―“怒り”を継ぐ者― (サクランボーイ)
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追想のラース

 

「つぇりゃああァァッ!」

「うぉぉおおォォ!!」

 

 森に鈍く響き渡る、岩同士を激しく打ち鳴らしたような音。

 一つ二つと数を重ね、やがてマシンガンの如く猛烈な激音に至る。

 お互い手加減なしの全力、打ち所が悪ければ大怪我もあり得るまでの威力が含まれた二人の()が一層強く衝突すると、双方弾かれたように後方へ弾き飛ばされた。

 

「おい! リィリスッ! もっと本気(マジ)でかかってこいよ!」

「だったらアタシをその気にさせてみなよ、っと!」

「うおっと──へっ、言われなくても、やってやるよ!!  火竜(かりゅう)の──」

 

 少女、リィリスの側転して勢いが乗った飛び蹴りを難なく交わした、桜色の髪をした少年が拳に炎を滾らせリィリスへと駆けて行き、そして──

 

鉄拳(てっけん)ッ!!」

 

 竜をも滅する事のできる炎を纏った一撃。

 炎の滅竜(ドラゴン)魔導士(スレイヤー)であるナツ・ドラグニルは、およそ少女に向かって放つべきではない一撃を容赦なく撃ち込んだ。しかし撃ち込んだ本人だからこそ確信していた。

 

 彼女にこれは当たらない、と。

 

 そしてそれはすぐさま現実となる。

 さっきの蹴りを放った体勢によって後ろ向きになっているにも関わらず、リィリスは炎の範囲も含めて紙一重の所で躱したのだ。そして回避するのに勢いよく捻った上半身のバネを使い、ナツのがら空きとなった胴へ掌底。

 しかし、寸でのところで少年が片足を軸に背中から回転、回避してそのまま後ろ回し蹴りをリィリスの上半身へ直撃させた。

 数メートルもの距離を砂と地面が擦れ会う音が彼女の靴底を振動させる。それによって再び距離が空いた事で膠着状態となる。

 

 勝負有り。

 

「~~ッ、く、悔しいぃぃっ!!」

 

 片腕でガードしていたリィリスは心底悔しいと顔をくしゃりと歪めて地団駄を踏む。

 

「なっはっはっはっ!! どうだ、これで俺の勝ち星が増えたぞ!」

 

 からからと笑うナツに頬を頬を小刻みに上下させ苛立ちを表すリィリスだったが、すぐにそれがどうしたと言わんばかりに挑発をした。

 

「っふ、別に悔しくなんかないし? アタシがちょっと本気出せば絶対負けないし」

「だったら本気だせばいいだろ?」

「分かってないなぁ。いざって時に本気出した方がかっこいいんだよ」

 

 本気で言っているのかどうか分かりづらい返しに、ナツは心底理解できないのだろう、至極もっともな事を言い返す。

 

「分かんねーよ。自分の本気に慣れとかねーと、そのいざって時に全力出しきれねーじゃん」

「ぐ……ナツのくせに正論言うな」

「くせにってどういう事だコラァァ!?」

 

 さっきとは別の殴り合いを始める二人。そこに洗練された動きは無く、ただ子供の喧嘩みたいにボコスカ殴り会うという光景が作り出されていた。

 

「あの二人、いつもあんなことして疲れないのかしら?」

「あい、本人たちにとって習慣みたいなものですから」

 

 体を強張らせ、呆れだか驚きだかが入り混じった微妙な表情をする金髪巨乳の美少女に対して、ナツの相棒である空飛ぶ喋る猫のハッピーは、もはや見慣れたとばかりに事務的に答える。

 二人の殴り会い、もとい特訓の一部始終を見ていたこの少女は、魔導士ギルド──妖精の尻尾(フェアリーテイル)所属のルーシィ・ハートフィリア。ナツにリィリスにハッピーもこのギルドのメンバーにあたる。

 今の特訓を見てから彼女の胸中を占めていたのは『まるで互いの動きを熟知しているようではないか』というものだった。

 それもそのはず、ナツとリィリスは長年組手をしてきた仲なのだ。

 

 ちなみに二人の間にあるルールとして、まず手加減をしない。

 時と場合により多少条件が変わる事もあるが、基本的にこれが絶対条件となっている。

 次に一度でも攻撃が相手にヒットすれば、その時点で勝負ありとなる。付け足すなら、ガード等をして防御したとしても有効打として扱われる。

 ただし、全て打撃系で攻撃すること。当然、魔法も打撃系のみしか使ってはいけない。

 さらに、これに負けた方は相手の言うことを聞かなければならないという破茶滅茶なルールがあるため、自分が負けぬようにと必死でトレーニングに打ち込むのだ。その為、二人の格闘技術は目を見張るものとなっていた。

 

「んじゃ、今度いっしょにクエスト行くぞ!」

「へ? クエスト?」

 

 じゃれあいもそこそこに、さっそく勝利者の権利を使うナツに素っ頓狂な声を漏らして復唱するリィリス。いきなりの提案に理解が追いついていないようだ。

 

「最近一緒に行く事なかっただろ? 久しぶりにチーム組もうぜ」

「……ぷっ、あっははっ! そんなのいつでも言ってくれれば付いてくのに。やっぱナツはナツだよなぁ」

 

 そう言って気持ちの良い笑顔を咲かせるリィリスは丸太の上に座るルーシィへとご機嫌な様子で近づき、その豊満な胸に視線を向け元気よく声をかけた。

 

「という事で次のクエストよろしく! デカパイちゃん!」

「いやだから私ルーシィ!! それと胸に語りかけるな!」

 

 クワッと目を見開きビシリ! とリィリスにツッコミを見舞うルーシィ。

 思えば出会いからしてリィリスはフランクに接してくる少女だったなと、ルーシィは彼女との出会いを昨日の事のように思い出す。

 

 あれはそう、妖精の(フェアリー)尻尾(テイル)のギルドが幽鬼の支配者(ファントムロード)によって襲撃された時のこと────

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「マスター!! 今がどんな事態かわかっているんですか!!」

「そうだぞじっちゃん!! ギルドが壊されたんだぞ!!」

 

 妖精の尻尾地下一階にて、無断で向かったS級クエストから帰ったナツ・ドラグニルとハッピーにルーシィ。そして彼らを連れ戻すために同行していた氷の造形魔導士のグレイ・フルバスターに妖精女王(ティターニア)の名を冠するエルザ・スカーレット。

 彼らは重い罰を受けるはずがマスターからのチョップだけという軽いものに済んだことが些事に思えるくらい、ギルドを壊されたという現実に堪えきれない憤りを感じていた。中でもナツとエルザはギルドマスターであるマカロフに掴みかかる勢いすらあった。

 

「まあまあ、おちつきなさいよ。こんなこと、騒ぐことでもなかろうに」

 

 しかし意外というべきかギルドの長たるマカロフ・ドレアーの声に怒りは感じられず、それどころか気にした風もなく二人を鎮めるのに発した言葉は、しかし頭に血が登った彼らには逆効果でしかない。

 なぜ怒りを覚えないのかと、ナツがさらに詰め寄ろうとした時──場の空気が変わった。

 

「随分と思いきった衣替えをしたじゃん。まあ、鉄棒(あんなの)いっぱい生やすなんてさすがに趣味が悪いと思うけど」

 

 それはこの場にいる全員の心に火をつけるには十分な物言いだった。だというのに、誰一人として突っかかろうとはしない。決して静かとは言えないギルドの地下は、不意に上から届いた少女の声によって嘘のように静まり返ったのだ。

 まるで見られてはいけない所を見られたというような雰囲気が漂う。

 

 まさか、もう帰ってきたのか?

 なんてタイミングで……。

 こりゃ終わったな。

 怒りの日の再来だ……ッ。

 

 耳を傾けていなければ聞き取れないほど小さく、それでいて不吉な声が周りから上がる。

 一体どうしたのだろうと、さきほど聞こえてきた声の主に対してルーシィは不安と好奇心を感じていた。

 そんな中、階段から降りてくる人物の足音だけがいやにはっきりと轟いていた。

 

「──っ、おまえは!」

「む、ちょうど帰ったか──リィリス」

 

 リィリスと呼ばれた人物、それは十代半ばより幼く見える少女だった。

 色素の抜けた紫色の髪は短めだが両サイドから一房ずつ跳ねている。

 服装は袖なしの黒いジャケットの下に暗い赤のトップブラ、短パンにロングブーツ、腕を覆った黒のアームカバー上部分にはふさふさした毛並みのいいものが使われている。

 一見露出度が高く、その格好に目が行くところだが、何よりルーシィの目についたのは──

 

「それで、依頼の方はどうじゃった」

「そりゃもうバッチシ。あ、でもさ聞いてよー。帰り道にちょっと雨に降られてさぁ」

 

 笑顔だった。

 マカロフの元へ行くや否や世間話を始めた少女は外の惨状をまったく気にしていなかった。

 おそらく話の内容からして彼女もギルドの一員なのだろう。しかし、ならばなぜあんな混じり気のない笑顔を浮かべているのだろう。

 マカロフと少女だけ場違いとも言える雰囲気の中、やはりと言うべきかナツが異論を唱えた。

 

「リィリス!! なんでお前まで怒らねーんだ!! いつもだったら──」

 

 少女に向けて、お前だけはと縋るようなナツの言葉は他ならぬその少女、リィリスによって遮られることになる。

 

「ナツ、またそこらじゅうで騒ぎ起こしてたみたいじゃんか。ダメだって少しは抑えるってことを覚えなきゃ」

「は、はあッ!?」

「おいおい……まじかよ」

「あのリィリスがこんな状況でナツに説教だと……!?」

「嘘……」

 

 ナツの気迫もどこ吹く風といった態度にナツ本人のみならず、グレイやエルザ、マカロフの隣にいるミラ・ジェーンすら驚きを隠せずにいた。

 それぞれの反応にこれといった言及もせずに、ポケットから取り出した上下が白と黒に別れたマジックを回しながらリィリスが言葉を続ける。

 

「別に誰かが傷つけられたんじゃないみたいだし? あれなら建て直ぜばいいじゃん。それに──」

 

 二度目は与えるつもりもないし。

 

 ほんの一瞬、これまでで一番の怒気が噴出した。それも一人の少女から。

 同じギルドメンバーからしてみても、それは冷や汗が吹き出すレベルのものだった。

 その中で多くの者の目がある一点に釘付けとなっていた。

 視線の先には、上から移動しておいた依頼板(クエストボード)のど真ん中に、煙を出しながら半分近く埋まったマジックペン。

 言うまでもなくリィリスによって成されたことだ。

 

「その通り。だいたい不意打ちしかできんような奴等にめくじら立てる必要はねえ。放っておけ」

「それでも納得なんてできねえよ!!」

「この話は終わりじゃ。ナツはその持て余してる力でも使って仕事に……やっぱ今のなし。ワシの仕事が増える」

 

 半分冗談の交じった軽口を残したマカロフはそのまま逃げるようにその場を後にした──『トイレトイレ』と言いながら。

 どうしてそんな冷静でいられるんだ。そんなやり場のない憤りを拳で握りしめて抑えるナツにあやすようにミラが事情を説明し始める。

 

「ナツ、みんな悔しい気持ちでいっぱいなのよ。でもギルド間での武力抗争は評議会で禁止されてるの」

「さきに手を出したのはあっちじゃねーか!!」

「……しかしこれ以上、妖精の尻尾が目をつけられるのは好ましくないというのも事実。悔しいが下手に動かない事こそ現状一番とマスターは判断されたのだろう」

 

 誰も口を開けなくなり、辺りに沈黙が流れる。

 エルザの的を射る提案を受け入れるしかないと、みんなどこかで分かっているのだ。ただでさえ問題の絶えないギルドとして名を知られているというのに、それに加えて禁止されているギルド同士の争いを起こしたものなら、最悪解散という事になりかねない。

 そんな想像もしたくない未来を予感したせいか、重苦しい空気が場を包む。

 

「と、ところでよリィリス」

 

 そんな中、グレイが遠慮しがちにリィリスへ声をかけた。だが彼の様子からして話の話題を変えるというより、爆発寸前の爆弾を扱うような慎重さが見てとれた。

 

「気になったんだが、お前ってナツみてーにもっと感情を吐き出してなかったか?」

「確かに今のリィリスって変だよね。何かあったの?」

 

 グレイが投げかけた疑問に便乗してハッピーも自身が感じた事をリィリスに問いかける。

 その答えに多くが固唾を飲んで待つこと数秒ほどだろうか、ナツやエルザすら黙っている中、彼女の口がついに開かれた。

 

「それよりもアタシが気になってんのは……」

「へ?」

 

 残像を残すスピードでルーシィの背後に周り、そして。

 

「デ~カパ~イちゃん!」

「わきゃああぁぁッ!?」

 

 大きく主張する二つの果実に指を沈ませ揉み回しはじめた。

 

『『おおぉぉおお〜〜!!』』

 

 周りの男共が歓声を上げる中、エルザやミラは額を抑えたり引き攣った笑みを浮かべる一方、レヴィは恥ずかしそうに見ながらも目を離せないようだ。

 

「アンタだよアンタ。なあなあ、アンタ新人さんだろ?」

「ちょ、ちょっとぉ!? 揉みながら聞くの止めてくれる!?」

「じゃ、揉むのに集中する」

「いやそうじゃなくて、ってイヤァァー!!」

 

 柔軟に形を変えるたわわな胸に心奪われる男性陣。そこにはグレイも含まれており、リィリスのセクハラを受けるルーシィのちょっぴりエロい光景に顔を赤くしながら目を逸らさずにいた。ナツは不機嫌なまま興味無さげだ。

 そしていつの間にか『いいぞー! もっとやれー!!』とトイレから帰ってきていたエロジジイ(マカロフ)が声援を送っている。それでいいのかマスターよ。

 やいのやいのといつもの妖精の尻尾のように喧騒に包まれた地下からは活気が満ち溢れていた。

 

 

 

 

 

「ごめんごめん。あんまりにも見事なおっぱいだったからつい」

 

 手を合わせて謝罪するリィリスの前には、座り込み疲れ果てた様子のルーシィがいた。

 

「しょ、初対面であんな遠慮なしに胸を揉む……?普通」

「だから謝ってるじゃん? きちんとお詫びとかするからさ」

「いや、物で釣られるみたいでそういうのは……」

「お金の方が良いとか?」

「お金!? ──んっ、んん! べ、別に気にしてないからいいわよ~」

「わー、わっかりやすー……」

 

 つい自身の本音が出かけた事に、金の力は強しと可哀想な目で見つめるリィリスにルーシィは気まずそうに本来の話題に移る事にした。

 

「自己紹介がまだだったわね。あたしルーシィ。少し前に妖精の尻尾に入ったばかりなの。そして星霊魔導士よ! これからよろしくね」

 

 ルーシィは意識を切り替えて手の甲にある紋章を誇らしげに見せる。まるで子供が宝物を見せる時のような純粋でかわいらしい笑顔を浮かべて。

 そんな彼女に笑顔でリィリスも応えようとする。

 

「アタシは──」

「おいリィリス。いつものやるぞ」

 

 しかしそれは、未だに怒りの収まらないナツによって阻まれたことで黙り込むこととなってしまう。

 彼女をそうせたのは、有無を言わさぬナツの迫力によるものか、それとも別の理由か。

 無言でナツを見つめるリィリスは、ルーシィとの会話を邪魔された事に特に不満も表さず、むしろ待ってましたと言いたげに軽く体を動かし始める。

 

「……いいね。アタシもちょっと溜まってたとこなんだ」

「え、え? な……何しに行くの?」

「ごめんデカパイちゃん、自己紹介はまた今度。ちょっと外行ってくるから」

 

 言外についてくるなと言い残し、そのままナツと二人で階段を登っていくリィリスになんとも言えない雰囲気を感じつつも、次の機会となった彼女の自己紹介を残念に思いながらルーシィはそのまま見送った。

 

「って、誰がデカパイ!!?」

 



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お泊まり会

 

「おかー」

「おかえり」

「いい部屋だな」

「よォ」

「いらっしゃーい」

 

「ちょっとなんでこんな人多いのよぉ!?」

 

 あの後、ギルドの補強の手伝いに追われている内に、夜になってしまったなと星空を見上げて早く帰って疲れを取ろうと急いでいたルーシィだったが、帰宅して早々に天井を突き抜けるような声で嘆いていた。

 

 当然と言えば当然。

 なにせ帰宅して最初に目にしたのは自分の部屋を占領する一匹と四人だったのだから。

 

「ファントムの件だが奴等がこの街まで来たということは、我々の住所も調べられている可能性がある」

「えぇぇえっ!?」

「てことで、しばらくみんなでいた方が安全だってミラちゃんがな」

「今日はみんなあちこちでお泊まり会やってるよ」

 

 エルザとグレイの説明を受け、成る程と一応の理解をしたルーシィに、部屋を歩き回るハッピーが付け加える。そのハッピーのお泊まり会というワードに反応したリィリスが心底楽しそうな声をして、みんなから背を向けているナツに語りかける。

 

「いやー、お泊まり会なんて心踊るなぁ。ほらほらナツも拗ねてないで、楽しそうにすればいいじゃーん。そんな変な髭外してさ」

「拗ねて()えー! つか、コレもコレもお前に負けたから着けさせられてるんじゃねーか!!」

「「──っ、あっはっはっはッ!!」」

 

 勢いよく振り向いたナツの鼻には付け鼻が胡座をかいていた──ネコの髭付きで。さらにおまけとしてメガネの奥でつぶらな瞳をたずさえたアイマスクという組み合わせ。

 それを見たリィリスとグレイにハッピーがたまらず笑い転げ、不意打ちでナツの変装を目にしたルーシィも小さく吹き出す。つられてエルザも顔を背けて笑いを堪えていた。

 

「テメーら全員ぶっ飛ばーす!!」

「お、久しぶりに三つ巴いってみる?」

「いいぜ、ナツだけじゃなくお前もどれだけ強くなったのか分かるしな!」

 

 なにやら瞳に炎を燃やす三人のやる気は十分。

 しかし家の中で暴れられてはたまったものではないだろう。だが、この中で唯一彼らを止めることのできるエルザはと言うと。

 

「仲良きことは良いことだ」

 

 うんうんと満足そうに頷きなにやら見当違いな思いみをしている模様。

 

「いやとめてよ!?」

「あい! レディ、ファイトォ!」

「勝手に始めんな!!」

 

 絶えずボケ続ける連中に『疲れを取るどころか貯まる一方じゃな~い!』と、心の内で泣きながら叫ぶルーシィの悲鳴は誰にも聞かれることはないのであった。

 それからなんとか騒ぎを治めることに成功したルーシィだったが、次なる騒ぎの火種はそこかしこにある。なにせここは自分の部屋。どれもこれも他人に見られたくないものばかり、例えば──。

 

「なにこれなにこれ。わ、エッチじゃん」

「ねえねえエルザ見て、エロい下着見つけたよ」

「す、すごいな……こんなのを着けるのか……」

「へー、これが噂の自作小説か」

「なんだよルーシィ、こんなにお菓子隠してんのか。オレも食うぞ」

 

 リィリスの見つけた下着に群がるネコにエルザ。

 机の上に置かれていた小説の原稿を手に取るグレイ。

 どこからか見つけ出したお菓子の入った箱をあさるナツ。

 

「ちょっとグレイそれ読んじゃダメー!! もう、あんた達人の家エンジョイしすぎよぉ……」

 

 まさに勝手知ったる他人の家である。遠慮という言葉をかなぐり捨てた暴挙にルーシィもへとへとだ。

 色々と見られてはいけないものを見られてしまった乙女が深く落ち込む傍らでどんどん話を進める自由人共。

 

