より良いハッピーエンドの導き方 (後藤さん)
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第一話『プロローグ・前~記憶のトリガーは突然に~』
――それはとある日の任務中の出来事だった。
「村田、鬼がそっちにいったから頼む!」
「了解! こっちは任せろ竹内!」
鬼が出た……と聞いて出動したのはもう三時間程前になる。
それこそ鬼の量は数体、強さもそこまで無い様な連中だが階級が下から数えた方が早い様な俺達にしてみたら命懸けの重労働。
一時の油断すらままならない。
特に俺達は十段階ある内の下から二番目の位である『壬』だから多分油断なんてしようもんなら即座に殺されるだろうな……俺なんてもう鬼殺隊に入って四年目も佳境だって言うのにこの地位だ、自分の才能の無さに泣きたくなる。
それでも任されたからには泣き言なんて言ってられないんだ、畜生め!
俺だって鬼に天涯孤独の身にされてるんだ、弱くてもやれる事はやれるだけやってやる!
「ケッ、ちょこまかとぉ!」
「やっと追いついたぞ! さあさっさと観念するんだな!」
「果たして観念するのはどちらかなァ?」
「……はい?」
……周りを見渡す。
あ、ダメだ深追いしすぎた、どこだこの真っ暗な森。
逃がすもんかと他の鬼が劣勢なのを都合良しと突っ込んだのが失着だった……しかもコイツ、他の鬼よりは多少腕に実力があるか……
参考までににはなるが俺の得意とする戦法を挙げるなら、相手の実力と得意属性を的確に見極め集団で攻撃し討ち取る堅実さと数の利を活かしたゴリ押し、俺自身の力は階級の通り低い。
「お前、もしかして馬鹿か?」
「……な、な訳無いでしょう!! もし合ってもアンタを殺せば証拠隠滅だから!! 先手必勝!!」
「ええい! 雑魚は雑魚らしく死に晒せ! 血鬼術・凍風!」
「のわぁっ!」
この通り先手で不意打ちをしたとしてもまともに水の呼吸の型すら操れない俺単独では中々に厳しい立ち回りを強いられてしまうのが常。
何としてでも倒さねばならないが……生存率を上げるには仕方ないけどここは一旦引くしか……
「行かせるかよ! 凍風!」
「二度も同じものに引っ掛かって……あ」
退路妨害の為か鬼が氷の血鬼術で攻撃、それを飛び上がって避けた瞬間俺の脳みそが警報を鳴らしていた。
それもそのはず、血鬼術にしては単調が過ぎると思っていたがそもそも直接当てるのが目的では無かったからだ。
そう。下をチラッと見れば暗いながらも月夜に照らされキラキラと光る銀世界が直下に見える。
そして人間というのはいくら数メートルの飛び上がりであっても飛び上がっている間体勢はそうそう変えられない。
それが意味する末路というのは……
「足が滑っへぶぅ!?」
次の瞬間には俺の意識は凍らされた地面によって足を取られた、という何とも間抜けな事により飛ばされていた。
「ど、どこだここ……」
次に目を覚ました時には、何も無い空間にいた。
死んだのかとも思ったが強打した顔面がまだ痛むという事は生きているのだと何故か冷静になっていたが、流石に何一つ無い空間がおかしい事くらい気付かない訳が無かった。
「お、やあやあ起きたか」
「なっ……誰だ!」
しかし冷静になったのも束の間、暗闇に響く声がした。
周りを見渡すが何も無いし見えない、それでいて近くにいる様で遠くにいる様な不気味な声が響く。
それが不安を駆り立てる。
「そう警戒するなよ。君は俺を知っているはずさ。俺も君を知っているけどね。ゆっくり思い出してみな……ああそうそうここは君の深層心理世界だからどれだけ体感時間で考えても起きた時には一瞬も時間経ってないくらいだから」
「な、なんだと……?」
不安には駆り立てられたものの何故か声には説得力があった。
そして何故かその声には確かに聞き覚えがある様な気がしている、根拠なんてものは無いのに。
「……取り敢えず考えるしか無いか? いつもの俺ならこんなおかしな事になったら気が動転しても良いのにしないし何よりさっきまで戦闘してたのに全く違うこんなところにいる事自体現実離れしてるし。……しかも偶然とは思えないんだよな、これ。多分このまま目が覚めても殺られるだけ、だったら何かこれが手掛かりになる……かも知れない。やってみるだけやってやる、家の家訓だったもんな」
死んだ両親が掲げていた家訓を胸に生きてきた。
やれるかやれないかではない、とにかくやってみる事から始めろと常日頃から言われてきた。
だから日輪刀を握った時に、基本流派適性が低いと言われても諦めなかった。
最終選抜だってそうだった。
死んだ同期に託されたものが二つもある、大切なものを二つも。
だからここでやれる事は全部やってやるさ。
生きる為に、勝つ為に。
そう決心したからか、心が落ち着くのが分かった。
そう言えばあの声はどこか聞き覚えがあるとさっきふと思ったんだったな。
………………いや、聞き覚えがある?
