旅は続く (無狼)
しおりを挟む

【世界観紹介】

・世界自体の名前

"世界"と呼ばれており、特定の名前は無い。

 

・世界観について 成り立ち

世界の光・闇・火・水・風・土の順に世界創造と神が生まれたとされる信仰が存在する世界。

 

始まりの灯光リヒタル

光を守る常闇ロンアン

創造の火守ホモリ

紡解の水神ステュクス

天翔る風神ヴァーユ

淵源と帰還の土神オリシャ

 

六神が順に世界を形作り、無の空間を生命あふれる世界へと作っていった。以下は伝承である。

形なき意思リヒタルが無を照らし

龍は闇を与え世界を等しく分けた

二神から生まれた火より神現れ

永代神々の火を守る者とならん

火守者は水を産み、世界を満たす

世界は水に溢れ、世界は満たされる

火と水から風が生まれ、波が興る

火守者は火種を与え、土を作る

土は大地を作り、生命を与えた

世界は廻り、永劫の時を駆ける

 

他にも神のような存在やその宗教も存在するが、メジャーな信仰としてよく知られているのがこの六神である。(アイゼンは始祖帝ロンの影響により、龍闇ロンアンを最高神として置いている)

 

 

・モンスターおよび"レベル"概念について。

人間側にとって魔力を宿した恐ろしい存在である。戦争する暇があればモンスターを退治した方が良く、それほどに強力で恐れられている。

(無論、人を生き返らせる方法は存在しない。命は一つ)

 

便宜として、国や冒険者ギルドが勝手につけた『危険度』(論外、S、A、B、C、D、+)で予測当てされている。通常、村人は脅威としか分からない。

 

(D、成人男性15歳の村人が一人命がけで殺せるレベル)

(C、銅級冒険者の対処可能モンスター)

(B、銀    〃    〃    )

(A、金    〃    〃    )

(S、クランおよび国の騎士団による対応推奨)

(論外=対処不能モンスター,+ 集団推奨)

 

・魔法 魔術、特殊能力(俗称:スキル)などについて

魔法は妖精や霊獣等などから借りる自然由来のものを指し、魔術のような難解な理論や詠唱手段の知識、道具の必要が無い。強力で汎用性が高いが『人を選ぶ』。中には意思疎通無しで無詠唱が行える者がいる。

 

魔術は『万人が使える魔法』として、人が自力で編み出した人工由来のものを指す。理解(一部道具)が必要だが、内なる魔力を誰もが扱える。魔力>魔術の為、落とし込む魔力は低次元に落とされ、燃費が悪い。また無詠唱でも「理論を落とし込む」為、魔法の無詠唱とは根本が異なる。

また"生活魔法"が存在するが、学校等で理解する必要があり、村の子供が独学理解するのは至難の業。(小学生に科学論文を出させるぐらいの難しさ)

 

 

また魔力(俗称 マナ)とは、その世界に満ちる何らかの物質であり、人を含む万物に宿っている。

 

生まれつき、あるいは人為的に適性となる場合がある。適性は対象に何らかの効果をもたらすため、有益だろうと思われている。

例えば火の扱いが上手い人間(人族)は、そうでない者にくらべ理解、魔力操作、魔力消費、威力、発想が段違いになる。(最低1.5倍) 人はこれを特殊能力(スキル)と呼び、現在6属性+特殊属性として当てはめている。

ーーーーーー

・大陸 

超大陸パンゲアのような一大陸である。この大陸は全開拓されておらず、最高研究機関ですら「たった一つの大陸である」事も全貌もつかめていない。

 

舞台となるオースティア王国は「大陸」から見て中央に位置しているに過ぎず、西端「リヒタルゼン共和国」、海に孤立した東の島国「アイゼン皇国」の全半径を含めても1/5程度しかない。

(村、領主の町、港町、集落などは存在するだろう)

 

・種族

「人族」

「エルフ族」

「ドワーフ族」

「魔族」

「天使族」

「獣人族」

「魚人族」

「鳥人族」

「機人族」

「精霊・妖精族」

「龍神族」

 

・言語

種族単位は適宜。

オースティア王国の魔法言語、ギルド用に多種族向けに作らせたオースティア簡易言語、アイゼンの愛染語。

 

・国 (地理、特産物等は別示)

[オースティア地方]

約300年前に建国された魔法王国、オースティア王国

長い歴史を持つ海の島、東の国、アイゼン皇国

異種族の集う西端の技術国、リヒタルゼン共和国

 

 

 

・暦 

太陽暦。国によって年が異なる。オースティア王国では「オースティア暦342年」。アイゼン皇国では「皇暦2660年」、世界樹の近くにある西端のリヒタルゼン共和国では「Y.140年」(ユグドラシル紀元140年)

 

 

・ギルド

オースティア王国を本部とする冒険者ギルド(創立322年)、同じ時期の商工ギルドの二つ。

 

冒険者ギルドは6つのランク(等級)が存在し、銅、銀、金、白金、黒曜石、クリスタルの素材で出来た冒険者身分証明品がある。この身分証明書には肉体保護機能が付与されており、ランクが上がるほど恩恵を受けやすい。その性質から首につける者が多い。また新人は"すぐ辞めたり死ぬ"為、機能の無い紙を渡される。

 

最高位であるクリスタルは、オースティア王国建国前にまで遡る。

この世界でモンスター大発生による「魔族恐慌」が起きた。オースティア地方の人類は絶望し、十数年に渡る最後の城塞で身を潜めていた頃……後に勇者と呼ばれる一人の者が外から現れた。勇者は城壁に群がる数千のモンスターを駆逐し一帯を一掃した。モンスターを指揮し人類を家畜にしようとした強きヴァンパイアの居処を掴み、勇者はその首を持ち帰り自由の解放を高らかに宣言した。

 

その翌日、勇者は何も告げずに消えてしまった。民を率いていた領主(後の魔法王)は勇者の話から、新天地に旅立ったという。

 

その勇者が身につけていた首元のクリスタルがその象徴であり、敬意を込められた勇者専用のランクである。まだ最高位はブラックの4名しかいない。

 

勇者なき地でその後、勇者のようにありたいと願う者が集まり、現在の冒険者ギルドを募ったとされる。翌年それに感化された市民たちが商売と工業を組織化し、大きくなった事で商工ギルドも生まれたとされている。

(ギルドへの登録料は基本10G、銀貨一枚を統一としている。支給額は300Gの金貨3枚。借金制)

 

・"レベルアップ" "成長"の概念について

(未公開)

 

 

・モンスターについて

世界が生まれた時、土の女神オリシャが生命を生み出す前から存在したと伝えられている。

 

モンスターは出自が"魔力"であり、身体構成が魔力(マナ)に依るものが大きい。モンスターが残す素材は魔力を帯びており、経済を潤し、生命を潤す。

 

龍神族は生粋のモンスターであるが、高い知能と"龍闇ロンアンの末裔"という誇りを持ち、人類に非常に友好的である。

 

・魔王の存在について

この世界には、世界を揺るがすほどの存在が無い。

 

しかし、人が勝手に魔王と呼ぶ存在が生まれる事があり、大抵は人為的なものか、人が憎しみを帯びて魔王化する場合がある。

 

 

・神殿、教会について

六神を信仰する宗派は多数存在するため、国の数だけそのあり方が違う。しかし神の名前と信仰効果、伝承や神殿・教会の成り立ちはおおよそ共通している。

 

神殿・教会は必ずといっていいほど魔法を扱える"神官"が存在し、様々な形態があるが『神の声(意識)が聞こえ、使命に目覚めた』者が多い。中には学校等で学び、役者として付いているだけの者もいる。

 

目覚めた神官については、必ずといっていいほどとある魔法を有している。対象の適性(魔法、魔術、スキルの得意不得意が観れる)を教えられる術を持っている。

 

ーーー

[オースティア地方]

・オースティア王国 (オースティア暦342年)

・アイゼン皇国 (皇暦2660年)

・リヒタルゼン共和国 (Y.140年)

 

・気候は穏やか。冬は0度ぐらいで春は平均16度。(標高500mにあるリヒタルゼン共和国では、冬-20度まで下回る)。

 

オースティア王国では小麦や大麦を主食としている。地方料理は乾パン風の塩をまぶしたパンもののタルタルパンとトマトスープ。麺やパンが多く、安定した農耕と畜産に力を入れている。

 

アイゼン皇国では米を主食とし、鶏・魚料理が多い。またソバや大豆、発酵食品が多い。地方料理は寿司、月見蕎麦。

 

リヒタルゼン共和国では芋とライ麦を主にし、名酒の原産地として知られている。からっと揚げた芋料理が多く、黒くガッチリとしたパンが特徴的で、ビスケットやブレッドなどが多い。地方料理はフライドチップス、リヒタルゼン蒸留酒。

 

・貨幣は青銅、銀、金、国紙幣で取引されている。オースティア地方の貨幣名称はガメル。銅貨10枚で銀貨1枚、銀貨10枚で金貨1枚に相当し、1人を一年養うのに12金貨あれば最低限生きられる。

 

・問題など

国家間での戦争や問題は特に無い。

 

奴隷制度はあるが、経済は比較的良好のため犯罪や借金で落ちぶれない限りよほど堕ちる事は無い。冒険者は身分を問わず通常職業の2倍以上稼げる為、花形の職業として見られている。

 

人による死よりもモンスター襲撃による死亡と損害が大きく、人類の争いよりも食い殺されている数の方がまだ多い。まだ300年前-100年前には小国が存在したが、滅亡・復興を繰り返している。

 

東の国アイゼンでは政治腐敗が進んでおり、内部紛争が起きている。(モンスターをアヤカシ、妖怪と呼ぶ)

 

 

[to be Continued......]



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第0章 「現実世界」

 

 

いつものように、大型食品スーパーで事務作業と棚卸しとレジ接客を終え、新人アルバイトやパートの方々に声掛けしつつ店内見回りをしていく。残業はよくある。それに臨時収入が入るからむしろ望んでやっている。

 

残り物で安くなった品々を買いながら、軽自動車を走らせて自宅アパートに戻る。清水と書かれた名札の扉に鍵を差して開け、すぐ横のスイッチを入れ、レジ袋を冷蔵庫前に置きながら白ワイシャツを脱いでジャージ姿になる。

 

缶ビールを口づけながら電子レンジで加熱したチーズ乗せウィンナーを胃にいれつつ、キッチンでテフロン加工のフライパンを温めつつ、時間予約した炊飯器からホクホクとした白米を出してケチャップで炒めていく。片手間でグリンリーフを洗って水を切り、簡易なサラダにさせて、ボウルに卵三つを割って牛乳少々と塩こしょうを加えて、オムライスを作る。

 

6つ下の妹によく作ったオムライスだ。そういえば、香織はもう今年から大学受験だったな。センター試験じゃなくて学校推薦で行くらしい。わざと偏差値の低い私立で首席の成績取りつつだったか。ビルとか高層マンションの建築家になりたいとか言っていたな。

今頃、のんびりしながらも勉強をコツコツとやってるんだろうな。6つ上の兄は海外で傭兵(PMC)になった。父は妹が目指したいという建設会社で働いている。母は・・・・・・ごく普通に、主婦だ。俺と同じ、平凡な歩み方をしてきた。いつもの味を愉しみながら、コーラ割りビールを流し込む。

 

俺は特にこれといった取り柄が自分に感じない、ただの平凡な男だ。彼女が居たこともなければ、恋人も出来たこともない、良くも悪くも趣味に生きてきた男だと思っている。幼い頃から空手を今も続けていて、高校時代は適当でサバゲーとTRPGに明け暮れて、センター試験で合格した一般大学では暇つぶしに写真の楽しさを覚えた。

1DKの奥の寝室には、今でもCanon一眼レフカメラと高価なレンズ、サバゲー一式の道具がある。ベット上の棚にSAAやリボルバーのモデルガンとダミーカートを置いているぐらい好きだ。実際にグアムで拳銃やショットガンを撃ちに行った思い出もある。

 

食べ終えた食器を片付け、明日の為の洗濯と朝飯を下ごしらえする。明日はカツオと刺身丼だ。ふと見れば、iPhone8には母からの元気か?メールだ。いつも仕送りをしている。借りた奨学金返済とやりくりしながら、貯金を少しづつ貯めている。他にも、サバゲー仲間から誘いのメールが来た。もちろん、今でも軽自動車のジムニーでフィールド場まで遊びにいっている。

 

風呂を済ませ、身支度を終える。ベットにつきながら明日の事を考える。・・・今の仕事先はたまたまアルバイトでやっていたことの延長線だ。大学生の頃から始めたバイト先で声を掛けられ、正社員になった。170cmとそこそこ体格も筋力もあって、棚卸しを長時間出来たりショッピングカートを30から50台ぐらい連結してぶっとおし6時間ぐらい運べたからだろう。

 

「・・・また明日が始まるな。はぁ・・・」

 

 

なんでもない日常が過ぎていき、いつものように過ごしていた頃。ある日、平穏は突然奪われる。

 

元旦が過ぎて2週間後。お客さんのお正月あるあるが過ぎていき、いつも通りの客層と客量に戻ってきた頃だ。俺は5,6年ほどこのスーパーで過ごしてきたからどこに何があるか分かる。バックヤードで誰がよくサボるかも知っているし、タクシーや最寄りの駐車場とかバス停の位置とかいつの間に覚えてしまう。

このお店は卸売店のような薄利多売が特徴でそれに応じた客層が来るが、周りの住んでいる住民層が比較的穏やかな方が多い。そうじゃない奴は車で遠くから来た客か、首都高速道路で各地に向かうついでに寄ってきた客か、クレーマーでストレス発散したいキチガイな奴だ。何か問題があれば歩いて5分の距離にある交番が駆けつけてくれるし、この店は広大な建物の一部。数店舗あるうちのテナントなので、建物自体を警備してくれる警備員達が常に控えている。

 

そう、穏やかな場所だからこそ起こりえないと思った場所だった。犯罪や暴力沙汰にはほど遠い、クレームが少し多いだけの場所なのだと全員が思っていた。だがそう思うのが自然であり、今の俺にとっては結果論にすぎないのだから。

 

 

 

「大変お待たせいたしました、いらっしゃいませ。」

「ありがとうございます。またのお越しをお待ちしております。」

 

 

あと20人以上のこの列を終えれば昼ご飯だ、昼は何を食うかな、楽しみだな。普段通りレジ接客を素早く精確に終え、丁寧に言葉を掛けていく。商品が次々と棚の上を通り、表示された通りの合計金額をお客さんに伝えて精算を済ませていく。中には文句をつけていくが、それも笑顔で応対して交換していく。・・・それ以上のいちゃもんは、店の受付案内までそれとなく柔らかに伝えて”お願い”していただく。

 

午後からは人手が足りないので棚卸しとショッピングカートの回収をしつつ、またレジの二人制だ。割といつも通り決まった作業をすればいいので、その分ゲームシナリオを考え遊べたり、次に行くサバゲーフィールドで装備を何にするか頭の暇を潰しつつ仕事ができる。・・・・・・おっと、あと少しだ。

 

 

「きゃーっ!?」

「早く金を出せってんだ!てめぇサスぞ!」

 

とつぜんの悲鳴と怒鳴り声。ここに居るお客さんはもちろん、全ての人間が悲鳴に釘付けになる。こんなことはあり得ない、常識的に考えれば起こせないようなこの場所で。・・・でも、世の中にはきれい事で片付かない、あり得ない事を想定する事で行動判断ができる。兄の受け売りだ。

 

「・・・あー、お客様。申し訳ありません、ちょっとだけお待ちください。」

「へ? え、ええ・・・」

「ちょ、し、清水さん、何を・・・」

 

その場を任せて、俺はその問題客の近くまで歩く。禿げた白髪が混じり、少しボロい服にキまった目。明らかに普通じゃない客・・・・・・いや男だ。カゴには高価な一升瓶一つ。そして右手には赤錆のあるしっかりとした包丁だ。よく見ると手元が震えているが、包丁の刃先を下にして持っている。

 

「おい!そこの兄さん、何見てやがんだ!」

「あっ、し、清水、さん、あ、あの」

「清水くん、下がって! あのお客様、い、一体どうされましたか?」

 

あの目、明らかに何かを起こす目だ。しかもレジに居たのが去年入ってきたばかりの高校生の藤丸さんじゃないか・・・・・・店長の伊丹さんがすぐ間に入って腰を低くして男と話をしているが、まったく話が進まない。平行線になるばかりで、男はますます苛立ちを覚えている。これはまずい。

 

「てめえさっきからうるせぇんだよ!がたがた抜かしてないで金持ってこい!」

「す、すみません、ただいま持ってこさせ」

「そこのやつだよ!おい女、さっさと金だせ!」

「ひっ!あ、あっ、あ、は、はい、た、ただ、た・・・」

「おせぇ!」

 

・・・・・・これはまずい。予感がする、きっとこいつは普通の動きをしない。周りに客もいるし、場所が場所だ、狭い事は避けづらい。だが店長とバイトの子はもっと危険だろう。このまま距離を保ったまま・・・・・・

 

 

「おせぇ、おせえおせえ!あーっ!」

 

頭をくしゃくしゃとかき回し、下を向いていた顔が・・・・・・不気味な笑顔に変わった。

 

「そうかぁ。人質、いればいいじゃねえか?」

 

その場が凍り付いた。

「あの、こ、ここ、こちらです」

「おめぇこっちこい!」

「あ、えっ!?」

 

白髪の狂った男が藤丸さんをつかもうとした。咄嗟に俺は、もう体が動いていた。

 

「・・・・・・」

「お、おい、清水くん!」

「あぁん?おい、腕離せ。おい」

 

恐怖心はなかった。藤丸さんは腰が抜けてその場で崩れてしまった。店長は咄嗟に止めようとしたけど、動けずに腕を伸ばしたまま様子を見ている。

 

「離せってんだよ!クソガキ!」

「「「きゃーっ!?」」」

 

周りのお客さんから悲鳴があがる。分かりやすい上段の振りかぶりはすぐ分かる。右腕を止めて、それでも男はむりやり刺そうと怒りのままに力を込めて落としてくる。・・・・・・拮抗したまま、俺は膝蹴りをして男の隙をついて腹を歪ませ、足払いで押し倒す。そのまま手首を極めると男は苦悶の表情を浮かべて包丁を手放した。

 

「・・・店長。警察を。警備員の方を。」

「あ、ああ、分かった・・・お、おーい!」

 

店長はすぐ呼びに行った。その時、視線を店長に向けたのが失敗だった。

 

「クソがきがヒーローぶってんじゃねぇ!」

 

頭突きをされ、脳がくらっとする。

これは まずい 

 

ころぶのはさけた まずい、

 

 

「「「ぎゃーっ!?」」」

「あ、し、清水さん!?」

 

 

・・・・・・あれ?

男がいつの間に来た?

いや、これは、おかしい

 

「・・・・・・あ。」

「あっ。お、おお、おれがやったんじゃねえぞ、オレじゃねえ、オレじゃねえ!!」

 

胸から息が抜ける

息がしにくい

視線がぐらっとする

確かな違和感

 

「・・・え? し、清水さん、む、胸、さ、ささって・・・」

「知らねえ!知らねえ、知らねえ!!」

 

男が血相を変えて慌てふためいて遠退いていく。急に来る鈍い痛み。胸を見ると、何かが刺さっている。ひどく感じる鼓動。胸に息苦しいそれに、熱いかんじ。

 

急に力が抜けていく、ゆっくりと抗っても足が痺れてくる視線がぐらついた、近くで何かにぶつかり、モノが落ちる音がする、呼吸が苦しい。あれ、何かおかしくないか?

 

「清水さん!清水さん、血、血を、とめ、とめなきゃ!」

「待て! 包丁を抜くな、失血死するぞ!」

 

怒号が聞こえる。

悲しい声が聞こえる。

視界に藤丸さんの顔が映った。

……涙だ。涙が温かい。

 

がっ、あっ!

こ、こきゅうができない、

いきがくるしい、むねがあつい

 

からだがさむい、なんだ 

むね、むね・・・ごぼっ、

ごほっ・・・ごぼぉっ!?

 

ち?血だ・・・藤丸さんの顔に、

紅い、血が・・・そうか、俺は・・・

 

「あっ、し、清水、さん・・・あ、あぁ、ど、どうしたら」

「なっ、清水くん!?」

 

店長だ。慌てた顔だ。見たことがないな、そうか、刺されたのか。少しづつ、怖さが落ち着いてきた。そうか、死ぬってこういうことか。視界が暗くなってきた、だんだん霞んできた、見えなくなるのか。

 

「 」

「 」

 

だんだん、聞こえなくなってきた。寒くて、胸が熱くて、痛くて、でも顔に伝う温もりは涙なんだろう。藤丸さん、怪我しなくてよかったな。ああ、体中が痺れてきた、切れかけの蛍光灯みたいに暗くなってきた。

 

「お、おい、傷口が開く、喋るな清水!」

「・・・え、し、清水さん、なんて?」

 

喉が溺れて声が出ているか、もうわからない。目が見えない。耳が聞こえない。感じない。手を伸ばしたくなった。心が、最後に叫ぶ。

 

「 よ 、か った 」

「 とう ・・・ かあ にいさ  か・・・おり・・・」

「 ご  、 さい、お れ ・・・・・・・・・・・・」

 

「 ・ ・ ・ ・ ・ ・ 」

「あ、清水さん・・・え、し、清水さん!?」

「清水くん!?おい、しっかりしろ!おい、おい!」

 

 

・・・・・・

・・・

 

 

「続いてのニュースです。」

「さきほど、強盗未遂殺人事件が発生しました。犯人は逃走中とのことです。」

「死傷者は一名、大手スーパーの男性、清水啓介さん(23歳)が死亡しました。」

「容疑者は住所未定職業不明の・・・・・・」

 

 

 

 

変わらぬ日常でまた、日常が崩れていった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第1章 「胎動」

 

 

・・・・・・。

・・・・・・。

・・・・・・。

 

 

意識が続いている?

おかしい、死んだはずなのに。

 

どうも周りは真っ暗だ。ふわふわとしている。

もしかしたら、死後の世界なのかもな・・・・・・。

死といえば様々な考え方がある。分からないが。

 

 

・・・・・・。このまま消えるのだろうか。

あるいは輪廻するんだろうか?

それとも、転生とかか?どうなるんだろう。

 

 

霊感があるのだが、思念が強いと残るという。

もしやこれが未練に繋がっているのだろうか?

それすら確かめる術は無いが、適当に過ごそう。

 

 

・・・・・・。

・・・・・・。

・・・いや長いな。だいぶ経ったぞ。

いや、時間って長いって聞くからな、思うより。

それとも常識が通用しない場所とかか?

 

 

うーん。あの痛みも、熱さも寒さも何も感じない。

何かあれば分かるんだが、何も分からない。

ふわふわとしているのは分かるんだが・・・・・・。

 

ん、空腹感も喉の渇きも無い?眠気も無いか。

うーん、ここは一体なんだろうな。

地に足つかないし、うーん・・・・・・。

 

 

 

ずっと考えてみたが何も分からない。

ひたすら体を動かしてみたが、何も変わらない。

むしろ分かったことが、自分の体が見えない。

まるで暗闇だ。指や足先の感覚はあるが・・・・・・。

 

 

 

かなり時間が経った気がする。いや、なんだ?

長すぎないか?何かあって意識があるはずだが。

……暇だ。あるいは、何か悪い事をしたのか?

それとも、死とはこういうものなのか?

あるいは生死を彷徨ってる最中なのか?

いやー、何も分からん。何か起こらんかな。

俺がここに居る理由ワケワカメ。オレワカメ。

 

 

つまらんダジャレを言うと寒いな…心が。

うーん、哲学になりそうだな。なんだろう。

俺はゲームをよく作ったから、そういう発想や、

天使に神や妖怪とか、設定に幾らか明るいが……

真っ暗ってなんだろうな。んー、月蝕や日食?

いよいよ分からん。某ボタンやSCPはごめんだ。

クトゥルフのゲームならまぁ……設定違うし。

他のファンタジーものはまず無い。いや、

ますますなんだ?わけわからん。

 

 

……それから、長い時間が過ぎた気がする。

死ぬ前までの多くの事を考えて、思い出した。

高校の時ぐらい、サバゲーの女友達が居たから、

そいつに声掛けて恋愛でもすればよかったかな。

小中のあいつらは元気にしているか?

高校のあいつらは哀しむだろうな、あいつら。

大学のあいつらもそうだろう。

家族も、仕事先もだ。

 

もう、後悔はこれでいい。

……ん?

 

音だ。快い音…ヴァイオリン?

やっぱり間違いない。一定のリズムだ。

あぁ、でもなんだろう。眠くなってきた。

あれ…眠く…?…まぁ…いいや…

……はは、眠いなんて、いつぶりだろうな……

 

 

 

 

眩しい。目を覚ますと、とてつもない光だ。

何か音が聴こえる、体が引っ張られてーーー。

 

 

目が朧ろで見えなかったが、しっかりとわかった。

ここ、どこだ?よく見えないが、体ヘンだぞ?

 

 

 

 

その後、俺が産まれたのだと知るのは、

何回か眠りに身を委ねた後だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2章 「萌芽」

 

 

それから何日か経った。全く言葉が分からないが、特定の言葉を何度も言っていたら、指差して嬉しそうに連呼していた。これは覚えゲーだな。

 

首がすわらず、まだ全身が筋肉痛のように激しく痛む。だがもう数週間もすればそれも無くなった。代わりに20代のヨーロッパ女性のたわわな……い、いや、恥ずかしいからこの話は無しだ!

 

 

数週間が経ってまず分かったことは、俺の体がまったく言う事を聞かないことだ。思考や神経は生前のものとどうやら同じらしい。体に引っ張られるという話を聞くが、今のところそうでもなさそうだ。

 

次に、どうも反応から察するに、第二の命を産んでくれた父と母に間違いなさそうだ。光が見えた時はハッキリと目がよく見えなかったが、あまり光景がさほど変わっていない気がする。3人目の声はこの家で聞こえなかったので産婆か医者だろう、自宅出産だったのかもしれない。……まさか、子宮の中に居た上に産道を体験するとは。

 

三つ目は、あまりに時代と物がおかしいのだ。電気を使うものが存在しないし、金属製や木製の物が多く化学繊維が殆どない。薪を中にくべて燃やすタイプのキッチン(BBQみたいだ)に火をつける時、道具を使わず何か呟いてから燃え上がったし、見ていて不思議だった。

アイロンも教科書でみたような馴染みの無い形だった。中に赤い炭を入れて木の板台で服を伸ばしていたし、その服が白ワイシャツや化学繊維らしきものでもなく手作り感満載だった。

 

 

かなりローカルな暮らしかと思ったがどうも様子がおかしく、何やら手紙を書いて鳥を飛ばしたり、携帯やインターネットを使う気配が一切なかった。父らしき男は両手剣をぶんぶん振るっているし鍛え上げられた肉体に多くの傷痕が見え、母は服こそ質素だが言葉遣いがとても上品で貴族のようだった。母は母で私に色々語りかけているが、何か困った時にスマホではなく本を手にしてにらめっこをしていた。

 

(その本すら、全く見た事の無い文字で装丁も非現代的だ)

 

 

 

……ん、また何か話しかけている。うーん、まだ言葉が分からないが、微笑んでいるのが分かる。しかし綺麗だ。20歳ぐらいじゃないか?そんなお年頃の女性にずっと見つめられると恥ずかしいものだな……

 

 

 

 

それから一年が経った。離乳食としてか、お粥状のものに苦味のある野菜、少し噛み切りにくい青臭さのある肉、たまに美味い魚スープを食べさせてくれる。思ったより母親が驚くせいか、頭を撫でながらどんどん良いものを食べさせてくれる。気分は良い。

 

たまに父親が読み聞かせてくれる絵本がある。父は俺が本好きと思ったのか、読んでいる本をたまに見させてくれながら言葉を発してくれる。どうもこの世界の文字は漢字でもアルファベットでもなければ、それらに類しない独自の言語のようだ。球形や鋭角な表記、独特な伸ばし方や息の止め方、…英語やロシア語のような響きなのに、まったく違う言葉の音に聴こえる。

 

最近、自分と父親と母親の言葉らしき音は覚えた。どうも最初に発した言葉だったらしい。だが和訳でも英訳でもないので、あいうえおのどれに当たるかすら全く分からん。……母親の方は根気よく教えてくれている。だがしかし、母親がキッチンでよく発音する言葉を口にした途端、血相を変えてこちらに走ってきた。……俺としては、火打ち石もマッチも使わずに火をつけられる方が驚きである。

 

 

2年が経ち、もう走る事も自分で食事を取る事もできるようになった。なんとなく言葉のニュアンスが分かる気がする。色々と驚かれていた気がするが、父親……はどうも剣を使う仕事をしておらず、羊をのんびり育てているらしい。食卓の肉はおそらくそれだ。母親は手先が器用で羊毛で物をよく作っている。たまにヴァイオリンを弾いていて、よく聞かせてくれる。

 

最近、衝撃の事実を俺は知った。ある時、母親がよく磨かれた金属製の小さな板を使っていたところを見つけ、観察していると母親は手鏡にして身だしなみを整えていた。放置してキッチンに向かった隙に……苦労しながら、こっそりと自分の姿を見てみた。

 

「……あれ? 俺、姿おかしくない?」

 

赤ん坊らしい顔に、白色の髪の毛。明るい水色の瞳…アクアマリンだろうか? そして、男というよりはどことなく女っぽいような可愛さ……いや、待て待て。何度か手洗いに向かうたびにアレが無かったんだ。男にあるべきアレが見えないだけと思っていたんだが……おいおい、じゃあ本当に……ウソだろ……?

 

 

それから5歳を迎えた。父オウルケインと母テレジア、そして私はガイアというらしい。今でもたまに、無意識のうちに私と考えてしまうことが怖い。だが俺は、俺は俺なんだ。まだ男としての感覚が強いはずだ。…10年後どうなるのか、俺は楽しみだが不安だ。

 

何度か興味で父の納屋(屠殺場)を訪れていたが、その度に叱られたり母親の下に戻されていた。…今度、屠殺のやり方や、体の鍛え方を私に教えてくれるらしい。

 

この世界で思う事だが、食事があまりにも富んでいる気がする。物だってそうだ。中世ヨーロッパだと仮定しても、それにしては食べ物が多い気がする。飢饉に備えて芋や農作物も必要だし、それに物が多い。少し私の知る歴史とは異なるのだろうか。それとも世界が違うのか?

 

 

いずれにせよ、まだ歩ける範囲が小さい。周りに町も見当たらない、……人生は始まったばかりなのだから。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3章 「記憶」

 

 

 

 

更に5年が経った。そろそろ10歳を迎える月だ。

 

人は何か物事に集中していると時間があっという間に過ぎていくという。私の場合は23年間の記憶もあって、それを強く痛感する。今では屠殺も慣れて血肉にかなり慣れた、最初は吐いたり喉が通らず夢にまで見るようになった。

 

だが人は慣れると怖くなくなる恐ろしい生き物で、同時に物事を覚えることが多くなった。なるほど、感情をある程度克服すると、振るう刃物の角度や肉の切り込み方も見えてくるのか。それが恐ろしくも面白かった。

 

体は10歳の体にだんだん近づき大人の体に近づきつつあり、独特な血が出る様になった、おそらく生理だ。背も急に伸び始めたし、胸も小さな膨らみを感じる。そして急に倦怠感や下腹部痛、食欲不振や頭痛が出るようになった。もちろん、男の感覚になかったものだし、女性の体にしかない感覚が感じる。

分かっていても急にやってくるから、気がつくと下着が血に濡れて不快になる。こう……言葉にしにくいんだ。数週間ごとにめちゃくちゃ元気だったり、急に腹痛強まってブルーな気持ちだったり、年頃な気分だったり……

 

「ガイア。またお月様の日?」

「うん、お母さんは大丈夫なの?」

「えぇ、慣れたわ。お母さんは強いもの。」

「え、えぇ、そういうものなの?」

「そういうものなの。あ、洗濯してもらえる?」

 

はーい、と言って洗濯をしに行く。この世界では比較的紙が普及しているとはいえ、ここは町の無い一軒家。……テレジア、もといお母さんからは摘んだ綿花の形を整えて、コットンフラワーを体のその奥に押し込むのだそうだ。たしかにこれで、急な生理で服が汚れなくなったのは面白い。……慣れないと上手くいかないから、これはこれで難しいし手間が掛かる。

 

そうこうあれこれ考えながら、隣で沸かしたお湯と灰を桶中にまぶして洗濯板でゴシゴシしていく。……今は父お手製の黒火打ち石と麻綿で火を熾しているが、10歳を迎えたらお母さんが生活魔術を教えてくれるそうだ。ようやく念願の魔法だ。…おっと、魔法と魔術は何か違うんだった。それも教えてほしいものだ。

 

 

洗濯を終え、お母さんの料理や裁縫を手伝う。ズボラに作っていたものと違って一から肉を捌き、野菜を耕し、穀物を加工するこの工程はかなり覚えさせられた。代わりに美味い、手間暇ある分知らなかった調理法もあるし、逆に現代だとやらない方がいいやり方もあるが……それはそれで、家庭の味だ。

 

 

「ふふ、ガイアも上手になったね。」

「そうだな、最初は血すら怖がっていたのに、いつの間に慣れたようだ。」

「えへへ、そんな…」

 

もう夜になり、羊乳のシチュー鍋を囲んでいる。ふとあの時のクリームシチューを思い出した。

 

「…あら、泣いてるの?ガイア。」

「…?」

「え?あ、ううん、目にゴミが入っただけ。なんでもないよ。」

 

「あら、それは仕方ないわ。うふふ」

「ははは。ガイアも今じゃ大っきくなったな。」

「ねぇ、貴方?」

「そうだな、テレジア。」

「楽しみだわ、ガイアも好きな人と結ばれていつか…」

「ははは、それはまだ先の話だろう、テレジア。」

 

げっ、それは嫌だな。いや絶対に嫌だな!

