悪魔憑きの頌歌 (James Baldwin)
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〈Prolog of Devil Enchanter〉
第一話 弱キ者


 久方振りの読者参加型ですが、参加してくださると嬉しいです。
 今度こそ、目指せ完結。目指せ、書籍化()


 ──絶対に、悲しみを殺し尽くす。

 

『どんな困難があっても?』

 

 是。

 

 そんな想いを抱くに至ったきっかけは、事故で妹を亡くした母の深い悲しみを目の当たりにした、その瞬間だった。

 悲しみは、理不尽なまでに唐突で、憎たらしい程にあっさりと全てを奪っていく。

 

 ──そんなもの、許せるはずがない。僕は、絶対に認めない。

 

『どれだけ傷付いても?』

 

 是。

 

 それ以来、自分に出来ることは何でもした。

 誰かが困っていたら、自らにできる限り手を尽くして、それでもダメなら人の手を借りることに躊躇いはなかった。

 車に轢かれそうになった猫を助けて身体が傷ついても、溺れる子供を助けて生死の境を彷徨うことになったとしても、僕は辞めなかったし、それを間違っていたと、後悔することはありえない。

 

 ──悲しいよりも、嬉しい方が。泣き顔よりも、笑顔の方がずっと良い。僕はそれを求める。

 

『有り余る畏怖をその身に集めても?』

 

 是。

 

 例え、そんな僕を気味悪がって身の回りから人がどんどん遠ざかっていっても、誰かが悲しみ、二度と笑えなくなる憂き目の方が余っ程苦しい。想像するだけで、身の奥から焦がれる切なさを味わう。

 もしも、僕自身の理由があるとすればそんなものだった。

 

 ──胸糞悪いのは、息が詰まるのは嫌なんだ。選択は待ってはくれない。飛び出すしかない。

 

『だから、あんなに簡単に選んだのか?』

 

 是。

 

 だから。

 十五歳になったあの日、僕に悪魔憑き(エンチャンター)としての素質があると分かったその時も、息子をむざむざ危険な目に遭わせたくないとする両親の反対を押し切って二つ返事で応えたのだ。

 

 人類を脅かし、封印された存在を滅殺するなんて、僕にどこまでもおあつらえ向きじゃないか。

 いつでも死んでしまえる、臆病で弱い僕なら誰よりも身体を張れる。誰よりも向いている。

 

 少なくとも、僕はそう思った。

 

 

『──ならばチカラを貸そう、愛しき弱キ者(Uprising Taker)よ』

 

 

 ありがとう、イクライプス(・・・・・・)

 

 

 ☆

 

 

「着いたぁ」

 

 時刻はもう既に正午を回った頃か。空を数羽の鳥が列を為して往くのが見える。

 南半球に近い位置にあるこの島は暑いという話だったが、少し汗ばむくらいの気候ならちょうど良い。

 太陽が照りつける港で、僕は一人伸びをした。

 ぼきりと鈍い痛みが心地好い。船旅で身体中が凝り固まってしまっているようだ。

 辺りを見回せば、海を後ろ背にコンクリートの沿岸部と森。そしてその先に小さく見えるビルの群れ。突出した一本の塔。

 目的地は彼処だ。

 

 人類存続という重大な目的によって立てられた日本本土関東圏全域程度の面積を誇る巨大な人工島、『クロスヴェイン・アイランド』。日本では虚交島とも呼ばれている。

 僕は、そんな島に一歩を踏み出していた。

 

「人工島って言うくらいだから、もっと殺風景なのかと思ってたけど、結構普通の島なんだなあ」

 

 散策がてら沿岸を少し歩くと、反対側から歩いてくる警備員さんの姿が目に入る。

 この島は、諸企業の興業などで普通に都市が存在し、それなりに栄えているとのことだったが、それでも重要な機密そのもののような島なので当然警備も厳重だという話は、最初の説明会で聞いた。

 会釈すれば、警備員さんはにこやかな笑みをたたえてこちらへと向かってきた。

 