違う、確かに聞いた事のある声だが、少なくとも『俺が俺になった』時点では聞いた事は無い。
この声は……そうか、そうだったんだ。
あまりに早く辿り着いてしまいつい苦笑が零れるが、それもそうと言いたくなるくらいなんで今まで忘れていたのかと呆れる程だ。
「どうやら答えは出たみたいだね」
「ああ……そうだな、『俺』」
そう、答えは自分自身だった。
しかしそれは大正に生きる俺という『村田鋼一郎』ではなく、別世界の、令和に生きていた、とある男。
『鬼滅の刃』という、俺が今生きているこの世界が一つの作品として存在する世界で、その成り行きを見てきた男。
俺の前世だったんだ。
「全く……漸く起きてくれたのか」
「ああ、ごめん……でももっと早く起こしたかったな……もっと早ければ錆兎は……ッ!」
握り拳を作り行き場の無い怒りが漏れる。
自分の無力さに、後悔に、悲しみに。
どうしようも無かったあの日が。
「馬鹿言え。現代と原作の知識が多少あったからと言って元一般人の知識じゃ錆兎は救えなかったさ。……だが原作とは違って、俺には救えたものがあった、そうだろう?」
「救えたもの……そうだ、俺は錆兎に託されたんだ。義勇と、『真菰』を。原作より多くのものを託されたんだ」
自然と現代と『原作』の知識、両方が頭に流れ込んでくる。
膨大な量の割に水の様に吸収出来るのは、魂の同じ人間のものだからだろうか。
それはまあ良いんだが、既に原作とは違うムーブをかましていた事に行き着く。
それが『真菰』だった。
まず真菰は本来俺や錆兎、義勇とは違う最終選抜の時に鬼に殺されていたはずだが何故か同じ選抜のメンバーとして参加していた。
そして情けなくも錆兎から義勇を託された直後、真菰を助けてやってくれと言われ命からがらにあの『因縁の鬼』から救出し逃げ切った……真菰はその違う最終選抜時、錆兎をも殺したその鬼に殺されていたのが正史だったのにも関わらずだ。
「そーいうこった。『俺』が居なくても既に俺は本来救えなかった命を救った、だったらこれからは錆兎の遺志を受け継ぐ……アイツもそれを願ってるはずだ」
「分かってる……でも、このままじゃ俺は……!」
だが一番の問題は片付いていない。
目の前の氷の血鬼術を使う鬼をどう倒すか、今のままでは起きてもリスキルが関の山だ。
「なーに心配すんなって。そこは俺お得意のアレ、あるじゃん?」
「アレ? ……なあ、まさかとは思うがそのノート……」
そこも把握済みと言わんばかりに俺はニヤつく。
お得意の、と同時にどこからか出てくる一冊のノート。
『鬼滅の刃 オリジナル流派・血鬼術辞典』
「その通りさ☆」
「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!!」
成人してから書いてしまった厨二病を拗らせたそれを見て、まだ前世の記憶が馴染みきってない俺はクソ程にも汚い叫び声を上げる事しか出来なかった
村田の下の名前と家訓はオリジナル設定
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第二話『プロローグ・後~黒歴史と超展開と~』
「……落ち着いた?」
「アイ、オチツキヤシタ」
俺最大級の黒歴史こと鬼滅の刃オリジナル呼吸・血鬼術ノートを突きつけられ発狂してから体感十分後くらい、漸く落ち着いてきた。
鬼にとっての弱点が藤の花の毒であるように俺の弱点は成人してから書いてしまった厨二病の詰まったノートなのだ。
だがそれが鍵を握る事もまた俺は把握していた。
「さあここにいられる時間ももうあんまり無いからな、村田に適合するオリジナル流派を探すぞ」
