「相棒」 (ダンちゃん1号)
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EX:設定集と番外編
世界観設定集


これを読んでくれた方が世界観が掴みやすいと思います。
あらかじめの説明になるのでキャラ設定とかはありません。


・世界観

技術レベルは遊戯王ARC-Ⅴの質量を持ったソリッドビジョンが存在する現代よりほんの少しだけ進歩した世界。アニメの遊戯王との繋がりはほとんどなく、敢えて言うなら「遊戯王」という作品が無い世界。なので武藤遊戯は居ないしブルーアイズも普通に生産されている。なんならI2社も存在せずラーはヲ―である。

舞台は日本の架空の都市である端河原松市。

だが決闘優先なせいで法として機能していない法律も多く存在する。

アンティルールは認められていない。

また決闘におけるイカサマは重罪である。

 

 

・デッキについて

全体的にパワーカードを詰め込んだグッドスタッフが好まれる傾向にある。コンボなんかよりも単純で分かりやすい強さが好まれる。同じ理由でコントロール系や受け系のデッキも余り好まれない。だから分かりやすく言えば高い攻撃力を持つモンスターを多数擁するカテゴリが好まれる傾向にある。

ちなみに少し前の世界チャンプの使用デッキは【八咫ロック】。

分かりやすいパワーカード同士の組み合わせ。

 

・精霊について

この世界の精霊はカードに宿る。普段は精霊たちが住まう世界「精霊界」で過ごしているがそのカードの持ち主がデッキに命を預けるレベルでデッキを信じれるとそのデッキに精霊が宿る。精霊が宿ったデッキは持ち主に呼応して引きたいカードを引きたいときに引き当てる力―――いわゆる「運命力」を大幅に強化する。また、竜や悪魔と言ったモンスターは中々に人を認めないことが多い。従って多くの場合デッキに宿る精霊は人型である。そのため人型のモンスターが多いカテゴリだと全てのモンスターカードに宿ることも。にまた、精霊は自身が宿ったカードを触媒に精霊界からこの世界へやってくることがある。それが所謂「顕現」と呼ばれる。もちろん顕現した精霊は精霊界から来た本人なのでその精霊の死=そのカードが二度と使えなくなるということである。一度顕現した精霊は自身が宿ったカードの持ち主をマスターだったり名前で呼んだりして忠誠を誓ってくれる。顕現の際に精霊の魂と所持者の魂に繋がりができ、その精霊のマスターとなった所持者の思いの強さによって精霊も大きく力を増す。

精霊にも意思はあり普通に恋に落ちる者達もいる。

人間と精霊では子を為すことは不可能。

勿論記憶は残る。

 

・各種召喚法について

 

・通常召喚

 恐らく最も用いられている召喚方法。

 

・融合召喚 

 普通に主力。

 

・儀式召喚

 リチュア、ネクロス以外に人権はない。そこまで弱いわけでも無いが低く見られがちな哀れで不遇な召喚方法。

 

・シンクロ召喚

 最も使われる召喚法のうちの一つ。「アクセルシンクロ」や、「デルタアクセルシンク  ロ」、「リミットオーバーアクセルシンクロ」という概念はあるがクリアマインドに到達していなくても普通に使える。

 

・エクシーズ召喚

 最も使われる召喚法のうちの一つ。「ナンバーズ」はただのカテゴリであり特別なカードでも何でもない。ただしランクアップの使い手はまれ。

 

・ペンデュラム召喚

 最も使われる召喚法のうちの一つ。この世界は普通に「覇王龍ズァーク」が売っている世界である。

 

・リンク召喚

  最近発見された新たな召喚方法。詳しいことは何もわかっていないが少しずつ浸透しつつある。

 

 

召喚方法については実はよく分かっていない。ただ、これから先も何かしらの干渉で増えることはあるかもしれない。

 

 

・端河原松市

東海地方にある地方中枢都市。通称端末市。現代の街並みが中心部に存在し、北部に行くにつれて自然との共生が強くなっていく。が、交通の便に困らない様に南北を縦断する端末鉄道が運行している。

中心街のすぐそばには大規模なテロにより使い物にならなくなってしまったビル群が解体を待つ旧市街が存在する。

人口379万2319人、面積8万7409㎢。

 

この地にはかねてより伝わる伝説がある。それが「創星伝説」である。とある二柱の神がこの星を作ったとされ、毎年夏に二柱の神を祭る「創星祭」が行われている。

 

・決闘について

基本的に両者の合意のもとで始められる。

禁止・制限がなされておりこれに違反したものもまた囲んで棒で叩かれる。

一部の違法な決闘を除きサレンダーが認められている。

 

・闇の決闘

精霊と決闘、または精霊を連れたもの同士が敵意を持って決闘を始めると闇の決闘になる。この決闘になった場合痛みは現実のものとなり最悪の場合は死ぬ。ただ時と場合によっては攻撃が手加減されることもあり生き残れるかもしれない。

なお闇のゲームの存在は世間に知られていない。

 

 




 


ネタが切れてきた+レポートで忙しかったのでとりあえず投下。
キャラ設定とかは第一部完結後にまとめて出すつもりなので安心してくださいね


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おまけ:設定集1(主人公組:人間前編)

おまけです。
設定集です。
主人公組です。
年齢は一部終了時になります。
ネタバレ注意!




・四遊霊使 16歳 167㎝ 58㎏ 5月4日生まれ

主人公

使用デッキ 【憑依装着メタビート】→【ドラグマ装着メタビート】

好きなもの いちご大福、あんぱん

嫌いなモノ (強いてあげるなら)牡蠣

好きな人 ウィン、(仲間として)皆

嫌いな人 ウィンや仲間を傷つける人間。

座右の銘 楽しんだもん勝ち

精霊 霊使い全員、マスカレーナ、クルヌギアス

・概要

今作品の主人公にして屈指のシリアスブレイカー。

名前の由来は遊戯王の主人公恒例の「遊」+「四霊使い」。英単語の「Rage」にもかけている。

初期設定ではウィンと出会って改心するタイプの主人公だった。

性格は少し毒もあるが基本的に善人。

ちなみにいくつかの戦闘に負けるとアカン展開(R-18)になる。(特に咲姫(虚)のときとか。)

後は四道に復讐心を抱いていたらクルヌギアスの傀儡になっていたかもしれない。

・活躍

初登場は第一話。当時の使用デッキは「クリアウィング・シンクロ・ドラゴン」をエースにした【風属性】。だがあまり彼には合わなかった+「デブリ・ドラゴン」の蘇生先である「風霊使いウィン」が居なかったことからそこまでいい結果は出なかった模様。デュエルが弱いというのを理由にいじめられていた。この際にエースである「クリアウィング・シンクロ・ドラゴン」等を奪われている。

いじめっ子を避けるルートを通っていたところ、捨てられていた霊使いのデッキを見つける。そうしてそのデッキを使い始めることに。

その後はイビルツインや閃刀姫、ヴェルズなどの強敵と戦い、その中でデッキを改良。最終的にドラグマと組み合わせるに至った。

ウィンと出会う(再会する)まではウィンとの記憶はすっかり抜け落ちていた。咲姫と再会する中でとうとう当時の記憶を取り戻し、それでもウィンと一緒に戦う事を選ぶ。

そんな事もあってか霊使とウィンの絆の強さは異常。それに加え霊使い達との絆の強さも異様に硬いので霊使が霊使いのデッキを使用する場合に限り、望んだカードを引き当てることができるというとんでもない能力を得た。(なお本人は無自覚。)この能力はあくまで霊使い関連のカードにしか発動しないため、ドラグマカードが欲しい時は完全に天運に任せることになる。

最終的には四道が引き起こした日本最大のテロ事件、「端河原松市大規模テロ」の解決兼収束の最大の功労者となる。ただし警察から死ぬほど絞られた。

・過去

本名は「四道霊使」。四道の在り方に元から疑問を持っていたが、負けが込んだことでこれ幸いと四遊という存在しない家の子供にされた。(事実上の追放)

 

・九条克喜 16歳 170㎝ 60㎏ 10月7日生まれ

使用デッキ 【ウィッチクラフト】

好きなもの 炭酸飲料

嫌いなもの ホラー系の作品

好きな人  (無自覚)ハイネ、ヴェール、(仲間として)皆

嫌いな人  糞野郎

座右の銘  俺はロリコンじゃない

・概要

いわゆる「友情コンビ」。名前は工場+勝つ気。作中屈指の実力者でウィッチクラフトという中速デッキの扱いが非常に上手い。また墓穴の指名者や抹殺の指名者といったメタカードを使うことも多く、自分が有利な盤面に持ち込むことに長けている。逆に使用デッキの関係上、灰流うららや屋敷わらしといったメタカードをほとんど積めず一度相手に動き始められたら逆転しにくいという弱点も持つ。一応冥王結界波等で無理くり動くが、それでも完全な動きができるかといえばそうでもない。

 

・四遊咲姫 16歳 157cm 49kg 12月12日生まれ

使用デッキ 【ヴァレット】→【ドレミコード】→【覇王ドレミコード】

好きなもの 無し→今の日常

嫌いなもの 無し→日常を壊すもの

好きな人  霊使、仲間、(ひっくるめて)クーリア

嫌いな人  ウィン→仲間を傷つける人

座右の銘  なし

・概要

一番設定が変わった人。最初は悪役としての登場を予定していたがデッキアンケートでドレミコードが高かったおかげで光落ちした人である。

ちなみにドレミコード以外ならそのまま敵として退場していた。ドレミコードを使用していたが、相変わらず言葉巧みに安雁に思考を改竄されてドレミコードのことをすっかり忘れてしまっていた。おまけにウィンのせいで霊使が不幸になったと考えるように。

しかし霊使をいつまで経っても始末しない咲姫に四道はしびれを切らし、かつ霊使側についたと思い、始末することに。そうして殺されかかったところで記憶が復活。クーリアの名を呼び四道から事実上離反する。それはそれとしてブラコンを拗らせているので最低が霊使ライン。

デュエルの腕はまあまあ高い。P召喚を使いこなし、ドレミコードを展開、一気にたたみかけるように戦う。

終章から使用デッキを覇王ドレミコードに変更。覇王門やアストログラフマジシャン等を用いて敵を素早く倒すことも。相手が耐久するともれなくズァークが飛んでくる。

敵役の場合思考誘導がなく純粋にウィンを恨んで四道側になる。おまけに浄化されないので霊使にやばい感情を抱いたままになっていた。退場予定は終章で、霊使に見捨てられる最後を迎える事になる。

 




取り敢えず3人分どん。
1.5部中にこんな感じで小分けにして出していきます。
まだ粗があるなぁ…

これとは別に本編も更新します!
本編もお楽しみに!


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一周年記念番外編

世界観なんてない…!
番外編にふさわしい混沌を見せてやる…!

(本編ネタバレがあります。先に最新話まで読んでからこの話を閲覧することをお勧めします。)
(この話はメタ発言、著しいキャラ崩壊などが存在します。それが嫌だという方は本編の更新をお待ちください。それでもいいという方はこの世界観も何もかもぶち壊したカオスな空間をご堪能下さい。)







それでもOK!って方はどうぞ。





では、番外編、始まります


「おい、王様ゲームやろうぜ。」

 

ある日、唐突に克己がそう言い始めた。

何を言っているんだ。お前は。

霊使は思わずそう突っ込みたくなった。

確かに、この場には結や咲姫を含めた8人とそれぞれの相棒たる精霊が居る。

今、実体化している人数は17人。

キスキルとリィラがともに顕現しているからだ。

そもそもの話なのだがこの精霊の顕現率がおかしいという点については触れないでおこう。

 

「…で?何故王様ゲームなん?」

「え、いや、ほらだってこの小説発表されて一周年だし。記念日位カオスで良くない?」

「おおう、メタいメタい。克喜、ステイ。」

 

何気に次元の壁を突破しないで欲しいのだが。

克喜のいう事が正しければ色々な意味で大丈夫なのかと突っ込みたくなる。

そもそも第四の壁を突破している時点で色々とおかしいのだが、幸か不幸かその事に気づくものは居なかった。

 

「いや、でも…これギャグストーリーがメインだったはずなのに…。」

「その通り。でも今じゃシリアスな話が続いているんだもん。」

 

天使であるクーリアも、儀式屋であるエリアルも第四の壁を天元突破している。

この場で唯一第四の壁を突破できない霊使はその事に困惑するばかりだ。

 

「そもそもねぇ!このお話自体、霊使君とウィンのイチャイチャを目的として書かれてるのにそれが全然ないのがいけ好かないの!」

「ちょっ…?お姉ちゃん何を言って…!?」

「霊使君は本編で洗脳されるし、その前は一人で抱え込んでたウィンが勝手に消えようとするし!」

「「うぐ…」」

「というわけで王様ゲームという名の公開処刑よ!いい?ちゃんと読者の皆様にこの小説の本質を見せる事!」

「あーあ…お姉ちゃんまで壊れちゃったよぅ…ワケワカンナイヨー!」

 

とうとうウィンまでがさじを投げた。

どうやらこの場においてはメタ発言の自重ナシ、おまけにキャラ崩壊は当たり前らしい。

 

「というわけで、ここにウィッチクラフト謹製のくじを用意した!この中で一つだけあたりがあるぞ!」

「ウィッチクラフトの技術がこんな形で使われるなんて…。」

「今回は特注だったので割と楽しかったですよ?」

 

この話、ウィッチクラフト達も乗りに乗ったようだ。

ウィッチクラフトのまとめ役であるハイネがそういうあたり思考のネジが二、三本ほど飛んでいるのかもしれない

最早作為的な何かまで感じるようになった霊使だが、そこはもう気にしないことにした。

この空間でそれを口にしたら何かがマズイ。

霊使は、抗うことのできない激流に身を任せ、王様ゲームを始めてしまった。

それが地獄の幕開けだとは何一つ知る事なく。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

王様ゲームとはくじを引き、王様とそれ以外を決める。

王様は適当な番号と命令を言い、その人物、又は人物たちにその命令の内容を行わせるというゲームだ。

だが。

思い返してみればこの王様ゲームは仕組まれたものだったのだ。

まともな内容ではないと覚悟していたが、まさかあそこまで大掛かりな仕掛けがあるとは思いもしなかった。

ただいま7回目。3回目までは何の変哲もないただの王様ゲームだったのだ。

だったのだが。

4回目から何故かピンポイントで自分が引いたくじ番号を言い当てられるようになってしまった。

これまで4,5,6回目と三回連続で命令されている。

が、まぁ命令自体は普通だったので霊使も「まぁ、運が悪かったな」位で済んだのだが。

 

「王様だーれだ?」

 

その号令と共にくじからバイブレーション音が響く。

特定のワードに反応してランダムにバイブレーションするそれは克喜の手元で役目を果たす。

 

「お、俺だな」

 

霊使はウィッチクラフト謹製のくじに備え付けられた液晶から今回自分に振り分けられた番号を確認していた。

液晶に表示された番号は「3」。

 

「そんじゃ、3番の人が自分の精霊(せいれい)を膝に乗っける!ただし!いま実体化している精霊に限る!」

「ウソダドンドコドーン!!」

 

克喜にピンポイントで当てられてしまった。

しかも中々に恥ずかしい行為を目の前でやらなくてはならない。

 

「じ…じゃあ、失礼、シマス…。」

「あ…うん。」

 

顔を羞恥に染めたウィンがおずおずと霊使の膝上に腰を下ろす。

ウィンの身に着けているスカート越しでも、ウィンのぬくもりを感じてなんか、意識してしまう。

何かがむらむらと湧いてくる。

いや、だめだ。

この欲望に負けては色々と制限を受けてしまう。

 

(鋼の意志ィイィイイイイィイ!)

 

耐える。

耐えなばならぬ。

耐えなければウィンに軽蔑されてしまう。

もしそうなったら自分はいとも簡単に死ねるだろう。

 

『霊使、最低…。』

 

なんて言われた日にはもうこの世界に自分は居ないだろう。

それくらいのダメージを受ける自信はある。

 

(こいつ…ッ!なんて意思の硬さッ!絶対に()()()()()とする意思を感じるッ…!)

 

一方の克喜は霊使のガードが余りにも硬いことに驚いていた。

霊使はウィンの誘いには確実に乗ると踏んでいたのにこの様である。

そんなにイチャイチャしている所を見せたくないのかと勘ぐってしまう。

 

もちろん霊使もウィンもそういう姿を見られるのが嫌なだけでいちゃつく時は普通にいちゃつく。

まぁ、今の霊使が見られたくない理由はもう一つあるのだが。

 

「次、やろうぜ。…あ、霊使はそのままな。」

「ナニイッテンダ!フザケルナ!」

「…霊使は、この体制…イヤ?」

「いや、イヤじゃないけどさぁ…。これなんて公開処刑?」

 

そんなこんなで8回目。

これは霊使が王様になることで何とか切り抜けた。

しかし、真の地獄は最後に残っていたのだった―――。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

(そろそろ頃合いか…)

 

克喜は最後の命令を下すタイミングを伺っていた。

そう、この王様ゲームの目的は飽くまで霊使とウィンのいちゃつきにある。

が。

回数を絞らなければ神がかりな運命力で王様のくじを引き当てられ、強制終了されてしまうだろう。

それでは色々とつまらなく(文字数が足りなく)なってしまう。

そのようなものではまったく意味がないものになってしまう。

 

(…だが、もういいだろう。)

 

だが、もう十分ぐらいに彼らのイチャイチャは見た。

否。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

というか見ているこちらの口の中が甘くなってくる。

 

「王様は―――俺!―――5番はこの部屋に24時間精霊と共にいてもらう!食料やガスコンロもあるから安心しろ!」

「よし、霊使、克喜を殴ろう。」

「やっちゃえ!ウィン!」

「残念だったな!ここに居るのは全員ウィッチクラフト製の人形だ!カメラは切ってやる!ではな霊使!サラダバー!」

「ウソダドンドコドーン!」

 

なんということか。

霊使は余りに精巧に―――否、人間そのものの見た目をした人形に騙されてしまったというわけだ。

恐らくくじは人形を通してだれがどの番号なのかということが分かるようになっていたのだろう。

出来レースであったのだ。

 

「ああ!鍵も全部ウィッチクラフト製だ!対応する鍵じゃないと開けられないよ!?」

「…なるほど。ツインサイズのベッドやこの備え付けの冷蔵庫も…」

 

つまりは二人きりの空間で一日過ごしてね!というわけである。

普通ならば監禁罪でお縄についてもらう所だが―――こともあろうか霊使は深く考えるのをやめた。

 

「―――いや、もう互いに互いの全てを知ってるからイチャつきようもないんだけどな!」

「そーだね!」

 

なのでここは大人しくウィンを抱き枕にして眠ることにする。

何たったの24時間だ。

寝て、起きて、二人で話せばあっという間に過ぎていく。

言葉にはしないけれどこの思いは確かにウィンに伝わっている。

四遊霊使と風霊使いウィンの絆は二人がどれだけ変わっても不変のものだから。

二人が抱く思いも、互いを愛しているのも同じだから。

だから、霊使はいつものようにこの言葉をウィンに紡いだ。

 

「おやすみ、ウィン。」

「うん。」

 

そしてゆっくりと息を立て始める。

だが、二人の旅はまだ始まったばかり。

休むにはまだ早い。

そして新たな一日が始まるのだった。




この作品ももう一周年!
気づけば早い物ですね!
この一年は色々なことがあった気がします。
皆さんはこの一年の目標は達成できましたか?
私は―――よくわかりません!
そもそもこの小説は週一投稿が目標だったわけで。
蓋を開ければ本編60話越えと…相当頑張った気がします。
レポートとかで忙しい日もありましたがそれでも平均してみてみれば週一投稿ですね!
はてさて今年は第一部完結目指して頑張っていきますよ!
とりあえず「相棒」、二年目もよろしくお願いいたします!




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2周年記念番外編

 

『GAME!』

「ああぁぁあぁ!?」

 

99戦99敗。これが霊使とウィンの間で行われている某「愉快なパーティーゲーム」の戦績だ。

あの大きな戦いから既に十年近くが経過し、霊使達は今、仲良くパーティーゲームに興じる位の心の余裕が生まれていた。

霊使の表向きの姿は凄まじい決闘で観客を魅了するプロのデュエリスト。しかし裏ではこうしてだらけ切った生活を送っている。

ちなみにだが四遊霊使という人間はデュエルの修行のために山籠もりなんてするぐらいならば、もっと自分のデッキに向き合う時間を作るタイプの人間だ。つまるところ霊使はインドア派なのだ。

そんな彼はプロのデュエリストとして働く傍らもう一つの顔を持っていた。

さて、霊使がウィンに対して返した答えであるが、それは至って単純なものだった。

 

「…なんでそんなに細かく操作できるのー!?」

「…RTAしているから?」

「…あーる、てぃー、えー?」

「そうそうこういう動画を作ってあげてるんだ。」

 

四遊霊使がしているもう一つの仕事、それは―――

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

白金の城のポンコツ姫を倒すRTAはーじまーるよー。

えー今回走っていくのはもう何度目か分からない「ウェルカム・トゥ・ラビュリンス」です。

今回は人外の走者さん達がひしめくAny%で走っていきまーす。

 

何度も走っているので私の動画の視聴者の皆さんは分かっていると思いますが初見さんのために改めて説明します。このゲームは金銀財宝が眠るという噂の白金の城に挑む一人の騎士ちゃんの物語となっております。

何でも金銀財宝を求めてこの城に入り込んだものは生きては帰れないんだそうで。

ちなみに財宝ってのは独り歩きしたデマなんですよね。(クソデカネタバレ)

というわけでストーリー性が強い作品というわけでは無いんですけどもそれでもアクションの作り込みがえぐいというのと、それに伴う仕様(バグ)の多さで一躍人気になったゲームですね。バグと言ってもフリーズとか、データクラッシュとかそういったものの類ではないので人気になったんですね。

だけどこんなラスボスがエッッ!なゲームをCERO:Bで出した良かったのか?

えーとそれでは今回もいつも通り騎士ちゃんを選択して難易度はSatisfaction(最高難易度)でゲームスタート。

最初はスキップ出来ないムービーが流れるのでその間に本RTAのレギュレーションの説明をば。

このRTAはいかに早くラスボスである「白銀の城のラビュリンス」を倒すことができるか、です。ラスボスを倒した時点ででタイマーストップ。もちろん仕様を使用する(くそうまギャグ)のも大いにありです。今回はありとあらゆるグリッチを利用していきます。

おっと、そうこう言っているうちにムービーが終わりました。それと同時に迷宮突破のチュートリアルが始まりますがスキップですね。

それでは第一階層「ウェルカム・ラビュリンス」から始めていきたいと思います。それではまず正面に階段がありますね?そこを上ると壁がありますね?

そこに騎士ちゃんのお胸をあてて全力で前へ跳躍します。

プロコンの方ならZRボタンを押しながらカメラを固定しながらジャンプボタンを連打するのが一番楽でしょう。

そうすると騎士ちゃんに「速度」が蓄積されます。蓄積された「速度」は指向性を持っておりカメラの方向に吹き飛ばす事が出来ます。ただし壁から離れた瞬間に蓄積された「速度」で騎士ちゃんが射★出!されるので気を付けましょう。

上に上がる階段の方にカメラをむけまして壁から騎士ちゃんを離します。

騎士ちゃんを階段に向かってシュゥゥゥーッ!超!エキサイティン!

ちなみにこの方法でかっとんで一階層から二階層に上がると残った「速度」はそのまま騎士ちゃんを押し出します。ちなみに第二階層から第三階層への階段は曲がりくねってはいますが位置的には第二階層入り口の真正面にあります。また蓄積された「速度」に乗った騎士ちゃんは一回で見た通り壁を貫通します。したがって第二階層…突破です。

余談ではありますが蓄積される「速度」は連打によって多くなります。普通に連打し続けられれば射★出した騎士ちゃんはそのままボス部屋のプロテクトを貫通していきますが、今回はちと違う所を通ります。

既に第四階層ですが一度第五階層でストップします。

実はこの第五階層で壁抜けグリッチをすると何故かメイド姉妹の部屋まで直行できるのです。

というわけでここからは大変ですよ。

第五階層に突入したら右に23歩、前に32歩歩きます。その場でジャンプ→急降下→スライディングをするとあら不思議、壁を貫通して裏世界に入れました。

あとはそのまま裏世界をドゥエりながら逝くと座標がオーバーフローして、双子メイド(第三十一階層)の所に飛ぶことができます。

あとは簡単です。

双子メイド戦前の壁で再び「速度」を蓄積します。

あとは騎士ちゃんを射★出すればなんとびっくりもうラスボス戦です。

この作品は装備は固定ですのでラスボス戦はいかに攻撃を避けられるかにかかっています。逆に言うとそれだけです。

特に見所さんもないのでみ・な・さ・まのためにぃ、こんな動画をご用意しました。

騎士ちゃんゲームオーバー集です!

えー基本途中でHP0になると強制送還という形になりますが双子メイド戦、及び白銀の城のラビュリンス戦では負けるとそれぞれ特殊なメッセージが流れます。

双子メイド戦

「騎士は迷宮の城の奥深くにまで到達したが、そこで彼女の足取りは途絶えている。」

「だが、それ以降、こんなうわさが広がった。」

「「双子メイドの番犬がいるぞ」、と。」

「その番犬が誰なのか、それはもはやだれにも分からない。だって、その正体を知る前に斃されてしまうのだから。」

ラスボス戦

「騎士はついに迷宮の城の主と対面した。」

「しかし彼女は城の主の前に倒れてしまう。」

「それからというもの城の主は傍にいつも一人の少女を侍らせていた。」

「その少女は確かに城の主に愛されて、幸せそうに生きていた。」

 

…堕ちたな。

おいおいおいおいおいおい!?

というわけで人に負けるとこの様にこの城の住人の一人になります。しかもどちらにせよキマシタワーを建ててるんですよ。許せますか、許せないよなぁ!?

えー、こんな感じで、おっと。ラスボスが第二形態になりましたね。これが文字通りの最終戦、「迷宮城の白銀姫(レディ・オブ・ザ・ラビュリンス)」戦です。

この子は実に強敵です。

剣戟をまともに受けてしまえば即死レベルのダメージを受けます。

ですがここで三つ目のグリッチを使います。

その名も『累乗グリッチ』です。

やり方は至って簡単。相手に攻撃がヒットした時、攻撃判定が出ている間にもう一度攻撃ボタンを押すだけです。すると何故かヒット数が二倍になります。しかも攻撃時間はそのまま!わーお、お得!

これは重ねがけ出来るので最終的に8回攻撃すれば沈みますね。

ヨシ!(現場確認)

これでラスボス撃破!タイマーストップ!

くぅ~疲!

タイムは10分0秒1!

世界記録より0.03秒遅いですね。

さて、完走した感想ですが、やはりAny%で10分切るという神の領域には一歩届きませんでした。どうやら第一階層での連打が一回多かったようです。こればかりはね、感覚なのでね、仕方ないね。

皆もこのRTA走ろう

今回の動画はここまで!

次回は100%RTAを配信するよー!

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「と、こんな感じにプレイしてるから、かな?」

「…わけがわからないよ。え?あれって普通にぶっ続けでやったら30時間はかかるよね?なんなの10分って?」

 

ウィンはいつの間にか作成していたらしい霊使のRTA動画を見て思わずこう漏らした。

今のウィンでは理解が及ばないなんてレベルではなかったからだ。

そもそも霊使がここまでこのゲームをやり込んでいるとは知らなかったし、世界記録レベルのタイムを叩きだすだなんて少しも知らなかった。

最早あの動きと動体視力は人外のものと言っても過言ではないだろう。

―――それもこういった方法で養われた能力なのかと思うと、何故かウィンは物凄く複雑な気分になった。

 

「…でも何かやることを見つけられたんだね。」

「まぁね。こういうふうに過ごす日常っていうのが一番性に合ってる。」

「…RTAは日常に含めてもいいものなの?」

「走者なら、ね?」

 

ほんの少しだけ変わった日常をウィンと霊使い達は歩き続ける。

そこに互いが居る当然が幸せなのだと、噛みしめながら生きていく。

こうしてへんてこな日常はすぎていく。

そんな何もない日常が一番の宝物だと、誰もがそう言える世界の中で二人の旅路の一ページがここにある。

これ以上ない幸せがここにある。




二周年記念番外編テーマ「RTA」

登場人物紹介

・霊使
RTA走者。

・ウィン
驚愕

時間はないけどなんとなくあげたかった。ちなみにこの話自体は没ネタだったりする。今回はいちゃつきがメインではないです。ごめんね?
こうしてこの作品も二周年を迎えました。
思い返せばこの二年色々ありました。でもこうして作品を書き続ける事が出来たのは色々な人の助けがあったからだと思います。
今年の抱負は「より面白い話を作る!」にします。文才は無いけれど精一杯頑張っていきたいですね。目指せ、完結!

最後になりますが、感想やアドバイスをくれた皆さま、評価や捜索にこの作品をくださった皆様、誤字脱字を指摘してくれた皆様の俺を以て感謝の言葉とします。
本編もお楽しみに!


