こちら獄楽島泊地放送局 (綺羅鷺肇)
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放送:初

「G・H・H、G・H・H。こちらは獄楽島泊地放送局です」

「南西諸島海域を航行中の船舶及び艦娘、聴取範囲でたまたまこの放送をひろった人や妖精さん、後、獄楽島泊地所属のみんな! こんばんはー! 本放送局は、本日1900より2000までの1時間、娯楽厚生及び広報の一環として、獄楽島泊地での出来事や日々の活動をお伝えすると共に、リスナーの皆さんから歌曲リクエストや誰かへの伝言等々を受け付けます! パーソナリティは陽炎型ネームシップ陽炎よ。まだできたてのほやほやだから、手探り半分の進行になると思うけど、よろしくね!」

「さて、記念すべき最初のナンバーですが……、はいはい、ええと……、あー、えー、こほん、ラヂオネーム【ていとくぎょうはぶらっくなりぃ】さんからのリクエストで、『月月火水木金金』」

 

 ―歌曲放送中 『月月火水木金金』

 

 ―歌曲終了(BGM『母港』が流れ始める)

 

「さて、改めましてこんばんは。本番組は日々の艦隊勤務や基地業務に追われている艦娘や妖精さん達、危険な南西諸島海域を行く船員のみなさんに、一時の癒しと笑い、愚痴や怒りの吐き場所を! ということで、うちの司令が大本営とかなり激しくやりやってもぎ取った、小規模軍用娯楽放送です。……え、なに? そこは言わなくていい? またまたー、司令が普段見せないオスの顔で吠えてたの、みーんな知ってるんだからねぇ。これを今言わずにいつ言うの!」

 

 ―拍手喝さいのSE

 

「うんうん、妖精さん達、わかってるぅ。あ、司令、お礼なんていいのよぉ。っと言っている間にも早速お便りが、届いたのかなー。……はい、ラヂオネーム【ぶっらくたいどぅ】さんから頂きました。『こんばんはー。今日から始まるってことやから浴場で聞かせてもろてます。それでさっそくやけど愚痴吐かせてもらうでぇ。うちらの鎮守府、やなかった、泊地なんやけど、できたばかりで大変なんもわかってるし、司令はんが悪いわけやないのもじゅーぶんにわかってんのやけど、なぁ、こう毎日毎日出撃ばっかりやとたまらんで。今日もイイのもろてしもて、体中が痛くてなぁ。だから! 船渠なんやけど、エステとかマッサージとかみたいな贅沢はいわんから、せめて湯舟だけでも、もうちょう広うしてくれんかなぁ』とのことです。……あー、わかる、わかるわぁ。うちの泊地、元からあった古い避難小屋と灯台、プレハブの通信施設に後は……司令が妖精さん達と造った退避壕とほったて小屋二つがあるだけなんだけど、小屋の一つを船渠って言い張って使ってるだけだからねぇ。ほんと、一番いい建物が放送に使ってるプレハブだなんて、ねぇ。……というわけで、司令。……え、なに? 善処する?」

 

 ―ブーイングのSE

 

「言葉が足りない! ここは確約を頂かないとって、え? 当初の予定では資材は十分にあるはずだったし、設営隊も来てくれる予定だったんだけど、この前に大本営が《ばばん》作戦を実施した影響で、うちの割り当てが削られた? はぁ、またもう大本営は……、机上の作戦ばっかり優先して、補給計画がお粗末なのは今も昔と変わらないってことかしらねぇ」

 

 ―君たちには失望したよ(ろくおん

 

「はい、失望したよを頂きました! これには妖精さん達もお怒りのようですねぇ。まったくもぅ、この辺りをおろそかにして、前の大戦で痛い目にあったっていうのに、この始末。海の底や空の彼方から溜息が聞こえてきますわ。……といった大本営批判はひとまず置いて、うちみたいな場末の泊地って航路からかなり外れてるから、補給が後回しにされちゃうのよねぇ。仕方ないから、妖精さん達の謎装置で海水から必要な資源を抽出してるんだけど、足りる訳ないしで、はぁ。りっぱな泊地はいつになったらできるのか、ちら。……あーと、なになに、来週から週三で、沖縄か佐世保まで物資を取りに行ってもらう、よてい?」

 

 ―ぱたりと倒れる音

 

「ドラム缶、担いで?」

 

 ―いえーす(ろくおん

 

「ノーなんだからって言いたいけど、無理よねぇ」

 

 ―いえーす(ろくおん

 

「ならせめて、ようかんのひとつくらいは……」

 

 ―ノォぅーなんだからね!(ろくおん

 

「けちっ! え、司令が空き地で作ろうとしている、サトウキビ畑ができたらいくらでも、って! 年単位で待たないといけないじゃない! やだー、甘味甘味、いますぐ甘いモノほしいー、っと、んん、どうやら、はじめて島外からのリクエストかなーっという割には、なにか慌ただしいような? ……あー、司令が走って出て行ったってことは? まずい事態、かなー? ……えーと、うん、うんうん、了解。……只今、本放送局は近海を航行中の船団より救難信号を受信しました。当該船団が本放送を聞いているかはわかりませんが、佐世保鎮守府及び那覇基地に事態を通報すると共に、本泊地からも救援の駆逐隊を派遣します。……ん、了解。逆探により船団の推定位置を把握しました。先行して、ゼロ偵と瑞雲隊を発進させます。私たちはあなた方を決して見捨てません。救援は必ず届きます。護衛隊のみんなも、今こそが踏ん張り時よ! 今できることを全力で為し、諦めずに頑張りましょう!」

 

 

 ―以下、初回放送終了時まで、現状報告と激励の言葉が続いた。



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1 私が私になった日のこと

 自分語りは好まれないとわかっているのだが、少しばかり付き合ってほしい。

 

 

 あの日、私が私として目覚めたのは、微かな潮のにおいに、鉄さびと焼け焦げたにおい、それ以上の消毒液臭に刺激されてのことだった。

 どうしてこんなにおいがと思いながら身体を起こそうとしたら、手腕足腿肩首腰背腹と体の至る所に痛みが走り回った。もん絶する動きでさらに痛みが走り、ただただ冷汗涙鼻水がダラダラ流れて呻きも出せない。いっそ気絶したいと願っても痛みがそれを許してくれない。

 もう殺してくれとすら思えるような地獄を味わっていると、誰かが人を呼んでくれたのか看護師のような人が小さな注射器のようなものを腕にブスリ。徐々にではあったが、体からも痛みが引いていった。ほっとして気が抜けたのか、そのまま意識を失った。

 

 それが最初に目が覚めた時の記憶。

 

 

 そしてまた意識が戻った時、ぼんやりとする頭でも酷い痛みの記憶は残っていたので、慎重に慎重をそれこそ何重にも重ねて周りを見る。

 私が寝かされていた場所は、大きなテントのようだった。申し訳程度に着けられた裸電球の下、簡易なベッドが十近く並び、全てに血の滲んだ包帯を巻かれた人達が寝かされている。耳に届いたのはうめき声と泣き声。どれも子どものものだった。

 

 ここはいったいどこなんだと思ったところで、自分自身に違和感。

 体がおかしいというべきか、ベッドから伝わる感触が、体が感じ取れる広さが常よりも小さかったのだ。そして、視界の隅に包帯で覆われた自分の足らしきモノを見て、縮んでいると認識してしまった。

 

 なぜだどうしてだと、自分の状態と周りの状況に混乱する間にもまた睡魔に襲われて、眠りについた。

 

 

 そして、けたたましい警報で目覚めた。

 耳を責め立てる不快な音に続いて、外で余裕のない怒声。子どもの泣き声よりも大きく、警報に重なって乾いた炸裂音が幾重にも連なる。これらがなんなのか理解できないでいると、ぴゅうと風切り音が聞こえ、ベッドを大きく跳ね上げる地響き。げぶと肺腑が潰れて、暴力的な風圧。視界を覆っていたテントが吹き飛ばされ、見えたのはうす黒い煙に覆われた空。呆然と見上げていると、甲高い音。橙色の尾を曳きながら、ナニカが飛んでいる。

 

 見たことがあるような、不思議な形状の飛行物体。

 歯のようなモノを持つ無機物に有機物を混ぜ込んだようなシルエットに、私の記憶が刺激される。

 

 既視感から記憶をたどってみると、浮かび上がったのは青や赤の画面。

 動く船、戦う娘、砲雷撃戦、ボス直前、踊る大破、う、頭が……。

 

 あ……、か、艦これ?

