機動戦士ガンダムSEED Re:DESTINY (野澤瀬名)
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PHASE.01 怒れる瞳

DESTINYで好きなキャラトップ3はシン、ステラ、ミーアの三人です。異論は認める。


 白と青を基調とした機体が星の海を走る。そのコクピットには赤いパイロットスーツに身を包んだ少年が計器やモニターに表示される情報を元に機体を忙しく操作していた。

 操縦桿を引くと同時にフットペダルを踏みこむ。

 機体が加速し、メインモニターに映る星々が尾を引いて後ろへと流れていく。と、コクピット内に警報が鳴り響き、僅かに遅れてモニターに大型の残骸が迫るのが見える。アドレナリンで心拍数が増大する中、恐怖を飼いならして、制動を掛けそうになる指を制御し、最小限の操縦桿とペダル操作でそれを躱してみせた。サブウィンドウに表示されたチェックリストにサインが灯り、『All missions are over(全行程終了)』と表示される。

 

『全テスト項目終了確認。お疲れ様です。帰投してください』

「了解」

 

 オペレーターに返答し、少年は帰還するために機体を巨大な円錐状構造物の方へと向ける。地球と月の重力が吊り合うラグランジュポイント4に建造された次世代型コロニー、プラントと呼称される内の一つ、アーモリーワンである。直径十キロはある底面の内側には人工の大地が作られ、生命にとって有害な宇宙放射線が満ちる極寒の宇宙空間において唯一人類が生存を許された環境が広がっている。

 そのプラントの後ろで青色に耀く星、地球が視界に入り、少年は胸中に息苦しいまでの郷愁と身を焼くような苦痛が去来する。無意識に赤道付近に視線が向けられ、自分が生まれ育った祖国を求めて彷徨う。

 オーブ連合首長国。少年が二年前まで生活していた赤道直下に位置する環状群島からなる小国の名である。

 遺伝子調整されて生み出されたコーディネイターは、人間の遺伝的素養を最大限にまで高めたまさに夢の新人類というべき存在だった。だが、旧来の遺伝子操作されていない人類、ナチュラルからの差別、排斥を受けた彼らは、宇宙へと行き場を求めた。しかし、中立を表明していたオーブはコーディネイターを差別せず、居住を許可していた、まさにコーディネイターたちにとって地球上に残された最後の楽園であった。

 だが、その立場ゆえに、オーブは地球連合軍による侵攻を受けた。

 少年の脳裏に、あの日の光景が思い起こされる。飛来するミサイル。鳴りやまない銃声と避難サイレン。腹の底に重く響く爆音に襲い掛かる爆風を――。

 

 

 

 C.E.71 6月15日

 

 

 

 戦場から少し離れた山間を僕ら家族が走っていた。ドンドン、と腹の底から響くような音が軍港の方から聞こえて僕らは思わず足を止めた。

 

「父さん!」

「あなた!」

 

 モルゲンレーテの研究スタッフだった父さんと母さんの仕事の後始末で、避難が遅れた僕らはやむなく山中を抜けて避難船が停泊する港へと走っていた。

 心配する僕らを安心させるように父さんは微笑みかけながら言う。

 

「大丈夫だ。目標は軍の施設だろう。急ぐぞシン」

 

 脱出用に用意された港は、軍本部などが集中する地域から少し離れていた。連合軍もわざわざ避難民を狙って攻撃しては来ないだろうと、父さんも僕もそう思っていた。

 だけど避難船が泊まる港を目指して走る僕らの目の前から巨大な黒い鳥のようなものが飛んできて、ソレは僕らの頭上を轟音と突風を残して飛び去っていく。

 

「きゃあああっ!」

 

 妹のマユが悲鳴を上げ、巻き起こった突風に僕らはうずくまる。

 続くように、山の中に大きな大砲を背負ったMSが降り立つ。太いビームが撃ち出され、オーブ軍のモビルスーツや戦車を地面ごと吹き飛ばしていく。空には十枚羽のモビルスーツが手にした銃からビームを矢継ぎ早に撃っていく。爆発がすぐ近くで起きて、肺の中の空気が押し出されるような感触に襲われる。

 僕らは熱と炎から逃げ出すように走り出す。

 

「母さん!」

「マユ、頑張って!」

 

 草木の生い茂る斜面を、みんな必死に下っていく。僕も死に物狂いで後に続く。母さんは遅れ気味で今にも泣きだしそうなマユの手を引きながら、励ましの声をかけていた。木々の隙間から海の青色が見え、すぐ近くに避難船が横付けされたいるのが視界に入り、僕は安堵しかける。

 あと少しで港に辿り着く、というところで。

 

「あ、マユのケータイ!」

 

 カシャン、と軽い音と妹の叫び声に驚き目を向けると、マユの持っていた携帯電話がバックから零れ落ち、崖下へと転がっていくのが見えた。散々母さんにねだって買ってもらったものの、地球軍とザフト軍が開戦して以降、ザフトが地球に投下したニュートロンジャマ―による電波障害でそれまでの通信機器は使い物にならなくなった。それでも大事に持っていた彼女の宝物だ。

 

「そんなのいいから!」

「嫌あ!」

 

 嫌がるマユを止める母さんは必死に止めようとする。

 僕は迷うことなく、荷物を置くと崖下へと身を躍らせた。父さんが止める声をあげたけど、無視して坂を下りていく。これぐらいの坂ならすぐに拾って登ってこれる。父さんに怒られるかもしれないがその時はその時だ。

 滑るように斜面を降っていくと、木の根元にピンク色の携帯が引っ掛かっているのを見つけた。しゃがんで、それを拾い上げたその時、僕の後ろで一際大きな爆発音が聞こえた気がした。

 

 

 

 気が付くと、僕は地面に倒れていた。ぼんやりと立ち上がろうとして手足に力が入らないのに気付く。全身に鈍い痛みがはしり、まともに立てそうにない。と、誰かの力強い腕が肩に回され、僕が立ち上がるのを助けてくれた。

 

「……、……!」

 

 よく聞こえない。鼓膜が破れかけたのか耳の中でずっと甲高いノイズが走っていて、ワンワンと木霊するような感じしかしない。

 腕を引かれて数歩歩いたところで、ハッとした。ようやく意識が追いつく。

 マユは、父さんたちは、どこに? 

 

「父さん、母さん、マユは……?」

「あ、おい、そっちは!」

 

 振り返ると、自分たちがいたはずの崖がなくなっていた。

 生い茂っていた木々はへし折られて、地面は巨大なシャベルで削り取られた様に消え失せていた。あちこちに火のついた瓦礫が散らばって、色んなものが焼ける臭いだけが鼻に入ってくる。

 さっきまでいた場所が一瞬で焼け野と化して、僕は言葉を失いかける。と何かが視界に入った。

 

「マユ!」

 

 ほっそりとした腕が、見間違えるはずがない、妹が、マユが倒れているのが見えた。

 後ろから軍の人が制止の声を掛けるが、構わず駆け寄った。

 

「……え?」

 

 そこには腕しかなかった。

 肘から先がちぎれ、あるべき体が無かった。

 

「あ」

 

 口がからからになって接着剤で固めたみたいになったようだ。震えるまま目をそらすように前を向く。

 見るも無残な姿と化したマユの体が倒れていた。右腕が二の腕あたりからごっそりなくなって、その周囲はバケツでぶちまけたように赤い血のペンキでべったりと塗られていた。

 あちこちに散らばっているのは父さんと母さんの死体だろうか。有り得ない方向に折れ曲がった手足。岩に打ち付けられ血塗れになった肉片。倒れた木の下敷きになった体。血の赤色だけが目に焼き付き、肉が焼ける臭いが嗅覚を侵していく。さっきまで僕と触れて、話して、走っていた家族が目の前の肉塊だと脳が理解しようとするのを必死に否定するけど、現実が容赦なく事実を突きつける。

 膝から力が抜けて僕はマユのちぎれた腕の傍に倒れこんだ。涙がとめどなく溢れて妹の携帯を握りしめた手に落ちていく。

 何で、こんな事を──? 、父さんを、母さんを、妹を返せ、と深い悲しみの涙を流すことしかできない僕の上をさっきのモビルスーツたちが構うことなく飛び回る。巻き起こされた突風に顔を上げると手に持った銃からビームを撃ち合っている姿が視界に入り網膜に焼きつく。我が物顔で世界を壊していく巨人たちに僕はどす黒い感情を覚えた。

 家族を奪った、アイツらが──! 

 悲しみや痛みが憎悪へと置き換えられていく。

 内側から爆発しそうになるほどの感情に突き動かされて、僕は飛び交う悪魔たちに向かって吠えた。

 

 

 

『──シン、帰還ルートから外れています。進路修正を』

「……了解」

 

 感傷に浸っていた少年、シン・アスカは、管制の声で我に返り、機体を操ると帰還コースへと向けなおす。機体は自分の手足のごとく思いのままに動き、その自分が手に入れた力に確かな手ごたえと満足感を覚える。

 手に入れたこの力で仲間を守れる──、と理不尽な力に対して戦うための力を手に入れた自分自身にシンは喜びを感じながら帰還した。

 

 

 

 C.E.70年。血のバレンタインと呼ばれる地球連合軍による農業用プラントへの核攻撃事件によって歴史上初の宇宙と地球、コーディネイターとナチュラルの大戦は始まった。

 数で勝る地球軍の圧勝を誰もが予想した。が、戦局はコーディネイターたちの軍隊、ザフト軍優勢のまま泥沼の様相を呈して膠着状態に陥った。ザフトは人型機動兵器モビルスーツを実戦投入し、従来の戦艦や航宙機しか持たない地球軍を圧倒するも、ザフトの数十倍の人的資源、そして豊富な地上資源や戦力を有するためだった。

 だが、地球軍がオーブ領ヘリオポリスで極秘裏に開発した五機の新型モビルスーツの強奪事件から戦局は変動する。地球軍本部アラスカの崩壊とザフト地上軍の大半の壊滅。それに伴う宇宙への戦線移行。(ニュートロン)ジャマ―キャンセラーの実用化による核兵器の再使用と、ザフト軍のγ線レーザー砲“ジェネシス”による地球軍月面プトレマイオス基地の消滅。血で血を洗う殲滅戦へと拡大していった。

 そしてC.E.72年。

 一年半に亘った地球、プラント間の戦いは、ヤキン・ドゥーエ宙域戦をもってようやくの終結をみた。

 やがて双方の合意のもと、かつての悲劇の地ユニウスセブンにおいて締結された停戦条約は今後の相互理解努力と平和とを誓い、表面上世界は再び安定を取り戻そうとしていた。

 だが、誓われたはずの平和の下、両陣営はお互いに勢力拡大を水面下で図ろうとしていた。また、このユニウス条約体制を良しとしない者たちは、今この平和を享受する世界を打破しようと陰で力を蓄えつつあった。

 

 

 

 PHASE.01 怒れる瞳

 

 

 

『ユーラシア西側地区での食糧危機に対して、ユーラシア連邦政府は昨日、緊急支援のための連邦軍派遣を決定し……』

 

 携帯端末に今朝のうちに録画しておいた報道番組の内容が流れていくのを眺めながら、シンはアーケード街の一角で友人たちを待っていた。明日に控えた進水式の影響か、通りを行き交う人数はいつもよりずっと多く、着飾っている人たちばかりだ、と彼はぼんやり考える。

 

「お待たせ、シン!」

 

 快活な呼び声にハッと振り向くと、そこには同僚のルナマリア・ホークの姿があった。隣には重そうな買い物袋を二つ三つと抱えたヨウラン・ケントもいる。彼らは明日に控えた一大ページェント、進水式の前に最後の休暇を兼ねて、基地施設の外へ買い出しに出かけていた。

 

「ヨウラン、俺も持つよ」

「いや、助かる。全く女子ってなんでこんなに買い物多いんだ?」

 

 ヨウランのげっそりした感想に、ルナマリアは少しあきれた表情になる。

 

「なにがなんでこんなに要るんだか知らないけど?」

 

 どうやら彼女の妹に注文された品らしい化粧品のビンやボトルが、受け取った紙袋の口から覗いている。

 …………女の子ってなんだかたいへんなんだなぁ。というかコレどうやって使い切るんだろう。

 シンは気圧されながらも、買い物袋を抱えなおし、歩き出す。

 話題はその内、自分たちのこれから当たる仕事についてに変わった。

 

「じゃあ、明日の進水式終わったら、そのまま月軌道に配備ってワケ、俺たち?」

「らしいね。その前に一旦試験航海で本国に寄るって副長は言ってたけど」

 

 ルナマリアの言葉を聞きながらシンは頭の中で自分たちが往く航路を思い描く。月と地球を往復するぐらいの距離を航海することになるのだろう。ヨウランがつまらなさそうにぼやく。

 

「うへえ、じゃあ二週間は艦の中かよ。退屈だなそりゃ」

「ヨウラン、俺たちの初任務なんだからもう少し真面目にしろよ、俺たちの前ではいいけど」

 

 へいへい、と不承不承がちに頷くヨウラン。こんな感じの不真面目そうな彼だが、モビルスーツのハード、ソフトの双方に強く、シンも整備には信頼を置いている。と、話しながら細い路地から大通りへと歩み出たところで横から誰かが飛び出してきたのをシンは視界の端で感じ取った。避けようとする間も無く、その人と思いきりぶつかってしまう。相手も、こちらにまったく気づいてなかったようで、バランスを崩して倒れそうになる。

 シンは咄嗟に両手を出し、かろうじて地面に倒れるところを抱き止めた。

 

「うおっ、と! 大丈夫?」

 

 ふっと、花のようなほのかに甘い匂いが鼻孔をくすぐる。シンの腕の中の金髪の少女は、きょとんとした様子でシンの顔を見上げる。すみれ色の大きな瞳が印象的で、白いドレスで着飾った彼女はどこか妖精めいた雰囲気を醸し出す。少女がぼんやりとした様子でつぶやく。

 

「だれ……?」

 

 茫洋とした表情の少女は、次の瞬間鋭い目つきでシンを見返すと、半ば引っ掻くような勢いで彼の手を振りほどき、そのまま走り去ってしまった。

 

(何だったんだろう……?)

 

 なんだか理不尽だな、とシンは感じる。ぶつかったのは悪かったけど向こうだってよそ見してたし、第一お礼ぐらい言ってくれてもいいと思う。

 と、後ろの二人に呼びかけられた。

 

「胸掴んだな、お前?」

「……シン、あんたねえ?」

 

 ヨウランとルナマリアの冷ややかな言葉に、女の子を抱えたときの感触が手に残ってることにようやく気付き、思わず自分の手を見る。その手はそれを掴んだこと示すかのような形になっている。

 前言撤回。百パーセントこっちが悪者だ。

 ヨウランがニヤニヤとしながら言い放つ。

 

「このラッキースケベ!」

「ち、ちがっ! おいコラ、ヨウラン、ルナも!」

 

 慌てて落とした荷物を拾い上げて、知らん顔して気持ち速く歩みを進めるルナと面白いネタを得たと言わんばかりの表情で歩くヨウランを追いかける。

 

「わかってるわよ、助けた拍子にでしょ」

「いいよなあ、シン。さっきの子結構胸大きかったし、イイ感じっつーか……」

 

 言葉が途切れたのはルナマリアがヨウランを睨みつけたからである。殺気のようなものを放ちながら、彼女は男たちに向かって言い捨てる。

 

「……サイッテー」

 

 ルナマリアが怒って先に行ってしまうのを、ヨウランは謝りながら、シンは弁解する方法を考えながら追いかけた。

 あれは完全に事故だし、というかこのままあることないことを仲間に言いふらされでもしたら悪夢そのものになってしまう。

 きちんと弁明して無実を証明したらきっぱりと忘れよう、とシンは頭を振り、基地へと歩く二人の後を追って走っていった。

 

 

 

 一隻のシャトルが宇宙空間に浮かぶプラントへと接近していく。

 アーモリーワン民間用宇宙港の管制に従い、ドッキングベイへと接舷したシャトルから一人の少女が付き人と共にターミナルエリアへと進み出た。

 宇宙港にはたくさんの名士たちが集っており、行き交う人々は興奮気味に明日予定されているセレモニーの話を口々に交わしている。と、傍らのスーツ姿の若い随員が口を開く。

 

「……服はそれでよろしいので? ドレスなども持ってきていますが……」

「いや、このままで構わない」

「しかし……」

 

 トラベレイターに進みながら彼女は振り返る。

 髪と同じ金色の鋭い瞳にほっそりとした、だが無駄なく筋肉がついた引き締まって研ぎ澄まされた肉体はどこか獅子を思わせる印象を与える。簡素なフォーマルジャケット姿のまだ少女というべき年齢の彼女だがその目つきは幾多の修羅場を潜り抜けてきたものであった。

 名はカガリ・ユラ・アスハ。

 弱冠十六歳にしてモビルスーツパイロットとしてヤキン・ドゥーエ戦役を戦い抜き生還した彼女は、今こうしてオーブ連合首長国の元首としてプラントの地に降り立った。

 

「今回は非公式の会談だ。馬鹿みたいに気取る必要もないさ」

「はあ……」

 

 不承不承といった様子の付き人にカガリは苦笑する。生真面目が取り柄の彼からすれば国家元首たる彼女には相応の立振る舞いを願うようだが、自分には似合わないと思うし第一好みでない、それに執務姿のこれだって一応はフォーマルな服装だ、と内心言い訳をする。

 新人の秘書官と共にプラント側の係官たちに先導され高速エレベーターに乗り、港湾(ベイ)ブロックから居住ブロックへと向かう。その道すがら、カガリは傍らの係官に尋ねる。

 

「明日は戦後初の戦艦の進水式ということだが」

「はい。本日は式典飛行訓練を控えております都合上、移動用のヘリがご用意できず。代表にはお車での移動となりますが、よろしいでしょうか」

「いや、こちらが内々且つ緊急にと会談を申し入れたのだ。それぐらい構わない。式典の無事の開催を願うよ」

 

 と世辞を並べるも、内心カガリは苦いものを感じ、その表情はどこか固かった。

 ナチュラルとコーディネイターとの対立が激化して勃発した大戦は地球圏全土を巻き込み、互いに互いを滅ぼす寸前まで拡大していった。

 遺伝子を受精卵の段階で調整し、より強い肉体や優れた記憶力、運動能力を獲得したコーディネイターは、その能力を忌み嫌う旧来の人類、ナチュラルからの迫害を受け、宇宙に安住の地を求めた。それが今の“プラント”の前身となった。彼らはL5に人工島を築き上げ、高い技術力と無重力という特殊環境を生かして工業生産やエネルギー生産などに従事していく。そこで作られた生産物は優先的に地球のプラント理事国へと輸出され、その対価としてプラントでは生産を禁止・制限された食糧を供給する、という構図であった。

 しかし、日増しに増大するプラントへのエネルギー生産ノルマにコーディネイターたちは食糧生産の解禁と自治権を要求するもその悉くが無視されまたは理事国側の圧倒的な軍事力によって弾圧された。積み重なった憤懣は遂に本格的な武力衝突へと発展し、プラント側が秘密裏に建造していた食糧生産コロニー、ユニウスセブンに対する核攻撃による惨劇によって、関係の決裂は決定的なものとなった。

 カガリの祖国であるオーブもまたその長きに亙る戦乱に巻き込まれ、中立を守ろうとして戦火に焼かれた。破滅の道を転がり続ける世界をどうにかしようと連合、プラント、オーブの志を同じくする者たちが集い、戦争終結のために力を尽くした。友人や恋人、家族、恩人たちを喪いながらも、どうにかコーディネイターとナチュラルの全滅戦争を寸前で止めることはできた。先のユニウス条約でも、二度と過ちを繰り返さないと地球とプラントに住む人々は誓い合った──はずだった。

 物思いに耽っていると急にエレベーターの外が明るくなる。目をやると、透明なエレベーターシャフトの外、青い海と緑色に色づく島々が目に入った。かつて見た東南アジアや南太平洋の島嶼や祖国の光景に似ている、と思いながら確かアイツもプラントに戻っていたはずだと彼女はぼんやりと考える。

 願わくば今彼がこの場にいて愚痴をぶちまけられたのなら、傍らで支えてくれるのならどんなに気が楽になるか、と思わずにはいられなかった。

 

 

 

 アーモリーワン内部の格納庫エリア、その内の一棟では、数機の新型モビルスーツがメンテナンスベッドと共に収容され、整備スタッフたちによる最終調整が行われていた。といってもその作業はほとんど終わり、あとは明日の進水式でお披露目し、そのまま“ミネルバ”に配備されるのを待つだけだ。彼らの顔には一つの大仕事をやり遂げたという達成感と誇らしげな表情が浮かんでいる。

 そんな機械油と機材の動作音、整備士たちの会話が格納庫の中に氾濫する雰囲気の中、アスラン・ザラはメンテナンスハッチの中身で腕を動かしていた。明日の進水式と共にお披露目される最新鋭機をこれまで携わってきた身として万全の状態で引き渡したいという根っからの機械いじりとしての性格からか、あるいはその他の理由があるのか、同僚たちが式典の話題で盛り上がる中ただ一人黙々と機械と格闘し続ける。

 

「アスランさん、“カオス”のチェック終わったら上がっていいって主任から伝言です!」

 

 と、明るい茶髪の整備スタッフ、アスランと同じかそれより年下の同僚が彼に仕事を終わってもいいと告げに来た。当の本人はというと、顔を上げようとせず、「ああ」と生返事をするだけである。苦笑した様子の少年はアスランの横に置いてあったデバイスを手に取ると、キーボードに指を走らせる。

 

「いや、オスカー。手伝ってほしいわけじゃ……」

「こうでもしないと先輩終わろうとしないじゃないっすか? ちゃっちゃと終わらせて飯食いにいきましょうよ?」

 

 影を一切感じない朗らかな笑顔を向ける同僚にアスランは一瞬笑みを返し、一方で常に居心地の悪さを感じていた。

 前大戦時、アスランはザフト軍から一時離脱し、戦争終結のために集った仲間たちと共に行動を共にしていた。戦争を終わらせることには成功したが、その代償はあまりにも大きかった。自分たちの仲間も傷つき喪われ、そして半ば絶縁のように袂を別ったとはいえ父親であるパトリック・ザラもまた彼の目の前で死んだ。

 身寄りを喪った彼はオーブのアスハ家の庇護下に置かれた後、プラントで開かれた軍事法廷へと召喚され、逃亡や機密漏洩などの罪で下された判決によりエースの証である赤服と勲章、そして特務隊の地位を全て剥奪された。本来ならば銃殺刑も止む無し、というレベルの軍機違反を犯した彼であったが、その当時の最高評議会議長、アイリーン・カナーバや今のギルバート・デュランダル議長の弁護や戦争終結に尽力した功績などを考慮され、この程度の降格処分で済んだ。その後はザフト軍のパイロットエンジニアとして勤務する日々を送っていた。元クルーゼ隊に所属したエースパイロットで戦犯の息子で、脱走兵でもある自分に向けられる好奇の目はそこそこ堪えるが、元々幼年学校では機械工学を専攻していた彼としては、自分で機体の製作を手掛けてそれをテストできる今の立場に不満はない。

 だが、戦争を止めるため必死に奔走していたあの頃に比べてどこか燃え尽きたような感覚が付き纏う。モビルスーツの整備や設計に熱中しようとしても、機体のテスト飛行に没頭しようとしてもどこかズレた感覚が襲ってくる。

 一体、俺は何をやっているんだろう、とアスランはぼんやり考えながらキーボードに手を走らせていた。

 

 

 

 送迎車から降り、係員たちの案内で通されたのは軍関係施設の一角に設けられた会議スペースだった。窓辺からは基地施設の全貌が見渡せる眺めであり、軍事関連に詳しいカガリとしてはここを会談場所に設定するのは安全保障上よろしくないのでは、と疑問に思う。こればかりは会談相手の胸中を探ってみなくては真意は分からないが。

 部屋に入ると、随員たちと会話していた長髪の男がこちらに向き直り、柔和な笑みを見せる。

 

「やあ、これは姫。遠路はるばるお越しいただき申し訳ございません」

 

 理知的で話の分かる相手、というのがカガリがこの男に抱いた第一印象だった。ギルバート・デュランダル。プラント現最高評議会議長であり、カガリの今回の会談相手である。

 差し出された手を握り返し、彼らは言葉を交わす。

 

「いや、議長にもご多忙のところお時間をいただき、ありがたく思います」

「お国の方はいかがですか? 姫が代表となられてからは実に多くの問題を解決されて、私も盟友として大変嬉しく、また羨ましく思っておりますが」

「まだまだ至らぬことばかりです」

 

 社交辞令的に雑談しながら設えられたソファーに案内される。ゆったりとした物腰のデュランダル議長に対してカガリは緊張で硬くなりつつ用意された席に腰を下ろす。

 

「で、この情勢下、代表がお忍びでそれも火急の用件とは一体どうしたことでしょうか? 我が方の大使の伝えるところでは大分複雑な案件のご相談、ということでしょうが」

 

 いきなり口火を切ったのは議長からであった。カガリが議長を見やると、彼はニコニコとその笑みを崩してはいなかった。どうやらこちらの出方を窺い楽しんでいるらしい。

 ムッとしながら彼女は返す。

 

「私にはそう複雑とも思えないのですが。だが未だにこの案件に対する貴国の明確な返答が得られない、ということはやはり複雑な案件なのでしょうか?」 

 

 周囲の随員たちがカガリの物言いにざわざわと戸惑う。傍らの彼女の付き人も顔を青くしているが、構うことなくカガリは一息に用件を突きつける。

 

「──我が国はプラント、地球連合加盟国双方に対して戦略兵器削減条約を提案し、その第一工程として貴国で生産されたNジャマ―キャンセラーの保有数の国際的調査の受け入れ許可を申し出ている。だが、未だ貴国からの返答がいただけない」

 

 ふむ、と考え込む素振りを見せるデュランダル議長。

 戦略兵器削減条約。オーブが主導するコズミック・イラ初の戦略兵器に関する軍縮案である。前大戦において猛威を振るった核を筆頭とする大量破壊兵器、それらを国際管理の下、削減を図る、というものである。その準備段階として連合、プラント各国が保有するNジャマ―キャンセラー──核分裂反応を抑制するNジャマ―の影響を打ち消す装置、の全体数把握の為の国際機関による調査をオーブは提案していた。だが両陣営からの返答が数か月経ってもないことに痺れを切らしたカガリが今回非公式での会談を申し入れるに至ったのであった。

 カガリの熱の入った問いかけに、だがデュランダル議長はその微笑を崩さずに応じる。

 

「お言葉ですが姫、我々はあの血のバレンタインの悲劇以後、全ての核を廃棄すると誓ったのです。大戦末期には〝ジェネシス〟という過ちを犯しもしましたが……。ですが以来、核並びに関連兵器の研究開発は全て停止しているのです。現時点での我が国におけるNジャマ―キャンセラーは先にお渡しした資料の通り発電用に転用したものと解体待ちの廃棄済みのもののみです」

 

 事前に渡された数ページほどの資料をカガリは思い出し顔をしかめる。たったあれだけの文章だけで納得してほしいと? だがここでそう彼に問いかけたとしてもはぐらかされるのがオチだろう。

 

「だから、条約を結ぶ必要はないと?」

 

 カガリはあえて詰め寄るように迫る。

 

「いいえ、そうは言ってません。ただ、まだ各国とも課題が山積する中、国際的な条約の締結に動くには時期尚早である、と私は申しているだけです」

 