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四霊使いフィギュア発売記念:霊使がフィギュアの監督をしたら

ちょっと今回性癖入れたんで…
本編とは関係なしに見てください…。
発売記念で変なテンションで書きましたので、本当に何かいているんだ感が強いです…。

今回は規制するので番外編です


 

「違う!ウィンはもっとこう…凛々しさと激情を両立させた顔をしているんだ!」

 

ある日、ウィン達霊使いのフィギュアを作らせてほしいというお願いを受けた霊使。

特に断る理由もなかったし、どんな形で表現されるのか見てみたい気持ちもあったので素直に許可を出した。

もちろんウィン達も二つ返事で了承してくれた。

別に「カードで見られているから恥ずかしくない」との事。いい度胸を持っている。

そして霊使は今、プロデュースとして原型を見せてもらっているのだが―――

 

「ヒータの胸は盛らないでください。」

 

に始まり、とんでもない発言を繰り返していた。

なお先の発言の際にヒータに火霊術を浴びせられたことを追記しておく。

ヒータ曰く、

 

「ボクはこれから成長するんだ!」

 

だそうだ。

これはまあ、何というか期待するとしよう。

ちなみにその後しばらくヒータは拗ねた事を追記しておく。

 

そんなこんなで完成したフィギュアの原型は霊使が頷く程度には素晴らしい出来の物だった。今回再現してもらう事になったのは【憑依覚醒】のカードイラストである。凛々しくもあどけなさを残した四人の顔が非常に映える素晴らしい出来だ。

 

「…うーん、なんか違うような…。」

「それは霊使が一番知ってるでしょ。」

「まあ、それは…。うん…。そうなんだけどさぁ…。」

 

だが、素晴らしい出来のフィギュアであるんのにどうしてか霊使は違和感を強く持ってしまったのだ。

だが、よく考えてみても欲しい。

霊使いが持っている違和感とは、それは三次元の何かが二次元に落とし込まれて再び三次元になる際に生まれる僅かなズレだ。

それを何となく感じ取れている霊使の感覚がおかしい―――というか変態的であると言わざるを得ないだろう。少なくともこんな変態的な思考をしていて、良くひかれなかったものだと思う。

それはひとえに霊使がウィン達の魅力をもっと知ってもらいたいが故だろう。少なくとも霊使は「俺の相棒はこんなにかわいいんだぞ!」と自慢してやりたかった。

 

「この言い表せないズレが…ッ!気になる、非ッッ常に!」

「…どこがずれてるんです?」

 

この何とも言い表せない違和感を抱えたまま、だからといってそれを言葉にすることができない。

そんな霊使の中に降りて来るひとひらの天啓―――。

 

「そうだ、ウィン、エリア、ヒータ、アウス!実際にこのポーズをしてみて!」

「「「「―――え゛!?」」」」

 

それは実際にウィン達にその恰好をしてもらう事だった。

そこに本人たちが居るのだからポーズをしてもらえればその違和感を伝えることができるかもしれない。

そう考えての事だった。

ちなみにこの提案にはさしものウィンもドン引きである。

だって考えてみて欲しい。

まずなんで二次元の写真だけでここまで精巧な立体が作れるのだろうか。

そもそも二次元の写真だけである程度正確な3Dモデルが作れる時点で相当におかしい。それに加えてそこおから違和感を修正していくとなるともっとおかしい。

更に付け加えるならばそれを止めるべきである側の霊使がノリノリなのがもっとおかしい。

それを口にしたところで良い事が起きるはずがないとウィンは理解しているので何も言わないのだが。

 

(……熱中してくれること自体はいい事なんだけどね!?)

 

それでも恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。

何でもいいから早く終わってくれないだろうか。

そうしたら、霊使を後で同じ目に合わせてやるとささやかな復讐を考えながらウィンはポーズを取り続けるのだった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

火が傾き、夜が始まったころ。

ウィンと霊使は二人で街を歩いていた。

ちなみに言うなら、ウィンは至って普通の―――現代人っぽいホットパンツにTシャツ―――胸はさらしで隠しており―――見たところ少し派手な、それでも普通に居る男性のような見た目になっていた。

その長い髪は短くまとめて全てスポーツキャップの中に入れてある。どうやって入れたのかは永遠の謎だ。

 

「…よく似合っているじゃん?」

「クッソ恥ずかしいんだけど…!」

「私だって似たような気分だったさ。…違和感ないからバレないと思うけど?」

「うぅ…。」

 

一方の霊使はゆったりとしたブラウスとロングスカートを合わせ、ロングヘア―のウィッグを付けている。元々、霊使いの顔が同顔だったこともあり、そこまで違和感のない、高身長な美女のような姿になっていた。

ちなみにウィン、エリア、ヒータ、アウスの四人に組み付かれ、固定された上で変装の達人であるマスカレーナにじっくりメイクされたためもはや霊使の元の性別が分からなくなりそうである。

 

「…可愛い、にあってるよ、霊使?」

「…ぐふっ…!」

 

お陰で似合っているとウィンにからかわれまくっている。

恥ずかしい、を通り越して顔から火が出そうだ。こんな姿を知り合いに見られた日には恥ずかしさでもう死ねるに違いない。

 

(恨むぞ数時間前の俺ーっ!)

 

いくら時計の針を戻そうとしてももう遅い。

そしてそのまま男装したウィンにエスコートされて霊使は夜の街を歩いた。

最初は恥ずかしかったが、ある程度歩いていると最早慣れて来る。

気付けば至って自然な態度で歩けるようになってきた。

 

「…今度からこうやって出かける?」

「それは勘弁してください…!」

 

まあ、それはそれとして。

霊使は暫くウィンに頭が上がらなくなったそうだ。

―――好きな事に熱中するのはいい事なのだろうが、熱中しすぎるのは逆に毒になる。

霊使は身を以てその事を思い知ったのだった。

 

―――ちなみに。

本当にこれは余談なのだが。

霊使にはときたま女装前提での仕事の依頼が入るようになったとかなっていないとか。

 

本人が癖になっているのか、それもウィン達に無理矢理されることに癖になっているのかは霊使のみが知るところである。




登場人物紹介

・霊使
最初はポーズを取らせたがウィン達による仕返しを喰らい女装することに。
たまーに顔を真っ赤にして手を引かれる長身美女のうわさがあるそうな。

・ウィン
霊使いを女装させた。
それからたまに悪戯っぽく手を引く緑髪の青年の姿が見られるそうな。

・霊使い達
謎の長身美女と謎の青年の正体を知っている

…本当に発売記念で舞い上がってたなこれ?
これは本編には絡みません!絶対にです!

というわけで本編更新をお楽しみに!


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バレンタイン番外編

この話は本編ネタバレがあります。
先に最新話まで見てから閲覧をお勧めします。



今回はメタ発言はありませんが著しいキャラ崩壊はあるかもしれません。
詳しい時系列は秘密ですがとりあえず本編でも同様の事が起こります。
後、ウィン×エリアなど百合がお好きな方には失礼ですがオリ主×ウィンとなっております。





それでもいいという方はどうぞ。
それ以外の方はブラウザバック推奨です。


「…今年のバレンタイン、どうしましょう…。」

『あー…悩むよねぇ…。ワタシは結からもらうしリィラもワタシも手作りのを結に渡すけど…。』

「…今まではなんか意識しなくてよかったけど…。なんか今の関係だと・・・すごく緊張しちゃって…。」

 

ウィンとキスキルは通話アプリを用いて連絡を取り合っていた。

昨日の敵は今日の友というがここまで親しくなったのはもうずっと前の事だ。

閑話休題。

ウィンがキスキルに連絡を取った理由は勿論すぐそこに迫ったバレンタインデー、である。

今まで霊使とウィンは恋人とかそういう関係ではなかったので普通に市販のチョコを渡していた。

が、今はもう恋人。

霊使と過ごす一瞬一瞬を大事にしたいし、ましや愛する人への贈り物に手を抜くなんて許されるはずもない。

それだけ霊使の事を大切に思えるから。

 

『愛だねぇ…。』

「ちょっ…。からかわないでくださいよぅ…。」

『それは失礼…。っと。さてと。ウィンの相談は『どうにかして手作りのチョコを渡したい』でいいのかい?』

「…はい。」

『やっぱ愛だねぇ…。』

 

言葉を噛みしめるように「愛」という単語を放つキスキルに思わず言葉が詰まってしまうウィン。

 

「うぅ…。」

『いい事じゃないか。誰かを心から愛するってことはそうそうできる事じゃないさ。少なくとも一人に愛を注ぎ続けるなんてことは、ね。』

「それって…。」

『…今のは聞かなかったことにしてくれ。勿論ワタシと結の事じゃないから安心してほしいねぇ。』

 

キスキル達もなんやかんやで結に対する愛情は深い。

結が怪我すれば飛んでくるし、誰かに彼女が傷つけられたのならばその下手人を社会的に抹殺する事だろう。

 

『とにもかくにも、だ。ワタシがウィンに教えるのはやぶさかじゃないんだけどねぇ…。やっぱりここは自分で調べてみたらどうだい?』

「…やっぱそれが一番ですよね…。」

『ああ。というわけで手伝ってあげるから図書館に行くよ。』

「え?今からですか?」

『思い立ったが吉日さ。』

 

こうしてウィンは初めてこの世界でお菓子作りをすることになった。

それは単純に愛を伝えたいから。

その感情は強い原動力になることをウィンは身を以て体験することになる。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「これがお菓子作りのレシピ本のある書架だよ。」

「…なんでこんなに置いてあるんですか?」

「さぁねぇ…。」

 

そんなこんなで図書館にやって来たウィンとキスキル。

目的の書架は割とすぐに見つかった。

しかしながらその量は膨大だ。

細やかに知識を得ていたら間に合うはずがない。

ちなみにリィラは材料の買い出しに行っている。

個人個人で作るのでこの後ウィンも材料を買わないといけない。

 

「さて、と。じゃあ…。」

 

ウィンは既に勉強モードだ。

ルーズリーフに筆記用具も用意してある。

この図書館では調べものをするときに使える机もある。

便利。

これは本腰を据えてやるしかあるまい。

霊使にはキスキル達と一緒に出掛けてくるという事を伝えてある。

 

「さあ、勉強を始めようかな…!」

 

頭にハチマキを巻いて眼鏡をかけて準備は完了した。

いざ、戦いの時だ。

 

「やるぞー!」

 

誰かの迷惑にならないように小声で気合を入れる。

あとは使えそうなレシピを何個か厳選して自分が「これは」と思ったものを選ぶだけだ。

その後、気づけば閉館時間ギリギリまでチョコ関係の本を読み込むことになったウィンであった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「あ、これだ。」

 

結局ウィンはアイスボックスクッキーを皆に作る事にした。

が、霊使のために作るのはまた別の物である。

 

皆の分と一緒に"親愛"の証のクッキーでも渡そう。

そしたら町へ繰り出して、そこで二人だけの秘密のチョコを渡そう。

そんな事を考えながら材料の買い出しを行う。

今はバレンタインデー直前として普通のスーパーでも数多くの製菓材料が置いてあった。

それこそふつうは見ないような物も。

 

「なんで食用金箔なんて置いてあるのさ…。」

 

自分はアラザンで十分だし、そもそも今回作る予定のお菓子にアラザンも金箔も使わない。

お値段も高いのでわざわざ買う必要もない。

 

「あ、でも霊使個人用の飾りつけにはいいかも。…でもなぁ…。」

 

財布を開けて確認してみるも食用金箔はギリギリ買えるレベルである。

どうせなら手間暇かけて作りたい。

だが、これはどう考えても必要ない物だ。

だが、金箔を付けることで高級に見えるのも事実。

 

「うぅ…。」

 

キスキルには自分で調べて作ったほうが良いのではないかと言われたから余り頼りたくはない。

アウスは家庭料理が得意だけれど、製菓を行った事はない。

ヒータは勘で料理を作るから、製菓には不向き。

エリアは味がおいしいか不味いのに極端すぎる。

ライナとダルクに至っては暗黒物質が生成されるため料理自体を封じられている。

マスカレーナは大体エナジーバーで食事を済ますし、クルヌギアスに至っては食事をしなくても大丈夫。

ウィンは頭を抱えざるを得なかった。

 

「いや、料理スキル低い子が多すぎない…?」

 

そもそも四遊家には人外しかいないのだが。

 

「…まぁ今回はぁ…うぅ…。」

「…何してるのよ、ウィン…。」

「あ、ウィンダ。実はね―――」

 

その後緑髪の女子二人が食用金箔の前で唸り続けるという奇妙な光景が繰り広げられることになるのだがそれはまた別の話である。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

そんなこんなでやってきたバレンタイン当日。

もう既に親愛を示すためのアイスボックスクッキーは渡した。

喜んでもらえたようで何よりだ。

 

「ね、霊使。少し外行かない?」

「…分かった、行くか。」

 

霊使達が住んでいる場所は商店街からほど近い。

二回交差点を曲がればそこはもう人々であふれかえる商店街だ。

 

「相変わらずの人気だねぇ…ここは。」

「そうだな。」

 

ウィンはそう言いながら霊使の右手を握る。

その体温のぬくもりを感じていると、霊使がそっと指を絡めてきた。

ウィンの左手にはっきりと感じられる霊使の素手の感触を確かめる。

暖かくて、大きくて安心するその手。

どんなときもウィンに勇気をくれた大きな手はいつもと同じようにそこにあった。

 

「…この一年色々とあったね。」

「ああ。」

「…本当に色々と忘れられない一年になったよ。」

「ソレはお互い様じゃないか。俺も忘れられないさ。」

 

まぁ、その記憶は常に死と隣り合わせだったわけだが。

だがそのおかげでウィンは霊使とかけがえのない愛を築くことができた。

だからこそこの一年は忘れられない一年になる。

年度の締めくくりには少し早いが一年の締めくくりとしては丁度いいだろう。

 

「あんな濃い経験を高一からやったなんてなぁ…。」

「あれ普通大人の出番だからね…?」

 

怪盗騒動を解決に導いたり、精霊の暴走を鎮めたりなど、本当にこの一年は濃厚な一年だった。

力が足りなくて後悔した日も、過去を後悔した日も、きっと、今日この日のために。

 

「もう少し歩こう?」

「…そうだな。今は久しぶりに二人っきりだ。」

 

手を絡めたまま商店街を出て街を一望できる展望台へ向かう。

商店街そのものが郊外にあるので、町はずれにある展望台までそんなに時間はかからなかった。

展望台には人一人居ない。

風の音、植えられている木が奏でる音。眼下に見える町の光。空に浮かぶ満天の星。

眩い光に照らされて、二人は目を細めた。

 

「綺麗だね…。」

「ああ。」

 

二人とも多くを語ることはしなかった。

今、この距離感がとても心地よいからだ。

 

「ね、霊使。渡したいものがあるんだけどいいかな…。」

「…分かった。」

「これ、どうぞ。」

 

ウィンは紙で丁寧に包装したチョコを霊使へ手渡した。

渡すときに笑顔で渡せていただろうか。

 

「開けていい?」

「うん。皆には内緒だよ…。」

 

霊使は丁寧に包装をはがす。

そこには丁寧にラッピングされた小さなザッハトルテがあった。

しかもウィンは霊使の甘味好きを知っていたので中のあんずのジャムや上部のグラサージュは甘めに仕上げてある。あんずの風味を活かせる甘さに調整するのは少し大変だった。

 

「美味しいな…。」

「良かった…。」

 

ザッハトルテを一口口に入れた霊使からは好評価を得た。

手間暇をかけて作ったし、霊使の好きな甘さに近づくように工夫を凝らした。

そんな会心の出来のザッハトルテが不味いはずもなく。

 

「…わざわざ俺だけのために作ってくれたのか…。ありがとな、ウィン。」

「良かったよ、口にあったのならば何より、だね。」

「ああ。」

 

霊使とウィンの間にあった数々の危機は二人をより強く、より深く結びつけた。

愛する人にこれ以上ない"愛"を送ることができただろうか。

そんな事は霊使の満足そうな顔を見れば成功だといっぱつで分かる。

そんな霊使が愛おしくて、ウィンは胸の中にある気持ちを素直に言葉にした。

 

「大好き、だよ。霊使。」

「ああ。俺も大好きだ。ウィン。」

 

その言葉を聞いてしまったらウィンはもう我慢できない。

霊使の傍にそっと近づくとその唇にウィンの唇を優しく合わせた。

それに満足して、ウィンは霊使の手を取る。

 

「帰ろっか。私達の、皆が待っているあの家に。」

「そうだな。」

 

二人は再び手を取って歩き出す。

二人には空に輝く星々が自分達を祝福しているように感じられた。




予告なしのサプライズ投稿。
バレンタイン番外編ですがいかがだったでしょうか。
これからも拙作をお願いします


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イラスト違い記念番外編:イビルツインの私服騒動「酒は飲んでも吞まれるな」

どうしてもギャグが書きたくなったのでというのとセレクション5でのイビルツイン再録記念に。
今回も番外編らしくキャラ崩壊しています。
それでもオッケイ!という方はどうぞ。





あ、あと今回は割とギリギリな演出があります。そう言うのが苦手な方もここでブラウザバク推奨です。


 

あの騒動―――というかあの日本全土を騒がせた大騒動からしばらくすぎて、キスキルとリィラ、それに白百合結は何度目かの夏を過ごしていた。

そんな夏の日の夜、酒を片手に優雅に過ごすキスキルとリィラ、その二人の姿を遠巻きに眺める結。

そんな穏やかな日常の中で二人の私服を見た結はとんでもない一言を漏らす。

 

「ねぇ、キスキルもリィラもさぁ…私服、えっち過ぎない?」

「…!?」

「…??」

 

結の口から発せられた言葉に思わず固まるキスキルとリィラ。

まさか結の口からそんな単語が出てくるだなんて思ってもいなかった二人は額に手を当てて熱が無いか確認したり、意識がしっかりしているか結の顔の前で手を動かしたりしている。

自分は至って正常なのだが、そんな反応をされるとなんかどこかおかしくなっているように感じてしまうではないか―――と結は首を傾げながら考えた。

 

「私は至って正常だよ…。」

「…うそ、でしょ…。」

「…まじかー…。」

 

至ってまじめなトーンで「えっち」という単語を発した結の思考回路が正常だという結論を経た二人は困ったような顔で結に聞いた。

 

「その単語何処で…?」

「なんかルーナとサニーが言ってたよ?で、意味を調べて改めて二人の服を見てえっちだなぁって。」

「よし後で二人は絞ろう。」

 

結の発言の出どころの二人には後で絞られてしまう。そういう知識は結にはまだ早い―――わけではないが、余りそういうのは知ってほしくなかったとキスキルは回顧する。

所で結の問いに返答ナシのリィラはというと――――

 

「え…そ、そんなに、これ…え、えっちなの…?」

 

顔を真っ赤に染めて―――否、耳まで真っ赤に染めて結へと問いを返す。

そういう事への耐性が非常に少ないリィラにとってはその手の話題は鬼門そのものだ。自分の服が扇情的だなんて微塵も思っていない彼女は結の発言に顔を真っ赤にして結に問い返すしかないのだ。

めったに見られないリィラの赤面っぷりに結はちょっとしたいたずら心が湧いてくる。

 

「そうだねー…。まず一番目を引くのはやっぱその胸を強調する黒いベルトだと思うよ?」

「え!?」

「あとはそうだね、私個人の意見だけど太ももの所が透けてるのも相当目を引くね。」

「な、な、な…?」

 

というわけで結はリィラを弄り倒すことにした。まずは今のリィラの服装をほめちぎる。どこが可愛いポイントなのか説明するというおまけも忘れはしない。

 

「後はダボっとした上着から覗く鎖骨もすごいいいし、太ももが見えているのもいい。うん、実にえっちだ。」

「キスキルぅ…結が壊れたぁ…。」

 

だから、リィラは結が壊れたという判断を下した。これまでの戦いの中で心がすり減ったのに気づけなかったからこうなってしまったのだろうか。少なくとも結はそう簡単にえっちだなんて単語を使わないし、今までそういう事を言うそぶりも見せなかった。例えそう言う単語を教えられたとしても結はそう言う事を口にしないはずだ。

最初は面白がっていたキスキルも結の豹変にだんだん状況が呑み込めてきたらしく、深刻そうな顔をし始めている。

そんな事を知ってか知らずか結は私服姿のリィラに寄りかかるようにして押し倒す。

 

「…え!?」

「…ふむふむ。髪を長くしてるんだねぇ。お団子もよく似合ってる。…うん非常にかわいい。」

「…結…?」

 

リィラは極限まで近づいた結の顔がほのかに紅くなっているのを見た。いわゆる紅潮という奴だろう。これでは今の結の状態が素の状態なのか、それとも何かに影響された状態なのか分からない。

それに結の少し斜視の入った桃色の瞳を見ていると魔法にかかったかのように動けなくなる。

あの一件で結には頭が上がらなくなってしまったが、この状態になるとそれとはまた別の感情が浮かんでくる。

 

「…顔、赤いよ?」

(誰のせいよ!?)

 

ぼそりと結がつぶやいた言葉に心の中でツッコミを入れた。そもそも顔が赤くなっているのは誰のせいだというのか。その元凶に心配されているような言葉を言われてもそれに対する返しは誰のせいだ一択でしかない。

 

「…熱はなさそう、だね?」

(これ以上近づいたらヤバいって!キスキル、助けてぇー!)

 

リィラは視線でキスキルに助けを求める―――が、キスキルはそれを見て何故か歯を食いしばっていた。それを見てリィラは思わず目を見開いてしまう。

 

(…ええ!?)

「んぇ?どーしたの?キスキルー?もしかしてキスキルもほめて欲しいのー?」

 

その様子を見てどうしてか羨ましそうにしていると判断した結。こうして結はリィラから離れていく。取り敢えずの窮地からは脱したリィラは改めてキスキルの方へと耳を傾けてみた。

 

「…いいお腹してるねー。」

「…ちょっと…お腹撫でないでぇ…。」

「…へぇ、ここが弱いんか?」

 

弱点を見つけたと言わんばかりにお腹を撫でまくる結。キスキルは手を上げるわけにもいかず結にされるがままになっている。人撫でされるたびに甘い声を上げるキスキルのお腹を撫で続ける結の姿ははさすがにちょっと事案といわれてしまうものなのかもしれない

要するに、この光景がいかがわしく見えてしまったのはきっとこの状況が状況なせいなはずだ。そうでなければ、もうなんか色々とやってはいられないから。

 

「…酒くせぇ!?」

「はぁ!?何!?臭いって!?」

「あ…だめだ!もう結が完全に酒に呑まれてる!」

 

そうこうしているうちに結から酒の匂いが漂っていることが判明した。そう言えば押し倒されたときに微かに酒の匂いがしたような気がする。気が動転してその時は気づくことが出来なかったが。

 

「結!一体どんだけ飲んだ!?」

「えぇ?ノンアル一本だよぉ…?」

「うっそだろ…!?」

 

これが雰囲気酔いとでもいうのか、それともマジでノンアルで酔っているのか。それは判断のつけようがないがとりあえず、結には酒は禁止だ。色々と危なすぎる。そもそもなんでノンアル一本だけで酒の匂いがするのか、コレが分からない。

当然彼女の身の安全というのが一番であるが、それ以外にもなんというか、工事分の理性ががりがり削れる気がした。

そうしてこの騒動は結の酔いがさめるまで続くのであった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

翌日。

結は目を覚ますとベッドに手錠で縛りつけられていた。

周囲に敵影は無く、そう言ったものの気配も感じられない。というかここは自分の家だ。それは間違いない。

 

(あれー…なんで私こうなってるんだっけ?)

 

実のところ昨日の記憶がほとんどないのだ。確か昨日はノンアルコールドリンクを飲んでいたはずだ。それも一本だけ。

まさかその一本で記憶が無くなる程泥酔したのだろうか。まさかそんな事はあるまいと考えながら、それでも酔って大暴れしたんだろうなぁ、なんてことも考えてしまう。そうでなければこの手錠の意味が分からないからだ。だって手錠というものは動きを拘束するための物であって、まさか素面の自分につけたりはしないだろうから。

 

「おーい…キスキルぅ、リィラぁ、手錠、外してー!」

 

とにもかくにも手錠を外してもらおう…そう考えたのが結にとっての間違いだったのだ。結の声に反応して部屋に入ってきた二人はそれはもうべろんべろんに酔っていた。

 

「うわっ…酒くさッ…!」

 

顔は真っ赤だし、足取りもおぼつかない。明らかに酒に飲まれている証拠だ。酒はんpんでも呑まれるなという言葉があるがそれはまさにこの時のための言葉なのだろう。

 

「二人ともなんでそんなに飲んだの…!?」

「誰のせいだと…?」

「結ねぇ…昨日のこと覚えてないの?」

「…ひょ?」

 

少しずつ思い出してきたような気がする。確か昨日はサニーとルーナに概念を教えてもらっていて、その概念をそのまま二人に当てはめてそして、そして―――

 

(何やってんだ私ィィィィーーーーッ!)

 

そうだ。今となっては言葉にするのも恥ずかしい行為の数々を働いてしまったのだ。

ここで結は急に思考が冷静になる。今の二人は目の前に餌があるのにそれのお預けを喰らった猛獣だ。

そして、今ここに居るのはお預けをした元凶である。しかもご丁寧に抵抗が不可能な状態だ。

 

(あ、これ食われる。)

 

本能的に自分が餌になることを確信した結は一言言葉を残す。

 

「…優しく、してね?」

 

その一言はキスキルとリィラに残っていた僅かな理性を吹き飛ばすには十分すぎるものであった。

この後哀れな餌がどうなったか、など言うまでもない。

 

今回の一件で三人は「酒は飲んでも呑まれるな」の意味を痛感したのであった。




今回の話を作った経緯

イビルツイン再録ヤッター!→当日開封→新規イラストの二人ゲット→二枚をイビルツインデッキに突っ込む→一人回しで横並びに→エッッッッッッ←今ここ

ノリと勢いで作ったので大分キャラ崩壊していると思います。だが私は謝らない。

登場人物紹介
・結
「えっち」を言わせたかっただけ。
この話では20歳超えてる

・キスキル・リィラ
結の発言にドギマギしてほしかっただけ。本編はキスキルメインなのでこっちはリィラメイン。

今回は単発なので短いです。後もろもろで今週もう一話投稿できそう。出来なかったらごめんなさい。
本編をお楽しみに。

キスキルのプリシクが出たなんて言えない…


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エイプリルフール(2023)

作者がストゼロ飲みながら書いてた奴です。
投降話が大幅に間違っていたので投稿しなおした物です。


『デュエルモンスターズ!それはお互いの意地と意地を賭けた果て無き闘争の祭典ンンン!そこには男女の性差も、不躾な凶器もない!あるのは純粋な力と力のぶつかり合い!』

『本日のデュエルを繰り広げる決闘者(デュエリスト)あるいは怪物(モンスター)を紹介しよう!今回チャンピオンに挑戦するのはァァァ!期待の!超新星!四遊ゥゥゥゥ霊使ィィィィ!』

 

霊使はヘッドギアのみを装着し、上半身裸の下半身をリングスーツのみの形にしてリングに上がる。

拳を保護するのは最低限に巻かれたバンテージのみ。当然脚には何も着用していない。

 

『対するはァ!驚異的な強さでチャンピオンになった!その風を纏うかのような拳には誰もが一瞬で昏倒する!チャンピオォォォォン!ウィィィィン!』

 

そんな霊使に相対するのは間違いなくウィン。右目の下、耳に向けて少し小さな傷跡があるが、確かに見紛うことの無きウィンそのものだ。

 

『この二人はァ!文字通り何でもありのォ!VS(ヴァンキッシュソウル)においてぇぇぇ!全戦全勝!そのほかの挑戦者が皆再起不能となった事を考えると!この二人の決戦で!勝った方が!文字通りの『世界最強』です!』

 

目の前に立つウィンは上半身のボディラインがくっきりと見えるユニフォームを装着。下半身も邪魔にならないようなミニスカートで下には対策としてスパッツが履かれていた。

パンチラを期待していた霊使にとっては少しばかり残念な所ではある。

 

「…本当にここまで来たんだ。私を超えるために。」

「当然。ウィンだって俺をぶった押してそのチャンピオンの座を守るつもりだろ?」

 

正五角形のリングに上がったウィンと霊使は試合前に言葉を交わす。話している内容とは裏腹に二人の間には少し甘い空気が流れていた。

 

『ふたりは幼馴染です…しかも同棲している。普段は甘々で熱々なカップルなようですが!一度リングに上がれば拳をぶつけ合う仲!親しき中に拳あり!成績は互いに五勝五敗!リング上での二人は正に宿命のライバルと言える関係です!』

 

ウィンと霊使。二人はレフェリーに導かれてリングの中央で相対。レフェリーは互いの拳を突き合わせ、二人に戦闘の意思の確認をする。

 

「挑戦者並びにチャンピオン。この戦いは二人の名誉と誇りにかけて正々堂々、不正なしで戦う場だ。―――二人とも戦う意思は?」

「…当然。」

「今日こそ私が上だって霊使に分からせてあげる…!」

 

その闘志みなぎる言葉を聞いたレフェリーは満足するかのように大きく頷く。

それは二人にとっては戦闘のスイッチを入れるタイミングでもある。

 

「それでは二人の誇りにかけて―――レディ、ファイッ!」

 

その掛け声と同時に霊使とウィンを中心とするリングを囲むようにフェンスが出現。完全に逃げ場のないゲームが始まる。

開始の瞬間と同時にウィンはまっすぐ飛び込んできた。

霊使の顔面に向けて「豪風のストレート」の異名を持つ鉄拳が飛んでくる。

 

「甘い!」

「読まれたッ!?」

 

霊使はそのストレートを放った腕を逆につかむ。

ウィンはスピードに振っている分体重は軽い。いくら暴れても身長までは覆せない。

 

「なら…ここは!?」

「うおっ!?弱点!?」

 

ならばとウィンは霊使の股間を狙い鋭い蹴りを放つ。それを喰らったら確実にウィンのp-スに持ち込まれると確信した霊使はウィンを離してそのまま大きく後ろに飛び退いた。

互いに居るのはリングの端。

二人は顔面に狙いをつけると同時に地面をけり、駆け出した。

ウィンが駆け込んでくるだろう位置を予測してそこに置くようにして拳を出す霊使。だがそれを予見していたのかどうかは知らないがウィンはそれを頬にかすめるようにして躱しそのまま霊使の顔面に一発を叩き込む。

 

「グっ!?」

「まずは一発!」

 

霊使は鼻っ面にウィンの拳を喰らってしまいそのまま少しよろめいた。

 

「隙だらけだよッ!」

「ぐぁ…がッ…!」

 

そのままウィンのキックがボディに入り、更に体勢を崩されたところで―――

 

「これでフィニッシュ!」

「あぐっ…!」

 

霊使はウィンの痛烈なアッパーカットを諸に顎で受けた。

そこで一瞬意識が飛び―――

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「…夢!?」

 

夢から覚めて、霊使は顎に何か違和感を感じる。

どうやらウィンの拳が霊使の顎にずっと突き刺さっていたらしい。となると霊使は寝ている間ウィンに凧殴りにされていたようだ。何か全身が少しばかり痛い気がする。

 

