あなたの召喚先での生活をサポートします! (本城淳)
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地球から転移した少年 神楽悠斗

息抜き作品です。
早ければ数話で終わるかも知れません。


「こんにちは。クエストの受注ですか?それとも、終了報告ですか?」

 

うわぁ……カワイイ女の子だなぁ……。

冒険者ギルドの看板受付嬢と思わしきお姉さんがニッコリと微笑んで対応してくれる。

 

「えっと………冒険者登録ってここでできるって聞いたんですけど………」

 

「あ、登録ですね?ではこちらの用紙に必要事項を記入して頂けますか?不可能ならば代筆もできますけれども?」

 

「あ、えーと……大丈夫です。多分、わかります」

 

多分……なんて言い方をしたのは自信がなかったから。

なんでこんな言い方をしたかと言えば、僕は元々この世界の人間じゃない。

地球の日本という国で生まれ、普通に生活をしていた高校生だったから。

趣味は漫画にゲーム、小説。

インドア派で大人しめのオタク趣味だった。

勉強も普通。スポーツはどちらかと言えば苦手な方だったかな。部活は帰宅部。特技らしい特技なんて全くない。

そんな僕がどうしてこんなところにいるかと言えば…。

ライトノベルなんかでよくある神様の手違いで……とかいうタイプのあれだね。

手違いで突然死んじゃって、でも生き返らせるのは不可能だから異世界で元の体を再生させて……ってやつ。

特典として色々な能力を付けるから、どうか異世界ライフを楽しんで下さいって感じの。

その特典の中には翻訳ってのがあって、僕はその恩恵で異世界の言葉が喋れる。

だけど、読み書きの方はどうだろ………あ、何か用紙に書かれている文字がうっすらと日本語翻訳が出るようになってる。

もしかしたら書いたならば、自動的に翻訳されるようになるかもしれない。

もっとも、自動翻訳がそこまで親切な仕様じゃないかも知れないので、自信が無かったのは仕方のないことだと僕は思う。

お?何か上手くいったっぽい?翻訳スキルって便利だなぁ。

 

「これで良いですか?」

 

僕が書き終えた書類を渡すと……

 

「え?ユウト・カグラ?家名?貴族の方ですか?」

 

あ!しまった!そう言えば昔って名字とかって王族や貴族しか普通は無かったんだっけ!

ヤバイ!どうしよう………

 

「クスクス……何か事情がおありなんですね?カグラなんて家名は初めてですが、このことは黙っておきますんで、今後は注意された方が良いですよ?」

 

思わずドキッとしてしまう笑顔を向けてくるお姉さん。

何て言うか、近所の優しい綺麗なお姉さんって感じが良いなぁ……。

 

「はい。大丈夫ですよ。ギルドカードを作りますので、しばらくお待ち下さいね?」

 

良かった……無事に身分証明書を兼ねたギルドカードが貰えるみたいだ。

町の入口の検問所で発行してもらった仮身分証明じゃ2日くらいしか効力がないし、それまでにちゃんとした身分証明ができなければ最悪奴隷落ちだって言うんだから。

荒事は苦手だけど、検問所の兵士さんが言うには冒険者ギルドでギルドカードを作って貰うのが一番だって話だし、それに………

 

(テンプレだけど、こういう冒険者ものの主人公的なヤツっての、憧れてたんだよね!)

 

喧嘩とか苦手……というよりかは、どちらかと言えば少しいじめられっ子的な気質がある僕としては、そういう境遇の人間が異世界転移や転生をして無双するってヤツに凄く憧れていた。

そしてカワイイ彼女とか作って……あわよくばハーレムみたいな?

まぁ、僕にはハーレムどころか彼女も……いや、女友達だってまともに作った事ないなぁ……トホホホ。

それにしても受付嬢のお姉さん、綺麗だったよなぁ。

他の受付嬢のお姉さんも綺麗だったけど、あの人が一番だった。

僕の好みとしてはもう少し可愛い系の女の子が好きなんだけど、何て言うか、全てを包み込んでくれそうな近所のお姉さんっぽい人って感じで良いよね。

そんな事を考えながら暫く待っていると、受付のお姉さんがスーパーやコンビニのお釣りを渡すトレイにカードを乗せて戻ってきた。

 

「はい、これがユートさんのギルドカードになります。無くされると銀貨5枚の再発行料がかかりますのでご注意下さいね?」

 

「はい!わかりました!」

 

「あと、ランクはFから始まりますが………」

 

それからお姉さんはランクの事とか依頼の受注、報酬の受け取りなど、親切に色々と教えてくれた。

受付のお姉さんって大変なんだなあ……と思っていると、暇になったのか隣の受付嬢さんが……

 

「あらメイリー。随分と親切じゃない?もしかしてこういう子が好み?」

 

「なっ!」

 

僕の相手をしてくれた受付嬢さんーメイリーさんっていうのかーは、ちょっと驚いた顔をして反応する。

あれ?もしかして僕に一目惚れでもしてくれたのかな?

 

「ち、違うわよ。ほら、何だか弟みたいで放っておけない感じじゃない。だからついつい……」

 

たはははは………弟かぁ。ガックシ……。

 

「チッ!」

 

どこかから舌打ちのようなものが聞こえた気がしたので振り替えって見てみると、いかにも荒くれ冒険者って感じの人が僕を睨み付けていた。

コワッ!