心の中で絶対独立しよう、と決めるのであった。

 

「……お父さんとお母さんって、小さい頃どうだったの?」

 

「うーん、お父さんは街で生まれ育ったんだよ。ここよりも家がたくさんあって、人がいるんだ。ガイアに読み聞かせた、オースティア建国物語に出てくる街がそうなんだよ。」

 

「あそこね……もうお父様もお母様も赦してはいただけないでしょうけれど、私は今が幸せよ。貴方。」

 

また惚気始めている。子供の前でイチャコラなど…ぐぬぬ。お母さんは伯爵家の下で生まれ育ったそうだ。ある日、冒険者として活動していた父オウルケイン・ビスマルクを見かけたことから恋が始まったらしい。

 

文通を長く続け、パーティでドラゴン狩りをやっていたお父さんは母テレジア・ヘウリスコーの押しかけに何度も苦労したそうだ。護衛依頼でお母さんが壺の中に隠れてついてきた事でついに折れ、そのまま今の町で仲間と別れ今の暮らしを得たそうだ。

 

お父さんの仲間「セブンスソード」は今もどこかでやっているみたいで多種族の集まりだったそうだが、今の暮らしも悪くないとは父の内緒話だ。

 

 

それから、10歳を迎えて魔術を二人から教えてもらえた。頭の中で一定の音韻、所作の動作(回路の思考)、体内のマナの動かし方など……割とこれが難しかった。だが、いくらやっても火を熾す事ができなかった。

 

お母さんは「せ、生活魔術が使えなくても、い、いいお嫁さんになれるわ!」と言ってくれた。嬉しいのやら悲しいのやら。お父さんが今度町の紹介と共に、魔術が扱えない理由を探るツテをあたりに行くそうだ。

 

 

…それから町に来た。ここは森に囲まれた城壁のある町であり、農耕が多い土地柄のようだ。町を観光しながら育てた羊を売っていき、帰り前に六神の一柱を信奉する水の女神ステュクスの神官に見てもらえた。

 

どうも神官の顔が芳しくなかった。……私に聞かせず2人で相談していたが、こちらに来ると厳格な面持ちで語りかけてくれた。

 

「オウルケインの娘、ガイアちゃんについてですが……体からマナ、つまり魔力が感じられません。本来、生物は必ずマナがあり、誰もがマナを有しているはずなので微弱でもマナが感じられるのですが、ガイアちゃんにはそれが感じられない……しかも、魔術適性が無く、その系統も神託が得られませんでした。このようなケースは初めてですね……

 

おそらく、他の方に聞くと違うかもしれませんが……ですが、いつかその身に宿すかもしれません。魔術がダメなら魔法がこの世界にはあります、その精霊や力あるものと契約をすれば、もしかすれば希望があるやもしれません……ですが、ですがどうか深く気になさらず……」

 

 

「……気にするな、ガイア。魔術は人が作ったものだ、無ければ精霊から魔法を頼んだり、魔道具を使えばいいさ。お前は好きに生きるといい。」

 

 

 

……どうも魔術が使えないらしい。普通の人と違うらしくちょっとショックだったが、それならそれで過ごせばいいだけだ。帰りに少し質のいい、短剣よりは長い小さな剣を父が買ってくれた。それが少し嬉しかった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4章 「不意にそれはやってくる」

 

 

それから1年が経った。魔法…いや魔術はまだ扱えず、色々な本を読めるようになったが精霊を呼ぶ方法もうまくいかない。全長50か60cmのショートソードを手に取っては、素振りや見立て斬りを何度かやっている。

 

続けてみて思ったことだが、居合に似ているな。あれは安定した軌跡と角度が重要で、刀身がしなるから独特の引き方がある。だがその使い方とは真逆だ。

ヨーロッパの剣と鎧の時代に近い叩き切るやり方だ。対モンスターに特化しているのかもしれないが、硬い相手に打撃痛を与えるオマケで押し切るやり方のようだ。……まだモンスターという存在といっても、畑を荒らしに来る青いスライムぐらいしか見た事がないのだが……

 

最近は牧羊を任せてくれる。その時は必ず剣を持っていけと言われるし、野生の狼が来るので追い払う時によく使っている。まだ仕留めた事はない。

時折、道に迷った旅人らしき人が来る事もあり、その中には文字や10の位が分からない人もいた。(あの人、大丈夫だったのか……?)

 

 

 

 

……ある日、急に襲われた。

ゴブリンの集団だ。3か4ぐらいだった気がする。

 

 

必死に剣を振るって何体か倒したが、後頭部をガンとやられた。ゴブリンも中学生ぐらいの体格で高校生ぐらいの腕力があり、意識も朦朧として手放してしまった。

 

 

 

 

……気がついた。ここはどこだ?

ッ!痛い、右足がっ、痛い……

 

暗い場所で何も見えない、臭いがひどい……

怖い、焦るな、情報を……うっ、吐きそう……

ここには何がある……?

 

 

「ゲヒャヒャヒャ」

「ギャハハ」

 

……近くにあの声。耳を澄ませば、木の爆ぜる音と煙と何かを焼いた匂いがする。右足がジンジンとするが恐らく戦った時に切られた痛みがある。体の節々も痛い。

暗いのでよく分からないが、5指と左足は無事だ。幸い枷や拘束はされていない。…何かベチャッと心地悪い滑りを感じたが、あのゲームのゴブリンだ。深く考えない方がいい、それよりも動かない方が怖い。何も出来ないよりはマシだ。

 

 

「(…でも、何か使えるものがあれば…)」

 

 

!!

 

 

おそらくさっきのゴブリンがこっちに来る。パチパチと燃える明かりで不意に照らされ始める。まずい、下手に動くと気が付かれるな……不意をどうにかつくか。さっき、横たわっていたけれど、片膝を立てて壁に背をつけて薄目になる。

…ぷちゅっと嫌な音と液体の冷たい感触、血の混じった嫌な匂いがした。吐きそうな汚物でむせるが、ここは我慢だ…

 

 

「ゲギャギャ、ギャァ!」

「アギャギャッ」

 

薄目ごしに、その2体を観察する。犯されるのも嫌だが、殺される方がもっと嫌だ。だけど、ここは堪えろ。迷えば死ぬ、焦れば死ぬ、相手は手練と思え……

 

 

緑色のでっぷりとした小太りに細長い耳と鼻。醜体と呼ぶべき顔と体つき……粗末な革のような服に、紐で縛っただけの腰みののような革。腰元には剥き出しな鞘無しナイフのようなもの、黄色い不潔な目

……松明を持っているもう一体は……アイツ、私の剣を持ってる。ヒビが大きく入ってて血サビがある。

 

 

…下品で汚い舌なめずりを浮かべながら、ナイフ持ちのやつが近づいてきた。…こいつら、服越しから隠す気がない。同じ男として恥ずかしいとは思わな……いやゴブリンだった、こいつら。

 

 

「ギャハッ!」

「…はぁっ!」

 

 

私の左肩を掴んだゴブリンの背中に手を回し、引き寄せて膝でゴブリンの腹部をおもいっきり強打させつつ、腰のナイフを奪って体勢を整える。……右足のふくらはぎが痛くて踏ん張りにくい。咄嗟に壁を使って、寄りかかる。

 

腹を抱えて転げ回るゴブリンをみて、もう一体は松明を落とし、私の壊れかけの小剣を両手で構えた。一か八か。……相手から来た。

 

 

「ギャァ! ギャ……ギギッ?」

 

 

振りかぶってきた。そこそこ早いが視線で追えるが、足がついてきてくれない。剣先が左腕の上をなぞって、痛みが襲う。でも剣が壁にぶつかって跳ねた。

 

……。今だ。

 

 

「痛い、んだよ!」

「ギィッ! イ、ぃ…」

 

 

左胸あたりにダガーの鈍い刃が通った。感触も上下したが血が根元からじわじわと出ている。…ゴブリンの空いた手首をつかみ落とし、脚を掛けたと同時にあご先を手で突き上げて転倒させる。(柔道のような動きに近い)

 

ゴブリンは不意に頭の衝撃を喰らい、剣を手放した。…咄嗟に剣を取り、その首を突き刺した。

 

「ギギ…ガガァ!」

 

後ろからぶつかってきた。体勢が崩れて壁にぶつかり、受け身を取ったが鋭利な床の岩肌に両腕が痛い。…すぐ振り向きざまに剣を振るって、ゴブリンが後ろにさがる。

 

「ギィィ…」

「……」

 

明らかに怒った顔だ。松明に照らされる赤い光が、怒りに燃える鬼のように見えた。同時に、この部屋は人らしきものがいくつも転がっている。

 

…油断は出来ない。いくらゴブリンでも、私はまだ小学生ぐらいだ。鍛えてるとはいえ、たかが知れてる。ゴブリン相手に死にかけるぐらい体力も腕力もまだ少ない。

 

「ギィァァ!!」

 

ゴブリンが突っ込んできた。一直線に突っ込むそれは無視できない。足もおぼつかない、半身になって……切る!

 

 

「ギィッ!?」

「ギ…ギ…ガグッ……ウググ、ウググ……」

 

 

剣が折れた。肩口を大きく裂いた鉄の剣が根元から少し折れ、そのまま残って血脂を大きく噴出させている。

 

 

「ウギ、ギィ、ギィィ……!」

 

 

耳に触る声で、急に両手をバタバタさせて頭を下げ始めた。……父に言われた事がある。"ゴブリンは残虐な事しか考えない。仮に命乞いをされたなら、殺せ。殺さなければ、恩を仇に売る小汚いヤツだ。"

 

「ギ、ギィ!ギィッ!」

 

……折れた剣身を見る。照らされた僅かな鏡面に、血と土で汚れた銀髪と切れた口元と腫れた赤アザの顔。……ジンジンと痛む体。血が流れている左腕。痺れて力の入りにくい右足。破られた服。そして、確かなアクアマリンの瞳。

 

私は、この世界で生きるんだ。

 

 

「ギィ、ギ…ギィ? ギ、ギギッ! ギィ〜ッ!?」

 

 

少女を襲った小鬼は、情けない断末魔を響かせた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5章 「悪夢」

 

 

「…はっ…はっ…死ぬ…かと思った、はぁ…」

 

 

2体の亡骸から物を漁る。だが使えそうなものがない。私のショートソードはもう使えなくなってしまった、ナイフも刃触りが悪くて切れないが、ないよりはマシ……止血に使えそうなものが全く無かった。もうボロボロな上の服をナイフで切り破って、せめてマシな裏面で左腕を思いっきり縛る。

 

 

「ぁッ!ぐ、ぅ、っ、痛い……」

 

 

少しずつ、興奮が冷めて冷静になる。アドレナリンが切れて痛みが襲ってきた。……服はもう使えない。右足に適当に巻いた。はだけた上半身に包帯状のサラシ、かなり破り裂かれた革製のズボンと丈夫な革靴だけが、今の頼りだ。……下着は大丈夫だった。嫌な予感が当たらなくて良かった。

 

 

「…寒い、喉乾いたな…」

 

既に春の時期なのだが、かなり冷える。血を流し過ぎて貧血のような状態もあって、息も切れやすく体が寒く感じる。……ここは離れたい、清潔な場所で傷口の化膿を避けたいが……

 

不意にタンパク質の焼ける匂いが辺りにした。…視線を移すと、太い木の枝に布を巻きつけたような松明が、近くの人の髪の毛をチリチリと焼いていた。……あぁ、ここには苗床にされてしまった女性が居るのだ。

…長くストレートな金のブロンドヘアの人だったようだが、腐敗して蛆虫が体に湧いている。膨らんだ腹が食い破られたように中が見え、見たくも無い。片足がごっそり消えていて、折れた白骨にハエが集っている。

 

「…うっ、んぐっ、うっ…」

「これは、ひどい…ぅっ…」

 

もう1人もいた。似たような様子だ。……"飼われていた"のか、当然酷い状態だ。床の水路は見たくも触りたくもない。2人とも、服を着ていないので、何もなさそうだ。……奥にも白骨化したものがいくつかあり、ここから出たくなった。

 

 

重い右足を引きずりながら壁を伝い、ナイフと松明で部屋を出るとさきほどの焚火があった。…こんな洞窟で酸欠にならないかと思ったが、ぽっかりと空いた天井で月が青く照らしていた。木々が見える。

 

 

「……ふぅ、よかった…」

 

気配は無い。…焦げ目のついた右脚らしき部位が近くにドンと置いてあった。炭化した匂いに見覚えるのある形を認識してしまって、思わず吐いた。

 

 

「…ハァ、はぁ、んっぷ……嫌だ、ここ…」

 

 

すぐ、ここから出たい。…隅っこに乱雑に置かれたものがあった。血で濡れた後のあるランタン、折れたガメル銀貨、破れた袋の中に水晶の入ったもの、メガネ、変わった形で柄の折れた木の杖に宝石がハマったらしきもの、カビの生えた濡れ毛布、

また銅色の丸く曲がり刻まれた金属板(ドロシー、ブロンズ、魔術士、パーティ無所属と名が刻まれていた)などを見つけた。他にも色々あったが……風化していて使えなさそうだった。

 

松明を焚き火の中に投げ捨て、酸化した油を入れて火を灯したランタンを手にし、小さな洞窟の穴を見つける。

 

 

……穴から出ると、森のある広い場所に出た。上から月が見えて照らしてくれているが、森の深い所は真っ暗で見えなくなる。今はあまり、中に歩きたくはない……

 

「……あっ!」

「い、いった……う、うぅ……ぐすっ……」

 

 

……転んでしまった。ナイフが木の幹に曲がって刺さり、抜けそうに無い。ランタンの心許ない錆びた金具が千切れ、フタが外れて油がかなり溢れてしまった。だが、まだ火が弱々しく照らしてくれる。

 

 

「……ぐすっ。……」

 

 

重い右足を引きずりながら、右手で熱いランタンを木の枝と残りの布で吊るし、森を抜けようとアテもなく歩く。……寒くて、指先がかじかむ。左腕や右足の傷が痛む、軋む。感覚が鈍くなっておかしくなりそうだ。

 

 

「……、……あ……。」

 

 

どうやら、浅い所のようだった。なだらかな上り坂があるが、この先は覚えている道だ。草原の起伏と踏み固められた地面から、まだ15分ぐらい家が遠い。

 

 

「…出れた、やっと…う、うぅ…」

 

 

寒さのあまり、頭がぼーっとする。怪我が意識をハッキリとさせても、呼吸が少ししにくて苦しく、お腹も痛くなってきた。喉が渇くし、右足が重い。ランタンの火も切れて、寒空での温もりも無くなってしまった。

 

 

「死ぬ、のだろう、か…わ、わたしは…いやだな、こわいな…いやだ…でも、かえるんだ…」

 

 

それから、長い時間を歩いた気がする。もう途中からよく覚えていない。頼りない思考と記憶の方向感覚から、なんとか家について、扉を手にかけて、中に入って……意識が途切れ始めて、眠気に襲われて、ええとそれから確か……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6章 「生還、絶望」

 

 

夢を見ていた。

といっても真っ暗闇で意識だけのある夢だ。

 

何も見えない暗闇。

手も足も見えない暗闇。

体を動かしても何も変わらない。

どうする事もできず何も出来ない。

音は聞こえず、声は届かない。

果てなき無音世界。

 

 

そんな感じの夢だった。いやでも覚えている。そんな記憶を感じたまま、光の切れ目からぼやけた輪郭が光景を映し出す。だんだん意識が溶け始め、記憶も曖昧になり……

 

 

「……」

「ここは……」

「家に戻れた……?」

「…あ、お母…さん…」

 

 

瞳のレンズがピントを合わせていき、スクリーンが鮮明になる。ここは家の木の天井だ。いつも見る木の窓枠に、朝の光。右手に……ん?

 

顔を向けると、見たことのない赤い服装だが見慣れた横顔のお母さんが、ベッドの横で右手を握ったまま眠っていた。流れるように艶やかな金髪がくしゃっとしていて、顔に涙の跡がある。……心配、掛けたよね。

 

「……。(私、死んではいないよね…)」

「……」

 

 

 

きっと夜通し、みてくれたのかもしれない。左腕の痛みは消えていて、ふと見ると。包帯が巻かれていた。

 

……頭を傾けた時にぬるい氷嚢が枕元に落ちた。手に取ろうと足腰を動かそうとしたが、右足の力が入らない。右足の膝下からうまく動かせなくて、かなり重く膝が立たないし痛みが残っている。…恐らく、深い傷だったのかもしれない。

 

「……が、ガイア…?」

「えっ、お母さん?」

 

お母さんが驚いた表情で名前を呼んだ。急に涙がほろっと流れて、ぎゅーっと強く抱きしめてくる。

 

「よかった、ガイア、ガイア! あなた、起きたのね、良かった!」

 

ずっと、抱きしめてくれる。一度死んだだけじゃなくて、また死にかけた。死ぬって事があんなに怖くないものだと思っていたのに、死にかけたのが苦しくて、怖かった。

 

「あなた、ずっと寝込んでてね、えっと、ごめん、お母さん涙止まらない、っ、よかった、生きてて、ほんとに、ほんと……」

 

「……ごめん、襲われて、なんとか逃げて…」

「襲われたって、何があったの、ガイア…」

 

「ゴブリンにやられた、何体も来て、羊も逃げて……囲まれて、倒しきれなくて、それで…」

「……」

 

「…どこかも分からない洞窟で、人が孕み袋にされてて、なんとか不意をついて、がむしゃらに逃げて、家に戻れ…ました…」

 

「! そ、それは…が、ガイア、その…こ、怖かったよね、ここは大丈夫だから、…お母さんがそばにいるから。…大丈夫、今は安全よ。(ぎゅっ)」

 

…思い出した、あの時の怖さ。不安。動けない恐怖。死ぬ恐怖。再び死ぬことへの恐怖。…死にそうな程の苦しさ。生きたいと願った渇望。色々な感情がごちゃごちゃに混ざって、帰れて安心したのと、怖くて心の奥底がぞぉぉっと穴が空いたように怖くなって、あの時とあの時とあの時と痛みと苦しみと怖さと怖さと怖さと

 

 

 

 

「…大丈夫。何も怖くないわ。泣いていいのよ、ガイア。うーんと泣きなさい、ずっと怖い所で生きて帰ってこれたのだから、凄いことなの。…だから、おかえり。生きて帰ってきてくれて、ありがとう。ガイア。」

 

「…、…う…うう、(ずずっ…)、こ、怖かったです、死ぬんじゃないんかって、うぁ、うぁ……(ぐすっ)」

 

「…うんうん、怖かったね。あなたは生きてる、今ここにいるわ。ガイアの生まれ育ったおうちよ。何も変わらない、お母さんとお父さんが暮らすおうち。大丈夫、ここには何もない。何もいないから、平気よ。」

 

 

「う、うぁぁぁん! あぁ、うぅっ、あ、あっ、怖かった、怖がっだでず!うっ、うっ…」

 

 

「……うん、よく頑張りました、ガイア。ほら、よしよし……」

 

 

ずっと泣いていた。こんなにも死ぬのが怖い事だなんて知らなかった。せっかく新しい世界で生きてみたいのに、奪われる怖さがあって、また死ぬんじゃないんかと諦めと絶望があって、……失いたくなかった。

 

 

泣き疲れてしまって、夜にお父さんが帰ってきた。同じように優しくしてくれた。羊の事を伝えたが、それよりガイアの方が大切だと言ってくれた。……そして、右足がおかしい事を父に伝えると、覚悟を決めた表情で言ってくれた。

 

 

「ガイア、落ち着いてよく聞け。左腕の切り傷や他のところはすぐ治った。だが、右足は……酷くてな、神官にすぐ頼んだが、状態がズタズタで酷いらしい。……時間は掛かるかもしれないが、きっと元のように戻るさ。……今は歩けないかもしれない。だが、いつかはきっと。」

 

 

……右足が不自由になった。

 

 

 

ふざけるな。

 

 

 

これだけでショックだった。この世界を旅してみたかったのに、こんな事で歩けない足になっただと?ふ、ふざけるな……

 

……顔に出ていたかもしれない。いつも明るく接してくれるお父さんがその時だけ、真顔……怖く暗い表情を見せた。

 

 

 

 

翌月。

ガイアと母テレジアは知る術が無いが、森と泉の町 ヴァイスシュヴァルツと一家が住むアールビィッシュ平原周辺で、ゴブリンのコロニーが壊滅したという情報が冒険者ギルドから公布されたという。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7章 「森と泉の町」

 

それから4年の月日が流れ、15歳になった。この世界では15歳を持って成人とし、結婚も就職も飲酒も自由になる。なぜ15歳なのか?その理由は父に聞いてもわからない。

馬車で30分ほど離れた位置にある、以前訪れた町「ヴァイスシュヴァルツ」で何人かの老人に聞いたところ、どうも15歳で酒を飲めるようになるという慣習的なものらしい。少なくともこの国……魔法王国オースティアでは、その理由で酒が飲める=大人の仲間入りってことらしい。

 

3年前になるが、水の女神ステュクスを務める神官が新たな女性神官に変わっていた。その若き神官エイリーン(今は18歳)に訪ねたところ、前任者の神官は町のモンスター襲撃で命を落としてしまったそうだ。急遽任官を命ぜられこの町に来たのだとか。(見た目は10代後半にしかまだ見えない)

……やはり見てもらったが、魔力。マナが存在しないらしい。普通マナを最低でも持っているのに無いなんて、初めて見ました!と驚いていた。魔術適性も一切ゼロで、更に足の怪我で戦闘職に適性があったのに半減してるとか。

 

この4年間はとにかく苦痛だった。右足は重く膝下の力があまり入らず、父が作ってくれた軽鉄製の杖を使わないと、足を引きずる事しか出来ない。両足の太さが出ているし、体の重心もズレて動きにくい。

トレーニングを変わらず続けていたが、肩が丸くなり、足腰がだんだん細く小さくなった。男だった時と比べ、生前よりも筋力はついてきたが……可愛らしいお人形さんのようだ。

 

今では胸もリンゴほどの重さの小さなほんの膨らみが僅かに揺れて、体もすっかり大人に……あれ? 思ったよりスレンダー?尻が小さくて寸胴だしくびれがないし……でもストライクゾーンには入ってる姿がなかな、こほんこほん。

 

意外だったのが毛がうっすら生え始めてて、気がつく度によく剃っている。柔らかく白に近い銀毛なのだが……たまに間違えて切ると目立つので、血ですぐ気がつく。つやつやと柔らかくて、日に当たると銀みたいに輝いて不思議だ。

白系だが小麦肌の父やもっと明るい母と違い、髪から爪先まで一切日焼けしないのだ。アルビノ……なのだろうか?青い瞳を持つのは聞いたことがないが、知らない世界があってもおかしくない。

 

 

そうして大人となり、酒も飲めるようになった。生前は弱い方だったが、明らかに強い発酵酒を飲んでもすぐ酔いが覚めるし泥酔が来ない。しかも、深みのある苦味が好きだったのに甘い方がどうも、今の舌にはしっくり来る。ちなみに、酒豪さは母譲りらしい。

 

特に変わらない日々を15年過ごし、町に訪れ始めてからまだ1年ぐらい。よくお兄さんに絡まれるし(絶対有り得ない)、商店街のおばさん方からも何かと声を掛けられる。

自分で言うのもアレだが男から見れば庇護欲を立てられる童顔寄りの容姿だし(以前は老け顔だった)、カワイソウという姿がまた駆り立てるのだろう。老若男女から注目をよく浴びる。また金髪か赤髪、珍しくて黒髪か東洋系の黒髪ぐらいだが、若く綺麗な白髪や銀髪は見たことがない。まだ良くて爺さん婆さんぐらいだ。

 

 

父の育てる羊はよく肥えていてウールの質も良い為、安定した供給先や食肉のお得意さんとして羊を購入されている。父は最近わたしに任せることが多く、更に数百増えた羊につきっきりである。……おそらく恋でもしろということか、あるいは社会勉強か……どちらにせよ、この世界の様子を見て知る事ができるのでありがたい。

 

 

この町では食事に困る事はなく、古代ローマから中世ヨーロッパのように閉鎖的でもなく奴隷や没落貴族もほぼ少なく、一定数の犯罪(殺人、強盗殺人、放火の大火災)が数十年で数えるほどしかない。代わりに小さな出来事か「犯罪にならない」事の方が多い。

 

結婚形態は一夫一妻制のようだがこの町の領主、オズモンド男爵は側室がいるらしい。恋愛観はどこの世界も大きくは変わらなさそうだ。

 

医療と出産だが、この世界では魔法と魔術で使い分けられている。

魔法王国に行けば宮殿魔術医師が外科手術を研究しているらしいが、魔法とよばれる大まかな治療と怪我・病気をひとまとめに治すやり方が一般的らしい。重い病気は民間療法による投薬が主らしく、私にはあまり区別がつかない。衛生概念はある程度あるようにみえる。

 

食事や文化は特に奇妙だ。塩は古い時代ほど高価なはずだが、海が近いのか物価が関係しているのかパンと同じ銅貨1枚で一握り分買える。しかも質量を測り価値を決める形態ではなく、銅貨は1ガメル、金貨は100ガメルとして認識されており、紙の貨幣で換金・売買できる。

貨幣にはオースティア国貨幣と記載されており、主に卸売業者や銀行、町役場で扱う事ができる。……この町というよりは国民食に近い郷土料理があり、乾パンのような乾燥させたパンに塩をまぶし、トマトスープに浸けて食べるものだ。 (ごく最近、ピザらしきお店も出来た。羊チーズ旨い)

 

また別の町や城下街に訪れた事はないが、この辺りは農村が多く耕作物がとても取れるのだという。遠くに行けば寒い地方の酒、島国の魚料理が味わえるらしいが、貴族お抱えのテレポートという転移魔法を扱える魔術師(士)がいない限り縁は無いという。

 

この世界には生活魔術という概念がある。

誰もが教えれば扱えるマナの扱い方が存在する……が私にはダメだったが……火を着けるもの。水を出現させるもの。気体から液体(無からは不可)の集積や、ある物質の純度を高めるなどだ。

さきほどの転移魔法も、国貨幣や重要文書、軍事・銀行間の書文連絡などに扱われている。

面白い事に、魔法王国オースティアの街から更に西端に向かうと、多種族からなるリヒタルゼン共和国がある。あちらには魔法銃を始めとした、魔力を「機械」に置き換える技術に特化しているという。父曰く

 

「オースティアでは体内の魔力を用い理論と教養を持って、大衆への普及と個人の魔力資質を高める魔術に対し、リヒタルゼンではそもそも魔力が無いものに対して魔力をどう補うかを考えた結果、他者の魔力を機械で用いて使えるようにした」

 

という魔術史(父談)らしい。どちらもテレポートで例えれば、オースティアでは魔術師を用いた転移魔術。リヒタルゼンでは魔鉱石を加工したマナクリスタルを用いた転移魔導装置といった様子だ。

……余談だが、東の島国アイゼンでは魔術の代わりに、武術や賦術が発達しているらしい、

 

恐らく魔法の与えた文化の産物として、「アイテムボックス」と呼ばれるものが存在する。どんな物でも10個まで入る「破裂した魔鉱石の時が止まったような水紫色の結晶体」が10金貨(1000G)で売られている。主に銀行や商人へ優先的に渡される魔道具であり、オースティア魔法王国の宮殿魔術師団が作製している。

そこから多くの商団に下賜されたものが、年を経る度に性能が良くなり払い下げられて個人商人に渡る事が多い。(冒険者は知らない方が多い)

大きさを問わない物が50個入るタイプとなると、容量が飽和するらしく入る数が関係なくなってくる。種類だけでカウントされるらしい分値段も跳ね上がる。そんなアイテムボックスがあるそうだ。

サイズも様々で、設定されたワードさえ唱えれば使用者の本人の心中で物の出し入れができる。また魔術加工の際に様々な形でカモフラージュされているらしく、剥き出しのものは1〜9個タイプの失敗作を除き滅多にないそうだ。

 

話が変わるが魔鉱石とは、この世界に存在する不思議な物質だ。万物に存在するマナが高濃縮化した鉱物状のものであり、鉱物組織が魔力約99%となった水紫色のものが魔鉱石と呼ばれている。これを100%に精錬すると水色のマナクリスタルに変化させられる。

ごくごく稀に人工ではない天然のマナクリスタルが発生する事があり、約10mで国が一つ出来上がるほどだと言う。(世界樹の根本に近いリヒタルゼン共和国は、元々魔鉱山だった為に発展したという)

 

 

……と、国の歴史は存在したが、パルテノン神殿の入り口にカトリック教会が合体したような建物。"教会"と町から呼び親しまれている建物の書庫で歴史を見ていた。

水の女神ステュクス像を祀る祭壇が奥にあり、出入り口である両扉の外に噴水がある。この噴水は300年以上前、小さな湖の湧き泉の近くに流れの人間やエルフとドワーフが集まり、集落として始まったそうだ。

現在の町に近くなるのは、魔族恐慌が収まりオースティア魔法王国が建国された年からであり、安住の地として存在していた。

現在も湧き続ける噴水の泉は絶える事なく、町と森を潤し続けている。人口500人程度の小さな町だ。

 

 

今日も朝から羊たちを乗せた馬車を町「ヴァイスシュヴァルツ」まで運び、たくさん羊たちが巣立っていった。寂しくなった馬車の帆台の隅っこには、ちょっとしたお金や食料、油や布地を入れた木網箱がぐらぐらと揺れている。

農作物の畑を背景に、馬たちの手綱片手で手繰り寄せながら折り畳まれた四角いピザをほおばり、幸せな笑みのガイアは家路につくのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8章 「予兆、不穏」

 

 

 

うーん。今日もたくさん羊が売れた、金貨がたくさんだ。

 

盗賊や柄の悪い連中に絡まれることなく穏便にできてるけど、外にはモンスターの襲撃がある。前のゴブリンの・・・・・・の時もあるし、絶対が存在しない限り備えはしなくちゃいけない。元々俺・・・俺だった私は、人より出来ない劣等感をコンプレックスとして持っていた。だから空手を続けていたのも、単に続けてきた惰性だし、たった1年で黒帯になった天才や飛び級してハーバード大学に入学した秀才のやつを知ってる。

 

サバゲーは楽しかったからだし、写真は違う自分の一面を知れて認められたからだ。誰もが出来るわけじゃ無くて、器用なやつ、得意不得意があるやつ、それぞれが強みとして見えているだけなんだと私は思っている。

 

 

しばらく物思いにふけっていたからか、ピザ屋のお兄さんに声を掛けられて意識がハット戻る。

 

「ガイアちゃん、ほら出来たよ。注文のマルゲリータ9枚、フェタ=チーズマトン7枚、ドラゴニアハーブ7枚だよ!いつも毎度あり、今日は1金貨でいいよ。また門兵さんのとこに行くんだろ? いつも偉いなぁ、ウチにはできないぜ。」

 

「あ、あっ、そんなだめです、半額以上じゃないですか!ちゃんと支払わせてください!」

 

「いーやダメだね、いつものお得意さんなんだ。ウチとしては助かってんだ。たまたま作ったこいつらが飛ぶように売れるとはおもわなかったし、自警団どころか領主様まで買いにくるからさぁ。ありがたいことなんだよ。

 

あ、新作のドラゴニアハーブ、またの時でいいから感想聞かせてくれよ。」

 

 

けっきょく押し売られてしまった、大赤字なのでは・・・?と思いたかったが、好意をむげに断るわけにもいかない。金貨一枚で21枚の紙箱ピザを手に入れてしまった。いつもこのお店「ムーンストーン」で町から外に出るとき、30近くの自警団の人たちに差し入れ品をここで購入している。

 

数百近く手に入れた金貨の中から、自分が欲しい分だけ使いなさいと父からよく言われるが、恐ろしくて自分の私物購入にあまり使えない。お父さん、太っ腹だけどちょっとずれてるから・・・・・・ でも使わないと経済が潤わないので、生活に必要な品物の購入の他に本や化学薬品(魔術と"現代科学"に使えそうな硫黄石、ミョウバンの原石、硝石など)とは別に、このピザを購入していたんだ。

 

ふと懐かしさから買ったピザだけど、父と母にはとても口が合うようだった。元はトマト農家だった店主のお嫁さんがパンにトマトと砂糖のソースを塗って焼いて食べてみたら美味しくて、試行錯誤した結果(あまりにもなじみ深い)ピザができたのだ。最初は長ったらしかったけど、ピザといったらお兄さんがノリで採用しちゃったし、自警団の門兵さんに差し入れいったら喜ばれて常連客ができてしまったのだ。

 

 

そうしていつものように三つある最寄りの東口(西口の方は門兵同士で届けてもらってる)にピザを渡して、町の石壁に沿って帰りの南口へと向かう。広大な敷地に石の壁で囲まれたこの町は、昔からモンスター。あのゴブリンの他に、人食い狼や熊、鬼らしいオーガが群れをなしてやってくることがある。3mほどの分厚さがあり、この壁が壊れることは今までなかった。

 

 

東口の槍門兵と剣門兵から感謝され、自警団の本部がある南口に帆付き馬車を走らせる。2頭の馬たちも早くピザを食わせてくれ!とよだれがちゃっかり垂れている。はいはい、君たちの分もあるから後でね。・・・やっと出口が見えてきた。高さ5mと幅3mの木の大扉だ。胴部を守る曇ったねずみ色の金属鎧に素朴な槍を持った自警団員がいる。

 

「お、ガイアか。いつも悪いな、おーいおめぇら! ガイアが持ってきてくれたぞ!」

「ひゃっほーい!サボれるぜ!」

「かーっ!サボるとはなんぞい!ヒック、さぼ・・・まぁワシも良いか」

「「「団長が言うならば」」」 

 

「いやいやダメでしょ」

 

いつもこうである。隣でサーベルを佩く金属甲冑姿のハルバード騎士・・・この町、オズモンド男爵の騎士団の者だ。自警団と共同でやっていて、実力で言えば自警団の人たちの3,4人以上あるらしい。・・・一方、団長と呼ばれた酔っ払いはウィルバー・ボニファーツ。50歳手前だが相当の手練れだ。 

 

両手剣を扱い群れてくるモンスターをたった一人で町を守り切った話は有名で、自警団に入る多くの若者はウィルバーの武勇伝に憧れてやってくる。実際はただの白口ひげのはげ頭の酔っ払いらしいが。だがその実力・・・佇まいは本物だ。剣呑としていてオンオフが早い。だが酔っ払いだ。

 

「いつもすまんなぁ、ガイア嬢ちゃん。こうして届けてくれ・・・ひっく、届けてくれるのはガイア嬢ちゃんぐらいだ、ありがたいよ。礼を言う。」(頭を下げて)

 

「あぁそんな、いいですよ・・・安心して暮らせるって、それだけで凄いことですから・・・ではお仕事頑張ってくださいね!」

 

「「「頑張れコールいただきました」」」

 

 

後ろの若人連中がやけにノリいいな・・・・・・宴祭りみたいになってるが、門の外側にいる槍門兵が「こら、俺らの分残せよなオイ!」と怒鳴ってた。ははは。

 

そうして通り過ぎようとすると、声を掛けてきた。

 

 

門兵「嬢ちゃん、いつもありがとうな。最近、物騒だから気をつけろよ。」

 

「え、物騒って?」

 

「あー、嬢ちゃんは外に居るから知らないか・・・・・・最近、モンスターが無残に食い破られた状態を見かけるんだ。普通モンスターって共食いしないだろ? となると野生動物ってなるんだが・・・普通食いたがらないのに、妙に貪り食われてるんだ。かといって冒険者かというと違う、商品にならないまでに滅する必要もねえしな。まだ被害は上がってないんだが・・・・・・」

 

 

どういうことだろう。モンスターとは魔力で存在しているという存在で、モンスターにその事例が無い・・・いや仮にあったとしたら、モンスターを食べるモンスター・・・?

