにハリーのもとへと向かった。

 

「ハリー……、あぁ、ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

 私は両目から涙を溢れさせながらハリーに縋りつく。

 ハリーはヴォルデモートから私を守るように立ちはだかると、ガラス球をヴォルデモートに投げ渡した。

 ヴォルデモートは器用に左手でガラス球を受け止め、大切そうにローブの中に仕舞い込む。

 そしてそのまま私たちの横を通り過ぎて九十七番の棚から去っていった。

 ヴォルデモートたちは法廷を襲撃し偽物のハリーと私を回収したあと、手当たり次第に攻撃しながら魔法省を正面から出ていく計画だ。

 予言を手に入れると同時にヴォルデモート卿が復活したことを魔法省に認めさせ、ファッジ一派を失脚させる。

 ファッジが失脚すれば私がセドリックを殺したということも有耶無耶にしてしまえるだろう。

 私はハリーが私の腕の拘束を解くと同時にハリーに抱き着く。

 そしてハリーのローブを涙で濡らしながらしばらくそのまま泣き続けた。




設定や用語解説

闇祓いのドーリッシュ
 ジョン・ドーリッシュ。ホグワーツの全科目で優を取るなど、優秀な魔法使い。錯乱呪文に掛かりやすい。

加害者サクヤ
 セドリックを服従させたのもセドリックを殺したのもサクヤ。セドリックを選んだ理由については結構適当。メタ的な話をすると、原作ではこの時点で既に死んでいるのでセドリックでいいやみたいな考え。

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抱擁と温もりと私

 ヴォルデモートたちが去ってから十分は経過しただろうか。

 私は鼻を啜りながら泣き止むと、顔を上げてハリーを見る。

 ハリーは涙でぐしゃぐしゃの私の顔を見て、照れくさそうに笑った。

 

「さあ、帰ろう。僕たちの学校へ」

 

「……うん」

 

 私は顔をローブの袖で拭い、ハリーに支えられながら立ち上がる。

 きっと神秘部の外はヴォルデモートたちが暴れ回ったおかげで滅茶苦茶なはずだ。

 その混乱に乗じて一つ上の階のエントランスへ上がり、守衛にでも保護を求めよう。

 私は自然な動作でハリーの左手を握る。

 ハリーは私に手を握られて少し驚いていたようだったが、気にしていないふうを装った。

 その時だった。

 

「ハリウッドで女優でも目指したらどうだ? 一生金と男に困らないだろうな」

 

 そんな軽口が、棚の陰から聞こえてきたのは。

 私は咄嗟にハリーの手を離すと、声のした方向から距離を取る。

 そしてその方向を油断なく睨みつけた。

 

「本当に大したものだよ。魔法省もダンブルドアもまんまと君にしてやられた。今頃上は大混乱だろう」

 

「誰? 一体何の話?」

 

 杖を抜いたほうがいいか?

 いや、今ここで杖を持っていると怪しまれる。

 私は法廷に向かう直前に連れ去られた設定なのだ。

 

「私が誰か。そうだな。逆に問おう。私は誰だ?」

 

 棚の陰から黒い人影が姿を現す。

 そこに立っていたのはホグワーツで闇の魔術に対する防衛術の教授をしているグリムだった。

 

「グリム……先生? でも、なんでグリム先生がここに?」

 

 ハリーは訳が分からないと言わんばかりに目を白黒させている。

 そんな様子を見て、グリムは小さく笑った。

 

「勿論、助けに来たんだよ。ハリー。君をね」

 

「ああ、よかった! ここで学校の先生に会えるなんて──」

 

 私は安堵の表情でグリムに駆け寄ろうとするが、グリムの次の言葉に思わず立ち止まる。

 

「小芝居は終わりにしよう、サクヤ・ホワイト。私はお前の正体を知っているぞ」

 

 ドクン、と鼓動が早くなるのを感じる。

 グリムが私の正体を知っている?

 

「あの、一体なんの話か見当も──」

 

「ハリー、今すぐその女から離れろ。そこにいる女は死喰い人の仲間であり、例のあの人、ヴォルデモート卿の娘だ」

 

 横にいるハリーの目が見開かれる。

 私は、いつでも時間を止めれるように身構えると、ブンブンと首を振った。

 

「そんな、そんなわけないじゃないですか。私が例のあの人の娘だったら、なんで人質に取られるんです? それに、内緒にはしていますけど、私は不死鳥の騎士団のメンバーです。死喰い人とは敵対関係にある魔法使いですよ?」

 

「そうだ。サクヤが死喰い人なわけない。それに、仮に例のあの人の娘だったら、二年前にシリウス・ブラックから狙われるはずがないじゃないか」

 

「シリウス・ブラック……そうか、シリウス・ブラック……ははは、そうだな。世間ではそうなっているんだったか」

 

 グリムは手袋をつけた手を自分の顔に伸ばし、顔につけていた仮面に手を掛ける。

 そして、ゆっくりと仮面を取り外した。

 

「勘違いも甚だしい。真の裏切者は他にいる」

 

 そこに立っていたのは、二年前に私が殺したはずのシリウス・ブラックだった。

 

「──ッ、そんな……貴方が生きているわけない……だって──」

 

「私が確かに殺したはずだ。そう言いたいのだろう? だが、私はこの通り生きている」

 

 ブラックはやれやれと首を振ると、仮面を床に捨てる。

 そしてハリーに対し柔らかい笑みを向けた。

 

「ああ、ハリー。会いたかった。我が親友、ジェームズの息子よ」

 

「お前が父さんの名を語るな! 親友だって? だったらなんで裏切ったりなんか──」

 

 だが、勿論ハリーはブラックが無実であることを知らない。

 ブラックは少し悲しげな表情で諭すように言う。

 

「それは誤解だ。ジェームズを裏切ったのは私じゃない」

 

 ブラックはハリーに対し、真の裏切者はピーター・ペティグリューであるという説明をし始める。

 私はその話を聞きながら、この危機的状況をどうすれば脱することができるかを考えていた。

 全てを投げ出して皆殺しにするのは簡単だ。

 時間を止めて、ブラック、ハリーの順で殺していけばいい。

 だが、可能であればそれは最後の手段にしたい。

 最良の結果は、ハリーにブラックを殺させる、もしくはハリーと共闘してブラックをこの場で殺すことだろう。

 今の魔法界ではシリウス・ブラックはヴォルデモートの右腕であり、凶悪な殺人鬼と思われている。

 ハリーがブラックのことをかけらも信用しなければ、そのような状況を作り出すのは難しくはない。

 だが、そんな私の目論見をブラックは簡単にひっくり返した。

 

「スキャバーズが人間? いや、そんなまさか──」

 

「ピーター・ペティグリューは生きている。証拠もある」

 

 ブラックはローブの中から数枚の写真を取り出し、ハリーに突き付ける。

 一体どこで撮影したのか、そこにはヴォルデモートの横に控えるペティグリューの姿が映っていた。

 

「ハリー、この男に見覚えがあるんじゃないか? ピーター・ペティグリューも君のお父さんの友人だった。一緒に写っている写真もあったはずだ」

 

「……そんな、それじゃあ本当に──」

 

「ああ、こいつが生きて、ヴォルデモートに仕えているという事実が、私が無実である一番の証拠だ」

 

 あんな写真が出てきてしまったら、ブラックが無実であるという話に信憑性が出てきてしまう。

 私は横目でハリーの表情を伺うが、動揺しつつもブラックのことを受け入れつつあるように感じた。

 

「じゃあ、なんで貴方はあの時サクヤを攫うような真似をしたんですか?」

 

「サクヤを攫う? いやいやいや、それは違う。あの時、私とホワイトは協力関係にあった。まあ、少なくとも私は協力関係にあると思っていた。ホワイトには今と全く同じ話を聞かせていたし、ホワイトもその話を聞いて、疑ってはいたが一応の納得をしてくれた。その時、私はホワイトに頼んだのだ。ロンのペットであるネズミを捕まえてほしいと」

 

「ハリー、出鱈目だわ。信用したらダメ」

 

「その条件として私はロンドンにある孤児院で起こった殺人事件の調査を行った。そう、ホワイトが暮らしていた孤児院で起こった大量殺人事件だ。私が犯人でないなら、一体誰が犯人なんだとね。私はホグズミードからロンドンへと戻り、事件の調査を始めた。だが、今思えばそこから仕組まれていたのだろう。ホグズミードに戻った私を待っていたのはネズミではなく、ナイフだった」

 

 ブラックの視線が私を貫く。

 

「正直、訳が分からなかったが、今なら何となく理由を推測することができる。ホワイト、お前は私がロンドンの、それも孤児院の近くで捕まることを期待していたのだろう? 孤児院での殺人を私に押しつけるために」

 

「……いや、違う。私は決してそんなこと──」

 

「だが、私は捕まらず、ホグズミードに戻ってきてしまった。それも、ホワイトに不利な証拠を掴んでね。焦ったホワイトは私を殺し、全てを有耶無耶にした。正直、首と心臓を貫かれたときは死んだと思ったね。だが、神は私に味方した。死にかけていた私は、パチュリー・ノーレッジに拾われたのだ」

 

 もしシリウス・ブラックがパチュリーに拾われたのだとしたら、パチュリーが私に貸し与えたグリモールド・プレイスの屋敷の謎に説明が付く。

 もともとあの屋敷はブラック家の持ち物だったとヴォルデモートから聞いた。

 何故その屋敷をパチュリーが所持しているのか疑問だったが、なんてことはない。

 シリウス・ブラックから直接譲り受けたのだろう。

 

「私は今までの全てをパチュリー・ノーレッジに話して聞かせた。正直、信じてもらえるとは思ってもみなかったが、彼女は強力な開心術士だ。私程度の閉心術では彼女に隠し事はできない。彼女は私の話を信じ、私の正体を隠して、弟子として雇い始めた。だが、私にはやることがある。ずっと引きこもって魔法の研究をしているわけにはいかない」

 

「やること?」

 

 ハリーが聞き返すと、ブラックはハリーに微笑み返す。

 

「ワームテール……ピーター・ペティグリューとサクヤ・ホワイトが野放しである状態を無視することはできない。それでは、ハリー、君があまりにも危険じゃないか。そもそも、私がアズカバンを脱獄したのもピーター・ペティグリューから君を守るためだ。ハリー、私はね、君のお父さんから君のことを頼まれていたんだよ。僕ら夫妻に何かあった時は、貴方がハリーを守ってと。ハリー、私は君の後見人なんだよ」

 

 どうする、どうすればいい?

 グリム……シリウス・ブラックがパチュリーの弟子であり、信頼されているというのは事実だろう。

 対抗試合の審査員としてホグワーツに来ていた頃からそばに従えていたし、その光景を多くの魔法使いが目撃している。

 パチュリー・ノーレッジからの信頼を得ているというのはつまり、ダンブルドアから信頼を得ているのと同じぐらいには信用性がある。

 今からシリウス・ブラックを悪者にして、ハリーと二人で殺すというのはあまりにも難しいだろう。

 だとしたら、全てを知らなかったフリをして勘違いで殺してしまったことにするか?

 いや、それはあまりにも危険だ。

 何故なら、先程からブラックは──

 

「本題はここからだ。ハリー、今すぐホワイトから離れろ。その女は死喰い人の一員で、ヴォルデモートの娘だ」

 

 ブラックは杖を取り出すとまっすぐ私に対して向ける。

 ブラックのことをひとまず信用した様子のハリーだったが、流石にその言葉はすぐには受け入れることができないようだった。

 

「そんな……何かの間違いだ。サクヤがヴォルデモートの娘? 死喰い人の一員? 違う……サクヤは僕の親友で──」

 

「こいつはずっと潜伏していた。いつか自分の父親を復活させようと。そのためにピーターを解き放ち、自分の父親を探させた。それに、ホワイトは死喰い人の集会に出席している。ヴォルデモートの娘としてな。今回の事件もおかしいと思わなかったか? 一体誰がセドリック・ディゴリーを操った? 何故ヴォルデモートは予言を受け取った後、お前たち二人を殺さなかった? 全部この女が仕組んだことだ。ハリー、君に予言を取らせるためにね」

 

 ハリーが視線を泳がせ、私の顔をチラリと見る。

 

「そんな、違うよね? サクヤはそんなこと……」

 

「ホワイトはずっとスパイとして不死鳥の騎士団に潜伏していたんだ。今まで大きな動きは見せていなかったが……今それを証明しよう」

 

 ブラックはそう言うが早いか、高速で杖を振りかぶると私に対して何らかの呪文を掛けようとする。

 私は咄嗟に杖を引き抜いたが、盾の呪文が間に合わない。

 ブラックの放った呪文は私のお腹に直撃すると、私を数メートル吹き飛ばした。

 

「見ろハリー。人質に取られていたはずの娘が杖を持っているぞ。ヴォルデモートはそこまで不用心なのか? それに、殺人の容疑が掛かっている魔法使いが杖を所持できるはずがない。用心のために仲間の死喰い人から予備の杖を受け取っていたのだろう?」

 

 私はゆっくり立ち上がると、服を捲り大きな怪我がないかを確かめる。

 幸い、怪我はない。

 だが、呪文が当たった場所には複雑な魔法陣が刻み込まれていた。

 

「……これは、そう、拾ったのよ」

 

 私はお腹の魔法陣を解析しながらブラックへ返答する。

 パチュリーに主従していたということは、この魔法もパチュリーの技術が使われている可能性が高い。

 だとしたら、少なからず魔法の効力がわかるはずだ。

 

「用心深い性格が仇になったな。ハリー、私の後ろへ。サクヤ・ホワイトをこの場で拘束し、ダンブルドアに引き渡す。ホワイト、君が真に無実なら、ダンブルドアに引き渡されても何の問題もないよなあ?」

 

 苦しい。

 予言を手に入れるところまでは完璧だったのに、まさかこんなところで全てが崩壊するだなんて。

 私は杖を持っていない右手で頭をガリガリと掻き毟ると、大きなため息をついた。

 

「まさか、殺したはずの亡霊に全てを台無しにされるなんてね。本当に、予想外だわ」

 

「……サクヤ?」

 

「──まずいッ、ハリー!」

 

 ブラックはハリーの手を掴み自分の後ろへ引っ張り込む。

 私はそんな様子を見ながら時間を停止させた。

 

「でも、不用心なのは相変わらず。私を捕えたかったらダンブルドアとパチュリー・ノーレッジ、両方連れてくるべきよ」

 

 まあ、魔法陣の効果なんて時間を止めてしまえば関係ない。

 私は左手に杖を持ったまま固まっているブラックに近づく。

 そして隠し持っていたナイフを右手に握りこむと、心臓目掛けて振り下ろした。

 

「何も対策してないと思ったか?」

 

 だが、私が振り下ろしたナイフがブラックの心臓を貫くことはなかった。

 ナイフはブラックの体に到達する寸前で、ブラックの盾の魔法によって阻まれる。

 

「……な、なんで……、時間が止まっているはずなのに──」

 

「大人を舐めすぎだ。私がここに一人で来た意味をよく考えるべきだったな」

 

 ブラックはそのまま私のナイフを振り払うと、私のみぞうちを蹴り飛ばす。

 魔法で筋力を強化しているのか、私はそのまま数メートル吹っ飛ぶと、地面を転がった。

 

「お前が時間を止める魔法を使うというのは調査済みだ。そして、その対策もな。ホワイト、今私とお前はその魔法陣によって魔力で繋がっている。お前がいくら時間を止めようが、私はその影響を受けない」

 

 ブラックは腕の袖を捲ってみせる。

 そこには私のお腹のものと同じ模様の魔法陣が刻まれていた。

 私は全身に走る痛みを無視して立ち上がると、右手にナイフ、左手に杖という一番得意な構えを取る。

 

「ますますここで殺しておかなくちゃいけなくなったわ」

 

「そうか。今度はしっかり殺せよ。生き返らないようにな」

 

 私は姿勢を低くし、一直線にブラックに突っ込む。

 時間停止が使えないからといって、私が無力な少女になると思ったら大間違いだ。

 去年一年間、私はクラウチから魔法戦闘の全てを叩きこまれている。

 私はナイフを振りかぶると同時に武装解除の呪文をブラックに放つ。

 ブラックは盾の呪文で私の呪文を弾くと、ギリギリのところで私のナイフを避けた。

 

「戦い方がクラウチの野郎にそっくりだ」

 

「そりゃ、私に戦闘のイロハを教えたのはクラウチですもの」

 

 ブラックは小さく舌打ちすると、私を振り払うように蹴りを放つ。

 やはり何か魔法による強化が施されているらしい。

 私はその蹴りを右手で受け止めたが、衝撃を受け止めきれずそのまま棚に叩きつけられた。

 

「だが、あいつとは昔何度も殺りあってる」

 

「……チッ、それ反則。人間の基準で戦いなさいよ」

 

 私は地面を転がり少し距離を取ると、死の呪いをブラックに向けて放つ。

 ブラックは緑色の閃光に少し目を見開いたが、すぐに身を捩って避けた。

 そのまま私とブラックは魔法を撃ち合い、時に避け、時に盾の呪文で弾き返すということを繰り返す。

 実力は互角、いや……少しずつだが確実に押されている。

 このまま真っ当に戦っていては私に勝ち目はないだろう。

 

 だったら、からめ手を使うだけだ。

 

 私は魔法でブラックの後方、ハリーを挟んで反対側に瞬間移動する。

 

「アバダケダブラ!」

 

 そして死の呪文を放つと同時に時間停止を解除した。

 緑色の閃光がハリー目掛けて直進する。

 何が起こっているのか理解できていないハリーには回避不可能な一撃だ。

 このまま死の呪いがハリーに当たれば、ハリーは死ぬ。

 だが、私の予想が正しければ……

 

「──ッ、ハリー!」

 

 ブラックは咄嗟に私と同じ移動魔法でハリーと死の呪文の間に割り込む。

 アバダケダブラに反対呪文は存在しない。

 ハリーに当たるはずだった死の呪いは、間に割り込んだブラックに直撃する。

 ブラックはその衝撃でハリーを巻き込むように吹き飛ぶと、ピクリとも動かなくなった。

 

 今度こそ、私はシリウス・ブラックを殺した。

 

 

「……シリウス?」

 

 ハリーは自分に覆いかぶさるようにして死んでいるブラックの死体を軽く揺する。

 自分の目の前で人が死んだということを理解できていないようだったが、体が密着しているためか、すぐにブラックが息をしていないと理解したようだった。

 私は右手に持っていたナイフを仕舞うと、杖を片手にハリーに近づく。

 

「さて、あと一人」

 

「……サクヤ」

 

 ハリーはブラックの死体の下から這い出ると、私から距離を取る。

 そして、そのまま手に持っていた杖を私に向けた。

 

「シリウス・ブラックの言っていたことは本当なの?」

 

「全部嘘よ。アレはシリウス・ブラックという犯罪者の戯言……なんて言って信じる? ……ブラックの言っていたことは本当よ。私はヴォルデモート卿の娘。死喰い人のスパイとして不死鳥の騎士団に潜り込んだ……ね」

 

 私はハリーを追い詰めるように一歩近づく。

 ハリーは震える手で杖を握りながら言った。

 

「それじゃあ、今までのは全部演技だったってこと?」

 

「……そうね」

 

 私はハリーの言葉を否定する。

 いや、だがどうだろうか。

 本当に全部演技か?

 

「初めて会った時のこと、覚えてる? 漏れ鍋で合流して、一緒にホグワーツで使う学用品を買いに行ったよね」

 

「ええ、昨日のことのように覚えているわ。ハグリッドにアイスをご馳走になったわね」

 

 今思えば懐かしい。ハリーと初めて会ったのはあの日だったか。

 あの時の私は右も左もわからない、杖すら持っていない少女だった。

 私はそんなことを思い出しながら一歩ハリーに近づく。

 

「キングス・クロスで迷ってるときに、ロンの家族に助けてもらったよね。そこでロンと友人になった。初めは仲が悪かったハーマイオニーとも、いつの間にか友達になった」

 

「ええ、そうね。貴方たち、最初はいがみ合ってた」

 

 ああ、懐かしい。

 そうだ、今でこそ仲良し四人組だが、最初はハリーとロン、ハーマイオニーは犬猿の仲だった。

 

「あれから色々あったよね。毎日一緒に行動して、勉強を教えてもらったり、大皿に盛られたベーコンを取り合ったり」

 

「そう……ね。本当に色々あった。毎日、毎日一緒にいて──」

 

 杖を握る手に力がこもる。

 

「全部、全部嘘だったの?」

 

 

 

 

 

 

 

「嘘なわけないじゃないッ!」

 

 私の手から杖がこぼれ落ちる。

 嘘なわけがない。

 私は別に入学した時からヴォルデモートについていたわけではないから。

 ハリーたちと育んだ友情は本物だ。

 

「楽しかった……本当に楽しかった! でも、もう後戻りはできない。私は……ッ、私は……」

 

 涙が溢れ出て、私の頬を濡らす。

 

「貴方が知らないだけで、私の手は血で染まりすぎている。こんな私を愛してくれる人なんていない。本当の私を愛してくれる人はいないわ……」

 

 泣き顔を隠すように、私は両手で顔を覆う。

 

「ハリー、私はね、もう何人も殺してるの。自分の都合で、自分勝手に。後戻りはできない……後戻りはできないわ……、そう、初めて人を殺したあの時から」

 

「……サクヤ」

 

 ハリーの手から杖が滑り落ち、音を立てて地面を転がる。

 そしてゆっくり私へと近づくと、そっと私を抱きしめた。

 

「独りにならないで。僕らは仲間じゃないか」

 

「ハリー……、ハリー!」

 

 私はハリーに抱きつき、声を上げて泣き始める。

 

「大丈夫……大丈夫だから……、僕がついてる」

 

「ハリー。ああ、ハリー。愛してる。愛してるわ」

 

「サクヤ……、僕もだよ。君を愛してる。今思えば、ひとめぼれだった。ずっと、君のことを思ってた。今の関係を壊したくなくて、ずっと言えなかったけど……」

 

「好きよ、ハリー。私は、貴方のことが好き──」

 

 ああ、ハリー、貴方はどうしてそんなに……。

 私は少し体を放し、ハリーの顔を見る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、左手でナイフを引き抜き、ハリーの心臓に突き立てた。

 

「……え?」

 

「ハリー、好きよ。愛してる。本当よ? 嘘じゃないわ」

 

 私はそのままナイフを捻り、引き抜くと、今度は首を切り裂いた。

 ハリーは何が起こったのか理解できていないといった表情で口を何度か開く。

 何かを言おうとしたようだが、傷口から赤黒い泡が立っただけだった。

 

「ありがとう。こんな私を愛してくれて。ありがとう。こんな私を抱きしめてくれて」

 

 私はそのままハリーを抱きしめ続ける。

 ハリーの胸のあたりから溢れ出た温かい血液が私の服を赤く染める。

 ハリーの命が溢れ出て、私の心を満たしていった。

 

 一九九六年、二月二十二日。

 私は魔法界の英雄で、私の親友であるハリー・ポッターを殺した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 どれほどの時間抱きかかえていただろうか。

 私はふと我に返り、ハリーの死体から体を放す。

 私という支えを失ったハリーの死体は、そのまま血だまりにバシャリと倒れた。

 

「死体をヴォルデモートのもとへ持っていかなきゃ。ハリーの死体はヴォルデモート卿の権威を高める大きな武器になる」

 

 私は血だまりの中から立ち上がると、ハリーの死体を抱き上げる。

 

「急いだほうがいいわね。いつ魔法省の役人がここに乗り込んでくるかわからない。早く、ヴォルデモートのアジトへ──」

 

「残念ながら時間切れじゃ」

 

 そんな声が聞こえた瞬間、私は意識を手放した。




設定や用語解説

グリムの正体
 シリウス・ブラックでした。これ気がついていた人どれぐらいいるんでしょうかね。私の過去作に仮面リドルが登場するので、グリムもリドルだと思っている人もいたのではないでしょうか。グリム=死神犬=黒い犬=シリウス・ブラックという割と安直な名前でした。動物もどきであることがほとんど知られていないからこその名付け。

パチュリーに拾われていたシリウス
 サクヤ視点では知る由もないことだが、パチュリーに拾われたということはつまりおぜうさまに拾われたということ。なお世間的にはレミリアとパチュリーは全く接点のない人物同士。

時間停止の無効化
 ヴォルデモートとサクヤが両面鏡でやりとりしていたのと原理は変わらない。魔法によってサクヤと繋がることで時間操作の影響を受けなくなる。簡単に言えば叛逆のまどマギでマミさんがほむらの足にリボン結んだような感じ

搦手(死の呪い)
 死の呪いは反対呪文が存在しないので避けるしかない。
 避けれないなら代わりに誰かが盾になるしかない。

ハリーのことが好きなサクヤ
 サクヤの精神は割と未熟なのでサクヤが言うところの好きは恋愛感情とは少し異なる。家族愛や友人愛に近い。

ハリーを殺すサクヤ
 死喰い人の仲間であることがバレただけならサクヤは絶対にハリーを殺さなかったでしょう。死喰い人であることがバレなくとも時間操作のことがバレればサクヤは絶対にハリーを殺します。大体そんな価値観。


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活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。


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小瓶と石の壁と私

 

『クィレル、貴方って帰る気ないの?』

 

 私の目の前にクィレル・クィリナスが座っている。

 クィレルは焼きたてのトーストにバターを塗り、それに齧りついていた。

 

『逆に君は帰る気があるのか?』

 

 クィレルの問いに、私が答える。

 

『当たり前じゃない。私の居場所はここではないわ』

 

 

 

 

 私の意識が覚醒する。

 私は目を開けることなく、体の感覚から今置かれている状況を整理し始めた。

 どうやら、私の両腕は拘束されているようだ。

 それも予言の間でルシウスが行ったような簡易的なものではない。

 手首と合わせて、指先に至るまで全く動かせる気がしない。

 いや、指だけではない。

 全身に痺れるような感覚がある。

 きっとそのような呪いを掛けられているのだろう。

 

「目が覚めたようじゃな」

 

 気が付かれないように慎重を期していたつもりだったが、あまり意味がなかったようだ。

 私は光に目を慣らすように、ゆっくりと目を開けた。

 そこは校長室だった。

 目の前にはダンブルドアがいつもの椅子に腰かけており、じっとこちらに視線を向けている。

 

「……おはようございます。ダンブルドア先生」

 

「ああ、おはようサクヤ」

 

 私は軽く俯き、ハリーの血が乾ききっていないことを確認する。

 どうやらあれからそんなに長い時間は経っていないようだった。

 

「ここは……ホグワーツですか? つまり、私は助かったんですね」

 

 私は安心するように安堵の息を吐く。

 

「法廷に向かう寸前で死喰い人に攫われまして……ハリーが助けに来てくれなかったらどうなっていたか──」

 

「もうよい。わしは、神秘部の中で何が起こったのかをかなり正確に理解しておるつもりじゃ」

 

 ダンブルドアはじっと私の目を見つめる。

 開心術を掛けようとしているようだが、無駄だ。

 私の心はヴォルデモートですら開くことはできない。

 私は一度時間を停止させると、何とか拘束を解くことができないか試みる。

 だが、杖もなければナイフもない状況でこの拘束から逃れることはできなかった。

 やはり、ここはダンブルドアの隙を伺うしかない。

 流石のダンブルドアも死ぬまで私をこの場に拘束し続けるということはないだろう。

 私は呼吸を整えると、時間停止を解除する。

 ダンブルドアは私に開心術をかけるのをあきらめたのか、軽く目を伏せた。

 

「わしが駆け付けた時には全てが終わっていた。魔法省に現れたヴォルデモート卿の相手をしておる場合ではなかった。逃亡しようとするヴォルデモートを追うのではなく、すぐに神秘部に駆け付けるべきじゃった」

 

「ええ、そうですね。そうすれば、少なくともハリーが死ぬことはなかった。シリウス・ブラックを助けることも出来たかもしれませんね」

 

「まさかとは思ったが、やはりグリム先生の正体はシリウス・ブラックじゃったか」

 

「まさか? ブラックは、先生にも正体を隠していたのですか?」

 

 だとすると、まだ希望はある。

 あの場にブラック一人で来た時点で予想はしていたが、パチュリーとダンブルドアは繋がっていない。

 確かにグリムは不死鳥の騎士団員ではないし、授業以外で他の教員と関わっているところを見たことはない。

 グリムが単身で動いていたとしたら、ダンブルドアは私の能力について知り得ていない可能性がある。

 

「パチュリー・ノーレッジという魔女はかなりの秘密主義じゃ。グリムという人材をこちらに送り込んできた意図も正確には把握出来ておらんかった。じゃが、グリムの正体を知り得た今、ようやくその意図を読み解くことができた。グリムは彼女が送り込んだのではなく、自らの意思でホグワーツを訪れたのじゃろう。ハリーを守るために」

 

「それじゃあ、先生はシリウス・ブラックが無実であるとお考えなのですね」

 

「パチュリー・ノーレッジがシリウス・ブラックを抱え込み、ホグワーツに送り込んだということは、そういうことなのじゃろう。彼女が興味本位で殺人鬼を匿うとは思えん」

 

 私はそれを聞いて、ほっと安堵のため息を吐く。

 ダンブルドアはそれを見て不可解な顔をした。

 

「何かおかしなことでも言ったかのう」

 

「いえ、なんでもありませんわ」

 

 死後ではあるが、シリウス・ブラックの汚名は雪がれるだろう。

 ブラックは、最後の最後に救われたのだ。

 

「さて、改めて問おうかの。ハリー・ポッターを殺したのはお主で間違いないな」

 

 私はダンブルドアを見つめ返す。

 

「……ええ、私がハリーを殺しました」

 

 ダンブルドアはそれを聞くと、どこか残念そうに視線を落とす。

 

「ダンブルドア先生のせいですからね? あなたがもっと上手く立ち回っていたら、私はハリーを殺さずに済んだのに。スネイプ先生から何も聞いてはいなかったんですか? それとも、スネイプ先生はダンブルドア先生にも私のことを秘密にしていたんです?」

 

「……勿論、聞いておったとも。お主がヴォルデモートの娘で、死喰い人のスパイだということも含めてじゃ。ヴォルデモートの今回の計画もかなり詳細に掴んでいた」

 

「セドリック死んでますけど……」

 

 私はやれやれと言わんばかりに肩を竦める。

 

「それがキッカケじゃよ。死喰い人のスパイであるお主が服従の呪文で操られている生徒に襲われ、殺人を犯した。自作自演なのは目に見えておる。わしはお主が魔法省に拘束されておる間に、可能な限り情報を集めた。スネイプ先生にも協力してもらっての。その結果、今回ハリーの身に危険が及ぶ可能性は少ないと判断したのじゃ」

 

「では、わかっていてハリーを魔法省に行かせたと?」

 

 私の問いにダンブルドアが頷く。

 

「ハリーを殺すだけならいつでも出来たはずじゃ。お主を使っての。でも、ヴォルデモートはそれをしなかった。予言の内容を確認するまでは、ハリーに直接手出しするのは危険であると考えたのじゃろう」

 

「概ね、先生の予想通りですよ。ヴォルデモートはあの場でハリーを殺す気はなかった。それじゃあ、先生はハリーを餌にしてヴォルデモートを魔法省へと誘き出し、予言を持ち去る前に倒してしまおうと、そういう算段だったわけですね」

 

「じゃが、もう少しでヴォルデモートを追い詰めれるといったところで、あやつが呟いたのじゃ。ハリー・ポッターが死んだと」

 

 それで、慌てて予言の間に駆けつけたというわけか。

 確かにグリム……シリウス・ブラックの存在はヴォルデモートから見てもダンブルドアから見てもイレギュラーだ。

 大きな死傷者が出ずに終わるはずだった今回の計画は、シリウス・ブラックという死神犬の関与で魔法界の英雄の死という結末を辿った。

 私とダンブルドアの間に無言の時間が流れる。

 ダンブルドアは少しの間机の引き出しをガサゴソとやっていたが、やがて小瓶を机の上に取り出した。

 

「これをホグワーツの生徒に使うことになるとはの」

 

 ダンブルドアは小瓶を右手に握りしめ、椅子から立ち上がる。

 そしてゆっくり私の方へと近づいてきた。

 

「……それは?」

 

「なんじゃと思う? お主には予想がついておるのではないか?」

 

 小瓶の中身は無色透明で、一見しただけでは水が入っているようにしか見えない。

 だが、今このタイミングで取り出す魔法薬と言ったら一つしかないだろう。

 

「まさか……真実薬──」

 

「その通りじゃ」

 

 ダンブルドアは小瓶の蓋を取ると、大きな手で私の頭を掴んだ。

 

「やめて……、それだけは……それだけはやめてください。全てを話します。どんな質問にも答えますから、だから──」

 

「駄目じゃ」

 

 ダンブルドアは杖を取り出し、小瓶の中身を宙に浮かせると、私の口に真実薬を侵入させた。

 私は必死に真実薬を吐き出そうとするが、ダンブルドアによって操られている真実薬は私の胃袋にべったりと張り付いているようで、全く吐き出せる気がしない。

 ……どうやら、私はここまでのようだ。

 真実薬が脳内を蝕んでいく。

 もう、何も考えられない。

 もう、何も考えなくていい。

 

 

 

 

 

 夢を見た。

 校長室で、過去の殺人からヴォルデモートとの関係、能力の詳細に至るまで洗いざらい全てをダンブルドアに話す夢だ。

 可笑しく、愉快な夢だった。

 私の口から言葉が発せられるたびに、ダンブルドアの顔色が変わり、深刻になっていく。

 いや、夢見心地なだけで、実際には夢ではないのだろう。

 だが、私の意思とは関係なく、口から秘密が溢れていく。

 一通りの質問に答え終わったあと、私はそのまま意識を手放した。

 

 

 

 

 「──っ、……」

 

 頭が痛い。

 頭の痛みで意識が覚醒する。

 私は一先ず全く身動きをしないまま、じっと耳を澄ませて周囲の状況を探った。

 だが、私の呼吸の音と心臓の音以外は何も聞こえない。

 私は取り敢えず近くに誰もいないと判断すると、ゆっくり目を開ける。

 どうやら、私はベッドの上に寝かされていたようだ。

 私は体を起こすと、改めて部屋の中を見回す。

 部屋の内装はどこかホテルを思わせる。

 一人用のベッドに小さな机と椅子。

 壁にはクローゼットが埋め込まれており、部屋の隅には扉が二つほどあった。

 

「……どこよここ」

 

 少なくともグリモールド・プレイスの私の部屋ではない。

 ホグワーツの寮とも思えないし、ましてや魔法省の留置所とも思えない。

 

「服も綺麗になってるし」

 

 私はベッドから起き上がり、裸足のまま床を歩き小さな窓へと近づく。

 カーテンを少し開けて外を確認すると、見慣れたホグワーツの校庭とハグリッドの小屋が見えた。

 

「ということは、ここはホグワーツの一室ってわけね」

 

 グリフィンドールの寮ではないが、少なくともホグワーツの中にいる。

 私は頭痛を堪えるように頭を押さえると、今着ているものを脱ぎ始めた。

 

「服はホグワーツで配られる寝間着ね。特に変な魔法は掛かってない」

 

 私は一度素っ裸になり、体に異常がないかを確かめ始める。

 少なくとも、大きな怪我はない。

 ブラックに蹴られた時に出来た小さな切り傷はあったが、それも既に治療済みなようで、薄く線が残っているだけだった。

 ただ、所持していた杖やナイフ、懐中時計に関してはことごとく没収されている。

 私はある程度現状を理解すると、裸のまま扉の一つに手を掛ける。

 何度かドアノブを捻り、押したり引いたりしてみるが、扉が開くことはなかった。

 

「こっちは施錠されている。だったら、洗面所はこっちか」

 

 私はもう一つの扉を開くと、中に設置されているシャワーで汗を洗い流す。

 そして用意されていたタオルで体を拭き、クローゼットを開けた。

 

「さてさてー、何が用意されてるかなー」

 

 私の予想通り、クローゼットの中にはホグワーツの制服や、おしゃれなワンピース、ラフなTシャツやジーンズなどが入っていた。

 私はその中からホグワーツの制服を取り出し、素肌に身に着け始める。

 入っていた制服は私のものではないようで、サイズが同じな全くの新品だ。

 

「えへへ、新品だー! そろそろ新調しようと思ってたのよね」

 

 私はウキウキで新しい制服を身に着けると、改めて部屋に一つある窓に近づく。

 先ほどは外を覗いただけだったが、よく考えればここから外に出れるんじゃないだろうか。

 私はカーテンを大きく開け、窓に付けられた鍵に手を掛ける。

 だが、鍵は接着剤で固められているようにビクともしなかった。

 

「鍵は開かない」

 

 私は拳で軽く窓ガラスを叩く。

 だが、石の壁を叩いているかのような感覚で、割れそうな気配は全くしなかった。

 

「流石にそこまで甘くはないわよね」

 

 私は外に出ることを諦め、再びベッドに横になる。

 そして、時間を停止させると、部屋に置かれた椅子を手に取り、思いっきり窓ガラスに叩きつけた。

 

「──ッ!」

 

 だが、窓ガラスは時間が止まっていない時と同じように石のように硬く、割れる気配がない。

 

「魔法による強化じゃない? だとしたら……」

 

 私は時間停止を解除し、窓ガラスに掛けられた魔法を分析する。

 そして、割れなかった理由に納得した。

 これはガラスじゃない。

 ガラスのように見せているだけの、石の壁だ。

 石の壁を変身術で変化させ、窓ガラスのように見せているだけなのだ。

 本来この部屋は、窓のない石造りの小部屋だったのだろう。

 それを魔法でホテルの一室のように変化させているのだ。

 

「は、はは……開かない扉に、石の壁。時間停止対策はバッチリってわけね」

 

 私はもう一度窓の外を見る。

 ちょうどハグリッドが起きてきたのか、大きな欠伸をしながら薪割りを始めたところだった。

 私は今度こそ外に出ることを諦めると、もう一度ベッドに横になる。

 そして、今度は演技ではなく、本当に二度寝を始めた。

 今、外がどのような状況かは分からない。

 だが、大きく動いているのには違いない。

 ヴォルデモートの復活に、ハリー・ポッターの死。

 魔法省としても、ヴォルデモートの復活を認めざるを得ないはずだ。

 少なくともファッジは解任されるだろう。

 私は足元の毛布を手繰り寄せると、全てを遮断するように毛布に包まった。




設定や用語解説

ダンブルドアが立てた作戦
 ヴォルデモートが今回の件でハリーを殺すことはしないだろうと推測し、ハリーを囮に使う形で神秘部から戻ってきたヴォルデモートを迎え撃つ作戦。

ハリーが殺されないと推測した理由
 ただハリーを殺すだけならサクヤを使えばいつでもできる。ヴォルデモートしては真に信用できるスパイとしてサクヤをホグワーツに戻すだろうと判断した。サクヤを怪しまれずにホグワーツに戻すなら、サクヤ一人ではなくハリーと共に戻した方が不自然ではない。

イレギュラー・ブラック
 シリウス・ブラックが神秘部に現れていなかったらダンブルドアは激戦の末ヴォルデモートを捕え、ついでにホグワーツに帰ってきたサクヤも捕えることができたであろう。そういう意味ではシリウス・ブラックさえいなければダンブルドアの作戦は完璧だったと言える。

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英雄とフォークと私

 次に目が覚めた時には、太陽はかなり高い位置まで上がっていた。

 私は洗面所で顔を洗い、鏡に映った自分の顔を見る。

 白い髪に青い瞳、年齢の割には童顔だが、人形のような整った顔立ち。

 いつも通りの私の顔だ。

 

「にしても、流石にお腹が空いたわ」

 

 私がそう呟いた瞬間、ぐぅとお腹が鳴る。

 そういえば昨日から何も食べてない。

 このままではお腹と背中がくっついてしまうだろう。

 そんなことを考えながら洗面所から出ると机の上にホグワーツでよく出るような昼食が用意されているのを発見した。

 きっと、大広間と同じ献立だろう。

 大広間に出す料理の一部を魔法でこちらに移動させたに違いない。

 

「気が利くわね」

 

 私は窓ガラスに叩きつけた椅子を元の位置に戻すと、椅子に座って食事を取り始める。

 なんというか、勉強もせずに労働もせずに寝てるだけの生活ができるのなら、この生活も悪くないのではないだろうか。

 

「そうね、あとは一生掛かっても読み切れない本と、新聞があれば完璧ね」

 

「生憎、そういうわけには行かんの」

 

 不意に部屋の隅からダンブルドアの声が聞こえてくる。

 私はフォークを咥えながら声が聞こえた方を見た。

 

「そんなこと言わないでくださいよ。一生をここで暮らすのだとしたら、あまりにも退屈ではありませんか。ほら、退屈は人生における最悪の毒だと言いますし」

 

 私はベーコンを齧りながら部屋の隅に出現したダンブルドアに対して言う。

 ダンブルドアはそんな私を見て軽く首を振った。

 

「君がここで一生を終えるかどうかは、君次第じゃ」

 

「そんなこと言って。先生が私をここから出す理由なんてないじゃないですか」

 

 やれやれと言わんばかりに私は肩を竦めると、フォークでベーコンを突き刺す。

 だが、ダンブルドアはそんな私の言葉に対して静かに首を横に振った。

 

「わしは、条件次第ではお主をここから出してもいいと考えておる」

 

 ダンブルドアの予想外の解答に、私は一瞬固まってしまう。

 

「……話を聞きましょうか」

 

 ダンブルドアはその場から動くことなく、じっと私を見ながら話を続けた。

 

「まずは、謝ろうかの。乙女の秘密を洗いざらい喋らせたことをじゃ」

 

「それは謝ってください。プライバシーの侵害ですよ?」

 

 私は冗談めかして言うが、ダンブルドアの表情は変わらない。

 

「じゃが、興味深い話が聞けた。サクヤ・ホワイト、君はわしの思っていた以上に秘密の多い生徒じゃった。一年生の時、密かにヴォルデモート卿と対決し、賢者の石を守り抜いた。二年生の時は結果的にホグワーツ休校の危機を救った」

 

「ええ、その通り。実は私は正義のヒーローだったんですよ」

 

「わしもそう思うよ。君は確かにグリフィンドール生にふさわしい正義の心と、勇気を持っておった。じゃが、三年生になる頃には殺人への抵抗があまりにもなくなりすぎた。君は自己満足と自己保身のためだけにシリウス・ブラックを殺した。それでも、まだ君は大きく道を踏み外していたわけではなかった。そして、それは四年生になっても変わらなんだ」

 

 ダンブルドアは真剣な顔で私を見る。

 

「君は四年生の学期末、第三の試験の時まで、身の振り方を決めかねていた。君が闇の魔法使いへの道に手を出したのは、ヴォルデモート卿の復活に加担してからじゃ」

 

「……昨日の記憶が曖昧なもので、違うことを言っていたらすみません。私は別に、ヴォルデモートの娘でも、ヴォルデモートの崇拝者でもない。あくまで利害が一致していたから、ヴォルデモートに加担したにすぎません」

 

「心配せんでも、昨日も同じことを言っておったよ。自分はヴォルデモートの娘ではない。他の死喰い人に怪しまれないように、親子を演じることに決まったと」

 

 私はフォークを再び手に取ると、皿に残ったレタスを突き刺し、口に運ぶ。

 

「昨日も話した通り、グリムがあの時介入していなければ、お主はハリーを殺す気などさらさら無かったのではないか? 殺人という行為に慣れた君でも、親友を殺すことは躊躇われた。じゃが、君の時間を止める能力を隠さなければならないというある種の強迫観念は、その最後に残された倫理を突破した」

 

「そりゃ……ハリーを殺さなくて済むなら、それに越したことはありませんよ。ハリーは私の親友ですし。でも、あんなことになったらもう殺すしかないじゃないですか。あの時ブラックが余計なことをしなければ、少なくとももう少し長い時間一緒にいることができた」

 

 私の顔を見つけるダンブルドアの目が見開かれる。

 私はその顔を見て首を傾げたが、急に食べていたレタスが塩辛くなったのを感じ、理由を察した。

 私は、いつの間にか涙を流していた。

 

「すみません私ったら。なんで……」

 

 私は無理矢理平静を装いながら手の甲で涙を拭う。

 その様子を見て、ダンブルドアは軽く顔を伏せた。

 

「……すまなんだ。わしがもう少し早く君をこちらに引き戻せていたら、君は親友を手に掛けることもなかった」

 

「……遅いですよ。もう、何もかもが遅い。ハリーはもう帰ってこない。私が殺したから。私がこの手で──」

 

「遅くはない。わしは、その話をしにここを訪れた」

 

 遅くはない?

 私はダンブルドアの顔を見上げる。

 

「どういうことです?」

 

「ヴォルデモート卿が復活し、ハリー・ポッターという英雄が死んだ今、魔法界は新たな英雄を欲している」

 

 新たな英雄。

 私はその言葉を聞いただけで、ダンブルドアが私に何をさせたいのかを理解した。

 

「……私を第二の生き残った子供に仕立て上げると?」

 

「察しが良いの。ハリーを殺したのはサクヤ、君ではなくヴォルデモートじゃ。君はヴォルデモートの手を逃れ、生き残った女の子。三大魔法学校対抗試合の優勝者にして、魔法決闘の天才。魔法界中が君に期待し、希望を持つじゃろう」

 

 確かに、その通りではあるだろう。

 少なくとも事実をそのまま公表するよりかは、そちらの方が何倍もマシだ。

 ハリーの死んだという事実は偽装のしようがない。

 だが、ハリーを殺したのが誰か、という事実ぐらいは偽装することができる。

 

「……ちょっと待ってください。ダンブルドア先生、それじゃあ、貴方はまさか──」

 

「サクヤ・ホワイト。わしに協力して、ヴォルデモートを殺す手助けをしてほしい。それが、この部屋から出す条件じゃ」

 

 ダンブルドアは私に一歩近づくと、右手をそっと私に伸ばす。

 

「ヴォルデモートを裏切れと、先生はそう言っているわけですね」

 

「今のお主にとっては、それが一番の道じゃと思うが」

 

 私は手に握っているフォークをじっと見つめると、そのフォークを床に投げ捨てる。

 

「やーめた」

 

 私は椅子から立ち上がると、軽い足取りでダンブルドアに近づく。

 そして、先程までフォークを握っていた右手でダンブルドアの右手を握った。

 

「いいでしょう。ヴォルデモートを殺すのに協力します。ですが、ヴォルデモートを殺した瞬間、手の平を返して私をアズカバンに閉じ込める、とかはやめてくださいよ?」

 

「もちろんじゃとも。ヴォルデモートが死んだ暁には、君が犯した罪は墓場まで持っていく秘密にすることを誓おう」

 

 ダンブルドアは私が投げ捨てたフォークに軽く目を向ける。

 

「ところで、フォークを床に捨てるのは少々行儀がよろしくないのではないかな?」

 

「貴方を殺すのをやめたという意思表示ですよ。私の能力は分かっているでしょう? あんなものでも、無抵抗の老人一人殺すには十分です」

 

 私は冗談交じりにダンブルドアにそう告げる。

 だが、ダンブルドアは余裕そうな表情を崩さずに言った。

 

「そのことなんじゃがのう……流石に手を打たせてもらった」

 

 私は眉を顰めると、握手していた右手を放し、時間を停止させる。

 だが、ダンブルドアの時間が止まることはなかった。

 

「ヴォルデモートと君が連絡を取り合っていた手段にヒントがあった。両面鏡じゃよ」

 

「両面鏡? ……ダンブルドア先生、まさか──」

 

「そのまさかじゃ。両面鏡の欠片を君とわしの体に埋め込んである。君が止まった時間の中を動き出したら、わしも一緒に動き出すといった寸法じゃ」

 

「……変態」

 

 私は全身をくまなくまさぐるが、鏡の欠片を感じることは出来ない。

 きっと摘出が困難な場所に埋め込まれているのだろう。

 

「悪く思わんでくれ。必要な処置じゃ。君をこの先監禁せずに、ホグワーツで日常生活を送らせるためにはの」

 

「日常生活? つまりは、普通に授業に参加していいと?」

 

 私の問いにダンブルドアは頷く。

 

「勿論じゃとも。むしろ、普通に授業に参加して貰わなければ困る。君はあくまで英雄として、魔法界に存在しなければならない」

 

「授業に出るということは、杖は返していただけるんで? 私だけその辺の木の枝を振り回すというのはあまりにも滑稽ですから」

 

「それも勿論じゃとも。既に魔法省から回収してある。じゃが、一つ忠告しておこう。パチュリー・ノーレッジの瞬間移動の呪文を使って移動することはできるが、どこへ移動したかはわしには筒抜けじゃ」

 

「それも、両面鏡の欠片の効果……というわけですか」

 

 そうか、私が全てを正直に喋ったのだとしたら、パチュリー・ノーレッジが開発した瞬間移動魔法に関しても知り得ているか。

 これで私が密かにヴォルデモートに接触することを阻止しようということだろう。

 

「そこまで心配しなくとも大丈夫ですよ。今更ヴォルデモート卿につくメリットないですから」

 

 私はもう一歩ダンブルドアに近づき、ダンブルドアの顔を見上げる。

 

「というか、私に裏切ろうと思わせないでくださいよ?」

 

「ほっほっほ。そう在れるように努めよう」

 

 私は地面に投げたフォークを拾い上げると、空になった皿の上に投げる。

 フォークは放物線を描いて宙を舞うと、音を立てて皿の上に落ちた。

 

 

 

 

 それから数日の間、辻褄を合わせるために私はダンブルドアの用意した部屋で新聞を読んで過ごした。

 どうやら私の予想通り、魔法界の情勢にかなり大きな動きがあったらしい。

 まず一番大きく取り上げられているのは、ヴォルデモート卿の復活だ。

 流石のファッジも、魔法省の中を堂々と散歩されてはヴォルデモートの復活を信じざるを得なくなったらしい。

 新聞記事を読む限りでは、魔法省のエントランスホールでダンブルドアとヴォルデモートがかなりの大立ち回りを演じたようだ。

 きっとその時、ダンブルドアがヴォルデモートと決闘せず、そのまま見逃して予言の間に直行していれば、私はブラックとハリーを殺すことなくダンブルドアに拘束されていただろう。

 ヴォルデモート卿の復活を認めたファッジは、すぐに自らの力不足を認め、魔法大臣を辞任。

 突然の辞任に無責任だとの声も上がるが、こればっかりは仕方がない。

 真相を知っている私たちからしたら当然の辞任だが、何も知らない者たちから見たらヴォルデモートに怯えて魔法大臣を辞任したようにしか見えないからだ。

 実際のところはファッジ派閥の解体と、ダンブルドアと連携が取りやすい人物を魔法大臣に据えるための工作だろう。

 ファッジの後釜として闇祓い局局長のルーファス・スクリムジョールが魔法大臣に就任した。

 スクリムジョールは入省以来第一線で戦い続けた歴戦の闇祓いだ。

 ヴォルデモートが復活し、魔法界中が戦火に飲まれようとしている今のご時勢にはぴったりな人選だろう。

 その次に大きく取り上げているのは、ハリー・ポッターがヴォルデモートに殺されたという記事だ。

 ダンブルドアが私に説明した通り、ハリー・ポッターはヴォルデモートに殺されたということになったらしい。

 それと同時にホグワーツで起きた事件について取り上げらている。

 魔法省、ホグワーツの正式な発表はこうだ。

 『ハリー・ポッターとサクヤ・ホワイトをホグワーツの外に誘き出すために死喰い人がセドリック・ディゴリーに服従の魔法を掛け、二人を襲わせた。死喰い人の狙い通りサクヤ・ホワイトが誤ってセドリック・ディゴリーを殺傷。魔法法に則り開かれた裁判の隙を突いて死喰い人がハリー・ポッターとサクヤ・ホワイトを誘拐した』

 そこで、ハリーは殺されてしまったが、私はヴォルデモートの隙を突き、命からがら逃走した、という筋書きだ。

 今回の事件を受け魔法省は私の無罪を認め、『生き残った女の子』として英雄視し始める。

 日刊予言者新聞もそれに乗っかり、事件から三日も経たないうちに私は第二のハリー・ポッターとして魔法界で持ち上げられることになった。

 

「これ、死喰い人達からしたら相当な謎よね」

 

 私は新聞を捲りながら一人零す。

 何せ、ヴォルデモート卿の娘がいつの間にかヴォルデモート卿を倒す英雄として魔法界で持ち上げられているのだ。

 いや、まあそれでもヴォルデモートは何が起こったか正確に理解しているだろう。

 殺すつもりのなかったハリー・ポッターの死に、連絡が取れなくなったサクヤ・ホワイト。

 状況からしてハリーを殺したのは私以外には考えられない。

 きっとヴォルデモートは私がダンブルドアに寝返った、もしくは脅されて利用されていると考えるだろう。

 まあ、どちらも正解だが。

 ダンブルドアに協力しなかったら、私は今いるこの小部屋に一生閉じ込められることになる。

 ダンブルドアに協力してヴォルデモート卿を殺すしか選択肢がない。

 それに、両面鏡の欠片の効果でダンブルドアには時間を操る能力が通用しない。

 だとしたら、ダンブルドアを殺すよりヴォルデモートを殺す方が簡単だ。

 

「ヴォルデモートには悪いけど、私の平穏のために死んでもらうわ」

 

 私は新聞を丁寧に折りたたむと、ベッドに向かって放り投げた。




設定や用語解説

ダンブルドアの決断
 サクヤを仲間に引き入れるという決断に慈悲は存在しない。ただやむを得ず、それしか方法がないからというのが正しい。

身体に埋め込まれた両面鏡
 これによってダンブルドアはサクヤの時間操作の影響を受けない。また、サクヤの閉心術は己の時間を少しズラすことで心を読まれないようにしているため、今のダンブルドアならサクヤに開心術を掛けることができる。

祭り上げられたサクヤ
 ハリーに代わり、サクヤが英雄として祭り上げられることになった。

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復帰とミートパイと私

 私が小部屋に監禁されてから三日が経った。

 私はホグワーツの制服を着こむと、鏡の前で身なりが整っているかを確認する。

 私が鏡の前でくるくる回っていると、今まで一度も開くことのなかった扉がノックされた。

 

「どうぞー」

 

 私は気の抜けた返事を扉に向かって返す。

 すると、扉がゆっくりと開かれ、ダンブルドアが部屋の中に入ってきた。

 

「約束通り、今日から授業に復帰じゃ」

 

 ダンブルドアは机の上に私の杖や懐中時計などの魔法省で取り上げられた小物を並べる。

 私はそれらをローブや制服のポケットに仕舞いながら言った。

 

「没収されたナイフが一本もないんですが」

 

「学業には必要なかろう」

 

 ごもっともだ。

 私は最後に杖を手に取り、軽く力を込める。

 すると杖の先から七色の光が飛びだし、周囲に散った。

 

「よし、状態は上々ね。他の先生方はどこまで状況をご存じで?」

 

「ハリー君を殺したのが君であるということを知っておるのはわしだけじゃ。他の先生方や生徒には、君は今の今まで聖マンゴの集中治療室で怪我の治療を受けておると説明してある」

 

「ブラック……グリム先生に関してはなんと?」

 

 私がグリムの名前を出すと、ダンブルドアは小さく顔を伏せた。

 

「サクヤ、君を英雄として祭り上げる必要がある以上、シリウス・ブラックの名誉を回復させるわけにはいかなくなった。シリウス・ブラックには、グリムという謎の人物のまま存在を消してもらうことになる。シリウス・ブラックはあの場にいなかった。そして、グリム先生は情勢の変化もありホグワーツの教授職を去ったという設定じゃ」

 

「それじゃあ、表向きはグリム先生は死んでいないと、そういうことですか」

 

「そうじゃ」

 

 まあ、真実がどうであれ、それが一番丸く収まる筋書きだろう。

 

「でも、パチュリー・ノーレッジはそれで納得するんですか?」

 

「パチュリー・ノーレッジとしても、今回のグリムの行動は予想外のものだったようじゃな。逆に弟子の独断専行に対する謝罪を貰ったぐらいじゃよ」

 

「そうですか……ということは、パチュリー・ノーレッジは今回の件についてかなり正確に把握していると?」

 

 私の問いに、ダンブルドアが頷く。

 

「流石にわしの口から真実を説明した。グリム先生……シリウス・ブラックと同じように、彼女もお主の正体について知り得ていたようじゃからの。事情を説明しておかねば、双方にとって不都合な事態になりかねん」

 

 まあ、それはそうだろう。

 弟子であるブラックが知っていて、その師匠であるパチュリーが知らないなんてことはあるはずがない。

 なんにしても、闇の魔術に関する防衛術の先生が新しくなるのは確かだ。

 

「さて、それでは参ろうかの。全校生徒が君の帰りを待ちわびておる」

 

「ええ、そうしましょう」

 

 私はダンブルドアのあとに続いて小部屋を出る。

 部屋を出た先はホグワーツで見慣れた石造りの廊下だった。

 確証はないが、ここはグリフィンドールの寮がある階の一つ下、七階だろう。

 

「思うんですが、死喰い人との繋がりがある殺人鬼を生徒たちの暮らす城に監禁するのってどうなんです?」

 

「アズカバンに収容するよりも安全だと判断したまでじゃよ」

 

 まあ、それもそうか。

 現状私を制御できるのはダンブルドアだけだ。

 だとしたら自分の手が届く場所に置いておくというのは正しい判断だろう。

 私とダンブルドアは階段を下り、ホグワーツの玄関ホールまで移動する。

 私はポケットから懐中時計を取り出すと、今の時間を確認した。

 

「えっと……あ、止まってる」

 

 私はぜんまいを巻きなおし、天井を見上げて裏から透ける大時計の時間に懐中時計を合わせた。

 

「ちょうど昼食の時間じゃ。皆大広間で食事を取っておる」

 

 ダンブルドアは優しく私の背中を押す。

 私は懐中時計をポケットに仕舞い直すと、ダンブルドアに軽く会釈して大広間の中に入った。

 私はいつもの足取りでグリフィンドールのテーブルへ近づき、ロンとハーマイオニーの二人を見つけ、その隣に腰かける。

 二人は私を認識するのに少し時間が掛かったようだが、私だと理解した瞬間二人してフォークを取り落とした。

 

「もうお腹ペコペコよ。ロン、そっちのミートパイ取って」

 

 私は空のゴブレットにかぼちゃジュースを注ぐと、手当たり次第に料理を自分の近くに引き寄せ始める。

 そしていざ料理を口に運ぼうとした瞬間、ハーマイオニーに押し倒された。

 

「サクヤ……っ!!」

 

「ぐへ」

 

 私は無防備な脇腹にハーマイオニーのタックルに近い抱擁を受け、そのまま椅子から落ちる。

 

「ハーマイオニー、貴方ねぇ……」

 

 私は椅子から落ちても離さなかったフォークに刺さったポテトを口の中に入れながらハーマイオニーに文句を言う。

 だがハーマイオニーは私のお腹の上で泣き続けるだけで、私の文句に対して返事をしなかった。

 

「本当に……、本当に無事でよかった……」

 

 ハーマイオニーは嗚咽交じりの声で言う。

 私は手を伸ばしフォークを机の上に戻すと、ハーマイオニーの頭を撫でた。

 

「私が死ぬわけないでしょう」

 

「でも、ハリーは……それに、貴方だって大怪我したって──」

 

 そうか、私は聖マンゴに入院していた設定だった。

 私はハーマイオニーごと体を起こすと、ため息交じりに言った。

 

「だったらなおさらよ。病み上がりの人間に対して体当たりするべきじゃないわ」

 

「あ、その……ごめんなさい。私ったら……」

 

 私はハーマイオニーを気遣うように起き上がると、先程まで座っていた椅子に座り直す。

 ハーマイオニーが起こした一連の騒ぎで大広間中の人間が私の存在に気が付いたのか、皆こちらを見ながらひそひそと話し合っていた。

 

「サクヤ、もう体はいいの?」

 

 ロンがミートパイの大皿を私の近くへ寄せながら聞く。

 私はミートパイを大きく切り分けながら言った。

 

「肉体的な怪我じゃなくて呪いによる怪我だったから時間が掛かったけど、もう万全よ。後遺症も残ってないわ」

 

「……そっか。サクヤが元気なようで何よりだよ」

 

 ロンは少し表情を暗くする。

 やはり、ハリーの死をまだ引きずっているようだ。

 

「私が寝ている間に、色んなことが起こってそうね。ホグワーツに戻る前に病室で少し新聞で読んだけど、ファッジ大臣が辞任したんでしょ?」

 

 私は口いっぱいにミートパイを頬張る。

 

「そう。その影響もあってかアンブリッジが魔法省に戻ったわ」

 

「まあ、そうでしょうね。でもそれじゃあ、アンブリッジが出した教育令は全て撤廃されるわけ? フレッドとジョージがクィディッチチームに復帰できるわね」

 

 私がそう言うと、ハーマイオニーが呆れた声を出す。

 

「呑気ねぇ。でも、今年はクィディッチの試合は中止になったわ」

 

「中止? ……ああ、まあそうか」

 

 この一週間ほどで、ホグワーツでは優秀なクィディッチ選手が二名も死んでいるのだ。

 試合を行なって盛り上がれるような雰囲気でもないのだろう。

 

「あと、これはダンブルドア先生から聞いたんだけど、アンブリッジ先生のほかにグリム先生もホグワーツの先生を辞めたんでしょう? 代わりの先生は来た?」

 

「そのことなんだけど……」

 

 ハーマイオニーはチラリと職員用のテーブルを見る。

 そこには私もよく知る魔女がちょこんと椅子に座り、スコーンをお茶請けに紅茶を嗜んでいた。

 

「嘘でしょ……」

 

 そこに座っていたのはパチュリー・ノーレッジだった。

 彼女は見た目だけはホグワーツの一年生とあまり変わらないので、職員用のテーブルで一人異彩を放っている。

 だが、ダンブルドアと同い年の熟練の魔女だ。

 グリムという弟子が死んだことで何かしらのアクションを起こすのではないかとか薄々思っていたが、まさか直接乗り込んでくるとは思っても見なかった。

 パチュリーは私の視線に気がついたのか、私の顔を軽く見つめ返すと、興味なさげに視線を手元の本に落とす。

 彼女の視線から怒りや警戒は感じなかったが、確実にこちらに対して思うことはあるはずだ。

 

「それじゃあ、彼女が闇の魔術に対する防衛術を担当するのね」

 

 私が確認するようにそう尋ねると、ハーマイオニーは静かに頷いた。

 

「あくまで六月まで、今年度の間だけみたいだけど。この前行われた初めての授業ではそう言っていたわ」

 

 途中でいなくなった弟子の穴を埋めるために師が直々に教鞭を取ると言うことか。

 ダンブルドアはパチュリーから謝罪を受けたと言っていたが、まさかこのような責任の取り方をするとは思ってもみなかった。

 

「なんというか、ここ数年彼女活発的に動きすぎじゃない? ホグワーツ卒業してからずっと引きこもって研究していたんでしょ?」

 

 私が呆れたように言うが、反対にハーマイオニーは目を輝かせる。

 

「理由は分からないけど……ファンとしてはうれしいわね。だってノーレッジ先生の生の授業が受けれるのよ! 前回だって凄かったんだから。魔法を極めるというのは、こういうことなんだって感じで。……と、そういえば、次の授業は闇の魔術に対する防衛術よ。サクヤは……もう授業には参加できるの?」

 

 私はいつもの鞄を取り出そうとポケットをまさぐったが、寮のベッドの下に置きっぱなしになっていることを思い出す。

 

「そうね。一度教科書を取りに寮に戻らないといけないけど、午後の授業には問題なく参加できるわよ」

 

 私は懐中時計で時間を確認する。

 今すぐ席を立たなければ、寮に鞄を取りに行く時間はないだろう。

 私は自分の皿に盛った料理を口の中に詰め込むと、かぼちゃジュースで一気に流し込む。

 

「それじゃあ、午後の授業で会いましょう」

 

 そして多くの生徒の視線を受けながら大広間を後にした。

 

 

 

 

 

「前回は私の自己紹介と授業の進捗状況の確認で終わってしまったし、今日から本格的に授業に入っていこうかしら」

 

 私が復帰してから最初の授業。

 闇の魔術に対する防衛術の教室では、大きな黒板の前に紫色のローブを着た小さな先生が立っていた。

 そう、魔法研究の第一人者、パチュリー・ノーレッジその人である。

 パチュリーは自分の著書である『明日への一歩を踏み出すための防衛術』を裏から捲ると、何かを思い出したかのように教科書を宙へ放り投げた。

 教科書はそのまま放物線を描いて地面に落ち、そのまま床をすり抜けどこかへ消えていく。

 ハーマイオニーはその様子を見てサーカスを見る子供のように目を輝かせた。

 だが、次にパチュリーの口から放たれた一言によって眉を顰めることになる。

 

「そうね。それじゃあ、今日は『リクタスセンプラ』をやろうかしら」

 

「り、リクタスセンプラですか?」

 

 パチュリーの前に座っていたシェーマスがつい聞き返してしまう。

 それはそうだろう。

 『リクタスセンプラ』とは抱腹絶倒魔法。

 掛けられた相手はただ笑い続けるというものだ。

 勿論、ホグワーツで習うことはない。

 だが、難しい呪文かと言えばそうではなく、練習さえすれば一年生でも使うことができるような魔法である。

 

「え? ダメかしら」

 

「いや、別にダメってことはないと思いますけど……」

 

 シェーマスは困った表情を浮かべ、横にいるネビルに助けを求める視線を向ける。

 私は声を潜めて横にいるハーマイオニーに聞いた。

 

「ねえ、グリムの最期の授業って何をやったっけ?」

 

「グリム先生の最後の授業? 確か強力な呪いをかけられたときの応急対処だったはずよ。ほら、教科書百五十七ページの」

 

 私は教科書を鞄の中から取り出すと、ハーマイオニーに言われたページを開く。

 するとそこには恐ろしいほど実用的な呪いの初期対処の方法が書かれていた。

 

「え? 普通この続きから授業始めるわよね? なんで抱腹絶倒呪いなのかしら」

 

 私の問いにハーマイオニーは首を傾げて答える。

 そのやり取りを聞いて、ロンが堪らず手を上げた。

 

「あのー、ノーレッジ先生? 前回は呪いの対処をやったので、その続きから授業を行っては?」

 

「呪いの対処の続き?」

 

 パチュリーは虚空からもう一度教科書を取り出すと、表から捲って納得したように頷いた。

 

「ああ、そっちね。勘違いしていたわ。それじゃあ今日は強力な呪いを掛けられた時の解呪方法についてをやりましょうか」

 

 パチュリーはそう言うと黒板にひとりでに文字が浮かび上がる。

 そして教科書の内容に従って授業が始まった。

 

「なんだったのかしら」

 

 ハーマイオニーが羊皮紙に黒板の内容を書き写しながら首を傾げる。

 私は少し気になり、教科書を裏から捲り始めると、百五十七ページを開き、そこに書かれている内容を読み取った。

 

「……ああ」

 

 そして、納得する。

 そこには『磔の呪文の代用魔法の研究』という項目があり、その中で挙げられている一つに抱腹絶倒魔法が記載されている。

 その内容を読む限りでは、抱腹絶倒魔法でも上手く調整すれば磔の呪文に近い効果を得ることができるらしい。

 

「いや、授業でやる内容じゃないでしょうに」

 

 私は確かめるように教科書に隠された文章を拾い上げていく。

 『効率のいい口の割らせ方』、『人体における急所と痛覚における急所』、『相手を殺さずに後遺症だけを残すためには』などの物騒な単語が並んでいる。

 どうやらこの教科書は裏から読むと『闇の魔術に対する防衛術』の教科書ではなく、『闇の魔法使いに対する攻撃術』の教科書に変化するようだ。

 書かれている内容があまりにも攻撃的すぎる。

 

「呪いというのは言ってしまえば魔法による副作用を利用した術。自らに掛けられた呪いの魔力を中和することができれば、呪いの効果を軽減することができるわ。よくある解呪の魔法薬とかはこれを外部的に行っているわけ。魔法薬の材料の成分によって体内に残留する呪いの魔力を中和する」

 

 私は無表情で淡々と授業を進めるパチュリーを見る。

 シリウス・ブラックが独断専行の挙句勝手に死んだから代理としてホグワーツの教員を引き受けたとダンブルドアは言っていたが、本当にそれだけだろうか。

 私の中のパチュリーの印象では、そんな程度で表の場に出てくるような魔法使いとは到底思えないのだ。

 私はパチュリーの行う授業をぼんやりと聞きながら、その裏に隠された真意に思考を巡らせた。

 

 

 

 

 闇の魔術に対する防衛術の授業の終わり、私は教科書や羊皮紙を片付けながら教室から人が減るのを待っていた。

 ブラックのこともある。彼女とは一度話をしておかなければならないだろう。

 

「ロン、ハーマイオニー。私少しノーレッジ先生と話があるから先に行ってて頂戴」

 

「授業の質問? だったら私も一緒に──」

 

 私はついてこようとするハーマイオニーの鼻を小突く。

 

「あうっ」

 

「個人的な話よ。時間掛かるかもだから先に行ってて」

 

 ハーマイオニーは少し涙目になりながらも納得したのか、ロンと二人で教室を出て行く。

 私は二人を見送ったあと、改めて授業の片付けをしているパチュリーのもとへと向かった。

 

「あの、ノーレッジ先生。少しお時間よろしいでしょうか?」

 

 パチュリーは私に対して視線を向けると、小さく頷く。

 

「勿論。私は先生で、貴方は生徒なのだから。教師は生徒の疑問に答えるものよ」

 

 私は教室に私たちしかいないことを確かめると、少し声を潜めてパチュリーに聞いた。

 

「あの、グリム先生のことなんですけど……」

 

「貴方が気に病む必要はないわ。ブラックは自分のやりたいようにやった。その結果、守りたい者も守れず、志半ばで死んだとしてもね」

 

「その、私が今住んでいる家は──」

 

「貴方の好きに使いなさい。あそこはもう正式に貴方の所有物よ。話はそれだけ?」

 

 パチュリーの問いに、私は首を横に振る。

 

「……先生は、私の能力をご存知なんですよね。私の出生の秘密や、私がどういった立場にいただとか」

 

「勿論、知っているわ。正直貴方のことはブラックを拾った時から目をつけていたし。貴方がヴォルデモートの娘であることや、死喰い人として活動していたこと……そして、その能力のことも知っている」

 

 鼓動が速くなるのを感じる。

 私の本能がこの場で殺せと囁く。

 だが、それは出来ない。

 いや、それをしたら今度こそ私はダンブルドアに殺されるだろう。

 

「安心しなさいな。ダンブルドアが貴方を英雄として祭り上げようとしているのは知ってるし。それを邪魔する気はないわ。まあ、貴方の能力が気になるのは確かだけど」

 

 パチュリーは授業で使用した資料を虚空へと収納する。

 

「今学期の授業が終わったら、私はまた隠居しようと思っているわ。今回ホグワーツの教師を引き受けた影響で、死喰い人に敵視されていたら面倒臭いもの」

 

「どちらの陣営にもつく気はないと?」

 

「ええ。だって私には関係ないもの」

 

 パチュリーはそう言うと音もなく消え去る。

 私は先程までパチュリーがいた場所を見つめながらボソリと呟いた。

 

「味方にはなってくれなさそうね」

 

 私は誰もいなくなった教室を後にし、次の授業へと向かった。




設定や用語解説

サクヤの監禁場所にホグワーツを選んだ理由
 サクヤを新しい英雄として自陣に引き入れる予定だったため。もしサクヤがダンブルドアの誘いを断っていたら、アズカバンではなくともホグワーツではないどこかへ監禁場所を移していただろう。

闇の魔術に対する防衛術の教授、パチュリー・ノーレッジ
 死んだグリムの代わりに教鞭を取ることになった。

抱腹絶倒魔法
 相手をただ笑わせる魔法。防ぐことは容易なので決闘の場では使えたものじゃないが、相手を完全に拘束し、抵抗できない状態で何時間にも渡りかけ続ければかなり相手の精神に負担を掛けることが出来る。

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補佐官と打ち合わせと私

 私が授業に復帰してから一週間が経過した土曜の昼。

 私はトンクスの引率のもと、ホグズミードにあるパブ、三本の箒を訪れていた。

 

「あらトンクスじゃない。今日は休み?」

 

 パブの中に入ると店主であるマダム・ロスメルタがトンクスに声を掛けてくる。

 

「いやいや、そんなに暇でもないのよ。今日のこれも大臣から直々に指示されたお仕事なんだから」

 

 トンクスはそう言うと私の肩をポンポンと叩く。

 ロスメルタは私の顔を見ると、何か納得したように頷いた。

 

「ああ、なるほど。彼女の護衛ってわけね」

 

「そういうこと。というわけで、暖炉をお借りできます?」

 

「ええ、どうぞ」

 

 ロスメルタは店の隅でパチパチと音を立てて暖炉を指し示す。

 トンクスは軽い足取りで暖炉に近づくと、暖炉の上に置かれた小瓶から煙突飛行粉をひと掴み取り、暖炉に投げ入れた。

 

「オーケー。それじゃあサクヤ、お先にどうぞ。『魔法省』って言えばいいから」

 

 私は緑色に変わった炎の中に足を踏み入れる。

 そして灰を吸い込まないように注意しながら目的地を言った。

 

「魔法省!」

 

 私がそう言った瞬間、私は煙と共に煙突の中に吸い込まれる。

 そして次に足がついた時には私は魔法省の地下八階にあるエントランスの暖炉の中に立っていた。

 私は後がつかえないようにすぐに暖炉の外に出ると、エントランスの中央にある噴水の近くへ移動する。

 エントランスには数多くの暖炉が設置されているので、トンクスとスムーズに合流するには私が目立つところに立っているのが一番効率がいいだろう。

 私は噴水の近くに設置されているベンチに腰掛けると、手持ち無沙汰に噴水の周りを見回す。

 すると、噴水の脇に小さな立て札が立てられているのが目に入った。

 

『「魔法族の和の泉」この泉からの収益は聖マンゴ魔法疾患障害病院に寄付されます』

 

 ああ、よくあるチャリティーか。

 私はポケットの中から財布を取り出すと、ガリオン金貨を一枚手に取り噴水の中に投げ入れた。

 

「……なんだか感慨深いわね」

 

 数年前まで私は施される側だった。

 それが、今ではこのようにガリオン金貨の一枚ぐらい寄付しても問題ないぐらいには資産を持っている。

 私は噴水の上に設置されている魔女の像を一目見ると、再びベンチに腰を下ろした。

 

「あ、いたいた。サクヤ! こっちこっち」

 

 するとその瞬間、後ろからトンクスに声を掛けられる。

 どうやらトンクスは反対側の暖炉に出ていたようだ。

 

「いやぁ、やっぱりここのエントランス広すぎだよね。待ち合わせには向いてないというか」

 

 私はベンチから立ち上がり、トンクスの近くへと移動する。

 

「さて、まずは守衛室で杖の登録をしなきゃ」

 

 トンクスはそう言うが早いか、滑るようにゲート横にある守衛室と書かれたカウンターに近づいていった。

 カウンターには青いローブを着た無精髭の男性が座っている。

 

「えっと、この子が魔法省に用があって、杖の登録をしたいんだけど」

 

 守衛の男性は気だるげな表情で私の顔を見ると、少し考えてから目を見開いた。

 

「まさか、あんたサクヤ・ホワイトか?」

 

「あら、よくわかったね。名前入りの外来バッジもつけてないのに」

 

 トンクスが後頭部を掻きながら言う。

 守衛は私の顔をしばらく見つめていたが、すぐに我に返り慌てて言った。

 

「お会いできて光栄ですホワイトさん。で、なんでしたっけ?」

 

「だから、杖の登録だって」

 

 トンクスが呆れたように言う。

 

「そうでしたそうでした。それでは、少し失礼して」

 

 守衛は金属探知機のような金の棒を私にかざした。

 

「呪いの品や危険な毒物の反応なし。では、杖をこちらに」

 

 私は杖を守衛の男性に手渡す。

 守衛の男性は私の杖を秤のようなものの上に置くと、レシートのように横から出てきた羊皮紙を破り取り読み上げた。

 

「二十五センチ、吸血鬼の髪……珍しい杖をお使いですな。使用期間は四年半。間違いないですかな?」

 

「ええ、その通りです」

 

「では、杖をお返しします。これはこちらで保管しますので」

 

 守衛の男性は杖を私に返すと、私の杖の情報が記入された羊皮紙を真鍮の釘に突き刺す。

 

「よし、じゃあ行こうか」

 

 トンクスは私が守衛の男性から杖を受け取ったのと同時に私の背中を押してゲートの方へ歩き始める。

 私は守衛の男性に笑顔で手を振ると、トンクスと一緒にゲートを通った。

 ゲートを通った先には多くのエレベーターが立ち並んでおり、私とトンクスはその中の一つに乗り込む。

 トンクスは私たちの他にエレベーターに乗り込む者がいないことを確かめると地下一階のボタンを押した。

 

「実は地下一階に行くの初めてなんだよね」

 

「そうなんですか?」

 

 私が聞き返すと、トンクスは恥ずかしそうに言った。

 

「地下一階には大臣室と次官室しかないからさ。私みたいな下っ端には縁のない部屋ってわけ」

 

「大臣室に、次官室ですか。そういえば、アンブリッジは次官に戻ったんです? それともさすがに左遷ですか?」

 

「上級次官も代わったよ。アメリア・ボーンズっていう魔女」

 

 アメリア・ボーンズ、聞いたことのない名前だ。

 だが、きっとスクリムジョールの派閥の人間だろう。

 そんな話をしている間にエレベーターは地下一階に到着した。

 私とトンクスはエレベーターから降りると、高そうなレッドカーペットを踏み締め、廊下を歩く。

 そして廊下の突き当たりにある大臣室の前で立ち止まった。

 

「えっと、今何時?」

 

 トンクスに聞かれて私は懐中時計を取り出す。

 

「十三時二十分です」

 

「約束の時間は十三時半だっけ」

 

「そもそも、直接大臣室に乗り込んで大丈夫なんです? 普通こういうのって補佐官を通すんじゃ……」

 

 私がそう言った瞬間、トンクスはポンと手を打つ。

 そして廊下を引き返し始めた。

 

「そ、そうだよね! うっかりしてたー……。えっと、補佐官室は……」

 

 私はトンクスにバレないように小さくため息を吐くと、トンクスの後に続いて廊下を引き返す。

 トンクスはエレベーター近くの補佐官室まで引き返し、部屋の扉をノックした。

 

「どうぞ」

 

 部屋の中から男性の返事が返ってくる。

 トンクスはピクンと眉を動かすと、補佐官室の扉を開けた。

 

「失礼しまーす。本日十三時半に大臣と面談の予定が入ってるサクヤ・ホワイトの引率のものですが……」

 

「ああ、トンクスさん。お待ちしておりました。サクヤも、元気そうで何よりだ」

 

 部屋の中にいたのはロンの兄弟のパーシー・ウィーズリーだった。

 そうか、ファッジが降ろされたあとも補佐官として残れることになったのか。

 私は握手を求めてきたパーシーと握手を交わす。

 

「話には聞いていたけど、大変なことになってるね」

 

「そっくりそのままお返ししたいところだけど……パーシー、貴方ファッジの派閥の人間じゃなかったかしら」

 

 私の遠慮のない言葉に、パーシーは苦笑いを返す。

 

「派閥も何も、僕はまだ入省二年目だよ。派閥とか、そういうのとは無縁さ」

 

「それにしては凄い出世よね。二年で大臣補佐なんて」

 

 まあ、スクリムジョールとしてはダンブルドアとも仲がいいウィーズリー家の子供は確保しておきたかったのだろう。

 そういう意味ではパーシーは運がいいとも言える。

 

「まあ、その話は後にしよう。大臣がお待ちだ。……大臣はできればサクヤと二人で面談したいとおっしゃっているんだけど、大丈夫かな?」

 

 私はその問いにトンクスの顔を見上げる。

 トンクスは少し考えたあと、判断がつかないと言わんばかりに肩をすくめた。

 

「サクヤがそれでいいなら、私としては構わないけど」

 

「私は大丈夫ですよ」

 

 私の返事に、パーシーは満足そうに頷く。

 

「ありがとう。では、トンクスさんはこちらにある椅子か、大臣室の外で待機のほうよろしくお願いします。サクヤは僕と一緒に大臣室だ」

 

「了解了解。じゃあ私はここで待たせてもらうかな」

 

 トンクスはそう言うと補佐官室にある椅子に座る。

 私はパーシーの案内で補佐官室を出ると、先程目の前まで行った大臣室の扉に向かった。

 パーシーは大臣室の重そうな樫の扉をノックする。

 

「スクリムジョール大臣、補佐官のウィーズリーです。面談予定のサクヤ・ホワイト氏をお連れしました」

 

「中へ通してくれ」

 

 部屋の中からすぐに厳しい声色で返事が返ってくる。

 パーシーはピンと背筋を伸ばすと、大臣室の扉を開け、私を中へ案内した。

 

「お待ちしておりました。ミス・ホワイト。いや、親愛を込めて名前で呼ばせてもらってもいいかな? 私のこともルーファスでいい」

 

 私が大臣室に入ると、厳つい顔をした魔法使いが精一杯の愛想笑いを浮かべてソファーの脇に立っていた。

 普段あまり笑顔を浮かべないのか、表情筋が引き攣っている。

 私はそんなスクリムジョールを内心で笑いつつ、鍛え抜かれた完璧な愛想笑いで挨拶した。

 

「お初にお目にかかります。スクリムジョール大臣。ええ、私のことは気軽にサクヤと呼んでいただけたらと思います。私もルーファスさんと呼ばせていただきますので」

 

 私とスクリムジョールは互いに笑顔を浮かべつつ握手を交わし、ソファーへと腰掛けた。

 

「君の活躍は私が闇祓い局の局長だった頃からよく聞いていたよ。去年は他校の上級生相手に大立ち回りだったそうじゃないか。バグマンがよく自慢げに話していた。イギリスの代表はドラゴンを単独で屠れるとね」

 

「恐縮です」

 

 まあ、その一年以上前にバジリスクを単独で殺しているが、それを知っているのはヴォルデモートとダンブルドア、そして今は亡きロックハートだけでいい。

 

「それに、今回の件もだ。君の卓越した戦闘センスと、ハリー君の献身がなければ、二人とも命を落としていただろう」

 

「そんな、運が良かっただけですよ」

 

 私はわざと少し表情に影を落とす。

 

「そもそも、私が攫われていなければハリーが命を落とすこともなかった──」

 

「それは違う。先日の一件は魔法省の失態だ。闇祓い局の元局長として謝罪させて欲しい。そもそも、杖を没収されている学生が、死喰い人に抵抗出来るはずもない」

 

 スクリムジョールの表情から察するに、今の一言は本心だろう。

 そもそも魔法省がしっかりしていれば、あのようなことにはならなかったのだ。

 まあ、私はその『あのようなこと』を実行した側だが。

 私は少し顔を伏せ考え込む仕草を見せると、少し顔を上げて言った。

 

「今日、お呼びいただいたのはその件ですよね。名前を呼んではいけないあの人が復活し、宿敵であるハリー・ポッターを殺害した。魔法界は再び闇に飲まれようとしています」

 

「誠に遺憾だが、その通りだ。そして、目を背け、見て見ぬふりをしていれば解決するような問題でもない。魔法省としても早急に対策を立て、闇の勢力に立ち向かっていかなければならない。そのための準備を魔法省は急ピッチで進めている。そして──」

 

「これも、その一環……ですよね?」

 

 私はスクリムジョールに対し笑顔を向ける。

 スクリムジョールは小さく眉を動かしたあと、肩をすくめた。

 

「余計な腹芸や感情に訴えた説得はどうやら必要ないようだな。……その通り。魔法界は今希望を欲している。闇の勢力に立ち向かうシンボルが必要だ。サクヤ、これは君にしか務まらない。例のあの人の復活をその目で見た君だからこそ、ハリー・ポッターが命を賭して守った君だからこそ、今の魔法界でシンボルになり得るのだよ」

 

 スクリムジョールは真剣な眼差しで私を見つめる。

 

「して、魔法省として、私に要求することは?」

 

「なに、危険が伴うことや、難しいことを頼むわけではない。サクヤ・ホワイトと魔法省が協力関係にあるという印象を与えれればそれでいいのだ」

 

「協力関係ですか。新聞の取材を受けた時に軽く匂わせたり、実際に私が魔法省に出入りするところを見せたり……ですかね」

 

 私が確認すると、スクリムジョールは頷いた。

 

「話が早くて助かる。実際君は顔立ちもいい。どの新聞社も君の写真で記事を書きたがるだろう」

 

「ええ、構いません。私としても、可能な限り魔法省とは協力していきたいと考えています。きっと、ダンブルドアも同じ考えでしょう」

 

 そうでなければ、私をここへ送り出さないだろう。

 その後、私とスクリムジョールは一時間ほどかけて魔法省訪問の具体的な訪問スケジュールや、協力関係にあることの認識合わせを行った。

 スクリムジョールとしてはここまでスムーズに話が進むと思っていなかったのか、全ての話し合いが終わる頃には少々拍子抜けな顔をしていた。

 

「それではルーファスさん。また近いうちに」

 

「ああ、魔法省訪問の際はこちらから人を送ろう」

 

 私はスクリムジョールに会釈をすると、大臣室を出る。

 そして補佐官室で待っていたトンクスと合流すると、パーシーに帰る旨を伝えエレベーターに乗り込んだ。

 

「随分長いこと話していたけど、なんの話だったの?」

 

 エレベーターがジャラジャラ音を立てながら地下八階へ降る中、トンクスが手持ち無沙汰に私に尋ねる。

 

「魔法省としては私と協力関係にあるということを世間にアピールしたいらしくて。具体的には何を行うかという話をつらつらと」

 

「なるほどねぇ……ってサクヤはそれでいいわけ?」

 

「何がです?」

 

 私が聞き返すと、トンクスが少し不服そうな顔で言った。

 

「つまりそれって、打倒あの人の神輿として担がれてるわけでしょ?」

 

「まあ、そういうことになりますね」

 

「サクヤはさ、それでいいの?」

 

 トンクスはそれ以上の表現が出てこないのか、繰り返しそう聞いた。

 

「確かに、思うことが何もないと言ったら嘘になりますが……って、いいんです? 仮にも貴方の元上司……いや、今でも上司か。トップの方針ですよ?」

 

「まあ、そうなんだけど……サクヤが納得してるならいいのかな?」

 

 その瞬間、地下八階を知らせるアナウンスと共にエレベーターが止まり、扉が開き始める。

 私とトンクスがエレベーターから降りると、小柄な少女が入れ替わるようにしてエレベーターに乗り込んだ。

 私は、無意識にその少女を目で追う。

 青い髪に桜色のドレス。

 背は私より随分と低いが、背中から生える大きな黒い羽が、その者の存在を強く主張していた。

 そう、私の死を予言した占い師、レミリア・スカーレットその人だった。

 レミリアは私の存在に気がついたのか、エレベーターの扉が閉まる最中、私に向かって軽く手を振る。

 私はエレベーターの扉が完全に閉まりきるまで見送ると、踵を返してトンクスの後を追った。

 レミリアは一体何の用事で魔法省を訪れたのだろうか。

 吸血鬼としてなのか、占い師としてなのか、はたまた権力者としてなのか。

 ホグワーツの医務室でヴォルデモートが復活したと私が報告したあの夜、レミリアはダンブルドアとファッジの言い争いに呆れその場を後にした。

 その後、彼女が今回の件に関してどのような態度を取っているか何も情報が入ってきていない。

 彼女は敵なのか味方なのか、それすら今の私には判断がつかなかった。




設定や用語解説

補佐官パーシー
 スクリムジョールとしても可能な限りダンブルドアとの関係を維持したいと考えているため、不死鳥の騎士団の一員であるアーサー・ウィーズリーの息子を補佐官に据えた。そうでなかったらファッジと共に左遷されていたかもしれない。

魔法省と連携を密にするダンブルドア
 原作とは違い、サクヤを英雄として魔法界に売り込まないといけないため、魔法省と方針が一致している。

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鉄格子とリドル家と私

 一九九六年、四月。

 ホグワーツがイースター休暇に入った初日、私はダンブルドアに連れられアズカバンの監獄内を歩いていた。

 

「なんというか、不思議な雰囲気の場所ですね」

 

 私はアズカバンの外を巡回する吸魂鬼を眺めながら言う。

 

「不思議な雰囲気……この場所をそう表現したのはきっと君が初めてじゃろう。ここは殆どの魔法使いにとって恐怖の象徴であり、また、一部の魔法使いにとっては終わりの場じゃ」

 

 そう言ってダンブルドアは檻の中に一瞬視線を向ける。

 私も歩きながら檻の中にいる囚人を観察した。

 殆どの囚人がまるで骸骨のように痩せこけ、死んだように床に倒れている。

 そして、たまに牢屋のそばを吸魂鬼が通り過ぎると、ガタガタを身を震わせた。

 

「あまり長居するところではない。こっちじゃ」

 

 ダンブルドアは足早にアズカバン内を歩いていく。

 私は真横を通り過ぎた吸魂鬼を手で払い除けるとダンブルドアの後を追った。

 

「それにしてもダンブルドア先生。休暇初日からアズカバン見学は少し飛ばし過ぎていませんか? 今日は一体何の用でここに?」

 

 私はダンブルドアに追いつくと、顔を見上げて聞く。

 ダンブルドアは私の問いに足を止めることなく答えた。

 

「ある人物に会いにきた。ヴォルデモートのことを深く知るためにの」

 

「ああ、だからアズカバンに」

 

 闇の魔法使いのことは闇の魔法使いが一番よく知っているということだろうか。

 

「ですが先生、そう簡単に話してくれますかね。例のあの人の近くにいた人物ほど、そう簡単に口を開かないと思うんですけど」

 

「それはそうじゃろうな。闇の帝王の忠実なるしもべたちは、決して口を割ることはないじゃろう。じゃが、今日会いにきたのはそのような者たちではない。……ここじゃ」

 

 ダンブルドアは不意に足を止める。

 そして鉄格子越しに牢屋の中に呼びかけた。

 

「モーフィン・ゴーントじゃな?」

 

 ゴーントと呼ばれた老人はダンブルドアの声に反応し薄く目を開けたが、すぐに興味を無くしたのか目の焦点が合わなくなる。

 

「リドル一家が殺害された事件について、君の記憶を貰いにきた。そう、君が指輪を失くしたときのことじゃ」

 

 リドル一家殺害……リドルと聞くと、トム・リドルぐらいしか思いつかないが、その関係者だろうか。

 ゴーントは指輪という単語を聞いた瞬間目を見開くと、しわがれた声で言った。

 

「ああ、親父に殺される。指輪を失くしちゃったから、親父に殺される……」

 

 ダンブルドアはその様子を見て、ローブから杖を取り出す。

 そしてゴーントに対して開心術をかけ始めた。

 

 

 

 

 

 そのまま五分ほどが経過しただろうか。

 ダンブルドアは杖を仕舞うとゴーントに対して微笑みかけた。

 

「ご協力感謝する。君をアズカバンから釈放するよう、魔法省に働きかけよう。もうしばらくの辛抱じゃ」

 

 ダンブルドアはゴーントにそう告げると来た道を引き返し始める。

 私は少し早足になりながらダンブルドアの後を追った。

 

「ダンブルドア先生、リドル一家殺害とは一体──」

 

「その話は校長室で行うことにしよう。ここで得た記憶の話と共にの」

 

 ダンブルドアは近くの空きの牢屋に入ると、周囲に人目がないことを確認した。

 

「サクヤ、止めるのじゃ」

 

 私はダンブルドアに言われた通りに時間を止める。

 ダンブルドアは周囲を見回し時間が止まったことを確認すると、私の肩に手を置き校長室へと姿現しした。

 校長室へと降り立った私は、校長室に人がいないことを確認してから時間停止を解除する。

 ダンブルドアは周囲の小物たちが動き出したことを確認し、部屋の隅に置かれた石の水盆、『憂いの篩』の近くへと移動した。

 

「アズカバンから死喰い人がなんの痕跡もなく脱獄したと聞かされた時は耳を疑ったが……なるほど。このようにして脱獄したのじゃな」

 

「実行犯は例のあの人ですけどね。私は時間を止めていただけです」

 

 私はそう言って肩を竦める。

 ダンブルドアはそんな態度の私を叱ることもなく、自分の頭から記憶を抜き出すと、水盆の中へ落とした。

 

「サクヤ、こっちへ」

 

 私はダンブルドアに促され、水盆へと近づく。

 水盆の中には先程ダンブルドアが抜き出した記憶が渦巻いており、時折銀色の水泡が水面で弾けた。

 

「この記憶は?」

 

「先程開心術にて覗き見たモーフィン・ゴーントのものじゃ。憂いの篩の使い方は?」

 

「ええ、心得ております」

 

 実際に使用したことはないが、文献で読んだことはある。

 私は前髪をかきあげると、水盆の中に顔を突っ込んだ。

 その瞬間、私はモーフィン・ゴーントの記憶の中に落ちていく。

 

 

 

 着地した先は荒れ放題でこれ以上にないぐらいに汚れた家の中だった。

 天井には所狭しと蜘蛛の巣が張り、机の上には腐敗した食材が散乱している。

 床にはスープをこぼしたような跡がこびり付き、窓ガラスはところどころ割れ、穴が開いていた。

 

「これは何というか……記憶の中じゃなかったら鼻が曲がって死んでますよ私」

 

 私はすぐ後ろに着地したダンブルドアに言うが、ダンブルドアは真っ直ぐ暖炉のそばを指さす。

 そこには大きな肘掛椅子が一つあり、髪も髭も伸ばし放題な汚らしい男性が腰かけていた。

 モーフィン・ゴーントだ。

 モーフィン・ゴーントは生きているのか死んでいるのかわからない様子でぼんやりと虚空を見つめている。

 だが、家の扉が叩かれた瞬間跳ねるように飛び起き、右手に杖を構え、左手で机の上に置かれていたナイフを手に取った。

 その瞬間、鈍い音を立てながら家の扉が開かれる。

 家の中に入ってきたのは背が高い黒髪の青年だった。

 私はその人物に見覚えがある。

 

「トム・リドル?」

 

 トム・リドルと言えば秘密の部屋の事件を解決したホグワーツの秀才だ。

 確か卒業後はボージン・アンド・バークスに就職したらしいので、それ関連の仕事だろうか。

 いや、それにしては若すぎる。

 きっとまだホグワーツの学生だ。

 

「貴様ッ!」

 

 トム・リドルの顔を見た瞬間、モーフィン・ゴーントがナイフを抱えてトム・リドルへと突進する。

 だが、トム・リドルはまったく焦ることなくモーフィン・ゴーントの攻撃を避けると、静かに口を開いた。

 

「……ん?」

 

 トム・リドルは確かに口を開き、モーフィン・ゴーントに何かを言ったはずだ。

 だが、私にはその言葉が全く聞き取れなかった。

 

「ダンブルドア先生、今のは……」

 

「パーセルタング、蛇語じゃよ。ゴーント家はサラザール・スリザリンの子孫にあたる家系なのじゃ」

 

 トム・リドルとモーフィン・ゴーントはその後も蛇語で会話を続ける。

 私はその様子を見て首を傾げた。

 

「でも、トム・リドルはゴーント家とは無関係ですよね?」

 

「いや、そうでもない。トム・リドルの母親の名前はメローピー・ゴーント。ここにいるモーフィン・ゴーントの妹じゃ」

 

「では、モーフィン・ゴーントはトム・リドルの叔父さんというわけですね」

 

 トム・リドルがモーフィン・ゴーントに近づいた瞬間、周囲が闇に包まれる。

 闇が晴れた時には、私は校長室に立っていた。

 

「記憶が途切れた……そういうことですね」

 

「その通り。今潜った記憶の次の日に、モーフィンはリドル一家殺害の容疑で魔法省に逮捕されとる。モーフィンは自分があのマグルを殺したと得意げに話したそうじゃ」

 

「なるほど、それでアズカバンへ……でも、ダンブルドア先生はそうお考えではないと?」

 

「そうじゃの。わしは、リドル一家を殺害したのはトム・リドルじゃと思っとる」

 

 ダンブルドアの言葉に、私は小さく首を傾げる。

 

「トム・リドルがマグルの一家を殺害? しかも、同じ苗字ということは……」

 

「そう。殺されたマグル、リドル家の当主はトム・リドルの父親じゃ」

 

「だとしたら、余計わかりませんね。何故彼がそのようなことを?」

 

「そうじゃな。では答え合わせといこうかの」

 

 ダンブルドアは杖の先で記憶を掬い取ると、小瓶に詰めてポケットの中に滑り込ませる。

 

「トム・マールヴォロ・リドル。彼のことは知っておるようじゃの」

 

「二年生の時に散々調べましたので。五十年以上前に秘密の部屋の事件を解決した優等生ですよね?」

 

「そう。そして、今現在はヴォルデモート卿と言われておる」

 

 ……ん?

 

「トム・リドルが、ヴォルデモート卿?」

 

「意外かね?」

 

「そりゃ……まあ、イメージ通りと言えばイメージ通りですが……でも、だとしたらトム・リドルは何故五十年前に秘密の部屋を開いておきながら、表向きは自分で解決し、秘密の部屋を閉じたんです? 自分が捕まらないようにするため……にしては結果が曖昧ですよね?」

 

「明確な理由がある。理由と言うても、本当に些細な理由じゃ。トムは、夏休みに孤児院に帰りたくなかったのじゃよ」

 

 夏休みに孤児院に帰りたくない?

 私が首を傾げると、ダンブルドアは追加で説明をしてくれる。

 

「トムにとってマグルの孤児院に帰るというのはこの上ない苦痛だったのじゃよ。夏休みが近づいたある日、トムは当時の校長のディペット先生を訪ねた。夏休みの間、ホグワーツに残らせてほしいと。ディペット先生はそんなトムからのお願いを、秘密の部屋の事件が解決していないことを理由に断ったのじゃ」

 

「では、トム・リドルの中ではサラザール・スリザリンの意思を継いでマグル生まれをホグワーツから追放するよりも、マグルの……ウール孤児院に帰りたくないという気持ちが勝ったと」

 

「そう。それほどまでに、トムはあの孤児院を嫌っておった。じゃが、トムはマグル生まれの追放を諦めたわけではない」

 

 ダンブルドアは机の引き出しの中から一冊の古びた日記帳を取り出す。

 私はそのインクで汚れ、穴の開いた日記帳に見覚えがあった。

 

「これは……ロックハートが持っていた──」

 

「そう。トム・リドルの日記じゃ。聡い君なら、当時とは違った考えが浮かぶのではないかね?」

 

 確かに、あの時はこの日記帳に関してはそれほど関心を寄せていなかった。

 ロックハートが秘密の部屋を開くにあたり、参考にしたのではと、その程度に考えていた。

 だが、トム・リドルがヴォルデモートだとすれば、違うものが見えてくる。

 

「ロックハートはヴォルデモート卿の信奉者だった?」

 

「その可能性も考えられるが、そうではない。ロックハートは、この日記帳に操られておったのじゃ」

 

「日記帳が、ロックハートを? そんなことが可能なのです?」

 

 ダンブルドアは日記帳に残された穴を指でなぞる。

 

「可能じゃ。この日記帳にはトム・リドルの、ヴォルデモート卿の記憶と魂が込められておったのじゃよ。いつかこの日記帳を手にしたものの精神を乗っ取り、再び秘密を部屋を開くために」

 

 魂を物に込める。

 私はその魔法について心当たりがあった。

 

「……分霊箱、でしょうか」

 

「やはり、存在は知っておったか。そう、闇の魔術に、自らの魂を引き裂き、別の入れ物に封じ込めるという魔法がある。たとえ肉体が滅んだとしても、分霊箱がある限りそのものは完全には死に至らん」

 

「では、ヴォルデモートは自らの魂を引き裂き、この日記帳に移した。ハリーに破れたヴォルデモートが完全に消滅しなかったのは、分霊箱があったから……」

 

 だとしたら、ヴォルデモートが魂だけの存在になりアルバニアの森で潜伏していた理由も理解できる。

 私は穴の開いた日記帳を見つめる。

 

「もう、この日記帳は分霊箱としては機能していないのですよね?」

 

「その通り。君が偶然にもバジリスクの牙でこの日記帳を突き刺したからの。バジリスクの毒は猛毒じゃ。本来分霊箱というのはありとあらゆる魔法を跳ね返し、どのような破壊行為にも耐える耐久性を有しておる。じゃが、バジリスクの毒はそんな分霊箱をも破壊するほどの猛毒なのじゃ」

 

「……私、知らない間にヴォルデモートの魂の半分を殺していたんですね」

 

 ヴォルデモートはこの事実を知っていたのだろうか。

 いや、知っているはずだ。

 ヴォルデモートは一度私の脳内を開心術で覗いている。

 だとしたら、ヴォルデモートは自らの半分を殺されたことへの復讐よりも、私を仲間に引き入れることを優先したということになる。

 

「半分。果たして、本当にそうじゃろうか」

 

 その言葉に、私はダンブルドアの顔を見上げた。

 

「……ダンブルドア先生は、ヴォルデモートは分霊箱を複数個作ったと、そうお考えなのですか?」

 

「考えてみて欲しい。分霊箱というのは本来厳重に隠され、護られておらねばならん。じゃが、この日記帳には分霊箱としての機能の他に、サラザール・スリザリンの継承者として秘密の部屋を再び開くという機能も付加されておる。そう、この分霊箱は明らかに表に出ることを想定して作られておるのじゃ。サクヤ、君ならたった一つの分霊箱に、そのような機能を持たせるかね?」

 

 確かに、私なら絶対に分霊箱にそのような機能は付けない。

 目立たない小石にでも魂を封じ込め、海に投げ込むだろう。

 

「では、ヴォルデモートは少なくとも二つ以上分霊箱を作っている。……段々今回のアズカバン旅行の意図が読めてきました」

 

 ダンブルドアは、ヴォルデモートを殺す下準備として、ヴォルデモートが作成した分霊箱を探しているのだ。

 

「モーフィン・ゴーントの記憶には、分霊箱を追う手がかりがある?」

 

「さよう。話を戻すとしよう。トムが何故リドル家を……自分の父親を殺したのか。トムの母親の名前はメローピーという。先程会いに行ったモーフィンの妹じゃ。メローピーは村で出会ったマグルの男性、トム・リドルに恋をした」

 

「トム・リドル?」

 

「トム・マールヴォロ・リドルの父親の名じゃよ。父親の名前からトム、祖父の名前からマールヴォロじゃ。メローピーは父のマールヴォロと兄のモーフィンが一時的にアズカバンに収監された隙をついて家に伝わる秘宝であるスリザリンのロケットを持って逃走。マグルであるリドルを魔法で魅了し、駆け落ちしたのじゃ」

 

「でも、その生活は長くは続かなかった。そうですよね?」

 

 ダンブルドアは静かに頷いた。

 もしメローピーとトム・リドルの生活が続いていたのだとしたら、ヴォルデモートは孤児院で生活するようなことにはならなかった筈だ。

 

「魔法で作り出した愛というのは壊れやすい。魔法が切れ、正気に戻ったトム・リドルはメローピーを捨て村へと帰ってきた。一人残されたメローピーは失意の中、孤児院で赤子を出産、そのまま亡くなったそうじゃ」

 

「ではヴォルデモートは母を捨てたマグルの父を恨んでいたと」

 

「恨みほどの強い感情を抱いていたかはわからん。じゃが、よく思っておらんかったのは確かじゃろう。むしろ、どうでもよいとまで思っておったかもしれん」

 

「ちょっと待ってください。それならば、何故ヴォルデモートはリドル家を殺すようなことを? どうでもいい相手なら、リスクを冒してまで殺すようなことはしないのでは?」

 

 ダンブルドアの瞳がキラリと光る。

 ダンブルドアは私にその理由を話して良いか少々迷ったような素振りを見せたが、少し声を潜めて言った。

 

「殺人という行為そのものに意味があるのじゃ。分霊箱は魂の欠片を物体に封じ込める魔法じゃ。そのためにはまず魂を引き裂かねばならん」

 

「殺人という行為に意味がある。殺人を行うことにより、魂を引き裂くことができると……そういうことですね。では、ヴォルデモートは分霊箱を作るためにリドル一家を殺し、その罪をモーフィン・ゴーントに押しつけた」

 

 問題は、一体何を分霊箱にしたかだ。

 それに、分霊箱をいくつ作ったのかという問題も出てくる。

 

「この記憶のすぐ後、トムは指輪をし始めた。黒い石が嵌められた指輪じゃ」

 

「指輪……そういえば、モーフィンが指輪を失くしたと呟いていましたが」

 

「そうじゃ。トムはモーフィンから奪った指輪を、ゴーント家に代々伝わる指輪を分霊箱にしたとわしは考えておる」

 

 では、二つ目の分霊箱はゴーント家に代々伝わる指輪か。

 

「指輪ですか……小さいので探すのが大変そうです」

 

「場所を特定するにはまだ情報が足りん。じゃが、兎にも角にも廃墟となったゴーント家を調べる価値はあると考える」

 

 私は懐中時計を確認する。

 今の時間は十一時二十五分。

 まだ時間は十分にあると言えるだろう。

 

「すぐに出発しますか? それとも、昼食を取ってから?」

 

「たまには外で昼食を取るのも悪くないじゃろう」

 

 ダンブルドアは私に向かって右手を伸ばす。

 私は差し出された右手を掴むと、時間を停止させた。

 

「それでは参ろうかの」

 

 次の瞬間、ダンブルドアが姿くらましする。

 私はそれに引っ張られる形で校長室を後にした。




設定や用語解説

モーフィン・ゴーント
 ヴォルデモートの母親の兄

トム・リドルの正体
 二年生の時、秘密の部屋事件があのような終わり方だったため、サクヤはトム・リドルの正体を知らなかった。また。サクヤは未だにロックハートのことを優秀な魔法使いだと思っている。

分霊箱の存在を知っているサクヤ
 あ、これパチュリーの本で読んだところだ!