「……成程、俺と俺の記憶が溶け切った時がタイムリミットって事か。……これは無の呼吸……サイコロステーキ先輩用の呼吸か……今は同期の吾郎君にタイミング見て教えてあげるか。……っと、あったあった」
「流石俺、探すのが速いな」
「まあ、俺の書いたものだからな」
オリジナル呼吸なんて見つけたとして使いこなせるのか、という不安は無かった。
何せサイコロステーキ先輩である現・才木吾郎以外に関しては適性と能力値を見極めて作った代物だ、どうにかなるなる。
「陰の呼吸……」
「我ながら俺の扱い酷くね?」
「残当、村田らしい扱われ方」
陰の呼吸……その名の通り影の薄い村田にしか使いこなせないだろう気配を遮断しながら扱うそこまで物理的なパワー面を必要としない流派だ。
うん、これは酷い、いくら前世の俺だとしても今の俺の認識が酷い。
「ま、まあ良いや……それより今は基本の壱の型と弐の型のやり方即興でやれないと死ぬって言う地味に嫌な展開に腹痛しかしないのがキツい」
「しかも相手目の前だからね……陰の呼吸って大体認識外からの発動で効力アップする、それを前提にしたような呼吸だからねえ」
「壱の型が影縫い、弐の型が影打ち……運が良かったのは厨二病成人の俺がその二つをコンボで使える様にしてた事だろうな……よし」
壱の型・影縫い……その名の通り相手の影に日輪刀を刺し身動きを取れなくする型。認識外からの成功で効力アップ。
弐の型・影打ち……自身若しくは相手の影を日輪刀に纏わせカマイタチの様な斬撃として中範囲に攻撃する。認識外からの攻撃で威力上昇。
正直影打ちは真正面から打っても威力なんてそんなに無いが、今やれる通常攻撃以上の攻撃力を持つ技はこれしか無い。
つまり何としてでもやるしかない。
やれるかやれないかじゃない、やるんだ。
「覚悟、決めたか?」
「お陰様でな。家の家訓はチャレンジ精神の塊みたいなもんだし、村田家最後の人間としてその魂だけは忘れちゃいけないからな。……あと、真菰に会いたいし」
思えば義勇とは原作以上の友人関係が築けているとはいえアイツは柱だから話す時間も最近は余り無い。
それに比べると真菰は同じ隊士として、四年間ずっと傍にいてくれた唯一の同期だ。
それだけでも癒されるがやはり真菰は女の子、しかも年下で四年前から背丈も顔もほぼ変わらないと来た。
そりゃあ、もう癒しだろ。
で? 死んだらその真菰を悲しませる訳だ。
そりゃ死ねないって話だ。
「真菰を泣かせる事は許されざる行為ッ……! 例え自分でも許されないッ!!」
「さっすが俺、分かってんじゃんかよ……さあ、そろそろ時間だぞ」
「おうよ、ここからが俺の始まりだ」
意識が霞んでいく。きっと次意識が覚醒したらもう二度とここには戻って来れないのだろう、そう思うと一抹の寂しさもあるが前世の俺は今の俺でもある。
いつだってきっと俺達は共にあるんだ、勇気を持って、絶対にこの世界をハッピーエンドに導いてやる。
「行くぜ、俺!」
意識が再び覚醒してくる……と、同時に俺の頭に落ちてきていた氷柱を間一髪で避ける。
事前にあっちで意識活性してなかったら今頃俺の頭は氷柱の餌食だったと思うと怖過ぎてチビりそう。
「っぶねー……」
「仕留め損なったか……だが次は無い!」
「それはどうかなッ! 陰の呼吸・壱の型『影縫い』!」
避け切った瞬間あっちも油断はしてないらしく一息入れさせてくれる余裕も与えないまままた氷柱を作り出し投げてくる。
が、今の俺は即興にはなるが適性値の高いオリジナル呼吸がある。
それこそ基本の二つの型だが、覚悟を決めた俺ならばこんな鬼相手これで充分!
