私の黒 (VETCH)
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1話

あの日見た黒を私は生涯忘れることはないだろう。

 

 

 

 

 

 

何もかも失った日だった。いつものように学校に行って、誰もいない家のドアを開けて晩御飯の用意をしながら父と姉の帰りを待つ。

 

いつもの日常がたった一本の電話で全て失われた。

 

「父が事故に巻き込まれた」と一言。震える姉の声が聞こえた。

 

 

何を言われたのか理解できないまま無我夢中で病院に足を走らせた。

 

そこにいたのは変わり果てた父の姿。

 

厳しくも男手一つで私たち姉妹を育て上げてくれた父。

 

涙もでなかった。ただ目の前の出来事が夢のようで。

 

自分たちを憐れむような視線が煩わしく現実から逃げ込むように勉強に夢中になった。

 

受験勉強・合気道・生徒会活動。どれも手を抜かずに常に1番をキープし続けた。

 

おかげで奨学金も苦労することなく都内の進学校に入学が決定した。

 

ここでなら両親がいないことを憐れむ人もいない。

 

思う存分自分の能力をいかすことができるはずだ。

 

そう思ったのに待ちわびていたのは私利私欲にまみれた大人たちに利用される毎日だった。

 

間違っていると思うのにうまく言葉にできない。

 

それに下手に歯向かって姉に迷惑がかかったら?

 

ただでさえ男社会の中女だてらにエリート検察官と呼ばれ忙しい毎日を送りさらに未成年の妹の世話役まで。

 

真もある程度自分の身の回りのことができるようになっていたとはいえ、周りの友達はまだまだ両親の脛をかじりながら気楽にすごしているのに自分ひとりで何もかもこなしてしまう。はたから見れば完璧に見える姉の冴だが、彼女はそうなったのは完璧でなくては生きていけない社会にいるからだった。

 

そんな姉にこれ以上負担をかけるような真似はしたくない。

 

ただ普通に生活しているだけでも生活費や学校の教材費で迷惑をかけてしまっているのだ。

 

その証拠にだんだん冴は真に八つ当たりすることが増えてきた。

 

今抱えている案件も非常に難しいようでいつも眉間にしわを寄せている。

 

最近真は姉にたいして「ごめんなさい」という言葉しかかけていないような気がしていた。

 

唯一血のつながった姉妹なのに生きているだけでだんだん溝があいてゆく。

 

どうにかしたいのにどうにもできない自分が悔しく情けなかった。

 

そして自分の周りにいる同級生たちが何も知らず無垢な笑顔で毎日を過ごしているのが妬ましく自分の中に黒い渦のようなものが湧いて出てくるような感覚を覚えた。

 

あなたたちも苦しめばいいのに。

 

無意識にそう思った自分に嫌気がさす。だけどそんなこと思ってはいけないと思えるほど真は余裕を持てなかったのだ。

 



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2話

そんなある日だった。

 

調べ物をしている最中に見つけた「裏ネット」と名前のついた掲示板。

 

どうやらそこは学校の裏サイトらしく、生徒達が学校への不平不満を書き綴っているものから転入してきた生徒についての噂。

 

コメントを見ても目をふさぎたくなるような罵詈雑言ばかり。

 

ばかばかしいと思いながらもそのどれもから目が離せない自分がいた。

 

こんなところで他人をたたくなんて弱い人間のすることだ。

 

そうわかってはいるけど読み進めれば読み進めるほど自分の中の黒い渦が少し浮かば

れるような気がして恐る恐るスレットを立てた。

 

内容は「校長について」

 

 

 

 

 

名無しN:いつも偉そうに指示ばかり。ちゃんと仕事してるの?

