私が覚えている子供の頃の記憶。
最初に思い出すのは、真っ白い部屋に一人でいた時のこと。
服は下着とダボダボの白い患者服を着ていた。
就寝用のベッドと申し訳程度に置かれたゲームカセット、『
外出などしたことは無かった。言ってもどうせ断られることが幼い私でも容易に感じ取れた。私の世話をする人たちはみんな白衣を着ていたから、何処かの実験施設で私は研究対象として育てられていたのかも。
私にはゲームがあったから外に出たいという感情は湧かなかった。
排泄、食事、教育は部屋の外の共通の専用部屋で行った。私と同じような子供達がみんな同じように動き、みんな同じように大人たちの教育を受ける。映像を見せられその内容を出来る限り正確に書かせられる。言語は何故か自然と書き込めたのが今でも不思議だ。食事は一日に二回。時間を空けて起床時と就寝時にパンと栄養を詰め込んだブロックをよく噛んで胃に流し込んでいく。
あの頃は食欲などの生理現象といったものが全く感じなかったので、部屋にトイレやお菓子類が無くても困らなかった。自分で言うのもなんだが言われたとおりに行動するだけの『人形』だった。
部屋に置かれていたゲームは私専用の物であるということで何をしてもよかった。意外にバラエティ溢れた宝の山であったから、何一つすることがないあの頃はゲームを遊んではまた遊んでの繰り返し、周回プレイを10回などお手の物。一人だけの時間を毎日毎日繰り返した。
ゲーム以外に一人ですることなどなかったから、私はずっとゲームに依存していた。
他の子どもたちと話すということが恐ろしく、向こうも私に興味など微塵もなかったようだった。
それが私の『才能』が芽生え始めた時であったかも。
それは記憶が鮮明に覚えられるようになっていた時だった。
ある日の授業で私は初めて『人間』という生き物以外の生命を見せられた。
それはある牧場の一日を映し、人間以外の生命について教えるというものだった
息をし、肉が動く、見たことのない「モノ」。それは『牛』であった。
しましまの体毛。四つ足。ぶんぶん揺れるしっぽ。
ゲームの中でしか見たことのない人間以外の生き物。周りの子供たちは何を映しているか分からない目で淡々とそれを見ていた。
私は少し怖かった。画面の生き物が何を言っているのかわからない以上に何を考えているのかが分からないということに恐怖を感じた。
ゲームなら判定や反応が決まっている。けれど相手の感情を把握して行動するのが苦手だった。
それが言葉の通じない『動物』ときたら尚のことであった。
あの時はゲームが私の全てだった。ゲームで起こるイベント、アクションに心を引き付けられた。
周りの子たちは私とは違っていた。みんな違う見た目なのに中身が同じような行動をとる。だけど関わる必要が無くて疲れずに済んだ。
大人たちは私を人として見ていなかった。あくまでサンプル。トンボの幼虫のヤゴの変化を眺めるように。だけど色々な感情を寄せられないで楽だった。
でも外には私の見たことがないものがたくさんある。ゲームで見たものが外にはある。
外に興味などなかったのにあの時は恐怖を抱えながらドキドキした。
宇宙人、王様、騎士、UFOにマイティ。ゲームで見てきたものがたくさんいるかも。
まだ人も牛も怖いけど見たい。
私はあのとき願った。
外の世界が見たいです。ゲームの中でしか見たことのない世界が見たいです。
自分以外の人も生き物も怖いけど見たいんです。触りたい。感じたい。
だから神様、いるのならお願いします。
「私をここから出してください」と。
それは突然、ちがった。あの『牛』を見た日から数日後のことだった。
私一人だけ、大人達に呼び出されて説明を受けた。
「773。お前は
今更だけど施設の大人達からは番号で呼ばれていた。773が何を意味するかは今でも分からない。
突然のことで私は混乱した。卒業とは何か。親とは誰だ。才能とは何のことだ。
だけどはっきりと一つのことが分かった。
私はここから出られる。外の世界を見ることが出来る。
すぐさま大人たちは私を着替えさせ、部屋の物を整理し始め段ボールに詰めていった。ゲームをここに置いておきたくなかったが、私の親と言う人はゲームもすべてこちらで引き取り自由に遊んでよいと伝えたそうだ。ゲームは私の宝物だったからそこは安心した。
新しい場所でもゲームはできる。それは外の世界に出ることに必要不可欠なことであった。
外に出るためにエレベーターに乗せられ、降りた先の廊下を歩いているとすれ違う人々に不思議な目を向けられた。