直線的に飛んでくる氷柱を右に左に避け、次の血鬼術の起動までの隙を見計らい影縫いを飛ばす。
「あ? ……なっ……なんだこれはッ……!? 身体が……動かない、だと……!?」
よし、どうやら上手く行ったみたいだ。
って感心してる場合じゃないな、今の影縫いは効力強い訳でも無いし。
さっき間抜けに転んだ事への渾身の恨み節をぶつけながらフィニッシュブローを放つ。
「まだデコが痛いんだよクソが! 悪いが八つ当たりの為に死んでくれ! 陰の呼吸・弐の型『影打ち』ィ!!」
地面、鬼の影に刺した日輪刀を抜かずに手に持ち影を纏わせる。
そして吸収しきったところで横に薙ぎ払い、頸を落とす。
うん、完璧だ。
「お、俺がこんなところで死ぬなんて……」
絶望に顔を歪めた鬼は、そう言って消えていった。
全く胸糞悪い……鬼にならなきゃもう少しまともに死ねたはずなのに。
しかしこんな所で立ち止まる訳には行かない。
例え山の様に殺すのだとしても、各キャラの原作の末路を知っている以上助けられる者全て助けて、ハッピーエンドを迎えるんだ。
「――くどいくらいこの世界の人達の死は見てきた。前世でも、今世でも。だったら救ってやるさ! どんな手を使っても!」
決意を胸に、夜月に輝く日輪刀に誓う。
死んだ者、敵味方関係無くその無念を背負って。
「…………それは良いけどここ何処だよ」
この後竹内が偶然見つけてくれるまで立ち往生していた事は秘密だ。
締まらねえ……
「バカ、バカバカ!」
「わー悪かったって真菰! でも俺もこれで辛に昇進だろうし結果オーライだから、ね?」
「ね? じゃないの! 鋼お兄ちゃんが居なくなったって聞いてほんとに心配したんだから!」
今まで使った事の無い呼吸で、今まで倒した事の無い比較的強い鬼と戦ったせいで身体が大きく疲弊し竹内に肩を借りながら帰ってきた俺は別働隊だった帰還済みの真菰に遭遇するなり真菰に抱き着かれていた、因みに竹内は既に居なかった。
……ま、可愛くて付き合いも長い年下の女の子に抱き着かれて悪い気はしないし何なら俺から抱き着きたいくらいだったから良いんだけど。
と言うかホント真菰って初めて会った時から殆ど変わんないよなあ……
「俺が真菰を泣かせる事すると思うか?」
「うー……しないけど、しないから好きなんだけど……でも心配だったの」
「……ありがとな。真菰がいるから俺は頑張れるんだ」
前世の記憶が入ったから客観的に自分を見れるんだけど、これで付き合ってないんだもんな俺と真菰って。
……ちょっと待て今真菰俺の事好きって言ったか?
え、嘘でしょこんな急展開ある?
「……ところで真菰さん?」
「なぁに、鋼お兄ちゃん?」
「いや上目遣い可愛いな……じゃなくて、今俺の事好きって……」
「……」
「真菰さん?」
因みに上目遣いが可愛いのは事実である、初めて会った時からあんまり変わってない身長と童顔で見つめられたらそりゃドキッとしちゃうでしょうよ。
って今はそうじゃないんだけども、真菰が無言でこっちを見ながら近付いて来てるんですけど? 何この展開? 顔近っ可愛いなおい……
「……やっと気付いてくれたんだ」
「そ、それって……むぐっ! 」
異性としての意味なのか……聞く前に真菰の唇と俺の唇が重なっていたのが答えだった。
「――これが答え。鋼ちゃんの答えは?」
「ハハハ……全く。付き合うなら真菰以外有り得ないと思ってたけど、まさかこんな積極的にアプローチされるなんてな。俺の方こそ、こんな俺で良かったら是非」
冷静に考えて超展開だなこれとか、キスの味って甘いんだなあとか考えながら夜は更けていくのだった。
人生初の恋人が出来たという実感が湧くのは多分もう少し後になると思う……
今作における義勇世代・一覧
冨岡義勇
錆兎(故人)
村田鋼一郎(村田)
真菰
才木吾郎(サイコロステーキ先輩)
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第三話『この世界の同期達』
「えー、という訳でして俺達付き合う事になりました」
「唐突過ぎない!? 辛昇進したって聞いたから祝いに来たらこれとか唐突過ぎない!?」
「……まさか鋼一郎と真菰がな」
「も、もうっ恥ずかしいよ……」
時は少し進み前世の記憶が戻って一夜明け、翌日の昼間。
正式な昇進報告を受けた後義勇含めた同期全員が非番になっていたので呼び付けサプライズで真菰との付き合った事を言い今に至る。
あと真菰の赤面が可愛過ぎる、天使かな?
