アイドル『花山薫』物語 (名もなき紳士超人)
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アイドル『花山薫』物語

「KA! O!! RU!!!」

「KA! O!! RU!!!」

「KA! O!! RU!!!」

 

 

 

 

 

 今、俺はきらびやかなスポットライトとその熱を一身に浴びつつ、数万人だか数十万人だかという群衆からそのライト以上の暑苦しい熱を全身に感じている。なんだってこんなことになってしまったのか……。本当に、心から、心の底から不思議でならないが、気づけば俺は運命としか言いようのないその経緯を思い返していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 異世界転生というジャンルがある。トラックにはねられるなどの原因で死亡した主人公が転生した異世界で活躍したり何とか生き延びたりするのがテンプレの昨今の王道ジャンルなわけだが、今回は俺がその転生者になってしまった。それも最悪の一歩手前といった感じで。

 

 

 

 

 風邪をこじらしてあっさりと死んでしまうまで、胸を張って善人というにはちょっぴり難がある程度に真面目に生きていた俺は、意外にも一応それなりの徳を積んでいたらしく転生に際し多少のお願いを聞いてもらえることになった。

 そこで生まれてから死ぬまでほぼ常にモヤシと呼ばれ続けた貧弱ボディへのコンプレックスもあり、そのお願いを使ってムキムキマッチョマンになることを願った。

 が、神様だか転生システムだかよくわからん存在へのお願いの仕方がまずかったのだろう。

 

 

 

「タフで強いのが良いです。ほら、グラップラー刃牙の花山薫みたいな。あ、でも転生先が暴力とか使わない世界だったらその辺はうまいこと転生先の世界観に対応させてほしいなー」

 

 

 

 思い出してみてもぶっ飛ばしたくなるようなクッソ甘えた発言だが、システム様は極めて事務的かつ迅速に手続きを進めてくださったらしく、願って数秒後には俺の意識はぶっつりと途切れた。仕事が早すぎる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほんぎゃー!」

 

 

 

 

 と、このようにお願いしてから俺の意識の上では1分もしないうちに新しい俺、ニュー俺(赤ちゃんバージョン)としての体を手に入れたわけだが、早速問題が一つ。

 

 

「おめでとうございます! 凄く大きくて立派な女の子ですよ!」

 

 

 ……女の子?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、性別という些細かつ巨大な問題は生まれたものの、優しい両親にも恵まれすくすくと育つ俺。小学校に上がる頃には早くも週刊少年漫画雑誌くらいなら引きちぎれるようになっていた。すっげえ。

 

 

「まあ、カオルちゃんたら、また破っちゃったの?」

「はっはっは、カオルは元気だなあ」

 

 

 そしてその様子を笑顔で見守る両親。のん気すぎませんかねえ?

 

 

 というか『タフで強い花山薫みたいになりたい』『世界に対応させてほしい』という神様への2つのお願いがよほど相性が悪かったらしく、結果として『刺青と傷のない花山薫が周りからは普通の可愛い女の子として扱われる世界』みたいになってしまっている。絶対バグってるだろこれ。

 

 

 なので、俺が鏡を見ればロングヘアの花山薫(小)がワンピースを着てこちらをにらみつけているという地獄のような姿が映るのに、両親を含めた周囲の人々には俺が子供ながらにすらりと背の高い透明感のある美少女に見えるらしい。

 そのせいで周囲の人々は俺にやたらと小奇麗な服を着せたがるし目をキラキラさせてかわいいかわいいと褒めたたえてくる。いやーきついっす。着るのはもう我慢するんで写真とか鏡を見せるのだけはもう勘弁して……。

 

 

 

 その身体能力も問題だ。どうやらというか案の定というかこの世界は超人バトルの一切かかわってこない常識的な世界のようで、あらゆる問題をステゴロの強さで解決するバーバリアンも居ないし東京ドームに地下闘技場も(おそらく)ない。そうなると俺のこのあふれるパワーは完全に無駄である。というよりも持て余す。

 

 

 どこの世界にリンゴジュースどころかスイカジュースを片手で作れる少女の需要があるというのか。大人になっても剛力すぎてうかつに格闘家なんかにはなれそうもない。蹂躙どころの騒ぎではなくなりそうというか手加減をミスって対戦相手を握りつぶしたりしたら笑えないしね……。