ちょとな:実際仕事してるとこ見たことないよね。校長室に居座る豚。

なし:ちょとな>>ワロタ。 実際役立たずだよな

 

 

 

 

 

「役立たず・・・・」

 

もう数えきれないくらい傷ついた言葉なのに、それが校長に向けられたのだと思うと心が楽になったのがわかった。

 

ふと気が付くとどんどん掲示板にのめりこんでいた。

 

「自分はこの人間より優れている」そう思うことで現実逃避することができた。

 

表では優秀な生徒会長の仮面をかぶって、裏では学校関係者への愚痴や不満を掲示板に書き込む。

 

人は悪口が一番盛り上がるとはよくいったものでそういった書き込みにはコメントがよくついた。

 

ある時いつものように学校の不満を書き綴っていると見たことがない名前でコメントがついた。

 

 

 

 

 

あめさん:この状況を自分で変えようとは思わないのか?

 

 

 

 

 

こういった場所では大抵皆特定されることを嫌い、名無しにもじった名前を使うことが多い。意表をつかれたのはこの「あめさん」の名前のせいかそれとも。

 

「自分でこの状況を変えようと思わないのか?」

 

まるで弱い人間だといわれたみたいでひどく屈辱的だった。

 

そして何より悔しかったのはその通りだと自分自身が否定できなかったからだ。

 

いつの間にか自分が一番嫌いだといっていた人間に変わり果てた自分がひどく情けない。

 

だけど誰にも助けを求めることはできないのだ。

 

このことを知るのは真自身。ただ一人だけなのだから。

 

 

 

 

雨宮蓮。

 

 

 

彼の名前を見たとき「あめさん」を思い出した。

 

あの後あめさんはいい子ちゃんぶるなと叩かれあのコメント以降あめさんは掲示板に現れなかった。

 

けどあの時の言葉がひどく胸に刺さる。

 

「自分でこの状況を変えようとは思わないのか?」

 

ただの綺麗事だ。物語の正義のヒーローのようにあらがえば何とかなると思えるほど現実は甘くない。そう思うのにまるで心に小さな棘が刺さったようにたまに思い出してはちくりと心が痛んだ。

 

傷害事件をおこし保護観察処分をうけた転入生。

 

どこから情報がもれたかはわからないが彼はたちまち学校の有名人になった。

 

どうせろくでもない生徒に違いないと思っていたのに想像とは違い彼はごく普通の青年に見えた。

 

何より印象深かったのは吸い込まれてしまいそうなほど暗く深い漆黒の瞳。

 

それはどこまでも自由に美しく飛んでいける鴉のように誇り高く美しかった。

 

思わず自分の中にある薄汚い黒を覆い隠してしまいたくなるようなそんな美しさだ。

 

彼に近づくのは危険。無意識のうちにそう判断した私はなるべく彼から距離を置こうとした。けどそんな時に限って校長が私を呼び出し彼を監視するように言いつけるのだ。

 

全く、あの校長は本当に余計なことしか言わない。

 



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3話

丁度同時期ぐらいに「心の怪盗団」が有名になり始めた。

鴨志田先生の事もあったので秀尽学園ではすでに有名だったけど有名画家の班目先生の事件がきっかけで全国的に有名になりはじめた。

一部にはファンがあらわれているらしく「怪盗お願いチャンネル」とやらにはたくさんの書き込みがあふれていた。

どうやら姉を悩ませている事件にも関係しているらしく姉が今までにも増して家を空けることが多くなった。

真っ暗な部屋に一人きり。私はこの空間がとても嫌いだ。

誰もいない自宅にいると父が亡くなった日を思い出す。

私たちの生活が一転してしまった日、私の人生を狂わせた日のことを。

どうしようもなく逃げたくなってしまって私はまた裏ネットで掲示板を立ち上げた。

くだらない人間の集まりでも一人じゃないというだけで気が紛らわせる。

さみしい人間になったものだ。こんなところでしか人とつながれないのだから。

ふと、あめさんの書き込みを思い出した。

 

 

 

あめさん:この状況を自分で変えようとは思わないのか?

 

 

なんてことない一文。だけどどこか違和感がある。

「自分で変える・・・まるで怪盗団みたいな事をいうのね」

確信はない。だけどどうにも引っかかる。

この人は怪盗団につながる何かを知っているようなそんな気がした。

けれどあめさんはあの日以来掲示板に現れない。

おまけにうちの学園でも怪盗団の人気があがってきたせいか生徒たちは「怪盗お願いチャンネル」のほうにうつってゆき、裏ネットはだんだんすたれてきている。

どうにかあめさんとつながれないものか考えてみたがうまい方法が思いつかない。

ならば正攻法でいくしかないかと思い切って掲示板を立ち上げる。

 

名無しN:あめさんってまだいる?