「でも真菰から告白して来たんだろ?」
「あうう……」
「何なのこれ……いやまあおめでとう? 付き合い長い同期同士の恋人とか何か違和感しかねえな……」
「……守れよ」
二人の反応はというと吾郎は困惑気味だが祝福してくれていた感じで、義勇は相変わらず言葉は足りないがしっかり祝福してくれている。
全く、義勇に関してはもう少しちゃんと言葉にしないと同期以外には伝わらないだろうに……まあ俺には伝わるから良いんだが。
「ああ、真菰の事は何があっても守ってみせる……って言っても俺はようやく吾郎に追い付いて辛、真菰は戊だから守られそうな気しかしないんだけどね……」
真菰は本当に強いからなあ。
何せ当時最終選別試験受験年齢は義勇や錆兎の13歳ですら異例だったのに真菰は当時11歳、俺と吾郎の15歳でも若い方って言われてたのにこの世代規格外過ぎて……。
思えば本来真菰は錆兎より後に受験するはずだったんだしそれが前倒しになったら年齢も若くなるわ。
15歳の彼女に守られる19歳……才能の差とはいえ胃痛が……。
「そんな事言わないでよ。今の私があるのは鋼ちゃんが最終選別で助けてくれたからだよ」
「そ、そうは言っても手鬼の時は俺と吾郎で何とか救出と陽動して適当に逃げ切っただけだし……」
「それでも。助けてくれたのは事実でしょ? 自信持ってくれないと困るよ? 鱗滝さんも自信のある人じゃないと認めてくれないと思うし」
「ああそれは困るなあ!? 真菰の師匠である前に養父だもんなあ!?」
いや確かに鱗滝さんに認められるには真っ当な自信な必要なんだろうけど手鬼から逃げたのは事実なんだよなあ……実際あの場に居たの冷静さを欠いて機能半停止してた真菰と、少なくともあの当時基準で所詮は本編じゃどこまで行っても階級下っ端の平隊士にしかなれないセンスしか無かった俺と吾郎だし逃げないと殺されたんだろうけどさ……
でも彼女が、真菰がそう言うならちょっとは頑張らないと……陰の呼吸とか、決意とか、昨日決めたんだし。
「そうだぜ、俺達んとこのゲンさん曰く鱗滝さんは『俺なんかが菩薩に見えるくらい厳しい』って話だしな」
「義勇も私も錆兎も凄く厳しく育てられたからね。でも修練の時も厳しいけど優しくて、だから頑張れたの」
「……そうだな」
「やっぱり噂通りの良い人なんだな、鱗滝さん。まだ会った事無いけど……会いたくなってきたな」
原作でもその厳しさと心優しさに胸を打たれた読者、視聴者は数知れない人格者なんだよな。
確かに怖いけど、真菰が朗らかな笑顔で話すその人に会ってみたいと純粋に思うのは恋人かそうでないか以前に、付き合いの長い大切な人が大事にする人だからか。
ところでチラッと出たが俺達は同期であるが俺、吾郎と義勇、真菰、錆兎とで育手が違う。
周りには何故か義勇や真菰、錆兎の事を話してる連中にも最初はその三人との方が付き合いが古いんじゃないかと十中八九言われる。
だが吾郎以外とは寧ろ最終選別初日が初顔合わせであり、何なら錆兎との親交は六日しか無い。
それでも何でここまで親しく、錆兎との思い出も深いかと言ったらまあその選別で一緒にピンチを何度も乗り越えたから……って感じだろうか、言わば戦友みたいな絆が生まれたから吾郎とは別の友情があるんだよな。
だからと言って吾郎とそこまで絡みが無いと言ったら嘘だ、寧ろ吾郎とは運命共同体みたいな存在である。
「ゲンさんの恩人でもあるみたいだしな。お前が行くなら同じとこで育ったもんとして挨拶くらい俺もしとかねえとな」
川端源内……俺達川端門下の通称で行く『ゲンさん』は元水柱・鱗滝左近次の水柱時代の継子であり鱗滝さんの次期水柱と呼ばれた、歴代水の呼吸使いの中でも十の指に入る強さと言われる事もある。
俺と吾郎の育手であり大恩人だ。
俺達二人はどちらが兄、弟と言う事はなく、時を同じくして10歳で両親をそれぞれ俺が上弦の肆・半天狗、吾郎が下弦の伍・累に殺された後路頭に迷っていた時に出会い二人で一ヶ月くらいボロボロになりながら生きていた。
そんな折にボロボロになっていたところに話し掛けてきてくれたのがゲンさんで、事情を聞くなり拾ってくれたんだっけ。
あそこ、実は育手としてでもだが単純な孤児院としても成立してて家事、肉体労働、その他稼ぎになる仕事と鬼殺隊士以外の道も示してくれるんだよ。
「何なら稽古も付けて貰いたいしな。厳しいからこそ」
「おうよ!」