「それにしてもおまえたち汗臭いな……同じ部屋で寝るんだ風呂くらい入れ」

「やだよ、めんどくせー」

「オレは(ねみ)ーんだよ……」

「だったらみんなで入る?」

 

 一番動き回っていた三人がバラバラな意見を言う。ここまで我が道を行く姿勢だと感心すらしてしまうレベルだ。

 

「ふむ、また昔みたいに一緒に入ってやってもいいが……」

「アンタらどんな関係よ!!」

 

 まさかの爆弾発言にびっくり仰天である。

 

「そんなの仲間(家族)に決まってるだろ? なー、ハッピー」

「あい!」

 

 リィリスの腕の中でくつろぐハッピーは彼女が恥ずかしげもなく発した言葉に元気よく同意した。

 そういうものなのかと納得しかけてしまったルーシィだが、一般的に見て年頃の男女が一緒の風呂に入るのは色々とマズいだろう。

 

 リィリスはギリギリセーフだとしても──それがチラリと彼女の身体を盗み見ての感想である。

 

 日頃の鍛練により引き締まった身体はまだ子供らしさが強く、それでも無くはない胸はしかし、スタイル抜群の女性が多い妖精の尻尾では無に等しい存在感だった。つまり、将来に期待だ。

 

「おいデカパイ。こいつなら今でも一緒に入ってそうだな、なんて思ったろ?」

「そ、そんなことないわヨ~? あ、そうそう! あんたの自己紹介まだ聞いてなかったんだ!」

「んー? そういえばそうだったっけ」

 

 ルーシィから刹那に送られた視線に勘づいたリィリスは目を据わらせ低くした声で核心をついてきた。これはまずいと、あからさまに話を逸らすルーシィの狙いどおりそういえば自己紹介する予定だったと思い出したリィリスは、疑いの眼差しを止め素直に従った。良く悪くもさっぱりした性格なのだろう。

 

「アタシはリィリス。妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士で肉体強化の魔法を使う。てことでよろしくルー──このッ、デカパイ!!」

「ねえ、なんで途中まで良かったのにまったく別の呼び方にしたの!? そんなにあたしの胸に恨みでもあんのー!?」

「うっさい! そんなデカいだけのおっぱい動くのに邪魔だろ!! このッ、肩でもこってろ! アタシはこらないけど──っ、悪かったな!!」

 

 無難な挨拶が終わろうかという所で、思い出したかのように怒りを再燃させる。しかも何故か自分の言った事にキレ始めボルテージを上げる始末。やはり根に持つタイプかもしれないと改めてリィリスへの見方を考え直すルーシィであった。

 

「別にいーじゃねーか胸なんか無くたって。お前はお前だろ?」

「な、ナツぅ……ッ、んふふっ」

 

 珍しくまともな事を言う仮装状態のナツに笑いながら感動の涙を滲ませるという器用なリアクションをするリィリスに、ホッと息を吐いてこれでなんとか落ち着いたかと安心しかけたのも束の間。

 

「つか、胸がデカいリィリスなんて想像できねーわ、なっはははッ!!」

 

 ブチリッ。

 

 まさにそんな音が部屋に木霊した。

 

「アタシだってなぁ! 成長が遅くなけりゃ今頃バインバインのナイスボディだっての!! つか、なんで歳もそんな変わらないはずのエルザやミラ達に比べてアタシはこんななんだよ!!」

「えェ!? そうだったの!?」

 

 驚きの事実が発覚した。

 てっきり見た目くらいの年齢と思われたリィリスはなんとエルザ達と歳が近いらしい。なんでも自分だけ周りより成長スピードが遅いだとか本人は言っているのだが、悲しいことに他人が聞けば苦し紛れに出した言い訳としか聞こえないだろう。

 

「すまない、リィリス……私はてっきりおまえはそういうことは気にしないものとばかり思っていた。知らぬ内に仲間を傷つけていた私を殴ってくれないか」

「分かった!! どこがいい!? 胸か? このおっぱいか!!」

「訳わかんねーこと言ってるぞ、落ち着けリィリス! お前も去年よりは成長しているぞッ……たぶん!!」

 

 エルザの本気か冗談か判断できない申し出に我を忘れているリィリスが全力で乗っかるのを、必死の形相で止めるグレイはなんのフォローにもなっていない事を言う。ナツは殴り飛ばされて顔が内側にめり込み大の字でダウン。床を見れば無惨な姿となった仮装セットが哀愁を漂わせていた。

 

 ギルドを壊されても大声一つ上げなかった彼女と今の、それこそ子供のように喚く彼女とのギャップにルーシィは混乱していた。というよりも今の振る舞いこそが本来のリィリスのものではと阿鼻叫喚の中、現実逃避を経て導き出した答えだった。

 

「あはは……あいつらってあんなに仲良かったんだ」

「あい。みんな昔からの付き合いです。特にナツとリィリスは頻繁にチームも組んでるんだよ」

 

 もう勝手にやってくれ、と騒ぐ仲間達を遠目に独り言を溢すルーシィに魚を手に持ったハッピーが答えた内容に今度は戦慄する。

 

「ナツとリィリスでチームって……そこらじゅうを壊し回ってたなんてことないわよね?」

 

 最早、ルーシィの中でリーリスはナツと同レベルの問題児となっていた。当然と言えば当然。

 

「いや! よっぽどの事がないとリィリスは暴れないし怒らんが、本当に怒ったときは誰にも手がつけられない!」

「まあ喧嘩っ早いさで言えばナツと同じようなもんだけどな!!」

「そ、そうみたいね」

 

 そしてエルザとグレイの尽力あってか、少しずつ狂暴さが引いていくリィリスはしばらく経った現在、エルザから『人の家で暴れすぎだ』と正座をさせられ説教を受けている。

 テーブルに座るグレイとルーシィは疲労困憊といった様子を見せる一方、ハッピーは幸せそうに魚を頬張っている。

 

「まさかギルド壊されても怒らなかったリィリスがあんな風になるなんて……」

 

 あの時は周りの反応で彼女が危険な人物なのかと身構えたものだが、考えてみれば最初に接触された時から違う意味でヤバいという以外、ルーシィの考えるようなヤバい奴ではなかった。その考えもさっきの騒動で揺らいでいるのだが。

 

「ルーシィはまだ知らないんだよね? リィリスはよっぽどのことがない限り怒ったりしないんだ」

「そのよっぽどの事がファントムの件だったんだが、それでも平気って感じだったろ。だからみんな不思議がってたんだ」

「さっきのあれはよっぽどの事じゃなかったのね……」

 

 あれほどの暴れようでも本気ではないのかと、信じられないといった目で説教中のリィリスに目を向ける。まだ終わりそうにないエルザの説教に、落ち込んだ様子で聞く姿はまるで見た目相の少女としか映らない。

 同じ気持ちなのであろうグレイもああいうのは慣れだと言いたげに笑っている。

 

「あんなの、あいつからしたらお遊びみたいなもんだ」

「それがリィリスです」

 

 そのお遊びで現在もノックダウン中のナツは一体。

 

「じゃあ、あの子が本気で怒ったらどうなるのよ」

「「──ッ!!」」

「ちょ、ちょっとどうしたのよアンタたち? 急に震えだして……」

 

 ちょっとした好奇心で聞いた質問はグレイとハッピーの突然の変わりように打ち消された。どうにも触れられたくない話題だというのは異常な震えを見るに明らか。

 

「あ、あ、あ、あんなこと思い出したくもねえッ、お、お、オレはあの時、リィリスに──ガクガクガクッ!!」

「お、オイラ怖さで気絶するなんてはじめてだったよ……絶対リィリスだけは本気で怒らせちゃダメなんだ──ブルブルブルッ!!」

 

 この様子だとしばらく戻ってこないだろうと自分の殻に閉じこもる彼らが何におびえているのか知りたいような知りたくないようなと思いながら、いくらなんでも大袈裟だろうと心の隅で楽観視するルーシィだった。

 だが、すぐに彼らが言っていた本当の意味を思い知ることとなる──。

 

 

 

 

 

「あれ、リィリスは?」

 

 風呂を終えたルーシィはさっきまで正座していたリリィスがどこにもいないと部屋を見回しながら、ベッドに腰かけゆったりしていたエルザに声をかける。

 

「あいつなら汚いの洗い流しに行くだとか言って出ていったぞ。まったく説教の最中だというのに」

「あの子……女の子としての自覚あるのかしら……って、そもそもトイレならすぐそこにあるのに、なんでわざわざ外に?」

「ん? それもそうだな。なにか用事でもできたのだろうか」

 

 よもや説教から逃げたわけではあるまいなと機嫌を悪くするエルザにビクビクしながらリィリスの帰りを待つも、なかなか戻ってくる気配がない。いつまでも待っていても仕方ないとエルザも風呂に入るとその場を離れた。

 

 さっきの騒動で疲れきって、ベッドの側面に背を預けてうたた寝していたグレイも目を覚ますと、彼もリーリスが何処へ行ったのか気にかけたが、当の本人がいなければ話にならない。

 

 そうこうしている内にエルザも風呂から上がり、全員が揃うのに残るは気絶中のナツと出かけているリィリスを待つのみとなった。

 それからしばらくの間各々が自分の時間を過ごしていると。

 

「──ッ! なんだ……嫌な予感がするぞッ」

 

 直前まで意識のなかったナツが弾かれたように体を起こし窓の外を睨む。その先で良くないことが起きているとでもいうのか、その瞳は険しく見開かれていた。

 

「どうしたのよ急に?」

「リィリスはどこに行った!」

「外に出たきりまだ戻ってきてはいないが……」

「そのうち戻ってくるだろ。あいつもそこまで子供(ガキ)じゃねえ」

 

 その後もしきりにリィリスの事を気に掛けるナツを何度も落ち着かせ、時間つぶしにと幽鬼の支配者(ファントムロード)の事や聖十大魔道について話し合った。しかしそれでもこの日、リーリスは戻らなかった──。

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 一方、現在妖精の尻尾(フェアリーテイル)で話題の中心ともいえる幽鬼の支配者(ファントムロード)のギルドにて、怒号が行き交っていた。

 その内容はというと。

 

 俺たちのギルドが汚された!!

 誰があんなことをしやがったんだ!?

 ふざけたラクガキ残しやがって……!

 絶対見つけ出してぶっつぶしてやるッ!!

 

 と言った穏やかでないものばかり。

 夜の時間帯にも関わらず、彼らの起こす喧騒は外にまで漏れているほど。

 そんな騒ぎを打ち消す勢いでギルドの扉が中にまで吹っ飛んできた。扉に吹き飛ばされて死にかけの虫のようにピクピクしている者や下敷きになってもがく者までいる。

 何事だと彼らの視線が集まった先から、乱暴に踏み鳴らす足音がギルド内に入り込んできた。

 

「あ、あんたはッ!?」

「が、ガジル!? どうしたんだその格好はッ!!」

 

 その人物はファントムにおける最強の魔導士──ガジル・レッドフォックスであった。

 ギルドにおいても彼の実力は誰もが知り認めているほどで、どんな依頼でも怪我一つ負うことなく達成するその強さに絶対の信頼すら抱く者も少なくない。

 なにせガジルは(てつ)滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)。その体質から他の攻撃を通さない鉄壁の体でもあるのだから相手になる者の方が少ないくらいだ。

 しかし今のガジルの姿は信じがたいものだった。

 

「ふー、ふーっ!! クソっ、クソ! クソがぁッ!! あのクソガキ……ッ、絶対ぶっ潰す!! あいつだけはこの手で……ッ!」

 

 額から流れる血、顔には痣があり、服のあちこちは破け、口にも血の跡が見える。

 見るも痛々しい姿で足を引きずりながら奥へ消えていく彼の状態は明らかに普通ではなく、血走った眼には殺意が揺らめき目的の人物(クソガキ)とやらに対する強い激情を抱いているのが見て取れた。

 一体なにがあったのか、彼を目撃した者達はガジルに対してもだが、なにより彼をあそこまで痛め付けた相手にそれ以上に畏怖の念を抱くのだった。

 



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解き放たれる怒り

 

 妖精の尻尾(フェアリーテイル)の地下にある倉庫は今は、ファントムによって壊された上の酒場の代わりとして使用されている。

 そこにギルドのほぼ全員が集まっているのだが、誰一人として言葉を発することなく皆一様にあるモノを見つめていた。

 

 妖精の尻尾の魔導士、レビィ・マクガーデン。

 シャドウギアのリーダーである彼女の腕には、血に塗れたボロボロの黒いジャケット。その持ち主はここにはいない()()のものであり、その誰かが問題だということ。

 唯一の手掛かりとなるのはジャケットに張り付けられた紙。そこにはこう書き記されている。

 

 “そちらのギルドメンバーの一人を預かっている。

 こちらに()()を傷つける意思はない。故に彼女と邂逅することを条件とした親睦会、並びに今回の非礼のお詫びも兼ねてギルド間の交流を深めたい。諸君等の来訪心よりお待ちしている。

 幽鬼の支配者(ファントムロード)ギルドマスター  ──ジョゼ・ポーラ──”

 

「これは、どういう事だよ……ッ!」

 

 あり余る悔しさや怒りを震える体で訴えるナツはまるで理解できない、したくないと歯を食いしばりここにいる全員に叫ぶ。

 

「なあ!! 一体どういうことなんだよッ!!」

 

 昨日に引き続きまたもファントムからの宣戦布告とも取れる行いに、我慢の限界をとうに超えて溢れる激情を吐露する。

 この手紙の内容にではない。問題はここにあるジャケットがリィリスのもので、当の本人がここにいないということだ。

 

「……私たちがファントムに襲われている所にリィリスが助けてくれたの……それでなんとかジェットとドロイを安全なところまで避難させた後、彼女を探していたんだけど……」

「そこでこれを見つけたってわけか」

 

 グレイの続けた内容にこくりと力なく頷くレビィ。その表情には疲労の色が濃く、泣き腫らした目には隈があり彼女が一睡もしていないと伺わせるに十分な顔色の悪さだった。

 昨日の夜、レビィとジェットにドロイの三人は外を出て回っていた所に背後から襲われジェットとドロイが彼女を庇い怪我を負ったのだ。幸い二人とも命の危険はないそうで、今は病院で安静にしている。

 

「レビィ、その時の事をもう少し詳しく話してくれないか?」

 

 こんな時こそ冷静に話を進めるようという姿勢を見せるエルザの言葉に今度は強く、そしてはっきりと頷いた。

 

 

 

 

 

 夜に包まれ静まる街の中、広い路地をレビィ、ドロイ、ジェットの三人チーム“シャドウギア”が歩く。

 

「いいのかレビィ?」

「ラキ達と女子寮にいた方がいいんじゃねえか?」

「いいのいいの。私たちチームじゃん?」

「「レビィ~~!! ──ッ!」」

 

 語尾にハートでも付いてそうな間の抜けた声でリーダー(意中の相手)の名を口にする二人にまっすぐな笑顔を向けていたレビィは、彼らが何かに気づいた素振りを見せた後、焦った様子でこちらを突き飛ばしたことに驚きの声を上げる。

 

「ち、ちょっと!?」

 

 いきなり何をするんだと、尻もちをついた大勢で二人に抗議しようとしたが。

 

「ぐうっ!?」

「れ、ビィ……ッ」

 

 柔らかいものを叩きつける鈍く嫌な音がすぐそこから鳴り渡った。

 

「ジェット、ドロイ!? くっ、誰!!」

 

 彼女はすぐさま状況を理解する。

 ──自分たちは何者かに襲撃された。

 

 倒れこむ二人を気にする隙さえ与えてはならぬと警戒を露にする。

 

 (いくら気が抜けていたとは言え、二人が一撃で倒されるなんてッ)

 

 そんな芸当ができるのは魔導士、それもナツやグレイ。下手をすればそれ以上の、もしかすると──

 その先のさらなる可能性。その最悪を否定したくて、レビィは襲撃者を視界に収める。

 

「──そんなっ!?」

「ギヒッ」

 

 (最悪だッ、よりによってコイツ!?)

 

 鉄の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)

 “鉄竜(くろがね)のガジル”の異名を持つファントムきっての魔導士。

 レビィの頭の中で、この者と真っ向から立ち向かえるのはそれこそナツやグレイ、エルザといった実力者しか思い浮かばなかった。そんな彼らでさえ苦戦し得る強さを持っているのだ。

 こんな相手、ましてや自分一人で敵うわけ。

 

「おい、ボーッとしてっと潰しちまうぞ?」

「しま──ッ!」

 

 暗く沈む思考に気を取られたほんの一瞬、意識を戻せばすぐそこに凶悪な顔をした鉄竜のガジル。

 レビィは何も出来ずに倒れゆく自分の姿を幻視し、来たる激痛に恐怖を堪えて待つしかできなかった。

 硬く握りしめられた拳が彼女に届く。

 

「──ごッ!?」

 

 刹那、ガジルの顔面にブーツがめり込んでいた。

 

「えっ!?」

「っりゃあァァッ!!」

 

 何者かがそのままガジルを蹴り抜いたことで猛スピードですぐ隣の建物に衝突し、瓦礫の破片を飛び散らせながら大きく崩れた瓦礫に埋もれた。

 

「はっ、はッ、ギリギリセーフ。いや、ハッ、アウト、かな……これはッ」

 

 色素の抜けた紫色の髪を風に揺らし自分よりも小さい体で力強く、それでいて頼もしさを与えてくれる立ち姿でギルドで見る時以上に心から安心させてくれる彼女は──

 

「り、リィリス!? なんでここに!」

 

 今頃ルーシィの家でお泊まり会をしている筈の少女がどうしてかここにいた。

 

「はー、はーっ…… アタシはただ、汚いクソ野郎の気配を感じたから、そのまま洗い流そうと思って、直感でここまで来ただけ」

 

(直感って。ルーちゃんの所からここまでの距離はだいぶ離れているのに……でも、嘘をつく娘じゃないし。それに息を荒げてるってことはここに来るのに走ってきたってこと……!?)

 

 そんな本当か嘘なのか分からないことを口にするリィリスは、ガジルの飛んでいった方を睨み続けている。

 

「これも惚れた弱みってやつ? 二人して庇っちゃってさ。カッコつけちゃって、まったく。

 でも、こいつらのおかげでアンタだけはこうして守れた」

 

 まさにギリギリのタイミングでリィリスはレビィの身を守ったのだ。二人の漢を代償として──。

 彼女がここに着いた時には既にガジルによってシャドウギアが襲撃される直前であったのだから。

 

 その言葉にハッとしたレビィは倒れているジェットとドロイに駆け寄り、意識が混濁している二人の顔が辛そうに歪むのを唇を噛み、『この二人のおかげで私は無事でいるんだッ。なら、二人の為になにかしないと!』そう強く決意を固めた。

 

「視界の悪い夜に背後からの不意打ちなんて。随分と妖精がお怖いようで、亡霊さん?」

「あァ……? 舐めたこと言ってくれんじゃねえか、クソガキ。何者だ、テメェ」

 

 あれだけの勢いで壁に激突したのにも関わらず、瓦礫を掻き分けて出てきたガジルは信じられない事にどこにも傷を負っていなかった。

 

 (あんな強い一撃を受けたのにまったくダメージがないなんて……! やっぱり、リィリスじゃこいつ相手になんて勝てないよッ)

 

 内心諦めかけるレビィとは対照に、ガジルの健在さを見てもまったく動じることのないリィリスは、そんなこと分かっていたと言いたげな冷めた瞳を威嚇をしながら問い詰めるガジルに向ける。

 

「アタシは……」

 

 一度その瞳を閉した後、もう一度見開き今度は熱く燃える眼で真っ直ぐ見据える。

 そしてこれから吐き出す想いを前に、息を大きく吸い込み堂々と名乗りを上げた。

 

「アタシは妖精の妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士──リィリス。

 今からアンタをぶちのめす!!」

 

 右腕をガジルに向け掌を見せつける彼女の振る舞いは、(ここ)に刻まれた赤色のギルドマークをしかとその目に焼き付けろと言っているかのようだ。

 そう、これこそが自分の誇りであり戦う意義だと言うように。

 

「ハッ、なるほどね。てめェ、妖精の尻尾(けつ)のモンか。それでギルド荒らされた腹いせしに来たって訳か」

「その通り。ギルド壊したのアンタだろ? あの時は本気で怒り狂いそうで久々に()()()()()()()

「ギヒッ! そうかい!!」

 

 (食いまくったって、まさか食べ物を?)