 やはり議長は涼しく受け流す。彼のいうことにも一理ある、とカガリは押し黙るしかなかった。正直連合の占領から解放されたオーブも国内に問題は山のように抱えているのが実情だ。

 確かにカガリは前大戦において実戦を経験し、戦後オーブの復興に象徴として立った救国の英雄と称される存在であったが、政治という戦場においては経験不足のひよっこ同然である。カガリ自身自らの力で成し遂げたとは全く思っておらず、支えてくれたキサカや前代表であった叔父ホムラたちの尽力があってのことだ。

 だが、だからこそこの不安定な情勢にこそ平和のための歩み寄りの努力を怠ってはならないとカガリは考えていた。

 議長は彼女の苦悩する表情を見て提案する。

 

「ちょうどいい機会です。気分転換に外を見て回りませんか?」

 

 

 

 ルナマリアと工廠で別れた後、シンとヨウランは基地内を軍用エレカで移動する。

 工廠エリアは活気づいている、といえば聞こえは良いが、その実どこもかしこも雑然とした様子で、整備員や式典警備の兵士たちの怒鳴り声が木霊していた。ヨウランがその様子を見ながら顔をしかめる。

 

「うへえ。なんかもうごちゃごちゃだな、おい」

「仕方ないだろ。こんな大規模な式典、初めての奴も多いわけだし」

 

 そのまま工廠区を走り抜け、造船ドックの区画に着くと、車を停車する。彼らの目の前には淡いグレーの戦艦が係留されていた。

 全長約350メートル、前方に突き出た流線形の艦首の両舷に大きな可変翼が広がる。船体中央部には小型機用のカタパルトが見られ、両舷部にもモビルスーツ用カタパルトが設置されている。翼縁や艦底部は赤に塗り分けられ、それまでのザフト軍艦艇とは異なる設計思想と意匠を持つように見て取れる。“ミネルバ”。ローマ神話における知恵の女神の名を冠したザフト軍新造戦艦の名であり、士官学校アカデミーを卒業したばかりの彼らが配属される艦であった。

 その巨大な船体には物資を積み込むガントリークレーンやメンテナンス用の足場が囲み、角砂糖を取り囲む働きアリよろしく整備員たちが最終作業を進めている。

 

「まあ、これで“ミネルバ”もお前の“インパルス”も実戦配備だ。ま、つっても実戦になんてならないだろうけどな」

「当たり前だろ。誰が好き好んで戦争なんか始めるか?」

 

 ヨウランと話しながらタラップを歩いていき艦内へと入ろうとしたところで、ふと胸騒ぎを感じてもう一度“ミネルバ”の威容を見上げた。

 ユニウス条約が締結されて地球連合との戦争は停戦状態にあるのだ。実戦配備と言っても、そのまま戦争に陥るなんてシンには考えられなかった。誰だって平和を望んでいるのだ。それをわざわざ崩して世界を混乱させるなんて正気の沙汰ではない。

 そう思っても、シンの胸中からはその不安は無くなろうとしなかった。

 

 

 

「代表は先の戦争でも、自らMSに乗って戦われた勇敢なお方だ」

 

 会談の場所は移り、議長の案内でカガリたちはアーモリーワン基地内の進水式準備の様子を見学していた。MSがミニチュアサイズに思えるほど巨大な格納庫やメンテナンスベッドが立ち並ぶ中を議長と、カガリ、そして側近や護衛が付き従い歩いていく。パイロットでもあったカガリとしては整備されている機体にも目がいく。多くは前大戦で主力であった“ジン”や“シグー”だが、中には現行主力機の“ゲイツ”の改修型と思われる機体もみられる。薄黄色に塗装された重武装の機体はおそらく“ザウート”の後継機なのだろう。

 

「また、最後まで圧力に屈せず、自国の理念を貫かれたオーブの獅子、ウズミ様の後継者でもいらっしゃる」

 

 父の名前を出されて、カガリは少し気後れしたような表情になる。

 オーブの理念と中立を保つために地球連合軍の侵攻に断固として抵抗し、そのオーブの理念をカガリたちに託した後、マスドライバー施設と共に爆死した。壮絶な生き様は今も尚、彼女の心の中に刻まれている。

 

「ならば今この世界情勢の中、我々はどうあるべきか。よくお分かりとの事と思いますが?」

 

 デュランダル議長の問いかけにカガリはハッとし、答えた。

 

「我々は自国の理念を守り抜く。それだけです」

「他国を侵略せず、他国の侵略を許さず、他国の争いに介入しない」

 

 そうだ、と彼女は肯く。同意を得られた様子に笑みを浮かべるデュランダルは続ける。

 

「それは我々もむろん同じです。そうであれたら一番良い。だが、力無くばそれは叶わない」

 

 ハンガーの中に並んだ機体を議長は指し示した。カガリはその機体に息をのむ。

 

「ZGMF-521“シグーⅡ”。統合開発計画においてロールアウトされた我が軍の次期主力モビルスーツです」

 

 ライトグレーを基調とした新型は、“シグー”とよく似たフォルムを有しているが、全体的に洗練された様に見える。背部にあった特徴的なバインダー状のスラスターユニットがオミットされた代わりに連合のストライカーパックのような装備を接続するコネクターが見える。

 誇らしげに説明する議長はにこやかな笑みを崩さず続ける。

 

「そして、それは代表の方が良くお分かりのはずです。だからこそオーブも軍備を整えていらっしゃるのでしょう?」

 

 勿論綺麗ごとだけで中立が保たれる訳でない。事実、前大戦終盤には大西洋連邦の侵攻により、オーブはその国土を占領された。オーブが主権を取り戻した後、軍備再編したのも、今ザフトや連合がユニウス条約に基づく戦力整備を進めていることも頭の中では理解している。

 

「しかしならば何故、何を怖がっているのでしょうか、貴方は? 通常戦力にしろ大量破壊兵器にしろ本来の目的は抑止。賢明な者であれば、核やそれに類する力をそう簡単には使わないでしょう」

「それが甘い考えだと言っているんだ私は!」

 

 アラスカ、JOSH—Aを崩壊させたサイクロプス。プラントへと放たれた核ミサイル。そして月面の連合軍基地を一瞬にして蒸発させたジェネシス。それだけでない。たった一発のビームが、ミサイルが、拳銃の弾丸が仲間を、肉親を傷つけ、殺した光景を彼女は目の当たりにしていた。

 禍々しいまでの兵器の力の恐怖とそれらが引き起こした惨劇を繰り返してはならないと、デュランダルに訴えかける。

 

「強すぎる力はまた争いを呼ぶ! だからこそ我々は二度とあのような力を手にしてはならないのだ!」

「いいえ姫。争いが無くならぬからこそ、力が必要なのです」

 

 余裕ある笑みを崩さない議長にカガリは何故か一瞬薄ら寒い感触を覚え、立ち尽くした。

 

 

 

 *

 

 

 

 スティング・オークレーはアーケード街を抜けた先、指定された場所で待機していた。傍らにはお仲間のアウル・ニーダとステラ・ルーシェの姿もある。背後にある有機ディスプレイのデジタルボードには数々の広告とプラントが映る宇宙空間の映像がループしている。

 

「なーんか地球とあんまり変わんないよな。つまんねえー」

 

 広告映像を見るのに飽きたアウルが退屈そうに愚痴を呟き、一方ステラは街灯にとまって羽を繕う小鳥たちに目を向けうんともすんとも言わない。

 

「でもプラントって毎日晴れでいいよな。天気予報いらねーじゃん?」

「バーカ、雨くらい降るさ、プラントだって」

 

 スティングは苦笑しながら相棒の間違いに口を挟む。アウルは耳を疑うように彼の方を向く。

 

「え、うっそ! なんでわざわざ雨なんか降らさなきゃなんないんだよ!」

「コロニー生態系とやらがあるんだと。雨降らないと木や草なんかは枯れるし」

「ふーん。でも雨降りはヤダね、服とか濡れるし。な、ステラ?」

 

 同意を求められた彼女は肯く。いつの間にか小鳥たちは飛び去り、代わりに一台の軍用車両が彼らの傍に近づいてきた。ザフト軍の制服を着た者たちはスティングたちを乗せると軍事工廠の敷地内へと入っていく。モビルスーツや車両が行き交う中を進み、一つの格納庫の前で停車する。

 傍から見れば、式典に招待されたVIPとそれを案内する兵士たちに見える。不審に思う者たちはおらず、彼らが格納庫の中に入るのを咎める者はいなかった。

 案内していた兵士の一人が、物陰まで進むと鞄の中から銃器やナイフなどと何らかのIDカードを人数分取り出し、スティングたちに渡した。慣れた手つきでマガジンを装填し、セーフティを外す。彼らの中でスイッチが入り、纏う雰囲気がガラリと変わる。

 ハンドサインを合図に格納庫内部で作業する整備員や警備兵たちに一斉に銃撃を浴びせる。スティングが両手に構えたセミオート式のグレネードランチャーから榴弾をばら撒かれ、格納庫内に爆炎があがり、黒煙がたち込める。

 突然の事態に、その多くが爆風に体中を引き裂かれるか頭を撃ち抜かれて絶命するか、脊髄や肋骨を内臓と一緒に銃弾でかき混ぜられてその場で蹲るかになった。撃ち返そうとして拳銃を抜こうとした者もいたが、ステラが肉食獣を思わせる俊敏性で、懐に飛び込み喉を搔き切る。わずか数秒のことだった。

 

「オスカー! くそっ!」

 

 ザフト兵の一人が、撃ち殺された仲間の名を叫び、襲撃者たちの一人を素早く撃ち殺すも多勢に無勢で、負傷した仲間を引き摺り後退していく。

 ものの数十秒で格納庫内の制圧が完了し、残されたのは死体と血痕やばら撒かれた空薬莢、スティングたち襲撃側の人員だけであった。

 

「よし、いくぞ!」

 

 スティングの指示で、三人はそれぞれ三機のMSへと走りコクピットへと侵入する。機体にはロックがかかっていたが、彼らはカードキーでそれを難無く解除する。シートに滑り込むとOSを立ち上げ、機体のセットアップを戦闘用のものに設定していく。

 

「量子触媒反応、パワーフロー良好。オールウェポンズフリー。IFF書き換え完了。システム、戦闘ステータスで起動」

 

 起動準備を瞬時に完了させて、操縦桿を引く。エンジン音が格納庫を満たし、メンテナンスベッドに備え付けられた拘束具のような固定ロックがはじけ飛ぶ。三人が乗るモビルスーツが立ち上がり、格納庫の正面扉へと歩を進めたところで生き残った兵士がボタンを押したのか、けたたましい警報音がハンガーの中に鳴り響く。だが、一歩遅い。

 スティングが奪った強襲用の機体、ZGMF-X24S“カオス”はモスグリーンを基調とした装甲色へと変化する。アウルのZGMF-X31S“アビス”はネイビーブルーと白に、ステラの乗るZGMF-X88S“ガイア”は黒の機体色へと変貌した。

 三機のモビルスーツは各々の得物を隔壁へと向け、躊躇なくそれを放つ。熱したガラス板に穴をあけるようにあっけなく貫かれた格納庫の隔壁が爆発し、三機の威容を見せつける。

 

「まず、ハンガーを潰す。MSが出てくるぞ。アウル、お前は脱出路確保だ」

「りょーかい。ステラ、お前は左」

「わかった」

 

 スティングの指示にアウル、ステラが従いそれぞれ手にしたビームライフルやミサイルで周囲の建造物や起動前のMSを破壊していった。

 

 

 

 *

 

 

 

「なんだ……?」

 

 議長との舌戦のさなか、突如鳴り響く警報音にその場にいる全員が周囲を見回した。

 と、一棟の格納庫から幾筋ものビームが伸び、向かいの格納庫へと飛び込む。推進剤か弾薬が誘爆したのか、盛大な爆発を起こして格納庫が崩壊する。真っ黒な爆風が襲い掛かるも、整備車両の陰にいたことで彼らは難を逃れた。

 

「六番ハンガーの新型が強奪だと!」

 

 議長が報告に驚愕する中、カガリは爆炎の中に現れた機体を見て愕然とする。特徴的なデュアルアイセンサーに額から伸びたブレイドアンテナは……。

 

「あれは、ガンダム!」

 

 かつて彼女やその親友たちが駆った機体とよく似た風貌の機体が、次々と格納庫とモビルスーツ、その整備施設を瓦礫と残骸の山へと変えていく姿に言葉を失う。

 すぐさま、駐留部隊が強奪された機体を取り押さえようと押っ取り刀で駆け付けようとするも、格納庫と中に格納されていた機体を優先的に破壊された結果、即応できる機体は限られることとなった。式典用の“ジン”や警備車両などで応戦するも実体弾やミサイルを主力とする機体では強奪機体のPS装甲(フェイズシフト)──装甲自体に電圧をかけ、一定量のエネルギー消費と引き換えに物理的衝撃を無効化する性質を持つ、を破ることは不可能であった。旧式のそれらをビームやミサイルで苦も無くスクラップへと変えると、強奪機たちはまだ健在な格納庫へとその刃を向けていく。

 

「姫をシェルターへ!」

 

 目の前のカタストロフに茫然としていたカガリは、議長の声にハッと我に返る。随員の一人が「こちらへ!」と先導するのに従い、彼女とその付き人が続く。

 

「何としても取り押さえるのだ! “ミネルバ”にも応援を頼め!」

 

 さすがというべきか、デュランダルは既に冷静さを取り戻し、次々と指示を出している。その声を背中にカガリはただ、走るしかなかった。

 先ほどまで青空が見えていた空は、黒煙で塗りつぶされて周囲にはオイルや金属が焼ける異様な臭いがたち込める。あの三機の“ガンダム”タイプの機体の能力は圧倒的であった。迎撃する“ジン”や“シグー”の攻撃をもろともせず、襲い掛かった黒い機体は四足歩行形態に移行すると、背部のビームブレイドを閃かせ、“ジン”と“シグー”を腰部で真っ二つにして見せた。青色の機体は両肩のバインダーから幾条ものビームを飛来する“ディン”数機へと浴びせかけ、貫かれた機体が爆発しながら工廠へと落ちていく。

 先導に従い、格納庫の間を走る。が、甲高い音が頭上で響き渡るのにカガリがハッと気づく。だが、同時に遅い、と感じ取り、体が凍り付く。

 

「伏せろ!」

 

 何者かに突き飛ばされるように建物の陰へと押し倒された。瞬間、数発のミサイルが周囲に着弾し、先ほどまでいた場所を爆発と炎が焦がす。反応に遅れた随員たちが炎にのまれるのをただ見ることしかできなかった。

 

「──君、大丈夫か……?」

 

 爆発音で麻痺しかけた耳がようやく機能を取り戻し、聞き覚えのある理知的な声音にカガリは見上げた。そこには驚きに満ちた表情のアスラン・ザラがいた。

 かつて共に戦争を終わらせるために戦った戦友であり、今はザフト軍に復帰していたと聞いていた彼とこんなところで再開するとは彼女も思っていなかった。

 

「な、アスラン?」

「カ、カガリ……!? どうして君がプラントに」

「いや、議長と私が会談していて、その後騒ぎに巻き込まれて……。 あ、カツラギは?」

 

 振り向くが、そこには火と瓦礫とモビルスーツの残骸だけが転がっていた。護衛の者たちがいた場所は爆発で黒く焼け焦げた大きな穴が穿たれ、彼らの姿はどこにもなかった。

 

「──ああ……そんな……」

「カガリ、立つんだ!」

 

 愕然と戸惑うカガリの手を引き、アスランはどうにか戦闘区域から離れようと逃げ道を探す。が、既に周囲には格納庫が倒壊してできた瓦礫が散乱し、燃料に引火して辺りは火の海へと変貌している。彼女だけでも助けられないかと、周囲を見回す彼は瓦礫と炎の中に横たわる一機のモビルスーツ、“シグーⅡ”に気が付く。

 

「……カガリ、来い!」

「え!?」

 

 有無を言わさず、彼女を連れて機体へとよじ登る。幸いコクピットのロックは自分のIDカードキーで解除できた。シートへと座り、起動ボタンを押し込む。

 

「アスラン、お前!」

 

 ハッとカガリが彼の行いを咎めるように声を上げるが、アスランは構わず素早くOSを立ち上げ、起動シークエンスを続ける。

 

「こんな所で君を死なせる訳にいくか!」

 

 簡易自己診断プログラムが各部の状態をコンソール画面に表示される。幸い主動力と駆動系に問題はないが、電装系に損傷を示すイエローサインが灯る。動けるのなら問題はない、と無視して“シグーⅡ”の身を起こさせた。エンジンが吠え、フレームの軋む音を響かせながら、機体を起こすことになんとか成功する。

 これなら戦域から離脱できるか、とアスランは考えたが、目の前に強奪された内の一機が現れ、こちらへとライフルを向ける。

 

「ちっ!」

 

 咄嗟にステップ回避をとり、続けざまにタックルを敵機にかます。突然の反撃に虚を突かれた黒い機体、“ガイア”はまともにタックルを受けて後ろに吹き飛ぶ。だが、今の衝撃で左腕の駆動系に異常を示す赤いランプが灯る。アスランの背中に冷たい汗が流れる。一方、“ガイア”は反撃が頭にきたかのように、ビームサーベルを抜くと遮二無二それで斬りかかってきた。アスランは悲鳴を上げる機体を何とか操り、それを回避し、離脱のチャンスを窺う。

 

「アスラン、後ろ!」

「な!?」

 

 応援に現れたもう一機の接近に反応が遅れた。モスグリーンの機体が振り下ろすビームサーベルをかわしきれず、左腕を斬り飛ばされる。

 やられる、と戦慄が走ったその直後。

 追撃を入れようとした“カオス”の背中を爆風が襲い掛かった。

 

 

 

 *

 

 

 

 戦艦“ミネルバ”の中では、慌ただしくモビルスーツ発進シークエンスが進められていた。緊張に顔を引き締めた整備員たちが速やかにチェックリストを消化し、機体の出撃準備を完了させていく。

 

『“インパルス”発進スタンバイ。パイロットは“コアスプレンダー”へ』

 

 管制に従い、シンはモビルスーツデッキへと駆け込む。アカデミーを優秀な成績で卒業した証である赤いパイロットスーツに身を包んだ彼はハンガーに用意された愛機、“コアスプレンダー”と呼ばれる新型戦闘機へと飛び込み、システムを起動する。

 

『モジュールはソードを選択。シルエットハンガー二号を開放します。シルエットフライヤー、射出スタンバイ』

 

 ヨウランと共に機体の最終チェックに当たろうとしていたところ、突如として警報が発令された。状況もつかめないままブリーフィングルームへと招集されると、工廠内で新型機が奪取された、との連絡が入ったきり情報が錯綜しているとのことだった。

 

(いったい誰だよ! こんな騒ぎ起こすバカは!)

 

 事態を招いた誰かを罵りながら、機体のステータスチェックを終える。発進シークエンスが進み、“コアスプレンダー”を乗せたリフトが中央カタパルトへと接続される。カタパルトハッチが開放され、コロニーの青空が隙間から覗くのが見える。スロットルレバーを操作し、エンジンが唸りを上げて回転数を上げる。

 

『ハッチ開放、射出システムのエンゲージを確認。カタパルト電圧正常。進路クリア、“コアスプレンダー”発進、どうぞ!』

「シン・アスカ、“コアスプレンダー”、行きます!」

 

 スロットルを全開にし、同時に電磁カタパルトが青と白の機体を矢のように加速させる。発生したGが身体をシートに押し付ける感覚に耐える。視界が開けると同時に、操縦桿を引き、機体を旋回させる。眼下には未だ戦闘が続く工廠が広がり、シンは愕然と目を見開く。格納庫の多くが倒壊し、迎撃に出たモビルスーツもまた大破し擱座している機体が目に付く。なぜこんな事を、という疑問が一瞬浮かび、さっき工廠で別れたルナマリアや顔を合わせて挨拶した同僚たちの顔がよぎる。

 

(人の陣地で好き勝手しやがって……!)

 

 怒りのままに機首を戦闘エリアへと向け、エンジンが許す限り加速し、機体を走らせる。黒煙にまみれた空を飛び、シンの眼とレーダーはまもなく目標をとらえた。

 見れば“ガイア”が“シグーⅡ”へと襲い掛かるのが見えた。“シグーⅡ”はどこか損傷しているのか、ぎこちない動きで、防戦一方の様相を呈している。と、“ガイア”を援護するように“カオス”がその場に割って入る。振るわれたビームサーベルが“シグーⅡ”の左腕を斬り飛ばす。

 

「!」

 

 それを見た瞬間にシンは、操縦桿のトリガーを押し込んでいた。放たれた二発の多目的ミサイルはとどめを刺そうとした“カオス”の背面で炸裂し、そのバランスを崩す。その隙に味方機は攻撃レンジから退避したのを見て、シンは心の中でホッと息をつく。その間も彼の両手は機体の操作を続ける。一度、上空へとフライパスし、そこで、“ミネルバ”から続けて射出されたユニットと相対速度を合わせる。“コアスプレンダー”の機首が変形し、主翼も折りたたまれる。後方から接近したユニットとの間にビーコンが送受信され、二つのパーツが空中で接触、接合した。続けて牽引用フライトパーツを分離した前方ユニットとの接続を終えると、その機体はモビルスーツの姿へと変貌する。最後に、“シルエットフライヤー”と呼ばれる無人機が運んだ二振りの長剣を装備するユニットがパージされ、モビルスーツの背部ジョイントに装着された。

 合体を終えたのを確認したシンは一つのボタンを押し込む。と、機体は鮮やかな赤と白に色づく。この機体もまたPS装甲を有しているのだ。

 シンはコロニーの重力に牽かれて降下する機を操作し、背中の二本の長剣を抜き放ちながら地上へと降り立たせた。

 ZGMF-X56S“インパルス”と呼ばれる機体を操り、二刀を結合させ一振りの長大な剣へと変化させたそれを振りかぶる。

 

「何で、こんなことを……!」

 

 なぜまた戦争を起こそうとする。

 なんで再びあんな惨劇を繰り返そうとする。

 かつての悲劇を脳裏に浮かべながら、シンは怒りを滲ませ血を吐くような勢いで目の前の敵たちへと叫ぶ。

 

「また戦争がしたいのか!? あんたたちは!」




皆様大変長らくお待たせいたしました。野澤瀬名です。
SEEDは僕が一番最初に出会ったガンダムシリーズであり、TV放送以来18~19年もファンである作品です。ストライクかっこいいよね。ムウさんがドミニオンのローエングリンから身を挺してアークエンジェルを庇うところとか涙なしでは見られないですよホント。あと、クルーゼの復讐劇とか……(長くなるので割愛)

そんなSEED愛が爆発してしまって気が付いたらプロット書き進めていました。DESTINYの主人公、シン・アスカ君の成長を、そしてコズミック・イラに吹き荒れる戦乱を丁寧に描写していければいいな、と思います。頑張ります!


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PHASE.02 戦いを呼ぶもの 

ウィンダムがHGで出たんだからゲイツもお願いしやす


 炎上し黒く焦げた車両。爆撃によってひび割れ破壊された道路。モビルスーツが墜落し崩壊したビルの瓦礫。

 それらを踏み越え、赤と白の機体は猛然とステラの“ガイア”へと斬りかかる。

 

『なんだ、コイツ!?』

 

 ぶんと振り回された対艦刀をシールドで防ぐも、受け止めきれず、“ガイア”は頭部バルカンを連射しつつ後方へと退避しようとする。が、敵機は放たれた二十ミリの高速硬芯徹甲弾を物ともせずに腰からビームライフルを抜くと“ガイア”を狙い撃つ。

 こいつにもPS装甲が装備されている? 、とスティングは驚愕する。つまりは自分たちが奪った三機とほぼ同等の機体スペックを有していると考えるべきだろう。だが、事前ブリーフィングではあんな機体が存在している、という情報はなかったはずだ。援護射撃にビームライフルを数発撃ちこみながら彼は毒づく。

 

「あれも新型か!? くそ、事前データには無いぞ? “インパルス”?」

 

 “カオス”内部のコンピュータに登録された識別情報を見て、スティングは舌打ちする。

 一方業を煮やしたステラは“ガイア”を四足歩行形態に変形させ、自分を吹き飛ばしたモビルスーツに襲い掛かる。が、それを見た敵機は対艦刀の接続を解くと、取り回しの良くなった二刀で討ちかかる。

 回避したのも束の間、ステラは迫る巨大な刃に眼を見開く。投げつけられた長剣をシールドを掲げて弾くも、大きくバランスを崩した機体は背中から大地に叩きつけられた。

 スティングはその戦い方を見て、内心舌を巻く。機体のスペックだけでなく、中身も相当の手練れだ。

 と、まだ被害の少ない地区から援軍として飛来した“ジン”がマシンガンを撃ち掛けるも横合いから伸びたビームの火線に絡めとられ、空中で爆散した。“ジン”を撃ち落としたアウルがスティングに問い詰める。

 

『なんだよアレ! スティング、どうすんのさ?』

「俺に聞くな! くそ、ネオの奴いいかげんな情報寄越しやがって!」

 

 ここにはいない上官を呪うも、それで敵機がいなくなるわけではない。それにここで時間をかければ混乱から立ち直った敵に包囲されるのは明白だ。そうなれば奇襲の利は無くなり撃破されるのは避けられない。

 

『追撃されても面倒だ! アウル、援護任せるぞ!』

 

 スティングが命じ、赤と白の敵機へと“カオス”を走らせる。本来ならすぐにでも撤収するべきだが、コイツが健在なまま背中を見せるのは得策ではない。なら、三機で取り囲んで行動不能にするだけだ。

 

『ハ、首でも土産にしようって?』

 

 嘲笑うような調子言い返しながらで、アウルもそれに続く。

 

『カッコ悪いってんじゃね、そういうの!』

 

 

 スティングたちが突然の乱入に対応している同時刻。

 アーモリーワンの外部に広がる、漆黒の宇宙に一隻の戦艦が音もなく静かに航行していた。だが、その存在は肉眼はおろか電波、赤外線レーダーなどの観測機器すら掻い潜る。

 強襲特務艦“ガーティ・ルー”。かつての地球連合軍で活躍した“アークエンジェル”級の流れを汲む、非正規特殊任務用に極秘建造された艦である。その艦橋で席に腰掛ける男の腕時計のアラームが鳴り響き、行動開始時刻を知らせる。

 

「よーし、行こう! 慎ましくな?」

 

 男のくだけた号令と共に、艦橋の人員が慌ただしく活動を始める。隣の艦長席に座る謹厳そうでがっしりとした体格の男、イアン・リー少佐が次々と指示を下す。

 

「第一種戦闘配備発令!“ゴッドフリート”一番二番起動、アンチビーム爆雷装填、ミサイル発射管、“スレッジハマー”装填! モビルスーツ隊は発進準備急げ!」

「イザワ機、バルト機はカタパルトへ」

 

 メインモニターにはこちらに気付くことなく航行を続けるザフト軍ナスカ級高速戦艦が二隻と、奥には真空の宇宙空間に浮かぶ砂時計、プラントと呼称されるコロニーの一基、アーモリーワンの姿が映し出されている。

 不敵な笑みを浮かべて、それを見る男は周囲の兵士たちが着用する地球連合軍の軍服とは少し違う黒を基調とする制服を纏っている。だが、それ以上に、頭部を覆い隠すような無機質な黒いマスクが異様な雰囲気を醸し出している。だが、周囲の兵士たちはそのことを当然のように気にすることはない。

