旅は続く (無狼)
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【世界観紹介】

・世界自体の名前

"世界"と呼ばれており、特定の名前は無い。

 

・世界観について 成り立ち

世界の光・闇・火・水・風・土の順に世界創造と神が生まれたとされる信仰が存在する世界。

 

始まりの灯光リヒタル

光を守る常闇ロンアン

創造の火守ホモリ

紡解の水神ステュクス

天翔る風神ヴァーユ

淵源と帰還の土神オリシャ

 

六神が順に世界を形作り、無の空間を生命あふれる世界へと作っていった。以下は伝承である。

形なき意思リヒタルが無を照らし

龍は闇を与え世界を等しく分けた

二神から生まれた火より神現れ

永代神々の火を守る者とならん

火守者は水を産み、世界を満たす

世界は水に溢れ、世界は満たされる

火と水から風が生まれ、波が興る

火守者は火種を与え、土を作る

土は大地を作り、生命を与えた

世界は廻り、永劫の時を駆ける

 

他にも神のような存在やその宗教も存在するが、メジャーな信仰としてよく知られているのがこの六神である。(アイゼンは始祖帝ロンの影響により、龍闇ロンアンを最高神として置いている)

 

 

・モンスターおよび"レベル"概念について。

人間側にとって魔力を宿した恐ろしい存在である。戦争する暇があればモンスターを退治した方が良く、それほどに強力で恐れられている。

(無論、人を生き返らせる方法は存在しない。命は一つ)

 

便宜として、国や冒険者ギルドが勝手につけた『危険度』(論外、S、A、B、C、D、+)で予測当てされている。通常、村人は脅威としか分からない。

 

(D、成人男性15歳の村人が一人命がけで殺せるレベル)

(C、銅級冒険者の対処可能モンスター)

(B、銀    〃    〃    )

(A、金    〃    〃    )

(S、クランおよび国の騎士団による対応推奨)

(論外=対処不能モンスター,+ 集団推奨)

 

・魔法 魔術、特殊能力(俗称:スキル)などについて

魔法は妖精や霊獣等などから借りる自然由来のものを指し、魔術のような難解な理論や詠唱手段の知識、道具の必要が無い。強力で汎用性が高いが『人を選ぶ』。中には意思疎通無しで無詠唱が行える者がいる。

 

魔術は『万人が使える魔法』として、人が自力で編み出した人工由来のものを指す。理解(一部道具)が必要だが、内なる魔力を誰もが扱える。魔力>魔術の為、落とし込む魔力は低次元に落とされ、燃費が悪い。また無詠唱でも「理論を落とし込む」為、魔法の無詠唱とは根本が異なる。

また"生活魔法"が存在するが、学校等で理解する必要があり、村の子供が独学理解するのは至難の業。(小学生に科学論文を出させるぐらいの難しさ)

 

 

また魔力(俗称 マナ)とは、その世界に満ちる何らかの物質であり、人を含む万物に宿っている。

 

生まれつき、あるいは人為的に適性となる場合がある。適性は対象に何らかの効果をもたらすため、有益だろうと思われている。

例えば火の扱いが上手い人間(人族)は、そうでない者にくらべ理解、魔力操作、魔力消費、威力、発想が段違いになる。(最低1.5倍) 人はこれを特殊能力(スキル)と呼び、現在6属性+特殊属性として当てはめている。

ーーーーーー

・大陸 

超大陸パンゲアのような一大陸である。この大陸は全開拓されておらず、最高研究機関ですら「たった一つの大陸である」事も全貌もつかめていない。

 

舞台となるオースティア王国は「大陸」から見て中央に位置しているに過ぎず、西端「リヒタルゼン共和国」、海に孤立した東の島国「アイゼン皇国」の全半径を含めても1/5程度しかない。

(村、領主の町、港町、集落などは存在するだろう)

 

・種族

「人族」

「エルフ族」

「ドワーフ族」

「魔族」

「天使族」

「獣人族」

「魚人族」

「鳥人族」

「機人族」

「精霊・妖精族」

「龍神族」

 

・言語

種族単位は適宜。

オースティア王国の魔法言語、ギルド用に多種族向けに作らせたオースティア簡易言語、アイゼンの愛染語。

 

・国 (地理、特産物等は別示)

[オースティア地方]

約300年前に建国された魔法王国、オースティア王国

長い歴史を持つ海の島、東の国、アイゼン皇国

異種族の集う西端の技術国、リヒタルゼン共和国

 

 

 

・暦 

太陽暦。国によって年が異なる。オースティア王国では「オースティア暦342年」。アイゼン皇国では「皇暦2660年」、世界樹の近くにある西端のリヒタルゼン共和国では「Y.140年」(ユグドラシル紀元140年)

 

 

・ギルド

オースティア王国を本部とする冒険者ギルド(創立322年)、同じ時期の商工ギルドの二つ。

 

冒険者ギルドは6つのランク(等級)が存在し、銅、銀、金、白金、黒曜石、クリスタルの素材で出来た冒険者身分証明品がある。この身分証明書には肉体保護機能が付与されており、ランクが上がるほど恩恵を受けやすい。その性質から首につける者が多い。また新人は"すぐ辞めたり死ぬ"為、機能の無い紙を渡される。

 

最高位であるクリスタルは、オースティア王国建国前にまで遡る。

この世界でモンスター大発生による「魔族恐慌」が起きた。オースティア地方の人類は絶望し、十数年に渡る最後の城塞で身を潜めていた頃……後に勇者と呼ばれる一人の者が外から現れた。勇者は城壁に群がる数千のモンスターを駆逐し一帯を一掃した。モンスターを指揮し人類を家畜にしようとした強きヴァンパイアの居処を掴み、勇者はその首を持ち帰り自由の解放を高らかに宣言した。

 

その翌日、勇者は何も告げずに消えてしまった。民を率いていた領主(後の魔法王)は勇者の話から、新天地に旅立ったという。

 

その勇者が身につけていた首元のクリスタルがその象徴であり、敬意を込められた勇者専用のランクである。まだ最高位はブラックの4名しかいない。

 

勇者なき地でその後、勇者のようにありたいと願う者が集まり、現在の冒険者ギルドを募ったとされる。翌年それに感化された市民たちが商売と工業を組織化し、大きくなった事で商工ギルドも生まれたとされている。

(ギルドへの登録料は基本10G、銀貨一枚を統一としている。支給額は300Gの金貨3枚。借金制)

 

・"レベルアップ" "成長"の概念について

(未公開)

 

 

・モンスターについて

世界が生まれた時、土の女神オリシャが生命を生み出す前から存在したと伝えられている。

 

モンスターは出自が"魔力"であり、身体構成が魔力(マナ)に依るものが大きい。モンスターが残す素材は魔力を帯びており、経済を潤し、生命を潤す。

 

龍神族は生粋のモンスターであるが、高い知能と"龍闇ロンアンの末裔"という誇りを持ち、人類に非常に友好的である。

 

・魔王の存在について

この世界には、世界を揺るがすほどの存在が無い。

 

しかし、人が勝手に魔王と呼ぶ存在が生まれる事があり、大抵は人為的なものか、人が憎しみを帯びて魔王化する場合がある。

 

 

・神殿、教会について

六神を信仰する宗派は多数存在するため、国の数だけそのあり方が違う。しかし神の名前と信仰効果、伝承や神殿・教会の成り立ちはおおよそ共通している。

 

神殿・教会は必ずといっていいほど魔法を扱える"神官"が存在し、様々な形態があるが『神の声(意識)が聞こえ、使命に目覚めた』者が多い。中には学校等で学び、役者として付いているだけの者もいる。

 

目覚めた神官については、必ずといっていいほどとある魔法を有している。対象の適性(魔法、魔術、スキルの得意不得意が観れる)を教えられる術を持っている。

 

ーーー

[オースティア地方]

・オースティア王国 (オースティア暦342年)

・アイゼン皇国 (皇暦2660年)

・リヒタルゼン共和国 (Y.140年)

 

・気候は穏やか。冬は0度ぐらいで春は平均16度。(標高500mにあるリヒタルゼン共和国では、冬-20度まで下回る)。

 

オースティア王国では小麦や大麦を主食としている。地方料理は乾パン風の塩をまぶしたパンもののタルタルパンとトマトスープ。麺やパンが多く、安定した農耕と畜産に力を入れている。

 

アイゼン皇国では米を主食とし、鶏・魚料理が多い。またソバや大豆、発酵食品が多い。地方料理は寿司、月見蕎麦。

 

リヒタルゼン共和国では芋とライ麦を主にし、名酒の原産地として知られている。からっと揚げた芋料理が多く、黒くガッチリとしたパンが特徴的で、ビスケットやブレッドなどが多い。地方料理はフライドチップス、リヒタルゼン蒸留酒。

 

・貨幣は青銅、銀、金、国紙幣で取引されている。オースティア地方の貨幣名称はガメル。銅貨10枚で銀貨1枚、銀貨10枚で金貨1枚に相当し、1人を一年養うのに12金貨あれば最低限生きられる。

 

・問題など

国家間での戦争や問題は特に無い。

 

奴隷制度はあるが、経済は比較的良好のため犯罪や借金で落ちぶれない限りよほど堕ちる事は無い。冒険者は身分を問わず通常職業の2倍以上稼げる為、花形の職業として見られている。

 

人による死よりもモンスター襲撃による死亡と損害が大きく、人類の争いよりも食い殺されている数の方がまだ多い。まだ300年前-100年前には小国が存在したが、滅亡・復興を繰り返している。

 

東の国アイゼンでは政治腐敗が進んでおり、内部紛争が起きている。(モンスターをアヤカシ、妖怪と呼ぶ)

 

 

[to be Continued......]



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第0章 「現実世界」

 

 

いつものように、大型食品スーパーで事務作業と棚卸しとレジ接客を終え、新人アルバイトやパートの方々に声掛けしつつ店内見回りをしていく。残業はよくある。それに臨時収入が入るからむしろ望んでやっている。

 

残り物で安くなった品々を買いながら、軽自動車を走らせて自宅アパートに戻る。清水と書かれた名札の扉に鍵を差して開け、すぐ横のスイッチを入れ、レジ袋を冷蔵庫前に置きながら白ワイシャツを脱いでジャージ姿になる。

 

缶ビールを口づけながら電子レンジで加熱したチーズ乗せウィンナーを胃にいれつつ、キッチンでテフロン加工のフライパンを温めつつ、時間予約した炊飯器からホクホクとした白米を出してケチャップで炒めていく。片手間でグリンリーフを洗って水を切り、簡易なサラダにさせて、ボウルに卵三つを割って牛乳少々と塩こしょうを加えて、オムライスを作る。

 

6つ下の妹によく作ったオムライスだ。そういえば、香織はもう今年から大学受験だったな。センター試験じゃなくて学校推薦で行くらしい。わざと偏差値の低い私立で首席の成績取りつつだったか。ビルとか高層マンションの建築家になりたいとか言っていたな。

今頃、のんびりしながらも勉強をコツコツとやってるんだろうな。6つ上の兄は海外で傭兵(PMC)になった。父は妹が目指したいという建設会社で働いている。母は・・・・・・ごく普通に、主婦だ。俺と同じ、平凡な歩み方をしてきた。いつもの味を愉しみながら、コーラ割りビールを流し込む。

 

俺は特にこれといった取り柄が自分に感じない、ただの平凡な男だ。彼女が居たこともなければ、恋人も出来たこともない、良くも悪くも趣味に生きてきた男だと思っている。幼い頃から空手を今も続けていて、高校時代は適当でサバゲーとTRPGに明け暮れて、センター試験で合格した一般大学では暇つぶしに写真の楽しさを覚えた。

1DKの奥の寝室には、今でもCanon一眼レフカメラと高価なレンズ、サバゲー一式の道具がある。ベット上の棚にSAAやリボルバーのモデルガンとダミーカートを置いているぐらい好きだ。実際にグアムで拳銃やショットガンを撃ちに行った思い出もある。

 

食べ終えた食器を片付け、明日の為の洗濯と朝飯を下ごしらえする。明日はカツオと刺身丼だ。ふと見れば、iPhone8には母からの元気か?メールだ。いつも仕送りをしている。借りた奨学金返済とやりくりしながら、貯金を少しづつ貯めている。他にも、サバゲー仲間から誘いのメールが来た。もちろん、今でも軽自動車のジムニーでフィールド場まで遊びにいっている。

 

風呂を済ませ、身支度を終える。ベットにつきながら明日の事を考える。・・・今の仕事先はたまたまアルバイトでやっていたことの延長線だ。大学生の頃から始めたバイト先で声を掛けられ、正社員になった。170cmとそこそこ体格も筋力もあって、棚卸しを長時間出来たりショッピングカートを30から50台ぐらい連結してぶっとおし6時間ぐらい運べたからだろう。

 

「・・・また明日が始まるな。はぁ・・・」

 

 

なんでもない日常が過ぎていき、いつものように過ごしていた頃。ある日、平穏は突然奪われる。

 

元旦が過ぎて2週間後。お客さんのお正月あるあるが過ぎていき、いつも通りの客層と客量に戻ってきた頃だ。俺は5,6年ほどこのスーパーで過ごしてきたからどこに何があるか分かる。バックヤードで誰がよくサボるかも知っているし、タクシーや最寄りの駐車場とかバス停の位置とかいつの間に覚えてしまう。

このお店は卸売店のような薄利多売が特徴でそれに応じた客層が来るが、周りの住んでいる住民層が比較的穏やかな方が多い。そうじゃない奴は車で遠くから来た客か、首都高速道路で各地に向かうついでに寄ってきた客か、クレーマーでストレス発散したいキチガイな奴だ。何か問題があれば歩いて5分の距離にある交番が駆けつけてくれるし、この店は広大な建物の一部。数店舗あるうちのテナントなので、建物自体を警備してくれる警備員達が常に控えている。

 

そう、穏やかな場所だからこそ起こりえないと思った場所だった。犯罪や暴力沙汰にはほど遠い、クレームが少し多いだけの場所なのだと全員が思っていた。だがそう思うのが自然であり、今の俺にとっては結果論にすぎないのだから。

 

 

 

「大変お待たせいたしました、いらっしゃいませ。」

「ありがとうございます。またのお越しをお待ちしております。」

 

 

あと20人以上のこの列を終えれば昼ご飯だ、昼は何を食うかな、楽しみだな。普段通りレジ接客を素早く精確に終え、丁寧に言葉を掛けていく。商品が次々と棚の上を通り、表示された通りの合計金額をお客さんに伝えて精算を済ませていく。中には文句をつけていくが、それも笑顔で応対して交換していく。・・・それ以上のいちゃもんは、店の受付案内までそれとなく柔らかに伝えて”お願い”していただく。

 

午後からは人手が足りないので棚卸しとショッピングカートの回収をしつつ、またレジの二人制だ。割といつも通り決まった作業をすればいいので、その分ゲームシナリオを考え遊べたり、次に行くサバゲーフィールドで装備を何にするか頭の暇を潰しつつ仕事ができる。・・・・・・おっと、あと少しだ。

 

 

「きゃーっ!?」

「早く金を出せってんだ!てめぇサスぞ!」

 

とつぜんの悲鳴と怒鳴り声。ここに居るお客さんはもちろん、全ての人間が悲鳴に釘付けになる。こんなことはあり得ない、常識的に考えれば起こせないようなこの場所で。・・・でも、世の中にはきれい事で片付かない、あり得ない事を想定する事で行動判断ができる。兄の受け売りだ。

 

「・・・あー、お客様。申し訳ありません、ちょっとだけお待ちください。」

「へ? え、ええ・・・」

「ちょ、し、清水さん、何を・・・」

 

その場を任せて、俺はその問題客の近くまで歩く。禿げた白髪が混じり、少しボロい服にキまった目。明らかに普通じゃない客・・・・・・いや男だ。カゴには高価な一升瓶一つ。そして右手には赤錆のあるしっかりとした包丁だ。よく見ると手元が震えているが、包丁の刃先を下にして持っている。

 

「おい!そこの兄さん、何見てやがんだ!」

「あっ、し、清水、さん、あ、あの」

「清水くん、下がって! あのお客様、い、一体どうされましたか?」

 

あの目、明らかに何かを起こす目だ。しかもレジに居たのが去年入ってきたばかりの高校生の藤丸さんじゃないか・・・・・・店長の伊丹さんがすぐ間に入って腰を低くして男と話をしているが、まったく話が進まない。平行線になるばかりで、男はますます苛立ちを覚えている。これはまずい。

 

「てめえさっきからうるせぇんだよ!がたがた抜かしてないで金持ってこい!」

「す、すみません、ただいま持ってこさせ」

「そこのやつだよ!おい女、さっさと金だせ!」

「ひっ!あ、あっ、あ、は、はい、た、ただ、た・・・」

「おせぇ!」

 

・・・・・・これはまずい。予感がする、きっとこいつは普通の動きをしない。周りに客もいるし、場所が場所だ、狭い事は避けづらい。だが店長とバイトの子はもっと危険だろう。このまま距離を保ったまま・・・・・・

 

 

「おせぇ、おせえおせえ!あーっ!」

 

頭をくしゃくしゃとかき回し、下を向いていた顔が・・・・・・不気味な笑顔に変わった。

 

「そうかぁ。人質、いればいいじゃねえか?」

 

その場が凍り付いた。

「あの、こ、ここ、こちらです」

「おめぇこっちこい!」

「あ、えっ!?」

 

白髪の狂った男が藤丸さんをつかもうとした。咄嗟に俺は、もう体が動いていた。

 

「・・・・・・」

「お、おい、清水くん!」

「あぁん?おい、腕離せ。おい」

 

恐怖心はなかった。藤丸さんは腰が抜けてその場で崩れてしまった。店長は咄嗟に止めようとしたけど、動けずに腕を伸ばしたまま様子を見ている。

 

「離せってんだよ!クソガキ!」

「「「きゃーっ!?」」」

 

周りのお客さんから悲鳴があがる。分かりやすい上段の振りかぶりはすぐ分かる。右腕を止めて、それでも男はむりやり刺そうと怒りのままに力を込めて落としてくる。・・・・・・拮抗したまま、俺は膝蹴りをして男の隙をついて腹を歪ませ、足払いで押し倒す。そのまま手首を極めると男は苦悶の表情を浮かべて包丁を手放した。

 

「・・・店長。警察を。警備員の方を。」

「あ、ああ、分かった・・・お、おーい!」

 

店長はすぐ呼びに行った。その時、視線を店長に向けたのが失敗だった。

 

「クソがきがヒーローぶってんじゃねぇ!」

 

頭突きをされ、脳がくらっとする。

これは まずい 

 

ころぶのはさけた まずい、

 

 

「「「ぎゃーっ!?」」」

「あ、し、清水さん!?」

 

 

・・・・・・あれ?

男がいつの間に来た?

いや、これは、おかしい

 

「・・・・・・あ。」

「あっ。お、おお、おれがやったんじゃねえぞ、オレじゃねえ、オレじゃねえ!!」

 

胸から息が抜ける

息がしにくい

視線がぐらっとする

確かな違和感

 

「・・・え? し、清水さん、む、胸、さ、ささって・・・」

「知らねえ!知らねえ、知らねえ!!」

 

男が血相を変えて慌てふためいて遠退いていく。急に来る鈍い痛み。胸を見ると、何かが刺さっている。ひどく感じる鼓動。胸に息苦しいそれに、熱いかんじ。

 

急に力が抜けていく、ゆっくりと抗っても足が痺れてくる視線がぐらついた、近くで何かにぶつかり、モノが落ちる音がする、呼吸が苦しい。あれ、何かおかしくないか?

 

「清水さん!清水さん、血、血を、とめ、とめなきゃ!」

「待て! 包丁を抜くな、失血死するぞ!」

 

怒号が聞こえる。

悲しい声が聞こえる。

視界に藤丸さんの顔が映った。

……涙だ。涙が温かい。

 

がっ、あっ!

こ、こきゅうができない、

いきがくるしい、むねがあつい

 

からだがさむい、なんだ 

むね、むね・・・ごぼっ、

ごほっ・・・ごぼぉっ!?

 

ち?血だ・・・藤丸さんの顔に、

紅い、血が・・・そうか、俺は・・・

 

「あっ、し、清水、さん・・・あ、あぁ、ど、どうしたら」

「なっ、清水くん!?」

 

店長だ。慌てた顔だ。見たことがないな、そうか、刺されたのか。少しづつ、怖さが落ち着いてきた。そうか、死ぬってこういうことか。視界が暗くなってきた、だんだん霞んできた、見えなくなるのか。

 

「 」

「 」

 

だんだん、聞こえなくなってきた。寒くて、胸が熱くて、痛くて、でも顔に伝う温もりは涙なんだろう。藤丸さん、怪我しなくてよかったな。ああ、体中が痺れてきた、切れかけの蛍光灯みたいに暗くなってきた。

 

「お、おい、傷口が開く、喋るな清水!」

「・・・え、し、清水さん、なんて?」

 

喉が溺れて声が出ているか、もうわからない。目が見えない。耳が聞こえない。感じない。手を伸ばしたくなった。心が、最後に叫ぶ。

 

「 よ 、か った 」

「 とう ・・・ かあ にいさ  か・・・おり・・・」

「 ご  、 さい、お れ ・・・・・・・・・・・・」

 

「 ・ ・ ・ ・ ・ ・ 」

「あ、清水さん・・・え、し、清水さん!?」

「清水くん!?おい、しっかりしろ!おい、おい!」

 

 

・・・・・・

・・・

 

 

「続いてのニュースです。」

「さきほど、強盗未遂殺人事件が発生しました。犯人は逃走中とのことです。」

「死傷者は一名、大手スーパーの男性、清水啓介さん(23歳)が死亡しました。」

「容疑者は住所未定職業不明の・・・・・・」

 

 

 

 

変わらぬ日常でまた、日常が崩れていった。

 



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第1章 「胎動」

 

 

・・・・・・。

・・・・・・。

・・・・・・。

 

 

意識が続いている?

おかしい、死んだはずなのに。

 

どうも周りは真っ暗だ。ふわふわとしている。

もしかしたら、死後の世界なのかもな・・・・・・。

死といえば様々な考え方がある。分からないが。

 

 

・・・・・・。このまま消えるのだろうか。

あるいは輪廻するんだろうか?