 

 大量の食べ物をやけ食いするリィリスを想像したレビィが、結構しっくりくるかも。なんて思ってしまったのはここだけの話。

 

 一方、短くも簡潔に交わされていた二人の会話は、ガジルの突進によって終わりを告げた。

 砂塵を巻き上げ獰猛な笑み──肉食獣のそれを思わせる彼の気迫は離れているレビィさえ怯むほど。そんなものを真正面から、しかも目で追うのもやっとなスピードで振るわれる拳を前にしても、リィリスは引く姿勢を見せはしなかった。

 

 響く打撃音。

 

 (ガジルが放った拳を自分の拳で相殺したッ!?)

 

 なんと鉄竜の名を持つガジルの拳をリィリスは避けるでもカウンターをするでもなく、自らも繰り出した左拳でガジルの右ストレートに合わせ二つの拳を組み付かせていたのだ。

 どう見ても二人の体格差は歴然としている。だと言うのに打ち合わされた拳は拮抗していた。

 彼女の予想外の動きにまさかと目を見開くガジルだったが、徐々に押し返される自身の拳にさらなる衝撃を受ける。

 

 力負けしているのだ、まだ子供と言える少女に。

 

 その事実にとてつもない怒りと恥辱で反射的にガジルは魔法を使い、右腕を鉄に変質させると同時に強化された身体能力に物言わせ、少女の小さな身体ごと突き出す。

 鉄に変化した彼の拳はそのまま猛スピードで伸長し、リィリスを拳ごと弾き返した。

 

 “鉄竜棍(てつりゅうこん)

 

 彼の得意とする攻撃魔法。自身の体質を鉄に変化させる滅竜魔法で繰り出されるその一撃は、並の魔導士であっても大ダメージは確実。

 それを証明するかのように、弾かれたリィリスの拳には血が滲み早くも赤く腫れ始めていた。

 

 この機を逃すものかとすぐさま追撃を仕掛る。

 圧縮される時間の中、獲物(リィリス)に向かう捕食者(ガジル)の目には、あまりの威力に後方へ飛ばされながら宙に浮き体制を崩したリィリスが無防備を晒す姿が映っていた。

 ニ撃目の鉄竜棍を左腕で放ち勝負を決めに行く。

 女子供がどうしたと、容赦なく伸び進む致命の鉄撃は彼女の中心を捉える。

 だが──

 

「なにッ!?」

 

 リィリスは後ろに引かれる慣性に抗わず、上半身の捻りだけで体を反転させ鉄竜棍を回避してみせたのだ。それだけに留まらず、ガジルの伸ばされた左腕を無傷の右腕と胴を使う事で拘束。それと同時に地に足がつき、そして。

 

「っらああァァアッ!!」

「ぅぎガァッ!!?」

 

 渾身の背負い投げ。

 とても少女の出せるとは思えない力で投げられたことで、伸び切った鉄腕を起点に人間ハンマーさながらのガジルは受け身も取れず、なすすべもないまま轟音と共に地面に沈む。直後、意識の霞む衝撃が全身を等しく襲う。

 

 こんな隙を見せてしまえばつけ込まれる。体に染み付いた闘争の動作によりすぐに体を起こし、鉄竜棍を解除する。それにともない拘束されていた左腕が自由になった事で反撃に移れる姿勢となった。

 

 焦りと憤怒の混じった眼差しを背後にいるリィリスに向けようとしたガジルは不意に横からくる不自然な風の動きに再び体を地に伏せる。

 頭上を駆け抜ける疾風、それがリィリスによる蹴りである事は視界の端に映る彼女のブーツが語っていた。

 

 身体能力向上の魔法。

 

 これがガジルの導き出したリィリスの使う魔法の正体。

 であれば圧倒的な体格差を埋める力、スピード、運動能力にも納得できるからだ。

 なればこそ、勝利は我にありと確信する──ガジルから発せられる空気が変化した事に気づき、息を飲んだリィリスは後ろに大きく跳躍し距離を取る。

 

「どうした。ビビっちまったか?」

「な、なに……あれ」

「竜の鱗、それも鉄……」

 

 ガジルの身体を覆う鋼鉄の鱗。

 それはガジルの奥の手であり全ての攻撃を無力化させる無敵の鎧。しかも厄介なことに鉄の鱗には攻撃力を底上げする効果もあるのだ。

 こうなれば最早どう足掻こうと生身で傷つけることは叶わない。いや、武器や魔法だろうとこの鉄竜の鱗の前では驚異足りえない。

 

「ギヒヒッ、終わりだ。クソガキ」

 

 一方的な勝利宣言。

 時間にすれば戦いが始まって一分と経っていないだろう。しかし、当事者達からすれば時間以上の濃密すぎる戦いの前に、レビィは逃げるでも加勢するでもなく只々唖然とするしかなかった。

 

(正直……リィリスがあそこまで強かったなんて予想もつかなかった。もしかしたらナツ達とも渡り合えるかも。でも、相手はあのガジルで、しかも本気で来ようとしている……)

 

 勝てるのだろうか、彼に。

 

 妖精の尻尾(フェアリーテイル)において、リィリスの実力はナツより一歩劣るというのが総評だ。

 と言うのも、ナツ恒例の勝負のふっかけに何度も嬉々として応じ、毎回それなりにいい勝負はするもののたまに勝つくらいで負けてしまう事が多いからだ。それでもギルドの中での強さでいうと真ん中より少し上に位置する。

 

 使う魔法は彼女いわく身体能力強化とのことだが果たして本当だろうか?

 ただの身体能力強化の魔法でファントムのトップの一人であるガジルとここまで均衡するものなのか。長年修練を積んできたベテランの魔導士ならいざしらず、彼女の使う魔法がそれ以上の力に見えるのは贔屓目で見ているからなのか。

 

「レビィ。ジェットとドロイを連れて早くここから離れろ」

 

 それなのに彼女から飛び出した言葉はあまりにも無謀なものだった。

 

「そ、そんなことできるわけッ──」

「邪魔だって言ってんの。それとこの事はギルドのみんなには言わないこと。余計収集つかなくなるから」

 

 確かにレビィは近距離での戦闘に向いていないし、遠距離からの魔法での支援をするにしても今のガジルに通用するかどうか怪しい所。

 

 (たしかに二人を早く病院に連れていきたい……! でも、それで仲間を見捨てて逃げるだなんて出来ない!!)

 

 そんな想いを伝えようとレビィが口を開いたところで、リィリスが深く息を吐く。

 

「分かんないかなー。アタシがアンタ達を傷つけるかもしれないってこと」

「え? ──ッ、危ない!!」

 

 俯き何かを堪えるように肩を震わせ始めるリィリスに出来た隙を見計らったのだろう、何かを叫びながらガジルが彼女に向かい腕を剣のような形に変えて突進してきた。

 しかし、それを見ずにして彼女は鉄の剣をあっさりと躱してすぐ近くまで来ていたガジルの下顎を殴り上げた。だが鉄竜の鱗の効果で全く堪えていない。むしろ殴った側の彼女の拳にダメージが刻まれた。さらにお返しにと、今度は脚を鉄に変質させてリィリスの横っ面を蹴り抜く。

 鮮血が彼女の口から舞った事でガジルの顔に笑みが浮かぶ。

 

「ギヒッ、もろに入ったな。今ので脳が揺さぶられただろ」

「── (ギルド)を壊されて、目の前で仲間(家族)までも傷つけられた」

「あァ?」

 

 不自然なくらい、リィリスの声だけが妙に響いていた。まるで彼女の声に何か目に見えない力が宿っているような、それでいてとてつもなく強く恐ろしい何かが見え隠れしているようだ。

 

 なぜ忘れていたのだろう、彼女が一度だけ見せた規格外の力。これはそう、まるであの日と同じ。

 

「痛みと怖さで震えてんのか? 」

 

 全身を震わせる彼女に容赦なくガジルは殴り、蹴り抜き痛め付けていく。鋼鉄の鱗により強化された攻撃は一撃一撃が身体の芯まで届くもので、そんなものを少女の体が食らい続ければひとたまりもない。

 このままではリィリスが危ない。仲間がすぐそこで傷つけられているのに、しかしレビィは目を離せずにいた。

 

 いつもギルドで馬鹿騒ぎをしてナツ達とケンカする時に見せる時とは違う、本当の怒り。

 今の彼女に水を差してはいけないと無意識の下した判断ゆえだ。

 リィリスがいつもなら考えられないくらい低く唸りに似た声で言葉を紡ぎ続ける。

 

「ぐっ──ガ! ッ、アタシはねレビィ! コイツ等にも、そして──」

 

 自分にも怒ってんだよ。

 

「ッ!?」

「なっ──てめェ、一体……!?」

 

 リィリスの髪が僅かに逆立ったと同時に、これまで感じたことのないレベル、もしかするとエルザさえ上回るかもしれない魔力がその場を支配する。

 空気が震えるレベルの魔力の渦の中で漠然と思ったこと。それは、本気で怒っている者を見ると怖いとか逃げ出したいと思うのではなく、頭が真っ白になるのだ。レビィが抱いたものは、そんな当たり前のものだった。

 

 これは怒り。

 

 決して本気で怒らせてはいけない、触れてはならない怒りが詰め込まれた禁忌の箱はとうの昔から開いていたのだ。それが目に見える形になっただけ。

 勝者の笑みを崩さなかったガジルが一転、一瞬で焦りを多分に含んだ表情へと変え、怯むように後ろへ一歩下がろうとする──それが合図になる事とも知らずに。

 

怒竜(どりゅう)の──」

 

 一歩()を踏み出す。

 それだけでガジルとの距離が詰まる。リィリスは僅かに跳躍したこちらへ驚きに満ちた顔を向けるガジルを眼下に捉える。

 その後の地の底より轟く怒れる竜の言葉は最後まで聞こえることはなかった。なぜなら……

 

 耳をつんざく鈍くも遠くまで響く打撃音の直後、ガジルは顔面から地面に埋まっていたのだから────。

 

 

 

 

 

「リィリスが……」

「あいつそんな強かったのかよ……ッ」

 

 話に出たリィリスの実力はみんなの知る彼女より数段も上の強さを持ち合わせており、それはつまり今まで本当の実力を見せていなかったという他ない。

 ナツやグレイの心になぜそんな大事な事を隠していたのだという憤りが生まれるも、しかし今はそんなことを考えている場合ではなく、彼女の安否を確かめることを優先すべきと頭を冷やす。

 

「しかしガジルを撃退したというなら、何故リィリスはここにいない?」

 

 他にも驚いたり戸惑っている者がいる中、エルザだけは淡々と話を進めていく。レビィもここからが大事な場面だとさらに真剣な表情で話の続きを語り始めた。

 

「……リィリスは間違いなくガジルを倒したよ。ほんとに凄かった。

 でも、喜んでる暇なんてなかったの。もっとヤバイ奴がそのあと現れたから……」

「そ、そんなぶっとんだ奴がいるなんて……」

 

 そんな悪夢がある訳ないと祈るように呟くルーシィに容赦なく現実を突き付けたのは、ギルドの者達をかきわけ一番前に出る一人の老人──マスターマカロフ。

 

「マスタージョゼ。そうなんじゃろ? レビィ」

 

 ジョゼ・ポーラ。

 その人物は幽鬼の支配者(ファントムロード)のマスターであり、マカロフと同じ聖十大魔道に名を連ねる正真正銘の強者。

 数いる魔導士の中からたった十人しか得ることの出来ない称号── “聖十大魔道”。

 それこそが並外れた力を持っている事をなによりも証明するもの。

 

 震える身体を両手で抑え、昨晩レビィが目にした出来事の最後の一端を語りだす。

 

 

 

 

 

「お見事ですよ。まさかガジルさんをたった一撃で敗るとは」

 

 相手を小バカにする拍手を鳴らし、芝居がかった話し方で夜闇から溶け出すように現れた人物。

 

 幽鬼の支配者(ファントムロード)ギルドマスター、ジョゼ・ポーラ。

 

 リィリスを誉める言葉とは裏腹にジョゼから発せられるのは仄暗い魔力。それも彼からしたら挨拶にすらならない魔力の揺らめき。

 そんな魔力の一端を感じたレビィの心は、たったそれだけで震え上がった。

 

 ──格が違う。

 

 あのガジルさえ遥かにマシと思えてしまうレベルの禍々しく暴力を孕んだジョゼの魔力に、頭から流れる一筋の血を気にもせず真っ直ぐ見据えるリィリスの魔力も凄まじく、ガジルとの対決を経ても戦意に欠片ほどの乱れもない。

 

 やはりルーシィの家から感じた特大の悪意はこいつからだったか──そう確信したリィリスは脅えているだろう仲間に鼓舞する。

 

「レビィ!! 走れェッ!!!」

 

 この場においてただ一人、ジョゼに立ち向かう闘志を燃やすリィリスの叫声で、反射的にレヴィはジェットとドロイの首根っこを掴み全力でその場から離れる。

 

 彼女の言葉が恐怖で身動きが取れなかったレビィを突き動かしたのだ。

 それを受けて仕方ない状況だとは言え、リィリスを置き去りにしてしまったと心が張り裂ける想いを胸に彼女はひたすら走り続けた。背後で魔力同士のぶつかる大爆発を受け背中を押される形となったレビィの足は速く、恐怖や不安を降りきる勢いで前に進み続けた──。

 

 その後、なんとかドロイとジェットを魔導士の受け入れ対応をしてくれる病院まで連れ急ぎ、一秒と休まず再びリーリスのいた路地に向かったが、そこには血に濡れた彼女のジャケットと一枚の紙があるのみだった。

 

「最低だよ、私ッ! リーリスを見捨てて逃げて……怖くて後ろも振り向けなくてッ」

「お前は悪くない……そうすることが最善だったんだ」

 

 リィリスのジャケットを抱きしめ、あふれ出す涙が零れるレビィ、そんな彼女の肩に手を置きエルザが優しく言葉をかける。

 もしも、レビィがいなければ今頃どうなっていたか、ジェットとドロイを病院に送り届けることも、こうしてギルドのみんなに何があったかを伝えることもできなかったのだから。

 

「私が……私がいけないんだッ! あの時もっとあいつの事を気にかけていればこんなことには……!」

 

 昨日の楽観視していた自分に情けなさ以上に腹立たしさを覚えるエルザの心境に口を出す者はいない。そんなのはなんの慰めにもなりはしない、今することは一つとここにいる全員が分かっているからだ。

 

 ボロボロとなったリーリスのジャケットを無言で見つめるマカロフはなにを思うか。

 そんな聞かなくても分かる(こたえ)にフェアリーテイルの魔導士達は自分達がなすべきことを明確に理解していた。

 後悔していても何も始まらない。それを深く理解しているエルザは、頭を冷やしこれより先の行動を促す。

 

「律儀にこんなものを残すとは、挑発のつもりか誘い込んで罠に嵌めるつもりなのか──いずれにしても」

「罠がどうしたよ……ッ」

「全部まとめてブッ飛ばす!!」

 

 エルザの言葉を引き継ぎグレイとナツが吼える。それに続きエルフマンやカナ、ロキにマカオにワカバ、アルザック、ヴィスカ。あのナブすらも声を上げていき、次々と妖精の尻尾(家族みんな)が一人の娘の為、立ち上がり闘志を滾らせる。

 ルーシィは初めて目にするギルドみんなの並々ならぬ圧力に圧倒される。

 これが“フェアリーテイル”。

 

「ボロ酒場までならガマンできたんじゃがな……」

 

 満を持して族長が口を開く。

 

「ガキの血みて黙ってる親はいねぇんだよ──ッ!」

 

 目覚めさせてはいけない巨人が血走った目を、己たちが倒す相手“幽鬼の支配者(ファントムロード)”のある方角へ向け、ついに──

 

 戦争じゃ。

 

 ギルド同士による戦いの火蓋が切られた。

 



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人質

 

 幽鬼の支配者(ファントムロード)のギルドでは未だ冷めやまない怒りの声がそこかしこから上がっていた。彼等にとって他人をバカにし蔑むのは好ましくても、逆にされるというのは我慢ならないのだろう。まさにそれこそがこの者達のギルドの品格そのものと言える。

 

「どこの誰だか知らねーがふざけたヤローだ……!」

「あんな真似するやつは俺が痛めつけてやるッ」

「そうだ! 俺達のギルドの看板にラクガキしやがってェ!!」

 

 普段はやれ、依頼主を脅したら報酬を倍にしやがった。あのギルドが気に入らねーから潰しに行く。あそこで見た女をものにしてえ。など、下衆下劣下品と三拍子で吐き出す悪意に染まった言葉の数々が飛び交うのが日常だったギルド内は、今この時だけは正当な叫声が響いていた。

 

「気晴らしに妖精の尻尾(けつ)にちょっかいかけてくるか? 何人かやったガジルにだけおいしい思いはさせるかってな」

「そりゃいい! 今頃みじめに震えながら飛び回っている頃だぜ」

 

 先程までの空気から一転、水を得た魚のように生き生きとしだしたファントムの者達は、昨夜目にした傷付き怒りを露わにしたガジルのことも忘れ、目の前の()()に興じることにしか意識が向いていなかった。

 だが彼等は気づいていない。そのガジルが誰にやられたのか、自分たちが敵に回したのはどんな存在なのかを。

 二人組の男が意気揚々と扉に向かい、開こうと近づいた所で──扉ごと吹き飛ばされた。

 何人かも巻き込み遥か後方へ吹き飛ばされた男達は扉と共に沈黙した。

 ゆらゆらと煙に揺れるいくつもの人影。そこから現れたのは。

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)じゃああアァっ!!!」

 

 妖精の尻尾の魔導士達だった。

 彼等全てが等しく天をつく怒りを抱き溜まりに溜まった激情を、仲間(家族)を傷付けられた(いた)みを、仲間を奪われた怒りをこいつらにぶつけるためにここへ来た。

 

 まさか、縮こまっている事しか出来ないだろうと見下していた相手が総メンバーで仕掛けてくるなど、誰も思わなかったファントムにとって、それは致命的な隙を生み出し妖精の尻尾の侵撃を許す事につながってしまう。

 

「リィリスを返しやがれえェ!!」

 

 一番槍となったナツの叫びと共に彼の周りにいたファントムの連中が炎に巻かれ吹っ飛ぶ。

 流れは完全にこちらのものだと妖精の尻尾の他の魔導士達も内に燃え盛る忿怒を吐き出す。

 グレイが殺意のこもった眼差しで凍らせ、エルフマンは右腕を凶悪な魔物の物に変化させ薙ぎ払い、カナやマカオにワカバは遠距離からの攻撃、アルザックとヴィスカによる弾幕の共演。

