大日本帝国から日本国へ (紫雷電)
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1939年
第一話 纏弌華着任する
ご意見などが有れば感想までお寄せください。
1939年ドイツがボーランドに侵攻したことによって第二次世界大戦が始まった。その半年程前日本軍ではある特殊部隊が本格的な活動を始めようとしていた。
皇紀2595年2月3日
群馬県にある浅間隠山の山中にとある研究施設が有った。帝国工業の薬学部に所属している研究所の一つである。カツン、コツンと男が鉄階段を下りる音が狭いコンクリート造りの階段室に響き渡る。何回か踊り場を通った後、男の前に鍵のかかった鉄扉が現れた。男はそれを鍵を使って開ける。するとさらに奥にもう一つ鍵穴の違う扉が有った。男はまた別の鍵を白衣のポケットから取り出して解錠する。そのさらに奥にまた別の鍵を使う扉が有った。どうやらとても重要な物が保管されている場所らしい。
全部で四つの扉を開けた男は薬品特有の匂いとどこからか聞こえる水の音と機械的な音が感覚器官を介して知覚した。男は迷い無い足取りで棚の隙間を通って奥の部屋へ行く。
水の音と機械的な音の発生原はそこに有った。人が入れそうな大きさに薄黄色の液体が入ったガラス管が四つ立っていた。その液体は何本ものパイプを通して供給されていた。ポコポコッと中で発生している気泡の隙間から何かが液体の中で浮いているのが見えた。その光景に満足したのか男は笑みを浮かべて四つのガラス管の中身を確認した後、通ってきた道を戻っていった。
皇紀2599年3月9日横須賀
「長官、たった今彼が到着しました」
「そうか、ここに来るよう伝えてくれ」
「はっ」
報告に来た兵が退出してから暫くして軍靴が廊下を蹴る音が聞こえ、扉が叩かれた。
「どうぞ」
「失礼します」
開かれた扉から入ってきた青年は自らを纏弌華と名乗った。整った顔立ちをしており、長めの髪で後ろ髪をバンドで束ねた姿は服を変えるだけで女性と間違われるだろう。しかし、彼の死んだ魚のような目と感情の機微が読み取れない表情で固定された顔は他人に機械的な印象を与え、近づきがたい印象を持たせてしまう。
「君の着任を心から歓迎しよう。早速で悪いがもうすぐで迎えが来る。この書類を持って駐車場へ向かってくれ」
長官と呼ばれた男は弌華に書類を手渡した。
「君の行くところは癖の強い奴が多いが頑張ってくれ」
「了解しました」
弌華は敬礼をして踵を返した。
駐車場に行くと既に一台の黒い車が停まっていた。軍用の塗装を施された車が多い中でその車体色は非常に目立った。外に出て待機していた運転手が弌華が向かってくることに気付いたのか弌華の方へ向かった。
「貴方が纏弌華少尉で間違いありませんか?」
「はい」
「お乗りください。本部までお連れします」
「ありがとうございます」
後部座席のドアが運転手の手によって開かれた。弌華は体を傾げて車に乗り込んだ。
本部に着くまで一時間半くらい車に乗っていた。港に着くと今度は小型のモーターボートに乗って玄界島まで向かった。島に着くとそこからまた車で島の中心部に建つ建物へ向かった。
「少尉、着きましたよ。執務室は2階の右側にあります」
「ありがとうございます」
弌華は車から降りて正門へと向かった。正門に立つ衛兵に許可を貰って中に入る。一本道の奥、正面扉に人影が見えた。弌華はその人影に向かって歩いていった。
「ようこそ帝機軍へ。私は帝機軍副司令、河上嘉章という者だ。以後よろしく頼む」
扉の前に立つ目の前の男はいかにも帝国軍人といった感じだった。
「本日付で着任しました纏弌華です。司令にお目通りしたいのですが司令は執務室でしょうか?」
「いや、司令は席を外している。司令から基地施設を案内するよう仰せつかっている。私に付いてきてくれ」
弌華は嘉章の後ろに付いて基地内を見て回った。基地外苑を見た後、庁舎内部へと入った。島の半分ほどが軍事施設らしく実験場や大規模な滑走路まで有った。
「ここが食堂だ。基本的に皆ここで食事を摂る。自分で作る奴もいるがな。おすすめは金曜に出るカレーだな」
嘉章は二つ扉に力を入れた。きぎっ、ぎぎっと床と擦れる音を出しながら開かれた。
「「ようこそ、我らが帝機軍へ!」」
扉が90度動いたとき軽快な破裂音の嵐が弌華を迎えた。目に入ってきたのは豪勢な食事が沢山並べられた長机の数々。恐らくは帝機軍全員が集まっているのだろう、広い食堂が埋め尽くされている。
「ってことで今夜の主役のご登場だ。さぁ少尉、君から一言」
弌華の後ろに立っていた嘉章に押されて弌華が一歩前に出る。
「初めまして皆さん。私は纏弌華、階級は少尉です。今夜は私のためにこのような会を開いてくださりありがとうございます。これから宜しくお願いします」
弌華がお辞儀をしたと同時にまたも拍手が巻き起こった。
「新入りの紹介も終わったことだし宴を始めようか。さぁ皆今日は沢山飲んで食べて大いに楽しんでくれ」
嘉章の音頭で歓迎会は始まった。偶にしかないこの機会を皆楽しんでいるようだった。
歓迎会が始まってから少し経った時、弌華はある違和感を感じて嘉章のところへ向かった。
「副司令、姉上が見えないのですがどこに居るかご存じでしょうか?」
「そうだった、彼女を出すの忘れていたよ。付いてきてくれ、君の姉の所まで案内しよう」
二人は庁舎を出て、基地施設の奥に佇む山へと向かった。鬱蒼と繁る雑草や風に揺られて二人の行く手を邪魔する枝葉を避けながら進んでいく。
「君の姉について何か聞かされているかな?」
「いえ、何も聞かせれてません」
「そうか、なら教えておくか」
嘉章は歩きながら話し始めた。
「まずお前らが造られた目的は米ソから見て圧倒的に戦力で劣る我々が彼らと戦争になった場合迫り来る彼らの軍団を単騎で殲滅することだ。しかし、そのような人間を造るのはもの凄く困難な道のりでな、計画が始まってから実用化にこぎ着けれる所まで来るのに十年も掛かったんだ。そして初の成功体となったのが君なんだ」
その発言に弌華は首をかしげた。
「私の前に三人送られていると聞いていますが?」
嘉章は頷いてまた話し始めた。
「その通りだ。しかし、その三人のうち二人は兵士としてまたは兵器として致命的な欠陥を抱えていてな、とてもじゃないが実践に出させられるような代物では無かったんだ」
弌華は嘉章の発言に納得した素振りを見せた。
「それでこれから会いに行く君の姉だが君以上の圧倒的な戦闘力をもってはいるが精神が破綻していて我々の制御が利かないんだ。でも何故か司令にだけは懐いているんだ。だから司令がいないときはこのように山奥に幽閉させてもらっている」
話している間に山頂に到着した。木々に囲まれたある部分にコンクリートで造られた小部屋が有った。二人はそこに向かった。
「私としても外見だけは年頃の少女を地下深くに幽閉するなんて本当はしたくない。遺伝子上弟に当たる君ならばさすがの彼女もおとなしく言うことを聞いてくれるだろう。そうすれば彼女を常時外に出すことも可能だと思う」
そう言いながら嘉章はズボンのポケットから鍵を取り出して分厚い鉄扉を解放した。
「君の姉はこの地下にいる。私はここで待っているから行ってくるといい」
弌華は嘉章から渡された鍵束をポケットに入れて階段を下り始めた。鉄扉が解放されたことにより空気が入ってきているのか不気味な音が聞こえ始めたが弌華はそんな事気にも留めず鉄階段を下り続けた。三十分ほど下った頃鉄扉が現れ、扉には解放厳禁開けたらすぐ閉める!!と書かれた紙が貼ってあった。
全部で五つある内の一つの鍵を使って扉を開けた。そして入って鍵を閉める。同じ行程をあと三回繰り返した。
最後の扉は他の鉄扉よりも厚かった。その扉を開けると鎖でがんじがらめにされた少女がいた。抜け出そうと暴れたのか何本か千切れて床に落ちていた。弌華は眠っているのか俯く少女に近づいてその体を揺すった。何回か揺すったあと少女の体が反応した。
「こんばんは。始めましてですが私が誰だか分かりますか?」
少女からの返答は無かった。俯きながら口をぱくぱくさせてはいるものの日本語として紡がれてはいなかった。
抵抗する素振りはない……。これなら鎖を解いても大丈夫そうですね。
弌華は鎖を解こうとしたものの鍵を持っていなかったので仕方なく引きちぎった。鎖が床とぶつかり合う鈍い金属音が何回も鳴った。全ての鎖を破壊すると自由になった少女は弌華に倒れ掛かった。
大分衰弱している。よほど暴れたのでしょうね。
弌華は自身の姉を背負って来た道を戻った。
弌華が外に出ると開かれた鉄扉の横に嘉章が座っていた。弌華が出てきたことを認識した嘉章は座ったまま顔を弌華の方に向けた。
「む、戻ったか。どうやら無事に済んだようだな」
「はい。この匂い、煙草でもお吸いになられてたのですか?」
「分かるのか?」
「はい。私たちは聴覚、嗅覚などの感覚が常人より優れているので。因みにこの香りはチェリーって銘柄ですね」
弌華を見上げる嘉章の表情が感嘆を含むものに変わった。
「流石だな。だが生憎さっきので切れてしまってな、悪いが君にはあげられない」
弌華は首を横に振った。
「私の年齢は書類上18歳なのでまだ吸えませんよ。それより姉上の容体が気がかりです。急ぎ帰らせてもらってもよろしいでしょうか?」
「いいよ。私はもう少し月を眺めたら降りることにする」
「では、失礼します」
弌華は姉を抱え直して暗闇に消えていった。
次の日、弌華は執務室の前に立っていた。ここの部隊の司令官が帰ってきたため改めて着任の報告をするためだった。
「失礼します」
弌華は目の前の扉を二回ノックする。するとすぐに「どうぞ」と返答が帰ってきた。弌華はそれに促されて中に入る。
「昨日着任しました、纏弌華です」
「ようこそ帝機軍へ。我々は君を歓迎する」
弌華の目の前には彼よりさらに2つか3つ年下にみえる見える少女がいた。軍服を着ていて階級章が大佐を示していることから軍人、それもかなり上の階級であることは一目瞭然なのだが余りにもその容姿が場違いであった。
「……やっぱり堅苦しいのは私には似合わないや」
少女の表情は真顔から恐らくいつも通りの微笑を含んだものに変化した。少女はそのまま次の言葉を紡いだ。
私の名前は沖田楓伽、一応この部隊の指揮官をやってるよ。よろしくね弌華くん」
微笑みながら差し出された手を弌華は握り返した。
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第二話 空挺降下作戦
皇紀2599年4月
冬の雪がまだ残る頃、霧が立ち込める山奥に小さな軍事施設があった。中国軍新兵器開発局の一施設だ。そこは小規模であるのと木々が密生している山奥に存在していたので今まで日本軍から無視されてきた。普段なら警備員が数人憂鬱そうに突っ立って、幾人もの技術者があわただしく走り回っているが、今日はそれがない。異変の始まりは遡ること3時間前、午前3時に起こった。
『今回の任務は敵軍技術の奪取と我が軍初、高度7000mからの空挺降下の実践データ収集にある。諜報局によると、この施設には米軍が中国軍に提供した様々な技術、兵器があるという。君たちには空挺降下による奇襲によって速やかに当該施設を制圧してもらいたい。詳細な基地図面などは―――』
「以上が河上副司令からの通信だ。それでこれが敵施設の図面だ、頭の中に叩き込んでおけ」
忠一郎が巻いて持っていた図面をデスクの上に広げる。その上に同施設を撮影した写真が何枚かばらまく。両方を見て分かるとおり周囲が木々に囲まれていて正面突破するには少々面倒である。だからこその空挺降下作戦で最初の目標がこの場所に選ばれたのである。
彼らは輸送機から降下した後、施設内に存在する開けた土地へ着地する。そして建物内に侵入した後、二手に別れて各部隊が各々の役割を果たす。
「第1中隊の隊長は俺、吉田忠一郎が務める。第2中隊は小沢征爾大尉が隊長を務めることになる。以上、作戦開始まで各員所定の位置にて待機」
降下部隊を解散させると忠一郎は弌華だけを残した。
「お前はあの計画の数少ない成功体だ、だから決して無理をするなよ。それとお前の姉はしっかりお前が管理すること」
「了解しました」
「では行っていいぞ」
「はっ」
弌華を見送る忠一郎の気は重かった。二週間前に突然、司令の沖田楓伽から呼び出され、空挺降下の練習をするよう言われたからそれらしい訓練をほとんどしてきていないからだ。ぶっつけ本番で自分の部下に命を掛けさせることを忠一郎は心苦しく感じていた。それでも命令とあらば成し遂げなければならないのが軍人というもの。忠一郎は自分に発破をかけるように両頬を叩いて後部の減圧室へと向かった。
敵の索敵網の穴を突くため夜中、霧の濃い時間帯で高度7000mからの奇襲作戦は敵も予測できるものではなく、第一こんな辺境の地に攻撃が来るわけがないと慢心をしていたというのもあっただろう。敷地内の侵入は全くの反撃もなく成功した。
暗闇に包まれた廊下に一人警備員が懐中電灯片手に巡回をしていた。男の足取りは重く、眠たそうな顔でだらしなく腰に下げていた拳銃を手に遊ばさせている。
「……全く、何もこないというのに何故巡回しなきゃ駄目なんだ?今だって聞こえるのは俺の足音ぐらいなもんだしなぁ」
独り言を言いながら眠気覚ましに煙草をと思った男は窓を開けた。
「ん?」
その男が最後に発した言葉らしい音は暗闇から出てきた手によって遮られ、何か硬い物が折れる音によって次に紡ぎ出される筈の言葉は幾ら待っても出てくることは無かった。濃紺色の集団が開いた窓から次々と侵入する。その集団は小声で一言二言合図をとった後、東西へ半分に別れた。
精鋭部隊と一部の存在を知る者に言われるだけあって全施設の制圧は約30分で終了した。
「これが米軍の新型機か」
「どうやら戦車の類ですね」
忠一郎と弌華は作戦完了の報告を部下に任せ、一足先に工廠に来ていた。征爾は奪取した機材の搬出指示に当たっている。
「我々の戦車は他国に比べ優位であるとは言えないからこれはいい手土産になるな」
忠一郎は蓄えた無精髭を撫でながら目の前の金属塊を見つめた。元戦車乗りの彼にとっては興味があるのだろう。
「そうですね。あと少しで輸送部隊が到着するそうです。それまでに他に無いか探してみましょう」
「そうだな、東棟は任せた」
「了解」と答えて弌華は東棟へと向かった。
作戦成功の一報を受けた帝機軍はすぐに輸送機を発進させ、降下部隊の収容を急いだ。今、制圧した基地には九七式改輸送機が三機着陸している。九七式改輸送機は帝国陸軍の九七式輸送機に帝機軍独自の改良を加えた機体である。帝機軍では改式という略称で呼ばれている。
「作戦お疲れ様」
帝機軍司令の沖田楓伽は今回指揮を取った二人を労う言葉を掛けていた。
「有難うございます」
「それで、実践データは取れたのかよ?」
忠一郎は不満そうな表情を隠そうとせず楓伽に問うた。
「うん。酸素マスクもちゃんと機能してたし、いいデータが取れたよ。そっちは何か収穫有ったの?」
「はい。まずは稼働中の電探とその資料、後はエンジンの設計図と現物を手に入れました。それと新型戦車が一台あります」
征爾の報告に楓伽は感嘆の声をあげた。
「大収穫だね。それじゃあ、さっさと詰め込んで撤退しようか」
「了解しました」
帝機軍初の単独での軍事行動は成功に終わった。その後ここで得た情報は日本軍の戦力強化に大いに役立つことになる。
三日後帝都東京
「君が提出した報告書を読ませてもらった。素晴らしい戦果だ。上層部もとても良い評価を下していたことを伝えておこう」
「過大な評価痛み入ります」
楓伽は普段の言動とは正反対の言葉遣いで答える。目の前に立つ男は口元を僅かに上に上げつつ楓伽に一枚の紙を渡した。
「新たな任務だ。心して励め」
「はっ」
楓伽は姿勢を正し敬礼をして部屋を退出した。
楓伽が扉を開けると扉の横に嘉章が立っていた。
「待合室でゆっくりしていればよかったのに」
「そういうわけにもいきません。ところで司令、右手の書類はなんですか?」
嘉章は楓伽の右手を指差した。
「新しい命令だよ。帰ったらまた忙しくなるね」
「休み無しですか……長官も人使いが荒いですね」
「仕方ないね。それじゃあ帰ろうか」
二人はそのまま施設を後にした。
