僕に刻まれた彼女の足跡を (むにゃ枕)
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僕に刻まれた彼女の足跡を

 何かを忘れているような気がする。それはきっと重大なことだった。覚えていないけれど、僕の根底を揺るがすような重要な問題を僕は忘れている気がする。けれども、それが何かを僕は思い出すことが出来ない。何だったのだろう。忘れてはいけない重要なこと。

 

 期末テストとか、誰かと会う約束ではなかったはずなのだ。もっと重要で。もっと人生の根幹にかかわるような。何を忘れている。何かを。何だったのか?なんだ?なにか、ナニカ、ナ……

 

 悪い夢を見たようだった。酷く瞼が重い。嫌な夢を見たこともあって、春の日差しとぽかぽかの布団の誘惑に僕は屈しそうになった。伸びとあくびの中間のような声を僕はあげる。学校、面倒くさい。行かなくてもよくないか?よくないか……よくないよね。仕方なく僕は重い腰を上げた。

 

 視界に入った僕の部屋は、異常だった。いつもの僕の部屋と違う。なんというか、暖色系のものが増えている。適当に散りばめられた暖色が部屋の調和を凌辱している。僕ならば、こんな気持ちが悪い内装は作らないだろう。

 

 僕の視点が低いところも、部屋の内装の違和感を加速しているのかもしれない。ベッドの上で上半身を起こしている姿勢だから部屋が変に見えるのだろう。立ち上がればいつも通りなはずだ。よっこらしょ。と老人のような声を出して僕は立った。

 

 立ち上がったに関わらず視点は低かった。奇妙だ。僕の等身が縮んでいるか、部屋が巨大化したとでもいうのだろうか。頭を悩ませても答えは出そうになかった。寝ぼけた頭では何も判断できない。おおかた、日常で時たま感じる違和感のようなものだろう。

 

 僕は、訳知り顔で腕を組もうとして、肘にふにょんとしたものを感じた。妙な感触だ。シリコンとかそんな感じだ。疑問符が頭に浮かんだ。それと同時におっぱいという単語も浮かんだ。気が付いたら、僕は自分の胸を揉んでいた。

 

 手のひらにしっかり収まるサイズのおっぱいだ。これはおっぱいだ!よくわからないまま、僕は自分の胸を揉んだ。手のひらから伝わる感触は気持ちがよかったけれど、僕の胸は痛い、揉むなと僕の脳に訴えている。

 

 僕は胸を揉むのを止めた。気持ちよさに騙されていたがこれは重大な事態ではないだろうか。僕は男だったはずなのだ。意味が分からない。どうしておっぱいがあるのだろうか。柔らかな感触に騙されていた僕は、自分の置かれている状態の異様さにようやく気が付いた。

 

 そんなわけだが、僕は自分の股間の状態が気になって仕方がなかった。パジャマのズボンの上から触った限りでは、僕の未使用の相棒の存在はそこにはない。僕の相棒はどこに行ってしまったのだろうか。気になる。

 

 心臓がバクバクと音を立てる。部屋の内装は少し違うけれど、ここは僕の部屋だ。そして、僕が自分の身体を触る。それになんの問題があるだろうか。やましい気持ちがあることは否定しない。法律上問題ないことを僕はしている。ここになんの問題もないんだ。

 

 ズボンの紐を解こうとするけれども、上手くほどけない。手のひらは汗ばんでいる。罪悪感は有る。だけれど、未知に対する好奇心、そして性欲が、僕にズボンの紐を解かせようとしているのだ。

 

「学校遅れるわよ。早く着替えなさい」

 

 僕は、母親の声に飛び上がった。やましいことをしているという意識が、そうさせたのだ。僕が女の子になっていることを母が知ったら、大変なことになるのではないだろうか。新聞から果てはネットニュースまで、僕のことで報道はもちきりになるのではないだろうか。

 

「起きてるでしょう?返事は?」

「はいはーい。起きてるよ」

 

 僕はいつものように母に返事をしてしまった。声の質が明らかに変わっているのだ。母が僕の声の変化に気が付かないはずがない。

 

「ほら、いつまでも寝てないで早く降りてきなさい」

 