 

この世界では、モンスターとは自然現象として見られている。嵐や台風に近い存在だ。…そのモンスターの中には、手を出せないものもいる。

 

 

「ま、気をつけな。嬢ちゃん、・・・あー、右足悪いんだろ、・・・なんかあったらすぐ狼煙あげなよ。逃げてこい、それか無事に帰れよ。」

 

「うん、わかった。ありがとう。」

 

 

どうも気になるが、考えてもなにかできるわけでは無いので帰ることにした。・・・人のいないところで途中、馬たちにプレゼントのピザを一箱ずつ。一心不乱に食べちゃって、もうそんなに楽しみだったの? 

 

ふふ、ちょっとぐらいつまんでもいいよね。ちょっとだけ・・・・・・ん、おいし。もうひときれ・・・・・・。(ピザ最っ、高~~!)

 

 

雲ひとつない赤い夕焼けが染まり、やがて草原と農作物が真っ赤に染まる。煌々と照らす黄金月が登ろうとしている。今日は満月の日だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

この瞬間の誰もがガイアの最後とは知る由もなかった。最後に彼女を見ていた門兵は、後にガイアの身に起きた惨状の現場にいち早く駆けつけたが、絶望のあまり自ら退職したという・・・・・・。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9章 「転生者は2度死ぬ」※グロ注意

 

 

 

町から自宅まで馬車で15分。歩けば体感で30分から45分ぐらい。分でおおよそ距離を考えているが、この世界で時計は貴重品だ。町の教会には鐘があり、無限に等しい水源を利用した水時計で朝と夕方近く、恐らく朝6時と夜6時と仮定できるが正確な時間を知る事は出来ない。

 

 

時の概念としては砂時計、日時計といった、16〜18世紀前の抽象的なものだ。庶民となれば更に普及せず、太陰暦や太陽暦が主流だった頃は農耕に対しての目安ぐらいだった。

これが1時間、1分、1秒となれば困難を極める。時計がなければ時間感覚を失う我々に、時計が無い世界の住民にどう教えるのか? 共通認識にさせたとしても、時差のように認識の違いが現れるのでは? 

それほど時間という概念は抽象的で難しく、正確無比かつ機械的な時間を永続させて示すには、それこそ歴史というものを創る必要があるほどだ。一つの言葉が作られたものであれ、日本のように相互作用して複数の起源を持つものであれ、一つの認識を共通認識とさせるには大きな影響力が必要だ。

 

話がそれたが、今の私ですら時間の感覚が危うい。庶民の暮らしに携行できる時計が無く公共時計も曖昧なものだ。にも関わらずだ。『確かに、時間の概念が存在している』。何故だ?

 

一年を365日とし、うるう年の概念もあり、太陽暦を採用しており、月火水木金土日に近い七曜の概念がある。(あの世界と、この世界の時差は……考えたくない)……

だが、その時の概念についてはどこも触れていない。誰もが当たり前のように認識しているが、その起源の"大元"が誰も知らず記述も無い。……かなり引っかかるが、分からないものは分からない。スマホやパソコンがあれば分かるのになぁ……。

 

 

 

そんなことを考えながら、真っ赤に染まる夕陽が右から照らしてくる。この世界には謎が多い、自分の転生もそうだし、何か意味があって生まれてきたのだろう。そう考えないとやってられないが……1番は未知を知るって楽しみなんだ。

 

 

「あ〜、ピザ美味しかったなぁ……そうだ! アイテムボックス使えば、冷蔵庫みたいに扱えるじゃん……あー、今気がつけばよかった、なんで今まで…う〜〜〜。」

 

 

美味しいものが多くて嬉しいことだ。当然、醤油や味噌、お米といった日本食品が無くて恋しくなるが……ヨーロッパっぽい料理にも慣れた。オートミールのようなものをお粥にしたものもあるし、パンや麺が主だ。加えてこの辺りでは塩や砂糖が異様なほど安い。東に港町<シーマウンテン>があり、北西にいくらかの村や砦と王都、オースティア魔法王国がある。この町の周囲が農家だらけなのも食費物価の安い要因があるのだろう。

 

…羊肉といえばジンギスカンのあれを想像していたが、より青臭く固く脂身のあるマトンを食べるが、舌が慣れればあれも旨い。羊乳で作ったチーズが葡萄酒や麦酒にまた合うんだ。

 

 

「…い、いけない、またご飯のこと考えてた…」

 

 

今日も早く帰ろう。帰ったら、続けているニトロ化学反応の実験で、純度の高い硝酸水液を取り出せれば、ようやく黒色火薬の再現ができるかもしれない……それだけで楽しみなんだ。魔術が使えないなら、科学という魔法を使えばいい。銃をこの手で生み出せることが楽しみだなぁ……

 

少し幸せに浸りながら、馬たちを歩かせて帆車を引かせる。馬の蹄鉄が土を踏み鳴らし、たてがみが楽しそうに揺れ、いななきが女主人と意思疎通をしているかのように見えるだろう。

 

 

…不意に動きが止まる。

 

「うおっ、あっぶな……え、どうしたの?」

「ヒィィィン!」

「クィーン……ヒヒィン」

 

耳を内に寄せていた頭を高く上げている。……いつもより鳴き声も大きく聞こえる。なんだろう?

 

 

「ヒィィィン?!?!」

「クヒィィン!!」

「わぁ、うわぁっ!?」

 

 

急に走り出した。道を外れて草むらをガラガラゴロゴロと大きく揺れて、なんども手綱を引っ張っても2頭の馬が言うことを聞かない。ずっと強く引っ張ったり鞭をふるったけど、ブチッ!と手綱が切れてしまい、鞭が草むらのどこかに飛んでいってしまう。

 

 

「「ヒィィッ、ヒヒィィ!」」

「うわっ、と、止まってよ、うわっ、ちょっと!」

 

 

ガタンゴトンガタンゴトンと道が荒くなり、登り坂になる。その先をいけば……? 馬車は宙を浮かび、後輪が外れて衝撃が一気に伝わり、馬の転倒と衝突で前に吹っ飛んでいった。崩れながら下り坂を一気に駆け降りながら、私も投げ出された。

 

 

「……う、…う、うう…」

 

痛い。何度も転げ回って、受け身が取れなくて右足を何度も捻り膝を打ち付けながら、凄く両腕や手首を擦り切った。打撲が酷い、ちょっと立ち上がれない、早く立ち上がらなきゃ、早く早く……

 

「クヒィィ、

 

 ィビギィィ!?」

 

馬の悲鳴…いやおかしい、草のガサガサとする音とドサッという音が鳴り響き、クチャクチャと音が一斉に聞こえ出す。

 

もう一頭が自分のところに来た。頭は守ったけど体が痛い、逃げなきゃ、周りは…?

 

「ヒィィ

 

ギィィィッ、ビギィッ、グググ、グ、グ…ヒィィ…」

 

 

黒い何かが一斉にくっつき、次々と血が辺りに飛ぶ。私の目の前でドサッと倒れ伏し、血が目に当たる。反射的に目を拭うと……目の前で多くの黒いけむくじゃらの白牙の……たくさんが、私の前で倒れた馬が、血で染まり中の筋肉繊維が見え始めていた。

 

「い、いや、逃げなきゃ…」

 

目の前で食らいつく存在。それだけで十分、逃げてから考えればいい、手遅れになれば、死ぬ。

 

「あ"っ"、痛ッ…ゔ、ぐ…」

 

右足が動かない。杖はない、剣もない、満足に動かない己の肉体と焦る思考のみ。血がにじみ、脂汗と土にまみれた服は格好の餌食。

 

「助けて、誰か……」

 

背中の後ろで、ガサガサと更に増えていく黒いけむくじゃらが、愛馬を埋め尽くす。馬はもはや血の肉塊となり、もう骨が見えてバリバリと音を立てていた。振り返りたくない、聞きたくない、戦っても死ぬ。

 

「いや、死にたくない、逃げなきゃ…動いて…あぁ、かみさま…ほとけさま…」

 

何度も悲鳴をあげる右足と、体中に打ちつけた痛みが意識ばかりを鋭くして一向に進めない。鈍くなった歩みはただただ、非業な死の現実を突きつける。

 

「…やだ…いやだ…」

 

必死に足を引き摺って悶えて抗う、生きてさえいれば……もっと生きたいのに、ここで死にたくない、痛いのは怖い、苦しいのは嫌だ、早く逃げたい、恐い、助けて

 

 

 

 

「あっ……」

 

 

 

 

左足が痺れる……?

何か、吸われて…痛い!痛い熱いイタイ!

 

「あ"っ"、い"っ"!?」

 

ギヂィと左ふくらはぎが弾ける。

空気感じて熱い、つま先に血が垂れていく。

ツンと血の匂いが辺りに広がる。

 

「いだい、いあっ、やだっ、離れてっ」

「いぎっ、あっ、あ"っ"!あっ、いやっ!!」

 

右足にも食らいつかれた、左ふくらはぎが痛みのあまり乱雑に食い破られて力が入らない、右足の頑丈な革靴すら穴が空き、赤黒い血と指先に強烈な痛みが……ーーーッ!

 

 

「(まずい、死ぬ死ぬ死ぬ、このままだと死ぬ、嫌だ、怖い、どうにか…)」

 

 

……頭が遅れて認識した、やけに歯が鋭い黒い狼だ。この辺りの狼より2,3まわりほど大きいのが、2匹も…いや、まわりにたくさん…?

 

ふと、頭に一頭のかなり大きな黒いオオカミが見えた。ぐふっと鼻息を鳴らすと、肩を思いっきり押さえつけ、より身動きを封じられた

 

 

「えっ? やっ、ちょ、ちょっと、待って、まって!」

「いやっ、あっ、う、うそ、嘘だよね、…ぃっ!?」

 

「ーっぁ!? あっ、いだ、痛い痛いいたいいだい!!」

 

 

 

手先、膝、腕、肩、足先、ふくらはぎ、膝、太ももの肉が食われてる。恐怖のあまり頭が真っ白になって、痛みがもう形容できない、怖い、必死に体を動かしても、だんだん力が入らなくなって寒くなって、意識が途切れて くる

 

 

「…いや、いやぁ…めて…やめて…」

 

視界に、涎を垂らしながら長い鼻でクンクンと嗅ぎ回るそいつらの口元は、私の赤い血で染まっていて…嫌なほど私の鼻腔に血が迫る、…手足が動かない、力が入らない、…まさか! こいつら、動けなくさせて…!

 

…この狼たち、知性がある。しまった、やられた。

 

「ひっ、や、辞めて、あ、あぁ、来ないで、殺さないで…」

「ひ、やっ、や、やだ、やだ!」

「み、耳…あっ、やっ、いやだ!」

「やっ、、噛まないで、お願い、やめ…い"っ!〜っぁ!?!?」

 

 

クチャクチャと咀嚼音が痛みと共に来る。遅れて一斉に、体の残る全ての腹、胸、首、顔、耳、頭部に鋭い歯牙が突き刺さる。恐怖のあまり、麻痺して何も分からなくなった。ただただ恐怖に震え、慄き、意識が潰えるその時まで苦悶の表情と恐怖の心が支配した。

 

 

…………

………

……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこに残ったのは肉片と穴が空き折れた骨が三つ分と、壊れて帆布しか残らなかった木の端材だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

野ざらしにされた血の香りと絶望の記憶を除いて。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10章 「予感」(番外編1)

 

 

 

ガイアの生まれ育った家、父オウルケインと母テレジアの質素ながら広く部屋の多い一階建の平屋だ。ガイアが育ってから、家に多くのものが増えた。

小さな小さな糸車で紡いだお金で王都の魔導紡績機を買い、羊毛を紡ぎ、衣類を織りまた編み、不慣れながら染めたりして、町でガイアと愛する夫のためにお金を得てきた。たまに大自然に身を委ねてヴァイオリンを奏でている。生まれながらの貴族だったが、音楽に惚れ、一時はその身を忘れた事さえある。

 

王都で伝わる保守派のリュートやレベックを使う伝統的な演奏曲よりも、音楽界で最新の流行りであるヴァイオリンの音色に惚れ込み、それから節目を迎えるたびに奏調の中で過ごしてきた。

 

忘れられる鳥籠の苦楽。忘却する我が身の束縛と抑圧。燃え上がる欲求を解消できぬ中で唯一昇華できた自由。生まれながらの恋を知らぬ彼女は男を知らず、礼式上の男女としか知れなかったテレジアは恋も愛も知らず儀礼に育てられた。

ヘウリスコー侯爵家は名のある魔術師の一族であり、魔法王の側近および王の書記として仕えた名誉ある家系を祖先に持つ。その侯爵家の家督たる兄が早逝し次期継承者のテレジアに盲目の恋を与えたのが、当時金等級クランのセブンスソードの1人、人族の男オウルケイン・ビスマルクだ。

 

王都の絵本で描かれるドラゴンとは、どんな子供でも強くて憧れる敵として理想的な存在だ。それを狩れる者は男女問わず、強き者として王に認められるという。勇者は数千の龍を相手に怯まず、勇敢に戦ったというその物語が絵本にされ、王国の建国物語にも記されているほどだ。

 

オウルケインは北にある寒村の出身者だった。初めは貧困と不作に悩み飢えを凌ぐ為に弱小モンスターを殴り噛みつき蹴り殺し食った。…何度か村の人々も飢えとモンスターの恐怖と戦いながら過ごしていると、王都から旅してきたという冒険者がやってきた。彼らは興味本位で貧村を訪れたが、痩身ながら刃の欠けた粗末なナイフを帯びた少年を見て気が変わる。

 

声をかけたその2人は、150年以上前から生きる男のエルフ。異端扱いされた天才の鍛治師にして勇敢な若い女戦士のドワーフの2人だった。

 

 

少年はエルフ(セオドア)とドワーフ(イシュタル)に尋ねられたが一度断る。また10年経った同じ日と時間に2人は変わらずやってきた。痩せこけた少年は成人して青年となり、あまり実らない黒の麦の穂を結んで雪蓑を作っていたところだった。

 

もう一度旅の誘いを問われ、青年は懲りずにやってくる2人にやがて諦めてついていくことにした。作られた剣を渡され、2人と寝食を共にし、5年間の旅で4人に出会う。エルフ、ドワーフ、ヒューマン(人間)、リザードマン、ヴァルキリー、ネコマタ、ハイマン(鳥人)の異種族からなる7人を剣になぞらえた「セブンスソード」は銀等級クランとして結成された。

オースティア魔法王国でクランを結成してから活動の中心地とし、翌年リヒタルゼン共和国の北西にある世界樹の丘にてドラゴン種のモンスターの討伐成功に幾度も成功した事で、金等級クランへと成り上がる。

 

ドラゴン種とは強力な存在であり、存在自体が災害として恐れられていた。その殆どが高度な魔力の知性を持つため、言葉を話すことが多く魔法を扱えるため、龍闇ロンアンの亡骸から生まれたとされている。ドラゴン種によく似たリザードマンとはその出自も能力も異なる。

幼体や最小1m程度の低知能と思われている地脚龍(ランドドラゴン)ですら、たった一体で熟練した騎士団10名の戦闘犠牲を覚悟しなければならない。

 

 

……オウルケインとテレジアの出会いは、オウルケインが26歳を迎えた頃の話に遡る。(テレジアはその当時20歳)

 

テレジアにとって、ドラゴン種とは見たことのないモンスターだった。この街では子供達の憧れの存在であり、英雄像の具体的なイメージだった。それを倒せる者が現れたクランに依頼したテレジアの父ヘウリスコー侯爵は、更なる魔術研究のために、ブルードラゴンとレッドドラゴンの討伐を依頼した。

それを見事持ち帰り屋敷に現れた7人のうち、テレジアが見初めた相手こそオウルケインその男だった。

 

 

いわゆる駆け落ちだ。そこから先の話は2人が語るべき話だ。

 

 

物語は再び現代に戻る。娘ガイアがいつものように町へと向かい、テレジアは織物と編み物を始める。オウルケインは日課の武術と武功<両刀術>を行い魔力鍛錬と肉体トレーニングを怠らず、今では百を越す羊たちを世話している。

2人とも愛するガイアのためだ。幼い頃、ゴブリンに命を奪われかけ、この辺りは殲滅したのでかなり平和になっていた。時折森で外から来たらしいゴブリンのコロニーを見かけては崩壊させ、有害なモンスターと肉食獣(人食い狼、巨大恐竜)を間引きしている。

今でも2人は熱く愛し合い、時に草原でテレジアの美しい音色と歌声と料理を味わい、オウルケインが護っている。もちろんガイアも2人の間にいて、ガイアの将来を楽しみにしている。

 

 

今日も羊毛を紡ぎ、昼になれば2人で食事を取り、夕方に帰ってくる我が娘のためにクリームシチューを手間暇かけて作っていた。

 

 

「ふーんふ〜んふふ〜♪」

 

ガイアちゃんは男の子、いつ見つけるのかしら…楽しみ。愛するあの御方の愛娘…可愛くないわけがない。今の私は幸せ、あの方とこうして暮らせて、大切な子宝を授かって…

 

テレジアは幸せそうにクリームシチューに入れるニンジン、玉ねぎ、ブロッコリー、羊乳、羊肉を調理しながら塩コショウで味を整えていた。いつも3人で使う木製の食器は用意してあるし、鍋は保温できる術式回路を有する寸胴な保温鍋で常にあったかい。

 

「ん、おいし…2人が帰ってくるの楽しみだわ。」

 

味もバッチリ。サラダも水切りして盛り付けを終え、仕込みも終わった。夫の方が遅くて、娘ガイアの方が早く帰ってくる方がよくある。やがて、夜が深まる。

 

 

「ただいま、テレジア。今日も疲れたよ。」

「あらケイン、おかえりなさい。ご飯できてるわ。」

「お、ありがとう。ガイアはもう戻ったのか?」

「いえ、ガイアはまだだわ。」

「そうか、ガイアも年頃だからな…心配はいらないだろう。」

「ふふ、そうね? ガイアちゃん、可愛いから…」

 

「あ、でも心配はあるわ。ガイアちゃんはあなたに似て好奇心が強いもの。」

「…はは、ガイアはテレジアに似たさ。分別もあって頭もいい、昔の君みたいにね。」

「よしてよ、もうっ。ふふ、ふふふっ」

「ははは、まったく変わらないなぁ。」

 

 

2人は食事を取り始める。幸せなひとときだったが、やがて時間が経つにつれて不安へと変わる。ガイアはちゃんと帰ってくる子だ。遅くなるなら毎回伝えるほど律儀な我が子なのだが……今日はそんな事を言っていなかった。

 

2人とも、入浴を済ませたが、顔を見合わせる。

 

 

「…ねぇあなた、ガイア遅くないかしら?」

「…あぁ、遅い気がする。あの子にしてはおかしい。」

 

「…わたし、着替えてくる。あなたは?」

「俺も行く。馬を連れてくる。」

「ええ、分かったわ。ケイン。」

 

 

自分の部屋に向かい、『7つの剣』の刀剣闘士として愛用するアダマス鋼鉄の大剣を手に取り、革鞘に納める。竜鱗であしらった赤のマントと青の鎧を着込み、冒険の中で使える全てを詰めた布袋のアイテムボックスを腰革ベルトにくくりつけた。

 

部屋を出て家の玄関を通り過ぎ、もう一つの馬小屋に向かう。三匹いる愛馬のうち、古株である少し老いた黒馬だ。テレジアと出会った頃の冒険者時代を共にして以来、ずっと見守ってきた彼もその空気を察し、こうべを垂れた。

 

「ノワール、すまない。力を貸してくれ。娘が帰ってこないんだ。」

 

静かに答える。戦鎧を纏い、使い込まれた鞍を身につけた。彼を乗せて、彼のつがいを待つ。

 

やがて扉は開かれた。

 

 

「待たせたわ、あなた。」

 

 

木の宝石杖に赤いフード付きドレスに身を包んだテレジアは、オウルケインの後ろ背中に飛び乗る。黄金糸の刺繍が施された紋様は彼女の魔術行使を補助するものであり、由緒ある炎魔術は侯爵家に相応しい強き力を継承している。

 

オウルケインが手綱を握り、テレジアが後ろから手を添える。テレジアもまた動物に好かれる体質であり、黒馬ノワールも侯爵家に代々仕える名高き馬だ。ノワールもまた誇りを持ち、主人の為に山野を駆け老体に鞭を打つ。……主人の娘ガイアも、またよく接してくれた。ノワールとしても無視はできぬ。

 

「ガイア、どこだ!」

「ガイアちゃーん! どこなのー!」

 

周りを見渡しても見つからない。…とすれば、町に行く必要がある。家の馬車も戻ってきていないなら、町に居る可能性が高くなる。

 

「ケイン、空に灯りを灯すわ。」

「わかった、テレジア。やってくれ。」

 

『原初より生まれし創生の焔よ』

『我望むは熔解する炎海』

『来れ、悠遠なる星焔よ』

 

旧き魔術の術式を構築し、術式を詠唱する。頭の中で理論を展開して心の中に宿す。そしてその発現を促す。得られた太古の炎を空へと放ち、擬似的な星を夜空に作り出した。

 

あたりが昼のような明るさになる。それでもなお見つからず、オウルケインは離れるにつれて夜目に特化するため肉体強化魔法(武功)を、己の目に掛ける。瞳は金色に輝き、瞳孔が万物の闇夜を全て見透かす。

 

「おぉーい!ガイアーッ!」

「ガイアちゃーん! どこなのー!」

 

パカラッパカラッと黒馬の蹄が大地を踏み越えるが、どこにも返事が見当たらない。2人と馬は森と泉の町<ヴァイスシュヴァルツ>へと向かった。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

一方、町の南門には町の自警団が詰めている。東と西は見回り程度に門と城壁の上でモンスター達の動向を監視している。

 

ガイアから貰ったピザを食べ、多くのものが非番として眠りこけていたところで…突如、伝令として自警団の1人がやってきた。詰所の木の扉をドカンと派手に開け、金属鎧の擦れる音と共に荒い息声を上げる。

 

当然、この場でベッドに寝ていた者、机に突っ伏していた者。不寝番の者、そして酔いどれの団長が顔を上げた。

 

「ほ、報告しますッ!」

「南門より方角2時の方角にて強い光源を確認ッ!」

「魔法か魔術、及び魔法銃の照明魔光弾によるものと思われる!」

 

「再度報告しますッ、強い光源を確認ッ!指示を!」

 

「…光源の位置はどこだ。」

 

「はっ、南門の草原一帯…おそらく十数キロメートル先と思われます!」

「光源色は赤ないし白、緊急かと思われます!」

 

 

酔いどれの団長は顔付きを変えた。

 

 

「総員、緊急態勢に移行せよ。ラルフ、君はオズモンド男爵に通達し、町の防御支援を要請し、連携を取り付けろ。 私と10名は馬を用意し次第、ついてこい。残る者は町を守れ。

 

異論はあるか?」

 

 

「「「ありません! ボニファーツ団長!!」」」

 

 

「死ぬなよ、野郎ども。」

 

 

団長は手慣れた様子で金属鎧と愛用の長柄大剣(全長3m)を従者に持たせ、信号弾を撃てる魔法銃と数種類の色煙弾を腰に帯びる。他の10名は手慣れた槍や剣を持ち、更に半数は強力なボウガンを背負い込む。

 

町は緊急態勢となり、次々と伝令の為の馬が走っていく。領主たるオズモンド男爵にも伝わり、騎士団が町を守る。緊張が走り、町の者達も気がつき起きる者も増えてきた。

 

 

団長はふと、嫌なほど晴れた黄色い満月を見ていた。昔、魔物が多く町に入り込もうとした時も、曇った日や雨の日ではなく、月の光がまんべんなく降り注がれる快晴の日だった。

 

 

「…月の魔力かぁ。星々の光が隠されるほどのもんだしなぁ。」

「嫌な予感がしやがる。…オウルケイン夫妻は大丈夫だろうが…」

 

憎らしい月を仰ぎ見て、悪態をつく。我が両親や友、親しい者を多く奪ったモンスターをいつも思い出す。憎しみを持つことは考えないようにしているが、常に苛立ちを覚える。

 

「…いい加減、消えやがれってんだ。くそモンスターどもめ。」

 

 

厳重な門扉が開門され、精鋭たる町の自警団が動き出す。取り決めとして大きな光源を見つけた時は、何らかの助けを必要とする時。……昔から変わらずある、この町ならではの掟に従って、男たちは突き動かされる。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11章 「恐るべき死はいつだって突然、訪れる」(番外編2)

 

ラルフと呼ばれた伝令兵は町の北側、オズモンド男爵の"屋敷城"へと向かっていた。

 

男爵の邸宅は"屋敷城"と呼ばれている。堅牢にして真新しい石の城塞は、ここ最近のモンスター襲撃に備えたものである。地下と城内を含め200人ぐらいしか篭れないが、女子供を守るためには十分すぎるほどだ。そこまで攻め込まれた時は、自警団も騎士団も壊滅している。

 

かつてこの町には騎士団がやってくることは無かった。東にある海の港町か、その経由地点として訪れる事はあったが、常駐する事は今までなかった。御歳31になるオズモンド=フライヘア=ケインは、騎士60名と使用人32名を抱えるこの町の領主だ。

 

元来、この町は町長が治めてきた。つい10年前、オースティア王国より10年前より派遣された成り上がりの男爵であり、元は平民だった男こそオズモンド男爵だ。知識不足だが品性があり、野心家だが民を思える騎士らしいプライドを持つ。彼には分家の姉方の正妻がいるが、この町出身の側室も1人居る。

 

平和な世となって300年余り。当時を知る長寿のエルフですら天寿をまっとうしてしまい、生きた歴史を持つ者は王都では誰もいなくなった。人族の魔法王も今は4代目、若くして魔術への先見性と政治<まつりごと>に優れた才覚を持つとされているが、これまであった伝統を見直し新たな時代にしようとしている革新派だ。これまでの王に付いた臣下はみな保守派であり、平和であったこの時代に波が立っているという。

 

若き伝令兵は団長や先輩の言葉を思い出しながら、屋敷城の門をくぐり抜けて行った。

 

 

 

 

場面が変わり、オズモンド男爵の自室。

 

彼は上裸のまま油ランプの弱々しい光源の中で本を読んでいた。…彼のベットには裸の女が2人居る。すやすやと心地よく眠る2人は仲良くはないが、こういう時だけ結託したかのようにやってくる。

 

 

「…港町は問題無いとして、こっちの農村は不作か…この村は豊作、麦が多く取れたか…うーむ、商団は変わらず、ならここをこうして食料と物資をこの村に送るとして、ここを補填して値をあげて…」

 

 

眠れない時のルーチンだ。騎士見習い時代は復習を重ね、騎士時代は兵法を頭に叩き込み、今は民衆の心を掴むべくの各地の報告を受けている。正妻はやって当たり前と貴族らしく接してくるし、もう1人の妻は凄いことじゃないですかと男の気心を癒してくれる。

 

「ふ。今の身分でも悪くないものだ、公爵や侯爵、いや王を目指そうとしたが……こうした日々もいいものだ……」

 

この町で取れる葡萄の赤ワインを喉で味わう。漂う香り、鼻をくすぐる味わい、目を愉しませる色合い、この全てが血税で作られている。人は1人ではない、だからこそ率いる者がいなければバラバラになるし、力がなければ正しき事を正しく為せない。

 

 

「……(コンコン)」

 

「む、誰だ。」

 

「夜分申し訳ありません、マーシャです。自警団の者より、緊急通達とのこと。どうなさいますか?」

 

「通せ。客間に向かう、外套を用意してくれ。」

 

「仰せのままに。」

 

白のバスローブを羽織る。普段なら身を整えて正装に身を包むが、今は何か起きたのだ。時間が惜しい。

 

…ふと目があった。妻のナターリアだ。

 

「…行くのね。」

 

「ああ。」

 

「行ってらっしゃい。」

 

まだうら若い町娘のレミリアを抱いたまま、ナターリアは見送ってくれる。扉を静かに開き、先へと向かう。

 

「マーシャ、状況は?」

「はっ。町に影響はまだありません。」

 

「ならば良い、追って指示をする。」

「仰せのままに、我が主人(あるじ)。」

 

 

理知的な青を象徴する青に四角の黒の台座と、しなる槍を二つ交差させた紋章を象った、下賜されたオズモンドの家紋を持つ大きな軍服調の青いロングコートを着込み、脱ぎ履きのしやすいハイカットブーツを身につけて客間へと向かう。

 

メイド長のマーシャを始め、廊下で待機する執事、メイド達のそれぞれを受け取りながら進み、客間に向かう頃には立派な軍服姿のオズモンド男爵になっていた。

 

 

客間の扉が開かれると、自警団の伝令兵らしき若き男がソファーの上で水を飲んで待っていた。…主人の姿を認めると、すぐに席を立ち、膝を折ってこうべを垂れた。

 

「オズモンド男爵だ。作法は省く、要件を述べよ。」

 

「はっ、南門にて緊急の照明信号を確認。敵は未知数、距離は10数キロメートル以内。現在自警団による緊急配備を取っております。

 

またボニファーツ団長を含む10名の先遣隊が既に出発、現在に至ります。」

 

「我々の事はなんと?」

 

「町の防衛を要請…と。ボニファーツ団長よりそう伝言を預かりました。」

 

「…分かった。君は戻ると良い、準備でき次第、我が騎士団を順次送る。現場の長にそう伝えてくれ。」

 

「承知しました!」

 

伝令兵は脱兎の如く立ち去った。

 

 

「…マーシャ、聞いていたな?」

「はい、主人。」

 

「我が騎士団60名は、これより町の防衛地点に配備。準備ができた者は南門の自警団と連携し、直ちに強固たる守りとせよ。不足の事態が起これば通信兵を持って一報し、私の指示を待て。

 

また2人は、私の甲冑と武器、信号弾と魔法拳銃、地図を用意し、執務室に向え。」

 

「…承知!」

 

 

マーシャが走り出し、各使用人達の動きが慌ただしくなる。通常、冒険者や町人が撃ちだす事のある照明弾は、どんなに小さな事でも"予兆"を示す。もちろんただの野生動物や人間1人"程度"の犠牲で済む事もあるが、そうではなかった時の悲惨さは恐ろしい。

 

平和とされている今の時代でも、50から60のモンスターが群れとなり石壁を超えて人を喰らいに来るし、自警団が存在するのもその為だ。王の管轄下にある騎士は現代の司法警察に近い。村に税を課すものの、重税とせず最低1人でも置くようにしているのも、人間側で馬鹿な真似をする者を出さない為だ。

 

(歴史上1000年ほど前、たった1人の愚かな者が何も働かずぐうたらして不平不満を垂れていた者が、追放された事で逆恨みして滅ぼされたというとある国の話だ。人に化けられるモンスターが国中で潜み殖え、国家転覆させられたというものである。……その国は苗床となり、今もどこかで人とモンスターの混血=魔族を産み続けているという。)

 

 

一人の男たるオズモンドは、男爵として考えを巡らす。また騎士としての精神が己を律し、勇敢なる者達に配慮を思うことができる。

 

 

……やがて、三つの門上から篝火が灯される。本来は灯すなど自殺行為だが、同時に大群を一箇所にまとめられる効果を期待できる。しかも、この町には"魔術に頼らない"火薬職人がいる。奴は狙撃の名手にして爆薬のエキスパート。……奴の奇妙奇天烈なトラップのおかげで、自警団・騎士団双方の被害が大幅に少なくなり、町の者達も兵站に参加できるようになった。

 

 

「…ロック。メイナ。信号弾の備えは?」

「「はっ、用意してあります。」」

 

「そうか、二人は確認を頼む。地下の北口の方角も念のため…な。」

 

「「承知しました」」

 

 

万が一しかないが、この屋敷城の地下通路に通じる避難口もある。元は町の大昔からあった水中洞窟が利用されてきたものだ。今は魔法王国オースティアより下賜された宝玉「ネレイの球簪」を使って水路を退け、一種の避難シェルター兼通路として空間を用意してある。

 

 

 

「……」

 

男爵の貴族たる資格というよりは、身体に染み付いた騎士としての心得。戦闘衣を見に通し、左胸と脊柱だけを守る特注の鎖帷子を仕込み、フルプレート・アーマーを着込む。

バイザーを開ければ、男女の従者が長大なエストックと小さなダガーナイフを渡してくれる。…二人は"火薬銃"を手に取り、煙の出る前込め式の長筒に火薬、刻まれたどんぐり状弾頭を細杖で押し込め、打ち火薬(銃用雷管)を専用打ち金に取り付けている。

 

そして手慣れたように二人は巨大な穴の拳筒に、紙で包まれた物を中に込めた。…紙にそれぞれ黒、白、赤、黄、緑のマーカー線が引かれており、それぞれ紫煙と燃焼光の持つ色合いを示している。

 

(当然、この世界では"存在し得ない"、アルミと酸化鉄とマグネシウム燃焼を利用したテルミット反応を応用して作られている)

 

(加えて、この世界の住民は"魔力=マナを込めて放つ発射器"の魔法銃すら知らない為、マスケット銃はおろか銃の概念すら知られていない)

 

 

……東、西、南門より、緑の煙と閃光が上がる。

 

 

「各門より戦闘態勢を確認!」

「了解。引き続き、監視にあたれ。」

 

「オズモンド様。南の方角より……ええとかなり遠くでしょうか? 黄色の信号弾が確認できました……」

 

「…メイナ、ソウガンキョウとやらで監視を続行しろ。逐次、何か変わったことがあれば頼む。」

 

「承知しました!」

 

 

黄色…つまり、先遣隊は能力以上のモンスターと交戦中…あまり芳しくはない。緑が昇れば撤退、黒が上がれば壊滅…

 

 

「オズモンド様! 信号弾による赤色の光を確認!…そ、そして、なんて数なの…!?」

 

「メイナ、何が見えた?」

 

「お、オズモンド様…こ、こちらを…」

 

震える手で渡された"双眼鏡"とやらを両手で持ち、己の見える範囲以上の距離を見渡せる。赤い照明で照らされた周囲に……濁流のような黒い、蠢く何かが大量に迫っていた。

 

満ちたる青月に照らされる中、同時に赤い光のようなものがいくつも散らばり、自警団らしき物数が黒い濁流に飲み込まれつつある。また黒い濁流の中でなんども穴が空くような動きがあり、…自警団らしき物数の所で何度も起きている。

 

 

…くっ、これはどうしたものだ! 我々に対処できるレベルを超えているように見えるが、見殺しにすべきではない!だが見殺しにしなければ、守りを手薄に…

 

「オズモンド様…み、見えましたか…?」

 

「……、むぅ、これは……」

 

 

男爵は悩む。悩んだ末に、決断をする。

 

 

「…ロック、通信兵に角笛と太鼓を用意させろ。これは緊急事態だ。

 

町の住民を避難させ、勇気あるものは戦闘及び兵站に参加させよ。……籠城戦だ。」

 

「オズモンド様!それはつまり…!」

 

「時間が無い!急ぎたまえ!」

 

「し、承知しましたっ!」

 

 

男爵は頭を抱える。悩んだ末に、通信兵に緊急的な奏楽で町全体に通告する。……やがて教会の鐘が鳴り響き、町全体が慌ただしくなる。

 

 

「…守らねばならんのだ。民のために、奪わせはさせない。悪魔どもめ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オズモンド男爵は決断を下す。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第12章 「蒼き月光」(番外編3)

 

 

自分の名はウィルバー。ただの農民だ。冴えない男のつもりだった。20代の頃に誘われて自警団で遊んでいたなんでもない男だった。

 

なのに今じゃ、ボニファーツ団長と呼ばれている。20年ぐらい前は人一人も抱えられねぇ貧弱なもやし男だ。今は男二人でも抱えて逃げられっけどな。がっははは。

 

自分のことをボニファーツボニファーツと呼ばれると食われた父を思い出して胸クソ悪いが、今は気に入っている。ハゲた頭は望まないが。

 

あの当時は弱かった。町を守ったっつー話は虫のいい話で、本当は町の奴ら俺たちを見捨てて門を塞ぎやがった。今じゃ美談にされてるが、あの当時は騎士団も居ない。強いやつもいない。まぁ……理解も納得もしたからいいけどな。あの時代に生きてた奴らは知らねぇし救いもしねぇ、勝手にどうぞ。

 

ま、なんとか死線掻い潜って仲間のガントレットや盾、槍に弓、亡き前団長の両手剣を使ったりしてなんとか生き残ったが……今の若モンは平和ボケしてやがる。自分の話をすりゃ、耳に穴空いたみたいに興味津々で聞いてくる。ま、嘘もあるが、都合の良いもんだ。失望して辞められても今困るしな。未来ある前途多望な若モンをへし折っても意味がねぇ。

 

 

時刻は真夜中、黄金色から青色の満月だ。フツー青色ってのはねぇ、赤色もそうだ。マナを帯びると空間越しに月の色が変わるのはよく知られているが、それが魔力を持ったモンスターの中で魔法を使う奴が使っていると色素が見える時がある。

つまりだ、それが月を覆うほどってことは……おかしいってことだ。

 

 

 

 

 

 

「……団長!おかしくないですか!?」

「あぁん?…静かだな、前の4人を下がらせろ。」

 

 

前4人、後ろ5人の翼陣形で真ん中に位置していた先遣隊は一度近くに固まる。

 

 

「…おかしい。お前ら、用意しておけ。バリスタ組は支援、矢を番えておけ。ランサーの4人は4方向に分かれろ。遊撃兵のノーク。お前は俺の近くに来い。」

 

それぞれ馬に乗った自警団のうち、長槍を持つ4人と強力なボウガンを持つ者は各方角へ。ノークと呼ばれた弓と剣の男は中央の団長の側についた。

 

 

しばらく前を進むと、暗いながら照らされた闇夜の草原から燃え盛る幾つかの小さな炎、そして一頭の"死んだ馬"の近くに居る二人が見えた。

 

 

オウルケイン「…自警団か! しまった!」

テレジア「!? 来てはダメです!」

 

 

二人の反応に思わず戸惑いを見せる9名の若者たち。ここにきてウィルバー・ボニファーツは致命的な事に気がついた。

 

 

「…囲まれている、だと、!?」

 

 

黒いもやに…いや、これは…!