「その箱⋯⋯君は、新しいエンチャンターの子かな?」

「あ、はい。そうです」

「そうかそうか。まだ若いのに、偉いなあ」

 

 警備員さんは、僕の腰のベルトに括り付けられた手のひらサイズの長方形の黒箱を見て、僕を『エンチャンター』であると判断したらしい。

 実際、エンチャンターであるかどうかを判断するには、契約悪魔を封印しておく為のこの長方形の箱『悪魔箱』の有無や、右手の甲に刻まれる五芒星を確認する他ない。それは一般的な話だ。

 特に隠すことでもないので首肯すると、警備員さんは子供を褒めるように僕の頭をぽんぽんと軽く叩いた。

 それが少し恥ずかしくって、加えて僕自身がまだエンチャンターとして何もしていないのもあり、咄嗟にその賞賛への否定の言葉を紡ぐ。

 

「いえいえ、僕なんてまだ何もしてないですよ」

「そんなこと言うなって。君達エンチャンターのお陰で、皆今まで通りの日常を送れてるんだからさ」

「そうなんですかね⋯⋯」

「ああ、そうだとも。これからだとしても、君もエンチャンターに志願したということは、誰よりも誇れることさ」

 

『エンチャンター』

 それは、今の僕を指す役職、状態、区分だ。

 自らの生命力を代償に悪魔の力を借りて戦う者のことで、その主な役目は二つ。

 ひとつは、クロスヴェイン・アイランドに閉じ込められた『悪魔』と呼ばれる存在を倒すこと。

 そしてもうひとつは、この島に散らばる悪魔喚びの書『グリモア』を破壊すること。

 僕はこの春からそんなエンチャンターになった第五世代に当たる新人だ。

 

 ⋯⋯そう言えば、僕も合わせて第五世代のエンチャンターは三人いるという話だったが、他の二人はもう到着しているのだろうか。

 

「他のエンチャンター? いや、新しく入ってきた子はまだ君しか見てないなあ」

「そうですか⋯⋯ありがとうございます」

「ごめんね。おじさんも、まだこっちの島に来てそんなに長くないから⋯⋯」

「いえ! 大丈夫です! 何にしても統制局に行かなきゃいけないのでそこで聞いてみます!」

 

「悪いね」、そう言って警備員さんは申し訳なさそうに苦笑する。

 すると警備員さんは、何かに思い当たったかのように手を叩いた。

 

「⋯⋯あ、そうか! 君は、第五世代の子なんだね?」

「はい、エンチャンターになったのは今年からです」

「なるほどね。⋯⋯君の名前を聞いても良いかな? 未来の救世主の名前だ、しっかり覚えておかないと、ね」

 

 未来の救世主。そんなふうに呼ばれたことは無かったから、何故だか嬉しくなって威勢よく返事を返す。

 

「──はい! 僕、来世院(らいせいん)(みのり)って言います! 皆の為に、新進気鋭、誠心誠意、鋭意努力全力で頑張ります!」

 

 

 ☆

 

 

「以上で確認は終わりとなります。何か質問はございますか?」

「い、いえ、大丈夫です!」

 

 受付のお姉さんが、優しく微笑む。

 お世辞抜きに、大人の女性といった感じのお姉さんに少しドキリとしてしまった僕は悪くない。

 何とか取り繕って返事をすると、カウンターから取り出したよく見慣れた携帯電話そっくりの電子機器を手渡される。

 

「そうですか、それは良かった。では、こちらをお受け取りください。島内でのみ使える携帯端末型デバイス『E-Phone』です。ちなみに、Enchanter-Phoneの略称です」

「⋯⋯安直ですね」

「そんなものです」

 

 エンチャンターとしての説明などは本土であらかた受けてきていたので、実際にクロスヴェイン・アイランド(こちら)に着いてから新しく説明されるということもなく。

 エンチャンター統制局虚交島東方支部――エンチャンターを統制する為の機構で、東西南北の港から続く大都市四つにそれぞれ支部が存在する――のカウンターで簡単な確認を受けた僕のここでの用事は、エンチャンターに無償支給されているこの携帯端末『E-Phone』を受け取って終わりだ。