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首吊り男とゴーントの家と私

 一九九六年四月、イースター休暇初日。

 私はダンブルドアと共にリトル・ハングルトンにある小さなパブ、『首吊り男』のテーブル席に座っていた。

 パブ自体は少々古ぼけているが清掃は行き届いており、店内の様子から夜はそこそこ賑わうのだろうということがわかる。

 漏れ鍋で働いていた時のことを思い出し少々懐かしくなるが、もうあそこで働くことはないだろう。

 

「先生は何にします? ここ、村のパブにしてはメニューが豊富みたいですよ。ほら、定番のフィッシュ&チップスからハンバーガー、ジャガイモのパイに、玉ねぎのサラダ……」

 

 私は手元にあるメニューをダンブルドアの方へ寄せる。

 

「そうじゃな。ハンバーガーにしようかのう」

 

「お飲み物は?」

 

「お任せしよう」

 

 私は席を立つと店員のいるカウンターに向かう。

 店員の男性は私に気がつくとにこやかに話しかけてきた。

 

「いらっしゃい。見ない顔だが……」

 

「祖母の墓参りでロンドンから来ました」

 

「ああ、村のはずれにあるあの墓地か。それじゃあ、横に座ってるのはお嬢さんのお祖父さんってとこか」

 

 ダンブルドアは店員の視線に気がつくと小さく手を振る。

 店員はそれで納得したのか、私の前にフィルムの貼られたメニューを差し出した。

 

「で、何にします?」

 

「バーガー一つ。セットのドリンクはジンジャーエールで。あとメニューのここから──」

 

 私はメニューの一番上から、真っ直ぐ人差し指を滑らせる。

 

「一番下まで全部ください」

 

「……えっと、後からご家族が十人単位でやってくるとか、そういうことかい?」

 

「え? 全部私一人で食べますが……」

 

 店員はキョトンとした顔をしながらメニューと私の顔を交互に見る。

 

「まあ、いいか。出来上がり次第持っていくからテーブルで待っててくれ。ちなみにお嬢ちゃん、ドリンクは?」

 

「コーラで」

 

 店員は伝票にペンを走らせると、大きなジョッキにジンジャーエールとコーラを注ぎ差し出してくる。

 私はそのジョッキを二ついっぺんに左手で掴むと、ダンブルドアの待つテーブルへと戻った。

 

 

 

 

「ハンバーガーにフィッシュ&チップスお待ち。他の料理もすぐ持ってくるよ」

 

 テーブルに次から次へと運び込まれてくる料理を順番に口に運ぶ。

 既に私の横には空になった皿が積まれており、ダンブルドアはそれを見ながら頬を軽く掻いた。

 

「よく食べるのは良いことじゃが……些か食べ過ぎではないかの? それとも、それだけの量を食べなければならない理由があるとか」

 

「あー、どうなんでしょう。考えたことなかったですね。孤児院にいるときはこんなに食べなかったですし……ホグワーツに来てから年々食べる量が増えてる気がします」

 

 フィッシュ&チップスを大きく切り取り、口の中に押し込む。

 

「まあでも、太らない体質なのか体重は変わらないですし。それに何より食を楽しむと言うのは人生において──」

 

 その時、カランという音を立ててパブの扉が開く。

 私はパブの店員だった時の癖でその音に釣られて扉の方を見た。

 

「いやはやこの辺レストラン少な過ぎ。マトモに営業してるのここだけじゃん」

 

 扉を開けて入ってきたのはレミリア・スカーレットの従者である紅美鈴だった。

 下はジーパン、上はパーカー姿の美鈴はこちらには目もくれずに真っ直ぐカウンターへと進むと、店主に料理を注文し始める。

 私はその様子を横目で見ながらダンブルドアに話しかけた。

 

「あれ、スカーレットさんのところの従者さんですよね。なんで彼女がこんなところに?」

 

 観光に来るような村ではない。

 何か目的がない限り来るような場所ではないだろう。

 

「そもそも、彼女は一体何者なんです? ダンブルドア先生は何か知っていますか?」

 

 彼女の外見を見るに、歳を取っていても二十代後半だろう。

 パッと見る限りでは二十代前半に見える。

 もしイギリスで育った魔法使いなのだとしたら、ホグワーツの卒業生のはずなので、ダンブルドアなら何か知っているだろう。

 そのように憶測を立てたが、ダンブルドアは静かに首を横に振った。

 

「分からん。じゃが魔法使いでないことは確かじゃ。彼女も主人のレミリアと同じく、ここ数十年全く容姿が変わっておらん」

 

「では、彼女も人間ではない?」

 

 吸血鬼……の可能性は低いか。

 彼女が日傘無しで太陽の下を歩いているのを見たことがある。

 

「そういえば、あの後結局どうなったんです?」

 

 私は目の前の料理に視線を戻すと、ダンブルドアに質問を飛ばす。

 

「あの後とは?」

 

「第三の課題があった日の夜。医務室に集まったじゃないですか。あの時、スカーレットさんは口論に呆れて途中で帰ってしまった。あの後、スカーレットさんと連絡は取り合っているんです? それと、彼女は今どのような立場を取っているんです?」

 

 去年対抗試合の審査員を務めたものの、彼女の魔法界での知名度はあまり高くはない。

 そもそもあまり表に出てこない人物だ。

 

「彼女は占い師ではありますが、資産家であり権力者でもあります。魔法省と根深いコネクションがあるという噂も聞いたことがあります。彼女がどのような立場を取るのかで、かなり状況は変わってきますよね?」

 

 ダンブルドアは手に持っていたハンバーガーを皿の上に置くと、少し声を潜めて言った。

 

「何度か手紙は送ったのじゃが、返信は来ておらん。今のところは表立っては動いていないようじゃが……」

 

 ダンブルドアからしたら、下手に動かれるよりかは、何もしないでいてくれたほうが都合がいいに違いない。

 彼女のことだ。

 ダンブルドアが指示を出しても素直に従わないだろう。

 美鈴はカウンターで注文を終えると、ビールジョッキを片手に上機嫌で空いているテーブルへと歩いていく。

 その時ようやく私たちの存在に気がついたのか、少々驚いたような顔でこちらに近づいてきた。

 

「あっれー? サクヤちゃんにダンブルドア先生じゃないですか。こんなマグルのクソ田舎で何してるんです?」

 

 美鈴は特に了承を取ることなく私たちが座っているテーブルへと腰掛ける。

 テーブルの上は既に私が食べ尽くした皿でいっぱいになっていたが、美鈴はその皿を勝手に違うテーブルに退け、自分の料理を置くスペースを作った。

 

「そういう紅さんこそ、何故このような場所に?」

 

 ダンブルドアの青い目が、眼鏡の奥でキラリと光る。

 美鈴はカラカラと笑うと、特に気にしていない様子で答えた。

 

「美鈴でいいですよ。いやぁ、うちのお嬢様が『一七五八年に行われたビゴンビル・ボンバーズとホリヘッド・ハーピーズの野良クィディッチ試合でどっちが勝ったかどうしても思い出せないから探してきなさい』ってうるさくて。それでこんな片田舎まで電車とバスとタクシーを使ってやってきたわけですよ」

 

 びっくりするほどどうでもいい。

 世間ではやれヴォルデモートが復活した、やれハリー・ポッターが殺されたと大騒ぎしているというのに呑気なことだ。

 平穏な日常を目指している私からしたら羨ましいかぎりである。

 

「いやぁ、心底どうでもいいですよね。何かの賭けの対象なのだとしたら調べに行ってこいっていうのもわかるんですけど、思い出せなくてモヤモヤするから探しに行けって……」

 

 美鈴は後頭部を軽く掻くと、額を机に付けて突っ伏す。

 

「まったく、呑気なものですよねぇ。先生とサクヤちゃんは校外学習とかですかね? 流石にこんなマグルの村にプライベートで観光ってことはないでしょう?」

 

「まあ、そんなところです」

 

 私は皿に盛られたパイを四等分に切り取る。

 

「美鈴さんも一切れどうです? 料理が来るまで少し時間がありますよね?」

 

「お、いいんですか? それじゃあ一切れ」

 

 美鈴はパイの一切れを持ち上げると、そのまま一口で口の中に放り込んだ。

 

「それにしても最近物騒になりましたよねぇ。名前を呼んだら怒られるあの人でしたっけ? 復活したっていうのは去年サクヤちゃんから聞いていましたけど……なんだか懐かしいですね。二十年前に戻ったみたいでワクワクします」

 

 美鈴のその言い草はどこまでも他人事だった。

 魔法界のいざこざなんて自分達には関係ないと言わんばかりに。

 

「わしとしては、スカーレット嬢とは是非とも協力関係を結びたいと思っておるのじゃがのう」

 

 ダンブルドアは皿に残ったフライドポテトをつまみながら言う。

 美鈴はやれやれと肩を竦めると、手に持っていたビールジョッキを一息で飲み干した。

 

「難しいんじゃないですかね? お嬢様はその件に関しては完全に興味を無くしてますし。まあでも、魔法省と不死鳥の騎士団が協力関係になったようですし、もしかしたらまた何か始めるかもですけど」

 

 なんにしても、と美鈴はジョッキの口を指でなぞる。

 

「レミリアお嬢様は何者にも縛られない。私利私欲の塊の我儘お嬢様ですから。何か提案するとしたらきちんとお嬢様に利益がなければ聞く耳すら持たないと思います」

 

 その時、店主が山盛りにされたソーセージの皿と、カップに盛られたバニラアイスを盆に乗せて現れる。

 

「はいよ、ブラッドソーセージお待ち。あと、こっちの嬢ちゃんのほうはこのバニラアイスで最後だ。本当に全部平らげるとは……」

 

「あ、ビールおかわり!」

 

 店主は横の机に退かされた大量の皿を少々呆れた様子で見ると、盆に載せる。

 そして美鈴の追加注文のメモを取り、カウンターの奥へと帰っていった。

 

「さて、それではわしらはこの辺でお暇させて頂こうかの。サクヤ、支払いをしてくるから出発する準備を進めておくのじゃ」

 

 ダンブルドアはそういうとカウンターへと近づいていく。

 私は数口でアイスのカップを空にすると、ナプキンで口元を拭い、鞄を手に取った。

 

「それでは、私たちはこの辺で。レミリア嬢によろしくお伝えください」

 

 私は席を立ち、美鈴に対しペコリと頭を下げる。

 

「あー、はいはい。よろしく言っときます。サクヤちゃんもなんか大変そうだけど、いつでも頼ってね」

 

 美鈴は笑顔で私にウィンクする。

 そんな毒気のない美鈴の笑顔に自然と私も笑みを浮かべると、冗談交じりで言った。

 

「はい。もしもの時は頼りにさせていただきます」

 

 私は美鈴に手を振り、会計を終えたダンブルドアとともにパブを後にした。

 

 

 

 

 パブを出た私たちは村の中心から離れ、背の高い生垣に挟まれた細道を下っていく。

 道は舗装されていないどころか、もう随分と人が通っていないかのようにデコボコしており、草も生え放題になっていた。

 ダンブルドアは時折何かを確認するような仕草を見せながら、迷うことなく細道を抜けていく。

 すると、数分も歩かないうちに少し開けた空間に出た。

 

「ここじゃ」

 

 ダンブルドアは空間の真ん中にひっそりと立つ家を指差す。

 先程モーフィン・ゴーントの記憶で見た、ゴーント家そのものだった。

 ゴーントが闇祓いに捕まってからずっとほったらかしになっていたのだろう。

 家の壁にはツタが這い、屋根にまで達している。

 

「やはり、おかしなことになっておる。どうやらこの家には相当強力な呪いが掛けられているようじゃ」

 

「強力な呪い……、では、ヴォルデモートがここに来た可能性が高いと」

 

 モーフィンが家を出る前に家に呪いを掛けたとは考え辛い。

 だとしたら、ヴォルデモートがこの家に何かを隠し、それを守るために呪いを掛けたと考える方が自然だろう。

 

「用心するのじゃ。どのような呪いか分からん」

 

「止めますか?」

 

「……いや、このままでよい」

 

 ダンブルドアは杖を取り出し、右手に構える。

 そして朽ちかけているドアノブをコツコツと叩くと、左手でゆっくり開いた。

 家の中はモーフィンの記憶で見たままではあったが、床や机にこびりついていた腐った食材や食べかけの料理などは綺麗さっぱり消えて無くなっていた。

 ダンブルドアは杖を振るい、部屋全体に探索魔法を走らせる。

 

「この部屋ではない。更に奥のようじゃ」

 

 私は無言で頷くと、左手で杖を引き抜く。

 そして右手でポケットの中に入っている懐中時計を握りしめた。

 ダンブルドアはチラリと私の方を確認し、部屋の奥にある扉のドアノブに杖を添える。

 すると扉は一人でに奥へと開いた。

 

「あっれー、お二人ともこんなボロ屋敷で何してるんです?」

 

 扉が開いた瞬間、部屋の奥からそんな呑気な声が聞こえてくる。

 部屋の奥には頭にヘッドライトをつけ、右手で指輪と思わしきものをつまんでいる美鈴の姿があった。

 

「校外学習にきたお二人がここにいるってことは、この屋敷ってそれなりに歴史のある屋敷なんですかね。だとしたらこれがここにあるのも納得という感じですけど。今度小悪魔さんに聞いてみますか……っと、すみません。お邪魔ですよね。私の用事は済んだのでこれにて失礼させてもらいます」

 

 美鈴は綺麗な姿勢でお辞儀をすると、部屋を出るために私たちの方へと近づいてくる。

 ダンブルドアは一瞬だけ混乱したような表情を見せたが、すぐさま美鈴を引き留めた。

 

「待つのじゃ。美鈴さん、貴方がどんな目的でここに来たのか、もう一度教えてもらっても構わんか?」

 

 ダンブルドアの問いに、美鈴は首を傾げる。

 

「え? だから言ったじゃないですか。クィディッチの試合結果がどうしても思い出せないから、探しに来たって」

 

「その探し物っていうのは……」

 

 私は美鈴の握られた右手を見る。

 美鈴は私の視線が右手に注がれていることに気がつくと、右手を開いて見せてくれた。

 

「ああ、この指輪ですよ。お嬢様の探し物というのはこれのことです」

 

 美鈴の手のひらの上にある指輪は、金色の腕に黒い石が嵌め込まれている。

 間違いない。

 分霊箱の可能性があるゴーント家に代々伝わる指輪だ。

 

「美鈴さん。貴方はその指輪の危険性に気づいておらん。その指輪は黒い石が嵌め込まれているだけのただの指輪ではない。貴方が想像している何倍も厄介で、恐ろしいものじゃ」

 

「そ、そんなこと言ったって渡しませんよ! 欲しいんだったらお嬢様と交渉してくださいよ。それに、ちゃんとこれがどういうものか知っているので大丈夫です」

 

 美鈴は指輪をヘッドライトで照らす。

 

「これってアレですよね。ぺべレル兄弟が『死』から授かった秘宝の一つ。『蘇りの石』ですよね?」

 

 そして、とんでもないことを口にした。




設定や用語解説

紅 美鈴(ほん めいりん)
 レミリアの従者。女性にしては長身で、赤い髪をまっすぐ腰まで伸ばしている。東洋人であり、中国出身。服装は様々で、キッチリとしたスーツを着ている時もあれば、メイド服を着ている時もある。公的な記録では百年ほど前からレミリアに仕えているようだが、詳しいことを知っているのは本人たちだけだろう。少なくとも人間ではない。

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偽物と進路と私

「これってアレですよね。ぺべレル兄弟が『死』から授かった秘宝の一つ。『蘇りの石』ですよね?」

 

 朽ち果てたゴーント家の一室で、美鈴がヘッドライトを光らせながら言う。

 

「いやぁ、無事見つかって何よりですよ。いくらお嬢様が大体の場所を占えると言っても、指輪みたいな小さいものはどこにでも隠せてしまいますから。わかりやすく邪気を放っててくれて助かりました」

 

「まさか……そんなはずは……」

 

 ダンブルドアはジッと美鈴が持つ指輪を凝視している。

 私は杖をローブに仕舞い込むと、何気ない風を装いながら美鈴に近づいた。

 

「蘇りの石? そんなものがあるんですか?」

 

「え? サクヤちゃん知らない? 魔法界に伝わる昔話なんだけど……ほら、『三人兄弟の物語』」

 

 勿論、三人兄弟の物語は知っているし、その物語の中に死から与えられた秘宝として蘇りの石が出てくることも知っている。

 確か『死の秘宝』は蘇りの石のほかに、『透明マント』と『ニワトコの杖』のはずだ。

 

「私、マグルの孤児院育ちなので……『不思議の国のアリス』とか、『オズの魔法使い』とかなら知ってるんですが……」

 

 私はそう言って美鈴の手のひらに置かれた指輪を覗き込む。

 腕に嵌め込まれた黒い石には、死の秘宝を示す三角形と円と縦棒が組み合わさったマークが刻まれていた。

 

「へー、蘇りの石ですか……魔法界には不思議な魔法具があるんですね。蘇りってことは、死者を蘇らせることができるってことですか?」

 

「そゆこと。まあ蘇らせるってよりかは、魂を呼び出すって感じかな? ちょっと試してみる?」

 

「え?  いいんですか!? 是非やってみたいです!」

 

 私は目を輝かせると、美鈴から指輪を受け取る。

 その瞬間、ヴォルデモートに開心術を掛けられた時のような、何かが這い回る感覚が全身を走った。

 それを受け、私は確信する。

 この指輪は確実に分霊箱だと。

 私は美鈴の目の前で時間を止める。

 そして、後ろにいるダンブルドアに話しかけた。

 

「指輪を確保しましたけど、どうします? このまま姿くらましでホグワーツに戻りますか?」

 

 ダンブルドアは私に声を掛けられてハッと我に返ると、小さく首を横に振った。

 

「そうしたいのは山々じゃが、レミリア嬢はこの指輪が蘇りの石だとわかった上で手に入れようとしているようじゃ。クィディッチの試合結果が知りたいというのも方便じゃろう。横から掠め取るようなことをしたら、彼女の機嫌を大きく損ねる」

 

「そこまで気を使うような相手ですか?」

 

「敵は少ないに越したことはない。それに、分霊箱としての機能を破壊したとしても、蘇りの石としての機能は残るじゃろう。ここは後ほどレミリア嬢の屋敷まで出向き、事情を説明して分霊箱を破壊するのが得策じゃ」

 

 私はダンブルドアに向かって合図を送ると、先程と全く同じ体勢を取る。

 そして時間停止を解除した。

 

「で、これどうやって使うんです?」

 

「えっとですね。確か蘇らせたい人を思いながら手のひらの上で三回転がす……だったかな?」

 

 私は試しにロックハートを思いながら石を三回転がす。

 すると、私の目の前にゴーストのような見た目のロックハートが現れた。

 

「……おや? 私を呼び出したのは誰です? おっと、言わなくても結構。わかってますよ。サインが欲しいのでしょう? だが生憎今の私は霊体でね。ペンを持つどころか握手をすることすらできない。でも悲しまないで、ウィンクを飛ばすことぐらいはできるからね。友達に自慢するといいでしょう。勲三等マーリン勲章受賞、元闇の魔術に対する防衛術連盟の名誉会長も務めたこのギルデロイ・ロックハートの最期のウィンクを見たのは自分だとね」

 

「先生、偽物が出ました」

 

 私はロックハートを指差しながらダンブルドアの方を振り返る。

 ダンブルドアは悲しそうな顔をしながら首を横に振った。

 

「残念ながら本物じゃ」

 

「おや、そこにいるのはダンブルドア先生じゃないですか? お変わりありませんか? 最期に貴方からもらった手紙には私をホグワーツの教師として雇いたいと書かれていましたが、どうです? 今からでも遅くはありませんよ? ですがお急ぎを! 何せ私はあの世でも引く手数多な存在ゆえ、いつまでもフリーとは限りません」

 

「それは嬉しい申し出じゃが、ギルデロイよ。君はそう長い時間現世に留まってはおれまい。あの世へお帰り」

 

 ロックハートは一瞬悲しそうな顔をしたが、すぐに元通りの笑顔に戻る。

 

「そうですか。それは結構。では、戻らせていただこう」

 

 ロックハートはライラック色のローブを大きく翻す。

 そして消え入る最中、小さな声で私に呟いた。

 

「解放してくれてありがとう」

 

「え?」

 

 私が言葉の真意を聞き返す前に、ロックハートは闇に溶けるように姿を消した。

 私は少しの間ロックハートが立っていた場所をジッと見つめていたが、すぐに指輪を美鈴に返した。

 

「ありがとうございました」

 

「うんうん、本物のようで何よりだ。さて、それじゃあ私はこれでお暇させてもらおうかな」

 

 美鈴は私の頭をポンポンと撫でると、ダンブルドアの横を通り過ぎてゴーント家を出て行こうとする。

 ダンブルドアはそんな彼女の後ろ姿に向かって声を掛けた。

 

「レミリア嬢に伝えてくれんか。近いうちにその指輪に関する話をしたいと。そして、それまではその指輪は誰にも渡さず、大切に保管してほしいと」

 

「伝えるだけですからね。確約はしませんよ」

 

 美鈴は指輪をポケットに入れると、その場から消える。

 バチンという空気を切り裂く音がしないところを見るに、姿くらましとはまた違う魔法のようだった。

 

「では、我々も戻るとするかの」

 

 私は時間を止めると、ダンブルドアと手を繋ぐ。

 そしてそのままダンブルドアの付き添い姿くらましでホグワーツの校長室へと戻った。

 

「レミリア嬢にはわしから手紙を出す。交渉の際はサクヤにも同行してもらいたいと思っておる」

 

 ダンブルドアは校長室へ戻るや否や早速今後の話をし始める。

 

「私も同行ですか? 私は構いませんけど、お邪魔になりません?」

 

「体のいい緊急脱出装置としてその場にいてくれれば良い。それに、レミリア嬢は君を気に入っているように思う。サクヤがいるだけで交渉はある程度円滑に進むじゃろう」

 

 そんなものだろうか。

 何にしても時間停止能力があればどのような危機的状況にもある程度は対処ができる。

 ダンブルドアが言った通り、もしものための保険という役割が大きいのだろう。

 

「では、ひとまず今日のところはこれにて終了とする。レミリア嬢へのアポイントがいつ取れるかは分からんが、次はそれ以降になるじゃろう」

 

「はい。わかりました」

 

 私はダンブルドアに会釈をし、校長室の外に出る。そして螺旋階段までの短い廊下でホグワーツの制服に着替えると、螺旋階段を下りガーゴイル像を抜けた。

 

「さて、折角のイースター休暇だし、久しぶりに厨房に遊びに行こうかしら」

 

 私はそのまま三階の廊下を進み、厨房の入り口がある地下へ向けて階段を下り始めた。

 

 

 

 

 

 ダンブルドアからの呼び出しを待っている間にイースター休暇が明け、それと同時にホグワーツでは五年生に対する進路相談が始まった。

 自分の所属する寮監とホグワーツ卒業後の進路を話し合い、その進路に進むにはOWL(普通魔法試験試験)にてどのような成績が必要かを再確認するのだ。

 例えばムーディやトンクスが所属している魔法省の闇祓い局に入るには、NEWT(めちゃくちゃ疲れる魔法レベル試験)で五科目以上の『E(期待以上)』が要求される。

 そしてNEWT以上の授業では、OWLの成績によっては教室にすら入れて貰えないことすらあるのだ。

 例えばスネイプが担当する魔法薬学では、OWLで『O(優)』を取ったものしか授業を受けることが出来ない。

 そう言った意味ではOWLの結果というのは将来の進路に大きな影響を及ぼすと言えるだろう。

 

「でも、つまりは全科目で『O(優)』を取れば良いんですよね?」

 

 私は今だけ進路相談室となっているマクゴナガルの私室にて、書類の束に目を通しているマクゴナガルに向かって言う。

 マクゴナガルは書類の束を机の上に戻すと、小さなため息と共に言った。

 

「言ってのけますねサクヤ・ホワイト。ですがまあ、その通りです。ひとまずOWL試験で全科目『O(優)』を取っておけばどの道にも進むことが出来ます。ですが、この機会に一度卒業後の進路を真剣に考えて見るべきでしょう」

 

 それに、とマクゴナガルは付け加える。

 

「NEWT以上の授業は専門分野です。OWLレベルで『O(優)』が取れていた生徒がNEWTレベルで躓くというのはよく聞く話。OWLレベルのように何でもかんでも選択すればいいと言うものでもありません」

 

「まあ、そうですよね。私としても選択する授業は必要最小限にしたいですし」

 

 ただでさえ魔法省に呼び出されたりダンブルドアに呼び出されたり忙しいのだ。

 こなす宿題の量は少なければ少ない方がいい。

 

「それを踏まえて、ミス・ホワイト。貴方は将来、ホグワーツを卒業したら何をやりたいですか?」

 

「……うーん」

 

 将来のことを考えたことがないわけじゃない。

 イースター休暇中、五年生は進路の話で持ちきりだったし、ロンやハーマイオニーとも卒業後の進路とNEWTの選択の話をした。

 

「とりあえず卒業旅行にでも──」

 

「その後のことを聞いているつもりです」

 

「お嫁さんとか?」

 

「それを本気で言っているのでしたら、いい嫁ぎ先を紹介しますが──」

 

 マクゴナガルがあまりにも真剣な顔で返すので、私はすぐに「冗談です」と付け加えた。

 だとしたら、私は一体何がしたいのだろうか。

 勿論、私にも将来の理想像というものはある。

 だが、それを言ったところでマクゴナガルは納得しないし、この先の授業の選択が決まるわけでもない。

 

「何かこう、器用貧乏な感じで選択できないですかね? これを取っておけば間違いないみたいな」

 

「……まあ、貴方の場合あちこちからお声掛けがあることでしょうし、そのような選択肢も無しではありません。ですが、その分選択しなければいけない授業も増えることも同時に承知する必要があります」

 

「そうなっちゃいますよねー」

 

 受ける授業は最小限にしたいが、将来何がしたいかも決まっていない。

 だとしたら、ある程度幅広く授業を選択しておくのも悪くはないだろう。

 

「今選択している授業からいらない授業を抜いていく形を取りましょうか。まず、歴史学者にでもならない限り、魔法史のNEWTは必要ないでしょう。占い学や魔法生物飼育学も然りです。天文学は……貴方に判断を任せます。私としては取っておいて損はないと思いますが、他の科目が疎かになるぐらいでしたら選択する必要はないでしょう。逆に言えば、残る教科は全て選択しておくに越したことはありません。呪文学、変身術、魔法薬学、薬草学、そして闇の魔術に対する防衛術です」

 

 ようは必修科目から魔法史と天文学を抜いた形か。

 確かにその程度の授業数なら大きな負荷になることなく受けることが出来るだろう。

 

「わかりました。ではその授業を選択することにします」

 

「授業に関しては新しい学期が始まってすぐに選択することになります。今日の話を参考に、自身でももう少し考えなさい」

 

 私は席を立つと、マクゴナガルに一礼して部屋を出る。

 正直今のご時世、OWLやNEWTの結果が役に立つのかはわからないが、まあ受けておくことに越したことはないだろう。

 少なくとも、このままダンブルドア側についている限りは、試験の結果に将来が左右される。

 私は小さく息をつくと、グリフィンドールの談話室に向けて歩き出した。




設定や用語解説

三人兄弟の物語
 超簡単に説明すると、ぺべレル三兄弟がそれぞれ最強の杖(ニワトコの杖)、死者を蘇らせる石(蘇りの石)、どんな存在からも姿を隠せるマント(透明マント)を死から貰う話。ニワトコの杖と蘇りの石を貰った二人は結果的に不幸になったが、透明マントを貰った三男だけは死から隠れ続け、老後、最終的に死を古い友として迎え入れたという。

偽物のロックハート(本物)
 輝かしい実績を残したまま死に至ったため、天国ではそれなりに有名人。一部のマダムからアイドル的人気を誇っている。生前の行いからして本来なら地獄行きだが、審判を行なった閻魔が面食いだったため天国へ行けた。天国ではそれなりに改心し、盗んだ武勇伝を語ることはせず、ただのイケメンに徹している。

OWL(普通魔法試験試験)
 ホグワーツ五年生が受ける試験。マグルで言うところのGCSE試験。日本ではテストの成績や授業態度などで五段階評価や十段階評価を受けるが、イギリス魔法界ではOWLや後述するNEWTの成績が全て

NEWT(めちゃくちゃ疲れる魔法レベル試験)
 ホグワーツ七年生が受ける試験。マグルで言うところのA-levels試験。この試験がホグワーツでの最終成績となり、就職活動などに直結してくる。

サクヤの将来の理想像
 不便しない程度の田舎で預金を崩しながら絵本でも描いて過ごしたい。「激しい喜びはいらない…そのかわり、深い絶望もない…植物の心のような人生を…そんな平穏な生活こそ、わたしの目標だったのに…」とか最終回で言いそう。

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悪魔の住む館と自画像と私

 期末試験勉強も佳境に差し掛かった五月の中旬。

 私は大広間で夕食を食べ終わるとシャワーを浴び、綺麗なシャツへと着替える。

 そして消灯時間ギリギリに校長室の扉を叩いた。

 

「お入り」

 

「失礼します」

 

 私はダンブルドアが中にいることを確認し、校長室の扉を開ける。

 そして中にいるダンブルドアに対して軽く会釈した。

 

「こんばんは、ダンブルドア先生。いい夜ですね」

 

「そうなることを願おう。レミリア嬢との約束の時間は深夜の十一時じゃ」

 

「スカーレットのお屋敷までは煙突飛行を?」

 

 私がそう尋ねると、ダンブルドアは首を横に振る。

 

「いや、煙突飛行ネットワークには繋げておらんらしい。屋敷の近くへ姿現しし、そこからは歩いて向かう」

 

 ダンブルドアは軽く身なりを整えると私の近くへと歩いてくる。

 私は時間を停止させ、ダンブルドアの手を握った。

 次の瞬間、私の両足が地面から離れる。

 次に足が地面についた時には、私とダンブルドアは暗い森の中に立っていた。

 一瞬ホグワーツにある禁じられた森に出たのかと思ったが、植生があまりにも違う。

 魔法界の森というよりかは、マグルの自然公園とかでよく見るような森だ。

 

「先生、ここは?」

 

「ロンドンじゃよ」

 

「ロンドン?」

 

 私はつい聞き返してしまう。

 果たしてロンドンにこれほどまでの広大な森はあっただろうか。

 

「レミリア嬢の屋敷はこの森の奥にある。ここから先は歩きじゃ」

 

 ダンブルドアはそう言うと、杖に明かりを灯して獣道を進んでいく。

 私はその後ろにぴったりつくと、木の枝を手で避けながらダンブルドアの後を追った。

 

 

 

 

 人の手が入っていない森を十分ほど歩くと、急に目の前が開ける。

 転ばないように足元ばかり見ていた私はふと顔を上げて前を見た。

 そこにはホグワーツと並ぶとも劣らない大きな屋敷が立っていた。

 屋敷は異様なほど窓が少なく、一番高い塔に大きな時計が取り付けられている。

 レミリアの嗜好なのか外壁は真っ赤な塗料で塗られていた。

 

「『紅魔館』じゃ」

 

「紅魔館……」

 

 私はダンブルドアの言葉を復唱する。

 確かに、この屋敷のイメージにはピッタリな名前だろう。

 ダンブルドアは屋敷に取り付けられた時計を見上げると、玄関へ向けて歩いて行く。

 その瞬間、玄関の扉がガチャリと開き、中からメイド服姿の美鈴が姿を現した。

 

「あ、きたきた。結構お早いご到着で」

 

 美鈴は私たちに対してニッコリ微笑むと中へ案内してくれる。

 紅魔館の玄関ホールは煌びやかな装飾に彩られているが、全体的に薄暗いためあまり派手さは感じなかった。

 

「応接間へ案内します。飲み物はお茶でよかったですか?」

 

「ああ、助かるよ」

 

 美鈴はランタンを片手に薄暗い館内を歩いていく。

 私はあちこちキョロキョロと見回しながらその後を追った。

 

「ん」

 

 その瞬間、一つの絵画が私の目に留まる。

 金髪の幼い少女の絵だ。

 椅子に姿勢を正して座っており、ジッとこちらを、私を見つめている。

 それだけならどこにでもあるような普通の絵画だ。

 だが、その少女の絵画にはおかしな点が一つあった。

 少女の背中に木の枝のようなものが生えており、その枝から七色の宝石が垂れ下がっていた。

 

「ああ。この絵ですか」

 

 前を歩いていた筈なのに、いつの間にか私の横に立っていた美鈴が言う。

 

「この方はフランドール・スカーレットお嬢様です」

 

「フランドール・スカーレット……フランドール嬢も現在このお屋敷に?」

 

 私は額の下に記載されている題名と作者を見る。

 題名は『私』、作者の名前にはフランドール・スカーレットと書かれていた。

 つまり、これは自画像だ。

 

「ええ、いらっしゃいますよ。フランドールお嬢様はレミリアお嬢様の妹様です」

 

 レミリアに妹がいるというのは初耳だ。

 それはダンブルドアも同じらしく、フランドールの自画像をじっと見つめていた。

 

「まあレミリアお嬢様に比べると引きこもり気質なところがありますので。普段は自室で絵ばっかり描いてますよ」

 

 美鈴はそれ以上説明することはないと言わんばかりに再び廊下を歩き始める。

 私はもう一度絵画を見ると、美鈴の後に続いた。

 

 

 広い屋敷ではあるが、移動に何十分も掛かるほどには広くなく、応接間には数分もしないうちに辿り着いた。

 美鈴は私たち二人を応接間のソファーに案内すると、レミリアを呼びに応接間を出て行く。

 私は応接間をぐるりと見回すと、ダンブルドアに話しかけた。

 

「取り敢えず、先生に任せる形でいいんですよね?」

 

 ダンブルドアは私の問いに対し小さく頷く。

 ダンブルドアからどのように話を進めるつもりなのかは聞いていない。

 今日の私はあくまでマスコットのようなものだ。

 小難しい交渉はダンブルドアに任せ、私は横に座って真剣な表情をしていよう。

 そう心に決めたその瞬間、応接間の扉が開かれレミリアが姿を現す。

 私は無意識に姿勢を正すと、目の前に座ったレミリアの顔を見た。

 

「ようこそ悪魔の住む館へ。大したおもてなしはできないけど、くつろいでくれると嬉しいわ」

 

 レミリアは得意げな笑顔になると、大きな羽をピクリと動かす。

 美鈴は私たちに対して一礼すると、応接間を出ていった。

 それを見て、レミリアが口を開く。

 

「飲み物は紅茶で良かったかしら。といってもこの館には珈琲豆は置いていないから、出てくるとしたら紅茶か中国茶か水ぐらいだけど」

 

「是非頂こうかの」

 

「ふふん、期待していいわよ。美鈴が淹れる紅茶はイギリスで一番美味しいから。っと、そう言えば少し前にマグルの村で美鈴と会ったんですってね。確か……そう。リトル・ハングルトンでだったかしら」

 

 レミリアは楽しそうに少し体を乗り出す。

 

「美鈴は校外学習って言っていたけど……サラザール・スリザリンについて調べていたとか? 確かあの村に住んでいたゴーントはスリザリンの家系だったはずだし」

 

「ゴーント家について知らべていたことは否定はせんよ。まさしくその通りじゃ。わしらはゴーント家の人間について調べておった」

 

「ゴーント家の人間……ねぇ。確かにスリザリンの血は引いているけど、ゴーント家は落ち目もいいところじゃない。確か唯一の生き残りのモーフィンは今アズカバンだっけ? そのモーフィン自体ももういい歳だし、いつ死んでもおかしくないわよね?」

 

「わしらはメローピーと、その息子について調べていたのじゃ」

 

 一瞬、応接間が静寂に包まれる。

 レミリアは少し目つきを鋭くさせながら言った。

 

「まあ、そうよね。トム・マールヴォロ・リドル……ここ数十年、魔法界を騒がせている闇の魔法使い。それじゃあ、ヴォルデモートのことを探るためにあの村に居たってわけね」

 

「そういうことじゃの」

 

 その瞬間、応接間の扉が開き、従者だと思われる背中と頭にコウモリの羽が生えた赤毛の女性がカートを押して入ってくる。

 そして手際よく人数分の紅茶を用意すると、またそそくさと応接間を出て行った。

 

「で、何か重要なことはわかった? 私の考えでは、あの村はトム・リドルとは殆ど関係ないと思ってるけど。あくまでリトル・ハングルトンは母親の故郷というだけ。トム・リドルは生まれも育ちもロンドンにあるウール孤児院よ」

 

「よくご存じで」

 

「そりゃ、あの孤児院には毎年少なくない額を寄付していたし。流石に自分が支援している施設ぐらいは知っているわ。……まあ、もう潰れちゃったけどね」

 

 レミリアは少し寂しそうな表情でティーカップに口をつける。

 私はレミリアがあの孤児院に寄付をしていたという事実に対して少なからず驚いていた。

 

「あの孤児院の出資者だったんですね」

 

 私がそう聞くと、レミリアが思い出したかのように言う。

 

「そう言えば、貴方もウール孤児院出身だったわね。シリウス・ブラックの襲撃を受けてよく生き残ったものだわ。って、確か貴方はその時漏れ鍋にいたんだったかしら」

 

「……はい。そのおかげで襲撃をやり過ごすことができて……」

 

 そうか、あの事件の真相を知らない人からしたら、そのような認識なのか。

 世間一般ではシリウス・ブラックは未だに死喰い人で、殺人鬼という認識なのだ。

 

「まあ、話を戻すけど……だからリトル・ハングルトンには何もないと思ってるわ。で、何か成果はあった?」

 

 レミリアの言葉に、ダンブルドアは頷く。

 

「大いに成果があったと言わせていただこうかの」

 

「ほう。それは純粋に気になるわね。……というか、それがこの指輪に繋がるのよね?」

 

 レミリアはポケットの中から蘇りの石がはめ込まれた指輪を取り出す。

 

「美鈴から聞いているわ。貴方たち、この指輪に用があってきたのでしょう?」

 

「まったくもってその通りじゃ。レミリア嬢、貴方はその指輪がどういったものかご存じじゃろうか」

 

 レミリアはダンブルドアに聞かれて小さく首を傾げる。

 

「勿論知っているわ。じゃないと美鈴に探させないし。蘇りの石でしょ? 三つある死の秘宝の一つの。死者の記憶という圧倒的な量を誇るデータベースにアクセスするための魔法具」

 

 レミリアは指輪を無造作に机の上に投げる。

 

「蘇りの石をそのように解釈する者に出会ったのは初めてじゃよ」

 

「逆に、それ以外の使い方があるの? 所詮死んだ者は死んだ者よ。一度あの世に渡った者はもう現世には馴染めないわ」

 

 なんにしても、とレミリアは深いため息をつく。

 

「なんにしても、この指輪に施された呪いを解くのには苦労したけどね。この指輪自体、嵌めたものの命を奪うほどの呪いが込められていた。呪いを施したのは相当な魔法使いね。まあ、もう解いちゃったけど。……でも、まだ何か感じるのよね」

 

 レミリアはまさにお宝を自慢する子供のような顔をする。

 

「言っておくけど、蘇りの石は譲らないわよ。これは私のコレクションに加えるんだから。今この場で使いたいっていう話なら了承するけど、持ち出すことは了承しないわ」

 

 ダンブルドアはティーカップを持ち上げると、その中身を一口飲む。

 そして、静かだが、力強い声でレミリアに言った。

 

「その指輪が、ヴォルデモートを打倒するために大きく関係してくるとしたらどうじゃろう」

 

 ダンブルドアの言葉に、レミリアはしばらく固まる。

 そして、大きく深呼吸をすると、真剣な表情で姿勢を正した。

 

「その話、詳しく聞かせなさい」

 

 レミリアはダンブルドアが発言した、『指輪とヴォルデモートの関係性』について大いに興味を持ったようだった。

 

「レミリア嬢、貴方はホークラックスという魔法についてご存じかな?」

 

「ホークラックス? いえ、初耳だわ」

 

「ホークラックス、またの名を分霊箱。自らの魂を引き裂き、そのカケラを物体に詰め込むことによって不死性を得る魔法じゃ」

 

 不死性という言葉に、レミリアはピクリと反応する。

 

「それじゃあ、リドルは今の今までその分霊箱とやらで命を繋いでいた……そう言いたいわけ?」

 

「その通り。わしらはヴォルデモートが分霊箱を作成した確かな証拠を得ておる。数年前、ホグワーツで起こった秘密の部屋騒動。あれはヴォルデモートの分霊箱によって引き起こされた事件なのじゃ」

 

 ダンブルドアは私のことはぼかしながら秘密の部屋騒動の真相をレミリアに伝える。

 レミリアはその話を聞いて少し寂しそうな表情で言った。

 

「そう、ロックハートにリドルが……。彼がホグワーツの校長代理に就任したと聞いた時は耳を疑ったけど、そういうことだったのね。おかしいとは思っていたのよ。彼はいい物書きではあったけど、優秀な魔法使いというわけではなかったから。貴方が彼をホグワーツの教師に推薦したという話を聞いた時はついにボケたかと思ったわよ」

 

 そういえば、と私は数年前のことを思い出す。

 そういえば数年前、ダイアゴン横丁の占い用品店でレミリアは美鈴に本を買いに行かせていた。

 今思えばあの本はロックハートの写真が表紙に載っていた。

 口ぶりから察するに、レミリアはロックハートのファンだったのだろう。

 

「あの時は生徒の良き反面教師になればと思っておった」

 

「だとしてもロックハートに防衛術を担当させるのはやり過ぎよ。特別ゲストや決闘指導官とかならまだしもね」

 

 レミリアは紅茶を一口飲む。

 そしてそれをきっかけに話を戻した。

 

「……まあ、大体の事情はわかったわ。つまりはこういうことでしょう? この『蘇りの石』が嵌め込まれた指輪……ゴーントの家で見つけたからゴーントの指輪と呼称しましょうか。ゴーントの指輪は分霊箱であると、そう言いたいわけね?」

 

 レミリアの問いにダンブルドアは頷く。

 

「そうじゃ。詳しくは調べてみないとわからんが、わしは十中八九その指輪はヴォルデモートの分霊箱の一つであると思っておる」

 

「この指輪にリドルの魂……ねぇ。で、貴方はどうしたいの?」

 

「分霊箱を破壊させてほしい。今回わしらがここを訪れた要件はそれじゃ」

 

 レミリアはそれを聞き、机の上のゴーントの指輪を手に取り弄り始める。

 何か思案しているようだったが、少なくとも分霊箱を破壊させるか否かだけを考えているようには見えなかった。

 きっとレミリアは迷っているのだろう。

 ここで分霊箱の破壊に手を貸したとなれば、両陣営に対し中立な立場ではなくなる。

 未だ自分の立場をはっきりさせていないレミリアからしたら、難しい案件なのだろう。

 レミリアはしばらく指輪を手のひらの上で弄んでいたが、やがて決意したかのように指輪を親指でダンブルドアの方へと弾いた。

 ダンブルドアは器用に弾かれた指輪をキャッチする。

 

「まあ、いつまでも他人事とはいかないわよね。わかった。私も魔法省……不死鳥の騎士団側につくことにするわ。入団費はその指輪で十分かしら?」

 

「過ぎるぐらいじゃよ。レミリア嬢、貴方の勇気ある決断に敬意を表する」

 

「別にリドル坊やに力を貸してもよかったんだけどね。貴方の横にいる英雄さんに免じて貴方達側に与してあげることにするわ」

 

 レミリアは得意げに笑うと、ティーカップの中身を一気に飲み干す。

 そして意気揚々とした態度で言った。

 

「でも、手を貸すのだとしたら徹底的にこちらからも手出しするからね。分霊箱を渡してはいさよならなんて嫌よ。私こういうお祭り騒ぎ大好きなの。実を言えば手出しがしたくてうずうずしてたんだから。騎士団の会議には勿論顔を出すし、分霊箱探しも手伝うわ。だって宝探しみたいなものでしょ?」

 

 レミリアはそう言って子供のように目を輝かせる。

 

「頼もしい限りじゃ。こちらからも是非お願いしよう。占いに長けるレミリア嬢が加わって下されば分霊箱探しも大いに進展するじゃろう」

 

「まあね。期待しなさい。それに、占いだけじゃないわ。私を誰だと思っているの。私のコネクションを使えば分霊箱探しなんてすぐよ、すぐ。……っと、そうと決まればもう少し分霊箱について話を聞いておきたいわね。貴方達、まだ時間は大丈夫?」

 

 レミリアは部屋に設置されている柱時計を見る。

 

「問題なしじゃ。こちらとしても可能な限り話を詰めておきたい」

 

「そうと決まれば美鈴に紅茶のおかわりを用意させるわ。美鈴! めいりーん!」

 

 レミリアはソファーから立ち上がると美鈴を呼びに応接間を出て行く。

 私はその後ろ姿を見ながらダンブルドアに話しかけた。

 

「よかったんです? 仲間に引き入れてしまって。当初の予定では分霊箱を破壊させてもらうだけでしたよね?」

 

 ダンブルドアはレミリアから受け取った指輪に目を落とす。

 

「まあ、機嫌を損ねて死喰い人側につかれるよりかは何倍もマシじゃよ。それに、分霊箱探しにおいて彼女以上の適任はいないじゃろう。人脈、能力、骨董品に対する知識。分霊箱を探すにあたって必要な素質を全て兼ね備えておる」

 

 確かに、それはそうだ。

 分霊箱を探していたわけではないが、なんの手がかりもなさそうな蘇りの石の場所を実際に特定出来てしまっている。

 それが占いによるものなのか、はたまた彼女の知識や経験、人脈によるものなのかは定かではないが、稀有な才能であることは確かだろう。




設定や用語解説

紅魔館
 紅く窓の少ない洋館。魔法により隠されており、よっぽどのことがない限り偶然この場所に辿り着くことはできない。

フランドール・スカーレット
 レミリアの妹。自室に引きこもっており、その姿を見たものは紅魔館の住民以外はほぼ誰もいないレベル。ダンブルドアですらその存在を知らなかったほど。

ウール孤児院の支援者
 レミリアは様々な施設へ出資しているため、ウール孤児院が特別というわけでもない。

レミリアの不死鳥の騎士団入り
 本音を言うとダンブルドアとしてはレミリアと協力関係は築きたかったが、騎士団へは入れたくなかった。レミリアは我が強いため、勝手に派閥を作り騎士団を分断してしまう恐れがあったため。

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騎士団入りとリドルの過去と私

 数分も経たないうちにレミリアは美鈴を引き連れて応接間に帰ってきた。

 レミリアは美鈴に紅茶を淹れるよう指示を出すと、先程まで座っていたソファーへ腰掛ける。

 

「改めて紹介するわ。スカーレット家に仕える従者の一人である紅美鈴よ。私が騎士団入りするということは、彼女も自動的に騎士団入りするという認識でいいのよね?」

 

 レミリアの問いにダンブルドアが頷く。

 だが、それを聞いて当の本人である美鈴が目を丸くした。

 

「え? お嬢様不死鳥の騎士団に入ったんですか? それじゃあ、もう完全にそっち側につくと?」

 

「まあ、そういうことよ」

 

「はぁ、そうですか……」

 

 露骨に不思議そうな顔をする美鈴に、レミリアが言う。

 

「なに、不満なの?」

 

「いえいえ、意外だっただけで。お嬢様なら『名前を呼んだらあっけらぽいな人と一緒にこの世界を支配してやるぜぇ!』ぐらい言いそうだなと思っていたので」

 

「貴方の中の私どんなイメージよ。私はこれでも平和を愛する吸血鬼なの。そんな破滅を望むようなことはしないわ」

 

 レミリアはふふんと鼻をならすと、得意げに胸を張る。

 美鈴はそれを見て半分呆れた表情で言った。

 

「まあ、お嬢様がそれでいいなら私は何も言いませんけど……。でも、そうと決まれば、これから先よろしくお願いしますね!」

 

 美鈴は手際よくティーカップを四つ机の上に並べると、ティーポットの中の紅茶を注いでいく。

 そして私たちの前にティーカップを差し出し、自分もソファーへと座った。

 

「というわけで、ここから先は美鈴も話し合いに参加させていいわよね?」

 

 私はダンブルドアの顔を窺い見る。

 分霊箱のことを知っている騎士団員がどれほどいるかはわからないが、決して多くはない筈だ。

 それに、私たちが分霊箱を探しているという情報は可能な限り伏せなければならない。

 ヴォルデモートに勘付かれたら、その時点で分霊箱を誰も見つけられないような場所へと隠されてしまうだろう。

 

「勿論、彼女にも話し合いに参加してほしい。じゃが、ここで話した内容はたとえ騎士団員であっても口にしてはならぬ。秘密を共有するものは少なければ少ないほどいいからのう」

 

 そう前置きしてから、ダンブルドアは分霊箱の効果や、その製造法、そして実際に破壊した分霊箱の一つである日記帳の例なども出しながら二人に分霊箱の説明をした。

 ダンブルドアの話を聞き終わると、美鈴が難しい顔をしながら伸びをする。

 

「ということはですよ。私たちは一体いくつあるかも、どんなものかもわからない分霊箱を全て探し出して破壊しないといけないということですよね? それって無理ゲーなのでは?」

 

「わしは十よりかは少ないと見積もっておる。それ以上魂を引き裂いたら人間ではない何かへと変貌してしまうじゃろう」

 

「だとしたら十以下。日記帳と指輪で取り敢えず二個。残るは多くても八……」

 

 レミリアは唇に指を当てて考え込む。

 

「分霊箱を作るのに殺人を犯さないといけないという特性上、リドルの殺人歴を辿るのが早そうね。それに、指輪を分霊箱にしているところから見ても、リドルはその辺の石やゴミに自分の魂を入れたくなかったと考えられる。だとしたら、ある程度の候補は絞れそうだけど……」

 

 その時、美鈴がハッと顔を上げる。

 

「そういえばお嬢様、随分前にトム・リドルがこの屋敷に骨董品を買いに来てましたよね?」

 

「ああ、そういえば来てたわね」

 

 随分前……というとヴォルデモートがホグワーツを卒業してすぐの話だろうか。

 ヴォルデモートはホグワーツ卒業後はボージン・アンド・バークスで働いていたはずだ。

 きっとそれの仕事でここを訪れたのだろう。

 

「あの時、投げナイフの代金の代わりに彼から色々話を聞いたじゃないですか。何か手がかりになるようなこと言ってませんでした?」

 

「確かに……えっと──あ、そういえば」

 

 レミリアはポンと手を打った。

 

「そういえば、彼はホグワーツ創始者に縁のあるものを探していたわ」

 

「創始者に縁のあるもの?」

 

 私が聞き返すと、レミリアが説明してくれる。

 

「ホグワーツの創始者であるゴドリック・グリフィンドール、ロウェナ・レイブンクロー、ヘルガ・ハッフルパフ、サラザール・スリザリンはそれぞれ遺品とも言うべきものを残しているの。グリフィンドールは剣、レイブンクローは髪飾り、ハッフルパフは金のカップ、スリザリンはロケットね」

 

「例のあの人はそれを探していた……」

 

 レミリアは頷くと話を続ける。

 

「だからあの時、私は『カップとロケットはヘプジバが持ってるわよ』と教えてあげたわ」

 

 それを聞き、ダンブルドアが少し身を乗り出した。

 

「それは一体何年頃の話か覚えておるじゃろうか」

 

「えっと、確か一九四五年ぐらいじゃない?」

 

「ヘプジバ・スミスが亡くなったのも同じ年じゃ。確かあの時は屋敷しもべ妖精の犯行だという発表がなされたが……」

 

「十中八九、リドルがヘプジバを殺してカップとロケットを奪っているでしょうね。それに、それと同時に分霊箱にしたと考えた方が自然だわ」

 

 ということは、ハッフルパフのカップとスリザリンのロケットは分霊箱の可能性が非常に高いと言うことか。

 問題があるとすればその二つがどこにあるかまるで見当がつかないことだが。

 

「まあ、その二つは分霊箱と断定しましょう。残るはグリフィンドールの剣とレイブンクローの髪飾りだけど──」

 

「グリフィンドールの剣はホグワーツの校長室で保管されておる。分霊箱にはされておらん」

 

 ダンブルドアがそう補足する。

 

「じゃあ剣は白。髪飾りはグレーね。日記、指輪は黒で、カップとロケットもほぼ黒」

 

 これで五つ。

 あといくつあるかはわからないが、少なくとも半数は何が分霊箱にされているか突き止めたと言っても過言ではないだろう。

 

「分霊箱だと分かっているのはこれだけ……で、いいのよね? ダンブルドア」

 

 レミリアはダンブルドアの瞳をじっとみる。

 一瞬開心術をかけているのかと思ったが、ただ単に表情を窺っているだけのようだった。

 

「わかっているのはこれだけじゃ」

 

「嘘ね」

 

 ダンブルドアの答えをレミリアは嘘だと言い切った。

 

「何かを隠しているでしょう? 目は口よりも雄弁に心を語るものよ。この期に及んで一体何を隠しているの?」

 

 ダンブルドアは、何かを悩むように視線を落とすと、一瞬私の方を窺い見る。

 そして、少し声のトーンを落として言った。

 

「わしの予想ではヴォルデモートがそばに従えている蛇のナギニと……ハリー・ポッターが分霊箱だったのではないかと考えておる」

 

 ダンブルドアがそう言った瞬間、応接間の空気が凍りついた。

 ハリーが分霊箱?

 そんなことがあるはずは……。

 

「根拠はあるのかしら?」

 

 レミリアは小さく深呼吸をすると、ダンブルドアに尋ねる。

 

「明確な根拠はない。じゃが、そうだと仮定するとあらゆることに説明がつくのじゃ」

 

 ダンブルドアはそう前置きすると、ハリーが分霊箱であると考えた理由について述べ始める。

 

「少し前から、ハリーは自分自身がヴォルデモートの近くにいる大蛇、ナギニの中にいる夢を見るようになった。普通に考えたら、何の関係もない魂同士が繋がりを持つことはない」

 

「でも、双方共に分霊箱で、ヴォルデモートの魂で繋がっているとしたら……ということね」

 

「さよう」

 

 レミリアの言葉にダンブルドアは頷く。

 

「ハリーがパーセルマウスである理由やヴォルデモートが近づくと額の傷が痛む理由も、わしはハリーが分霊箱であるからだと考えておる」

 

 確かに、ヴォルデモートの魂の一部がハリーの中に入っていると考えればその辺の説明はつく。

 だが、それと同時にハリーが分霊箱だと説明がつかないことがあるのも確かだ。

 

「でも、ハリーが分霊箱なのだとしたら、あの人がハリーの命を狙っていた……いや、あの人がハリーを殺した理由がわかりません。そもそも、敵であるハリーをなんで分霊箱なんかに……」

 

「ヴォルデモートは、ハリーを分霊箱にしようなどと考えてはおらんかったのじゃろう」

 

 ダンブルドアの言葉に、レミリアが頷く。

 

「そうね。きっとハリー・ポッターの両親を殺した時、既に不安定になっていた彼の魂が零れ落ち、ハリーに入ってしまったんでしょうね。そして、そのことを知らずにリドルはハリーを殺した。なるほど、確かに突拍子もない考えというわけではなさそう。そして、分霊箱であるハリーと繋がった大蛇もまた、分霊箱だと」

 

 レミリアは何度か頷くと、応接間にある棚から羊皮紙と羽根ペンを取り出し、今までの話をまとめていく。

 

「日記、指輪、カップ、ロケット、ハリー、蛇、そしてもしかしたら髪飾りも。これで分霊箱は七個。結構埋まってきたわね」

 

 問題は分霊箱が何個あるかということだ。

 そこがはっきりしない限り、ゴールは見えない。

 そう考えていると、レミリアが口を開いた。

 

「ねえダンブルドア。リドルって一番初めの分霊箱は学生の頃に作ったのでしょう? それもホグワーツの生徒の魂を使って。当時学生だったリドルはどこで分霊箱というものの存在を知ったのかしら」

 

「当時、図書室の禁書の棚に分霊箱の作成方法が書かれた書物が一冊だけ存在しておった。ヴォルデモートはそれを読んだのじゃろう」

 

「いや、そんなもの学生が触れる場所に置いておかないでくださいよ」

 

 美鈴が当然のツッコミをする。

 ダンブルドアは既に禁書の棚にもないと付け加えた上で言った。

 

「じゃが、その書物にも複数個作った場合どうなるかまでは書かれておらんかったはずじゃ」

 

 ダンブルドアは一度そこで言葉を切ると、私の方を見る。

 

「サクヤ、この場合、お主ならどうするじゃろうか?」

 

「分霊箱を複数個作りたいけど、本当に作ってしまってもいいか知りたい時、ということですよね?」

 

 ホグワーツの禁書の棚にも殆ど情報がない魔法だ。

 学校の外に情報を探しに行くとしても、大した情報は手に入らないだろう。

 

「うーん、私なら人体実験をしますね。取り敢えずその辺の魔法使いに服従の呪文を掛けて、分霊箱を作らせまくる……みたいな。まあ、作らせた分人が死ぬんであんまり大っぴらにはできませんけど」

 

「その方法は少し難しいと思うわよ。その頃リドルは学生だし、分霊箱を作る際の殺人も神経質に偽装しているわ」

 

 私の意見にレミリアが反論する。

 

「だとしたら、詳しそうな人にそれとなく聞くというのはどうでしょう。本を読んでいるときに偶然分霊箱のことを知って、何個も作ったらどうなるか興味本位で気になった……みたいな」

 

 私がそう言った瞬間、その言葉を待っていたと言わんばかりにダンブルドアが口を開いた。

 

「わしもその可能性が高いのではないかと考えておる」

 

「あら、その様子だと、心当たりがあるのかしら」

 

「ヴォルデモートが在学中、スリザリンの寮監にホラス・スラグホーンがついておった」

 

 ホラス・スラグホーン、聞いたことのない名前だ。

 だが、レミリアには通じたのか納得したように頷いていた。

 

「ああ、スラグホーンなら教えかねないわね」

 

「誰ですそれ?」

 

 私が首をひねっていると、タイミングよく美鈴が質問をしてくれる。

 

「半世紀ぐらいホグワーツで魔法薬を教えていた人材マニアよ。スリザリンの寮監もやっていたわ」

 

「人材マニア?」

 

「そ、人材マニア」

 

 レミリアは紅茶を一口飲むと、スラグホーンについて説明を始めた。

 

「スラグホーンは優秀な人材を発掘するのが好きでね。自分が目を付けた生徒を集めてよくお茶会を開いていたらしいわ。確かええっと……」

 

「『スラグ・クラブ』じゃ」

 

「そうそう、『スラグ・クラブ』ていう集まりを定期的に開いていたらしいのよ。よくスラグホーンが自慢していたから覚えているわ」

 

「では、例のあの人はそのスラグホーンさんに分霊箱のことを聞いた可能性が高いと」

 

 私が確認するように言うと、ダンブルドアが頷いた。

 

「当時のホグワーツの教員の中で、わし以外に分霊箱という魔法の存在を知っておるものがいたとすれば、それはスラグホーンだけじゃろう」

 

「だとしたら話は早いわね。スラグホーンに連絡を取りましょう。そういえば、最近名前を聞かないけど何をやっているの?」

 

「隠居しているという話は聞いているが、わしも最近連絡を取っていないからのう。どこに住んでいるのかすらわからん」

 

 それを聞いて、レミリアは大きなため息をついた。

 

「元教員の連絡先ぐらい把握しときなさいよ。なんにしても、スラグホーンへの接触はそっちに任せるわ。私はスラグホーンに避けられてるし」

 

 レミリアはそう言って肩を竦めると、ダンブルドアに右手を伸ばした。

 

「私は分霊箱探しに尽力することにするわ。っと、そのためにも蘇りの石は私に渡しなさい」

 

 ダンブルドアはその右手を見て少し迷うような表情を見せる。

 

「何よ。嫌なの? 安心しなさいな。分霊箱としての機能は破壊するから。私はその死者を蘇らせる機能さえ残っていれば十分だわ」

 

 私はレミリアとダンブルドアの表情を交互に伺い見る。

 ダンブルドアが何を考えているかはわからないが、蘇りの石をレミリアに渡したくないように見えた。

 なんにしても、この流れはまずい。

 このまま険悪な雰囲気になっては、今後の連携に支障が出るだろう。

 なので、少しでも場の空気を誤魔化すために私は口を開いた。

 

「蘇りの石が分霊箱探しに役立つのですか?」

 

 私の問いに、レミリアは得意げな顔になる。

 

「さっきも話したでしょう? 死者が持つ記憶は例えるならば、際限なく蔵書が増え続ける大図書館。蘇りの石は、その大図書館の扉の鍵ってところかしら」

 

 まあ、レミリアの言うことがもっともだろう。

 確かに蘇りの石は分霊箱探しに役に立つ。

 ヴォルデモートに殺されたとされる人物から話が聞ければ、分霊箱探しは大いに捗るだろう。

 

「……先生、確かにスカーレットさんの言う通りです。別に預けてしまってもいいんじゃないですか?」

 

「それに、私の魔力を使えば分霊箱に宿るリドルの魂を押し殺すことができる。これでも曰く付きの物の扱いには慣れているのよ?」

 

 ダンブルドアは少し渋るような仕草を見せたが、最終的には指輪をレミリアに手渡した。

 レミリアはそれを無造作にポケットに入れると、話は終わったと言わんばかりに手を叩く。

 

「さて、これから忙しくなるわよ。何かわかったらダンブルドア、貴方宛にコウモリを送るわ」

 

 レミリアは右の手のひらから一匹のコウモリを出現させてみせる。

 

「このコウモリは私の分身、いや、分離体のようなものだから情報が外部に漏れることはない。ようは情報漏洩の危険のないフクロウのようなものね」

 

 コウモリはレミリアの手のひらの上で大きく羽を広げると、尊大な仕草で両手を腰に当てた。

 なるほど、確かにこのコウモリから野生味は感じない。

 まるでカートゥーンアニメーションに出てくるキャラクターのようだ。

 レミリアが性格そのままにコウモリに姿を変えたら、まさにこんな感じだろう。

 

「重ねて、ご協力感謝申し上げる。スカーレット嬢。こちらも、新しい情報が分かり次第ペットのフォークス……不死鳥で伝達しよう」

 

 ダンブルドアとレミリアは互いに立ち上がり握手を交わす。

 私もその流れで立ち上がり、ソファーの横に置いていた鞄を手に取った。

 

「美鈴。館の外までお客様を見送って差し上げて」

 

「かしこまりました。それではダンブルドア先生、サクヤちゃん、こちらへどうぞ」

 

 私は最後にレミリアにペコリと頭を下げると、応接室を後にする。

 応接室を出て屋敷の廊下を歩いていると、先頭を歩く美鈴が楽しそうに言った。

 

「なんだか良いですね。きっとこれからワクワクドキドキな大冒険が待ち構えていますよ」

 

「そんな気楽なものですかね?」

 

 私がそう尋ねると、美鈴は笑顔でこちらを振り返る。

 

「まあ、私もお嬢様も人間じゃないので。貴方たち人間とは死生観が違うんでしょうね。私やお嬢様にとっては百万を殺し、百万を殺されるような戦争もお祭りと変わらないんですよ。まあ、もちろん死にたくはないですけどね」

 

 美鈴はそう言うと、無邪気な表情で私の顔を覗き込む。

 

「サクヤちゃんは何のために戦っていますか? 家族のため? 友達のため? それとも社会のため?」

 

「私は──」

 

 私は、何のために戦っているんだろう。

 ここ戦いの先に、私の望む平穏はあるんだろうか。

 私には家族はいないし、友達はこの手で殺した。

 今現在、結果として社会のために戦うことになってはいるが、少し前まで闇の勢力にいた身だ。

 だとしたら、私は……。

 

「もちろん、全部です!」

 

 私は笑顔で嘘を吐く。

 私は、私のためにしか戦っていない。

 リスクを回避するために、親友の一人を殺すような女だ。

 

「そうですか! それは何より」

 

 美鈴は私の答えに満足したのか、また前を向いて屋敷の廊下を進み始めた。

 

 

 

 

 

「……ふう。なんというか、予想外の方向に話が転がりましたね」

 

 付き添い姿現しで校長室に帰ってきた私は、来客用のソファーへ腰を下ろす。

 

「最悪の展開にならなくてホッとしてますよ。最悪、蘇りの石を争って戦闘になるんじゃないかと思っていたぐらいですから」

 

 ダンブルドアもいつもの椅子に腰掛けると、私の言葉に頷いた。

 

「確かに。わしとしてもスカーレット嬢が不死鳥の騎士団に加わりたいと言ったのは予想外じゃった。彼女は良くも悪くも孤高な存在じゃ」

 

「どうするんです? 本当に彼女を不死鳥の騎士団の会議に呼ぶんですか?」

 

 私の問いに、ダンブルドアは首を振る。

 

「いや、わしの考えでは、あくまで分霊箱探し専門の別動隊として動いてもらおうと思っとる。もちろん、人手が必要な場合は向こうに人材を派遣することになるじゃろう」

 

「それで向こうが納得しますかね? あの口ぶりだと、騎士団の運営にも口を出したいといった感じでしたけど」

 

 まあ、私としてはそれでも構わないのだが。

 ダンブルドアと同等とまでは言わないが、長年生きている吸血鬼ならば頭も回るだろう。

 彼女ならいい参謀になってくれるかもしれない。

 

「その辺に関しては追々じゃ。さて──」

 

 ダンブルドアは校長室に設置された時計に目を向ける。

 

「もう日を跨いでしもうた。今日のところは学生寮へお帰り」

 

 ダンブルドアにそう言われ、私も自分の懐中時計を確認する。

 今の時間は深夜の零時三十五分。

 普段なら眠りについているような時間だ。

 

「わかりました。そうさせて貰います。また何かありましたらいつでもお呼びつけください」

 

 私はダンブルドアに小さく頭を下げると、校長室を後にする。

 そして談話室までの道を歩きながら今日のことを思い返した。

 今日一日で分霊箱探しはかなり大きく進展したと言えるだろう。

 おおよその分霊箱の正体から、強力な助っ人。

 レミリアがダンブルドアの陣営に加わったことで両陣営のパワーバランスが大きく傾く筈だ。

 

「例のあの人を殺して魔法界に平和をもたらす……かぁ」

 

 その先に私の望む未来があるとは思えない。

 だが、負け戦はもっと嫌いだ。

 多少窮屈な思いはするだろうが、勝ち馬に乗っていたほうがいいに決まっている。

 

「それにしても、ダンブルドアはなんで私を殺さなかったのかしら」

 

 私は一人呟くと、真っ暗な階段を上り始めた。




設定や用語解説

ホラス・スラグホーン
 長年ホグワーツの魔法薬学教授を務めていた魔法使い。スリザリン寮監。現在は教員職を引退しており、隠居生活中。

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活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。


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OWL試験とご主人様と私

 一九九六年、六月。

 私の身の回りの状況がどうであれ、時が来れば学期末試験はやってくる。

 特に今年はOWL試験の年ということもあり、いつもの試験とは違い魔法試験局から試験官がホグワーツへやってきた。

 OWL試験は一日一科目の試験があり、それが二週間に渡って行われる。

 本来ならば将来を左右しかねない試験ではあるが、私からしたら解答用紙を埋めるだけの作業でしかなかった。

 一年生や二年生の頃は時間を止めてハーマイオニーの答案を覗き見ていたが、もうその必要もない。

 学校の試験で問われるような知識は、全て私の頭の中に入っていた。

 まあ、逆に言えば、ホグワーツで学ぶ程度の知識すら頭に入っていないのだとしたらパチュリーの書籍など到底読み解けないのだが。

 実技に関してもそうだ。

 呪文学や闇の魔術に対する防衛術の実技ではそもそも簡単な呪文しか出ないし、魔法薬学はそもそも得意分野だ。

 そういうこともあり、多くの生徒が大きなストレスを抱えるOWL試験はあっけなく終わった。

 OWLの結果については夏休暇中に自宅へと届けられるらしい。

 まあ、殆どの課目がO(大いによろしい)かE(期待以上)だろう。

 少し前までの私なら、試験結果に一喜一憂していたかもしれないが、今となっては試験の結果などどうでもいい。

 このような状況になってしまっては、私の将来に試験の結果など何も関係ないだろう。

 

 

 

 そうしているうちに今学期も終わりがやってきた。

 私は学用品の全てを鞄の中に押し込めると、その鞄片手にホグワーツを後にする。

 そしていつもの三人……、いや今となっては二人と共にホグワーツ特急の空いているコンパートメントに入った。

 

「……夏休み、サクヤはロンドンの自宅で過ごす感じだよね?」

 

 ロンが座席の下にトランクを押し込めながら言う。

 

「ええそうよ。というか、貴方もそうなるんじゃない? あそこが不死鳥の騎士団の本部なわけだし」

 

「あー、多分そうだな。ハーマイオニーは?」

 

 ロンに話を振られて、ハーマイオニーは少し悩むような素振りを見せる。

 私は小さくため息を付くと、ハーマイオニーの肩に手を乗せた。

 

「夏休みぐらい家族と過ごすべきよ。貴方の場合家族一緒にうちに来るなんてことは難しいわけだし」

 

「……そうね。その辺に関してはしっかり両親と話し合うわ」

 

 話し合う……か。

 きっとハーマイオニーは両親を説得し、一週間もしないうちにロンドンへやってくるだろう。

 夏休みぐらい実家に居ればいいと思うのだが。

 私はそんなハーマイオニーに微笑むと、座席に体を埋める。

 そして列車の振動を背中に感じながら静かに目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 コンパートメントの中で居眠りしていたこともあり、キングズ・クロス駅にはあっという間に到着した。

 私は食べ散らかしたお菓子のゴミを鞄の中に放り込むと、多くのホグワーツ生と共に列車を下りる。

 

「それじゃあ、私は一度家に戻るわ」

 

「車に轢かれないように気を付けるのよ?」

 

 私がハーマイオニーに忠告すると、ハーマイオニーは頬を膨らませて怒る。

 

「もう! そんな歳じゃないわよ!」

 

「あら。でもマグルの街は久しぶりでしょう? 用心するに越したことはないわ」

 

 ハーマイオニーは小さくため息をつくと、笑顔で手を振り人込みの中へ消えていった。

 私は大きなトランクを引きずるロンと共にロンの家族を探す。

 きっと母親のモリーが子供たちの出迎えに来ているはずだ。

 

「えっと、サクヤはこのまままっすぐ家に帰るのか? それともどこか寄っていく?」

 

「いや、確か私にも迎えが来ているはずよ。ムーディとルーピンだったかしら。よくわからないけど、家までの護衛が必要なんだって」

 

 まあ、護衛というのはきっと建前だ。

 二人はダンブルドアが寄越した監視だろう。

 とはいえ私が犯した罪や能力の詳細を知っているのはダンブルドアだけだと思うし、きっとムーディやルーピンは私の護衛が本当の任務だと思っているだろう。

 だが、護衛されているということは、常に人の目がある状況に晒されるということだ。

 実質的に監視されているのと何ら変わりはない。

 

「こんな情勢だし、しょうがないよ。サクヤの命を誰が狙っているか分かったもんじゃないもんな」

 

 ロンはそう言って用心深く周囲を見回す。

 

「まあ、こんな白昼堂々襲ってくるような間抜けだったら、喜んで相手になるけどね。っと、いたわよ」

 

 私は人込みの奥を指し示す。

 そこにはジニーやフレッド、ジョージ、そして出迎えに来たのであろうモリーとアーサーの姿があった。

 いや、それだけじゃない。

 私の護衛役のムーディとルーピンの姿もある。

 私とロンは互いに頷き合うと、そこへ近づいていく。

 途中でムーディが私たちの存在に気が付いたのか、杖で私たちを指し示していた。

 

「お久しぶりです。モリーさん、アーサーさん。それにムーディさんとルーピンさんも」

 

 私は軽く小走りになると、全員に対して挨拶をする。

 

「ふん。頻繁に会っておるくせによく言うわい。わしとルーピンはお前の護衛だ。騎士団の本部……ようはお前の家までお前を護衛する」

 

「ええ、ダンブルドア先生から聞き及んでいます。道中よろしくお願いしますね」

 

「まあ、こんな時間だ。よっぽど大丈夫だとは思うがね。用心に越したことはない」

 

 ルーピンは少々疲れ気味な顔に笑みを浮かべる。

 私は再度二人に小さく頭を下げると、今度はモリーに向き直った。

 

「ウィーズリー家の方たちも直接本部へ?」

 

「いえ、一度隠れ穴に帰る予定よ。お邪魔するのは……少し先になりそうね」

 

 モリーは笑顔で小さく肩を竦める。

 

「いつでもお越しください。私としては大歓迎ですので」

 

「あら、それじゃあお言葉に甘えちゃおうかしら」

 

 モリーはいたずらっぽくそう言うと、子供たちをまとめ始める。

 ムーディはそれを解散の合図だと判断したのか、魔法の義眼で周囲をぐるりと見回してから言った。

 

「こっちはもう本部へと戻るぞ。暗くなる前に移動を済ませておきたい」

 

「ああ、気をつけて」

 

 アーサーの言葉にムーディとルーピンが頷く。

 そしてその二人に挟まれるような形で私はキングス・クロス駅を後にした。

 

 

 

 キングス・クロス駅を出た私たちは特に何事もなくグルモールド・プレイスにある私の家の前までやってくる。

 そして滑り込むように屋敷の中に入った。

 ムーディは義眼を隠すために被っていたつばの広い帽子を玄関の帽子掛けに掛ける。

 そして私を脅しつけるような声色で言った。

 

「ダンブルドアからも言われておるとは思うが、基本的には一人で外に出てはならんぞ」

 

「あら、別に迷子になったりしませんよ」

 

「わしがそういう意味で言っておらんことは百も承知だろう。いつどこで死喰い人から命を狙われるかわからん」

 

 少し前の私なら、内心でムーディの言葉を鼻で笑っていたことだろうが、今の現状では襲撃されない保証はどこにもない。

 今の私はヴォルデモートを裏切って、ダンブルドアに味方している。

 ヴォルデモート側が私のことをどう認識しているのかわからないが、命を狙われてもおかしくない状況と言えるだろう。

 

「まあ、私もこの歳で死にたくはないので大人しくしてますよ。買い物や用事はクリーチャーが代わりにやってくれるでしょうし。ね、そうでしょ?」

 

 私の言葉を聞いていたのか、音もなくクリーチャーが目の前に現れて私に対して深々と礼をした。

 

「その通りでございます。ご主人様。どのような言いつけも何なりとクリーチャーめにご命令ください」

 

「取り敢えず夕食の準備はお願いね」

 

 クリーチャーはもう一度頭を下げると厨房の方へと引っ込んでいく。

 ムーディはそれを見て小さく鼻を鳴らすと、帽子掛けに掛けたばかりの帽子を手に取って言った。

 

「それじゃあ、わしは一度ここを離れる。別に任務があるんでな。今日ここに残るのは──」

 

「私が残る。ウィーズリー家の人達がこっちへ来るまでの間はね。それに、ほかの騎士団員も入れ替わりで顔を出すだろう」

 

 確かに無職で独り身のルーピンだったら泊まり込みで私の護衛をするのにも何の支障もないだろう。

 

「そうですか。よろしくお願いしますね。基本的には私とクリーチャーの部屋以外だったら自由に使っていただいて結構ですので。といっても、もう慣れたものですよね」

 

 この建物を不死鳥の騎士団の本部として使うようになってから既に一年が経過していることを考えると、騎士団員たちにとってここは第二の家となりつつあるだろう。

 

「まったくもって。寝ぼけながらでもトイレに行ける程度にはこの家にも慣れてしまったよ」

 

「私だったら寝ながらトイレに行けますよ。もっとも、夢の中でですけどね」

 

 私はいたずらっぽく笑うと、階段を上り自分の部屋へと入る。

 基本的にこの部屋に物を残しておくことがないので私物等の類は何一つ置かれていないが、自分のパーソナルスペースに戻ってきたという安心感はあった。

 私は机の上に鞄を置くと、鞄の中から着替えや日用品などを取り出し、部屋の中に配置していく。

 大切なものや嵩張るものは鞄の中に入れっぱなしだが、寝間着や洗面用具といった日常的に使うものは外に出しておいた方が何かと便利だ。

 私はお気に入りの私服を何着かクローゼットに仕舞い込む。

 

「これでよし、と」

 

 新学期が始まるまでの一ヶ月と少しの殆どの時間をこの屋敷の中で過ごすことになるだろう。

 私は少し中身が減った鞄を机の脇に置くと、ルーピンと今後のことを打ち合わせるために部屋を出ようとする。

 その瞬間、部屋の中にクリーチャーが姿現しで出現した。

 急な出来事に私は少々驚きながらも、クリーチャーに声をかける。

 

「貴方が断りもなく私の部屋に入ってくるなんて珍しいわね。どうしたのよ」

 

「どのような罰をお与えになっても構いません。ですがクリーチャーめはどうしても内密にご主人様にご報告と確認をしなければならないのです」

 

 クリーチャーは下の階にいるであろうルーピンに聞こえないように声を潜める。

 

「報告と確認? それも内密にって一体何が──」

 

「クリーチャーめはご主人様が時間を操る事ができることを知っております」

 

 真冬の湖に突き落とされたかのような感覚が私を襲う。

 クリーチャーが発した余りにも予想外の言葉に、私は動くどころか、声を出すことも出来なくなった。

 

「ご主人様もご存じの通り、クリーチャーめはブラック家に仕える屋敷しもべ妖精でございます。ご主人様がこの屋敷に来た時、クリーチャーめのご主人様は貴方様でも、パチュリー・ノーレッジでもありませんでした」

 

 クリーチャーの主人が私でもパチュリーでもない。

 だとしたら、クリーチャーの主人は……。

 

「……貴方は、シリウス・ブラックに仕えていた」

 

「その通りで御座います。あの時クリーチャーめはシリウス・ブラックのしもべであり、あの血族の裏切り者の言いなりだったので御座います」

 

 ブラックがパチュリーと組んで私の正体を探っていたのは知っていた。

 だが、まさか屋敷しもべ妖精のクリーチャーまで利用していたとは……。

 

「でも、どうして今になって私に打ち明けたの?」

 

「それは、サクヤ・ホワイト様が正式にクリーチャーめのご主人様となり得たからでございます。現在、この屋敷の所有権を有しているのはベラトリックス様でもパチュリー様でもありません。サクヤ・ホワイト様、貴方様なのです」

 

 クリーチャーはそう言って深々と頭を下げる。

 私はそんなクリーチャーを呆然と見ながら、少しでも情報を集めるためにクリーチャーに質問を投げかけた。

 

「シリウス・ブラックとパチュリー・ノーレッジの目的はなに?」

 

「ご主人様の正体を探ることのようでした。特にシリウス・ブラックの方はハリー・ポッターを救うことが第一目的だったようです」

 

 予言の間でブラックが言っていたことと同じだ。

 だとするとブラックは、ハリーの身を守るために私の正体を探り、そして私の存在があまりにも危険だと判断し、あのような行動に出たのだろう。

 

「パチュリー・ノーレッジも同じ目的で動いていたの?」

 

「……クリーチャーめにはわかりません。ですが、ただの興味本位でシリウス・ブラックに手を貸しているように見えました。ご主人様の能力の詳細を探りたかったようです」

 

 クリーチャーはそこで一度言葉を切ると、信じられないようなことを口にする。

 

「なにせご主人様の能力を探るために、無理やり代表選手に仕立て上げるほどですから」

 

「何ですって?」

 

 思わず私はクリーチャーに問い返す。

 

「それじゃあ、去年私の名前をゴブレットに入れたのはパチュリー・ノーレッジだって言うの?」

 

「クリーチャーはそのように聞き及んでおります。代表選手として危機的状況に立たせ、能力の限界を見極めようとしているようでした」

 

「それじゃあ、審査員を引き受けたのも……いや、そもそも自分から審査員になるように手を回した?」

 

 おかしいとは思っていた。

 何故バグマンは出不精を通り越して伝説の人間になりつつある彼女と親交があったのか。

 レミリアはまだわかる。

 彼女は良く漏れ鍋や三本の箒に顔を出すからだ。

 ハグリッドも私が一年生の頃にホッグズ・ヘッドというパブで彼女と賭けポーカーをし、ボロ負けしたと言っていた。

 バグマンがレミリアとカードで遊んでいたとしても何もおかしなことはない。

 だが、パチュリー・ノーレッジと親交があるというのは明らかに異常だ。

 人脈が広いという言葉だけでは説明のしようがない。

 バグマンの記憶を書き換え、審査員の一人としてホグワーツに潜り込んだと考える方が百倍は自然だろう。

 

「何にしても、その先の目的が気になるわね。ただ純粋に興味本位で私のことを調べていたのか。私を何かに利用したいのか……」

 

 もしかしたら、パチュリーは私の時間を操る能力を欲しているのかもしれない。

 明確に私のことを敵視しており、殺そうとしているのであれば、私はとっくの昔に死んでいるはずだ。

 それに、パチュリーはどちらかといえば、積極的に私を育てようとしているようにも思える。

 彼女の書いた本のお陰で、私の能力は大きく強化された。

 それに、敵視している人間に賢者の石など渡すだろうか。

 

「……まあ、そのことについては分かったわ。つまり、貴方は私の能力を知っていて、今は完全に私の味方ってことでいいのよね?」

 

「その通りでございます」

 

「なら、一つ命令しておくわ。私の能力に関する秘密を誰にも漏らさないこと。無理矢理聞かれそうになったら自ら命を絶ちなさい」

 

「かしこまりました。そのように致します」

 

 クリーチャーがブラックからのスパイで、私の能力を知っているという話には驚いたが、結果的にはそこまで悪い話ではなくて安心した。

 むしろ心強い味方が出来たと言っても過言ではないだろう。

 私は小さく息をつくと、部屋にある椅子に腰掛ける。

 そしてふと思い出し、クリーチャーに聞いた。

 

「そういえばクリーチャー。報告と確認の報告の方は今聞いたわけだけど、確認したいことっていうのは何?」

 

「そのことなのですが……」

 

 クリーチャーは一度言葉を切り、耳をそば立てる。

 そしてルーピンがまだ下の階にいることを確認し、口を開いた。

 

「ご主人様の御心は、今どちら側にあるのですか? 世間ではご主人様は『英雄』と言われています。闇の帝王を打ち倒すシンボルであると。ですが、ご主人様は闇の帝王の娘であり、魔法省であの事件が起こるまでは実際に死喰い人として活動していた」

 

「そうね。その通りだわ。そして、ダンブルドアに捕まり、洗いざらい全てを喋らされた」

 

「ご主人様……ご主人様は今、どちらの味方なのでございましょうか。仕方なくダンブルドアに従っているだけなのですか? それとも本当に闇の帝王を、貴方のお父上を裏切り、ダンブルドア側についたのですか?」

 

 その問いに、私は少し視線を落とす。

 そして、白くて細い綺麗な自分の手を見ながら言った。

 

「どちらでもないわ。成り行きに任せているだけ。でも、今の現状、ダンブルドアについていた方が有利だし、しばらくはダンブルドアと行動を共にすると思う」

 

 現在、ダンブルドアには時間停止が通用しないし、他にどのような細工がされているかもわからない。

 今ダンブルドアの下から逃げ出して、ヴォルデモートの下に戻るのはあまりにもリスクが高い。

 所詮ヴォルデモートとも、利害が一致しているからこそ協力していたに過ぎない。

 ヴォルデモートと私には血の繋がりこそあれど本当の親子ではない。

 今向こうの陣営に戻るメリットは少ないだろう。

 

「……そうでございますか。それがご主人様の答えなら──」

 

「不満そうね。闇の陣営に付いていて欲しかった?」

 

 私がそう尋ねると、クリーチャーはブンブンと首を振る。

 

「滅相もございません。クリーチャーめはご主人様に付き従うだけでございます」

 

「そう。それじゃあ、これからもよろしく。貴方は先にキッチンへ帰りなさい。私は少し仮眠を取ってから下に降りるわ」

 

 二人同時に下に降りるのは良くない。

 二階に上がった私は、そのまま部屋の整理に疲れて寝てしまったことにしよう。

 クリーチャーは私に対し恭しくお辞儀をすると、音もなく部屋から姿をくらます。

 私は椅子に座ったまま机に突っ伏し、そのまま居眠りを始めた。




設定や用語解説

OWL試験
 通称ふくろう試験。ホグワーツ五年生が受けるテスト。NEWT試験を受けない場合、OWL試験の成績がその教科の最終成績となる。また、この試験の成績によってはNEWTレベルの授業が受けられないことがある。

クリーチャーの告白
 クリーチャーはシリウスの支配下にある時、サクヤのことを『お嬢様』と呼んでいた。今では正式にサクヤの下についたため『ご主人様』呼びになった。

炎のゴブレットにサクヤの名前を入れた犯人
 サクヤの名前をゴブレットに入れたのはパチュリー。パチュリーがサクヤの名前を入れる前にクラウチがハリーの名前を第四の学校の代表選手としてゴブレットの中に入れていたが、パチュリーがその上から強引に魔法で干渉したためクラウチの仕込みは全て掻き消えてしまった。

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サクヤ・ホワイトと謎のプリンセス
ヌラーと襲撃の跡と私


 夏休暇が始まって一週間ほどが経ったある日。

 ウィーズリー家の子供たちがモリーさんに連れられ隠れ穴からグリモールドプレイスへとやってきた。

 今年の夏休暇も家族揃ってここで生活するらしい。

 まあ、私としても騒がしくなるのは大歓迎だ。

 ここのところ一週間、ルーピンとクリーチャーの顔しか見ていない。

 魔法省やダンブルドアからの呼び出しも無く、ある意味では充実した夏休暇だったが、いかんせん暇なのは確かだ。

 ロンが居ればチェスの相手には困らないし、ジニーは私を実の姉のように慕ってくれる。

 フレッド、ジョージと一緒に新しい悪戯グッズの開発をするのも面白そうだ。

 と、ここまでなら去年の夏となんら変わりないが、今年は更に人が増えている。

 

「紹介するわ。一番上の息子のウィリアムよ」

 

 モリーさんが長身で長髪の男性の肩を抱きながら紹介してくれる。

 なるほど、今まで会ったことはなかったが、彼が噂に聞く『ビル』なのだろう。

 私はビルと握手をしながら口を開く。

 

「はじめまして。サクヤ・ホワイトです。貴方が噂に聞くビルね」

 

「どんな噂を聞いたか怖くて聞けないな。よろしく、噂に聞くサクヤ・ホワイトさん」

 

 確かビルはエジプトで呪い破りをしているんだったか。

 だが、今ここにいるということは、もしかしたらグリンゴッツ勤務になったのかも知れない。

 

「ああ、それと、他にも紹介しないといけない人が──」

 

 ビルがそう言った瞬間、私の視界が柔らかい何かで覆われる。

 私はその不意打ちのハグからなんとか脱出し、その人物の顔を見上げた。

 

「……って、フラーじゃない。フランスに帰ったんじゃないの?」

 

 いきなり私に抱きついたのは三大魔法学校対抗試合で競い合ったボーバトン代表のフラー・デラクールだった。

 フラーは整った顔に満面の笑みを浮かべる。

 

「私、今英語の勉強のためにグリンゴッツで働いてるです! そして、ビルの奥さんでもありマース!」

 

「まだ結婚してないでしょう?」

 

 モリーが少し苦い顔をしながらそう補足する。

 なるほど、フラーはビルと付き合い始めたのか。

 まあ歳も近いしお似合いのカップルではある。

 

「では、お二人は同じ部屋のほうがいいですね。となると男子部屋が一つとジニーの部屋が一つ、ビルフラーで一つとアーサーモリーさんで一つ……」

 

「子供部屋二つと私たちの部屋だけで十分よ。ビルはロンと同じ部屋、フラーはジニーと同じ部屋」

 

 モリーさんがムスッとした表情で言う。

 その様子から察するに、モリーは二人の結婚に反対らしい。

 まあ、他人の家庭の事情に首を突っ込むのは野暮なので、その辺は当人たちで話し合って貰うこととしよう。

 私はお好きにどうぞとモリーさんたちに伝えると、厨房の中へと入る。

 そこにはくたびれた様子のアーサーがクリーチャーが用意したであろう紅茶を飲んでいた。

 

「お仕事の方はどうです? そういえば、大臣が代わってから昇進したという話を聞きましたが」

 

「昇進……とは少し違う。新しい部署に配属になった。『マグル製品不正使用取締局』から『偽の防衛呪文ならびに保護器具の発見ならびに没収局』にね。部署の規模が大きくなったから、出世であることには変わりないが……役職は局長のままさ」

 

 まあ、このようなご時世だ。

 新しい部署の名前だけ聞いても忙しいだろうということは容易に想像がつく。

 それに加え騎士団としての仕事もあるとなれば、てんてこ舞いなのにも納得だ。

 

「あとそれと、騎士団としてはどうです? 何か新しい話はありますか?」

 

「それに関しては君の方が詳しそうだがね。吸血鬼のお嬢様が騎士団入りしたんだろう?」

 

 アーサーはやれやれと言わんばかりに首を振る。

 

「強力な戦力になることには違いないが……あのお嬢様に協調性があるとは思えない。騎士団員はダンブルドアを中心として結束しているが、彼女がダンブルドアの命令にちゃんと従うか怪しいものだ」

 

「まあおっしゃる通り、彼女自身が納得しなければ従わないと思いますよ。彼女はダンブルドアの駒じゃない。自分の意思で勝手に動き回るクイーンのような存在です」

 

「チェスゲームに於いてそれ以上に厄介なことはない。それによって良からぬことが起きなければいいが……」

 

 アーサーはカップに残っている紅茶を飲み干す。

 

「その辺に関してもダンブルドア先生に任せるしかないとは思います。でも、先生の話では別動隊として彼女には動いて貰うとは言っていましたが」

 

「流石にダンブルドアもその辺は考えがあるか」

 

「やっぱり、騎士団の中には彼女のことをあまり良く思っていない人たちも多いんですかね」

 

 私はアーサーの向かいの椅子に腰掛ける。

 私の問いを聞いて、アーサーは慌てたように付け加えた。

 

「いやいや、そんなことはない。彼女は我々にはない能力を持っている。強力な助っ人であることには違いないさ」

 

 我々にはない能力というのが、占いのことを指しているのか吸血鬼としての能力を指しているのか、はたまた彼女の権力のことを指しているのかはわからない。

 だがまあ、どの能力を取っても強力なことには変わりないだろう。

 

「さて、そろそろ職場へ戻るよ。今のご時世、民衆の不安につけ込んだ悪質な魔法具がわんさか市場に出てきている。摘発しても摘発しても一向に数が減らない」

 

 アーサーはそう言って椅子から立ち上がる。

 

「紅茶をありがとう、とクリーチャーに伝えておいてくれ」

 

「はい、わかりました。お気をつけて」

 

「ああ、君もね」

 

 アーサーはローブを着込み、姿くらましで厨房から居なくなる。

 私は空になったティーカップを流しに置くと、子供たちの様子を見に二階へと上がった。

 

 

 

 

 

 ウィーズリー家が自宅に来て一週間程が経ったある日の深夜。

 ウィーズリーの子供たちがすっかり寝静まった頃の時間帯に、ダンブルドアが訪ねてきた。

 なんでも、ホラス・スラグホーンの説得に私も同行しろとの話らしい。

 

「事前に知らせを受け取っていたのでそれには構いませんが……お邪魔になりません? 私スラグホーンさんとは面識もありませんし……」

 

 私はすっかり準備を整えた状態で、最終確認と言わんばかりにダンブルドアに尋ねる。

 

「スカーレット嬢の屋敷でも話をしたが、ホラスには人材の収集癖がある」

 

 つまり、私はスラグホーンを引きずり出すためのエサということか。

 

「そんなに単純な話ですかね。あちこち逃げ回り、身を隠しているような人なんでしょう? そもそも会ってくれるでしょうか」

 

「ホラス自身、ワシらに会う気はサラサラないじゃろうな。訪ねた瞬間、また何処かへ逃げていってしまう可能性も高い」

 

 ダンブルドアは誰もいない玄関ホールを軽く見回すと、私に向かって右手を伸ばす。

 どうやら現地までは姿現しで向かうようだ。

 

「クリーチャー、少し出かけてくるわ」

 

 私は虚空へとそう語りかけるとダンブルドアの右手を掴む。

 姿現わし特有の感覚と共に視界が暗転し、次の瞬間には小さな広場のようなところに立っていた。

 目の前には第二次世界大戦のものと思われる戦争記念碑があり、その周囲にはいくつかベンチが置かれている。

 

「ここは……マグルの村のようですが」

 

「ホラスの隠れ家はここから少し歩いたところにある。こっちじゃ」

 

 ダンブルドアはそう言うと、月明かりを頼りに舗装もされていない道を進んでいく。

 私はダンブルドアの横に並ぶように少し大股で歩いた。

 

「そういえば、今日の目的はスラグホーンさんに例のあの人……リドルに分霊箱について何か聞かれたかを尋ねに訪ねに行くことでいいんでしょうか」

 

「そのように聞くということは、何か他の目的があると考えておるのかね?」

 

「いえ、ただ認識の共有を図りたかっただけです」

 

 ダンブルドアは田舎道を少し黙って進むと、不意に立ち止まり、私の方に振り向いた。

 

「聡明じゃな。サクヤ、ホラスに会う前に一つ二つ言っておかねばならないことがある。一つ目は、今日はホラスの前ではヴォルデモートの話……特に分霊箱に関する話は無しじゃ。そして二つ目は、わしはホラスにホグワーツに戻ってきて欲しいと考えておる」

 

「スラグホーンさんをホグワーツの教員に? 引き受けますかね?」

 

 ダンブルドアはニコリと微笑むと、また曲がりくねった道を歩き出した。

 

「わし一人の力では無理じゃ。門前払いが関の山じゃろう。だからこそ、お主の力が必要になる」

 

「私を人材コレクションに加えたい……教育者として、私の人生に関わりたい、そう思わせろと?」

 

「ホラスの優秀な人材を見出す能力は本物じゃ。そして人一倍見栄っ張りで、自分の欲望に素直……正直なところ、黙って立っておるだけでもホラスは首を縦に振るじゃろう。それほどまでにホラスは君に関わりたいと願うはずじゃ」

 

 そんな魔性の女みたいな魅力を出しているとは思えないのだが。

 

「では、分霊箱のことを聞き出すのはホグワーツに来て、安易に逃げられなくなってからということですね」

 

「言い方は少々悪いが、まあそんなところじゃな。……そろそろじゃ」

 

 ダンブルドアは目の前に立っている小洒落た一軒家を指差す。

 その家はどう見ても普通のマグルの一軒家のようにしか見えなかった。

 

「魔法使いの家っぽくはないですね」

 

「マグルの家を借りておるのじゃろう。勿論、無断での」

 

 そう言った瞬間、ダンブルドアが不意に足を止める。

 私はダンブルドアの視線を追い、何故足を止めたのかを理解した。

 目指している家の玄関の扉が不自然に開いている。

 いや、よく見れば蝶番が外れ、今にも扉ごと地面に倒れそうになっていた。

 

「サクヤ──」

 

「分かっています。時間は?」

 

「それには及ばん。杖を出しておくのじゃ」

 

 私は左手で杖を引き抜き、右手をポケットの中に入れる。

 そして賢者の石が埋め込まれた懐中時計を握りしめた。

 ダンブルドアは右手で杖を構えながら、ゆっくりと扉を開き、家の中に滑り込む。

 私もその後を追い、そして中の惨状を目の当たりにした。

 

「これは……」

 

 家具という家具はひっくり返され、バラバラになって無惨に散らばっている。

 壁には至る所に焼け焦げた跡があり、そしてそのうちの一箇所には明らかに致死量だと思われる血痕が残されていた。

 一体どのような戦闘を繰り広げたらここまで滅茶苦茶になるのか見当もつかない。

 

「ん? 見当もつかない?」

 

 私はもう一度部屋の中を見回す。

 やはり、明らかに不自然だ。

 スラグホーンが何者かに襲われ、そして最終的に命を落としたと仮定するにはあまりにも家具や家屋の損傷が大きい。

 わざと悲惨な現場に見せようとやたらめったら魔法を掛けたようにも見える。

 

「先生──」

 

「分かっておる。ほれホラス。わしじゃよ」

 

 ダンブルドアは手に持っていた杖で近くにあったソファーを突き刺す。

 するとその瞬間、ソファーが鋭い悲鳴を上げた。

 

「痛いッ! おい、杖で突くな! 火がついたらどうする?」

 

 気がつくと、先程までソファーが置いてあった場所に太った禿頭の老人が蹲っていた。

 この老人がホラス・スラグホーンなのだろう。

 スラグホーンはセイウチのような立派なヒゲを軽く撫でると、服をはたきながら立ち上がる。

 

「なんでバレた?」

 

「もし本当に死喰い人が来たのなら、家の上に闇の印が出ておるはずじゃ」

 

「それに、少々わざとらし過ぎましたね。壁の血痕だけでよかったのでは?」

 

 スラグホーンは私の方を見ると、まるで幽霊でも見たかのように目を見開く。

 そして、そのまま数秒固まっていたが、すぐに誤魔化すように咳払いしながら言った。

 

「闇の印か。何か足りないと思っていた。まあよい。そんな時間もなかっただろうしな」

 

「時間がないとは?」

 

 私は手に持っていた杖を、部屋全体を撫でるように振るう。

 すると、粉々になっていた家具は元の形を取り戻し、今までそこにあったであろう場所へと移動していった。

 スラグホーンはその様子を眺めながら口を開く。

 

「侵入に気がついた時、ちょうど風呂に入っていた。まったく、来るなら連絡ぐらい寄越せ」

 

「わしが本当にそのようにしていたら、今こうして会えておらんじゃろう」

 

 スラグホーンはダンブルドアの言葉を肯定も否定もしなかったが、「何を当たり前なことを」と言わんばかりの目をしていた。

 

「紹介せねばならんの。サクヤ、こちらはわしの古い友人で同僚であったホラス・スラグホーンさんじゃ。そしてホラス、こっちはわしの教え子で九月から六年生の──」

 

「サクヤ・ホワイトです。以後お見知り置きを」

 

 私は小さく頭を下げると、スラグホーンに対して微笑みかける。

 スラグホーンは私の顔を見て目をパチクリさせると、ダンブルドアに詰め寄って小声で囁いた。

 

「おい、何故この子がここにいる? どうして連れてきた? ダンブルドア、お前はわしに一体何をやらせる気なんだ?」

 

「何をやらせるだなんて、そんな人聞きの悪いことはせんよわしは。わしはただホグワーツに新しい教員を招きたいだけじゃ。いや、君の場合は帰ってくると言った方が正しいかもしれんがの」

 

「ホグワーツには今あの女がいるだろう? 隠居中のこんな老いぼれを引っ張り出すこともあるまい」

 

 あの女……パチュリー・ノーレッジのことだろうか。

 ダンブルドアはスラグホーンの言葉に首を横に振った。

 

「彼女は七月いっぱいで隠居生活へと戻った。ホグワーツではまたもや人員不足というわけじゃよ」

 

「ふん。それがある意味正しい形と言えよう。アレが外に出ていることがそもそも不自然で異常事態なんだ」

 

「そうかもしれんの。それで、教員の件じゃが──」

 

 ダンブルドアの言葉を遮るようにスラグホーンは短くぷっくり膨れた右手を突き出す。

 

「この子をここに連れてきた時点でお前の勝ちだ。ダンブルドア。戻ろうじゃないか、ホグワーツに」

 

「では、教授職を引き受けてくれると?」

 

「そう言っておる。ったく、お前は昔からやることが卑怯だ。だが、やるからには給料は弾んでもらうぞ」

 

 ダンブルドアは嬉しそうにクスクス笑うと、杖を振るいどこからともなく上等なワインのボトルを取り出す。

 

「どうかね。復職記念に一杯」

 

「いただこう。この子とも少し話をしたいしな」

 

 スラグホーンはダンブルドアに勧められるままにテーブルにつくと、キッチンからグラスを三つ呼び寄せる。

 

「っと、サクヤ、君はまだ未成年だったな。バタービールとかの方がいいかね?」

 

 スラグホーンの質問に、私はダンブルドアをチラ見しながら言った。

 

「横にいる人が目を瞑るなら私はワインでもいいんですけど……」

 

 ダンブルドアは私の問いに対し首を横に振る。

 私は小さく舌を出すと、いつもの鞄からキンキンに冷えたバタービールの瓶を一本取り出した。

 

「では、ホラス……いや、スラグホーン先生の復職祝いに」

 

 私たちはそれぞれのグラスを掲げると、軽く打ち鳴らし中身を飲み干した。




設定や用語解説

ビル・ウィーズリー
 ウィーズリー家の長男。グリンゴッツの呪い破りとして勤務している。エジプト勤務だったが、最近ロンドン勤務になった。

フラー・デラクール
 ボーバトンを卒業後、英語の勉強のためにグリンゴッツで働き始め、そこでビルと出会った。

部署が変わったアーサー
 より重要度の高い部署への移動となった。必要に応じてという意味合いもあるが、半分はスクリムジョールによるダンブルドアへのゴマすり。

勝手に動き回るクイーンのレミリア
 盤上を動き回るだけならどれほどよかっただろうか。彼女は第三の指し手となり、横合いからチェス盤ごとひっくり返す可能性すらある劇薬。

ワインが飲みたいサクヤ
 好きというよりかは、背伸びしたいお年頃なだけ。かわいい。

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試験結果と来客と私

 一九九六年、八月。

 私がダンブルドアと共にスラグホーンを説得しに行った次の日、ハーマイオニーが私の家に顔を出した。

 もう少し実家でゆっくりすればいいのにと思ったが、どうにもここに来た理由は私に早く会いたいからというわけではないらしい。

 今朝ここに来てからずっとソワソワしていたハーマイオニーだが、夕食後にフクロウが三羽窓際に舞い降りたのを見て小さく悲鳴を上げた。

 

「もう、どうしたのよハーマイオニー。貴方らしくないわよ」

 

 私は窓を開けてフクロウを家の中に招き入れると右足に括られた羊皮紙を解く。

 そして羊皮紙に書いてある名前に従ってそれぞれに配った。

 きっとこの前受けたOWL試験の結果だろう。

 

「ああ、どうしましょう。きっと全科目落ちたわ!」

 

 ハーマイオニーはヒステリックに叫ぶ。

 それを聞いてロンが肩を竦めた。

 

「もしそれが本当ならうちの学年は全滅だよ。サクヤを除いてね」

 

「あら、私も全科目居眠りしてて落としているかもしれないわよ?」

 

 私は細く折り畳まれた羊皮紙を広げると、中身を確認する。

 するとそこには、予想の斜め上の文章が書かれていた。

 

『OWLの結果だと思った? 残念、私よ。ドキドキしちゃったかしら? それとも、OWLのフクロウのほうが先に届いちゃった? もしそうなら失敗ね。用件は特にないわ。ただ悪戯したかっただけよ。それじゃあね。レミリア・スカーレットより』

 

 私は手紙の内容を三回は読み返すと、他の二人を見る。

 すると二人とも何も書かれていない羊皮紙を見ながら首を傾げていた。

 

「ま、まさか……書けないぐらい悪い結果だったってことじゃ──」

 

 勝手な想像をして顔を青くしているハーマイオニーにレミリアからの手紙を見せる。

 ハーマイオニーは手紙の内容を上から下まで読むと、今度は顔を赤くした。

 

「もう! 信じられない! 悪戯するにしても限度があるわ!」

 

「いや、そこまで悪質でもないだろ」

 

 ロンがハーマイオニーの持っている手紙を引ったくりながら言う。

 そして手紙をひっくり返し、少し眉を顰めた。

 

「ん? サクヤ、これ」

 

 ロンは手紙の裏に書かれた短い文章を指差しながら見せてくる。

 私はロンから手紙を受け取ると、そこに書かれた一文を読んだ。

 

『P.S. 日が沈んだ頃にでも家に伺うわ。騎士団本部も見ておきたいし』

 

「なんですって?」

 

 私はそこに書かれた一文に目を疑う。

 そして慌てて懐中時計で時間を確認した。

 その瞬間、玄関の扉が軽快にノックされる。

 

「……ちょっと対応してくるわ。ハーマイオニーはすぐに厨房に行ってモリーさんにこのことを伝えて頂戴」

 

 私はハーマイオニーの返事を待たずに急いで玄関へと向かうと、扉に向かって声を掛ける。

 

「はい、どなたでしょう?」

 

「私よ」

 

 すると、聞き慣れた声で非常にシンプルな返事が返ってきた。

 間違いない。

 レミリア・スカーレットだ。

 私は扉の鍵を解除すると、慎重に押し開ける。

 するとそこにはいつも通りの薄いピンクの洋服を着たレミリアと、マグルが着るようなスーツ姿の美鈴が立っていた。

 

「はあい。来ちゃった」

 

 レミリアは悪戯っぽい笑みを浮かべて私にヒラヒラと手を振る。

 私は出来るだけ表情を取り繕いながらレミリアに言った。

 

「お待ちしておりました。どうぞこちらへ」

 

 私は普段滅多に使うことのない客間へとレミリアたちを案内しようとする。

 だが、レミリアは右手でそれを制止するような仕草をすると、玄関ホールを見回しながら言った。

 

「余計な気遣いは無用よ。客というわけでもないのだし。私は自分の所属している組織の本部がどんなところか見に来ただけなんだから」

 

「そう、ですか? でしたら簡単に屋敷の中をご案内を──」

 

「案内が必要なほど広いわけでもないでしょ? ……でもそうね。ある程度の間取りと、何に使ってるかぐらいは聞こうかしら」

 

「では、こちらです」

 

 私はレミリアと美鈴を引き連れて会議室がわりに使っているダイニングや休憩所がわりの客室などを案内していく。

 レミリアは私の説明に頷きながら、時折美鈴にメモを取らせていた。

 結局十分もしない間に屋敷の案内は終わってしまい、私たちはダイニングへと移動する。

 レミリアは私の淹れた紅茶を一口飲むと、美鈴に取らせたメモを読み返し始めた。

 

「なるほどねぇ……なんというか、今までよくやってこれたわね」

 

 レミリアは呆れを通り越して、逆に感心したかのように何度か頷く。

 それを聞き、先ほどまで厨房で夕食の片付けをしていたモリーが顔を出した。

 

「それはつまり……どういった意味でしょう?」

 

「あなたは?」

 

「モリーです。モリー・ウィーズリー」

 

 レミリアは何かを思い出したかのようにハッとすると、椅子から立ち上がりモリーの前へと歩いていった。

 

「ダンブルドアから話は聞いているわ。よろしく……えっと、モリーと呼ばせていただいても?」

 

 レミリアはモリーににこやかに笑いかけながら握手を求める。

 モリーは少々戸惑いながらもレミリアの握手に応えた。

 

「え、ええ。好きに呼んでください。スカーレット嬢」

 

 レミリアはモリーのその対応に満足したのか、先程まで座っていた椅子へと戻ると、モリーの問いに答えた。

 

「いや、だってアレじゃない。本部っぽくないのよここ。一応大勢が集まれる場所と泊まれる場所はあるみたいだけど。秘匿は最低限だし、情報をまとめる場所もなければ団員を管理する役職もない。今現在、そういうのって全部ダンブルドアの頭の中で完結してるんでしょ?」

 

 レミリアは両手を広げて大きくオーバーに肩を竦める。

 

「ダンブルドアが死んだらどうするのよ。全ての情報を抱えたままリドル……ヴォルデモートに敗れたら。誰が騎士団を引き継ぐの? その後の作戦は? それとも、ダンブルドアが死んだ時点で素直に負けを認める?」

 

 私はそんなのゴメンだわ。

 レミリアはそう付け加えた。

 

「では、どうするべきだと思うんです?」

 

 モリーはレミリアの向かい側である私の隣に腰掛ける。

 それに対しレミリアは口を開きかけたが、そのまま口を閉じ廊下へと続く扉を指差した。

 モリーはそんなレミリアの仕草に少し首を傾げると、すぐに何かに思い至りダイニングの扉を開ける。

 するとパンパンに詰め込んだクローゼットの中身が崩れるように、ハーマイオニー、ロン、ジニー、フレッド、ジョージの五人がダイニングの床に転がった。

 

「盗み聞きは感心しないわね」

 

 レミリアはすまし顔で紅茶を飲む。

 モリーはひとしきり子供たちを叱ると、ダイニングの扉に防音呪文を掛けて帰ってきた。

 

「ごめんなさい。どうぞお続けになって?」

 

 モリーは改めてレミリアに話を促す。

 レミリアはメモを片手に私とモリーに対して言った。

 

「本部を移転するべきだわ。もっと秘密に満ちて、なおかつ護りに優れるところに。そう、それこそホグワーツのような」

 

「ホグワーツに本部を移すのは流石に──」

 

「違うわ。ホグワーツの『ような』ところよ。場所は私が提供できる。そこに騎士団の腕利きたちで魔法を施していけばかなり強固な拠点が出来上がると思わない?」

 

 それに……とレミリアは私を見る。

 

「いつまでも一個人の家を占領するべきではないわ。他にどうしようもないならまだしもね」

 

 私は別にどちらでも構わないのだが、ダンブルドアや他の団員は本部の移転に反対しそうだと私は思った。

 大人の団員たちは、ここを本部として使うのは私の護衛も兼ねていると考えているだろう。

 実際、ダンブルドアとしてはその意図もあるはずだ。

 だが、この家が組織の拠点に向いていないのは事実である。

 

「まあ、私のほうからもダンブルドアに話はしておくわ。美鈴、今何時?」

 

 レミリアは用件はそれだけだと言わんばかりに椅子から立ち上がる。

 

「二十二時二十二分です」

 

「そう、ありがと。それじゃあ、そろそろ行くわ」

 

 レミリアはそのままダイニングを歩いていき、廊下に続く扉に手をかける。

 

「ああ、そうそう」

 

 そして今思い出したかのように懐から三枚の封筒を取り出した。

 

「これ、OWLの結果。他の二人にも渡しておいて」

 

「あ、フクロウは本物だったんですね。いつの間に入れ替えたんです?」

 

 私は受け取った封筒をひっくり返しながらレミリアに聞く。

 

「ロンドンの上空で。それじゃあ、また近いうちに」

 

 そう言い残すとレミリアはダイニングから出ていった。

 私は少々ポカンとしつつも、手元にある封筒に目を落とす。

 封筒に押された印を見る限り、こちらは正真正銘魔法試験局からのものだ。

 つまり、飛んでいるフクロウを捕まえて、無理矢理手紙をすり替えたのだろう。

 私は想像以上に手の込んでいたレミリアの悪戯に少々呆れつつも、見送りのためにレミリアの後を追った。

 

 

 

 

 レミリアが屋敷から帰ったあと、私は改めてOWLの結果をロンとハーマイオニーと一緒に確認した。

 結果としてはロンは一部の苦手科目以外はそこそこいい評価で、ハーマイオニーは闇の魔術に対する防衛術以外の教科が最も良い結果の『O(優)』だった。

 ハーマイオニーはその結果に満足しているのかいないのか、私の成績が書かれた紙をチラチラと見ながら唸り声を上げている。

 

「何をそんなに唸ってるのよ。ハーマイオニーも凄い良い結果じゃない」

 

「全部Oが取れてる親友が横にいなければこんなに唸ってないわ。そりゃ、私もそこそこいい結果だったのは確かだけど……」

 

「そこそこ? ハーマイオニー、Oより上は無いんだぜ? ハーマイオニーがそこそこだったら、僕の結果は鼻くそだよ」

 

 ロンがやってられないと言わんばかりに自分のフクロウの結果を放り投げる。

 

「でも、ロンも得意教科はしっかり『E(良)』が取れてるわけだし、別に言うほど悪いわけじゃないじゃない」

 

「そこは自分でも意外だと思ってる。特筆すべきは魔法薬学だな。あのスネイプの授業で『E(良)』が取れるなんて。でも、確かスネイプは『O(優)』以上の生徒しかNEWTは教えないんだろう? これでスネイプとはおさらばだ」

 

 ロンの後ろでは床に投げ捨てられたOWLの結果をモリーが拾っている。

 それを読んでいる表情を見る限りでは、モリー基準でもロンはそこまで成績が悪いというわけでもなさそうだ。

 

「あらまあ、よく頑張ったじゃない! 七科目合格だなんて、フレッドとジョージを合わせたより多いわ」

 

「そりゃどうも。お世話様」

 

 丁度厨房に入ってきたフレッドとジョージが少し不機嫌そうな顔でロンのフクロウの結果を覗き見る。

 

「おー、ロニー坊やは我ら側だと思っていたのに、こんなに酷い結果になるとは」

 

「酷い結果ってなんだよ! そんなこと言い出したらサクヤはどうなっちゃうんだ?」

 

 フレッドはモリーのほうから私のほうに移動すると、今度は私の結果を覗き込む。

 

「何言ってんだ? これ以上の良い結果はないだろ?」

 

「いや……もう、いい」

 

 真剣な表情を浮かべるフレッドに、ロンは大きなため息をついた。

 

「というか、フレッドとジョージも他人事じゃないだろ? NEWTの結果は?」

 

「魔法薬学と呪文学が『E(良)』、あとは語るまでも無いな。ジョージも似たようなもんだ」

 

「ああ、合格はその二つだけ。だが、我らにはNEWTより大切なことがあるんでね」

 

 そういえば、フレッドとジョージの二人はホグワーツを卒業したんだったか。

 

「聞いてなかったけど、二人はどこに就職するの?」

 

 私がそう尋ねると、フレッドとジョージは顔を見合わせて笑った。

 

「悪戯用品専門店、『ウィーズリー・ウィザード・ウィーズ』。今年のクリスマスまでにダイアゴン横丁に店を出す予定だ」

 

「それじゃあ、本当に起業するのね」

 

「何をおっしゃる。もう起業済みさ。店を構えるまでは通信販売が主体になる」

 

 なるほど、その売り上げを使って店の準備を進めていくのだろう。

 何にしても、よくモリーが許したものだ。

 私がモリーに視線を向けると、モリーは諦めたと言わんばかりの顔をした。

 

「それは楽しみだわ。クリスマス休暇は何としても帰ってこないとね」

 

「おっと、通信販売でも買ってくれよ? クリスマスに店を出せるかどうかは売上次第なんだからな」

 

 フレッドとジョージは親指を立てると、また二階へと戻っていく。

 いや、あの様子では姿くらましを用いて隠れ穴へと帰ったのかもしれない。

 なんにしても、私にはあまり関係ないことか。

 私はOWLの結果を丸めてズボンのポケットに入れ、ダイニングを後にした。




設定や用語解説

OWL試験全て優(O)
 全く前例がないわけではなく、クラウチ・ジュニアなどは全科目を履修した上で全科目Oを取っていたりする。サクヤは履修している科目がそもそも少ない。

闇の魔術に対する防衛術だけOを取れないハーマイオニー
 実技が少し悪かった模様。

双子たちの悪戯用品専門店
 原作ではハリーが出資したためこの時点でダイアゴン横丁に店を出していたが、今作ではサクヤがお金にがめついため未だ資金不足で、通信販売に留まっている。

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高層ビルとペンダントと私

 レミリアが私の家を訪れてから数週間が経ち、新学期まで残すところ二週間となった八月の中旬。

 私は目の前にそびえ立つ巨大なビルを見上げていた。

 

「……本当にここに不死鳥の騎士団の本部を移すの?」

 

 私の横でトンクスが呆然とした表情で呟く。

 

「ダンブルドア先生に渡されたメモに依ればここらしいですけど……絶対おかしいですよね」

 

 私は周囲で私と同じようにビルを見上げているルーピンとムーディ、シャックルボルトの表情を伺いながらトンクスにそう返した。

 レミリアが私の家を訪れた時、不死鳥の本部をもっとちゃんとしたところに移すべきだと言っていたが、まさかこんなところを指定してくるとは。

 レミリアがいくら金持ちだとしても、こんなビルをポンと買い取れるとは思えない。

 

「っと、ようやく到着しましたね。中でレミリアお嬢様がお待ちですよ」

 

 私たちが入り口の前で呆然としていると、スーツ姿の美鈴が自動ドアを通ってビルの中から出てくる。

 

「あの、本当にここに騎士団本部を?」

 

「お嬢様はその予定みたいですけど……というか、その検討をしにきたんですよね?」

 

 美鈴は軽く首を傾げたが、特に気にしないことにしたのか私たちをビルの中に招き入れる。

 ビルのエントランスは五つ星ホテルのエントランスのような豪華さをしており、正面には受付が備え付けられていた。

 美鈴は受付の女性に軽く手を上げ、そのままエントランスの奥にあるエレベータへと歩いていく。

 そして手慣れた様子でエレベータを呼ぶと、私たちをエレベーター内へと招き入れ、扉の脇に付けられたボタンを順番に押し始めた。

 

「決められた順番にボタンを押すと、エレベータが地下に向かうようになってます」

 

 エレベータのボタンを見る限り、このビルに地下は無いようだが、体感では確かにエレベータは下へと向かっている。

 どうやら地下室は隠された空間になっているようだ。

 

「それじゃあ、騎士団本部はこのビルの地下に?」

 

 ルーピンが美鈴に聞くと、美鈴は楽しそうに頷いた。

 

「お嬢様の予定ではそのつもりのようですけど、あとはダンブルドアが気に入るかじゃないですか?」

 

 美鈴がそういった瞬間、チンという軽い音を立ててエレベータが地下の階層に到着する。

 

「さて、到着です。侵入者対策で少々入り組んでいるので迷子にならないようにしてくださいね」

 

 エレベータが到着した先は黒を基調としたシックなデザインの廊下だった。

 廊下の照明は間接照明になっており、ぼんやりと廊下の奥を照らしている。

 そして廊下には一定間隔ごとに扉があり、そのどれもが同じデザインをしていた。

 

「どの扉だ?」

 

 ムーディが魔法の義眼で廊下を見回しながら言う。

 

「どの扉も違いますよ? 正解はこっちです」

 

 美鈴は廊下を数歩歩くと、扉と扉の間を軽く押す。

 すると、模様に合わせて壁に隙間ができ、そのまま扉のように奥へと開いていった。

 美鈴はそのまま壁の隙間へと消えていく。

 私たちは軽く顔を見合わせると、美鈴の後についていった。

 

 

 

 

 

「あら、意外と遅かったわね」

 

 隙間を抜けた先は広々としたエントランスになっており、その中心にレミリアとダンブルドアが立っていた。

 二人の立ち位置から察するに、先程まで何かを話し込んでいたようだ。

 

「いいでしょ。秘密結社のアジトとしては最高の場所だと思わない?」

 

 レミリアは両手と羽を広げる。

 エントランスは先程のモダンな雰囲気とは違い、どこかイギリス王室を思わせるような、それこそレミリアの屋敷の内装にそっくりだ。

 違いがあるとすれば、レミリアの屋敷ほど赤くないところだろうか。

 

「金持ちだとは聞いていたが、マグルの一等地にこんなビルを持っているとはな……」

 

 ムーディが近くにあったソファーの背もたれに手を付きながら言う。

 レミリアはそれを聞いて一瞬きょとんとした表情をしたが、すぐにケラケラと笑い始めた。

 

「ダンブルドア、貴方何も説明してないの? ここは私の知り合いの資本家が所有しているビルよ。ここは一時的に場所を借りているだけ」

 

「マグル所有? 大丈夫なのかそれは……」

 

 マグルという単語にムーディが眉を顰める。

 

「なによ? 問題があるっていうの?」

 

「本部の場所が死喰い人に漏れたらどうする?」

 

 レミリアはムーディの言葉を聞き、大袈裟に肩を竦める。

 

「大丈夫よ。所有者の資本家はなんにも知らないもの。心配なら貴方たちでその資本家に忘却術でもかける?」

 

「いや、それならよいのだが……」

 

 ムーディは少し口ごもると、ソファーに腰を下ろす。

 レミリアはその態度に満足したのか、ドヤ顔で腰に手を当てた。

 

「さて、それじゃあ軽く案内をしましょうか。美鈴」

 

「はい、お任せください」

 

 美鈴はレミリアに一礼すると、私たちに向きなおる。

 

「ではご案内しますねー。私についてきてください」

 

 美鈴は言うが早いかエントランスの奥にある扉に向かって歩いていく。

 私はダンブルドアのそばに駆け寄ると、美鈴やレミリアに聞こえないように小声でダンブルドアに聞いた。

 

「本当にここに本部を移すんです?」

 

「わしはその予定じゃよ。上にそびえ立つ高層ビルが良きカモフラージュとなるじゃろう。少なくとも、民家を本部としておるよりかは幾分もよいじゃろうて」

 

 まあ、それはそうだとは思うが。

 美鈴は会議室や資料室、休憩室などの部屋を順番に紹介していく。

 そのどれもが広々としており、団員の数が今の三倍になっても対応可能だろう。

 

「取り敢えず、ホグワーツの夏休みの終わりにはここの運用を開始しようと思ってるわ。必要な物があれば美鈴に言いなさい」

 

「すぐにここを使い始めないんです?」

 

「まだ場所を用意しただけだしね。壁を魔法で強化したり、姿現しができないようにしないと」

 

 まあ、それもそうか。

 だとしたら、ここから先は騎士団員総出でここの護りを固めていくのだろう。

 

「さて、それじゃあこれで見学会は終わり! で、特に問題がなければここに本部を移しちゃうけど……いいわよね?」

 

 レミリアは得意げな顔で私たちを見回す。

 そして、反対意見が出ないことを確認すると、無邪気な笑顔を浮かべた。

 

「じゃあ、今日はこれで解散にしましょうか。私はこの後細かいことをダンブルドアと詰める予定だけど、貴方たちはどうする?」

 

 私は懐中時計を取り出し、時間を確認する。

 現在時刻は午前の七時五十九分。

 確か今日は朝からダイアゴン横丁で新学期の買い出しをするとモリーさんが言っていたか。

 レミリアとダンブルドアの話し合いも気になるが、そちらに合流したほうがいいだろう。

 

「私は新学期の買い出しもあるのでこのまま漏れ鍋に向かおうと思います」

 

「む、そうか。だとしたらわしらが護衛に──」

 

 ムーディがそう言いかけたが、それを遮るように美鈴が右手を勢いよく挙げる。

 

「はいはいはーい! 私が一緒に行きます! 護衛なら私がね」

 

「それがいいでしょうね。できるだけ多くの魔法使いの意見を聞きたいし。護衛は美鈴一人じゃ不満かしら?」

 

 レミリアにそう言われて、ムーディとシャックルボルトが顔を見合わせ、ダンブルドアの表情を伺う。

 ダンブルドアは何も言わず静かに頷いた。

 

「ふむ……そういうことなら」

 

 ムーディは少し不安そうな表情で美鈴を見たが、ダンブルドアの意向ならと納得を見せる。

 

「やったやった! それじゃあサクヤちゃん。行きましょうか」

 

「サクヤちゃんはやめてくださいよー。もうそんな歳でもないですから」

 

 私は軽く頬を膨らませてみせる。

 

「私からしたら何歳になっても可愛いサクヤちゃんですよっと。それじゃあ、漏れ鍋に向かいますか」

 

 美鈴はここに入る時に通ってきた壁の隙間をまたこじ開ける。

 私は美鈴と共にその隙間を通って本部予定地を後にした。

 

 

 

 

 

 騎士団の本部予定地があるビルを出た私たちはロンドンの街を少し歩き、漏れ鍋へと入る。

 早朝と言うこともあるだろうが、漏れ鍋の中は私が働いていた頃と比べると随分と人が少なくなっていた。

 

「……と、もしかしてサクヤか? 随分久しぶりだな!」

 

 私の姿に気が付いたのか、カウンターの奥で日刊予言者新聞を読んでいた店主のトムが笑顔で顔を上げた。

 

「お久しぶりですトムさん。最近お店の様子はどうです?」

 

