梨:ゼロから二人で異世界生活を始める頃に (とある圭梨復権派)
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プロローグ
「ヨウコソ」


あらすじにも書きましたが、この作品は『Re:ゼロから始める異世界生活』と『ひぐらしのなく頃に』シリーズのネタバレ要注意です。



       

 

 

 

 

 

    どうか繰り返さないでください。

    大切な人に裏切られる哀しみを。

 

    どうか繰り返さないでください。 

    たとえ望まぬ未来でも。

 

    どうか繰り返さないでください。

    それが貴方の幸福だから。

 

         

              Frederica Bernkastel

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 もう限界だった。

 生きるのが辛かった。

 

 かつて掴んだ幸せと自由は失われ、ワケも分からぬままに幼い少女に戻され惨劇に命を弄ばれ続ける。

 そんな日々に疲れた。苦しかった。もう全てを投げ出して終わりたかった。

 

 『どうしてこんな事になってしまったんだろう』

 この地獄に再び放り込まれた時から考えなかった日は無い。

 

 大石刑事は、強引でその雛見沢への不信感から仲間たちの不安を煽り、よく惨劇のタネとなっていた男だった。

 だが決して悪人ではなかったはずだ。

 その強引さも刑事魂故……だったはずだ。

 頼りになる大人として、最後のカケラでは味方になってくれたりもした。

 

 それが何故あんな惨劇を起こしてしまったのだろう。

 L5を発症しているのは見ての通りであったが、それならば何故今まではこんな事態が起きなかったのか?

 

 考えても答えは出ない。

 

 イヤ、本当は考えてなんかいないのかもしれない。

 

 拳銃を乱射する相手に解決法なんて見つかるはずがない。

 原因なんて見つけたところでどうしようもない。 

 どうせもう全部終わるのだ。

 

 そんな諦念に支配されていた。

 

 そうだ。もう終わるんだ。

 こんな悲しいことを考えながら終わっても仕方ないじゃないか。

 どうせなら幸せな事を思い出そう。

 

 そうして、古手(フルデ) 梨花(リカ)は解決策を考える事を放棄した。

 戦う意志を無くした瞬間であった。

 

 目を瞑れば今でも鮮明に思い出せる。幸せだったあの日々を。そう考えながら自身の現状から目を背けるように思い出に浸る。まるで走馬灯のように。

 

 惨劇を乗り越え、カレンダーをめくった時。きっとこの時より幸せな瞬間は人生で今後訪れないだろう。羽入としばらくカレンダーを眺めていたせいで沙都子を困らせてしまったっけ。

 

 赤坂に誘われて、仲間たちと一緒に東京へ行こうとした時もあった。その時は結局、羽入がついて来れなくなったので引き返す事になり、後日一人で行く事になったのだが、それでも仲間たちと裏山で蚊帳を張って寝泊まりしたのは良い思い出となった。

 

 雛見沢に久しぶりに冬が訪れた時。なんとも久しぶりの雪で随分焦ったっけ。寒くてずっとゴロゴロしていたかったけど、豪雪地帯の冬に慣れてない圭一をからかったり、部活で雪合戦をしたりして過ごした。

 

 高校に進学した時。繰り返しのなかでほとんど答えを暗記していたから勉強に全然ついていけなくなってしまっていたけれど、それでも頑張って高校へと進学できた。新しい生活は不安もいっぱいだったけれど、それ以上に前に進める実感とワクワクで幸せだった。

 

 圭一と、レナと、魅音と、詩音と、沙都子と、羽入と、たくさんたくさん思い出を作った。

 ケンカだって別れだってあったけれど、それでも楽しかった。

 そんなマイナスな事を含めて前に進めることが嬉しかった。

 

 『みー☆』や『にぱー☆』も卒業して、少し大人の階段を登った。化粧やオシャレだって覚えた。

 いつか、圭一みたいな一緒に笑い合えて困ったら手を差し伸べてくれそうな人や、赤坂みたいなカッコよくて頼りになるような男の人と恋愛だってしてみたかった。

 

 そして、いつかは雛見沢から遠く離れた地で暮らして、結婚して、子供を産んで、仲間と笑い合いながら過ごして、いっぱいの孫に囲まれながら年老いて死んでいきたい。そんな『当たり前』の人生を送りたい。そう思っていた。

 

 だけどそんな望みは打ち砕かれた。

 突然、再び昭和58年の夏に戻され惨劇に巻き込まれた。

 疑心暗鬼に囚われる圭一を励ました。魅音に人形を渡すように圭一に促した。沙都子を虐待する北条鉄平を誰も手を汚すことなく追い出せるように最後まで戦った。

 

 でも全部全部無駄だった。結局惨劇は起きて、古手梨花は殺された。

 

 また仲間たちが悲しみの末に死んでいくのを見るのも、自身が痛みを伴いながら無残に殺されるのも、昭和58年をもう一度繰り返す事も、幼いかつての自分のフリをするのも、例え惨劇を抜けても降りかかるであろう再びここに戻される恐怖を味わう事も。

 全てがもうイヤだった。

 だから戦う事を放棄した。

 

 100年間苦楽を共にした相棒が遺した置き土産。その破片。随分と小さく砕けきってしまっているが、きっと役目は果たしてくれるだろう……

 

 宝具、鬼狩柳桜。祭具殿のオヤシロさま像に収納されていた繰り返す者を殺す事ができる剣。

 

 つまり……

 

「これを使えばいつでも私は終われるってワケね」

 

 そう、古手梨花はこれから自殺を試みる。

 全てを投げ出して、自らの意識を永遠に闇に葬る事を決意したのだ。

 

(羽入、ごめんね)

 

 彼女は、きっともっと戦ってほしかったであろう。

 この剣だって、最終手段として遺したのであってすぐに使ってほしかったワケではあるまい。

 

(でも、もう疲れたの……。貴方が居なくなって心細くて、怖くて、しかたないの)

 

 絶望。彼女の心情を表すならきっとそれ以上の言葉はないだろう。もはや戦う事は不可能なほど、彼女の心は壊されてしまっていた。

 

(死んだら、また会えるかな?)

 

 そんな事を思いながら手に持った刃を首元へと運ぶ。ヒンヤリとした感覚が伝わってくる。これを思い切り引けば、もう終わる事ができる。何も考えなくて感じなくて良くなる。

 

「梨花ちゃーん!」

「梨花ぁ! 居るなら顔を出してくださいまし!」

「梨花ちゃーん!居るならお願いだから出てきてー!」

「今日の勝負は負けたけど、明日はそうはいかないからねぇ!」

 

 そう行動に移そうとしたちょうどその時、愛しい仲間たちの自分を探す声が聞こえてくる。

 そうか、そういえば隠れんぼの途中だったな……。

 みんなは自分を見つけてくれたワケだ。

 

 だが、それでも絶望した彼女の心には届かない。

 もはや誰にも彼女を引き止めることは出来ない。

 

「みんな、ごめんね」

 

 そう呟いて、彼女は首に当てた刃を思い切り引ききった。

 

 その瞬間、

 

 

 

   ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 どことも知れぬ世界へと。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 これは繰り返す者の業の物語。

 戦うことを諦めてしまった少女と取りこぼす事を許せず絶対に諦めることのできない少年の物語。

 

 これはきっと悲劇に見せかせた喜劇の物語。

 

 

 『梨:ゼロから二人で異世界生活を始める頃に』

 

 

 




けっこう短めですがプロローグなんでこんなもんで。


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第一章 王都の一日
死戻し編 其の壱 「邂逅」


 



  

 

 

 

     一人は誰にも負けない意志を。 

     もう一人には踏み出す勇気を。

     二人は出会ってはいけない。

     足を取られて前に進めなくなるから。

 

     一人は誰からも愛される。

     もう一人は誰からも嫌われる。

     二人は出会ってはいけない。

     きっとお互い愛し合ってしまうから。

   

     一人は繰り返す力を。

     もう一人も繰り返す力を。

     二人は出会ってはいけない。

     罪を忘れてしまうから。

 

               Frederica Bernkastel

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「…か!…か!………りか……!きこ…て……………!?りか……」

 

(ここはどこ?)

 

「あ……はそ…をえ…………ま……………ね」

 

 頭に響く聞き慣れた優しい声。

 そうだ。自分はこの声の主を知っている。

 けれど眠い。何も考えられそうにもない。

 

(……羽……入……………?)

 

「そ………なん………い……。あ…たはま…う……い……にと………ら……し…う………ね」 

 

 声に霞がかったようにうまく聞き取れない。

 単語を単語として認識できていない。

 

 

(何て……言っているの……?)

 

「りか」

 

「な……に…………羽入……」

 

 ようやくちゃんと聞き取れた自身の呼びなれた名前。絞り出すようにかろうじて出た返事は滑稽なくらいに弱々しく感じるに違いない。

 

「も…ってきて」

 

『も…ってきて』?『持ってきて?』

 イヤ、間に何か聞き取れなかった一音が入っていた。

 もしかして『もどってきて』?『戻ってきて』?

 

 どこに?

 決まってる。あの地獄だ。

 彼女はきっとこう言いたいのだ。『まだ戦え』と。

 

(分かってる……わよ)

 

 本当は分かっている。こんなところで止まっていてはいけないのだと。

 本当は気づいている。仲間を見捨てて諦めることを自分自身も望んでいないことに。

 

(でも、もう疲れちゃったの……起きたらまた戦うから……少しくらい、休憩させて……)

 

 そう。これはつかの間の休息。起きたらきっとまた痛い目にあう。悲しいことが起きる。辛いことを思い出す。

 いつかは完全に折れて空っぽになってしまう。

 そうなる前に少しだけ休憩。起き上がるための前向きな停止。

 

「か…は……ナ…キスバル」

 

『か…は……』?『鍵は』?

『ナ…キスバル』?人名?

 

 鍵?一体何の鍵だというのだ。何を開けろというのだ。その人に会えば雛見沢に戻れるのか?

 何も分からない。

 何も考えられない。

 

「りか……。あなたならきっとだいじ……ぶなの…す。ここでま…てますから」

 

『ここでま…てます』?『ここで待ってます』か。

 

(また貴女に会えるのね……)

 

 その言葉に安心感を抱きながら、再び古手梨花は意識を手放した。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「……がっ………はぁ…」 

 

 一瞬、首に凄まじい痛みを感じた。そう思い、慌てて自分の首を抑える。けれど、出ているはずの血も、深くついているだろう傷もどこにもなく、あるのはただ自分の手に触られている感触だけだった。

 

(ここは、どこ?)

 

 自らの命を絶った。意識も何もかも全て手放すはずだった。

 

 なのにどうしてか自分の頭は働いている。

 

 物を考えている。

 

 手で触る感触を感じている。

 

 言葉を発することが出来ている。

 

 

 どうして私は生きている?分からない。

 自分は羽入に騙されたのか?またあのドジ神はやらかしてしまったのか?

 でも不思議と怒りは湧いてこない。自殺に失敗した事への悲しみや失望もない。

 

 本当は怖かったのかもしれない。永遠に目を覚まさないように眠り続けることが。

 どこか安心している自分に気付いて苦笑する。

 あんなに死に慣れた魔女のように振る舞っておきながら、結局このザマか……。

 

 こんなふうに余裕があるのには理由がある。ここは雛見沢ではないと確信する材料がそこら中にあった。

 

 目に飛び込んでくる景色が違う

 香ってくる匂いが違う

 聞こえてくる喧騒が違う。

 立っている地面が違う。空が違う。人が違う。空気が違う。何もかも違う。違う。違う。  

 

 自分は抜け出した。逃げ切ったのだ。あの死の運命に閉じ込められた雛見沢という名の地獄から。

 そう思うと、少しだけ後悔が過ぎった。

 

 自分は雛見沢の事が嫌いだったのか?そう聞かれたら間違いなく答えは「NO」だった。

 村の人々は温かいし、自分にとても優しかった。

 溢れる自然は、きっと他所から見たらただの田舎にしか見えなかっただろうが、美しく、心が折れそうな時はいつも景色に励ましてもらっていた。

 

 そして何よりも惜しいのは仲間たちの事だった。

 

 誰よりも熱く、この無限の運命の地獄から一度救ってくれた私の王子様…というには三枚目だけれど、私の大好きな男の子。前原圭一。

 

 誰よりも気高く、純粋で。きっとその心根は誰よりも強い女の子。竜宮レナ。

 

 誰よりも信じる気持ちを持ち、その気まぐれさからいつも私を退屈から救い出してくれていた双子の片割れ。園崎魅音。

 

 誰よりも行動力に長けて、その意志の強さは絶対に目的へと向かう事のできるもの。最後の世界では私を助けるために銃を持った大人に立ち向かってくれた双子のもう一方。園崎詩音。

 

 誰よりも強く、村中からイジメられようと、叔父に虐待されようと耐え続け、私が落ち込んだ時は必死に隣で励まし続けてくれた心の癒やし。私の親友。北条沙都子。

 

 誇らしく、自信を持ってステキだと言い貼れる最高の仲間たち。その誰にももう会えないのだと思うと、どうしようもなく寂しく感じてしまう。

 

 けど、これは自分の選んだことだ。

 最期の瞬間。自分を見つけてくれた仲間たちを振り切ってきたのは間違いなく自分だ。

 落ち込む資格なんてあるはずもない。

 

 そう、自分に言い聞かせ、周りをじっくりと見渡す。

 

 街を歩く人々の中には一人として黒髪の者は居なかった。頭髪は金、白、茶、緑、青と様々で、さらに格好は鎧やら踊子風の衣装やら黒一色のローブやらであった。

 

 更に目を疑うのは頭から耳が生えていたり、体が鱗で覆われていたり、どう見ても『モンスター』と形容せざるを得ないような者たちが平然と道を歩いていた。

 

 茫然としていると、巨大なトカゲ風の生き物に引かれた馬車的な乗り物が横切っていく。

 

 ここは雛見沢では決してない。イヤ日本や地球ですらないかもしれない。

 

 街並みはどう見ても現代とは思えない。建造物はどこを見ても木造か石造だし、機械類も見当たらない。

 自分が元いた場所も中世ぐらいの街並みはこんな感じなんだろう。

 

 歩く人々の姿も相まって、まるでおとぎ話の世界の中にいるようだな、とぼんやりと思った。

 

(ここが……天国……なのかしらね?) 

 

 すぐにその考えを改める。

 いや、そんなはずはないか。

 仲間を故郷を捨てて自ら命を放棄するような愚か者に天国に行く資格なんてあるはずがない。

 

 ならば地獄だろうか?だが飛び込んでくる景色は随分とイメージと違うように感じる。もっとおどろおどろしい場所だと思っていたが……。

 

「もしかしたら、異世界……かもね」

 

 そう、小さく呟くと、視線を感じた。

 まるで珍獣でも見つけたかのような奇異な視線で注目を集めている。

 もしかしたら黒髪だから珍しいのかもしれない。

 それともこの格好が珍しいのだろうか?

 

 とにかくあまり感じの良い視線ではなかった。

 

 周りの目を気にし始めると、自分の肉体の違和感に気付く。体が小学生のまま。昭和58年の古手梨花のままなのだ。

 

 自分は高校生になって、もちろん背も伸びたし、体も成長した。今の今まで違和感を感じなかったのは繰り返しが長すぎて慣れてしまったのか、はたまた再び惨劇に飲み込まれるという助走を経たからなのか、それともこの景色に衝撃を受けすぎて鈍感になっていたのか。

 

 答えは出ないが、小学生の肉体でいる事はやはり辛かった。

 

(あの姿で人生を終えたから、なのかしらね?)

 

 そう推測し、歩き出す。いつまでもこうして突っ立っているワケにはいかない。

 もし天国だというのなら、やりたかった事をたくさんやろう。そして仲間たちがここに来るのを待とう。

 もし地獄だというのなら、甘んじて罰を受け入れよう。

 もし異世界だというのなら、とにかく情報が欲しい。もしかしたら雛見沢で過ごすより余程辛いことが待ってるかもしれない。それならば帰ってしまおう。

 

 夢の中で羽入に出会った。

 彼女は『戻ってきて』と確かに言っていた。

 そう言うということは、戻る手段があるという事だ。

 今のところ少なくともすぐ帰るつもりは無いが、もし辛いのなら帰って運命と戦うこともやぶさかではない。

 

 とにかく一瞬でも良いから違うところへ行きたかっただけなのだから。

 

「おいおい……嬢ちゃん…大丈夫かい?」

 

 行くあても無いので、適当に一歩目を踏み出したら、転んでしまった。  

 そんな自分を心配してか、厳つい顔をした男が話しかけてきた。

 見ると、彼の立つ屋台?には林檎らしきものが積まれていた。彼はこの八百屋か果物屋の店主なのだろう。

 

「みぃ……大丈夫なのですよ」

 

 つい、小学生の梨花の返答の仕方をしてしまう。

 この姿だとこういう喋り方になってしまうのは、もはや癖と言ってしまっても良かった。

 どうせ初対面ばかりなのだ。猫を被る必要もないのでは?

 イヤ、自分ほどの少女が本来の自分の喋り方をしてみろ。周りから見ればさぞかし不気味に見えるだろう。

 そうして、梨花はこの世界でもかつて封印した『み〜』や『にぱー☆』を再び使うことを決意した。

 

「みぃ? さっきの小僧といい、さっきから変な奴ばかりだな」

 

「さっきの小僧?」

 

「ん?もしかして嬢ちゃんの連れかい、アイツ?髪の色も変な格好してるのも共通してるしな」

 

 『髪の色が同じ』『変な格好をしている』

 その二つの情報からもしかしたら自分と同じ境遇かもしれないと思った。

 何もすることが無いし、その彼を探すのも良いかもしれない。

 そう決めた梨花はウソをつくことにした。

 

「そうなのですよ……はぐれてしまって困っていたのです」

 

「そうかい。こんな小さい女の子置いてくとはなぁ……あの小僧ならアッチの方へ行ったよ」

 

「ありがとうなのです」

 

 お礼を言って、さっさと歩き出す梨花。

 もしかしたら何かヒントを得られるかもしれない。

 この場所がどんな場所か、どうやって帰るのか、そういった諸々の期待を胸に秘めながら屋台の男の指差した方へ向かう。

 歩くスピードは自然と速くなっていた。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 歩いていくと、少し薄暗い路地裏に腰を下ろしている少年を見つけた。 

 なるほど。確かにこの少年はこの世界では浮くに違いない格好をしていた。

 自分と同じく日本人らしい黒髪にジャージ姿。

 ひと目見ただけで自分と同郷なのだと分かる。

 

「事態は絶望的。そしてやっぱり原因は不明。鏡くぐった覚えも池に落ちた記憶もないし、何より召喚ものなら俺を召喚した美少女どこだよ」

 

 その少年と言えば、先程から膝を抱えて一人ブツブツと何かを言っている。

 正直怖い。話しかけるのも気が引けるほどに。

 だが、話しかけなければ前に進めない。

 『前に進めない』。これより恐ろしい事はきっと今の自分にとっては存在しないだろう。

 勇気を振り絞れ。詩音の行動力を見習うんだ。

 

「み〜、少し良いですか?」

 

「……ん?」

 

 少年は自分を見ると、呟くのをやめて急停止する。

 そして、みるみる内にその表情が歓喜のものへと変わっていく。

 

「美少女キターーーーーーーーー!!!!!」   

 

 そう叫ぶと、梨花の手を取り、ぶんぶんと上下に振る。

 急に叫び出し、いきなり手を掴まれる。あまりにも予想外な事に、ビックリ…を通り越してドン引きしていると少年は勝手に自己紹介を始めた。

 

「オレの名前は菜月(ナツキ) (スバル)! 無知蒙昧にして天下不滅の無一文!!」

 

『ナツキ・スバル』。確かに少年はそう言った。

 その響きに梨花は聞き覚えがあった。

 

『か…は……ナ…キスバル』。羽入の最後のメッセージ。自分へのヒント。今ならこの文章の意味もわかる気がする。

『カギはナツキスバル』。そう言いたかったのだ。

 つまり、この少年はこれからの自分の運命を決定することになるであろう重要人物だったのだ。

 いきなりそんな人と遭遇するとは運命を感じずには居られなかった。

 

 興奮気味に未だに、何かをまくし立て続けるこれから長い付き合いになるかもしれない少年にとりあえず梨花は呟いた。

 

「み〜。そろそろ手を離して欲しいのですよ」

 

 これが二人の出会い。

 輪廻の輪に囚われ続ける挑戦者二人の運命的な出会い。

 そして、出会ってはいけない二人の絶望的な出会いでもあった。

 




なんかリゼロ系のSSの第一発見村人って果物屋のおっさんになりがちな気がします。
この作品も例に漏れず行きましょう


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死戻し編 其の弐 「路地裏」

 

「つまり同郷って事なのか?」

 

「そういうことになるのです」

 

 一文なし・コミュ障・引きこもりとダメ人間要素を三拍子揃えてしまっているにも関わらず、特にチート能力や道具も与えられずに異世界召喚されてしまった少年ーナツキ・スバルにとって、その少女は天啓にも思えた。

 久々に家から出て、コンビニで夜食のカップラーメンを買って帰る途中。彼は、そんな当然何の準備も覚悟もしていない時にワケも分からぬままファンタジー世界に飛ばされた。

 持っていた全財産(地元から一番近いショッピングモールまで出て、本屋で買い物して昼飯を食べてくるぐらいの余裕は持てる懐具合)も貨幣の違うこの世界ではてんで役に立ちそうにもない。

 

 そもそもどんな価値観が常識として浸透している世界かもわからない。なにせ、どう見ても動物が擬人化したみたいなよく分からない亜人が大手をふって当たり前のように歩いている世界なのだ。それなのに言葉は通じるのが余計にワケが分からなかった。

 

 そんな混乱の中で、まるで珍獣を見つけたかのような奇異の視線を集めていたのだ。

 いたたまれなくなって、逃げるように路地裏に来たのも仕方のない事である。

 そうやって、路地裏で状況整理もとい妄想をしていたところに自分と同じくワケも分からぬままに、ここに連れてこられたという美少女がやって来る。

 このシチュエーションに興奮しないやつはきっと人生で異世界転生物のラノベを読んだことがないに違いない。

 

 いや、そもそもこんな状況なのだ。きっとここにやって来たのが美少女ではなく、むさいガテン系のおっさんだったとしても同郷ならば嬉しかったに違いない。

 

「ボクも突然、こんなところに連れてこられてとっても困ってしまっていたのですよ」

 

「そうだよな! 異世界転移ラノベ読み漁ってたオレでもこうだもんな! 仕方ねぇよ!」

 

「ラノベ……?」

 

 どうやらラノベを知らないらしく首をかしげる梨花を見て、スバルは改めて思う。

 『オレの時代来たな!』、と。

  

 目の前の少女、古手梨花はどうやら雛見沢という村の古手神社という場所で巫女さんをやっていたらしい。それに加えて、ボクっ娘に、語尾に『なのです』だ。

 属性盛りすぎである。服装も肩紐型のライトグリーンのワンピースとどこか爽やかさを感じるものであり、非常にgoodだ。

 

 果物屋のおっさんを例外として除いたら、こんな少女がファーストコンタクトの人物なのだ。

 

(どうやら、オレの人生は高校三年生にして引きこもりダメ人間によるノンフィクションハートレス転落劇から美少女異世界転移物にジャンル変更されたみたいですね!)

 

なんてバカなことを考える事になっても仕方ない。

 

 だが、スバルはまだ知らない。

 目の前の少女が絶望の末に自殺し、ここに到達した事を。

 目の前の少女が幾度も死を経験し、『魔女』を自称するほどに心がネジ曲がってしまっている事を。

 目の前の少女がスバルへこんな事を思っている事を。

 

(…………こんな男が鍵? 言動も痛々しいし、本人いわく引きこもりのクズだったらしいし、大丈夫なのかしら?)

 

 羽入が夢で遺した自分への最期の言葉。雛見沢へと戻るために必要なカギは『ナツキスバル』という人物。

 梨花は、てっきり圭一のような運命を打ち破ることを期待できるヒーロー的な人物を思い浮かべてばかりいたが、実際目の前にいる男を見ると、どうもそのようには見えない。

 少し変態チックなところは似ているだろうか?

 

(まあいいわ、どうせ本当なら私の命はあそこで終わっていた。しばらくはこの男に付いていきましょう。行くあても無いしね)

 

 別に今すぐ雛見沢に帰りたいワケでもない、イヤ、しばらくは考えたくもないほどだ。それならばこの無能そうな男を嘲いながらしばらくここを満喫するのも良いだろう。 

 見たところ、この男は雛見沢を知らない様子だし、しばらくは何もかも忘れて遊んでいられる。

 

「だが安心しろ! 梨花ちゃんはオレが絶対に守ってみせる!」

 

 と、そんな事をどこから湧いてくるのか変な自信で胸を張って言うスバル。こんなラノベみたいな展開なんだから、チート能力はまだ見つかってないだけであるに違いない、という発想からであったが、残念ながらそんなものはない。

 

「み〜。 とっても頼りない騎士さんなのですよ」

 

「意外に辛辣!?」

 

「ところで、スバルがその手に持っているレジ袋は何なのですか?」

 

「ものすごい話題の転換だなオイ!? そんなにオレって頼りない!?」

 

 ギャーギャーと喚くスバルを無視して、梨花はスバルの右手からレジ袋をひったくると中身を検める。

 

「とんこつ醤油味のカップラーメンに、コーンポタージュ味のスナック菓子……?」

 

「いや、オレ、ここに来たのコンビニからの帰りだったからさ……。でもまあこれでしばらく餓死する心配は無いっつーか!?」

 

「とっても健康に悪そうな食事なのですよ……」

 

 そういえば、とんこつ醤油味のラーメンは圭一も好物だったな、なんて思いながら何気なく手に取り、観察する。

 『賞味期限:2012年○月✕日』そこで、ピタッと視線が止まる。

 

(2012年……?)