 

 

ボニファーツ「円陣を取れッ!」

 

咄嗟に…信号拳銃に黄色の照明弾を詰め、上に放った。

 

 

「な、なんだこれっ」

「でかいぞ、数が多い!」

「待ってくれ、これどうするんだよ」

「団長、ど、どど、どうしますかぁ!?」

 

 

動揺も大きい、これでは逃げる事も出来ないだろう。…"危険"を知らせる赤色の照明弾を続けて撃った。もはや自警団の能力を超えた存在と対峙しているのだ。ボニファーツはその一瞬を酷く焦り、自分も円陣に加わっていたならばと後悔する。

 

 

「ヒィギィィン!?」

「のわぁ! えっ…?…あっ。いだおあぁああぁぁ!?!?」

 

 

円陣を取った時点で、まずかった。一斉に動いた黒き濁流は馬に食らいついた。パニックによって逃げ出さなかった戦馬だが突然血を噴き出して倒れ、乗っていた一人が濁流の中に飲み込まれた。そして簡易的な金属鎧がひしゃげ、鎖帷子と外套(メイルとギャンべゾン)が意味をなさず破れ、みるみるうちに素肌と血が出ていく。頭部のヘルムも意味をなさぬかのように首からもげてしまい、また若者の叫び声が小さくなり……

 

一匹が倒れた事で団長含む馬が暴れ出した。ボニファーツは咄嗟に飛び降りれたが、未熟なものは振り落とされ運が悪ければ濁流に投げ出され飲み込まれていった。手練の者も馬を降りたが体勢を崩し、濁流…"複数体の黒い物体"に引き込まれて、こちらに手を向けて救いを求めたが…むなしく食われた。誰もが、9人とも飲み込まれ、そしてボニファーツの首元にも魔の手が…

 

 

「っクソッタレ、てめぇの幻覚は見抜いてんだよ!」

 

見える実体とは"外した"ところに両手剣ツヴァイヘンダーを振り落とした。ギュブッと音と共に、腰丈ほどの大きくけむくじゃらで白銀色に鋭く光る……黒い狼が血を噴かして痙攣させていた。

 

オウルケインがテレジアの背中を守り、テレジアが特大火炎級を放つ事で濁流が"狼の集団"に変わった。

 

 

オウルケイン「…見つけた、ヤツだ!」

テレジア「私も見つけた、アイツだけ何か変だわ。」

 

激昂して血が昇り始めたボニファーツの目に、"頭のコブが大きな"成人男性ほどの…より大きな、黒く目の周りが赤く光る大狼が遠くにいた。"あいつらの首をくわえて、ペロリと飲み込みやがった。"

 

「こいつか、さっきから頭をつん裂く野郎は……仲間を食いやがって……ゆるさねぇ、テメェだけはッ、絶っっっ対に許さねぇっ!!」

 

 

 

テレジア「ダメです、ボニファーツさん!」

オウルケイン「危険だ、ボニファーツッ!」

ボニファーツ「うるせぇ!どいつもこいつもうるせぇ!!」

 

オウルケインの分厚く盾にできるほど大きなアダマス鋼鉄の両手大剣とはまた違った、長大で細長いマルテンサイト鋼のツヴァイヘンダーを肩に掛けながら、若人たちのロングソードを拾い上げて黒き濁流<黒狼の群れ>へと単身突っ込んだ。

 

拾い上げたロングソードを切り払いつつツヴァイヘンダーで叩きつけ、薙ぎ払うその姿は狂戦士に近い。バーサーカーとしての職業スキルを持つ彼は狂気を身に宿す事であらゆる怪我も痛みも忘れてしまい、自我を忘却して全てを破壊し尽くす。彼の振るった長剣が刃こぼれをおこし、その度に投げつけては飛び跳ねて縦横無尽に切り伏せ、怒りに狂い殺し尽くす。

 

ボニファーツ「ウガァァアア! 斃れろ、朽ちろ!骨まで滅びろ!全部殺してやる、悪魔どもめ、赦さない許さないユルサナイ、全部死んでしまえ!死ぬまで詫び続けろ、テメェらの肉すらひとかけらも残さねえッ!」

 

 

オウルケイン「あぁもう、テレジア!」

テレジア「ええ、あなた!」 

 

「いにしえより存在せし者よ、空翔る崇高なる者よ!我らに加護を!」

『黒き炎よ、因果に従い、敵を滅せ!』

『白き焔よ、我と彼等を包み癒やせ!』

 

「両刀術、斬・土竜ァ!」

 

 

無詠唱で両手から白と黒の炎が現れ、更に詠唱した彼女の魔力をローブの金刺繍が増大させて古代精霊を召喚させる手助けをする。

オウルケインが大剣を上空に向け、地面ごと”斬り込む”形で振り上げ、大地が隆起して一種の土柱としてエネルギーを放ち、中心の衝撃波が黒狼たちの体を弾き飛ばす。

 

黒く燃え上がる炎が放射状に広がり、白い炎に包まれたテレジアとオウルケイン、ボニファーツを除く半径10mの全ての黒狼に”着火”し、黒く燃えながら血肉と魂をドロドロに融かし焦がしていく。二人を包んだ白い炎は優しく二人の傷や疲れを燃やして再生してくれる。

 

・・・テレジアの赤ローブの金刺繍から、一匹の燃え盛る鳥が飛び立った。紅色と紫色の炎をその身に宿し大翼で熱風を起こす巨大な鳥が地に舞い降りた。黒き濁流は近づこうとしたが熱風の起こした空気に押し返され、近くに居た黒狼は酷い火傷を負った。

 

 

「不死鳥フェニックスよ!我が血の盟約をもって命ずる、我らを守護したまえ!」

 

 

燃え盛る紅蓮色の巨大鳥は了承するようにテレジアのその手に頬ずりすると、翼を羽ばたかせて空高く舞い上がり、天空を飛び回るようになった。

 

不死鳥の甲高い声と共に、天から照射された火柱が何十本も降り注ぎ、数十体の黒狼たちを貫き焼き払う。

 

 

だが、まだ数百体も目に見えている。頭領らしき成人男性ほどの大きな黒狼はヒョイヒョイと避けており、迫るボニファーツの狂刃を異常発達した爪と牙で斬り合いをしている。しかもよく見ると赤いオーラのような影を伴っていて、周りの黒狼が巻き込まれ殺されながらもボニファーツを仕留めようと捨て身攻撃をしている。

 

もちろんテレジアを厄介な存在として四方八方から一斉に飛びついてくるが、アタッカーにしてディフェンダーのオウルケインが全て切り払う。オウルケインに危険が迫れば小さいながら全てを焼き尽くす火球・・・「初級魔法ファイアーボール」を、最小ながら最高峰レベルの火力で放ち援護している。

 

 

オウルケイン「大丈夫か、テレジア!」

テレジア「ありがとう!ケインも!」

 

ボニファーツ「おらおらおらどうしたァ!? さっきより疲れてんぞ犬っころ、雑魚どもは引っ込んでろおらぁ!」

 

「てめえだけは死んでも殺し続けてやる、9人の俺の仲間を殺しやがって、エースのノークまで殺しやがってェ! アンソン、セシュア、エレムント、ローガン、リフ、ラエラン、ウラヌス、ソロコフまで喰らいやがって・・・罪を償わせるまで恨んでやる!くそったれの犬め!地獄の果てまで墜ちろ! 墜ちても滅して殺し続けてやる!!」

 

「おらおらおらぁ! 腕食ってもまだ戦えるぞ! 脚無くても油断するなクソっころが! てめえらだけが噛みつきの専売特許じゃねぇ! 人間様だってあるんだよ頭使えッ!」

 

 

もはや人ならざる動きで黒狼のバケモノと対峙していた。肉を切り血を噴かせようが無理矢理動かし、骨を折って腕や脚が曲がろうがぶん殴り、口を使って噛みちぎり・・・・・・再生しては人間の痛覚を越えた限度のおかしいゾッとする戦いを繰り広げていた。テレジアの『再生の炎』によって回復が追いついているとはいえ、歴戦のオウルケインですら怖気を覚える戦い方だ。

 

全身を武器とし、更に9人分の剣や折れた槍を投げたり使い潰したり、残された矢をナイフのように刺し殺したり、死んだ黒狼自身を肉盾としたり、牙をもぎとって目や鼻に差し込んだり・・・・・・果てに不死鳥フェニックスが起こした火柱に蹴飛ばしたり、わざと飛び込んで誘い込んだりと、もはやこの男はおかしい。

 

 

オウルケイン「あーもう! テレジア、疲れてるだろうがまだ続くぞ!」

テレジア「え、ええっ、私も頑張るから!ケインも油断しないで!」

 

ボニファーツ「アーッハッハッハッハッハァ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・30分に渡る戦闘の末、1000頭を率いた黒狼の一団は壊滅した。逃げゆく黒狼たちは後から応援として駆けつけてきた騎士団、冒険者のパーティが遊撃戦を開始し、オウルケインとテレジアはその援護に回った。

 

ボニファーツは長い死闘の末、仇を討つことができた。顔まで真っ赤に染まる哀しき男の後ろ姿は、ただただ青い満月を見つめていた。彼は虚ろな瞳でただただ、9人の名前を何度も呟いていた。

 

武勇伝に謳われる勇士でもなく、酒臭く陽気に絡んでくる気さくなハゲのおじさんでもなく、ただただ奪われた瞳の光を持ち絶望を知る顔の深く暗い男の姿だった・・・・・・。

 

 

死者10名。奇跡的に人命が少なく済んだこの一件は、同時に大きな悲しみをもたらすこととなる。うち9名は自警団員の若き者たちであり、将来が有望視されていた実力者達だった。町に被害が一切出なかった事は喜ぶべき事であったが、ボニファーツはその後行方不明となり、自警団員に大きな影響をもたらす事となった。

 

 

最後の1名は……ガイア・オウルケイン・ヘウリスコー。元黄金等級冒険者オウルケインとヘウリスコー侯爵家の長女テレジアの間に生まれた愛娘である。短い時間ながら愛されたその愛くるしい容姿ととても珍しい白髪と人柄の良さは、良くも悪くも町の多くの人々に影響を与えていた。……あの夜の翌日、馬車だった残骸と、砕け散った三つの骨粉が見つかった。町ぐるみでの必死の捜索の最中、南門で当時担当していた門兵が"形見の鉄杖"を発見した。そして、その近くで凄惨たる現場を見つけたのだ。…その彼も精神疲弊し、実家に帰ったという。

 

 

多くの者に深い傷跡を残したこの事件は、後にこう呼ばれる。

『蒼き月光に喰われた者たち』……と。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【主人公紹介】 Ver.3.2.23

名前:清水啓介

  :ガイア・オウルケイン・ヘウリスコー

年齢:15歳 女性(生前23歳 男性)

身長:150cm (生前170cm)

体重:約45kg

生誕:9月の頃(生前3月6日)

 

平成10年生まれの普通の男性。両親(真人、景子)と兄と妹(遼太郎、香織)がいた。センター試験合格で偏差値50台の一般大学に通い、適当に卒業した。借りた奨学金があり、卒業と共に関東圏の駅近くで一人暮らしを始めた。

 

大学時代から通っていたアルバイト先の大手食品スーパーに就職し、正社員として1年目を送っていた。習い事として空手をずっと続けていた。強盗事件発生時、新人後輩の藤丸萌佳(18歳)を庇う形で犯人のナイフが心臓に刺さる。低酸素状態による出血多量で死亡する。

 

習い事として空手の他、趣味として写真、TRPG、サバゲーをやっていた。

 

死後、・・・本人も知らぬ間に転生したことを知り、産声を上げた際に「羊水の中にいた」事を自覚する。幼い頃から分からぬ言葉と格闘しつつも、生前の記憶から両親を常に驚かせてきた。

 

 

15歳の時、殺到した黒狼に食い殺された。

 

 

 

・第二の両親

冒険家の父オウルケイン・ビスマルク(42)と、王国のへウリスコー侯爵家だった母テレジア・ヘウリスコー(36)の元で生まれ育つ。テレジアはビスマルクに恋して駆け落ち、王都から離れた森と泉の町ヴァイスシュヴァルツの近くで羊を飼い育て、暮らしていた。

 

オウルケインは金等級冒険者で剣の名人であり、黒等級を夢見て目指していたがテレジアの熱い求愛に寝負けし、人里離れた所で深く愛し合った。テレジアは侯爵家の家督長女であった為、当時は相当行方を捜索された。20年経った現在は侯爵家から絶縁という形になったものの穏やかな関係が密かに続いている。(侯爵家は病死した兄の代わりに弟が継いだ)

(伯爵家の由来は、火にまつわる強力な魔法と、"血の盟約"たる古代魔術が記された秘宝"不死鳥の紅宝石"を代々継いでいた事にある)

 

ブラウン系アクアマリンの瞳のオウルケインとブロンドヘアと赤の瞳のテレジアから生まれたガイア(=清水)は銀髪碧眼だった為、驚きながらも大切に育てられた。父からは魔術と剣の扱い方を(しぶしぶ)、母からは料理(とヴァイオリン)と言葉を教えてくれた。

魔術どころか最底辺の魔力でも扱えるはずの生活魔術を扱えず、森と泉の町ヴァイスシュヴァルツの水の女神ステュクスを祀るアークフィア神殿の神官によると、魔力=マナが0に等しいのだと言われている。

 

・魔法、スキル

 

魔法「無し」

スキル「無し」

 

職業適正 (10歳当時)

「戦闘系△」

「魔術系×」

「魔法系?」

「神官系x」

「生産系○」

「一般系○」

 

「魔力皆無?(マナ未発達異常)」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第XIII章 「生まれた意味が無くとも」

 

 

…………、

………、

……。

…?

 

「ふぁあぁ!?」

「な、なんなんだよ、さっきのは…くそっ!」

 

またいつか見た時の真っ暗な空間だ。自分の体が見えない、生まれた時のような…もしかして、また生まれ変わるのか…?

 

そうだとしたら、寂しいな。せっかく楽しかったのに。辛いことはあったけど、生まれ変わるなら仕方ない。…次はどうなるのだろう? そもそも、次も生まれ変われるのは人なのだろうか?

 

 

それから、何日も数えた。何日もう経つのだ?

1週間経った。気がする、あまりに何も無い。

1ヶ月経った。もう何日の週目か覚えていない。

もう何日経ったのだろう。何月かすら分からない。

 

 

「…いや、おかしくないか? 私の時の声のままだし。」

「ふわふわしてないし、地に足ついているし。」

「暇だなぁ、痛いのはもう嫌だが、何も無いのもなぁ。」

 

 

……そして、さらに時が流れ、何日か経った。

あまりに時間が経ちすぎて感覚が麻痺してきた。

 

 

これまでを過ごした日々が走馬灯として流れてきた。かつて清水として死に、ガイアとして生まれ育ち、それから私は……

 

 

「……? あれ、わたし、体が……」

 

体が、見える。それだけでおかしかった。その場に笑い転んで、息が苦しくなるまで笑っていた。間違いない、胸に少しあるこの重さ……私の体だ。服を着ていない一糸纏わぬ姿であり、足の怪我がなければ綺麗だったろう両足も、今はとても軽やかだ。

 

草原の風のような、どこか心地よいそよ風を感じる。これが死後の旅立ちだと言われても疑えないほどのそれは快く……いや、これが現実だ。目覚めたが、夢じゃない。俺は死んだ。現実だが非現実的で、でも今を受け止めろ。今起きた事が事実なんだ。

 

「…ファンタジーの人生から目覚めたのか、現実を夢見ているのか、どっちなのかもう分からないや。ははは…」

 

 

大きくボディーランゲージをすれば腰まで続く銀に近い白髪が肩から前に流れ、ピンク色の肌を隠した。重力はどうも働いているらしい…? 真っ暗闇で何も見えないはずなのに、真っ暗な空間の上に足がついているこの状況をツッコミたい。

 

1人ツッコミをしても何も変わらないが、しかしうーむ…どういう変化なのだろうか?体は15歳の時っぽく見える。ある程度トレーニングしていた、ほどほどに筋肉がついた体のようだが…

 

「あそうだ、腕立て伏せできるな。」

 

アホみたいに腕立て伏せしてみた。やり過ぎて疲れたしほどよい筋肉痛が来る……と思いきやこない。汗もかかない。息切れもしない。

体は筋肉破壊されたと思いきや痛みなく動けるし、頭側の神経が疲れただけのように思える。いやどういう事だ?!

 

 

「…いやどういうことだ!?」

 

「ちょっと待って、軽く50回やったんだけど……。ええと、汗かいてないし、というか体の重み感じないし、頭だけなんか疲れた感じ……あ〜、疲れた。…死んだっていうのに、なんだか自覚が…いや、食い殺されるまで怖かったし、死ぬほど苦し…いや死んでた。」

 

 

ごろんと仰向けになったが何も変わらない、光のない闇の中だ。お腹も減らない、喉も乾かない、眠くもならない。ひたすらに生かされているかのようだが…ふと今気がつくと、今みたいなことを感じたわけだ。

 

だがそれは体が見えない間の話。今は見えている、つまり変化が起きたのだが…生体現象らしき身体変化は何もない。寒くもないし、1人だけだから羞恥心もないが…

 

 

「…何も変わらないなぁ。女の子になっちゃったけどおっぱいはちっちゃいし、いや揺れなくて楽だけど。せめて胸がもうちょっと欲しかったなぁ、自分で触るのだとなんか虚しいし…」

 

性別がかわったらといって、体質と服が変わっただけで内面に大きな変化は無い。あるにはあるのだが、劇的なものではないので、今も退屈に感じるほど自分にとって普通なものになってしまった。

 

 

「…あーあ、なんも起こらないってのもつまらないなぁ…」

 

 

それからかなり長いことが立った。一人遊びをしてみたり、筋肉が破壊されず神経系の発達がせずとも、練習する事に意味があるので体を動かしていた。そして退屈をしのぐ中、チートデイとして何もしない時間を設けて物思いに耽っていた。

 

すると突然明るい光が差し込み、目を刺激する。

 

「うわっ、まぶしっーーー」

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

……、

…!?

 

「うわっ、さっむ!?」

 

 

思わず全身を包む寒気と"背中の冷たさに震えた。さむい、 さ む い 、 お おなか、 減った、さむいさむい…

 

 

「あぅあぅあぅ…(がくがくがく)」

「だ、だだだ、だん、とら、とらなきゃ…」

 

 

思考が急過ぎて、何をすればいいのか判断がつかない。火がつかないのではなくて付けられないし、寒くてパニックのあまり目をきょろきょろさせるしかできない。

 

「えっええまっっって、ここここれしぬしぬぅぅさむいい!?」

「な、なななにか、なにか、ない!?」

 

 

本当に何もない。強いて言えば、死んだ時の場所と同じ…あ、なら、荷物が!?

 

 

「あ、あれ、ない!? な、な、なさむっ、さむっ、これしぬっ、うばばばばあばばばば」

 

 

待ってこれ本当に寒さで死ぬいやこれ死にそうてか死ぬえっ何もないの?これ死ぬ死ぬ寒すぎる寒すぎて痛い痛いあぁあぁっ

 

 

「寒すぎるっ、神様のばかぁ!! どーせ生き返るならマシなところにしてよバカァッ」

 

 

あまりに寒すぎ、暖を取ろうと身体を必死に動かしたり木の棒と乾いた葉や棒切れなど探したが、運が悪い事に全てが濡れていて手が寒さでやられてしまった。体中も寒いし、お腹もずっとぐーぐー鳴っている。手も痺れてきてまともに動かなくなってきたし、目がなんだかかすんで……あれ……

 

 

あ……寒い……こごえる……あれ…?…あ、ぐらっと……たぶん、これ倒れたんだ……体が……冷たい……待って……死にたくないんだけど……よく見たら私……何も着ていないし……手から血が……はは……ははは……

 

 

 

……眠いなぁ…死ぬのかなぁ…もう…あたま、まとまらないよ……

 

 

 

…………違う。

…………頭を巡らせろ。

…………土と泥をすすってでも。

…………生きるんだ。

 

 

 

ガイアは力の入らない体を僅かに動かす。前と違い、両足が自由に動き、腕に怪我が無い。生まれたばかりのような白い肌に、腰まで伸びた銀色の静かな髪。青くなりつつある若い手。……腹が鳴り、喉が渇き、頭が痺れる。筋肉が萎縮して崩壊するが、生命活動が停止するよりはマシだ。

 

 

「……っ!んぅ、おぇっ、ぷっへ、んぇぇ…」

 

 

目の前に生えていた雑草を食べた。とても苦々しくて、口に虫が入って酷い味で吐いてしまった。でもそのおかげで、眠気を飛ばせた。

 

泥をすすり、吐き捨てたくなる味に苦しみながら飲まずに貯め続ける。少しでも、唾液が殺菌してくれることを望んで。

 

体が汚れ続ける。純白だった体が泥で汚れ続けるが、気にしない。ドロ臭く足掻いて、抗って這いつくばり、立ち上がってひたすらどこかに向かう。

 

……やがて、根元から大きく穴が空いてドーム状になった木の根っ子にたどり着いた。見たくもない光るキノコやぬるぬるした白いカビが地面に生えていて正直怖かったが、少し寒さがまぎれてマシだった。雨が降ってきたからだ。

 

 

「……うぅ…たすけて…だれか……」

「なんでもいい、なんでもいいから…」

 

 

…あぁ、せめて火打ち石かマッチとか欲しかったな…

…おとうさん。おかあさん…

 

 

何か一瞬、"空間が動いて"ぽとっと音が聞こえた。

 

「…あ、まさかモンスター…」

 

絶望に染まった。もう死にたくないのに、こんなところで襲われたくない。でも今は何も持っていないし、体が動けるのに、せっかく生き返れたのに……今度こそ、死ぬかも、しれない。

 

そう思い、目をキョロキョロと見回した。とても暗いくらい、カビ臭くてたまらないが温もりのある湿り気の根っこの下で、緑色に蓄光したキノコが僅かな光を与えてくれているが……そこにあったのはモンスターでも獣でも無かった。

 

「えっ!? なんで、マッチ箱…しかも日本語っ!?」

 

咄嗟に手元へ手繰り寄せた。見間違えるはずの無いその形は、たしかにマッチ箱だった。しかも「耐水マッチ 陸軍需品本廠」と書かれたそれは、新品のような箱の手触りに、先が黒いマッチ棒だ。もうがむしゃらに、震える手で一つつまみ、側面の板を使って摩擦させた。

 

…火だ。温かい、本当の火だ。

 

「…ぅ、あ、あぁ、あったかい…」

 

 

涙がホロホロとしてきた。優しい温かさに、ずっと見ていられた。…けどすぐ燃え尽きてしまい、すぐに寒さに襲われた。しかも目がマッチの火に慣れたせいで、足元のマッチ箱が見えない!

 

 

「熱いっ!? あっ、しまった! マッチ、マッチ!?」

「あった、これだ…火元を、これで、なんとかできる…よかった…」

 

 

すぐ、10本ほどマッチを地面に置き、11本目のマッチで点火させて上から徐々に発火させる。…すぐに、根元にあった腐りかけの枝や油分のある葉っぱを根こそぎ集めて、千切ってちぎって小さくして枝を少しずつ焦がしていく。

 

「けっほ、けっほ、うぇっ、んぅぅ〜っ」

 

煙っぽさと腐った臭いで目が染みるが、鼻が曲がっても火元を作り始める。…本当は空気が籠る所で水気のある枝葉を燃やすなど自殺行為に等しいが、とにかく暖が取れればよかった。黒い煙がもくもくとしてなかなか燃えないが、…やっと枝の一つに火種が出てきた。枝一つが着火するまで全てのマッチを使ってしまったので、マッチ箱も投げ入れた。

 

……なかなか燃え移らないが、少しずつちぎった葉をなんども投げ入れて、小さな火が消えないように、何度も口で風を送って、火を大きくして、井状に大きな枝葉を積んで安定させる。

……途中、長い髪の毛を思い出して、滑りのある枝で真ん中ぐらいをなんとかブチッと引きちぎって中にいれたが堪らなかった。あまりに臭いし、燃えはしたけど吐きそうになった。火が安定してくれたから、よかったけど。

 

「…あっ、一酸化炭素中毒っ!?」

 

今になって気がついた。火を大きくしたのはいいが、ここは大きなドーム状の木の根っこだ。180度に口が開いてこそいるが、どよんとした空気で危険な事に今更気がついた。……雨は凌げるが、かといって外は寒い。今出たくない。けど死んだらシャレにならないので、側にいたい火元から少し遠ざかり、雨で濡れる出口の近くに腰を落ち着かせた。

 

 

「…ふぅ、よかった…」

 

ぐぅぅとお腹が鳴った。…でも食べる物はこの場に無い、間違いなく腹を下しそうだ。喉はさっきの泥水を飲まずに含んだだけだから、紛れはした。

…何もかもが分からない手探りだ。第二の人生を得てからそれなりに生きていけると思ったが、大間違いだった。はぁ、登山好きの友人に色々聞いておけば、ちょっとは違ったかもしれないな…

 

 

「おなか、へりました…あぅ…」

 

 

不衛生な泥まみれの体に、まとわりつくカビと菌糸類のヌメヌメとした感触。…とても、温かくて心地よいがここで寝る気にはなれない。それに火を絶やすわけにはいかない、陽が昇り、雨がせめて止むまでは…

 

「…うぅ、素手で触れたくなかった、こわい…」

 

……本当は大っ嫌いだ。キノコなんて触れたく無いし、見てるだけで背筋がゾッとする。カビは特に触れたく無い、ほこりみたいなああいうのは特に。素手で触れたくない、できれば箸かトングで一切肌に触れさせたくない。

 

でも今は、不思議とそこまで怖くない。…でも、二度と来たくは無いな。

 

「…せめて手袋か、服ぐらい、欲しかったな…」

 

 

今は願っても、何も起こらない。そういえばなぜあのマッチ箱が現れたのだろうか? 何もなかったはずだ。しかも、"日本語"。 あの字体は古かった…陸軍というと、まさかあの日本陸軍のことだろうか? いやいや、そんなまさか。あり得ない。

 

「でも、そこにあった…不思議。なんでだろう…」

 

膝を抱えて、体育座りになる。…貧相な胸に、透き通るような肌が泥に汚れきった手足に、肩に掛かった銀白の髪。ピンク色に血色を取り戻した指の爪に、途中で切ったらしい手の甲の血の跡。豆ができた足元、石でこすれてじんじんする尻元。

 

たしかに、私は生きている。以前の動けない体と違って、今は五体満足だ。生きて、帰りたい。死ぬ恐怖よりも、生きて帰る気持ちが今は強い。意味が決してなくても、何かする事で気持ちが落ち着く。

 

「……、あ、……んぅ〜、眠い…お腹空いたなぁ…」

 

 

だんだん、眠くなってきた、…さっきよりは、とても、とても、心地よい。

 

 

「…はっ!…ね、寝ちゃだめ、ダメなのに…あ、火元…」

 

少し弱くなっていた。…大きすぎる木の棒があったが、それを投げ入れ、残りの葉っぱカスも突っ込んだ。…しばらくは燃えるだろう、どのぐらい燃え続けてくれるかは分からない。そもそも、今も何時何分なのなすら、分からない。

 

「……、んぅ、ねむたい……」

 

近くの火元に座った。……心地良い。

いつしか、意識が落ちた。ガイアは眠りにつく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

また生きて帰る事を、心に願って。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第14章 「チョコレート・バー」

 

 

 

・・・・・・いつの間に落ちていた。夢を見ていた。

自分が刺された後、男の自分の体が救急車へと運び込まれていく夢だ。

 

懐かしい顔だな。店長は携帯で必死にやりとりしているし、藤丸さんは血に濡れたその手で押さえつつも、ひどい顔で死なないでと何度も呼びかけている。俺の顔は・・・幸せに満ちた顔で目を閉じている。

 

やがて俺は担架に乗せられ、救急車に向かって運ばれていく。

藤丸さんは追いかけようとしたが店長に止められ、やがてその場で泣き崩れた。

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「・・・・・・。ん、んん・・・」

 

 

ぱちぱちと爆ぜる音と煙のにおいで目を覚ました。寒さで身震いするが、あの地獄の寒さほどじゃない。・・・火元を見ると弱々しくも大きな枝の集まりがまだ燃えており、白く灰化した炭がまだほんのり熱く、地面を黒く炭臭く焦がしていく。

 

周りを見れば、すっかり明るくなっている。まだ寒さこそあり、まだ雨が降っている。朝のような鳥の囁きが聞こえてくる。

 

 

「……わたし……まだ……いきてる……?」

 

 

お腹がぎゅぐるるぅと鳴る、まだ眠いがお腹が空いた…寒くて鳥肌立つし、お腹が空いてたまらない…

 

目にハッと入る毒々しいキノコから、一見無害そうなプルプルした半透明のキノコ、地衣類のコケやカビ……腹は減ったが、食べた死ぬ、知識が無いから間違いなく何か起こる。今お腹下したら死ぬ。

 

 

「…うぅ、お腹空いたよう…うぅ」

 

 

まだ弱々しく燃えている焚き火の近くに寄った。これが心の拠り所で、まだ生きていることを実感させてくれる。……少し、すえた臭いがした、自分の体だ。……少し、筋肉が弛緩して体が反応してしまったのだろう、尻が油っぽくむずむずする。

 

泥に塗れた手足も、固まってしまったボサボサの髪の毛も気になる。……手の甲で顔を拭うと、うっとした臭いでむせた。酷い体臭だ。獣臭いってこういうことなんだろうか。よく見ると、手の甲の関節からうぶ毛が泥で固まっていた。思い出してふと下を見ると、赤黒く固まった何かも太ももや股ぐらの間を伝っていた。

 

 

「さいあく…あの日の生理までキープされてるの…」

 

 

一度、ごろんと仰向けになった。…根っこしか見えないが、人って本当大地に生かされているなぁって感じた。生前はなんちゃって知識しか無いから、今のガチサバイバルでは生半可なアウドドアのやり方なんて通用しない。

 

魚や鶏を一から捌いたことはあるけど、それ以外は全く知らないし農作物もこの世界で見たものしか分からない。…道具もない、火も満足にない、知りもしない動物を殺して食べるとしても肛門から下の内容物の処理や可食部位の判定なんてどう分かろうか?

 

「…かくじつ、なのは町にたどり着くこと…水分は摂れる、食物はなんとか…あとはモンスターにあわなければ…」

 

 

 

考えるだけで怖い。貪り食われた記憶。痛く怖い記憶。目を食われてもなお見えた記憶。手足を食われて動けない記憶。血が温かく感覚が感じるたびにさむくなる記憶。腹を食われた記憶。胸を穿たれた記憶。心臓が潰されて呼吸しても息が苦しくなった記憶。首に穴が空いて空気を感じた記憶。まともに考えられなくなった中で五感が薄れていく記憶。死を感じた事で幸福に満ちた記憶。

 

そして、頭を食われて、脳がおかしくなって、記憶が、記憶が記憶が記憶が

 

 

「ひぃっ!! や、やだやだ、何も考えたくない何も思い出したくない何も、やだ、やだっ、あぁ、やだっ、こわい怖い恐いいやいやっ、いやぁ…」

 

 

恐怖で頭がいっぱいになった。身をすくめ、腕と体を掴み、恐怖にみっともなく怯えて不安で染まり……根っこから伝う雫が、鼻先に当たった。

 

 

「…い、生きてる、んだよね、おれ、死んだのに、わたし、生きてて、あ、ぁぁ、ま、また感じるの、やだ。やだやだやだ…いやだ…」

 

 

…ずっと、動かずに頭の中で現実逃避した。…酷く腹が空いた、そこでなんとか今に戻ってこれた。

 

 

「お、おなか、すきました…」

 

ふっと、チョコレートが食べたいなぁと頭をよぎった。泥に汚れ茶色に染まった自分の手のひらをみて、チョコレートみたいだなぁと思った。……"予想だにできない事"が起きた。

 

 

「たべたいなぁ……?」

「は、えっ、はぁっ!?」

 

味気ない明るい茶系の紙箱に、U.S. ARMY FIELD RATION Dとインクで印字されたものが手元に現れた! 幻でもなく、手に感触がある?