ななし:誰それ

数学さぼり:見たことない。

 

 

「ダメか・・・」

あきらめてサイトを閉じようとしたときコメントがついた。あめさんだ。

 

あめさん:何だ

名無し:まさかのご本人登場ワロタ

新任教師マジかわ: あめさん>>本物?

あめさん:新任教師マジかわ>>関係ないだろ

 

あんなこと書き込んでおきながら名前も変えずにまだ掲示板にいるあたり結構図太い神経の持ち主だ。

案の定あめさんの書き込みには冷やかしのようなコメントが書かれている。

余計な騒ぎになる前に要件をすませたいのですぐにレスをいれる。

 

名無しN:貴方と話がしたい。匿名の個人チャットがあるからそこに。 URL…

あめさん:名無しN>>わかった。

 

「なんだか拍子抜けね・・・本当に本人なのかしら」

 

あめさんにしかコメントが見えないようにしてパスワードを教える。

ただの冷やかしかもしれないが可能性があるなら調べてみるべきだ。

 

 



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4話

名無しN:いきなり呼び出してごめんなさい。

あめさん:いや大丈夫だ。

名無しN:さっそくで悪いけど本題に入りたいの。心の怪盗団ってしってる?

あめさん:あぁ。

名無しN:これはあくまで憶測だけど貴方もしかして何か関係しているの?

あめさん:どうしてそう思うんだ?

名無しN:根拠はないわ。ただの勘。

 

そう、ただの勘。

ただ疑わしいものは疑いがなくなるまでとにかく調べ上げる。

この方法は父から教わったものだ。

もしそれが正しければ犯人確保の手がかりになるし、なければないで容疑をかけられた人のアリバイが作られる。

容疑をかけられた人は不愉快な気持ちになるだろうが事件解決のためには仕方がない。

そのかわり犯人であろうとそうでなかろうとしっかり紳士に対応するのだというのが父の教えだった。

 

あめさん:心の怪盗団を探しているのか?どうして?

名無しN:彼らの行いに興味があるから。

あめさん:ただの冷やかしなら教えられないな。

 

「関係があることを否定はしないのね・・・」

 

あめさん:誰か改心してほしい人がいるのか?

 

改心してほしい人。

それを聞いて真っ先に浮かんだのは姉の顔だった。

小さいころは誰よりも優しく私の憧れだった人。

大人になった今でも私の憧れにはかわりないけれど、日に日に自分を見つめる視線の中に憎悪のようなものがちらつくのを見て見ぬふりをしていた。

仕方がない。

両親もいない中たった一人で妹を養っていかなくてはいけないのだ。

本当は自分の事だけで精一杯で逃げたしたくなるのに、真の存在がそれを邪魔する。

姉が自分を憎むのは仕方のないことだと言い聞かせてきた。

それでも。少しでも可能性があるのならもう一度幼いころのように笑いあいたい。

その願いは現在進行形で姉に負担しかおわせていない自分にはとても口にできないことだ。

 

名無しN:改心してほしいといったら怪盗団は対応してくれるの?

あめさん:約束はできない。けど検討することはできる。

 

「検討することはできる・・・ね」

 

もしかしたら前のように戻れるかもしれない期待。

だけどこの匿名のやり取りだけで全てを任せてしまうのはあまりにもリスキーだ。

 

 

名無しN:わかった。 申し訳ないけど少し考えさせてほしいの。

     来週の同じ時間、ここに来てほしい。貴方と詳しく話がしたいわ。

あめさん:あぁ。俺も君ともう少し話がしたい。

 

「・・・本当に人の心を改心する方法なんてあるのかしら」

 

あるとしたらそれは他の誰よりも自分が受けるべきなのかもしれない。

誰かを落とすことでしか孤独を紛らわすことができない自分がひどく恥ずかしくなった。

 