 母は僕の声の変化を怪しんではいなかった。僕に返事をした母の声には全く揺らぎが無かった。それどころか僕の変わったはずの声に慣れているようだった。奇妙な状況だ。もし、誰かの声が明確に変化しているものなら、僕はそれを指摘するのだ。おかしな事態だ。

 

 悩んでいても仕方がない。僕はリビングに向けて階段を降りた。母は僕の姿を見たら絶対に驚くはずだ。なにせ息子が娘になっているのだから。絶対に驚くはずだし、驚くべきなのだ。

 

「私の顔をじっと見てるけど、何?」

「僕を見て、何か言うこと無い?」

 

 母は小首をかしげた。それから、僕の頭のてっぺんからつま先までをじっくり見た。息子が娘になっていれば、一目瞭然だと思うのだけれど。

 

「分からないわ。好きな子でも出来たの?」

 

 母が出した答えに僕は頭を手で覆い、目を瞑った。僕が異常なのだろうか?僕の記憶は僕が男だと告げているのだ。僕が女なんてことはあり得ないのだ。一時は楽しい夢だと思ったけれど、これでは悪夢ではないだろうか。

 

「僕の性別だよ。僕は昨日まで男だったんだ」

「馬鹿なこと言ってないで、朝ごはん早く食べちゃいなさい」

 

 梨の礫だった。僕の話を母は聞く気が無いらしい。僕が女であることは常識なのだろう。母にとって、僕が娘だというのは一点の曇りもない事実なのだ。僕は自分の記憶を疑った。洗面所で顔を洗う。肩まで届く髪が少し邪魔だ。

 

 顔を洗うために閉じていた目を開くと、視界にノイズのようなものが走った。水が冷たかったからだろう。僕は冷たい水が嫌いだ。それから、僕の性別に関してはどうしようもないので、諦めて朝食をとることにした。朝食は美味しかった。

 

 妹と父は既に、家を出てしまったようだ。僕の性別に対して、母と同様に違和感を覚えないのだろうか。それとも、騒ぎ出すのだろうか。母の落ち着きようを見るに、母が正常で、僕が異常なのだろう。部屋の間取りも僕が女のせいか微妙に変わっているし、家族にとって僕が女だということは、当たり前の事実なのだろう。

 

 考えても結論は出なかった。僕は歯ブラシを握ろうとした。歯ブラシは一瞬うごめいて、ピンクと水色の間を行き来したかと思うと、水色に落ち着いた。とても奇妙だ。こんなものを口に入れたくはない。僕は歯ブラシをゴミ箱に捨てると、洗面所の棚から新しい歯ブラシを取り出した。

 

 今度の歯ブラシは蠢いたりはしなかった。ゲーミング歯ブラシではないようだ。ゴミ箱に捨てた歯ブラシは今は普通のものに見える。光ったり蠢いたりはしない。もし、なんの変哲もない歯ブラシが蠢くようならば、僕はそれを映像に撮ってTwitterに流しただろうに。残念だ。

 

 歯磨きを終える。そして、制服に着替えなければならない。僕は自分の身体だというのに、直視するのが、なんだか恥ずかしかった。クローゼットの僕のものが本来あった場所を漁ると、女性もののパンツを発見した。大きさからして僕のだろう。昨日、お風呂に入っているからパンツはこのままで大丈夫だろう。問題は上だ。

 

 パンツと一緒にブラジャーが有った。なんとなく付け方は分かる。そう思っていたのだが、思いのほか大変だった。上下揃ってないけれど、誰かに見せるわけではないのだから問題はない。パンツの上に、一分丈のスパッツを履いて、吊るしてある制服を身に着ける。これで、準備は完了だ。

 

 母に行ってきますと告げ、僕は家の外に出た。春になって多少暖かくなったとはいえ、スカートは寒い。タイツかストッキングか、そういう防寒になるものを履いてくるべきだった。寒い。しかも、スカート姿を公衆に晒すとなると恥ずかしい。どうしてこんなことになってしまったのだろうか。

 

 恥ずかしくて、顔に血が昇る。自分が赤面しているのが分かるけれど、こうなったもう自棄だ。学校まで歩くだけだ。この世界では僕が女と認識されている前提で僕は歩いている。もしこれが、壮大なドッキリだったら女装しているようで恥ずかしいじゃないか。