 どれも並大抵の努力では生み出せない一流の魔法だ。

 

「妖精の尻尾《けつ》風情がっ! ファントムをなめるなよ!!」

 

 それでも国を代表するギルドとしての誇りからか、ファントムの魔導士としての意地か、妖精の尻尾(フェアリーテイル)に負けじと啖呵を切る。

 

「なにが幽鬼の支配者(ファントムロード)だ。パンツロードってテメぇらで書き換えてんじゃねえか!!」

「あれは昨日だれかが落書きしてったんだよっ!!」

 

 ファントムが言うにはギルド名の書かれた表の看板が何者かに白色と黒色で“パンツロード”といたずら書きをされていたらしい。

 

 つまり──

 PHANTOM LORDのところP●ANTS♡LORDという事になる。

 これは怒る。

 

 一体だれの仕業か、妖精の尻尾の魔導士達が思案しすぐにその正体に行き着く。

 そんな事をするのは()()()しかいないだろうと、前日に見せたある物を使ってのダーツを披露したここにいない彼女のことを感じ、より一層活力が漲り彼等を勢い付ける。

 

 あいつは誰よりも先に仕返しをしてくれていたんだ。

 

 妖精の尻尾のギルドの依頼板を見ればその証拠が出てくるだろう。

 もっともこの先、被害者達(ファントム)が犯人を知ることは一部を除きありえないだろう。さらに付け足すなら、マジックで書かれた文字は同じマジックの片側の色、つまりこの場合黒なら白を使い綺麗に塗りつぶさねば消えることはない。例え雨に濡れようが熱で焦がされようが消えることはないのだ。

 その唯一落書きを直すことの出来るマジックペンは深々とどこかの板に突き刺さっているというわけだ。

 

『『悪ガキ(リィリス)を取り戻すぞおォォっ!!!』』

 

 激しさの増す妖精の尻尾の猛攻に、応戦していたファントムの魔導士達は誰も彼もが大した反撃も出来ずに地に伏し、宙に舞い、次々とその数を減らしていく。

 これではあっという間に妖精の世界に飲み込まれると、短期決着を見据えて何人かの男達が相手ギルドのマスター。マカロフに突撃を行う。

 しかしそれこそが彼らにとっての運のつき。

 

『かああぁぁァァっ!!!』

 

 両眼に閃光を迸らせ魔法の力で巨人となったマカロフの巨大な手により、文字通り地に沈められた男達のうち一人が、他の者の総意として絞り出すように悲鳴を上げる。

 

「ひっ、ひいィィ!! バケモノォ!!」

『貴様等はそのバケモノのガキに手ェ出したんだ―― 人間の法律で自分(てめえ)を守れるなど、努々思うなよ!!!』

「何がギルドで交流を深めようよ!! ジェットとドロイを怪我させて、リィリスまで攫ったくせに……ッ、あんたらとなんて死んでもごめんだってのッ!!」

 

 “ 魔法の札(マジックカード)”で迎撃していた、カナ・アルベローナが妖精の尻尾の総意を口にする。

 

「ギルド間での交流!? リィリス!? なんだそりゃ、聞いてねーよ!!」

 

 そんな事は知らぬとファントムの誰かが言った。そこに騙している雰囲気はなく、初めて知ったという空気がファントムの連中から流れていた。それはつまりここにいる者達は何も知らないと言うことになる。

 だからどうした。

 大切なガキを二人も傷付けられ、一人は忌まわしきファントムに攫われた。何年も同じギルド()で過ごしてきた家族にそんな仕打ちをされて黙っていられるわけが無い。

 

『てめェ等がおっ始めた戦争だ。今更知らぬフリは出来んぞォ!!』

 

 地に轟く怨声を吐き出す巨人(マカロフ)に圧倒される中、いくつもの足場が組まれた木材の上で下の様子を眺める者がいた。

 

「クズどもが、せいぜい暴れまわれ。愛しのお嬢さん(クソガキ)を取り戻すことは絶対できねえがな」

 

 今回の戦争の発端ともいえるガジルであった。

 彼が昨日負った傷は驚くことにほぼ治りかている。脅威の治癒力は滅竜魔導士からくるものか、はたまた本人の身体機能からくるものか、いづれにせよ恐ろしい回復力だ。

 

 それでも彼の傷付けられたプライドが癒えることはなく、今この時でさえリィリスに対する憎悪は増すばかり。出来ることならすぐにでもあの少女を叩き潰し、泣き叫ばせ、許しを請わせてやりたいのだ。

 

 しかし手を出してはならないと、ガジルに釘を刺すのは他ならぬマスタージョゼ。

 彼に逆らうつもりのないガジルにとってそれが意味するところは──

 

「あのクソガキはお終いだ。うちのマスターに目ェ付けられた時点で、この先まともに過ごすなんざ無理だ」

 

 今後、リィリスに恨みを返すことができないだろうという不満からくる呟きは誰の耳にも届くことはなかった──ただ一人を除いて。

 

「うらああァァアア!!」

「──っ!? うォっと!」

 

 下の階から飛び上がってきたナツが炎を宿した拳でガジルに殴りかかっきたのだ。それを寸でのところで飛び退き別の足場に着地したガジルに向けてナツは、優れた聴力で聴こえた無視できない呟きの内容に()()の居場所を突き止めようと吠えた。

 

「今のどう言う意味だッ、言えッ!! リィリスはどこにいる!!」

「へっ、聞こえてたか。そういや、てめェ()滅竜魔法(ドラゴンスレイヤー)だったな!!」

 

 今、相対する二匹の竜が(そら)にて衝突した。

 

 

 

 

 

 嗅ぎ慣れない臭いに鼻腔が不快感を訴え、強烈な頭痛と背中に感じる鋭い痛みにより最低な目覚めの中、鉛のように思い瞼をゆっくり持ち上げていく。

 

「ここ、は……?」

 

 ボヤける視界に映る光景から、どこかの牢獄だろうというのは分かった。だが、ここがどこなのかという肝心なことまでは分からない。

 一つ言えるのは、自身が捕らわれの身だということ。

 壁に打ち付けられた鉄枷で両腕が拘束され、膝立ちの姿勢でなにもできぬようにされているのが何よりの証拠。

 強い頭痛の中で直近の記憶を手繰り寄せる。

 たしか自分はレビィ達を逃がしたのだ。そして――その先の記憶を思い起こしたことでリィリスの意識が覚醒した。

 

「ちくしょう……ッ」

 

 リィリスは敗けた。

 ここにいると言うことが、なによりもそれを物語っていた。あれだけ威勢よく挑んでおいて、いざマスタージョゼと対決した結果こうしてファントムに捕まり無力を(さら)している自分に腹を立てる。

 それでもまったく敵わなかったわけじゃない。何もできず妖精の尻尾(フェアリーテイル)の名折れになったわけじゃない。

 

 あの夜、リィリスは目の前の仇敵(ジョゼ)に怒りの赴くままに立ち向かった。

 その怒りを糧とし膨れ上がったリィリスの魔力が、ガジルを屠った時よりもさらに上昇したことに驚愕したジョゼは、直前に()()してしまった彼女の一撃を顔面に受けることとなる。

 顔が吹っ飛ぶかと思うほどの衝撃はジョゼといえど浅くないダメージを負ったことだろう。

 

 まさかノーマークだった少女がこれほどの力を持っていたとは思いもしなかったジョゼは()()の前に消耗するのは好ましくないと判断した。

 よもやこんな小娘相手に()()を使う事になろうとはと、口元に歪んだ月を描き、そしてこちらしか見えていないリィリスの隙をつき無力化したのだ。

 

「まさかもう一人いたなんて……ッ」

 

 突然背後から気配のしない何者かの手によって力を抜き取られ、次の瞬間にはジョゼの魔法――幽兵(シェイド)により背中を一閃。魔力を激減された状態でジョゼの魔法を食らったリィリスが強い倦怠感と痛みに襲われた事で意識を失ってしまう直前、自身の血が飛び散るのを横目に見たのは、目が布で覆われた大男だった。

 

 感情に流されるままに動き、もたらされた最悪な結果に怒りが再燃し始める。しかしいつもなら感じる魔力の昂ぶりを感じることはなかった。

 

 いや待て、そんなはずは無い。

 

 怒りとはリィリスにとって活力であり魔力生成の原動力でもある。怒ればその度合いに応じて魔力は上昇し続け、無くなることなどあり得ない。だが、それは魔力がゼロでなければの話。

 つまり今の状態を表すことは。

 

(から)ってこと──?」

 

 彼女に魔力は残されていないということ。

 魔力というのは一度空になってしまうと、厄介なことに大気中に浮かぶエーテルナノを取り込むのに長い時間がかかるようになってしまう。それは一度に大量の魔力を空になった状態で取り込む事は体にも精神にも影響を及ぼす為、極少量の魔力しか生成できない状態に陥いるというわけだ。

 

 仮の話として、もしも自身の魔力が強制的に外に出された際にそれを掻き集め取り込めば状態は回復するのだが、今においてはなんの気休めの話にもならない。

 魔力の枯渇を自覚したが故だろうか、割れるような頭痛と全身の筋肉が悲鳴を上げ、身じろぐこともままらない程の激痛に襲われる。意識が遠のきそうになりながら、この状況に置かれる中での魔力が空という絶望感が少女の全身を冷たく震わせていく。

 

「お目覚めですか、リィリスさん?」

 

 目の前の扉から届いた声に身体をこわばらせる。

 ゆっくり開かれる扉から現れたのはマスタージョゼ。喜悦に歪む顔を隠しもせずにいる彼の腕には──ルーシィが抱えられていた。

 

 

 

 

 

「今、なんて言ったッ」

「今頃あのクソガキは恐怖に震えながら痛め付けられてるだろうってな。そう言ったんだよ」

 

 幾度も拳を打ち合わせた両雄の身体中に打撃跡が見え隠れしている事から、激しい打ち合いを繰り広げていたと(うかが)えた。

 その最中、ガジルから告げられたあまりに衝撃的な内容にナツの瞳孔は開かれ、呼吸も荒いものとなっている。

 リィリスが痛め付けられる?

 

 なんだそれは。

 

 怒りや戸惑いよりも先に、なぜ。という疑問がナツの頭を駆け巡る。

 仲間が傷つけられる? あいつが? 誰に?

 さっきまで目の前の敵しか見ていなかった彼の頭には既にファントムの手に落ちた一人の少女のことしかなかった。

 

「ギヒッ!!」

「──ッ、ぐあッ!!」

 

 呆然と立ち尽くすただの的となったナツに足で鉄竜棍を見舞う。

 天井から叩き落とされ地面に激突したナツは、痛みを訴える体を無視してすぐに立ち上がる。話はまだ終わっていない、そう吼えようと口を開こうとしたが、間をおかずしてもう一人何者かが落ちてきた。

 

「じ、じっちゃん……?」

「魔力が、ワシの魔力が……っ」

 

 自分達が最も信頼し本当の親のようの慕う人物、マスターマカロフ。

 

「マスターッ!! しっかりしろ!!」

「なんてこった……あのじーさんから、まったく魔力が感じねえぞ……ッ」

「そんじゃ、ただのじーさんになっちまったのか……!?」

 

 あれほど雄々しく滾っていた魔力は見る影もなく、それどころかまったく感じられない。

 そのことに困惑しかできずエルザをはじめナツやグレイやエルフマン、他の多くの者が立ち尽くすしかなかった。

 たしかマカロフはナツがガジルと戦い始めてから最上階に構えるジョゼの所に向かったはず。事実、ついさっきまでは上でマカロフの魔力が激しく昂るのも感じた。それなのに今こうして力なく横たわっているということは──。

 

 そんな信じがたい事実に、ありえないと呟く者や、一体上でなにがあったのかと声に出し始め、波紋のようにそれぞれに動揺が広がり戦意の萎む妖精の尻尾の魔導士達。

 マカロフの戦闘不能による影響はそれだけでなく、敵側にも大きな影響をを及ぼす。

 これまでの劣勢が嘘のように、散々自分たちを蹴散らしてくれやがったなと今度はファントムが勢い付く。

 

「やったぞ、これで奴らの戦力は半減だ!!」

『『今だぶっ潰せええェェッ!!!』』

 

 先程までの光景とは真逆の展開にうろたえる妖精の尻尾。精神的動揺は、なすすべもないままファントムの反撃を許すという結果を作り上げていた。

 油断していたカナを庇い深手を負うマカオ。雪崩れ込んでくる魔導士に押し流されるリーダスにワカバ。負傷者の数が増えていき状況が悪くなる一方。

 

 今は悲しみに浸っている場合ではないと、現在この場で最も指揮権のあるエルザは撤退を決意するのだった。

 

「撤退だ! 全員ギルドへ戻れー!!!」

「バカな!! リィリスはどうすんだよ!?」

「仲間を助けずして漢は退けぬのだー!!」

「マスターなしではジョゼには勝てん!! 撤退する、これは命令だ!!!」

 

 当然、リィリスを助け出すという目的を果たせずに撤退などできるかと声を上げる者たちが出てくる。彼らの想いはエルザにも痛いほどわかる故に心苦しさも人一倍感じるだろう。しかし今は一指揮官として、多くの者を無事にギルドに返さねばならない。ましてや、最大戦力のマカロフが戦えないとあっては、マスタージョゼに太刀打ちするのは不可能。いづれにしても、ここは引くしかないのだ。

 

 だが一人だけ、欠片も諦めていない者がいた。まだリィリスがどこにいるかも分かっていないと、何か手掛かりはないか周囲に視線を巡らせ耳を傾けるのは、燃え盛る怒りの炎を燃やすナツだった。

 

「で、ルーシィとやらは捕まえたのか?」

「ッ!!!」

「悲しいな。ルーシィという小娘なら本部に幽閉している」

「だそうだ。オレらの本部はここから真っ直ぐ先に向かった丘にある。

 当然あのクソガキも一緒だろうよ。どうせ助けられねえだろうが、精々みじめに足掻くことだな火竜(サラマンダー)

 

 滅竜魔導士であるナツの優れた聴覚によりガジルともう一人、いつからそこにいたのか布によって目が覆われた大男の聞き逃せない会話をしっかりと聞き取っていた。

 最後にまるで助けに行かせるのを勧めるような言葉を放ったガジルは、隣にいる大男と共に景色に溶け込むように姿を消した。

 彼がなぜそんな重要な情報を口にしたのか。ただの気まぐれか? もしかしたら嘘なのか?

 

 それがどうした。

 

 そんなことを考えるのは後回しだと雑念を振り切り、怒れる火竜はなにも言わず意を汲み取ってくれる相棒(ハッピー)と共に進撃を開始した。

 



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ルーシィ

 

「デカパイちゃん!?」

 

 思いもよらない人物(ルーシィ)の登場にリィリスが驚きの声を上げる。しかし彼女の発した言葉で場の空気が些か妙なものへとなった。

 

「でかぱ──? やはりお知り合いのようですね」

 

 ひび割れた床に降ろされたルーシィは力なくそのまま横たわる。どうやら意識がない事と彼女も両手を縄で拘束されている事から無理やり連れてこられたらしい。

 一体何が目的でこんな真似をしたのか、そう訴えるリィリスの瞳を受けるジョゼは薄ら笑いを浮かべ見下した視線を送り返す。

 

「まさかご存じでない? いけませんねえ、すぐそこに大金が転がっているのに気づかないなど」

「は? 大金……? もしかしてその()のこと言ってんの?」

 

 待ってましたと言わんばかりの声音でジョゼはルーシィに手のひらを向けて彼女の()()を明かした。

 

「そう、この方こそルーシィ・ハートフィリア嬢その人です」

「ハートフィリア……?」

 

 ジョゼの芝居がかった物言いに眉を潜めて不快さを表に出すリィリスであったが、徐々に眉のシワを深くしていき合点がいったと鼻で嗤った。

 

「ふんっ、なるほどな。超大金持ちの娘を拐って身代金せしめようなんて、随分しょっぱいことしてんじゃん」

 

 “ハートフィリア財閥(コンツェルン)”。

 この国を代表する資産家であり、ハートフィリア鉄道の経営者たるジュード・ハートフィリアの娘であるルーシィを使い、金を巻き上げようという魂胆なのだろうと目星をつける。

 

「誤解しないで頂きたい。私はただルーシィお嬢様を連れ戻せと、他ならぬ彼女の父上に依頼されただけなのですから」

 

 連れ戻せということは家出か、もしかすると駆け落ちでもしていたのかもしれない。

 ルーシィが資産家の令嬢という事実に内心驚いていたリィリスはしかし、妖精の尻尾(フェアリーテイル)で安く危険な仕事を体験してきたであろうルーシィの姿、とてもお嬢様らしさを感じられなかったが、生き生きとした振る舞いをしていたルーシィ。

 半日にも満たない彼女との交流の中にあっても、リィリスはルーシィという少女の強さと自分達(フェアリーテイル)に合った人間性を持っている事を感じていた。

 だからこそ、何故この場に自分とルーシィが囚われているのかをはっきりと理解することとなる。

 

「アタシは人質の人質って訳か」

「察しが良いようで。そう、ギルドの仲間が目の前でいたぶられるのを見せられては、箱入り育ちのお嬢様も家に帰ると頷くことでしょう」

 

 まったくもって予想通りの下衆な企てに、恐怖よりも先に呆れてしまうと二度目の嘲笑が飛び出す。

 

「はッ、どうかな。だってその娘と会ったの昨日が初めてだし──しかも初対面でおっぱい揉みまくっちゃったし……」

「昨日会ったばかりで、し、しかも胸を揉みしだいた……!? そんな関係なら尚更彼女は頷くに決まっているでしょう!!」

「いや、そんなんじゃないって。変な考えすんのやめてくれない?」

 

 誤解の生まれる言い方をしたリィリスもリィリスだが、勝手に話を変な方に膨らませたジョゼも大概である。そりゃ引かれるだろう。

 

 やれ、最近の娘どもはけしからん。やれ、はしたない奴らだの。果てには、いやでもそれも良いかもなど色々なもの(妄想)を口から零し始め、自分の世界に入ってしまった変態(ジョゼ)をリィリスは汚物を見る目を向けて顔を目一杯しかめた。

 

 彼女が誰かに対してここまで不快感を表すのは非常に珍しいことで、ギルドの皆が見たなら怒る以外で彼女にここまで疎まれる事があるのかと、逆に感心することだろう。

 

 さっきまでのシリアスな空気はどこへやら。

 

 しかしチャンスでもある。今の内にリィリスは自身の状態を細かく分析し始めた。

 

 まずは背中の怪我だが、傷の方は既に塞がっているので問題ない──後で開く可能性が高いが考えないこととする。

 一番問題なのは魔力不足。酷い頭痛が常に纏わりつき最悪な気分だ。それでも微量ではあるが回復してきている魔力だが、使えても普段の二割程度の威力しかない魔法一発が精々か。

 

 ルーシィはまだ起きそうにもないが、この際その方が良いだろう。下手に起きてもらっても話が進んでしまうのでむしろ困る。

 どうにかして、せめて鉄枷だけでも外せないかと音を立てぬよう脱出を試みるリィリスをジョゼの冷たい声が止めた。

 

「足掻いても無駄ですよ、あなたに魔法を使うほどの余力は残っていない。アリアさんの魔法で念入りに魔力を散らしておきましたからね」

 

 まあ、例え魔法を使えたとしてもここから逃げるのは無理でしょうがね。そう言葉を付け加えるのは、妄想を終え落ち着き払った態度でいるジョゼだ。しかしさっきのアレな一面を見せてしまっているので威厳も何もない。

 

 