皆さんこんにちは。横浜に動くガンダムが出来たそうですね。コロナが収束したら行ってみたいと思いますが、展示期間中に収束してくれるとありがたいなと思っています。
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第三話 ノモンハン事件①
清王朝が1734年に定めたハルハ東端部(外蒙古)とフルンボイル平原南部の新バルガ(内蒙古)との境界は、モンゴルの独立宣言(1913年)以後も、モンゴルと中華民国の間で踏襲されてきた。しかし、1932年に成立した満洲国は、フルンボイルの南方境界について従来の境界から10 から20 kmほど南方に位置するハルハ川を境界と新たに主張し、以後この地を国境係争地とした。1939年5月、フルンボイル平原のノモンハン周辺でモンゴル軍と満州国軍の国境警備隊の交戦をきっかけに日本軍とソ連軍がそれぞれ兵力を派遣し、大規模な戦闘に発展することになる。
遡ること11日前。1939年5月1日帝機軍司令沖田楓伽はとある人に呼びだされていた。
「失礼します、沖田です」
楓伽は扉を2回叩き許可を得てから部屋に入った。
「よく来てくれた。座ってくれ」
「失礼します」
楓伽は男の対面に腰を下ろした。
「東久邇宮殿下、お話というのは?」
目の前の男は東久邇宮稔彦王、今は陸軍大将。後に内閣総理大臣となる。稔彦王は頷いたあと話し始めた。
「今、満州国とモンゴルでは国境について小競り合いが続いているのは知っているな?」
「もちろんであります。しかし、此のまま激化していくとソ連の介入が有り得るかもしれません」
その言葉に稔彦王は頷く。
「その通りだ。恐らく君の予想通りに我々はソ連と戦わなくてはいけなくなるだろう。そこで君達の力を借りたい」
「我々の力――ですか?」
稔彦王は先程よりも強く頷いた。
「君達帝機軍には頑迷な帝国陸海軍と違って先見の明がある。君の前の司令官がそうだったからな。それに、君達の実力は私が一番よく知っている」
「殿下は前の司令官をご存じなのですか?」
「あぁ、彼からは硬く口止めされてるので言えんがな」
楓伽の前の司令官は突如として姿を消し、後任に当時海軍学校の学生だった楓伽を推薦している。そして現在楓伽は籍は海軍大佐として軍務に就きながら帝機軍の指揮を執っている。
「分かりました。我々の力が帝国の更なる発展に役立つならば是非使わせていただきます」
「ありがとう」
楓伽は稔彦王から差し出された手を強く握り返した。
同じ頃、玄界島帝機軍本部では開発局が活発に活動していた。帝機軍には独自の兵器開発をする部署がある。それが《帝機軍開発局》である。ここでは帝機軍独自の兵器を開発するのみならず、陸海軍へ独自開発した技術を提供したり、陸海軍から譲渡された兵器を帝機軍の技術力で強化、発展させて軍全体の戦力強化に一役買っていたりする。ここでは今、帝機軍副司令兼兵器開発局局長の河上嘉章と吉田忠一郎で前の作戦で接収した兵器類の実地テストを行っていた。
「どうだい乗ってみた感想は。元戦車乗りとして忌憚なき意見を聞かせてくれ」
「どの点もよく纏まっていると思いますよ。これを流用すれば九七式の対戦車能力の低さを補えると思います」
「なるほど。早速部下に取り掛からせよう」
嘉章はテストの終わりを告げ、一足先に工厰の方へ急ぎ足で向かっていった。
帝機軍本部の会議室には稔彦王との会談から帰って来た楓伽と嘉章と忠一郎と弌華の4人が居る。現在、ここでは満州国防衛に対する作戦が練られていた。
「――以上から我が軍は近い内にソ連と戦うことになるかもしれない。そこで君達から意見を聞きたい」
一番始めに切り出したのは嘉章だった。
「現在開発局では、先日鹵獲した敵戦車の技術を九七式にフィードバックしています。これにより、九七式に欠けていた対戦車能力を補完できるものと考えています。一週間以内に十五台出来る予定です。これを使えば――」
嘉章は書き上げてきたばっかりの図面を黒板に張り出していった。自信満々に改修点を話す嘉章を差し置いて弌華の口が開いた。
「私は空挺降下作戦を提案します。敵の後方基地を奇襲して撹乱すれば規模の大きいソ連軍といえども確実に出鼻を挫くことができると思います」
「しかし、敵陣奥深くまで侵攻して降下するなんて言うほど容易くはないぞ。例え成功したとしてもどうやって戻る?」
忠一郎の懸念は尤もだった。その懸念に
「吉田大尉、我々姉弟が造り出された理由をお忘れですか?降下作戦は私と姉上の二人で行います。私達が最も力を発揮できる環境は単独で、そして乱戦になった時です」
忠一郎からは反論は出なかった。楓伽は決着を見て取ったのかこの場を締めくくった。
「それじゃあ弌華と狂璃は改輸送機で降下をするという事で。私達はいつも通り陸軍の支援に回ることにしようか」
満州国
御堂信靖は陸軍戦車連隊の隊長として部下を率いて満州までやってきていた。彼は誰が見ても分かるほど機嫌が悪かった。というのも3日ほど前に彼にある命令が下ったからである。
「どういうことですか、この命令は!?」
信靖は執務室の机に勢いよく手を置いて目の前の上官に詰め寄った。
「どうもこうもない。我々は侵攻中の戦域から撤退して満州に引き返す。それだけだ」
上官は信靖の気迫に臆した様子を見せず淡々と告げた。
「あと少しで突破できるんです。ここを制圧すれば支那に大きな打撃を与えられるんですよ!」
「君は上の命令に逆らうのか?叛意ありとして報告しても良いのかね?」
信靖は上官の言葉に押し黙るしかなかった。反乱の兆しありとなれば自分の部下にも何かしら悪影響があるからだ。上官はこれで話は終わりだと言わんばかりに手を振って追い払う仕草をする。
信靖は渋々従ってその場を後にした。
「そろそろ機嫌を直したらどうです?ずっと眉間に皺よせてたら直らなくなりますよ」
声の主は信靖の部下だった。九七式戦車の車体に寝そべる信靖にコーヒーの入ったマグカップを手渡す。そして履帯の前で腰を下ろした。
「……ほっといてくれ」
信靖は起き上がり、コーヒーを口にしながら言った。
「明日、新型が来るらしいですよ。噂だと現在陸軍が保有するどの戦車よりも性能が良いとか」
信靖は興味が無かったのか特に反応を返さずコーヒーを飲み干した。
「先に寝る。お前も飲み終わったらさっさと宿舎に戻れよ」
信靖はマグカップを部下に返して自室へ戻った。
翌日、見慣れない戦車二十台が駐機場に運び込まれていた。陸軍主力である九七式戦車より一回りか二回り大きかった。その重厚なフォルムは陸軍の精強さを表しているかのようにも見えた。
皆さんこんにちは。 スーパーファントムのプラモデルが売ってたのでつい買っちゃいました。カッコいいので仕方ないですね。
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第四話 ノモンハン事件② 日蒙戦争へ
1939年5月13日
前からモンゴルと満州との間で小競り合いが続いていたが現在、ノモンハン周辺地域は日本とソ連の激戦地となっていた。ソ連から大きな援助を受けたモンゴルは満州に対し急襲を仕掛けることで始まった。
「植田司令、第23軍から昨12日朝来、モンゴル、ソ連連合軍がノモンハン西方地区にてハルハ河を渡河し不法越境して満州軍と交戦中との報告が有りました。防衛司令官から『師団の一部と在ハイラル満州軍全軍では戦力差がいかんともし難く、至急増援を要請する』との軍機電報が届いています」
「輸送中の戦車師団はどうなっている?」
「先程出立しましたので後三十分すれば到着するかと」
植田の部下は腕時計を見ながら答えた。
「そうか、ここの部隊の半分も前線に送ってやれ。防衛成功後に進撃するには数が足らないだろう」
「了解しました。しかし、それだけの戦力を割いて良いのですか?」
「前線が要求しているのだ。送らぬわけにはいくまい。それに足りなければ本国に要請すれば良いだけの事。何も困りはせん」
「了解しました。至急輸送準備を始めます」
報告に来た士官は急ぎ伝えるため司令室を後にした。
帝機軍は斉斉哈爾(チチハル)に集まり、降下作戦の用意をしていた。作戦は、最初に弌華と狂璃の二人をタムサクホラグの軍事基地に投下、同基地を徹底的に破壊したあと、アールシャンからタムサクホラグに進軍していた帝機軍機甲部隊と合流。その後バローンオルトまで進軍して、後は関東軍に引き継いでもらう手筈だ。
「姉上、用意は良いですか?」
弌華は眠たげな姉に問いかける。
「ん……。大丈夫」
フラフラとしながら滑走路に停まっている九七式改輸送機に向かう姿はとても大丈夫と言う人の姿ではなかった。
九七式改輸送機は現地時間午後10時30分に到着した。
「お二方、もうすぐ降下ポイントに到着します。用意しておいてください」
「分かりました。姉上、聞いていましたか?用意してください」
「ん。……分かった」
二人は席を立ち特殊な改装を施された機体後部に向かった。今回、二人は高度10000メートルからの降下となるがあらゆる超過酷な環境を想定して二人は造られているため酸素マスクなどの生命維持に必要な装備は必要ない。代わりに基地壊滅のための重火器を装備している。
『予定ポイント到着、降下作戦開始。御武運を』
機内に取り付けられた拡声器から声が流れると同時に2人は輸送機から降下した。
2人が降り立ったのは疎らに木が生える崖のような場所だった。本来なら基地直上に降りる予定だったが思ったより風にあおられてしまい少しずれてしまった。二人は丈の長い草に身を隠して様子をうかがった。
「前方に見張りが2人ですか、これは簡単に倒せますね。それとなかなか厚そうな鉄門ですね、破壊するのは無理そうですか。中には沢山の兵がいますね……」
「扉は私が破壊する……。弌華は人を殺って……」
狂璃の発言に弌華は賛成した。
「そうですね、じゃあ先陣を頼みます。援護は任せてください」
狂璃は首を縦に小さく振った。二人は草むらから身を出し眼前の目標に突貫した。
狂璃は鉄門に目一杯拳を叩きつけた。すると鈍い音を発しながら放射状に亀裂が生じ地面に落ちたガラス瓶のように崩れた。基地の各地で怒号が飛び交った。突然の出来事にも関わらず戦闘態勢に移行するまでそう時間はかからなかった。
「既に敵に侵入を許している、急ぎバリケードを築け!」
敵指揮官の的確な指示によって即座に戦車や土嚢などでバリケードが作られた。高所には狙撃兵、地上には大量の歩兵と万全防備態勢であった。
しかし、バリケードの内側でライフルを持って敵兵が来るのを待ち構えていた列から紅い火花が上がった。
同時に肉の塊となった者たちが次々とドミノを倒すみたいに地面に臥した。
弌華は敵が防衛戦を築き上げる前に後ろに回り込んでいた。
弌華が刀を振るう度に首が飛んだ。身体能力的に距離を詰められてしまうと常人では彼に対抗することは不可能である。しばらくして辺り一面は文字通りの血の海になっていた。
各地で爆発が起きた。狂璃が榴弾砲を担いで攻撃していた。彼女は弌華よりも身体能力が強化されているので普通の人が使うと片腕が吹き飛ぶような兵器も問題なく扱える。
基地は30分程で壊滅した。各地で黒煙がたなびいていた。弌華は周辺の哨戒を狂璃に任せて通信室に行った。
「司令、モールス信号を取得しました」
「内容は?」
「我レ当該地域制圧ニ成功セリとのことです」
楓伽が連絡を受けたのはアールシャンを出発してから一時間半ほど経った頃、丁度半分の距離を進んでいた時であった。楓伽の乗っている九九式司令車両は帝国陸軍が製造したもので帝機軍が性能評価のため試験的に使用している。最新の通信設備を惜しみ無く搭載しているため前線での司令部としての役割を果たすことを期待されている。
「あと半分か、二人には少し待ってもらうことになるね」
楓伽は地図を広げて自分達の居場所を確かめた。
「返信はどうします?」
「あと一時間半程待っててでお願い」
「了解しました」
蒙ソ連合軍
「なに?後方基地に襲撃だと?」
「はい。10分ほど前から連絡が途絶えています。恐らくは別動隊が動いていたかと」
連絡に来た士官は自分で言っている内容に自分で読み上げておきながら疑問を感じせざるを得なかった。
「奴らの戦力はスパイによって把握してるんだ。例え増援が来たとしても別動隊に回す余力があるとは思えん。機械の故障ではないのか?」
敵の戦力を常に把握している彼らにとって機械の故障を疑わせるほどには信じられないことだった。
「先程確認しましたが故障ではありません。未だ敵の防衛戦を破ることが出来て無いときに挟み撃ちにされるのは戦術上よくありません。ここは一度後退した方が良いのではありませんか?」
男は暫し考えた後全軍に撤退命令を出した。
「全軍に一時撤退を伝えろ。地雷の敷設も忘れずにさせておけ」
関東軍は最初防衛を強いられていたものの増援が来てからは徐々に攻勢へと持ち込んでいた。
「ん?敵の圧力が急に弱くなったな」
「大方我が軍の気迫に恐れおののいたのでしょう」
「そうだといいんだがな……。なんにせよ好機だ敵陣を今のうちに突破しよう。前線に通達、罠に注意を払いつつ進軍せよ」
「了解しました」
第一次ノモンハン会戦は日本側の勝利で幕を閉じた。勢いに乗った関東軍は細心の注意を払いつつ戦線を広げ始めた。
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第五話 日蒙戦争開戦
1939年6月
先月、ソ連の後ろ楯を得たモンゴルは満州国及び大日本帝国に対し宣戦を布告した。これにより後に日蒙戦争と呼ばれる戦闘が始まった。
チチハルに戻ってきた帝機軍は新たな作戦のため行動を開始していた。
「今回の攻撃目標はシベリア鉄道だよ!さぁ皆張り切っていこう!!」
帝機軍司令の沖田楓伽は何故か酷く興奮した状態で会議に出席していた。今回の会議には現帝機軍主要メンバーが集まっていた。
沖田楓伽(おきた ふうか)現帝国海軍大佐兼帝機軍司令
河上嘉章 (かわかみ よしあき)帝機軍中佐(副司令)
吉田忠一郎 (よしだ ちゅういちろう)元帝国陸軍大尉
島田征爾(しまだ せいじ)元犯罪者。 現帝機軍大尉
松本宗一(まつもとそういち)帝国海軍少佐
伊織癒乃 (いおり ゆの)元死刑囚。現帝機軍大尉
纏狂璃(まとい くるり)帝機軍中尉
纏弌華(まとい いちか)帝機軍少尉
「それで何でそんな機嫌が良いんですか?」
嘉章がため息混じりに聞くと「久し振りに戦場に出れるから」と年頃の少女からは出てこないような答えが返ってきた。その言葉に眉をひそめる者や無表情な者、うすら笑みを浮かべる者、端から興味の無い者と様々な反応がみられた。
「では、今回の攻撃目標はさっきも言った通りシベリア鉄道だよ」
そう言うと楓伽は黒板に地図を貼った。そこには赤丸で三ヶ所印が付けてあってどうやらそこを爆撃するらしい。
「初めに部隊を3つに分けて、1つ目はイルクーツク。2つ目はチェレンホウォ。3つ目はトゥルンだよ」
そこは山脈を通っているので破壊されたら修復するのに暫く時間がかかってしまう場所だった。ソ連からの支援物資が届かなければたちまちに物資不足に陥るモンゴル軍にとってはシベリア鉄道はこの戦争の動脈他ならなかった。
「ねぇ楓ちゃん。どうせだったら来た鉄道から物資奪えばいいんじゃない?」
口を開いたのは優しそうなお姉さんという感じの雰囲気を纏う伊織癒乃だった。
「でも癒乃姉ぇ、私達は敵に知られちゃダメなんだよ?」
帝機軍は敵はもちろん、味方にすら知られてはならないため癒乃の言ったことは行動方針上認めがたいことだった。
「そんなの簡単よ。全員殺しちゃえばいいのよ」
「死人に口なしってね」と薄ら笑いを浮かべながら付け足す。
「確かに癒乃姉ぇの実力なら簡単だろうけど……」
「では、私達姉弟が大尉の援護にまわります。それなら万が一討ち洩らしがあっても大丈夫でしょう」
姉の狂璃は会議前から寝ていたので代わりに弌華が発言した。
「それなら安心だね。じゃあ吉田君は物資輸送部隊の指揮を執ってもらえるかい?」
「応よ。任せてくれ」
忠一郎は握り拳を作って不敵な笑みを浮かべた。
「じゃあもう一度以上のことを踏まえて作戦を練り直しましょう」
嘉章が壇上に立って新たな作戦が練られることになった。
帝国本土???