 これは、電話としての連絡ツールやエンチャンターへの依頼の送受信以外にも、仮想通貨を入れる財布としての役割などもあるらしく、この島での生活においては必需品なのだとか。

 残高を確認してみると、初期費用だと言う十万円に加えて、本土で統制曲に預けた僕の貯金と両親からの餞別として貰った幾らかが確認出来た。

 後は、ゲームなんかも入れられるらしく、ほとんど向こうで使っていた携帯と変わらない。むしろ、性能は何倍も良いようだ。

 

「それでは、来世院穣さん。貴方の活躍を期待します」

「はい。全ての悪魔を打ち滅ぼして、グリモアを抹消してみせます!」

「その意気です。それでは、今日のところは宿舎でお休みください。他の方々が揃い次第、お呼び致しますので」

「分かりました」

 

 一週間の間は無償で宿舎を借りれると聞いた。

 その宿舎は悪魔そのものや悪魔が生み出す魔力から都市を守る『穢れ十字』による結界(セーフティゾーン)の範囲を明確化するために、都市外縁部を覆うように建てられた城壁もかくやと言った様相の壁の外側にあるらしい。

 都市に入る時、その十五メートルの壁を目の当たりにして、思わずぽかんと口を開けてしまったが、仕方ないことだと思う。

 都市の中心部に存在する全長二百メートルほどの巨大なビル、本部を出た僕は、まずはその宿舎を目指すことにした。

 

「⋯⋯普通に都会なんだなぁ」

 

 思わず独りごちるくらい、この都市は人工島という名前からは想像もできない程に都会然とした有様だった。

 悪魔やグリモアが生み出す魔力に満ち満ちているこの島は、魔力浄化装置である穢れ十字がなければ、人間など到底住たものではない。

 それは、魔力が物質と接触することでその物質を本来の構成とは掛け離れた存在にしてしまうからであり、それは人間を含め生物も逃れることは出来ないからだ。

 だが、変性した物質は魔力を宿さない為、一部の鉱物や木材なんかは上等級の材質となる。

 企業はそれを求めて、この島に従業員やその家族を移住させ、そうしてクロスヴェイン・アイランドに転々と存在するいくつもの城壁都市が出来上がったのである。

 今僕がいるこの都市は、島に四つ存在する統制局支部を中心に発展した大都市である為、人口も他より多いのだろうが、景観は完全に東京の都会そのものだ。

 

「取り敢えず至急買う物は特に無いし、宿舎には必要最低限の物は揃ってるらしいからそういう物も要らない。まあ、一回行ってみてから足りなかったら買い揃えようかな」

 

 島での暮らしなんて不便だろうなと思っていたが、全然そんなことはなさそうで一安心。

 道すがらコンビニで買ったコロッケを頬張りながら西の出口に向かっていると、ふとあることに気がつく。

 

「それにしても、全然エンチャンターを見ないけど⋯⋯流石にこの都市にいないなんてことは無いだろうし⋯⋯」

 

 そう、他のエンチャンターの影も形もないのである。

 契約悪魔の力がなければ人間と変わらないエンチャンターだが、基本的に悪魔箱を持ち歩くことが義務付けられている為、見分けることは難しくない。

 しかし、それでもエンチャンターをここまで一人も見ていない。

 どうしたことだろうと思いながら、コンビニで貰った紙おしぼりで手の油を吹いていると、対面の方がにわかに騒がしくなったのを感じた。

 

「道を開けてくれ!」

「わっ!?」

 

 歩道の人並みを掻き分けながら鬼気迫る形相で慌てて駆けてくるのは、担架を運ぶ数人のエンチャンター。

 エンチャンターが居たことに安堵することなんて出来なかった。

 

 だって、担架に乗せられて運ばれる両脚を喰いちぎられたような(・・・・・・・・・・・・・)重傷のエンチャンターを見てしまったから。

 ぞぉっと、血の気が引くのが分かった。

 

『──ォォォォォォォォォオオオオオッ!!』

「!?」

 