それとも、転生とかか?どうなるんだろう。

 

 

霊感があるのだが、思念が強いと残るという。

もしやこれが未練に繋がっているのだろうか?

それすら確かめる術は無いが、適当に過ごそう。

 

 

・・・・・・。

・・・・・・。

・・・いや長いな。だいぶ経ったぞ。

いや、時間って長いって聞くからな、思うより。

それとも常識が通用しない場所とかか?

 

 

うーん。あの痛みも、熱さも寒さも何も感じない。

何かあれば分かるんだが、何も分からない。

ふわふわとしているのは分かるんだが・・・・・・。

 

ん、空腹感も喉の渇きも無い?眠気も無いか。

うーん、ここは一体なんだろうな。

地に足つかないし、うーん・・・・・・。

 

 

 

ずっと考えてみたが何も分からない。

ひたすら体を動かしてみたが、何も変わらない。

むしろ分かったことが、自分の体が見えない。

まるで暗闇だ。指や足先の感覚はあるが・・・・・・。

 

 

 

かなり時間が経った気がする。いや、なんだ?

長すぎないか?何かあって意識があるはずだが。

……暇だ。あるいは、何か悪い事をしたのか?

それとも、死とはこういうものなのか?

あるいは生死を彷徨ってる最中なのか?

いやー、何も分からん。何か起こらんかな。

俺がここに居る理由ワケワカメ。オレワカメ。

 

 

つまらんダジャレを言うと寒いな…心が。

うーん、哲学になりそうだな。なんだろう。

俺はゲームをよく作ったから、そういう発想や、

天使に神や妖怪とか、設定に幾らか明るいが……

真っ暗ってなんだろうな。んー、月蝕や日食?

いよいよ分からん。某ボタンやSCPはごめんだ。

クトゥルフのゲームならまぁ……設定違うし。

他のファンタジーものはまず無い。いや、

ますますなんだ?わけわからん。

 

 

……それから、長い時間が過ぎた気がする。

死ぬ前までの多くの事を考えて、思い出した。

高校の時ぐらい、サバゲーの女友達が居たから、

そいつに声掛けて恋愛でもすればよかったかな。

小中のあいつらは元気にしているか?

高校のあいつらは哀しむだろうな、あいつら。

大学のあいつらもそうだろう。

家族も、仕事先もだ。

 

もう、後悔はこれでいい。

……ん?

 

音だ。快い音…ヴァイオリン?

やっぱり間違いない。一定のリズムだ。

あぁ、でもなんだろう。眠くなってきた。

あれ…眠く…?…まぁ…いいや…

……はは、眠いなんて、いつぶりだろうな……

 

 

 

 

眩しい。目を覚ますと、とてつもない光だ。

何か音が聴こえる、体が引っ張られてーーー。

 

 

目が朧ろで見えなかったが、しっかりとわかった。

ここ、どこだ?よく見えないが、体ヘンだぞ?

 

 

 

 

その後、俺が産まれたのだと知るのは、

何回か眠りに身を委ねた後だった。



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第2章 「萌芽」

 

 

それから何日か経った。全く言葉が分からないが、特定の言葉を何度も言っていたら、指差して嬉しそうに連呼していた。これは覚えゲーだな。

 

首がすわらず、まだ全身が筋肉痛のように激しく痛む。だがもう数週間もすればそれも無くなった。代わりに20代のヨーロッパ女性のたわわな……い、いや、恥ずかしいからこの話は無しだ!

 

 

数週間が経ってまず分かったことは、俺の体がまったく言う事を聞かないことだ。思考や神経は生前のものとどうやら同じらしい。体に引っ張られるという話を聞くが、今のところそうでもなさそうだ。

 

次に、どうも反応から察するに、第二の命を産んでくれた父と母に間違いなさそうだ。光が見えた時はハッキリと目がよく見えなかったが、あまり光景がさほど変わっていない気がする。3人目の声はこの家で聞こえなかったので産婆か医者だろう、自宅出産だったのかもしれない。……まさか、子宮の中に居た上に産道を体験するとは。

 

三つ目は、あまりに時代と物がおかしいのだ。電気を使うものが存在しないし、金属製や木製の物が多く化学繊維が殆どない。薪を中にくべて燃やすタイプのキッチン(BBQみたいだ)に火をつける時、道具を使わず何か呟いてから燃え上がったし、見ていて不思議だった。

アイロンも教科書でみたような馴染みの無い形だった。中に赤い炭を入れて木の板台で服を伸ばしていたし、その服が白ワイシャツや化学繊維らしきものでもなく手作り感満載だった。

 

 

かなりローカルな暮らしかと思ったがどうも様子がおかしく、何やら手紙を書いて鳥を飛ばしたり、携帯やインターネットを使う気配が一切なかった。父らしき男は両手剣をぶんぶん振るっているし鍛え上げられた肉体に多くの傷痕が見え、母は服こそ質素だが言葉遣いがとても上品で貴族のようだった。母は母で私に色々語りかけているが、何か困った時にスマホではなく本を手にしてにらめっこをしていた。

 

(その本すら、全く見た事の無い文字で装丁も非現代的だ)

 

 

 

……ん、また何か話しかけている。うーん、まだ言葉が分からないが、微笑んでいるのが分かる。しかし綺麗だ。20歳ぐらいじゃないか?そんなお年頃の女性にずっと見つめられると恥ずかしいものだな……

 

 

 

 

それから一年が経った。離乳食としてか、お粥状のものに苦味のある野菜、少し噛み切りにくい青臭さのある肉、たまに美味い魚スープを食べさせてくれる。思ったより母親が驚くせいか、頭を撫でながらどんどん良いものを食べさせてくれる。気分は良い。

 

たまに父親が読み聞かせてくれる絵本がある。父は俺が本好きと思ったのか、読んでいる本をたまに見させてくれながら言葉を発してくれる。どうもこの世界の文字は漢字でもアルファベットでもなければ、それらに類しない独自の言語のようだ。球形や鋭角な表記、独特な伸ばし方や息の止め方、…英語やロシア語のような響きなのに、まったく違う言葉の音に聴こえる。

 

最近、自分と父親と母親の言葉らしき音は覚えた。どうも最初に発した言葉だったらしい。だが和訳でも英訳でもないので、あいうえおのどれに当たるかすら全く分からん。……母親の方は根気よく教えてくれている。だがしかし、母親がキッチンでよく発音する言葉を口にした途端、血相を変えてこちらに走ってきた。……俺としては、火打ち石もマッチも使わずに火をつけられる方が驚きである。

 

 

2年が経ち、もう走る事も自分で食事を取る事もできるようになった。なんとなく言葉のニュアンスが分かる気がする。色々と驚かれていた気がするが、父親……はどうも剣を使う仕事をしておらず、羊をのんびり育てているらしい。食卓の肉はおそらくそれだ。母親は手先が器用で羊毛で物をよく作っている。たまにヴァイオリンを弾いていて、よく聞かせてくれる。

 

最近、衝撃の事実を俺は知った。ある時、母親がよく磨かれた金属製の小さな板を使っていたところを見つけ、観察していると母親は手鏡にして身だしなみを整えていた。放置してキッチンに向かった隙に……苦労しながら、こっそりと自分の姿を見てみた。

 

「……あれ? 俺、姿おかしくない?」

 

赤ん坊らしい顔に、白色の髪の毛。明るい水色の瞳…アクアマリンだろうか? そして、男というよりはどことなく女っぽいような可愛さ……いや、待て待て。何度か手洗いに向かうたびにアレが無かったんだ。男にあるべきアレが見えないだけと思っていたんだが……おいおい、じゃあ本当に……ウソだろ……?

 

 

それから5歳を迎えた。父オウルケインと母テレジア、そして私はガイアというらしい。今でもたまに、無意識のうちに私と考えてしまうことが怖い。だが俺は、俺は俺なんだ。まだ男としての感覚が強いはずだ。…10年後どうなるのか、俺は楽しみだが不安だ。

 

何度か興味で父の納屋(屠殺場)を訪れていたが、その度に叱られたり母親の下に戻されていた。…今度、屠殺のやり方や、体の鍛え方を私に教えてくれるらしい。

 

この世界で思う事だが、食事があまりにも富んでいる気がする。物だってそうだ。中世ヨーロッパだと仮定しても、それにしては食べ物が多い気がする。飢饉に備えて芋や農作物も必要だし、それに物が多い。少し私の知る歴史とは異なるのだろうか。それとも世界が違うのか?

 

 

いずれにせよ、まだ歩ける範囲が小さい。周りに町も見当たらない、……人生は始まったばかりなのだから。



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第3章 「記憶」

 

 

 

 

更に5年が経った。そろそろ10歳を迎える月だ。

 

人は何か物事に集中していると時間があっという間に過ぎていくという。私の場合は23年間の記憶もあって、それを強く痛感する。今では屠殺も慣れて血肉にかなり慣れた、最初は吐いたり喉が通らず夢にまで見るようになった。

 

だが人は慣れると怖くなくなる恐ろしい生き物で、同時に物事を覚えることが多くなった。なるほど、感情をある程度克服すると、振るう刃物の角度や肉の切り込み方も見えてくるのか。それが恐ろしくも面白かった。

 

体は10歳の体にだんだん近づき大人の体に近づきつつあり、独特な血が出る様になった、おそらく生理だ。背も急に伸び始めたし、胸も小さな膨らみを感じる。そして急に倦怠感や下腹部痛、食欲不振や頭痛が出るようになった。もちろん、男の感覚になかったものだし、女性の体にしかない感覚が感じる。

分かっていても急にやってくるから、気がつくと下着が血に濡れて不快になる。こう……言葉にしにくいんだ。数週間ごとにめちゃくちゃ元気だったり、急に腹痛強まってブルーな気持ちだったり、年頃な気分だったり……

 

「ガイア。またお月様の日?」

「うん、お母さんは大丈夫なの?」

「えぇ、慣れたわ。お母さんは強いもの。」

「え、えぇ、そういうものなの?」

「そういうものなの。あ、洗濯してもらえる?」

 

はーい、と言って洗濯をしに行く。この世界では比較的紙が普及しているとはいえ、ここは町の無い一軒家。……テレジア、もといお母さんからは摘んだ綿花の形を整えて、コットンフラワーを体のその奥に押し込むのだそうだ。たしかにこれで、急な生理で服が汚れなくなったのは面白い。……慣れないと上手くいかないから、これはこれで難しいし手間が掛かる。

 

そうこうあれこれ考えながら、隣で沸かしたお湯と灰を桶中にまぶして洗濯板でゴシゴシしていく。……今は父お手製の黒火打ち石と麻綿で火を熾しているが、10歳を迎えたらお母さんが生活魔術を教えてくれるそうだ。ようやく念願の魔法だ。…おっと、魔法と魔術は何か違うんだった。それも教えてほしいものだ。

 

 

洗濯を終え、お母さんの料理や裁縫を手伝う。ズボラに作っていたものと違って一から肉を捌き、野菜を耕し、穀物を加工するこの工程はかなり覚えさせられた。代わりに美味い、手間暇ある分知らなかった調理法もあるし、逆に現代だとやらない方がいいやり方もあるが……それはそれで、家庭の味だ。

 

 

「ふふ、ガイアも上手になったね。」

「そうだな、最初は血すら怖がっていたのに、いつの間に慣れたようだ。」

「えへへ、そんな…」

 

もう夜になり、羊乳のシチュー鍋を囲んでいる。ふとあの時のクリームシチューを思い出した。

 

「…あら、泣いてるの?ガイア。」

「…?」

「え?あ、ううん、目にゴミが入っただけ。なんでもないよ。」

 

「あら、それは仕方ないわ。うふふ」

「ははは。ガイアも今じゃ大っきくなったな。」

「ねぇ、貴方?」

「そうだな、テレジア。」

「楽しみだわ、ガイアも好きな人と結ばれていつか…」

「ははは、それはまだ先の話だろう、テレジア。」

 

げっ、それは嫌だな。いや絶対に嫌だな!

心の中で絶対独立しよう、と決めるのであった。

 

「……お父さんとお母さんって、小さい頃どうだったの?」

 

「うーん、お父さんは街で生まれ育ったんだよ。ここよりも家がたくさんあって、人がいるんだ。ガイアに読み聞かせた、オースティア建国物語に出てくる街がそうなんだよ。」

 

「あそこね……もうお父様もお母様も赦してはいただけないでしょうけれど、私は今が幸せよ。貴方。」

 

また惚気始めている。子供の前でイチャコラなど…ぐぬぬ。お母さんは伯爵家の下で生まれ育ったそうだ。ある日、冒険者として活動していた父オウルケイン・ビスマルクを見かけたことから恋が始まったらしい。

 

文通を長く続け、パーティでドラゴン狩りをやっていたお父さんは母テレジア・ヘウリスコーの押しかけに何度も苦労したそうだ。護衛依頼でお母さんが壺の中に隠れてついてきた事でついに折れ、そのまま今の町で仲間と別れ今の暮らしを得たそうだ。

 

お父さんの仲間「セブンスソード」は今もどこかでやっているみたいで多種族の集まりだったそうだが、今の暮らしも悪くないとは父の内緒話だ。

 

 

それから、10歳を迎えて魔術を二人から教えてもらえた。頭の中で一定の音韻、所作の動作(回路の思考)、体内のマナの動かし方など……割とこれが難しかった。だが、いくらやっても火を熾す事ができなかった。

 

お母さんは「せ、生活魔術が使えなくても、い、いいお嫁さんになれるわ!」と言ってくれた。嬉しいのやら悲しいのやら。お父さんが今度町の紹介と共に、魔術が扱えない理由を探るツテをあたりに行くそうだ。

 

 

…それから町に来た。ここは森に囲まれた城壁のある町であり、農耕が多い土地柄のようだ。町を観光しながら育てた羊を売っていき、帰り前に六神の一柱を信奉する水の女神ステュクスの神官に見てもらえた。

 

どうも神官の顔が芳しくなかった。……私に聞かせず2人で相談していたが、こちらに来ると厳格な面持ちで語りかけてくれた。

 

「オウルケインの娘、ガイアちゃんについてですが……体からマナ、つまり魔力が感じられません。本来、生物は必ずマナがあり、誰もがマナを有しているはずなので微弱でもマナが感じられるのですが、ガイアちゃんにはそれが感じられない……しかも、魔術適性が無く、その系統も神託が得られませんでした。このようなケースは初めてですね……

 

おそらく、他の方に聞くと違うかもしれませんが……ですが、いつかその身に宿すかもしれません。魔術がダメなら魔法がこの世界にはあります、その精霊や力あるものと契約をすれば、もしかすれば希望があるやもしれません……ですが、ですがどうか深く気になさらず……」

 

 

「……気にするな、ガイア。魔術は人が作ったものだ、無ければ精霊から魔法を頼んだり、魔道具を使えばいいさ。お前は好きに生きるといい。」

 

 

 

……どうも魔術が使えないらしい。普通の人と違うらしくちょっとショックだったが、それならそれで過ごせばいいだけだ。帰りに少し質のいい、短剣よりは長い小さな剣を父が買ってくれた。それが少し嬉しかった。

 

 



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第4章 「不意にそれはやってくる」

 

 

それから1年が経った。魔法…いや魔術はまだ扱えず、色々な本を読めるようになったが精霊を呼ぶ方法もうまくいかない。全長50か60cmのショートソードを手に取っては、素振りや見立て斬りを何度かやっている。

 

続けてみて思ったことだが、居合に似ているな。あれは安定した軌跡と角度が重要で、刀身がしなるから独特の引き方がある。だがその使い方とは真逆だ。

ヨーロッパの剣と鎧の時代に近い叩き切るやり方だ。対モンスターに特化しているのかもしれないが、硬い相手に打撃痛を与えるオマケで押し切るやり方のようだ。……まだモンスターという存在といっても、畑を荒らしに来る青いスライムぐらいしか見た事がないのだが……

 

最近は牧羊を任せてくれる。その時は必ず剣を持っていけと言われるし、野生の狼が来るので追い払う時によく使っている。まだ仕留めた事はない。

時折、道に迷った旅人らしき人が来る事もあり、その中には文字や10の位が分からない人もいた。(あの人、大丈夫だったのか……?)

 

 

 

 

……ある日、急に襲われた。

ゴブリンの集団だ。3か4ぐらいだった気がする。

 

 

必死に剣を振るって何体か倒したが、後頭部をガンとやられた。ゴブリンも中学生ぐらいの体格で高校生ぐらいの腕力があり、意識も朦朧として手放してしまった。

 

 

 

 

……気がついた。ここはどこだ?

ッ!痛い、右足がっ、痛い……

 

暗い場所で何も見えない、臭いがひどい……

怖い、焦るな、情報を……うっ、吐きそう……

ここには何がある……?

 

 

「ゲヒャヒャヒャ」

「ギャハハ」

 

……近くにあの声。耳を澄ませば、木の爆ぜる音と煙と何かを焼いた匂いがする。右足がジンジンとするが恐らく戦った時に切られた痛みがある。体の節々も痛い。

暗いのでよく分からないが、5指と左足は無事だ。幸い枷や拘束はされていない。…何かベチャッと心地悪い滑りを感じたが、あのゲームのゴブリンだ。深く考えない方がいい、それよりも動かない方が怖い。何も出来ないよりはマシだ。

 

 

「(…でも、何か使えるものがあれば…)」

 

 

!!

 

 

おそらくさっきのゴブリンがこっちに来る。パチパチと燃える明かりで不意に照らされ始める。まずい、下手に動くと気が付かれるな……不意をどうにかつくか。さっき、横たわっていたけれど、片膝を立てて壁に背をつけて薄目になる。

…ぷちゅっと嫌な音と液体の冷たい感触、血の混じった嫌な匂いがした。吐きそうな汚物でむせるが、ここは我慢だ…

 

 

「ゲギャギャ、ギャァ!」

「アギャギャッ」

 

薄目ごしに、その2体を観察する。犯されるのも嫌だが、殺される方がもっと嫌だ。だけど、ここは堪えろ。迷えば死ぬ、焦れば死ぬ、相手は手練と思え……

 

 

緑色のでっぷりとした小太りに細長い耳と鼻。醜体と呼ぶべき顔と体つき……粗末な革のような服に、紐で縛っただけの腰みののような革。腰元には剥き出しな鞘無しナイフのようなもの、黄色い不潔な目

……松明を持っているもう一体は……アイツ、私の剣を持ってる。ヒビが大きく入ってて血サビがある。

 

 

…下品で汚い舌なめずりを浮かべながら、ナイフ持ちのやつが近づいてきた。…こいつら、服越しから隠す気がない。同じ男として恥ずかしいとは思わな……いやゴブリンだった、こいつら。

 

 

「ギャハッ!」

「…はぁっ!」

 

 

私の左肩を掴んだゴブリンの背中に手を回し、引き寄せて膝でゴブリンの腹部をおもいっきり強打させつつ、腰のナイフを奪って体勢を整える。……右足のふくらはぎが痛くて踏ん張りにくい。咄嗟に壁を使って、寄りかかる。

 

腹を抱えて転げ回るゴブリンをみて、もう一体は松明を落とし、私の壊れかけの小剣を両手で構えた。一か八か。……相手から来た。

 

 

「ギャァ! ギャ……ギギッ?」

 

 

振りかぶってきた。そこそこ早いが視線で追えるが、足がついてきてくれない。剣先が左腕の上をなぞって、痛みが襲う。でも剣が壁にぶつかって跳ねた。

 

……。今だ。

 

 

「痛い、んだよ!」

「ギィッ! イ、ぃ…」

 

 

左胸あたりにダガーの鈍い刃が通った。感触も上下したが血が根元からじわじわと出ている。…ゴブリンの空いた手首をつかみ落とし、脚を掛けたと同時にあご先を手で突き上げて転倒させる。(柔道のような動きに近い)

 

ゴブリンは不意に頭の衝撃を喰らい、剣を手放した。…咄嗟に剣を取り、その首を突き刺した。

 

「ギギ…ガガァ!」

 

後ろからぶつかってきた。体勢が崩れて壁にぶつかり、受け身を取ったが鋭利な床の岩肌に両腕が痛い。…すぐ振り向きざまに剣を振るって、ゴブリンが後ろにさがる。

 

「ギィィ…」

「……」

 

明らかに怒った顔だ。松明に照らされる赤い光が、怒りに燃える鬼のように見えた。同時に、この部屋は人らしきものがいくつも転がっている。

 

…油断は出来ない。いくらゴブリンでも、私はまだ小学生ぐらいだ。鍛えてるとはいえ、たかが知れてる。ゴブリン相手に死にかけるぐらい体力も腕力もまだ少ない。

 

「ギィァァ!!」

 

ゴブリンが突っ込んできた。一直線に突っ込むそれは無視できない。足もおぼつかない、半身になって……切る!