 

 梨花にとって、『現在』とは昭和58年、つまり1983年である。単純計算でこのカップ麺は29年もつという事になる。

 いくらカップラーメンが保存食だからといってそんなに持つはずがない。だとしたらこれは表記ミスだろうか。

 急いでスナック菓子の方も取り出して、目を通す。

 そして、そこにも『賞味期限:2012年▲月□日』と表記されていた。

 

 もうここまでくれば疑念は確信へと変わる。

 

(この男は、未来からここへ来たというの……?)

 

「どうしたんだ、梨花ちゃん? 急にスナック菓子見つめて固まっちまって。そんなソレ食いたいってんなら別に普通にあげるぜ?」

 

 目の前の男は何も分かってないらしく、どうやら自分がこのスナック菓子を食べたいのだと解釈したようだ。

 どうする?自分が昭和58年という別の時代から来たことを伝えるべきか?しかし、この男が信用できるという証拠は何もない。ここ一連のやり取りからただのバカである可能性は非常に高いが、腹に何を抱えているか分からない。そもそも伝えたところで何になる?何が変わる?教えて問題が発生するとしたら、それはどんなものだ?

 そんなふうにグルグルと考えが頭を堂々巡りする。 

 

 そんな梨花の事情なんてつゆ知らずで忍び寄る三人の怪しい男の影。

 

 どうやらこの世界は梨花に考える時間を与えてくれないらしい。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「み〜。騎士さん、頼むのですよ」

 

「おう! 任せとけ! まだ見ぬオレのチート能力でコイツラなんて一撃だぜ!」

 

 そう威勢よく言い切ってる割に、冷や汗が出まくっているスバル。だが、一応は立ち向かうつもりらしく、まっすぐと相手を見つめている。

 対するは、追い剥ぎ三人組。

 

「へへっ、テメェやめときな 冷や汗ダラダラじゃねーか」

 

「嬢ちゃんもおとなしく金目のもん置いてきゃ何もしねーから安心しな」

 

「ま、おとなしくしてれば……だけどな」

 

 そう言って、イヒヒヒといかにも小物悪役らしい笑い方をしている三人組を見て梨花は内心嘆息する。

 

(やっぱり中世みたいな見た目だけあって、この世界は治安があまり良くないのね……あんなふうにスバルを焚き付けてみたけど、三人組相手に引きこもりが勝てるわけないし、逃げるしかないわね)

 

「スバ……」

 

 『逃げる』という懸命な選択肢を梨花が提示しようとしたとき、それを遮るようにスバルが喋りだす。

 

「おっと、調子づいてられんのも今のうちだぜ! 言っとくが、俺みたいなタイプはこうやって路地裏でチンピラに絡まれたパターンの妄想も日常茶飯事なんだよ! バッタバッタなぎ倒して、明日の俺の糧にしてやんよ、経験値どもめ!」

 

「なに言ってんのかわかんねえけど、俺らを馬鹿にしてんのはわかった。ぶち殺す」

 

「そりゃ……こっちのセリフだ!」

 

 そう言い切って、殴りかかり行ってしまうスバル。 

 そう、今のスバルは完全に調子に乗っていた。

 梨花が居なくても、この道は通るのだが、持っている自信が違った。

 突然の異世界転生→路地裏で同じ境遇の属性山盛り美少女と遭遇→明らかに最初のザコ敵の小悪党三人組登場。

 これで完全に自分が物語の主人公であるかのような気分になってしまったスバルは未だに自分にチート能力が眠っていると信じて疑っていなかったのだ。

 

 しまった。これでは逃げられない、どころか相手を完全に怒らせてしまった。もはや命の心配をする段階だろう。梨花はあまりの展開に絶望しかけながら、必死で頭を回す。

 

「スバル! ダメなのです! 謝るのです!」

 

「大丈夫だ! 梨花ちゃん! 見てみろ!」

 

 そう言うと、スバルは後ろの男の側頭部に蹴りを入れて、壁に叩きつけた。

 見れば、一人目の男は地面に倒れているではないか。

 

 これはもしかして本当にチート能力を与えられたのかもしれない。なんと引きこもりが二人のチンピラを倒してしまった。

 

(これはいける!)

 

(もしかして、意外にスバルって強いの?)

 

 二人がそう思った時、最後の男の手が光って見えた。

 その男はナイフを隠し持っていた。

 それを見た瞬間、スバルは一気に体を屈めて……

 

「本当にすみませんでした! 全面的にオレが悪かったです! 許してください命だけは!」

 

 土下座した。

 チート能力があろうと無かろうと、ナイフは流石に今の調子に乗っているスバルでも怖かった。

 更に追い打ちをかけるように、倒したはずの二人が立ち上がる。

 残念。どうやらチート能力なんてものも無いらしい。

 

 絶賛困惑中&ズッコケ中だった梨花は一気に気を引き締める。

 

(どうしよう! どうしよう! どうしよう! ナイフ持ってる相手に私が参戦したところでどうにかなるはずないし………。ああもう! この役立たず! ちょっと見直しかけた私がバカだったわ! いやバカはコイツよ! どうするのこれ! 新しく来た世界でも死ぬなんて私ごめんよ!)

 

 だが、この状況に変化が訪れる。

 

「ちょっとどけどけどけ! そこの奴ら、ホントに邪魔!」

 

 切羽詰まった声を上げて、誰かが路地裏に駆け込んできた。

 セミロングの金髪で、意志の強そうな瞳に、いたずらっぽく覗く八重歯。

 かなり気の強そうな少女だ。

 

(おねがい! 私を助けて!)

 

 そうその少女に届くわけの無い念を視線で送る。

 もしかしたらこの状況から助けてくれるかもしれない。藁にもすがる気持ちだったが……

 

「なんかスゴイ現場だけど、ゴメンな! アタシ忙しいんだ! 強く生きてくれ!」

 

 そう言って、走り去ってしまった。

 何ということだ。最後の希望まで打ち砕かれてしまった。

 もう終わりか、そう思いかけた時。

 

「――そこまでよ、悪党!」

 

 その少女は現れた。

 

 




スバルの喋り方難しすぎる!
スバルってこんな喋り方だっけ? 
マジで分からん

スバルの持ってる品が2012年なのはガラケー持ってるし原作それくらいから始まってるし、多分時代背景そこかなあって予想で書いてます
とりあえず大切なのは具体的な年代ではなく未来という事実だけなので温かい目で許してください!
もし時代が明確に決められてるならコメントとかで教えてくれるとありがたいです(露骨なコメ稼ぎ)


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死戻し編 其の参 「少女」

  
既存のシーンはどんどん飛ばしてきます。
テンポが良いを通り越して雑になって無いといいのですが……


 

「覚えてろよ、クソガキ。次にこのあたりをうろつく時はせいぜい気をつけろ」

 

 そう捨て台詞を残し、口惜しげに舌打ちをして去っていく小物三人組。

 それを静かに見守る銀髪の美しい少女と、その使い魔であるという手乗りサイズの猫。

 この一人と一匹が土壇場で来てくれなかったら、今頃自分はどうなってしまっていたのだろうか。そう考えるとスバルは冷や汗が止まらなかった。

   

 先程、自分たちを見捨てて逃げた金髪の気の強そうな少女を追ってきたらしい彼女は、『少女は既に行ってしまった』という情報を得ても、「それでも見過ごせる状況ではない」と助けてくれたのだ。

 

 実際に例の三人組と対峙してるときは『魔法って案外がっかりなリアル感あるんだな』なんてくだらない事を考えていたスバルだったが、助かって安心した今になって考えると、かなりの綱渡りをしていたのではないか、という冷静な考えを取り戻した。

 

「動かないで――」

 

 とにかくお礼の言葉を言わなくては。そう痛みを忘れて体を起こそうとしていたスバルに件の少女は冷たい声でなげかけた。

 

「……あなた、私から徽章を盗んだ相手に心当たりがあるでしょ?」

 

 と、続けてドヤ顔でスバルに投げる少女。

 しかし……

 

「期待されてるとこ悪いけど、全然知らない」

 

「嘘っ!?」

 

 

 当然のようにスバルがこのような返答をすると、そのドヤ顔は崩れ、慌てふためき始めてしまった。

 これが彼女の素の表情なのだろう。

 もっとこんな感じの表情見たいな、という悪戯心なのか、追い打ちをかけるように自身の潔白を証明するための言葉を続ける。  

 

「イヤ、嘘じゃねーよ なぁ梨花ちゃ……?」

 

 先程まで一緒にいた属性てんこ盛り同郷少女に同意してもらおうと、辺りを見回し、違和感に気付く。

 いない。古手梨花と名乗ったあの少女が裏路地のどこにもいないのだ。

 いつの間に居なくなった?

 どこへ行ったんだ?

 今度はスバルが慌てふためく番だった。

 

「……? あの娘なら、私が来た途端にすぐあっちの方に逃げていったわよ?」

 

「……マジで?」

 

「大マジよ」  

 

 とりあえず梨花の無事が確認できたので一安心はついた。だが、こんな治安の悪い世界なのだ。あんな小さな女の子が一人でフラフラするのはかなり心配だ。  

 自身の潔白を証明して、この娘にお礼を言って探さなくては、そう思い軽口を叩きながら立ち上がる。

 

「……大マジって今日日聞かねぇな」

 

 無理して立ち上がったために、先程まで寝ていた地面にセカンドキスを捧げる羽目になり、意識を手放すことになるのはまた別の話。

 

 ともかく、これが二人の出会いであった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 一方、梨花はというと、あてもなくただ来た道を歩いて戻っている最中であった。

 あの銀髪少女が現れたとき、追い剥ぎ三人組(+アホ一人(スバル))がまるで時間が止まったかのように急停止して、その少女へと視線を集めていた。 

 その隙をついて、急いで走って逃げてきたわけだが、ここに来て途方に暮れてしまっていた。

 

 ナイフを持った三人組の男相手に、幼さすら感じる少女一人が助っ人に参戦したところで勝てるわけが無いだろう、という常識的かつ冷静な判断で即座に逃げるという選択を決行した梨花であるが、その選択を若干後悔し始めていた

 

(流石に、人が見てる前で殺されたりはしてないと思うけど……大丈夫よね?)  

 

 こんな行くあてもない上に土地勘0の世界で、今の小さな自分が歩き回るのはハッキリ言って自殺行為に近い。

 そういう意味でもあの少年は必要だった。羽入が『カギ』と断言するほどだ。彼についていけば、それなりの答えは得られた可能性が高い。

 

 何より、助けに来てくれた少女と結果的に役に立たなかったとはいえ自分のために三人組に立ち向かってくれた少年を見捨てて、もっと悪く言えばだしにして逃げてきたのは流石の梨花でも良心が傷んだ。

 

(だって仕方ないじゃない! もう死ぬのはイヤなのよ! しかもこんなワケも分からないままに追い剥ぎごときに殺されて終わりなんて絶対にごめんよ!)

 

 とにかく、行くあては無いが、誰でも良いから助けを呼ぼう。あの二人に死んでもらっては困る。もしそうなってしまっては、夢見が悪いなんてもんじゃないだろう。

 

 そうこう歩くうちに、人を発見する。燃え上がる炎のように赤い髪に理知的な印象を受ける蒼い瞳。そして異常なまでに整った顔立ちの青年だった。

 

「僕に用があるみたいだけど、どうしたんだい?」

 

 駆寄ろうと一歩目を踏み出そうとした時、そんな自分に気づいたのか話しかけてくる青年。

 

「助けてほしいのです!」

  

 青年はその言葉を聞くやいなや真剣な面持ちに変わる。

 大丈夫だ。この人は信用できそうだ。

 そう思い、そのまま事情を話す。

 

「あっちの路地裏で三人組の追い剥ぎに襲われて、なんとかボクは逃げてこれたのですが、まだお友達が二人残っているのです……」

 

「分かった! 君は一緒に来て僕を案内してくれ!」 

 

 と言うや否や梨花が指差した方に青年は駆け出し始めた。

 一人で向かうところを見るに相当の実力者らしい。

 しかもかなりのスピードだ。

 このままでは置いてかれてしまう。

 だが、おかげで二人が取り返しのつかないことになる前に間に合う可能性が出てきた。

 

「分かりましたです!」

 

 返事をし、すぐに梨花も青年の後を追いかけるのだった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「誰もいない……?」

 

 急いで件の路地裏に駆けつけた二人であったが、既にそこはもぬけの殻であった。

 

 いったい、あの二人はどこへ行ってしまったというのか。

 もしかしてあの追い剥ぎ達に連れ去られた?

 イヤ、でも流石にそんな事をして、この路地裏から出たら目立たないはずがない。不可能なはずだ。そんな事は。

 ならば、あの状況から逃げ切ることが出来たのだろうか?  

 もしかしたらあの助っ人に来た少女がとんでもない武道の達人で瞬く間にあの三人組を倒してしまったのかもしれない。

 だが、とてもそんなふうには見えなかった。では何故居ないのだろう。どこへ行ってしまったんだろうか。

 

「魔法を使った戦闘の跡がある……」

 

「魔法……?」

 

 そんなものがこの世界にはあるというのか。

 イヤ、あんな亜人がいる世界だ。あってもおかしくないのに失念していたのはこちらの方だ。 

 では、あの二人はその魔法で連れ去られてしまったのか?

  

 梨花が真っ青な顔をしているのに気づいて、赤毛の青年―ラインハルトは慰めの意味も込めて提案する。

 

「とにかく、これから僕は君のお友達の二人を探そうと思う。特徴を聞いてもいいかな?」

 

「みぃ……」  

 

 梨花は目の前の青年を値踏みする。少女が助けを求めていざ来てみたら誰も居ない。悪戯だと思われても仕方ないようなシチュエーションだ。

 にも関わらず、目の前の青年はとても真剣に話を聞いてくれている。

 イヤ、先程魔法の戦闘の跡、と言っていた。

 つまり、何かしらのトラブルが起きた事は把握できたという事なのだろうか。

 

 とにかく、ここはこの青年の言葉に甘えた方が良いだろう。  

 あの二人の無事が何よりも心配だ。  

 

「一人は黒髪でジャージ、いえ、とても変わった服装をしている男の子なのです……もう一人は長い銀髪で白いローブを着ている女の子なのですよ」

 

「わかった。 僕はこれからその二人を探して回るけど、君はどうする?」  

 

「ボクも自分で二人を探してみますのです」 

 

「一人で大丈夫かい?」 

 

「大丈夫なのですよ」

 

「分かった。君がそう言うならそうしよう。 ただ困った事があったらすぐに大きな声で僕を呼んでくれ、すぐに駆けつけてみせる」

 

「ありがとうなのです。でもまだ名前も知らないのですよ」

 

「すまない。そういえば自己紹介がまだだったね。僕の名前はラインハルト・ヴァン・アストレア。騎士をやっている者だ」

 

「自己紹介ありがとうなのですよ☆ ボクは古手梨花。巫女さんをやっているですよ。にぱー☆」

 

 お決まりの猫かぶりスマイルをラインハルトに見せる梨花。

 大抵の男はこのスマイルを見せるだけで、ドキマギするか圧倒的癒やし効果でニヤニヤするかなのだが、彼は全く動じる様子がない。

 

 そして、そのまま別れの挨拶をして去っていってしまった。

 きっと本当にあの二人を探しに行ってくれているのだろう。何故だが分からないが、そんな風に彼は無条件で信頼できてしまう。

 もしかしたら彼の放っている好青年オーラのせいかもしれない。 

 

(私もはやくスバルを見つけないとね)

 

 梨花も早速歩み出す。

 そもそもあの時逃げたりしなければ、こんな手間をかけたり、心配したりする必要もなかった。

 本格的にあの時の行動を後悔しながら、梨花は聞き取り調査を開始することにした。

 幸い、あの銀髪にこの世界では浮くだろうスバルの組み合わせだ。意外とすぐに見つかるかもしれない。

 

 そういえば、ラインハルトは『大きな声で呼べば来る』なんて言っていたが、どうやって来るんだろうか?

 そもそも大きな声で呼んだところで聞こえるはずもないと思うが。

 もしかしたらそれが魔法の力なのかもしれない。

 だとしたら案外あっという間に二人とも見つかるだろうな、なんて考える余裕も出てきた。

 

 そうこう聞き込みを続けるうちに、どうやら二人が貧民街なる場所に向かっているらしい、という情報を得た梨花はルンルン気分で向かう。

 

(私にかかればこんなものよ! やっぱり、私のこの『にぱー☆』やら『なのです』やらは男どもに効くわね)   

 

 情報収集がかなり上手く行って調子に乗り始めた梨花。

 実は羽入に「梨花はコミュ障さんなのですよ」なんて言われた過去がある彼女にとっては汚名返上の決定的証拠を得た気分だった。

 

 このままの調子でいけば、案外簡単に元の世界に帰る方法とやらも見つかるかもしれないわね、なんて希望を見出しながら彼女は、件の貧民街に足を入れる。

 

 とっくに日はおちてしまっていて、辺りは真っ暗だ。

 街灯の少ない田舎の雛見沢で育ったから夜はそこまで怖くないが、小さな自分が恐らくこの世界でもかなり治安の悪い方である夜の貧民街に入るという事実には不安を覚えなくもない。

 

 だが、きっと大丈夫だ。

 私は一人でここまでたどり着くことができた。  

 今までは惨劇を抜け出すときだって圭一やみんなにおんぶに抱っこだった。  

 

 でも今回は違った。

 きっと私は成長したのだ。一人で戦う力を得ることができたのだ。

 やはり雛見沢を離れて良かったのかもしれない。私はまた一皮むけて大人の階段を登った。

 

 そんな達成感を覚えながら、スバル達を探す。

 

 そうだ、きっと大丈夫。 

 全部うまくいく。

 

 そう自分に言い聞かせながら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、彼女はまだ知らない。

 

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 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。   

 

 彼女はまだ知らない。




 

やばい!ラインハルトが難しい!
喋り方がわからん!能力の高さがどこまでなのかわからん!

助けて!


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死戻し編 其の四 「嘘つき」

今日はついに猫騙し編第2話放送日! 
どうなるか全く予想は付きませんが、一つだけ梨花ちゃまが曇らせられる事だけは確信しております。


 

「あ、目が覚めた?」

 

 地面に激突して気絶したスバルを最初に迎えたのはそんな鈴の音のような頭上から聞こえる声。

 ぼんやりとしていて、視界がハッキリとしないが、空が見える。

 いま自分は上を見ているようだ。

 頭には極上の柔らかい感触……

 

「……これが噂に聞く膝枕!」

 

「人間サイズの猫の膝だけどね」

 

 そう、今スバルは膝枕をされていた。

 先程助けてくれた少女の使い魔なる化け猫のビッグverに。

 すごく微妙な気持ちな反面、モフモフの感触がかなり気持ち良いのが逆に腹立たしいところだ。

 

「わりぃな……助けてもらって」 

 

「勘違いしないで、貴方に聞きたいことがあるからこうやって助けてあげたの。貴方に治癒魔法をかけたのもパックの膝枕を味わわせてあげたのも自分の都合のため、全部全部私のためなの」

 

「恩着せがましく見せかけて、普通に要求が良心的だなオイ」 

 

 『良心的』。その響きを了承とみなしたのか、質問を続ける少女。

 

「それで、貴方は私の盗まれた徽章に心当たりがあるわね?」

 

「いや、だから無いって……」

 

 このやり取りで思い出す。

 そうだ、梨花ちゃんだ。

 どうやら目の前の少女が来てあの三人組がそちらに意識を集中させた、その時に逃げたらしい。

 

 かなり強かな行動をとっているが、それでもこの治安の世界での事だから普通に心配だ。

 あの追い剥ぎ達に復讐で捕まったりしたらどうしよう。

 

 自分はどれくらい気絶していた?

 いや、空を見るとどうもあまり時間が経ったようには見えない。

 

「そういえば、梨花ちゃん……」

 

「さっき言ってた貴方と一緒にいた女の子?」

 

「ああ……。 はやく見つけないと」

 

 心配そうな声色で呟くスバルを見て、少女は答えを出す。

 

「そうそれなら仕方ないわね、貴方が何も知らないという情報を貰うことが出来たわけだし、これでケガを治した対価は貰えたというわけね」

 

「え?」

 

「じゃあ、もう行くわね。悪いけど急いでいるの。ケガは一通り治ってると思うし、連中ももう襲っては来ないと思うけど、こんな人気の無い裏路地なんて一人で入っちゃダメよ」

 

 そう言って、少女は決心したように手を叩き、「よし」と呟いて立ち上がる。

 自身の頭にあった柔らかい感触が消失する。

 見ると、先程のビックサイズはどこへやら元の手乗りサイズになった猫が彼女の隣でフワフワと浮いていた。

 

「ごめんね、うちの子素直じゃないんだよ、変に思わないであげてね」

 

 そう笑いながら彼女へと向かっていく使い魔猫。

 

 『素直じゃない』。その言葉で先程、少女が二回同じ質問を繰り返した理由をスバルは悟った。

 

(そうか、オレに負い目を感じさせないために……)

 

 少女は最初、自分の大切なもの――徽章というらしい、を盗んだ相手を追いかけていたはずだ。

 それなのに、追い剥ぎ三人組に襲われている自分、という場面を目撃し、見逃せずに助けてくれた。

 しかも、そのまま気絶したスバルを治癒で回復させて気絶から目覚めるまで待ち続けた。

 

 こんなの相当なタイムロスに違いない。

 

 そして、その事実に自分が負い目を感じることを予見して、彼女はわざわざ一度聞いた質問『徽章に心当たりが無いか?』を聞いて、対価を払ったということにしてくれたのだ。

 

(素直じゃないって……)

 

「そんな生き方、滅茶苦茶損じゃねぇか」

 

 こんなに恩を受けておいてただで返して良いのか?

 いや、良いはずがない。

 スバルは決意し、去ろうとしている彼女の背中へ声をかけた。

 

「―――ちょっと待ってくれよ!」

 

「なに? 話ならもう終わったわ。 それに貴方、梨花ちゃんって娘を探さなきゃいけないんじゃないの?」

 

「ああ、そうだ。 だけど、こっちはまるまる全然まだまだまるっきし終わったなんて思ってない」

 

 そう言い切ると、言葉を続ける。

 

「大切なもんなんだろ? 俺にも手伝わせてくれ」

 

「でも貴方は何も……」

 

「確かに盗んだ奴の名前も素性も知らねぇけど、少なくとも姿形は分かるぜ!」

 

 八重歯で金髪の生意気そうな少女を思い出す。

 その第一印象通り、自分を見捨てて逃げたヤツ。

 彼女の特徴を示して、いろんな人に聞いて回れば答えも出るだろう。

 

 とりあえず、彼女の特徴を伝えるのはまずこの娘からだ、と性癖だの胸だのプリティーガールやリアリーなどのルー〇〇感満載の語録だのを喋って滑り倒したスバルを見て彼女は口元を抑える。

 

「――変な人」

 

「言っておくけどなんのお礼も出来ません。 無一文なので」

「まるごと持ってかれちゃったもんね」

 

 そう言う一人と一匹にスバルは返事をする。

 

「安心しろ!俺も一文無しみたいなもんだ!」

 

「安心する要素ゼロだね」

 

「それにお礼なんていらない。そもそもお礼を俺がしたいからするんだ」

 

「傷のことならちゃんと対価は貰って……」

 

 そう来ると思っていたスバルは「それなら」と前置きし、提案する。

 

「実はオレは初対面の人とマトモに話すことができない!」

 

「それに全く、ここの地理もわからない!」

 

「堂々と言うことじゃないね」

 

「ここの地理がわからないって、どこから来たの?」

 

「テンプレ的な答えだと、多分東のちっさな国だな!」

 

「ルグニカより東の国なんて無いけど……」

 

「マジで!?」

 

 そう言って驚く少年を見て、少女はため息をつく。

 無一文で、自分のいるところも分からなくて、初対面の人とマトモに話すことが出来ない、本気でこの人の将来が心配で仕方ない。

 今は、パックと色々とおどけたりしてやり合っているが、あのテンションで会話できるのに初対面の人には何故出来ないんだろう?と思わざるをえない。

 

「だからさ、梨花ちゃんを探すのをついでで良いから手伝ってほしいんだ。これから聞き込みするんだろ?」

 

 そう言う彼の提案を突っぱねようと思ったが、「女の子を探す」という彼の目的の未来が心配でならなかった。

 彼の話したことが本当なら、達成できる気がしない。

 それこそ、私のような土地勘があって人とも話せる人間が側にいないと……

 

 根っからの世話焼き少女である彼女が迷っていると、それを見かねたパックが言う。

 

「邪気は感じないし、素直に受け入れた方がいいんじゃないかな? 王都の広さを考えると手がかり無しで探すなんて無謀だろうしさ」

 

「でも……」

 

「意地を張るのも可愛いと思うけど、それで目的を見失うのは馬鹿らしいと思うよ」

 

「僕は娘をバカだと思いたくないなぁ……」なんて煽りを入れてくるパックを見て、数瞬考えた後、彼女は答える。

 

「――本当に何のお礼もできないからね!」

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「そういえばさ、飼い猫の名前は聞いたけど、まだ君の名は聞いてないなってさ」

 

 捜査は順調に進み、(文字が読めない・土地勘がない・コミュ障のスバルは足しか引っ張らなかったが)様々な情報を得ることが出来た。

 気がかりなのは結局梨花の足どりが掴めなかった事だが、目的の一つが大きく前進したのは良い傾向だろう。

 

 盗品を捌くなら、スラム街。

 その情報を聞き、そこへ向かう途中での事だった。

 

 色々あって、いつもの自己紹介という名の滑り芸を終えたスバルだったが、パック――先程の使い魔猫にしか返しの自己紹介をしてもらえなかったのだ。

 

 故に、好調でテンションも高めになってきた今なら彼女の名前を聞けるかなという期待をこめての事だったが、訪れたのはかなり気まずい沈黙だった。

 

 アレ?もしかしてマズった?名前を言いたくないのに聞いたから空気凍った?