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5話

来週までにもう一つ調べたいことがある。

それは「あめさん」と「雨宮蓮」に何か関連性がないかについてだ。

この学校に転校してきてから彼の生活態度はなんら問題ない。

何も知らなければ人の目には彼は普通の男子高校生に見えるだろう。

だけど彼が怪盗団の存在が大きくなってきたのは彼がこの学校にきてからだ。

そして怪盗団の最初のターゲットになったのは鴨志田先生。

心の怪盗団はこの学園の中にいるとみてまず間違いない。

先生か生徒の中だとは思うが鴨志田先生は生徒からの恨みをかうことが多く、悲しいことにこの学園の先生たちからは何かを変えようという気力は感じられない。

となれば可能性が高いのはやはり生徒。

さらに鴨志田先生が朝礼であの告白をする少し前雨宮蓮、坂本竜司、高巻杏の3名は鈴井志保のことで大きくもめたらしい。

鴨志田先生におびえなにもできない生徒が多い中この3名は堂々と立ち向かったと聞く。

となるとやはり怪しいのはこの3名になってくるだろう。

そして安直ではあるがこの3人の中で「あめさん」というワードに一番近いのは雨宮蓮。

彼にはできれば近づきたくなかったがどうもそうはいっていられない状況らしい。

私は授業と生徒会活動の間をぬって彼の行動を尾行することにした。

だけど彼もなかなかやりてのようでいつもいいところで見失ってしまう。

わかったのは雨宮蓮、坂本竜司、高巻杏は3人で行動することが多いということ。

学校に無断で猫をつれてきているということだけだった。

 

 

「猫って・・・はぁ。」

 

もちろん注意する内容の一つにはなるのだろうが怪盗団とは全くつながらない。

だけど何も興味ないようにみえて優しい一面もあるのだと思うと少し見直してしまう。

 

「・・・父さんも、昔飼いたいっていってたな」

 

まだ小さかった頃。父といったデパートのペットショップでぽつりと父がこぼした言葉。

そういえば彼と父はどことなく似ている気がする。

遠目から見えるからの姿。その姿は父のようにまっすぐだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

********

 

 

 

 

「あ、新島さん。ちょうどいいところに」

「え?」

「ごめんなさい。次の授業でアルコールの燃焼の実験をするんだけどちょっと手間取っちゃって・・・。手伝ってもらえない?」

「えぇ。かまいませんよ。何組ですか?」

「1-Aのクラスなんだけどね・・」

 

1-Aといえば問題児の多いクラスで有名だ。

授業態度が悪く、先生たちも頭を抱えることが多い。

そして化学の先生はこの春就任してきたばかりの若い女教師だ。

とてもじゃないが生徒達がおとなしく先生の言うことを聞いて授業を受けるとは思えない。

 

 

「差し出がましいようですが、その、少し危険ではないですか?

火を使う実験でしょう?彼らの生活態度を見る限りもう少し安全な実験のほうがいいと思うのですが・・・」

「そうなんだけどね、授業しないわけにもいかないし・・・」

「実験ではなく動画で説明するのはどうですか?説明もできるし、危険ではないと思うのですが」

「うーん、でもやっぱりちゃんと実験させてあげたいし。それにはなから授業を受けないだろうって決めつけちゃうのはかわいそうでしょう?」

「でも・・・」

 

だめだ。甘すぎる。

勿論ちゃんと聞き分ける生徒ならきちんと実験をしたほうが身につくことが多いだろう。

だけどどんなに言い聞かせたっていうことを聞かない人は聞かないのだ。

だから日頃から「その生活態度だと〇〇は行えない」と言い聞かせてちゃんとした授業をしたいのなら生活態度を改めるように促し、その上でいうことを聞かないと判断したからこそ真はやめたほうがいいと提案しているのだ。

だけど真も一生徒にすぎないので、おとなしく引き下がる。

 

頭の中によぎる嫌な予感がどうか当たりませんようにと祈りながら真は実験室のドアを開けるのだった。

 

 

 

 