 彼の名はネオ・ロアノーク。地球連合軍第81独立機動群、ファントムペインと呼称される特殊部隊の一隊を率いる大佐であった。

 無機質な外見とは相反するおどけた調子で、ネオは指示を下す。

 

「主砲照準、左舷前方ナスカ級。発射と共に“ミラージュコロイド”を解除、機関最大。さあて、ようやくちょっとは面白くなるぞ諸君」

 

 ネオの陽気な調子の軽口にそれまで仏頂面だったイアンがふっと笑みを浮かべて、号令を下した。

 

「“ゴッドフリート”、てェッ!」

 

 Mk.71 225センチ連装高エネルギー収束火線砲“ゴッドフリート”から極太のビームが放たれ、それがナスカ級の機関部をまっすぐ貫く。ナスカ級は破壊されたエンジンが火を噴き、艦体を引き裂くようにして爆発した。

 

 

 

 *

 

 

 

『“ハーシェル”被弾!』

『“フーリエ”にミサイル接近! 数、十八!』

 

 アーモリーワン軍港管制塔は、いまや蜂の巣をつついたような状況だった。

 突如として放たれたビームに船体を貫かれ、爆散した友軍艦艇の姿がメインモニターに映し出される。先の軍工廠エリアでの強奪騒ぎで、アーモリーワン外部に哨戒配置に出したナスカ級が一撃で撃沈されたのだ。

 発砲したと思われる戦艦はなおも艦砲とミサイルを放ちながら、もう一隻の友軍艦へと近づいていく。

 

『不明艦補足、数、一! オレンジ二十五マーク八ブラボー、距離二千三百! 熱紋ライブラリー照合……ありません、艦影不明(アンノウン)です!』

 

 そんな位置に、ステルスなのか、と士官たちの間にざわめきが広がる。

 

「“ミラージュコロイド”!?」

 

 管制官の一人が口にした可能性とその意味が一堂に浸透し、更なる混乱を呼び起こす。可視光線や赤外線をはじめとする電磁波を偏向、変質させる特殊粒子による光学迷彩技術。前大戦で猛威を振るったこの技術はユニウス条約において軍事的な迷彩目的での使用が禁止されている。にもかかわらず関わらずその技術が搭載された大型の軍用艦艇が存在するということは、現ユニウス体制を根幹から破壊する可能性そのものである。そして“ミラージュコロイド”の技術を有する軍事組織はザフト軍と地球連合軍ぐらいだ。

 管制指揮を執る男性士官が指示を矢継ぎ早に出していく。

 

「モビルスーツ隊は直ちにスクランブル! 停泊中の“ラヴォアジェ”、“ローレンツ”は緊急出港せよ!」

 

 指示を受けて停泊していた二隻のローラシア級フリゲートの停泊用アンカーが解除され、軍港の外へ向かって進み始める。その時死角となっていた港の構造体の陰から二つの巨大な人型が躍り出る。黒い熱・電波吸収塗料で塗られたその機体は地球連合軍の運用するGAT-02L2/N“ダークダガ―L”であった。

 手にした390ミリのMk.39無反動砲から矢継ぎ早に発射された対装甲成形炸薬弾はローラシア級の艦橋とエンジンを正確に撃ち抜き破壊する。一隻は機関部から盛大な爆発を起こして擱座し、もう一隻はその余波を受け、管制塔にそのまま突っ込んだ。恐らく中にいた人間は逃げることもままならないまま死を迎えたことだろう。

二機の“ダークダガ―L”はその惨事を見ることなく、さらに港内の重要と思われるハッチや隔壁、構造物に砲弾を叩き込んでいく。

 爆発と艦の残骸が港内を埋め尽くし、その機能は完全に失われた。

 

 

 

「アスラン……!」

 

 大きな地響きを感じ取り、カガリは不安げに四方のモニターから周囲を窺う。大きさや響き方からコロニー内部での爆発ではないと、アスランは直感する。

 

「外からの攻撃だ。港か……?」

 

 新型機三機を強奪したのが、どこかの部隊であるのなら、外に運び出した後に逃走するための船が用意されていると考えるのが妥当だ。その船から攻撃を受けたと推測できる。彼の脳裏に前大戦の光景がありありとよみがえる。アスランも所属していたザフト軍襲撃部隊による地球軍の新型モビルスーツ強奪事件。その戦闘の余波を受けて崩壊したオーブのコロニー“ヘリオポリス”。

 ここで再びその惨劇を引き起こすのか、とアスランに戦慄が走る。

 助太刀に入ってきた赤と白の機体“インパルス”は対艦刀を振り回し、“ガイア”を追い詰めようとする。が、その背後から残りの二機が接近する。“カオス”で寸前まで射線を隠し、ジャンプすると同時にその後ろから“アビス”が胸部カリドゥス複相ビーム砲を放つ。ギリギリのところで回避するも、体勢を崩したところに真上から緑色の機体が脚部ビームクローで追い打ちをかける。

 その四機の新型機の動きをアスランは眼を見開いて凝視する。セカンドステージシリーズと銘打たれたザフト軍次期主力モビルスーツ実証試験機群の性能自体は開発に携わっていたアスラン自身良く知っているつもりであったが、ここまでの動きを見せつけられるとは思いもしなかった。だが、それ以上に強奪された三機を動かすパイロットに、アスランの驚嘆は向く。今日初めて機体に触れた部外者たちがここまで機体を操れることに、とてつもない違和感を覚える。

 ビーム刃を躱した“インパルス”に“カオス”がビームライフルを向け、その背後からさらに“ガイア”がサーベルを抜き放ち迫る。カガリがハッとし、悲鳴を上げる。

 

「アスラン!」

 

 その時には既に、フットペダルを踏みこみ、操縦桿を操作していた。

 

「掴まっていろ!」

 

 鋭く命じ、“シグーⅡ”を走らせる。

 二機の攻撃をどうにか避けようとした白い機体は、ビームをシールドで防いだところを“ガイア”のサーベル攻撃で地表に叩きつけられた。その決定的な隙を逃さず、青い機体が穂先からビームを出力した槍を振りかざして迫る。その間に、アスランは“シグーⅡ”を滑り込ませ、勢いを殺さないまま、残っていた左肩でタックルをかける。まともに体当たりを受けた“アビス”は後方へと大きく吹き飛び、その隙にアスランは右手に装備していたビームサーベルをスローイングナイフのように“ガイア”へと投擲する。“ガイア”は咄嗟にシールドを掲げ、その表面に激突して激しくスパークを散らした。

 が、そこまでだった。警告を無視して動かし続けた機体に、そのツケが現れる。バランサーが狂ったのか、機体のバランスが保てない。コクピットにロックオン警報が鳴り響く。さっき押し倒した青い機体が胸部の大口径ビーム砲を向けているのを目にしたアスランは鋭い戦慄を感じる。無茶を承知で躱そうと機体を操ろうとして、その瞬間凄まじい衝撃に襲われた。撃ち出されたビームは“シグーⅡ”の右腕をもぎ取り機体は地面に叩きつけられたのだ。その衝撃でシートに掴まっていたカガリの体が、コクピットの中で叩きつけられる。

 

「あぐッ──!」

 

 アスランの膝の上に落ちてきた彼女の体をどうにか受け止めた。と、手にぬるりとした感触を覚えた。慌てて彼女を見ると、ゾッとする量の血が、彼女の頭から流れている。

 

「カガリ!」

『下がれよ! その機体じゃコイツらに勝てない!』

 

 “インパルス”のパイロットからだろうか。激しい口調でアスランに下がるよう訴えると、カバーに入るようにビームライフルを連射する。

 機体は中破し、呼びかけに反応せず、出血の酷いカガリを同行したまま戦闘は続けられない。

 そう判断を下し、アスランはやむなく両腕を失った“シグーⅡ”を後退させた。

 

 

 

「はやく! 入れるだけ開けばいい!」

 

 破壊された格納庫の中、ルナマリアの声が響き渡る。作業員や兵士総出で、まだ使える機体の上から瓦礫を撤去しようと奮闘しているところだった。傍らではチームメイトのレイ・ザ・バレルが静かに愛機のコクピットが開くのを待っている。

 強奪の知らせが入り、レイとルナマリアは搭乗機を目指して走っていたところ、飛来したミサイルが格納庫の天井を破壊したのだった。あと一足先に到着していたら瓦礫の山に潰されていたことを考えると、中々に肝が冷える。

 

「レイ!」

 

 声がかかった瞬間、レイは機体の上へと駆け上がった。開かれたコクピットハッチを潜り、シートへと滑り込む。

 

「中の損傷は分からん。いつも通り動けると思うなよ! 無理だと思ったらすぐ下がれ!」

 

 レイは整備士の注意を聞きながら機体システムを立ち上げていく。ハッチを閉じ、スタッフたちが機体から離れたのをモニターで確認した後、機体を立ち上がらせる。

 通常の配色ではなく、パールグレイを基調とした彼のパーソナルカラーで塗装されたレイ専用の“シグーⅡ”である。

 

『どけ、ルナマリア』

 

 単調に彼女に命じると、もう一機の“シグーⅡ”のハッチを塞いでいた巨大な瓦礫に手をかける。人力では歯が立たなかった鉄筋コンクリートの塊や作業用クレーンのフレームを“シグーⅡ”の手は軽々と持ち上げて見せた。その下から赤い機体が見え、ルナマリアは喜び勇んで、機体のハッチへと向かった。

 

 

 

 中破した“シグーⅡ”が安全域に退却したのを確認し、シンは猛然と“インパルス”を“アビス”へと突貫させる。レーザー刃を出力した対艦刀が敵機へと速く鋭く弧を描くも、“アビス”はそれをいとも容易く躱してみせる。

 

「くそ、奪った機体でこうまで!」

 

 上空から“ディン”の三機編隊が機銃とミサイルランチャーによる援護射撃を加える。直撃を回避した“アビス”にシンは追撃を掛けようとするも、横合いから“ガイア”がサーベルを抜いて飛び掛かってくる。

 

「くそっ!」

 

 長剣を振るった反動をそのままに遠心力を活かしてそのまま“ガイア”へとぶつける。その威力に押されて“ガイア”はスラスターを全開にして空中へと逃れた。シンもそれを追って“インパルス”をジャンプさせる。それを見た“カオス”と“アビス”がそれぞれビームを撃ち掛ける。咄嗟にシールドを展開してそれを防ぐ。が、数条のビームが地上に展開していた“ガズウート”や“ジン”を貫き爆発する。

 その恐るべき威力とこれ以上被害を出せない、という驚愕と焦りにシンの顔が歪む。

 そのとき、もう一撃加えようとした“アビス”に向けてビームが数発飛来し、両肩のシールドではじけた。

 

『シン、離れて!』

 

 通信機からルナマリアの声が入り、驚いたシンがビームの飛来した方を見やる。ルナマリアが乗る赤い“シグーⅡ”とレイが乗るパールグレイの“シグーⅡ”だ。彼女たちが無事であったことにシンは安堵する。

 

『二人とも、ここで墜とすぞ。シンは前衛につけ。バックアップは俺たちがやる』

 

 いつも通り冷静沈着なレイの指示に心強さを感じながら、シンは愛機を飛翔させる。狙い撃とうとした“カオス”にルナマリアが牽制射撃を加えながら威勢よく啖呵を切る。

 

『こんのォ! よくも舐めたマネを!』

 

 攻守が逆転し、強奪された三機は二機の“シグーⅡ”から矢継ぎ早に放たれるビームに翻弄された。

 

 

 

 *

 

 

 

『こいつ、何故墜ちない!?』

 

 ステラが中々撃墜できない白い機体に向けて、憎々しげに吐き捨てる。スティング自身も新型とは言え孤立無援の“インパルス”と半壊した“シグーⅡ”相手にここまで苦戦するとは想定外であった。どうにか死にぞこないは追い返したが、そこに再び援軍が来たとあっては埒が明かない。

 

『スティング、キリがない! こいつのパワーだってもう!』

 余裕を見せていたアウルもさすがに声に焦りが滲む。撤収予定時刻を大幅に超過し、機体のエネルギーも危険域に近づきつつあることを確認したスティングはここまでか、と決断を下す。

 

「さすがに潮時か! 離脱する! ステラ、そいつを振り切れるか!?」

『すぐに沈める!』

「ステラ!」

 

 完全に頭に血が上った彼女は、背部のビーム砲を乱射しながら敵機へと肉薄する。エネルギー切れ間近であることもステラの頭の中には無いようで敵を墜とすことしかもう眼中にないらしい。殺気だった声を挙げながら彼女は敵機へとフルスピードで突撃する。

 

『よくも、私をよくも!』

「離脱しろ! ステラ!」

 

 スティングが怒鳴りつけるも、ステラはなおもビームサーベルを抜き放ち、赤と白の“シグーⅡ”の攻撃も意に介さず、白い敵機へと襲い掛かる。

 

「私が、こんなぁああアア!」

 

 その時だった。通信機にアウルの声が割り込む。

 

『じゃあお前はここで“死ね”よ!』

『え――――――――?』

 

 瞬間、怒りに沸騰しそうな雰囲気を纏っていたステラから殺気が霧散する。

 

「アウルっ!」

 

 余計な真似を! 、とスティングはアウルに毒づく。だが、尚も彼はステラに向かって追い打ちをかける。

 

『ネオには僕から言っといてやるよ、サヨナラってなぁ!』

 

(彼女の中に『死』というイメージが広がっていく。撃たれて『死』ぬ、斬られて『死』ぬ。出血『死』、窒息『死』、溺『死』、餓『死』、焼『死』凍『死』轢『死』『死』『死』死死死死死──)

 

 空中で滞空したままのステラに、ここぞとばかりに白い機体がビームブーメランを投げつける。直撃する寸前でスティングが割って入り、ビームサーベルでそれを両断する。

 スティングは通信機に向かって『余計な一言』をぶちまけた相方に怒鳴る。

 

「やめろアウル! おまえ!」

『止まんないじゃん。しょうがないだろ?』

 

 悪びれる様子もないアウルにスティングは苛立ちを覚える。『言葉』を使うのは最終手段であるのに、それをわざわざ敵の目の前で考え無しに使いやがって、と、アウルに内心で悪態をつきつつ、どうにかしてステラを離脱させなければと考えたところで、通信機から彼女の悲鳴が響き渡る。

 

『死ぬ……? 私……、ダメ、嫌……いやああああアアアア!』

 

 コロニー天頂部を目指して文字通り逃げるように急加速するステラの“ガイア”を見てアウルはほくそ笑みながらスティングに言い放つ。

 

『な? 結果オーライだろ!』

 

 何が結果オーライ、だ。後でネオにどやされるのは俺なんだぞ。

 スティングは舌打ちし、撤収する“ガイア”をカバーしながらその後を追った。

 

 

 

 *

 

 

 

 突然“ガイア”が港湾施設の方向に向けて猛スピードで逃走を始めた。それに続く形で残る二機も離脱を図る。あまりに唐突すぎる退却にシンは理解が追いつかずに困惑する。

 

『追撃するぞ、シン、ルナマリア!』

 

 レイが即座に判断を下し、逃走する三機に追走する。それを見るなり、シンとルナマリアもスラスターを全開にして追跡に入ろうとする。

 が、突然ルナマリアの“シグーⅡ”のスラスターが火を噴いた。

 

『な、エンジントラブルって!?』

 機体トラブルの影響でルナマリアの機体は盛大に黒い煙を吹きながら高度を落としていく。シンはルナマリアに向かって通信機越しに安否を確認する。

 

「ルナ! 無事か!?」

『私は大丈夫だから! 二人とも行って!』

 

 いつも通りの声に安心し、シンは再びスロットルを開いて敵機を猛追する。

 何がどうあれ、このまま三機とも逃がすわけにはいかない。

 

 

 

『第三弾薬庫への注水急げ! 引火したら手が付けられんぞ!』

『負傷者はD5エリアの救護班テントに搬送! 重傷者を優先だ! 動けるものは自力で向かわせろ!』

『パイロットは機体と共に“ミネルバ”に向かえ。議長の護衛を頼む!』

 

 今なお炎上し続ける工廠を見やりながら、アスランは苦いものを感じる。たとえそれが強奪されたとはいえ自分たちが作った兵器によってこの惨劇を引き起こしたことに、彼は恐怖とも後悔ともいえる複雑な感情を抱く。

 と、気を失っていたカガリが腕の中で身じろぐ。アスランはハッとし、彼女に目をやる。血糊がべったりとついた瞼が開き、その下から金色の瞳が見え、アスランは安堵の息を漏らした。

 

「……ア、スラン?」

 

 掠れた声で彼女が呟き、身を起こそうとするのをアスランは制止する。

 

「止せカガリ! 血は止めたけど応急処置だ。動かない方がいい」

「ああ……」

 

 青い顔だったが、彼女は微笑んでみせた。そんな彼女の姿を見てアスランの中に悔恨の念が生まれる。

 

「すまなかった、つい……」

 

 やはり彼女を連れて戦うべきではなかった。結果として大怪我を負わせてしまったのだから、自分の判断は間違っていた、と彼は謝罪の言葉を探す。と、カガリは何でもないように言う。

 

「……いいんだ。おまえがああしなきゃ、あのガンダムはやられていただろう?」

 

 思わず、アスランは彼女の顔を見やる。微笑みを向けていた彼女は、しかしモニターに目を移すとその表情は暗く沈む。

 墜落した“ディン”によって崩落したビルの周辺には救助隊が殺到し、脚部と頭部を破壊され動かなくなった“ガズウート”のコクピットからは傷ついたパイロットが運び出されている。

 暗い雰囲気を振り払うように、アスランはカガリに話しかける。

 

「ひとまず、ドックの方は無事らしい。デュランダル議長も“ミネルバ”に入られたとのことだ。俺たちもそちらに行こう」

 

 自分はともかく、カガリは部外者だ。この混乱の中、彼女の身元を保証するとなると議長の協力が必要不可欠になるだろう。瓦礫が散乱し、火災によって有毒ガスが発生している工廠区では下手に機体から降りるわけにもいかない。

 軋む機体を労りつつ、アスランは“ミネルバ”が停泊するドックへと“シグーⅡ”を歩かせた。

 

 

 

 *

 

 

 

 艦体のいたる所に大穴を開けたナスカ級はなおも反撃の砲火を絶やしていなかった。が、その機関部に“ガーティ・ルー”の主砲が直撃し、大爆発を起こして沈んだ。

 

「ナスカ級撃沈」

「左舷後方より“ゲイツ”三機接近!」

 

 オペレーターの報告を受け、リーはすぐさま指示を下す。

 

「アンチビーム爆雷発射と同時に加速二十パーセント十秒。ミサイル発射管、一番から四番“コリントス”装填。イザワ機とバルト機は呼び戻せ!」

 

 港の封鎖は成功したらしく、新たに艦が出港してくる気配はない。だが、モビルスーツまで封じ込めることは不可能だ。

 二機のダガーLが防御姿勢を取りながら彼らの母艦であるガーディー・ルーの直掩に入る。のんびりと戦闘を見ていたネオがふと腕時計を見る。時間的にはそろそろ脱出してきてもいいはずだが、潜入した三人の姿はまだ見えない。

 

「港を潰した連中からは?」

 

 オペレーターはネオの問いかけを理解し、すぐ応答する。

 

「まだです」

 

 その返答に、彼はやや困惑した表情を見せる。そのやり取りを聞いていたリーはネオへと問いかける。

 

「失敗ですかね?」

 

 スティングたち潜入班のことだ。すでに撤収時刻を割って、それでも何ら合図がないということは、とリーは最悪の事態を想像しているようだ。

 

「港と格納庫を潰したからと言ってもあれは軍事工廠です。長引けばこちらがもちませんよ」

 

 こちらは孤立無援の独立部隊。一方相手は最新鋭の機体をわんさかと抱えた軍事基地なのだ。これ以上この宙域に留まれば、逆にこちらが包囲されかねない。

 

「分かってるよ。だが、失敗するような連中なら、俺だってこんな作戦はなっからやらせはせんよ」

 

 何であれトラブルは特殊作戦にはつきものだ、とネオは苦笑し、席を立つ。リーはそんな上官の姿をやれやれ、と若干呆れ気味に見やるも、その行動に反論は出さない。

 

「俺が出て時間を稼ぐ。艦を頼むぞ」

「はっ」

 

 本来、作戦指揮官が戦闘に加わることはあまり褒められたことではない、とリー自身考えていたが、止めても無駄だということを既に学んでいた。手元の通信機を取ると、格納庫のスタッフたちに指示を出す。

 

「格納庫、“ウィンダム”発進スタンバイ、いいな!」

 

 まもなく、左舷カタパルトからマゼンタにカラーリングされたモビルスーツが射出された。

 ネオの専用機、GAT-04A先行量産型“ウィンダム”。先の大戦で活躍した“ストライク”を発展させた機体で、より洗練されたスタイルを持ち、その総合性能は“ダガー”はおろかベース機である"ストライク"を遥かに上回る。赤紫のパーソナルカラーで塗装され、背面にはドラム型のスラスターポッドのようなものを装備している。と、そのポッドが分離し、四方へと放たれる。

 彗星のごとく、加速するネオの機体に向けて三機の“ゲイツ”は手に持ったライフルを向ける。ネオはその銃口からビームが放たれるより先に機体を操ると、ビームの合間を縫って飛翔する。ナチュラルとは思えない機動に翻弄された“ゲイツ”は手にしたビームライフルを向けなおそうとするも、突然別方向から放たれた幾筋ものビームに機体の各部を撃ち抜かれる。それを見た二機は散開して攻撃の出どころを探ろうとするも、同じようにビームの驟雨にさらされる。一機は成す術なく全身を撃ち抜かれて爆散し、もう一機は頭部バルカン砲で牽制射をしようとするが、ネオはその隙を逃さず、ビームサーベルを抜き放つと、すれ違いざまにその胴体を両断してみせた。

 瞬く間に三機のモビルスーツを屠ったネオの機体を、艦橋から眺めながら、リーは苦笑しつつもその優れた操縦センスと技量、そして戦術に舌を巻く。

 なるほど、あれでは戦闘を大人しく座って見ているだけというのは性に合わないのだろう。

 

 

 

 *

 

 

 

 

「駄目です、司令部との回線不通! 応答ありません!」

 

 絶望的な情報が“ミネルバ”艦橋に響く。外部に正体不明艦を発見したとの一報が入った直後、プラント全体を揺るがす振動と共に軍管制塔との一切の連絡が途絶した。それが意味するところを考え、“ミネルバ”艦長のタリア・グラディスは苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる。

 

「工廠内、状況ガス! エスバス、ロナール地区にレベル四の退避勧告発令!」

 

 被害状況を調べていたメイリン・ホークからの報告にさらに追い打ちをかけられる。

 最新鋭機三機の強奪。工廠区の破壊並びに格納モビルスーツの三分の二の撃破もしくは損傷。さらに港湾施設の全壊。

 僅か一時間足らずでここまでの損害を食らったことに、タリアは頭を抱えたくなる。

 

「艦長、これマズいですよね? もしこのまま逃げられでもしたら……」

 

 傍らで戦況を見守っていた副長のアーサー・トラインの恐る恐るといった口調に、タリアはにべもなく答える。

 

「上層部の首が片っ端から飛ぶわね、確実に」

 

 彼女の言葉にゾッとしたようで、アーサーの頼りなさげな顔がさらに青くなる。人柄が良いのが彼の長所だが、軍人としてはもう少し度胸が欲しいといったところか。

 スラスターから黒煙を吐き出しながら、ルナマリアの“シグーⅡ”が緊急着艦する。元々“ミネルバ”搭載予定機だ。搬入を前倒しした、と思えばいいだろう。傍らのメイリンが驚いてパイロットの無事を確認しているのをタリアは横目で見守る。彼女はルナマリアの妹なのだ。心配になるのも無理はない。

 

(それにしてもどこの部隊かしらね、こんな大胆な作戦……)

 

 寡兵かつ僅かな時間で、これだけの軍事施設と部隊に損害を与える。

 内通者の協力があった、と考えられるが、僅か艦艇一隻足らずの陣容でこうも手玉に取られるとは、と彼女は敵の指揮官に対して密かに称賛の念を覚える。と同時に、これだけの作戦を遂行可能な組織は、やはり地球連合軍以外に存在しない、とタリアは考えた。

 

 (この事件、下手を打てば開戦の口実になりかねないわね……。)

 

 と、入電のアラームが鳴り、彼女は我に返る。

 

『ミネルバ、フォースシルエットを!』

 

 パイロットの要求にすぐさま“インパルス”のステータスを見る。戦闘によって武装を喪い、残るのは対艦刀一振りのみ。すぐさま、彼女は指示を出す。

 

「許可します! 射出準備急いで!」

「艦長……!」

 

 アーサーが不安げにこちらを振り向く。敵に対して“インパルス”のシステムを初戦でいきなり曝け出すことに、抵抗感があるのだろう。だが、ここで手を打たなければみすみすあの三機を掠め取られることになる。それに武装を失った“インパルス”では対抗できないだろう。

 

「“インパルス”まで撃墜させるつもり、あなたは?」

 

 あ、いや、としどろもどろになった副長を無視してタリアはメイリンへと向き直る。

 

「射出管制、任せるわね」

「りょ、了解!」

 

 指示を受けて管制官のメイリンがコンソールを操作しながら、うわずった声で格納庫に呼びかける。

 

「フォースシルエット、射出スタンバイ!」

 

 

 

 “カオス”のクローの一撃を受け止めた衝撃で、酷使していた対艦刀が半ばから真っ二つに折られる。

 当然受け止めきれない威力はコクピットへと伝わり、シートごとシンを激しく揺さぶる。

 

「クソ、コイツ!」

 

 武器を失ったその隙を“アビス”が狙い撃ちにしようとする。しかし、横合いからレイの“シグーⅡ”がかばって割り込み、ビームライフルを連射する。

 

『シン! 今のうちに装備を!』

 

 レイの声に、見れば“ミネルバ”から射出された小型機の姿が視界に入った。シンは折れた刀を投げ捨て、近づいてくる小型機へとスラスターを吹かす。

 背部のバックパックを切り離すと、そこに小型機、シルエットフライヤーが回り込んで並走する。ユニットが分離し、巨大なウイングスラスターを持ったパーツが“インパルス”の背面に接続された。

 途端、装甲色が変化する。胸部は赤から鮮やかな青に、腹部は赤に。全く異なる印象を与える姿へと“インパルス”は変貌する。

 先ほどまでの装備は近接戦用のソード、そして今換装したのは高機動戦闘を目的としたフォースシルエットと呼ばれる。戦況、戦術、任務に応じて装備を換装し、一つの機体に様々な特性を付与する。これこそがシンの駆る“インパルス”の最大の特徴である。

 換装を終えシンはフットペダルを目一杯に踏みこむ。グン、と機体が加速し、ビームライフルを撃つ“カオス”の目前へと迫る。先ほどまでと全く違う機動に驚いたように、“カオス”はたじろぐ。その隙を逃さず、シンはスロットルと姿勢を制御し、その腹へと蹴りを叩き込んだ。

 体勢を崩した“カオス”には目もくれず最後尾に位置する“ガイア”へとジャンプする。

 先ほどまでと違って“ガイア”はこちらに攻撃をかける様子もなく、ひたすら戦場から逃げようとする。

 

「墜ちろォォォォ!」

 

 シンは叫びながら、“ガイア”へと肉薄する。逃げる敵機を照準に捉え、ライフルを撃とうとしたその時。

 

『上だ、シン!』

 突然のレイの警告に困惑した直後、激しい衝撃にコクピットを激しく揺さぶられる。攻撃されたと気づいたのは、鳴り響くアラート音が耳に入っ手からであった。

 何故? “カオス”と“アビス”は後方のはずなのに!? 