「アリア……あの時アタシから魔力を奪った奴か。なら、考えておかないといけないな。アンタをぶっ飛ばした後にするお礼を」

「そう慌てないでも、考える時間はたっぷりありますよ──あなたの命が続くまでね」

 

 あの夜に感じた以上の、吐き気を催す邪気がリィリスにのみ襲いかかる。一点に集中し凝縮されたジョゼの魔力は凄まじく、リィリスでさえ怯み畏れを抱いてしまうほど。

 

「正直、昨日まであなたという人物にそこまで興味はなかったのですよ、私。

 しかしね──」

 

 床と靴を打ち鳴らす音が木霊し、淡々と語りだすジョゼに言い知れぬ不安を抱く。

 

「最近()()()()()()()がありまして、その報復としてガジルさんとアリアさんを引き連れて、妖精を狩ろうとあなた方の街に寄ったんですよ」

「報復? 妖精を狩る……まさかっ」

 

 何故昨日あんな時間にあんな場所でレヴィ達が襲われたのか、その疑問が氷解していく。

 

「張り切っていたガジルさんは獲物を見つけるや否や飛び出してしまって、成り行きとは言え彼の犠牲となる()()には申し訳ないと思ったものです」

 

 なにかが変わりだす予兆にリィリスの頬を冷や汗が伝う。

 

「しかしまあ、せっかくだからと見学することにしたその時、ガジルさんを蹴飛ばし想定外の強さを見せる少女が現れた──」

 

 リィリスさん、あなたがね。

 

「ッ!!」

「ラクサスでもミストガンでもギルダーツでも、ましてやエルザでもなく、名のある魔導士でもないクソガキがッ、ウチのエースをぶっ潰してくれやがった……!!」

 

 目の敵にしていたギルドの魔導士で無名のリィリスに、ファントムにおいて実質トップとも言える魔導士を倒された事実に激情を吐露する。

 

 気に食わない、こんな隠し球を用意してやがったのかあのギルドはッ。

 

 怒りすら踏み越えた殺意が多分に含まれた魔力が一瞬周りに噴き出す。その余波を受けルーシィが苦しそうに身じろぐ。

 あれではもう少しすれば起きてしまうだろう。それまでなんとか時間を稼がねばと、リィリスは信じる仲間を想い口を開く。

 

「他人の街に来ていきなり襲っておきながら、ちょっと抵抗しただけで逆ギレなんて大人気なくない?」

「ちよっとした抵抗……? テメェがやった事はそれだけじゃねぇだろ。オレの顔をぶん殴り、あまつさえウチのギルドの名を(おとし)めやがったろうがクソガキがァッ」

 

 紳士的態度から豹変したジョゼは隠し抱いていた怨恨を暴言に乗せリィリスにぶつける。

 

 (ギルド)を壊された仕返しとして、リィリスがファントムのギルド看板を書き変える所を誰かに見られていたらしい。

 

 先にちょっかいだしてきたのはそっちだろうといつもの彼女であれば言い返しただろう。事実、その言葉が喉元まで出かけていた所を口をつぐみ抑え込んでいる訳だが、今は魔力がほとんどなくこうも無防備を(さら)している中で下手に刺激を与えるべきではないと、冷静に判断しての沈黙であった。

 

 こんな悪意の満ちた“怒り”を向けられたのは初めてかもしれないと内心危機感を覚えるリィリスは、この状態でジョゼの魔法をぶつけられれば只では済まないと、喉元にナイフを突きつけられているような恐怖の中、それでも虚勢を張るため逸らしてしまいそうになる瞳を真っ直ぐ向け続ける。

 こんな男に弱みを見せてはならないという一心で。

 

「テメェをここに押し込んだのはハートフィリアの娘を脅すためだけじゃねぇ。テメェを痛めつけて二度とふざけた真似できねぇよう殺してやるためだ」

 

 ついにジョゼの本心が姿を現しリィリスへと牙を剥く。

 

「やってみろよ。亡霊ごときに殺されるようじゃ妖精は務まらないんだよ」

 

 だが、例え誰からであろうと売られた喧嘩は意地でも買う。それがどんな厳しい状況に置かれていても。

 リィリスはジョゼの怒りが昂るのを全身で感じながら、これはタダじゃ済まないだろうと他人事のように考えながら薄く笑うのだった──。

 

 

 

 

 

 水滴の滴る音が耳をつき、鉄錆のような嫌なニオイが鼻に纏わり不快な目覚めを強制されたルーシィは、弾けるように飛び起きた。

 

「えっ、な、なに!? ここどこッ!?」

「遅いお目覚めですね。ルーシィ・ハートフィリア様」

「だれッ!?」

 

 すぐそこから聞こえてきた男の声に警戒を露わに反応する。

 

幽鬼の支配者(ファントムロード)ギルドマスター。ジョゼと申します」

「ファントム……!!」

 

 そうだ、たしか自分はあの後リィリスを助けに行こうと準備している間にみんなに置いていかれ、今更自分一人が行ったところで変わりはしないと拗ねながらギルドに残ったのだ。

 そのあと疲労と緊張で疲れ眠ってしまったレヴィの様子をしばらく見た後、ジェットとドロイに見舞いの品を届けようと買い物に行く途中でファントムのトップに君臨する魔導士、エレメント4(フォー)に捕まってしまったのだ。

 

「よくもレヴィちゃん達をッ、リィリスを攫ったわね……! 許せないッ!!」

「そう仰らずに、あなたの態度次第ではそのリィリスさんの解放を約束する事も可能なのですよ?」

「っ、本当でしょうね?」

 

 思いがけない提案に訝しみながらも、どこか期待する様子を見せたルーシィにジョゼの口元がいやらしく弧を描く。

 出入り口でもなんでもない壁しかない所でなにかを遮るように陣取っていた彼は、ゆっくりとルーシィに隠していた()()を披露した。

 

「──え……?」

 

 壁に打ち付けられた鉄枷で両腕を拘束され、身動きも取れない状態で血塗れとなり、今も全身から流れる血液が床を赤く染め血溜まりを作り出している。

 

 呼吸は浅く今にでも生き絶えそうなほどか細い。

 力の抜けきった小さな身体のあちこちに切り傷や青アザが刻まれ、無事な所を探す方が難しいほど。

 あまりの痛々しさに目を背けたくなったルーシィだが、どこか見覚えがあると踏みとどまり、見てはいけないと直感が囁くのも無視してその人物を見た。見てしまった。

 力なく俯く血塗れの彼女は──

 

「……リィリス?」

 

 ファントムに攫われていたリィリスだった。

 そう認識したと同時にルーシィの頭は真っ白になり、身体中からは熱が引いていく。

 よく見てみればジョゼの顔や服、床や壁の至るところに血痕が付着していることから、リィリスの受けた仕打ちがどれだけ凄惨なものだったかを物語っている。

 

 決して長い時間一緒に過ごした仲ではないけれど、その短い時間の中でも不躾なくらいグイグイと距離を詰めてきて、でも今まで出会ってきたどの娘よりも生き生きしていて、それでいてナツ達と同じ温かいなにかを与えてくれた彼女に少なからず仲良くなれそうだと好感を抱いていたのだ。

 奇しくもそれは、リィリスがルーシィに向けて抱いていた想いと同質のものだった。

 

「これ以上彼女が苦しむのを見たくはないでしょう? 私としても心苦しいのですよ、何の抵抗もできない少女を痛めつけるのは」

「心苦しい、ですって……ッ、よくもそんな──!」

 

 どう聞いても本心ではないジョゼの戯言にかつてない怒りが沸き起こる。こんな非道な事を行なっている時点でこの男は断罪されるべきだ。

 だが今の拘束され鍵すらない星霊も呼べない自分ではなにも出来ない。

 いいや──たとえ星霊を呼び寄せたとしても、この男には歯が立たない。

 

 ジョゼのあまりに邪悪で暴力的な魔力が滲み出ているのを目にした率直な答え。

 例えそうだとしてもこいつだけは許せないと、只々感情に任せ叫んでやる。

 ふざけるな。

 そう言ってやろうと目の前の外道に吠えようとした所で、彼女にとって最も触れてほしくない話題を持ち出された。

 

「あなたがご実家に戻られるのであれば、彼女を解放しましょう」

「ッ!! 嘘……まさか……」

「そう、あなたの父上からの依頼ですよ。娘を連れ戻して欲しいとね。ルーシィ・ハートフィリア様?」

 

 一年もの間なんのアクションも見せなかった父親の突然の帰宅命令。

 こんなやり方で連れ戻そうとする父、ジュード・ハートフィリアに黙って従いたくないと憤りを覚える。自分はあの人の操り人形なんかじゃない。

 しかし、そうした場合リィリスはどうなる? 今以上に傷つけられ、下手したら死んでしまうかもしれない。

 

「さあ、家出など止めて大人しく家に帰りましょう、ルーシィ様」

 

 明らかに作られた声、作られた台詞を吐くジョゼに強い嫌悪感が生まれる。

 ここでもし、拒否でもしたものなら、リィリスがどうなるか……。

 自身の選択に人の、仲間の命がかかっている。そう理解したルーシィは躊躇いなく首を縦に振ろうとする。

 

「頷くなァ!! 絶対、頷くんじゃ、ないぞ……デカパイ……!」

「リィリス──!」

 

 意識を失っていたかに見えたリィリスの叫びに、ルーシィは肩を跳ねさせた。

 何度も言葉が途切れ辛そうな声を絞り出すリィリスに、安堵や心配の入り混じった声音を漏らしたルーシィが彼女に目を向ければ、身体中がボロボロでありながら強い意志の灯った瞳で、ルーシィに心配するなと気持ちを込めた視線を送っていた。

 

「アタシは大丈夫だ……変態ヒゲオヤジが、なんだってんだよ……ぅぐッ!」

「サンドバッグが喋るんじゃねェよ」

「やめて!!」

 

 容赦なくリィリスの横腹を蹴りつけるジョゼはそれだけでは済まさず、幽兵(ジェイド)を使ってさらに彼女を傷つけていく。

 暴力の音、痛みに呻く少女の声、鉄枷が激しく揺れる耳障りな音。

 耳を塞ぎたくなる音が場を支配する。

 

 目の前で起きている残虐な光景に非現実感に襲われながら恐怖に震えるルーシィは、仲間の傷つく所をこれ以上見たくない。そう覚悟を決めてジョゼの言う通りにするからと訴えた。

 だが止まらない。

 いくら叫んでも止まらない。

 幽兵の暴力に晒されるリィリスから血が迸り牢を赤く彩っていく。

 そこでルーシィは気づいた。ジョゼは彼女を痛めつけることしか眼中にないのだ。

 

 なぜここまでリィリスに執着するのかは分からない。けれど、このままでは彼女が死んでしまう。

 それを唯一止める事ができるのは自分だけだ、自分がやらなければいけないんだ。

 妖精の尻尾(フェアリーテイル)の仲間達を思い浮かべ、勇気をその身に宿し笑う膝を抑えつける。

 リィリスを傷つけるのに夢中なジョゼはそれに気づかず闇に染まった笑顔を浮かべ、悦に浸っていた。

 

 やるしかないと、ルーシィはありったけの力を込めて体当たりをした。

 彼女の体を張った静止にジョゼの気が逸れ、魔法が解かれた。

 ──止まった。

 

「フッフッ、ルーシィ様は仲間思いのようで。

 まあ、これでこの娘も少しは静かになるでしょう」

 

 さっきまでの狂った様子から一転、邪魔された事に苛立ちを表すでもなく紳士然とした態度を見せる。

 

「それで、さっきの私の言う通りにすると言う発言に偽りはありませんね?」

 

 やはりルーシィの声が聞こえていながら、暴力を続けていたのだ。

 そのことに歯が軋むほどに食いしばり、腹のそこから爆発しそうになる怒りを堪える──ルーシィの怒りに呼応して微かにリィリスの呼吸が深くなる。

 どうせ家に連れ戻されるなら、最後にとルーシィはこれまで抱いていた疑念を晴らす為、ジョゼに質問をする。

 

「一つだけ聞かせて。なんで私達のギルドを壊して、レヴィちゃん達に、リィリスをこんな目に合わせたのッ。パパにそうしろって言われたから?」

「なんで? ──ついでですよ。つ、い、で」

「なッ!!?」

「きっかけはなんでも良かったんですよ。

 依頼達成の要であるあなたが、今回たまたまあのギルドにいて、たまたま私がそのギルドを潰したいと思っていた。それだけの話です」

 

 なんだそれは。なんなのだその理由はッ。

 そんな理由でこの騒動が引き起こされたのかッ。

 事の始まりに自分が深く関わっていた事を知った時以上にルーシィは驚かされた。

 しかしそこでさらなる疑問が浮上する。

 

 例の手紙の内容だ。たしかあれには彼女、リィリスを傷つけないこと、ギルド間の交流を行いたいと。そのような内容だったはず。

 ならばなんで自分とリィリスは捕らわれ、彼女をこんなになるまで痛め付けたのか。

 その事について言及すると予想だにしない答えを送ってきた。

 

「手紙? ああ、彼女というのは──あなたのことですよルーシィ様。あなたと邂逅を果たすのに想いを巡らせていたばかりに()()、回りくどい内容となってしまいましたが、それはあなたの望むところでもあるでしょう? 身分を隠したがっていたようですし」

 

 それは騙す事を目的とした内容の書き方だった。

 手紙にある()()とはつまりルーシィで、捕らわれたリィリスを指すものではなかった。

 そしてギルド間での交流。これはそのままの意味だったが、自分のギルドの者達に伝えるのを()()()()忘れたという。

 

「いやァ、まさか妖精の尻尾(フェアリーテイル)の方から戦争を仕掛けてくるとは驚きましたよ」

「どの口が言ってんのよ……!」

 

 わざと妖精の尻尾に攻めさせるようしたくせに、それを仲間にも伝えなかったというのは何か裏があるのか。もしかするとこの男の場合、仲間達の事はどうでも良いと考えているかもしれない。

 

 ルーシィの発言にさらに笑みを深めるジョゼは話は終わったと彼女の腕を掴みあげ無理やり立たせられたことで思考が中断された。

 

「お話は終わりです。行きますよルーシィ様」

「ち、ちょっと──ッ、え?」

 

 まだリィリスを解放していないではないかと抗議しようと口を開くも、腕を引かれ鉄扉の前まで連れられ、ジョゼが扉を開け放った事で絶句した。

 ()()のだ。扉から先の道が。

 下から吹き上げる風が髪を躍らせ体の内側から冷やされていく。

 

 “空の牢獄”

 

 出ることも入ることも困難なここは、目に写る景色からでも地上100メートルを超える高さにある場所だったのだと理解した。

 足がすくみそうになる彼女は、こんなところからどう移動するのか、誰がリィリスを連れ出すのか、先の見えない不安と恐怖が彼女の体を震わせる。

 

「……待て、よ……」

 

 今にも消えありそうな掠れた声で呼び止めたのは、またしてもリィリスだった。

 ジョゼによってあれだけ痛めつけた少女は、それこそ死んでもおかしくない状態だというのに、意識を失わずにいるのだ。

 ここに来て初めてジョゼの顔に驚愕の色が浮かぶ。

 

「まだ……アタシはピンピン、してるぞ……来ない、のか……? この、クサレ髭オヤジ」

 

 ジョゼは顔中の血管を浮き上がらせ瞳孔を開きリィリスに殺意の眼差しを向ける。

 

 ──本気だ。

 本気で彼女を殺す気なのだ。

 ルーシィを乱暴に突き放したジョゼは拳に魔力を籠め、ゆっくりと死を刻むようにリィリスへ歩みを進めていく。

 

「何か言い遺すことは?」

 

 鉄枷に繋がれたリィリスを見下ろし、聞いた者に底冷えさせる声で、今際の言葉を聞いてやるとせめてもの慈悲を見せる。

 

「そう、だな……今度からは──」

 

 魔封石でも持ってくるんだな。

 

 一瞬だけ、リィリスの魔力が高まったと同時に、魔力の伴った両腕で鉄枷を壊した。

 そして。

 

「ゴポォウゥッ!!?」

 

 油断しきっていたジョゼは彼女の全力の右ストレートをもろにくらった──男の急所、股間に。

 

 しかし幸か不幸か、彼の股間に命中する寸前でリィリスの魔力が切れ、ただの全力パンチ程度の威力で済んだ。それでも耐え難い痛みである事に変わりはないと奇声を発し悶えるジョゼ。

 最後の力を振り絞っての抵抗だったのだろう、震える脚で立ち上がり、ふらふらと体を揺らしながら肩で息をするリィリスは傍目から見てもこれ以上激しく動くのは困難だろうと分かるほど。

 

「リィリスッ、大丈夫!?」

「はっ、はッ、これで……っ、大丈夫そうに、見えるなら……ハァッ、揉みたおす……!」

 

 軽口を叩いてはいるものの、どこからどう見ても重症を負っている彼女に心配の念は尽きない。

 そんなルーシィの視線を振り切るように、リィリスは血で汚れた顔を腕で拭い向き合う。

 

「ハッ、ハァ、ギルド(みんな)を信じ、自分を信じる……それが、フェアリーテイルの魔導士……」

 

 今度は彼女がルーシィに向かって、おぼつかない足取りで近づいていく。殴られ切りつけられた少女の柔肌にはいくつもの傷が刻まれ、その痛々しさに、リィリスの受けた仕打ちにルーシィは嘆かずにはいられなかった。

 しかし仲間を酷い目に遭わせた張本人が後ろで内股になりながら立ち上がるのを確認したルーシィは口に手を当てあわあわとリィリスの背後で憤怒の表情を浮かべる男へと指を指す。

 

「アンタが道を選ぶんだ。誰に決められるでもない、アンタの道だ……!」

 

 そんなルーシィの様子に構わずリィリスは、お互い触れあえる距離まで近づき震える彼女の肩に手を置き言葉を続ける。

 

「その先には必ず待ってくれている奴がいる──だから」

 

 でっかい声で呼んでやれ──ルーシィ。

 

 穏やかな表情を見せた彼女は、立ち尽くしていたルーシィを突き飛ばした。

 



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新たなる火種

ストックがそろそろ尽きそうなので、次回から更新は遅めになるかと思います。


 

 “でっかい声で呼んでやれ、()()()()

 今まで変な呼び方しかしてこなかったのに、なんであのタイミングで初めて名前を呼んだのか。

 

 それじゃまるで──

 そこから先は考えてはダメだと、遠ざかる牢獄──塔の一番上にあったのかと目にし、逆さで落ち続ける刹那の間に考えた最悪な可能性を切って捨てる。

 リィリスも言っていたではないか。

 仲間を信じろ、自分を信じろと。

 

 今回の騒動のきっかけとなってしまい、それに責任を感じていたルーシィにとって、その言葉は重くなっていた心を軽くしてくれたのだ。

 おそらく自分よりも先に目を覚まし、ジョゼからもルーシィの正体や彼の目的も聞いたがゆえにそう伝えてくれたのだろう。

 

 だから信じるのだ、あそこに残った彼女を。

 そして。

 

「ナツーー!!!」

 

 思い込みかもしれない、ここに来ていないかもしれない。でもたしかに、聞こえたのだ。

 絶対──いるッ。

 

「ぬおああァァアアッ!!」

 

 地面に激突するぎりぎりで、必死の形相で飛び込んできたナツがルーシィをキャッチ。全力疾走で来たナツの勢いは止まらず、ルーシィを抱き抱えたまま転げ続け、激しく壁にぶつかり止まった。

 

「ルーシィが降ってきたー!!」

 

 まさか上からルーシィが落ちてくるとは思っていなかったと、ハッピーが驚きの声を上げる。

 