「我々の戦いがやっと始まったか……。これで世界が変わってくれると良いが……」
「安心召されよ、必ずや彼らが成し遂げてくれる」
「そうだな。そのために15年の月日を掛けて我が祖国を変えたのだから……」
その言葉にその場にいた全員が力強く頷いた。
「我らが祖国――大日本帝国に栄光あれ」
男たちは持っていた盃を一斉に呷った。
1939年6月27日
モンゴル上空に何機かの航空機の編隊があった。もちろん帝機軍の航空部隊である。飛んでいるのは九九式戦闘機と九九式爆撃機だ。九九式戦闘機はキ28を原型としている。キ27とのとの競合に敗れたキ28だったが楓伽がフォルムを気に入ったので川崎からもらい受け、帝機軍技術局によって改修・量産化された経緯を持つ。後に搭載されている液冷エンジンは飛燕。そしてその後継機の燕龍に搭載されたエンジンの原型となる。九九式爆撃機は帝機軍独自に開発された機体で後に富岳へと基礎設計が開発に生かされることになる。
陸上部隊は前日にチチハルを出発して、敵の目を掻い潜るため険しい山脈を移動していた。
「ん……。寝れない……」
「我慢してください姉上。もう少しで着きますから」
不整地を走っているため車体が安定せずグラグラ揺れるため、眠りにつけない狂璃は少し不機嫌だった。……不機嫌な理由は他にもあるが。
「あぁ~りーちゃんは暖かくて柔らかくていい匂いがするから癒されるわぁ~」
不機嫌になった原因の一つが癒乃に抱かれていることだった。普通に抱けば良いものの匂いをかんだり、服の中に手を入れて胸や腹など触るセクハラ?行為を働いていた。
「大尉、あまりやり過ぎると……あ、自業自得ですね」
度を越えた行為に堪忍袋の緒が切れたのか狂璃が癒乃の左顎に見事なアッパーをお見舞いしていた。その衝撃で後ろに倒れた癒乃はガンと音をたてて頭をぶつけ、痛みのあまりに呻いていた。
「ほら言わんこっちゃない。大丈夫ですか?骨、折れてませんか?」
癒乃は弌華の問いに大丈夫と答えつつ目に涙を浮かべている。
「ねぇりーちゃん、私の妹にならない?」
「ヤだ。フウカがいい」
その言葉に癒乃はフラれたと言って気を落とすのであった。
皆さんこんにちは。突然ですが液冷エンジンを搭載した戦闘機って格好いいですよね。彗星とか飛燕とか……。彗星は爆撃機ですけど
空冷は四式戦かな。
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第六話 日蒙戦争②
シベリア鉄道に長年勤めている運転手のミハイルは昨日の夜からいやな予感がしていた。明日の出勤はしない方が良いと心の何処かで警鐘がなっていたが、生真面目な彼には休むという選択肢は無く、いつも通りの時間に起床し、朝食を食べて愛する妻と子供と抱擁を交わしてから職場へ向かった。
「お早うございますミハイルさん!今日もお早いですね」
職場に付くと整備士のセルゲイに声をかけられた。セルゲイは最近入ってきた新入りだが、明るい性格も相まってすぐに皆と打ち解けた。
「おう!お前も朝早く頑張るじゃねぇか」
ミハイルは彼に負けず劣らずの声量で返した。
「はい!今日は初めてこれに乗りますからね、つい楽しくなっちゃって」
セルゲイはコンコンと磨いていた先頭車両を叩きながら言った。
「整備しっかり頼んだぞ。なんか昨日から変な予感がするんだ」
ミハイルが急に真剣になったのでセルゲイも真剣な表情で「分かりました」と言って二人は一旦自分の仕事をするため別れた。
シベリア鉄道沿線上空
『α1からΔへ、敵哨戒機を発見。撃墜する』
『了解。早急に片を付けてね』
九九式戦闘機から放たれた7.7mm機関銃が火を吹く同時に目の前の敵機がパッと炎を出して、数秒後爆散した。
「もうそろそろ橋を通る頃だと思うんだけどな……あっ、来た!!」
トンネルから姿を出したのは武器弾薬を目一杯積んだ鉄道だった。
『α1リーダーから攻撃隊へ、目標が姿を表した。作戦を開始せよ』
『こちらα2、了解した』
その無線が流れると同時に九九式爆撃機のエンジンが唸りを上げ急降下を始めた。
ミハイルは運転している内に昨日からのいやな予感をすっかり忘れていた。今走っているのは自国の領土内。つまり、敵などいるはずがないのだ。
「ん?落石か……」
異常に気づいたミハイルはすぐに鉄道のスピードを落とした。ミハイルの目に写ったのは線路があるはずのところに沢山の岩の塊が積み重なっている光景だった。
「参ったな……」
ミハイルは後頭部を掻いて無線機を手にした。
「どうかしましたか?」
「ん?あぁ、目の前が岩で塞がれててな。このままでは動けないから付近の基地に応援を呼ぼうと思ってるんだ」
「そうでしたか……それは大変ですね。でも応援なんて呼ぶ必要無いですよ」
「それはどういう――――」
次に発せられる言葉は1発の銃声によって紡がれることはなかった。振り向こうとしたミハイルの脳天には穴が開いていて赤い液体を放出する間欠泉が出来上がっていた。
「なるほど、このPPSh-41は意外と使いやすいですね」
そう言いながら弌華は胸ポケットに入れていた通信機を取り出し一定の周波数に合わせた。
『大尉、纏です。こちらは終わりました、そっちはどうですか?』
『今終わったよ。でも1人取り逃しちゃった……。若いキレイな男の子だったんだけど惜しいことしたなぁ……』
『逃がした事については心配しなくてもいいですよ。今頃姉上が始末してるでしょうから』
僕は今、今までに無いほどの速さで走っている。さっき昼を食べてたらいきなり1人の人が窓をぶち破って入ってきて、中に居た軍人さん達を瞬く間に殺していった。その時に1人の軍人さんに庇ってもらって何とかここまで逃げきれたけど……
「ハァ……ハァ……一体なんなのさ……」
僕は呼吸を整えながら何度も後ろを振り向いて追っ手が来ていないことを確認してから一旦走るのを止めた。かれこれ10分は走っている。流石にここまで来たら道を知らないなら追っては来ないと思う。
「確か……近くに軍事施設が有ったような……そこに行こう」
しかし、セルゲイの足は前に動くことはなかった。代わりに心臓があるはずの位置から細腕が生えている。
「あれ……?ここって……腕―――」
セルゲイはそのまま地面に倒れて2度と起き上がることはなかった。
『弌華、終わった』
『分かりました。急ぎ帰ってきてください』
『………』
『どうしました?』
『道分からない』
『走りながら木に目印を付けといてくださいと前に言いましたよね?』
『ん……忘れてた』
『まぁ、いいです。そこから動かないでくださいね。絶対ですよ』
『ん。分かった、動かない』
その後無事狂璃は見つかった。少年――セルゲイの死体は近くの太い木の下に埋められた。
先程、一方的な戦闘が行われた列車付近には数十台もの輸送車が来ていた。兵士達は中に積まれている物資を奪うため既に行動を開始していた。
「おぉ……これはまた派手に殺ってるな」
輸送車団を率いてきた忠一郎は車中の見事な死体の山に口を大きく開けて驚嘆していた。
「首だけを見事に切っている……こりゃ即死だな。流石は東洋のジャックと言われただけあるな」
「私は女よ。呼ぶならジャックじゃなくてジルって呼んで欲しいかなぁ」
彼女――伊織癒乃が死刑判決を受けた理由は、アジアを拠点に無差別に人を殺したからだ。その被害件数は500人以上に及んだ。しかし、つい最近まで一切尻尾を出さなかった。アジア各国の警察組織は逮捕することを半ば諦め掻けていたという。
被害者は美少年・美少女に限定され、日本に帰ってきたときたまたま目についた沖田楓伽に狙いを定めたものの返り討ちにされ今に至る。
「そんで、弌華とあののんびり屋は?」
「もうすぐ帰ってくると思うけど、遅いわね……あ、来たよ」
癒乃が指を指す方向には寝ている狂璃を脇に抱えた弌華が崖を飛び越えていた。
「遅くなりました。姉上が走ってる間に寝てしまいまして……」
「そんなことだろうと思ったよ。まだ掛かるから先に車に入って――」
「え!?寝てるの!?なら抱いても起きないよね!?大丈夫だよね!?」
忠一郎の言葉を遮り、癒乃がいつもの病気を発病した。まだ弌華がなんとも言ってないのにその両手からひったくり既に頬ずりなんかを始めている。
「アァ――やっぱりこの触り心地は最高ね……楓ちゃんは胸無いうえに全身鍛えてるから……ぷにぷにしてないのよね」
「本人にそんなこと言ったらお前殺されるぞ?」
忠一郎が微妙にひきつった顔で言う。
「知ってるわよ。私も会った当初そんなこと言って半殺しにされたもの」
2人の会話から司令のことを怒らしてはならないと決心した弌華であった。それから弌華達も搬出を手伝って列車に火を着け、数分後にはその場を全速力で後にした。
皆さんこんにちは。コロナが変異してるそうですね。聞いたところによるとワクチンが聞かないだとか……。皆さん気を付けてくださいね。
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第七話 日蒙戦争③
大日本帝国陸軍第三突撃大隊はケルレン川とオノン川に挟まれたオルン要塞を目指していた。ここを攻略する事によって、ウランバートルへの道のりがスムーズに進み早期決着をつけることが出来る。
大隊の隊長御堂信靖(みどうのぶやす)は敵の攻勢がノモンハンを出てから一度も無いことに疑問を抱いていた。
「隊長、斥候に出していた兵が帰還しました」
「すぐに此処に連れてきてくれ」
「了解しました」
数分後信靖の元に斥候を終えた兵がやって来た。
「それじゃあ報告を聞こうか」
「は。付近に敵影は確認できませんでした。しかし、我々の進軍方向とは逆の方向にタイヤの跡が残っていました 。少なくとも10km以上は続いていると思われます」
信靖は報告の内容を聞いて思考を巡らせた。
(敵がいないことは良いことだがここは敵の支配領域のはずだ……。味方が先に敵を攻撃したことも考えられるがそのような作戦は聞いていない。考えられるとすれば極秘部隊による作戦か……?確か陸軍にそんな部隊が有ったな……)
「分かった。付近に敵影が無いなら我々にとっては好都合だ進軍しよう。しかし、敵の罠という可能性もあるから警戒は怠るな。十五分後にもう一度行ってもらう。今度は範囲を拡大するぞ」
「了解しました」
ノルン要塞の最高指揮官は苛立ちが募っていた。原因はどうやったか分からないがシベリア鉄道が何者かによる襲撃を何回も受け、物資の輸送が滞っていたことにある。初めの襲撃が有ってから警備を増強したものの、その尽くが返り討ちにされ、さらに運んでいたものが軒並み奪われたので今はシベリア鉄道による輸送は行われていない。車で首都から輸送することもしたが野盗に襲われ、被害が出ているので十分な補給は出来てるとは言えなかった。
「まだ補給は届かんのか?」
「申し訳ありません……なにぶん鉄道を使っての輸送が出来ないので滞っておりまして……」
「そんなことは分かっている。しかし、新たな補充が来ない今、日本軍に攻め入られでもしたら簡単に落とされるぞ。ここが首都防衛の要であることは蒙昧な将校や政治家共も分かっているはずだが……」
彼はそもそも日本軍と戦争を始めることに否定派の人間だった。前線を知らない奴らはソ連の援助を取り付けたことで日本に勝てると強気になっていたが戦争はそんなに甘くないことを彼は知っていた。
(ソ連から援助が得られなければ我が国は一日もたたないうちに制圧されるだろう。その頼みの援助もシベリア輸送の度重なる失敗によってソ連側がだんだん渋り始めているらしい。その気になったらソ連は我々を見捨てることもできるというのになぜそれを奴らは分からないのだ……?」
「司令のお考えは私も良く分かります。私も同じ考えですから。しかし、私たちには守るべき家族がいます。退くわけにはいきませんよ」
どうやら心の声が口に出ていたらしい。横にいた側近の兵は司令長官に対してそんなことを言った。
「すまん。少し弱気になっていた。やれるだけやるのが我々軍人の使命だもんな」
「いえ、お気になさらず。私達も同じ思いですから」
「失礼します!!緊急報告です!!」
司令室のドアをぶち破る勢いで一人の兵士がやって来た。全速力で走ってきたのか息が上がっている。
「先程、日本軍と思われる大部隊が此方に侵攻していると報告がありました!後五分程で一次防衛線に接触します!」
「成る程……補給は届かんかったか。第三機甲大隊に出動命令を出せ!絶対に抜かせるなよ」
砲撃はほぼ同時に行われた。一方は大量の火砲による面攻撃でもう一方は正確な照準によって一台づつ確実に撃破していった。九九式戦車は突撃陣形を展開してどんどん防衛網を食い破っていき、その合間を縫ってオートバイによる機動部隊が敵の歩兵を蹂躙していく。
一方、空でも熾烈な戦闘が繰り広げられていた。陸軍の主力戦闘機の九七式戦闘機はモンゴル軍のソ連から譲渡されたI-153戦闘機の直上から機銃を雨のように浴びせて次々と撃墜していった。残った機体も九七式に狙いを定めるが高い運動性能によって避けられ、九七式の高い格闘性能によって反撃され撃墜されていった。
「司令、大変残念な報告です……。既に我が方は第二防衛線まで侵攻を許しました。部隊も敗走を続けてるらしくここまで来るのにそう時間は掛かりません……」
「連絡が取れる部隊を司令部に周辺に終結させろ。少しでも首都の守りを固めるまでの時間を稼ぐのだ」
「了解しました!」
その後優秀な司令官の元果敢に戦ったモンゴル軍はその殆どが戦死したものの見事日本軍の侵攻を遅らせることに成功した。この戦闘での日本軍の損害は決して少ないとは言えなかった。
「良いのか?あの部隊章確か信靖の部隊のだったぞ」
「え、そうだったの!?気づかなかった……。でも今の私は簡単に人前に出れないからなぁ」
「お前は海軍所属となってるから大丈夫だろ。まぁ、海軍所属のお前がこんなとこにいるのはおかしいがな」
「まぁ、いいよ。またそのうち会えるだろうし」
「戦闘、終わりましたか?」
双眼鏡で戦闘があった場所からそう遠くない草原で事の一部始終を見ていた楓伽と忠一郎の元に民族服を纏った弌華が後ろから問いかけた。
「ああ。どうやら相手さん相当頭の良い指揮官だったな」
忠一郎は感心したかのように言う。
「よし。終わったことだしもう暫く私たちは野盗ごっこを続けるかな」
民族服を着た三人は草むらの奥へと消えていった。
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第八話 戦争終結
1939年8月
現在、日蒙戦争の発端となったノモンハンでは日本とソ連の間で会談が行われていた。ドイツのポーランド侵攻にソ連も参加するため、日本とモンゴルとの戦争に加担する暇が無くなったためだ。そのためソ連はモンゴルから手を引き、日ソ中立条約を締結した。そして同日中にソ連の兵力の殆どが引き上げられ二日後に日本軍はモンゴルの首都ウランバートルに侵攻。圧倒的な兵力差を持って同地を制圧して降伏勧告が行われた。1939年8月1日にモンゴルは降伏勧告を受諾し、日蒙戦争は終結した。
大日本帝国総理官邸
大日本帝国は東久邇宮稔彦王を総理大臣として辛うじて議会が機能している状況だった。
「総理、米英からモンゴルから手を引くようにと勧告が来ています」
「モンゴルは我々が正当な理由を持って得た土地だ。彼らに我々の正当性を伝えてくれ」
「了解しました」
連絡に来た人は一礼をして部屋から退出した。それを見届けた稔彦王は自然にため息が出てしまう。総理大臣とは名ばかりで実際は軍部の暴走を押さえることが出来ずにいた。彼はこの先の日本を憂いた。
玄界島では島内にある帝機軍本部で次の作戦計画が練られていた。
「え~唐突ですが弌華、忠一郎、征爾にはドイツに行ってもらうよ」
楓伽から言われたことに忠一郎と征爾は驚きを隠せないでいた。征爾とは島田征爾(しまだせいじ)という人で元海軍所属だ。
「何故そのようなことを仰るのですか?参謀本部からの許可は頂いているのですか?」
征爾が意味が解らないという感じで言う。
「私はドイツに少し太いパイプを持っていてね。空母の設計図、運用技術を譲渡する代わりに此方の技術者を派遣して学ばせてくれって言ったら直ぐに良いよと言われたからだよ」
ちなみに今回譲渡する設計図は飛龍と蒼龍のだ。後にこれと前に譲渡した赤城の設計図を合わせてドイツ海軍はグラーフ・ツェッペリンとペーター・シュトラッサーという二隻の空母を産み出すこととなる。
「私たちはちょっと特殊だからね最高指揮決定権は参謀本部じゃなくて五十六おじさんのところにあるから良いんだよ」
「それにもう許可は貰ってるしね」と楓伽は最後に付け足した。
「解りました。いつ出発予定ですか?」
「三日後に出発する予定だよ。島の飛行場から発つから」
「了解しました」
三人は敬礼をして執務室を退出した。
1939年8月3日
この日、玄界島には超大型輸送機《大鷲》が4機揃っていた。大鷲はこの日のために開発させたモンゴルからドイツまでを無補給で飛べる輸送機だ。左右に三発づつ計6発の専用エンジンを搭載し、可能な限り機体を軽量化することによってこの性能を得ている。まず日本からモンゴルに行き、そこからドイツに行く予定となっている。
忠一郎と弌華は始めてみる大鷲に驚いていた。他の搭乗する技術者や将兵も二人と同じ反応だ。
「これは……でけぇな……」
「見た目は民間航空機のようですね」
「こんな民間機あるわけ無いだろうが」
少し改造すれば戦略爆撃機ともなるような風体のそれは白い機体色に朝日を浴びてまるで伝説に出てくる鳳のようだった。
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第九話 纏弌華ドイツに立つ
1939年8月5日
四機の大鷲はドイツのフランクフルト空港に着陸した。空港には軍関係者がズラリと並んでいる。大鷲の後部ハッチが解放されると同時に音楽隊による演奏が開始された。
「なんか凄い歓迎のされようだな」
「ええ、正直ここまでして貰えるとは思いませんでした……」
弌華達は空港に引かれたレッドカーペットの一本道を通った。暫く歩くと口元に髭を蓄えた男を先頭にした一団とぶつかった。
「大日本帝国派遣団団長の吉田忠一郎です」
「ドイツ帝国首相のアドルフ・ヒトラーだ。君達を歓迎しよう」