 

「え、はっ、ええっ!? え、えっ?」

「…いたた! つ、つねっても、ある…ゆ、夢じゃない…」

「こ、これ、どうして、私の手に。…え、えっ」

 

…感触がある。あってしまった。これが決して夢でも幻でもない、芳しい紙の香りとインクの臭い、中を開けると銀紙のかしゃかしゃ音がして、見たことのある…チョコだ!

 

「はふっ! …んっ、まじゅい…」

「なにこれ、た、食べられるけど、甘ったるいのに酸化して…でも、たべもの…あぁ、あぁ…」(涙目ポロポロ)

 

 

 

 

今は何がなんでも食べたかった、号泣してうわんうわんと泣きながら、まずいチョコレートバーを平らげているのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第15章「邂逅」

 

 

思わぬ食事で腹を満たすことはできた。糖分を頭に補給して、冷静に今の事を捉えて判断する。…根本的解決ができていないのだ。突然能力に芽生えたのかもしれないが、楽観視できない。

 

事前説明無しに放り込まれたのだ、無責任にも程があるが、死ねば変わらない。

 

「まずかったけど嬉しかったな……ええと、どうしよう、私さっぱり忘れていた。こういう転生ものって特典とか何かあるんじゃない? でも、事前説明無しとかハードモード超えてるでしょうこれ……?」

 

 

なんか願ってみた。強くなりたい!ダメか…じゃあ銃が欲しい! えぇ、ダメなのか…M4A1と5.56×45mmNATO弾をくれ! …虚しい、じゃああのチョコとかマッチ…だめなのか。

 

 

「うぬぅ……でません…なじぇー……はっ、私としたことが、現実逃避…いけないいけない。でもどうして出てきたのだろう?うーん、考えるほど答えが分からない…」

 

 

 

横になってぐでーんとしてみたが、分からないものは分からない。ますます謎が深まるばかりだ。こういう時は……動いた方がいい、生前の経験則だが考えて後悔するより動いて後悔した方が学びを得る。人間って臆病だからな。

 

 

「うーん、とりあえず服がほしい…寒い。…泥で汚れてるし、多少は襲われにくいかな……?」

 

 

まだ燃えている焚き火の近くから、灰をすくい取る。少しでもひどい体臭をどうにかしたかったので、体に擦り付けた。まだ小さく雨が降っている。もう少し、ここに居ることにした。

 

 

 

 

 

それから数十分後。

 

 

「……あ。いつの間に雨が止んだ?」

 

地面は濡れていて足の潰れた豆が気になるが、今なら行けそうだ。あの奇跡は二度も起こらない、神頼みなど通用しない。…この世界ではどうなのかとして。

 

「うん、いこう。」

 

 

それから山道を歩く。素足で歩くとは思わなかった。所々葉っぱや枝が体に当たってくすぐったいし、木の実や石を踏んで足を痛める。

 

「うっ、い、いったぁ……」

「あはは、くすぐっ、も、もうっ。」

 

ふと、目の前にオーガと呼ばれる鬼のような形相の人型怪物だ。身長2m以上はある筋肉質のモンスターは、血夥しいなにかをずっと殴りつけていた。

 

「ひっ……」

 

 

グシャッ、バシャッと音がする度に、何かの生き物(人ではない)を粗末な斧で殴りつけ、その血肉を醜く食らっている。腸のようなものをだらりとこぼしながら、絶命した肉塊はピクピクと痙攣をやがて止めた。

 

「......Guooou......」

「……、……(行った?)」きょろきょろ

 

どうやら、気が付かれなかったようだ。間違いなく、今見つかったら…死ぬ。思い出すと吐きそうなので、考えない事にしたい。

 

「……めぼしいもの無い、うぅ…」

 

 

赤い血を避けて先に進む。小雨の曇天で少し着いた血も消えて泥が洗い流され、本来透き通るアルビノの肌と髪の白さに戻った。灰も流れ、少し寒いが歩き続ければ寒気が紛れる。

 

 

「……(ぶるぶる)」でも、寒い。

 

 

幸い、薄曇から太陽の方角がわかる。あの町までもう少しだ、あと2.5kmほど先まで歩けば……

 

 

「(〜〜〜)」

「〜〜〜」

「……。」

 

 

声…? 咄嗟に草むらに隠れた。

 

やっぱり人の声だ、間違いない。誰かがこっちに来ている。でも、ふと一瞬だが最悪のケースが頭によぎった。この世界はファンタジーだがローマ時代と中世ヨーロッパがごっちゃになった世界観になっている。

つまり法は存在するが意味せず、無法行為が行われても殺されてしまえば何も証明できない。運良く生きたとして、強姦もしくは奴隷、あるいは……

 

 

「そうなんだよー。あ、お昼何にするかい? ハウゼン、ロミル。」

「そうね、ハムサンドとコーンスープでも?」

「待て待て、ここはステーキでガツンとだろう?」

「俺はどっちでもいいけど…」

「「どっちも良くない!(わい!)」」

 

……男2人、女1人? 遠目から見る限り、魔法使いらしい杖の男、金属鎧を身につけた長身の女性エルフ、ラフな格好で両手斧を片手で担ぐ男ドワーフだ。冒険者らしいちゃんとした姿にブロンズのプレートが見えた。

 

 

た、たぶん、大丈夫…だよね?大丈夫、もし、これでダメだったら、そのときは……。

 

 

「だーかーらー、ハウゼンは脳筋だっての!」

「そういうロミルはガツンと食え!筋肉つかんぞ!」

「2人とも喧嘩はよしてくれよ」

「「ストレイボウが決めろ!(決めてほしい!)」

「…え、ええー…」引きつり顔

 

 

 

 

 

 

 

「すっ、すみません! た、たすけてください!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第16章 「ストレイボウ・ライオネル」

 

 

私たち「ロウソクの光」は人間とエルフとドワーフの三人組だ。

 

ドワーフのハウゼン・ルドルフは今年で54歳(人間換算で約27歳)の男だ。彼は王都近くの城塞都市ティールの生まれであり、武具職人の一人息子だったが家業を継がず冒険者を志願。ソロで戦士をやっていて、上半裸で両手斧を振るう男だ。

ブラックスミスとしての才能もあり、刀や槍も扱いこなせる優秀なアタッカーだ。粗にして野だが卑ではない、柔軟な思考も持っており、古い慣習は壊してより良くしろという考えのタイプでもある。

(余談だが、彼の父が持たせたアイテムボックスと呼ばれる薄汚れたポーチには……明らかに度を越したインゴッドや金塊と、鍛冶道具を持ち運んでいるようだ。彼のおかげで、武器や防具に困る事が無い。)

 

エルフのロミル・スプリングフィールドは25歳(約8歳)らしいが、直接聞くと拳骨を喰らうだろう。彼女はこの町ヴァイスシュヴァルツの生まれであり、両親は社会見学として冒険者になった事を許している。エルフらしく美形にして流麗であり、女性として感嘆する美貌の持ち主だ。

……かなり頑固であり、そのスタイルにも表れている。彼女は美しい体を金属鎧に身を包み込み、魅惑の緑瞳と金髪を隠してしまい身を固めている。筋肉バカのハウゼンの足元には及ばないが、同じエルフの中でも力持ちで背がとても高い。彼女の獲物は弓と、盾と剣だ。

(これは秘密だが、彼女が料理を作ってくれた事があるが、ゲキマズだった。私とハウゼンは彼女が自信満々に作る殺人料理を阻止しなければならない。)

 

そして私は、ストレイボウ・ライオネルは港町シーマウンテンの生まれだ。ただの平凡な家で港町の神殿で15歳の成人祝いとして見てもらったところ魔術適性が上がっていた。特に光と風の双方が上がっていて、神官への道もありえたが、私は旅をしてみたかった。本にあった世界樹の天空都市の伝説を……。

見た通り学者らしいロングコートに白シャツと赤ネクタイとモノクル、160cmぐらいのごく平凡な顔立ちだろう。旅の途中で買ったマナ石を埋め込んだ長杖、いくつか魔術行使を補助する小道具や装飾具……申し訳程度の小さなナイフぐらいだ。

(ちなみに、まだ童貞だ。彼女ができたこともない、女友達も幼馴染もいない。…ロミル?か、彼女はちょっと苦手だな…)

 

 

 

 

私は魔術を学ぶために、歩けば約1ヶ月を要する港町から王都への道のりを歩いてきた。当然独学で身につけたものだし、詠唱名もそれっぱいだけで正式なやり方じゃない。マナに風を込めて圧縮させた空気弾をぶつけるやつ、光を抑えて見えなくした刃のかまいたち、雨をイメージした鋭い槍など……自衛程度には、モンスターを楽々倒せて路銀として旅を続けていた。

 

一週間前、森に囲まれた泉のある町ヴァイスシュヴァルツで、木の怪物トレントや人食い狼の討伐クエストを受けていた時に、ロミルと初めて出会った。まだなりたてのルーキーで右も左も分からず、たまらず声を掛けた相手がたまたま私で、それから着いてくるようになった。

(私が作る料理がとても美味しいから、らしい。特に薬草を使ったハーブシチューをねだられることが多い)

 

それからゴブリン狩り、巨大トカゲ狩り、オーガ狩りとレベルを二人で上げていた頃、大群のトカゲに追われる一人の男が逃げてきたのだ。後にハウゼンと名乗ったドワーフ男と協力してなんとか打ち倒し、三人で狩った金貨120枚を目の前にホクホクしていたのだ。

 

これまたハウゼンが詫びの品として作ったスチール・ロングソードをロミルが気に入ってしまった。お互い仲が悪そうに見えるが、互いにしか見えない何かを感じ取ったかららしい。

(巨大トカゲを焼くと美味い事をハウゼンから教わり、作るとロミルがまた気に入ってしまった)

 

 

 

 

 

 

そして、今日から三人で旅を始めよう。まずは王都へ…そう思った矢先に、怪我だらけで服を着ていない、珍しい白髪の白肌で深みのある明るい青瞳の人形のような少女が私たち三人に……思わず、ハウゼンとロミルの顔を見てしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「すっ、すみません! た、たすけてください!」

 

「…助けてって、もしかして化けてないよね?」

「なーにを言ってるんだロミル、助けるべきだろ!」

「ま、待て、ハウゼン!」

 

 

勝手にハウゼンがポーチから…よく彼が眠る時に使っている長いマントを、かぽっと少女の頭から被せてしまった。

 

「わぷっ。あ、ありがとうございます……」

「お嬢ちゃん、何があったんだ?」

 

「モンスターに…襲われまして…気がついたら、昨日の夜から森の中にいて…やっと、なんとか町まで…」 

「おお、それは大変だったな。それでなんでこんな所にいたんだ?」

「ハウゼン、あなた分かるでしょ…というか二人とも見ないでください!」

「あはは…」

 

 

ロミルがちょうど良い大きさのマントの布越しに、少女の肩や頭を確かめている。

 

「あなた、大丈夫?怪我とかたくさんしていて…お腹とか空いてる?」

「あ、はい…お腹は大丈夫です、喉が少し…」

 

「これ飲みなさい、…靴履いてないの?傷だらけじゃない。」

「ありがとうございます…うん、気がついたら真っ裸で服がなくて…」

 

 

ヘルメットのバイザーを開けたロミルの顔が怪訝そうだが、少女と目線を合わせて話をしている。……周りにモンスターの気配も無い、魔法を使うゴブリンやオーガの存在も今のところ見えない。

 

ロミルが持つ皮の水袋を渡されると最初は申し訳なさそうに口をつけて…だんだんゴクゴクと音を立てて飲み始めた。

 

 

ぷはっと穏やかな顔を見せる彼女は…とても可愛いな。っとそういうことじゃない、もう少し聞かないと。

 

 

「私たちは冒険者だ、町から出たばかりなんだが……君の名前は分かるかい?」

 

「あ、私は…ガイアっていいます。町の外で父と母と羊を飼って暮らしてました…」

 

「…ガイアさん。何があったんです?」

 

「えっと、狼がたくさん群がってきて、一度食い殺されたと思ったんですが…気がついたら森に居て、訳がわからなくて…」

 

「…食い殺された…のか?」

 

「…今って…何年ですか…?」

 

 

妙な事を聞いてくるものだ。疑問に思いながら、私はこう答えることにした。

 

「今はオースティア暦343年だよ。まだ春の時期かな。」

「えっ、343…年…? 342年じゃなくてですか…?」

 

「今は343年だよ。」

「そう…なんですか、一年経ってる…一体どういうこと…?」

 

 

ロミルとハウゼンが声をかけてきた。

 

 

「とりあえず、立てる?町に戻りましょ?」

「そーだな。その後に仕切り直しといこーぜ。」

「あぁ…そうだな。一度戻ろう。」

 

「す、すみません…ありがとうございます…」

 

 

 

こうして3人と共に戻った。東西南にある門のうち南側をくぐると、しっかりとした鎧を身につけた人が立っていた。

 

 

「おや、先程の方々ではないですか。後ろの連れのお方は…?」

 

「あぁ、迷い込んだらしい。」

「…あれ、オズモンド男爵の騎士団の方ですか?」

「ん?ええ。そうですよ。」

 

「あ、また自警団の人たちサボってるんですね?ご愁傷さ」

 

 

 

 

  「いいえ、自警団は無くなりましたよ。」

 

 

 

 

私たち3人も知らなかった。自警団なんてものがあるんだなーと話そうとしたところで…少女の顔がみるみるうちに青ざめたからだ。

 

 

「な、無くなったって…どういう…ことですか」

「一年前、事件があったんですよ。あの時は10人も亡くなりまして、自警団長を務めていたボニファーツさんが消えてしまって……おや、大丈夫ですか?」

 

 

「お、おい、ガイアの嬢ちゃんよ。掛けられる言葉が見つからねぇけどよ…」

「……ロミル。何か知っているか?」

「え?え、えぇ、一年前は私も知ってる…町の人が誰かを探しに捜索隊が出てて、私も手伝わされて…って、一年前?」

 

 

ロミルが少女ガイアをチラッと見た。

 

 

「でも、なんで一年前の自警団のことを?それに昨日の夜から森に居たのよね…?」

 

 

 

 

少女は小さく、わなないていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第17章 「歳月」

 

 

 

 

 

自警団が解散した…だと?

 

 

初めて聞いたぞ。なんでそうなったんだ?ボニファーツ団長が消えた? たかが一年だぞ、しかも私が死んだ?

 

もしかして私が原因か?だとしても、ボニファーツとは腐れ縁みたいなそんな関係は深くないはずだが……

 

 

 

 

「おい、嬢ちゃんよ。ボケっとしてねぇで気ぃしっかりせな。」

「ちょ、ちょっと、ハウゼン!」

 

不意に肩をバンと痛いぐらい叩かれた。あの渋い声で話しかけてきたのは、150cmの自分よりも首下にある低い背丈のハウゼンだ。

 

「嬢ちゃん、テメェに何があったかオラ知らねぇっけどさ、まずは町に戻ってこれたんだ。まず世話になって飯食って眠りな。追い詰められた状況だったんだ、間違えてもバカな真似はすんなよ。」

 

多くの傷跡の顔とふわふわな赤毛だが荘厳に見えるヒゲから、静かな鼠色の瞳が私を見つめてくる。その隣で全身鎧のバイザーから覗かせる金髪と緑瞳のロミルが、頬を膨らませながらハウゼンを見て抗議を訴えかけている。

 

 

「……ガイアさん。家はどちらでしょうか、そこまで送りますよ。」

 

理知的なモノクルの学者服と縮れた癖のある黒髪のストレイボウが声を優しくかけてくれる。だが、私の家は……

 

 

「ごめんなさい、私の家は反対側なんです。でも、その途中で襲われて……そもそも、死んだはずなのに…」

 

 

3人とも、"死んだ"という言葉にピクリとした。目の前で様子を見ていた"立派な槍番兵"がハテナマークを浮かべたままであり、沈黙が起こる。

 

 

「…えっと、すみません。自警団に何があったんですか。一年前って、一体何が…いや、ボニファーツさんが消えたって…あ、そうだ…ラルフさん、ラルフさんは?この時間、よく立ってましたよね…今も変わらずここにいますか?そうですよね、そのはずで」

 

 

「あのー。申し訳ありません、何のことか…あぁ、でもラルフさん。んー、いや、あの人のことかな? なんでも可愛い羊飼いの女の子が居たのに、何もしてやれなかった…とか言いながら、ずっと悩みながらここを務めていた方がいましたよ。

 

……もう半年以上前に、その人が続けられないと騎士団長に言っちゃいましてね。とても真面目だったそうなんですが、酒に溺れて、体力も落ち込んで…」

 

 

……いつの間に、時間が経ってしまったのだろう。なら、私の父と母は一体?

 

 

 

「…そ、そう…なの」

「長くなりそうですね。まずは奥の待合室までどうぞ。ルケアと申します。」

 

茶系に黒系の瞳の番兵が奥まで案内してくれるようだ。3人は頑張れよーと伝えると、再び森の中へと消えていった。私はルケアの案内で待合室、そしてギルドへと足を運ぶことになる。

 

 

 

 

それから、多くのことが分かった。一つは父オウルケインと母テレジアの消息、もう一つは「あの日」について、最後は今の時代だ。

 

 

あの1年前(オースティア暦342年)のあの日から1週間後、父は冒険者として再登録して活動を再開し、母テレジアは初めての冒険者として始めたそうだ。父とギルドからの反対はあったが母の揺るがない意思とその実力もあり、等級試験を受けるまでもなく銀等級として認められたそうだ。

 

そして、町を出たという。向かう先は世界樹の麓と言っていた。エルフとドワーフの生まれ故郷であり、精霊やドラゴンの住まう土地だが同時に危険区域で、強い魔力を持ったモンスターが多く潜んでいる。

 

……この話をしてくれたのは、白髪となり初老を迎えたが屈強で引き締まった無駄のない体格の老男、ギルド長のオーステンタイン曰く、「恐らく、貴方を蘇らせる為だ。世界樹の頂に住むハイエルフの族長と根本の遥かなる地下に存在すると言われるダークドワーフ……その二つの部族が、古来から死者に関する魔法を知っているとされている。それを求めてなのだろう。」

 

ということだ。容姿が違うはずだが、父オウルケインと母テレジアによく似ていると言われた。後で王都<オースティア>と魔工学都市<リヒタルゼン>のギルドにそれぞれ通知してくれるそうだ。だが一年以上経っている上に、冒険者というリスクがあるため……最悪のケースも考えて欲しいとギルド長から言われた。

(死者蘇生は本来、土神オリシャの輪廻転生の意に反する為、あまりいい顔をされない事も初めて知った。)

 

まだこの町に留まるつもりだし、ギルド長から酒場兼ギルド<竜のねぐら>のギルド区画の一室を貸してくれた。少しでも何か仕事をして、自分の飯分ぐらいは稼いでおかねば。

 

それに、世界が危機に瀕しているわけでもない。神にお願いされて転生したわけでもなければ、私は勇者でもなんでもない。ただの娘だ。……旅には憧れているんだが。

 

 

 

二つ目のあの日はモンスターの大襲撃……「蒼き月光に喰われた者たち」のスタンピードとして知られているようだ。当然わたしの名前と、殉職した自警団員の中には顔見知りが何人もいた。

あの日は町に大きな損害を与えなかったが、父の頼みで町を総動員しての捜索が行われたらしい。発見したその後日、遺灰と遺髪が両親の手元に届き、密やかに葬式が行われたようだ。……やはり私は死んだことになっている。だとしたら、今の私は一体どういう状態なのだろうか? 急に現れたあのマッチ箱とチョコレートのことが気になって仕方がない。

 

 

三つ目は、確かにあの日は一年前だ。この世界は閏年を考慮した太陽太陰暦を採用しており、1年を12月まで数えている。1週間を七曜とし、光・闇・火・水・風・土に加えて「無」を1番目の曜日としている。国によってその始まり方は違うが、オースティア魔法王国にある総本山たる六神教団においては、その七曜の順として決めている。

そのカレンダーから紐解こうとしたが…全く同じ日でもなければ、違う曜日だった。これに関しては、今後何か分かるのだろう。今は全く分からない。

 

 

 

 

今までの話の頭の整理をしているうちに、すっかり深い夜になってしまった。ギルドの一室はベッドと引き出し付きの机にそのスペースだけだが寝るには十分困らない。横に長い廊下を利用したもので幅が狭く、インテリアがなさすぎて窓がインテリアに見えるほどだが、今は狭い方がなんだか落ち着く。

 

「……はぁ、色々ありすぎて疲れたよ……」

(コンコン)

 

「ん、どうぞ。」

 

 

木の扉を開けて入ってきたのは、受付嬢見習いのエイバルだ。私よりも三つ歳上(一応15歳)の彼女は身長こそ同じだが、サラサラと長い黒髪をポニーテールにしている。その彼女が持つ木のトレーには、芳しい紅茶とそのセットだ。

 

「……大丈夫?」

「あ、はい。おかげさまで…ありがとうございます。なにからなにまですみません…」

 

 

「いいよ、これが私の仕事だから。何かあったら言って、ガイア。」

「え、えぇ、ありがとうございます…」

 

 

すぐ戻ってしまった。……机の上に置かれたティーカップを手に取ろうとする。ふと、窓から覗かせる月面が中に映り込んだ。

 

 

「……今日は銀色なんだね。私にとってはあっという間なのに、もう一年経っているなんて……ッ!?」

「や、やっ、やだ、やだ、あぁ、あぁ、こわいこわい死にたくないしにたくない…」

 

 

あの日、思い出した赤い恐怖に怯えて、儚くて暖かい夢の中へと逃げ込んだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第18章 「外伝-剣神」

 

 

 

話変わってとある男へと視点を移す。ガイアが初めて死んでから町に戻れた日の頃、全く異なる世界に居る人物が名もなき世界<箱庭>に招かれた。

 

 

 

 

この世界の光神リヒタルが預かり知らぬ人の子は、これまた異なる世界の神の導きから世界に招待されたのだ。ガイアが現れる前から、少しずつ、少しずつ異世界出身者がこの世界に訪れている。

 

 

 

その人物は今、緩やかな高低差のある大平原の小さな滝つぼで水行をしていた。その者は武を求道する若き男である。

 

 

「……こぉー……」

 

 

水と一体になり小さな瀑布の轟音と静かな丹田の呼吸が自然との同化を促す。やがて心念は一つの記憶を作り出し、己の身体を昇華させていく。

 

かつて、海に囲まれた島に生まれた。脈々と受け継がれた先代の古武術と現代武道を学び、若くして師範代として免許皆伝したその日から道場を預かり弟子を多く育てていた。柔術、体術、剣術、居合。この男は刀に明け暮れる日々をずっと送っていた。

 

ひょんなことから妖(あやかし)と出会い、また怪異に巻き込まれ、悪魔を、強き鬼を斬った。夢に誘われた世界ではエルフやドワーフ、ドラゴンにも出会い、果てに神々との対話で月の祝福を受けた片刃剣を授かった。黒漆拵の打刀を模したその銀雫色の片刃剣で、邪悪な神と対峙したことさえあった。

 

 

「…………」

 

 

刀は、認めた者の手元に戻る習性がある。退魔の力を持つミスリル銀の刀身は日本刀の刃紋として浮かび上がり、星月光の下では神々の名を冠した古代言語が黒き銀雫刀に神聖な魔力を与えてくれる。

 

念じれば黒漆鞘が手中に現れた。抜き打てば刀身は男の腕に応え、水のカーテンを一瞬切り裂いた。血太鼓の鼓動が体から脈打ち、心の龍笛が心と体の結びつきを隅々まで広げていく。

 

 

「……。」

 

 

座法を静かに解き、滝中で厳格に立ち上がる。柔にして静動のある呼吸と刀法を結び、水柱と一体になる。頭の中で思い描くは霊泉の湖面、月読命が見守る夜の国。黒より暗い闇夜に光り輝く白線の世界を頭で思い描き、彼は鍛錬を始める。

 

 

「…はぁぁぁ…」

 

 

心臓の鼓動。心血の脈動。心魂の鳴動。ありとあらゆるモノを霊界に落とし込み、その一点を刀身の銀閃へと集わせる。闇夜の霊光は心身を導き、神にも通ずる退魔の力を銀雫刀の魔力へと通じさせていく。

 

水を柔とすれば万物に流れ込み、厳とすれば全てを穿ち削る。散とすれば全てを包み込み、結とすれば全てを繋ぎ止めうる。

 

闇中で一挙一足が投じられる度に白線の水紋が拡がってゆき、彼の心血をより繋げてゆく。乱れなき呼吸が剣舞を剣神楽へとせしめ、彼の世界へと成ってゆく。神はやがて、人の子を天より見守っていた。

 

 

「……」

「ふー……はーぁぁぁ……っ……」

 

 

一閃。また一閃。剣神楽の水飛沫が舞い降りては幽玄な空間にまた戻り、これを繰り返している。白ふんどしだけの筋骨隆々な男の体には数多くの生傷があり、死線を乗り越えて来た。男はまだ20代でありながら、ひたすら剣の道を求め、死に急ぐほど限界を越え続けて来た。

 

彼がこの世界で目覚めた時、見知らぬ神からギフトを二つ受けていた。一つは黒漆拵の銀雫刀と"破れても元に戻る旅装束"。もう一つは世界に存在しない死属性による"不老不死と黒き炎"を得た。彼自身に大きな心の影響を与えたが、剣の道を究める彼にとって些細なことだった。

 

 

 

後世では剣神と呼ばれるその男の名は村岡留田。後にガイアと出会う男である。彼はまだ、神への道のりを歩み始めたに過ぎない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第19章 「辛味は良い友達」

 

 

 

 

 

……。夢でも見る。痛み、恐怖、理解。

 

 

暗い暗い闇の奥から、自身の青白い腕が欠けて血に染まった指で私の体を掴んでくる。抗わなきゃいけないのに動けない、金縛りで動けない。

 

「……、……、……、……」

 

動けない。動けない。動けない。

心が苦しい、体が動けない、また死が怖い。

 

 

はっと気がつくと……目が覚めていた。

べっとりとした汗が冷たく体を冷やし、不快感を呼ぶ。

 

「…うぅ。怖いのはイヤ…」

 

 

…揺らぐ眠気にまた身を委ねる。

まだ夜は明けていない。

 

 

 

 

 

……小鳥のさえずりが聞こえた。気がつくともう朝だ。

 

「あーう。朝でしゅ、はふ…」

「…ふぁっ?…ぁー…わたし、ねてたぁ…」

 

 

眠気にまどろみに身を委ねながら身を起こした。窓の外を見れば陽はすっかり昇り、世界を明るく照らしている。夢はもう終わったのだ。暖かい温もりも、残酷な冷たさも、全てが夢で今が現実である事をハッキリと認識させられる。

 

 

「……ぐずぐずしても始まらない、だよね。」

 

 

現実を直視しろ。感情をコントロールしつつ状況に思考。……今だからこそやっと気持ちの整理ができた。納得しなくていいから、感情に振り回されず冷静に判断しないと次こそ死ぬ。それが今得た教訓……いや納得か。思い込みかもしれない。けどそれでいい。

 

 

「……んんー。はっ、そうだ…何も言われてないよ、働かざるもの食うべからず……ギルドの仕事、は手伝えそうにないか。」

 

「としたら会計?でもエイバルさんとイリノイさんで終わってるし……うーん、羊育てるのと、荷馬車の御者と、ちょっとした剣……あれ、待って私、殆ど何もしてない……?」

 

 

生前ならスーパー店員として販売展示や棚卸し、商品の案内や鮮度確認、ついでにレジ打ちと金庫番や車運転といったところなのだが……この世界に来て全く自信がない!できて会計だが、お金の概念が日本の円とまるで違うのだ!

 

 

「やだ私……二度目の人生、いいや三度目なのにもしかして詰んでる……?」

 

 

 

お、女の体にはなったが、心は男だ。けっして男のものを受け入れるなどもってのほ……いや考えないでおこう。なってしまったものは仕方ない、もしそうならないように、靴底やベルト等に仕込み刃を入れておこうか……?

 

 

 

「(こんこんこん)」

 

 

 

木の扉からノック音だ。ハイと返事をするとガチャリとレバー式のドアノブが動き、長い白髪を後ろにまとめた初老のギルドマスター・オーステンタインが笑顔を投げてくれた。

 

オーステンタインは現役冒険者から一線を引いた冒険者ギルドの長だが、その実力は雲の上に位置する白金等級の実力者だ。国家で数えるしかない黒曜等級より一つ下とはいえども白金等級に位置する彼等は揃って化け物揃いであり、貴族の推薦を必要としない最高位として誉れ高き地位である。

 

 

「身体の具合はどうかな、オウルケインのお嬢さん。」

「え、ええ、よく眠れました…」

 

「まだ昨日のことだ、頭の中で整理がつかないと思う。飯を食って笑っているうちに、少しずつ気が楽になるさ。無理に何かしなくてもいいのだぞ。」

「……いえ、お気遣いありがたいのですが私は以前から冒険者になってみたいと思っていました。今は足が自由に動くのもあって、世界を、見てまわりたいんです。」

 

 

オーステンタインはガイアのことを以前から聞いていた。確か杖をつくほど足が不自由であり、今よりも儚げで弱々しいと聞いていたのだが……すくっと立ち上がった様子を見て彼は疑問を抱いた。

 

 

「……お嬢さん。足が悪く杖をついていたと聞いていたのだが、それは一体どういうことだ?」

 

「うっ、そ、それは……」

 

「まさか治った、というわけではあるまい?」

 

「いえ、そ、そうなんです、気がついたら足が動くようになっていて……。そ、それに、あの日はっ、狼に食い殺されて死んだはずなのに、気がついたら一年経っていて、寒くてお腹が空いて…死ぬかと…思いました……」

 

「夢ではないのか?」

 

やはりオーステンタインは怪訝な顔でこちらを見ている。私も信じられないが、死んだはずなのにまさかこうして今も生きているとは…私がよく分かってない。

 

「…夢、と思いたいです。それに、父も母も旅立っていたなんて、自警団が消えていたなんて、知りもしませんでしたし…」

 

 

「……エイリーン。中に入ってくれ。」

「はーい、お呼びですねー?」

 

 

この町の水神ステュクスを祀る女性神官のエイリーンだ。見た目が若いので10代後半といったところだが……彼女の左薬指には、金属リング…結婚指輪なのだろうか? それが目に留まった。この世界では結婚指輪という概念はないはずなのだが……

 

「エイリーン、ガイアに何か変化があるかどうか見てもらえるか?」

「? え、えぇ、分かりましたが……。

 

神の御言葉より我は汝を知る。我導きたるは汝の往く道。神の目は我の目、我は汝を知る。我知るは汝の往く末を導かん。」

 

 

…質素だが金の装飾に紺色の装飾線が入った女性神官服がひらりと浮かび、エイリーンを中心に小さな光が辺りを包んだ。オーステンタインは厳しい目でずっと見定めているが、エイリーンは困惑の顔だ。

 

 

「あの、申し上げにくいのですが、魔力が無いというか、マナがないですね……5,6年前に見ていただいたというロトムさんの言う通りというか、聞いてても驚きですね…」

 

「うっ、今になってもマナが無いなんて…」

 

「エイリーン、ガイアに何か他の変化はあるか?」

 

「いえ、これといって……強いていえば魔力を扱う職業は皆無で、生産系と戦闘系に伸びしろがあるようですが、私にわかるのは職業とスキルの得意不得意の分野ぐらいしか…」

 

エイリーンはしゅんとしているが、10歳の頃に魔力適性がないことは確かだ。そう言われたのだが…生産系と戦闘系に伸びしろ? それ初めて言われた。

 

「あのすみません、エイリーンさん。伸びしろというのは具体的に…?」

 

「はへ? あ、はい。戦士、兵士、剣士、弓士、槍騎兵……あと盗人、山賊などもあれば、格闘家、修道士、騎士、竜騎兵、軍人……幅広いですね。生産系は主に鍛治、火薬製造、裁縫、料理の分野です…が……?」

 

何やらエイリーンの顔がまた不思議そうな表情に変わった。

 

「しぇりふ? がんすりんがー? これは一体なんでしょう、ギルドマスターさん?」

 

「いや、初めて聞くな。そう認知したのか?」

「え、ええ、たしかにそう視えましたが…」

 

2人の反応から初めて聞いたかのような素振りを見せているが……シェリフとはアメリカの保安官のことだ。ガンスリンガーは銃を使う用心棒…どちらも銃を扱う人間を指す言葉だ。

 

この世界では銃を見かけた事がない。私のことをよそに、2人は話を進める。

 

「…何か新しい職業なのだろうか? リヒタルゼンでは魔法銃が開発されたと聞くし、アイゼンではサムライやブシという者らや、ミコやオンミョウジという職業も聞く。この国にはない何かしらのモノなのかもしれんな。」

 

「は、はぁ、私すら知らない世界があるんですね…」

 

「……。」

 

 

「ガイアのお嬢ちゃん、とりあえずは…よく休むといい、それから考えればいいさ。」

「そ、そうですね、とてもショッキングだと伺っていますし…」

 

2人とも心配してくれている。けど私は何かしないと気が済まないタイプなのだ。

 

「お気遣いありがとうございます。でも、私も何かしたいのですが…ううん、冒険者となって旅に出てみたいのです。」

 

 

「…お嬢ちゃん、それが言っている意味が分かっているのか?」

 

「うん、分かってます。怖い事がありましたが…でも、私の足が動かせるようになって、夢がまた見れるようになったのです。それに……ずっと旅したいって、夢見てたんです。」

 

「そうか。別に止めはしないが…だがまず今日は休みなさい。ずっと昨日から寒い中でたった1人過ごしたのだろう? ちゃんと休んでから、それから考えなさい。

 

エイリーン、診察を頼む。」

 

 

「あ、はい。分かりました。」

 

 

オーステンタインは部屋の外に出ると、エイリーンが服を脱ぐように促してくる。酷い怪我を負っていないか診てくれたが特に何もなく、オーステンタインから酒場で食事を取るように伝えられた。

 

 

竜のねぐら亭の酒場店主、虎顔のストロングは小さな白髪青瞳の少女の姿を認めると、一声かけてくれた。

 

 

「んよう、あんたがガイアか? 災難だったな!」

「え?あ、はい。」

「まぁメシでも食っていきな! ほれミシェル、ガイアに案内してやんな!」

 

 

ミシェルと呼ばれた垂れた犬耳に控えめなモフモフ尻尾の、ウェイトレス姿の女性がガイアの近くに来る。この酒場は50人ほど座れるような広さがあり、様々な「冒険者らしい」人種がワイワイガヤガヤとしている。お酒の出る大衆食堂といった様相だ。

 

 

「ガイアさん…ですね? 何が食べたい気分です?」

「あ、えっと私は…」

「あっいいんです、ギルドの人とは業務提携でやってまして、ギルドの人には食事をタダで出してるんです。なんでもいいですよー?」

 

 

中世ヨーロッパとは思えないほど食文化が進んでいるこの町では、スパゲッティはもちろん、ハーブを使った料理やソースを扱った調理法が多く確立している。…不思議な事に、カレーまであるのだ。名前はカリーというのだが、明らかにカレーなのだ。ツッコミたい。

 

 

「えっと…カリーとパンを。」

ミ「はーい! 辛さはどのぐらいにします? 0が甘口、1が普通、2が辛め、3が激辛で、4がかなり激辛ですよ!」

 

「えっと…2で。」

ミ「おー、いきますね。はーい! カリー2辛セット!」

ス「最初っからいくねぇ。誰もが甘口で行くのにチャレンジャーだな?」

 

「え、チャレンジャーってどのぐらい辛いんです…?」

ス「んー、俺らが辛いって思うレベル、3が一口で汗かくレベルだぜ。」

ミ「う、うんうん、辛いのってあんまりないから…」

 

 

なんだか失敗した気がするが、しばらくするとカレーセットだ。犬耳娘のミシェルがささっと置いてくれると、玉ねぎのような味のパープルオニオンとリーフレタスのサラダと、柔らかくて丸っこいパンと一緒に出てきた。

 

オタマのような変わった形のスプーンに、フォークとナイフでいただくようだが、パンをちぎって浸しスープのようにしていただく。

 

 

ス「お、おおう、ガッツリいくな…」

「あー、これまたスパイシー。カレー…っとカリーでしたか、あまり辛くないですね。」

 

ス「えっ?か、辛く作ってあるんだが…あ、じゃあコイツ試してくれよ。ブラックペッパーとレッドペッパーってやつをブレンドしたんだ、これだけで3から4に相当するぜ?」

 

パシっと受け取り、普通にパッパッと掛けた。虎顔のストロングさんが唖然としているが、そんなにおかしい事なのだろうか?