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6話

案の定実験室につくと生徒達は少しも落ち着いた様子がなくがやがやと騒がしい。

きっとこれではまともに先生の声も聞こえないだろう。

 

「先生、やはり授業は中止すべきでは」

「うーん、でも今やめるってわけにも・・・」

 

そんな曖昧な態度だからなめられてしまうのだ。

溜息をつきながら致し方ないと生徒達に静かにするように注意する。

多少静かになったもののまだ落ち着きがない。

すると教室の端っこのほうで男子たちがふざけてマッチの火で女子を怖がらせているのが視線の端に入った。

アルコールも近くにおいてありとても危険である。

危ない、と思った時にはすでに遅く、怖がった女子がアルコールを倒してしまい机にアルコールが広がり、マッチの火に反応した。

瞬く間に火が燃えあがり、教室はパニックになる。

それは一度みた光景だった。

誰かが泣く声と真っ赤な炎。驚いて逃げる人やなんとかしようと駆けつける人達。

何もせず携帯のカメラを向けるだけの人。

その真ん中には血だらけになった父の姿。

どくんどくんと心臓の音が鳴り響きすくんで動けなくなった足。

たすけて、だれか、たすけて

あの日私を助けてくれる人はいなかった。

ただただ暗くて寒くて何もできない自分の無力さに打ちのめされたあの時と同じ。

 

 

「消火器をもってきてください!!はやく!!!」

 

誰も助けてくれなかったのに、目の前に黒が広がった。

瞬間白い煙が大きな音をたてた。消火器だ。

はっと顔をあげると彼が私をかばうようにたっていた。

 

「雨宮蓮・・・」

 

どうしてここに、と言いたくなったが今はそんなことを言っている場合ではない。

 

「っ消防車!!早く呼んでください!!」

消火活動が早かったため大きな火事になることもなくすぐに火は収まった。

だけどイライラが収まらない。

あれだけ授業をやめようとしなかった女教師はいざボヤ騒ぎが起きたときなにも対処しなかった(パニックになってできなかったというのが正しいが)

何か起きたときに対応できないのなら最初から真の言うことを聞いておくべきだったのだ。

いくら新任とはいえもう成人したいい大人なのにそれくらいのことがなぜわからない。

彼女に授業をまかせたほかの教師たちも同類だ。

面倒な生徒を不慣れな新任に任せるなんて無謀にもほどがある。

 

「あ、あの新島さん」

「言いましたよね、実験はやめるべきだって」

 

いらだちが抑えられずついに口にだしてしまう。

 

「あれだけ騒がしくてまともに指示の声も響かない状況でまともに授業できると思ったんですか?生徒に授業を受ける意思がないのならすぐにやり方を変えるべきでしょう。

すぐに消火できたからよかったものの命を落とす生徒だっていたかもしれないんです」

 

ごめんなさいと目に涙をためる教師に余計に苛立ちがつもる。

何故こんな当たり前のことを私の口から言わなくてはいけないのか。

 

「泣くくらいなら最初からしっかりなさってください。こんなことを生徒の口から言わせるなんて」

「もうやめておけ」

 

教師失格だといいかけたところで彼が止めに入った。

 

「もう十分反省してる。それに貴方が言わなくてもきっとこれから先生は罰則をうけるしこんな大勢の前でさらし者にして言うことじゃないでしょう。問題は生徒にもあったはず」

 

ハッと周りを見渡すと生徒達が気まずそうにこちらを見ている。

冷静さにかけていたのは自分のほうだった。

「・・・ごめんなさい。言葉が過ぎたわ」

「新島さん本当にごめんなさい。それと雨宮君もありがとう」

「いえ」

 



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7話

そのあと彼と後始末を終え、流れで一緒に帰ることになった。

あの騒動で授業は短縮、部活動は中止となってしまい校内に生徒はほとんど残っていない。

真と蓮は事件の一部始終を警察に説明するため学校に残り、すっかり暗くなってしまったため彼が家まで送ると口にした。

一人で平気だと一度は断ったが顔色が悪いから甘えたほうがいいと教師に諭され一緒に帰ることになった。

外にでてみると街灯が少ない蒼山駅までの道は確かに不気味であった。

何度か生徒会の仕事で遅くなることはあったがここまで暗くなったこの道を歩くのは初めてだ。

不審者もそうだが足のない女の人がたっていたらどうしようと学校の怖い噂を思い出して思わず足がすくむ。

なんとか気を紛らわせたくても目の前にいるのは今日初めて会話する男の子だけ。

 