 と、見れば港湾につながるゲートに二機の黒い“ダガー”が潜んでいた。二門の無反動砲から次々と放たれる榴散弾のシャワーによって“インパルス”は行動を封じられる。

 その隙に“ガイア”が、そして後を追うように残りの二機と支援していた“ダガー”二機がゲートを潜り抜けていった。

 やられた──!?

 せっかくここまで追い詰めたものを、これではやられっぱなしだ。手に入れた力を活かせず、振り回されるままになるということは、シンにとって耐えがたいことだった。

 

「クッソォー!」

 

 レイの静止の声も耳に入らず、怒りのままにシンはゲート内部へと機体を突っ込ませた。

 

 

 

 

「艦長! あいつら何を勝手に、外の敵艦だってまだ!」

 

 五機の敵機を相手にわずか二機で追撃をかけようとするシンたちにアーサーは驚愕の声を挙げる。

 さらに横からメイリンが慌てて報告する。

 

「“インパルス”のパワー危険域です! 最大であと三〇〇!」

 

 アーサーが驚愕の声を挙げ、その顔が青ざめた。タリアも彼らの軽率な行動にため息の一つ吐きたくなるも、堪えてクルーたちに告げる。

 

「“インパルス”まで失う訳にはいきません……」

 

 ここで、躊躇えば失われる機体が三機から四機になりかねない。それだけでなく、優秀且つ前途有望な二人のパイロットを見殺しにすることになる。

 タリアは決断すると、逡巡する間も無く、宣言する。

 

「“ミネルバ”緊急発進します!」

 

 

 

 アスランは傍らのカガリの様子に気を付けつつ、両腕を失った機体を慎重に操縦し、“ミネルバ”のカタパルトへと“シグーⅡ”を着艦させた。ハッチ付近は搬入される機材や人員が殺到し、彼らの乗る“シグーⅡ”を気に掛ける者などいない。ひとまず、彼女の怪我の手当てをお願いしなければ、とアスランは格納庫に機体を乗り入れながら考える。駐機させ、ハッチを開いてカガリを伴い、下へと降りた。

 カガリの顔はまだ青いままで、床に降り立った途端よろめいた。

 

「大丈夫か、すぐ……」

 

 彼女を気遣い、支えるアスランに、背後から少女の声が投げつけられる。

 

「そこの二人、所属は!?」

 

 振り向くと、ザフトの赤服を着た赤髪の少女が走り寄ってくるところだった。手には拳銃が握られている。さらに周囲の保安隊も同様に銃を持ち、突然の事態に即応できるように構えている。カガリが少し怯えた様子で後ずさり、アスランは咄嗟に彼女を庇って前に出る。一方内心では無理もない、と考える。強奪騒ぎがあったのだ。アスランはザフトの軍服を着ているとは言え、中から部外者を連れて出てきたとあれば、警戒もする。

 どうにか、警戒を解いてもらおうと、思案するアスランだったが、その時デッキ内部にアナウンスが響き渡る。

 

『本艦はまもなく発進します! 各員所定の部署に就いてください。繰り返す──』

 

 発進だと? 

 周囲がざわめき、アスランも同様に反応する。進水式前の“ミネルバ”が何故今出港する──!? 

 

「動かないで!」

 

 意表を衝かれた様子の赤髪の少女が、アスランたちに視線を戻して警告する。

 

「あなたは軍の者のようですが、何故、民間人をその機体に……。返答次第では拘束します!」

 

 とは言え、彼女たちには警戒と共に困惑の色も見える。アスランは慎重に言葉を選びながら、彼女たちに告げる。

 

「自分は認識番号二八五〇〇二、アーモリーワン技術試験隊所属アスラン・ザラです。こちらはオーブ連合首長国代表、カガリ・ユラ・アスハ氏」

 

 それを聞いた“ミネルバ”クルーたちの間にどよめきが走る。赤髪の少女も困惑した表情で、アスランたちを交互に見やる。

 

「強奪騒ぎの最中、偶然氏が居合わせたところを自分が保護し、やむなく自分の判断で緊急避難的にこの機体に搭乗させました」

 

 赤髪の少女や保安隊の面々の表情はやはり曖昧なままだ。一応アスランの所属は判明したので疑惑は半分晴れたのだろうが、カガリが本当にVIPなのかどうか彼女たちには判断がつかないのだろう。確信が持てない以上は慎重に振舞わざるを得ないようだ。

 

「責任なら自分がとります。代表の手当てをお願いしたい!」

「しかし……」

 

 言い淀む少女に、アスランはじりじりとした焦燥感に襲われる。その時、彼らに横合いから声がかけられた。

 

「いや、その必要はない。彼女の身元は私が保証しよう」

 

 落ち着き払った印象の声に振り返ると、そこにいたのはプラント最高評議会議長、ギルバート・デュランダルその人であった。

 

 

 

 *

 

 

 

 ネオは敵モビルスーツ隊を撃破した後、アーモリーワン周辺に漂う戦艦の残骸に“ウィンダム”を寄せた。残骸に身を隠し、潜入させた部下たちの成否を確認するためだ。

 ナスカ級の残骸の陰に機体を滑り込ませ、そのまま様子を窺う。

 と、破壊された港から一つ、スラスター光が飛び出してくるのが見えた。さらに続いて四つの機体が飛び出してくる。その内の二機は“ダークダガ―L”で、残る三機が奪取した機体だろう。遅れはしたものの、期待通りの成果を上げてきたようだ。

 だが、ネオは彼らの無事を確認したにも関わらず、その場から動かない。彼には確信があった。恐らくこの後出てくるモノこそ、連中がここまで時間を食う原因になったモノだという奇妙な確信があった。

 果たして、崩壊した港から勢いよく一機のモビルスーツが飛び出す。背部には四枚の機動翼が装着され、白を基調とし、その頭部はデュアルアイセンサーと二本のブレードアンテナが特徴的な意匠が凝らされた機体だ。どちらかといえば連合製の機体の特徴を有した機体の姿にネオは少々興味を示した。

 

「へえ、コイツは驚いた」

 

 それにしてもまさか、四機目の新型機が出てくるとは思いもしなかった。だが、確かにこれはスティングたちに悪いことをした、とネオは自嘲する。

 

「──さあて、その機体もいただこうか?」

 

 ネオは背部のポッドを切り離しながら、残骸から滑るように抜け出す。AQM-E-X04Ⅱと、命名されたこの兵装ポッドは先の大戦で投入された“メビウス・ゼロ”というモビルアーマーに装備されていた兵装を、改良、発展させたものだ。高速で動く小さな兵装ポッドを捉えることは至難の業で、死角から音もなく近づくそれを敵の新型は察知できずにいる。

 ネオは敵機を照準に入れると、容赦なく引き金を引いた。

 

 

 

 *

 

 

 

「アスラン君、だったかね。プラント最高評議会議長として礼を言わせてほしい。よく、アスハ代表の身を守ってくれた」

 

 デュランダル議長の執り成しで、カガリは医務室での治療を受けられることとなった。

 彼女の手当てがされている間、アスランは赤服の少女と共に隣の待合室でデュランダル議長から謝辞を受け取っていた。

 

「君もよくこの緊急事態に良く対処してくれた、ルナマリア・ホーク君。感謝するよ」

「いえ、私は結局足手まといになってしまって……」

 

 ルナマリアと呼ばれた彼女が姿勢を正して受け答えする。話を聞けば、工廠区でカガリと別れた後、陣頭指揮を執っていたらしいが、有毒ガス発生の報告と随員たちの進言もあり、やむなく“ミネルバ”に入ったところ、アスランたちの騒ぎに出くわしたとの事だった。

 アスランもまた自分の独断行動を議長に謝罪する。

 

「自分も許可なくモビルスーツを持ち出し、他国の要人を戦闘に巻き込んだ上アスハ代表に怪我を負わせてしまい、申し訳ございませんでした」

 

 頭を下げるアスランに、デュランダルはやんわりとした口調で彼を労う。

 

「いや、君はあの場で最善を尽くしてくれた。そのことに変わりはないよ。私としてもあの場で代表から目を離してしまったことを悔やんでいてね。重ねて礼を言わせてくれ」

 

 カガリをあの混乱の中、置き去りにしたことに謝罪の念が絶えないらしく、議長は自嘲気味に苦笑を浮かべる。が、それでもアスランの中から暗然とした思いは消えそうにない。

 その時、艦内に警報が鳴り響く。

 

『コンディション・レッド発令! コンディション・レッド発令! パイロットはブリーフィングルームへ集合してください!』

 

 瞬時にその警報の意味を悟り、アスランは愕然とする。コンディション・レッド、第一種戦闘配備を意味するその警戒レベルが発令されたということは、今からこの艦は最前線に赴くことを示している。

 

「うそ、“ミネルバ”はまだ就役前なのよ!?」

 

 ルナマリアもまた、この事態を理解できていないらしく、戸惑った顔をこちらに向ける。

 そんな彼らをよそに、デュランダル議長はただ一人、まるでこれから待ち構える苦難を覚悟したかのような表情で、天を仰いで瞳を閉じた。

 

 

 

『第一ドック要員に通達。BB-01 “ミネルバ”の船籍コードは現時刻をもって有効となった。“ミネルバ”発進シークエンス進行中。A55M6警報発令、船体拘束を解除』

『ドックダメージコントロール班、スタンバイ。突発的な衝撃に留意せよ』

 

 発進シークエンスに伴い“ミネルバ”の周囲に張り巡らされた足場や拘束用アームの接続が解除され切り離されていく。同時にドック下部のエアロックへ続くゲートが解放され、“ミネルバ”の巨大な船体が係留された両側の隔壁ごと下ろされていく。

 船体が完全にエアロックへと入ると、上方ハッチが閉鎖され、出撃のために減圧が開始される。

 

『全兵装システムオンライン、IFFコンタクト、即応砲弾のロックを解除します』

『リフトダウン継続。気密隔壁閉鎖、異常無し。索敵及び測的レーダー、感度良好』

『こちら機関室、出力定格。いつでもいけます!』

 

 クルーたちの報告を受け、タリアは凛とした声でクルー全員へと告げる。

 

「これより本艦は緊急出港し、“インパルス”及び“シグーⅡ”の救援、並びに所属不明艦の迎撃戦闘に入る。これは訓練ではない、実戦よ。各員日頃の訓練の成果を発揮するよう奮励努力を期待する!」

 

 “ミネルバ”がドック下のエアロックに固定され、上部気密隔壁が完全に閉じる。

 

「“ミネルバ”発進する!」

 

 船体下のハッチが開き、眼下に煌めく無数の星々が“ミネルバ”を迎える。プラントの周回する遠心力をもって“ミネルバ”はそっと星の大海へと漕ぎだした。

 この航海がどれだけの長きに亙る苦難と激戦の道のりになると、この時クルーたちの誰もが知りえなかった。

 

 

 




量産機っていいよね、どうも野澤瀬名です。

ステラのブロックワードの描写が最も悩ましかった第2話です。SEEDの時の連合三馬鹿も好きでしたがエクステンデッド三人組も大好きです。しっかり者のスティング、お調子者もアウル、ゆるふわ不思議系のステラ、みんな可愛いですね。尚、以上の性格は私の自己解釈によるものです!(予防線敷設完了)

次回はネオのウィンダムが大活躍……!


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PHASE.03 予兆の放火

SEEDのインディゴとかグリーンとかブラボーの意味を理解してめちゃくちゃ感動している……!


 爆発によって崩壊し、戦艦と施設の構造材で埋め尽くされた湾口をくぐると、一面に星の海が広がる。

 CGで補正された宇宙が映し出されたモニターに目を凝らし、逃げた敵機の痕跡を探す。しかし、破壊された戦艦の残骸や構造材の破片で視界は悪い。さらにそれらが持つ熱によって熱紋センサーも使い物にならなくなっている。

 

「くそ、どこだ!?」

『シン! 一旦引くんだ。闇雲に出ても……』

 

 後方からレイが追いつき、シンに一時撤退を促す。だが、熱くなった彼には届かず、消えた三機にばかり意識が向いてしまう。

 その時、突然レイの“シグーⅡ”が急加速した。

 

『──シン!』

「え?」

 

 唐突なそのアクションにシンが驚くとほぼ同時に、“インパルス”の下方へとレイの機体がシールドを掲げてカバーに入る。何もないはずなのに、とシンが思った刹那、その方向から一条のビームが放たれ、シールド表面で弾ける。続く攻撃をレイはシンの機体を庇うようにして防いでみせた。

 ゾッと、シンに戦慄が奔る。レイのカバーがなければ恐らく撃墜されていた。

 アドレナリンが噴き出し、全神経を高ぶらせながら周囲を見渡す。が、モニターに映し出されるのはデブリばかりだ。

 

「どこから!?」

 

 張り詰めた神経に全感覚を集中する。次の瞬間、コクピットの中を接近警報が満たした。

 反射的にフットぺダルを踏みこみ、全速でその場を離脱する。さっきまでいた空間にビームの雨が薙ぎ払われ、直後にマゼンタの配色の機体が矢のように駆け抜けた。

 

「モビルスーツ!? でもこんな機種は!?」

 

 “インパルス”と似たフォルムのモビルスーツは戦艦の残骸で一度身を隠すと、機首をこちらに向けてフルスピードで突貫してくる。

 二度も同じ手は食わない、とシンはビームライフルを構えようとしたその時、今度は真下から矢継ぎ早にビームが撃ち込まれる。最初の一撃は奇跡的に当たらなかったが、続く斉射を躱しきれず、脚部を掠める。

 突然の死角からの攻撃に驚き、シンは思わず足を止めてしまう。紫色の敵機はその隙を逃さず、ビームサーベルを抜くと最小限のスラスター噴射だけで“インパルス”へと急速に近づく。咄嗟に左腕に装備されたシールドで胴体を守ろうと掲げるが、敵機はそれすら見越していたように機体を捻り込み、すれ違いざまに“インパルス”の右脚を撫で斬りにしてみせる。反撃しようとしたところで、さらに四方からビームが撃ち込まれ、シンはそれから逃れるべく推力偏向で無理やり軌道変更させて回避する。

 身体にかかる猛烈な重力加速度に耐えながら、ようやくシンは周囲に飛び交う小物体を視界に捉えた。ビームガンを装備した小型の兵装ポッド、恐らく“カオス”に装備されていた“ドラグーン”システムと同様の特殊兵装のはずだ。

 優秀なテストパイロットでも扱いに難儀していた兵装ポッドを、しかし敵機は自らの手足のごとく自在に操ってみせる。シンは機体を後退させながらビームを撃ってくるポッドにライフルで応戦しようとするが、こちらの狙いを読んでいるように、射撃はことごとく躱される。

 間断ない全方位攻撃に翻弄され、直上から接近する敵モビルスーツへの対処に遅れた。サーベルからビームが発振され、その膨大な熱エネルギーが“インパルス”の腹部へと撃ち込まれようとした。が、寸前で白い“シグーⅡ”が割って入り盾をかざしてそれを防ぐ。対ビームコーティングされた盾の表面でビームサーベルが激しくスパークする。

 混乱に陥りかけたシンをレイが叱咤する。

 

『何をしている! ぼうっとしていたらただの的だ!』

 

 

 

 *

 

 

 

「読まれたのか? いや、しかし……」

 

 四本角の新型を庇ってシールドを掲げる“シグーⅡ”を見やり、ネオは仕切り直しにと一度射程圏外へと離脱する。新型はどうにかこっちの動きとオールレンジ攻撃を対処するのでいっぱいの様だが、あの白い“シグーⅡ”は別格だ、とネオはにらむ。初見の筈のガンバレルの攻撃を予測していたように回避してみせ、今のドッグファイトにも横やりを入れてきた。

 偶然、いやそれにしては迷いのない動きだった。ならば直感? 

 奇妙な引っ掛かりを覚えながらも再度、二機を狙ってガンバレルを展開したネオは、その時。

 

 〈──―この敵は普通とは違う! 〉

 

 声を聞いた。無線の混信、ではなく、この身の細胞一つ一つが共鳴したように声を感じたのだ。

 

「なんだ……?」

 

 ネオは戸惑いと好奇心を覚えながら、ガンバレルを操作し、“シグーⅡ”の周囲へとガンバレルを繰り出す。

 回避できるはずのない、ビームガンによる全方位同時攻撃。が、白い機体は射線の隙間を掻い潜るように回避し、さらにガンバレルの一つを撃ち落としてみせた。

 その光景に内心驚く。パイロットとしてこの敵に興味が湧くが、残念ながら任務中の身としては拘泥するわけにはいかない。

 足止めを目的として三基のガンバレルを“シグーⅡ”にけしかけると、もう一機の新型へと愛機を向けた。

 

 

 

 *

 

 

 

「インディゴ五十三マーク二十二ブラボ―に不明艦一、強奪部隊の母艦と思われます! 距離一五〇!」

 

 索敵を任されていたバートからの報告に艦橋に緊張が走る。アーサーが血気に逸ったように声を挙げる。

 

「それが母艦か!?」

 

 モニターに暗青色の艦影が映し出される。前大戦において活躍した地球軍の“アークエンジェル”に近い船体の両舷には、推進剤タンクと固定用アーム思われる構造物が伸びている。恐らくは補助推進システムの類のはずだ。船体自体から発せられる熱量も少ないところを見ると、特殊作戦用に隠密性を重視した設計なのだろう。

 

「対象艦をデータベースに登録、以後ボギーワンとする!」

 

 敵を示すボギーと仮定した不明艦を捉えた光学センサーが、拡大画像をスクリーンへと映し出す。見れば、強奪された内の一機、"アビス"がハッチの内側へと消えるところだった。タリアはアームレストを握り締めながら、歯噛みしてにらみつける。もはや強奪機の奪還という任務は失敗したと見るべきだろう。あとは、運び去られる前に艦ごと沈めるしかない。シンとレイに攻撃を命じようとしたその時、メイリンがうわずった声で報告を続けた。。

 

「ど、同一五七マーク八〇アルファに“インパルス”と“シグーⅡ”、敵モビルスーツと交戦中! “インパルス”脚部損傷の模様!」

「敵モビルスーツ熱紋照合……ありません!」

 

 目論見が一瞬で崩れ去った。だが、一機の敵に“インパルス”が損傷を貰った……? 

 アカデミーを優秀な席次、赤服で卒業したシンの被弾報告に流石のタリアも唖然とする。

 

「呼び戻せる?」

「駄目です、周辺宙域の電波干渉激しく、通信不能!」

「光学映像、でます!」

 

 戦闘状況が映し出され、クルーたちも愕然とする。

 敵機とは別方向からビームが格子状に放たれ、レイの“シグーⅡ”へと襲い掛かる。レイは何とか機を捻って回避する。恐らくは“ドラグーン”システムによって運用される遠隔操作兵器なのだろう。その対処でレイがカバーできない隙に、赤紫色の敵機は腰だめに構えたライフルを連射しながら、“インパルス”へと肉薄する。シンはライフルで応戦しようとするも、ライフルのバレル部分に直撃を貰い、爆風に機体が煽られる。

 

「な、敵は一機のはずじゃ……!?」

「シン!」

 

 アーサーが呟き、メイリンは思わずインカムに叫ぶ。

 “インパルス”の残りエネルギー量は少なく、敵機は熟練且つ特殊装備を備えた機体。急いで手を打たねば、“インパルス”が墜とされる。

 即座に打つ手を定め、クルーたちに告げる。

「“インパルス”の援護を! 艦橋遮蔽、進路インディゴデルタ、加速二〇パーセント、アンチビーム爆雷装填!」

「しかし、艦長! それでは“ボギーワン”と三機が……」

 

 無論彼女も承知だった。だが、今撃墜の危機にあるシンの機体を見捨てて、正体不明艦と撃ち合っていては次に墜とされるのは“ミネルバ”になると、彼女の直感は告げていた。

 断腸の思いで、彼女は決断を下す。

 

「この状況では、シンたちの援護が優先よ! ……この際、あの三機は諦めます」

 

 彼女の苦虫を噛み潰したような表情に、アーサーも指示に従い、頷く。艦橋が床ごと、ゆっくりと降下し下部フロアのCICに直結する。

 艦橋遮蔽システムと呼ばれるこれは、船体の突端に位置し、戦闘時において最も脆弱となる艦橋を防護する機能として、試験的に採用された機能である。他にも艦橋とCICを一体化することによる戦闘ステータスへのスムーズな移行なども図って設計されている。

 アーサーが指定の火器管制官席へと飛び込み、指示を出していく。

 

「ランチャーエイト、一番から四番、“ナイトハルト”装填! 目標、敵モビルスーツ!」

 

 

 

「ち、こいつ! 速い!」

 

 マゼンタの機体が迫り、シンはシールドを掲げながらビームライフルで応戦しようとする。が、雨あられのように浴びせられるビームに捉えられる。咄嗟にライフルを投げ捨てるも、機体を爆発が襲う。ビームサーベルを抜き、シンも敵機へとフルブーストで接近する。敵機はビームマシンガンと思われる武装で弾幕を形成するが、シンはひるむことなくその間隙の中へと機体を突っ込ませる。最初の奇襲こそ許したが、それでもまだ勝算はあるはずだ。レイが兵装ポッドを抑えている間に、懐に入りさえすれば、四方からの攻撃はできなくなる。

 

「いけえ!」

 

 シンはビームサーベルを袈裟に斬りかかる。確実に敵機の胴体を捉えたと、確信し振るった光刃は、しかし次の瞬間、敵機がモニターから消え、虚空を裂くに留まった。

 

「な!?」

 

 続く接近警報に、シンはハッとし音の方向に、下へと視線を向けようとするが、その前にコクピットを衝撃が襲う。“インパルス”の左腕が掲げたシールドごと宙を飛び、シンは歯噛みながらなんとか敵機の挙動についていこうとする。

 あの一瞬で敵機はわざと姿勢を崩して“インパルス”の下方死角へと滑り込んだのだ。並大抵の技量ではできない。いやそもそもこんな残骸が漂う宙域でバランスを崩すような操作をする敵の度胸に戦慄する。

 敵機の性能自体はおそらく“インパルス”とさほど変わらないはずだ。なのに、何故ここまで追い詰められる!? 

 追う者と追われる者の立場が逆転し、背中に冷たい汗が流れ落ちるのを感じながらも、シンは必死にその赤紫色の軌跡を追いかけた。

 

 

 

 *

 

 

 

「ちっ、なんて機体だ。これだけの攻撃で半壊どまりとは!」

 

 ビームマシンガンの掃射を加えながらネオは独り言ちる。

 あの四本角のパイロットは致命傷だけは避けるように機体をさばいている。片腕片足をもがれたとは言え、姿勢制御スラスターやメインスラスター、機体制御モジュールといった急所へのダメージは最小限に止めるよう回避、防御に徹しているようだ。

 恐らく、このまま成長すれば、エースパイロットになれる器だろう。

 墜とすには少々惜しい逸材だな、と考えたところで、コンソールから測敵レーザーロックの警報が発せられた。反射的にネオは回避機動をとりながら迎撃を行う、その一拍後に、すぐ横を大型の対艦ミサイルが掠めていき、二発目三発目のミサイルは掃射されたビームの雨に撃ち抜かれて虚空に爆発の華を咲かせた。

 見れば、ライトグレーを基調とした戦艦が、主砲をこちらへと向け、回り込んでくるところだった。恐らくは情報にあった新造戦艦だろう。進水式前というのに、無理を通して出撃してきたのか。

 

「チッ……欲張りすぎは元も子もなくすか?」

 

 戦況は以前ネオの優勢である。だが、敵艦に“ガーティ・ルー”のケツをとられるのも面白くはない。

 ネオはガンバレルを呼び戻し、母艦への進路をとろうとする。なおも四本角は追いすがろうとこちらに機首を向けようとするが、そこで限界が来たらしくフラフラと漂うところに、白い“シグーⅡ”が押し止めた。一瞬、あと一撃加えられるか、と考えたが、藪をつついて蛇を出す気はないと改めて帰還コースを取る。

 

「撤収する、リー。“ガーティ・ルー”は離脱進路をとれ」

 

 リーに撤退指示を出しながら、背後をちらりと見る。四本角の機体がなおも追撃しようとするのを白い“シグーⅡ”が制止する様子にネオはフッと笑みを浮かべる。二人ともまだ若いな、とネオは何の根拠もなく、しかし確実にそう感じた。

 

「予想以上愉しかったよ、ザフトのボウズ君たち。また会える日を楽しみにしているよ」

 

 

 

 *

 

 

 

 計器やコンソールがけたたましく警報音を発する中、必死に機体を操作していたシンは、唐突に敵機が攻撃をやめ、背中を見せたことに、彼は一瞬戸惑った後激昂する。

 

「逃げるのか!」

 

 すかさずスラスターを吹かして敵機に追いすがろうとするも、積み重なったダメージのせいか機体の反応が鈍く、姿勢制御だけで機体が悲鳴を上げる。それでも尚敵機を追いかけようとしたところで、レイの“シグーⅡ”が“インパルス”を背後から掴んで引き止めた。

 

『シン、その機体じゃ無理だ!』

「まだいける! もう少し……!」

 

 ここで引き下がるわけにはいかない、と振り払おうとするも、そこでついにパワーインジケーターがレッドゾーンへと突入した。フェイズシフト装甲がダウンし、鉄灰色のディアクティブモードへと変化する。ここまでだった。

 

『……“ミネルバ”からも帰還信号だ。帰艦するぞ』

「……くそッ!」

 

 狭いコクピットの中、シンは悔しさに唇を噛みしめ、ただ俯くしかなかった。自分には何もできなかった。その事実がシンの胸に刺さり、彼は悔しさに顔を歪ませた。

 

 

 

「敵モビルスーツ、戦域より離脱します!」

 

 バートの声にタリアは内心ホッとしながらも、状況報告を求める。

 

「“ボギーワン”は?」

「インディゴ八八マーク六ブラボー、距離一三〇〇です……」

 

 こちらの火器の射程外に逃げられた以上、本来ならトレースできる間に追撃戦に移りたかった。しかし、“インパルス”が中破した今、これ以上の戦闘継続は不可能だった。

 

「……“インパルス”と“シグーⅡ”の回収作業終了後、アーモリーワンへ帰還する。コンディションレッドからイエローに移行。総員対空監視を厳とせよ」

 

 タリアの号令と共に、CICの空気が動き出す。だが、クルーたちの顔には敗北の苦い表情があった。

 奇襲を許したとはいえ、一方的に新型機を強奪され工廠と軍港を破壊され、挙句“インパルス”を中破させられるという大損害を出され、対応すらままならなかったとあれば、関係者の首が吹っ飛ぶだけでは済まないだろう。だが、それ以上にタリア自身、連合との関係の悪化を危惧していた。艦もモビルスーツも、連合製の特徴をもっていただけでなく、あれだけの戦力を有する彼らが海賊風情だとは彼女には思えなかった。

 

『艦長』

 

 モニターに映し出されたのは、先ほど緊急着艦したルナマリアの姿だった。どこか、慌てたような、というよりかは何か戸惑いのような表情をみせ、タリアは内心嫌な予感を抱いた。

