風鎧の冒険者 (天魔宿儺)
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プロフィール

最新話までのネタバレを含みます。
読んでいない人はブラウザバックを推奨します。



























いいですね?


主人公:ベント

風鎧(かぜよろい)冒険者(ぼうけんしゃ)

神の目:風

命ノ星座:風鎧座

使用武器:弓/片手剣

聖遺物:剣闘士のフィナーレ

 

命の星座

1凸:『自由への渇望』

   使える武器に片手剣が増える。

2凸:『憧れる■■』

3凸:『冒険者の詩』

4凸:『■■盟友』

5凸:『自由■■■』

6凸:『嵐■■■』

天賦

『通常攻撃・冒険者の生存術』

弓による、最大7連の連続攻撃。

重撃は風元素が付与される。

 

片手剣による、最大9連の連続攻撃。

8撃、9撃目の攻撃に風元素が付与される。

重撃は瞬時に5つの斬撃を放つ、これに風元素は付与されていない。

 

風魔具足(ふうまぐそく)苛烈西風(かれつせいふう)

風元素を両腕に集約させた籠手を具現化する。

発動中は通常攻撃が籠手による格闘に切り替わり、全ての攻撃に風元素が付与される。

拡散反応を起こした場合、クールタイムがリセットされ、該当元素のスキルに切り替わる。

 

雷元素:『苛烈西風・断罪(だんざい)大鴉(おおがらす)

雷元素の籠手、格闘によるダメージに雷元素の特性を得る。

移動速度と単体火力に特化した形態。

元素解放『断罪の皇雷』

片腕に集約した雷元素のエネルギーを放ち、稲光と共に巨大な落雷を落とす。

 

炎元素:『苛烈西風・黎明(れいめい)赫鳳(せきおう)

炎元素の籠手、格闘によるダメージに炎元素の特性を得る。

左右の手甲より、【燃え盛る鳳(アイム)】【焼き払う鳳(ハウレス)】の二体を生み出し、使役する。

範囲火力と継続戦闘能力に特化した形態。

特異形態『烈焔天使』

元素解放『燎原の鳳光』

呼び戻した【燃え盛る鳳】と【焼き払う鳳】を合わせたエネルギーを極光と化し、標的に放つ。

 

氷元素:

水元素:

他の元素の特性を得たスキルを、効果時間終了時までに再使用すると、元素解放を放って効果時間を終了する。

 

『風魔具足・■■■■』

『略式・■■■風』

『乱気流の目』

『在りし日の雄風』

 

 

神の心臓

風元素の神の目がベントの心臓と融合、同化したことによって得た元素生成器官。

内臓でもあり、神の目でもあるが、同時にそれは神の目でも、神の心でもない。

所有者の生命力を元素へと変換することで高効率に元素オーブを獲得できるが、常時生命力を消費してしまう。

 

錬金義手

アルベドがベントのために誂えた義手。

神の心臓の生み出す元素によって、ベントが体調を悪化させてしまう事を危惧し、体内に元素がとどまり過ぎないよう、元素を吸収、排出する機構を備えてある。

しかし、容量を遥かに上回る元素を流してしまうと破裂してしまう危険もある。

ベントは既に二回、破損させている。

 

風の精霊シルフィード

風魔龍トワリンの剥がれ落ちた鱗に風元素が当てられ命を宿したことで生まれた風の精霊。

四風守護の一体であったトワリンの鱗から誕生したため、その身に”四風守護の断片”と呼ばれる微小ながらも神の加護を生まれつき持っており、本来家族などが存在しないはずの精霊でありながら、トワリンを父、バルバトスを祖父と認識している。

また、彼女自体も風元素の神の目を持っており、ベントの神の心臓と同化することで、無尽蔵な生命力の消費を抑制し、元素出力を調整することができる。

外見は深い緑の鱗を帽子のように被った仙霊に近い姿をしている。



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序章
プロローグ


原神めっちゃハマった作者が、モンドを巡り、書籍を読み漁り、微妙な料理をつくったり中ボスいじめたり聖遺物周回したりする合間に書くお話し。
ゲーム内時系列は勿論、公式マンガや、ゲーム内で集める書籍の内容やちょっとしたNPCの小ネタまで挟みながら、原神の楽しさを知ってもらうために一生懸命書きました!
頑張って更新しますね!


冒険者は、七国を含むテイワット大陸全域に広がっている組織、冒険者協会に登録している者達を指す。

彼らの目的は『冒険』つまりは、旅であり、人助けであり、雑用である。

冒険者協会にはさまざまな人材がいる。

曰く、伝説の冒険者、曰く、断罪の皇女、曰く、西風騎士団の栄誉騎士。

他にも個性的な人材は様々だ。

かく言う私も、そんな冒険者の一人だが……まだこれといった通り名はない、そこまで目立って活躍しているわけでもないからな。

所謂、一般人に限りなく近い冒険者だ。

 

「さて、これで依頼分のスイートフラワーは全部か。後はイグサと、ドドリアンも取っていこう、誰かが必要としてるかもしれないしな」

 

囁きの森にあるイグサの群生地を抜け、道に沿って星落としの湖に向かう。

ここらへんは丘々人(ヒルチャール)も少なく、一般冒険者も比較的活動しやすい地域な上、自然も豊かでモンドの特産品も多く取れる。

囁きの森のような、鬱蒼とした場所を抜けなければ来れない場所のため、七天神像があるとは言っても人通りは少ない。

 

来るとしても中継拠点を置く冒険者協会の会員か、もしくは偵察騎士(アンバーさん)くらいのものだ。

最近は何故か二十日に一度くらいの頻度で栄誉騎士(旅人)殿を見かけるが、何をしているのだろうか?

 

「〜〜〜〜〜〜〜ッ!!」

 

湖辺でドドリアンを摘んでいると、どこからか悲鳴のようなものが聞こえてきた。

なんだ?方角は……南か?

たしかこの方角には小さくとも丘々人の集落があったはず……。

 

考えていても仕方ない、道具袋の中に入れていた臭い消しで、簡易的であれ"人間の臭い"を消し、姿勢を低くしたまま音源に向かう。

 

滅多に人が来ないとはいえ、ここも一応自由の都(モンド)の一部だ。

聞いた話では、以前、囁きの森周辺で赤い服を着た少女を見かけたという事を耳にした事がある。

幼い子供ですら、来ようと思えば来れてしまう場所なのだ。

この件についてはいつのまにか栄誉騎士殿が解決していたが、あの人にいつまでも頼っているわけにはいかない。

 

「ひぃ〜!やめて!誰か助けてくれ〜〜〜!」

 

目標物が見えた。

あれは……パラドか? こんなところで何をして……いや、今はそんなことはいいか。

救出対象は視認した、後はどう助けるかだが……。

 

丘々人の戦力を確認する。

見張り台は無し、こん棒持ちが4体、大盾持ちはいない……か。

 

「アンバーさんに教えてもらった方法を試してみるか」

 

 

その場で手ごろな石を複数個拾い、木の上から様子をうかがう。

丘々人は、知能が低く原始的な生活を続ける奴らではあるが、だれかれと構わず襲い掛かることはあまり進んでやりはしない。

武装した相手や、豊富な物資を持つ商人などには積極的に襲い掛かるが、何も持っていない相手には、大きく刺激しない限り怪我を負わせることはほとんどない。

だが、パラドは既に丘々人の縄張りの中に入ってしまっている。

いつまでも安全が保障されているわけではない。

なら……。

 

―――ヒュコッ!

 

「Ga gya!!」

「Muhe ye!?」

 

一体命中。

指ではじいた小石を遠距離から狙い撃つ。

神の目を持たず、元素力を操ることのできない冒険者にとっては、こういった小手先の技術もまた重要。

なにより危険を冒さずに脅威を排除できるのは遠距離攻撃様々だ。

 

「Zido! Zido!」

 

あわてた他の奴らが警戒するが……もう遅い。

 

―――カコッ!バキャッ!ゴツンッ!

 

俺はもう位置を変え、石を射出し、そして今命中したところだった。

……我ながら、卑怯で地味な戦い方だとは思うが、生存に特化し、無茶や無謀や計算外の要素をすべて排除した戦いというものは、得てしてあっさりとしたものなのが、世の常だ。

 

「大丈夫か?"うっかりパラド"」

「あ、あぁ!冒険者!助けに来てくれたんだな!ありがとう、君が助けに来てくれなかったら、今頃どうなっていたか……」

「たらればの話をしてもしょうがない、お前は冒険者としての危機管理能力に重要な欠陥がある。そんなお前が気を付けてどうなる話とは思っていないが、今後はなるべく丘々人の縄張りには近づかないことだ」

「あぁ、気を付けるよ、本当にありがとう!君は命の恩人だ!」

「礼はいい」

 

そういいながら俺は右手をパラドの前に差し出す。

それを見たパラドは、嬉しそうにこっちの手を握り返してくるが……そうじゃない。

 

「違う、私は何も握手したかったわけじゃないぞ」

「え?」

「仮にも冒険者が、無償で人助けをするわけないだろ、自分の危機に見合った報酬を払いな」

「え、あ、すまん!すぐに用意するよ!」

 

その後、あわてたパラドがモラの入った袋の中身をぶちまけたりすることもあったが、報酬として6000モラを受け取り、無事モンドに帰還した。



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風に乗って

入り口の西風騎士団員に挨拶をしながら、冒険者組合の建物に歩みを進める。

 

「冒険者協会へようこそ!あら、ベントさんじゃないですか、依頼を完了したんですか?」

 

人一人がギリギリ入れるくらいの、狭苦しい受付から笑顔を向けてくるのは、冒険者協会の受付嬢、キャサリンだ。

彼女は年中無休で一日中ここに立っているのだが、休んだところを見たことがない、体調などは大丈夫なのだろうか?

 

「どうされましたか?私の顔に何かついています?」

「いや、なんでもない、少し見惚れていただけだ」

「そんなこと言ったってなにも出ませんよ、はい、こちらが今回の報酬です、お受け取りください!」

 

ずっしりとくるモラの入った革袋を受け取り、私はこの場を去る。

しかし、今回の依頼は何だったのだろう?

通常より少し大きめのスイートフラワーを摘み、その分布の詳細をメモするだけでこんなにも沢山の報酬をもらえるだなんて……。

よく花の依頼をしてくるフローラとは別口だろうし、誰がこんなものを欲しがるのか見当もつかない。

 

いや、冒険者たるもの、依頼者の事情に深入りしようとするのは良くないことだな。

問題を解決し、金をもらうだけでいいんだ。

そう……寝物語で聞かされる冒険は、あまりにも危険すぎる。

俺はこれでいい、これでいいんだ。

 

「じゃあお姉さん?この『ニンジンとお肉のハニーソテー』のお代は、"モンド城で一番愛される吟遊詩人"である、ボクの(うた)でどうだい?」

 

考え事をしながら鹿狩りに行くと、何やら人混みができていた。

翠の衣装が特徴的な、小柄な吟遊詩人が、鹿狩りの前でライアーを片手に詩を歌っている。

この人込みは、どうやら彼の詩に誘われた野次馬がほとんどのようだ。

 

「山河は皺枯れ 現世は羽折り 笑みを溢すは盲目の神々

 

慟哭の果て詩を求め 鳥籠の中にて夢を綴らん

 

俗世の鎖に怯まずに 常闇打ち克つ事なれば

 

荒ぶる春花に 鷹が碧空おう歌せし 奏でたるは風の歌 自由が此岸に訪れる」

 

余韻を残すように流れるライアーの音色が静まり返るまで、誰もヤジを飛ばさず聞き入っていた。

なるほど、これは"モンド城で一番愛される"を自称するだけのことはある。

これは……確か古くから伝わる……。

 

「風の歌、か」

 

俺の声に気付いて吟遊詩人の少年がこちらを振り向く、まるで少女のように可憐な外見をしていたため、私は反射的に目を逸らす。

 

「へぇ、この詩の題名(タイトル)が分かる人もまだいるんだね」

 

一瞬目があったような気がしたが、気のせいだったようで、彼は鹿狩りの店員に向き直り、大袈裟にお辞儀をしてみせる。

 

「どうかな?この詩じゃお代には足りないかい?」

「こんな素敵なものを聞かせてもらっては、お代を頂くのは申し訳ないですよ!わかりました、今回はその詩がお代代わりでいいです。ですが、次からはお金を忘れないでくださいね?」

「うん、見目麗しいお姉さんに誓って、次はちゃんと持ってくるさ。それとは別に、ここで歌うのも中々悪くないね、ボクの詩に惹かれてこんなに集まってくれるなんて」

 

さらさらと流れるように聞こえてくる軟派な言葉とは打って変わって、纏う雰囲気は立派な詩人そのものだ。

彼は次々とお捻りを渡そうとする人たちを見ては「おひねりは要らないよ、この詩がみんなの心に届いてくれれば、それで十分さ」と告げ、風に乗る木の葉のようにそそくさとこの場を立ち去っていった。

 

いい詩も聞けて、中々気分がいい。

少し食事でもしようと思って鹿狩りに来たが……いつもは単純なステーキて満足しているんだが、気が変わった。

あの吟遊詩人の頼んでいた『ニンジンとお肉のハニーソテー』でも頼んでみるか。

 

……と思ったんだが、同じことを考える人が沢山いるのか、昼過ぎのピークを過ぎた時間帯にも関わらず、もう鹿狩りには行列ができていた。

受付でサラさんが忙しなく注文を受けては厨房に伝えるのを繰り返している。

何故か少し申し訳ない気持ちになるし、すこし時間を置くか。

 

俺は歩みを風神像のある教会の方に向ける。

風神像の前では、いつものように敬虔な信徒が風神バルバトスに祈りを捧げている。

信徒と共に祈るシスターグレイスがこちらに気付き、声をかけてきた。

 

「あらベントさん、いつもお布施をありがとうございます、今日も礼拝ですか?」

「顔を見せない『自由』の神と違って、私は信仰深いモンドの民だからな」

「教会の者の前で滅多なことをいうものじゃないですよ、今のは聞かなかったことにします」

 

大聖堂の中に入り、入口の近くにいるヴィクトリアに布施を渡し、適当な位置で祈りをささげる。

冒険者になってからの習慣の一つになっているが、俺は言うほど信仰深いわけではない。

ただ、このモンドで暮らしているのなら、その地の神には敬意を払うべきだと考えているだけだ。

 

「風神のご加護を……」

 

定型文の祈りを言い終わり、早々に大聖堂を立ち去る。

すこし時間は経ったものの、それでもまだ鹿狩りに戻るのは早いだろう。

空いた小腹をごまかすように、荷物のなかに入れていたリンゴに齧りつきながら、モンド城下を見おろす。

 

モンドはいい場所だ、今は西風騎士団の過半数が不在で人員不足に悩まされているらしいが、それでも街中の巡回人数には目を見張るものがある。

これも副団長であるジンの功績が大きいのだろう、人員の配置や(まつりごと)の管理において、彼女の右に出るものはそうそう居ない。

多少自由人が多かったり、住民全員がトラブルメーカーな気質はあるものの、それでもうまく回っている。

以前の風魔龍の一件でも、旅人の協力はあれど問題解決をしたのはモンドのジン団長が私的に動いたからだと聞く。

ここの人々の行動力にはいつも驚かされるものだ。

 

「や、こんなところで何を黄昏ているんだい?まだ昼過ぎじゃないか」

「君は……」

「さっきぶりだね、若き冒険者よ。ボクはウェンティ、吟遊詩人さ、よろしくね」

 

気付くと、すぐ隣にさっきの小柄な吟遊詩人が、こちらをのぞき込んでいた。

 

「……私はベント、ただの冒険者だ。しかし…、最近の吟遊詩人は神出鬼没なんだな」

「ふふっ、流石にさっきは驚いたのさ、僕だって歌う場所は選ぶけど、まさか鹿狩り前の広場にあそこまで人が集まるなんて思わなかった。次からは気を付けないとね」

「あぁ、君のおかげで私は飯時の時間を逃してしまった」

「だから人が()くまで、ここで時間つぶしをしているわけかい?」

「まぁ、そういうことだ」

 

彼はおもむろにライアーを取り出し、試すように指を走らせる。

 

聞いたことのないメロディだった。

優しく心にしみこむような音色が、風に乗って空に舞い上がるようだった。

 

「……いい曲だな」

「これはまだ未完成の曲さ、この音に乗せる詩もまだ書いてない。」

「そうなのか、それは完成が楽しみだ」

「完成したら真っ先に君に聞かせると約束するよ」

 

風車が大きく動き出す。

大きな風が吹き、草木がそよぎ、ウェンティの髪が揺れる。

見間違いか、彼の髪が翠に輝き、背に翼を幻視した。

瞬きをすれば、その姿はもとの可憐な姿に戻っていたが、さっきのはなんだったのか。

 

「ねぇベント、君の冒険譚を聞かせてはくれないかい?」

 

鈴のように響く声でウェンティが語り掛けてくる。

 

「どこにでもいる、普通の冒険者の話なら聞かせてやるよ」

 

少し、有意義に時間を潰せそうだ。



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天賦

無相の交響曲始まりましたね。
あれ、全部の報酬獲得しようと思ったら全てのボスを3000ポイント台で倒さないといけないらしいっすよ?
無理じゃね?風で心折れたんだけど。
制限時間の縛り付けるなら、せめて遅延技修正して欲しかったわ。
まぁクリアするんですけど。


「その時、私は何かの気配に気付き、振り向くと、そこには盾持ちの丘々人(ヒルチャール)が5体もいた!」

「おぉー、それは大変だ!どうやって切り抜けたんだい?」

「奴らの盾が炎元素に弱いってのは有名な話だ、それに(いしゆみ)持ちが居ないなら話は単純、私は火矢を放ち、奴らが盾の炎上に慌てふためいている間に、一体ずつ頭を打ちぬいてやった! 討伐後の仮面が破損しちまったのは痛いがな」

「あっはは!確か、仮面が割れていると価値が落ちて、もらえる報酬額が減っちゃうんだって?」

「そうだ、だからと言って完全に無傷ってのは至難の業なんだが、依頼主に文句でも言ってやりたいものだ」

 

あれからしばらく、ちょっとした冒険話をウェンティに話して聞かせていた。

どれもこれも、『(はなし)』というにはお粗末な、田舎の少年が狩りで猪を仕留めたと話す程度の、なんてことない話だったが、それでも彼は楽しそうに聞いていてくれた。

俺はそれが嬉しくて、ついつい語りにも力が入ってしまう。

 

「そういえば、君は弓を使うんだよね?」

「何故疑問系で聞くんだ?実際に弓使いだし、さっきまでの話でも弓を使っていただろう?」

「いや、君の手」

「ん?私の手がどうしたんだ?」

 

気になって自分の手を見ても、いつもと同じゴツゴツとした手があるだけだ。

 

「ボクもこれで一応は人を見る目はあるからね。君の重心の位置や筋肉のつき方は、明らかに弓使いとは異なるって事は分かるさ」

「それは……」

「ベント、君は剣も使えるんだろう?もしくは、長い期間使っていた事があるとか」

「……違う」

「違わないさ、君の纏うそれは、長い間柄を握り剣を振るったものの放つ剣気だ。手にマメが出来ても握り、血が滲んでも振るのをやめなかった努力の証」

 

翠緑の瞳が全てを見透かすようにこちらを見つめる。

まるで心を覗き見られたように感じて、咄嗟に目を逸らす。

だが、自分に嘘は付けない、それに、何故か彼には打ち明けてもいい気がした。

 

「ありがとうなウェンティ、だが本当に違うんだ。確かに私は剣を振るった事がある、なんなら今でも日常的に振り続けている。だが、それはあくまで個人的な趣味であって、実戦に使えるものじゃない……」

 

物語(フィクション)への憧れを捨てきれず、剣を振るい敵を打ち倒す勇士にならんとする努力を怠った事はない。

それこそ、幼い頃から独学で剣を振るい続けていた程だ。

だがそれは……"俺の努力"は"俺の才能"に負けた。

 

「こればかりは天賦の問題なんだろうな……どれだけ努力しても、剣の腕は弓の技量を超える事は無かった。それは、私がどれだけ努力しても物語のヒーローのようにはなれないと、自分自身に言われているようで……」

「でも君は諦めていない、だろう?」

「っ……あぁ、そうさ、笑うか?」

「いいや、君は素晴らしい人間さ、それこそ、君を主人公とした詩を作ってもいいくらいにね」

「冗談だろう?」

「いいや、本気さ、君はそれほどの人間だ」

 

風が吹く。

『自由』を象徴する風が吹く。

ウェンティは帽子が飛ばされないように押さえながら、俺に手を差し出す。

その手には、灰色ながらもキラキラと光る石があった。

 

「君へのプレゼントだ、ベント、受け取ってくれるかい?」

「これは……?」

「それは星屑、まだ運命の定まっていない『名も無き星屑』きっと君の役に立つだろう」

 

有無を言わせないようにその星屑を俺に押し付けると、ウェンティは風に乗って、風の翼を広げて飛び立つ。

 

「モナという占星術師がいる!彼女はとても偏屈だけど、きっと君の『冒険』の役に立つだろう!尋ねてみるといいよ」

 

不自然に発生した上昇気流に乗りながらこちらに語りかけてくる。

 

「またね、『冒険』を夢見る『冒険者』よ」

 

そういうと、彼はもう遠くの空へと飛び上がっていった。

思い出したかのように腹がグゥと鳴り、空腹を伝えてくる。

いつの間に話し込んでいたのか、夕焼けまでとは言わないまでももう昼を過ぎて日が傾いており、鹿狩りの人混みも無くなっていた。

こんな時間になってしまったが、とりあえずは飯の時間にしよう。




※ウェンティのセリフの一部を変更しました。


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命ノ星座

「……フム、そろそろ来る頃だと思いましたよ、風神に導かれし冒険者」

 

鹿狩りは、もう伽藍洞(がらんどう)としていて、人混みがあったのなんて嘘のようだった。

受付のサラさんは落ち着いて仕込みをしており、周りも静かでいい感じだ。

 

「人の動きというものは運命で決まっているのです、貴方と今日出会う事は、私の占星術によって既にわかっていました」

「いらっしゃいませ!ご注文はお決まりですか?」

「あぁ、ニンジンとお肉のハニーソテーを一つ頼む」

「かしこまりました!少々お待ちください!」

「……話を聞いているのですか?貴方に話しかけているのですよ、冒険者ベント」

 

魔女のような格好をした少女が、鹿狩りのテーブル席からジト目でこっちを見てくる。

勘違いしないで欲しいのだが、この少女と俺は今日、というか今が初対面だ。

俺は警戒しながらも彼女に話しかけてみる。

 

「アンタ誰だよ」

「おや、もう知っているとばかり思っていました。私は占星術師です、それ以上言わなければ分かりませんか?」

「……あ、もしかして、アンタが偏屈な占星術師のモナか?」

 

彼女は顔をしかめてとても嫌そうにする。

面と向かって『偏屈』などと言われれば嫌な気分になるのはわかるが、それを言えばいきなり初対面で知り合いのように、馴れ馴れしく接してくるのもだいぶ失礼だ、これくらいは許してくれてもいいだろう。

 

「誰ですか、そんなデマを貴方に教えたのは……私の名はアストローギスト・モナ・メギストス、通称『偉大な占星術師モナ』です、今すぐその誤った認識を正して頂きましょう」

「はいはい、"偉大な"ね、"一番愛される"といい、変な肩書きが多過ぎないか?」

「後者は知りませんが、前者は当たり前のことを言ったまでです」

「そうかい」

 

語りを楽しんでいたウェンティと違い、この少女は無駄に話すのがお嫌いらしい。

変なのがいるが、とにかく今日は疲れた。

その"偉大な占星術師"様の向かいの席に座る。

 

「それで、私と会ったからには何か用があるのでしょう?占って欲しい事でもあるのですか?」

「いや知らねぇよ、会いに来たとか約束してたとかじゃなくて、今ばったり会っただけじゃねぇか」

「運命でしたからね」

「はぁ……じゃぁ、なんだ、占いの飛び込み営業とでも思えばいいのか?いくら払えばいい?」

「とんでもありません!占星術はお金稼ぎの道具じゃないので、お金なんていりません!」

 

じゃどうするんだよ…。

どうやらこの無駄にプライドの高い占星術師様は、俺とこの場で出会う事は解ってはいても、そこで何をするかにしては占っていない様で、こちらのアクションを待っているようだった。

だが俺の方もウェンティに『会ってみるといい』としか言われてないし、どうしたものか…。

 

「お待たせしました!ニンジンとお肉のハニーソテーになります!」

「もう来たのか、ありがとう」

「いえ、そちらのお客様はなにかご注文はよろしいですか?」

「そうですね、せっかくですし、私もなにか頼みましょうか」

 

そう言いつつモナは懐から財布を取り出すが……そのまま固まり、がっくりとうなだれる。

 

「み、水をお願いします」

 

金、ないのか。

 

「かしこまりました!お持ちするので少々お待ちください!」

 

サラさんはそう言ってすぐに水を適当なコップに注いで持ってきた。

そして「では、ごゆっくりどうぞ」と言ってすぐ厨房に戻っていった。

 

「なんですか」

「いや……なんか食うか?」

「結構です、これも占星術師としての修行の一環なので。世の中、綺麗過ぎるものには真実が覆われるものですから。美味しすぎて食べ物自体の栄養を忘れてしまうこともあるでしょう?質素な生活を送ることで、私たち占星術師は、世界の真実を覗くことができるのです。」

「でも腹は減るもんだろ」

「大丈夫です、実は今日の朝は贅沢に、ベーコンエッグのベーコンを3枚頂きましたので……」

 

グゥゥゥ~…

 

「……」

「……」

 

嘘だな。

というか、ベーコンエッグに贅沢を語っている時点で普段の生活が知れるというものだ。

多分この少女は昼どころか、朝も抜いているのだろう。

それほど生活が困窮しているということなのだろうか?