 

 僕の胸にはおっぱいがあり、相棒は消え去っているので、ドッキリというには大仰すぎる。意味が分からない。平静を保っているけれど、僕の内心は不安でいっぱいだ。頼むから元の身体に戻してほしい。神様に祈ってもいい。

 

 スカートを履いているから恥ずかしいし、内心不安で一杯という精神状態で、僕は学校に歩いて行った。同じ制服を着た、彼ら彼女らは僕を見ても何も思わないらしい。この制服の群れの中にクラスメイトがいたとしても、記憶力が良くなければ彼らは僕の顔を覚えていないだろうし、僕も彼らの顔を覚えていない。

 

 僕は不良生徒というものなのだ。家族にはいい顔をしていたいから学校には行くけれど、出席が不味くならないと僕は授業には出ない。学校の勉強は簡単で、テストでいい点を取っていれば問題はない。僕はこんな状態だから、教室に顔を出す気にはなれなかった。

 

 玄関で上履きに履き替え、僕は旧校舎の文化部室棟の隅に有る文芸部の部室に入り込む。文芸部は数年前に廃部になったらしい。本棚には、往年の活動を示すように文庫本や単行本が並んでいる。誰も引き取らなかったようだ。可哀そうなことだ。

 

 文芸部の部室には、僕と彼女以外、誰も来ない。僕が不法に占有していた部室に、彼女がやってきたのだ。彼女の名前は知らない。言葉はたまに交わすものの、名前を知りはしない関係だ。彼女に会いたいような会いたくないような気持ちだ。

 

 彼女に、僕が本当は男だったと告げたらどんな顔をするだろうか。つまらない話題だと言って真面目に取り扱ってくれないかもしれない。まあ、それも仮定の話だ。ここに彼女が来るという保証はどこにもないのだから。

 

 本棚に著者名順に並んだ文庫本。その背中を追っていると、ドアが開く音がした十中八九、彼女だろう。サボってないか見回りに来た先生だったら、とんだ僕の思い上がりだ。振り向くと、そこには彼女がいた。

 

 彼女はいつも通りだった。長い前髪と、黒縁の眼鏡は彼女の顔を隠している。そのせいで暗い雰囲気を醸し出しているが、それは、彼女の整ったパーツを完全に曇らせるには至っていない。要するに彼女は美人だった。それもかなりの。

 

「ねえ、今日の僕って変じゃないかな?」

 

 僕の問いに彼女はくすりと笑みを浮かべた。だけれども、その微笑にはどこか寂しそうなものがあった。彼女の微笑に何が隠されているか僕には分からない。それでも彼女のその表情は魅力的なことだけは確かだった。

 

「別に、どこも変じゃないわ。あなたは昨日と何も変わらない」

「そう……なんだ」

 

 彼女も僕が女の子になっていることに違和感を覚えなかったらしい。家族にも、彼女にも僕が少女でいることを肯定されてしまうなんて、こうなったら僕が異常みたいじゃないか。僕は彼女に、思い切って自分の現状を話すことにした。

 

「もしも、ああ、えっと、これは僕の知り合いの話なのだけれど、彼は朝起きたら、女の子になっていたんだ。だけど、周りは彼を女の子だと、思い込んでいる。これってどうしたらいいと思う?」

 

 僕は、しどろもどろになりながら、彼女に話した。僕が、なんて言えなかったから知り合いの話だと、ぼかしたのだけれど。

 

「それって、知り合いじゃないでしょ?貴方の話でしょ?」

「いや、えっと、その、あの……」

 

 彼女は、僕にそんな知り合いがいないことをお見通しだったようだ。それに、僕が女の子だという常識を信じてはいない。理由は分からない。もしかしたら、彼女はこの異常事態について深く知っているのかもしれない。

 

「屋上に行きましょ。知りたいことは全部教えてあげるから」

 

 彼女は、僕を屋上へといざなった。旧校舎の屋上なんて行ったこともない。旧校舎に屋上が有るのかすら僕には分からない。屋上へと続く、階段を上っていく。先導する彼女のスカートがゆらゆら揺れる。僕のスカートもきっとゆらゆら揺れているのだろう。