二人は互いに差し出された手を握りあった。ヒトラーに促され車に乗った弌華達は首都ベルリンへと向かった。弌華達はベルリンへ着いた後、技術者達と別れ、ヒトラーと共に総統官邸に来ていた。ヒトラーの対面に弌華、忠一郎、征爾の順で座る。
「改めて我がドイツ帝国にようこそ。君達の二年間が有意義なものになることを願おう」
「ありがとうございます」
「早速だが我々が要求していたものは持ってきてくれているかな?」
「これでございます」
忠一郎はビジネスバッグから資料を取り出し、ヒトラーに手渡した。ヒトラーは中を少し捲って見た後側近の男に渡した。そして側近の男に人払いを頼んだ。
「君達は白作戦に参加するのだったね」
「はい。しかし、日本軍であることを絶対に知られてはなりません」
「成る程、相分かった。バレぬよう取り計らおう」
「ありがとうございます」
「そろそろ演習が始まる、君達も見ていくと良い。だが弌華君には会ってもらいたい人がいるからすまないが君は私に付いてきてくれ」
「了解しました」
一旦三人は別れて、弌華はヒトラーの後に付いて目的地まで車で向かった。二人は街を離れ山のさらに奥へと行き、暫く舗装されてない道を通った後車を停めた。目の前には巧妙に隠されたコンクリート製のトンネルのようなものがある。ヒトラーが車を降りてコンソールパネルに数字を入力すると液晶に人が現れ、一言二言会話した後ゆっくりと地震のような音を立てて壁が左右に開いた。
暫く構内を走るとまた同じような設備が二個ほど現れその度に同じ手順を踏んで進んだ。
現れたのはとても大きな工場だった。ここはU-シフト計画によって最初に建設された地下基地で、名をU-1基地と言う。ここは新兵器の開発や生物兵器の生産などをしていて、さらに石油の精練施設まで存在している。帝国にはこのような基地が既に何個かあるらしく、さらに増やすつもりらしい。
ヒトラーは駐車場に車を停め、研究室のような建物に向かった。
「Dr.ソフィー、いるかね?」
「よく来たねアドルフ。その子が例のかい?」
「そうだ。我が友の娘の部下だ」
Dr.ソフィーと呼ばれた白衣を来た美女は二十代中頃だろうか。女性にしては身長は高い部類に入ると思う。金髪はショートに揃えられていて眼鏡をかけた姿はとても理知的に見える。
「君、名前は?」
Dr.ソフィーは弌華の顔を覗き込んで名を聞いてきた。
「纏弌華と言います」
「マトイ……。成る程、君を造ったのは誠十郎さんだね?」
「そうですがなぜドクターが博士を知っているのですか?」
「二十年くらい前に会ったことがあってね。あの人と話した内容はとても面白かったから今でも覚えているよ」
Dr.ソフィーは懐かしむように言った。
「さて早速だけど君のデータを取らせてもらいたいんだけど」
「了解しました」
様々な検査は終わるのに小一時間程かかった。とりあえずDr.ソフィーの用事は終わったらしく、暫く施設内を見て回った後ベルリンへ帰ることになった。
「そうだ、君にこれを渡しておこう。サイズが合わなかったら言ってくれ」
基地を出る前にヒトラーから渡された袋に入っていたのは親衛隊の制服だった。襟に少尉の階級章が取り付けられている。
「これは私の君に対する信頼の証と思ってくれて良い。これから我が帝国のために職務に励んでくれ」
「ご期待に添えるよう努力いたします」
基地から総統官邸へ戻ると汗だくになった忠一郎と陸軍兵士がいた。
「運動してきたのですか?」
「俺も演習に参加してたんだ、とても良い経験だったよ。それはそうと、お前のその服どうしたんだ?」
今、弌華が来ているのは一時間ほど前に貰った親衛隊の制服だ。忠一郎の問いに答えたのはヒトラーだった。
「私が彼に譲渡したのだ。君達のも人数分あるから一段落したら受け取りに来てくれ」
「了解しました」
「では私はこれで。君達の宿舎は後で案内を寄越すから彼に付いていってくれ」
ヒトラーは弌華を連れて官邸の中へ入っていった。
「さて弌華君、君の処遇について我が友の娘から頼み事をされていてね」
ヒトラーが言う我が友とは沖田楓伽の実の父沖田和隆(おきたかずたか)の事である。
「私の処遇ですか?」
「うむ。君には軍人施設内でなく、長閑な場所で人と触れ合いながら生活して欲しいとのことでな」
「何故そのようなことを……?」
「私に分かるわけ無いだろう。此方で幾つかめぼしい場所をピックアップしておいた。好きなところを選んでくれ」
そう言うとヒトラーはデスクに地図を広げた。赤丸が四つ程囲まれている地点がある。弌華は四つの中で比較的ベルリンに近い場所を選んだ。
「宜しい。では案内を出すから彼に従ってくれ」
「了解しました」
弌華はナチス式敬礼をして官邸を後にした。
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第十話 戦狼部隊結成
地下基地って格好いいなと思うんですよ。ナチスには地下基地を造る計画が有ったとか。よしならば実際に造らせようという事で今回はナイスに地下基地を造ってもらいました。
1939年8月5日
「少尉殿、着きましたよ」
「ありがとうございます」
弌華は運転手に礼を言って車を降りた。目の前には自分が指定した家がある。弌華は運転手に貰った鍵を使って家の中に入った。一人で住むには少し大きいだろうか。少なくとも確実に一部屋は使わない。リビングに行くとテーブルに電話と束のマルク紙幣が置いてあった。電話の方は掛けるとベルリンに直接繋がるのだろう。
弌華は私室に指定した部屋にそれらを持って行き、紙幣はデスクの引き出しに入れて鍵を掛け、電話は一本脚のダイニングテーブルに置いた。時計を見ると午後八時。これから夕食を作るには遅い時間だったので店を探しに外へ出た。
弌華は家の横に停められていたオートバイを使って付近を散策して三十分ほど経った後飲食店を見つけた。ヨーロッパらしい風情ある建物だった。弌華は店先に取り付けられたランタンの火がゆらゆら燃えているのがとても気に入った。
「いらっしゃいませ。あら?親衛隊の方がいらっしゃるのは珍しいですね」
声を掛けてきたのはこの店の看板娘と思われる少女だった。これが彼女――エルフリーデ・イェーガーと纏弌華の出会いだった。
「この店で一番人気のメニューをお願いします」
「分かりました。何処に座ります?」
弌華はカウンターの一番奥を指差した。
「あそこでお願いします」
「分かりました。水を持ってくるので座って待っててくださいね」
始めは弌華しか人がいなかったが時間を経るに連れてどんどん人が入ってきて、十分もしない内に満席となった。頼んだものを食べていると弌華の横に座った男に声を掛けられた。
「兄ちゃん、アジアの人間だろ?どうして親衛隊の制服なんか着てるんだ?」
当時の親衛隊入隊条項には人種的な制限があった。
1,純粋北方人種
2,圧倒的に北方人種であるかファーレン人種
3,基本的に先の2つの人種だが、それにアルプス山地人種、ディナール人種(南欧)、地中海人種が少し混じっている人種
4,東方(=東欧)系。もしくはアルプス系混血
5,ヨーロッパ人以外の外人種との混血
上記の内、親衛隊選考対象になり得るのは三番までで弌華はそのどれにも当てはまらなかった。
「総統閣下が私の事を認めてくださったからです」
弌華は当たり障りの無い言葉を選んで返答した。
「そうか。俺の予想だと君は日本人だな」
(この男、勘が良い……。警戒対象にすべきですね……)
弌華は妙に勘の良い男を探るような目で見つめた。男は手を降り敵対意思がないことを示す。
「別に何かしようって事じゃない。ただ、最近面白いことが何もないからそっちの話を聞きたいだけなんだ。勘が良いのは昔からだから気にしないでくれ」
「……あんまり面白いと思う話はありませんよ」
「それでも構わんさ」
弌華はポツポツと機密は伏せて自分の事を語りだした。八割方は嘘であるが気付かれずに済んだらしい。いつしか店内にいた殆どの人が弌華の話に耳を傾け、笑い話には笑い、悲しい話には涙を流した。その中にはエルフリーデもいた。
弌華は白作戦発動までの二十七日間この店に通い、様々な人と親交を深めた。
1939年8月15日
大日本帝国派遣団の軍人はU-1基地に集結していた。前日に理由を言われず明日総統官邸に来るように言われ、来てみると大きなトラックに乗せられここまで来た。
派遣団の到着に少し遅れてヒトラーが到着し、その専用車から降り立った瞬間全員がナチス式敬礼をとった。この軍服を着ているときだけはヒトラーに忠誠を誓う軍人だ。ヒトラーはそれに答礼を返す。
「さて今回諸君らに集まってもらったのは他でもない、白作戦についてだ。私は諸君らを深く信頼し、共に闘うものとして諸君らだけの特別部隊を編成することにした。部隊名はヴェーアヴォルフ、専用の装備も用意した」
ヴェーアヴォルフを日本語訳すると戦狼という意味になる。
ヒトラーの乗った車の後ろに控えていたトラックの荷台が開かれ中から装備一式が出された。通常礼装は親衛隊の礼装をベースに微章を取り外して赤いラインが入っており、左右上腕部にはハーケンクロイツの刺繍がなされている。弌華、忠一郎、征爾の三名の礼服だけは親衛隊であることの証である微章が取り付けられている。弌華達は一度更衣室に行き、着替えてからもう一度集合した。
「では今後諸君らが使用する兵器類を紹介しよう」
ヒトラーは兵器廠へ弌華達を案内した。着いた後ヒトラーはここから先の説明をDr.ソフィーに一任した。
「君達の目の前にあるのはME-330戦闘機と言うもので私たちは《ヴィント》と呼んでいるわ。これの最大の特徴は三基のWaジェットね。初期は故障が多かったけど今はレシプロより速く安定した性能を引き出せるわ」
彼女の説明を補足すると元はME-328として計画されていた機体でパルスジェットの性能が著しく低かったため正式採用されなかった。そこでDr.ソフィーは元々研究していた水素を使ったエンジンを製作した。それが《Waジェット》である。燃料の水素は水を電気分解することにより得られるので石油を輸入に頼っていたドイツでは重宝された。
「続いて此方はE-40戦車と言うもので愛称はジーク・ティーガよ。車高が低く砲身が長いのが外見上の特徴かしら。特筆すべき点は装甲の厚さに対して機動性が高いことね。性能が高い分、大量生産には向いてないわ」
ヴェーアヴォルフにはこれらの新兵器が配備されることになる。新兵器の実験部隊とも言えるだろう。弌華達は早速慣熟訓練を始めた。
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第十一話 ポーランド侵攻
ポーランド侵攻は、1939年9月1日にドイツ国、及びドイツと同盟を組む独立スロバキアが、続いて1939年9月17日にソビエト連邦がポーランド領内に侵攻したことを指す。ポーランドの同盟国であったイギリスとフランスが相互援助条約(ポーランド・イギリス相互援助条約)、(ポーランド・フランス相互援助条約)を元に9月3日にドイツに宣戦布告し、第二次世界大戦が始まった。
第二次世界大戦開戦4日前の8月31日、弌華はベルリンにいた。
「それではエル、いってきます」
「はい。御武運を」
弌華はエルと包容を交わして家を出た。既に家の前には迎えの車が到着していた。
エルとはエルフリーデの愛称である。弌華とエルは店で話している間に仲良くなり、弌華が気付いたときにはなし崩しに一緒に暮らしていた。その際エルの父親と一悶着有ったが無事解決して今に至る。
「いや、驚きましたよ。まさか少尉殿が友人通り越してあんなに早く彼女さん持つなんて」
運転手の人はドイツ軍のなかでも弌華の事を知る数少ない人物だ。話によると、彼とヒトラーとDr.ソフィーとで弌華が8月末までに何人友達が出来るか賭けていたらしい。
「彼女?……まぁ端から見たらそう見えるのかもしれませんね」
二人は他愛無い会話をしながら市街地を走った。二時間程でヴェーアヴォルフの拠点となっているU-1基地に着いた。既に隊員は弌華を覗いて全員揃っていて、機体の調整や作戦の確認などをしていた。
ドイツ軍の計画ではポーランド侵攻はこのように行われる手筈だ
白作戦は三方向からポーランドを侵攻することになっている。ドイツ本土からポーランドの西国境を突破する主力攻撃。これはゲルト・フォン・ルントシュテットが指揮する南部軍集団がドイツ領シレジアと、モラヴィアおよびスロバキア国境から攻撃する。ヨハネス・ブラスコヴィッツが指揮する第8軍はウッチ市へ向け東進、ヴィルヘルム・リスト将軍の第14軍はクラクフ市へ向けて前進しポーランドのカルパチア山系側面を迂回、そしてヴァルター・フォン・ライヒェナウが指揮する第10軍は南部軍集団の装甲師団と共に中央に進撃する。
北部軍集団はフェードア・フォン・ボックが指揮する。ゲオルク・フォン・キュヒラー将軍の第3軍は東プロイセンから南進し、ギュンター・フォン・クルーゲ将軍の第4軍はポーランド回廊を横切って東進。
第3の攻撃は南部軍集団の一部と同盟した独立スロバキア軍がスロバキアから攻撃。ポーランド国内では開戦前に第五列であるドイツ系住民の自衛団の各部隊が陽動作戦や破壊活動を行いポーランドに侵入するドイツ軍を支援する手筈だ。
全ての強襲部隊はワルシャワに向かって進軍し、その過程でポーランド軍の主力部隊はヴィスワ川の西で包囲殲滅されることとなっている。ヴェーアヴォルフは本土から出撃し、敗走するポーランド軍と英仏に逃げ込むであろうポーランド軍を殲滅することとなっている。
1939年9月1日午前5時
「艦長、攻撃開始時刻になりました」
「うむ。主砲発射用意せよ。目標、自由都市ダンツィヒ」
「目標自由都市ダンツィヒ。1番2番目標に照準合わせ!」
「諸元入力完了!照準よし!」
「撃てぇい!」
「てぇー!!」
ドイツ海軍の前弩級戦艦「シュレスヴィヒ=ホルシュタイン」が自由都市ダンツィヒのヴェステルプラッテに駐屯するポーランド軍守備隊に対し艦砲射撃を始めた。
ドイツ空軍が引き続きポーランドの各都市を爆撃するとともに、ドイツ陸軍はポーランド国境の西、南、北の3方から一斉に進撃を開始した。
「主砲装填完了!いつでも撃てます!」
「目標、前方の敵機甲部隊部隊、撃て!」
陸上でもドイツ軍のⅢ号、Ⅳ号戦車による砲撃が始められていた。ポーランド軍も突然の攻撃に混乱状態に陥りながらも攻撃を続けるが殆どの兵器が旧式同然のポーランド軍に対し、ドイツ軍の兵器は戦闘機から戦車のどれをとっても最新鋭機なので性能差はいかんともし難く、徐々に追い詰められていった。
一方その頃ポーランド首都部でドイツ系住民による暴動が一斉に行われていた。ポーランド軍は侵攻してくるドイツ軍と国内の暴動両方に対応しなければならず、国土を守るため分散させていた兵力がさらに分散された。それにより、各地でドイツ軍の猛攻に耐えきれなくなった部隊が次々と敗走し始めた。
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第十二話 ポーランド侵攻②
1939年9月3日
この日、イギリス・フランス両国は相互援助条約(ポーランド・イギリス相互援助条約)、(ポーランド・フランス相互援助条約)を元にドイツに対し宣戦布告した。しかし、イギリス軍は大部分の兵力がポーランド侵攻に出払っていたドイツ本土に一切攻撃を仕掛けなかった。対してフランス軍はこれを機に一気にドイツ本土に攻めいる準備をしていた。
ポーランド軍は国境付近での戦闘に敗退したことによって徐々にワルシャワやルヴフ等の都市に後退せざるを得なくなっていた。さらにドイツ空軍によって制空権を奪われたポーランド軍と主要都市は定期的な爆撃に曝された。さらに北から攻め込むクルーゲの部隊が国境線から10キロメートル先にあったヴィスワ川に到達し、キュヒラーの部隊がナレフ川に行き着いた。白作戦は驚くほど順調だった。
「全隊一時停止、偵察を出せ」
「了解しました」
男は横にいる副官に命じた。副官は直ぐに偵察部隊を編成して出発させた。
「首尾はどうだね?アルベルト」
「ロンメルか、あの部隊は貴様のか」
その言葉にロンメルと呼ばれた男は頷く。ロンメルとはエルヴィン・ロンメル少将のことで本作戦では歩兵師団長を務めている。
アルベルトとはアルベルト・イェーガー少将のことで本作戦では機甲師団長を務めている。因みにアルベルトには息子のアロイスと娘のエルフリーデがいて、アロイスはロンメルの下で行動している。
「聞いたぞ、エルフリーデちゃんのボーイフレンドと対決して負けたんだってな」
「なぜそれを?」
「有名な話さ、熊がモヤシに負けたって」
「……ふん。それで?からかいに来ただけじゃ無いんだろ?」
ロンメルの表情が真剣なものに変わった。
「フランス軍が本国に侵入してきたそうだ」
「なんだって!?それを早く言え!参謀本部は何と言っている!」
「気にせずそのまま進めとしか言っておらんよ」
「どういうことだ!?」
「知らんよ。総統閣下には秘策があるのだろう」
ヴェーアヴォルフは緊急招集によってフランス軍とドイツ軍が争っている地点に移動中だった。
「さて、私たちの出番ですね。姉上、準備は良いですか?」
「ん……。大丈夫」
「二人とも、ヘルメットを脱ぐなよ。我々の参加は極秘事項だ」
「分かっています。敵の機甲部隊は任せます」
「了解だ!この一月の成果を見せてやるよ!」
フランス軍は兵器の質的にドイツと引けを取らなかったが第一次世界大戦での勝利の経験が足を引っ張り、戦車の有効活用が出来ていなかった。それゆえ、強固な陣地形成をしたドイツ軍に苦戦していた。戦闘区域から離れた後方では本作戦の指揮官が作戦の遅れに苛立っていた。
「ええい!まだ破れんのか!」
「申し訳ありません、敵の防衛ラインが固く、中々突破できないようで……」
「この戦力差なら楽々と突破できると踏んでいたが……」
数の差でじりじりとドイツ軍を追い詰めているも彼我の戦力差に対して時間がかかりすぎていた。
「司令、敵後方に増援が確認されました」
「数は?」
「確認できただけでも戦車13台と歩兵2名とのことです」
「なんだか中途半端だな。歩兵2名ってのが気になるが……」
「緊急連絡です!歩兵連隊の一部がが突破に成功しました!」
その報告に司令官は目を輝かせて立ち上がった。
「よろしい!全部隊を突撃させろ!一気に突破するぞ!」
その頃戦域に到着したヴェーアヴォルフは防衛部隊と連絡を取っていた。
『こちら第1特殊作戦部隊これより防衛作戦に協力する』
『助力感謝する』
『早速だが真ん中の防衛線を意図的に空けてくれ』