 

「どうしたの?」

『戦闘中のこともあり、ご報告が遅れました。二件ほど連絡があります』

 

 彼女は努めて事務的にてきぱきとした口調で報告する。

 

『本艦発進時に、格納庫にて“シグーⅡ”に搭乗したアーモリーワン基地所属の兵士と民間人一名を発見、これを保護したところ民間人はオーブ連合首長国代表、カガリ・ユラ・アスハ氏と判明。同行していた兵から傷の手当を希望したため、僭越ながら独断で傷の手当をし、現在士官室にてお休みいただいております』

「オーブの……!?」

 

 あまりの事態にタリアは愕然と口を開く。隣のアーサーに至っては理解すら追いついていないようで「え、え?」と首をかしげている。

 だが、事態はこれだけでは終わらなかった。

 

『もう一件、同じく発進時のことですが、そのオーブ代表らの保護の現場にてギルバート・デュランダル議長の乗艦を確認。問い合わせたところ、緊急避難措置として本艦に随員らと共に乗艦したとの事です。いかがいたしましょうか……?』

 

 ここが自室なら、壁を思いきり殴りつけていたかもしれない。

 強奪事件に巻き込まれ、艦載機の内、一機は中破。艦は進水式前日だというのに緊急出港し、さらに国家元首が二名乗船ときた。これでもかという程の厄ネタを抱え込んで楽観できる人物はいないだろう。と、ここでようやくアーサーは事の重大さに気づいたようで、あんぐりと口を広げ、その顔には驚愕とこれからどうなるかという不安が張り付いていた。

 

 

 

 *

 

 

 

 最低限の照明が灯された薄暗い部屋を、機材のモーターから発せられる微かな唸りと専任スタッフたちの会話だけが満たす。ネオはガラスウィンドウ越しに部屋の中央部、三つのカプセルベッドが並べられたところに視線を向ける。その中ではスティング、アウル、ステラの三人が思い思いの格好で横たわっている。さっきまで激しい戦闘に参加していたにもかかわらず、彼らの寝顔は年相応のあどけなさと愛らしさで満ちている。

 そこまで考えて、ネオはらしくない、と苦笑を浮かべて部屋から退室した。

 艦橋に戻ると、オペレーターたちに現在の状況をたずねた。

 

「敵の追撃は?」

「索敵圏内に敵影、熱紋、感なし」

 

 オペレーターの答えに、艦長席に座るリーはネオに向き直ると、探るように口を開く。

 

「追撃がある、とお考えですか?」

「わからんね。まあ、アレだけ機体を叩き潰したしな。指揮官がまともなら藪蛇つつくような真似はせんと思うが」

 

 自分があの場であの戦艦、事前の内偵で得られたコードネームは“ミネルバ”だったか、の艦長であれば、緊急出撃に加え、手持ちの艦載機が手酷くやられた時点で早急な追撃戦を仕掛けるのは下策と判断するだろう。勿論、正常な指揮判断ができる相手なら、だが。

 

「ま、予定通りの進路をとる。予測は常に悪い方にしておくもんだ。特に戦場ではな」

 

 ネオの決定に、リーは無言で頷く。堅物で口数の少ない面白味のない男で、配属された当初は馬が合うかどうかひやひやしたが、案外相性はよかったらしい。ネオの奇抜な、それでいて敵の盲点を突くような策に合わせられるだけの指揮能力をもつこの男、イアン・リーは、伊達に前大戦を戦い生き残ったわけではない、というところか。

 と、リーは少し表情を硬くしたかと思うと、ネオにだけ聞こえる声で、義務的に訊く。

 

「……彼らの“最適化”は?」

「一時間以内には終わるとさ。気持ちよさげに眠っているよ」

 

 先ほどのメンテナンスルームの光景を思い出し、ネオも若干不機嫌になる。あの部屋では、スティングたちを文字通り『調整』するための場所だ。

 元々、モビルスーツの操縦というものは、十八メートル前後の人間と同じような稼働範囲と、従来の戦闘機を上回る機動性、そして多数の火器を持つ機体をコクピットからモニター越しに操作することになる。故に学習能力の高いコーディネイターであれば、短期間でも習熟することができるが、ナチュラルには最短でも半年近い訓練が必要で、それでもどうにか単純作業をこなせるかどうか、といったものだった。

 地球連合軍は自軍でのモビルスーツ開発運用にあたって直面したこのパイロットの問題に対して幾つかの解決プロセスを模索した。一つはオペレーティング・システムによるパイロットの補助という方法がとられ、最終的にはそれによって連合軍でもモビルスーツの運用が可能となった。しかし、それと並行して密かに試行されていたのが、モビルスーツの性能を引き出すことが出来る兵士を造り出す、という方法だった。

 筋力など身体能力を薬物や手術で強化し、脳内へのマイクロ・インプラントの埋め込みや刷り込みなどで戦闘、殺人、への不安や恐怖を取り除くことによってコーディネイターと同等以上に戦うことのできる兵士を造り出した。そして彼らは戦闘後にメンテナンスベッドで記憶の調整や内面に抱え込んだストレス、恐怖といった戦闘に関わるマイナス要因を取り除くことによって常に最高のステータスを維持する生体CPUとして活動することができる、というのが研究者たちの謳い文句だった。

 

「ただ、アウルがステラに“ブロックワード”を使ったようでね。うまく消えてくれるといいが……」

 

 ネオはスタッフたちからの報告を思い出し、口にする。

 彼らには、安全装置として“ブロックワード”がそれぞれ設定されている。ステラの場合それは『死』という単語だ。パイロットが反抗、または作戦中に暴走した場合、その『言葉』を用いて彼らの深層心理に刻み付けれらたマイナスイメージを想起させることによって行動を封じ、撤退を強制するような条件付けがなされている。勿論、パイロットへの負担が大きいため安易な使用は避けるべきと、ネオは研究員たちの注意事項を思い出しながら、暴れる身体を押さえつけられ、メンテナンスベッドに寝かしつけられていたステラのことを考えた。

 リーは眉間のしわを深くさせながら、不機嫌に息をつく。

 

「何かあるたびに、揺りかごに戻さねばならぬパイロットなど……ラボは本気で使えると思ってるでしょうかね?」

 

 リーは恐らく彼らのことが気に入らないらしい。パイロットのことが、そして彼らを造った連中のことが。ネオも一応取りなすように口を開く。

 

「前のよりかはマシだ、って上は思ってるらしいな。……俺たち下働きにゃどうしようもないが」

 

 ネオ自身もスティングたちが研究所のスタッフに連れられて、配属された時のことを思い出すと、どうにも胸糞悪いものを感じてしまう。元々、戦争は国の利権や威信、対立のようなクソの役にも立たない大人の争いが原因で起こるものだ。そんなものに子供を巻き込んでおいて平然とできるなら、そいつは外道以外の何物でもないだろう。

 

「……どっちにしろ、あの子たちが生きられる場所は戦場以外にないんだ。なら、せめて……」

「何か?」

 

 リーが眉を顰めてこちらを見やる。ネオは彼になんでもない、と頭を振りながら、自嘲じみた苦笑を浮かべる。

 ───何がせめて、だ。それこそ今戦場に彼らを叩き込んでいる外道は自分自身なんだから。

 黒い無機質な仮面は、諦観した様子で、宇宙を見つめていた。

 

 

 

 *

 

 

 

「この度の事態、お詫びの言葉もない」

 

 “ミネルバ”の艦長室でデュランダルの理知的で静かな謝罪の文言を聞く。隣には自己紹介で、タリア・グラディスと名乗った女性士官が控えている。

 

「代表まで、このような事態に巻き込んでしまうとは。ですがどうか、ご理解いただきたい」

 

 アスランは治療の終わったカガリとデュランダル議長と共に艦長室に通され、そこで面談を果たしていた。これで、カガリの身柄の保証が立ったと、アスランは張り詰めていた緊張感をようやく解くことができた。一時は“ミネルバ”も戦闘に出るとなり、ひやひやしたものの、今は追撃を断念してアーモリーワンの湾口部に停泊している。ひとまずは彼女の身の安全は確保できたのだろう。

 一方のカガリはというと、俯き加減で懸念の表情に満ちていた。

 

「あの潜入部隊について、何かわかったことは?」

 

 カガリの問いかけに、デュランダル議長は歯切れの悪い口調で返す。

 

「ええ、まあ……そうですね。艦などにはっきりと何かを示すようなものは、なにも……」

 

 つまりは、あの部隊について背後にある組織は考えられるものの、確たる証拠がない現状では明言できないのだろう。

 

「無論、この事態、一刻も早く収集せねばならなければならないのです。取り返しのつかないことになる前に」

 

 デュランダルは沈鬱な表情で告げる。アスランも事態の深刻さを考えると、やりきれない感情が湧き出す。前大戦が終結して約二年。地球もプラントも被害を被り、疲弊した中からどうにか安定を取り戻してきたのだ。だが、この危うい均衡の上で平衡が保たれている以上、この火種が後でどれだけの大火となって戻ってくるのか、最悪再び地球とプラントの戦端が開かれるかもしれないと、考えるだけで恐ろしい。

 

「だが、これ以上代表と“ミネルバ”のクルーたちに危害が及ぶ危険を冒させたくない。この件に関してはまた別の策を講じる」

「議長……」

 

 傍らに立つグラディス艦長が申し訳なさげに頭を下げようとするのを、デュランダルは片手で制し、カガリへと謝意を表して頭を下げる。

 

「本当に申し訳ありませんでした、アスハ代表」

「こちらのことなどいい! ──ただ、このような結果に終わったこと、私も残念に思います。──早期の解決を心よりお祈りします」

 

 カガリも慌てたように頭を下げる。その言葉を聞き、デュランダルの曇っていた表情も少し晴れやかなものになった。

 

「ありがとうございます」

 

 デュランダルがうやうやしく返答し、会談の終わりを察したタリアが言葉を添える。

 

「現在アーモリーワンから出発するシャトルは全便欠航中で、議長には本艦に乗艦していただきプラント本国へ、代表にはそこから経由してお国へ戻ることになりますがよろしいでしょうか?」

「いや、構わない。ご配慮、痛み入ります」

「私も構わんよ。グラディス艦長」

 

 両者とも、疲れているはずだが、それを感じさせない表情で頷く。アスランも退室するカガリに続いて艦長室を出ようとしたところで、デュランダルに背後から呼び止められた。

 

「そうだ、アスラン君」

 

 は、とアスランは立ち止まり彼に向き直る。デュランダルは淡々と告げる。

 

「君にはプラント本国までアスハ代表の周辺警護を任命したいのだが、良いかね?」

 

 突然告げられた提案に、アスランはたじろぎ、傍らのカガリは若干戸惑ったような表情になる。自分が、カガリの護衛任務に就くだと!? 

 第一、アーモリーワンの復旧作業も完了していないのに原隊を離れるというのはいかがなものか、と議長に訴えようとする。

 

「え、いや。しかし自分は……」

「原隊には私から連絡しておくよ。それに旧知の間柄のほうが代表も気を遣わずに済むだろう」

 

 そういわれてしまうと、何も言えない。

 それに、とアスランはカガリの姿をちらりと見る。ここに来るまでの随員は先の強奪事件に巻き込まれた際に亡くなったと聞く。頼れる人がいない状況では、彼女も内心不安がっているのでは、とアスランは思案した。

 ここは、議長の指示に従うことにしよう。

 

「……了解、しました」

 

 その言葉を聞き、若干肩の荷が下りたようで、カガリの強張っていた表情を少し緩んだ。

 

 

 

 帰還したシンは軍医の診察を受けた後、モビルスーツデッキに足を運んでいた。自分の未熟さで半壊させてしまった“インパルス”の修復の手伝いを整備班に申し出たが、スタッフたち曰くメインモジュールである“コアスプレンダー”はほぼ無傷で、チェスト、レッグの両パーツは予備パーツの交換のみで済むとの事だった。インパルスは元々、チェスト、レッグ、コアスプレンダー、シルエットモジュールをそれぞれ換装することによってモビルスーツの汎用性を極限にまで高め、対応力を増すことを目的とした技術実証機としての側面もある機体だった。予備パーツ自体はかなりの数が"ミネルバ"に搭載されているとの事だ。

 故にOSの調整を完了させると、手持ち無沙汰になってしまった。

 別命あるまでパイロットアラートで待機しようとモビルスーツデッキを横切ろうとしたところで、メンテナンスクルーたちの会話が耳に入ってきた。

 

「え、まじで! 信じらんない!」

「ああ、俺もその場にいたけどまさかな……」

 

 見れば、両腕を損傷した“シグーⅡ”のメンテナンスユニットに取りついたヴィーノとヨウランが何かを興奮気味で喋っている。ふと、思うところがあり、シンは格納庫の床を蹴り、彼らのところへと近づく。もしかしたら"シグーⅡ"の、アーモリーワンで助けてくれたパイロットについても何か知っているかもしれない。

 

「なあ、この“シグー”のパイロット、誰なんだ?」

「それがさ。シン!」

「オーブのお姫様だったんだよ!」

「え……」

 

 その言葉に、一瞬思考が停止する。オーブ、お姫様、その単語が意味するところに考えが至る前に横合いから知ってる声が掛けられた。

 

「さっきはそれで大騒動だったのよ。議長もその場にいたし……」

 

 見ればルナマリアが愛機の整備が終わったらしく、こちらへと身を流してくるところだった。彼女にもヨウランたちと同じ興奮の色が見える。

 

「でもなに? そのお姫様がどうかしたの?」

 

 内心に渦巻く感情を鎮めながら、シンはなんとなく搭乗者のことから切り離すようにして話題を続けようとする。

 

「ああ、いや……“ミネルバ”配属の機体じゃないから、誰が乗ってたのかなって……」

 

 結局、パイロットの話題からは避けられそうにない。今、オーブを統治しているのが自分と年齢の変わらないアスハ家の少女が務めているということは、シンも知っていた。前大戦最大の戦場であったヤキン・ドゥーエ宙域戦にもその身を投じ、大戦終結の一役を担い、オーブでは英雄扱いされているということも。

 その事を考えてしまい、どうしても胸の中に苦いものが満ちていくのを避けられない。

 そんなシンの様子を気にとめずにルナマリアは続ける。

 

「操縦してたのは、アーモリーのメカニックだったんだけど……」

 

 そこで、ルナマリアは秘密めかしてシンに語る。

 

「それがね……アスラン・ザラよ」

「え?」

 

 その人物の名前に、シンは虚を突かれて目を瞬かせる。ルナマリアが身を乗り出し、話を続ける。

 

「本人がそういったのよ。プラントに戻ってるとは聞いてたけど、まさかアーモリーにいるとはね!」

 

 アスラン・ザラ。当時の最高評議会議長パトリック・ザラの息子で、ザフト軍トップエース。大戦中、地球軍の新型モビルスーツであった"ストライク"を撃破し、ネビュラ勲章を授与。特務隊配属と同時に当時のザフト軍最新鋭モビルスーツ"ジャスティス"のパイロットに任命されたことは、アカデミーの戦史の教科書にも出てくるぐらいに有名な話だ。その後、軍を脱走し大戦終結に尽力したとのことだ。が、その時期の詳細は不明で、大戦終結後に軍に戻ったということだけはシンも知っていたが、まさかこんなところで有名人に出会えるとは思ってもみなかった。確かに彼であったからこそ、強奪された三機を相手に、しかもVIPを乗せた状態でしぶとく立ち回ることもできたのだろう。

 

「アスラン……ザラ……」

 

 しかし、ならば何故、とシンの中に微かな疑問が生まれる。

 何故あれだけの力を持っていながら、彼は今前線から退いているのだろうか?

 

 

 

「しかしこの艦も、とんだことになったものですよ」

 

 通路を進みながら、デュランダル議長は話を続ける。

 

「進水式前日に、いきなりの実戦を経験するとはね……」

 

 カガリは、護衛を任されたアスランと共にデュランダル議長に案内され、"ミネルバ"艦内を巡っていた。レイ・ザ・バレルという赤服を着た兵士に先導され、彼らはエレベーター前で立ち止まる。

 

「ここからモビルスーツデッキへ上がります」

「議長! これ以上は……」

 

 アスランが咎めるようにデュランダルに制止の声を上げる。が、議長は頓着する様子も無く、カガリを促す。

 

「この先が軍事機密に関わるエリアであることは私も承知している。だが、その上で代表には我々の誠意として隠し事なく案内がしたいのだよ」

 

 こう言われてしまっては、一エンジニアでしかないアスランには強く出られないようで彼は押し黙った。エレベーターが動き出し、重力ブロックから離れるに従って、無重力感に包まれていく。

 

「艦のほぼ中央に位置するとお考え下さい。搭載機数等は、無論申し上げられませんし、現在その数が載っているわけでもありません」

 

 情報公開に制限が掛けられることを聞きながら、カガリは疑うように、デュランダル議長の横顔を覗う。まだ二十歳にもなっていない若造だと見くびられているのか、それとも本当に彼なりの誠意のつもりなのだろうか。

 彼の端正で理性的な顔立ちのどこにも、何かを隠すような底意は見えず、しかしどこか裏のあるような不気味な雰囲気を感じる。

 と、到着を知らせるチャイムと共にドアが左右へと開かれ、格納庫の全容が視界に広がる。その光景にカガリは圧倒され、暫し息を呑む。

 

「ZGMF-521──“シグーⅡ”は既にご存知でしょう。我が軍の現行主力モビルスーツです」

 

 議長の指し示した方向には、多数のメンテナンスクルーが取り付いてメンテナンス作業中の"シグーII"の姿があった。その奥には、四層に分割されたデッキが設えられ、アーモリーワンで見かけた白い機体のパーツが見えた。

 

「そしてこの“ミネルバ”最大の特徴ともいえる、この発進システムを用いる“インパルス”。工廠でご覧になったそうですが?」

「あ、ああ……」

 

 戸惑いながらも、カガリは議長の言葉に頷く。デュランダル議長はその様子に頷き返すと、得意げな雰囲気で説明を進める。

 

「技術者たち言わせると、これは全く新しい、効率の良いモビルスーツシステムなんだそうで。彼らが言うには、"シグーII"の武装換装システムを発展させ四肢の換装によってあらゆる戦局に対応する全領域戦闘機として開発したそうで」

 

 私にはあまり、専門的なことは分かりませんがね、とデュランダル議長は笑いながら付け加えた後、からかうようにカガリを見やる。

 

「しかし、姫にはやはりお気に召しませんか?」

 

 その言葉を聞き、カガリは議長へと視線を向ける。彼の熱意ある弁を聞きながらカガリはこの目の前の人物に対してある感情を覚えた。

 

「議長は、嬉しそうですね」

 

 兵器という人を傷つけ殺す機構を楽しげに語る目の前の男に、アーモリーワンの工廠で感じた薄ら寒さを今もう一度実感して、デュランダル議長という人物が決して信頼できない人であると、カガリは直感的にであるが、そう感じた。

 カガリの食ってかかるような言い方に、デュランダルは失笑気味に返す。

 

「嬉しい、というわけではありませんが。戦後の混乱期から、みな懸命に努力し、ようやくここまでの力を持つことができたということは、やはり……」

「……」

 

 議長の言葉を聞きながら、カガリはやり場のない悲しみを、そして苦しみを思い出す。

 

「争いが無くならぬから力が必要だ、とおっしゃったな、議長は」

「ええ」

「だが、此度のあの三機のモビルスーツの強奪のために、被ったこの被害の事はどうお考えになる!」

 

 彼女の烈火の如き口調に対して、議長は挑発するように聞き返す。

 

「だから、力など持つべきではないと?」

「そうは言っていない! だが、あの三機の能力を間近で見た者として、あれだけの力が本当に必要なのか、今更!」

 

 モビルスーツデッキに、カガリの声が木霊する。作業中のスタッフたちが奇異の視線を向ける中、彼女は尚も強く弁を続ける。

 

「互いが憎いから、とより強い力を、相手を倒す力をと求めた結果、先の大戦で多くの血が流れたのだ! その悲劇を繰り返さないと、我々は誓い合ったのではないのか!?」

 

 軍事力の競争、衝突が歴史上様々な大戦を引き起こし、そしてそのタガがお互いに外れた結果、先のヤキン・ドゥーエ戦役では、人類全滅の一歩手前まで進んだのだ。それなのに、今こうして新たな、そして驚異的な武力を手にしようとする連合勢力とプラントの双方に対して、彼女は危惧を覚え、それを目の前の男に伝えようとする。

 だが、その議論を叩き切るように、鋭い声が下方から投げつけられた。

 

「さすが、きれいごとはアスハのお家芸だな!」

 

 聞こえよがしに発せられたあまりの暴言に、カガリは怒りを通り越して驚きを覚え、声の方に視線を向ける。

 

「シン!」

 

 レイと呼ばれる兵士が、キャットウォークの手すりを乗り越え、暴言を吐いたと思われる者の所へと宙を行く。

 そこには憤怒の色に染まった目でカガリを見る一人の少年がいた。全てを焼き尽くすような、怒りと悲しみに満ちた赤い目は真っ直ぐに彼女を捉えていた。

 その凄みに気圧され、少し後退りした時、格納庫の中をアラートが鳴り響いた。

 

『まもなく本艦は出港します。総員、所定の部署に就いてください。繰り返す──』

「予備パーツの積み込み、急げ! 終わり次第、電装をチェック! 出港したらやり直しは効かんぞ!」

 

 整備班のリーダーと思われる男が声を上げ、凍りついていたスタッフたちがハッとしたように仕事を再開した。一方、シンと呼ばれた赤い目の少年はレイの制止の声を振り切ってパイロットアラートの方へ背を向けて行ってしまった。

 

「申し訳ございません、議長! この処分は後程、必ず!」

 

 シンを追うように去っていったレイを見やった後、議長はカガリに向き直り謝罪の言葉を発する。

 

「本当に申し訳ない、姫。彼はオーブからの移住者なので……。よもやあんなことを言うとは、思いもしなかったのですが……」

「え……」

 

オーブからの移住者。その事実に彼女は身を固し、シンが消えた方向へと目を向ける。彼の発した『きれいごと』という一言、そして、カガリを睨みつけていたあの怒りに満ちた赤い瞳に彼女は不安を覚えた。

 

 

 

 *

 

 

 

 デブリベルト。

 人類が宇宙に進出して以降、廃棄された人工衛星や採掘作業を終えた岩塊、そして戦闘によって破壊された機動兵器や艦船といった様々な廃棄物や残骸が地球の引力に引かれて集まった宙域、いわば宇宙の墓場と言うべき場所である。

 その中に、一際巨大な物体、いや大地が存在した。

 枯れて凍り付いた麦が一面に広がり、ぽつぽつと点在する家屋は真空の中でその姿をほぼ完全にとどめている。急速減圧によって沸騰したまま氷結した海の周囲には外壁を形作っていただろうハイテンションストリングスが、中途で引きちぎられて漂っている。かつて人が住んでいた様相をそのままに、時間が凍り付いたかのような静謐さを秘めている。

 ユニウスセブン。かつて、一発の核ミサイルが撃ち込まれ、二十四万三千七百二十一人の人命が喪われた悲劇の地。

 死者たちが眠るその白い大地の上を、この場に似つかわしくない黒い巨人が往く。鶏冠を思わせる意匠を持ったその機体は、ザフト製のモビルスーツ、“ジン”であった。

 

『太陽風速度変わらず。フレアレベルS3、到達まで予測三〇秒』

 

“ジン”の他にも連合の“ダガー”タイプや“ミストラル”と呼ばれる作業用モビルポッドの姿もあった。それらはみな、弾痕や塗装の剥げが目立ち、中古の機体をレストア改造したものばかりであると一目でわかった。しかし、独特の規律正しさをもったその声と統率のとれた動きは、彼らが軍人出身であることを窺わせる。

 

『七号機、敷設完了。離脱します』

 

 コクピットに彼の部下たちの声が響く。我々はこの時を二年間待ったのだ。もうすぐ、その時は訪れる。

 サトーは作業を進めながら、他の仲間の状況を確認する。

 

「急げよ。 九号機、状況は?」

『こちら九号機。間もなく完了します』

 

 モニターに映し出される巨大なテンキーパッドをモビルスーツの指で入力し、それを終えると、上方へと離脱する。見れば、ストリングスにはびっしりと超電導材ワイヤーが巻き付けられ、各所には同様のテンキーを備えた電磁加速器が設置されている。

 

『放出粒子到達確認。フレアモーター、受動レベルまでカウントダウン、開始』

 

 観測員からの報告が続く。

 フレアモーター。元々は、アステロイド・ベルトから資源衛星を地球圏に牽引するために用いられる機材だ。太陽風と共に放出される太陽の磁場を利用し、物体を動かす。磁石同士が引き合う原理で推進剤などのエネルギーに頼らず、大質量の物体を移動させる手段である。これを逆に用い、ユニウスセブン全体に太陽風と反発する磁場を纏わせ、干渉し合ったユニウスセブンは地球に向かって押し出される。力は僅かであるが、一度安定軌道から外れればあとは地球の引力によって落下コースに乗るだろう。

 やや興奮した観測員のカウントダウンが続き、サトーは愛機“ジンハイマニューバ二型”のコクピットの中で死者たちに祈りを捧げるよう静かに目を閉じる。

 これは死者たちの眠りを妨げる行為だ。

 だが、それでも彼らの悲哀を、理不尽に焼き殺された怒りを代弁しなければ、地獄に堕ちても死にきれない。その為であれば、悪鬼羅刹と罵られようと、どのような汚名であっても背負おう。

 

『三……二……一……。 フレアモーター、作動!』

 

 次の瞬間、作動した電磁加速器の稼働ランプが次々と灯り、ユニウスセブンを赤く照らし出す。この瞬間、ユニウスセブンは静止した墓標から、恐るべき脅威へと静かに変貌した。

 

「アラン……クリスティン……」

 

 コクピットに貼り付けた幾つかの写真をサトーは愛おしげに指でなぞる。その中では、ザフトの制服に身を包んだ青年とサトー自身、抱き合って笑う若い女性の姿があった。他にも、共に戦ってきた戦友や恩師、最愛の家族の姿もあった。皆、心底嬉しそうに笑顔をサトーに向けている。

 

「皆、我らの我儘に巻き込んでしまってすまない……」

 

 許しを請うように首を垂れる。だが、今更許しなどいらない。そして、もう引き返すこともできない。

 

「だが、成さねばならんのだ! お前たちの無念、我らが果たす!」

『ユニウスセブン、移動開始を確認!』

 

 巨大な大地がゆっくりと、しかし着実に動き始めた。空気抵抗の存在しない宇宙空間では物体は動き出すと抵抗なく加速していく。そしてユニウスセブンが向かう先には青く輝く巨大な星、地球の姿があった。

 

「──さあ、行け。我らの墓標よ!」

 

 それを見送りながら、サトーは高らかに告げる。

 

「嘆きの声を忘れ、真実に目を瞑り、またも欺瞞に満ち溢れるこの世界を、今度こそ正すために!」

 

 

 

 

 

 




絶対座標ではなく相対座標なのね、理解した。どうも、野沢瀬名です。

Re:DESTINY第三話です。まさかの三話目でインパルス中破しちゃいました。でも、ウィンダム&ネオ&ガンバレルの三連コンボ相手じゃやむなしだよな……。まあ、ネオの評価ではこれから伸びしろデカいそうなのでシンの今後の成長に期待しましょう。

そして動き出すかつての悲劇の地……!