でも、他の受付嬢さんに比べても綺麗だし、そりゃ他の冒険者さんからしたらアイドルのような人だよね。

気を付けよう……。

 

「んんん!失礼しました。ど、同僚の言ったことは気にしないで下さいね?まったくもぅ………」

 

「わかっていますよ。ところで、早速依頼を受けたいんですけど、良いですか?」

 

へへへ、待っている間に依頼を貼っている掲示板から良いのを見付けて来たんだよね。

 

「ゴブリン討伐………ですか……でもこの依頼は……」

 

「大丈夫ですよ!」

 

ゴブリンやスライムなんてのは国民的RPGでも最初のフィールドで出てくる雑魚として有名だし、僕には神様から加護を一杯貰ってる。

身体強化に剣術の才能、自動翻訳に魔法の才能。普通の人の何倍もの恩恵があるんだ!

メイリーさんが色々と止めておいた方が良いとか、最初は薬草の採取を……とか、普通なら町の溝掃除とか、そういうのをやらされるみたいだけど、僕は早く神様から貰った力を試してみたいんだ!

 

「はぁ………分かりました。でも、危なくなったらすぐに逃げて下さいね?」

 

「はい!分かりました!」

 

よぉし!頑張るぞぉ!

 

 

 

 

二時間後

 

「終わりましたぁ!」

 

僕は討伐証明であるゴブリンの耳を持って受け付けに行く。

小袋一杯で30くらいかな?

しかし、ゴブリンって弱いよねぇ。

最後の幻想の4とかさ、何で一国の団長二人が揃ってあれらより少し強いくらいなんだろ。

中盤で城に潜り込む時なんてさ、明らかに過去の自分達よりも強い部下達が敵で出てくるよね?バ○ン兵とか。

 

「よ、良かった!ちゃんと逃げてきたんですね!?」

 

「いいえ。終わりましたよ。これ、討伐証明です!」

 

「え!?終わったって……し、しかも袋一杯の討伐証明!?」

 

凄く驚いているけど、どうしたんだろ。

 

「ゴ、ゴブリン討伐って初級の登竜門って呼ばれるくらいのものなんですよ!?しかもパーティーを組んで!まさかこれを一人で……」

 

え?そんなに凄いことだったの?

 

「はっ!どうせどこかの冒険者のヤツをくすねて来たんだろ?中級冒険者あたりから寄生してよぉ!」

 

あ、さっき舌打ちしていた冒険者さんだ。

つうかこれってよくあるテンプレ?むしろワクテカだぁ!

何かメチャクチャ絡まれ、今日登録したてのお前なんかにゴブリン討伐なんか無理だ!どうせズルか何かをしたんだ!俺がお前の実力を暴いてやる!

的な内容でギルドが運営している訓練場に連れていかれ、タイタン勝負を強要される。

まぁ、スキルとかもあってその人達を軽く撃破。

え?この人Cランクでこの町では結構名の知れた冒険者だった!?

ヤッバ!神様のスキルって半端ない!

メイリーさんとかキラキラした目で見てるし!

あ、ギルドマスターが出てきてつれて行かれちゃった…僕にも明日、話があるから来いっていうし……。

ひええええ!目を付けられちゃったよぉぉぉぉ!

 

 

 

結果からいうと、ゴブリンの討伐結果と上級冒険者との決闘に勝利した実績によって僕は異例のDランク昇進という話だった。

あのテンプレ冒険者に関しても最近は問題ばかり起こしていて処分を検討するほど困っていたって言うし……。

メイリーさんからは凄く誉められちゃったよ。エヘヘヘヘヘ。

あと、ギルドから紹介された宿屋、凄く良い宿屋だったよ!布団はフカフカ、料理は塩味しか効いていない野菜スープにパン、それにサラダ位だったけど、それでも美味しかった。

何より女将さんと、似ていないけれどとってもカワイイ娘さん!コレが良い!

アンナさんとエリーちゃんって言うらしい。

何かエリーちゃんとのつかみも良かったし、もしかして僕に気があるのかも?

異世界モテ期キタコレ!

あ、食の改善とかの為に、今度地球の有名な調味料、マヨネーズを作って売り出してみよう!

作り方は大体わかってるんだ!ほら、こういう異世界転移ものじゃ定番だし!

定番と言えば唐揚げやリバーシーとかも定番だよね!娯楽とかそういうの無さそうだし!

うん!これはイケる……異世界無双、イケるぞー!

 

 

結果から言うと、大成功!

商人ギルドとか食いついて来たし、リバーシーも大人気!マヨネーズはこんな味は食べたことがない!とか言われて感動した!今度はタルタルソースとかにも挑戦してみようかな?

冒険者としても結構順調。

……というか、カワイイ新人冒険者のエルフィナになつかれて、色々とトラブルがあって、いつの間にか大切な人に……って感じになっちゃった。

ムフフな事をやっていたら、声を聞かれちゃったらしくてエリーちゃんには嫌われちゃったけど。

本当に色々あった。

ヒャッハー盗賊団はいるし、それをエルフィナと一緒に討伐したら奴隷にされかかっていた女の子達を救出。そしたらその中の一人が僕に付いていきたいとか何とか…。エヘヘヘヘヘ、僕の二人目の恋人だぁ!

でも、良いことばかりじゃ無かった。

リバーシの権利に関して、悪徳商人とこの町の領主に目を付けられちゃって……。

ギルド長とたまたまこの街に来ていた外国の商人さんに協力して貰ってザマァ出来たけど……。もうこの国にはいられないかな?