「どうですも何も、店を開けるのがやっとな売り上げだよ。サクヤが帰ってきてくれたらもう少し楽できるんだが」

 

 トムはそう言って肩を竦めるが、そんなことは不可能だとわかっている顔をしていた。

 

「そうしたい気持ちは山々なんですけどね。でも、今起こっていることを解決しないことには──」

 

「だな。……それにしても珍しい組み合わせだな。横にいるの、スカーレットのとこの美鈴さんだろ?」

 

 少し後ろに下がって様子を窺っていた美鈴だが、トムにそう言われて軽く左手を上げる。

 

「新学期の買い物に付き添って頂けることになりまして」

 

「……そうか。スカーレットの護衛が一緒なら安心だな。最近はダイアゴン横丁ですらきな臭い。変なものを買わされないように注意するんだぞ?」

 

 私はトムにお辞儀をし、店の奥にある中庭へと足を踏みいれる。

 そして杖を取り出すと、慣れた手つきでレンガをつついた。

 

「そういえば、新学期に必要なもののリストは持ってるんです?」

 

「あ、はい。鞄の中に」

 

 私は手に持っていた鞄の中から新学期に必要な教科書のリストを取り出す。

 

「でも、教科書はモリーさんたちがまとめて買ってくれることになっているので。まずは懐中時計のオーバーホールから──」

 

 私はダイアゴン横丁の入り口近くにある時計屋のある方向を見る。

 だが、そこに時計屋の看板は無く、店の窓には板が打ち付けてある。

 そして店の前には怪しげな魔女が地面に敷物を広げて、いかにも効力が怪しいペンダントを売っていた。

 

「……あれ?」

 

「私の記憶でもここに時計屋があったと思うんですけどね。ちょっと聞いてみますか」

 

 美鈴はペンダントを売っている怪しげな魔女に近づいてく。

 魔女は美鈴の姿を視界に捉えると、不気味な笑みを浮かべた。

 

「どんな呪いも跳ね返す、ペンダントですよぉ。効力はあのサクヤ・ホワイトもお墨付き──」

 

「あの、ここにあった時計屋ってどうなりました?」

 

 怪しげな魔女は少し眉を顰めると、振り返って後ろにある店を見る。

 

「さあて、どうなったことやら」

 

「ペンダント買いますよー。私とあの子で二つお願いします」

 

「一つ十ガリオンだよ」

 

 美鈴は金貨の詰まった巾着を懐から取り出すと、手の中で金貨を遊ばせる。

 

「で、時計屋ってどうなりました?」

 

「……店主の男は随分前に行方不明さ。まだ死体も見つかってないとさ」

 

「あ、そうですか。はい、二十ガリオン」

 

 美鈴は金貨を魔女に渡し、かわりにペンダントを二つ受け取る。

 そしてそのペンダントを握りしめたまま私のもとへと帰ってきた。

 

「ということらしいです。ちなみに、これいります? サクヤちゃんお墨付きのペンダント」

 

「……いらないです」

 

 私はポケットから懐中時計を取り出し、左手に握りこむ。

 そうか、もうこの時計をオーバーホールしてくれる優しいおじいさんはいないのか。

 

「いやあ、ご時勢って感じですね。はは、これからどこに依頼しましょう」

 

 私はポケットに懐中時計を仕舞いこみ、引き続き通りを歩き出す。

 美鈴は何か言いたげな表情で私を見ていたが、結局何も言わずに私のあとに続いた。

 

 

 

 

 その後も美鈴と一緒にダイアゴン横丁で買い物を続け、大体の消耗品を買い揃えた頃にウィーズリー家の人たちとハーマイオニーと合流することができた。

 どうやら向こうも必要な物は全て買い揃えたようで、これから帰路につくようだ。

 ちょうどいいので美鈴とはここで別れてこのままグリモールド・プレイスに戻ることにしよう。

 

「美鈴さん、ここまでありがとうございました。私はこのままグリモールド・プレイスに戻りますね」

 

「おっと、そうですか。では、一旦ここでお別れですね」

 

 美鈴はニコリと微笑むと、私の頭を軽く撫でる。

 

「次に会うのがいつになるかは分かりませんが、どうかお元気で」

 

「……はい。美鈴さんもお気をつけて」

 

 美鈴は軽く手を挙げてそれに応えると、グリンゴッツの方へ向けて歩いていく。

 私はモリーのあとに続きながら、ロンとハーマイオニーに新しい騎士団本部の話をした。

 

「おったまげー。お金持ちとは聞いていたけど、お金持ちのレベルが違うよな」

 

 ロンは羨ましそうに口笛を吹く。

 

「でも、貸してもらっているだけで買い取ったわけではないんでしょう?」

 

「だとしてもだよ。中の装飾を調えたのは彼女だろ? それに、今後の運営資金も彼女が持つんじゃないか?」

 

 ロンは少し興奮したような声色で言う。

 

「ほんと、騎士団は強力なスポンサーを捕まえたよな」

 

「まあ、それは否定しないわ」

 

 確かにレミリアは魔法界でも屈指のお金持ちだ。

 

「ほんと、マルフォイ家なんて比較にならないぐらい……あ、そういえば」

 

 ロンはハーマイオニーと顔を見合わせると、わざとゆっくり歩きモリーとアーサーから少し距離を話す。

 

「そういえば、今日ダイアゴン横丁の通りにマルフォイが居たんだ」

 

「そりゃ、もうすぐ新学期だし。私たちと同じように買い出しに来たんだじゃない?」

 

 私がそう返すと、ロンは首を横に振る。

 

「多分表向きはその目的で来たんだろうな。だけど、マルフォイのやつノクターン横丁の中に消えていったんだ。それで、少し気になって後を付けたんだけど……」

 

 ロンは少し私に近づいて、声を潜めて言った。

 

「あいつ、ボージン・アンド・バークスの店主を脅してたんだ。それに、初めはあしらうような態度だった店主が、マルフォイの左腕を見た途端素直になったんだ。もしかしたら、マルフォイのやつ──」

 

「死喰い人になった可能性があるってことね」

 

 私がそう言うと、ロンが神妙な顔で頷いた。

 

「で、どんなことを要求していたの?」

 

「いや、それについてはよくわからなかった。何かの直し方を聞いていたようだけど……」

 

「修繕魔法じゃ直らないような魔法具で、他人を脅してまで直さないといけないような重要なものってことね」

 

 はて、闇の陣営のアジトにそのような魔法具があっただろうか。

 マルフォイのことだ。

 父親の大切なものを間違って壊してしまって、こっそり修理しようとしていたといったような、ありきたりな話である可能性のほうが高そうだ。

 私はマルフォイのことを頭の隅に追いやると、新しい騎士団の本部について考えを巡らせ始めた。

 




設定や用語解説

騎士団の本部予定地の高層ビル
 とある資本家が所有しているビル。地上部分は全てその資本家が運営している会社の事務所。

サクヤが時計を買った店のおじいさん
 死喰い人にやられたのか、はたまた他国へ逃げたのか。

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ラブレターと食事会と私

 一九九六年、九月一日。

 私はグリモールド・プレイスにある自宅の自分の部屋でホグワーツへ向かう準備を進めていた。

 まあ、準備と言えるほど大層な作業ではないが。

 部屋に点在する私物を鞄の中に適当に押し込んで終わりだ。

 私は空になった自分の部屋をもう一度見回し、忘れ物がないかを点検する。

 

「よし、自分の部屋はこれでいいわね」

 

 私は部屋を出ると、そのまま他の部屋の点検を始めた。

 今まで騎士団員たちの休憩室として使っていた部屋は、ベッドなども片付けられて元通りの空き部屋になっている。

 騎士団本部としての機能はロンドンにある高層ビルの地下に移った。

 もうこの家は不死鳥の騎士団の本部ではない。

 正真正銘、私一人だけが暮らす屋敷になった。

 まあ、屋敷しもべを一人として数えるなら二人暮らしだが。

 

「……にしても、ダンブルドアは何を考えてるのかしら」

 

 ダンブルドアは私がヴォルデモート側の人間だったことを知っているし、多くの人間を殺してきたことも知っている。

 自らの目的のために私を利用しているのだとしても、監視の目も付けずに放置するのはリスクが高すぎると思うのだが。

 意図的に泳がせているのか、はたまた頭がお花畑なだけか。

 ……まあ、十中八九泳がされているのだろう。

 私が本当に信用に足る存在なのか、試しているに違いない。

 私の身体のどこかに埋め込まれている魔法具には、時間操作の影響を受けないようにする機能以外に、私の位置を知らせる機能もあるとダンブルドアは言っていた。

 きっと、ダンブルドアの許可なく時間を操作したり、不自然な場所に移動したが最後、目の前にダンブルドアが現れて今度こそ私は殺される。

 私が目指す平穏な生活のためにも、私は今ここで死ぬわけにはいかないのだ。

 ヴォルデモートには悪いが、私の平穏のために代わりに死んでもらおう。

 私は全ての部屋が元通りになっていることを確認すると、玄関ホールへと向かう。

 

「それじゃあクリーチャー。行ってくるわ」

 

 私が虚空へ向かってそう話しかけると、どこからともなくクリーチャーが姿を現し、恭しく頭を下げた。

 

「いってらっしゃいませ、ご主人様。いつでもこのクリーチャーめをお呼びつけください。ご主人様が何処に居ようと、すぐに駆け付けます」

 

「心強いわ。……でも、そうね。私が学校で貴方を呼び出すとしたら、私が生命の危機に瀕しているときよ。だから、状況の確認なんてしないですぐに私を連れてこの家に付き添い姿現ししなさい」

 

 クリーチャーはそれを聞いて目を丸くしたが、すぐに納得したように頷いた。

 私はそれを確認すると、今度こそ家を後にする。

 家の外には黒塗りのセダンが一台停まっており、その脇には魔法省の人間だと思われる男性がスーツ姿で待っていた。

 

「お待ちしておりました。キングズ・クロスまでお送りします」

 

「この距離を車で送迎だなんて、私もVIPになったものね。歩いて十分の距離なのに」

 

「魔法大臣のご指示です」

 

 男性は不愛想にそう言うと、私を後部座席へと案内する。

 助手席には闇祓いだと思われる魔法使いが座っており、右手には杖を握りしめていた。

 

「……なるほど、警護もばっちり」

 

「さっさと乗ってくれ。あまり同じ場所に留まりたくない」

 

 護衛の魔法使いは神経質に周囲を見回しながら言う。

 どうもあの様子では、入ったばかりの新人のようだ。

 そう言えば、上級生にこんな感じの生徒がいたような記憶がある。

 きっと去年か、一昨年の卒業生だろう。

 私が後部座席に乗り込むと、スーツ姿の魔法使いは手慣れた様子で運転席に滑り込み車を発進させる。

 どうやら車の運転には相当慣れているらしく、特に違和感なく車は交通の流れに乗った。

 

「キングズ・クロスに着きましたら、護衛の魔法使いと共に九と四分の三番線に向かってください」

 

「わかりました。よろしくお願いします」

 

 窓の外には見慣れたロンドンの街並みが流れている。

 ふと目線を上げると、騎士団の本部を移設した高層ビルの頭がチラリと見えた。

 

 

 

 

 キングズ・クロス駅の前で車から降りた私は、新人闇祓いと共に九と四分の三番線のホームを目指す。

 新人の闇祓いは常に杖を握りしめているのか、右手をポケットに突っ込んだまま私の前を早足で歩いていた。

 

「ホグワーツの卒業生ですよね。大広間で見たような見てないような……」

 

 私がそう声を掛けると、新人闇祓いは周囲を見回しながら答える。

 

「二年前までホグワーツにいた。レイブンクローだ」

 

「なるほど」

 

 なら、数年は私と被っているということだ。

 

「護衛の任務を一人で任されるなんて、相当優秀なんですね」

 

「君に言われても皮肉にしか聞こえないな。人手不足……とまでは言わないが、魔法省にも色々あるってことだ」

 

 新人闇祓いは九と四分の三番線のホームの入り口まで来ると、私に先に行くように促す。

 私は頷くことすらせず、自然な仕草で十番線と九番線の間の壁に突っ込み、そのまま壁を通り抜けた。

 新人闇祓いもすぐに私の後を追って壁を通り抜け、私の横に立つ。

 

「護衛はここまでだ。あとは君が列車から途中下車しなければ、安全にホグワーツまでたどり着くだろう」

 

「ええ、ありがとうございました」

 

 私は新人闇祓いに軽く頭を下げ、ホグワーツ特急へ乗り込む。

 まだ時間も早いためかコンパートメントには空きが多くあり、私は誰もいないコンパートメントを見繕うと扉を開けて中に入った。

 

「さてと」

 

 座席に座り、鞄の中から淹れたての紅茶が入ったティーカップと今朝の日刊予言者新聞を取り出す。

 そして鞄に浮遊魔法をかけて目の前に浮かせると、それを机代わりにしてその上にティーカップを置いた。

 私は紅茶を一口飲み、新聞の一面に目を通す。

 そこにはマグルの橋が死喰い人によって破壊されたという記事が載っていた。

 私がハリーを殺してから……いや、ヴォルデモートが表に出てきてからというもの、このような破壊活動や死喰い人による殺人などのニュースをよく見るようになった。

 マグルの橋を落とすこと自体に意味があるとは思えない。

 だが、死喰い人が大きな事件を起こせば起こすほど、魔法界はピリつき、不安を煽る結果になる。

 闇の魔法使いたちが影響力を強めているという演出をヴォルデモートはしたいのだろう。

 

「まあ、今の魔法界を見ればあの人の思惑通りにはなってるわね」

 

 ヴォルデモート自身のネームバリューもあるが、あの魔法省の一件から明らかに状況は悪くなっている。

 ああ、くそ。

 あの時ダンブルドアに捕まらなければ、私もこのお祭り騒ぎに参加できたのに。

 私はため息を一つ吐き出すと、紅茶を一口飲む。

 まあ、だからと言ってダンブルドアを裏切ってヴォルデモート陣営に戻ろうという気は今のところない。

 ダンブルドアはヴォルデモートの不死の秘密をかなりのところまで解明している。

 それに吸血鬼のレミリア・スカーレットも仲間になった。

 ヴォルデモートに守りに入らせるわけにはいかないので大きく動くわけにはいかないが、少しずつでもヴォルデモートを死へと追い詰めることが出来るだろう。

 私が新聞を読みながら物思いに耽っていると、不意に背中を押されるような感覚と共に窓の外の景色が流れ始める。

 どうやら列車がキングズ・クロスから出発したようだ。

 ロンとハーマイオニーは監督生用のコンパートメントにいるだろうし、しばらくは一人旅になるだろう。

 私は紅茶のおかわりを鞄の中から取り出し、空のティーカップを鞄の中に放り込んだ。

 

 

 

 

 しばらくコンパートメントで待っていると、監督生としての集まりを終えたロンとハーマイオニーが私のいるコンパートメントに入ってきた。

 ロンは疲労困憊と言わんばかりに座席の上に突っ伏す。

 

「ランチのカートはまだ通り過ぎてないよね? 腹ペコで死にそうだよ」

 

「まだ通り過ぎてないわ。あ、そうだ。クリーチャーが作ったサンドイッチがあるけど、少し食べる?」

 

 私の提案にロンが勢いよく跳ね起きる。

 ハーマイオニーはその様子を呆れたように見ていたが、ハーマイオニー自身もサンドイッチをつまむ気満々のようだった。

 私は鞄の中から山盛りのサンドイッチの皿を取り出し、コンパートメントの中央に浮かせる。

 ロンは目を輝かせると、サンドイッチを頬張り始めた。

 

「クリーチャーの料理ってほんと絶品だよな。うちのママが作ってもこうはならないもん」

 

「そう? モリーさんのサンドイッチも美味しいと思うけど……でもまあクリーチャーの料理が美味しいのは否定しないわ」

 

 私もサンドイッチを手に取ると、一口で口の中に放り込む。

 多分そこで生じる味の差は、挟まっている具材の差だと思うが、口に出さないほうが賢明だろう。

 しばらく三人でサンドイッチを頬張っていると、不意にコンパートメントの扉が叩かれ、下級生と思われる少女が顔を覗かせる。

 

「なに? どうかしたの?」

 

 私がその少女に向けてにこやかに微笑むと、少女は顔を真っ赤にしながら私に対して手紙を一通渡してきた。

 

「あら、ラブレター? 嬉しいわ」

 

「ち、違います! 私はこれを届けるように言われただけで……えっとその、あの……失礼します!!」

 

 少女は私が手紙を受け取ると、逃げるようにコンパートメントから離れていった。

 私は少々不可解に思いながらも手紙をひっくり返す。

 そこにはホラス・スラグホーンの名前が書き込まれていた。

 

「で、結局何だったんだ? まさか、本当にラブレターってわけじゃないだろう?」

 

 ロンが興味津々な様子で手紙を覗き込む。

 私は手紙の封蝋を破ると、中身に軽く目を通した。

 

『ミス・ホワイトへ コンパートメントCでのランチに是非参加してほしい ホラス・スラグホーン教授』

 

「なるほど、これはある意味ラブレターかもね」

 

 私は手紙をロンとハーマイオニーに見せる。

 

「スラグホーンって、新しく先生になるダンブルドアの元同僚の人だっけ?」

 

「そうよ。何にしても、食事に呼ばれたなら行くしかないわね」

 

 私は鞄を小さくしてポケットの中に入れると、座席から立ち上がる。

 

「それじゃあ行ってくるわ」

 

「うん、わかった。またここに戻ってくるんだろう?」

 

 ロンの問いに軽く手を上げて答えると、私はコンパートメントを後にする。

 Cということは、かなり前のコンパートメントのはずだ。

 私はランチカートを待つ生徒で混雑している通路を通り抜け、列車の前の客車を目指す。

 その道中に何度も声をかけられ握手を求められたので、コンパートメントCに辿り着くのに通常の倍ほどの時間が掛かってしまった。

 

「失礼します」

 

 私はコンパートメントの扉をノックし、中へと入る。

 そこにはスラグホーンを中心にして数人の生徒が座っていた。

 

「おお! 待っていたよサクヤくん。遅かったからてっきりフラれてしまったかと思ったよ」

 

 スラグホーンは私の姿を見て飛び跳ねるように喜ぶと、私を自分の隣の席へと案内する。

 私の他には上級生だと思われる生徒が二人と、同学年のスリザリン生のザビニ、それにネビルとジニーの姿があった。

 

「さて、みんな知り合いかな? 顔ぐらいは見たことあるだろう」

 

 スラグホーンは生徒たちを見回し、順番に紹介していく。

 それによると上級生の二人はコーマック・マクラーゲンとマーカス・ベルビィというらしい。

 

「知らない生徒と交流を持つ良い機会だ。さて、ナプキンを取ってくれ。実は自分でランチを準備してきたんだ。ここのランチカートの商品は年寄りの消化器官にはちとキツいのでな」

 

 スラグホーンはそう言いながら机の上に料理を並べていく。

 

「そういえば、先程までマーカス君と話をしていたところだったのだが、昔マーカス君の叔父であるダモクレスを教えていたことがあってね。非常に優秀な魔法使いだった。当たり前のようにマーリン勲章を受賞するような。最近おじさんには会ったかね、マーカス」

 

 ベルビィはそれを聞き、少し困ったような表情を作る。

 

「えっと、最近はそんなに……」

 

「まあ、それもそうだろう。トリカブト薬の開発は大変な作業だと聞き及んでいるからね。あまり時間を取れないのも無理はない」

 

 ベルビィはスラグホーンの言葉にさらに小さくなる。

 スラグホーンは何度か頷くと、今度はマクラーゲンに話しかけた。

 

「コーマック、君についてだが──」

 

 スラグホーンはその調子でマクラーゲン、ザビニと話を振っていく。

 それを聞くに、どうやらここに集められたのは有名人や有力者と繋がりがある生徒たちということがわかった。

 マクラーゲンは父親が魔法大臣のスクリムジョールと軽い繋がりがあり、ザビニに関しては母親が有名人らしい。

 ネビルは両親の縁で呼ばれたようだった。

 スラグホーンは二人が亡くなってしまったことを仕切りに残念がっていたが、それは人が死んで悲しいというよりかは、コレクションが壊れてしまって悲しいといった様子に近い。

 彼にとっては人脈はコレクションであり、宝物のような扱いなのだろう。

 ネビルの話が終わると、今度は私の話題になった。

 

「さてさて、サクヤ君! 一体何から話したものだろうね。対抗試合での君の活躍は勿論聞き及んでいるよ。他校の上級生相手にあの大立ち回り、若いのに大したものだ。それに、去年のあの事件……ハリー君のことは残念だが、君がその意志を継いだ。違うかい?」

 

「……ええ、その通りですね」

 

 私はスラグホーンに対してにこやかに微笑む。

 

「今は君が選ばれし者ってわけだ。……そういえばサクヤ君。君、父親はなんて名前だ?」

 

「父の名前ですか? さぁ、孤児院出身なので知らないですね」

 

 まあ、父親に限らず母親の名前すら知らないのだが。

 スラグホーンはそういえばそうだったと少しバツの悪い顔をする。

 

「そうか……でも、きっと父親も優秀な魔法使いだったに違いない。では、魔法に関わり始めたのはホグワーツに入学してからというわけか……やはり君も天賦の才を持ち合わせているようだ」

 

 私の両親が優秀な魔法使いか。

 ……その可能性はないだろう。

 

「いや、私の両親はきっと最低で無能な人間だと思いますよ」

 

 私はついボソリとそうこぼしてしまう。

 それを聞いてスラグホーンは不可解な顔をした。

 

「なぜそう思う?」

 

「本当に優秀な魔法使いだったら今も生きて私の隣にいるはずですから」

 

 少なくとも、マグルの孤児院で生活することはなかった筈だ。

 そもそも両親が魔法使いかどうかも怪しい。

 スラグホーンは少し悲しげな表情を浮かべると、小さく頭を下げる。

 

「すまん、そういうつもりはなくてだな……気を悪くしてしまったかな? そうだ! デザートに砂糖漬けのパイナップルを用意していたんだ」

 

 スラグホーンはいそいそと鞄の中を漁り始める。

 私はその様子を見ながら、内心小さくため息を吐いた。

 




設定や用語解説

新人闇祓い
 きっとこの先一度も出てこないであろうモブキャラ。

残念がるサクヤ
 普段時間停止能力をひた隠しにしているからこそ、能力を隠すことなく滅茶苦茶やりたいという願望が少しある。

サクヤにとっての両親
 サクヤは自分の両親に捨てられたと思っているので、両親に抱いている印象は最悪に近い。

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蝋燭と時間割と私

 結局スラグホーンの食事会は一、二時間ほどで終了し、私はジニー、ネビルと一緒にロンとハーマイオニーの待つコンパートメントへと戻った。

 私はともかくジニーは何故呼ばれたのか疑問に思っていたが、どうやら列車の中でハッフルパフ生にコウモリ鼻糞の呪いを掛けたところをスラグホーンに見られ、気に入られてしまったようだ。

 私はロンとハーマイオニーのいるコンパートメントの前でジニー、ネビルと別れると、コンパートメントの中へ戻る。

 そして二人に食事会の様子を話しながらお土産に貰ったお菓子の袋の口を開けた。

 

 

 

 

 

 ホグズミード駅でロン、ハーマイオニーの二人と共にホグワーツ特急を降りた私は、セストラルの牽く馬車に乗り込みホグワーツ城を目指す。

 そしてそのまま特にトラブルなく大広間にあるグリフィンドールのテーブルへとたどり着いた。

 テーブルの上には綺麗に磨かれた金色の食器が空の状態で所狭しと並べられている。

 毎年の恒例だが、ダンブルドアの合図と共に皿が料理で満ちる演出だ。

 

「これ、私が見よう見まねで合図を出したらどうなるのかしら」

 

 私は皿の端を指で弾き、甲高い金属音を鳴らしながら呟く。

 

「汽車の中であんなに食べてたじゃないか。僕はてっきり何かの用事でパーティには参加できないんじゃないかと思ってたよ?」

 

 その様子を見ながらロンが呆れた様子で言った。

 

「別腹とまでは言わないけど、最近無尽蔵に入るのよね。一体どこに格納されていくのか私もわかってないわ」

 

 私は胸やお腹をさする。

 いくら食べても太らないというのは女子の夢ではあるが、いくら食べても成長しないとなったら話は別だ。

 私はハーマイオニーや同じ学年の生徒と比べてもかなり背が低い。

 ロンと比べたら頭一つ分ほど身長に差がある。

 

「ご馳走は組み分けの後。毎年のお決まりでしょ。ほら、新入生が入場してきたわよ」

 

 ハーマイオニーが大広間の入り口を指し示す。

 大広間の入り口からマクゴナガルに引率されて初々しい表情の一年生が大広間に入場してきた。

 組み分け帽子の歌を聴いた後、順番に新入生の組み分けが行われていく。

 私はその様子を見ながらボソリと呟いた。

 

「こんなご時世の中、親元を離れてホグワーツに入学するっていうのもどうなのかしらね」

 

「ホグワーツに入学した方が安全だと思うわ。だってダンブルドアがいるんですもの。あの人が唯一恐れる魔法使いが」

 

 ハーマイオニーは組み分けの様子をじっと見守りながら私の呟きに答える。

 まあ、確かにその通りか。

 今のイギリス魔法界でホグワーツほど安全な場所もないだろう。

 まあ、私がヴォルデモートなら魔法省を陥落させたら次の目標をホグワーツに定めるが。

 そうしているうちに組み分けは終わり、ダンブルドアが立ち上がる。

 それを見て今までガヤガヤとしていた大広間は一瞬で静かになった。

 私も待ってましたと言わんばかりにナイフとフォークを握る。

 ダンブルドアは生徒全員が話を聞く用意が出来たと判断したのか、大きな声で話し始めた。

 

「歓迎会の前に、一言、二言、言っておかねばならんことがある。特に新入生の諸君、心して聞くように」

 

 新入生が息を呑む中、ダンブルドアは大きく息を吸い込む。

 きっとまた適当なことを言ってそのまま歓迎会に突入するに違いない。

 私はダンブルドアから目を離し、目の前の皿に集中する。

 その瞬間だった。

 大広間を照らしていた蝋燭の火が一斉に消え、辺りが暗闇に包まれる。

 私はナイフとフォークを机に投げ捨てすぐさま杖を抜いた。

 だが、どうにも様子が変だ。

 異常事態が起こったとしたら、真っ先に動くはずのダンブルドアがその場から一歩も動いていない。

 むしろ、何かを待っているようにじっと虚空を見つめていた。

 

「おい、何か聞こえてこないか?」

 

 隣にいるロンが囁く。

 その瞬間、大広間の扉が開け放たれ、何百匹という数のコウモリが大広間に雪崩れ込んできた。

 そのコウモリたちは大広間中を飛び回りながら消えていた蝋燭に火をつけていく。

 そして大広間が元の明るさを取り戻した瞬間、コウモリたちはダンブルドアの前に一斉に集まり、人型を形成し始める。

 コウモリたちは互いに融け合うようにくっついていき、やがて薄いピンク色のドレスを身に纏った吸血鬼の少女がダンブルドアの前に現れた。

 そう、レミリア・スカーレットその人だ。

 

「ダンブルドア、私の席はそこでいいの?」

 

 レミリアはダンブルドアの右隣、空席になっている席を指差す。

 

「パーティーには参加しないものだと思っておったが……ようこそおいでなすったスカーレット先生。どうぞこちらへ」

 

 ダンブルドアはレミリアを教員用のテーブルへと案内する。

 レミリアは案内された椅子に座ると、続きをどうぞと言わんばかりにダンブルドアの方を見た。

 

「良い機会じゃ。ご馳走で皆の頭がぼんやりとしてしまう前に、今年から新しく入った先生方を紹介しよう」

 

 ダンブルドアは自分の左隣に座っているホラス・スラグホーンを見る。

 それを受けてスラグホーンはのっそりと椅子から立ち上がった。

 

「ホラス・スラグホーン先生じゃ。スラグホーン先生はかつてわしと共にホグワーツで魔法を教えておった同輩の方じゃが、この度昔教えておられた魔法薬学の先生として復帰することに同意なされた」

 

 スラグホーンは紹介を受けて小さく礼をする。

 そして少し不満ありげな表情でレミリアの方をチラリと見た。

 きっとレミリアがホグワーツに来ることを知らされていなかったのだろう。

 彼女が来るなら絶対に引き受けなかったと言わんばかりの表情をしている。

 

「魔法薬? 魔法薬学だって?」

 

 横にいるロンが眉を顰めながら呟く。

 

「それじゃあ、闇の魔術に対する防衛術は一体誰が……」

 

 私もスラグホーンは闇の魔術に対する防衛術を教えるものかと思っていたが、まさか魔法薬学の教授に就任するとは。

 だとしたら闇の魔術に対する防衛術はレミリアが教えるのだろうか。

 ダンブルドアはスラグホーンの紹介を終えると、今度はレミリアの方を見る。

 レミリアはその視線を受けて優雅に椅子から立ち上がった。

 

「そして、今年はもう一人。一昨年審査員としてホグワーツにお越しになられたこともあって、知っておる生徒も多いじゃろう。レミリア・スカーレット先生じゃ。先生はNEWTレベルの占い学を担任なされる。一年生から五年生は今まで通りトレローニー先生、六年生からはスカーレット先生じゃ」

 

 レミリアは軽く頭を下げると椅子に座り直す。

 何にしても、占い学に教員二人体制というのは異例の人事だ。

 魔法省や理事会が占い学を重視しているとは考えにくい。

 きっとダンブルドアが無理矢理ホグワーツにレミリアの居場所を作ったに違いない。

 トレローニーは仕事を奪われる形となるが、まあ彼女なら手を叩いて喜ぶ事態だろう。

 何を隠そう、トレローニーはレミリアの大ファンだ。

 事実、珍しく歓迎会に出席していたトレローニーは、両目から涙を流して喜んでいる。

 

「占い学に先生二人だなんておかしいわよね?」

 

 横にいるハーマイオニーがヒソヒソ声で言う。

 

「それに闇の魔術に対する防衛術じゃないってことは、必然的に……」

 

 嫌な予感がすると言わんばかりの表情でロンがスネイプの顔を見る。

 そこには勝ち誇った顔をしているスネイプの姿があった。

 

「そして空席となった闇の魔術に対する防衛術はスネイプ先生が担当なされる」

 

 その発表を受けて、大広間中がガヤガヤと騒がしくなる。

 それも当然だ。

 スネイプが闇の魔術に対する防衛術を教えたがっているというのは有名な話だ。

 ついにスネイプは長年の悲願を果たした結果となる。

 ダンブルドアは大広間を見回すと、軽く咳払いして話を再開した。

 

「さて、残りの話はご馳走の後にしようかの。皆、大いに食い、大いに飲み、語らうのじゃ」

 

 ダンブルドアが大きな動作で両手のひらを打ち合わせる。

 その瞬間、目の前の皿が料理で一杯になった。

 私は机に投げ捨てたナイフとフォークを手に取ると、真っ先にローストビーフの塊を自分の前に確保する。

 そしてステーキのような大きさにローストビーフを切り取ると、ソースをたっぷりつけて口の中に押し込んだ。

 

「スカーレットさんがホグワーツにやってきたのは、きっとあの人が騎士団のメンバーになったからよね」

 

 ハーマイオニーがサラダの皿をフォークでつつきながら言う。

 私はローストビーフの塊を胃の中に落とし込んでから言った。

 

「きっとそうだと思うわ。スラグホーンも同様ね。あの人は団員じゃないけど、何かに協力させるためにホグワーツに招き入れたのは確か」

 

 私は同じようにローストビーフを贅沢に切り取り、口の中に押し込む。

 そして口一杯のローストビーフをカボチャジュースで胃の中に流し込んだ。

 ダンブルドアはスラグホーンの勧誘に私を同行させた。

 結果としてはそれが功を奏しスラグホーンを引き込むことができたわけだが、未だに少し納得がいかない。

 確かに客観的に見れば私は優秀な魔法使いと言えるだろう。

 だが、私の人生に関わりたいという些細な動機であれほどの隠居生活を送っていた人物が表に出てくるだろうか。

 私を同行させたということは、ダンブルドアは自分だけでは勧誘が成功しないと考えたのだろう。

 私は教員用のテーブルでレミリアと何かを話しているダンブルドアを見る。

 ダンブルドアはトム・リドル……学生時代のヴォルデモートについて聞くためにスラグホーンをホグワーツに呼んだのだろう。

 分霊箱の秘密を暴くにはスラグホーンの協力が不可欠だ。

 真実薬でも胃袋の中に流し込んでしまえば話は早いのだが、そういうわけにもいかない理由がきっとあるのだろう。

 私はローストビーフの最後の塊を口の中に突っ込むと、新しくポテトサラダの皿を近くに引き寄せた。

 

 

 

 

 新入生の歓迎会から一晩明けた次の日。

 私はマクゴナガルから配られた時間割に目を通していた。

 私が学期末に選択した授業は呪文学、変身術、薬草学、魔法薬学、闇の魔術に対する防衛術の五科目だ。

 だが、私の時間割にはその五科目のほかに占い学の文字が入っている。

 

「あの、マクゴナガル先生? 私占い学は選択してないんですけど……」

 

 私はそう言って時間割を見せる。

 マクゴナガルは時間割に目を通すと、少し眉を顰めながら言った。

 

「占い学を担任なされるスカーレット先生が是非履修してほしいと仰っていました。もし本当に履修したくないのなら時間割から占い学を外しますが。……スカーレット先生には私から説明しましょう」

 

「あ、いえ。そういうことなら別に……」

 

 私は時間割を引っ込める。

 レミリアと懇意にすることは決して無駄にはならないだろう。

 それにマクゴナガルの態度を見ても、レミリアとのトラブルは可能な限り避けたいという内心がありありと見てとれた。

 何にしても、これで今学期の時間割は決まった。

 ひとまず今日は闇の魔術に対する防衛術と占い学、魔法薬学の授業があるようだ。

 

「それじゃあ私はルーン文字の授業に行ってくるわ」

 

 ハーマイオニーは大広間にある時計を確認すると、時間割を鞄の中に突っ込みそそくさとその場を後にする。

 私は先ほどまでハーマイオニーが座っていた椅子に座り直し、ロンの時間割を覗き込んだ。

 

「あなたも私の時間割と似たり寄ったりね。この後自由時間でしょ?」

 

「ああ、六年生さまさまだよ。下級生から没収した噛みつきフリスビーがあるんだけど中庭で遊ばないか?」

 

「遊ぶなんてとんでもないわ。持ち込み禁止されている魔法製品の危険性を検証しに行くんでしょ」

 

 私がそう言うと、ロンがニヤリとする。

 私とロンは机の上に広げていた書類を手早く片付けると、中庭へと足を運んだ。




設定や用語解説

占い学の先生レミリア
 今年のnewtレベルの占い学を担当する。レミリアは魔法界随一の占いの腕の持ち主であり、言ってしまえば占い学の権威と言っても差し支えない。なんならnewt試験の内容を決める側の存在。

勝手に時間割に捩じ込まれる占い学
 レミリアの指名。サクヤは占い学など取る気はさらさらなかったが、レミリアが無理矢理時間割に捩じ込んだ。当初マクゴナガルは猛反発したが、ダンブルドアからの頼みもあり渋々了承することに。

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無言呪文とカップの平面と私

 噛みつきフリスビーでしこたま遊んだあと、私とロンはハーマイオニーと合流し闇の魔術に対する防衛術の教室へと来ていた。

 闇の魔術に対する防衛術の授業は今年からスネイプの担当になる。

 スネイプがどんな授業を行うかは完全に未知数だが、結局平凡な授業しか行わなかったパチュリー・ノーレッジよりかは面白い授業になるだろう。

 パチュリーの授業は彼女の著書と同じぐらい単調で、それでいてつまらなかった。

 闇の魔術に対する防衛術の授業なのに居眠りをし始める生徒が出たほどである。

 そう思えばグリム……シリウス・ブラックは良い先生だったと言えるだろう。

 あの場にブラックが出て来なかったらハリーもブラックも殺さなくて済んだのに。

 そんなことを考えていると、スネイプが音もなく教室に現れる。

 そして黒板の前へと移動すると、いつもの調子で話し始めた。

 

「これまで諸君らはこの学科で六人の教師を持った。当然のことながら、こうした教師たちは皆自分の好きなように授業を進める。そういった環境であるにも関わらず、この科目のOWLを合格したものがこれほどまでにいることに私は少なからず驚いている。だが、NEWTレベルはそれより幾分も高度で難解だ。この中からどれほどのNEWT合格者が出るかはわからないが……期待はしないでおこう」

 

 スネイプは私の顔をチラリと見ると、すぐに顔を背ける。

 まるで何かの間違いで私がNEWTを落とせばいいのにと言わんばかりだ。

 

「闇の魔術に対する防衛術のNEWTは無言呪文から始まる。諸君らは無言呪文に関してはずぶの素人であろう。無言呪文の利点とは何か、わかるものは──」

 

 スネイプが言い終わるよりも先に、ハーマイオニーの手がスッと挙がる。

 スネイプはハーマイオニーを当てたくない様子だったが、他に手を挙げる生徒がいなかったこともあり、渋々ハーマイオニーを指名した。

 

「こちらがどんな魔法をかけようとしているかについて、敵になんの警告も発しないことです。それが一瞬の先手を取れるという利点になります」

 

「教科書と一字一句丸写しの答えだ。が、しかし、概ね正解だと言えるだろう。無言呪文を習得したものは呪文をかける際、驚きという要素を相手に与えることができる。そして言うまでもなく、この術は誰にでも使える術ではない。集中力と意思力の問題であり、この中の何人かには明らかに欠如している」

 

 スネイプは隠すことなくネビルを見る。

 ネビルはその視線を受けてわかりやすく体を縮こませた。

 

「それとホワイト、お前が無言呪文について知らないはずが無かろう。何故手を挙げなかった?」

 

 そしてスネイプはその視線を今度は私に向ける。

 

「その自主性がなく非協力的な授業態度にグリフィンドールは五点減点。それではこれより無言呪文の訓練を始める」

 

 スネイプは流れるようにグリフィンドールから減点すると、そのまま授業に移行していった。

 私はあまりにもいつも通りなスネイプに若干肩を竦めると、近くにいたネビルとペアを組む。

 

「一人が無言で相手に呪いを掛けようとする。相手も同じく無言でその呪いを跳ね返そうとするのだ。では始めたまえ」

 

 正直無言呪文はロックハートから教わっているので今更練習するようなことでもない。

 ここはネビルの無言呪文習得に尽力することとしよう。

 

「さて、それじゃあやりましょうか。ネビル、無言で私に呪いをかけようとしてみて」

 

 ネビルは何度か頷くと、私の顔を見つめながら集中し始める。

 だが、すぐに顔を赤くし視線を逸らせた。

 

「もう、どうしたのよ?」

 

「ごめん、小っ恥ずかしくって」

 

「わからなくもないけど無言呪文を習得しないことにはこの授業だけじゃなく呪文学でも躓くわよ?」

 

 ネビルはその後も十分ほどうんうんと唸ったが、杖の先からは火花一つ出ない。

 私はその様子を見ながら、ロックハートからどのように無言呪文を教わったか思い出していた。

 

『無言呪文を成功させるにはその行為をどうしても実行したいという強い意志が必要だ。この辺は姿現しと似ているかな』

 

「実行したいという強い意志……ねえネビル。貴方本気で無言呪文を習得したい?」

 

 ネビルは一瞬キョトンとしたが、すぐに眉を吊り上げる。

 

「真面目にやってるさ! でも僕要領いい方じゃないし……」

 

「そうじゃなくて。無言呪文を習得する近道があるんだけど……でも少し手荒だし、本気で習得する気がないなら辛いだけだから──」

 

「そんな方法があるの?」

 

 ネビルは目を丸くする。

 それに対し、私は小さく微笑んだ。

 

「貴方、盾の呪文は使えるわよね?」

 

「うん、去年グリム先生から習ったから」

 

「私が今から貴方に軽度な痛みを与える呪文をかけるわ。それを貴方は盾の呪文で跳ね返す。勿論、魔法で口は塞ぐからズルは許されない。貴方が本気で私の呪文から逃げようとする時、たとえ貴方が一言も発さなかったとしても盾の呪文は発動するでしょうね」

 

「け、軽度な痛みってどれぐらい?」

 

 私は杖を取り出すと、無言でネビルに火箸の呪いをかける。

 ネビルは呪文が当たったところを反射的に押さえると、鋭く短い悲鳴を上げた。

 

「まあ、私の全力ビンタぐらいじゃない?」

 

「う、うーん……普通に頑張るよ。予想以上に痛かったし」

 

 ネビルは呪文が当たった場所をさすりながら答える。

 

「そう。まあ無理強いはしないわ」

 

 私は肩を竦めると、杖を仕舞って教室の隅にある椅子に座る。

 

「好きに魔法をかけて頂戴な。適当に防ぐから」

 

 そして大きな欠伸を一つすると、そのままうたた寝を始めた。

 

 

 

 

 闇の魔術に対する防衛術の授業の次は占い学だ。

 去年はロンも履修していたが、流石にNEWTレベルには興味がないらしい。

 まあ、興味がないのは私も同じなのだが。

 レミリアに招待されている以上、無視するわけにもいかないだろう。

 私はロンとハーマイオニーの二人と別れると、ホグワーツの南塔の最上階へ移動する。

 そして沢山の女子生徒と共に、新しく用意された占い学の第二教室へと入った。

 教室の中はトレローニーの教室とは違う意味で異質だった。

 天井には豪華なシャンデリア、教卓と思わしき机には様々な小物が置かれている。

 その周囲には生徒用の机が十数個。

 そして、窓を隠すように飾られた絵画には、生きたまま串刺しにされた人間がもがき苦しむ様子が描かれている。

 幸いなことに魔法界のものではないのか、その絵画が動くことはなかった。

 

「……先生はどこかしら」

 

 隣で縮こまっていたラベンダーが小さい声で囁く。

 私は部屋を見回すと、部屋の隅に立てるように置かれた小さな棺を指差した。

 

「アレじゃない?」

 

 その瞬間、ガコンと何かが外れる音がして、棺の蓋が外れ、地面へと倒れる。

 そしてその蓋を踏み締めるようにしながら、レミリア・スカーレットが棺から出てきた。

 

「私の教室へようこそ。その辺にある椅子に適当に座りなさい」

 

 レミリアはそう言うとしたり顔で教卓へと歩いていく。

 きっとレミリアなりの演出だったのだろう。

 私はレミリアに悟られないように小さく肩を竦めると、教室の後ろの方の席に腰掛けた。

 

「さて、まずは簡単に自己紹介でもしようかしら。まあ、NEWTレベルの占い学を選択するような者に自己紹介が必要だとは思えないけど……」

 

 レミリアは教室にいる生徒たちを見回し、満足そうに頷く。

 かなりの占い狂のラベンダーやパーバティはその視線を受けてうっとりとしていた。

 占い学のトレローニーは、レミリアのかなりのファンだ。

 きっとあの二人もトレローニーの影響でかなりのレミリア信者なことだろう。

 

「夜の支配者にして千年に一度の占い師、レミリア・スカーレットよ。対抗試合の時に審査員を引き受けた縁で、数年の期限付きでホグワーツで占い学を教えることになったわ。このクラスの目標はただ一つ。本物の占い師を輩出すること。貴方たちの才能が本物であることを心から願っているわ」

 

 レミリアは得意げな顔で羽をバタつかせる。

 

「NEWTレベルの占い学では、基本的には今までやってきた占いを更に掘り下げる授業になるわ。紅茶占いや、水晶占い。タロットカードに夢占い。トレローニーから基礎の基礎は教わっているでしょう?」

 

 教室の何人かがレミリアの言葉に頷く。

 

「ただ、貴方たちはまだ占いのやり方を教わっただけに過ぎない。クィディッチで言えばルールと箒の乗り方だけ知っているような状態ね。ままごとでしかない貴方たちの占いが、本物になるかどうかは貴方たちの才能次第。それじゃ、占い学の授業を始めましょうか。っと、その前に」

 

 レミリアは忘れていたと言わんばかりに言葉を足す。

 

「助手を紹介するわ。まあ私の家の従者なんだけど。小悪魔、入りなさい」

 

 レミリアがそう声を掛けると、部屋の奥にある扉を開けて一人の女性が中に入ってきた。

 白いYシャツに黒のベスト。

 そこまでならパブでよく見るバーテン服だが、下は膝まである黒のロングスカートだ。

 髪の毛は赤く、腰までの長さがあり、それだけ見れば美鈴の親族に見えただろう。

 だが、一見人間にしか見えない美鈴と違い、その女性には明らかに人間にはない部位が存在していた。

 頭と背中に蝙蝠のような羽が生えている。

 レミリアほど自己主張の強い羽ではないが、人間でないことは明らかだろう。

 

「紹介に預かりました。レミリア・スカーレットと契約している悪魔です。まあ、力が弱いのでお嬢様からは小悪魔だなんて呼ばれていますけど……どうぞ好きに呼んでください。私としては大悪魔なんて呼び方を推奨しているんですけど──」

 

「小悪魔よ。授業の助手をするわ。よろしくね」

 

 小悪魔の自己紹介を遮るように、レミリアがそう紹介する。

 小悪魔はそれを受けて少ししょんぼりとした。

 

「では早速授業に入りましょうか。小悪魔、ティーセットを」

 

 レミリアがそう指示すると、小悪魔は懐から細く黒い、まっすぐな見た目の杖を取り出し宙に向かって振る。

 その瞬間、私たちの前に人数分のティーセットが出現した。

 なるほど、レミリアが授業に助手を連れてきた理由が分かった。

 おっとりとして見えるが、かなりの魔法の腕だ。

 きっと魔法が不得意なレミリアに代わり、魔法を行使するのが仕事なのだろう。

 

「まずは紅茶占いから始めていくわ。みんなまずはトレローニーに習った通りにティーカップを読める状態にまで持っていきなさい」

 

 私は言われた通りティーポットの中に入っている紅茶をカップに入れ、時間をかけてゆっくりと飲み干す。

 そして水気を切るために逆さにしてソーサーに伏せた。

 教卓のほうを見ると、レミリアも同じように占いの準備を行っている。

 その様子を見て、ふとレミリアと最初に会った時のことを思い出した。

 確かあの時に行った占いも紅茶占いだった。

 レミリアはあっけらかんとした表情で私に死の宣告をした。

 あの時のことを、レミリアは覚えているだろうか。

 

「さて、準備は整ったかしら。ティーカップを開けなさい」

 

 私はカップをソーサーから持ち上げる。

 そしてカップに残った茶葉の形を読み解き始めた。

 

「えっとどれどれ……月に太陽が正面衝突ってところかしら?」

 

「実に平面的ね」

 

 いつの間にか私の背後に回り込んでいたレミリアが私のカップを覗き見ながら言う。

 

「でも、着眼点は悪くないわ。宙に浮かんでいる太陽と月はあまりにも距離が離れているから重なることはあってもぶつかることはない。でも、カップの表面は平面だもの。そりゃ月と太陽もぶつかるわ」

 

 まあなんにしても、とレミリアは付け加える。

 

「大切なのはそれが示す意味よ」

 

「近い将来あの人とダンブルドアが一騎打ち、なんていうのはどうです?」

 

「それはもう占いじゃなくて推測でしょうに……まあいいわ。で、どっちがどっちなの?」

 

 レミリアの言葉に私は首を傾げる。

 

「どっちとは?」

 

「どっちが月で、どっちが太陽だと思う?」

 

「そうですね……月がダンブルドア、太陽があの人ではないでしょうか」

 

 レミリアはそれを聞くと、少し意外そうな顔をする。

 

「へえ、普通の感性だと逆だと思うけど……そう考える理由は?」

 

「月に近づいても危険はありませんが、太陽は少し近づくだけでその身を焦がしますから」

 

 レミリアはそれを聞き、なるほどと頷く。

 

「でも、少し惜しいわね。月が示しているのはダンブルドアではないわ。太陽が示しているのもヴォルデモートではない。でも、未来に何か大きなものがぶつかるというのは概ね正しい。サクヤ、あなた占いの才能があるんじゃない?」

 

 レミリアはそう言うと私のカップを覗き見る。

 そして少し首を傾げ、ボソリと呟いた。

 

「なるほど……次の授業、少し恥を掻くかもね」

 

「え?」

 

 私が聞き返すよりも先に、レミリアは他の生徒の元へと歩いていってしまう。

 私はその後ろ姿を見ながら、手元のカップを綺麗にした。




設定や用語解説

教師としてのパチュリー・ノーレッジ
 パチュリーの授業はかなりつまらない。魔法史のビンズといい勝負であり、実習がある分魔法史よりかは居眠りが少ないが、それでも居眠りをする生徒が出るレベル。

火箸の呪い
 相手に突き刺すような軽微な痛みを与える呪文。全力で掛ければそれこそ火箸を突き刺したかのような痛みを与えることができる。

ラベンダーとパーバティ
 年頃の女の子らしく、占いに御執心。伝説的な占い師であるレミリアの授業が受けられて一番喜んでいるのはこの二人。

小悪魔
 ついに登場小悪魔さん。レミリアと比べると背は高いが、美鈴ほどではなく小柄な体型。腰まで伸ばした赤い髪に、背中と頭には悪魔の羽が生えている。レミリアの従者という話だが、レミリアと小悪魔が一緒にいるところを見たことがある者はいない。一体何者なんだろうか……

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忘れ物と愛の妙薬と私

 占い学が終わり、私は大広間でロン、ハーマイオニーの二人と合流して昼食を食べていた。

 

「数占いでしこたま課題を出されたわ。NEWTから一気に授業のレベルが上がるとは聞いていたけど……」

 

 ハーマイオニーは分厚い本の山を見ながら少しげんなりとしている。

 彼女が勉強の分野でこのようなことを言うのは珍しいことだ。

 

「闇の魔術に関する防衛術の宿題も相当だぜ。二人が授業でいない間に少し進めたけど、さっぱりって感じ」

 

「なんというか全体的に量が多いわよね。でも、そう思えば占い学は宿題っぽい宿題を出されなかったわ」

 

 私は大きなソーセージを齧りながら言う。

 

「占い学はあの吸血鬼のお嬢様の授業だろ? どんな感じだった?」

 

「うーん……結構普通よ? 今までの授業をもう少し詳しくやるような感じで。あ、でも使い魔を助手として使っていたわね。確か小悪魔とか呼ばれてたわ」

 

「小悪魔? 名前は?」

 

 ハーマイオニーは首を傾げる。

 

「いや、名前は言ってなかったわ。レミリアさんも基本的に種族名呼びだったし」

 

 だからまあ、彼女を呼ぶ時は『小悪魔さん』が正しいのだろう。

 

「そういえば、レミリアさんはホグワーツに泊まり込みなのかしら。だとしたら従者の美鈴さんも連れてきてそうだけど」

 

 実際どうなのだろうか。

 レミリアはダンブルドアから分霊箱の捜索を頼まれている。

 だが、レミリアがここで教鞭を取る以上、彼女自身が分霊箱を探しに行く時間はあまりないはずだ。

 だとしたら、実際に分霊箱の捜索に出ているのは美鈴だけなのかもしれない。

 もしそうなら美鈴の姿が見えないのも納得だ。

 

「なんにしても、次の授業はスラグホーン先生の魔法薬学ね」

 

 私はソーセージの山を一つ平らげ、今度はポテトサラダが盛られたボウルを手元に引き寄せる。

 そして無造作にスプーンをボウルの中に突っ込んだ。

 

 

 

 

 昼食の時間が終わり、私たちは地下にある魔法薬学の教室へと来ていた。

 授業はまだ始まっていないが、既に教室には魔法薬を煮詰める独特な臭気に満ちている。

 どうやらスラグホーンが事前にいくつか魔法薬を調合していたらしい。

 というか、今も現在進行形でスラグホーンは教室の中心にある大鍋をかき混ぜていた。

 鍋の中にはドロのような液体がボコボコと泡を立てている。

 スラグホーンは私たちが教室に入ってきたのに気がつくと、鍋をかき混ぜる手を止めた。

 

「おっと、もうこんな時間か。いやはや、なんとか最初の授業に間に合わせることができたか──っと、どうぞ座って。みんな席に着いて」

 

 教室の真ん中にあるいくつかの大鍋を取り囲むような形で配置されている机に私たちは座っていく。

 魔法薬学は従来通りスリザリンとの合同授業らしく、教室の中にはマルフォイの姿もあった。

 

「さてさて、それじゃあ授業を始めよう。みんな秤と魔法薬キットを出して……あと教科書の『上級魔法薬』も」

 

 スラグホーンの言葉に皆自分の鞄から道具を取り出していく。

 私も秤やナイフなどの道具を机の上に広げ、最後に教科書を取り出そうと鞄の中を覗き込んだ。

 

「……あ、あれ?」

 

 だが、普段教科書を並べている場所に『上級魔法薬』が見当たらない。

 荷造りの際に適当に放り込みすぎて変な場所に入り込んでしまったのだろうか。

 私は机の上に鞄を寝かせるような形で置き、上半身を鞄の中に突っ込んだ。

 

「おかしいわね。この辺にいつも入れてるんだけど……」

 

「サクヤ、貴方今鞄に食べられてるみたいになってるわよ?」

 

 まあ、側から見たらかなり奇妙な光景だろう。

 ここが魔法界でなかったら私は世紀の大マジシャンだ。

 私はそのまま鞄の中に潜り込み、大量の書物の中から『上級魔法薬』を探す。

 だが、どれだけ探しても『上級魔法薬』は出てこなかった。

 

「……まさか」

 

 私は鞄の中から這い出ると、必死になって記憶を探る。

 

「あ、多分家に置きっぱなしだわ」

 

 そして自室にある醸造台の引き出しに入れっぱなしだということを思い出した。

 

「──ッ、レミリアが言ってた『恥を掻く』ってこのこと!?」

 

 私はハッとして教室を見回す。

 そこには、生徒はおろかスラグホーンまでもが私の方を見てポカンとしていた。

 

「あー、サクヤ? 教科書を忘れたのなら教室にあるお古を貸すが……」

 

 スラグホーンの言葉に、私は無言で小さく頷く。

 私の横では、ハーマイオニーが息を殺して笑っていた。

 

「……なんというか、貴方でも忘れ物するのね」

 

「人生で初めてよ……グリンゴッツに預けている金貨以外、全財産を持ち歩いているから」

 

 私は大きなため息をつくと、鞄を机の脇に退ける。

 五分もしない間に、スラグホーンが頭に少し埃を積もらせながら教室に戻ってきた。

 

「フクロウで教科書を送ってもらうまではこれを使うといい。それに、誰にだって失敗はある。さあ、気を取り直して本日の授業に移ろう」

 

 スラグホーンは私の肩をポンポンと叩くと、机の上にボロボロの『上級魔法薬』を置いて教壇へと戻っていく。

 私は少しカビ臭い『上級魔法薬』を開き、状態を確認した。

 

「うわー、教科書忘れた私が悪いんだけど……これは酷いわ」

 

 教科書には余白が存在しないほど書き込みがなされており、酷いところでは教科書の文章が塗りつぶされたりもしている。

 

「別に読めなくはないけど……これは早急にロンドンから教科書を取り寄せた方がよさそうね」

 

 私は教科書を閉じると、机の隅へ追いやる。

 教壇では丁度スラグホーンが出席を取り終わったところだった。

 

「よし、授業を始めるに先立って、いくつか魔法薬を煎じておいた。NEWTを終える頃には、このような魔法薬も煎じれるようになっているはずだ。さてさて……この魔法薬の名前がわかるものはいるかな?」

 

 スラグホーンは無色透明な魔法薬の前に立ち、匙で少し掬ってみせる。

 そして私に対して期待を込めた視線を送ってきた。

 だが、私の横にいるハーマイオニーの手が真っ先に上がる。

 それを見て、スラグホーンは少々目を丸くしながらもハーマイオニーを指した。

 

「『真実薬』です。無色透明で、飲ませた者に無理矢理真実を吐かせます」

 

「大変よろしい!」

 

 ああ、よく知っているとも。

 その効果は一度この身で味わった。

 いつかダンブルドアにも飲ませて、赤裸々な話を洗いざらい吐かせたいものだ。

 スラグホーンは上機嫌で隣の鍋へと移動する。

 先程かき混ぜていたドロのような魔法薬だ。

 

「では、これはどうだろう。名前はかなり有名だと思うが……」

 

 またもやハーマイオニーの手が鋭く天を突く。

 スラグホーンは私の顔をチラリと伺ったあと、またハーマイオニーを指した。

 

「はい、ポリジュース薬です」

 

「その通り! ではこちらは──」

 

「アモルテンシア『魅惑万能薬』!」

 

 ハーマイオニーが間髪入れずに答えた。

 スラグホーンは驚きと称賛に満ちた目でハーマイオニーを見ると、にこやかに微笑む。

 

「聞くのは野暮なぐらいだが、勿論どのような効能か知っているね?」

 

「はい。魅惑万能薬は世界一強力な愛の妙薬です。何に惹かれるかによって、一人ひとり違った匂いがします。私の場合は刈ったばかりの芝生や新しい羊皮紙のような──」

 

「えー、ミス? 名前を伺っても?」

 

「ハーマイオニー・グレンジャーです」

 

 スラグホーンは感心したように髭を撫でると、思い出したかのように言った。

 

「グレンジャー……というと、ひょっとしてヘクター・グレンジャーと関係はないかな? 超一流魔法薬師協会の設立者の」

 

「いえ、多分関係ないと思います。私の両親はマグルですから」

 

 ハーマイオニーは少し声のトーンを落として言う。

 スラグホーンはそれを聞いて少し驚いたような表情を作ったが、すぐに笑顔に戻った。

 

「いやはや素晴らしい! マグル生まれで優秀な魔法使いは沢山見てきたが、君はその中でもトップクラスに頭が良さそうだ。グリフィンドールに二十点をあげよう」

 

 それを聞いてハーマイオニーは少し顔を赤くする。

 だが、ハーマイオニーは気がついていないが、スラグホーンはマグル生まれの中ではという言い方をした。

 まあ、過去にスリザリンの寮監を務めていた男だ。

 彼の思想の根っこには純血主義があるのだろう。

 

「さて、グレンジャー君が言ってくれたように、この魔法薬は人によって異なる匂いがする。私にとっては砂糖漬けのパイナップルの匂いがするし……そうだな。サクヤ、君はどんな匂いに感じるかね?」

 

 急に質問を振られ、私は顔を上げる。

 そして率直に感じた匂いを答えた。

 

「昔お世話になった人の香水の匂いです」

 

 そう、この匂いは孤児院にいたセシリアがよく漂わせていた匂いだ。

 私の脳裏にセシリアの優しげな笑みと血の海に伏す人影がフラッシュバックする。

 彼女は無事天国へと行けただろうか。

 そういえば、蘇りの石をレミリアが所持している。

 また暇な時間にでも頼み込んで、彼女に会ってみるのもいいかもしれない。

 スラグホーンは私の答えに満足したのか、何度か頷いたあとに授業を再開した。

 

「『魅惑万能薬』がもたらす愛は勿論、本物の愛というわけではない。この魔法薬がもたらすのはせいぜい強力な執着心と、ある種の強迫観念だ。だが、この教室にある魔法薬の中では最も強力で、危険な代物だろう」

 

 苦い経験があるのか、スラグホーンはブルリと体を震わせる。

 

「さて、では実習に移ろうか」

 

 そしてスラグホーンは最後に残された小さな鍋をスルーして授業に入ろうとした。

 無論、わざとだ。

 スラグホーンの思惑通り、前の方に座っていたマクミランが言う。

 

「先生、まだこの鍋の中身を教えてもらっていません」

 

「ほっほう。さてさて、この魔法薬だが……」

 

 そしてまさにこれこそ狙っていた演出だと言わんばかりに小匙で鍋の中身を掬うと、少しずつ鍋の中に落とした。

 中身の金色の液体は水面でぴちゃんと跳ねるが、一滴も溢れることなく鍋の中に収まっていく。

 

「サクヤ、これが何かわかるね?」

 

「フェリックス・フェリシス。幸運の液体」

 

 私が端的に答えると、スラグホーンは満足そうに頷いた。

 

「いかにも。これは幸福薬。名前の通り、これを飲んだものは一定の時間、全てにおいて上手くいくようになる。まさに幸福をもたらす液体というわけだ。もっとも、調合が恐ろしく難解で、少し手順を違えただけで酷い結果になる。だがまあ、NEWTで『優(O)』を取れる生徒ならば、調合できなくもないだろう」

 

「先生は飲んだことはあるんですか?」

 

 マイケルが興味津々といった様子でスラグホーンに質問する。

 スラグホーンは何かを思い出すように目を瞑ると、恍惚とした表情で語り出した。

 

「二度だけある。二十四歳の時に一度、五十七歳の時に一度だ。何も予定がない日に朝食と一緒に大さじ二杯。それはそれは素晴らしい日になった」

 

 スラグホーンはもう一度匙で幸福薬を掬うと、今度は小瓶に詰める。

 そしてコルクで蓋をして、軽く振ってみせた。

 

「これを今日の授業の褒美として提供する。フェリックス・フェリシスの小瓶一本。朝から晩までの幸福に十分な量だ。この中身を朝食のかぼちゃジュースと一緒に呷るだけで、その日一日は何をやってもラッキーになる」

 

 教室にいる生徒全員の目がスラグホーンの手元に注がれていた。

 私も私で、己の不幸を呪う。

 ダンブルドアに両面鏡の破片さえ入っていなければ、今目の前にある魔法薬をいくらでも拝借できるというのに。

 もっとも、私はポリジュース薬や真実薬を調合できないわけではないし、なんなら教科書に書いてある方法より何倍も効率のいい調合の仕方を知っている。

 だが、強い力を持った魔法薬というのは純粋に材料が貴重であったり、煎じるのに莫大な時間が掛かったりすることが殆どだ。

 幸福薬など、その最たる例だろう。

 

「さて、この素晴らしい賞をどうやって取得するか。『上級魔法薬』の十ページ。あと一時間と少しの時間で、君たちには『生ける屍の水薬』に取り組んで貰う。これまで君たちが煎じてきた魔法薬よりもずっと複雑なことはわかっているから、完璧な出来は期待しない。しかし、一番よく出来た者は、この愛しの幸福薬を手にすることができる。さあ、始め!」

 

 スラグホーンの掛け声と共に、各々が大急ぎで大鍋を引き寄せ、教科書を捲り始める。

 私も貸し出された教科書の十ページを開き、そこに書いてある材料を暗記すると材料棚に素材を取りに行く。

 そして自分の席に戻り、もう一度教科書を覗き込んだ。

 

「うーん、なんか前の持ち主、教科書の作り方に滅茶苦茶修正を加えてるわね」

 

 『生ける屍の水薬』のレシピには注釈していないところがないほど書き込みがなされており、ところどころ絶対に判読できないレベルで塗りつぶされている。

 だが、その注釈や書き込みは、どこかパチュリーの短縮レシピに似た何かを感じさせた。

 

「……まさか、いや、まさかよね?」

 

 一瞬この本に書き込みをしたのがパチュリーかと思ったが、多分違うだろう。

 パチュリーのレシピに似た空気は感じるが、彼女のレシピほどの異様さを感じない。

 教科書のレシピは粗が削ぎ落とされておらず、無駄な工程が多々ある。

 パチュリーの蔵書に書かれたレシピは極限まで作り方を簡略化し、猿でも魔法薬を調合できるものになっている。

 だが、書き込みのレシピはどこか芸術作品のような、針の上に針を立てるような……なんなら教科書のレシピより繊細で、難易度が高くなっているように感じた。

 まるで「お前にこのレシピが再現できるか?」と挑まれているかのように。

 

「……やってみるか」

 

 私は周囲を見回し、皆が自分の鍋に集中していることを確認すると、書き込みの指示通りカノコソウの根を刻み始めた。

 




設定や用語解説

サクヤの鞄
 内部に無限の空間が広がっている。もっとも空間は無限に広がっていたとしても、使っているのはそのうち教室一つ分ぐらいの空間でしかない。だが、サクヤの能力で鞄の中の時間を停止しているため、時間停止の影響を受けないサクヤ以外は鞄の中にアクセスすることができない。現在はダンブルドアも鞄の中に手を突っ込むことが出来る。

サクヤの忘れ物
 常に全財産を鞄の中に入れて携帯しているサクヤが忘れ物をするのは非常に珍しい。


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謎のプリンセスと幸福薬と私

 ホグワーツ地下にある魔法薬学の教室中に青みがかった湯気が立ち込める。

 教室にいる生徒たちはどうにかして自分が『幸福薬』を手に入れようと、必死になって自分の『生ける屍の水薬』を仕上げていた。

 私はというと、借りた教科書に書き込まれた文章を読み解きながら、正規の工程より更に複雑な工程を進めていく。

 ただでさえ細いカノコソウの根を千切りにし、切りにくい催眠豆の薄皮を剥き、正方形になるように刻んでいく。

 そして、通常ならば反時計回りだけでいい撹拌を上層と下層で魔法薬の速度が変わるよう、細心の注意を払って混ぜた。

 確かパチュリーのレシピでは、材料は刻まずすり鉢に入れて全部押しつぶし、煮詰めてフィルターで濾した液を魔法で冷やす、みたいな感じだったはずだ。

 私はクヌート硬貨を縦に積み上げるような慎重さで鍋をかき混ぜ続ける。

 しばらく混ぜていると、最終的には空のような澄んだ青色の液体へと変わった。

 本来『生ける屍の水薬』の色は淡いピンク色だ。

 この魔法薬がどのような効果があるかはわからないが、少なくとも見た限りでは『生ける屍の水薬』には見えなかった。

 

「はい! やめ、やめ! 制限時間だ」

 

 その瞬間、スラグホーンの大声が教室に響く。

 生徒たちは名残惜しそうに鍋をかき混ぜる手を止めると、みな近くの席の鍋を覗きあった。

 

「……サクヤが煎じ間違えるなんて珍しいわね」

 

 ハーマイオニーは私の鍋を覗き込みながら呟く。

 私は肩を竦めると、ロンの鍋にへばりついている、タール状の物質を指差しながら答えた。

 

「あら、アレよりかは飲みやすそうな色をしているとは思わない?」

 

「アレとか言うなよ!」

 

 ロンは少し声を荒げるが、酷い自覚があるのか少ししょんぼりしてタール状の何かを鍋からこそぎ落とし始める。

 スラグホーンは順番に生徒の鍋を覗き込みながら、時折匂いを嗅いだり、匙で掬ったりしていた。

 そのままぐるりと教室を周り、ついに私たちの席の前へとくる。

 スラグホーンはハーマイオニーの鍋の中身を見て感心したように頷いたあと、私の鍋の色を見てイタズラっぽく笑った。

 

「サクヤ、レシピにアレンジを加えたね?」

 

 スラグホーンの言葉に、私は素直に頷く。

 スラグホーンは魔法薬の匂いを嗅いだり掬ってみたりしたあと、ニコニコしながら首を横に振った。

 

「色は違うが、これは確かに『生ける屍の水薬』だ。だが、少し完成度が低いな」

 

 スラグホーンは私の肩にポンと叩くと、ローブから小瓶を取り出し、私の『生ける屍の水薬』を少量小瓶に移した。

 

「結果が出た。フェリックス・フェリシスの小瓶を手にするのは……」

 

 スラグホーンは少し溜めると、私の横にいるハーマイオニーを指差す。

 

「ミス・グレンジャー。君だ。いやはや、よく頑張った!」

 

 そして大きな拍手と共に、ハーマイオニーに『幸福薬』の小瓶を手渡した。

 ハーマイオニーはまさか自分が貰えるとは思ってもみなかったのか、顔を手で覆い隠して喜んだ。

 

「まあ! どうしましょう! 取っておきたい気持ちもあるし、使ってみたい気もするし……」

 

 ハーマイオニーは小瓶を鞄の中に大事そうに仕舞い込む。

 スラグホーンはその様子を横目に見ながら、私が作った魔法薬を小瓶越しに透かすように覗いていた。

 

「あー、今日の授業はこれにて終了だ。皆片付けをして帰るんだぞ。あ、それと、次の授業までに教科書の二十五ページから三十ページを予習してくること。次もすぐに実習に入る」

 

 スラグホーンはそれだけ伝えると、真っ直ぐ私の元へ歩いてくる。

 そして小さな声で囁いた。

 

「君なら必ずやると思っていた」

 

 スラグホーンはニコリと微笑むと、教室の中心にある鍋を片付けに歩いていってしまう。

 スラグホーンは教科書の落書きのことを知っていたのだろうか。

 私は中身を消失させ、綺麗になった鍋を鞄の中に仕舞いこむ。

 完成度が低いとスラグホーンは言っていた。

 書き込みの通りに調合できた気がしていたが、どこかで手順を誤ったのだろうか。

 私は秤と一緒に『上級魔法薬』を鞄の中に入れる。

 そして、ロンとハーマイオニーと共に地下牢を後にした。

 

 

 

 

 その日の夜。

 私は少し早めにベッドに上がり、スラグホーンから借りた『上級魔法薬』のページを捲っていた。

 魔法薬学の授業中に少し見た通り、どのページにも少し上から目線な注釈が書き込まれている。

 中には個人的なメモや覚え書きなども書き込まれており、前の持ち主はこの教科書をメモ帳代わりにでも使っていたようだ。

 

「にしても、どの調合法も緻密で繊細……自分以外に調合させる気がないような感じ……」

 

 あるいは、既存の調合法がガサツだとせせら笑っているかのような、そんな書き味だ。

 私はそのままパラパラと教科書を捲り続ける。

 そして最後のページにある記載を発見した。

 

『白と黒のプリンセス蔵書』

 

「『白と黒のプリンセス』? 偽名にしても意味不明だわ」

 

 プリンセスというぐらいだから女性なのだろう。

 だが、それ以上のことは名前からはわからない。

 やはり、少しずつ教科書の書き込みを紐解いていくしかないか。

 私は謎に満ちたお姫様の教科書をベッドの脇に放り投げると、毛布に包まり眠りに落ちた。

 

 

 

 

 新学期が始まって一週間ほどが経過した日曜日。

 私はダンブルドアに許可を取ってロンドンにある魔法省を訪れていた。

 まあ、特に何か用があるわけではない。

 魔法大臣の要請で、私が魔法省に出入りしているという事実を作っているだけだ。

 魔法省としては、新たに英雄として祭り上げられている私と協力関係にあるということを民衆に示したいらしい。

 

「それじゃあ、闇祓いによる捜査も難航していると。魔法省も大変ですね」

 

 私は目の前にいる男、魔法大臣のルーファス・スクリムジョールの言葉に相槌を打つ。

 協力関係にあるという体だ。

 ある程度の情報交換はしておかなければならない。

 

「ああ、奴らはいやらしいほどに狡猾だ。中々尻尾を見せないし、見せたとしてもそれは既に体から切り離されていることが多い。……逆に、騎士団の方はどうなのかね。何か大きな動きはあったかな?」

 

「変わらず、と言ったところでしょうか。レミリア・スカーレットが仲間に入り、組織としての体制が整いつつありますが……今のところ大きな動きはないですね」

 

 まあ、ダンブルドアとレミリアなど、分霊箱捜索に関わっている者は少なからず動いてはいるが。

 だが、分霊箱の存在を知っているのは騎士団の中でもダンブルドアとレミリア、美鈴、私ぐらいだ。

 ダンブルドアとしては分霊箱という存在を可能な限り秘匿しておきたいらしい。

 

「例のあの人は確実に勢力を強めてきている。数日前、例のあの人が巨人を傘下に入れたという情報が入ってきた。まさに十数年前と同じ流れだ」

 

「巨人ですか。アレらに人に付き従う知能があるんです?」

 

 私がそう質問すると、スクリムジョールは苦い顔をした。

 

「厄介なことにな。中には英語を喋れる個体もいると聞く。全く、こんなことなら種の保存なぞ考えず絶滅させておけばよかった」

 

「ええ、全くもってその通りだと思います。こちらに危害を加えてくるのだとしたら、害獣以外の何者でもありませんもの」

 

 私は壁に掛けてある時計を見る。

 大臣も仕事があるだろうし、世間話はこのぐらいでいいだろう。

 

「っと、もうこんな時間ですね。あまり長い時間お仕事の邪魔をするわけにもいきませんし、私はこの辺で失礼します」

 

「ああ、いつでも来なさい。歓迎しよう」

 

 私はスクリムジョールにお辞儀をすると、大臣の執務室を後にする。

 そしてそのまま近くのトイレへと入り、杖を取り出してグリモールド・プレイスにある自分の自宅へと瞬間移動した。

 

「さてさて、魔法薬学の教科書はっと」

 

 そう、私はただ魔法省で暇を潰すためだけにホグワーツを抜け出してきたわけではない。

 本来の目的はこっち、家に忘れてきた『上級魔法薬』を取りにきたのだ。

 私は醸造台の引き出しの中から分厚い教科書を取り出すと、鞄の中に入れる。

 

「これでよし」

 

 あとは古い教科書をスラグホーンに返せばいいだけなのだが、流石にあの書き込みをした人物の正体が気になる。

 ただの学生の落書きにしては書いてある内容が緻密で、あまりにも高度だ。

 もしこれを学生の頃に授業の合間に書き込んだのだとしたら、天才以外の何者でもない。

 

「……もう少し調べてみる必要があるわね」

 

 スラグホーンには新品の教科書を返すことにしよう。

 中古の教科書が新しくなる分にはスラグホーンも文句を言わないはずだ。

 いや、そもそもスラグホーンはこの教科書に書き込みがあることを分かった上で私に貸した節がある。

 私は教科書を鞄の中に入れると、杖を取り出しホグワーツにある校長室へと瞬間移動する。

 校長室の椅子にはダンブルドアが座っており、私が出発した時と同じように書類仕事を片付けていた。

 

「ただいま戻りました」

 

 私が報告すると、ダンブルドアが机から顔を上げる。

 

「ルーファスはなんと?」

 

「魔法省も死喰い人の追跡には難航しているようです。あと、あの人が巨人を味方につけた可能性があると」

 

 まあ、その情報は今更だ。

 ハグリッドが巨人を訪ねた時点で、巨人は既にヴォルデモートの傘下になっていた。

 

「まあ、つまりは新しい情報はないですね」

 

「ご苦労じゃった。それと、もう一つ用事があったようじゃが」

 

 ダンブルドアの言葉に、私は家から取ってきた教科書を取り出す。

 

「いやはや全く、まさか忘れ物をするとは思いませんでした」

 

「どれほど優れている者でも、過ちを犯すものじゃ」

 

 ダンブルドアは恥ずかしそうに後頭部を掻く私を見て優しげな笑みを浮かべる。

 私は教科書を仕舞い直すと、ダンブルドアに一礼して校長室を後にしようとした。

 

「サクヤ、ちょっと待ちなさい」

 

 だが、そんな私をダンブルドアは引き止める。

 

「来週の週末、グリンゴッツにある死喰い人の金庫へ強制捜査に入ろうと思っておる。君の能力の助けが必要じゃ」

 

 私はドアノブに伸ばしていた手を引っ込めると、ダンブルドアの机の前へと踵を返した。

 

「強制捜査? そんなの、ゴブリンたちが納得するでしょうか?」

 

「もちろんゴブリンには内緒で、秘密裏にじゃ」

 

 強制捜査と言えば聞こえはいいが、ようは私とダンブルドアの二人で金庫破りをするという話だろう。

 

「目的は……分霊箱の捜索でいいんですよね?」

 

「その通り。前にレミリア嬢とも予想した、レイブンクローの髪飾り、ハッフルパフのカップ、スリザリンのロケット。この三点の捜索じゃよ。もっとも、この全てがグリンゴッツにあるとは思っておらん。一つもない可能性の方が高いじゃろう」

 

「でも、地球上を闇雲に探すよりかは可能性が高い。そういうことですよね?」

 

 ダンブルドアは無言で頷く。

 

「それで、誰の金庫へ侵入するんです?」

 

「ヴォルデモートがハリーに敗れる前から死喰い人であった者の金庫を順番に回る。既にどこに誰の金庫があるかは確認済みじゃ」

 

 そんな情報どこから……と思ったが、そう言えばロンのお兄さんであるビルがグリンゴッツ勤務だったか。

 実質的な金庫の管理はゴブリンが行っているにしても、金庫の情報ぐらいは入手できるということだろう。

 

「未知への場所への正確な姿現しが要求されるため、わしの付き添い姿現しで移動を行う。サクヤ、君は──」

 

「姿現しができるように時間を止める。ですよね?」

 

「その通り」

 

 まあ、それが一番だろう。

 時間さえ止めておけば、どれだけの数の金庫を調べたとしても経過時間は一秒に満たない。

 気が付かれる可能性もゼロに近いだろう。

 

「わかりました。来週の予定は空けておきます」

 

 私はもう一度ダンブルドアに一礼し、今度こそ校長室を後にした。




設定や用語解説

魔法省のプロパガンダに利用されるサクヤ
 魔法省は前任の魔法大臣の失態で支持率をかなり落としており、新しく魔法大臣に就任したスクリムジョールとしてはいち早く市民の支持を回復させたいと思っている。そのため、魔法省の失態をハリーという英雄の死と、新しい英雄の誕生で有耶無耶にし、その新しい英雄と協力関係にあるというのを市民に見せつけることで支持率の回復を図った。

サクヤがプロパガンダに使われることに反対しないダンブルドア
 ダンブルドアとしては、サクヤが魔法省や不死鳥の騎士団側であるということを魔法界に浸透させることによって、サクヤが死喰い人に戻りづらい環境を作りたかった。

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金庫破りと双子の呪文と私

 一九九六年、新学期が始まって二回目の土曜日。

 私は大広間でトーストを齧りながら今日の予定を確認していた。

 今日はダンブルドアと共にグリンゴッツへ侵入する日だ。

 目的はヴォルデモートの魂のカケラが収められている分霊箱の捜索。

 長時間時間を止めての捜索になるので、今のうちにしっかりカロリーを取っておいたほうがいいだろう。

 私がトーストにいそいそとバターを塗っていると、今にも死にそうな顔をしたロンがハーマイオニーに連れられて大広間へとやってきた。

 私は二人分のミルクをカップに注ぐと、二人の前に差し出した。

 

「朝からどうしたのよ。ベッドに巨大な蜘蛛でも出た?」

 

 私がそう尋ねると、ロンの顔が一層青くなる。

 

「もうサクヤ忘れたの? 今日はグリフィンドールのクィディッチチームの選手選抜の日でしょ」

 

 そういえば、そんな張り紙を談話室で見た気がする。

 

「あー、大変ねぇ。でも大丈夫よロン。自信を持って!」

 

「ほんと他人事のように……サクヤだって出るんだろ?」

 

 ロンは私の注いだミルクをチビチビと飲みながら言った。

 

「出る? 何に?」

 

「選抜だよ。……え? もしかして出ないのかい?」

 

「なんで私が選抜に出るのよ?」

 

 私がそう聞き返すと、ロンは言葉も出ないといった表情で口をパクパクさせた。

 それを見て、ハーマイオニーがため息を漏らす。

 

「サクヤ、だって貴方去年からグリフィンドールのシーカーじゃない。貴方目当てで選抜に参加しようって生徒が山のようにいるのよ?」

 

 正直ディゴリーを殺した時に除名されたものだと思っていたが、それは私の思い込みだったようだ。

 グリフィンドールの中では、私は秘密兵器のような扱いらしい。

 

「てっきり僕は今年のシーカーはサクヤで決まりだと思ってた。キャプテンのケイティもそう言ってたし。一応形だけシーカーの選抜もする予定って言ってたけど」

 

「それじゃあケイティに伝えておいて。今日の選抜は出れないって」

 

 それを聞いて、ロンが意外そうな顔をする。

 

「どうして? 何か用事があるの?」

 

「ダンブルドアと少しね。不死鳥の騎士団関係で」

 

 私はトーストのカケラを口の中に放り込み、席を立つ。

 

「まあでも、私の用事が終わった時、まだ選抜をやっていたら参加しようかしら」

 

「あー、うん。それじゃあシーカーの選抜は最後に回すように言っておくよ」

 

 ロンの言葉に私は軽く手を挙げて返事をし、そのまま大広間を後にしようとする。

 そこをハーマイオニーが呼び止めた。

 

「それと……あの……サクヤ?」

 

「ん? どうしたの?」

 

 私が聞き返すと、ハーマイオニーは少し遠慮がちに言った。

 

「選抜が終わったらハグリッドの小屋に寄ろうと思ってるんだけど……サクヤも来るわよね?」

 

「ええ、別にいいけど。でもどうして? ハグリッドに何か用事でも?」

 

 私がそう聞き返すと、ハーマイオニーは気まずそうにもじもじする。

 

「ほら、私たち三人とも魔法生物飼育学を取らなかったでしょ? それで……ハグリッド気を悪くしてるんじゃないかって」

 

「うん。……え? それがどうしてハグリッドに会いに行くことに繋がるの?」

 

「もう、仲直りする機会が必要でしょ!」

 

「仲直りって……どちらかといえば言い訳じゃない?」

 

 私はやれやれと肩を竦める。

 

「NEWTレベルに入ったんだし、遊びや付き合いで授業を選択する余裕がないことはハグリッドも重々承知なはずよ」

 

「それ、あなたが言うの?」

 

 ハーマイオニーにそう言い返されて、私はキョトンとする。

 そしてポンと手を打った。

 

「あ、そういえば私付き合いで占い学を選択したんだったわ」

 

「サクヤってたまに抜けてるよな」

 

 ロンは呆れたように後頭部を掻く。

 私は誤魔化すように咳払いを一つした。

 

「なんにしても、貴方たちがハグリッドの小屋を訪ねるなら私も付き合うわよ」

 

 私は二人にそう告げると、今度こそ大広間を後にした。

 

 

 

 

 大広間を出た私は階段を二つ上がり三階の廊下を歩く。

 そしてガーゴイル像の前まで来ると、ガーゴイル像に向かって合言葉を唱えた。

 

「糖蜜ヌガー」

 

 私がそう言うと同時に、ガーゴイル像はぴょんと脇にどき、その奥に校長室へと続く螺旋階段が現れる。

 私は螺旋階段を上ると、校長室の大きな樫の扉の前に立つ。

 すると校長室の扉が一人でに開き、私を中へと招き入れた。

 

「おはようサクヤ。よい休日じゃの」

 

 部屋の奥の椅子に座っていたダンブルドアは、私が入ってきたことを確認すると椅子から立ち上がる。

 

「ええ本当に。金庫破り日和ですね」

 

 私はダンブルドアにそんな軽口を返すと、歴代校長の肖像画が全部眠りについていることを確認してから時間を停止させた。

 

「それでは参ろうかの。準備はできておるか?」

 

 ダンブルドアの問いに私は頷く。

 ダンブルドアは私の肩に手を置くと、そのまま付き添い姿くらましをした。

 狭い水道管の中に無理矢理体を押し込めるような感覚の後、一瞬で周囲が真っ暗になる。

 きっともう既に金庫の中なのだろう。

 

「杖灯りを灯すのじゃ」

 

 ダンブルドアの指示通り、私は杖を抜き、その先端に灯りを灯す。

 そこにはガリオン金貨や金細工、いかにもいわくのありそうな調度品など、様々なものが山のように積まれていた。

 

「……ここは誰の金庫なんです?」

 

「マルフォイ家じゃ」

 

 なるほど、マルフォイ家がお金持ちだとは聞いていたが、これほどだったとは。

 私は今は疎遠になりつつあるドラコの顔を思い出しながら一人感心したように頷いた。

 

「さて、分霊箱を探すとしよう。と言っても、この金庫に分霊箱がある可能性は低いとわしは考えておる」

 

「どうしてです?」

 

 私は近くにある金のゴブレットを拾い上げながら言った。

 

「ギルデロイ・ロックハートに取り憑いた日記帳の分霊箱、アレの元々の持ち主はルシウス・マルフォイだからじゃ」

 

「では、ドラコのパパがロックハートに日記帳を渡したと?」

 

 私の言葉にダンブルドアは首を横に振った。

 

「スネイプ先生からの情報での。あの日記帳はヴォルデモートがルシウス・マルフォイに預けたものらしい。勿論、分霊箱のことは伏せての。四年前、ルシウス・マルフォイはヴォルデモートが完全に消えてしまったと思い込んでおった。そんな時に、マルフォイ家に抜き打ちの家宅捜査が入ったのじゃ」

 

「それって、ロンのお父さんが行っていたやつですよね」

 

「その通り。ボロが出てもまずいため、ルシウスは少しずつ家にある闇の魔術に関わる道具や骨董品を処分し始めた。その中の一つがあの日記帳じゃ。じゃが、あの男は狡猾じゃ。ヴォルデモートに関わる品を処分すると同時に、アーサー・ウィーズリー氏とわしを失脚させるための策を練った」

 

 私は持っていたゴブレットを元あった位置に置き直すと、ダンブルドアの方を見た。

 

「失脚させるための策? まあダンブルドア先生は分かりますけど、アーサーさんもですか?」

 

「いかにも。本来あの日記帳はジニー・ウィーズリーの手に渡る予定だったのじゃ。実際、ルシウス・マルフォイはダイアゴン横丁の書店でジニー・ウィーズリーの大鍋に日記帳を入れた。じゃが、巡り巡って最終的にはロックハートの手に日記帳は渡ったわけじゃが」

 

 私はあの時のことを思い出す。

 確か書店ではロックハートがサイン会を開いていた。

 そして確かに私はドラコのお父さんと会っている。

 あの時だったら確かにジニーの持ち物の中に日記帳を紛れ込ませるのは可能だろう。

 ……いや、あの時は確か私も大鍋の中に教科書を入れていた。

 その後私はダイアゴン横丁の道の真ん中でトランクをひっくり返し……。

 

「もしかしたらその日記帳は一度私を経由してロックハートの手元に渡ったのかもしれません」

 

 私はあの時の書店での出来事をダンブルドアに話す。

 ダンブルドアはそれを聞くと納得したように頷いた。

 

「ふむ。ではその時に日記帳をトランクに詰め忘れたのじゃろうな。そして、道に放置された日記帳をロックハートが拾い、ヴォルデモートに取り憑かれた」

 

「運命を感じますね。もしかしたら、日記帳は私の手に渡っていたかもしれないと考えると」

 

「そうなっていたら、わしは本格的に校長の職を追われていたかもしれんのう」

 

 私にヴォルデモートが取り憑いていたらどうなっていたのだろうか。

 少なくとも、今とは全く違う未来になることは想像に難く無い。

 

「でも、なるほど。ダンブルドア先生が言いたいことは分かりました。ルシウス・マルフォイには既に一つ預けているから、二つ目がある可能性は低いと。そういうことですね」

 

「左様じゃ」

 

 私はガリオン金貨の山を一掴み自分のポケットに突っ込みながらダンブルドアに聞く。

 

「でも、どうしてそんな話を先生が知っているんです?」

 

「スネイプ先生じゃよ。先生は夏休みの間、ヴォルデモートの近くにいた。先生曰く、ルシウスがヴォルデモートの持ち物を私的に利用し、そして損失させたことでヴォルデモートの反感を買い、死喰い人内での地位を大きく落としたというのじゃ」

 

 その持ち物というのが日記帳であると。

 

「まあ、あの人からしたら知らなかったこととはいえ、自分の半身を利用されたわけですもんね。というか、スネイプ先生今でもあの人の下に潜入していたんですね。今向こうはどんな様子なんです? 私に対する認識は?」

 

「君がヴォルデモートを裏切った。そう考えておる死喰い人は少ないそうじゃ。ヴォルデモート自身がサクヤの裏切りを否定しておるのも大きいじゃろう。死喰い人の中では、君はあくまでわしに身柄を拘束されている囚われの姫という認識のようじゃ」

 

「それはなんともまあ。お可哀想に」

 

 つまり、ヴォルデモートはまだ私を諦めていないということか。

 もし本当に私のことを切り捨てる気なのだとしたら、私を敵と判断し、私を殺すよう死喰い人に命令するはずだ。

 まあでも今更ダンブルドアを裏切ってヴォルデモートにつこうとは思わない。

 ヴォルデモートを相手取るよりもダンブルドアを相手取るほうがよっぽど厄介だ。

 

「そういうわけじゃから君が死喰い人に命を狙われることはないじゃろう。むしろあるとすれば、君を奪還するために死喰い人が攻めてくる可能性じゃな」

 

「ホグワーツにですか? それはそれは恐ろしいことです」

 

 私は冗談交じりに肩を竦めて見せる。

 

「もしそうなった場合、先生はどうするんです? 被害が出る前に私をヴォルデモートに差し出しますか?」

 

「そうなる前に、分霊箱を探さねばの」

 

 ダンブルドアは私の問いをはぐらかす。

 

「まあ、ご安心ください。先生が裏切らない限り、私も先生を裏切りませんから」

 

 私は笑顔でダンブルドアにそう返した。

 

 

 

 

 マルフォイ家の金庫の捜索が終わった私たちはその後も順番に死喰い人の金庫を見て回る。

 金庫の中身や量は様々で、中にはほとんど空に近い金庫もあったが、今のところ肝心の分霊箱は見つかっていない。

 

「ルシウス、ドロホフ、カロー、クラウチ、クラッブ、ゴイルと見てきましたが当たりは無し……」

 

 私は今まで捜索してきた金庫の持ち主を順番に挙げていく。

 

「で、この金庫は誰の金庫なんです?」

 

「ブラック家の金庫じゃ」

 

「ブラック家?」

 

 ダンブルドアの予想外の答えに、私はつい聞き返してしまった。

 

「シリウス・ブラックは無実だったということで決着がつきましたよね?」

 

「シリウス・ブラックは、じゃ。ブラック家は純血主義の家系で、ヴォルデモートとも関わりが深い。それに、直系の一族から一人死喰い人を排出しておるしの」

 

「それってベラトリックス・レストレンジのことですか?」

 

 私の問いにダンブルドアは首を横に振る。

 

「シリウス・ブラックの実の妹じゃ。ヴォルデモートがハリー・ポッターに敗れた次の日に闇祓いによって殺されておる」

 

「ああ、もう死んでいるんですね。だとしたら、金庫の最後の持ち主はどっちにしろシリウス・ブラックでは?」

 

「確かに最後の持ち主はシリウス・ブラックかもしれん。じゃが、シリウスは持ち主になってから一度もこの金庫を訪れてはおらんじゃろう」

 

 ああ、そうか。

 シリウス・ブラックはヴォルデモートが敗れてすぐに冤罪でアズカバンに収監されたのだ。

 脱獄後も容疑が晴れたわけじゃないのでシリウス・ブラックとしてグリンゴッツを訪れたというのは考えにくい。

 

「だとしたら、金庫は十数年前から手付かずである可能性が高いと」

 

「そういうことじゃの」

 

 ダンブルドアは杖を一振りし、金庫の中に小さな灯りをいくつも浮かべる。

 私は一度杖をしまうと、手当たり次第に金庫の中を漁り始めた。

 

「にしても、ブラック家も相当裕福な家系だったんですね。どこもかしこも金貨の山。それに……これは魔導書ですかね?」

 

「魔導書には触るでないぞ」

 

 金貨をチョロまかす程度なら注意すらしなかったダンブルドアが、はっきりと釘を刺す。

 私は伸ばしかけていた手を引っ込めると、少し頬を膨らませた。

 

「はいはーい。わかってますよー。でも、金庫に保管されている本なんて、よっぽど貴重か、よっぽど危険かのどっちかですよ?」

 

「わかっておるなら手を触れるでない。今はカップ、ロケット、髪飾りじゃ」

 

 私は小さく肩を竦め、分霊箱の捜索を再開する。

 だが、肝心の分霊箱が見つかることはなかった。

 

「うーん。やっぱりこの金庫にも分霊箱はなさそうですね。これで残るは……」

 

「レストレンジ家。次で最後じゃ」

 

 ダンブルドアは私の肩に手を置くと、次の金庫へと付き添い姿現しをする。

 そして先程と同じように小さな灯りをいくつも浮かべた。

 レストレンジ家の金庫の中はブラック家やマルフォイ家には敵わないが、それでも少なくない数の金貨や宝石が積まれている。

 

「さて、ここになかったら今日は骨折り損って感じですけど……あ、これとかどうです?」

 

 私は近くにあった宝石のはまったゴブレットを手に取る。

 だが、その瞬間ゴブレットを掴んだ手に鋭い痛みが走った。

 

「あ゛っつ!」

 

 私は思わずゴブレットを床に投げ捨てる。

 するとゴブレットは床を転がりながら二つに分裂し、数秒後時間が止まって動かなくなった。

 

「双子の呪文と燃焼の呪いが掛かってるみたいです」

 

「そうみたいじゃな。下手に触らない方が良いじゃろう」

 

 私とダンブルドアはそう広くはない金庫の中で目を凝らす。

 数分もしないうちにダンブルドアが金庫の隅の方で声を上げた。

 

「これじゃ」

 

 私はダンブルドアの元へと駆け寄る。

 ダンブルドアが指差す先には小さな金のカップが置かれていた。

 二つの取っ手がついたカップで、側面には穴熊が彫られている。

 

「それじゃあこれが……」

 

「ヘルガ・ハッフルパフのカップで間違いないじゃろう。問題はこれが分霊箱であるかどうかというところじゃが」

 

「でも、これがもし分霊箱だったら、他の分霊箱もホグワーツ創始者の遺品である可能性が高くなりますね」

 

 ダンブルドアはカップを魔法で浮かすと、ローブの端で包む。

 そして杖で何度か魔法をかけ、双子の呪文と燃焼の呪いを解いた。

 

「これでよし。さて、ホグワーツに戻ろうかの」

 

 ダンブルドアは私の肩を掴むと、そのまま付き添い姿くらましをする。

 そして、ホグワーツの校長室へと姿現しした。




設定や用語解説

グリフィンドールの幽霊部員兼シーカーサクヤ
 シーカーが幽霊部員な時点でだいぶ終わっているが、サクヤの代わりが出来る生徒がいないのでそのままになっていた。

優秀な二重スパイスネイプ
 原作と同じように死喰い人に潜伏している。サクヤが死喰い人として活動していた時はサクヤのこともダンブルドアに報告していた。

ガリオン金貨をちょろまかすサクヤ
 手癖が悪いのは割と昔から

ブラック家出身の死喰い人
 ブラック家からは、分家のベラトリックスとは別に、本家にも死喰い人がいた。シリウス・ブラックの妹であり、クラウチ・ジュニアと同期。

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スラグ・クラブと力の変換と私

 グリンゴッツから校長室に戻ってきた私は、時間を止めていることを思い出しダンブルドアの方を見た。

 

「時間停止を解いても?」

 

 ダンブルドアが頷いたのを見て、私は時間停止を解除する。

 それと同時に校長室にある小物が一斉に動き出し、チャカポコと音を立て始めた。

 

「で、どうです? 分霊箱ですか?」

 

 ダンブルドアはカップを摘み上げると、何度かひっくり返す。

 そして何かを確認したのか、私の方に投げて寄越した。

 

「おっと」

 

 私は左手でカップをキャッチする。

 その瞬間、本能的に理解した。

 ああ、これは分霊箱だと。

 

「当たり……ですね。だとしたら、他の分霊箱も創始者の遺品である可能性が高いと」

 

「そうじゃろうな。スリザリンのロケットと、レイブンクローの髪飾り。この二つは分霊箱と見て間違いないじゃろう」

 

 現在分霊箱だということが確定しているのが日記帳と指輪とカップ。

 分霊箱と予想されているのがハリーと蛇のナギニとロケットと髪飾り。

 

「問題は、分霊箱がいくつあるかということですよね。それに関して何か情報があればいいんですけど……」

 

 私はカップをダンブルドアに投げ返す。

 ダンブルドアはカップを机の上に置くと、悪霊の火でカップを焼いた。

 

「そのことなのじゃが、ホラスから興味深い話を聞いての。過去、ホラスはトム・リドル、学生時代のヴォルデモートから分霊箱について質問を受けたそうじゃ」

 

 ダンブルドアは机の引き出しから銀色のもやのようなものが入った小瓶を取り出す。

 きっとあれはスラグホーンの記憶だ。

 

「じゃが、この記憶には改竄した形跡があった。きっとホラス自身が自ら記憶を書き換えたのじゃろう」

 

「では、有益な情報にはなり得ないと?」

 

 ダンブルドアは小瓶から記憶を取り出すと、憂いの篩へと落とす。

 私は髪の毛を後ろにかき上げると、憂いの篩の水盆に顔をつけた。

 

 

 

 

 水盆の中へと落ちていった私は、そこそこの大きさのある部屋の中へと着地した。

 部屋を見回すと、まだ若々しい容姿のスラグホーンと、ホグワーツの生徒と思われる子供達が机を囲んでいる。

 どうやらここはスラグホーンの私室のようだ。

 

『スラグホーン先生、メリィソート先生が退職なさるというのは本当ですか?』

 

 生徒の一人がスラグホーンにそんな質問をする。

 この顔には見覚えがあった。

 学生時代のヴォルデモート……トム・リドルだ。

 スラグホーンはその質問を受けて、やれやれといった様子で肩を竦めた。

 

『トム、一体どこからそんな情報を仕入れてくるのか……君はホグワーツで誰よりも情報通だ』

 

「これは、いつの記憶ですか?」

 

 私はいつのまにか横に立っていたダンブルドアに質問する。

 ダンブルドアは無言でリドルの右手を指差した。

 リドルの指には、ゴーント家に代々伝わる指輪……蘇りの石が嵌っている指輪を嵌めている。

 

「この指輪がリドルの手元にあるということは、既にリトル・ハングルトンを訪れた後ですか」

 

 だとしたら、一九四三年以降。

 リドルは今七年生か。

 

「少し時間を飛ばそう」

 

 ダンブルドアがそう言うと、部屋の中が白い霧に包まれる。

 霧が晴れたときには、部屋の置き時計の針が数時間進んでいた。

 

『おっと、もうこんな時間だ。あんまり遅くなると困ったことになりかねん。レストレンジ、明日までにレポートを書いてこないと罰則だぞ。エイブリー、君もだ』

 

 それを聞き、椅子に座っていた生徒がぞろぞろと部屋を後にしていく。

 だが、リドルは人がいなくなるまで待っているかのように椅子の上でグズグズしていた。

 

『トム、早くせんか。時間外にベッドを抜け出しているところを捕まりたくはなかろう? 君は監督生なのだし』

 

『すぐ戻ります』

 

 リドルは椅子から立ち上がったが、扉には向かわずスラグホーンの方を見る。

 

『先生、お伺いしたいことがありまして』

 

『遠慮なく聞きなさい。手短にな』

 

 スラグホーンは上機嫌でリドルに対し微笑む。

 なるほど、きっとこの頃、リドルはスラグホーンにとって一番のお気に入りの生徒だったのだろう。

 

『先生、ご存知でしょうか。ホークラックスについて──』

 

 だが、リドルがその質問をした瞬間、またもや部屋を濃い霧が包む。

 そして次の瞬間、スラグホーンの怒鳴り声が聞こえてきた。

 

『ホークラックスのことなど知らんし、知っていても君に教えたりはせん! さあ、すぐに部屋を出ていくんだ!』

 

「この記憶はここで終わりじゃ」

 

 ダンブルドアがそう言うと同時に両足が床から離れる。

 そして次の瞬間には校長室へと戻ってきていた。

 

「先程の記憶……改竄されているというのは最後の部分ですよね?」

 

 ダンブルドアは記憶を水盆から掬い上げながら頷いた。

 

「そうじゃ。わしが思うに、ホラスは分霊箱について何か重大なことをヴォルデモートに教えたのではないかと考えておる」

 

「作り方……ではないですよね。この時ヴォルデモートは既に分霊箱を作っているわけですし。だとしたら……分霊箱はいくつまで作ることができるかとか」

 

「それを聞いた可能性が高いじゃろう。だが、わしではホラスの心を開くことは出来なんだ。……わしは、お主ならホラスから真実を引き出すことができると思っておる」

 

「私が、ですか?」

 

 確かに初めて会った時も、スラグホーンはダンブルドアを警戒していた。

 そのような相手に、自らの過ちとも言えるような記憶は渡さないだろう。

 

「わかりました。私がスラグホーン先生の心を開き、真実の記憶を引き出します」

 

「良い返事じゃ。なんにしても、急ぎというわけでもない。分霊箱の数の確証を得るための情報じゃ」

 

 私は無言で頷く。

 ようはスラグホーンを可能な限り油断させ、開心術で記憶を抜き取れということだろう。

 警戒されているダンブルドアでは油断させる段階で躓く。

 スラグホーンに気に入られている私なら、ある程度容易に油断を誘うことができそうだ。

 

「それじゃあ、今日のところはこれで失礼します。すっかり忘れてましたが、今日はグリフィンドールクィディッチチームの選手選抜らしいので」

 

 私がそう言うと、ダンブルドアは目を丸くする。

 

「選手選抜? お主が?」

 

「ええ。これでも去年はシーカーだったんですよ?」

 

 まあ、一回も試合には出てないが。

 

「それに、今思えばシーカーはハリーから託されたポジションですもの。ファイアボルトも私が持ちっぱなしだし」

 

「……どこまで本気かはわからんが、まあ良いじゃろう。じゃが、あくまで優先すべきは分霊箱じゃ。それを忘れるでないぞ」

 

 私はダンブルドアに一歩近づくと、ダンブルドアの顔を見上げる。

 

「何か焦ってます?」

 

「──ッ」

 

 私はダンブルドアの瞳をじっと見る。

 その時、一瞬だけダンブルドアの心を覗き見ることが出来た。

 

『夏までに決着をつけなければ』

 

 決着という思いが何を指しているかはわからないが、十中八九ヴォルデモートのことだろう。

 何故夏なのかはわからないが、ダンブルドアはこの件に関して明確なタイムリミットを持っている。

 

「まあ、なんでもいいですけど。それでは先生、またいつでもお呼びください」

 

 私はダンブルドアに対し深々と礼をすると、校長室を後にした。

 

 

 

 

 グリンゴッツへの侵入は時間を止めて行われたため、私が想定していた時間よりも随分早く自由になった。

 この時間なら十分選手選抜に間に合うだろう。

 私は一度談話室に戻り、ソファーに腰掛けてストックしていたトーストを齧る。

 時間を止めて動いていた時間は四時間ほど。

 腹時計的にはお昼ご飯の時間だ。

 

「これさえなければ完璧なんだけど」

 

 私はトーストを齧りながら掲示板へと近づく。

 どうやらクィディッチの選手選抜は三十分後に始まるらしい。

 選抜を受ける生徒はもうすでにクィディッチのスタジアムへと集まっているだろう。

 

「まあ遅れるとは連絡してるわけだし、腹ごしらえが済んでからでいいわね」

 

 私はソファーに戻り、追加で紅茶とスコーンを取り出す。

 シーカーの選抜が最後に行われるのだとしたら、まだ一時間以上は時間の猶予があるはずだ。

 私は人の少ない談話室で紅茶を飲みながら、魔法薬学の教科書の書き込みを読み始めた。

 

 

 

 

 腹ごしらえと休憩を終えた私は鞄を片手にクィディッチのスタジアムを目指す。

 スタジアムには一つの寮の選手選抜とは思えないほどの人数が集まっており、観客席にも寮関係なく沢山の生徒が座っていた。

 

「さて、しばらくは見学しますか」

 

 私は観客席へ上がると、周囲を見回し知り合いがいないか探す。

 すると屋根のある職員用の席にレミリアと使い魔の姿があった。

 この真昼間に起きているとは珍しいと思ったが、よく考えれば占い学の授業は昼に行われている。

 ホグワーツの教員をするにあたって、無理矢理昼夜逆転した生活を送っているのかもしれない。

 そんなことを考えていると、私の視線に気がついたのかレミリアが私に対し手招きしてくる。

 呼ばれたとあっては、行かないわけにもいかないだろう。

 私は座席の間を縫うように移動し、レミリアの横へと腰掛けた。

 

「貴方も見学?」

 

 レミリアはオペラグラスでチェイサーの選抜を眺めながら私に聞く。

 

「取り敢えずは。そういえば、レミリア先生はクィディッチがお好きなんでしたっけ?」

 

「お祭りごとはなんでも好きよ。そう言う貴方は?」

 

「微妙なところです。好きでもなければ嫌いでもないですし」

 

 レミリアは何度か頷くと、オペラグラスを横にいる小悪魔と呼んでいる使い魔に渡す。

 小悪魔はオペラグラスを杖で叩き、どこかへと消失させた。

 いや、違う。消失魔法ではない。

 

「え、今のどうやって……」

 

 私はつい口に出してしまう。

 小悪魔はその呟きを聞いて、楽しそうにクスクス笑った。

 

「変身術です。さて、私は一体何をオペラグラスに変身させていたでしょう?」

 

 私は改めて先程の光景を思い出す。

 小悪魔が杖で叩いたオペラグラスは完全に消滅したように見えた。

 何かその場に残った様子もない。

 私が頭を悩ませていると、レミリアが横から声を掛けてきた。

 

「そういえば、一昨年の対抗試合で見事な変身術を使っていたわよね。そんな貴方でも小悪魔の変身術の正体はわからない?」

 

「そうですね……空気を変身させている、とか?」

 

「うーん、三点の回答です」

 

 小悪魔はやれやれと肩を竦める。

 

「正解はですね……違う次元から場のエネルギーを持ってきて、それを質量に変換してるんですよ。変身を解除する時にはまた違う次元へと場のエネルギーを放出するだけ。ね? 簡単でしょう?」

 

「違う次元? 場のエネルギー? エネルギーが質量に変換できるってことはなんとなく知ってますが……」

 

「おやおや、勉強不足ですねぇ。人類はようやく物質の量子性に気がついたのに」

 

 それを聞いてレミリアが呆れたように言った。

 

「貴方ねぇ……マグルの大学院レベルの話を魔法使いにするんじゃないわよ」

 

「魔法使いはもっと科学を勉強するべきだと思いますけどね私は。そういう意味では、かのパチュリー・ノーレッジは偉大な魔法使いだと思いますよ」

 

「彼女、マグルの学問もそこそこ出来るんだっけ? 対抗試合の審査員席で少し世間話をした程度だから彼女がどんな研究をしているかまでは知らないのよね」

 

 まあ、パチュリーとレミリアじゃ生きている世界があまりにも違いすぎる。

 いくら人脈の広いレミリアでも、パチュリーとの接点は殆どないのだろう。

 

「その変身呪文、私にも使えるようになるでしょうか?」

 

「無理じゃないですかね」

 

 私の質問に対し、小悪魔はバッサリと否定する。

 

「さっきお嬢様が言った通り、そもそもの概念が高度すぎてスタートラインに立つのに何年も掛かると思いますよ? それに、結局のところ普通に魔法界の魔法を極めた方が早いっていうのもありますし」

 

 所詮余興にしか使えない、と小悪魔は笑う。

 

「まあ、私はその余興に楽しませて貰ってるからいいんだけどね。さて、スタジアムに注目したほうがいいわ。ちょうど貴方のお友達の番よ」

 

 レミリアの言葉に私は視線をスタジアムのゴールポストへと向ける。

 そこには朝より何倍も青い顔をしたロンが必死の形相でクアッフルを睨みつけていた。

 箒を握る手は力を込め過ぎているためか、小刻みに震えている。

 

「ああ、えっと……」

 

「キーパーの選抜は彼が最後。今まで一番成績が良かったのは一つ前に受けた大柄の七年生ね。五回中四回ゴールを守ったわ。ほら、そこにいるアイツ」

 

 レミリアは指が日向に出ないように注意しながらグラウンドの隅を指差す。

 そこにはホグワーツ特急でスラグホーンの食事会に呼ばれていたマクラーゲンの姿があった。

 

「正直ロンより彼のほうがキーパー向いてると思うわ」

 

「まあ、体格を見る限りではそうだけど……なに? 彼と喧嘩でもしたの?」

 

 レミリアはニヤニヤしながら私に聞いてくる。

 私は軽く首を横に振りながら答えた。

 

「強いチームを作るにはって観点からですよ。そりゃ、ロンが選ばれた方が嬉しいですけど。彼キーパーの才能があるわけではないですから」

 

「妹の方は才能ありそうなのに……神様っていうのは残酷なものね」

 

「どうですかミス・ホワイト。悪魔崇拝しません?」

 

 小悪魔はニコニコしながらそんなことを言う。

 私はそんな小悪魔の言葉を聞こえないフリすると、クアッフルを持ってロンに突っ込んでいっているジニーを見た。

 

「確かに、ジニーは筋がいいですよね。今年のチェイサーは彼女で決まりかな?」

 

「多分そうよ。キャプテンのケイティ・ベル、ジニー・ウィーズリー、デメルザ・ロビンズの三人で決まりでしょうね。この三人のうち誰かがシーカーに立候補しなかったらだけど」

 

 ジニーはゴール直前でクアッフルを思いっきりゴールへと投げる。

 ロンは必死にクアッフルを追い、ギリギリのところで弾き返した。

 その後も二回、三回とロンはゴールを守り、最終的には五回全てのゴールを守り切る。

 純粋に点数で選手を選ぶのならば、グリフィンドールのキーパーはロンということになる。

 

「あら、貴方のお友達の勝ちみたいね」

 

「慰める手間が省けてなによりですよ。っと」

 

 どうやら次がシーカーの選抜なのか、ケイティがわかりやすく周囲をキョロキョロとし始める。

 きっと私を探しているのだろう。

 

「順番のようです。少し行ってきますね」

 

「ええ、精々頑張りなさい」

 

 私はレミリアに対して軽く手を挙げると、カバンからファイアボルトを取り出しクィディッチのグラウンドへと降り立った。




設定や用語解説

悪霊の火
 闇の魔術の一つ。分霊箱をも破壊せしめるほどの呪いが宿されており、また、制御も困難。扱いを誤ると、例え術者が焼死してもその火は消えることなく全てを燃やし尽くすまで燃え広がり続ける。

スラグホーンの記憶に出てくるレストレンジ
 この場合のレストレンジはベラトリックスおばさんではなく夫の方。

ホークラックス
 分霊箱の別名。

場が持つ力を物質に変える小悪魔
 サクヤからしたら「なんか凄いことやってんな」ぐらいの印象。高度すぎていまいち凄さが伝わらない。

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アクロマンチュラとクィディッチの練習と私

 結局のところ、私の他に立候補者がいなかったためグリフィンドールのシーカーは今年も私に決定した。

 まあそれはそうだろう。

 そもそもグリフィンドールのシーカーはずっと圧倒的な才能を持っていたハリーが務めていた。

 そのせいでシーカーの経験がある選手が育っていない。

 かく言う私もクィディッチの試合経験があるわけではないが。

 だがまあ、学生レベルのスポーツで後れを取るようではこの先到底生きてはいけないだろう。

 他のポジションはチェイサーにケイティ・ベル、デメルザ・ロビンズ、ジニー・ウィーズリーの三人。

 そしてビーターにはフレッド、ジョージの二人に代わってジミー・ピークスとリッチー・クートが選出された。

 どっちも私と同じく試合経験がない素人だが、選抜を見ている限りはセンスを感じる。

 鍛え方次第では立派なビーターになるだろう。

 

「僕、四回目のデメルザのシュートはミスするかもしれないと思ったなぁ」

 

 ハグリッドの小屋へ向かう道中、朝は死にそうな顔をしていたロンが上機嫌で言う。

 どうやら無事グリフィンドールのキーパーに選ばれたことで少し自信を取り戻したようだった。

 まあ、自信を喪失しているよりかは、少々自信過剰なぐらいがロンにはちょうどいい。

 去年あんな大敗の原因を作ったのはロンの精神の弱さだ。

 今年は少しは改善されるといいのだが……まあその前に私がスニッチを取れば済む話か。

 

「でも、マクラーゲンよりかは良かったと思わないか? ほらアイツ、五回目で変な方向に動いただろ? まるで錯乱したみたいにさ」

 

 ロンがそう言った瞬間、ハーマイオニーの耳が少し赤くなる。

 なるほど、あの様子ではマクラーゲンはハーマイオニーの錯乱呪文を食らったのだろう。

 まあ、それに関しては呪文を避けられなかったマクラーゲンが悪い。

 そうしているうちにも私たちはハグリッドの小屋の前にたどり着く。

 ハーマイオニーは小屋の前で気まずそうに足を止めたが、私は躊躇することなく扉に近づき、何回か扉を叩いた。

 

「ハグリッドー、いるのー?」

 

 私はそのまま小屋の中へと耳をそばだてるが、中から人の気配はしない。

 

「……留守かな?」

 

 ロンがそう言った瞬間、重たい足音が小屋の裏の方から聞こえてきた。

 

「おいお前らなにしちょる……って、お前らか」

 

 ハグリッドは小屋の裏からじゃがいもの入った大袋を抱えて現れると、私たちと目を合わせることなく足早に小屋の中へと入っていく。

 私はハグリッドの足元に紛れると、ハグリッドが扉を閉める前に小屋の中に入り込んだ。

 

「たっくあいつらどのツラ下げて……」

 

 ハグリッドは足元の私に気づかずそのまま台所にじゃがいもの袋を置きに行く。

 私はその隙に扉の鍵を開けると、二人を中に招き入れ、ハグリッドがこちらを振り向く前にテーブルへと座った。

 

「どのツラ下げてって、あんまりな言い方じゃない?」

 

 私がハグリッドに向かってそう言うと、ハグリッドはわかりやすく大きな体をビクつかせる。

 そして慌ててこちらを振り返り、私たちの姿を見て頭を抱えた。

 

「お前ら勝手に……それにどうやって?」

 

「なによ。ダメ? ダメなら帰るわ」

 

 私は椅子に座ったまま後ろに体重を掛け、椅子をゆらゆらと揺らす。

 そしてハグリッドに対して微笑みかけた。

 ハグリッドはそれを見て毒気を抜かれたように首を振る。

 

「まったく、お前さんってやつは」

 

「私たちとハグリッドの仲じゃない」

 

 ハグリッドはヤカンを暖炉に掛け、紅茶を淹れる準備をし始める。

 私はそれを見てバッグから大きなかぼちゃのパイを取り出した。

 

「その割には誰も俺っちの授業を取ってねえじゃねえか。え? サクヤ、お前さんだけでも授業を取ってくれると思っとったんだがなぁ」

 

 ハグリッドは茶葉やポッドを用意しながら冗談交じりに文句を飛ばしてくる。

 

「必要ないもの。付き合いで授業が選択できるほどNEWTは甘くないって貴方もわかってるでしょ?」

 

「その割にはスカーレットの誘いで急遽占い学を取ったじゃねえか」

 

「……よくご存知で」

 

 私は小さくため息をつくと、ハーマイオニーとロンの方をチラリと見る。

 そして少し声を小さくして言った。

 

「校長先生から言われてるのよ。スカーレット先生とは懇意にしておけって」

 

 意味深に呟いたが勿論嘘である。

 

「ダンブルドア先生が?」

 

「騎士団関係でね。まあ、スカーレット先生が強い力を持っているのは確かだし、仲良くしておくに越したことはないわ」

 

 まあ、仲良くしておくに越したことはないというのは本当だが。

 

「それに、ハグリッドもレミリア・スカーレットという吸血鬼の性格はよく知っているでしょう?」

 

「ダンブルドアがあのお嬢様をホグワーツの教師に据えるという発表をなされた時は流石の俺もダンブルドアの正気を疑ったわい」

 

「つまりはそういうことよ。あのお嬢様の我儘に無理に反抗するより、やりたいようにやらせた方がいいわ」

 

 と、ここまで言っておけばハグリッドも納得するだろうか。

 私は話を逸らすために軽く小屋の中を見回し、部屋の隅に大きな幼虫が何匹も入った桶を見つける。

 

「そういえばハグリッド、その幼虫はなに? 次の授業で使うの?」

 

 私が桶を指差すと、ハグリッドは目に涙を浮かべて話し始めた。

 

「そいつはアラゴグにやるために取ってきたんだ。あいつ……この夏から元気がなくてな。死にかけちょる。しょっちゅう具合を見には行ってるが、ちっともよくなんねぇんだ」

 

「アラゴグ?」

 

 私が聞き返すと、ハグリッドが鼻を啜りながら答える。

 

「大きなアクロマンチュラだ。俺が学生の頃から世話しちょる。今は禁じられた森の中で生活しとるがな」

 

「え、アクロマンチュラって肉食……それも人肉を好むんじゃ……」

 

 ハーマイオニーがそう言うと、ハグリッドがとんでもないと言わんばかりに手を振った。

 

「そりゃ餌が他になければ人も食うが……ここの奴らは森の奥から出てはこん。それが俺とアラゴグの約束事っちゅうやつだ。アクロマンチュラは頭がいい。人と会話ができるほどにはな。だから俺とアラゴグの群れとの間にはいくつも約束事がある」

 

「今群れって言った?」

 

 私が聞き返すと、ハグリッドが何を当たり前なことをと言わんばかりに頷いた。

 

「ああそうだ。ひとりぼっちじゃ寂しかろう? 俺がお嫁さんを連れてきて、今じゃ森の中で大家族だ」

 

「いや、危険生物……まあ、ハグリッドが面倒見てるなら大丈夫なんでしょうけど」

 

「勿論だ。……なんにしても、あの様子じゃもう長くはねぇだろうな。少しでも安らかに逝けるといいんだが……」

 

 啜り泣き始めるハグリッドの背中をハーマイオニーが優しく撫で始める。

 その様子を見ながらロンが私の耳元で囁いた。

 

「あの、アクロマンチュラってなに?」

 

「馬車ぐらいの大きさの蜘蛛よ」

 

 私が答えると、ロンの表情が引き攣る。

 そういえば、ロンは蜘蛛が苦手だったか。

 

 

 

 

 その後も何気ない雑談を交わし、ハグリッドの小屋を出る頃にはすっかり辺りは暗くなっていた。

 私たちは足早に城の中へと戻ると、夕食を取りに大広間へと向かう。

 だが、いざグリフィンドールテーブルへ座ろうというタイミングで、横から声が掛かった。

 

「おお、なんともタイミングがいい! まさに君を待っていたところだよ」

 

 私に声を掛けたのはスラグホーンだった。

 スラグホーンは髭の先端を指で弄りながら朗々と話す。

 

「夕食前に捕まえたかったんだ。どうかね? 今日の夕食はここではなく、私の部屋でというのは。ちょっとしたパーティーをやるんだ。君の他にも何人か来る。マクラーゲンやザビニ、それにメリンダもだ。メリンダは知っているかな? 家族が大きな薬屋を営んでいてね。それに……ミス・グレンジャー、君にも来て頂けると大変嬉しい」

 

 スラグホーンはロンには目もくれずにそう言った。

 私は値踏みするようにスラグホーンを見ると、やれやれと肩を竦める。

 

「その申し出は大変嬉しく思いますが……正直マクラーゲンやザビニじゃ私と釣り合っていませんわ」

 

 私の返答に、スラグホーンは困った顔をする。

 

「おっと、そうかな? ふむ、君がそう言うなら、次はもっと招待客を厳選する必要があるな……」

 

「それでは失礼致します。私はこれから友人二人と楽しいご飯の時間なので」

 

 私はハーマイオニーとロンの肩をがっちりと掴む。

 その様子を見て、スラグホーンは慌てたように言った。

 

「参考までに、君がもし人を誘うとしたら一体誰を誘うか聞いてもいいかな?」

 

「そうですね……ハーマイオニーは勿論のこと、レイブンクローのチョウ・チャンとか、スリザリンのドラコ・マルフォイなんてどうです? あと、ネビルとか。彼は血統もそうですがかなり優秀な薬草学者ですよ」

 

「ふむ。君がそう言うなら……参考にさせてもらおう」

 

 スラグホーンは髭を撫でながらのっしのっしと大広間を出ていく。

 私は二人と一緒に今度こそグリフィンドールのテーブルへ座った。

 

「ねえ、僕は?」

 

 ロンがキドニーパイを切り分けながら私に聞く。

 

「貴方何か尖った才能ないじゃない」

 

「ひっどいなぁ。これでも特技がないわけじゃないんだぜ。ほら、チェスとか得意」

 

「まあ確かに。でも、なに? 行きたいの?」

 

 私がそう聞くと、ロンは少し考え、首を横に振った。

 

「ならいいじゃない。凡人サイコーってね」

 

「ちょっと面白くなかっただけだよ」

 

 私はロンが切り分けているキドニーパイを横から攫うと、口の中に放り込む。

 

「あ、それ僕が食べようと思って切り分けてたのに!」

 

 私は憤慨するロンを見てクスクス笑うと、新しいパイの皿を自分の元へと引き寄せた。

 

 

 

 

 クィディッチの選手選抜が終わったこともあって、グリフィンドールチームも本格的に練習が始まった。

 グリフィンドールのキャプテンになると熱血馬鹿になるという呪いでもあるのか、新キャプテンのケイティはオリバー・ウッドやアンジェリーナ・ジョンソンが乗り移ったかのようなスパルタスケジュールを立て始めた。

 だが、その練習全てに付き合っていられるほど私も暇ではない。

 シーカーはチームワークがあまり必要ないポジションではあるので、私は週に一度だけ、チームのみんなと認識を合わせる程度に練習していた。

 練習の参加率が低い私に対し、ケイティは多少不満を持っているようだったが、表には出してこない。

 きっとあれこれ文句をつけたら、私がチームをやめてしまうとでも思っているのだろう。

 

「デメルザ、もっと全体の動きを意識して。ロン! 次止めなきゃ居残りよ!」

 

 私はハリーの箒でスタジアムを飛び回りながら練習の様子を眺める。

 チェイサーの動きは悪くない。

 新人のデメルザもケイティの熱烈な指導によりだいぶ動けるようになってきていた。

 新人ビーターの二人もまだだいぶ荒削りだが試合までにはある程度も仕事はできるようになるだろう。

 私はビーターが打ち損じて飛んできたブラッジャーを片手で受け流すと、そのまま軌道を変えビーターに投げ返した。

 

「こっち飛んできたわよ! 気をつけなさい!」

 

「ご、ごめん! それどうやったんだ?」

 

 ピークスがブラッジャーを追いかけながら首を傾げる。

 

「どうも何も、普通よ」

 

 私は急加速でピークスに追いつき、軽くウインクしてそのまま抜き去った。

 

 

 

 

 クィディッチの練習帰り、私はチームの女性陣と一緒に大広間を目指して校庭を歩いていた。

 ケイティは練習でエネルギーを使い果たしたのか、すっかりいつもの落ち着きを取り戻している。

 

「そういえば、来週はホグズミードに行ける日ね。みんなはどうするの?」

 

「友達と一緒に回る予定よ。ケイティは?」

 

「ハッフルパフのリーアンと一緒に回る予定」

 

 私はケイティとジニーの会話を聞きながら、今日の夕食は何を食べようかと考える。

 そうしているうちに大広間に到着し、私たちは固まってグリフィンドールのテーブルへと腰掛けた。

 

「サクヤは? いつもの三人組?」

 

 ケイティがサラダをボウルごと抱え込みながら私に話を振ってくる。

 私は負けじとハンバーグが山盛りにされた皿を自分の手元に引き寄せながら言った。

 

「まだなんにも決めてないけど、多分そうなるでしょうね」

 

「貴方たち本当に仲がいいわよね。入学の時からずっと一緒じゃない」

 

「ええ本当に。ありがたい限りですよ、本当」

 

 こんな私と仲良くしてくれるのだから。

 私は大皿のままハンバーグを切り分けると、口いっぱいに頬張る。

 もしあの時ハリーを殺さなかったら、どうなっていただろうか。

 まだ、仲良し四人組を続けられていただろうか。

 

「やあやあ、探したよ」

 

 私がそんなことを考えていると、横合いから声を掛けられる。

 そこにはスラグホーンがにこやかな笑顔で立っていた。

 

「食事の招待に来たんだが、どうかね? もう食べ始めてしまっているようだが……まあ些細な問題だ。それに、今日は君が推薦していたメンバーを集めたんだ。ミス・チョウにミス・グレンジャー、それにミスター・マルフォイも」

 

「それはそれは……」

 

 私はチームのみんなに軽く目配せするとナイフとフォークを置いて席を立つ。

 

「是非お呼ばれしましょう」

 

「ほっほう! ではレディ、こちらへ」

 

 スラグホーンは少々大袈裟な態度で私をエスコートし始める。

 私はケイティやジニーに軽く手を振ると、スラグホーンに連れられて大広間を後にした。

 




設定や用語解説

シーカー選抜
 ほぼ負けることがわかっているので誰もシーカーには立候補しなかった。

レミリアにあまりいい印象を持ってないハグリッド
 ハグリッドだけではなく、ホグワーツにいる殆どの教員がレミリアのことをあまりよくは思っていない。諸手を挙げて喜んだのはトレローニーぐらい。

アクロマンチュラ
 成長すると馬車馬ほどの大きさになる毒蜘蛛。肉食で、人肉を好む傾向がある。また、人語を理解することができ、会話が可能な個体もいる。

アラゴグ
 ハグリッドが学生の頃に卵から羽化させたアクロマンチュラ。現在では禁じられた森の奥に巣を作って生息している。原作では二年生の頃に出会う存在だが、今作では色々あって出会っていない。

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敵意とネックレスと私

 スラグホーンが言った通りスラグホーンの私室にはレイブンクローのチョウ・チャンとハーマイオニー、ネビル、そしてマルフォイの姿があった。

 この中ではチョウだけが七年生で、あとはみんな六年生だ。

 

「やあやあ待たせたかな? お待ちかねのサクヤの到着だ」

 

 スラグホーンは上機嫌で私を自分の横に座らせると、杖を一振りしテーブルに料理を並べていく。

 屋敷しもべ妖精に特別に作らせたのか、テーブルの上には大広間とは違う料理が並んでいた。

 

「古い伝手からいい海鮮が手に入ったのでね。是非楽しんでくれ」

 

 スラグホーンの言葉に皆カトラリーを手に取って食事を始める。

 この中でスラグホーンの食事会に呼ばれたことがあるのは私とネビルだけだ。

 私の思いつきで呼ばれた三人は何を話していいかわからないと言った表情で無言で料理を口に運び始めた。

 

「さて手始めに……ネビル、聞いたよ。随分薬草学の成績がいいらしいじゃないか。やはり君もロングボトム家の血を継いでいるということか」

 

 スラグホーンに声を掛けられ、ネビルがわかりやすく肩をビクつかせる。

 

「そんな、僕なんて全然……」

 

「何を言う。スプラウト先生も褒めていたよ。決して要領が良い方ではないが熱意なら誰にも負けないとね。植物は好きかい?」

 

 私はスラグホーンとネビルの会話を聞きながら子牛のステーキを頬張る。

 ふとその時正面から視線を感じ、私はフォークを咥えながらその方向を見た。

 

「──ッ、……」

 

 視線の主はチョウだ。

 チョウは私が視線に気がついたことを悟ると、慌てて視線を逸らす。

 一瞬のことだったので開心術をかける暇はなかったが、チョウの視線には明らかな敵意がこもっていた。

 同じクィディッチのシーカーということもありライバル視されているのだろうか。

 

「ねえ、チョウ?」

 

「な、何?」

 

 私が呼びかけるとチョウが表情を取り繕いながら振り向く。

 私は今度こそチョウに対し開心術を仕掛けた。

 

「ふふ、『読んで』みただけ」

 

 チョウの心にあるのは深い悲しみと憎悪。

 そして私に対する明確な敵意と殺意。

 敵チームのシーカーとしてライバル視されているには過ぎる感情だ。

 彼女は、機会があれば私を殺すだろう。

 原因はなんだ?