俺達にも違う道もある事を前提に話してくれてたんだが、生憎と俺達は可能性があるなら鬼殺隊士以外の道は要らなかった。
吾郎も俺も即断即決だったから兄弟って感覚じゃなくて『相棒』で、一番軽く付き合っても良いと、お互いがそんだけ心を許してるから多分超親密とは思われないんだろうな。
ま、そこはこの関係の良いとこだけど。
「ふふっ」
「ん? どうしたんだ真菰?」
「んーん、ただ鋼ちゃんがやる気になってくれて嬉しいなーって」
「そ、そうか……まあ俺だって真菰の彼氏だからな! やれる事は全力でやるさ!」
昨日までの俺だったらそんな事言えたかどうかも分からないけど、今の俺は自分に一番合った呼吸が使える様になったしそれで割かし強い鬼も打ち倒した。
もしかしたらだが、原作に辿り着くまでに原作の階級を超えられる可能性も見えてきてる。
やれば出来るんだ、だったらやるしかない。
「っつってもまだ怪我は治ってねえんだからちゃんと休めよ?」
「わ、分かってるって。これが終わったら暫くは蝶屋敷で治療と養生しろって亀戸さんも言ってたし」
「……身体は資本だ。ゆっくり休むと良い」
「そうだな、彼女出来たしな。尚更無理も出来ない」
実は何気無く話してはいるが結構身体はボロボロだったりする。
見た目はそうでも無いが、帰ってきてから応急処置と簡易治療は受けたとはいえちゃんと蝶屋敷で治療を受ける様にと俺の隊のリーダーである階級『丙』の亀戸さんに言われてるしまあまあ上空から地面にダイブしたから多分骨数本はイカれてると思う。
「……それじゃあ今日はこれくらいでお開きにしよっか」
「そうだなァ、早いとこコイツ休ませないとダメだろうし」
「……ああ」
「悪ぃな。また治ったら祝おうぜ」
そんな訳で特に義勇とは久々に会って、呼吸の事とか積もる話もあったんだがまた怪我を治してから話す事にしよう。
吾郎とは隊が同じだから気にしなくてもすぐ会うだろうが……真菰は心配だ。
「なぁに、鋼ちゃん? ……お見舞いなら毎日行くから安心して?」
「あはは……」
いや心配なのはそうじゃないんだが……とは言えず、解散した。
ところで心配と言えば蝶屋敷関連で何か忘れてる気がするんだが……はて、何だったっけか……凄く大切な事だったはずなんだが……
「あらあらしのぶ、男の人連れ込んだの?」
「はぁ~……姉さん、この人は患者よ……しかも彼女持ちですから誤解しないでください」
「そうなの? ごめんなさいね~」
「へ? あ、い、いえっ!」
やべぇマジで重要な事忘れてたよ俺。
蝶屋敷でしのぶさんとカナエさんの顔見た瞬間思い出したわ。
今の俺は骨折やらなんやらよりもそれを見た瞬間に思い出したとある事による腹痛と頭痛の方が酷いまである。
それもそうだ、何せ俺や義勇が隊に入って四年目、つまり今年原作時系列的に考えるなら……
カナエさんは、童磨との戦闘で命を落とす事になっているのだから……
オリキャラ紹介
☆川端源内
・使用呼吸:水
・立ち位置:村田、才木の師兼養父 鱗滝左近次の元継子
・概要
主人公村田と才木の師であり恩人
元隊士で現役時代最盛期は当時の水柱・鱗滝左近次の継子も務めており次期水柱、歴代水呼吸使い十傑と言われる程の力の持ち主だったがとある事情から柱にはならなかった
性格は修行には手を一切抜かない厳しさもありながら普段は笑顔の多い豪快な性格で親しまれている
年齢は鱗滝の10程下
『歴代最強の平隊士』として鬼殺隊に知られている
☆亀戸吉兆
・使用呼吸:岩
・立ち位置:村田、才木の隊の隊長
・概要
村田、才木の隊を率いる隊長
階級は上から三番目の『丙』
岩柱・悲鳴嶼行冥の一つ歳上の兄弟子隊士であり世話焼き
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第四話『原作との剥離Ⅰ』
「やべぇよなあ……まだ童磨……氷の血鬼術の話は噂されてないから良いけど」
蝶屋敷、そのベッドの上で養成中の俺は一人呟いていた。
原作で既に故人だった胡蝶カナエは原作開始の四年前、つまり俺達が鬼殺隊に入隊して四年目の今年上弦の弐・童磨によって殺害されるからだ。
そしてそれに気付いたのが一週間前、入院直後の話だった。
俺がもう少し覚醒が遅かったら気付く事無くカナエさんの死を聞いていただけだったと思うと冷や汗ものだ……とはいえ今の俺に童磨を足止めする力は無い。