「―――もう一度寝るか。…のど乾いたな。」

 

取り敢えず白湯を飲みにリビングにリビングに向かう。その後、寝室に戻るとウィンがベッドの上に腰掛けていた。どうやら霊使は居ないことを不審に思ったらしい。

 

「ね、霊使。私とんでもない夢見たの。」

「…どんな夢?」

 

ウィンは霊使が戻ってきたことを確認するとそう切り出してきた。

とんでもない夢なら自分も観たぞ、とウィンに返すと、ウィンは「どんな夢だったの?」と霊使に聞いた。

 

「俺とウィンが格闘技やってた。」

「…同じ夢見てる。」

 

夢が一致するだなんて奇妙な事もあるものだ、と考えながら霊使とウィンは同じベッドに入りなおす。セミダブルサイズのベッドは二人で体を密着させて使って丁度いい大きさだ。

二人は互いの温もりを感じながら、もう一度夢の世界へ落ちていくのだった。




登場人物紹介
・霊使/ウィン
考えるな、感じろ

エイプリルフールは皆さん堪能しましたか?
色々とふざけているゲームが多くて今年度もいい一年を迎えられそうです。


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夏休み番外編:数十億分の一の出会いを

過去の物を出しました。
供養です


茹るような暑さの中で霊使とウィン、エリア、ヒータ、アウスのいつもの五人は溶けていた。そう、何の比喩表現でもなく溶けていた。

ヒータは完全に溶け切っていないのが救いだろうか。

 

「汗が…止まらない…し、死ぬ…。」

「エリアちゃぁん…水をォ…。」

「熱くて干からびそうなときに水なんて出ないよぉ…。アウスちゃん、ひかげぇ…。」

「む、無理…。こっちも暑くて、もう…。」

「一人じゃ看病は無理だよぉ…。ボクも流石にキツイよぉ…。」

 

ヒータの愚痴はごもっともである。

結局五人は溶けそうな体を引き摺ってなんとか近くの小さな商店に入ることができた。

とにかくそこで上がった体温を下げつつ、ペットボトルのスポーツドリンクを5本購入。それをコンビニの駐車場で一息に飲み干すと、五人はまた目的地に向かってゆっくりと歩きだした。

 

「…毎日こう熱いと…ねえ、みんなはまだ大丈夫?」

 

ついさっきまで溶けていたが水を飲んだだけである程度復活した。

水の力は偉大なのである。

 

「…いやー…舐めてたよね、熱波。」

「こんな日に歩いてキャンプに行こうだなんて言ったのは…私かぁ。」

 

ちなみに何でこんなことになっているかといえば、ウィンがキャンプに行こうと言い出したためだ。お盆の間にどこか行きたいと四霊使いでデュエルして―――何故かウィンが【征竜】持ち出したのだったか。

何でも夜になるととてつもなくキレイに星が見える川辺のキャンプ場があるとかないとか。そこにウィンは熱烈に行きたいと願っていた。

というわけで電車に揺られておよそ二時間。

霊使達は一度隣の県に移動してから来るという何とも壮大な遠回りをして目的の町に着いたのだが―――

 

そこは、暑かった。

霊使達はその目的地が全国ニュースで放映されるほどの暑さを誇る地であることをすっかり忘れていたのだ。

結果、このように溶けてしまったのである。

 

「あっつい…暑くて干からびそう…動いてないのに熱いよ~…。」

「言うな…!暑い暑い言ってると…より、暑くなるッ…!」

 

電車から降りた瞬間のあの暑い日差しはとてもじゃないが地殻変動を疑いたくなってしまう。

もちろん、そんな事が起こっているわけもなく、単純にその駅周辺の小さな町が内陸性の気候というだけだ。

 

「それにしても…」

「ド田舎…だね。」

 

エリアが言った通り、この町はド田舎といっても過言ではない。

周囲に建物は点在しているものの、視界には緑の割合の方が多い。

―――それは、いつも都会の喧騒に囲まれていた霊使達にとっては新鮮な景色でもあった。

 

「…行くか。」

 

五人は商店の外に出ると、目的地に向かって歩き出す。

ちなみにだが、その日からしばらく「暑い~」と嘆く萎びた人影が居ると噂されたそうだった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

午後一時、霊使達はキャンプ場に到着した。近くには中高一貫高もあり、部活中であろう子供たちの声が響き渡っている。

今回はバンガロー施設を借りることにしていた。

如何せん急にキャンプに行くということが決まったのだから、キャンプ用品など用意できるはずもない。

というわけで一昨日このキャンプ場のバンガローを借りれるように予約しておいたのだ。

 

「…管理人さーん、予約していた四遊ですけれどもー。」

 

霊使はキャンプ場の管理人室に声を掛ける。

窓をがらりと開けて顔をのぞかせたのは少しばかり舞うに皴の入ったおばさんだった。

おばさんは霊使の顔を見るや否や心配そうに声を掛けた。

 

「はーい。…街中からよく来たね。こっちは暑かったら?」

「…ええ、そりゃとても。」

「今日はバーべーキューサイトの使用もするんだったねぇ。水着もってきてたら川で涼めるんだけどねぇ…。」

「あー…。」

 

このキャンプ場の近くには大きな川が流れている。

水着を持ってくれば川で涼むことができる、とネットの情報に書いてあった。

なので一応持ってきてはいるのだ。

 

「あー…一応、着替えってどこで…。」

「バンガロー内で良いら?」

「あ、はい。」

 

荷物を置いて、バンガローで着替えの許可をもらった霊使達。

そのまま、川遊びをすることになった。

 

「あっつ!?サンダルが溶けるって!?」

「石が焼石だよあっつい!」

「これは洗濯物とかもすぐに乾きそう…。」

 

川の中に入ってしまえば涼しいのだが、そこまでが異様に熱い。

暑いではなく「熱い」。あほみたいに熱いのだ。

それでも一度川に入ってしまえば天国のような心地よさだった。程よい流れとせせらぎの音に身を任せれば、これまでの激闘で傷ついた心がすぐに修復されていうような気がした。

ウィン達は地域の子供たちに連れられて飛び込みを経験しているようだ。楽しんでいるようで何よりである。

 

が、そんな事を楽しんでいると、町内無線から放送が入った。

 

「午後三時から放流します。川でお遊びの皆様はご注意ください」、と。

 

時計を見れば既に二時半。やはり楽しい時が過ぎるのは早い。

川の流量を維持するために計画的に放流しているらしい。心地よい川の感触に別れを告げて、霊使達は灼熱のバンガローへと戻っていった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「…食材買ってねぇ!」

「…あー!?」

 

川から上がって、バンガローの冷房を入れたところで霊使達は気づいた。

うっかり食材を買うのを忘れていたのだ。これでは何のためにバーベキューサイトを借りたのか分からない。

網や鉄板といった調理器具はレンタルできるし薪や炭は管理人室で購入できる。

だが、肝心の食材がない。余りの暑さに忘れてしまっていたのだ。

 

「…霊使、どうする?」

「流石に町だけに店があるわけじゃないから…多分、あるはずだ。…店が。」

 

土地勘も何もないなかで、まさかの食材の買い忘れ。

仔のやらかしを一体誰が予想できたというのだろうか。いや、できない。

何故なら全員キャンプというものに盛り上がっていたからだ。

浮足立っていたといっても過言ではない。だから全員気づかなかったのだ。

―――肝心のバーベキュー用の食材がない、と。

 

「どうすっぺ…。」

「…近くにあればいいんだけど…。」

「近くに小さな町があったよね。…病院とかもあったし、そこの道行く人に聞けば…。」

 

とにかく、どこかしらで食材を見つけなければならないのである。

というわけで、キャンプ場の近くの小さな町に行くことになった。

―――その途中の話である。

 

「うわっ…!?」

「やばっ―――。」

 

このキャンプ場は学校の近くにある。

今は夏休み期間中であるが、部活あるいは勉強、もしくはそれに類する何かで学校に通う―――なんてこともあるかもしれない。

霊使達はすっかりそれを失念していた。

校門の石柱で陰になっていたこともあり、一人の少年と激突してしまったのだ。

 

「おわぁ!?」

 

―――跳ね飛ばされたのは霊使だけだったが。

少年は微動だにせず、ぶつかってしまった霊使の方を見ていた。

そうして、やってしまったと言わんばかりに霊使に手を差し伸べて来る。

 

「す…すいません!」

「…いや、こちらこそ…。少し急ぎの用事があって…周囲が見えていなかった。」

 

霊使は差し伸べられて手を掴むと引き起こされる。

ごつごつとした手だった。まるで何かをずっと握って振っているようなそんな感じの手だった。

 

「…急いで…ああ。もしかして食材忘れちゃいました?」

「…分かるんだな。」

「ええ。そもそもここのキャンプ場ほとんどがフリーサイトでの使用ですし。そうすると自然とあっちから来るのはバンガローに宿泊した人となりますね。で、車で来た人は来る途中の中型のスーパーで買えばいいからここで焦ってくる人はおおよそ食材を忘れた人だと推測できます。」

「…すごいな。」

 

まあ、これ位は誰でもできる推理です、と少年は笑いながら言う。

それで、と少年はこちらに向き直った。

 

「…案内しましょうか?」

「いいのか!?」

「ええ。…連れの方もいるんでしたら一応その方たちも一緒に。ついでですからこの町の案内もさせてください。」

 

―――そうして、霊使達は少年の案内を受け入れることにした。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

少年の名は名嘉原宗太というらしい。

幼稚園の頃からずっとここで過ごしてきて、いまでは高校の生徒会副会長をしているのだそうだ。

会長にならなかった理由は「剣道と会長の二足の草鞋を履きたくないから」ということだったらしい。

 

「今日は何で学校に?」

「…全く以て進まない生徒会の仕事と…後は鍛錬、ですかね。」

「なんだろう…遊んでいる俺達が恥ずかしく思えて来たぞ…!?」

 

しかも性格も根もまとも。

その分損する人物であると言えた。

それと同時に何かをとても嫌っていることをうかがわせる。

 

「遊ぶのも大切ですよ。…働きっぱなしは壊れてしまいますから。」

「…そう、だな。」

 

今、宗太と霊使、それに四霊使いの六人は大きな川にかかる鉄橋を渡っていた。

時折、六人のそばを電車が走っていく。

その光景は意外と見慣れないもので、霊使は新鮮な気分にさせられる。

 

「…ここまで来たらもう少し。…行きましょう。」

「よろしく頼む。」

 

鉄橋を渡り終えてもう少し歩きますよ、という宗太。

霊使は宗太に学校生活について聞くのは止めにした。

かれもきっと、その話を望んではいないだろうし、何より彼とはきっとこれきりの関係だろうから。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「助かった…!」

「いえいえ。良かったです。」

 

宗太のお陰でバーベキュー用の食材を買う事が出来た霊使達。その後宗太と一緒に、キャンプ場に戻ってきていた。彼の趣味は天体観測で夜は暫くここで星を見上げるというのが趣味らしい。

なので彼と一緒に食卓を囲もうとしたが、彼は一緒に食べようとしなかった。

 

「…少し、話しませんか?」

「……?」

 

ウィン達がバーベキューを楽しんでいる中、宗太は一人霊使を招いた。

夕暮れ時、赤い夕陽に照らされて宗太の姿があった。

その姿は風が吹けば飛んで消えてしまいそうなほど儚く、同時に何かを抱えていたのだと霊使は悟った。

 

「…貴方はお盆について知っていますか?」

「…先祖が帰ってくるっていうあれか?確か…キュウリに乗って先祖の魂が帰ってくるってあれか?」

「精霊馬ですね…ちなみに帰りに乗っていくのは牛馬という名前です。…ってそうじゃなくて。―――貴方は先祖の魂を信じていますか?」

「…さあね。魂なんてものの実在は証明できないからなぁ。」

 

霊使は魂の定義が出来ない事は知っていた。

人間は死んだ瞬間に21g軽くなるという話がある。「21g」―――これが人間の魂の重さなのだという説がある。

 

「……普通信じないですよね?」

「…でもそれに類する存在なら知っている。」

「カードの魂…精霊。…彼女達ですか。」

「だから否定することもできない。…彼女たちは実在しているから。」

「…でしょうね。」

 

くすくすと宗太は笑う。まるで今まで見てきたこと以外も知っているかのように。

―――彼は一体何なんだろう、そう考えたときに、ふと腑に落ちる何かがあった。

 

「…宗太、お前、いや、貴方は―――!」

「口にするのは野暮ってものさ。」

 

今までの敬語口調から一転、宗太は軽い言葉を使うようになった。

それと同時に、彼とあったはずのない霊使は酷く懐かしさを感じるようになる。

 

「……お別れ、だね。僕はかつてこの地に生きた「誰か」の姿を映したもの。…きっと君は大丈夫。」

 

その言葉が、「大丈夫」という言葉が、霊使の胸の中にすとんと落ちる。

霊使の知るはずのない誰かのはずなのに、繋がりを感じる。

いつの間にか、宗太と霊使は背中合わせになっていた。

 

「…振り返ってはいけないよ。ゆっくり、前に進みなさい。」

 

―――霊使の記憶はここで途切れている―――。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「…じ!霊使!」

「おわぁ!?」

 

時間は夕方。

目の前には自信とぶつかって倒れた少年。

―――どうやら自分は今まで不思議な体験をしていたらしい。

 

「すいません、大丈夫ですか―――?」

 

宗太とよく似た顔立ちの少年に霊使は手を差し伸べる。

―――きっと、彼がめぐり合わせてくれたのだろう。

 

赤く染まる地面にに六人の長い影が映っていた。

 



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新年記念:ドキッ!男だらけの忘年会兼新年会

あけましておめでとうございます
新年記念です。
なんか筆が乗ったので書きました。
時系列?統合性?
こまけぇこたぁいいんだよ!


 

「カンパーイ!」

 

霊使、克喜、奈楽、水樹、流星、颯人、海斗、聖也の8人は手に持ったジョッキを打ち付けあった。

色々な事があったがもう酒を飲める年齢になっていたことに時の早さを実感する。

 

「ちくしょー!なんでカラミティが禁止なんだよーッ!アライズハートとかノワールとかもっと殺すべき奴らはいるだろーっ!しかもカラミティは「タイミングを逃す」効果なんだからよぉーッ!」

「落ち着けぇ!」

 

―――何か既に一人出来上がっているが、気にしないでおこう。霊使だってデッキの切り札―――【閉ザサレシ世界ノ冥神】や【旧神ヌトス】が禁止になったらたぶっばあなる。

デッキの戦術の「核」を抜かれればあそこまで出来上がるのも致し方なしか。

 

(…コズミックいるからマシだろーが!)

 

本人の手前そんな事を言う人間はいないだろうが―――やはりこう思った人間が多いだろう。

やはりセンチュリオンの火力は頭一つ抜けている。

しかも自身の圧倒的な展開力の要である【重騎士プリメラ】は制限の一つもかかっていない。

 

「先攻制圧ナシと見せかけてからのカラミティで相手にファンサするのが楽しかったのにぃ…。レガーティアと並べて暗黒聖騎士わーいってできたのにぃ…。」

「こいつすっげぇ邪悪だぞ!?」

「プリメラのシンクロ先が一個消滅だぞー!」

「それは…その…ドンマイ…。」

 

酔いが回っているせいなのかとんでもないことをべらべらとしゃべりだす聖也。

彼の発言はとてもじゃないがプリメラ達に聞かせられないだろう。

まあ、彼女達も聖也の本心を分かっているかもしれないのだが―――それは今気にするところではないだろう。

 

「酔いが回ってるなぁ…。」

「お前こそ酔いが回ってるぜ、霊使。」

「ぇあ?」

「―――顔、真っ赤だぜ?」

「ふへぇ一瞬で酔ったのかなぁ。まぁ、千鳥足になってないからいいでしょ。」

 

そう言って霊使はジョッキを煽る。

一息にジョッキの中身を飲み干すと、店員にお代わりを要求した。

―――この男、既にべろんべろんである。

この後介護するのは自分なんだよなぁ…と思いながらも、楽しそうに酒を飲む霊使を止める事は出来なかった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「わはははー!ドライトロンは強いぞー!格好いいぞー!」

「霊使いこそがこの世の真理だったんだよ!」

「何をーッ!性格諸々含めてウィッチクラフトが最強じゃい!」

「蟲惑魔こそが至高なんだ…!誰が何と言おうと蟲惑魔こそが至高なんだ…!」

「センチュリオンの事を好きにならない奴は邪魔なんだよ…!」

「リチュア最高と言え!リチュア最高と言えと言っている!」

 

そして宴会が始まって数十分後―――大して酒に強くない六人は自分の性癖を語り始めた。

この場で理性を保っているのは海斗と颯人の二人のみだ。

後は思いっきり酔っぱらっている馬鹿どものみである。

 

「…なんでアイツらは酒場で性癖を語り合っているんだ?」

「アレが酒に吞まれた愚か者どもの末路って事でしょ。君も気を付けなね?」

「分かってるさ。…俺はあんな痴態を晒そうとは思わない。」

 

酒に呑まれた馬鹿どもを尻目に海斗と颯人は会話を交わした。

―――ああは、なりたくないと強く思いながら。

 

「…だがまあ、俺らだけ何も話さないっていうのは―――フェアじゃないか。」

「僕らだけ性癖を開示しないっていうのはね。…でもあの様子じゃあ、彼らに語った所で聞き入れてもらえないだろうなぁ。」

「だろうな。…じゃあ、俺らの性癖は俺らだけの秘密という事でどうだ?」

「…いいね、それ。」

 

颯人の提案に迷うことなく乗る海斗。

もしかしたら二人もこの宴会場の雰囲気にあてられているのかもしれない。

―――それならそれでもいいと思えた。

 

「…僕はね、キトカロスの事が好きだよ。どこが好きなのかというとまず雰囲気だよね。あの如何にも深窓の令嬢って感じの雰囲気がどうにもたまらない。これは完全に僕の性癖だね。後は彼女自身の性格も好きだよ。優しいし、何より母性を感じる。彼女に微笑まれながら頭をなでられてバブ味を感じない人間はいないね。それに戦闘時の彼女は勝てないってわかっている相手でも一緒に戦って時間を稼いだりしてくれるんだ。普段が穏やかな事も相まってそこにギャップを感じるのさ。ギャップ萌え、素晴らしいだろう?戦闘時のことを上げるなら彼女の戦闘技能についても話さなきゃね。彼女の得物は剣なんだけどその剣捌きがまた素晴らしくてね。彼女の柔らかい雰囲気から繰り出される舞うような苛烈な剣舞はそりゃあもうすごいよ。見てるこっちは美しいって気持ちにさせてくれるし、相対する敵は木っ端みじんさ。後ね、キトカロスは人魚なんだけどまたそこがいいんだよ。彼女の手足―――ヒレなのかな?それは本人が笑ってごまかしているから便宜上手ヒレとでも呼ぶけど―――シルクのような手触りでとっても心地いんだ。あそこで撫でられるととても安心するというかなんというか。彼女の母性も相まって人を安らかな眠りの世界へと旅立たせてくれるのさ。」

「…急に語りだしたな。」

 

どうやら彼はキトカロスのこととなると少し―――いや、大分―――否、ものすごく饒舌になるようだ。

酒に呑まれているというわけではなさそうだが―――もしかしたら誰かにキトカロスの事を自慢したかったのかもしれない。

その気持ちは分かる。ものすごく分かる。

自分だってウィンダの事を誰かに自慢したくてたまらない。

だから、彼が急に語りだすという事も何ら不自然な事ではないのだ。

 

「そりゃあねぇ。例え誰の記憶に残らなくても嫁を自慢したいというのは当然のことだろう?」

「…そりゃそうだ。続けてくれ。」

「いいよ。―――彼女は―――」

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

そうしてさらに数十分。海斗は息継ぎの数も最小限にキトカロスの魅力についてたっぷりと語り尽くした。

ちなみに後ろの馬鹿どもはすでに全員酔いつぶれている。

霊使に至ってはウィンに引きずられて強制退店という形になった。その時のウィンの顔は明らかに激怒状態だったのを覚えている。今頃霊使はこってり絞られている事だろう。

まあ、流石に度数の強い日本酒をロックで20杯も呑めばそうなる。霊使は飲酒をウィンに管理してもらうべきだと思ったのはきっと颯人だ柄じゃないはずだ。

一方の海斗。顔に少し赤みがさしているもののまだまだ余裕はあるように見える。。

かれはどうやらだいぶ―――物凄くキトカロスの魅力を溜め込んでいたようである。

酒の席でそれを出せたのは僥倖だろう。この様子ではいつ破裂したか分かったものではないからだ。

 

「…大分、語ったな?」

「まだまだ足りないくらいさ。…それにほら今度は君の番じゃあないかな。」

 

―――どうやら海斗はキトカロスの魅力について十分とは言えないが少しは吐き出せたらしい。

そして今度は自分の番だと催促してくる。

 

「…全く。少し待ってくれ。店員さーん、ハイボールを一つ。」

「追加するんだ?」

「ああ。…とてもじゃないが素面じゃ話せなさそうなんでな。」

 

そう言いながら、颯人は刺身を口に運ぶ。

 

「ハイボールお待たせしました。」

「よし。」

 

そうこうしているうちに颯人の机にハイボールが置かれる。

ジョッキになみなみと注がれたハイボール。待ってましたと言わんばかりに颯人はそれに口を付ける。

ジョッキの半分くらいを一気に飲み干した颯人は持っているジョッキを机に置いた。

 

「ウィンダのいいところはたくさんある。まず純粋に可愛い事だ。照れ隠しの表情や動作の一つ一つ全てが可愛さによる大量破壊兵器と化している。戦闘で勝った時のドヤ顔には心があらわれるような幸福感を覚える。自身の攻撃でデュエルに勝利した時なんかもう素晴らしい。ガッツポーズしてぴょんぴょん飛び跳ねるんだ。デュエルで負けた時も頭をなでて癒してくれる―――彼女こそ最高に可愛い究極で完璧な少女なんだよ。二つ目なんだが彼女の性格だな。性格も可愛い。イケイケな時は調子乗るし、逆に押されているときは少し沈み気味になる。なんていうか喜怒哀楽が分かりやすくて見ていて面白い。そこも可愛い。三つ目だが―――母性ならウィンダも負けてはいないぞ。あの自由気ままに吹く風のようなウィンダ―――いや、妹を持つウィンダだからこそか。あいつはすごい甘えさせ上手なんだよ。俺のメンタルがヘラっちまいそうなときやメンタルがボロボロになりそうなとき―――いっつも抱きしめてくれるんだ。惚れねぇわけねぇだろうが!」

「エンジンかかって来たね…!」

「ほかに色々あるぞ!ウィンダは――――」

 

こうして男どもの話は続く。

これが新年の浮かれ気分の所為なのか、酒の所為なのかは知らない。

―――一つ確実な事は翌日に記憶が残っていたらきっと、恥ずかしさで死ねそうであるという事だ。




登場人物紹介

・颯人
久しぶりに書いた。
番外編では初登場。
ウィンダについて語る。

・海斗
キトカロスについて語らう

ちなみに何で霊使君は退場したかというとウィンの魅力について書くには時間も文字数も何もかも足りないから。分かりやすく言えば
「私はウィンについて真に語るべき魅力を見つけたがこの余白はそれを書くには狭すぎる」というやつです。

新年一発目がこれでええんか…?と思いますがこれからもよろしくお願いします。


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夏休み兼100話記念番外編兼没ネタ:霊使いと肝試し…?前編

いつもの番外編でございます。何なりとお納めください。

ちなみにいつもの如くネタバレ注意です。じつはこれ終章の最初の話のつもりだったんですがそのまま流れるように最終決戦に入った方が明らかに良さそうなので没になりました。丁度テーマも夏休みっぽい幽霊なので。


ちょっと古めの木造の一軒家の前に一組の男女が立っていた。一人は濡れるような黒髪を短く切りそろえていて、その眼元は少し吊り上がっていて強気な印象を与える少年であった。もう一人は緑色の髪を後頭部でひとまとめにして、白いシャツにミニスカート、その上から上着を羽織っている、顔にまだあどけなさを残した少女だった。少年の名は四遊霊使、少女の名はウィン。今二人が居る町で最も熱いカップルとして有名な二人である。

 

「…ほーん、ここが…。」

「…うん、うわさの屋敷…。」

 

そんなウィンと霊使は今、「幽霊が出る」と巷で噂の幽霊屋敷にやってきていた。何でもここには少女の霊が居てその姿を見ると呪われるだとかなんとか。とにかく精霊といういかにもオカルトチックな存在が居る以上、霊使はその存在をどうしても観たくなったのだった。

 

「…さて、とじゃあ踏み込んでみますか!」

「ほ…ほんとに大丈夫?」

 

幽霊はぶん殴っても倒せないが、逆に言えばこちらからも物理的な危害を加えられる心配は少ない。―――ポルターガイストとかであれば話は別だが。少なくともこの屋敷でけがをしたという報告はないため、そんな事は起こりえないだろうが。

 

「ねえ、霊使…。手を、離さないでね?」

「…ああ。」

 

そんな風に怖がるウィンをなだめながら、霊使はウィンの右手を握る。ウィンの心地よい体温を感じながら、霊使は幽霊屋敷へと足を踏み入れるのだった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「…幽霊なんているわけないよ?」

「精霊は居るのに?」

 

事の始まりはこんな会話だったように思う。とにかく、ウィンが幽霊はいないと言い張り、それでいかにもオカルトチックな自分達の存在を指摘されて、じゃあ確認してみようという話になったのだ。

ちなみにそういう情報は大方ダルクが集めて来る。闇霊というイメージが強いせいか頻繁にそう言った負うのがダルクの耳に入ってくるのだと本人はぼやいていた

その中には精霊がらみの内容もあるので、そういったものは霊使が対処することになっている。

この世界は創星神復活の影響か、精霊が多く迷い込むようになった。それに最近ではこちらの世界で生まれた精霊というのも存在しているらしい。

 

「…とにかく、だ。もしそれが幽霊にしろ、精霊にしろ、ダルクの話を聞く限りは俺達がいったほうが良さそうだな。」

「そうしてくれると助かる。」

 

ダルクは何かを紙に書き留めると二つ折りにして霊使に投げ渡した。霊使はその紙を二本の指で器用に受け取る。

 

「ここに行けってことか?」

「ああ。所有者さんから許可は貰っている。取り敢えず幽霊騒ぎが落ち着かないと土地を売りに出せないらしい。」

「ああ…そういう。」

「ああ、勘違いしてそうだから言っておくけれどもうその土地は誰も居ないから管理する必要もなくなったらしい。」

「だから売りに出すと?」

「そういうことらしい、な。」

 

ダルクは小さくため息を吐いて肩をすくめた。

 

「…俺達は何でも屋じゃないんだけどなぁ。」

 

幽霊なんて門外漢なのにそんな依頼をするという事はもしかしたらもしかするのかもしれないが―――

 

「なんもかんもわっかんないや」

「思考を放り投げるな。」

 

とりあえずは状況を見て臨機応変に対応するということで落ち着いた。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

ぎぃ、と。屋敷の中に足を踏み入れた途端に、そんな音がした。

 

「…まさか。」

 

そう思いつつ背後を振り返るとそこには入った時と何ら変わらない扉の姿があった。大方床が軋んだ音だったのだろう。

 

「ほら、ウィン。行かなきゃ終わらないぞ?」

「もう、ホントに強引な人。」

「そいつはどうも。」

 

ウィンのボヤキに軽い言葉で返す霊使。お互いの性格は今までの人生でよく理解しているのでこういった軽口はもはや日常の物になっていた。

 

「さて、と。こういう屋敷にはだいたい外宇宙から来た何かが潜んでるっての言うのがお決まりではあるんだが…。」

「それはクトゥルー的な奴でしょ?」

 

こういったやり取りをしていれば自然と恐怖は減るものだ。家に入る前は震えていたウィンの脚はしっかりと力が入っているように見える。

 

「さて、と。行くか!」

「うん。」

 

そうして二人は片手にで互いの手を握り、もう片方の手で懐中電灯を持って屋敷の探索を開始した。

 

「ここが玄関ホールで、…えーと、この家は二階建てだな。」

「そうだね。家としては一般的な広さだからすぐに探索は終わると思うけど―――これは無いって…。」

「だよなぁ…。」

 

ウィンは自分が外で見た家の大きさと内面の廊下の長さが釣り合っていないことに頭を抱えそうになった。。どうやらここに何かオカルトチックな存在が居ることには間違いないようだ。もしこれで本当に悪霊の類でいたのならば始まるのは決闘(デュエル)ではなく除霊(ゴーストバスターズ)だ。霊使と一緒にいると退屈はしないがその分リアルファイトも多い気がする。

 

「…いや、流石に今回はガチの戦闘はないだろー……ないよな?今クルヌギアスいないから俺精々憑依装着してないウィン並みの戦力しかないぞ?」

「いや、普通人間が精霊とリアルファイトできるわけないからね!?」

 

霊使の言葉にウィンは思わずツッコミを入れる。だが、心のどこかで霊使の言う通りにリアルファイトが起こらないかどうか不安を覚えるウィンなのであった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

案の定というべきか、やっぱりというべきか。この幽霊屋敷には何かが居た。その何かは良く分からなかったが、人型でそれでいて頭に角の生えた少女のような姿をしていた。

 

「…あれは幽霊じゃなくて精霊だよね?」

「せやな。」

 

幽霊の正体見たり枯れ尾花という言葉があるがこれは正にそれだ。今回は枯れ尾花では無くて精霊が幽霊であるだけだ。

 

「誰?」

 

ウィンは思わずあたりを警戒する。霊使もそれに倣ってウィンと背中を合わせて臨戦態勢を取った。

 

「誰でもいい…ここから、立ち去って。」

 

先の見えない通路から鈴のようなきれいな声が聞こえてくる。だが、その声には歓迎の気など微塵も含まれておらずあるのは鋭い敵愾心だけであった。

 

「立ち去らないのならば―――ここで、殺す。」

「とんだ悪霊じゃないか!?」

「死にたくないのならここから立ち去ればいい…。警告はしたから。」

 

霊使もウィンも姿が見えなければ対抗することはできない。故に姿を見せたところを全力でカウンターするしかなかった。そもそもデュエルモンスターズの精霊ならばデュエルしろよとは思うが、以前戦闘したクルヌギアス曰く―――

 

「いや、(わたし)達は精霊である前に意思がある。―――だからデュエルする価値や理由を見出せなければ圧倒的な力を持って殺しにかかるぞ。あの時の妾やハスキーの一件のときみたいにな。」

 

というわけらしい。どうやら目の前の精霊にとっては自分達はデュエルするに値しない存在らしい。言われてみれば勝手に土足で住居に踏み込んでいるわけであるし当たり前と言えば当たり前ではあるが。

 

「…立ち去らないのなら、私が本気であるという事を、教えてあげる―――!」

 

何もない空間から急に目の前に現れる大きな鎌を携え、改造された白い巫女服―――あるいは白い死装束をまとい、白銀の髪を後ろで一つに束ねている少女が現れる。

その鎌はよりにもよってウィンの方に向けられていた。恐らく反転するよりも先にウィンが攻撃されてしまう。

 

「しまっ…ウィン!」

「遅い。」

 

霊使が警告をウィンに発するよりも早く、その鎌はウィンの体を捉えて―――そして、鎌が砕け散った。

 

「…え?」

「あれ?」

「あ、これシリアスの皮被ったギャグイベだ。」

 

砕け散った鎌が金属音を立てて床に散らばる。鎌を振った少女は少しずつ涙をこぼしてそしてとうとう――――

 

「な、なんでぇぇぇぇええぇぇ!?」

 

ギャン泣きしながらそう叫んだ。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「えーと、じゃあカクリヨノチザクラ―――長いからチザクラって呼ぶぞ。チザクラはこの家の元の持ち主の精霊だったと?」

「はい…私にとてもよくしてくれたおばあちゃんでした…。」

 

目の前の少女―――チザクラはこの家の主の精霊であったらしい。だがその家の主が亡くなった事で自分はこの家に縛り付けられてしまったのだそうだ。

別にそれは彼女自身も悪い事だとは思っていないらしい。だが、それでも、自らのマスターとの思い出がたくさん残ったこの家を取り壊されるのは嫌だったから脅しをかけていたという。

 

「そういえばこの幽霊屋敷の騒ぎの原因って―――」

「所有者さんが売りに出せないからじゃ――――。」

「現所有者さんから連絡があってですね。『地上げ屋』というものに狙われているんです。」

「あっ…。」

 

どうやらこの家は地上げ屋に狙われているらしい。逆に言えばその地上げ屋さえなんとかできればいいわけなのだ。そうすればチザクラは幽霊じゃないし、この土地も狙われることもないし、思い出も奪われない。

 

「よし、じゃあその地上げ屋をぶっ潰そうか。」

「いいんですか?」

「いいとも!」

 

そうしてカクリヨノチザクラと霊使達の奇妙な共闘が幕を開ける。その土地を狙う地上げ屋の運命はどうなってしまうのか、それはチザクラと霊使、そしてその協力者たちのみぞ知る。

 




登場人物紹介

・四遊霊使
チザクラには割と同情した。だから協力を申し出る。

・ウィン
攻撃力が足りないことが分かったため避ける必要なし


・カクリヨノチザクラ
クールビューティーに見えたか?残念ポンコツ枠だよぉ!