 そもそも、彼女とは今まで殆ど接点がない。

 今回名前を挙げたのだって、成績が優秀でシーカーとしての技能も高いと噂されていたからだ。

 そのことについて話しかけ、もっと深いところまで潜ることができれば何かわかるかもしれないが、スラグホーンの前でするには少々リスクを伴う行為だ。

 私はチョウを分かり合うことを諦め、向かい側に座っているマルフォイに声を掛けた。

 

「授業では何度も会っているはずなのに久しぶりなような気がするわね。ドラコ」

 

「……ああ、そうだな」

 

 ドラコは私から声を掛けられたことに少々驚いているようだったが、すぐに呆れたような笑みを浮かべる。

 

「サクヤも大変だな。あのように担ぎ上げられちゃ」

 

「ほんとよまったく。いい迷惑だわ。私は静かに暮らしていきたいのに」

 

 私は小さくため息をこぼす。

 

「でも、ハリーが死んだ今、その代わりを務められるのは私しかいないもの」

 

「そうか……そうだよな」

 

 マルフォイは小さく噛み締めるように言うと、フォークをテーブルに置く。

 そしてもう用はないと言わんばかりに椅子から立ち上がった。

 

「ん? ドラコ、どうかしたのかね」

 

「もう帰ります」

 

「もう? まだ始まったばかりじゃないか」

 

 マルフォイは引き留めるスラグホーンには目もくれず、テーブルを回り込むようにして部屋の扉へと歩いていく。

 そして私の横を通り過ぎる時、小さな声で囁いた。

 

「待ってて」

 

「え?」

 

 私は咄嗟にマルフォイの方を振り向くが、マルフォイは何事もなかったかのように横を通り過ぎ、そのまま部屋を出ていった。

 

「あー、どうもお腹が痛いみたいです」

 

「ほっほう。ならば……まあ、そういうことなら」

 

 スラグホーンは取り敢えず納得したのか、今度はハーマイオニーに話題を振り始める。

 マルフォイは一体ホグワーツで何をするつもりなのだろうか。

 ダンブルドアの話では死喰い人は私のことを裏切り者だとは思っていないらしい。

 マルフォイはもしかして、私をホグワーツから助け出そうとしているのか?

 もしそうだとしたら、マルフォイはヴォルデモートにいいように使われているということだ。

 マルフォイの動きには警戒しておいた方がいいだろう。

 私はステーキの最後の一切れを口の中に放り込んだ。

 

 

 

 

 食事会の終わり、私はハーマイオニーとネビルに先に帰るように促すと、一人スラグホーンの部屋の中に戻る。

 スラグホーンも私がわざとぐずぐずしていることを察したのか、チョウが部屋を出て行ったのを確かめると、そっと扉を閉じた。

 

「何か話があるといった顔をしているね?」

 

 スラグホーンは先程まで腰掛けていた柔らかそうな椅子にどっぷりと体を沈める。

 私は座っていた椅子から立ち上がると、鞄の中から新品の『上級魔法薬』を取り出した。

 

「借りていた教科書をお返ししようと思いまして」

 

 私は教科書をスラグホーンへ渡す。

 スラグホーンは返された教科書が新品であることを確かめると、それでいいと言わんばかりにニコリとした。

 

「気に入ってもらえたようで何よりだ」

 

「やっぱりわざとだったんですね」

 

 私は小さくため息を吐く。

 それを見てスラグホーンは少し不安そうに私を見る。

 

「サプライズのつもりだったんだ。私なんかが持っているより、君が持っている方がいい。違うかな?」

 

 サプライズか。確かに読みものとしては面白い。

 それに書かれている内容も興味深いものだ。

 

「先生がそれでいいのでしたら。……先生はこの教科書に書かれているレシピを試してみたことは?」

 

「何度かある。実際に成功させたこともね。その教科書に書かれているレシピはまさに芸術だ。彼女はまさに天才だった。だが──」

 

 スラグホーンは真っ直ぐ私の目を見る。

 

「君なら彼女を超えられると信じている。これからも精進したまえ」

 

「……はい。そうさせていただきます」

 

 私はスラグホーンに軽く会釈をし、スラグホーンの部屋を後にする。

 この本に書かれている以上のレシピを私が開発することをスラグホーンは望んでいる。

 そこまで目を掛けられている理由は正直謎だが、まあほどほどに頑張ることにしよう。

 

 

 

 

 

 十月の二週目の休日。

 私とロン、ハーマイオニーの三人はホグズミードにあるパブ、三本の箒でバタービールを飲んでいた。

 

「やっぱり休みの日はゆっくりしたいよな。ほんとケイティがホグズミード行きの日まで練習するとか言い出さなくてよかったよ」

 

 ロンがバタービールをチビチビやりながら小言をこぼす。

 

「あら、自分から立候補しておいてそれはないんじゃない?」

 

「なんだよ、サクヤはそもそも練習に参加しないじゃないか」

 

「そりゃ、私は飛べるし、捕れるもの」

 

 私がそう言うと、ロンは肩を竦める。

 

「サクヤがそう言うなら、本当にそうなんだろうけどさ」

 

「でも、練習にはちゃんと参加したほうがいいわ。クィディッチはチームプレイでしょ?」

 

「そりゃチェイサーやビーターはね。シーカーである私にとってはチームメイトなんて障害物でしかないわ」

 

 私がハーマイオニーにそう言うと、ハーマイオニーは信じられないと言わんばかりの顔をする。

 

「いや、そんな顔しないでよ。これに関しては私は悪くないわ。クィディッチってスポーツがそういうルールなんですもの。勿論、チームのことは大切にしているわよ? チームプレイが必要無いってだけで」

 

「それはそうだけど、そういう言い方は良くないわよ」

 

「へいへい気をつけまーす」

 

 私は手をひらひらと振ると、椅子から立ち上がる。

 

「ちょっと、どこ行くのよ」

 

「トイレよ」

 

 私は二人にそう言い残すと、テーブルを縫うように移動し店の奥にあるトイレを目指す。

 ハーマイオニーに先程言ったことは半分冗談だが、逆に言えば半分は本音だ。

 シーカーにチームプレイは必要ない。

 私はただ、シーカーとしての役割をこなすだけだ。

 そのまま店内の奥へと歩いていき、トイレの扉を開け中に入る。

 その瞬間、扉の陰になっていた場所から小さな声が聞こえてきた。

 

「インペリオ、服従せよ」

 

「──ッ!」

 

 私は咄嗟に杖を引き抜こうとするが、その前に私の精神を暖かいものが包む。

 全身に多幸感が押し寄せ、私の脳内を埋めていった。

 

『こちらを向け。こちらを向くのよ』

 

 ぼんやりとした思考の中、私はゆっくり顔を上げる。

 そこには三本の箒の店主である、マダム・ロスメルタが立っていた。

 

『この小包をダンブルドアへと届けるのです』

 

 ロスメルタは懐から小包を取り出し、私へと差し出す。

 私は両手でそれを受け取り、ローブのポケットへと仕舞いこんだ。

 

「はい。かしこまりました」

 

 私は多幸感に支配されながら、トイレを後にする。

 そしてテーブルの間を縫うように移動し、そのまま二人の待つテーブルへと戻った。

 

「さてさて……」

 

「随分早くない? もしかして個室が全部埋まってた?」

 

「いえ、違うわ。トイレに入った瞬間マダム・ロスメルタに服従の呪文を掛けられたの。それで、これをダンブルドアに渡せって」

 

 私は薄れゆく多幸感に若干の名残惜しさを感じながら、ポケットの中の小包をテーブルの真ん中に置く。

 

「ちょっと待って、聞き捨てならないこと言わなかった? 誰に何を掛けられたって?」

 

「マダム・ロスメルタに服従の呪文を掛けられたわ。でも、この様子じゃロスメルタも何者かに操られているわね」

 

 私はカウンターに戻って働き出したロスメルタを見る。

 もしロスメルタが死喰い人で、自分の意思で服従の呪文を掛けたのだとしたら、今の私の様子にもっと何かしらの反応を示すはずだ。

 

「当たり前のようにそう言ってるけど、サクヤは大丈夫なのかよ。服従の呪文を掛けられたんだろ?」

 

 ロンは信じられないものを見る目で私を見る。

 私はそんなロンに肩を竦めてみせた。

 

「何言ってるのよ。服従の呪文の破り方は四年生の頃に授業で習ったでしょ。それに服従の呪文で操られている者が掛けた服従の呪文だったし」

 

「それはそうだけど……」

 

「今問題にすべきはこれよ。ロスメルタを操った何者かはこの小包をダンブルドアに渡そうとしていた」

 

 私はテーブルの上の小包を杖でつつき、中身を取り出す。

 そこには綺麗なオパールのネックレスが入っていた。

 

「サクヤ、気を付けて。これは──」

 

「即死級の呪いが掛けられています。手にとってはいけませんよ」

 

 不意に背後から声が聞こえ、私たち三人は咄嗟に振り向く。

 そこにはレミリアの使い魔がにこやかな笑顔で立っていた。

 

「えっと、使い魔さん。どうしてここへ?」

 

「どうしてって……学生が休みだということは授業もないということです。お嬢様は眠っていらっしゃいますし。暇なので村に遊びに来たんですよ」

 

 小悪魔は空いている椅子に腰かけるとおもむろにネックレスを手に取る。

 

「で、これをどちらで? ホグズミードじゃ手に入らないはずですが」

 

 小悪魔に指摘され、ハーマイオニーはうろたえたように私を見る。

 

「どこの誰かは存じませんが、どなたかがこれをダンブルドアにプレゼントしたいみたいで」

 

「それは何とも素敵な……っと、いけないいけない。もしそれが本当なのだとしたら結構な事件ですね」

 

 小悪魔はベストの内ポケットから細くて黒い杖を取り出すと、ネックレスに対し厳重な封印を施す。

 

「ロスメルタの身の安全のためにも、首謀者が判明するまでは服従の呪文を解かないほうがいいと思います。ネックレスは私のほうでお預かりします。悪魔の私でしたら呪いの影響は受けませんし。貴方は私と一緒にこのことをダンブルドアに」

 

「はい。よろしくお願いします」

 

 私は小悪魔に対し軽く頭を下げ、席を立つ。

 

「ということだから私は城に戻るわ。二人は休日を楽しんで」

 

「そんな……私も一緒に──」

 

「ついてこられても困るだけ。貴方はロンと一緒にホグズミードを楽しんで」

 

 私は二人に対しひらひらと手を振ると、小悪魔と共に三本の箒から出る。

 そしてホグワーツ城へ向けて歩き出した。

 私は少し前を歩く小悪魔のぴょこぴょこ動く頭と背中の四枚の羽を見ながら考えを巡らせる。

 今回の事件、死喰い人が関わっていることは想像に難くない。

 だが、ヴォルデモートが仕掛けたことにしてはあまりにもお粗末だ。

 

「そういえば、小悪魔さんはレミリア先生からどこまでお話を?」

 

「分霊箱の話は大体聞き及んでいますよ。美鈴と同程度には事態を把握していると認識してもらって大丈夫です。逆に、ダンブルドアは周囲の人間にどこまで分霊箱のことを話しているんです?」

 

「私は把握していません。ですが……いや、もしかしたら、私以外には話をしていない可能性も」

 

 それを聞き、小悪魔は足を止めて振り返る。

 

「それはそれは……ダンブルドアは随分部下に信頼を置いていないのですね」

 

「万が一にも分霊箱を捜索していることをヴォルデモートに感づかれてはいけない。ダンブルドア先生はそうお考えのようです。ですので、先生と一緒に動く私と、分霊箱の捜索を任されているレミリア先生にのみ情報を明かしたのかと」

 

「確かにそれは用心深くはありますが、同時に不用心でもありますね」

 

 小悪魔は再びホグワーツ城に向けて歩き出す。

 

「もしダンブルドアや貴方、それにレミリアお嬢様が一度に殺されたらどうするおつもりなのでしょうね」

 

「それは……いや、そのためのレミリア先生では? 彼女の吸血鬼としての不死性は人間にはないものです。ダンブルドア先生はそれを見込んでレミリア先生に分霊箱のことを話したのではないでしょうか。それに彼女ならばダンブルドアが死んでしまったとしても問題なく後を引き継げます。それだけの権力や人脈、力をレミリア先生は持っている」

 

「まあ、そのような理由がなかったらお嬢様を味方に引き入れませんよね。お嬢様はあくまで時間が足りなかったときの保険か」

 

 小悪魔は苦笑いを浮かべる。

 だが、私は保険という言葉以上にあることが気になった。

 

「時間が足りなかったとき? 分霊箱集めに明確な時間制限があるという話は聞いていませんが」

 

「え? ああ、ダンブルドアは話してないのですね」

 

 小悪魔は歩調を合わせ私の横へと来ると、私の顔を覗き込んで言った。

 

「ダンブルドアは一九九七年の六月に。貴方は一九九八年の夏に死ぬと予言を受けているではありませんか」

 

 その時私は、レミリアから死の予言を受けていたことを思い出すと同時に、同じような予言をダンブルドアも受けていたという事実を知った。




設定や用語解説

服従の呪文に対抗するサクヤ
 サクヤは体質だけ見れば服従の呪文に対する耐性は低い。だが、それはそれとしてちゃんと解き方はムーディ(クラウチ・ジュニア)から教わっている。

レミリア・スカーレットの死の予言
 レミリアの占いはよく外れるが、死の予言だけは今まで一度も外れたことがない。レミリアが予言する死は絶対であり、過去多くの者が恐怖に打ちひしがれながら死んだ。レミリアの私の予言が外れる時は、レミリアが死に至る時だろう。

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予言者と最悪の選手と私

「ダンブルドアは一九九七年の六月に。貴方は一九九八年の夏に死ぬと予言を受けているではありませんか」

 

 呪いのネックレスの一件を校長室へ報告にいく道中、小悪魔が信じられないことを口にする。

 私はそれを聞き、自分が死の予言を受けていることを思い出した。

 

「ダンブルドアが来年の夏に死ぬ?」

 

「お嬢様が言うには、ですけどね。私は最近お嬢様のもとで働き始めたので昔の話には詳しくないんですよ。でも、お嬢様が死の予言に関して冗談を言うところは見たことがありません。ダンブルドアも予言が当たるという前提で動いているのではないですか?」

 

 小悪魔にそう言われて、私はこの前の校長室での出来事を思い出す。

 確かにダンブルドアは夏までに決着をつけようとしていた。

 

「ですので、来年の夏……貴方に全てを引き継いだとしても再来年の夏には決着をつけないといけないわけですよ。まあ、二人ともあの人に殺された結果が予言の真の内容なのかもしれませんが」

 

「では、ダンブルドアは……ダンブルドアほどの魔法使いですら、予言が当たると、そう考えているわけですね」

 

「まあ、そういうことになりますね。貴方もあと二年無い命です。悔いのないように生きたほうがいいですよ」

 

「レミリア・スカーレットの死の予言とは、そこまで絶対的なものなのですか?」

 

 ふと顔を上げると、いつの間にかガーゴイル像の前まで来ていた。

 私はそこで立ち止まり、小悪魔の顔を見る。

 

「そうですねぇ……基本的には絶対ですよ。結婚して名前が変わった結果死ななかったという例もありますが、それも絶対ではありませんし。どうしても死を逃れたいのなら不老不死の薬でも煎じて飲むしかないでしょうね」

 

 小悪魔は冗談っぽく笑うと、ガーゴイル像に合言葉を言い、奥の螺旋階段へと進んでいった。

 

「不老不死……賢者の石による命の水ですか」

 

 私は小悪魔の後を追う。

 

「いえいえ、そんな紛い物ではなく。本物の不死の薬ですよ。所詮命の水は延命をすることしかできません。分霊箱による不死性も所詮は魂の予備を作るという程度」

 

「本物の不死の薬……そんなものがあるんですか?」

 

「あります」

 

 小悪魔は断言する。

 

「魂を固定し、不滅の肉体を得る薬。その薬を飲めば、死という概念そのものが消え去るため、死の予言は意味を為さなくなる」

 

「そんな薬、一体何処に──」

 

「っと、到着しましたね。失礼しまーす」

 

 小悪魔は軽くドアをノックすると、返事を待つことなく校長室に入っていく。

 私はその後を急いで追った。

 

「校長先生、ダンブルドア先生、いらっしゃいますか?」

 

「君は……スカーレット嬢の」

 

 ダンブルドアは急に入ってきた私たちに少々驚いていたようだったが、すぐに平静を取り戻し椅子から立ち上がる。

 小悪魔はダンブルドアに恭しく礼をすると、ダンブルドアの前に呪いのネックレスを掲げた。

 

「こちらの件で少々お耳に入れたいことが」

 

 小悪魔は先程三本の箒で起こった一連の事件をダンブルドアに報告する。

 ダンブルドアはその報告を黙って聞くと、どっかりと椅子に腰掛けた。

 

「そうか、ロスメルタが何者かに……。その件についてはこちらで騎士団員を使い秘密裏に調査するとしよう」

 

 それに、とダンブルドアは顔を上げる。

 

「サクヤに何事もなくて何よりじゃ」

 

「まさか。この程度でどうにかなる女だとお思いで?」

 

 私はダンブルドアに肩を竦めて見せる。

 ダンブルドアは私に対し微笑むと、真剣な顔つきになった。

 

「それにしても、不思議じゃの。ヴォルデモートがこのように直接的な手を使ってくるとは思えん。やり方としてもお粗末じゃ」

 

 私はダンブルドアの言葉に頷く。

 

「例のあの人の指示ではなさそうですよね。死喰い人の誰かの独断か、例のあの人とは関係ない第三者か」

 

「校長先生、各地で恨みを買ってそうですもんね」

 

 小悪魔はクスリと笑う。

 

「なんにしても、私からの報告は以上です。この件に関してはお嬢様にお伝えしても?」

 

「構わないとも。彼女も狙われる可能性があるからの。それと、そのネックレスじゃが──」

 

「もし処分するなら私が頂いてもよろしいでしょうか?」

 

 小悪魔は呪いのネックレスを指先でくるりと回す。

 

「どうするつもりかね?」

 

「そりゃもちろん……」

 

 小悪魔はネックレスの留め具を外すと、自分の首にネックレスを巻いた。

 

「アクセサリーなので身につけるに決まっているではありませんか。それに、もしホグワーツにマダム・ロスメルタを服従させた犯人がいた場合、このネックレスを見て何か反応を示すかもしれませんし」

 

「呪いは大丈夫なのですか?」

 

「封印の処置を施してありますから心配には及びません。それに、この程度の呪い、悪魔には効きませんから」

 

 そういうことなら、とダンブルドアは小悪魔にネックレスの処置を一任する。

 小悪魔はネックレスがよく見えるように髪を後ろにかきあげると、私の方を向いた。

 

「似合ってますか?」

 

「……ええ、とてもよくお似合いです」

 

 私と小悪魔は冗談めかして笑い合う。

 ダンブルドアは引き出しから羊皮紙を取り出すと、羽ペンで何かを書き込み、不死鳥のフォークスに持たせた。

 

「報告ご苦労じゃった」

 

「では私は談話室へ戻ります。小悪魔さんは?」

 

「私はこの事をお嬢様に。起こすにはまだ少し早い時間ではありますが」

 

 私はダンブルドアに軽く頭を下げると、小悪魔と共に校長室を後にする。

 談話室にある階へ上がるための階段に向かう途中で、小悪魔が思い出したかのように言った。

 

「あ、そうですそうです。お嬢様がそのうちお茶しに来ないかと仰られておりましたよ」

 

「お茶、ですか?」

 

「はい。お嬢様は貴方のことがかなりのお気に入りのようですから。次の占い学の授業の時にでも返事をしてあげてください」

 

 二年生の頃からの知り合いではあるが、そこまで気に入られる要素があっただろうか?

 私は曖昧に返事をすると、小悪魔と別れて談話室がある八階へと階段を上り始めた。

 

 

 

 

 十一月に入ると談話室や大広間がクィディッチの話題で一色になる。

 そう、クィディッチシーズンの到来だ。

 グリフィンドールと最初に当たるのはスリザリン。

 もともと仲が悪い寮同士ではあるが、試合が近づくごとにグリフィンドール生とスリザリン生の仲が悪くなっていくのを感じる。

 試合当日の朝。私が大広間で山盛りのサンドイッチをお腹の中に詰め込んでいると、死にそうな顔をしたロンがハーマイオニーに介護されながら私の隣に座った。

 

「あらロン。今日は一段と絶好調ね」

 

「ふざけろ、マーリンの髭……もう死にそうだよ。なんで僕今年も立候補しちゃったんだろう」

 

 ロンは大きなため息をつくと今にも吐きそうな顔で机に突っ伏す。

 私は空のゴブレットにかぼちゃジュースを注ぎながら言った。

 

「あら、なんなら今からマクラーゲンとキーパー代わる? 私はそれでも構わないわよ」

 

「サクヤはほんと意地悪だよ」

 

 ロンはかぼちゃジュースをちびちびと飲み始める。

 私はそんなロンの顔を見ながらニヤリと笑った。

 

「そんなに心配なら私が一瞬で試合を終わらせてあげるわ。私はそれができるポジションにいるし」

 

「精々頑張ってよ。僕が打ちのめされる前にさ」

 

 私はロンの肩をバンバンと叩くと、サンドイッチの最後の一切れを口の中に放り込み立ち上がる。

 

「ええ、まかせて」

 

 そして周囲からの歓声を受けながら大広間を後にした。

 

 

 

 

『さあ今年もクィディッチのシーズンがやって参りました。本日行われるのはグリフィンドール対スリザリンの試合です。グリフィンドールはケイティ・ベルがキャプテンを務めます。チェイサーにケイティ・ベル、デメルザ・ロビンズ、ジニー・ウィーズリー。デメルザ・ロビンズは新人ですが、クアッフル捌きに定評があります。ビーターにはジミー・ピークスとリッチー・クートの二人組。そしてキーパーは去年と変わらずロナルド・ウィーズリーです。彼に関しては去年はあまり成績が振るわなかったため、今年は違う選手がキーパーを務めることになると誰もが思っていたところでしょう』

 

 去年まで実況を務めていたリー・ジョーダンに代わり、ザカリアス・スミスというハッフルパフ生の実況がスタジアムに響く。

 私はファイアボルト片手に観客席を見回していた。

 グリフィンドールとスリザリンの観客席はわかりやすいほどに赤と緑に染まっている。

 グリフィンドールの観客席では『サクヤ・ホワイトを魔法大臣に』と書かれた旗が振られているし、対するスリザリンでは『ウィーズリーは我が王者』の大合唱が沸き起こっている。

 私がグリフィンドールの観客席に手を振ると、拡声呪文が掛けられたスミスの実況が聞こえなくなるぐらいの歓声が沸き起こった。

 

『そして忘れてはいけないのがこの選手。シーカーを務めるのはサクヤ・ホワイト選手です。去年からグリフィンドールのクィディッチチームに在籍はしていたものの、試合の出場経験は皆無。実力は未だベールに包まれたままです。ですが、彼女が手にしているファイアボルトは並の箒ではなく、さらに彼女自身も普通の生徒とはとても言えません。どのようなプレイを見せてくれるのか非常に楽しみな選手です。対するスリザリンは──』

 

「サクヤ、準備はいい?」

 

 横に立っていたケイティが私の顔を見ながら聞いてくる。

 私はファイアボルトを握る手に力を込めると、ケイティに対して不敵に笑った。

 

「ケイティ、先に謝っておくわ」

 

「何を?」

 

「きっと私は最悪のシーカーとしてホグワーツ史に名前を刻まれるわ」

 

「ちょ、それってどういう──」

 

 ケイティが言い切る前に、審判を務めるフーチが足早にグランドへとやってくる。

 そしてグラウンドの中央まで来ると、両手に抱えていた各種ボールが入った箱の蓋を開け、金のスニッチとブラッジャー二つを解き放った。

 

「両チームとも準備は良いですね?」

 

 フーチが両チームのキャプテンに確認を取る。

 私は空を飛ぶスニッチを目で追いながらマルフォイに話しかけた。

 

「スラグホーン先生の食事会以来かしら。魔法薬授業でも離れて座ることが多いし。元気にやってる?」

 

 マルフォイはまさか私から話しかけられるとは思ってもみなかったのか、少々戸惑いながらも答えた。

 

「ああ、勿論。順調だよ。順調……」

 

「そう。それはなによりね」

 

 その瞬間、フーチが咥えている笛から甲高い音が響く。

 それと同時にフーチが力いっぱいクアッフルを真上へと放り投げた。

 

「ごめんね」

 

「え?」

 

 私はファイアボルトに跨ることなく右手に握ったままスニッチに向けて急加速を行う。

 そして各チームのチェイサーがクアッフルに触れるよりも先に左手でスニッチを握りこんだ。

 

「っと、それじゃあお疲れ、ドラコ」

 

 私は地面に降り立ち、フーチにスニッチを返却するとマルフォイに一声かけてからグリフィンドールチームの更衣室に向けて歩き出す。

 スリザリンの『ウィーズリーは我が王者』の合唱はピタリと止んでおり、全校生徒が集まっているとは思えないほどスタジアムは静まり返っている。

 皆何が起きたのか理解できないといった顔をしていたが、私が更衣室に入ると同時に観客席がザワザワと騒がしくなった。

 私はクィディッチのユニフォームを脱ぐと、ホグワーツの制服に着替える。

 そしてユニフォームとファイアボルトを鞄の中に仕舞い、スタジアムを後にしようとした。

 

「ちょっとサクヤ! さっきのは一体何?」

 

 だが、更衣室を出るために扉を開けようとした瞬間、キャプテンのケイティが更衣室に入ってくる。

 私はドアノブから手を離すと、ケイティの方に振り返った。

 

「何……って?」

 

「さっきのプレイよ。一体何をしたの?」

 

 ケイティはまるで尋問でもするかのように私に詰め寄る。

 私はやれやれと肩を竦めると、ケイティに対して言った。

 

「別に変わったことは何もしてないつもりよ。ただ真っ直ぐ飛んで、スニッチをキャッチしただけ。きっとハリーやクラムにも全く同じことが出来ると思うわよ」

 

「でも、普通はあんなことは出来ないわ。まるでスニッチがどこを飛んでいるか分かってるみたいな──」

 

「あんな金ピカのボール見失うわけないじゃない。それに放たれてからそんなに時間も経ってないし」

 

 まあ、ケイティが言いたいこともわからなくはない。

 先ほどのプレイには何かしらのタネ、それも反則紛いの

何かがあるのではないかと考えているのだろう。

 実際のところ、そんな事実はない。

 私はただ真っ直ぐスニッチを取りに行っただけだ。

 

「……まあ、見栄えのいいプレイではなかったことは認めるわ。スリザリンのみならず、グリフィンドールの生徒からも批判を買いそうなほどには。だから事前に言ったでしょ? 私はシーカーとしては最悪だって。それに、練習でもさっきと同じようにポンポンとスニッチ取ってたじゃない私」

 

「練習と試合は違うわ!」

 

「じゃあ、どうすればいいのよケイティ。試合が白熱するまでスニッチが見つからない振りでもすればいいかしら? でもそれって八百長じゃない? 私はただシーカーとしてベストを尽くしたのよ?」

 

「それは……そうだけど……」

 

「別に、気に入らないなら私をチームから外してもいいわ。

私は別にポジションに執着しないし。そもそもがハリーが選手に復帰するまでの繋ぎのはずだったしね」

 

 私は今度こそ更衣室の扉を開ける。

 ケイティはまだ何か言いたげな表情だったが、ただ黙って私を見送った。




設定や用語解説

クィディッチ選手としてのサクヤ
 クィディッチ選手としての腕だけ見たらサクヤはハリーはクラムには敵わない。だが、動体視力と魔力を感じ取るセンスがずば抜けているためスタジアムのどこをスニッチが飛んでいても見つけることができる。

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レイブンクローと隠されたレシピと私

 十二月に入るとホグワーツの校庭には真っ白な雪が降り積もり、窓の外の景色が白一色になった。

 私は月明かりに照らされる純白の景色を眺めながら熱い紅茶を飲む。

 机の向かい側では、青い髪の吸血鬼、レミリア・スカーレットが私と同じようにティーカップ片手に校庭を眺めていた。

 

「すっかり真っ白ね。白いドレスの貴方を地面に落としたら拾い上げるのに苦労しそう」

 

「それでしたら是非高い位置から落としてください。白が赤く染まって見つけやすいと思います」

 

「どんな高さから落としても赤く染まらなさそうだけどね。貴方は」

 

 いやいや、私は人間ですので、と頭を振る。

 レミリアはそれを聞いて不敵に笑った。

 

「あら、聞いた話と違うわ。最近じゃ貴方『白い悪夢』だなんて呼ばれているそうじゃない」

 

「私も聞きましたよ。『グリフィンドールのスニジェット』『白い稲妻』『ミス・秒殺』『チャーリーよりもやべぇやつ』」

 

「みんなちょっと好き勝手呼びすぎですよね」

 

 私はティーカップをソーサーに戻すと、小さくため息を吐く。

 

「でも、わかってやったことでしょう? 貴方要領良さそうだし、やろうと思えば無駄に試合を引き延ばすことも出来たんでしょ?」

 

「そりゃ勿論出来ましたよ? これでも演技派なので」

 

「だったらなんで?」

 

 レミリアの問いに、私は少し考える。

 

「そうですね……面倒くさくなったんですよ。ロンのフォローとか試合の駆け引きとか。マルフォイが何か仕掛けてくるかもしれませんし、客席から妨害があるかもしれない」

 

「だから、何かが起こる前に試合を終わらせたと?」

 

「言ってしまえばそういうことです」

 

 私は澄ました顔をして紅茶を飲んだ。

 グリフィンドール対スリザリンの試合から少し経ったある日。

 私はレミリア・スカーレットの私室にお茶に呼ばれていた。

 てっきり占い学で使っているあの教室がレミリアの私室そのものだと思っていたが、教室とは別にもう一つ私室を与えられているらしい。

 ホグワーツの四階。私が一年生の頃にハグリッドのペットのケルベロス、フラッフィーがいた部屋の隣がレミリアの部屋になっていた。

 私は紅茶を飲みながら改めて部屋を見回す。

 大きなベッドに、今私たちが座っているティーテーブル。

 それとは別に書斎机があり、壁の一面は本棚となっている。

 床にはかなり高級そうなラグが敷かれており、まるで大きな動物の上に乗っているかのような感覚になった。

 

「まあ、クィディッチにかまけている場合じゃないというのは確かかもね。分霊箱もまだ片付いていないのだし」

 

「新しい分霊箱の情報は何かありますか?」

 

 私が聞くと、レミリアは難しい顔をして俯いた。

 

「実を言うと相当いいところまでは調査出来てるのよ。でも、肝心の髪飾りが見つからない」

 

「髪飾り?」

 

 私の言葉にレミリアが頷く。

 

「そうね。折角だし、レイブンクローの髪飾りにまつわる話をしてしまおうかしら」

 

 レミリアは得意げに笑うと、右手の親指に嵌めたゴーント家の指輪を撫でながら話し始めた。

 

「レイブンクローの髪飾りにはそれにまつわるとある伝説がある。聞いたことはある?」

 

「確か、身につけることでレイブンクローの叡智を授かることができる……でしたっけ?」

 

「その通り。でもそれって、作られてから千年以上かけて話に尾鰭がつきまくったとか、そういう話じゃないの。レイブンクローの髪飾りは作られた当初から叡智を授ける力を持っていた」

 

 つまりは、そのような効果がある魔法具だったということなのだろう。

 頭冴え薬という魔法薬があるように、魔法界には一時的に知能を上げる方法がいくつか存在する。

 決して実現不可能な力というわけではない。

 

「当然、それを欲する者も多くいた。ホグワーツ創始者、ロウェナ・レイブンクローの娘、ヘレナ・レイブンクローもそのうちの一人だった。彼女は髪飾りを盗み出し、母親の元から姿を消した。ヘレナはアルバニアの森に隠れ住んだと言っていたわ。ロウェナは娘の裏切りに心を痛め、重たい病気に罹った。それでも最後に娘に一目会いたいと願ったそうよ」

 

「見てきたように語りますね」

 

「見てきた人から聞いた話だもの。ロウェナの願いを聞いたある男は必死の捜索の末、ついにアルバニアにいるヘレナの元へと辿り着いた。でもそこで悲劇が起こる。帰ることを拒んだヘレナを、男はカッとなって殺してしまったの。男はすぐに我に返り、後悔に打ちひしがれてその場で命を断った。これが、レイブンクローの髪飾りにまつわる悲しいお話」

 

 私は紅茶を一口飲むと、レミリアに言う。

 

「では、髪飾りはアルバニアの森に?」

 

「五十年ぐらい前まではね。五十年ほど前に私と同じようにこの話を知り得た人物がいた。そう、トム・リドルよ」

 

「リドル……例のあの人もスカーレット先生と同じように蘇りの石の力でこの話を?」

 

 私の問いに、レミリアは首を横に振る。

 

「多分リドルはこの石が蘇りの石だとは気がついていなかったでしょうね」

 

「では、どうやって?」

 

「本人から聞いたのよ。レイブンクロー寮に憑いている灰色のレディ、彼女こそがヘレナ・レイブンクローその人なのだから。ついでに言えばヘレナを刺した男は血みどろ男爵ね。スリザリン憑きの」

 

 灰色のレディはあまり話題に上がるゴーストではないが、血みどろ男爵といえばホグワーツのゴーストの中でも重鎮だ。

 まあでも、千年ほど前からホグワーツでゴーストをやっていたのだとしたら、重鎮にもなると言うものだ。

 

「リドルはヘレナから髪飾りの話を聞き、アルバニアの森へ探しに行った。その後リドルがどこに髪飾りを隠したのか。それに関してはまだ情報が集まりきってないわ」

 

「美鈴さんもあちこち駆けずり回ってるんですけど、成果なしです」

 

 小悪魔がやれやれと言った表情で肩を竦める。

 私はそれを聞いて、前から疑問に思っていたことを口にした。

 

「そういえば、珍しいなとは思ってたんですよ。普段外で見かける時は大体美鈴さんと一緒にいますよね」

 

「ああ、なんで美鈴じゃなくてこいつかって話?」

 

 レミリアは小悪魔の脇腹を指でツンツンと刺す。

 

「単純な話よ。美鈴を長い時間屋敷から離したくなかったから。妹の世話もあるし……なにより、美鈴は授業の役に立たないけど、魔法が得意な小悪魔なら多少なりともサポートにはなるからね」

 

 それに……とレミリアは少しだけ声を小さくする。

 

「あの子は人喰いだから。ご馳走の中に放り込んで抑えが利かなくなった時、何が起こるかは目に見えてるわ」

 

「あ、彼女も人を食べるんですね」

 

「うちで食べないのは小悪魔ぐらいよ」

 

 美鈴が人間でないことはわかっていたが、まさかそこまで獰猛な存在だとは思っても見なかった。

 

「それで思ったんですけど……」

 

 吸血鬼の食事事情を聞こうとして、途中で口を閉じる。

 もしかしたら失礼に当たる質問かもしれない。

 だが、レミリアはそんな私の心境を察したのか、なんでもないことにように言った。

 

「献血って便利な制度よね」

 

「あ、そんな感じなんですね」

 

 なんとも平和的だった。

 

「いちいち人間を襲ってちゃキリがないでしょ? それこそ闇祓いに退治されちゃうわ。だからマグルの世界にパイプを作って、定期的に新鮮な血液が届くようにしているの」

 

 それを聞いて小悪魔がニヤリと微笑む。

 その表情を見るに、薄ら暗い裏があるのだろう。

 

「なるほど。吸血鬼も大変なのですね」

 

 私は深くは踏み込まず、そこで話を終わらせることにした。

 少なくとも表向きはマグルの献血を横流ししてもらってるということになっている。それだけでも十分である。

 

「大変というほどでもないわ。それが営みなわけだし。気を使っているといえばその通りだけれどね」

 

 レミリアは飲み終わったカップをソーサーに戻すと、小悪魔に一瞬視線を飛ばす。

 小悪魔は小さくため息を吐くと、レミリアのカップに紅茶を注いだ。

 

「そういえば、スラグホーンの方は良い感じかしら。何か聞き出せた?」

 

「いえ、まだ近づき始めたばかりで……詳しい話は何も」

 

「そう。まあそっちに関してはあくまで保険だから、そんなに焦る必要はないわ。何も知らない可能性だってあるのだし。リドルがレイブンクローの髪飾りを欲したという事実を掴んだこともあって、残るスリザリンのロケットも分霊箱である可能性が一段と高くなったしね」

 

 問題は隠し場所を突き止める手がかりが殆どないということだろうか。

 ノーヒントで探し回るには、世界は少々広すぎる。

 

 

 

 お茶会が始まって三十分余り。

 話題は分霊箱から次第に離れていき、占い学の話題を経由した後、最終的に書き込みがなされた魔法薬学の教科書までシフトしていた。

 

「で、これが例の教科書ってわけね」

 

 レミリアは私から教科書を受け取ると、興味深そうにページを捲る。

 小悪魔も横から教科書を覗き込んだ。

 

「相当な量の書き込みがなされてますね」

 

「ええ、そうね。というか、教科書に書かなくてもいいでしょうに」

 

 レミリアは呆れたように言う。

 だが、そんなレミリアに対し小悪魔が言った。

 

「それが案外結構普通のことなんですよ?」

 

「教科書に落書きするのが?」

 

 レミリアが信じられないと言った顔で小悪魔の方を見る。

 

「学生は基本的に教科書と羊皮紙しか持ち歩きませんから。羊皮紙は何かの拍子に捨てちゃうこともありますから、恒久的に残しておきたいことは教科書に書き込んでおくのが一番手っ取り早いんですよ」

 

 小悪魔は教科書をパラパラと捲る。

 

「多分この白黒姫さんもそのような考えで教科書に書き込んでいたんだと思います」

 

「手帳ぐらい持ち歩けばいいのにねぇ。にしても白黒姫か……」

 

「心当たりがありますか?」

 

 私が聞くと、レミリアは首を横に振る。

 

「ないわね」

 

「ないですねぇ」

 

 小悪魔もレミリアに重ねるように言った。

 

「でもまあ、インクの劣化具合と文体からして、そんなに昔じゃないわね。割と最近書かれたメモよ」

 

「最近?」

 

「私の経験則から言うと、大体二十年前ね」

 

 レミリアは右手の指を二本立てる。

 小悪魔はそんなレミリアの仕草を見て、笑いながら教科書のページを捲った。

 

「なんにしても、こういう書き込みのなされた教科書というのは、何かしら隠されたメッセージが刻まれていることが多いです。解き明かしてみたらあっと驚くような事実が判明するかもしれませんよ?」

 

「あら、そうなの?」

 

 レミリアの問いに小悪魔が肩を竦める。

 

「だってそうでなければ学校に教科書なんて隠さないでしょう? 隠すということは、他人に見られることを前提としているということですよ。お嬢様」

 

 小悪魔は本を閉じると、私の前に差し出してくる。

 私は本を鞄の中に仕舞い直した。

 

「見た限り、レシピの改善とは別に、独自のレシピがいくつか記載されてます。そういったレシピを解き明かしてご覧なさい。きっと貴方の役に立つと思いますよ」

 

 確かにこの教科書には何ができるか想像もつかないレシピが乱雑に記入されている箇所がある。

 

「そうですね。時間がある時にでも」

 

「学生なんだから時間なんていくらでもあると思うけどねぇ」

 

 レミリアは何かを思い出したのか、机の上にぐでっと潰れた。

 

「占い学の先生なんてそんなにやることもないと思ってたんだけど……あのヒゲジジイめ。何でもかんでも私に頼むんだから」

 

「それだけ頼りにされてるんですよ」

 

 小悪魔は拗ねたレミリアを宥めるように微笑む。

 でも確かに、レミリアは他の教師たちとかなり仲が良いように感じる。

 大広間で見かける時はいつも誰かしらと一緒に食事を摂っているし、中庭であのスネイプと談笑している姿を見たこともる。

 唯一レミリアに苦手意識を持っているのはスラグホーンぐらいだろうか。

 

「そんなにダンブルドア先生から頼まれごとを?」

 

「そうよ。分霊箱の捜索から始まってホグワーツの夜間の警戒やら何かあるごとに力仕事を頼まれたり……まあ私が宇宙一最強の生物だってことをよく理解している良い証拠でもあるけどね!」

 

 レミリアはそう言って羽をバタつかせる。

 小悪魔は宇宙一は言い過ぎじゃ……と曖昧に笑っていた。

 

「っと、もうこんな時間ね。いくら私が夜を支配する絶対王者だからって学生を消灯時間後まで拘束してちゃまたダンブルドアに叱られちゃうわ。今日はこのくらいにしましょうか」

 

 ふと時計を確認したレミリアが、少々慌てた様子で言う。

 私も懐中時計で時間を確認すると、静かに席を立った。

 

「今日は素敵なお茶会にお招き頂きありがとうございました」

 

「いいのよ。いつでも来て頂戴。貴方なら歓迎するわ」

 

 レミリアは窓を開けると、どこからともなく蝙蝠を発生させ、窓の外に放つ。

 私は小悪魔の見送りのもと、レミリアの私室を後にした。




設定や用語解説

輸血パックをちゅーちゅーする吸血鬼
 血を上手く吸えず服をベタベタにしてしまうレミリアからしたら輸血パックにストローという組み合わせは非常に飲みやすい。

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シャンデリアと赤い槍と私

 クリスマス休暇が近くなると、ホグワーツ全体に浮き足だった雰囲気が立ち込め始める。

 例年それは休暇に浮かれる生徒たちのものだが、今年に限っては少し事情が異なった。

 というのも、今年はレミリアが大広間を貸し切って大規模なクリスマスパーティーを開くと宣言しているからだ。

 その影響力はかなりのもので、スラグホーンの計画していたクリスマスパーティーをまるまる潰して飲み込んだ程である。

 基本的にパーティーにはホグワーツの生徒と教師は参加自由。

 その他、教師が招待したいと思った人物がパーティーに参加するらしい。

 パーティーの開催日は休暇の前日。

 クリスマス休暇に実家に帰る生徒もパーティーに参加できるようにというレミリアの計らいだ。

 

 クリスマスパーティー当日。

 私は一昨年のダンスパーティーの時に着た赤いドレスを身にまとい、ロンとハーマイオニー、ネビルと共に大広間へと足を踏み入れる。

 大広間はいつも以上に荘厳な雰囲気が立ち込めており、ロンとハーマイオニーは自然と背筋が伸びていた。

 

「な、なんと言うか、いつもとだいぶ雰囲気が違うね」

 

 ネビルがあちこちキョロキョロと眺めながら呟く。

 きっとそう感じるのは大広間の調度品が三段階ほどグレードアップしているせいだろう。

 普段ホグワーツ上空をそのまま投影している天井は、今は魔法を解かれているのか板張りの天井が見えるだけだ。

 だが、その下にはいくらするのか想像もつかないような煌びやかなシャンデリアがいくつも並んでいる。

 寮ごとに分けられた大きな机はまるっと撤去されており、その代わり料理の並べられた丸テーブルが幾つも設置されていた。

 料理一つとってもそうだ。

 これは私の予想だが、今日の料理を作ったのはホグワーツの屋敷しもべ妖精ではない。

 きっとプロの料理人を大量に雇っているのだろう。

 レミリアがこのパーティーにいくら私財を投じたのか想像するだけで目眩がしてくる。

 私は近くのテーブルから皿を一枚取ると、少しずつ料理を盛りながら言った。

 

「とにかく、私は食べるわ。多分すぐにでも誰かに捕まって、何も食べる間もなくパーティーが終わる気がするし」

 

「うん、まあサクヤはそうだろうな」

 

 ロンの呆れたような相槌を半ば無視し、私は皿の上のローストビーフを突き刺す。

 やはりこれをローストしたのは屋敷しもべ妖精ではない。

 今日並んでいる食事はホグワーツの屋敷しもべ妖精……いやクリーチャー以上の腕前だった。

 

 私が料理に舌鼓を打っていると、にこやかな笑顔でこちらに歩いてくる二つの影が視界に映る。

 その影はパーシーを引き連れたルーファス・スクリムジョールだった。

 スクリムジョールは偶然私に出会った風を装うと、軽く手を上げて挨拶をした。

 

「やあやあサクヤ、実に良い夜だね」

 

「これはこれはルーファスさん。いらしていたのですね」

 

 私は皿を近くのテーブルへ置くと、ナプキンで口を拭う。

 

「ダンブルドアからの誘いでね。楽しませてもらっているよ。それに今年のパーティーは実質的にはあのレミリア・スカーレットが主催だという話だそうじゃないか」

 

「ええ、随分張り切ったそうで。そういえば、お姿が見えないですね」

 

 私はキョロキョロと大広間内を見回す。

 

「彼女なら先程エルドレド・ウォープルの連れの吸血鬼で遊んでいたが」

 

「吸血鬼? 彼女が招待したのでしょうか」

 

 私がそう言うと、スクリムジョールはいやいやと首を振る。

 

「ウォープルと連れの吸血鬼はスラグホーンの誘いだよ。彼曰くレミリア・スカーレットに対する牽制として彼らを呼んだそうだが……正直サングィニと彼女じゃ格が違う。文字通り種族としてのね」

 

「種族としての格?」

 

「そうさ。吸血鬼は血の濃さがそのまま吸血鬼としての格となる。サングィニのように吸血鬼に血を吸われた結果、吸血鬼になったものは格が低く、レミリア・スカーレットのように何代にも渡ってずっと吸血鬼のものは格が高い。そしてそれと比例するように、吸血鬼としての力も強いんだ」

 

 確かに聞いたことがある。

 吸血鬼は純血に近ければ近いほど歳を取るのが遅くなると。

 事実、限りなく純血であるレミリアは何百年も生きているのに人間でいうところの十歳ほどで成長が止まっている。

 

「まあ、彼女の話はこれぐらいにして。どうかね、学校の方は。まあ君は成績優秀だと聞いてはいるが」

 

「はい、毎日学友たちと楽しく授業を──」

 

 なんて当たり障りのないことを並べ立てようとしたその瞬間、私の真横、大広間の窓ガラスが一斉に砕け、飛び散る。

 私は反射的に盾の魔法で自分とスクリムジョールを防護すると、その原因に目を向けた。

 

「……なんてこと」

 

 そこに立っていたのは巨人だった。

 ハグリッドよりも倍はありそうな巨体にボコッとした頭。

 一応の知性はあるのか、私を見て目をパチクリとさせている。

 だが、すぐに目の色を変え、大きな足を後ろに振りかぶった。

 私は手元にあったチキンを切り分ける用のナイフを巨人の頭に向けて投擲すると、すぐさま左手で杖を抜く。

 だが、投擲したナイフは巨人の分厚い皮膚に刺さることはなく、そのまま地面へと落ちた。

 

「任せなさい」

 

 その瞬間、私の背後から赤い残像が飛び出る。

 そして巨人の蹴りを右手一本で受け止めた。

 

「──ッ! レミリア先生!!」

 

 そこに立っていたのは私と同じく赤いドレス姿のレミリアだった。

 レミリアはパーティーに乱入してきた巨人をひと睨みすると、そのまま足を掴んで大広間の外へと巨人を投げ飛ばす。

 巨人はテディベアのように軽々と宙を舞うと、近くの大木を薙ぎ倒しながら地面に激突した。

 

「死喰い人からの刺客? いや、それにしては勢力が少なすぎる……」

 

 レミリアは口元に手を当てながらブツブツと呟く。

 巨人は今の一撃で完全に伸びたのか、地面にぐったりと倒れたまま動かなかった。

 やがて事態を把握し始めたホグワーツの教員たちがわらわらとこちらに集まってくる。

 

「サクヤ、怪我はない?」

 

 巨人の無力化を確認したレミリアがこちらへと振り向く。

 

「あ、はい。特になんとも」

 

「その様子じゃ、放っておいても自分で対処できたか」

 

 レミリアはつまらなさそうに唇を尖らせると、巨人の方へと歩いていく。

 そして髪の毛を掴むと、手を無理矢理顔を自分の方へと向かせた。

 

「おいクソガキ。誰の命令でここを襲った?」

 

 レミリアの背後に目に見えるほどのオーラが立ち込める。

 巨人はレミリアの顔を見て途端に涙目になると、大声で喚き始めた。

 

「ハガー! ハガーたすけて! ハガー!」

 

「ハガー? ……んー、こいつはもしかして」

 

 レミリアは巨人の巨体を軽々と放り投げると、どこからともなく赤い槍を生成し巨人の服の襟を背後の木へと串刺しにする形で繋ぎ止める。

 巨人は宙に浮いた状態で磔にされ、なんとか赤い槍を外そうと手足をバタつかせていた。

 その時だった。

 

「待った! 待ってくれ! グロウプを傷つけんでくれ!」

 

 背後から顔を真っ青にしたハグリッドが巨人とレミリアの方へ向けて駆け寄ってくる。

 私はそれを見て、大体の事情を察し大きなため息をついた。

 きっとあの巨人はハグリッドが校内に連れ込んだに違いない。

 レミリアは巨人とハグリッドを交互に見ると、巨人を繋ぎ止めていた赤い槍を抜き取り、地面に落ちた巨人のズボンの裾を掴む。

 そしてハグリッドに目配せした後、禁じられた森の方向へ向けて巨人を引きずり始めた。

 

「スカーレット嬢! その巨人をどうするつもりかね?」

 

 事態を把握しきれていないスクリムジョールがレミリアに対して問う。

 レミリアは振り返ることなくスクリムジョールに言った。

 

「尋問した後に処分してくるわ」

 

「尋問ならこの場で──」

 

「巨人が暴れるかもしれないでしょ? それに、こいつがヴォルデモートからの刺客、もしくは巨人部隊の威力偵察ならこの場も見られている可能性があるわ。だとしたら、ここで尋問するわけにはいかない」

 

「だとしたら、私も共に行こう」

 

 スクリムジョールはそう言ってレミリアに駆け寄ろうとするが、それをダンブルドアが止める。

 

「ルーファス、君はすぐにでも魔法省へ帰るべきじゃ。ホグワーツに攻め込むにしては、あまりにも戦力が少ないとは思わんか?」

 

「まさか本命は魔法省?」

 

「可能性はある。尋問にはわしが付き添おう」

 

 ダンブルドアはそう言うとハグリッドを引き連れてレミリアの後を追う。

 スクリムジョールは横にいるパーシーに声を掛けると、足早に大広間を出ていった。

 私は大広間を見回し、他の教師たちが混乱を治めるために奔走しているのを確認すると、ダンブルドアの後を追う。

 レミリアは巨人をぬいぐるみのように軽々と引きずっているが、そもそも歩く速度がゆっくりなので簡単に追いつくことが出来た。

 ダンブルドアは隣に現れた私に一瞬視線を向けたが、特に咎めることなくレミリアの後に続いて森へと入っていく。

 ハグリッドもレミリアの後ろを顔を青くしながら歩いていた。

 森の中へ五分ほど踏み入っただろうか。

 レミリアは引きずっていた巨人を大きな木の幹の側に座らせる。

 巨人はすぐに暴れ出そうとしたが、レミリアがひと睨みするとすぐに大人しくなった。

 

「さてと。ハグリッド、一つ確認するわね」

 

 レミリアは巨人が大人しくなったことを確認すると、ハグリッドのほうに向き直る。

 その表情は私の予想していたほどには怒ってはいなかった。

 怒っているというよりかは、どちらかというと呆れている。

 

「彼は貴方の関係者、で間違いないわよね?」

 

 ハグリッドは少し迷ったような表情を見せたが、意を決したように口を開く。

 

「グロウプは……グロウプは俺の弟だ」

 

「弟? じゃあ、彼も半巨人なの?」

 

 レミリアの問いにハグリッドは首を横に振る。

 

「母親が同じ巨人なんだ。俺の父親は人間で、グロウプの父親は巨人だ」

 

「なるほどね。ダンブルドア、貴方はこのことは?」

 

「ハグリッドが何かを隠しておることは察しておったが、あえて詮索はしておらんかった」

 

 レミリアはそれを聞き、深くため息をつく。

 それを見て、ハグリッドが慌てて説明を始めた。

 

「去年の夏、巨人の集落から連れて帰ってきたんだ。こいつは巨人にしてはチビで、虐められているようだった。俺はそれが見過ごせなくてだな……森の奥にこいつの住処を作って、少しずつ教育をしとったんだ」

 

「それじゃあ、英語は貴方が教えたのね」

 

 レミリアは巨人、グロウプを正面から見据えると、少し声を低くし大きな声で語りかけた。

 

「貴方の、兄は、優しいわね」

 

「ハガー、やさしい。グロウプ、ハガーすき」

 

 レミリアはグロウプに対して優しく微笑む。

 その表情はまるで我が子に微笑む母親のようだった。

 

「私は、レミー。ガーグより、強い、レミーよ」

 

「レミー、ガーグより、つよい?」

 

「一番、強い。レミー、最強」

 

 レミリアは近くにあった大木に手を添えると、握力だけで大木に指を食い込ませ、そのまま根っこごと引っこ抜く。

 まったく、なんて怪力だ。

 

「すごい。レミー、つよい」

 

 グロウプはそれを見て子供のように喜んだ。

 いや、実際子供のようなものなのかもしれない。

 レミリアは格付けは済んだと言わんばかりに大木をその辺に放り投げると、改めてハグリッドとダンブルドアの方を向く。

 そして少し声を潜めて言った。

 

「で、彼をどうするのよ。あんな事件を起こした以上、『実はハグリッドの弟でした、てへっ』って言うのは通じないわよ? 最悪責任問題でハグリッドがホグワーツから追い出されるわ」

 

「そうじゃな。全力でバックストーリーを考えることとしよう」

 

「へ? 俺はてっきりグロウプを処分するとか、そういう話になると思っとったんだが……」

 

 ハグリッドの問いに、レミリアはキョトンとした顔をする。

 

「なんで? こんなの子供のイタズラじゃない。それに、家族と一緒にいたいと思うのは当たり前のことでしょう?」

 

 それを聞いてハグリッドは驚いたように目を見開く。

 そして、数秒後には大粒の涙をその目から流し始めた。

 

「ありがとう……ありがとう……俺たちにそう言ってくれる奴が魔法界にどれほどいるか……」

 

「なに泣いてるのよ。それよりも考えないといけないことが沢山あるでしょ? ああは言ったけど、魔法界……特に魔法省が巨人をどのように見ているかはよく分かっているつもりよ。ありのままを報告しても魔法省は絶対に納得しないわ」

 

「だからこそのバックストーリー、ということですね?」

 

 私が尋ねると、レミリアが頷く。

 

「魔法省には死喰い人の巨人部隊が威力偵察を送り込んできたという報告をするわ。送り込まれた巨人は捨て駒。ホグワーツの防御措置がどのようなものか見極めるためのね。近くに観測をしていた魔法使いがいたけど、そいつには逃げられたことにしましょう」

 

 レミリアは木の枝を拾うと、地面にホグワーツの周辺地図を描き始める。

 

「ここが大広間、巨人は陸路を使って北側から侵入。死喰い人による観測はこの方向から。私たちは巨人を制圧後、森のこの位置で尋問、情報を引き出した後巨人を始末。私の魔力で燃やし尽くしたことにしましょうか」

 

「それがいいじゃろう」

 

 レミリアは先程引き抜いた大木に手の平を向ける。

 そして周囲の空間が歪むほどの魔力を集めると、大木に向かって放った。

 放たれた魔力は大木に当たると同時に赤黒い炎へと変わる。

 そして周囲に延焼することなく一瞬で大木を灰へと変えた。

 

「それじゃあ、これが巨人の成れの果てってことで。で、ダンブルドア。これを受けてホグワーツとしての対策は?」

 

「魔法省から闇祓いを何人か派遣してもらうこととしよう。それと、わしが直々に魔法防壁を張り直す」

 

「スクリムジョールにはそれで納得して貰いましょうか。で、ハグリッド。グロウプはどうするの?」

 

「もう少し頑丈な首輪をだな──」

 

「三点の答えね。グロウプが可哀想でしょ?」

 

 レミリアはグロウプをチラリと見る。

 

「私が見るに、しつけが足りてないわ。甘やかしすぎね。きっと猫可愛がりしてるんでしょ? それじゃグロウプのためにならないわ」

 

 ハグリッドはガックリと項垂れる。

 レミリアはそんなハグリッドの肩に手を置いて言った。

 

「仕方がないから私が協力してあげる。ダメなことはダメってちゃんと教えてあげなきゃ」

 

「ほ、本当か?」

 

「私吸血鬼、嘘ツカナイ」

 

 レミリアは任せろと言わんばかりにニッコリと微笑む。

 ハグリッドは大きな目に溢れんばかりの涙を浮かべると、レミリアの手を両手で掴んだ。

 

「ありがてぇ……俺はお前さんのことを少し誤解しとったかもしれん」

 

「存分に崇め奉りなさい! 気分がいいわ!」

 

 レミリアは蝙蝠のような羽をばたつかせながら胸を張る。

 なんと言うか、意外な一面を見た。

 レミリアはもっと効率主義で、冷徹なイメージがあった。

 だが、このような慈愛に満ちた一面を持っていたとは。

 

「さて、話がいち段落したところで城へと戻ろうかの」

 

「私はグロウプを住処まで送っていくわ。少なくとも許可なく城へと近づいてはいけないことをグロウプに教えないと」

 

 レミリアはグロウプの手を引き、立ち上がらせる。

 

「お、俺も一緒に──」

 

「貴方はダンブルドアと一緒に城へ戻りなさい。その方が変な疑いを持たれずに済むわ」

 

「う……わかった」

 

 ハグリッドは少し項垂れるとグロウプに話しかける。

 

「レミーの言うことをしっかり聞くんだぞ」

 

「グロウプ、レミーのいうこと、きく」

 

 グロウプはのっそりとした声でハグリッドに答える。

 レミリアはグロウプの手を引いて森の奥へと歩いていった。

 私たち三人はその後ろ姿を見送ると、城へと向けて歩き出す。

 その道中、ダンブルドアが私に対して言った。

 

「くれぐれもこのことは──」

 

「他言無用、ですよね。でも、なんと言うかかなり意外でした。スカーレット先生にあんな一面があったんですね」

 

「わしもスカーレット嬢のあのような姿を見るのは初めてじゃ。じゃが、アレが彼女の本来の姿なのかもしれん」

 

 もしそうだとしたら、従者からあれほど慕われるのも分かる気がする。

 まあ、美鈴に対する当たりはかなり強いが。

 

「そう言えば、スカーレット先生には妹さんがいるという話ですよね。ほら、あの自画像の。ダンブルドア先生はお会いになったことは?」

 

「……フランドール・スカーレット嬢か。わしも会ったことはない。そもそも、魔法界で名前を聞いたことすらないの」

 

「名前を聞いたことがない?」

 

 それは少しおかしな話だ。

 レミリア自体は何百年も前から占い学の権威として魔法界に名前が知られている。

 フランドールが何歳かはわからないが、あの自画像を見るにレミリアとそう年齢は変わらないはずだ。

 

「スカーレット嬢の妹君は、全くと言っていいほど表の世界にも裏の世界にも顔を出しておらん」

 

「絵を描かれるようですが、画家としても名前が売れていないのでしょうか」

 

「名前を隠して作品を発表している可能性はあるの」

 

 私は大きな丸太を乗り越えながら考えを巡らせる。

 レミリアの妹、フランドール・スカーレットか。

 一体どのような吸血鬼なんだろう。

 私は先程レミリアが見せた優しげな笑みを思い出す。

 あの慈愛に満ちた表情は、本来彼女の家族に向けられるものなのだろう。

 

『サクヤ・ホワイト。貴方は一九九八年の夏に死ぬわ』

 

 その瞬間、目眩と共にレミリアから宣告された死の予言がフラッシュバックする。

 年が明けたら一九九七年。予言の日まで二年もない。

 急にその事をはっきりと認識し、私の全身に悪寒が走った。

 

「死んでたまるもんですか」

 

「ん? 何か言ったかの?」

 

 ダンブルドアの問いに、私は黙って首を横に振る。

 そしてダンブルドア、ハグリッドと共にホグワーツ城へと入った。




設定や用語解説

エルドレド・ウォープル
 スラグホーンの教え子で作家。ホグワーツ卒業後に吸血鬼と仲良くなり、『血兄弟―吸血鬼たちとの日々』という小説を執筆した。

サングィニ
 エルドレド・ウォープルの友人であり、吸血鬼。今作では幼少期に吸血鬼に吸血され、吸血鬼になったという設定。吸血鬼としての力は弱く、レミリアと比べたら蚊みたいなもの。

グロウプ
 ハグリッドの弟。母親は同じだが、父親が人間であるハグリッドと違って、グロウプは父親も巨人。原作ではもっと早くエンカウントしているが、今作ではハグリッドがホグワーツを追い出されそうになるよりも前にサクヤがハリーを殺しヴォルデモート卿の復活が世間に公表されたためハグリッドはハリーやサクヤたちにグロウプの世話を任せなかった。

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ローストビーフと冷蔵庫と私

 一波乱あったクリスマスパーティーの次の日。

 ホグワーツ特急でロンドンへと戻った私は、護衛の闇祓いに連れられてグリモールド・プレイスにある自宅へと帰ってきた。

 玄関の前で護衛の闇祓いと別れ、家の鍵を開ける。

 そして、数ヶ月ぶりに自宅の中へ入った。

 

「お帰りなさいませご主人様。お食事の準備が出来ております」

 

 クリーチャーは自然な動作で私の鞄を受け取ると、そのままダイニングへと私を案内する。

 ダイニングには肉料理を中心としたご馳走がかなりの量用意されていた。

 

「完璧だわクリーチャー。私の好みを完全に理解しているわね」

 

「クリーチャーめには勿体無いお言葉でございます。ご主人様」

 

 私は椅子に座るとナイフとフォークを握る。

 そして薄切りにされたローストビーフを何枚もまとめて掬い上げると、口の中に入れた。

 

「ホグワーツの料理も不味くはないんだけど、やっぱりクリーチャーの料理には一枚劣るわね」

 

「彼らも決して腕の悪い料理人というわけではないのですが、作る量が量ですので」

 

「一品一品丹精込めて作った料理には敵わない、そういうことね」

 

 私は色々と料理を楽しみながらクリーチャーを見る。

 このしわくちゃの屋敷しもべはかなりの昔からブラック家に勤めていたのだろう。

 私は厚切りのベーコンを口の中に詰め込みながら、この家の前の持ち主だったブラック家について考えていた。

 

「そう言えばこの家って、ブラック家の持ち物だったのよね」

 

「はい。この家はブラック家の屋敷でございます」

 

「作り自体はそんなに古くないし、建てられたのはそんなに昔というわけでもないのよね?」

 

 私はダイニングの隅々に目を向ける。

 この家の明かりはガス灯だ。

 勿論、実際にガスで灯っているわけではないが、少なくともこの家が建てられたのはガス灯が普及してからということになる。

 

「ホグワーツやグリンゴッツと比べると、随分と新しい建物だと言えるでしょう。ですが、建てられてから既に百年近い月日が経っているとクリーチャーめは推測します」

 

「まあ、そうよね。ホグワーツ基準で考えちゃったけど、この家も十分古いか」

 

「ですが、長年魔法により保護されておりましたし、パチュリー・ノーレッジによって修繕がなされております。このまま魔法で保護し続ければ数百年は持つでしょう」

 

 まあ、人間である私の寿命は長くてもあと百年ほどだろう。

 パチュリーから貰った賢者の石を用い、命の水を作り出して飲み続ければ話は別だが。

 

「聖二十八一族で最も栄えた一族か。ねえクリーチャー。ブラック家ってどのような一族だったの? ブラックというと私の中ではシリウス・ブラックのイメージしかないから……」

 

「シリウス・ブラックはブラック家の中でも異端中の異端。一族の鼻つまみ者な存在でした。一族の伝統に反し、純血主義を蔑ろにする。ブラック家とは本来最も血の濃さを重視し、純血主義を貫いていた家系なのです」

 

 なるほど。典型的な純血至上主義の家というわけか。

 

「この家に住まわれていたブラック家の本家の方々はシリウス・ブラックを除いては皆スリザリンの出でございます。オリオン・ブラック様、ヴァルブルガ・ブラック様。そしてご息女であるセレネ・ブラック様です」

 

「シリウス・ブラックは?」

 

「オリオン様とヴァルブルガ様の息子、長男に当たります。セレネ様はシリウス・ブラックの妹君です」

 

 セレネ・ブラック、どこかで聞いた名前だ。

 確かその時もこの部屋に居たような……。

 

「ああ、そうだ」

 

 思い出した。この部屋でムーディから聞いた話だ。

 確かネビルの両親であるフランク・ロングボトムとアリス・ロングボトムが追っていた死喰い人がそんな名前だったような気がする。

 確か命懸けの決闘になり、最後には二人に殺されたんだったか。

 私は最後に残ったステーキを口の中に突っ込むと、熱いオニオンスープで胃の中に流しこむ。

 そしてナプキンで口の周りを拭いた。

 

「シリウス・ブラックは私が殺して、セレネ・ブラックはロングボトム夫妻に殺された。オリオン・ブラックとヴァルブルガ・ブラックは?」

 

「オリオン様はサクヤ様が生まれる少し前にお亡くなりになりました。ヴァルブルガ様はオリオン様とセレネ様が亡くなられたことで次第に憔悴され、セレネ様が亡くなられた数年後に病死されました」

 

「ふうん。まあ、そうよね」

 

 ブラック家はヴォルデモートの敗北と共に衰退し、滅びたわけだ。

 

「あ、そう言えば。今私が使ってる部屋ってもしかしてシリウス・ブラックが使っていた部屋だったりする?」

 

「いえ、セレネ様が使われていた部屋でございます」

 

 なら私の部屋に置いてある無駄に高性能な調合台はそのセレネ様とやらの持ち物か。

 魔法薬のスペシャリストでもいたのかと思ったが、多分金持ちの見栄の一つだろう。

 

「まあ、なんでもいいか。あ、そうだ。二十六日に一度騎士団本部に顔を出すから」

 

「かしこまりました」

 

 私はクリーチャーに対して軽く手を挙げると、元セレネ・ブラックの部屋へと戻った。

 

 

 

 

 

 クリスマスの次の日。私は護衛のために家を訪れたルーピンと共に不死鳥の騎士団の本部を目指していた。

 

「そういえば本部が新しくなってから全然行ってないですね」

 

「まあ本格的に運用が始まったのは新学期が始まってからだからね。今では常に騎士団員が在駐して情報の整理を行っているよ」

 

「まあでも、主要メンバーの殆どはホグワーツにいたり魔法省で働いているわけですし、駐在所みたいな扱いですよね?」

 

 私がそう尋ねると、ルーピンはいやいやと首を振る。

 

「それがそうでもない。特に本部の場所を提供したスカーレット嬢なんて毎週のように顔を出しているぐらいだ」

 

「レミリア先生が?」

 

 彼女が毎週のようにロンドンに帰っているなんて話は聞いたことがない。

 

「まったく彼女の働きには頭が下がる思いだよ。聞く話ではホグワーツの夜の警備や授業も担当しているんだろう? それに森にいるケンタウルスにも協力を取り付けたらしい」

 

 レミリアが占い学を担当しているのは周知の事実だが、まさか夜の警備や異種族との交渉まで担当しているとは。

 この前お茶に誘われた時に忙しいと愚痴を溢してはいたが、それほどとは。

 

「確かに忙しいとは聞いていましたが、クリスマスパーティーの準備で忙しいんだと思ってました」

 

「ははは、確かにあれほどの規模のクリスマスパーティーを企画するのは時間が掛かるだろうね。本当に、いつ寝てるんだか」

 

「吸血鬼なんで、案外授業の合間に寝てるんじゃないですか? 占い学の授業ではいつも棺桶の中から登場しますし」

 

 まあ、流石にあれは演出だとは思うが。

 私とルーピンは路地を一本抜け、騎士団本部が入っているビルがある大通りに出る。

 大通りはところどころクリスマスの装飾がなされており、昨日がクリスマスであることを実感させた。

 私はルーピンの前を歩きながら町を眺める。

 そして不意に昨日のことを思い出し、ルーピンの方に振り返った。

 

「そういえば、ルーピンさんはセレネ・ブラックという魔女を知っていますか?」

 

 ルーピンはその名前を聞いて驚いたように一瞬足を止める。

 

「その名前をどこで?」

 

「ああ、いえ。シリウス・ブラックの妹だと聞いたので。シリウス・ブラックと学生時代仲がよかったルーピンさんなら何か知っているかなと」

 

 私とルーピンは横並びになって再び歩き出す。

 ルーピンはその話をするか少し迷っているようだったが、私が何度か視線を送ると諦めたように話してくれた。

 

「確かに知っている。話したことも何度かある。セレネ・ブラックはシリウス・ブラックの二つ下の妹だ」

 

「どのような人物だったんです?」

 

「そうだな。学生時代は礼儀正しく、掴みどころのない少女という印象だった。兄のシリウスに似て勉強の方もそこそこ成績が良かったみたいだが、魔法薬学の授業だけは校内でも抜きん出ていた。それこそ、リリーやスネイプと比べても頭ひとつ上なほどにね」

 

「でも、例のあの人の仲間になってしまったんですよね」

 

 ルーピンは当時のことを思い出すかのように空を見上げる。

 

「ああ、そうだね。セレネ・ブラックはシリウスとは違い、正しくブラック家の人間だった。典型的なスリザリン思想というわけではないが、家の言うことには従順で、闇の勢力が力をつけていくにつれて次第に引きずり込まれていった」

 

「そして、最終的にはネビルの両親と決闘になり……」

 

「ああ、セレネ・ブラックは命を落とした。ちょうどシリウスが捕まったのと同じぐらいの時期じゃないかな」

 

 そう言うルーピンの顔は少し寂しそうだった。

 私とルーピンはロンドンの街をしばらく歩き、不死鳥の騎士団の本部が入っているビルの前へとやってくる。

 私は休みの前と同じようにビルのエントランスに入ろうとしたが、すぐにルーピンに止められた。

 

「実はこの前入り口が変わったんだ。今は裏手にある」

 

「あ、そうなんですね」

 

 ルーピンは周囲のマグルが私たちに視線を向けていないことを確認すると、ビルとビルの間の路地へと体を突っ込む。

 そしてそのまま粗大ゴミをかき分けるようにして少し進み、地面に倒れている冷蔵庫の前で立ち止まった。

 

「ここだ」

 

 ルーピンは冷蔵庫の扉を開けると、その中に足を突っ込む。

 冷蔵庫の中は真っ暗な空間が広がっており、ルーピンの体はみるみるうちに飲み込まれていった。

 

「なんともまあ、魔法使いらしい入り口ね」

 

 私は半ば呆れるように肩を竦めると、ルーピンの後を追って冷蔵庫の中に足を入れる。

 地面があるようには感じない。

 このまま暗闇の中を落下するしかないだろう。

 軽く呼吸を整えると、冷蔵庫の中に飛び込んだ。

 全身が浮遊感に包まれる。

 落ちているかどうかはわからないが、地面に立っているという感覚もない。

 まるで私の鞄の中のようだと感じ一瞬怖くなったが、そんな心配も束の間、すぐに両足が地面に付き、周囲が明るくなった。

 

「っと、無事着いたようね」

 

 私は降り立った部屋をぐるりと見回す。

 周囲が壁で囲まれており、目の前には無機質なドアと数字の書かれた無数のボタンが見える。

 どうやらここはエレベーターの中だ。

 エレベーターの内装も見覚えがないわけじゃない。

 きっと騎士団本部が入っているビルのエレベーターだろう。

 しばらく待っているとチンという軽い電子音と共に扉が左右に開かれる。

 そこには黒を基調とした廊下が真っ直ぐと続いており、その先には無数の扉が見えた。

 私はエレベーターから降り、一番近くの扉とその次の扉の間の壁を押し込む。

 そして出来た隙間に体を滑り込ませた。

 

「よし、ちゃんと出てきたな」

 

 隙間を抜けた先はいつものエントランスだった。

 目の前には私の到着を待っていたのか、少し心配している様子のルーピンがいる。

 

「冷蔵庫に入るとそれぞれ別の異空間に飛ばされるんだ。たとえどれだけくっついて入ってもね。騎士団のメンバーだったらエレベーターから先の手順を知っているが、そうでないものはあの地下空間を模した異世界に永遠に閉じ込められるようになっている」

 

「それ、私がうっかりここまでの行き方を忘れていたらどうするつもりだったんです?」

 

「その時はダンブルドアに連絡して、ダンブルドアが到着するのを待つだけさ。何せ死喰い人である可能性があるわけだからね」

 

 まあ、理にかなってはいるか。

 私は納得した素振りを見せると、ルーピンと一緒に騎士団本部の中を歩いた。

 

「今日サクヤに来てもらったのは他でもない。一度騎士団の現状を知っておいてもらおうと思ってね。魔法省と共同戦線を張っているということもあり、騎士団員も順調に増えている。それに最近では定期的に闇祓いを招いて戦いの訓練を行ったりもしていてね。新規メンバーの戦力化も順調だ」

 

「戦闘訓練ですか」

 

「興味あるかい?」

 

「まあ、それなりに」

 

 毎日のように訓練していた二年前が懐かしい限りだ。

 私に戦い方を仕込んだクラウチは今頃何をやっているだろうか。

 なんにしても、クラウチにしごかれていなければあの時シリウス・ブラックに殺されていたかもしれない。

 いや、結局あの後ダンブルドアに捕まったことを考えると、案外負けていた方がよかったか?

 もしシリウス・ブラックに負けていたら、私はハリーを殺さなくても済んだ。

 やはり、私がハリーを殺さないといけなくなったのは全てブラックのせいだ。

 私は何も悪くない。

 

「……サクヤ、どうかしたかい?」

 

 ルーピンに声を掛けられ、私はハッと我に返る。

 

「──いえ。でも、確かに興味はありますね。最近運動不足ですし、クリスマス休暇ぐらい体を動かすのもいいかもしれません」

 

「ならちょうどいい。今日の訓練があと一時間後に始まる。ある程度現状を確認してもらったら試しに参加してみるかい?」

 

「ええ、そうですね。そうさせてもらいます」

 

 私はそう返事をすると、ルーピンと共に騎士団の事務室へと入った。




設定や用語解説

現在のブラック家
 現在のブラック家は完全に崩壊しており、分家や他の家へ嫁いだ者が残っている程度。ブラック家の血を引く魔法使いは多い。

セレネ・ブラックとシリウス・ブラックの関係
 実の兄妹であり、セレネのほうがシリウスより二歳年下。

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戦闘訓練と筋肉痛と私

 一九九六年十二月二十六日。

 私はロンドンの高層ビルの地下にある不死鳥の騎士団の事務室で騎士団の現在の状況を確認していた。

 私が入った当初と比べるとメンバーはかなり増えているといえる。

 その中には私が見聞きしたことのある名前もいくつかあった。

 

「この人たちってホグワーツの卒業生ですか?」

 

 私の問いに隣にいるルーピンが答える。

 

「ん? ああ、そうだよ。その他にも魔法省の関係者や人づての勧誘で少しずつ勢力が増えている。まあ、とは言っても戦闘が出来る者は少ないけどね」

 

「あくまで情報収集のみ、ということですか」

 

 まあ確かに全員が全員戦える必要はない。

 それよりかは人数を増やし情報収集のための枝を伸ばしていく方が先決か。

 

「勿論、最低限の護身ぐらいは出来たほうがいいから少しずつ戦闘訓練は行っているけどね。これからも現地協力者という形で勢力を拡大させていく予定だ」

 

 不死鳥の騎士団はあくまで秘密結社だが、ここまでくるとある種の情報機関のような様相を呈してくる。

 まあ、散発的な死喰い人の活動に対処するには情報網を広げていくほかないのだろう。

 

 

 

 

 

 騎士団の事務所で現状の把握と簡単な情報交換を済ませた私は、ルーピンと一緒にホグワーツの教室を四つ繋げたほどの大きさの大部屋に来ていた。

 部屋の中心にはキングズリー・シャックルボルトの姿があり、その周囲を新人だと思われる騎士団員が取り囲んでいる。

 

「死喰い人が攻撃に使用してくる主な魔法の一つにアバダケダブラ、死の呪いがある。これに関しては今更説明する必要もないだろうが、一撃貰うだけでこの世とはおさらばだ。もっとも、死の呪いというのはかなり術者の力量に左右される呪いでもある。相手が死の呪いを放ってきたら、相手の力量は少なくとも中の上、運が悪ければ死喰い人の中でも上位クラスの実力者の可能性がある。逃げに徹するのが一番だ」

 

 まあ確かに、死の呪いというのは完全な状態で放たなければ相手を殺すことはできない。

 だが逆に言えば、完全な状態で放たれた死の呪いはどのような呪文を用いても防げない。

 

「死の呪いを見分けるのは簡単だ。特徴的な緑色の閃光をしている。実際一度見てもらおう」

 

 シャックルボルトはローブから杖を引き抜く。

 新人の騎士団員たちは今から死の呪文を放つということもあり、必要以上にシャックルボルトから距離を取った。

 

「アバダケダブラ!」

 

 シャックルボルトの放った死の呪文は鮮やかな緑色の閃光を放ちながら真っ直ぐ部屋の壁に吸い込まれると、バチンと弾けて消える。

 それと同時に静かなどよめきが上がった。

 

「さて、いざ死喰い人と立ち合って、相手が死の呪いを使用してきた時、一番は逃げに徹することだが、逃げることができない状況の場合も多いだろう。そのような場合はどうするか。分かるものは?」

 

 シャックルボルトは新人たちを見回す。

 新人たちは互いに顔を見合わせるだけで、誰も手を挙げようとはしなかった。

 シャックルボルトは小さなため息を吐くと、少し後ろのほうで様子を窺っていた私とルーピンの方に視線を向ける。

 

「ミス・ホワイト、君ならどうする?」

 

 今までシャックルボルトに集中していて私の存在に気が付いていなかった新人たちが一斉に私の方へと振り向く。

 私はそれに一歩前に歩み出ることで答えた。

 

「さあどうぞ」

 

 シャックルボルトはその意図を察したのか、私に対し無言で杖を構える。

 そして武装解除の呪文を私に向けて放った。

 私はシャックルボルトの放った赤い閃光を横に側宙するような形で避ける。

 そして地面に着地する前に杖を引き抜き、シャックルボルトに向けて構えた。

 

「と、まあここまでしろとは言わないが、おおむね今ミス・ホワイトが実践した通りだ。盾の呪文などで呪いを受けるのではなく、魔法そのものを物理的に避けてしまう。これは多くの呪いや呪文に対して有効な対処法だ」

 

 シャックルボルトは一通りの説明を終えると、新人たちを二人一組にして呪文を避ける練習をするよう指示を飛ばす。

 そして自分の手が空いたところで私たちの方へと近づいてきた。

 

「先ほどはありがとう。いい手本だった」

 

「いえ、そんなことは。普段からシャックルボルトさんが新人の指導を?」

 

「いや、毎回というわけでもない。非番の闇祓いや古参の騎士団員が持ち回りで教師役をしている」

 

 私は壁際から新人たちを見回す。

 このような講習を受けていることもあり、新人たちの戦闘能力は相当低いと言わざるを得なかった。

 

「まあでも、このような練習をしたところで実際に避けれるかは別ですけどね」

 

 このような回避能力は基本中の基本だ。

 勿論、死喰い人たちもそれを予想して呪文を放つ。

 正直なところ、全力で距離を取ったほうがまだマシだ。

 私は二人一組になって練習している新人たちに目を向ける。

 みな呪文を避けることに必死になりすぎており、それによって大きな隙が生じていた。

 

「あの調子なら、パニックで逃げまどっていた方が生存率高いのでは?」

 

「……まあ、だからこその戦闘訓練なわけだが。自分の身は自分で守れる程度にはなってもらわなくては」

 

 シャックルボルトはそう言って肩を竦める。

 そして改めてといった様子で私に向き直った。

 

「そういえば、サクヤ君たちは何故ここに?」

 

「ああいえ、用というほどの用事はありません。ただまあ最近運動不足なのでもう少し体を動かそうかなと」

 

 シャックルボルトはそれを聞き、部屋の中を見回す。

 そしてある程度のスペースがある場所を見つけると、私とルーピンを案内した。

 

「できれば私が直接手合わせしたいところだが……」

 

 シャックルボルトはそう言いつつ新人たちの方へ目を向ける。

 まあ確かにあの様子では新人たちから目を離すわけにはいかないだろう。

 

「いえ、それには及びません。私の遊び相手はルーピンさんにお願いしようと思います」

 

「ははは、モテる男はつらいね」

 

 ルーピンは冗談めかして笑うと、静かに杖を抜く。

 私はルーピンから軽く距離を取ると、両手をポケットの中へと突っ込んだ。

 

「じゃあ適当に打ち込んできてください」

 

「いいのかい? こちらは決闘方式でも構わないが」

 

「それだとヒートアップしすぎてしまうので。それに私が壁を背にしていれば呪文の流れ弾を気にする必要もないでしょう?」

 

 それならば、とルーピンは杖を構える。

 私はそれを見て静かに目を瞑った。

 

「いつでもどうぞ」

 

「それじゃあ遠慮なく」

 

 私はルーピンの魔力へと意識を向ける。

 普段からさざ波のように強弱が少ないルーピンの魔力だが、今は一段と落ち着いている。

 きっと意識して魔力の動きを悟られないようにしているのだろう。

 だが、体内の魔力を杖で変換し放つという魔法の性質上、魔法を放つ瞬間には確実に魔力に動きが生じる。

 その瞬間、ルーピンの魔力が物凄い速度で動き、私に向かって高速で接近してくる。

 私はその魔力の塊を軽く体を逸らすことによって回避した。

 

「凄いな。魔力を察知するセンスがピカイチだ」

 

「まあ相当訓練しましたから。続きをどうぞ」

 

「それじゃあ、段々ペースを上げていくよ」

 

 ルーピンはそう言うと、一定の間隔を置いて私に対し魔法を放ち始める。

 初めは五秒に一度ほどのペースだったが、時間が経つにつれてどんどん魔法を放つペースが早くなっていった。

 私は次々と放たれる魔法を右へ左へと回避する。

 初めのうちは余裕を持って避けることができていたが、五分もしないうちに軽く息が上がってきた。

 

「もう少し早くても大丈夫そうかな?」

 

「はい。お願いします」

 

 これ以上の速度では魔力の察知だけでは少々心もとない。

 私は閉じていた両目を開け、ルーピンの杖を振る手の動きに集中した。

 

 

 

 

 

「ただいまー」

 

 その日の夕方。玄関の前でルーピンと別れた私は二階にある自分の部屋へと向かう。

 そして着替えとタオルを掴むと真っ直ぐバスルームへと向かった。

 私は着ていた衣服を洗濯籠へと突っ込み、シャワーで汗を流す。

 結局あの後ヒートアップした私はルーピンとの模擬戦闘に始まり、シャックルボルトとの決闘、新人たちとの一対多の戦闘などかなり体を動かした。

 正直な話、少々調子に乗って体を動かし過ぎたかもしれない。

 毎日のようにクラウチと戦闘訓練をしていた二年前と違い、最近は運動といえばたまに参加するクィディッチの練習ぐらいだ。

 

「うーん、本当は二年生の時みたいに校内で決闘クラブを組織したほうがいいんだろうなぁ。でも、そうすると先生役は確実に私になるし……あ、そうだ。ハリーに先生役を頼めば私は練習に参加するだけでいいかも。旗頭としてもハリーは適任だし」

 

 髪と体についた白い泡を洗いながらし、タオルで体を包み込む。

 あまりにも足を酷使しすぎたせいか、膝が少し震えている。

 運動不足もここまでくると少し笑えてくるほどだ。

 私は新しい服を身に纏い、バスルームを出る。

 そしてまた自分の部屋に上がると、ベッドの上に倒れ込んだ。

 

「よっと、──おわっ!」

 

 だが、私が想像していたよりもベッドのスプリングが強く、私はそのままベッドの上を跳ね、床へと落ちる。

 私はその衝撃で勢いよく木製の床へと頭を打ち付けた。

 

「痛ったぁ……あ、そうだ。ハリーは私が殺したんだったっけ」

 

 私はクリーチャーが綺麗に掃除した冷たすぎる床に頬をつける。

 そしてふとベッドの下に目を向けた。

 

「ん? 何かしらこれ」

 

 ベッドの足と床の隙間に白いカードのようなものが挟まっている。

 私は特に何も考えずベッドの下に手を伸ばし、そのカードのようなものを引っこ抜いた。

 

「これは……もしかしてクラウチ親子?」

 

 私は床から起き上がると、ベッドに腰かける。

 写真には随分と若く見えるクラウチ・シニアと、ホグワーツの低学年ほどに見えるクラウチ・ジュニアが映っていた。

 背景の建物からして、写真を撮ったのはパリだろうか。

 

「あの親子、昔はそこそこ仲が良かったのね」

 

 ちょうど一年ほど前にクラウチ・シニアは息子のクラウチ・ジュニアに殺されている。

 この写真からは想像もできない結末と言えるだろう。

 私は少しの間感傷に浸ったあと、写真をひっくり返す。

 そこには少々子供っぽい文字でメッセージが書かれていた。

 

『親父の出張でフランスに来てる。夏休みはパリで過ごす予定だ。勉強サボるなよ白黒女!』

 

「女……ってことはシリウス・ブラックに向けた手紙ではない。それじゃあこれはセレネ・ブラックに向けた手紙ね」

 

 クリーチャーも、この部屋は昔セレネ・ブラックが使っていた部屋だと言っていた。

 それにセレネとクラウチが友人同士だったとしたら、クラウチがセレネを殺したロングボトム夫妻を憎むのも理解できる。

 気が狂うほど磔の呪文を掛けるほどに。

 

「詳しい話を聞いてみたいけど、生憎今は敵同士だし」

 

 私は写真を机の引き出しに放り込むと、他にセレネの持ち物が残っていないか部屋の中の探索を始める。

 今まで机やベッド、クローゼットなどはよく使っていたが、この部屋に住み始めてから一度も手をつけていない家具がいくつかある。

 例えば調合台なんかがそうだ。

 学校で習うレベルの魔法薬の調合では無用の産物であるし、そもそもこっちで薬を調合することは滅多にない。

 私は掃除だけが無駄に行き届いている調合台の引き出しに手を掛ける。

 そして順番に中を確認した。

 一段目の引き出しには魔法薬の調合で使うナイフや匙が無造作に放り込まれていた。

 ホグワーツの授業で使うものよりいくらか専門的だ。

 二段目は材料を量るための錘や、色とりどりの宝石が無造作に転がっている。

 私は宝石を手に取ると、光に透かしてみた。

 

「本物かしら?」

 

 生憎私には宝石を鑑定する能力はない。

 だがこんなところに宝石が転がっているあたり、セレネという女性の性格が透けて見えるようだった。

 

「調合台には特に面白いものはないか。本棚は……最初から空だったわね」

 

 本棚と同じようにクローゼットも私が入居した時は空だった。

 まあ、元は色々とあったのかもしれないが、パチュリーがこの家を改装した時に撤去されてしまったのだろう。

 全くもってつまらない。

 私はため息を吐くと、倒れ込むようにベッドに横になる。

 夕食が出来るまで仮眠を取ることにしよう。

 私は毛布に包まり、静かに目を閉じる。

 そして、まるで本当に重量が増えたかのように感じる体を夢の世界へ落とし込んでいった。

 




設定や用語解説

サクヤの戦闘能力
 サクヤは優れた魔力察知能力を持っている。また体が軽いためか身のこなしが軽く、目もいいため呪文を避けるのも得意。だが魔力量や体力は人並みのため、割とすぐガス欠を起こす。

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講習と輸血パックと私

 騎士団の本部へ顔を出したり魔法省で大臣と会談したり、日刊予言者新聞の取材を受けたり隠れ穴に遊びにいったりと忙しくしているうちにすぐに新学期がやってきた。

 情勢が情勢ということもあり、今日限定でホグワーツの暖炉が煙突飛行ネットワークに接続されている。

 私は夕食前ほどの時間に自宅にある暖炉の前に立っていた。

 

「それじゃあクリーチャー、留守をよろしくね」

 

 私がそう言うと、クリーチャーは深々と頭を下げる。

 

「いってらっしゃいませ、ご主人様」

 

 私はクリーチャーに軽く手を振り、暖炉の中に煙突飛行粉を一掴み投げ入れる。

 そして炎の色が変わったのを確かめ、暖炉の中に入った。

 

「ホグワーツ!」

 

 私がそう叫んだ瞬間、私の体は煙と共にものすごい勢いで煙突の中に吸い込まれる。

 そして両足が地面についた時にはホグワーツにあるマクゴナガルの部屋の暖炉の中に立っていた。

 私は軽く咳き込みながら暖炉から這い出る。

 そして部屋の机で書類仕事をしていたマクゴナガルに挨拶した。

 

「お久しぶりです先生」

 

「お久しぶりです、ミス・ホワイト。無事に辿り着いたようで何よりです」

 

 私は杖を取り出し体に付いた灰を綺麗に落とす。

 そしてマクゴナガルに軽く礼をしてから夕食を食べに大広間へと向かった。

 

 大広間では既に多くの生徒が食事を取っており、グリフィンドールのテーブルも人でごった返している。

 こんなことならもう少し早く家を出るか、そもそも家で食べてくるべきだったと若干後悔しながら私はグリフィンドールのテーブルを見回した。

 特に待ち合わせなどはしていないが、きっとどこかにロンとハーマイオニーがいるはずだ。

 だが、一通り見渡した限りでは二人の姿は見えない。

 まだホグワーツに到着していないのか、それとももう夕食を食べ終わって談話室に戻ったのか。

 なんにしてもいつもまでも席に座らずうろうろしているのも不恰好だ。

 私は適当に空いている席へと座る。

 とりあえず、二人と合流するのは後回しでいいだろう。

 私は近くにある皿を手当たり次第にかき集めると、順番に口の中に運び始めた。

 

 

 

 

 夕食を取り終えた私は、大広間横の階段を上りグリフィンドールの談話室を目指す。

 そして夕食の席で聞いた新しい合言葉を太った婦人に言い談話室の中に入った。

 冷え込んでいる八階の廊下と違い、談話室の中は暖炉の熱でポカポカと暖かい。

 私は普段よく三人で陣取っているソファーへと向かい、幅広のソファーの真ん中に腰掛けた。

 ここにいればそのうち二人が来て声をかけてくれるだろう。

 それまでは読書に励むとしよう。

 私は拡大呪文が掛けられたポケットから内部に無限の空間が広がる鞄を取り出す。

 そしてさらにその鞄の中から魔法薬学の教科書を取り出した。

 あの『白と黒のプリンセス』の教科書だ。

 この謎のお姫様が何者なのかは未だわかっていない。

 スラグホーンの言葉から察するにスラグホーンの教え子であることはわかるが、それ以上のことはさっぱりだ。

 私は教科書を捲り余白に書き込まれた文章を目で追っていく。

 そのどれもが既存の魔法薬のレシピの改良だ。

 

「彼女のレシピは確かにスラグホーンをも唸らせる芸術性がある。でも、ここまでの技術を持ちながらオリジナルの魔法薬のレシピがないのはあまりにも不自然だわ」

 

 それに、彼女のレシピでは既存の魔法薬以上のものは完成しない。

 このレシピがパチュリーの作り出したものではないと直感的に察したのはまさにその部分だ。

 彼女からはパチュリーほどの異常さを感じない。

 あくまで魔法薬学にのめり込んだ学者の域を出ない。

 

「ハッピーホリデー! サクヤ!」

 

 私がぶつくさ言いながら教科書を捲っていると、後ろからハーマイオニーがソファー越しに抱きついてきた。

 

「ハッピーホリデー、ハーマイオニー。今着いたところ?」

 

「いえ、随分前に着いてたわ。ハグリッドのところに行ってたの。……って、サクヤが教科書を読んでるなんて珍しいわね」

 

 ハーマイオニーは私の肩越しに教科書を覗き込む。

 そしてあまりの書き込みの多さに眉を顰めた。

 

「その教科書、サクヤのじゃ無いわよね?」

 

「あら、なんでそう思うの?」

 

「だって貴方そもそも板書しないじゃない」

 

 ハーマイオニーはソファーを回り込むと私の横に座り、教科書をひったくる。

 

「それに貴方の文字じゃないし」

 

「ふふ、そうね。私はもっと字が綺麗だわ」

 

「で、結局この教科書はなんなの?」

 

 ハーマイオニーはペラペラと教科書のページを捲る。

 私はソファーに深く身を埋めながら言った。

 

「白黒のお姫様のよ」

 

「……何それ?」

 

 私は教科書の裏表紙を一枚捲り、『白と黒のプリンセス蔵書』と書かれている箇所を指し示す。

 

「『白と黒のプリンセス蔵書』……何が白と黒だったのかしら」

 

「それに関してはサッパリ。魔法薬学に長けた人物だったってこと以外は何もわからないわ」

 

 私はハーマイオニーから教科書を返してもらうと、鞄の中に仕舞い込む。

 ハーマイオニーは『白と黒のプリンセス』が気になるのかブツブツ言いながら考え事を始めた。

 

「白と黒……パッと思いつくのは新聞とかだけど、魔法薬には関係ないし……チェス、チェスなんてどうかしら?」

 

「駒のクイーンのこと? 確かに白と黒がいるけど……でもクイーンはクイーン(女王)であってプリンセス(王女)ではないわ」

 

 確かに……とハーマイオニーはさらに考え始める。

 私たちがそうしていると、男子寮の階段からロンが降りてきて真っ直ぐ私たちの方へ近づいてきた。

 

「久しぶり! そういえば二人はもう掲示板は見たか?」

 

 ロンは私たちの前に回り込むと掲示板の方を指し示す。

 私は軽く人集りが出来ている掲示板に視線を向けた。

 

「次のホグズミード行きの告知?」

 

「違うわ。姿現わしの講習会がホグワーツで開かれるの」

 

 ロンの代わりに私の横にいたハーマイオニーが答える。

 

「なんだ。もう見てたのか」

 

「お昼にはホグワーツに帰ってきてたもの。それにしても楽しみよね」

 

「へえ、姿現わしに講習会なんてあるのね」

 

 私は既に姿現わしとは違った瞬間移動術を身につけてはいる。

 だが、対外的にも姿現わしの免許を取得しておいた方がいいだろう。

 

「三ヶ月の講習で十二ガリオンだってさ。ママにお小遣いの増額を頼まないとな」

 

「そう、三ヶ月も講習があるのね。応援してるわ」

 

「応援って、サクヤも当然姿現わしの講習を受講するだろ?」

 

 ロンの問いに私は少し考える。

 今まで試したことがあるわけではないので確証はないが、講習に参加してもきっと一日目で姿現わしは完璧にマスター出来てしまうだろう。

 そうだとしたら時間とお金が勿体無い。

 ダンブルドアに頼んで少し時間を止めさせてもらい、ダンブルドアの付き添いのもと一時間ほど姿現わしを練習するというのはどうだろうか。

 それならば万が一バラけてもダンブルドアが治してくれるだろう。

 

「……いや、馬鹿らしいか」

 

「何が?」

 

 私は軽く首を振ると改めて言う。

 

「そうね。勿論私も受講するわ。一緒に頑張りましょうね」

 

「ん? うん、そうだな。でも実際姿現わしってどんな感じなのか楽しみじゃないか? サクヤはもう経験あるんだっけ?」

 

 ロンの問いに、私はダンブルドアと付き添い姿現わしした時の感覚を話して聞かせる。

 そうしているうちに夜は更けていった。

 

 

 

 

 クリスマス休暇を挟んだからといって、ホグワーツの授業は何も変わらない。

 変身術や魔法薬学の内容は更に専門的で複雑になっていくし、その他の授業も内容が高度になっていく。

 そんな中、レミリアが担当する占い学の授業だけはのんびりとした雰囲気が漂っていた。

 

「そうね。休暇明けだしあまり課題の残る授業はやりたくないわ。今日は今までの授業での疑問点や、理解が及んでいないところへの質疑応答の時間にしましょうか。自由に質問しなさい」

 

 レミリアは小悪魔に教卓を退けるように命じる。

 小悪魔は杖を取り出すと、教卓をふかふかのソファーに変身させた。

 

「さあ、どんな質問でもいいわよ」

 

 レミリアは小悪魔が用意したソファーに身を投げ出すように腰掛ける。

 そんなレミリアに対してクラスの生徒たちは、どうしていいかわからないと言った表情で顔を見合わせた。

 そんな中、私の隣に座っていたパーバティがおずおずと手を挙げる。

 

「あの、スカーレット先生は吸血鬼という話ですけど、やっぱり血を吸うんですか?」

 

「あら、いきなり授業とは全く関係ない質問がきてしまったわ」

 

 レミリアは軽く肩を竦めて笑う。

 パーバティはその反応に少し小さくなった。

 

「あ、その、やっぱりいいです……」

 

「別に構わないわよ。なんでも聞けと言ったのは私だし。実際それぐらい緩い空気の方が他の子も質問しやすいだろうから」

 

 レミリアはソファーからぴょんと立ち上がり、部屋の隅にあるキャビネットの扉を開ける。

 そして中から赤い液体が入った透明のビニール容器を取り出した。

 きっと中の赤い液体は血液だろう。

 

「じゃじゃーん。マグルの世界から取り寄せた輸血パックよ。少し古くなってもう人体には輸血出来なくなったものを貰ってきているの」

 

「ゆ、けつ?」

 

 パーバティはわかりやすく首を傾げる。

 ああ、そうか。魔法界では輸血という概念は存在しないんだった。

 レミリアもそのことに気がついたらしく、少し肩を落としながら輸血パックを仕舞った。

 

「まあ、マグルの世界から取り寄せているということよ」

 

 パーバティの質問で勢いがついたのか、占い学のクラスの生徒たちはこの後も次々とレミリアに質問を飛ばしていく。

 その内容は実に様々で、NEWT試験の対策から明日の天気、気になる男の子の落とし方など占い学に関係ない質問も多く寄せられた。

 レミリアはその一つ一つに丁寧に答えていく。

 そうしているうちに一時間近くが経過し、授業も終わりに差し掛かった頃、ふとレミリアが私の方へ視線を向ける。

 

「そういえばサクヤ、貴方は何か質問はないの?」

 

 レミリアがそう話を振ると同時に、クラス中の視線が私に注がれる。

 私は内心小さくため息を吐くと、レミリアに対して質問した。

 

「先生には妹さんがいらっしゃるようですが、どのような方なのですか?」

 

 私の問いにクラスの生徒たちが少しざわつく。

 レミリアは一瞬キョトンとしたような顔をしていたが、すぐに平静を取り戻して言った。

 

「内気で引きこもり気質でね。普段は家で絵ばっかり描いてるわ。魔法界では知名度はないけど、マグルの世界ではそこそこ名の知れた芸術家なのよ」

 

 そういうレミリアの顔はどこか得意げだ。

 その様子はまさに妹を自慢する姉そのものだった。

 

「さて、それじゃあ今日の授業はここまで。次回は中世における占い師の在り方と立場についてやりましょうか」

 

 レミリアは大きな欠伸を一つすると、教室の隅にある棺の中に入る。

 小悪魔はレミリアの上に優しく毛布を掛けると棺の蓋を閉めた。

 レミリアの占い学ではお決まりの終わり方だ。

 生徒たちは今日レミリアに質問した内容の話題を話しながら教室を出ていく。

 私もパーバティとラベンダーと一緒に教室を後にした。

 

「へえ、それじゃあラベンダーはロンに気があるのね。意外だわ」

 

「ちょっと、声が大きいって!」

 

 食事を取りに大広間へと向かう途中、ラベンダーは恥ずかしそうに私の肩を叩く。

 

「でもスカーレット先生のあの口ぶりと貴方の態度からしてそうなんでしょう?」

 

 先程の占い学の授業で、ラベンダーはレミリアに今後の恋路を占ってもらっていた。

 勿論授業の一環なのでレミリアは占いの結果を特に隠すことなく公表したわけだが、その内容を鑑みるにラベンダーが好意を寄せている男性がロンであることは明白だった。

 

「でもサクヤ、実際どうなの?」

 

 並んで歩いていたパーバティが私に聞いてくる。

 

「どうって?」

 

「ロンのことよ。ロンっていつもサクヤかハーマイオニーと一緒にいるじゃない。実際どうなのかなって」

 

「そうねぇ……」

 

 私が考え込むと、ラベンダーは少々不安そうな顔で私の様子を伺い始める。

 思い返せば、ハリーやマルフォイと違いロンは私に恋愛的な感情は抱いていなさそうに思う。

 

「多分私は女としては見られてないわね。ハーマイオニーも同じじゃないかしら。私もロンに関しては男の子ってよりかは歳の近い姉弟みたいな感覚だし」

 

「あー、一周回って、みたいな?」

 

「別に一周も回らないわよ。ロン自身恋人欲しそうな雰囲気はあるし、告白したらすんなり付き合えると思うわ」

 

「ホントね? 応援してよ?」

 

 ラベンダーは半ば縋り付くような形相で私を見る。

 私はそんなラベンダーの様子に小さく笑った。

 

「勿論、貴方の恋路を応援してるわ」

 

 それを聞きラベンダーは小さくガッツポーズをする。

 ラベンダーからしたら私とハーマイオニーの存在がロン攻略の大きな障壁だったのだろう。

 だがそれが自分を援護する砲台だと分かれば強い後押しになる。

 ロンとラベンダーならお似合いのカップルになり得るだろう。

 もしロンとラベンダーが付き合い始めたらどうなるだろうか。

 友達同士というのは変わらないが、流石に四六時中一緒にいるというのはなくなるかもしれない。

 

「まあ、そんなものよね」

 

「何が?」

 

「なんでもないわ」

 

 私は軽く首を振ると、そのまま大広間に入っていった。




設定や用語解説

サクヤのポケット
 拡大呪文が掛けられており、鞄をすっぽり収納することができる。

サクヤの鞄
 能力の暴走で内部の空間が無限大に広がり続けている。だが、サクヤ自身は教室一つ分ぐらいの空間しか使っていない。また、内部の時間が止まっているため中に入れたもの時間も停止する。

レミリアの妹
 マグルの世界では名の知れた画家。二十年に一度ほどの頻度で名義が変わる。だが、作風は変わらないので一部のコアなファンからは同一人物の可能性を疑われている。都市伝説のような噂の域を出なければ何も問題はないが、同一人物であると確信し、それを世に広めようとしたものは何故か行方不明になる。

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本の虫と古びたティアラと私

 二月に入ると一回目の姿現わしの講習が行われた。

 講習は校庭で行われる予定だったが、雪解けが思った以上に進まず校庭は今泥の沼と化している。

 そのため急遽大広間に場所が変更された。

 大広間には六年生の殆ど全員と一部の七年生、そして各寮の寮監と魔法省の役人らしき魔法使いの姿があった。

 

「みなさんおはようございます!」

 

 寮監が各寮の参加者が全員揃っていることを確認すると、魔法省の指導官が説明を始める。

 

「これから十二週間の間、姿現わしの指導官を務める魔法省のウィルキー・トワイクロスです。みなさんが姿現わしの試験に受かるよう、共に頑張りましょう」

 

 トワイクロスは生徒全員を見回すと、更に続けた。

 

「知っていることとは思いますが、ここホグワーツでは魔法によって姿現わしも姿くらましも出来ないようになっています。ですが校長先生がここ大広間に限って練習のために一時間だけ魔法を解いてくださりました。ですので、大広間の外や、一時間過ぎた後に姿現わしを試そうなどとは考えないことです」

 

 それから指導官と寮監は各人に一つフラフープのような輪っかを配り、足元へと置かせる。

 この輪っかの中に姿現わしする練習を行うようだ。

 

「姿現わしにおいて大切なのは三つのDです。どこへ、どうしても、どういう意図で! この三つをしっかりと思い浮かべなければ姿現わしを成功させることは出来ません。そして、無の中に入り込むような感覚でその場で回転する。私が号令をかけますから、まずはやってみましょう」

 

 トワイクロスの言葉に、生徒たちは皆自分の少し前に置いた輪っかの中に意識を向け始める。

 私も自分が移動すべき輪っかに視線を向け、三つのDを意識し始めた。

 

「どこに、どうしても、どういう意図で! いいですか? それでは、いち、にの……さん!」

 

 周囲の生徒が一斉にバランスを崩し大広間の床へとすっ転ぶ中、私も右足を軸にして回転を始める。

 空間移動系の魔法は何度も経験してきた。

 この程度の移動なら何の問題もないだろう。

 回転と共に狭い水道管に頭から捩じ込まれるような感覚が私を襲う。

 私はそのまま更に回転し、無の空間へと体を捩じ込んだ。

 その瞬間だった。

 

「あれ?」

 

 気がつくと、私は全く知りもしない空間へと移動していた。

 

「……おっかしいわね」

 

 私はローブから杖を抜きながら辺りを見回す。

 はじめに目についたのは本棚だ。

 私の左右には高さが自分の身長の何倍もある巨大な本棚がそびえ立っており、その中にはびっしりと本が収まっている。

 これほどの高さだと、たとえハグリッドでも一番上の本には手が届かないだろう。

 

「ホグワーツの図書室……ではないわね」

 

 私は少し歩いて本棚の双璧から脱出しようとする。

 だが、巨大な本棚はこの二つだけではないようで、本棚の奥には全く同じデザインの本棚が置かれていた。

 この部屋自体がどれほどの大きさかは分からないが、どこを向いても壁が見えないあたりかなり広い空間であることは確かだ。

 そしてこの本棚は、きっとこの空間一杯に所狭しと並べられているに違いない。

 

「凄まじい量ね。大英図書館とどっちが大きいのかしら」

 

 私は周囲をキョロキョロと眺めながら真っ直ぐ本棚の壁を辿っていく。

 光源らしい光源は見つからないが、明かりがなくとも歩き回ることができる程度には周囲が見える。

 私は左手に杖を握りしめながら、慎重に歩を進めた。

 

「何であなたがここにいるのよ」

 

 その時だった。

 突然背後から声を掛けられ、私は咄嗟に前方に飛び退く。

 そして油断なくその声の主に対して杖を構えた。

 

「落ち着きなさい」

 

 そこに立っていたのはパチュリー・ノーレッジだった。

 いつも通りの紫色のローブに、全く変わらない少女のような容姿。

 去年の六月にホグワーツで授業していた時と全く同じ姿だ。

 

「ノーレッジ先生? なんでこんなところに……」

 

「こんなところとは失礼ね。私としてはなんで貴方がここにいるかの方が謎なんだけど」

 

 ついてきなさい、とパチュリーは本棚の間を歩き出す。

 私は軽く首を傾げながらもパチュリーの後についていった。

 

 

 

 

 五分ほど本棚の間を歩くと、ようやく部屋の壁が見えてきた。

 壁の周辺にはこの空間を暖めるにはあまりにも小さい暖炉と、大きな長机と椅子が置いてある。

 きっと暖炉は煙突飛行用のものだろう。

 長机は半分以上が本の山で埋もれており、場所によっては羊皮紙が広げられていた。

 

「パチュリー先生、ここは?」

 

「私の研究室兼資料室」

 

「ああ、それは失礼しました」

 

 私は先程こんなところと言ったことを謝罪する。

 パチュリーはそんなことはまったく気にしていないのか、いつも通りの無表情で私の近くに椅子を飛ばしてきた。

 

「まあ座りなさい。なんで貴方がここにいるのか興味があるし」

 

「興味も何も、私にもよくわかっていないんですけどね。気がついたらここにいたとしか」

 

 私は椅子に座ると、パチュリーと向かい合う。

 

「気がついたらで侵入できるほど甘いセキュリティにはしていないと思うのだけど……先程まで何をしていたのかしら?」

 

 私はホグワーツでの姿現わしの講習中に、姿現わしを試した結果ここに来てしまったことをパチュリーに説明する。

 パチュリーは私の説明を軽く相槌を打ちながら聞くと、頭を抱えてため息を吐いた。

 

「なるほどね。そういうこと」

 

「どういうことです?」

 

「多分セーフティネットに引っかかったのね」

 

 セーフティネット?