まあこれから陰の呼吸のリストから覚えるんだけどさ……
「にしても上弦の弐だぞ……俺だけじゃキツいに決まってら……」
義勇達に頼むにしてもまずどうやって童磨の出現の的中を納得してもらうかがキツすぎる、説得する自信が無い。
かと言って童磨の認識外から影縫いを打てる自信も無い……つか無理ゲーが過ぎるし。
「それでも、死の結末を知ってる以上は助けたいんだよ……前世の記憶を取り戻す前の俺だって死の結末から人を助けられたんだぞ……」
諦める? いいやそんな文字俺の中には無い。
俺は真菰以外にも死を迎えるはずの人間を救えていたんだ……それを思い出したんだ。
それを思い出したのは数日前に遡る。
「よう鋼一郎、怪我はどうだ」
「吾郎か。まあぼちぼちってところだな。疲労はともかく肋が何本かイカレてるみたいで全治二週間だとよ……」
「蝶屋敷の医療技術に感謝だな」
「だなあ」
数日前、任務帰りだろう吾郎が見舞いに現れた。
コイツも原作じゃ分からなかったが腕が良いのが見て取れるし、多分原作より強いんだろうなとボヤーと思いつつ負けてられないと気合いを入れていると吾郎が突然話を切り出した。
「ところで鋼一郎、とある人から手紙が届いてるんだ。今時間あるか?」
「ああ、あるけど……誰からだ?」
「獪岳……と聞いたら思い出さないか?」
突然の獪岳からの手紙に、最初は思い当たる節が無かった。
というのもゲンさんに拾われる前の事は生きる事に精一杯だったのと、拾われた後は後で激動の弟子生活だった事、そして前世の記憶を思い出してから容量的にすっ飛んでる記憶もあったからだ。
そして獪岳は原作で言えば殆ど善逸以外との関わりが無くましてや俺達モブ組と接点があるはずも無く、どうしてと困惑を隠すのが限界だった。
「……その顔じゃまだ思い出せてないみてえだな。九年前、まだ俺達がゲンさんに拾われる前寺で悲鳴嶼さんを助けた話……覚えてないか?」
「悲鳴嶼さん……寺……あっ、あーー!! アレか!! なんで忘れてたんだ俺!?」
しかし悲鳴嶼さんが関わってると聞いてやっと思い出した。
そうだよそれこそなんで忘れてたんだよって話、悲鳴嶼さんのターニングポイントだろうがあの場面は。
ほんと何やってたんだか。
「やっと思い出したか。んであの時の悪ガキが鬼殺隊入ってようやく纏まった休みが手に入ったからって今度会いたいらしいのと、あの時の礼がこの手紙の内容だとよ……ほれ」
「悪いな……お前のお陰で思い出せたよ」
「んじゃま、俺は顔出しに来たのとそれ渡しに来ただけだから。またな」
「おう、ありがとよ」
一人で思い出した事を整理したいのが伝わったのか、吾郎は手紙を置くとサッと出ていった。
……確かに記憶が覚醒する前からして原作との剥離があったのは事実だ。
吾郎の存在、真菰の生存、義勇との友好関係もそうだ。
だがまさか獪岳と悲鳴嶼さんの運命まで変えてたなんて……いや思い出したから他人事じゃないんだが……
「思い出したとは言っても実感は無いんだよなあ」
回想終わって現在、手紙を見ながらボヤく。
カナエさんを助ける決心をした出来事であり、俺の記憶なんだろうけど今だに実感が湧き切らないのが不思議な気持ちにさせる。
「……俺もいつか悲鳴嶼さんに挨拶しに行かないとな。この縁は大切にしたいし」
ふっと笑みを零しながら、今度は九年前のあの日を回想してみるとしよう……
-九年前、とある山中-
「物騒だなったく」
「ああ嫌になるぜ……これで三人目だぞ、人の死体」
これはゲンさんに拾われる数ヶ月前の話、親族を皆殺しにされたのを間一髪で自分だけ逃げ切ってきたところを偶然出会った俺達は半年程度旅をしてきた。
二人とも独学だが生きる為に、鬼を殺す為にある程度の技術と武器を手に入れある時は旅商人から物々交換で服を貰ったりしながら山菜と野生動物を狩り……そんな折に偶々入った山、そこでは時折木が倒れていたり血が飛び散っていたり人の欠損死体があったり……正直異常だった。
「吾郎……絶対これ鬼だよな」
「普通の死体なら別だが足とか腹とか食われてるしなあ」
親の死体を見てきた俺達からしたら人の死体だけなら何も感じないが、流石に欠損死体は当時10歳の子どもにはドン引きものだ。
さてここからは鬼がいる事を想定してかなり警戒しながら取り敢えず安全な麓を目指していたが……そう、ここで獪岳と遭遇したんだ。
「だ、誰だッ」