 

 

「ギィッ!?」

「ギ…ギ…ガグッ……ウググ、ウググ……」

 

 

剣が折れた。肩口を大きく裂いた鉄の剣が根元から少し折れ、そのまま残って血脂を大きく噴出させている。

 

 

「ウギ、ギィ、ギィィ……!」

 

 

耳に触る声で、急に両手をバタバタさせて頭を下げ始めた。……父に言われた事がある。"ゴブリンは残虐な事しか考えない。仮に命乞いをされたなら、殺せ。殺さなければ、恩を仇に売る小汚いヤツだ。"

 

「ギ、ギィ!ギィッ!」

 

……折れた剣身を見る。照らされた僅かな鏡面に、血と土で汚れた銀髪と切れた口元と腫れた赤アザの顔。……ジンジンと痛む体。血が流れている左腕。痺れて力の入りにくい右足。破られた服。そして、確かなアクアマリンの瞳。

 

私は、この世界で生きるんだ。

 

 

「ギィ、ギ…ギィ? ギ、ギギッ! ギィ〜ッ!?」

 

 

少女を襲った小鬼は、情けない断末魔を響かせた。



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第5章 「悪夢」

 

 

「…はっ…はっ…死ぬ…かと思った、はぁ…」

 

 

2体の亡骸から物を漁る。だが使えそうなものがない。私のショートソードはもう使えなくなってしまった、ナイフも刃触りが悪くて切れないが、ないよりはマシ……止血に使えそうなものが全く無かった。もうボロボロな上の服をナイフで切り破って、せめてマシな裏面で左腕を思いっきり縛る。

 

 

「ぁッ!ぐ、ぅ、っ、痛い……」

 

 

少しずつ、興奮が冷めて冷静になる。アドレナリンが切れて痛みが襲ってきた。……服はもう使えない。右足に適当に巻いた。はだけた上半身に包帯状のサラシ、かなり破り裂かれた革製のズボンと丈夫な革靴だけが、今の頼りだ。……下着は大丈夫だった。嫌な予感が当たらなくて良かった。

 

 

「…寒い、喉乾いたな…」

 

既に春の時期なのだが、かなり冷える。血を流し過ぎて貧血のような状態もあって、息も切れやすく体が寒く感じる。……ここは離れたい、清潔な場所で傷口の化膿を避けたいが……

 

不意にタンパク質の焼ける匂いが辺りにした。…視線を移すと、太い木の枝に布を巻きつけたような松明が、近くの人の髪の毛をチリチリと焼いていた。……あぁ、ここには苗床にされてしまった女性が居るのだ。

…長くストレートな金のブロンドヘアの人だったようだが、腐敗して蛆虫が体に湧いている。膨らんだ腹が食い破られたように中が見え、見たくも無い。片足がごっそり消えていて、折れた白骨にハエが集っている。

 

「…うっ、んぐっ、うっ…」

「これは、ひどい…ぅっ…」

 

もう1人もいた。似たような様子だ。……"飼われていた"のか、当然酷い状態だ。床の水路は見たくも触りたくもない。2人とも、服を着ていないので、何もなさそうだ。……奥にも白骨化したものがいくつかあり、ここから出たくなった。

 

 

重い右足を引きずりながら壁を伝い、ナイフと松明で部屋を出るとさきほどの焚火があった。…こんな洞窟で酸欠にならないかと思ったが、ぽっかりと空いた天井で月が青く照らしていた。木々が見える。

 

 

「……ふぅ、よかった…」

 

気配は無い。…焦げ目のついた右脚らしき部位が近くにドンと置いてあった。炭化した匂いに見覚えるのある形を認識してしまって、思わず吐いた。

 

 

「…ハァ、はぁ、んっぷ……嫌だ、ここ…」

 

 

すぐ、ここから出たい。…隅っこに乱雑に置かれたものがあった。血で濡れた後のあるランタン、折れたガメル銀貨、破れた袋の中に水晶の入ったもの、メガネ、変わった形で柄の折れた木の杖に宝石がハマったらしきもの、カビの生えた濡れ毛布、

また銅色の丸く曲がり刻まれた金属板(ドロシー、ブロンズ、魔術士、パーティ無所属と名が刻まれていた)などを見つけた。他にも色々あったが……風化していて使えなさそうだった。

 

松明を焚き火の中に投げ捨て、酸化した油を入れて火を灯したランタンを手にし、小さな洞窟の穴を見つける。

 

 

……穴から出ると、森のある広い場所に出た。上から月が見えて照らしてくれているが、森の深い所は真っ暗で見えなくなる。今はあまり、中に歩きたくはない……

 

「……あっ!」

「い、いった……う、うぅ……ぐすっ……」

 

 

……転んでしまった。ナイフが木の幹に曲がって刺さり、抜けそうに無い。ランタンの心許ない錆びた金具が千切れ、フタが外れて油がかなり溢れてしまった。だが、まだ火が弱々しく照らしてくれる。

 

 

「……ぐすっ。……」

 

 

重い右足を引きずりながら、右手で熱いランタンを木の枝と残りの布で吊るし、森を抜けようとアテもなく歩く。……寒くて、指先がかじかむ。左腕や右足の傷が痛む、軋む。感覚が鈍くなっておかしくなりそうだ。

 

 

「……、……あ……。」

 

 

どうやら、浅い所のようだった。なだらかな上り坂があるが、この先は覚えている道だ。草原の起伏と踏み固められた地面から、まだ15分ぐらい家が遠い。

 

 

「…出れた、やっと…う、うぅ…」

 

 

寒さのあまり、頭がぼーっとする。怪我が意識をハッキリとさせても、呼吸が少ししにくて苦しく、お腹も痛くなってきた。喉が渇くし、右足が重い。ランタンの火も切れて、寒空での温もりも無くなってしまった。

 

 

「死ぬ、のだろう、か…わ、わたしは…いやだな、こわいな…いやだ…でも、かえるんだ…」

 

 

それから、長い時間を歩いた気がする。もう途中からよく覚えていない。頼りない思考と記憶の方向感覚から、なんとか家について、扉を手にかけて、中に入って……意識が途切れ始めて、眠気に襲われて、ええとそれから確か……



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第6章 「生還、絶望」

 

 

夢を見ていた。

といっても真っ暗闇で意識だけのある夢だ。

 

何も見えない暗闇。

手も足も見えない暗闇。

体を動かしても何も変わらない。

どうする事もできず何も出来ない。

音は聞こえず、声は届かない。

果てなき無音世界。

 

 

そんな感じの夢だった。いやでも覚えている。そんな記憶を感じたまま、光の切れ目からぼやけた輪郭が光景を映し出す。だんだん意識が溶け始め、記憶も曖昧になり……

 

 

「……」

「ここは……」

「家に戻れた……?」

「…あ、お母…さん…」

 

 

瞳のレンズがピントを合わせていき、スクリーンが鮮明になる。ここは家の木の天井だ。いつも見る木の窓枠に、朝の光。右手に……ん?

 

顔を向けると、見たことのない赤い服装だが見慣れた横顔のお母さんが、ベッドの横で右手を握ったまま眠っていた。流れるように艶やかな金髪がくしゃっとしていて、顔に涙の跡がある。……心配、掛けたよね。

 

「……。(私、死んではいないよね…)」

「……」

 

 

 

きっと夜通し、みてくれたのかもしれない。左腕の痛みは消えていて、ふと見ると。包帯が巻かれていた。

 

……頭を傾けた時にぬるい氷嚢が枕元に落ちた。手に取ろうと足腰を動かそうとしたが、右足の力が入らない。右足の膝下からうまく動かせなくて、かなり重く膝が立たないし痛みが残っている。…恐らく、深い傷だったのかもしれない。

 

「……が、ガイア…?」

「えっ、お母さん?」

 

お母さんが驚いた表情で名前を呼んだ。急に涙がほろっと流れて、ぎゅーっと強く抱きしめてくる。

 

「よかった、ガイア、ガイア! あなた、起きたのね、良かった!」

 

ずっと、抱きしめてくれる。一度死んだだけじゃなくて、また死にかけた。死ぬって事があんなに怖くないものだと思っていたのに、死にかけたのが苦しくて、怖かった。

 

「あなた、ずっと寝込んでてね、えっと、ごめん、お母さん涙止まらない、っ、よかった、生きてて、ほんとに、ほんと……」

 

「……ごめん、襲われて、なんとか逃げて…」

「襲われたって、何があったの、ガイア…」

 

「ゴブリンにやられた、何体も来て、羊も逃げて……囲まれて、倒しきれなくて、それで…」

「……」

 

「…どこかも分からない洞窟で、人が孕み袋にされてて、なんとか不意をついて、がむしゃらに逃げて、家に戻れ…ました…」

 

「! そ、それは…が、ガイア、その…こ、怖かったよね、ここは大丈夫だから、…お母さんがそばにいるから。…大丈夫、今は安全よ。(ぎゅっ)」

 

…思い出した、あの時の怖さ。不安。動けない恐怖。死ぬ恐怖。再び死ぬことへの恐怖。…死にそうな程の苦しさ。生きたいと願った渇望。色々な感情がごちゃごちゃに混ざって、帰れて安心したのと、怖くて心の奥底がぞぉぉっと穴が空いたように怖くなって、あの時とあの時とあの時と痛みと苦しみと怖さと怖さと怖さと

 

 

 

 

「…大丈夫。何も怖くないわ。泣いていいのよ、ガイア。うーんと泣きなさい、ずっと怖い所で生きて帰ってこれたのだから、凄いことなの。…だから、おかえり。生きて帰ってきてくれて、ありがとう。ガイア。」

 

「…、…う…うう、(ずずっ…)、こ、怖かったです、死ぬんじゃないんかって、うぁ、うぁ……(ぐすっ)」

 

「…うんうん、怖かったね。あなたは生きてる、今ここにいるわ。ガイアの生まれ育ったおうちよ。何も変わらない、お母さんとお父さんが暮らすおうち。大丈夫、ここには何もない。何もいないから、平気よ。」

 

 

「う、うぁぁぁん! あぁ、うぅっ、あ、あっ、怖かった、怖がっだでず!うっ、うっ…」

 

 

「……うん、よく頑張りました、ガイア。ほら、よしよし……」

 

 

ずっと泣いていた。こんなにも死ぬのが怖い事だなんて知らなかった。せっかく新しい世界で生きてみたいのに、奪われる怖さがあって、また死ぬんじゃないんかと諦めと絶望があって、……失いたくなかった。

 

 

泣き疲れてしまって、夜にお父さんが帰ってきた。同じように優しくしてくれた。羊の事を伝えたが、それよりガイアの方が大切だと言ってくれた。……そして、右足がおかしい事を父に伝えると、覚悟を決めた表情で言ってくれた。

 

 

「ガイア、落ち着いてよく聞け。左腕の切り傷や他のところはすぐ治った。だが、右足は……酷くてな、神官にすぐ頼んだが、状態がズタズタで酷いらしい。……時間は掛かるかもしれないが、きっと元のように戻るさ。……今は歩けないかもしれない。だが、いつかはきっと。」

 

 

……右足が不自由になった。

 

 

 

ふざけるな。

 

 

 

これだけでショックだった。この世界を旅してみたかったのに、こんな事で歩けない足になっただと?ふ、ふざけるな……

 

……顔に出ていたかもしれない。いつも明るく接してくれるお父さんがその時だけ、真顔……怖く暗い表情を見せた。

 

 

 

 

翌月。

ガイアと母テレジアは知る術が無いが、森と泉の町 ヴァイスシュヴァルツと一家が住むアールビィッシュ平原周辺で、ゴブリンのコロニーが壊滅したという情報が冒険者ギルドから公布されたという。



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第7章 「森と泉の町」

 

それから4年の月日が流れ、15歳になった。この世界では15歳を持って成人とし、結婚も就職も飲酒も自由になる。なぜ15歳なのか?その理由は父に聞いてもわからない。

馬車で30分ほど離れた位置にある、以前訪れた町「ヴァイスシュヴァルツ」で何人かの老人に聞いたところ、どうも15歳で酒を飲めるようになるという慣習的なものらしい。少なくともこの国……魔法王国オースティアでは、その理由で酒が飲める=大人の仲間入りってことらしい。

 

3年前になるが、水の女神ステュクスを務める神官が新たな女性神官に変わっていた。その若き神官エイリーン(今は18歳)に訪ねたところ、前任者の神官は町のモンスター襲撃で命を落としてしまったそうだ。急遽任官を命ぜられこの町に来たのだとか。(見た目は10代後半にしかまだ見えない)

……やはり見てもらったが、魔力。マナが存在しないらしい。普通マナを最低でも持っているのに無いなんて、初めて見ました!と驚いていた。魔術適性も一切ゼロで、更に足の怪我で戦闘職に適性があったのに半減してるとか。

 

この4年間はとにかく苦痛だった。右足は重く膝下の力があまり入らず、父が作ってくれた軽鉄製の杖を使わないと、足を引きずる事しか出来ない。両足の太さが出ているし、体の重心もズレて動きにくい。

トレーニングを変わらず続けていたが、肩が丸くなり、足腰がだんだん細く小さくなった。男だった時と比べ、生前よりも筋力はついてきたが……可愛らしいお人形さんのようだ。

 

今では胸もリンゴほどの重さの小さなほんの膨らみが僅かに揺れて、体もすっかり大人に……あれ? 思ったよりスレンダー?尻が小さくて寸胴だしくびれがないし……でもストライクゾーンには入ってる姿がなかな、こほんこほん。

 

意外だったのが毛がうっすら生え始めてて、気がつく度によく剃っている。柔らかく白に近い銀毛なのだが……たまに間違えて切ると目立つので、血ですぐ気がつく。つやつやと柔らかくて、日に当たると銀みたいに輝いて不思議だ。

白系だが小麦肌の父やもっと明るい母と違い、髪から爪先まで一切日焼けしないのだ。アルビノ……なのだろうか?青い瞳を持つのは聞いたことがないが、知らない世界があってもおかしくない。

 

 

そうして大人となり、酒も飲めるようになった。生前は弱い方だったが、明らかに強い発酵酒を飲んでもすぐ酔いが覚めるし泥酔が来ない。しかも、深みのある苦味が好きだったのに甘い方がどうも、今の舌にはしっくり来る。ちなみに、酒豪さは母譲りらしい。

 

特に変わらない日々を15年過ごし、町に訪れ始めてからまだ1年ぐらい。よくお兄さんに絡まれるし(絶対有り得ない)、商店街のおばさん方からも何かと声を掛けられる。

自分で言うのもアレだが男から見れば庇護欲を立てられる童顔寄りの容姿だし(以前は老け顔だった)、カワイソウという姿がまた駆り立てるのだろう。老若男女から注目をよく浴びる。また金髪か赤髪、珍しくて黒髪か東洋系の黒髪ぐらいだが、若く綺麗な白髪や銀髪は見たことがない。まだ良くて爺さん婆さんぐらいだ。

 

 

父の育てる羊はよく肥えていてウールの質も良い為、安定した供給先や食肉のお得意さんとして羊を購入されている。父は最近わたしに任せることが多く、更に数百増えた羊につきっきりである。……おそらく恋でもしろということか、あるいは社会勉強か……どちらにせよ、この世界の様子を見て知る事ができるのでありがたい。

 

 

この町では食事に困る事はなく、古代ローマから中世ヨーロッパのように閉鎖的でもなく奴隷や没落貴族もほぼ少なく、一定数の犯罪(殺人、強盗殺人、放火の大火災)が数十年で数えるほどしかない。代わりに小さな出来事か「犯罪にならない」事の方が多い。

 

結婚形態は一夫一妻制のようだがこの町の領主、オズモンド男爵は側室がいるらしい。恋愛観はどこの世界も大きくは変わらなさそうだ。

 

医療と出産だが、この世界では魔法と魔術で使い分けられている。

魔法王国に行けば宮殿魔術医師が外科手術を研究しているらしいが、魔法とよばれる大まかな治療と怪我・病気をひとまとめに治すやり方が一般的らしい。重い病気は民間療法による投薬が主らしく、私にはあまり区別がつかない。衛生概念はある程度あるようにみえる。

 

食事や文化は特に奇妙だ。塩は古い時代ほど高価なはずだが、海が近いのか物価が関係しているのかパンと同じ銅貨1枚で一握り分買える。しかも質量を測り価値を決める形態ではなく、銅貨は1ガメル、金貨は100ガメルとして認識されており、紙の貨幣で換金・売買できる。

貨幣にはオースティア国貨幣と記載されており、主に卸売業者や銀行、町役場で扱う事ができる。……この町というよりは国民食に近い郷土料理があり、乾パンのような乾燥させたパンに塩をまぶし、トマトスープに浸けて食べるものだ。 (ごく最近、ピザらしきお店も出来た。羊チーズ旨い)

 

また別の町や城下街に訪れた事はないが、この辺りは農村が多く耕作物がとても取れるのだという。遠くに行けば寒い地方の酒、島国の魚料理が味わえるらしいが、貴族お抱えのテレポートという転移魔法を扱える魔術師(士)がいない限り縁は無いという。

 

この世界には生活魔術という概念がある。

誰もが教えれば扱えるマナの扱い方が存在する……が私にはダメだったが……火を着けるもの。水を出現させるもの。気体から液体(無からは不可)の集積や、ある物質の純度を高めるなどだ。

さきほどの転移魔法も、国貨幣や重要文書、軍事・銀行間の書文連絡などに扱われている。

面白い事に、魔法王国オースティアの街から更に西端に向かうと、多種族からなるリヒタルゼン共和国がある。あちらには魔法銃を始めとした、魔力を「機械」に置き換える技術に特化しているという。父曰く

 

「オースティアでは体内の魔力を用い理論と教養を持って、大衆への普及と個人の魔力資質を高める魔術に対し、リヒタルゼンではそもそも魔力が無いものに対して魔力をどう補うかを考えた結果、他者の魔力を機械で用いて使えるようにした」

 

という魔術史(父談)らしい。どちらもテレポートで例えれば、オースティアでは魔術師を用いた転移魔術。リヒタルゼンでは魔鉱石を加工したマナクリスタルを用いた転移魔導装置といった様子だ。

……余談だが、東の島国アイゼンでは魔術の代わりに、武術や賦術が発達しているらしい、

 

恐らく魔法の与えた文化の産物として、「アイテムボックス」と呼ばれるものが存在する。どんな物でも10個まで入る「破裂した魔鉱石の時が止まったような水紫色の結晶体」が10金貨(1000G)で売られている。主に銀行や商人へ優先的に渡される魔道具であり、オースティア魔法王国の宮殿魔術師団が作製している。

そこから多くの商団に下賜されたものが、年を経る度に性能が良くなり払い下げられて個人商人に渡る事が多い。(冒険者は知らない方が多い)

大きさを問わない物が50個入るタイプとなると、容量が飽和するらしく入る数が関係なくなってくる。種類だけでカウントされるらしい分値段も跳ね上がる。そんなアイテムボックスがあるそうだ。

サイズも様々で、設定されたワードさえ唱えれば使用者の本人の心中で物の出し入れができる。また魔術加工の際に様々な形でカモフラージュされているらしく、剥き出しのものは1〜9個タイプの失敗作を除き滅多にないそうだ。

 

話が変わるが魔鉱石とは、この世界に存在する不思議な物質だ。万物に存在するマナが高濃縮化した鉱物状のものであり、鉱物組織が魔力約99%となった水紫色のものが魔鉱石と呼ばれている。これを100%に精錬すると水色のマナクリスタルに変化させられる。

ごくごく稀に人工ではない天然のマナクリスタルが発生する事があり、約10mで国が一つ出来上がるほどだと言う。(世界樹の根本に近いリヒタルゼン共和国は、元々魔鉱山だった為に発展したという)

 

 

……と、国の歴史は存在したが、パルテノン神殿の入り口にカトリック教会が合体したような建物。"教会"と町から呼び親しまれている建物の書庫で歴史を見ていた。

水の女神ステュクス像を祀る祭壇が奥にあり、出入り口である両扉の外に噴水がある。この噴水は300年以上前、小さな湖の湧き泉の近くに流れの人間やエルフとドワーフが集まり、集落として始まったそうだ。

現在の町に近くなるのは、魔族恐慌が収まりオースティア魔法王国が建国された年からであり、安住の地として存在していた。

現在も湧き続ける噴水の泉は絶える事なく、町と森を潤し続けている。人口500人程度の小さな町だ。

 

 

今日も朝から羊たちを乗せた馬車を町「ヴァイスシュヴァルツ」まで運び、たくさん羊たちが巣立っていった。寂しくなった馬車の帆台の隅っこには、ちょっとしたお金や食料、油や布地を入れた木網箱がぐらぐらと揺れている。

農作物の畑を背景に、馬たちの手綱片手で手繰り寄せながら折り畳まれた四角いピザをほおばり、幸せな笑みのガイアは家路につくのであった。



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第8章 「予兆、不穏」

 

 

 

うーん。今日もたくさん羊が売れた、金貨がたくさんだ。

 

盗賊や柄の悪い連中に絡まれることなく穏便にできてるけど、外にはモンスターの襲撃がある。前のゴブリンの・・・・・・の時もあるし、絶対が存在しない限り備えはしなくちゃいけない。元々俺・・・俺だった私は、人より出来ない劣等感をコンプレックスとして持っていた。だから空手を続けていたのも、単に続けてきた惰性だし、たった1年で黒帯になった天才や飛び級してハーバード大学に入学した秀才のやつを知ってる。

 

サバゲーは楽しかったからだし、写真は違う自分の一面を知れて認められたからだ。誰もが出来るわけじゃ無くて、器用なやつ、得意不得意があるやつ、それぞれが強みとして見えているだけなんだと私は思っている。

 

 

しばらく物思いにふけっていたからか、ピザ屋のお兄さんに声を掛けられて意識がハット戻る。

 

「ガイアちゃん、ほら出来たよ。注文のマルゲリータ9枚、フェタ=チーズマトン7枚、ドラゴニアハーブ7枚だよ!いつも毎度あり、今日は1金貨でいいよ。また門兵さんのとこに行くんだろ? いつも偉いなぁ、ウチにはできないぜ。」

 

「あ、あっ、そんなだめです、半額以上じゃないですか!ちゃんと支払わせてください!」

 

「いーやダメだね、いつものお得意さんなんだ。ウチとしては助かってんだ。たまたま作ったこいつらが飛ぶように売れるとはおもわなかったし、自警団どころか領主様まで買いにくるからさぁ。ありがたいことなんだよ。

 

あ、新作のドラゴニアハーブ、またの時でいいから感想聞かせてくれよ。」

 

 

けっきょく押し売られてしまった、大赤字なのでは・・・?と思いたかったが、好意をむげに断るわけにもいかない。金貨一枚で21枚の紙箱ピザを手に入れてしまった。いつもこのお店「ムーンストーン」で町から外に出るとき、30近くの自警団の人たちに差し入れ品をここで購入している。

 

数百近く手に入れた金貨の中から、自分が欲しい分だけ使いなさいと父からよく言われるが、恐ろしくて自分の私物購入にあまり使えない。お父さん、太っ腹だけどちょっとずれてるから・・・・・・ でも使わないと経済が潤わないので、生活に必要な品物の購入の他に本や化学薬品(魔術と"現代科学"に使えそうな硫黄石、ミョウバンの原石、硝石など)とは別に、このピザを購入していたんだ。

 

ふと懐かしさから買ったピザだけど、父と母にはとても口が合うようだった。元はトマト農家だった店主のお嫁さんがパンにトマトと砂糖のソースを塗って焼いて食べてみたら美味しくて、試行錯誤した結果(あまりにもなじみ深い)ピザができたのだ。最初は長ったらしかったけど、ピザといったらお兄さんがノリで採用しちゃったし、自警団の門兵さんに差し入れいったら喜ばれて常連客ができてしまったのだ。

 

 

そうしていつものように三つある最寄りの東口(西口の方は門兵同士で届けてもらってる)にピザを渡して、町の石壁に沿って帰りの南口へと向かう。広大な敷地に石の壁で囲まれたこの町は、昔からモンスター。あのゴブリンの他に、人食い狼や熊、鬼らしいオーガが群れをなしてやってくることがある。3mほどの分厚さがあり、この壁が壊れることは今までなかった。

 

 

東口の槍門兵と剣門兵から感謝され、自警団の本部がある南口に帆付き馬車を走らせる。2頭の馬たちも早くピザを食わせてくれ!とよだれがちゃっかり垂れている。はいはい、君たちの分もあるから後でね。・・・やっと出口が見えてきた。高さ5mと幅3mの木の大扉だ。胴部を守る曇ったねずみ色の金属鎧に素朴な槍を持った自警団員がいる。

 

「お、ガイアか。いつも悪いな、おーいおめぇら! ガイアが持ってきてくれたぞ!」

「ひゃっほーい!サボれるぜ!」

「かーっ!サボるとはなんぞい!ヒック、さぼ・・・まぁワシも良いか」

「「「団長が言うならば」」」 

 

「いやいやダメでしょ」

 

いつもこうである。隣でサーベルを佩く金属甲冑姿のハルバード騎士・・・この町、オズモンド男爵の騎士団の者だ。自警団と共同でやっていて、実力で言えば自警団の人たちの3,4人以上あるらしい。・・・一方、団長と呼ばれた酔っ払いはウィルバー・ボニファーツ。50歳手前だが相当の手練れだ。 

 

両手剣を扱い群れてくるモンスターをたった一人で町を守り切った話は有名で、自警団に入る多くの若者はウィルバーの武勇伝に憧れてやってくる。実際はただの白口ひげのはげ頭の酔っ払いらしいが。だがその実力・・・佇まいは本物だ。剣呑としていてオンオフが早い。だが酔っ払いだ。

 

「いつもすまんなぁ、ガイア嬢ちゃん。こうして届けてくれ・・・ひっく、届けてくれるのはガイア嬢ちゃんぐらいだ、ありがたいよ。礼を言う。」(頭を下げて)

 

「あぁそんな、いいですよ・・・安心して暮らせるって、それだけで凄いことですから・・・ではお仕事頑張ってくださいね!」

 

「「「頑張れコールいただきました」」」

 

 

後ろの若人連中がやけにノリいいな・・・・・・宴祭りみたいになってるが、門の外側にいる槍門兵が「こら、俺らの分残せよなオイ!」と怒鳴ってた。ははは。

 

そうして通り過ぎようとすると、声を掛けてきた。

 

 

門兵「嬢ちゃん、いつもありがとうな。最近、物騒だから気をつけろよ。」

 

「え、物騒って?」

 

「あー、嬢ちゃんは外に居るから知らないか・・・・・・最近、モンスターが無残に食い破られた状態を見かけるんだ。普通モンスターって共食いしないだろ? となると野生動物ってなるんだが・・・普通食いたがらないのに、妙に貪り食われてるんだ。かといって冒険者かというと違う、商品にならないまでに滅する必要もねえしな。まだ被害は上がってないんだが・・・・・・」

 

 

どういうことだろう。モンスターとは魔力で存在しているという存在で、モンスターにその事例が無い・・・いや仮にあったとしたら、モンスターを食べるモンスター・・・?