 向かっていた方向、彼らが駆けてきた西の方を意識して耳をすましてみれば、なんで気が付かなかったのか不思議でならないくらいの大声量。

 人のものでは有り得ない奇っ怪で悍ましい叫び(・・)が聞こえる。

 

「ぁ⋯⋯あ⋯⋯くっ」

 

 本能的な恐怖と嫌悪に、身が竦む。

 逃げろ。

 弱い僕には敵うはずもない。

 どうせ、ボロボロになって今度こそ死ぬだけだ。

 今まで運が良かっただけのヤツが、意地張って飛び出すなよ。

 もう、運なんて頼れない存在になったんだ。

 実力でしか意思は貫けない。

 実力は、あるのか?

 無いよ。

 

「ッ!!」

 

 でも、飛び出したら、

 

 

 ──誰かは助かるだろう(・・・・・・・・・)

 

 

 僕は、原初の祈りに突き動かされるままに走り出していた。




 感想やアドバイスなど、作者のモチベーションに直結致します。よろしければお願いします。


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第二話 驕ル者

 なんとか第二話。


「⋯⋯これは⋯⋯」

 

 西門を出て、叫びの方へ駆けつけた時、そこは目も当てられない惨状であった。

 薙ぎ倒された木々や、抉れた地面。

 そして、倒れ伏す人々。

 

「ぁがっ⋯⋯ぁぁあ⋯⋯!」

「痛いぃぃい⋯⋯!?」

 

 無事に立っている人なんてどこにもいない。

 死屍累々の体で、そこら中に呻き声をあげる少年少女が転がっていた。五人以上は居る。

 倒れ伏している中に民間人は一人も居ないのは、安心に繋がるだろうか。誰一人として死んでいないことは、安堵できるだろうか。

 だけど、それはつまり全員がエンチャンターであるということに他ならない。

 それは、誰一人として殺さず無力化出来る程度には件の悪魔が強いということに他ならないのだ。

 

 現状から導かれる悪魔としての等級は、レベルスリーかそれ以上。

 レベルスリーの目安であるエンチャンター九人係りでも難しいとなれば、その強さはレベルフォーに届き得るかもしれないが、それは最悪過ぎる。

 レベルフォーの悪魔は最低でも三十人係りでなければ対処出来ない為、説明会の講師さんや先の受付のお姉さんからも、見つけた場合は絶対に一人では手出しをするなと強く念押しされた。

 僕には荷が重い。そんなことは、やらない理由にはならないけれども。

 

「くぅっ!」

『ォォォォォオッ!』

「あれは⋯⋯!」

 

 苦悶の声と雄叫び。

 そちらに顔を向ければ、ボロボロになりながらも鉄扇で攻撃を受け流す一本結の黒髪の少女と、少女を叩き潰さんと一方的に豪腕を振るい続ける腕と頭だけが肥大したような奇妙な見た目の長身痩躯の悪魔(・・)の姿。

 

 体格差はかなりのものだが、それでも彼女が攻撃を紙一重で避け続けていられるのは、僕なんかでは到底及ばない技量と恐らくはエンチャンターとしての能力によるものだろう。

 『魔装(・・)』と『魔業(・・)』。

 エンチャンターの力は大別すると、この二つ。

 契約悪魔の力を武装として収束させた魔装と、契約悪魔の力をエンチャンター個々人に宿る世界干渉の資質として発現させた魔業の二つだ。

 

 見る限り、鉄扇には何も特殊なところはない。

 魔装の線は無し。

 ならば、何らかの力場が働いていると見た方が良い。

 つまりは、魔業系。

 

 探ろうとよくよく見れば、彼女の周りの空間が不自然に歪んでいるのが分かる。

 空間に干渉するタイプか、風や空気に干渉するタイプのどちらかだろう。そういうタイプは精密な操作が求められるであろうことは間違いない。

 つまり、下手に動いては邪魔になるだけの可能性の方が高い。

 一対一を得意とする僕の能力とはすこぶる相性が悪いことが分かって、歯噛みすることしかできない。

 