 

 私が遊んでいたゲームに思い至り、ついで痛みを自覚して白目を剥いた。

 

 

 四度目に意識が戻った時、トラックの荷台に乗せられて揺られていた。

 全身の痛みに身じろぎできずにいると、やけに空気が煙たくなる。咳き込みそうになるのを必死に抑えていると、遠方で爆発音らしき音。重々しく、絶え間なく続くそれに耐えきれなかったのか、同乗者の誰かが後ろの幌を開けた。私にも、外の様子が見えた。

 

 後方の天と地が、世界が赤く燃えていた。

 誰かがちくしょうと呟いたのがわかった。 

 

 けれども、私はそれに共感するどころではなかった。

 私が、私が生きて暮らしてきた世界ではなく、艦これ、かどうかはわからない、が、とにかく似たような世界……とでもいえばいいのだろうか、そんな世界にいるという荒唐無稽な状況に、信じられないというよりも訳がわからないとしか思考が働かなかったのだ。

 

 これから先、いったいどうすればいいのか想像もできず、ただただ途方に暮れながら、トラックに揺られ続ける。

 

 気が付けば、荷台にはすすり泣く声で満ちている。

 涙も流れない私は呆とするだけだったが、不意に気づいてしまった。

 

 自らの記憶が、とてもあやふやであることを。

 私が人である以上、親か誰かに育てられたはずなのに、その顔が思い出せない。

 育ってきたか程で得られた経験とき憶はある、とかんじられるのに、雲をつかむかのようにそんざい感がない。昨日、げーむをしていた覚えはあるのに、食べたゆうしょくが思い出せない。私がなんさいだったのか、なにをしていたのか、おもい出せない。私のからだはどんなものだったのか、おもいだせない。私のかおが思いだせない。なによりも、私の名まえが抜けおちている。なら、わたしはなんなのだろうか。わたしはそんざいしているか。ここにいるわたしは……。どこの、だれなんだ。わたしはいきているのか。わたしはしんでいるのではないか。わたしはいったい、なんだ。わたしは、わたしなのか。わたしは、だれだ。あ、わたしがきえていく。わたしがきえて、いく。わたしが、わたしで、なくな、る。あ、あ、あ、あ、あ、ひ、きずり、こま、れる。し、ずん、でい……く。い、き、が……できな、い。……くる…………し……い。…………し……。……………………に……のま…………。

 

 ちいさなちいさなてで、ほほを撫でられた。

 

 その感触で、私は我に返ることができた。

 いや、生きて戻ることができたのだと自覚して、意識を失った。この時に、私という存在について、深く考えていけないことなのだと悟った。いや、深く考えた先には死があるのだろうと、わかってしまったのだ。

 

 

 そして夕方、五度目の目覚め。

 私について吹っ切れた訳ではなかったが、それよりも生きることを優先しようと決意した。

 故に周囲を注意して観察するようにしたのだが、トラックの中の空気は重く淀んでいた。恐ろしいことがあっただけに仕方ないとわかっているのだが、重いものは重い。

 そんな空気に耐えて、浅い眠りを繰り返す内、走り続けていたトラックがゆっくりと停まった。幌が開く。見えたのは、大きな白い建物。見た感じは病院のようだった。

 中に運び込まれる束の間に外を見たのだが、そこは記憶のない場所。ただ程度な緑と中層に満たない建物、それなりに整備された道路に張り巡らされた電線といった日本の地方都市感が出ていたこともあって、違和感はなかった。

 

 そんなこんなで病院内に運び込まれたのだが、待合ロビーはひどい混雑状態。あちらこちらに簡易ベッドが置かれ、傷病人が寝かされている。呻きと小さな悲鳴はどこかで上がり、看護師が対応に追われている。私もその中の一人となったのだが、幸か不幸か、テレビが見えた。

 少し古い型のテレビに映っているのは、盛大に砲墳する戦闘車両や次々にミサイルを発射する艦艇群と戦闘機。見たことがあるようなないような、それらの兵器による戦闘を口を開けて見ていると、アナウンサーの声が耳に届く。

 

「政府発表によりますと、昨日、自衛隊及び在日米軍は本邦沿海及び沿岸にて、所属不明の武装勢力と戦闘に発展したとのことです。繰り返しお伝えします。昨日、自衛隊及び在日米軍は本邦沿海及び沿岸にて、所属不明の武装勢力と戦闘に発展したとのことです。また政府筋によりますと、この武装勢力による攻撃で各地で被害が発生しているとの情報が多数入っており、内閣危機管理局が確認を急いでいるとのことですが、現時点においては情報が錯綜しており、被害がどれ程のものになっているかまだわかっていないとのことです」

 

 淡々とというよりも感情の色をなくしたといった表現が合いそうな声だった。

 

 朦朧とする頭に思い浮かんだのはただ一つ。

 

 ……あかんこれぇ。

 

 先人が残した有名な言葉だったと思うが、それ以外の言葉が出てこなかった。艦娘の姿もない状況に、この先も生きていけるのか、不安を覚えながら眠りについた。

 

 

 これが私が、私となった最初の日の記憶だ。



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2 私が彼女たちと出会うまで

 私が彼女たちと出会うまでのことを少し話しておきたい。

 

 

 病院に運び込まれた私は、半年近い入院加療を経て、内陸県の児童福祉施設に入れられることになった。

 私が住んでいたと思しき街が半日以上に及ぶ激しい砲爆撃にさらされて、火の海に沈んでしまった為だ。市街地だった場所は一面の焼け野原となり、私の戸籍情報等々が保管されていたであろう役所も瓦礫と化した。当然、戸籍も焼失したと思われる。

 これに加えて、人的な被害の凄まじさもある。先の攻撃はまったく予期も予測もされていなかった完全な奇襲であり、時間帯も朝方も朝方、払暁にも満たない頃であったこともあり、市域に住んでいた八万近い住民の九割が死亡したと聞いた。当然、運よく生き残れた人も散り散りのバラバラ。私の肉親と思しき者どころか親類知人すらも見当たらない。むしろ陸軍の先遣隊に保護されたという私はかなりの豪運だったといえる。

 

 そんな訳で、私がいかなる人物で誰の子どもであったのか、否、当人に記憶がない以上、そもそもそこで生まれ育ったのかもわからない状態であった。これを幸いとするべきか不幸とするべきかはわからなかったが、ただ私がヒトという生体でもって実存する以上は、私が存在しているのは確かなこと。先の件を思えば、それ以上のことを求めてはいけないのだろう。

 

 こうして身元に氏名、年齢も誕生日もわからない上、身柄を引き受ける親族もおらず、これまで生きた記憶すら確かではない子どもが一人誕生したのだが……、私が私であるとわかっていれば、それでいい話だ。

 

 とはいえ、やはり社会で生きるには固有名がなければ色々と困るというもの。なのだが……、私がかつてもっていた名前は深い深い闇の底。今の私が持っていたかもしれない名前も灰塵と消えた。

 それならばと、私なりに考えて、自身に名前を付けることにした。本来は親しい人から与えられるモノだが、いないのだから仕方がない。付け加えると、血族や親族でない誰かに、私の定義づけをしてほしくもなかった。

 

 故に、私は自分で命名した。

 由緒正しく、七氏屋権兵衛。

 

 だが、この案は呆れ顔の施設長に却下されてしまった。

 

 ならばとうんうん唸って考えて。

 志埜衛。しのまもる。珍しい名字になってしまったが、施設長もこれならばまぁということで通った。あたらしいわたしのたんじょうだ、はっぴーばーすでー。

 

 そんなこんなで名前を付けて、施設での生活が始まったのだが、これもなんとかなった。

 

 当初こそ、見た目から小学校高学年程度の扱いであった。が、率先して年下の子の面倒を見たり、生活においてできる仕事を手伝ったりと下積みを重ねて、半年ほどで四分の一人前扱いに。

 2年目に防衛体制再建の為の増税に伴って、民生予算も削られてしまった。その影響で運営が厳しいのだろう、施設の大人達の顔色も悪くなった。ならば、できることで少しでも助けになろうと、近くの農家に定期的に出稼ぎもとい手伝いをして幾ばくかの食材を確保したことで半人前扱いに。

 3年目に更なる軍事費増による予算削減が決定した際には、自給自足を掲げていもをいもをうえるのです……失礼、施設の空き地、その大半をさつまいも畑に変えたりにわとりを飼ったりと、いろいろと賢しい行動をしていれば、三分の二人前程度の扱いをされるようになった。

 

 こういった具合に施設で暮らすこと、およそ7年。

 私にとっては穏やかな日々だと言えた。日々汗を流しながら畑を耕してはいもを食い、毎朝にわとりの世話をしては卵を食べる。中学では全身に残る傷跡が呼びこんだのか、心無いいじめにあった。それらを実力でもって制圧する為に心身を鍛える傍ら、畑を荒らす猪や鹿を罠で嵌め殺して鍋に、害鳥の類は投石でもって撃ち落とし、羽をむしった後に吊るして首を切る。ちなみにいじめであるが、たまたま近くを通りかかったいじめっ子に、害獣の鮮血が滴る鉈を片手に、にっこり、って笑ってみせたら即時解決した次第である。うーん、頭をカチワル練習したのに残念。いや、これは冗談。……冗談ですよ?