 

「サラさ~ん、追加注文だ!モンド風ハッシュドポテトを一つ!」

「なんのつもりですか」

「気にすんな、奢りだから」

「要りません!」

「人が食事してる近くで水ばっか飲んでる奴がいると気が散るんだよ、別に恵んでやるとかそういうんじゃねぇから気にすんな」

 

不満げにこちらを睨んでくるが、ふと笑って、彼女は納得したように腕を組む。

 

「なるほど、貴方はお人好しという人種なのですね。私の弟子程ではありませんが、よい心がけです」

「そうかい、"偉大な"様がご納得されたようで何より」

「ちゃんと"占星術師"までつけてくれますか?」

「はいはい」

 

空いた腹に、シロップの糖分を吸った獣肉の肉汁が染み渡る。

カリっと焼きあがった肉もさることながら、肉の臭みを消し去り、余分な脂を吸って甘みを増したニンジンも食欲を掻き立てる。

うん、たまにはこういうものを食べてみるのも悪くない。

 

「あぁ、そうだ、占星術師なら、星に関しても詳しいんだよな?」

「天文学者のような扱いを受けるのは甚だ不本意ですが、そうですね、一般人よりは見識は深いでしょう、なにか見てほしいモノでもあるのですか?」

「あぁ、ついさっき知人から譲り受けたんだが…」

 

そういって俺は、さっきウェンティにもらった『名も無き星屑』とやらを目の前に差し出す。

 

「これは……フム……」

「な、なんかあるのか?」

「貴方は命ノ星座というものを知っていますか?」

「あぁ、一般教養レベルだが……確か、人それぞれに個人を象徴する星座が実際にあるんだっけか?」

「そうです、そして命ノ星座とは、その者の人生、運命と強い関りがあります。そして、その人の潜在能力とも繋がってまして……なんというのでしょうか、潜在能力を開放するごとにその命ノ星座は輝きを増し、そしてその者の人生も困難に満ちていくのです」

「潜在能力、ねぇ」

「そして、命ノ星座に秘められた潜在能力を開放する特別な物質があります、これを私たち占星術師は『星屑』と名付けました」

「ほしくず……星屑だって!?」

 

俺はテーブルの上に置いた灰色の石を見る。

これが、人の潜在能力を開放するっていう『星屑』だってのか?

 

「私もこういう事例は初めて見ました、星屑自体は珍しくないのです、しかし、こうした『誰の命ノ星座にも該当しない星屑』は、そうそうあるモノではありません。」

「持ってると危険とか、そういうことか?」

「いえ、別に爆発するとかそういう訳ではないのですが……それは誰のものでもない、つまり無色なわけです。無色の星、または輝きを持たない星。それは誰かの元にあり続けると、その在り様を変えてしまう可能性が高い」

 

そう言いつつ、彼女は手元で水元素を応用した占いを始めた。

一般人には理解できない陣のようなものを回し、いじり、何か納得したようにそれを消す。

 

「……ですが、そうですね、貴方が持つ分には特に悪影響はないでしょう」

「そうなのか?なんかもったいぶった言い方が多かった気がするんだが」

「あぁ、この際ですし、これも何かの縁です、貴方を占ってあげましょう、何か占いたいことはありますか?仕事運とか、金運とか、恋愛運とか」

「話逸らしたなこの野郎」

 

だがこの偏屈な占星術師には、正直に話せと説得する方が労力を使いそうだ。

おとなしく流されてやるほうが得策か。

 

「そうだな……占いって程でもないが、ふと気になったことはできた。その命ノ星座なんだが、俺は何座なんだ?」

「自分が何座か、ですか、その程度ですむならすぐできます」

 

流れるように占いを始めるモナ。

さっきのように陣を弄り回すようなことはせず、水面に映る星座を見るだけで、今回は特に動きは無かった。

陣を消してこっちを見てくる。

 

「貴方の命ノ星座ですね、占いの結果が出ましたよ」

「おう、それで、何座だったんだ?」

「『風鎧座(かぜよろいざ)』です」

「……なんか、ぱっとしねぇもんだな」

「それはそうでしょう、空に浮かぶ、皆の知る星座という訳でもなく、自分だけの星座なのですから。はくちょう座とでも言えば満足でしたか?」

「いいや、この結果で満足だよ」

 

モンド風ハッシュドポテト分の代金をテーブルに置いて席を立つ。

サラさんのもとへ代金を渡しに行く途中で、後ろから声を掛けられる。

 

「では最後に一つだけ助言を差し上げます『相棒を一人にするな、それは困難の始まりである』」

「……さては、結局なんか占ったなお前」

「なんのことやら」

 

はぁ、最後まで偏屈で頑固な変人だった。

代金を支払って、すっかり日暮れのモンドを歩く。

宿までそれほど遠いわけでもない、酔っ払いに絡まれさえしなければ、あとは自由に過ごすことができるだろう。

 

「はぁ……疲れた」

 

晩飯をくったら、今日はもう寝るとしよう。

夜まで仕事をする気が起きない。




モナ、持ってないんですよね。
Wikiとかみて頑張って書きました。
せっかちな人はそろそろ「おいおい、オリ主強めのタグは何のためだよ!?早く戦闘しろよ!」とかなってるかもしれませんが、少々お待ちを、こいつまだ神の目ないんですから。
神の目がなくて天賦も全開放してない未突破で☆3武器もってる聖遺物つけてないキャラみたいなもんですよ。
元素スキルも元素爆発もまだ使えません。
えぇ、まだ、ね。


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調査依頼

1.3のアップデート情報来ましたね。
ショウは何としても当てたいものです、ええ、本当に。
そういえば、海外版のチャンネルでバーバラのスペシャルビデオが先行公開されてるの知ってますか?
めっちゃ可愛いんで見てみるといいですよ、アメリカ語分からないから何言ってるか分からないけど。


「おはようございます!ベントさん、貴方に依頼が届いてますよ!」

 

翌日、いつものように冒険者協会の前に訪れると、依頼書を見る間もなく、キャサリンが話しかけてきた。

 

「依頼?私に個人依頼でも舞い込んだのか?」

「いえ、正確に言えばベントさん個人宛ではなく、他に依頼を受けられた冒険者の、今回の同行者に相応しいのがベントさんだったと言いますか」

「まぁ、そうだろうな、神の目ももってない冒険者に個人依頼なんざ舞い込むはずもないか。そんで、その依頼を受けた冒険者は誰なんだ?」

「そろそろ来られる頃だと思います」

 

背後からタッタッタッと走る足音が聞こえてくる。

振り向くと、そこには全身に絆創膏や包帯を巻いた、痛ましい恰好の少年が、肩で息をしながら立っていた。

 

「お、おう!待たせt――ぐぉぁっ!?」

「断罪の名を背負いし従者達よ!断罪の皇女の帰還を祝いなさい!」

 

と、思ったら少年は吹っ飛ばされ、倒れた少年の上に着地するように、ドレスのような衣装を身にまとった少女が、大袈裟に登場した。

少年が可哀そうだ。

というか、コイツって確か……。

 

「お前、もしかしてべニー冒険団のベネットか?」

「ぉあッ……あ、ん?お前ベントか!久しぶりだな!」

「おう、久しぶり!ジャックやロイスは元気にしてるか?久しぶりにアイツらとも飲んでみたいもんだが……」

「あ~…ははは、アイツらはちょっと今休んでるんだ!ごめんな、また声かけとくから!」

「そうか、残念だ」

 

見事に轢きつぶされたヒキガエルのようになってるベネットに手を貸して起こしてやる。

本人は平気そうな顔をしているが、強がりなのか本気なのかわからない。

彼はモンドでは有名な不幸体質の持ち主だ。

"歩けば棒に当たる"なんていう体験は日常で、雨の日に外に出れば落雷に当たり、風の日には拳大の石が顔面に直撃し、宝を探しに探索に出ると丘々人の集落にでる。

それでも冒険団を率いる程度には人望もあり、人格者なのだから、立派だと思う。

俺だったら卑屈になって冒険をやめるかもしれない。

 

「そんでこっちは……」

「呪われし我が臣属よ、我が眷属の前に不用意にも近付くのは関心しないわ、とはいえ天上より座する凱旋を臣民の前で行ったのは私の非でもある、謝罪を受け入れてくれることを願うわ」

『いきなり飛び降りてごめんなさい、だそうです』

「こちらはフィッシュルさんとオズさん、お二人も、今回の同行者です」

『ベント様のお噂はかねがね聞いております。こちらは我が主にして、異界幽夜浄土(ゆうやじょうど)の皇女フィッシュル様、私はその眷属のオズと言います』

「あぁ、噂の"断罪の皇女"か!」

 

紫電の大鴉と共に現れ、調査依頼を次々と達成していく、大型新人。

異界の皇女であり、言い回しは独特なものの、平等にモンドの民の身を案じている、器の大きい少女。

噂には聞いていたが、実際に見ると……なんというか……。

 

『拍子抜け、しましたかな?』

「い、いや!そんな事はないぞ!?想像より幼い印象を受けただけだ!」

『同じようなものではないでしょうか……』

 

「それでは、お三方にお集まりいただきましたので、依頼の内容について説明させていただきます。今回は千風の神殿周辺にて、アビス教団の動きが活発化しつつあると、調査班からの報告がありましたので、モンド北部の地形に詳しいベントさんを案内役として、神の目をお持ちのベネットさん、フィッシュルさんのお二人を含むスリーマンセルでの詳しい現地調査をお願いしたいのです。」

 

俺が選ばれた理由は案内役か。

たしかに、モンドの北部の地形は高低差が激しく、丘々人(ヒルチャール)の分布も多い。

地形を詳しく知っている冒険者でもなければ、途端に囲まれて捕まることは目に見えている。

その分俺はあの辺りには行きなれてるし、丘々人の集落の位置も細かいところまで把握している。

神の目をもっている戦力が二人もいれば、それこそ安全に調査できるというものだろう。

 

「任せろ!探索と殿は得意なんだ!」

「我が眷属の力は他の人間とは一線を画する、天空より下界を見下ろす事で、時の浪費を抑えられるわ」

『お嬢様は、私に空からの偵察を任せる、と言っておられます』

「私の役割は……本当に案内役以外になさそうだな……これなら緻密に作戦を練らなくても何とかなりそうだ」

「それでは皆さま、いってらっしゃいませ!」

 

キャサリンの見送りと共に、俺達三人(四人?)は千風の神殿方面へと向かう。




聞く話によると、リーユエの☆4キャラが選択式で配布されるみたいですね?
皆さんは誰を交換しますか?
私は北斗の姐さんです、持ってない上に推しなので。

それではまた、次回更新にてお会いしましょう。


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今回のお話は若干の自己解釈が含まれます。
タグにもありますけど、それを前提としてみましょうね。


千風の神殿の周辺地域まで足を踏み入れた俺たちは、こまめに巡回をしている丘々人(ヒルチャール)や、小規模な拠点を潰してまわり、安全が確保できたところで野営の準備をしていた。

 

「迂闊、万物を創造しうる禁術において、生命の雫を生成し忘れていたなんて!一生の不覚!」

『お嬢様は、三○式携帯式栄養袋(さんまるしきけいたいしきえいようぶくろ)を忘れた事を悔いております』

「うげ!フィッシュルあの袋使ってるのか!?俺、せっかくのうまい料理を溶かして一緒くたにしちまうからあんまり使ってないんだけど……」

 

三○式携帯式栄養袋

聞いたことがある……確か、どこかの変人な錬金術師が開発した便利なアイテムの一つで、なんでも、そこまで大きくもない袋に料理を入れると、途端に咀嚼の必要がない完全栄養食に早変わりするとか。

ほとんどの人は、料理の味を損ねるとか、美味しいのが台無しだとか言って使いたがらないが、冒険者からしたら戦闘のふとした合間でさえ簡易的に食事ができるので、一応作ってはいる者もちらほらといるらしい。

断罪の皇女様もどうやら愛用者の一人のようだ。

 

『お嬢様とて、緊急の依頼以外の時は、栄養袋を持ち出す事はありません。しかし今回は、あのアビス教団が関わっているのです、用心に越した事はないでしょう』

「邪法を使い世界に仇なす邪教の信者を、私断罪の皇女が見逃すとおもって?」

「それじゃあ、食料は現地調達って事でいいか?ベネット……は、なんか毒キノコとか持ってきそうだし、私が行ってくる」

「おう!頼む!」

「断罪の印を刻まれし我が臣下よ、皇女の舌を満足させうるものを取ってくることを期待しているわ」

「はいはい、んじゃ行ってくる」

『いってらっしゃいませ、ベント様』

 

野営地を抜け出し、持ち前の身体能力で木から木へと飛び乗って周りを見渡す。

食料の調達とは言ったものの、これには偵察も兼ねている。

アビス教団は丘々人の言語を学び、傘下につけている場合もあると聞く。

もし今回掃討した群れがアビス教団に属する者達だったとしたら、こっちの行動に先に気付かれて奇襲を受けるかもしれない。

強大な元素力を使うアビスの魔術師複数体に囲まれたら、いくら神の目の使い手が二人居ようと、足手纏い……俺がいることでピンチになりかねない。

なら、今俺にできることを最大限やるしかない。

 

「ラズベリーと、きのこ、さっきの丘々人の拠点から奪った小麦、乾燥した獣肉、鶏肉……ドドリアン、りんご、夕暮れの実。焼くだけでもうまい松茸でもあればいいんだが……」

 

いつのまにか星拾いの崖あたりまで来てしまった。

皆とはぐれる前にそろそろ戻らないとな……。

 

「ーーーーーお兄ちゃん……」

「?」

 

なんだ?こんな辺鄙(へんぴ)な場所に少女がいる。

崖の上の切り株に腰掛けている少女は、一人で空を見ているようだった。

とても不思議な雰囲気を感じる。

 

髪は"黒"、短くまとめてあるショートヘアで、側面の髪は少し長い。

服装は白を基調としたドレスのようなものを着ており、頭には二輪、花の髪飾りをつけている。

どこか神秘的で、しかし同時に"合わない"気がした。

髪の色のせいだろうか、もしこの少女の髪が"金髪"なら、服の雰囲気もバッチリ合うだろう。

 

とりあえず一般市民をここで放っておくわけにもいかない。

声をかけておくか。

 

「あー、そこのアンタ、ここら辺は危険だから早く家に帰ったほうがいいぞ」

 

少女が振り向く。

琥珀の瞳がこちらを見返し、目が合う。

 

「貴方は……冒険者?」

「あぁ、そうだ、ここら周辺でアビス教団の活動が活発化してるって、冒険者協会で依頼を受けた」

「そうなのね、アビス教団……」

「だから、アンタも下手に巻き込まれないうちにモンドに戻った方がいい、なんなら護衛でもしてやろうか?一応神の目を持ってる同行者が二人いるんだ、モンドに戻るだけなら、一人増えようが大して変わらんさ」

「いいえ、大丈夫、実は私も仲間を待ってる途中なの。だから心配しないで」

「そうか?ならいいが…」

 

フィッシュルのように年若い少女が冒険者をやっているのは珍しくない。

ただ、神の目も持っていない少女がこんな所に一人でいるのは奇妙だが、もしかしたらベニー冒険団のように、徒党を組んでる冒険者なのかもしれない。

だとしたら心配は無用だろう。

 

「ここら辺は丘々人が少ないとはいえ、危険がないわけじゃない、気をつけろよ」

「心配してくれるの?ありがとう、貴方も気をつけて」

「ああ、それじゃ私はそろそろ行くが、本当に一人で大丈夫か?」

「えぇ、心配ないわ。実は今も仲間が見ていてくれてるの」

「おっと、それじゃ私のような変な虫がいてはいけないな!」

 

ジョークを口にすると、彼女は苦笑する。

なんだか憂いある表情をしていたが、少しは気分が晴れただろうか。

もしそうだったら嬉しい。

俺は彼女に手を振ってその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼が立ち去ったのを見計らって、近くの茂みから水魔術師と遺跡守衛が顔を出す。

遺跡守衛はモノアイを光らせて追尾弾の発射準備までしていたらしい。

 

『姫様、よろしかったので?』

「なんのこと?」

『あのニンゲンの事です、ヤツは此度の標的の同行者、今回の戦力から見ても無事では済みますまい』

「知ってるわ、でも、私達の目的の為にはあの人だけじゃない、より多くの犠牲が必要よ。躊躇ってる余裕は私たちにはない」

 

そう言って少女が指をパチンと鳴らすと、黒かった髪が白金(プラチナ)のような神秘的な金髪に変わる。

少女ーーー姫様と呼ばれた"旅人によく似た少女"は、切り株から立ち上がりアビスの魔術師に告げる。

 

「殺しなさい、一切の躊躇もいらないわ。冒険者フィッシュル、ベネット、ベントの三人にはここで死に、冒険者協会は大きな痛手を被るの。ニンゲンだろうと神だろうと、竜だろうと、私達の邪魔をする者は(ことごと)くを(みなごろし)になさい」

『はっ!』

 

恭しく少女に平伏するアビスの魔術師は、地面を見つめながら小さく漏らすように言う。

 

『本当に、怖いお人だ』

 

ベント達に、危機が訪れようとしていた。




感想とか送っていただけるとモチベーションにつながります、言いたいこと、聞きたいこと、伝えたいことがあればどしどしと遠慮なく!
あ、ゲーム内のことでも構いませんよ、そういうの共有するの楽しいですし。


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強襲

アップデート来週ですよ!
楽しみですね!


初日は問題なく調査完了した。

千風の神殿周辺地域には、アビスの魔術師がいた痕跡はあれど、全くと言って魔術師やその集団、アビス教団と思われるものに関する情報はないに等しかった。

その不気味さから、遺跡守衛に発見されるリスクはあれど、調査は続行、千風の神殿の調査を開始する。

 

「姿を見せよ、オズ!」

『はい、お嬢様、私の役割は上空からの偵察でしたね?行ってまいります』

「ベントは俺と行動してくれ!実力は信頼してるが、相手は元素力を操るアビス教団だ、万が一があってはいけない」

「了解した。フィッシュルは一人で大丈夫なのか?」

「皇女の身を案じるのも無理はない、だけどそれは不要よ!オズは私の呼びかけによって瞬く間に召喚できる、故に私は一人であって一人ではないの!」

 

一人で大丈夫というフィッシュルを置いて、ベネットと共に神殿の先遣に行く。

巡回の丘々人(ヒルチャール)を避け、千風の神殿に辿り着くと、そこには起動済みの遺跡守衛が歩き回っていた。

遺跡守衛は、いつ、誰が作ったのかもわからない、テイワット各地に分布している謎の兵器だ。

 

一部の報告では、アビス教団と結託しているような報告も聞いている。

警戒に越したことはないだろう。

 

「ベネット、どうだ?元素視覚で何か見えるものはないか?」

「あぁ、どうやらアタリみたいだぜ、ここは」

 

ドシン、ドシンと歩き回る遺跡守衛に発見されないよう、細心の注意を払って周囲を見回す。

俺から見たら何の異常もないように見えるが、神の目を持っているベネットには『元素視覚』と呼ばれる特殊な能力が備わっている。

 

元素視覚とは、その名の通り元素の痕跡を視認できる能力である。

基本的に神の目を持っている者は使えるらしい。

 

「あそこにいる遺跡守衛に炎、水、氷元素が複数付着した跡がある。それに……この痕跡は……」

「どうしたベネット?」

「―――まずい!!!」

 

ベネットが叫ぶと同時、遺跡守衛のモノアイが突然光り、背中の射出口から道の追尾弾が発射される。

その軌道はまっすぐとこちらへ向かいーーー"俺達の頭上を通り過ぎて行った"。

あの方向は……まさか!!

 

「――――――――ッ!!!」

 

遠くから聞こえる悲鳴。

確認するまでもない、これはフィッシュルの声だ。

 

「ベネットッ!!」

「ああ!行こう!」

『お待ち頂こう』

 

紳士的なセリフと共に、鎌首をもたげる、竜を模した仮面のようなものが、俺たち二人を三方向から囲みこむ。

そしてカタカタと顎を震わせながら――――その口から炎を噴出させた。

 

「危ねぇ!!」

 

ベネットがタックルし、ベントが大きく吹き飛ばされる。

空中でベントが目にしたのは、ベネットが見えなくなるほどの炎の塊だった。

そのすぐそばには炎元素を操るアビスの魔術師がおり、その周囲には今まで気づかなかったことがおかしいくらいの数の丘々人の集団に取り囲まれていた。

 

『おや、一人取り逃がしましたか、まぁ良いでしょう、元素も使えないのなら、恐れるに足りません』

「YaYa!!」

「Gyanazaza!!」

 

アビスの魔術師がベントに向かって呪文を唱え、周囲の丘々人が弩を構える。

容赦のない戦闘態勢を把握したベントは素早く受け身を取り、弓を引き構えようとするが、それよりも先に炎の中から人影が飛び出してきた!

 

「うぉぉぉぉぉぉおおおおりゃぁぁぁぁあああああ!!!!」

 

ガキン!と金属同士がぶつかる様な音が鳴り響く。

全身に煤を浴びながら全力でアビスの魔術師に突撃したベネットだったが、寸前で大盾持ちの大型ヒルチャールに防がれてしまっていた。

 

「チッ!」

『おやおや、危なかったですね、彼に防がれなければ今頃どうなっていたことやら……まぁ、私と貴方では相性は最悪、彼の守りが無かったとしても、貴方では私のバリアは壊せませんよ、冒険者ベネット』

「そうかい!」

 

ベネットの元素スキルによって大盾が燃え盛る。

しかし多勢に無勢、炎元素付与によって生まれた一瞬の隙でさえ、アビスの魔術師による炎や、弩による攻撃によって埋められ、盾を直されてしまう。

 

「くッ!一人じゃ……いや、俺ならいける、大丈夫だ!ベント!」

 

後方で支援に徹していたベントに呼びかける。

 

「ベント!お前はフィッシュルの援護に回ってくれ!」

「じゃぁお前はどうすんだよ!」

「俺なら一人で何とかなる!フィッシュルは偵察にオズを出しているし、オズはフィッシュル自身が呼ばないと自主的に瞬間移動はできない!現状を見るにフィッシュルも孤立しているはずだ!急げ!!」

「くッ……死ぬなよ!」

 

ベントは素早く木に登り、樹上を駆けて行った。

それを見送ると、ベネットは再びアビスの魔術師に向き直る。

ご丁寧に、アビスの魔術師は待っていたようだ。

 

「待たせたな」

『よろしかったのですか?彼、死にますよ?』

「不幸体質の俺と一緒にいるよりは、生き残る確率はたかいだろうさ!」

『減らず口を……貴方がたはここで死ぬのです、一緒に居ようがいまいが、結果は同じですよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

駆ける、駆ける、跳び、駆ける。

 

フィッシュルとはこんなにも離れていただろうか

 

足が進むのはこんなに遅かっただろうか

 

宙に浮いた足が枝を踏みつけるまでの時間は、こんなにも長かっただろうか。

 

俺は無力だ。

 

炎に包まれるベネットに対し何もできなかった。

 

それどころか彼に助けられた。

 

そして今は彼の意志に従い他の仲間を助けに向かっている。

 

 

俺に、助けられるのか?

 

 

考えるな、考えるな!

 

今は進むんだ、一刻も早く、孤立したフィッシュルの元へ!

 

 

『相棒を一人にするな、それは困難の始まりである』

 

 

あの偏屈な占星術師の言うとおりだった、何故気付かなかった!?

 

彼女を信頼できなかったから?

 

占星術を信じていなかったから?

 

違う、俺は慢心していた。

 

神の目に信頼を置きすぎていた!

 

それさえあれば何者より強く、何者より頼れる、何物にも勝る戦力であると。

 

信じすぎていたんだ。

 

たとえ神に認められようと、元素が使えようと、それを扱うのは人間だ。

 

時に失敗し、時に力に振り回される人間だ。

 

そして神の目はどれだけ言葉を変えようと、それは道具に過ぎない。

 

それを理解しようとせずに、ただ"選ばれたから"だと思考を放棄した!