『なんだと?それでは敵に突破されてしまうぞ』
『我々に作戦がある。従ってもらいたい』
『……分かった。その作戦に従おう』
通話を終えた忠一郎が弌華と狂璃に話しかけた。
「聞いての通りだ、二人は真ん中から押し寄せてくる歩兵を殲滅しろ。装甲部隊は俺らで対処する。俺らの砲撃に当たるなよ」
「分かっています」
2人は崖を飛び降り、全速力で突撃した。
弌華はまず敵の直上まで飛び、そこからありったけの手榴弾を投げ込んだ。突然の攻撃に怯んだフランス軍にすかさず狂璃が両手に持ったナイフで命を刈り取っていく。着地した弌華は背中に装備した多くの重火器の内、1つを手に取り目の前の敵に放つ。歩兵と共に行動していた戦車には忠一郎率いる戦車部隊と征爾率いる砲兵部隊による攻撃を余すことなく浴びせた。砲撃によって巻き上げられた土煙が茶色から紅色に変わり視界が視界が晴れる頃には立っているのは2人を除いていなかった。
『当該地域における敵兵確認できず、敵部隊殲滅完了』
『了解した。お前らはそのまま前進しろ』
『了解しました』
その頃フランス軍の後方部隊では部隊全滅の報せが届いていた。
「くそっ!どういうことだ!?たったあれだけの部隊に何故やられるんだ!?私の作戦は上手く行っていた筈だ……。それなのに何故……!」
「……撤退しましょう。主力が壊滅した今、これ以上の戦闘行動は不可能です」
「うるさい!!今すぐ全部隊を突撃させろ!」
「……出来ません!これ以上戦ったって被害が増えるだけです!」
突如、言い争っている二人の声を掻き消す程の轟音が自分達の近くで聞こえた。防衛戦の中央を守っていた部隊が二手に分かれ左右から挟撃したのだ。これにはさすがに撤退の意思を決め、残った部隊を率いて撤退し始めた。
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第十三話 ポーランド侵攻④
1939年9月5日 U-1基地
ドイツとフランスとの国境で起こった戦闘から二日後ヴェーアヴォルフはU-1基地にて補給と点検を受けていた。彼らの扱う兵器はどれも新型で試作の域を出ていないから念入りな点検が必要となる。U-1基地とベルリンの総統官邸は地下の高速鉄道で繋がっていて、それを使ってヒトラーの元へ忠一郎、弌華、征爾が来ていた。
「先の戦闘では君達の奮戦があって防衛線が突破されずに済んだ。良くやってくれた」
「いえ、軍人としての務めを果たしたに過ぎません。して、今回我々を呼び出したということは新しい任務ですか?」
忠一郎がヒトラーに聞いた。
「そうだ。私の予想ではフランスとイギリスは介入してこないと思っていたがフランスは我が軍に対して攻撃を仕掛けた。よって私はフランスに攻撃をするのを速めようと思う。君達はポーランド侵攻主力部隊と入れ替わってできるだけ速く、ポーランドを降伏させて欲しい詳細な作戦は後で基地に送っておくからそれを参照してくれ」
「了解しました」
緒戦での戦闘にで圧倒的な戦果を上げたことによりドイツ軍は圧倒的な優位を保ちながら白作戦を成功に導きつつあった。ポーランドが降伏するのはそう時間が掛からないと見たドイツ軍参謀本部は主力をフランス侵攻に送ることを決定した。そしてドイツはソ連との交渉により、当初予定していた地域以外全てソ連に譲渡することでソ連のポーランド侵攻を速めさせた。
1939年9月9日
この日、ソ連は80万人もの兵力を擁してベラルーシとウクライナから二手に分かれ、まだ戦闘地域ではなかったポーランド東部国境地帯に侵攻した。ソ連の突然の襲撃に対し、ポーランド軍のルィツ=シミグウィ元帥は国境防衛隊に対し、ソ連軍とは直に交戦することを避けて退却せよと命令した。それでも多少の小ぜり合いや戦闘は避けることができなかった。同じ頃ワルシャワの西に位置するブズラ川付近でポーランド侵攻最大の戦闘が始まろうとしていた。
ブズラ川付近にはドイツ第8軍とヴェーアヴォルフが作戦開始時刻を待ちわびながら待機していた。
忠一郎は第8軍の指揮官ヨハネス・ブラスコヴィッツと作戦の確認のために会っていた。
「お初にお見え掛かります。ヴェーアヴォルフ指揮官吉田忠一郎です」
「初めまして。ヨハネス・フラスゴヴィッツだ。本当にアジアの方なのだな」
二人は握手を交わして野営テント内に設置された椅子に座った。
「今回の作戦だがこの流れで良いかね?」
ヨハネスは作戦を忠一郎に説明した。
「……そうですね、これですとポーランド回廊から撤退してくる敵に挟み撃ちされる可能性があります。そこで我々の部隊を投入して挟撃の危険を下げた方が良いかと思います」
「それは良いが、そんな少数で対応できるのか?」
「はい。恐らくここから出てくる敵は歩兵中心でしょうから我々の秘密兵器で十分対応出来ます」
「分かった君達を信じよう。作戦は十分後に開始する」
「了解しました」
忠一郎はテントから出て、仲間が待つ所へ向かった。ヴェーアヴォルフは既に装備の最終確認を終えて、後は出撃するだけだった。
「作戦はどのように?」
忠一郎が帰ってきたことに気付いた征爾が話しかけた。忠一郎は地図を取り出し説明を始めた。
「俺らはポーランド回廊から出てくるであろう敵を迎え撃つためここで待機する」
「成る程。しかし、敵の戦力が此方を上回っている可能性の方が高いのでは?」
「安心しろ。俺らにはあの二人がいる」
忠一郎は後ろで芝生に座って瞑想している弌華と弌華に縒りかかって寝ている狂璃に視線を向けた。
「……あの二人を信用しすぎるのも考えものですな」
征爾は腕を組み、二人の方を睨みながら言った。
「そうか?二人は戦果を確実に挙げているだろ。それに今のところ表立って反抗する意思は見られないしな」
「私はあのような人間の紛い物など信用してませんよ。私以外にも彼らを危険視している人がいることを覚えておいてください」
そう言って征爾は自分の持ち場へ戻っていった。
ヴェーアヴォルフは予定とほぼ同時刻に目的地に着いて敵が来るのを迷彩を施してかれこれ一時間は待っていた。既にブズラ川付近ではポーランド軍とドイツ軍が激突している。
『こちら偵察班、敵は発見できず。引き続き監視を続ける』
『了解』
偵察班からの定時連絡を受けた後、忠一郎は無線機を置いた。
「本当に敵は来るでしょうか?」
弌華は指揮車両の中で無線機を手にしている忠一郎に話しかけた。
「来ないなら来ないでいいさ。そのときはお前ら二人に先行して大将の部隊の援護に行ってもらう」
「分かりました」
弌華が頷いてすぐに無線機が鳴った。忠一郎は無線機を手に取って電源を入れた。
『こちら本部、何があった?』
『敵部隊を捕捉した。約120秒後にそちら側に到着する』
『部隊の内容は?』
『輸送車両30台、戦車15台だ』
『了解。即座に撤退しろ。20秒後に砲撃を開始する』
忠一郎は無線機を一度切り今度は全部隊に向けて発信した。
『敵部隊を発見した。これより先制攻撃を仕掛ける、各員気を引き締めてかかれ』
忠一郎は各部隊に通達を行った後弌華の方を向いた。
「聞いての通り二人とも出番だ、急ぎ用意をして向かってくれ。こちらの砲弾に当たるなよ」
「了解しました」
弌華達が到着する前に曲射砲による飽和攻撃が行われた。敵は狭い道を通って来ていたので避ける術は無く次々と撃破されていった。それでも残った敵は回廊を抜けるため全速力で走り、あと一歩で突破できるというところで待ち構えていたヴェーアヴォルフの戦車部隊から目一杯の砲撃を浴びせさせられた。多量の徹甲弾で撃ち抜かれた車体は穴だらけになり、その場で動かなくなった。そして衝撃により勢いよく飛び散った鉄の破片は車両に乗っていた兵士に襲いかかり無慈悲にその命を奪っていった。突破口を絶たれた敵は反転して撤退しようとするもそこに弌華と狂璃の二人が敵の頭上から襲撃した。敵は甚大な被害を被りながらも何とか撤退したが回廊を通っていたソ連軍と鉢合わせになりポーランド軍は降伏した。
「戦闘終了しました。敵はこちらに向かっていたソ連軍に降伏したそうです」
弌華は部隊の元へ帰り、作戦結果の報告をした。
「そうか。顔は見られていないな?」
「はい。大丈夫です」
「よし、このまま第8軍の援護に向かう。お前らは先行してくれ」
「了解しました」
弌華と狂璃は重火器を装備して次の戦地へ向かった。
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第十四話ポーランド侵攻⑤
ブズラ川付近で戦闘を繰り広げていたドイツ軍とポーランド軍は圧倒的なドイツ軍の物量に敗退した。この敗北によってポーランド軍の主導権は完全に奪われ、大規模な反撃はもはや不可能な状況となった。しかし、ポーランド政府はドイツへの降伏やドイツとの交渉を拒否し、全軍に対しポーランドからの脱出とイギリスとフランスでのポーランド軍再編成を命令した。
「成る程……確かにこれは飛龍や蒼龍を手本にしただけあるな……」
今回の派遣団に参加している日本海軍将校の松本宗一はグラーフツェッペリンの艦内を見て呟いた。グラーフツェッペリンが完成するのはもう少し先だとドイツ海軍首脳部は考えていたが派遣団と共に来ていた多数の日本人技術者の助力により予定よりも完成が速められ、現在は同型艦をもう一隻建造する計画が出ている。
「そんなこと分かるのですか?」
「ああ、ドイツ的デザインの意匠があるが分かる奴には分かるさ」
唐突に艦内放送が始まった。どうやらイギリスに逃げ込むポーランド海軍を発見したらしい。
「さて、ドイツ海軍のお手並み拝見といきますかね」
「艦載機のパイロットは日本人ですけどね」
二人は艦橋に上がるためのエレベーターに乗った。
ヴェーアヴォルフは彼らが運用するジェット戦闘機を用いて英国に逃走しようとするポーランド海軍の駆逐の任務に当たっていた。
グラーフツェッペリンの飛行甲板には出撃を待つヴィントが並べられていた。
「こいつ、九七式より旋回性能悪いから嫌いなんだよな。速度変更も苦手らしいし……加速性能は悪くないんだが」
「文句言わんでください。これでも大分改良したんですから」
甲板からはそんなやり取りが聞こえてくる。日本の戦闘機に乗り馴れたパイロット達には練習をしてその機体の特性を掴んでも性能に不満が有るのだろう。ヴィントはエンジンの出力を上昇させて次々と発艦した。ヴィントはスピードの速さをもって敵を対空放火を掻い潜り腹に外付けした魚雷を次々と艦の横腹に直撃させた。
そこにドイツ海軍による砲撃が加えられ英国に流れ着いた艦は装備の殆どを失った大破した駆逐艦たった一隻だけだった。ヴィントは獲物を仕留めた後、母艦へ戻った。
「成る程、砲撃手の腕前は悪くないようだな」
宗一はグラーフツェッペリンの艦橋から双眼鏡を使って戦闘風景を見ていた。シャルンホルスト及びグナイゼナウから放たれた砲弾は八割ほど敵艦に直撃していた。
「我々の指導の賜物ですかね」
「彼らの飲み込みの速さも目を見張るものが有った。我々だけの力では無いよ」
欧州大戦での敗北からよくここまでの戦力を揃えたものだと宗一は素直に感心した。海軍力は長年のストックがものをいう戦力でもあるから、例え欧州大戦からの旧式艦であっても、それらが練習艦、あるいは近代改修されて底支えしてくれてこそ第一線級戦力も活かせる。それが敗戦により全て失ったのにも関わらずこれほどの性能を誇る艦を造り上げたのは彼らの努力に因るところが大きいだろう。
「どうかね我が海軍の戦闘能力は。貴官の率直な意見を聞かせてくれ」
グラーフツェッペリンの艦長は宗一に対して言った。
「大変素晴らしいものと思います。このまま練度を上げればヨーロッパ最強の海軍にもなり得るでしょう」
艦長は宗一の賛辞に気を良くしたのか険しい表情を少し緩めた。
「艦長、陸軍から連絡がありました」
「内容は?」
「逃走するポーランド陸軍の殲滅に協力して欲しいとのことです」
「分かった。直ぐに彼らを呼び出してくれ」
二分後ヴェーアヴォルフ航空隊の主要メンバーが艦橋に集まった。
「先程陸軍から応援要請が来た。君達は500kg爆弾を搭載して直ぐに向かって欲しい。作戦終了後はそのまま基地に戻ってくれて構わない。」
「はっ」
ヴィントは換装を終えたあと即座に出撃した。
ブズラ川での戦いに敗北したポーランド軍は残った戦力をワルシャワに向けていた在草原地帯を走っている部隊もその内の一つだ。
「ドイツ軍の追撃は?」
部隊の指揮官が後方を見張る兵に聞いた。
「見えません。殿が上手く機能してくれたようです」
「そうか……。彼らが作ってくれたこの時間は絶対に無駄にはしない」
指揮官が決意を新たにした瞬間上空から聞きなれない音が聞こえた。
「なんだ……このヴヴ――って音は?どっから聞こえる?」
「上空からですね。何とも不快な音ですな」
突如前を走っていた車両が爆発した。四散する破片を避けるために車が右往左往する。その反動で荷台にいた指揮官たちはあらゆる所に体をぶつけた。そして付近に落ちた爆弾の爆風に煽られ車はバランスを崩して二回ほど回転して停止した。
「何だったんだ……」
横転した車から指揮官が這いずりながら出てきた。怪我をしたが死ぬほどのものでもない。痛めた左腕を擦りながら辺りを見回すと一面火の海だった。
「隊長……ご無事ですか……?」
横転した車から人の声が聞こえた。すぐにさっきまで話していた部下だと分かった。
「無事だ、今出してやる!」
指揮官はすぐに元いた車の中に潜って声の主を引きずり出した。
「大丈夫か!?おい、しっかりしろ!」
「大丈夫ですよ……。骨は折れてますがね」
部下の左足は曲がってはいけない方向に曲がっていた。指揮官は使えるもので応急手当を施し、部下を背負った。
「首都に着くまで死ぬんじゃないぞ」
「……ありがとうございます」
二人は爆煙の中に姿を消した。
ヴィントは初実戦を終えてU-1基地に戻っていた。基地に着くとDr.ソフィーがパイロット達を出迎えていた。
「お帰り。早速だけど、どうかな?実戦での使い心地は」
「九七式の方が扱いやすいです。旋回性能が高い機体の配備をお願いしたい」
「分かった。実際に使うのは君達だからね……この子はお蔵入りかなぁ」
Dr.ソフィーはもの悲しそうな目で並ぶヴィントを見つめた。しかし、彼女の頭の中には次なる機体の設計案が出来上がりつつあった。
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第十五話 ポーランド侵攻終結
ワルシャワは、ドイツ軍の激しい攻撃に対し、他から退却してきて再編成された部隊と義勇市民が応戦し続けたが、ついに9月28日に開城した。ワルシャワ北部のモドリン要塞は16日間の激しい戦闘の後、9月29日に降伏した。各地のポーランド守備隊のいくつかはドイツ軍に包囲されても長い間戦い続けた。グディニャ市郊外の街オクシヴィエの守備隊は9月19日まで持ちこたえた。ポーランド軍はソ連軍に対しシャツクの戦いに勝利したが、その後ソ連軍はこのとき捕虜にすることにできたポーランド軍将校や下士官の全員を殺害した。ソ連軍は9月28日までにナレフ川、西ブーク川、ヴィスワ川、サン川まで到達した。多くの場合、西から進撃してきたドイツ軍と互いに出会うことになった。ポーランド最北部でバルト海に臨むヘル半島の守備隊は10月2日まで抵抗し続けた。ポーランド陸軍最後の作戦部隊となったフランチシェック・クレーベルク将軍の独立作戦部隊「ポレシェ」はルブリン市郊外の4日間にわたるコツクの戦いののち、投降した。10月6日に最後の部隊が投降したことによりポーランド侵攻は終了した。その後占領下のポーランドでは獨ソによる凄惨な事件が起こることになる。
ポーランドでの戦闘が終結し、その翌々日からドイツはフランスとの戦争を本格的に始めていたがフランス軍は先のポーランドの敗因を徹底的に調査して対策を凝らしていた。これによりドイツ軍は予想外の被害を受け11月8日、ドイツはフランスと休戦協定を結んだ。休戦協定が有効な間にドイツではフランス侵攻再開に向けて新兵器の開発と新たな作戦が練られていた。
その頃ヴェーアヴォルフは新型兵器のテストに明け暮れていた。その中には航空隊の面々が要求した旋回性能の高い機体もあった。ドイツ軍の戦闘機としては珍しく空冷式を用いた機体は開発を主にDr.ソフィーとその部下達が、生産はメッサーシュミット社が行った。
「さて、君達の要求通り軽快な運動性を求めた機体なんだけどお眼鏡にかなうかな?」
Dr.ソフィーはA4サイズの紙をボードに挟めて丁度飛行を終えて機
体から降りたパイロット達に評価を聞いて回っていた。
「良い性能です。こちらの求める動きによく答えてくれます。乗ってて楽しい機体です」
「速い、軽快と九七式より性能が良いと思うぞ」
「これ、本国に持ち帰ってもいいですか?いいよね!?」
などとパイロット達のその殆どが好印象であった。この機体は日本の技術者も開発に加わっていて操縦感覚が九七式に似ているのはそのせいであろう。そんなやり取りがなされる中、弌華は一人帰路についていた。航空隊と陸戦隊は入れ替わりながら休みを取ることになっている。今日11月8日から2週間は陸戦隊は休みである。
弌華は草原に一本ラインが引かれたような道を歩いていた。車で行くことも出来たがいろいろ考えたいことがあったので丁重にお断りして基地を出たのが約一時間前。ベルリンからでも距離はあるので家につく頃にはもう夜中だろう。
弌華は歩きながら思考を巡らしていた。彼の上官である沖田楓伽は先を見通す力が高い。その彼女が人と触れ合うなどと意味の分からない理由だけで自分をドイツに送ったとは思えなかった。それならば国内、もしくは支配地域に放てばいいだけの話だからだ。わざわざドイツまで行く必要はない。弌華の脳には様々な意図が浮かぶがそのどれもが彼の納得のいく答えにはならなかった。
「分からない……こんなに考えても分からない。あの人は私に何を理解してもらいたいのでしょうか?」
弌華にとって彼女の意図を読み解くことは今まで紙面上で潰してきたどの問題よりも難しかった。ぶつぶつとなにかを言いながら夜道を歩く姿は横を通り過ぎる人を驚かした。この場所は後に何かを言いながら歩く前線で死んだ兵士の霊が出るとして有名になるがそれはまた別の話である。
家の500m手前につく頃には時刻は20時をまわっていた。基地からここまで3時間かかったことになる。