町を出る前日……メイリーさんは涙ぐんで行かないで!みたいな事を言ってくれた。

メイリーさんにはギルドで良くしてくれたし、好意を向けてくれたならエルフィナみたいに一緒になっても良いかなあ……とかは思っていたけど、病気のお父さんを残しては行けないから……という事で諦めて貰った。

ギルド長とかにも「お前にはずっとこの町にいてもらいたかったのだがな……」と惜しまれたけれど……もう決めたんだ。

隣国の王都に行くって!そこで僕は自分の力を確かめるんだ!

でも……いつかまた、この町に来たいな。

だから何かあったら僕はお世話になったこの町を助けに来る!

また会おう!

 

 

 

 

 

「ユートさん………」

 

「残念だったな、メイリー。まぁ、おめぇなら良い相手がきっと見つかるさ!」

 

「ありがとうございます……ちょっと奥で休んで来ますね?」

 

私がそう言うと、ガストンさんは「お、おう……まぁ、ゆっくり休んで来いよ。受付は他でやってもらうから」と言ってくれた。

辛い……その優しさが今は辛い!

 

私はギルド職員専用の扉を潜る。

第2事務室、第2休憩室等があると表向きには言われている部屋なのだけれど……。

私は扉を潜り、カツンカツンとヒールを鳴らして廊下のタイルを踏みながら歩く。

途中、日本茶(・・・)自動販売機(・・・・・)で買い、談話室のソファーに座り、喉を潤す。

 

「ざっけんなっての」

 

私は思いっきり壁を殴らずにはいられなかった。




メイリーの怒りの理由はなんでしょう?


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美人受付嬢メイリーの場合

TTSCとは何か?


「ざっけんなっての」

 

私は壁をグーで叩いていた。

もちろん、これはユートに…神楽悠斗に対する怒りから衝動的にやった行動だ。

 

最初は謙虚にしていたけど、少しチヤホヤしたらすぐにメッキが剥がれたわ、あの神楽悠斗(ガキ)

誰があんな男に本気で惚れるかっつーの!

私を嘗めるなっての。

そもそも今回の私の仕事はそういう役割だったから。

リサーチされた悠斗(主人公)の好みから、美人だけれどどこかピントが外れた冒険者ギルドの優しい受付のお姉さん……というのが今回の役割として割り振られた仕事。

場合によっては主人公の火遊び相手にはなるかも知れないという役割ね。

ハーレム願望はあるけどいざヒロイン的な存在と…となると何もできなくなって後で気まずくなることを防ぐ為に筆下ろし相手になる役ね。

この役割、本当に疲れるし不人気なのよね。まぁ、内容が内容だからお給料は良いけど。

 

「でも、あれはないわ……火遊び相手になる気も起きないわ……」

 

「メイリーさん、お疲れー♪」

 

「杏菜さんもお疲れ……やっと旅立ったわね」

 

宿屋の女将、アンナ役の杏菜さんだ。今回の設定的には未亡人で、女手1つで娘を育てながら宿屋を切り盛りしているという感じだったかな?

娘役の恵梨ちゃんほどでは無いけれど、火遊び相手役の可能性もあった人。

定番だものね、火遊び相手のヒロインの当て馬と言えばマドンナ的なギルド受付職員、宿屋の母娘、それにちょっとカワイイ程度の女冒険者。

 

「チュートリアルが終わったって感じね。まぁ、次は主務課の出番だね」

 

エリー役の恵梨ちゃんがやっと終わったという感じで胸を撫で下ろす。宿屋に関しては本来の持ち主に返却したのかな?

またアイツが来たときは臨時で交代することになるんだろうけど、その時は杏菜さんだけで済みそうだし。

 

「私も主務課に転属したいなぁ。主務課だったら火遊び相手って無さそうだもん。ハーレムが大体完成しているから」

 

「それがそうでも無いんだって。元ハーレムメンバーだったあたしが断言するけど、タカの外れた転移者って底無しだよ?もう手当たり次第。その点、初期対応課はどうとでもなるもん。上手くかわすネタなんていくらでもあるから。メインの活動拠点になる主務課……今回は隣国の王都だけど、そこでのマドンナギルド職員なんて最悪の一言!本気で嫌がっているのに、フリだと思われるから、しつこいのなんのって!今回の悠斗なんて多分、そのタイプだと思うよ?だからあたしも火遊び相手になるつもりが無くて。だって、一度でも関係もったらしつこそうだったし!」

 

うわぁ……。それは私も上手くかわせる自信が無いなぁ。

まぁ、私も何か危ない感じがしたからそうだったんだけど。

 

「とにかくメイリーさんはお疲れ様♪なんか最後の方なんてずっとねっとり見られていたじゃん?隠しているように見せていたけど、女からしてみたらまるわかりだよね?」

 

そう。私が最初にムカついていたのはそこなの。

最初の内は近所の優しいお姉さんを見るような感じの高嶺の花というか、そういう目で見ていたんだけど、エルフィナちゃんが……メインヒロインが一緒にいるようになってからは「綺麗なんだけど、少し好みとは違うかなぁ……」的な感じになってきたんだよね。

まぁ、そこまでは良いの。それが私の役目だから。その内、「あ、いつもご苦労様です」的な行き付けのコンビニのアルバイトを見るような目で見られる立ち位置が理想の役目だから。そうなるように立ち回って来たつもりだし。

だけどさ……最終的に「好みとはちょっと違うけど、たまには別の味も味わいたいよね?ほら、俺って肉が好きだけど、さばの味噌煮とかもたまには味わいたいじゃん?特にこいつは缶詰めのさばの味噌煮っぽいし、いっそこいつもハーレムに入れちゃおうかなぁ」的な目で見てくるのはマジで気持ち悪かった。実際に誘ってきたし。

何が「あの……もしよければメイリーさんも一緒に行きませんか?」だよ!百年早いわ!私の理想は乙女ゲームのメイン攻略対象となるような紳士的で白馬の王子様的なキャラクターだから!