 握力計を握りつぶしたり10秒でキャデラックを廃車にできるようになっても今のように「うっかり屋さんだなあ」で済ませてもらえるんだろうか。いや握力計はともかくキャデラックはやろうとしなきゃいいだけの話なんだけどさ。

 

 

 

 

 

 そんな風にのん気に、かつちょっぴりの不安を抱えながらもすくすくと成長する俺。

 

 

 

 

 普通に鉛筆で字が書けるんだから力の調節は問題ないはずだが、器具を使うと壊してしまうかもしれないのでほぼひたすら走るくらいしかやれない体育の時間や、うかつに手でもつないでその剛力が発揮されたらと思うと気遣いせねばならないことの多い人間関係など問題もあったものの、いまや俺も花も恥じらう16歳の乙女(花山薫)。

 

 身長197cmで体重およそ160kgあるが、(特注の)セーラー服を着ているし女子高に通っているからにはどこに出しても恥ずかしくない立派な女子高生である。もちろん俺は死ぬほど恥ずかしい。

 

 

 

「カオル様、今日は新しくできたカフェに行ってみませんか? ミルクレープが特に美味しいって評判ですのよ」

 

「ミルクレープ! 素敵ですわねえ」

 

「まあ、かまわねえが(俺)」

 

 

 

 今日もいつものように同級生たちに囲まれながら帰宅していた時のこと、妙な視線を感じて振り向くと全身黒づくめの怪しいおっさんが口をあんぐりをあけてこちらを凝視していた。

 

 あからさまにやべーおっさんである。アッパー系の危険人物だった場合、俺はともかくか弱い女子高生である友人たちが危険だ。俺が守護らねばならぬと覚悟を決めて拳を握りしめかけたとき、その黒づくめのおっさんがこちらに駆け寄ってきた。

 

 

 

 握力×体重×スピード=破壊力!

 

 

 

 咄嗟にぶん殴りかけたところでおっさんが懐から名刺を取り出そうとしているのに気づいた。あれ、誰かの知り合いだったか? っていうかもう拳を止められねえ!

 

 

 

 ボッ

 

 

 

 としか言いようのない異音が辺りに鳴り響き、おっさんの顔の横わずか数cmをドでかい拳が突き抜け、突風にあおられたようにおっさんの髪がめちゃくちゃに乱れた。

 …………セーフ! あぶねえ! ギリギリで当てずにすんだ!

 

 

 

 

 

 

「どうかしたか?」

 

 

 何もしていませんよ、という風にニコニコと(鏡で見れば花山薫が不敵な笑みを浮かべているように見えるだろうが)対応してやった。無理があるがゴリ押せ!

 

 

 

 唐突に意味もなく死にかけたと自覚していないおっさんは少しだけ首を傾げ髪を整えたが、幸いなことに偶然突風がふいたんだろうと思ったようで、

 

 

 

 

「わたくし、こういうものですが……お嬢さん、アイドルに興味はありませんか?」

 

 

 

 と、果てしなく胡散臭い一言を発したのであった。

 

 

 

 

 

 もちろん一ミリも興味がない。考えるまでもなく断ろうとしたが、友人たちは「カオル様がアイドルですって!?」とか「ついにわたくし達のカオル様が全国のカオル様に!」とか言い出して異様に盛り上がってしまい、俺がほとんど口を出す隙もないままに一度両親と相談するとかいう話になってしまった。

 天下無双の花山薫になったというのに女子高生パワーに勝てる気がしねえ、くそっ。

 

 

 

 電話番号を伝え、おっさんが家に電話すると母が出たようだった。突然の話だし母もかなり疑った様子だったが、母なりに事務所の名前をネットで調べたり一度電話を切って実際に事務所に電話してみたりといろいろ確認した結果、どうも本物らしいと判断したらしく、両親も交えて話をするとかいうことになってしまった。

 

 

 

 

 

「……でけえビルだな」

 

 

 

 

 来てほしくない日ほどあっという間に来るもの。今日はアイドル事務所と顔合わせの日。嫌でしょうがないが、前世でも見たことのないアイドル事務所の中というのがなかなか興味深くてきょろきょろしてしまう。

 