「あの子が卒業者か」、「成績は平凡だが才能には恵まれているそうだ」、「だがそれだけでここまでの投資をして引き取るのか?」、「あの子供の元が今回の引き取り人のDNAだそうだからだってよ」。
といった声が聞こえてきたきたが、あまり気にしなかった。気にしても分からないことであったから。
トップスとジャンパースカートなるものに着替えて、外に出ると一人の男の人が私を待っていた。
「待っていたよ」
優しい声だった。どの大人たちの声よりも優しく、感情が籠った声だった。
彼は私に近づきこちらを見下ろす。陰でよく顔が見えない上に初めての太陽に立ちくらみそうになる。
「今日から私が君の親となる。が、私は忙しくて君に構うことはあまりできない」
だが、と屈んで目線を合わせて私の手を優しく握って
「この先どんなことが起きても、私は1000%君の味方でいることをここに誓う」
「この『天津垓』の名において君を守ると誓おう」
「君の才能は人の未来に大いに役に立つものだと私は確信している。1000%間違いない」
「そして君は今日から『千秋』だ。番号などで君を呼んだり、呼ばせたりなどしない。私の愛しい娘よ」
矢継ぎ早に会話を進めるお父さんに私はおかしくなって、嬉しくなって笑ってしまった。
キョトンとした顔で天津、お父さんが見てくる。
私のことをこんな風に見てくれる人は初めてだった。私を誉めてくれた人はこの人が初めてだった。
この人がお父さんになってくれて幸せと感じた。
ゲーマーの感がこの人ならグッドエンドに繋がると確信めいていた。
だけど言いたい。
「‥‥服、汚れちゃうよ?」
さすがに全身真っ白の服の人はゲームでも見たことが無かった。
書き貯めたらまた投稿します
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千秋の初めての自宅
「ここが私達の家…?」
「そうだ千秋」
天津垓、私のお父さんの車に乗せられて揺れること十数分、辿り着いた場所は都心から離れた高級住宅街の一つの家。コンクリートの土台の上に建てられた二階建ての家。狭すぎず広すぎずの間取。二人暮らしには十分な広さだった。
雑に言うと黒の四角いボックス型の家が新しい私の住処だった。
「…ヨイショ」
車から降りて家に歩み行く。階段を上がり、ドアの前へと立つがその後の行動が出来ない。当然防犯の都合で施錠しているからである。
追いついてきた父がドアののぞきあな兼網膜認証装置に目を向け、指紋認証の取っ手を掴む。玄関を開けてもらい千秋は中へと足を踏み入れた。
「おぉー」
圧倒だ。千秋は圧倒された。初めての自分の家は想像より上であった。豪邸と呼べなくても狭い空間に何年も居た千秋にとっては、この家は自分にはもったいないほどの作りをしていた。
「…クラウドの実家かどう森の3段階目の家みたい」
「その例えは分かりにくいが気に入ってくれたなら良かった」
千秋の感想に苦笑しながら天津は家の中へと入る。履いてきた靴はどうするべきかと悩んだがキチンと揃えて着いていく。トテトテと歩く様子は誰が見ても和まされる程可愛い。
キッチン、リビング、お風呂に鮮やかな芝生を備えた庭などを紹介された。二階は何部屋かは空はあるが使っているのは今は二部屋だと言う。
一つは天津の書斎。入った時に分かったがどうもこの父は自己掲示欲が高いらしい。会った時の1,000%と言うセリフ、更にこの部屋を見た千秋は自分を棚に上げて少し自分の父は変わり者だと思った。
部屋の印象は社長室、もしくは秘密結社の親分の部屋であった。左右に供えられた本棚は国外問わずに集められた書籍。中央にこれ見よがしに置かれたゲームでしか見てなかった社長の机。
「…社長、なの?」
「ここが職場ではないが私は概ね社長だ」
社長ではあるらしい、概ねと言う言葉は引っかかったが。
「そしてここが君の部屋だ。どうだい千秋?気に入ってくれたかい?」
「‥‥…」
最後に自分の部屋を紹介してもらった。
瞬間、千秋は目を疑う。眠気なまこの目をカッと開く。
千秋はゲーマーだ。あの養育場のような場所での娯楽は全てゲームへと結びつく。彼女にとってゲームは生きる上で必要不可欠。
人間の三大欲求、性欲、食欲、睡眠欲に加えゲーム欲を加えることが彼女を形作ることに必須なぐらいにゲームを愛する子。
そんな彼女の目に飛び込む光景。ここは天国か、いや現実だ。しかし彼女の眼にはまぎれもない物が移っている。
トトトと駆け寄り、目をキラつかせて次々と手に取り確認していく。
「最新鋭のゲーム機+高解像度のテレビ。コントローラーは新品で傷一つ無しの滑らかな操作性。しかも長持ちバッテリー搭載の携帯型ゲーム機‥‥!全部もらっていい!?」