ショタ系で守ってあげたくなる的なキャラじゃないから!

悠斗(お前)と私はマッチしそうで絶対的にマッチしないように必ずなるように配役されてるの!わかる?

下手にホイホイくっついて行ったら最後、お先真っ暗になるのがわかってるから!

具体的には「なんでこいつ、まだいるんだろ?めんどくさいなぁ……」的なボジションになるの。

何故ならば無制限に女をハーレムに加入させる系の男は同系列のキャラクターを何人か入れるから。「同じさばの味噌煮ならやっぱり缶詰めよりも手作りだよね?レトルトでも良いなぁ……缶詰めでも『ハゴ○モ』と『ニッ○イ』ならば『ハ○ロモ』かなぁ」的な。もちろん、私は『ニッ○イ』ね。

うん。笑えない。色々な意味で。

 

「何て言うかさ、ニコポとかナデポとかのスキルを絶対に持ってるよね?あいつ」

 

恵梨ちゃん。

ニコポっていうのは「ニコッと笑いかけたらポッ!」、ナデポっていうのは「ナデナデしたらポッ!」と惚れるという奴の略ね。

変則的なヤツで「シュンってなったらポッ!」、最低な部類で下半身を見せたらポッ!ってのもあるかな?いや、それ以上に「何をしてもポッ!」という究極形態もあるんだった。

「え?普通、そんなんでポッとかってなる?」って思うかも知れないけど、それがチートとしてあるのが現実なの。一種の洗脳だね。その代表格なのが「ニコポ」「ナデポ」。

 

「あるわねぇ……ああいうタイプに限って、どうしてそういう無駄スキルが都合よく入るんだか……」

 

杏菜さんが言う。

まぁ、ああいうのがある理由はまだわからないか。二人とも入社してそれほど経ってないし。

 

「ああ、前に班長から聞いた事があるよ?成長チートが願望を汲み取ってそういうスキルを習得させるんだって」

 

成長チート。神様が召喚するときにサービスで付けるとか、最初に付けるスキルのスキルボードで自分で選ばせるとかあるでしょ?

あれ、恩着せがましく言ったり運良く見つけさせて主人公にドヤ顔させる事があるけど、実は大抵はああいうのってデフォルトで付けさせているから。

それで人一倍成長が早いことを自慢している姿を神様とかは面白がってゲラゲラ笑ってるんだって。

そしてそれを神様の世界のネットワークで配信してはみんなで共有してるんだって。

最近じゃ、成長チートなんてのが当たり前すぎて言わなくても最初から付いているというのが当たり前らしいんだけど。

中には敢えてそういうのを最初は付けないで、「死に戻り」してから付けるとか、そういうのをして楽しんでいる神様もいるみたい。

まぁ、良いんだけどね?

 

「あれ?でもあたし達って『ニコポ』とかは効かないよね?演技でなついている振りはしてるけど」

 

「過去に被害に遭ってるからじゃない?」

 

「む~………言わないでよぉ………」

 

まぁ、恵梨ちゃんはね……。

ナデポニコポに対しては元々耐性が出来ちゃってるから仕方がないと思う。

 

「アハハハハ!でも、私達はそういうのが効かないように体質が出来てるんだって。社長の加護に入っているから。私は元々耐性があるタイプだったけど」

 

だって私達がイチイチその毒牙にかかっていたら仕事にならないから。

あくまでも私達はサブキャラクター。メインキャラじゃない。それでもハーレム入りしちゃう子は……まぁ、本気で惚れちゃったってヤツだね。

そうならないように結婚相談所も真っ青なくらいにマッチングされている筈なんだけど、人の心は分からないから。

 

「へぇ……メイリーさんって耐性があるほうだったんだ?あたしみたいにハーレム入りしちゃったから?」

 

「恵梨ちゃん。人の過去に踏み込むのはいけない事よ?」

 

あー………うん。別に隠すような事じゃないから良いけどさ。いずれはバレるんだし。

 

「恵梨ちゃん。実は逆なの。私がニコポナデポで周りを振り回していたの。悠斗みたいにね」

 

悠斗に嫌悪感を抱くのって結局はそれなんだよね?

過去の自分を見てると言うか、鏡を見ている気分になるって言うか、お前は過去にこんな罪を犯していたんだぞっていう現実を見せられてるって言うか……。

 

「うそぉ!」

 

「メイリーさん……良かったの?」

 

「仕方がないじゃん?実際にやっちゃったんだし、少し調べればわかる事なんだし」

 

私のような役柄をやる人間の共通点はこれだもの。

 

「悪役令嬢物の乙女ゲーム主人公ポジションっていうのかな?それが私のポジション」

 

それがキャラクターとして召喚された私のポジション。

 

「え?乙女ゲームの主人公?スゴい役じゃん?」

 

あ、これは乙女ゲームってヤツを知っていても、私のポジションだったヤツが分かっていないパターンね。

 

「違う違う。正確には『乙女ゲームを舞台にした悪役令嬢を主人公とした物語に登場する、逆ハーレム狙いの乙女ゲーム主人公という名前の悪役』というのが私のポジションだったの。それも全攻略対象を含めてまとめてザマァされるっていうタイプのね」

 

そういう役目だと気付かずにゲームの内容に添って行動していたら、面白いように攻略対象が釣れていっちゃってさ………。

気が付いたら最後はザマァ。いつまでも意地悪してこない悪役令嬢に痺れを切らして、自作自演や嘘を重ねるというテンプレの捏造をし、さあ悪役令嬢を断罪!ってなったら、これまたテンプレで偉い人が出てきて捏造の証拠を突き付けられてお縄。