 

 少しばかりドタバタした中学を卒業する際には、今のご時世ならば手に職をつける方がいいだろうと高校は実業系を選んだ。そして、そこで様々な知識を詰め込んだ。うん、色物的な先輩同輩後輩がいたお陰でさぶかるちゃからにっちなものまでいろいろと……まぁうん、あれらが道を誤って性犯罪者やテロリストとかにならないことを祈る。

 

 と、今こうして振り返ると、なかなかに充実した日々だったと思う。

 

 

 だが、7年で世情は大きく変わっていた。

 海に跳梁する怪物……どこの誰かが名付けたらしく深海棲艦と呼ばれるようになっていた……は、沿岸部や海路と空路を封鎖するかのように攻撃を繰り返し、世界の物流は内陸部の陸路を除いてほぼ途絶した状態に追い込まれた。

 

 そんな状況にあって、貿易立国であった日本が枯死していないのは艦娘と妖精さんが現れたからだ。

 旧海軍に縁のある場所、古くからの軍港や鎮守府があった場所に突然現れたと言われているが、実際はどうなのかはわからない。ただ艦娘と陸海空軍……なんと驚き、あの硬直憲法がいろいろと改正されて、自衛隊が衣替えしたのだ……とが協力して、日本本土の周辺海域や南西諸島海域、北方海域で五年ほど激しい戦闘が続き、台湾とアメリカとは連絡ができるようになったらしい。

 あれ、大陸との連絡はどうなってるって思って調べたのだが……、近くの大陸は沿海での艦砲射撃や強襲のみならず、空襲によって内陸部にも被害が及んでいるようだ。その結果かどうかはわからないけれども、社会秩序も崩壊してしまって、至る所でひゃっはー状態に……。

 これに関連して、いんたーねっとの某掲示板では、幾つかの野党や与党の一部議員が隣人である大陸に支援の手を差し伸べるべきだとする請願書を出したとの話が上がっている。でもって、その請願書は国会の審査を経て政府まで届いたそうなのだが、時期尚早であるとの返答だったらしい。

 なんでも三軍が戦力に余裕はない、本土の防衛と資源産出国へのシーレーン再構築と防衛で手一杯だと接触に大いに反対した結果だそうだ。

 先の掲示板では、三軍が反対して政府も動かなかった理由について、連中は仮想敵国だから今の方が都合がいいからだろうだの、大陸と下手に関わると色々と大変だからだろうだの、助けても旨味もなければ感謝もないからだろうだの、同じ金と命を懸けるなら国土国民を守るための方がいいだろうだの、といった推測が並んでいた。

 

 なるほどなぁと思った次第。

 

 後、請願を出した議員さん達なのだが、2人が公職選挙法違反と収賄で逮捕起訴有罪、他に1人が自殺、3人が落選後行方不明になっている。

 これは公安警察が混乱のどさくさに紛れて本腰を入れて動いたのでは、なんて噂が……、うん、これらについては、なにがあったかはかんがえないほうがいいとおもいました。

 

 さて、周辺国の事情はひとまず置いて、他の国とある程度の連絡が取れるようになったとはいえ、やはりというべきか深海棲艦はどこからともなく湧いてきて跳梁するらしく、各海域全てで安全を確保するのは難しいという話。

 なので資源産出国へ向かう護送船団が週に一度か二度組まれて、出発している。その実態はというと、商船乗りや船員が常時募集で、かつ海運や商船関連の学校が無償化していることから考えて、なかなか厳しいようだ。

 

 こうした状況の中で、毎年行われるようになったことがある。

 

 艦娘が渇望する、それこそ母港と言ってもよい存在、『提督』の適性検査だ。

 これは提督を得た艦娘はそうでない艦娘と比べて明らかに力が増すことが実証された結果と聞いた。ちなみに艦娘を管理運用する為の組織として、軍部とは別に廃止されていた大本営が再設置されていたりする。なんでも艦娘という存在を従来組織に組み込むよりも別組織にした方が色々と都合が良かった結果らしい。

 

 それにしても軍部ではない大本営とはいったい……。

 

 閑話休題。適性検査は男女を問わず国民全てを対象に大々的に行われ、私が中学2年の時に行われた第1回目のみ18歳から40歳まで、以降は18歳の誕生日翌日に行われることになった。

 私も高校3年の時点で受けたのだが、適正は甲どころか、乙や丁にも届かなかった。九割九分九厘九毛の側である適正なしだった。残念に思うが、これが普通なのだろうと納得もした。

 ちなみに私が受けた適正検査であるが、笑顔の仮面を張り付けたような白い軍服の人……、一見すると海軍の人のようだが、おそらくは大本営の将校と思しき人が至極まじめな顔で、机の上に妖精がいますが、見えますかと聞くだけのモノだった。

 そこを見てもなにも見えない。ただ指さされた場所の横に、眼鏡をかけた女性の軍人さんが控えているだけ。正直に見えないと答えたら、検査は以上ですとなって終わったのだが、後になって、あそこに妖精さんがいたのかと感慨深いものを感じたものだ。

 

 それはともかくとして、高校生活を無事に3年過ごして卒業することになったのだが、いかんせん厳しい不況で就職口が非常に少なかった。

 なにしろ海路が絞られた影響で輸入する原材料が高騰している。当然、輸出するのも厳しい。内需に関しては大規模な復興需要がある為、需要自体は十分なのだが……、予算に限りがある上、沿海部の安全が確約されていない状況では必要最低限に留まってしまっている。

 

 社会にとって、安全保障が最も重要であることがわかる話だ。

 

 で、働き口がない私が選んだ道であるが、後々のことを考えて、陸軍に入った。

 

 ……というよりも、そこにしか道を見いだせなかったというべきだろうか?

 

 私が陸軍を選んだ理由というよりも、そこにしか入れなかった理由であるが、簡単に言えば、私が孤児であったからだ。

 世の中は物流と金の循環が著しく悪くなっていることもあり、絶賛の不景気。軍需こそ旺盛であっても働き口は減り、就職先も絞られた。それ故にか縁故採用が自然となった。いや、もちろん全てが全てではないだろうが……、それが普通となった。

 しかし、これも仕方がない話だろう。同じ成績の就職希望者2人がいて、それが見知りであったり、或いは同僚や取引先、あるいは知人友人の縁者と、縁も所縁もない孤児であった場合、どちらを取るかって話なのだから。

 

 悲しいけど、これが現実。

 人の営みの実際は泥臭くて当然。社会問題になろうが、理念や建前は余裕があるから通るのだっという話である。

 

 後、他の理由として、海軍や空軍と違い、入隊の要件が緩いこともあった。

 今のご時世にあっても深刻な人手不足な為、基本的に手を挙げれば、どうぞどうぞと入れてくれるのだ。しかも衣食住の保証に加えて少ないながらも給料が付いてくる。その上、望めば重機等の免許や様々な資格を取らせてくれるし、10年の兵役期間を十全に勤めて退役すれば、年金に加給がされる上、地方の中小企業への就職も斡旋もしてくれる。

 

 最高である。

 

 

 ……それぜったいうらがあるだろ、なんてことはいわないでほしい。

 

 

 わかっていたから。

 

 

 物事は表裏一体。

 入隊の要件が緩いということは、先の船員関連と同じで消耗が激しいということ。

 あれ、陸軍って空軍や海軍と違って矢面に立たなくて済むんじゃ、なんて思うかもしれない。が、それはとんでもない誤解だ。今現在の殉職率は三軍の中で一番高い。

 

 その要因は沿海都市圏の防衛と深海棲艦の河川遡上……内陸侵攻に対するを阻止戦闘にある。

 艦娘や沿岸要塞が頑張ってくれているが、連中が数で攻めてくる時はどうしても抜けてきてしまう。付け加えると、日本が海で囲まれている以上、鎮守府や警備府ないし泊地等が近くにない沿海部はいまだ危険域に指定されている。当然ながら漁業も一部地域を除いて廃れてしまっており、海の魚は自然高級品となり庶民たる私の口には入ら……失礼。ともかく、大都市や大きな河川周辺に戦車や陣地を用意して、到来する連中を迎撃するのだ。

 

 もっとも言葉では簡単だけれども、これが中々に……。

 陸軍は本当の意味で最終防衛線になる為、失敗は許されない。故に突破された時のことを考えて、何重にも防衛線を張る。そして基本的な戦術は待ち伏せての奇襲、後は受け持ち場所を走り回っての防衛戦闘、最悪は持ち場で死守、である。