「くぁっ!?」

『ォォォオッ!!』

「あぐっ!?」

 

 どうしようかと戦いから一瞬だけ意識を逸らした時、どんっと、不意に何かが跳ね飛ばされるような音が響く。

 戦いにもう一度意識を向けた時にはもう遅い。

 

 振り抜かれた拳で殴り飛ばされた少女が飛んでくるのが見えた。

 そして、巻き込まれた僕は彼女諸共城壁に叩き付けられる。

 

「かはっ!?」

 

 肺の中の空気が全て吐き出される。

 背中から全身へと巡る痛み。

 多少の痛みなんかには慣れているとはいえ、痛いものは痛いし、苦しいこと自体を喜べるはずもない。

 何とか少女に衝撃がいかないようにぶつかる間際に体勢を変えられたのは不幸中の幸いだが、どうやら意識を失ってしまっているらしい。

 息はしているようで一安心。

 

 ただ、覗き込む形になると、自然とボロボロのパーカーやジーパンから見える肌に目がいってしまう。

 

「っ!? ごめんなさい!」

 

 見てしまった罪悪感と申し訳なさを拳に込めて、自身の頬をぶん殴る。

 こんな戦いの最中に何を考えているんだ、僕は。

 集中しろ。

 少女をゆっくりと地面に寝かせて立ち上がると、上から僕の着ていた灰色のジャージを被せる。

 

「⋯⋯ふう」

 

 目の前に見据えるのは悪魔。

 ギョロりと眼を翻らせるその様からは、おおよそ理性というものを感じられない。

 怒りだけに支配された眼差しは、僕という目の前の存在すら明確に捉えているとは思えない程に淀みきっている。

 さっと両腕を上げ足を半歩前に出す構えを取って、悪魔と対峙する。

 構えと呼べる程のものではないお粗末なものだが、戦闘経験なんてあるはずもない僕にはこの程度しか出来はしない。

 

 

『ウゥゥォォオオオオ!!』

 

 ―――【虚言癖のアイルエイト】―――

 

 

 距離を測りながら、ジリジリと横に逸れていく。

 あの直線上では、先程の少女を巻き添えにしてしまう。

 逸れながら腰の悪魔箱を撫ぜると、【虚言癖のアイルエイト】と脳裏にその名が浮かんだ。

 

『オオオオォォォオッ!』

「ッ!」

 

 僕が立ち位置を変えるのを悠長に待っていてくれた【虚言癖のアイルエイト】だが、もう一度構えを整えた僕を見るや否や大地を踏み締めて突貫してくる。

 

 ビリビリと空間を震わせるような雄叫びに、思わず足が下がる。

 これは、勝てない。

 僕なんかじゃ、相手にすらならない。

 理性は怯乱し、本能は生存を投げ出す。

 逃げろ。

 目の前の存在は、今の僕では(・・・・・)打ち破れない理不尽だ。

 

 だけれども、もうここまで来た以上は後戻りなんてできるはずもない。

 

 ⋯⋯そうだよね、イクライプス。

 僕は語り掛けるようにもう一度撫ぜた腰の悪魔箱を取り外すと、握り締めて目の前に翳し、その名を叫ぶ。

 僕なんかに力を貸してくれる物好きな悪魔の、その名(・・・)を。

 

 

「──力を貸してくれ、【頂点喰らいのイクライプス(・・・・・・・・・・・・)】ッ!!」

 

 

 箱より、冥き光が解き放たれる。

 それは僕を薄らと包み込んで、僕と闇の抱擁を交わす。

 

 今此処に、僕は悪魔憑き(エンチャンター)として再誕した。

 

 

 □

 

 

【魔業/Force&Uprising】

 対峙するモノが己より強ければ強いほど、力は増し、闘志は際限知らずに高まり続ける。

 例え挫けようとも、体は再起する。

 如何程の困難であっても、我は身命を賭して乗り越えるのだと魂が叫ぶ。

 

 強者(理不尽)を穿てと、本能が暴走(オーバードライブ)を来す。

 

