碇シンジの死んだ日 (三只)
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碇シンジの死んだ日

(雄大な第三新東京市の自然を背景に、ナレーションが入る)

 

<……みなさんは、覚えているだろうか?

 かつて、この街を中心に起きた、サードインパクトのことを。

 それは、たった一人の少年に寄って引き起こされた出来事であることを。

 

 みなさんは、覚えているだろうか?

 サードインパクト後の大混乱を。

 人はみな命の水へと還元された世界。

 戻ってきた一部の人々の暴走。

 結果、幾つも勃発した世界規模の悲劇を。

 

 みなさんは、覚えているだろうか?

 それでも、急速に秩序を取り戻した世界を。

 その理由を。

 戻ってきた人間の多くが、ほんの少しだけ優しくなっていたことを。

 悲劇の果てにもたらされた奇跡を…>

 

唐突に、紫色の巨人の顔のアップ。

三体のエヴァンゲリオンらの活躍する姿。

幾多の使徒戦の映像ラッシュが展開されたあと、タイトルが画面の中央に映し出される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

碇シンジの死んだ日

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<エヴァンゲリオン初号機専属パイロット碇シンジ。

 特技、チェロの演奏。

     家事全般。(もっともこちらは本人が不本意そうに否定)

 全ての事後処理が終わり、パイロットの登録を解除された後も、彼はこの街に住んでいた>

 

画面には、第三新東京市市立高校の校門が。その前でピースサインをするジャージ姿の少年と眼鏡の少年が二人。

 

<彼は、一高校生として凡庸とした生活を送っていた…>

 

画面は教室に切り替わり、無人の室内を見回す。続いて暗転、画面一杯にテロップが入る。

 

【碇シンジとは、どういう少年でしたか?】

 

暗い部屋に、首だけ下を映した学生服姿の少年が椅子に座り、答える。

 

「そう…ですね。結構、普通のヤツでしたよ。人畜無害というか。でも、昔に比べたら、ずいぶんと明るくなったかな…」

(*本人のプライバシー保護の為、音声は変えてあります)

 

【碇シンジは、みんなに嫌われていましたか?】

 

続いて、セーラー服姿の女生徒が答える。

 

「…特に、嫌われているわけじゃなかったと思います。でも、そうね、特定の男子からは嫌われていたかしら?

 ああいうのを横恋慕っていうのかしら、ふふふ…」

 

【碇シンジは、みんなに好かれていましたか?】

 

続いて、ジャージ姿の少年。

 

「うははは、アイツが好かれていたかって? そりゃアイツは全然ぱっとせんヤツやで?

 でもな、どういうわけか、ある個人からめっちゃ好かれておってな!? 

 …つーか、ぶっちゃけ、そりゃお前のことちゃうわなにすやめあwせdrftgyふじこ!!」

 

 

 

画面はやや強引にフェードアウト。

場面は変わって、今度は近代的な病院が大写しになる。

門柱には『第三新東京大学付属病院』の表記が。

風に吹かれる植えこみの木々を映しながら、声のトーンを落としたナレーションが入る。

 

<このように、級友たちに慕われていた碇シンジであるが、この年の夏に体調を崩し、7月24日を境に入院。療養生活を送ることになる>

 

続いて、病院内の廊下を進む映像。

映像は、ある無人の病室へと入る。

無人のベッドには、畳まれた布団が。

 

【2018年8月8日 碇シンジ没。 享年17歳】

<死因は、サードインパクトの影響におけるストレス性衰弱とも言われているが、詳細は不明…>

 

 

画面は暗転。

沈黙。

やがて、もの悲しい音楽とともに、画面は像を結び始める。

ぼんやりと浮かぶ黒い波。

しかし、それは波ではなく、喪服に身を固めた人々の姿だった。

黒い群れをかき分けるように進む棺。

その棺を支えるのは、青葉シゲル、日向マコト、鈴原トウジと相田ケンスケ。

ネルフの職員と級友に担がれたそれは、粛々と道を進んでいく。

そんな彼らの横で泣き崩れる少女の姿が。

黒のヴェールを地面に接吻させ、諸手を着いて号泣する綾波レイ。

そんな彼らの前方に躍り出る少女の姿が。

黒のヴェールを跳ね上げ、喰ってかからんばかりの形相で棺を睨む、惣流・アスカ・ラングレー。

 

「なによ、勝手に死んじゃって!? ふざけんじゃないわよ!!