 

この世界では、モンスターとは自然現象として見られている。嵐や台風に近い存在だ。…そのモンスターの中には、手を出せないものもいる。

 

 

「ま、気をつけな。嬢ちゃん、・・・あー、右足悪いんだろ、・・・なんかあったらすぐ狼煙あげなよ。逃げてこい、それか無事に帰れよ。」

 

「うん、わかった。ありがとう。」

 

 

どうも気になるが、考えてもなにかできるわけでは無いので帰ることにした。・・・人のいないところで途中、馬たちにプレゼントのピザを一箱ずつ。一心不乱に食べちゃって、もうそんなに楽しみだったの? 

 

ふふ、ちょっとぐらいつまんでもいいよね。ちょっとだけ・・・・・・ん、おいし。もうひときれ・・・・・・。(ピザ最っ、高~~!)

 

 

雲ひとつない赤い夕焼けが染まり、やがて草原と農作物が真っ赤に染まる。煌々と照らす黄金月が登ろうとしている。今日は満月の日だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

この瞬間の誰もがガイアの最後とは知る由もなかった。最後に彼女を見ていた門兵は、後にガイアの身に起きた惨状の現場にいち早く駆けつけたが、絶望のあまり自ら退職したという・・・・・・。



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第9章 「転生者は2度死ぬ」※グロ注意

 

 

 

町から自宅まで馬車で15分。歩けば体感で30分から45分ぐらい。分でおおよそ距離を考えているが、この世界で時計は貴重品だ。町の教会には鐘があり、無限に等しい水源を利用した水時計で朝と夕方近く、恐らく朝6時と夜6時と仮定できるが正確な時間を知る事は出来ない。

 

 

時の概念としては砂時計、日時計といった、16〜18世紀前の抽象的なものだ。庶民となれば更に普及せず、太陰暦や太陽暦が主流だった頃は農耕に対しての目安ぐらいだった。

これが1時間、1分、1秒となれば困難を極める。時計がなければ時間感覚を失う我々に、時計が無い世界の住民にどう教えるのか? 共通認識にさせたとしても、時差のように認識の違いが現れるのでは? 

それほど時間という概念は抽象的で難しく、正確無比かつ機械的な時間を永続させて示すには、それこそ歴史というものを創る必要があるほどだ。一つの言葉が作られたものであれ、日本のように相互作用して複数の起源を持つものであれ、一つの認識を共通認識とさせるには大きな影響力が必要だ。

 

話がそれたが、今の私ですら時間の感覚が危うい。庶民の暮らしに携行できる時計が無く公共時計も曖昧なものだ。にも関わらずだ。『確かに、時間の概念が存在している』。何故だ?

 

一年を365日とし、うるう年の概念もあり、太陽暦を採用しており、月火水木金土日に近い七曜の概念がある。(あの世界と、この世界の時差は……考えたくない)……

だが、その時の概念についてはどこも触れていない。誰もが当たり前のように認識しているが、その起源の"大元"が誰も知らず記述も無い。……かなり引っかかるが、分からないものは分からない。スマホやパソコンがあれば分かるのになぁ……。

 

 

 

そんなことを考えながら、真っ赤に染まる夕陽が右から照らしてくる。この世界には謎が多い、自分の転生もそうだし、何か意味があって生まれてきたのだろう。そう考えないとやってられないが……1番は未知を知るって楽しみなんだ。

 

 

「あ〜、ピザ美味しかったなぁ……そうだ! アイテムボックス使えば、冷蔵庫みたいに扱えるじゃん……あー、今気がつけばよかった、なんで今まで…う〜〜〜。」

 

 

美味しいものが多くて嬉しいことだ。当然、醤油や味噌、お米といった日本食品が無くて恋しくなるが……ヨーロッパっぽい料理にも慣れた。オートミールのようなものをお粥にしたものもあるし、パンや麺が主だ。加えてこの辺りでは塩や砂糖が異様なほど安い。東に港町<シーマウンテン>があり、北西にいくらかの村や砦と王都、オースティア魔法王国がある。この町の周囲が農家だらけなのも食費物価の安い要因があるのだろう。

 

…羊肉といえばジンギスカンのあれを想像していたが、より青臭く固く脂身のあるマトンを食べるが、舌が慣れればあれも旨い。羊乳で作ったチーズが葡萄酒や麦酒にまた合うんだ。

 

 

「…い、いけない、またご飯のこと考えてた…」

 

 

今日も早く帰ろう。帰ったら、続けているニトロ化学反応の実験で、純度の高い硝酸水液を取り出せれば、ようやく黒色火薬の再現ができるかもしれない……それだけで楽しみなんだ。魔術が使えないなら、科学という魔法を使えばいい。銃をこの手で生み出せることが楽しみだなぁ……

 

少し幸せに浸りながら、馬たちを歩かせて帆車を引かせる。馬の蹄鉄が土を踏み鳴らし、たてがみが楽しそうに揺れ、いななきが女主人と意思疎通をしているかのように見えるだろう。

 

 

…不意に動きが止まる。

 

「うおっ、あっぶな……え、どうしたの?」

「ヒィィィン!」

「クィーン……ヒヒィン」

 

耳を内に寄せていた頭を高く上げている。……いつもより鳴き声も大きく聞こえる。なんだろう?

 

 

「ヒィィィン?!?!」

「クヒィィン!!」

「わぁ、うわぁっ!?」

 

 

急に走り出した。道を外れて草むらをガラガラゴロゴロと大きく揺れて、なんども手綱を引っ張っても2頭の馬が言うことを聞かない。ずっと強く引っ張ったり鞭をふるったけど、ブチッ!と手綱が切れてしまい、鞭が草むらのどこかに飛んでいってしまう。

 

 

「「ヒィィッ、ヒヒィィ!」」

「うわっ、と、止まってよ、うわっ、ちょっと!」

 

 

ガタンゴトンガタンゴトンと道が荒くなり、登り坂になる。その先をいけば……? 馬車は宙を浮かび、後輪が外れて衝撃が一気に伝わり、馬の転倒と衝突で前に吹っ飛んでいった。崩れながら下り坂を一気に駆け降りながら、私も投げ出された。

 

 

「……う、…う、うう…」

 

痛い。何度も転げ回って、受け身が取れなくて右足を何度も捻り膝を打ち付けながら、凄く両腕や手首を擦り切った。打撲が酷い、ちょっと立ち上がれない、早く立ち上がらなきゃ、早く早く……

 

「クヒィィ、

 

 ィビギィィ!?」

 

馬の悲鳴…いやおかしい、草のガサガサとする音とドサッという音が鳴り響き、クチャクチャと音が一斉に聞こえ出す。

 

もう一頭が自分のところに来た。頭は守ったけど体が痛い、逃げなきゃ、周りは…?

 

「ヒィィ

 

ギィィィッ、ビギィッ、グググ、グ、グ…ヒィィ…」

 

 

黒い何かが一斉にくっつき、次々と血が辺りに飛ぶ。私の目の前でドサッと倒れ伏し、血が目に当たる。反射的に目を拭うと……目の前で多くの黒いけむくじゃらの白牙の……たくさんが、私の前で倒れた馬が、血で染まり中の筋肉繊維が見え始めていた。

 

「い、いや、逃げなきゃ…」

 

目の前で食らいつく存在。それだけで十分、逃げてから考えればいい、手遅れになれば、死ぬ。

 

「あ"っ"、痛ッ…ゔ、ぐ…」

 

右足が動かない。杖はない、剣もない、満足に動かない己の肉体と焦る思考のみ。血がにじみ、脂汗と土にまみれた服は格好の餌食。

 

「助けて、誰か……」

 

背中の後ろで、ガサガサと更に増えていく黒いけむくじゃらが、愛馬を埋め尽くす。馬はもはや血の肉塊となり、もう骨が見えてバリバリと音を立てていた。振り返りたくない、聞きたくない、戦っても死ぬ。

 

「いや、死にたくない、逃げなきゃ…動いて…あぁ、かみさま…ほとけさま…」

 

何度も悲鳴をあげる右足と、体中に打ちつけた痛みが意識ばかりを鋭くして一向に進めない。鈍くなった歩みはただただ、非業な死の現実を突きつける。

 

「…やだ…いやだ…」

 

必死に足を引き摺って悶えて抗う、生きてさえいれば……もっと生きたいのに、ここで死にたくない、痛いのは怖い、苦しいのは嫌だ、早く逃げたい、恐い、助けて

 

 

 

 

「あっ……」

 

 

 

 

左足が痺れる……?

何か、吸われて…痛い!痛い熱いイタイ!

 

「あ"っ"、い"っ"!?」

 

ギヂィと左ふくらはぎが弾ける。

空気感じて熱い、つま先に血が垂れていく。

ツンと血の匂いが辺りに広がる。

 

「いだい、いあっ、やだっ、離れてっ」

「いぎっ、あっ、あ"っ"!あっ、いやっ!!」

 

右足にも食らいつかれた、左ふくらはぎが痛みのあまり乱雑に食い破られて力が入らない、右足の頑丈な革靴すら穴が空き、赤黒い血と指先に強烈な痛みが……ーーーッ!

 

 

「(まずい、死ぬ死ぬ死ぬ、このままだと死ぬ、嫌だ、怖い、どうにか…)」

 

 

……頭が遅れて認識した、やけに歯が鋭い黒い狼だ。この辺りの狼より2,3まわりほど大きいのが、2匹も…いや、まわりにたくさん…?

 

ふと、頭に一頭のかなり大きな黒いオオカミが見えた。ぐふっと鼻息を鳴らすと、肩を思いっきり押さえつけ、より身動きを封じられた

 

 

「えっ? やっ、ちょ、ちょっと、待って、まって!」

「いやっ、あっ、う、うそ、嘘だよね、…ぃっ!?」

 

「ーっぁ!? あっ、いだ、痛い痛いいたいいだい!!」

 

 

 

手先、膝、腕、肩、足先、ふくらはぎ、膝、太ももの肉が食われてる。恐怖のあまり頭が真っ白になって、痛みがもう形容できない、怖い、必死に体を動かしても、だんだん力が入らなくなって寒くなって、意識が途切れて くる

 

 

「…いや、いやぁ…めて…やめて…」

 

視界に、涎を垂らしながら長い鼻でクンクンと嗅ぎ回るそいつらの口元は、私の赤い血で染まっていて…嫌なほど私の鼻腔に血が迫る、…手足が動かない、力が入らない、…まさか! こいつら、動けなくさせて…!

 

…この狼たち、知性がある。しまった、やられた。

 

「ひっ、や、辞めて、あ、あぁ、来ないで、殺さないで…」

「ひ、やっ、や、やだ、やだ!」

「み、耳…あっ、やっ、いやだ!」

「やっ、、噛まないで、お願い、やめ…い"っ!〜っぁ!?!?」

 

 

クチャクチャと咀嚼音が痛みと共に来る。遅れて一斉に、体の残る全ての腹、胸、首、顔、耳、頭部に鋭い歯牙が突き刺さる。恐怖のあまり、麻痺して何も分からなくなった。ただただ恐怖に震え、慄き、意識が潰えるその時まで苦悶の表情と恐怖の心が支配した。

 

 

…………

………

……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこに残ったのは肉片と穴が空き折れた骨が三つ分と、壊れて帆布しか残らなかった木の端材だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

野ざらしにされた血の香りと絶望の記憶を除いて。



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第10章 「予感」(番外編1)

 

 

 

ガイアの生まれ育った家、父オウルケインと母テレジアの質素ながら広く部屋の多い一階建の平屋だ。ガイアが育ってから、家に多くのものが増えた。

小さな小さな糸車で紡いだお金で王都の魔導紡績機を買い、羊毛を紡ぎ、衣類を織りまた編み、不慣れながら染めたりして、町でガイアと愛する夫のためにお金を得てきた。たまに大自然に身を委ねてヴァイオリンを奏でている。生まれながらの貴族だったが、音楽に惚れ、一時はその身を忘れた事さえある。

 

王都で伝わる保守派のリュートやレベックを使う伝統的な演奏曲よりも、音楽界で最新の流行りであるヴァイオリンの音色に惚れ込み、それから節目を迎えるたびに奏調の中で過ごしてきた。

 

忘れられる鳥籠の苦楽。忘却する我が身の束縛と抑圧。燃え上がる欲求を解消できぬ中で唯一昇華できた自由。生まれながらの恋を知らぬ彼女は男を知らず、礼式上の男女としか知れなかったテレジアは恋も愛も知らず儀礼に育てられた。

ヘウリスコー侯爵家は名のある魔術師の一族であり、魔法王の側近および王の書記として仕えた名誉ある家系を祖先に持つ。その侯爵家の家督たる兄が早逝し次期継承者のテレジアに盲目の恋を与えたのが、当時金等級クランのセブンスソードの1人、人族の男オウルケイン・ビスマルクだ。

 

王都の絵本で描かれるドラゴンとは、どんな子供でも強くて憧れる敵として理想的な存在だ。それを狩れる者は男女問わず、強き者として王に認められるという。勇者は数千の龍を相手に怯まず、勇敢に戦ったというその物語が絵本にされ、王国の建国物語にも記されているほどだ。

 

オウルケインは北にある寒村の出身者だった。初めは貧困と不作に悩み飢えを凌ぐ為に弱小モンスターを殴り噛みつき蹴り殺し食った。…何度か村の人々も飢えとモンスターの恐怖と戦いながら過ごしていると、王都から旅してきたという冒険者がやってきた。彼らは興味本位で貧村を訪れたが、痩身ながら刃の欠けた粗末なナイフを帯びた少年を見て気が変わる。

 

声をかけたその2人は、150年以上前から生きる男のエルフ。異端扱いされた天才の鍛治師にして勇敢な若い女戦士のドワーフの2人だった。

 

 

少年はエルフ(セオドア)とドワーフ(イシュタル)に尋ねられたが一度断る。また10年経った同じ日と時間に2人は変わらずやってきた。痩せこけた少年は成人して青年となり、あまり実らない黒の麦の穂を結んで雪蓑を作っていたところだった。

 

もう一度旅の誘いを問われ、青年は懲りずにやってくる2人にやがて諦めてついていくことにした。作られた剣を渡され、2人と寝食を共にし、5年間の旅で4人に出会う。エルフ、ドワーフ、ヒューマン(人間)、リザードマン、ヴァルキリー、ネコマタ、ハイマン(鳥人)の異種族からなる7人を剣になぞらえた「セブンスソード」は銀等級クランとして結成された。

オースティア魔法王国でクランを結成してから活動の中心地とし、翌年リヒタルゼン共和国の北西にある世界樹の丘にてドラゴン種のモンスターの討伐成功に幾度も成功した事で、金等級クランへと成り上がる。

 

ドラゴン種とは強力な存在であり、存在自体が災害として恐れられていた。その殆どが高度な魔力の知性を持つため、言葉を話すことが多く魔法を扱えるため、龍闇ロンアンの亡骸から生まれたとされている。ドラゴン種によく似たリザードマンとはその出自も能力も異なる。

幼体や最小1m程度の低知能と思われている地脚龍(ランドドラゴン)ですら、たった一体で熟練した騎士団10名の戦闘犠牲を覚悟しなければならない。

 

 

……オウルケインとテレジアの出会いは、オウルケインが26歳を迎えた頃の話に遡る。(テレジアはその当時20歳)

 

テレジアにとって、ドラゴン種とは見たことのないモンスターだった。この街では子供達の憧れの存在であり、英雄像の具体的なイメージだった。それを倒せる者が現れたクランに依頼したテレジアの父ヘウリスコー侯爵は、更なる魔術研究のために、ブルードラゴンとレッドドラゴンの討伐を依頼した。

それを見事持ち帰り屋敷に現れた7人のうち、テレジアが見初めた相手こそオウルケインその男だった。

 

 

いわゆる駆け落ちだ。そこから先の話は2人が語るべき話だ。

 

 

物語は再び現代に戻る。娘ガイアがいつものように町へと向かい、テレジアは織物と編み物を始める。オウルケインは日課の武術と武功<両刀術>を行い魔力鍛錬と肉体トレーニングを怠らず、今では百を越す羊たちを世話している。

2人とも愛するガイアのためだ。幼い頃、ゴブリンに命を奪われかけ、この辺りは殲滅したのでかなり平和になっていた。時折森で外から来たらしいゴブリンのコロニーを見かけては崩壊させ、有害なモンスターと肉食獣(人食い狼、巨大恐竜)を間引きしている。

今でも2人は熱く愛し合い、時に草原でテレジアの美しい音色と歌声と料理を味わい、オウルケインが護っている。もちろんガイアも2人の間にいて、ガイアの将来を楽しみにしている。

 

 

今日も羊毛を紡ぎ、昼になれば2人で食事を取り、夕方に帰ってくる我が娘のためにクリームシチューを手間暇かけて作っていた。

 

 

「ふーんふ〜んふふ〜♪」

 

ガイアちゃんは男の子、いつ見つけるのかしら…楽しみ。愛するあの御方の愛娘…可愛くないわけがない。今の私は幸せ、あの方とこうして暮らせて、大切な子宝を授かって…

 

テレジアは幸せそうにクリームシチューに入れるニンジン、玉ねぎ、ブロッコリー、羊乳、羊肉を調理しながら塩コショウで味を整えていた。いつも3人で使う木製の食器は用意してあるし、鍋は保温できる術式回路を有する寸胴な保温鍋で常にあったかい。

 

「ん、おいし…2人が帰ってくるの楽しみだわ。」

 

味もバッチリ。サラダも水切りして盛り付けを終え、仕込みも終わった。夫の方が遅くて、娘ガイアの方が早く帰ってくる方がよくある。やがて、夜が深まる。

 

 

「ただいま、テレジア。今日も疲れたよ。」

「あらケイン、おかえりなさい。ご飯できてるわ。」

「お、ありがとう。ガイアはもう戻ったのか?」

「いえ、ガイアはまだだわ。」

「そうか、ガイアも年頃だからな…心配はいらないだろう。」

「ふふ、そうね? ガイアちゃん、可愛いから…」

 

「あ、でも心配はあるわ。ガイアちゃんはあなたに似て好奇心が強いもの。」

「…はは、ガイアはテレジアに似たさ。分別もあって頭もいい、昔の君みたいにね。」

「よしてよ、もうっ。ふふ、ふふふっ」

「ははは、まったく変わらないなぁ。」

 

 

2人は食事を取り始める。幸せなひとときだったが、やがて時間が経つにつれて不安へと変わる。ガイアはちゃんと帰ってくる子だ。遅くなるなら毎回伝えるほど律儀な我が子なのだが……今日はそんな事を言っていなかった。

 

2人とも、入浴を済ませたが、顔を見合わせる。

 

 

「…ねぇあなた、ガイア遅くないかしら?」

「…あぁ、遅い気がする。あの子にしてはおかしい。」

 

「…わたし、着替えてくる。あなたは?」

「俺も行く。馬を連れてくる。」

「ええ、分かったわ。ケイン。」

 

 

自分の部屋に向かい、『7つの剣』の刀剣闘士として愛用するアダマス鋼鉄の大剣を手に取り、革鞘に納める。竜鱗であしらった赤のマントと青の鎧を着込み、冒険の中で使える全てを詰めた布袋のアイテムボックスを腰革ベルトにくくりつけた。