ゼノブレイド3が面白すぎて止められないので没ネタ供養も兼ねて投稿します。そして自動的に次回はこの続きになります。
ギャグがおいしい…
次回更新もお楽しみに


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夏休み兼100話記念番外編兼没ネタ:精霊使いと肝試し中編

「いい加減この土地を寄越せっつってんだろぉ?」

「そーじゃなきゃお宅の娘さんを"研修"に連れ出しますからねぇ?」

 

その映像を見て世紀末もここまで来たかと頭を抱えた。どうやらこれはこの土地の本来の所有者が脅されている映像であるようだ。

 

「…ッスゥー」

「…やっべぇ。」

 

その恫喝具合と言い妙に良い体格だったり背中にちらりと刺青が見えたり、映像の中でとうとう拳銃(はじき)という単語を出したり、完全に相手はヤの付く自営業の方々だ。創星神復活の混乱に乗じてヤの付く自営業の方々もお仕事を頑張っているのだろうか。

 

「ていうかチザクラは何処でこれを?」

「精霊ですよ?」

「…盗撮、だね。覚えがあるよ。主にマスカレーナさんとか。」

 

こういうやり取りもあってか、割とこの情報は信じられるものだということは分かった。マスカレーナは職業柄色々なデータを持ち運ぶのでさもありなんである。この世界に来てからは変装の見た目はある程度より取り見取りになったと喜んでいた。それでも、犯罪は犯罪なのでこってりと叱ったが。

 

「ま、とりあえずは俺達がこのヤの付く自営業の方々をボコボコに、で良いんだな?」

「大砲に詰めて宇宙旅行にでも行ってもらう?」

方向(着弾地点)はシリアナでいいだろ。」

「話について行けないです…」

 

この二人と話していると話がどんどん明後日の方向へ逸れていってしまう。チザクラは頭を抱えながらも、シリアナという地名が気になっていた。どうやらチザクラは本質的には霊使と同じらしい。

 

「えーと、シリアナが何処かは存じませんし物凄く気になるところですが、今は…。」

「分かってる。要するにここに『恐ろしい何かが居る』ってことを知らしめればいいんだろ?でも相手はヤの付く自営業の方々だ。ただビビらせるだけって言うのはダメだ。」

「あ、じゃああの二人の個人情報すっぱ抜くっていうのは?」

「じゃあそれをダシにして思いっきりビビらせよう。」

 

チザクラの目の前でいとも容易く相談されるえげつない行為。これには思わずチザクラも「相談吹っ掛ける相手間違えたかなぁ」という感想しか出てこなかった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

そして、数日が過ぎた。あれからチザクラの元へ通い始めた霊使とウィン。それに事情を知った克喜に結に奈楽。最初は人が増えたことに戸惑いを隠せなかったが全員が全員霊使の親友であることを知ってチザクラは少しばかり安心した。そして、それと同時に何となく嫌な予感も覚えた。ただでさえ発想がどこかハジけている節のある霊使の友人なのだ。なんというか、敵がものすごく悲惨な目に合う気がしてならない。

 

「というわけで、や―さんビビらせ作戦の詳細を煮詰めたい。」

「とりあえずここは、ポルターガイストさんが一番だろ。」

「極細のワイヤーでそれっぽい現象なら起こせるよ?」

「じゃあポルターガイストさんはそれで決定っと…。」

 

何気に今怪奇現象のうちの一つであるポルターガイストを起こすと言い切った。その為の種もすでに作ってあるとは。

 

「ま、コレはどちらかと言えば生来のモノだからねぇ…。」

「キスキルにワイヤー術習おうかなぁ…。」

 

チザクラは目の前で行われる理解の範疇を超越した話について行けない。ワイヤーでポルタ―ガイストを起こす?ワイヤー術?生来のモノ?

チザクラの中で疑問が疑問を呼び、とうとうその疑問はオーバーフローした。

 

「ちょっと話について行けないんですけど?」

「…やっべ。」

 

チザクラは霊使がぼそりと呟いた一言を聞き逃さなかった。顔を真っ赤にしてその距離を詰めて来る。

 

「『やっべ』ってなんですか!?」

「すっかりみんなの素性説明するのを忘れていたと思ってさ。俺とウィンはともかく…。他の皆―――特に他の精霊についてはよく知らないだろ?」

「いや、そういうことではなくてですね!?」

 

チザクラはもう何が何だか分からなくなっていた。霊使やその仲間たちと話していると自分がどうにも変わっていってしまうように思えるのだ。それはきっと悪い事ではないのだろうが、チザクラは「自分が変わる」という経験が無かったため、それが悪い事のように思えてしまう。

 

「じゃあどういうことだよ!?」

「なんでそんなにホイホイ話が進んでいるだってことですよ、私がツッコミたいのはぁ!」

「だって…打合せしてきたし。」

「だったら私も呼んでくださいよ!」

「だって…連絡先知らんし…。」

「ここに来ればいいじゃないですか!?」

「電車賃、高い。」

 

チザクラと霊使がギャーギャー言い合っている姿を見て克喜は思わず「姉妹みたいだな」と呟いた。

その言葉に一早く反応したのは他でもないチザクラだった。

 

「もし、霊使さんが兄弟ならワタシはストレスで死んでしまいます!無い筈の胃がキリキリし始めたくらいなんですからね!?」

「…チザクラにはハジケが足りなかったか。」

 

これには思わずチザクラも思考を放棄した。思考の方向がぶっ飛んでいるとは思っていたがこれはもはやぶっ飛びすぎだろう。チザクラは既に、霊使達の会話についていけなくなっていた。

 

「ちょっと待て克喜。俺もウィンもハジケリストではないぞ?」

「え?」

「…おい克喜、デュエルしろよ。」

 

余りにも意味不明な会話についていけていないせいでフラストレーションがたまっていたチザクラ。余りにも話が脱線したことによりとうとう限界を迎えてしまう。

 

「…少し、頭を冷やしましょう…かッ!」

 

馬鹿みたいな話を続ける霊使と克喜の頭に全力の拳骨をお見舞いして、それからできうる限りの低い声で霊使達に言い放った。

 

「少し黙ってください。」

「え、ちょ。ふざけすぎたのは謝るから―――」

「首、斬りますよ?」

「ヒェッ。」

 

こうしてチザクラは霊使達を脅すことで話の軌道修正に成功した。

ちなみに話し合いの間ずっと霊使の首にはチザクラの持つ鎌が添えられていた。脅しというか脅迫というか、これからは余り馬鹿な話をやめようと、霊使に決心させるには十分すぎる出来事であった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

あれから色々と屋敷の中を改造したりして、後はターゲットが来るのを待った。

ちなみにどのヤの付く自営業の方々がここを狙っているかはマスカレーナのリサーチによって判明している。それによると、チザクラのいる土地を狙っているのは「益子(ますご)組」という組らしい。特定の指定暴力団に指定されているとてつもないイカれ集団でこの土地の住民ほとんどがそのヤの付く自営業の方々を嫌っているらしい。

 

「…で。表向きは建設業者って建前だからこの土地に事務所を立てたい、と。」

「そういうことです。幹線道路も近くてそこまで目立たなくてかつそれなりに広い土地のここは絶好の場所なのでしょう。」

「でもチザクラやここに住んでたおばあちゃんの家族の人はこの土地を手放したくない、と。」

「…はい。」

 

もとより相手は違法行為の温床のようなものだ。もしかしたらいい「極道」かもしれないと思っていたがそんな事は無かった。マスカレーナがちょっと調べれば恫喝やらヤクの密売やら偽造貨幣の作成やら強姦やら。悪事がわんさと湧いてきた。おまけに、自分達の理にならない存在は消して―――つまりは殺して回っているというとんでもない悪辣な集団であったのだ。

 

「…ま、ここまで悪事を働いてるなら数え役満だわな。…心圧し折って二度と生意気な事が出来ない様にしてやる。」

「…そうですね。害虫は掃除しなきゃすぐ湧いてきますから。」

「…思ったけどチザクラって割と口悪いよな。」

「そうですか?だって、今回の相手は殺人まで犯してる便所に吐き捨てられたタンカス以下の存在ですよ?」

 

思った以上に罵詈雑言がすらすらと出て来るチザクラに少しの恐怖を覚えた霊使達。しかもいい笑顔でそんな事をいうものだから、本性は相当いい性格をしていることが伺える。

 

「それじゃ、ターゲットを招いてみようか?」

「楽しいショーの始まり…ですかね?」

 

そして、チザクラのいる屋敷の扉を固く閉ざしていた閂を引っこ抜いて、全員でターゲットの侵入を待つことにした。

ここに、肝試しへの道が開かれたのである。

 

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「…全く誰も居ないじゃないか?困るんですよ、奥さん嘘つかれるのは?」

「いるんですよ…。おばあちゃんが可愛がっていた精霊()が…。」

「せいれいぃ?そんなものまやかしに決まっているでしょう?」

 

男たちはそれだけ言うとその土地に踏み込んでいく。

それを苦い顔をしながらも、力が無いがゆえに眺めているしかできない中年の女性が一人。彼女は今のこの土地の所有者であった。

霊使に依頼をしたのも、実はこの土地を売り払いたいからではなく、超常現象が起きる事を証明してもらう事でこの土地の価値を極限まで落として見向きもさせないようにするのが目的であった。

この女性はまさか調査を依頼したはずの霊使が嬉々として超常現象を起こす側に回っているだなんて思いもしなかっただろう。それも友人も巻き込んで。

 

「…見れば見るほど、良い土地だな、ここ。なあ…?おい?」

 

そう呟いた男はちらりと後ろを見る。―――そこに今まで話していた弟分の姿は無かった。

 

「は―――?」

 

男は周囲を確認する。そこにあったのは何かが引き摺られた跡と、その先にある空いた扉。その前にはぽつと落ちた誰かのの黒い革靴。

 

「そうですね兄貴。こんなボロ家が建ってるのが惜しいくらいにはいい場所ですもんね!」

 

今の今までそんな発言をしていた男が闇に消えた。否、家に食われたというのが正しいのだろうか。分からない。目の前で起こっていることすべてが分からない。

 

「…見捨てるわけにいかねぇか‥。」

 

男は腐っていても、それでもどうするべきか分かっていた。部下の尻ぬぐいは上司がしないとならない。それはこんな裏稼業でも同じだった。

それに、ヤクザの端くれともあろうものがオカルトチックな存在に負けた等と報告した日には魚の餌か、コンクリに詰められるかだ。

 

「舐められてたまるかってんだ…!」

 

だから男は踏み込んだ。だが、男はまだ知らない。これから自分のキモが冷えて凍るような恐怖を覚えることになるという事を。





登場人物紹介

・四遊霊使
多分もうチザクラには逆らえない。

・ウィン
残念ながらチザクラが切れるのは当然なので助けるつもりはなかった。

・チザクラ
割といい性格をしている。もしもう少し荒い人がマスターだったら多分ジョジョみたいな言い回しを多用するキャラになっていた。一番近いのはギアッチョかも?

なんか描写を増やしまくった結果明らかに一話分の量じゃなくなりそうなので分けて投稿します。番外編の続きがいつになるかは…未定です…。


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0章:四遊霊使の"始まり"
四遊霊使の"始まり"


いつから、彼女達を好いていたのだろう。

いつから、彼女達と一緒にいるのだろう。

そんなことはどうだっていい。

ただ、彼女達と出会った時の事は───相棒になった時の事は今でもはっきりと覚えている。

 

 

 

 

デュエルモンスターズ──それはこの社会における基準の一つである。

基本的に決闘(デュエル)が強い者が生きやすい世の中だ。つまり、決闘の強さはそのまま人生の縮図と言っても過言ではない。決闘が弱い者に発言する権利等なく、強者に従うのが道理である。強者に逆らう人間は畜生以下──そんなイカれた認識が世の中に蔓延していた。

 

「ゲウッ…」

「そんじゃ、こいつは貰っていくぜェ?」

 

少年はそんな社会の敗者だった。そして、今、リンチされている。

 

「決闘強くねぇやつがレアカード持ってたって無駄だろう?なあ、霊使クゥン?」

「…………」

「またレアカード引いたら教えてくれよなぁ?それじゃあなぁ。」

 

そういうと少年を囲んでいた者達は去っていった。

 

「──くそッ!」

 

少年───四遊霊使(しゆうれいじ)は叫んだ。悔しさからか、怒りからか分からないが、ただ叫んだ。一通り叫んだ後に自分にバカらしくなって、泣いた。

 

 

痛む体を引きずって帰路に着く。いつもの道を歩いているとふと、道端から声が聞こえたような気がした。

 

『助けて』

 

と。

この日、霊使は生涯の相棒達と出会う。

 

 

「"憑依装着─ウィン"…、"憑依覚醒"…、"風霊使いウィン"…"ランリュウ"…"水霊使いエリア"…"憑依連携"…攻撃力が低いから捨てられたのか…?」

 

霊使は道端に落ちていたカード達を見て、首を捻った。

そんなに弱いカードではないのにこのカード達は捨てられていた。

 

「…"憑依装着─アウス"──"憑依装着─ヒータ"。…"風霊媒師ウィン"…うん。誰かがデッキごと捨てたのか…?ひどい話だ…」

『本当に、ね。』

「…へ?」

 

呆けた声が出た。今、明らかにデッキから声が聞こえたのだから。優しい風のような女性の声が。

 

『…ていうか、傷だらけ…!?大丈夫…!?』

「…幻聴が聞こえた時点で大分アウトじゃないか…?」

『扱いが酷いね…』

 

霊使は聞こえた声を幻聴と断じた。

 

「…だってもう、こっちは死にそうなんだぜ…?幻聴じゃ、ないのか?」

『もちろん』

「……は?」

 

幻聴ではない。

謎の声はそう、言い切った。

 

「じゃあ、証拠…みせてくれよ…。」

『いいよ。…でも、ちょっと君の力をわけてもらうけど、いいかな?』

「ああ、いいさ。いくらでも持ってけ。」

『じゃあ、いくよ…?せーの…ッ!』

 

その瞬間、霊使は大きな喪失感とともに意識を失った。

 

 

 

「…う…うぅ…」

 

泣いている。目の前の少年が泣いている。

気絶しながら見る夢はどのような物なのだろう。

友人と楽しく決闘している夢なのだろうか。

家族一緒に楽しく過ごしている夢なのだろうか。

それとも辛く、苦しい夢なのだろうか。

「大丈夫、これからは私達が居るからね…?──()()()()。」

少女は、少年の頭を撫でながら誓った。

 

 

「……、ハッ!」

 

霊使は目を覚ました。

始めに伝わってくるのは道端ではない、どこかの硬いベンチに寝ている感触。

ただ、頭部に伝わってくる感触は違った。

なんというか、柔らかく、温かい。

そしてすぐ近くからするとてもいい匂い。

そしてすぐに理解した。

誰かに膝枕されているのだ、と。

だから、飛び起きた。

それが、悪かった。

 

「うわっ…びっくりしたぁ…。」

 

少女を驚かせてしまった。

 

「ん…?んん…?んんん…?」

 

ふと、疑問に思う。

この声の主は一体、何処にいるのだ、と。

「ああ、起きた?……おはよう、()()()()。」

驚愕した声と同じ方向から声が聞こえた。

と、いうよりも

〈驚愕していた人物と今声をあげていた人物が同じ声で同じ方向からした〉

というのがしっくり来た。

つまり、霊使は名も知らない少女に膝枕させていたのである。見方を変えれば────

 

「完っ全に変態じゃねーかぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

誰かに見られなかったことが唯一無二の幸運だった。

 

 

 

それからしばらくして、ようやく冷静になった霊使。

 

「…で?君は結局誰なんだ?」

「…え?まだ気づいていらっしゃらない?」

 

少女は一瞬可哀想なものを見る目をした。

確かに、目の前の少女は霊使が拾ったカードの内の"風霊使いウィン"、"風霊媒師ウィン"、"憑依装着─ウィン"に似ている。というほぼそのままである。綺麗な緑色の髪といい、少しあどけなさを残した顔立ちといい"ウィン"というモンスターにそっくりなのだ。

 

「まさかとは思うけど…ウィン?でいいのかな?」

「そうだよ?正真正銘のウィンだよ…ようやく気付いてくれたかぁ…。」

 

まさかの本人であった。

 

「私は精霊だよ。聞いたことない?」

「無いわけじゃないけど…」

 

カードの精霊。

カードに宿るモンスターが現実に現れた存在。

本来は別の世界───精霊界の存在。

目の前の少女───ウィンがそうだという。

 

「さては信じてないね?」

「うん。」

 

霊使は即答した。

 

「じゃあ、証拠を…」

 

と、ウィンは手に持った杖を掲げた。

 

「おいで、ランリュウ」

 

ウィンが優しい声で呼び掛けると目の前に急にドラゴンが現れた。そのドラゴンは「キュウン」と可愛らしい鳴き声をあげてウィンに顔を擦り付ける。

 

「くすぐったいって…」

「ええ…」

 

霊使はさすがに信じざるを得なくなった。

 

「ガチの精霊かよ…。」

 

霊使の呟きは空に消えていった。

 

「ところで、マスターの名前は?」

「四遊霊使だ!」

 

霊使は照れくさくて叫んでしまった。

こうして二人は出会った。

 

 

 

 

そしてウィンと霊使が出会って数日。

 

「…よし。」

「できたね、私達のデッキ…!」

「だな。」

 

拾った霊使い達を中心にしたデッキが完成した。

レアカードこそ多くはないが堅実なメタビートを行うデッキとして作り上げたため、それなりには強いだろう。

 

「じゃあ、行こう?マスター。」

「だから霊使で良いって。」

 

ウィンのマスター呼びを除いて二人の仲は順調に深まっていった。

 

「今日は…決闘基礎の試合かぁ…。」

「絶対に勝とうね。マスター。」

「ああ、そうだな。」

 

そうしてウィンはカードに戻る。

 

「じゃあ、いってきます。」

 

誰も居ない部屋に向かって挨拶して学校に向かった。

 

 

 

「おっ、霊使じゃん。」

「おはよう、克喜。」

 

教室に入ると唯一無二の友人である九条克喜(くじょうかつき)が声をかけてくれる。

 

「デッキは大丈夫なのか?」

「ああ。」

 

彼は霊使の数少ない味方でもある。

克喜の用いるデッキは"ウィッチクラフト"。

学内でも相当の強さを持つ。

いつもなら克喜を下せる相手は居ない程に。

上級生の使う"ワルキューレ"を簡単に下してしまう程に。下らない世間話を克喜としていると朝のホームルームの時間になった。

 

「おーい、今日の一時間目、決闘基礎の試合するぞー。デュエルディスク持って、体育館に集合なー。」

 

生徒それぞれが気の抜けた返事をする。

 

「今日は上級生が観戦しにくるからなー。」

 

先生は最後に特大の爆弾を落としていった。彼女達を先日の者達に見せたくなかったのだが、それはもう叶わない。

 

 

 

 

決闘基礎の試合相手はランダムにくじ引きで決められる。

その結果──

 

「これより、九条克喜対四遊霊使の試合を始めるぞー。」

 

最強にかち当たった。

 

「………うそぉ…。」

「まぁ、楽しもうぜ、霊使。」

「お前のその余裕が俺にもほしい…ッ!」

 

克喜という圧倒的な強敵が彼女達の初戦である。

 

「信じてるぜ…皆…!」

「行くぜ、霊使…!」

「「決闘(デュエル)!」」

 

霊使 LP 8000

 

「俺のターン!」

『先行ドローはないけど…勝てそう?』

 

ウィンがカードを通して聞いてくる。ただ、ここで急に独り言を呟くと明らかにやべーやつになるので黙って頷くだけにした。

 

「俺は…魔法カード"テラ・フォーミング"発動!デッキからフィールド魔法である"大霊術─「一輪」"を手札に。」

 

デッキから一枚飛び出したカードを互いに確認し、手札に加えた。

 

「そしてそのままフィールド魔法"大霊術─「一輪」"発動。そして、手札を一枚捨てて速攻魔法"精霊術の使い手"発動。デッキから"霊使い"カード、"憑依装着"カード、"憑依"魔法・(トラップ)カードを二枚まで選ぶ。俺は…"憑依連携"と"憑依覚醒"を選ぶ。その後どちらか一枚をセットし、一枚を手札に加える。」

 

ソリッドビジョンシステムによってフィールド上に一枚カードが伏せられる。

 

「そして、今伏せた"憑依覚醒"発動。そして、手札から"憑依装着─エリア"を召喚。」

 

自分の前に青髪の少女が現れる。少女はどうやら爬虫類族の使い魔を使役しているようだった。

 

(どことは言わないがウィンより発達してるな。どことは言わないが。)

『マスター?』

(すいませんでした)

 

一瞬、霊使の愚息が元気になった気がした。

それは気のせいということにしておく。

健全な思春期の男子である霊使にそんなことなんてつきものだ。

 

「攻撃力1850のモンスターが登場したことにより"憑依覚醒"の効果が発動。一枚ドロー。」

「厄介だな…!早めに"ハイネ"で粉砕しないと…。」

 

おそらく相手は"憑依覚醒"をすぐに破壊しに来るだろう。

だが、なんとしてでも"憑依覚醒"で得られる1枚のドローを死守しなくてはいけない。

 

「カードを二枚伏せてターンエンド。」

 

霊使 LP 8000

フィールド "憑依装着─エリア"

フィールド魔法 "大霊術─「一輪」"

魔法・罠 "憑依覚醒"×1 伏せ×2

手札 1枚

 

なかなかの滑り出しだろう。

いくら克喜といえどもこの布陣はそうやすやすと突破できない。そう信じて、ターンを克喜に渡した。

 

(まだ、"憑依覚醒"の全てを見せきった訳ではない…。)

『マスター、油断せずに行こう。』

(ああ…!)

 

克喜 LP 8000

 

「俺のターンだな!行くぜ、ドローッ!」

 

克喜は勢いよく引いたカードを確認する。

 

「俺は"ウィッチクラフト・シュミッタ"を召喚!そして能力を発動──────」

「はさせない!"大霊術─「一輪」"の効果発動!守備力1500の魔法使い族のモンスターが表側表示で存在するときに相手モンスターの効果が発動したとき、その効果を無効にする!」

「んなっ…!?」

 

不思議な陣に捉えられ、少女──シュミッタのビジョンがへたりこむ。

 

「っちぃ!……手札から、"ウィッチクラフト・デモンストレーション"発動!手札から…"ウィッチクラフト・エーデル"を特殊召喚…ッ!」

 

今度は巨大なノギスを持った少女が現れる。

 

「行くぜ、バトルだ!"ウィッチクラフト・エーデル"で"憑依装着─エリア"を攻撃!」

 

エーデルはノギスを構えてエリアへと向かっていく。ノギスには宝石が収まっている。

 

『あれ武器だったの!?』

(…即席ハンマー…?)