「メチャクチャだなオイ!!」

「やっぱり来てくれてた! ッ、お願いナツ!! リィリスが、リィリスがまだ上に残ってるの!!」

「なにッ!!?」

 

 家に帰ることを決意させられたルーシィは、もう会えないと思っていた仲間とこうして再開できるなんて思っていなかったと内心で喜ぶのもつかの間、両手の縄を引き千切ってくれるナツに焦りを見せてまだリィリスが塔の最上階にある牢獄にいると、涙を滲ませて訴える。それを聞いてすぐにナツは塔を昇ろうとした、が──

 

『オオオアアァァアアアア゛ッ!!!』

 

 直後、ここまで届く大音響が轟く。

 それは、はるか上。まさにリィリスのいるであろう牢獄から響いていた。

 これは怒り。とてつもなく強大な、例えるならそう。怒れる竜の雄叫びはこうなのだろうと、見たことのない(ドラゴン)をルーシィは見上げる先に幻視する。

 

「──っ、リィリスだッ!! ハッピー!!!」

「あい!!」

 

 無条件に声の主がリィリスだと断言したナツは、あいつを頼んだと相棒(ハッピー)に呼び掛ける。それに応じたハッピーは猛スピードで飛翔。向かうは塔の最上階、リィリスの元へ。

 どうかリィリスが無事であるように、そして彼女を助けてと遠ざかるハッピーに願いを託しルーシィは両手を組む。

 

「心配ねえよ。あいつは無事だ」

 

 彼女の想いを感じ取ったのか、大大丈夫だあいつは強い。そう真っ直ぐ笑うナツに彼女は力なく頷くしかなかった。

 リィリスは重傷だ。それも魔力がほとんどない状態で。

 立っているのもやっとだった彼女はそれでも仲間(ルーシィ)を優先しナツの元へ送り出してくれたのだ。怒り狂うファントムのマスターの脅威に曝される中で。どれだけの覚悟で自分を逃してくれたのか、それを思うだけでも胸が苦しい。

 両手を強く握り合いひたすら祈る。

 

「ナツぅーー!! ルーシィーーッ!!」

 

 願いが通じたのか、ハッピーが誰かを抱えて急いだ様子で降下してきた。

 二人に明るい空気が流れる。

 しかしハッピーが連れてきた彼女の姿を見た瞬間時間が止まった。

 

 血だらけでボロボロな少女の体は無事なところを探すほうが困難で、浅く小さな呼吸で辛そうにする彼女に放心していたナツが叫ぶ。

 

「魔力が──ッ、おい! しっかりしろ!! 何があったんだッ!!」

「オイラが行った時はリィリスともう一人知らない奴が倒れてたんだ。たぶんそいつがリィリスを……ッ」

 

 ファントムでのマカロフのように、彼女から魔力が感じられない。ましてやこんな大怪我、いつ生き絶えてもおかしくない状態にナツは焦りを見せる。

 ナツ達がここに向かっている中、リィリスの魔力が一瞬大きく高まった後すぐに消えてしまったのを感じ取っていたナツは、直前の魔力の位置を頼りに塔まで迷わず来たからこそ分かる。あれが彼女のなけなしの魔力による救援要請だったのだと。

 

 多くの血と魔力を失った少女の体は冷たく、体は小さく震え、血糊の付いている肌は死人のように青白い。

 重く閉ざされた目蓋の奥にはいつもの快活な瞳が隠され、より幼くさらに痛ましさが増している。

 

 誰がこんなことをしやがったッ。

 

 ナツはこれ以上増すことのないと思っていた怒りが、凄まじい速さで膨れ上がるのを感じていた。

 

「……ファントムのマスター」

「ルーシィ、今なんて言った……ッ」

「あいつが……ジョゼってやつが、リィリスを……!」

 

 先程の事を思い出してしまったルーシィは、口をつぐみ恐怖と憤りで震える体を自分で抱くように抑える。

 この果てしない怒りの矛先をどこに向ければいいかを、残り少ない理性で探していたナツにとって、ルーシィの呟きは飢えた獣に餌をチラつかせるのと同義。

 

 再び、今度は明確な敵意を抱いて塔を登ろうとリィリスから離れようとしたナツは、なにかに腕を触れられている感覚を覚える。注意しなければ感じられない弱々しい力に気づけたのは、すぐ近くにいる仲間によってのものだったからなのか。

 

「リィリス……?」

 

 意識が戻ったのかと憤怒の表情をほんの少しだけ和らげ、自分の腕を掴む彼女に目を向ける。

 しかしリィリスは気絶したまま。

 それでもナツの腕を弱々しい力で握り、まるで行ってはいけないと伝えたいかのように放さなかった。

 

「ナツ、ギルドに戻ろう!」

「けどリィリスの仇を取らなきゃいけねえだろ!!」

 

 たとえ誰に止められようと止まらない、我慢ならないと怒りを吐露するナツをハッピーが負けじと止めようと現実を突きつける。

 

「ナツじゃ無理だよ!!」

「やってみなきゃ分かんねえだろ!?」

「早くリィリスを手当てしないと!」

「うぐっ……そ、それでもオレは行くぞ!!」

 

 平行線を辿る二人の言い合いの中で出てくるギルドの仲間達の負傷、マスターが重体という話に、リィリスを助け出せたことに安心していたルーシィの心に申し訳なさが襲う。

 

 自分のせいでこんなことになっているんだ。

 

 たしかに、少なからず今回の一件にルーシィが関係していることは事実、そして何よりもその事が彼女の心を締め付ける。

 

「ごめんね……全部、あたしのせいなんだ……」

 

 今にでも泣き出してしまいそうな声でギルドの、仲間の傷みを引き起こしたのは自分なのだと告げる。

 自分があの冷たい家に戻れば解決するのだろうか、そうすればギルドのみんなはこれ以上傷つくことはないのだろうか。

 そうなればどれだけいいか。

 

 既に大きな被害と争いが巻き起こり、両ギルドとももう止まれないところまで来てしまっている。もしかすると大事なギルドそのものを潰されてしまうかもしれない。だったら今からでもジョゼの元に行って家に戻ればいい。

 でも──

 

「それでもあたし、ギルドにいたい……!」

 

 妖精の尻尾(フェアリーテイル)が大好きッ。

 

「お、オイどうしたッ! なんの事だ!?」

「ルーシィ、何か嫌な事があったの? ギルドに好きなだけいればいいよ!」

 

 溢れだした感情が涙となって溢れる一人の少女に、ナツとハッピーはたじろぐ。もはや言葉を紡ぐこともできない程にルーシィの嗚咽が止まらない。

 唯一本人の他にこの事を知っているリィリスは意識のない中、ナツの腕をほんの少しだけ強く握るだけだった。

 

 

 

 

 

 ルーシィの涙に毒気を抜かれたナツが少しだけ冷静になったことで急ぎ、ギルドに帰ることにしたのだが、やはり心配なのはリィリスだった。

 道中何度も苦しそうに声を漏らし、痛みに顔を歪める彼女をただ見ている事しかできない自分達に無力感に苛まれ、せめて回復魔法が使えたならと思わずにはいられなかった。

 

 さらに悪いことは続き、途中でルーシィから鍵がないとの衝撃発言。

 その中には彼女の所有する黄道十二門の鍵も含まれていた。世界でも非常に希少であるその鍵を五本も所持していての鍵の紛失に、ただでさえ重苦しい空気が物理的に重く感じる、精神的にも身体的にも辛い時間だった。

 

 それからファントムからの追っ手もなく無事、ギルドに到着した。

 地下の仮酒場ではみんな、これからファントムに仕掛けに行こうと様々な案を出している最中だったが、ナツ達が帰ってきたのに気づき、ナツにおぶさるリィリスを見ると驚愕や歓声の声を上げる。

 

「ナツ! お前今までどこに、って! リィリスぅ!?」

「なに!? まさか連れ戻してきのか!」

「みんなァーー!! リィリスが戻ったぞぉぉッ!!」

「でもちょっと待て、なんか怪我してねえか……?」

 

 しかし彼女の様子を正しく認識した事で喜びの声はどよめきに変わった。

 とても少女が受けていいものではない暴力の跡、どこもかしこも血に汚れた痛々しい傷だらけのリィリスに、ギルドの者達の心の内にファントムの影がチラつく。

 ウチの仲間にこんな仕打ちをしてタダで済ませるものかと彼らの憎悪と憤怒が燃える。

 

 ナツもそんなこと説明するまでもないと黙ってリィリスをミラとカナ、そして簡易ベッドに眠るレビィのいる奥の部屋へ運び込んだ。静かな場所で安静にさせようという考えなのだろう。

 

 当然、重傷の彼女を見た二人は驚き、怒りに震えた。何も言わず戻ろうとするナツにミラが問いかける。

 

「ナツ、何処へ行くの? 誰よりもあなたが彼女の近くにいてあげなきゃいけないでしょ」

「ミラ──オレはこれ以上怒りを抑えるなんてできねェッ……!そんなオレがコイツの近くに居たら、毒にしかならねえだろうがッ!」

 

 歯を軋ませ煮えたぎらせるナツの怒りの形相にミラだけでなくカナすらも息をのむ。

 

 こんなナツは初めてだ。

 

 そして彼は、もう一人の少女の崩れ行く心を救うために漏れ出す怒りの闘志を抑え込んで歩みを進めるのだった。

 振り返らず消えていくナツに二人は何も言えず見送る事しかできなかった。

 

「みんな悔しい思いしてるってのに、ミストガンにラクサス達は何やってんだよッ」

 

 居場所を特定しようとカードで占うも何の結果も出ないミストガン。

 通信用魔水晶(ラクリマ)に反応も返さないラクサス。彼に至っては、何度も今回の騒動の事が通信で伝わっている筈なのに、何の連絡も来ないまま。

 

 どちらも妖精の尻尾(フェアリーテイル)最強の一角であるS級魔導士。彼らは今どこで何をしているのだと憤りを見せるカナに、ミラも彼らの帰還を願わずにはいられなかった。

 

 

 その後、ルーシィによる告白──ファントムの狙いは財閥令嬢である自分の身柄の確保であること、それが彼女の父親からの依頼によって起きてしまったこと。この騒動はファントムが故意的に起こしたこと。牢でのリィリスへの残酷な仕打ち。

 ジョゼの明かした目的を明瞭にする一方、牢屋で見た光景。それをそのまま伝えるにはあまりにも危険だと、爆発寸前の時限爆弾に火を放つに等しいと理解しているからこそ、そこだけは曖昧に伝えた。

 

 爆発しそうになる怒気を胸に押し込む一方、ルーシィがお嬢様だったことにはほとんどの者が驚きを露わにした。それだけ彼女がこのギルドに馴染んでいた証拠でもある。

 かたや、ファントムの目的が彼女だと知った事で、俄然戦意を滾らせる彼らを目にしたルーシィは自分のためにここまで親身になってくれる事に目頭が熱くなる。

 自分が原因とも言えるのに、それを責められる所か立ち向かってくれると言う嬉しさと、そんな素晴らしい人達がさらに傷付き、リィリスのように大怪我をしてしまうかもしれないと言う怖さの背反する思いに揺さぶられ、実家に帰るんだと固めかけていた決意が揺らぐ。

 

「あたし……どうすれば」

 

 もっとみんなと一緒にいたい。もっと色々な思い出を作って冒険したい。けれどそれには多くの人が危険に晒される。

 あたしは、あたしは──

 

「親に邪魔されようがファントムに攻められようが、決めんのはルーシィだ」

 

 彼女の本心にナツの声だけがクリアに届く。

 

 決めるのはあたし──

 

「お嬢様とか金持ちとか、そんなの関係なくこのボロ酒場で騒いで楽しそうにしてんのがルーシィだ」

 

 立場とか関係なく、()()()()()()するのがあたし──

 

「お前の居場所は()()じゃねーの?

 だって、妖精の尻尾(フェアリーテイル)のルーシィなんだろ?」

 

 あたしの居場所は、ここ──

 

 そうか、あたしここにいてもいいんだ。

 フェアリーテイルのルーシィでいていいんだッ。

 

 自分が本当にギルドの一員なのか疑っていたのは、他ならぬ自分だったのだ。

 はじめからここ(フェアリーテイル)は自分を一人の人間として受け入れてくれていたのだ。

 ナツの不器用な激励が心に染みていき、冷え切っていたルーシィの心と体を温め胸いっぱいの嬉しさによる涙が溢れる。

 

「泣くなよ、らしくねえ」

「そ、そうだ。漢は涙に弱い!!」

「だ、だってぇ……ッ」

 

 グレイとエルフマンの言葉に、涙声で何も言い返せないルーシィはみんなから送られる陽の光のような優しい視線に、次から次へと涙が溢れ止まらなくなってしまった。

 

 彼女はもう大丈夫だ。

 そう感じ取ったナツは地上に続く階段を昇っていき、内で暴れる様々な感情を解き放つ。

 

『うおおぉぉォォオオッ!!!』

 

 ナツの雄叫びは地下にまで響き渡り、全員の鼓膜にその声を刻む。

 それは単に気持ちの発散だけでなく、本当の仲間として産声を上げたルーシィを喜ぶ為に発したものだったのかもしれない。

 

 

「ったく、あのバカ。眠ってる二人を起こすつもりかっての」

 

 酒を片手に文句を呟くカナだったが、どことなく嬉しそうな表情をしている。

 応急処置を受けたリィリスの顔色は幾分か良くなっているが、依然として魔力は回復せず、熱も出始めていることから状態は芳しくない。

 一方これまで眠っていたレビィだったが、ナツの叫ぶ声により意識が戻ったようでゆっくりと目蓋を開いた。

 

「ここは……」

「レビィ? 目が覚めたのね」

「私、寝ちゃってたんだ……ッ、リィリスは!!?」

 

 目を覚ましたばかりで上手く働かなかった思考が、現在の状況を把握する為に覚醒したことで、心配し続ける彼女の名を呼び飛び起きた。

 そして近くに包帯で手当された傷だらけのリィリスが横になっているのを目にしたレビィは酷く取り乱し、何があったのかと矢継ぎ早に質問する彼女の勢いに押され気味のカナはこれまでの経緯を語る。

 

 最初こそまったく把握できない現状に戸惑いを見せていたが、リィリスがマカロフと同じ状態にあると知る否や、自分がポーリュシカの所へ連れていくと言いだしたのだ。

 どちらにせよ、ここでは満足に治療も出来ないと元々ポーリュシカの元に連れていく予定だったのだが、手の空いている者が限られている中で誰が連れ出すか決めあぐねていた所にレビィの申し出に願ったり叶ったりだと話が纏まる。

 

「念のためもう一人付いていった方がいいと思うの。途中なにがあるか分からないし……」

「なら私がいくよ。すぐに帰るようにするからさ」

「カナ、ありがとう! ちょっと待ってて、すぐ支度するから!」

 

 ミラの助言を受け、それならばとカナも加わる事となった。

 一刻も早くリィリスを助けたいレビィはすぐに向かおうと、最低限の準備だけ終え彼女を背負おうとした時、さっきまでなんの反応もなかった通信用魔水晶の通知音が鳴り出した。

 

 それはマカロフ不在であるこの事態における福音となるか。

 水晶に映し出されたのは、この状況を覆せるであろう人物。

 

「ラクサス!」

「あんた、今どこにいるの!! こっちは大変なことになってんのよ! 早く戻ってきてッ!!」

『あァ? はッ、呼び出されたからなんだと思えば。

 じじいが始めた戦争になんでオレたちが参加しなきゃなんねえんだ?』

 

 ミラとカナの呼び掛けに不遜な態度で要請を突き返すラクサスに、それでも仲間(ルーシィ)が狙われているとミラが伝えた。しかし──

 

『ルーシィ? 誰だそいつ。あァ、あの乳のでけェ新人か。オレの女になるなら助けてやってもいいと伝えとけ。それとぶっ倒れてるじじいにはこう伝えろ』

 

 ──とっとと引退してオレにマスターの座をよこせとな。

 

「あんたって人はッ」

 

 あまりに自分本位な要求に、カナはこの男は本当に自分達のギルドの一員なのかと険しい眼差しをラクサスへ向ける。

 たしかに、順当に行けばマカロフの孫である彼が次期ギルドマスターになる可能性が高い。しかし、ラクサスはここのギルドマスターになる為に必要とされる資質が備わっていない。

 

 人を想いやり向き合い、家族同然に接するという気持ちが欠如しているのだ。

 昔はそんなんじゃなかったのに、一体いつからそうなってしまったのか。あなたはそんな酷い事を言う人なんかじゃなく、本当は誰よりも仲間を想うことができるはずなのに。

 自分がいくらそう伝えても、今のラクサスには届かない。悔しさと無力感に苛まれるミラの瞳に涙が浮かぶ。

 

『そもそもオレでなくても、そっちにはリィリスがいんだろうが。あいつはどうしたよ』

 

 そう。ラクサスは前からリィリスの事を高く買っている。

 それには“怒りの日”が関係していることはみんなが分かっていることなのだが、それを含めてどうしても自身を最強と謳う彼が、あの日から彼女に拘るのか不思議でならなかった。

 

「リィリスもやられたの……」

 

 レビィの沈痛な呟きがやけに響いたのは、誰も言葉を発せなかったからであり、つまりラクサスも含めてこの空気に呑まれているということ。

 

『オイ、そりゃ何の冗談だ……あいつがやられただァ……ッ?』

「そうだよ、ファントムにやられたのさ! あんたが気に掛けてたリィリスがこんなに酷い目に合わされたんだよ!?」

 

 水晶越しから映された彼女の姿に目を見開いたラクサスは、ゆっくりと俯いていき肩を戦慄かせ始める。

 

 直後、向こう側の水晶から送られる特大の破裂音。

 その音に三人は反射的に耳を塞ぎ目をつむった。恐る恐る目を開け見返すと、そこには何も映し出されていない沈黙を宿した水晶があるのみ。それだけが、相手側が一方的に通信を切ったという事実を雄弁に語っていた。

 彼の取った行動は果たしてこの波乱に参加するものだったのか、或いは──

 

 

 

 

 吹き出す煙に包まれる小型通信用魔水晶(ラクリマ)を無骨な手が握り潰す。

 

「お、おいッ、ラクサス……!」

 

 雷神衆の一人であるフリードの呼びかけに答えるでもないラクサスは肩をぶるぶると震わせ、彼から発せられる雷の孕んだ魔力が辺りにまき散らされる。

 

「もうあのギルドはお終いだ……」

 

 唯一、自身の認めていた少女が敗れた。

 誰よりも凄烈で強大な力を過去に見せた彼女は、今の腑抜けきったギルドに染まり()()()力すら出せなくなった。その事がなによりも、ギルドを壊された事よりもラクサスの心を荒立てる。

 

 あいつだけは──

 

 あいつだけは違うと思っていたのにッ。

 ()()()に見せた純粋な力、それが目覚めるのをラクサスは今日という日まで待ち続けた。

 しかし今回の戦争を経ても、リィリスは目覚めるどころかあんな無様を晒すまでに弱く堕ちた。

 

 変えなければならない。

 

「オレが……」 

 

 ──このオレが創り変えてやる。

 

 それはこれより先に始まる新たなる波乱の幕開けでもあった。

 



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想いを喰らって

 

「まさか一日の内に、矢継ぎ早で二人も同じ症状の病人を見る事になるなんてね」

「彼女は、リィリスはどうなるんですか……?」

 

 ポーリュシカの住む木の家には三人の少女が訪れていた。

 リィリスを連れてきたレビィとカナを見て“またか”とため息と共に呟きはしたものの、その後のリィリスへの治療は見事なもので、終わる頃には彼女の顔色も少しだけ良くなり熱も下がっていた。