 

 こうした要件に加えて、まだ問題がある。

 守るべき場所が多いのだ。先も挙げたが島国という四方八方を海に囲まれるという地理的要件もあれば、河川も多い。それを少ない戦力で、初期に受けた損害の回復すら儘ならず、補充すら追い付かない状況で守らなければならない。

 さらに言えば、深海棲艦に訳の分からない障壁みたいなモノがあって、攻撃が通りにくいこともある。幸いというべきか、沿岸に近づくとそれが弱くなって上陸してくるとそれなりに通じるようになるのだが……、外洋では艦娘以外の攻撃は、まず通らない。

 

 だがしかし、それでも頑張っているのだ。

 私が陸軍に入ったからと言って、身内びいきしている訳ではない。現実を知ったからこそ、そう評せざるを得ない。

 

 まずもって陸戦の王者たる戦車は数に限りがあるから、重要な防衛対象にのみ配備。

 火砲の類は支援射撃ができるとはいえ、命中率が悪いからいまいちな扱い。なので一部が沿岸砲台に転用されている。対空砲や対空車両は空軍や海軍……というよりは艦娘と連携して、敵航空機の迎撃に大忙し。装甲車両は火力こそいまいちだが、機動力と対戦車ミサイルがあるので機動防御の要になっている。工兵は陣地や障害物の設置に大活躍。機動力のある戦闘ヘリは虎の子で、防衛線が危機的状況になった際に投入される。

 

 後は歩兵である。

 そう、基本の歩兵。

 陸軍の主である歩兵。

 その歩兵が迎撃主戦力。

 

 そして、この私も、歩兵。

 

 歩兵で……、歩兵の装備で深海棲艦を倒せだなんて……。

 

 訓練兵として半年の基礎訓練を終えて、正規兵に昇進した際のことは……、これからやる仕事を申し伝えられた時の絶望感は死ぬまで忘れられそうにない。

 

 なにしろ基本装備たる小銃なんて、件の障壁がなくても通じない。

 冗談抜きに、深海棲艦からすれば豆鉄砲も同然。当たりが良くて装甲にかすり傷をつける程度なのだから。

 

 もっとも、軍もそれは承知……というよりも初期の損害と引き換えに把握していた。

 私たちに得物として渡されたのは対戦車装備だった。とはいえ、ミサイルなんて高級贅沢品ではなく、対戦車弾を撃ち出す無反動砲。三式八十ミリ簡易無反動砲なる国産対戦車装備だ。なんでも第2次大戦時に試作されたモノをベースにしたらしい。

 

 これでもって深海棲艦に成型炸薬弾を当てて沈める、あるいは撃破するのだ。

 

 だが待ってほしい。

 そんなことが本当に可能なのだろうか?

 

 最初に直属の上官となった曹長(故人・2階級特進済み)曰く。

 一発では無理かもしれない。だが、複数発を当てることができれば、為せる。

 

 どこぞのロボットアニメに出ていた、特技兵って奴ですねわかります。

 

 ……いや、わかりたくなかった。

 

 ……。

 

 確かに、連中を潰すことはできた。

 だが、それ以上に……。

 

 ……。

 

 実際に戦場に立って思い知らされたのは、歩兵ってのはどれだけ頑張ってもやっぱり死にやすいということだった。

 

 元より身を守る装甲なんてものはなく、ただひたすらに遮蔽物を探しては隠れ、塹壕や窪地に逃げ込み、隠蔽に努める。それができるようになるかならないかで、或いは、見つけられるかられないかで、生死が決まる。

 

 それができなかった奴は、皆死んだ。

 同期に先輩後輩、新兵だろうがベテランだろうが、それこそ兵だろうが下士官だろうが将校だろうが関係なく、皆平等に。

 ちょっとでもドジを踏んだら吹き飛ばされて御陀仏となった。

 

 最初こそ、ここに来たのは早まった判断だったと大いに嘆いたが、数回死にかけてからはそういった思いも消えた。そして、色々なことを身と心に刻んだ。

 

 生きることと死ぬことは、紙一重だということ。

 絶望的な状況であっても、共に戦う仲間がいることの有難味。

 運任せだけでは、いつかどこかで果てること。

 苦難を乗り越えた先にあった、得も言われぬ悦楽と喜び。

 訓練は訓練でしかなくても、決して役に立たない訳ではないこと。

 状況がわかっているのかっ、って言いたくなる程に無謀な命令への殺意。

 喜怒哀楽を表現できるのは、幸せだということ。

 上官は優柔不断な奴よりも果断な奴の方がまだマシ。

 笑えない状況では、下手なジョークでも笑えるということ。

 疲れ切って舌がバカになれば、レーションもウマい。

 自棄を起こして死ぬ奴もいれば、生き残る奴もいること。

 

 充実していたとは絶対に言いたくはない。

 だけど、それでもなにかこう、他では決して得られないモノを得ることができたと思う。

 

 こうした具合に歩兵としての日々を5年ほど過ごして、私は彼女たちと出会った。



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放送:2

「G・H・H、G・H・H。こちらは獄楽島泊地放送局です」

「南西諸島海域を航行中の船舶及び艦娘、聴取範囲でたまたまこの放送をひろった人や妖精さん、後、獄楽島泊地所属のみんな! こんばんは。本放送局は、本日1900より2000までの一時間、娯楽厚生及び広報の一環として、獄楽島泊地での出来事や日々の活動をお伝えし、またリスナーの皆さんから歌曲リクエストや誰かへの伝言等々を広く受け付けます。本日のパーソナリティは陽炎型ネームシップ陽炎とっ」

「陽炎型二番艦、不知火です」

「よろしくね!」

「では早速ですが最初のナンバーです。初めての島外からのリクエストです。ラヂオネーム【暁ちゃんかわいいやったー】さんから、『暁に祈る』」

 

 ―歌曲放送中 『暁に祈る』

 

 ―歌曲終了(BGM『母港』が流れ始める)

 

「改めましてこんばんは。本番組は日々の艦隊勤務や基地業務に追われている艦娘や妖精さん達、危険な南西諸島海域を行く船員さんに、一時の癒しと笑い、愚痴や怒りの吐き場所を! ということで始まった小規模軍用娯楽放送です」

「最初にですが、気になっている方がいるかもしれませんので、不知火からお伝えしておきます。先週の救援ですが、ゼロ偵と瑞雲隊が本格的な被害が出る前に到着し、照明弾等で敵潜水艦をけん制。本泊地防備第二駆逐隊が到達後、船団護衛隊と共に周囲一帯を索敵掃海しました。その後、船団は那覇への退避に成功しました」

 

 ―拍手喝さいのSE

 

「ですが、最初に雷撃を受けた船で死傷者が出ています。この場を借りて、亡くなられた方と遺された方々に哀悼を捧げますと共に、負傷された方々の一日でも早い回復をお祈りいたします」

 

 ―十秒ほどの間

 

「では、本日の放送を始めましょうって、どうしたの不知火、いきなりそわそわして」

「陽炎と違ってあまり話が得意という訳でもありませんし、こうしてじっとして話をするのは性にあいません。不知火としては秋雲の方が向いている気がします」

「いやいや、そんなんじゃダメよ。そもそもの話ね、秘書艦になると、司令の代わりに打ち合わせしたり傍に控えることもあるんだから」

「そうなのですか? まだ選ばれたことがないもので……」

「あれ、そうだっけ? しれぇ、不知火との付き合いも長いのに、それはな……えっ? 選ぼうとする時に限って出撃してもらう必要があって無理だった?」

 

 ―フフッ(ひえきったふくみわらい

 

「あ、あー、不知火が人様にお見せできない顔をしてるから、うん、とりあえずは今週届いたお便りに行きましょう! まずは、【やまない雨はない】さんから。『いきなり台本のセリフを読んでほしい、録音させてほしいなんて言ってきたのか不思議だったけど、まさかこんなラヂオ放送に使うなんて思いつきもしなかったよ。まったくもう、ヒミツヒミツ楽しみにしておけって、いくらなんでも前もって教えてくれもイイじゃないか。そしたらもっとカワイイ声で言ったのにさ』とのことですが……、いやいや、なんのことを言っているのか、さっぱりわかりませんねぇ」

「陽炎が悪い顔をしています」

「あ、こーら、不知火ぃ、そういったことは言わないの。はい、次のお便りは、ラヂオネーム【九死に一生っす】さんから『本当ならそっちに直接出向きたいっすけど、余裕がないのでこの便りを出させてもらうっす! 先週の、この前の救援、本当に助かったっす! もう不安でいっぱいでいっぱいで、もうダメかと思った時にゼロ偵と瑞雲が飛んできてくれて、本当に嬉しかったっす! 不知火さんに雪風さん、秋雲さんも、助けに来てくれてありがとうっす! この放送、時間が合う限り、必ず聞くようにするっすから、これからも頑張ってくださいっす!』って、不知火、口元がにやけてるわよ」