玄関前に取り付けられたランプにはまだ火が灯っているのが見えた。それに照らされて女性が三段ほどしかない石段にちょこんと座って俯いている。この時間帯で自分の家の前で待つような人を弌華は一人しか知らない。弌華は駆け足で残りの距離を進んだ。
「そんなとこにいたら風邪引きますよ。手、冷たくなっているじゃないですか」
弌華はしゃがんでその女性の手をとる。時期は11月。雪はまだ降ってはいないとはいえ、外気は冬の訪れを感じさせる程冷たい。そんな場所にいたから当然なのだがエルフリーデの手は冷水のように冷たかった。弌華が帰ってきたことに気付かなかったのか触れられてことによりビクッと体を震わせて始めて弌華の方を見た。
「ただいまです。エル、いつからここで待っててくれたんですか?」
エルフリーデは弌華の問いに答えることなく抱きついた。その様子はご主人様の帰りを喜ぶ犬のようだった。恐らく尻尾があれば千切れんばかりの勢いで振られていたであろう。弌華は暫く好きにさせた後家の中に入った。後から聞くとエルフリーデは一時間待ってたらしい。弌華は帰るときは必ず連絡することを心に決めたのだった。
夕食を終え、二人はソファーでくつろいでいた。エルフリーデは弌華が出兵している間に弌華が帰ってきた後のことを考えて色々計画を練っていた。
「弌華さん、明日から休みなんですよね?」
「はい。二週間程頂きました」
弌華は読んでいる本に目を落としながら答えた。
「なら、明日一緒に散歩に行きませんか?」
「ええ、良いですよ」
その瞬間エルフリーデの顔は先程よりも明るくなった。
「やった!そ、それじゃあ明後日は一緒に街に遊びに行って明々後日は友達に会って、その後は―――」
今後の日程を捲し立てるように話すエルフリーデを無邪気で可愛らしいと思った弌華であった。
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第十六話 帝機軍の平和な日常
1939年11月9日
司令官である沖田楓伽は残った部隊で支那事変(日中戦争)に参加しようとしていたが帝機軍の最高決定権を持つ山本五十六に止められ、不承不承本部に待機していた。
玄界島の帝機軍本部では日本に残ったメンバーが独自に新兵器の開発や科学兵器の実験をしていた。その他に陸海軍が開発した新兵器のテストや様々な企業が開発中止した物を引き取って改修という名の魔改造をしてテストをしていた。副司令の河上嘉章が汗をかきながら指示を飛ばしているそんな中、司令官の沖田楓伽とその部下の伊織癒乃はテラスで紅茶を嗜みながら過ごしていた。
「彼らがドイツに行ってもう3ヶ月かぁ……」
「そうねぇ~からかう相手がいないから暇だわぁ~」
彼らは日蒙戦争の後、幾つか陸軍の後方支援を行いはしたが本格的な戦闘行動は3ヶ月前が最後だった。体が鈍るのを嫌った部隊の大半は千島列島に行き、現在でいうサバイバルゲームのようなことをしていた。楓伽は指揮官のため本部を離れることは出来ず、癒乃は寒いのが嫌いだからという理由で不参加である。
突然、癒乃立ち上がり指をわきわきさせながら楓伽の後ろに回り楓伽を後ろから抱きしめた。
「う~ん、やっぱり狂璃ちゃんの方が――」
「ん?癒乃姉ぇなんか言った?くーちゃんの何が私より大きいって?」
その瞬間、癒乃は自分の失言を悟った。同時に癒乃の顔面が楓伽の左手に捕まれる。楓伽はこめかみに青筋を浮かべて徐々に左手に力を込めていく。
「ちょ――痛い、痛い!!謝るから許してぇ――!?」
楓伽を抱きしめていた両手を離して左手をほどこうとするも一向に離れる気配がない。それどころかさらに力が加わっていき、ミシミシッっと頭蓋骨の軋む音が聞こえ始めた。
「ヤバイヤバイ!変な音聞こえてるよ!?ホントごめんって!!」
涙目になりながら許しを懇願する癒乃が痛みで暫く踊った後、楓伽の左手が離れた。癒乃は痛みのあまりその場にへたり込む。
「ひどいよ楓ちゃん……顔の形変わっちゃうよ」
「癒乃姉ぇ、初対面の時もその後も何回かそんなことして私にしばかれたでしょ?そろそろ学ぼうよ」
楓伽は鼻をならして睨み付ける。楓伽の冷たい視線を受けて癒乃は身震いをする。過去のことを思い出してのことか、はたまた変な方向に目覚めたのか……。
しばしの沈黙を破るかのように部屋にノック音が響いた。楓伽が扉を開けるとそこには汗だくの副司令がいた。
「司令、本日の分終わりましたよ……」
煤まみれの嘉章は疲れた表情を隠そうともせず報告書を楓伽に差し出した。そこにはびっしりとテスト結果が書かれていた。ついでに新しく開発された遊戯銃の試作品も持ってきていた。
「お疲れ様、アイス食べる?」
「頂きます」
楓伽は冷蔵庫からアイスキャンディの入った箱を取り出して嘉章に渡した。嘉章がとったのはブドウ味だった。嘉章は袋を開けて口に運ぶ。
「美味しいです」
「それは良かった」
楓伽は微笑んで自分も同じように箱から取り出した。楓伽のは桃だった。二人は痛みでうずくまる癒乃を差し置いて残りのアイスキャンディも美味しく頂いた。
11月10日
軍学校の道場には気合の入った掛け声と重い物体がそこそこの高さから落ちる大きな音が聞こえていた。時刻は午前8時、朝っぱらから精の出ることだ。
「ふぅ……あれ、もう終わり?」
少女の目には畳に倒れる死屍累々のような男子達が映る。彼らは未来の海軍軍人となるはずの若者だ。その彼らが少女一人倒せないとなるとこの先の海軍軍人の能力が危ぶまれるがこれに関しては相手が悪かったというしかない。なぜなら相手が沖田楓伽だからである。彼女は前線に出れない憂さ晴らしに仕事を癒乃に代わってもらい、稽古時間を狙って来ていたのだ。
「おっ、また全滅か。腕を上げたんじゃないか?」
道場にいた全員が声のした入り口の方を向く。声の主は山口多聞だった。彼は用事を済ます道中でここによったとのことだ。楓伽を除く全員が先程まで息を切らしながら地面に附していたとは思えない
速さで綺麗に整列した。
「久しぶり多聞丸、会えて嬉しいよ」
楓伽は晴れやかな笑顔で多聞を迎える。端から見れば中睦まじい親子のように見える。
「おう、元気にしてたか?」
多聞は楓伽の頭にポンと手を置いてわしゃわしゃと撫でる。
「もう、私16だよ。子供じゃないんだよ!」
「いいや子供だな。飴玉一つで釣られる大人など俺は聞いたことがないな」
多聞はポケットからペロペロキャンディを手渡す。楓伽は頬を不満そうに膨らませつつもそれを受けとる。
「さて、君達には俺から直々に指導が必要かな?」
多聞の目が鋭くなる。それと同時に彼の目の前に整列する生徒達は先程の運動で生じた汗とは別の汗が流れていた。
「いや冗談だ、そろそろ俺は行くよ。では諸君これからも稽古に励んでくれ」
全員が海軍式の敬礼をする。多聞もそれに合わせて答礼をする。
「楓伽、余りあいつらの心をへし折るなよ」
「分かってるって。じゃあお仕事頑張ってね」
「おう」と言って多聞はその場を後にした。
「さて、私も帰るかな。じゃあ後輩諸君はこれからも頑張ってね」
少しは気が晴れたのか男子生徒達に笑顔を向けたあと楓伽も荷物を纏めてその場を後にした。
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第十七話 纏弌華のとある一日①
1939年11月8日
エルと一緒に暮らすようになってから4ヶ月は経つでしょうか。エルのスキンシップ?が段々とエスカレートしてきています。最初は一緒のベッドで寝るだけだったのですが最近は私が入浴中に一緒に入るとか言い出してそのまま二人で入ることが多いです。浴槽が大きいため狭くなることは無いので別に良いのですが……。これが世間一般的に普通なのでしょうか?
11月9日
今日はエルと一緒に散歩に行く予定です。私は朝早く起きて朝食と昼食の両方を作っていました。エルは眠りが深く、朝が弱い人なので少しの振動や刺激では起きませんし私が起こさないと絶対に起きてきません。私は二人分の朝食をテーブルに置いてエルを起こしに行きました。
「エル、起きてください朝ですよ」
「ん……もうちょっと……」
「朝早くから行くって言ったのは貴女なんですよ。ほら、朝食も冷めてしまいますから」
私は窓を開けてエルの被っていた布団をおもいっきり引き剥しました。しかしエルは残ったタオルケットに隠れて一向に起きようとはしません。
「まったく、どうすれば起きてくれるんですか?」
エルは暫しの沈黙の後意味不明なことを呟きました。
「弌華のキスが欲しいなぁ。それくれたら起きてもいいよ」
キス……。あの魚の?鱚をする?意味が分かりませんね。それとも私の知らない言語でしょうか。それに起きてもいいよって……一緒に行きたいと言ったのは貴女じゃないですか……。しかし、キスなるものをしないと起きないのですから仕方ありませんね。
「分かりました。そのキスなるものをして差し上げましょう。したら絶対に起きてくださいね。しかし私はキスなるものがどういうものか知らないのでどうするか教えてください」
私がそう言うとエルはタオルケットから顔を出して素っ頓狂な顔をして私の方を見つめました。
「キス知らないの?」
「はい、でも魚の鱚は知ってますよ。あれは天ぷらにしたら美味しいですよ。後刺身も良いですね。それでキスって具体的にどうすればいいんですか?」
「ええと……キスっていうのは、その……唇と唇を……」
「はい、唇と唇をどうするんですか?」
「だから……その……あうっ……」
要領を得ない言葉を紡いだあとエルは自分の手で顔を覆い隠してしまいました。エルの顔はさっきまで白かったのに今ではトマトのように真っ赤になっていました。
「それで、唇と唇をどうするんですか?」
私がそう言いながらベッドの端っこに行ったエルに近付くとエルは変な声を上げてリビングの方へ行ってしまいました。なにはともあれ起きてくれて助かりました。朝食は少し冷めてしまいましたが美味しかったです。
歩き始めて4時間、時刻はもう午前11時になっていました。
「弌華、もうすぐだよ」
エルは一歩進む度に足早になっていきました。速く行きたいだろうに何故か私の右手を絶対に離そうとはしません。そのため私はエルに引っ張られる格好になっていました。私だって走ってあげたいですが左手に持つ籠の中の昼食を崩すわけにはいきません。
20分くらいそんな感じで坂を上ると急に開けた場所に出ました。
一面草原になっていて草が風に揺られて発せられる特有の音が心地よいです。
「ここが一緒に来たかった所ですか?」
「そうだよ。いい見晴らしでしょ?」
胸を張るエル。元々あった胸がさらに強調されています。余程ここがお気に入りなのでしょう。
「ここはね私が子供の時に見つけた秘密の場所なんだよ!」
「とてもいい見晴らしですね。こんなところ知ってるなんてエルは凄いですね」
頭を撫でるとエルは満足そうに顔をほころばせました。確かに普通の人は通らなそうな道を幾つか通りました。いつもエルが着ている服ならぼろぼろに破けていたでしょう。
「さて、お昼にしましょう」
私たちはレジャーシートを広げてそこに座りました。今日の昼食はサンドイッチです。飽きないように様々なジャンルの違う具にしました。
「ここはパパとよく遊んだところでもあるんだよ」
横を見るとエルは美味しそうに口一杯にサンドイッチを詰め込んでいました。気に入ってくれたようでよかったです。エルの父親、つまりアルベルト少将ですか。あの人と始めて会ったときは驚きました。
アルベルト少将と始めて出会ったのはポーランド侵攻の少し前に遡ります。
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第十八話 纏弌華のとある一日②
「少尉殿、迎えに来ました……何故エルフリーデさんが横に?」
いつもの運転手が迎えに行くと弌華の右腕にはエルフリーデがくっついていた。
「すいません……彼女、付いて行くって利かなくて」
弌華は申し訳なさそうに謝った。
「そういうことですか。分かりました、エルフリーデさんなら付いてきてもいいですよ。さあ、乗ってください」
「助かります」
三人は一路ベルリンへと向かった。エルフリーデの父親は軍人で軍でも有名人らしくヒトラーの信頼も厚いとのことだ。
総統官邸の前で車を降りた2人はそのまま門を通って中庭に入った。
「あれ?エルじゃないか、どうしてこんなところにいるんだ?」
声のした方を向くと身長2m越えの体格のよい軍人がいた。
「パパ、久しぶり!!」
2人の目の前にいる男はエルフリーデの父親、アルベルト・イェーガーであった、エルフリーデは弌華の腕から離れてアルベルトに抱きついた。
「元気そうで何よりだ。ところで君は?」
愛娘の頭を撫でながらアルベルトは目の前の少年に問うた。
「纏弌華です。階級は少尉です」
「そうか、君が総統閣下の仰ってた……。しかし、何故君が娘と一緒にいるんだい?」
その答えは弌華の口からではなくエルフリーデが答えた。しかし、その答えは多分に間違いを含んだものだった。
「弌華とはね、深い関係なんだぁ。もう将来を誓い合った仲なんだよ」
頬を紅らめながらエルフリーデが答えた。その瞬間弌華はアルベルトから激しい殺気が向けられたのを感じ取った。
「そうか、父として話がある付いてきてくれ」
「え?いや、あの――」
「なぁに遠慮することはない、少し話をするだけだ。エルはここにいなさい」
アルベルトは笑顔で言ったが先程よりも弌華に向ける殺気が増していた。誤解を解くことが難しいと悟った弌華はおとなしく従うことにした。
「さて弌華君、君は娘を娶ろうというのだね?」
「いいえ、違います」
弌華はきっぱりと答えた。弌華にとって彼女は店で知り合った人でしかない。その後、何故かそしていつの間にか一緒に住んでいただけだ。
「そうか、そんなに娘が欲しいか。ならば私にエルを何者からも守れると証明してみろ。5分後に演習場に来たまえ」
しかし、アルベルトは弌華の話を聞いていないのかそのままどこかへ行ってしまった。このまま無視することも出来たが体格差のある敵と戦った経験がないので受けて立つことにした。
弌華が演習場に行くと完全武装の兵が15人いた。その中の一人が弌華の前に出る。
「君が今回の相手か。他の仲間は?」
「私1人です」
「君一人だと?……そうか、少将が緊急招集したのはそういうことか」
男はやれやれとため息をついた。彼らはアルベルトの部下であり愛娘に変な虫が付こうとする度にこうして駆り出されている。
「君がエルフリーデちゃんに惚れるのも分かるが相手が悪すぎる。悪いことはいわないから彼女のことは諦めた方がいいぞ。君もまだ死にたくないだろう?」
男はエルフリーデに近づこうとした男達がどうなったのか弌華に語って聞かせた。しかし、その程度で怖じ気付く弌華ではない。
「少将のような強そうな人と戦うことなんて滅多に有りませんからね……一度自分より体格の良い相手と戦いたかったんですよ」
弌華は平然と答えた。
「……そうか。そこまで言うなら我々は止めはしない。ならこちらも全力で相手をしよう、死んでしまっても恨まないでくれよ」
男達は弌華から離れて仲間を伴って森の奥へと姿を消した。その1分後模擬戦が開始された。一方その頃官邸では会議が始まろうとしていた。
「む?アルベルトと弌華が来ていないがどうしたのだ?」
総統官邸のとある部屋には既に招集がかかった各部隊の最高指揮官が集まっていた。しかし、椅子には2つ空きが有った。
「申し訳ございません……。少将はいつもの病気を発症されまして……」
ヒトラーの問いにアルベルトの副官が申し訳なさそうに答える。
「そうか、なら少し待つとしよう。なに、10分もすれば2人とも来るだろうさ」
結果から言うと15人対1人の戦いは1人の方が勝った。弌華は正面から堂々と突撃して全員を蹴散らした。彼らの反応は良かった。一般兵相手なら優位に立ち回れることは間違いないだろう。しかし、彼らの相手は一般人の手に負える相手では無かった。15丁の機関銃から放たれる銃弾の嵐に最小の動作だけで避けて木々を上手く使って様々な方向から攻撃してくる相手に普通の人が対応することはまず無理だろう。
「ほう?やるじゃないかものの数分で奴らを倒すとは。これは俺も本気を出させてもらうとするか」
弌華が15人を倒して森から出ると腕を組んだアルベルトが立っていた。弌華の姿を認めたアルベルトは鋲付きグローブをはめて拳闘の構えをとった。
「どうした、構えないのか?」
アルベルトが構えを取るなか、弌華は全身の力を抜いたような感じで立っていた。
「これが私の構えですのでお気になさらず。さぁ始めましょう、どこからでも攻撃してください」
「……後悔するなよ小僧っ!!」
舐められていると感じたアルベルトは目の前の少年に現実を教えるべく距離を詰めた。
その時の私は少将のことを外見だけで判断してしまっていました。私を2人並べても余りあるその巨体からは想像つかない速さで詰めてきたものですから最初は驚きました。しかし、あくまでも普通の人の範囲内。その程度なら掠りすらしません。しかし、彼の一撃の重さに興味がある私は彼の一撃を受けることにしました。
「捉えた!」
少将は私のみぞおちに拳を食い込ませました。全身に溜めた力が相手によく伝わる良い打撃でした。
「まぁこの程度ですか」
「なっ、呻き声1つ上げないだと――?」
アルベルトの目は驚愕の余り大きく開かれた。
「では、僭越ながら私から1つご教授させていただきます。打撃というのはこうやるのです」
弌華はアルベルトのみぞおちを軽く小突いた。その瞬間アルベルトは呻き声を出してその場に崩れた。
「筋肉を伝って内蔵にまでダメージを与える。これが本当の打撃です。覚えておいて下さいね――」
薄れ行く意識の中アルベルトが最後に目にしたのは自分のことを担ぐ弌華の姿だった。
「遅れて申し訳ありません。予想外の事態になりまして……」
総統官邸に戻った弌華は全員の前で謝罪した。しかし、誰からも非難の声は発せられなかった。
「遅れた理由は分かっている。さぁ席に着きたまえ。君の抱える大男も起こしてな」
アルベルトが目を覚ました後会議が始められた。
会議が終わって皆退出するなか、弌華もそれに倣って部屋を出ようとするとアルベルトに呼び止められた。
「君の強さはよく分かった。君にならエルのことを任せても安心だ。エルのこと頼んだよ」
アルベルトは先程まで目の前の少年に対して殺意を剥き出しで相対していたのが嘘であるかのように微笑んだ。
「え?いや、だから私は――」