 

 と、焦り始めた頃に彼女は疑問に答えた。

 

「――サテラ」

 

「お?」

 

「サテラとでも呼ぶといいわ」

 

 そう言いながら、全くその名前で呼んでほしそうに見えない態度。

 これは名前で呼ばずに「君」とか「You」とかで誤魔化しちまうか!?なんて珍しく空気を読むスバル。

 

「趣味が悪いよ」

 

 その様子を見てパックは呟いた。

 

 しかし、これは少女の優しさでもあった。

 サテラ。それはこの世界では名前を出すことすらタブーの恐れられている存在。『嫉妬の魔女』として世界中に轟いている悪名。

    

 少女はこう名乗ることでスバルに徽章探しを手伝うのを諦めて欲しかったのだ。

 本気で将来が心配になるようなステータスの彼に、危険がつきまとうかもしれない徽章探しを手伝わせるのは、彼女にとって不本意であった。

 しかし、今回の探索でもうある程度土地勘も付いただろうし、後半は彼もある程度初対面の人ともコミュニケーションが取れるようになっていた。

 これから行うであろう彼の目的である女の子探しも、今なら自分の保護無しでも出来るだろう。

 それでも難しいなら、衛兵に頼むという手段もある

 

 そう思っての突き放しであった。

 

 しかし、当の本人は「良い名前だなあ」程度にしか思ってないので、何の意味もない行為になってしまったのだが。

 

 そうこうしているうちに、目的地の入り口へと付いた。

 結局突き放しは成功しなかった。

 サテラと名乗った少女は一瞬、スバルがこの名前に何の疑問を持ってないことに気づいてヤキモキしたが、気を引き締める。

 

 そうして、二人と一匹は貧民街に足を踏み入れた。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「うおおおおおおおおおお! 体中が熱い! マジ熱い! これ死ぬ! ヤバい!」

 

「なんか食べてると思ったけど、これボッコの実ね」

 

 捜査が難航するかと思われ、身構えた貧民街探索だったが、いざ蓋を開けてみるとスバルの汚い身なりに同情したのか、順調どころか、逆に差し入れを貰えるほどに成功していた。

 そんな中で貰ったボッコの実。 

 体の中のマナを刺激して傷を治すのを早めたりする実。 

 サテラ曰くスバルはマナの循環性が高く、過剰摂取すると死んでしまうかもしれないほどに敏感体質らしい。

 

「パック、寝る前に夜食食べていきなさい」

 

 彼女が解決策として出してくれたのは耳を疑うような方法だった。  

 夜食と言って、指をさしてる方向にいるのはどう見てもスバルであった。

 食べられる!?なんてビクビクしていたが、スーッと体が楽になり始める。

 

 どうやらパックはそのマナとやらを食うらしい。

 熱い通り越して寒いぐらいになったが、許容範囲だ。

 お礼を一つ言おうとしたが、当のパックは眠そうに眼を擦っている。

 

「ごめん、僕もう限界だ」

 

 そう言って、体が光り、少しずつ透けていくパック。

 探索中に聞いていた話だったが、夜には活動限界が来て消えてしまうらしいというのは聞いていたが、こんな漫画みたいな消え方するとは思っていなかったので内心けっこうビビるスバル。

 

「わかってると思うけど、無茶はしないように、いざとなったら僕を現界させるんだよ?」

 

「わかってます。子どもじゃないんだから、自分の領分くらい弁えてるもの」

 

「どうかな。ボクの娘はそのあたり、けっこう怪しいからね。頼んだよ、スバル」

 

「オーライ、俺に任せろ ビビリセンサービンビンだからすぐ引き返せる自信があるぜ!」

 

 『ボクの娘を頼んだ』というワードに若干興奮しながら、照れ隠しも込めておちゃらけるスバル。

 まあ、いざという時に自分にできる事はないだろうし、そうそうそんなトラブルに巻き込まれることもないだろう。

  

 そんなスバルを見て少し不安げな表情を見せながら、パックの姿は完全に消えた。

 

「それじゃあ、私が前衛で、スバルは後ろの警戒をおねがい。パックも居ないし、今まで以上に慎重に進みましょう」

 

「おうよ!」

 

 と、警戒をしたものの特に変わったことはしない。

 貧民街の住民たちに心当たりが無いか聞いて回るのみである。

 

 いったん休憩と、スバルは地面に腰掛ける。

 ふぅ……。だんだんとコミュニケーションにも慣れてきたな。将来は外交官目指せるんじゃね?なんてふざけた事を考えながら空を見上げる。

 田舎に行った人の感想でよく聞くような言葉だが、空気がすんでいて、街灯のような邪魔な光もないおかげで星がよく見える。

 

 あのキレイな星々の中に我が故郷地球もあるのだろうか?

 そんな事をぼんやりと思う。

 

(……我が故郷、か)

 

 故郷という言葉で思い出すのは、やはり同じ境遇であると語っていたあの少女の事だった。

 あの追い剥ぎ三人組と対峙したときは、ナイフを持っているのを見た瞬間土下座という情けない姿を見せてしまった。

 

(いや、でもナイフは仕方ないだろ。ナイフは)

 

 と、一人ごちるが、サテラは聞こえてないらしく静かに過ごしている。

 

 今、あの娘はどこで何をしているのだろうか?

 こんな見ず知らずの世界での一人での初めての夜が怖くはないだろうか?

 いや、怖くないはずが無い。

 一回りも二周りも大きい自分が、サテラという一緒にいる人が居ても、怖いのだから。

 

(はやく、見つけてやらねーとな)

 

 結局、あの後徽章のついでで探し続けたが、彼女の足跡は掴めなかった。

 明日見つからなければ、本格的に危険な雰囲気が漂ってくる。やはり誰かに連れ去られたのかと思わざるを得ない。  

 

 そんな風に一人考えていると、突然目が手のひらで覆われて隠された。

 温かくて柔らかい感触が伝わってくる

 

「だ〜れだ?、なのです」

 

 この声。この特徴的な喋り方。

 とても聞き覚えがあった。

 

「梨花ちゃん……?」

 

「当たりなのです! そんなスバルにはご褒美にいいこいいこしてあげるのですよ。 にぱー☆」

 

 と、突然頭を撫でられる。

 ……このシチュエーションは。

 ちょっと嬉しいけど、それ以上に死ぬほど恥ずかしい!

 てか、小学生にいいこいいこされる高校三年生(引きこもり)っていうのは絵面が犯罪的すぎる!

 

「うおおおっと! い、いったい今までどこ行ってたんですか?梨花さん!?」  

 

 慌てて、頭上で左右に優しく動き続けていた梨花の手を払いのけて、誤魔化すように質問をする。

 あんまりにも慌てていたもので何故か敬語になってしまった。

 

「ヒミツなのです」

 

「え?」

 

「レディにはヒミツの一つや二つあるものなのですよ」 

 

 そうにこやかに言って、サテラの方へ行ってしまう梨花。

 『レディの秘密』。ロクに女性と話せないことで定評のあるスバルにとって、それは渾身の一撃だった。

 それ以上聞くことなんてできるはずもない。

 

 この時のスバルには知る由もない事だが、実は現在、梨花はスバルを自力で発見できた喜びでハイテンションになっており、人をからかう事に躊躇がなくなっていたのだ。

 そうでなければ、流石に会ったばかりの男に「だ〜れだ?」とかいいこいいこはしない。

 まあ、いいこいいこは見捨てて逃げた罪悪感からの行動でもあったが。

 

(小悪魔だ……! 梨花ちゃん、小悪魔だ……!)

 

「僕は古手梨花と申します、よろしくなのです」

 

 一方、梨花の腹黒さの片鱗を味わい戦慄しているスバルを放っておいて、サテラの方へ向かった梨花はペコリとお辞儀をしながら自己紹介をしていた。  

 

 そんな自己紹介を受けた彼女はというと、

 

(この子……カワイイ!) 

 

 なんて、残念なことを考えていた。

 実は女友達というものに密かに憧れていた彼女。

 友達になれないかなんて事も考え始めていた。

 

「二人は何をしていたのですか?」

 

 それをよそにこちらの事情を聞いてくる梨花。

 二人はここまでの経緯を梨花に説明してあげる事にした。

 

「なるほど。つまり、スバルは初対面の人にガクガクブルブルニャーニャーのチキンさんだったのでサテラが助けてあげたというわけですね」

 

「そうね……うん、そういう事」

 

「アレ!?」

 

 二人して俺に厳しくないですか?なんてのたまうスバルを無視して二人は話をすすめる。

 

「じゃあ、ボクもこれからお二人に協力して一緒にサテラの宝物を盗んだ悪い子さんを捕まえるお手伝いをするのです」

 

「うん、そうしてもらえるならありがたいわ」

 

 流石に、子供に協力を頼むわけにはいかないが、表面上は飲んだ事にした方が話は早いだろう。

 断っても、じゃあこの子を何処にやるのだ?という問題が発生する以上、常に一緒にいるのは前提条件だ。

 なら、協力して貰うという体にするのが一番収まりがいいだろう

 というのが、サテラの考えだ。

 

 こうして三人での探索が始まった。

 良いことというのは意外と連続するもので、お目当ての犯人らしき人物の情報もすぐに手に入った。

 

「ひょっとすると、それはフェルトのやつかもしれねーな」

 

 その情報をくれた男によると、そのフェルトという女の子が犯人ならば、盗品蔵というところに預けられている可能性が高いらしい。

 ただその場合、「盗まれたから返してください」なんて言っても返して貰えることは出来ないだろうから、買い取るしかないとのこと。

 

 ここで新たなる問題が浮上する。

 

「オレ、一文無し」

 

「私も……」

 

「ボクもなのです……」

 

 そう、全員一文無し。

 誰も買い取ることが出来ない。

 

「盗まれた徽章って、そんな見るからに高価なものなのか?」

 

 もし価値が一般人に分からないような物ならタダは無理だとしても交渉次第でそれなりに簡単に手に入れられるかもしれない。そう思ってこんな疑問を投げかけるが、

 

「真ん中に宝石が入ってるの。 安くないのは確かだと思う」

 

「宝石かぁ……」

 

 この案もダメになってしまった。

 宝石ほど誰でも価値が高いことを認識してるものもないだろう。

 

 盗まれたものを返してもらうのになぜお金を払わなきゃいけないのかとサテラが愚痴をこぼすのも仕方ない状況だ。

 

 そんな感じの態度は、盗品蔵の前についても続いており、「盗まれたものがあるから返してほしいと、正直に行く」という作戦を彼女は譲らない。

 

 これはまずいな、とスバルは危機感を抱いた。

 彼女はきっと、とても根が真っ直ぐな人間なんだろう。間違っている事を「あくまで手段としてそういう方法もあり」と自分を納得させることが出来ないタイプ。

 

 それはかなり美徳であると思うが、しかし、それはこの貧民街ではまずいだろう。

 彼女がこのまま行ったら、絶対にこじれる。そう確信したスバルはある提案をした。

 

「じゃあオレが行くよ」

 

 と。

 サテラはあっさりと、「分かった。スバルに任せてみる」と答えたが、それに一番驚いていたのは他でもないスバルであった。

 ここまでの行程で自分が全く役に立って居なかったのを自覚していたので、まさか許可が降りると思っていなかったのだ。

 自己評価が低すぎて悲しくなってくるが、残念ながら世間一般的には引きこもりの男に対する評価として妥当なラインである。

 

「じゃあ、頑張って」

 

「スバルが怖いおじさんに連れて行かれそうになっても、ボクがいいこいいこで慰めてあげるので安心していいのですよ」

 

「いや、全然安心出来ないんですけど!? それ普通にオレ連れてかれちゃうよね!? 慰めるってもう事後の事言ってるよね!?」

 

 スバルのうるさいツッコミにも慣れてきたのか、無言で「にぱー☆」と笑うだけの梨花に再び戦慄するスバルであったが、すぐに引き締めて気合を入れ直す。

 

 サテラに「頑張って」と言われたのだ。

 しっかりやらなければ。

 

 スバルの手には、ここまで話題に登らなかったコンビニの袋。

 実は、ここに来るまでしっかりと持ってきていたのだ。

 そうこれが今回の勝ち筋だ。

 この中の物はいわば異世界の品である。

 ならば、物々交換も可能かもしれない。

 そういう算段であった。

 

「誰かいますかー?」

 

 扉を叩くが返事はない。

 不安に感じながら、取っ手に手をかけると簡単に扉が開いてしまった。

 あまりにも不用心過ぎないか?なんて思いながら、中を覗くが、なにぶん夜なせいで、全くと言っていいほど状況が分からないような暗闇が広がっていた。

 

「真っ暗で何も見えないのです……」

 

「ああ……」

 

 スバルは後ろのサテラへ振り返ると

 

「オレと梨花ちゃんで行くから、君は外にいてくれるか?」

 

 これはちゃんとした根拠に基づいた考えだった。

 まず、先程説明した通り、彼女を中に入れるのはこじれる可能性を考えて極力避けたい。

 梨花を連れて行くのは、小さな女の子が隣に居たら流石にどんな人物でもいきなり斬りかかってきたりしないだろうという、打算から。

 

 また、この蔵の家主は現在外出中の可能性が高い。 

 その場合、外にいる誰かが中に自分たちがいる状況を説明してくれないとまずい。

 

 この理屈を話すと、渋々といった様子でサテラは納得してくれたようで、せめて明かりを持っていけとラグマイトなる光る石をくれた。

 

「慎重に、慎重に進みましょうです、スバル」

 

「わかってる」

 

 

 ――ねちゃっ、ねちゃ。

 

 盗品蔵の中に入ると、まず出迎えたのは小さなカウンターだった。

 『まるで酒場のようだな』といった感じの事を呟いたら、何故か梨花の目が輝いていた。

 

 ――ねちゃっ、ねちゃ。

 

 次に目に入るのは、その上に並べられている商品だろう盗品たちだ。

 壺に小箱に刀剣、よく分からない書物やら形がキレイな石やら、あまり価値の高そうに無いものがたくさん並べられていた。

 ここじゃない。きっともっと奥だ。

 

 ――ねちゃっ、ねちゃ。

 

 先程から歩くたびに変な音が聞こえる。

 床に使われてる板が異世界産の特殊な素材なんだろうか? 

 そう考えとき、

 

「えっ!? ひッ……」

 

 梨花が小さな悲鳴を上げた。

 見ると、どうやら必死に声を抑えているようだった。

 自分の裾を掴み、必死に何処かを指差している。

 

 その方向にあったのは……

 

 『腕』?

 

 いや、それだけじゃない。

 

 

 

 首を切り裂かれ、腕を失った、大きな老人の死体が……

 

 

「ひっ……!?」

 

 

 

「――ああ見つけてしまったのね。それじゃあ、仕方ない、ええ仕方ないのよ」

 

 突然、知らない女の声が響いた。

 その声はどこか楽しげに聞こえて……

 

「ごあっ!?」

 

 振り返ろうとした瞬間、思い切り突き飛ばされ壁に激突する。

 

「スバル!?」

 

 梨花が自分の名前を叫ぶ。 

 ダメだ。逃げろ。そんな言葉は出なかった。

 

 体が熱い。

 熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い!

 

 ――続いてやってきたのは痺れ。

 ゆっくりと地面にうつ伏せに倒れる。

 叫びたいのに声が出ない。手足が動かない。体に力が入らない。

 

 ――最後にやってきたのは体を引き裂くような強烈な痛みだった。

 

 ああ! いたい、イタイ、痛い!

 人生で今まで味わった事の無いような最大級の苦痛がスバルを襲う。

 まるで、全身拘束されながら灼熱のマグマ風呂に入れられて、その中で手足を引きちぎる拷問をされているようなそんな気分だった。

 

 だが、痛みが通り過ぎ始める。

 人間、大きな怪我をすると脳内麻薬が大量に出てあまり感じなくなるというのは本当らしい。

 

 地面に広がる自身の血を見ながら、気づく。

 

(――なんだ、腹を破られてんのかよ)

 

 自分の人生がここで終わった事を悟る。 

 腹が裂かれ、内臓が飛び出してる。

 もうあと一分も持たずに自分は死ぬだろう。

 

 そんな事を冷静に考えながら、前を見ると絶望的な状況が広がっていた。

 

「あっ……やめっ!?」

 

 どんな姿か黒い影のようになっていて見えない、そんな女によって梨花の腹が裂かれ、その内臓が、腸が飛び出す。

 きれいな赤色だった。

 人の内臓はこんな色をしているのか。

 そんな事を思った。

 

 遅れて、心に痛みがやってきた。

 あんな小さな女の子がこんな残忍な殺され方をする。 

 それに道徳的・人道的嫌悪を感じた。

 

 無意識に彼女が殺されることを認めてしまった自分に気づく。

 心が絶望に麻痺してしまったのか?

 彼女をいきなり自分が家主に斬りかかられないため、なんてふざけた理由でここに連れてきたのは自分だ。

 彼女はナツキ・スバルのせいで苦痛にまみれながら死ぬのだ。

 

「ああっ……!?痛い、痛い、痛い、痛いいいいい!!!!!」

 

 梨花の悲痛な叫びが聞こえる。

 苦しい。聞きたくない。

 オレのせいで、こんな事に。

 涙を出したいのに、この体はもうそんな事すら許されないようになっていた。

 

「うそ………………つき………………!」

「嘘つき! 嘘つき! 嘘つき! 嘘つき! 嘘つき! 嘘つき! 嘘つき! 嘘つき! 嘘つき! 嘘つき! 嘘つきぃぃぃ……!」

 

 梨花の叫びが蔵中に響く。

 『嘘つき』。それは誰へと向けた言葉であったか。

 繰り返すものを殺す剣。そう言ってあの剣を遺してくれた羽入に対してであったか、それともきっと大丈夫だ、なんて思っていた自分自身に対してであったか今となっては分かりはしない。

 

「あ……」

 

 やがて、梨花はそんな間抜けな一音を喉から鳴らし、ピクリとも動かなくなり、物言わぬ死体となった。

 スバルはまるで、彼女が生きている希望をまだ捨て切れないかのようにすぐ隣で息絶えている梨花の掌へと自らの左手を伸ばす。

 

 彼女の手を握る。

 初めて会った時、いきなり自分が手を握り、彼女は随分とビックリしていたように見えた。

 「手を離してほしい」。そう言われて少しショックを受けたのを思い出す。

 

 でも、今は彼女は何も言ってくれない。なんの反応もしてくれない。

 握った手も握り返してくれる事はない。

 冷たい。

 こんなにも熱いと感じているのに。 

 「だ〜れだ?」をした時はあんなにも温かったのに。

 彼女の手は冷たい。冷たくて仕方ない。

 それが彼女の死を認めろという神からのお告げのようで。

 否定したくて。否定したくて。認めたくなくて。

 

「―――っ!」

 

 短い悲鳴が上がり、自分のもう一方の隣に新たなる犠牲者が倒れる。

 ―――それはここまで共に来た、自分を助けてくれた、そんな少女。サテラという少女だった。

 ここに来てほしくなかった。あのまま外にいて欲しかった。

 だが、そんな僅かな望みすら叶わず、彼女もまた自分たちの仲間入りだ。

 

 今度は彼女へと手を伸ばす。

 手を握ると、指先がかすかに動き、握り返してくれたような。そんな気がした。

 

 三人で仲良く手を繋ぎあった死体。

 下手人の女――自分を殺した相手だというのに不思議とその顔を見たいとも思わなかったので、どんな奴かは分からないが、きっとソイツからしたらさぞ滑稽に見えるに違いない。

 

 両手の感触に浸りながら、ふと、かつて交わしたやり取りを思い出す。

 

―――思い出す。

 

『だが安心しろ! 梨花ちゃんはオレが絶対に守ってみせる!』

 

『み〜。 とっても頼りない騎士さんなのですよ』

 

『意外に辛辣!?』

 

―――思い出す。

 

『どうかな。僕の娘はそのあたり、結構怪しいからね頼んだよ、スバル』

 

『オーライ、俺に任せろ』

 

 

 

 ―――ああ、そういうことか。

 

 『嘘つき』。梨花が死ぬ直前に何度も口にしていた言葉。それはきっと自分の事を指していたに違いない。

 

 なるほど、とんだ大嘘つきだ。

 

 梨花を絶対に守ってみせる。そう言った。

 それがどうだ?このザマだ。  

 

 パックに「娘を頼む」と言われ、「任せろ」と言った。

 決して軽い意味の言葉ではない。

 にも関わらず自分は重く受け止めていなかった。

 魔法があるから大丈夫、死ぬような事なんてそうそう起きないだろう。

 そんなふうに甘く見て。

 

 なんて大嘘つきだ。約束を二つも破るなんて。

 

 梨花に「とても頼りない騎士」と言われた時、自分はそれを必死に否定した。

 今思うととんだ笑い草だ。

 小さい女の子や自分を助けてくれた優しい女の子、そんな二人も守れない奴が何を言ってるんだか。

 

 だんだんと意識が遠のいてきた。

 倒れてからどれだけ経ったのだろうか。

 もう時間の感覚が無い。

 

 二人と握っている両の手がどこかへ行ってしまおうとする自分の魂を掴んで離さないような、そんな気がした。  

 未だに意思があるのはそのせいだろうか。 

 だが、それももはや時間の問題。

 そろそろナツキ・スバルという人間は死ぬのだろう。

 

「……っていろ」

 

 待っていろ。そう言おうとしたが、まともに声が出ない。

 それでも最後の力を振り絞って言い切る。

 言ったところで何になる。

 この結末が変わるというのか。

 

 ――それでも、

 

 

「俺が必ず、」

 

 お前たちを救ってやる。

 お前たち二人を守ってみせる。

 

 そんな言葉を続けようとして、意識が途切れる。

 

 ――今度こそ嘘じゃない、本当に。

 

 そんな彼の意思すら一緒くたにして、ナツキスバルの命は暗い闇の中に溶けていった。

 

 これがナツキ・スバルと古手梨花のこの世界最初の死。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、二人の物語はまだ終わらない

 

 これは『始まりの終わり(エピローグ)/終わりへの始まり(プロローグ)』でしかない。

 

 

 何故なら、二人は始まりの地点へとまた死に戻るのだから……。    

 

 

 

 

 

 

 

 

                 <死戻し編> 完

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 

抜け出してって〜♪抜け出してって〜♪
悲しすぎる運命から〜♪

貴女は奈落の花じゃない(励まし)


というわけで、死戻し編完です! 
次回からは宝探し編が始まります。 
というのも章はリゼロの通りに、編は梨花ちゃまとスバルが死ぬ毎に変えようかなって思いましてね。
まあその分、冒頭のポエム書く手間が倍なんですけど……。〇〇し編のタイトル案がいっぱいあるのがもったいないと思ってこういう形式でいかせてもらおうかなって思ってます。はい


   

 

頑張れ!梨花ちゃま!


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宝探し編 其の壱 「絶望」

猫騙し編2話視聴しました。
衝撃の展開なんてもんじゃなかった(白目)
僕はもう途中から辛すぎて涙をちょっと流しながら見てました。

圭梨というのは惨劇を乗り越えた梨花ちゃんが恋という人並みの欲求を思い出す過程が良いから好きなので、この展開は正直辛い!辛すぎる!

この作品も梨花ちゃんを曇らせるつもりで書き始めたのですが、まさか原作に超えられるとは思いませんでしたよ。
竜騎士07先生はヤバい。
鬼すぎる。

一言で感想言うなら神回でした!




 

 

   あなたの宝物はなんですか? 

   それはきっと簡単に手に入らないもの

   

   あなたの宝物はなんですか?

   それはきっととても価値の高いもの

   

   私の宝物は誰もが当たり前に持っている物

   それでもきっと見つからない

 

   私の宝物はどこにありますか?

 

 

 

               Frederica Bernkastel

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 どこかへと行ってしまった魂が強烈な力に引っ張られて体へと引きずり込まれる。イヤ、()()()()()()()()と表現した方が正しいだろうか。

 意識が覚醒し、新陳代謝が加速され、どっと汗が流れる。

 まるで、ぐっすりと眠っていたのを冷水をぶっかられて無理やり起こされたようなそんな気分だった。

 

  

「がっ……!はあ…!?」

 

 強烈な違和感と気持ち悪さを覚え、うめき声をあげる。

 咄嗟に自分の腹に手をやり、ペタペタと触る。

 

 ―――何ともない。

 血も臓物も飛び出していない、いつもの感触。

 

(……ここは?)