 私が首を傾げているとパチュリーが説明してくれる。

 

「つまりは魔力式多次元量子ワープに何らかの問題が発生したときにセーフティネットが働いてここに飛ばされるようになってるのよ。貴方の場合中途半端に姿現わしと魔力多次元量子ワープが混ざり合った結果、別次元の宇宙に飛ばされそうになったところを私が張ったセーフティネットに引っかかったのね」

 

 パチュリーは納得したように頷くと、何もない空間から一冊の本を取り出す。

 

「私以外にこの移動魔法を使うものがいるとは思えなかったから利便性も含めて事故があった時の移動場所を大図書館に設定していたのをすっかり忘れていたわ。このセーフティネットの魔法式自体作ってから起動されたのは今回が初めてだし」

 

 パチュリーは机の上に置かれている羽ペンで本の中に書かれている文章を一部修正すると、また何もない空間へ本を収納する。

 

「場所をホグズミードに変更しておいたわ。貴方もこの移動魔法を使うなら、移動場所はホグワーツに近いほうがいいでしょうし」

 

「あ、ありがとうございます。……というか、この移動魔法って事故を起こすと別次元の宇宙に飛ばされてしまうんですか?」

 

「知らずに使っていたの? といってもそうそう事故なんて起こらないはずだけど。貴方の場合は魔力式多次元量子ワープを行なおうとしての事故ではなく、事故が起こりやすい姿現わしに中途半端に魔力式多次元量子ワープを混ぜてしまった上での失敗なわけだし」

 

 パチュリーはもう一度小さくため息を吐く。

 

「というか、姿現わしぐらい一発で成功させなさいよ。仮にも私の弟子なわけだし」

 

「弟子……私がですか?」

 

「違うの? 私はその認識だったのだけれど」

 

 パチュリーの意外な言葉に、私は呆気に取られてしまう。

 

「いえ、そう思っていただけているなら光栄なことだなと。でも、私は貴方の弟子のシリウス・ブラックを殺した人間ですよ?」

 

「ブラックが私の言いつけを守っていたらあんなことにはならなかったわ」

 

 パチュリーがもし本当に私のことを弟子だと思っているのだとしたら、他にも気になることが多々ある。

 

「……もう一つ聞きたいことが。一昨年、炎のゴブレットに私の名前を入れたのはパチュリー先生ですよね? それは一体何故です?」

 

「興味本位と修行の一環。といっても、第三の課題では私がちょっかいを掛ける前にリトル・ハングルトンへ飛んでいってしまったから何もしていないけど。貴方の能力、ちょっと興味深過ぎるのよ」

 

 パチュリーはあっけらかんとそう言う。

 きっとその言葉に嘘はないのだろう。

 この人は悪気など全くなく、ただただ自分の知的好奇心を満たすために私の名前を炎のゴブレットに入れたに違いない。

 

「私がそれでどれだけ苦労したことか……というか、結果的に私が死喰い人入りするきっかけにもなってしまいましたし」

 

「悪かったわ。まさかあんなことになるとは思っていなかったの。ブラックの件含めてね。危険な大会だとはいえあくまでも生徒が挑む競技じゃない。貴方レベルが危険に晒されるとは考えもしていなかったし」

 

「その割には、第一の課題のドラゴンが冗談では済まされないほど強化されていたのですが?」

 

 私がそう言及すると、パチュリーはぷいっと目を逸らす。

 

「貴方が時間操作の能力を使わないのが悪いわ」

 

 んな理不尽な。

 なんにしても、パチュリーが私に敵対心を持っていないというのはかなりの朗報だ。

 正直目の前にいる魔女は、ダンブルドア以上に相手にしたくない。

 私が内心安堵していると、パチュリーが小さくため息を吐きながら言った。

 

「弟子と認めていない相手に賢者の石なんて渡したりなんかしないわ」

 

「それはまあ、ありがとうございます?」

 

 私はポケットの中から賢者の石を隠している懐中時計を取り出す。

 この賢者の石は一昨年パチュリーから受け取ったものだ。

 

「パッと見る限りその石で命の水を作って飲んでいるわけでもないみたいだし。純粋に能力の強化にしか使ってないんでしょ?」

 

「まあ、そうですね。というか、まだ延命を考えるような歳でもないですよ」

 

「なによ。言ってる間におばさんよ」

 

 パチュリーは私の懐中時計を覗き込むと、思い出したかのように顔を上げる。

 

「そういえば貴方、姿現わしの講習中だって言ってたわね。今頃ホグワーツでは大騒ぎになってるんじゃないの?」

 

 パチュリーの指摘に、私もハッとする。

 確かにそうだ。

 今頃ホグワーツではどこに飛んだかすらわからない私の捜索でてんやわんやしていることだろう。

 

「えっと、今すぐホグワーツに戻った方がいいですよね」

 

「そうしなさい」

 

 パチュリーは壁に設置されている暖炉に手を向ける。

 すると煙突飛行粉を入れていないのに暖炉に緑色の炎が上がった。

 

「校長室に繋いでおいたわ。事情は直接ダンブルドアに説明しなさい」

 

 私は火のついた暖炉に向かって数歩進む。

 だが、私は一つ心配事がありパチュリーに向き直った。

 

「こっそりヴォルデモートのところへ行っていたとかって疑われないですかね?」

 

「そんなの知らないわよ。……でも、そうね。だったらこれ上げるわ」

 

 パチュリーは何もない空間へ手を突っ込むと、古びたティアラを取り出す。

 そしてそのティアラを私へ対し投げて寄越した。

 

「あの、これは?」

 

「レイブンクローのティアラよ。噂ぐらいは聞いたことあるでしょ? 叡智を授けるってやつ」

 

 レイブンクローのティアラ。聞いたことがあるどころの話ではない。

 もしレミリアとダンブルドアの予想が正しければ、レイブンクローのティアラはヴォルデモートの分霊箱の一つだ。

 

「あ、あの! このティアラどこで……」

 

「どこって、ホグワーツよ。去年ホグワーツで教鞭をとっていた時に必要の部屋で見つけたの」

 

 パチュリーは何でもないことのようにあっけらかんと言う。

 

「変な魔法が掛かっていてね。歴史的に価値のあるもののはずだから持って帰って綺麗にしたの。そのうちダンブルドアに返そうと思っていたんだけどすっかり忘れていたわ」

 

 変な魔法というのは分霊箱のことだろうか。

 まあパチュリーからしたら分霊箱なんて便所の壁の落書き程度の認識なのだろう。

 

「それって、もしかして分霊箱──」

 

「あら、分霊箱を知っているだなんて勉強熱心ね。そう、誰かの魂が封じ込まれていたわ」

 

「……その魂、どうしたんです?」

 

「え? 消したけど」

 

 私とパチュリーの間に沈黙が流れる。

 パチュリーは少し私の顔を伺うと、ハッとしたように言った。

 

「このティアラが分霊箱であることを知っているということは……もしかして貴方の魂だった?」

 

「ああいえ、違いますけど」

 

 再び私とパチュリーの間に沈黙が流れる。

 

「じゃあ何も問題ないじゃない。歴史的な文化財に悪戯するようなやつが悪いのよ」

 

 ここまでくると呆れるしかない。

 パチュリー・ノーレッジ。分かってはいたが、どこまでも規格外で常識外れだ。

 私は少し前までヴォルデモートの魂が封じ込められていたティアラ片手に暖炉へ向かって歩く。

 そして緑色の炎の中に踏み込むと、パチュリーに小さくお辞儀をした。

 

「ホグワーツ!」

 

 私がそう叫ぶと、私の体は回転しながら煙と共に煙突へ吸い込まれていった。




設定や用語解説

大図書館
 この世界のどこかに存在している巨大な図書館。パチュリーが管理している。

魔力式多次元量子ワープ
 次元の狭間をすり抜けるようにして瞬間移動する技術。パチュリーの言うように、失敗すると別次元の宇宙へと飛ばされる。

一昨年の仕掛け人パチュリー
 サクヤを代表選手にしたりドラゴンを操ったりしていたのは他でもないパチュリーだった。本人曰く、サクヤの能力を探りたいからという話だが……

パチュリーの弟子サクヤ
 サクヤの将来の就職先の候補が増えました。

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ラブレターと人気者と私

 両足が地面に着いた瞬間、全身に纏わりつくように灰が巻き上がる。

 私は軽く咳き込みながら暖炉から出ると、魔法で自分の服と体を清めた。

 

「……と、本当に校長室に着いたわね」

 

 私の目の前には見慣れた校長室が広がっている。

 小物が並べられた棚に、大きな椅子が備え付けられた机。

 壁には歴代校長の肖像画が掛けられており、皆私を見ながらヒソヒソと囁きあっていた。

 

「さて、どうしようかしら。多分そのうちダンブルドアがやってくるとは思うけど」

 

 私は手に持っていたティアラを棚の上に置き、軽く校長室を見渡す。

 歴代校長の肖像画はホグワーツには校長室にしか掛かっていない。

 だとしたら頼れるのは……。

 

「フォークス」

 

 私は部屋の隅の止まり木で羽の手入れをしていた不死鳥に近づく。

 

「きっとダンブルドアも私を探していると思うわ。だからダンブルドアに私は校長室にいると──」

 

「それには及ばんよ」

 

 突如背後から声がして、私は机の方へ振り向く。

 するとそこにはまるで何時間も前からそこにいたかのような自然さでダンブルドアが椅子に腰掛けていた。

 

「随分遠くへのお出かけじゃったようじゃの、サクヤ」

 

「ええ、ちょっとお父様のところへ」

 

 私が冗談めかして言うと、ダンブルドアの視線が鋭くなる。

 

「冗談ですよ」

 

 また真実薬を飲まされてはたまったものじゃない。

 私は棚に置いてあるレイブンクローのティアラを手に取ると、ダンブルドアに向かって放り投げた。

 

「……これは?」

 

「レイブンクローの髪飾りです」

 

 私がそう伝えると、ダンブルドアの目の色が変わる。

 私はダンブルドアの机の前まで行き、今までの経緯を話した。

 

「で、帰り際にこれを渡されたわけです。ノーレッジ先生はティアラに封じ込められている魂が誰のものか知らないようなことを言っていましたが、先生はどう思います?」

 

「どう思うというのは?」

 

 ダンブルドアは眼鏡をキラリと光らせながら問い返してくる。

 

「ノーレッジ先生は本当の話をしていると思いますか?」

 

「確かに、全てを理解した上で、真実を隠した可能性はあるじゃろう。じゃが、わしが思うに彼女は本当に何も知らずに分霊箱の魂を消し去った可能性が高いと見ておる」

 

「何故です? 彼女ほどの魔女ならそれぐらいの事情を知っていてもおかしくはないと思いますが」

 

 私の問いに、ダンブルドアはしばらく沈黙を返す。

 そして机の引き出しを開けると、便箋の束を取り出した。

 

「それは?」

 

「届かなかったラブレターの束じゃよ。去年、彼女がホグワーツの教員として城に滞在しておる頃から何度もわしは彼女に協力を求めた。じゃが、結果はこの通りじゃ。彼女は自らの居場所を完全に隠しておる」

 

 私はダンブルドアの机に近づき、便箋を覗き込む。

 机の上に広げられた便箋にはどれもしっかりと封蝋がなされていた。

 

「届いてすらいない。先生もしかして嫌われてます?」

 

「もしそうなら悲しいのう。今では数少ない同窓じゃ」

 

 冗談はさておき、これを見せられると確かにダンブルドアの話にも信憑性が出てくる。

 そこまで巧妙に居場所を隠しているとなると、パチュリーは意地でもこの争いに関わり合いたくないようだ。

 そんな彼女が闇の陣営に対し分霊箱の破壊という直接的な敵対行為を取るとは思えない。

 ヴォルデモートの分霊箱と知らずに破壊したと考えた方が自然と言うのは確かにそうだろう。

 

「それに、彼女自身君が自らのテリトリーに現れるとは想定しておらんかったはずじゃ」

 

「誘い込まれたという線は?」

 

「それもない。もし君と接触したいだけならば、もっと良い場所があるはずじゃ。自らのテリトリーに引き込むのはリスクしかない」

 

 まあ、私がパチュリーのあの図書館に飛ばされたのはほぼ事故のようなものだ。

 それに、ダンブルドアの言う通りパチュリーはこの戦いに何の興味も抱いていないように見える。

 片方だけに利があるようなことはしないだろう。

 

「まあ、その話はさておき、問題はこのティアラじゃな」

 

 ダンブルドアはティアラを持って立ち上がると、グリフィンドールの剣の横に並べて置く。

 

「彼女はこれをどこで見つけたかは話したかの?」

 

「いえ、ただホグワーツで見つけたとだけ。詳細な場所までは……」

 

 私はそこまで口にし、パチュリーとの会話を思い出す。

 

「そういえば、確か彼女は必要の部屋と言っていたような。聞いたことのない名前だったので失念していました」

 

 必要の部屋。聞いたことのない名前の部屋だ。

 だが、ダンブルドアにはそれで通じたらしく、少々驚いた顔をしつつも頷いた。

 

「わしもその部屋の存在を知ったのはつい最近のことじゃ。しかし、そんなところに隠されていたとはの」

 

「どのような部屋なのです?」

 

「時がきたら教えることもあるじゃろう。だが、まだその時ではないとわしは考えておる」

 

 ダンブルドアの強い言葉には、絶対に私にその部屋の存在を知ってほしくないという意思を感じる。

 これは推測でしかないが、きっとその部屋には私の監視を継続できないような何かがあるのだろう。

 

「ヴォルデモート卿が分霊箱の一つをホグワーツに隠すというのは考えられない話ではない。ヴォルデモートはホグワーツに強い思い入れがある」

 

 ホグワーツの創始者の持ち物に自らの魂を封じ込めるほどだ。

 そのうちの一つをホグワーツに隠そうと思うのは不自然な話ではないだろう。

 

「何にしても、これで残るはスリザリンのロケットだけですか。これに関しては所在の手がかりは掴めているんです?」

 

「情報を集めておる最中じゃよ。まだしばらく掛かるじゃろう。それに、正確な分霊箱の数もまだ掴めてはおらん」

 

「今まで破壊した分霊箱は日記、指輪、カップ、髪飾り、ハリーの五つ。あと分霊箱だと推測されているのはスリザリンのロケットとペットのナギニ……ですよね?」

 

 私の問いにダンブルドアは静かに頷いた。

 残る分霊箱は二つだが、これ以上分霊箱がないという確証が今のところはない。

 その手掛かりを持っていそうなのはスラグホーンだが、彼に口を開かせるのもそう簡単なことではないだろう。

 

「さて、では話はここまでにしよう。お主がどこへ行っていたかもわかったしの」

 

「あ、そういえば姿現わしの講習中でしたね。大広間に戻らないと──」

 

「今週の講習はもう終わっておる。今頃は皆それぞれの談話室に戻っておる頃じゃろう」

 

 なら、私もグリフィンドールの談話室に戻るとしよう。

 私はダンブルドアに軽く礼をすると、校長室のドアノブに手を掛ける。

 そして退室の間際に、ふとパチュリーの言葉を思い出して言った。

 

「ノーレッジ先生は、もしかしたら既に手を貸している気になっているのかも知れませんね」

 

「そうであることを願おう」

 

 私は重たい樫の扉を押し開けると、螺旋階段を下った。

 

 

 

 

 結局のところ、あの時の失敗は何だったのかと思うほどに二回目の姿現わしの講習は上手くいった。

 私の体は考えた通りの軌道で無を移動し、どうしても行きたいと念じていた場所へ出現する。

 とりあえず、姿現わしはよっぽどのことがない限り失敗することはないだろう。

 春にある姿現わしの試験も何の問題もなくパス出来るはずだ。

 そうなると考えることが一つ減って、私の意識は自然と分霊箱と謎のプリンセスに集中していく。

 いまだにスラグホーンから分霊箱のことを聞き出せていないし、上級魔法薬学の元の持ち主である『白と黒のプリンセス』についてもさっぱりだ。

 きっとそれの答えも、スラグホーンが握っているに違いない。

 これは近いうちに一対一でスラグホーンと話す機会を設けた方がいいだろう。

 何かよいキッカケがあると良いのだが、そう簡単に見つけるものでもない。

 そうしているうちに一月と二月はあっという間に過ぎ去り、三月に差し掛かろうとしていた。

 

「これ以上悩んでいても仕方がないわね」

 

「何が?」

 

 大広間でベーコンを齧りながら呟いた私に、横にいたハーマイオニーが反応する。

 

「占い学の宿題よ。どんな予知夢を見たことにしようか考えていたの」

 

「貴方ねぇ。仮にもあのスカーレット先生に気に入られているんだからもう少しちゃんと彼女の授業を受けるべきよ」

 

 私がそう誤魔化すと、ハーマイオニーはそれを間に受けて頭を抱える。

 私はそんなハーマイオニーに対し小さく首を傾げた。

 

「仮にもあのスカーレット先生?」

 

「スカーレット先生、今凄く人気なの。生徒からも教師からも慕われているというか」

 

 そう言われて私は教員用のテーブルに目を向ける。

 そこにはスネイプと楽しそうに会話しているレミリアの姿があった。

 

「スネイプが他の教師とあそこまで親しく話をしているのは見たことがないわね」

 

「スネイプだけじゃないわ。昨日はフリットウィック先生、その前はマクゴナガル先生と話してた。スカーレット先生の座っている位置は変わってないから、きっと他の先生たちが自らスカーレット先生の横に集まってるんだと思う」

 

「よく見てるわね」

 

 確かにレミリアがこの学校に勤め始めてからというもの、彼女の悪い噂を全く耳にしない。

 

「私の印象では自己主張の激しいわがままお嬢様って感じだったんだけど」

 

「私が思うに、それは半分演技だったんじゃないかって思うわ。吸血鬼というだけで怖がられたり避けられたりすることが多いと思うし、少しでも親しみやすいキャラに見えるようにというか」

 

 まあ確かに、容姿は幼いので勘違いしそうになるが、彼女は既に五百歳に近い。

 

「まあ確かにダンブルドアより何百歳も年上なわけだもんね。話が面白い老人は人気者になりやすいってことか」

 

「それ、スカーレット先生に聞かれないようにしたほうがいいわよ」

 

 ハーマイオニーは少し声を潜めて言う。

 私はチラリとレミリアの方を伺うが、レミリアは聞こえているわよと言わんばかりに視線を返してきた。

 

「まあ何にしても占い学の宿題をやっつけないといけないから先に行くわ」

 

 私はベーコンの最後の一切れを口の中に放り込むと、いつもの鞄を持って立ち上がる。

 そして軽くハーマイオニーに手を振り、大広間を後にした。

 

 

 

 

 大広間を出た私は、談話室に帰ることなく真っ直ぐスラグホーンの私室へと向かう。

 大広間にはスラグホーンの姿はなかったため、もう既に夕食を取り終わって私室に帰ってきているはずだ。

 私はスラグホーンの私室の前に辿り着くと、部屋の扉を三回ノックする。

 しばらく待っていると、少し眠そうな顔のスラグホーンが扉を少し開けて顔を出した。

 

「っと、君から訪ねてくるなんて珍しいこともあるものだ。一体何の用かね?」

 

 スラグホーンは来訪者が私だとわかると、途端に目を輝かせる。

 私は少し縋るような仕草を見せながらスラグホーンに言った。

 

「スラグホーン先生にお聞きしたいことがあって……」

 

「とにかく入りなさい。中でゆっくり話を聞こう」

 

 スラグホーンは扉を開けて私を中に招き入れる。

 そして暖炉の前の暖かい肘掛け椅子に座るよう勧めてきた。

 

「何か飲むかね? バタービールは切らしているし、紅茶なら……っと、寝る前だしな。サクヤ、君は確かもう成人しているね? ワインと蜂蜜酒ならどちらがいい?」

 

「蜂蜜酒で。甘い方が好きです」

 

「はは、きっとそうだと思った」

 

 スラグホーンは上機嫌で棚から蜂蜜酒の瓶を取り出すと、二つグラスに半分ほど注ぐ。

 そしてそのうちの一つを私に手渡してきた。

 

「それで、聞きたいことと言うのは何かな?」

 

 スラグホーンは私の口からどんな単語が飛び出すかワクワクしているような素振りで私に聞いてくる。

 私は手に持っていたカバンから一冊の教科書、スラグホーンから渡された上級魔法薬学を取り出した。

 

「この教科書のことです」

 

 スラグホーンは私が取り出した教科書を見て事情を察したように何度か頷く。

 

「この書き込みだらけの教科書、先生は中を読みましたか?」

 

「勿論だとも。でなければそんなボロを君に渡したりしない。その教科書に書き込まれているレシピはどれも興味深い。違うかね?」

 

「ええ、確かに。どのレシピもとても繊細で、挑戦的です」

 

 私はグラスを置きスラグホーンの目の前で教科書のページを捲る。

 

「いくつか挑戦してみたかね?」

 

「何度か」

 

「結果は?」

 

「半々と言ったところです」

 

「ならまだ魔法薬の腕は私の勝ちだ。私は八割程成功させることができる」

 

 スラグホーンは満足そうにニコリとすると、グラスを机の片隅に置き教科書を手に取る。

 そしていくつかの魔法薬の特に難しい工程を上機嫌で話し始めた。

 

「これなんかどうだ? よくこんな工程を思いつく。まさに挑戦的だ。もっと雑に、もっと手順を簡略化しても効能は殆ど変わらない。だが、このレシピは美しい。そうだろう?」

 

 スラグホーンはペラペラと教科書のページを捲る。

 私はそんなスラグホーンの顔を見ながら言った。

 

「この教科書に書き込みをした人物が物凄い魔法薬学の腕を持っていたことはわかりました。でもまだわからないことが一つあるんですよね」

 

 スラグホーンはページを捲る手を止めて私を見る。

 

「何かね? たまに詰め込むように書かれているオリジナル呪文のことか?」

 

「いえ、そうではなく……」

 

 私はスラグホーンの手元の教科書に視線を落としながら言った。

 

「この本に書き込みしたの、一体誰なんです? ここまでのレシピを残しているような人物です。今も有名な魔女なんですよね?」

 

 その瞬間、スラグホーンは意外そうな顔をする。

 そして、全く予想していなかった言葉を返した。

 

 

 

「誰って……君の母親に決まっているじゃないか」




設定や用語解説

レミリア・スカーレットの人気
 傲慢ではあるが、誰に対しても等しく傲慢なためある種の親しみやすさが生まれている。

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蜂蜜酒と心臓と私

「誰って……君の母親に決まっているじゃないか」

 

「……え?」

 

 スラグホーンの声がスッと遠くなるのを感じる。

 いま、目の前の男はなんて言った?

 君の母親? 君っていうのは、私のことか?

 

「母親? 一体誰の母親──」

 

「勿論君に決まってる。サクヤ、この教科書の元の持ち主は君の母親だよ」

 

 スラグホーンは私に教科書を押し付けると、机に置いていたグラスを手に取る。

 

「なんだね。気が付いていなかったとは……」

 

「先生は私の母親をご存じなのですか?」

 

「ご存じも何も、私の教え子だよ」

 

 頭の中がフワフワしている。あまりにも現実感がない。

 私は今、夢でも見てるんじゃないだろうか。

 

「私の母親は魔法使いだったんですか?」

 

「勿論だとも。優秀な魔女だった。スリザリン生で、世代的にはそうだな……セブ、スネイプ先生の一つ下だ」

 

「そう……なんですね」

 

 私の母親が魔女だった?

 しかもホグワーツに在籍していた?

 スネイプの一つ下ということは、学校の教員の半分以上が私の母親が在学中にホグワーツで教鞭を取っていたはずだ。

 私の母親はマグルではなかったのか?

 では、何故私はマグルの孤児院で暮らしていたんだ?

 

「……その様子だと、私の勘違いか? 容姿が似ていたからてっきり私は彼女の子供だと思っていたのだが。彼女も君と同じようにとても綺麗な女性だった。透き通るような白い肌に、雪のように真っ白な髪。空のように澄んだ青い瞳。まさに君に瓜二つだよ」

 

「でも、そんな話誰からも……スネイプ先生の一つ下ということは、ダンブルドア先生やマクゴナガル先生……いや、ホグワーツの教師の殆ど全員が私の母親を知っているわけですよね?」

 

「ふむ。それじゃあ本当に私の勘違いかもしれんな。結婚して名字が変わったからホワイト姓なのかと思ったが、彼女の最期を思うとそれは考えにくい……」

 

「最期、ということはもう既に?」

 

 スラグホーンはグラスに入った黄金色の液体をじっと見つめる。

 私の母親は、私を産んですぐに死んだということか?

 だから私は孤児院に──

 

「でも……母親が死んだとしても父親はいるはずですよね? なんで私は孤児院に……なんで私に家族がいないんです? 父親は? 私のお父さんはお母さんが死んだときどこへ──」

 

「君の父親が誰かは知らない。ただ、在学中の様子を見る限り、考えられるのは一人しかいないだろうな」

 

「お父さんは、私のお父さんは生きているんですか?」

 

 スラグホーンはぐっと押し黙る。

 そして覚悟を決めたようにグラスの中身を一気に煽ると、吐き出すように言った。

 

「ああ、生きているよ。彼女と常に一緒にいたのは──」

 

 次の瞬間、スラグホーンは酒が気管に入ったかのように咳き込み始める。

 

「先生? 先生大丈夫ですか? もう一気飲みなんてするから……」

 

 私はスラグホーンの背中をポンポンと叩く。

 

「す、すまん。わしももう歳だな」

 

 スラグホーンは何かを吐き出すように大きく咳き込む。

 喉に何かが詰まっているかのような咳き込み方だ。

 いや、何かがおかしい。

 むせただけにしてはあまりにも咳き込みすぎではないか?

 

「先生? 本当に大丈夫ですか? スラグホーン先生?」

 

「大丈夫……だいじょ……」

 

 スラグホーンは大きく息を吸い込むと、今までで一番大きな咳をする。

 

 

 その瞬間、スラグホーンの口から心臓が吐き出された。

 

 

「……え?」

 

 スラグホーンは無言で床に転がった心臓を見つめると、口から大量の血を溢れさせながら崩れ落ちる。

 私は数秒の間、そのあまりにも非現実的な光景を見つめるしかなかった。

 だが、すぐに我に返る。

 

「──ッ!? 先生!?」

 

 私は左手でポケットの中に入れていた懐中時計を握りしめると、大慌てでスラグホーンの時間だけを停止させる。

 これで少なくともこれ以上症状が進行することはないだろう。

 

「い、急いでダンブルドアを呼ばないと……でも時間操作を使ってるからマダム・ポンフリーは呼べないし……」

 

 私はスラグホーンの私室の扉を施錠し、杖を抜く。

 そして移動魔法を使って校長室へと瞬間移動した。

 

「ダンブルドア先生! 校長先生はいますか!?」

 

 私は移動した瞬間校長室の中で叫ぶ。

 だが、私の期待に反して校長室の中には誰もいなかった。

 どうする……どうすればいい?

 私はもう一度スラグホーンの私室へ瞬間移動すると、今度は世界全体の時間を停止させた。

 私は時間の止まったスラグホーンの私室で、大きく深呼吸すると、机の上に杖を置く。

 そして近くにあるソファーに腰かけた。

 私は血だまりの上に倒れ伏すスラグホーンと、床に転がっている心臓を静かに見つめる。

 スラグホーンではなく、世界の時間を停止させたのは時間稼ぎのためではない。

 私の予想が正しければ、すぐにでも、どんな状況でもすっ飛んでくるはずだ。

 私がじっと待っていると、私のすぐ横でバチンという空気を押しのける音が響く。

 音がした方向を向くと、ダンブルドアが私に対し杖を構えて立っていた。

 

「お早い到着で、ダンブルドア先生」

 

「そのためにお主に両面鏡の破片を埋め込んだのじゃ」

 

 ダンブルドアは私から意識を逸らすことなく視線を部屋の中に巡らせる。

 そして地面に倒れ伏すスラグホーンを発見した。

 

「説明してもらおうかの。何故ホラスが血まみれで地面に倒れておるのか。お主が殺したのか?」

 

 私は静かに首を振る。

 そして両手で顔を覆い隠した。

 

「蜂蜜酒を呷った瞬間、急に咳き込み始めて……ただ咽ているだけだと思ったんですが……」

 

 私は地面に転がる心臓を指さす。

 ダンブルドアはそれを見て状況を理解したのか、杖をローブに仕舞った。

 

「咄嗟に時間を止めたのは英断じゃった。ホラスはまだ生きておる。そうじゃな?」

 

 私は無言で頷く。

 ダンブルドアは机の上に置かれた蜂蜜酒に手を伸ばしたが、咄嗟のところで私に視線を向けてきた。

 私は蜂蜜酒の時間停止を解除し、ダンブルドアに視線を返す。

 ダンブルドアはそれで察したのか、今度こそ蜂蜜酒を手に取る。

 そして瓶の中身を少量小瓶に移すと、机の上に置いて解析魔法で成分を調べ始めた。

 

「あの、先生……早くスラグホーン先生を──」

 

「どのような効果の毒なのか、それを調べるのが先じゃ。お主のお陰で時間だけは無限にある。時間を動かし始めたらすぐにでも処置を施さなければホラスは今度こそ死に至るじゃろう」

 

 ダンブルドアの言う通りだ。

 私はダンブルドアが薬を解析しているのを静かに見守る。

 確かにそうだ。時間だけは無駄に確保できたため万全の状態で治療に臨んだ方がいいに決まっている。

 それにダンブルドアのことだ。

 すぐにでも毒薬の成分を解析し治療を開始するだろう。

 だが、私の予想に反して一時間、二時間と時間が経過していく。

 あまりにも解析に時間が掛かりすぎている。

 私は少し心配になり、ダンブルドアの顔を覗き見た。

 

「え?」

 

 いつもの飄々とした顔はどこへやら、ダンブルドアの顔には焦りの色が浮かんでいた。

 私はソファーから立ち上がると、ダンブルドアのそばへと近寄る。

 ダンブルドアは私が横に来たことなど気が付いていないかのように小瓶の中身に集中していた。

 

「既存の毒ではない……」

 

「自分の心臓を吐き出すなんて聞いたことありません。人間の体の構造上あり得ない」

 

「じゃが、事実としてホラスの心臓は地面に転がっておる」

 

「何か手伝えることはありますか?」

 

「ホラスの時間を止めたまま、この部屋にある魔法薬の道具のみの時間を動かすことはできるじゃろうか」

 

 私はダンブルドアの指示通りスラグホーンの部屋にある調合台や秤などの時間を動かす。

 ダンブルドアは手当たり次第に器材をかき集めると、大きく深呼吸してさらに詳しく毒の成分を解析し始めた。 

 

 

 

 

 

 日当たりのいいふかふかのソファーにだらしなく横になっている私は、机の上に置いてある糖蜜ヌガーの瓶に手を伸ばす。

 今日は土曜のため学校は休日だ。

 習い事もないし今日ぐらいヌガーでも齧りながら昼寝でも……

 だが、糖蜜ヌガーに向かって伸ばした私の右手は寸前で叩かれた。

 

「こーら、お行儀が悪いわよ」

 

「はーい」

 

 私は少し頬を膨らませると、体を起こして再度糖蜜ヌガーに手を伸ばす。

 そして粘度の高すぎるそれに悪戦苦闘しながら齧り付いていると、不意に私の頭に温かい手のひらが置かれ、優しく撫でられた。

 私はヌガーでベトベトになった顔のまま、その手のひらの主を見上げる。

 私と同じ白い肌に白い髪、青く澄んだ瞳を持ったそ女性は──

 

 

 私の意識が覚醒する。

 私は大きな欠伸を一つすると、スラグホーンの私室にある机の上で試験管を振っているダンブルドアの横へと向かった。

 

「どうです? 丸一日ぐらい経ちましたけど」

 

 ダンブルドアは無言で首を横に振る。

 私はダンブルドアが成分をメモしたのであろう羊皮紙を手に取った。

 

「見たことない成分ばかりですね……少なくとも魔法界で知られているような成分じゃない」

 

 私は鞄から魔法薬について詳しく書かれたパチュリー・ノーレッジの著書を取り出す。

 だが、蜂蜜酒の毒に含まれている成分の殆どが一致しなかった。

 

「ノーレッジ先生の著書にも記載がない。ダンブルドア先生、これって──」

 

「この毒を調合したものは魔法界一の知識と技量を持っておるということじゃ」

 

「ノーレッジ先生より技術が上? そんなことってあるんですか?」

 

 ダンブルドアは分離した成分に更に追加で解析魔法を走らせる。

 

「パチュリー・ノーレッジという魔女は万能ではあるが、全ての分野に於いて一番優れているというわけでもない。魔法薬学の技術や知識はパチュリーの方が上じゃが、ドラゴンの血に関する知識はわしの方がほんの少しばかり上であると自覚しているところじゃ」

 

「なら、ノーレッジ先生を頼るというのはどうでしょうか。彼女も私の能力を知っています。というか、ダンブルドア先生以外に私の能力を知っているのはノーレッジ先生と例のあの人ぐらいなので実質誰か人を頼るとしたらノーレッジ先生ぐらいしかいないと思います」

 

 私の提案に、ダンブルドアは静かに首を振る。

 

「彼女の居場所がわかればそれも可能だったかもしれんの。じゃが、彼女は巧妙に存在を隠しておる。コンタクトを取るのは至難の業じゃろうて」

 

 確かに。ここ最近顔を合わせる機会が多かったため感覚が麻痺しているが、パチュリー・ノーレッジという魔女は数年前まで全く世間に姿を現さなかったことで有名な魔女だ。

 本来会おうと思って会えるような相手ではない。

 

「では、どうするのです? このままスラグホーン先生を見殺しにしますか? あ、でも死ぬ前に分霊箱の秘密だけは渡して欲しいですね」

 

「サクヤ、悪いところが出ておるぞ。わしはホラスを見殺しにするつもりはない」

 

 ダンブルドアは机の上に広げていた色々を一度綺麗に片付けると、透明なガラス瓶に水をコップ一杯ほど注いだ。

 

「パチュリーのくだりで思い出したことがある。サクヤ、お主の懐中時計の中に隠されている石の存在じゃ」

 

「……なるほど!」

 

 私はポケットの中の懐中時計を手に取ると、裏蓋を外し中に隠されている賢者の石を取り出す。

 

「最近能力を使っていなかったのですっかり忘れてました」

 

「ほほう。ではお主は命の水を飲んではおらんのじゃな」

 

「もう少しだけ身長を伸ばしたいんですよ。まだほんの少しずつですが身長が伸びていますので」

 

 私の体はまだ少し幼さが残っている。

 永遠の美貌を手に入れるのはもう少し後でいい。

 

「飲む気はあるんじゃな?」

 

「そりゃまあ、永遠の若さは全ての女が追い求めるものですので。……没収ですか?」

 

「わしはお主と、その石をお主に託したパチュリーを信じようと思う。じゃから、親友を救うために少しの間借りるだけじゃ」

 

 私はダンブルドアに賢者の石を渡す。

 ダンブルドアは賢者の石をそっとガラス瓶の中の水に沈めた。

 その瞬間、ガラス瓶の中の水が一瞬泡立ち、それが収まると同時に淡い光を放ち始めた。

 

「サクヤ、ホラスの心臓の時間停止だけを解除できるかの?」

 

 私は小さく頷くと、床に転がったまま時間が止まっている心臓の時間停止を解除する。

 時間停止が解かれた心臓は千切れた血管から血が溢れ始めた。

 ダンブルドアは魔法で心臓を浮かせると、そのまま清めの魔法を掛けて殺菌と洗浄を行う。

 そして賢者の石から生成した命の水を心臓に掛けた。

 

「スラグホーン先生に飲ませるのではないのですか?」

 

「勿論、ホラスにも飲ませる。じゃがまずは吐き出してしまった心臓をホラスの中に戻さねばの」

 

「千切れた体の部位にも命の水は有効なのですか?」

 

「命の水は老化を止めるだけではない。死にかけた身体を回復させる力がある。それは死にかけている細胞にも有効じゃ」

 

 なるほど。命の水は私の思っていた以上に汎用性が高そうだ。

 

「さて、勝負は一瞬じゃ。サクヤ、わしが合図すると同時に時間停止を解除するのじゃ」

 

 ダンブルドアはスラグホーンの心臓をスラグホーンの近くへと移動させる。

 そして一瞬私に視線を飛ばし、静かにカウントを始めた。

 

「三……、二……、一……、今じゃ」

 

 私はダンブルドアの合図と同時に時間停止を解除する。

 世界に音が戻ると同時にダンブルドアは心臓をスラグホーンの体内へと押し込んだ。

 そして血で溢れかえるスラグホーンの口に命の水を流し込む。

 最後にダメ押しと言わんばかりに治癒の魔法をスラグホーンの体に掛けた。

 

「……どうです?」

 

 私はスラグホーンから目を離さずにダンブルドアに尋ねる。

 ダンブルドアは全く油断することなくじっとスラグホーンに集中していた。

 

「心臓は元の位置に収まり、当初の仕事を再開しておる。投与した命の水も問題なく機能しておるようじゃ」

 

 意識が戻ったのか、スラグホーンは小さく呻き声を上げる。

 そして血溜まりに手をつくと、重たそうに体を持ち上げた。

 

「失敬失敬、少し咳き込んでしまったよう……ダンブルドア、これは私の血か?」

 

 スラグホーンは自分の服や身体にベッタリとついている血液を確認すると、床に広がる大きな血溜まりに唖然とする。

 

「ホラス、用心深い君らしくもないの。君は何者かに一服盛られたのじゃ」

 

「一服盛られた? もしや、あの蜂蜜酒に何か入っていたのか?」

 

 スラグホーンはややふらつきながら机の上に置いてある蜂蜜酒に手を伸ばす。

 

「とてつもなく奇妙で不可解な毒じゃ。わしとて見たことも聞いたこともないほどの」

 

「なるほど……何にしても助けられたな。私の方でも解析してみることにしよう」

 

 スラグホーンは杖を引き抜くと、自分の服や地面に付いた血を綺麗にしていく。

 そして、ふと思いついたかのようにダンブルドアの方を向いた。

 

「おっと、そうだった。大事なことを忘れていた」

 

 スラグホーンは杖をローブに仕舞い、ダンブルドアに近づいていく。

 

 

 

 そしてダンブルドアの右手首を両手で握り締め、機械音声のような抑揚のない声で言った。

 

「五秒後に爆発します。五、四、三──」

 

「サクヤ、逃げるのじゃ!」

 

 私は咄嗟に机を横倒しにし、その陰に隠れる。

 次の瞬間、耳をつんざくほどの爆発音が部屋全体に響き渡った。




設定や用語解説

学者としてのパチュリー・ノーレッジ
 パチュリーの専門は道具に魔法を付与すること。魔道具を作ることにおいて魔法界で彼女の右に出る者はいない。

蜂蜜酒に入れられた毒
 あまりにも異質で、あまりにも異様。少なくとも、魔法界に似たような効果のある成分は存在しない。

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止血と損失と私

「五秒後に爆発します。五、四、三──」

 

「サクヤ、逃げるのじゃ!」

 

 ダンブルドアの叫び声と同時に私は近くにあった机を横倒しにし、その陰に飛び込む。

 それと同時に耳をつんざくほどの爆発音が響き、私は机と共に壁に叩きつけられた。

 

「──ッ! ゴホッ、うぅ……」

 

 全身に痛みはあるが意識ははっきりしている。

 机に足が無かったら、壁と机に挟まれもっと大怪我を負っていただろう。

 私は机を押し退けると、軽く咳き込みながら部屋を見回す。

 部屋の中は余すところなく血と肉片が飛び散っており、先ほどスラグホーンがいた周辺は爆発の衝撃のためかあらゆるものが粉々になっていた。

 

「……こりゃダンブルドアも死んだかな?」

 

「生きておるよ」

 

 私の呟きに対し、後ろから声が掛かる。

 そこには右腕の肘から先がぐちゃぐちゃに千切れ飛んでいるダンブルドアの姿があった。

 まだ止血すらしていないのか、骨が覗く傷口からは絶え間なく血液が流れ出ている。

 

「あぁ、先生! ご無事なようで何よりです!」

 

 私は慌てて心配する様子を見せる。

 ダンブルドアはそんな様子の私に対し小さくため息をついた。

 

「今止血しますね」

 

 私はダンブルドアの傷口の様子を観察しながら魔法で出したベルトでダンブルドアの腕を縛り付ける。

 かなりの力で締め付けたため、ダンブルドアの顔が苦悶の表情に歪むが、取り敢えず出血は止めることができた。

 

「あー、前腕の骨ごと吹っ飛ばされてるみたいですね。命の水を掛けますか? それとも下手なことはせずにマダム・ポンフリーを呼びます?」

 

「命の水を」

 

 私は賢者の石を取り出すために懐中時計を手に取ったが、賢者の石は先ほどスラグホーンを救うためにダンブルドアに貸したことを思い出す。

 確かスラグホーンのために命の水を作り、そのまま机の上に置いておいたということは……

 

「……あー。まあ、そうよねぇ」

 

 私は周囲を見回すが、賢者の石は見当たらない。

 いや、あれほどの爆発だ。

 きっと衝撃で粉々に砕けてしまったことだろう。

 私はポケットから鞄を取り出すと、その鞄の中から小瓶に入った命の水を取り出す。

 この宝石が初めて賢者の石だと気がついたときに試しに作ったものだ。

 ここで使ってしまうのは勿体無いが、賢者の石ならまたパチュリーから貰えばいい。

 それか一連のゴタゴタが片付いたらパチュリーに正式に弟子入りするのもありかもしれない。

 私は小瓶の封を切ると、ダンブルドアの腕の傷口にかける。

 だがダンブルドアの腕は治るどころか黒く変色しボロボロと崩れ始めた。

 

「──ッ、ダンブルドア先生、これは……」

 

「……わからん。痛み自体は消えたが、治ったような感覚はないの」

 

 ダンブルドアは左手でローブを探り、途端に青ざめる。

 

「杖が……」

 

 ああ、そうか。確かスラグホーンに右手首を掴まれた時、ダンブルドアは杖を握っていた。

 ダンブルドアの杖は手首と共に粉々になってしまったことだろう。

 

「あ、私のを貸しますよ」

 

 私は自分の杖をダンブルドアに差し出す。

 だが、ダンブルドアは私の声が聞こえていないかのように呆然としていた。

 

「……先生? ダンブルドア先生?」

 

「あ、ああ。すまん。すまんの」

 

 ダンブルドアは左手で私の杖を受け取ると、魔法で右腕の状態を調べようとする。

 だが、心ここに在らずというか、どうにも集中できていないようだった。

 まるで右手を失ったことよりも杖を失ったという事実の方にショックを受けているかのように。

 

「……ダメじゃ。わしとこの杖とでは相性が悪すぎる。一度校長室へ移動しよう」

 

 私はダンブルドアから杖を返してもらうと、そのまま移動魔法、パチュリー曰く魔力多次元量子ワープを用いて校長室へと瞬間移動する。

 ダンブルドアは校長室に戻ると同時に机へと駆け寄り、引き出しの中から黒く根本が捻れた杖を取り出し、自分の右腕に当て始めた。

 

「どうです?」

 

「詳しく調べてみないことにはわからんが、複雑な呪いが掛かっているのは確かじゃ」

 

「先ほどの爆発による影響でしょうか。でも、そんなことが可能なのですか?」

 

 ダンブルドアは魔法で右腕を詳しく調べると、やられたと言わんばかりに左手で頭を抱える。

 そして黒く変色した部分を切断魔法で切り落とした。

 真っ直ぐと切り落とされた新しい傷口からは止めどなく血液が溢れ出る。

 ダンブルドアは先程と同じように腕を魔法で締め上げ、無理矢理止血を行った。

 

「治癒魔法に対する呪いが掛けられておる。何らかの治癒魔法や魔法薬を用いて傷を治そうとすると逆に体を崩壊させてしまう呪いじゃ」

 

「それじゃあ、マグル式で治すしかない。そういうことですね? 聖マンゴに縫合が出来る癒者がいるといいんですけど……」

 

 ダンブルドアは少しずつ血が滲み出ている腕の断面を見ると、大きく深呼吸をする。

 平静を装っているが、激痛がダンブルドアを襲っているはずだ。

 

「ダンブルドア先生、ここはスカーレット先生を頼っては如何でしょう。彼女ならマグルの社会にもそれなりの伝手を持っているはずです。医者の知り合いもいるかもしれません」

 

「そう……そうじゃな。サクヤ、すまんが急いでスカーレット先生を呼んできて貰えるかの。なるべく他の先生には気が付かれないように」

 

「わかりました」

 

 私は爆発によって薄汚れた自分の服を魔法で清めると、移動魔法でホグワーツの四階にある女子トイレの個室へと移動する。

 そして大急ぎでレミリアの私室の前まで走り、部屋の扉を叩いた。

 

「スカーレット先生! いらっしゃいますか!?」

 

 私が扉の前で大声を挙げると、物凄い勢いで部屋の扉が開かれる。

 部屋から出てきたレミリアは私の匂いをスンと嗅ぐと、真剣な表情になった。

 

「ダンブルドアが大怪我をしたのね?」

 

「はい。でも魔法による治療に対する呪いが掛かっていて……スカーレット先生ならマグルの医者の知り合いがいるかと思って──」

 

「待ってて」

 

 レミリアは一度部屋の中へ戻ると、小悪魔を引き連れて帰ってくる。

 

「急ぐわよ。場所は校長室ね?」

 

 レミリアは私が頷くよりも早く私と小悪魔を脇へ抱えると、凄まじい速度で廊下を走り始めた。

 あまりの加速と速度に一瞬意識が飛びそうになるが、何とかそれに耐える。

 加速だけならファイアボルトよりも速いんじゃないだろうか。

 私が目を回しているうちにレミリアはガーゴイル像の前へと辿り着き、合言葉を言った。

 

「百味ビーンズ」

 

 するとガーゴイル像は命を吹き込まれたかのように傍へ飛び退く。

 レミリアは私たち二人を抱えたまま螺旋階段を駆け上がり、校長室の扉を押し開いた。

 

「ダンブルドアッ! って、また凄いことになってるわね」

 

 レミリアはダンブルドアに駆け寄り、腕の状態を確認し始める。

 小悪魔は軽く目を回しながら手に持っていた革製の鞄を机の上に置くと、中からメスや縫合針などの手術道具を取り出し始めた。

 

「綺麗に切れてるわね。切断魔法?」

 

「強い呪いを受けての。わし自らが切り落とした」

 

「切り落とした右手自体はあります? もし繋げられそうなら繋げますけど」

 

 小悪魔はキョロキョロと辺りを見回す。

 ダンブルドアは小悪魔に対し静かに首を振った。

 

「事の顛末を話すと長くなる。とにかく、右手自体は繋げられる状態ではないの。それに、魔法や魔法薬で回復させようとすると体が崩れてしまう」

 

「では、このまま止血と縫合ですね。レミリアお嬢様は自分の部屋から輸血用の血液を持ってきてください」

 

「わかった」

 

 レミリアが校長室を飛び出すと同時に小悪魔は自分の手と道具に清めの呪文をかけ、余分な肉や骨を切除しながら縫合針で傷口を縫い合わせていく。

 その途中でレミリアが校長室に戻ってきて、手慣れた手つきで輸血の準備を始めた。

 

「ダンブルドア、貴方何型?」

 

「調べたこともない」

 

「なんで自分の血液型を知らないのよ」

 

 憤慨するレミリアを小悪魔が宥める。

 

「まあまあお嬢様、魔法界では他人の血を入れるなんていうのは医療行為ではありませんから。大丈夫です。ダンブルドア先生、貴方はO型ですよ」

 

「O型ね?」

 

 レミリアは大きくO型と書かれた輸血パックを器材へと繋いでいく。

 それを見て小悪魔はダンブルドアに言った。

 

「本当は成分輸血の方がいいんでしょうけど、生憎全血製剤しかありません。まあ元々お嬢様のご飯なのでしょうがないんですけど」

 

「ありがとう。助かるよ」

 

 ダンブルドアは少し力無く小悪魔に微笑む。

 そのようなやり取りをしている間も小悪魔は手術の手を止めることはなく、三十分もしないうちにダンブルドアの右腕は綺麗に縫い合わされた。

 

「傷口が完全に塞がるまで一月以上は掛かるのでそれまでは安静にしてください。呪いの種類的に、動作を補助するような魔法や魔法具の使用は大丈夫そうなので、魔法で義手をつけることをおすすめします。慣れてくれば特に不自由なく生活できるようになると思いますよ」

 

 小悪魔は手術で使った道具を魔法で清めると、鞄の中へ戻していく。

 レミリアは輸血で余った血液の袋にストローを刺してその中身を飲んでいた。

 

「包帯は定期的に換えないといけないのでしばらくは毎日様子を見にきますね」

 

「ああ、ありがとう」

 

 ダンブルドアは少し短くなった自分の腕を見る。

 レミリアは飲み終わった血液の袋を無造作に放り捨てると、ダンブルドアに言った。

 

「さて、何があったか聞かせてもらいましょうか。貴方ほどの魔法使いが杖腕を失うなんて、よっぽどのことがあったんでしょう?」

 

 ダンブルドアはどこから話すか迷っているかのように椅子に深く腰掛ける。

 そしてしばらく考えたあと、私に視線を飛ばしてきた。

 

「そうじゃな。順を追って話すとしよう。じゃがその前にしばし失った右腕との別れを惜しむ『時間をくれんか』の」

 

 その瞬間、私は時間を停止させる。

 ダンブルドアは周囲の時間が止まったことを確かめると、椅子から少し身を起こして言った。

 

「お主は本当に優秀な魔女じゃの。サクヤ」

 

「まあ、スカーレット先生に事情を話す前に私とダンブルドア先生との間で認識を合わせておかないといけないとは思っていたので。スラグホーン先生を助けるにあたって時間を止めたり賢者の石を使ったりと言えないようなことしかしていませんから」

 

 レミリアには私が時間操作の能力を持っていることを教えていないし、今後も教えるつもりはない。

 正直に事の顛末を語るにしても、ある程度真実を隠す必要があるだろう。

 

「その前に、まずはお主の話を聞かせてもらおうかの。ホラスが心臓を吐き出すまでの詳しい経緯じゃ」

 

 まあ、それを尋ねるのは当然だろう。

 私は鞄の中から魔法薬学の教科書を取り出すと、ダンブルドアに見せた。

 

「先生には悪いんですが、分霊箱のことを聞き出すためにスラグホーン先生の部屋を訪れたわけじゃないんです」

 

 私はダンブルドアに教科書を手渡す。

 ダンブルドアは机の上に教科書を置くと、左手でページを捲った。

 

「随分と書き込みのなされている教科書じゃな。この教科書は?」

 

「スラグホーン先生曰く、私の母親の物であると」

 

「母親?」

 

 ダンブルドアは私に聞き返すと、再度教科書に視線を落とす。

 

「スラグホーン先生の話では、私の母親はスリザリン生で、スネイプ先生の一つ下だと仰ってました。……ダンブルドア先生はこの教科書の持ち主に心当たりはありませんか? いや、絶対知ってるはずです。知らないとおかしい。先生は知ってて黙っていたんですよね?」

 

 私の追及にダンブルドアは押し黙る。

 動揺している様子はない。

 何か考えるように教科書のページを静かに捲ると、教科書から視線を上げて言った。

 

「お主の言うように、わしはこの教科書の持ち主を知っておる」

 

「なぜ今まで教えてくれなかったんですか? スラグホーン先生が気が付いたということは、ダンブルドア先生も勿論初めから知っていたわけですよね?」

 

「お主に教えたくない事情があった。お主の人生を左右する重要なことだからじゃ」

 

 教えたくない事情?

 人生を左右する重要なこと?

 

「そんなこと……貴方が決める事じゃないっ! 私は自分の親が誰か知りたい! その気持ちに事情や人生なんて関係ない!」

 

 私の叫び声が校長室に響く。

 ダンブルドアは目を伏せると、静かに言った。

 

「確かに、お主の人生を決めるのはお主自身じゃ。親のことをお主に教えなかったのは、わしの勝手な都合だったのかもしれん」

 

 ダンブルドアは教科書を閉じ、机の隅に置く。

 そして私の目をまっすぐ見ながら言った。

 

「お主の母親の名はセレネ・アルテミス・ブラックと言う」

 

「……セレネ・アルテミス・ブラック?」

 

 聞き覚えがある。

 いや、最近よく口にした名前だ。

 それじゃあ、私は……。

 

「セレネ・ブラックはシリウス・ブラックの二つ下の妹じゃ。サクヤ、君はブラック家本家の最後の生き残りなんじゃよ」




設定や用語解説

賢者の石に執着があまりないサクヤ
 ある意味では富や生にあまり関心がないともとれる思考だが、実際のところサクヤは命の水を飲む気満々だし、生成した金で一生遊んで暮らそうとも考えている。だが、それをする前に片付けないといけない事象が多すぎる。

ダンブルドアの握っていた杖
 原作を読んだことがある人なら知っている通り、この時ダンブルドアが所持していたのはニワトコの杖。

全血製剤
 採取した血液に保存液を加えたもの。大量出血時の輸血に使われる。レミリアのご飯。

セレネ・アルテミス・ブラック
 シリウス・ブラックの二つ下の妹。生まれ月の関係で学年は一つ下。

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後悔と決意と私

「セレネ・ブラックはシリウス・ブラックの二つ下の妹じゃ。サクヤ、君はブラック家本家の最後の生き残りなんじゃよ」

 

「私が、ブラック家の人間?」

 

 待て、待て待て待て……待って?

 私がブラック家の人間で、セレネ・ブラックの娘だとしたら。

 私は今自分の母親の部屋に住んでいることになるのか?

 クリーチャーが私に対し従順なのは私がブラック家の人間だからか?

 私は、去年自分の伯父をこの手で殺したことになるのか?

 思考が混乱する。

 頭の中がぐちゃぐちゃで、考えを巡らせようにも何も考えられない。

 

「混乱するのも無理はない。お主にとっては衝撃すぎる事実じゃろう」

 

 ダンブルドアは、だから言いたくなかったと言わんばかりに首を振る。

 私はその場に膝から崩れ落ちると、両手で頭を抱えた。

 

「そんな、え? 私は……でもあれは仕方なく……」

 

 もし私があの時ブラックを殺さずに投降していたら。

 ブラックに事情を打ち明け謝罪し、和解出来ていたら……

 

 私は今頃、シリウスとハリーの三人で暮らせていたのではないか?

 

「ああ。ああああああぁぁぁぁ……」

 

 まとまり切らない思考が声となり、私の口から漏れ出る。

 私は、自ら幸せな未来の可能性を叩き潰してしまった。

 私が望む平穏で幸せな未来がそこにあったはずなのに!

 

「私は……私は自分の伯父を……自分の家族をこの手で──」

 

 殺してしまった。

 

「わかったじゃろう。人を殺す行為の罪の深さを」

 

 私が顔を上げると、いつのまにか目の前にダンブルドアがしゃがみ込んでいた。

 ダンブルドアは表情に哀れみと同情心を滲ませると、そっと私の肩に手を置く。

 

「殺人というのは取り返しのつかない行為じゃ。お主は殺人を問題の解決手段の一つとしてしまっているが、それはあまりにも短略的で罪深い行為だということを自覚せねばならん。お主があの時シリウス・ブラックを殺していなかったら、今頃違う未来もあったはずじゃ」

 

 私の心の中を見透かすようなことをダンブルドアは言う。

 

「そう、ですよね……先生、私はどうしたら──」

 

 そこまで言いかけたところで、私は思い出す。

 スラグホーンは私の父親が生きていると言っていた。

 そうだ、ダンブルドアならきっと私の父親のことも知っている。

 

「ダンブルドア先生、私の父親は誰なんです?」

 

「なんじゃと?」

 

「だから父親です。スラグホーンは私の父親が生きていると言ってました」

 

 私がそう言った瞬間、ダンブルドアはわかりやすく目線を逸らす。

 

「先生、知ってますよね? 知らないとは言わせない。知らないはずがない」

 

「サクヤ、ホラスは本当に君の父親を知っていると言ったのかね?」

 

 ダンブルドアに言われ、私はスラグホーンの言葉を思い出す。

 そういえば、明言はしていなかったような……。

 

「あ……いや、スラグホーンは私の母と仲のよかった男性がまだ生きているとだけ。でも、その人以外には考えられないと言わんばかりの口調でした」

 

「セレネ・ブラックと仲のよかった男性……なるほどの」

 

 ダンブルドアは立ち上がると、先程まで座っていた椅子へと戻る。

 

「心当たりはある。セレネ・ブラックと仲のよかった生徒はホグワーツ内でも数人しかおらん。その中でも恋仲になるとしたら……一人だけじゃろうな」

 

「一体誰なんです?」

 

 私が聞くと、ダンブルドアは迷ったような素振りを見せる。

 この期に及んでだんまりを決め込むつもりか?

 私は服の下に隠しているナイフに左手を伸ばす。

 だが、そのナイフに触れる前にダンブルドアは口を開いた。

 

「バーテミウス・クラウチ・ジュニアじゃよ」

 

「クラウチが、私の父親?」

 

 あのクラウチが?

 一昨年ムーディに扮していた死喰い人が私の父親?

 

「本当ならば教えたくはなかった。両親共に死喰い人だったと知れば、お主は自ら将来を選択することなく、闇の奥底へと落ちていった事じゃろう」

 

「それは……」

 

 確かにそうかもしれない。

 両親共にスリザリンで、ヴォルデモートの手下だと入学前に知っていれば、私はなんの躊躇いもなくスリザリンに入寮し、なんの躊躇いもなくヴォルデモートに賢者の石を渡していただろう。

 

「お主の将来の可能性を狭めたくはなかった。お主には、自ら未来を選択して欲しかったんじゃ」

 

「まあ、確かにそうかもしれません。自分の父親がクラウチだって入学前に知っていれば、今の私は存在しないでしょう」

 

 ダンブルドアは一度目を伏せると、表情に厳しさを滲ませながら顔を上げる。

 

「サクヤ、改めて問う。ヴォルデモートと戦う意志に変わりはないか? ヴォルデモートと戦うということは、君の両親を裏切ることになる。もしかしたら、クラウチ・ジュニアとも殺し合うことになるかもしれん」

 

「もし仮に、戦わないと言ったら私の処遇はどうなるんです? 石の牢へ逆戻りですか? それとも、ヴォルデモート側につかれる前に殺します? ……先生は残酷な人です。先生に能力の秘密を暴かれ、対策を取られた時点で私は先生の味方をするしかないというのに」

 

「では、引き続きわしの下でヴォルデモートと戦う。そうじゃな?」

 

 ダンブルドアは眼鏡の奥で目をキラリと光らせると、じっと私の目を見る。

 開心術を掛けようとしていることはわかっている。

 ならば、素直に受け入れるまでだ。

 

「はい。私はダンブルドア先生のもとでヴォルデモートと戦います。だから……」

 

 だから、どうか。

 どうか……。

 

「どうか、クラウチ・ジュニアに……私のお父さんに罪を償う機会を与えては下さいませんか? 私がきっと説得します。だから、どうか……」

 

 

 どうか私に家族をください。

 

 

 

 

 

 

 視界が歪む。

 頬を伝う液体は、そのまま重力に従い地面を濡らす。

 生まれてこの方、私は両親というものを知らなかった。

 孤児院という環境で育ったため、それが普通のことだと思っていたし、自分の両親にさして興味もなかった。

 自分の親は自分を捨てたクズ野郎だと、本気でそんなことを考えていた。

 だが、事実は違った。

 私は捨てられたのではない。育てられる状況ではなくなってしまっただけなのだ。

 母親は闇祓いに殺され、その仇を討った父親はアズカバンに収監された。

 残った私を孤児院へ入れたのは魔法省の役人か騎士団のメンバーの誰かだろう。

 今まで私のもとにホグワーツの入校案内が届いたことが疑問だったが、これである程度説明がつく。

 歪む視界の中、私の思考もぐちゃぐちゃに歪む。

 私は止まらない涙を服の袖で拭い、深く腰を折る。

 

「私から、二度も親を奪わないで……お願いします……お願いします……」

 

 私は頭を下げながらもダンブルドアの目をじっと見る。

 ダンブルドアは小さなため息を一つすると、静かな声色で言った。

 

「いいじゃろう。お主が今後もヴォルデモートを滅ぼすための手助けをするというのなら考えてもよい。バーテミウス自身、幼き頃はひたむきに勉学に励む真面目な少年じゃった。ヴォルデモートが闇の道に引き込まなければ、全く違った未来があったはずじゃ」

 

「私の父親を助けてくれる……んですね?」

 

「バーテミウス・クラウチ・ジュニアの処遇について最大限の配慮をすることを約束しよう。もっとも、無罪放免は約束できん。彼はあまりにも殺しすぎている」

 

 ダンブルドアの言葉に、私はほっと息を漏らす。

 生きてさえすれば会いには行ける。

 話をすることも出来る。

 それに、ダンブルドアが本気で働きかければ、クラウチの刑期を大幅に短くすることも可能なはずだ。

 そしたら、私はクラウチと一緒にどこか遠くの田舎で──

 

「随分話が横道に逸れてしもうたの。一度本筋に戻ろう」

 

 ダンブルドアの声で私は妄想の世界から引き戻される。

 

「本筋?」

 

「ホラスが毒を飲んでしまうまでの経緯じゃよ」

 

 ああ、そういえばそんな話をしていたんだった。

 私は後ろで固まっているレミリアの方を一瞬振り返ると、涙を拭い二、三回深呼吸を繰り返す。

 そして私がこの部屋に来た経緯を話し始めた。

 

「先ほどから話題に出ているように、私はこの教科書のことをスラグホーン先生に聞きに来たんです。その時に、スラグホーン先生がこの教科書が母の持ち物であることを教えてくれて……父親の話になる前にスラグホーン先生は蜂蜜酒を一杯煽ったのですが、その瞬間咳き込み始めて……初めは咽せてるだけかと思ったんですが、最終的に自らの心臓を吐き出したんです」

 

「で、その瞬間時間を止めたと」

 

「いえ、その時はスラグホーン先生の時間のみを停止させて校長室にダンブルドア先生を呼びに行ったんです。ですが校長室に先生がいらっしゃらなかったものですから、先生を呼ぶために仕方なく世界全体の時間を停止させたというわけです。私が時間を止めたことがわかれば、どこにいようがすっ飛んでくると思いましたから」

 

 そして、その予想は当たっていた。

 私が時間を止めて一分もしないうちにダンブルドアは私の前に現れた。

 

「そこから先は先生もご存知の通りです。治療のために毒を研究し、治療できたかと思った瞬間、スラグホーン先生が爆発した。その結果先生は杖と腕を失い、私は賢者の石を失った」

 

「なるほどの。何が起きたのか、正確な認識の共有は出来たとみて良いじゃろう。じゃが、ありのままをレミリアに話して聞かせるわけにもいかんのでな」

 

 ダンブルドアは失った右手を左手でそっと撫でる。

 

「わしも初めからスラグホーンの部屋にいたこととする。分霊箱とリドルの件を聞き出すためじゃ。じゃが、その最中にスラグホーンが蜂蜜酒を飲み、わしの杖腕を持って爆発。結果的にわしは右手と杖を失った」

 

「それが自然でしょうね。そして、治療のために校長室へ移動し、今に至ると」

 

 私は清めの魔法を自分自身に掛ける。

 そして目の充血が治っていることを手鏡で確認した。

 

「では、そのように話を合わせます。時間を動かしますので、先程と同じ姿勢を取ってください」

 

 ダンブルドアは小さく頷くと、椅子に深く腰掛ける。

 私もミリ単位で立ち位置を調整し、時間停止を解除した。

 

「別れを惜しむって、貴方ねぇ……そんな悠長なこと言ってる場合かしら?」

 

 時間の動き出したレミリアがため息交じりにダンブルドアに言う。

 

「冗談じゃよ。さて、どこから話したものかの……」

 

 ダンブルドアは先ほど私と打ち合わせた通りの話をレミリアに説明する。

 レミリアはそれを聞いて興味深そうに首を捻った。

 

「スラグホーンが爆発……自爆魔法ってことよね? スラグホーンはそんなに分霊箱のことを喋るのが嫌だったのかしら?」

 

「スラグホーンの様子を見るに、なんらかの毒物か、服従の呪いに掛かっていたのかもしれん」

 

「毒物って貴方……そんな毒があってたまるものですか。爆発するだけならまだしも、治療に対する呪いまで掛けるなんて聞いたことないわ。小悪魔、貴方は?」

 

 レミリアに話を振られ、小悪魔は小さく唸る。

 

「服従の呪文を薬物に落とし込む方法があれば可能かも知れないですけど……でもそれにしては余りにも偶然に頼りすぎていると言いますか。もしスラグホーン先生が一人で蜂蜜酒を飲んだら全てが無駄になってしまうわけですもんね。勝手に一人で爆発して終わりです。まあ、初めからスラグホーン先生を殺すことが目的だった場合はそれで良いんですが」

 

 確かに、もしスラグホーンが一人の時に蜂蜜酒を飲んでいたら、スラグホーン一人が死亡するだけだ。

 これを仕掛けた者の目的は、一体なんだったのだろうか。

 もしダンブルドアの殺害、もしくは負傷を狙ったものだとしたら、あまりにも運に頼りすぎている。

 だが、スラグホーンの殺害を目的としたものだとしたら、もっと簡単な毒でいいはずだ。

 このような複雑な効果をつける意味がない。

 

「確かに偶然に頼りすぎて……」

 

 いや、本当に偶然に頼りすぎているか?

 レミリアと小悪魔には話していないが、スラグホーンは当初心臓を吐き出した。

 もしそれが、ダンブルドアを近くへ誘き寄せるための撒き餌だとしたら……。

 スラグホーンがそのような不審死を遂げたとなれば、確実にダンブルドアはその死体を確認しに来るだろう。

 毒を仕掛けた犯人は、それを狙っていたのではないか?

 もしそうなら、私たちは犯人の手のひらの上で踊らされていたことになる。

 

「とにかく、一度現場を見てみないことには何もわからないわね。私と小悪魔はスラグホーンの部屋へ行こうと思うけど……ダンブルドア、貴方はどうする? 手術も終わったばかりだし、疲れているようならここで休んでいてもいいけど」

 

「すまんのう。お主の言う通り実はかなりヘトヘトじゃ。わしはここで休ませてもらうよ。サクヤ、お主もここへ残るのじゃ」

 

「いえ、先生。私はまだ動けますが」

 

「治療のためじゃよ。お主もあの爆発に巻き込まれたのじゃ。大きな怪我がないとはいえ、治療は早い方が良い。それに、わしの腕の傷と同じ呪いが掛かっておるかどうかも調べんといかん」

 

 確かに、もし私の全身に治癒魔法不可の呪いが掛けられたとしたら今後に大きな影響が出てくる。

 怪我自体は大したことないが、呪いの有無だけでも調べて貰うべきだろう。

 

「ならスラグホーンの部屋へは私と小悪魔で行くわ。何事もなければ一時間ほどで戻ってくるから、少し休んでなさい。行くわよ、小悪魔」

 

「はい。お嬢様」

 

 レミリアは小悪魔を従えて校長室を出ていく。

 ダンブルドアは左手で杖を掴むと、私の体に呪いが掛かっていないか確認し始めた。




設定や用語解説

もしサクヤがあの時ブラックを殺していなかったら
 あの時サクヤがブラックに破れ、捕まっていたとしたらブラックとハリー、サクヤの三人がグリモールド・プレイスの家で共に暮らすという未来は実現しえた。

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蘇りと教授代理と私

「ふむ。少しこの呪いのことがわかってきた」

 

 レミリアと小悪魔が校長室を出て行って十分後、ダンブルドアは私の右腕の擦り傷に杖を向けながら呟いた。

 

「やはり、私の体にも呪いが?」

 

「いかにも。この呪いは先ほどの爆発によって受けた傷が対象のようじゃ。わしの場合は右腕。お主の場合は全身の打撲と擦り傷じゃな」

 

 では、私の傷にも治癒魔法や魔法薬を使用してはいけないということか。

 そこまで考えた私は、ふとダンブルドアの体を見る。

 ダンブルドアは右手を欠損するほどの爆発に巻き込まれてはいるものの、その他の場所には殆ど傷がない。

 盾にした机ごと私を部屋の壁まで吹き飛ばすほどの爆発だ。

 もろに爆風を浴びれば右手だけじゃ済まないはず。

 私が疑問に思っていると、その視線に気がついたのかダンブルドアが説明してくれた。

 

「あの時咄嗟にホラスの両手を切断し、距離を取ったのじゃよ。もちろん、切断した両手はわしの右手を握っておったから両手分の爆発は受けてしもうたが」

 

「それにしても怪我が少なくありません?」

 

「わしのローブは特別製での。直接握られた右手は無事では済まなんだが、それ以外の部位に関してはよい働きをしてくれた」

 

「なんかずるいですよそれ。私は全身擦り傷まみれなのに」

 

 私は鞄からガーゼや包帯などを取り出すと、魔法で傷を清めながら怪我の処置をしていく。

 先ほど自分の体に清めの呪文を掛けてわかったが、傷口を清めるだけなら治療には当たらないようだ。

 

「怪我が治れば呪いも消えよう。全治一週間と言ったところじゃな」

 

「では、先生も腕の傷が塞がれば新しく腕を生やすこともできるということですか?」

 

 私の問いに、ダンブルドアは悲しそうに首を振る。

 

「それは叶わんじゃろう。右手が消し飛んでしまった以上、全治することはない。きっとこの呪いは、たとえ傷が塞がったとしても右手の欠損している状態を怪我と判断するに違いない。完全に右手を元通りにするには呪いを解除するしかないじゃろうな」

 

「でも、先生なら解呪も朝飯前ですよね?」

 

「……強力な呪いを解くのはかなりの時間を要する。右手を再生させるのは後回しじゃ。ひとまずは、魔法義手でお茶を濁すことにしよう」

 

 ダンブルドアは左手で杖を振るい、空中に銀色の液体を出現させる。

 その液体はダンブルドアの右腕に包帯の上からまとわりつくと、人の腕の形に変化した。

 

「便利な魔法ですね。ムーディさんもあんな無骨な義足じゃなくてこっちを使えばいいのに」

 

「魔法は時に人を裏切る。アラスターは利便性よりも信頼性を選択したのじゃ」

 

「先生は信頼性を選択しないのです?」

 

「わしは自らの魔法に絶対の信頼を置いとるからのう」

 

 ダンブルドアはそう言って陽気に笑う。

 私はそんな様子のダンブルドアに肩を竦めると、着ていたシャツを脱いでダンブルドアに背中を見せた。

 

「じゃあその信頼の置ける魔法の右手で私の背中にガーゼを貼ってくださいな」

 

「ふむ、良いじゃろう。どれだけ器用に義手を動かせようとも、マグルの治療には精通しておらんがの」

 

 そう言いつつも、ダンブルドアは優しい手つきで私の背中にガーゼを貼っていく。

 私はその間にお腹や胸の傷の手当てを始めた。

 

 

 

 

 レミリアが部屋を出ていって一時間ほどが経過しただろうか。

 服の裾や袖を血で濡らしたレミリアと小悪魔が校長室へと戻ってきた。

 

「一応血液の採取やカメラで記録は取ったけど……あの様子じゃ証拠もクソもないわね。部屋の中で唯一無事なのは机の陰と、貴方が立っていた場所ぐらい。肝心の蜂蜜酒は瓶ごと粉々になっているし」

 

 レミリアは無駄足だったと言わんばかりの表情で校長室のソファーに腰かける。

 小悪魔は懐から杖を取り出すと、レミリアの服についた血を魔法で清め始めた。

 

「犯人を追おうにも、これじゃ厳しそ……いや、そうでもないか」

 

 レミリアは何かを思いついたのか、ポケットの中を漁り始める。

 

「犯人を追う手掛かりがあると?」

 

「ええ。怪我の功名というやつね。スラグホーンが死んでしまったのは悲しい出来事だけど、死んでしまったからこそできることがある」

 

 レミリアはポケットの中から指輪を一つ取り出す。

 その指輪はよく見覚えがあるものだった。

 

「ゴーント家の指輪……」

 

「そう。この指輪に嵌っている蘇りの石を使えば、スラグホーンに直接話を聞くことが出来るわ」

 

 怪我の功名、いったい何のことかと思ったが、このことだったか。

 スラグホーンが意識不明の重体だったり、記憶喪失だとしたら話を聞くのは困難だ。

 だが、スラグホーンは死んでいる。

 死んでいるのだとしたら、蘇りの石で呼び出すことが出来る。

 レミリアは指輪を手のひらの上で転がす。

 すると、レミリアのすぐ横に半透明のスラグホーンが出現した。

 

「──ええですからあの時のことは決して悪意があったわけではなく……そのおかげで彼女もその後大成功を……って、ここはどこだ?」

 

 スラグホーンは不思議そうに周囲を見回し、私やダンブルドアの顔を見る。

 そして今立っている場所がホグワーツの校長室であることを理解すると、安心したように深く息を吐いた。

 

「なんだ、夢か。にしても、質の悪い夢だ。わしがまさか死ぬわけ──」

 

「いきなり呼び出してすまなかったわね。スラグホーン」

 

 レミリアがスラグホーンの名前を呼んだ瞬間、スラグホーンはビクリと飛び上がってレミリアの方を見る。

 スラグホーンはレミリアが苦手だという話は聞いていたが、まさかここまでとは思ってもみなかった。

 

「こここ、これはこれはスカーレット嬢。本日もご機嫌麗しゅう……」

 

「死んでたところ呼び出して悪いわね。でも、貴方に少し聞きたいことがあったの」

 

「ええ何なりと……死んでいた? わしが?」

 

 スラグホーンはレミリアの言葉に眉を顰めると、途端に不安そうな顔になり私やダンブルドアを見回す。

 そして私のボロボロの制服や銀色に輝くダンブルドアの義手を見て、悲し気な表情を浮かべた。

 

「夢ではなかったか」

 

「わしも先程の出来事が悪い夢であったなら、どれほどよかったかと思う。じゃが、現実は残酷じゃ」

 

 ダンブルドアは悲しそうに目を伏せる。

 だが、そんなことはお構いなしと言わんばかりの表情でレミリアが口を開いた。

 

「私の予想では、あまり時間はないわ。すぐにでも死神が貴方の体を死後の世界へ引きずり込みにやってくる。スラグホーン、あの蜂蜜酒はどこで手に入れたの?」

 

 死神という言葉に私は少しぎょっとしたが、スラグホーンは割と淡々とした様子でレミリアの質問に答え始める。

 その様子からして、死神と言ってもあまり怖い存在ではないのかもしれない。

 

「あの蜂蜜酒は一か月ほど前にマダム・ロスメルタから買ったものだが……まさか彼女が蜂蜜酒に毒を?」

 

 確かに数か月前、彼女は何者かに服従の呪文で操られていた。

 可能性としては高そうだが、ダンブルドアがそれを否定する。

 

「その可能性は限りなく低いじゃろう。となると、それ以前から蜂蜜酒に毒が仕込まれていたか、スラグホーンの私室に何者かが侵入して毒を入れたのか……ホラスよ。心当たりはないかの?」

 

「残念ながらな。少しでも心当たりがあったらそもそも口を付けておらんわい」

 

 用心深いスラグホーンのことだ。

 私室の施錠などにもかなり気を使っていたに違いない。

 

「貴方自身がダンブルドアを殺そうとしていた、ということはないのよね?」

 

「何故私がそんなことをする? それに、仮に殺したいほど憎かったとしても自分の命を犠牲にしてまで殺そうとは思わんよ。わしがそういう男ではないことは分かっているだろう?」

 

 そのとおりね、とレミリアは納得する。

 重ねて質問をしないところを見るに、レミリアとしては既に聞きたいことはないのだろう。

 ダンブルドアはレミリアのそんな様子を確認すると、スラグホーンに話しかけた。

 

「ホラス。こんなことになってしまって残念に思う。葬式の希望などがあれば可能な限り叶えようと思うが──」

 

「ダンブルドア、お前が聞きたいことはそんなことではないだろう?」

 

 だが、ダンブルドアの言葉をスラグホーンが遮る。

 スラグホーンの顔はいつになく真剣で、まっすぐダンブルドアを見つめていた。

 

「……その通りじゃな。あえて単刀直入に聞くとしよう。ホラスよ。若き日のヴォルデモート卿、トム・リドルがお主に分霊箱のことを聞いた夜じゃ。ヴォルデモートは、リドルはお主に何を質問した?」

 

 そう、それこそが私が本来スラグホーンから聞き出さなければいけなかったことだ。

 スラグホーンはヴォルデモートの分霊箱に関する秘密を握っている。

 

「いや、質問を変えよう。ホラスよ。リドルはその席で、分霊箱を複数作った時にどのような影響が出るかを尋ねたのではないかね?」

 

「ほっほう。流石はホグワーツが誇る天才、アルバス・ダンブルドア教授だ。そこまでお見通しだとはな。まさしくその通り」

 

 スラグホーンは愉快そうに口ひげを弄ると、少し声のトーンを落として言った。

 

「生前は死喰い人による報復が恐ろしくて口にはできなかったが、死んでしまった今では関係のない話だ。いいか、よく聞け。トムは、あやつはわしに魂を七つに分けたらどうなるかと質問をしてきた。七つだ」

 

 七つ。

 今まで破壊した分霊箱は日記に指輪、カップ、ティアラの四つだ。

 あと三つ。

 一つはヴォルデモート自身の魂だとして、可能性が高いのは……。

 

「ナギニとスリザリンのロケット、で決まりでしょうね」

 

 私の考えを先読みしたかのようにレミリアが呟く。

 これで、全ての分霊箱の予想がついた形となった。

 

「ありがとう、ホラス。どうか安らかに」

 

「ああ、そうさせてもらうよ。っと、お迎えも来たみたいだしな」

 

 スラグホーンは虚空へと振り向くと小さく肩を竦める。

 その瞬間、微かにこの場にいない者の声が聞こえてきた。

 

『ホラス・スラグホーンさーん。審判の途中でいなくならないでくださいよー』

 

「わしのせいじゃない。向こうが勝手に呼び出したんだ」

 

 スラグホーンはふわりと浮かび上がると、そのまま透き通るように消えてしまう。

 レミリアは蘇りの石をポケットに仕舞い直し、静かに手を組んで祈った。

 

「さて、悪魔の私が神に祈るなんてこれっきりにしたいわね。蜂蜜酒を仕組んだ犯人を捕まえるという仕事が増えてしまったけど、分霊箱の正体はわかった。あと私たちが探すべきはスリザリンのロケットね」

 

 ナギニはヴォルデモートのペットなので居場所はわかっている。

 だとすれば、レミリアの言う通り私たちが見つけ出さないといけない分霊箱はロケットただ一つだ。

 

「場所の目星はついてるんです?」

 

 私がダンブルドアに質問すると、ダンブルドアは静かに首を横に振った。

 

「未だ不明じゃ。スリザリンのロケットについては手掛かりも少ないのでの」

 

「私の方もまだ場所までは絞り込めてないわね。でもレイブンクローのティアラがホグワーツにあったことを考えると、スリザリンのロケットもとんでもない場所から出てきそうだけど……まあ、それに関してはこっちで捜索を続けるわ」

 

 レミリアは一度大きく伸びをすると、小悪魔に紅茶を淹れるよう指示を飛ばす。

 その様子を見て、私は話はまだ終わっていないことに気がついた。

 そう、まだ相談しておかなければならないことが残っている。

 

「で、スラグホーンの代わりはどうするの?」

 

 小悪魔が校長室の机でカチャカチャと紅茶を用意しているのを眺めながらレミリアがダンブルドアに聞く。

 ダンブルドアはしばらく押し黙ると、視線を下げながら言った。

 

「確かに。魔法薬学の代わりの教授を探さねばなるまいの。もしくは、スネイプ先生に魔法薬学に復職して貰って、闇の魔術に対する防衛術の教授を探すかじゃが」

 

「スネイプはずっと闇の魔術に対する防衛術の教授職を希望していたのでしょう? そう簡単に役職を譲るかしら」

 

 スネイプは確か私が入学した時より前から闇の魔術に対する防衛術の教授職を希望していた。

 ダンブルドアからの要請だとしても、そう簡単に今の役職を譲るとは思えない。

 それに、今のご時世で闇の魔術に対する防衛術の教授をやりたがる者は少ない。

 魔法薬学の教授のほうが簡単に見つかるだろう。

 ダンブルドアとレミリアも同じ考えなのか、魔法薬学の教授候補が誰かいないかという話をし始めた。

 そんな様子を横目に見ながら紅茶を淹れていた小悪魔だったが、テーブルに紅茶を運んできた際にボソリと言う。

 

「あのう……それなら、私がやりましょうか?」

 

 それを聞いて、レミリアがポンと手を打った。

 

「そういえば、貴方の専門は薬学だったわね。どう? ダンブルドア。うちの小悪魔を使ってみない?」

 

「彼女を?」

 

 ダンブルドアは紅茶を受け取りながら小悪魔を見上げる。

 小悪魔はそんなダンブルドアに淡々と返した。

 

「はい。ホグワーツで教える範囲程度なら問題なく教育できますよ。NEWTを取ってるわけではありませんけど、魔法薬学ならスネイプ先生にも劣らない自信があります」

 

「魔法薬学の教授が見つかるまで、お試しで起用してみたらどうかしら」

 

 まあダンブルドアとしても、小悪魔の実力がわからない以上、おいそれと本採用は出来ないだろう。

 様子見の期間を設けたらどうかというレミリアの意見はもっともだ。

 

「確かに。それならば授業に穴を開けずに済みそうじゃな。引き継ぎ等は──」

 

「審判が落ち着いた頃にもう一度スラグホーンを呼び出そうと思うわ」

 

「便利ですね、蘇りの石」

 

「秘宝と名の付くだけはあるでしょう?」

 

 レミリアは少々自慢げな顔をする。

 その表情はまさにおもちゃを自慢する子供だった。

 

「さて、私とダンブルドアは今後の処理や葬式の日程の相談に入るから、貴方はもう寮に戻った方がいいわ」

 

 レミリアは小悪魔の淹れた紅茶を一口飲むと、角砂糖を三つとミルクを入れる。

 ポケットから懐中時計を取り出し時間を確認すると、既に消灯時間は過ぎていた。

 

「そうですね。ひとまず自分の寮に戻ろうと思います」

 

 私は懐中時計をポケットに仕舞い、ローブを着込む。

 

「また何かあれば、いつでもお呼び付けを」

 

「ええ、おやすみサクヤ。小悪魔、サクヤを寮の入り口まで送って行きなさい」

 

 レミリアはそう言うと、ダンブルドアと今後のことについて話し始める。

 私は小悪魔と共に校長室を出ると、グリフィンドールの談話室を目指して歩き始めた。

 三階の廊下を進み、階段を上って八階を目指す。

 しばらく会話もなく階段を上っていたが、八階に辿り着くのと同時に小悪魔が口を開いた。

 

「今日のことは残念でしたね……まさかスラグホーン先生がお亡くなりになるなんて」

 

「小悪魔さんはスラグホーン先生とお知り合いなんですか?」

 

 私が尋ねると、小悪魔は悲しげな笑みを浮かべる。

 

「私が一方的に知っているだけです。彼は良い薬師でしたから」

 

「そうなんですね……そういえば、小悪魔さんはレミリア先生に仕える前は何をされていたんです?」

 

 ふと気になってそんな質問をする。

 小悪魔は特に隠すことでもないと言わんばかりの様子で答えた。

 

「私は使い魔ですから。契約を交わすよりも前のことはあってないようなものなのです」

 

 そうか。言われて思い出したが、小悪魔はレミリアの使い魔だ。

 となると、種族も人間ではなく悪魔なのだろう。

 私は小悪魔の背中と頭から生える羽根をチラリと見る。

 小悪魔はそんな私の視線に気がついたのか、ぴょこぴょこと動かしてみせた。

 

「悪魔にも、学校があったりするんです?」

 

「学校?」

 

「ああ、いえ。小悪魔さんの魔法の腕はかなりのものですし」

 

 私のそんな問いに、小悪魔はニコリと微笑む。

 

「悪魔とはそう言うものです。生まれた時から様々な知識を有している。魔法界にも似たような技術があるじゃないですか」

 

「ホムンクルス(人造人間)……ですね」

 

 ホムンクルスとは錬金術師がフラスコの中に生成する小人のことだ。

 ホムンクルスは生まれながらにしてあらゆる知識に精通しているという。

 それと似たようなものなのだろう。

 私は太った婦人の肖像画の前で小悪魔と別れると、婦人に合言葉を言い談話室の中に入る。

 談話室は既に明かりが落とされており、暖炉も火が消えかかっていた。

 私は普段よく座っている暖炉の前のソファーに腰掛けると、大きく息を吐く。

 

「なんというか、流石に疲れたわ」

 

 現実の時間では数時間しか経過していないが、私の体感した時間は数日に及ぶ。

 その数日の間にあまりにも色々なことがありすぎた。

 

「……セレネ・ブラックに、バーテミウス・クラウチ。まさか、私の両親が判明するなんて」

 

 スラグホーンには悪いが、彼の死より自分の両親が判明したことのほうがショックが大きい。

 つまり、私は純血の魔法使いだったということか。

 しかもブラック家とクラウチ家の子供だなんて、名家のお嬢様と言っても差し支えない。

 

「うわ、となると私、祖父の死も目の当たりにしてるのか……まあ、殺したのお父さんなわけだけど。改めて思うと、複雑な家系よね」

 

 私は大きな欠伸と共にソファーから立ち上がる。

 そして眠たい目を擦りながら女子寮の階段を上り始めた。




設定や用語解説

レミリアと小悪魔の捜査
 レミリアは魔法界の住民というよりかはマグルの世界の住民に近いため、価値観もマグル寄り。

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焦げた魔法薬と平等な授業と私

 スラグホーンが死んだ次の日。

 急遽大広間に全校生徒が集められ、スラグホーンが一身上の都合で退職したことが発表された。

 結局のところ、スラグホーンの死は隠蔽したほうがよいと判断されたのだろう。

 まあ、それはそうだ。

 ホグワーツの教員が私室で爆死したなど、そのまま発表できるわけがない。

 

「急な発表にみな困惑しておることじゃろう。それと同時に、今後の魔法薬学の授業がどうなるのか不安に思っておる生徒もおるのではないかと思う。そこでじゃ。新しい魔法薬学の先生が見つかるまで、占い学の補佐をしている小悪魔先生が魔法薬学を受け持つことになる」

 

「スネイプじゃないんだ」

 

 私の横に座っていたハーマイオニーが首を傾げる。

 ロンも同意だと言わんばかりに頷いた。

 

「というか、彼女はスカーレット先生の従者だろう? NEWTを教えられるほど魔法薬学に詳しいのかな?」

 

「どうなんでしょうね。占い学の授業を見ている限りでは、魔法の腕は確かのようだけど……薬を調合しているところは見たことがないわ」

 

 まあ、それに関しては今日の午後に予定されている魔法薬学の授業で明らかになるだろう。

 

 

 

 

 

 私とロン、ハーマイオニーの三人は大広間で昼食を取り終わった後、地下にある魔法薬学の教室に来ていた。

 教室の内装はスラグホーンの時のままで、教壇に立っている先生だけが小悪魔に代わっている。

 小悪魔は慣れた様子で出欠を取り終わると、早速授業に取りかかった。

 

「さて、それじゃあ授業の方に入っていきましょうか。スラグホーン先生から授業の引継ぎは済ませているので、前回の続きから授業を行います」

 

 小悪魔は魔法薬学の教科書である上級魔法薬をパラパラと捲ると、パタンと閉じて黒板に今日調合する完全消臭薬のレシピを書いていく。

 レシピには特に変わったところはなく、教科書に書いてある通りのレシピだった。

 

「さて、それじゃあ今日は完全消臭薬を調合していきましょう。完全消臭薬について何か少しでも知っている方はいますか?」

 

 小悪魔の問いにハーマイオニーの手がスッと上がる。

 小悪魔はにこやかに微笑んでハーマイオニーを指した。

 

「はい。完全消臭薬はその名前の通りどんな臭いも消し去る魔法薬です。一八七八年にジョナサン・スキンズによって行われた実験ではひと嗅ぎで失神するほどの臭いの消臭に成功しています」

 

「その通りです。完全消臭薬は清めの魔法や消失呪文とは違い、対象の臭いだけを完全に消し去ることが出来ます。ですが、消え去るのは臭いだけです。その臭いの元となっている成分が消えるわけではありません」

 

 小悪魔は材料棚まで歩いていくと、引き出しを開けて小さなクリスタルの瓶を取り出す。

 そしてその小瓶を軽く振ってみせた。

 

「この小瓶の中には匂いの強い香水が入っています。今日の課題はこの香水の香りを消し去ることです」

 

 小悪魔は壁に掛けられた時計に目を向ける。

 

「そうですねぇ。とにかく、どんな出来でもいいですから一時間以内に完成させてください」

 

「い、一時間ですか!?」

 

 私の近くの席に座っていたマルフォイが素っ頓狂な声を上げる。

 マルフォイだけではない、多くの生徒が一時間は短すぎるといった顔をしていた。

 私は隣に座っているハーマイオニーに囁く。

 

「ミスなくテキパキ調合したとして、どれぐらいで終わると思う?」

 

「うーん。私の見立てでは五十分ってところかしら。そもそもレベルの高い魔法薬だし、かなりギリギリだと思うわ」

 

 それに関しては私も同意見だ。

 レシピ通り調合すればギリギリ一時間で終わるか終わらないかと言ったところだろう。

 だが、疑問があるとすればそこではない。

 そもそも魔法薬学の授業時間は二時間あるのだ。

 調合時間一時間というのは、あまりにも時間を余らせすぎる。

 

「さて、では始めてください。一時間経過したところで手を止めてくださいね」

 

 小悪魔は合図と言わんばかりに手をパンと叩く。

 生徒たちは慌てて立ち上がると材料棚に群がりはじめた。

 私は机の上に調合のための器材を並べると、自分も材料を取りに行く。

 そして全ての材料が揃ったところで薬の調合を開始した。

 

 

 

 

 調合を始めて五十分が経過しただろうか。

 私は最後の仕上げとしてアクロマンチュラの体液を一滴鍋に加えると、鍋の中身の水色の液体を匙で掬って小瓶に入れる。

 その様子を見て、ハーマイオニーも慌てて小瓶を用意し始めた。

 

「ふふん。お先にー」

 

「ああ、もう! 絶対勝ったと思ったのに!!」

 

 私は匙を振り回すハーマイオニーを尻目に小悪魔に小瓶を提出する。

 小悪魔は小瓶を受け取ると、軽く振ったり明かりに透かしたりして薬の状態を確かめた。

 

「よく調合できてますね。流石と言わせて頂きましょう」

 

「ありがとうございます」

 

 私は適当にお礼を言うと、片付けをするために自分の席へと戻ろうとする。

 だが、寸前で小悪魔に呼び止められた。

 

「あ、まだ片付けないでください。鍋の中身はそのままで」

 

「え? はい。わかりました」

 

 私は小さく首を傾げつつも自分の席に戻る。

 その横を小走りでハーマイオニーが駆けていった。

 私はハーマイオニーの姿を目で追いながら自分の席へと座ると、鍋の中身を軽く匙で混ぜる。

 我ながら調合は完璧だ。

 このまま市販することも可能なレベルであると言えるだろう。

 ハーマイオニーは小悪魔に小瓶を提出すると、私と同じようにまだ片付けをしないようにと伝えられる。

 どうやら、私だけへの指示ではないようだ。

 ハーマイオニーが小瓶を提出してから数分もしないうちに、小悪魔はパンパンと手を二回叩く。

 

「はい、時間です。皆さん自分の鍋の中身を小瓶に少し取って提出してください」

 

 ギリギリまで手を動かしていた生徒たちは文字通り匙を投げ出して薬を小瓶に詰め始める。

 そして少し肩を落としながら小悪魔の元に提出しにいった。

 小悪魔は小瓶一つ一つに生徒の名前のラベルを貼ると、一度教室裏の小部屋に小瓶を置きに行く。

 その隙を見て、ロンが大きなため息を吐いた。

 

「一時間じゃ到底終わらないよ……あと少しで完成だったのに」

 

 そんなロンの鍋をハーマイオニーが覗き込む。

 

「あら、あなたの薬を見る限り、調合過程でも絶対ありえない色になってるからどちらにしろ完成はしないわよ?」

 

「それはどうも、お世話様」

 

 ロンはナイフや秤を机の隅に押し除けると、ぐたりと突っ伏す。

 小悪魔は教卓へと戻ってくると、また手を叩いた。

 

「さて、皆さんの魔法薬の出来は確認しましたので、今から鍋をシャッフルします」

 

 鍋をシャッフル?

 クラスの皆が首を傾げていると、小悪魔は杖を取り出して軽く振るう。

 すると、教室中の鍋が一人でに浮き上がり、あちこちへ移動を始めた。

 私は、自分の鍋を目で追う。

 私の鍋は一度教室の中央を経由すると、マルフォイの机の上に着地した。

 それと同時に私の机の上に鍋が着地する。

 その鍋の中にはドロリとした焦茶色の液体が入っていた。

 一体どのような失敗をしたらこんな色になってしまうんだと疑問に思わずにはいられない。

 私は隣に座っているハーマイオニーの鍋を見る。

 ハーマイオニーの前に着地した鍋も似たり寄ったりで、灰色の泥が鍋にへばりついている。

 

「──まさか!」

 

 私が顔を上げたと同時に、小悪魔がにこやかな笑顔で言った。

 

「では、二十分で目の前にある鍋の中身を修正してください。その結果が今日の成績になります」

 

 私は目の前にある焦茶色の魔法薬に目を落とす。

 このどうしようもない失敗作を二十分以内に修正することなんてできるのだろうか。

 横にいるハーマイオニーも匙で鍋の中身を掬い上げて絶望的な顔をしている。

 

「なんだかよくわからないけど、さっき自分が調合してた薬より全然いいな」

 

 逆にロンは幸運だと言わんばかりの表情だ。

 私は書き込みだらけの教科書を開き、どうにかしてこの魔法薬を修正できないかを考える。

 母はそもそも失敗しないことを前提にしたレシピしか残していないため、手掛かりになりそうな書き込みはない。

 一から調合し直そうにも、二十分では到底完成しないだろう。

 

「つまり、何故こうなったのか、どうすれば元の効能を発揮するようになるのか考えないといけないってわけね」

 

 私は杖を取り出し、魔法薬の成分を調べ始める。

 どうやら、材料の分量自体は間違ってない。

 だが、攪拌の加減を間違えたらしく、魔法薬そのものを焦がしてしまったらしい。

 

「つまりメイラード反応を起こしているということよね。とりあえずメラノイジンを取り除いてみますか」

 

 私は消失呪文でメラノイジンを消失させる。

 その状態で再度魔法薬の成分を確かめ、慎重にかき混ぜながら足りない材料を足していった。

 私は机の上に置いた懐中時計の針をチラリと見る。

 もうすでに制限時間は五分を切っている。

 ああ、こんな時、時間を止めることが出来たらどんなに楽だろうか。

 

 

 

 

「はい、時間です。私が見て回りますのでそのまま席で待っていて下さいね。マルフォイさん、匙を置いてくださいね。グレンジャーさんも今手に持っているマンドレイクの根を鍋に入れたら減点しますよ」

 

 小悪魔のその言葉に、生徒たちは一斉に匙や材料を机の上に置く。

 私も手に持っていた杖をローブに仕舞うと、自分が手直しした魔法薬を見下ろした。

 先ほど自分が調合した薬と比べると、かなり色は濃い。

 それに、完全消臭薬であるはずなのに、若干ハーブのような香りがした。

 小悪魔は教卓から離れると、端の席の生徒の前へ立ち、鍋の中身を覗き込む。

 

「どのような修正を加えましたか?」

 

「調合途中のようでしたのでその続きを……」

 

「なるほど。ハクメイクサの葉の量はもう少し少ない方がいいですね」

 

 小悪魔は生徒の机にあった陽炎石を少し鍋の中に削り入れる。

 するとたちまち魔法薬は綺麗な水色へと変わった。

 その調子で小悪魔は順番に生徒の鍋を周り、どのような修正を加えたのかを聞いた後、どうすれば良かったのかを説明していく。

 驚いたのは、どのような出来の魔法薬であっても小悪魔が少し手を加えるだけで完璧な状態に仕上がることだ。

 魔法薬の知識があるというレベルではない。

 少なくとも前任のスラグホーンと同じか、それ以上の魔法薬学の腕を持っているようだ。

 その様子を見ている間に、小悪魔が私の前へとやってくる。

 そして匙で薬を少量掬い上げ、色や臭いを確かめ始めた。

 

「まあ、及第点ですかね。あの状態からよくここまで修正したと言えるでしょう」

 

 その評価に私は小さく胸を撫で下ろす。

 

「あと、食人キリギリスの体液を少し混ぜれば完璧でした」

 

 小悪魔が杖を振るうと、材料棚からクリスタルの小瓶が飛んでくる。

 小悪魔はその小瓶を空中でキャッチすると、私の鍋の中に一滴その中身を落とした。

 その瞬間、微かに漂っていたハーブの香りが消え、色も綺麗な水色へと変わる。

 

「メイラード反応を起こした成分を取り除こうとしたみたいですけど、それなら消失魔法を使うよりも暴れ柳の活性炭を使った方がいいですよ」

 

 小悪魔はニコリと微笑むと、私の隣のハーマイオニーの鍋に取り掛かり始める。

 私は完璧に修正された自分の鍋を覗き込むと、少量小瓶に取り分けてから消失呪文で消し去った。

 

 

 

 

「小悪魔先生、優しいけど授業のレベルが高すぎるわ」

 

 その日の放課後、大広間のグリフィンドールのテーブルでキドニーパイを切り分けながらハーマイオニーが愚痴を言う。

 そんなハーマイオニーの言葉を聞いて、ロンが少し得意げな顔をした。

 

「そう? ちょうどいいレベルだったと思うけどな」

 

「それは貴方のところに飛んできた魔法薬がマシだったからでしょ」

 

 結局ハーマイオニーは壊滅的な出来の魔法薬を修正しきることが出来ず、小悪魔からかなりの手直しを貰った。

 彼女としてはそれが物凄く気に入らないらしい。

 確かに、彼女の授業は不公平なまでに平等だった。

 出来ない生徒は徹底的に甘やかし、出来る生徒は徹底的に叩きのめす。

 全ての生徒が最終的に同じぐらいの出来の魔法薬を調合できるように調整したのだろう。

 

「でもあの授業じゃ、出来ない生徒は一生出来ないままだわ。来年にはNEWT試験もあるのに、これじゃ受からないわよ」

 

 ハーマイオニーは膨れっ面でキドニーパイを口の中に押し込む。

 私は三つ目のパイの大皿を手元に引き寄せながら考えた。

 ハーマイオニーの言う通り、小悪魔の授業のやり方では出来る生徒と出来ない生徒の差は広がるばかりだ。

 学校の教育としては褒められたものではない。

 

「でも、もしかしたらそれが彼女の方針なのかも」

 

「……どういうことよ」

 

「彼女は、出来ない生徒は切り捨てて、出来る生徒を徹底的に鍛え上げて魔法薬のスペシャリストを育成しようとしているのかもしれないわ。多くの凡人より、一人の天才を作り出すというのが彼女の方針なのかも」

 

 そもそもNEWTレベルというのは専門課程だ。

 誰もが良い成績で合格できるというものでもない。

 

「それに、現状出来の悪い生徒を切り捨てているわけでもないしね。出来る生徒にとことん厳しいだけで、出来ない生徒にもちゃんと指導を行っているし」

 

 次回以降小悪魔がどのような授業を行うかはわからないが、基本的な方針は変わらないだろう。

 今まで以上に魔法薬学に力を入れたほうがいいのは確かだ。

 私は三つ目のパイの大皿を平らげると、四つ目を手元に引き寄せた。




設定や用語解説

スラグホーン先生から授業の引き継ぎは済ませている
 嘘ではなく、実際に蘇りの石を用いてスラグホーンを呼び出し、授業の引き継ぎを行った。

完全消臭薬
 オリジナル魔法薬。原作には登場しない。今後の登場予定もない。

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更衣室とインク瓶と私

 スラグホーンが死んでから一ヶ月ほどが経過した四月の初旬。

 結局小悪魔は生徒からの熱い支持もあり正式に魔法薬学の教授へと就任した。

 まあ、人気が出るのも頷ける話ではある。

 幼すぎる見た目のレミリアは置いておくとして、ホグワーツの教員の中ではかなり見た目が若く容姿端麗だ。

 それに性格に癖もなく、どんな相手にも丁寧に接する。

 それでいて授業自体もキチンとこなし、内容も面白いときた。

 占い学ではレミリアの助手をしていただけだったため小悪魔自身の有能さはあまり目立っていなかったが、あのレミリアが助手としてわざわざホグワーツへと連れてくるほどだ。

 優秀じゃないはずがない。

 それと、流石に隠し通すことは厳しかったのか、ダンブルドアが右腕を負傷したという話はすっかり生徒の間で噂になっていた。

 まあそれはそうだろう。

 ダンブルドアの杖腕が銀色の義手になっていれば誰でも疑問を持つというものである。

 腕の負傷について、ダンブルドアからの説明はない。

 秘密にしているわけではなさそうだが、事情を話すつもりもないようだった。

 ダンブルドアの考えを尊重して、私もダンブルドアが負傷した経緯については誰にも話していない。

 まあ、おいそれと話せるような内容じゃないだけだが。

 

「サクヤ、ぼーっとしているけど大丈夫? 貴方に限って緊張しているなんてことはないでしょうけど」

 

 イースター休暇前の最後の土曜日。

 考え事をしていた私の顔を覗き込みながらハーマイオニーが呟いた。

 

「緊張ね。してると思う?」

 

「まあ、そこのキーパーさんよりかはしてないでしょうね」

 

 ハーマイオニーは今度は呆れ顔になって私の横にいるロンに視線を向けた。

 ロンは顔を真っ青にしながらスプーンを握りしめ固まっている。

 そう、今日はグリフィンドール対レイブンクローのクィディッチの試合の日だ。

 今日の点差によってはグリフィンドールの優勝杯が確定する。

 そういう意味では今日の試合はかなり重要だ。

 

「ロン、貴方チーム入りして二年目でしょう? 初試合ならまだしもいい加減慣れなさいよ」

 

 私はテーブルに盛られたパンを一つ掴むと、ロンの口に押し込む。

 ロンは押し込まれたパンを無言でもしゃもしゃ咀嚼し処理すると、かぼちゃジュースで胃袋に流し込んだ。

 

「さて、私とロンは一足先に競技場へ行くわ。ハーマイオニーはどうする?」

 

「私はラベンダーたちと一緒に行くわ」

 

 私は追加でロンの口にパンを押し込み、半ば引きずるようにしてロンを連れて大広間を後にする。

 ロンはある程度諦めがついたのか、口の中のパンを処理すると自分の足で歩き始めた。

 

「まあ、サクヤがまた速攻でスニッチをキャッチしてくれたら何の問題もないもんな」

 

「貴方の目指す選手像はそれでいいの? それにわからないわよ。レイブンクローも前回の試合の結果は見ているわけだし、何かしらの作戦を立てて来ると思うけど」

 

「作戦って?」

 

「例えば、徹底的に私の妨害に徹するとか。チョウの使ってる箒ってコメット260でしょ? 速度じゃ絶対ハリーのファイアボルトには敵わないし、何かしらの策を立てているに違いないわ」

 

 チョウがハリーほどのセンスの持ち主ならまだ勝負になったかもしれないが、チョウの箒の腕は所詮学生レベルだ。

 箒が逆ならまだしも、現状のままでは相手ではない。

 私とロンは城を出ると、校庭の端を歩いて競技場へ向かう。

 

「それこそ、チョウが私の妨害に徹して、その間に得点差を広げるとかね」

 

「それ、僕の責任重大じゃないか!」

 

 ロンは顔を真っ青にして立ち止まる。

 

「何言ってるのよ。それがキーパーの仕事でしょ」

 

 私はロンを男子更衣室に押し込み、自分は女子更衣室へと入る。

 まだ結構時間が早いということもあり、女子更衣室には私以外誰もいなかった。

 

「ケイティあたりは張り切り過ぎて早く来てると思ったのに……」

 

 私は拡大呪文を掛けているポケットの中から鞄を取り出すと、テーブルの上に置いて中を漁り始める。

 その瞬間、不意に殺気を感じ取り、私は体を少し後ろに逸らした。

 私の目の前を緑色の閃光が通過し、私の横の壁に当たって弾ける。

 私は弾けた魔法の残滓を感じ取り、先ほどの緑色の閃光が死の呪いであると判断する。

 無言呪文で死の呪いを使うとは、相手は中々の手練れに違いない。

 私は咄嗟に取りやすい位置にあったインク瓶を掴むと、閃光の飛んできた方向へ投げた。

 攻撃力はさほどないが、ほんの少しだけでも隙は生まれるだろう。

 その隙をついて杖を抜いた私は、振り返ったその先にいた人物を見て目を疑った。

 

「チョウ?」

 

 そこに立っていたのはレイブンクローのシーカーであるチョウ・チャンだった。

 怯えと憎しみを孕んだ目を私に向けている彼女は、震える右手に杖を握っている。

 

「何かの間違いよね?」

 

「……間違いじゃない。貴方は……いや、お前はセドリックの仇だ!」

 

 チョウの目から怯えが消える。

 それと同時にチョウは杖を振り被った。

 

「アバダ・ケダブラ!」

 

 先ほどの無言呪文とは比較にならない速度の死の呪いがチョウの杖から放たれる。

 どうやら、間違いではないようだ。

 私は死の呪いを首を軽く捻って回避すると、のんびりとした動作で杖を振る。

 

「アバダ──」

 

「エクスペリアームス」

 

 そして、チョウがもう一度死の呪いを放とうとした隙を突いて武装解除の呪文を掛けた。

 私の杖から放たれた赤い閃光はチョウの腹部へ直撃すると、そのままチョウを更衣室の外へと吹き飛ばす。

 それと同時にチョウの杖腕から弾かれた杖は宙を舞い、私の右手へと収まった。

 

「無言呪文でアバダ・ケダブラを使った時は少し焦ったけど、大したことなかったわね」

 

 私は動かぬ証拠であるチョウの杖を懐に仕舞い込むと、更衣室の外で伸びているチョウの側にしゃがみ込む。

 そして壁の一部を変身術で変化させ、壁に磔にした。

 

 

 

 

 それから五分ほどが経過しただろうか。

 意気込みすぎて少々鼻息が荒いケイティ・ベルが更衣室にやってきた。

 ケイティは私の姿を見て意気揚々と駆け寄ってくるが、壁に拘束されているチョウを見て足を止める。

 

「えっと、何かあったの? 試合前に他チームのシーカーと喧嘩っていうのはあんまり──」

 

「ケイティ、誰でもいいから先生を呼んできて。彼女死喰い人に操られている可能性があるわ」

 

「死喰──え? マジ?」

 

 ケイティは私とチョウを交互に見ると、大慌てで競技場の外へと走っていく。

 私はチョウの意識が戻らないように失神呪文を重ねがけすると、その横に座り込んだ。

 

「セドリックの仇って言ってたわね」

 

 まさか、さっきのは素か?

 チョウはもしかして、本気で恨みを抱いて私に襲いかかってきたのか?