「大丈夫だったか」

「え?あぁ・・・えぇ」

 

いきなりの問いかけに答えるのがワンテンポ遅れる。

思えば助けてもらったお礼を真はまだしていない。

 

「あの、今日はありがとう。貴方がいてくれなかったらどうなっていたかわからないわ」

「別に大したことはしてない」

「いいえ。私ひとりじゃ多分対応が遅れていたと思う。本当にありがとう。

・・・ところでどうして貴方はあそこにいたの?」

 

彼のクラスである2年D組はあの時間現国の時間だったはず。

実験室になんてよほど用がない限りくることはなかっただろう。

 

「貴方に話があった」

「私に?」

「裏ネット。・・・名無しNについて」

 

どくりと心臓が嫌な音をたてた。

「名無しN」を彼は知っている。

 

 

 

彼の話によると転入して数日たった時同じクラスの男子が学校の裏サイトについて話してたので気になって調べてみた。

興味本位だったが裏サイトというだけあってほとんどの書き込みは先生や特定の生徒への悪質な書き込み。あとは学校の抜け道だったりの情報。

くだらないと感じながらもいろんな書き込みを読んでいくうちにある人物の書き込みが目にとどまった。

大体裏サイトの書き込みなんて聞くに堪えない暴言や人の上げ足をとるようなものばかりだがその人だけはいつも冷静に、学校や教師への改善策を書いていた。

もちろんその中の全てが正しいわけでもなく時には暴言を吐くこともあったようだが逆にそれが人間味に溢れて面白い。

蓮は「名無しN」に興味を持った。

だけど惜しい。本当は聡明な人なはずなのにこんなところに埋もれている理由がわからない。

本当にどうにかしたいのならこんな匿名の掲示板ではなく自ら動きあがくべきだと。

そう思った蓮は思わずパソコンのキーボードに触れていた。

 

「この状況を自分で変えようと思わないのか?」

 



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8話

こういう場所では正しくあろうとすればするほど叩かれる。

案の定蓮は匿名の人物から叩かれさらし者にされていた。

だが唯一掲示板の中で蓮を攻撃しなかったのが「名無しN」だった。

蓮の言葉がきいた、というのは少しうぬぼれすぎかと思うがそれ以降名無しNが異常なまでのとげとげしさを見せることはなくなった。

同時期に蓮は真が校長から呼び出されている姿を見かけた。

大人の欲を丸めてつぶしたような瞳の中に彼女が入っていくことがひどく不快に感じる。

余計なお世話だろうかと思ったが心配になった蓮はこっそり後をおいかけ、扉に耳を張り付けて彼女と校長の会話を聞いた。

声が遠く細かいところまでは聞き取れなかったがようは真に蓮の監視をするように頼んでいるらしい。

えらく嫌われたものだな、と呆れると同時に彼女が少し哀れに思えた。

ただでさえ受験勉強や生徒会活動で忙しいだろうに、教師の雑務や学校の問題の解決など全て彼女に押し付けている。

そろそろでてくる頃だろうと校長室から少し離れる。

校長室からでてきた彼女はこらえるように唇をかみ、今にも泣きそうだ。

しばらく遠くから眺めていると彼女は携帯をだし何か必死につづっている。

彼女が文字を打ち終えたと同時に裏ネットに新しいスレットが増えた。

それは彼女の心の悲鳴だった。

 

 