 

部屋を出て家の玄関を通り過ぎ、もう一つの馬小屋に向かう。三匹いる愛馬のうち、古株である少し老いた黒馬だ。テレジアと出会った頃の冒険者時代を共にして以来、ずっと見守ってきた彼もその空気を察し、こうべを垂れた。

 

「ノワール、すまない。力を貸してくれ。娘が帰ってこないんだ。」

 

静かに答える。戦鎧を纏い、使い込まれた鞍を身につけた。彼を乗せて、彼のつがいを待つ。

 

やがて扉は開かれた。

 

 

「待たせたわ、あなた。」

 

 

木の宝石杖に赤いフード付きドレスに身を包んだテレジアは、オウルケインの後ろ背中に飛び乗る。黄金糸の刺繍が施された紋様は彼女の魔術行使を補助するものであり、由緒ある炎魔術は侯爵家に相応しい強き力を継承している。

 

オウルケインが手綱を握り、テレジアが後ろから手を添える。テレジアもまた動物に好かれる体質であり、黒馬ノワールも侯爵家に代々仕える名高き馬だ。ノワールもまた誇りを持ち、主人の為に山野を駆け老体に鞭を打つ。……主人の娘ガイアも、またよく接してくれた。ノワールとしても無視はできぬ。

 

「ガイア、どこだ!」

「ガイアちゃーん! どこなのー!」

 

周りを見渡しても見つからない。…とすれば、町に行く必要がある。家の馬車も戻ってきていないなら、町に居る可能性が高くなる。

 

「ケイン、空に灯りを灯すわ。」

「わかった、テレジア。やってくれ。」

 

『原初より生まれし創生の焔よ』

『我望むは熔解する炎海』

『来れ、悠遠なる星焔よ』

 

旧き魔術の術式を構築し、術式を詠唱する。頭の中で理論を展開して心の中に宿す。そしてその発現を促す。得られた太古の炎を空へと放ち、擬似的な星を夜空に作り出した。

 

あたりが昼のような明るさになる。それでもなお見つからず、オウルケインは離れるにつれて夜目に特化するため肉体強化魔法(武功)を、己の目に掛ける。瞳は金色に輝き、瞳孔が万物の闇夜を全て見透かす。

 

「おぉーい!ガイアーッ!」

「ガイアちゃーん! どこなのー!」

 

パカラッパカラッと黒馬の蹄が大地を踏み越えるが、どこにも返事が見当たらない。2人と馬は森と泉の町<ヴァイスシュヴァルツ>へと向かった。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

一方、町の南門には町の自警団が詰めている。東と西は見回り程度に門と城壁の上でモンスター達の動向を監視している。

 

ガイアから貰ったピザを食べ、多くのものが非番として眠りこけていたところで…突如、伝令として自警団の1人がやってきた。詰所の木の扉をドカンと派手に開け、金属鎧の擦れる音と共に荒い息声を上げる。

 

当然、この場でベッドに寝ていた者、机に突っ伏していた者。不寝番の者、そして酔いどれの団長が顔を上げた。

 

「ほ、報告しますッ!」

「南門より方角2時の方角にて強い光源を確認ッ!」

「魔法か魔術、及び魔法銃の照明魔光弾によるものと思われる!」

 

「再度報告しますッ、強い光源を確認ッ!指示を!」

 

「…光源の位置はどこだ。」

 

「はっ、南門の草原一帯…おそらく十数キロメートル先と思われます!」

「光源色は赤ないし白、緊急かと思われます!」

 

 

酔いどれの団長は顔付きを変えた。

 

 

「総員、緊急態勢に移行せよ。ラルフ、君はオズモンド男爵に通達し、町の防御支援を要請し、連携を取り付けろ。 私と10名は馬を用意し次第、ついてこい。残る者は町を守れ。

 

異論はあるか?」

 

 

「「「ありません! ボニファーツ団長!!」」」

 

 

「死ぬなよ、野郎ども。」

 

 

団長は手慣れた様子で金属鎧と愛用の長柄大剣(全長3m)を従者に持たせ、信号弾を撃てる魔法銃と数種類の色煙弾を腰に帯びる。他の10名は手慣れた槍や剣を持ち、更に半数は強力なボウガンを背負い込む。

 

町は緊急態勢となり、次々と伝令の為の馬が走っていく。領主たるオズモンド男爵にも伝わり、騎士団が町を守る。緊張が走り、町の者達も気がつき起きる者も増えてきた。

 

 

団長はふと、嫌なほど晴れた黄色い満月を見ていた。昔、魔物が多く町に入り込もうとした時も、曇った日や雨の日ではなく、月の光がまんべんなく降り注がれる快晴の日だった。

 

 

「…月の魔力かぁ。星々の光が隠されるほどのもんだしなぁ。」

「嫌な予感がしやがる。…オウルケイン夫妻は大丈夫だろうが…」

 

憎らしい月を仰ぎ見て、悪態をつく。我が両親や友、親しい者を多く奪ったモンスターをいつも思い出す。憎しみを持つことは考えないようにしているが、常に苛立ちを覚える。

 

「…いい加減、消えやがれってんだ。くそモンスターどもめ。」

 

 

厳重な門扉が開門され、精鋭たる町の自警団が動き出す。取り決めとして大きな光源を見つけた時は、何らかの助けを必要とする時。……昔から変わらずある、この町ならではの掟に従って、男たちは突き動かされる。

 

 

 

 



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第11章 「恐るべき死はいつだって突然、訪れる」(番外編2)

 

ラルフと呼ばれた伝令兵は町の北側、オズモンド男爵の"屋敷城"へと向かっていた。

 

男爵の邸宅は"屋敷城"と呼ばれている。堅牢にして真新しい石の城塞は、ここ最近のモンスター襲撃に備えたものである。地下と城内を含め200人ぐらいしか篭れないが、女子供を守るためには十分すぎるほどだ。そこまで攻め込まれた時は、自警団も騎士団も壊滅している。

 

かつてこの町には騎士団がやってくることは無かった。東にある海の港町か、その経由地点として訪れる事はあったが、常駐する事は今までなかった。御歳31になるオズモンド=フライヘア=ケインは、騎士60名と使用人32名を抱えるこの町の領主だ。

 

元来、この町は町長が治めてきた。つい10年前、オースティア王国より10年前より派遣された成り上がりの男爵であり、元は平民だった男こそオズモンド男爵だ。知識不足だが品性があり、野心家だが民を思える騎士らしいプライドを持つ。彼には分家の姉方の正妻がいるが、この町出身の側室も1人居る。

 

平和な世となって300年余り。当時を知る長寿のエルフですら天寿をまっとうしてしまい、生きた歴史を持つ者は王都では誰もいなくなった。人族の魔法王も今は4代目、若くして魔術への先見性と政治<まつりごと>に優れた才覚を持つとされているが、これまであった伝統を見直し新たな時代にしようとしている革新派だ。これまでの王に付いた臣下はみな保守派であり、平和であったこの時代に波が立っているという。

 

若き伝令兵は団長や先輩の言葉を思い出しながら、屋敷城の門をくぐり抜けて行った。

 

 

 

 

場面が変わり、オズモンド男爵の自室。

 

彼は上裸のまま油ランプの弱々しい光源の中で本を読んでいた。…彼のベットには裸の女が2人居る。すやすやと心地よく眠る2人は仲良くはないが、こういう時だけ結託したかのようにやってくる。

 

 

「…港町は問題無いとして、こっちの農村は不作か…この村は豊作、麦が多く取れたか…うーむ、商団は変わらず、ならここをこうして食料と物資をこの村に送るとして、ここを補填して値をあげて…」

 

 

眠れない時のルーチンだ。騎士見習い時代は復習を重ね、騎士時代は兵法を頭に叩き込み、今は民衆の心を掴むべくの各地の報告を受けている。正妻はやって当たり前と貴族らしく接してくるし、もう1人の妻は凄いことじゃないですかと男の気心を癒してくれる。

 

「ふ。今の身分でも悪くないものだ、公爵や侯爵、いや王を目指そうとしたが……こうした日々もいいものだ……」

 

この町で取れる葡萄の赤ワインを喉で味わう。漂う香り、鼻をくすぐる味わい、目を愉しませる色合い、この全てが血税で作られている。人は1人ではない、だからこそ率いる者がいなければバラバラになるし、力がなければ正しき事を正しく為せない。

 

 

「……(コンコン)」

 

「む、誰だ。」

 

「夜分申し訳ありません、マーシャです。自警団の者より、緊急通達とのこと。どうなさいますか?」

 

「通せ。客間に向かう、外套を用意してくれ。」

 

「仰せのままに。」

 

白のバスローブを羽織る。普段なら身を整えて正装に身を包むが、今は何か起きたのだ。時間が惜しい。

 

…ふと目があった。妻のナターリアだ。

 

「…行くのね。」

 

「ああ。」

 

「行ってらっしゃい。」

 

まだうら若い町娘のレミリアを抱いたまま、ナターリアは見送ってくれる。扉を静かに開き、先へと向かう。

 

「マーシャ、状況は?」

「はっ。町に影響はまだありません。」

 

「ならば良い、追って指示をする。」

「仰せのままに、我が主人(あるじ)。」

 

 

理知的な青を象徴する青に四角の黒の台座と、しなる槍を二つ交差させた紋章を象った、下賜されたオズモンドの家紋を持つ大きな軍服調の青いロングコートを着込み、脱ぎ履きのしやすいハイカットブーツを身につけて客間へと向かう。

 

メイド長のマーシャを始め、廊下で待機する執事、メイド達のそれぞれを受け取りながら進み、客間に向かう頃には立派な軍服姿のオズモンド男爵になっていた。

 

 

客間の扉が開かれると、自警団の伝令兵らしき若き男がソファーの上で水を飲んで待っていた。…主人の姿を認めると、すぐに席を立ち、膝を折ってこうべを垂れた。

 

「オズモンド男爵だ。作法は省く、要件を述べよ。」

 

「はっ、南門にて緊急の照明信号を確認。敵は未知数、距離は10数キロメートル以内。現在自警団による緊急配備を取っております。

 

またボニファーツ団長を含む10名の先遣隊が既に出発、現在に至ります。」

 

「我々の事はなんと?」

 

「町の防衛を要請…と。ボニファーツ団長よりそう伝言を預かりました。」

 

「…分かった。君は戻ると良い、準備でき次第、我が騎士団を順次送る。現場の長にそう伝えてくれ。」

 

「承知しました!」

 

伝令兵は脱兎の如く立ち去った。

 

 

「…マーシャ、聞いていたな?」

「はい、主人。」

 

「我が騎士団60名は、これより町の防衛地点に配備。準備ができた者は南門の自警団と連携し、直ちに強固たる守りとせよ。不足の事態が起これば通信兵を持って一報し、私の指示を待て。

 

また2人は、私の甲冑と武器、信号弾と魔法拳銃、地図を用意し、執務室に向え。」

 

「…承知!」

 

 

マーシャが走り出し、各使用人達の動きが慌ただしくなる。通常、冒険者や町人が撃ちだす事のある照明弾は、どんなに小さな事でも"予兆"を示す。もちろんただの野生動物や人間1人"程度"の犠牲で済む事もあるが、そうではなかった時の悲惨さは恐ろしい。

 

平和とされている今の時代でも、50から60のモンスターが群れとなり石壁を超えて人を喰らいに来るし、自警団が存在するのもその為だ。王の管轄下にある騎士は現代の司法警察に近い。村に税を課すものの、重税とせず最低1人でも置くようにしているのも、人間側で馬鹿な真似をする者を出さない為だ。

 

(歴史上1000年ほど前、たった1人の愚かな者が何も働かずぐうたらして不平不満を垂れていた者が、追放された事で逆恨みして滅ぼされたというとある国の話だ。人に化けられるモンスターが国中で潜み殖え、国家転覆させられたというものである。……その国は苗床となり、今もどこかで人とモンスターの混血=魔族を産み続けているという。)

 

 

一人の男たるオズモンドは、男爵として考えを巡らす。また騎士としての精神が己を律し、勇敢なる者達に配慮を思うことができる。

 

 

……やがて、三つの門上から篝火が灯される。本来は灯すなど自殺行為だが、同時に大群を一箇所にまとめられる効果を期待できる。しかも、この町には"魔術に頼らない"火薬職人がいる。奴は狙撃の名手にして爆薬のエキスパート。……奴の奇妙奇天烈なトラップのおかげで、自警団・騎士団双方の被害が大幅に少なくなり、町の者達も兵站に参加できるようになった。

 

 

「…ロック。メイナ。信号弾の備えは?」

「「はっ、用意してあります。」」

 

「そうか、二人は確認を頼む。地下の北口の方角も念のため…な。」

 

「「承知しました」」

 

 

万が一しかないが、この屋敷城の地下通路に通じる避難口もある。元は町の大昔からあった水中洞窟が利用されてきたものだ。今は魔法王国オースティアより下賜された宝玉「ネレイの球簪」を使って水路を退け、一種の避難シェルター兼通路として空間を用意してある。

 

 

 

「……」

 

男爵の貴族たる資格というよりは、身体に染み付いた騎士としての心得。戦闘衣を見に通し、左胸と脊柱だけを守る特注の鎖帷子を仕込み、フルプレート・アーマーを着込む。

バイザーを開ければ、男女の従者が長大なエストックと小さなダガーナイフを渡してくれる。…二人は"火薬銃"を手に取り、煙の出る前込め式の長筒に火薬、刻まれたどんぐり状弾頭を細杖で押し込め、打ち火薬(銃用雷管)を専用打ち金に取り付けている。

 

そして手慣れたように二人は巨大な穴の拳筒に、紙で包まれた物を中に込めた。…紙にそれぞれ黒、白、赤、黄、緑のマーカー線が引かれており、それぞれ紫煙と燃焼光の持つ色合いを示している。

 

(当然、この世界では"存在し得ない"、アルミと酸化鉄とマグネシウム燃焼を利用したテルミット反応を応用して作られている)

 

(加えて、この世界の住民は"魔力=マナを込めて放つ発射器"の魔法銃すら知らない為、マスケット銃はおろか銃の概念すら知られていない)

 

 

……東、西、南門より、緑の煙と閃光が上がる。

 

 

「各門より戦闘態勢を確認!」

「了解。引き続き、監視にあたれ。」

 

「オズモンド様。南の方角より……ええとかなり遠くでしょうか? 黄色の信号弾が確認できました……」

 

「…メイナ、ソウガンキョウとやらで監視を続行しろ。逐次、何か変わったことがあれば頼む。」

 

「承知しました!」

 

 

黄色…つまり、先遣隊は能力以上のモンスターと交戦中…あまり芳しくはない。緑が昇れば撤退、黒が上がれば壊滅…

 

 

「オズモンド様! 信号弾による赤色の光を確認!…そ、そして、なんて数なの…!?」

 

「メイナ、何が見えた?」

 

「お、オズモンド様…こ、こちらを…」

 

震える手で渡された"双眼鏡"とやらを両手で持ち、己の見える範囲以上の距離を見渡せる。赤い照明で照らされた周囲に……濁流のような黒い、蠢く何かが大量に迫っていた。

 

満ちたる青月に照らされる中、同時に赤い光のようなものがいくつも散らばり、自警団らしき物数が黒い濁流に飲み込まれつつある。また黒い濁流の中でなんども穴が空くような動きがあり、…自警団らしき物数の所で何度も起きている。

 

 

…くっ、これはどうしたものだ! 我々に対処できるレベルを超えているように見えるが、見殺しにすべきではない!だが見殺しにしなければ、守りを手薄に…

 

「オズモンド様…み、見えましたか…?」

 

「……、むぅ、これは……」

 

 

男爵は悩む。悩んだ末に、決断をする。

 

 

「…ロック、通信兵に角笛と太鼓を用意させろ。これは緊急事態だ。

 

町の住民を避難させ、勇気あるものは戦闘及び兵站に参加させよ。……籠城戦だ。」

 

「オズモンド様!それはつまり…!」

 

「時間が無い!急ぎたまえ!」

 

「し、承知しましたっ!」

 

 

男爵は頭を抱える。悩んだ末に、通信兵に緊急的な奏楽で町全体に通告する。……やがて教会の鐘が鳴り響き、町全体が慌ただしくなる。

 

 

「…守らねばならんのだ。民のために、奪わせはさせない。悪魔どもめ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オズモンド男爵は決断を下す。



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第12章 「蒼き月光」(番外編3)

 

 

自分の名はウィルバー。ただの農民だ。冴えない男のつもりだった。20代の頃に誘われて自警団で遊んでいたなんでもない男だった。

 

なのに今じゃ、ボニファーツ団長と呼ばれている。20年ぐらい前は人一人も抱えられねぇ貧弱なもやし男だ。今は男二人でも抱えて逃げられっけどな。がっははは。

 

自分のことをボニファーツボニファーツと呼ばれると食われた父を思い出して胸クソ悪いが、今は気に入っている。ハゲた頭は望まないが。

 

あの当時は弱かった。町を守ったっつー話は虫のいい話で、本当は町の奴ら俺たちを見捨てて門を塞ぎやがった。今じゃ美談にされてるが、あの当時は騎士団も居ない。強いやつもいない。まぁ……理解も納得もしたからいいけどな。あの時代に生きてた奴らは知らねぇし救いもしねぇ、勝手にどうぞ。

 

ま、なんとか死線掻い潜って仲間のガントレットや盾、槍に弓、亡き前団長の両手剣を使ったりしてなんとか生き残ったが……今の若モンは平和ボケしてやがる。自分の話をすりゃ、耳に穴空いたみたいに興味津々で聞いてくる。ま、嘘もあるが、都合の良いもんだ。失望して辞められても今困るしな。未来ある前途多望な若モンをへし折っても意味がねぇ。

 

 

時刻は真夜中、黄金色から青色の満月だ。フツー青色ってのはねぇ、赤色もそうだ。マナを帯びると空間越しに月の色が変わるのはよく知られているが、それが魔力を持ったモンスターの中で魔法を使う奴が使っていると色素が見える時がある。

つまりだ、それが月を覆うほどってことは……おかしいってことだ。

 

 

 

 

 

 

「……団長!おかしくないですか!?」

「あぁん?…静かだな、前の4人を下がらせろ。」

 

 

前4人、後ろ5人の翼陣形で真ん中に位置していた先遣隊は一度近くに固まる。

 

 

「…おかしい。お前ら、用意しておけ。バリスタ組は支援、矢を番えておけ。ランサーの4人は4方向に分かれろ。遊撃兵のノーク。お前は俺の近くに来い。」

 

それぞれ馬に乗った自警団のうち、長槍を持つ4人と強力なボウガンを持つ者は各方角へ。ノークと呼ばれた弓と剣の男は中央の団長の側についた。

 

 

しばらく前を進むと、暗いながら照らされた闇夜の草原から燃え盛る幾つかの小さな炎、そして一頭の"死んだ馬"の近くに居る二人が見えた。

 

 

オウルケイン「…自警団か! しまった!」

テレジア「!? 来てはダメです!」

 

 

二人の反応に思わず戸惑いを見せる9名の若者たち。ここにきてウィルバー・ボニファーツは致命的な事に気がついた。

 

 

「…囲まれている、だと、!?」

 

 

黒いもやに…いや、これは…!