 それは、来世院穣という少年に与えられた唯一無二。

 どこまでも普通でしかない、持たざる少年の爪牙。

 

 ──これなるは、高き志を秘めた弱者に与えられし、弱者の刃(エッジ・オブ・アンダードッグ)だ。

 

 

 □

 

 

 視界がクリアになる。

 震えが嘘のように消える。

 ⋯⋯だけれども、怯えている。

 まだ(・・)

 

「しィッ!」

『ォァァァァアアッ!』

 

 白の燐光(・・・・)を纏った右拳が巨顔に炸裂するも、大したダメージにはなっていないのは見るまでもない。

 転がるように姿勢を低くして、剛腕によるスイングを回避する。

 空間が抉れるかのような轟速の腕。

 それを、引き伸ばされたように感じる須臾の刻の中で視認すると、間髪入れずに身体を捻りながら下から肘を蹴り上げる。

 

「っ!」

 

 ずぐん、と足に鈍い痛み。

 その腕の筋肉は、肌色の皮膚の下で鋼鉄並みの硬度を誇るのかもしれない。

 だとしたら、所詮生身でしかない僕ではその頑健な守りを貫くことはできない。

 一番の面積を誇る腕を狙えないということは、それ即ち豪腕を掻い潜って肉薄し、最も防御の薄い胴を狙いに行く他に選択肢が無いということ。

 勝つ為にはそんな決死の行動しか取れないまでに基礎的な実力に開きがあるのだ。

 

 ⋯⋯なんだ、そのチート加減は。

 

 知りたくなかった事実に、心の底から絶望に震える。

 身体はなんとか回避に専念できているが、当然一撃でも貰えば即死であるからこそ、紙一重の回避を続けられているに過ぎない。

 もし、僕に一発なら耐えられる耐久があったなら?

 きっと、一発目を受けたその直後の二発目で確実な死を遂げていたに違いない。

 たった一度の直撃が命取り。

 極限の集中力が、今という薄氷の上の紙一重を成り立たせている。

 それくらい余裕の無い、不利な真剣の戦い。

 

「⋯⋯! ⋯⋯っ!」

『ヴォォォォォォオ!!』

 

 だが、僕とてただ何も考えず劣勢の戦況を長引かせているわけではない。

 こうして、同じ相手と戦いを繰り返していれば自ずと見えてくるものもある。

 それは、攻撃に対する冷却時間だったり、動きの癖だったりと様々だ。

 でも、重要なのはそれじゃない。

 

 それが見えてくるということが意味するのは、僕自身の向上(・・)に他ならない。

 この事実が、折れかけていた僕に一歩、また一歩先へと進む勇気を与えてくれる。

 

『オオオォォオ!』

「はぁあっ!!」

 

 速攻の一撃目は痛痒すら与えず。

 潜り込んでの二撃目は逆にこちらが痛みを覚える始末。

 

 なら、三撃目は? 四撃目は変わらないのか? 

 どれだけの攻撃を積み重ねても、それは歯牙にも掛けられない程の惰弱の積み重ねにしか過ぎないのか?

 

 断じて否。

 

『ォォオ⋯⋯ッ!?』

 

 体感的には数時間にすら感じられた、十数分にも及ぶ格闘の末。

 十六撃目(・・・・)が、純白の燐光を散らしながら、一撃目の数十倍の速さと威力を伴って【虚言癖のアイルエイト】の顔面を殴り飛ばす。

 振り抜かれた拳、たたらを踏んで地面に腰を落とす【虚言癖のアイルエイト】。

 

 僕は、もう自分が怯えていない(・・・・・・・・・)ことに気がついた。

 

「⋯⋯ここが打ち止めか」

『ォオ!?』

 

【虚言癖のアイルエイト】は、自分に何が起きたのかを理解出来ていないらしい。

 だが、これが今回の戦いの終着点ならば、後は終わらせるだけだ。

 

 誰かにとっての理不尽では在りたくない。それは、悪魔が相手でも変わらない。

 すぐにでも、目の前の悪魔を滅殺する。

 