最終的には国外追放でドナドナ~………ってね。

で、ドナドナされている最中にスカウトされて、今の私が出来たって感じなんだけど、その時に色々と聞かされて……ってヤツね。

 

「『ニコポ』を使って攻略対象を手玉に取っていたんだって」

 

「うわぁ………」

 

うん。その反応は正解。

笑えない。

何が笑えないかって洗脳されてそれをやっていたんだって事。

でも、洗脳されていたと言っても、『何だかおかしいなって』事に気が付きにくする洗脳であって、結局は私が素のままの欲望を全開にして行動してたっていう事だよね。

そして更に笑えないのはそうなるようにお膳立てしていた今の同僚達に、『ここまでの奴は久々に見た!能力もほぼ自在に操っていたし、いっそこっちに来ないか?』と言われてホイホイ付いてきた事。

自分を陥れた相手に今度は陥れる側に回れって言われたのよ?それでこのままお先真っ暗な人生になるんだったならばいっそ……という事でスカウトに乗ったの。

今度は舞台装置側に回る……ってこと。

舞台装置……私達はTTSC。

トリッパーズ トレーニング&サポート カンパニー。

転移者達を鍛え、支援する企業。

それが私達だ。

転移や転生で異世界に召喚された出演者(被害者)をそうなるように仕向けた神様(プロデューサー)の意向に沿わせつつ、舞台を整えてある程度は快適に出演者の異世界生活をサポートするのが業務。

私の所属部署は企画・実行部。

主にサブキャラクターやモブを担当する役者達。

TTSCの花形部署ね。会社なら営業部みたいなものかな?

ファンタジー課。

これは言うまでもないかな?ファンタジー世界を担当する部署。

そして初期対応班。

俗にいう始まりの街で、異世界を生活するためのチュートリアルをテンプレであらかた体験してもらう班が私の部署だね。

そこで私での役割は……もうわかるでしょ?

ニコポを使って主人公達に対して好感を持たせ、冒険者ギルドとか傭兵団とかの役割や使い方の説明をしたり、依頼の内容を説明したり、地図や必要装備を教えたりするのが業務ね。

見方を変えればキャバクラやクラブの担当ホステスや風俗嬢みたいな役割かな?

ザマァ主人公をやっていた私みたいな人達にはピッタリの仕事って訳。

相手によっては火遊び相手になるっていうのも頷けるでしょ?

相手が本気で惚れた張れたが関わりそうな場合は『ヘルプ』に回ったり、それでもダメそうなら逆ニコポを利用して悪役のパーティーに所属する魔法使いとかになったり、徹底的にエキストラになったりするけど。

だってどこの世界も基本的にはモブまで含めて容姿端麗ってのがデフォルトだし、ましてや私達は花形部署だから基本は見た目の人達が集められているし。

最近では始まりの町がそのまま本編の舞台というのも珍しくないから、そういう舞台の場合は主務班と呼ばれる本編担当の人達と合同で業務をしたり、他の課にヘルプに行ってモブを担当したりするけど。

私がスカウトされた『乙女・美少女ゲーム課』?

あるよ?一度だけ希望して『ザマァ主人公』を演じた事があったけど……何も感じなかったかな?

社員じゃない攻略対象を骨抜きにして一緒にザマァにしてみたけど………うん。本当に何も感じなかった。

いや、何となくわかっていたんだけどね?反省とかしているんだったら、普段の業務でもトラウマとかになっている訳なんだし。

悠斗に対して怒りを感じたのも、本気じゃ無いくせに下手なニコポを私に仕掛けて来たことかな?

まだ満足に使いこなせないどころかスキルを自覚していないクセに、ニコポのプロたる私に対して下手なニコポを仕掛けてくるんじゃねぇ!百年早いわ!って。

まぁ、大体はいつもの事なんだけどね?今回みたいにしつこいのは久々かな?

大抵は段々モブ化していく訳だし。

うん。怒るポイントが杏菜さんや恵梨ちゃんと違う時点で既に私って大分サイコパスな部類に入るけど。

恋愛だのなんだのってのは私にとってはそれこそ、既に幻想(ファンタジー)だものね。

だからこそスカウトが来たのかな?

 

「うん。まぁ、初期対応班の仕事(やまば)は終わった訳だし、取り敢えずはみんなでパーっとやらない?多分、みんなからも色々と愚痴があると思うし」

 

「さんせー!」

 

「上がった人達だけでひとまずって所じゃない?引き継ぎとかもあるわけだし」

 

あ、現地の人達に引き継ぎとかあるんだ。

アイツが色々とかき回した部分のフォローとか。

じゃあ、取り敢えず今は上がった人達を集めて『オフィス街』へと繰り出そう!