 

 

ボニファーツ「円陣を取れッ!」

 

咄嗟に…信号拳銃に黄色の照明弾を詰め、上に放った。

 

 

「な、なんだこれっ」

「でかいぞ、数が多い!」

「待ってくれ、これどうするんだよ」

「団長、ど、どど、どうしますかぁ!?」

 

 

動揺も大きい、これでは逃げる事も出来ないだろう。…"危険"を知らせる赤色の照明弾を続けて撃った。もはや自警団の能力を超えた存在と対峙しているのだ。ボニファーツはその一瞬を酷く焦り、自分も円陣に加わっていたならばと後悔する。

 

 

「ヒィギィィン!?」

「のわぁ! えっ…?…あっ。いだおあぁああぁぁ!?!?」

 

 

円陣を取った時点で、まずかった。一斉に動いた黒き濁流は馬に食らいついた。パニックによって逃げ出さなかった戦馬だが突然血を噴き出して倒れ、乗っていた一人が濁流の中に飲み込まれた。そして簡易的な金属鎧がひしゃげ、鎖帷子と外套(メイルとギャンべゾン)が意味をなさず破れ、みるみるうちに素肌と血が出ていく。頭部のヘルムも意味をなさぬかのように首からもげてしまい、また若者の叫び声が小さくなり……

 

一匹が倒れた事で団長含む馬が暴れ出した。ボニファーツは咄嗟に飛び降りれたが、未熟なものは振り落とされ運が悪ければ濁流に投げ出され飲み込まれていった。手練の者も馬を降りたが体勢を崩し、濁流…"複数体の黒い物体"に引き込まれて、こちらに手を向けて救いを求めたが…むなしく食われた。誰もが、9人とも飲み込まれ、そしてボニファーツの首元にも魔の手が…

 

 

「っクソッタレ、てめぇの幻覚は見抜いてんだよ!」

 

見える実体とは"外した"ところに両手剣ツヴァイヘンダーを振り落とした。ギュブッと音と共に、腰丈ほどの大きくけむくじゃらで白銀色に鋭く光る……黒い狼が血を噴かして痙攣させていた。

 

オウルケインがテレジアの背中を守り、テレジアが特大火炎級を放つ事で濁流が"狼の集団"に変わった。

 

 

オウルケイン「…見つけた、ヤツだ!」

テレジア「私も見つけた、アイツだけ何か変だわ。」

 

激昂して血が昇り始めたボニファーツの目に、"頭のコブが大きな"成人男性ほどの…より大きな、黒く目の周りが赤く光る大狼が遠くにいた。"あいつらの首をくわえて、ペロリと飲み込みやがった。"

 

「こいつか、さっきから頭をつん裂く野郎は……仲間を食いやがって……ゆるさねぇ、テメェだけはッ、絶っっっ対に許さねぇっ!!」

 

 

 

テレジア「ダメです、ボニファーツさん!」

オウルケイン「危険だ、ボニファーツッ!」

ボニファーツ「うるせぇ!どいつもこいつもうるせぇ!!」

 

オウルケインの分厚く盾にできるほど大きなアダマス鋼鉄の両手大剣とはまた違った、長大で細長いマルテンサイト鋼のツヴァイヘンダーを肩に掛けながら、若人たちのロングソードを拾い上げて黒き濁流<黒狼の群れ>へと単身突っ込んだ。

 

拾い上げたロングソードを切り払いつつツヴァイヘンダーで叩きつけ、薙ぎ払うその姿は狂戦士に近い。バーサーカーとしての職業スキルを持つ彼は狂気を身に宿す事であらゆる怪我も痛みも忘れてしまい、自我を忘却して全てを破壊し尽くす。彼の振るった長剣が刃こぼれをおこし、その度に投げつけては飛び跳ねて縦横無尽に切り伏せ、怒りに狂い殺し尽くす。

 

ボニファーツ「ウガァァアア! 斃れろ、朽ちろ!骨まで滅びろ!全部殺してやる、悪魔どもめ、赦さない許さないユルサナイ、全部死んでしまえ!死ぬまで詫び続けろ、テメェらの肉すらひとかけらも残さねえッ!」

 

 

オウルケイン「あぁもう、テレジア!」

テレジア「ええ、あなた!」 

 

「いにしえより存在せし者よ、空翔る崇高なる者よ!我らに加護を!」

『黒き炎よ、因果に従い、敵を滅せ!』

『白き焔よ、我と彼等を包み癒やせ!』

 

「両刀術、斬・土竜ァ!」

 

 

無詠唱で両手から白と黒の炎が現れ、更に詠唱した彼女の魔力をローブの金刺繍が増大させて古代精霊を召喚させる手助けをする。

オウルケインが大剣を上空に向け、地面ごと”斬り込む”形で振り上げ、大地が隆起して一種の土柱としてエネルギーを放ち、中心の衝撃波が黒狼たちの体を弾き飛ばす。

 

黒く燃え上がる炎が放射状に広がり、白い炎に包まれたテレジアとオウルケイン、ボニファーツを除く半径10mの全ての黒狼に”着火”し、黒く燃えながら血肉と魂をドロドロに融かし焦がしていく。二人を包んだ白い炎は優しく二人の傷や疲れを燃やして再生してくれる。

 

・・・テレジアの赤ローブの金刺繍から、一匹の燃え盛る鳥が飛び立った。紅色と紫色の炎をその身に宿し大翼で熱風を起こす巨大な鳥が地に舞い降りた。黒き濁流は近づこうとしたが熱風の起こした空気に押し返され、近くに居た黒狼は酷い火傷を負った。

 

 

「不死鳥フェニックスよ!我が血の盟約をもって命ずる、我らを守護したまえ!」

 

 

燃え盛る紅蓮色の巨大鳥は了承するようにテレジアのその手に頬ずりすると、翼を羽ばたかせて空高く舞い上がり、天空を飛び回るようになった。

 

不死鳥の甲高い声と共に、天から照射された火柱が何十本も降り注ぎ、数十体の黒狼たちを貫き焼き払う。

 

 

だが、まだ数百体も目に見えている。頭領らしき成人男性ほどの大きな黒狼はヒョイヒョイと避けており、迫るボニファーツの狂刃を異常発達した爪と牙で斬り合いをしている。しかもよく見ると赤いオーラのような影を伴っていて、周りの黒狼が巻き込まれ殺されながらもボニファーツを仕留めようと捨て身攻撃をしている。

 

もちろんテレジアを厄介な存在として四方八方から一斉に飛びついてくるが、アタッカーにしてディフェンダーのオウルケインが全て切り払う。オウルケインに危険が迫れば小さいながら全てを焼き尽くす火球・・・「初級魔法ファイアーボール」を、最小ながら最高峰レベルの火力で放ち援護している。

 

 

オウルケイン「大丈夫か、テレジア!」

テレジア「ありがとう!ケインも!」

 

ボニファーツ「おらおらおらどうしたァ!? さっきより疲れてんぞ犬っころ、雑魚どもは引っ込んでろおらぁ!」

 

「てめえだけは死んでも殺し続けてやる、9人の俺の仲間を殺しやがって、エースのノークまで殺しやがってェ! アンソン、セシュア、エレムント、ローガン、リフ、ラエラン、ウラヌス、ソロコフまで喰らいやがって・・・罪を償わせるまで恨んでやる!くそったれの犬め!地獄の果てまで墜ちろ! 墜ちても滅して殺し続けてやる!!」

 

「おらおらおらぁ! 腕食ってもまだ戦えるぞ! 脚無くても油断するなクソっころが! てめえらだけが噛みつきの専売特許じゃねぇ! 人間様だってあるんだよ頭使えッ!」

 

 

もはや人ならざる動きで黒狼のバケモノと対峙していた。肉を切り血を噴かせようが無理矢理動かし、骨を折って腕や脚が曲がろうがぶん殴り、口を使って噛みちぎり・・・・・・再生しては人間の痛覚を越えた限度のおかしいゾッとする戦いを繰り広げていた。テレジアの『再生の炎』によって回復が追いついているとはいえ、歴戦のオウルケインですら怖気を覚える戦い方だ。

 

全身を武器とし、更に9人分の剣や折れた槍を投げたり使い潰したり、残された矢をナイフのように刺し殺したり、死んだ黒狼自身を肉盾としたり、牙をもぎとって目や鼻に差し込んだり・・・・・・果てに不死鳥フェニックスが起こした火柱に蹴飛ばしたり、わざと飛び込んで誘い込んだりと、もはやこの男はおかしい。

 

 

オウルケイン「あーもう! テレジア、疲れてるだろうがまだ続くぞ!」

テレジア「え、ええっ、私も頑張るから!ケインも油断しないで!」

 

ボニファーツ「アーッハッハッハッハッハァ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・30分に渡る戦闘の末、1000頭を率いた黒狼の一団は壊滅した。逃げゆく黒狼たちは後から応援として駆けつけてきた騎士団、冒険者のパーティが遊撃戦を開始し、オウルケインとテレジアはその援護に回った。

 

ボニファーツは長い死闘の末、仇を討つことができた。顔まで真っ赤に染まる哀しき男の後ろ姿は、ただただ青い満月を見つめていた。彼は虚ろな瞳でただただ、9人の名前を何度も呟いていた。

 

武勇伝に謳われる勇士でもなく、酒臭く陽気に絡んでくる気さくなハゲのおじさんでもなく、ただただ奪われた瞳の光を持ち絶望を知る顔の深く暗い男の姿だった・・・・・・。

 

 

死者10名。奇跡的に人命が少なく済んだこの一件は、同時に大きな悲しみをもたらすこととなる。うち9名は自警団員の若き者たちであり、将来が有望視されていた実力者達だった。町に被害が一切出なかった事は喜ぶべき事であったが、ボニファーツはその後行方不明となり、自警団員に大きな影響をもたらす事となった。

 

 

最後の1名は……ガイア・オウルケイン・ヘウリスコー。元黄金等級冒険者オウルケインとヘウリスコー侯爵家の長女テレジアの間に生まれた愛娘である。短い時間ながら愛されたその愛くるしい容姿ととても珍しい白髪と人柄の良さは、良くも悪くも町の多くの人々に影響を与えていた。……あの夜の翌日、馬車だった残骸と、砕け散った三つの骨粉が見つかった。町ぐるみでの必死の捜索の最中、南門で当時担当していた門兵が"形見の鉄杖"を発見した。そして、その近くで凄惨たる現場を見つけたのだ。…その彼も精神疲弊し、実家に帰ったという。

 

 

多くの者に深い傷跡を残したこの事件は、後にこう呼ばれる。

『蒼き月光に喰われた者たち』……と。



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【主人公紹介】 Ver.3.2.23

名前:清水啓介

  :ガイア・オウルケイン・ヘウリスコー

年齢:15歳 女性(生前23歳 男性)

身長:150cm (生前170cm)

体重:約45kg

生誕:9月の頃(生前3月6日)

 

平成10年生まれの普通の男性。両親(真人、景子)と兄と妹(遼太郎、香織)がいた。センター試験合格で偏差値50台の一般大学に通い、適当に卒業した。借りた奨学金があり、卒業と共に関東圏の駅近くで一人暮らしを始めた。

 

大学時代から通っていたアルバイト先の大手食品スーパーに就職し、正社員として1年目を送っていた。習い事として空手をずっと続けていた。強盗事件発生時、新人後輩の藤丸萌佳(18歳)を庇う形で犯人のナイフが心臓に刺さる。低酸素状態による出血多量で死亡する。

 

習い事として空手の他、趣味として写真、TRPG、サバゲーをやっていた。

 

死後、・・・本人も知らぬ間に転生したことを知り、産声を上げた際に「羊水の中にいた」事を自覚する。幼い頃から分からぬ言葉と格闘しつつも、生前の記憶から両親を常に驚かせてきた。

 

 

15歳の時、殺到した黒狼に食い殺された。

 

 

 

・第二の両親

冒険家の父オウルケイン・ビスマルク(42)と、王国のへウリスコー侯爵家だった母テレジア・ヘウリスコー(36)の元で生まれ育つ。テレジアはビスマルクに恋して駆け落ち、王都から離れた森と泉の町ヴァイスシュヴァルツの近くで羊を飼い育て、暮らしていた。

 

オウルケインは金等級冒険者で剣の名人であり、黒等級を夢見て目指していたがテレジアの熱い求愛に寝負けし、人里離れた所で深く愛し合った。テレジアは侯爵家の家督長女であった為、当時は相当行方を捜索された。20年経った現在は侯爵家から絶縁という形になったものの穏やかな関係が密かに続いている。(侯爵家は病死した兄の代わりに弟が継いだ)

(伯爵家の由来は、火にまつわる強力な魔法と、"血の盟約"たる古代魔術が記された秘宝"不死鳥の紅宝石"を代々継いでいた事にある)

 

ブラウン系アクアマリンの瞳のオウルケインとブロンドヘアと赤の瞳のテレジアから生まれたガイア(=清水)は銀髪碧眼だった為、驚きながらも大切に育てられた。父からは魔術と剣の扱い方を(しぶしぶ)、母からは料理(とヴァイオリン)と言葉を教えてくれた。

魔術どころか最底辺の魔力でも扱えるはずの生活魔術を扱えず、森と泉の町ヴァイスシュヴァルツの水の女神ステュクスを祀るアークフィア神殿の神官によると、魔力=マナが0に等しいのだと言われている。

 

・魔法、スキル

 

魔法「無し」

スキル「無し」

 

職業適正 (10歳当時)

「戦闘系△」

「魔術系×」

「魔法系?」

「神官系x」

「生産系○」

「一般系○」

 

「魔力皆無?(マナ未発達異常)」



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第XIII章 「生まれた意味が無くとも」

 

 

…………、

………、

……。

…?

 

「ふぁあぁ!?」

「な、なんなんだよ、さっきのは…くそっ!」

 

またいつか見た時の真っ暗な空間だ。自分の体が見えない、生まれた時のような…もしかして、また生まれ変わるのか…?

 

そうだとしたら、寂しいな。せっかく楽しかったのに。辛いことはあったけど、生まれ変わるなら仕方ない。…次はどうなるのだろう? そもそも、次も生まれ変われるのは人なのだろうか?

 

 

それから、何日も数えた。何日もう経つのだ?

1週間経った。気がする、あまりに何も無い。

1ヶ月経った。もう何日の週目か覚えていない。

もう何日経ったのだろう。何月かすら分からない。

 

 

「…いや、おかしくないか? 私の時の声のままだし。」

「ふわふわしてないし、地に足ついているし。」

「暇だなぁ、痛いのはもう嫌だが、何も無いのもなぁ。」

 

 

……そして、さらに時が流れ、何日か経った。

あまりに時間が経ちすぎて感覚が麻痺してきた。

 

 

これまでを過ごした日々が走馬灯として流れてきた。かつて清水として死に、ガイアとして生まれ育ち、それから私は……

 

 

「……? あれ、わたし、体が……」

 

体が、見える。それだけでおかしかった。その場に笑い転んで、息が苦しくなるまで笑っていた。間違いない、胸に少しあるこの重さ……私の体だ。服を着ていない一糸纏わぬ姿であり、足の怪我がなければ綺麗だったろう両足も、今はとても軽やかだ。

 

草原の風のような、どこか心地よいそよ風を感じる。これが死後の旅立ちだと言われても疑えないほどのそれは快く……いや、これが現実だ。目覚めたが、夢じゃない。俺は死んだ。現実だが非現実的で、でも今を受け止めろ。今起きた事が事実なんだ。

 

「…ファンタジーの人生から目覚めたのか、現実を夢見ているのか、どっちなのかもう分からないや。ははは…」

 

 

大きくボディーランゲージをすれば腰まで続く銀に近い白髪が肩から前に流れ、ピンク色の肌を隠した。重力はどうも働いているらしい…? 真っ暗闇で何も見えないはずなのに、真っ暗な空間の上に足がついているこの状況をツッコミたい。

 

1人ツッコミをしても何も変わらないが、しかしうーむ…どういう変化なのだろうか?体は15歳の時っぽく見える。ある程度トレーニングしていた、ほどほどに筋肉がついた体のようだが…

 

「あそうだ、腕立て伏せできるな。」

 

アホみたいに腕立て伏せしてみた。やり過ぎて疲れたしほどよい筋肉痛が来る……と思いきやこない。汗もかかない。息切れもしない。

体は筋肉破壊されたと思いきや痛みなく動けるし、頭側の神経が疲れただけのように思える。いやどういう事だ?!

 

 

「…いやどういうことだ!?」

 

「ちょっと待って、軽く50回やったんだけど……。ええと、汗かいてないし、というか体の重み感じないし、頭だけなんか疲れた感じ……あ〜、疲れた。…死んだっていうのに、なんだか自覚が…いや、食い殺されるまで怖かったし、死ぬほど苦し…いや死んでた。」

 

 

ごろんと仰向けになったが何も変わらない、光のない闇の中だ。お腹も減らない、喉も乾かない、眠くもならない。ひたすらに生かされているかのようだが…ふと今気がつくと、今みたいなことを感じたわけだ。

 

だがそれは体が見えない間の話。今は見えている、つまり変化が起きたのだが…生体現象らしき身体変化は何もない。寒くもないし、1人だけだから羞恥心もないが…

 

 

「…何も変わらないなぁ。女の子になっちゃったけどおっぱいはちっちゃいし、いや揺れなくて楽だけど。せめて胸がもうちょっと欲しかったなぁ、自分で触るのだとなんか虚しいし…」

 

性別がかわったらといって、体質と服が変わっただけで内面に大きな変化は無い。あるにはあるのだが、劇的なものではないので、今も退屈に感じるほど自分にとって普通なものになってしまった。

 

 

「…あーあ、なんも起こらないってのもつまらないなぁ…」

 

 

それからかなり長いことが立った。一人遊びをしてみたり、筋肉が破壊されず神経系の発達がせずとも、練習する事に意味があるので体を動かしていた。そして退屈をしのぐ中、チートデイとして何もしない時間を設けて物思いに耽っていた。

 

すると突然明るい光が差し込み、目を刺激する。

 

「うわっ、まぶしっーーー」

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

……、

…!?

 

「うわっ、さっむ!?」

 

 

思わず全身を包む寒気と"背中の冷たさに震えた。さむい、 さ む い 、 お おなか、 減った、さむいさむい…

 

 

「あぅあぅあぅ…(がくがくがく)」

「だ、だだだ、だん、とら、とらなきゃ…」

 

 

思考が急過ぎて、何をすればいいのか判断がつかない。火がつかないのではなくて付けられないし、寒くてパニックのあまり目をきょろきょろさせるしかできない。

 

「えっええまっっって、ここここれしぬしぬぅぅさむいい!?」

「な、なななにか、なにか、ない!?」

 

 

本当に何もない。強いて言えば、死んだ時の場所と同じ…あ、なら、荷物が!?

 

 

「あ、あれ、ない!? な、な、なさむっ、さむっ、これしぬっ、うばばばばあばばばば」

 

 

待ってこれ本当に寒さで死ぬいやこれ死にそうてか死ぬえっ何もないの?これ死ぬ死ぬ寒すぎる寒すぎて痛い痛いあぁあぁっ

 

 

「寒すぎるっ、神様のばかぁ!! どーせ生き返るならマシなところにしてよバカァッ」

 

 

あまりに寒すぎ、暖を取ろうと身体を必死に動かしたり木の棒と乾いた葉や棒切れなど探したが、運が悪い事に全てが濡れていて手が寒さでやられてしまった。体中も寒いし、お腹もずっとぐーぐー鳴っている。手も痺れてきてまともに動かなくなってきたし、目がなんだかかすんで……あれ……

 

 

あ……寒い……こごえる……あれ…?…あ、ぐらっと……たぶん、これ倒れたんだ……体が……冷たい……待って……死にたくないんだけど……よく見たら私……何も着ていないし……手から血が……はは……ははは……

 

 

 

……眠いなぁ…死ぬのかなぁ…もう…あたま、まとまらないよ……

 

 

 

…………違う。

…………頭を巡らせろ。

…………土と泥をすすってでも。

…………生きるんだ。

 

 

 

ガイアは力の入らない体を僅かに動かす。前と違い、両足が自由に動き、腕に怪我が無い。生まれたばかりのような白い肌に、腰まで伸びた銀色の静かな髪。青くなりつつある若い手。……腹が鳴り、喉が渇き、頭が痺れる。筋肉が萎縮して崩壊するが、生命活動が停止するよりはマシだ。

 

 

「……っ!んぅ、おぇっ、ぷっへ、んぇぇ…」

 

 

目の前に生えていた雑草を食べた。とても苦々しくて、口に虫が入って酷い味で吐いてしまった。でもそのおかげで、眠気を飛ばせた。

 

泥をすすり、吐き捨てたくなる味に苦しみながら飲まずに貯め続ける。少しでも、唾液が殺菌してくれることを望んで。

 

体が汚れ続ける。純白だった体が泥で汚れ続けるが、気にしない。ドロ臭く足掻いて、抗って這いつくばり、立ち上がってひたすらどこかに向かう。

 

……やがて、根元から大きく穴が空いてドーム状になった木の根っ子にたどり着いた。見たくもない光るキノコやぬるぬるした白いカビが地面に生えていて正直怖かったが、少し寒さがまぎれてマシだった。雨が降ってきたからだ。

 

 

「……うぅ…たすけて…だれか……」

「なんでもいい、なんでもいいから…」

 

 

…あぁ、せめて火打ち石かマッチとか欲しかったな…

…おとうさん。おかあさん…

 

 

何か一瞬、"空間が動いて"ぽとっと音が聞こえた。

 

「…あ、まさかモンスター…」

 

絶望に染まった。もう死にたくないのに、こんなところで襲われたくない。でも今は何も持っていないし、体が動けるのに、せっかく生き返れたのに……今度こそ、死ぬかも、しれない。

 

そう思い、目をキョロキョロと見回した。とても暗いくらい、カビ臭くてたまらないが温もりのある湿り気の根っこの下で、緑色に蓄光したキノコが僅かな光を与えてくれているが……そこにあったのはモンスターでも獣でも無かった。

 

「えっ!? なんで、マッチ箱…しかも日本語っ!?」

 

咄嗟に手元へ手繰り寄せた。見間違えるはずの無いその形は、たしかにマッチ箱だった。しかも「耐水マッチ 陸軍需品本廠」と書かれたそれは、新品のような箱の手触りに、先が黒いマッチ棒だ。もうがむしゃらに、震える手で一つつまみ、側面の板を使って摩擦させた。

 

…火だ。温かい、本当の火だ。

 

「…ぅ、あ、あぁ、あったかい…」

 

 

涙がホロホロとしてきた。優しい温かさに、ずっと見ていられた。…けどすぐ燃え尽きてしまい、すぐに寒さに襲われた。しかも目がマッチの火に慣れたせいで、足元のマッチ箱が見えない!