しばらくたった時、名無しNは再びスレットを立てた。

「あめさん」という人物を知らないかと。

助けをもとめられていると思った。

ここはおそらくこの人にとっての逃げ場。何かあった時に気持ちを整理するための。

表ではあんなに堂々としている風に見えるがそうじゃない。

強くならないといけない状況に周りが追い詰めているだけだ。

「心の怪盗団」を作り上げたのは半ば復讐のような気持ちだった。

かつて自分を貶めた大人に復讐してみせると。

だけど鴨志田を改心させたとき、杏や竜司のあの笑顔を見たとき違うと感じた。

心の怪盗団は人を救うために使うべきだと。

権力ばかりの大人に苦しめられている人々を助けるために。

ならば蓮は真を助けるべきだ。彼女のためではなく自分のために。

勿論自分が心の怪盗団張本人だという事は秘密で。

 

「…あきれたでしょう?あんなに偉そうに先生を叱っていたくせにね」

 

情けない。掲示板にさんざん悪口を書き込んだ後真はいつも自己嫌悪に陥っていた。

こんなことでしか気持ちを発散できない、自力で現状を変化させることもかなわない己の弱さが憎かった。

先生たちの間で怪しい取引があることも、生徒達が蓮について根も葉もない噂を流して楽しんでいることも気づいていた。

でも気づいたところでなんになる。

それをどうこうする力もすべも私はもっていないのに。

自分にできるのは「現状維持」。 

よくなることもないがせめてこれ以上悪くなることがないように。

ふと、窓に映った自分の姿を見る。

どこか頼りないその顔は真を責めるときの姉とよく似ていた。

姉も、自分と同じように迷っているのかもしれない。

 

「数日間貴方を見てきたし、今日の出来事で貴方が皆が噂しているほど悪い人ではないということもわかった」

「それはありがたいです」

「貴方…怪盗団に関係しているの?」

 

 



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9話

「掲示板を見て私を改心する必要があると判断したから、貴方は私に近づいたの?」

「いいや。ただ貴方が助けを求めているように見えたから」

 

助けを求めているように見えた。

ただそれだけで人を本気で助けようとする人がどれくらいいるだろうか。

 

「困っている人がいるなら俺は助けたい」

 

『お父さんはね、困っている人を助ける仕事がしたいんだ』

 

 

彼の姿が一瞬父の姿と被った。

生前父はいつも人のためになる人であろうと努力した。

勿論全ての人を助けることなんてできなかっただろう。だけど父はいつだってその時できる最善をつくす努力をしてきた。

その姿に幼い真は憧れたのだ。

 

「心の怪盗団が俺に関係あったとしてどうするつもりですか?

警察に通報する?それとも誰か改心してほしい人が?」

「…わからない。貴方は噂ほど悪い人じゃないという事はわかる。

だけど怪盗団が正しいのかどうかまだわからない」

 

誰かを改心させる。

どうやって改心させるのかは謎だが安易に想像できるのは催眠術や洗脳、または脅迫だ。

鴨志田先生の時はそれが正義になったが、やはり人の心を操るという事が本当に正しいのかといわれると真は素直に頷けない。

改心させる必要があるとするならそれはそうしないと多くの人が犠牲になる時だ。

 

「貴方は怪盗団をどう思うの?」

「俺は怪盗団は正しいと思います」

「理由を聞いてもいいかしら」

「誰かがやらないと何も変わらない。

鴨志田先生の時も班目のときも多くの人が犠牲になり苦しんできた。

それなのに彼らのほうが評価される。そんなのは許せない。」

 

 

傷害事件を起こして学校を追い出されたとは思えないほど彼は正義感に溢れている。

自分でこの状況を変えようと思わないのかというのは彼が言った言葉だ。

彼は彼なりに自分の正しいと思うことを信じそして貫こうとしている。

何故彼はあんな問題を起こしたのだろう。

やむを得ない事情があったのか、それとも誰かの罪をかぶせられたか。

彼を多く知っているわけではないが、目の前にいる青年はとても誰かを理不尽に傷つけるような人には見えない。

彼をもっと知りたいと思うのは探求心かそれとも

 

「・・・わからないわ。ならどうして貴方はあんな事件をおこしたの?」

「俺は正しいと思う事をしただけだ」

「自分に非はなかったと?」

「わからない。だけど間違ったことはしていない」

 