「いやお前こそ誰だよ」
俺達も相当アレだが恐らく深夜の山中、しかも人間が複数人死んでる山中に単独で同年代っぽい男子が一人でいる事の方が「誰だよ」案件なのは明白である。
吾郎の言い分は尤もだが、それより俺は暗闇であまり見えなかったがどうしてもその男の子が挙動不審そうにしていたのが気に掛かった。
「お、俺の事はどうだって良いだろ!」
「……君、なんでこんなところに?」
「ああ? ……チッ追い出されたんだよ……ってそんな事どうでも良いだろうが! それよりそこどけよ!」
「追い出されたのか……それで、何をするんだ?」
追い出された……という時点で何となく嫌な予感がした。
何せ普通このくらいの年齢ならこんなところでいたら寂しくて泣くはずだ、そうでなくても焦ってるはず。
それが彼はどうだったか、イライラはしてる様に見えたが焦ってはいない様子で、憎悪の色が見えた。
止めなくては、この時の俺は直感的にそう思っていた。
「そんなの言って堪るかよ! どんな手を使っても俺を追い出した奴らをギャフンと言わせてやんだから!」
「じゃあ益々行かせらんねえなァ、なあ鋼一郎?」
「ここから先は人を殺せる生き物がいるんだ……人の死体が何人も転がってるんだ、行かせる訳にはいかないよ」
「はあ? 人を殺す生き物? バッカじゃねーの? そんなの寺で過ごしてきて一度も会った事なんて……」
そして止めようとした直感にこの時程感謝した事は無い。
彼の言葉を要約するならつまりは「近くに寺がある」「人が住んでいる」という事になる。
あと少しでもこの少年との遭遇が遅れていたら手遅れになっていた……そう思うと冷や汗が出る。
「なっ……お前もしかしてこの近くに住んでるのか!?」
「は? いきなりなんなんだよ……」
「ごめんね、答えてくれないかな……下手をすると、寺にいる人が危ないんだ」
「ッ…………あ、ああ住んでるさ! 親代わりの兄貴分と俺みたいなガキが何人か」
当たり、となれば迅速に避難させないと危ない。
見知らぬ誰かに言われたところで……と思うがそうなるとこの少年と出会えたのは不幸中の幸いだ。
「だったら今すぐ麓に、みんなを連れて逃げる様にそのお兄さんに言うんだ!」
「い、嫌に決まってんだろ! 今更帰ったって俺の居場所なんて……」
「テメェ!! 家族が死んでも良いのかよ!!」
「吾郎落ち着け!」
「……クソッ」
……吾郎は俺と違って感情が表に出やすいタイプだ。
素直に感情的になれるのは羨ましいが、それを咎めるのが俺の仕事だ。
今は感情的になって話を拗らせたら余計まずい。
「……家族なんかじゃねえよ。腹ん中じゃ行冥さんだって俺の事バカにしてんだよ」
「そんな事無い……って、何も知らない俺が言える事じゃない。けど、わざわざ子ども何人も引き取って世話してる様な人が子どもの事バカにするとは俺は思えないな」
「でも! 俺の本当の家族は俺の事捨てたんだよ! 信じられるかよ!」
「じゃあ直接聞きゃ良いだろうが。腹割って話さなきゃ何も分かんねーだろうが。だから……手遅れになる前に行け!」
「…………わ、分かったよ」
今思えば、獪岳は前世俺が見ていた原作で知る獪岳のイメージとは掛け離れていた。
卑怯で残忍で手段を選ばない外道……寺にいた頃からそんなものだと思ってたんだが、どうにも違ったんだ。
獪岳は、鬼に子ども達を売るその直前まではまだ『引き返せるところ』にいた。
きっと一時の感情と、過去の傷が合わさって鬼に殺された子ども達という現実を見て戻れなくなってしまったんだろう。
だから
「どんな時もアンタからは不満の音がしてた 心の中の幸せを入れる箱に穴が空いてるんだ」
そう善逸に言われた心の穴は、あの時が埋める最後のチャンスだったんだろう。
「分かりゃ良いんだよ、それじゃテメェだけじゃあぶねえし俺達も――」
「見ィつけたァ」
「なっ、しまった!」
「……最悪だ」
「ひっ」
これで一件落着……なんてなってたら悲鳴嶼さんが死刑囚になるって言う原作通りのルートにはなってないんだよなあ。
やっと説得出来たのも束の間、今度は最初の予想通り人間を食い散らかしていたであろう鬼に見つかってしまっていた。
今でも思い出したくない、捕まったら死亡確定のリアル鬼ごっこが始まったのは言うまでもない……
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