トリッパーズ トレーニング&サポート カンパニー
略してTTSCです。

転移者教育及び支援企業 TTSC
様々な都合……という名の神による異世界転生をした異世界トリッパーという被害者達をサブキャラクター、モブレベルでの登場キャラクターから裏方までサポートする神様の企業。
社員達もそれぞれの世界でのトリッパーや、スポットが当たった様々な現地キャラクター達からスカウトされたプロ。リアル劇団員とも言う。
例えどんな人間であっても依頼であればサポートする…が、社員も人間であるからには……。
代表取締役社長は宇宙クラスの上位神らしい。
主な取引先は各世界や各宇宙の創造神。
たまに最上位の神である至高神から、悪質な召喚を行っている世界への調査を依頼される事もあるのだとか…。


メイリー
入社前の転移元……乙女ゲーム模倣の悪役令嬢世界
入社前の役柄……ザマァ系ゲームヒロイン
入社後の配属……企画実行部ファンタジー初期対応課ギルド班
主な係・役柄
ギルド美人受付嬢、ザマァ先輩パーティーの魔法使い、エキストラ、その他雑用

入社数十年の平の中堅。
入社前はよくある乙女ゲーム模倣の逆ハーレムルート狙いのヒロイン役に転生した元喪女。
よくある勘違い系の主人公で、そしてよくある頭の悪い攻略対象を手玉に取っていた。が、これまたよくある何もしていない系のテンプレ悪役令嬢を断罪しようとして逆にザマァを食らい、国外追放。
国外追放の護送中にTTSCの人事・広報課職員にスカウトされ、このまま地獄の日々を過ごすのならと入社。
自分がザマァを食らった世界でもTTSCが関わっていたことを知り、当初は呪詛の念を抱いていたが、今となってはどうでも良くなった。
体感時間で入社してから数十年。
社員特典として不老チートが与えられている。
主な業務はギルド美人職員。元の世界で培った男の子に好意を持たれやすい思わせ振りな態度を取るテクニックで『主人公』と書いた神様の被害者をいい気分にさせ、冒険者活動を活性化させるのがお仕事。
よくある最初の受付嬢役であり、メインヒロインが登場するまでは主人公をトキメかせ、登場後は主人公の規格外さをギルド視点からツッコミを行い役のモブと化し、仕舞いにはいつの間にか消えているキャラクター…というのが役どころ。
時には主人公に筆下ろしをするキャラクターをやるのだが、「世の中そういう人も必要だよねー。ま、見た目と違ってこっちはもう何十年も生きてるアレだし……もうギャバ嬢やらホステスやら風俗嬢に偏見を持つような歳でもないし……」と言って割り切っている。
美人系と可愛い系、両方をバランスよく組み合わせた容姿。
男性の好みは乙女ゲームのメイン攻略対象となるようなタイプの人間であり、俺様系やショタ系、不思議ちゃん系が集まり易い冒険者の世界では基本的に業務対象の人間は好みではない。更に言えば、ザマァを食らったトラウマからか、恋愛に対しては完全に諦めている。故に最初の受付嬢役としては適任なのだが…。
それ以外にもメインの受付嬢の同僚とか、敵対パーティーの魔法使い役としても担当するが、これは業務対象の好みにドストライクする場合、万が一にもヒロインそっちのけで本気にならないようにする対策である。むしろ受付嬢よりもそっちの方が生き生きしているとまで言われる始末であるが。
主業務が落ち着いている時は、同じ企画実行部乙女・恋愛ゲーム課のモブキャラクターやザマァヒロインとしてヘルプに出ることもある。


今回はここまでです。
もしかしたら、あなたの押しの作品にコイツらが潜んでいるかも知れませんよ?


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こちら企画・実行部 宿屋の場合1

かなり、アンチ・ヘイトが入ります。
よく異世界ものの舞台となる中世ヨーロッパ事情に似た環境。
そこに視点がいきます。


1 宿屋の女将 アンナの場合

 

「杏菜さん。恵梨さん。冒険者ギルドのチームから連絡が入りました。『我々の宿屋』を紹介したので、スタンバイをお願いします」

 

班長の指示の元、私と恵梨の宿屋チームがスタンバイするわ。

 

「はぁ……またいつもの文句を言われるんだろうなぁ」

 

恵梨ちゃんがぼやく。

まぁ、いつもの事だもんね。

でも恵梨ちゃん?あなただって入社して何年もするまで知らなかったでしょ?他の部署の仕事を。

 

「仕方がないわよ。だって主人公(お客さん)のほとんどは、知らないで召喚されるんだから」

 

だろうね。現代の知識でやって来た人間の為に、本当に百年単位で事前に準備してくれた施設・管理部には本当に感謝しかないわ。

この転移者が世界に滞在するほんの数十年……下手したならば数年の為だけに世界の文化を世紀単位でテコ入れしなくちゃならないんだもの。

それなのに…………。

考えても仕方がないか。常識なんてその人が育った環境によって様々だもの。

知らなければ仕方が無いものね。

 

「さぁ。ここからは『お母さん』とエリーちゃんよ?」

 

「はぁい。今回は『アレ』が無ければ良いなぁ」

 

アレというのは『火遊び』の事ね?

 

「あったとしても仕方が無いわよ。私達はそういう契約なんだから。だから『お手当て』もあるわけでしょ?」

 

まぁ、私か恵梨……じゃなかった、エリーちゃんのポジションが結構なりやすいものね。

それかメイリーちゃんか。

今回の神楽悠斗君って子は、リサーチの段階だと女の子に全く縁が無いって言うけれど……。そういう草食系の男子に限って一度タカが外れたらっていう子が多いもんね。

オタク趣味ってのは解っているけれど、結構恋愛に関してはハーレム物を好むって書いてあったし……。

だから『火遊び』ありで契約している私達が抜擢されたんだろうけど……ね。

不人気な役割だけど、需要だけは高いのよね。

万年人手不足の部署だわ。ここ。

もっとも、そういうのをこなしてこそのプロだとは私も思うんだけど。

そんな事を考えながら、私達は『職場(宿屋)』への扉を開いて『役割』を果たしに行くわ。

 

 

 

「こんにちは。ギルドから紹介されて来ましたユートです」

 

「はぁい。いらっしゃいませ。ギルドからの紹介ですね?何泊お泊まりになりますか?」

 

「うーん……取り敢えず10日位かな?」

 

「朝食付きで小銀貨6枚です♪」

 

「はい。これ」

 

小銀貨を受け取り、部屋の鍵を渡す。

 

「ごゆっくりおくつろぎ下さーい!」

 

エリーちゃん見た目のイメージを崩さないように少女らしい営業スマイルを浮かべて悠斗さんを見送る。

本当は少女なんていう年齢じゃ……ギロッ!