 

ス「うお、おおいっ、そんなかけると本当に死ぬほど辛いんだぞ、や、やめておけって!」

 

「そうなんです? …(ぱくっ、) ん〜。たまらない、これ辛いですねー。」(ニコニコ)

 

 

ス「え、えぇ…(ドン引き)」

 

 

ひどくミシェルやストロングに心配されていたが、私は大の辛い好きなのでこのぐらいちょうどいいぐらいだった。辛さ成分不足で食べたい症候群になっていた私は、ついつい自重せず掛けていた。

 

……後にレベル5が追加されてしまった。辛さガイアという辛さはガイア専用の「"とんでもない"」辛さのため通常料金の2倍になるが、その誰もがその辛さのクエストにチャレンジしようと噂が広まってしまったという……。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第20章 「可能性と運命/冒険者ギルド」

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界は動いている。

 

ゲームの世界であれば法則と決まったイベントがあり、真実の世界では平等と不平等が存在する。造られた世界か創る世界か、いずれにしても「可能性」が存在する。

 

全てを否定して忘却するもよし、肯定して時を遡り未来を駆けるもよし、そもそも新しい世界空間に改変させてしまうか。

 

今ここに、全てのモニターが見えている。世界線は可能性の一つ、時間は可能性の一つ。運命とはひどくシステム的であり、客席の望む展開も驚かせる脚本家の手法も、全ては委ねられた観測地点と伝達媒体によるものである。

 

もしそれらを凌駕するものであれば? 我々である人間の理解を超えるだろう。理解不能とはつまり意味不明、ネガティブな強い感情を抱かせ、偏重な情報選択バイアスをもたらす可能性がある。我々人間とは理性と感情を持つ生き物だからだ。

 

 

ならこの物語も、何らかの法則に縛られているのだろうか?それならば自由に生きてみようじゃないか。不自由なりの自由を謳歌してみせよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『うーむ。陳腐な表現。却下じゃな。』

 

 

ここは異様な空間。歪な輪郭を明滅させる人型の存在が観えていた一つの可能性の世界線を閉じた。

 

 

 

 

人間には認知不能なこの異空間を喩えるならば。電子情報のノイズが走る暗い海に浮かぶ空間に天から光が降り注ぎ、底部は淡い七色の光線がありとあらゆる先へと伸びて無数に枝分かれしており、俯瞰すれば幾何学模様で精確なシンメトリーを描いていることがわかる。途方もない大きさの円型を描いており、見方を変えれば複雑な魔法陣にも思えるだろう。

 

周囲には世界の針時計と歯車が幾つも忙しなく回り続け、情報の海が空間を満たす。大小様々なデジタル数字が常に全ての世界の時を刻み、他にも砂時計や水時計、日時計に加えて、心電図の電磁パルス模様とあらゆる人類言語・非人類言語が現れては移ろい消えてゆく。

 

 

神秘的で魔術的とも超未来的とも言えるその空間内で自由気ままに浮遊している人型は圧倒的な威圧を放っており、どんな生き物もその殺気のあまり発狂して自殺するかその場から逃げ出してしまうだろう。白髪褐色肌の彼/彼女の細い指先を宙に遊ばせると、様々な世界線や時間軸が現れてゆく。

 

『この世界線はつまらない…無かったことにしよう。』

『ふむ、これは観測しがいがあるな…保留じゃ。』

 

 

 

ホログラム、デジタルモニター、ブラウン管テレビ、写真、金属鏡、絵画、絵巻物、ボトルメッセージ、モノリス、思念映像……ありとあらゆる「世界」を表現したモノ達が鏡のように光景が映しだされては消えていく。旋回しながら浮かび上がるそれらは数百と存在し、彼/彼女の紅い瞳が妖しく輝く度にその体の出現と消滅をチカチカと繰り返している。

 

 

……一つの電子画面に紅き双眸が怪しく光る。どうやら、こちらをずっと見つめているようだ。

 

「ごきげんよう。我はニャルラトホテプ、この世界には存在しないクトゥルフ神話群が一柱、無数に存在する化身の一つじゃ。」

 

「別に我の事は知らぬ方が良い。」

 

 

 

 

「……なに?あの理不尽な凄惨極まる邪神ニャルラトホテプとイメージと違う?それは当然であろう?」

 

「人の数だけ可能性があるように、我も幾百幾千での世界の姿があるのじゃ。……あの気まぐれな作家はこの世界線での我の化身を作りおった。まぁ、我は道化らしくメッセンジャーとして務めを果たすのみじゃ。」

 

 

「して、我は可能性の神にして運命の邪神。ダイスがもたらす結果が未来を決めるように、たった一つの影響が世界を大きく変える。それはたった一つの選択でも様々な可能性を生む。」

 

「それは存在した世界線。存在したかもしれない世界線。存在しなかった世界線。あるいは予定調和を覆された異なる世界線。全てに通ずる時の線路は果てしなく続き、先はどこまでも続いていく。湖面に投じた石がたとえたった一つだったとしても、波紋が波紋を呼び、やがて全て大波となり、最後は無に帰すのだ。」

 

 

「難解であれば理解しなくてよい。其方らはあの世界の娘と共に物語を歩み寄り、その行く末を見届けるだけであるのだから。"物語"という名の小説、ゲーム、映画、あるいはただの情報……」

 

「そなたらが一体何を媒体に見ておるか預かり知らぬが、我の独白も、あの者の世界線の事も、あり得た一つの世界ということ。ただの夢と片付けるもあり得ぬ妄想とも、たかが机上の空論とも笑止してよい。だが我はな、確かにこの世界に存在しておる。」

 

 

……可能性の神にして運命の邪神ニャルラトホテプの化身が、壊れたデジタルデータのようにチラついては波形ノイズと不確定数字が走る。

 

 

「話が大きくそれてしまったな。」

 

「此度の世界線に居るあの娘は、とある人物をモデルにされておるという。異世界転生で特典付きという古典的なスタイルではあるが……あの作家は気にせず作ろうとしたそうじゃ。ふん、気まぐれで稚拙な創作に付き合いきれぬが、物語が進まねば世界の時間が止まったままじゃ。憎くも付き合うしかあるまい……」

 

 

「ククク、しかしあの世界線に居る娘……体は娘だが魂は男。凡庸で矮小なる人間が一体どこまで心が壊れずに這いずり回るか愉しみじゃ。」

 

「授けてやった大いなる禍いの力をどう使うのか……タノシミでタノシミで仕方がない。造られし箱庭の世界で憎しみに呑まれて滅ぼすか、人を助けるつまらない存在と化すか……哀れな人間の行く末が愉しみじゃ。ククク……」

 

 

 

□□□□□□□/\■■■■■■■■■/\□□□□□□

□□/\□□□/■■\■■■■■■■/□□\□□□□□

 ̄ ̄□\□□/■■■\■■■■■■/□□□\□□/ ̄ ̄

□□□□\/■■■■■\■■■■/□□□□□\/□□□

□□□□■■■■■■■\■■/□□□□□□□□□□

□□□■■■■■■■■■\/□□□□□□□□□□□

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

朝からスタミナたっぷりのご飯をガッツリ済ませたところで、リラックス効果のある青い紅茶風味のマナハーブティを飲んでいる。……冒険者になるためにはどうしたらいいのか。そもそもこの世界で何がしたいのか、それで楽しみがいっぱいだった。

 

…料理人?あの世界での味はこの世界にはないから、いくつか概念はあっても食肉加工や栽培方法を始め何も知らない。この町の外に王都や産業都市があるというのに、隣の港町も島国も何も知らない。これでは全くの博打だ。

 

…職人?いやいや、ああいうのは素人ができるわけがない。せいぜい2種類の金属板をワイヤーで繋げて化学液で電気を発生させるぐらいだ、電気や高度な製鉄は技術と知識がなければ、何にも出来やしない。建築も、当たり前に使っていた道具たちも、魔術と魔法で淘汰された今の時代に人間科学が発達するわけがない。

 

…まだ今の経験を活かせるとしたら畜産業や農業、食品に関する衛生管理、多少の救急手当あたりか、良くてサービス業だ。今の自分ができることなどたかが知れている、ましてやこの世界の常識は「俺」の世界では非常識だ。

 

つまり、俺の知識はこの世界において足かせであり、私程度の小娘ではキチガイに思われて当然だ。目立たず、口答えや助言をせず、静かに旅をしていれば面倒ごとも避けられるだろう。

 

 

…それに、冒険者はこれまでなりたかった夢だ。ゆくゆくは冒険『家』も自由の範囲で目指したい。旅は好きだし、生きている間は出来なかったが登山やキャンプをしたいと思っていた。サバゲー好きが転じてそっちのけだったが、インドアもアウトドアも好きである。対して、この世界での安定職といえば騎士や文官だろう。だが血生臭い権力争いや国家争いが容易に思いつく……それにだ、古い時代ほど性差の扱いが大きい。この世界がそうであるかはまだわからないが。

 

せっかく足が治ったのだ、心から冒険をしたいという夢が今からできる。男だった自分も、女となった今の私も、その気持ちでいっぱいなのだ。これまでは従属する日々を、己の力と頭で生きていく。今は生きるために生きたい。

 

 

 

 

 

「……それに、今の私に何が起きているのか……私自身がよく分かっていない……それではダメだ。」

 

 

「(何より、私は心が弱い。感情に左右されやすいし、劣等感のコンプレックスを抱えてきた。……よくあるラノベや漫画みたいな強い意志がなければ、そもそもただの一般人だ。死を恐れず戦うなんて、あれは難しい。いったいどれだけ自分を犠牲に、結果の為に全て投げ出せるのだろうか?)」

 

 

 

 

考え事をしているうちにふと疑問に思った事があった。…なぜ私なのだろう? いや2度目の人生だし通算…38年になれば精神的にも落ち着くのかもしれないが、その老成する私ではない。"ワタシ"という意識がある。

 

「(いや、そもそも私という考え方自体……いつからだ? 自然と私……この体としての私と感じるこれは、果たして俺と同一なのか……?)」

 

 

「. . . . . . あっつぅ!?」

 

……うっかり服にマナティーがこぼれた。少し右ふとももがヒリヒリする、もったいなくて悔しい、ぐぬぬ。

 

 

 

 

考え事が長くなったがおかげで思考がまとまった。

 

堅苦しい安定の世界でつまらなく生きるより、厳しいが楽しい冒険で世界を見てまわりたい。それでいいじゃないか。

 

 

 

 

田舎娘らしくカップの取っ手に指を入れて一気にくいっと飲み干し、席を立ってすぐ隣にある冒険家ギルドのカウンターまで足を運ぶ。話をするとすぐにアレコレ聞かれたが、私は冒険者になるんだ。

 

 

 

 

イリノイ「……それでは本当に、我が冒険者ギルドに加入し、冒険者として活動を始めるのですね?」

 

ガイア「はい、よろしくお願いいたします。」

 

 

イリノイ「……分かりました、ギルドマスターから慎重に判断する様お願いされていたのですが……覚悟が堅いご様子。私がなんと申し上げても意志は変わらないことでしょう。」

 

 

「では、改めて冒険者ギルド竜のねぐらへようこそ。まずは我がギルドと冒険者について、次に冒険者の制度についてご説明しますね。」

 

 

気分を変える為に、ギルドの受付カウンターに向かった。今日は月曜日にあたる「無」の日で、30歳ぐらいの別嬪さんの受付嬢イリノイさんに冒険者となる上で必要な事を聴き始めた。

 

 

 

 

まずはギルドについて。正式には冒険者ギルドと呼ばれるこの施設は公的機関であり、オースティア暦20年頃に設立された。343年現在では、不老の天使族と魔族、生誕の概念が無い精霊・妖精族、途方もないほど長命な龍神族を除き、間違いなくその当時を知る者はいない。

 

ギルドは二つあり、一つはその冒険者ギルドだ。オースティア暦より前のオースティア王国建国前の時代、モンスターの大発生による「魔族恐慌」が起き、この地方しかいなかった人類は絶望的であった。しかし、外からやってきた勇者によってモンスターは全て駆逐され、希望がもたらされた。その勇姿を目指そうとした者達が後のギルド設立の経緯となっている。

 

その翌年に設立されたもうひとつが、商工ギルドだ。勇者の威光と冒険者たちの勇者に少なからず感化された市民たちがいた。初めは身銭を切って彼らの為に食事、睡眠、衣服、武器を提供していた者たちがいた。まだ設立された頃は命を落とす冒険者が少なくなかった。モンスターの加工技術もまだ無かったのだ。

 

しかも勇者が忽然と姿を消してしまい、大きな混乱があった。だがそれでも市民達が有志の団体を募り、魔法王都を守る為に現れたのが冒険者ギルドであれば、それを裏方から支援し万全のサポートで十分な戦闘能力を発揮してもらうよう活動するのが商工ギルドだ。

 

 

 

 

王都での司法や秩序を司るのが騎士団や兵士であれば、モンスターによる脅威を防ぐのが冒険者と商工人であり、約300年間で孤立無援だった王都の周りで点在していた各コミュニティと連絡が取れるようにまで至ったのだ。

 

 

イリノイ「……余談になりますが、当時の魔族恐慌は現在の言葉に当てはめるとスタンピード、つまり暴走と呼ばれています。モンスターを使役していた魔族の存在すら分からなかったので当時そう呼ばれていましたが、吸血鬼や悪魔などの魔族は人畜有害なモンスターとはまた異なる存在なのだそうです。」

 

 

ガイア「えーっと、知識階層ってこと?」

 

 

イリノイ「間違ってはいませんが少し違います。モンスターは闇の神…常闇こと龍闇のロンアンがもたらした魔力によって世界に自然発生していると言われています。一方の魔族達は生まれ方が違う……一体どのようにして生まれたか存じ上げませんが、別の場所で生まれた存在なのだそうです。

 

この大陸……とてつもなく大きい大陸だと分かっているのですが、そのどこで生まれたのか、魔族である彼らすら分からないそうです。」

 

 

ガイア「そうなんだ…じゃあ、冒険者ギルドのランク制度って?」

 

 

イリノイ「併せて説明させていただきますね。このギルドにおいてランクは6つ、ブロンズの銅等級、シルバーの銀等級、ゴールドの金等級、プラチナの白金等級、ブラックの黒曜石等級、クリスタルの伝説等級まで対応しています。現在在籍するブラックは4名おり、うち2名がオースティア魔法王国に在籍しています。クリスタルについてはかの勇者を除いて現在居ません。」

 

ガイア「……どうして伝説等級の人がいないのですか?」

 

イリノイ「それについては二つあり、一つはかの勇者の事を忘れぬ為が一つ。もう一つは勇者が身につけていたとされる首元のクリスタルになぞらえたとされています。」

 

「現在は王都にある六神教団の協力により、身分証のその質に応じた肉体保護魔法が掛けられています。……限度を超えた犯罪行為やこれを悪用しようとした場合、冒険者としての身分と権利が永久剥奪されますので、十分ご注意ください。」

 

 

ガイア「ロクシンキョウダンってなに?」

 

イリノイ「光、闇、火、水、風、土の神々への信仰を司る教団ですね。オースティア地方最大の宗教であり、私たちが信じている神々に関する文献の保有と歴史を記し続けている者たちです。」

 

「ご存知の通り、町や村に居る神官と教会のその殆どが六神教会の一派ですね。私たちの能力とスキル……職業の向き不向きを教え導いてくれるあの洗礼も、古代から伝わる神聖魔法の一つなのだそうですよ。」

 

 

ガイア「…そういえば、魔法と魔術ってよく聞くのだけど、違いは何?」

 

イリノイ「ふむ、ガイアさんは知らないのですね……魔法とは、自然の摂理を超えて何らかの現象を引き起こすもの。魔術は学問として万人が使えるようにされたものですね。」

 

「例えば、神官の治癒魔法は信奉する神の力に応じたマナの発揮が起きるそうですが、ファイアのような威力の弱い火魔法は誰でも同じ効果が望めますね。

 

でも例外が一つだけあり、それは生活魔法です。あれは初代魔法王が国民の為に生み出したと言われていますが……魔法ではなく魔術です。厳密には難解な形式と複雑な魔法陣の組み合わせを必要とする術式を省いて、言語の思念のみでマナを具現化させられるようにしたものですね。」

 

 

ガイア「そうなんだ……オースティア地方の他には、どこかに国があったりするの?」

 

 

イリノイ「えぇ、東には島国のアイゼン皇国が。西にはリヒタルゼン共和国があります。また西の果てに世界樹<ユグドラシル>がありますね。」

 

 

ガイア「へ、へぇ……」

 

 

 

 

他にもガイアは聴きながら、この世界に関する話を多く聞いた。気がつくとお昼が近づいていたことだろう。ぐぅ〜〜〜とお腹が空いてきたが、話はまだまだ続きそうだ。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第21章 「カタログ・ショッピング」

ーーーーー
【注意】
実際のミリタリーや銃に準じた対する長い説明があります。シーンを読み飛ばしたい方は、次回話をご期待ください(マグロ、ご期待ください)
ーーーーー


 

 

 

 

 

 

目的も特に無いし、何か啓示を受けたわけでも無い。何か知ってる話かと思えばそうじゃないし、お金のガメルという"単語"から「おっ?」と思いきや、ソードワールドの世界観でもない。となるとここは……もはや見知らぬ場所と思った方が良さそうだ。

 

 

受付嬢のイリノイさんから多くを聞いた後、冒険者登録を済ませて無事、新入りの「紙の仮身分証」を手に入れた。誰もが銅等級になれるのではなく、最初の下積みとして紙の仮発行によるものだ。これに身体保護機能は施されておらず、紙に防水防汚の効果があるだけだ。

 

紙には名前、職業、現在ランク、所属パーティがオースティア簡易言語で書かれている。その他の内容についてはマナを流す事で確認できる魔法水晶を操作して内部記載する仕組みとなっている。最低限4つは書く決まりだがその他に当たる内容は身分証の内部に記載できるようになっており、マナを流せば魔法水晶無しでも文字列が展開されるようになっている。

 

ちなみに簡易言語とは、現在11種族も確認されている中でせめて冒険者ギルド間ではコミュニケーションが図れるよう造られた言語の事だ。オースティア地方の魔法言語が大元だが、簡易言語はより音階を少なくしたものだ。

 

 

 

「……登録はしたけど、まさか登録料のガメル金貨3枚を省いてくれたどころか、3枚ももらっちゃったなんて。」

 

……この世界がソードワールドかもしれないと思った要因の一つだ。このオースティア地方の通貨概念は「ガメル」だ。かのTRPGを遊んだ事のあるプレイヤーとキーパーなら誰もが知っているお金の名称である。

 

だがそれに対応する地名や歴史は無く、あの神々の名が無かった。とすれば、この世界は全く未知の場所という事になる。

 

 

「あーあ、知ってる世界だったら楽なんだけどな……とりあえず、今の私の現状を調べなきゃ。」

 

 

掲示板に貼られた数多くの依頼書はまだ受けていないが、一年経ったこの街の現状を調べたいのもあった。結論から言おう、自警団が解散して騎士団に回収された事の影響以外は、何も変わっていなかった。

 

とりあえず300ガメル…いや金貨3枚から崩して昼飯を済ませたが、焼き鳥の皮一串で1ガメルとは……相変わらず安い、食パン一斤レベルで2ガメルなので、単純なのやら単価がおかしいのか。(食パン一枚で頼もうとすると、オマケをつけて1ガメル相当にさせてくるほどだ)

 

 

 

 

さてと門で仮身分証を見せて一度外に出てから、少し外れたところへと向かった。一度試したいがあったからだ。それを行う為に少し離れた人気の無い森林内へと移動した。

 

 

「…ここならバレにくそう。ガンスリンガーに、シェリフ…銃しか予想がつかないけど、もしかしてあれと関係が?」

 

 

頭の中でイメージを浮かべてみる。昨日までは殆ど何も考えず、欲しいと思った物が突然現れた形だ。だがそれはよく知るものとは違い、それに近い物が出てきた…そんな印象を受ける。

 

まずはサバゲーで使っていたアクセサリーだ。マガジンを持つために必要なマガジンポーチ、それを付けられるガンベルト、銃の保持に楽なホルスターとライフルスリング……試しにイメージすると、その通りに出現した。他にも多くのアイテムがなんと出てきた。

 

「う、うわぁ!?ほ、本当にで、出てきた……あれ、これなんだ? 英語表記……え、ロット表記? しかもステンシルまで……これ待って、これアメリカ海兵隊のガチもんじゃないか!?」

 

あの当時の物を召喚出来るのかと思いきや、全く知らないメーカーや表記だらけの"本物"が出てきた。ごく一般的な選択マークが一切存在せず、実在する超マイナーものから、超有名どころまで出てきた。

 

「スプリングフィールド造兵廠」と英語表記された革製ライフルスリング(腰ベルトにした)や、試しに日本のとある歩兵銃の銃剣をイメージしたところ、「三十年式銃剣」の白き刀身に血抜きの樋がある初期型らしき銃剣(斬れる)まで出てきたのだ。

 

 

「う、うわー、これ本物じゃないか…というかウィキペディアで見たことしかないのに、それっぽいっていうか…いや、もしかして予想以上に物が呼び出せるのか…?」

 

 

試せば試すほど出てくる為、「現代個人装具」や「タクティカルギア」に代表される全てのアイテムが出てしまった。……追加で米空軍迷彩服(デジタルグレー)、戦闘用イヤーマフ(walker's razor)、肘・膝プロテクター、アイプロテクション、腕時計(GWG-1000-1A3JF)、ポーチ付きソフト水筒(1QT CANTEEN SOFT)、双眼鏡(POSEIDON 8x21)、ファーストエイドキット(救急用品)あたりを呼び寄せておく。

 

流石にアーマーベストや、ガスマスクや折り畳みシャベルのようなガチ装備はまだ出していない。上記のほかに、最低限ダンプポーチやマガジンポーチなどの多機能ポーチをタクティカルベスト・ベルトなどに取り付けられる物を召喚しただけだ。

 

 

「……うーん、何の銃にするか決めていないのに、出しちゃったよ。何かこう、一覧が欲しいなぁ……」(頭上からぱさっ)

 

「わっ!? な、も、もんす…なにこれ。これは、え〜…これ、なんだ?カタログ本?」

 

 

どうやらこれは専門誌のカタログらしい。白地に無題の本だが中を紐解けばあら不思議、贅沢なまでに写真と図解説明が徹底された光沢紙印刷だ。その高級感はさることながら、A3とかなり大きく高さ30cmと分厚い。というか重い。米袋10kg級に重すぎる!!

 

 

「も、もちあがらない、かはっ…はふーっ!だめだ、持ち上がらないよ…」

 

諦めてあらためて本を開くと、驚きと安心を抱く内容だ。最初の目次には「銃器」「軍製品」「軍需産業製品」と書かれた3カテゴリーだけが記載されており、次ページに国別の企業名が数十以上、いや百数十以上も延々と記載されていた。ようやく30ページほど開くと、商品情報が1ページごと贅沢に載っており、知りたい情報を深く念じると内容がリアルタイムに変わった。

 

「うわ、これすごい……あれ、でも値段が表示されない?なんで?」

 

たった一つだけ何も記載されない値段についてだったが、それ以外は全て網羅されているようだ。試しにレインコート……GORE-TEX素材のポンチョやレインコートを探してみると、国と年代ごとの様々な製品がページに現れた。以前記憶にある……自衛隊のお土産コーナーで数万もした空挺ポンチョとやらを探すと、山ほど出てきた。

 

 

「わ、こんな感じなんだ…すごい。」

 

 

レプリカ、防水性能劣化など状態も様々で、特に防衛省にのみ販売と書いてある企業名の遮光ポンチョ(OD)が目を惹いた。……なるほど、着てみると光沢の少ないオリーブオイルカラーのポンチョで、中が遮光性生地でほぼ真っ暗で外気が逃げず暖かい。首と袖口にジッパーがある為、解放すればマントのように使える。使わない時は1.5Lペットボトルぐらいの小ささに収まる。とても気に入った。

 

 

これらを全て知るにはとても時間が掛かりそうだ。中には解説書、取扱書と書かれた雑誌も販売されていて、とても有益だと分かった。サバゲー程度で一般ピーポーな私にはとてもありがたい。何にも知らない素人どころか、映画のランボーや帝国軍人のようなタフガイじゃないからだ。

 

 

「ええっと、熱中しちゃった…武器、武器は…この銃剣だけじゃ頼りないよ。」

 

 

……銃器の項目を見ている。多国籍の銃が選びたい放題で付属品として銃剣やオプションパーツ等が存在している。見たところ、弾は5.56mmから12.7mmまでが存在している。法則性を紐解くと……どうやらNATOに採用されている弾の口径が最小最大に設定されているようだ。50口径こと12.7mmはM2ブローニング重機関銃などが有名すぎるが、5.56mmといえば5.56×45mmNATOライフル弾を思い浮かべるだろう。

 

22口径といえば、2021年だった時は……確か口径5.7mmはあったはずだ。ドイツの銃器メーカーを調べているとFN ハースタル社の弾薬が存在し、規格名として"STANAG4509"が存在していた。どうやら、生きていた時代までの情報を網羅していると見て間違いなさそうだ。

(5.7×28mmNATO弾とは、PDW=パーソナルディフェンスウェポン であるP90やFN Five-seveNに用いられた専用弾薬だ。またKeltec P50というカタログデータも存在している。)

 

 

 

5.6mmから12.7mmまでの弾頭の大きさとなると、拳銃弾・ライフル弾のどちらもが存在する。散弾銃となると、.410Gauge弾(約10.4mm)しか使えないが鹿までの動物であれば数発当ててやっと即死させられるだろう。いずれも対人用には強力なツールだ。

 

弾頭の種類もFMJ(フルメタルジャケット)、ソフトポイント、ホローポイントと様々であり、より火薬を増やしたマグナム弾や強装弾(+P)も存在している。一から作れるハンドロード用の工具もあるようだ。

 

 

「…これは…すごいな。バレットM82やブローニングM2まで載ってる。じゃあ、イタリアのベレッタの…あった、M93R。二つとストックも…あれ?」

 

 

おかしいと思いもう一度念じてみるが、何も起こらない。別の銃を念じても日本の古き良き銃を思い描いてもダメだった。ふと救急用品のアイテムを試しに増やしてみようとイメージしてみたが……うんともすんともいかない。

 

 

「あれ? どういうこと…? もしかして、制限が存在するのか?」

 

 

特に物や体に変化が起きているわけでもないし、呼び出した物は消えることなく存在し続けている。……カタログもたまたま読んでそれが欲しいと願っただけで、脳内に何かウィンドウメッセージが出てるわけでも無い。

 

 

「……うーん。分からないな、何か……あ、あれ。胸元の銀貨と銅貨が無い…き、消えた…?」

 

着替えた時に入れた胸ポケットの銀貨と銅貨の感覚が消えていてふと不思議に思った。ポーチに入れてある金貨2枚を取り出すとまだ手元に残っており、その他はどこを探しても見つからなかった。

 

ここでぶわっと、値段が表記されておらず銀貨と銅貨が消えた事に閃きが降りた。……つまり対価が必要なのだ。ここに呼んだ全てのアイテムはどうやら、消えたガメルに応じて召喚されていたらしい。

 

 

「あ、じゃあ…待って?いいこと考えた。」

 

 

にやっと笑みを浮かべつつ、さっそくカタログ片手に色々と物を探し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

赤い夕日に空が染まるほど時間が経った頃、ようやく全ての"アイテム購入"が終わった。

 

ちゃんと左手利き専用のアイテムやガンパーツも用意されていて、とても読み甲斐があったと言える。まだ10分の1も読み終えていないのだ。

 

 

まずは決まった物品はこういったものたちだ。(残り100ガメル)

 

 

 

・革ベルト(スプリングフィールド造兵廠 代用品)

+マルキス・バックル・ピストル(22口径×4銃身/特殊)

・三十年式銃剣(初期型)

・現代個人装具(CQB対応)

・米空軍迷彩服(デジタルグレー)(別メーカー肌着付き)

・戦闘用イヤーマフ(walker's razor)

・肘・膝プロテクター(グレートーン)

・アイプロテクション(クリアカラー)(+ケースポーチ)

・防水腕時計(GWG-1000-1A3JF)

・ポーチ付きソフト水筒(1QT CANTEEN SOFT)

・双眼鏡(POSEIDON 8x21)

・ファーストエイドキット(救急用品)

 

・H&K UMP45 (.45ACP弾仕様/25発マガジン)

+「フォアグリップ」

+「フラッシュライト」

+「サウンドサプレッサー」

+「3ポイント・タクティカルライフルスリング」

+25発マガジン×4、10発ショートマガジン×1

 

・Colt government M1911A1 (同/7発マガジン)

+右脚部用サムホルスター("仕込み"済み)

+7発マガジン×2、10発ロングマガジン×1

+.45ACP×150(予備ポーチ・16発)

 

 

 

 

 

 

まずはM1911…コルトガバメントをイメージした。召喚したこの拳銃は、.45ACP弾(45口径オートマチック拳銃弾)を扱うハンドガンだ。大きさ約11mmの弾丸を発射するタイプだ。よく耳にする9mmパラベラム弾も負けず有名で、あれは大きさも約9mmと覚えやすいだろう。(口径は38口径)

なぜ単純かつ頑丈とされるリボルバーではなく、複雑で機械的故障がありえるオートマチックなのか。あるいは"なぜM1911なのか?"。それはかなり単純な構造で安定した信頼性と威力を持っているからだ。

 

Colt M1911は名前通り第一次世界大戦から2000年代に至るまでアメリカを中心に愛用され続けた名銃であり、カスタムパーツも豊富で多くコピーされ続けた。実際100年以上経過したビンテージ品でも撃つことが可能であり、かの有名なロシアの突撃銃、AK-47といい勝負だろう。

 

単純な仕組みという事は、メンテナンス性のしやすさが光る。また外では砂や泥といった"精密機械"に甚大な悪影響をもたらすモノが存在する。銃にとっては避けて通れない道だ。パーツ交換が豊富で整備しやすいほど、故障に強い。その上、マガジン交換をすればリロード完了するし、ジャムっても比較的ラクだ。

 

ならリボルバーの方が弾が詰まらないし故障しないじゃないか? 