 そんなんで何も責任とったことにはならないんだから! 

 死んだら、罪滅ぼしもなにもできないんだからね!!」

 

凄まじい罵倒が響く。にもかかわらず、参列者は一様に神妙に項垂れている。

やがて、罵倒の声が、その質を変えた。

 

「だいたい、アンタ、残された人の気持ち、考えたことある!?

 あたしの気持ち、考えたこと、ある!?

 アンタが死んじゃったら………あたしは、これからどうすればいいのよぉ!!?」

 

棺に縋り付く黒衣の少女に、誰もなにも言えない。

ただ、参列者の寄り添うような低い嗚咽だけが、少女たちの泣き声に追従するように、いつまでも響いていた……。

 

 

 

 

枯れたススキが一面に生えた斜面。

 

<彼は、それほどの罪を犯したのだろうか?>

 

 

雲のかかる高山。

 

<彼の短い一生に、どれだけの意味があったのだろうか?>

 

 

駅前。道行くたくさんの人々。

 

<それは、多くの人々も知らないままに……>

 

 

 

 

 

【2078年 8月8日 第三新東京市】

 

一人の老婆が画面に映る。

頭髪は白と金色が交錯して、ほとんど銀髪になっており、青い瞳は穏やか色を湛えている。

背筋はピンと伸び、若かりし頃の溌剌とした印象を思い起こさせた。

そんな彼女の下にテロップが出る。

【惣流・アスカ・ラングレー】

更に流れる質問のテロップ。

 

【今日は、碇シンジさんのお参りに?】

 

「ええ。最近は、お参りに来る方も、めっきり少なくなりましてねえ…」

 

【貴方は、ずっと第三新東京市にいらっしゃるのですか?】

 

「…ここには、たくさんの思い出がありますから」

 

画面は変わり、第三新東京市の中心にそそり立つビル。テロップには、

【ソウリュウカンパニー。福祉事業を主体に隆盛を誇る総合商社

 初代会長は、惣流・アスカ・ラングレー。現在は引退。

 彼女はドイツ国籍も有していたのだが、なぜか隠居の地も日本に定めている…】

 

場面は戻り、インタビューが再開。

 

【失礼ですが、巨額の富を築き上げた現在も、いまだ独身でいらっしゃるとか…】

 

「はい。…私にとって、生涯、一緒になりたかった人は、ただ一人でした。

 その人も、告白する前に逝ってしまいましてね…」

 

【その方は、もしや碇シンジさんですか?】

 

「…………」

 

軽く微笑んだまま答えぬ老婆を背景に、ゆっくりと画面は空へ。

流れゆく雲を映しながらナレーションが入る。

 

<我々は、同市に住む綾波レイの所在も突き止めたが、インタビューは拒絶された。

しかし、彼女は、ただ一言のメッセージをスタッフに渡している。

 

『私、綾波レイにとって碇シンジは良人です。今までもそうでした。これからもそうでしょう…』

 

……少なくとも、碇シンジは、二人の女性に慕われていた。

これだけは、何者も否定しえない事実であろう…>

 

切り替わる画面。

夕焼けの中を走るモノレール。

それを背景に、惣流・アスカ・ラングレーの言葉が流れる。

 

『あの頃に比べて最近では、サードインパクトの研究も大分進められました…』

 

雪の山。

雪合戦に興じる無邪気な子供たち。

 

『多くの誤解は解かれつつあります。解かれたと思います。彼を知っている人も。彼自身のことさえも』

 

木枯らしの吹く駅前。

マフラーをつけた女生徒が焼き芋を頬張っている。

 

『もし、あの頃に戻れたら、わたしはいってやるつもりですよ。アンタが全て背負い込むことはないって…』

 

タンポポの咲くあぜ道を進むベビーカー。

 