 

年端も行かぬ少女でも強大な力を身に着けてしまう、それを元に信頼してしまう。

 

まさに"力の毒"だ。

 

藪を抜け広い場所に出る。

ここは今朝がたまで野営地であり、そしてフィッシュルが安全圏で偵察するために使っていた場所。

数時間前までここにはキャンプ用品が転がり、簡易設営したテントと焚き木によって生活感のある空間になっていた。

だが今は、見る影もない。

地面に広がるのは何かが爆発したようなクレーターと水溜まり、そして凍り付いた簡易テント。

極めつけは、地面におびただしい量零れ落ちた血溜まり。

 

その中心に少女は倒れていた。

 

輝くような金髪は血に染まり、特徴的なツインテールは髪紐がほどけてばらけてしまっている。

ドレスのような衣装も無惨に引き裂かれ、白い肌にはいくつもの傷がついていた。

 

「———ッ!フィッシュル!」

 

彼女のそばに駆けつけ、その身を起こす。

……僅かに、息がある。

まだ生きている。

意識があっても喋れないだけなのか、フィッシュルは弱々しい目で俺を見る。

 

「オズ!オ―――――ズ!!!!居ないのか!」

 

森に声が響き渡る。

それでもオズは反応しない、もしくは、既にフィッシュルの元素力が尽きて消失したのか。

頼れるものはない、彼女を助けられるのは、今ここにいる、俺だけ。

フィッシュルをおぶさり、服のすそを破って作った簡易ロープで姿勢を固定する。

 

「待ってろ!教会まで行けば治療を受けられる!そのあと援軍を率いてベネットを―――」

『させませんよ』

『みすみす対象を逃がすと思っているのか?』

 

アビスの……魔術師!

それも氷使いと水使いで二体も!

そしてその後ろに居るのは―――遺跡、守衛…!?

 

『貴方がたは、ここで死ぬ運命にあるのです』

『それが姫様の、そして俺達の目的だからな』

『---- ・・- -・-- ・・ -・-・・ ・-・・ ・- --・-・』

 

遺跡守衛がモノアイを光らせ俺達に背を向ける。

この予備動作は―――まずいッ!

 

『さぁ、死になさい』

『やれ、遺跡守衛よ』

 

おぶったフィッシュルを急いでおろし、抱きかかえるように防御姿勢を取る。

その直後、俺の背中が―――爆ぜた。




感想などお待ちしています。


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神の■■

音が、聞こえない。

爆発音で聴覚が麻痺したのか。

目も見えない、これは俺が目を閉じているからか……?

瞼を開けるが、そこにいつもの視界はない。

流血が目にまで入り、赤くなった視界。

意識が朦朧とする中、何とか五感を総動員させて事態を把握する。

 

確か俺は……フィッシュルを庇って追尾弾を受けた。

俺の背中に着弾した弾はそのまま爆発し、爆風によって俺は吹き飛ばされたが、フィッシュルの事は徹底して庇った。

まだ……年端も行かない少女なんだ、こんなところで死んだら可哀そうだ。

 

腕を動かし、抱きかかえたハズのフィッシュルを見る。

意識を狩り取られたのか、彼女は俺の胸の上で寝息を立てていた。

俺は……仰向けに寝転がっているのか。

雨が降っている。

雨水が降り注ぎ、それは俺の胸を通過して地面の血溜まりに落ちる。

 

そうか―――俺はもう―――心臓が―――。

 

瞳孔が開いていくのが分かる。

筋肉の緊張が解けていく。

全身に力が入らない。

 

 

―――知るか。

 

 

右を見れば、そこにあったはずのものは無く、持っていた弓と共に、近くの木に突き刺さっていた。

 

 

―――だから何だ。

 

 

どくどくと血が流れ、その度に体温が下がっていくのが分かる。

俺はもうすぐ死ぬのだろう。

 

 

―――おとなしく死ぬものか。

 

 

俺は無力だ、たった一人の少女さえ守ることができない。

もう、立ち上がれない。

 

 

―――立ち上がれ!

―――立て!立て!

―――お前はなんのために冒険者になった!?

―――何のために努力してきた!

―――何故、その年になってまで、本の中の夢物語(フィクション)にあこがれ続けた!?

 

黙れ、黙ってくれ。

もう嫌だ、いやなんだ。

俺は何もできない、俺は何者にもなれない。

何も成し遂げられないまま、俺は死ぬんだ。

冒険者として生計を立てていても、その人生に満足することは無かった。

俺は英雄にはなれなかった。

 

風が、吹く。

雨が頬に当たり、否が応でも意識が覚醒していく。

自由の風は、こんな時でも空気を読んでくれないのか、俺を、死なせてくれないのか。

 

 

――――――♪

 

 

ライアーの、音が聞こえた気がした。

どうして、こんなことを思い出すんだろうか。

 

『……いい曲だな』

『これはまだ未完成の曲さ、この音に乗せる詩もまだ書いてない。』

『そうなのか、それは完成が楽しみだ』

『完成したら真っ先に君に聞かせると約束するよ』

 

そうだ、まだ彼の、あの曲の続きを聞いていない。

ほんの少しだけ残った心残り。

 

『この詩がみんなの心に届いてくれれば、それで十分さ』

 

届いちまった。

お前の詩は、本当に人の心を奪ってくれる。

心残りを、もたらしてくれる。

 

『ねぇベント、君の冒険譚を聞かせてはくれないかい?』

 

あぁ、聞かせてやるさ、待ってろ、ウェンティ……俺は……―――。

 

 

 

 

 

『やっと死んだか』

『案外、常人の耐久力も侮れないものですなぁ』

 

アビスの魔術師たちは警戒を解き、バリアを解除する。

そして、宙に浮いたまま、倒れて動かなくなった二人の冒険者の元へと近づいていく。

 

『このフィッシュルというガキも中々粘ったが、やはりニンゲン、我々が総力をあげればなんてことはない敵だったな』

『おやおや、勝利を確信するのははやいですぞ?死亡確認をしませんと―――』

 

次の瞬間、ベントの残った左腕に手を伸ばした水の魔術師は、恐ろしい速さで接近する"何か"に心臓を貫かれた。

 

『―――何ィ!?』

 

氷の魔術師は急いでバリアを張りなおしたことが幸いしたのか、次に襲い掛かる何かに反応は出来ずとも防ぐことはできた。

硬い金属同士がぶつかる様な音が鳴り、同時にアビスの魔術師はバリアごと吹き飛ばされる。

 

『ぐぉぉぉぉおおああああッ!?!?!?』

『-・-・・ ・-・-・ -・-・・ -・・-- ・・- --・-・ ・・ -・ ・-』

 

異常に気付いた遺跡守衛がとびかかってくるが、そこには一陣の風が吹き荒れ、足を取られた遺跡守衛はそのまま顔面から地面へと激突した。

吹き荒れる暴風と降り注ぐ雨、天候は悪化していき、雲が太陽を覆い隠し、あたり一面は夜のように薄暗くなる。

 

一瞬にして彼らを吹き飛ばした"何か"は、大きく息を吸い込むと、雨音が掻き消えるほどの大音量で叫んだ。

 

 

『オ―――――――――――――――ズッッ!!!!!!!!!!!』

 

 

意識を失っているはずの、フィッシュルの神の目が光り、同時に"彼"に落雷が降り注いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

酷く臭う、鉄のような臭いがする。

 

―――エミ、今日はどんな本を読んだんだい?

 

知ってる、これは血の臭いだ。

冒険者になってから、幾度となく鼻についた、死の臭い。

 

―――そうか、エミはその本が好きなんだね、それじゃあこれからは君の事をフィッシュルと呼ぼう。

 

でもいつも傷つくのは私じゃなくて、仲間だった。

仲間の冒険者たちは、私を尊敬のまなざしで見て、そして守ってくれた。

でも違うの、私が守られるべきなんじゃなくて、私が貴方達を守るべきなの。

 

―――フィッシュルは皇女で、俺の自慢の娘だからな、何があっても崇高な夢を諦めてはいけないよ?

 

私は断罪の皇女、臣民を守る誇り高き、パパの娘。

いつからだろう、その言葉が"呪い"のように私を雁字搦めに縛り付けるようになったのは……。

 

―――エミ、アナタはもう14歳よ、いい加減子供の妄想は卒業して…

 

ママの言葉は、私をいともたやすく"現実"へ突き落した。

その時、パパの声は聞こえなかった、ママに同意していたかもしれないし、私を思って口をつぐんでいたのかもしれない。

優しさからか、厳しさからか、両親から深い愛情をもらっていても、私には判別がつかなかった。

 

そんな時現れてくれたのは、踏みつぶして来そうな現実から助け出してくれたのは、何度も夢に見た黒き翼。

 

あぁ………あれは……———

 

『ま……じょ―――……様ッ……しっかり――――――……お嬢様ッ!』

「———オ、ズ?」

 

紫電の瞳が私を見つめる。

オズは、もう飛ぶ力も残っていないのか、私の前で静かに佇んでいた。

 

『ベント様が助けてくださったのです、なぜベント様が私を呼び出せたのかは分かりません、ですがこれは僥倖、私たちに残された最後の力で、ベント様を援護致しましょう。』

「一体……何が起こったの……?」

 

視界の半分が赤く染まってほとんど見えない。

ぼやけた目は意識が覚醒していくと同時に明瞭になっていき―――私の視界に写ったのは、雷電と暴風を身に纏う、嵐の化身だった。




連日投稿とか初めてですよ。
アプデが待ちきれなくてモチベが上がったからか、今日が休みだからか、それとも感想をくれたのが嬉しかったからか!?
原神タグで一位を取りたい。


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断罪の皇雷

『なんだ貴様……なんだ!!その姿は!?』

 

アビスの魔術師が叫ぶ。

仮面の奥に、隠しきれない驚愕と畏怖を宿しながらこちらを睨みつけてくる。

そんなアビスの魔術師を、俺は見下ろしていた。

 

―――見下ろす?

 

気付けば俺は立ち上がり、風と雷を全身に纏いながら宙に浮いていた。

しかも、失っていたはずの右腕は、"雷"が固まって出来たような紫電の手甲となり、自由に動かせるようになっている。

そして左腕にも同じデザインの手甲が装着されていた。

 

「まさか……"俺"にも神の目が?」

 

しかし、いったいどこに?

神の目は、元素力を生み出すことのできる結晶体だ。

未加工の状態で顕現したのであれば、俺の周囲のどこかに転がっているはずだが……。

 

『クソッ!なんなのだ貴様!まさか……瀕死の状態で"神の目と同化"するとは!!!』

 

バリアを纏うアビスの魔術師が指差したのは、俺の……胸?

指し示した方向をたぐるように胸に手を当てると、そこに肉はなく、ましてや穴も無く―――ザリ、と硬質的な感触がした。

目で追うように見てみると、そこには"紫に染まった風元素の神の目"が、俺の肉と同化するようにして、胸の穴をふさいでいた。

それを目にしたことで、俺は、今俺が使っている力の名を知ることができた。

 

苛烈西風―――断罪の大鴉

 

その力を自覚することで、風雷の元素力が心地よく感じ、そして、俺の意識は完全に覚醒した。

同時に周囲の雷電が爆ぜ、俺の背に大きな―――オズを模したような黒翼が翼を広げる。

 

『ベント様ッ!』

「オズ、フィッシュルは無事か?」

『ええ、ベント様が命を賭して守って頂いたからです、お嬢様は今は動けませんが、命に別状はありません、それより、その姿は一体……?』

「よくわからないが、どうやら俺の元素スキルらしい」

『神の目を、得られたのですね』

「あぁ―――」

 

『信じられんッ!信じられるかァ!貴様のような常人が、我々アビス教団を追い詰めるだと!?こんなことがあってたまるモノかァ!』

 

絶叫するアビスの魔術師は、瞬時に俺の背後にテレポートし、頭上から氷柱の雨を降らせてくる。

だが俺は、周囲に吹き荒れる風元素によって姿勢を少し傾けるだけでそれを回避し、同時に、オズと共に拳をバリアに叩き込んだ。

 

『ぐぉぁあああッ!!!』

 

氷元素のバリアと雷元素の拳が激突することによる『超電導』反応により、バリアのヒビが徐々に大きくなっていく。

 

『ぐッ!しかし炎元素がないのならば、我らのバリアを砕くことは難い!このまま戦い続けても負けるのは貴様らだ!』

 

―――パリンッ!!!

アビスの魔術師の言葉もむなしく、その直後バリアは粉砕された。

 

『な、んだとぉぉぉぉぉぉおおおおおお!?!?!?!?』

 

実は、ここで起きていた元素反応は超電導だけではない。

雨天、つまり雨による水元素の付与と氷元素による反応『凍結』

拳に纏う雷と、バリアによる『超電導』

雨と雷による『感電』反応。

そして、それらの3元素すべてと反応を起こす風元素反応『拡散×3』

それらの元素反応が全て同時にバリアに叩き込まれ、その氷元素の塊を一瞬にして砕いたのだ。

 

『遺跡守衛ッ!我をまも―――』

「させねぇよ」

 

ピシャァ!!と空気を切り裂く轟雷と共に、地面にいた遺跡守衛を蹴り沈める。

金属なのか何かの鉱石なのかもわかっていない遺跡守衛、その頭は音速を超える蹴撃によって見事にひしゃげ、その回路をショートさせた。

 

 

--・・-() -・・・-() -・-・-()…………』

 

最後に理解できない遺言のようなものを残して、遺跡守衛は動かなくなった。

俺は黒翼を広げ、再び轟雷と共に飛び上がり、アビスの魔術師の真上に来る。

 

『待て!貴様、こんなことをしてただで済むと思うのか!我々を倒しても次は使徒が―――』

「てめぇの言葉は聞き飽きた、遺言は聞かねぇ」

 

胸の中央にある神の目の光が、より一層輝く。

風によって増幅された雷元素が腕に集約していき、それは巨大な紫電の塊となって拳に顕現した。

 

『ヤメロォォォォォォオオオオオオオッッ!!!』

「元素解放―――断罪(だんざい)皇雷(こうらい)―――――――――ッ!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

強大な雷元素の直撃。

それは空気を裂き、雲を裂き、そして地面を大きく割った。

その一撃をくらったアビスの魔術師は……いうまでもなく、消滅した。

一切の素材も余さず、すべてが消滅した。

裂け目を中心に空が晴れていき、太陽の光が降り注ぐ。

 

元素力を使い切ったのか、身に纏っていた風と雷は霧散し、浮いていた俺の体はそのまま自然落下した。

 

「べ、ベントッ!」

 

顔だけでも声をした方に向くと、傷だらけのフィッシュルが、オズと共に足を引きずりながらこっちに歩いてきていた。

あぁ、無事だったか、よかった。

 

『ベント様!お気を確かに!お嬢様、医療キットは残っておりますか!?』

「だめ、落雷の衝撃で全部吹っ飛んでる……ベント!起きて!死んだらダメよ!」

『お嬢様、落ち着いてください、まずは適当な布で止血を。そして救助要請を―――』

「―――血が―――止ま―――ダメ!―――生き―――」

『―ント様―――しっか――ベン―――』

 

俺はなんとか、この少女を守れたようだ。

アビス教団も倒した、ならもう―――大丈夫、だろう―――。




あれ?誰かひとり忘れてるような?
大丈夫、後日談でそっちの話もするから、決してゲーム内ではそんなに好きなキャラクターじゃないから書きたくないとか、そんなのじゃないから。
違うから!!!

追記
他の技の面倒が増えるので、断罪の皇雷のルビを日本語に直しました。


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エピローグ

1.3来ましたね!
無(理のない)課金でショウを当てて、育成やらなんやらやってたら投稿送れましたが、なんとか出来ました!
いやー、つぎの新キャラも楽しみだね!
リーク苦手な人いるだろうから名前は言わないけどね!
楽しみだね!


龍、龍だ。

6つの翼を持ちコバルトブルーとエメラルドグリーンの鱗を持つ、碧眼の龍。

苛烈に風を纏い、熾烈に嵐を引き起こす。

身を捩るだけで災害となるそれは、龍災を引き起こした災厄の龍。

 

【人の子、か。数奇な運命にあるものだな】

 

鈍く発光する目がこちらを見据える。

 

【バルバトスよ、これが彼の自由のためだというのか】

 

どこか悲しむような声色で覗き込んできた風魔龍は、目を細め、目尻に涙を溜める。

 

【身に余る力は命を縮める。我に出来る事は、これくらいだ】

 

大きな雫状の結晶体となった涙が、俺の胸の神の目に落ちる。

するとそれは沈み込むように体に風元素の力を巡らせる。

 

【人の身には有り余る力だ、依代(よりしろ)は必要となるだろう。真に力を使いこなしたければ、後に我の元へ赴くといい】

 

風魔龍は翼を広げ再度飛び立つ。

 

【もっとも、それまで貴様が生きていると言う保証はないがな】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ここ、は……?」

「起きたの、随分遅かったわね」

 

目が覚めると、病室のような場所で、俺は横になっていた。

声がした方向を見ると、色白の肌に、血のように赤い髪の女が壁に背を向けて佇んでおり、その周囲には薬品などが置かれた棚や、濡れタオルと水の入った桶などが置いてある。

 

「アンタは……」

「私は教会のシスターよ、自己紹介は必要ないわよね?そんな情報、共有したところで意味ないもの。そうでしょう?冒険者ベント」

 

彼女はそう言いつつ、紙に何かを書くと伝書鳩の足に括り付け、飛ばす。

そしてこちらを振り返ると、氷のように冷たい目でこちらを見てくる。

な、なんだ?なんか怒らせることでもしたか?

 

「貴方、今回の依頼中に神の目を得たらしいわね?」

「え……あ、あぁ!そうだけど……」

 

記憶が曖昧だが、何となく覚えている。

あの時俺は、自分の胸に発生した神の目を使い、アビスの魔術師と遺跡守衛を撃退したんだ。

そしてその後力尽きて……。

 

「あの後、傷ついた貴方とフィッシュルを連れて、ベネットが教会に訪れたわ。あの時はみんな大慌てだったわ。何せ凄腕の冒険者である筈のフィッシュルが動けなくなるほど痛めつけられ、貴方に至っては右腕が欠損していたんだもの」

 

そうだ、確かにあの時俺の右腕は無惨にも吹き飛んで、機能しなくなっていた。

しかし今右側を見ると、そこには、元々あった腕よりは細いながらも、腕……のようなものがくっついていた。

これはどうやら、俺の自由に動かせるらしい。

 

「なんだこれ…?」

「それは義手、確か、『試作錬金義手(しさくれんきんぎしゅ)』だったかしら、流石のバーバラでも欠損した部位の完全な再生は不可能だったのよ、だから、貴方に興味を持った異t……西風(セピュロス)騎士団の錬金術師が、貴方のために(あつら)えたの。それを多少強引ながらも、バーバラが腕として神経をつなぎ合わせた。あとで礼をしに行くといいわ」

「そう、か……」

 

胸には神の目が埋め込まれ、右腕は妙な義手になり、なんだかびっくり人間みたいになっちまったな……。

 

というか、本人の許可もなくこんな訳のわからないものをくっ付けるのに、誰か反対しなかったのか?

もし意識があったら普通に拒否していたと思うが……しかし、個人的な感情とは裏腹に、この『試作錬金義手』は滑らかに動く。

焦茶色の、どこか遺跡守衛を思わせるカラーリングの義手の手を閉じたり開いたりして動きを確かめると、確かに自分の思った通りに動いた。

触れてみれば、僅かながらも感覚があるため、日常生活にもあまり支障をきたすことはないだろう。

 

文句の一つも言いたくなるが、片腕だと困っていたであろうことは事実。

大人しく喜んでおくか。

しかしバーバラ……たしか彼女はこの教会の祈祷牧師だったか。

 

彼女は、モンドのアイドルも兼任しているようで、モンド城には彼女のファンも多いと聞く。

そして同時に、彼女は水元素の神の目をもっており、特に治癒に関する能力が強いらしい。

赤髪の彼女が言うように、後で礼でもしに行った方がいいだろうな。

 

考え事をしていたら段々と頭が覚醒してきた。

そして、目の前にいる彼女に関しても、段々と思い出してくる。

 

「なぁ、あんたもしかして、いや、もしかしなくても……」

「やめて、それ以上言わないで、貴方と私は今が初対面、それでいいでしょう」

 

赤髪の彼女―――いや、ロサリアは、凍り付きそうな雰囲気を漂わせながら威圧的に言ってくる。

なぜそういうことにしたいのか理由は解らないが、きっと彼女がそう言うなら、必要な事なのだろう。

ロサリアとの関係性を一言で説明するのは難しい。

所謂、幼馴染のようなものだが、今ではほとんど会っていない。

10年ぶりか、もっと前か、随分と久しぶりに感じたが彼女はそうでもないらしい。

彼女の中で何か心境の変化があったのか、それとも元々"そう"だったのか、今の彼女はみるもの全てに疑いの目を向けながら、抜き身の刀身のように冷たい敵意を持っている。

知り合いであるということを隠したいのにどういう真意があるのかはわからないが、慎重深く聡明な彼女のことだ、俺とロサリアが知り合いで困ることがあるのかもしれない。

 

「そうだな……看病してくれていたのは、アンタか?」

「いいえ、私は教会のシスターとして貴方が変な気を起こさないか見張ってるだけよ、看病は……来たわね」

 

ロサリアが背を向けている扉の方から足音が聞こえる。

少し感覚が戻り始めているからなんとなくわかる、2人……いや、3人か。

足音は扉の前で止まり、コンコンとノックしてから部屋に入ってくる。

 

「シスターロサリア、ベントさんの容態はどう?」

「今、目覚めたところよ」

 

ロサリアはかわいらしい純白の修道服を着た少女を一瞥し、その後ろにいる二人を見ると「じゃ、私は向こうに行ってるわね」とだけ言って部屋を去っていった。

ロサリアと入れ替わるように入ってきた少女はおそらく、噂に聞く祈祷牧師バーバラだろう。

人のよさそうな笑みをこちらに向けてくる。

そしてその少女と共に来たのは、ベネットとフィッシュルの二人だった。

 

「ベント!起きたのね!」

「心配したんだぞ!!」

「ベネット!無事だったか……よかった!」

 

だが、炎元素を扱うアビスの魔術師とどうやって勝ったのだろうか。

気になって聞いてみると、すぐ答えが返ってきた。

 

「あぁ、あの後雨が降っただろう?炎元素のバリアは水元素にめっぽう弱いんだ。だからあの後すぐにアビスの魔術師と一騎討ちして、あとは流れだな!俺にしては幸運だったぜ!」

 

"後は流れ"で丘々人(ヒルチャール)の大群を追い払えるのは、さすがと言うべきか。

ベネットも一端の冒険者、と言うことだろう。

 

「そんなことよりベント!お前2週間も眠りこけやがって!心配したんだからな!」

「2週間!?そんなに寝てたのか!?」

 

そんなにも長時間寝ていたら、まともに食事も取れていないだろうに、しかし俺は不思議と空腹感を感じなかった。

驚く俺の様子を見て、バーバラは首を傾げる。

 

「あれ?もしかしてシスターロサリアから聞いてないの?」

「全然、アイツ話さねぇもん」

 

まさかそんなにも長い間、意識不明の状態が続いていたなんて。

自分はもう少し胆力のある方かと思っていたんだが、神の目を得た影響か、急に元素力を扱えるようになったせいで体が耐えられなかったのか。

まぁ、原因は多々思いつく。

 

おそらくは……この、心臓と同化した神の目が関係しているのだろう。

ただ神の目を得るだけではこんなことにはならないはずだ。

神の目は"外付けの魔力器官"であって、本来持ち主と同化するような代物ではない。

これが体に馴染むのに、あるいは"体が神の目に馴染むのに"相当の時間を要したのだろう。

 

「そうなのね……それじゃあ、ことの顛末(てんまつ)を説明させてもらうわ」

 

バーバラから説明を受ける。

 

もう粗方思い出していたが、俺の意識があった時の出来事。

 

神の目を得た事。

 

神の目が俺の心臓と同化した事。

 

その力でフィッシュルを守り、アビス教団の襲撃者を撃滅した事。

 

そして俺の意識を失った後のこと。

あのあとフィッシュルが応急処置をし一命を取り留めた事。

合流したベネットと共にモンド城に担ぎ込まれた事。

 

そして、腕のいい錬金術師の診断によると、神の目の摘出は不可能だった事。

本人の許可なく義手を取り付けた事。

その後2週間、意識不明の状態が続いた事。

 

「腕の件はごめんなさい、緊急時だったから、誰も強引な彼を止められなかったの」

「いや、ちゃんと動くし、それはもういいんだ、気にしてない。そんなことより……そろそろ服を返してくれないか?」

 

重症患者として入院していたためか、俺の今の格好は裸も同然、というか裸だ。

体にかかっているシーツさえなければスッポンポンと変わらない。

俺は元々羞恥心はあまり感じない方だが、だからといって人と面と向かって話すのに、いつまでも裸というわけにもいかないだろう。

 

バーバラは思い出したかのように俺の体を見て顔を赤くすると、「貴方の着替えはすぐそこの台の上にあるから、着たら合図してね」とだけ言って、二人を連れてそそくさと部屋を出て行った。

 

三人が出て行ったことを確認すると、俺は日が差す窓から外を覗く。

小さめの窓からは昼間の、穏やかなモンド城の風景と、象徴の風神像が見える。

―――昼間の景色をまともに見たのは、ここ数十年で初めてだった。

 

関節を除く全身に包帯を巻き、長袖、長ズボン、鈍く黒光りするブーツを履く。

上着にロングコートを羽織り、フェイスベールで顔の下半分を隠したあと、帽子をまぶかに被り、俺は鏡で自分の姿を確認した。

 

いつもの自分の姿が、そこにはあった。

陽の光を通さない漆黒で塗りつぶされた冒険者装束。

必要だからそうしているだけで、なにも格好付けている訳ではない。

昔は西風騎士団に職質にあったりしていたが、今ではみんな、これが俺の姿であると覚えてくれている。

合図をすると、三人が再び部屋に入ってくる、

 

バーバラは少し驚いたような顔をするが、ベネットとフィッシュルはいつもと変わらない。

いや、フィッシュルは少し泣きそうになってるか。

そう思っていたら、フィッシュルは突然俺の胸に飛び込んできた。

慌てて抱き止めると、お互いに抱き合うような形になってしまう。

 

「死んじゃったのかと……思ったのよ……」

 

消えいりそうな声が聞こえてくる。

俺が元の格好に戻ったからか、ようやく実感が湧いてきたのだろう。

体を震わせ、年相応の少女のようにすすり泣くフィッシュル、こんな姿を見るのは初めてだし、聞いたことも無かった。

いつもの毅然とした態度からは考えられない姿に、正直ギョッとした。

 

「私の所為よ……ごめん……ごめんね……」

 

自分のせい。

自分を守ろうとしたから、途切れ途切れにつぶやく彼女の言葉に、勘違いや誤りは一つもなかった。

現実主義の冒険者らしい、賢い考えかただが、その分慰めるのに苦労する。

嘘や方便を言えばわかってしまうからだ。

言葉に詰まる俺は、ただ、俺の胸の中ですすり泣く少女が泣き止むまで、そっと抱きしめるだけに留めた。




というわけで、序章はフィッシュルートでした。
ベネットが空気?
あいつは不幸だからな、物語の重要な立ち位置にもならなければ、メイトリクスにも勝てない。
野郎オブクラッシャーだ。

さて、序章が終わりましたが、次からはモンド編二章、アカツキワイナリー編です、お楽しみに。

ちなみにこちらがベントの外見イメージになります。
落書きですのであしからず。


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一章/風龍廃墟編
教会


海灯祭きましたね。
みなさん機関棋譚出来ていますか?
ユニットの強化も大事ですけど、ギミックを操作して遺跡重機を落っことしたりするのも、なかなか楽しいモノです。
どうしても行き詰まっているなら、試しにスクロースや岩主人公のスキルを使ってみるといいですよ!
道も塞げる、ザコも集められる、ダメージを与えられないだけでやりようはいくらでもあるんだよなぁ!!!