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PHASE.04 終わる世界(前編)

ユニウスセブン落とし、ってコロニー落としと同義なんですよね……(今更)


 アーモリーワンを出港してプラント本国への航路について暫く経ったあたりだ。当直をアーサーに任せ、艦長室で休息でも取ろうかと、思っていた時、この人とばったり出会ったのは。

 

「気にすることはないよ、タリア」

「失敗を慰めて欲しくて、部屋に案内したわけじゃありませんわ」

 

 苦笑しながらタリアは紅茶の入ったカップに口を付ける。ソファセットの傍らに座るデュランダルはいつもの様子で公式文書が流れていく電子ボードに目を走らせている。

 彼らは恋人であった。あった、というのその関係は既に過去のものであり、今の関係は親しい間柄といったところである。

 二人が出会い、付き合い始めたのはお互い学生の身であった時だ。まだ、ごく平凡で、ささやかで小さな世界だったが、二人の関係は満ち足りたものであった。その後、ある事情がその関係に終わりを告げてしまうも、その後も親友としての関係は続いている。

 二人の関係を知る者たちの中には、色仕掛けで艦長職を手に入れた、などと嘯くものたちがいることも知っている。彼女にとっては言わせておけ、というのが本音である。そんなものに頼らずとも自分は今の職務を勝ち取れたと自信を持って言える。まあ、面と向かって言ってくる奴がいたらその時は平手打ちの一発や二発出てしまうかもしれないが。

 

「あまり根をつめ過ぎないでくださいな。 目を悪くなさるわよ?」

 

 優しく響くタリアの声にデュランダルは相変わらず「うむ」と生返事を返す。少しだけあの頃に戻ったような、穏やかで少し苦い、だが心地よい沈黙が二人の間に満ちる。

 その静寂を破って、デスクから緊急を知らせる無粋な電子音が流れる。微かな苛立ちを覚えながらも、スイッチを切り替えすぐさま応答する。

 

『艦長! デュランダル議長に最高評議会よりチャンネル・ワンです!』

 

 チャンネル・ワン。その単語に後ろに座していた男が鋭く顔を上げる。第一級優先の、緊急を要する内容がもたらされたということだ。

 

 

 

「なんだって!?」

 

 カガリの絶叫にも似た声が、士官室に響き渡る。

 

「ユニウスセブンが動いているって……いったいなぜ!?」

 

 恐らくどんな人間であっても、豪胆かつ冷静であった彼女の父であったとしても、同様の反応を見せただろう。それほどまでに、誰もが予想しなかった知らせであった。然しものデュランダル議長も、今回ばかりは表情に緊張が見える。

 

「それは分かりません。──だが、動いているのです。それもかなりの速度で、最も危険な軌道を」

 

 深刻な口調で、だが、澱みなく告げる彼の様子を見て、この人はこのニュースを聞いて驚いたのだろうか、と場違いな想像が浮かぶ。なんとなくだが、デュランダル議長が慌てふためく光景が想像できない、とカガリは頭の片隅で思った。

 

「ユニウスセブンのコースのズレは、既に本艦からも観測、確認しました」

 

 タリア艦長が事実を裏付けるように告げ、手元のモニターに地球へと向かうユニウスセブンのコースが示された。傍らで呆然と立ち尽くしていたアスランが、動揺に揺れる声音で独り言のようにつぶやく。

 

「しかし、なぜ……! あれは百年の安定軌道にあると言われていたのに……」

 

 彼の母親の遺体は今もユニウスセブンに眠っている。そのことをカガリは思い出し、アスランの胸中を考えると胸が張り裂けそうになる思いだった。デュランダル議長も彼に労るような視線を向けながらも考えられる要因を口にしていく。

 

「隕石の衝突か……はたまた他の要因か……」

 

 しかし、とデュランダル議長はそれらの疑念を脇に置き、明確な事実をはっきりと告げた。

 

「ともかく、動いているのですよ、今この時も。地球に向かって」

 

 カガリの背筋が凍り付く。直径十キロにも及ぶプラントが地球に落ちる。そうなれば地球はどうなる? 

 陸地に、人口密集地にでも落ちれば、そこに住む人たちは……? 

 纏わりつくような恐怖を振り払うようにカガリは矢継ぎ早に問いかける。

 

「オーブは、各国政府の動きは!? 避難勧告などは行われているのか!?」

「落ち着いてください、代表。どうか落ち着いて」

 

 デュランダル議長の落ち着き払った態度に、カガリも自身の動揺をなだめようと深く息をつく。が、この状況で落ち着くことなどできそうにもない。

 

「既にプラントからは現状の報告と原因の究明、回避手段の模索に全力を上げると各国に通達しています。また、軍本部からも破砕作業用の機材を装備した部隊が先発したと連絡が入っています」

 

 目の前の男は、そんなカガリの様子と反対に沈鬱な調子でありながらも、取り乱すことなく事態への対応、措置を告げていく。その姿はまさしく一国を導くリーダー、指導者の鏡と言えるだろう。そう、まるで舞台で与えられた役柄を完璧にこなす演者のように。

 

「姫には申し訳ないが、この"ミネルバ"にもユニウスセブンに向かうよう特命を出しました。幸いにも位置が近いので。どうかご承知いただきたい」

 

 丁重に頭を下げた議長に、カガリは勢い込んで頷く。

 

「無論だ! むしろこちらにとっての一大事なんだ、これは……!」

 

 そのままの調子で「私にも、何かできることが……」と口から出かけたところで、ふと今の自分に何ができるか、と自問が胸の中を通り過ぎた。

 何ができる? なにもできない。落ちていくユニウスセブンを止めることも、国元で対策を立てることも、国民のそばにいてやることすら、今の自分にはできないのだ。

 デュランダル議長が、そんなカガリの焦りを救うように、そっとなだめるように言葉を投げかけた。

 

「そのお気持ちだけで結構です。何かお力をお借りしたいことがあれば、こちらから申し上げます」

「頼む……」

 

 自分の情けなさを痛感した彼女はどうにかその一言を告げて、頭を下げるのだった。

 

 

 

 “ミネルバ”の全クルーたちにもユニウスセブン落下コースへの変位という緊急事態は瞬く間に広がった。

 なぜ、どうして、とクルーたちの顔には疑念と共に深刻な雰囲気が漂う中、レクルームでもシンたちはこの事態について話し合っていたところであった。

 

「で、ユニウスセブンを俺たちはどうすんのさ!? 地球に落とすワケにはいかないじゃんか!」

 

 いつもは明るいヴィーノの顔には焦燥の色が見える。

 確か彼も地球出身だったはず、とシンは思い出す。先の大戦時に、北欧が連合の支配下に置かれた際にプラントに移住してきたと聞く。生まれ故郷が無くなるかもしれない一大事に焦るのも無理はないだろう。そのことは、シンにも痛いぐらいに理解できた。

 その彼の問いかけた、落下するユニウスセブンをどうするか、について一同は考え込む。ヨウランが真っ先に口を開いた。

 

「そりゃ……スラスターとかで軌道をずらしてとか」

「砕くしかない」

 

 と、ここまで静寂を保っていたレイが答えた。

 

「砕くって……」

「アレを!?」

 

 簡単そうに出されたその案に、全員が顔を見合わせる。

 レイは淡々と、事実を言う。

 

「落下コースに入ったあれだけの質量の軌道変更は容易ではない。だが、細かく破砕できれば……」

「大気圏で燃え尽きる……?」

 

 シンの呟きに、レイは肯く。だが、その案に思わずヨウランは現実的な問題を挙げる。

 

「で、でもデカいぜぇ、あれ!? 最長部は十キロはあるっていうじゃねーか!」

 

 実際、過去ユーラシア大陸に落下した隕石は直径約五十メートルと推測され、大気中で破砕した結果、二千平方キロメートルが薙ぎ払われたとされる。学者の話では地表に激突していた場合、五百メートル近いクレーターが形成されていたかもしれないとされている。最悪その程度まで被害を抑えようとなると破砕作業も大掛かりなものになるだろう。残された時間もそう多くはない。

 

「だが衝突すれば地球は壊滅する」

 

 レイは、恐るべき可能性を眉一つ動かさず、冷たいともとれるほどの無表情で告げた。

 

「そうなれば何も残らない。そこに生きる全てのものは」

 

 レクルームにいた仲間たちが一様に重く沈黙する。何もかもが死ぬ。人も物も草木も動物も──。捨ててきたはずの故郷の風景を無意識に重ね、シンはいつの間にか手に持っていたドリンクのカップを半分潰しかけていたことに気付いた。ヴィーノが泣き出しそうな顔でみんなの顔を見る中、ルナマリアはこの空気に耐えかねたように少し掠れた声で口を開く。

 

「地球……滅亡……?」

「……だな」

 

 ヨウランはわざとめいた様子で肩をすかした後、若干おどけた調子で言い放つ。

 

「でも、それも、しょうがないっちゃしょうがないかぁ……」

 

 彼の言いように、ヴィーノが少し怯んだように肩をすくませる。シンもまた、彼の言葉に少し言い過ぎだと尻込みを覚える。

 

「ヨウラン!」

 

 メイリンが彼の毒舌を咎めるように声を挙げた。が、ヨウランはこの重い雰囲気を振り払おうとさらに言いつのろうとする。

 

「不可抗力だろ! けど、変なゴタゴタとかきれいに無くなって、案外ラクかも──」

「よくそんなことが言えるな! お前はっ!」

 

 突然横合いから飛んできた鋭い叱責に、ヨウランは飛び上がり、シンたちも驚いて声の方を見る。部屋の入口からヨウランの方へと激怒した様子で歩いてきたのは、今一番顔を合わせたくない相手、カガリ・ユラ・アスハだった。シンは思わず顔をしかめ、彼女から距離をとるように後ずさる。

 レイが落ち着き払った様子で敬礼し、他の者たちも気まずそうな表情で姿勢を正し、彼女に敬礼する。

 

「しょうがない? 案外ラク? 一体どれだけの人たちが犠牲になるか、分かっているのか!?」

 

 カガリが激しい口調でヨウランに言い寄る光景を見て、ルナマリアがあちゃー、といった表情で顔に手をやる。流石に今の発言はまずかった、とシンも内心思う中、叱責されたヨウランもその様子でしどろもどろになりながらもなんとか弁明しようとする。

 

「あ、いや言葉の綾っていうか、その……」

「冗談だったとでも!? 言っていいことと悪いことの区別すらできないのか!?」

 

 カガリの激昂した口調に、神妙な態度をとっていた皆の顔に、うんざりとした表情が漂う。まるで、ナチュラルに言われなくても分かっている、とでもいうような感じであった。シンも、今の発言に関してはヨウランが全面的に拙かったのは認める。が、こう頭ごなしに糾弾されれば、誰だって反感を買うだろう。シンは彼女に向かって、そのあたりでやめにするよう、言葉を投げつけた。

 

「もうよせよ。ヨウランも本気で言ったわけじゃないってことぐらいわからないのかよ、アンタは」

「なんだと!?」

「アンタから説教されなくても、みんなこれが大事だって、分かってるさ! なのに、アンタは上からきれいごとバッカ言って!」

 

 ついぶっきらぼうな言い方になり、カガリはキッとシンを睨みつけ、シンも睨み返す。レクルームに不穏な空気が立ち籠める。

 

「シン、言葉に気を付けてよ!」

 

 ルナマリアはシンを咎めるも、その言葉をうけて彼女に向かって軽蔑したように肩をすくめてみせる。

 

「……すみませんでした。そういえば偉い人でしたね。この人、オーブの代表だし」

「おまえ!」

 

 激昂したカガリが、食って掛かろうとし、シンもそれを見て構えようとしたその時だった。

 

「やめろ二人とも!」

 

 二人の腕を引っ掴むようにして第三者が割って入って止める。アスラン・ザラだ。

 

「いい加減にしろ、カガリ! 君は国のトップなんだろ? 行動一つ一つが問題になることぐらい理解するんだ!」

 

 大分、というかかなり乱暴な物言いに、シンも思わず驚く。というか、一国の指導者にこんな口の利き方をするのかこの人は。

 睨み合っていたカガリとシンを引き離したアスランは、シンに向き直ると、静かに、だが不穏な調子でシンにたずねる。

 

「シン、だったかな。君はオーブを大分嫌っているようだが、なぜなんだ?」

 

 詰問に対して、シンは俯きかける。が、続く言葉にシンは相手が誰であるかやここがどこであるかも忘れた。

 

「何があったかは知らないが、一士官がくだらない理由で関係のない代表に突っかかって外交問題に発展させる気なら──」

「くだらない……? くだらないなんて言わせるか!」

 

 シンの脳裏に、あの日の出来事がよみがえる。目の前に助けを求めるようにして転がっていた小さな手を。たった九歳で断ち切られた幼い命を。家族の全てを奪っていった砲火を。

 湧き上がった怒りのまま、シンは眼前の少女に向かって言い放つ。

 

「関係ないってのも大間違いだ! 俺の家族はアスハに殺されたんだ!」

「殺された……?」

 

 金髪の少女は一体何を、という感情の凍結したような表情で立ち尽くす。その言葉に周囲のみなが凍り付くが、シンは構わずに目の前の責任を負うべき少女のみを見据えて続ける。

 

「国を信じて、アンタたちの理想ってのを信じて! そして最後にオノゴロで殺された!」

 

 他国を侵略せず、他国の侵略を許さず、他国の争いに干渉しない──。

 オーブが掲げた理念は確かに美しいものだろう。だが、その理念を貫くために、守るべき国民を犠牲にして苦しめるようでは本末転倒もいいところだ。挙句、その理念を唱えた連中が自分だけ生き残り、戦後に英雄だなんだともてはやされ、またもきれいごとを並べるカガリを、自分は絶対に許さない。

 

「だから俺はアンタたちを信じない! オーブも信じない! アンタたちのきれいごとも信じない! アンタたちの言葉で誰が死ぬことになるのか、ちゃんと分かってたのかよ!?」

 

 血を吐くようなシンの叫びに、カガリは一言も発せず、血の気の失せたような表情を浮かべていた。が、それでもその双眸はシンへと向けられていた。先程までの怒りに満ちた瞳ではなく、そこには驚きと、そして痛ましいものを見るような憐れみの表情があった。そんな目で見られることがさらにシンの心を逆撫でて、彼は彼女に向かって吐き捨てる。

 

「何もわかってないくせに、わかったようなこと言わないでほしいね!」

 

 激情に駆られるまま、シンはレクルームを飛び出す。後ろからヴィーノやルナマリアが制止する声が追ってくるが、足を止めることはしなかった。

 相手から撃たれるのに、口だけの正義や正論が何の役に立つ? 相手が撃ってくるのに言葉だけでそれが止められるわけがない。仲間を、自分を守るためには力を得るしかないのだ。

 

 

 

 

 

 漆黒の宇宙空間を、ユニウスセブンはストリングスをなびかせながら、地球へと静かに、だが着実に引かれていた。その後方から、ナスカ級高速戦艦“ボルテール”とその僚艦二隻が接近しつつあった。“ボルテール”の艦橋のメインモニターには光学センサーが捉えたプラントの残骸が映し出されて、ブリッジに集まったクルーたちはそれを見つめていた。

 

「こうしてあらためて見ると、デカいな……」

 

 一般兵士の制服を着た、金髪褐色肌の男がしみじみと呟く。普段は斜に構えたような態度をとっていることの多い彼だが、流石に圧倒されたのか、今は真剣な表情を浮かべ、ユニウスセブンを睨みつけている。名はディアッカ・エルスマンという。

 

「当たり前だ。住んでいるんだぞ、俺たちは。同じような場所に」

 

 隣に立つ指揮官服姿の銀髪の男が、咎めるように鋭く返す。年は、ディアッカと同じ、二十歳前後で、切れるような整った顔立ちと、鋭い青い瞳は初対面の者に冷たい印象を抱かせる。が、大抵その第一印象は裏切られることが多い。叱責というより、信頼の置ける者に対するぞんざいな感じで、彼は続ける。

 

「それを砕けっていう今回の仕事がどんだけ大ごとか、あらためて分かったって話だよ」

「ディアッカ、大体お前は危機意識が薄いんだ。ヘラヘラしていないでもっと緊張感を持て」

 

 冷淡に返した指揮官の名前は、イザーク・ジュールという。ディアッカは冷たく返してきた相方に不満げな表情でのぞき込む。

 

「……なんかお前にだけはいわれたくないんだけど」

「どういう意味だ、それは」

 

 イザークが不機嫌になる様子を見て、彼は肩をすくめながら追及される前にかわしてみせる。

 

「いいえェ、何でもございません、隊長殿ォ」

「こんな時だけ隊長呼ばわりするな!」

 

 二人のやりとりを周囲のクルーたちは、またか、といった感じで噴き出すのをこらえるように見守っている。このような二人であるが、どちらも前大戦で数々の激戦を経験し、生き残ってきた猛者である。

 そんな彼らのやり取りを微笑みながら見守っていた一人のクルーが、表情を改めると疑問の声をあげた。

 

「……でもやっぱり変ですよねコレ?」

 

 彼女の名はシホ・ハーネンフース。プラントでも有数の高エネルギー物理学の第一人者であり、またイザーク、ディアッカと並ぶ、ザフト軍エースパイロットの一人でもあった。彼女の言葉にイザークとディアッカも振り向く。

 

「これだけの質量なんです。コースを変わるならそれこそ前大戦で使われたジェネシスと同じくらいのエネルギーを指向するか、同程度の大質量をぶつけた反動じゃないとこんなコースはとらないはず……」

 

 その言葉に艦橋のクルーたちが一様に怪訝な表情を浮かべる。

 ジェネシス。ヤキン・ドゥーエ宙域戦で投入された核エネルギーを使用したγ線レーザー砲は、ラグランジュポイントから地球を狙撃できる大量破壊兵器である。が、当然そんなレベルのエネルギー放射があれば既に観測されているだろう。同じように大質量デブリもザフト連合両軍が常時監視しており、危険な軌道変更が行われればすぐに察知されるはずである。

 

「じゃあ、何がユニウスセブンのコースを変えたっていうじゃん? ちんけなロケットブースターとかじゃ動くわけないだろ?」

「わかりません。でも、百年周期での安定軌道を外れたからには原因があるはずです」

 

 シホの言葉を聞きながら、イザークは思案する。外部からの干渉なら既に原因の予測がつく。なのに未だにその判別がつかない。だが、ユニウスセブンは動いた……。

 確実な情報が不足する中で、イザークは一つの仮説を出した。

 

「つまり、外部からではなく、ユニウスセブン自体に異変が生じた、または何か細工がなされた、という可能性か」

「おそらくは」

 

 シホの同意を得てイザークはすぐさま、モビルスーツ管制官に指示を出した。

 

「作業部隊の第一陣にライフルを装備させろ。ディアッカ、その現場指揮を任せる。周辺警戒は厳となせ!」

「りょーかい!」

 

 打てば響くといった様子で、ディアッカは敬礼しながら、エレベータの方に体を向ける。続けざまにイザークは部下たちへと指示を下していく。

 

「第二、三陣にも同様だ。指揮はそれぞれシホと俺が執る。“ボルテール”らは後方からユニウスセブンの監視を続けろ」

 

 イザークの指示を待たず、オペレーターたちが仕事をはじめた。活を入れるように、イザークは鋭く命じる。

 

「いいか、時間があるわけじゃない。“ミネルバ”も来る。手際よく動けよ!」

 

 

 

「カガリ、入るぞ」

 

 士官室の前で一言かけてから、アスランは扉を開ける。中ではカガリが一人、俯きながらベッドに腰掛けていた。彼女はこちらを一瞬ちらりと見るが、すぐに視線を下に向けた。

 アスランは持ってきたドリンクのパックをデスクに置くと、カガリの傍にかがみこむ。

 

「アスラン……」

「分かってたはずだろ。あんなふうに思っている人たちだっているって……。今、考えても仕方ない……」

 

 アスランはカガリに語り掛けながら、先程彼女に対して暴言をぶつけた赤い瞳の少年、シンのことを思い出す。

 彼はユニウスセブンで母を亡くした自分と同じだ。大切な人を喪い、悲しみと怒りのまま、敵を憎み、武器をとって戦った。その結果、アスランは先の大戦で親友と戦うことになり、お互いに大切な人を殺し合うことになった。

 

「分かってくれ、と言っても彼には通じないだろう。今は、自分のことでいっぱいなんだ、きっと」

 

 そしてそんな自分を止めてくれたのが、カガリだった。

 

『殺されたから殺して殺したから殺されて……。それで最後は平和になるのかよ!?』

 

 涙でくしゃくしゃになりながら叩きつけられた彼女の言葉は、今でもアスランの心に根付いていた。だから、認め合わない者同士、憎しみに駆られるまま際限なく殺し合おうとしていた世界を止めるべく、アスランは彼女や志を同じくした仲間たちと共に戦った。

 だが、現実はどうだろう。ナチュラルとコーディネイターの溝は無くなっておらず、未だに水面下では連合とプラントは軍事競争を続けている。そして、アスランもまた、兵器開発という形でその一端を担っているのだ。

 考えるうちに、自分まで暗い感情に囚われそうになる。

 

「……ホントに、仕方ないのかな……?」

 

 カガリの呟きに、ハッとアスランは顔を上げる。そこには、涙ぐみながらも、毅然とした表情のカガリがいた。

 

「そうやって、仕方ない、無駄なことだ、分かり合えない、って決めつけて諦めたら、何も変わらない……って」

 

 アスランはその言葉を聞きながら、二年間の彼女の成長を感じていた。

 

「私は何もわかっていないさ。アイツが、シンが言った通り、分かったように口を開く偽善者なのかもしれない。でも、だからアイツと話さなきゃいけないんだ私は……」

 

 彼女は強い。その強さを見て、自分の中に渦巻いていた重苦しい感情が少し薄れるのを感じられた。

 

「話をしなきゃ、分かり合うことすらできやしないんだ」

「……カガリは強いな、やっぱり」

 

 え、とアスランの呟きにカガリはキョトンとした。アスランはそんな彼女に対して微笑みを向ける。

 そうだ。まだ諦めるわけにはいかない。ナチュラルとコーディネイターの対立も、今地球に落ちていこうとするユニウスセブンのことも。

 アスランは、カガリの金色の瞳を見据えて、はっきりと告げた。

 

「……カガリ、話がある」

 

 

 

 パイロットアラートのソファに体を預けながら、シンはモビルスーツデッキに並ぶ機体を見つめていた。

 今は誰にも会いたくなかった。これまで打ち明けたことのない自分の過去をああやって知られてしまって、同情されたり腫物扱いされるのは御免だ。

 ぼうっとガラスの向こう側を見つめながら、自分がさっきカガリにぶつけた言葉を、その前の、モビルスーツデッキで彼女の発した言葉を思い出す。

 確かに戦争しないで済むのなら、それが一番だ。コーディネイターとナチュラルが手を取り合って平和に暮らしていけるのなら、それが本当に良いことだとシンだって思っている。

 だが、相手がこちらの差し出した手を払いのけ、銃口を突き付けてくるならどうすればいいのだろう。言葉で銃弾が防げるというのだろうか。

 結局、力が無くては、何を声高に叫ぼうとも力あるものに捻り潰されてしまうのだ。あの日のオーブのように。そしてマユを、家族を守れなかった自分のように。

 だからこそ、自分は“インパルス”という力を手に入れた。手に入れたはずだった。

 実際はどうだろう。アーモリーでは“カオス”“ガイア”“アビス”の三機に良いように逃げられ、あの新型には“インパルス”を成す術もなく翻弄された。

 俺は、強くなれたのだろうか? 

 アラートのドアが開き、シンは我に返る。入ってきたのは白色を基調としたパイロットスーツに身を包んだレイだ。彼はシンを気にすることなく壁際のディスプレイの前に立つと、これから行われる破砕作業のデータチェックをはじめる。軍紀に厳しい彼のことだ、先程の騒動で何か言われる、と身構えていたシンは、思わずレイの背中を見つめていた。

 

「なんだ?」

「いや、べつに……」

 

 肩越しに問いかけられた彼の言葉に、シンは思わず言葉を濁す。

 

「気にするな、俺は気にしていない」

 

 普段と変わらないその様子にシンは彼なりに気遣ってくれているということが分かった。だが、とレイは一拍置いてから続ける。

 

「それはお前の正しさだ。普遍的な正しさではない」

 

 シンは少し虚をつかれて、しかし咄嗟に無愛想な調子でレイに返していた。

 

「分かってるさ、そんなこと!」

 

 ──本当に分かっているのだろうか、自分は。

 正しいのだろうか、彼女に投げかけた言葉は。

 

 

 

 カガリのいる士官室を出たアスランは、まっすぐ艦橋をめざした。彼女も同行すると言ってくれたが、アーモリーワンからまともに休息も取れていないことを指摘し、部屋で休んでいるように伝えた。

 艦橋に通じる基幹エレベータに向かう通路を歩いている途中、曲がり角で、赤い髪の少女と鉢合わせた。

 

「あ」

 

 確かルナマリアという名の少女は、不意をつかれたのか慌ただしく、アスランに頭を下げた。

 

「その、先程は失礼しました。ただシンもヨウランも悪気があって言ったわけじゃないんです。ちゃんと私からも言っておきますから!」

 

 しどろもどろになりながらも謝罪の意を示した彼女に、アスランも彼女を制するように手を掲げる。

 

「あ、いや。なにも、俺に謝られても困るというか……」

「あ、そう、ですよね……。ごめんなさい」

 

 彼女の実直なその態度に、アスランも内心少し感じていた彼らへの憤りを収める。

 

「みんな、何も知らないだけなんだ……。自分のことも他人のことも」

 

 アスランが低くつぶやくと、彼女はキョトンとしたような顔でアスランを見る。アスランは、ルナマリアに少し微笑み、そのままやってきたエレベータに乗り込んだ。

 何も知らないのだ。シンも、彼の仲間も、勿論自分やカガリも互いに知っていることなどたかが知れている。だからこそ、話し合わなければ知ることすらできないのだ。

 そのためにも、自分が今できることをやる。その決意を胸に、アスランは“ミネルバ”の艦橋へと足を踏み入れた。

 

「阻止限界点まで時間は?」

「あと、十時間と五十五分です」

 

 緊迫したやりとりを聞きながら、アスランが進み出ると、オブザーバー席に座っていたデュランダルが気づき振り向いた。

 

「どうしたのかな、アスラン?」

 

 タリアも彼の声で気づいたようで、こちらに目をやる。アスランは彼らの視線に臆せず、口を開いた。

 

「無理を承知でお願いします。私にもモビルスーツをお貸しください」

 

 その言葉に、艦橋のクルーらが皆、驚き注目する。タリアは、少し困惑したような表情になる。無理もない。彼は本来の“ミネルバ”乗員ではなく、議長の特例措置で要人の警護任務にあたっているのだ。おいそれと許可を下すのは難しいのだろう。

 

「既に代表には許可をいただいています。それにこの状況で、ただ見ているだけなど、自分にはできません!」

 

 モビルスーツパイロットとしての力があり、そしてこの危機的状況を何とかしたいという想いがアスランにはあった。彼は深く頭を下げる。

 

「使える機体があるのならどうか……!」

「気持ちはわかるけど……」

 

 と、そこにデュランダルの声が重なった。

 

「いいだろう。私が許可する」

「議長……」

 

 あっさりと許可を下した議長に、二人は思わずそちらに目を向ける。デュランダルは切れ長な瞳に笑みを含みながら、アスランを見つめていた。

 

「私が責任を取るよ、艦長。それに出せる機体は一機でも多い方がいい」

 

 その言葉に、しかしタリアは若干不承不承の色を示す。だが、デュランダルは柔和な笑みを浮かべながら、冗談めかして言う。

 

「腕が確かなのは、君も知っているだろう?」

 

 その時、アスランは何故か議長が本心から楽しんでいるように思えた。

 この危機的状況下で? いったい何を? 