「あ、ああ。ここにある物は全て君の物だ。好きなように使いたまえ千秋」
「うん‼」
娘の熱狂に押された天津は少し後ずさってしまう。そうこうしている間に千秋は周りを気にせずゲームをやりだす。手に取ったのは「ギャラクシーオメガ」であった。
「…千秋、私はこれから仕事に戻らねばならない。ヘルパー用のヒュ…ロボットがいるから何か困ったら彼女に言ってくれ」
「うん」
こうして天津は仕事に。千秋はゲームで無双の時間を過ごす。
二人の関係は親子としてはどうかとは思うが、人付き合いが苦手な千秋に心を理解しにくい天津。二人の関係、その最初はこんな感じで進みつつあった。
「ZAIA日本支部まで」
「承知しました」
千秋に仕事に出ると伝え、私は会社に向かうため運転手に行き先を告げて車に乗り込む。到着までに仕事のメールを確認し業務を1000%の速度で進めるために相手方との商談の予定を組み上げていく。
「ご息女の方には?」
「遅くなると伝えておいた。あれなら当分は帰らなくとも世話係の手に任せられる」
「左様ですか…」
あの子を引き取ったことは正解だった。新たな事業の参考にと試しに遊び半分で提供してしまった細胞から生まれた子が才能を持つとは。人生とは予測不能なことばかり―――とまで言わないがやはり興味深い。自分の血肉を分けた子供が才能を持つとは。
好きなことにのめり込む姿勢。ゲームが関われば常人の何倍ものの速さで情報を処理しゲームをクリアする。
何よりあの目がいい。あの子のような熱を灯した眼を持つ人間は誰よりも勝る可能性を持っていた。
それが昔から苦手だったことを除くことが出来れば、私は素直に喜ぶことができただろうか。
認めたくないが
「しかし私は1000%屈しなどしない」
「はい?」
「独り言だ気にするな」
「失礼しました」
私の独り言に運転手が聞き返すが気には留めず一蹴する。しかし滅多に独り言など言わないのだが。
やはり千秋を引き取り、その才能を感じ取ったことが珍しく私の気を昂らせているのか。気分はいいがどうにも腹ただしい。これでは霧切と同じということに全くもって腹ただしい。思い出すだけで苛つかせる。昔から気にくわない一人であったからだ。
奥方が死んでからというもの霧切仁は心に余裕を失くしたようだった。ここに来てまた父親と言い争いを始めていると聞く。昔とは考えられないほどあいつは『才能』に憑りつかれる様になり、父のみならず娘とも距離を置くようになったと噂が持ちきりだ。それを伝えてきた黄桜は随分と呆れているようだった。
それを聞かせられるこちらとしては余計なストレスを吹き込んでくるなと跳ね除けてやった。
しかしこのままストレスを溜めることは良くない。美容にも仕事にもストレスが原因で悪影響が出かねない。
目頭をもみほぐし窓の外を眺める。変わらない空。立ち並ぶビル群。
あの頃と何も変わらない
目を離し目の前の仕事に打ち込む。
ここ暫くは働きずめでコンディションが整っていなかった。生活リズムを整えるのにいい機会だ。千秋との時間を計算に入れて一日のスケジュールを組みなおそう。あの子と触れ合うことで私の健康改善、また新たな商品のインスピレーションを得ることも出来るだろう。
才能、道具は使いようによっては何者にも化ける。千秋もまた私の道具として役に立ってもらう。
ひいてはそれがZAIAエンタープライズ。天津垓の利益となることを願おう。
そしていずれ、
「しかし父親としてもう少し接するべきだったろうか?あんな短時間であの子を一人にすべきでなかったか?しかし意外と賢いに加え行動力がある。ヘルパーも念のために警備員システムをラーニングしておいた。しかしこれからどう接するべきか。あの年頃は反抗期の一つくらいあるだろうしな。霧切にそれとなく聞くか?…無理だな。あの娘関連頑固おやじのあいつが私の相談に有益なものをもたらさないのは1000%確定だ。なら黄桜は‥‥飲んだくれも除外だな。独身のアイツに子供の相談など馬鹿馬鹿しい。しかしそれならどうする‥…そうだゲームだ!千秋と一緒にゲームをすることで親しみを覚えさせ…」
(親バカだなぁ天津さん)
何も天津は千秋を単なる道具として見ていません。
ただ自身の経験から子供とどう接するのが正しいのか分からないのです。
千秋はとりあえず外に出る夢は達成したので、これからゆっくりと(ゲームをしながら)天津と外について知っていこうとマイペースに考えています。
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