「祝福の鐘が鳴り、断罪の時が来た!崇めなさい、『断罪の皇女』がここに降臨したわ!我が臣下、ベントよ、無事に戻ったことを祝い、褒美を下賜することを考えてもいいくらいよ」

 

あれからしばらくして、ひとしきり泣いたら感情の波が吹き飛んだのか、鼻を赤くしながらもフィッシュルは元の毅然とした態度に戻った。

 

「そうか、じゃあ褒美の一つとして、そろそろ離れてくれないか?」

 

しかし態度は戻っていても、フィッシュルは頑なに俺に引っ付いて来ていた。

仮にも年頃の乙女がそんなになってまで引っ付かなくてもいいだろうに。

腕もそうだが足まで巻きつけてるもんだから、まるでグズる子供か引っ付き虫を連れて歩いているような気分だ。

 

「いやよ、私は皇女の責務として、臣民を守る義務があるの。だからここから離れるつもりはないわ」

 

体に引っ付いてなければかっこいいセリフなんだろうけどなぁ……。

それに、なんだか分らんがベネットがニヤケ面でこっち見てくるし、正直な話鬱陶しい。

だが、無理に引きはがしたらまた泣きそうだし、どうしたものか……。

悩んでいたら、彼女の腰についている神の目が一人でに輝き、紫電と共に大鴉が姿を現した。

 

『お嬢様、お嬢様』

「ん……オズヴァルト・ラフナヴィネス、皇女の許可もなく出てこないで頂戴」

『そうもいきません、何故かはわかりかねますが、ベント様の近くであれば私も少しの間だけなら単独行動ができるようですし、それに、今のお嬢様の行動は……淑女のそれに反しております』

「でも!黒翼(こくよく)の皇ならこれくらいは児戯(じぎ)と許してくれるでしょう?」

『……』

 

オズは優しくも困ったような目で、ベントとフィッシュルを交互に見てから、フィッシュルに耳打ちする。

 

『お嬢様が伴侶として認めたとしても、まだベント様のお気持ちが確認できていません、ここで駄々をこねるのは控えるべきかと』

「は、伴侶って!私はそんなつもりじゃ……ない、わけでも、ない、けど……わかったわ」

 

フィッシュルはオズとの内緒話が終わると、ベントに巻き付けていた手足を下ろし、距離を取ってふんぞり返る。

 

「しょうがないから、離れる事で褒美を下賜してあげるわ!」

 

顔を見せないように背けるフィッシュルだが、ベントに見えない角度で、その頬は朱に染まっていた。

それが怒っている顔なのか、それとはまた別の顔なのか、見えてないベントにとっては判断が付かない事だろう。ベネットがニヤケ面のままベントの背中をぶっ叩き「この色男め!」と軽口をたたく。

彼はベントのように鈍感ではないようだ。

バーバラは少し居ずらそうにしながらも、黒衣を身に纏ったベントに話しかけてくる。

 

「実は、貴方が目覚めたら西風騎士団本部に出頭するよう伝えるようにって、ジン団長から頼まれてたの。起き抜けで申し訳ないんだけど、一緒に来てもらってもいい?」

「ん、あぁ、別に構わない。騎士団からしても神の目を持っている人物は興味を引くに値するだろうことは、想像ついたからな」

 

モンドを守る西風騎士団としては、神の目を得た存在というだけで、その人物の良し悪しに問わず警戒すべき対象になるだろうからな。

特に、俺の神の目は体と同化した稀有な例、放っておくわけにもいかないだろう。

 

ちなみに、心臓と同化している神の目だが、同化しているとはいっても、神の目そのものが脈動している訳でもない。

とはいえ、自分の手首から脈を確認しても、血は流れている。

バーバラに確認を取ると、どうやら体内に再生成された心臓と神の目の間に、重要な太い血管のような結晶体が繋がっているようで、その影響もあり、神の目を摘出することは不可能らしい。

 

『お嬢様、言うまでもありませんが、私たちはここで解散と致しましょう』

「そうね……幽夜の民が私たちを呼んでいるわ、また逢いましょう、黒翼の皇よ!」

「色男は人気だな~、俺もここらで別れさせてもらうぜ!前の依頼の報酬については、キャサリンに頼んであるから、後で受け取りに来いよな!」

「あぁ、ありがとうベネット、フィッシュル、オズ」

 

それだけ挨拶を済ますと、二人と一匹は教会の一室から立ち去って行った。

部屋に残ったのは、俺とバーバラのみ。

俺も彼女も今から西風騎士団に行くつもりなのだが、解散した手前、すこし時間をずらして出た方が鉢合わせせずに済む。

とはいえ、バーバラとは完全に初対面だ、なにか話して時間を潰そうにも、何を話したものか……。

少し微妙な空気に耐え切れなくなったのか、バーバラが話しかけてくる。

 

「そういえば、貴方はどうしてそんなに服を着こんでいるの?季節でいえば今はまだ温かい春、そんなに着こまなくても、ドラゴンスパインじゃないんだから、寒いわけではないでしょう?」

 

あぁ、そうか、初対面の人から見れば、確かにこの格好はおかしく見えるものだろう。

なにせ目以外の全ての部位を出していないのだ。

格好そのものはまさに不審者のそれだ。

興味をそそられるのもまぁ、無理は無いだろう。

 

「さっき、俺の体を見て何か思わなかったか?とは言っても、胸の神の目と義手以外の部分についてだが」

「へッ!?そ、そんなにジロジロは見てないよ!!それは、ちょっと筋肉質でいい体してるとは思ってたけれど!」

「……そういう質問をしたわけじゃないんだが……、俺の肌、白かっただろう?」

 

正確には肌だけではなく、俺は髪も、虹彩さえも全て、色が抜け落ちているかのように白い。

これは生まれつきのもので、病でもないため治療ができない特異体質なのだそうだ。

俺の肌や髪は陽光に弱く、眼も明るい場所ではほとんど見えない。

光を通しすぎるが故に光に弱く、幼少の頃は月明りですら身を焼くほどに体が弱かった。

 

「とはいえ、年を重ねると共に、それらに対して少しは体が強くなり、今では少しの間なら陽光の元に出ても大丈夫になった。だが……長い時間となると難しい。だからこの服は防護服であり、保険なんだよ」

「そんな事情があったなんて……ごめんなさい、不躾だったわね」

「いいやそんなことはない、気にしてないから大丈夫だ」

 

もっとも、こういう話は、まだ西風騎士団に俺の姿を認知してもらうよりも前、何回も職質されるたびに話していた内容であるため、特に秘密という訳でもなく、気にしている訳でもない。

しかし、バーバラの方はそうでもないようで、言いたくないようなことを言わせてしまったかのように落ち込んでしまっている。

気にしていないって言ってるのにな。

 

「そんな事よりバーバラ、お前は俺の傷を治してくれたんだってな、ありがとう」

 

なるべく優しい声になるように心掛けながら、手袋越しに頭を撫でる。

子供扱いをするわけではないが、人を安心させるにはこれが一番いい。

なにせ、俺は普段顔を見せられない。

笑顔などの表情で安心させることも出来ないなら、態度で表すほかないのだ。

 

「フィッシュルさんが応急処置をしてくれたのも大きかったから、私は大したこともしてないよ」

「それでも、アンタは俺の命の恩人だ、だからあまり落ち込まないでくれ」

 

そろそろ時間もいい頃だし、西風騎士団へ行くと伝えると、彼女もついていくと言い出した。

一人でも大丈夫だと言ったが、病み上がりの人を放置はできないと言って、バーバラもついてくることになった。

 

さて、騎士団の人たちに何を言われることになるのやら……なんとなく想像はつくが、とりあえず、勝手に義手を付けた錬金術師とやらには、文句の一つでもいってやりたいものだ。




さて、今回のベントはすこしだけ自分語りを挟みました。

これは作中に医療的な単語があるのか不安だったので、微妙にぼかしていますが
メタ視点でいえば生まれつきメラニンの欠乏が見られる、よく聞くところでいう『アルビノ』正式名称は"先天性白皮症"という色素の異常が起きる病気です。

中でもベントの色素異常は激しく、眼皮膚白皮症と呼ばれる、眼も肌も髪も白いモノです。
調べればわかりますが、アルビノの人は紫外線にめっちゃ弱い上、眼もめちゃくちゃ悪いです。
まともに色を判別できない人もいるくらいです。
そんな中で冒険者っつー外に出る仕事してるとか……コイツどんだけ憧れ強いねん!


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西風騎士団 その①

「全く、困ったものね、貴方が教会の関係者であるとバレたとしたら、風元素の神の目を持つあなたを、モンドの教会は放っておかない」

 

荘厳とした聖堂の中で、唯一影の差すその場所で、彼女は苛立ちを表すように毒突く。

 

「だから私が気を使って、貴方の自由を縛らないように行動してあげたのに、その意図も知らず、バーバラと一緒に行動するなんて……」

 

近寄り難い雰囲気を漂わせる彼女に、唯一近付いていく人物がいた。

男は柔和な笑顔で彼女の隣までくると、睨んでくるような目を向けられながらも、平然と話しかける。

 

「シスターロサリア、そんなところで何をなさっているので?」

「なんでもないわ、司教、行きましょう」

「何故上から……まぁ良いです、しかし件の冒険者、実に惜しい、信心深く教会に通う彼ならば、騎士団への抑止力になりうると思ったのですがね」

 

隠そうともしない態度。

この男にとって、神の目を持つ人間というのは、自らと、自らの所属する組織の格を上げるための道具に過ぎないのだらう。

こんな事に、"こんな不自由な事に"彼を巻き込むわけには行かない。

 

「そうね、そうだと、いいわね」

 

視線を逸らしながら呟いたその言葉には、全く気持ちがこもっておらず、空言(そらごと)に近いものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ベント様と、付き添いのバーバラ様ですね、お待ちしておりました、こちらへどうぞ」

 

丁寧な案内で、男性の騎士に騎士団本部の中へと案内される。

騎士団本部とはいえ、この施設の中にはモンド市民が自由に利用できる図書館を兼ねた設備もあるため、そこまで物珍しいものでもないのだが、逆に言えば図書館以外の予定で、それこそ客人として招かれることは稀だ。

というか普通は無い、どこかの売上が高い酒場のオーナーなどなら話は別だが。

 

「中でジン団長がお待ちです。それでは、私はこれで」

 

ここまで来て今更帰るわけにも行かない。

俺がノックすると、中から「入ってくれ」と声が聞こえてきた。

若い女性の声だ、年齢は俺と同じくらいだろうか。

 

西風騎士団のジン団長、彼女の演説は聞いたことがある。

毅然とした態度を崩さない彼女の印象に、悪いものなんて一つもなかった。

ただ、直接、関係者として顔を合わせるのは初めてのため、少し緊張してしまう。

 

「君が例の冒険者、ベントだな?」

 

ドアノブを捻り、中に入ると、出迎えてくれたのは西風騎士団の代理団長……ジン・グンヒルドだった。

 

「君について……いいや、君の力について話がある、どうぞ中へ」

 

しかし、部屋の中にいたのは彼女だけではなかった。

もちろん組織のトップに一人で応対させるような無能な組織では無い事は分かっているため、護衛の一人や二人いて然るべきだが、ここにいる顔ぶれは……過剰戦力、と言っても遜色ない程度のビッグネームが揃っていた。

 

図書司書、リサ・ミンツ。

俺でも彼女とは会ったことがある。図書館に行けば大体いるからな。

 

騎兵隊長、ガイア・アルベリヒ。

アンバーさんから、よくサボっているだとか、やましいことがあるとすぐ居なくなるだとか、よく愚痴を聞く男。

騎兵隊長とは言っても、統率する騎兵隊のほとんどは大団長のファルカさんが連れて行ったため、ボッ……実質一人の部隊になってしまったらしい。

 

偵察騎士、アンバー。

うさぎのように可愛らしく結ばれたリボンが特徴的な彼女は、視線を向けると人の良さそうな笑みを返してくる。

冒険者として大成するために、何度か彼女に弓や野外活動についての指導をしてもらったこともあったため、彼女とはそれなりに面識はある。

 

そして栄誉騎士の旅人、ソラ。

数か月前に突如として現れた、神の目を持たずして元素力を操る謎の旅人。

モンドを襲った龍災を鎮め、栄誉騎士に任命され、風魔龍を撃退した張本人。

顔を見たのは一度か二度程度だったが、彼のそばに浮いているなぞのマスコット、パイモンが、彼が真に旅人であることの証明となっている。

あとは全く表情の動かない人形のような少年と、その側につまらなそうに立っている、猫耳で緑髪の少女。

合計七人の、旅人(とパイモン)を除く全ての人物が神の目の保持者だった。

 

「ベント、失礼を承知して言うが、君の容態については、君が意識不明の状態だった時にすでに把握している。そして、君が"2種類の元素"を同時に扱えることも、だ」

 

「……なるほどね、危険人物に対する正当な対処だと言いたいわけか」

 

「そうじゃぁないぜ、お前さん、何か大きな勘違いをしていないか?」

 

眼帯の男、ガイア・アルベリヒが口を挟む。

彼は胡散臭い笑みを浮かべながらわざとらしく大手を広げてみせる。

 

「ここにこれだけの人数が集まったのは、(ひとえ)にお前さんの力の解明のためさ。そのための有識者や、お前さん自身の関係者をここに集めさせてもらった。ジンは有識者でもなければ知り合いでも無いが、責任者、ということで多めに見てくれ」

「おい、ガイア……」

「代理団長殿はすこし回りくどいんだ、ここは、頼れる大人の男に任せてけよ?」

 

薄っぺらい言葉だが、凄みが感じられるのは、彼の実力ゆえか。

なんにせよ、ジンは静観の姿勢をとる事に決めたらしい。

 

「まずはお前さんの神の目についてだが、この事についてはアルベドに預けた方が早いだろう」

「僕は確信できる事実に辿り着くまでは、あまり口を出したく無いのだけどね」

 

必要最小限の表情筋を動かし、淡々と言葉を口にする少年は、アルベドというらしい。

彼は手元のスケッチから少しだけ視線をこちらに向けると、「はぁ」とため息をついて語りを入れてくる。

 

「君の神の目が摘出不可能って言うことはもう知っているだろうけど、これは君に対して大きなメリットと、デメリットを同時にもたらしていると思われる」

 

スラスラとなにかをスケッチすると、こちらに見せてくる。

見せてきた紙にはわかりやすい図解が載っていた。

 

「君の体は現在、完全に神の目と同化しているが、同時に神の目でもなく肉体でもない矛盾した状態となっている。この影響によって、君の生命活動を神の目が手助けする事により、君は呼吸や食事をしなくとも生きる活力を得られるようなった」

 

2週間寝たきりでも腹が減っていない理由はこれだったのか。

 

「だが同時に、君の生命活動そのものが神の目に元素力を与える活力となっているんだ。君が生きる限り、神の目は常に元素力を生み出し続ける、それは脈動し全身に血液を巡らせる心臓のようにね。そして人間は、そんなに膨大な量の元素力に耐えられるような構造をしていない。それ故に君が君である限り、生命力の消耗は続き、やがて死に至る事だろう。神の目が"外付けの魔力器官"である所以は、そこにあるのさ」

 

話を纏めるとだ、俺は神の目のおかげで生きながらえることができるが、同時に神の目の所為で命を削ることになるってか?

出鱈目だと切って捨てるには、あまりに重い話だ。

 

「だから僕は、君の右腕が欠損していることを利用して、余剰分の元素力を吸収、排出する機構を備えた義手を制作し、君に装着させた。これは延命措置であって、理由もなく行った事じゃないんだ、許してくれ」

「あぁ、義手か、ありがと……な……え?」

 

この少年が、俺の許可なく義手を取り付けた張本人だという話を聞いて、そしてそれが自分の命に関わる重要な事だったと聞いて、なんというか、喉まで出かかった文句もでなくなり、なんというか、とても複雑な気分になった。

そんな中、ガイアがアルベドとの会話に割って入り話を進行させようとしてくる。

 

「さて、アルベドも話したいことは沢山あるだろうが、まずはベントに発現した能力についての話に、さっそく移ろうじゃないか」

 

コイツは何処かの式典で司会者でもやってた方が稼げるのではないだろうか。

もっとも、こんな軽薄そうな男に何かを頼みたいと思うようなもの好きは、そうそういないだろうが。

 

「二種類の元素を扱える、これに該当する有識者はこの中に二人いる、まずは自己紹介から行こうか」

 

ガイアに促されるように前に出てきたのは、旅人と、緑髪の少女。

旅人は堂々としたたたずまいだが、少女は終始おどおどしているような態度だ。

 

「俺は空、知ってるとは思うけど、西風騎士団の栄誉騎士で冒険者もやってる。こっちは相棒のパイモンだ」

「よろしくなー!真っ黒の兄ちゃん!」

「わ、私はスクロース、西風騎士団の錬金術師で、アルベド先生の弟子で、です……」

 

俺が何故二つの元素力を扱えたのか、それを考察する有識者とやらが、本当に務まるのか……俺はパイモンのノリの軽さを見て、若干不安を感じざるを得なかった。




※訂正
バーバラのデートイベントにて、枢機卿が留守であることと、モンドに居る枢機卿も多忙であることが示唆されたため、ロサリアのセリフの一部を変更しました。
枢機卿→司教


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西風騎士団 その②

ここ数日でお気に入り件数が一気に200を突破した。
なんだこれは!?何が起きている!?


「この旅人は、神の目を持たずして、現在岩元素と風元素、その二つの元素を操ることができる存在なんだ。異なる元素を操るという点においては、お前さんと似たようなものだろう?」

「俺は七天神像から元素の力を借り受ける事で元素を使えるようになってるって解釈してるけど……実際のところまだ詳しい原理は解ってないんだ、だからあまり参考にならないかもしれないけど……たとえば、今はこんなこともできる」

 

旅人……ソラは、俺にもわかりやすく実演して見せるように、右手小さく渦巻く風を、そして左手に輝く岩の結晶体を作り出した。

話は本当だったらしい。

 

「そしてこっちのスクロース、彼女はお前さんと同じ風元素の神の目の保持者であり、そしてお前さんと同じく、限定的ではあるものの二種類の元素を操ることができる存在だ」

 

「そんな!私はそんなに大したものじゃないですよっ!私は風霊を作成する七五同構弐型によって無相の風を疑似的に作り出して、彼の性質を使用しているだけで私自身はそんな大したものじゃなくてそれこそそよ風を起こすかスイートフラワーの研究くらいしか能がない木っ端な錬金術師なので二つの元素を扱えるというのも間違いなんです!無相の風はその風元素の力で他の元素力を吸収拡散することで一時的に他の元素の特性を得ることができるのでそれを疑似的に再現できる私の七五同構弐型にも同じような性質があるだけで私の意見なんて参考になるかどうかも分からないしそれに――――――」

 

「わ、わかった、わかったから一気にまくしたてるように言うのはやめてくれないか、旅人も、彼を含む他のみんなも困ってしまうだろう?」

 

唯一困ってない、黙々とスケッチをする少年はいるが、正直俺も圧に押され気味だった。

ガイアが止めに入らなければいつまで話していたのだろうか。

 

「つまり、正確には二元素を操るというより、反応を起こすことで特性を一時的に得る……という認識で大丈夫か?」

「うん、そうだよ、私はただ無相の風を研究して、風霊の作成技術を応用して再現してるだけ……だから、貴方の役にはたてないかも……」

「だけど、考察くらいはできるんじゃないのか?ベントも風元素で、スクロースも風元素なんだ、俺みたいな神の目を持たない例外と比べるよりは、類似点が多いと思うけど」

「オイラわかったぞ!真っ黒の兄ちゃんは、普段から雷スライムを食べてたんだ!だから特性?を体がおぼえてたんだ!」

「うん、パイモンはしばらく黙ろうか」

「なんでだ!?」

 

スクロースの主張には申し訳ないが、要約すると、一部の風元素スキルや、元素爆発には、他の元素と反応を起こすことで、その特性を得る場合がある……という事か?

しかし前例が、スクロースの風霊だけでは説得力に欠ける……そういえば、旅人も風元素が使えるって……。

物は試しと思い、旅人に聞いてみると、彼は思い出したかのように目を丸くする。

 

「そういえば、俺の風元素スキルや、元素爆発も他の元素の影響を受けて元素が変化することがあるな!……しばらく使ってなかったから、完全に忘れてた……」

「ふむ、つまりだ、お前さんの元素スキルは、他元素の影響を受ける事で、特定の元素と、風元素を合わせて、二つの元素を一時的に扱えるようになる、という可能性があるってことか」

「確か、あの日は雷雨だったね。これは推測だけれど、彼はあの日、落雷を浴びたんじゃないかな。そうでないと、フィッシュル、あの少女の証言とつじつまが合わない。」

 

ガイアとアルベドが話を纏める。

仮説がまとまった事で、執務室に居る全員も納得したような表情を浮かべる。

ある程度の推測が出来たなら、後は実験をすればいいだけだ。

同じ事を思ったのだろう、ジン団長はこの場にいる全員を連れて、騎士団本部の傍にある訓練場へ向かう事を提案してきた。

勿論、俺に断る理由はない。

自分が宿した力を、自分自身で把握する必要があるからな。

 

「エリン、いつもご苦労様、すまないが、訓練スペースを貸してもらえないだろうか?」

 

訓練場で杭に向かって剣を振っている少女、エリンにジン団長が話かける。

会話内容はよく聞こえなかった……いや、聞こえてはいたが、少女が緊張のためか、かなりしどろもどろになりながら話していたため、聞こえないふりをしていただけだ。

しばらくもかからないうちに、エリンはキャーキャーと黄色い声をあげながら嬉しそうに去っていった。

 

「さて、確か報告によると、ベントが使っていたのは雷元素だったな。この中で雷元素を扱えるのは……リサ、君だけだ。頼めるか?」

「もちろんよ、本当は、図書司書としての知識を貸す予定だったけれど、ここに居る子猫ちゃん達は、とっても頭が良くて、口を挟む余裕が無かったもの。協力できることがあるなら、協力させてもらうわ」

「ベント、君は元素スキルを発動しておいてくれ、さすがに、生身で元素を直接体に受けるとなると、怪我をする可能性が高い。」

「あぁ、分かった」

 

とはいえ、あの必死だった戦闘以外で、落ち着いて自発的にスキルを発動させるのは、これが初めてだ。

深呼吸して、精神を落ち着かせる。

アルベドの話では、この神の目の効果によって、俺の体には呼吸が必要なくなっているらしいが、こればかりは人としての気持ちの問題だ。

 

感覚は、何となく体が覚えている。

心臓から感じる鼓動によって、血が全身を巡るように、神の目にある元素力が爆発的に大きくなり、それが腕へと流れていく。

 

「―――苛烈ッ、せ……ぐ、ぁっ!!」

「っ!?ベント!大丈夫か!ベント!」

 

なんだこれは!?