 

エーデルは空高く跳躍するとエリアにノギスを叩きつける。しかし、エリアは水流を生み出しその一撃を反らした。そのまま水流をエーデルに向けて射出。そのままエーデルを押し流してしまった。

 

「なっ…!?"憑依装着─エリア"の攻撃力は1850じゃないのか!?」

「"憑依覚醒"の効果で俺のフィールド上のモンスターは属性一つにつき300ポイント攻撃力がアップする。今のエリアの攻撃力は2150なのさ!」

「なっ…!?なんだってー!?」

「戦闘で発生した150ダメージをくらえぇぇぇぇ!」

「ぐわぁぁぁぁぁ!」

 

克喜 LP 8000→7850

 

「くそぅ…!カードを二枚伏せてターンエン───」

「エンドフェイズ時に罠発動。"憑依連携"。この効果で墓地の"憑依装着─ウィン"を特殊召喚。さらに属性が二種以上あれば表側表示のカード一枚を選んで破壊できる。もちろん俺は"ウィッチクラフト・シュミッタ"を破壊。さらに攻撃力1850のモンスターである"憑依装着─ウィン"が召喚されたので1枚ドロー。」

 

墓地から特殊召喚したウィンの急襲によりシュミッタは抵抗するまでもなく空の彼方に吹き飛ばされた。

 

『なんでぇぇぇぇ!?』

 

とシュミッタが叫んでいたのは気のせいだろう。精霊ではあるまいし。

 

「…まじか!?…ターン、エンド…!」

 

克喜 LP 7850

フィールド 伏せ2枚

 

アドバンテージは圧倒的に霊使にある。

 

「俺のターン。ドロー。」

 

霊使 手札 二枚→三枚

 

「手札から"憑依装着─ヒータ"を召喚。攻撃力1850のモンスターが召喚されたので"憑依覚醒"の効果によって一枚ドロー。さらに永続魔法"三賢者の書(トリス・マギストス)"発動。1ターンに一度、手札からレベル4の魔法使い族のモンスター一体を特殊召喚できる。」

 

フィールド上にキツネのフードを被ったような少女が現れた。その後に一枚、表側表示の魔法カードが増える。

 

「そのまま、"三賢者の書(トリス・マギストス)"の効果を使い手札からレベル4の魔法使いである"憑依装着─アウス"を召喚。」

 

最後に召喚したのは茶髪をショートにし、眼鏡をかけたボーイッシュな少女だ。

 

(やはり発育が…)

『ま・す・た・あ?』

(すいませんでした)

 

やはり発育がいい。何がとは言わないが。ウィンがキレそうだったため、また起立しそうになった愚息を抑え最後の手札を使用する。

 

「手札から、"ハーピィの羽箒"、発動。相手フィールドの魔法・罠を全部破壊」

「引きよすぎぃ!?」

 

これでもう抵抗は不可能。エリアとアウスでダイレクトアタックを敢行して直撃。克喜の手札に手札誘発のカードは無かったようであった。

 

「うわっちゃー…。めちゃくちゃいいデッキじゃねーか…!リベンジさせろよな、霊使。」

 

いい笑顔でリベンジマッチを申し込む克喜に霊使も笑顔で応える。

 

「ああ…!また、やろう。"憑依装着─ウィン"でプレイヤーにダイレクトアタック!」

 

克喜 LP 7850→4800→1750→0

 

この日、克喜の無敗記録は打ち破られた。

 

 

放課後、霊使とウィンは二人並んで歩いていた。

 

「なんか新鮮な気分だね、()使()。」

「そうだな、ウィン。」

 

二人は夕飯の材料を買っていた。

始めて決闘に勝利した記念に、そしてウィンの歓迎のために焼き肉をしようと決めたからだ。

 

「ところで何で名前呼びなの?────別にいいけど、さ。」

「もし、美少女に"マスター"って呼ばせているやつがいたらさ、どう思う?」

「そりゃ、変態………あぁ、そういう…。」

 

ただでさえ友人が皆無に等しいのに"変態"なんて言われた日には死ねるだろう。

 

「それにしても視線がすごいね…。」

「俺の隣にいるのが目を引く美少女だからねぇ…。」

「…っ!?」

 

やけに視線が気になる。確かにウィンという存在もあるのだろうが、どのほとんどは霊使に向けられた嫉妬、羨望の目線だった。

たまに値踏みするような視線も感じたが流石に人通りの多いこの商店街で手を出す者は居ないだろう。

 

「ところで…ウィン、顔赤いけど大丈夫か?」

「えっ…?だ、大丈夫…だよ?」

「………体調悪いなら言ってくれよな?」

「う、うん…」

 

それにしてもウィンの顔が赤い。それはもうゆでダコように赤い。そんなウィンを見て、霊使は若干照れくさくなった。

このまま甘酸っぱい雰囲気に流されたい自分を抑えてウィンと歩く。

 

「見せつけてくれるなぁ?霊使クゥン?」

 

一番会いたくなかった、上級生───外道洛斗(そとみちらくと)と出会うまでは。

 

 

 

「いい女じゃねぇか…」

「…やめて下さい…ッ!」

 

誰も見ていない一瞬に路地裏に引っ張られた。そして霊使は不良数人に囲まれ、ウィンは外道に体をまさぐられ、悲鳴をあげる。

 

「まさか決闘出来ないやつに女ができるなんてなぁ…?生意気だなぁ!」

「外道さん、目の前でヤってやったらどうですか?そしたらこいつは泣き叫びますよ?」

「は、それはこいつをボコボコにしてからだ!ぐちゃぐちゃにしてからヤって、こいつの心と体を服従させてやろう!これが強者に従わねぇ奴の末路だって知らしめてやるのさぁ!」

 

目の前では自分とウィンをどうするか話している。

ウィンは後ろ手に縛られていて動けない。

そして、腕っぷしに全く自信のない霊使は俯くのみ。そんな霊使に外道は「おい、顔を上げろ」という。

言われた通りに顔を上げるとそこには──

 

「そうだ、霊使ィ。あの女の事は忘れてここを去る、といえば……お前は解放してやるよ。」

 

そこにはウィンを指差して下卑た笑いを貼り付けた外道が立っていた。

その瞬間、霊使の中で何かがキレた。

 

「……ざ………な。」

「…あ?」

「ふざけんなッ!」

 

気付けば霊使は外道をぶん殴っていた。

常人のそれを遥かに超えた一撃が外道の顔面にめり込んだ。

 

「ゲブゥゥゥゥッ!?」

 

情けない悲鳴を上げて吹き飛ぶ外道。

 

「ウィンはなぁ!俺の生涯の相棒なんだよ!──俺の()()なんだよ!家族を売るやつが何処にいるってんだ!?このスカタン!」

 

何気に恥ずかしい事を言っていた気がしたが気にしない。それ以上に家族であるウィンに手を出すと言った外道が許せなかったからだ。

そしてそのまま外道の近くに行くと、霊使はこう言った。

 

「おい、デュエルしろよ」

 

と。

 

 

 

 

路地裏で二人の男が向かい合う。

腕にはデュエルディスクが装着されている。

…が、その決闘(デュエル)はあまりにも一方的だった。

 

「俺は"無限起動コロッサルマウンテン"をエクシーズ召喚!さらに"R(ランク)U(アップ)M(マジック)─アストラル・フォース"を発動…ッ!エクシーズ召喚!現れろ…!"無限起動アースシェイカー"!さ…流石にコイツは倒せねぇだろ!」」

 

外道が自身のエースモンスターを召喚する。

攻撃力3100と非常に強力なモンスターだが──

 

「"憑依連携"発動…!墓地から"地霊使いアウス"をセット。そのまま罠カード"砂漠の光"発動!俺のフィールド上のモンスター全てを表側守備表示にする。"アウス"のリバース時、"アウス"の効果発動!相手フィールド上にある地属性モンスター一体のコントロールを得る。」

 

霊使にいとも容易くコントロールを奪われ───

 

「くそッ…!"無限起動トレンチャー"で攻撃ィィ!」

「罠発動!"聖なるバリア─ミラーフォース"!」

 

攻撃すら行えず、そのまま───

 

「"無限起動アースシェイカー"でプレイヤーにダイレクトアタック!」

 

外道は霊使のライフを削る事なく一方的に負けた。

 

「…嘘だ…!俺が…霊使(コイツ)なんぞに負けるなんて…!」

「…さて、と。逃げるか───────」

 

デュエルに勝ち、霊使は何かを呟く外道を横目に、ウィンを連れて帰ろうとする。だが、

外道に背を向けたその一瞬が致命的な隙になった。

 

「俺がてめぇに負けるなんざあっちゃいけねぇんだよォォォォォッ!」

 

霊使は、強い力で押されてバランスを崩してしまう。

そのまま外道は霊使に馬乗りになった。

 

「マスター…ッ!」

 

ウィンは急いで外道を霊使の上から退かそうとするが──

 

「近づくなァ!コイツを殺すぞォ!」

 

それよりも早く外道がナイフを霊使の首筋に押し当てた。

もはや堕ちるところまで堕ちた外道は血走った目で霊使を睨む。

 

「てめぇは!一生!俺の下で!生きるべき!家畜なんだよ!まぐれの一回勝ちで勝ち誇った顔してんじゃねぇよ!どうせさっきの!奴も!まぐれだったんだろ!?そう言えよ!このクサレ野郎がッ!」

 

外道は何度も何度も何度も何度も霊使に拳叩きつけた。顔、腹、胸────体の至るところが激痛に悲鳴を上げる。

 

「あ゛あ゛ッ…!」

 

口から声にならない悲鳴が漏れる。

だが、外道の言葉を認めてしまえばまぐれ勝ちとしてまた決闘させられてしまう。

─────それはダメだ。

それは、決闘者(デュエリスト)としての矜持を失うことに等しいからだ。

そして、それはウィン達を否定するのと同じだからだ。

だから─────

 

「そうやって…じゃ…ねぇ……と勝てない…んだもんな……」

 

全力で煽った。

 

「なん…だとォ…?」

 

そして、霊使は顔面に鋭い痛みを受けて、意識を手放した。

だが、最後に───

 

『…うん。ウィンが正しかった…。遅いかもだけど、()()も出るよ…!』

 

ウィンが何かを叫んで、自分の内からも声が聞こえた気がした───。

 

 

 

「んぅ…」

 

ゆっくりと目を覚ます。

 

「あれ…?俺、何分寝てた…?」

「十分位かな。…おはよう、霊使。」

 

やっぱり隣にはウィンがいた。

 

「おはよう、なんて目覚めじゃねーけどな。コレ。」

「あははは…だね。」

 

霊使とウィンは軽口を口にする。

周りを見ればもう、外道は居ないようだった。

 

「…外道は?」

()にボコボコにされて逃げてったよ。今は…霊使のよく知る人物の精霊に説教されてるんじゃないかな?」

 

確かに少しばかり離れた所から怒気が感じられる。

だが、それよりも霊使が気になったのは───ウィンが言った、自分のよく知る人物と言う言葉だ。

 

「……………なあ、ウィン。"憑依連携"で破壊したシュミッタって空の彼方に吹っ飛んでいったよな…?」

「…うん、そうだねぇ…」

「でさぁ、俺、思いっきり"なんでぇぇぇぇ!?"って聞こえたんだけどさぁ…」

「大丈夫。私も聞こえたもん。」

「…………確か精霊に愛されると運命力が強くなるんだっけ…?」

「そうだね。……デッキが───私達が想いに応えるからね。」

 

ウィンの発言を基にして考えてみると、あっさりと"誰か"の答えがわかった。そして───

 

「よぉし、殴ろう!」

 

この日一の理不尽な発言が飛び出すのであった。

 

 

 

「この感じは…!」

 

九条克喜は何か大きな力の流れを感じていた。

具体的にいうなら一気に精霊が三人位顕現したのと同じ位の力の流れだ。

何故、そんな事が分かるのか。

それは──────

 

『克喜!この近くで精霊の反応が!』

(分かってるよ、ハイネ!)

 

彼もまた、ウィッチクラフト(カードの精霊)を従えている者だからである。

 

『のらせいれいのかのうせいがあるから、いちおう、ウィッチクラフト謹製の結界をてんかいしておくね』

(…OK。分かった。ありがとう、ヴェール。)

 

彼の中で何かが失われると、目には見えない結界が張られた。

 

(いくぞー!)

 

そして、安全を確保し、現場に到着した克喜が見たのは────

 

「ボクの」

「私達の」

「マスターを傷付けたのはお前らかァァァァァァ!」

 

何処かで見たことがある少女達が不良をオーバーキルしている姿だった。

どうやら彼女達は自らのマスターを傷付けた相手に対し、報復しているらしい。

 

(止めたほうが、いいよなぁ…。)

 

だが、何故か止める気が起きなかった。

 

 

 

エリアは激怒した。

必ずかの邪知暴虐の決闘者を排除せねばならないと決意した。

エリアは───エリア達はそれはもう、怒髪天をつく勢いでぶちギレていた。。

カードの中で自分達のマスター見ていたからこそ、外道という男が赦せなくなっていた。周りが見えなくなるほどにブチ切れていた。

だから、視界の端にから飛んでくる布に気付くことができなかった。

 

「…少し、やりすぎです!」

「…あっ…」

 

その声によってようやく、気付くことができた。

いつの間にか外道達は瀕死になっていたのだ。

 

「少し頭を冷やしなさい。…キレるのは分かるけれど。」

「…はい…。」

 

空から降ってきた女性から拳骨を貰う。

危うく大きな間違いを犯しそうになったので、拳骨は授業料として受け入れた。

ただ、この拳骨が原因でしばらくの間、頭にたんこぶが出来て痛かったのはエリア達だけの秘密である。

しばらくして、一人の少年がこちらに向かってきた。

 

「……はじめまして、マスター。」

 

エリアは小さな声でそう、言った。

 

 

 

こうして、霊使に4人の相棒が生まれた。この5人と克喜は後に世界に名を轟かせるほどの決闘者となるのだが、それはまた、別の話なのである───。

 

 

 




霊使のデッキは"憑依装着メタビート"を基にして構成しています。
そして、俺がこの話を書いた理由はウィンが可愛かったから。反省しているが後悔していない。
追記:外道の名前の綴りを外道洛東から外道洛斗に変更しました。


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四遊霊使の"証明"

前回は第一話ということで滅茶苦茶長くなりましたがこっからは2,000から3000文字位の内容です。
今回から後書きでキャラ紹介コーナーが始まります。


克喜との決闘、つまりウィン達──四霊使いが顕現したあの日から数日が経った。

今、霊使が居るのは職員室だ。担任の先生に呼び出されたのだ。

 

「四遊……お前本当に不正してないよな?」

「当然。不正なんてしようだなんて思ってませんよ。」

「じゃあ、どうして急に九条に勝てるようになったんだ?」

 

それは先日の一件──つまりは霊使が克喜を下した、という事に対してに疑問らしい。

確かに担任の先生の言うことは最もだ。つい先日まで負けてばかりだった少年が学校屈指の決闘者に勝ってしまったのだから。

先生の言い分は確かに一理あるものだ。そう、理解していても納得できない。

 

「勝ったのは事実ですから。」

「………じゃあ、証明して見せろ。」

「ええ。それで貴方が納得してくれるのなら。」

 

この世界では決闘が全てだ。ならば、決闘で示せばいいだけの話だ。

 

「さあ、決闘だ。四遊!」

「勿論。覚悟は出来てます!」

 

場所を移した二人は互いにデュエルディスクを装着。所定の場所にデッキをセットすれば後は自動でシャッフルを行ってくれる。

 

「「決闘(デュエル)!」」

 

先生 LP 8000

 

「先攻は俺だ!手札からフィールド魔法"化合電界(スパークフィールド)"を発動!この効果により一ターンに一度リリース無しでデュアルモンスターを召喚できる!という訳で手札から"フェニックス・ギア・フリード"召喚!」

 

白い鎧を身に纏う不死鳥の騎士が姿を現す。

 

「更に"化合電界"の効果により通常召喚に加え一度だけデュアルモンスター一体召喚できる。よってもう一度"フェニックス・ギア・フリード"を召喚する!さらに"最強の盾"を装備してカードを一枚伏せてターンエンド!」

 

先生 LP 8000

フィールド フェニックス・ギア・フリード (最強の盾装備)

フィールド魔法 化合電界

伏せ ×1

 

「じゃあ、俺のターンですね。ドロー。」

 

霊使は引いたカードを確認した。引いたカードは───"精霊術の使い手"だった。

 

「愛されてんなぁ…"精霊術の使い手"発動!手札一枚を捨ててデッキから"憑依覚醒"と"憑依連携"のどちらか一枚をセットし、一枚を手札に!そして、そのままセットした永続魔法"憑依覚醒"を発動!」

 

霊使のデッキにとって生命線とも言える"精霊術の使い手と"憑依覚醒"。このカード達を早い段階で引けるかどうかでこの後がグッと変わる。

 

「そして永続魔法"三賢者の書(トリス・マギストス)"発動!そして"三賢者の書"の効果で手札からレベル4の魔法使い属モンスターである"憑依装着─エリア"を特殊召喚!"覚醒"の効果によって一枚ドローします!」

 

青い髪の持つ少女──エリアが水球から現れた。彼女も精霊であるせいか少し笑顔になったように見える。

 

『…ムスー』

(後でちゃんと活躍させてやるから拗ねないでくれ…。)

『…使わなかったら?』

(好きなもの一年間食い放題にしてやる)

『言質は取ったよ?』

『使う気しかない……』

『ウィン…哀れな子…。』

『ウィンちゃん、すぐ出番来るからね?』

 

どうやらウィンはまた"精霊術の使い手"のコストとして捨てられた事にお怒りのようだ。

どのみち"憑依連携"の効果で特殊召喚するのだから許して欲しい。霊使はそう思った。

頭の中で霊使い達がコントを繰り広げる中で霊使は冷静にプレイを行う。

 

「なるほど。」

「まだまだ!手札から"妖精伝姫(フェアリーテイル)─カグヤ"召喚!効果によりデッキから攻撃力1850のモンスター一体を手札に!」

「ならば、ここで罠発動!"神の警告"!2000ライフポイントを支払い、"カグヤ"の能力を無効にして破壊する」

 

先生LP8000→6000

 

「くそぅ…!じゃあ、俺はカードを2枚伏せてターンエンド!」

 

霊使 LP8000

フィールド 憑依装着─エリア

フィールド魔法 なし

伏せ ×2

永続魔法 憑依覚醒

 

なんとかしてフェニックス・ギア・フリードに装備された"最強の盾"を破壊しなくてはならない。そうしなければ毎ターン5300の超火力が飛んでくる。かの青眼の白竜(ブルーアイズ・ホワイトドラゴン)も真っ青になりそうな火力を生徒にぶつけんなと悪態をつきそうになった。

 

「じゃあ、俺のターン、だな。ドロー。……俺はこのままバトルフェイズに移行。"フェニックス・ギア・フリード"で"憑依装着─エリア"に攻撃!フェニックス・アブレーション!」

「……トラップ発動!"憑依解放"!」

 

エリアはフェニックス・ギア・フリードの一撃を受け止めようとして水の障壁を作り出した。

しかしエリアの作り上げた水の障壁はフェニックス・ギア・フリードの炎の前には無力だった。

 

「しまっ…エリア!」

 

霊使 LP8000→4850

 

「ただ、エリアが破壊されたときに"憑依解放"の効果発動!デッキから破壊されたエリアと違う属性の守備力1500のモンスター一体を表側攻撃表示か裏側守備表示で特殊召喚できる!俺は"火霊使いヒータ"を裏側守備表示で特殊召喚!」

「……攻撃力500のモンスターを裏側守備表示で特殊召喚?まあいい、ターンエンド!」

 

どうやらウィンは霊使が何をするか読み取ったようだ。容赦が無い、と苦笑する。

 

先生LP6000

フィールド フェニックス・ギア・フリード (最強の盾装備)

伏せ なし

 

「俺のターン!ドロー!俺はこのタイミングで"憑依連携"発動!墓地から"憑依装着─ウィン"を特殊召喚!"憑依覚醒"の効果によりデッキから一枚、ドローォォォォォ!」

 

霊使は全ての気合いを込めてカードを引いた。

引いたカードは───狙っていたものだった。

 

「…フィールド魔法"大霊術─「一輪」"発動!そのまま俺は手札から"太陽の書"を発動!効果によって"火霊使いヒータ"を表側表示に!そして、"ヒータ"はリバース時に発動する効果を持つ。その効果は、ヒータが表側表示である限り相手フィールド上の火属性モンスター一体のコントロールを得る!もちろん、対象は、先生の"フェニックス・ギア・フリード"!」

「…!"フェニックス・ギア・フリード"の効果を発動…しかし…」

「"大霊術─「一輪」"によって無効、ですね」

 

ヒータが一つ杖を振るとフェニックス・ギア・フリードがそれに付き従うように霊使のフィールド上に現れた。

 

「バトル!"フェニックス・ギア・フリード"で攻撃!先生にダイレクトアタック!」

 

先生LP6000→700

 

「これで、終わりです!"憑依装着─ウィン"でダイレクトアタック!"エレメンタリー・ストーム"!」

 

先生LP 700→0

 

「「ありがとうございました」」

 

 

 

先生と握手した霊使は先生から無事に決闘の実力をみとめられた。

 

 

こうして四遊霊使の"証明"は完了した。

だが、これからも多くの受難が霊使を待っているということをまだ知る由もない──。




キャラ名鑑No.1 四遊霊使
使用デッキは霊使い。
好物はいちご大福。
苦手なものは牡蠣。
この物語の主人公。今まで虐められていたが霊使い達と出会い、日々が少しだけたのしくなった。


はい、という訳で四遊霊使の始まりの章はこれでおしまい。次からは第一部が始まります。


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第1部 星を創りし者
四遊霊使の"入学"


世界のてっぺんを目指すための下積みの期間がはぁじまぁるよぉー!


ウィン達と出会ってからおよそ2年。

とうとう高校入学の瞬間を迎えた。

やはり、高校の入試もデュエルがメインだったが霊使達は難なく突破したのだ。

 

「2ターン目には既に攻撃力3050の少女達にボコボコにされてた。」

 

とは霊使の試験を担当した試験官の一言である。

ただ、少なくとも決闘(デュエル)に勝つか、後一歩まで追い詰める必要があったようで、惜しい勝負をした何人かと霊使のようにオーバーキルを行った数人、それと普通に勝った者達のみがこの入学式場に入る事を許されていた。

私立端河原松学園付属高校────これより霊使はここに入学することになる。

 

 

 

私立端河原松学園付属高校、通称"端末高校"と呼ばれるこの学園はここ端河原市の市長である"星神 創(ほしがみ つくる)"の出身校として有名である。星神は超が五つついても足りないような田舎である端河原市を国内でも有数の大都市に作り替えたことで有名だ。もちろん田舎町の風情を郊外に残しており、都市部、郊外部と二つの顔を持つ町を作り出していた。

 

閑話休題。

 

今は入学式の真っ最中である。

といっても校長の話があったり、クラス担任が発表されたり色々なことがあった。

が、

 

『………どうしようかなぁ………』

 

何故か頭の中でウィンがウンウン唸っているのだ。

 

(もしかして、()()()か───?)

 

霊使はウィンがウンウン唸っている理由を思い浮かべる。

そのとき。霊使はウィンが少し前に話してくれた事を思い返していた。

 

 

 

「実はね、私は自分の一族を抜け出してきたの…。」

 

ある日の夕食後、ウィンは唐突にそう切り出した。

 

「……え゛?」

 

それを聞いた瞬間霊使は固まったままなんとか声を絞り出した。それもそうだ。ウィンの身の上話なんて聞く機会が無かったのだから。

 

「私の一族───"ガスタ"っていうんだけど、私はその一族の次期族長になる予定だったの。でも、私は一族に縛られるのが嫌で思わず"ガスタ"を飛び出したの。……その時父さんで族長のウィンダールと、姉のウィンダと揉めに揉めちゃって…」

「で?その時以来連絡もしてないし一度も戻ってない、と…?」

「………おっしゃる通りです。ハイ。」

「ああ。」

 

霊使は天を仰いだ。そんな重い物を背負っていたのか、と知ることができなかった事を後悔するくらいには。

そして、同時に厄介な問題でもある。

ウィンは優しいため、恐らくだが、罪悪感等に押し潰され、戻るに戻れなくなっているのだろうということは分かった。

 

「……そればっかりは話してみないとなぁ…。」

「やっぱ、そうだよ、ね…。」

 

もしかしたら自分がO☆HA☆NA☆SIされるんだろうなぁ…。

霊使はウィンのイザコザが解決することができると同時にそのイザコザに自分が巻き込まれないことを切に願った。

 

 

『うーん…うーん…』

(…本当に居るのか?)

『わかっちゃうんだよねぇ。…家族の絆っていうのかな?私には余り関係ないけどさ…』

(へえ…)

 

霊使は意識をウィンとの会話に使いながらヌボーっと入学式を眺めていた。

そして、恙無く式は進み───

 

「続いて、新入生代表の言葉。風見颯人(かざみはやと)。」

「はい。」

『………あっ。』

(………ああ、彼がガスタの使い手なんだな…)

 

ウィンの反応で全てを察してしまう。

どうやらこの先の生活も穏やかじゃ無くなったようだ。

 

『高校…チェンジで』

(だめです)

『……だ、だよね』

 

こうして、波乱の幕開け(笑)で霊使の高校生活は始まったのである。

 

 




今回は短い…リアルが忙しいのです。

引っ越し準備が…辛い…

ミニキャラ名鑑No.2 ウィン
この作品のヒロイン。
家族の話になると発狂する。
「掟」は守るが「地位」に縛られるのは嫌な娘。
割りとフリーダム


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四遊霊使の"自己紹介"

今回も短いぞ!

なんたって引っ越し準備が終わらないから☆


「さて、入学おめでとう。君たちこの一年A組───特進クラスの担任になった"真木 愛音(まぎ まなと)"よ。よろしくお願いするわ。」

 

ラフな格好をした女性の担任──真木が黒板にでかでかと自分の中の名前を書いた。

 

「早速だけれど…自己紹介をしてもらおうかしら。名前と皆が使用するデッキについて教えてちょうだい。……ちなみに私は"マギストス"を使っているわ。」

(………まじかよ)

『確かにあの方からはヴェールと似た力を感じます…』

『……じゃあ、あのひとがかあさんのマスター…?』

(……多分な。)

 

克喜は頭の中でウィッチクラフト達と会話してながら話を聞いていた。どうやら、彼女はヴェールの母親──サンドリヨンの精霊を従えているらしい。

他のウィッチクラフト達もハイネと同じ事を思っているらしく、皆がハイネの意見に同意していた。そして、その脳内で行われる会議に克喜も参加した。

故に、気付かなかったのだ。

 

「九条克喜!貴方の番よ!」

「────ウェイ!?」

 

すでに自分に番が回ってきているということに。

 

 

「風見颯人だ。"ガスタ"を使わせてもらっている。」

 

颯人はぶっきらぼうな自己紹介をした。

 

『………マスター。もしかして自己紹介嘗めてる?』

(ウィンダ…俺は至って普通の自己紹介をしたつもりだが?…何か落ち度でも?)

『大有りよ!あっさりしすぎなのよ!せめてアタシは紹介しなさいよ!』

(知らん。そんなことは俺の管轄外だ。)

『ああ…。これでまたアタシのマスターが誤解されるぅ……』

 

その事を咎めるように彼の精霊───ウィンダが声を荒げた。

と言っても、他の人物に聞こえている訳ではないので物凄く呑気に受け答えをしているのだが。

 

(本当にこのクラスの中にお前の妹──ウィンを連れているやつがいるのか?)

『それはもちろん。アタシが言うんだから間違いない!』

(家出してから一度も会ってないのにか?)

『うぐ…。』

 

颯人は正論でウィンダを黙らせるとそのまま自己紹介を聞き流していた。そして、とある少年の番でウィンダが再び話し掛けてくる。

 

『……あの子からすごくウィンの気配…というか力を感じるんだけど…。』

(……後でウィンについて聞いといてやるよ。)

『ありがと。マスター。』

(…ただ。)

『何?』

(ウィンを連れていたからって暴走すんなよ?)

『善処します…。』

 

この後二人の予想外の精霊がド派手に暴走することになるのだが、それはまだ知る由もない。

 

 

 

『……すごく、近いです……』

(……そう、だよなぁ…)

 

ウィンが言うにはやはりこのクラスにガスタの使い手がいる、との事だった。

 

(というか絶対に風見颯人君なんだよな…。)

 

明らかに自分が自己紹介し終わった辺りからずっと自分を見ていた。

その少年───風見颯人がガスタの使い手であるだろうという考えの下、どういう風にガスタとウィンの蟠りを解こうか、と考えていた。

そんな事を考えているうちに自己紹介は終わっていた。

 

『マスター、ボク達やカツキ、その──ハヤト、だっけ?その三人以外にも精霊連れているとおぼしき決闘者が何人かいたよ。』

(……ヒータ、それマジ?)

『…全く。自己紹介は聞いてたほうがいいってのに…』

(すまん。……で?誰だったんだ?)

 

若干ヒータに咎められつつも霊使い達に精霊を連れているであろうクラスメートの情報をもらった。

その情報を整理すると─────

 

『えッ…リチュアも居るの…?』

 

ウィンが絶望していた。どうして絶望しているのか分からなかったが、そこはおいおい聞くことにした。

 

『……ドライトロン、蟲惑魔、そしてリチュア…。うーん。頭が痛くなってくるなぁ…。マスター、どうしようか?彼らのマスター接触するかい?』

(…そうだな…纏めて接触するか、逃げるか。悩むなぁ…)

『いや、そこは頑張って向き合いましょうよ…』

(やめろ、正論は俺に効く。)

 

アウスの正論に淡い逃走への希望は打ち砕かれた。

 

「ああ、そうそう。入学試験で教員を倒した六人──

四遊、風見、九条、二重原、星神、龍牙の六人はこのHR後すぐに職員室に来るように。確認したいことがあるからな。────忘れるなよ?」

 

(どうしてだよォォォォォ!)

(あ…あはは…)

 

どうやら、学校からトラブルを作りにきてくれやがったらしい。

ウィンは霊使の胃が痛くなるんだろうな、と思い渇いた笑いしか出てこなかった。

 

 

 

 




うーん。上手い文章が書きたい…。


ミニ設定紹介 精霊について

この作品の精霊はGXと違ってどんな人物にも見える。さらに言うなら触れる。もちろん、精霊のマスター本人だけが見えるようにすることも可能。


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四遊霊使と"精霊"

はぁい!
プリズマティックアートコレクションでまさかのライナの絵違いが出るとは思ってなくて買うことができなかった作者だよ!

情報を確認してない俺が100%悪いねこんちくしょう!

という訳で本編が始まります。


霊使は今すぐに逃げたかった。

 

「何か言い残す事はあるか?」

 

何故なら───

 

「ヤメロー!シニタクナーイ!シニタクナーイ!」

「潔く諦めてここで死ね!よくもウィンの純潔を奪いおって!」

「父さん!?ちょっと色々と勘違いしてるよ!?少なくともまだ純潔は失ってないって!別に霊使ならそういう関係になってもいい…むしろなりたいけどさ…

「ちょっとウィン!爆弾発言を突っ込まないの!父さんも落ち着いて、ちゃんとレイジ君とウィンの話を聞いてあげて!」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。主にアイアンクローされた額がみしみしと軋んだ音をたてているのだ。このまま破裂してしまいそうだ。

ウィンの姉──ウィンダとウィンが父親を必死に止めようとしているが恐らくは無駄だろう。現に二人の説得をき聞いてもウィンの父親──ウィンダールはアイアンクローを霊使に行い続けている。もちろん力は全く緩めない。

克喜もその他三人も目の前の光景に苦笑するだけで助けには来ない。颯人はウィンダールの静止を試みるも全くの無駄だった。

正に絶対絶命。

 

「どうしてこうなった…?」

『…やっぱ、親の愛情、でしょうねぇ。』

 

真木も額に手を当てて、サンドリヨンは苦笑しながらその光景を眺めていた。

そもそもどうしてこうなってしまったのか。

話は少し前へと遡る───。

 

 

放課後に真木呼ばれていた六人は、生徒指導室で顔を突き合わせていた。

 

「全員いるな?──今から聞く質問に正直に答えて貰うわ。とても大切な話だからな。」

 

真木は全員を一瞥するとこう言った。

 

「六人とも、精霊を連れているだろう?改めて、自己紹介ととも精霊の名をに教えて欲しい。」

 

と。もちろんここで隠すのもありだろうが、恐らく彼女の疑惑は晴れない。

ならば、正直に答えるべきか。

そう霊使が結論づけたところだった。少年がぽつりぽつりと自己紹介を始める。

 

二重原 水樹(ふたえはら みずき)です。精霊は───リチュア・エリアルですよ。おいで、エリアル。」

 

そういうと彼の隣に人影が現れた。

 

「…ハイハイっと。はじめましての人が多いから、自己紹介させてもらうよ。僕はエリアル。──リチュアの儀式屋さ。」

 

それだけ言うとエリアルはそそくさと少年───水樹の後ろに隠れる。そのままひょっこり顔を出して

 

「こう見えても結構僕は人見知りだからね…?」

 

と言った。

 

「グフッ…。」

 

余りの可愛さに誰かが吐血した声が聞こえたが気のせいということにした。そうでなければこっちも持たない。

 

『もう…霊使のバカ…』

(いつの間にか名前になってますよ…?ウィンさん)

『今更でしょ?もう…。』

(確かに!)