「エルと仲良くやるんだぞ。泣かしたりしたら例え君であろうと地の果てまで追いかけて殺しに行くからな」
「あの、私の話を――」
「フハハハ!!さっきのは冗談だ。そんなことしたら私がエルに殺されてしまう。おっと、これ以上君を拘束するわけにもいかんな。それじゃあ次会うのは戦場だ、またな」
アルベルトは満足そうにしてその場を去った。それと入れ替わるようにして隣の部屋からエルフリーデが顔を出した。
「もう終わったの?」
「……はい」
「じゃあ街に行こうよ。私、久しぶりに来たから見たいものがいっぱいあるんだ」
エルフリーデは嬉々として弌華の腕を引いてベルリンへと駆け出した。
……と少将と初めて会った時はこんな感じでした。良くも悪くもエルと少将は家族であることを認識しました。
「弌華、中身こぼれちゃうよ」
「ん?ああ、すみません」
回想に浸っていたらサンドイッチの具が落ちかけていました。私は慌てて口に運びました。
「この後どうします?」
「特に考えてないよ。ひたすら西に向かって前進かな」
どうやら家に帰るのはまだ先になりそうです。
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1940年
第十九話 フランス攻略作戦
玄界島帝機軍本部
23時、殆どの部屋の明かりが消えてるなか執務室がある場所から明かりが放たれていた。そこには楓伽と嘉章の二人だけがいた。扉には鍵が掛けられて窓はカーテンが掛けられている。
「司令、こんな夜中にどのようなご用向きで?」
「これから話すことは一切他言無用だよ。もし外部に漏れたら私たちの首が飛ぶからね」
嘉章は楓伽の有無を言わさない視線に気圧されて頷いた。
「……分かりました。一切他言いたしません」
「まずはこの書類に目を通して」
嘉章は渡された書類の束を一枚ずつ丁寧に咀嚼しながら捲っていく。
「―――成る程、ついに見当が付いたわけですね」
「そういうこと。帝国工業と帝機軍の動かせる最大限人員を使って来年までに必ず稼働できるようにするよ。明日、私含めて出発するから用意しておいてね」
「了解しました」
1940年5月9日ドイツ総統官邸
「さて、君たちには明日から始まる作戦に参加してもらうわけだが……君たちにはC軍集団と行動を共にしてもらいたい」
史実でのC軍集団は1939年8月26日にフランクフルトの第2軍集団から編成された第二次世界大戦のドイツ国防軍の軍集団のことである。当初はドイツの西方戦線の全軍を指揮していたが、ポーランド侵攻後は司令の範囲がフランス侵攻軍の南半分に削減され、1940年6月のマジノ線の正面からの攻撃を指揮した。フランス侵攻の後期にはドイツに戻され、1941年4月20日に東プロシアに展開された。1941年6月21日、北方軍集団に改名された。
1943年11月26日にルットバッフェの南方総司令部のスタッフから手を引き分割することで再編され、南西戦線とイタリア戦線に投入された。1945年5月2日、C軍集団は降伏した。
「ということは我々はマジノ要塞を攻略すれば良いわけですね?」
「B軍集団とA軍集団の動向を隠すためだから別に攻略する必要は無い。出来るのならばしても構わないがね」
「了解しました。必ずや任務を完遂してみせます」
「うむ、頼んだぞ」
三人は敬礼をして官邸執務室を後にした。三人が向かった駐車場には既に迎えの車が来ていた。
「ところで技術者の方々はどうしてます?」
「あいつらはドイツ人技術者と結託して謎の兵器を開発してたぞ。何でも浪漫兵器って銘打ってたな。どこの国も技術者は変態というわけだ」
忠一郎はやれやれといった感じでため息をついた。三人は迎えの車に乗り込んでU-1基地へ向かった。
1940年5月10日午前4時
この日、マジノ要塞は火の海に囲まれていた。C軍集団およびヴェーアヴォルフの軍勢が到着する前にドイツ軍がこの日のために開発した数々の列車砲を用いて遠距離から先制攻撃を仕掛けていた。
80センチという規格外の大きと7.1tという超重量を誇る砲弾は時速720㎞で目標めがけて飛翔し、マジノ要塞のコンクリート壁をいとも容易く破壊した。火山の噴火にも近い轟音が聞こえる度に要塞とその周辺には一つずつクレーターが増えていった。
「なるほど、奴らが必死こいてトンテンカンテンしてた物の正体はこれだったわけだ」
双眼鏡に映し出される光景に忠一郎はただ驚いていた。
「我々が着く頃に敵はまだ存在してるでしょうか?」
「見た限り表面を吹き飛ばしただけだから獲物に困ることはないと思うぞ。それにもう少しでこの砲撃も止む」
忠一郎の言った通り懐中時計の針が4時10分を指した途端に先程までの轟音はぴったりと止まった。
「よし、ここからは俺達の出番だ。総員、気ぃ引き締めろよ!」
その頃、ゲルト・フォン・ルントシュテット陸軍元帥率いるA軍集団はアルデンヌの森を突破中であった。彼らは所々でフランス軍と遭遇したもののごく小規模であったため、大した遅れも損害もなく順調に進んでいた。
「彼らの陽動が上手くいっていると良いがな……」
彼は腕時計を見た。針は午前6時30分を示していた。何も不測の事態が起きなければ既にC軍集団が戦闘に入っていると予想される時間帯だった。
「右前方、敵戦車発見。数1!」
「火力を集中せよ。一気に突破する!」
報告の通り進軍するA軍集団にルノーR35が迫ってきていた。隊列を組んでいたⅢ号戦車の主砲が目の前の敵に照準を合わせる。そして合図と共に眼前の敵めがけて一斉にL-M:60口径5 cm KwK 39が火を吹いた。言うまでもなくルノーR35は装甲を散らして動きを止めた。
敵の沈黙を確認したA軍集団は厳かに進軍を続けた。
マジノ要塞の周辺は空も陸も敵味方が入り乱れる激戦区となっていた。あちこちから砲弾が飛んできて味方の攻撃に倒れる者も少なくはなかった。その激戦区の最前線でヴェーアヴォルフは戦っていた。
ヴェーアヴォルフが使用しているME140は旋回性能に優れた戦闘機だ。空では優秀なパイロットがその性能を遺憾なく発揮し、D.520を屠っていった。そして戦闘機に護衛されたJu87が腹部に懸架した爆弾を投下していく。
「空も頑張ってくれてますね」
弌華はひとしきり周囲の敵兵を倒して空を見上げた。空は朝なのにも拘わらず戦闘機の塗装色によって黒みを帯びた水色だった。
「では姉上、要塞内に入るとしましょう」
「ん、分かった」
弌華と狂璃は空になった拳銃を捨て、腰に下げた軍刀を抜いて穴の空いた要塞に侵入した。
「吉田隊長、あの二人が侵入に成功したとのことです」
「よし、俺達も進むぞ。砲撃は止めるなよ」
E-40ジークティーガのエンジンが唸り声を強めて穴の空いた防衛網を突破し始めた。彼らの操るジークティーガは防御力と機動性の両立を主軸に開発が進められた。今、その圧倒的な防御力を持ってあらゆるものを弾き飛ばし、巨体に見合わぬ速度で近づくものを吹き飛ばして進んでいった。
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第二十話フランス侵攻②
満州国
今日の夕刊には大きな見出しで『獨軍、マジノ線を突破。勝利に一歩近づく』と書かれていた。新聞を持った青年が「号外、号外だよ!」と叫びながら道行く人に配っていた。
「なるほど、あの難攻不落の大要塞をねぇ……」
夕食後のティータイムを屋上で楽しみながら沖田楓伽は四時間程前に貰ってきた新聞を広げていた。
「あら、楓ちゃんこんなところにいたのね。早く寝ないと明日の作業に差し障るわよ~」
「うん。ありがと癒乃姉ぇ、もうすぐ寝るから先寝てて」
階段を下りていく癒乃を背中で見送りながら楓伽は遠くはなれた異郷の地で戦う仲間に思いを馳せた。
1940年5月12日
5月10日から始まったマジノ線攻略はドイツ軍の緻密で大胆な作戦によって成功を収め、マジノ要塞は崩壊しつつあった。彼らの疲れを知らぬ行軍は徐々に疲弊していく敵兵団を打ち負かしていった。同時期に行われたB軍集団による空挺降下作戦によってベルギーのエバン・エマール要塞が翌11日に陥落した。その後もドイツ軍は各地に点在する敵の要塞に対して降下作戦を行い、これを破壊し尽くした。
ヴェーアヴォルフはマジノ線を突破した後、要塞に沿ってオランダ方面へと向かった。目的はB軍集団のオランダ攻略を支援するためだ。
彼らは途中で燃料を強奪しながらも800kmにも及ぶ道のりを1日かけて走破した。
1940年5月13日
ドイツ軍は降下猟兵による重要拠点制圧作戦を行っていたが彼らのように失敗した部隊もあった。大抵そのような部隊は敵の猛反撃を受けて全滅していた。彼らはがっちりと固められた敵の防衛兵器に阻まれ、全滅こそ免れたものの森林地帯に敗走していた。
「隊長、どうします?奴ら血眼になって俺らを探してますよ。まだ気づかれてないうちにこちらから仕掛けた方がよくないですか?」
「この戦力じゃあ敵の歩兵集団を1%も倒せねぇよ。救援が来るまで待つしかないな」
我々の近くまで足音が迫ってきて覚悟を決めた瞬間、森の少し奥から地鳴りが聞こえ始めた。その地鳴りの音は少しづつ我々の方に近づいていった。そして敵の集団が我々を発見して狙いを定めた瞬間、その音の発生源が鬱蒼とした暗闇から飛び出てきた。
それは私には象に見えた。彼らは行進のように真っ直ぐと進んでいった。さっきまで我々を撃ち殺そうと銃を向けていた敵の兵は轢かれて原型を留めていなかった。耳を塞ぎたくなるような激しいエンジン音が少しずつ小さくなって群れが止まると中から人が出て来て私の方に駆け寄ってきた。
「遅れて申し訳ありません。怪我はありませんか?」
流暢なドイツ語だった。顔はフルフェイスヘルメットで隠れて見えなかったが声色からして十代後半であることは予想がついた。私は彼が差し伸べてくれた手を掴んで立ち上がった。
「ありがとう。君たちのお陰で難を逃れた。ところで君たちはどこの部隊なんだ?」
「申し訳ありませんが機密のため話せません。ヘルメットも同じ理由で外せないので顔を見せれないことをご了承下さい」
なるほど、極秘裏に結成された特殊部隊か。それならば彼らの装備する特徴的な装備にも納得がいく。私の目の前の少年はさらに言葉を続けた。
「我々はこれからこの先にある基地の制圧に向かいますのであなた方は撤退してください。すぐ近くまで味方が来ています」
「いや、本来その仕事は我々のだ。我々も同行させて頂きたい」
目の前の彼は暫く考える素振りをした後再び私の方を向いた。
「了解しました。では、残った兵を集めて乗ってください」
空挺降下による奇襲が失敗した以上、彼らが基地を制圧するには正面突破しか残されていなかった。しかし、厳重になった防衛網を突破するのは至難の技である。
そこで活躍するのがジークティーガの装甲の厚さだ。当時の主力戦車の砲弾を弾く程の厚さを持った装甲は正面突破するときの歩兵の盾として非常に役立った。
ジークティーガが一歩ずつ進むごとにトーチカは破壊され、その中にいた兵は逃げる間も無く押し潰された。そうしてトーチカ群を突破したあと、ハッチが開かれ、中から二人ずつ人が飛び出てきた。
合計12人の兵はジークティーガの援護を受けながら襲い来る敵を殲滅した。
彼らが敵兵をあらかた倒した頃、前進していた彼らの味方が支援を開始して、戦闘開始から一時間後に基地はドイツ軍の手に落ちた。
「あぶねぇ、もう燃料が空だ」
「吉田大尉、安心してください。戦車用の燃料なら大量の備蓄が有りましたよ」
弌華が両脇に抱えてきたドラム缶には200Lのガソリンが満タンの状態で入っていた。
「よく見つけたな。よし、燃料補給の間、暫く休息にする。ただしフルフェイスは外すなよ」
ドイツ軍との交渉は弌華に任せてヴェーアヴォルフの面々は休息を取った。
「吉田、この後はどうするつもりなんだ?」
「そうだなあ……上層部からは特に命令は受けてないんだよな。なあ島田、お前はこの先の戦争の行方を考えたことがあるか?」
「はぁ?いきなり訳分かんないこと言ってんじゃねぇよ。そんな先のことより次の目的地は何処なんだ?」
「………そうだな次はダンケルクに向かうか」
ドイツ軍のA軍集団はさしたる妨害を受けずに森林地帯を突破した。
森林地帯を抜けたA軍集団がムーズ川の対岸で遭遇したのは、予想通り弱体なフランス歩兵部隊だった。5月13日、3個装甲師団がスダンで渡河作戦を開始、激しい支援爆撃の下に橋頭堡を確保し、翌日には渡河に成功した。以後、ムーズ川各所で残りの装甲師団も渡河に成功し、遮る敵部隊のいないフランス北部をイギリス海峡に向けて突進した。
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第二十一話 フランス侵攻③
皇歴2600年5月13日
玄界島に無塗装の戦闘機が二機運び込まれていた。その戦闘機の名は十二試艦上戦闘機。後に零戦の愛称で親しまれ、大戦初期にあらゆる連合軍戦闘機を圧倒し、戦地を変えながらも終戦の日まで現役で日本軍を支え続けた名戦闘機だ。
なぜその最新鋭機が玄界島に運び込まれているのかというとデータの収集を行うためだ。実際には零戦開発現場を見に行った沖田楓伽が零戦に惚れ込み、直属の上司である山本五十六に何機か寄越すよう直談判しに行ったのである。粘り強い交渉の結果、五十六は折れ、試作型二機が提供されたのであった。
その二機のうち一機は研究用として、一機はデータ取りとして使われることになっている。
帝機軍の人員が殆ど出払っている中、その戦闘機の内一機は細々と改良をされていった。
1940年5月19日
5月19日、ついにドイツA軍集団の先頭を行く第二装甲師団がドーバー海峡に達し、連合軍はフランス本土から切り離されてしまった。しかし、一方でハインツ・グデーリアンの装甲軍団は突出しすぎて後続の歩兵各師団とは離れてしまっており、連合軍の背後を完全に遮断するには至っていなかったため、連合軍のフランス本土への退却はまだ可能なように思われた。英国陸軍参謀総長エドムンド・アイアンサイドは、フランス軍司令部がA軍集団への反撃および連合軍-フランス本土間の連絡線の確保のための行動を起こさないことに業を煮やし、自ら作戦に介入することを決意した。ただし実際には、連合軍はドイツB軍集団による北東方向からの激しい圧迫を受けており、反対方向の南方面に転進させる兵力の余裕はなかった。
アイアンサイドはBEF(イギリス海外派遣軍)司令官のゴート子爵ジョン・ヴェリカーと協議し、フランス第一軍集団司令官ガストン・ビヨットを説得して、英仏共同による南方面への反撃を行うことで同意に至った。21日、予備兵力として温存されていたイギリス海外派遣軍二個師団によるアラス方面への反撃が開始された。しかし、事前の連絡不徹底と英仏両軍間の不和により、同時に行われるはずであったフランス二個師団によるカンブレー方面への攻撃は翌22日に延期されてしまった。また、これも事前確認の不徹底により、二個師団によって全力で行われるはずであった英軍によるアラス方面への反撃も、実際には戦車二個大隊と歩兵二個大隊にフランス軍の戦車が若干加わっただけの兵力で行われた。
だが、この反撃はタイミングがよかったため予想以上の効果をもたらした。無線設備をほとんど持たず、ドイツ軍に制空権を掌握され偵察もできなかった英軍にとってはまさに五里霧中の作戦行動であったが、ちょうどアラスを迂回して突進中であったエルヴィン・ロンメルの第七装甲師団の横っ腹に突っ込む形となったのであった。当時、第七装甲師団の戦車連隊は二つとも遠く前進してしまっており、アラスの南側を進撃中であった狙撃兵連隊(名称は「狙撃兵」だが、実態は自動車化歩兵)と砲兵隊が、英軍の戦車二個大隊による襲撃を受けることになった。
本来、第七装甲師団の北側を防御するはずだった第五装甲師団は進撃が遅れており、第七装甲師団の南側を併走していたSS師団《トーテンコップ》は戦闘経験がなく、英軍の戦車を目にするや戦わずして逃亡してしまった。第七装甲師団は直ちに対戦車陣地を構築して迎え撃ったが、師団長のロンメルは不在であり、英軍のマチルダII歩兵戦車の分厚い装甲に37mm対戦車砲が歯が立たず、英軍に突破されてしまうかに思われた。しかし、前進していたロンメルが戻ってくるとドイツ側は陣地の再構築を行い、特に88mm高射砲による水平射撃がマチルダII歩兵戦車に有効だったこともあり、英軍戦車の突進を食い止め、撃退することに成功した。さらに退却する英軍戦車大隊を、救援要請を受けたドイツ空軍の急降下爆撃機部隊が追撃し、英軍によるアラス方面への反撃はわずか半日で失敗、終結することになった。
一方、翌22日にフランス軍によるカンブレーへの攻撃が行われたが、前日のアラスでの戦いで警戒を強めていたドイツ空軍にすぐ発見されてしまい、激しい空爆を受けてやむなく撤退した。こうして、連合軍による南方面への反撃はたいした戦果を挙げることもなく失敗に終わった。
BEF司令官のゴート子爵ジョン・ヴェリカーはあることに悩んでいた。それは、《BEFをイギリス本土に引き上げるかどうか。》である。
もしここで撤退してしまえばヨーロッパの大部分は完全にドイツの手に落ちてしまうことになる。さらに開戦からずっと快進撃を続けているドイツ軍をさらに勢いづけることになるかもしれない。かといってヨーロッパ大陸に残っても戦車、航空機、軍艦の砲雨に晒されて全滅するだけであった。
「司令、一連の反撃ですが実に残念なことに全て失敗に終わりました……。攻撃を敢行した部隊とは連絡がつかず、既に全滅したものと思われます」
兵の報告を聞いて、彼は決意を固めた。
「全軍に通達せよ。これよりBEFは本土に撤退する」
「しかし、それではフランスがドイツの手に落ちてしまいます。本土からの増援を待ったほうが良いのではないのですか?」
「来るかも分からない援軍を頼ったところで結果は見えている。今、フランスを失うことよりこのまま何も出来ず数十万の兵を失う方がよっぽど悪手だ。全ての人員をダンケルクに集めよ。そこからヨーロッパ大陸を脱出する」
「……了解しました」
フランス ダンケルク
「吉田大尉、我々はなぜ海岸線で陣取っているのですか?敵を殲滅するのにこんなところにいても無駄でしょう?」
ヴェーアヴォルフは先の敵航空基地制圧の後、敵がいる方角とは別のところに位置するフランスのダンケルク地方に進出していた。その為、ここまで来るのに偶発的な戦闘は有ったもののたいした会敵もなくここまで来れたのだった。