体から元素力が溢れ出てくる!

全身が内側から無数のナイフで切り刻まれるような激痛が止まらない!

抑え込んでッ……腕に、収束、できないッ!

 

ああああああああああああああぁぁぁぁぁぁああああ!!!!!!

 

突然、目の前が真っ赤に染まった。

何かがはじけ飛ぶような金属音と、生々しい液体が流れてる音がしたのを最後に、俺は意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今度は、比較的にすぐ目を覚ましたと、思う。

目の前にあるのは、教会の病室ではなく、鈍く朱い空だったからだ。

多分、これは夕暮れ時だからじゃない、俺の目に血が溜まっているからだろう。

視線を動かすと、こちらを見てくるバーバラの姿と、右側に座り、何かをいじっているアルベドと、それを補佐するスクロースの姿があった。

西風騎士団の他メンバーはここにはいない。

俺の意識が戻るまで、他の場所で待機する事にしたのかもしれない。

 

「ベント!意識がもどったのね!」

 

バーバラが嬉しそうに、しかし同時に悲し気に話しかけてくる。

それはそうだろう、二週間看病して、ようやく意識を取り戻した矢先の出来事だ、そんな顔になるのも無理はない。

 

「ゴフッ!……なにが、……起きたんだ?」

 

喉にも血が溜まっているのか、血反吐を吐き気道を確保してから、近くにいるアルベドに話しかける。

アルベドは少しだけ視線をこっちに向けるが、すぐに視線を右腕側に戻す。

 

「君の元素力が暴発を起こしたんだ、強すぎる元素力が、それを扱うことに慣れていない体に多大な負荷をかけ、君は全身の血管から血が噴き出すと同時に、僕の試作錬金義手も、想定した量を遥かに上回った元素量に耐え切れず、破裂した。しかし、近くに医療従事者と錬金術師がいて幸いだったね、もしこの場に僕たちが居なければ、君はものの数分で死んでいたよ」

 

カチャカチャと何かを組み上げるような作業音を響かせながら、アルベドは視線も合わせずに呟く。死んでいた……か、もうほとんど痛みは感じない、ただ、体外に流れ出た血によって服が汚れていたり、体内に残留した血の塊の所為ですこし呼吸が苦しいくらいで、もう傷は塞がっているのだろう。

 

バーバラに手渡されたガーゼを使い、両目に残った血を吸わせ、水で洗い流すと、視界もクリアになった。アルベドはおそらく、義手関連の作業をしているのだろう。

起き上がってしまうとそれを滞らせてしまうかもしれないので、俺は仰向けに寝転がったままで居る事にした。

 

「うん、やはり君は、"特別"なんだね」

「んぁ?」

「他人の感覚や人生についてどうこう言うつもりはないけれど、君の体は"特別"だ。特別とは、普通と違って、他人に理解されない苦しみや、孤独感を君に与えてしまうだろう」

「……」

「神の目についても、外付けされた僕たちと、体と同化した君とでは、きっと感覚も違う、だから僕たちにはこの結果が想定できなかった。僕も、頑丈に作ったはずの試作錬金義手が壊されるだなんて、微塵も思っていなかった。これは僕の慢心でもある、すまない」

「なんでアンタが謝ってるんだよ……」

 

強いて言うなら、この件は誰も悪くない。

能力の発動が二回目の俺も、こんなにも扱いにくいとは思わなかったし、他の西風騎士団の人たちも、ただ元素スキルを使用するだけでこんなことになるとは、微塵も思っていなかっただろう。

そう、"想定外を想定する事"は、誰もできない。

 

「気休めかもしれないけど、錬金義手の元素吸収能力を高めておいたよ。これはさっきの君の元素放出量を計算に入れたうえでの調整だ……なにも起きなければ、これで問題ない筈さ」

 

そう言いながら、アルベドはスクロースに俺の肩を抑え込ませ、肩に義手を接続させる。

 

「―――痛ッ!!!!!」

「?……あぁ、すまない、神経を接続する時は激痛を伴うんだった。言いそびれていたよ」

「ッ、はぁ、別にこれくらいの痛みは何てことねぇけどよ……」

 

さっきの、体内で元素力が暴れる感覚よりはまだましだったが、それにても先に言っておいて欲しかった。

肩の激痛に眉をひそめながらも、右腕を動かして感覚を確かめてみると、確かにキチンと動いている。腕はいい、という事なのだろう。

 

「あの……もし、迷惑じゃなければ、私からもアドバイスというか、その…」

 

アルベドの後ろから身を乗り出すように、スクロースが近づいてくる。

丁度俺が起き上がったタイミングだったためか、予想外に顔が近づいて少しびっくりした。

だが、それは相手方も同じだったようで、飛びのくように逆に距離を取った。

 

「えとえと……あの、その、何て言えばいいのかなあくまで私が風霊を作成するときの意識なんだけど、風を体外に置いておくような意識ですれば、いいんじゃないかな?あなたの元素スキルは、聞いた話によると、腕に纏った手甲のような形にまとまるみたいだから、なにも体内にとどめておかなくても、体外に放出した状態で、腕にとどめる意識でやった方が良いんじゃないかなって……だって、さっきのは体内の元素力が膨張することで起こった事故なんでしょう?それなら、そもそも元素力を体内に残さないようにすればいいんじゃないかって思って……どう、かな?」

「……そうか、そういう手があったか」

「先生?」

「うん、スクロースお手柄だよ。ベント、君も聞いただろう、彼女の言ったように体外で元素力を操るイメージでやってみたらどうかな?スクロース、君は元素を操る感覚を彼に教えておいてくれ、何かあったらすぐ僕を呼ぶように。僕は騎士団の皆を呼んでくる。」

 

アルベドは早口でスクロースに言いたいことを伝えると、考えをまとめるようにぶつぶつと独り言をつぶやきながら騎士団本部の方向へと歩いて行った。

訓練場の片隅に残ったのは、俺と、少女二人。

バーバラにはもう教会に戻っていいと伝えようと思ったが、いまからまた実験するとなると、治療能力をもつ彼女の存在は欠かせないだろう。

俺はおとなしく、口下手な彼女に元素を操る方法を教わることにした。




ホントすーぐ体壊すんだからコイツ。


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西風騎士団 その③

「アルベド、本当に大丈夫なのか?」

「大丈夫かどうかは、彼次第さ。でも、僕達だって最善を尽くした、西風騎士団の錬金術師を信じて欲しい」

 

アルベドが皆を引き連れて戻ってきた。

検証の段階なのだから、もうこんなに大人数は必要ないと思うのだが、やはり抑止力という意味合いが強いのだろう。

雰囲気そのものは温厚で、殺気や戦意を感じないものの、ガイアーーー彼だけは常に抜刀できるような重心の位置を保っている。

おそらく、彼がすすんで『全員で行こう』と言い出したのだろう、他のみんなは一様に心配そうにしている。優しい人達だ。

もちろん、ガイアも心配そうにこっちを見てはいる、だがその感情は、警戒と半々といったところか。

 

「いい?フラスコに溜めた元素を、放り投げる感覚だよ!」

「いまいちその例えはわからないが、ようは元素を放出して体外で操作するってことだよな?」

「違う違う!放り投げた元素はそのままに、自由に形状変化をさせるの!」

「だがそれは風霊での話だろう?俺のとは勝手が違うんじゃ無いか?」

 

スクロースと感覚のすり合わせをしながら、試しに両掌に風元素を放出し、ひとまとめの形を作ろうとする。

うん、少なくともさっきみたいに暴発はしないみたいだ。

若干右腕側から力が抜けていく感触があるが、逆にこれくらい積極的に散らしてもらわないと体内で溢れそうだ……。

 

「体の調子はどう?増血剤が足りないから、血の量までは元通りには出来なかったけれど、それ以外の体の不調は治したつもりだけれど」

「大丈夫だ、スクロースのおかげで元素の扱いにも慣れてきたし、バーバラ、君のお陰で体調もすこぶるいい」

 

風元素を体外に散らしながら、少しずつ腕に纏わり付かせていく。

ーーーそろそろ、出来そうだ。

 

「ジン団長、リサさん、準備してくれ……待たせちまったが、なんとかこのじゃじゃ馬をどうにか出来そうだ!」

「!……リサ、頼めるか?」

「えぇ大丈夫よ、楽しみね……」

 

リサが法器を浮かせ、準備態勢に入ると、ジン団長は万が一に備えて風圧剣を準備する。

 

……大きく深呼吸し、腹に力を込め、全身を流れる膨大な元素力を一気に体外に放出する。そして、それと同時に渦巻かせ、腕に纏わせる。

俺を中心として強風が吹き荒れ、それは訓練場の杭を破壊し、または巻き上げながらも段々と手甲のような形に収束し、やがて、それは両腕に顕現した。

 

風魔具足(ふうまぐそく)苛烈西風(かれつせいふう)

 

 

【挿絵表示】

 

 

これが俺の元素スキルの、反応を起こしていない状態での正式名称のようだ。

両腕に顕現した、風そのものを固体化させたような手甲、両腕のそれらは背中を通して羽衣のような物でつながり、厚着をしている俺の服をはためかせる。

 

「ほう、これが……」

「すごいわね、これほどの元素出力……元素爆発並みよ?」

 

常に風を纏うそれは、しっかりと物質化した上で暴走もせずにこの手に収まっている。

軽く腕を振るうくらいでは大きな影響はないようだが、重撃の溜めを作ると、肘辺りの風が収束し、噴射口のように形状が変化、そして拳を打ち出せば、荒れ狂う強風が前方に打ち出された。

 

「ほぉ……これは……なんつーか、凄まじいな」

 

ここまでの出力は想定外もいいところだ。

本気を出せば城外の樹木を一本か二本、一撃でへし折ることも可能だろう。

だが、この時点で盛り上がっていては、今回の目的は達成できない。

検証の目的は、他元素反応による、二種類の元素操作だ。

 

「もうこっちは準備万端だ、いつでもいいぜ、リサさん」

「そのようね、正直なところ、この時点で脅威を感じざるを得ないのだけれど―――危機を感じたら、避けなさい?」

「もちろん、これ以上怪我するのは御免だからな」

 

法器を構え、紫電を走らせるリサさんと相対するように、俺は重心を据え、拳を構える。

体のどの部位よりも先に、拳に攻撃が当たるように。

 

「はぁっ!」

 

意を決したように彼女は細い紫電をこちらに向かって走らせた。

雷の元素は、本来音よりも早く対象に直撃するものだが、なぜかその一瞬だけ、俺の目には空気を裂きながら走る雷電が非常にゆっくりに見えた気がした。

そしてそれは、俺の【苛烈西風】に直撃する。

 

その刹那、俺の纏っていた淡い緑色の風は"拡散反応"によって紫に染まり、そして同時に神の目に力が集まったような感覚があった。

そう、それはまるで"もう一度使える"かのような。

考えるまでも無く、体はそれを実行した。

 

再び深く息を吐き、胸にある神の目から全身に元素を巡らせたうえで一気に放出、そして体の外側で形を成す。

しかしそれは、先ほどまでと同じ淡い緑の手甲ではなかった。

そう、例えるならその意匠は、稲妻の武士が身に着ける、"籠手"と呼ばれる両腕の防具。

―――それをより刺々しく、より暴力的に、より攻撃的にデザインした、悪魔のような腕だった。

 

さらに、風の時は羽衣だった背中の接続器官は、半円形の輪のようなものに、無数の(つづみ)がくっついたような訳の分からない装飾となり、その両側には、オズを連想させるような大きな黒翼が翼を広げていた。

 

【苛烈西風・断罪(だんざい)大鴉(おおがらす)

 

改めて自覚しながら自分の姿を眺めてみると……なんというか、あの時は必死になっていて全く気付かなかったが、こんな奇怪な姿になっていたなんて……。

なるほど、こんな姿を見れば、フィッシュルも『黒翼の皇』だなんていう変な呼び方をしてしまうだろう。

 

「やはり推測は間違っていなかったようだな」

「彼の元素スキルは、スクロースの作り出した風霊と同じような性質を持っているようだね」

「しかし……この力は、なんというべきか……」

「ジンの言いたい事は分かるわ、痛いほどね、私だってこの目で確かめるまで……いいえ、確かめたからこそ、そう、危険だと感じたもの」

 

西風騎士団の人たちが集まって何かを話している。

その中で、一人うんざりとした顔で報告書?のようなものを纏めていたアンバーがこっちに来る。

 

「ベントすごいわね!貴方にこんな力があったなんて!」

「あぁ、俺でも驚いてるよ、さっきまで自分すらも傷つけていたじゃじゃ馬の本当の実力にな……それより、その書類は大丈夫なのか?」

「これ?これはベントの事についての記録だよ!私は偵察騎士として、いつもモンド城や璃月の些細な変化を、偵察記録として残してるからね!その実績を買われて、いま貴方の能力について報告書をまとめているの!」

「それ、本人に言って大丈夫なのか?」

「きっと大丈夫じゃないと思う、でも、私は貴方に嘘はつきたくないの!弓術の弟子である、貴方にはね」

「はは、その節は世話になったな」

「いいのいいの!」

 

アンバーとは前から知り合っている。

年齢的に言えば、多分この少女は自分より年下なのだろうが、年齢が下だからという些細なことで、俺は自分の出来る事を狭めたくない。

そう思って、何度か弓術の指南をしてもらったこともある。

野外活動での、弓以外の飛び道具の活用方法も教えてもらったし、この子には結構世話になっている。

 

「なんだ?アンバーは真っ黒の兄ちゃんとも知り合いなのか?」

「当然!偵察騎士としてモンドの住民の顔を覚えておくのは必須項目だよ!」

「アンバーは顔が広いんだね」

 

パイモンと旅人が会話に入ってきた。

彼とパイモンは、この世界に来て初めて会ったのが偵察騎士(アンバー)だったという話なのだから、それこそ親しい仲なのだろう。

いつまでも攻撃形態でいる訳にもいかないため、俺は体に纏った元素を散らし、元素スキルを解除した。

 

「どうやら、完全に制御ができるようになったみたいだね」

 

旅人が水筒を差し出してくる。

礼を言って受け取り、落ち着いてから中身を喉に流し込む。

それほど疲れを感じていた訳でもなかったが、喉を通る水の感覚が気持ちいい。

 

「どうだかな、今でも義手の力がないと体がはじけ飛びそうなんだ、制御とは程遠いと俺は思うが」

「それでも、そのじゃじゃ馬な能力を発動できるようになっただけでも儲けものだろう?」

「そうだな……」

 

そろそろ日も暮れ始めている。

俺は今日世話になった全員に挨拶をしてから、自分の宿泊している宿屋に向かう事にした。

ジン団長や、他のメンバーは俺を止めなかったし、今日は解散という事にしたらしい。

各々が騎士団本部に入って行ったり、教会に向かったり、その場を離れたりしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の晩。

カタカタという音に違和感を感じ、目を覚ました。

夜の帳が降り、窓の外には星空が広がっている。

眠気まなこを擦りながら音のした方向を見やると、そこにあったのは小動物でも大きい虫でもなく、俺の道具袋だった。

 

革製のそれは、かすかに内側から発光している。

なんだ?なにか変なものでも入れたっけか?

口に結んだ紐をほどき、中身を探ると、光を発していたのは―――例の星屑だった。

 

だが、ウェンティにもらった頃の濁った灰色ではなく、その色は、まるで俺の元素スキルを発動した時に現れる手甲のような、淡い緑色をしていた。

取り出した手の中でもカタカタと震えるそれは、やがて空中に浮き、小さな風を纏いながら窓の外、満天の夜空へ一直線に飛び立っていった。

 

「なんだ!?」

 

後を追うように窓から身を乗り出すと、一瞬、夜空に光がはじけ、六つの星からなる星座のようなものが空に浮かび上がり、消えていった。

何故か、それを見た後、俺は自分の奥底から得体のしれない力が湧き出る感覚に襲われ、しばらく寝付けずにいた……。




【風魔具足・苛烈西風】
風元素を両腕に集約させた手甲を具現化する。
発動中は通常攻撃が手甲による格闘に切り替わり、全ての攻撃に風元素が付与される。
拡散反応を起こした場合、クールタイムがリセットされ、該当元素のスキルに一時的に切り替わる。

他の元素の特性を得たスキルを、効果時間終了時までに再使用すると、元素ごとの大技を放って効果時間を終了する。
終了後は元の風元素スキルに切り替わる。

雷元素反応【苛烈西風・断罪の大鴉】
ベントが最初に習得した、雷元素形態の苛烈西風。
腕に纏っている籠手は常に拡散反応を起こしており、他の元素に触れると連鎖的に範囲を広げ、元素反応を次々と起こす。
移動速度と単体火力に適した形態であり、雷鳴と共に移動し音よりも速く攻撃、防御に転じる事が可能。

元素解放:【断罪の皇雷】
【苛烈西風・断罪の大鴉】の状態で発動する大技。
片腕を大きく振りかぶり、拡散に拡散を重ねて莫大に増加した雷元素によって巨大な腕を顕現させ、振り下ろすことで超威力の落雷を対象に落とす。
天然ものの落雷では無いため、色は紫色をしている。
単体への攻撃性能でいえば元素爆発並みの火力を誇る。

継続時間30秒。
クールタイム36秒。


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自由への渇望

気が付いた時には、剣を振るっていた。

いつ起きて、いつ訓練用木剣を手に持っていたのか、ほとんど記憶にない。

夢現(ゆめうつつ)に、着の身着のままに剣を握っている俺の姿は、もし他人に見られたら滑稽に見えることだろう。

だが今は、そんなことはどうだっていい。

 

この感覚はーーーなんだ?

昨日まではなかった、剣が手に馴染む感覚、まるで自分の手足、その延長線上にあるかのような感覚。

確かにこの木剣は、俺が幼い頃から剣士に憧れ握ってきた、それなりに年季の入ったものなのだから、握りやすさや握った感覚は、いつもと同じくしっくりくる。

 

だがそれとはまた別だ。

 

まるで別物、自分の腕が、一夜にして剣士の腕に取り替えられたかのような、いや、腕だけではない、自分の体そのものが剣士のような。

自分ではない、別の人物かのような。

 

おかしな話だが、俺は部屋に置いてある、体を拭くための水桶のなかを覗きこみ、そこにあるのがいつもと同じ、自分の顔であることを確認した。

 

「どういうことだ?」

 

自分でも訳がわからない、そう、例えるなら……この剣を握る感触は、いつも、自分が弓を構える感覚に近い。

初めからそうであったかのように、天賦で定められていたかのように、弦を引く感覚で剣を振り上げ、矢を放つように振り下ろす。

 

ビィィィィィィイイイイイイインーーーーー………

 

今まで聞いたことのない音を立て、木剣の、刃を削った刀身が震える。

正しい姿勢で、正しい角度で、正しい踏み込みで、そして正しい体の鍛え方によって実現する寸止め、それによって引き起こされる刀身の揺れ。

こんなこと、昨日まではできなかった。

 

「まさか……」

 

昨晩起こった現象、アレが星屑による潜在能力の解放だったとしたら?

モナにもう少し詳しく聞いておけばよかったのかもしれない。

 

「ともかく、ワーグナーの鍛冶屋に行ってみるか」

 

もしかしたら、夢かもしれない、もしかしたら、今調子がいいだけであって、本当は剣など振れないのかもしれない。

自分で、本物の剣で試してみる必要がある。

まだ日も昇っていないながらも、少しだけ青く染まり始めた空を見やり、身支度を整えて宿を出る。

 

合成台と雑貨屋の横を抜け、中央通りを通って、門の手前にあるワーグナーの鍛冶屋に到着する。彼はいつものように、無心で金床に敷かれた剣を叩き、刀身の歪みを正していた。

俺が目の前まで来ても、彼は剣から目をそらすことはないが、ぶっきらぼうに「何か用か?」と聞いてきた。

 

「剣を見せてくれ」

 

そういうと、彼は手を止め、初めて俺の顔を見る。

職人気質の鋭い目は、射貫くように俺の体を見て、腕、脚、首、最後に顔へと視線を移してから、少し驚いたような、安心したような笑みを浮かべてから、訓練用の長剣を無言で差し出した。

 

「誕生祝いだ、もってけ、金は要らん」

 

それだけ告げると、彼はまた鎚を振る作業に戻っていった。

……正直、彼が何を言っているのが全く分からなかったが、まぁ、長年武器の製造に携わってきた彼には”何か”が見えたのだろう。

なんなのかは分からないが、ここはご厚意に甘えるとしよう。

 

昨日訪れた騎士団の付近にある訓練場に来てみると、早朝だからなのか、誰もおらず伽藍洞としていた。

都合がいいので、別に構わない。

ワーグナーからもらった剣を握り、適当に構える。

想定する標的は……棍棒持ちの丘々人(ヒルチャール)としよう。

 

「―――フッ!!!」

 

一撃、二撃と続け、足を払い三連撃、がら空きの胴に牽制の二連撃、最後に大きく踏み込み脳天に強撃を叩き込む。

計九連撃を振り切り、そのまま残心、流れるように剣を鞘に納める。

 

「やはり、これは……」

 

理由はおそらく星屑。

昨晩のそれによって潜在能力が解放され、俺は、片手剣を扱えるようになったらしい。

……弓を馬鹿にしたいわけじゃないが、俺は幼いころから、剣を使い敵を屠る正義の味方に憧れていた。

その憧れに、幼稚な憧れに、今ようやく、片足を踏み出せたのだ。

感慨深い、どころの話ではない。

 

そのまま俺は、飽きるまで訓練場で剣を振り続けた。

何度も、何度も……感覚を確かめ、現実感を強めるように……何度も。

 


 

「あっ!ここに居たのね!おーい!」

 

時刻は……朝の九時くらいだろうか。

昂る気持ちも多少は収まり、日々の訓練に来たのだろう、エリンに場所を譲り、近くで水分補給をしていたところを、通りかかったアンバーに話しかけられた。

 

「もー、宿に行ってみてもいなかったから、探したよ」

「どうした、今日も何か用なのか、西風騎士団は」

「そうみたい、ジン団長が貴方を待ってるって!私が呼びに来たのは―――」

「騎士団の中で面識があり、そこそこ話したことのあるのが、アンバーだからか」

「そう、だね……」

 

打算の無い人選なんてするはずもない。

だが、素直な性格である彼女には、こういった直球の話は合わなかったのだろう。

落ち込んだ様子で申し訳なさそうにしている。

 

「アンバーが気に病む必要はない、それに……どんな用事なのか、大体は予想ができるしな」

 

アンバーを連れ、訓練場のすぐそばにある騎士団本部へと入り、そして執務室前に来ると、扉の前にはガイアが立っていた。

 

「よぉ、来たな」

「ガイア先輩!」

「中でジン団長が待っている、アンバー、問答は後にして、まずは用事を済まそうじゃないか」

 

アンバーは不満げに口を尖らせるも、渋々といった様子でガイアの後に続く。

執務室の中に入ると、中にはジン団長とリサがいた。

これでガイア、アンバー、リサ、ジンと、騎士団の主要メンバーに囲まれる形になる。

意識してそう務めているだけかもしれないが、そこまで剣呑とした雰囲気という訳ではない、ジン団長の表情が少し暗いのと、緊張気味なことを除けば。

 

「聡明な君の事だ、どうして私たちが君を呼び出したのか、理由は察しがついているだろう?」

「まぁ、な」

「今すぐ君から返事を聞いてもいいんだが、様式美というものだ。念のため私の方から言わせてくれ……ベント、騎士団に入らないか?」

「……」

 

正直、魅力的な提案だとは思う。

西風騎士団という組織自体、モンドで非常に有名な組織であり、なにより日雇いで固定収入のない冒険者なんかより、遥かに生活は安定する事だろう。

俺も一応はモンドの民だ。

たまに騎士団からの討伐依頼や、住民依頼の斡旋も受けている。

それを受ける限りではそこまで難しい依頼もない。

仮に入ったとしても無茶ぶりのようなことはされないだろう事はわかる。

なにより、西風騎士団なら“任務中の不慮の事故”等の衝動的な馬鹿な真似はしないだろう。

それくらいの信頼は置いている。

断る理由は無いに等しい。

 

「ありがとう、ジンさん。でも、遠慮しておく」

 

普通に給料をもらい、安定した生活をするのなら、断る理由もなかっただろうが……俺は、まだやりたいことが沢山ある。

そのためには、肩書に縛られるようなことは出来るだけ避けたい。

だから、俺はこの誘いを断った。

 

「まぁ、最初からそんな気はしていたよな、ジン団長?」

「そうだな、彼は一組織に所属しようとするような人間じゃないことはわかっていたさ」

「すまない、だが俺はこれからも冒険者としての活動は止めないつもりだ、何か依頼があれば、その時は助けると約束しよう」

 