 だとしたら、筋違いもいいところである。

 セドリックの方から襲ってきたのであって、身を守るためにセドリックを殺した私を恨むなどお門違いだ。

 恨むなら、セドリックを操った死喰い人を恨むべき──

 

「ああ、セドリックを操って私を襲わせたのは私か」

 

 チョウがその真実に辿り着いているとは思えないが、結果としてちゃんと敵討ちにはなっているのか。

 なんにしても、操られていないのであれば、退学は免れないだろう。

 杖に直前呪文を掛けたら死の呪いを使ったことはバレてしまう。

 良くて退学、悪ければアズカバンにて終身刑だ。

 

「有耶無耶にしてあげたい気もするけど、私の生命を脅かす存在を排除しない理由もないし。チョウには悪いけどアズカバンに入ってもらいましょうか」

 

 私はニコリと微笑み、意識のないチョウの頭を軽く撫でた。

 

 

 

 

 それから三十分もしないうちに息を切らしたケイティとマクゴナガルが更衣室前に現れた。

 マクゴナガルは拘束されたチョウとそのそばに座り込む私を見てアワアワと口を震わせる。

 そして、何かを諦めたかのような表情で言った。

 

「……ミス・ホワイト、お怪我は?」

 

「私の方は特に。チョウはもしかしたら脳震盪を起こしているかもしれませんが」

 

 私は軽くお尻を払って立ち上がる。

 マクゴナガルは杖を取り出しチョウに治癒魔法を掛けると、周囲を見回してから彼女の身体検査を始めた。

 

「杖はこちらに」

 

 私はチョウから奪った杖をマクゴナガルに渡す。

 マクゴナガルはチョウの杖をローブのポケットへと仕舞うと、チョウの身体を調べながら私に聞いた。

 

「一体何があったんです? ケイティ・ベルはチョウ・チャンが死喰い人に操られ、貴方を襲っていると言ってましたが」

 

「詳しいことは何も。確かなのはチョウに背後から襲われたということだけです」

 

「なんにしても、チョウ自身に詳しい話を聞くほかないでしょう」

 

 マクゴナガルはチョウの拘束を外すと、浮遊呪文で宙に浮かす。

 きっとこのままどこかの空き教室か、校長室へと運んでいくのだろう。

 

「ミス・ベル。きっと試合は延期……いや中止になる可能性が高いでしょう。グリフィンドールとレイブンクローの選手へそのように説明をお願いします。ホワイト、あなたは私と一緒に来なさい」

 

 マクゴナガルはそう言うと、気絶したまま浮遊しているチョウを引き連れて歩き出す。

 私も呆然としているケイティをその場に残してマクゴナガルの後を追った。

 

 

 

 

 マクゴナガルは競技場を出ると、城の裏手へと回り込み、ホグワーツの新入生が入学式の時に使う裏口から城の中へと入る。

 そしてそのまま三階まで階段を上がると、ガーゴイル像に合言葉を言い螺旋階段を進んだ。

 

「ダンブルドア先生、いらっしゃいますか?」

 

 マクゴナガルは扉をノックし、返事を待たずに校長室の中へと入っていく。

 校長室の中にはダンブルドアと、魔法大臣のルーファス・スクリムジョールが立っていた。

 スクリムジョールの護衛のためか、トンクスとシャックルボルトの姿もある。

 マクゴナガルは明らかに失敗したという表情を浮かべると、慌てて扉を閉めようとする。

 だが、非常事態への嗅覚が鋭いスクリムジョールがマクゴナガルを呼び止めた。

 

「待ちたまえ! 何かあったのではないか? 私のことは構わないから急いでダンブルドアへ報告したまえ」

 

 スクリムジョールとしては気を使ったつもりだったのだろう。

 だがマクゴナガルとしては事態を把握するまで公にしたくなかったに違いない。

 マクゴナガルは渋々といった様子で校長室へと戻ると、宙に浮かせたチョウを校長室の床に寝かせた。

 

「何があった?」

 

 ダンブルドアの静かな問いに、マクゴナガルは私へと視線を飛ばす。

 まあ、事態を正確に把握しているのは私しかいないため、私が説明するほかないだろう。

 

「クィディッチ競技場の更衣室でチョウに背後から襲われまして……反撃し、無力化し、今に至ります」

 

「なんだ。生徒同士の喧嘩か……」

 

 スクリムジョールはほっと息を吐く。

 だが、ダンブルドアは真っ直ぐ私の目を見ながら再度聞いた。

 

「ただの喧嘩で、お主が相手を気絶させるほど攻撃するとは思えん。何があった?」

 

「私の言葉通りです。襲われたので、反撃した。ただ──」

 

 私は気絶しているチョウの顔をチラリと見る。

 

「チョウが死の呪いを放ってくるとは思いませんでしたが」

 

「アバダ・ケダブラを?」

 

 死の呪いという言葉にスクリムジョールが鋭く反応する。

 

「もしかしたら死喰い人に操られていたのかもしれません」

 

「なんにしても、本人に話を聞くのが早いじゃろう。マクゴナガル先生、チョウの身体検査は済ませてあるかね?」

 

 ダンブルドアの問いにマクゴナガルが頷く。

 マクゴナガルはローブからチョウの杖を取り出すと、ダンブルドアへと手渡した。

 ダンブルドアはチョウの杖を誰もいない方向へと向け、直前呪文を掛ける。

 するとチョウの杖から緑色の閃光が飛び出し、校長室の壁に当たって弾けた。

 

「間違いない。死の呪いだ。だとしたら、本当にこの少女が……」

 

 スクリムジョールは異様なものを見るような視線をチョウに送る。

 ダンブルドアは悲しそうな顔で小さく首を振ると、魔法でチョウの意識を覚醒させた。

 意識の覚醒したチョウはゆっくり体を起こし、状況を察したのかニヒルな笑みを浮かべる。

 そして諦めたようにため息をついた。

 

「正直に答えて欲しい。何故サクヤを襲った?」

 

 ダンブルドアがチョウに問う。

 チョウは俯いたままクツクツと笑うと、顔を上げずに呟いた。

 

「そんなの、サクヤがセドリックを殺したからに決まってるじゃありませんか。セドリックの仇は私が討つんです。そして、私もセドリックのところへ……」

 

「愚かなことを……セドリック・ディゴリー君の件は正当防衛だ。サクヤ君はむしろ被害者で──」

 

「でも殺したのはこの女だ!!」

 

 スクリムジョールはやれやれと言わんばかりに首を横に振る。

 

「だ、そうだが……どうするダンブルドア。魔法省としては彼女を拘束し、適切な検査の後、裁判に掛けねばならん。服従の呪文で操られている可能性もあるが、服従の呪文で支配されている者に死の呪いが使えるとは思えん」

 

「こうなってしまっては、それもやむなしじゃろう」

 

 ダンブルドアの返事を聞き、シャックルボルトがチョウを拘束する。

 チョウは全てを諦めているかのような様子で、全く抵抗しなかった。

 

「私は彼女を連れて一度魔法省へと帰ります。トンクス、私が戻るまでホグワーツから出るなよ?」

 

「何よ。護衛が私一人じゃ不安だっていうの?」

 

「そうだ」

 

 シャックルボルトはキッパリと言い放つとチョウを連れて校長室を出ていく。

 マクゴナガルはシャックルボルトの後ろ姿を見送ると、ダンブルドアに言った。

 

「私はクィディッチの試合が中止になった旨を各チームに伝えてきます」

 

「よろしくお願いしよう。それと、職員室に先生方を集めて欲しい。チョウ・チャンの件はわしの口から説明する」

 

 マクゴナガルは一度頷き、早足で校長室を出ていった。

 

「それにしても、よく無事だったものだ」

 

 人が少なくなった校長室で、スクリムジョールがソファーに腰掛けながら言う。

 

「襲われたのがサクヤ君じゃなかったら、きっと今頃死者が出ていただろう」

 

 まあ、それはそうだろう。

 無言呪文の不意打ちを避けれるようになるにはかなりの訓練を要する。

 私もお父……クラウチに相当扱かれてようやく身についた技術だ。

 

「私も死の呪いが無言呪文で飛んできた時には驚きました。まあ、それを放ってきたのがチョウだったことがわかって更に驚いたんですけど」

 

「死の呪いを無言呪文で? 彼女がかね」

 

 スクリムジョールが驚くのも無理はない。

 アバダ・ケダブラ、死の呪いというのは魔法界に存在する呪文の中でもトップクラスで難しい。

 魔力量はもちろんのこと、呪文に習熟しなければ閃光一つ出すことができない。

 それを無言呪文で放つにはかなりの訓練が必要なはずだ。

 

「何者かから訓練を受けたのか。はたまた独学か。なんにしても、計画的な犯行の可能性が高いな」

 

「まあ、アズカバン行きは免れないでしょうね」

 

 私は小さく肩を竦める。

 私としては今回のことは別になんとも思ってはいない。

 チョウが無罪放免になろうが終身刑になろうが知ったことじゃないというのが本音だ。

 だが、分霊箱探しも佳境に入った今、イレギュラーな存在は出来るだけ排除しておきたい。

 ダンブルドアも同じ意見なのか、少し悲しそうな目で呟いた。

 

「それが妥当な処置じゃろうな。彼女の精神に異常がなければの話じゃが」

 

 まあ、全てが終わった暁には、恩赦としてアズカバンから釈放されるよう働きかけるか。

 その後手を取り合えるかは別だが。

 

「そういえば、ルーファスさんはどうしてホグワーツに?」

 

「それこそ、クィディッチの試合を見にきたのだが……君のプレイは頭一つ抜けているという噂を耳にしたものでね」

 

「そんな大層なものでもないですけどね」

 

 果たして、スクリムジョールの言葉は嘘か本当か。

 でもまあ、トンクスやシャックルボルトを連れているところを見るに、密談というわけでもないだろう。

 

「なんにしてもじゃ。サクヤ、お主は一度談話室へと帰りなさい。クィディッチの試合が中止になって皆心配しておるじゃろう」

 

「チョウの件は──」

 

「無論、他言無用……と言いたいところじゃが、隠し通せるものでもないのでの」 

 

「まあ、自分から言いふらすようなことはしませんよ。それではルーファス大臣、失礼します」

 

 私はスクリムジョールに一礼すると、校長室を後にする。

 ケイティがチョウの件を皆になんて伝えているかはわからない。

 だが、しばらくの間は様々な噂がホグワーツの中を駆け巡るだろう。




設定や用語解説

コメット260
コメット社から1985年頃に発売された箒。決して遅い箒ではないが、ファイアボルトと比べると骨董品。

直前呪文
その杖が最後に使った魔法を再現する呪文。杖さえ押さえてしまえば、証拠としては十分だと言える。

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わがままとポークリブと私

 チョウ・チャンが私を襲ったという話は瞬く間にホグワーツ中で噂になり、生徒から保護者へ、保護者から魔法界全体へと飛び火するように広がった。

 そうなると食いつくのはマスコミだ。

 日刊予言者新聞は裁判の結果が出る前からチョウ・チャンのことを大々的に記事に取り上げ、半ば決めつけるように悪者へと仕立て上げる。

 きっと今頃チョウ・チャンの実家には新聞の読者からの吠えメールが山のように届いていることだろう。

 結果として、チョウ・チャンは服従の呪文を掛けられていた兆候が見られず、また犯行に死の呪いを用いたという凶悪性と計画性も相まってアズカバンへ収監されることになった。

 無論、ホグワーツは退学だ。

 だが、犯行の動機そのものには同情の余地があることに加え、チョウ・チャン自体がまだ学生であったこともあり懲役自体は十年と短いものになった。

 アズカバンでの態度次第ではもっと早く出てくることが出来るだろう。

 まあその辺は戦争が落ち着いたらダンブルドアあたりが手を回すに違いない。

 

「それにしても意外です。サクヤちゃんならきっと殺しちゃうと思ったのに」

 

「私をなんだと思っているんです?」

 

 私の目の前の席に座る美鈴は三本の箒の名物料理であるポークリブを骨ごと咀嚼しながら大変失礼なことを言う。

 私はまるで粉砕機のような美鈴の食事風景を眺めながら肩を竦めた。

 

 イースター休暇初日。

 私は美鈴と共にホグズミード村へと来ていた。

 その理由は至って単純で、休暇に入ると同時にホグワーツに顔を出した美鈴に村へ遊びに行こうと誘われたからである。

 本来、イースター休暇をホグワーツで過ごす生徒にはホグズミード行きの許可は出ない。

 実家に帰らないのなら、校内からも出るなというのがホグワーツの基本方針なのだが、その辺は見ているこちらが恥ずかしくなるぐらいの勢いで美鈴が駄々を捏ねたためなんとかなった。

 まあ、私としてもロンとハーマイオニーの二人が実家へと帰ってしまったため暇していたところだ。

 多少美鈴のわがままに付き合うのもよい暇つぶしになるだろう。

 

「というか、どんな印象ですか。流石にそこまで過激な性格していませんって」

 

「ほんとかなぁ。私の見立てでは、サクヤちゃんは結構な戦闘狂だと思うけど」

 

「まあ、確かに決闘は得意な方ではありますけど……進んで人を傷つけるようなことはしませんよ」

 

 私は目の前の大皿に盛られたポークリブを骨ごと口に含むと、ズルリと骨だけを口の外へ引き抜く。

 そしてすでに溢れそうになっているバケツの中へと骨を放り込んだ。

 

「もっとも、手加減をする余裕のない場合はその限りじゃありませんけどね。そういう意味では、今回の事の発端となったセドリック・ディゴリーの事件では全く手加減することができませんでしたが。あの時は本当に生命の危機でしたし」

 

「今回は生命の危機ではなかったの?」

 

「死の呪文なんて当たらなければなんの意味もないですから。美鈴さんは線路を走る汽車を見て恐怖を抱きますか?」

 

「私は汽車で撥ねられたぐらいじゃ死なないから」

 

「そうですか。羨ましい限りですね」

 

 私は最後の一つのポークリブを口の中に押し込むと、魔法で骨だけを口の中で消失させる。

 そして残った肉をバタービールで胃の中に流し込んだ。

 

「ふう。なんだか久々にここのポークリブを食べた気がします」

 

「それにしてもサクヤちゃん、よく食べるよね。リトル・ハングルトンでも机の上が凄いことになってたし」

 

「日に日に食べる量が増えてる気がするんですよね。無尽蔵にお腹が空くといいますか。でも、そう言う美鈴さんも私に負けず劣らずな量食べてるじゃないですか」

 

 私は美鈴の目の前に置かれた大皿を指差す。

 先程までそこには今にも崩れそうなほどのポークリブが盛られていた。

 食べた量は私と同等、いや、美鈴は骨ごと食べているので私よりも食べているはずだ。

 

「私たち妖怪はサクヤちゃんのような人間とは体の仕組みが違いますから。食べたものをグリコーゲンみたいな糖で貯蔵するんじゃなく、魔力や妖力といった力で貯蔵するんですよ」

 

 美鈴は人差し指を立てると、その上に光の玉を出現させる。

 その光の玉は魔法使いが使うような魔法ではなく、純粋な魔力の塊のように見えた。

 

「魔法使いより魔力を感覚的に捉えているので、杖を使わなくても操ることができます。でも、その分魔法使いが使うような複雑な魔法は苦手なんですけどね」

 

「へぇ。面白いですね。それじゃあ、私が食べたものも何かの力として貯蔵されてたりするんでしょうか」

 

「あー、それはないと思いますよ」

 

 美鈴は私の頭に軽く手を乗せる。

 

「サクヤちゃんの魔力は普通の人より少し多い程度です。常人離れしているほどではないですね」

 

「そんなことわかるんですか?」

 

「先ほども言った通り、私たちは魔法使いより感覚的に魔力を捉えていますので。そういう意味では、レミリアお嬢様は凄まじいですよ。ホグワーツにいる魔法使いの魔力を全て一つにまとめたとしても、お嬢様の魔力量には敵いません」

 

 純血に近い吸血鬼は力が強いという話は聞いたことがあるが、それほどまでの魔力を秘めているのか。

 

「それはダンブルドア先生を合わせても、ですか?」

 

「もちろん。ダンブルドアを合わせてもです。純血に近い吸血鬼の体は魔力の塊なんですよ。それこそ、散髪の時に出た少量の髪の毛が杖の芯材に出来てしまう程度には」

 

 私はそれを聞き、ローブの上から真紅の杖を触る。

 この杖は私にはこれっぽっちも忠誠心を持っていないらしいが、不自由なく魔法を行使出来ている。

 美鈴も杖調べの時のことを思い出したのか、クスリと笑った。

 

「まあ、基本的には使い物にならないらしいですけどね。サクヤちゃんはよっぽど気に入られているようで」

 

 吸血鬼に気に入られるなど、素直に喜んでいいかはわからないが、嫌われているよりかはマシだろう。

 

 

 

 

 私と美鈴は三本の箒を出ると、少し閑散としたホグズミードの村の中を歩く。

 普段ホグワーツの生徒で溢れかえっているところしか見たことがないが、これが本来のこの村の雰囲気なのだろう。

 

「いやぁ、今日は一段と閑散としてますね。こんなご時世だからでしょうか」

 

 と、思ったが、美鈴の言葉を聞く限り普段はもう少し人がいるようだ。

 

「まあ、こんなご時世だからだとは思いますよ。ホグワーツにいると感覚が麻痺しますけど、今は戦時中なんですから」

 

「そういえばそうでしたね。私も普段は引きこもっているので忘れていました」

 

 と、美鈴ははにかんで見せる。

 

「引きこもって? 美鈴さんって普段何をされてるんです?」

 

「基本的には館で家事をしていますよ。うちの館、ちょっと特殊な環境なので屋敷しもべ妖精が寄りつかないんですよ」

 

「でもレミリアさんはホグワーツで暮らしていますよね?」

 

「妹様が居られますから」

 

 ああ、そうだった。

 私はレミリアの館に飾られていた自画像を思い出す。

 金色の髪に赤い瞳、フワリとしたドレスを身に纏った少女の背中からは、宝石が散りばめられたおおよそ生物のものとは思えない羽が描かれていた。

 まあ、流石にあの羽は絵画的な表現だろう。

 姉であるレミリアの背中からは蝙蝠のような、吸血鬼と聞いて一番初めに想像するような羽が生えている。

 その妹であるのなら、同じような羽が生えているのだろう。

 

「まあ、お嬢様からの命令で多少は外回りをしますけどね。でも、今のところ当たりは無しです」

 

「そうですか。まあ、ペットのナギニを除いて最後の一つですもんね」

 

 流石にそう易々と見つけられるようなところには隠していないか。

 分霊箱の最後の一つであるサラザール・スリザリンのロケットは、ヴォルデモートの母親の形見という話だ。

 ヴォルデモートとしても特別な思い入れがあるに違いない。

 

「そういえばなんですけど、分霊箱を全て壊し終わったらどうするんです? その辺、レミリアさんから何か聞いていますか?」

 

 ふと思いついた疑問をポロリと美鈴に零す。

 美鈴はその問いに首を傾げながら答えた。

 

「いや、流石にそこまでは……逆にサクヤちゃんはダンブルドア先生から何か聞いてはいないんですか?」

 

 ダンブルドアは、分霊箱を破壊した後の計画を私に話してはいない。

 まだ何も決まっていないのか、ただ私に話していないだけなのかはわからない。

 

「ヴォルデモートを殺すつもり……なのは確かですね」

 

「そりゃまあ、殺すために分霊箱を壊しているわけですからね」

 

 美鈴はカラカラと笑い飛ばす。

 だが、私はどうにも美鈴のそんな笑い声が虚構なものに聞こえた。

 

「サクヤちゃんは、何のためにヴォルデモートを殺すんです?」

 

「……え?」

 

 突然の問いに、私は足を止め美鈴の顔を見上げる。

 

「何のため?」

 

「以前もお聞きしましたね。サクヤちゃんは何のために戦っているのかと。あの時サクヤちゃんは家族のため、友人のため、そして社会のために戦っていると言いました。もう一度お聞きします。サクヤちゃんは何のためにヴォルデモートを殺すのですか?」

 

 何のために?

 私は、私のために戦っている。

 死にたくないから、ヴォルデモートを殺す。

 私の父親を助けるために、ヴォルデモートを殺す。

 

「私は──」

 

「逃げたくなったら、逃げてもいいんですよ?」

 

 適当な綺麗事を言ってお茶を濁そうした私の言葉を美鈴が遮る。

 私は数秒の間ぽかんとしてしまったが、すぐに首を横に振った。

 

「いや、そういうわけには……私にはみんなから託された思いが──」

 

「関係ないない。サクヤちゃんはまだ子供なんだから。逃げたくなったら逃げてもいいんです」

 

「もう成人してますけどね」

 

「ホグワーツに通ってるうちは子供ですよ」

 

 美鈴はやれやれと大きく肩を竦める。

 

「魔法省もダンブルドアも、子供一人に全てを押し付けて何を考えてるんでしょうね。本当に情けない限りですよ」

 

 だからですね、と美鈴はにこやかな笑顔で言った。

 

「逃げたくなったら、逃げてもいいんですよ?」

 

「逃げれるものなら、逃げたいですよ」

 

 ふと、そんな言葉が私の口から溢れる。

 

「一年……いや、二年前ならそれも可能だったかもですけど、今となってはもう何もかも遅いですよ」

 

 私は、きょとんとしている美鈴さんを見る。

 

「逃げ出しても、地の果てまで追いかけられてきっと殺されます。私にはもう、逃げ場などないんです」

 

 ダンブルドアは私を逃す気などサラサラないだろう。

 今のまま逃亡したとしても体のどこかに埋め込まれた魔法具が私の居場所をダンブルドアに教えてしまう。

 

「それに、大丈夫です。戦う理由なら……ありますから」

 

 それにダンブルドアは、私がヴォルデモートを殺した暁には、クラウチ・ジュニアの減罪を考えてもいいと言った。

 裏を返せば、私がもしここで逃げ出したりしたら、ダンブルドアは問答無用でクラウチ・ジュニアを殺すだろう。

 

「そう、私は逃げるわけにはいかないんだ」

 

「サクヤちゃん?」

 

 決意と覚悟を固め直した私は、ポカンとしている美鈴に対しニコリと微笑む。

 そして自分に言い聞かせるように言った。

 

「ご心配ありがとうございます。でも、安心してください。この戦争は、私が終わらせますから」

 

 残る分霊箱は二つ。

 一つの所在ははっきりしているので実質的には残り一つ。

 スリザリンのロケットを残すのみだ。




設定や用語解説

レミリアの魔力量
一般的な魔法使いは体の中に魔力を溜めている。レミリアの場合、魔力で体が出来ている。そのため体を分解して無数のコウモリに変えたり、千切れた首をくっつけたりすることが可能。逆に、魔力そのものを減衰させる様な攻撃には弱い。

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洞窟と緑色の魔法薬と私

 一九九七年、五月の初め。

 今年度まであと三ヶ月を切ったということもあり、生徒たちは期末テストに向けた最後の追い込みの時期に入っていた。

 どの授業も山のように課題を出すし、授業の内容自体もかなり複雑なものになっている。

 まあ、勿論例外な授業もあるのだが。

 小悪魔が担当する魔法薬学はまだ宿題の量が他と比べてマシだ。

 まあその分優秀な生徒は授業中にきっちりしごかれるのだが。

 ハーマイオニーなど、魔法薬学の授業を受けるたびに毎回涙目にさせられている。

 私はというと、パチュリー・ノーレッジの書籍の知識と母親の教科書の知識をフル活用することで何とか授業中に課せられる無理難題をクリアしていた。

 明らかに課題がNEWTレベルを逸脱しているが、少なくとも今後の役には立ちそうである。

 そしてレミリアが担当する占い学だが、これに関しては完全に宿題が消えた。

 レミリア曰く、「他の教科の宿題で精一杯でしょう?」とのことだ。

 実際その通りではあるので、生徒たちからしたらありがたいかぎりである。

 その分授業内容はかなり実践的なものになってきている。

 今までは占い学の実習というのは授業の域を出ないおままごとのようなものだったが、このレベルまでくると他の生徒に客役をやらせ、実際に占い師として客の相談に乗るという段階へと進んでいた。

 占い学のNEWTを取るのはすなわち、占いのプロとして店を持てるレベルになるということである。

 といっても、クラスの中に本物の占い師と呼べるような実力者はいない。

 そもそも魔法界にいる占い師の約九割がエセだ。

 本物に未来を予知出来る占い師というのは、魔法界にも数えるほどしかいないのが現状だった。

 

「イモリまで受けてわかったけど、占い師っていうのは心理カウンセラーみたいなものみたい。占いの手順はあくまで儀式的なもので、客に対し説得力を与えるための小道具というわけね」

 

 大広間のグリフィンドールのテーブルでミートパイを大皿ごと自分の元に引き寄せながら私はハーマイオニーに言う。

 

「でも、トレローニーは本気で占いが出来ると思い込んでいるみたいだったし、本気で私たちに占いをさせようとしていたわ」

 

「それはフクロウだからよ。レミリア先生の話では、フクロウの授業では基本的に占いの作法を学ぶだけみたい。それと、本物の占い師を見つけ出すためとも言っていたわ。まあ、殆どの生徒が占いの才能のカケラもないから、フクロウの時点でつまらなくなってやめてしまうらしいけど」

 

 一年しか持たなかったハーマイオニーはまさに典型的なこのパターンだ。

 

「そして本物の才能を秘めた生徒と、酔狂で残った生徒だけがイモリへと進んで占い師として生きる術を学ぶというわけね」

 

「何よ。それならそうと授業の初めに言ってくれてたら今でも選択してたのに!」

 

 ハーマイオニーは少しショックを受けた様子だった。

 まあでも、そうは出来ない理由というものもちゃんと存在している。

 

「フクロウのレベルでそんなこと言っちゃったら誰も占い師の言うことを信じなくなるじゃない。だからそういう業界の真実はイモリまで授業を受けた生徒にしか教えないみたいね」

 

「サクヤ、それ言っちゃっていいの?」

 

 ロンが大きなベーコンの塊を口に押し込みながら苦笑する。

 私は大きく肩を竦めると、ミートパイを大きく切り分けた。

 

「別に秘密にしろと言われているわけでもないし。それに、本当に才能のある占い師がいるのも事実だしね」

 

 私は切り分けたミートパイを口の中に運んでいく。

 ハーマイオニーはしばらくショックで項垂れていたが、すぐに立ち直った。

 

「まあ、アレを使わない限り時間に余裕はないし、占い学のフクロウも取ってないから今更遅いわね」

 

「アレって?」

 

「なんでもないわ」

 

 ハーマイオニーは慌てて首を横に振る。

 その瞬間、朝でもないのにフクロウが一匹窓から大広間へ入ってくると、私の膝の上に丸められた羊皮紙を落として飛び去っていった。

 

「ん、何かしら」

 

 私はロンとハーマイオニーに中を読まれないように小さく羊皮紙を広げる。

 そこにはダンブルドアの筆跡で小さく内容が書かれていた。

 

『見つけた。今夜十九時、校長室へ』

 

 私は羊皮紙を握りつぶすと、消失呪文で完全に消し去る。

 多くは書かれていないが、十分だ。

 どうやら、探していた分霊箱の最後の一つが見つかったらしい。

 私はポケットから懐中時計を取り出し、時間を確認する。

 今の時間は十八時三十分。

 さっさと食べて校長室に向かわないと間に合わないだろう。

 私はミートパイの残りをお腹の中に詰め込んだ。

 

「ちょっとダンブルドア先生から呼び出しを受けたから校長室に行ってくるわ」

 

「ダンブルドア先生から? 騎士団関係の用事かしら」

 

「多分そうね。帰りが遅くても心配しないで」

 

 私はナプキンで口元を拭うと、ロンとハーマイオニーに手を振って大広間を後にする。

 そして真っ直ぐ校長室を目指した。

 

 

 

 

 校長室に入ると、そこにはダンブルドアとレミリアの姿があった。

 今回の分霊箱捜索にはレミリアも同行するのかと思ったが、レミリアは私の姿を確認すると軽く右手を挙げて校長室を出ていく。

 私はその後ろ姿を見送ると、改めてダンブルドアと向き合った。

 

「彼女は同行しないのですか?」

 

「レミリア嬢にはわしの不在の間ホグワーツの守りを固めてもらう手筈じゃ」

 

 まあ、ダンブルドアもレミリアもいなくなったとなれば、ヴォルデモートに対抗できる戦力がいなくなる。

 それに、少し留守にするぐらいで魔法省に要請して闇祓いを派遣してもらうわけにもいかないだろう。

 私は勝手に納得すると、鞄の中から外出用のローブを取り出し身に纏った。

 

「で、見つかったんですよね。スリザリンのロケット」

 

「正しくは『スリザリンのロケットが隠されている可能性のある場所を見つけた』じゃがのう」

 

 まあ、どちらにしろ同じような意味だ。

 

「で、場所はどこなんです?」

 

「君もよく知っておる場所じゃよ。ウール孤児院では年に一度、子供達を連れて遠くの村へ遠足に出かけるそうじゃな」

 

 思いがけない単語が出てきて、私は少し面食らってしまう。

 確かに私の暮らしていた孤児院では、年に一度の遠足があった。

 

「はい。私も小さい頃に何度か。あの海が見える小さな村ですよね?」

 

「まさにそこじゃ。その海岸にある険しい崖に開いた洞窟に最後の分霊箱が隠されておるとわしとレミリア嬢は結論づけた」

 

「洞窟? そんなものありましたっけ?」

 

「崖沿いにしばらく進んだ先じゃよ。マグルでは優れた登山家でもなければ辿り着くことは叶わないような断崖絶壁じゃ」

 

 それならば知らなくて当然だ。

 孤児院の遠足では浜辺でパシャパシャと遊ぶだけだ。

 院長が年甲斐もなくはしゃぎ過ぎ、セシリアに怒られていたことを思い出す。

 

「魔法使いならば、断崖絶壁を進む手段はいくらでもある……ということですね」

 

「そういうことじゃな。では、参ろうかの。止めるのじゃ」

 

 ダンブルドアの指示で、私は時間を停止させる。

 そして、ダンブルドアが差し出した左手を軽く握った。

 その瞬間、私の両足が校長室の床から離れる。

 まるでゴムホースに詰め込まれたかのような感覚が全身を襲った後、両足が地面につくと同時に視界が開けた。

 黒々とした海の上に浮かぶ満天の星々。

 頭上で輝く満月は、私の足元を昼間のように照らしている。

 

「……懐かしい匂いです」

 

 私は時間停止を解除すると、潮の香りを胸いっぱいに吸い込む。

 最後にここに来たのは何年前だろう。

 少なくともホグワーツに入学するよりも前のはずだ。

 

「でも、見覚えはない場所ですね」

 

「孤児院の子供たちが遊ぶのはもう少し手前の浜辺じゃからのう」

 

 私が立っているのは砂ではなく岩の上だ。

 背後には巨大な岸壁がそり立っている。

 どうやらダンブルドアの言う通り、浜辺から少し進んだ崖の下に姿現わししたようだった。

 魔法を使わずにこの場所に来るには、一度浜辺から崖の上へと移動し、その崖を降りてくるか、海を泳いでくるしかない。

 

「こっちじゃ」

 

 ダンブルドアは月明かりを頼りに今立っている岩を慎重に下っていく。

 そして足が波に触れそうなほど下ると、杖明かりを灯し真横にそびえる断崖を照らした。

 

「見えるかの?」

 

 杖明かりに照らされた断崖には、人が何とか一人通れそうな幅の割れ目がある。

 

「あの先ですか?」

 

「左様。高さがない故、泳いでいくしかなさそうじゃの」

 

 ダンブルドアはそう言うが早いか、海へと滑り降り、崖の割れ目に向かって泳いでいく。

 

「なんと言うか、歳を感じないわね」

 

 私は若者顔負けの平泳ぎを見せるダンブルドアに肩を竦めると、その後を追うように海へと飛び込んだ。

 

 

 

 

 崖の割れ目の中を百メートルほど進んだだろうか。

 ダンブルドアが口に咥えている杖明かりだけを頼りに泳ぎ続けていた私たちだったが、ついに私の両足が地面につく。

 どうやら崖の割れ目の奥へと辿り着いたらしい。

 私は手早く自分とダンブルドアの服を乾かすと、壁を調べているダンブルドアの横へと立った。

 

「時間を止めますか?」

 

「いや、まだよい。じゃが、準備はしておくのじゃ」

 

 その瞬間、ダンブルドアの調べていた壁にアーチ型の模様が白く浮かび上がる。

 だが、模様はすぐに消え、元の岩肌へと戻ってしまった。

 

「どうやらこの先のようですね」

 

「止めるのじゃ」

 

 ダンブルドアの合図で、私は時間を停止させる。

 ダンブルドアは模様が浮かび上がった壁に対して、まっすぐ杖を向けると、呪文を放った。

 

「ボンバーダ」

 

 ダンブルドアの杖から放たれた爆発呪文が壁を粉々に吹き飛ばす。

 きっと何重にも防護魔法が掛けられていたのだろうが、時間の止まった空間ではただの岩壁だ。

 

「さて、参ろうかの」

 

 ダンブルドアは爆発呪文にてできた穴へと体を滑り込ませる。

 私もその後を追って穴の中へと入ると、そこには巨大な湖が広がっていた。

 洞穴自体も杖明かりでは照らしきれないほどの大きさがある。

 そんな暗闇の中に、神秘的な緑色の輝きがあるのが見えた。

 

「先生──」

 

「わかっておる」

 

 時間の止まっている中、ダンブルドアは真っ直ぐ光の方へと歩き出す。

 そして水面ギリギリで立ち止まると、何かを確認するような視線を送ってきた。

 

「ああ、大丈夫ですよ。コンクリートの上を歩くようなものです」

 

「つくづく便利じゃな。お主を味方に引き入れて正解じゃった」

 

「それはどうも御贔屓に」

 

 ダンブルドアは氷のように固まった水面をまっすぐ光の方へ向けて歩いていく。

 私はダンブルドアの後を追いながらふと水面に視線を向けた。

 私の足元、水面下には無数の死体が沈んでいる。

 ここで死んだ者ではない。

 きっとヴォルデモートが分霊箱の護りとして配置したものだだろう。

 

「今時間停止を解除して湖に落ちたらあの死体に襲われるんでしょうかね」

 

「そうじゃろうな。絶対に解除するでないぞ」

 

「自殺衝動はありませんよ」

 

 どのような護り手であろうと、時間が止まった世界では何の役にも立たない。

 私とダンブルドアは歩を進め、そのまま何事もなく湖の中央へと辿り着いた。

 そこにあったのは小島だった。

 大きさは校長室ぐらいだろうか。

 決して大きいとは言えない小島の中心に、緑色の光を放つ石の水盆が置かれている。

 私とダンブルドアはその水盆に近づき、同時に覗き込む。

 水盆は緑色の液体で満たされており、中の液体は淡く発光していた。

 

「分霊箱はこの水盆の中でしょうか」

 

 ダンブルドアは無造作に義手を水盆の中に突っ込む。

 だが、時間が止まっているため液体に触れることはできても、その中に手を入れることはできなかった。

 

「時間停止を解除しますか?」

 

「……そうじゃな。一度解除するのじゃ」

 

 私とダンブルドアは油断なく杖を構える。

 時間が動き出した瞬間、どのような事態になるかは予想がつかない。

 

「いきます」

 

 ダンブルドアが頷いたのと同時に、私は時間停止を解除する。

 その瞬間、私の耳に飛び込んできたのは水滴の音だけだった。

 私は注意深く湖の方を見回すが、沈んでいる死体が襲ってくる様子はない。

 ダンブルドアも今すぐに危険はないと判断したのか、改めて水盆に向き直った。

 

「どう思う?」

 

「どうって、見るからに怪しいですよね」

 

 私はポケットの中からガリオン金貨を一枚取り出すと、水盆の中に放り投げる。

 金貨は放物線を描いて水盆の中へと落ちたが、水面ギリギリでピタリと停止した。

 まるで見えないバリアーでも張ってあるかのようだ。

 

「ふむ。どうやら触れられんようじゃな」

 

「そのようで」

 

 ダンブルドアは義手で金貨を拾い上げると、そのまま水面の様子を観察する。

 バリアーという表現は間違っていなかったようで、ダンブルドアの義手は水面ギリギリで止まっており、液体に触れることは出来ていなかった。

 その後もダンブルドアは水盆に対し消失呪文や呼び寄せ呪文を試すが、どれも効果がない。

 やはり何とかしてこの液体を除去するしかないようだ。

 

「なんと、そういうことか」

 

 ダンブルドアは何かに気が付いたのか、杖を振り、虚空からクリスタルのゴブレットを取り出す。

 そしてそのゴブレットを無造作に水盆の中に突っ込んだ。

 ダンブルドアの予想が正しかったのか、ゴブレットだけは水面で弾かれず、液体の中に入っていく。

 そしてそのまま掬い上げると、水盆の中の液体が少しだけゴブレットの中へと入った。

 ダンブルドアは水盆の中を注視しながらゴブレットの中身を地面へと捨てる。

 液体はそのまま地面へと落下していき、地面に接触するギリギリのところで消えてなくなった。

 

「元に戻っておる。どうやら、中身を飲み干すしかないようじゃの」

 

「え、嫌ですよ私はこんな怪しいもの口に入れるの」

 

「心配せずとも、わしが飲むつもりじゃ」

 

 ダンブルドアはもう一度ゴブレットを水盆の中にいれ、緑色の液体を掬い上げる。

 そしてその液体をまじまじと見つめながら言った。

 

「きっとこの液体にはわしが分霊箱を奪うのを阻止する働きがあるに違いない。何故ここにいるかを忘却させたり、とてつもない苦しみを与えたりじゃ」

 

「そうですかね? 私なら猛毒にしておきますけど」

 

「ヴォルデモートは分霊箱を奪いに来たものをすぐには殺さんじゃろう。少なくとも生け捕りにして、どういった経緯で分霊箱のことを知ったのか聞き出そうとするに違いない。それに、どうやっても取り出せないのでは、ヴォルデモート自身も分霊箱を回収できなくなってしまう」

 

 ダンブルドアは恐る恐るゴブレットに口を付ける。

 そして、意を決した表情で一気に飲み干した。

 

 その瞬間、ゴブレットを握っていたダンブルドアの右手の義手がポロリと落ちた。

 

 ダンブルドアは信じられないものを見る目で地面に落ちた義手を見る。

 いや、銀色の義手は既に形が崩れており、ドロドロに溶けて地面に広がっていた。

 

「……ダンブルドア先生? 大丈夫ですか?」

 

 ダンブルドアは呆然としたまま動かない。

 心なしか、呼吸も早くなっているように感じる。

 やはり猛毒だったか。

 すぐにでも応急処置をしなければ。

 そう思い解毒の準備をしようとしたその時、ダンブルドアが左手を水盆の中に突っ込んだ。

 ダンブルドアの左手はそのまま液体の中に入り込み、中から金色のロケットを取り出す。

 そして大きく深呼吸を繰り返すと、そのロケットを私へと差し出した。

 

「すぐに破壊するのじゃ」

 

「それはいいですけど、大丈夫ですか?」

 

 私はダンブルドアからロケットを受け取り、そのまま宙へと放り投げる。

 そして悪霊の火で完全にロケットを焼き尽くした。

 黒く焦げたロケットが地面へと落ちる。

 私はそれを魔法で冷却すると、分霊箱としての機能が破壊されていることを確かめた。

 

「これで残るはペットのナギニのみですね。……って、先生? 本当に大丈夫です?」

 

 私はスリザリンのロケットをポケットに仕舞いながらダンブルドアの顔を覗き込む。

 ダンブルドアは顔に冷や汗こそ掻いているものの、至って健康そうに見えた。

 

「……なんということじゃ。このような魔法薬があろうとは」

 

 ダンブルドアは右手を失った時よりも深刻な表情を浮かべると、声を震わせて言った。

 

「魔法が使えなくなった」




設定や用語解説

時間停止中の世界の法則
 時間が止まると、そのものが持っている魔法的特性は消えてなくなる。どれほど魔法で強化しようが、時間を止めてしまえば材質そのものの強度へと戻ってしまう。今回の魔法薬の場合、時間を止めてさえいれば魔法的効果は発揮されず液体そのものに触れることができるが、時間が止まっている世界では水は固体と変わらないのでどちらにしろ手を入れることができない。

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毒とナイフと私

「魔法が使えなくなった」

 

 ダンブルドアの言葉に、私は耳を疑う。

 

「魔法が使えなくなった?」

 

「左様。一切合切、まったくもって全てじゃ。今のわしの体には魔力の魔の字もない」

 

 ダンブルドアは左手で杖を抜くと、その辺に落ちている石に向かって振るう。

 

「ウィンガーディアム・レビオーサ」

 

 だが、いくら振るおうが石が動くことはなかった。

 

「まさか……今となっては確認のしようがないが」

 

 ダンブルドアは先程と同じように水盆の中の液体に触れる。

 そしてしてやられたと言わんばかりに頭を抱えた。

 

「どうやらこの液体は、服用したものの魔力を完全に消し去る効果があったようじゃ。そして、それと同時に魔力を持つ者を阻む効果があった」

 

「魔力を持つものを阻む? ということはまさか──」

 

「魔力を持たぬマグルなら、何の問題もなく水盆の中のロケットを拾い上げることが出来る」

 

 だが、魔力を持たないマグルではそもそもこの小島へ辿り着くことが出来ない。

 つまり用意されていた最適解は、魔法使いとマグルが一緒にこの場を訪れ、マグルに水盆の中身を拾わせるというものだったのだ。

 

「だとしたら、すぐにでもこの場を離れましょう。先生が魔法を使えなくなったのだとしたら、一刻も早くこんな危険地帯から脱出したほうがいい」

 

「……そうしよう」

 

 私は時間を停止させると、右手でダンブルドアの左手を掴む。

 そして杖を引き抜き、パチュリー式の瞬間移動術で校長室へと移動した。

 ダンブルドアは校長室へ移動したことを周囲を見回して確かめると、おぼつかない足取りで椅子へと腰かける。

 そして何度か大きく深呼吸を行い、静かに目を閉じた。

 

「魔力がないというのは、このような感覚じゃったか。わしはマグルを理解していたようで、結局のところ何も理解しておらんかったのかもしれん」

 

「そんなに感覚に違いが?」

 

「静かじゃ。まるで一切の音がないかのような感覚──」

 

「あ、それは私が時間を止めているからですね」

 

 ダンブルドアと私の間に無言の時間が流れる。

 私は小さく咳払いすると、話題を変えた。

 

「なんにしても、ダンブルドア先生が魔力を失ったというのはかなりの大問題です。例のあの人と対等に渡り合える魔法使いはダンブルドア先生とパチュリー・ノーレッジぐらいですし」

 

「その点に関しては心配しておらん。残る分霊箱もあと一つ。わしが魔法を使えずともお主さえいれば何とかなるじゃろう」

 

 ダンブルドアはようやく落ち着きを取り戻したのか、机の引き出しを開けて中から一本のナイフを取り出す。

 そしてそのナイフを私へと差し出した。

 

「これは?」

 

「刃にバジリスクの毒が仕込んである。バジリスクの毒ならば、分霊箱でも問題なく破壊できることじゃろう」

 

「悪霊の火が灯ったままナギニが暴れたら危険ですもんね」

 

 私はダンブルドアからナイフを受け取ると、毒に気を付けて懐に仕舞いこむ。

 なんにしても、ダンブルドアが魔法を使えなくなったという事実は誰彼構わず吹聴していいネタではない。

 まず初めに誰に伝えるべきだろうか。

 私は少々悩みつつ、時間停止を解除する。

 

 その瞬間、爆音とともに校長室が大きく揺れた。

 

 

「え? なにごと?」

 

 まるで校長室の外で大爆発でも起きたかのような衝撃だ。

 ダンブルドアは周囲を見回すと、歴代校長の肖像画の一つに呼びかけた。

 

「ブルータス、何があった?」

 

「ダンブルドア、ようやく帰ってきたか! 敵襲だ! 巨人と人狼と吸魂鬼と死喰い人が山のようにホグワーツに押し寄せてきている。既にレミリア・スカーレットが外で交戦中だ」

 

「まさか……早すぎる」

 

 慌てた様子で校長室を飛び出す。

 私も急いでその後を追い、螺旋階段を駆け下りると三階廊下の窓から外を覗き込んだ。

 そこには信じられないような光景が広がっていた。

 ホグワーツの周囲には無数の吸魂鬼が飛び回り、完全に包囲を固めている。

 そして校庭には巨大な肉片が散らばっており、時折大きな爆発音が響いていた。

 

「いた! ついに帰ってきたわね!」

 

 突如真横からレミリアの声がして、私とダンブルドアは弾かれたように振り向く。

 だが、レミリアの姿はそこにはなかった。

 

「どこ見てるのよ! こっちよこっち!」

 

 もう一度声が聞こえ、私は声がしたほうに視線を落とす。

 そこには窓の枠に一匹のコウモリが留まっていた。

 

「レミリアか?」

 

 ダンブルドアは窓枠に留まっているコウモリに呼びかける。

 コウモリは野性味を全く感じさせない仕草で羽を腰に当てると、やれやれと言った様子で首を振った。

 

「レミリアか? じゃないわよ。魔力を探ればすぐにわかるでしょ? って、そんな軽口叩いている場合じゃないわね。状況はかなりまずいわ。巨人を中心とした死喰い人の軍隊がホグワーツを襲撃中よ。今のところ何とか城内には踏み入らせてないけど、これ以上敵が増えたら私一人じゃどうにもならないわ」

 

「他の先生方は?」

 

「生徒の避難誘導中。今頃は大広間に生徒を集め終わって守りを固めている頃でしょうね。こっちに援軍に来れるのはまだ先になりそう」

 

 ドカンと大きな音がして、私たちの横の城壁が砕け散る。

 巨人が投げた岩が城壁を破壊したのかと思ったが、すぐに瓦礫を押しのけるようにして人影が立ち上がった。

 

「いつつ……よくもやったわね!」

 

 立ち上がったのはレミリアだった。

 レミリアはこちらに一瞬視線を向けたが、すぐに城の外へと飛び出していく。

 どうやら飛んできたのは岩ではなく、巨人に投げられたレミリアだったようだ。

 

「とまあ、こんな感じで多勢に無勢なわけよ。それに、巨人や人狼、下っ端死喰い人の姿はあるけど、ヴォルデモートや幹部クラスの死喰い人はいない。まずは雑魚で戦力を削る作戦なのか、もしくは──」

 

「わかった。急いで対処する」

 

「そうして頂戴。正直伝令コウモリ一匹出す戦力も惜しいんだから。今日が満月じゃなかったら危なかったわね」

 

 コウモリはそう言うが早いか外へと飛び出していく。

 ダンブルドアはもう一度校庭の様子を見回した後、階段へ向けて走り出した。

 

「まずは大広間にいる先生方と合流しないとですね」

 

「いや、七階へ向かう」

 

 一階に下りる気満々だった私とは裏腹に、ダンブルドアは階段を上り出す。

 私はその後を慌てて追いかけながら言った。

 

「七階ですか?」

 

「ヴォルデモートが城内に侵入するとしたら、七階からじゃろう」

 

 ダンブルドアの考えはわからないが、そのように確信できるだけの根拠がダンブルドアの中にあるのだろう。

 今はダンブルドアを信じてついていくしかないだろう。

 私たちは階段を一気に駆け上がり、七階の廊下を走る。

 そしていくつかの角を曲がった瞬間、ダンブルドアがピタリと足を止めた。

 そこに立っていたのはヴォルデモート率いる死喰い人の集団だった。

 ヴォルデモートを筆頭に、バーテミウス・クラウチ・ジュニア、ベラトリックス・レストレンジ、アントニン・ドロホフ、カロー兄弟、そしてセブルス・スネイプの姿もある。

 死喰い人の中でも武闘派で知られる魔法使いばかりだ。

 そしてヴォルデモートのすぐ横には、最後の分霊箱であるナギニの姿もあった。

 ちょうど近くの部屋から出てきたばかりのようで、すぐ横の扉が半開きになっている。

 

「止めるのじゃ!」

 

 ダンブルドアの叫びに、私は瞬時に時間を止めた。

 ダンブルドアは肩で大きく呼吸しながら、壁を背もたれにして座り込む。

 その様子はまるで老後施設通いの老人のようだった。

 

「いや、まさにそのものか」

 

 魔法の使えないダンブルドアなど、ただの物知りな面白お爺ちゃんだ。

 私は鞄の中から水差しとコップを取り出すと、コップに半分ほど水を注いでダンブルドアに手渡した。

 

「もう歳なんですから無茶しないでください」

 

「ありがとう。魔法の使えない体がここまで不便とはのう」

 

 ダンブルドアは額に浮かんだ汗を左手で拭うと、コップの水を一口飲む。

 

「ですが、どうして例のあの人がホグワーツの七階にいるのでしょう」

 

「七階に少し特殊な隠し部屋があってのう。そこから侵入したに違いない。この一年、とある生徒がせっせと隠し部屋にて作業を進めておった」

 

「とある生徒? まさかドラコのことですか?」

 

 ダンブルドアは私の問いに力なく頷く。

 

「左様じゃ。姿をくらますキャビネットという魔法具が魔法界には存在しておる。対になったキャビネットからキャビネットへと移動ができる魔法具じゃ。ドラコ君は隠し部屋に置かれたキャビネットを修復し、死喰い人の根城とホグワーツを繋いだのじゃろう」

 

「いや、そこまで分かっていたなら止めましょうよ。なに呑気に修復が終わるのを待ってるんですか」

 

「修復が終わったのを見計らって、先にこちらから仕掛けるつもりじゃった。じゃが、わしの見立てよりもひと月以上早くドラコ君はキャビネットの修復を終えたようじゃの。大したものじゃ」

 

 ダンブルドアは呼吸を落ち着けながら感心したように頷く。

 

「なるほど。分霊箱を破壊し終わった後の計画について聞いていませんでしたが、そのような作戦だったわけですね」

 

「なんにしても間一髪。ギリギリセーフといったところじゃろう」

 

 ダンブルドアはコップを地面に置くと、ゆっくり立ち上がる。

 そして、私に対して指示を飛ばした。

 

「決着をつけるのじゃ。サクヤ」

 

「──はい。わかりました」

 

 私は先程受け取ったナイフを引き抜くと、まっすぐヴォルデモートの元へと向かう。

 そしてそばにいるナギニの脳天へナイフを突き刺したあと、ヴォルデモートの心臓へ向けてナイフを振り下ろした。

 ドスリという鈍い音と共に、ナイフの刀身がヴォルデモートの体へと吸い込まれていく。

 私はヴォルデモートの体にナイフを突き刺したまま、ダンブルドアへと振り返った。

 

「終わりました。他の死喰い人も始末しますか?」

 

「その必要は──サクヤッ!」

 

 ごぼりという水の溢れるような音が背後から聞こえた。

 一体何の音だ?

 時間の止まっている世界で、私たち以外の音が鳴るはずがない。

 その時、突如背後から何者かが私に覆いかぶさった。

 

「とどめを──」

 

 ダンブルドアの叫び声が遠くに聞こえる。

 私は自分に覆いかぶさってきたものの正体を確かめるために首を後ろへと捻った。

 

 私に覆いかぶさっていたのはヴォルデモートだった。

 私が突き刺したナイフと皮膚の隙間から止めどなく血が溢れ出ているようで、背中に生暖かい感触が広がっていく。

 

「な、なんで……時間は止まっているはずなのに……」

 

 このままではまずい。

 ヴォルデモートが私の体に触れている限り、ヴォルデモートも時間の止まった世界で動くことが出来る。

 すぐにでもとどめを刺さなければ、私の命はないだろう。

 私は反撃をするために身をよじり、体を反転させる。

 もう既に分霊箱は全て破壊済みだ。

 心臓一突きで死なないのなら、首を切断するだけだ。

 私は左手をヴォルデモートと私の体の間にねじ込み、無理矢理ナイフを引き抜く。

 そしてそのまま抱きつくような形でヴォルデモートの首を落としにかかった。

 

 その時だった。

 

「……ぁぁ、我が愛しい娘よ──」

 

 ヴォルデモートが私の耳元で囁く。

 そしてそのまま腕を回し、私の体を優しく抱きしめた。

 

「──お前は光のもとで……幸せに……」

 

「何を──」

 

 ヴォルデモートの口から大量の血が溢れ出る。

 そしてそのまま私に身を預け、動かなくなった。

 

 一九九七年、五月二十二日。

 私はヴォルデモートを殺した。




設定や用語解説

ウィンガーディアム・レビオーサ
 日本一有名な魔法。次点で「エクスペクト・パトローナム」

ダンブルドアのマグル化
 一切合切全ての魔力を失ったダンブルドアはマグルの老人と変わらない。

バジリスクの毒
 猛毒であり、極少量で人を死に至らしめる。分霊箱を破壊する数少ない方法の一つ。

レミリアの伝令コウモリ
 というかレミリア本人。意識を共有しているのではないため、コウモリで見聞きした情報をレミリア本人が知るには、一度コウモリを手元に戻す必要がある。

ダンブルドアのヴォルデモート殺害計画
 分霊箱を徹底的に破壊した後は、ドラコの開通させた抜け道を通って死喰い人のアジトへと行き、ヴォルデモートを殺すつもりだった。

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決着と結末と私

 私の足元に赤い血溜まりが広がっていく。

 ヴォルデモートは滑り落ちるように血溜まりに倒れ伏すと、そこで時間が止まったのかピクリとも動かなくなった。

 

「愛しい我が娘って……そういえばそんな設定あったな」

 

 私は魔法で体についた血を清めると、改めてダンブルドアに声を掛ける。

 

「動き出した時はどうなるかと思いましたけど、今度こそちゃんと死んだと思います。他の死喰い人はどうしますか? お父さんを残して皆殺しでいいですか?」

 

「全員生きたまま拘束するのじゃ。じゃが、反撃を貰う可能性もある。時間を止めた状態で失神させることは可能か?」

 

「出来ますよ」

 

 幸い臨戦態勢ということもあり、死喰い人たちは全員杖を握っている。

 私は順番に杖を手から引っこ抜いていくと、鞄の中に無造作に放り込んだ。

 その後、魔法で出現させたロープで全員を拘束し、少し離れた位置から失神呪文を飛ばす。

 失神呪文は真っ直ぐ死喰い人たちに向けて飛んでいくと、当たるギリギリの位置で停止した。

 

「時間が動き出した瞬間、失神呪文が直撃するという寸法です。名付けてディレイ・ステューピファイ」

 

「そのまんまじゃな。っと、セブルスは拘束せんでもよい」

 

「いいんです? パッと見た感じ、彼が死喰い人を先導しているように見えますけど」

 

「セブルスはこちらの二重スパイじゃ」

 

 私はスネイプの目の前で停止している失神呪文の時間を動かす。

 失神呪文はスネイプに当たると、そのまま弾けて霧散した。

 スネイプの時間は止まっているので、失神呪文の効果はないはずだ。

 

「にしては、今日のような不意打ちを受けてますけど?」

 

「そりゃそうじゃろう。セブルスは先程までホグワーツで教鞭を取っていたのじゃ。きっと異変を感じ取り、わしとの打ち合わせ通りに死喰い人側に与したのじゃろう」

 

「打ち合わせ通りに?」

 

「状況が大きく動いたら、セブルスにはさらに深く闇の陣営へと踏み入ってもらうつもりじゃった。敵陣営の中心に味方がいるというのはこれ以上ないほどの切り札となる」

 

 まあ、そういうことならいいか。

 私はスネイプに巻き付いているロープを魔法で消失させる。

 

「それじゃあ、時間を動かしますね」

 

 そして死喰い人たちから少し離れ、時間停止を解除した。

 その瞬間、拘束されている死喰い人たちに失神呪文が直撃する。

 死喰い人たちは手足を拘束されたまま宙を舞い、そのまま力無く地面へと落下した。

 

「──ッ!? 一体何が……」

 

 スネイプはいきなり後ろに吹き飛んだ死喰い人たちを目で追い、その後血溜まりに倒れ伏しているヴォルデモートを見つける。

 そして何かを悟ったのか、目の前に立つ私とダンブルドアを見た。

 

「……終わったのですね」

 

「ああ、これで終わりじゃ」

 

 スネイプは少し寂しそうな目でヴォルデモートを見下ろすと、こちらへと歩いてくる。

 私は入れ替わるように再度ヴォルデモートへ近づき、横でのたうち回っているナギニを悪霊の火で完全に焼き殺した。

 

「それで、この後どうします?」

 

「まずはこの戦いを終わらせよう。ヴォルデモートが倒れたと知れば、外で暴れている者たちも散り散りになって逃げることじゃろう」

 

「でしたら、私がヴォルデモートの死体を掲げますので、先生は勝利の宣言を」

 

 私はヴォルデモートの死体を魔法で浮かび上がらせる。

 ダンブルドアは何かを確かめるようにヴォルデモートの死体に触れると、スネイプの方を向いた。

 

「セブルス、拘束した死喰い人を地下牢へ収容するのじゃ」

 

「わかりました。……それにしても──」

 

 スネイプは気絶したまま床に転がっている死喰い人たちを見る。

 

「凄まじいの一言に尽きますな。私が貴方を視界に捉えた時には、既に決着はついていた」

 

「わしではない」

 

 ダンブルドアはそっと私の肩に手を置く。

 私はヴォルデモートの死体の左手を掴むと、ホグワーツの一番高い塔の屋上へと瞬間移動した。

 

 

 

 

 城の外は壮絶な戦場と化していた。

 校庭には巨人や死喰い人のものと思われる肉片が散らばり、飛び散った血液が緑の芝を紅く染めている。

 レミリアはそんな中、二本の赤い槍を構えて残党と対峙していた。

 まだ生き残っている巨人や人狼の顔には、明らかな恐怖の色が浮かんでいる。

 それはそうだろう。

 明らかに死屍累々の自分達に比べ、レミリアは全くの無傷なのだから。

 

「人狼が力を発揮できるように満月の夜を選んだのでしょうけど、間違いだったわね。満月の夜の吸血鬼は不死身なの」

 

 レミリアは鋭い爪で自らの頬を撫でるように切り裂く。

 傷口から真っ赤な血が溢れ出るが、それらの血は地面に滴り落ちる前にコウモリへと姿を変え、レミリアの体の周りを飛び回った。

 これは私たちがヴォルデモートの死を告げるまでもないかもしれない。

 そう思わせるほどにはレミリアの態度には余裕が感じられた。

 

「サクヤ、わしに拡声呪文を」

 

 私は言われた通りダンブルドアの喉に拡声呪文を掛ける。

 その後、外にいる死喰い人たちに見えるようにヴォルデモートの死体を浮かばせた。

 

「決着はついた! 闇の帝王は倒れ、その忠実なしもべたちも囚われの身となった!」

 

 ダンブルドアの声がホグワーツの敷地内に響き渡る。

 その声に、城の周辺にいた全ての者がこちらを向いた。

 

「すぐさま戦いを止めるのじゃ。これ以上、無駄に争うことはない!」

 

 死喰い人達の間に動揺が広がっていくのが見て取れる。

 レミリアはこちらを見てニヤリと笑うと、巨人の頭領らしき人物に話しかけ始めた。

 小さい声で一言二言言葉を交わすと、巨人の頭領は仲間たちに指示を出し、撤退していく。

 戦力の要である巨人達がいなくなってはもはや勝ち目はない。

 人狼と死喰い人たちは半ばパニックに陥りながら蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

 

「追わなくていいんです?」

 

「人手が足りんのでの。それに、ここから先は魔法省の仕事じゃ」

 

 私は浮かべていたヴォルデモートの死体を屋上へ降ろす。

 あとは城を取り囲んでいる何百もの吸魂鬼をどうにかすれば事態は収束するだろう。

 

「あとは吸魂鬼ですけど、私、守護霊の呪文は使えないんですよね」

 

「意外……というほどでもないか。それに関しても心配しなくてもよい。ちと到着は遅かったが、魔法省もしっかりと仕事をしていたようじゃ」

 

 その瞬間、箒に乗った魔法使いの集団が、編隊を組みながら吸魂鬼の包囲網を突破してホグワーツの敷地内に入ってくるのが見える。

 魔法省の闇祓い達だ。

 闇祓い達は守護霊の呪文を使って吸魂鬼をホグワーツの敷地の外へ外へと追いやっていく。

 そんな中、真っ直ぐこちらへ飛んでくる影が三つあった。

 魔法大臣のルーファス・スクリムジョールに、その補佐官のパーシー・ウィーズリー。

 そして護衛役だと思われるキングズリー・シャックルボルトだ。

 スクリムジョールは塔の上へと降り立つと、私の足元に転がるヴォルデモートの死体を見る。

 そして信じられないと言わんばかりの表情で口を開いた。

 

「やったのか? つまりは……その……終わったのだな?」

 

「いかにも。戦いは終わった。我々の勝利じゃルーファス」

 

 スクリムジョールはつま先でヴォルデモートの死体をつつき、動かないことを確認すると、憑き物が取れたかのように笑みを浮かべる。

 

「そうか……そうかそうか! ついに終わったか! はは、そうかそうか! また勲章が増えることになるなダンブルドア!」

 

「今回、わしは何もしとらんよ。ヴォルデモートを撃ち破ったのはこの子じゃ」

 

 ダンブルドアは私の肩に右手を伸ばし、義手がないことに気がつくと静かに手を下ろす。

 スクリムジョールは一瞬ダンブルドアが何を言っているのか理解できていなかったが、すぐに目を丸くしてこちらを見た。

 

「それではサクヤが……彼女が例のあの人を殺したのか?」

 

「左様じゃ。勲章はわしではなく、ヴォルデモートを撃ち破ったサクヤや、ホグワーツ城を一人で守り切ったレミリア嬢にこそ贈られるべきじゃ」

 

「すぐに手配しよう。早急に彼女達に勲章を贈らなければ、私はきっと市民から大ブーイングにあい大臣職を降ろされてしまうことだろう。パーシー! カメラは持っているな? 歴史に残る写真になるぞ!」

 

 スクリムジョールはパーシーにカメラを構えさせるが、ダンブルドアがそれを制止する。

 

「浮かれすぎじゃ。写真を撮るのはマーリン勲章の授与式の会場でも遅くはない。それよりも、お主にはまだ仕事が残っているとわしは思うのじゃが?」

 

「……そうだな。少しおかしくなっていた。礼を言う。私は闇祓い達の指揮に戻ろう」

 

「それがよい。それと、ホグワーツの地下牢に何人かの死喰い人を拘束しておる。今は失神呪文にて意識を失っておる状態じゃ」

 

「わかった。そちらにも人手を回そう」

 

 スクリムジョールは箒に飛び乗ると、パーシーとシャックルボルトを引き連れて飛び去っていった。

 そして、三人と入れ替わるようにしてレミリアが塔の上へと着地する。

 レミリアはヴォルデモートの死体を一瞥するとやれやれと言わんばかりの表情で息をついた。

 

「うまくいったようね。貴方が留守の間に襲撃があったときはどうなることかと思ったけ、ど……」

 

 レミリアは途中で言葉を切ると、ダンブルドアを上から下まで眺めて口をポカンと開ける。

 

「貴方誰?」

 

 美鈴は私たちのような存在は魔力を魔法使いより感覚的に捉えていると言っていた。

 吸血鬼のレミリアからすれば、魔力の消え去ったダンブルドアというのはほぼ別人に見えるのだろう。

 

「まあ、このような状態では無理もない」

 

「ヴォルデモートを殺すために全魔力を犠牲にしてスーパーミラクルな魔法を使ったというわけでもないんでしょう? 今の貴方、完全にマグルよ?」

 

「分霊箱を入手する過程で少しの。まあ、ヴォルデモートが倒れた今、もはやどうでもよいことじゃ」

 

 どうでもよいことではないだろう。

 あのダンブルドアの魔力が失われたのだ。

 イギリス魔法界にとってこれ以上ないほどの損失だ。

 

「一体何があったのよ」

 

「事情は後じゃ。今は後処理を進めよう」

 

 確かに、今は悠長に話している場合ではないことは確かだ。

 

「……わかったわ。私は小悪魔のところに行ってくる。サクヤ、ダンブルドアを一人にしてはダメよ?」

 

 レミリアは私に釘を刺すと、塔の上から飛び降りる。

 私はレミリアが凄い音を立てて地面に着地したことを見届けると、改めてヴォルデモートの死体を見下ろした。

 

「最期、ヴォルデモートが何か言ったの聞こえました?」

 

「ヴォルデモートが最期に何かを語ったのか?」

 

 その言い振りから察するに、ダンブルドアにはヴォルデモートの言葉は届いていなかったようだ。

 

「いえ、何か言ったような気がしていたのですが、多分私の気のせいですね」

 

 一年前の私になら、ある程度効果のある戯言だったかもしれないが、今の私は自分の両親の正体を掴んでいる。

 ヴォルデモートとの親子ごっこはもう終わりだ。

 

「先生……約束、覚えてますよね?」

 

「勿論じゃとも。じゃが、少々時間が掛かることは覚悟しておいてほしい。物事には手順というものがある」

 

「わかりました。待ちます。お父さんの罪が軽くなるなら……私……」

 

 父には殺人歴もある。

 ダンブルドアの権力でどこまで罪を軽くできるかは正直わからない。

 だが、それでも、私は家族が欲しい。




設定や用語解説

満月の日の吸血鬼
 吸血鬼の魔力は月齢により大きく変化する。といっても新月の夜になると魔力が全く無くなるわけでもなく、月が出ているとパワーアップするぐらいのイメージ。

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キャビネットと傑物と私

 しばらく待っていると魔法省の役人が数名ほど現れてヴォルデモートの死体と私が奪い取った死喰い人たちの杖を回収していった。

 ヴォルデモートの死体はヴォルデモートが滅びたことへの決定的な証拠となる。

 魔法省としては是が非でも確保したいのだろう。

 

「さて、大広間へと向かいますか? それとも一度校長室です?」

 

「いや、まずは七階じゃ」

 

「七階ですか?」

 

 私が聞き返すと、ダンブルドアは左手で右手を軽く触りながら言った。

 

「破壊せねばならぬものがある。死喰い人が襲撃に使用したキャビネットじゃ」

 

 そういえばヴォルデモート達はそのキャビネットを通ってホグワーツに侵入したという話だったか。

 すぐにということはないだろうが、今回取り逃がした死喰い人がキャビネットを通ってホグワーツを襲撃してくることも考えられる。

 早く壊してしまうことに越したことはないだろう。

 私とダンブルドアは塔の上から城内へと入ると、先ほどヴォルデモート達と遭遇した場所へと移動する。

 そこにはナギニだった灰の山と血溜まりが残されていた。

 

「って、この辺に部屋なんてありましたっけ?」

 

 私は血溜まりから視線を外し、周囲を見回す。

 だが、それらしい部屋はこの周辺にはないようだった。

 いや、そんなことはないはずだ。

 先ほどここでヴォルデモート達と遭遇した時は、確かにこの場所に扉があった。

 

「そこに存在しておるのはホグワーツの隠し部屋の一つじゃ」

 

「隠し部屋? ……なるほど」

 

 私は近くの壁に手を当てて調べるが、それらしき痕跡は発見できない。

 ダンブルドアは私の近くまで歩いてくると、血溜まりの横をウロウロと歩き始めた。

 その瞬間、突如廊下の壁に重厚な両開きの扉が現れる。

 ダンブルドアは扉が無事現れたことに安堵すると、ゆっくりと扉を開いた。

 

「……おぉ。何というか、凄いですね」

 

 扉の奥には大広間よりも何倍も大きな空間が広がっていた。

 天井は見上げるほど高く、高窓からはうっすらと月の光が差し込んでいる。

 そしてその広大な空間を埋め尽くすようにあらゆるものが山積みになっていた。

 棚や机などの家具から、何万冊もの本、そして羽ペンや手紙などの小物まで。

 内部の空間はかなりの広さのはずなのに、置かれている物が多すぎるせいで窮屈さすら感じるほどだ。

 

「先生、この部屋は?」

 

「ホグワーツ城が完成してから千年近くもの間、生徒達の秘め事を溜め続けてきたのじゃろう。誰にも見つからない場所を生徒が求めた時、この部屋は現れるようじゃ」

 

「誰にも見つからないって、現に入れちゃってますけどね」

 

 まあ、一人一つ部屋を用意していては、いくら部屋があっても足りないのは確かだ。

 だがこの物の量を見る限り、かなりの生徒がここを利用してきたらしい。

 

「こっちじゃ」

 

 ダンブルドアは迷路のように入り組んだ部屋の中を迷うことなく進んでいく。

 私はその後ろにピッタリと付きながら、時折気になる小物や本を手に取っては鞄の中に放り込んだ。

 

「その手癖の悪さはこの先どうにかしたほうがいいの」

 

「持ち主が取りに帰ってくるとは思えませんし、リユースというものです」

 

 ダンブルドアは小さくため息をつくが、それ以上咎めることはしなかった。

 その後も数分ほど入り組んだ部屋の中を歩き、ダンブルドアは不意にその足を止める。

 

「これじゃ」

 

 ダンブルドアが指し示した先には古ぼけたキャビネットが一つ置かれていた。

 私はそのキャビネットをまじまじと観察する。

 なるほど、確かにこのキャビネットで間違いないだろう。

 他の家具や小物にはこれでもかというほど埃が積もっているが、このキャビネットには全くと言っていいほど積もっていない。

 

「ドラコが直していたという話でしたっけ? 彼は拘束するんです?」

 

「ドラコの母親とスネイプ先生との間で密約があっての。少々取り調べはあるじゃろうがアズカバン行きは免れるじゃろう」

 

 ダンブルドアはキャビネットの前を譲るように少し後ろに下がる。

 私は杖を取り出すと、軽く振りかぶった。

 

「延焼が怖い。悪霊の火は使うでないぞ?」

 

「そこまで素人でもないですけどね」

 

 まあ、分霊箱ではないのでそこまでの魔術的な破壊力は要らないだろう。

 私はそのまま杖を振り、粉砕呪文をキャビネットへ掛ける。

 私の杖から放たれた粉砕呪文は真っ直ぐキャビネットへ飛んでいった。

 その瞬間、突如キャビネットの扉の隙間から杖を持った人の手が現れ、私の粉砕呪文を弾き飛ばす。

 私は死喰い人かと思い咄嗟にもう一度杖を振りかぶるが、中から出てきたのは意外な人物だった。

 

「軽率ですよ、ダンブルドア。壊すのはいつでも出来ます。まずは、どこに繋がっているかを確認すべきでしょう?」

 

 キャビネットを開けて出てきたのは、レミリアの従者であり現魔法薬学の教授でもある小悪魔だった。

 小悪魔は細く真っ直ぐな黒い杖を一振りし、ローブに付着した埃を消失させる。

 

「小悪魔先生、何故ここへ? 確かレミリア先生の話では大広間にいたはずでは?」

 

「スネイプ先生から一通りの事情をお聞きしまして。死喰い人の増援が現れる前に侵入経路の確認と破壊にきたのです」

 

 小悪魔は一瞬キャビネットに視線を向ける。

 

「結果としては、キャビネットは死喰い人のアジトには繋がっていませんでした。対となっているキャビネットが置かれていたのは、ノクターン横丁にある空き家の一室でした。仮の拠点として使われた形跡もなかったですし、きっとホグワーツ襲撃用に用意された部屋だと思います」

 

「そうか。ご苦労じゃった。小悪魔先生の他に向こうへ行っている者は?」

 

「私一人です。なのでもう破壊していいですよ」

 

「一人で?」

 

 私は咄嗟に小悪魔に聞き返してしまう。

 

「死喰い人が何人いるかもわからない場所へ一人で突っ込んだんですか?」

 

「ええ、そうですけど……いけませんでしたか?」

 

 ダメということは……いや、ダメだろう。

 敵の本拠地に続いている可能性があるのだ。

 本来なら可能な限り戦力を集めてから向かうべきである。

 

「もしかして、心配してくれてます? 嬉しいですねぇ。お嬢様も美鈴さんも私を気遣ってくれることなんて皆無ですから」

 

 小悪魔は軽く杖を振り上げると、キャビネットに向けて振る。

 その瞬間、バキンと大きな音がしてキャビネットが震えた。

 私はキャビネットの扉をそっと開く。

 キャビネット自体は無傷だが、その先はもうもう一つのキャビネットとは繋がっていなかった。

 きっとキャビネットに掛けられた魔法そのものを破壊したのだろう。

 

「キャビネットが繋がっていた空き家の位置は私から魔法省へ伝達しておきます」

 

「お願いしよう。わしらは大広間へ向かおうと思うが、小悪魔先生はこの後どちらへ?」

 

「私も一度大広間へ戻ろうと思います。お嬢様とも合流しないといけませんし」

 

「あ、そういえばレミリア先生、小悪魔先生のこと探してましたよ」

 

 ダンブルドアの先導のもと、私たち三人は部屋の出入り口へ向けて歩き出す。

 

「私を探して? ああ、きっと汚れた服を綺麗にしろとか、そんなどうでもいいことでしょうね。体が汚れたのならシャワーを浴びればいいんですよ」

 

 やれやれと小悪魔は肩を竦める。

 何というか美鈴もそうだが、レミリアの従者は揃いも揃って主人のことをどこか軽く見ている節があるように思う。

 気安い関係と言えば聞こえはいいが、美鈴や小悪魔のそれは気安いを通り越して少し雑だ。

 私たちは隠し部屋を出ると、大広間へと続く階段を下る。

 ダンブルドアの体は魔法による強化が施されていたのか、魔法が使えた時と比べてかなり衰えているように見えた。

 三階の踊り場で一度休憩を挟み、たっぷり時間を掛けながら大広間へと辿り着く。

 大広間にはホグワーツの全校生徒が集められており、各寮ごと一塊になっていた。

 その周りにはマクゴナガルやフリットウィックなどの教師の姿も見える。

 私は軽く生徒の顔を見回すが、皆表情は明るい。

 どうやら拡声呪文で大きくしたダンブルドアの声は大広間まで届いていたようだ。

 

「ダンブルドア先生! よくぞご無事で……」

 

 ダンブルドアの姿を見つけたのか、マクゴナガルが大慌てでこちらへと駆け寄ってくる。

 ダンブルドアはマクゴナガルの体をそっと抱き止めると、いつもの優しげな声色で言った。

 

「生徒たちは皆無事かね」

 

「……はい! スカーレット先生が時間を稼いでいる間に皆無事に避難出来ました」

 

 マクゴナガルは普段ダンブルドアに向けているものと同じ、尊敬の眼差しでレミリアを見る。

 レミリアは少し離れたところで他の教員たちにテキパキと指示を飛ばしているところだった。

 他の教員も素直にレミリアの指示に従っているところを見るに、レミリアはホグワーツにおいても一定以上の支持を集めているようだ。

 

「だから言ったじゃろう? スカーレット嬢をホグワーツに教員として招き入れるべきじゃと」

 

「初めその話を貴方から聞いた時は正気を疑いましたが、彼女は噂以上の傑物でした。今回も彼女が居なかったらと思うと……」

 

 レミリア以外の全員が大広間の守りを固めるほどだ。

 マクゴナガルは死を覚悟していたのかもしれない。

 

「戦いは終わったとスカーレット先生からはお聞きしています。では、本当にもう例のあの人は──」

 

「いない。ヴォルデモートは滅びた。今度こそ、完全にじゃ」

 

 マクゴナガルは大きく息を吐くと、へなりと座り込んでしまう。

 まあ、それもそうか。

 世代的にマクゴナガルは第一次魔法戦争を生き抜いた魔法使いだ。

 ヴォルデモートの恐ろしさというのは私たち世代より何倍もよく知っているに違いない。

 そんな話をしていると、こちらの存在に気がついたのかレミリアが駆け寄ってくる。

 

「何で小悪魔がダンブルドアたちと一緒にいるのよ!」

 

「あ、そういえばお嬢様私をお探しになられていたんでしたっけ。何の用事でした?」

 

「もう遅いわ! 血まみれの体を綺麗にしてもらおうと思ったの。でもフリットウィックがちょちょっとやってくれたわ」

 

 小悪魔は「ほらね?」と言わんばかりの表情をこちらに向ける。

 

「死喰い人の侵入経路を調べていたんです。でもあまり大きな成果は得られなかったんですよね」

 

「私の指示無しに勝手に動くな」

 

 レミリアは鋭い視線を小悪魔に向ける。

 だが、小悪魔は肩を竦めるだけで反省している様子はなかった。

 

「まあいいわ。で、どこに繋がっていたの?」

 

「ノクターン横丁の空き家です。多分今回のためだけに用意した空き家かと」

 

「そう」

 

 レミリアは聞きたいことはそれだけだと言わんばかりに小悪魔から視線を外すと、ダンブルドアの方を向く。

 

「ある程度の指示はしておいたからあとはほっといても何とかなるわよ。私の見立てでは明日には授業も再開できると思う。思うけど……」

 

 レミリアは互いに喜びを分かち合っている生徒たちを見ながら言った。

 

「校内の清掃と補修という名目で数日親元に帰してもいいんじゃない?」

 

「わしも同じ考えじゃ。足りない授業時間は夏休暇を少し縮めることで対応しよう」

 

「じゃあ、そういう方向で話を進めていきましょうか。マクゴナガル、今日のところは生徒は談話室で待機させるわ。監督生に生徒を管理させて、私たち教員は今後について話し合うわよ」

 

 マクゴナガルはレミリアの指示を聞き、各寮の監督生を集めて生徒を移動させ始める。

 私もその流れに乗ろうとしたら、レミリアに首根っこを掴まれた。

 

「あなたはこっちよ。英雄さん」

 

「え? まだ何かあるんです?」

 

「まだもなにも一応医務室に向かうわよ。若干生臭いし、海にでも落ちたの?」

 

 海に落ちたと言うよりかは海を泳いだと言うのが正しいが、そんなに臭うだろうか。

 私は杖を取り出し、清めの呪文を体に掛ける。

 

「小悪魔、サクヤを医務室へ連れて行きなさい。それでダンブルドア、他の教員たちを──」

 

 レミリアは小悪魔に指示を出すと、ダンブルドアを引き連れて大広間の奥へと歩いていってしまう。

 私と小悪魔は顔を見合わせると、互いに苦笑いを浮かべた。

 

「すみませんお嬢様全開で」

 

「いえ。それにしても、レミリアさんは随分他の教員たちの信頼を得ているようで」

 

 私と小悪魔は並んで医務室へと歩き出す。

 

「いえ、皆さんがお嬢様の我儘に付き合って下さっているだけですよ。お嬢様は基本的に自分の思い通りに行かないと癇癪を起こしますから」

 

 それはまさにレミリア・スカーレットという人物のイメージそのものだが、それだけではあの堅物のマクゴナガルは動かない。

 レミリアにダンブルドアと同じようなカリスマ性があるのは確かだろう。




設定や用語解説

ホグワーツの隠し部屋
 原作で言うところの必要の部屋だが、ドビーフラグもダンブルドア軍団フラグも踏んでいないサクヤはその存在を知らない。

妖怪や魔族が使う魔法
 妖怪や魔族は魔法使いより感覚的に魔力を感じているので魔法を使うのに杖を必要としない。だが、その分繊細な魔法は苦手とされている。

傑物レミリア・スカーレット
 普段はただのわがままお嬢様だが、いざという時には凄まじく頼りになる存在。だが、わがままなのは変わらないので、勝手な行動を取ると凄い怒る。

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英雄と授与式と私

 医務室に入った私はあっという間にマダム・ポンフリーに捕まり、ありとあらゆる魔法薬を口に突っ込まれベッドに叩き込まれた。

 私は特に怪我らしい怪我をしたわけでも極度の疲労状態になったわけでもないので少々過剰だが、この先忙しくなることを考えると今のうちにしっかり睡眠を取っておいたほうがいいだろう。

 

 翌日、朝食に間に合うように起床した私は、マダム・ポンフリーに見つかる前に医務室を抜け出し大広間へ向かう。

 大広間には既に多くの生徒が集まっており、昨日の事件のことやこれからのことについて話しているのが聞こえてくる。

 まあ、言ってしまえば昨日は歴史の転換点だ。

 これからイギリス魔法界は良くも悪くも大きく変わる。

 私はグリフィンドールの机に座ると、ベーコンの大皿とポテトサラダのボウル、そして食パンを数斤手元に引き寄せる。

 そして黙々とお腹にカロリーを詰め込み始めた。

 

 

 しばらくそうして食パンやベーコンをむしゃむしゃしていると、数えきれないほどのフクロウが大広間の中に舞い込んでくる。

 朝のフクロウ便の時間だが、今日は普段より三倍ほどフクロウの数が多いように感じた。

 まあ、それはそうか。

 保護者からしたら、一刻も早く自分の子供の無事を確かめたいに違いない。

 保護者のいない私からしたら関係のない話だが。

 私は日刊予言者新聞社のフクロウから新聞を一部受け取り、机の隅に置く。

 カロリーの摂取が終わったら談話室でゆっくり新聞でも読むことにしよう。

 私がそう思っていると、少し離れたところで新聞を読んでいた生徒の一人が突然立ち上がり、周囲を見回し始める。

 そして私の方を見て数秒固まり、ポトリと机の上に新聞を取り落とした。

 

「マジかよ……」

 

 その生徒の様子に、周囲にいた生徒たちが一斉に新聞に群がり始める。

 私はその様子から新聞に何が書かれているかおおよそ察し、折りたたまれている新聞を広げて一面を見た。

 

『例のあの人、滅びる 魔法界に夜明けをもたらしたのは新たな英雄』

 

 私の予想通り新聞の一面はヴォルデモートが死んだという内容だった。

 記事には死喰い人のホグワーツ襲撃から、ヴォルデモートが死亡したこと、私がヴォルデモートにトドメを刺したことなどが書かれている。

 それと同時に、私とレミリアが勲一等マーリン勲章を授与されるという内容も書かれていた。

 情報の波はあっという間に伝播していき、すぐに大広間にいる全員が私の方をチラチラと伺い始める。

 きっと誰か一人でも私に声を掛けてきたら、堰を切ったように私の近くへ人が殺到するだろう。

 出来れば、そうなる前に大広間から逃げ出したい。

 だが、目の前には手付かずの料理が沢山ある。

 食欲には勝てない、今は食べるしかない。

 幸い私があまりにも一心不乱に食べているためか、今のところ皆遠慮して話しかけてはこない。

 さて、どうしたものか。

 ポテトサラダを食べながらそんなことを考えていると、大広間の扉が勢いよく開け放たれる。

 そこにはやや疲れた表情を見せるレミリアと、普段と全く変わらない様子の小悪魔の姿があった。

 レミリアは大きな欠伸をしながら大広間の真ん中を歩いていき教員用の机へ座ると小悪魔に何かを言う。

 小悪魔はレミリアの言葉に面倒くさそうな表情を見せると、杖を取り出して机のあちこちから少しずつ料理をレミリアの方へと集め始めた。

 あっという間にレミリアの目の前に豪勢なブリティッシュブレックファーストが出来上がる。

 そして最後に仕上げと言わんばかりに血液の輸血パックを取り出し、封を切ってワイングラスへ注いだ。

 いつもと何ら変わりないレミリアの朝食の風景だが、今日はやけに人目を引く。

 私は今がチャンスだと思い、ポテトサラダをオレンジジュースで一気に胃の中に流し込み、新聞片手にそそくさと席を立った。

 大広間横の階段を上がり、八階にあるグリフィンドールの談話室を目指す。

 談話室でもきっとグリフィンドールの生徒に揉みくちゃにされるだろうが、遅かれ早かれ、それは避けられない。

 だとしたら、早めに済ませておいたほうがいい。

 私は太った婦人に合言葉を言い、談話室へと上がり込む。

 そして暖炉の前のソファーに腰掛けると、改めて新聞を読み始めた。

 

 

 

 

 仕方のないことだとはいえ、それから数日の間はどこへ行っても揉みくちゃにされる日々が続いた。

 面識のある上級生や同級生からはまだしも、入ったばかりの一年生からも握手やサインを求められる始末である。

 こんなことなら、功績を全てダンブルドアに押しつければよかった。

 私の時間停止の能力や分霊箱のことを公表するわけにはいかないため、ダンブルドアは魔法省やマスコミには殆ど嘘のようなことを報告した。

 ダンブルドアが自らの魔力を犠牲にしてヴォルデモートを封じ込め、私がトドメを刺したと。

 確かにその筋書きなら分霊箱のことも、私の能力のことも語らずに済む。

 そして、自然な流れでダンブルドアの魔力が失われたことも公表できるというわけだ。

 だが、どれほど自然な流れで公表したとしても、ダンブルドアが魔力を失ったという事実は魔法界を震撼させた。

 ヴォルデモートの死、そしてダンブルドアの魔法使いとしての死によって、人々は一つの時代が終わったのだと実感させられたことだろう。

 

「にしても、自らの魔力を犠牲にしてヴォルデモートの魔力を封じ込めるなんて、無茶なことをするわ」

 

 魔法省地下一階にある応接室でレミリアが紅茶を飲みながら呟く。

 五月の終わり、私はマーリン勲章の授賞式のためレミリアと二人で魔法省を訪れていた。

 今までなら護衛として闇祓いの数人が近くに配置されるところだが、今回は一人もいない。

 どうやら魔法省は私とレミリア・スカーレットに護衛は必要ないという判断をしたようだ。

 まあ、単純に戦後の後処理に追われて人手が割けないだけかもしれないが。

 マーリン勲章の授賞式は魔法大臣室で行われる。

 ホールなどに人を集めて大々的に行われるものとばかり思っていたが、そうではないらしい。

 参列者も魔法省の役員何名かと、日刊予言者新聞の記者が数名来るだけのようだ。

 レミリアは不満そうな様子だったが、私としては大助かりだ。

 

「というか、そんなこと出来るんです? 私は聞いたことないですけど」

 

 レミリアの横に控えていた美鈴が首を傾げる。

 ホグワーツにいる時は小悪魔を従えているレミリアだが、今日はロンドンの近くということもあり美鈴を連れてきたようだ。

 

「そんなに詳しいわけじゃないけど、少なくとも私は聞いたことがないわ。でも、呪いというものは背負う代償が重ければ重いほど強い力を発揮する。もっとも強い呪いは術者自らの命を代償とするものだけど、ダンブルドアにとっては魔力を失うというのはそれに匹敵するほどの重い代償と成り得るし」

 

 レミリアは静かにティーカップをソーサーに戻す。

 

「魔法の使えないダンブルドアなんてただのヨボヨボのジジイでしかない。もっとも、魔力を失ったからって過去の功績が消えるわけではないけどね。残りの余生はホグワーツの理事でもやりながら自伝でも書けばいいんじゃないかしら」

 

 ダンブルドアの自伝なら、それだけでも一財産築けそうだ。

 

「にしても、今回はお手柄だったわね、サクヤ。貴方がヴォルデモートを殺したのでしょう?」

 

「あ、えっと……そうですね」

 

「なによ。歯切れが悪いわね。もしかして、本当はダンブルドアが全部蹴りをつけちゃったとか?」

 

 私はレミリアの問いに小さく首を横に振る。

 

「ヴォルデモートを殺したのは私で間違いないです」

 

「なら、それを誇るべきだわ。学生のうちにマーリン勲章を授与されるなんて滅多にないことよ」

 

 レミリアはソファーから立ち上がると私の肩に手を回す。

 

「魔法界の英雄という肩書きは貴方に一生ついて回るもの。それは貴方も理解しているでしょう?」

 

「理解……どうでしょう。全てが終わった今、この先どうすればいいかよくわからなくて」

 

「好きに生きればいいわ。ホグワーツ卒業まであと一年あるんだし。したいことをすればいいと思うわよ」

 

 私のしたいことか。

 私が望むものは、後にも先にも平穏だけだ。

 そして、私はその平穏を掴み取った。

 イギリス魔法界は、私の望む平穏な時代に移り変わりつつある。

 

「そうですね。卒業まで時間がありますし、ゆっくり考えることにします」

 

「サクヤちゃんはホグワーツを卒業したら何かやりたいことはあるんです? やっぱり闇祓いとか? でもサクヤちゃんなら将来魔法大臣にもなれそうだよねー」

 

 今度は美鈴がレミリアから私を引き剥がすようにして抱きついてくる。

 半ば突き飛ばされる形になったレミリアはフラリとよろめくと美鈴を睨みつけた。

 

「美鈴!」

 

「……はーい、ごめんなさーい」

 

 美鈴は私を後ろから抱きしめながらレミリアに背を向ける。

 私は美鈴の腕に手を添えながら言った。

 

「あんまり魔法省に入る気はないんですよね。なんか忙しそうですし。のんびり紅茶でも飲みながらマグル向けの絵本でも描いて暮らしたいです」

 

「そう。素敵な夢ね」

 

 レミリアは私から美鈴を引き剥がすと私の身なりを軽く整える。

 それと同時に大臣補佐のパーシーが応接室に入ってきた。

 

「準備が整いました。こちらです」

 

 私たちはパーシーの案内で応接室を出ると、廊下を少し歩いて大臣室の前へと移動する。

 そしてパーシーに促されるままに大臣室へと入った。

 

 

 

 

 授与式自体はそう長くは掛からなかった。

 ルーファス・スクリムジョールが私とレミリアに勲章を授与し、その後新聞用の写真を何枚か撮って終わりだ。

 時間にして十分も掛かっていないんじゃないだろうか。

 私とレミリア、美鈴の三人は授与式が終わると、スクリムジョールと社交辞令程度の挨拶を交わして大臣室を後にする。

 私は授与された勲章を制服から外し、ケースに入れて鞄の中に放り込んだ。

 

「さて、それじゃあホグワーツへ帰りましょうか。明日も授業あるし」

 

 地下八階へと向かうエレベーターの中でレミリアが私に対して言う。

 

「えぇ〜、もう帰っちゃうんですか? このままサクヤちゃんとダイアゴン横丁にでも行こうと思ってたのに」

 

「この前ホグズミードに遊びにいったばかりじゃない。美鈴も館に帰って仕事しなさい」

 

 不満を露わにする美鈴に対し、レミリアが冗談じゃないと言わんばかりに肩を竦める。

 私としてもダイアゴン横丁で見ず知らずの魔法使いたちに囲まれて馬鹿騒ぎをされるのは避けたかった。

 

「そうですね。学期末試験も近いですし遠慮させてもらいます」

 

「流石次期主席候補は言うことが違うわね。というわけよ美鈴」

 

 レミリアは少々得意げな顔で美鈴を追いやるような仕草をする。

 そんなレミリアに美鈴は少し頬を膨らませたが、すぐにいつもの顔へと戻った。

 

「まあ、そういうことなら仕方がありません。でも、また近いうちに遊びに行きますね」

 

 チンという軽い音と共にエレベーターの扉がガラガラと開く。

 私たち三人はエレベーターから出ると、近くの暖炉へ向けて歩き始めた。

 今日ここへはレミリアの私室にある暖炉から煙突飛行をしてきた。

 つまり、帰りもレミリアの私室へ煙突飛行だ。

 レミリアは暖炉の上に置いてある小鉢の中から煙突飛行粉を掴むと、暖炉の中へと投げ入れる。

 

「先に行くわ。間違えて寂れた占い用品店に出ないようにね」

 

「トレローニーさんが聞いたら泣きますよ」

 

 レミリアはケラケラ笑いながら緑色の炎の中へ消えていく。

 私は炎の色が緑色から橙色に戻ったのを確かめると、レミリアと同じように煙突飛行粉に手を伸ばした。

 

「サクヤちゃん」

 

 その時、不意に美鈴から声を掛けられる。

 私は煙突飛行粉を握りしめながら振り返った。

 

「何か──」

 

 その瞬間、美鈴の体が私の視界を遮る。

 一瞬何が起こったのか理解出来なかったが、美鈴が私のことを抱きしめたのだ。

 突然のことに目を白黒させていると、美鈴が声を潜めて囁く。

 

「レミリア・スカーレットと小悪魔に気をつけて。絶対に気を許してはいけません」

 

 その声色に普段の暖かさはない。

 私は美鈴が私を抱きしめた意図を察すると、こちらも声を潜めて聞いた。

 

「それはどういう意味ですか?」

 

「詳しくは言えません。ですが、貴方がこの平穏を壊さない限り、お嬢様の方から何か行動を起こすことはないと思います。でも、小悪魔の方は──」

 

 美鈴は私の頭に手を回し、自身の胸元に引き寄せる。

 

「全く油断なりません。どうか警戒を解かないで」

 

 美鈴はそっと私を解放する。

 私が美鈴の顔を見上げると、いつものヘラヘラとした不真面目な笑みに戻っていた。

 

「私はですね、サクヤちゃん。貴方と一緒に働きたいと常々思っていました。卒業後の進路、スカーレット家の従者というのはどうです?」

 

「え? あー、それはちょっと考えたことなかったですね」

 

 家事や料理は孤児院育ちということもありある程度こなせるが、レミリアのようなお金持ちに出せるほどの料理は作れない。

 何より、誰かに忠誠を誓って生きていくという人生がどうしても想像出来なかった。

 

「まあ、選択肢の一つとして頭の片隅にでも置いておいてください。それでは!」

 

 美鈴は元気よく挨拶をすると、向かい側の暖炉の方へと歩いていく。

 私は手に握りしめたままの少し汗ばんだ煙突飛行粉を暖炉に投げかけ、色の変わった炎の中へと進んだ。

 

「ホグワーツ、レミリアの私室」

 

 私がそう言った瞬間、私の体は煙と共に煙突に吸い込まれていく。

 レミリアと小悪魔に気をつけろ、美鈴はそう言った。

 それがどういう意味かはわからないが、あのような真面目な様子の美鈴は初めて見る。

 私はその言葉の真意を思考しながら、ジェットコースターのような煙突飛行に身を任せた。




設定や用語解説

マーリン
 魔法界の昔の偉人。よく冗談を言う時に使われる。

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門出と思惑と私

 人伝てに聞いた話だが、マルフォイはダームストラングへと転校することになったらしい。

 私がヴォルデモートを殺したあの日、マルフォイは闇祓いに連行された。

 ダンブルドアはアズカバン行きはないと話していたが、何もかも元通りとはいかないようだ。

 まあ、親が死喰い人だったとかならともかく、マルフォイの場合は本人が死喰い人だ。

 そのままホグワーツに通わせるわけにもいかなかったのだろう。

 ダームストラングならいいのかという話になりそうだが、あそこはホグワーツと比べると闇の魔術や闇の魔法使いに寛容だ。

 案外元死喰い人でも受け入れられるのかもしれない。

 その辺も含めて、夏休暇に入ったら一度挨拶がてらマルフォイの家に行ってみよう。

 門前払いされそうではあるが。

 そんなわけで夏休暇まで残すところ一ヶ月と少しとなった六月の初め。

 今日は大切な発表があるということで、全校生徒がホグワーツの大広間へと集められていた。

 教員のテーブルも全ての席が埋まっており、普段行事には顔を出さないトレローニーの姿もある。

 生徒たちも一体何が行われるのかと、ソワソワした面持ちで近くの生徒と囁きあっていた。

 そんな中、ダンブルドアが静かに立ち上がる。

 それと同時に大広間がシンと静まり返り、全校生徒がダンブルドアに注目した。

 

「大切な知らせがある。それは、皆にとっても決して無関係ではない話じゃ」

 

 ダンブルドアは自らの右袖を捲り上げる。

 そこには木と金属で作られた古めかしい義手が嵌められていた。

 パッと見た限りでは、魔力的な機能は無さそうに見える。

 

「皆もよく知っての通り、わしは先の戦いで魔力を失った。今までは自らの魔法によって自由に動かせていた右手も、今ではただの飾りじゃ。わしの魔法使いとしての人生は終わりを遂げた」

 

 ダンブルドアの魔法使いとしての死。

 ここにいる全員が新聞を読んだり噂を聞いたりといった手段で知っていたことだが、改めて本人からその事実を突きつけられ大広間中に動揺が走る。

 ホグワーツがイギリス魔法界で一番安全な場所だと言われていたのは、ひとえにダンブルドアの影響が大きい。

 そのダンブルドアの魔力が失われたのだ。

 

「そこで、わしは来年度を待たずして校長の座を降りようと思う。今日この瞬間から、ホグワーツ魔法魔術学校の校長はミネルバ・マクゴナガル先生じゃ」

 

 ダンブルドアはマクゴナガルの方を向き、大きな拍手を送る。

 だが、生徒の殆どはこの知らせを喜んでいいのか悲しんでいいのかわからず、戸惑うばかりで拍手をしなかった。

 ダンブルドアはそんな生徒たちの反応を見ると、小さく息を吐く。

 そして静かな声色で話を続けた。

 

「この一人のおいぼれの新しい門出をどうか皆祝ってほしい。アルバス・ダンブルドアという魔法使いは確かに死んだ。じゃが、それと同時にアルバス・ダンブルドアという一人のマグルが生まれたのじゃ」

 

 ダンブルドアは優しげな笑みを生徒たちに向けた。

 

「この歳まであくせくと働いてきたのじゃ。残りの余生は故郷にでも帰ってゆっくり本でも書きながら過ごすつもりじゃ。それとも君たちは、魔法も使えないこんなおいぼれにまだ仕事をさせようというのかな?」

 

 その瞬間、ダンブルドアの横から嫌によく目立つ拍手が聞こえてくる。

 雄大過ぎるあまり、少し小馬鹿にしているようにも感じてしまうようなその拍手は、他でもないレミリアから送られたものだった。

 

「貴方はよく頑張ったと思うわ。もう休んでもいいのよ」

 

 その目はまるで我が子を寝かしつける母親のようだ。

 まあ、歳の差を考えたらレミリアにとってダンブルドアは子供のようなものか。

 そんなレミリアに釣られるようにして一人、二人と拍手が増えていく。

 そして最終的には殆どの生徒がダンブルドアに拍手を送った。

 

 

 

 

 その日の夜。私は大広間で夕食を食べ終わるとその足で校長室を訪ねた。

 ダンブルドアは私を招き入れると、物が少なくなった校長室で紅茶を準備し始める。

 

「わしが子供の頃と比べると、明らかに便利になった」

 

 ダンブルドアはオイルライターで小さなアルコールストーブに火をつけ、その上にやかんを置く。

 

「このように、魔法など使わずとも簡単に火を起こし、お湯を沸かすことができる」

 

「何言ってるんですか。今はガスコンロの時代ですよ」

 

 少し得意げなダンブルドアに向かって、私は肩を竦めてみせた。

 

「この後はどのようなご予定で? 故郷へ帰ると言っていましたが」

 

「今日の夜にでも出発する予定じゃよ。といっても、すぐに故郷へと戻るわけでもない。数日のうちは漏れ鍋に滞在する予定じゃ」

 

「漏れ鍋に?」

 

 私の問いにダンブルドアは微笑む。

 

「正式に手続きをしてマグルが多く住む村の空き家を買う予定じゃ。わしの歳だと施設に入るのがマグルでは自然ではあるじゃろうが」

 

 それに、魔法省にも用事があるしの。とダンブルドアは続ける。

 

「マグルの世界で必要な書類を受け取らねばならんくての。それに、グリンゴッツで金貨の換金もせねば」

 

「なんというか、楽しんでいるようで安心しました。まさに、第二の人生というわけですね」

 

「そんな大層なものではない」

 

 ダンブルドアは私の前にティーカップを置き、紅茶を注ぐ。

 

「始まりではなく、終わりじゃ。巨悪を倒し、エンディングを迎える。後はエンドロールを残すのみじゃ」

 

「観客が飽きて席を立つような、長いエンドロールになることを期待しています」

 

「ありがとう」

 

 私はダンブルドアの淹れた紅茶を一口飲む。

 そして、一息ついてから今日ここに来た本来の目的を口にした。

 

「ところで、私のお父さんの件なんですけど」

 

「安心して構わない。既に手回し済みじゃ」

 

 まるでその話題が来ることを予想していたかのように、ダンブルドアは表情を変えずに言った。

 

「裁判を行い、形式上一度アズカバンに投獄されることにはなる。身元引受人の君がホグワーツを卒業するまでの間じゃ」

 

「では、一年はアズカバンでの生活ということですね」

 

「そういうことになるの。不満かね?」

 

「いえ、妥当な落とし所かと」

 

 流石に元死喰い人でヴォルデモートの崇拝者を一人で世間に野放しにしろとは言えない。

 元々はアズカバンで何年も生活していたのだ。

 今更戻ったところで慣れたものだろう。

 

「でも、卒業前に会って話をすることは可能ですよね? いきなり一緒に暮らしましょうだなんて言っても困惑されそうですし。出来れば何度か面会に行って話をしたいのですが」

 

「確約は出来ん。じゃが、努力はしよう」

 

 クラウチが私のことをどのように思っているのか。

 それが一番の問題になるだろう。

 今までの態度からして、もしかしたら私のことを娘だと認識していない可能性もある。

 セレネ・ブラックの娘であると言って、信じて貰えるだろうか。

 いや、信じて貰えるはずだ。

 スラグホーンは私を一目見てセレネ・ブラックの娘であると断定した。

 母の姿は見たことがないが、きっと瓜二つなのだろう。

 だとしたら、私のことを娘であると認識している可能性が高いか。

 もしかしたらヴォルデモートからある程度の事情を聞かされているのかもしれない。

 ヴォルデモートは死喰い人たちには私のことを娘だと説明した。

 クラウチにも口裏を合わせるように、ヴォルデモートが命令したのだろう。

 でないと、死喰い人内で混乱が起きてしまう。

 私が少しの間考え込んでいると、ダンブルドアが静かに言った。

 

「バーテミウス・クラウチ・ジュニアは長く暗い闇の奥底にいた。そんな彼を日の当たるところへ引っ張り上げるのはかなりの困難を要することじゃろう。それこそ、この先の人生を捧げるほどに。サクヤ、君にはその覚悟はあるかね?」

 

「たとえそうだとしても、彼は私に残された唯一の家族なんです。たとえ時間がかかっても、私はお父さんと共に生きてみたい」

 

「……そうか。君の覚悟はよくわかった」

 

 ダンブルドアは軽く顔を伏せると、ティーカップに入った紅茶を一口飲む。

 

「その覚悟があるのなら、きっと二人で幸せを掴むことができるじゃろう」

 

「言われなくても」

 

 当たり前の幸せの尻尾をようやく捕まえたのだ。

 たとえ時間が掛かっても、私はクラウチを、お父さんを更生させてみせる。

 

 

 

 

 その後もダンブルドアと簡単な世間話を交わし、消灯時間も近づいてきたため私は校長室を後にする。

 なんにしても、ダンブルドアが私との約束を守る気があるようで何よりだ。

 ここまで頑張って約束を反故にされてはたまったものではない。

 私はガーゴイル像の横を通り薄暗い廊下へ出ると、八階へ続く階段を目指して歩き出す。

 学期末の試験も近い。

 ヴォルデモートが倒れた今、来年受けるNEWT試験の結果は今後の人生に大きく関わってくる。

 まともな人生を歩むためにも、しっかりと勉強しておいたほうがいいだろう。

 三階から四階へ、四階から五階へと階段を上がっていく。

 その時、階段の上の方から声が聞こえ、私はふと立ち止まり耳をそばだてた。

 消灯時間ギリギリということもあり、フィルチ辺りに捕まったら面倒だ。

 相手によっては迂回しなければならないだろう。

 私が息を殺して聞き耳を立てていると、次第にはっきり声が聞こえるようになってくる。

 どうやら階段を下りながら話をしているようだ。

 

「話が違うんじゃない?」

 

「そうは言うけど、私もこんなに早く決着がつくとは思ってもみなかったの」

 

 声の主の一人はレミリアだ。

 何かのミスを、もう一人の誰かに叱責されているように聞こえる。

 

「ここから軌道修正することはできるの? そりゃ貴方は自身の目的の半分は達成しているワケだからそのままでいいのかもしれないけど、私の目的は何一つとして達成できてないわ」

 

「……ねえ、本当にそこまでする必要があるの? 奪い取らずとも、手を貸してもらえばいいじゃない」

 

「それでは、──を超えたことにはならないわ」

 

 私は静かに階段を上り、廊下の陰へ隠れる。

 上から階段を降りてきたのはレミリアと小悪魔だ。

 レミリアはいつもの様子で羽をぴょこぴょこさせているが、小悪魔の様子がおかしい。

 普段丁寧で誰に対しても敬語を使う小悪魔が、主人であるレミリアに対して対等な立ち位置であるかのような態度で接している。

 

「まあ、少し待ちなさい。別に考えなしってわけでもないわ。私の予想が正しければ、この平和は長くは続かない。必ずどこかで綻びが生じて、そこから崩れ始める」

 

 レミリアはさも見てきたような顔で言葉を続ける。

 

「それからでも遅くはないわ。私も、中途半端は嫌だもの。上手くいけば、かなりの時間を短縮できるし」

 

 レミリアと小悪魔は私の隠れている階を通り過ぎ、そのまま階段を下っていく。

 

「そういえば、ダンブルドアの死の予言がもうすぐね。どうするの?」

 

「なんのために故郷へ帰るよう説得したと思ってるのよ。でも、ギリギリまで待つわ。私の予想が正しければ──」

 

「そこで予言って言わないあたり、貴方相当のリアリストよね」

 

 次第に声が遠ざかり、会話が聞き取れなくなる。

 私はそのまま廊下の壁に背中を預け、思考を巡らせた。

 レミリアの目的は半分達成している。

 だが、逆に言えば半分は未達成ということだ。

 レミリアは何か目的があってダンブルドアに協力していたのか?

 ヴォルデモートの打倒がレミリアの目的だとしたら、それは達成済みのはずだ。

 そして小悪魔。彼女の目的は未達成らしい。

 あの様子からして、現状のままでは達成は困難なのだろう。

 それにレミリアに対するあの態度。

 ただの従者ではないのかもしれない。

 美鈴の言っていた、レミリアと小悪魔に気をつけろとはこのことか?

 私はレミリアと小悪魔の足音が聞こえなくなったのを確かめ、階段を上り始める。

 正直先ほどの会話の真相が気になるが、藪を突いて蛇を出すわけにもいかない。

 何も起こらないことを祈りながら、今は静観するしかないだろう。




設定や用語解説

ダンブルドアの故郷
 ダンブルドアはハリーと同じくゴドリックの谷出身。

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数日の休みと魔法省地下十一階と私

 ホグワーツの学期末試験は六月の初めに行われる。

 だが、今年はヴォルデモートとの戦いもあり、試験の前に数日の休みが生徒たちに与えられることになった。

 その休みでは一時的に親元に帰ることが許可される。

 あのような大事件がホグワーツであったばかりだ。

 一度実家に帰って気持ちを整理したい生徒も多いだろう。

 

「なあ、本当に一緒に来なくて大丈夫か? 多分ママは僕が帰ってくるよりもサクヤが家に来た方が喜ぶと思うけど」

 

 ホグワーツのエントランスでロンが心配そうな顔をして聞いてくる。

 私はロンの誘いに小さく首を横に振った。

 

「私が一緒だと少なからず気を使わせることになるし。夏休暇には顔を出すから今ぐらいは家族水入らずであるべきよ。ハーマイオニーもね」

 

「でも……」

 

「でもじゃないわ。私も気を使うし。ここ数日は大人しく図書室で勉強でもすることにするわ」

 

 私は二人の背中を押し、半ば無理矢理ホグワーツの外へ送り出す。

 二人は心配そうに振り返ったが、私が笑顔で手を振ると諦めたような笑みを浮かべてホグズミード駅の方へと歩いていった。

 

「さて」

 

 二人を送り出した私は談話室へ戻るために踵を返す。

 玄関ホールを通り抜け、大広間横の階段を上りながらふと思った。

 ロンやハーマイオニーに親がいるように、私にも親はいたのだ。

 ここ数日の休みが親に会いにいくための休みなのだとしたら、私にも親に会いに行く権利ぐらいあるはずである。

 私はローブのポケットの中に小さくした鞄が入っていることを確かめると、階段を駆け降り一階にある女子トイレの個室に入る。

 

「あれだけ魔法界に貢献したんだし、多少のわがままぐらい許されるべきだわ」

 

 そしてローブから杖を引き抜くと、そのままグリモールド・プレイスの自宅へと瞬間移動した。

 

「っと」

 

 自分の部屋に着地した私は軽く部屋を見回し、変化しているところがないかを確認する。

 

「特に変わったところはないわね。でも掃除はしっかりされてる」

 

 屋敷しもべ妖精のクリーチャーには、留守の間に部屋の掃除をすることは許可している。

 まあ、学校に行く際は私物の一切合切を全て鞄の中に詰めていくので、この部屋は空き部屋同然なのだが。

 

「ふう」

 

 私は一先ず今後の段取りを立てるために自室の椅子に腰掛ける。

 そして一息ついてから、重要なことを思い出した。

 クリーチャーはこの部屋がセレネ・ブラックの部屋であったと言っていた。

 つまり、ここは元々私のお母さんの部屋だったのだ。

 

「つまり、この部屋に元々置いてあった家具や魔法薬の調合道具は元々お母さんの持ち物だったのね」

 

 普通の家庭にしてはあまりにも立派な調合設備が置かれていると常々思っていたが、長年の疑問が晴れた。

 私の母であるセレネ・ブラックは魔法薬のスペシャリストだったらしい。

 だとしたら、このような立派な調合設備にも納得がいくというものである。

 

「お母さん……か」

 

 私の母はどのような人物だったのだろうか。

 母の残した教科書を解読することで少しでも母の人なりを感じ取ろうとしたが、やはりそれにも限界がある。

 

「まあ、それも含めてお父さんに聞いてみればいいか」

 

 既にこの世にいない母とは違い、父はまだ生きているのだ。

 私はホグワーツの制服からよそ行きの洋服とローブに着替えると、姿見の前で身なりを整える。

 白を基調としたスラっとしたローブには、ところどころ黒の差し色を入れてある。

 

「さて……それじゃあ行きますか」

 

 私は自室を出て階段を下り、リビングへと移動する。

 そして暖炉に火を灯すと、煙突飛行粉を振りかけて中へと入った。

 

「魔法省」

 

 そう口にした瞬間、私の体は煙に乗って煙突に吸い込まれる。

 さあ、お父さんに会いに行こう。

 

 

 

 

 魔法省に着いた私はほぼ顔パスでゲートを通り抜け、エレベーターへ乗り込む。

 そして魔法法執行部がある地下二階へと移動した。

 

「おやホワイトさん。魔法法執行部に御用事ですかな?」

 

 私と一緒にエレベーターを降りた初老の魔法使いがにこやかに言う。

 

「ダンブルドアからの指示でバーテミウス・クラウチに会いに来ました」

 

「クラウチ・ジュニアに? それはそれは。拘置所の場所はご存知で?」

 

「それを確認しに一度闇祓い局を訪ねたのです」

 

 初老の魔法使いは何度か頷くと、ポンと手を打つ。

 

「なるほど、それで」

 

「何かあったのですか?」

 

「いやね、そのバーテミウス・クラウチ・ジュニアなんだが、ちょうど今日の朝アズカバンから魔法省へ連行されてきましてな。なるほど、尋問のためでしたか」

 

 初老の魔法使いはしきりに頷く。

 なんにしても、これは運がいいかもしれない。

 魔法省内にいるのなら、何かと理由をこじつければ会うことも可能だろう。

 

「今どちらに収容されているかわかりますか?」

 

「きっと一番下ですな」

 

「一番下というと、法廷のある地下十階ですかね?」

 

 私が尋ねると、初老の魔法使いは首を横に振る。

 

「その更に下に隠された地下室があるのですよ。地下十階にある法廷七号、その扉の向かい側が入り口になっておるはず。っと、これは魔法省でも重要な機密事項なので、絶対に他言しないように」

 

 初老の魔法使いは私にウィンクをして近くの部屋へと入っていく。

 私はエレベーターへと戻ると、エレベーターで行ける限界の地下九階へと向かった。

 

 

 

 

 魔法省地下九階、神秘部の入っている階でエレベーターを降りた私は、廊下を進み地下十階へと続く階段を下る。

 地下十階にある法廷は今はもう使われていないらしく、廊下には人の気配はしなかった。

 

「えっと、確か七号法廷よね」

 

 私は重厚な扉に書かれた番号を一つずつ確認しながら廊下を進んでいく。

 そして七号法廷の前へとたどり着くと、その向かいの壁に杖を当て、魔法の痕跡を探した。

 

「……いや、魔法じゃないな」

 

 壁に魔法の痕跡は見つからない。

 私は手の甲で石壁を叩き、音の違う場所を探す。

 そして少し浮いている石を見つけると、ゆっくりと押し込んだ。

 その瞬間、カタンという音が廊下に響く。

 どこかの鍵が開錠されたようだ。

 私は引き続き壁を探り、開きそうな隙間を探す。

 五分ほど壁を探っていると、足元の石壁が少しズレているのを発見した。

 どうやら足元から上へと押し開けるタイプの扉だったようだ。

 私はしゃがみ込むと、石壁に手をついて思いっきり力を掛ける。

 

「ふぬぬぬぬぬぬぬぬぬ」

 

 そしてそのまま力任せに石壁の隠し扉を持ち上げ、その隙間に体を滑り込ませた。

 隠し扉の先は細い通路になっていた。

 私は自分の周辺に光の玉を浮かべると、道なりにまっすぐ進む。

 通路自体はそんなに長くはなく、すぐに下の階層へと向かう階段に突き当たった。

 

「この下だ」

 

 私は小さく深呼吸をし、ゆっくり階段を下りる。

 そして下り切った先にある鉄製の扉のかんぬきを外し、その先へと進んだ。

 

 

 

 

 

 扉の先は少し広い廊下になっており、壁には等間隔に鉄格子が嵌められている。

 普段は使われない施設なのか、周囲の牢の中には人の姿は見えなかった。

 私は牢の中を一つ一つ確認しながら廊下を歩いていく。

 見回す限り牢の数はそこまで多くはない。

 私はすぐに目的の人物を見つけることができた。

 

「バーテミウス・クラウチ」

 

 私は牢の壁に背中を預け眠っているクラウチに小さく声を掛ける。

 クラウチは小さな声にも関わらずすぐに目を覚ますと、牢の外を……私のいる方向に視線を向けた。

 

「……サクヤ・ホワイト? 今更何の用だ」

 

「貴方に会いに来たんです」

 

 私は牢に近づき、鉄格子に軽く触れる。

 ところどころ錆が目立つ鉄格子は金属特有の冷たさがあった。

 

「俺に用事だ? 笑わせるな。血を裏切った悪魔め。闇の帝王を裏切ったお前に話すことなどない」

 

「でも、私は貴方のために……そう。私は貴方のために闇の帝王を、ヴォルデモートを殺したのよ」

 

 私は鉄格子越しにクラウチに呼びかける。

 クラウチは私の言葉に目を丸くした。

 

「笑えない冗談だ。俺のため? 馬鹿馬鹿しい。闇の帝王を殺すことが俺に何の関係が──」

 

「もう誤魔化さなくてもいいですよ。私は、自分の出生についてこの一年で多くのことを知りました。ヴォルデモートとの親子ごっこはもうとっくの昔にやめたんです。私はただ、実の親が生きていればそれでいい」

 

 私はじっとクラウチを見つめる。

 クラウチは私が言ったことが理解できていないかのように首を横に振った。

 

「ちょっと待て。何を言っている? 実の親が助かればそれでいい? 何の話だ?」

 

「そのままの意味です。私は、自分の実の父親である貴方さえ生きていればそれでいい」

 

 クラウチは私の言葉に目を見開く。

 そして言葉が出てこないと言わんばかりに口を何度か開閉させた。

 

「そんな馬鹿な。ありえない」

 

「あり得なくありません。今年、ホグワーツでこのような教科書をスラグホーンから頂きまして」

 

 私は鞄の中から母の形見である魔法薬学の教科書を取り出す。

 クラウチはその教科書に見覚えがあったのか、もっとよく見ようと弱った体を持ち上げた。

 

「そ、それはセレネの……」

 

「そう。セレネ・ブラックが残した教科書です。私の母親であるセレネ・ブラックが……」

 

 私は鉄格子の隙間からブラックに教科書を手渡す。

 クラウチは教科書を受け取ると、震える手で捲り始めた。

 

「間違いない。あいつの字だ。……そうか。スラグホーンのジジイが持っていたのか」

 

「スラグホーンから聞きました。私はセレネ・ブラックの娘だと。ブラック家本家の最後の生き残りだと」

 

 私は、そっと鉄格子を撫でる。

 そして、目の前にいる父親に向けて言った。

 

「そして、その時にダンブルドアが言ったんです。セレネ・ブラックと仲の良かった魔法使いは一人しかいないって。結婚して子供を作ったのだとしたらきっと父親はあいつだろうって」

 

 クラウチは目を白黒させながらも私の顔を見る。

 私はそんなクラウチに対して微笑みかけた。

 

「貴方が私のお父さんなんですよね? 私、お父さんのために色々頑張ったんです。貴方を釈放してもらえるように。ダンブルドアと取引しました。私がホグワーツを卒業したら、貴方を引き取ってもいいって。お父さん、一緒に暮らしましょう? 自分の父親がこの先一生アズカバンで過ごすなんて耐えられない。イギリスに居づらいならどこか遠くの国へ引っ越すのもよさそうです。私、お父さんと一緒ならどこへでも──」

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺じゃない」

 

「……は?」

 

「確かにセレネとは親友だったが、俺とセレネはそういう関係にはなかった」

 

 え……は?