 

若干ウィンが嫉妬しているように感じたがそれはそれだ。人間、可愛い物は大概好きなのだ。

ただ、ウィンがエリアルに嫉妬した理由に関しては霊使にはさっぱりわからない。少し騒いだところで唐突に一人が手を挙げ、自己紹介を始めた。

 

「……このままだと、埒があかないなぁ。それじゃ、今度は僕の番だね。星神 奈楽(ほしがみ ならく)だよ。ご存知の通り父親はここの市長さ。精霊は、数が多いから詳しくは今は言えないけど、"蟲惑魔(こわくま)"達さ。使用しているデッキもおんなじだよ。」

 

奈楽が簡単に自己紹介済ませた。それと同時に彼の周りに一人の女性が現れる。

 

「皆を代表して自己紹介させていただきます。私の名前はフレシアと言います。マスターともども宜しくお願い致します。」

 

どうやら、女性──フレシアが奈楽の精霊らしい。 フレシアは一礼するとすぐに奈楽の一歩後ろに立った。なにがあっても対応できるような位置だ。続けて少しガタイのいい男子生徒が自己紹介を始めた。

 

龍牙 流星(たつが りゅうせい)です。 デッキは"ドライトロン"を使っています。俺の精霊は、"メテオニス"という名前なんですが──。」

 

ピクリ、と真木が顔を動かした。

 

「今、この場に居ないのか?」

 

と流星に真木が問いかけた。それに対して流星は「いいえ」と一言おいてからこう言った。

 

「居るんですけど、…余りに大きくて入れないんですよ。彼。」

「何?」

「外でなら紹介出来るんですが……。」

「…いや、いい。また今度紹介してくれ。」

「…?」

 

少し流星は疑問を感じた。──が、それは一旦置いておくことにした。ここで突っ込んで聞いたらなんか色々と拗れそうな気がしたのだ。

 

「さて、後は三人だな。」

 

そうして克喜と颯人が自己紹介を行う。霊使は、克喜の精霊がウィッチクラフト全員だったのは知っていたから驚かなかったが、やはり幼女(ヴェール)が精霊に居ることで 克喜にロリコンの疑惑がかけられてしまった。

克喜は

 

「なんでやねん」

 

と突っ込んだがヴェールをキーカードにしてる時点でお察しである。

一方、颯人はというと

 

「俺の精霊のウィンダと、──ウィンダールだ。」

 

ガスタの二人で、そして、ウィンの家族を顕現させた。霊使にとってはもはや寿命がゴリゴリ削られていくレベルである。

 

「さあ、お前が最後だ。四遊。早くお前の精霊を紹介するんだ。」

「……逃げたい…。が、やるしかないよな…。俺は四遊霊使。デッキは"霊使い"。そして、俺の連れている精霊は───」

 

霊使は胃に穴が開くほどの痛みを感じながら、四人を実体にする。

 

「ウィンにエリア、それにヒータ、アウスの四人で───」

 

霊使は最後まで自己紹介する事は無かった。

何故なら───

 

「貴様かぁぁぁぁ!」

 

ウィンダールがアイアンクローを仕掛けてきたからである。

 

「理不尽ッ!?」

「貴様がウィンを誑かしたのか!赦せん!」

 

そうして冒頭に戻るのである。

 

そして、数瞬後──

 

「……これ、結局誰が悪いんでしょう…?」

「「「…さあ?」」」

 

フレシアの問いかけにエリア、ヒータ、アウスの三人は曖昧な回答しか出来なかった。

 

「止めてあげなよ…さすがの僕でも可哀想になってきた。」

 

エリアルはその光景を眺めて、苦笑していた。

 

 




はい。
この作品のウィンダールさんは家族思いのいい人です。
ただ家族が好きすぎて暴走しちゃいます。

ミニキャラ名鑑No.3 エリア

皆ご存知水霊使いエリアその人。
活発で頭もいい。
この作品では、エリアとエリアルは他人の空似。
わらび餅が好き


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四遊霊使と"精霊" その②

誰かー!誰かー!誰かライナの絵違い持ってませんかー!?

まさかの二日間で完成…!自分が一番驚いています!
では、本編をどうぞ!



「あでででで…」

「だ、大丈夫…?」

 

未だにウィンダールにアイアンクローされた場所が痛む。

 

「ご…ごめんね?父さんが…。」

「だ、大丈夫じゃないが…しょうがない…。」

 

ウィンダでさえもが謝るこの状況。

そして、この状況を作りあげた本人(ウィンダール)はというと、

 

「そこまで、ですよ。」

「何故止める!親は娘が何処の馬の骨とも知らぬ男を連れてきて冷静でいられるわけないだろう!」

「でも、ですよ。」

 

フレシアの呼び出した蔦に絡め取られて動けなくなっていた。目の前にリチュア・エリアルという同族の敵が居るにも関わらず霊使に飛びかかっていった辺り、相当ウィンの事を心配していたのだろう。

事実、彼がエリアルに気付いたのは絡め取られてから数分経ってからだった。

 

「…ッ!貴様はリチュアの…!」

「…ようやく落ち着いてウィンダと話せると思ったら…。」

 

エリアルは水樹の精霊になった時点でガスタと交戦するつもりは一切無かった。

しかしこう、敵意を向けられるとやはり、苦しい。

エリアルは罪悪感で顔を伏せることしか出来なかった。

そんなエリアルを一瞥して、ウィンダールは霊使い達に顔を向ける。

そして、驚愕した。

 

「バカな…。エリアルが二人、だと!?」

「えっ。」

「えっ。」

 

エリアルと瓜二つの少女が居たことに。思わずエリアとエリアルは同じ言葉で困惑を示す。

そして、ウィンダールはというと話が進まないとため息をついたフレシアに口まで塞がれたのだった。

ようやく静かになった、と真木が呟いてから、口を開く。

 

「実はな、公になってはいないんだが、街の博物館から色々な物が盗まれているのだ。─私は精霊の仕業だと考えている。」

「なんですって!?」

「正確にいうと"精霊を連れている人間"のせいだな。恐らく、だが犯行自体は盗みを行う精霊の仕業だが、その背後に何か大きな者が潜んでる…気がするのだ。」

 

精霊がこの世界で盗みを働くとは、どういうことだろうか。

あのうるさいウィンダールでさえも静かにしている辺り余程異常なことなのだろうか。

事実、フレシアは驚愕の声を上げている。

 

「盗まれた物品は全て"創星伝説"に関係あるものだそうだ。」

「それって…。」

「まぁ、精霊が居るくらいだからな。まぁ、"神"が居たって問題ないだろう?」

「ま…まあ。」

 

"創星伝説"──この端河原市に伝わる伝説である。まさか、伝説の再現でも行おうとでもいうのだろうか。

霊使は"伝説の再現"という言葉がなんともしっくり来たのだ。

 

「ねぇ、霊使。"創星伝説"って何?」

「あ、そうかウィンは知らないのか。じゃあ、簡単に説明するとだな──」

 

 

 

この星は二柱の神から生まれた。

片方の神は地を産んだ。

もう片方の神は海を生んだ。

しかしその土地に生きる者はその二柱の神しか居なかった。

故に神達は新たな生命を産んだ。

生命のサイクルを作った。

知能を与えた。

いつか、二柱と話し合える生物の誕生を祈って。

そしていつしかその二柱の神は"創星神"と呼ばれるようになったのだった。

 

 

 

 

「───ていう伝説さ。」

「へぇ…。」

 

ウィンは霊使から伝説を聞いても然程驚かなかった。

と、いうよりも余り興味が湧かなかった。

ウィン自身、余り神話や伝説の類は信じないのだ。

ただ、もしかしたら、今回の事件と関係あるかもしれない。むしろ()()()()()()とウィンは踏んでいた。恐らく───否、絶対に創星神の力を狙っているのだろう。故にウィンは創星伝説を頭の片隅に留めておくことにした。

 

「現場付近では、二人の人影が確認されている。お前達の誰かが怪盗だと思ってたが、どうやら違うようだ。…そこで、だ。決闘の腕前がそこそこあり、かつ、精霊を連れているお前らに頼みたいことがある。」

 

真木は一枚の紙を突き出した。その紙にはこう、書いてあった。

 

「部活動設立願」

 

と──。

 

「へ?」

 

六人のすっとんきょうなこえが重なる。何度瞬きしても、「部活動設立願」は消えて無くならない。

つまり、目の前に居る真木は、自分達の担任は何の脈略もなしにいきなり「この六人で部活動をしろ」と言っている。

 

「わけがわからないよ…。」

 

奈楽の声は夕焼けに溶けて消えていった。

 

 

 

 

 

数時間後、とある廃墟にて。

 

「アンタとの契約を果たせばきっちりとワタシ達のマスターを治してくれるんだよな?」

「あぁ、勿論だ。約束しよう。この街ならば俺は色々と顔が効くからね。」

 

二人の女性と一人の男性が何か話し合っていた。

 

「その証拠は何処にあるの?」

「もちろん、そこは、俺を信じろとしか言えないがね。ただ、働きに見合った報酬は渡すのは俺の主義なんだ。今までも()()()()()()は振り込んでやったろう?」

「それは…確かに…そう、だけど。」

 

どうやら3人は何かの取引を行っているようだ。

二人組の女性は何か男の発言を怪しがっているらしい。

特に赤毛をロングヘアーにしている気の強そうな女性は男に食って掛かる。

 

「胡散臭いんだよ、アンタは…。」

「そいつは心外だ。まあ、俺はお前達がキチッと働いてくれるのなら、何言われようと文句はないのさ。」

「…分かったよ。アンタは色々と腹黒いな。」

「やれやれ。」

 

男は肩を竦めると赤毛の女性の肩を叩いた。

 

「頼んだぞ?二人とも。」

 

その言葉を最後に男はその場から姿を消した。

 

「絶対に、助けてあげるから。だから頑張れ、マスター…!」

 

女性の呟きは風に乗って遠くへと消えた。

 

 




一部の中ボスの二人が初登場。
まぁ、大体分かるよねぇ…。
さて、霊使君達は部活動やることになったのです。
はてさてこの先どうなることやら…(投稿ペース)


ミニキャラ名鑑No.4 九条克喜
使用デッキは"ウィッチクラフト"。
霊使が通っていた中学の覇者。
霊使以外に負けたことがほとんどない。
好きな物は炭酸飲料
嫌いな物はホラー系の作品


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四遊霊使と"部活動"

プリズマティックアートコレクション何処にもねぇ!


真木は何の説明も無しに部活動設立願を突き出し事を若干公開していた。まさか、ここまで固まったままになるとは思いしなかったのだ。

 

「おい、お前達。いい加減に再起動しろ。」

「ハッ!」

 

ようやく再起動を果たした六人は改めてその書類を見つめた。

霊使は完全に困惑していた。

 

「あ、ありのまま今起こった事を話すぜ…!俺は精霊が悪さしているという話を聞いていたらいつの間にか部活動の話に刷り変わっていた…!何を言ってるかわからねーと思うが俺もなにが起こったのか分からなかった…。」

 

余りの状況に自分でも何を口走っているのか分からなくなる。

 

「落ち着け、四遊。これはちゃんと意味のある行為だ。この学校では部活動に所属することは必須だな?」

 

真木は冷静さを失った霊使を嗜めると、そのまま自身の真意を説明し始める。

 

「言うなればこれは隠れ蓑だ。放課後に校外に出るための口実作りなのさ。」

「つまり、この六人でその事件の捜査をしろ、と?」

 

いち早く真木の真意を読み取った流星が真木に確認をとる。

 

「そういうことだ。理解が早くて助かる。」

「それはどうも。でも、警察はどう説得するんです?」

「それは───」

「それなら私に任せて貰おう。」

 

真木の話を遮って入ってきたのは一人の男だった。

その男は──入学式に出席していた警察の長官の一人だった。

 

「端河原市警察署署長の白城 日比人(しらぎ ひびと)だ。実は、真木君とは旧知の仲でね。今回の申し出を承認したんだ。これから君達六人は"精霊特捜部"として精霊が引き起こす事件に対応してもらいたい。言ってしまえば"バイト"だね。」

「"バイト"なんてレベルじゃないよね…。」

「ウィンダ、珍しく同感だよ。」

 

提示されたものは余りに大きくて、余りに威圧感のあるものだった。そもそも警官に精霊を連れている人間は居ないのだろうか。

ウィンはその点が引っ掛かった。

 

「警察に精霊を連れている者は居ない…。だから捜査も難航してるんだ。」

 

と日比人は説明した。

 

「つまり、この事件を解決するには…この六人で捜査するしかない…という事か…。」

 

颯人は諦めたかのようにため息を吐く。

颯人にしてみれば暴走する原因と一緒に行動しなくてはならないのだから。

 

「まあ、やるしかないだろうな。俺は乗るぞ。」

「いいよ!そうこなくっちゃ!」

 

それでも颯人に参加しないという選択肢は無い。

ウィンダも参加に肯定的だ。

 

「んじゃ、ここにいる奴らは全員参加でいいか?」

 

克喜が全員に確認する。

その問いかけに全員が頷いた。

そして、ここに端河原市の精霊に関する事件を独自に追う、少年がチームを創ったのである。

 

 




今回は滅茶苦茶短いです。ちょうど切りいいとこで区切りたかったので…。


ミニキャラ名鑑No.4 ヴェール
ウィッチクラフトマスター・ヴェールその人。実年齢9歳と非常に幼いが魔力操作は一級品。
本人曰く
「さっさと決闘させろ」とのこと


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四遊霊使と"部長決め"

さて、今回はギャグに…なればいいな…


部活動設立を決めた霊使達六人。

しかし六人にはとても大きな問題があった。

それは───

 

「部長、どうする?」

 

部長という大仕事を誰が行うかということだ。

真木もそこまで決めていなかったが、既に白城を連れて退室している。この六人のなかで話し合いして決めろということだろうか。

しかし霊使は何一つ迷うことなく──

 

「俺は降りる。」

 

真っ先に降りる事を宣言した。

もちろん霊使には理由があった。

 

「俺が部長やったところでウィンダールが言うこと聞くか?」

 

霊使を毛嫌いしているウィンダールが霊使の指示を聞くかどうかだ。少なくともウィンは絶対に聞かないと思っているようで首を全力で縦に振っている。

ウィンダも頭に手を当てるが何も言わない辺りウィンダールの事を悟っているのだろう。

ちなみにウィンダール本人は拗ねて外に出ていってしまった。

ただ、こうしていると颯人に罪悪感が湧いてくるわけで。

 

「俺も…降りよう。」

 

結果、颯人も降りる事態に。

こうなってしまっては最早誰が先に降りるかの腹の探りあいだ。

 

「僕は降りるよ。そういう器じゃあない。」

 

そして、奈楽が離脱を宣言。

続けて水樹も離脱を宣言した。

理由はエリアルは人見知りだからというもの。奈楽も性格は部長に向かないということで降りた。

結果、流星と克喜だけが残る。

 

「おい、デュエルするか。」

「…だよね。」

 

そして、克喜と流星は命運を決闘に託すことにした。そして、互いにデュエルディスクをセット。

 

「「決闘(デュエル)!」」

 

克喜 LP8000

 

「先攻は俺だ!……俺は手札から"ウィッチクラフト・ピットレ"を召喚!」

 

まず克喜が召喚したのは髪が絵筆のようになっている少女だった。"ウィッチ"というだけあって克喜のデッキである"ウィッチクラフト"はほとんどが少女だ。そして、ピットレや以前克喜が召喚した"シュミッタ"は共通の効果を持つ。

それは───

 

「"ピットレ"をリリースし、手札から魔法カードを捨てることにより、"ピットレ"の効果を発動!デッキから"ウィッチクラフト"モンスター一体を特殊召喚できる!"ゲート・ドロウ"!」

 

ピットレは全てを込めて一つの絵を描く。その絵は実体をもち、異空間と繋がるゲートになる。しかし、全てを使い果たしたのかピットレは疲弊し、克喜の元に帰っていった。

 

「魔女の工房の長よ。その叡智を以て魔法の真髄をここに為せ!"ウィッチクラフトマスター・ヴェール"を守備表示で特殊召喚!」

 

そして、そのゲートから現れたのは──幼女だった。

青い髪が先に行くにつれて赤くなっている、ドヤ顔をかまし、寝転び始める幼女だった。

 

「……やっぱロリコンじゃないか?」

 

流星は率直に感想を言った。

 

「…なに?ますたーをバカにするの?…ならば、我らの叡智を見せてくれよう…!行くぞ、この不埒者ォ!」

 

そして、ヴェールはキレた。

 

「こいつ、俺の事をバカにするかロリって言うとキレるぞ。そして、カリスマモードに突入する。」

「それ、何気に重要じゃないか!?」

「…まあ、デュエルになればカリスマの方は発揮されるんだけどな。」

 

圧倒的怒気を撒き散らすヴェールをよそに克喜はプレイを続ける。

 

「墓地の"ウィッチクラフト・ピットレ"の効果を発動!このカードを除外して一枚ドロー!そして、手札から"ウィッチクラフト"カード一枚を捨てる。俺は"ウィッチクラフト・シュミッタ"を墓地へ。」

 

克喜の手札は3枚。先攻一ターン目では攻撃できないが、思いっきりデッキを回転させる。

 

「墓地の"ウィッチクラフト・シュミッタ"の効果を発動させる!このカードを除外し、デッキから"ウィッチクラフト"カード一枚を墓地に送る!俺は"ウィッチクラフト・デモンストレーション"を墓地へ!更に手札から"愚かな副葬"発動!デッキから魔法カード一枚を墓地に送る!俺は"ウィッチクラフト・クリエイション"を墓地に送る!」

「あんなに魔法カードを墓地に送っているけど…何かあるのかな。」

 

水樹は克喜の行動に然したる意味を見出だせなかった。しかし、霊使は心の中で流星に合掌した。

霊使と霊使い達は知っているのだ。

あれが克喜の最高の戦術だと。

ヴェールの効果にはとても手を焼いたものだ。以前のデュエルで克喜のデッキに惨敗した過去を思い出す。

 

「そして、エンドフェイズ!墓地の"ウィッチクラフト"魔法カードの効果を発動!"ウィッチクラフト"モンスターが居れば墓地の"デモンストレーション"、"クリエイション"、そして最初のピットレの効果で墓地に落とした"サボタージュ"は手札に戻る!そして、ターンエンド!」

 

克喜LP8000

フィールド "ウィッチクラフトマスター・ヴェール"

伏せ 無し

 

三枚の魔法カードが墓地より克喜の手札に戻る。

これで克喜の手札は5枚。あれだけ回して元通りの枚数になるのはさすがとしか言えない。

しかし、流星は克喜の実力を前にして笑っていた。

 

「君みたいな凄い奴とチームを組めて光栄だよ、克喜君!だから、俺も最初っから全力だ!俺のターン!ドロー!」

 

流星は勢い良くカードを引く。

 

「よし!俺は魔法カード"テラ・フォーミング"発動!デッキからフィールド魔法である"竜輝巧(ドライトロン)─ファフニール"を手札に加え、そのまま"ファフニール"を発動!効果によりデッキから"ドライトロン"魔法カードを手札に!俺は"極超の竜輝巧(ドライトロン・ノヴァ)"を手札に。」」

 

流星が"ファフニール"を発動した瞬間、観戦していた霊使達を含め宇宙空間のような場所に飛ばされる。もちろん、ソリッドビジョンで写し出された景色であるため窒息、なんて事は起きない。

そして、流星の背後には巨大な機竜が佇んでいた。

 

「更に俺は"エマージェンシー・サイバー"を発動!光属性、機械族である"竜輝巧(ドライトロン)─アルζ(ゼータ)"を手札に加える。更に手札から"極超の竜輝巧(ドライトロン・ノヴァ)を発動!デッキから"ドライトロン"モンスターである"竜輝巧(ドライトロン)─ルタδ(デルタ)"を特殊召喚する!」

 

そして流星の背後の機竜から小さな機竜が一機射出される。

正に王道の機竜。霊使は童心に帰って、ドライトロンを見つめていた。

 

「まだまだ!"ルタδ"をリリースして"竜輝巧(ドライトロン)─バンα(アルファ)"を守備表示で特殊召喚!"ドライトロン"下級モンスターは手札・自分フィールドの"ドライトロン"モンスター、もしくは()()()()()()()をリリースすることで守備表示で特殊召喚できる!そして、"バンα"が特殊召喚に成功した時儀式モンスター一体をデッキから手札に加える!もちろん俺は"竜儀巧(ドライトロン)─メテオニス=DRA"を手札に!」

「!?ちょっと待って!僕の知ってる儀式モンスターはレベルを揃えて特殊召喚するんだ!"メテオニス=DRA"のレベルは12なのに下級ドライトロンは全部レベル1…!?どういうこと!?」

 

どうやら儀式モンスターが主力である"ドライトロン"。しかし、儀式召喚するには、どうやっても条件が揃わないというエリアル。

 

儀式召喚とは儀式モンスターとそれに対応する儀式魔法、そして、儀式モンスターのレベル以上になるように生け贄を捧げ召喚する方法だ。もちろん、儀式の使い手たるエリアルはその事を熟知している。

だから、おかしい。どのような儀式を行っても、エリアルの知る限りではエースモンスターを召喚することはできないのだ。

 

「それは、後のお楽しみってやつだよ。よし、手札の"メテオニス=DRA"をリリースして"竜輝巧(ドライトロン)─アルζ(ゼータ)"を守備表示で特殊召喚!そして、デッキから儀式魔法である"流星輝巧群(メテオニス・ドライトロン)"を手札に加える!」

 

流星のフィールドに居たルタδが巨大な機竜に帰還する。そして、新たな機竜が二機射出される。

 

「まだまだ!墓地の"ルタδ"を"バンα"をリリースし、特殊召喚!手札の儀式魔法─"流星輝巧群"を君に見せて1枚ドロー!そして儀式魔法"流星輝巧群(メテオニス・ドライトロン)"発動!このカードは儀式召喚するモンスターの()()()以上になるように自分の手札、フィールドからモンスターをリリースする!俺は"アルζ"と"ルタδ"をリリース!」

 

二機の機竜が宇宙(そら)へと翔ぶ。

 

「──魂の輝きは彼の者に繋がれた!星の彼方より来るは破邪の光!"竜儀巧(ドライトロン)─メテオニス=DRA"降臨!!」

 

そして、星の彼方より機竜が顕れる。蒼と白の身体を持つ機竜は神々しさを感じさせるゆったりとした動きで降臨した。

 

「墓地から儀式召喚!?…僕の知ってる儀式じゃない…?」

 

エリアルはメテオニスを一目見て自分達の儀式ともはや別物になっている事を悟った。

一方のヴェールはその力を目の当たりにしても全く怯まない。

 

「ふん!そのような小細工等無意味!我らウィッチクラフトの叡智の前に平伏すがいい!この機械トカゲ!」

「そういう貴様はもう少し落ち着いたらどうだ?長がそれでは示しがつかんな、このロリ魔女。」

 

互いの精霊が互いに罵り合う。まるで知り合いか何かのようだ。

というか、あの厳つい見た目からは想像できないような寛容な性格に克喜は驚いていた。

 

「メテオニス=DRAでヴェールに攻撃!"デストラクション・レイン"!」

 

流星はヴェールに対し攻撃を敢行。メテオニスの口から全てを消滅させる極光が発せられる。

 

が、その一撃はヴェールの元には届かない。

 

「悪いな。ダメージ計算時に"ウィッチクラフトマスター・ヴェール"の効果を発動させて貰うぜ!手札のカード名の異なる魔法カードを任意の枚数見せる!俺は、手札の"ウィッチクラフト・クリエイション"、"ウィッチクラフト・デモンストレーション"、"ウィッチクラフト・サボタージュ"、

"ウィッチクラフト・コラボレーション"、"墓穴の指名者"をお前に見せる!」

 

一枚見せる毎にヴェールを覆う結晶が厚くなっていく。

 

「そして、ヴェールの攻撃力、守備力は見せたカード一枚につき1000上昇する!従って今のヴェールの守備力は7800!攻撃力4000のメテオニスじゃあ届かない…!これがヴェールがウィッチクラフトの長たる所以…"魔法結晶の衣(マジック・ヴェール)"だ!」

 

ヴェール DEF2800→7800

 

完全にメテオニスの放った極光を防ぎきったヴェールの防御壁。

そして、余った防御壁を吹き飛ばす。

 

「反射ダメージだ…クラエ3800ノダメージヲォ!」

「何かおかしくないッ!?」

 

流星 LP 8000→4200

 

防御壁の欠片はそれぞれが意志を持つように流星に襲いかかる。

流星は自分のターンで手堅い反撃を食らってしまった。

 

「……ターン、エンド…!」

 

セットできるカードは手札に無いようで、何もセットせずにターンエンドを宣言せざる得ない流星。

そして、克喜にターンが帰ってくる。

 

「俺のターン、ドロー!俺は手札から"ウィッチクラフト・コラボレーション"発動!この効果で"ヴェール"は二回攻撃が可能となる!」

「なら!俺は攻撃力の合計が2000になるように、墓地からカードを除外!俺は墓地のルタδを除外して"メテオニス=DRA"効果を発動!相手フィールド上のモンスター一体を墓地に送る!"デモリッシュ・レイ"!」

 

メテオニスは極光をチャージし始める。これに呑まれればヴェールとてただでは済まないだろう。しかし、その極光は、放たれることなく、その光を散らした。

 

「…"ヴェール"の効果発動!手札の魔法カード一枚を墓地に送って、相手フィールド上の全てのモンスターの効果を無効にする…!"クラフトスキル・スキルヴァニッシュ"!」

 

他ならないヴェールに妨害されたからだ。

ヴェールがいつの間にか書き上げていた魔方陣がメテオニスをガッチリと捕らえている。

 

「そして、俺は"ヴェール"を攻撃表示に変更!そして、バトルだ!俺は"ウィッチクラフトマスター・ヴェール"で"竜儀巧(ドライトロン)─メテオニス=DRA"を攻撃!」

 

ヴェールはその小さい身体にある力を魔法を用いて限界まで引き出すことで宇宙(そら)高く跳躍した。

 

「!?」

 

その何かの間違いと思うような光景を見て霊使霊使い達全員を除いた者達が一斉に吹き出した。

そして、杖の先端に結晶を生成するとそのままメテオニスめがけて振り下ろす。

 

「ダメージ計算時に"ヴェール"の効果発動!手札の"コラボレーション"、"墓穴の指名者"、"サボタージュ"、"デモンストレーション"の四枚を見せる!これでヴェールの攻撃力、守備力を4000上昇させる!」

 

ヴェール ATK1000→5000

 

先端の結晶はメテオニスを押し潰せる程に巨大になる。

 

「いっけぇぇぇ!"破壊の結晶杖(デストラクション・ケイン)!」

 

そして、ヴェールはメテオニスに結晶を叩きつけた。

 

「ぬおおおお!?」

 

余りの重量にメテオニスは抵抗できず、押し潰されてしまう。

その余波は流星にまで届いた。

 

「うわあああッ!」

 

流星 LP4200→3200

 

「まだだ!"ヴェール"は"コラボレーション"の効果で二回攻撃できる!ヴェールでプレイヤーにダイレクトアタック!"破壊の結晶杖(デストラクション・ケイン)二連打ァ!」

 

流星 LP3200→0

 

克喜の勝利でデュエルは終了した。

ここで克喜は一つの可能性に思い至る。

 

確かに流星は全力を尽くしていた。

それをノーダメージで勝ったいうのはやばいのでは…?