ガイアの軽口にも真面目に返す彼女の人柄は尊敬に値するものだろう。

昨日の時点なら、きっと俺はこの誘いを断りはしなかっただろうが、今日、昔からの夢を思い出した……いや、正確には、考えないようにしていた願いを叶えられる可能性が出てきて、諦めることが出来なくなった、とでもいうべきか。

 

昔から俺は"自由"に憧れていた。

焦がれていたとも、渇望していたともいえる。

その願いは、冒険者になることで多少なりとも叶える事は出来ていただろうが、それでも足りなかった。

しかし、俺は神の目を得る事になり、そして今日、憧れていた剣を扱えるようになった。

今の俺には、以前までの俺に足りなかったものがすべて備わっている。

ほんの短期間で、凄まじい変化だと自分でも思う。

 

「これは好奇心からなのだけど、貴方は騎士団の誘いを断って、何か他にやりたい事でもあるのかしら?」

「リサ!そんな聞き方はッ!」

「それは俺も気になるな、聞いた限りだと、お前さんは別に学者だったりするわけでもないのだろう?半端に実力を持つ者が組織に属さなければ、どんな目で見られるかは分かっているだろうに」

 

別に、今すぐ何がしたいだとか、何をするだとかを決めている訳ではない。

だがそういう風に聞かれて答えないわけにもいかないだろう。

 

「そうだな……強いて言うのなら……テイワットを巡ってみたい……とは、元々思っていた」

 

簡単な話、単純な願望、子供じみた夢。

それでも、諦めきれない想い。

 

「それから何をするかはまだ分からないが……人の役には立つようにするよ」

 

余りにも曖昧な方針だが、彼ら彼女らは、その答えに納得してくれたようだった。

良くも悪くも"モンド人らしい"ということなのだろう。

 

それからはもう何も言ってこなかったため、すこしだけ世間話をした後、俺は騎士団本部を後にした。




命の星座
1凸:『自由への渇望』
   使える武器に片手剣が増える。


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力への責任

モンドには二つ、酒造業を牽引している酒場がある。

片や腕のいいバーテンダーを雇い、老若男女に好かれる様々な種類のカクテルを提供する『キャッツテール』

片や昔からの伝統の酒から、全く新しい酒まで様々なものを開発、提供している、モンドの大金持ちアカツキワイナリーが経営する『エンジェルズ・シェア』

一口に酒場と言っても、なにも酒の臭いがあふれ、酔っ払いの怒号が響くような野蛮な場所ではない、前述のどちらも、子供用のフルーツジュースや度数の低いカクテルなんかも提供している。

 

しかし、子供がいる時間だってそう長くはない。

特に決まりがある訳でもないが、大抵は昼から夕方は家族連れが多く、夜には大人が宴会を開くといった、暗黙のルールのようなものがある。

時間帯ごとに雰囲気や表情が異なるのも大きな魅力の一つだろう。

ともかく、これまで色々あった事だし、言い方は悪いがすこしフラストレーションも溜まってきてる。

まだ昼だが、吟遊詩人も酒場にいない静かな時間帯だ。

落ち着いて酒を飲むにはもってこいだろう。

 

「こんな時間に珍しいな、いつもは夜に来るだろう?」

 

エンジェルズシェアの前までくると、バイトのパットンが話しかけてきた。

 

「おかしいか?俺からしたら、一日中店の前に突っ立ってるお前の方がおかしいと思うが」

「好きで突っ立ってるわけじゃない、客寄せしてるんだよ!借金返すために!」

「自業自得だろ、うっかりで高級な酒瓶割るからだ」

 

以前聞いた話だが、元々パットンはここのバイトではなかったらしい。

だが、客としてこの店に訪れた際、前のオーナー……つまり、今のオーナーの父親に当たる人物が大切にしていた酒瓶を割ってしまい、その借金を返す形で、ここでバイトしているらしい。

給料は出ず、飲み食いも自費、休憩は無しで。

値段の計算をすると、全額返済には、今から働き続けても40年以上かかるようだ。

正直な話、同情はするが自己責任だとも思う。

 

「いらっしゃい、何を飲む?」

「リンゴ酒を一つ」

「それと、午後の死を一つ貰おうか」

 

店に入り、赤髪のバーテンダ―に注文すると、それに続くような形で、もう一人、俺の後ろに居た人物が酒を頼んだ。

この軽薄そうな言葉使い、ついさっきも聞いたな……。

 

「よぉベント、奇遇だな、こんな昼間に、こんな場所で」

「ガイア……つけてきたのか?」

「まさか、偶然さ」

「偶然にしては、遭遇が早すぎるけどな」

「まぁまぁ、そう邪険にしなくてもいいじゃないか、隣いいか?」

「外にしろって言ったら席を変えるのか?」

「これは手厳しい」

 

俺の皮肉がまるで通じていないようで、ガイアと二人でカウンター席に座ることになった。

時間も時間だが、なぜか店内にはバーテンダー以外に人がいなかった。

まるで、人払いでもされているような。

 

手元のリンゴ酒の香りを楽しみながら、優雅に過ごしたかったが、そうともいかないらしい。

バーテンダーの男、彼はいつものチャールズじゃない、若く、黒い外套に身を包んだ赤髪の男。

有名人だ、見たことが無いはずもなかった。

 

アカツキワイナリーの当代のオーナー、『モンドの無冠の王』ディルック・ラグヴィンドだ。

 

彼は時々チャールズに代わり、この店のバーテンダーを務める事もあるらしいが……流石に、今日はあまりにタイミングが良すぎる。

何か裏があるか……もしくは、誰かが呼び出したか。

 

「おいおい、そんなに睨まないでくれよ、確かに少し仕込みはしたが、これはお前さんのためでもあるんだぜ?」

「俺のためだって?」

「詳しく話してやるんだな、兄弟」

「お前に言われなくでもわかっているさ」

 

ディルックはため息をつきながらも俺に向き直る。

 

「まずは初めましてだな、僕はディルック、エンジェルズシェアのオーナーの、さらに上のオーナーだとおもってくれるといい」

「知ってるさ、このモンドでその名を知らない奴はいない。俺はベント、冒険者だ」

「ああ、知っているさ、君が意識を失っている間、モンド城内は君の話題で持ちきりだった……スネージナヤの外交官も含めてね」

 

スネージナヤの外交官……たしか、ファトゥスといったか。

力を使い強引に外交を迫り、いざ力を振るうときは外交問題にならないようにもみ消すのがうまいと聞く。

しかも、ファトゥスはどれも実力者揃いと聞くじゃないか、そんなものに目を付けられて、どんな目に合うか分かったものじゃない。

 

「僕も、過去に彼らに目を付けられたことがあってね、その時も結構な苦労があったよ」

「あぁ、あの時は大変だったな」

「……」

「おいおい、そう睨むなよ兄弟」

 

この男はいつも誰かに迷惑を掛けないといけない呪いにでもかかっているのだろうか?

それとも、実はちゃんとしていて、裏で活躍しているが、その努力が日の目を見る事はないだとか……どちらにせよ、表面上迷惑ならそれはただ迷惑なだけだろう。

取り繕う努力くらいはしてほしいものだ。

あるいは、そうしてヘイトを受ける役割を進んで担っているのか。

 

「ただ一つ言えることは、何か大きな力を持つことには、本人にその気が無くとも責任を伴うことがあるということだ。もちろん、ファトゥスだけに言える事じゃない、今後様々な組織が、権力者が、機関が、君の前に現れるだろう。その時のために、君は自分の方針と実績を示す必要がある」

「その実績作りに協力してやろうって事だ」

 

たしかに、肩書は大事だ。

旅人もトラブルに巻き込まれる事は多いと聞くが、彼には栄誉騎士という肩書もある。

それはつまり、モンドの西風騎士団に権利を保障されているという事だ。

それに対して俺は、騎士団の誘いを断った。

これが意味することは明白だろう。

 

「……どうしてそこまでしてくれるんだ?」

「もちろん、君を頼るからには理由もある。戦力が必要なんだ、出来るだけ足のつかない戦力がね」

「一体、なんのために?」

「それは、この話を了承してくれたら話すさ」

 

彼―――ディルックには、悪意や敵意のようなものは感じない。

どちらかと言えば、見定めようとしているような感覚が近いか。

何にせよ、今後の俺の為にもなることのようだし、断るメリットの方が思いつかなくなってきたところだ。

 

「わかった、何があったのか、話してくれ」

 

俺は、話に乗ることにした。

 


 

「実は最近、風龍廃墟近くで愚人衆(ファデュイ)の活動が活発化しつつある。何もなければそれでいいんだが、最近ワイナリーの関係者から、こそこそ動き回っているのを見たとの報告も上がってきているんだ、もし奴らが何か企んでいるとしたら、それを予め防ぐに越したことはないだろう。」

 

風龍廃墟―――旧モンド城とも呼ばれるその場所は、かつての災禍、風魔龍が根城にしていたとされる危険領域。

元素濃度、中でも風元素が特に高く、生息する生物はその元素濃度に耐えられる、強い固体が多くいるとされており、冒険者協会の依頼や、騎士団の討伐依頼でさえも、この領域を指定される事がほとんどない程だ。

 

「俺に、その調査をしろと?」

「君だけじゃない、僕も行く」

 

つまり今回、その実績作りとやらは、ディルックと俺のツーマンセルで、風龍廃墟で何かをしている愚人衆の調査をするってことか。

まぁ、実績を作ると言い切っている訳だから、少なくともなにかある……もしくは、ある事を掴んでいるという事なのだろう。

しかし、ディルックの方は大丈夫なのだろうか?

線の細い体で、とても戦闘能力があるとは思えないが……。

 

「言い忘れたが、僕も一応神の目を持っている、あまり大っぴらに話すようなことでもないけどね」

 

そういって彼は、腰に下げた炎元素の神の目を俺に見せてくる。

しかし、神の目を持っているからと言ってすぐに信頼することは、もうしない。

彼は“彼女”のように子供ではないが、ある程度の危機感は持っておいた方が良いだろう。

神の目は特殊なんだろうが、それを操るのは一人の人間なのだから。




崩壊3rd、スマホの容量の問題でやってないんですがね、識の律者のムービーかっこよすぎてめっちゃ見ちゃうんですよね。
見て無い人は見てみるといいですよ、音楽が重低音でめっちゃかっけぇ


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黎明

アカツキワイナリー、モンドの南東、清泉町から南へ下った先に見える、広い土地を使った広大なブドウ畑を保有している大豪邸だ。

モンドの酒造業を担っており、その影響力は計り知れないと聞く。

少なくとも、ここが焼け落ちたり、破産したりなどしてしまった“暁”には、モンドの国としての収入には大きな赤字が出てしまうことだろう。

 

とはいえ、今日はここに寄る予定はない。

 

すぐ隣にここに住んでいるお坊ちゃんが居るが、今回の目的はここから北上した地点にある、風龍廃墟だ。

しかし、流石はワイナリーと言ったところか、隠しきれていないアルコールの匂いと豊かなブドウの香りが鼻孔をくすぐる。

今度はリンゴ酒だけではなく、ワインも飲んでみるか。

 

「ワイナリーが気になるかい?」

 

匂いを嗅いでいたのがばれたのか、気配で気付いたのか、もしくは余程ワイナリーに自信を持っているのか、先導していたディルックがこちらに目配せすらせずに話しかけてきた。

 

「あぁ、正直な。オーナー様のお気に入りの酒なんかはあるのか?」

「あいにくと、僕は酒が飲めないんだ。だけどそうだな……蒲公英(ダンディライオン)酒は昔から人気のある酒だ。もし迷ったのなら、それを飲むといい。まぁ、今回はここには寄らないが」

「わかってるよ、寄り道をするつもりはない」

 

ワイナリーを抜けた先、モンドと璃月の間にある大河の傍を通り、いまや崩れ果てた、苔むした石造りの門を抜け渓谷を通る。

この渓谷を抜ければその先に風龍廃墟が広がっているのだが、道中問題が発生した。

 

生息域を広げた丘々人(ヒルチャール)が監視塔を作っているところに出くわしたのだ。

冒険者や、その協会の調査員は定期的に丘々人等の縄張りを監視し、彼らが人里近くに生息域を広げないよう牽制する役割も持っている。

 

本来、依頼を受けた冒険者、もしくはその調査員がこれらの始末を付けなければならないのだが、それを待っている時間もなければ、俺達はこの先に用がある。

協会には悪いが、勝手に処理をさせてもらうとしよう。

 

深呼吸ののち意識を切り替え、懐から片手剣を構えかけた時、動きを止める。

 

何故、俺は片手剣を使おうとしている?

リスクマネジメントの考え方で行くなら、このまま剣で突貫するより弓矢で牽制した後、接近戦で剣を使う方が合理的じゃないか。

……無駄に危険に身を投じる必要はない。

 

「丘々人か……どうする?」

 

ディルックが両手剣の柄を握りながら聞いてくる。

……少し、思考が楽観的になりつつあったか。

危なかった。

 

「まずは弓矢で牽制する、その後は、アンタの実力を見たい……いいか?」

「そうだな、神の目を見せただけじゃ、僕の実力の証明にはならないとはおもっていたさ、いいだろう」

「ありがとう」

 

背負っていた弓の弦に矢をつがえ、目一杯に引き絞る。

標的は複数体いる。

棍棒持ちの丘々人が2体と、完成済みの監視塔の上に見張りが1体、それと丘々人暴徒が1体の合計4体だ。

常人だった頃の俺は、棍棒持ちの丘々人でさえ不意打ち以外で相手取ることはしなかった。

一番勇気を出して大立ち回りしたのは、大楯の丘々人を撃退した時くらいか。

 

だが今は“どうにか出来る”という確信がある。

 

俺の意志にこたえるかのように、神の目から溢れ出た元素力が弓を纏っていくのが見える。

……専用の道具を今は持っていないが、特別な形状の矢を使うことにした。

矢筒ではなく、懐の道具袋から取り出したのは、子供が練習用に使う小型の弓矢のそれよりはるかに短い、わずか100㎜程度の長さの矢だ。

これを弦につがえると、その矢を包み込むように、風元素が管のような形状を取り、足りない長さを延長させてくれる。

 

“管矢”と呼ばれるものがある。

 

弓矢によって放たれる矢の速度は、それ自体が軽ければ軽い程速度が増す。

極論を言えば、大きな弓で、短い矢を放てばとてつもない威力になるというものだが、何の準備も無しにそれを行おうとすると、矢が短すぎてそもそも射出ができなくなる。

そこで考え出されたのが、この管矢だ。

放つ矢にかぶせる形で、その形状に沿った細さの管を同時に引くことで長さの延長をする。

そうすることで、本来できるはずのない、長弓短矢による超高速を実現させるのだ。

 

今はその管を持っていないのだが、風元素による具現化がそれをサポートしてくれている。

これを使わない手はない。

 

「―――ふっ!」

 

引き絞った弦を離すと、風の管は霧散すると同時に矢を風で後押しする。

それはいともたやすく丘々人暴徒の眉間を貫き、そして―――

 

「―――まがれ」

 

監視塔の下を潜り抜けるような軌道から逸れ、監視塔の真下から見張りの立っている床を突き抜け、そのまま見張りの頭蓋を下あごから貫いた。

一矢にして二体を討ち取ったそれは、しかしほとんど音はせず、未完成の監視塔の近くをうろついていた棍棒持ちの丘々人がその異常に気付いたのは、丘々人暴徒がドシンと膝から崩れ落ちながら粒子となって消えていったその時に、ようやくだった。

 

「Ya! zido!」

「dada!!」

「気付かれたようだな」

「そりゃそうだろ、まぁ、今更丘々人の一匹や二匹わけないけど」

 

小型の丘々人二体がこちらに接近してくるが、こいつらを仕留めるのは俺の役目じゃない。

 

「いい機会だし、実力も知れないお坊ちゃんのように扱われるのは御免だ……だから少し、本気を出させてもらおう」

 

そう言って彼は、身の丈ほどの大きさの赤黒い両手剣を構える。

それと同時に、腰にぶら下げた神の目がひときわ強く輝き、両手剣が炎に覆われる。

 

「裁きを―――ッ!!!」

 

爆発と見まがうほどに周囲に伝播した炎元素は両手剣に収束し、それは一つの象徴的なものを象る。

それは―――神々しく翼を広げる(おおとり)

 

「―――受けよッ!!!」

 

炎によって象られた鳳は、ディルックが両手剣を振るうを同時に飛び立ち、まるで丘々人がゴミかなにかだとでも言うように巻き上げ、燃やし尽くし、そして空へと消えていった。

持ち主を失った仮面が二つ、鳳が消えた地点にカランと落ちる。

 

「それがアンタの元素爆発か?」

「あぁ、これで僕の実力を信じてもらえたか?ベント」

 

小型のヒルチャールを燃やし尽くす威力を放つ彼の実力に驚きが隠せないが、ここは頼もしい相棒に恵まれたと、素直に喜んでおくとしよう。

 


 

ベントたちが順調に進む渓谷の、その上。

漆黒のドレスに身を包んだ金髪の少女と、そのそばに雷元素を纏う大鴉がいた。

つまり、冒険者協会の調査員である、フィッシュルとオズである。

 

「漆黒の世界記憶(アカシックレコード)に導かれ、邪悪なる使徒を退けんと降り立ったが……この場に既に黒翼の皇がいたなんて!僥k…コホンッ! 流石は私の認めた者ね!」

『冒険者協会の調査員よりも先に、ベント様が丘々人達を仕留めてしまったようですね、お嬢様、どうされますか?』

 

振りのようにも聞こえるオズの問いに、彼女はマントを翻しポーズを決めながら答える。

 

「知れたことよ、災厄なりし邪竜の住処たる古城……かねてより臣下たちが憂いていた、かの凶兆を調べる(とき)が来たという事よ!」

『つまり、最近不穏な愚人衆(ファデュイ)の動向調査ですね?―――っ!お嬢様』

「えぇ……丁度、罪深き者達が来たみたい、詳しい事は彼らに聞いた方が早いでしょう」

 

近付く気配に気づき、彼女は華麗にターンして後ろを振りむくと、そこには―――。

 

「死をもって償え」

「あんた、私と遊びに来たワケ…?」

「行って?あたしのかわい子ちゃんたち」

「冷たくサクサク!」

「仕事だ!」

「面倒だ……また面倒が増えた」

「バーベキューの時間だ!」

「速戦即決!」

「まだ始まったばかりだ!興醒めさせるなよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お嬢様……撤退を推奨しますっ!』

「わかってるわよ!!!」




風花祭、皆さん楽しんでいますか?
私は最近あんまりモチベがなくて続いてません……まぁ毎日デイリーはやってるんですけどね。
それもこれも全部ウマ娘がわるいんじゃ!
ライスシャワー!
アグネスタキオン!
ハルウララ!
マヤノトップガン!
トウカイテイオー!
ツインターボ!
マンハッタンカフェ!
お前らに言ってんだよ!

※修正
ディルックの一部のセリフを、展開に合わせて修正しました。


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風龍廃墟

『逃げ、られなかった……』

「おいまて、まだくたばるな」

「聞きたいことがある、ベント、こいつに応急処置を」

 

いきなりこんな始まり方をして、何が起きたのかと思うだろうが、今の状況を要約すると、風龍廃墟に入ったところで、不自然に一人でうろついていたデッドエージェントを見つけ、ディルックと二人で戦闘不能まで追い込んだって感じだ。

 

デッドエージェントは本来、璃月の北国銀行の債務取立人という立場に居るらしく、モンドではめったに見かける事はない。

商業を国益とする璃月と違って、モンド人はそういった借金などの事に愚人衆を絡ませる事などないからだ。

そこまで悪徳な商人もいないし、いたとしても他国から渡って来たものくらいだろう。

つまり、こいつがモンドに居ること自体がおかしいのだ。

出歩いているだけで、もう“なにかある”と公言しているようなものだろう。

 

「さて、二人しかいないからと言って侮ったらさっきのようになるぞ、僕が聞くことに正直に答えろ」

『はっ、見くびられたものだな、貴様らに話すことなど何もない!』

「そうか……まぁ、僕たちもただで話して貰おうなどとは思ってない、ベント」

「なんだ?」

「ちょっと……離れててくれるか」

 

そう言って振り返った奴の目は全く笑っていなかった。

あぁ、なるほど、話してもらう方針から“口を割らせる方針”に変えたって訳か。

そして、その現場を見てほしくないと。

 

「分った、終わったら呼んでくれよ」

「あぁ」

『待て貴様、何をする気だ!』

 

視界の端で赤色に熱した両手剣の柄を押し付けようとするディルックと、悲鳴を上げるデッドエージェントが映り、離れるまでもなく、なんとなくやろうとしてる事が分かってしまった。

……もう少し待ってくれてもいいだろうに。

 

風龍廃墟内に入ったことはほとんどなかったが、思ったより静謐という訳でもなく、至る所に丘々人(ヒルチャール)が巨大なコロニーを作っていたり、遺跡ハンター、遺跡守衛などもいたりして、耳をすませば人の話し声も聞こえる、これはおそらく宝盗団だろう。

旧モンドとも呼ばれ、一般人が寄り付かなくなたことをいい事に―――ってところか。

 

「―――風よ」

 

風魔具足・苛烈西風】を発動する。

一朝一夜で慣れたもので、今では発動に時間が掛かることもなくなった。

しかし、発動時間が長ければ長いほど、全身に倦怠感が強く襲ってくるようになる。

恐らく、これは俺の生命力を素にして発動しているからなのだろう。

長く使いすぎれば、死に至る諸刃の剣だ。

そして―――。

 

「やっぱりダメか」

 

近くにあった池に手甲を触れさせ、水元素との小さな拡散反応を起こしてみるが元素特性の変化は起こらない。

恐らく、元素変化は何らかのトリガーが必要、という事なのだろう。

もしくは、単純に強くイメージする対象が必要だとか。

これに関しては心当たりがいくつかある。

まず最初に、俺が初めて元素スキルを発動させたあの雷雨の日、心の奥底には確固たるイメージが焼き付いていた。

 

それが、フィッシュルの傍らに居る“オズ”という存在だ。

自分が無力であると自覚していた俺は、無我夢中に彼の名を叫び、そして助けを求めた。

そう、自分の内にある何かではなく、自分以外の“誰か”を強烈に思い起こす必要があるのだ。

と、なれば……水元素によって思い起こされるのは……西風教会のシスター、バーバラだろう。

他でもない、彼女の治療によって俺は一命を取り留めたのだ。

だが……。

 

「形になるほどの、明確なイメージは……ない、よな」

 

だからと言って、自分の戦術の幅を広げるために、馬鹿正直に『力を見せてほしい』なんて頼むのもどうなのだろうか。

モンドは自由人が多いとはいえ、考えなしの馬鹿正直ばかりの一枚岩という訳ではない。

西風騎士団が抱く俺への警戒ももちろん、様々な事に対して慎重になるべきだろう。

それこそ、明確な力のイメージさえあれば元素変化を簡単に起こせるなんて知られたら、どの組織に抱え込まれそうになるか、想像もつかない。

もしかしたら、ここ、風龍廃墟に訪れている愚人衆(ファデュイ)を通して執行官にも目を付けられる可能性だってある。

 

「だが、だからと言って慎重すぎるのも考えものだな」

 

大きな力を持つとトラブルが増えるのは承知の上だが、その大きな力が無ければトラブルに対処できないのも事実。

難しい話だ、ついこの前までこんな事を悩みの種にすることになるだなんて、想像もしていなかった。

 

ふと、視界の端に烈焔花が映る。

自然に自生し、その蕾に常に強力な炎元素を纏わせている植物。

その火力は、傍に生い茂っている雑草を何もせずとも発火させてしまうもので、採取するには一定量の水元素を当てなければならない。

―――炎元素、その明確なイメージはもう浮かんでいる。

 

ディルックだ。

彼の放った鳳凰による一撃は、今も脳裏に焼き付いている。

水元素はまだ無理にしても、炎元素の特性なら、もう獲得できるかもしれない。

俺は、燃え盛る烈焔花にその手を―――

 

「ベント、終わったぞ」

 

触れようとしたところで、背後から声が掛かり、とっさに苛烈西風を解除する。

もう少しで何かつかめる予感がしたんだが……。

 

「採取の邪魔をしてしまったか?」

「……いや、別段問題ない、それで、何か聞き出せたのか?」

「奴らは、どうやらトワリンが残していったものに興味があるらしい、それは強力な風元素の塊で、奴らの呼称を借りるなら―――『四風守護の断片』と呼ばれているらしい」

「トワリン?なんだそりゃ?」

「あぁ、そう言えば一般には伝わっていない名称だったな。トワリンというのは風魔龍の名前だ、奴は、今でこそモンドに龍災を及ぼした魔龍として語られる存在だが、その正体は風神バルバトスの眷属、モンドを守る四風守護の一体、東風の龍トワリンだ。」

 

トワリン……東風の龍。

まさか、アレはただの夢じゃ無いのか?

俺が教会で目覚めるより以前、何も無い真っ白な空間で、風魔龍ーーーいや、トワリンと対峙し、彼から涙のようなものを渡された。

あれが普通の夢ではなく、神の目によってもたらされた風神眷属からの恩恵なのだとしたら……俺の力は、もしかしたら本当は、このような義手では抑えられないほどの途方もない火力を持っている可能性がある……ってことか?