 人間に憎まれ口を叩きはするポーリュシカだが、治癒魔導士としての腕前は一流だ。

 

 そしてリィリスの容態を聞くレビィにポーリュシカはふんっ、と鼻息を一つ鳴らし事務的に説明を行う。

 

 これは枯渇(ドレイン)によって引き起こされたもの。

 流出した魔力は保有者の元には戻らず、空中を漂いやがて消える恐ろしい魔法を受けていたと言う。しかもリィリスの場合、それもやっと回復してきていた所での無理な魔法の行使でさらに症状が悪化しているとのこと。それでもこのまま安静にしていれば二日程で状態は回復する見込みだ。

 

「正直、こんな状態でここまで強力な魔法で傷つけられて生きているなんて奇跡としか言えないね」

「リィリス……」

「あのバカ、無茶なんかして……」

 

 マカロフとは別室のベッドで寝かされているリィリスの容態を包み隠さず明かされた事で、どれだけ彼女が危険な状態にいるのか改めて知らされたカナとレビィはどうか彼女が回復し、いつものようにギルドを明るくしてくれるよう願うばかりだった。

 

「とっとと出ていきな。辛気臭いわ、人間くさいわで我慢ならないよ! ただでさえさっきも出入りしてたってのにッ」

「ったく、少しはマスターの顔も見せてくれっての。ま、早いとこ戻らなきゃだし……レビィ?」

 

 ポーリュシカの人間嫌いにも困ったものだと愚痴をこぼしながらも、それでもギルドが心配だと帰路に就こうと、扉に手を添え開けようとしたカナだったが、いつまでも付いてこないレビィを不思議に思い振り向いた。

 

「ごめんカナ。私、ここに残るから先に行ってて」

「レビィ、あんた……」

 

 カナと相対する、扉──リィリスの眠る部屋に続く扉の前で向き合うレビィの瞳からは、絶対ここから離れないと感じさせる意志が宿っていた。当然と言うべきか、真っ先に彼女の行いに異論を唱えたのはポーリュシカだ。

 

「冗談じゃないよ!! 一人でも手が掛かるってのに、さらにもう一人も見なきゃならない所に、患者よりも辛そうにするあんたがいたんじゃ、却って迷惑さ!!」

「じゃあ外にいます! でも、リィリスが目覚めたら知らせて下さい。たぶん起きたらすぐに戦いに行っちゃうから……」

「──私からも頼むよ。レビィの言う通り、あいつ怪我や病気関係なく突っ走ると思うからさ」

 

 二人から聞かされるリィリスという少女の無鉄砲な気質に呆れて果てるポーリュシカは、せっかく面倒見た相手をみすみす見殺しにもできないと、仕方なく了承した。

 

「待つならあの娘の傍にいな、その暗い顔を止めてね。ただし大声出したりうるさくしない事。こっちにもやる事があるんだからね」

 

 そう付け加えた彼女はもう言うことはないと自分の作業に掛かり始める。

 

 ──まったく、最近の人間はどいつもこいつも身勝手なんだから。

 

 こうも簡単に頷いてくれるとは思ってもみなかったと、しばらく呆気にとられるレビィとカナに『あんたはとっとと帰りな! そっちは早く見に行ってやったらどうだい!』とお叱りを受け、それぞれ自分の向かうべき所へ足を向けるのだった。

 

 まさか患者以外に人を家に入れるなど考えもしなかったポーリュシカは、リィリスの傍にいると強い姿勢を見せたレビィに感心すらしていた。

 普通なら追い出すところだが、あんな目で見られてしまえばこちらが折れるしかない。

 

 近い内に化けるかもね、あの娘(レビィ)

 

 それとは別に、あの娘──リィリスからは他の者と違うなにかを感じる。

 それがなんなのかは分からないが、それによって今後よからぬ事が起こらなければいいのだがと、ポーリュシカは一抹の不安を抱いていた。

 

 

 

 

 

 レビィ達がポーリュシカを説得し終えてから一時間ほど経った現在、妖精の尻尾(フェアリーテイル)は騒然としていた。

 

 ギルドの裏手にある広大な湖の向こうから、幽鬼の支配者(ファントムロード)()()()()攻め込んできたのだ。

 巨城まるごとが巨大な機械仕掛けの六本の足で迫りくる光景に口を大きく開けて唖然とする者や、腰を抜かす者までいる中においても、六足歩行で近づいてくるファントムのギルドは止まらず、周囲を威圧するかのように重々しく轟く巨大な足音は、妖精の尻尾の前でギルドごと湖に据わる事でようやく鳴り止んだ。

 堂々たるその佇まいに皆が息を飲む。

 

 なにを仕掛けてくるんだ。

 誰もが不安に思うなか、機械的な音を立てて現れた巨大な砲塔。

 そこに凄まじい魔力が収束されていき砲身そのものが光を放つ。

 

 魔導収束砲“ジュピター”

 

 明らかな破壊を目的とした姿勢を見せる敵ギルド。

 人対破壊兵器──抗いようがない目の前の現実に打ちのめされそうになるギルドの者達の中でただ一人、これに立ち向かおうと言う人物がいた。

 

「全員ふせろォォォッ!!!」

「エルザ!?」

「おい! どうする気だよ!!」

 

 真っ先に駆け出したエルザは一番先頭に立ち、換装──“金剛の鎧”を纏う。

 超防御を誇るこれに換装すると言う事はつまり。

 

「受け止めようってのか!?」

 

 たった一人の人間が超破壊兵器の一撃を防ぐなど不可能だ。

 それでもギルドを、仲間を守るのだと不可能を可能にしようという想いの力がエルザから溢れ出す。

 護りきる──たとえこの身が滅びようと。

 

 エルザの死にに行くに等しい行動にナツが叫び、彼女の元に向かおうとするのを止めるグレイは、今はエルザにかけるしかないと必死で説得をし続ける。

 

 そして、射線上の全てを破壊する魔砲が無慈悲に放たれた。

 

「ぐっ──お、おおぉォオオッ!!!」

 

 破壊の力と守護の力、両者が鬩ぎ合い拮抗する。

 たった一人による防衛戦は苛烈を極め、ジュピターの前にエルザの体にダメージが蓄積されていく。

 それすら顧みない彼女の奮闘により、魔導砲の力を次第に散らしていく。その代償としてエルザの鎧は罅割れ砕け始め、魔力は全てを使い潰す勢いで消耗し続ける。

 

 早く終わってくれ。

 誰もがそう思う中、ついに魔砲の光が弱まっていき力を失くし始めた。だが、魔導砲が終えるか否かという所で鎧が砕け散り、エルザは吹き飛ばされた。

 

 いくら妖精の尻尾最強の女魔導士と言えど、破壊兵器を前に敵わなかったのか──いや、彼女は護りきった。

 ジュピターがギルドに直撃するギリギリの所で、彼女の力が打ち消したのだ。

 身を挺した護りでギルドや仲間たちを助け、さらに彼女自身も生きているという奇跡に周りの者は驚くばかり。

 だが──

 

『マカロフ。そしてエルザも戦闘不能』

 

 拡声器を通じて淡々と事実を突きつけるのは、幽鬼の支配者(ファントムロード)──マスタージョゼ。彼の言葉が妖精の尻尾(フェアリーテイル)の心を揺るがす。

 

『もう貴様等に凱歌はあがらねえ──あのクソガキ、リィリスを今すぐ渡せ』

 

 怨嗟の籠った声音で続きを口にするジョゼにギルドメンバーの多くが彼の真意に気づく。

 これは報復だ。

 ファントムの名を貶したリィリスに対する死刑宣告。幸いにも彼女はポーリュシカの元にいる。最悪、相手がその事に気づくにしても猶予がある。

 それでなくても、たとえ居場所を教えろと脅されようが、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の為に誰よりも早くファントムに復讐をしてくれていた仲間(家族)を差し出すことなどするはずもない。

 

「仲間を敵に渡すギルドがどこにあるってんだ!!」

「リィリスをこれ以上傷つけさせるかよッ!!」

「確かにあいつ、悪ガキではあるけど!」

「ギルドでよくケンカしたり問題も起こしたりなんかもしてるけどッ!!」

 

 ──それでも家族なんだ。

 

「家族……」

 

 自分の知る家族とは違う、それでいて何よりも固い絆で結ばれたギルドに圧巻していたルーシィの隣にグレイが立つ。

 

「お前もオレ等(家族)の一人だろ。なら、何をすべきで何を言いてえか分かんだろ?」

 

 そうだ。今までファントムに対して感じてきたものはなんだ──怒りだ。

 ギルドを壊されレヴィ達を傷つけられ、マカロフやリィリスを死の淵に立たせた。仲間(家族)をそんな目に合わされれば何をするべきか。

 

「仲間を売るくらいなら死んだ方がマシだッ!!!」

「オレたちの答えは決まってんだよ!! おまえ等をぶっ潰すってな!!!」

 

 ルーシィだけでなく、ギルドそのものの心を代弁するエルザとナツの怒りに咆哮により身体の奥底から力が湧いてくる。

 今こそ立ち上がる時。

 お嬢様でもただの少女としてでなく、一人の家族として。

 

 ──あたしも戦うんだッ。

 

 他でも無い、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士として奮起したルーシィは自分に出来ること──星霊の鍵を探し出す事を決意し、善は急げと行動に移すのだった。

 

『ならばさらに特大のジュピターをくらわせてやる!! 人生最後の15分間、後悔と恐怖の中で苦しみもがけェェッ!!!』

 

 ジュピター第二波まで残り15分、ジョゼの魔法で作り出された幽兵(シェイド)が送り込まれると共に、最後の戦いへのカウントダウンが刻まれようとしていた。

 

 

 

 

 

 ずっと後悔していた。

 

 もしかしたら、あの場を切り抜けられる方法があったんじゃないか、あの時リィリスから離れず近くでサポートをしていたら彼女がここまで酷い目にあう事も無かったんじゃないか。

 そんな、たらればの可能性を考えても彼女は元気になってくれない。ポーリュシカの言っていた辛気臭い顔になってはいけない、それこそ不貞腐れている場合でもないと強めにほっぺを張る。

 

 ぺちんッ! と小気味よい音を奏でさせた両頬はじんじんとした痛みをしっかり感じながら、レビィは迷いの無くなった瞳でまっすぐ、確固たる目標を見据えていた。 

 ──私は強くなる。

 

「すぐには無理だと思うけど、絶対いつかリィリスを守れるくらい強くなるからね」

 

 自分の手よりも少しだけ小さな彼女の手を両手で握り誓う。いつの日か隣に並び立ち、胸を張って自分は強くなったのだと言えるように。

 

 だから無茶だけはしないで。

 

「……それじゃあ、アタシはそれくらい強くなったアンタを守れるくらい強くならなきゃだね」

「──ッ!! リィリス!」

 

 『おはよ』と軽い調子で挨拶するリィリスにレビィは驚きの声を上げる。まさかこんなにも早く目を覚ましてしまうなんてッ、せめて半日でもそのまま休んでくれていたら良かったのに──。

 まさに今、ファントムに攻め込まれているギルドの事を知らないレビィは、早過ぎるリィリスの目覚めに嘆いた。

 

「いてて、あんの髭オヤジ。さんざん痛めつけやがって……しかもアタシの誇りまで……10倍返ししてやる」

「ま、待って! 安静にしてなきゃダメだって!!」

 

 身体中が痛みに悲鳴をあげるのも構わず、ベッドから体を起こすリィリスに、慌てて待ったをかけるレビィ。

 いくらポーリュシカの治療により危機を脱したとは言え、未だ重傷の身。それに加えて魔力も枯渇している状態で無理に体を動かすなど、何を考えているのだと叱りたくなるのを抑えて語りかける。

 

「アナタはさっきまで死んでもおかしく無い状態だったんだよ? 本当なら何日も休んでいないといけないの。なのに、なんでもう戦いに行こうとするのッ」

 

 ──そんな身体で戦いに行っては、今度こそ死んでしまう。

 

「声がさ、聞こえたんだ」

「声……?」

「みんなの、仲間(家族)が怒ってくれている声が届いたんだよ。だったら早く行かなきゃだろ?」

 

 そして今この時もファントムとの戦いが繰り広げられているとリィリスが言う。

 その事に驚愕するレビィは悔しそうに目を伏せていき、何かを堪えるように沈黙する。繋がっているからこそ分かる、小さく震えるレビィの手。そこからすぐに仲間の元へ駆けつけたいという想いがリィリスに伝わる。

 しかし──

 

「だったら尚更ここにいないといけないでしょ。そんな身体で行っても死にに行くようなものだよ」

 

 みすみす死にに行く家族を見殺しに出来るわけがない。たとえ、こうしている時も傷つき倒れる仲間がいようと。

 絶対に離さないとレビィはリィリスの手を強く握り締めここに留まるよる瞳で訴える。

 

「……止めるなよ、離せって」

「アナタだったら止めないの?」

 

 リィリスは語気を強めてレビィの想いを拒絶するも、負けじと言い返してくる。もし同じ場面で相手が大怪我を負ったまま送り出すのかと。

 

「そんなわけ──」

「もしかして、自分だから大丈夫。自分だけならいくら傷ついてもいい。なんて考えてない?」

 

 リィリスから息を飲む気配がした。

 こんな予感、当たっていて欲しく無かったと悲しげにレビィの目が細まる。

 

 何年か昔、ギルドに入ったばかりの時のリィリスは荒れに荒れていて、所構わず怒りを吐き散らし、親しくしようとした者すら激しく拒絶し、誰も手に負えなかったのだ。その中で拒絶された者の一人にレビィも含まれていた。

 

 だが、暴れる内に壊してしまった備品を弁償したり、迷惑をかけた者達に詫びの品を差し出す等して反省の姿勢も見せていた。その背景には一人で危険な依頼に向かい資金を稼いでいたという事実がある。

 例え怪我をしようと何があろうとも、そんな日々を繰り返すリィリスをマカロフが止めようとしてはそれを拒み、チームを組もう言ってきた者達すら彼女は拒んだ。

 あの日までは──

 

「……アタシには怒る以外に何もなかった。たくさん迷惑かけたし、今もかけてる。

 でも、大切なものも、自分のことも分からなかった何者でも無いアタシをみんなは家族として迎えてくれた」

 

 ──だったらそれに応えるのが家族の務めだろ。

 

 今度はリィリスが強い意志を灯した瞳でレビィを見つめ返した。

 それを受けたレビィは確信する。彼女はいくら止められようとも絶対、それこそ命を落としかねない戦いにだって行くだろう、と。

 

「どうしても行くって言うなら、私も付いていく」

 

 だから今度は置いていったりしない。もう一人になんてしない。

 

「なんでたいして仲良くもないアタシにそこまでしてくれるわけ」

 

「……約束、守ってくれたでしょ? あの夜、鉄竜(くろがね)のガジルから助けてくれた」

「約束……?」

 

 もう覚えていないかと、レビィは少し寂しい気持ちで思い返すのは昔にリィリスが自身に伝えてくれた言葉。

 

 ──もうアンタを傷つないようにするし、アンタが危なくなったらまっさきに助けに行く。

 

 当時、多くの問題を起こしてばかりだったリィリスにとって、誰にどんな詫びをしたのか、どのような反省の意を見せたかほとんど覚えていないだろう。それでもこうしてレビィは覚えている。昔からの繋がりがある。

 それだけは理解したリィリスは、レビィの口にした内容をもう一度頭の中で復唱し、小さく笑みを浮かべた。

 

「ふふ、それじゃあ今度アタシがピンチになった時はレビィが助けに来てくれる?」

「っ、うん! でも無茶だけはしないでね!」

 

 今まで見せてきたリィリスの顔とは違う、儚げで少女らしい微笑みを見せて、まっすぐ自分を頼ってきてくれた事が何よりもレビィの心を躍らせる。

 リィリスの見せた違う一面、それは弱っている状態からくる彼女の本当の顔だったのか、それが少しだけ気になるレビィは、これから彼女の事を知っていけばいいと明日を見据えていた。

 

 少女達の想いが重なった事で、不安に包まれていた空気が晴れた。

 それを感じ取ったのか、扉を開けてポーリュシカが姿を見せる。

 

「どいつもこいつも、あんたら(フェアリーテイル)は頑固な奴が多いみたいだね」

「あ、ツンデレさん。怪我治してくれてありがと」

「誰がツンデレだい!! 初対面でよくそんなこと言えるね!!」

「すいません……それがリィリスですから」

 

 ポーリュシカがどんな人物なのかを人伝に聞いていたリィリスが、彼女に対して抱いた人物像は──ツンデレ。

 これしかないと、もし彼女と会った時はそう呼ぼうと決めていたほど。そんなリィリスに、どこぞの青い猫みたいな事を言うレビィ。

 

「まったく、どうなってんだい。()()()といい、あんたといい、いきなり魔力が回復するなんて」

「え? ──ッ、ほんとだっ!」

 

 言われてはじめて気づいた。一体いつからなのか、レビィはリィリスから確かな魔力を感じた。

 

「みんなからたくさん貰ったから──ところでレビィ、いつまで手繋いでるの? ずっと? まさか一生一緒だよ、みたいな?」

 

 何を言っているんだと、キョトンとするレビィはリィリスの手に視線を向けると──さっきから繋がり続けている二人の手。

 

「へ? あ、ご、ごめん!」

 

 それに気づくとレビィは慌てて放した。

 すっかり忘れていたようで、彼女の頬は気恥ずかしさでほんのり赤く染まっている。

 リィリスは握られていた──包帯が綺麗に巻かれた右手を見つめ、何かに思いを馳せるように瞳と共に手を閉じた。

 

 これならいける。

 

 みんなの想いを右手に乗せて、まだ微かに家族(レビィ)の温もりを感じ決意する。

 今度は絶対負けない。そして、()()()にも──決着をつけるんだ、この手で。

 

「どうやら前に進めそうじゃな。リィリス」

「──ッ!? あなたはッ」

「うん、もう逃げない。みんながいるから」

 

 勝負の時は近い。

 




ギルド名を変え、ガジルを倒し、玉を殴ったリィリスに対するヘイトがマックスなのでジョゼは依頼よりも復讐を優先したもよう。


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竜の目覚め

 

 15分を要するジュピターの再充填は直前にナツによって阻止され、さらに彼によりエレメント4(フォー)の内一人が撃破された。

 次に用意したギルドまるごとを機械仕掛けの巨人とした“煉獄砕破(アビスブレイク)”の発動。それの原動力であるエレメント4の一人、ムッシュ・ソル。彼に呼び起こされたトラウマに苦しめられたエルフマンが機械巨人の手に捕らわれた(ミラ)の涙を目にし、これまで禁じてきた全身接収(テイクオーバー)獣王の魂(ビーストソウル)”を発動。その圧倒的な力でムッシュ・ソルを撃破。

 

 三人目のエレメント4 “大海のジュビア”との戦いに臨んだグレイであったが、なんやかんやあってジュビアが彼に惚れ、勝手に失恋し、また惚れ直して決着を見せた。

 

 そして最後の一人“大空のアリア”を撃破したのは、驚くことにエルザだった。彼女はジュピターを受けた身でありながら、エレメント4最強の男を一撃で打ち倒したのだ。

 本来なら、ダメージの残る状態で易々と勝てる相手ではないだろう。

 ならばなぜ? それは、彼女に実力以上の力を発揮させることとなったアリアのとある失言によるもの。

 