 だが、次の瞬間には、デュランダルから笑みは消え、アスランに向かって真摯な口調で話していた。

 

「改めて頼むよ、アスラン」

「了解しました」

 

 

 

 クラゲの触腕のようにストリングスを漂わせながら動き続けるユニウスセブンの各地に“ゲイツR”たちが巨大な作業機器“メテオブレイカー”と共に凍った大地に降り立つ。三本の固定脚と台座、中央に掘削用のパイルを装着したこの機器は本来、小惑星の掘削・破砕作業に用いられるものだ。今回はパイル中央部に高性能爆薬を充填してユニウスセブンに打ちこみ、内部で爆破することで破砕することを目的としていた。

 

『こちらロメオ・アンタレス・ツー、“メテオブレイカー”の接地完了。固定作業に移る』

『起爆深度はマイナス25に設定』

 

 その作業の様子を見守りながら、ディアッカはチリチリとした緊迫感を感じていた。前大戦の時に出会い、共に戦ったナチュラルの少女やその仲間たちが住む地球にユニウスセブンが落ちるかもしれない恐怖や焦燥もあるだろう。だが、それ以上に死線を掻い潜ってきたパイロットとしての勘が、何か危険を感じ取っているように思えた。

 と、その時、作業を進めていた“ゲイツR”が“メテオブレイカー”ごと爆発したのを視界の端でとらえる。その時には既にスラスターを吹かせて、回避行動をとる。コクピット内部に敵機からの攻撃を報せる警告音が鳴り響き、通信機から部下たちの悲鳴のような声が届く。

 

『エルスマン隊長! ジャンが!?』

「各機散開! 全周囲警戒しろ!」

 

 とっさに部隊員に呼びかけながら、ディアッカは自身の機体“シグーⅡ”の背部にマウントした、M1500オルトロス高エネルギー長射程ビーム砲を構えさせながら工作隊の前へと出る。見れば、周囲に漂うビルの残骸や構造体の影から数機の機影が飛び出し、ビームライフルやマシンガンを連射しながらこちらに接近してくる。黒をベースとした迷彩塗装を施された機体をデータ照合すると、それは見知ったモビルスーツであるザフトの“ジン”と連合の“ストライクダガー”であった。だが、機体各部には過積載といえるほどのミサイルランチャーやグレネード、それらを無理やり運用するための追加されたブースターによってシルエットは大きく異なる。敵対するはずの組織の機体と共に、本来友軍機である“ジン”が敵対行動をとりながら迫るある意味珍妙な様相に、ディアッカの部下たちは激しく動揺する。

 

「なんだ、こいつら!?」

「エルスマン隊長! 指示を!」

 

 対応に遅れた部下の“ゲイツR”を庇うようにシールドを掲げながら、ディアッカは鋭く命じると同時に母艦に緊急コールをかける。

 

「一時作業中止! 各自、応戦しろ! イザーク!」

 

 “ボルテール”の方でも状況変化を察知したらしくイザークが務めて冷静に指示を出す。

 

『今シホを出した! 俺もすぐ出る。ディアッカ、到着まで工作隊と“メテオブレイカー”を守れ!』

「なるべく早く頼む! そう持たないぞ!」

 

 ディアッカは改造“ジン”と“ダガー”の部隊に向かって腰だめに構えたビーム砲で牽制射撃を放つ。が、所属不明機たちは易々とその射撃をかわして“メテオブレイカー”を保持した“ゲイツR”に向けて肩部ミサイルポッドの三連射を撃ちこむ。“メテオブレイカー”を保持して回避運動もままならない“ゲイツR”はそのまま爆発に飲み込まれて、掘削機材ごとユニウスセブンの地表に叩きつけらた。ディアッカの背中に冷たい汗が流れる。

 

 

 

『モビルスーツ発進三分前。各パイロットは搭乗機にて待機せよ。繰り返す──』

 

 “ミネルバ”広大なモビルスーツデッキに管制官のアナウンスが響き渡る。アスランはパイロットスーツの気密をチェックしながら自身に貸与されたシルバーグレーの機体に向かって飛んだ。赤い“シグーⅡ”のそばを通り過ぎた時、技術スタッフと会話していたらしいルナマリアが彼の姿を目にして驚いた表情になったのを横目で確かめた。

 

「もしかして、彼、アスランも出るの?」

「らしいよ。ま、元エースがいるなら心強いってもんさ」

 

 興味津々といった様子の彼らの横を通り過ぎて、アスランは自身が登場する“シグーⅡ”のコクピットハッチに手をかける。技術主任のマッド・エイブスが機体の一通りの説明をしてくれる。

 

「両腕部の修理は完了してある。あと、ペダルは要求通り固く設定した」

「……プラス四でしたね」

 

 返事をしながら、アスランはシートに座った。ガントリークレーンが白くペイントされた“シグーⅡ”をカタパルトデッキへと運んでいく様子を見ながら、アスランは機体を立ち上げていく。が、その時緊急を報せるアラートがデッキ中へと響き渡った。

 

『発進停止! 状況変化!』

 

 続く、管制官の慌ただしい言葉にモビルスーツデッキにいたクルー全員が驚愕する。

 

『ユニウスセブンにてジュール隊が所属不明機と交戦中!』

「なんだって!?」

『各機、対MS戦闘用に装備換装してください!』

 

 慌ただしく発進シークエンスが中断され、メカニックマンたちが機材片手に走り抜ける。アスランもまた、アナウンスの内容に驚いていた。

 

「イザークが……?」

 

 アスランと同期で、同じ部隊に配属された戦友であるイザークの名が出たこと、それ以上にその彼がユニウスセブンで交戦中……!? 

 追加の情報を欲した彼は艦橋との通信チャンネルを開き、管制官にたずねる。

 

「どういうことだ、状況は!」

 

 管制官の少女も困惑気味の様子で、アスランに指示を下す。

 

『不明です! しかし本艦の任務がジュール隊支援であることに変わりなし! 換装終了次第、発艦願います!』

 

 所属不明機との交戦。思いもしない事態へと発展しつつある、とアスランは焦燥を覚える。このタイミングでの攻撃、すなわちそれがユニウスセブンのコース変動が人為的なものであったという証拠の一つになりえるからだ。

 それに、イザークは無事なのだろうか? 彼の腕は知っていたが、それでも心配なのには変わりない。

 シンが搭乗する“コアスプレンダー”と三つのフライヤーが一足先に射出され、左舷カタパルトでは、高機動戦用のバックパック、“ブレイズウィザード”が装着されたレイの“シグーⅡ”が発進する。

 

『状況が変わりましたね、アスラン』

 

 ふいに、回線が開き、モニターにルナマリアの顔が映し出される。アスランのパイロットの腕に興味があるのか、好奇心旺盛な様子で、彼女は言う。

 

『大戦のエースの力、当てにしますからね?』

「……そんな大層なものじゃないよ、俺は……」

 

 カタパルトに運搬される機体の中、彼は思わず独り言ちる。アスランの“シグーⅡ”にも、レイと同様のバックパックが装備され、カタパルトに接続される。ハッチの向こう側には瞬くことない星空がのぞく。戻ってきた、という物懐かしさと、戦場に対する恐怖がアスランの胸中を走り、それを振り切るように彼は告げた。

 

「アスラン・ザラ、出る!」

 

 発進ランプがグリーンに転じ、アスランの駆る“シグーⅡ”は宙へと打ち出された。

 

 




魔改造っていいよね(挨拶)どうも、野澤瀬名です。

Re:DESTINY第四話です。ユニウスセブン落下を阻止しようとするザフト軍、復讐を成就すべく決死の覚悟で抵抗するテロ組織の対決の幕が上がりました。原作では、そこにファントムペインも乱入してくるのですが、 このRe:DESTINYではちょっと静かにしておいてもらいます。え、なんでかって?原作の描写見る限り介入する理由が無いんだよ……(あれじゃただの妨害行為だよ)

あと、原作から設定改変したキャラやオリジナル機体、それに付随する設定を公開するかどうか、アンケートを取ろうと思います。期間は1月25日、午後6時までです。よければご協力をお願いします。

刻一刻と近づく阻止限界点、襲い掛かる地球の重力の顎。砕かれ落ちていく悲劇の地で、シンとアスランは嘆きの声を聞く。
次回、機動戦士ガンダムSEED Re:DESTINY 『終わる世界(後編)』
灼熱の宙を、駆け抜けろ! ガンダム!


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PHASE.05 終わる世界(後編)

エクリプス!

ZOEのビックバイパーみたいな変形するねあの子


 真空の宇宙空間を幾つもの光条が交錯し、時折瞬く爆発がユニウスセブンを照らし出す。

 “ボルテール”から出撃したディアッカ率いる工作隊は、じりじりと後退しながら、“メテオブレイカー”の設置を試みていた。ディアッカはランチャーの砲身を構え、迫る敵機に向けて引き金を引こうとする。が、敵機はこちらの射撃タイミングを読み計っているかのように、残骸へと身を隠して射線から逃れる。

 

「くそっ、またかよ!」

 

 砲撃戦主体の装備であるガナーウィザードは、高火力、長射程のビーム砲を有するも、長大な砲身のせいで照準を付けるのに時間をとられる。敵機はその弱点を熟知しているようで、狙われると直ちにデブリに身を隠してしまうのだ。構わずデブリごと撃ち抜くも、敵機には当たっていないようで、まき散らされる残骸と共に機影をロストしてしまった。

 

(こうまで俺の射撃がかわされるって、どういう奴らだよ、一体!?)

 

 ディアッカが苦戦する中、“メテオブレイカー”を守る“ゲイツR”に“ダガー”が迫る。あわやというところで、緑色のビームの驟雨が横合いから“ダガー”に襲い掛かり、全身をズタズタに引き裂かれた機体はユニウスセブンに墜落していった。スピーカーからイザークの声が響き渡る。

 

『工作隊は破砕作業を進めろ! シホ、お前の隊はディアッカたちの援護に回れ!』

『了解!』

 

 翡翠色にカラーリングされたシホの“シグーⅡ”と青で彩られたイザークの“シグーⅡ”の機影が見え、ディアッカは安堵の息を漏らす。

 

『無事か、ディアッカ?』

「イザーク、こいつら手練れだ! そこらのテロリストどもと訳が違う!」

 

 僚機を失った敵モビルスーツ隊は、激情に駆られるかのように、さらに苛烈な攻撃を仕掛けてくる。イザークは部下たちを叱咤激励し、“メテオブレイカー”を守るべく前面に出た。

 

『“ミネルバ”からも援軍が来る。各員“メテオブレイカー”を守るぞ!』

 

 

 

 アスランがユニウスセブンの破砕作業の協力を申し出て、パイロットアラートに向かってすぐだった。艦内にアラートが鳴り響き、クルーたちの動きが慌ただしくなった。

 最初は破砕作業に伴う状況変化かとおもったが、どうやらそういうわけではないらしい。情報を求めた彼女は、艦橋へと訪れた。

 

「“ジン”と“ダガー”だと? 他に機影は!?」

「オレンジ九十五マーク三十八ブラボーにローラシア級と思われる艦影、二! デブリの影です!」

「えっ……!?」

 

 飛び交う単語の意味、すなわち戦闘中であることを察した彼女は、思わず声を挙げ、それに気づいた議長がこちらに振り向いた。

 だが、何故? 単なる破砕作業だけのはずが、戦闘に、しかも友軍であるはずのローラシア級と砲火を交えることになるとはどういうことなのか。

 

「……デュランダル議長! これは一体……」

 

 狼狽えながらも、状況を知るべく、カガリは議長に問いを口にする。デュランダル議長も、困惑の表情を見せながら、カガリに返す。

 

「詳細は私にもまだわかりませんが……。現在、ユニウスセブン周辺に所属不明機の集団が展開し、破砕作業を行う我が軍と交戦状態にあるようです、代表」

「そんな……!?」

 

 すなわち何者かによる破砕作業の妨害。これが意味することを理解したカガリの背筋に酷く冷たい戦慄が走り抜ける。

 これは事故なんかじゃない。誰かが意図的に仕組んだ災厄だ。

 誰もが予期しなかった、いや考えたくない最悪の事態へと状況は加速していくのだった。

 

 

 

 *

 

 

 

「ふん、ヒヨッコにしては動きが良いな」

 

 サトーとその部下たちは、“メテオブレイカー”を守る工作隊に、手に持つライフルやマシンガンを撃ち掛けながら吶喊していく。彼らの有していた機体は“シグーⅡ”や“ゲイツR”と比べれば旧式の機体で尚且つ整備状態も決して良くはない。最も状態の良い“ジンハイマニューバ二型”ですら、スペックは劣っているのだが、ヤキン・ドゥーエ戦役を生き残った彼らは自らの腕と戦術で、その不利を覆す。二機で追随する“ゲイツR”の射線を躱しながら、デブリの密集したエリアをフルスロットルで駆け抜ける。追いすがろうとした内の一機は、その軌道を追い切れず、高架の残骸に衝突して、デブリの仲間入りを果たした。もう一機は、デブリを抜けたものの、大破した僚機に気を取られ、ほんの僅かに足を止めてしまう。

 

「遅い!」

 

 日本刀を模した実体剣の鋭い一撃に、“ゲイツR”は僅かに遅れて防御姿勢をとった。だが、サトーは機体を切り返し回し蹴りでそのガードを崩すと、袈裟に斬り捨てて、次の護衛機に向けてスラスターを吹かせた。

 

「だが、我らの思い、やらせはせんわ! 今更ッ!」

 

 “ダガー”に乗った部下の一人が対艦ライフルを“メテオブレイカー”に向けて放とうとする。が、その機体は青い“シグーⅡ”のビームガトリングガンの掃射を受け、全身に無数の穴が穿たれた。煙を吐きながら“ダガー”は地表に叩きつけられ、次の瞬間凍った大地を爆炎が照らし出した。味方の数は残り十五機。

 

「あと、二百四十分……。ここまで来て引けるものか、貴様らごときに!」

 

 大切な者たちを喪った悲哀と憤怒が彼らを駆り立てる。帰るべき所を無くした彼らにとって、今や唯一守るべきものは、地球に向けて落ちていく凍りついた墳墓だけだった。

 

 

 

 *

 

 

 

 シンたちは、編隊を組んでユニウスセブンへの進路を駆け抜ける。破壊された艦艇たちのデブリ群を抜け、ようやく望遠で戦闘の様子を捉えた。ジュール隊の“ゲイツR”に襲いかかるモビルスーツの姿を見たシンの頭にカッと血がのぼる。

 

「アイツら……!」

 

 スロットルを最大に開けて襲いかかろうとしたその時、聞き慣れない声がシンの血気に逸る気持ちを諌めた。アスラン・ザラの声だ。

 

『目的は戦闘じゃないぞ。今やるべきはジュール隊の作業支援だ!』

「だけど! アイツらをやらなきゃ作業も何もないでしょう!?」

 

 熱くなった頭のまま、アスランに反論の声をあげるも、彼は表情を変えることなく冷静な声で返答する。

 

『だからこそだ。ルナマリア、君は敵の母艦を叩くんだ。レイはその援護を』

『りょ、了解!』

『了解しました』

 

 アスランの的確な指示に、ルナマリアとレイの二人は従い、進路を変更する。その様子にシンは内心面白くないと反感を覚える。後方に下がっていた、それも一時期軍から脱走してた奴が命令を出すなんて。

 

『俺とシンは作業部隊から敵モビルスーツを切り離す。シン、着いてこれるな?』

「ッ! 言われなくても!」

 

 思わず叫び返し、シンは前を行くアスランの“シグーII”の背中を追いかける。

 今に見てろ! その見下したようなアンタの鼻を明かしてやる! 

 

 

 

『隊長! ミネルバ隊です!』

 

 味方の来援の報告にイザークは一縷の希望を見出すも、ディスプレイに表示された残り時間を見て舌打ちをする。想定以上に作業が遅延している。

 

「くそ、破砕作業を急がせろ! これでは割れても間に合わんぞ!」

『こちらシエラ・アンタレス・ファイブ! “メテオブレイカー”五号機設置完了! これより退避行動に移る!』

 

 掘削機の敷設に成功した味方機が機材から離れ、巨大なドリルが氷結した大地に打ち込まれる。やがて地中深くから振動が響き渡り、ユニウスセブンの地表に大きな亀裂が走る。

 

『やったか?』

 

 しかし、振動は小さくなり、亀裂もそこで止まってしまう。イザークの額に汗が浮かぶ。やはり一発二発程度の“メテオブレイカー”では、巨大なプラントの残骸を砕くことは叶わないようだ。作業部隊も他の掘削機の起動を急ごうとするも、全身に爆装を施した“ダガー”や“ジン”たちがそれを阻止しようと襲いかかる。

 それをシホやディアッカの“シグーII”、来援したミネルバ隊の機体たちが体を張ってその進路を塞ぐ。

 やがて二基、三基と“メテオブレイカー”が起動し、高性能爆薬を載せた杭が地中に打ち込まれていく。一際大きい振動が響き渡ったと思うと、次の瞬間、凍った大地にバックリと大きな亀裂が走った。見る間にその傷口は大きく広がり、ユニウスセブンの残骸が二つに分かたれた。

 

『やった!』

『グゥレイト! やったぜ!』

 

 二つに割れた残骸は爆破の衝撃で僅かに離れながら漂っていく。その様子を見守っていたイザークもほっと一息つく。どうあれこれで地上にそのまま落着するという最悪のシナリオは回避された。

 

『だがまだだ』

 

 聞き覚えのある声がイザークたちの回線に割り込んだのはその時だった。半分に割れたユニウスセブンに、一機の“シグーⅡ”が降下していく。

 

『もっと細かく砕かないと……!』

 

 “シグー”に乗る彼の言うことはもっともだ。半分に割れたとはいえ、地球の主要都市をまるごと更地にするだけの質量を未だに有している。しかしそれ以上に、イザークとしてはその中にいる彼に気をとられたのである。

 

「アスラン? 貴様っ、こんなところで何を!」

 

 士官学校時代からのライバルであり、戦友である男が何故こんなところにいる。勿論、大戦終結後にザフトに戻ったことは知っていたが、それにしても前線に復帰したなんて聞いていない。と、そんな狼狽を断ち切るように、コクピットに警報が響き渡る。ほとんど反射的に回避運動をとり、飛来したミサイルを撃ち落としていく。

 

『そんなことはどうでもいい。今は作業を急がせるんだ!』

 

 通信機から、二年前と同じ冷静な、イザークにとっては頭にくる声で指図がましい口調でうながしてくる。イザークは憮然としたまま、アスラン機に並走し、“メテオブレイカー”を運搬する部下の直掩に入った。

 

「わかっているっ! 今は俺が隊長だ! 命令するな!」

『……相変わらずだな、イザーク』

「貴様もだ!」

 

 前方から、“ジン”が二機、“メテオブレイカー”を狙って強襲を仕掛けてくる。来るぞ、という一言と共に、アスランとイザークの“シグーII”が突出する。アスランがすれ違いざまに一機の“ジン”の右腕部を狙撃し、すかさずイザークがその胴体を二つに断ち斬った。もう一機が、激昂した様子でマシンガンを連射しながら吶喊してくる。アスランはデブリを使って銃弾を避けると、背部ランチャーを向け、数発のミサイルを連射する。直撃を回避しようと上昇した敵機は、待ち構えていたディアッカの射線につかまり、強力なビーム砲に機体を貫かれ爆散した。

 当たり前のような阿吽の呼吸の連携にイザークはふっと笑みをこぼす。奴は確かにいけ好かない奴ではあるが、ディアッカやシホと同じく自分の背中を預けられる数少ない人間であった。

 

 

 

「敵不明艦、一。ルナマリア機によって大破、戦線から離脱する模様!」

「敵部隊の半数以上が戦闘不能」

「“メテオブレイカー”設置率約七十パーセント。敷設完了までの予測時間修正、約五千四百セカンド!」

 

 “ミネルバ”艦橋にも次々と撃破報告と“メテオブレイカー”の敷設状況がもたらされる。その様子を見て、カガリの隣に座っているデュランダル議長は安堵の滲む声を出す。

 

「これならば、どうにかなるか……?」

「いえ、そうもいかないようです」

 

 艦長席に座るタリアが、ドライな口調で彼の楽観的な予想を否定する。

 

「どういうことなんだ、艦長」

 

 怪訝な表情で、デュランダルは聞き返す。彼女の答えは短いものだった。

 

「高度です」

 

 その一言で、カガリはハッと船外へと目をやる。ユニウスセブンに気を取られていたうちに、地球へと接近していたのだった。まだこの艦もモビルスーツたちも重力につかまってはいないだろうが、これ以上地球に近づけば、戻れなくなるだろう。だが、モビルスーツ隊はなおもユニウスセブンの破片に取りつき、“メテオブレイカー”による破砕作業を続けようとしている。

 

「我々も、助けられる命と、助けられないもの。選ばなければなりません……」

 

 カガリとデュランダルは、彼女の言葉を理解しかねて共にその顔を見やる。

 

「グラディス艦長……?」

「申し訳ありません。議長がたは“ボルテール”へ移乗いただけますでしょうか?」

「え?」

 

 彼女の表情は緊張に硬く強張ってはいたが、決心がついたような、凛とした表情だった。艦橋の他のクルーたちも、彼女の言葉に振り向き、何事かと聞き耳を立てる。

 

「本艦はこれより大気圏に突入し、限界まで艦載火器による対象の破砕を行いたいと思います」

 

 

 

 “メテオブレイカー”を狙おうとした敵機にシンは牽制射撃を加えてその進路を阻害する。機首をこちらに向けた“ジン”はライフルを向けなおすと妨害されたことに憤慨するかのように猛烈なスピードでこちらに接近してきた。ビームが一条二条と撃たれるが、シールドで防ぎながらシンも機体を至近距離へと突っ込ませる。

 

「そんな攻撃で!」

 

 ビームサーベルを抜き放ち、交錯した瞬間に敵機の左腕をシールドごと叩き切る。体勢を崩した“ジン”に蹴りを加え、続けざまにビームを撃ちこみ撃破する。あと六機と傷ついき満足に航行できない母艦が一隻。もうこれ以上敵も損害を出すわけにはいかないだろう。下がってくれるはずだ、とシンが思ったその時、新たな敵機を報せるアラートが鳴り響く。

 

「こいつら、まだ!?」

 

 苛立ちと共に振り向き、次の瞬間シンは言葉を失った。

 

 その敵はモビルスーツではなかった。

 

 作業用のポッドに、小口径のバルカン砲ポッドを取り付けただけの貧弱な機体だった。真っ直ぐに回避機動も見せることなくその機体は“インパルス”に突っ込んでくる。

 理解できない、そんなものじゃモビルスーツに敵うはずがない。第一、フェイズシフトを持つ“インパルス”に小口径弾で幾ら撃ったとしても有効打なんて望めやしないのに……!? 

 一瞬の迷いが、回避運動を遅れさせた。

 

「うわあああ!?」

 

 真っ直ぐに加速してきたポッドは、“インパルス”に衝突し、煙の尾を引きながら、宇宙空間のどこかへと流れていった。衝突されたショックでシンは我に返り、機体の制御を取り戻そうとする。その時レーダーロックを報せる警報音が狭いコクピットに響き渡りシンの背筋を凍らせる。

 殺られる……! 

 

『シン!』

 

 モニターに迫る敵機が出し抜けに爆発した。反射的に機体の制動をかけ、安定を取り戻した。

 

『戦場で足を止めるな! 狙い撃ちにされるぞ!』

「あ……俺……」

 

 アスランの怒声を浴び、ようやくシンは戦場に立っていることを思い出した。

 吐き気がする。震えが止まらない。

 分かっていたはずだ。撃たなければ撃たれる。士官学校で教官から耳が痛くなるほど聞いて学んだはずだった。だが実際の戦場で、止まることを知らない敵の狂気にあてられた彼は恐怖を感じていた。

 これが戦場であると、本物の殺意と狂気を肌で感じとっていた。

 

 

 

「ええ!? か、艦長無茶ですよ、それは!」

 

 アーサーの悲鳴に近い声がCICの中に木霊する。

 

「カタログスペックで“ミネルバ”は単独で突入できるとされてますけど! ぶっつけ本番でしかも艦首砲を展開したままでは!」

「それでもよ。できるだけの力を持ちながらそれをやらずに見ているだけというのは後味が悪いでしょう?」

 

 タリアは静かに、クルーたちの目を見つめながら告げた。その瞳には確固たる意思が見て取れた。恐怖や不安を見せていたクルーたちは艦長のその姿勢に促されるように表情を引き締めていく。タリアは皆を安心させるよう、微笑んで話を続けた。

 

「無論、生還を考えずの行動ではありませんわ。おまかせください」

 

「……わかった。貴官らの幸運を祈る」

 

 デュランダル議長の言葉を受け取ったタリアは表情を改めると、毅然とした態度で告げた。

 

「お急ぎください。“ボルテール”に議長の移乗を通達! モビルスーツ隊に帰艦信号撃て!」

 

 指示を受けたクルーたちが慌ただしく目の前のコンソールにかじりつき作業を進めていく。デュランダル議長はそんな彼らを見やったあと、カガリに共に出るように促す。が、彼女は緊張した硬い声で、だが断固とした意志を持って口を開いた。

 

「すまない、議長、グラディス艦長……。私をここに残らせてもらえないだろうか!?」

 

 デュランダルもタリアもその言葉に驚き、カガリを見つめる。

 

「アスランも、それにあそこで力を尽くしている者たちが戻らないというのに、私だけが安全な場所に移るというのはできない!」

「しかし、為政者が自身の身を危険にさらすようなことは……」

「無論、これが私の我儘だということは重々承知している! だが━━頼む……!」

 

 カガリは席から腰をあげると、頭を下げて二人に懇願する。

 タリアや議長の言うことは正論だ。この状況で残ることがどれ程危険か、カガリ自身理解もしている。この場にキサカや叔父たち、亡き父がいれば、ぐうの音も出ないほどに論破されて引っぱたかれただろう。だが、それでもこの時ばかりは、一個人として彼らが無事帰還するのを確認しなくては後悔してもしきれない。

 タリアはその固い意思を見てとったのか、一瞬やれやれと目を瞑り、念を押すように彼女に告げた。

 

「軍から危険手当は出ませんわよ? よろしいですわね?」

 

 一瞬の沈黙の後、カガリは首を縦に振った。

 

 

 

 打ち上げられた信号弾が視界に入り、シンはハッと高度計に目をやる。既に限界高度に達しつつある。

 ユニウスセブンは大部分が細かい破片に砕かれていたものの、一辺が数キロメートル程度の大きさを残したものも多数あった。続いた“ミネルバ”からの通信にシンは驚く。

 

(“ミネルバ”が降下しながら破砕作業? できるのか……?)