 応接室に入るとこの間のおっさんと見たことのないおっさんとおばさんと呼んだら怒られそうな微妙なお年頃のおねえさんの3人がすでに待っていた。

 

 

「どうもどうも、本日はご足労いただきまして申し訳ございません。わたくしが先日お電話いたしましたタナカと申します。こちらはわたくしの上役の……」

 

 

「いえ、こちらこそ休日にすみません。私も仕事の関係でどうしても平日は時間がとれなくて……」

 

 

 といった感じで父とおっさんたちがあいさつを交わし、そのまま

 

 

 

「お嬢さんを見かけたときに間違いなく日本を代表するアイドルになれる人物だと確信しまして」

 

「この子は小学校の頃にミス〇〇に選ばれたことがあって~」(山ほどある俺の黒歴史その1である)

 

「アイドルと言っても色々な形のものがありますが、やはりお嬢さんは正統派のアイドルとして売り出していきたいと考えております。できればダンスなどにも挑戦していただきたいのですが────」

 

 

 

 

 などと俺を抜きにして大いに盛り上がり、気づいたときには

 

 

 

 

「まだ高校生ですから水着などはなるべく避けてください(母)」

 

「いえ、もちろん無意味に扇情的な水着などを着ていただくつもりはありませんが、カオルさんの美しさを世間に見ていただけないのは人類の損失です!」

 

「うむ、カオルは肌も綺麗だからなあ(父)」

 

 

 と、いつの間にか俺がアイドルになることは決まったものとしての話が弾んでいた。正直に言えばセーラー服や白いワンピースを着た花山薫といった毎日の絵面がすでに地獄なので、スクール水着(旧型)の花山薫だろうがマイクロビキニの花山薫だろうがもう好きにすりゃあいいとしか思えないのだが、俺が美少女に見える彼らにとっては大事なことらしい。

 

 

 最終的には水着の仕事についてはその都度両親の許可をとるという形におちつき、各種契約書を交わすこととなった。これでアイドル『花山カオル』が誕生したわけだ。

 

 

 

 その後はもう怒涛のような毎日だった。

 

 

 時々うっかり資材を破壊してしまいながらも各種トレーニングを積み、今時珍しいソロでのアイドルデビュー。少女の淡い初恋を歌い上げたポップなデビュー曲はその豪快なダンスとともに大ヒットを遂げ、その年の紅白にも出演した。

 

 

 その身体能力を存分に発揮して運動系のバラエティーの仕事のレギュラーも持ったし、手品と称して何の種も仕掛けもなく重ねたトランプをちぎったり鉄パイプをねじ切ったりタイヤを引きちぎったりもした。なんで誰も引かねえんだ。

 

 

 雑誌の水着グラビアでつい任侠立ちをして見せたら世間で『その美しい背中を大胆に露出したセクシーすぎる奇跡の一枚』などといわれて両親にちょっと怒られたりもした。

 

 

 

 

 そして今。

 

 

 

 俺は妖精をイメージしたとかいう華やかでひらひらした衣装を身にまとい、ドームでソロライブをやることになってしまっている。

 

 

 

「KA! O!! RU!!!」

「KA! O!! RU!!!」

「KA! O!! RU!!!」

 

 

 

 むさくるしいオタク、俺を真摯に慕ってくれる同級生の少女(目が合ったので軽く手を振って見せたら卒倒しそうになった)、興奮しすぎで死んでしまうんじゃないかと心配なご老人などなど……本当にいろんな人たちがアイドル「花山カオル」を応援してくれている。

 

 

 全く納得はいかないが、これも運命とか言うやつなんだろうし、それなりに充実もしている。

 

 

 

 本日最後の歌の締めに観客たちにくるりとターンして任侠立ちをして見せると今日最大の歓声が響き渡った。そして俺の背後のどでかいスクリーンにひらひらとしたレースと背中をむき出しにした、可愛らしさとわずかな妖艶さの入り混じったアイドル衣装を身にまとったムッキムキのヤクザこと花山薫が映っているのが俺の目にだけ飛び込んでくる。

 

 

 

 神様だか転生システムよ、ありがとう。でも俺にだけ花山薫本来の絵を見せ続ける必要はなかったんじゃねえかな────!

 

 

 



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