 

 

「熱いっ!? あっ、しまった! マッチ、マッチ!?」

「あった、これだ…火元を、これで、なんとかできる…よかった…」

 

 

すぐ、10本ほどマッチを地面に置き、11本目のマッチで点火させて上から徐々に発火させる。…すぐに、根元にあった腐りかけの枝や油分のある葉っぱを根こそぎ集めて、千切ってちぎって小さくして枝を少しずつ焦がしていく。

 

「けっほ、けっほ、うぇっ、んぅぅ〜っ」

 

煙っぽさと腐った臭いで目が染みるが、鼻が曲がっても火元を作り始める。…本当は空気が籠る所で水気のある枝葉を燃やすなど自殺行為に等しいが、とにかく暖が取れればよかった。黒い煙がもくもくとしてなかなか燃えないが、…やっと枝の一つに火種が出てきた。枝一つが着火するまで全てのマッチを使ってしまったので、マッチ箱も投げ入れた。

 

……なかなか燃え移らないが、少しずつちぎった葉をなんども投げ入れて、小さな火が消えないように、何度も口で風を送って、火を大きくして、井状に大きな枝葉を積んで安定させる。

……途中、長い髪の毛を思い出して、滑りのある枝で真ん中ぐらいをなんとかブチッと引きちぎって中にいれたが堪らなかった。あまりに臭いし、燃えはしたけど吐きそうになった。火が安定してくれたから、よかったけど。

 

「…あっ、一酸化炭素中毒っ!?」

 

今になって気がついた。火を大きくしたのはいいが、ここは大きなドーム状の木の根っこだ。180度に口が開いてこそいるが、どよんとした空気で危険な事に今更気がついた。……雨は凌げるが、かといって外は寒い。今出たくない。けど死んだらシャレにならないので、側にいたい火元から少し遠ざかり、雨で濡れる出口の近くに腰を落ち着かせた。

 

 

「…ふぅ、よかった…」

 

ぐぅぅとお腹が鳴った。…でも食べる物はこの場に無い、間違いなく腹を下しそうだ。喉はさっきの泥水を飲まずに含んだだけだから、紛れはした。

…何もかもが分からない手探りだ。第二の人生を得てからそれなりに生きていけると思ったが、大間違いだった。はぁ、登山好きの友人に色々聞いておけば、ちょっとは違ったかもしれないな…

 

 

「おなか、へりました…あぅ…」

 

 

不衛生な泥まみれの体に、まとわりつくカビと菌糸類のヌメヌメとした感触。…とても、温かくて心地よいがここで寝る気にはなれない。それに火を絶やすわけにはいかない、陽が昇り、雨がせめて止むまでは…

 

「…うぅ、素手で触れたくなかった、こわい…」

 

……本当は大っ嫌いだ。キノコなんて触れたく無いし、見てるだけで背筋がゾッとする。カビは特に触れたく無い、ほこりみたいなああいうのは特に。素手で触れたくない、できれば箸かトングで一切肌に触れさせたくない。

 

でも今は、不思議とそこまで怖くない。…でも、二度と来たくは無いな。

 

「…せめて手袋か、服ぐらい、欲しかったな…」

 

 

今は願っても、何も起こらない。そういえばなぜあのマッチ箱が現れたのだろうか? 何もなかったはずだ。しかも、"日本語"。 あの字体は古かった…陸軍というと、まさかあの日本陸軍のことだろうか? いやいや、そんなまさか。あり得ない。

 

「でも、そこにあった…不思議。なんでだろう…」

 

膝を抱えて、体育座りになる。…貧相な胸に、透き通るような肌が泥に汚れきった手足に、肩に掛かった銀白の髪。ピンク色に血色を取り戻した指の爪に、途中で切ったらしい手の甲の血の跡。豆ができた足元、石でこすれてじんじんする尻元。

 

たしかに、私は生きている。以前の動けない体と違って、今は五体満足だ。生きて、帰りたい。死ぬ恐怖よりも、生きて帰る気持ちが今は強い。意味が決してなくても、何かする事で気持ちが落ち着く。

 

「……、あ、……んぅ〜、眠い…お腹空いたなぁ…」

 

 

だんだん、眠くなってきた、…さっきよりは、とても、とても、心地よい。

 

 

「…はっ!…ね、寝ちゃだめ、ダメなのに…あ、火元…」

 

少し弱くなっていた。…大きすぎる木の棒があったが、それを投げ入れ、残りの葉っぱカスも突っ込んだ。…しばらくは燃えるだろう、どのぐらい燃え続けてくれるかは分からない。そもそも、今も何時何分なのなすら、分からない。

 

「……、んぅ、ねむたい……」

 

近くの火元に座った。……心地良い。

いつしか、意識が落ちた。ガイアは眠りにつく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

また生きて帰る事を、心に願って。

 

 

 

 



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第14章 「チョコレート・バー」

 

 

 

・・・・・・いつの間に落ちていた。夢を見ていた。

自分が刺された後、男の自分の体が救急車へと運び込まれていく夢だ。

 

懐かしい顔だな。店長は携帯で必死にやりとりしているし、藤丸さんは血に濡れたその手で押さえつつも、ひどい顔で死なないでと何度も呼びかけている。俺の顔は・・・幸せに満ちた顔で目を閉じている。

 

やがて俺は担架に乗せられ、救急車に向かって運ばれていく。

藤丸さんは追いかけようとしたが店長に止められ、やがてその場で泣き崩れた。

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「・・・・・・。ん、んん・・・」

 

 

ぱちぱちと爆ぜる音と煙のにおいで目を覚ました。寒さで身震いするが、あの地獄の寒さほどじゃない。・・・火元を見ると弱々しくも大きな枝の集まりがまだ燃えており、白く灰化した炭がまだほんのり熱く、地面を黒く炭臭く焦がしていく。

 

周りを見れば、すっかり明るくなっている。まだ寒さこそあり、まだ雨が降っている。朝のような鳥の囁きが聞こえてくる。

 

 

「……わたし……まだ……いきてる……?」

 

 

お腹がぎゅぐるるぅと鳴る、まだ眠いがお腹が空いた…寒くて鳥肌立つし、お腹が空いてたまらない…

 

目にハッと入る毒々しいキノコから、一見無害そうなプルプルした半透明のキノコ、地衣類のコケやカビ……腹は減ったが、食べた死ぬ、知識が無いから間違いなく何か起こる。今お腹下したら死ぬ。

 

 

「…うぅ、お腹空いたよう…うぅ」

 

 

まだ弱々しく燃えている焚き火の近くに寄った。これが心の拠り所で、まだ生きていることを実感させてくれる。……少し、すえた臭いがした、自分の体だ。……少し、筋肉が弛緩して体が反応してしまったのだろう、尻が油っぽくむずむずする。

 

泥に塗れた手足も、固まってしまったボサボサの髪の毛も気になる。……手の甲で顔を拭うと、うっとした臭いでむせた。酷い体臭だ。獣臭いってこういうことなんだろうか。よく見ると、手の甲の関節からうぶ毛が泥で固まっていた。思い出してふと下を見ると、赤黒く固まった何かも太ももや股ぐらの間を伝っていた。

 

 

「さいあく…あの日の生理までキープされてるの…」

 

 

一度、ごろんと仰向けになった。…根っこしか見えないが、人って本当大地に生かされているなぁって感じた。生前はなんちゃって知識しか無いから、今のガチサバイバルでは生半可なアウドドアのやり方なんて通用しない。

 

魚や鶏を一から捌いたことはあるけど、それ以外は全く知らないし農作物もこの世界で見たものしか分からない。…道具もない、火も満足にない、知りもしない動物を殺して食べるとしても肛門から下の内容物の処理や可食部位の判定なんてどう分かろうか?

 

「…かくじつ、なのは町にたどり着くこと…水分は摂れる、食物はなんとか…あとはモンスターにあわなければ…」

 

 

 

考えるだけで怖い。貪り食われた記憶。痛く怖い記憶。目を食われてもなお見えた記憶。手足を食われて動けない記憶。血が温かく感覚が感じるたびにさむくなる記憶。腹を食われた記憶。胸を穿たれた記憶。心臓が潰されて呼吸しても息が苦しくなった記憶。首に穴が空いて空気を感じた記憶。まともに考えられなくなった中で五感が薄れていく記憶。死を感じた事で幸福に満ちた記憶。

 

そして、頭を食われて、脳がおかしくなって、記憶が、記憶が記憶が記憶が

 

 

「ひぃっ!! や、やだやだ、何も考えたくない何も思い出したくない何も、やだ、やだっ、あぁ、やだっ、こわい怖い恐いいやいやっ、いやぁ…」

 

 

恐怖で頭がいっぱいになった。身をすくめ、腕と体を掴み、恐怖にみっともなく怯えて不安で染まり……根っこから伝う雫が、鼻先に当たった。

 

 

「…い、生きてる、んだよね、おれ、死んだのに、わたし、生きてて、あ、ぁぁ、ま、また感じるの、やだ。やだやだやだ…いやだ…」

 

 

…ずっと、動かずに頭の中で現実逃避した。…酷く腹が空いた、そこでなんとか今に戻ってこれた。

 

 

「お、おなか、すきました…」

 

ふっと、チョコレートが食べたいなぁと頭をよぎった。泥に汚れ茶色に染まった自分の手のひらをみて、チョコレートみたいだなぁと思った。……"予想だにできない事"が起きた。

 

 

「たべたいなぁ……?」

「は、えっ、はぁっ!?」

 

味気ない明るい茶系の紙箱に、U.S. ARMY FIELD RATION Dとインクで印字されたものが手元に現れた! 幻でもなく、手に感触がある?

 

「え、はっ、ええっ!? え、えっ?」

「…いたた! つ、つねっても、ある…ゆ、夢じゃない…」

「こ、これ、どうして、私の手に。…え、えっ」

 

…感触がある。あってしまった。これが決して夢でも幻でもない、芳しい紙の香りとインクの臭い、中を開けると銀紙のかしゃかしゃ音がして、見たことのある…チョコだ!

 

「はふっ! …んっ、まじゅい…」

「なにこれ、た、食べられるけど、甘ったるいのに酸化して…でも、たべもの…あぁ、あぁ…」(涙目ポロポロ)

 

 

 

 

今は何がなんでも食べたかった、号泣してうわんうわんと泣きながら、まずいチョコレートバーを平らげているのであった。



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第15章「邂逅」

 

 

思わぬ食事で腹を満たすことはできた。糖分を頭に補給して、冷静に今の事を捉えて判断する。…根本的解決ができていないのだ。突然能力に芽生えたのかもしれないが、楽観視できない。

 

事前説明無しに放り込まれたのだ、無責任にも程があるが、死ねば変わらない。

 

「まずかったけど嬉しかったな……ええと、どうしよう、私さっぱり忘れていた。こういう転生ものって特典とか何かあるんじゃない? でも、事前説明無しとかハードモード超えてるでしょうこれ……?」

 

 

なんか願ってみた。強くなりたい!ダメか…じゃあ銃が欲しい! えぇ、ダメなのか…M4A1と5.56×45mmNATO弾をくれ! …虚しい、じゃああのチョコとかマッチ…だめなのか。

 

 

「うぬぅ……でません…なじぇー……はっ、私としたことが、現実逃避…いけないいけない。でもどうして出てきたのだろう?うーん、考えるほど答えが分からない…」

 

 

 

横になってぐでーんとしてみたが、分からないものは分からない。ますます謎が深まるばかりだ。こういう時は……動いた方がいい、生前の経験則だが考えて後悔するより動いて後悔した方が学びを得る。人間って臆病だからな。

 

 

「うーん、とりあえず服がほしい…寒い。…泥で汚れてるし、多少は襲われにくいかな……?」

 

 

まだ燃えている焚き火の近くから、灰をすくい取る。少しでもひどい体臭をどうにかしたかったので、体に擦り付けた。まだ小さく雨が降っている。もう少し、ここに居ることにした。

 

 

 

 

 

それから数十分後。

 

 

「……あ。いつの間に雨が止んだ?」

 

地面は濡れていて足の潰れた豆が気になるが、今なら行けそうだ。あの奇跡は二度も起こらない、神頼みなど通用しない。…この世界ではどうなのかとして。

 

「うん、いこう。」

 

 

それから山道を歩く。素足で歩くとは思わなかった。所々葉っぱや枝が体に当たってくすぐったいし、木の実や石を踏んで足を痛める。

 

「うっ、い、いったぁ……」

「あはは、くすぐっ、も、もうっ。」

 

ふと、目の前にオーガと呼ばれる鬼のような形相の人型怪物だ。身長2m以上はある筋肉質のモンスターは、血夥しいなにかをずっと殴りつけていた。

 

「ひっ……」

 

 

グシャッ、バシャッと音がする度に、何かの生き物(人ではない)を粗末な斧で殴りつけ、その血肉を醜く食らっている。腸のようなものをだらりとこぼしながら、絶命した肉塊はピクピクと痙攣をやがて止めた。

 

「......Guooou......」

「……、……(行った?)」きょろきょろ

 

どうやら、気が付かれなかったようだ。間違いなく、今見つかったら…死ぬ。思い出すと吐きそうなので、考えない事にしたい。

 

「……めぼしいもの無い、うぅ…」

 

 

赤い血を避けて先に進む。小雨の曇天で少し着いた血も消えて泥が洗い流され、本来透き通るアルビノの肌と髪の白さに戻った。灰も流れ、少し寒いが歩き続ければ寒気が紛れる。

 

 

「……(ぶるぶる)」でも、寒い。

 

 

幸い、薄曇から太陽の方角がわかる。あの町までもう少しだ、あと2.5kmほど先まで歩けば……

 

 

「(〜〜〜)」

「〜〜〜」

「……。」

 

 

声…? 咄嗟に草むらに隠れた。

 

やっぱり人の声だ、間違いない。誰かがこっちに来ている。でも、ふと一瞬だが最悪のケースが頭によぎった。この世界はファンタジーだがローマ時代と中世ヨーロッパがごっちゃになった世界観になっている。

つまり法は存在するが意味せず、無法行為が行われても殺されてしまえば何も証明できない。運良く生きたとして、強姦もしくは奴隷、あるいは……

 

 

「そうなんだよー。あ、お昼何にするかい? ハウゼン、ロミル。」

「そうね、ハムサンドとコーンスープでも?」

「待て待て、ここはステーキでガツンとだろう?」

「俺はどっちでもいいけど…」

「「どっちも良くない!(わい!)」」

 

……男2人、女1人? 遠目から見る限り、魔法使いらしい杖の男、金属鎧を身につけた長身の女性エルフ、ラフな格好で両手斧を片手で担ぐ男ドワーフだ。冒険者らしいちゃんとした姿にブロンズのプレートが見えた。

 

 

た、たぶん、大丈夫…だよね?大丈夫、もし、これでダメだったら、そのときは……。

 

 

「だーかーらー、ハウゼンは脳筋だっての!」

「そういうロミルはガツンと食え!筋肉つかんぞ!」

「2人とも喧嘩はよしてくれよ」

「「ストレイボウが決めろ!(決めてほしい!)」

「…え、ええー…」引きつり顔

 

 

 

 

 

 

 

「すっ、すみません! た、たすけてください!」



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第16章 「ストレイボウ・ライオネル」

 

 

私たち「ロウソクの光」は人間とエルフとドワーフの三人組だ。

 

ドワーフのハウゼン・ルドルフは今年で54歳(人間換算で約27歳)の男だ。彼は王都近くの城塞都市ティールの生まれであり、武具職人の一人息子だったが家業を継がず冒険者を志願。ソロで戦士をやっていて、上半裸で両手斧を振るう男だ。

ブラックスミスとしての才能もあり、刀や槍も扱いこなせる優秀なアタッカーだ。粗にして野だが卑ではない、柔軟な思考も持っており、古い慣習は壊してより良くしろという考えのタイプでもある。

(余談だが、彼の父が持たせたアイテムボックスと呼ばれる薄汚れたポーチには……明らかに度を越したインゴッドや金塊と、鍛冶道具を持ち運んでいるようだ。彼のおかげで、武器や防具に困る事が無い。)

 

エルフのロミル・スプリングフィールドは25歳(約8歳)らしいが、直接聞くと拳骨を喰らうだろう。彼女はこの町ヴァイスシュヴァルツの生まれであり、両親は社会見学として冒険者になった事を許している。エルフらしく美形にして流麗であり、女性として感嘆する美貌の持ち主だ。

……かなり頑固であり、そのスタイルにも表れている。彼女は美しい体を金属鎧に身を包み込み、魅惑の緑瞳と金髪を隠してしまい身を固めている。筋肉バカのハウゼンの足元には及ばないが、同じエルフの中でも力持ちで背がとても高い。彼女の獲物は弓と、盾と剣だ。

(これは秘密だが、彼女が料理を作ってくれた事があるが、ゲキマズだった。私とハウゼンは彼女が自信満々に作る殺人料理を阻止しなければならない。)

 

そして私は、ストレイボウ・ライオネルは港町シーマウンテンの生まれだ。ただの平凡な家で港町の神殿で15歳の成人祝いとして見てもらったところ魔術適性が上がっていた。特に光と風の双方が上がっていて、神官への道もありえたが、私は旅をしてみたかった。本にあった世界樹の天空都市の伝説を……。

見た通り学者らしいロングコートに白シャツと赤ネクタイとモノクル、160cmぐらいのごく平凡な顔立ちだろう。旅の途中で買ったマナ石を埋め込んだ長杖、いくつか魔術行使を補助する小道具や装飾具……申し訳程度の小さなナイフぐらいだ。

(ちなみに、まだ童貞だ。彼女ができたこともない、女友達も幼馴染もいない。…ロミル?か、彼女はちょっと苦手だな…)

 

 

 

 

私は魔術を学ぶために、歩けば約1ヶ月を要する港町から王都への道のりを歩いてきた。当然独学で身につけたものだし、詠唱名もそれっぱいだけで正式なやり方じゃない。マナに風を込めて圧縮させた空気弾をぶつけるやつ、光を抑えて見えなくした刃のかまいたち、雨をイメージした鋭い槍など……自衛程度には、モンスターを楽々倒せて路銀として旅を続けていた。

 

一週間前、森に囲まれた泉のある町ヴァイスシュヴァルツで、木の怪物トレントや人食い狼の討伐クエストを受けていた時に、ロミルと初めて出会った。まだなりたてのルーキーで右も左も分からず、たまらず声を掛けた相手がたまたま私で、それから着いてくるようになった。

(私が作る料理がとても美味しいから、らしい。特に薬草を使ったハーブシチューをねだられることが多い)

 

それからゴブリン狩り、巨大トカゲ狩り、オーガ狩りとレベルを二人で上げていた頃、大群のトカゲに追われる一人の男が逃げてきたのだ。後にハウゼンと名乗ったドワーフ男と協力してなんとか打ち倒し、三人で狩った金貨120枚を目の前にホクホクしていたのだ。

 

これまたハウゼンが詫びの品として作ったスチール・ロングソードをロミルが気に入ってしまった。お互い仲が悪そうに見えるが、互いにしか見えない何かを感じ取ったかららしい。

(巨大トカゲを焼くと美味い事をハウゼンから教わり、作るとロミルがまた気に入ってしまった)

 

 

 

 

 

 

そして、今日から三人で旅を始めよう。まずは王都へ…そう思った矢先に、怪我だらけで服を着ていない、珍しい白髪の白肌で深みのある明るい青瞳の人形のような少女が私たち三人に……思わず、ハウゼンとロミルの顔を見てしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「すっ、すみません! た、たすけてください!」

 

「…助けてって、もしかして化けてないよね?」

「なーにを言ってるんだロミル、助けるべきだろ!」

「ま、待て、ハウゼン!」

 

 

勝手にハウゼンがポーチから…よく彼が眠る時に使っている長いマントを、かぽっと少女の頭から被せてしまった。

 

「わぷっ。あ、ありがとうございます……」

「お嬢ちゃん、何があったんだ?」

 

「モンスターに…襲われまして…気がついたら、昨日の夜から森の中にいて…やっと、なんとか町まで…」 

「おお、それは大変だったな。それでなんでこんな所にいたんだ?」

「ハウゼン、あなた分かるでしょ…というか二人とも見ないでください!」

「あはは…」

 

 

ロミルがちょうど良い大きさのマントの布越しに、少女の肩や頭を確かめている。

 

「あなた、大丈夫?怪我とかたくさんしていて…お腹とか空いてる?」

「あ、はい…お腹は大丈夫です、喉が少し…」

 

「これ飲みなさい、…靴履いてないの?傷だらけじゃない。」

「ありがとうございます…うん、気がついたら真っ裸で服がなくて…」

 

 

ヘルメットのバイザーを開けたロミルの顔が怪訝そうだが、少女と目線を合わせて話をしている。……周りにモンスターの気配も無い、魔法を使うゴブリンやオーガの存在も今のところ見えない。

 

ロミルが持つ皮の水袋を渡されると最初は申し訳なさそうに口をつけて…だんだんゴクゴクと音を立てて飲み始めた。

 

 

ぷはっと穏やかな顔を見せる彼女は…とても可愛いな。っとそういうことじゃない、もう少し聞かないと。

 

 

「私たちは冒険者だ、町から出たばかりなんだが……君の名前は分かるかい?」

 

「あ、私は…ガイアっていいます。町の外で父と母と羊を飼って暮らしてました…」

 

「…ガイアさん。何があったんです?」

 

「えっと、狼がたくさん群がってきて、一度食い殺されたと思ったんですが…気がついたら森に居て、訳がわからなくて…」

 

「…食い殺された…のか?」

 

「…今って…何年ですか…?」

 

 

妙な事を聞いてくるものだ。疑問に思いながら、私はこう答えることにした。

 

「今はオースティア暦343年だよ。まだ春の時期かな。」

「えっ、343…年…? 342年じゃなくてですか…?」

 

「今は343年だよ。」

「そう…なんですか、一年経ってる…一体どういうこと…?」

 

 

ロミルとハウゼンが声をかけてきた。

 

 

「とりあえず、立てる?町に戻りましょ?」

「そーだな。その後に仕切り直しといこーぜ。」

「あぁ…そうだな。一度戻ろう。」

 

「す、すみません…ありがとうございます…」

 

 

 

こうして3人と共に戻った。東西南にある門のうち南側をくぐると、しっかりとした鎧を身につけた人が立っていた。

 

 

「おや、先程の方々ではないですか。後ろの連れのお方は…?」

 

「あぁ、迷い込んだらしい。」

「…あれ、オズモンド男爵の騎士団の方ですか?」

「ん?ええ。そうですよ。」

 

「あ、また自警団の人たちサボってるんですね?ご愁傷さ」

 

 

 

 

  「いいえ、自警団は無くなりましたよ。」

 

 

 

 

私たち3人も知らなかった。自警団なんてものがあるんだなーと話そうとしたところで…少女の顔がみるみるうちに青ざめたからだ。

 

 

「な、無くなったって…どういう…ことですか」

「一年前、事件があったんですよ。あの時は10人も亡くなりまして、自警団長を務めていたボニファーツさんが消えてしまって……おや、大丈夫ですか?」

 

 

「お、おい、ガイアの嬢ちゃんよ。掛けられる言葉が見つからねぇけどよ…」

「……ロミル。何か知っているか?」

「え?え、えぇ、一年前は私も知ってる…町の人が誰かを探しに捜索隊が出てて、私も手伝わされて…って、一年前?」

 

 

ロミルが少女ガイアをチラッと見た。

 

 

「でも、なんで一年前の自警団のことを?それに昨日の夜から森に居たのよね…?」

 

 

 

 

少女は小さく、わなないていた。



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第17章 「歳月」

 

 

 

 

 

自警団が解散した…だと?

 

 

初めて聞いたぞ。なんでそうなったんだ?ボニファーツ団長が消えた? たかが一年だぞ、しかも私が死んだ?