 

 確かに“ミネルバ”の陽電子砲ならば、巨大な破片を幾らか砕けるはずだ。しかし、単独での大気圏突入能力を有する“ミネルバ”でも、実際に降下するのは初めてで、しかも砲撃を加えながら行うというのは無茶ではないだろうか。

 それでもあの艦長のことだ。やるからには出来うる限りの手を尽くそうとするだろう。シンも艦長の判断を信じて帰艦ルートに入ろうとしたその時だった。ユニウスセブンの表面でスラスターの噴射光がハッキリと見えた。驚き、光学センサーの倍率を上げると、そこには未稼働の“メテオブレイカー”に取り付き、起動コマンドを入力し続ける“シグーII”の姿があった。機体コードを確認すると、“ミネルバ”所属の機体、アスランが搭乗する機体だった。

 

「何やってるんです!」

 

 シンは彼に向かって怒鳴りつける。

 

「帰艦命令が出たでしょう!? 通信も入ったはずだ!」

 

 シンの言葉に、だがアスランは振り向くことなく、起動用のテンキーに入力を続ける。

 

『ああ、分かってる。君は早く戻るんだ』

「一緒に吹っ飛ばされますよ!? いいんですか!?」

 

 感情が吹き出し、アスランを何とかユニウスセブンから引き離そうとする。このままでは、陽電子の奔流で機体もろとも焼き尽くされてしまうかもしれない。アスランは焦りの滲む声で、しかし毅然と叫び返した。

 

『陽電子砲とはいえ、外からの砲撃だけじゃ不確実だ。この一基だけでも……!』

 

 その姿勢にシンは逡巡する。この人は確かにモビルスーツを上手く動かせて英雄と評されるだけの人かもしれない。

 だけどやっぱり馬鹿だ、この人は。

 “インパルス”を降着させて、機材のテンキーパッドに取り付く。アスランが驚いたように、こちらにカメラアイを向ける。

 

『シン……!』

「俺だけ帰って、オーブのお姫さまになんて報告させる気ですか、あなたは!」

 

 アスハは確かに嫌いだ。だけど大切な人を失ってそれで泣かれるのは何故だかもっと癪に触る。

 “メテオブレイカー”のテンキーパッドに起動要項を急いで入力していく。焦りに駆られ、作業を進める二人の機体の周囲には、周囲に散乱したユニウスセブンの残骸が熱を帯び始めた今、もうここに残っているのは自分たちだけ。二人ともそう考えていたが、突如として銃撃が撃ち込まれる。驚き振り仰ぐと、三機の“ジン”がビームライフルや斬機刀を掲げ、襲いかかってくる。どの機体も損傷が目立ち、満足な戦闘機動も危うい様子だが、躊躇うことなく突入してくるようだ。

 

「こいつら、まだ……!」

 

 シンは入力パッドから機体を離れさせると、ビームサーベルを抜き放ち、迫る敵機へと“インパルス”を飛翔させる。二機がすれ違う瞬間、ジンのサーベルは宙を斬り、“インパルス”のビームサーベルは“ジン”のコクピットを両断していた。

 

『我が娘の墓標……! 落として焼かねば世界は変わら━━!』

 

 爆発によって途切れた絶叫にシンとアスランは一瞬凍りつく。

 

「娘……?」

『何を……!?』

 

 傷ついた“ジン”たちは、全身に戦意を漲らせながら、二人の機体へと肉迫する。彼らの叫びが再び混信した無線機から響き渡る。

 

『ここで散った命の嘆きを忘れ、撃った者らと偽りの世界で笑うのか、貴様らは!?』

『なぜ気づかぬか!?』

『我らコーディネイターにとって、パトリック・ザラのとった道こそ、唯一正しきものであったと!』

 

 “ジン”のパイロットの叫びが鼓膜を揺るがし、アスランは顔を歪める。既に決別したはずの過去が鎌首をもたげ、彼の足元から這い上がろうとする。だが、アスランはそれを振り払うように、“ジン”のパイロットへと叫び返した。

 

「だから、無辜の人々を焼くというのか君たちは!?」

 

 遮二無二に打ちかかってくる“ジン”を突き飛ばし、アスランは声を振り絞る。

 彼らは父と、いや過去の自分たちと同じだ。

 大切なものを喪い、その痛みに焼かれどうすることも出来ずに、世界に呪詛を吐き出すことを選んでしまった。

 手遅れかもしれない、そう頭の片隅で囁く声を無視して、アスランは彼らに訴えかける。

 

「そんなことをしても、喪われた人たちが戻るわけもないのに!」

『何を!』

 

 “ジン”の蹴りがアスランの“シグー”を捉える。鬼神の如き気迫に押され、アスランは機体を後退させる。が、それを許さない“ジン”は刀を投げ捨てると、自由になった両腕を振りかざし、“シグー”の胴体にガッチリと組み付く。

 

『我らの怒りを、核の炎に焼かれ死んでいったものたちの無念を! ここで晴らさずしてなんとするか!』

(じば、……直ちに、き……から離れて……)

「コイツ!?」

 

 ノイズが奔る無線機から時折聞こえる機械的なカウントダウンを聞き取り、アスランの背筋が凍る。

 

『我らのこの思い、今度こそナチュラルどもにィィイイ!!』

『━━アスランさん!』

 

 横合いから飛来した“インパルス”がそのままの勢いで“ジン”を蹴り飛ばした。すぐさま拘束の解かれたアスランの“シグー”の腕を掴みスラスターを全開にする。わずか数秒が薄く長く引き伸ばされた瞬間。

 カウントダウンがゼロを刻み、周囲を爆炎が覆い尽くした。

 

 

 

「降下シークエンス、フェイズ2に移行!」

 

 操縦桿を握り締めるマリクの報告にタリアは唇を噛む。既に船外は数千度の圧縮された大気の熱に晒され、赤く灼熱した光景が見て取れる。

 

「艦長! これ以上は本艦が危険です! 砲を撃つにも……!」

 

 アーサーの進言の通りである。砲撃で破砕するにも限界高度がある。だが、未だ帰還できていないシンとアスランを把握出来なくては彼らをも巻き込んでしまうかもしれないのだ。

 

「シンとアスランは!?」

「駄目です! 位置特定不能……! 」

 

 泣き出しそうな表情のメイリンの報告に、艦橋にいる全員が焦慮を滲ませる。

 天秤には二人の若者と何十万という地球の人々を掛けられた。彼女には、いやこの場にいる全員に選択の余地はなかった。

 

「──“タンホイザー”起動」

 

 死刑執行を命じるように、タリアは心を殺して冷徹に告げた。

 

 

 

 硬い声で続く命令にカガリは今にも震え、泣き出しそうだた。あそこにはアスランとシンがまだいるはずなのだ。そこに砲撃を行うということがどういうことか。

 だが、泣くなどということは決して許されない。アスランもシンも軍人であるからには覚悟はしていたはずだ。なら今は彼らの運と腕に祈るしかない。

 タリアが鋭く号令を放った。

 

「照準、右舷前方、巨大構造体━━!」

「━━撃ぇッー!」

 

 艦首から迸った陽電子の奔流が岩塊を焼き払い、砕き、蒸発させていく。細かく飛び散った破片が見る間に赤く溶解していく中、彼女は心の中で必死に祈った。

 

(ハウメアよ、二人を守りたまえ!)

 

 

 

 *

 

 

 

『━━繰り返しお伝えします。グリニッジ標準時午前八時頃、破砕されたユニウスセブンの破片が、大気圏に突入しました。予想される落下地域にお住まいの住人の方は行政の指示に従い、速やかに避難してください。沿岸部には高波が押し寄せる恐れが非常に高いです。なるべく高台に移動、もしくは高く頑丈な建物へ……』

 

 ラジオからアナウンサーの緊張した声が響き渡るが、声を聞く者はその部屋には既に居なかった。

 南太平洋に浮かぶ群島。小さな小島の一角にその孤児院はあった。そこで生活していたものたちのほとんどが避難した中、一人の青年は浜辺で赤く染った空を見ていた。

 歳は十八ぐらいだろうか。ダークブラウンの髪に、黒いジャケットを羽織った青年の暗い瞳は、空を引き裂いていく幾つもの赤い光点を悲しく捉えていた。

 

「━━ここにいらしたのですね、キラ」

 

 後ろから声がかけられる。振り返れば淡いピンク色の少女が立っている。その表情には気遣う色が見て取れる。そう、時間が無いのだ。自分だけならまだしも、彼女たちに心配をかける訳には行かない。キラと呼ばれた青年はこくっと頷くと、踵を返して地下シェルターの入口へと歩く。

 

「怖いのですか、キラ?」

 傍らで支えてくれるように寄り添う少女がそっとたずねる。キラは俯きながら、か細い声で呟いた。

 

「また、大勢人が死ぬ。そして憎しみが生まれて、殺し合う……。そんなことがまた繰り返されるんだ」

 

 嵐が来るというのに、怖くないわけが無い。逃避するように、彼はシェルターの奥へと入っていった。ピンク色の髪の少女は、そんなキラの姿を痛ましく見つめていた。

 仮染めの平和が崩れる音が聞こえるように、地響きのような爆発音が遠くで木霊した。




暑さがちょっと和らいだかな?

どうも、野澤瀬名です。
機動戦士ガンダムSEED Re:DESTINY第5話何とか無事(?)に投稿出来ました。本当にお待たせしてしまい申し訳ない。

今回でようやくユニウスセブン落下までが書き終わり、次から舞台が地上に移るわけですが、ここまでの描写で気をつけていたのがやっぱり主人公のシンですね。
彼に関しては原作と比較して少し(本当に少しだけ)余裕を持たせています。例えばアスランなんかがオーブ所属じゃなくて、ザフトに復帰してるっていうのも余裕に繋がってたり。嫌いな組織に所属してる人に何を言われたってそりゃ知らんぷりです。シンに必要な出会いと対話を持たせるために余裕を作る必要があると、執筆前から判断し実現できるよう気をつけながら筆を進めています。その中でシンが彼らしく成長していけるようこれからも描写頑張っていこうと思います。
チラッと出てきた前作主人公と傍らのピンクのお姫様などそろそろ登場人物も勢揃いする予定です。ご期待ください……!



築き上げていく道のりは長く、そして崩れ去るのは一瞬。安寧は脆くも破られ、軍靴の音が迫りくる中、痛みと記憶に苛まれながら時は進み、道は交わる。
次回、機動戦士ガンダムSEED Re:DESTINY『航路』
混迷の海を突き進め、ガンダム!


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モビルスーツ設定集
機体設定 ZGMF-521 シグーⅡ


大変長らくお待たせしました。SEED Re:DESTINY-MSVな設定の第一弾です。


 前大戦時にハインライン設計局技師オットー・フォン・マリオン(後に統合設計局第二課設計長)によって発案された『統合整備開発計画』において計画され、ザフト軍第一次次世代主力MS開発コンペにおいて提出、採用された量産型モビルスーツ。

 開発経緯はヤキン・ドゥーエ戦役時まで遡り、当時性能が陳腐化しつつあったそれまでの主力機であるジンやシグーの近代化改修を目的とした『統合整備開発計画』において複数の設計プランが提案された。しかしこの時点ではそれら従来機の改修以上に次期主力機であったゲイツの生産が最優先されていたために、本格的な設計計画はほとんど進まず、唯一マリオンが主任設計士として開発されたジンハイマニューバ二型のみが少数量産されたのみであった。しかし、配備されたジンハイマニューバ二型は良好な性能と高い整備性を示し、彼のプランの有効性を示した。

 ヤキン・ドゥーエ戦役後、次期主力機開発計画が立ち上がり、旧ハインライングループはマリオンをプロジェクトリーダーとして『統合整備開発計画』に基づいた次期主力機開発計画を立ち上げる。

 シグーをベース機とし、フレームや装甲材質及び配置、動力系統など設計全体が見直されている。特にシグーの特徴であった背部バインダースラスターや肩部放熱フィンなどが廃止されている。しかしながら推力や機体バランス、各部冷却効率は改善されており、無重力下だけでなく、重力下における運用能力も向上している。武装も奪取した連合製モビルスーツの解析データやZGMF-Xシリーズのデータを元にシンプルなシールドとビームサーベル、ビームライフルにCIWSと、汎用性に優れた装備が選択された。

 コンペにはMMI(マイウス・ミリタリー・インダストリー)社のジャン・カルロ・マリアーニが設計したZGMF-X999Aザク、旧ハインライングループでマリオンのライバル設計士であったマルティン・フォッカー設計のZGMF-X2000グフの三機種が提出された。武装換装機構であるウィザードシステムを搭載し高い汎用性を示したザク、従来の汎用量産機には無い限定的ながらも大気圏内飛行能力を獲得し、四肢の交換によって汎用性を得る野心的な設計のグフに対して、シグーIIは空間戦闘能力の高さと良好な操縦性を示し、コンペティション成績はどの機体も非常に甲乙つけがたい結果となった。最終的にはシグーからの近代化改修で生産できるという利点と、ユニウス条約締結後のモビルスーツ保有数制限下において完全新規開発となるザク、グフは情勢に見合わないとして廃案。ザクの有していた兵装換装機構、ウィザードシステムと本機をアセンブリーし、開発続行することが決定された。尚グフに関しては飛行試験中、マニューバを実行した際にパーツの接合強度不足に起因する分解事故が発生している。幸い死傷者は発生しなかったものの、審査担当官たちの印象は非常に悪化したと言われている。

 このウィザードシステムは連合のGAT-X105ストライクが有していたストライカーパックシステムを模した兵装換装システムである。砲撃戦を目的としたガナー、空間戦闘用のブレイズ、近接戦闘用のスラッシュの三種が開発され実戦投入された。

 シグー譲りの信頼性と機体性能、ザクで立証されたOSと武装、ウィザードシステムの有用性を引き継ぎながらも出力、機動力、火力などあらゆる面でそれまでの主力機であったゲイツ、ゲイツRを超えており、後に開発されるセカンドステージシリーズのベースにもなる。

 C.E.72年以降ザフト軍の主力機として配備された。

 

 諸元

 全高20.40m

 重量79.85t

 装甲材質 超硬ハイスチール合金セラミックス複合材

 武装

 MMI-GAU2ピクウス76mm両腕部近接防御機関砲

 

 両腕部に一門ずつ設けられた近接防御用の固定兵装。ゲイツ同様、頭部への装備も検討されたが、大口径から生じる振動や排莢時の煙などがセンサーに悪影響を及ぼすことを考慮して、腕部に搭載された。短砲身ながらも、接近するミサイルの迎撃、弾幕形成、至近距離であればモビルスーツの装甲を貫徹できる性能を有している。

 

 MMI-M633A1 76mm ビーム突撃銃

 

 本機の主兵装となるビームライフル。ゲイツのMA-M21Gビームライフルをベースに、エネルギー供給方式を本体ジェネレーターからの直接供給からエネルギーパック式に改められた。銃身下部にはマウントレールが設けられ、グレネードランチャーの装備が可能である。

 

 MA-M941 ヴァジュラ ビームサーベル

 

 本機の格闘用兵装。フリーダム、ジャスティスに採用されたMA-M01ラケルタを発展させたもの。従来のビームサーベルと比べ出力、継戦能力が上昇しており、インパルスやセイバー、カオスなどセカンドステージシリーズにも採用された。

 

 MA-MV04A1 汎用防循システム

 

 対ビームコーティングが施された手持ち式のシールド。裏側にはハードポイントが備えられ、ビーム突撃銃のエネルギーマガジンが二つ取りつけられる。当初はシグーの装備していた防循同様武装を施したものが考案されたが、生産性や重量バランスを重視し、シンプルな盾としての機能に絞って設計された。

 

 各種ウィザードシステム

 他、ジンやシグーが装備していたマシンガンやバズーカ、ミサイルランチャーなども装備可能

 

 パイロット ルナマリア・ホーク レイ・ザ・バレル アスラン・ザラ イザーク・ジュー

 ル ディアッカ・エルスマン シホ・ハーネンフース 他多数

 




半年ぶりかな、本当に申し訳ない。

どうも野澤瀬名です。
Re:DESTINY第五話……といきたかったのですがポッケ村で全勲章獲得してそのあとユクモ村に行って、熟成させてたプラモに手を出してグラブルで十賢者とか十天衆の加入、上限解放に手を出しエヴァ見に行ってバトオペやってダクソしてたらオリンピックが終わってました(滝汗)
お詫びにもなりませんが今回はSEED:Re-MSVということで二機のモビルスーツの設定を出していこうと思います。
オリジナルMSを考えたきっかけは第一にはDESTINYに登場するモビルスーツがちょっと僕好みじゃなかったというのもありますが、僕個人がMSV大好きだというのもあります。ジムスナイパーカスタムとか高機動型ゲルググ、かっこいいでしょ?
ただ、DESTINYに登場した機体を一切合切なかったこと扱いにするのはそれも違うと思ったので、設定の端々にちりばめていこうと思います。つまるとこザクグフドムたちがお話の中に出てくるかも……でもやっぱり出ないかも?
今後も二機ずつぐらいでモビルスーツ設定を出していこうと思います。キャラ設定はもう少しお話進んだあたりでまとめて出そうと思います。
では第五話、最大船速で執筆進めますのでお待ちください。


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機体設定 GAT-04A 先行量産型ウィンダム/GAT-04 ウィンダム

 地球連合軍の最新鋭量産型モビルスーツの先行量産モデル、またそこから派生する後期生産型モデル。

 地球軍初の量産型モビルスーツであったストライクダガーや105ダガーは非常に優秀な性能を有していたが、予想されるザフトの新型モビルスーツとの性能差は無視できないものがあった。実際、戦後鹵獲したゲイツとの性能試験では、ストライクダガーは全体的な性能で敗北し、105ダガーも装甲や操縦性、拡張性や生産性は優れていたが、兵装、機動性、パワーウエイトレシオなどで劣っていることが判明した。これを問題視した地球連合軍統合参謀本部兵站管理部は従来のダガータイプに対して、OSや装甲、兵装などを新型のものに換装し、性能差を埋める一方、新型高性能量産型モビルスーツの開発を進める方針を示した。

 ベース機には、初期GAT-Xシリーズの傑作機、ストライクの再生産仕様機であるGAT-X105Eが選ばれた。他にも同時期に地球連合軍特殊作戦群とアクタイオン・インダストリー社で進められていたアクタイオン・プロジェクトで収集された再生産仕様の他GAT-Xシリーズの実地データも盛り込まれることになった。

 C.E.71年12月に兵站管理部からは

 ・機体重量は75t、全高は19メートル以内とする。

 ・動力は本年12月現在交渉中のユニウス条約を鑑み、バッテリー式とする。

 ・近接防御機関砲、ビームサーベル、ビームライフル、シールドを基本兵装とする。

 ・装甲は対ビーム装甲が望ましい。

 ・ストライク同様、多数のストライカーパックの装備を可能とする。

 ・ダガー系列と同様の生産ラインが流用できることが望ましい。

 といった要求をまとめた仕様書MMS711218が提示され、ダガーの生産元であるアーセナル・ミリタリー・テック社にて設計が行われた。

 C.E.72年末に試作一号機Y01が完成し、その後、評価試験機として12機生産された。そこで得られたデータをフィードバックし、初期生産型GAT-04Aが量産体制に移行した。

 本機の機体スペックは、GAT-Xシリーズを大幅に超える高性能を獲得し、カタログスペックではザフトのゲイツを圧倒。第二次連合・プラント大戦終結25周年に行われたザフトの主力機シグーⅡとの評価試験ではほぼ互角の性能を発揮した。特に機動性能は機体各所に設けられたアポジモーターと高出力メインスラスターの恩恵によって非常に良好である。そして搭載された新型制御OSはこれまでの戦闘で収集されたデータを元に最適化されたフィードバック制御システムが組まれており、新兵でもコーディネイターの操縦する機体に追随できるほどの操縦良好性を示した。(ただし、一部ベテランパイロットたちからは『デブリ群に突っ込んだ際に機体がオートで回避しようとする』『ロックオンされた時、機体が勝手に防御姿勢を取ろうとする』などの危機回避アルゴリズムを優先しようとするOSに対して苦言が多くもたらされた。これらのパイロットはアルゴリズムを個々に応じて書き換えるなどして対処した)

 コクピットブロックや動力系統周りにはラミネート装甲が配置され、対ビーム防御を意識した設計になっている。しかし、開戦初頭、本機の防御性能を過信した一部パイロットの突出により、被弾が相次ぎ、損傷、撃墜される事態が多発した。これはラミネート装甲がダメージを熱に変換し、軽減するという特性上、機体表面積の小さいモビルスーツでは、許容熱限界が超過しやすい為であった。その為、後期生産型ではラミネート装甲を廃し、強化超硬チタンセラミックス複合装甲へと置き換えられた。

 生産コストは従来のダガー系統に比べ、1.2倍ほど高くなったものの、大部分の機体フレームなどは従来の生産設備でまかなえる他、ストライカーパックの装備も要求仕様通り可能であった為、量産許可が下りた。

 初期量産型の生産機数は100~150機程とされ、後期生産型の量産移行後は、本機も改修されていった為、戦後もA型のまま残っている機体は少数である。

 

 諸元(本項は初期生産型であるGAT-04Aのものである)

 全高18.67m

 重量70.07t

 装甲材質 改良型超硬チタンセラミックス複合材(VP部のみラミネート装甲)

 

 武装

 M2M5 トーデスシュレッケン 20mm自動近接防御システム

 従来のイーゲルシュテルンから小口径化した頭部に内蔵したCIWS。単純な威力自体は大幅に減少しているものの、用途をミサイル迎撃や対地掃討用として絞っている。またネックダウンにより携行弾数は大幅に増加している他、重量削減にも繋がっている。

 

 ES04B ビームサーベル

 両腰にマウントされる接近戦用武器。ダガーLと同様のものが装備される。

 

 Mk.315 スティレット投擲噴進対装甲貫入弾

 両腰アーマー内部に収納される投擲用ナイフ。アーマーシュナイダーと同様コンバットナイフとしても運用可能な他、投擲後は内蔵されたロケットブースターによって目標まで飛翔、装甲を貫徹後、内部で爆発する。

 

 M9409S/L 57mmビームライフル

 本機の主兵装である中距離射撃用武器。エネルギーは直接本体から供給される。威力は従来の連合製ビームライフルから向上している他、ライフル内部にエネルギープール機構が取り入れられ、本体からのエネルギー供給がたれた場合でも十発程度であれば発射が可能。取り回しと連射性に優れたショートバレルと長射程のロングバレルに換装できる。

 

 MX703G-2 試製52mmビームマシンガン

 MX703GやGAU-8M2と外装コンポーネントを共通化させた試作型のビームマシンガン。ビーム兵器の打撃力と濃密な弾幕形成を一手にまかなうことを目的として開発されたが、銃身、機関部の過熱問題が解決出来ず試作段階で計画中止となった。性能評価用に少数が試作され、特殊部隊などに配備、運用された。

 

 A52 大型防楯システム

 裏にマルチマウントハードポイントを備えた大型の対ビームコーティングシールド。裏には各種グレネードやランチャー、チャフ、30mm6銃身ガトリングガンなどが装着可能。シールド先端のブレード部分は打突が可能。

 

 パイロット ネオ・ロアノーク その他地球連合軍一般兵

 



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機体設定 AQM-E-X04Ⅱ ガンバレルⅡストライカー

これ投稿するの忘れてました!


 地球連合軍のストライカーパックシリーズとして開発されたオールレンジ攻撃兵装。

 前大戦中、月下の狂犬の異名を持つモーガン・シュバリエ大尉と彼の愛機であったガンバレルダガーは、連合ザフト両軍にその名と活躍を轟かせた。特に連合上層部は彼やそれ以外のナチュラル出身のエースパイロットの戦歴を鑑みて、従来のMS運用ドクトリンである『複数の友軍機で敵機を殲滅する』という戦術思想以外のドクトリン研究を進めるキッカケとなった。その中でランチャー、ソードといった従来型ストライカーパック以外に、分野ごとに長けたエースパイロット向けのストライカーパックの開発が決定された。

 その中の一種であるAQM-E-X04Ⅱは四基のビームガンバレルポッドとそれら管制する新型量子通信ユニット、大型パワーパック、大容量プロペラントタンクとスラスターユニットを組み合わせたストライカーパックである。開発に際しては新機軸の拠点・対艦攻撃機開発計画の試作MAエグザスから装備構成が流用され、本パックとエグザスのパーツ互換性は非常に高い。(一説には八割近い互換性を有していると言われている)

 量子通信システムの改良により、従来型の有線式から無線式へと改められ、また管制ユニットの補助によりある程度の空間把握能力と訓練さえ受ければ一般パイロットでも扱うことが可能になった。

 ただし本装備を好んで使用するパイロット自体が少ないのもあってか、本格的な量産には至らず、一部のエースに配備されるに留まった。

 本装備を有効に活用したパイロットの中で著名なのは、地球連合軍特殊作戦群ファントムペインのネオ・ロアノーク大佐だろう。アーモリーワン事変において、彼はガンバレルⅡストライカー装備のウィンダムで出撃、ガンバレルを用いて戦闘を有利に進め単機でゲイツR三機を撃墜、当時最新鋭機であったインパルスを中破に追い込む活躍を見せた。

 C.E.98年現在、完全な状態で現存しているガンバレルⅡストライカーは存在しておらず、設計データや戦闘記録、破壊されたパーツ程度しか発見されていない。これは生産数自体が極小数である他、配備されたのが特殊部隊が中心であった為、機密保持の為に破壊、放棄されたものが大多数であるからとの見方が強い。また主な諸元がデータベース上にしかないことから本ストライカーパックの性能を疑問視する研究者も少なくない。

 

 諸元

 

 重量 12.05t

 

 武装

 M16M-D4B 無線式ガンバレル複合兵装ポッドシステム

 連装ビーム砲、突撃用ビームスパイク、ヴァリアブルスラスターユニットと複数の安定用アポジモータで構成されたドラグーン兵装。母機からの量子通信によって制御・管制される。また、ポッド自体にパワーパックが内蔵されているため、ある程度であれば機体のエネルギーを消費することなく展開し続けることが可能である。

 

 GAU-868L2 75mm連装ビーム砲

 ガンバレルポッドに内蔵されている短砲身ビーム砲。連射性能とエネルギー効率を重視しており、威力自体は低く設定されている。しかし、対ビームコーティングが施されていない装甲であれば容易に貫通可能である。

 

 DE-RXM91C 突撃用ビームスパイク

 ガンバレルポッドに内蔵された近接戦闘用兵装。ポッドの先端部と左右突起部からビーム刃を出力し、敵機に斬りつける、または貫く武装。

 

 ヴァリアブルスラスターユニット

 三次元推力偏向可能なスラスター。アポジモータと組み合わせることでガンバレルポッドを高速かつ有機的な機動を可能とする。母機に装着時には母機の運動性能向上にも一役買っている。




どうも、野澤瀬名です。
うっかりしてました。ネオンダムがガンバレルしょって出てきたというのに背負い物の解説できていませんでした。本当に申し訳ない。
DESTINY本編で出てきたMAエグザスも確かに魅力的な機体です。流線形な見た目に、ガンバレルによる多角的な攻撃能力、MA特有の加速能力による一撃離脱能力etc……とあるにはあるのですが、『流石にメビウスゼロに毛が生えた程度の機体とインパルスが互角ってのはどうよ?』と煮え切らない思いを抱えていました。そんな中、そういえばMSVにガンバレルダガーってのがいたよな、と思い調べてみるとGBAの作品にはガンバレルストライクなるムウ・ラ・フラガ専用機もあると判明。じゃあウィンダムとアセンブルしてはどうだろうか、という経緯で誕生しました。ある意味回りまわって本来想定されていた使い手にようやく配備された感じですね。


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