じゃしんいっかのにちじょう (suryu-)
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釣りをするらしい
──みんな、信者になっていけ。
「それでは、息子よ。余と釣りに出かけよう」
「は、はい?」
ある日の事。とある理由により、地球の一般家庭に召喚された存在。邪神ヌルは、息子である黄田衣蓮。通称エレンに、釣竿を持ちながら声をかけた。
「これまた、唐突ですね。なにかあったのでしょうか?」
「人の世には、釣りという文化があるらしい。魚を釣りあげるまでの間に、会話を交わしながら団欒というものを過ごすらしい」
「は、はぁ……?」
何故だろうか、この邪神はいつも唐突なことを言い出す。とは息子のエレンの談である。確かに、家族サービスという程には有り余るサービスをしてくれる父ではあるが、規模が大きすぎたり、小さすぎたり。邪神は変わり者が多い。という言葉を体現した存在だと、エレンは感じていた。
「しかし、父上。その釣り場までどうやって向かうのです?」
「空を飛べばいい。マッハ50だ」
「それをやってしまっては本末転倒です。父上。車を出しますので」
そして、この会話もまたいつもの事であった。毎度のことではあるが、父であるヌルはいつもマッハで飛ぼうとする。それをどうにか止めないと、後で面倒になることが分かるため、エレンは車の免許を取得していた。戸籍は偽造だが、神であるし問題は無い。
「それでは、参りますよ。父上」
「ああ、行こう。息子よ」
しかし、釣竿を乗せながら走るのは初めてだな。と、黄色のスポーツカー。アンフィニタイプのRX-7。通称FD RX-7のキーを取り出しながら、エレンはため息を吐くのであった。
■■■
「よし、来たぞ息子。防波堤だ」
「はい、防波堤ですね」
天気は曇り。なぜこんな天気で釣りをするのかと問いかけた時のこと。
”海に光が入りにくく、魚が釣り針にかかりやすい。”
とヌルから聞いた時のエレンは、どこでそんな知識を得たのか。いや、元からあったか。自問自答即解決したのは、つい先程のこと。
「餌は……まあこれで良かろう」
「ムーンビーストの肉はダメです父上。人間の世の、疑似餌を使ってください」
「そうか……」
とりあえず、餌にムーンビーストを使うことを阻止したエレンは、ルアーを取り出しては釣竿につける。テグス結びと呼ばれる釣竿専用の結び方があるが、それを見たヌルは、どことなく嬉しそうにも見える。
「お前も知ってはいるのだな」
「ええ、一応は。それなりの知識はございます」
「ならば始めようか。よいな?」
「もちろん」
父と子。二人分の釣竿の用意が終われば、早速釣り糸を垂らす。防波堤のテトラポットに、引っかかることは無かったようだ。
「……」
静寂なる時の流れの中で、漣の音がこだまする。無言の空間も悪くない。だが、本来の目的は会話でもあるためか、ヌルは口を開くことにした。
「そういえば、幼児退行したヤツはどうした」
「ああ、母の事ですね?」
「うむ、てらりぃの事よ」
そもそも、この会話の時点でツッコミどころが満載だが、てらりぃというのはエレンの母たる人物。しかし、その母が幼児退行した為に、今の会話が生まれた訳だが、理由がまた理由なので、ここでは割愛。
そんな母の様子を聞くヌルもまた、父の顔をしている。その為エレンは、なんだかんだ母を気にかけているんだな。と少し安堵したような、してないような。
「まぁ、なんとかなってますよ。相変わらず変な感じですが」
「そうか。しかし、知性をなくすとああなる。というのもまたおかしいものだ」
「まぁ、我々の存在がそもそも常識は通じませんから」
「それは確かにな」
なんとなく同意しながらも、ヌルは竿の引きを感じ、さっと釣竿を振り上げる。彼の竿の先には、メバルが見事に釣り針にかかっていた。
「ほう、いいメバルだ」
「これでまず一匹ですね。父上」
「うむ」
そんな二人の釣りは、楽しそうに進んでいく。その中でヌルがたくさんの魚を釣り上げるのを見て、子であるエレンは父の多才さに舌を巻く。しかし、まさか釣りまで出来るとは。と思っていたところで、彼の釣竿にもヒットした。
「ほう、かかったぞ」
「は、はい!」
そのまま、釣竿を邪神の力で振り上げる。じたばたと暴れたかった魚は、暴れる暇もなく釣りあげられてしまった。その竿の先についていたのは、チヌと呼ばれる魚。またの名も──
「黒鯛か。よく釣れた物だ」
「これは、今晩の晩酌が捗りそうですね。父上!」
「ああ、よくやった」
■■■
「それで、帰ってきたと思えばこんなに魚が……ばぶ」
「てらりぃ。よもや絵を描けるのだから、料理はできるな?」
「う、知識よこせ! できない!」
「……困ったものだ」
帰宅したヌルとエレンが見たものは、魚を見て興奮する一家の母てらりぃ。そんな彼女にヌルは問いかけるも、知性なき今では料理はできない様子。それに困った顔をするヌルも、また家庭の心地良さに安堵する父の顔であった。
「それでは、余が作ろう。エレン。包丁を持て」
「はい? え、父上。できたのですか? というか、良いのですか?」
「構わぬ。興がのった。人間の調味料のみで作ってみよう」
「は、はぁ」
袖をまくりながら台所に立つヌルは、一家の大黒柱である父の姿。
今日も、ヌルという邪神の家庭は平和な様子。これは、邪神の日常の一端である──。
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