 

 辺りを見渡す。

 目の前には林檎のつまれた果物屋台に立つ厳つい顔をした男。

 周りを歩く人々の中には黒髪の人間は一人も居らず、カラフルな髪をした人々や動物型の亜人ばかりであった。

 視界に映る建造物はどれも木製や石製にしか見えず、機械類は見当たらない。

 

 呆然としている梨花の横を巨大なトカゲ風の生き物に引かれた馬車的なものが横切る。

 

(ああ……)

 

 梨花はこの景色に見覚えがあった。  

 そして、いま自分を襲っている違和感や気持ち悪さの正体にもとっくに気づいていた。  

 

 ―――殺された。

 古手梨花はあの盗品蔵で、姿の見えない女に殺された。

 『ねちゃっ、ねちゃ』という粘り気のある物を踏んでいる音を聴いて、それから、足元を見た。

 踏んでいた物の正体……それは血だった。

 

 それに気付いたとき、声にならない声が出た。

 

 そこからは芋づる式だった。

 

 自然と視線は血をたどって、上へといった。

 

 そこにあったのは『死体』だった。

 

 咄嗟に、側にいたスバルの裾を掴み、そちらへ指をさした。

 逃げよう、そう提案するところだった。

 

 しかし、その瞬間女の声が響き、スバルは突き飛ばされていた。

  

 自分も捕まり、そして――

 

 死んだ。命を落とした。

 

 では、なぜ意識が続いている?

 なぜ今自分はこんなところに立っている?  

 

 そんな事分かりきっていた。もう人生で何度も経験し、その度に絶望していた現象。自分に逃げ出す事を絶対に許さなかった忌まわしき枷。

 

「フフッ……フフフフ……! アハハハハ!」

 

 目から涙がひっきりなしにとめどなく流れる。

 全く止まる気配がない。

 同時にどうしようもないほど笑いが出る。

 

 繰り返す者を殺す事が出来る剣。

 羽入の遺してくれた置土産。

 それが意味するもの、それはいつでも自分の意識を闇に葬れるということ。 

 

 雛見沢でのゴールの見えない惨劇の迷宮によって、疲弊した梨花の精神。

 だが、それは投げ出す事すら許されない悪夢のような構造をしていた。

 

 どんな拷問をされようと、頭をかち割られようと、すぐに元通りに生き返る。

 もうやめたくても、諦めていても、お構いなしにやり直しを強制される。

 

 それがどれほどの苦痛かは筆舌に尽くし難い。

 

 だからこそ、その存在を聞いたとき、どこか安心を覚えていた。

 「これでもう終われる」。本気でそう思った。

 

 だが、蓋を開けてみればどうだ。全く見た事も聞いたこともない珍妙な世界に連れてこられ、それだけならまだしも、そこでも自分は生き返りを強制された。

 

 あの盗品蔵で死ねたらどれほど良かったろうか、こんな現状に比べたら追い剥ぎ三人に殺された方がまだマシだ。

 

(羽入の嘘つき。私を殺すことなんて出来ないじゃない……。終われせてくれなんかしないじゃない……!)

 

 百年共に過ごしたもう一人の母親のような存在、彼女に裏切られた事が何よりも悲しかった。

 彼女が最期に遺してくれた物がこんなにも仕様もない物であることが腹立たしくして仕方なかった。

 また運命に囚われるのが悔しくて悔しくて涙が止まらなかった。

 

「それもよりによって腹を裂かれて死ぬなんてね!」

 

 笑う、嘲う、嗤う。

 ああ…、なんておかしな運命だろう!

 

 古手梨花は雛見沢において、綿流しの後にいつも古手神社の境内で腹を裂かれて死んでいた。

 黒幕、鷹野三四の絶対の意思で。

 

 そんな因縁の死に方を、逃げ込んだ異世界でもするなんて

 どんな確率なんだろう!

 これも縁の一種なのかもしれない!

  

「全く、余計な機能をつけてくれたわね! おかげで最高の気分よ!」

 

 羽入が最期に施したもう一つの置土産。 

 自分の繰り返す者としての能力の修繕。

 それのおかけで今、梨花は自分が腹を裂かれて殺されのされたのだと言うことをしっかりと覚えていた。

 その痛みもその思いも、その恐怖も。

 

「アハッ、アハハハハハハハハ! アハハハハハハハハ!」

 

 涙を流しながら大笑いをする少女。

 その異様さに加えて、ここでは珍しい黒髪とその服装も相まって、周囲から異常な程の視線を集める。

 

「アハハハハハハハハ! アハハ……ハハ……。ハ……ハ……」

 

 ピタリと笑いが止まり、少女はまるで倒れるかのように地面に手を付いた。

 

「あんまり……よ……、こんなのあんまりよ……。 私がいったい何をしたというの……」

 

 それは少女の心の底からの本音であった。

 絶望に身を焦がされ、とっくに燃え尽きて灰になっていると言うのに、まだ「戦え」と言うのか。

 

 いったいなんの罰なんだろう。

 こんな仕打ちを受けるような事を自分はした覚えはない。

 

 ダムが決壊したかのように流れ続ける涙は地面に水たまりを作りそうなほどだった。

 

「もう、疲れたの! もう……うんざりなの! 同じ景色に退屈するのも! 今がいつのどこなのか確認するのも……!」

 

「ねぇ……! なんで……!? どうしてなの……!? また繰り返せっていうの……!? それもこんなわけのわからない世界で……! みんなも居ないのに……ここで何をしろというの!?」

 

 雛見沢での繰り返し。それは苦痛にまみれた日々であった。

 それでも今までなんとかやってこれたのは愛しい仲間たちの存在であった。

 

 気まぐれな魅音の部活は内容もランダムであり、それが退屈を紛らわしてくれた。

 ときおり見せる圭一の奇跡としか形容しようがないような行動は、ゴールの無い迷路に囚われる梨花に希望を見出してくれた。

 

 何より戦う理由があった。

 この仲間たちと未来に生きたい。

 そんなささやかな物が。

 

 だが、ここにそんな仲間は居ない。

 退屈を紛らす手段も希望も戦う理由もない。

 

 逃げ込んだというのに、雛見沢より悪化しているではないか

 

 

「それとも、これが罰だとでも言うの!? みんなを見捨てて逃げたから!?」

 

 戦う事をやめて雛見沢から逃げた。

 それは仲間を見捨てたことにほかならない。

 彼らだって自分と同じく惨劇の迷路に閉じ込められているのだ。

 にも関わらず、自分一人が逃げた。  

 

 すべてを諦めて。

 

 だからといって、この仕打ちはあまりにもあんまりではないか。

 

 繰り返す力以外は何も特別な力を持たない当時小学生の自分にいったいどれだけの事ができようか。

 それでも出来ることをした。力を尽くした。 

 けれども失敗した。だから諦めた。

 それだけなのに。

 

「ねぇ……! 答えてよ! 羽入!」  

 

 溢れ出る疑問にも愚痴にも誰も答えてくれない。慰めてくれない。

 この場にいない神に問おうとも返ってこないのは明白だった。  

 

 それでも聞かずにはいられない。  

 

 自分を裏切ったわけではないと信じたくて。

 まだ希望はあるのだと信じたくて。

 逃げ出したくて。逃げ出したくて。逃げ出したくて。

 

 死にたくて。死にたくて。死にたくて。死にたくて。死にたくて。死にたくて。死にたくて。死にたくて。死にたくて。死にたくて。死にたくて。死にたくて。死にたくて。死にたくて。死にたくて。死にたくて。死にたくて。死にたくて。死にたくて。死にたくて。死にたくて。死にたくて。死にたくて。

 

 

 ―――だから、誰か

 

 願わずにはいられない。 

 こんな不幸な自分のあまりにもささやかな願い。

 これぐらい叶えてくれてもバチは当たらないだろう。

 だから、どうかお願い。

 

 

 ―――私を殺して。

 

 

 

 だが、そんな小さな呟きは彼女に注目する誰の耳にも入ることなく、霧散していった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「おいおい、大丈夫か、嬢ちゃん」 

 

 現在、果物屋台の店主は困惑していた。

 店の前で小さな女の子が嗚咽を漏らしながら、地面に水たまりを作りそうな勢いで大泣きしてる。

 

 これは困った。  

 この状態では商売なんてマトモに出来そうにもない。

 

 それに人として放っておくワケにも行かない。

 大笑いしてから、この泣き方ははっきり言って尋常ではない。  

 余程のことがあったとしか思えない。

 

「今、リンガ剥いてやるからな、な? だからこれ食って元気出せって!」  

 

 と、大量に積まれていたリンガ――この世界の林檎を一つ手に取り、目の前で持参の果物ナイフでクルクルと剥いていく。

 流石に果物屋台の店主だ。手慣れた動きでみるみると剥かれていく。

 

 これくらいの齢の子供にはこういう甘いものを食べさせて慰めてやるのが一番だ、という安直な考え。

 もちろん代金なんて取るつもりはない。

 

 顔に似合わず、自然な気遣いをする彼は誰が見ても『人が好い』と評価するだろうが、本人は「子供が美味しそうに食べれば、それを見たやつが買うかもしれないしな」なんて悪ぶる。

 

「ねぇ……! 答えてよ! 羽入!」  

 

「おっと!? ……あぶね!?」

 

 カラン、カランと大きな音を立てて、果物ナイフが転がる。

 先程までブツブツと何かを呟きながら泣いていた少女が突然大きな声を出しながら頭を抱えて泣き叫ぶ。

 

 あまりにも突然だったので、勢い余ってナイフを落としてしまったのだ。

 

 幸い落としたのは自身の足元だった。

 

 危なかった。もし周りの人間に当たったりしたらとんでもない事になっていた。

 滑らせて自分の指に当たったりしなくて良かった。

 

「……!」

 

 叫んでから頭を抱えて苦悶の表情を浮かべていた彼女の視線がナイフへと釘付けになる。

 

 そう認知した次の瞬間、ナイフに向かって猛スピードで走り出す。

 

「ビックリさせてすまなかったな、嬢ちゃん……っておいおいおい!?」

 

 ナイフに向かって手を伸ばしながら走る発狂寸前に泣き叫ぶ少女。

 

 もしかしたら自暴自棄になってナイフを振り回すかもしれない。

 そんな恐ろしい可能性を感じて少しだけ身を引く。

 

 それが大きな間違いだった。

 すぐに落とした果物ナイフを拾うべきだったのに。

 

 少女はナイフを手にしてしまった。

 

「……フフフフ」

 

 ナイフを片手に持って笑う少女、その姿はとても不気味に映った。

 

「……ここにあったのね」 

 

 そんな意味不明なことを口走りながら、少女は、そのナイフを自分の喉元へと持っていく。

 

「おい、何する気だ! やめろ! 嬢ちゃん!」  

  

 その意味に気付いた店主は、取り抑えようと駆け出す。

 周りもこの状況にザワつき始める。

 だが、一足遅かった。   

 

「……おねがい、これでもう……」

 

 最期の言葉を出すことなく、周りからの静止の声も全く彼女には届くことなく、

 

 少女はナイフを思い切り首に突き刺した。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 カラン、カランと大きな音を二回ほど立てて、自分の目の前へと転がり落ちるナイフ。

 それを見た瞬間、神からのお告げだと感じた。

 『これで命を絶ちなさい』。そんな事を言われた気がした。

 

 今すぐ死にたかった。この厳しく、あまりにも残酷な現実から逃げ出したかった。

 そう思ってた時に、この出来事だ。

 

 これはきっと、もう喋ることの出来なくなってしまった、あのアホアホシュークリーム駄女神ことオヤシロ様の羽入が起こしてくれた奇跡に違いない。

 

 そうだ!羽入は裏切ってなんかいなかったのだ!

 自分に嘘なんてつくはずがない!

 きっと、このナイフで命を絶てば、もう二度と目覚めなくて良い眠りにつけるに違いない!

 

 そんな馬鹿げた発想を彼女は持ってしまった。

 普段の冷静で死に慣れた彼女は、こんな行動は取らないだろう。

 いや、この世界最初の死のような泣き叫びながら殺される、というのも実は不自然なぐらいなのだ。

 

 実はこの世界に来てからというもの梨花のメンタルは完全に壊れてしまっていた。

 それも仕方ないだろう。

 最期の希望であるはずの死を迎える事すら出来なかったのだ。

 雛見沢とは違う環境を求めてはいたが、流石にここは異界過ぎる。

 ここまでの変化は求めていなかった。

 

 というより、別の場所での平穏な日常を求めていた彼女にとってこれは望みとは遠くかけ離れてると言っても良い。

 

 ナツキ・スバルとのウザったい会話も(もう少し平常な精神状態だったら楽しめたかもしれないが)ストレスを貯めた。

 本当にこんな男に付いていけば、雛見沢に戻れるのだろうか、何か分かるのだろうか、そんな不安を感じ、

 

 追い剥ぎ三人組に襲われ、そんな男ともはぐれ、探し回ることになり、徽章探しなるものに成り行きと情報収集のために付き合わされるという『日常』とはかけ離れたトラブルの連続。

 

 そして、極めつけは苦痛にまみれた殺され方をしたあとに、忌まわしき死に戻り。

 

 簡単に言えば、彼女は疲れていたのだ。

 どうしようもないほどに。

 

 だから、こんな妄想の馬鹿げた希望に縋ってしまった。

 

「……ここにあったのね」

 

 そうだ、これは羽入が落としてくれたナイフなのだ、きっとあの剣と同じ効果があるに違いない。

 あの宝具、鬼狩柳桜はこの世界へ来るときに無くしてしまっていた。

 だから最終手段を彼女は失っていた。

 だが、大丈夫だ!同じものが目の前にある!

 

 そんなはずはない、というのは梨花も分かっていた。

 それでも、そんな作り物の馬鹿げた希望に縋らないと心が壊されてしまいそうだった。   

 だから、その事実から目を背けた。 

 

 ナイフを掴み、自分の首へとやる。

 

「おい、何する気だ! やめろ! 嬢ちゃん!」

 

 周囲からの静止の声が聞こえる。

 それでも彼女は止まらない。

 

 そうだ、きっと目が覚めたら私は聖ルチーア学園の寮に居るに違いない。

 そしてまだ知らない日常が始まるのだ。

    

 もしかしたら雛見沢で目を覚ますかもしれない。

 そしてまた死の運命に嘆くことになるかもしれない。

 

 それでもこんなワケの分からない世界で一人ぼっちで戦うよりは何倍もマシだ。

 そうだ、目が覚めたら沙都子が寝ぼけてる自分をたしなめながら起こしてくれるんだ。

 それで布団を片付けて、一緒に朝ごはんを作って、食べて。

 学校に行けば、圭一とレナと魅音と詩音が居て。

 みんなで部活をやるんだ。

 

 そしていつかは惨劇を終わらせてみんなで大人になるんだ。

 

 いや、もしかしたら永遠の闇かもしれない。

 ようやく死ねるのかもしれない。

 高望みはしない。そんな都合よく勝ち取れた世界や雛見沢には帰れないだろう。

 

 だから、せめてこんな小さな絶望的な希望だけは叶えてくれないだろうか。

 

 死にたい。そんな小さな願いだけは。

 

「――おねがい、これでもう……」

 

 『終わって』。

 

 そんな最期の言葉はついぞ出ることは無かった。

 

 

 

 

 

 

   




ちょっと、梨花ちゃんの心理描写しつこすぎたかな?

ちなみにタイトルの『宝探し』は鬼狩柳桜を探す梨花ちゃんと徽章を探すスバルにかけてつけられています。

はたしてこの2つの宝物は見つかるのでしょうか


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宝探し編 其の弐 「困惑」



今日は怒涛の4連投稿!
出来たら良いなぁ……(白目)


 

 

「え? え? ――どゆこと?」

 

 現在、ナツキ・スバルは絶賛混乱中であった。

 

 

 周りを歩く人々の中には黒髪の人間は一人も居らず、カラフルな髪をした人々や動物型の亜人ばかり。

 

 視界に映る建造物はどれも木製や石製にしか見えず、機械類は見当たらない。

 

 天気は晴れで、明るい時間帯。

 

 物珍しいのか、やたら周囲から視線を集める自分。

 

 今朝体験した事をまるで追体験しているかのような出来事。

 

 先程(自分の意識の中での話だが)、確かに日は落ちていたし、自分は貧民街にいた。  

 だが、自分の現在地はどう考えても初期スポーン地点である中世風の街であり、現在の時刻はどう見ても昼であった。

 

(腹の傷が……ねぇ)

 

 何よりもスバルを困惑させていたのが、これであった。

 確かに、先程謎の女に腹を裂かれて内臓や血をぶちまけたはずだったのに、腹部には傷一つない。

 服にだって血どころか土汚れや埃すらついていない。

 

 ――おかしい。

 確かに自分はぶっ倒れて死を覚悟する程の傷を負ったはずだ。

 

 

(もしかして、この世界には蘇生魔法みたいなものがあるのか?)

 

 サテラにかけてもらった治癒魔法でも流石にアレ程の傷を治せるとは考えにくい。

 だが、もしそんな物があるとするならば、あまりにも命の価値が軽すぎる世界になると思われた。

 

 それにこんなところに居る説明がつかない。  

 時刻が変わっているのは蘇生魔法には時間がかかるという事で納得できなくも無いが、場所まで移動するのはいったいどういう事なのか。

 

 それに気になるのはコンビニの袋だ。

 長い移動によって、手汗や握り続けた負担によって袋の取っ手はヨレヨレになってしまっていた。

 にも関わらず、現在自分が持っているコンビニ袋の取っ手はまさに、『今貰ってきたばかりですよ』と言わんばかりキレイだった。

 

 それに蘇生魔法があったとして、いったい誰がかけてくれたというのだ。

 あの状況下で、そんな物を使える人間が居たとは思えない。

 もしかして、梨花ちゃんがチート能力にでも目覚めたんだろうか?

 同郷のヒロインにもチートが付いてくるのは異世界転生物のお約束である。

 

「……って、そうだ! 梨花ちゃんとサテラ!」

 

 ここまで思考してようやく二人の事を思い出す。

 すると、心に後悔が立ち込めてくる。

 

 そうだ、俺はあの二人を守れなかった。

 約束したのに。

 

 二人ともとても良い娘だった。

 サテラは口調は厳しめに見えたが、ところどころに人の好さが滲み出ていた。

 自分に治癒魔法をかけて責任を感じないようにケアまでしてくれた優しい女の子だった。

 

 梨花ちゃんはとても素直で可愛らしい子だった。

 こんなところに突然来て不安だろうに、掴みどころなくからかってきたりして、強い子だなと思った。

 たまに垣間見せた腹黒さを含めて、全てが愛らしい女の子だった。

 

「うっ……!」

 

 そんな梨花の死に様を思い出して、嘔吐く。

 内臓が飛び出していた。

 蔵の中は真っ暗だったのにハッキリとキレイな赤色で鮮明に瞳に映った。

 

 あんな小さな女の子がそんな殺され方をしたという事実に不快感を覚えた。

 

 そして、何よりも守れなかった自分に腹が立って仕方なかった。

 パックに不安げに注意された。サテラに蔵に入るときに「何かあったらすぐ助けを呼べ」と念を押されていた。 

 パックとサテラは十分に危険性があることを理解しており、示してくれいた。

 

 にも関わらず、自分はそれを怠って、結果的に彼女もあの地獄に招き入れた。

 甘く見ていた。軽く見ていた。   

 誰よりも役に立たないくせに、交渉のことをサテラに頼られて、パックに任せられて調子に乗っていた自分がいた事を否定できなかった。

 

 蔵の中に梨花と一緒に入るべきじゃなかった。

 外でサテラと待機させておくべきだった。

 そうすれば、ああなったのは自分だけで済んだかもしれないのに。

 

 きっと、自分は一人で暗い蔵の中に入るのが不安だったんだ。

 だから、梨花も巻き込んでしまった。

 

 『外に梨花を一人で待機させるワケにはいかないから』『梨花がいれば、小さな女の子という条件で突然襲われたりする可能性を軽減できるから』といったそれっぽい理由を付けて、自分をそうやって納得させたんだ。

 

 後悔が次から次へと溢れ出る。

 

「いや、馬鹿か俺は! こんなふうに項垂れてる暇なんかねぇだろ!? あの二人を探さないと」

 

 そうだ。先程から『殺された』とずっと言っているが、誰よりも弱いはずのスバルが生きているのだ。

 ならば、あの二人だって生きているはずだ。

 

 ――いや生きていてほしい。

 

 ならば、早急に探さなければならない。

 この不安な気持ちを抑えるためにも早く二人を見つけてしまいたかった。 

 

 ならば、向かうべきはやはり盗品蔵だ。

 今のところ、そこにヒントがあるような気がしてならなかった。  

 もしかしたらあの二人もそこで今自分が生きている事に困惑しているかもしれない。

 ナツキ・スバルが死んだと思って焦っているかもしれない。

 ならば、会って安心させてやろう!

 「俺は生きてるぞ!」と。

 

 

「きゃああ――!」

 

 そんな思考を断ち切るように、つんざくような女性の叫び声が辺り一面に突然響いた。   

 耳を済ませると、女性だけではなく、様々な人がざわついてるのが分かった。

 どうやら後ろで何かあったらしい。

 スバルの現在地は、果物屋台からしばらく歩いたところ。

 声の距離的にちょうど、そこらへんで何かが起こったように思えた。

 

(どうする? 行ってみるか?)

 

 今、自分には盗品蔵に行くという使命がある。

 一分一秒も惜しいので、本当なら真っ直ぐ向かうべきだ。

 だが、何か、胸騒ぎがする。

 

 見に行く必要がある、そんな気がしてならない。

 

 気づけば、スバルは歩き始めていた。

 無意識だった。

 ただ、この胸のざわめきを抑えたくて、一歩一歩確実に進んでいく。

 

 やがて、騒がしく何かを話している大きな人だかりを見つける。

 そこはやはり、予想通り果物屋台の真ん前であった。

 人々の視線はただ一点に集中していた。

 

 しかし、人が多すぎて肝心の()()が見えない。

 

「ちょっと、すみませんね。 え?足踏んだ? いや、マジすんません!」 

 

 そんな事を言いながら、人の群れをかき分けて前へと進んでいく。

 おどけているが、中心に近づくに連れて、胸の鼓動が早まっていく。

 

 ドクン、ドクン! 

 少しうるさいくらいに心臓が動いて体中に血を送るのを感じる。

 

 ――もしかして、見たらまずいものではないのか?

 そう思いながらも、もう歩みは自分でも止められないほどになっていた。

 

 やがて、最前列と思われるところにたどり着く。

 ここにいる人を退ければ、何があったのか見れる。

  

 そう思うと、急に恐怖が湧いてきた。

 先程から心臓は、このまま壊れてしまうのではないかというほどに最高速で震えていた。 

 

 周りの人間から聞こえる『ナイフ』『衛兵を呼ぶ』といったワードが不安を煽る。

 

 だが、ここまで来たのだ。今更引き返すワケにもいかない。

 そう決心して、目をぎゅっと瞑って、前へと進む。

 

 あとは、この目を開くだけだ。

 それだけで真相が分かる。

 なのにどうして瞼が上がらない?

 なぜこんなにも肉体は見ることを拒否する?

 

 こんなことをしている場合ではないのだ。

 さっさと、これを見て安心して、盗品蔵に行かなくてはならないのだ。

 梨花ちゃんとサテラを探さなければならないのだ。

 

 眉間に力を入れて、瞼を力づくでこじ開ける。

 

 少しずつ、視界が開けてくる。

 

 真ん中に何か倒れている。

 なんだ?アレは?

 よく見えない。

 もっと目を開かなくては。

 

 体中の力を、顔面の筋肉に集めるイメージで目をさらに開く。  

 そうしてついにナツキ・スバルは真実を知る。

 

「え?…………あ?」

 

 

 そこにあったのは倒れている人だった。

 

 しかも、ただの人ではない。小さな女の子だった。

 

 目は大きく見開かれ、虚空を見つめいる。

 

 血が地面に広がっており、それがもう彼女が命を落としていることを明白に示していた。

 

 ――その顔はよく見知った顔だった。

 守りたいと、今度こそ守ると誓った女の子だった。

 同郷で自分と同じ境遇を分かち合う同士の女の子だった。

 

「梨花……ちゃ……ん……?」

 

 そう、そこに倒れていたのは古手梨花、その変わり果てた姿だった。

 かくして、『梨花とサテラを探す』というスバルの目的は不本意に半分達成された。

 

「畜生……! オレが、ナイフを落としたりなんかしなければ……!」

 

 見れば、先程スバルとリンガを買う買わないの問答をしていた、果物屋の店主が顔を手で覆いながら嗚咽を漏らしていた。

 涙が、手の隙間を通って、溢れ出ている。

 

 彼は、スバルにとっての第一発見村人。異世界で最初に会った人物だった。

 かなり厳つい顔をしていて、第一印象は『怖い』に尽きた。

 そんな人物が涙を流しているという異常事態も今のスバルには些細なことに思えた。

 

「うそ……だろ……」

 

 そう呟きながら、梨花の死体へと近づいていくスバル。

 

「おい兄ちゃん! 何してる!」

 

 周囲から静止の声がかかる。

 だが、止まらない。止まれるわけがない。

 

「なあ……冗談なんだろ? また俺をからかってるんだろ? なあ、そうだろ。そうだって言ってくれよ……」

 

 梨花の肩を掴んで、揺さぶりながら呪文のように問いかけるスバル。

 だが、返事はない。

 腕も足もグッタリとしていて、揺らしてもただダランと地面へと垂れ下がるだけだった。

 首も振動をさせるたびに、カクカクと動き、もうこの身体に魂が入っていない事は明白だった。

 

「俺だけ生きてるなんて、そんな事ないんだよな? サテラだって生きてるんだよな?」 

 

 まるで自分に言い聞かせるように、呟く。

 未だに梨花の死を認められなかった。諦めきれなかった。

 なぜ、あの中で一番生きる価値のない自分だけが蘇生させるような事がある。

 そんな事あって良いはずがない。

 

「頼むよ……。返事をしてくれよ、梨花ちゃん!」

 

 だが、当然返事なんて返ってきやしない。

 何故ならもうとっくに彼女は死んでいるから。

 誰もがその事実に気づいていて、認められていないのはスバルだけだった。

 

「あ……」

 

 何度も彼女の体を揺さぶっているうちに、首の傷口から血が吹き出し、スバルの顔へとかかる。

 それを吹き取ろうと、ようやく梨花の死体から手を離し、顔へとやろうとする。

 

 そこで、見てしまった。

 気づいてしまった。彼女が死んでいることに。

 

 ――その証拠に、

 

 自分の手にはベッタリと彼女の血がついていた。

 

 

「うわあああ――!」

 

 叫び声をあげながら、ここから逃げるように駆け出すスバル。

 もうこんな所にいたくない。  

 これ以上見たくない。

 俺のせいで彼女が死んだなんて認めたくない。

 

 人混みをかき分けて、ガムシャラに走った。

    

 どこか誰もいないところに行きたかった。

 一人になりたかった。

 

「……………」

 

 気づけば、あの路地裏に居た。

 当然、 危険な場所なのは周知の事実なので誰もいない。

 膝を抱えて、体育座りの形で腰掛ける。

 

(ウソだ……。あんなの嘘だ……。俺のせいで…)

 

 ただひたすらに自分を責めた。

 あの蔵に梨花と一緒に入った過去の自分を呪った。

 そうしなければ罪悪感に押し潰されてしまいそうだった。

 

 静かなところに来て、少し冷静さを取り戻して、疑問もわき始めた。

 何故、彼女の死体はあそこにあったんだろうか

 もし自分同様の蘇生魔法による移動があったとして、何故彼女は復活出来ていなんだろうか。

 そもそもなぜ自分は復活できた?