エリーちゃんが私の考えていることを悟ったのか、他人にはお見せできない凄い形相で私を睨む。

うん。ごめんね?

うちの会社では年齢……特に女性の間ではタブーだもんね。

私は態度でごめんとエリーちゃんに謝りつつ、初期対応班の班長へと連絡をいれる。きちんとお客様が系列の宿屋に入りました……と。

他の宿屋に入っちゃったら大変だものね。

この宿屋はいわゆる「ファンタジーに出てくる宿屋のテンプレ」をそのままに作られている宿屋だから、他の宿屋に入られたらカルチャーショックを受けること間違いなしだもの。

 

部屋は個室、酒場を兼ねた食堂あり、朝食付きトイレは共同だけれど汲み取り式のトイレ(拭くものは藁)、ランプは常に火が灯されている、エトセトラエトセトラ。

え?これが普通じゃないのか……ですって?これでも充分カルチャーショックを受けるレベルだと思うのならば……中世ヨーロッパの宿屋に限らす、生活様式を説明するわ。

あくまでも地球の平均的な中世ヨーロッパの宿屋の歴史だと……。

まず個室はまずないわ。ホステル……というのは今でも残っているけれど、いわゆるタコ部屋……相部屋で宿泊するのが基本だったの。

個室も無いわけでは無かったのだけれど、基本的には貴族の宿泊を対象とした場合が多いわ。

国や地方によってはベッドが1つにつき二人から三人というのが当たり前……と言うのもあるしね。

さすがにそれは赤の他人同士……というのは少なかったみたいだけど。

次に食事。酒場を兼ねた食堂付きの宿屋……というのは無かったわけではないし、イギリスなんかでは国の政策で常設していたみたいだけど、基本的には宿屋の厨房が開放されていて、そこで自前で作るのが当たり前だったのよ。そして、その食事風景も……ね。

多分みんなは中世ヨーロッパの食事風景って一人一人、皿で取り分けられていてナイフとフォークで上品に…とか想像するかも知れないけど、スープが取り分けられているくらいで、後は大皿で「ドン!」っと置かれているのが一般的だったみたい。後はそれぞれが食べたいだけ自分で取り分けて、奪い合いと言うもの。

ナイフは食事用のナイフなんかじゃなくて、鋭利なナイフ。スプーンはあってもフォークなんて無くて手づかみで食べる。

食文化を調べればわかるけれど、ヨーロッパは「手食文化」と呼ばれていたしね。※1

テーブルクロスもテーブルを汚さない為と言うよりは、汚れた手や口を拭う為に敷かれていたと言うし。

水も井戸水なんてとんでもないわね。

水質が飲み水に適していない硬水だったこともあるけれど、衛生面で問題が大有りだったもの。どこで汚物が捨てられているかわかったものじゃないし。

井戸水を飲むくらいなら酒を飲んだ方が安全ってくらいだもの。

ランプは常に火が灯されている……なんてのは嘘。中世ヨーロッパに限らず、油が貴重品だったのだから、不必要な時には消しておくのが当たり前。

そして……最大に現代人が我慢できない点はここよ。トイレ。

汚い話だけれど、中世ヨーロッパまでのトイレ事情は劣悪としか言いようがなかったの。

近代のように個室でいたす……なんてのは無く、部屋に壷が置かれていて、溜まったら窓から捨てる……というのは当たり前だった。汚物は家の中でなければどこでもオーケーというのも不思議じゃなかったみたいだし。

ヨーロッパで初めて公衆トイレが設置されたのも16世紀のフランスという説もあるくらい。

こんなように、現代日本人が本物の中世ヨーロッパに行ったならば、1週間気が狂わなかったら大したものだわ。

中世ヨーロッパ全土がそうだったわけでもないし、中世ヨーロッパ風の異世界の全てがそうだったわけでは無いけれど、似たような文化が育った背景には歴史的な背景が存在すると思う。

だからこそTTSCの「施設・管理部」が転移・転生が行われそうな世界の神から依頼を受けた時から、百年単位で世界の意識レベルから下地を作っている。

「管理・施設部」とは演劇の舞台で言うなれば大道具や小道具とかの裏方ね。

むしろ、私達「企画・実行部」よりも管理・施設部の方が大変だわ。舞台は役者だけでは動きませんってね。

上同士は仲が悪いからうちの上司は認めないけど、企画・実行部にはホントに感謝ね。

 

「アンナさん……じゃなかった。お母さん。そろそろ夕御飯の支度をしないと…」

 

「あら。もうそんな時間?」

 

他のエキストラのお客さん(にぎやかし)もそろそろ来る頃だわ。

ギルドお勧めの宿屋という設定でお客さんが悠斗(主人公)だけというのもおかしいもの。

もちろん、エキストラの人達も支援に来ている手空きの他の班の社員達よ。

昔はそれほど仕事が多くなかったけれど、最近は神様達の流行りなのか、異世界転移や異世界転生がやたらと多いから人手不足気味なのよね。

うちの班長はやり手だから、ゴタゴタは少ない方だけれど。

あの趣味だけはついていけないけどね。

驚くわよー?どんなに忙しくても必ずやる班長の趣味を兼ねた役は。

本人は「お前達がクライアントがこの先やっていけるだけの力量まで育てたのかを見極める為の1種の試験だ!それだけは俺が直接見極める!」とか言ってるけど…。

 

 

「お母さん!早く!もうすぐチャーリーさんが帰ってくるよ!」

 

チャーリーというのは隠語ね。『スタンバイしているエキストラの(チャーリー)君がしびれを切らしている』って言っているって意味の。

アルファ、ブラボー、チャーリー、デルタ、エコーって言うでしょ?