 

もしかして私が原因か?だとしても、ボニファーツとは腐れ縁みたいなそんな関係は深くないはずだが……

 

 

 

 

「おい、嬢ちゃんよ。ボケっとしてねぇで気ぃしっかりせな。」

「ちょ、ちょっと、ハウゼン!」

 

不意に肩をバンと痛いぐらい叩かれた。あの渋い声で話しかけてきたのは、150cmの自分よりも首下にある低い背丈のハウゼンだ。

 

「嬢ちゃん、テメェに何があったかオラ知らねぇっけどさ、まずは町に戻ってこれたんだ。まず世話になって飯食って眠りな。追い詰められた状況だったんだ、間違えてもバカな真似はすんなよ。」

 

多くの傷跡の顔とふわふわな赤毛だが荘厳に見えるヒゲから、静かな鼠色の瞳が私を見つめてくる。その隣で全身鎧のバイザーから覗かせる金髪と緑瞳のロミルが、頬を膨らませながらハウゼンを見て抗議を訴えかけている。

 

 

「……ガイアさん。家はどちらでしょうか、そこまで送りますよ。」

 

理知的なモノクルの学者服と縮れた癖のある黒髪のストレイボウが声を優しくかけてくれる。だが、私の家は……

 

 

「ごめんなさい、私の家は反対側なんです。でも、その途中で襲われて……そもそも、死んだはずなのに…」

 

 

3人とも、"死んだ"という言葉にピクリとした。目の前で様子を見ていた"立派な槍番兵"がハテナマークを浮かべたままであり、沈黙が起こる。

 

 

「…えっと、すみません。自警団に何があったんですか。一年前って、一体何が…いや、ボニファーツさんが消えたって…あ、そうだ…ラルフさん、ラルフさんは?この時間、よく立ってましたよね…今も変わらずここにいますか?そうですよね、そのはずで」

 

 

「あのー。申し訳ありません、何のことか…あぁ、でもラルフさん。んー、いや、あの人のことかな? なんでも可愛い羊飼いの女の子が居たのに、何もしてやれなかった…とか言いながら、ずっと悩みながらここを務めていた方がいましたよ。

 

……もう半年以上前に、その人が続けられないと騎士団長に言っちゃいましてね。とても真面目だったそうなんですが、酒に溺れて、体力も落ち込んで…」

 

 

……いつの間に、時間が経ってしまったのだろう。なら、私の父と母は一体?

 

 

 

「…そ、そう…なの」

「長くなりそうですね。まずは奥の待合室までどうぞ。ルケアと申します。」

 

茶系に黒系の瞳の番兵が奥まで案内してくれるようだ。3人は頑張れよーと伝えると、再び森の中へと消えていった。私はルケアの案内で待合室、そしてギルドへと足を運ぶことになる。

 

 

 

 

それから、多くのことが分かった。一つは父オウルケインと母テレジアの消息、もう一つは「あの日」について、最後は今の時代だ。

 

 

あの1年前(オースティア暦342年)のあの日から1週間後、父は冒険者として再登録して活動を再開し、母テレジアは初めての冒険者として始めたそうだ。父とギルドからの反対はあったが母の揺るがない意思とその実力もあり、等級試験を受けるまでもなく銀等級として認められたそうだ。

 

そして、町を出たという。向かう先は世界樹の麓と言っていた。エルフとドワーフの生まれ故郷であり、精霊やドラゴンの住まう土地だが同時に危険区域で、強い魔力を持ったモンスターが多く潜んでいる。

 

……この話をしてくれたのは、白髪となり初老を迎えたが屈強で引き締まった無駄のない体格の老男、ギルド長のオーステンタイン曰く、「恐らく、貴方を蘇らせる為だ。世界樹の頂に住むハイエルフの族長と根本の遥かなる地下に存在すると言われるダークドワーフ……その二つの部族が、古来から死者に関する魔法を知っているとされている。それを求めてなのだろう。」

 

ということだ。容姿が違うはずだが、父オウルケインと母テレジアによく似ていると言われた。後で王都<オースティア>と魔工学都市<リヒタルゼン>のギルドにそれぞれ通知してくれるそうだ。だが一年以上経っている上に、冒険者というリスクがあるため……最悪のケースも考えて欲しいとギルド長から言われた。

(死者蘇生は本来、土神オリシャの輪廻転生の意に反する為、あまりいい顔をされない事も初めて知った。)

 

まだこの町に留まるつもりだし、ギルド長から酒場兼ギルド<竜のねぐら>のギルド区画の一室を貸してくれた。少しでも何か仕事をして、自分の飯分ぐらいは稼いでおかねば。

 

それに、世界が危機に瀕しているわけでもない。神にお願いされて転生したわけでもなければ、私は勇者でもなんでもない。ただの娘だ。……旅には憧れているんだが。

 

 

 

二つ目のあの日はモンスターの大襲撃……「蒼き月光に喰われた者たち」のスタンピードとして知られているようだ。当然わたしの名前と、殉職した自警団員の中には顔見知りが何人もいた。

あの日は町に大きな損害を与えなかったが、父の頼みで町を総動員しての捜索が行われたらしい。発見したその後日、遺灰と遺髪が両親の手元に届き、密やかに葬式が行われたようだ。……やはり私は死んだことになっている。だとしたら、今の私は一体どういう状態なのだろうか? 急に現れたあのマッチ箱とチョコレートのことが気になって仕方がない。

 

 

三つ目は、確かにあの日は一年前だ。この世界は閏年を考慮した太陽太陰暦を採用しており、1年を12月まで数えている。1週間を七曜とし、光・闇・火・水・風・土に加えて「無」を1番目の曜日としている。国によってその始まり方は違うが、オースティア魔法王国にある総本山たる六神教団においては、その七曜の順として決めている。

そのカレンダーから紐解こうとしたが…全く同じ日でもなければ、違う曜日だった。これに関しては、今後何か分かるのだろう。今は全く分からない。

 

 

 

 

今までの話の頭の整理をしているうちに、すっかり深い夜になってしまった。ギルドの一室はベッドと引き出し付きの机にそのスペースだけだが寝るには十分困らない。横に長い廊下を利用したもので幅が狭く、インテリアがなさすぎて窓がインテリアに見えるほどだが、今は狭い方がなんだか落ち着く。

 

「……はぁ、色々ありすぎて疲れたよ……」

(コンコン)

 

「ん、どうぞ。」

 

 

木の扉を開けて入ってきたのは、受付嬢見習いのエイバルだ。私よりも三つ歳上(一応15歳)の彼女は身長こそ同じだが、サラサラと長い黒髪をポニーテールにしている。その彼女が持つ木のトレーには、芳しい紅茶とそのセットだ。

 

「……大丈夫?」

「あ、はい。おかげさまで…ありがとうございます。なにからなにまですみません…」

 

 

「いいよ、これが私の仕事だから。何かあったら言って、ガイア。」

「え、えぇ、ありがとうございます…」

 

 

すぐ戻ってしまった。……机の上に置かれたティーカップを手に取ろうとする。ふと、窓から覗かせる月面が中に映り込んだ。

 

 

「……今日は銀色なんだね。私にとってはあっという間なのに、もう一年経っているなんて……ッ!?」

「や、やっ、やだ、やだ、あぁ、あぁ、こわいこわい死にたくないしにたくない…」

 

 

あの日、思い出した赤い恐怖に怯えて、儚くて暖かい夢の中へと逃げ込んだ。



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第18章 「外伝-剣神」

 

 

 

話変わってとある男へと視点を移す。ガイアが初めて死んでから町に戻れた日の頃、全く異なる世界に居る人物が名もなき世界<箱庭>に招かれた。

 

 

 

 

この世界の光神リヒタルが預かり知らぬ人の子は、これまた異なる世界の神の導きから世界に招待されたのだ。ガイアが現れる前から、少しずつ、少しずつ異世界出身者がこの世界に訪れている。

 

 

 

その人物は今、緩やかな高低差のある大平原の小さな滝つぼで水行をしていた。その者は武を求道する若き男である。

 

 

「……こぉー……」

 

 

水と一体になり小さな瀑布の轟音と静かな丹田の呼吸が自然との同化を促す。やがて心念は一つの記憶を作り出し、己の身体を昇華させていく。

 

かつて、海に囲まれた島に生まれた。脈々と受け継がれた先代の古武術と現代武道を学び、若くして師範代として免許皆伝したその日から道場を預かり弟子を多く育てていた。柔術、体術、剣術、居合。この男は刀に明け暮れる日々をずっと送っていた。

 

ひょんなことから妖(あやかし)と出会い、また怪異に巻き込まれ、悪魔を、強き鬼を斬った。夢に誘われた世界ではエルフやドワーフ、ドラゴンにも出会い、果てに神々との対話で月の祝福を受けた片刃剣を授かった。黒漆拵の打刀を模したその銀雫色の片刃剣で、邪悪な神と対峙したことさえあった。

 

 

「…………」

 

 

刀は、認めた者の手元に戻る習性がある。退魔の力を持つミスリル銀の刀身は日本刀の刃紋として浮かび上がり、星月光の下では神々の名を冠した古代言語が黒き銀雫刀に神聖な魔力を与えてくれる。

 

念じれば黒漆鞘が手中に現れた。抜き打てば刀身は男の腕に応え、水のカーテンを一瞬切り裂いた。血太鼓の鼓動が体から脈打ち、心の龍笛が心と体の結びつきを隅々まで広げていく。

 

 

「……。」

 

 

座法を静かに解き、滝中で厳格に立ち上がる。柔にして静動のある呼吸と刀法を結び、水柱と一体になる。頭の中で思い描くは霊泉の湖面、月読命が見守る夜の国。黒より暗い闇夜に光り輝く白線の世界を頭で思い描き、彼は鍛錬を始める。

 

 

「…はぁぁぁ…」

 

 

心臓の鼓動。心血の脈動。心魂の鳴動。ありとあらゆるモノを霊界に落とし込み、その一点を刀身の銀閃へと集わせる。闇夜の霊光は心身を導き、神にも通ずる退魔の力を銀雫刀の魔力へと通じさせていく。

 

水を柔とすれば万物に流れ込み、厳とすれば全てを穿ち削る。散とすれば全てを包み込み、結とすれば全てを繋ぎ止めうる。

 

闇中で一挙一足が投じられる度に白線の水紋が拡がってゆき、彼の心血をより繋げてゆく。乱れなき呼吸が剣舞を剣神楽へとせしめ、彼の世界へと成ってゆく。神はやがて、人の子を天より見守っていた。

 

 

「……」

「ふー……はーぁぁぁ……っ……」

 

 

一閃。また一閃。剣神楽の水飛沫が舞い降りては幽玄な空間にまた戻り、これを繰り返している。白ふんどしだけの筋骨隆々な男の体には数多くの生傷があり、死線を乗り越えて来た。男はまだ20代でありながら、ひたすら剣の道を求め、死に急ぐほど限界を越え続けて来た。

 

彼がこの世界で目覚めた時、見知らぬ神からギフトを二つ受けていた。一つは黒漆拵の銀雫刀と"破れても元に戻る旅装束"。もう一つは世界に存在しない死属性による"不老不死と黒き炎"を得た。彼自身に大きな心の影響を与えたが、剣の道を究める彼にとって些細なことだった。

 

 

 

後世では剣神と呼ばれるその男の名は村岡留田。後にガイアと出会う男である。彼はまだ、神への道のりを歩み始めたに過ぎない。



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第19章 「辛味は良い友達」

 

 

 

 

 

……。夢でも見る。痛み、恐怖、理解。

 

 

暗い暗い闇の奥から、自身の青白い腕が欠けて血に染まった指で私の体を掴んでくる。抗わなきゃいけないのに動けない、金縛りで動けない。

 

「……、……、……、……」

 

動けない。動けない。動けない。

心が苦しい、体が動けない、また死が怖い。

 

 

はっと気がつくと……目が覚めていた。

べっとりとした汗が冷たく体を冷やし、不快感を呼ぶ。

 

「…うぅ。怖いのはイヤ…」

 

 

…揺らぐ眠気にまた身を委ねる。

まだ夜は明けていない。

 

 

 

 

 

……小鳥のさえずりが聞こえた。気がつくともう朝だ。

 

「あーう。朝でしゅ、はふ…」

「…ふぁっ?…ぁー…わたし、ねてたぁ…」

 

 

眠気にまどろみに身を委ねながら身を起こした。窓の外を見れば陽はすっかり昇り、世界を明るく照らしている。夢はもう終わったのだ。暖かい温もりも、残酷な冷たさも、全てが夢で今が現実である事をハッキリと認識させられる。

 

 

「……ぐずぐずしても始まらない、だよね。」

 

 

現実を直視しろ。感情をコントロールしつつ状況に思考。……今だからこそやっと気持ちの整理ができた。納得しなくていいから、感情に振り回されず冷静に判断しないと次こそ死ぬ。それが今得た教訓……いや納得か。思い込みかもしれない。けどそれでいい。

 

 

「……んんー。はっ、そうだ…何も言われてないよ、働かざるもの食うべからず……ギルドの仕事、は手伝えそうにないか。」

 

「としたら会計?でもエイバルさんとイリノイさんで終わってるし……うーん、羊育てるのと、荷馬車の御者と、ちょっとした剣……あれ、待って私、殆ど何もしてない……?」

 

 

生前ならスーパー店員として販売展示や棚卸し、商品の案内や鮮度確認、ついでにレジ打ちと金庫番や車運転といったところなのだが……この世界に来て全く自信がない!できて会計だが、お金の概念が日本の円とまるで違うのだ!

 

 

「やだ私……二度目の人生、いいや三度目なのにもしかして詰んでる……?」

 

 

 

お、女の体にはなったが、心は男だ。けっして男のものを受け入れるなどもってのほ……いや考えないでおこう。なってしまったものは仕方ない、もしそうならないように、靴底やベルト等に仕込み刃を入れておこうか……?

 

 

 

「(こんこんこん)」

 

 

 

木の扉からノック音だ。ハイと返事をするとガチャリとレバー式のドアノブが動き、長い白髪を後ろにまとめた初老のギルドマスター・オーステンタインが笑顔を投げてくれた。

 

オーステンタインは現役冒険者から一線を引いた冒険者ギルドの長だが、その実力は雲の上に位置する白金等級の実力者だ。国家で数えるしかない黒曜等級より一つ下とはいえども白金等級に位置する彼等は揃って化け物揃いであり、貴族の推薦を必要としない最高位として誉れ高き地位である。

 

 

「身体の具合はどうかな、オウルケインのお嬢さん。」

「え、ええ、よく眠れました…」

 

「まだ昨日のことだ、頭の中で整理がつかないと思う。飯を食って笑っているうちに、少しずつ気が楽になるさ。無理に何かしなくてもいいのだぞ。」

「……いえ、お気遣いありがたいのですが私は以前から冒険者になってみたいと思っていました。今は足が自由に動くのもあって、世界を、見てまわりたいんです。」

 

 

オーステンタインはガイアのことを以前から聞いていた。確か杖をつくほど足が不自由であり、今よりも儚げで弱々しいと聞いていたのだが……すくっと立ち上がった様子を見て彼は疑問を抱いた。

 

 

「……お嬢さん。足が悪く杖をついていたと聞いていたのだが、それは一体どういうことだ?」

 

「うっ、そ、それは……」

 

「まさか治った、というわけではあるまい?」

 

「いえ、そ、そうなんです、気がついたら足が動くようになっていて……。そ、それに、あの日はっ、狼に食い殺されて死んだはずなのに、気がついたら一年経っていて、寒くてお腹が空いて…死ぬかと…思いました……」

 

「夢ではないのか?」

 

やはりオーステンタインは怪訝な顔でこちらを見ている。私も信じられないが、死んだはずなのにまさかこうして今も生きているとは…私がよく分かってない。

 

「…夢、と思いたいです。それに、父も母も旅立っていたなんて、自警団が消えていたなんて、知りもしませんでしたし…」

 

 

「……エイリーン。中に入ってくれ。」

「はーい、お呼びですねー?」

 

 

この町の水神ステュクスを祀る女性神官のエイリーンだ。見た目が若いので10代後半といったところだが……彼女の左薬指には、金属リング…結婚指輪なのだろうか? それが目に留まった。この世界では結婚指輪という概念はないはずなのだが……

 

「エイリーン、ガイアに何か変化があるかどうか見てもらえるか?」

「? え、えぇ、分かりましたが……。

 

神の御言葉より我は汝を知る。我導きたるは汝の往く道。神の目は我の目、我は汝を知る。我知るは汝の往く末を導かん。」

 

 

…質素だが金の装飾に紺色の装飾線が入った女性神官服がひらりと浮かび、エイリーンを中心に小さな光が辺りを包んだ。オーステンタインは厳しい目でずっと見定めているが、エイリーンは困惑の顔だ。

 

 

「あの、申し上げにくいのですが、魔力が無いというか、マナがないですね……5,6年前に見ていただいたというロトムさんの言う通りというか、聞いてても驚きですね…」

 

「うっ、今になってもマナが無いなんて…」

 

「エイリーン、ガイアに何か他の変化はあるか?」

 

「いえ、これといって……強いていえば魔力を扱う職業は皆無で、生産系と戦闘系に伸びしろがあるようですが、私にわかるのは職業とスキルの得意不得意の分野ぐらいしか…」

 

エイリーンはしゅんとしているが、10歳の頃に魔力適性がないことは確かだ。そう言われたのだが…生産系と戦闘系に伸びしろ? それ初めて言われた。

 

「あのすみません、エイリーンさん。伸びしろというのは具体的に…?」

 

「はへ? あ、はい。戦士、兵士、剣士、弓士、槍騎兵……あと盗人、山賊などもあれば、格闘家、修道士、騎士、竜騎兵、軍人……幅広いですね。生産系は主に鍛治、火薬製造、裁縫、料理の分野です…が……?」

 

何やらエイリーンの顔がまた不思議そうな表情に変わった。

 

「しぇりふ? がんすりんがー? これは一体なんでしょう、ギルドマスターさん?」

 

「いや、初めて聞くな。そう認知したのか?」

「え、ええ、たしかにそう視えましたが…」

 

2人の反応から初めて聞いたかのような素振りを見せているが……シェリフとはアメリカの保安官のことだ。ガンスリンガーは銃を使う用心棒…どちらも銃を扱う人間を指す言葉だ。

 

この世界では銃を見かけた事がない。私のことをよそに、2人は話を進める。

 

「…何か新しい職業なのだろうか? リヒタルゼンでは魔法銃が開発されたと聞くし、アイゼンではサムライやブシという者らや、ミコやオンミョウジという職業も聞く。この国にはない何かしらのモノなのかもしれんな。」

 

「は、はぁ、私すら知らない世界があるんですね…」

 

「……。」

 

 

「ガイアのお嬢ちゃん、とりあえずは…よく休むといい、それから考えればいいさ。」

「そ、そうですね、とてもショッキングだと伺っていますし…」

 

2人とも心配してくれている。けど私は何かしないと気が済まないタイプなのだ。

 

「お気遣いありがとうございます。でも、私も何かしたいのですが…ううん、冒険者となって旅に出てみたいのです。」

 

 

「…お嬢ちゃん、それが言っている意味が分かっているのか?」

 

「うん、分かってます。怖い事がありましたが…でも、私の足が動かせるようになって、夢がまた見れるようになったのです。それに……ずっと旅したいって、夢見てたんです。」

 

「そうか。別に止めはしないが…だがまず今日は休みなさい。ずっと昨日から寒い中でたった1人過ごしたのだろう? ちゃんと休んでから、それから考えなさい。

 

エイリーン、診察を頼む。」

 

 

「あ、はい。分かりました。」

 

 

オーステンタインは部屋の外に出ると、エイリーンが服を脱ぐように促してくる。酷い怪我を負っていないか診てくれたが特に何もなく、オーステンタインから酒場で食事を取るように伝えられた。

 

 

竜のねぐら亭の酒場店主、虎顔のストロングは小さな白髪青瞳の少女の姿を認めると、一声かけてくれた。

 

 

「んよう、あんたがガイアか? 災難だったな!」

「え?あ、はい。」

「まぁメシでも食っていきな! ほれミシェル、ガイアに案内してやんな!」

 

 

ミシェルと呼ばれた垂れた犬耳に控えめなモフモフ尻尾の、ウェイトレス姿の女性がガイアの近くに来る。この酒場は50人ほど座れるような広さがあり、様々な「冒険者らしい」人種がワイワイガヤガヤとしている。お酒の出る大衆食堂といった様相だ。

 

 

「ガイアさん…ですね? 何が食べたい気分です?」

「あ、えっと私は…」

「あっいいんです、ギルドの人とは業務提携でやってまして、ギルドの人には食事をタダで出してるんです。なんでもいいですよー?」

 

 

中世ヨーロッパとは思えないほど食文化が進んでいるこの町では、スパゲッティはもちろん、ハーブを使った料理やソースを扱った調理法が多く確立している。…不思議な事に、カレーまであるのだ。名前はカリーというのだが、明らかにカレーなのだ。ツッコミたい。

 

 

「えっと…カリーとパンを。」

ミ「はーい! 辛さはどのぐらいにします? 0が甘口、1が普通、2が辛め、3が激辛で、4がかなり激辛ですよ!」

 

「えっと…2で。」

ミ「おー、いきますね。はーい! カリー2辛セット!」

ス「最初っからいくねぇ。誰もが甘口で行くのにチャレンジャーだな?」

 

「え、チャレンジャーってどのぐらい辛いんです…?」

ス「んー、俺らが辛いって思うレベル、3が一口で汗かくレベルだぜ。」

ミ「う、うんうん、辛いのってあんまりないから…」

 

 

なんだか失敗した気がするが、しばらくするとカレーセットだ。犬耳娘のミシェルがささっと置いてくれると、玉ねぎのような味のパープルオニオンとリーフレタスのサラダと、柔らかくて丸っこいパンと一緒に出てきた。

 

オタマのような変わった形のスプーンに、フォークとナイフでいただくようだが、パンをちぎって浸しスープのようにしていただく。

 

 

ス「お、おおう、ガッツリいくな…」

「あー、これまたスパイシー。カレー…っとカリーでしたか、あまり辛くないですね。」

 

ス「えっ?か、辛く作ってあるんだが…あ、じゃあコイツ試してくれよ。ブラックペッパーとレッドペッパーってやつをブレンドしたんだ、これだけで3から4に相当するぜ?」

 

パシっと受け取り、普通にパッパッと掛けた。虎顔のストロングさんが唖然としているが、そんなにおかしい事なのだろうか?

 

ス「うお、おおいっ、そんなかけると本当に死ぬほど辛いんだぞ、や、やめておけって!」

 

「そうなんです? …(ぱくっ、) ん〜。たまらない、これ辛いですねー。」(ニコニコ)

 

 

ス「え、えぇ…(ドン引き)」

 

 

ひどくミシェルやストロングに心配されていたが、私は大の辛い好きなのでこのぐらいちょうどいいぐらいだった。辛さ成分不足で食べたい症候群になっていた私は、ついつい自重せず掛けていた。

 

……後にレベル5が追加されてしまった。辛さガイアという辛さはガイア専用の「"とんでもない"」辛さのため通常料金の2倍になるが、その誰もがその辛さのクエストにチャレンジしようと噂が広まってしまったという……。



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