 サテラは生きているんだろうか?

 

 ――もし、彼女も死んでいたら?

 

 そんな不安を振り払うように、自分に言い聞かせる。

 とにかく、盗品蔵だ。

 彼女だってそこにまだ居るかもしれない。

 蘇生魔法の秘密が分かって、梨花を復活させることも出来るかもしれない。

 

 そうと決めると早い。

 

 すかさずスバルは立ち上がり、準備を始める。

 まあ、準備と言っても気合を入れるぐらいなのだが。

 

 この行動力と決断力が数少ないスバルの強みだった。

 

(そういえば――)

 

 そういえば、ここは初めて梨花と会った場所だったなと気付く。

 あまりにも必死に走っていたものだから、無意識でここに来たが、そんな因縁の場所でもあった。

 

 まあ、あの時はすぐに追い剥ぎ三人組に襲われてバラバラになってしまったのだが。

 

「よお、兄ちゃん。少し俺らと遊んでいこうや」

 

 そうそう、こんな感じに、え?

 

「おいおい、呆けた面してどうしたよ?」

「状況が分かってないんだろ、教えてやろうぜ」

「とりあえず、兄ちゃん。金目のもん置いてきな、そうしたら何もしねーでやるからよ」

 

「え? お前らひょっとして俺のいないところで頭でも打った?」

 

 無反応だったスバルは、ようやくの思いで反応する。

 全く同じ奴らによる同じパターンの追い剥ぎ。

 サテラとパックにあんだけ脅されたのに全く懲りてないのか?コイツラは。

 

 それとも、復讐のつもりなんだろうか?

 他の仲間を引き連れていなそうに見える事を考えると、かなり良心的に思えるが。

 

「何言ってんだこいつ? 頭おかしいんじゃねえの」

「いいさ、兄ちゃんとりあえず持ち物置いてきな、それで許してやるよ」

 

「はいはい持ち物全部ね。お前らなんかにかまってる暇はねーからそれでいいよ」

 

「あと犬の鳴き真似な、『助けてくださいぃ!ワンワン!』ってな」

 

「調子乗んなや、コラァ―――!」

 

 そう言ってスバルがメンチを切ると、あわや一触即発の危険な空気へと突入する路地裏。

 

「――そこまでだ」

 

 しかし、それは燃え上がるような赤い炎の髪をした青年――ラインハルトによって打ち消されるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 






作者からしたらラインハルトは凄く書きにくく扱いにくい地獄のキャラだったりします

心を読む能力とか持ってたらどうしよう


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宝探し編 其の参 「徽章」

   
圭梨書きたいのに、この作品ではスバ梨なる謎のCPしか書けない……
いつか番外編で短編でも書こうかな



 

 

 

「たとえどんな理由があろうと、それ以上、彼への狼藉は認めない。そこまでだ」

 

 凛とした声が裏路地にもよく通った。  

 発せられる言葉の節々には気品が感じられ、その存在感にこの場の誰も何も言えなくなった。

 

(すっげぇイケメン)

 

 そんな事をぼんやりと思うだけのスバルと違って、追い剥ぎ三人組は顔を真っ青にする。

 それ程までに今、この場に現れた存在は予想外であった。 

 

「『剣聖』……ラインハルト」

 

 ラインハルト・ヴァン・アストレア――その名を知らぬものはこの国では居ないだろう。

 史上最強の騎士であり、その実力は落ちぶれたアウトロー三人組の耳にも入るほどで、あまりの強さに周辺諸国から国外輸出禁止令を出されたとか。

 

 そんな人物が何故こんなところに?

 

「自己紹介の必要は無さそうだね、もっともその二つ名は僕にはまだ重すぎる」

 

「逃げるのならこの場は見逃す。だが、もしも強硬手段に出るというのなら僕も騎士として抗わせてもらおう」

 

 そう言って、三人組を鋭い眼光で射抜くラインハルト。

 『剣聖』ラインハルトと戦う?

 冗談じゃない。

 命がいくつあっても足りないだろう。

 

「クソっ!」

 

 あまりの恐怖に隠し持っていたナイフを隠すことなく、蜘蛛の子を散らすように大通りへと逃げ去っていく三人組。

 

「お互い無事で良かった、怪我はないかい?」

  

 彼らが去ったのを見て、爽やかな微笑みを携えてラインハルトはスバルへと尋ねかける。

 その瞬間、先程まで路地裏に漂っていた異常なまでの緊張感は完全に消え去る。

 

 あのプレッシャーをたった一人で出していたのか、とスバルは戦慄した。

 

「こ、この度は、命を救っていただき、心からお礼を申し上げるとともに、このナツキ・スバル、その清廉さに心から敬服いたしますれば……」

 

「そんなにかしこまらなくても大丈夫だよ」

 

 スバルのあまりにも吃った下手すぎる敬語に苦笑するラインハルト。

 やはり元引きこもりコミュ障のスバルにとって、初対面の人に対する敬語というのは難易度が激高過ぎた。

 

 

「えーっと、ラインハルトさん……でイイんすか?」

 

「呼び捨てで構わないよ、スバル」

 

(サラッと距離詰めてきたな)

 

 一見強引とも取れるこの距離の縮め方も全く不快感を感じさせないのは、その爽やかさ故だろうか。

 あまりのイケメンさ、爽やかさに嫉妬心がメラメラと湧きそうになるスバルであったが、助けてくれた恩人であることは間違いなく事実。お礼を言うのは当然の事であった。

 

「あ〜、改めてありがとう、ラインハルト、マジ助かったよ。助けに来てくれたのはお前だけだよ」

 

 前回奴らに襲われた時も、偶然盗人を追いかけて中に入ってきたサテラ以外、誰も助けてくれはしなかった。

 彼ら物盗りがここに入ってきたのは、外の大通りからも見えたはずだ。

 それでも誰も助けに来てくなかったという事実に寂しさを感じる。

 

「多くの人にとって彼らのような連中と反目するのはリスクが大きいのさ、――それにあちらであんな事があった後だしね」

 

 ラインハルトが指す『あんな事』。

 スバルはすぐにその正体に気付く。

 大通りで血まみれで倒れていた女の子。

 そんな事態があったのなら、みんなそちらに注目してしまっていても仕方ないだろう。

 いや、そんな物騒な事が起きているのに、裏路地に入るなんて怖くて出来ないのかもしれない。

 

 どちらにしろ、今回誰もスバルを助けてくれなかったのは仕方のないことであったのだ。

 

「梨花ちゃん……」  

 

 彼と三人組の遭遇は最悪であったが、そのおかげで傷を一時でも忘れられていた。

 その傷が再び開く。

 

 古手梨花。自分が守れなかった女の子。

 無惨に腹を裂かれて殺された可哀想な女の子。

 

「その反応を見るに、やはり君は彼女の事をなにか知っているらしいね」

 

「……?」

 

「実は、君に彼女について聞きたくてここへ来たんだ」

  

 おかげで、危ない場面を助けることが出来たけどね、なんて付け足すラインハルト。

 

 梨花について聞きたいこと?

 だが、あいにく梨花とは実は会ってからあまり時間が経っていない。

 知っていることと言えば、せいぜい巫女をやっていた事くらいだった。

 

「彼女には、魔女教徒の疑惑が出ている」

 

「魔女教……?」

 

 ラインハルトから出た言葉にスバルは全く心当たりが無い。  

 最後の方の言葉の響きからして何かしらの宗教であることが予測されるが、流石にその内容までは推察できなかった。

 

「スバルは魔女教を知らないのかい?」

 

 そのなんともピンと来てない様子のスバルを見て、驚いたようにしていたラインハルトだったが、そのまま首を振って懇切丁寧に『魔女教』とやらの解説を始めてくれた。

 

 ――いわく、各所で神出鬼没に現れては犯罪行為を働く危険な集団

 

 ――いわく、『魔女教徒を見つけたら即座に殺せ』などという物騒な常識が根付くほど忌み嫌われている者達。  

 

 ――いわく、『嫉妬の魔女』なる存在の復活を目論むカルト宗教

 

 この説明の中に『サテラ』という名前が登場しなかったのは、偶然であったが、幸運であったとも言える。

 

(梨花ちゃんがそんな奴らの仲間?)

 

 そんなはずはない。

 確かに知り合ってから間も無いが、そんな事をするような娘には決して見えなかった。

 きっとこれは何かの間違いなんだろう。

 

「彼女から魔女の匂いを感じたという複数人の通報があったのと、彼女自身の『笑いながら発狂して自殺をする』という異常な行動から見たもので、推測の域を出ないけどね」

 

 かなり戸惑って、自分に『そんなはずはない』と言い聞かせているスバルを見かねて、フォローをする。

 だが、そこで齎された新情報に余計に混乱するスバル。

 

「……自殺? 梨花ちゃんが……? そんなわけ……」

 

 自殺。 

 いや、そんなはずはない。

 確かに自分は見たのだ。謎の女に腹を裂かれて殺される梨花の姿を。

 アレが自殺なはずがない。

 

「梨花ちゃん……というのかい? 彼女の名前は?」

「あ、ああ……」

 

「スバルとの関係は?」

「同郷で、意気投合してしばらく一緒に行動してた」

 

「同郷……というと、どこから?」

「ここよりずっと東のところで……」

「ルグニカより東……まさか大瀑布の向こうって冗談かい?」

 

 しまった。

 ここより東のところが無いなんてのはサテラとの会話で分かりきっていたところだった。

 先程から、まるで尋問をするかのように質問攻めにしてくるラインハルトの疑惑を、余計に強めたかもしれない。

 

 じーっと値踏みをするようにスバルの目を見つめるラインハルト。 

 引きこもりにとって、人の目を見て話すというのは最大のハードルだが、()()()()()()()()()()

 まるで縫い付けられたかのように、顔の位置を固定されている、そんな気がした。

 

「うん……嘘は言っていないみたいだね……わかったよ」

 

 それから、何度かの質疑応答を繰り返すと、ラインハルトは納得したかのように頷き、言葉を発する。

 

「今のルグニカは平時より落ち着かない状態にある。何か困ったことがあったら、僕を呼んでくれ、僕で良ければ力を貸すよ」

 

 そんな申し出をしてくれるラインハルト。

 どうやら疑惑が晴れただけではなく、そこそこの信頼を得れたらしい。

 『盗品蔵について来てくれ』

 そんなお願いを言おうとして、思い留まる。

 

 それは駄目だ。 それで後悔したばかりじゃないか。

 あの女がまだ中にいるかもしれない。

 まだ危険な状態かもしれない。

 そんなところに会ったばかりの人間を巻き込むわけにはいかない。

 盗品蔵には自分一人で入る。それで良い。

 

 ――けど、

 

 何の頼み事も無さそうであるのを見届けると、去ろうとするラインハルトの背中にスバルは待ったをかける。

 

「わりぃな、呼び止めて。一個だけ質問良いか?」

 

「世情には疎いから答えられるか分からないけど」

 

 と言いつつ、「何でも聞いて」と頷くラインハルト。

 どこまでも爽やかで人の好さそうな男だ。

 

「このあたりで白いローブ着た銀髪の女の子を見てないか?」

 

「白いローブに、銀髪……」

 

「心当たりないか?」

 

「……スバルはその子を見つけてどうするんだい?」

 

「まずは色々と話したい。 あとは、落とし物? いや、探しものか? それを届けてやりたい」

 

 スバルのその答えを聞いて、ラインハルトは静かに熟考している様子だった。

 しばらくして、返答がくる。

 

「ううん、すまない。ちょっと心当たりはないな、僕で良ければ、探すのを手伝うけれど」

 

「そこまで、面倒はかけられねぇよ、あとはどうもでも探すさ」

 

 そう言うと、納得してくれたのか、

「非番の日は王都をうろうろしているから困ったことがあったら、声をかけてくれれば助ける」だの「名前を出してくれれば、いつでも会える」といった彼とのコンタクトの手段を提示してくれた。

 

 その手を借りるつもりは今のところないが、とりあえず記憶には留めておく。

  

 そうして、スバルは盗品蔵へ向かうために大通りへと一歩踏み出す。

 

「気をつけて」

 

 と、最後まで爽やか見送りの言葉をくれるラインハルト。

 

 その言葉はかつて軽んじて痛い目を見た自分にとてもよく刺さった。

 ああ、今度こそ気をつけるさ。

 油断だって絶対にしない。

 後悔は十分した。

 二度と同じ過ちは繰り返さない。

 

 

 ――そうだ、今度こそ絶対に大丈夫。

 そう何度もあんな目に合うはずがない。

 

 スバルはそう自分に言い聞かせ、一歩一歩進んでいくのだった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

「ああ、やっぱり――あなたの腸の色はとてもキレイな色をしていると思ったの」

 

「う――――――っがああああああああ!?」

 

 鮮血が吹き出し、視界が真っ赤に染まる。

 一糸報いた達成感も塵のように吹き飛ばされた。

 

 痛い、痛い、イタイ!

 全身を苦痛が駆け巡る。

 感じていた怒りも、悲しみも苦しみも勇気も何もかも"恐怖"という感情に塗りつぶされていく。

 

 自分が立ち上がるのが遅かったせいで、二人も死んだ。その事実への罪悪感すらも頭から消え去っていた。

 

 痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い…………。

 

 感情や思考といった機能は失われ、もはや神経からの緊急事態伝達を受けるだけの器官となった脳みそは

ただスバルの精神を蝕む。

 

 大丈夫。油断なんてしない。

 そう思っていた。

 

 だが、蓋を開けてみれば、交渉成立した途端に、上機嫌になってその誓いを破ってしまった。

 

「これを持ち主に返してやりたいんだ」

 

 その言葉を口を滑らせて言ってしまったのが大きな間違いだった。

 

 今回、スバルは前回ここへ来たときも予定していた異世界の品と徽章の物々交換を実行しようとした。

 こちらが出したのはケータイ電話。

 それをどうやら『魔法器』なるものと思ってくれたらしく、店主は金貨20枚近くあると保証してくれた。

 

 店主――ロム爺と呼べと本人はそう言っていた。

 彼は、前に来たときに転がっていた死体その人にしか見えず、「最近、死んだことないか?」なんて聞いたら笑い飛ばされた。

 

 彼は、見た目通り豪快な人物で、無理やり酒を飲まされたり、持ってきていたスナックを全部食べられたりした。

 

 ――そんなロム爺も今は物言わぬ死体だ。

 あの気狂い女に腕を斬られ、喉を裂かれて死んだ。

 

 かつて自分と梨花を見捨てた少女。サテラから徽章を盗んだ生意気そうな金髪の彼女――フェルトは思ったより面白い奴で、会話でボケればいくらでもツッコんでくれた。

 

 もう一人の客を説得できれば、交換を認めると言ってくれた。

 

 ――そんなフェルトも目の前で殺された。

 

「……悪かったな、巻き込んで」

 

 そんな謝罪の言葉を遺して、あの女に立ち向かっていて、あっけなく散っていった。

 

 『彼女だけは逃さなくては』。そんな事を頭では考えていた。

 自分が囮になって、逃げる時間を稼ぐ。

 そんな結論を出していた。   

 

 なのに身体は動かった。

 恐怖でガタガタと震えるだけだった。

 

 出会って間もない、ほんの小一時間程度の仲だったが、本音で話し合った相手達だった。

 それを自分は恐怖で見捨ててしまった。

 

「お爺さんと女の子は倒れた、なのに貴方は動かないの?」

 

 つまらなそうにそう自分に言った女、これがもう一人の客、エルザと名乗った異常者――ロム爺とフェルトを殺した女だった。

 

 その言葉に、何も感じていなそうなエルザのその態度に、怒りを感じた。

 震えていた自分が情けなくて、なんとか立ち上がって向かっていった。

 

 その結果がこれだった。

 一撃入れてやった代わりに、自分の腹は裂かれ、今はうずくまり苦痛に顔を歪めている。

 

「痛い? 苦しい? 辛い? 死んじゃいたい?」

 

 飛び出た腸をウットリとした表情で見つめる彼女はスバルと視線を合わせるように屈んで、そんな事を問うてくる。

 

 だが、そんな言葉はスバルの耳には届かない。

 脳内麻薬ですら痛みを誤魔化しきれない。

 

 痛い、痛い、痛い、痛い!

 怖い、苦しい、辛い、逃げたい、生きたい、死にたくない、死にたくない、死にたくない!

 

 いつ死ぬ? どう死ぬ?

 死んだらどうなる?

 どこへ行く?

 分からない.

 

 恐い、恐い、恐い、恐い、恐い、恐い、恐い、恐い、恐い、恐い、恐い、恐い、恐い!

 

 死にたくない。

 

 どこまでも続く死への恐怖。

 それが本能から来るものなのか、「まだやらなければならない事がある」という理性からくる物なのかスバルにも最早分からなかった。

 

 死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない!

 

 そんな思いに脳が埋め尽くされる。

 

 

 

 

 

 

 だが、無慈悲に視界は白くなっていき――

 

 

 

 

 

 ――あ、死んだ

 

 

 

 ナツキ・スバルは異世界で二度目の死を迎えた。

 

 

 

 

 






宝探し編、お疲れ様でした。
これいちいち〇〇編完って書くの締まり悪いなと思ってやめました。

梨花ちゃんから漂う魔女の香り……いったいどこのゲロカス卿の仕業なんだ……!?

ちなみにこんな事言ってますが、うみねこ勢が関わるところは今んところゼロの予定です。  

ただ、今後ひぐらし業本編に出てきたら多分出てくると思います。
 
まあどっちに転んでも頑張ります。

この宝探し編では死にたがってる梨花と生きたがってるスバルの対比構造になっています。

ただ、まあどっちも辛いと思いますけどね。


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心落し編 其の壱 「再起」

前回、4連投稿とかほざいてましたが、無理でした。マジすんません
これからちょっと更新ペースが落ちるかもしれませんが、生暖かい目で付き合っていただけたら幸いです。

そういえば、ひぐらし業16話の先行カットが公開されましたね。
祭囃し編の後のように見えるのですが、だとしたらえげつない事するなぁと思います。


     

 

 

 

 

   地獄にいる悪魔は天使に憧れた 

   あんな翼があったら空を自由に飛べるのにと 

  

   天国にいる天使は悪魔に憧れた

   あんな力があったら人々をすぐ導けるのにと

 

   そこにいる貴方は何者にも憧れない

   既に自由で人々を導く力を持っているのだから

 

 

 

               Frederica Bernkastel

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

「梨花」

 

 そこら中にガラスの破片のような、青い光を放つ物体が浮いている。

 それは、カケラ――世界の破片。無数の可能性。

 

 梨花にとってここは見慣れた場所だった。

 

 そして、今、梨花に話しかけた存在――羽入も彼女にとっては見慣れた存在だった。

 

「……アンタ、あんだけ大仰なお別れしたくせに随分と頻繁に出てくるじゃない……」

 

 『残り香でしかない』。そう言って現れたこの羽入は力を使い切り、目の前から消えてしまった。

 「もう貴女は雛じゃない。梨花なら一人でも大丈夫」。そんな言葉を遺して。

 

 にも関わらず、それからあまり時間も経たずに二回も再会を果たしている。

 これはもう、あの場面で居なくなったのが何かの間違いにしか思えなかった。

 

「一人でも大丈夫。そう言いましたが、今の貴女には背中を押す人が必要です」

 

 ――背中を押す?

 彼女は何を言っている?

 それは「まだ戦え」と暗に言いたいのか?

 

「冗談じゃないわ……。あんなワケの分からない世界で戦うなんて、フザケてる」  

 

 そう言い切ると、地面に座り込む。

 

 ――また死ねなかった。

 こんなにも望んでいるというのに。

 

 ならば、いっそここでずっと過ごしていよう。

 もうあんな所に行く必要はない。

 羽入も居るのだ。ここでずっと二人で駄弁っていよう。

 もうそれで良い。

 それだけで良い。それで十分だ。

 

「――アンタ、あの剣、私のこと殺せないじゃない。よくもまあ、あんな欠陥品を今生の別れになるかもしれない時に渡せたものね」

 

 そう言って羽入をいびる。

 ああ、懐かしい。こうやって責めてやると、いつも「あうあう」言い始めて、それを眺めるのを楽しんでたっけ。

 

 だが、いつまで経っても聞き慣れたあの鳴き声だか何だか分からない口癖は返って来なかった。

 その沈黙に思わず下を向いてうずくまる。

 ――つまらない。

 なんで、反応しないんだこいつは。   

 いつもみたいに涙をほんのり浮かべた顔で困りなさいよ。  

 

 そう思っていると、ようやく羽入が口を開く。

 

「ボ…はそ……………であ………をわ…し…………な…のですよ」

 

「え? なんて?」

 

 ところどころにノイズがかかったように単語が聞き取れない。

 この前の夢で会った時もずっとこのような感じであったが、今回は先程までハッキリと聞き取れていたのにこうなったのでギョッとして羽入を見る。

 

「どうやら伝えられる情報が制限されているようなのです」

 

 そう言って、申し訳なさそうに俯く羽入。

 『制限』? 誰がそんなものをかけたというのだ。

 一応神であるこいつにそんなものをかけられる存在なんて、居るのだろうか?

 全く想像ができない。

 

「貴方が、あの剣を――鬼狩柳桜を使った時、()()が貴方の魂に干渉しました」

 

 疑問が止まらない梨花をよそに羽入は喋り始める。

 

 何か? 何かって何だ。

 ようやく迎えられた私の終わりを邪魔した奴はいったいどこのどいつなんだ。

 その()()への怒りが腹の底から湧いてくる。

 

「何かって誰?」  

 

 その質問に、ううん、と首を振り申し訳なさそうに羽入は答える。

 

「それはボクにも分からないのです」

 

 相変わらず、肝心な時に全く役に立たない神だ。

 あの惨劇に囚われた時もいつも側で「あまり希望を持つな」だとか「諦めよう」だとか弱音ばかり吐いていた。

 だが、不思議と怒りは湧いてこない。

 

 それはそうだ、別に彼女は悪くもなんともないのだから。

 その何者かが分からないのは悔しいけれども。

 

「ただ、貴方を引っ張った因果の力――その中心にはあの男、ナツキ・スバルが居ました」

 

「それってアイツが私をあの世界に引きずり込んだってこと?」

 

「いえ、彼もまた貴女と同様に巻き込まれた身、その心に何を秘めているかは分かりませんが、彼もまた被害者であるのは確かなのです」

   

 確かに彼は羽入がカギだと言っていた割には普通の少年であり、何かを変えるような力を持っているとは到底思えなかった。

 だが、それと同じ理屈で彼が自分をあんなところへ放り込んだ黒幕だともまた思えなかった。

 

 それに少なくとも、いくつかの交流でウザったくは感じていたが、それでも悪い人間にはとても見えなかったのだ。

 

「ですが、彼がカギであることは確か。あの世界で彼と共に在ればいつか雛見沢に帰れる手段が見つかるはずなのです」

 

 『雛見沢に帰れる』。それが当然であるかのように羽入は言うが、素直に喜べない自分がいた。

 確かに雛見沢はあんなワケの分からない世界よりかはマシだ。

 だが、『まだマシ』程度でしかない。

 異世界で元の場所に戻る方法を探して、その後雛見沢で惨劇を抜ける方法を探す。

 

 ――考えるだけで震えそうだ。いったい普通に過ごせるようになるためにあと何回死ねばいいのだろう。

 

「だから言ってるでしょ……。もう戦うつもりなんて無いって……。私はもう疲れたの……」

 

「梨花……」

 

「きっと、これは私への罰なのよ。そう、色んな世界で皆を見捨ててきた、そして最後には一人逃げた私への、ね」

 

 何故、こんな目に合うんだろう。何故、こんな罰を受けるんだろう。こんな仕打ちを受けるような罪を犯したというのか。

 ずっとそんな事を考えていた梨花は遂に結論へと至った。

 私の罪、それは諦めた事。

 かつての繰り返しの中で、幾度と仲間を見捨ててきた、救えなかった。

 そんな世界でも彼らの未来は続き、苦しみを味う事になったのだろう。

 

 そして、それは二度目の繰り返しでも変わりはしない。

 現に、自分は諦めてこんなところに居る。

 そうだ、これは罰なのだ。

 一人戦うことを諦めた自分への罰。

 

「梨花、貴方がそれを罪だというのなら繰り返しをさせたボクも同罪なのです」

 

「いいえ、最後に諦めたのは結局私よ。だからこれは私への罰。貴女には関係ない」

 

「確かに、ボクたちの世界を渡り歩いた事実は、ボクたちの『業』と、そう言えるかもしれないのです」

 

「そうね、だからもう良いの」

 

「……けれど、貴女がその罪に報いる方法はたった一つなのです。それは決して、このような酷い運命をただ受け入れることではない」

   

 そう強く言い切って、梨花の言葉を遮る羽入。

 ……受け入れた、か。

 確かにその通りだった。

 この場所に留まろうとしてるのも、本当に弱い抵抗でしかない。きっといつかはまた生き返ることになる。

 そして、いつかは魂が死に、空っぽの抜け殻になるんだろう。そう思っていた。

 

 だが、罪に報いる方法とは何だ?