涙の事をディルックに話すと、彼も頭を抱える。

 

「そんな事、ガイアから聞いてないぞ……まぁ、その話が本当なら眉唾ものだ。到底他の奴らは話せないだろうな」

「なぁ、もしかしたら、俺の体に染み込んだその涙が、その『四風守護の断片』って事はないか?」

「ないな、涙なら、以前僕も見たことがある。あれも風元素を内包していたが、それが狙いならいっそのこと、愚人衆はトワリン本体を狙うだろう」

「そうか……」

「とはいえ、これは大きな収穫だ、さっき捕らえた奴に、近くの拠点を聞き出しておいた。今から襲撃を仕掛け、一網打尽にしよう」

 

「わかった」と返事をしようと振り向いたその時、ディルックの背後に―――複数の雷蛍(らいけい)が迫ってきていた。

 

「ディルック伏せろ!苛烈西風ッ!」

「!!」

 

―――ゴウッ!と収束した風を撃ち出し、さっきまでディルックの頭があった位置に迫る雷元素による攻撃を弾き返す。

拡散反応によって周囲に元素を散らされ、それらは必殺の威力を失い霧散する。

それと同時に、雷蛍へと接近し、手甲によって殴り飛ばし、再び元素反応を起こす。

 

「【苛烈西風・断罪の大鴉】ッ!!!ディルック、構えろ、どうやら囲まれたらしい」

「そうみたいだな……」

 

さっきまで負傷していたデッドエージェントがピンピンした状態で岩陰から現れ、その後からぞろぞろと愚人衆先遣隊(ファデュイせんけんたい)の面々が出てくる。

 

『助かった、例を言う』

『これも仕事だァ、わかったら働け!』

『冒険者に続いて今度は闇夜の英雄か……面倒ごとが増えた』

 

デッドエージェント、水銃使い、岩使いが会話する。

いつからいたのか、何処に隠れていたのか、それはもうどうだっていい。

それより、いま岩使いはなんていった?

 

「おい、今なんて言った?冒険者だと?」

 

愚人衆はいつも仮面で顔を隠しているが、それでも隠し切れない態度で、面倒くさそうに岩使いが言ってくる。

 

『答えるのも面倒くさい……だが、これも仕事だ』

「離して!離しなさい!―――あ」

 

そういって、岩使いは後ろ手を縛った状態の冒険者をこちらに見せてきた。

彼女は―――フィッシュルは恨めしそうに反抗していた。

そして、俺に気付いた。

 

「こっ、黒翼の皇!」

「フィッシュル!?何故ここに!!―――はッ!」

 

まずい、知り合いだと知られた。

警戒しながら周囲を見ると、口元が見えるデザインの仮面をつけている風拳使い、雷ハンマー使いがにやりと笑ったのが見えた。

恐らくだが、ほかの奴らも仮面の奥ではほくそ笑んでいるのだろう。

 

『はははッ!そうか、お前ら知り合いだったか!なら、人質としての価値あり、だな!』

 

風拳使いがガチガチと拳を打ち鳴らせながらこちらに近付いてくる。

ディルックは俺の方を横目に見ると、俺よりも先に、観念したように武器を捨て両手をあげる。

……選択肢は、ないようだな。

俺も背負っていた弓と片手剣を捨て、両手をあげる。

どうやら、まずい事になったようだ。




話を書くにあたって、どこまで情報を出すべきか悩むこともあったんですけど、そこは要修正って事で……次回!なんか起こる!

感想とか待ってます!


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反撃

『おら、さっさと歩け!』

 

フィッシュルとディルックは神の目を没収され、俺達三人は後ろ手を縛られながら愚人衆に連行された。

とはいえ、俺の神の目だけは肉体と同化してる上、奴らからは見えない場所にあるために無理矢理引きはがされずに済んでいる。

 

現在は、風龍廃墟内に建てられた奴らの拠点内にて拘束されている。

耳の早い愚人衆といえども、一介の冒険者が最近手に入れた神の目までは知らなかったらしい。

もしくは、モンドに居る連中は知っているが、管轄の違うこいつらにはそれが伝えられていないだけか。

なんにせよ、俺の力だけ自由である事は幸運だと言っていいだろう。

 

『面白い子ねェ~?』

 

顔をあげると、雷蛍術師と目が合った。

コイツは訳の分からない思考をしている愚人衆の中でも飛びぬけて訳が分からない。

以前一度だけ遭遇したことがあるが、無害そうな口調で近付いてくる割には攻撃が苛烈で、危うく死にかけた。

積極的に近づいてくる距離感にイライラしていると、雷蛍術師の肩をデッドエージェントが掴み制する。

 

『おい、雷蛍の、捕虜から離れろ』

『なぁにぃ~?あんたが遊んでくれるの~?』

『うっ……お前、花粉を吸い過ぎてるな、中毒症状が出ているぞ』

『退ぁ屈ねぇ~、そう思わなぁい?』

『霧虚ろのランタンを貸せ、その様子だとろくに手入れもしていないんだろう』

『ねぇねぇ~、あ~そ~ぼ~?』

『しつこい!くっつくな!』

 

なんかいちゃつきだしたぞコイツ等。

雷蛍術師の方は、誰かに構って貰えてば何でもよかったのか、すぐに俺への興味を無くし、デッドエージェントにしなだれかかっていた。

なんだったのかと困惑していると、不意に風拳使いが近づいてきた。

 

『お前、さっき妙な術を使ってたな?俺は見たぞ、風元素の拳を使ってたのをな!』

 

バレてたか。

まぁ、見間違いで済ますのも無理のある話だな。

フィッシュルを連れてきた時点で苛烈西風は解除していたが、だとしても俺の姿は異常に目立つ。

こんな格好をした状態であんな目立つ形態変化をしていれば、警戒されるのも当然か。

 

『神の目を隠し持ってる可能性がある、風拳の、不用意に近づくな』

『はッ!デッドエージェントは真面目だな!いいぜ、任せるさ』

『おい、立て冒険者』

「なんだよ、武器はもう差し出しただろ」

『誤魔化しは効かんぞ、何を隠してるのか吐け』

 

雷蛍術師の対応した奴とは別のデッドエージェントに目を付けられたようだ。

トンファーに刃が付いたような、特殊な形状の武器を腕に押し当ててくる。

脅しではなく、このままではそのままの意味で腕を切り落とされそうだ。

とはいっても、押し当てられているのは義手の右腕のほうなので、その心配はない。

 

「わ、わかった、話すっ」

 

わざと怯えたような声を出し、抵抗の意志がないように示す。

そして相手に気付かれないように、一緒に拘束されている二人に小声で「合図したら伏せろ」と伝える。

二人は顔色一つ変えずこっちを見て、アイコンタクトで答えた。

 

「その前に、手の拘束を解いてもらえるか?」

『ダメだ』

「さっきの秘密は俺の腕の中にあるんだ、文字通りな、だから、拘束を解いてもらえないと見せることはできない」

『文字通り腕の中、だと?』

 

怪訝な顔をして(仮面をしているから顔は見えないが)、刃を押し当てる力を強めるが、本人も気付いたようだ。

押し当てる刃に一滴も血がしたたり落ちない事に。

 

「あぁ、俺の右腕は義手でな、特殊な構造のせいでちょっとやそっとでは壊れないんだ。だから頼む」

『ふむ……いいだろう、どの道一人解放した程度でこの場を切り抜けるとも思えん』

 

三人を縛っていたロープの俺の部分のみが外されて、俺は立ち上がる。

そして、義手部分にも同様に巻いていた布をほどいていく。

ほどなくして、義手がすべて露わになった。

 

『ほう……まるで遺跡守衛の腕だな。それで、これで何をした?』

「ああ、この義手には元素力をため込むことができてな―――」

 

嘘だ。

この錬金義手には、元素を放出する役割こそあれど、ため込む役割はない。

だが、ここが最大のチャンスだ。

 

一気に神の目に元素力を放出させ、そこで生まれた莫大なエネルギーを右腕のみに収束させる。

制御は乱雑、元素スキルにすらならない、ただの元素力の塊。

義手はギシギシを軋みながらもこれらを放出させようとするが、一度に放出できる元素量にも限界がある。

異変に気付いたデッドエージェントが武器を構える。

 

『貴様ッ!なにをする気だ!』

 

―――以前、初めて元素スキルを発動させようとしたとき、俺の体は重症を負い、同時に試作型の錬金義手は弾け飛んだ。

義手そのものはアルベドによって修復され、試作型より強度も放出総量も上がったが、いままで元素量に耐えられていたのは、俺の元素スキルが片腕ではなく、両腕に作用するものであったから。

そして、俺自身も積極的に体外に放出してスキルを発動させていたからだ。

 

今からやるのは、あの失敗した時の応用。

無理矢理元素を体内でとどめようとするのと同じ要領で、右腕に集中させた元素をそこに押しとどめる。

想定量を遥かに上回る元素の収束に耐えられなくなった義手は大きくうねり

 

「―――今だッ!!!」

 

俺の合図と共にディルックとフィッシュルは深く伏せ、俺自身は今まさに振るわれんとしているデッドエージェントの攻撃を避ける。

そして―――。

 

―――バゴォォォォンッ!!!!

 

派手な破裂音を響かせて、義手は爆発した。

一回限りの即席爆弾だ。

爆発によって飛び散った義手の破片によって俺の装束の一部が裂け、神の目がある胸元があらわになってしまう。

そして急に起きた爆発によって、一瞬愚人衆たちが動揺する。

とはいえ、彼らも戦士だ、すぐに対応してくるのは目に見えている。

だが、一瞬で十分だ。

 

風魔具足・苛烈西風ッ!!!」

 

胸の神の目が呼応し、両腕に手甲がかぶせられ、失ったはずの右腕をも再現してくれる。

考えている時間も惜しい、愚人衆の拠点には、その入り口に二つ、元素を宿すものが設置されている。

それは篝火(かがりび)、できるかどうかは運任せ、だが今発動しなければ人数によるハンデで囲んで叩かれておしまいだ。

―――いいじゃないか、それも冒険ってものだろう。

 

『貴様ッ!やはり神の目を持っていたかァッ!!!』

「もう遅いッ!!!」

 

デッドエージェントを含む愚人衆が態勢を立て直し、こちらに襲い掛からんとするが、それでももう遅い。

苛烈西風の風元素による後押しもあり、走るよりも早く直進した俺は、そのまま篝火に触れた。

 

 

―――ゴォォォォォォォオオオオオオ!!!!!

 

 

瞬間、篝火は拡散反応によって大きく燃えあがり、その炎はベントの体をも覆っていく。

否、炎がベントに纏わりつき、離れない。

渦を巻く火災旋風は周囲の温度を格段に上げ、愚人衆の簡易拠点へと炎が広がる。

そして、辺り一帯は一瞬にして火の海と化した。

被害をもたらした炎の渦の中心。

それは篝火のあった位置ではなく、いつの間にか人質のいた位置に移動していた。

 

「驚かせてすまんな、二人とも無事か?」

 

火災旋風の中心で語りかける。

高熱とはいえ、これらは全て俺の制御化にあるため、二人の周囲だけは燃え広がらないように風元素で保護しているので安全だ。

 

「助かった、ありがとう」

「礼には及ばない」

 

フィッシュルは……なんだかよくわからない目でこちらを見ている。

なんだろう、どことなく教会で再開した時のような目をしている気がする……。

まぁ、大丈夫そうなら問題ないだろう。

 

「行くのか」

「まだ愚人衆は残っているからな、それに、この力の試運転もしてみたい」

「そうか……神の目を奪われた状態でいうのもなんだが、気を付けろよ」

「あぁ、任せろ」

 

そう答え、周囲に渦巻いていた火災旋風を―――否、“火災旋風のようにして覆っていた翼”を広げる。

この姿は―――丘々人(ヒルチャール)戦で見ていた(おおとり)が元になっているんだろうな。

一目見てすぐわかるほどに単純だ。

しかし、初めて元素変化をみた愚人衆は驚きを隠せないだろう。

事実、デッドエージェントたちは後ずさりしている。

 

『な……なんなのだ貴様……こんな話、執行官様から聞いていない!!!』

 

断罪の大鴉のように攻撃的なデザインではない。

どこか有機物めいている、羽毛のようでいて硬質な鱗のようなものが連なってできた手甲。

肘の部分からは尾羽のようなものが左右それぞれに三本ずつ伸びている。

そして、風の時は羽衣、雷の時は鼓だった背後の飾りは、日輪を思わせる細い直線状の装飾となっていた。

それが半円を描くようにずらりと背中に並んでいる。

日輪の上半分―――日暮れ、いや夜明け……黎明か。

なるほど、どうやら元素スキルの装飾は、その名に相応しいものとなるらしい。

 

 

【苛烈西風・黎明(れいめい)赫鳳(せきおう)

 

 

黎明を表す半円の日輪の両端に、燃え盛る翼をもつ、新たな苛烈西風の姿だ。




フィッシュル(新しい姿のベント!!!どんな名前つけようかしらっ!!!)


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天使

目の前にいるのは非力な冒険者。

警戒こそすれど、自分たちは圧倒的に優勢、その筈だった。

だと言うのに……この様はなんだ?

 

奴の、変身能力のようなものの前に、余波だけで幾人もの先遣隊が倒れ、この場にいるのはデッドエージェントである私と、なんとか庇った雷蛍術師くらいなものだ。

未確認の敵の前、油断は出来ない。

だがーーー増援が到着するまでの時間稼ぎくらいは出来るか。

 

さしあたっての問題は、解放された二人の人質。

これはピンチであると同時にチャンスでもある、あの冒険者は仲間意識も強いらしい、あの二人を人質にとればより効率的に事にあたれるだろう。

 

『死を待って償えッ!』

 

自分の姿を周囲の景色に溶け込ませ、虎視眈々と背後に回り込み隙を狙う。

直接戦闘で負けるつもりもさらさらないが、こちらの姿が見えないことは大きなアドバンテージともなる。

使わない手はない。

 

回収された神の目の位置を探っているのか、男の方はともかく、女冒険者の方は隙だらけにつっ立っている。

さきの冒険者は雷蛍術師の相手で手一杯のようだ。

ならば―――今が好機!!

 

 

焼き払う鳳(アイム)

燃え盛る鳳(ハウレス)

 

デッドエージェントがフィッシュルに狙いを定めたその刹那、燃え盛る炎元素の塊がデッドエージェントの刃を受け止める。

否、それはただの炎元素の塊ではない。

(おおとり)―――しかしそれはディルックの放つそれよりも遥かに小さい。

オズの二倍程度の大きさの鳳が二羽、デッドエージェントの前に立ちふさがっていた。

 

『なんだ、これは!?』

「それは俺の手甲から分離した元素生物だよ」

 

神の目を持つ者が、自らの元素力を元に生物を象る事は、そう珍しい事ではない。

オズのように、自我に近い思考を持つ者こそ稀ではあるものの、西風騎士団の錬金術師であるスクロースも風霊(強力な元素生物)を疑似的に創り出す。

 

今この場に飛んでいる二羽の鳳は、それぞれベントの左右の手甲から生み出された疑似的な元素生物なのだ。

これこそが、黎明の赫鳳の能力。

二羽の鳳による継続的な戦闘能力と、範囲火力だ。

 

焼き払う鳳(アイム)は範囲攻撃。

燃え盛る鳳(ハウレス)は局所攻撃というように使い分けができ、デッドエージェントに張り付いているのはハウレスの方である。

 

『グッ……厄介な!』

 

焼き払う鳳(アイム)の炎によって周囲の草は燃え上がり退路を塞がれ、燃え盛る鳳(ハウレス)の放つ継続的な攻撃によって動きを封じられる。

逃げ場がないとは、まさにこの事だった。

 

 


 

 

『ブリンク』

「また瞬間移動かっ!」

 

デッドエージェントの方は苛烈西風で召喚した鳳に任せればいいとして、さっきからこの女は何だ!?

瞬間移動で距離を取っては雷蛍をぶつけ、進路上に雷の柵をつくり進行を妨げる。

妨害に特化した、嫌な戦術だ……。

 

火力ではこっちが勝っているはずなのに、どうしても攻めあぐねる。

黎明の赫鳳の使い方と、その性質は反応が起きた時点で頭の中に流れ込んできているから、使うことそのものに問題はないが、だからと言って初見の時点でうまく動けるかは別問題だ。

 

黎明の赫鳳は自立行動の出来る鳳、焼き払う鳳(アイム)燃え盛る鳳(ハウレス)を召喚する以外にも直接的な戦闘能力がある。

だがそれは【断罪の大鴉】と比べればどうしても速度が遅く、単体への攻撃能力も決して高くはない。

恐らくだが、二羽の鳳を召喚、維持することに力を裂いているせいで、元々の火力が三等分されているものだと思われる。

 

事実、以前の形態では遺跡守衛を一撃で鎮めれていたにも関わらず、現時点ではいまだ雷蛍術師を仕留められていない。

 

『ふふふ、こっちにおいでぇ?』

 

俺が攻めあぐねているのを知ってか知らずか、雷蛍術師は遊びを楽しむように語りかけてくる。

実を言うと、敵対している愚人衆(ファデュイ)と遭遇、戦闘になったのは今回が初めてだ。

今までの実力では小型の丘々人が精々だったし、俺は格闘による戦闘経験がほとんどない。

 

「もどかしいな……」

『ふふっ♪』

 

 

【断罪の大鴉】で戦ったときは常に単体での戦闘であり、自分の実力の足らなさをパワーとスピードで無理矢理ごまかしていただけに過ぎない。

言ってしまえば、苛烈西風による正面からの戦闘は未経験、のようなものだ。

しかも相手は雷蛍術師、油断はできない。

相手が近接戦闘を得意とする雷ハンマーや風拳じゃなかったことが唯一の救いか。

 

だが、攻めあぐねているからと言って、ここで早めに大技を切っても、元素スキルのクールタイム中に増援が来たらおしまいだ。

一応、デッドエージェントの事は燃え盛る鳳(ハウレス)に、ディルックたちの護衛は焼き払う鳳(アイム)に任せている状態だ。

どちらか一方が片付いてくれれば、劣勢から拮抗までは持っていけるはずだ。

ディルックたちが神の目を回収して、戦闘に加わってくれれば、おそらく戦況はこちら側に傾く。

 

「とはいえ、ここでなにも試さない訳にもいかないよなっ!!」

 

手を地面に付けた後、勢いよく振り上げて地面の草と燃焼反応を起こし、そのまま燃え盛る草花を投げつける。

雷蛍術師は気にも留めてないように、雷蛍を盾に使いこれを防ぐが、そうして一瞬、視線が外れた隙に懐へと潜り込み、これを追撃。

手甲の炎元素と雷蛍の雷元素が反応し『過負荷』による衝撃波が発生する。

 

『ィヤァンっ!』

 

目の前で起きた元素反応によって雷蛍術師が仰け反り、そのせいで寸前で殴りかかったベントの拳が空振る。

しかし、その時にベントは気付いた。

 

(仰け反っている間は瞬間移動できていない……?)

 

確かめるように再度近づき、拳を振るい吹き飛ばすと、またも雷蛍術師は距離を取る素振りを見せない。

相変わらず雷蛍そのものは独立して定期的に雷元素を放ってくるが、それ自体では攻め手としては足りない。

 

「―――これが突破口かッ!!」

 

つまりは、戦術だの技術だの、そういったものは後回しのごり押し。

不本意この上ないが、しかし今はこれが最良と言えよう。

 

「うぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」

 

殴打、殴打、殴打、連続的な攻撃の繰り返しによって雷蛍は散り散りになり、元素反応によってノックバックし続ける雷蛍術師はなすすべもなく吹き飛ばされ続ける。

そしてついには召喚した雷蛍すべてが焼き払われ、一対一の構図となる。

 

「これで終わりだッ!」

 

燃え盛る両腕が敵を捉える。

霧虚ろのランタンすらも壊れ、満身創痍となった雷蛍術師は、そのままなすすべもなく打ち倒される―――かに、思えた。

 

『貴様の相手はこっちだ』

 

「な―――ッ!?」

 

赤色(せきしょく)の斬撃。

唐突に目の前で振るわれたそれにベントは反応しきれず、その一撃を直撃させてしまう。

予想外の方向からの攻撃に戸惑いを隠しきれずも、彼は吹き飛ばされた勢いのまま炎を逆噴射させ、体勢を立て直す。

自身に振るわれた攻撃を放ったのは他でもない―――燃え盛る鳳(ハウレス)によって足止めをしていたはずのデッドエージェントだ。

 

「何故……一体どうやって」

 

距離を取ったのち、改めて相手の姿を確認する。

すると一目瞭然、妙な点に気が付いた。

デッドエージェントに炎元素が付与されている―――より正確に言えば、背部に攻撃を受けた痕と、一部装甲が焼け落ちている。

これが意味することはつまり―――強行突破。

燃え盛る鳳(ハウレス)の炎を食らいつつも、それを防ぎもせずに駆けつけたということだ。

知っていた……分かっていたが、脳裏の片隅に追いやっていた。

 

デッドエージェントは、炎元素に対する耐性が高い。

 

とはいえ、ダメージはあるにはあるはずなのだ、だが事実奴はいまここに居る。

リスクを冒す価値があると判断したのか……?だとしたら何故今?

あるとしたら……

 

『バーベキューの時間だ!』

 

炎の弾丸が頬を掠める。

振り返ると、服装を煤で汚した愚人衆がもう一人いた。

今の攻撃はあいつがやったみたいだ。

 

『避けたか!だがまだ温度は高いままだぜ!』

 

赤熱した銃口より2発、3発と弾丸が射出される。

さっきは視界の外からだったから反応できなかったが、相対している今なら大した攻撃じゃない。

手のひらから炎を噴射させて加速し、肉薄する。

 

―――取った!!

 

『取ってねぇ!!!』

 

真横からの追撃。

 

なんだ?

 

反応できなかった!

 

殴られた!

 

誰に?

 

愚人衆だ!