『悲しい。マカロフやあの少女だけではなく、かの妖精女王(ティターニア)まで地に落とす事になろうとは』

『あの少女?』

『リィリスという(むすめ)の魔力は凄まじいものだった。それ故に枯渇で苦しむ姿は──嗚呼っ、悲しい!!』

 

 そうか、こいつがリィリスを追い詰めた一人──マスターだけでなくリィリスにまで手を掛けていたのかッ。

 

 エルザにとってその事実だけが心の奥深くまで浸み込んでいき、まだ何かを言っているアリアの声に耳を貸さずに勝負を付けにいく。

 

 換装──“煉獄の鎧”がその身を包む。

 彼女の持つ鎧で最強の鎧。禍々しいフォルムで黒に覆われるコレを見て立っていた者はいない。

 故に──

 

 『貴様ごときがあの二人をやれる筈がない。いますぐ己の武勇伝から抹消しておけ』

 

 決着。

 

 エレメント4全てが倒れた事で“煉獄砕破(アビスブレイク)”の発動を阻止、残る強敵はガジルとマスタージョゼを残すのみとなった。

 幽鬼の支配者(ファントムロード)を追い詰めているのだ。当然、ここまで奮闘した妖精の尻尾(フェアリーテイル)も無事では無い。 

 何かのきっかけで大きく天秤が傾く事だろう。そしてその天秤は早くもファントムに傾いた。

 

 ルーシィが囚われた。

 ジョゼによる放送が流され、ルーシィの悲鳴が響き渡った事で皆に動揺が走り、そこに追い討ちとして幽兵(ジェイド)が強化され妖精の尻尾を潰すべくれ雪崩れ込み、仲間が、ギルドが瞬く間に傷ついていく。

 一気に絶望的状況に立たされたのだった。

 

 

 

 

 

 ガジル・レッドフォックスは幽鬼の支配者(ファンロード)最強の魔導士。

 それはファントムにおいてもそうだが、他ならぬ彼自身がそう認識していた。

 あの夜、あの少女に敗けるまでは──。

 

「言え! リィリスとかって言うクソガキはどこだッ!!」

 

 ジョゼの目的とする目標人物(ターゲット)の一人、ルーシィ・ハートフィリアが護衛のリーダスを連れて鍵を探しに出ていた所を、滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)の特質で優れた嗅覚を駆使して捉えた彼女の髪を掴み上げ、忿怒に濡れた表情で聞き出そうと躍起になっている。

 

「ぐっ、う! ──ふふ、ここまでみっともないと哀れね。あたしが、あたし達が仲間を売るわけないでしょ?」

 

 彼がルーシィを捕まえたのは、単にジョゼへの手土産ではなく彼女からリィリスの居場所を吐かせる為だ。しかし、いくら脅そうと痛めつけようと、リィリスがどこにいるか吐くことはない。

 ここまでなにもかも上手くいかない現状に、ガジルは目の前のルーシィに激情をぶつけようと彼女に目掛けて拳を振るう。

 

「ガァジィルゥゥッ!!!」

「ナツ──!!」

 

 しかし、下の階からこの階の床ごとぶち破ると言う荒技で登場したナツによってガジルの拳は止まり、ルーシィを乱暴に突き飛ばし距離をとらされることとなる。

 

「チッ! 邪魔をするなァ!! 火竜(サラマンダー)!!!」

「これ以上仲間を傷つけさせるかァァっ!!!」

 

 鉄と炎、竜の力を宿した二人の拳が激突し二度目の対決が始まった。

 

 そんなナツとガジルの両雄がぶつかり合う度、下の階にまで魔力の波が届いていた。

 それを心地良さそうに受け入れるのは、ファントムギルドマスターであるジョゼ・ポーラ。

 

「くくっ、よく暴れる竜達だ」

「マスター・ジョゼ……!」

 

 彼は、自身のギルドに入り込んだ()達を己の手で葬るべくこの階へ足を運んだのだ。

 そこに集まっていたのはアリアを倒したエルザ、その他にグレイ、エルフマン、ミラといったメンバーだった。

 彼等はジョゼの発する邪悪で巨大な魔力に呑まれかけるも、強固な精神力で耐え凌ぎ戦う姿勢を見せる。

 

「こいつが、ファントムのマスターか……ッ!」

「ぬおおォォ!! 今こそ漢を見せる時!!」

 

 正面からグレイとエルフマンの戦意を受けたにも関わらず、ジョゼは心底可笑しいと言うように、悪意に染まった笑みを携えた。

 

「さて、楽しませていただいたお礼をしませんとなァ──たっぷりとね」

 

 ジョゼは向かってくる二人に紫色の魔法弾を放つ。

 それを受けたグレイとエルフマンは声も上げられず壁に叩きつけられ戦闘不能となった。しかしそれでも容赦しないジョゼは、広範囲にわたっての爆発魔法を発動、グレイ、エルフマン、ミラを巻き込み煙が立ち込み壁に大きな風穴が空け、外の景色を覗かせる。

 さらに追い討ちにと三人の方に手を向けた所で、唯一逃れていたエルザが反撃に出る。

 

  “黒羽(くれは)の鎧”に換装、強化された運動能力を行使して遠距離から狙い撃たれぬように、なんとか接戦に持ち込んだものの、幾度も放つ剣閃は掠りもせずに空を斬るのみ。

 ならばと、多くの魔力を乗せた瞬速の一閃を解き放つ。

 だが──それでも届かない。

 

 エルザはまるで遊ばれるように空振ったままの腕を掴まれ、床に叩きつけられた後に放り投げられた。

 

 奴はこちらを躊躇いなく殺す気だ。

 

 ジョゼから滲み出す殺意が体に絡みつき、不快感と悪寒を強く訴えている。

 自分一人で聖十大魔道の一人である彼に、果たして勝利できるのか。

 

 いや ──勝たねばならない。

 仲間の為、ギルドの為にッ。

 

「貴様、確かジュピターをまともにくらったハズ……なぜ立っていられる」

「仲間が……家族が私の心を強くする。愛する者たちの為ならこの体などいらぬわ!!」

「強くて気丈で美しい……なんて殺しがいのある(むすめ)でしょう」

 

 気高き妖精の女王の意を目にしたジョゼは、破壊衝動に浮かされた狂気の孕んだ両眼で玩具(エルザ)を見据える。

 

 そうでなくては壊し甲斐がない。

 

 睨み合う二人から発せられる、相手を討ち取るという気迫だけが漂っていた。呼吸の音さえも聞こえてくるような静寂が保たれる中、遠くでナニかが崩れていく音が風穴を通してここまで届いた。

 

 ──まさかッ。

 

 エルザの意識が一瞬、妖精の尻尾(フェアリーテイル)のギルドに向いてしまう。

 須臾の間。

 その油断をついてジョゼが動く。

 地に手を添えてエルザを仕留めようと魔法を発動。

 

 “デッドウェイブ”

 

 床を抉り進む紫の波動が彼女を飲み込まんと牙を剥く。

 迫り来る強力な魔法を前に、隙を見せ行動の遅れたエルザは逃げるのも防ぐのも間に合わないと、諦めかけた時──感じた。

 この懐かしく頼もしくも、包み込んでくれるような魔力は……。

 

 次の瞬間、ジョゼの放った魔法が白い光に浄化されたのだ。自身の魔法が打ち消された事に驚きを露わにしたジョゼは、次に強大な魔力を感じた。

 

「いくつもの血が流れた……子供の血じゃ」

 

 それは親の嘆き。

 

「できの(わり)ィ親のせいで子は痛み、涙をながした……互いにな」

 

 それは子供の傷み。

 

「もう十分じゃ──終わらせねばならん」

 

 それが家族の為。

 

「マスター……!」

 

 マスター・マカロフ復活。

 

 大空のアリアにより魔力を失っていた筈の彼から発せられる、いつもの優しく包み込んでくれるような頼もしい魔力が、もう大丈夫と言うようにエルザ達に染み込んだ。

 

「全員この場を離れよ」

 

 マカロフが意識を取り戻しかけていたグレイ達に一言だけ告げた。

 目を覚ましたらここにいるはずのない、治療を受けていなければならないマカロフの姿があって、グレイとエルフマンは驚愕の声を上げる。

 

 何よりも優先すべきはマスターの命令。それに従いエルザは二人に駆け寄りここから離れるようと促す。

 それでも残ろうと言い出すのをエルザは止め、ここにいては却って邪魔になると現実を口にしたことで渋々離脱をすることとなった。この状況に驚き声も出せずにいたミラをエルフマンが抱き上げ四人はその場から離れていく。

 

 それを気にもせずに、まるで蟻が巣に戻るのを滑稽に眺める破壊者の視線で悪意を紡ぐ。

 

「ふっふっふっ、無駄な足掻きを。どうせあとで殺してあげますよ」

「それは無理な話だな、ジョゼよ」

 

 吐き気を催す邪気に濡れた言葉を発したジョゼに、威厳に溢れながらも(しわが)れた声でそれは叶わないと告げる。

 

「ほう、私を倒そうという事で? あなたが? つまり、天変地異を望むというのですか」

 

 狂気の混じった幽鬼の表情で、好戦的な台詞を続けるジョゼを前に、マカロフは静かな怒りを瞳に浮かべ自身の目的を告げる。

 

「勘違いするなよ。ワシが来たのは最後に貴様と話をする為。貴様の最後の言葉を聞きにな」

「やれやれ、老人の戯言に付き合う趣味は無いのですが、まあいいでしょう。それで?」

 

 話をしてみろと挑発を込めた笑みでマカロフに続きを促す。

 

「貴様の目的はなんだ。ウチのギルドを潰すことか?」

妖精の尻尾(フェアリーテイル)を潰す? いえいえ、そんな事は二の次ですよ。私はねェ──」

 

 あなたの絶望が見たかったのですよ。

 

 

「ギルドを壊し、ガキ共を潰され、最後には貴様らクズが積み上げてきたギルドそのものを解体する。これほど素晴らしい絶望はないでしょう!!」

 

 ジョゼの思惑はこうだ。

 まずは妖精の尻尾のギルドの破壊行為。この挑発に乗り、攻めてくるもよし、来ないのであれば次の手を打つまで。当初の計画では、それに加えてジョゼの()()()()()()()()を装い、ガジルに妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士を襲わせ争いを誘発させるはずだった。

 しかし、それはある少女によって阻止された事で未遂に終わり、ならばとその少女を使って戦争の引き金を引かせたのだ。

 

 ファントムの仕掛けた妖精の尻尾のギルドと、そこの魔導士への襲撃と比較して、被害を受けたとは言え妖精の尻尾マスター公認でのギルド丸ごとで戦争を仕掛けるのとでは、被害の大きさや責任の重さが違ってくる。

 

 きっかけは幽鬼の支配者(ファントムロード)、しかし戦争を始めたのは妖精の尻尾(フェアリーテイル)。この事実は揺るがず、さらにジョゼには()()()評議員と繋がりがあり、もし妖精の尻尾と戦争を起こす機会があったら贔屓してくれるらしい。

 これも日頃の行いだなと締めくくり、長々と語られた真相。

 

 つまり妖精の尻尾がファントムに攻めこんだ時点でジョゼの企みの一つが達成していたということ。

 

「くははははっ! マカロフ!! 絶望はどうだ!!? ギルドを壊され、ガキ共を殺され全てを失うのは!!!」

 

 長年の恨み、妬み、焦り、それらの多くの負の感情を吐き出すジョゼの様相は悪霊そのもの。

 勝利を既に確信する彼の発言に、マカロフは深く小さなため息を吐く。

 

「上ではもう、決着が着いたか……ジョゼ、これが最後じゃ」

 

 それは何を意味する発言だったのか。

 上を仰ぎ見ていたマカロフは眼前の男に最初で最後の警告を発する。

 

「これ以上被害を出さぬ為、貴様に三つ数えるまでの猶予を与える」

 

 ──ひざまずけ。

 

「何を言うかと思えば……王国一のギルドに、幽鬼の支配者(ファントムロード)のマスターであるこの私に跪けだァ?」

 

 ──一つ。

 

「屈するのは貴様らクズ共だッ!! 私は強い。貴様よりも非情になれる分はるかに!!」

 

 ──二つ。

 

「その証明として私自ら、この手で! 貴様を殺してやるマァカァロォフゥゥッ!!!」

 

 ──三つ。そこまで──

 

 両手に闇色の魔力を収縮させ、人一人容易に消し去れる魔砲を放とうとジョゼがマカロフに手を向けた──刹那。

 小柄な人影が飛び出てきたかと思えば、ジョゼの横っ面に強烈な一撃を見舞った。

 目の前の敵しか見ていなかったジョゼは、本来なら余裕を持って避けることのできたその攻撃を受けることとなり、人間砲弾の如く勢いよく吹き飛ばされる事となる。

 それでも壁に衝突する前に踏みとどまり、すぐ体勢を整えたのは流石と言うべきか。

 

「いい加減、人の大事なものを傷つけるのは止めろよ」

 

 この場に立っている者はマカロフと左頬を押さえるジョゼ、そしてもう一人。その人物を目にしたマカロフは、もう用は済んだとばかりにジョゼとは反対方向に歩みを進める。

 

「本当なら、ワシ自らが決着を着けたかったんじゃがな。どうしてもヤると言って聞かんのだ」

 

 マカロフの不可解な言動にジョゼは眉を潜めた。誰にたいして何を言っているのだと。

 自分の吹き飛んできた方向に目を向けた時、その疑問が解消するのと同時に今度は驚きに支配される。

 

 あり得ない──なぜここにアイツがいる。

 あれほどのダメージを刻まれておきながら何故立っていられる? 

 

 痛々しく身体中に包帯が巻かれた少女だが、一歩一歩、確かな足取りでこちらに近づき、鋭く強い意志の灯った瞳を向けてきているではないか。

 

「だが……子供(ガキ)が自分で過去と向き合い、現在(いま)を乗り越えてェって言うんだ。ガキの成長を邪魔する親がどこにいる」

 

 ジョゼ達から離れるマカロフは、たった今来たもう一人の少女のいる所まで足を進めた。

 

「ワシがレビィを守っている。安心してけりつけてこい」

 

 ──リィリス。

 

「サンキュ、おじい。ちょっと怖いけど、すぐ近くに守ってくれるって言う家族がいる。だから任せて」

 

 老人と少女──リィリスの瞳が交差したのは一瞬。

 マカロフから託された怒りを身に宿し、遠くで自分を見つめるレビィ、仲間(家族)の想いを糧にし前に進む──産まれて初めて天元に達している怒りをぶつける相手へと向かって。

 

「貴様は何度、私の邪魔をすれば気が済むのだ……!」

「家族を傷つけられると言うなら、何度だって邪魔してやるよ、クサレオヤジ」

 

 予想外の人物の登場に動揺したのも一瞬、その人物が誰かを認識したジョゼは、マカロフに向けた殺意すらマシと思える殺意を一人の少女に向ける。

 

「ふん、クズ共の群がる巣は潰れ、後は掃除をするだけ。今更、守るも何もないでしょう」

「……二度目を許す事になった」

 

 唐突なリィリスの呟きにジョゼが訝しむ。

 しかし彼女の呟きは、聞くものが聞けばその意味を読み解くことができただろう。

 

 あの時、ギルドに手を出す機会を二度は与えぬと宣言したリィリスは、ここに来るまで目にした、ジョゼの幽兵により瓦礫の山と化したギルド()。大切な仲間(家族)の傷つき嘆く姿。

 その事を思い返し、思えば思うほど怒りが底から生まれてくる。熱せられた憤怒の炎が内より溢れ、リィリスの体から魔力となって現れる。

 とうに限界値は踏み越えている。後は解放するだけ。

 

()()()は一体どれだけ()()()を怒らせれば気が済むんだ?」

 

 リィリスを起点に周囲へ広がる、本当の熱を帯びた魔力波。

 マカロフの張った魔力壁により守られているにも関わらず、レビィの肌をチリチリとした刺激が走り、勝手に冷や汗が吹き出てくる。

 あまりの凄まじい怒気に、レビィが隣にいるマカロフに視線を移す。

 

「あやつは今、おそらく誰よりも強い。力を完全にコントロール出来ればこの勝負、リィリスが勝つだろう。じゃが、もしもの時はワシが勝負をつける」

 

 心のどこかで不安が募るのを感じるレビィを安心させるように語るマカロフの額からも、うっすらも汗が滲んでいることからリィリスの魔力がどれだけのものかを物語っていた。

 

 それを直接向けられるジョゼは彼女の規格外な力の奔流を受け、既知感を覚えていた。思い起こされるは忌まわしき記憶。

 あれは、ルーシィに空の牢獄から逃げ出された直後の事。

 

 

 

 

 

「やってくれたなァ……! このクソガキァ!!」

「が──ぐ、うあ゛ッ……っ!」

 

 自身がトドメを刺す筈だった少女の抵抗に、ジョゼは頭の血管が切れる程の激情を抱いていた。

 依頼目標であるルーシィを逃され、さらに急所を強打され立つのもやっとなジョゼは内股の状態でリィリスの首を片手で掴み上げ、怒りに溺れた眼差しを注ぐ。

 

「たしか、右手にギルドマークが押してあるんだったなァ」

 

 必死に首の拘束を緩めようと、両手でジョゼの腕を掴んでいたリィリスの右腕を乱暴に捻りあげ、掌を向けさせる。

 彼が何をしようとしているのか、これから何を言われるのか、最悪な予感がリィリスの脳裏をよぎる。

 

「この紋章を右手ごとズタズタにして、二度とあのギルドの名を名乗れぬようにしてやる!!」

 

 それは彼女にとって、何よりも許しがたく耐えられない行いだった。

 ギルドマークを汚されるのは、自身の身を刻まれることよりも恐ろしく、考えられない事。

 初めて自分の存在を受け入れ、証明してくれたギルドの、家族の絆。

 

 ジョゼが懐から出したナイフをリィリスの手に添える。

 

「や──めろっ」

 

 頼むからソレだけは傷付けないで。

 

「誰が止めるかクソガキ」

「──ッ!!!」

 

 刃が肉に沈み、引かれていく。

 掌の端から鋭い痛みが走り、ゆっくりと焦らすように切り傷を伸ばされる。それに比例してギルドマークに切先が近づいていく。

 証を傷付けらてしまうという恐怖と怒りで、リィリスの瞳から涙が溢れてくる。

 

 もう二度と、壊されないようにと誓ったのに、なんでまた証を失おうとしているのか。

 

 これでは──

 

 これではあの日と同じではないか。

 

「──ァア」

 

 それは二度目となる竜の産声。

 

 締め上げられている声帯がジョゼの握力を跳ね返し音を鳴らす。

 人間では到底不可能な体の動きを見せ、そして。

 

 

『オオオアアァァアアアア゛ッ!!!』

 

 

 怒りの叫びが放たれた。

 

 それは正しく竜の咆哮であり、人が耐えられる圧ではなく、直接的なダメージが耳から始まり体全体を駆け巡った事で拘束を緩めてしまったジョゼの腕から抜け出そうともがくリィリスは、本能で彼の弱点──股間を蹴り上げた──。

 

 

 

 

 

「一度ならず二度までも……貴様だけは許せねェ」

 

 奇しくも、双方の言い分が重なった瞬間だった。

 理由は違えど、お互い大切なものを傷つけられた傷みに震え魔力を放出する。

 

 両者共に怒りの蓄積は十分。

 

「だが……このオレが小娘如きを相手にするとは、考えもしなかった」

「何を言っているんだ? オマエが相手にするのは小娘でも、魔導士でもない」

 

 ──一匹の怒れる竜だ。

 

 妖精の尻尾(フェアリーテイル)幽鬼の支配者(ファントムロード)の戦争は最後の局面を迎えた。

 



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