 

「それじゃあ一体誰が──」

 

 

 

 

 

 

 

「お前はセレネと、闇の帝王との間に生まれた子供だ」




設定や用語解説

サクヤのローブ
 真っ白のローブに黒色のアクセントが入っている。特注品であり、お気に入りだが、ホグワーツでは白色のローブは目立ちすぎるのであまり着る機会がない。

初老の男性
 経歴は長いけどトップじゃない、どこの職場にも一人はいるタイプのベテラン。

魔法省地下十一階
 一般職員はその存在を知らないほどには存在を忘れられた牢屋。普段は使わないが、どうしても隠しておかなければならないような存在を一時的に留置するために使う。サクヤが裁判の時に入っていた場所とは違う。

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私怨と脳漿と私

「お前はセレネと、闇の帝王との間に生まれた子供だ」

 

 クラウチの口から信じれない言葉が出る。

 私が闇の帝王の……ヴォルデモートの子供?

 

「そ、そんなわけない。それはヴォルデモートと私が示し合わせてついた嘘で──」

 

「嘘? そんなわけないだろ。闇の帝王の肉体を復活させる際、何のためにお前の血を混ぜたと思ってるんだ。父親の骨、下僕の肉……そして、娘の血が無ければ闇の帝王の復活はなかった」

 

「私はハリーの代わりだって……本当はハリーの血が良かったけど仕方なく私の血を使ったって……」

 

「それは本当だ。本来の魔術では娘の血ではなく敵の血を入れる。だが、何かの手違いで代表選手はお前になった。その時、闇の帝王はお話になったのだ。何かの手違いでハリー・ポッターの代わりに代表選手に選ばれたサクヤ・ホワイトは自分とセレネ・ブラックとの間に出来た子供だということを」

 

 そんなはずはない。

 そんなことがあっていいはずがない。

 

「嘘よ。ヴォルデモートが私の父親のはずが……第一、私はパーセルマウスじゃない」

 

「パーセルマウスの子供が全員パーセルマウスを受け継ぐわけじゃない。もしそうだとしたらサラザール・スリザリンの血を少しでも引いている魔法使いは全員パーセルマウスになっているはずだ。お前はどちらかというとセレネの血を色濃く継いでいる。正直見分けがつかないほどにな」

 

「嘘……嘘よ! そんなはずはないわ! だって、もしそうなら……私がヴォルデモートの娘なんだったとしたら──」

 

 私は、実の親すらもこの手で殺したことになるのか?

 

「闇の帝王がお前の父親じゃないのなら一体父親は誰だというんだ?」

 

「だから、クラウチ貴方が──」

 

「俺じゃねえって……何度も言わせるな。俺とセレネはそんな関係にはなかった。あのセレネが誰かと体を重ねたとしたら、それは闇の帝王以外にはあり得ないだろう。闇の帝王が一度お隠れになった年の一年ほど前から闇の帝王はセレネをそばに置いていた。セレネはな、闇の帝王のお気に入りだったんだよ」

 

「そ、そそそんなこと……ありえないわ。私の父親がヴォルデモート? それじゃあ、ヴォルデモートはなんで私を騙すようなことを」

 

 そう、そんなことはありえない。

 もし私がヴォルデモートの娘なのだとしたら、あのような嘘を私につく必要がない。

 つまり、嘘をついているのはこいつだ。

 バーテミウス・クラウチが私に嘘をついている。

 

「ありえないありえないありえない」

 

 そんなことはあり得ない。

 

「う、嘘を吐かなくてもいいんですよ? お父さん。折角助かるんですから。ねぇ、私と一緒に暮らすのは嫌? 私、お父さんと一緒に暮らすために──」

 

「何度だって言ってやる。お前は俺の娘じゃない。お前がどれだけ否定しようが、お前には闇の帝王の血が流れている。お前の血で肉体を復活させることが出来たのが何よりの証拠だ」

 

 嘘だ。

 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ。

 

「嘘をつくなァアアアアアア!!」

 

 私は力任せに鉄格子に拳を振り下ろす。

 鈍い金属音と共にひしゃげた鉄格子を無造作に掴むと、そのまま引きちぎる。

 そして出来た隙間へと体をねじ込み、クラウチに迫る。

 

「う、嘘じゃない! なんだ? 知らなかったのか?」

 

「知っていたら殺してない! 知っていたら裏切ってない!」

 

 私は右手でクラウチの胸倉を掴み、牢の石壁に叩きつける。

 クラウチはなんとか私の右手を離そうと両手で私の手首を握るが、全く力が入っていなかった。

 

「私はヴォルデモートとは協力関係にあっただけで……自分の親だって知っていたら裏切っていなかった」

 

「ぐっ……おい、そんな馬鹿な話があってたまるか。そ、それじゃあなんだ? お前だけが闇の帝王を自分の親だと認識していなかったとでも言うのかよ?」

 

 クラウチは苦しそうに足をバタつかせる。

 そのままの勢いで私の腹部に数発蹴りを入れてきたが、まるで赤子に撫でられているかのようだった。

 

「親なはずがない。私の親はセレネ・ブラックと……でも、クラウチじゃないなら」

 

 私は掴んでいたクラウチを力任せに投げ捨てると、鉄格子の外に視線を向ける。

 

「クラウチが私の父親じゃないなら、私の父親は一体誰?」

 

 その問いに答えるものはいない。

 ふと血液の生臭さを感じ、私は床を見る。

 そこには大きな血だまりと、壁にへばりつくように潰れているクラウチの死体があった。

 

「あれ?」

 

 確かに壁に叩きつけたが、そんなに強く投げていない。

 クラウチの死体は顔が完全に潰れており、その隙間から脳が飛び出ていた。

 

「あれ? お父さん? じゃ、ないんだっけ? あれ?」

 

 私はクラウチの死体の横にしゃがみ込み、肩を揺する。

 

「じょ、冗談よね? だって、軽く放り投げただけで」

 

「誰だ!!」

 

 その瞬間、突如後ろから声を掛けられ、私は弾かれるように振り返る。

 そこにはスネイプとダンブルドアの姿があった。

 

「そこで何をしているのだ? サクヤ・ホワイト」

 

 スネイプは牢屋の中にいるのが私だと分かると、ダンブルドアを通路の入り口に待たせてこちらへと近づいてくる。

 そして私の足元で死んでいるクラウチを見つけ、足を止めた。

 

「何故だ? 何故殺した。何故、自らの親を……」

 

「親? やっぱりクラウチが私の親なんです? でも、本人は違うって……」

 

「それだけの理由で殺したのか?」

 

「し、死んでません! 多分。まだ息があるはずなんです!」

 

 私は千切れかけているクラウチの頭部を持ち上げると、溢れた脳を手で掬い頭蓋骨の中に押し込む。

 その瞬間、クラウチの口から空気の漏れる音が聞こえた。

 

「ほ、ほらまだ死んでない! 賢者の石……は粉々になったんだった。スネイプ先生の力があればすぐにこんな怪我治りますよね?」

 

 私は怪我をしているクラウチを引きずりながら牢から出る。

 その時クラウチの体が牢に引っかかり、頭部が千切れた。

 

「あ」

 

 怪我がさらに酷くなってしまった。

 私はクラウチの頭部を持ったままスネイプに近づいていく。

 

「でも、クラウチは私の父親じゃないらしいんです。俺とセレネはそんな関係じゃなかったって」

 

「な、なにを言っている。お前の父親はクラウチで──」

 

「じゃあ、やっぱり私は実の父親を殺したということですか?」

 

 私はスネイプに向かってクラウチの頭部を投げつけると、時間を停止させる。

 そしてスネイプに隠れるように立っていたダンブルドアへと近づいた。

 

「そこのところどうなんです? ダンブルドア。私の実の父親は誰なんです?」

 

 ダンブルドアは慌てて視線を逸らす。

 開心術を警戒したのだろうか。

 だが、マグルと成り果てたダンブルドアに私の開心術を回避する手段などない。

 

「先生は知っていますよね? 私の父親は誰ですか?」

 

「……そこにいるクラウチじゃ」

 

 違う。

 ダンブルドアは嘘をついてる。

 私は開心術でダンブルドアの心の中へと潜り込む。

 そこには私に嘘をついていたことへの罪悪感と、私の親がヴォルデモートであるということを確信しているダンブルドアの心があった。

 

「貴方は、全部知っていたの? 全部知ったうえで、私に親を殺させたの?」

 

「し、仕方のないことじゃった。お主の勘違いを利用したことは謝る。じゃが、それ以外に魔法界とお主を救う手立てはなかった」

 

「嘘を吐くな! 貴方が救いたかったのは魔法界だけだ! 私のことなんてこれっぽっちも考えてない! お前は意図的に私にクラウチが親だと勘違いさせたんだ!」

 

 そうだ、最初にクラウチが私の親かもしれないと言ったのはダンブルドアだ。

 ダンブルドアは意図的に私を騙し、利用し、親を殺させたのだ。

 

「貴方はヴォルデモートが私の父親だと知っていたの?」

 

「……知っておった。じゃが、それには──」

 

「知っていて……私が家族を欲していると知っていて! 知っていたのに自分の都合で! 私のことなんて何も考えずに!」

 

 私はダンブルドアに詰め寄る。

 ダンブルドアは嘘をついていない。

 つまりダンブルドアはヴォルデモートが私の父親であると知っていたのだ。

 

「知っていたら、君はヴォルデモートを裏切らなかったじゃろう?」

 

「当たり前だ! 親を裏切る子がどこにいる!? やっと見つけた自分の父親なのに、やっと私にも家族ができると思ったのに……」

 

 こいつのせいで、こいつのせいで全てが狂った。

 こいつさえいなければ、私は幸せな人生を送れていたに違いない。

 

「すまなんだ。でも、わしはお主の幸せを願って──」

 

「親を殺して得る幸せなんて欲しくない! 私は……私は例え不幸になろうとも親の温もりが欲しかった……」

 

 目の奥から涙が溢れ、視界が歪む。

 今思えば、ヴォルデモートは私へ愛情を注いでくれていた。

 私は勝手に親子ごっこの延長だと思っていたが、ヴォルデモートはちゃんと私を愛していたのだ。

 今なら、ヴォルデモートの最後の言葉の意味もわかる。

 ヴォルデモートは、私のお父さんは死の直前まで私の幸せを願ってくれていたのだ。

 

「ぁぁぁぁああああああああ!!!」

 

 こいつのせいで!

 このマグルのせいで!

 私はローブの下に隠し持っていたナイフを引き抜くと、ダンブルドアに振りかぶる。

 ダンブルドアは黙ってナイフを見つめると、静かに目を瞑った。

 

「すまん、約束は守れそうにない」

 

 私はダンブルドアの胸にナイフを振り下ろす。

 鋭く砥がれたナイフはダンブルドアの肋骨の隙間から体内に侵入し、心臓を貫いた。

 鮮血がダンブルドアの洋服を赤く染めていく。

 ダンブルドアは自分の胸に生えているナイフに視線を落とすと、ゆっくり仰向けに倒れた。

 

 私はこの時、初めて私怨で人を殺した。

 

 

 

 

 

 時間が止まっている世界というのは恐ろしく静かだ。

 周囲にある物質は全て止まっているため、音を発することがない。

 聞こえてくるのは自分の呼吸の音と、心音だけだ。

 

「ディフィンド」

 

 ビシャリ、と周囲に血液が飛び散る音が響く。

 胴体から切断された右腕は、力なく地面に落ちると同時に切断面から血液が溢れ出す。

 だが、すぐに時間が停止し、出血は止まった。

 右腕ではない。

 

「ディフィンド」

 

 胴体から左腕が落ちる。

 すぐに出血は止まる。

 左腕ではない。

 

「ディフィンド」

 

 右足、違う。

 

「ディフィンド」

 

 左足でもない

 

「……ディフィンド」

 

 私はダンブルドアの首めがけて切断呪文を掛ける。

 魔法の閃光が当たった瞬間、コメディーのようにダンブルドアの首が飛び、そのまま壁に跳ね返って床に転がった。

 頭部の時間は止まっていない。

 

「やっぱり頭部か」

 

 私は切断魔法でダンブルドアの頭を輪切りにすると、鏡の破片を探す。

 すると、脳の一部に銀色に変色している箇所を見つけた。

 きっと、これが両面鏡の一部だろう。

 完全に脳と一体になっている。

 

「……摘出は無理ね」

 

 私は銀色に変色した脳の一部を悪霊の火で焼き尽くす。

 強い魔力を当てて掛けられている魔法を無効化することは出来るだろうが、私の脳がそれに耐えられないだろう。

 なんにしても、ダンブルドア側の破片は焼いた。

 これで私を縛るものは何もない。

 

「もうやだ」

 

 もう、家に帰ろう。

 こんなところにいても仕方がない。

 私は血まみれの自分自身に清めの魔法をかける。

 そして、時間を止めたままロンドン……グリモールド・プレイスにある自宅へと姿くらましした。

 

 

 

 

 グリモールド・プレイスにある自宅の自室に姿現わしした私は、着ている服を全て脱ぎ捨てるとバスルームに向かい時間停止を解除する。

 そしてバスルームへと入ると、シャワーのバルブを捻った。

 それと同時に魔法により熱せられた水が、シャワーヘッドから勢いよく飛び出してくる。

 魔法とは便利なものだ。

 電気やガスなど必要ない。

 使用者の持つ魔力を用いて、水をお湯へと変える。

 私は熱すぎるぐらいに感じるシャワーで全身にこびり付いた穢れを落としていく。

 清めの呪文で血液自体はもう体についていないが、それでもどこか気持ち悪い。

 どれだけ魔法で体を綺麗にしても、どこかスッキリしないのだ。

 

「……気持ち悪い」

 

 ガシガシと私の白い肌を指で擦る。

 だが、どれだけ洗っても、私の体から赤い色は取れない。

 

「取れない、取れない取れない取れない!」

 

 全身を掻きむしり、必死に穢れを落とす。

 

「ああああああぁぁぁぁぁあああああああああ!!!」

 

 どれだけ洗っても、どれだけ洗っても、私の肌には白さが戻らない。

 まるで今まで浴びた血が私の肌に沁みついているように。

 

「ああああああああ痛ッ!?」

 

 私はふと我に返り、過呼吸気味になりながらもバスルームに取り付けられている鏡で全身を確認する。

 そこには、全身掻き痕だらけで皮膚が真っ赤になっている私の姿があった。

 

「……あほらし」

 

 肌を掻いたら赤くなる。

 当たり前の話ではないか。

 私は魔法で体の傷を治すと、タオルで体を拭き、そのまま服も着ずに二階へと戻る。

 そして、タオルを部屋の隅に投げ捨て、ベッドの中に潜り込んだ。

 何も考えたくない。

 もう魔法界なんて知らない。

 やっぱり間違いだったんだ。

 あの時、孤児院にやってきたマクゴナガルを毅然とした態度で追い返すべきだったんだ。

 そしたら今頃私は誰一人殺すことなく、時間操作で多少インチキしながら面白おかしく平穏な人生を送れていたに違いない。

 もういいじゃないか。

 もう戦いは終わった。

 平和な世界に英雄の居場所はない。

 ホグワーツの卒業がどうした。

 イモリの成績が何だって言うんだ。

 そんなものなくたって生きていける。

 私は、ただのんびりと平穏な日々を過ごしたかっただけなのに。

 頭までシーツに包まり、外部からの情報を遮断する。

 ギシ、と廊下を何者かが踏む音が聞こえるが、部屋に入ってくる様子はない。

 私の帰りを察知したクリーチャーが様子を見にきたのだろう。

 部屋に入ってこないあたり、優秀な屋敷しもべだ。

 目が覚める頃には、立派なブレックファーストが出来上がっているに違いない。

 そうだ、クリーチャーを連れて旅にでも出よう。

 屋敷しもべ妖精に屋敷を離れた生活ができるのかどうかは知らないが、なんとでもなるはずだ。

 ヨーロッパをくるっと回って、それからアメリカ。

 中国や日本なんかも面白いかもしれない。

 そんなことを考えると、なんだか楽しくなってくる。

 私はシーツの中でほくそ笑むと、そのまま睡魔に任せるままに夢の世界へ落ちていった。




設定や用語解説

パーセルマウスの子供はパーセルマウス
 ゴーントの家系は脈々とパーセルマウスを引き継いでいるため、サクヤがパーセルマウスを引き継いでもおかしくはなかった。むしろ引き継いでいないことがある意味での異常。父親の代でマグルの血が混ざったためかあるいは……

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サクヤ・ホワイトと死の予言
side B 三十二番の番号札 (私は睡眠中)


 血飛沫と共に死喰い人の生首が飛んでくる。

 それに一瞬目を取られたのがいけなかった。

 いや、スネイプに落ち度は何一つない。

 スネイプがどれだけ気を張っていたとしても、結果は何も変わらなかっただろう。

 目の前からサクヤ・ホワイトが消える。

 それを認識した時には、全てが終わっていた。

 

「……っ!? ダンブルドア!」

 

 消えたサクヤの姿を探すよりも先に、スネイプは後ろにいるはずのダンブルドアの安否を確認する。

 だが、目の前に広がっている光景は、普段から冷静沈着なスネイプを慟哭させるのに十分だった。

 

 

 

 

 

 スネイプがその場から動くことができたのは、ダンブルドアの死を認識してから五分ほどしてからだった。

 とにかく、まずはこの惨状をしかるべきところに報告しなければならない。

 幸いなことに、ここは魔法省の敷地内だ。

 少し階段を上るだけですぐに闇祓いの本部がある。

 スネイプは何度か大きく深呼吸すると、法廷のある階に戻るために踵を返す。

 だがその瞬間、上の階から物凄い速度で小さい何かが駆け込んできた。

 

「──っ!? クソ、やっぱり間に合わなかったか」

 

 その小さな影はレミリアだった。

 レミリアはすでに生きている者がスネイプしかいない空間を見回すと、大きなため息をつく。

 そして少し遅れて顔を覗かせた小悪魔に言った。

 

「ダメよ。逃げられたわ」

 

「まあそうですよねぇ。間に合うはずありませんって」

 

 小悪魔はそう言って肩を竦める。

 レミリアは地面に散らばるダンブルドアの死体の前へと移動すると、小悪魔に対し手招きした。

 

「遺体の縫合は出来る?」

 

「私を誰だと思ってるんですか。縫合なんてしなくても元通りに出来ますよ」

 

 小悪魔は杖を取り出すと、ダンブルドアの死体に向けて振る。

 するとバラバラだったダンブルドアの死体がまるで逆再生でも見ているかのように一か所に集まっていき、元通りにくっついた。

 

「足りない部位は?」

 

「脳です。脳の一部が欠損していますね」

 

「脳……なるほど、それでか」

 

 レミリアは一人納得すると、今度は呆然と立ち尽くしているスネイプに声を掛けた。

 

「一体何があったのよ」

 

 スネイプは、少しの間レミリアの顔を見下ろすと、ハッと我に返ったように首を振った。

 

「サクヤ・ホワイトだ。奴がクラウチとダンブルドアを殺し、この場から逃げ去ったのだ」

 

 レミリアはそれを聞くと、やれやれと肩を竦める。

 そして少し呆れ顔で言った。

 

「そんなことは想像の範囲内よ。私が聞きたいのは、どうしてサクヤ・ホワイトがダンブルドアを殺して逃亡するような事態になっているかということなんだけど」

 

「それは……」

 

 スネイプは修復されたダンブルドアの死体を見る。

 

「言えん。ダンブルドアには秘密にするようにと言われている」

 

「そのダンブルドアが死んだからこそ聞いているんだけどねえ……。まあ、その話はあとでいいわ。とにかく、この惨状を引き起こしたのはサクヤで間違いないのね」

 

 レミリアの問いに、スネイプは頷く。

 レミリアは何かを考えるような仕草を見せてから、顔を上げて小悪魔に命令した。

 

「魔法大臣と闇祓いを呼びなさい。ダンブルドアの死は秘密にしておけるようなものでもないわ」

 

「わかりました」

 

 小悪魔は杖を引き抜くと、音もなくその場から消えるようにいなくなる。

 スネイプはその姿を見届けると、今度はクラウチの死体の前でしゃがみ込んだレミリアに対して聞いた。

 

「スカーレット嬢はどうしてこの場所へ? ここにバーテミウス・クラウチが移動させられてきたことは一部の人間しか知らないはずだが」

 

「マグルのおじいちゃんを何の加護も無しに放り出すわけないでしょ? ダンブルドアのバイタルに何か異常があったら私に連絡が来るように魔法を掛けていたの。大怪我を負ったり何者かに殺されそうになった場合、すぐに駆け付けられるようにね」

 

 まあ、その結果がアレだったわけだけど。と、レミリアはすっかり綺麗になったダンブルドアの方を見る。

 

「ダンブルドアの心臓がいきなり止まったからてっきり死の呪文でも喰らったのかと思ったんだけど……この様子だと違うわね。さっき見た限りじゃ、胸にある刺し傷は魔法ではなく物理的な刃物によって開けられたものだった。心臓を一突きされてから、魔法で死体をバラバラにした。そんなところかしら。っていうか、貴方この場に居たんでしょう? 実際のところどうなのよ?」

 

 レミリアの問いに、スネイプは考える。

 そして結論が出たのか、決意を固めた目でレミリアを見た。

 

「……ダンブルドア亡き今、私一人の力じゃホワイトは止められない。全てを話すことを約束しよう」

 

「ええ、そうしなさい。精々厄介ごとを私に押し付けるといいわ」

 

 レミリアはそう言いながらも不敵に微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

「なるほどねぇ。サクヤは元死喰い人で、ハリーを殺したのもサクヤで、サクヤはトム・リドルとセレネ・ブラックの娘で、本人はそのことを知らなくて、クラウチを父親だと思いこませていいようにこき使って、その嘘がバレて激怒したサクヤにダンブルドアは殺されたと。で、その肝心のサクヤは時間操作能力持ちときた」

 

「その様子だと、ある程度の情報は掴んでいたのか?」

 

 スネイプから話を聞き終えたレミリアは、スネイプからの問いに曖昧に頷く。

 

「まあ、サクヤが変な能力を持っているということは薄々気が付いていたわ。じゃないとダンブルドアがあそこまで重用するとは思えないもの」

 

 にしても……とレミリアはダンブルドアの顔を見る。

 

「割と自業自得じゃない?」

 

「ダンブルドアは最後までサクヤ・ホワイトの幸せを願っていた。それは事実だ。だからこそ、この場に来たのだ」

 

「……なるほどね。クラウチや貴方たちが何故こんなところにいるかが謎だったけど、そういうこと。貴方たち、クラウチの記憶を書き換えにきたのね」

 

 何故クラウチだけがアズカバンから出され、魔法省の地下深くへと移動させられたのか。

 スネイプはレミリアの問いに対し何も答えなかったが、その沈黙こそが何よりの答えだった。

 

「サクヤがこの場に現れなければ、サクヤは偽りの父親と共に幸せに暮らせていたと。そういうことね」

 

 サクヤにとって何が一番幸せか、それはこの場にいる誰にもわからない。

 だが、ダンブルドアからすれば、その結末が許容できる中では一番いいものだったのだろう。

 嘘はつき通せば真実になる。

 だが、それは最後までつき通せたらの話だ。

 

「ダンブルドアも、そういうことなら私にも話してくれればよかったのに」

 

 レミリアはつまらなそうにそう呟く。

 その時、バタバタという足音と共に多くの魔法使いが地下牢のある空間へと傾れ込んできた。

 

「これは……」

 

 先陣を切って入ってきたスクリムジョールは、綺麗に整形されたダンブルドアの死体を見つけると、しゃがみ込んで首筋に指を当てる。

 そしてダンブルドアが本当に死んでいることを確認し、ひどく顔を歪ませた。

 

「まさかそんなことが……本当にサクヤ・ホワイトがダンブルドアを?」

 

 スクリムジョールは立ち上がると、レミリアとスネイプに向けて問う。

 

「状況からしておそらくは……」

 

「おそらく? スネイプ、君はダンブルドアと共に魔法省を訪れていたのだろう?」

 

 スクリムジョールの問いに、スネイプはチラリとダンブルドアの方を見る。

 その様子にレミリアは大きなため息をつくと、スクリムジョールに対して言った。

 

「もうこの際秘密にしておく必要もないでしょう? サクヤが完全に敵に回ったんだから」

 

「秘密? なんのことだ?」

 

 秘密という単語を聞いて、スクリムジョールは少し怪訝な表情になる。

 そんなスクリムジョールに対し、レミリアは肩を竦めながら言った。

 

「いや、私も今知ったんだけどね。サクヤ、時間を止めれるんですって」

 

「……なんだと?」

 

 スクリムジョールは時間を止められるという話を聞き、口に指を当てて考え始める。

 そして、すぐに顔を青く染めた。

 

「もし、その話が本当なのだとしたら、サクヤ・ホワイトの今までの行動にかなりの違和感が出てくる」

 

「まあ、そうでしょうね。そんな強力な力があるのだとしたら、ハリーと共に例のあの人に捕まった時、難なく脱出できてないとおかしいし」

 

 レミリアはクラウチやダンブルドアの死体を調査、回収し始めた闇祓いたちを横目に、スクリムジョールに言った。

 

「その辺の話も含めて、紅茶でも飲みながらゆっくり話をしましょう。ダンブルドアからも是非話を聞きたいしね」

 

 レミリアはポケットの中に手を突っ込むと、小さな黒い石が嵌められた指輪を取り出す。

 そしてそれを見せつけるように右手の親指に嵌めた。

 

 

 

 

 レミリア、スネイプ、スクリムジョールの三人は魔法省地下一階にある応接室へと移動すると、向かい合うようにしてソファーに腰掛ける。

 レミリアは机の上を見て眉をぴくりとさせると、後ろを振り向き何かに気が付いたかのようにため息をついた。

 

「そういえば調査のために地下牢に残したんだったわ」

 

「紅茶をご所望ですかな?」

 

 スクリムジョールはレミリアの些細な態度に気がつき、席を立つ。

 そして近くにある棚からティーセットを取り出すと、いそいそとお茶の準備を始めた。

 

「気が利くじゃない」

 

「あまり味に期待されても困るがね。昔はよく淹れたが、今では家族サービスでぐらいしか淹れていないのでな」

 

「まあこの際味には期待しないわ。うちの従者と同じレベルを求めるのは酷だもの」

 

 レミリアは少し上機嫌そうな表情になると、ソファーに深く背中を預ける。

 そして親指から指輪を外し、手のひらの上で転がした。

 その瞬間、レミリアの横にダンブルドアの姿が浮かび上がる。

 スネイプはその光景を見て、目を皿のように見開いた。

 

「ご機嫌いかがダンブルドア。随分顔色が悪いじゃない」

 

 レミリアは現れたダンブルドアに対して茶化すように言う。

 ダンブルドアは軽く周囲を見回すと、空いているソファーの一角へとちょこんと座った。

 

「わしはてっきり、お主に殺されるものとばかり思っておったのだがのう」

 

「随分なこと言ってくれるじゃない。私は善良な吸血鬼よ。そんな極悪非道なことしないわ」

 

 レミリアはそう言って少し頬を膨らませる。

 紅茶を淹れていたスクリムジョールは、いきなり応接室に出現したダンブルドアに紅茶のトレイをひっくり返しそうになるが、なんとか持ち堪えて机まで運んできた。

 

「な、なぜダンブルドアがここに? いや、ゴーストか?」

 

「蘇りの石よ。聞いたことない?」

 

 スクリムジョールはティーカップに紅茶を注ぎながら、必死に何かを思い出そうと首を捻る。

 そして何かを思い出したのか、怪訝な表情をした。

 

「いやいや、あれはおとぎ話だろう? では何か? 透明マントやニワトコの杖も実在しているとでも?」

 

 スクリムジョールのその言葉を聞き、半透明のダンブルドアが朗らかに笑う。

 

「実在しておるとも。わしはそのうちの二つを過去所持しておった。透明マントと、ニワトコの杖じゃ」

 

「え? マジ? それ早く言いなさいよ。そして遺産として私に譲渡しなさい」

 

「吸血鬼は杖を使わんじゃろう? それに、杖の方はわしの右腕とともに消えてしまった」

 

「でもマントはまだあるんでしょう?」

 

 ダンブルドアは小さく頷く。

 

「じゃがの、あのマントはお主よりも必要としておるものがきっとおる。それに、死から隠れてコソコソするなぞ、お主らしくないんじゃないか?」

 

 レミリアはダンブルドアの言葉に少し耳を赤くすると、誤魔化すように羽をパタパタした。

 

「え、ええもちろんよ。私は夜を支配する偉大で強大な吸血鬼だもの」

 

「蘇りの石だけで満足して欲しいところじゃな」

 

「これを見つけたのは私の方が早かった! 貴方にとやかく言われる筋合いはないわ!」

 

 レミリアはスクリムジョールの淹れた紅茶を一口のみ、ふうと息をつく。

 そして、茶番はここまでと言わんばかりに真面目な表情になった。

 

「そこのスネイプから大体の話は聞いたけど、私は是非貴方の口から詳しい話を聞きたいわ。貴方とサクヤ・ホワイト、そしてヴォルデモート卿の話をね」

 

 ダンブルドアはお腹の上で指を組むと、大きく息をつき、天井を見上げる。

 

「そうじゃの。わしが死んだ以上、話しておかねばなるまい」

 

 そして、いつになく真剣な表情で口を開いた。

 その時だった。

 

『ダンブルドアさーん。三十二番でお待ちのアルバス・パーシバル・ウルフリック・ブライアン・ダンブルドアさーん。審判の順番が回ってきましたので法廷までお願いしまーす』

 

 そのような女性のほんわかした声が聞こえたかと思うと、ダンブルドアの体が宙に浮き上がる。

 

「あ、どうやら順番のようじゃ」

 

「いやちょっと待ち──」

 

 浮き上がるダンブルドアをレミリアが捕まえようとするが、実態のない霊体に触れるはずもなく、ダンブルドアの体はそのまま天井を突き抜けて天へと昇っていってしまった。

 

「……レミリア嬢、今のは?」

 

「死後の審判でしょうね。審判が始まってしまったら数時間は呼び出せないわ」

 

 レミリアは大きなため息をつくと、気が抜けたようにソファーにぐでっともたれかかる。

 

「なんにしてもサクヤ・ホワイトの指名手配はしておいたほうがいいわ。シリウス・ブラックの時のようにマグルの大臣にも話しておいた方がいいわね」

 

「もとよりそのつもりだ。だが、その前にサクヤ・ホワイトに対する情報がもう少し欲しい。もし本当に時間停止などという能力を持ち合わせているのだとしたら真っ向から対峙していい相手ではない」

 

 それもそうか、とレミリアはスネイプの方を見る。

 

「それじゃあ、とりあえず知っている限りの全てを大臣に報告しなさいな」

 

 そして半ば投げやりにそう言った。




設定や用語解説

一方その頃サクヤは
シャワー浴びて自宅のベッドで就寝中。

ニワトコの杖
スラグホーンの爆発により右手と一緒に粉々になってしまった。

透明マント
ダンブルドアが所持。

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死後硬直とマグルのパブと私

 私が親という概念について実感を持って理解したのは学校に入ってからだった。

 学校と言ってもホグワーツではない。

 ホグワーツに入学する前に通っていた、マグルの学校だ。

 孤児院で育った私は、親という言葉の意味は知っていても実際にどういうものなのかは理解していなかった。

 学校に通い始めたことで、親がいないというのは特殊な環境であると知った。

 クラスにいる誰しもが家に帰れば親が待っている。

 誕生日には家族と一緒にケーキを食べ、クリスマスにはプレゼントを貰う。

 孤児院でも似たようなことは開催されていたが、一般的な家庭のそれとは違うだろう。

 私の両親はどんな人だったのだろうか。

 そのことについて深く考えたことはなかった。

 私が今孤児院にいるということは、ろくな親ではなかったのだろう。

 つい最近まで私はそう考えていた。

 自分の親が一体誰なのか調べようともしなかった。

 そんなことは時間の無駄だと、本気でそう考えていた。

 だが、心の中では誰よりも家族を欲していたのだと、ここ最近気がついた。

 家族と一緒に過ごせるのなら、私は多くのものを犠牲にできるだろう。

 

 

 

 

 意識が覚醒する。

 私は私の周囲を取り囲む微弱な魔力を感じ、身動きすることなく時間を止めた。

 

「まあ、流石にここへは来るわよね」

 

 私はベッドから起き上がると、自分の部屋を見回す。

 そこには何人もの魔法使いが立っており、複数人が私に対して杖を向けていた。

 きっと魔法省から派遣された闇祓いだろう。 

 私は鞄の中から新しい下着と洋服を取り出すと、素っ裸の身体に身につけていく。

 シーツに包まっていたおかげで、闇祓いたちには裸は見られていないはずだ。

 

「さて……と。どうしようかしら」

 

 私はベッドに腰掛けると、改めて部屋の状況を確認する。

 私の部屋の中には男が三人と女が二人。

 五人全員、闇祓い局で見た覚えがある魔法使いばかりだ。

 

「素直に捕まるか、ここから逃げるか」

 

 それか、皆殺しにしてしまうか。

 まず自首だが、これは悪い選択肢ではない。

 アズカバンにて終身刑は間違いないが、殺されることもないだろう。

 悠々自適なアズカバンライフが満喫できる。

 次に逃走、これも悪い選択肢ではない。

 ちょうど少し旅に出ようと思っていたところだ。

 魔法省から逃げ回りながら、盗みで路銀を稼げばいい。

 最後に皆殺しだが、これは凄くいいアイディアだ。

 こいつらは一体誰の許可を得て、勝手に私の、私のお母さんの部屋に足を踏み入れているんだ?

 私はここへの立ち入りを許可していないし、母だって許さないだろう。

 ここはお母さんの部屋だ。

 ここは私の部屋だ。

 そんな私とお母さんを繋ぐ大切な部屋に土足で踏み入ったこいつらを許してはおけない。

 私は洋服のポケットから杖を引き抜くと、目の前の男性に向かって呪文を唱える。

 

「アバダケダブラ」

 

 私が放った死の呪文は男性に向かって飛翔すると、当たる寸前で時間が止まり空中に静止した。

 ことをあと四回、合計五回行う。

 そして、時間停止を解除した。

 時間が動き出した瞬間、静止していた死の呪文は速度を取り戻し、ほぼ同時に闇祓い達の頭部へ直撃する。

 たとえ緑色の閃光が認識できたとしても、人間の反射神経では反応できない。

 闇祓い達は糸の切れた操り人形のように、ほぼ同時に膝を折り、その場に崩れ落ちた。

 

「……ざっこ。これが魔法界のエリートだなんて聞いて呆れるわ」

 

 私は闇祓いたちの死体を魔法で小さくすると、鞄の中に仕舞い込む。

 私の鞄の中は時間が止まっているため、死にたてホヤホヤの状態で保存出来るのだ。

 

「クリーチャー、どこにいるの?」

 

 私は杖を左手に構えたまま、自分の部屋を出て階段を下りる。

 声をかけても返事をしないだなんて珍しい。

 どこかに出かけているか、はたまた先ほどの闇祓いたちに捕まったのだろうか。

 階段を下り、廊下を少し歩いて玄関ホールに向かう。

 そこには、ピクリとも動かないクリーチャーの姿があった。

 

「クリーチャー? そんなところで寝ていたら風邪をひくわよ」

 

 私はクリーチャーの体を持ち上げる。

 夏も近いのにクリーチャーの体は酷く硬直し、冷たい。

 私はクリーチャーの頸動脈に手を当てると、脈がないことを確かめた。

 

「……魔法使い以外には容赦はしないのか。まあ、魔法省としては、屋敷しもべ妖精の一人や二人どうでもいいんでしょうね」

 

 私はクリーチャーの死体も魔法で小さくして鞄の中に入れる。

 クリーチャーの死体はブラック家の墓の近くに埋めてあげよう。

 クリーチャーならそれが一番喜ぶはずだ。

 

「結局一人旅か」

 

 私は玄関から外に出ると、屋敷の時間だけを停止させる。

 これでこの家には私以外の誰も入ることができない。

 これ以上この家が荒らされることもない。

 母から受け継いだ正式な遺産だ。

 私はポケットの中から懐中時計を取り出すと、今の時間を確認した。

 

「二十時……結構しっかり寝たわね」

 

 私が魔法省へ訪れたのが午前の十時ぐらいだ。

 ダンブルドアを殺したのが十一時だと考えると、九時間しっかり寝たことになる。

 いや、闇祓い達が来なければ明日の朝まで寝ていたかもしれない。

 私は取り敢えず駅のある方向へ足を向ける。

 この辺は住宅街のため、店らしい店はない。

 思えば朝から何も口にしていない。

 どこかパブにでも入って、この空腹を満たそう。

 

 

 

 

 キングズ・クロス駅周辺のパブに入った私は、お酒と料理を頼むためにカウンターへと向かう。

 カウンターを挟んで向かい側にいる女性の店員は、私の顔を見るとにこやかに言った。

 

「いらっしゃいませ。ご注文は?」

 

「スペアリブの盛り合わせとフィッシュ&チップス、あとハンバーガーに子牛のロースト、あとエール」

 

 私はメニュー表を見ながらスラスラと注文していく。

 私の注文をメモしていた店員は、次第に表情が固くなり、最後のエールを聞いた瞬間、少々眉を顰めて言った。

 

「失礼ですが、何か身分を証明出来るものをお持ちでしょうか? 免許証とか、学生証でも構いません」

 

「ん? ……ああ、なるほど」

 

 私は普段若く見られることが多い。

 きっと未成年であると見られたのだろう。

 私はポケットを漁るフリをして杖を取り出す。

 そしてカウンターで隠すようにして杖を構えると、店員の女性に錯乱呪文をかけた。

 

「こんなおばさんを捕まえてからかうんじゃないよ」

 

 店員の女性は一瞬ぼんやりした表情になると、途端に慌てたように手を振る。

 

「いえ、そんなつもりは……エールですね。かしこまりました。合計で──」

 

「さっき払ったはずだけど?」

 

「え? あ、そうでしたね」

 

 私は店員からエールを受け取ると、カウンター席へと座る。

 しばらく待っていると、先ほどとは違う男性も店員が料理を運んできた。

 

「スペアリブにフィッシュ&チップス、ハンバーガーとローストビーフを……って、あれ? テーブルを間違えたかな」

 

 店員の男性はカウンターに私一人しかいないのを見て首を傾げる。

 

「合ってますよ」

 

「まさか。この量を一人で?」

 

 男性は冗談混じりに肩を竦めて見せたが、それ以上の追及はせずに料理をカウンターテーブルに並べた。

 

「それではごゆっくり……」

 

 男性は最後ににこやかに微笑みながら私の顔を見る。

 そして、目を丸くして呟いた。

 

「……サクヤ?」

 

「え?」

 

 男性は私の頭の先からつま先の先まで視線を走らせる。

 そして間違いないと言わんばかりの表情になった。

 

「まさか、サクヤ・ホワイトかい?」

 

 私は男性店員の顔をじっと見る。

 果たして、どこかで会ったことがあるだろうか。

 いや、もしこの男性が魔法界の関係者なのだとしたら、私を一方的に知っている可能性はある。

 

「えっと……ごめんなさい。どなただったかしら?」

 

 私はエールのジョッキをカウンターテーブルに置くと、改めて男性店員の方を向く。

 歳は私と同じぐらいだろうか。

 清潔感のある短髪を、ワックスで後ろに流している。

 顔立ちは整っているが、どこか目元に幼さが残っている印象だ。

 

「ああ、えっと、そうだよね。もう七年……いや八年か? それぐらい前だし。俺だよ。プライマリースクールの時一緒だったレオだ」

 

 プライマリースクール?

 私はそう言われて昔の記憶を辿る。

 そうだった。私はホグワーツに入学する前まではマグルの学校に通っていたのだ。

 私はレオと名乗った男性の顔をよく見る。

 見覚えがあるような無いような、いまいち確証がない。

 だが、私の名前を知っているということは、確かに昔少なからず交流があったのだろう。

 

「そんな昔のことよく覚えてないわ」

 

「まあ、あの時はお互いに幼かったからさ。サクヤは容姿が特徴的だから、すぐにわかったけど」

 

 レオは手に持っていたトレイをカウンターテーブルに置くと、私の横へと腰掛ける。

 その様子を見た女性の店員がカウンター越しにレオに言った。

 

「職場でナンパするな。他所の店で勤務時間外にやりなさい」

 

「ナンパじゃないって。プライマリーの頃のクラスメイトだったサクヤだよ。ほら、お前も覚えてるだろ?」

 

 カウンターの向こうでグラスを磨いていた女性は、グラスを一度置いて私の顔を見る。

 そして目をパチクリさせると、両手で口を覆った。

 

「え、マジじゃん。懐かしー! 確かストーンウォールに行ったんだっけ?」

 

「いや、行ってないけど……誰だっけ?」

 

「私よ私、レイラよ。ほら、遠足の時に一緒の班になったじゃない」

 

 レイラ? 遠足?

 うーん、覚えているような、覚えていないような。

 確かにプライマリースクールで遠足に行った記憶はある。

 何人かの女子と班を組んだ記憶もある。

 だが、それが誰だったかまではまるで覚えていない。

 

「そうだっけ?」

 

「まあ、物凄い昔の話だし、忘れるのも無理はないけどさ」

 

 レイラは私を挟んでレオとは反対側の椅子に座る。

 私を挟むようにして三人横並びになった形だ。

 にしても、まさか私のことを覚えている者がいるとは思わなかった。

 こうして話しかけられるまでは、自分がマグルの学校に通っていたことすら忘れていたぐらいだ。

 

「こうして貴方の顔を見てるとなんだか懐かしくなってくるわね」

 

「私の顔を見て懐かしくなるの?」

 

「ええ、だって良くも悪くも貴方目立ってたもの」

 

 そういってレイラはいたずらっぽく笑う。

 レオもそれには同意なのか、何度か頷いた。

 

「確かにな。良くも悪くも浮いていたというか、おとぎ話から出てきたような容姿をしているからな。サクヤは。苗字がホワイトなのもあって、ここまで行くともはやギャグだぜ」

 

「その感性はあながち間違ってないわ。ホワイトって苗字は孤児院の院長が赤子の頃の私の姿を見てつけたものだし」

 

「孤児院? そういえばサクヤって施設育ちだったんだっけ? 今は自立してるのか?」

 

 レオの質問に、私は少し考える。

 今の私は果たして自立しているのか?

 一応、まだ学生という身分だ。

 だが、孤児院はもう出ているし、自分の家もある。

 一時期マーリン基金の世話になっていたが、今は対抗試合の賞金を切り崩して生活できている。

 

「流石にね。もう成人してるし」

 

「ん? いや、まだ成人はしてないだろ。同い年ってことは、十七のはずだぜ?」

 

「ん、あ、え。あ! うん、そうね。あと成人までは一年あるわね」

 

 忘れていた。

 魔法界では十七歳から成人だが、マグルの社会では十八歳から成人なのだ。

 

「といっても、サクヤは十七には見えないけどね。二つは下に見えるわ」

 

「言ってくれるじゃない。私だってそのうち背も大きく……」

 

「いや、流石にもう無理だろ。俺たちもうすぐ成人なんだぜ? 今からは望み薄なんじゃ……」

 

 私はレオの頭を平手で叩く。

 レオは笑いながらごめんと謝った。

 

「私はまだ伸びるの!」

 

「わかった! ごめんって!」

 

 その様子を見て、レイラがケラケラ笑う。

 そのような感じで私たちが騒いでいると、先程受付にいた女性がこちらに近づいてきた。

 

「二人揃って油売ってるんじゃありません。って、そこのお客さんはお二人のお知り合いですか?」

 

「ああ、紹介するよ。プライマリースクールの時一緒だったサクヤだ。こっちは店主のサラさん」

 

 私はカウンターの回転椅子をクルリとさせると、店主のサラと握手を交わす。

 サラはにこやかな笑顔で私の右手を握ると、そのままガッチリとホールドした。

 咄嗟のことに、私の左手が杖に伸びる。

 だが、私の心配とは裏腹に、サラはにこやかな笑みを崩さずに言った。

 

「やっぱり未成年だったんですね」

 

「あ、いや、その……ちゃんと確認しなかった店主さんの責任では?」

 

「なかなか言いますね。ですが──」

 

「まあまあ硬いこと言わないでくださいよサラさん。サラさんだって親同伴なら未成年にもお酒出してるでしょ?」

 

 イギリスでは飲酒が出来るのは十八歳からだが、パブによっては十七歳でも親同伴なら飲酒が出来る店が多い。

 サラはレオの説得を受けて、ため息をつきながら私の手を離した。

 

「まあ、いいでしょう。お二人に免じて見なかったことにします。お二人も、スタッフが二名も油を売っていては店が成り立たないので、仕事に戻ってください」

 

 サラにそう言われ、レオとレイラは渋々といった表情で席を立つ。

 私は二人に軽く手を振ると、改めて食事を再開した。




設定や用語解説

時間停止中の魔法の使用
 時間が止まっている世界では、サクヤが意識して時間を動かそうと意識している魔法以外は空中を進んでいるうちに時間がゆっくりになり、やがて空中で停止する。時間停止を解除すると、速度を取り戻す。

時間の止まった家
 時間が止まっているので、扉や窓を開けることができない。また、内部の空気も止まっているため、中に姿現しした場合、身動きが取れなくなり、呼吸をすることさえできない。

イギリスの飲酒事情
 イギリスの法律では18歳からお酒を飲むことができる。だが、日本より未成年の飲酒には寛容で、保護者連れなら16歳ぐらいからお酒を提供してもらえたりする。

プライマリースクール
 日本で言うところの小学校。

レオ&レイラ&サラ
 オリキャラ。ちょい役。多分大きな出番は無し。

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ブランデーと朝のニュースと私

 結局あの後届いた料理を食べ尽くした私は、当初注文した量の倍ほどの量を追加で注文し、エールとラガーで流し込んだ。

 店主のサラやプライマリースクールで同学年だったというレオとレイラには盛大に引かれたが、カロリーを摂取しないとやってられない。

 それに、ここの料理は美味い。

 クリーチャーが作る料理には敵わないが、ホグワーツで出てくる料理と遜色ない。

 屋敷しもべ妖精レベルの料理が作れるのは純粋に誇れることだ。

 美味しい料理に舌鼓を打ちながら、ダラダラと酒を胃袋に流し込む。

 今までホグワーツにいたということもあり、あまり酒は飲んでこなかった。

 だが、アルコールはいいものだ。

 頭がふわふわしてくるし、嫌なことが遠ざかっていくように感じる。

 ああ、いい心地だ。

 

「ちょっと、飲み過ぎじゃありません?」

 

 あらかた注文した料理も食べ終わり、おかわりのビールを注文した段階で店主のサラから声が掛かる。

 まあ、確かに少し飲み過ぎな感じもするが、今日は全てをアルコールで洗い流したい気分だ。

 

「……今日は飲ませてよ」

 

「何か嫌なことでもあったんです?」

 

 もう店じまいなのか、サラは先ほどのレオたちと同じように私の横の椅子に座る。

 そして店のカウンターの奥に手を伸ばすと、グラスとテキーラの瓶を引き寄せてグラスに少し注いだ。

 

「聞きますよ、話。これでも聞き上手の女将として定評があるんです」

 

 サラはそう言って私の手に握られているジョッキにグラスをぶつける。

 

「家出でもしましたか? それとも学校で何か嫌なことが?」

 

 私は、透明のジョッキに注がれたエールの炭酸が抜けていくのをじっと見つめながら、独り言のように呟く。

 

「ずっと信じていた人に裏切られて……もう何を信じていいかわからないの」

 

 人格者だと思っていた。

 ダンブルドアなら、嘘をつくことなんてないと信じていた。

 だが、現実は違った。

 ダンブルドアは己の目的のために私に嘘をつき、私を利用しただけだったのだ。

 

「……そう、それは辛かったわね」

 

 サラは優しげに微笑むと、テキーラを少し煽る。

 

「私にも似たような経験があるわ。現実って、私たちが考えている以上に厳しいわよね」

 

 私はどこか楽観的に考えすぎていたのかもしれない。

 ダンブルドアについていけば間違いないと。

 私は勝ち馬に乗れていると。

 もっと、自分から動くべきだった。

 なんなら、ダンブルドアが魔力を失ったあの瞬間、洞窟の中でダンブルドアを殺しておけばよかった。

 そうすれば、私はお父さんを殺すことなんてなかったのに。

 私はジョッキの中に半分ほど残っているエールを胃の中に流し込む。

 

「もう、何もかもから逃げ出したくて。……いや、違うわね。全て壊して逃げてきたの」

 

「もし、本当に困っているのなら、少しでも力になるわよ?」

 

「いえ、そこまで世話になるわけにはいかないわ。というか、今は初対面の人間を信用できるような心境じゃないの」

 

 マグルの、それにただのパブの店主に何ができるというんだ。

 全ての事情を理解し、協力者になってくれたとしても、魔法省に記憶を操作され、全てを忘れてしまうのが関の山だろう。

 

「サラ、エールもう一杯……」

 

「もう店じまいです。ラストオーダーも過ぎてますよ」

 

「固いこと言わないでよ」

 

 サラは小さくため息をつくと、カウンターの向こうからグラスを一つ取り、水を注いで私の前に差し出してくる。

 

「貴方……今日はどこに帰るんです? 家まで送っていきますよ」

 

「いや……もう家には帰れないわ。所詮こんな私に帰る場所なんてないのよ」

 

「まったく……レオ、ちょっと来てください」

 

 サラは店の奥でテーブルの片付けをしているレオに声を掛ける。

 レオは空のジョッキや皿を両手に抱えたままサラの元へと駆けてきた。

 

「どうしました? って、サクヤだいぶ酔ってるな」

 

「こんな状態なので送っていこうかと思っているんですが、どこに住んでいるかご存知ですか?」

 

「いや、昔施設にいたってぐらいしか知らなくて……レイラ、どこの孤児院だっけ?」

 

「私に聞かないでよ。でも確か、ケルトとかそんな名前だったはずだけど……」

 

 サラはそれを聞き、少し首を傾げる。

 

「ケルト……そんな孤児院は近くにないと思いますが」

 

「うーん……サクヤ、なんだっけ?」

 

 レイラの質問に、私は重たい頭を上げる。

 そしてほぼ無意識的に呟いた。

 

「惜しい。ウール孤児院よ」

 

「あ、そうそうウール孤児院。まだそこにいるの?」

 

「いえ、流石にもう独り立ちしているわ」

 

「あ、じゃあ大学には進まなかったのね」

 

 ある程度片付けが終わったのか、レイラが高そうなブランデーの瓶を片手に私の隣に座る。

 そしてグラスに並々と注ぎ、私の前に差し出した。

 

「はいかんぱーい!」

 

「こらレイラ! これ以上飲ませては──」

 

 私は差し出されたブランデーを一気に呷る。

 ああ、これはいい酒だ。

 

「それにその瓶は昔よく来ていたお得意様のキープしているものです!」

 

「もう何年も現れてないんでしょ? だったらもう来ないわよ」

 

 レイラはあっけらかんとした表情で自分のグラスにもなみなみとブランデーを注ぐ。

 そして空になった私のグラスに瓶に残ったブランデーを全て注いだ。

 

「ほんとひっさしぶりよね。サクヤは今何やってるの? モデルや俳優……がお似合いではあるけど、流石に違うわよね? 名前聞いたことないし。水商売とか?」

 

「わらひは……そうね。まほうつかいやってるわ」

 

「魔法使い? あはは、確かに魔女っぽい! そういう源氏名とか?」

 

 サラは全てを諦めたのか、大きなため息を吐くと席を離れていく。

 私はぐにゃりと歪む視界の中、なんとかグラスを持つと慎重に口に近づけた。

 

「風俗じゃにゃいわよ。まだ学生のみぶんだす……」

 

「じゃあ何よ。占いとか?」

 

「……あー、んー。そんなとこ」

 

「はー、施設育ちは大変ね。私は国内大手の証券会社を狙っているの。学校での成績も常にトップクラスなんだから」

 

「そう。すごいわね……はーまいおにーみたい」

 

「誰だか知らないけど、一緒にしないでくれる? 絶対私の方が頭がいいわ」

 

 そうか、ハーマイオニーよりもか。

 それはなによりなはなしである。

 わたしは歪む視界の中なんとかグラスを掴み直すと、口を近づけゆっくりと傾ける。

 もう、あじなんてわからない。

 

「って、サクヤお酒弱過ぎ。ここまでべろべろだと一周回って可愛いわね」

 

「なによぅ。ふだんのわたしはかわいくないっての?」

 

「知らないわよそんなこと。でも男にはモテなさそうな顔してるわよね」

 

「そうなのね……たしかに……」

 

 ああ、だめだ。

 もう意識を保てない。

 私はグラスを手放すと、カウンターに突っ伏す。

 隣でレイラが大爆笑しているのが聞こえる。

 

「ざっこ。やっぱ顔だけね」

 

 楽しそうで何よりだ。

 私は睡魔に誘われるがままに、夢の世界へと落ちていった。

 

 

 

 

「もう、潰してどうするんですか」

 

 カウンターで突っ伏し居眠りを始めたサクヤを見て、サラがため息を吐く。

 レイラはサクヤの頬を指で突くと、神妙な面持ちで言った。

 

「ふん、こんなやつ、路上に投げ捨てておけばいいのよ」

 

「この子のこと、嫌いなんですか?」

 

 サラはサクヤにそっと毛布を掛ける。

 レイラはサクヤの真っ白な髪を指で弄る。

 

「嫌い。気に入らないわ。昔から私の邪魔ばかり。こいつのせいで私はジョージにフラれたんだ。小さい頃から、こいつは可愛過ぎたのよ」

 

「今も物凄く可愛いですけどね。まるでお人形さんみたい」

 

「それも気に入らない。サクヤと同じ学校に行きたくなかったから、私は勉強を頑張った。ざまあみろ……」

 

「可愛過ぎるのも罪……ね。でも、それとこれとは話は別。この子は何も悪くはないでしょう?」

 

 レイラは不貞腐れたような表情になると、プイとソッポを向いた。

 

「もう時間も時間だし……うちに泊めるしかないですね。潰した罰として、責任もって二階に運んでくださいね」

 

「えぇ……なんで私が……」

 

「なんでじゃありません。まったく……」

 

 サラは軽く頭を振りながら自分が飲んでいたグラスを流しに置く。

 レイラは不満そうな顔でリリーを見つめたあと、諦めたように立ち上がった。

 

「レオ! 手伝って!」

 

「手伝ってって何を……って、こりゃ酷い」

 

 レオはカウンターでぐったりと寝ているサクヤを見て、大体の事情を察する。

 レイラは寝ているサクヤを後ろから羽交締めにすると、カウンターの椅子から引きずり下ろした。

 

「足持って」

 

「後で訴えられたりしないよな?」

 

「寝てるし、たとえ起きていたとしても覚えてないわよ。なんならあんた一緒にベッドに入る?」

 

「冗談キツいぜ」

 

 レオはサクヤの足を持つと、レイラと二人でサクヤを持ち上げる。

 そしてそのまま店の奥、サラの住居スペースがある二階へと運んでいった。

 

 

 

 

 

 私がいる。

 私が笑っている。

 私と私が笑っている。

 私が手を振っている。

 私が私を叱っている。

 優しそうな私と、冷たそうな私。

 どっちも私のはずなのに。

 

「……どこ?」

 

 目が覚めた。

 私はハッキリしない視界の中、首だけで周囲を見回す。

 どうやら私はソファーの上で寝ていたらしい。

 私は大きな欠伸を一つすると、体を起こしソファーに背中を預ける。

 そして改めて周囲を見回した。

 

「……誰かの、家ね」

 

 ソファーに、小さな机に、部屋の隅にはテレビが置いてある。

 内装を見る限り、一人暮らしの女性の部屋のようだ。

 

「あ、そっかー。昨日パブで寝ちゃったんだっけ」

 

 ぼんやりとした昨日の記憶。

 でも、パブに入った記憶はある。

 小さい頃の自分を知っている人物に会って、しこたまお酒を飲んで……

 

「酔って潰れてお持ち帰り……いや、多分店主の家ね」

 

 私はまだ少しぼんやりとする頭を軽く振ると、手元のリモコンでテレビをつける。

 テレビを見るなんて何年ぶりだろう。

 私はテレビっ子というわけではなかったが、孤児院にもテレビぐらいはあった。

 私は眠い目をしばしばさせながら、単調な口調でニュースを読み上げるキャスターの声を聞いた。

 

『今朝のニュースをお伝えします。ロンドンにあるハイド・パークにてボートのリニューアルが行われ、来園者数が昨年比五十パーセント増となる順当な──』

 

「今日もロンドンは平和ですねぇ」

 

 不意に後ろから声をかけられ、後ろを振り返る。

 そこには昨日知り合ったパブの店主であるサラが寝巻き姿で立っていた。

 

「二日酔いは?」

 

「ぼーっとするぐらいぃ……」

 

「大丈夫そうですね。何か食べます?」

 

「んあー……」

 

「まずは紅茶をご所望のようね。お姫様」

 

 サラはニコリと笑うと、コンロでお湯を沸かし始める。

 私は眠たい目を擦りながら鞄を取り出すと、中からストックしてあるイングリッシュ・ブレークファーストのプレートを二つ取り出して机の上に並べた。

 こういう時、この鞄は非常に便利だ。

 中に入れた物の時間は止まるため、料理は出来立てホカホカのままだし、中でぐちゃぐちゃになることもない。

 止まっていた時間が動き出したイングリッシュ・ブレークファーストからは、ベーコンやトマトソースの匂いが立ち上り始める。

 サラもその匂いに気がついたのか、こちらを覗き込み、何度か目を擦った。

 

「え……あれ? それどこから持ってきたんです?」

 

「え、学校の厨房からだけど」

 

 私は鞄の中からカトラリーを取り出し、プレートの横に並べる。

 サラは目を白黒させながらも紅茶の入ったティーポット片手にキッチンから出てきた。

 

「今起きたばかりなものだと思っていましたが……朝のお散歩に出掛けていたんですね」

 

「あー、まあそれでいいや」

 

 説明するのも面倒くさい。

 別れ際に殺せばいいだろう。

 

「……」

 

 今、私は何を考えた?

 何故、サラを殺す必要がある?

 魔法が使えないマグルの身ならまだしも、私は魔法使い。

 記憶を弄る方法などいくらでもあるじゃないか。

 何も殺す必要などない。

 

「一晩泊めてくれたお礼とでも思ってくれれば」

 

「……はぁ、こんなにしっかりしてるのに。潰れるまで飲んじゃダメですよ」

 

 サラはそう言って微笑む。

 そしてティーカップに紅茶を注ぐと、私の前に差し出した。

 

「昨日はうちのレイラがごめんなさいね」

 

「なんのことです?」

 

 私が首を傾げると、サラは少し迷ったような表情を見せる。

 だが、小さく首を振ると、小さい声で言った。

 

「あの子ったら貴方に嫉妬してるみたいで。昨日だってわざと度数の高いお酒を飲ませて……」

 

「ああ、そのこと」

 

 確かに、レイラはどこか私のことを馬鹿にしていた。

 それに気がついていないわけではない。

 

「気にしてない……いいえ、違うわね。ちょっと嬉しかったわ。ああやって私に突っかかってくれる子、私の周りにはいないから」

 

 私は紅茶を一口飲むと、朝食に手を付け始める。

 

「みんな私のことを別世界の人間のように扱うの。サクヤには敵わない、でもそれが当たり前で。私の一番の親友だってどこか一歩引いた位置からしか私に接してくれない」

 

「お姫様ってのは、あながち間違いでもなかったみたいですね」

 

「そんな高貴な生まれじゃないわ。私は孤児院育ちで……」

 

 父親が闇の帝王で、母親がブラック家の令嬢なだけ……

 

「って、割と高貴な生まれなのかも?」

 

「やっぱり。じゃあノブレス・オブリージュの広い心で許してあげてくださいね」

 

 サラはクスクスと笑うと、カトラリーを手に取り朝食を食べ始める。

 

「あら、物凄く美味しいですね。もしやお抱えのシェフが?」

 

 そして冗談交じりにそんなことを言い、微笑んだ。

 その時だった。

 

『速報です。先日未明、ロンドン、キングズ・クロス駅周辺の住宅街で五人が殺害される殺人事件が発生しました。ロンドン警視庁は監視カメラの映像を元に事件現場周辺に住居を構えるサクヤ・ブラックをこの殺人の容疑者であるとみて捜査を進めています。被害者たちの遺体はいずれも損傷が激しく、身元の特定には──』

 

「……え?」

 

 サラは笑顔のまま握っていたフォークを取り落とす。

 テレビの画面には、気味が悪いほどいい笑顔を浮かべる私の顔が映し出されていた。




設定や用語解説

お酒よわよわサクヤちゃん
 普段飲みなれていないだけで、決してアルコールに弱いわけではない

レイラ
 今後出番があるかわからないちょい役。告白した男子がサクヤに恋をしていたためフラれた経験がある。

サクヤの鞄
 無限の空間が広がる鞄。内部の時間は止まっており、時間操作能力を持つものでしか内部のものを取り出せない。中に入れた物の時間も止まるため、料理は温かいまま保管できる。

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コンタクトと金庫破りと私

 フォークが落ちる甲高い音が部屋に響く。

 画面の向こうにいるニュースキャスターは、私がいかに凶悪で、危険な存在かを単調な口調で繰り返し読み上げている。

 私はそのニュースを見ながらも、思考を巡らせていた。

 このニュースはおかしい。

 確かに私はグリモールド・プレイスの自宅で五人殺した。

 だが、死体は私が所持している。

 身元がわからなくなるほど損傷させてない。

 それにサクヤ・ブラックという名前。

 確かに私にはブラック家の血が流れているが、今まで一度も名乗ったことのない名前だ。

 何故ホワイト姓でもなくリドル姓でもなく、ブラック姓なのか。

 その答えも、すぐにニュースキャスターが教えてくれた。

 

『また、容疑者と見られているサクヤ・ブラックは数年前にイギリスを震撼させた殺人鬼、シリウス・ブラックの親族であると見られており、彼女もシリウス・ブラック同様危険な思想を持っている可能性が高いとされています』

 

 ああ、なるほど。

 シリウス・ブラックといえばマグルの世界でも指名手配されていた。

 そのため、シリウス・ブラックと絡めてしまった方がマグルに与えれるインパクトが大きいと考えたのだろう。

 私は左手に持ったナイフでベーコンを切り分け、フォークで口の中に運ぶ。

 サラはしばらくテレビに釘付けになっていたが、ハッと我に返り恐る恐る私の方を見た。

 

「……お名前、なんておっしゃるんでしたっけ?」

 

「サクヤですよ。サクヤ・ホワイトです」

 

 サラはそれを聞き、少しだけ表情を和らげる。

 

「そ、そうですよね。名前と顔が似ているだけの赤の他人──」

 

「ブラックは母の旧姓です」

 

 だが、すぐにまた表情を固くした。

 いや、表情が固くなるのを通り越して、次第に恐怖の色が浮かび始める。

 まあ、それが普通だ。

 五人も殺したばかりの殺人鬼を、一晩隣の部屋で寝かせていたのだから。

 私はプレートに残ったビーンズを丁寧に平らげると、サラの淹れた紅茶で喉を潤す。

 そして小さく息をつき、椅子から立ち上がった。

 

「それじゃあ、私はそろそろ行くわ。一晩泊めてくれてありがとう」

 

 私はサラの横を通り過ぎると、玄関へと続く扉に手を掛ける。

 

「あ、そうだ」

 

「は、はい!」

 

 びくりと肩を震わせるサラに、私は笑顔で言った。

 

「一晩泊めてくれてありがとね」

 

 私は扉を開け、サラの部屋を出る。

 そのまま階段を降りて行き、薄暗いパブの店内に差し掛かったところで時間を停止させた。

 さて、非常に動きにくくなった。

 私の報道がどのレベルで行われているかわからないが、もう素顔のまま表を歩くのは避けた方がいいだろう。

 私の容姿は良くも悪くも非常に目立つ。

 イギリス人に金髪は少なくないが、私ほど真っ白な髪を持つ人間は少ない。

 白い髪というだけで、人々はある程度警戒の目を向けるだろう。

 

「あ、そうだ」

 

 私は一昨年の夏のことを思い出し、鞄の中を漁る。

 そういえば、私は一昨年の夏不死鳥の騎士団の活動の一環としてダーズリー家の横でマグルを演じていた。

 そのときの変装を再現するのが一番早いだろう。

 私の白い髪さえ染めてしまえば、殆どの人が私を私であると気が付かないに違いない。

 私は杖を取り出すと、杖先を髪に向ける。

 そして魔法を掛け、毛先から根本まで茶色に染めた。

 

「あとは伊達めがねを掛ければ……うん、完璧ね」

 

 あっという間にプリベット通り四番地に住むブラウン家の一人娘の出来上がりだ。

 私は鞄の中から手鏡を取り出し、全身を確認する。

 茶色の髪にやぼったい眼鏡。美少女であることは隠しきれないが、少しニュースで見ただけの他人の顔など覚えているやつなんていないだろう。

 私は鏡に映る赤い瞳をパチクリさせると、ニコリと笑って見せる。

 

「う〜ん、茶色の髪に赤い瞳は合わないわよね……ん?」

 

 赤い瞳?

 私は一度目をこすり、再度鏡を覗き込む。

 そこにはいつも通りの青い瞳を持った私が写り込んでいた。

 

「……気のせいか」

 

 何にしても、瞳の色はもっと地味なものに変えた方がいいかもしれない。

 きっと魔法界には瞳の色を変える呪文もあるのだろうが、あいにく私は知らない。

 ここは素直に最近話題のカラーコンタクトとやらを雑貨屋で探した方がいいだろう。

 感覚頼りに魔法を掛けてみてもいいが、髪と違って目は失敗したときのリスクが段違いだ。

 私は時間を止めたままロンドンの大通りを歩き、化粧品を取り扱っている雑貨店へと入る。

 そしてまっすぐカラーコンタクト売り場へと行き、手頃なカラーコンタクトの箱を手に取った。

 

「今更だけど、目に異物を入れるのって怖いわね」

 

 カラーコンタクトの入った箱をひっくり返し、取り扱い説明書を読んだ私は、少し迷った後に箱を棚に戻す。

 めがねも掛けているし、そこまで目立ちはしないだろう。

 

「何にしても、今は情報を集めた方がいいわね」

 

 マグルの世界で指名手配されているということは、魔法界でもニュースになっているはずだ。

 だとしたら、私が向かうべきはダイアゴン横丁だろう。

 日刊予言者新聞の今日の朝刊を入手するのが一番手っ取り早いはずだ。

 私は時間を止めたまま漏れ鍋の前へと姿現しする。

 そして扉を開けて店内の中へ入り込み、新聞を読んでいる客を探した。

 

「お、あったあった」

 

 漏れ鍋は宿屋としても営業しているパブだ。

 それ故に宿泊客が朝食を取れるように、朝早くからカフェとしても営業している。

 文化人の朝の日課といえば、紅茶に新聞と相場が決まっているものだ。

 私はカウンターで新聞を読んでいる客から新聞を引ったくると、カウンターに腰掛けて新聞を捲る。

 そこには私の予想通り、一面にデカデカと私の写真が掲載されていた。

 

『殺人鬼サクヤ・ホワイト逃亡。魔法界の英雄の裏の顔』

 

 日刊予言者新聞新聞の記事には私と例のあの人が親子関係にあることや、私がダンブルドアを殺害して逃亡したこと、私と例のあの人との間で、権力争いがあったのではないかという考察が記事にされていた。

 まあ、真実を知らないものに権力争いだと思われるのも無理はない。

 普通に考えたら、ヴォルデモートと私との間で仲違いがあり、魔法省とダンブルドアを騙して味方につけ、ヴォルデモートを打ち倒したように見えるだろう。

 そして邪魔な父親を排除したあとは、闇の魔法使いとの戦いに疲弊した魔法省とダンブルドアを裏切り、そのどちらも排除することで私がイギリス魔法界を支配する立場を得る。

 うーん、日刊予言者新聞の予想した筋書き通りなのだとしたら、私は相当な悪女だ。

 書き方の煽り文句的に、私と死喰い人の残党が合流するのを恐れているのだろう。

 このように書いておけば、逃亡している死喰い人たちはヴォルデモートへの信仰心が高ければ高いほど私の味方にはなり得ない。

 むしろ積極的に私の命を狙ってくるはずだ。

 

「……あー、今のうちに実家の財産全部引き出しておこうかしら。魔法省が何をどうしようともグリンゴッツの金庫をどうこうできるとは思えないけど、念のためね」

 

 グリンゴッツは魔法省とは関係のない組織だ。

 ゴブリンたちからしたら、金庫を借りているものが闇の魔法使いかどうかなんて関係ないのだ。

 だから私自身が無事にグリンゴッツまで辿り着けば、どんな情勢だろうとも金庫を開けることができるはずではある。

 だが、生憎私はブラック家の金庫の鍵を所持していない。

 持っているとしたらパチュリー・ノーレッジだが、どこにいるかもわからない師に会いに行くよりもゴブリンに服従の呪文を掛けて金庫まで案内させ、時間停止を用いて金庫内に侵入したほうが手っ取り早く確実だ。

 私は新聞を元の位置に戻すと、グリンゴッツ前へと姿現しする。

 まだ少し朝早いが、ゴブリンにはあまり関係ないらしくいつものようにグリンゴッツの門の前には小綺麗な格好をしたゴブリンが二人控えていた。

 

「おはよう諸君」

 

 私は冗談交じりに偉そうな口調で時間の止まっているゴブリン二人に挨拶する。

 そしてそのままグリンゴッツの大理石をブーツの踵で踏み鳴らしながらカウンターへと近づき、受付にいるゴブリンの時間停止を解除した。

 

「ブラック家の金庫に用事があるのだけれど、案内してもらえるかしら?」

 

 ゴブリンは不思議そうな顔でパチクリと瞬きをすると、すぐに私の正体に気がついたのか慌てて逃げようとする。

 だが、座っている椅子の時間自体は停止しているため、椅子を後ろに引くことが出来ず実質的に拘束具のようになってしまっていた。

 

「さ、サクヤ・ホワイト!?」

 

「そんなにびっくりしなくてもいいじゃない。私はただ、母の家の金庫からお金を引き出しに来ただけなんだから」

 

 私はクスクスと笑うと、ゴブリンに杖を向ける。

 ゴブリンは少しでも逃げようと体をバタつかせるが、時間の止まっている椅子はピクリとも動かなかった。

 

「インペリオ、服従しなさい」

 

 私が服従の呪文を掛けた瞬間、ゴブリンはトロンとした表情になる。

 

「ブラック家の金庫に案内しなさい」

 

「はい。こちらでございます」

 

 そして、命令した通りに私をトロッコへと案内した。

 

 

 

 

 ゴブリンの案内でトロッコに乗り込んだ私は、出発と同時に時間停止を解除する。

 グリンゴッツのトロッコは魔法で制御されている。

 下手に時間を停止したまま動かせば、線路上で停止しているトロッコに正面衝突しかねない。

 私とゴブリンを乗せたトロッコは物凄い速度で複雑に分岐を曲がり、地下の奥の奥へと進んでいく。

 ブラック家の金庫に入るのは初めてではない。

 一度、ダンブルドアと共に分霊箱の探索のために訪れたことがある。

 ブラック家の金庫にはかなりの金貨が貯め込まれていたはずだ。

 トロッコはしばらく地下の洞窟を進んでいたが、甲高いブレーキ音と共に急停止する。

 どうやら目的の金庫に辿り着いたようだ。

 

「はい、お疲れ様。もう自由にしていいわよ」

 

 私はゴブリンの服従の呪文を解くと同時に時間を停止させ、金庫の目の前に立つ。

 そして杖を手に取り、金庫内……それも少し空中に向かって体を瞬間移動させた。

 

「よ、とと……うわっと」

 

 金庫内は真っ暗で、足の置き場がないほど山のように金貨が積まれているため、私は着地の瞬間金貨に足を取られバランスを崩す。

 そのままひっくり返りそうになるが、なんとか姿勢を立て直し転倒することだけは回避した。

 

「さてさて」

 

 私は気を取り直し、魔法で光源を作り出して周囲を照らす。

 当たり前の話だが、金庫内は私が最後に訪れたと全く変わった様子はなかった。

 

「実家様様ね」

 

 これだけの金貨があれば、一生遊んで暮らせるかもしれない。

 そう思わせるだけの物量が、私の目に飛び込んでくる。

 私は鞄の中から大きな革で出来た巾着袋を取り出すと、その中に手当たり次第にガリオン金貨を詰め込んでいく。

 普段使いするわけではないので、取り敢えず鞄の中で散らばらなければそれでいいだろう。

 

「ガリオン金貨は純金だし、最悪マグルの国でも換金できるのが強みよね」

 

 まあ、魔法界とマグルの世界では金の価値が大きく違うため、あまり大きな額を換金するとすぐに足がついてしまう。

 魔法界では金の価値はマグルの世界と比べてかなり低いのだ。

 金庫の中で一時間ほど作業を行い、金庫内の金貨をあらかた鞄の中に収めた私は改めて金庫の中を見回す。

 この金庫の中には金貨のほかにも様々な調度品や書物が保管されている。

 金庫に入れているということは、そこそこ価値のあるものなのだろう。

 

「でも、一つ一つ価値を確かめているほど暇じゃないし……まあ時間なんていくらでもあるんだけど」

 

 別に億万長者を目指しているわけではないし、分霊箱を探しているわけでもない。

 ぱっと見で価値がわかるものだけでいいだろう。

 私は宝石やブレスレットなど、小さいものを中心に鞄の中に放り込んでいく。

 だが、とある一つの宝石を手に取った時、ふと違和感を感じ私は手をとめた。

 

「……これって」

 

 他の宝石は綺麗にカットがなされているのに、この宝石だけは荒くカットがしてあるのみでほぼ原石に近い。

 それに何かに埋め込まれているわけでもない。

 財産として金庫に収めておくにはあまりにも不完全で、不自然な状態だった。

 

「まさか」

 

 私は鞄の中から水の入ったボトルを取り出すと、その中に宝石を入れる。

 するとその瞬間、水が沸騰したかのように泡立ち、それが治まると同時に淡い光を放ち始めた。

 

「間違いない。これ賢者の石だわ」

 

 私が偶然手に取った石は、錬金術の到達点である賢者の石だった。




設定や用語解説

サクヤ・ブラック
 セレネ・ブラックとトム・リドルは結婚していないため、実はサクヤ・ブラックが一番正しい名前だったりする。だが、実を言うとサクヤ・ホワイトもサクヤ・ブラックも正式な名前ではなく、真名は別にある。

シリウス・ブラック
 サクヤがダンブルドアを殺したことにより、次第に無実であったことが公表されるだろう。


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偽物と親友と私

 私は手のひらの上で鈍く光を反射している賢者の石を見ながら、取り敢えず命の水を一気飲みする。

 

「……ぷはぁ。味は普通の水ね」

 

 そして袖で口を拭うと、ボトルを鞄の中に投げ込んだ。

 それにしても、なぜこのような貴重なものがこの金庫内に?

 そもそも、入手しようと思って入手できるようなものではないはずだ。

 

「シリウス・ブラックはパチュリー・ノーレッジに従事していた。その時に石を貰って、自分の家の金庫に収めたのかしら」

 

 もしそうだとしたら、シリウス・ブラックはパチュリー・ノーレッジに拾われてからもこの金庫を訪れていたことになる。

 でも、そんな危険なことをするだろうか。

 シリウス・ブラックは表向きには死んでいたのだ。

 そんな男がノコノコと自分の実家の金庫を訪れるとは思えない。

 

「でもそれ以外に考えられないわよね。祖父のオリオン・ブラックが実はニコラス・フラメルと親友の仲で、賢者の石を貰ったとかならまだしも」

 

 まあ、その可能性はあまりにも低い。

 実際のところ、私と同じように非正規の方法で金庫を訪れたに違いない。

 何にしても、ここで再び石を入手できたのは非常に大きなプラスになる。

 命の水には老いを進めない効果のほかに、傷を癒す力がある。

 ここから先魔法省との戦いで大怪我を負う可能性だってゼロじゃない。

 回復手段が多いに越したことはないだろう。

 私は懐中時計の裏蓋を開けると内部の空間を魔法で弄り、賢者の石をその中に格納する。

 これでスラグホーンが爆発した時に失った賢者の石が手元に返ってきたことになる。

 今まで少し落ちていた時間停止の精度も元に戻すことができるだろう。

 

「なんにしてもこんな感じで思わぬ掘り出し物がまだまだあるかもしれないわね」

 

 私は何か掘り出し物がないか金庫の中を見回す。

 その時、金でできた燭台の裏に小さな額縁が挟まっているのを発見した。

 私は燭台をどかしてその小さな額縁を手に取る。

 その額縁には、一枚の写真が収められていた。

 

「これって……私?」

 

 写真の中には私が映し出されており、こちらを見てにこやかに手を振っている。

 いや、この写真は私のものではない。

 私の予想が正しければこの女性は……

 

「セレネ・ブラック?」

 

 私は額から写真を取り出すと、ひっくり返して裏を見る。

 そこには『セレネ・ブラック 成人記念』と深い緑色のインクで書かれていた。

 

「凄い。お母さんの写真だ。私にそっくりだ!」

 

 まさに瓜二つ。

 服装や髪型を真似すれば、見分けがつかないレベルで私と母はよく似ていた。

 私は母の写真をポケットの中に仕舞い込む。

 母の姿をこの目で見ることはないと勝手に思っていた。

 だが、あるところにはあるものだ。

 

「今も生きていたら、どんな生活を送っていたんだろう」

 

 母がもし生きていたら、私は初めから魔法使いの子供として育てられたに違いない。

 闇の魔術や魔法薬の英才教育を受けた状態でホグワーツに入学することになったかもしれない。

 もしそうならきっとスリザリンに入っていただろう。

 ハリーやロン、ハーマイオニーとは犬猿の仲になっていた可能性は高い。

 

「それはそれで楽しそうかも。……ハーマイオニー、今ごろニュースを見てびっくりしてるだろうな」

 

 ロンは日刊予言者新聞で私がダンブルドアを殺したことを知るだろうが、ハーマイオニーはきっとマグルのニュースで私の名前を見る方が早いだろう。

 今朝の私と全く同じように朝食の席で固まっているに違いない。

 私はあんぐり口を開けているハーマイオニーの姿を想像し、小さくクスクスと笑う。

 次にハーマイオニーやロンに会うことがあるとすれば、それは私が魔法省に捕まった時だろう。

 そう思うと、少し寂しい気持ちもある。

 だが、こんなことになってしまった現状、どんな顔で二人に会えばいいかわからない。

 

「さて、こんなところでしょうね」

 

 私は少しスッキリした金庫内を再度見回し、取りこぼしがないかを確認する。

 まあ、よっぽど大丈夫だろう。

 私は光源を消し去ると、左手に杖を握ったままグリンゴッツの受付前へと姿現しした。

 まだ時間を止めっぱなしということもあり、周囲は静寂で満ちている。

 だが、明らかに周囲の様子は変わっていた。

 

「少し優秀すぎるんじゃない?」

 

 グリンゴッツのエントランスには何人もの魔法使いが詰めかけており、その中には見知った顔もある。

 私がトロッコに乗っていた数十分の間に異変を嗅ぎつけ、グリンゴッツに集結したのか?

 いや、それにしてはあまりにも早すぎるご到着だ。

 それに、皆の視線は一箇所に注がれている。

 まるで誰かを取り囲んでいるような……

 

「って……え?」

 

 私は闇祓いたちが取り囲んでいる人物に視線を向け、そして固まってしまう。

 そこには、涙目で地面にへたり込んでいる私の姿があった。

 

 

 

 

「……私だわ」

 

 私は取り囲んでいる闇祓いたちの隙間を縫うようにして人集りの中心へ向かう。

 そして、その中心にいる人物の前にしゃがみ込むと、じっとその姿を観察した。

 透き通るような白い髪に、宝石のような青い瞳。

 顔立ちの特徴も似ているだとかそういうレベルではない。

 私は鞄の中から手鏡を取り出すと、自分の顔をじっと見つめる。

 今は変装中のため髪色は違うが、顔は変化させていない。

 どこかに違いがないか必死になって探さないといけないレベルには、そこにいる人物は私そのものだった。

 

「お母さん?」

 

 私は、ポケットの中から先ほど手に入れた母親の写真を取り出す。

 そしてその写真と比べてみるが、目の前の人物は母親よりかは私に似ている。

 それに、母は私が赤子の頃に死んだ。

 母親のはずはない。

 だとすれば……だ。

 

「偽者の私ってことね」

 

 それ以外には考えつかない。

 何者かが変身術やポリジュース薬で私に変装し、グリンゴッツを訪れたということか?

 愉快犯? いや、それにしては表情に余裕がない。

 無視するか?

 

「……いや、まあ罠だとしてもすぐに時間を止めて殺せばいいか」

 

 この偽者の正体は確かめておいた方がいい。

 私は浮遊魔法で偽者を宙に浮かせると、そのままグリンゴッツの外まで移動させる。

 そして少し遠くの路地裏へ着地させ、時間停止を解除した。

 

「──のこれはだからふざけているわけじゃ……サクヤ!!」

 

 世界に音が戻ってくると同時に偽者は物凄い速度で喋り始める。

 だが、すぐにキョトンとした表情になると、私の顔を見つめ、そして途端に表情を明るくして抱きついてきた。

 私は咄嗟のことに混乱したが、なんとか偽者の腕を掴みそのまま投げ飛ばす。

 

「きゃあ! いったぁ……」

 

 偽者は受け身も取らずに地面を転がると、こちらを警戒することもなく打ちつけた尻を摩り始める。

 私はそんな偽者に杖を突きつけた。

 

「まって、待って! ストップ!」

 

 形勢はこちらが圧倒的に有利だが、その偽者は一切怯むことなくこちらに対し右手をビシッと突きつける。

 

「安心して。私は敵じゃない……というか、私よ私。ハーマイオニー」

 

 そして、在学中に嫌というほど目にした杖を私に見せつけてきた。

 私はその杖を奪い取り、マジマジと観察する。

 間違いない、ハーマイオニーの杖だ。

 

「え? 本当にハーマイオニー?」

 

「ええ、私は間違いなくハーマイオニー・グレンジャーよ」

 

「いや、どこからどう見ても私にしか見えないけど」

 

 私は怪訝な表情で偽者を見つめる。

 偽者は左手に付けていた腕時計をチラリと見てから答えた。

 

「あと一分でポリジュース薬の効果が切れるわ。私だってわかったら杖を返してよね」

 

「うん。本当にハーマイオニーだったらね」

 

 私は油断なく杖を突きつけながら、右手で懐中時計を取り出す。

 そしてその秒針がグルリと一周するのを待った。

 

 

 

 

 秒針が一周回りきるよりも前に、目の前の偽者に変化が訪れた。

 真っ白な髪は次第に色付き、クネクネとクセがついていく。

 背も縦に引き伸ばしたのように少し高くなり、顔つきもいつもの凛々しいハーマイオニーの顔になった。

 

「じゃじゃーん。というわけで、本当の本当にハーマイオニー・グレンジャーよ」

 

 ハーマイオニーはローブを翻すとグルリと一周回ってみせる。

 私はそんな楽しそうな様子のハーマイオニーのお腹をハーマイオニーの杖でつっついた。

 

「痛! 何するのよ」

 

「なんであなたがここにいるのよ。それも私の格好で、尚且つ闇祓いに囲まれるような形で」

 

 私は大きなため息と共にハーマイオニーに杖を返す。

 ハーマイオニーは私から杖を受け取ると、いそいそとローブの内側に仕舞った。

 うん、杖を仕舞う位置もハーマイオニーと同じだ。

 

「勿論、あなたに会いにきたに決まってるじゃない」

 

「私に? なんで?」

 

「なんでって……」

 

 もしかして、ハーマイオニーは私がダンブルドアを殺したことを知らないのか?

 いや、そんなはずはない。

 もしそうだとしたら私に会うためにこんな周りくどい方法は取らないはずだ。

 

「と、取り敢えず落ち着いて話が出来る場所に移動しましょう」

 

 ハーマイオニーはキョロキョロとあたりを見回すと、私の手を引いて歩き出す。

 時間が止まっていない中で出歩くのは少々危険に感じたが、最低限変装はしているため少しの間なら大丈夫だろう。

 ハーマイオニーは私の手を引きながらズンズンとダイアゴン横丁の通りを進んでいく。

 私はそんなハーマイオニーの後ろ姿を見ながら口を開いた。

 

「ハーマイオニー、私が何をしたか知らないわけじゃないんでしょう?」

 

「知ってるわ。知ってるからこそ今ここにいるのよ。っと、ここがいいわ。ここに入りましょう」

 

 ハーマイオニーはキョロキョロと周囲を見回すと、こぢんまりとしたカフェに入っていく。

 

「いらっしゃいませ。二名さまですか?」

 

「ええ、見ての通り。奥の席使っていい?」

 

 そして店員に無理を言って店の奥の入り口から見えにくい位置のテーブルを指定した。

 

「ええ、ごゆっくりどうぞ」

 

 店員は私たちを奥の席に案内すると、にこやかな笑顔と共に店の奥へと戻っていく。

 私はそんな店員の後ろ姿を見送った後、テーブルの横にあるメニューを手に取った。

 

「さっき朝食食べたばっかりなんだけどねー。太っちゃうわ」

 

「笑えない冗談だわ」

 

 ハーマイオニーはそうは言いつつも顔にはほんのり笑顔が浮かんでいる。

 私はメニューを上から下まで頼んだら幾らになるか計算しながらハーマイオニーに聞いた。

 

「で、どんな情報を耳にしたら私に変装してグリンゴッツで闇祓いに囲まれるようなことになるのよ」

 

「そのことなんだけど……」

 

 ハーマイオニーは店員が奥に引っ込んでいるのを確認してから、少し小声で話し始める。

 

「昨日の夕方頃だったかしら。ロンからふくろう便が届いたの。急いで不死鳥の騎士団本部まで来てくれって」

 

「ああ、あの無駄に豪華な高層ビルね」

 

「うん。その手紙には大事なことは何も書かれてなかったんだけど、不死鳥の騎士団本部で聞かされたの。サクヤがダンブルドアをその……」

 

「殺したって?」

 

「……そう」

 

 ハーマイオニーはその言葉に少し怯む。

 

「私にはどうしてもその話が本当の話だとは思えなくて……なにか裏があるんじゃないかって」

 

「……なるほど」

 

 私がダンブルドアを殺したのには何か裏がある。

 ハーマイオニーがそう思うのも無理はないのかもしれない。

 

「どうしてそう思ったの?」

 

 私は自分の予想の答え合わせをするために、ハーマイオニーに聞く。

 ハーマイオニーはもう一度店内に人がいないことを確認してから言った。

 

「だって、サクヤがダンブルドアを殺したのを誰も直接見てないんだもの。スネイプが勝手にそう主張してる可能性もあるし」

 

 ハーマイオニーは声が大きくならないように気をつけながら話を続ける。

 

「ダンブルドアが死んだ今、誰が不死鳥の騎士団のリーダーを継いだと思う?」

 

「レミリアとか?」

 

 私がそう聞くと、ハーマイオニーは深刻そうな顔で言った。

 

「不死鳥の騎士団を継いだのはセブルス・スネイプ。あのスネイプよ」




設定や用語解説

賢者の石
 賢者の石単体で無限に命の水を作り出せるわけではない。賢者の石とは高性能な触媒なだけで、命の水の生成にはかなりの魔力が必要。賢者の石とは言ってしまえば触媒付きの大容量魔力タンク。

きっとスリザリンに入っていただろう
 サクヤが無駄に足掻かなければ、サクヤはスリザリンに入っていた。

ポリジュース薬
 対象の髪の毛さえあればほぼ完ぺきに変装することが出来る魔法薬。その効能はダンブルドアさえも騙すほど。

不死鳥の騎士団の本部
 現在はマグルの資産家が保有している高層ビルの地下に拠点を構えている。



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グングニルと反射神経と私

「不死鳥の騎士団を継いだのはセブルス・スネイプ。あのスネイプよ」

 

「……へぇ」

 

 それは、なんというか、あまりにも予想外だ。

 ハーマイオニーが不信感を持つのにも頷ける。

 

「私が到着した時には、スネイプを中心にしてサクヤをどうやって捕まえるかっていう話し合いをしていたわ。私はその会議には参加していないんだけど、フレッドから聞いた話だとサクヤがヴォルデモートの娘で、ずっとダンブルドアや魔法省を騙してて……それにその、能力のことも聞いたわ」

 

 まだ頭の中がぐちゃぐちゃしているのか、ハーマイオニーは思いついた端から言葉を口にしているように見える。

 

「でも、おかしいわよね? サクヤがそんなことするはずないし……でも、その時気がついたの。きっとスネイプは不死鳥の騎士団を乗っ取ろうとしてるんじゃないかって。自分が所属している陣営が負けたから、その復讐のためにダンブルドアを殺したのよ」

 

 あー、なるほど。

 ようやくハーマイオニーの考えが見えてきた。

 つまるところハーマイオニーは、スネイプのことを全くと言っていいほど信用してないのだ。

 だからこそ、私が犯した殺人を、全てスネイプのでっちあげだと思い込んでいる。

 

「何か食べましょうか」

 

 私はテーブルに置いてあった呼び鈴を鳴らし、店員を呼ぶ。

 ハーマイオニーはそれを見て慌ててメニュー表を手に取った。

 

「ご注文は如何いたしますか?」

 

「えっとあのその二人分の紅茶とこのスコーンを──」

 

「サイドメニューの上から下まで全部ね」

 

 私がそう注文すると、店員はポカンとした表情になる。

 そして少し考えた後、心ここに在らずといった顔で言った。

 

「それならスコーンとパンケーキは紅茶のセットということにすると少しお得ですよ」

 

「じゃあそれで」

 

 ハーマイオニーは食い気味に答えると、店員を追い返す。

 私とハーマイオニー間にしばらく静寂が流れる。

 私はハーマイオニーの顔をしばらく見つめた後、静かな口調で言った。

 

「ありがとうハーマイオニー。私のことを信じてくれているのね」

 

「あ、当たり前じゃない。親友でしょう?」

 

 ハーマイオニーは照れくさそうに頬をかく。

 私は笑みを浮かべたまま、ハーマイオニーに告げた。

 

「でも、盲目的で盲信的になってしまうのが貴方の悪いところよ。それと、後先考えないのもよくないわ。私に扮して街を歩くなんて、捕まえてくださいと言ってるようなものじゃない。なんでそんな真似を?」

 

「それに関しては私の目論見通りよ。サクヤが時間を止められるっていう話を聞いたから、普通に探しても絶対に見つからないと思ったの。だったら、サクヤから声をかけてもらう方が確実でしょ? 自分にそっくりの偽物がいたら、たとえ時間を止めている最中でも声を掛けたくなると思って……」

 

 うん、なるほど。

 ハーマイオニーのその考えは何も間違っていない。

 現に私は私に扮したハーマイオニーに声を掛けてしまった。

 もし普通にハーマイオニーがダイアゴン横丁を歩いているだけだったとしたら、声は掛けてなかっただろう。

 私は得意げな表情のハーマイオニーの鼻を指で突く。

 ハーマイオニーはキョトンとした表情になりながらも、ニコリと微笑んだ。

 

「安心してサクヤ! ひとまず私の家に来るといいわ。お父さんもお母さんもきっと歓迎してくれると思うし、私がそのまま一度ホグワーツに戻ればそこまで怪しまれないはず。それまでの間に味方を増やして、スネイプの野望を打ち破り──」

 

 

 

「ハリーを殺したのは私よ」

 

 私は、はっきりとハーマイオニーに告げた。

 

「……え?」

 

「ハリーを殺したのは私。誰の命令でもなく、私の意思で殺した」

 

「な、え? ……なんで?」

 

 ハーマイオニーは理解が追いついていないのか、少しぼぅっとしたかと思うとへらりと笑う。

 

「じょ、冗談よね?」

 

「冗談じゃないわ。というか、私の能力について聞かされたなら不思議に思わなかったの? 時間を止められるなら、どうしてその能力でハリーと逃げなかったんだろうって」

 

「そんな、ありえないわ! だって理由がないじゃない!」

 

 ハーマイオニーは表情を歪めて声を荒げる。

 その声を聞いて、紅茶を運んできた店員がびくりとした。

 私は店員にアイコンタクトで紅茶を運んできても大丈夫だと語ると、笑顔で紅茶を受け取る。

 店員は少し不安そうな表情を私たちに向けると、小さくお辞儀をして店の奥に戻っていった。

 

「嘘よ……そんなこと。冗談にしても笑えないわ」

 

 ハーマイオニーは手元の紅茶のカップをじっと見つめながら呟く。

 

「嘘じゃないわ。まあ、貴方の予想はある意味では当たっているとも言えるけど。スネイプの言っていることは半分しか合ってないわ。私がダンブルドアと魔法省を裏切ったんじゃない。私がダンブルドアや魔法省に裏切られたのよ」

 

「どういうこと?」

 

「そうねぇ……結構時間かかるけどいい?」

 

 私の問いにハーマイオニーは頷く。

 私は紅茶で乾いた喉を潤すと、少しずつ、少しずつ私の今までを話し始めた。

 

 物心ついた時から私は時間を止めることが出来こと。

 

 ある日、一匹のフクロウが孤児院の窓に突っ込んできたこと。

 マクゴナガルが私の部屋まで来て、半ば強制的にホグワーツ入校が決まったこと。

 ハグリッドの引率のもと、ハリーと一緒に学用品を買ったこと。

 ホグワーツ特急でロン、ハーマイオニーと出会ったこと。

 学校でも時間停止をちょこちょこ使い、結構ズルをしていたこと。

 半分妄想のような考察で死地に飛び込もうとする三人を止めるために、時間を止めて賢者の石を取りに行ったこと。

 

 

 そこで、ヴォルデモートに出会ったこと。

 

 

「それじゃあ貴方は一年生の時から例のあの人の配下に……」

 

 ハーマイオニーは口をワナワナと震わせる。

 私は無言で紅茶を口に運ぶと、真面目な表情を作った。

 

「それが、違うのよねぇ。勧誘は受けたけど」

 

 私は引き続きハーマイオニーに話して聞かせる。

 そう、私はあの時ヴォルデモートの勧誘には応じなかった。

 あの時ヴォルデモートの仲間になっていたら違う未来があっただろうか。

 というか、その時に自分の娘であると言ってくれれば仲間になったのに。

 私は内心少しムスッとすると、話の続きを始めた。

 時間停止のことがバレたことで、クィレルを殺したこと。

 依代がなくなったヴォルデモートが逃走したこと。

 結果的には賢者の石を守ったことになったこと。

 

「それじゃあ、サクヤが向かってなかったら、その……例のあの人が復活していてもおかしくなかったってことじゃない」

 

「まあ……そうなるわね」

 

「でもおかしいわ。私は確かに貴方に全身金縛り術をかけたわ。貴方も朝まで寝ていたって──」

 

「時間を停止させて魔法の効果が切れるのを待ったのよ。賢者の石が守られている部屋までも時間を止めて行ったから、貴方たちが出ていって三十分後にはまたグリフィンドールの談話室へ戻ってきてたわよ」

 

 そこから先も、ロックハートに攫われて秘密の部屋でバジリスクを殺した話や、無実のシリウス・ブラックを身勝手な理由で刺し殺した話、そして三大魔法学校対抗試合の最後の課題でヴォルデモートの復活に立ち合い、なし崩し的に死喰い人になった話、シリウス・ブラックが実は生きており、それがきっかけでハリーとブラックを殺す羽目になった話などをハーマイオニーに聞かせる。

 初めこそ私の冒険譚を目を輝かせながら聞いていたハーマイオニーだったが、シリウス・ブラックのくだりに入ったあたりから表情に余裕が消える。

 そしてセドリック・ディゴリーを操って殺し、ハリーを騙して予言を入手することに成功したが、ブラックの邪魔が入り結果的に二人とも殺したことを話した瞬間、ハーマイオニーは無意識に椅子を少し引いた。

 

「そ、それじゃあサクヤは本当にハリーを……」

 

「うん、まあ。それに関しては間違いなく私が自分の意思でやったことだし。今更言い逃れする気はないわ」

 

 ブラックやハリーを殺したのは私の罪だ。

 これに対して後悔がないわけではない。

 だが、あの時の私の判断は間違ってはいなかった。

 意図せずしてではあるが、私はあの時お父さんの敵を二人も排除したのだ。

 

「で、その後なんだけど──」

 

 私が話を再開させた瞬間、脳の奥が一瞬チリリとする。

 その時、体を伏せたのはほぼ本能によるものだろう。

 頭を伏せた瞬間、私の頭上を魔力の塊で出来た赤い槍が飛翔し、反対側の店の壁をバターのように溶かして消えていった。

 あの魔力で出来た槍には見覚えがある。

 レミリア・スカーレットだ。

 私は咄嗟に時間を止めると、槍が飛んできた方向へ歩き出す。

 店の中を進み大通りへ出ると、そこには小悪魔が差している日傘の下で今まさに槍の投擲を終えた姿勢で立っているレミリアの姿があった。

 

「まったく、油断も隙もあったもんじゃないわね」

 

 私はどうしたものかと、レミリアの前に仁王立ちする。

 攻撃をされたのだ。反撃するのが基本だろう。

 だが、吸血鬼に対する有効な攻撃手段とは一体なんだろうか。

 

「とりあえず死の呪いを試してみるか」

 

 私は杖を抜き、少し距離を取って死の呪いをレミリアに向けて放つ。

 時間の止まっている世界を飛翔した死の呪いの閃光は、次第に速度が遅くなるとやがてレミリアの目の前でピタリと静止した。

 時間を動かした瞬間、速度を取り戻した死の呪いがレミリアに直撃するはずだ。

 私は路地裏に身を隠し、時間停止を解除する。

 これだけ至近距離から急に出現した呪いを避けられるものなどいないだろう。

 そう思っていた。

 

「──ぅわあぶな!」

 

 レミリアは、そう口にする前にはすでに死の呪いの回避を済ませていた。

 ほぼゼロ距離から飛翔する死の呪いを、まるで初めから飛んでくるのがわかっていたかのような速度で回避する。

 

「おお、ナイス回避です」

 

 横に立つ小悪魔は無理に回避したせい変な姿勢になっているレミリアを見下ろしながらパチパチと拍手する。

 

「すぐに反撃が来るとは思ってたけど、時間を操れる相手と戦うってこういうことよね」

 

 レミリアはグイッと体を起こし、軽く服を整えた。

 

「というか吸血鬼に死の呪いって効くんです?」

 

「どうかしら。相手の魔力次第じゃない? 私みたいな最強無敵純血吸血鬼はどんな呪文も効果が薄いけど、実際に死の呪いを受けたことはないし」

 

「今度試してみます?」

 

「嫌よ。死んだら怖いし」

 

 レミリアは冗談交じりに肩を竦めると、真っ直ぐ私のいる方向を見る。

 隠れているつもりだったが、どうやらバレバレだったらしい。

 私はもう一度時間を停止させ、レミリアへと近づいていく。

 ほぼゼロ距離からの呪いすら避けるのだとしたら、魔法での攻撃はあまり有効だとは言えないだろう。

 私は今度はナイフを引き抜き、レミリアの心臓目掛けて思いっきり振り下ろした。

 

「ふんっ! ……うぬぬぬぬぬぬぬ!」

 

 だが、ナイフの切先は全くと言っていいほどレミリアの皮膚に刺さらない。

 まるでダンプカーのタイヤにナイフを突き立てているかのような、そんな感覚だった。

 吸血鬼とは、こんなに頑丈な皮膚を持っているのか。

 力任せに攻撃しても相手に傷一つつけることは出来ないだろう。

 だとしたら、時間操作能力を応用するだけだ。

 四年生の時、ドラゴンの首を飛ばした時のことを思い出す。

 時間が止まっている生物に死の呪いは効かないが、切断魔法や爆破呪文で破壊することは出来る。

 時間を止めている世界では、全ての生物が箪笥や扉といった非生物な存在と変わらなくなるのだ。

 私は賢者の石が嵌め込まれた懐中時計を右手で握り込むと、左手の杖を振りかぶる。

 そしてレミリアの首から下の時間をごく僅かな時間だけ動かし、それによって生じた歪みに対して切断魔法を掛けた。

 

「さて」

 

 私は浮遊魔法でレミリアの頭部を持ち上げる。

 どうやら切断はうまくいったようで、レミリアの頭部は胴体を残して宙に浮いた。

 

「よし。しっかり切れているわね」

 

 私は先ほどとは違う路地へと隠れて、時間停止を解除する。

 その瞬間、少し浮いていたレミリアの頭が首の上に落ち、そのまま首の上でバウンドし地面に向かって落ちる。

 私はレミリアの死を確信したが、頭のないレミリアの体は、レミリアの頭部が地面に落ちる前に一人でに動き、落下中の頭部を両手でキャッチした。

 

「うわ、あぶな」

 

 レミリアは緊張感のない声色でそう言うと、胴体と頭部の断面をピッタリと合わせる。

 そして何度か首を回し、調子を確かめた。

 どうやら、死に至るどころかダメージらしいダメージも負ってないようだ。

 その様子を見て、私は察する。

 ああ、こりゃ無理だ……と。

 呪いは避けられるし、物理的に肉体を破壊してもあまりダメージがあるようには見えない。

 しっかりと準備しなければ殺し切ることは難しいだろう。

 私はレミリアを殺すことを諦め、また時間を停止させる。

 そして嫌がらせに小悪魔が持っている傘を破壊し、その場から逃亡した。




設定や用語解説

スピア・ザ・グングニル
 レミリアの有り余る魔力をそのまま槍の形にして投擲する技。魔法使いが使うような繊細な魔法ではないので、魔力の消耗はかなり多いがその分威力も凄まじい。

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ハンカチと新聞記事と私

「……逃げられたわね」

 

 急に直射日光に照らされ慌ててカフェの店内へと移動したレミリアは、忌々しげに日の当たる大通りを睨みながら呟く。

 そしてポケットからハンカチを取り出すと、首筋に残った血液を拭い始めた。

 

「それにしても凄いですね。あの子吸血鬼の首を落としましたよ」

 

 小悪魔は感心したように何度か頷く。

 実際、吸血鬼の皮膚というのは恐ろしいほどに頑丈だ。

 しなやかで柔らかくはあるが、その辺の刃物で軽く切り付けるだけでは傷一つ与えることは出来ない。

 皮膚でその強度なのだ。

 高速移動と凄まじい怪力を支える骨の強度はその比ではなく、下手な鋼鉄よりも硬い。

 そんな吸血鬼の首を、サクヤは綺麗に両断してみせたのである。

 

「攻撃が魔力的なものじゃなくてよかったわ。物理的なダメージならそこまでの痛手にはならないし」

 

 レミリアは自分の服やハンカチに染み込んだ血液をコウモリへと変化させ、自らの前腕に止まらせる。

 レミリアの前腕に止まったコウモリは、溶けるようにレミリアの前腕に吸収されていった。

 

「さてと」

 

 レミリアは体の調子を確かめるように、もう一度首をぐるりと回すと、固まって席から動けずにいるハーマイオニーのもとへと歩き出す。

 そして半ば呆れたような表情で言った。

 

「これでわかったでしょう? 彼女は英雄なんかじゃない」

 

「でも……サクヤが私たちを騙している素振りなんて微塵も……」

 

「そりゃ、全部が全部演技だったってことはないでしょうけど、実際に彼女は親友をその手で殺しているわ。貴方に関しても、特に理由がなかったから殺してなかっただけで、理由さえあれば躊躇なく殺されていたでしょうね」

 

 レミリアは少し厳しい口調でハーマイオニーに語りかける。

 だが、ハーマイオニーがシュンとしたタイミングで更に言葉を続けた。

 

「でも……貴方には辛い役回りだったかもね。サクヤを誘き出すための餌役なんて」

 

 そう、今回の一件はハーマイオニーの独断ではない。

 冷静に考えればわかることだが、帰省中の魔法使いがたった数時間でポリジュース薬を用意することは不可能だ。

 ハーマイオニーがサクヤに変装し、サクヤを誘き出す作戦を立てたのはレミリアなのである。

 

「いえ、私としても本人から直接聞くまでは到底信じられる話ではありませんでしたから」

 

 実のところ、サクヤがダンブルドアを殺したという事実は、ダンブルドアの死亡をレミリアが確認してから数時間もしないうちにハーマイオニーの耳へと届いていた。

 魔法省から逃げたサクヤが逃亡先として選びそうな場所は限られている。

 ハーマイオニーの実家はその中でも有力候補の一つだった。

 グリモールド・プレイスにあるサクヤの実家、ブラック家の館に捜査の手が入るのは実はかなり遅かった。

 誰もサクヤが呑気に実家のベッドで寝ているとは思わなかったからだ。

 なんならハーマイオニーに事情を説明した際にどこか逃亡先として考えられる場所はないかと聞いた時、「サクヤなら自分の家のベッドで不貞寝してそうだけど」という一言がなければ更に捜査の手が入るのが遅れていただろう。

 

「でも……貴方はサクヤのことをよくわかってる。大通りや店内でのサクヤの態度を見ても、きっと貴方とサクヤとの間には確かな友情があったんでしょうね」

 

 レミリアはハーマイオニーの肩にそっと手を置く。

 

「でも、親友だからこそ、サクヤは貴方が止めて上げないといけないわ。あの子がこれ以上罪を重ねないためにも」

 

「……はい」

 

 ハーマイオニーは表情を暗くしながら立ち上がる。

 ハーマイオニーとしては、親友が無実であると信じていた。

 きっと何かの間違いだ、勘違いだろうと。

 だが、本人の口からはっきりと聞いてしまった。

 サクヤは、本当にハリーを殺したのだ。

 

「さて、それじゃあ騎士団本部に戻りますか。迷惑かけたわね」

 

 レミリアはポケットの中から革の小袋を取り出すと、ガリオン金貨を一握り店員に手渡す。

 

「迷惑料だと思って頂戴」

 

 そして少し得意げに胸を張った。

 

 

 

「足りません」

 

「え?」

 

「ですのであの……注文を受けた料理、合計で二十五ガリオン八シックル二十六クヌートです。十二ガリオンと八シックル二十六クヌート足りません」

 

「……はい」

 

 

 

 

 レミリアを殺すことを諦め逃亡した私は何度か姿現しを繰り返しホグズミードの近くまでやってきていた。

 ロンドンは危険だ。

 魔法省の他に不死鳥の騎士団の本部もある。

 わざわざ敵の本拠地に潜伏する必要もないだろう。

 私はホグズミードの街を少し歩くと、三本の箒へと足を踏み入れる。

 そしてカウンターからバタービールの瓶を一本拝借し栓を開けた。

 

「つけといて」

 

 私はカウンターの前でぴくりとも動かないロスメルタに向かってバタービールの瓶を掲げる。

 そして瓶に直接口をつけ、大きく傾けた。

 

「……ふぅ。さて、どうしようかしら」

 

 まさか吸血鬼があそこまで頑丈な生き物だとは思ってもみなかった。

 吸血鬼は純血に近ければ近いほど生物として強いということは聞いていた。

 だが、まさか首を切り落としても問題なく動けるとは……。

 呪文を掛けても避けられる。物理攻撃は殆ど効かない。

 

「味方にいた時は彼女ほど心強い人もいなかったけど、敵に回したら厄介この上ないわ」

 

 どうすればレミリア・スカーレットを殺し切れるだろうか。

 避けられない密度で死の呪いを放ってみるか?

 いや、そもそもそんな密度になるほど死の呪いを連発したら私の魔力が枯渇してしまうし、レミリアならなんの問題もなく避けてしまいそうな気がする。

 日陰のない場所へ放り出すとか?

 いや、レミリアの速度ではダメージを負う前にすぐに日陰に隠れられてしまうだろう。

 それこそ宇宙空間にでも放り出さないと効果は薄い。

 それを行うには、他人をワープさせる魔法を開発しなければならない。

 現状、自分自身の体ならまだしも、他人の体を瞬間移動させる魔法は世間に出回っていない。

 そんなことができれば戦闘でかなり優位に立てる。

 世間に出回っていないということは、自分自身の瞬間移動より何倍も難易度が高いか、そもそも原理的に不可能なのだろう。

 

 「いや、ノーレッジ先生の瞬間移動魔法を応用すればいけるか? ……いや、難しいでしょうね」

 

 私はチビチビとバタービールを飲みながら変装を解く。

 変装後の姿をレミリアに見られたこともあり、もう変装の効果は薄いだろう。

 私は鞄の中から手鏡を取り出すと、髪の色が元に戻っているかを確認する。

 やはり私の青い瞳には白髪がよく似合う。

 

「よし、サクヤ・ホワイト復活。っと、このあとどうしようかしら」

 

 何か深い考えがあってダンブルドアを殺したわけじゃない。

 この先、私は一体どうすればいいんだろう。

 ずっと時間の止まった世界に引き篭もっているわけにはいかない。

 寿命が尽きるまで暇を潰すこと自体は簡単だろうが、それは生きているとは言えないだろう。

 私が望む平穏な日々とは程遠い。

 そもそも、時間を止めている間、私の体は成長しているのか?

 体の成長を実感するほど長い間時間を止めていたことはない。

 もしかしたら、時間を止めている間は歳を取らないという可能性も……

 

「いやいや、そもそも命の水で不老になろうとしている分際で歳を取るかを気にするだなんて馬鹿らしいわね」

 

 もう少しだけ身長が伸びるのを待ち、私は自らの体の成長を止めるつもりでいる。

 目指すは町の郊外でひっそりと暮らしている、何年経っても歳を取る様子がない絵本作家のお姉さんだ。

 それを実現するためには、なんとかしてこの状況を打開するしかない。

 なんにしても、レミリア・スカーレットを排除か説得しなければ私に未来はない。

 どこかに私とレミリアの仲を仲裁してくれそうな人はいないだろうか……

 私はバタービールの瓶を少し傾けると、静かに口に含む。

 そして、それが行えそうな人物を一人思い出した。

 

「パチュリー・ノーレッジ……ノーレッジ先生ならなんとかしてくれるかも」

 

 彼女の書庫に迷い込んだ時、彼女は私のことを弟子だと言っていた。

 良い機会ではあるし、ノーレッジ先生に全てを打ち明けて味方についてもらうのはどうだろうか。

 彼女なら、多少の殺人歴など気にも留めないだろう。

 重要なのは、私が彼女の知的好奇心を満たせるかどうか、その一点だ。

 

「しばらくモルモット扱いされそう」

 

 だが、弟子には甘い一面もある。

 一つ問題があるとすれば、私の方からコンタクトを取る方法がないことだろうか。

 前回彼女の書庫に迷い込んだのはある種の偶然が重なった結果だ。

 瞬間移動の失敗によるものだが、あの時魔法を書き換え、失敗しても彼女の書庫ではなく、ホグズミードに飛ばされるようになってしまった。

 同じ方法を使っても、ホグズミードにワープしてしまうだけだろう。

 だとすれば、自力で彼女のもとへと辿り着くしかない。

 だが、なんの手がかりもない状態で、彼女の書庫を探し当てるというのも不可能に近いだろう。

 どうにかしてもう一度あの書庫に辿り着くことはできないだろうか。

 

「なんでもいいから何か手掛かりが欲しいわね」

 

 だが、今の状況をひっくり返すにはレミリアに対抗できるだけの味方を得るしかない。

 死喰い人の主力はアズカバンに収容されているし、ヴォルデモートのことを殺した私のことをどう思っているかわからない。

 ロンやハーマイオニーはもしかしたら無条件で味方になってくれるかもしれないが、なんの戦力にもなりはしない。

 盾にするのが憚られる分、死喰い人よりも役に立たないだろう。

 

「闇雲に探し回るわけにもいかないし」

 

 私はバタービールの空き瓶を鞄の中に放り込むと、三本の箒を後にする。

 時間の止まっているホグズミード村は静寂に包まれており、どこか物寂しげな雰囲気が漂っていた。

 私は歩き慣れた道を辿り、ホグワーツ城を目指す。

 パチュリー・ノーレッジという人物は謎に包まれている。

 数年前に三大魔法学校対抗試合の審査員として世間に顔を出したが、それまではどこで何をしているのか、そもそも本当に生きているかも謎だったのだ。

 それまでは殆どの魔法使いがパチュリー・ノーレッジという存在を小難しい本の執筆者か、カエルチョコのおまけカードで出てくる魔女ぐらいの認識しかしていなかった。

 彼女がホグワーツを卒業してからの一切が謎に包まれている。

 だが、逆に言えば、ホグワーツには卒業までしっかり在学していたのだ。

 もうかなり昔の話にはなるが、もしかしたら何か痕跡を残しているかもしれない。

 まあ、それぐらいしか手掛かりがないとも言えるが。

 私はホグワーツ城へと向かう一本道をのんびり歩くと、ハグリッドの小屋を横目に城の中へと入る。

 臨時休暇中ということもあり、城の中には殆ど人影がなかった。

 それこそ、残っているのは休暇を取る余裕がないほど追い詰められている一部のNEWT試験受験学生と、教職員ぐらいだろう。

 私は玄関ホールの真ん中でしばらく考え込む。

 パチュリーの痕跡を探すためにホグワーツへと戻ってきたが、どこを探すのがいいだろうか。

 パチュリーが所属していた寮か?