 いったい羽入は何を知っているんだ。

 少し期待して羽入の顔を見る。

 その表情はとても優しいものだった。

 

 ――ああ、この顔は見覚えがある。

 小さい頃に両親を失った時に、惨劇に疲れ切った時に、仲間が苦しんでいるときに、いつも私は泣いていた。

 いつからか痛みになれて涙も出なくなってしまったけれども、それでも確かに泣いていた。

 そんな時、傍らに立って慰めてくれていたのが羽入だ。

 この表情はその時にいつも浮かべていた表情だった。

 

 無意識に安心感を覚えていた梨花は、これから出してくれるであろう羽入の解答を静かに待っていた。

  

「貴女が誰よりも幸せになる事なのですよ。今までの世界の分も、救えなかった仲間たちの分も」

 

 『幸せになる』。そのあまりにも予想外な答えに、驚いて声すら出ない。

 それが罰?むしろ、それは自分が望んて止まないものだ。手に入らなくて諦めてしまったものだ。

 それの一体何が罰だというのだ。

 

「そんなの……罰でも何でもないじゃない……」

 

「ボクは、『罰』だなんて言っていないのですよ、『罪に報いる方法』と言っているのです」

 

 その言葉に唖然とする。なんともまあ強かな答えだ。確かに彼女は罰だなんて言っていなかった。

 だが、それで納得できるかと言うと話は別だった。

 

「幸せなんて……なれるわけないじゃない」

 

 そう、そんな風になれるんだったらとっくになっている。イヤ、むしろなれないからこそ今こうしているワケで、羽入の言っている事は因果が無茶苦茶だ。逆転している。そう思わざるを得なかった。

 

「少なくともそうやって逃げているうちはなれるはずがないのです」

 

 その言葉に少しムッとする。結局コイツは「逃げるな」とただ言いたいだけなのだ。誰も私の苦しみなんて分からないんだ。逃げだって仕方ないじゃないか。あんな残酷な運命も、このワケの分からない異世界に連れてこられるという事態もきっと大の男が裸足で逃げ出すレベルの悪夢だ。それをただの女子高生である自分がなんとかできるはずがない。

 

「……逃げたって仕方ないじゃない。戦ったってどうせ無駄よ……。どうせ、幸せなんてなれやしないのに、どうして戦わなきゃいけないの?」

 

 その答えに羽入はまるで怒りをこらえるように、拳を握り、自分を見つめる。

 この目は見たことがある。鷹野との最後の戦いでも見せたあの神様としての羽入の目だ。

 どうして?どうして、そんな目で私を睨むの?

 なら、教えなさいよ、私が戦わなきゃいけない理由なんてどこにあるの?

 

「梨花……いいえ、人の子よ、かつてお前は言いましたね。『この世界に敗者はいらない』と」

 

 かつて惨劇を抜けた時、黒幕の鷹野との全ての因縁が終わった時、梨花は鷹野の罪も許した。

 羽入という欠けた一枚のカードが加わり、この世界は敗者のいらない世界になった。それは敵であった鷹野も含めてそうだ、という考えの下の発言だった。

 

「今の貴方が『敗者』以外のなんだというのですか?」

 

 苦痛にまみれて、辱められ、殺され、心が擦り切れるまで弄ばれて、最終的に梨花は自ら死を望むほどまでになっていた。

 

 生きている事すら尊いものと思うようになっていた。

 『まだ知らない明日が来るだけで幸せ』なんて言葉をまだ高校生の少女の身でありながら、言うのだ。

 あまりにも悲観しすぎている。

  

 これが『敗者』でなくては何だと言うのだ。

 

 そんな些細な幸せに気づける女の子が、何故こんな目に合わなければならないのだ。

 なぜ、それすらも許してはもらえないのだ。

 

「梨花、貴女はこんな仕打ちを受けるような罪など犯してはいない。全ては貴女に繰り返しをさせた私の罪とあの雛見沢によるもの」

 

「もっと怒りなさい! もっと抗いなさい! そして戦いなさい! 運命なんて……」

 

「運命なんて……簡単に打ち破れるんだって、圭一が、みんなが教えてくれたじゃないですか……」

 

 そう言って、気合を入れた神様のような喋り方からいつものような呑気で優しい話し方へと戻す羽入。

 その言葉の一つを一つをゆっくりと噛み砕く。

 いつもの説教。そう切り捨てられないほど、どの言葉も私の胸に響いていた。

 

 そうだ。そうだった。

 運命なんて簡単に打ち破れる。そう言ってあの人は何度も変えられようがないと思っていた惨劇のタネを壊していって、見事にその言葉を証明してくれたじゃないか。

 

 どうして忘れていたのだろう、こんな大切な事を。

 

 その事実とともに私に向けてくれた彼の笑顔を思い出すと、だんだんと闘志がわき始めていた。

 彼の燃え上がる炎のような性格が自分にも移ったのだろうか。

 

「フフ……フフフフ!」

 

 自然と笑みが溢れる。

 こんなにも簡単な答えが分からなかったなんて!

 

 そうだ、何故こんな目に合わなければいけない?

 私に偉そうに罰を与える権利なんて神様だろうと何だろうとあるはずが無い。

 羽入よりも上で、そういう事ができる神様なんてヤツが居たら、逆に私はそいつに罰を与えてやっても良いぐらいだ。

 こんな最低な運命に閉じ込めやがって!、と。

 

 確かに羽入の言うとおりだ。今の私は敗者でしかない。こんなふうに這いつくばって、全ての理不尽を受け入れてしまっていた。

 だが、違う。私は幸せにならなければならない。

 それが救えなかった世界への報いであり、何より私にはそうなる権利があるはずだ。

 

 怒れ、怒れ、怒れ、怒れ、怒れ、怒れ、怒れ、怒れ、怒れ、怒れ、怒れ、怒れ、怒れ! 

 このまま膝を折ってなんかいられない。少なくとも幸せを掴むまでは戦うことをやめてはいけない。

 

 もう決めた。私は逃げない。運命からもあの異世界からも。雛見沢の意地の悪すぎる仕組みからも。

 

「今の梨花ならきっと大丈夫なのです」

 

「その言葉、何回目よ。……でも、ありがとう。私もう少し戦ってみる。もう逃げない。運命からもあの世界からも」

 

 お礼の言葉を言う。彼女はやっぱり私のもう一人の親だ。あんなふうに折れているのを良しとしてくれないで、ケツをひっぱたいて何度でも立ち上がらせてくれる。

 

「……これからボクの遺された力を使って、貴女に知恵を授けるのです」

 

「いらない」

 

「え?」

 

 ハッキリと自らの口から出た強い否定の言葉。それに驚いて羽入が固まる。

 そうだ。そんなものはいらない。

 ずっと前から分かってた。本当に私が欲しいもの、本当にしてほしいこと。 

 それをちゃんと伝えるんだ。

 

「『いらない』って言ってるの」

 

「でも……」

 

「その代わり、ずっとここに居なさい。私が死ぬたびにここで何でもいいから私と雑談をしなさい。そうすれば……」

 

 そうすれば……、きっと私はずっと戦えるから。

 その言葉は続かなかった。

 なんだか言うのが照れくさくて。

 遺された力を使って、と彼女は言っていた。きっとこの前の時のように消えるつもりなんだろう。だがそんな事はさせない。

 

「それは出来ないのです」

 

 明確な拒絶。それが彼女の返答。

 どうして?私と一緒にいるのが嫌だとでも言うの?どうして?どうして?どうして?

 そんな言葉が頭の中で溢れてくる。

 まさか拒否されるとは思っていなかったのだ。

 

「どうして!?」

 

 分からない。なんでコイツはこんな簡単な望みすら叶えてくれないのだろう。神様のくせに困ってる時に寄り添ってくれないなんて、そんなの間違っている。

 何よりもこの気持ちが伝わっていないのがショックだった。

 分かってほしかった。

 100年で同じ気持ちを持てた……そう思っていたのに……

 

「どうして……、どうして100年も一緒に居たくせにわからないの!? 特別な力も道具も必要もない……貴女がそばに居るだけで私は良いって! それだけで頑張れるって!」

 

「前にも言いましたが、貴女はもう雛ではない。巣立っていかねばならない……。一人でも戦っていけるようにならないといけない」

 

「それでも……!」

 

「それに、ボクはもうこれ以上ここに居ることは出来ないのです」

 

「え?」

 

 その言葉にハッとして見てみれば、彼女の体が透けていた。まるでこれから消えるみたいに。あの時、自分の目の前から去っていったときみたいに。

 

「どうして!? またいなくなるの!? 私をけしかけるだけけしかけたくせに! 私が幸せを掴む瞬間を見届けることすらしてくれないの!?」

 

「ごめんなさい」

 

「謝ってるヒマがあるのなら何とかしなさいよ! 絶対に許さないわよ! 言いたい事だけ言って消えるなんて!」

 

「今のボクは眠りについた羽入が得た情報と貴女の中にある情報の欠片を組み合わせて作られた残骸でしかありません」

 

「なので、情報を伝え終わったら消えてしまうのは仕方ないのですよ」

 

「だったら、そんな情報ずっと黙っていなさいよ! それともアンタ、消えたいワケ!?」

 

 そう言って怒りを露わにする梨花をまるで、わがままを言う子供をたしなめるように羽入は言った。

 

「もう逃げないのでしょう?」

 

 その言葉を言われると弱かった。

 反論の言葉も出てこない。

 そのまま、もう何も言ってこないと判断したのか羽入は情報を喋ってしまった。

 そうしてしまったら、消えてしまうのに。

 

「貴女はあの世界に引き入れた者に好かれていない。きっと数々の困難が立ちはだかるでしょう。それに、想定外の異物が雛見沢からそちらに持ち込まれてしまった」

 

「異物?」

 

「梨………く…………なの……よ」

 

「それは喋れないってワケね」

 

 再び、走るノイズに情報が規制されていることを悟る梨花。

 だが、そんな衝撃よりも重大な事実に気付く。

 羽入の体がどんどん透けていっている。

 もはや手を伸ばせばすり抜けてしまうほどにその存在感は儚く、そして脆い。

 もう完全に消えてなくなってしまうのに、一分もかからないように思えた。 

 

「それでアンタはまた消えるわけね。私一人置いてって」

 

「……これでおしまいじゃないのですよ。雛見沢に帰ってきたらきっとまた会えるのです」

 

「……そうかもね。でももしかしたらこれでお別れかもしれない。あの世界で幸せを見つけたら私はそこで戦うのをやめるつもりだから」

 

 これは再び立ち上がったときに決めていたことだった。ループを抜け出すためではなく、幸せになるために戦う。だから、幸せを見つけたらそこでもうやめる。そういう理屈だ。もしかしたら雛見沢に帰ることもないかもしれない。

 もっとも、現状最大の幸せは聖ルチーア学園に戻ることなので無用な心配なのだが。

 

「だから完全に消える前に言わせて」

 

「……なんですか?」

 

「ありがとう」

 

 ありがとう。それはずっと言えなかった感謝の言葉。

 あの時も本当は言いたかったのに言えなかった言葉。

 目の前の彼女は、こんなふうに落ち込んだ自分を消えるかもしれないのに励ましてくれた。

 これ以上に言うべき言葉はなかった。

 

 お別れの言葉はあえて言わない。

 また会いたいから。

 

 そんな言葉を受けて、羽入は意外そうな顔をした後に、とびきりの笑顔でこう返す。

 

「こちらこそ! なのですよ!」

 

 そうして、古手梨花は目を覚ます。

 再び幸せになるために。

 全てに立ち向かうために。

 

 ――羽入はきっと、遠くでそれを見守っているのだろう

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

  

「………っ!」

 

 ほんのりと感じていた浮遊感が失われ、体に重みが戻ってくる。

 息をしている、匂いを感じている、感覚に驚いてか汗が流れる。

 

 ――そう、古手梨花は今、生きている。

 突然の景色の変遷に自分は戻ってきたのだと確信する。

 周りを見渡す。  

 建物、歩く人々、書いてある文字、どれをとっても雛見沢とは似ても似つかない異世界。

 確かにそこに自分は居た。

 

 こんなワケの分からないところで戦うなんてイヤなはずなのに、その景色を見て不思議と安心感を覚えている自分に気付く。 

 せっかく幸せになるまでは逃げないと決めたのだ。

 そんな決意をしたのにも関わらず、全く別の場所に居たらどうしようかと思っていた。

 戻ってこれたのがここで良かった。

 

「おいおい……大丈夫か、嬢ちゃん」

 

 フラフラと揺れながら、何か考え事をしている梨花を見かねたのか果物屋台の店主が話しかける。

 

「……」

 

 この人には悪いことをした。前の世界ではみっともなく大声で叫ぶ自分を善意で励まそうとしてくれていた。

 にも関わらず、自分は彼の道具を使って、彼の前であんな事をした。

 恩を仇で返したのだ。

 

「本当にごめんなさい」

「……は?」

 

 だから、これはその謝罪。自分が犯した罪を自覚しているのはきっと自分だけだ。現に、目の前の店主は突然見覚えのない女の子から謝られて困惑している。

 これはただの自己満足なのかもしれない。

 けれど、謝らずにはいられなかった。

 

「……いつかきっとこのお店に林檎をいっぱい買いに来るのですよ」

 

 そんな言葉を口にする。

 そうだ、本当に幸せを掴んだら、雛見沢に帰る目処がだったら、この店の林檎を買いに来よう。

 この店主の男は私が繰り返す度に最初に出会う人だ。

 きっといつかはこの人の事も思い出になるかもしれない。イヤ、そうするために戦うのだ。

 

「……リンゴ? ああ、リンガの事か、何だかよくわからないが、そりゃ嬉しいな。また来な、嬢ちゃん」

「ありがとうなのですよ」

 

 そう言って、手をふる。   

 ここからは前回のような醜態は見せない。羽入に誓ったのだから。

 とにかく今私がすることはあの男に――ナツキ・スバルに会うことだ。

 

 この世界が繰り返しの輪に閉じ込められているならアイツもあそこにいるはず……。 

 

 

 『もう逃げない』、そんな強い意志を胸に秘めながら、彼女はスバルと出会った運命の裏路地へと向かうのだった。

 

 

 

 

 



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心落し編 其の弐 「死体」

雛見沢最高!雛見沢最高!雛見沢最高!雛見沢最高!雛見沢最高!雛見沢最高!雛見沢最高!雛見沢最高!雛見沢最高!

……あなたも雛見沢最高!と叫びなさい?

猫騙し編最新話恐ろしかったですね……


ボクこの作品の二話目に雛見沢の事は嫌いじゃないとかモノローグ書いちゃったんですけど、どうしましょうね(白目)

無理やり辻褄合わせるか目をつむってもらうか、「自殺を決心したことで雛見沢が嫌いじゃないことにに気づいた」みたいな適当な理由付で納得してもらうか

いやぁ大変だぁ……

あと今夜は猫騙し編最終回の放送日!どうなることやら……


「……スバル?」

 

 ――路地裏に行けば、スバルに会える。その発想は何一つ間違っていなかった。

 現に古手梨花の目の前に彼は居た。

 

 ――いや、()()()()()と、そう表現する方が正確だろうか。  

 ()()は背中と腰の部分から血を流し、みっともなく涙で濡らした目が虚空を見つめていた。

 

 そう、そこにあったのはナツキ・スバルの成れの果て。その死体であった。 

 

「…………」 

 

 あのうざったいくらいに下手くそな会話術を披露していた口はもう何も紡ぎはしない。

 何かを求めるかのように、伸ばされている手は自身の腕を握ることもない。

 流れ出ている血は止まる気配がなく、彼がつい先程まで生きていた証拠のように思えた。

 

(……どうして?)

 

 その疑問に答えるかのように、目に入ってきたのはベットリと血に濡れたナイフ。  

 地面に落ちていたそれを拾うと、梨花は自嘲したように笑う。

 

「フフ……今度はあなたの番、というワケね……」

 

 前回、梨花はナイフで自分の首を思い切り裂き、自殺を図った。その結果、羽入と再開し、再び運命と戦う意志を取り戻した。

 だが、そうして再起した途端にカギと言われた少年がその『ナイフ』に刺されて死んでいる。  

 これは随分とまた酷い皮肉があったものだ。先程、羽入の話していた情報を制限する存在、そう神様なんてものがいるなら、なんて意地が悪いのだろう。

 

(……今回は最初から詰んでいた。もうこれ以上この世界で戦っても仕方ない)

 

 ジッと自身の手のナイフを見つめる。

 

 ああ、この少年が居なければ何も始まらないではないか。この世界で戦っても自分が聖ルチーア学園に帰れる可能性は限りなく低い。 

 ならば潔く今回は諦めて、もう次に進んだ方が良いのではないか?

 そうだ、これを前回と同じように自分の首に突き刺せば……

 

「バカね……もう逃げないって誓ったばかりじゃない……」

 

 そう呟いて手にしたナイフを地面にそっと置く。

 自分は今確かに、この世界を諦めかけていた。逃げようとしていた。

 だが、それをあの羽入が見たらどう思うだろうか?

 あの自分を叱咤激励して消えていった羽入がこうする事を良しと思うだろうか?

 

 そんな事、考えるまでもない事だった。 

 

「はあ……この世界でも私は賽の目に頼り続けなければならないのね……」

 

 ただ、再起した梨花の懸念はそこであった。

 前回、いや自殺したあの回をカウントするならば、前々回の世界。

 はじめてナツキ・スバルと出会った世界での事。彼はそこではこんなふうにナイフに刺されて死んではいなかった。

 少なくとも盗品蔵で死体を発見し、謎の女に襲撃されるまでは元気に生きていたはずだ。

 

 それがどうしてこうなってしまったのか。

 その謎の答えに心当たりはあるが、だとするならば、自分はまた世界へと来るたびに起きるイベントに対して一喜一憂する事になる。

 それが憂鬱で仕方ない。

 

 ――梨花の心当たり、それは世界のランダム性である。

 彼女は、100年間雛見沢でループを繰り返していたが、何も起きる事全てを把握し、予想できたわけではない。

 

 むしろ、ループ物によくある観測者の干渉――それだけでは決して説明できないような予測不能の出来事が数々起きていた。

 それは、梨花の巻戻りがその世界の時をそのまま戻すのでは無く、よく似た近くのカケラへと移るものである事の弊害であり、仕方の無い事でもある。

 そして、そうやって起きる出来事たちは梨花本人にはどうしようも出来ない部分であることが多い。

 

 例えば、真っ先に思いつくのは詩音が暴走する世界でのおもちゃ屋のイベントだ。

 このイベントは何もループ毎に毎回起きていたわけではない。起きない時もけっこうな確率であったりした。

 そういう時は、胸を撫で下ろしたものだった。ああ今回は拷問されないで済むな、と。

 

 他にも、圭一が法事のために東京へ行ってしまったり、北条鉄平が雛見沢にやってきてしまったりと、惨劇の発端になる事や予兆になるものが多く、そういったイベント達を把握し、攻略法を考えるのが梨花の戦い方だった。

 

 だが、正直このやり方はあまり気の進むものでは無い。

 これは()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ループを繰り返せば肉体は死なないが、心はやがてすり減って空っぽになって死んだも同然になってしまう。

 それは重々承知しているので、やはり死ぬ事はなるべく避けなければならない。

 

「それにしても、コイツ、なんでこんな早く死んでるのよ……」

 

 これもまた彼女の頭を悩ます問題であった。

 世界がランダム性だというのなら、梨花が目覚めてからのこの短期間でスバルが死んでしまうこのカケラはハズレ中のハズレだ。

 

 正直、目覚めてすぐに路地裏へ全速力で走って向かったとしても間に合う気がしない。

 それぐらいの速度で死んでしまっている。

 

 羽入の言葉からして彼が居ない世界なんてのは論外なのだ。

 それほどの重要人物の生死が干渉できないタイミングでランダムに決まってしまう、というのは本当に困る。

 

 もし、これ以上のランダム要素があったらどうすれば良いんだろう。もし、いつまでもスバルが死んでいない世界を引けなかったらどうすれば良いんだろう。

 

 そんなふうに浮かび続ける疑問が再び立ちあがった自分の足を挫きそうだ。

 

「いいえ、こんな事考えていても仕方ないわね」

 

 そう言って、無理やり湧き出る絶望感を振り切る。

 そうだ、考えても仕方ない。考えたところで事態が解決するワケでもない。

 こうやってウダウダ悩んで路地裏に突っ立っていても時間の無駄でしかない。

 

「今、私が向かうべきなのは……盗品蔵ね」

 

 今出来ることを、この世界でまだ出来そうな事をするしかない。

 例えば、情報収集だ。

 今後、スバルと行動を共にするつもりでいるのだ。ならば、また彼とサテラが出会い、徽章を探しにあの死の運命が待ち構える貧民街に行くことになるのは想像に難くない。

 無理やり、行く事を止められるだろうか? 

 いや、見ている感じだと彼はサテラに心底惚れているようだった。

 自分が止めたところできっと行ってしまうだろう。

 

 ならば、その盗品蔵で徽章を取り返しつつ死の運命を乗り越えるしかない。

 そのためには、情報が要る。

 あの自分たちを殺した謎の女はいつからあそこにいるのか?

 どうすれば逃げ切れるのか?

 きっとあの女に殺されたのであろう落ちていた死体はいつからあるのだろうか?

 使えそうな道具は?近くに頼りになりそうな人は?

 

 そういったヒントさえあれば、また攻略法も違ってくるだろう。

 もしかしたら次回へのあと一回だけのループで無傷で突破できるかもしれない。

 なんとしてでも突破口を見つけなくては。

 

「次はこんな簡単に死なないでね」

 

 スバルの頭をゆっくりと撫でながら願いを込めて呟く。

 もし彼が生きていたら、きっと狂喜乱舞するに違いないこの行為は弔いの意味を込めていた。

 今の梨花はお金どころか持ち物すら何もない。天下不滅の無一文なんて自己紹介していた彼を笑えないレベルだ。  

 それでも死者は弔わなければならない。

 人の死を悼む。それすら出来なくなってしまった時がきっと人の心を無くしてしまった時なのだろう。 

 

 そうはなりたくない。いや、なってはいけない。

 人としての一線として譲ってはならないのだ。

 

 彼の頭を撫でながら思う。

 さぞ彼も辛かったろう。

 突然連れ込まれた見ず知らずの世界で、ワケも分からぬままに殺されて。

 しかも、ナイフで二度も刺されて。刺殺の痛みは自分も知っている。

 血が抜けていって、死を悟った時、彼はどんな事を思っていたのだろう。

 想像すると、彼が不憫でならなかった。

 

「あなたも、次の世界では幸せになれますように……亅

 

 『幸せになれるまで戦う』。そんな目的を抱えている梨花であったが、そうして辿り着いた世界で彼もまた幸せに暮らせる事を願って止まないのだった。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「相変わらず、あんまり長居したくないところね」

 

 まあ、ループして同じ日に来ているのでそれも当然なのだが。

 貧民街には二度目という事もあって簡単に辿り着くことが出来た。

 もはや聞き込みの必要もなく、真っ直ぐに盗品蔵へと迎える。

 

「開けた瞬間、あの女が飛び出してきて、即お陀仏なんて笑えない展開にならなければ良いけど……」

 

 そんな懸念を抱えながら、ゆっくりと取っ手に手をかけ、扉を開こうとする。

 

「……開かない?」

 

 おかしい。前回は、確かにカギがかかっておらず開いていたはずだ。

 早速前回との違いが起こったことに若干焦るが、すぐに落ち着く。

 こんな事でいちいち驚いてなんていられないのだ。

 

「誰か、居ないの?」

 

 コンコンと、扉を叩きながら、向こう側へ問いかける。

 正直とても怖い。

 もし、先程抱いた懸念の通りに殺人鬼の女が居たらどうしよう。

 こんな何も情報を得られていないままで死ぬわけにはいかない。

 

「……おねがい!誰か出てきて……」

 

 コンコンコンコンと、もはや連打に近い形で扉を叩く梨花。

 不安を誤魔化すための行為だったが、果たしてそれは良い結果をもたらすことになる。

 

「やかましいわぁ!! 合図と合言葉も……って嬢ちゃん、こんなところに何のようじゃ?」

 

「……!」

 

 勢い良く扉を開き、扉を叩き続ける無礼者への文句を漏らしながら一人の壮年の男性が出てくる。

 そこで出てきたのは、梨花にとって見覚えのある老人だった。

 

 前回、ここで殺された時に無残に喉を切り裂かれていた死体。そうだ、彼に違いない。

 彼はこの時点ではまだ生きていたのだ。

 早速かなりの情報を得ることが出来た。彼を殺したのは恐らく、自分たちを殺した謎の女のはずだ。

 だとするならば、少なくとも今この時点では盗品蔵の中に潜んでいる可能性はかなり低い。

 

 すると次回は、このタイミングまでにどうにかスバルとサテラをここに連れて来ることが出来れば、何とかなるかもしれない。

 それに中に誰も居ないのならば、今回の周はかなり安全に盗品蔵の中を探索できるだろう。徽章を手に入れる方法を見つけられるかもしれない。

 

「……嬢ちゃん?」

 

 考え込んで何も返さない梨花に老人は怪訝な顔で覗き込む。

 このまま何も答えずに怪しまれるのもまずい。

 さて、どうするか。

 いや、考えるまでもない。やはりあの手に限るだろう。今までの度重なるループで身につけた最強の処世術。圭一の言う萌えの塊である羽入を参考に編み出した最強の必殺技。

 これを使えば、老若男女問わず、どんな者だろうと即座に自分の味方に付く魅了技。

 

 さあ、とびきりの笑顔であのワードを口に出すのだ。 

 

「みー、にぱー☆」

 

「に……にぱー?」

 

 ここからが正念場だ。なんとしても徽章を手に入れる方法を見つける。

 大丈夫だ。自分にはこの萌え落としがある。

 これから行われるゲームにはかなり有効なスキルだ。

 

 ワケが分からないと停止してしまっている老人をよそにそんな頭の悪そうな理屈を展開する梨花。

 これは彼女の悪い癖の一つだが、勝てそうになると彼女はテンションが上がって調子に乗ってしまうのだ。

 

 そんな欠点をもちろん自覚していない彼女は、ただ心の中で宣言するのだった。

 

(さあ、『交渉』の時間よ!)