「そういうのは言わないのでは?」

「それはそれ、これはこれ」

「そうですか。……ですが、嬉しいものですね」

 

 ―これでまた頑張れるよ(ろくおん

 

「では次は不知火が……、ラヂオネーム【絵が描きたーい描かせろー】さんから。『ぶらっくはんたーい! 司令が苦労してることは知ってるけどさ、できればもっと余裕のあるシフトにしてよぅ!』とのことです」

 

 ―この糞提督!(ろくおん

 

「おおっと、司令がばとーを頂きました! って、ああ、ガラスの向こうでガチへこみしてる!?」

「司令ばかりが悪いという訳ではないとは思いますが……、手が足りていないのは事実ですし、難しいものですね」

「ま、まぁ、こればかりは、気長に戦力を増強していくしかないんじゃないかなー。【絵が描きたーい描かせろー】もわかってるみたいだし、ここはもう少し耐えるところかな。さて次のお便りはーっと、ラヂオネーム【九州南部のモリサキ】さんから『獄楽島泊地って聞いたことがないんですけど、どこにあるんですか?』」

「不知火がお答えします。北緯22度東経122度の海域にある獄楽島に設置されています。大本営による位置づけは、丙種拠点334、南西諸島及び航路防衛の為の前進観測基地です」

「島の北東に南獄岳っていう山があるのと、南から西にかけて広がる喜楽浜が特徴的かな」

「喜楽浜は環礁で囲まれており、水上機の発着に向いています」

「そうそう、環礁内は波が穏やかだし、砂浜も広くてけっこう綺麗なのよねぇ」

 

 ―いい感じいい感じ♪(ろくおん

 

「では次ー、ラヂオネーム【いい情報ありますかぁ? 気になりますねぇ】さんから、『ある情報筋から獄楽島泊地の提督さんが変わった経歴の持ち主だということを聞いたのですが本当なんですか? 一言でもいいのでお願いします』って、うーん、これって言っても? ……触りだけならいい? あ、そうなんだ。……こほん。うちの司令は他の提督と違って変わった経歴であることは事実です。具体的には、陸軍での従軍を経て、私たちの司令となりました」

「ですが、他の提督にはない歴戦の風格と常在戦場の覚悟、窮地にあっても泰然とした胆力があると、不知火は感じています」

「不知火、言い過ぎ言い過ぎ」

「何か落ち度でも?」

「いや、そんな心底不思議そうな顔をされても。え、えーこほん、普段は気のいいお兄さんって感じだけど、やるときはやるのよ、うん!」

 

 以降、話題は提督自慢から日常話に変化していき、時に歌曲を流しながらも、大きなトラブルもなく放送は終了した。

 

 ただその裏では【いい情報ありますかぁ? 気になりますねぇ】名義を始め、結構な数の電信が届いていた。……のだが、それを受け取る者(司令)がすまぬすまぬと呟きながら落ち込んでいたので気づかれることはなく、拾い上げられることはなかった。




泊地の場所は『1-4.南西諸島防衛線』の【 I 】付近を想定。


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3 彼女たちと縁ができた日のこと

 彼女たちとの縁ができたのは、ある戦場でのことだった。

 当時、私は陸軍京阪神防衛軍隷下の第四師団第九連隊に所属していた。第九連隊の主たる任務は大阪港と淀川水系の警備、大阪及び京都南部の防衛であり、それを第八連隊と共に担っていた。

 

 あの日は十二月が終わりに近づいた頃だったか。

 淀川水系の警備任務で、定数外装備たる軽四トラックに乗り込んで走り回っていた。粉雪が舞い降っていて、とても寒い日だったことは、今でも覚えている。

 

   ▼

 

 荷台がガタンと跳ねた。

 乗り込んだ面子と牽引しているリヤカーから悲鳴が上がる。整備ができなくなった上に、数十に及ぶ戦闘もあって道路は荒れる一方だ。せめてと薄っぺらな座布団で尻を守っているが、ないよりマシな程度でしかなく、体の芯にまで衝撃が来て腹の中も気持ち悪い。

 向かいに座っていた部下の1人も車体が跳ね上がった拍子で尻を打ったのだろう、大いに顔をしかめながら口を開いた。

 

「いい加減、軽機動車くらいは欲しいっすねぇ。そう思いませんか、分隊長」

「我慢しろ。こうして歩かなくてもいいだけ、こいつを私費で賄ってくれた連隊長や中隊長達に感謝しとけ」

「そりゃーうちの上の人らができた人だってのはわかってるっすけど、毎回毎回、母ちゃんに尻引っ叩かれたよりもはれるのは勘弁してほしいっすよ」

「へっ、実家に帰れたら、やさしくやさしく撫で回してもらえ」

「んなこと言った日にゃ、尻が倍の大きさになるっすよ」

 

 他の隊員たちが小さく笑った。

 皆、若い。私よりも3つ4つは。白い顔の一部を赤く染めて、まさに赤ら顔といった風情だ。

 

「ならイイ座布団作ってもらえや、自分、できたって言っとったやろ、彼女」

「いやまぁ、確かにできたはずなんっすけど、実際は金ばかり出て行ってばかりっすよ。あれが欲しいこれが欲しいって具合に」

「ぶはっ、おまっ、それだまされとるんちゃうか?」

「最近、俺もそう思えてきたっすよ。肝心なことさせてくれねーし」

「ふいんきづくりに失敗してるんだろ」

「うー、これでも頑張ってるつもりっすけどねぇ」

「女慣れしとらんからやろ。だからあん時、わてらと一緒に、素直にお店に行っときゃ良かったもんを」

「そうそう、俺たちと一緒に、食って遊んで腰振ってればよかったんだよ」

 

 わいわいとまた笑う。

 まだ20歳になるかならないかの若者ばかりだ。

 

「はぁー、にしてもついてないよなぁ。今日に限って雪が降るなんてよ」

「ほんま、夢洲要塞に篭っとる連中が羨ましいわ」

「でもなぁ、あそこに詰めてると精神病むって聞くっすよ?」

「友ヶ島や由良に比べればマシやろ」

「そりゃ化け物どもが攻めてくるたびに、砲爆撃をずっと食らう場所に比べればなぁ」

 

 防寒コートを着ているが、寒いものは寒い。吐き出す息が吹き抜ける風に流される。白が消えて残るのは曇天と粉雪。枯れ草に覆われた堤防も寒々しい。反対側を見れば荒廃した市街。所々が崩れたビルにはガラスが残っておらず、剥がれて色褪せた広告看板には往時の面影が残る。避難命令が出されている地域特有の光景だった。

 

「分隊長!」

 

 助手席からの呼びかけを受けて目を向ける。

 分隊唯一の女性でもある通信兵だ。彼女が指さした通信機から声が届く。

 

 ―小隊長より各分隊へ。中隊本部より対深海棲艦第一警戒発令。繰り返す、対深海棲艦第一警戒発令。各分隊は所定の配置につき、迎撃態勢に入れ。繰り返す、各分隊は所定の配置につき、迎撃態勢に入れ。

 

 ここ最近なかった襲撃だ。

 意識を切り替えて告げる。

 

「伍長、最寄りの防御陣地……、新淀川大橋に急行。各員、装具を点検。それが終わったら、由良要塞と艦娘が連中を食い止めてくれることを祈っとけ」

 

 そう言っている間にも軽トラックが速度を上げる。

 私も自らの装具に触れ、目を向ける。肩にかけた無反動砲。防弾チョッキと腰のベルトには対深海棲艦大型弾頭が4つに、支援擲弾……煙幕弾と閃光弾が1つずつ。ヘッドセットが付いたヘルメット。全て大丈夫だ。

 

 軽トラックが橋の近くにある頑丈な建物、その陰に入り込んだ。部下たちがバタバタと降車する。

 私も降りて、並んだ9人の若者たちを見渡す。皆、緊張の色が見える。とはいえ、すでに初陣を済ませて、二度三度と実戦を経ている為か、極度に緊張している者はいなかった。

 

 程よく張り詰めた顔を見て、よしと頷いた。

 

「本分隊はこれより迎撃態勢に入る。A班とB班は前進し、大橋に陣取る。C班はこの場で待機」

 

 一呼吸。

 