 

案の定、部長は克喜にする方向で話が進んで行った。

 

「…やっべぇ。ヴェール、ハイネ、……俺は逃げる。」

「逃がしませんよ?」

 

克喜は急いで逃げようとしたがハイネの操る布にガッチリ捕らえられそのまます巻きにされてしまう。

 

「顧問の精霊が相棒の母親ってなんかやりにくいんだよォォォォ!」

 

克喜の絶叫が暗くなった空に響いた。

 

 

 

 




はい。
ドライトロン使いの方は誠に申し訳ない。
いつかちゃんと彼らを活躍させるので、許して…

ミニキャラ名鑑No.5ヴェール(カリスマ)

普段はあどけないしゃべり方だがデュエルになると、一転してもの凄い威厳を発揮する。
普段でもマスターがロリコン呼ばわりされるか、幼女という単語に反応してこっちのモードになる場合がある。
素は普段の九歳らしいほうでこっちはギルド全体が嘗められないように必死に作っている面


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一章:怪・盗・決・闘
四遊霊使の"遭遇"


前回無事に部長を決める事ができた六人。
早速精霊特捜部としての活動を開始しようとする。


克喜は部長として初めての指示を出した。

それは至極単純なもので、

 

「とりあえず、下校時刻ギリギリまでパトロールな。そして、このLIME(ライム)で結果を共有すること。連絡がない場合はそいつの担当地域を残りのメンバーで捜索、そいつを発見し次第、離脱。そしてそいつに話を聞くぞ。」

 

LIMEと呼ばれるSNSを用いて手っ取り早く捜索結果を連絡すると言うものだった。

 

「グループ名は…精霊特捜部でいいか。」

 

克喜が作ったグループに全員が加入して準備を完了させた六人はそれぞれの担当地域に向かって行った。

 

 

自信の担当地域に到着するや否や、霊使は霊使い達全員を顕現させて最大限の警戒を行っていた。

どんな方法で盗んでいるのか知らないが、伝説の再現は阻止しなくてはならない。

もし、本当に創星神なるものがいるのならば、今の世界を、自らの存在を忘れ去った世界を望んでいるだろうか。

もしくは創星神の力を得て、支配者にでもなるつもりなのだろうか。

どちらにしても、創星神の復活を阻止しなければいけない。そうしなければ世界は終焉を迎え、この地球という星そのものが作り変えられてしまう。

 

「確か…俺達の担当する博物館は…。」

端河原市(ここ)の南に位置する南条(なんじょう)町立博物館、ですね。」

「行った事が?」

「勿論。この町で私が行っていない博物館はありませんから。」

 

ふんす、と自慢気に胸を張るアウス。

彼女は休日は、一人で博物館に行く事が多い。

今回、彼女が訪れた事がある博物館なのは幸いだ。

周辺で何処を警戒するべきかすぐに分かるからだ。

 

「…価値ある文化財を盗むなんて許せません。この、五人でやれる事をやっていきま───うわぁ!?」

 

アウスが改めて文化財を守ると決意するのと追突されるのはほぼ同時だった。

 

「おっと…ごめん。マップ見てたらぶつかったみたいだ…。…怪我はないかい?」

「大丈夫です。」

 

アウスにぶつかった人物はアウスに手を差し出す。

アウスはその手を取って、起こしてもらった。

アウスにぶつかった人物は赤のロングヘアーが特徴的な女性だった。アウスに対して申し訳無さそうな顔を浮かべている辺り、今回の件は自分が悪いと認識しているのだろう。

 

「全く…気をつけて歩きなさいよ。目的地を確認するためにわざわざ見ながら歩くなんて、馬鹿の所業よ。…大丈夫だった?」

 

赤髪の女性の連れであろう黒髪の女性が赤髪の女性を扱き下ろす。それでもアウスに対して心配している辺り、悪人ではないのだろう。ただ──

 

「失礼を承知でお聞きしますが、貴女方、精霊ですよね?」

 

アウスは彼女達を精霊だと確信しているようだ。

そのアウスの問いかけに対して二人はただ、

 

「そうだけど…?」

 

と否定すること無く認めた。

 

「やっぱり…。」

 

アウスは手で額を押さえると、天を仰ぐ。

 

「どうした?やっぱ何処か痛むのか?…我慢せずに言ってくれよ?元と言えばワタシの前方不注意が原因なんだから…。」

「それは大丈夫ですよ。それよりもなんかこの街に怪盗的な何かの精霊が潜んでいるみたいなんです。気をつけて下さいね。」

「ええ。忠告ありがとう…。」

 

霊使は黒髪の女性の表情が少しだけくもったのを見逃さなかった

 

(彼女達の正体を探るついでに彼女達を案内しようか。)

(それがベストだね。)

 

ウィン達とこの後をどうするか素早く決めると、アウスがこう切り出す。

 

「ここで会ったのも何かの縁です。貴女方の目的地に案内しましょうか?」

「いいのか?」

「もちろんですよ。で、何処ですか?」

「南条町立博物館さ。」

「そうですか。じゃあ、行きましょう。…と。その前に私のマスターを紹介しますね。」

 

アウスはそう言うと霊使に目を合わせた。

霊使は頷くと二人の女性の前に歩み出る。

 

「彼女達のマスターの四遊霊使です。宜しく。」

「ワタシはキスキル。で、こっちがワタシの相棒の──」

「リィラよ。道案内宜しくね。レイジ君。アウスちゃん。」

「承りました。それじゃ、アウス。案内よろしく。」

「もちろん、さあ行きましょう。皆、行くよ。」

 

 

移動している時にキスキル、リィラの二人が動画配信をしていて、そのネタを探すためにここまで来た事を知った。

どうやら彼女達は普段はゲーム実況を行っているようだが、たまに各地に残る伝説だったりの紹介をしているらしい。今回は"創星伝説"について解説して欲しいとのリクエストがあったので、思い切って調べることにしたそうだ。精霊だからか、まだ、創星伝説についてあまり知らず、自分達が拠点にしている街の伝説を知らないで解説者を名乗っていいのという不安もあったらしい。

 

そういう事を話しているといつの間にか博物館前に着いていた。

 

「今日はもう閉館みたいです。」

「あっちゃー。でも、まあ場所分かったからいいか。皆の話も楽しかったし。」

「そうね。ここまで案内してくれてありがとう。お礼に一つ教えといてあげるわ。今まで私達が調べた所によると──この街の"伝説"。アレはただのお伽噺なんかじゃないわ。」

「──────!?」

「なんてね。それじゃあまた会いましょう。」

 

その言葉を最後に二人は去っていった。

 

「まさか、な。」

 

 

 

「本当によかったのか?リィラ。」

「ええ。親切だったあの子達を騙してしまったのは心が痛い。けれども私達のマスターを助けるためには仕方がないの…。」

「…そうだな。でも、せめて別の──西にある博物館からやろう。」

 

二人はとてもばつが悪そうにしていた。

結果的にあのマスターの親切を裏切る形になってしまうからだ。

 

それでも二人は止まらない。否()()()()()

彼女達のマスターを助けるためには止まってはならない。

その事実が二人の心を打ちのめしていた。

 

 

 

 

 




ミニキャラ名鑑No.6 アウス
地霊使いアウスその人。
趣味は考古学でよく博物館に行く。
基本的に誰にも敬語で話すが、霊使い達には砕けた口調になる。
好物は潮汁(うしおじる)


今回はアウスがメインの回です。
霊使い達全員可愛いんでなるべく一話は各霊使いをメインにした話が書きたい。


感想・評価お待ちしております。


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そして、怪盗はやってくる

「西の博物館に予告状が届いたァ!?」

 

その知らせは驚きを持って迎えられた。

今までそういう事は無かったと聞いていたからだ。

自分達から犯行日時を明かすということは、確実に盗めるか、それとも───

何らかの事情で()()()()()()()()()()()か。

どちらにしてもこの時間に盗むと言われた以上はそこに向かわなくてはならない。

 

「…行こう。怪盗の狙いがなんであれ、俺達は怪盗を止めなきゃいけないからな。」

 

克喜が決意に満ちた目で全員を見る。

霊使達はその目を見て、頷いた。

 

 

 

「君達が精霊を連れた決闘者だね?白城さんから話は聞いてるよ。」

 

西の博物館に到着するやいなやすぐに中に通された。

怪盗の予告状に記載してあった日時は、今日。

 

「絶対に捕まえる!」

 

霊使達六人怪盗を確保するためにそれぞれが役割を果たす。

霊使は決闘で怪盗を足止めする重要な役割を担う事になった。

 

「来るなら…来い。」

 

デュエルディスクを構え怪盗を迎撃する姿勢を取る。

そう遠くない内に来るであろう怪盗を見据え、そこに立っていた。

 

 

「侵入成功っと…。」

「そうね。でも気を引き締めなさい。」

 

怪盗達はいとも容易く博物館に忍び込んでいた。

警官隊の包囲が一ヶ所手薄な箇所があったのだ。

それが罠だとしても、侵入するには好都合だった。

 

「…行こう。ワタシ達の道はそれしか、ない。」

 

マスターを救うために悪魔に魂を売ったのだ。

邪魔は排除する。

──それがどれだけ自分達に優しくしてくれた人であっても。

一番の大切な人を守るために。

 

 

霊使はただ前方をじっと見据えていた。

警官隊の警備を薄くして、そこから侵入させる。

そして、侵入した所を精霊を連れた自分達が叩く。

目には目を。精霊には精霊を、というわけだ。

 

「来る…!」

 

ウィンの言葉通りに強い気配を感じる。

怪盗と遭遇するまであと、数秒。

靴の音が鮮明に聞こえる。

街灯の光が怪盗達の姿を照らす。

 

「やっぱり、…か。」

 

霊使が見た怪盗の正体。

それは──

 

「やっぱ、こうなっちまうんだねぇ…レイジ君。」

 

以前出会った二人の精霊───キスキルとリィラだった。

 

「貴女達は、"伝説はお伽噺なんかじゃない"と言っていた。そんなに危険な事に何故二人が…。」

「こっちにも引くに引けない事情ってのがあるのさ。…だから、そこを退いてもらうよ…!」

 

もはや、戦いは避けられない。

負けられない戦いが今、始まる。

 

「「決闘(デュエル)!」」

 

 

「始まった…!」

 

克喜は闘いが始まったことをひしひしと感じていた。

 

「負けんなよ、霊使…!」

 

 

 

 

 

 

 

 




ミニキャラ名鑑No.6 龍牙 流星

使用デッキはドライトロン。
精霊はメテオニス。
好物はコッペパン
実は特撮大好き


感想、評価、待ってます


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悪魔怪盗と闇の決闘

やっべぇ、引っ越し前の掃除でこいつを書き損ねるところでした…。

まあ、とりあえずキスキル達とのデュエル、前編です。

それではお楽しみください。


「「決闘(デュエル)!」」

 

掛け声と同時に辺りがどす黒い靄に覆われた。キスキル達は苦い顔をしてその光景を眺めている。

 

 

「!?」

(霊使…!これ、闇の決闘(デュエル)だよ…!ダメージが現実になる!)

 

ウィンから聞かされた事実に震え上がる。

知らなかったとはいえ、文字通り命をかけたデュエルを始めてしまったのだ。悪態の一つもつきたくなる。

しかも、一度始まったデュエルを降りる事はできない。

この事は霊使の冷静さを欠けさせるには十分だった。

 

「ちくしょう…!これが精霊と直接デュエルするってことかい…!まあ、いい!俺の先攻だ!──俺は手札のカード一枚──"憑依装着─エリア"をコストに魔法カード"精霊術の使い手"を発動!効果により俺はデッキから"憑依覚醒"と"憑依連携"を選択!一枚をセットし、一枚を手札に加える!」

 

どのみちこの事件を解決するには二人を下すしかない。

どうなっても二人を止めると決意したのだ。

萎縮している場合ではない。

 

「俺はセットカードの"憑依覚醒"を発動!そして二枚カードを伏せる!そして、俺のフェイバリットカード──"憑依装着─ウィン"を召喚!」

 

ウィンは決意に満ちた顔でキスキル達を見据えている。

絶対に負けられない戦いであることを理解しているようだった。

 

「"覚醒"の効果で一枚ドロー。そして、ターンエンドだ。」

 

霊使 LP8000 手札2枚

フィールド

"憑依装着─ウィン"

魔法・罠

"憑依覚醒"

伏せ二枚

 

ある程度動きを押さえられれば勝機が見えてくる。

それが甘い考えだったこと霊使はすぐ思い知る事になる。

 

「ワタシ達のターン。…ドロー!ワタシ達は手札からカードを一枚捨て、速攻魔法"Live☆Twinエントランス"を発動!

デッキから"Live☆Twin"モンスターを一体、特殊召喚できる!おいで!"Live☆Twinキスキル"!」

 

出てきたモンスターはキスキルをカートゥーン風の絵で描いたようなモンスターだった。余りに雰囲気の似合わなさに霊使は失笑を漏らしそうになった。

 

「は…!?ま、まあ、いい。トラップ"憑依連携"を発動。墓地の"憑依装着─エリア"を特殊召喚する…。そして、属性がウィンの風とエリアの水で二種あるので、"Live☆Twinキスキル"を粉砕!」

 

エリアの強襲により消滅するキスキルのような何か。

それはなんなのかはさっぱり分からなかったが、それを追及している場合ではない。

 

「更に"覚醒"の効果で一枚ドロー。」

 

これで手札も完璧になった。

 

「…ワタシ達のターンだったな。…通常召喚権はまだ使ってない…から"サイバース・ガジェット"を召喚!そして、"サイバース・ガジェット"の効果によりレベル2以下の"Live☆Twinキスキル"を効果を無効にして特殊召喚!」

 

再び現れるキスキルのような何か。

それを気にせずキスキル達はすでに行動に移っていた。

 

「現れなさい!夜空を切り裂く()()()()()!」

 

リィラが手を空に翳すと呼応するように八方向にマーカーが着いた門のようなモノが現れた。

 

その名も「サーキット」。

リンク召喚と呼ばれる召喚に必要なものだ。

 

「…そんな!?リンク召喚だって!?」

 

たしかに霊使もリンク召喚という召喚法の存在は知っている。

しかしその召喚方法は最近編み出されたものであり、使い手が非常に少ないのだ。

現に霊使は今までに一回もリンク召喚を用いる相手とデュエルしたことがなかった。

霊使からすればほぼ初見の召喚法であり、攻略方法なんて分からないのである。

 

「アローヘッド確認!召喚条件は"キスキル"モンスターを含むモンスター二体!ワタシ達は"サイバース・ガジェット"と"Live☆Twinキスキル"をリンクマーカーにセット!」

 

選択された二体のモンスターが光となり右と下の方向のマーカーのエネルギーとなる。

そしてエネルギーで満たされたサーキットは新たなモンスターを顕現させる「門」となる。

 

「サーキットコンバイン!リンク召喚!"Evil★Twinキスキル(ワタシ)"!」

 

ゲートから現れたのは怪盗服を着たキスキルその人だった。

 

「自分フィールド上から"サイバース・ガジェット"が墓地に送られたとき攻撃力、守備力がともに0の"ガジェット・トークン"一体を特殊召喚するわ。」

 

フィールドにふわりと舞い降りる霊体。

 

「トークン生成…!?」

 

トークンはエクシーズ素材や融合素材に指定できない。

逆にリンク召喚には使えたはずだ。

 

「まさか…!?そこからさらに展開を…!」

「察しの通りよ。"Evil★Twinキスキル"の効果を発動!墓地の"リィラ"モンスター一体を特殊召喚できる!現れなさい!"Live☆Twinリィラ"!」

 

今度はリィラをカートゥーン風にしたモンスターが現れる。

 

「って、不味い!今、二体のモンスターが揃った!」

「さあ、行くよ!現れろ!夜空を駆けるサーキット!」

 

そして今の召喚でリンク召喚の素材が揃った。

再びリンク召喚を敢行する二人。

 

「"ガジェット・トークン"と"Live☆Twinリィラ"でリンク召喚!"Evil★Twinリィラ"!」

 

今度はリィラ自身を特殊召喚した。

 

「また…!?」

 

ウィンが絶叫する。

まさか一ターンで二回リンク召喚されるとは夢にも思ってないからだ。

 

「"Evil★Twinリィラ"の効果発動!自分フィールド上に"キスキル"モンスターがいる状態で特殊召喚に成功したときフィールド上のカード一枚を対象として発動できる!そのカードを破壊する!」

 

リィラは懐に忍ばせていたワイヤーフックを取り出す。

 

「私が対象に取るのは"Evil★Twinキスキル"!」

「な…なんだって!?」

 

そして、そのワイヤーでキスキルを攻撃。キスキルは特に困惑することもなくその攻撃を受け入れた。

そしてワイヤーはキスキルの形をした何かだけを粉微塵に切り刻んだ。

その余りの光景に開いた口が塞がらない霊使とウィン。

エリア達はその異常さに反応が遅れ固まってしまった。

 

「…な、何を…」

「そのまま"Evil★Twinリィラ"のもう一つの効果を発動。墓地から"キスキル"モンスター一体を特殊召喚できる。」

 

固まる霊使を余所に己の効果を発動させるリィラ。

 

「この効果で私は"Evil★Twinキスキル"を特殊召喚。…"Evil★Twinキスキル"が特殊召喚に成功したとき"リィラ(ワタシ)"がいるなら一枚ドローできる。…悪いけれどそこをどいてもらうわ。」

 

二人のまとう空気が変わる。

 

「私たちは…!」

「ワタシ達自身を…」

「「リリース!」」

 

キスキルとリィラの姿がより派手に、しかしより怪盗らしく変わっていく。

 

「「夜空を駆ける怪盗達は今、一つとなりて闇も光もすべてを切り裂く!」」

 

そして一つのモンスターとして再臨した。

 

「「特殊召喚!"Evil★Twinsキスキル・リィラ!"」」

「なん…だと…?」

 

 

 

 

 

――――この日二人は全力でも叶わない相手に、圧倒的な壁の前に手も足も出ず、敗北した。

 

 

 

 




後編ですが私の都合で恐らく投稿が遅れます。
誠に申し訳ありません。

ただ、もし、遅れずに投稿できたのであればその時は

「なんだ、不定期じゃないのか」

と笑ってやってください。


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一つの終わり

「「特殊召喚!"Evil★Twinsキスキル・リィラ!"」」

「なん…だと…?」

 

キスキル達は自分達をあらためて召喚した。

纏う空気が変わり、霊使の全身が総毛立つ。

 

「このカードは自分たちの墓地に"キスキル"モンスターと"リィラ"モンスターがあれば攻撃力、守備力ともに2200上昇するわ。」

 

二人が言うには攻撃力、守備力ともに4400になっていると言う。そして二人はさらに追い打ちをかける。

 

「…"Evil★Twinsキスキル・リィラ(ワタシ達)"の効果を発動!相手はフィールド上のカードが二枚になるように墓地に送らなくてはならない!さあ、選びなよ…レイジ君!」

 

自分の意思で相棒達を墓地に送れ、と。

二人はそういった。

 

「お…俺は…!」

 

自分フィールド上のカードは四枚。

伏せが1枚、そしてウィンとエリアとその二人をつなぐ魔法―――憑依連携。

伏せカードは今この場で発動しても何の恩恵も得られない"憑依解放"であるため一枚を決めるのは早かった。

しかし、もう一枚だ。

もう一枚をどのカードにするか。そこが重要だ。

ウィン達霊使いを残せばこのターンは凌げるだろう。

しかし、次のターンで逆転のカードを引けなければ敗北は必至だ。

もはや、詰んでいた。

後にも先にも道はない。そしてうだうだ考えていても始まらない。

このターンを凌ぐ。そして、次のターンで逆転する。

どちらもやらなければいけない。

そうしなければ、負ける。そのことが霊使の思考を鈍らせた。しかし―――

 

「どうする?霊使の決断がどうであっても私たちは霊使に従うよ。精霊になった以上はマスターと一蓮托生だからね…。覚悟はできてるよ。」

 

ウィンのこの一言が霊使から余計な力を抜けさせた。

 

「俺は…ウィンとエリアを場に残す!」

 

堂々と宣言する。

 

「そうかい…なら二人以外は墓地送りだ!」

 

自分フィールド上から伏せカードが消える。

これでもう霊使達三人を守る壁は何もない。

そして、キスキル達は止まらない。

 

「…悪いね。一気に決めさせてもらうよ!ワタシは、墓地の光属性モンスターである"Live☆Twinキスキル"と闇属性モンスターである"Live☆Twinリィラ"を除外!」

「…しまった!」

 

キスキルの属性は光でリィラの属性は闇である。そしてその二つの属性を除外して召喚するカードなど一つしかない。

 

「光と闇、即ち混沌。その混沌(カオス)より現れし戦士よ!我らの刃となりてあまねく敵を討ち滅ぼせ!降臨せよ!"カオス・ソルジャー―開闢の使者―"!」

「まさか、開闢が入ってるなんて…!」

 

カオス・ソルジャー―開闢の使者― ATK3000

 

開闢の使者は非常に厄介な能力を持っていた。

それは次元を超える刃だ。

敵を捉えた刃は次元を超えても襲い掛かる。

 

「さあ行くよ!"カオス・ソルジャー―開闢の使者―"で"憑依装着―エリア"を攻撃!―――開闢双破斬!」

 

エリアに飛び掛かる混沌の剣士。エリアの放つ水流を尽く躱しエリアの懐で一閃。

 

「…え。」

 

声を出すことなくエリアは気絶させられた。

流石の剣士も女性を真っ二つにするのは気が引けたらしい。

しかしエリアが受けきれなかった剣の衝撃は霊使に直接伝わる。

 

「ぐッ…!」

 

霊使 LP8000→6850

 

そして開闢の使者は追撃の構えをとる。

 

「"開闢の使者"の効果発動!相手フィールド上のモンスターを破壊したときもう一度攻撃できる!今度は"憑依装着―ウィン"に攻撃!これが!時空突刃(じくうとっぱ)―開闢双破斬!」

「くっ…!」

 

ウィンは一太刀目をギリギリで避ける。

しかし、二太刀目は避ける事が出来ず杖で受け止める。

 

「私は…ま…けら…れ…ない…──ッ!」

 

しかし、抵抗虚しく押しきられ、気絶。

その衝撃は霊使に痛みとして反映される。

 

「があ…ッ!」

 

霊使 LP6850→5700

 

モンスターは全滅。

次の攻撃はこの身で受けなくてはならない。

 

「"Evil★Twinsキスキル・リィラ(ワタシ達)"でプレイヤーにダイレクトアタック!行くよ!」

「Twin★Devilクラック!」

 

二人の駆けた軌跡が電撃となって霊使を襲う。

 

「……ッ!?」

 

霊使 LP5700→1300

 

その痛みは今までのモノとは比べ物にならないものだった。これだけ意識が飛んでしまいそうだ。

しかし、まだ決闘は続いている。

ここで意識を投げ出したりしたら、それこそ自ら道を譲ったことになる。

それに気になるのはキスキル達の動機だ。

今、倒れたらそれも聞き出せない。

二枚カードを伏せターンを終了したキスキル達を見る。

二人は覚悟している目だった。

霊使をここで倒す事を受け入れている目をしていた。

 

「俺の…ターン…!」

 

視界が霞む。余りの痛みに呼吸をする度体が悲鳴を上げる。

それでも、逃げない。

一枚のカードに一縷の望みを賭けて引いた。

 

「ドロォォォォォォォッ!」

 

全てを賭けたドロー。

その結果は――――

 

「俺は、手札から永続魔法"三賢者の書(トリス・マギストス)"を発動!そして墓地の"憑依連携"の効果を発動!墓地のこのカードを除外することで自分の墓地の"憑依"永続魔法・罠カード一枚を()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

「墓地から罠カードだってぇ!?しかも表向きで置く!?まさか…!」

「その…まさかだ!俺は墓地から"憑依覚醒"を再び発動!そして"妖精伝姫(フェアリーテイル)―カグヤ"を通常召喚!」

 

霊使いではないがこのデッキの裏方と言っても差し支えのない"カグヤ"だった。

 

「"カグヤ"の効果と"覚醒"の効果でチェーンだ!"カグヤ"の効果でデッキから攻撃力1850である"カグヤ"自身を手札に加える!そして三賢者の書(トリス・マギストス)"の効果で今…今加えた"妖精伝姫(フェアリーテイル)―カグヤ"を守備表示で、特殊召喚…!」

 

カグヤが二体並んだ。

だが、そこまでだった。

 

これ以上はもう、何も、ない。

 

「ターン…エンド……!」

 

もう、打つ手がない。

どうやっても、勝てない。

そんな事はエリアやウィンが破壊された時に分かっていたのだ。

だが、逃げない事を選択したのは霊使自身だ。

だから、最後まで足掻く。

だから最後までやりきる。

 

「ワタシ達のターン…。ドロー。…バトルフェイズ。」

「この瞬間、"カグヤ"の効果を"カオス・ソルジャー─開闢の使者─"を対象とし発動…!この効果は対象のモンスターと同名のカードをデッキから墓地へ送る事で無効に、できる。」

「なら……墓地に送ろう。二枚目の"カオス・ソルジャー─開闢の使者─"をね。……ワタシ達は君に敬意を払わせてもらう。そして、敬意を持って君を屠ろう…!」

 

キスキルはいつもの飄々とした態度から一変。

威厳を伴い霊使に敬意を持って接していた。

 

「"Evil★Twinsキスキル・リィラ(ワタシ達)"で"妖精伝姫─カグヤ"に攻撃…!」

 

そして、最大限の敬意が込められたその一撃は霊使に容赦なく叩きつけられた。

 

霊使 LP1300→0

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




対キスキル・リィラ決着です


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新たな始まり

蓋を開けてみれば一度もキスキル達に攻撃ができず、圧倒的な惨敗を喫した霊使。

彼が目を覚ましたのは全てが終わった後だった。

 

「護衛は失敗…か。」

 

目を覚ました時にあったのは強烈な虚脱感と無力感だけだった。

 

「…負けた、か。」

 

手にはデッキが握られていた。

全てに絶望していた時に出会った最高の相棒達。

その力を存分に活かしてやれなかったことに霊使は泣いた。

 

「…ごめんな。弱くって。お前たちを活かしきれなくって。…本当にダメなマスターだな、俺は。」

 

一度弱音を吐いてしまうと、もう駄目だった。

今までずっと溜め込んできた不安や苦しさが堰を切ったかのように溢れ出す。

 

「いつも俺はそうだ…!肝心な所で何も出来てない!何も残せていない…!どうしてだよ…!なんで俺には何にもねえんだ…!」

 

今まで勝ってこられたのはウィン達がいたからだ。別にきっと自分が居なくたって上手くやれただろう。

こんなダメな人間といるから彼女たちに辛い思いをさせてしまったのだ。

自分が弱いから―――不甲斐ないから。

自らを呪うように自分を責める言葉を吐き出す。

 

「でも、せめて…!ウィン達の支えになってやりたい!」

 

それでも、こんな自分にも支えたい人がいるのだ。

 

「だから、力が、欲しい。純粋に!強くなりたいんだぁあぁぁああぁッ!」

 

だから吼える。相棒をまもるちからが欲しいと叫び続けた。

 

「…霊、使…。」

 

そしてウィンは遠目にその姿を見ていた。無力感に襲われながらもそれでも強くなりたいと純粋な願望を叫ぶ霊使のことをずっとみていた。

弱さに打ちひしがれていたのはウィンも同じだったからだ。

 

「私も…私も強くなりたい…!精霊だけど…もっと強くなりたい…ッ!」

 

気づけばウィンも決意の言葉と共に涙を流していた。

自らの無力さに気づいた二人はただ叫んだ。

「守る」ための強さを渇望した。

お互いの大切なものを守るために。

そして唯一無二の相棒の支えとなるために。

二人は同じ理由で、同じように力を求めた。

傍から見れば二人の流している涙は絶望の涙のように見えるだろう。

しかし、二人にとってのこの涙は違った。

この涙は決意の涙だ。

この苦しみをもう、二度と互いに味合わせまいとする、確固たる決意だ。

 

そしてたっぷりと涙を流して、気づけば朝になっていた。

朝日を眺め、そして人々は動き出す。

ひとしきり泣いて折り合いを付けた後、すっかり霊使のことを忘れてたウィンは、少しだけバツが悪そうな顔をして霊使のもとへと向かった。

 

「…あの二人、強かったね。…私達、手も足も出なかった。」

「…そうだな。俺がウィン達を活かしきれなかったせいで、だな。」

 

霊使はそう苦笑した。

ウィンも連れて苦笑してしまう。

 

「ええ…。それを霊使に言われるとなんかこっちの立つ瀬がなくなるなあ…」

「事実だからなぁ…。」

 

ウィンは霊使の傍によるとぺたんと座り込む。そしてそのまま霊使に体重を預け寄りかかってきた。

 

「…ねえ、霊使…。私、強くなりたい。もっともっと霊使を支えてあげたい。」

「奇遇だなウィン。俺ももっと強くなりたいって思った。もっともっとウィン達を支えてやりたいって、さ。」

 

言葉が無くなる。心地よい沈黙が辺りを支配した。

そしてその沈黙は笑い声によってすぐにかき消されたのだ。

 

「…なんだ。おんなじ事考えてたんだ。…よかったぁ…!」

「あれだけフルボッコにされたんだ。…そりゃ、強くなりたいさ。」

 

二人は互いが同じことを思っているということを知って―――

 

「…ぷっ」

「…くっ」

「「あっはははははは!」」

 

さらに大きな声で笑った。

そうしてひとしきり笑ったあと、すっきりした顔で霊使が言った。

 

「戻ろうぜ、皆の所に」

 

そしてウィンはとびきりの笑顔で頷いた。そしてさりげなく霊使の手をとった。

 

 

これから先にあるのは希望か、絶望か。

それでも少年少女は胸に未来を描きながら進んでいくのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん、その二人さっさと付き合わないかなー」

「…エリア、ちょっとは空気読もうか。」

 

二人の仲睦まじい姿を見て鼻血をを垂れ流している青髪のやべーやつとそれを取り押さえる赤髪と茶髪に幸か不幸か二人が気づくことはなかったのだった。




エリアはコイバナ好きという圧倒的後付け設定。


これでひとまずはキスキル・リィラ遭遇編は終了です。
少し日常を挟んでからキスキル・リィラ決戦編へと移行します。

感想、評価お待ちしております。

ミニキャラ紹介No7キスキル・リィラ(仮)
悪魔で二人組な怪盗。
めちゃくちゃ強い


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四遊霊使と"奇妙な夢"

キスキル達との闇の決闘は思ったよりも軽症で済んだため、一旦日常生活に戻ることになった霊使達。しかしその一戦以降、霊使は何か奇妙な夢を見るようになった。

それは自分が幼かった頃の記憶だ。

 

その夢自体もいるはずのない美人な妹がいたり家から追い出されるというものだった。

決闘が全てのこの世界で勝てないというのが理由だったようだが。

ちなみに妹らしき人物は必死に自分を家に残そうとしてくれていた。まあ兄妹仲は悪くはなかったということだろうか。

ただ、何よりも霊使がその夢で引っかかったことがある。

それは、何故か自分の隣にウィンが居たのだ。

自分が幼い頃に使用していたデッキは"クリアウィング・シンクロ・ドラゴン"や"SR魔剣ダーマ"といった風属性シンクロモンスターを"デブリ・ドラゴン"や"チューニング・サポーター"、"SR"などを駆使して展開していくデッキだったはずだ。

まあ、そのデッキは中学生の頃、外道に奪われて以来所在が明らかになっていないのだが。

 

結局考えても答えは出なかったのでウィンに直接聞くことにした。

もちろん答えは直ぐに帰ってきた。

 

「え、し、知らないよ?…まさかそういう妄想をしてるの?霊使?」

「して無いよ!そういう夢を見ただけだ!」

 

―――あまり芳しいものではなかったが。

むしろウィンに若干引かれた顔をされながら煽られるという何とも理不尽な結果に終わった。

 

「それよりも、強くなるってどうすればいいんだろうね。」

「…ああ。まあ、決闘しまくる、とかじゃないか?」

「…えぇ?」

 

強引に話題を変えたウィンに多少の違和感は持ったものの、それでも今はキスキル達にリベンジするためにどうなったら強くなれるかを考えることにした。

自分のことは後回しで、二人でどうすれば強くなれるのか考えなければ。

きっと近いうちにまた戦うことになるのだろうから。

 

 

 

 

 

その夜。

ウィンは人知れず泣いていた。

誰にも、ばれないように一人で。

 

「…あの頃の記憶が…霊使に戻りつつあるの…?」

 

今日ウィンは霊使に嘘を吐いたのだ。

それは霊使に秘められた"負の記憶"といっても過言ではないもののことだ。

霊使は幼い頃に一時期ウィンを使っている。

その頃霊使が使っていたデッキは何処に行ってしまったのかはわからない。

でも、たしかにそこに自分が居た。

そして一番つらい時に傍にいてやれなかった。

そのせいで彼は記憶を消された上で家を追い出されてしまったのだ。

彼をここまで追い詰めたのは他でもない自分なのだ。そのことを考えるだけで胸が苦しくなる。

 

「ごめんね、霊使…。ごめんね…」

 

ウィンの言葉は誰にも拾われることなく、夜空に溶けていった。

 

 

 

 

 

 

「どうやらあのポンコツが野良の精霊如きにまけたらしいよ。」

「追い出しといて良かったわ…。あれは明らかに強いカードを使わない失敗作だったし。こんな事が知れたらきっと四道(しどう)の名が穢れてしまうわ。」

 