あれってA・B・C・D・Eって意味だけど、そのままだと聞き間違える可能性があるでしょ?例えば(ビー)(シー)(ディー)

だからアルファとかブラボーって呼ぶわけ。人の名前にするときはアルファとかは変だから、アレックスとかブラフォードとかディックとかに変えてるけどね。

 

「はーい!」

 

私はエキストラ班を迎える為の準備を始めた。

 

 

夕食………

 

「うーん…………」

 

夕食の味については悠斗くん、だいぶご不満のようね。

それはそうよ。だってわざとそうしているんだもの。

せいぜい、この時代背景に不自然にならない程度には味を濃く(・・)したスープとある程度に柔らかく(・・・・)したパン、それに軽く塩を振ってある焼いただけのステーキと言えば聞こえが良いただの豚のばら肉の焼き物。

舌の肥えた西暦2000年世代じゃ物足りないと思うわよ?

だって、濃くした……と言ったけれど、中世ヨーロッパ基準からしたらの話。西暦2000年代の人間にしてみたら、薄味に感じるかもね。

だって………塩って貴重だもの。

塩の権利を巡って戦争が起こるなんてのは地球でも世界中であった事よ?

悠斗くんが生まれた日本だって例外じゃないわ。

例えば風林火山で有名な武田信玄。その武田信玄があちこちに戦を仕掛けた理由も塩が取れる領地を欲していたから………という説があるわ。

上杉謙信の「敵に塩を送る」という諺が生まれたくらいに甲斐の国は塩に恵まれなかったそうよ。

そして忠臣蔵で有名な赤穂藩も塩の名産地として有名だけれど、忠臣蔵のもととなった赤穂事件。その赤穂事件の始まりである浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)

吉良上野介(きらこうずけのすけ)の不仲の理由の1つとして塩の製法と販売法を巡った対立があったという説があるわ。※2

あくまでも説の1つ……だけど。

つまり何が言いたいのかと言うと……塩は貴重である為、ふんだんには使えない。だから、「21世紀の人間からしてみたら薄味に感じる」というのが現実なのよ。

もっとも、医学的な見地からすると21世紀の味付けは塩分過多らしいけど。

つまり……この世界のスープは中世ヨーロッパの基準からしてみれば濃い目だけど、21世紀人にとっては薄味に感じるギリギリのライン……と言ったところかしら?

パンにしたってそうね。

固くて食べ辛そうにしている黒パン。

スープに浸ければやっと食べられる?

………本当の中世ヨーロッパ時代のパンは皿代わりに使われる事もあるほど固かったのよ。

理由は一般的に出回るパンは小麦粉以外にもライ麦や大麦が混ざったパンが普通だったことらしいけど。

 

「うーん……やっぱりマヨネーズや唐揚げ無双は必至かな?マヨネーズや揚げ物が無いのはラノベとかじゃ定番だし……」

 

うーん………マヨネーズは間違ってないかな。

18世紀に入って泡立て器が発明された事によって作られた事だから……。

泡立て器の発明、頑張ってね?まずはそこからだから。

 

そして揚げ物……。

 

悠斗くん。あなたは天ぷらが日本の料理だと想っていたならば、それは大きな間違いよ。

天ぷらはね………16世紀にポルトガルから伝来してきた料理なのよ。

というより、古代ローマ時代には既に揚げ物料理は存在していたの。

日本にも奈良時代には既に中国から唐揚げの原型となった物が既に存在していたの。

油はねや火災の原因になる、空気に触れると酸化するという管理の面で頻繁に作られなかっただけで。

この世界に限らずTTSCが関わった世界では発明されてもすぐに廃れるように施設・管理部が頑張ったけど、ファンタジー知識を少しは疑いなさい?

 

「待てよ?現代知識を使って銃とかを作るってのも…」

 

だから銃も16世紀の種子島に鉄砲を伝来させたのはどこの国?

そして、その原型だってモンゴルや中国では発明されていたんですけど!

元寇をしらないの!?

 

私も含めて周囲で聞いていた人達がスルーするのに大変だったことは言うまでもないわ。

いつもの事だから心で思うだけで、口にも仕草にも出さなかったけど。

ほら、私達もプロの役者だから。

 

続く……かも?




※1
手食文化
16世紀の中世ヨーロッパの作法書では、「指は必ず3本だけ使って食べること。間違っても5本全部使ってはならない。上流階級かどうかはそこで見分けることができる」と書かれているように、一般庶民はおろか貴族でも手食で食べていたことが伺えます。
フォークが一般的になったのは、戦争に明け暮れていたヨーロッパが落ち着き、中世から近代に入る頃、パスタが流行したしたのが切っ掛けになったのだとか。
発明自体はされていたようです。
ファンタジーとは違うのですね。

※2
武田信玄や忠臣蔵についてはあくまでも説の1つです。特に忠臣蔵。



もしかしたら、あなたの知る作品の裏にはコイツらみたいなのが潜んでいるかも知れませんよ?


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