「これは俺の完全な博打だ」
忠一郎は一呼吸おいて続けた。
「恐らく敵はフランスを捨ててイギリスに撤退する。撤退路として使うのはダンケルク、カレーのどちらかだと思う。ヒトラーが怖じ気づかなければドイツ自慢の機甲師団で追撃が出来たんだがな……」
ヒトラーにとってイギリス軍から反撃が来ることは予想外であった。その為、機甲師団の損害を恐れたヒトラーは追撃を禁止したのだった。
「外したら何十万の敵兵をみすみす逃すことになりますよ」
「だから博打だと言っている。外しても責任をとるのは俺じゃあない。なら賭けるのも一興というものさ」
忠一郎は煙草をポケットから取り出して口に持っていった。細々とした煙が空に昇っていく。隣で煙が上がるのを見ていた弌華が何かに気づいた素振りを見せた。彼は目を細めて奥の方を凝らして見た。
「………大尉、大尉の予想は当たりです。前方10キロメートルの地点に見えます」
弌華の眼にはしっかりと自分達の方へ向かう敵の姿が映っていた。しかし、向かってくる敵軍の中に重兵装は殆ど無かった。
「間違いないか?」
「はい。しかし、敵に火砲の類いは見つけられませんね。捨てて逃げてきたのでしょうか?」
「何にせよそれは好都合だ。お前は狂璃を起こして戦ってこい。俺らも後ろから援護するから当たるなよ」
「分かりました」
弌華は輸送車の中で寝ていた狂璃を叩き起こして、うだつく彼女を引っ張って何十万の敵兵の中に飛び込んだ。
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第二十二話 フランス侵攻④
「二人のことは気にするな。打てっー!!」
ジークティーガと曲射砲から砲弾が放たれて円弧を描きながら。敵の最前列の少し前に着弾した。
「前から!?ええい、とにかく前進だ!海岸線に着けば道は開ける!」
硝煙と血の煙の中をひたすら前進する集団は少しずつ減っていった。しかし、総勢数十万の人を殲滅するのは並大抵の兵器では簡単に出来るものではない。現に絶えず砲撃を加え、弌華と狂璃が確実に倒しているのに怒涛の勢いで迫ってきていた。
「やべぇな、このままじゃ飲まれるぞ。おい、航空隊の支援は?」
「まだです……。通信環境が悪くてノイズが酷いんです!」
ドイツ国防海軍は少し前に竣工した新型戦艦ビスマルク級一番艦ビスマルクを旗艦とする主力艦隊を結成し、キール港を出港して作戦計画通りの航路を通っていた。
この艦隊には他にシャルンホルスト級、アドミラル・ヒッパー級、グラーフ・ツェッペリンも含まれている。
「艦長、先程からノイズの酷い電波を拾うのですが……」
「一応解析しておけ。進路そのまま、我々はカレーに直行する」
ドイツ主力艦隊は敵がいるとされるカレーへと向かって速度を上げた。
「艦長、大変です!」
「なんだ?」
「先程の不審な電波のことなんですが、内容が判明しました」
「言ってみろ」
「『数十万の敵を確認。敵はダンケルクから脱出する。至急援護を乞う』です」
「なに、敵はカレーに集まるのでは無かったのか!?ちいッ……進路変更、ダンケルクに向かう!航空隊を先行させよ!」
グラーフ・ツェッペリン甲板
グラーフ・ツェッペリンの艦上は慌ただしく人が右往左往していた。いきなりの緊急発進のため整備員が急いで準備をしているからだ。
「緊急発進だそうだが近くに敵でもいたのか?」
帝国海軍航空隊の瀬尾光政少佐は専属の整備員に問いかけた。
「イギリス本土へ撤退する集団を見つけたようですよ」
「ふぅん……だからの爆装か。では行ってくる」
「少佐、御武運を」
総勢二十四機のMe140はグラーフツェッペリンの艦上を飛び立ち大空に羽を広げた。
「………姉上、何人倒しました?」
「ん、四万くらい」
「……そうですか。いくらなんでも多すぎますねこれは」
死屍累々の山に立つ弌華の頬に汗が一筋伝った。
「クソッ、抜けてきてやがるな………狙いなどつけなくていい、とにかく打ちまくれ!」
「隊長、弾切れです!」
「ちいッ、これまでか……」
忠一郎が諦めようとした瞬間、大きな爆発音と共に最前列の敵が消滅した。忠一郎が咄嗟に顔を上げると編隊を組んだMe140が蟻の群れに襲いかかる光景が彼の目に映った。
「よぉし、あいつらはまだ生きてたな。全機、爆弾投下後機銃掃射に入れ、仲間を救出する!」
Me140は腹に抱えた爆弾を落とし、反転して20mm機銃を絶え間なく放った。敵は全身に穴を開けられて倒れた。
さらに遅れて到着したドイツ海軍主力艦隊が到着し、艦砲射撃を開始した。同時に強襲揚陸艦に搭乗していた兵集団が上陸しさらに攻撃を加えた。
何十万という敵兵は勢いよく数を減らし、降伏する間も無いまま全滅した。
「……敵集団の全滅を確認しました。隊長、我々の勝利です」
「ふうっ、死ぬかと思ったぜ」
忠一郎は顔にびっしりかいた汗を腕で拭った。目の前は先程とうってかわって開けていた。しかし、一帯が月のクレーターのごとく陥没していて木々は燃え、いたるところから黒煙が立ち上っていた。
ドイツ U-1基地
「ドクター、例の研究の進捗はどうだ?」
Dr.ソフィーの研究室を開けたのはドイツ共和国首相のアドルフ・ヒトラーだった。
「おやアドルフ、一人で来るとは珍しい。いつもの付き人は?」
「内容が内容だからな。他人に、もしくは敵軍に漏れでもしたら面倒なことになる。だからこの事は真に信用している君とだけ共有しておきたい」
「それもそうだね。少し待ってて、今まとめた資料を持ってくる」
Dr.ソフィーは奥の部屋に行き、ごそごそと書類の束を漁り始めた。
「……あった。はい、これが報告書だ。結果から言うと人間を一から造るなんて私でも不可能だ。この世でそんなこと出来るのは彼だけだろうね」
Dr.ソフィーは悔しそうに顔をしかめ、舌打ちをしながら手渡した。
「そうか……」
ヒトラーはわざとかと思えるほど肩を落とした。
「おいおいそんな落ち込むなよ。一からは無理だけど私ならクローンくらいは造ることが出来る」
「クローン?」
聞きなれない言葉にヒトラーの頭には疑問符が浮かんだ。説明厨のDr.ソフィーはその反応を待ってましたと言わんばかりに目を輝かせて語り始めた。
「簡単に言うとアドルフの髪の毛や皮膚などの体組織を使って君と全く同じなコピーを造るということだね。そもそもクローンという言葉が出来たのは――――」
「分かった分かった。もう分かったから少し落ち着け。要は私の分身がたくさん造れるということだな?」
「そうだね。けど君だけじゃない、優秀な軍人の組織さえ手に入ればその人を量産することだって可能だよ。もちろん死んだ敵兵だって可能だ。そうすれば潜入任務なんか簡単に出来ちゃうね」
説明を聞くなりヒトラーの口角が上がった。
「よし、費用はいくらでも出す。早急に研究し、完成させてくれ!」
「りょーかい」
Dr.ソフィーの返答に満足したのかヒトラーの顔には喜びが満ち溢れていた。
「では、私は官邸に戻る。彼らを出迎えてやらねばならんしな」
「うん。じゃあね」
ドイツ共和国首相官邸
「先日の戦いはよくやってくれた。君たちの活躍で英仏軍は建て直すのに更なる時間が掛かるだろう」
「ありがとうございます。しかし、先の戦闘は我々だけでは到底成功しませんでした。願わくば彼らのことも讃えて上げて頂きたくお願いいたします」
「近く、大々的に式典を行う予定だ。その時に彼らの健闘を讃えようと思う。だが、君たちは公の場に出れる身ではないだろう。だから先に呼んだのだ」
ヒトラーは指を鳴らした。すると扉の前で待機していたのか何人かの男がアタッシュケースを持って現れた。
「君たちの為だけに特別に作らせた勲章だ。是非受け取ってほしい」
アタッシュケースの中にはきらびやかな装飾が施された章飾が人数分入っていた。
「名をドイツ大鷲銀翼勲章とでもしようか」
ヒトラーはWehrwolfの隊員一人ずつの首に掛けていった。
「そうだ、君たちにもう一つ朗報だ。君たちの戦績を考慮して一週間の休暇を与えることにした。交代交代になるかもしれないがゆっくりと羽を休めて次の戦いに備えてくれ」
「「ハイル・ヒトラー」」
退出するヒトラーをWehrwolfの隊員はナチス式敬礼で見送った。
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第二十三話 フランス降伏
1940年5月10日から始まったドイツ軍によるフランス侵攻は約一月の攻防の末、フランスの降伏とBEFの壊滅という結末により幕を閉じた。もっとも、アフリカの植民地に駐留するフランス軍は政府の意向を無視して徹底抗戦を唱っている。
イギリス首相ウィンストン・チャーチルは、フランス海軍の艦隊がドイツの手に下り、イギリスのシーレーンを脅かす存在になることを危惧した。そのためイギリス海軍はフランス艦隊がドイツに渡らないように、自軍の指揮下に入れるか、無力化するために作戦行動を起こした。
しかし、その作戦はドイツ海軍の奮闘により阻止された。イギリス海軍はたいした戦果を得られず、さらにイギリス海軍は大打撃を被りフランスとの関係が悪化した。
このイギリスの行動によってフランスはイギリスに対し報復攻撃を行おうとしたがドイツがイギリスと講話しようとしていたため実際に砲火が交わることはなかった。
この戦果をもってドイツ首脳部はイギリスとの終戦協定に乗り出した。アメリカの本格的な軍事支援が得られなかったイギリスは単独でドイツとの戦争継続は難しく、講話へと動き出した。
1940年7月4日、ドイツとイギリスの政府首脳がパリで会し終戦協定が締結された。
1940年7月7日
ドイツ首都ベルリンでは戦勝パレードが行われていた。音楽隊が行進曲を盛大に奏でながら一糸乱れぬ動きで先頭をきり、歩兵師団を筆頭に今次大戦において大きな役割を果たした機甲師団が続く。
空は空軍によるデモンストレーションが行われ、虹が描かれていた。
「お、あれがロンメル将軍か。なかなかに格好いい顔してるじゃないか。あれは若い娘にもてそうだな」
双眼鏡からは戦車から上半身を出しているロンメルが大衆に向かって笑顔で手を振っているのが見えた。
「我が軍の戦車とは大違いだ。あれじゃあ我々のは豆鉄砲かなんかだな……」
「技術力の差だな。だから俺たちがここに来たんだ。技術を根こそぎ盗む……それを達成して初めて我々は国に貢献することになる」
「……まぁそんな堅苦しいことは置いといて今は勝利を喜ぼうや」
1940年9月27日
Wehrwolfの隊員全てにU-1基地に集結するよう命令が下っていた。彼らは講堂に集まり呼び出した張本人を待った。イギリスと講話してから約二ヶ月、彼らはなぜ集められたのか理由が分からなかった。
暫くして講堂の扉が開いた。彼らに命令した張本人が到着した。
「ハイル・ヒトラー」
全員立ち上がりナチス式敬礼をとり、代表して忠一郎が敬意を述べた。ヒトラーは右手で制し着席を促す。全員が座ったところでヒトラーは話し始めた。
「今までよくやってくれた。ひとまずは私の目標を達成できた、ありがとう。いきなりで悪いが君たちにはイタリアの支援に行ってもらいたい」
「イタリアの支援……ですか?」
ヒトラーは首を小さく縦に振った。イタリアは先の戦いで疲弊したイギリスを見て、アフリカにあるイギリス領を奪おうと画策していた。イタリア軍は既に主力部隊をアフリカ大陸に輸送中で、イギリスとの戦争勃発は時間の問題だった。
「私としてもアフリカのイギリス領は目障りだったからな。彼らがやってくれるなら助かる」
「了解しました。同盟国のため一生懸命に頑張ります」
「うむ、よろしく頼んだぞ。では、私はこれから大事な会議があるので失礼するよ」
同日、日本の新聞は日獨伊三国同盟が締結されたことで一面が飾られていた。同盟締結と同時に日本はドイツに許可をとりインドシナに進駐した。この二つの出来事は日英米関係に決定的な亀裂を生じさせた。それは新たな戦いの狼煙でもあった
沖田楓伽は海軍軍令部に出向いていた。
「失礼します。沖田楓伽です」
「入りたまえ」
楓伽は扉を押した。部屋の中には軍令部長の永野修身がいた。
「忙しい時に呼び出してすまんな」
「いえ、本日はどのようなご用件で?」
「聡明な君に是非とも聞いてみたいことが有ってな。つい先ほど日本、ドイツ、イタリアの間で同盟が締結したのは知っているかな?」
「はい。街ではその話でいっぱいでした」
「現在、日本は岐路に立たされていると私は思っている」
「……岐路ですか?」
永野は首を縦に振った。
「君も知っているかもしれないが帝国の戦略は大別して南進論、北進論、西進論の三つに分かれている」
南進論とは日本が東南アジアなど南方に経済的,政治的,武力的進出を行うべきだという論で,朝鮮,満州方面に発展しようとする北進論と対立した。南進論の萌芽はすでに 1890年代からみられたが,明治・大正期の南進論は経済進出の側面に重点がおかれ,関心は軍事的側面に重点がおかれていた北進論よりは少なかったといえる。1940年にいたりヨーロッパ戦線でドイツが圧倒的勝利を収めると,石油,アルミニウム,ゴムなどを求めて,軍部では南進の主張が強まった。
北進論とは明治以降の日本による朝鮮,満州,シベリアなど大陸北方への進出論。日清戦争,日露戦争,日韓併合,シベリア出兵,満州事変などはその具体的現れであった。南進論が元来南方への経済的発展を目指したのに対し,北進論には武力による勢力拡大の傾向が強く,ロシアとの対抗を主眼とした。とりわけロシア革命以後は,共産主義が国体を脅かすとして陸軍を中心に対ソ主戦論が唱えられた。一方海軍はアメリカ,イギリスなどを仮想敵国に南進論を主張し,両者が対立していた。ノモンハンでの勝利、モンゴルを降伏させたことにより海軍内でも北進論を唱える者が増え始めた。陸軍では依然として北進論者が多い。
西進論とはドイツがイギリスと講話を結んでから唱え始められた論で、インド・東南アジアへ独立支援をしつつ、アジア全体から欧米の勢力を排除して中東・アフリカへと勢力を伸ばす内容だ。最終的にアジア全体の経済圏を確立することを目的としている。
「私はこのどれかの道を選ぶことによって日本がさらなる繁栄を享受する、もしくは破滅すると思う。君がこの三つのなかで一番勝機が高いと思うのはどれかな?」
楓伽はしばし時間をおいて口を開いた。
「……私は西進論が一番勝率が高いと思います。イギリスが弱体化したした今、アジアを一斉解放する絶好の機会と考えます。当然英米を刺激することになりますが東南アジアに武力侵攻してアメリカと全面戦争するよりはよっぽどマシでしょう」
「なるほど、君が私と同じ考えで良かった。海軍内でも意見が割れていてな、味方が少しでも多いと助かるよ」
「微力ながらお力添えは惜しまない所存です」
――――――――――――――――――――――――――
1940年10月4日
アメリカ合衆国ホワイトハウス
ホワイトハウスの大統領執務室にある大きいテレビは日獨伊三国同盟が締結されたことと日本がフランス領インドシナに進駐したことが映されていた
それを第32代アメリカ合衆国大統領フランクリン・ルーズベルト、コーデル・ハル国務長官、ジョン・ナンス・ガーナー副大統領の三人が見ていた。
「大統領、日本は我々の要求を無視しましたね」
「日本の大使を呼び出せ。我々の要求を再度伝えろ」
1940年10月6日
アメリカのインドシナから撤兵する旨の要求に対して日本はフランスを占領中のドイツ政府に許可を取っているので合法的であると説明し、これを拒否した。アメリカは日本に侵略の野心有りとしてイギリス・オランダを巻き込み経済制裁を開始した。
1940年10月19日
大本営会議において今後の方針が話し合われた。現在日本は中国との戦争中である。当面は中国打倒に総力を挙げることで一致した。問題はその次である。
陸軍としてはソ連に侵攻し、今後のために目の上のたんこぶのソ連を撃破したい。一方海軍は圧力を掛けてくるアメリカとの決戦に備えるべき。と、会議は白熱していた。ただ、双方とも米英(特にアメリカ)の軍事的、経済的圧力に敏感で、だからこそ互いに譲れないものがあった。次第に陸軍は海軍の海軍は陸軍の悪口を言い合うようになっていた。
「双方とも落ち着け!陛下の御前であるぞ!」
双方の言い争いを黙って聞いていた陸軍元帥の畑俊六が声を荒げた。その気迫に一瞬にして場が静まった。
「私から提案がある。良いだろうか?」
海軍軍令部長の永野修身が手を上げた。
「私はソ連、アメリカ両国と戦争をするのは得策ではないと思う。一つに国力の差がある。アメリカは言わなくても分かると思うがソ連も広大な領土を活かして日々軍事力を強めていっている」
「だからこそ、差が開ききらないうちに手を打とうと言っているのだ!」
「では聞こう。三年掛けても中国を破れない君達陸軍が開戦即座にソ連を倒せるのか?彼らが中国みたいに遅滞戦術を使おうものなら一年二年で戦力差はひっくり返るぞ」
永野の反論に先程怒鳴った陸軍軍人は言葉を詰まらせた。
「永野さんの指摘はもっともだ。しかし、このままでは戦う以外に打開策が無くなるのもまた事実。永野さんは何か考えがおありで?」
「今の我々が求めているのは石油や鉱山資源であることは周知の事実だ。私は英米と直接砲火を交えないためには現地の人々による独立戦争の開始が最適だと思う」
「つまり現地人を日本で訓練させて武装蜂起させる。独立達成後は各国と経済協力を結ぶということですな?」
永野は静かに頷いた。
その後非公式ではあるが各植民地の独立運動家を極秘裏に日本に集め、会議を重ねて以下のことが決定された。
・現地人は南部インドシナで一旦集結し、日本本土への輸送は海軍が行う。
・現地人訓練は台湾、沖縄本島にて陸軍主導で行う。
・武装蜂起に使用される装備は日本の痕跡を徹底的に排除したものを使用する。
・万が一米英と戦争状態に陥ったとき日本軍と共に現地解放に協力する。米英と戦争中は各国は出来る限り日本に協力する。
・独立達成後は各国の主権を尊重する。
1940年10月22日 満州
「進捗はどうだい?」
「おおよそ六割ですね。どうやら地盤が思ったより固くて掘削に苦労しているんですよ」
「なるべく急ぎでお願いね。速くしないと取り返しのつかないことになるかもしれないから」
「了解です」
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