「B班は上流側で、橋を抜けた連中のケツを狙え。別命を出すまではB1に任せる。A班は下流側だ。遡上してきた連中を狙い撃つ。C班は本分隊の動きを小隊長に報告後、本部との連絡を密に保ち、状況に変化があればインカムで連絡。車もいつでも動かせるようにしておけ。C1が指揮。皆、いつも通りだ。いつも通りにやればいい。いの一番は俺がやるから、気楽にやれ」

 

 そう言って班員たちに笑いかけると、全員が少し強張った笑みを浮かべた。不敵とまでは言えないが、それでも頼もしさが滲んでいた。

 

 安いがタフな腕時計を見る。

 

「1342。223分隊、状況を開始する」

 

 宣言と共に全員が動く。

 私を含めた前線組は橋に付設された階段へ向かい、一息に駆け登る。橋の上に立つとより寒風が強くなる。B班の4人と別れて、御堂筋線の線路をまたいで下流側へ。

 下流側の橋は中ほどで崩落しており、路上には横倒しになったトラックや乗用車がそのままの姿で残されている。

 

 不意にインカムが音を上げた。

 

 ―こちらB1。B班、配置完了。

 

「A1、了解」

 

 ―C2よりA1へ。小隊本部より連絡。空襲警戒発令。敵性体138が由良防衛線を突破。大本営の大阪警備戦隊及び湾内泊地防備隊が迎撃中。師団及び連隊からの支援砲撃は用意なし。

 

「そうか。……各員空襲警戒。逃げ込む場所を見定めておけよ」

 

 指示を出してから考える。

 先の連絡からの間隔が短い。ということは、敵の動きが速いということ。

 明らかに防衛線突破を図った動きとしか思えない。顔をしかめながら2人を橋のたもとに残し、バディと共に中央部を目指して走る。できれば来てくれるなと願いながら……。

 

 こうして配置についてからしばし、遠雷のような砲撃音が遠くから届き始めた。

 それは間を置くことなく立て続けに連なり始める。横倒しになった乗用車から顔を覗かせて、夢洲要塞の方向を見る。直接見える訳ではない。だが、曇天の空にはなにやら小さなモノが複数飛んでいるのが確認できた。ついで爆発音や対空砲と思しき発砲音もまた聞こえてくる。爆撃を受けているようだった。

 

 ―C2よりA1へ。小隊本部より連絡。敵性体群が5つに分派。うち1つが淀川に接近中。

 

「了解。223分隊、装具再チェック、即応態勢」

 

 応諾の声を聴きながら、自分も弾頭を発射機に差し込み、少し捻って接続。これで後は安全装置を外せばいいだけになる。

 できれば安全装置を解除することなく終わってほしいものだが……、こういった願いが叶うことは往々にしてない。溜息が付きたくなるが我慢して、眼下の淀川に目を向ける。

 

 冬だからだろう、水量は少ない。自然、護岸が目立ち、河川敷もまた広くなっていた。また崩落した橋げたが水路の一部を塞ぐように突き立っている。幾度となく、ここで交戦した結果だ。敵の遡上コースを再想定して、バディの位置を微調整する。

 

 夢洲方面の音は収まらない。

 

 時間が過ぎていく。

 

 再びインカムから声。

 

 ―こちらC2。小隊本部より連絡。敵群、夢洲要塞を突破。残数3。識別はイ級2、ロ級1。小隊戦闘方針が再通達されました。第1に敵行軍速度の減衰、第2に敵戦力の漸減、第3に小隊戦力の保持。……追加情報あり。大阪警備隊より追跡分隊を派遣。可能ならば協同せよ。……全分隊へ交戦許可、出ました。

 

「A1了解。223分隊、臨戦態勢。安全装置外せ。幸い敵の数は少ないし、艦娘の追跡もある。なによりも死守命令が出ていない。命大事に、適度に削るぞ」

 

 歩兵は脆く弱い。

 厚い装甲に守られるわけでもなければ、機動力もない。火力は貧弱であるし、打たれ弱い。

 

 しかし、ヒトという生き物を、その能力を最大限に発揮できる。

 ヒトならではの柔軟性……悪辣な知恵と狡猾な発想が輝くといえばよいだろうか。

 だからこそ、歩兵は脆くともしぶとく、弱くとも粘る。命令に縛られなければ、であるが……。

 

 安全装置を解除して、川下を注視。

 目を細めれば、確かに三つの影。それぞれの大きさは5メートルほどか。駆逐艦クラスだけあって、やはり速い。

 

「敵性体視認。単縦で来る。先頭からエコー1、エコー2、エコー3と設定。A1とA3でエコー1に仕掛ける。A2は空襲警戒。A4は状況及び戦果確認」

 

 了解との声を聴きつつ、彼我の距離から速度を測る。

 周辺地形は前もって測っていることあり、ある程度は割り出せるのだ。

 

 320を19……っと、追跡分隊の砲撃か?

 

 連中の周辺に水柱が数個立ったが……、当らず。

 

 残念。

 

 秒読みしながら無反動砲を構え、発射タイミングを計る。

 

 4、3、2……。

 

「A1、フォックス!」

 

 バンっと、衝撃。

 即座に逃げ出す!

 

 似た音が続き、インカムに発射を知らせる声。

 

 気づけば少し前をバディであるA3が走っている。

 

 連なる爆音。

 1つは微妙な音だった。

 

 ―こちらA4。A1命中効力打、A3命中微力打。エコー1、外観判定、小破。

 

 バディと共に放置された大型トラックの影に。

 次の弾頭を手に取った所で、ずしんと大きく橋が揺れた。横目で見れば、私が先程までいた場所が砲撃で破壊されていた。続いて機銃弾の嵐。怖気を感じさせる耳障りな金属音。鉄骨アーチがバチバチと火花を咲かせ、跳ね弾が橋上を襲っている。

 

「うひー、普通の戦車なら今ので潰せたはずなんですけどねー」

 

 バディのボヤキにまったくだと返して、次弾装填。

 

 再び衝撃。体が揺さぶられる。

 

 ―こちらA4。敵群、速力低下。俺たちにやられてムキになった感じです。

 

 戦闘艦が歩兵にやられたなんてことになったら、まぁ確かに頭にくるか。

 

 とはいえ、連中の足が止まった段階でこっちの勝率が上がった。

 

「追跡の艦娘が来たら、もう一撃。後は流れで動く」

「了解です」

 

 と言っている間にも別の砲撃音が加わった。この音は艦娘の12.7センチ砲。追跡隊の攻撃だ。

 敵味方の砲撃音を聞き分けられなければ死ぬ、というのは大げさかもしれないが、歩兵にとって必要な技能であることは違いない。

 

「こちらA1。A4、現状報告」

 

 ―追跡隊の艦娘が会敵。数2。ただ両者とも武装から黒煙があがってますし、装具もかなりやられている感じです。

 

 中破……、下手すれば、大破状態か?

 

「A班各員へ。艦娘を可能な限り支援する」

 

 了解との声を聴きながら、慎重に欄干近くへ。戦場を睥睨。

 ちょうど、こちらが小破させたイ級が爆発し、沈む所だった。黒煙の中から小さな人影が水面を滑り出てくる。艦娘だ。揺れるツインテール。肩ひもが付いた連装砲を両手で持っている。

 記憶野が刺激される。が、それを振り切り、回避行動中のイ級に狙いを定め、得物を構える。状況は巴戦。動きを読み……、ここ!

 

「A1、フォックス!」

 

 戦果を確認したい所だが、まずは移動だ!

 背後に発射音を聞きながら、再攻撃がしやすいように再び橋の中央側へ。抉れた橋桁。焦げた空気。先よりも更に荒れた路面。欄干近くでひっくり返った乗用車、その車内に潜り込み、眼下を確認。

 狙ったイ級、その側面装甲がいい具合に損壊していた。そこに艦娘の砲撃が続けざまに飛び込み、大爆発。イ級は断末魔のように一発二発と砲撃し、沈み始めた。照準定まらぬ砲弾が市街地で爆発する。

 

 残1、と視線を走らせて、それを見る。

 橋の近くまできたロ級が突撃を仕掛けるもう一人の艦娘に砲撃した所だった。避けようもなく当たり、艦娘の艤装が激しく損壊。露出した肌も至る所が傷ついて出血していた。

 

 だが、それでも彼女は、残る力を振り絞るように、前へ。

 

「――ばもろともッ!」

 

 その叫びは、あまりにも苛烈で……。

 

「――タも一緒よっ!」

 

 ……儚く、哀れであった。

 

 至近距離で放たれた魚雷。

 それは水に潜ることなく、空中でロ級に衝突。

 

 閃光。

 

 咄嗟に顔を伏せたが、耳がバカになりそうな爆音。

 衝撃に橋が揺れに揺れ、伏した体も跳ねた。

 

「A班、損害報告!」

 

 次々に損害なしの報告が届き、かすかに安堵。

 

「A4、敵性体及び艦娘の状況知らせ!」

 

 ―敵性体3、全ての撃沈を確認! 艦娘1、姿見えず!