 

 屋上への扉には、安全上の問題で鍵が掛かっている。生徒が転落する恐れが有るから、屋上を開放する学校は稀だと聞いたことがある。

 

「鍵が掛かっているんじゃないの?」

「心配ないわ」

 

 彼女は制服のポケットから鍵束を取り出した。それを扉の鍵穴に差し込み一周させた。小さな音がして、鍵が開いた。彼女は屋上へと続く扉を開いた。さっきまで空は曇っていたのに、薄暗い階段からだと、空はこんなにも明るく見えるのだろうか。

 

 僕は、扉の前で屋上へ出るのを躊躇してしまった。屋上に出るべきではないと、身体中が僕に訴えてくるのだ。忘れていたことを思い出してはいけないように。現実を見ないように。甘い夢に浸っていられるように。放心していた僕の手を彼女が引いた。

 

 屋上から見る街は、異様な風景だった。あちらこちらの建物が、空間が歪んでいる。いたるところにノイズが走り、何かが蠢いているのだ。そして、ビキビキと何かに罅が入るような音が、どこかからしてくる。

 

「目を逸らさないで」

 

 彼女に言われても、僕は目を背けることが出来なかった。この異様な光景を食い入るように、僕は見つめてしまっていたのだ。街が異様な理由を考えるよりも先に、僕はこの風家に没入してしまった。きっと、それは僕が忘れていたことを思い出したくないからだろう。

 

「ね、キスしていい?」

 

 僕が答える暇はなかった。彼女は僕の顎をつかむと、強引に顔を近付けて、僕の唇に舌をねじ込んだ。彼女の舌は甘くて、暖かかった。彼女は、僕の口内を蹂躙する。舌の裏から、歯茎まで、強欲に舐めていく。

 

 長いキスが終わった。僕と彼女の間には唾液で出来た銀の橋が架かっていた。息を荒らげ、顔を赤くした彼女は僕の目をじっと見つめた。僕は、彼女の瞳から目を離せなかった。忘れていることがある。思い出したくないことがある。でも、それらは彼女から目を逸らす理由にはならないのだ。

 

「満足した。君は私の名前なんて知らないよね。でも、それでいい。私に未練はないんだから。いい加減思い出したでしょ?」

 

 彼女の問いかけに僕は答える。逃げることは許されない。

 

「忘れたかった。忘れていたかった。思い出したくなかった。君が死んでいるなんて……」

「なーんだ。キスしなくても私のこと覚えててくれたんだ」

「忘れられるわけないだろ!僕は。僕は、僕は……」

 

 言葉が続かなかった。自ら命を絶った彼女がここにいるなんて。僕は薄情だ。彼女の名前すら知らない。僕は、

 

「別に君のせいじゃないよ。むしろ君がいたから寿命が延びたんだ。勝手に好きになってごめんね。そしてありがとう」

 

 さっきからしているビキビキという音は世界が崩壊する音だ。この嘘と優しさで溢れた世界が。僕の未練と彼女の無念が生み出した、歪な世界。夢のように脆いこの世界は、存在するのに強度が足りないのだろう。

 

 この世界で僕が男ではなかったのも、きっと、この世界の強度を増すためのものだったのだろう。そうならなければ、仮初の世界すら保てないなんて、僕はどれほど、冷淡で残酷だったのだろうか。

 

「私って君の心にあしあとを残せたかな?」

 

 世界が激しく軋む。

 

「ごめんね。でも、本当に君が好きだったから」

 

 ノイズが、視界を埋め尽くす。彼女の足がノイズにまみれて消えていく。僕は、どうしようもなくなって、消えていく彼女の手を握った。そして、彼女の唇に口付けた。唇に残された温かくて柔らかい感触と、僕の頬を伝う彼女の涙は、僕を慟哭させるには十分だった。

 

 崩壊する世界の中で、僕は一人屋上で泣いた。ノイズは旧校舎を飲み込んでいく。僕が立っている足元が崩壊し、世界が完全に壊れて消えようとしていた。宙に投げ出された僕は、真っ黒な混沌へと飲み込まれていく。

 