『オォォォウッ!?』

「⋯⋯!」

 

 何かの間違いだ。有り得ない。絶対に。

 そんな畏れを孕んだ思いがひしひしと伝わる拳を、肉薄しながら蹴り飛ばす。

 腕ごと引っ張られて体勢を崩した顔面に、もう一度拳を打ち込んだ。

 

『オァァァァアッ!?』

「もう、終わらせるから」

 

 身を翻して、森の方へと逃げていこうとするその背中。

 体勢を低くして、飛ぶように地面を蹴り飛ばして駆け出した僕は、白い軌跡を描きながら【虚言癖のアイルエイト】の横を通り過ぎ、正面に回り込み様に握りしめた右拳を振り抜く。

 

『ォォオッ!』

「!?」

 

 しかし、僕の拳を待ち構えていたのは口腔(・・)

 今にも拳を吸い込もうとする【虚言癖のアイルエイト】の顎には、頑丈そうな歯がビッシリと生えており、今か今かと僕の腕を待ち侘びる。

 

 だが、構いはしない。

 

『ッォオアアアア!?!?』

「──終わり、だァァァァァア!!!!」

 

 潰れることも厭わず、地面を踏み締めながら敢えて上顎に拳を突き立てる。

 顎が腕を噛み千切るより速く、拳打が【虚言癖のアイルエイト】を打ち上げた。

 瞬間、極限まで収束した純白の燐光が爆ぜる(・・・)

 吹き飛ぶ前頭葉。弾けた脳漿は地面に降り注ぎ地獄絵図を描くより先に、空中で紫色の粒子(魔力)となって分解されていった。

 

 さっきまで暴威を奮っていた存在の最期とは思えないくらいに呆気ない終わり。

 僕はそれを最後まで見届けると、助けを呼ぶべく支部を目指して踵を返す。

 誰も、死なせるわけにはいかないから。

 

 斯くして、僕の初めての悪魔討伐(ジャイアント・キリング)は成し遂げられた。

 

 

 ★

 

 

 冥き城。

 どこにあるかも不確かな、そんな玉座に少女は座る。

 

「⋯⋯素敵⋯⋯! 素晴らしい逸材だよ! ミノリ(・・・)!」

 

 ()は、絵本の中の王子様に恋焦がれる童女の如く、艶やかな黒髪を振り乱しながら熱に浮かされたような雰囲気で少年を見詰める。

 

「もう、これは私直々に迎えに行った方が良いんじゃないかな!?」

「⋯⋯それはお辞めください、陛下」

「なんでよー! 殺すよ?」

「殺されるのは困りますが、陛下直々に出向かれるのも困ります」

 

 玉座からぴょんと飛び降りて、早速、王の間を出て往こうとする少女。それを諌める声。

 スーツ姿の男は、少女の我儘な態度に慣れているのか気にした様子はない

 

「ええー? じゃあさー、誰か送って良い?」

「ならば、【騎虎のフォルミュラ】に任せてみては?」

「うーん。彼はちょっとなあー。強過ぎない?」

 

 駄々を捏ねる少女に、男はやれやれと首を振る。

 器用に背から生えた黒翼(・・)でバツ印を作る少女は、不満げに男を見詰める。

 

「ならば、やはり待つのがよろしいかと。果実は実るのを待つべきです」

「それもそっかー。じゃあ、【不可知論のエンヴァイ】でもけしかけといて」

「⋯⋯承知しました」

 

 少女のその代案には特に異論は無いらしく、男は恭しく一礼すると王の間を後にする。

 一人残された少女は、尚も楽しげに微笑む。

 

「あーあ。早く強くなってくれないかなぁ〜」

 

 玉座に座り直し、黒翼をはためかせながら浮かせた足を揺らす少女は、紫紺の眼に傲慢(・・)を宿して冥極の居城から世界を見下すのだ。

 

 

 ──決して相容れることのないソレ(傲慢)の存在を、弱き少年はまだ知らない。




 ご参加お待ちしてます。最低限集まらないとある程度までしか進められないので、よろしくお願いします。


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