 

 急ぎ車から這い出て、欄干から身を乗り出す。

 

 水没するロ級。

 その傍らで仰向けに浮かぶボロボロになった少女の姿。

 わずかに残る艤装と傷だらけの素肌は赤と黒に染まっていた。

 

 なにかを探すように、あるいは誰かに助けを求めるように、天に手が伸びて……、その身が沈み始めた。

 

 残された艦娘の悲鳴。

 

「223分隊状況終了! C1は小隊に戦果報告! A2、A分隊の指揮を取れ! B1、一時的に分隊の指揮権を委譲する!」

 

 了解との声や、困惑の声が耳に届く。

 

 ―分隊長! 急になにを!

 

 それに応える時間も惜しく、私は身に着けていた装具を脱ぎ捨て、大きく息を吸い込んで川に飛び込んだ。

 

   ▽

 

 その後のことだが……、実は詳しく覚えていない。

 ただ我武者羅に沈み行く艦娘を追って水を蹴り、力のない手を取って握りしめ……、そこからが本当に曖昧だ。

 

 ただ事実として、私は艦娘を引き揚げることに成功した、らしい。

 

 どういう訳か、両脇に一人……、一隻ずつ。



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4 エライこったと偉い人が言った

 艦娘を引き揚げた後のことだが……、実の所、私は知らない。

 というのも両脇に抱えていた艦娘を河原に引っ張りあげた後、そのまま意識を失って倒れてしまったからだ。

 まぁ準備もロクにしないまま冬の川に飛び込んだことや、沈み行くモノを、しかも2人も引き揚げるだなんて荒行をしたのだから無理のない話だろう。むしろ私自身が溺れなかったのは幸いと言える。実際、私が意識を取り戻した場所、所属する中隊の本部で、衛生兵からよく引き込まれないで上がってこれたなと呆れられた。

 

 それはともかくとして、その後の始末……ドタバタした状況についても、私自身はほとんど関わっていない。

 忙しかったのは直接の上司である小隊長と新兵以来の縁である中隊長、その上にいるこれまた顔見知りである連隊長に師団長、そして補佐する幕僚たちだ。下っ端がやらかしたことの尻拭いは上司の仕事……なんて嘯けたらいいのだろうが、あの時ばかりは胃が痛かった。

 

 そして事がおおよその解決を迎えたのは、3日後のこと。

 どういう訳なのか、私は連隊本部にて連隊長直々に沙汰を受けることになった。のだが、そこでまったく予期していなかった再会があった。

 

   ▼

 

「エライこった」

 

 開口一番。

 厳つい顔の連隊長は私の顔を見るなり一言。ついで首を一振り。

 

「まさかまさかやの。沈んだ深海棲艦が、艦娘になった、なんて話、初めて聞いたわ」

 

 そうなのだろう。

 事実として、今に至るまでそういった話を耳にしたことはない。

 

 ただ、そうなるかもしれないということは識っている。

 故に私はどういう顔をすればいいのか、わからなかった。

 

 もっとも連隊長は特に返事を求めていなかったようで、話を続けた。

 

「やけども大本営の連中とやり取りしとったら、なんとなく向こうは知っとる感じやったな。……ったく、秘する理由もわからんでもないけどな、もうちょい情報を流しとけって話やわな」

 

 そう言ってから一つ溜息。

 

「まぁでも、しゃーない話なんかもしれん。今の状況を……、国防を艦娘に頼り切っとる現状を考えたら、敵と味方が表裏一体、って言っていいんかはわからんが、そういった存在なんかもしれん、なんて話は秘さねにゃあならんやろなぁ。師団長もそう言っとったし、わしも納得するしかないって心境や。つう訳でお前さんもこの件に関しては口外せんように。分隊の連中にも中隊長と小隊長から口止めがいっとるはずや。……曹長、わしはややぞ。憲兵隊に見知った顔や部下が引っ張られんのはな」

 

 私の返事は決まっていた。

 

「了解しました。分隊各員にも重々言い聞かせますし、私自身も墓場まで持っていきます」

「ああ、それでええ。んで次やけども、お前さんの今回の行動についてや。これに関しては戦闘も一段落しとったし指揮権の委譲もできとることが音声記録に残っとるよって、特に問題はないと考えとる。なので、お前さんの行動は不問や」

 

 大丈夫だろうと思っていたが、明言されてほっとする。

 

「とはいえな、いくら緊急とはいえ、戦闘直後に単独での行動は褒められた行動やない。今後は重々注意せいよ」

 

 私は即答できず、あいまいに頷くことしかできなかった。

 

「くく、あほ正直っちゅうか不器用っちゅうか、ほんましゃーないやっちゃなぁ。……けども、咄嗟に行動できるっつうのは、意外とできるようでできんこった。むしろそうやから、今までお前さんが生き残れたかもしれんしなぁ。……しかしお前さんの顔を見たら、4年前の地獄が昨日のように思い浮かぶわ」

 

 4年前の地獄。

 それは太平洋側で発生した深海棲艦による大規模反攻のことだ。この反攻は、横須賀鎮守府を中心に行われた中部海域への攻略作戦がものの見事に失敗し、大々的な逆撃を受けたことで発生した。

 

 西方海域や南方海域を攻略しないで、なぜそこにいったのかこれがわからない。

 いや、ゲームではないのだからそういう動きをしてもおかしくはない、というのはわかるのだが、まずは資源国とのシーレーンの構築が先だろうと……。もっとも、私が考える程度のことは頭のイイ人エライ人も勘案して色々と考えた結果なのだろうし、仕方のないこととするしかない。

 

 話を戻して、深海棲艦側のカウンターが発生した訳だが、これがまた凄まじいものだった。

 累計7次に渡る波状攻撃によって、太平洋沿岸地域が壊滅的な被害を受け、横須賀鎮守府一帯も瓦礫の山となった。

 私がいる京阪神でも大阪湾防衛の要である由良要塞が壊滅し、湾内泊地防備隊も艦娘の轟沈続出と大被害を受けた。結果、海上防衛線が破綻してしまい、湾内にまでヲ級に入り込まれて本当にひどいあり様だった。後で聞くと、夢洲要塞もあと一歩で陥落するといった状況だったのだ。

 

「あん時は……、ひどかったのぉ。わしもようやく中隊長の職務に慣れてきた頃で……、はは、初っ端に連隊本部が空爆で壊滅とか、なんの冗談かと思ったわ」

 

 連隊長は小さく呟きながら遠い目をする。

 

「なんとかその上に連絡が付いたと思ったら、今度はなんの具体性もない死守命令が飛んでくるわ、空爆で部隊が分断されるわ、目の前でイ級やロ級が大挙して上陸してくるわで……、ほんま、よう生きん残れたわ」

 

 私があの時の戦闘で覚えているのは、大量の爆薬を背負い、両腕にも抱えきれない程の弾頭を持って、粉塵と煤、油に葉っぱ、血に汗に涙に涎に肉片に汚物に臓物とまぁ、ろくでもないものに塗れながら、大阪市内でひぃひぃ走り回っていたことだけだ。

 

「確か、あん時のお前さんは……、ロ級1にイ級2を単独撃破、ロ級5イ級12を協同撃破、やったな?」

「あの時は無我夢中で、ほとんど覚えておりません」

「はは、第一線で走り回っとったら、せやろなぁ。……けど、わしはよう覚えとるで。危機的な状況をなんどもひっくり返した若いのの姿を、な」

 

 連隊長は噛みしめる様に笑い、ついで卓上の時計に目を向けた。

 

「さて、本当はゆっくりと昔話をしてたいところなんやが、そうもいかんみたいでなぁ。……最後の要件や。今回の件で、大本営の連中が、どういう訳か、お前さんに目を付けたみたいやぞ」

「私に、で、ありますか?」

 

 思いもかけない言葉に、言葉が詰まってしまった。

 

「ああ。昨日、大阪警備府から連絡があってな。お前さんに礼と話がしたいから引き合わせてほしいってのと、お前さんに警備府まで来てほしいって話が来とる」

「礼はわからないでもありませんが……、話とはいったいなんでしょうか? それに、警備府まで来いとはいったい」

「わからん。こればかりは会ってみんことにはなぁ」

 

 もっともな話であった。

 

「ま、悪い話やないとは思うぞ。今日なら都合ええと言ったら、なら是非ともって食い気味やったからな。そんな訳で、連中を隣の応接室に待たせとる。わしも立ち合ってええって話やから付きおうたる。……ほな行くで」

「了解しました!」

 

 敬礼が出そうなるが、頭を下げるに止める。

 