 

吹き飛ばされる刹那、走馬灯のように考えが交錯する。

宙に浮いた体が地面に激突するまでが長く感じる。

攻撃された方向に目をやると、そこには風拳使いの愚人衆が、拳を突き出した体勢で立っていた。

さらにその後ろにも沢山の愚人衆が合流しつつあった。

まずいな、これは……俺一人じゃどうにもならないらしい。

 

吹き飛ばされる先には地面ではなく、デッドエージェントが刃を構えて待ち構えている。

例え……そう、例え、どうにもならないとしても。

 

「ここで全てを諦めてもいい理由にはならない!!!!」

 

神の目に意識を集中させ、炎の噴射によって姿勢制御をしながら、空中でデッドエージェントと向きあう。

少し驚いたような気配を感じさせながらも、そのまま突っ込んでいく俺に向かって刃を振り抜くデッドエージェント。

俺はその刃をギリギリのところで躱し、"噴射口を地面に向けて"放ち、勢いのままに空中まで飛び上がる。

 

燃え盛る鳳(ハウレス)―――ッ!!!!!!」

 

両翼をはためかせ、鳳が宙を舞い、ベントの左腕に止まる。

風元素を含む手甲に止まったことで【燃え盛る鳳】の火力が増幅し、勢いを増す。

ただでさえ大きかった鳳の姿が、さらに一回り大きくなり、烈焔となりベントの体を包み込む。

 

『なんだ……あれは……!?』

 

それは熱というよりは光。

“人型の太陽”となり、地上に降り立つ。

 

【この使い方は、反応を起こした時から頭の中に入ってきてはいた……だが、積極的に使おうとは思わなかった】

 

太陽は、大きな炎の塊である。

それに例えられる者が、例え人型であろうとそこにあるのならば、周囲の物体がどうなるのかは明白だろう。

日輪と両翼を持ったそれは、歩くだけで周囲の自然物を炭化させる。

 

【―――周りへの被害が大きすぎるからだ】

 

『貴様……なんだ、その力は……ッ!』

 

デッドエージェントに問われたベントは、己の内側から湧き出る膨大な熱量に眉をひそめながらも、その熱を少しでも吐き出すようにため息を吐きながら答える。

 

烈焔天使(ハウリエル)

 

鳳を模したくちばしのある仮面、その目元から光として漏れ出す熱を揺らめかせながら、超熱量の両翼を羽ばたかせながら堂々とたたずんでいた。




幾つかの描写を変更しました。(2022/12/30)
やっぱり一時の発想で書くのはやめた方が良いですねぇ、話を作ってしまったからにはなかったことにはできませんが。


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邂逅

通常形態と同じく翼を展開した姿ではあるが、【烈焔天使(ハウリエル)】は、元素スキルとは全く別の原理によって引き起こされる特殊形態だ。

 

黎明を表していた欠けた日輪はしっかりと輪となった上で後頭部に移動しており、浮いている。

そして、【燃え盛る鳳】(ハウレス)と融合した結果と思われる両翼はしっかりと両の肩甲骨から生える形で展開されており、その両目にはとてつもない熱量によって揺らめくオレンジ色の陽炎が漏れ出ていた。

そして何よりも――――――

 

【頭に浮かんだとおりの方法で”混ざって”みたが、上手くいってよかった】

 

それは声をも焼き尽くさんほどの圧倒的な熱量。

愚人衆たちは全員が仮面をつけているからいいものの、もし肉眼で直視していたのなら、ドライアイを通り越して失明までしていたかもしれない。

 

しかし、実はこの状態は芳しくない。

『上手くいってよかった』とは彼なりのブラフであり、今自身に起こっている変化を隠すための嘘だ。

【烈焔天使】――元素変化によって生み出した元素生物と同化することによってのみ、変身することが出来る特殊形態。

それは高い元素出力と攻撃力を有しているが、同時に使用する本人への負担が非常に大きい。

 

本来、テイワットに住む人間たちは、元素と共に世界に在りはするものの、体内へ多くの元素を取り入れる事はほとんどない。

例え神の目を持っていようとも、純粋な元素力を取り込んでしまうと、多くの場合体調を悪化させる結果となる。

そのため、多くの元素スキルは本人と同化するようなものは少なく、あっても身に”纏う”程度にとどまっている。

 

だが、現在のベントのそれは、前述の前例とは異なり、もはや元素スキルの範疇を超える運用方法をしている。

一見すれば、高出力な元素変換を可能としているが、彼自身、この形態をどれだけ保つことができるかを、自身ですら把握できていないだろう。

 

自分の実力が無いが故の突破口、死中に活を求めた末の形態。

それが【烈焔天使】の正体なのだが、愚人衆がそれを知ることはできないだろう。

 

【どうした、怖気づいたか?来ないなら―――】

 

怖気づいているわけではない。

急激な周囲の気温上昇により体が水分を求め―――全員が熱中症になりつつあるが故に、うまくリアクションが取れないだけだ。

 

【こっちから行くぞ】

 

そんなことは知ってか知らずか、ベントは強気に打って出る。

背に展開した炎元素を爆破させ、それによって得た推進力で愚人衆に接近、そのまま彼らの元素供給源と思われる幾何学模様の結晶体を次々に破壊していく。

 

彼自身から発せられる熱に、炎に当てられた者達の衣服、その布地の部分は自然発火し、次々と燃え上がり、周囲を地獄絵図に塗り替える。

 

『くそっ!なんだァコイツ!急に強くなりやがった!』

 

『よくわからねぇが、近くにいるとまずい!撤退するぞ!』

 

『上になんて報告すればいいんだ、こんな化け物ォ!』

 

次々と熱暴走によって機材や武器に不調をきたし、戦闘続行が不可能となった事によって、先遣隊は蜘蛛の子を散らすように撤退していく。

ある者は火だるまになりかけ、ある者は銃の暴発によって大けがを負い、またある者は雷蛍や氷蛍の羽が焼け落ちたことで完全に戦力外となっていた。

 

『熱』とは、ただそこにあるだけで危険なものなのだ。

もしここに高名な冒険者がいたらこう口にした事だろう。

―――『まるで燼寂海(じんじゃくかい)に来た時のようだ』と。

 

『……ハハッ、今までは手加減をしていた、とでも言うつもりか』

 

デッドエージェントは灼熱の領域となった風龍廃墟に一人、殿(しんがり)として残っていた。

 

いくら瞬きをしても潤わない双眸に、カラカラに乾いた喉と唇。

声を出すだけで体の水分全てが持っていかれる錯覚に陥る。

常人であればパニックを引き起こし、水を求めて逃げまどっていただろうに、彼はそうしなかった。

 

目の前にいる冒険者を覚醒させてしまったのは自分であり、部隊が全滅しかかったのもまた、捕虜であった冒険者一人に対し、己が最大限の警戒をもってあたっていなかったからだ。

 

全ての責任を負って、ここでコイツを食い止めなければいけない。

さしずめ、ここが"命の使い所"というものだ。

 

【そういう訳じゃない、ただ今の俺ならお前を殺せるだろうがな】

 

『その……ようだ、な。どうした、来ないのか?』

 

【一つ、聞かせろ。何故、お前たちは風龍廃墟にいた? 愚人衆が風龍廃墟に入ってくるところなんて見たことが無かった……ディルックから話を聞いてからも何かおかしいと思っていたんだ。四風守護の断片とはなんだ?―――一体、お前たちの目的はなんなんだ?】

 

『何……か、話すわけないだろう、機密情報だ』

 

【……そうか】

 

これ以上の会話は必要ない。

ここに居る二人の間に、それほど長く話すほどの関係性は無いからだ。

ただ出会った敵同士、多く語る事もない。

情報を吐かない強情さを持つというのなら、なおさらだ。

 

敵が全て撤退したこともあり、【焼き払う鳳(アイム)】の方も、ディルックやフィッシュル達の護衛から戻ってきている所だった。

こちらに向かって真っすぐ飛んできた【焼き払う鳳(アイム)】は、そのままベントの片手と一体化するように吸収される。

荒れ狂う風元素と炎元素はそのままに烈焔天使を解除しつつも、鳳二体分に増幅された力を、ベントはデッドエージェントに向ける。

 

熱を光として掌に集約させ、圧縮し、荒ぶる炎元素を風元素で拡散しながら押しとどめていき、やがて豆粒ほどにも圧縮を遂げた後、その光は解き放たれた。

 

【元素解放―――燎原(りょうげん)鳳光(おうこう)

 

放出された熱量の塊は、人ひとりを始末するには十分すぎる―――文字通りの意味での火力があった。

 

 


 

 

【いつの時代も変わらぬ、人の子というものは、決まって無茶をするのだな、バルバトス】

 

 

「そうだね、その生き方は、見ていてとても危なげだけど……それでも、僕は彼にまだ生きていて欲しいんだ」

 

 

【―――知っているだろう、"アレ"がどういうものなのか、あのような神の目を持つ人間は、到底長生きできるものではない……持ったとしても―――】

 

 

「"数日"だろうね、常人なら数時間と持たないだろうさ。それでも彼がまだ生きているのは、奇跡としか思えないよ」

 

 

【それでもか】

 

 

「うん、ボクはそれでも、彼にこれからを"自由"に生きてほしい。これは、僕の責任でもあるからね……だから、君に協力を仰いだのさ」

 

 

【それは命令か?バルバトス】

 

 

「ううん、これは頼み事さ、昔からの友人として―――ただのウェンティとして、ただのトワリンへの」

 

 

【……そうか……、そうか、友人からの頼み……か―――】

 

 


 

香ばしい匂いが鼻孔をくすぐる。

パチパチと薪の音が聞こえ、肌寒さと同時に体内の鼓動に温かさを感じ、少しずつ意識が覚醒していく。

夢うつつとしている頭で、これまでの記憶を探る。

 

そうだ、俺は確か、炎元素形態の元素解放をして……それで、気を失ったのか。

 

上体を起こすと、そこは冒険者が使う簡易テントの中で、四畳ほどのスペースには、ベントの他に小さな影があった。

髪を解いてはいるものの、その特徴的な金髪と眼帯ですぐに分かった、フィッシュルだ。

彼女は、交代制で見張りをしながら眠る冒険者としては普通だが、武器を抱えたまま座って寝息を立てていた。

ベントは彼女を起こさぬよう、自身にかけられた布をどかして、右腕が無い違和感に慣れず、バランスを崩しながらもテントの外へ出る。

外にはディルックは居た。

焚き火の上に鍋を吊り下げ、中身をかき混ぜながら、彼は振り返らずに話しかけてくる。

 

「起きたか。あの後、君はすぐに意識を失ってしまったよ。心配せずとも、愚人衆はとっくに撤退している」

 

「俺は……どれくらい寝ていた?」

 

「日暮れから数えて4時間ほどだな、負傷者を抱えて夜に行動するのは危険が伴う、だから今は見張りを交代制で野営している」

 

アカツキワイナリーのオーナーであるために、戦闘能力の高さこそあれど、ただのボンボンかと思っていたが、想像より思慮深く、冒険者寄りの考え方を持っていたらしい。

数時間も意識を失っていたことに申し訳なさを感じると同時、彼の事を少し見直した。

 

「少し寝て体調も万全だ、見張りを代わろう」

 

「いや、君も寝ていて大丈夫だ。義手とはいえ片腕を失っている人間を一人で見張りをさせる訳にもいかない」

 

「見くびらないでくれ、これでも神の“眼差し”を受けた者だ。歴は浅いが」

 

「……」

 

「……」

 

「いいだろう、なら、僕は少し寝るとしよう」

 

ディルックは椅子代わりにしていた倒木から立ち上がると、簡易テントへと入っていった。

ベントは持ってきた荷物より、一式の調理器具をもってきて、椀に鍋の具材を注ぐ。

スープは肌寒い夜にはちょうどいい温かさで、体を芯から温めてくれる。

 

「こんな体になっても内蔵機能には問題はない……か。不思議なものだな」

 

常時ほのかな光を放つ、胸にある神の目。

……ずっと不思議に思っていた。

神の眼差しを受けた者は、神の目を授かり、元素を操る力を発現させる。

だが、それでは説明がつかないだろう。

この胸にある神の目は、まるで所有者を殺す意思があるかのように、生命力を喰らい、常に元素へと変換し続ける。

これでは神からの祝福ではなく、その逆。

 

「まるで、呪い」

 

【如何にも、そう謂れても仕方がないのだろうな】

 

「―――ッ!」

 

【落ち着け人の子よ、我は敵ではない】

 

いつの間にそこにいたのか、途轍もなく大きな気配。

三対の翼、途轍もなく大きな体に、嵐のような威圧感。

―――そして、風元素を濃密に纏った眼光。

過去にモンドを災禍に陥れ、旅人を含めた西風騎士団によって撃退された龍。

 

「―――風魔龍、トワリン」

 

【また会ったな、"心臓"を持つ人の子よ】

 


 

有名な旅人と西風騎士団が撃退したはずの龍を前にして、警戒しない方がおかしな話だ。

風を纏う龍に至近距離まで近付かれた時点で意味を成さないとは分かっているが、ベントは得意な武器である弓の弦を引き絞―――ろうとして、自身に片腕が無い事を改めて自覚し、腰から解体用のナイフを引き抜き構えた。

 

「俺に何の用だ」

 

嵐を起すと言われる龍を前に、やっとの事で絞り出した言葉だった。

彼は―――トワリンは、少し開けた口から風に乗せて言葉を返す。

 

【我は、貴様の方が、我に用があると思っていたのだがな】

 

困ったように身を捩る龍から漏れた、意外な言葉に、ベントは「なんだと?」と首を傾げる。

自分がトワリンに用があると思ったと、奴はそう言った。

だが、風龍廃墟に来た理由はディルックからの依頼であり、自分の意志ではない。

 

【―――人の身には有り余る力だ、依代は必要となるだろう。真に力を使いこなしたければ、後に我の元へ赴くといい】

 

聞き覚えのある言葉だった。

それは、ベントが神の目を発現した後に見た、夢の中での出来事。

構えていたナイフを下ろしながら聞く。

 

「―――まさか、あの夢は……現実にあった事なのか?」

 

【否、アレは貴様の夢に、我が介入しただけに過ぎん……しかし、確かに我は、少しだけ我の力を貴様に分け与えた―――もっとも、それもこのたった数日のうちに擦り切れてしまったようだが……】

 

言い回しに妙な違和感を感じる。

まるで、そうなる事を予期していたかのような。

まるで、ベントの力を知っていたかのような。

 

「……アンタは、俺の力が何か、知っているのか?」

 

【然り―――だが、これを説明するには、少し時間を要するものだ。貴様に、それを聞く覚悟はあるか?】

 

思えば、この短い期間に、何度も意識を失うことがあった。

拭いされない倦怠感と、生命力を常に吸われるような感覚。

神の眼差しを受けた、元素を操る存在としては、異質と感じるこの力。

その謎が少しでも解けるのならと、ベントは頷いた。

 

【では話すとしよう―――アレは、今から1000年程、昔の話だ】




大袈裟になっていた描写を修正しました。
流石に強すぎるっぴ。


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神の心臓

どの時代も、人は過ぎたる力を欲すモノ。

1000年前のモンドは、一部の人間によって、人間を支配する、悪き時代の最中であった。

人が人を物のように扱うその時代には、時代に沿った、狂った発想を持つ者もまたいた。

 

彼らは、璃月の仙人を支配できないかと考えた。

強大な力を持ち、魔を祓う夜叉の力をも、従えんと考えたのだ。

しかし、いくらモンドで強き権力を持っていたとしても、それが他国にまで通じることはない。

「仙人を引き渡せ」という要求は、ついに璃月には届かなかった。

 

―――だれかが言った。

―――我が物にならないのなら、造ればいいと。

 

彼らは、人工的に仙人を作り出す研究を始めた。

スメールの学術院のように学があるわけでもない。

かといって、フォンテーヌのように画一した技術力があるわけでもない彼らによって行われたのは、非人道的で、惨たらしい人体実験であった。

 

三眼五顕の三眼は、仙人が生まれつき、両の眼と神の目、合計三つの目をもち、高位の元素操作能力を持つことから、そう呼ばれている。

 

故に彼らも、それに倣うことにしたのだ。

 

彼らは、スネージナヤの開発した邪眼に目をつけ、国交の末に手に入れた邪眼を―――奴隷の身体に埋め込んだ。

 

「これで三眼だ」

 

と、誰かが嬉しそうに言った。

だが、神の目に及ばないものの、強い元素力を放つ邪眼を制御するのは至難の業である。

ほとんどの奴隷は元素に酔って体調を崩し、数時間で命を落とした。

 

中には、体と元素が中途半端に同化したせいで、自らの邪眼によって命を落とす者もいた。

 

 

ある者は人体発火を起こし、

 

ある者は氷像と成り果て、

 

ある者は体が泥のように朽ち、

 

ある者は体の水分を全て抜き取られ、

 

ある者は生きたまま人の形をした樹木となり、

 

ある者は体が内側から弾け飛び、

 

ある者は全身が稲光の如く発光して灰と化した。

 

 

最終的に、普通の人間では元素に侵蝕され、まともに力を発揮する前に死ぬということがわかり、この計画は断念されることとなった。

その計画名は―――。

 

 


 

 

【計画名は『魔神心臓計画』、人を人のまま神に近付けんと欲す、今はもう歴史の闇へと葬られた計画だ】

 

「……それと俺の神の目が同じものだと言いたいのか?」

 

【貴様の察する通り、少し違う―――だが、この話には続きがある】

 

魔神心臓計画はとん挫したが、彼らによって行われた人体実験によって、多くの大切なものを奪われた人間が、神の眼差しを受けた。

 

 

彼が願ったのは縛られることのない自由か、

 

正当な契約か、

 

己が命の永遠か、

 

危機を脱する知恵か、

 

法のもとに裁く正義か、

 

力で奪い取る戦争か、

 

それとも……。

 

 

願いそのものに関してはあずかり知らぬことだが、少なくとも、彼は体の一部を欠損した状態で、そこに重なるように神の目を発現させた。

 

神の目は、彼の腕となり、完全に人体と融合し、その生命と元素の循環によって途方もない元素出力を発揮し、首謀した貴族らを皆殺しにした。

 

だが、事はそれだけで終わる事はなかった。

邪眼を融合させた者と違い、一切の不純物無く元素を発揮できる彼に待っていたのは過酷な運命だった。

 

 

彼は飢えることがなくなった。

 

彼は呼吸の必要がなくなった。

 

彼は睡眠の必要がなくなった。

 

彼は交合できなくなった。

 

彼は記憶を失った。

 

彼に感情はなくなった。

 

最後に、彼は人ではなくなった。

 

 

七日を掛けて、彼はゆっくりと元素そのものへと還っていき、やがて、神の目と共に世界に溶けて消えてしまった。

 

【貴様の力が何なのか、知りたくば答えよう。それは神の目に非ず、それは神の心に非ず、それの名は"心臓"―――神の心臓】

 

「神の……心臓」

 

人間の肉体と神の目の融合体。

人の命を喰らい、元素へと変換し、やがて人そのものを元素として世界に溶かし尽くしてしまう代物。

 

【このまま放っておけば、貴様もいずれは元素へ還る。だから、我がここにいる……そして、貴様を延命させうる手段もまた、ある】

 

そう言いながら、トワリンは風を起こし、彼の影に隠れていた"何か"を、風に乗せてベントの目の前へと向かわせた。

それは、小さな仙霊……のようなものだった。

全身の色は薄緑色で、ぷよぷよと浮いている仙霊と違い、これは風を纏って……いや、操って浮いているようで、足元に旋風が起きている。

そしてなにより、トワリンの鱗のようなものが頭からいくつか、まるで髪の毛か帽子のように生えていた。

 

【紹介する……彼女はシルフィード。我より剥がれ落ちた鱗が命を宿し、神の目を授かった精霊で―――異国の者達が『四風守護の断片』と呼んでいた存在だ】

 




評価、感想、お気に入り、いつもありがとうございます。


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断片

精霊とは、テイワットに存在する元素生命の一種で、意志を獲得した元素そのものと言っても過言ではない超常存在。

有名なもので言うならば、璃月とモンドの中間に位置する、軽策荘に現れると言われる、水元素を司る純水精霊が、その最たる例である。

 

「これが精霊?」

 

『―――!』

 

見聞きした程度で、実物を見たことが無い者にとっては当然の反応であろうそれに、シルフィードと紹介された精霊はくるくると回りながらトワリンを指(?)さす。

 

【彼女は、モノ扱いが気に食わない、といっている】

 

どうやらご立腹だったようだ。

精霊の感情表現は、そう人間に理解できるようなものでもないらしい。

しかし、精霊の言葉を聞いたベントは、目を丸くして驚きの声を上げた。

 

「それはつまり……このシルフィードは、やはり普通の精霊とは違うのか?」

『――♪』

【ああ、彼女は普通とは違った出生をしている。我の剥がれ落ちた鱗であり、同時に我の分霊ともいえる存在―――つまり、彼女は四風守護の加護を、その身に僅かながら、宿しているのだ】

 

トワリンただ静かに微笑みを浮かべて応えた。

その表情には、確かな信頼と愛情が込められているように感じられる。

精霊にも親愛はあるのだ。

 

【人の子よ、汝の身には神の目が融合しているという話を、先ほどしたな】

「あ、ああ」

【汝は何故か、まだ生き延びてはいるが、そのまま放っておけばまともな死すらも迎えられぬ。しかし、彼女がいれば―――シルフィードが、汝の身に宿れば、話は別だ】

 

トワリンはそう言って、優しくシルフィードに手を差し伸べる。

すると、シルフィードはその小さな身体で、まるで甘えるかのようにトワリンの腕へと抱きついた。

まるで母親に抱かれた子供のように、幸せそうな笑顔を見せている。

その姿に、トワリンは僅かに笑みを深めて、言葉を続けた。

 

【我ら龍は人に非ず、故に神の目は授からない。我ら龍は神に非ず、故に加護を与える事は出来ぬ。我ら龍は精霊に非ず、故に人と共にその営みを見ることもない。だが、人間である汝ならば話は別だ】

「いいかたが回りくどいんだが……ようは、そのシルフィードと一緒にいればいいのか?」

【左様。シルフィードの力があれば、その身にある神の目の力を制御、抑制できるだろう。――汝は、生き永らえることができるのだ】

 

トワリンの言葉に、ベントは自分の胸元を見下ろす。

そこには確かに、胸の穴と融合した神の目―――通称、神の心臓が輝いている。

 

【そして、彼女と共に生きるのだ】

「……ああ、わかった。どうすればいい?」

 

シルフィードがベントの周囲を旋回し、楽しげに声を上げる。

その姿はまるで踊っているかのような印象を受ける。

そんな彼女の様子に、ベントはどこか懐かしいものを感じて、思わず頬が緩む。

 

【―――何も、特別なことはない。彼女を受けいれるのだ。その、神の心臓の中へと】

 

周囲を飛び回っていたシルフィードは、腰からぶら下げた、自身の大きさの半分ほどもある神の目を発光させながらベントの胸の中へと飛び込む。

そしてそのまま神の心臓の中―――つまり、文字通りベントの胸へと入っていく。

 

―――ふと、常に感じていた神の目からの元素出力が止まった。

 

神の目の鼓動が目に見えて小さくなり、脈と同時に動いていた血管も萎んでいくが、逆に血が全身に行き渡り、体に体温が戻っていくのを自覚する。

ずっと風をまとっていたような、そんな感覚があった。皮膚の下で微風が骨を伝って脳髄にまで達していて、だんだんの体が風に呑まれていくような、そんな感覚。

だが、それらも今は感じない。

 

短い間ながらも、フィッシュルを助けたあの日から、文字通り血の気が引いていたのだと。

血が全身に行き渡ることで改めて自覚できた。

 

『なによこれ!?体組織ぐちゃぐちゃだし、元素の巡り悪いし非効率!あーーもう!忙しいったらありゃしないわ!なんで!アタシが!こんな事!お父様の我儘にも困ったものね!』

 

少し、というよりかなり喧しい声が胸の中心―――つまり神の心臓から聞こえてきた。

 

「えっと……?」

『アンタ!ベントっていったっけ?どれだけ酷使したらこんな状態になるのよ!聞こえてるわよね!?あぁーーー!!なんか体内に炎元素の痕跡まで残ってるんだけど!体内で元素反応なんて起きたら大変なのにぃーー!』

「体の中から声がする……君は、さっきの精霊なのか?」

『そうよ、風の精霊シルフィード!風魔龍トワリン様の娘で、バルバトス様の孫みたいなもので、これからアンタのパートナーってうっわ!消化器官にもダメージがああ!!アンタ食事も呼吸も必要ないからって生命活動サボってんじゃないわよ!聞いてんの!?』

「あ、あぁ」

『アンタも神の心臓を手に入れたとはいえ元は人間、元素に頼って、ほとんど何も食べずにここ数日過ごしていたんでしょう?「いやさっき粥を」そんなことしたら!消化器官に!循環器系に!影響及ぼしまくりに決まってるじゃない!「ごめんなさい」リンパのながれも悪いし……って!アタシは医者でもなければ整体師でもないわーーー!』

 

先ほどまで聞こえていなかった精霊の声が体内から聞こえる。

しかも一人なのに姦しいほどに響く高い少女の声で。無駄に高いテンションはフィッシュルやバーバラなどのモンドで仲のいい少女たちでは経験しできないものであったために、体調は前に比べて格段に良くなったにも関わらず、別の理由で頭が痛くなってきた。

 

【許してやってくれ、人の子よ。シルフィードは生まれて日が浅い―――しかし神の眼差しを得て舞い上がっているのだ。そして何よりも、生まれてこの方、我以外の生命と話したことがない。―――故に、人の子と意思疎通ができて興奮しているのやもしれん】

 

『お父様!?余計なこと言わないでくれる!?』

 

神の心臓が点滅し、それに合わせてシルフィードが言葉を発するが、それが外に漏れている気配はない。

というより、彼女の声は鼓膜ではなく頭の中に響いているため、外部への干渉が出来ていないという事が正しいか。

しかし、精霊としてトワリンの周囲に浮かんでいたときはなにも意思疎通ができなかったにも関わらず、なぜ今は彼女と話す事ができるのか疑問に思っていると、目の前の龍は空気を察したのか説明をしてくれる。

 

【彼女には声帯がない。それ故に意思疎通をするために言語を介すことがない。だが、今や人の子と彼女は一心同体―――もう一人の己が頭の中で話しているようなものだ。これには(声帯)も呼吸も、ましてや言語も必要なかろう】

 

「なるほど」

 

【いずれにせよ、これから彼女―――娘の事を頼む、人の子よ】

 

「あ、ああ、わかったよ」

 

それだけ言うと、トワリンは三対六枚の翼を羽ばたかせて飛び立ち、風龍廃墟の奥地へと消えていった。

ベントはそれを見送ると、いまだに頭の中で響く声に従って粥をよそい、よく咀嚼して嚥下する。

 

『まったく、よく今日この日まで生き残ったものだわ! でも安心しなさい? これからはアタシがアンタの元素の流れをコントロールして、できる限り長生きさせてみせるわ!』

 

実際、シルフィードが神の心臓の元素放出を抑え、制御してくれているおかげなのだろう。土気色にまで思えていた肌は赤みを取り戻し、粥を食べたことで内臓が動き、ようやく自分が空腹だったのだと―――人としての活動が再開したのだと、自覚もできた。

しかし彼には疑問があった。

なぜトワリンが自分をそこまでして気にかけるのか、そして、なぜそこまで―――。

 

「何故……そこまでしてくれるんだ? 風の精霊シルフィード。俺とは初対面のはずだろう、義理なんてないはずだ」

『義理? 人間の価値観はよくわからないけれど、アタシはお父様に頼まれたらそれに従う、それに義理とか初対面とかカンケーないわ。それに、これもある意味、親元を離れるという意味では”自由”の一つの形、そうは思わない?人間』

「そう、か……自由か」

『そうよ』

 

なぜかは分からない。

そこまで劇的な情動は自覚できなかった。

心ここにあらずといった具合で、生気のもどった体でただ夜を過ごしていただけ。

ただそれだけで、それだけの瞬間、それだけの時間。

だというのに何故か、涙がこぼれおちてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「雨の予報はなかったはずだが」

『鈍いわね、それは雨じゃなくて涙よ涙、自覚ないの?』

「お前は情緒を知らないんだな」



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