細かい事情ははぐらかされたが、おそらくそれは私たちがあまり親しい間柄ではないから言いたくないといいったところか。

おそらく坂本竜司や高巻杏には話しているのだろう。

 

「私は怪盗団が本当に正しいのかわからない。

そもそも人の心を変える方法なんて洗脳や恐喝くらいしか思いつかないわ。

もしそれが怪盗団のやり口なら申し訳ないけど私はそれが正義だとは思えない」

「…」

「だけど、でももしそれ以外のいいやり方で誰かの心を変えることができるなら私も変えたいと思う」

 

見えない不安に怯え、己の弱さに打ちのめされるのはもうたくさんだ。

わかっているのに、なかなか抜け出せない自分がもどかしい。

この状況から抜け出せる可能性があるのならそれに縋りつきたいのだ。

 

「…なんて掲示板にあんなこと書いてたくせに説得力ないわよね」

「確かに褒められることじゃないと思います。

だけどあそこは居場所がなくて苦しんでいた貴方の唯一の心のよりどころだったんだと思う。それを否定するなんて俺にはできません。」

 

言葉を聞いた瞬間、こらえていた気持ちがあふれ出そうになった。

否定されると思っていた。

表では口先だけで正義を語り、裏では匿名の壁に隠れて人の悪口をつづる。

情けない奴だと罵倒されてもおかしくないと思っていた。

だけど彼はあの場所を私にとっての唯一の心のよりどころだったと言ってくれた。

誰にも言えなかったことを理解してくれる人間が一人いる。

そう思うだけで抱えていたものが少し軽くなった気がした。

 

「本当にどうしようもない人間は変わりたいとすら思わない。

むしろ自分が正しいとすら思ってる。そんな奴を変えるのが怪盗団です。

貴方や世間が怪盗団をどう考えているかはわからない。

だけど怪盗団は彼らが信じる正義を貫こうとしてる」

「彼らが信じる正義…」

 

真っ黒な瞳の中に私が映る。

どこまでも深いその色は全てを飲み込んでしまうようだ。

 

「貴方がもし俺を信じてくれるなら、貴方の目で確かめてほしい。

彼らが信じる正義が貴方にとって有益かどうか。」

「有益じゃないと判断した時は?」

「通報するなりなんなりしてくれていいです。ただしそれなりの対処はさせてもらいますが」

「どうしてそんなリスクをおかしてまで私に怪盗団の話をするの?」

「なんとなく。貴方は怪盗団にとって有益な人物だと思ったのと黒く染まった貴方はとても綺麗だと思ったから」

「は…?」

 

私の反応にくすりと彼が笑う。

 

「怪盗っていうのは夜、闇に紛れて活動するものでしょ。

だからもし貴方が怪盗団に協力するなら黒く染まるっていうのが適切かなって」

「意外と気障なこというのね」

「…少し臭かったかも」

「ええ。そうね」

 

自分で格好つけたくせに途中で恥ずかしくなったのか彼の頬は少し赤い。

だけど彼の黒く染まるという言葉は嫌いじゃなかった。

黒というのは何者にも染まらない。

故に恐れられ、また憧れるのも黒だ。

 

「でも本当に、そう思います」

 

そう言い残し、駅まで私を送り届けた彼は夜に消えていった。

 

「黒く染まる・・・か」

 

私も黒くなりたい。自分の弱さに負けない父のような強さを持ちたい。

私が惹かれた黒は今目の前にいる。

なら確かめないといけない。自分が憧れたものが本当に正しい正義なのか。

そして黒く染まる覚悟が自分にあるのかも

 

家に帰って、裏サイトのアカウントを削除した。弱い自分と決別するために。

そしてこれから私は自分の信じる正義を探しに行くのだ。

いつか胸を張って「困っている人を助けられる自分」になれるように。

大好きな姉とともに肩を並べて歩けるように、私は私の黒を貫き通す一歩を踏み出すのだった。

 

 

『戦う覚悟はできましたか?今日は偽りの自分からの卒業記念日です』

 

 

 

 




私の黒 完結しました。
読んでくださった皆様。本当にありがとうございます。


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