 

実はそうとも言えない。チャンバー=薬室で弾及び薬莢が邪魔する現象はオートマチック特有の現象だが、ファイアリングピン=発射の為の撃針が動けばほぼ撃てる。

対してリボルバーはシリンダーが回転する事で弾詰まりがまったく存在しないが、"不発弾"や"回転不良"が存在する。前者は弾自体に、後者は部品摩耗が問題となって起こる。ジャムとは違った問題がちゃんと存在する。

 

 

ジャムと比べれば、次弾発射の手間隙やタイムラグを考えれば直ちに撃てるリボルバーに軍杯が上がるわけであり、根底に潜む機械的・化学的問題が解決されていない点には注意が必要だ。つまり、メリット・デメリットの意識が重要なのだ。

 

オートマチックの主なデメリットが弾詰まりによるジャム現象ならば、リボルバーの大きなデメリットは装填数の少なさと「装填の困難さ」だ。

(落下衝撃に弱い、近代は暴発の可能性から一発弾を慣習で抜いていた、等は割愛する)

 

 

リボルバーはシリンダーに装填できる弾が基本5,6発少ない上に、薬莢が熱膨張してシリンダー内に張り付く特性がある。排莢しにくくなる上に、素手で触れば火傷をする恐れもある。しかもリボルバーには隙間が存在するためエネルギーロスが発生する。……だが特性として「マグナム」と呼ばれる強力な弾を扱える点だ。

 

極端な話、全体の長さと薬莢の形さえ合っていれば何でも撃てる為、より強力なライフル弾や散弾銃のショットシェルを扱う強みがある。無論、【設計された能力】に沿った製造がなされているため、オーバーロードな使い方は爆発による負傷、銃身炸裂、不発もしくは遅延発射などの事故を招く。(リムレスであるオートマチック弾の説明は省く)

 

 

一方、オートマチックの強みは安定した作動が挙げられる。銃本体、その銃専用あるいは規格に合う弾薬、一定した技術レベルを持つ射手の三つが揃う事で正確無比な安定した火力が期待できる。

 

どんな製造環境下の弾でも取り敢えず撃てる事と桁違いな威力を追求しても耐えるのがリボルバーであるならば、ある一定環境下では安全かつ明確な性能で確実に扱える事がオートマチックの強さだ。

 

あくまでリボルバーとオートマチック・ハンドガンを比較した話として比べているが、銃とは千差万別だ。これが単銃身の火縄銃であれば話が大きく変わるし、ショットガンとライフルでは考え方がそもそも異なる。これが大砲になれば規格外だし、艦載砲や弾道ミサイルなら当然の強さだ。全てこれらに共通する事は、「遠くの物にどうやって当てるか」に帰結している。

 

そして、それらの補助や運用する為のシステムが存在し、ありとあらゆる問題への技術発展がこれまで私の世界では促されていた。銃による個人レベルの戦闘を行う為には人が必要であり、食料と金が必要であり、機械や物が必要となる。国という文化レベルで運用がなされてきたのが、いわゆる軍隊だ。国レベルで語ると銃の話から逸れるので、後の機会としよう。

 

 

 

 

とにかくだ、話が大きく逸れたが、私が好きなリボルバーといえば……そうだな、かの有名なシングルアクションアーミー(通称:SAA)だな。最も頑丈で早撃ち(連射)が可能な有煙/無煙火薬の回転式拳銃は好きだが、対モンスター衝撃と砂塵による動作不良を懸念した結果だ。

 

M1911なら工具もいらずに部品分解しやすく、プッシュ・ロッディング("片手装填術")によるホルスターからの早撃ち(リロード行為)が出来る点だ。ホルスター内の底部に鉄棒を仕込んで……よし。

 

 

 

 

なぜ9mmを選ばなかったのか。決して9mmパラベラム弾が.45オートマチック・コルト・ピストル弾(約11.43mm)よりも弱いわけではない。+Pと呼ばれる強装弾や、ダムダム弾のような特殊弾も存在する。

 

この世界での銃器の威力がどのぐらいに匹敵するのか、それをちゃんと確かめたいのだ。人の動体視力では無理なほど速い弾丸の中で、比較的に遅く重いカテゴリに属する.45ACP弾を基準に、有効なダメージを指標としたい考えがある。

 

一般的な拳銃弾クラスの中では反動が強く対人殺傷能力(マンストッピングパワーではない)が比較的に威力の高い大型弾をベースにすれば、ロングバレルによる射撃や複数射撃時で致死に至らせる火力がおおよそ検討がつけられる。

 

ライフル弾ではなく、同じ拳銃弾.45ACPを扱えるサブマシンガンを選択したのも、上記の理由からだ。短期間に火力を一点に集中できる。

 

 

 

 

またSMGのアクセサリーに「フォアグリップ」、「フラッシュライト」「サウンドサプレッサー」を選択している。わざわざ弾の少ないショート・マガジンの使用も訳あってだ。HGの改造ホルスターやロングマガジンも、SMGのデメリットの補完を目的としている。

 

まずはフォアグリップだ。本来フォアグリップとは、ドイツでアサルトライフルの祖先「STG44」は全鋼鉄製による熱伝導問題があった。同じくアメリカのトンプソン・サブマシンガンは銃身が剥き出しで、触れた皮膚への熱傷の危険性があった。

これら「火傷」を回避する為に用いられていたのが始まりだった。今日の銃器にもその有用性があり、副次的効果として「ハンドリングの向上」をもたらすものとなっている。

 

 

次に、ライトと聞いて夜で使うものと思ったらそれは正しい。一般的感覚ならそう使うものだからだ。だがより進んだ考えの一つとして、「相手の目を潰す」目的がミリタリーでよく見られるだろう。現代でも有効であり、夜間で暗視ゴーグルを付けていれば間違いなく失明する。(もちろん対策されているが)

誤った道具の使い方だが、意図した利用の為に道具を活かせる。工夫こそが、実際戦ってみて身に染みた事だ。戦いに礼儀などない、泥臭く足掻いて生き残る事だ。そこに正義も悪も意味が無い。

 

 

3つ目のサウンドサプレッサーとは何か?これはサイレンサーだ。だがしかし語弊でもある。分かりやすい言葉で表現すれば消音はあり得ないので減音させて場所特定させない為に付けるものが、サウンドサプレッサーだ。

弾丸は"飛翔"する為、音速より少し早く轟音を伴う。専用消音弾とサイレンサーを使わない限り無音とする事は間違いなく不可能だ。せいぜい、"発生音を変質させる事で"射撃した地点の特定を誤魔化せる程度であり、映画のサイレンサーは間違いだ。空砲よりも実弾で撃つ方が遥かにうるさく、耳に轟いて急性難聴をもたらすものだ。

(映画のような引火・爆発しやすいガソリン缶への誘爆もほぼあり得ない。仮に起きたとしても、奇跡的に着弾した時の摩擦熱で偶然発火・気化爆発したか、焼夷弾や曳光弾を用いない限り意図的に起こし難い。)

 

 

4つ目に、10発という中途半端なマガジンの使用だ。これは拳銃弾の「反動軽減」と「ロングバレルによる単発威力・射程UP」を見込んでのものだ。

単に取り回しが良くなり、狭い場所でも狙撃がしやすくなる点もあるが、一番は「弾が少ない方が軽い」。弾1発当たりの重さはバカにならないんだ。

 

しかも、長物の優位性は「両手で扱う」事だ。拳銃を片手もしくは両手で添えることが前提なのに対し、ライフルやサブマシンガンは手、手首、下腕から肩に至る部位を全て反動軽減の為に扱える。(ストックレスは除く)。頬付けによる安定した狙いの姿勢、フォアグリップやストックのカスタマイズ性にも富んでいる。

 

銃の場合、長物ほど「薬室に装填された弾から射出口までの十分な空間に対する、一定のガンパウダー・パワーの効果」がある。弾頭に対する威力が増加するのだ。つまり長いほど破壊力が強く飛距離が伸びる。(長過ぎるとダメではあるが) (ライフリングが無いショットガンなどは、また原理が異なる)

 

…しかしずっと持っていると疲れるので、ライフルスリングという吊るしベルトを使って、銃の保持の補助をさせてある。手首だけで3,4kgの銃を1時間持つのと、肩と腕を使ってバランスを取れるのとでは…明らかに疲労度が違う。

 

 

 

 

……そう、ここまで脳内説明していたが、もうお分かりだろうか? どんなに弱い者でも、一定の練習さえできれば抵抗できる強い力を得られるのだ。

 

AK-47が頑丈でシンプルだからこそ世界中に渡った理由を、M1911が愛される理由が、ヨーロッパでは小口径が好まれる理由も、全ては「簡単な訓練を積めば一兵卒に化ける」強みだ。国家戦争を生き残る軍人を育てるのに何万何億と教育費が必要だが、ただ殺すだけの力は銃一丁と弾1発さえあれば買えてしまう。科学文化の極致にして、誰でも扱えるリスクの高い「自由と責任」だ。

 

 

「…あ、そういえば。ブラ…あまり気にならないや。」

 

ちなみに、これは完全に余談だが、通常ライフルのようなストックを有する銃器は胸側の肩を利用して反動を相殺している。だが胸の大きい女性は胸に近い肩に銃をつけるとモロに痛めるそうだ。

 

銃の反動でブラが食い込むらしいが、豊かな乳房が構える際に邪魔する上に銃の反動が不快感をもたらす上に狙いにくいのだとか。その対策として肩口に当てているらしいが……?

 

 

「(む、胸が無いんだ、け、決して羨ましくなどないっ!)」

 

 

いずれにせよ、銃の特性と状況に応じた反応が大事だ。使い分けが大事なのである。WW2の塹壕戦と現代の室内戦闘では遥かに交戦距離も衛生環境も異なるように、どういう使い方で戦闘を進ませたいかに尽きる。

 

歴史を紐解き、その戦時、運用思想を理解する事で何がしたかったのかが分かるであろう。銃とはなによりも、「目的」の為に作られているからだ。遠くを飛ばす事も正解、一発で戦車を壊す威力も正解、マシンガンで圧倒する事もサブマシンガンで制圧する事も、失敗も成功も歴史がすべて証明している。

 

そうでなければ弓や剣が2020年現代でも台頭しているであろうし、銃に対抗する為の技術や進化が無かったはずだ。廃れていたなら銃はおろか、大砲も、火薬も、弩や投石器も歴史の影に葬り去られていたことだろう。

 

銃を使わないほどのモノが存在するなら、それこそ魔法や超能力に違いない。信仰と魔力操作の極致が魔法・魔術であるならば、人間科学と戦争の極致が銃なのであろう。

 

 

 

 

「……よく考えてみれば、この世界で戦争が無いってあまりにも不思議だけど…神の信仰がある世界ではさほど重要ではないのかな? 人間による技術進歩とか……いや、これが神に近き時代と、神が去って久しい時代の違いか。」

 

 

うーん、これまた面白い歴史と見るべきか。情報が数多く否定と肯定が存在する科学世界と、曖昧だが信仰が現実となる信仰世界の違いと見るべきか……ふと面白くてクスリと笑っちゃった。

 

 

「……よし、イメージも掴めた。弾を当てる何よりもコツは、数撃って当てるより、姿勢の練習と反動相殺の感覚を叩き込め。咄嗟にCQCしたきゃ、実戦を意識しろ。……グアムの経験、まさか生きるとはなぁ。」

 

 

バックアップガンの意味としては違うが、それを兼ねたM1911の"仕込み済み"サムホルスターに手を掛ける。ボタンの位置に親指を予め沿わせ、プッシュ・ロッディングをすればSAAのような早撃ちが直ちに出来るだろう。空動作を何度も行なって、見立てた木々に狙いを定め、乾いた引き金を引く。

 

……満足に練習した後、マガジン全てに134発分の弾を込める。素手で込めると怪我するので、専用のハンド・マガジンローダーでお手軽に終わらせる。呼び出した全ての装備を確認し、最後に隠し武器の動作を再確認する。

 

 

バックルの金具部分は、とある本物の逸品だ。ボタンを押せば、カパッと開いて4門の銃孔が宙へと向けている。……緊急事態になったら、この4つのボタンを押せば放たれる。

 

「……よし。確認オッケ、にしてもちょっと重たいかな?歩けなくはないけど、たくさん作っちゃった。あはは……」

 

 

 

……収納空間のような便利な魔法アイテム(アーティファクト)がこの世界には存在するが、ガイアはまだ持っていなかった。少し後悔しながら怪訝な目で見つめる騎士団の番兵に軽く会釈を済ませ、町の中へと戻って行った。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第22章 「酒場で絡まれるのはデフォルト(通過儀礼)」

 

時刻は18時を示し、そろそろ夕食の頃の時間帯だ。もっとも防水腕時計「GーSHOCK」のGPS機能は正常に作動しないだろう。GPSを司る人工衛星がこの世界にあるはずがない。

 

もっといえば、この世界の住民の服装は中世ヨーロッパのような古めかしいデザインだ。毛織物・木綿・リネン・絹と低ランク帯モンスターの素材を中心とする継ぎ接ぎや質素な装いであり、腕時計というものすら存在しない。冒険者も毛皮をあしらったものや鉱石を鎧風に繋いでおり、俗世的習慣で肌が露出しているほどマナの作用がしやすい通説から露出度がそこそこ高いほどだ。

 

対するガイアは異邦人(エイリアン)と呼べるほど異質なデザインと素材であり、顔以外の全身の肌を殆ど隠すような服装は誰もが目を惹く。加えて「デジタル迷彩」はこの世界には無い概念。・・・・・・公共の場でピエロが現れたかのような視線を余計に浴びる。

 

 

「・・・しまったなぁ。でもそのうちに慣れておかないと。」

 

 

既にUMP45のマガジンを抜いて背中側に背負い回してストックを折りたたみ、銃口を下にして携行している。リュックや背負い袋を使わないスタイルはやはり見たことが無いのか誰もが一度は見てくるし、実際にこれはなんだと町の親しい人から聞かれた。(死んでから1年経って久しいはずなのに、普通に接してきて意外だ)

 

 

喧噪と酒の宴が始まった酒場「竜のねぐら亭」の建物が見えてきた。若手神官エイリーンが居る水神ステュクスを祀る神殿アークフィアを中心とする、環状広場は冒険者のためのお店がギルド・酒場と鍛冶場を囲むように最初の通りにぐるっと並んでいる。

 

「・・・まっすぐ帰るかなぁ。」

 

 

そのまま冒険者ギルド兼酒場のウエスタン風両開き扉まで、足を運ぶ。老若男女の冒険者やそうでない人々が楽しげに酒を語らい、浮かれた顔が笑顔を呼び寄せる。時におふざけが仲間との連携や、真面目な嫌悪感を示す反応も、酒場らしい様々な様子が見えていたが・・・・・・私が来たことで一変した。

 

 

「・・・・・・」

 

 

ゴツ、ゴツと鉄板入りコンバットブーツが、木製の床を重々しく踏みしめて存在感を表す。静かになった空間の中で足底から感じる高速乾性の空気が、抗菌絹製の靴下を優しく通り過ぎるが今は嫌な空気感にしか思えない。

 

 

誰もが私に注目を集めてしまっているが、静かに周りを眺め見たところで片手を軽くあげて応えた。・・・・・・ひそひそ声がやがて聞こえ出す。私の白髪は珍しい事もあってか、より一層の好奇心と興味を抱かせるだけになってしまった。

 

顔に出さないようゆっくりと歩きながらカウンター席に座ると、虎顔のストレングスさんがようやく声を掛けてくれた。狼耳が特徴なミシェルさんもウェイトレスをしながら、こちらに気がついたらしい。

 

 

店主「よう、朝ぶりだな。何か食べていくかい?」

ガイア「うん。今夜は何がオススメ?」

 

店主「シャケのホワイトクリーム煮に、ほうれん草のチーズトースト、マッシュドポテトに生ハムサラダさ。」

ガイア「あ、それ美味しそう。それでお願い、ストレングスさん。」

 

店主「あいよ、ちょいと待ってな。」

ミシェル「ガイアさんおかえりなさい!なんだか不思議な服と筒ですねー?これなんなのですー?」

ガイア「ちょっと武器みたいなものだよ。これから冒険者を始めて行くから。」

 

 

ミシェルはへぇ~?これが武器・・・?なんだか見たこと無いです…?と半信半疑の反応だった。周りのひそひそ声が強まるのも当然だ。銃なんて見たことがないだろう、まともに説明しても理解されづらいだろうし、周りの反応から武器といっておいて悪くはなかったようだ。

これで静かに食事ができるだろう。そう思った矢先に唐突な叫び声が・・・・・・ありがちなシーンというか、馬鹿というか空気読みなさい・・・

 

 

「だっはっはっは、それが武器ぃ?なんだそれ、おかしいんじゃねーか?」

「おいおい冒険者業を舐めてもらっちゃ困るぜお嬢ちゃん」

「どこの出身だ?いい顔じゃないか。」

「おやクレスト、出身などどうでもよいではありませんか。」

 

 

不自然な茶髪の背が高いチャラ男に、分かりやすく脳筋戦士デスって上半身裸のはげ頭の血気盛んなヤツに、イケメン風でつるんでるのがおかしな拳闘士の美男子と、なんだか豚顔みたいな好きじゃ無い肥満体型で黒く日焼けしたおかっぱ頭の聖職者風な醜男の4人組だ。

 

周りは静かにしているか我関せずといったところだが・・・

 

 

ガイア「どうぞご自由に、別に舐めていませんよ。」

禿男「ほぉ、そんな無駄ばかりで動きにくそうな見た目だが??」

 

ガイア「私は肌の露出が好きではないので。」

美男「もったいない、そんなに白く透き通っていて綺麗なのに。」

ガイア「お世辞をどうも。よく言われますね。」

 

醜男「クレストの言うとおり・・・ではなかった。君のランクはなんでしょう?」

ガイア「・・・登録したばかりなので、まだ無いですよ。」

醜男「ぷぷ、まだってニュービーですか。説得力がないですなぁ?」

 

茶男「おいおいそんなことより、俺らの所で組もうぜ。ランク上げてやるからさ。」

ガイア「あ、結構です。私はソロで十分ですのでどうか他を当たってください。」

茶男「釣れないなぁ。ちゃんと先輩の言葉は聞いておくもんだぜ?」

 

 

・・・こいつら面倒だな-、そろそろ適当に返したいんだけどなかなか帰ってくれない。普通は助け船といわんばかりに人が来るんだろうけど、生前男だったので女性としてときめきそうなシーンは私的に美味しくない。ってことでさっさと対応しておこう、冒険者としてちょっとしたケンカもあるだろうし?

 

 

ガイア「必要だと思ったら聞きますね。」

醜男「おい女、さっきから聞いていれば勝手な口を・・・」

 

  「黙らせましょうか?」  

 

剣呑な言葉を投げかける。豚みたいな醜男が勝手に青筋立てて怒り爆発しそうだが、美男子が咄嗟に間に入ってきた。(・・・男はいらん!恋はしたくない、考えただけでゾッとするわ!)

 

美男「こらこら、そろそろ引きましょうよ。お邪魔しましたね、お嬢さん。」

醜男「ぐ、ぐおぉぉ・・・」

茶男「チッ、わかったよ」

禿男「・・・・・・。」

ガイア「ええ。」

 

 

一人を除いて4人組は不満げに下がった。・・・ストレングスさんが静かに食事を置いてくれる。ミシェルは気に掛けているみたいだがすぐ給仕に戻り、周りの冒険者グループは我関せず。といった様子だ。

 

 

「(・・・不愉快だなぁ、せっかくのご飯がまずく感じちゃう)」

 

 

なんだかもやもやしながらスプーンを口に運んでいると、目の前にトンと香辛料の瓶が置かれた。

 

店主「この先いくらでもあんな場面あるもんだぜ、冒険者になるってんなら気引き締めていきな。まずは食って元気出せ。」

 

ガイア「ふふ、ありがとうございます。・・・あ、またレッドペッパーですね?」

 

店主「おう。おめーさんドン引きするほど辛いモン好きだよな・・・ブラックペッパーとレッドペッパーを組み合わせてみたんだ。クリームソースに合うはずだぜ。」

 

ガイア「・・・・・・ん、これ美味しい。良い感じですね。」

 

店主「・・・ソレを涼しい顔して食えるのおめーさんだけだな、ミシェルが試したが口から火が出てたぜ。」苦笑

 

 

心温まる料理にゆっくり舌鼓を打ちながら、時間はこくこくと経っていく。喧噪は増すばかりで更にうるさくなり、ミシェルもストレングスもかなり忙しなく動きだした。代金の3ガメルをカウンター席に置いて、すぐ隣のギルドへと移った。

 

 

イリノイ「おや、おかえりなさい。その服と・・・ソレは一体?」

ガイア「ただいま戻りました。これが私のこれからの武器になります。」

 

イリノイはガイアのとても変わった服装とその様子に疑問符が出ていたが、まずは新米冒険者に対する対応をしたようだ。

 

イリノイ「本日は・・・就寝して明日に備えた方がよろしいでしょう。勧められるものは三つあります。一つは治癒草の採取。もう一つは城壁外の確認報告、最後はゴブリンの討伐となっています。いずれもギルドが依頼主となっているため期限は設けてありませんが、日が明るいときに行動することをオススメします。」

 

 

ガイア「なるほど……三つとも受けておきたいです。城壁の確認がてらゴブリンが居たら討伐する形でいきます。耳を切り取ればオッケーでしたか?」

 

イリノイ「承知しました。ええ、報告用にはそれがあれば十分です。ゴブリンの素材価値はあまりありませんが、解体した部位については隣の解体室で買取を行なっていますよ。」

 

 

ガイア「分かりました。治癒草は…よく家で使ってたのでわかります。」

 

 

こうして三つの依頼(練習)を受けることにした。今日は就寝する事をイリノイに告げ、ギルドカウンターの裏手へとガイアは消えて行った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第23章 「初クエスト」

 

 

 

 

朝だ。ゆるい寝巻きから慣れぬ戦闘服の身支度を済ませて部屋を後にする。ギルドカウンターには黒髪のエイバルさんだ。髪型を少し変えたのかキリッとしていてボーイッシュさが際立っている。

 

今日は火曜日に当たる光の日だが、イリノイさんが睡眠を取る時間はエイバルかギルドマスターのどちらかが立っているのだそうだ。ちなみにイリノイさんは二児の既婚者で金曜日から日曜日にあたる水・風・土の日は丸々休みを取っている。エイバルは見習いとしてこの建物で暮らしているそうだが、いくつも家を持つギルドマスターのガーイッシュがなぜここで寝泊まりをしているかは……野郎の話なんて聞いても得にはならないだろう。

 

 

 

食堂でなけなしの銅貨3枚を払って残り94ガメルだ。厳密には銀貨9枚と銅貨4枚だが、この町では1月に1金貨あれば生活に困らないらしい。この町には領主としての男爵がおり、丁稚や奉公たるメイドや料理人ですら最低賃金1金貨の月給制スタートだが、商人や農民を初めとする「ごく普通」のよくある仕事では日給制や不定期の支払い制だ。

 

更に私たち家族のような者たちになると物々交換も珍しくない。通貨はあくまで商人が扱いやすくしたモノという存在らしく、別の国では商人が国を納めているというところもあるそうだ。おそらく……モンスターという明確な脅威がハッキリしているからなのかもしれない。

 

花形とされる冒険者はいい稼ぎという。長男長女かを問わず、よほどの大罪を犯していない限り誰もがなれる平等な職業らしい。銀等級以上になれば金貨10枚など当たり前だし、銅等級でも仮冒険者(ニュービー)よりも能力がある上に金貨一枚など簡単に手に入る。しかし一定数は驕りやすくなり自己中心的な言動がちらつくため、銀等級までにならないと真に尊敬はされずいい顔をされないらしい。

 

(ギルド権限で辞めさせる事もできるが、常に命の危険に晒される彼らが何をしでかすか分からず、加えて銅等級になれるほどの力を有するために騎士団や憲兵も一苦労するのだ)

 

 

 

 

閑話休題。

 

 

この町の門をくぐり抜けていく。父の手伝いを始めてから何度も見た門の光景は見慣れているはずなのに、今日は今日でまた新鮮な気分だ。この町「ヴァイスシュヴァルツ」は半径8kmからなる小さな拠点都市だ。農耕を主とするこの一帯は東の港町シーマウンテンの宿場町に該当し、南門から数分掛けて歩けば王都への公道に繋がる未舗装の土道がある。

 

東門と西門は専ら住民の便宜のためであり、北側は存在しない代わりにオズモンド男爵の屋敷城がどんと構えている。中央にアークフィア神殿と冒険者関係の施設があり、東の区画が専ら宿泊街となっている。西は町民の為の施設が中心で島国アイゼンから伝わった”オフロ”なる銭湯事業を妖狐族が経営しているらしい。南が商業地区であり、北は牧歌的な農地と騎士団のための施設がある。

 

人口500人の小さな町を囲むのが高さ10mの石壁だ。モンスターの襲撃が起こる度に拠り所としてきた旧い石壁は何度も修繕されており、300年前からずっと続いてきたとされる歴史あるものだ。大きなオーガ達が攻め込んでも分厚さ5m以上を誇る石壁を突破することはできていない。

 

加えて1m以上の幅がある外堀が攻城戦を難しくしており、ゴブリンや体の小さなモンスター達は門から架けられた木橋を渡らなければならない構造となっている。・・・・・・籠城すれば長期間の生存が見込める町だが、空を飛ぶモンスターには脆く、知恵ある者が居れば壁を昇ってくるため絶対では無い。

 

 

 

今回はその石壁の状態確認だ。この周辺を歩くだけでも本来は危険なため、新入りの冒険者なら緊張が走ってもおかしくない危険な調査だろう。加えて二つ、治癒草と呼ばれる効能の高い薬草10本の採取とゴブリン3体の討伐だ。

 

 

「さて、動作もいいし・・・・・・銃口に異物なし、装填も異常なし。」

 

 

UMP45に25発マガジンを取り付け、銃特有のつまみを引いて弾を撃てる状態にする。忘れずに安全装置を掛けておけば、暴発の心配はこれで殆ど無くなる。ライフルスリングで携帯も楽だ。

 

 

M1911はプッシュ・ロディングでいつでも使える。薬室=チャンバーに弾を入れないまま、常にマガジンを付けて携帯している。(本当はUMP45のようにした方がいいが、モンスターの攻撃による衝撃で暴発する方が怖いからそうしない。・・・・・・手を使わずにスライドを押して早装填出来る点が大きい)

 

 

 

「ライトは点くし、サプレッサーの締め付けよし。……治癒草っていうと、お父さんがよく使ってたあの草のことだよね・・・」

 

 

銃の準備も、帯刀した銃剣のイメージアップもよし。あくまで私がよく知る武器を手にできただけで力を得たとは言いがたい。銃とは同じものを3000発撃ってようやくその癖が分かるほどだ。軍人のような経験が無いどころか遊びで銃を撃っていたこれまでの私は・・・・・・命のやりとりなんて無かった。決してうぬぼれずちっぽけな存在だと思いつつ、殺しの思考に慣れないといけない。

 

 

「な、なんにしてもこれが冒険の始まり・・・・・・楽しまないと!」

 

 

うっかり独り言が大きくなり、遠くにいる門兵から可愛そうな目で見られていた気がするが、気にせず石壁・・・ええい城壁だ。城壁を時計回りにまわっていくことにしよう。

 

 

 

 

現代日本ではまず見かけなかっただろう、新鮮で美味しい空気に包まれた幻想的な森林。川辺に流れる清廉な水流。穏やかな動物たち。日本の山奥や世界の森林地帯に足を運ぶことがあったら同じ感想を抱いていたかもしれないが、目の前に移る光景に心揺り動かされるものがあった。

 

・・・・・・前世の記憶を持ったまま生まれ、育ったあの家から既に豊かな自然を見ていたはずだが、朝の斜光がもたらす天使の光線がまた美しい。時は残酷だ、と感想も抱いたが。

 

 

「綺麗・・・・・・」

 

 

右手に見える城壁が、どこか悠久に忘れ去られた遺跡のように錯覚する。外堀越しにいくつか傷つき崩れている所があるが、説明だと元からある軽微な状態なのだとか。

 

そのまま歩き続け、森林を抜ける。切り開かれた西の農耕エリアだ。住民の往来が多く町から離れた所で多くの畑が存在している。西区画に住み着いている獣人たちが担当しており、何度もすれ違って挨拶した。

 

このまま、北西から北エリアに入る。短い距離の森林地帯が存在するが、1キロ以上先も越えれば広大な草原エリアとなっている。ここから先は村や町が存在しないとされていて、未開拓なのだそうだ。・・・・・・数十キロ先に山が見えるらしい。

 

 

「・・・ここからじゃ見えないけど。」

「あ、こんなところにたくさん生えてる。」

 

 

潤う緑葉に白く咲く4つの花弁を持つ花だ。この花の草が怪我の治療薬として使われる事が多く、直接傷口に草の内液を擦りつけるだけで傷口が塞がる不思議な効果を持っている。森に囲まれたこの環境に十分なマナが存在すると生まれるこの薬草は風邪薬として使われており、愛されている存在だ。

 

ちなみにこれの花弁が青く染まっている事があり、それは「月雫草」と呼ばれている。咲いている間に満月の光を浴びると変化するらしく、マナを使える者にとって嬉しい効果を持っている。これをポーションに抽出して劣化しないようにさせるらしいが・・・・・・魔法も魔術も使えない私には無用の長物だ。

 

 

「根っこから・・・うん、よし。お父さん千切って使ってたけど、根っこから掘り起こして取った方が保存するうえで良いって初めて聞いたなあ・・・」

 

 

 

採取を終え、次は北東から東エリア。東側は港町シーマウンテン側から細く続く道があり、南側のような馬車が通れる道とはなっていない。東から南までは数キロ先まで続く森林地帯となっているため、動物も多いがモンスターの出没も多い。

 

 

「・・・けっこう攻めてきているのかな。ところどころ新しいのと古いのとがある。」

 

 

壁は崩れていないが急ごしらえのためか、統一されていない色合いや石の素材が目立ち、外堀の輪郭がいくらか崩れている。保護のためか他のエリアでは見なかった石の補強が施されている。・・・・・・その一部が抜けていたり外れていた為、一応報告だな。

 

 

「次は向こうか・・・うん?」

 

 

向こうの草むらから音がした。とっさに身を屈めて、目を細めて遠くを見つめることにした。動きがないので双眼鏡で静かに見てみると・・・・・・緑色の肌に黄ばんだ目の奴らだ。ゴブリンのことは忘れるわけがない、特徴あるあの姿だ。距離にして約100m。

 

 

どうも血のついた大きな剣で何度も振り下ろしているように見える。草むらから見えるのは頭と大剣だけのため、何をしているか分からないが・・・・・・何かを襲っているのは確かだ。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

「ゲギャギャギャギャ!」

 

愚かなニンゲンめ、オレはやったぞ、これで20人目だぁ。ニンゲンは肘と膝が弱い、鎧を着ていようが動きが鈍ったら頭を狙えば殺せる。ヤれなきゃ腹を小突くか、手を狙えばいい。隙が出来たら攻め込めば、あとはオレの腕力で首に小刀を突き立てりゃぁ弱って死ぬ。

 

「ぐぼぁ、がは、がらぁぁぁ」

「グギャ、グギャギャ!」

 

トドメだ。頭に一発。頭に二発。頭に三発。・・・よし、動かなくなった、男に要はない、その鉄の肩当てと鉄球棒に用があるんだ。オレのものはオレのもの、お前のものはオレのもの。・・・さぁて後は子分どもに分けてやるかぁ、オレは気分がとてもイイ。ニンゲンなんて小突けば死んでくれるから愉快でたまらないなぁ。

 

 

少しづつ人殺しに慣れてきたゴブリンがモノを漁っていると、小枝の折れる音に気がついた。

 

「(ダレだ! この男の仲間かっ!?)」

 

 

小さいながら賢いゴブリンは咄嗟に腕につけてある木盾で首元を守り、鉄球棒・・・モーニングスターを腰の粗末なベルトに提げた。

 

 

「・・・ふん、返り討ちにしてくれるわ!」

 

 

ゴブリンは子供の背丈ほどの小ささを利用して、音がした方向の茂みに飛び込む。小ささこそがゴブリンたる彼の強み。そのアドバンテージを利用して、相手の様子をうかがい、一気に距離を詰める。・・・・・・相手は女だ。しかも上玉で、杖のような物を持っている。見たところ魔術師か魔法使いだろうか? 

 

「(・・・あの顔を歪められたらと思うと、たまらない。キシシ、たっぷりと絶望を味合わせてやるぜ・・・そしてオレの子を産み、絶望しろ・・・)」

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

「・・・・・・」

 

 

かなり近い所で音がした。あのゴブリンの姿が急に見えなくなった為、恐らく近くにいることに間違いない。しかも血の臭いがふと感じた。

 

・・・相手はゴブリンだ、冒険者にとって弱くて取るに足らない存在だとイリノイさんもエイバルさんも言っていたけれど、私は違うと思っている。ゴブリンは狡猾で「頭が回る」存在だと思っている。

 

弱いなりに奴らは徒党を組んでくる。それが一体一体弱いから「弱い存在」だと言われている上に素材価値が無いせいもあって、ゴブリン討伐が不人気だ。・・・・・・でもこの世界の住人が強いだけで、力を持たない農民たちにとっては悩みの種で恐怖の存在であることに変わりない。剣と鎧が持てる冒険者と違い、戦闘経験の無い農民がゴブリンに立ち向かっても生きるか死ぬかのギリギリになるほどの存在なのだ。

 

 

「(普通だったらただの小娘がゴブリンに勝てるワケがない。・・・なのに不人気で誰も受けていないし、チュートリアル扱いにゴブリン討伐って・・・スライムが最弱扱いみたいな感じなのかな、この世界の冒険者にとって)」

 

 

 

がさがさ!