 ここで、このまま飲み込まれていったら、僕は彼女の居ない世界で目を覚ますだろう。彼女と会ったこの世界のことも記憶から消えずに、一生僕の心の傷として残されていくだろう。これが、彼女の愛情表現で精いっぱいの仕返しだったに違いない。

 

 でも、僕はそんなことは嫌だった。彼女の居ない元の世界で男として生きる。それが正しい選択なんだろう。でも、そんなのは嫌だ。自分でも馬鹿だと思うけれど、僕はこの選択を一生後悔してしまう。頼むから、そんな選択はしたくない。

 

「聞いているのかは、分からない。もし世界が優しいならば、僕のことを犠牲にしていい。だから、彼女を救ってほしい。頼む!頼むから」

 

 そんな身勝手な願いに答えは無かった。僕は、混沌に向けて自由落下をするだけだった。世界に祈っても無駄なのかもしれない。視界が暗黒に染まっていく。それでも、僕は諦めたくなかった。声の限り、世界に向かって叫び続けた。

 

【認証】

 

「はっ?えっ?」

 

【あなたは、自分の存在を顧みず彼女を救いますか?】

 

 僕の中での答えは決まっている。

 

→はい

 

【あなたという存在を放棄しますか?】

 

→はい

 

【あなたの記憶は失われます。それでもよろしいですか?】

 

→はい

 

【最後に、伝えておきたいことは有りますか?】

 

 それくらいは、僕にもあった。

 

「僕がいなくなったことで僕が、心に足跡を刻んでしまった人は悲しむだろう。でも、わがままな僕を許してほしい。これは、僕が決めたことだから。ごめん」

 

【申請が許諾されました】

 

 僕は、自分の消滅をはっきりと感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何かを忘れているような気がした。何を僕は忘れているのだろうか。大切な何かを僕は忘れているような気がしてならない。でも、それはきっと思い出してはいけないことなのだと思う。

 

 ベッドから抜け出して、僕は一階のリビングに降り、朝ごはんを食べる。家族にはいいところを見せたいから学校には行くけれども、僕はあんまり学校に馴染めていない。一人称が僕な女の子なんて僕の周囲にはいない。

 

 珍奇な生き物を見るような目を、女子グループから向けられてしまいいたたまれなくなった僕は、教室に入りたくなくなってしまったのだ。朝ごはんを食べ終わると、パジャマを脱いで吊るしてある制服に着替えた。

 

 春先とはいえ、今の季節で生足スカートは蛮勇である。防寒用にタイツを履いた。一年生の最初から僕はつまずいてしまったのだ。二年生になっても、こうやっているような予感がする。それは流石に嫌だ。なんとかしなければ、という気持ちはある。

 

 でも、そんなに危機感は無かったりする。僕はどうしようもない。そんなわけで、学校に向かった。早朝の学校は静かだ。古い学校なので、なかなか規模が大きい。授業をさぼって探検しているのだけれど、まだ、完全にこの学校の構造を把握できてはいないのだ。

 

 旧校舎には、まだ行ったことが無かった。古くて暗い旧校舎は避けていたのだ。お化けが出そうな雰囲気の建物にわざわざ入りたくはない。それでも、虎穴に入らずんば虎子を得ずという言葉もある。私は勇気を出して、旧校舎を探検することにした。

 

 旧校舎の端にある使われなくなった文芸部の部室。鍵は、部室前に置かれた小さな本棚に隠されていた。もしかしたら、ここが僕のお気に入りの場所になるかもしれない。中に入ると、本棚が置かれていた。これはいい。暇をつぶすことが出来る。

 

 僕は、教室にはいかずこの場所に登校することにしたのだけれど、どうもこの場所に僕以外の誰かが、立ち寄っているらしい。僕は、その正体を確かめるために、いつもと時間をずらして、文芸部の部室に行くことにした。

 

 僕がいない時間だ。文芸部の中には誰かがいるようだ。鍵がいつもの場所に無い。僕はゆっくりと扉を開けた。扉の先には、僕と同じ学年の女の子がいて、驚いた表情で僕の顔を見つめている。彼女とは初めて会った気がしない。不思議な感覚だ。

 

「あの、君の名前を教えてくれないかな?」

 

 彼女は照れくさそうに笑った。



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