 連隊長は不敵に笑うと立ち上がり、隣の部屋につながる扉へと向かう。

 ずっとドアの脇で沈黙を保っていた副官が戸を開けて中へ。お待たせしましたとの声を聞きながら、連隊長の後に続いた。

 

 応接室で待っていたのは大本営の白い制服を着た女性が1人に、中学生のような制服を着た3人の少女。

 

 快活さが滲む橙色のツインテール。

 硬質な雰囲気を持つ薄桃ショートポニー。

 明朗な表情の栗色ショート。

 

 全員に既視感。

 もしかしてと思った瞬間、3人組の1人が私の顔を見るなり、ソファから勢いよく立ち上がった。その場全員の視線が集まる中、少女は海軍式の敬礼をして見せると、輝かんばかりの明るい顔で言い放った。

 

「しれぇっ! 陽炎型駆逐艦8番艦の雪風です! どうぞ、よろしくお願いします!」

 

 えぇ……。

 

   ▽

 

 本当にあの時は、えぇ……、としか言い表せない心境だった。

 いきなりしれぇってなんやねん、ってな具合に頭がいい具合に混乱したし、適性検査あかんかったのに今更なんでやねん、ってな感じに冷めた感覚もあった。

 

 本当に……、なんで? って心境だった。



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放送:3

「G・H・H、G・H・H。こちらは獄楽島泊地放送局です」

「南西諸島海域を航行中の船舶及び艦娘、聴取範囲でたまたまこの放送をひろった人や妖精さん、後、獄楽島泊地所属のみんなー! こんばんはー! 本放送局は、ええと、1900より2000までの1時間の間、娯楽厚生及び広報の一環としてっ、獄楽島泊地での出来事や日々の活動をお伝えし、またリスナーのみんなからの歌曲リクエストや誰かへの伝言等々を広く受け付けるよ! 今日のパーソナリティは陽炎型19番艦、秋雲だよぉ。よっろしくー!」

「ではでは、早速最初のナンバー! ラヂオネーム【きたのしまのほっぽ】さんから、『雪の進軍』!」

 

 ―歌曲放送中 『雪の進軍』

 

 ―歌曲終了(BGM『母港』が流れ始める)

 

「はーい、改めましてこんばんはぁ。本番組は日々の艦隊勤務や基地業務に追われている艦娘や妖精さん達、危険な南西諸島海域を行く船員さんに、一時の癒しと笑い、愚痴や怒りの吐き場所を! っていうことで始まった小規模軍用娯楽放送だよぉ」

 

 ―拍手喝さいのSE

 

「うーん、聞く側から話す側に回ることになるなんてさーぁ、昨日まで思ってもみなかったけど、やってみるとなんか楽しいっていうか、意外とこころ乗ってくるものがあるのかなー。って、こっちのことは置いといて、まずは今週の内に届いたお便りに参りましょう! えーとまずはー、ラヂオネーム【オータムクラウド49号】さんからー、『いいなー、108号の所はさぁ、かなりいそがしいみたいだけど、絵を描くこと自体は自由みたいだしさぁー。それに比べて、うちなんて絵を描く自体が禁止されてるしー、ほんと、ぜったいに、そっちのがましでしょー』。なにをいっているのか、さっぱりわかりませんねぇ。つぎいきましょー、ラヂオネーム【オータムクラウド88号】さんからー、『さっき有明さん見かけたからみんなの分も拝んどいたよー』、おお、これで今年もって、なにをしているのかわかりませんねー。次ー、【オータムクラウド102号】さんからー、『108号、なんか忙しそうだけどさー、次の合同誌どうするー? いけそー?』。いま少し時間があるか頼りになる助手(風雲)がいてくれればねぇって、な、なんのことでしょうかねー。はいつぎつぎー、ラヂオネーム【オータムクラウド1号】さんからー、『108号、つぎのコムパいけそう? どっちにしろ、いつも通りに連絡をよろしくー』。今回はー、んー、さすがにむりかなー、じゃなくて、さっきからほんとになんのことだかわかりませんねぇって! 司令ぇ、これどう考えても私宛の私信ばっかじゃんかっ! っていうか、笑いすぎっ!」

 

 ―何その顔? まさか不満なの?(ろくおん

 

「な、風雲の声! いつの間に!」

 

 ―秋雲……あっ、悪い子じゃないのよ?(ろくおん

 

「ちょ! なにそれ! いつのまにそんなの用意したのさ! え、秋雲の為に特別に?」

 

 ―ああ、お礼なんていいのよ~(ろくおん

 

「いや、お礼なんて言わないから! っていうか、司令がそんなことするんだったら、次はこっちで選ぶかんね! えーと、この山からー、よしこれ! 【ドュフフフのふ】さんから『艦娘の駆逐艦は我が理想の体現。なれど近所の鎮守府に近づけば荒々しい潮の流れに弄ばれて、……あ、あ、……ど、どこに、どこにいるでござるか? 憲兵さん達にお世話になる日々。嬉し楽しくも疲れもうした。ゆえに、せめて我らが同志たる秋雲様にお慰みいただきたい。今日のパンツのガラと、色は何色でございまするかぁ? くさい飯を食う前に是非とも教えてくだされ』って、なーにーこれー、セクハラぁ? いいのぉ? ……あ、当然ダメ? そりゃそうだよねぇ。……しかし、私はあえて応えてあげよう! 今日の私のパンツのガラは《ばばん》で、色は《どどん》! って、ちょっと、司令! 邪魔するのはなしっしょ!」

 

 ―あか~ん。こりゃあかんでぇ(ろくおん

 

「むむむ? 大本営のとある部署が聞き耳たててるから、下手うつと許可が取り消されてマズイ? んー、それならしかたないなー、ここは牛缶1つでって、んんっ? びびびっと、これは……ドラム缶を担いでいる我らが長姉からの電信かなー? なになにー、『イマノハアウトペントリアゲル』。……はい! じゃあ次のお便りに参りましょう! えーと、ラヂオネーム【長年のぎもん】さんから、『ずっと前からのぎもんなんですが、秋雲さんは陽炎型ですか? それとも夕雲型ですか? ご本人の見解が知りたいです』。……ブツブツ(またもうめんどうくさいところに)。こほん。えー、秋雲さん的には分類上は甲型駆逐艦なのは間違いはないので、もーどっちでもいいというか、面倒なら秋雲型にしてもらってもいいかなーって。え、司令、なに? ………………あ‶ー、もー、そんなに秋雲さんの好感度を上げても絵しか出てこないよ? ……って、はい、この話終わりやめやめ! 次に行きましょう! ラヂオネーム【しがないふなのり】さんから! 『獄楽島泊地ができてから、南西諸島海域での対潜警戒の回数が地味に減ってきてる。感謝!』。……おー、これはなにかなー、うちの働きが役立ってるってことなのかなー?」

 

 ―いえーす(ろくおん

 

「えー、司令さぁ、いくら今のがうれしいからってさ、簡単に表にだしたらダメじゃない? ここは提督らしく、峻厳な顔で謙遜の一つでもしないとって、え、いつ死ぬかわからないんだから喜べる時は喜びたい? あー、司令が気合入ってるのは知ってるけどさぁ、もう少し肩の力を抜いたほうがいいんじゃないかなぁ。……えっ、陸の時の同期は大半が九段に? だからこそ、か……、司令も職場環境が悪かったっていうか、私たち並みの……経験、してるんだねぇ」

 

 ―ノォぅーなんだからね!(ろくおん

 

「え、気にするなって? ……いや、それはさすがに秋雲さん的にもないっていうかー、ほらやっぱり、色々と思う所があるっていうかー、……んんっ、今届いたのを読め? どれどれー、ラヂオネームは【ふううんじゃないから!】さんから。『ちょっと大丈夫? 急にしんみりするなんて似合わないから。あっ、もしかして熱とか出てるんじゃない? 今度、こっちからお芋送ってあげるから元気出しなさいよ』 ………………くっ、心配されて嬉しいような悔しいような、この得も言われぬ感情はなんと呼べばいいモノか。とりあえず、こっちに遊びに来た時に水着姿描いたげるからね。あ、それと今度コムパ参加する時に売り子よろしくー」

 

 ―なんでぇ!?(ろくおん

 

「ぶふっ。し、司令、そんな声も取ってたの? え、大阪警備府のみんなが喜んで協力してくれた? ……そっか。よしっ、しんみりするのはここまでっ! 次のお便りー、いや、ここはリクエストに参りましょう!」

 

 その後、気を取り直した秋雲は陽気に、時に調子に乗りながら、無事に放送を終わらせたのだった。

 

 

 尚、長女によるペンの取り上げは提督のとりなしもあり、半日程度で済んだ模様。



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