 

 

 

 

 




タイトルの『死体』はスバルとロム爺のことです
投稿ペース急激に落ちてマジで申し訳ないです


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心落し編 其の参 「交渉」


黒幕まさかあの人だったなんて……
そして、羽入の『繰り返す者を殺す剣』がそういう意味だったなんて        


まあどっちも書き始めた時点でなんとなく察してたので、この小説には全く問題ないように書いてます。安心してください。

にしても次回が「郷壊し編」って……

ついに雛見沢をぶっ壊す!するんですかね……?
沙都子が雛見沢を壊していく話なのか、雛見沢が沙都子を壊していく話なのか気になりますね

そろそろ2章書きたい欲が凄いので、マジでさっさと1章終わらせて屋敷に行きたいところです


 

 

「……悪いが、それは出来ん」

 

「……みー」

 

 交渉決裂。清々しいくらいの惨敗。それが若干調子に乗っていた梨花にもたらされた厳しい現実だった。今まで萌え落としで大抵のものを手に入れていた彼女からすればまさに青天の霹靂。

 その表現が大袈裟にならないくらいには戸惑っていた。

 

(そんな……これが効かないなんて……いったい私に何ができるというの……)

 

「すまんが、これが貧民街のルールなんじゃ。『盗られた奴がマヌケで悪い』。これだけは譲れん」

 

 なんともモラルもへったくれも無いルールがあったものだが、それをスラム街に求めるのも間違っているだろう。

 いくら可愛い女の子が「ボクの友達の大切なものが盗まれてしまったのです。返してもらえませんか?」なんて涙目に訴えてきても、それが無償で提供しろという要求なら答えるわけにはいかない。

 ロム爺(そう呼んでくれと本人に言われた)とて、別に梨花をイジメたいわけではないのだ。それなりに心も傷んでいる。

 だが、それとこれは別だ。限られたコミュニティのローカルルールだが、そのコミュニティの中心格である盗品蔵の主人がそれを破るわけにはいかないのだ。

 

「金銭の類いは持っていないんじゃな?」

 

「一文無しのからっけつのえーんえーん、なのですよ。みー」

 

「……何もお金じゃなくても良いんじゃ。交換できそうなそれ相応の品物とかは無いのかの?」

 

「持っているものなんて今着ている服ぐらいなのです……」

 

「う〜む、それならもう諦めてもらうしか無いように感じるんじゃがの……」

 

 流石に、小さな女の子に「じゃあその服を脱げ」なんてとてもじゃないが言えない。相手が大の男なら冗談混じりにそんな無慈悲な言葉も言えたが、残念ながら相手は自分の娘同然の存在であるフェルトより年下のように見える。

 これはいよいよ諦めてもらうしか無いと、その女の子を説得する言葉を探している様子のロム爺だったが、何か思いついたかのように手を叩き、発言する。

 

「そもそも嬢ちゃんは何が欲しいんじゃ? お主の友達は何を盗まれた?」

 

「徽章と、あの娘は言っていたのです。真ん中に宝石が入ってる感じの」

 

「……宝石か。それはやっぱりちょっと厳しいかもしれんのぉ」

 

 宝石は誰もが価値を知っており、その値段も安くない。

 求めるもの次第で――例えば小さな女の子が持ってそうな安価な人形とかであれば、『お手伝い』という体で何かしらの仕事をしてもらい、譲ってやろうと考えていたロム爺であったが、流石に宝石は難しい。

 これもまたダメとなると、完全に手詰まりだ。どうしようもない。

 

「嬢ちゃん、今日はもう諦めて帰るんじゃ。家に帰って何かしら交換できそうな物を――そう例えば親御さんが棚の中に隠しているへそくりとか、大事にしまっているけどいつ使うか分からない装飾品とかそういったものを盗ってくるんじゃ。そうすれば、まだ可能性がある」

 

 親からの盗みを教唆するという全く洒落にならないアドバイスだが、そこは流石に盗品蔵クオリティ。ロム爺からすれば、けっこう本気で梨花を案じての言葉である。

 ――だが、そんな心遣いも

 

「ボクには帰るようなお家も、そういうのを持ってる親も居ないのですよ……」

 

「……何? 嬢ちゃん、それは……」

 

 続く梨花の言葉で無駄になってしまった。一見、まるで親に捨てられたり、若くして亡くしたような(これは間違ってはいないが)、そんな風な梨花の発言だが、実際は異世界に来たばかりで宿無し生活をしているだけである。事実ではあるが。

 というか、まだ宿が必要なタイミングまで辿り着いていないから本人は気にしていないが、これはこれで重大な問題である。まさか野宿をするわけにはいかない。

 と、話が若干逸れたが、そんな事はロム爺には知る由もないので、この娘もまた自分たちと同じ境遇の娘なのかもしれない、とそんな感じで本気で同情を始めていた。

 

 貧民街では、そういった宿無しでここまで辿り着いた哀れな子供も少なくない。梨花から徽章を盗んだフェルトもあまり例外とは言えないだろう。彼ら彼女らはそうやって追い剥ぎのような事をしないと生きていけないところまで追い詰められてしまっている。

 そんな子供達をある程度自立するまで世話を焼いてきたロム爺からすれば、それと同等の立場である梨花もまたそうするべき対象に感じていた。

 

「……嬢ちゃん、普段はどうやって生活してるんじゃ?」

 

「…………」 

 

 そんな質問が出てくるのもまあ自然な流れではあったが、いい感じの回答を用意していなかったので、しばし黙りこんでしまう。

 こういう時はどうすれば良いのだろう。嘘をつくのも良いが、全くのデタラメを言えば不自然になって破綻するような気がしなくもない。

 かといって、異世界から来ました、なんてバカ正直に言うことも出来ない。そんな事を言ったところで信じてもらえないだろう。

 

「普段は、沙都子という女の子と二人で暮らしているのですよ。僕たちの生活を支援してくれる人が居たからある程度は大丈夫だったのです」

 

 とりあえず、本当の事を、信じてもらえるだろう範囲で教える梨花。

 まあこの世界では沙都子も居ないし、支援してくれる入江も居ないので、半分嘘であると言えなくもない。

 こういう会話で困ったら、嘘と事実を混ぜて話すというテクニックを図らずも実践する事となった。

 

「……女の子二人で生活とは、大変じゃろうて。その沙都子という娘が徽章を盗られた子かの?」

 

 支援なんてないぶん、この貧民街で暮らす子供達の方がよほど大変であるが、それはそれとして梨花に感心するロム爺。

 やはり出来る事ならその盗まれた徽章を返してやりたい。より強くそう思うようになっていた。

 

「いえ、盗られたのはその子じゃなくて、他の友達なのですよ」

 

「そうか……その支援というのはどれくらいなんじゃ?」

 

「せいぜい女の子二人がギリギリ生活できるぐらいしかないのですよ。――それに」

 

「それに?」

 

 不自然に言葉を区切った梨花に続きを促すロム爺。けっこう親身になって聞いてしまうあたり人の良さが若干垣間見える。  

 

「――それに、今はもう沙都子も支援してくれる人も居ないのですよ」

 

「……!?」

 

 その言葉にロム爺は絶句してしまう。先程の『居た』『大丈夫だった』といった意味深な過去形、『今はもういない』というその表現。それが暗喩する意味を察したからだ。 

 ……まあ、そうして梨花の婉曲された言葉に見事に騙されいるロム爺。この言い方だと、普通はその二人が死んでしまったかのように捉えるだろう。実際は、多分雛見沢で二人ともピンピンしているだろうに。

 嘘は言ってない。かなり意地悪な言い方だけれども。

 

 こういった言い回しをした理由は、半分はいつもの梨花の悪いクセである悪ふざけともう半分の打算にあった。

 

(……萌え落としがダメなら、泣き落としはどうよ?)

 

 そう、これが梨花の計画。名付けて『かわいそかわいそ大作戦』である。

 ロム爺がそこそこひとが良く、面倒見が良いことをここまでのやりとりで感じていた梨花。『盗まれた奴が悪い』なんて悪ぶってはいたが、なんとか返してやろうと色んな方法を提案していたので、流石にバレバレであった。

 そこで考えたのがこの作戦だ。多分この老人は可哀想な女の子というポジションに弱い。このままそういう存在である自分を演出しまくれば、いつかは落ちるだろう。

 ……人の善意につけ込んだなかなかアレな作戦ということに目を瞑れば。

 

「だから、僕は実は明日のご飯にすら困っている身なのです。徽章と価値の釣り合う物なんて持ってないのです」

 

「……それでもすまんが、無償で譲るというワケにはいかんのじゃ……。代わりといってはなんじゃが今日の晩飯ぐらい奢ってやる。どうじゃ?」  

 

「……チッ!」

 

「今舌打ちせんかったか!?」 

 

「気のせいなのですよ、にぱー☆ 夕ご飯はありがたくいただくのです。」

 

 残念、計画失敗。社会はそんなに甘くなかった。ただ夕飯にありつけるというのは素直にありがたかった。

 この世界に来てから一度も何も口にしていないので、腹はペコペコだ。スバルのスナック菓子をあの時貰っておけば良かったと、割と真面目に後悔するぐらいには腹がすいている。

 

「まあ、大したもんじゃないが無いよりはマシじゃろう。ほら食べい」

 

「……豆?」

 

 ロム爺が運んできたのは粗末な皿に盛られたペースト状の豆。まさかこれが夕食だとでも言うのか。正直かなり不満だ。あそこまで可哀想な境遇を語ったのに運ばれてきたのがこれなのが残念でならない。と、なかなか図々しい事を思いながら、試しに口に運ぶ。  

 

「いただきますなのです……」

 

 一応礼儀なので、その挨拶を言って件の豆を口にする。

 ――まずい。いや下品な言い回しになるが、あえて更に言おう。クソまずい。

 味は大豆をひたすら薄めたような風味で、口に入れた瞬間にネチョネチョとした物体になって食感は最悪。しかも口の中の水分が奪われ、水が欲しくてたまらなくなる。味付けも酸っぱいんだかしょっぱいんだがよく分からなくなる中途半端なものだ。

 こんなものを夕飯と呼びたくない、そんな事を本気で思うぐらいには酷い。また元の世界に帰りたくなる理由が一つできた。そうこぼすくらいには最悪だった。

 

「……表情が味の感想を物語ってるのぉ」

 

 そんな梨花の様子を見て苦笑するロム爺。まあ、本人も美味いとは思っていないので、当たり前といえば当たり前なのだが。

 

「でも、ワシにはこれがあるからの」

 

「……お酒なのですか!?」

 

「目を輝かしてるところ悪いが、流石に嬢ちゃんには早い」

 

 そう、どんなマズイ飯だろうと、ある程度は中和してくれる魔法の飲み物。苦くてしょっぱくて酸っぱいものでもツマミにはなる。それがお酒の力だ。

 

「大丈夫なのです! 僕はもう何回も呑んでいるのです!」

 

「余計マズイじゃろうが!? そんな物欲しそうな顔してもやらんもんはやらん」

 

「もう徽章なんて良いから、とにかく酒よこせ、なのです」

 

「それはどうかと思うぞ!? ワシ!?」

 

 酒の魔力に取り憑かれた梨花。二度目のループに入ってからというもの、その力にお世話になりっぱなしであった梨花であるが、流石に異世界では手元にお酒がない。

 一升瓶片手に召喚される少女なんてシュールな光景は実現されなかったのだ。本当は今すぐにでもヤケ酒したい気分だというのに。

 

 そんなこんなで酒を奪い取ろうと襲いかかる少女とそれを守る老人という、何とも言えない光景を繰り広げながら時間は経っていった。

 そんな中の状況などお構いなしに、盗品蔵の戸が叩かれたのは日差しも大分傾いてからであった。

 

「大ネズミに」

 

「毒」

 

「スケルトンに」

 

「落とし穴」

 

「我らが貴きドラゴン様に」

 

「クソったれ」

 

 なるほど、これが先程、出会い頭にロム爺が言っていた合言葉とやらなのだろう。なかなか品のないものではあるが、そこは盗品蔵ということでご愛嬌である。

 

「――待たせちまったな、ロム爺。意外としつこい相手でさ、完全にまくのに時間かかっちまった。」

 

 入ってきたのは金髪で八重歯の動きやすそうなボロい服に身を包んだ生意気そうな女の子。

 そう、サテラの徽章を盗んだ犯人であり、追い剥ぎ三人組に絡まれる梨花達を見捨てた存在。確か前の世界で聞き出した名前ではフェルトとか言ったか。

 かなり因縁の人物であるが、残念ながら一周目の記憶は無いので、相手に自分の見覚えはないらしい。

 現に、

 

「――んで、お前誰だよ?」

 

 と尋ねられてしまった。お前に迷惑を被らされた被害者だよと悪態をつきたくなるが、そんな事をしても何も前に進まないので我慢する。流石に梨花もそこまで短気ではない。たまに癇癪を起こす程度だ。

 

「さっさと徽章を返しやがれ、なのですよ。にぱー☆」

 

「はぁ!?」

 

 ――前言撤回。そんな事はなかった。だが、彼女を擁護させてほしい。今の彼女は普段の冷静さを持ってる状態ではないのだ。

 

「だから飲むなと、アレほど言ったんじゃ……」

 

 ロム爺の言葉で察した人も多いだろう。端的に言えば彼女は酔っていた。先程フェルトが来るまでの時間の争奪戦に見事勝利していたのだ。

 といっても巨人族である彼に貧弱な少女そのものである梨花が本来勝てるワケがない。なら何故こうなったかといえば、ロム爺の根負けだ。あんまりにも鬼気迫る表情で酒を求めるものだから一杯だけ与えてしまったのだ。

 

「バカ言いなさい……私がたかが一杯で酔うわけ無いじゃない」

 

「その姿で説得力ゼロじゃろうて……。これ、かなり度数高いからのぉ」

 

 彼女が飲んだのは巨人族御用達のお酒。しかも貧民街の粗悪品だ。そのアルコール度数は洒落にならないレベルで盗品蔵内を火気厳禁にしなければならない程。

 現代社会でのウォッカにも匹敵する度数を誇るそれは、いくらアルコール耐性に自信ありで、普段は泡麦茶を飲んでもケロッとしており、ワインを片手に月を見るなんて洒落乙なことをしている梨花でも一撃で酔わせる威力があった。

 

「おい、ロム爺、こいつ大丈夫か? 大分フラフラしてるぞ」

 

「本当に飲ませるんじゃなかったのぉ……」

 

「らいじょーぶよ、わらし、おしゃけにつよいんだから」

 

「呂律回ってないけど!?」

 

 そもそも、気を引き締めるべき三回目のループなのに何をやっているんだ、とか。アレほどやる気を出していた決意はどこ行ったんだ、とか言いたいことは色々あるだろうがどうか堪えてほしい。

 これは彼女の強みなのだ。適度に気を抜く事で、度重なるループに精神が完全にやられてしまうのを防ぐ。お酒だってその一環だ。 

 ここからが梨花の活躍だ。流石の梨花でもそこまでマヌケではない。この言動だって適度に気を抜くためとフェルトとのこれからの交渉を円滑に勧めるために油断を誘えるように、あえておどけているのだ。

 

「……それで? 徽章をよこせ、とか言ってたんだが?」

 

「ああ、嬢ちゃんはそれ目当てでここに来たんじゃがの……」

 

「ああ……羽入! あんたその角ムッカつくのよ……! 私にボキボキに折らせなさい! あっ……駄目よ……圭一……こんなところで……。沙都子……雛見沢……最高……!」

 

「とても話せる雰囲気じゃねーな」

 

「この娘、どうするべきかの?」

 

「どうするって……なあ?」

 

 ……これも油断を誘うための作戦だろう、多分。酔っ払って滅茶苦茶なことを口走ってるように見えるかもしれないが、意識はしっかりしている……はずだ。

 大丈夫!きっと次回は頭のキレるカッコいい梨花が見れる事だろう。

 

「ああ、おしゃけえ……もっとお」

 

「これどうしよう」

 

「全くわからん」

 

 うん、きっと見れるはず!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






前回スバル死んでるのに唐突なネタ回。
まあこれくらいガバるんじゃないかなってのが作者の中の梨花ちゃま像です(失礼)
と思ったけど、沙都子を欺くあたりガチでやるときはやる子なので、ちゃんとカッコいいパートも後で書くのであしからず。




流石に梨花ちゃまには手持ちゼロから価値あるものを取れるぐらいの交渉力はないと思う……多分。

僕的に梨花ちゃまの強みは頭の良さとかループの経験とかじゃなくて、どんな罪を犯した人でも許すことのできる寛容な心持ちにあると思います。
詩音とか鷹野を許せるのはすげーよガチで


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心落し編 其の四 「反撃の時」



郷壊し編辛すぎる……
そんな、生々しく部活メンバーが疎遠になっていく描写丁寧にしなくてもいいじゃないですか……!

そうですよね、これが竜騎士さんの真骨頂ですもんね。辛いです。




 

 

 

 

「――それで? アタシは大口持ち込むから誰も入れるなって言ったよな、ロム爺?」 

 

「まあ、そう怒るな、フェルト。気持ちもわかるがの、あの嬢ちゃんはお前さんに用があってここにおるんじゃ。ま、無関係ってわけでもない」  

 

「……酔っ払っちまってるのは?」

 

「それは残念ながら、ワシのミスじゃ」

 

 完全にダウンしてる梨花をよそに会話する二人。その様子は見知った仲であるのがありありと感じられ、まるで親子のようでもあった。

 

「んで、用ってのは、さっき言ってた「徽章をよこせ」とかいうアレか?」

 

「ああ、そうじゃ。こんな事にならなければ、そんな真正面から喧嘩売るような話しかけ方もせんかったじゃうろうて。許してやってくれ」

 

「それは良いけどよ、コイツにどれくらい出せるんだ? まだ小せぇガキにしか見えねえけど」

 

 目利きはロム爺の仕事であったが、流石にフェルトにもたった今盗んで来たこの徽章の価値は分かる。なにせ真ん中に宝石が埋め込まれているのだ。アクセサリーとしてもかなり上等なものに違いない。

 そんな物を交換できるほどのものだ。さぞ大金が飛び出して来ることだろう。

 と、ごく当たり前の事を思ったはずなのだが……

  

「いや、まあ、この嬢ちゃん一文無しなんじゃけどな」

 

「ふ〜ん……ってはぁ!? 正気かよロム爺!? もう歳でここのルールが頭から吹っ飛んじまったのか!? それなら待ってろ! 今からアタシが斜め45度から殴って治してやる!」

 

「そんなやり方で治るかっ! だいいちボケとらんわ! ……酒が入った今が絶好調なのはお前さんも知ってるじゃろうが」

 

「じゃあなんでなんだよ。まさか無償でコレを譲れとか言うんじゃねえだろうな? 言っとくが、コレは依頼で盗ってきたもんだからな。そんな事言ったら例え相手がロム爺でも、ぶん殴るぞ」  

 

 徽章を見せびらかしながら、ロム爺にフェルトはそんな事を訴える。彼女がそんな態度をとるのは、意外と盗ってくるのに苦労した――あの銀髪の少女が頑張った、のも理由の一つにあるのだろう。

 

「心配するな、流石にワシもそんな気は毛頭無い。ただ……」

 

「ただ?」

 

 途切れたロム爺の言葉の続きを急かすフェルト。見た目通りせっかちな性格だ。

 ただロム爺はそんなところも含めて彼女の事を愛らしく思っているので、怒ったりする事もなく、ゆっくりと言葉を続ける。

 

「どうやら家が無くて、明日の飯にも困ってる状況らしくてな。夕飯ぐらいは奢ってやろうと思っての」

 

「それで、酒も奢ってやったってか?」

 

「いやの、本当に飲ませる気は無かったんじゃよ? ただ嬢ちゃんがあんまりにも鬼気迫る表情で、酒を求めてくるもんじゃから、つい、な?」

 

「つい、じゃねーよ! おかげで追い出すに追い出せなくなってんじゃねーか! どうすんだよ、このあと依頼人来るんだぞ!? あんな酔っぱらい置いとけるか! てか、本当にロム爺が飲ませたんじゃねーだろうな? いっつも、やって来た客にガンガン飲ませてるじゃねーか」

 

「流石にワシだって、あんな子供にはせんよ。あの子にはあとでミルクでも入れてやるつもりだったんじゃ……本当に」

 

 フェルトの怒りももっともだろう。現在の梨花は、周りの人間に誰彼かまわず喧嘩を売る、地雷のような存在に成り果ててしまっている。

 こんな奴がいる場所でマトモな商談ができるはずがない。

 

「本当にどうすんだよ。このままアイツを適当なところにでも隠すか?」

 

「まあ、それしかないじゃろうな。問題はあの子がちゃんと静かにしててくれるかじゃが……」

 

 寒空の下、しかもスラム街に、酔っ払った幼女を追い出すという選択が無いあたり、なんやかんやで二人ともお人好しである。

 これで、盗みを働いたりしなければ完璧なのだが……。

 

「とりあえず、お前さんが説得してきてくれんか? 飲ませたワシに説得力なんてないからの」

 

「えー、もうめんどくせーしよ、眠ってもらったりするのはダメなのか?」

 

「それは、最後の手段じゃ。出来る事なら説得してやって意思のある状態で隠れていてもらいたい。ワシとしては、あの子に盗品蔵の交渉がどういうものか見せてやりたいしの」

 

 面倒くさいからと、なかなか物騒な提案をするフェルトだったが、孫大好き爺さん風のロム爺から出たのは意外にも却下の言葉だった。

 『盗品蔵の交渉を見てもらいたい』、そうロム爺が言ったのには理由がある。

 もう徽章を取り返すのは無理だと言うことを理解させ、素直に諦めてこんな危ないところ――スラム街なんて来ないようにしてほしいのだ。

 

 そんな不器用な彼の優しさを感じ取ったのか、フェルトはため息をついて、彼に従ってやることにした。

 

「はあ、分かったよ。けど、無理そうだったらすぐ眠らせるからな?」

 

「ああ、それで良い」

 

「ったく、損な性格してるぜ」

 

 損な性格。それがどちらを指した言葉なのかは言った本人も分からなかった。家無しの子供を哀れに思い、今でも気づかっているロム爺なのか、それとも、今、そんなロム爺の優しさに絆されて、梨花の元へと向かっているフェルトの事なのか。

 分かったところで、どうとなるものではないのだが、ただモヤモヤと感じるこの気持ちは八つ当たりで申し訳ないが、この酔っ払いにぶつけてやろうかなんて考えていた。少しぐらいならバチはあたらないだろうと。

 

 ……ロム爺が心配している子なので、思いとどまったが。

 

「おーい! アンタさ、悪いんだけどさ、そこに隠れててくれないか? このあと大事な依頼人が来るんだよ。そんなふうに酔っ払っちまってるのを見られるのはお互い嫌だろ?な?」

 

 そう言って、カウンター風の机を指差す。あそこの下に隠れろという意思はこれで伝わるだろう。

 だが、

 

「……」

 

 返事がない。これは無視されているのか。それとも、具合が悪くて返事が出来ないのかフェルトには判断しかねた。

 

「おーい! 聞こえるかー? もしかしてこれから来るのがコレの依頼人だから拗ねてんのかー? とりあえずコレは、何も無いなら当然譲れないんだから諦めろよなー」

 

「…………」

 

「おい聞こえてるだろ? 返事くらいくれよ」

 

「……ごめん、ちょっと話すの待って。私、吐きそう……」

 

「は!?」

 

 突然の嘔吐宣言に驚きの声をあげる。ここで吐かれるのはまずい。先ほども言ったとおり、依頼人が来るのだ。ゲロだけでなく、匂いですら残るのもまずい。

 

「おい、吐くならせめていったん外に出てくれ! ほら、扉開けてやるから」

 