 それともパチュリーがホグワーツの職員として在籍していた時に使用していた私室がいいだろうか。

 

「……まずは図書室で当時の新聞でも漁りますか」

 

 私は図書室のある方へと足を向ける。

 ホグワーツの生徒が新聞に取り上げられることは殆どない。

 だが、毎年決まってホグワーツを首席で卒業した生徒には日刊予言者新聞から取材がくる。

 パチュリーなら十中八九首席で卒業しているだろうし、もしかしたら当時の記事がまだ残っているかもしれない。

 しばらく音のないホグワーツの廊下を歩き、図書室の中へと入る。

 図書館の机にはまばらに生徒がおり、皆苦悩の表情で固まっていた。

 

「どうしてこういう人たちってギリギリになって慌てるのかしら」

 

 毎日少しずつ勉強していれば、こんなギリギリまで羊皮紙と教科書に齧り付く必要はなかったはずだ。

 私はそんな生徒たちを尻目に新聞のアーカイブを漁り始める。

 ここの司書を務めているマダム・ピンスはかなり几帳面な性格だ。

 日々一部ずつ増えていく新聞もしっかり整理がなされており、百年前の新聞を探すのもそう苦労する話ではなかった。

 私は一八九九年の六月頭の新聞から順番に目を通していく。

 ホグワーツの首席の記事なんて、普通は一面になることはない。

 だが、お目当ての記事はすぐに見つけることが出来た。

 

『ホグワーツの秀才、ついに卒業』

 

「……あった」

 

 新聞に載せられている写真では青年時代のダンブルドアが表彰状を掲げてにこやかに笑っている。

 そしてその横には気だるげな表情のパチュリーの姿もあった。

 どうやら男子の首席がダンブルドア、女子の首席がパチュリーだったようだ。

 

「でも、記事の内容は殆どダンブルドアに関することね。ノーレッジ先生に関することは殆ど何も書いてない」

 

 写真の片隅に、女子の首席はパチュリー・ノーレッジだったと記載がある程度だ。

 パチュリーが魔法界で認知され始めたのは、彼女が卒業してから何年もしてからだ。

 この頃のパチュリーはまさに無名の生徒だったのだろう。

 だが、重要なことを一つ知ることが出来た。

 記事によれば、パチュリーはレイブンクロー生だったようだ。

 まあ、イメージ通りだと言えるだろう。

 スリザリンならまだしも、グリフィンドールやハッフルパフはありえない。

 

「だとすれば、彼女の痕跡を探るならレイブンクロー寮かな?」

 

 いや、レイブンクロー寮に侵入したところで大した成果は得られないだろう。

 それよりかは、在学中の彼女を知っている人物に聞き込みした方がまだ有意義というものだ。

 私は新聞を片付けると図書室を後にする。

 そしてあちこちをキョロキョロと見回しながら学校の中を歩き始めた。




設定や用語解説

ホグワーツの首席
 ホグワーツには監督生の他に、各学年の監督生を束ねる首席生徒が存在している。監督生と同じく男女一人ずつ。最上級生が務めることが多い。

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灰色と卒業旅行と私

 図書室を出た私はキョロキョロと見回しながら廊下を歩き始める。

 学生時代のパチュリーを知っている者はもうかなりの高齢だ。

 勿論ホグワーツには残っていないし、同期の卒業生を探してイギリス中を奔走するのも骨が折れる。

 だが、在学中の彼女を知るものは同級生だけではない。

 

「見つけた」

 

 時間の止まっているホグワーツ内を体感時間で三時間ほど歩き回った末、目的の人物を発見する。

 時計塔の最上階、大きな歯車が幾重にも重なりあっている空間に彼女は浮かんでいた。

 腰まで伸びた黒い髪に灰色の瞳、時代遅れなドレスを身に纏っている彼女は、もうこの世のものではない。

 灰色のレディ、彼女はレイブンクロー憑きのゴーストだ。

 彼女がいつ死んで、いつからレイブンクローに憑いているかはわからない。

 だが、着ているドレスを見る限り数百年は昔の人物だ。

 私は時計塔の手すりに腰掛けると、灰色のレディの時間停止を解除する。

 灰色のレディは大きな歯車を見つめるような形で立っていたが、いきなり歯車が音もなく停止したことで、若干眉を顰めた。

 

「……もしかして時間が──」

 

「そう。時間が止まっているのよ」

 

 私が後ろから声をかけると、灰色のレディはゆっくりと振り向く。

 その表情に恐れはない。

 どこか高慢な雰囲気を漂わせながら、灰色のレディは口を開いた。

 

「サクヤ・ホワイト。まさかホグワーツへ戻ってきていたとは」

 

 灰色のレディはゆっくりと周囲を見回す。

 そして本当に時間が止まっているかを確かめると、私に向き直った。

 

「ダンブルドアを殺した貴方が、今更ホグワーツになんの用があるというのです?」

 

「それに関してはダンブルドアが悪いわ。あいつは私を騙して利用して、私自身に実の父親を殺させたんだもの」

 

 私は分かりやすく肩を竦めてみせる。

 

「ダンブルドアが貴方を利用して? 貴方がダンブルドアを利用して、例のあの人を殺したと聞きましたが?」

 

「そんなわけないじゃない。ダンブルドアは私に嘘をついていたの。ヴォルデモートが……トム・リドルが私の実の父親であると、知っていながら私に黙っていた。私を騙して、ヴォルデモートを殺すための道具として利用したのよ」

 

 灰色のレディは訝しげに眉を顰める。

 

「そんな話を信じろと?」

 

「まあ、証拠なんて何もないわ。だからこの話はここでおしまい。本題は別にあるしね」

 

 本題という言葉に、灰色のレディは少し身構える。

 私は手すりから飛び降りると、灰色のレディの方へと数歩近づいた。

 

「貴方に聞きたいことがあって戻ってきたのよ。レイブンクロー憑きのゴーストである貴方に」

 

「貴方に話すことなど何もありませんわ」

 

「どうして? 別に私は貴方に危害を加えないし、なんなら貴方の情報次第では全て丸く収まる可能性だってあるのよ?」

 

「貴方の思惑は全てお見通しです。あの人の娘なのですもの。貴方もあの人と同じで母の髪飾りを──」

 

「あの人って私のお父さんのこと? 私のお父さんを知っているの?」

 

 私はつい灰色のレディに尋ねてしまう。

 灰色のレディは少しキョトンとしたが、すぐに元の高慢な表情に戻った。

 

「貴方の父を知らないものは今の魔法界にはいません」

 

「いや、そういう話じゃなくて。父親の……トム・リドルの学生時代を知っているの?」

 

「……そうですね。知っています。貴方の父親はよくも悪くもよく目立つ生徒でしたから」

 

 灰色のレディは私に背を向けて窓の外に視線を向ける。

 

「学生時代の貴方の父親は絵に描いたような優等生でしたよ。誰にでも優しく、貼り付けたような笑顔で接していました。そういう意味では、貴方にそっくりですね」

 

「えへへ、そうですかね」

 

 父親と似ているか。

 ちゃんとヴォルデモートと私の間には血のつながりがあるのだ。

 容姿は母親に激似な私だが、性格は案外父親似なのかもしれない。

 

「褒めたつもりはないのですが」

 

「まあ、父親が碌でもない人間だったことは理解してるつもりよ。私は別に純血主義でもないし。マグルを支配してやろうとか、マグル生まれを虐げようとかそんな思想は全くないわ」

 

「だから、ダンブルドアを利用して父親を排除したと?」

 

「だから、違うって言ってるでしょ?」

 

 私は大きなため息を吐く。

 

「ダンブルドアはイラッときてつい殺しちゃったのよ。だってひどいじゃない。私の父親が誰かわかっていたくせにそれを教えずに、なんなら嘘まで吹き込んで私に親を殺させたんだから」

 

 灰色のレディは訝しげな視線を私に向ける。

 完全に信じていないという顔だ。

 一から説明するのも面倒くさいし、単刀直入に聞きたいことを聞くことにしよう。

 

「まあ、信じてくれなくてもいいわ。本題に入らせてもらうわよ」

 

 本題と言う言葉を聞いて灰色のレディは少し身構える。

 

「貴方に話すことなど──」

 

「まあそう言わないでよ。さっきも言ったけど、上手くいけば私はこの先誰も殺さずに済むんだから」

 

「……どういうことです?」

 

「私としても今の状況は不本意なのよ。親の仇ってことでダンブルドアを殺したけど、別に私は魔法界を支配しようとかそういう思想はないわけ。復讐が済んだ今、この先はのんびり平穏な日々が過ごせたらそれで満足なのよね」

 

 父親の後を継いで魔法界を支配してやろうだなんて思っていない。

 私はただ日々をのんびり過ごせればそれでいいのだ。

 

「でも、今の現状を見ている限りそれは厳しいでしょ? 魔法省はなんとしてでも私を捕らえようとしているし、レミリア・スカーレットも動いてる。まあ、闇祓いがどれだけ束になってかかってきても文字通り瞬殺できるわけだけど」

 

「人を殺すと言うことはそれだけで大罪なのです。大人しくアズカバンで罪を償われてはいかがですか?」

 

「嫌よ。寒いところは嫌いなの」

 

 っと、随分話が逸れてしまった。

 私は一度深呼吸をすると、灰色のレディの目を見る。

 

「そこで、私の先生に仲介を頼もうと思って」

 

「先生?」

 

「そう。パチュリー・ノーレッジよ。レイブンクロー憑きのゴーストである貴方なら学生時代の彼女を知っているでしょう? 卒業後、彼女はどこへ行ったの?」

 

 灰色のレディは何かを考えるように首を傾げると、ふわりと浮き上がり空中を一回転する。

 そして、しばらく悩んだ末に答えた。

 

「まあ、それぐらいなら教えてもいいでしょう。ですが条件があります。ホグワーツの生徒を人質に取らないこと。それをお約束して頂けるのでしたらお教えするのもやぶさかではありませんわ」

 

「生徒を人質に? しないわよそんなの」

 

「約束ですからね」

 

 灰色のレディは釘を刺すと、ほっと息をついて言った。

 

「パチュリー・ノーレッジは卒業後、当時の流行に倣って卒業旅行に行きました。その時点で就職先は決まってなかったはずです」

 

「卒業旅行……百年前ぐらいに流行った文化よね」

 

「そうです。彼女はその卒業旅行の最中に姿をくらませた」

 

「行き先は?」

 

「国内。それ以上の詳細は誰にも語っていなかったそうです」

 

 つまりは何も情報がないということか。

 灰色のレディが素直に私に話してくれたのも理解できるというものだ。

 

「そう……わかったわ」

 

「彼女の居場所を探るなら、もっと新しい痕跡を辿ったほうがいいと思いますけどね。短い間ではありましたが、彼女はホグワーツの教師だったのですから」

 

「勿論そのつもりよ」

 

 さて、用は済んだ。

 私は灰色のレディの時間を停止させると、時計塔の階段を下り始める。

 次に調べるとしたらパチュリーが教鞭を取っていた時に使用していた教職員用の私室だろう。

 確かパチュリーはシリウス・ブラックが使っていた私室をそのまま利用していたはずだ。

 私はホグワーツの廊下を歩き、教師の私室が集中している四階へと向かう。

 彼女が在籍中に訪れたことはなかったが、場所だけは把握していたので特に迷うことなく部屋にたどり着くことができた。

 私は扉に掛けられた鍵を魔法で解錠し、ドアノブを引く。

 時間の止まっている世界では、魔法的な施錠は全て無効化される。

 そうなれば残るは物理的な施錠のみとなるので、一年生が覚えるような簡単な解錠魔法でどこへでも侵入が可能となるのだ。

 まあ、溶接された鉄の扉を開けることは解錠魔法では叶わないが。

 

「お邪魔しまーすっと」

 

 部屋の中に足を踏み入れた私は、ぐるりと内部を見回す。

 部屋自体には特に変わったところはない。

 生徒が使っているものよりも少し高そうなベッドに大きな書斎机。

 そして空の本棚が一つ。

 壁際には暖炉があり、暖炉の内部は綺麗に清掃されていた。

 生活感はないが、まあそれが当たり前だ。

 この部屋は今は誰も使っていないんだから。

 

「流石に持ち物は残ってないわよねぇ」

 

 私は書斎机の引き出しを順番に開けていく。

 だが、どの引き出しも空になっている。

 まあ、あのパチュリーが自分の持ち物をホグワーツに残すとは思えない。

 ここまではある意味予想通りだ。

 私は扉の鍵を施錠し、時間停止を解除する。

 そして杖を取り出し、パチュリーの魔力が残存していないか探り始めた。

 

 

 

 

 目の前に立っていたサクヤ・ホワイトが消えたと同時に、灰色のレディ……ヘレナ・レイブンクローは時計の歯車が噛み合う音に包まれる。

 音のない世界とはこれほどまでに静かなのかとヘレナは少し驚いたが、すぐに我に返った。

 

「こうしてはおられません。急いで報告しなくては……」

 

 ヘレナは時計塔の床をすり抜け、一直線に校長室を目指す。

 その道中でおしゃべり相手を欲していたほとんど首無しニックに声を掛けられたが、完全に無視してホグワーツ城内を突き進んだ。

 

「マクゴナガル……マクゴナガル校長はいらっしゃる?」

 

 ガーゴイル像をすり抜け校長室に滑り込んだヘレナは近くにあった歴代の校長の肖像画に話しかける。

 居眠りをしていた肖像画たちはその大声に一斉に目を覚ますと、ぐるぐると額縁の外や中を見回し首を振った。

 

「まだ騎士団の本部から戻られておらんな。その慌て様、緊急の御用心かな?」

 

「城内にサクヤ・ホワイトが出現しました。まだ城の中にいる可能性があります」

 

 ヘレナの報告に肖像画たちはどよめく。

 

「なんと……ホグワーツに?」

 

「戻ってきたのか。しかしなんの目的で……」

 

「おい、誰か騎士団本部に飾られているやつはいないか?」

 

「あそこには魔法界の絵画はない!」

 

 歴代の校長たちは額縁の中を行き来しながら慌ただしく動き始める。

 

「今ホグワーツに残っている教師は?」

 

「フリットウィックだな。探してくる」

 

 そして何人かの校長が校長室を離れてフリットウィックを探しに行った。

 

 

 

 ヘレナが校長室へと駆け込んでから十分ほどが経過しただろうか。

 少し髪の乱れたフリットウィックが大慌てで校長室へと駆け込んできた。

 フリットウィックは肩で息をしながら校長室の壁にもたれ掛かると、ヘレナを見上げる。

 

「さ、サクヤ・ホワイトがホグワーツに現れたというのは本当ですか?」

 

 ヘレナはフリットウィックの前にしゃがみこむと、先ほどのサクヤとのやりとりを包み隠さずフリットウィックに報告する。

 フリットウィックはパチュリー・ノーレッジという予想外の名前が出てきたことに少々驚きながらも、落ち着いた様子でヘレナの報告を聞いた。

 

「なるほど……ミス・ホワイトが時間を止める力を持っているというのは本当の話だったのですな。実に興味深い」

 

 フリットウィックは感心したように何度か頷く。

 

「とにかく、今は下手に刺激しないほうがいいでしょう。騎士団本部へ守護霊を伝令に出します。もっとも、その頃にはミス・ホワイトは遠くへと逃げてしまっているかもしれませんが、今は生徒の安全が優先です」

 

 フリットウィックは杖を一振りし、守護霊を飛ばす。

 そしてヘレナや歴代の校長の肖像画に向けて言った。

 

「このことは内密に。ミス・ホワイトが賢い生徒であることはよくわかっています。意味もなく生徒を傷つけるような、愚かな真似はしないでしょう」

 

 もっとも、賢いほうが厄介ではありますが、とフリットウィックは続ける。

 

「校長先生方はミス・ホワイトの動向を追ってください。見つかる可能性は低いとは思いますが、少しでも所在を掴んでおいたほうがいい。ヘレナ嬢、貴方はホグワーツ内にいるゴーストへそれとなく忠告を」

 

 フリットウィックの指示で皆校長室を去っていく。

 フリットウィックは校長室に誰もいなくなったことを確認すると、小さくため息をついた。




設定や用語解説

灰色のレディ
 本名をヘレナ・レイブンクローといい、ホグワーツ創始者のロウェナ・レイブンクローの娘。母親の髪飾りと血みどろ男爵、トム・リドルとの間に本が一冊書けるほどのストーリーがあるが、サクヤは知る由もない。

卒業旅行
 百年ほど前にホグワーツ生の間で流行った。就職を少し遅らせて国内、海外を旅行し見聞を深めるというもの。

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隠し部屋とウサ耳と私

 パチュリー・ノーレッジが使っていた部屋を隅から隅まで調べたが、魔力の痕跡はおろか髪の毛の一本すら見つけることができなかった。

 まあ、用心深い彼女のことだ。

 しっかりと痕跡を消してからホグワーツを離れたのだろう。

 

「結局無駄骨かぁ」

 

 私は時間を停止させると、ぐぐぐっと背伸びをする。

 予想はしていたとはいえ、徒労に終わるのは少し心に来る。

 このままではホグワーツに寄ったこと自体が徒労になってしまうだろう。

 それは少し嫌なので、厨房から食料を少々くすねていくことにしよう。

 私の鞄は容量こそ無限だが、無限に中身が詰まっているわけではない。

 貯蔵してある食料も、三日もあれば食べ切ってしまうほどの量だ。

 ここから先の逃亡先に食料があるとは限らない。

 少しでも多くの食料を確保しておくべきだろう。

 私は階段を使って四階から地下一階まで降りると、薄暗い廊下に飾られている果物の絵画の前へと移動する。

 厨房に直接入るのは久しぶりだ。

 最近はテーブルの上に並べられた料理を保存するばかりで、厨房へ直接食料を貰いに行ってはいなかった。

 

「えっと、どれをどうするんだっけ」

 

 私は絵画に描かれた果物をとりあえず手当たり次第に触れてみる。

 りんご……いやぶどうだったか?

 何度かペタペタと絵画に触って首を捻り、そういえば時間を止めていたことを思い出し時間停止を解除した。

 その瞬間、私の背後で何かが動く音が聞こえてくる。

 私は咄嗟に時間を止め、一呼吸置いてから背後を振り返った。

 

「えっと……なにこれ」

 

 廊下を挟んで絵画の反対側の石壁に扉が出現している。

 ホグワーツの厨房は絵画がかけられた壁の奥なので、厨房へと続く扉ではない。

 どうやら私は全く別の隠し部屋を発掘してしまったようだ。

 

「すっかり慣れちゃってたけど、そういえば摩訶不思議な建物だったわね」

 

 私は入学当初のことを思い出す。

 今でこそ慣れてしまったが、一年生の頃は階段が動くというだけで大騒ぎしていた。

 いや、大騒ぎはしていなかったかもしれないが、少なからず新鮮だったのは確かだ。

 

「……」

 

 私は背後に現れた扉の前に立つ。

 

「ダンブルドアのおまるコレクション部屋とかだったらどうしよう」

 

 まあ、少なくとも中に危険生物が閉じ込められている可能性は低いだろう。

 学校に潜む怪物はバジリスクで十分だ。

 私は左手に杖を構えると、右手でドアノブを掴む。

 そしてそっと捻り、扉を引いた。

 

「……なにこれ。個室?」

 

 部屋の中にはホテルの一室のような空間が広がっていた。

 大きなベッドにテーブルと椅子。

 壁際にはクローゼットが備え付けられている。

 部屋にはいくつか扉があり、その扉の奥はバスルームやトイレになっていた。

 

「客室……いや客室を地下に作るかしら」

 

 私はふとダンブルドアに監禁された時のことを思い出す。

 あの時の部屋も内装はこんな感じだった。

 だが、扉の形状を見るに外から閉じ込められるようにはできていない。

 座敷牢としては機能不足だ。

 

「牢屋でもないとしたら……」

 

 私はふと隠し部屋の壁を見る。

 そこには額縁に入れられた大きな月の絵が飾ってあった。

 

「……綺麗」

 

 私の目は自然とその絵画に惹きつけられる。

 月ってこんなに綺麗なものだったっけ?

 今までは夜空に浮かんでいる球体ぐらいのイメージしかなかった。

 月なんて、ただのゴツゴツした大きな岩だ。

 そこに感動を誘う要素はないはずなのに。

 私はしばらくの間その絵画から目を離すことができなかった。

 十分、いや二十分は経過しただろうか。

 私はふと我に返り部屋の探索を再開した。

 

「っと、いけないいけない。って、なんなのかしらこの部屋は」

 

 まあ、不良学生の隠れ家という説が濃厚だろう。

 私はとりあえずクローゼットを開けて中を確認する。

 するとそこにはスリザリンの制服が何着かハンガーにかけられていた。

 

「やっぱり学生の隠れ家ね」

 

 それにスリザリンだ。

 レイブンクロー生だったパチュリーとは関係ないだろう。

 私はクローゼットを閉めると、今度は枕元に顔を近づける。

 そしてマットレスの上から一本の長い髪の毛を拾い上げた。

 

「薄い紫色……髪色と長さはノーレッジ先生そっくりね」

 

 スリザリンの制服がかけられているが、もしかして本当はパチュリーの隠れ家なのか?

 私は細く長い髪の毛をクルクルと指に巻き付け、鞄の中からポリジュース薬の入った小瓶を取り出す。

 そして小瓶のコルク栓を抜き、髪の毛を薬に溶かし込んだ。

 ポリジュース薬は便利だ。

 髪の毛一本あれば、その人物がどのような容姿だったのかを調べることができる。

 まあ、もう少し味はなんとかしたいところだが。

 私は薄いピンク色になったポリジュース薬を一気に飲み干し、部屋に備え付けられていた姿見の前に立つ。

 ポリジュース薬は即効性の薬だ。

 私の容姿はすぐにぐにゃりと変形し、別人へと変化した。

 

「……なにこれ」

 

 私は変化した姿をマジマジと観察する。

 少なくともパチュリーではない。

 髪色は確かに似ているが、パチュリーよりかは灰色がかっている。

 瞳は赤く、顔つきは東洋人に近いだろうか。

 少なくともイギリス人ではなさそうだ。

 まあ、チョウのようなコテコテの東洋人というわけでもなさそうだが。

 だが、一番気になるところはそこじゃない。

 私は姿見に映る少女を見ながら、そっとその異物に手を伸ばす。

 頭の上に生えたそれをゆっくり触り、そして神経が通っていることを確かめた。

 

「なに、この耳」

 

 そう、私の頭頂部からは、ウサギのような大きく白い耳が二本ピンと立っていた。

 

「獣人? ポリジュース薬って獣人にも使えるんだっけ?」

 

 ポリジュース薬では動物に変身することはできない。

 間違えて動物の毛をポリジュース薬に溶かして飲んでしまうと、人間の姿のまま全身が毛で覆われ、しばらく元に戻れなくなる。

 だが、人狼や吸血鬼のような殆ど人間の姿そのものの場合はどうなんだろう。

 私はもう一度頭から生えた耳を触り、その感触を確かめる。

 少なくとも血や神経は通っている。

 自分の意思で動かせるかと言われると少し微妙だが、感覚さえ掴めば向きぐらいは変えることができそうだ。

 

「って、そうじゃなくて」

 

 頭から生えたウサ耳を冷静に分析している場合ではない。

 少なくとも、この部屋の主はパチュリー・ノーレッジとは無関係のようだ。

 私はウサ耳をぴょこんと動かすと、他には何かないかと部屋の中を探索する。

 クローゼットにはあまり多くの服は残されていなかった。

 まあ、もしこのウサ耳少女がホグワーツ生ならこの部屋の他に自分の寮にもベッドがあるのだ。

 私物は基本的に自分の寮に置いていたのかもしれないが。

 

「っと、何か挟まっているわね」

 

 ベッドのシーツを剥ぎ、マットレスを持ち上げたところでマットレスとベッドフレームの間から一冊の手帳を発見する。

 魔法界の書物や手帳は羊皮紙が多いが、隠されていた手帳は紙……それもかなり上質なものだった。

 

「こういうのなんて言うんだったかしら」

 

 私は手帳になにかしらの魔法が掛けられていないかを調べる。

 杖を向け何度か探知の呪文を走らせてみるが、この手帳には特になにも魔法が掛けられていないようだった。

 私はウサ耳姿のままベッドに腰掛けると、手帳の表紙を捲る。

 そこにはぐにゃぐにゃとした象形文字もどきがびっしりと書き記されていた。

 

「……これ、多分漢字ね。だとしたら中国語……いや、日本語かしら」

 

 生憎私は日本語は読めない。

 だが、ここは魔法界だ。

 私自身が日本語を読めなくても、日本語を読む方法はいくらでもある。

 私は手帳を机の上に置くと、翻訳魔法を掛ける。

 すると手帳に書かれている日本語がぐにゃりと変形していき、英語の文章になった。

 

「えっと何々……」

 

 手帳に書かれているのはどうやら日記のようだった。

 

 

 

 一九七二年 八月二十五日

 隠れ家も完成し、ようやく落ち着ける環境が整った。なんにしても私は運がいい。着地した森のすぐ近くに人間たちの集落や学校があったのだ。特に森のそばにある学校では大部屋で食事を取る習慣があるらしく、透明になって忍び込めば食料の調達は容易だ。また、生活に必要なものも学校からいくらか拝借させてもらった。個人宅から物を盗むよりかは罪悪感が少ない。これで、私も立派な罪人だ。体に溜まった穢れのことも合わせれば、もう月へと戻ることはできないだろう。

 

「……月?」

 

 どこかの地名だろうか。

 翻訳魔法も完璧ではないため、誤訳という可能性もある。

 私は手帳のページをペラペラと捲り、数ページ先まで流し読みをする。

 どうやらこの髪の毛の主は何処か遠くから禁じられた森へと逃げてきて、そこで暮らし始めたようだった。

 『透明』や『変身』、『幻影』という言葉が随所に出てくるため、少なくとも魔法使いではあるようである。

 だが、ホグワーツが魔法使いの学校であることはよくわかっていないらしい。

 手帳に書かれている文章が日本語であることを考えると日本から逃亡してきた魔法使いなのだろうか。

 私はその後も日記を読み進めていく。

 化け物の幻影で生徒を追い払った話や、ホグワーツ内で迷子になった話、森に作った隠れ家を改装する話などの極々平和な逃亡生活がつらつらと綴られている。

 だが、十月に入ってすぐ、日記に変化があった。

 

 

 

 一九七二年 十月二十二日

 やはり、私はかなり運がいいようだ。まさかこんな辺境な地でイザヨイモモヨ様と出会うことができるなんて。蓬莱の薬を研究した罪で依姫様に逮捕されたことは知っていたが、地上に堕とされていたことは知らなかった。モモヨ様は人間の子供として転生し、十一年間も地上で暮らしているようだ。そして、モモヨ様から色々と地上の話を伺うことができた。どうやら私が色々と盗みを働いた学校は魔法使いを育成するための学校であるらしい。変な格好をしているとは思っていたが、まさか魔法使いだったとは。そして、この世界(魔法界というらしい)では、今現在戦争の真っ最中らしい。人間との戦争が怖くて逃げてきた私からしたら、最悪の場所に最悪のタイミングで降りてきてしまった。だが、天は私を見放してはいなかった。モモヨ様の言葉を信じるなら、どうやら私に協力してくれるらしい。月の都では玉兎の扱いが雑な者も多いが、モモヨ様は違うようだ。

 

 一九七二年 十月二十三日

 今まで生活していた森を離れて城の中に引っ越してきた。モモヨ様が城の中に隠し部屋を用意してくれていたらしい。それにしても、魔法とは便利なものだ。部屋に設置してある殆どの家具はモモヨ様が魔法で作り出したものらしい。私も練習したら魔法を使えるようになるだろうか。

 

「イザヨイモモヨ……その人物がこの手帳の主をここへ招き入れたのね」

 

 ホグワーツの学生だろうか。

 十一年という数字を見る限りではホグワーツの生徒である可能性が高いだろう。

 それに転生という単語。

 もしかしたら日本では罪人を殺し、赤子へと転生させる呪いでもあるのかもしれない。

 私はその後も手帳を読み進めていく。

 どうやら手帳の主は日本にある幻想郷という土地に向かう手立てを探しているようだ。

 日本から逃げてきたのに日本へ戻ろうとというのはどういうことかと思ったが、日記を読む限りではどうやら結界によって隠された土地らしい。

 そこならば月の監視も回避できるかもしれないと書かれている。

 

「幻想郷……ねぇ。どうしようもなくなったら、時間を止めて幻想郷とやらを探すのもアリかもしれないわね」

 

 なんにしてもこの部屋にパチュリー・ノーレッジの痕跡はなさそうだ。

 私は手帳を鞄の中に放り込むと、もう一度姿見の前に立つ。

 そして頭から生えているウサ耳をそっと撫でると、地下へ来た本来の目的を思い出した。

 

「あ、厨房に用事があるんだったわね」

 

 時間を止めて食材だけ拝借しようと思っていたが、この姿なら時間を動かしている状態で厨房に入れる。

 屋敷しもべ妖精にサクヤ・ホワイトだということがバレなければ、調理後の料理を提供してもらえるだろう。

 私はクローゼットの中に入っていたスリザリンの制服を身に纏うと、時間停止を解除し隠し部屋の外へと出た。

 隠し部屋の扉をキッチリと閉め、再度果物の絵画の前に立つ。

 そしてまた絵画のあちこちを触り、正解の果物を探した。

 

「お」

 

 洋梨に手が触れた瞬間、洋梨がドアノブへと変化し、絵画がゆっくりと開き始める。

 ああ、そうだ。洋梨だ。

 私は少しスッキリした気持ちで厨房の中へと足を踏み入れる。

 ホグワーツに生徒は殆ど残っていないが、全く残っていないわけではない。

 厨房内では、残っている生徒のための昼食を作っている真っ最中だった。

 

「懐かしいわね……」

 

 そういえば、厨房に入り浸っていた時期があったっけ。

 私はその頃のことを思い出し、少しノスタルジックな気分になった。

 その時、一人の屋敷しもべ妖精が私が厨房内に入ってきたことに気が付く。

 そして目をぱちくりさせると、私の顔を見上げて呟いた。

 

「れ、レイセン様……レイセン様でございますか?」

 

「……え?」

 

 レイセン様という名前に厨房内にいる殆どの屋敷しもべ妖精が反応し、一斉にこちらに振り向いた。




設定や用語解説

厨房裏の隠し部屋
 ホグワーツ創設当初は食糧庫として使われていたが、時間が経つごとに存在を忘れられていき、最終的には屋敷しもべ妖精すら知らない隠し部屋となった。そんな隠し部屋を見つけ出し利用していた者がいたようだが……

ウサ耳
 決してつけ耳ではない。

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調達とバカンスと私

「レイセン様だ」

 

「レイセン様……」

 

「おお、なんとお懐かしい」

 

 屋敷しもべ妖精たちはキーキー声を発しながら私の周りへと集まってくる。

 私はその様子を見ながら自分の失策を悟った。

 うかつだった。

 屋敷しもべ妖精は私が思っている以上に長生きな生き物だったようだ。

 でも、よく考えればそうか。

 ブラック家に仕えてくれていたクリーチャーは、少なくとも私の母親の時代から生きている。

 

「えっと……」

 

 どうするのが正解だろうか。

 私は小さく咳払いすると、屋敷しもべ妖精たちに言った。

 

「久しぶりね。元気そうでなによりよ」

 

「それはもう……にしても、レイセン様こそお変わりないようで。人間ではないという話は本当だったのですね」

 

 人間ではない?

 何を言ってるんだこいつらは。

 まあ、ウサ耳があるから確かに人間っぽくはないが。

 

「っと、急いでいるんだった。いきなり押しかけて悪かったわね。料理を調達したくて厨房へ来たのよ」

 

「左様でございましたか! なんでもお申し付けください」

 

「なんでもいいわ。とにかく色々な種類を大量に持ってきて頂戴」

 

 私の指示を聞いて屋敷しもべ妖精たちは慌ただしく働き始める。

 私は厨房内に積まれた木箱の上に腰掛けると、その様子を見ながら情報を整理した。

 どうやらこの髪の毛の持ち主はレイセンと言うらしい。

 この様子では、レイセンは厨房内に頻繁に出入りしていたようだ。

 

「どんな人物だったんだろう……」

 

 ホグワーツの部外者であることは確かだ。

 だが、屋敷しもべ妖精から受け入れられているところを見るに、不審者というわけでもないのかもしれない。

 もしかしたら隠し部屋に住み着いたことがダンブルドアあたりにバレ、正式にホグワーツで働き始めたのかも?

 そんな妄想をしているうちに、厨房内に美味しそうな匂いが立ち込め始める。

 私はその手際の良さに感心しながら、のんびりと料理が出来上がるのを待った。

 

 

 

 

 

 ロンドンにある不死鳥の騎士団本部の会議室。

 高層ビルの地下ということもあり窓が一切無い部屋の中で、多くの騎士団員が今後について話し合っていたその時だった。

 一匹の守護霊のフクロウが会議室へと舞い降り、マクゴナガルの近くへと着地する。

 そして、あえて皆に聞かせるようにマクゴナガルへ伝言を伝えた。

 

『サクヤ・ホワイトがホグワーツへと現れました』

 

 ざわり、と会議室に驚愕と緊張感が走る。

 マクゴナガルは書類を読むために掛けていたメガネを外し、守護霊に話しかけた。

 

「すぐにでも人手が必要ですか?」

 

『いえ、もうホグワーツにいない可能性の方が高いでしょう』

 

 マクゴナガルは小さく安堵の息を吐くと、会議室を見回した。

 

「私は急ぎホグワーツへ戻ります」

 

「サクヤ・ホワイトがホグワーツにねぇ……寮に忘れ物でも取りに行ったのかしら」

 

 会議室の中央にいたレミリアが冗談交じりに肩を竦める。

 それを聞き、フリットウィックの守護霊はレミリアの近くへと飛びながら言った。

 

『接触したゴーストの話では、パチュリー・ノーレッジを探していたそうですぞ』

 

「パチュリー・ノーレッジを?」

 

 パチュリー・ノーレッジという名前が出たことにより、会議室がまたざわつく。

 さきほどまでヘラヘラとしていたレミリアも、パチュリー・ノーレッジの名前を聞いた瞬間表情をこわばらせた。

 

「サクヤ・ホワイトがパチュリー・ノーレッジに接触しようとしているだと?」

 

 スネイプは唇に指を当てて考え込む。

 いや、スネイプだけではない。

 会議室の中にいる殆どのものがその二名が接触した際に何が起こるのかを想像した。

 

「……サクヤ・ホワイトの目的はなんでしょう。このタイミングでノーレッジ先生を探す理由とは……」

 

「なんにしても接触させない方がいいことは確かね」

 

 マクゴナガルの呟きにレミリアが答える。

 そして机に乗り出すようにしながら全員に問いかけた。

 

「ノーレッジにこのことを忠告しておきたいんだけど、彼女の居場所を知っている人いる? 連絡手段を持っているだけでもいいわ」

 

 全員が一瞬キョトンとすると、互いに顔を見合わせた。

 

「……まあ、そうよね」

 

「その様子ですと、レミリアさんも彼女の居場所に関してはご存知ないんですね」

 

 会議室の机の端の方にいたルーピンがレミリアに問う。

 レミリアはその問いに対して肩を竦めて答えた。

 

「対抗試合の審査員で一緒になったぐらいよ。教師としては入れ替わりだし。今どこで何をしているかなんて全くわからないわ」

 

 というか、わかってたら真っ先に味方につけるっつーのとレミリアは付け加える。

 

「だから通告しようにも……」

 

 レミリアは話の途中で押し黙ると、手元の資料を捲る。

 そして、ニヤリと微笑んだ。

 

「いい方法を思いついちゃったわ」

 

 

 

 

 食料の調達を終えた私は屋敷しもべ妖精たちにお礼を言うと、ボロが出る前に厨房を後にした。

 これでとりあえずホグワーツに用事はない。

 パチュリー・ノーレッジの痕跡も、これ以上は発見できないだろう。

 私はひとまず先ほどの隠し部屋へと入ると、ポリジュース薬の効果が切れるまで部屋の中で待機する。

 そして容姿が元に戻ったところで着用していたスリザリンの制服をクローゼットへ戻し、動きやすいパンツルックの私服に着替えた。

 

「さて、どうしようかしら」

 

 わかったことと言えば、パチュリー・ノーレッジが卒業旅行に出かけたという情報ぐらいだ。

 だが、その手がかりを追おうにも、既に百年ほど前の話である。

 そんな昔の目撃情報なんて集まるわけがない。

 

「まったく、どうやって探せばいいのよ」

 

 私は軽く頭を抱えながら隠し部屋の扉を開け、地下通路へと出る。

 そして玄関ホールに向かって歩き始めた。

 闇雲に探しても見つからないことは確かだ。

 

「彼女の書籍を辿るのは……無理ね。裏から読めるようになるまでに結構な数の本を読んだけど、居住地に関する情報はなかったし」

 

 出版社をあたってみる……のもあまり意味はないか。

 そのような場所にパチュリーが自分に繋がる手がかりを残しているとは思えない。

 

「何かいい方法は……あ」

 

 玄関ホールへと向かう階段の途中で、私はあることを思い出す。

 

「……なんにしても、定期的に情報を仕入れるしかないわね」

 

 私は玄関ホールへ出る前に時間を止めると、姿くらましでホグワーツを後にした。

 

 

 

 

 ホグワーツの臨時休暇が明けると同時に、大広間にて全校生徒に対してダンブルドアの死が改めて伝えられた。

 マクゴナガルは犯人の名前を敢えて口にはしなかったが、記事にもなっているため、説明など無くとも全員が理解している。

 何より、グリフィンドールのテーブルに、嫌でも目立つ白い髪の少女がいないことが何よりの証拠だった。

 あまりにも衝撃的な事件なため殆どの生徒が心ここに在らずと言った感じだったが、容赦なく学期末試験は行われる。

 そして、学期末試験が終わればすぐにでも夏休みだ。

 

 

 

 

「夏が近づいて来てるわね……」

 

 イギリス西部、カーディフにある窓から海が見えるホテルのテラスで、港を行き来する船をぼんやりと眺めながら呟く。

 私が感傷に浸っていると、一匹のフクロウが私の真横へと降り立ち、掴んでいた新聞を私の足元へと落とした。

 日刊予言者新聞の配達フクロウだ。

 

「ご苦労様」

 

 私はテラスのテーブルに置かれていたサラミを一切れ摘むと、フクロウの嘴に咥えさせる。

 そしてポケットの中から硬貨を取り出し、フクロウの足につけられた革袋の中に入れた。

 フクロウは新聞の代金が支払われたのを首を回して確認すると、サラミを咥え直して大空へと羽ばたいていく。

 私はテラスのテーブルに置いていたワイングラスを手に取り、軽く口に含んでから新聞を広げた。

 

「……っと、ついに来たわね」

 

 お目当ての情報が記事になっているのを確認し、私は室内へと引っ込む。

 そしてソファーに深く腰掛けると、改めて一面を読んだ。

 

「まあ、ここまでは予想通り」

 

 記事の内容はダンブルドアの葬儀に関してだ。

 イギリスではそもそも葬式に大勢の人が集まることはない。

 親族や親しい友人だけで執り行われるのが殆どだが、ダンブルドアに限っては話は別だ。

 どれほどの親族がいるかは知らないが、彼との別れを惜しみたい魔法使いはイギリス中にいることだろう。

 記事には、ダンブルドアの葬式が執り行われる場所と日付が記載されている。

 今から三日後、ゴドリックの谷で行われるらしい。

 葬式の喪主はマクゴナガルで、施主はレミリアの様だ。

 その他にも、参加予定者の名前が記事には列挙されている。

 新聞社としてはどれほど大きな葬式になるかというインパクトが記事に欲しかったのだろうが、私にとってはそれが一番知りたい情報だった。

 

「パチュリー・ノーレッジ……あった」

 

 私は参加予定者の名前の中にパチュリーの名前を見つけ、小さくガッツポーズを取る。

 パチュリー・ノーレッジを探してイギリス全土を奔走したところで、巧妙に身を隠している彼女を見つけられるとは思えない。

 だったらどうするか。答えは簡単だ。

 彼女が現れそうな場所で待ち伏せしておけばいい。

 

「ゴドリックの谷に埋葬されるというのも予想通りね。カーディフにホテルをとった甲斐があるわ」

 

 ここからゴドリックの谷までそこまで距離はない。

 まあ、姿現しを使えばイギリスのどこにいようがゴドリックの谷まで一瞬だが。

 私は新聞を折りたたむと鞄の中に放り込む。

 何にしても、あと二日はカーディフでバカンスを楽しむ余裕があるだろう。

 

 

 

 

 ダンブルドアの葬式当日。

 私はホグワーツの制服に着替えると、フードを深く被りホテル備え付けの姿見の前に立つ。

 フードを被るだけで、私の白髪はかなり目立たなくなった。

 ポリジュース薬の備蓄はさほど多くはない。

 節約できる場面では節約していかなくてはならない。

 私はポケットの中から懐中時計を取り出すと、現在時刻を確認する。

 午前十時ジャスト。ダンブルドアの葬式が始まる時間だ。

 

「そろそろね」

 

 私は時間を停止させ、ゴドリックの谷へと姿現しする。

 視界が開けたと同時に、かなりの数の参列者が私の目に飛び込んできた。

 

「凄い人……ゴドリックの谷ってマグルも住んでるわよね? 大丈夫なのかしら」

 

 まあ、大丈夫だからこそここで葬式を行なっているのだろうが。

 周囲を見回してみると、マグルのパトカーが近くに駐車してあるのが見える。

 だが、その中に乗っている警察官はみんな目がトロンとしており、既に何らかの記憶処置を受けた後のようだった。

 

「っと、ノーレッジ先生を探さないと」

 

 私は人混みの中心へ歩き始める。

 ここで立ち尽くしている魔法使いたちは、きっと式場から溢れた参列者たちだ。

 その証拠に、少し歩くと何百もの椅子が整然と並べられた広場へと出る。

 その椅子には魔法省のお偉いさんやホグワーツの理事と思わしき老人たち、そしてダンブルドアと関わりがあるであろう様々な年齢の人物が座っていた。

 その中にはホグワーツの生徒の姿もある。

 私は無意識にロンとハーマイオニーの姿を探したが、生憎見つかったのは祖母の横に座るネビルだけだった。

 椅子に取り囲まれるようにして、広場の中心には大理石の台が設置されており、その台の上には黒い礼服姿のレミリア・スカーレットの姿がある。

 口を開き、何かを訴えかけるような仕草で固まっているところを見るに、今まさに大演説中なのだろう。

 レミリアの横にはきっちりとした黒いスーツ姿の美鈴が立っており、レミリアが太陽光に晒されないように大きな日傘を持っていた。

 私は椅子の間に作られた通路を進み、大理石の台の上に上がる。

 そしてレミリアの横に立つと、目の前の参列者からパチュリーの姿を探した。

 

「……ぱっと見いないわね。まだ到着していないとか? どう思う?」

 

 私は真横で固まっているレミリアに問う。

 勿論、時間が止まっているためレミリアが答えることはない。

 

「にしても、ほんと……これだけの人が参列するなんて、ダンブルドアは人気者よね」

 

 何百という椅子を埋め尽くし、それでも足りずに溢れた参列者が何百人といる。

 全員が真剣な表情で台の上のレミリアに注目していた。

 

「……ここにいる人たちは勘違いをしてる。ダンブルドアは人格者なんかじゃない。教え子を騙し、親を殺させたクズよ」

 

 私はレミリアの後ろに設置された棺に目を向ける。

 棺は硬く閉ざされており、ダンブルドアの姿は見えなかった。

 そういえば、私はダンブルドアの体をみじん切りにした。

 この棺の中のダンブルドアの死体はどうなっているのだろう。

 バラバラの死体がそのまま入れられているのだろうか。

 それとも魔法で何らかの修復がなされているのだろうか。

 私は少し気になり、ダンブルドアの棺に手を伸ばす。

 

 

 

 

 そして棺に手を触れた瞬間、私の太ももに激痛が走った。




設定や用語解説

カーディフ
 イギリス西部にある港町。

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狙撃手とブレスレットと私

「──ッ!?」

 

 突如太ももに走った激痛に、私はつい膝を突いてしまう。

 恐る恐る太ももを見ると、夥しい量の血液が太ももから溢れ出ていた。

 

「い、痛い……何がどうなって──」

 

「あらあら、そんなところでうずくまってどうしたの? 蜂にでも刺された?」

 

 不意に後ろから声をかけられ、私は咄嗟に振り向く。

 そこには、不気味な笑顔を浮かべたレミリア・スカーレットが立っていた。

 

「そんな……時間は止まっているはずなのに」

 

「そうね。確かに時間は止まっているわ。だからこそ、対策を講じる必要があった」

 

 レミリアは礼服の袖を捲り、つけているブレスレットを私に見せる。

 

「魔力的に繋がりを持つことができれば、貴方の時間停止は無効化できる。ダンブルドアが教えてくれたわ」

 

 それを聞き、私は太ももに走る激痛の正体を悟った。

 

「スナイパーね……私の体に、そのブレスレットと魔力的に繋がりのある弾を発射させて、私の体に埋め込んだ……」

 

「大正解。グリフィンドールに十点ってね。マグルの狙撃手を雇った甲斐があるわ」

 

 魔力を帯びた攻撃ならまだしも、ただの物理攻撃である狙撃を避けることは不可能に近い。

 私は這いずるようにしてレミリアから少し距離を取ると、ダンブルドアの棺を背にして座った。

 

「でも、おかしいわ……私は時間を動かしてない! マグルのスナイパーであろうと私に攻撃することは不可能なはず!」

 

 レミリアはオーバーアクションに肩を竦めると、私を指差す。

 いや、正確には私が背もたれにしているダンブルドアの棺を指差した。

 

「その棺と狙撃手の持っているライフルを魔力的に繋げておいたの。貴方がその棺に触れた瞬間、狙撃手の時間も動き出すように」

 

「そ、そんな……」

 

 それは、まったくもって想定していなかった。

 時間の止まっている物体を動かすことは不可能なため、私は動かそうと思ったものは無意識のうちに時間停止を解除している。

 それを逆手に取り、時間の止まった世界に侵入してきたということなのだろう。

 私は右手を傷口に当て、止血を試みる。

 だが、動脈が傷ついているのか、一向に出血量が減ることはない。

 どうする? どうしたらしい?

 失血気味で朦朧とし始める思考の中、私は咄嗟に杖を掴んだ。

 

「させな──」

 

 レミリアが動き出すよりも早く私は次元の狭間に身を落とす。

 どこへ逃げればいいかはわからない。

 だが、一秒でも早くレミリアのもとを離れなければ命はないだろう。

 私は瞬間移動を使って先程まで滞在していたホテルの一室に転がり込む。

 そして止血をするために傷口に杖を向けた。

 

「……いや、塞いじゃだめ」

 

 大きく深呼吸をし、思いっきり歯を食い縛る。

 そして自らの右足に向かって呪文を唱えた。

 

「ディフィンド」

 

 バズン、と生々しい音と共に私の右足が切断される。

 それと同時に傷口の断面に向かって治癒魔法を掛け、傷口を塞いだ。

 

「あああああああぁぁぁぁあああぁああぁぁ──ッ! ……はぁ、……はぁ」

 

 切断された私の右足からは血が溢れ出るが、数秒後にはピタリと出血が止まる。

 そう、右足が私の体から離れたことで、右足の時間が止まったのだ。

 これで……ひとまず、安心のはず。

 

「……って、このままじゃ、本当に死ぬわね」

 

 私は最後の力を振り絞って鞄の中を漁ると、賢者の石で生成した命の水を一気飲みする。

 これで、失血死することはないはずだ。

 私は少し安心すると、時間を止めたまま床に倒れ込み、意識を失った。

 

 

 

 

「逃がさない」

 

 レミリアはサクヤの姿が消えたと同時に、羽を大きく広げて飛ぶ体勢に入る。

 だが、次の瞬間周囲の景色が動き出したのを見て、苦々しい表情を浮かべた。

 

「……くそ! 思い切りが良すぎよ! トカゲじゃないんだから!!」

 

「お嬢様? どうしま──」

 

 美鈴はいきなり怒り出した主人の方を振り向き、その後ろに大きな血溜まりがあるのを発見する。

 

「まさか、サクヤちゃんが?」

 

 レミリアの様子がおかしいことにザワザワとし始めた参列者を横目に、レミリアは大きなため息をついた。

 

「そのまさかよ。まあ、逃げられたけ──」

 

 その瞬間、レミリアの動作がピタリと止まる。

 美鈴は目をぱちくりさせると、手をレミリアの目の前で何度か振った。

 

「あれ? もしもーしおねむですかー?」

 

 だが、レミリアの反応はない。

 まるで、時間が止まってしまっているかのように。

 

「──なるほど! これはマズイ!!」

 

 美鈴の大声に、参列者たちのザワザワが大きくなる。

 そして、レミリアが仕掛けた罠の詳細を知っている魔法使いたちが大慌てで壇上へと集まってきた。

 

「一体何が──ッ!」

 

 先頭を走ってきたスネイプは大きな血溜まりとぴくりとも動かないレミリアを見て絶句する。

 美鈴は静かに日傘を畳むと、壇上に集まってきた全員に対して言った。

 

「ひとまず、お嬢様を移動させましょう。マクゴナガル先生は式の続きをお願いします」

 

「ええ、それがよいでしょう」

 

 マクゴナガルは参列席のほうをチラリと見る。

 少し遅れて息を切らせて走ってきた小悪魔は、レミリアの状態を確認すると杖を取り出し、レミリアの体を宙へ浮かせた。

 美鈴は小悪魔がレミリアを持っていったのを見送り、壇上に上がる。

 そして参列者に対しにこやかな笑顔で言った。

 

「すみません、うちのお子ちゃま夜行性でして。どうやら演説中に寝ちゃったようです」

 

 美鈴のあまりの笑顔に、参列者たちも釣られて笑みを浮かべる。

 スネイプは壇上の血液を綺麗に消失させると、小悪魔の後を追った。

 

 

 

 

 

 

『もう目も開いてますし、もしかしたらこちらが見えているかもしれませんね』

 

 ぼんやりとくぐもった声が聞こえる。

 女性の声だ。

 

『見えてるわけないでしょ。向こうは水中にいるんだから』

 

『それでも、ぼんやりとは見えてるはずです。それに音だって』

 

 目の前に立っている人物は、コツコツと私の入っている容器のガラスを叩いた。

 私は真っ直ぐ手を伸ばす。

 

『ほら、反応してますよ。こっちを認識してるんです』

 

『そりゃ、生きてるし、それに五感も正常に働いてるんだから反応ぐらいするわよ』

 

 そう、私は生きている。

 私は生きて──

 

 

 意識が覚醒する。

 

「──っ……痛」

 

 右足が酷く痛む。

 無理はない。自分でやったこととはいえ、太ももから先を切断したのだ。

 それに、まだ最低限の止血しか施していない。

 私は傷口の断面にしつこく清めの呪文を掛け、消毒を行う。

 そして鞄の中から命の水を取り出し、傷口にゆっくり掛けた。

 これで傷口が壊死することはないだろう。

 私はダンブルドアが義手を作ったのと同じ魔法を自らの右足にかける。

 杖から飛び出した銀色の液体は私の右足にまとわりつき、太ももから先の部位へと形を変えた。

 

「この魔法便利すぎでしょ」

 

 私はゆっくり義足の膝を曲げ、上手く動くことを確認する。

 接合部がかなり痛むが、歩けないよりかはマシだ。

 それに、足は関節が少ない分、義手を作るより簡単だ。

 私は何度も足を曲げ伸ばししてから、慎重に立ち上がる。

 そして時間の止まった室内をグルグル歩き回り、義足の調子を確かめた。

 

「歩けはするけど……走るのは厳しいわね」

 

 私は時間停止を解除すると、切断した右足を鞄の中に放り込む。

 私の鞄の中は時間が止まっているため、魔力的に繋がっているレミリアの時間も止まったはずだ。

 これで少しの間時間稼ぎが出来るだろう。

 私は血で汚れた室内を魔法で綺麗にすると、姿くらましでホテルの客室を後にした。

 

 

 

 

「これ、本当に生きてますよね?」

 

 ダンブルドアの葬式会場近くの民家の中で、美鈴が停止しているレミリアを観察しながら呟く。

 小悪魔はレミリアに対して何度か杖を振るうと、確信めいた表情で頷いた。

 

「完全に時間が止まってますね」

 

「時間が止まっている?」

 

 小悪魔の後を追って一緒に民家に入ったスネイプがレミリアを見ながら言う。

 

「サクヤ・ホワイトに魔弾を撃ち込み、時間停止を無効化するところまでは成功したんでしょう。ですが、その後サクヤに逃げられ、魔弾を撃ち込んだ部位の時間を止められたんでしょうね」

 

 小悪魔はスネイプの袖を掴み、レミリアの肌に触れさせる。

 その瞬間、スネイプはレミリア同様に時間が止まり、室内で停止した。

 

「親は向こうか。だとしたら……」

 

 小悪魔は今度は杖をレミリアの手首へと向け、切断呪文を放つ。

 小悪魔の放った切断呪文はレミリアの手首をいとも簡単に切断した。

 その瞬間、レミリアとスネイプは同時に動き出す。

 レミリアは自分の手首が切断されていることを確認すると、傷口から溢れる血液をコウモリに変えて止血を施した。

 

「……ああ! もう! まんまと逃げられたわ!!」

 

 レミリアは悔しそうに地団駄を踏む。

 小悪魔は切断した右手を魔法で宙に浮かべると、器用に空中でブレスレットを外して地面へと落とした。

 レミリアはブレスレットが地面に落ちたのを確認し、右手を手首へと再接合する。

 そして接合面をコウモリで覆い、次の瞬間には傷痕がわからないほど綺麗に治癒させた。

 

「それではスカーレット嬢、作戦は……」

 

 レミリアと共に動き出したスネイプがレミリアに問う。

 レミリアは小さく首を横に振りながら言った。

 

「途中までは順調だったんだけどね。空間転移魔法で逃げられたわ」

 

「あれ? 空間転移しても弾丸に込められた魔法で捕捉できるって話でしたよね?」

 

 そう、レミリアの作戦はかなりの完成度だった。

 そもそも、パチュリー・ノーレッジがダンブルドアの葬式に参加するという情報からレミリアの罠だ。

 パチュリーがダンブルドアの葬式に参列するか定かではないが、サクヤ・ホワイトを釣る餌にはできる。

 そのような判断で日刊予言者新聞に記事を掲載させたのだ。

 事実、サクヤはその餌に釣られて式場を訪れた。

 だが、時間を操るサクヤを相手に、正面から戦っても勝ち目は薄い。

 だからこそ、レミリアは更に何重にもトラップを張った。

 サクヤが触りそうなあらゆる物を魔力的に結びつけ、マグルの狙撃手が持つ狙撃銃へと繋げる。

 サクヤがそれらに触れた瞬間、狙撃銃を通して狙撃手の時間停止が解除され、それを合図にサクヤ・ホワイトへレミリアの持つブレスレットと魔力的に繋がった弾丸を撃ち込む。

 サクヤの体内に弾を撃ち込んでしまえばあとはこっちのものだ。

 時間を操る能力さえ無効化できれば、あとは赤子の手を捻るようなものだとレミリアは考えていたのだ。

 だが、結果としてレミリアはサクヤを取り逃した。

 サクヤが姿現しを使えることは知っていた。

 だからこそ、弾丸にはサクヤがどこへ逃げようと追跡できるよう、魔法が仕込んでおいた。

 

「サクヤ・ホワイトと弾丸が一緒になっていたらね。簡単に摘出できないように弾丸は人体に入った瞬間粉々に砕けるようにもした。でも結果として私の時間を止められたということは……」

 

「右足を切断した。そういうことですか」

 

 小悪魔の言葉に、レミリアは頷く。

 

「あの短時間で破片全ての摘出は不可能。それを考えると足を一度切り離したんでしょうね」

 

「いやいやサクヤちゃん……トカゲじゃないんだから」

 

「それもう私が言ったわ。それに、今現在全く魔力を探知できない。もしかしたら切断した右足ごと魔法で弾丸を消失させてしまったのかも」

 

 あまりの思い切りの良さに、美鈴は頭を抱える。

 レミリアは不意打ちで気絶させておけばよかったと若干後悔しつつも気持ちを切り替えるように手を叩いた。

 

「まあ、逃げられたもんはしょうがないわ。もう移動してるだろうけど、一番初めに移動した場所までは捕捉できてるし。美鈴、地図」

 

 レミリアは美鈴に地図を広げさせると、ポケットの中から小さな魔法具を取り出す。

 その魔法具はレミリアの手を離れると、地図上を滑るように動き地図のある一点を指し示した。

 

「……カーディフの港町ね。位置的にリゾートホテルがある場所かしら」

 

「カーディフだな?」

 

 スネイプは地図を覗き込むと守護霊を呼び出して外へ放つ。

 レミリアは手首についた自分の血を綺麗に拭うと、大きなため息をついた。

 

「まあ、今はダンブルドアの葬式に参加しましょうか。敵討のためだとはいえ、彼の葬式を利用するような形になっちゃったし」

 

 行くわよ、とレミリアは小悪魔と美鈴に声を掛ける。

 美鈴は慌てて地図を畳むと、日傘を持ってレミリアの横に立った。

 小悪魔は部屋の隅で気絶している民家の主であるマグルに杖を向ける。

 そして黒く真っ直ぐな指揮棒のような杖を一振りしてマグルの記憶を消去した。




設定や用語解説

ダンブルドアの葬式会場
 ダンブルドアの葬式会場には無数に罠が張り巡らされており、ダンブルドアの棺を始め、参列者が座っている椅子から会場の地面に落とされたガリオンコインなど、様々なものが狙撃手と魔力的に結びついていた。

まんまとサクヤに逃げられるレミリア
 実は姿くらましはできないように細工がなされていた。本来ホグワーツに掛けられているような姿現しを妨害する魔法は時間停止と共に無効化されるが、今回はレミリアのブレスレットに妨害魔法が施されていたため、時間が止まった世界でもブレスレットから数メートルの範囲では姿現しが使えない。ただ、サクヤはパチュリー・ノーレッジの書籍で学んだ魔力式多次元量子ワープを使ったため逃げることができた。

時間が停止するレミリア
 サクヤが切断した太ももを鞄の中に入れたタイミングで時間が停止した。サクヤの所持している鞄の中に広がる世界は時間が停止しているため。小悪魔が親がどうとの発言をしていたが、もし魔力的繋がりの親がレミリアのブレスレットだった場合、逆に鞄の中に入れた太ももの時間が鞄の中で止まらなかった。

あまり痛がっていないサクヤ
脳内麻薬がドバドバ出ているせい。

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摘出と接合と私

 カーディフのホテルで姿くらましした私は、ロンドンにあるウール孤児院の自分の部屋へと姿現しした。

 この部屋に来たのは何年振りだろうか。

 私は着地と同時にバランスを崩すと、ベッドの上に倒れ込む。

 取り敢えずここなら少しの間身を隠すことが出来るだろう。

 

「いや、式場に戻るべきなのかしら……」

 

 まだお目当てのパチュリー・ノーレッジには会えていない。

 ダメ元でもう一度式場内を探してみるべきか?

 いや、やめたほうがいいか。

 あれほど綿密に策を練っていたのだ。

 きっとパチュリーが葬式に来るという記事も嘘なのだろう。

 

「……それに、今は足を繋げることが先ね」

 

 簡易的に処置を行い義足も作ったが、繋げられるならさっさと繋げてしまったほうがいい。

 だが、私はレミリアのような吸血鬼とは違い普通の人間だ。

 断面をくっつけるだけで治癒するような回復力は持っていない。

 本来ならば足をくっつけるのは諦めるところだ。

 だが、幸いにも私は錬金術の到達点である賢者の石を所持していた。

 

「まずは右足から弾丸を取り除かないと」

 

 私は鞄を開くと、体を鞄の中に滑り込ませる。

 鞄の中は無重力になっているため、その中を移動するには一工夫必要だ。

 靴の時間を停止させ、空中に固定させる。

 その状態で膝を曲げ、軽く伸ばすと同時に靴の時間停止を解除する。

 そうすることで反作用を上手く殺して移動することができるのだ。

 私はゆっくりとしたスピードで鞄の中を移動する。

 お目当ての右足はそう離れた位置にあるわけではない。

 私はすぐに右足の位置まで辿り着くと、靴の時間を止めその場に静止した。

 

「さてと」

 

 私は右足の時間停止を解除する。

 時間停止を解除したことでレミリアも動き出してしまうが、鞄の中という異空間にいるため場所までは特定されないだろう。

 時間が動き出した右足の断面からは赤い血液が溢れ出す。

 私はポケットの中から懐中時計を取り出すと、その中に空間を弄って隠している賢者の石を取り出した。

 

「出所のわからない賢者の石で少し怖いけど……」

 

 背に腹は代えられない。

 私は少し遠くに浮かんでいる水差しを魔法で呼び寄せると、その中に賢者の石を放り込む。

 そして生成された命の水を右足に掛け、撃たれた傷の周りの血を洗い流した。

 

「意外と傷口は小さいわ」

 

 私は右足に探知魔法を走らせる。

 魔力的な繋がりを持たせているということは、微量ながら魔力を帯びているということだ。

 

「うげ……砕けるタイプか」

 

 探知魔法を信じるならば、私の体内に侵入した弾丸は内部で砕け、五十七もの破片になっているらしい。

 私は弾丸の破片を一つずつ消失させていく。

 全ての破片の場所が正確に把握出来ているなら一気に消すことも可能だろうが、下手をするとただでさえボロボロの私の右足を更に痛めつけることになる。

 時間は掛かるが、地道に消していくしかないだろう。

 

「うふ、あはははは」

 

 なんだこの状況は。

 どうしてこんなことになっているんだろう。

 私は目の前に浮かぶ自分の右足を見ながら笑う。

 あまりにも非現実的な光景だ。

 自分の足であるはずなのに、まるで肉屋で買ってきた肉を捌いているような気持ちになる。

 本当に、この足は自分の体にくっつくのか?

 勢いに任せて取り返しのつかないことをしてしまったのではないか?

 

「ひひ、ははは……」

 

 笑いが止まらないのは、きっと脳内麻薬のせいだろう。

 私は一度杖を自分の頭に向け、鎮痛魔法を掛け直す。

 そして魔法で作り上げた義足を消し去り、薄く皮の張っている右足の断面を切断魔法で薄く削いだ。

 

「あぐ……」

 

 痛みはない。だが、自然と声が漏れる。

 私は足の断面と断面をピッタリ合わせ、ゆっくり命の水を足の切断面に纏わせる。

 すると、目に見える速度で私の右足は繋がっていき、すぐにつま先までの感覚を取り戻した。

 

「成功……よね?」

 

 私は慎重に右足の膝や足首を曲げ伸ばす。

 違和感はない。神経や血管は綺麗に繋がったようだ。

 

「……はぁぁぁ。もう二度とこんなことやりたくないわ」

 

 私は残りの命の水を一息に飲み干すと、空中に散らばった血液を魔法で消去する。

 そして靴の時間を操作し空間を蹴ると、そのまま鞄の外へと飛び出した。

 部屋の中に着地した私は、改めて過去自分が暮らしていた部屋を見回す。

 咄嗟のことで、今まで自分が一番長い時間過ごしてきた場所へ姿現ししてしまった。

 ここへ来るのは何年振りだろうか。

 シリウス・ブラックによる襲撃を受けてから……いや、あの事件は結局シリウス・ブラックの犯行ではなかったんだっけ。

 私は太ももの接合面に残る血液をハンカチで拭う。

 そして、少し埃っぽいベッドに腰掛けると、左手に杖を構えて神経を集中させた。

 もし右足に破片が残っているとしたら、レミリアはすぐにでもこの場所を突き止めるはずだ。

 私はレミリアを誘うように一度時間を停止させると、再度時間を動かす。

 そして全神経を集中し、レミリアの魔力が近くに来ていないかを探った。

 

「……大丈夫、かしらね」

 

 神経を尖らせること約十分。レミリアがやってくる様子はない。

 どうやら、上手く身を隠すことが出来たようである。

 私はほっとため息を吐くと。慎重にベッドから立ち上がる。

 命の水の驚異的な治癒力で繋がっているとはいえ、足の接合もまだ完璧ではないだろう。

 しばらくは激しい動きをせず、リハビリに努めた方がいい。

 私は今の自分には少し小さすぎる勉強机の前へ移動すると、椅子に座って窓の外を見る。

 思えば、この窓を一匹のフクロウが突き破ったのが始まりだったか。

 

「懐かしいわね」

 

 確かあの時はストーンウォール入学に向けて勉強している真っ最中だった。

 うちの孤児院は初等教育は孤児院内で行われる。

 私としては、ストーンウォールが初の学校デビューになるということもあり、気合が入っていたはずだ。

 私は引き出しの中から当時の参考書を引っ張り出すと、ペラペラと捲る。

 多少忘れている問題もあるが、今でもある程度はスラスラと問題を解くことが出来た。

 

「ん? 初等教育?」

 

 私はその単語が引っかかり、引き出しの中から当時のノートや参考書を引っ張り出す。

 そうだ、私は初等教育には……プライマリースクールには行ってない。

 嫌な汗が出る。

 私は当時の参考書を静かに閉じると、悪寒の正体を吐き出すように呟いた。

 

「それじゃあ、プライマリースクールでクラスメイトだったレオとレイラって……」

 

 そんなものは存在しない。

 だってプライマリースクールには通ってないんだから。

 冷や汗が背中を伝っていくのが感じ取れる。

 

「あの二人……一体何者?」

 

 私は参考書やノートを見つめながら、しばらく動くことが出来なかった。

 

 

 

 

 

 その日の夜、私は孤児院の自分の部屋の扉を開けると、二階廊下を歩き一階へ続く階段へ進む。

 私がつけた血液の足跡の痕跡はない。

 他の部屋の扉を開けてみる勇気はないが、きっと子供達の亡骸はマグルの警察が回収して丁重に葬ってくれていることだろう。

 一階へと降りた私は、リビングへと立ち寄ることなく廊下を進み玄関ホールへと出る。

 そして玄関ホールに置かれている姿見の前に立つと、スカートを捲って右足の接合面を確認した。

 

「これ、流石に痕になりそうね」

 

 繋ぎ合わせた部分は赤くみみず腫れになっている。

 炎症が治っても痕は残りそうだ。

 

「癒療は専門じゃないからなぁ」

 

 まあ、位置的にかなりのミニスカートを穿くか、水着にでもならない限り目立たないような位置ではある。

 それにどうしても気になるなら、専門家に診て貰えばいい。

 私は姿見の前で時間を停止させると、着ていたホグワーツの制服を鞄の中に仕舞い、私服を着込む。

 そして髪の色を変化させようと杖を手に取り、少し考えてから仕舞い直した。

 

「このままのほうがいいわね」

 

 逃亡するわけではない。

 追及しに行くのだ。

 私は姿見の前で髪を整えると、玄関を開けて外へと出た。

 

 

 

 

 孤児院の玄関を出た私は、申し訳程度に張られた立ち入り禁止のテープを潜って敷地内を出る。

 今更ながらだが、この孤児院取り壊されていなかったのか。

 普通に考えたらかなりの事故物件だ。

 建物の持ち主が誰かはわからないが、建て直されていてもおかしくはないはずである。

 

「それか、少し寝かせているのかしらねぇ」

 

 私にとっては随分昔のことのように感じるが、数字だけで見たら数年前だ。

 私より何倍も長く生きている大人たちからしたら、まだ短いと言える期間なのかもしれない。

 私は一度孤児院の建物を見上げてから、時間の止まったロンドンの街を歩き始める。

 時間の止まったロンドンの街は実に静かだ。

 私の呼吸音と靴の踵が地面を叩く音、布擦れの音以外の音が一切存在しない。

 耳を澄ませば、私の心臓の音やポケットの中の懐中時計の音すら聞こえてきそうだ。

 私はポケットから懐中時計を取り出すと、そっと左耳に当てる。

 アンクルがガンギ車にぶつかる音を聞きながら、私はリズミカルに地面を蹴った。

 

 そうしているうちに、サラの店の前までやってきた。

 私は一度店の扉を開け、既に営業が終了していることを確かめる。

 店の中ではサラとレイラが閉店後の片付けをしているところだった。

 

「レオの姿がないわね」

 

 私は一度扉を閉め、時間停止を解除する。

 そして改めて店の扉を開け、店内に入った。

 

「あ、すみませんもうお店閉めちゃってて……」

 

 店の扉につけられた鈴の音を聞いて、サラがグラスから顔を上げずに声をかけてくる。

 私はそんなサラの言葉を無視すると、店の扉に鍵を掛ける。

 その音を聞き、サラはグラスから顔を上げ、そして小さく悲鳴を上げた。

 

「さ、サクヤ・ホワイト……」

 

 サラの手からグラスが滑り落ち、床に落ちて粉々に砕け散る。

 その音を聞き、レイラも私の存在に気がついたのか、恐怖に顔を歪めて店の奥に走り出そうとした。

 

「あ、待ちなさい」

 

 私は服に隠していたナイフを一本レイラに向けて投擲する。

 一回転して飛んでいったナイフは、レイラがたった今開けようとした扉のドアノブ近くに突き刺さった。

 

「ひっ……」

 

「貴方に用があるのよ」

 

 レイラは腰を抜かしてしまったのか、そのままぽてんと後ろに尻餅をつく。

 私はそんなレイラに向かって歩き出した。

 

「ち、違うの! わ、わたし別に貴方を怒らせようだなんてそんなつもりはなくて!」

 

 レイラは足をバタバタとさせながら、なんとか私と距離を取ろうとする。

 私は固まって動けないサラの横を通り過ぎると、立ち上がれないでいるレイラの側に立って見下ろした。

 

「貴方、私とクラスメイトだったって言ってたけど、それ本当?」

 

「はぁ!? 何わけわからないこと言ってるのよ!?」

 

 レイラは両腕で顔を隠すようにうずくまる。

 私はそんなレイラの腕を退かすと、レイラの目を見る。

 そして開心術でレイラの心の中に侵入した。

 

「……え?」

 

 レイラの心の中には、確かに小さい頃の私がいた。

 レイラが私に対して抱いている感情は、嫉妬と後悔。

 

「私は……プライマリースクールに通っていた?」

 

「そうよ、そう……だから殺さないで……」

 

 私が手を離すと、レイラはその場で顔を隠して泣き出してしまう。

 彼女は嘘をついていない。

 彼女の記憶では、私は確かにプライマリースクールに通っていたのだ。

 

「なんで……うちの孤児院では、初等教育までは孤児院で教えるはず──」

 

「それは、孤児院の運営的にはかなりおかしいです」

 

 カウンターにいたサラがゆっくりとこちらに近づきながら口を開く。

 

「イギリスでは、十六歳までは無償で教育を受けることが出来ます。孤児院内で勉強を教えるよりも、学校に通わせてしまった方がよっぽどいい」

 

 私は何か反論しようと口を開きかけたが、言葉が出てこない。

 確かに、サラの言う通りだ。

 イギリスでは十六歳まで学費は掛からない。

 私のいた孤児院はかなり貧乏だったが、貧乏であるなら尚更学校で教育を受けさせるべきだ。

 

「おかしい……おかしい……絶対に何かがおかしい」

 

 私はガリガリと頭を掻く。

 

「私の記憶がおかしいの? それともレイラの記憶が改竄されているの?」

 

 そして少し考え、ふと、ある結論に達した。

 

「もしかして、おかしいのは孤児院の方?」

 

 全身に寒気が走る。

 もしレイラの記憶が真実ならば、私の部屋に残された参考書やノートと矛盾が生じる。

 だが、もしその参考書やノートが意図的に用意されたものだったら?

 私の記憶が、何者かに改竄されているとしたら?

 

「あ、あの……大丈夫ですか?」

 

 頭を抱えて動けない私に、サラがそっと声を掛けてくる。

 私は左手で杖を抜くと、部屋の隅で啜り泣くレイラに向けて服従の呪文を掛ける。

 レイラはピタリと泣き止むと、とろんとした表情で立ち上がった。

 

「プライマリースクールの卒業アルバムを持ってきなさい」

 

「はい。わかりました」

 

 レイラはそのまま店の扉の鍵を開け、外へと出ていく。

 私はレイラの後ろ姿を見送ると、サラにも同様に服従の呪文を掛けた。

 

「何か料理を作りなさい」

 

「はい」

 

 サラは一度綺麗にしたコンロに火を入れ、肉を焼き始める。

 私はその様子を見ながらレイラの帰りを待った。




設定や用語解説

イギリスの義務教育
 イギリスでは五歳~十六歳までは無償で教育を受けることが出来る。

二人に服従の呪文を掛けるサクヤ
 許されざる呪文のはずなのに、何故か温情を感じる不思議。

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キャビネットとコンピュータと私

 サラの料理を食べながら三十分ほどパブで待っていると、レイラが一冊のアルバムを胸に抱えて店の中に戻ってきた。

 私はレイラからアルバムを受け取り、ページを捲る。

 生徒一人一人の写真はないが、集合写真はある。

 私はその中から、白い髪の少女の姿を見つけ出した。

 

「間違いない。私だ」

 

 そこには、確かに私の姿があった。

 学校行事の写真にも、私が写り込んでいるものがある。

 私は必死に記憶を探るが、どこかぼんやりとしており、この時のことはどうにも思い出せない。

 まるで記憶が意図的に改竄されたかのように。

 

「……孤児院を調べなきゃ」

 

 私はレイラにアルバムを押し付けると、孤児院の玄関へと姿現しする。

 そして階段を駆け上がり、自分の部屋へと飛び込むと、勉強机の引き出しをひっくり返した。

 様々な小物が床に跳ね、そこら中に散乱する。

 小さなクマの人形や綺麗な色をした石、浜辺で拾った貝殻など、昔大切にしていた宝物ばかりだ。

 

「プライマリースクールに通っていた痕跡はない」

 

 私は自分の部屋を飛び出して、他の子供の部屋に入る。

 床の血は綺麗になっているが、ベッドに残されているマットレスやシーツは赤黒く変色している。

 確かにここで子供たちは死んだのだ。

 

「……っ」

 

 可能な限りベッドを直視しないようにしながら、私は勉強机の引き出しを開け、中身を漁る。

 その中には、レイラと同じ学校の卒業アルバムが入っていた。

 

「やっぱり、ここの子供たちは初等教育を学校で受けている……みんな、学校に通っていたんだわ」

 

 では、私のこの記憶はなんだ?

 何者かが、私の記憶を弄ったのか?

 可能性があるとすれば……

 

「……院長」

 

 この孤児院では唯一魔法使いの存在を知っていた人物だ。

 もしかしたら、本当は魔法使いだったのかもしれない。

 私は子供部屋を飛び出すと、院長室へと急ぐ。

 階段を駆け下り、廊下を抜けた奥。

 私は院長室の扉を開けると、院長室を見回した。

 院長室は余分なものがあまり置かれていない、非常に質素な内装をしている。

 孤児院運営に関する書類が収められている本棚に、大きな書斎机。

 座り心地の良さそうな椅子は、代々受け継がれてきたものらしく、革が擦り切れていた。

 パッと見た限りでは、私のよく知る院長室だ。

 私は書斎机の内側に回り込むと、書斎机の引き出しを開ける。

 そこにはボールペンやら万年筆用のインク瓶やらが無造作に入れられているが、魔法使いらしい持ち物は何も無かった。

 魔法使いだったら、羽ペンや羊皮紙の一枚ぐらい入っていそうではある。

 私は念の為に部屋全体に探知魔法を走らせる。

 だが、魔法の痕跡どころか、魔道具の一つも見つけることが出来なかった。

 

「院長は魔法使いじゃない……だったら……」

 

 私は唾を飲み込み、院長室を後にする。

 そして、真っ暗な廊下を進み、もう一人の職員の部屋の前に立った。

 

「まさか……まさかよね?」

 

 私はもう一人の職員、セシリアの部屋の扉を開ける。

 院長室と違い、私はこの部屋に殆ど入ったことがない。

 セシリアの遺体を確認した、あの夜に入ったのが最初で最後だ。

 セシリアの部屋は院長室と違い、執務を行う部屋ではなく、セシリアの生活スペースとなっている。

 そのため大人用のベッドや姿見、クローゼットに、キャビネットなども置かれていた。

 そして他の部屋と同様に、血痕等は残されていない。

 だが、他の子供部屋と同様に、ベッドのマットレスだけは赤黒く変色していた。

 

「机はあるけど、引き出しはないわね」

 

 机はあるが、本当に読み書きをするだけの簡易的なものだ。

 私はクローゼットを開けると、中を漁る。

 魔法使いならば、ローブの一つでも持っていそうなものだが、クローゼットの中には彼女が普段よく着ていた洋服やエプロンしか入ってなかった。

 小物の類いは見当たらない。

 きっとキャビネットの中だろう。

 私は部屋の中に設置されている少し大きめのキャビネットの扉を開ける。

 そして、その中を覗き込んで愕然とした。

 

「なに……これ……」

 

 キャビネットの中には、もう一つ扉が設置してあり、そのガラス窓からは白色の何かが見える。

 私はキャビネットの中に潜り込むと、もう一つの扉を開けてキャビネットの外に出た。

 キャビネットを抜けた先には、現代的な研究室が広がっていた。

 大きな机にはコンピュータが設置されており、その周辺には印刷機で印刷したのであろう書類が散乱している。

 部屋の壁際にはガラス棚が立ち並び、よくわからない液体が入れられた瓶が所狭しと並べられていた。

 

「なにここ……セシリア、貴方は何者なの?」

 

 私は一度セシリアの部屋へと戻り、キャビネットを詳しく調べる。

 キャビネットは壁に設置されておらず、床から動かすことができる。

 つまりは、この研究室はセシリアの部屋から地続きではないということだ。

 私はもう一度キャビネットを見つめ、そしてその正体を察する。

 これは、姿をくらますキャビネットだ。

 今年度、マルフォイが必要の部屋で修理していたものと同じものだろう。

 明らかに魔法界の道具である。

 これで、セシリアが魔法使いであったことは間違いないだろう。

 だが、セシリアが魔法使いだとしたら、繋がっている先が明らかにおかしい。

 私はもう一度キャビネットをくぐり、研究室へと出る。

 そして散らばっている書類の一枚に目を通した。

 

「……『蓬莱の薬』?」

 

 書類に書かれた化学式の内容はよくわからないが、私はその書類に書かれた薬の名前に目が止まる。

 どうやらこの書類は、『蓬莱の薬』と呼ばれる薬について書かれているようだ。

 逆に言えば、それ以上のことはどの書類を読んでもわからない。

 私は、それなりにマグルの勉強もできる方だ。

 魔法界の薬物学に関しては言わずもがなである。

 だが、そんな私でも全く読み解くことができない。

 マグルの化学、魔法界の薬学、そのどちらでもない。

 私は書類を机に戻すと、研究室の探索を始める。コンピュータの置かれた机の他には、何かを洗浄するための流しや簡易的なベッドが置かれている。

 そして他の部屋へと続くのであろう扉がいくつか確認できた。

 

「……調べる以外の選択肢はないわね」

 

 私は一番近くにある扉のドアノブに手を掛け、ゆっくりと捻る。

 その先には無機質な廊下が真っ直ぐと続いていた。

 

「あ、ここが入り口か」

 

 廊下に出て振り返ったところで、この扉が本来の研究室の入り口だということに気がつく。

 どうやらこの研究室は、大きな建物の一室のようだった。

 私は廊下を少し歩き、廊下の窓から外を覗く。

 窓の外は人工的な光で溢れており、遠くの道路には多くの車が走っていた。

 

「かなり都会……」

 

 きっとそれほどロンドンから離れていない。

 窓から下を見下ろすと、有名な製薬会社のロゴが見えた。

 

「製薬会社のビル……でも、どうしてそのビルの一室が孤児院と繋がっているの?」

 

 私は研究室に戻ると、違う部屋の扉を開ける。

 その瞬間、かなりの熱量が私の体を包み込んだ。

 

「あっつ……え? なんで?」

 

 私が開けた扉の先には、ガラス張りのベッドが設置されていた。

 そのガラスの内側では、赤い炎が人の形を作っている。

 いや、違う。

 ガラス張りのベッドの上で、人間が一人燃え続けていた。

 通常、人間というのは燃え続けるということはない。

 最終的は炭化し、火が消えるはずである。

 だが、その人間の肌は燃える先から沸き上がるように新しくなっていっている。

 その横にはデジタル表記の数字が一秒間ごとに一ずつ増え続けている。

 どうやら、何かの時間を刻んでいるようだ。

 もしこの表示をそのまま信じるのだとしたら……

 

「二十四年?」

 

『コロシテェエエエエエエエエエエ!!!』

 

 その瞬間、ベッドの上で燃えている人間が暴れ出す。

 ベッドに張られているガラスは高さがないため、体を起こすことは出来ていなかったが、その中にいる人間、いや少女は発狂したように体をバタつかせた。

 

『もう殺してっ! もう嫌ぁ……コロシテ、殺しなざい!! 早く殺せぇええええええ!!!』

 

「……っ、あ、アバダケダブラ!」

 

 私は杖を引き抜き、ベッドに向かって死の呪いを放つ。

 緑の閃光はガラスを通り抜け、中にいる人間を一瞬で死に至らしめた。

 その瞬間、中で燃えていた人間の肌が再生することはなくなり、溶けて黒く炭化していく。

 私はその死体が燃え尽きるまでその場を動くことが出来なかった。

 

 

 

 

 

 やはり、この研究室は普通じゃない。

 私はその後も研究室の他の部屋を探索したが、ろくなものは出てこなかった。

 かなり巨大な培養槽や複雑な機械、牢獄のような施設もある。

 だが、もう何年も使われていないのか、どの機材も薄く埃を積もらせていた。

 もしセシリアがこの研究室の管理をしていたのだとしたら、セシリアが死んだことで管理する者がいなくなったということだろう。

 セシリアとは、一体何者だったのだろうか。

 

「何かが分かったようで、結局何もわからない……もどかしいわ」

 

 だが、明らかに一般人でなかったことは確かだ。

 私は研究室の椅子に座り込むと、大きく伸びをする。

 そしてもう一度書類にぼんやりと目を通した。

 

「蓬莱の薬……ねぇ。そんな名前の薬、聞いたこともな──」

 

 本当にそうか?

 頭の中で何かが引っ掛かる。

 最近、どこかで名前を見かけた気がする。

 私は鞄の中に手を突っ込むと、ホグワーツの隠し部屋で見つけたレイセンの日記帳を手に取る。

 そしてイザヨイモモヨが出てくるところまでページを飛ばした。

 

「どこかで見たとしたら……あった。ここだわ」

 

 一九七二年 十月二十二日

 やはり、私はかなり運がいいようだ。まさかこんな辺境な地でイザヨイモモヨ様と出会うことができるなんて。蓬莱の薬を研究した罪で依姫様に逮捕されたことは知っていたが、地上に堕とされていたことは知らなかった。

 

「蓬莱の薬を研究した罪で、イザヨイモモヨは逮捕され、転生という形でイギリスに追放された。もし、この研究室の主がイザヨイモモヨだとしたら……セシリアの正体がイザヨイモモヨだとしたら!」

 

 私の中でバラバラだった情報が少しずつ繋がる。

 セシリアの正体が転生した魔法使いだったとしたら……。

 一九七二年に学生だとしたら、年齢的にもセシリアと同じぐらいだ。

 

「そっか。そっか……」

 

 私は知識欲が満たされたことによる多幸感に包まれながら、日記を鞄の中に仕舞い込む。

 そのまま少し物思いに耽り、そして気がついた。

 

「でも、これ今の状況に全く関係ないわね」

 

 セシリア……イザヨイモモヨは死んだ。

 どうして死んだのか、誰が殺したのかは謎だが、確かにベッドの上で死んでいた。

 もう過去の人物だ。

 もっとも、魔法使いということもあり、私の母親と知り合いだった可能性は高い。

 私の母親、セレネ・ブラックは知り合いの魔法使いであるイザヨイモモヨに私を預け、そして死んだ。

 年代的にもホグワーツで同級生だった可能性が高い。

 もしそうだとしたら、セシリアが魔法使いであると名乗り出なかったのにも説明がつく。

 私の母親は闇の魔法使いだった。

 セシリアが魔法使いであると私に話していたら、私を通じてセシリアが魔法使いであるとマクゴナガルやダンブルドアにバレる。

 そうなれば、芋蔓式に闇の魔法使いとの関係も知られてしまう。

 

「その辺の話がいざこざとなって、孤児院の皆を殺すことになったとか?」

 

 まあ、何にしても、今の状況を解決する手立てにはならない。

 満たされたのは私の知識欲だけで、パチュリーへの手がかりも、レミリアへの対抗手段も何も得られなかった。

 てっきり私は、レイラとレオがレミリアのしもべや、パチュリーからの遣いかと思ったのだが。

 

「イザヨイモモヨ……どんな人物だったのかしらね」

 

 私の中のセシリアのイメージは、優しげな大人の女性だ。

 そんな彼女に裏の顔があったことに多少なりとも驚いてはいるが、今の状況には何も関係ない。

 私は椅子から立ち上がると、キャビネットを潜ってセシリアの部屋へと戻る。

 そして赤く変色したベッドを一度見下ろし、彼女の部屋を後にした。




設定や用語解説

セシリア
 孤児院に住み込みで働いていた女性。誰にでも丁寧で優しく、そして少々心配性な面がある。

姿をくらますキャビネット
 対になったキャビネットと内部が繋がっており、どんなに離れていようが一瞬で対になったキャビネットが設置されている場所まで移動することができる。設置場所がホグワーツのような魔法で隠されている場所や、忠誠の術で隠されている場所であっても例外ではない。

製薬会社
 世界的に有名な製薬会社。現代社会に生きるなら誰しもが一回はその名前を耳にしたことがあるレベルで大企業。

イザヨイモモヨ
 ホグワーツの隠し部屋で見つけたレイセンの日記の中に出てくる謎の人物。日記の記述が本当なら月から追放されたそうだが……

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タダ読みと襲撃と私

 一九九七年、七月。

 足の傷はもうだいぶ良くなってきており、繋いだ痕もうっすらと残るだけだ。

 私は孤児院の自分の部屋に設置されている姿見で右足の様子を見ながら、机の上に置いた命の水を飲む。

 傷が良くなるまで半ば習慣的に飲んでいたが、最近なんだか命の水を生成した時の賢者の石の光り方が渋い。

 もしかしたら、賢者の石にも使用限度というか、魔力的な限界があるのかもしれない。

 

「まあ、無尽蔵に命の水を生成できるわけじゃないわよね。ノーレッジ先生の本では魔力の貯蔵庫にもなるって話だったけど……」

 

 まさか、溜め込んだ魔力を使って命の水を生成しているのか?

 もしそうだとしたら、外部から魔力を入手しなければ命の水を生成し続けることが出来ないことになる。

 やはり永遠の命を得るにはそれなりの代償が必要だということか。

 

「自分の魔力を使って不老不死を得る……いや、多分それは無理ね」

 

 基本的に魔法というものは、入力より出力の方が大きくなることはない。

 もし自らの魔力のみで命の水を生成し続けることができてしまったら、なんの供給も無しに不老不死が得られてしまう。

 命の水を生成するために必要な魔力量は、きっとかなり膨大なはずだ。

 

「他人から魔力を吸い取るわけにもいかないし、常飲は諦めて非常時の治療用として魔力を蓄えておきますか」

 

 私は机の上に置いていた賢者の石を左手で握り込むと、魔力を注ぎ入れる。

 なるほど、魔力を注いでみて分かったが、賢者の石は底なし沼だ。

 この小さな石の中に、かなり莫大な量の魔力を貯蔵できそうだ。

 私はほどほどに魔力の供給を止めると、賢者の石を懐中時計の内部に空間を弄って隠し込む。

 そして裏蓋をぱちりと閉じ、ポケットの中に入れた。

 

「さて。新聞の調達にでもいきますか」

 

 私は傷の確認のために脱いでいたズボンを穿き直すと、時間を停止させる。

 そして漏れ鍋のカウンター前に姿現しした。

 漏れ鍋は宿屋としても経営しているため、朝は宿泊客向けに朝食や紅茶の提供を行っている。

 私はカウンターの奥で紅茶を注ぎながら固まっている店主のトムに軽く手を振ると、カウンターに置かれている日刊予言者新聞を手に取る。

 宿泊客用にトムが取っているものだ。

 

「さてさて……何かめぼしいニュースはあるかなっと」

 

 私はカウンターの椅子に座り、足を組んで新聞を広げる。

 紅茶でもあれば優雅な朝のひと時だが、タダ読みさせてもらっている身なのでめぼしい記事だけ読んだらさっといなくなろう。

 まあ、時間が止まっているのでどれだけ長居しても一秒も経過してないのだが。

 

「……て、なにこれ?」

 

 最近の日刊予言者新聞は私に関する記事もネタ切れだったのか、新体制になったホグワーツの話題やレミリア・スカーレットに関する記事が多かった。

 だが、今日の記事は久々に私の記事のようだ。

 

「サクヤ・ホワイト、アズカバンを襲撃。アズカバン内から囚人が集団脱獄……って、私じゃないわよ?」

 

 そこには、アズカバンが何者かに襲われ、中にいた囚人の殆どが脱獄してしまったという記事が掲載されていた。

 容疑者として名前が上がっているのは私だ。

 自らの勢力を拡大させるためにアズカバンを襲撃し、囚人を脱獄させた疑いがあるとして闇祓いが捜査を進めているのだという。

 しかも、逃げ遅れた囚人の証言では、実際に私の姿を見たというのだ。

 

「誰かが私に変装してアズカバンを襲った? でも、アズカバンを襲撃できる魔法使いなんて……」

 

 アズカバンの周囲には吸魂鬼が数えきれないほど飛んでいる。

 魔法省の役人が正式な手続きを踏んで立ち入るならまだしも、外部から無理矢理侵入しようとすれば吸魂鬼の餌食になるのがオチだ。

 そんなアズカバンを襲撃し、囚人を脱獄させることが出来る魔法使いなんて限られているはず。

 まあ、だからこそ私が犯人であると断定されているんだろうけど。

 

「いや、いやいやいや。これはまずいわね……」

 

 私の知らないところで私の罪状が増えた。

 今までは、ダンブルドアとクラウチを殺した罪で追われていたところが大きい。

 だが、そこにアズカバンを襲撃して囚人を脱獄させた罪が追加されてしまった。

 パチュリー・ノーレッジに仲介をお願いしてレミリアと和解し、身の安全を確保することが目標ではあったが、このままではそれも厳しいかもしれない。

 

「これ、真犯人を私が捕らえないといけないパターン? だとしたら相当面倒ね」

 

 アズカバンを襲撃した何者かは、かなり高い魔法の技術を保持しているはずだ。

 もしその正体が死喰い人であるのなら、考えられる魔法使いは……

 

「確かレストレンジ兄弟は捕まっていなかったわね。ベラトリックスおばさんを助けるためにアズカバンを襲撃したとか?」

 

 実力のある死喰い人で捕まっていないのはレストレンジ兄弟とルックウッド、ヤックスリーあたりだろうか。

 あとルシウス・マルフォイも捕まっていないが、彼はヴォルデモート死亡後もうまく立ち回り罪には問われていなかったはずだ。

 

「なんにしても、脱獄した死喰い人に話を聞きに行った方がいいわね」

 

 脱獄した死喰い人はどこに潜伏しているだろうか。

 私が知っている死喰い人のアジトはリトルハングルトンにあるリドルの館ぐらいだ。

 だが、スネイプが完全にダンブルドア側の人間だとはっきりした今、スネイプも所在地を知っているアジトを使用しているとは思えない。

 どうしたら脱獄した死喰い人に接触できる?

 

「いや、無理に行方の分からない人間を探す必要はないか」

 

 私は新聞を折りたたむと元あった場所に戻す。

 そして大きく深呼吸し、その場で姿くらましをした。

 

 

 

 

 

「っとと、あんまり自信なかったけど……」

 

 姿現しによって石造りの床に着地した私は、目的の場所に無事移動できたことを確認し安堵の息をつく。

 一度訪れたことがある場所ではあるが、正確な位置を把握しているわけではないので少し心配だったのだ。

 私はガラスではなく鉄格子が嵌められている窓へと近づくと、外の様子を窺う。

 鉄格子の外は荒れた海になっており、その周辺には吸魂鬼が空中に浮かんでいた。

 そう、私が姿現ししたのは北海の孤島に位置している魔法界の監獄、アズカバンだ。

 私は鉄格子から離れ、石造りの建物内を歩き始める。

 そして囚人が収監されている区域まで足を踏み入れ、その中の様子を観察した。

 

「集団脱獄があったというのは本当の話のようね」

 

 通路の左右に設置されている牢には空室が目立つ。

 だが、逃げ損ねた囚人もいるようだ。

 私は牢屋の前を歩きながら比較的健康そうな囚人を探す。

 殆どの囚人が床の上で蹲るように丸まっているが、中には壁を背もたれにして座り込み、顔を上げている囚人もいる。

 私はそのうちの一人に目星をつけると、その囚人の時間停止を解除した。

 

「意識ある? ちょっと話が聞きたいんだけど」

 

 私は鉄格子越しに囚人へと声を掛ける。

 囚人はいきなり現れた私をぼんやりと見つめると、表情を歪めてこちらに駆け寄ってきた。

 

「よ、よかった……置いていかれたかと思った……」

 

 囚人はヘラヘラと笑いながら鉄格子に縋りつく。

 

「置いて行かれた?」

 

「何言ってんだ。昨日も来たじゃねぇか」

 

 囚人は一瞬キョトンとしたが、途端に焦り始める。

 

「そ、そんなことはいいんだ。助けに来てくれたんだろ? 出してくれよ……」

 

「まあ、それに関しては構わないんだけど……多分昨日の襲撃犯と私は別人よ?」

 

「……は? 別人?」

 

「うん、別人。というか昨日ここに来た襲撃犯ってそんなに私に似てたの?」

 

 囚人は目をぱちくりさせて私の顔を見る。

 そして冗談キツイぜと言わんばかりに笑顔になった。

 

「似てたってか……本当に本人じゃねぇのか? 確かに服装は違ってたが……」

 

「どんな服を着ていたの?」

 

「真っ白なローブだ。だが、髪の色も目の色も顔つきもあんたと瓜二つだったぞ?」

 

「真っ白なローブねぇ」

 

 勿論私は真っ白なローブなんて持っていない。

 

「それで、昨日来た私そっくりの白ローブさんはどうやって囚人を逃がしたの? 簡単に囚人を逃がせるほどアズカバンは甘い監獄ではないでしょう?」

 

「そんなこと俺が知るわけないだろ。だが、随分余裕そうな表情だった。アフタヌーンの紅茶でも楽しむかのように鉄格子の外を闊歩していたな」

 

「単独犯なのね?」

 

「あ? ……ああ、そいつ一人だった」

 

 単独でアズカバンを襲撃出来る死喰い人は存在しない。

 そんなことが出来るとしたら私のお父さんぐらいだ。

 

「なぁ、出してくれよ。あんた、サクヤ・ホワイトだろ? 例のあの人の娘だって話じゃねぇか」

 

「それが公表されたの割と最近だと思うんだけど、よく知ってるわね」

 

「鉄格子越しに囚人同士で会話することは出来るからな。アズカバン内の唯一の娯楽が出所不明の噂話ってわけだ」

 

「なるほどねぇ」

 

 私は杖を取り出し、鉄格子へ向ける。

 

「オブリビエイト」

 

 そして中にいる囚人に向けて記憶消去の呪文を掛けた。

 その瞬間、囚人の時間を停止させる。

 

「ごめんなさいね。私がここに来た証拠を残してはいけないの」

 

 私はアズカバンを襲撃した犯人の正体を探るべくここへきたのだ。

 囚人を脱獄させるためではない。

 私は孤児院の自分の部屋へと姿現しする。

 そして時間停止を解除し、綺麗に清掃したベッドの上に寝ころんだ。

 

「白いローブの偽物……一体何者?」

 

 私はパチュリーほど徹底して自分の痕跡を消してはいない。

 私の髪の毛を採取しようと思えば、比較的容易に入手することができるだろう。

 

「いや、逃亡中の死喰い人には難しいか」

 

 部屋が同じのハーマイオニーならまだしも、逃亡中の死喰い人がホグワーツの私のベッドから髪の毛を入手できるとは思えない。

 カーディフのホテルなら可能性はあるが、そうだとしても私の動向を追跡できているということになる。

 

「私の髪の毛を入手出来て、しかもアズカバンを余裕で闊歩出来る魔法使い……」

 

 パチュリーなら可能性があるか?

 いや、彼女がそれを行う理由がない。

 

「もしかして、魔法省側の工作とか?」

 

 もしこの件が魔法省の自作自演だとしたら、ある程度の説明はつく。

 吸魂鬼を遠ざけることも出来るだろうし、囚人を逃がすと見せかけて違う場所に移送しただけかもしれない。

 

「魔法省が私の罪を意図的に増やそうとしている?」

 

 だが支持率が著しく下がりそうなことを魔法省がするだろうか。

 アズカバンからの集団脱獄となれば、多くの民衆の不安を煽る結果になる。

 

「そこまでして私を悪者にしたかったということかしら」

 

 魔法省に押しかけて魔法省がどう動いているか確認したほうがいいだろうか。

 いや、ダンブルドアの式場のような罠が張られている可能性もある。

 流石に魔法省に狙撃手が配置されていることはないだろうが、ドアノブなどに触った瞬間レミリアがすっ飛んでくるようなことは考えられる。

 もう少し魔法省の動向を窺ったほうがいいだろう。

 私はベッドから起き上がると、自分の部屋を出て孤児院のダイニングへと向かう。

 そして鞄の中からホグワーツの厨房で調達した料理をテーブルに並べると、一人黙々と食べ始めた。

 

 

 

 

 ロンドンにある不死鳥の騎士団の本部。

 会議室の机の上に並べられた書類や写真を覗き込みながら、レミリアは深くため息をついた。

 

「死喰い人は殆ど脱獄しているわね……誰が捕まっていたんだっけ?」

 

「ベラトリックス・レストレンジ、アントニン・ドロホフなどホグワーツ内に侵入した死喰い人は全員収監されてましたね」

 

 レミリアの問いに、資料の整理と担当していたルーピンが答える。

 

「サクヤ・ホワイトはヴォルデモートを殺している。その部下である死喰い人には接触しないものだと思ってたけど……」

 

「仲間になることを条件に脱獄させたとか?」

 

 部屋の隅で椅子を傾けて暇そうにしていた美鈴が言う。

 だが、レミリアはすぐにその考えを否定した。

 

「残された囚人に話を聞きに行ったけど、そのような交渉は行われていなかったそうよ。アズカバンに現れたサクヤはアズカバンに掛けられた魔法を手当たり次第に破壊した後に、吸魂鬼を蹴散らしながらアズカバン内を練り歩き、姿を消した。直接囚人とは接触していないそうよ」

 

「え? それじゃあ囚人たちはどうやって逃げたんです?」

 

 美鈴は当然の疑問を口にする。

 レミリアはそんな美鈴に対し肩を竦めながら答えた。

 

「言ったでしょ。アズカバンに掛けられた魔法を手当たり次第に破壊したって。姿現しを妨害する魔法も破壊されたのよ」

 

「それじゃあ、逃げ出した囚人っていうのは……」

 

「そう。みんな姿くらましで逃げたのよ。魔法省は魔法の痕跡を辿って姿現し先の特定を急いでいるけど、今のところ姿現わしに失敗してバラけてしまったアホしか捕まえられてないみたい」

 

「その中に死喰い人は?」

 

 美鈴の問いに、ルーピンが資料を漁る。

 そして首を横に振った。

 

「主要なメンバーはいない。死喰い人のなりそこないのような小悪党はいるけどね」

 

 ルーピンはやれやれと言わんばかりに微笑むと、ぐったりと椅子の背もたれにもたれ掛かる。

 小悪魔は脱獄した囚人のリストを魔法で複製すると、折りたたんでポケットの中に入れた。

 

「でも、なんでサクヤちゃんはアズカバンの中にいる囚人を助けたのかな? 仲間が欲しくなったとか?」

 

 レミリアの頭越しに資料を覗き込んでいた美鈴が首を捻る。

 確かに、サクヤ・ホワイトがアズカバンを襲撃する明確な動機は存在しない。

 

「もしくは、闇祓いの人手を囚人の捜索に割かせるためだろう。凶悪犯が複数逃げたとなったら魔法省としても追わざるを得ない。どうしてもサクヤ・ホワイト捜索の人数を減らすことになる」

 

 ルーピンの考察に、レミリアも同意するように頷く。

 

「騎士団としてはどうするの? サクヤ・ホワイトに集中する?」

 

「セブルスは魔法省の動き方次第だと言っていましたけど……どうでしょうね。まあ、私としてはサクヤ・ホワイトに集中したいところですがね」

 

「まあ、そうよねぇ。ホグワーツの授業が始まるとスネイプやマクゴナガルは学校に集中せざるを得ないし。貴方は年中暇そうでいいわね」

 

「例のあの人が死んで、ようやく就職できるかと思ったらこれですよ」

 

「かたがついたら私が就職先を斡旋してあげるわよ」

 

 レミリアはルーピンの顔を覗き込むようにして微笑む。

 

「実はね、入省しようと思ってるのよ」

 

「魔法省に? 貴方がですか?」

 

 レミリアの発言に、ルーピンは目を丸くする。

 

「そんなに意外?」

 

「そのようなことには興味はないと思っていましたので」

 

 レミリアはフフンと不敵な態度で鼻を鳴らす。

 

「私が政権を取った暁には純粋な魔法族以外の地位向上を推進していくつもりよ。今よりも人狼への風当たりは弱くなると思う。いや、弱くするわ」

 

「それはそれは……期待して待っていることにしましょう」

 

 ルーピンはレミリアに対して微笑み返すと、資料の整理を再開した。




設定や用語解説

姿くらましと姿現し
 姿くらまし、姿現しは杖が無くても使える魔法の一つ。アズカバンには姿くらましを防止する魔法が掛けられていたが、何者かによって破られてしまった。

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ネズミと白色と私

 アズカバンにいた囚人たちが野に放たれて一週間ほどが経過した。

 新聞を読む限りでは、空き巣犯などのどうでもいいような犯罪者は捕まっているが、幹部クラスの死喰い人は一人も捕まっていないらしい。

 日刊予言者新聞新聞は私の記事も書き飽きていたのか、最近はアズカバンの集団脱獄に託けての政府批判の記事が多くなっていた。

 とくに魔法省大臣や魔法法執行部長を叩く記事が多い。

 

「日刊予言者新聞は魔法省とベッタリだと思っていたけど、案外そうでもないのかしら」

 

 私は漏れ鍋のカウンター席に座りながら新聞を捲る。

 今のところまだ逃げ出した死喰い人が何か大きな罪を犯したという記事は載っていない。

 いや、正しくは「死喰い人が犯人であると断定できる事件がない」だ。

 今日の新聞を読む限りでは、一週間前と比べて明らかに事件が増えている。

 この一週間だけで行方不明者が何十人も出ているのだ。

 きっと逃げ出した死喰い人が杖を入手するために魔法使いを襲っているのだろう。

 杖さえ入手してしまえば、死体の隠蔽などいくらでも出来てしまう。

 

「今までは私のお父さんを旗頭にして団結していた集団ではあるけど、それを失った今どう動くか全く予想が出来ないわね。今はプラスに働いているけど、今後もそうとは限らないし……」

 

 体制を立て直したらこちらに牙を剥いてくる可能性だって大いにあり得る。

 だとしたら、何かされるよりも先に殺してしまった方がいいだろうか。

 

「何か、いい方法は無いかしら。私に対する誤解をいっぺんに解くようないい方法が……」

 

 ダンブルドアを殺したことは事実だが、世間一般で囁かれていることは事実では無いことが多い。

 このままでは、私はグリンデルバルドやお父さんと同じ扱いになってしまう。

 

「ハーマイオニーに全てを伝えられなかったのが悔やまれるわぁ」

 

 今からでもフクロウで手紙を送るという手はあるだろう。

 ダイアゴン横丁やホグズミードには郵便局がある。

 そこのフクロウを使えば、手紙を送ることは可能だ。

 だが、ハーマイオニーに真実を知らせたところで、状況が良くなるというわけでもない。

 この状況をひっくり返すには発言力のある人物からこの話をしてもらわなけば意味がないのだ。

 

「日刊予言者新聞に記事を寄稿するとか? 私の独占インタビュー……いや、日刊予言者新聞はそんな博打は打たないか」

 

 私は新聞を折り畳み、元あった位置へと戻す。

 そして孤児院へと戻ろうと椅子から立ち上がったその瞬間、私はカウンターの陰に見覚えのあるネズミを見つけた。

 

「スキャバーズ?」

 

 私はしゃがみ込み、カウンターの下を覗き込む。

 そこには、ロンのペットのネズミのスキャバーズ……いや、死喰い人のピーター・ペティグリューの姿があった。

 よく見ると片方の前足の指が一本欠けている。

 

「逮捕されてないことは知っていたけど……まさかこんなところにいたなんて」

 

 死喰い人が集団脱獄したと聞きつけ、情報を集めるために漏れ鍋に潜伏しているのだろうか。

 もしくは、ただ生きるために漏れ鍋の残飯を漁っているだけかもしれないが。

 私は魔法でペティグリューを浮かせると、鞄の中に放り込む。

 そして孤児院の私の部屋へと姿現しすると、ペティグリューを床の上に置いた。

 私は、時間停止を解除すると同時にペティグリューに変身解除の呪文をかける。

 変身解除の呪文が直撃したペティグリューはみるみるうちに大きくなると、人間の姿へと変身した。

 

「ひ、ひぃ! 一体何が──」

 

「久しぶりね」

 

 私は目の前で縮こまるペティグリューに対しニコリと微笑む。

 ペティグリューは私の姿を見ると、どこか安心したようにほっと息をついた。

 

「な、なんだサクヤかぁ……へへ、脅かすなよ。闇祓いに捕まったのかと思った」

 

「むしろまだ捕まっていないことに素直に感心するわ」

 

 私はペティグリューに勉強机の椅子に座るように促す。

 ペティグリューは少し警戒しながらも、私の指示通りに椅子に腰掛けた。

 

「き、君が闇の帝王を滅ぼしてしまったから、こっちはてんてこ舞いだよ。魔法省には僕が生きていることはもうバレているみたいだし……闇祓いの捜索リストの中にも僕の名前が入ってた」

 

「闇祓いの捜索リストって……まさか魔法省に忍び込んだの?」

 

 私が少し驚いた様子で尋ねると、ペティグリューは得意げに耳をぴくりとさせる。

 

「魔法界にネズミはどこにでもいるからね」

 

「意外と大胆なことするわね」

 

 私はベッドに腰掛けると、鞄の中からティーセットを取り出し、紅茶の準備を始める。

 ペティグリューは少し落ち着いてきたのか、その様子を目で追いながら私に尋ねた。

 

「大体予想はついてるけど……なんでダンブルドアを殺したんだい?」

 

 大体予想はついている……か。

 ペティグリューはヴォルデモート卿の復活に立ち会っている。

 つまり、私とヴォルデモートが親子を演じるというくだりも聞いているのだ。

 

「それは……ダンブルドアが私を騙したからよ」

 

「君を騙し、実の父を殺させた……ということだよね」

 

 ペティグリューの確認のような問いに、私は静かに頷く。

 

「それじゃあ君は本当に、闇の帝王が実の父親であると知らなかったんだ」

 

「あの場でのやり取りがブラフだったと、そう言いたいの?」

 

「いやいや! 滅相もない!」

 

 ペティグリューは両手をブンブンと振って否定する。

 

「ただ、半信半疑だったんだ。君と闇の帝王の真意がわからなかったからさ」

 

 私はしばらく黙って紅茶の準備を進め、淹れた紅茶をティーカップに注ぐ。

 そしてそのうちの一つをペティグリューに差し出した。

 

「あ、ありがとう。紅茶なんて久しぶりだ」

 

「お父さんが死んでから、ずっとネズミのまま生活を?」

 

「ん、そうだね。漏れ鍋を拠点にしてロンドンをウロウロしてた」

 

 私はティーカップに口をつけると、火傷しないようにゆっくり傾ける。

 

「それじゃあ、死喰い人の残党や脱獄した死喰い人とはコンタクトを取ってないのね?」

 

「闇の帝王を中心に集まっていた組織だ。頭が無くなったらもう機能しない。みんな散り散りに逃げたよ」

 

 あの時と同じだ、とペティグリューは感慨深そうに言う。

 

「それに、アズカバンを襲撃して囚人を逃したのは君じゃあないか。てっきり君と行動を共にしているのだと思っていたんだけど……」

 

「私じゃないわ。……でも、アズカバンに現れた何者かは私に変装していたみたいだけど」

 

「そうなの?」

 

 報道では私が犯人にされている。

 アズカバンで囚人に確認を取った限りでも、犯人は私に限りなく近い容姿をしていたらしい。

 

「アズカバンに侵入して逃げ損ねた囚人に話を聞いたけど、髪の色も目の色も、顔つきだって同じだったって。きっとポリジュース薬ね。それに、私の名前を誇張するかのように真っ白なローブを着ていたらしいわ」

 

「真っ白な、ローブ……だって?」

 

 ペティグリューは目を見開くと、静かにティーカップを机の上に置く。

 そして改まった様子で私に向き直った。

 

「その人物、心当たりがある」

 

「なんですって?」

 

「第一次魔法戦争の時に闇の帝王に近い位置にいたものは誰だってその人物を知ってるよ」

 

「何者なの?」

 

 ペティグリューはキョロキョロを周囲を見回すと、声を小さくして言った。

 

「ホワイトだ」

 

「ホワイトは私──」

 

「そう、君の親族だ」

 

「……は? 親族?」

 

 私は思わずペティグリューに聞き返す。

 ペティグリューは音が聞こえるほど大きく唾を飲み込むと、もう一度周囲を見まわし、言った。

 

「ホワイトは、セレネ・ブラックの実の母親の名前だよ」

 

「セレネ・ブラックの実の母親? でも、確かセレネ・ブラックはオリオン・ブラックとヴァルブルガ・ブラックとの間に生まれた魔法使いだって──」

 

「ホワイトはオリオン・ブラックの浮気相手だ。ホワイトは自分に出来た赤子をヴァルブルガのお腹に移動させ、代わりに産ませたんだ」

 

 セレネ・ブラックのお母さんと言うことは、私のおばあちゃん?

 そもそも、オリオン・ブラックの浮気相手?

 

「それじゃあ、私のホワイト姓って……」

 

「僕はてっきりホワイトの名前を受け継いでいるんだと思ってたけど……というか、古くからいる死喰い人はみんな思ってたと思うよ。ブラックの方じゃなく、ホワイトの方を継いだんだって」

 

 思考が混乱する。

 あまりの情報に、一気に現実感が失われる。

 それじゃあ、私の祖母は生きているということなのか?

 

「か、確証はあるの?」

 

「この話がどこまで本当かはわからないけど……ほら、僕も新参だからさ。でも、ホワイトのやつが生きているのは確かだ。僕と闇の帝王は実際にアルバニアの森でホワイトに会ってる。君がセレネと闇の帝王の血を引いている子供だと聞いたのもその時だ」

 

「いつ頃の話?」

 

「僕が闇の帝王と再会してすぐだから……一九九四年の夏じゃないかなぁ。容姿だけで見れば、今の君と瓜二つだよ。まあ、年齢的には君がホワイトの容姿に追いついたっていうのが正しいけど」

 

 ペティグリューを逃がしてすぐということは、三年生の終わりから四年生になるまでの間か。

 

「聞いたのもその時って……どういうこと?」

 

「そのままの意味だよ。闇の帝王は君が実の娘であると知らなかった。ふらりと現れたホワイトが、別れ際にそのことを伝えて去っていったんだ」

 

 それを聞いて、私はあることを思い出す。

 一年生の終わり、私が初めてお父さんと会った時。

 あの時お父さんは私のことを自分の実の娘であると説明しなかった。

 何故説明しなかったのか疑問だったが、これでわかった。

 あの時、お父さんは私が自分の娘であると知らなかったんだ。

 

「私のお婆ちゃんが生きている?」

 

「あ、会いに行くとか言わないでくれよ? 絶対やめた方がいい」

 

「どうして?」

 

 家族が一ヶ所に集まるのは自然なことだ。

 親族が生きているなら、一緒にいた方がいいに決まってる。

 

「赤子だった君を放置して逃げるようなやつだ。それに、あいつは……ホワイトはヤバい。闇の帝王も、なんとかしてホワイトを殺そうと動いていた」

 

「お父さんがお婆ちゃんを殺そうと?」

 

「……そのお父さんお婆ちゃんっていうのやめてくれないか? それが闇の帝王とホワイトのことを指していると思うと気が変になりそうだ」

 

「事実だもん」

 

 私はティーカップを傾ける。

 ペティグリューは小さく肩を竦めると、私に釣られてカップを手にした。

 

「ホワイトは危険だ。倫理観のカケラもない。死喰い人への帰属意識も、闇の帝王に対する忠誠心も何も持ち合わせちゃいない。ホワイトにあるのは研究心だけだ。きっと闇の帝王にも、利害が一致していたから協力していたに過ぎないに違いない」

 

「それがお父……ヴォルデモートがホワイトを殺そうとしていたことに関係してくると?」

 

「まあ、そうだね。闇の帝王は君を守るためにホワイトを殺そうとしていた。それは確かだと思う」

 

「私を守るため?」

 

 私の問いにペティグリューは頷く。

 

「そうさ。闇の帝王は言っていた。ホワイトは君を殺すつもりだって。その前にホワイトのやつを見つけ出して殺さないといけないって」

 

 ……わからない。

 何故、私は祖母に命を狙われているんだ?

 そんな祖母が、何故アズカバンから囚人を──

 

「まさか──」

 

「多分考えている通りだよ。ホワイトはきっと君に恨みを持っている死喰い人を集めて、君を殺そうとしているに違いない。多くの死喰い人からしたら、君は闇の帝王を殺した裏切り者だ」

 

「──ッ、割と最悪だわ」

 

 もしペティグリューの話が全て真実なら、状況はかなりまずい。

 アズカバン襲撃という余計な罪を着せられた上に、私の命を狙う凶悪犯が大量に野に放たれたのだ。

 しかも、アズカバンを単独で襲撃できるような魔法使いが、そのトップにいる。

 

「その、ホワイトっていう人物は魔法の腕はどうなの?」

 

「高いと思うけど……でも、正直わからないな」

 

「わからない?」

 

「戦っているところを見たことがないから……僕が死喰い人になってすぐホワイトは姿をくらませたんだ」

 

「姿をくらませた、ねぇ……」

 

「うん。闇の帝王がハリー・ポッターに敗れてすぐだよ。まあ、その時行方不明になった死喰い人は何人もいるからその時はそこまで話題にはならなかったけど」

 

 ホワイトか。

 そのような死喰い人がいたという話は聞いたことがない。

 そのことをペティグリューに質問すると、ペティグリューはそれは当たり前だと言わんばかりに笑った。

 

「魔法省や不死鳥の騎士団のメンバーはホワイトの存在を知らないんじゃないかな? スネイプのやつがダンブルドアあたりに話しているかも知れないけど」

 

 イギリスでホワイトという苗字はそこまで珍しいものではない。

 そのホワイトという祖母に私がどこまで似ているかはわからないが、名前だけを聞いたところで同姓の別人だと思うのが普通だ。

 

「……なんというか、私の親族には驚かされてばかりだわ」

 

「僕も別に詳しいわけじゃないけど……色々お察しするよ」

 

 ペティグリューは曖昧に笑うと、ティーカップに残った紅茶を飲み干した。




設定や用語解説

ホワイト
 第一次魔法戦争の時に死喰い人陣営で主に癒術を担当していた魔法使い。ヴァルブルガ・ブラックに自分の子供を托卵したんじゃないかという噂が死喰い人内で流れていた。

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