 

大きな音を立った。それと同時に敵はその姿を現した

 

血濡れた大剣を肩に乗せた、くくりつけられた左腕の木製バックラーで首元を守りながら突進してくるゴブリンだ。距離にして20m、普通だったら反応が遅れて態勢を崩されるだろう。

 

 

「・・・・・・。」

 

 

けど反射的に銃口を向けた。既に安全装置が外された銃は敵に向けて引き金を引けば、選択したフルオートで引き続ける限り連続発射をしてくれる。この射程なら外すまでもない。下方に構えたまま待っていたなら尚更だ。

 

 

「グギャァ!」

 

 

ゴブリンは差し違えるような勢いだ。明らかに殺しに来ている。残り5m・・・・・・にやりと私の頬が不意に緩んだ。

 

 

その刃も体も届く前に、イヤーマフ越しに"カカカカァン!"と甲高い音がいくつも空気に響き渡り、グチャグチャッと額、鼻に血花を咲かせて、崩れ落ちる左腕のバックラーごと貫通して首から血を噴出させた。

 

 

「・・・うん。頭なら確実かな。」

 

 

銃を下ろし、死んだかどうか足で蹴って様子を見る。・・・動く気配はない、断末魔の叫びを上げることなく絶命したようだ。あっけない。

 

 

「人と同じレベルかな、脳に当てれば即死か・・・それとも・・・まあいっか。」

「あっ。入れ物どうしよう・・・・・・と、とりあえず、これで・・・・・・。」

 

 

銃剣を抜き放ち、右耳を削いだ。とここに来て「生臭いものを入れる袋」を用意していなかったことに気がついた。背中側に小さく折りたたんだ深めのダンプポーチに治癒草を入れてあるが、血に濡れた物は入れたくない。

 

銅貨1枚を手に持って念じると、ブラックカラーのタクティカル・ワンショルダーバックが出てきた。とりあえずゴブリンの片耳を中に放りこんだが、後になってレジ袋があったら包んでいれれば臭いが付きにくいと後悔した。

 

 

「う、うう、仕方ない・・・・・・そういえば解体ってどうするんだろう?隣の解体室の人から講習、受けるのを忘れてたよ・・・・・・」

 

 

ひとまず使えそうなものがあるか物色する。・・・・・・見た目通り何も無い。大きな剣は刃渡り100cmありそうな分厚いものだが、曰く付きっぽそうし売っても高くならなさそうだ。

 

そしてゴブリンがいた場所まで警戒して歩いてみると・・・・・・折れたショートソードを握りしめたまま、革鎧にざっくり大きな斬撃と首に血穴がある男性が倒れていた。既に息はなく、目に瞳孔反応もないため、息を引き取ったのだろう。手を合わせて弔った後、物色を始める。銃はずっと手に握ったまま、片手で革鎧を外して見えないネームプレートを探していく。

 

千切れてお腹側に落ちた血濡れたネームプレートから銅等級であることが確認できた。

 

 

「・・・気が引けるけど、持って行くか。」

 

 

ネームプレートを回収した後、彼が持っていただろう46ガメル分の通貨をいただいた。これで現在139ガメルだ。死亡した冒険者を見つけた場合、遺族が申し立てない限り、特別何かを咎められる事はないのだそうだ。

・・・その他に装備品などは手をつけず、彼のポケットにあった手布で顔を被せた。まだ若かったのだろう、恐怖で顔が歪んでいるが、16,17歳ぐらいにまだ若く見える。

 

 

「・・・・・・」

 

 

人の死から、やはりこの世界が現実であることをハッキリ認識させられた。あの満月の日は確実に殺されたはずなのに、私が生きている自体、おかしな話だが・・・・・・2度目は無い、そう思わなければ。

 

 

「・・・・・・仲間は居なさそう。」

 

 

薬室に弾を残したままマガジンを引き抜き、新たな25発マガジンに取り変えた。実質26発で撃てる状態のまま安全装置にして、立ち上がり次のエリアポイントへと移動を開始する。東門からは十分離れてしまった位置だったので、南門に居る門兵に連絡しよう。

 

 

 

 

「ぐぎゃ、ぐぎゃぁ!」

「ぎひひひい」

 

 

警戒しながら歩いて居たところ、拓けた場所でゴブリン2体に遭遇してしまった。どちらもこしみのと粗末な棍棒しか身につけていないが、距離は30m。少し余裕がありそうだ。

 

 

「(・・・避けにくいけど、確実に当てたいな。)」

 

左の片膝を地面につけ、銃を肩に沿わせて構えを取る。経験上から来る射撃の安定性から左肘が垂直になるまできつい姿勢を取り、その肘を左ヒザの上に乗せて体を少し横に反らせる。頬付けを銃の狙う箇所までしっかりと近づけて狙いを正確にし、小さな体躯のゴブリンに命中重視で・・・・・・胸骨周りを狙う。

 

この時間、わずか3秒だ。ゴブリン達は棍棒を上に上げて走り始め、あと1秒もすればぶつけに来るだろう。・・・外していた耳当てのイヤーマフは、間に合わない。

 

 

「・・・・・・(ダダダァン!!!)っ。」

 

「ガッ、カフッ!?」

「ギヒッ!?ギィィィ」

 

 

耳元で弾ける炸裂音と遅れてくる耳鳴り音。まだ慣れない爆轟音にぐらっと顔をしかめる。相手のゴブリンも驚いて両耳を塞いでおり、棍棒を落として転んでしまった。・・・・・・もう一方のゴブリンは苦しげに首を押さえているが、血泡が増えて苦しそうにじたばたしている。

 

 

「情けは掛けない。」

 

 

転んだゴブリンに頭を向けた。指切りを意識して1発、後頭葉側の脳に鉛の金属弾を食わせる。ビクッと仰け反った後に身動きしなくなった。

 

 

「ぐぎぃ、ぐぎぃ・・・」

「・・・憎いなら振り返りなさい、あなたの罪を。」

 

 

恨めしそうに睨むゴブリンの瞳に銃口をつけて、ダダダァンと高音爆域の音と共に、焼き付いた銃創と血肉の飛沫が辺りに響いた。

 

 

「・・・あいたたた、耳が痛い・・・けど付けてたら音聞こえにくいし・・・」

 

 

首に掛けたイヤーマフに手を掛けながら、大きく耳鳴りする右耳を撫でて労っている。

 

・・・・・・銃とは金属弾を音速レベルまで加速させてはじき飛ばす武器だ。銃弾自体の飛翔音は恐怖をあおる高音域の風切り音だけだが、銃弾を飛ばす火薬自体は爆発しないレベルの燃焼でガスを得て飛ばしている。

(思い出して欲しい、100円の火薬ピストルで撃った事がもしあるなら、アレを耳元で撃つようなものだ。アレの2倍以上の音だとおもって欲しい。・・・・・・いくらサウンドサプレッサーを付けて音量が下がってるとはいえ、もしなかったら3倍レベルだろう。)

 

 

「う、うう、耳がぁ・・・うー。」

 

 

すぐに向こうから音が聞こえてきた。金属音の硬質な音だ。特徴的なこの音といえば門兵たちだろう。予想通り、3人の門兵がやってきた。

 

 

「「「だ、大丈夫ですか?!」」」

 

 

「あ、大丈夫です、驚かせてすみません。私の武器は音がどうしてもしますので・・・・・・」

 

 

門兵1「あ、はぁ・・・そうなのですか」

門兵2「ん?この刺激臭は・・・なんだ?」

ガイア「あ、それはこの武器の特徴なんです」

門兵2「そ、そうなのか。」

 

門兵3「うん?これは・・・綺麗過ぎる、お嬢さんの持っている武器は刃が付いていないのに、ここまで滑らかなのは初めてみたぞ。」

ガイア「え、ええ、そういうものなんです。えーと、クロスボウとかボウガンみたいなものですよ。」

門兵3「なるほど。弦がついていないが不思議なものなのだな・・・」

 

 

私にとってはありきたりな説明をしたが、やはりこの世界の彼等にとって不思議なものらしい。・・・右耳がやられて聞こえづらいので、左に半身を傾けているが、その様子が一番近い男性・・・門兵1さんが心配そうな顔でみている。

 

 

門兵1「え-、その血は返り血・・・の、ようですね。怪我はされていないようでよかった。」

ガイア「ご心配ありがとうございます。あっ、ひとつ連絡したいことがありました。」

 

門兵1「ん、連絡したいことですか?」

ガイア「はい、冒険者が一人やられていました。このプレートを。」

 

門兵1「な! そ、そうか、ありがとう・・・場所はどこでしょうか?」

ガイア「向こう側です。壁を沿っていけば見えるところに遺体をひっぱりましたので。」

 

門兵1「わ、わかりました。・・・ルノー、報告に行ってくれ。マーカスは私と共に。」

門兵2「はいよ、レモンド。」

門兵3「分かった。」

 

 

ガイアが立ち去ろうとした時、ルノーと呼ばれた男が訪ねてきた。

 

ルノー「あんた、名前は?この町のもんじゃないだろう?」

ガイア「ええ、ガイアといいます。町の外で暮らしてました。」

 

ルノー「町の外で、へぇ・・・今は冒険者か?」服装にちらり

ガイア「今日から始めました。」

 

ルノー「そりゃ災難だな、初日から冒険者の死を見るとは・・・いやあんたソロか?」

ガイア「えぇ、ソロですよ? 一人で壁の状況を・・・あ、討伐証明の為にちょっといいですか?」

 

 

いいぜ。とルノーが応えてくれたので、雑多にささっとゴブリンの片耳を斬ってカバンに入れた。・・・・・・南門で仮冒険者証を見せれば通してくれ、すぐ左手の詰め所で門兵のルノーとは別れた。

 

このまま町に入る前に詰め所の井戸を借りて、飛び散った血痕の箇所を濡らして備え付けの雑巾で血を拭い取った。UMP45のマガジンを外して薬室中の弾をコッキングして排除して回収してポーチにそれぞれしまい、UMP45をセミオートに選択して引き金を落とし、完全に無力化したところで折りたたみストックを折って背中に背負った。

 

 

「うん、これで良し。帰ったら整備したいなぁ・・・・・・」

 

 

初めての依頼ことクエストは早く終わるといいなあ・・・・・・と、初めての緊張よりも面倒さがまさった、自分でも不思議なほど冷静な気持ちに妙な違和感を抱きながらも冒険者ギルドまで足を運ぶのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第24章 「安全ポイント」

夜勤明けのため即興


 

 

昼前に戻ってきた私はギルドへと足を向けて歩いていた。酒場に入れば静かな一瞬が私をまた釘付けにさせるが、慣れたのか気にせずギルドカウンターまで歩む。

 

 

イリノイ「おかえりなさい、ガイアさん。」

ガイア「ただいま戻りました、三つのクエストの確認お願いします。」

 

カバンとポーチから、ゴブリンの耳と治癒草をそれぞれ出している。なお耳は証明のため特にしまうだけで、治癒草については10個…用意された麻袋の上で確認されている。

 

イリノイ「確認しました。このようにクエストが終了した場合、私どもの合図で魔法水晶に冒険者証明証をかざすことで経歴の記録が行える仕組みとなっています。」

 

こほんと咳払いすると、まだ話があるようだ。

 

 

イリノイ「……ほかに二つも受けていましたね。治癒草の納品と壁の状況報告もしますか?」

 

ガイア「はい、お願いいたします。」

 

 

……10本の治癒草と壁の状況報告もスムーズに終わる。ただ一つ、壁で見つけた冒険者の遺体とその引き渡しについて伝えると、イリノイはとても悲しそうな表情を浮かべていた。

 

 

イリノイ「……そう、でしたか。ブロンズの方の…お名前は分かりますか?」

 

ガイア「あっ。すみません、忘れ…いや見てなかったです。」

 

 

イリノイ「……分かりました。報告、ありがとうございます。重々承知のことと思いますが、どうかお気をつけてください。何よりも命あっての物種ですから……」

 

 

「すみません、それでは魔法水晶に身分証をお願いいたします。」

 

紙の冒険者身分証(仮)をかざすと、イリノイさんが「承認、読み取り、更新、記載」と単語を唱えていく。すると水晶が眩しく輝いた。

 

 

「……終わりました。これにより魔法水晶にかざした際、これまでの経歴を閲覧できるようになります。報酬はゴブリン討伐が銀貨3枚、治癒草は銀貨1枚、壁の報告は銀貨1枚の合計50ガメルです。こちらをどうぞ。」

 

 

イリノイさんがカウンター先から、銀貨5枚をカウンター上に重ねてすっと置いた。ワンテンポ遅れてから受け取り、コイン入れのポーチにしまった。

 

 

「……普通なら一つずつこなして、やっと3回目で銅等級になるのですが、ガイアさんは何かされていたのですか?」

 

 

「い、いえ、特には……父からちょっと剣の手解きを受けたぐらいで、本格的なものは特に…」

 

「ふむ? そうなのですね、一日掛かると見ていましたが、かなり早いペースでしたので……とにかく、そのほかの解体したいものがあれば、隣の解体室でお願いしますね。買取もそこでやってます。」

 

 

本当は解体の講習を受けることも忘れていたし、ゴブリンの死体もそのまま放置してしまったので……自然に還る事に期待しよう。

 

 

「はい、後で寄りますね。」

「え?あ、はい。」

 

 

 

そのままカウンターから入るのも気まずい為、一旦出て…ギルドの裏手側に勝手口があるのでそこから入り直した。

 

 

そして部屋に戻り、しまったぁぁぁぁ!!と気持ちが出てきた。

 

「しまったぁぁ!忘れてた!」

「解体忘れてたよ、ぬわぁーん! 勿体ない、うわぁ…」

 

 

でも好き好んで死体をいじくり回したいとは思えないので、今後は必要な事として覚えていこう。

 

今回出費は200ガメルと10発分の弾代、稼ぎは96ガメル分。合計189ガメル…安く抑えられたとみるべきか? 剣や鎧等は3桁代が多い。銃10G+弾1G+1アクセサリー1Gで済む事を考えれば、コスパが良い方か?

 

 

ひとまず部屋に入り、汗をかいた装備と服を床にドカッと脱ぐ。さらに追加で召喚した薄い毛布の上に銃とマガジン等を置いた。……荷物が増えるばかりだ。チートの収納空間でも手に入らないかな、車両項目は見当たらないから、まだ開放されていないのかそれとも存在しないのか……

 

「あー、荷物増えたなぁ。でも適当に捨てるわけには…軽く世界改変レベルだしこれ…」

 

 

あーだこーだ言いながら準備をしていく。まずは銃の手入れが最優先だ。放置すると劣化が進み使い物にならなくなる。

 

 

 

最たる防止の一つとして銃本体とマガジンの手入れだ。銃とはミリメートル単位のバネや金属板からなる精密部品であり、それだけで無くしたら発見困難になる。しかも精密な仕組みで作られた部品類は砂や泥が入るだけで動作しなくなる。その手入れはもちろん、円滑な動作には特に銃専用の油が欠かせない。

 

細かなバネ部品や銃身内のライフリング等の銃手入れ具、付着した泥や粉末を拭い落とす布巾類、火薬煤を落とす為の洗浄油、部品間の摩擦を少なくして円滑な動作にさせる潤滑液、最後に「故障または完全分解の為の専用工具」が銃のメンテナンスにこれだけ必要だ。

 

 

「…また道具が増えちゃった、出費も荷物も嵩むなぁ…」

 

 

……まずは弾が込められた全てのマガジンから弾を抜く。

 

これも「大事な要素」だ。バネは変形した際もとに戻る力を持つ機械的部品である。弾を込め続けた状態のまま数日間以上放置すると、そのテンションが弱まり装弾不良の原因となる。無論、マガジンもバネ=スプリングへの依存度がとても高い為、手入れは欠かせない。

(リボルバーはその点に限れば、適切な管理下にあれば、半永久的に弾を込めたままでも保管が可能だ。)

 

 

弾は同じく召喚した金属製アモーボックス(200発/7.62mm/米国製)に重ねてしまっていく。ギンギンに込められたマガジンを素手でやると怪我する為、弾込めの際に楽なアモークリップで弾を弾き飛ばす。

 

弾は出来る限り湿気が少なく火の気のない所で保管し、仮に"自然発火"しても被害の可能性が少ない場所で安置させる方が良い。……しかしそのような贅沢な場所は今はなく、盗まれる可能性もあるのでベット下にせいぜい置くぐらいだ。

 

 

続いて、UMP45に取り付けたライフルスリングを外し、部品分解しやすい薄布上に置く。フラッシュライトなどそのほかのアクセサリー、装備類の点検・整備もする。

 

 

不慣れな事もあり2,3時間が経ってしまった。まだ明るいがお腹がすっかり減り、手も油と砂泥で汚れている。

 

 

まずはギルド備え付けのバケツシャワーでも浴びてから食堂に向かうことにした。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第25章 「神々の視点」(番外編4)

ん!? 大変申し訳ありません、後半の村岡シーンについては「第18章 「外伝-剣神」」の人物と同じです。まさかやってしまうとは……

描写こそ違いますが、こちら側の村岡をベースとして進めていきます。


 

 

ー神々の玉座ー。

 

白で統一されたこの空間に神々が集う。白円卓を中心に6つの階位で高低差を表現された白席があり、建築美学的な白柱が果てしなく広がっている。

 

この名もなき世界【トルキア】……に集う六神は、その神々ですら実は造られた電子世界の箱庭のキャラクターに過ぎない_彼らは決して知らない_のだが……それに気がつく術もなく、神々は世界の創造主として世界を常に見守ってきた。

 

そこに一つ、世界が一瞬だけ暗転した。

 

 

「我が喚ばれるなど三千年ぶりであろうか?」

第二席、闇の神にふさわしき巨大な暗黒龍、ロンアン。

 

「ホモリ、馳せ参じました。」

第三席、煌々と燃える赤髪に白巫女姿の火の女神、ホモリ。

 

「ステュクス、ここに。お呼びでしょうか?」

第四席、神々しき薄ローブに金髪の水の女神、ステュクス。

 

「だー、今いい所だったのによ。急になんだよ?」

第五席、翼を持つ男の姿だが本来は風の女神、ヴァーユ。

 

「…ごご、ごめんなさぁ〜いっ!遅れましたぁっ!」

第六席、人の原型にして可憐な薄金髪の土の女神、オリシャ。

 

 

6柱のうち5柱がこの円卓に召喚された。遅れてきた土の女神を咎める火の神だが、龍闇の神が宥め、その次の言葉を発するところから始まる。

 

 

 

「世界が産声を上げてからはや2億年。我の化身ではなくまさか我自身が喚ばれるとはよほどのことであろうな?」

 

「それは……分かりかねます、龍神様。」

「分からずとも良い。……あぁ、そう畏まるな。ロンアンでよい、みなもそうするように。」

 

水神「承知しました、ロンアン様。」

火神「わ、分かったよ、父う…ロンアン。」

風神「はいよ。」

土神「わ、わかりました!」

 

闇神「……、ま、まぁ、よいか。」

「それより、ヤツは…いつも通りか、呼びつけるくせに必ず遅れる。全く…」

 

風神「はぁ?さっさと帰してくれよー、いくらリヒタルのお呼びだからと言われても、ほとぼりが冷めちまうよ。」

火神「ヴァーユ、貴方はもう少し言葉を弁えなさい…!」

闇神「ははは、血気盛んな所は変わらんな、じゃじゃ馬。」

 

風神「じゃじゃ馬って言うかよ!ひでーなオヤジ!」

水神「…はぁ、それよりも。海のセイレーンたちは元気にしていますか?」

風神「あぁ、元気にしてるぜ!あの子た_」

水神「ほどほどにしてくださいね?」怖いニッコリ

風神「アッハイワカリマシタ」

 

少し罪悪感を感じて静かにしていた土の女神が顔をふと上げる。

 

土神「…あ、あのっ、リヒタル様…ま、参られたのですが…」

 

ザッと佇まいを正し、一斉にそれぞれの敬意を表した。龍はうなじを垂れ、巫女はお辞儀を。聖女は右手で心臓を捧げ、遊び人は顔を向け、娘はこうべを垂れた。

 

 

「「「「「お待ちしておりました、リヒタル様」」」」」

 

 

……光そのものである神は言葉を使わない。音に頼らず、それぞれの意志や心に直接語りかけるのだ。

 

水神「……なるほど、それがリヒタル様の御意向。私は従います。」

土神「でも、待って。せっかく世界が育ったのに、どうして人間を消しかけるなんて…?ずっとこれまでも均衡を保っていたのに、なのにどうして…?」

水神「オリシャ、言葉を慎みなさい。リヒタル様の決定は絶対であり、これも人の子への試練。また我々への試練なのです。」

土神「えっ、あっ、ご、ごめんなさい…」

 

闇の龍神は胡乱げな瞳で黙答している。火の女神は表情を変えず静かに頷く。……風の女神は顔を引き攣らせているが。

 

水神「……その御思考、拝受いたしました。」

 

 

ステュクスが跪くと光はまぶしく輝き、やがて徐々に消えていった。

 

 

闇神「…言いたいことだけ言って消えおった。しかもあの世界の生命を選定しろと。特に人間を消しかけろ、か…」

土神「私は納得できません。急過ぎます。」

水神「いいえ、私は納得できます。」

 

ステュクスの肯定にオリシャは嫌な顔をする。

 

土神「どうしてですか!貴方は悲しくないんですか!」

水神「……論点がズレていますが。まず始めにリヒタル様はあの世界に存在する命の総量が超えてしまった事を懸念しております。その中でも人類種……人の子があまりにも飛び抜けている事が原因なのです。」

土神「……間引くってこと?木の間伐とは違うんだよ?」

水神「いいえ、リヒタル様がおっしゃったのです。特に人間は神に近づこうとする輩がいます。過ぎた力は破滅を呼ぶ…その事を考えてなのでしょう?」

土神「それでも!私は許せないよ!」

 

黒き龍神が手で制して2人を見る。

 

 

闇神「そのぐらいにせよ。オリシャの言い分は分かる、ステュクスの言う事ももっともだ。我らが育てた大切なモノを切り捨てろというのだ、それは世界を守る為には必要な事に繋がる。」

 

土神「ですが、ロンアン様……」

闇神「のう、ホモリ。あやつはやり方について言っておったか?」

 

龍神は姿を変えて旧愛染王国の始祖帝ロンになる。冕冠の珠垂で隠された顔は険しく、身長200cmで黒髪に厳格な銀瞳を宿す初代皇帝はとてもとても優しい声で火の巫女に語りかける。

 

古き良き時代を彷彿とさせる巫女装束に、燃え盛る紅蓮の束髪とは裏腹に風鈴を思わせる静かな返答を示す。

 

火神「いえ、何も……ただ間引け。やり方は何も言われませんでしたが、もしや。」

闇神「あぁ、手段は問わぬ。いくらでもやりようがあるということだ、オリシャ。」

 

土神「え、ええと…どういうこと?」

 

闇神「ふ〜む。まぁ例えば、ただ殺すだけではまずかろう。我々が関わるなどもってのほかだ、世界を大きく変えてしまう。」

「が、魔物や動物。あるいは力を持つ者。人は弱いが襲わせればどうか?生きる為に力を磨く。であれば次の世代は受け継ぎ……そうして続けば、人も自らの力で運命を切り開き、弱き枷を壊せるであろう。」

 

4柱はポカーンとしている。いや理解が出来ていない。

 

「……つまりだ、ただ殺すより、成長を促す方が良かろう。」

火神「……(父上ならばそう考える。)」

水神「……驚きました、逆手に取るという事ですね。」

風神「ふぅーん。」

土神「はへ?よ、よく分からないけれど…ってヴァーユ、ふーんは失礼でしょう!」

 

風神「つまらない話だったからだぜ。あーあ、さっさと帰るわ、オレ。」

 

風の神はふっと消えてしまった。それを皮切りに、火、水、土の女神もそれぞれ消えていく。闇の神も静かに姿を消した。ただ一つ、風の神が残したやまびこを除いて。

 

 

「……あっそうだ、教えてくれた外から呼んだ人間がどう楽しませてくれるんやら。アハハ。」

 

 

ーーーーーーーーーー

 

世界が変わり、下界の島国の山奥。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1人。

 

 

 

 

 

 

 

 

とある古代杉の広がる山奥で修験者の如く崖岩に座る男が居た。黒塗りの三度笠に、濡烏と灰色の縞合羽、黒の鮫肌と黒漆拵の打刀が一差し。それらを今は外し、さんさんと照りつける夏の陽光を黒ふんどし一丁で浴びる黒髪の男が居る。

 

山独特の汗と土のすえた匂いに、"死人"を彷彿とさせる線香の香り。黒髪よりも深く暗い瞳を湛える男の目はどこまでも暗く、だがハイライトは消える事ない。その目は希望を抱き続けている。

 

「…………。」

 

彼は村岡留田。身長150cmと背が低く、多少は整った顔だが「普通」であり、頭も良いわけではない。だが愚直で突き進む事が得意であり、不可思議な悪縁から人知を超えた戦いの影響により磨きがかかり、22歳にして世界最高峰の居合術、剣術、柔術を体得した。また人の心を読む事が得意であり、殺陣師として時代劇ドラマでは著名な人物であった。

 

ガイアの居た現実世界とはまた異なる「怪物や神が存在する」クトゥルフ神話の世界から招かれた"探索者"の1人である。

(もっと言えば、気まぐれに呼ばれた風の女神ヴァーユによる被害者の1人なのだが)

 

 

 

「…ここがドリームランドじゃねえことはよく分かってる。リベリオンが打刀になっちまった時点で、夢の世界に間違いねぇはずなんだが違和感を覚える…」

 

考えても答えが出ない。立ち上がり、居合いの型を取り、空を切った。斬撃は音が遅れ、光が遅れ、やっと世界が追いついた。

 

「……考えても答えが出ねぇ。ま、なんとかなるだろう。」

 

男は座禅を解いて立ち上がった。人の限界を超えた脚力で大地を踏み越え、木々を蹴って山岳地帯を悠々と跳び越えていった。

 

 

 

 

男は3年前にこの世界に出現したが、その最初は古代遺跡のアンデッド軍団の墓場だった。生き地獄の中でその時から殺されても死なない事に嫌でも気付かされ、そのうちに死んだ回数を数えなくなった。餓死しても生き返り、斬り殺されても続く苦痛が延々と続き、人としての正気を失いながらも神域の刀剣術を死に物狂いで身につけた。

 

……ようやく大墳墓を抜けると、見知らぬ大陸だった。土地勘も無くとりあえず沿岸に沿って歩き続けていたが、突然津波に巻き込まれた。もはやどこだか知らない場所になってしまい、しかも人に出会えない不運続きに男はついに開き直って悟りだした。不死の剣客としてバケモノ相手に旅を楽しみ始め、剣神の位階を目指さんと1人旅を続けてきたのだ。こうして今に至る。

 

 

「しっかし、浜辺から山あるなぁと思ってきたが、人1人もいねぇ。どうなってんだ、この世界はよぉ。」

 

愚痴りながら木を蹴ってぴょんぴょんと飛び越えていく。もはや人間を辞めたレベルだが、本人は努力の結果だと思っている。

 

 

 

見ての通り彼は文字通り世界の理から【外れた】存在だ。心こそかなり削られたが、かつて邪神と対面しても心折れず退けた肝っ玉を持ち、また妖怪や人外に不思議と関わりの多かった奇異な人生を送ったごく普通の人間である。

 

……この世界に来てから人間という枷が二つ外れた。一つは不死者となった事で生命のリミッターが外れ、死の恐怖が薄らいでしまった事だ。もう一つはこの世に存在しないアーティファクト……霊刀と旅装束を携えている。

 

彼の持つ霊刀は全てが黒い。鞘から柄の鮫肌まで全てが黒でカラーリングされている。また彼の服装は江戸時代の風来坊のような姿だ。黒塗りの三度笠に、濡烏と灰色の縞合羽、黒の鮫肌と打刀を納める黒漆拵の鞘。しかもこれらが死ぬ度に完全修復されて戻ってくる。

 

どんな光も受け付けない暗器のような黒刀は闇堕ちした忍者の妖刀のようであり、神はおろか、幽霊も、化け物も、全ての存在を断ち切る危ういモノである。

 

 

「…これで首落としても死なねーとか、もはや人間なのか疑いたくなるぜ、俺ぁ…」

 

 

八艘飛びを続け広大な山を下ると……一つの村があった。より近づこうと縮地をすると、その村はなにやら様子がおかしかった。村岡は怪訝に思いながら村を訪れることにした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第26章 「グッドツール」

 

 

 

……翌朝。この日も雨だ。銃の整備や必要な準備は昨日のうちに終え、ついうっかり寝過ごして遅い朝だ。

 

「うぐぐ……なんか、久しぶりによく寝た、ふわぁ……」

 

普段愛嬌のある姿と違い、ボサボサな銀髪にだらしない脱げかけパジャマだ。

 

「雨…うん、雨も慣れなきゃ…」

 

雨は嫌いじゃない。ただ雨を思い出すと……そう、狼に食い殺された時やゴブリンに襲われた時を思い出すからだ。

 

本来であれば雨の日は避けたい。だが雨の戦闘も野宿も考えられる以上、できれば経験してコツを掴んでおきたい。

以前ポンチョだけで活動したところ、袖口とズボンがかなり濡れていた事が気になった。しかも足や枝に引っかかりやすく、転倒しやすいのだ。その点を考慮するとレインコートやポンチョはあまり冒険向きでない。なので防水ズボンやレインスーツといった上下タイプの雨具を例のカタログで調べている。

 

 

「…へぇ、速乾性のものも大事なんだ。海だとまた前提が違う…じゃあ陸上や登山をメインで考えるべきか…?」

 

 

防水も大事だが、汗や水に濡れた状態で長く活動すると股擦れが起きたり、またふやけて怪我をしやすくなったり体温が調節できなくなったりする。……であれば服の水分を飛ばせば解決できる、というものもあるようだ。

 

 

「へぇ、これは絹で作られている…?」

「靴にクッションジェル?足まめ防止?」

「速乾性があると体温調節が楽になる…?」

 

 

服だけでも、様々な目的に沿って作られているようだ。肘パッドや膝パッドもあり、実は保護目的よりも「銃の姿勢補助」の為であったり……服の防臭防腐や難燃性を重視したものや……カタログには事細かに書かれているので分かりやすく求めやすい。

 

 

「…あ、コンパスだ。ミルスペック?蓄光効果?」

「…フィルムのアレみたいのに入った薄いサングラス?」

「…オイルマッチに、ファイアスターター…笛?」

 

他にも色々ある。ただの一般人にはよくわからないが、キャンプ用品以上に使う用途が不明なものだらけだ。幸い説明付きであり、目的やコツが書かれているので分かりやすい。

 

…レーション? すぐ食えるものだとは思っていたが、加熱できるもの。更に生鮮食品まで詰めたものがあった。…国ごとにまたこれが違うのだ。

 

「はっ、しまった。脱線した…」

 

…読んでいるだけで時間が経ってしまう。さて雨の対策だ。それも大嵐……普通は出たくない雨だ。だが冒険者を名乗る以上、この世界での雨がどういったものか知らねばならない。荒天の山や海など、避難できるなら避難するのが当然であろう?

 

傘なんてもってのほか。暴風やゲリラ豪雨には意味がない。…うーむ、迷う。

 

「うーん悩む。とりあえずこれにするか。モンベルのゴアテックス製品のカモワッチ…?」

 

上下の防水服にしておく。…実際召喚して着てみるとこれが分厚い。重ね着状態なので、今まで装備していたベストやガンベルトの長さや着心地が違い……別々の調整が必要になった。

 

「これいちいち調整面倒だ、うーん……物を増やす?荷物が増える…あ、こういうアタッチメントあるのか…ほぉ…」

 

…沼にハマってしまった。物から入るタイプもあって、やはり見てしまう。なんでも銅貨1枚で買えてしまうのだ。割高だったり格安だったりする。

 

他には、ミリタリーショップによくありそうな「レプリカ(偽物)」からガスマスク、塩化ビニールテープに0.2mm針金、防水ダクトテープや瞬間接着剤といった用途不明なもの……

またハンティングで用いられるドイツのカールツァイス社の狩猟向き光学スコープまであり、バラバラなページもあった。……恐らく、個人で購入しているものなのだろう、そういうページだけは全く想像がつかないものだらけだった。

 

 

「あーあ、買ってしまった…」

 

 

色々カタログを見ていたところ……たくさん見つけてしまった。生前、ナイフやツールを見ているだけで楽しめる口だった。

 

"モーラナイフ"というものを一つ召喚した。刃渡り約10cmの全長20cmと一般的な包丁より小さく3mmと"分厚い"このナイフは、薪割りやフェザースティック(着火しやすくした木の枝)に適したバトニングナイフと呼ばれるものだ。普通の折りたたみナイフと違い、柄と刀身が一体型なので頑丈かつ刃が割れにくい。

 

火打ち石の現代版…ファイアスターターの中でもLIGHT MY FIRE社のものを、また固形燃料ではEsbit社のポケットストーブを。火遊びではないが、よく火を見る事が好きだった事もあり、買って遊んだものだ。

 

 

タスマニアンタイガーのユーティリティポーチを新たに追加した。ダンプポーチもそれにしたが、弾入れの他に小銭入れ、小道具入れ、ペンチツール、ライト用……色んな形があり、面白い。

無論、アウトドアで手袋は大事だ。ないと指を切り爪が剥がれる。……質の良い作業手袋も手に入れた。

 

 

 

「…うーん、説明から使えると思ったけど、もう少しいい塩梅の…ん? 斧もハチェットもいいが、交換式のナタ…?」

 

モーラナイフとは別に、大正時代から続く株式会社ユーエム工業社製品のシルキーというブランド名の一体型のナタだ。全てが全金属製で持ち手はゴムハンドルで包まれており、交換ができるようだ。

召喚したモーラナイフぐらい似た大きさである両刃タイプの刃渡り150mmを召喚した。刀のように使える30年式銃剣とはこれまた違い、太い木のようなデカく堅い相手に頼れそうだ。

 

後は濡れた縄や布を切る時にナイフでは「非常に切りにくい」為、セレーションと呼ばれるギザギザ刃付きの折りたたみペンチを取り寄せた。3万ほどするレザーマンのリーバーは小さいのに驚くほど使え、かつセンチメートル表記があり、ナイフはえげつないほど切れる。

 

「…あ、普段の調理用にはどうしよう、アルミ鍋とかあるよな…?」

 

 

…もう一つ気になる事があった。それはインスタントラーメンやフリーズドライなどの「アウトドアであると嬉しい」食品の欄があったのだが、その中にはミルクパンという不思議な名前の鍋があった。

 

普段からフライパンと鍋で済ませているが、これは小さい。…どうやら14cmタイプの大きさのものらしい、ちょうど軽いものがあり、アルミにさらなる機能強化されたものがアルマイトというものらしい。

 

程よい小ささに「袋のインスタントラーメン1〜2食」がすっぽり入る。熱い鍋を牛革手袋などで掴む必要もなく、行儀悪いが取っ手でそのまま持って食べれるのでいい感じだった。割り箸やスプーンでマドラー代わりにできるし。

 

「あっちぃー!?」

 

一つ欠点があったのだ。というか鍋を皿代わりにする時点で気づくべきだった。アルミは熱伝導が良い…つまり熱周りがいいので、うっかり触れば火傷する。…気にせず唇を近づけたので火傷した。

 

 

とにかくお米を炊く事やスープも考慮し、飯盒であるメスティンのトランギアや、小さくて使いやすい深底のシェラカップ(厳密にはロッキーカップ)も組み合わせて召喚した。

 

 

 

……虫も寄ってきたので蚊取り線香を思い浮かべたが、ここで使えば間違いなく火事騒ぎになる。経験がないのでわからないが、虫除け効果のあるハーブ入りオイルランタンがあった。

 

ガソリン式はポンピングを行わないと爆発や引火して危険なようだし、ランタンオイルは安定しているようなのでこのタイプにしたが……本当に使えるのだろうか? 

この世界でもランタンは日常的なので、見ていて落ち着くし自然だ。…ハーブのいい香りがしてきた。見ていると心が落ち着く。

 

「……はぁ、落ち着く……」

 

他にもいろいろあるが、「女」として今一番嬉しかったのが、ファイントラック社のドライレイヤーだ。レイヤリングと呼ばれる登山用語は、簡単に言えば保温と快適さの為でそれに特化したものだ。

……特に汗を乾燥させて良い体感にしてくれるのはありがたい、小ぶりとはいえ胸が揺れて動きにくいのと、胸下の汗が気になって仕方なかったのだ。それにちょっと、お腹がむにっと柔らかいのが気になるし、人に裸を見せたくないし……

 

 

 

とにかくドライレイヤーがとても気に入った。透けてる網目は下着だが合理性の塊であり、これだけでもう身体が軽い。カビとキノコ恐怖症の私にとって、少しでも身体を包めるものがあるだけで、安心感が無茶苦茶違う。

 

 

今ではすっかりファイントラックのドライレイヤーに虜だ。汗をかく事はもともと嫌で、運動は好きではなかった。生まれてからの筋トレはただやっておかないと死ぬからであって、好きじゃない。

……今はほんのわずかな胸がぶるぶる少し揺れる感覚が鬱陶しいのもあって、今の私は走る事が好きじゃなくなった。サラシを使わないと固定できない上に苦しいし、走りにくいし……それが一気に楽になった。

 

ブラを使わないと適切な胸の発育がなされないが、私は心が男だし、何より恋をする気がない。好きに生きたいし、胸が膨らんだら銃が何より使いにくくなる。それは嫌だ。まな板でいい。

 

 

重くなくて軽い!体が軽い、汗…あれ、涼しい?!寒くない!と驚くことばかりだ。一番は驚くほど汗が感じない。いや汗は出るのだが気にならないが正しい。

1時間もすればその差が歴然だ。ただの綿100%や複合製品としても、この乾きによる軽さの"錯覚"はただものじゃない。汗をかく量が同じでも、重い銃器や装備に触れている皮膚のダメージや疲労感が違うのだ。

 

……そういえば防弾チョッキというケブラー素材などを用いた、銃弾特化の装備がある。これはこの世界の鉄鎧と比べれば圧倒的に軽く音が少なく(金属音特有の軋み音)、革鎧のような耐久性よりも安心感がある。

何より合理的なデザインで、自分の使いたい位置にポーチやナイフシースを固定できるのが強い。様々な種類があるが、金属クリップと"輪っか"を利用するALICEクリップとモールシステムが一番サバゲーの中で使いやすくて好きだ。

 

 

「本当、色々考えても恵まれてるな…スキルっていうかチートっていうか……」

 

……結局お昼になるまで、ずっと部屋に篭りっぱなしだったのは内緒だ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。