「落ち着いてゆっくり歩くんじゃ……! 急ぐのは逆に危険じゃからな。……絶対に中で吐くなよ。絶対じゃぞ!?」

 

「ええ、そうさせてもら――おろろろろろろろろ」

 

「ぎゃああああああああああああああ――!!」

 

 突然のゲロにフェルトとロム爺、二人の悲鳴が上がる。

 古手梨花、肉体年齢12歳、本来の年齢17歳、精神年齢約100歳、そんな彼女が人生で初めて酒に酔って吐いた瞬間であった。 

 二人の気遣いも虚しく、盗品蔵の中央にはモザイク処理不可避の虹がかかっていた。

 

「おい、ロム爺! こいつに会ってから酔っ払われて、ゲロ吐かれただけだぞ!? いまんところ最悪じゃねえか!?」

 

「ああっ……! こうなるんじゃったらあんな安酒じゃなくて、もっと度数の低い、高い酒を出すんじゃった!」

 

「言ってる場合かっ!?」

 

「ちょっと、あんた達うるさい、頭に響いて、気持ちわる――おろろろろろろ」

 

「ぎゃあああああああああああああああ――!」

 

 そうこう慌てているうちに第二波がやってきた。梨花の幼い体はいかに酒に慣れていても、安物の粗悪品には耐えられるものではなかったのだ。

 結局、そんな騒ぎは梨花が胃の中身を全て床にぶちまけた後、それをロム爺が掃除し、フェルトが換気をして、完全に元通りにしたあとに、梨花に『飲酒禁止令』を出すまで続いた。

 

 こうして最悪な夜は更に更けていくのだった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「ゲボゲボしてスッキリしたのですよ。もう大丈夫なのです。にぱー☆」  

 

「こっちからしたらいい迷惑だけどな……」

 

「本当じゃな? もう本当に出し切ったんじゃな? これ以上は勘弁してくれよ?本当」

 

「そう言われるともっと出そうな気がしてきたのですよ☆」

 

「勘弁してくれ!?」

 

「冗談なのです☆」

 

 先ほどのゲロ事件によって、胃の中身を出し切った梨花。

 その分悪酔いも抜けてきて、猫を被る余裕が出てきたので、今回は特別サービスでいつもの5割増で被っている。

 具体的に言うと、語尾全てに☆をつける感じ喋り方をしている。

 ……まあ、そんなカワイコぶった喋り方をしたところで、さっきの醜態は返上できないのだが。

 

「本題に戻りましょうなのです。ボクはあそこの机の下で隠れて、徽章を盗めと命令した女の人とそこの下手人の女の子がやり取りするのを盗み聞きしてれば良いのですね?」

 

「微妙にトゲのある言い方じゃが、その通りじゃ。ある程度酔いが冷めたなら別に隠れんでも良いんじゃがの……」

 

「いーや、アタシは反対だね! こんなガキ、絶対に交渉の邪魔になるぜ。ロム爺が気に入ってるみたいだから流石に追い出しやしねーが、大人しく隠れて見ててほしいね」

 

(ガキって、アンタもほぼ一緒でしょうが……)

 

 謎に年上ムーブをしてくるフェルトに内心で悪態をつく。

 ちなみに肉体年齢的にはフェルトが14歳で、梨花は12歳なので、彼女の言動は一応正しいっちゃ正しいのだが、なにせ、梨花は精神と肉体の年齢が一致していない。

 そっちも加算するならば、言うまでもなく遥かに梨花が年上だ。ただこの場合、相手側は知る由もないので悪態をつく権利も無くなるのだが。

 

「みー、ボクはフェルトの言うとおり、そこに隠れることにするのですよ、ロム爺。怖い怖いおねーさんが来るかもしれないのでガクガクブルブルなのです」

 

「あれ? アタシ、依頼人の特徴言ったか?」

 

「……勘なのですよ。ボクの勘はよく当たると評判なのです」

 

「へぇ〜、ま、その通りだよ。別に怖くはねーけどな」

 

 無論、勘などではない。前回の死亡時刻からそろそろ自分達を殺したはずの女が来ることを予想していたのだ。それがフェルトの言う依頼人であるかどうかは賭けであったが、性別も一致したとなるといよいよ怪しくなってくる。

 

「じゃあボクは隠れているので準備なりなんなりしてると良いのですよ」

 

「言われなくとも勝手にやらせてもらうわい。フェルト、依頼人はいつ頃に?」

 

「もうそろそろ来ると思うんだがな、ランプはつけるか?」

 

「時間帯的に微妙なところじゃの。そろそろ来るんじゃったらまだ必要ないと思うが」

 

「天窓は開けっ放しにしとくか? ゲロの匂いとかどうだ?」

 

「もうけっこう大丈夫じゃと思うが、一応開けておいた方が賢明じゃろうな」

 

「了解」

 

 入り口のすぐそばにある脚長のランプ(ガラスの中にロウソクを入れるタイプ)を指さして、そんなやり取りを繰り広げた二人を見て、息があってるのを改めて感じる。

 それからもテキパキと通じ合ったかのように準備が進んでいくのが、二人の付き合いの長さを物語っているようであった。

 

(蚊帳の外感がすごいわね)

 

 実際、手伝いもせずに机の下に隠れて縮こまっているので、蚊帳の外そのものである。

 

 そんなこんなでいると、トントンと扉を叩く音が蔵の中に響いた。

 

「符丁は?」

 

「あ、教えてねーや。多分アタシの客だし開けてくるわ」

 

 そんなことを言って、我が家のように玄関へと向かうフェルト。見れば、ロム爺は棍棒を手に握っており、警戒を怠ってはいないようだった。

 だが、それも入ってきた女性を一瞥すると、無用の心配と言わんばかりに下ろしてしまう。

 

「やっぱアタシの客だったよ。こっちだ。座るかい?」

 

「あら、ありがとう」

 

 入ってきたのは、黒い外套を羽織った、二十代前半くらいの、どこか妖艶な雰囲気をまとった女性。

 それを見た瞬間に梨花は直感した。

 

(……間違いない。私達を殺した犯人はコイツね)

 

 それは梨花の長年の経験があるからこそ――何度も何度も殺された過去があるからこそ分かる事だった。

 ただ、どことなく雰囲気が鷹野に似ていた事もこの判断を後押しした。

 

(……どうする? このまま隠れてる? はやく逃げないとまずいわね)

 

 このままここにいたら殺される。そう、確信してるからこその考え方。今回はスバルが居ないので捨て周回のように扱ってはいるが、自力で生き残って前に進めるのならそれに越したことはないと考えていた。

 

「知ってると思うけど、一応名乗らせてもらうわ。私の名前はエルザ。早速、依頼のものを見せて欲しいのだけれども」

 

「はいよ、これで間違いねーか?」

 

「ええ……間違いないわ。偉いわね。しっかりしてるわ」

 

「まぁ、これが生業じゃからの」

 

 そんなふうに不自然なく会話は続いてく。どうやら交渉も順調なようだ。

 だが、まるで面白いことを見つけたかのように微笑んだエルザ、と名乗った女性は二人に尋ねかける。

 

「――ところで、」

 

「ん? なんだよ?」

 

「さっきから気になっている事があるのだけれど」

 

「なんだ? まさか難癖つけて安くしようなんて考えてねーだろうな」

 

「そんなことしないわ。ただ……」

 

「ただ?」

 

「ただ、一人、部外者が多い気がするのだけれど?」

 

 そんな事をエルザが口にする。

 その瞬間、電撃を受けたかのように固まる梨花。

 

(まさか……バレてる!?)

 

 部外者が『一人』『多い』と表現したのだ。これは梨花の存在に気づいていなければ出てくる事の無い発言だろう。

 気づかれた事を悟ったのだろう、フェルトも誤魔化しの言葉を続けるが……

 

 ……それがまずかった。

 

「あ? 何いってんだよ。ここにはロム爺と私しか……」

 

「あらそうなのね。じゃああそこに隠れてるお嬢さんは関係者じゃないと――それなら仕方ないわね」

 

「――え」

 

 そんな間抜けな言葉を出したフェルトを誰が責められるだろうか。こんな事が起きるなんて誰も予想していなかったのだ。殺意というものに慣れきった梨花ですら意識の外の事であった。

 

「グッ……ガハッ……!」

 

「……ロム爺?」

 

 ロム爺、そう呼びかけられた男性からは返事がなく、代わりと言わんばかりに、荒い息と噴水のような勢いの血ばかりが出てくるのみだ。

 

 ――棍棒を持った腕がクルクルと血の雨を盗品蔵に降らせながら飛んでいる。

 

 ――フェルトの弱々しい声がその惨劇を悲劇へと変える

 

 ――それを見た女は、満足そうにただ笑っていた。

 

 

(……そんな)

 

 そんな、まさか。こんなに早く起きるなんて。

 そういった言葉すらも出ない。

 それが恐怖によるものなのか、居場所を知らせてはまずいという理性から来るものなのかは梨花には分からなかった。

 

(……早すぎる)

 

 フェルトの言葉を聞いた瞬間、エルザは何の躊躇もなくどこからか取り出したナイフを思いきり、彼女に向かって振りかざしていた。

 それを庇ったのがロム爺だ。

 その結果、こんな惨状になってしまった。

 

 ……あまりにも早い。時間帯的にもまだ余裕があったはずだ。こんなにも早く惨劇が起きるなんて予想外だった。

 だが、時間は止まってくれはしない。そんなふうに衝撃で停止してしまっている梨花を置いて惨劇は加速していく。

 

 

「フェ……ルト! ここはワシに任せて逃げるんじゃ……! あそこにおる嬢ちゃんも連れて……!」

 

「あら、素敵な事を言うわね。お爺ちゃん。けど、残念」

 

 ロム爺の言葉を聞くと、嬉しそうにエルザは追撃する。

 そして、それを避ける余力は彼には残っていなくて……

 

「グッ……ガアアアア……! アアアアアアアアアアアア! ……ア………ァァ……ァ」

 

「見られちゃった以上はこの場にいる関係者は皆殺し。徽章はその上で回収することにするわ」

 

 そんな恐ろしい事を平然と宣言する彼女は笑っていた。

 なんてことはない。彼女はただ異常者であった。それだけの事だ。

 だが、そんな事は慰めにもなりはしない。

 思い切り喉を切り裂かれたロム爺は、やがて目から光を失い、

 

「ガァ……ァァ……ァ」

 

 そんな音を遺して、絶命した。

 

「ロム爺! ロム爺! ロム爺ぃぃぃぃぃぃ!」

 

 ただ少女の叫びが盗品蔵の中に木霊する。だが、一番聞きたい愛しい人の返事はありはしない。

 それを悟ったのか、今度は怒りを顕にし、エルザへと立ちふさがる。

 

「……よくも、よくもやってくれやがったな」

 

「向かってくるの? 勇敢なのね、あなた」

 

「言ってろ!」

 

 そう叫ぶと、フェルトは走り出した。

 次の瞬間、文字通りの突風が蔵の中で吹き荒れる。

 

 机の下から身を乗り出して、その様子を見守っていた梨花には、直後、フェルトが消えたかのように感じた。

 次に、彼女の姿が現れたのはエルザの真横だった。

 その速度に目を見開いていたエルザの横っ腹に彼女の足技が炸裂する。

 

 さらに、そこから瞬時に飛び退き、二撃目を入れる準備であると言わんばかりに、再び蔵の中を吹き荒れる風に乗る。

 とても限られた狭い空間である、盗品蔵でのこれはまさに脅威だ。

 エルザもそのフェルトの曲芸じみた戦いに驚いた様子だ。

 

(おねがい、このまま……!)

 

 だが、そんな梨花の願いを砕くのは一瞬だった。本当に簡単に希望は砕かれた。

 

「風の加護。ああ、あなたも素敵ね。世界に愛されているのね――妬ましい」

 

「――あ」

 

 ただ一閃。それだけだった。

 だが、それで十分だった。フェルトの生命活動を終わらせるにはその一閃で十全だった。

 

 左肩から右の脇まで抜けているその傷は、骨はおろか中の内蔵すらも切り刻んでいることを明確にしており、そこから血が吹き出る様子はさながらホースのようであった。

 そして、それすらもやがて勢いが衰える。

 まるで命の終わりを示すかのように。

 

 仰向けに倒れている彼女はピクリとも動かない。先ほどまで怒りを顕にし暴れまわっていたというのが信じられないほどに。

 

 静寂が盗品蔵の中を支配する。

 喋れない。言葉を発す事など出来ない。

 

(…………ああ)

 

 衝撃と緊張によってマトモな思考ができていない。死には慣れても、この感覚に慣れることはない。

 死んだ。ロム爺もフェルトも。

 会ってからそれほど経っては居ないが、それでも仲良く会話した仲だった。

 二人とも悪い奴じゃなかった。

 

 ロム爺は自分が語った嘘の境遇に同情して、夕飯をおごってくれた。フェルトを見る目は孫を見るかのようで、とても微笑ましかった。

 フェルトはやんちゃで、年上風を吹かしてきたが、実際は年相応でお爺ちゃんが大好きな普通の女の子だった。

 二人ともお互いを思い合っていて、理想の関係だな、なんて思っていた。

 

 だが、そんな二人は死んだ。

 自分が黙って何もできずに隠れているうちに、エルザに殺された。

 

 出ていけば何とかなったかもしれない、とは思わない。所詮梨花はなんの能力もない小さな子どもだ。

 だが、いま自分がした行動が見殺し以外の何かとは思えなかった。

 

 胸が痛い。久しぶりの感覚だ。  

 かつて、雛見沢で幾度も感じた、この感覚。 

 それをこの世界でも味わうことになるなんて。

 

 圭一が疑心暗鬼になって、レナと魅音を殺してしまった時。

 レナが狂気に落ちて、分校のみんなをガソリンで爆殺した時。

 詩音が暴走してしまって、沙都子を自分の目の前で拷問するのを見せられた時。

 

 いつも感じていたこの胸の痛み。

 

 私はまた仲間を救えなかったのだ。

 

 そして、無残に無念に彼らは殺された。

 

「ふふふ、みいつけたぁ」

 

 そんな事を呟かれながら、机の下から引きずり出される。

 抵抗はしなかった。いや、出来なかった。

 

 もはや気力がなかった。絶望に足を掬われ、まともに考えることすら出来なくなっていた。

 

「さて、まずはここからいこうかし……ら!」

 

 そうして、順当に、当たり前に、それは訪れた。

 考えれば当然のことだったのに。そんな事すら意識の外になってしまっていて気づかなかった。

 

「ああ、楽しみだわぁ……どんな色をしているのか」

 

 そう言って、エルザは持っていたナイフをただ静かに横へと払った。

 それで全ては終わりだった。

 

「ああっ…! ああああああああ!!」

 

「ああ、やっぱり――あなたの腸は、とてもきれいな色をしていると思ったの」

 

 ぶちゅっ! ぶちゅぶちゅっ!という何かが千切れるような音とともに自分の腸が弄ばれる。

 どうやらエルザが開いた腹の傷口から、腸を直接掴んで引きずり出しているらしい。

 

 痛い、苦しい、熱い、辛い、死にたい。

 そんな全てのマイナスな感情がいっぺんに湧いてくる。

 

 だが、そんな風に苦しむ梨花を見てより気分を良くしたエルザは次の行動に出る。

 まだ苦しみを終わらせる気はないとばかりに嗤う彼女は、その手に持ったナイフを今度は梨花の右耳にあてる。

 

 ……そして、それを思いきり、

 

「次はこっち」

 

 引き裂いた。

 

「―――あっがっああああ!!!!」

 

 

 痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い!

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。

 

 体中の神経が脳を焼き切らすほどに、そう伝える。

 片耳を千切られた。グロテスクな音が聞こえた。

 聞こえた?聞こえた?聞こえた気がした。

 耳がなくなった。切られていない方の耳すらその役目を放棄したかのように周りの音が拾えない。

 

「私、もう少しあなたとお話がしたいの。だからもう片方は許してあげるわ――その代わり」

 

 そう言って、今度は左目のちょうど真上にナイフを浅めに突き刺す。その痛みも右耳のあった場所から伝えられるそれに比べれば軽いものだった。

 

「……もうやめて」

 

「ん? なんて言ったのかしら?」

 

「もうやめてぇ!」

 

「あら痛いの? 苦しい? 辛い? 悲しい? 死んじゃいたい? そうねぇ……」

 

「ううっ……ああ……」

 

「でもダーメ」

 

 いともあっけなく希望は砕かれた。

 彼女はとても楽しそうに、まるでただ線を引くだけのように、そんななんでもない、簡単な事をするかのように梨花の瞼と瞳を引き裂いた。

 

「あがっ! あああああああああ!」

 

 いともたやすく行われたその行為の効果は絶大だった。痛みはもちろんのこと、開こうとしても開かない目。永遠に光を失った瞳というのも、明確に彼女にダメージを与えていった。

 

「もういやぁ! どうして? どうして? どうして!?」

 

「もう壊れちゃったのかしら? もう少し楽しめそうと思ったのに残念だわ」

 

 そんなエルザが吐き捨てた言葉も耳に入ってこない。

 

 もう質の悪い惨劇には懲り懲りだ。悲劇や惨劇というのは繰り返しやり過ぎれば、やがて通り過ぎて喜劇になってしまう。

 これはかつての惨劇の中で梨花が幾度となく思った言葉であるが、今こそまさにその言葉がピッタリな状況であると言えよう。

 再び死の運命が待ち構える雛見沢に閉じ込められ、自殺という逃避を行えば、今度は異世界に飛ばされ、腹を裂かれて死ぬ。こんなのもう笑うしかない。

 

「…………」

 

「今度はダンマリ? もうおしまいって事ね。つまらないわねぇ……」

 

 だが、笑う事すらできない。そんな気力すらない。もう力尽きて全て終わりたい。

 そんな無力感に苛まれる。

 

 どうしてこんな目に合わなければならない?こんな罰を下されるような罪を私が犯したというのか?

 何故まだ運命と戦わなければならない。たった一人の小さな女の子に何ができるというのだ。

 そう思わざるをえないほどに、運命というのは強大な敵であると感じる。

 

 どうして? 

 なんで?  

 もうイヤだ。

 

 どうして?

 どうして?どうして?

 どうして?どうして?どうして?どうして?

 どうして?どうして?どうして?どうして?

 どうして?どうして?どうして?どうして?

 

 ―――どうして?

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

『あの時の言葉を忘れないで』

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「――――」 

 

『貴女はこんな仕打ちを受けるような罪など犯してはいない』

 

「――――」

 

『もっと怒りなさい! もっと抗いなさい! そして戦いなさい! 運命なんて――運命なんて、簡単に打ち破れるんだって、圭一が、みんなが教えてくれたじゃないですか……』

 

「――――」

 

『今の梨花ならきっと大丈夫なのです』

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 

 

 

 

 

   

    ――答えは知っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 

 

 

 まるで呪いのようにわき続ける疑問符を打ち砕くように、数々の言の葉が思い出される。それはすべてが、かつて百年の歳月を共に過ごした相棒の最期の言葉たちであった。

 

(……答えならとっくに知ってたわね)

 

 そうだ。こんなふうに悩む必要なんて無かったのだ。答えはずっと前に彼女に教えてもらっていたから。

 あの惨劇で恐怖への耐性はかなり付いていたと思っていたが、どうやら自分は今の状況にそれなりに恐怖を感じていたようだ。

 こんな簡単な事すらも忘れていたなんて。

 

 ――どうしてこんな目に合わなければならない?

 

 答えは簡単だ。

 

 ――理由なんてない。こんな理不尽な目にあうような罪なんて犯してなどいない。

 

 小さな女の子に何ができる?

 梨花なら大丈夫だと、そう彼女は言ってくれた。

 

 運命が強大な敵?

 冗談。あんなもの簡単に打ち破れるんだって私の英雄が、とっくの昔に示してくれている。

 

 幸せになるために戦う。再び立ち上がった時にそれを誓ったのだ。こんなに早く挫けるはずないだろう。先程までの醜態はなにかの間違いだ。そう思えるほどに奮い立つ。

 

(悲劇通り越して喜劇? 上等じゃない。私の人生をとびきり笑えて、幸せな、喜劇に変えてやるわ! こんな安っぽい悲劇達だって、後から振り返ったら見せかけになるに決まってるわ!)

 

 こんなに拷問まがいの事をされているというのに。

 これから無力にも死にゆくというのに。

 何故か清々しく心地よい。

 自分の人生を『物語』だなんて表現するのは、陶酔しているようであまり好きではないが、あえて宣言しよう。

 

 ――この物語はただの悲劇ではない。

 

 ――そう、これはきっと悲劇に見せかせた喜劇の物語。

 

 さあ始めようじゃないか、今度こそ、幸せになるために。

 何度でもやり直せるからって自分は気を抜いていた。だが、それももうヤメだ。次からは全力で戦う。

 持てる力の全てを以って、運命に立ち向かう。

 それが自分とあの子の望みを叶えるために、必要なことだから。

 

 やり直すんだ。一から、いいやゼロから!

 

 

「フフ……アンタみたいな悪趣味を持った奴を他に知ってるけど、ソイツの方がオカルトマニアっていう個性があったぶん、いくらかマシね……」

 

「あらあ? ダンマリしていたと思ったら、そういう喋り方の方が素なのかしら? でも、そっちの方が素敵よ」

 

 突然、喋り方も雰囲気も変えた梨花に一瞬面食らったような反応をするエルザだったが、すぐに先ほどと同じ、いやそれ以上の恍惚とした表情に変える。

 気が強そうな人間のほうが長く楽しめるからだろう。その悪辣さに内心舌打ちをする。

 だが、屈しはしない。コイツが望むというのなら泣き叫びもするものか。そんな決心をもとにさらなる強気な言葉を浴びせる。

 

「いい加減その痛々しい言葉しか吐かない口を閉じたらどう? アンタとの会話なんて一秒でも早く終わらせたいんだけど」

 

「それって早く殺してほしいってこと? でも残念、簡単にはダメよ。ゆっくり、ゆっくり、ゆっくり、ゆっくりと悶えさせてあげる」

 

「あなた、よっぽど暇なのね」

 

 そんな言葉と共にエルザを睨みつける。確かにこんな下らない事に付き合うくらいなら死んだほうがマシだ。そう思えるくらいに今の状況は屈辱的だ。

 

「連れないわねぇ……もう少しお姉さんを楽しませて?」

 

「――もういい加減、賽の目に頼るのも飽きてきたところよ……。いいわ……次からは私が直々に遊んであげる」

 

 ただし、その時遊ばれるのは自分ではない。この女だ。じっくりと、じっくり、じっくり、じっくりと苦しませて遊んでやる。

 反省の心が無い人間なら容赦する気はない。次こそは絶対に勝つ。

 

「この世界にもう興味はない」

 

「この世界……? 何を言っているのかしら?」

 

「さよなら腸裂き女、せいぜいバカみたいに私の臓物で遊んでればいいわ」

 

 そう言うと、思い切り舌を噛み切ってやる。こんな下衆に最後まで付き合ってやる必要はない。

 激痛が走るが、構うものか。

 眠い。いや、この感覚は間違っている。今から自分は死ぬのだからそんな生理現象がこの肉体に訪れる事はもう無い。

 

 だが、終わりじゃない。それを知っている。次があることを知っている。

 だからこれは逃避じゃない。宣戦布告だ。

 お前の思い通りになんかなってやるものか!そういう意味を込めての自殺だ。

 

 次こそ、この女に吠え面かかせてやる、なんて若干小物の悪役みたいな事を思いながら。

 薄れゆく意識の中で彼女は誓うのだった。

 

 (……次は)

 

 

 (……次こそは)

 

 

 だが、そんな誓いの言葉が完成する前に、暗闇が彼女を包み、意識は消滅する。無慈悲に不条理に残酷に冷酷に彼女の命は奪われる。

 そして同時に世界はリセットさせる。彼女の意志で。この死に意味は無いかもしれない。あるいは次の生に価値は無いかもしれない。

 だが、彼女はここで死に、次を生き抜く。それが約束だから。誓いであるから。

 

 

 (……次こそは幸せになってみせる)

 

 誓いは完成した。もう彼女は折れない。どんな運命にも屈しはしない。

 もう雌伏しの時は終わったのだ。

 

 

 ――反撃の時が、始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




最近この小説を書くにあたり一気にリゼロ読み直しました。
スバルくん、パック説アル説フリューゲル説と色々あって面白いですよね。
でも確かにスバルくんには怪しいところいっぱいありますよね

・なぜ日本語が通じるのか
・突然何もないところから出てきたくせに周りの反応があんなに薄かったのはなぜなのか
・『イ文字』『ロ文字』『ハ文字』なんていう明らかに日本人が作った何か
・カララギ弁がエセ関西弁なのはなぜなのか(訛りで一番ポピュラーなものが異世界で偶然できるものか)
・アニメ版の大樹の「フリューゲル参上!」について
・そもそもごく普通の引きこもりニートであるスバルが呼ばれた理由とは

などなど

この世界を作ったのはスバルくん説まであると思います。

タイトルの『Re:ゼロから始める』というのも気になります。つまりこれって『Re』が『ゼロから始める』にかかっているという事なのでゼロから始めるというのをもう一度やるということだと思うんですよね。
最初のスバルくんは記憶を失っただけで死に戻りをどこかからしてきたのでは無いでしょうか。
だとすると、終盤にカドモンのおじさんに「あの日、オレはどこから来た?」と聞く展開があるような気がします。


……すみません見たくもないド素人の考察垂れ流して……
次回からついに解決編です!ようやく一章終わります!


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