『それでも、彼の犯した罪は、やはり忘れられることではないのでしょう』

 

ひまわりの下。

ビニールプールの中ではしゃぎ廻る赤ん坊。

 

『でも、どうかみなさん、彼の罪を許してやって欲しいのです………』

 

画面一杯のひまわり畑。

流れ始めるBGM、G線上のアリア。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

監督・脚本

惣流・アスカ・ラングレー

 

 

脚本補佐

綾波レイ

 

 

ナレーション

葛城ミサト(友情出演)

 

出演

惣流・アスカ・ラングレー

綾波レイ

 

青葉シゲル 日向マコト

 鈴原トウジ 洞木ヒカリ

相田ケンスケ

 

 ネルフ本部のみなさん

 第三新東京市のみなさん

 

音響監督

青葉シゲル

 

メイク

 ネルフ技術部特殊班

 

撮影・宣伝・記録

ネルフ広報部

 

制作総指揮

惣流・アスカ・ラングレー

 

 

 

 

 

 

2018.(C)碇シンジの死んだ日制作委員会

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

特典映像

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぶれる、あまり鮮明でない映像。

どうやらハンディカメラらしく、画面の左上には、電池残量の警告ランプが点滅していた。

そんなカメラは、とある病室へと侵入。

入ったなり、盛大な声が聞こえる。

 

「どう、シンジ! 考え改めた?」

 

こちらに背を向け、ベッド上のシンジに詰め寄るアスカの姿が映る。

 

「アンタ死ぬ死ぬっていうけどさ。そんな簡単にいうもんじゃないわよ!」

 

「だからって、わざわざこんなもの作らなくても…」

 

ベッド上で弱々しく反論するシンジの姿は活力に乏しい。

 

「あのね、少しは察しなさいよ? もし、仮に、アンタが死んじゃったりしたらこれだけ悲しむ人がいるーーってわざわざシミュレートしてあげたんだからね!?

 こんなの嫌でしょ!? だったら、気合い入れなさいよ!!」

 

「…そうか、アスカ。分かっているんだね? 

 僕の身体のことを知っているから、わざとこんなトンデモないビデオを自作をして、慰めてくれてるんだね?」

 

「…だーかーらー、ちがうっていってるでしょ!! アンタの病気はね、ただの『夏バテ』なんだってば!!」

 

「うん、分かっているよ、色々気を使わせちゃってごめんね。

 …アスカ、今までありがとう。自分の身体のことは自分が一番よく分かっているよ…」

 

自虐的に涙ぐむシンジ。

対して、惣流・アスカ・ラングレーは天を仰ぐ。

次の瞬間、彼女のとった行動に、カメラががくん!と一際大きくぶれた。

おもむろにブラウスの前をはだけ、アスカは吼える。

 

「ったく、そんなら無理矢理にでも生きる活力ってのを吹き込んであげるわよ!!」

 

少しばかり刺激は強すぎるかもね、くくく。舌なめずりをせんばかりの形相で、アスカは首だけ背後を振り返った。

 

「ほら、レイ! アンタも混ざりなさいよ!」

 

一瞬の間をおいて、無造作にカメラは放り出されたらしい。

床下に放置されたそれは、幸いにも故障はしなかった。

それでも被写体のいない壁の隅を写し、画面の左端にバッテリー残量警告のランプを点滅させ、健気に音声を拾い続ける。

 

「な、なにするんだよ、アスカ!! って、綾波も!? ちょっ、やめてよ!」

 

「うふふ、申請は却下♪

 あと言いたいことは済ませた? 神様にお祈りは?

 臨死体験しちゃうほどの快楽を受け入れる心の準備はOK?」

 

そんな折り、バッテリーが切れたことを示す警告音が鳴る。

何かの暴れる音。衣擦れの音。更に碇シンジの悲鳴を巻き込んで画面は唐突に暗転。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

WARNING!!

警告!!

 

 

この映像は超私的利用に限り視聴を許可されています。

ぶっちゃけこの映像を無断で見ているアンタ! 

ぶっ飛ばすからね!? 

 

 

 

 



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