とある屋敷にて派手なドレスに身を包んだ者たちが話し合う。

 

「あれがいては我らの計画の邪魔になる。無駄に正義感の強い奴だからな。」

「そうね。…始末したほうがいいのかしら…。」

「…うむ。そうだろうな。"奴"が雇った怪盗の正体はすでに割れた。…が、なんの因果か正体を知っているのはあの出来損ないだけだ。」

「つまり、あの失敗作を消してしまえば…」

 

ここに大きな悪意が渦巻いていた。

 

「…咲姫。あの失敗作を始末してきて頂戴。失敗したら…わかっているわね?」

「……わかり、ました。」

 

一人の少女が悔しそうな顔をしながら残酷な命に従う。

 

ここにもう一つの悪意が胎動していた。

その悪意は過去を捨てられない少女に容赦なく襲い掛かる。

 

 

 

 

 

 

 




さあ、霊使君の過去がわかるかも…?な日常編、次回から始まるよー。
相も変わらず駄文しか書けないこの辛さ…。

評価・感想お待ちしております。


ミニキャラ紹介No8 ヒータ

男勝りな火霊使い。一人称は「ボク」。
なんか最近エリアのツッコミをしなくてはと考えるようになった。

好物は担々麺。
嫌いなモノはG。
曰く「あれはやばい。理性が吹っ飛ぶ。」とのこと


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そして"奴"はやってくる

短い、こんな日常。

申し訳ありませんでした。
許してください。なんでもしますから(なんでもするとは言ってない)


「…ねえ、マスター。ボク、もう限界なんだけど…。」

「…もう、ウィンもエリアもアウスもやられた…腹を括るんだ…!ヒータ!」

 

二人は今、一世一代を賭けた争いをしていた。

その相手は"奴"だ。

いくら警戒しても常に"奴"は意識の外から奇襲をかけてくる。

すでにウィンもエリアもアウスも気絶していた。

 

「どこだ…!?」

「…来るっ!」

 

ヒータと霊使は己の武器を構えて"奴"を迎え撃つ。

 

「死なばもろとも!行こう!マスター!」

「ああ…!」

 

 

 

それはある休日の昼下がりのことだった。

すこしだけウィンとの関係が変わったあの日から数日。

"そいつ"は急に現れた。

 

「ひッ…きゅう」

 

まず至近距離で"そいつ"をみたエリアが間髪いれずに気絶。

その音を聞きつけたのかやってきたアウスがそのまま気絶。

 

「おい、大丈夫か二人とも…ッ!?」

「な…なに?こ…」

 

そこに"そいつ"はいた。

否。

それは"そいつら"と呼んだほうがよかったのかもしれない。

ウィンが一目見ただけで気絶するような数の"そいつら"は全員が黒く光っていた。

そう。

G(ゴキブリ)である。

Gがその無機質な眼でこちらをじっとみつめているのである。

 

「なにィイィィィイィィィイ!?」

 

その余りに凄惨な光景に霊使ですら悲鳴を挙げた。

一体こいつらはいつの間にここにやってきたのだ。

少なくとも週末には人海戦術を用いて霊使の拠点たるこの家を隅々まで綺麗にしていたはずだ。

それなのになぜ今になってこいつらが湧いてでてきたのか。

考えられるとすれば答えは二つ。

 

"増殖するG”、通称"増G"と呼ばれるカードの精霊か、それとも―――――

 

命ある本物のゴキブリか。

 

どちらにしても、とっとと家から追い出さねばならない。

そうしなそうしなければヒータが発狂して我が家が爆発オチを迎えてしまう。

 

そうなればホームレスだ。

宿無しだけは困る。

 

そしてスプレー缶を携え、覚悟を完了させた。

そして冒頭に戻るわけである。

 

といってもヒータは虫を毛嫌いしている。

そんなヒータにどれほどの理性が残っているか分かったものではない。

ゴキブリが飛べば恐らくヒータのSAN値はゼロ―――発狂だ。

爆発オチという特大の爆弾を抱え込んだ状態で、霊使の精神もごりごり削れている。

早期決着が望めなければ今日から宿無しだ。

 

「くそ…こっちに、こないでぇ…。」

 

一瞬で壁際まで追い込まれるヒータ。

ゴキブリは気まぐれか確信かどうかはわからないがそれでもヒータににじり寄る。

 

「ヒ…ヒィ…」

 

いつもは勝ち気で男勝りな性格のヒータでさえも今は涙を浮かべるばかりだ。

 

そして、ついに―――

 

 

「こっちにくるなぁぁあぁぁぁあぁぁぁ!」

 

ヒータ、発狂。

 

至近距離にいるゴキブリに稲荷火をけしかけた。

 

「あっぶねー…」

 

爆発オチという最大の危機を乗り越えた霊使の家。

しかしなぜ奴らが湧いたのかは分からずじまいだったのであった

 

 

 




投稿がだいぶ不定期になります。
楽しみにしてくださっている方には申し訳ありません。




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転校生と一波乱

少し投稿ペースが遅くなると言ったな。
あれは嘘だ。(そのうち本当になります)


今回のお話から新キャラが登場します。
といってもこの「相棒」という作品は霊使中心のストーリーです。
まあ、登場頻度は奈楽以上克己以下ですね、たぶん。


家にゴキブリが湧いた翌日。

霊使は生気が失せた顔で登校していた。

昨日のようなことはもう勘弁である。

それなのに嫌な予感がビンビンするのだ。

 

また、何かが起こりそうな気がする。

 

そう思うだけで霊使の精神はごりごり削れていった。

 

「…だ、大丈夫…?霊使…?」

 

余りにも酷い顔をしていたためかウィンが心配そうに声をかけてくる。

そこまでひどい顔か、と霊使はげんなりした。

 

「…行くしか、無いよなぁ…」

 

若干16歳にして背中から哀愁を漂わせるマスターを苦笑いしながら霊使い達は追いかけた。

その時一瞬だけウィンが出遅れた事に気づくのは誰も居なかった。

 

 

「…今日はお前達にいい知らせがある。男だらけのクラスに女の転校生が来るぞ。」

 

「…は?」

 

固まる男子生徒。そして、

 

「うおおおおおおおおお!」

 

一瞬で騒がしくなった。

ぶっちゃけウィン達と一緒にいるだけで視線が痛かったので、少しは針の筵から解放されると思うだけで楽になる。

 

――――本来ならば。

 

「というわけで入ってこい、四道。」

「はい。」

 

担任である真木が手招きすると一人の女子生徒が入室する。

黒い髪を腰まで伸ばし柔らかく微笑んで居る様は正に美少女といった感じだ。

 

その眉目秀麗な姿にほとんどの男子生徒は目を奪われ、静まり返った。

 

もちろん霊使を除いて。

 

「本日からこちらのクラスに転入することとなりました四道咲姫(しどうさき)と申します。皆さん、兄共々よろしくお願いいたしますね。」

 

にっこりとほほ笑む妹と名乗る美少女―――四道咲姫。

それと対照的にどんどん顔が青くなる霊使とウィン。

 

「あ…兄?」

 

恐る恐る一人の男子生徒が質問した。

兄、とは一体誰なのか。

 

すでに霊使い達を除いても10の冷ややかな目線が突き刺さっている。

しかも霊使本人にも彼女の顔に見覚えがある。

夢の中に出てきた少女にそっくりの見た目な彼女は、ほほ笑んだまま霊使を指さして、

 

「事故で生き別れてしまいましたが…そこにいる霊使さん…四遊霊使が私の兄ですわ。」

 

「はあぁぁぁあああぁぁあぁぁぁああ!?」

 

本日二度目の絶叫。

そして男子生徒たちが朝のSHR時であることを忘れて霊使に群がる。

やれ

「そんな話知らねーぞ!」

だの

「なんでオマエばかり美少女に囲まれてんだ!」

だの

「もげろ!」

だの。

好き勝手言いまくるクラスメートに霊使は頭を抱えた。

そんな中―――

 

「皆様、落ち着いてください。今の兄は幼少の頃の事故で記憶を失っているのです。…だから、その…問い詰めても無駄だと思いますよ?」

 

自分で落とした爆弾を自分でキレイに片付ける咲姫。

だがそれでも、一度火が付いた激情は止まらない。

主にアイドルカードだけで実践レベルに上り詰めた霊使を嫉妬する者たちから追及がやむことはなかった

霊使がその者達の対処をどうしようか考えていると―――

 

「いい加減席に着け!この虚け者どもが!結晶に閉じ込めて生体標本にしてやろうか!?」

 

とうとう真木がキレた。

烈火の如く猛り狂う担任を前に咲姫は―――

 

「これ、学校教育法に引っかかってない…?」

 

思わず至極単純で、真っ当な疑問を呟いた――――。

 

 

 

 




はい。
新キャラ登場回+雑なフラグ回でした。

新キャラの使用デッキについてアンケートを取りたいと思います。とりあえず締め切りは次の…次の回までにしておきましょうか。


感想、評価、アンケートの回答をお願いします。


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記憶と思い

まだウィン達をイチャイチャさせるわけにはいかないんじゃ。


―――そうだ、消えよう。

ウィンは虚ろな目で呟いた。

自分が消えて無くなってしまえば、もう、いい。

だって、彼女の兄を奪って生まれたのが"私"なのだから。

もう、誰も追ってこないでほしい。

このままうずくまっていればきっと誰にも見つからない。

きっと霊使と()()()()()()()()()()()()()()()()()()()はずだ。

これが精霊の癖に人間に好意を持ってしまった愚か者への罰なのだろう。

 

「さよなら、霊使。妹さんと幸せに」

 

 

 

 

 

放課後、精霊特捜部の六人は部室に集合していた。

例の怪盗―――キスキルとリィラをどう止めるか話し合うためだ。

 

「さて、霊使。お前はあの二人と戦ってどう思った?」

 

単刀直入に克己が聞いてくる。

どう思った。

そんなことは簡単だ。

 

「誰かに止めてほしい、そう思ってたように感じた。それと同時に、絶対に曲げられないことがあるのも…。」

「そうか。…すまん。今回は俺たちがお前に無茶させすぎた。」

「大丈夫。」

 

そう霊使は気丈に答えた。

 

「次は…負けない。」

 

そう決意する。この思いが揺らぐことはきっと無い。

――だからこの時、霊使は微塵も考えていなかった。

先にウィンとの関係が崩壊してしまうかもしれない、なんて事を。

 

「ところで、ウィンは?」

「咲姫に呼ばれたってさ。―――今頃屋上じゃないか?」

 

 

 

一方、ウィンは咲姫に呼び出されていた。

何の用事か。

そんなことは分かりきっている。

これは罪の追及であり断罪である、と。

 

「…来ましたね。私が言いたいことは分かっているでしょう?」

 

厳しい顔をして咲姫が聞いてくる。

 

「…分かってる。霊使から離れろって言いたいんだよね。」

「なんだ。"自分の所為"って自覚はあるんですね。だったらなんで離れなかったんですか?」

「それは…」

 

ウィンは言い淀んでしまう。

何故離れなかったか―――。

それは、霊使とゼロからやり直したかったからだ。

あの時と変わってしまったところもあるが、それでも"霊使"と共に居たかったからだ。

思えば、幼少の頃の彼も今の彼も根本的な所は全く変わっていない。

だからこそ、彼に惹かれたのだ。

 

だから、好きになった。

 

「…好き、だったから。」

「そうですか。―――なら、余計に不相応で不誠実なのでは?」

「そう…だね」

 

どこまでも咲姫の言葉は正論だ。残酷なまでに、正論なのだ。

過去を知って教えないのは不誠実。

どこまでもいっても霊使と釣り合わないのは不相応。

自分は彼の隣にいるには余りにも醜い。

 

「そう。貴方が兄様の傍にいるだけで、あの人は不幸になる。家を追い出された理由も貴方ですしね。」

「…。」

 

そして自分の所為で霊使は家を追い出された。

これに関しても自分が彼の傍に不釣り合いな存在なのだ。

 

「話はこれだけ。どうするかは、貴方が決めてください。」

 

その言葉を最後に咲姫はその場を去る。

 

「私が決める…。」

 

ウィンは空を見上げて、呟く。

 

空には黒い雲が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 




あれ?最近、短い話しか書いてない?
ていうかドレミコードへの投票率すげぇ。


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「サヨナラ」なんて認めない

はい。
今回も超展開があるよ。



咲姫から

 

「一緒に帰りましょう」

 

と誘われて、一緒に帰ることにした霊使。

咲姫が言うにはウィンは先に帰ったとのことだった。

それを鵜呑みにした霊使はそのまま咲姫と帰宅することにしたのだった。

それが咲姫の作戦だとは微塵も思わず。

 

 

「ウィンが居ない!?」

「うん…。」

 

まず家に帰ってきたときに「ウィンはいるか」と聞いた。

その時、に帰ってきた答えがこれだった。

エリア達もウィンが居ないことに気づいたようで、学校で会わなかったかと聞いてくる。

よくよく考えれば咲姫が「一緒に帰ろう」といった時点でウィンはどうしていたのだろう。

途中からウィンとの力のパスは必要最低限にしていた事が裏目に出た。

 

「探してくるッ!」

 

霊使は雨の中、傘を持たずに駆けだす。

 

「マスター!私も!」

 

エリアもまた傘を持たずに駆けだした。

人は一人でも多い方がいい。

 

「ボクも出る!」

「私も出ますよ!」

 

ヒータも、アウスも、皆が駆けだす。

だが、その足は直ぐに止まることになる。

何故なら―――

 

咲姫が霊使の道を阻むように立ち塞がっていたからである。

 

「咲姫…仕組んだな?」

「あら。勘が鋭いんですね。でも、()()()()()()をしたのは彼女ですよ?」

 

咲姫は真剣な顔になっている。

 

「でもお前がさせたんだろ?」

「さて。なんのことやら。」

 

とぼける咲姫にこれ以上会話をする気が起きない霊使。

 

「…行かせてもらうぞ。」

「させません。これが兄様の為なんです。」

「興味ないな。…あと一度だけ言うぞ。そこを、退くんだ。咲姫。」

「…退きません。絶対に。」

「そうか…。なら、悪く思うなよ!」

 

咲姫の脇を走り抜ける霊使。

 

「行かせな―――!」

「はい、前方不注意ッ!」

 

咲姫が霊使に気を取られた一瞬。

その一瞬が咲姫の命運を分けた。

 

エリアが思いっきり飛び掛かってきたのだ。

 

「ちょッ…それは聞いてな―――!」

「はい、一本!」

 

そのままきれいな形で背負い投げするエリア。

咲姫は地面に叩きつけられる前に体をよじって脱出した。

 

「技が甘いですよッ!」

 

そのまま足を払うことでエリアの体制を崩す咲姫。

そして霊使を追おうとするが―――

そこに霊使の姿は無かった。

 

「兄さん…!」

 

それでも霊使より先にウィンを見つけるために咲姫は駆けだす。

 

「絶対に…戻ってきてもらう…!始末よりまだ、そっちの方が…!」

 

それは、咲姫なりに霊使の事を思っている証左だった。

 

 

 

「くそッ…!ウィンは何処に…!」

 

霊使は思い当たる場所は全て回った。

学校だったり、商店街だったり、それこそ二人が対面した公園だったり。

それはもうとても多くの場所に足を運んだ。

 

それでも、ウィンは居ない。

だから、霊使は最後の望みをかけて、二人が初めて出会った場所―――あの路地裏へと向かうことにした。

 

 

 

気づけばウィンは霊使と出会った路地裏に来ていた。

雨に打たれて、体力も無くなり、道の隅に座り込む。

これ以上はもう、動けない。

涙を流しながら、自分の浅ましさを呪う。

 

「そうだ。消えよう。」

 

このままここで消えてしまえばきっと霊使と四道の関係はいいものになる。

霊使には、幸せになってほしい。

そして霊使には失った分の時間を取り戻してほしい。

でも自分が邪魔。―――なら、消えるしかない。

それなのに。

 

「ようやく、見つけた…!」

 

どうして彼は自分を消えさせてくれないのだろうか。

 

 

 

 

霊使がそこにたどり着いたとき、ウィンからは余りにも希薄な力しか感じなかった。

 

「ようやく、見つけた…!」

 

それでも、心底、安心した。

力のパスは通じてないが、それでも彼女はそこにいた。

 

「さあ、帰ろう。」

 

ゆっくりと手を差し出す。

しかし、彼女はそれに応えない。

 

「だめだよ。霊使。私がいたら、またきっと、霊使を不幸にしちゃうから…」

 

そう言って、霊使の手を拒むウィン。

 

「だから、私は一人で大丈夫。だから、早く、戻ってあげて…ね?」

 

恐らくウィンはここで消えるつもりなのだろう。

だから、霊使をここから離そうとしている。

だからこそ、霊使は―――

 

「断る。」

 

はっきりと、拒絶した。

これは、ウィンが悪いのではないのだから。

だから、連れ戻す。

ウィンがここで蹲ってるなら引きずってでも連れ戻す。

 

「お前は俺の相棒だから。咲姫(アイツ)になに言われたが知らんが、お前は俺の家族だ。だから、連れて帰る。」

「それは、詭弁でしょ!?私達は家族でもなんでもないただの他人じゃん!」

 

ウィンの言うことは正しい。

ウィンと霊使の間に血縁関係なんてない。

だが、霊使にとってはかけがえのない相棒で、そして、大切な人だ。

だから放っておけないし、放っておく気もない。

 

「そうかもしれない!でも、俺達はそうじゃな──」

「私のせいで霊使が不幸になるなら私が消えるしかないじゃん!」

 

ウィンは大声で叫んだ。

 

「霊使がこの前見た夢は真実で、霊使は私を使ってたから独りになったの!あそこに私が居なければ霊使はもっと幸せになってた!好きな人の幸せを願うのはそんなに悪いことなの!?」

 

ウィンは叫ぶ。好きだからこそ、幸せになって欲しい。幸せになって欲しいから、自分が消える。だって霊使の幸せの邪魔をしているのは他でもない自分なのだから。

 

だから、泣いて、でも笑ってここで消えなくてはならない。

だが、そうは霊使が卸さない。

 

「そんなのウィンの幸せが無いじゃないか!……人はどんなクズにだって更正したら幸せを掴む資格がある!それはどんな奴にも犯されやしないモノだ!」

「え…?な、何を言って…?」

「なあ、ウィン。お前の"幸せ"ってなんだ?」

 

霊使はウィンに優しく問いかける。

霊使の言うことの意味がウィンにはわからない。

自分にとっての幸せとは。

そんなのは、分からない。

分からなくなってしまった。

 

「そんなの…分からないよ!」

「…だろうなぁ。ウィンは優しすぎるからなぁ。」

 

だから、霊使(自分)に幸せになって欲しくて、消えようとした。

だが、それはお門違いと言うものだ。

 

「分からないのは、悪いことじゃあない。でも、()()()()()()()()のは馬鹿だな。」

「……」

「お前は自分の幸せを考えたことがあるか?」

「…ない。」

「そうだよなぁ。…じゃあ、お前が一番嬉しい事ってなんだ?」

 

霊使の言う幸せの意味はウィンにはまだ分からない。

でも、「何が嬉しいか」はすぐに答えることが出来た。

 

「私は霊使が───好きな人が幸せになってくれる事が、一番嬉しい。」

「……そう、か。なら──」

 

霊使は改めて手を差し出す。

 

「これからも俺の隣に居てくれ。…お前が傍に居てくれたら俺は嬉しい。」

「え…?」

 

ウィンは迷った。差し出された手を取る資格があるのかと。だが、体は、何一つ迷うことなく、霊使の手を取っていた。

 

「…あ。」

「…それがウィンの答えだな。」

 

霊使はウィンの腕を引っ張る。

ウィンはそのまま霊使の胸に飛び付く。

 

「…ねえ、霊使。私なんかでいいの?」

 

震える声で確かめる。

 

「ああ。───確かに俺達にはエリアもヒータも、アウスも居る。でも、俺の一番の相棒はウィンしか居ないんだ。だから、ウィンがいい。」

 

霊使の言葉一つ一つにウィンはまた、泣きそうになる。

 

「だから、帰ろう。」

 

ゆっくりと、大切に抱きしめられる。

そして、ウィンの感情の堰は崩壊した。

 

「う…うえぇええぇん!」

 

まるで幼子のように泣き続けるウィン。

霊使はそれを笑顔で見つめていた。

 

それは年不相応の姿ばかり見せてきたウィンなりの甘え方なのだから。

 

 

 

それから十分程、ウィンは泣き続けた。

すっかり涙を枯らしたウィンはまず、霊使から全力で距離を取る。そして苦笑しながら「格好悪いとこ見せちゃったね」と呟く。そしてウィンは自らの頬を叩くと笑顔で振り向いた。

 

「うん、もう、大丈夫。…でもね、後、ちょっとだけ話したいことがあるの。」

 

 

そしてウィンは霊使に思いっきり抱きついた。

 

「私ね、霊使の事、大好きだよ。」

 

霊使は一瞬息が止まった。まさか、ウィンが自分に好意を持っているとは思っていなかった。

しかし、ここで彼女の誠意に答えねば一人の男として失格だ。

 

(俺はウィンの事が好きだし、でも、言葉にするのは恥ずかしいし…!)

 

しかし、この男、恋愛に関してはもの凄く奥手だった。

だが、恋愛に奥手だからこそ、時にとんでもない間違いを犯す。

 

(ああ、くそ!言葉以外でウィンの気持ちに答えるにはこれしかねぇ!)

 

やけくそになった霊使は抱きついたウィンに───

 

口づけをした。

 

「ん~~ッ!?」

 

唇が触れる程度の軽いモノだったそれは今、この時に限り最高の働きをしてくれた。

 

「…積極的だね。」

「嫌だったか?」

「ううん。霊使の気持ちが伝わってきてくれて…嬉しかった。ありがと、霊使。」

 

二人はゆっくり歩きだす。

新たな関係に進んだ二人を祝福するように、月明かりが二人を照らしていた。




はい。
付き合います。
ようやくオリ主×ウィンが書けます。

ちなみにサブタイトルの続きは
「ずっと傍にいて欲しい」
です。

さて、今回までの予定だったアンケート、次回更新まで期間延長です。
という訳で
評価、感想、アンケート回答待っています


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過去なんかより今を

なんとかして、ウィンの消滅を防いだ霊使。

二人は数分前と違って親しげな雰囲気で並んで歩いていた。

 

「一応話しとこうか?過去の事。」

 

ウィンは唐突にそう切り出す。

 

「お前が辛くないのなら。」

 

ウィンにとってそれは一つのけじめだった。

互いの思いを聞いたことで、今までの関係に決着が着いて、二人の関係は新しいモノになった。

だが、過去の清算は済んではいない。

あんな事言った手前でありえないだろうが、嫌われてしまう可能性もある。

 

「うん。分かった。―――まず、霊使に関して。君は間違い無く四道の血を引いてるよ。だから、咲姫ちゃんが霊使の妹っていうのは正しいんだよね。で、あの時に言ってた霊使が私を使ってたってのも事実。言っちゃえば、あの時、自分の保身のために嘘ついたんだよね。――まあ、その説教は後で受けるとして。」

 

一旦ウィンは言葉を切った。

 

「―――そして霊使の記憶は事故じゃなくて人為的に失われたものなんだ。」

 

そしてウィンの口から語られる真実は余りにも理不尽なモノだった。

 

「霊使が昔使ってたデッキは"クリアウィング・ファスト・ドラゴン"と"憑依装着―ウィン()"を軸にしたデッキだった。いわゆる"風属性"デッキだね。簡単に言えば霊使は"勝てなくなった"から記憶の改ざんをやられた上で無理矢理追放されたんだよね。で、勝てなくなった原因は私が居なくなっちゃったから。今までは"デブリ・ドラゴン"から私を召喚して、それで"クリアウィング"につないでた訳で。」

「つまり、俺はレベル3のモンスターをウィンしか入れて無かったって事か。」

 

"クリアウィング・ファスト・ドラゴン"はレベル7のシンクロモンスターだ。つまり、レベル4のチューナーモンスターである"デブリ・ドラゴン"以外にもレベル3のモンスターが必要だった。

つまり、自分はそのレベル3モンスターをウィンしか入れていなかったと。

言ってしまえば酷い構成だ。

だが、否、それだからこそウィンの「居なくなった」という発言が腑に落ちない。

 

「じゃあ、なんで、ウィンは俺の前から消えたんだ?」

「…それは、――――圧力?『お前は此処に相応しくない。』って言われ続けて…ね。まあ、圧力のせいかな」

「…は?」

 

『お前は相応しくない。』、とはどういうことだろうか。

まさかとは思うが、そんなことするはずない。

そんなことは決闘者(デュエリスト)がやることではない。

しかし、ウィンが次にいう言葉は何となく分かっていた。

 

「あそこってパワーカード主義だから…私が霊使のエースであることを認めたく無かったんだよね。だから、追い出された。でも結局霊使は勝てなくなって───。」

「━━俺も、追い出された、と」

 

呆れる話だ。

どうやら、自分はこの決闘至上主義の世界で負け続けた事で追放された、と。

ウィンはそう言った。

 

「…でも、普通、決闘で勝てないからって追い出すか?」

「四道は決闘の名家なんだよ。」

「だから、勝てない奴は"四道"じゃない、と。」

 

ここまで来ると呆れを通り越して何も言葉が出てこない。

たっぷり時間をかけて霊使がなんとか紡いだ言葉は━━

 

「……………ばっかでぇ」

 

この一言だけだった。

確かに今の世の中は決闘至上主義だ。

基本的に決闘が強い者ほどより良いものが得られる。

だが、それでも。

世界チャンピオンだって負けるときはあるように、勝敗全部ひっくるめて決闘なのだ。

負けただけで追い出す、なんてそんな事は普通は即、ブタ箱行きになる愚行だ。

 

「…ごめんね。勝手に居なくなっちゃって。」

「気にするな。」

 

ウィンは改めて霊使に謝罪する。

そもそもあんな事を言われ続ければまともでは居られない。だから、霊使もその事に関しては、とやかく言うつもりはない。

 

「過去よりも今を生きよう。な、ウィン。」

「━━━うん。ありがと、霊使。」

 

だから、過去はもう気にしない。

今を生きていくために。

 

「……なんで消えてないの、ウィン…!」

 

だから、過去の因縁をここで断つ。

 

霊使の目の前には鬼のような形相の咲姫が立っていた。




はい。
アンケート締め切りです。

結果発表は次回の本編に変えさせて頂きます。

……本当にアレなの…?


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嫉妬、暴発

アンケート結果、咲姫のデッキはアレに決まりました。


どうすればええねん


咲姫は兄と並ぶウィンを見たとき、強い激情に駆られた。

なんでまだ図々しく兄の隣に並んでいるのかと。

 

「なんで…まだ消えてないんですか…ッ!」

 

また、兄を不幸にするつもりなのか、と。

 

「…なんで。また、不幸になる道を選ぶんですか…?兄さん…!」

 

全てを悟り、それでもその事実を拒むように咲姫は霊使に顔を向ける。しかし、霊使は申し訳なさそうに頭を掻くとこう、言い切った。

 

「不幸上等!…ってやつさ。…咲姫には悪いけど。それでも俺は、ウィン達を、ウィンを幸せにしてやりたいんだ。それが他の誰でもない俺の──()()()使()の、今の俺の思いだ。」

 

他の誰でもない、四遊霊使──四道の名を捨てた四道霊使──の本心を語る。

しかし、咲姫はそんな事を認めない。

 

「だったら、決闘です…!私が勝ったらウィンさんには消えてもらいます…!」

「…分かった。やろう。」

 

だから決闘する。

決闘して自分の方が強いと示す。

それだけだ。

それだけでようやく兄は救われる。

 

「「決闘(デュエル)!」」

 

「先攻は俺だな。…手札から一枚捨てて、速攻魔法"精霊術の使い手"を発動!いつもの如く"憑依連携"と"憑依覚醒"を選択。一枚伏せて一枚手札に。そして、今伏せた"憑依覚醒”を発動。さらに、魔法カード"テラ・フォーミング"を発動。"大霊術―「一輪」"を手札に加え、そのまま発動。」

 

霊使はいつもの如くデッキを回す。そこに何一つ迷いは見られない。

 

「そして、手札から永続魔法"三賢者の書(トリス・マギストス)"を発動!」

 

流れるように展開を図る霊使。そこにはもはや霊使を阻む壁は無かった。

 

「行くぞ!俺は"憑依装着―ウィン"を特殊召喚!」

 

現れるは霊使が全てを預ける真の相棒、ウィン。

彼女はランリュウを完全に憑依させて、装いも新たになっている。

 

「"覚醒"の効果で1枚ドロー!さらに今引いた"憑依装着―エリア"を"三賢者の書"の効果で特殊召喚!」

 

「ひょえ?」と情けない声をあげながら尻餅をつくようにフィールドに現れたエリア。

 

「あ!良かった!よりは戻ったんだね!?」

「言い方ぁ!」

 

言い方が余りにもアレであるが状況には合っている。

 

「それよりも。なんで彼女と決闘を?」

「いや、あいつが…ウィンと別れたほうが幸せになれるって抜かすからちょっと"理解(わか)らせ"ようと思ってね。」

「…なるほどねー。じゃあ、本気で行きますか!」

 

咲姫に対して本気宣言をするエリア。

 

「…さらにカードを一枚伏せてターンエンド。」

 

霊使LP8000

 

モンスター 憑依装着─エリア

憑依装着─ウィン

フィールド魔法 大霊術─「一輪」

伏せ 二枚

永続魔法 憑依覚醒

三賢者の書(トリス・マギストス)

 

フィールドに伏せてあるのは"憑依連携"であることは分かっている。

ならば、恐れることはない。

 

「…私のターン。ドロー。……手札からフィールド魔法"リボルブート・セクター"発動。」

「……!?」

 

咲姫が発動したカードは"リボルブート・セクター"。

そのカードにウィンが驚いた。

 

「……そんな!?咲姫ちゃんのデッキは"ドレミコード"だったはず!?それにあんなにクーリアさんと仲良かったのに!」

「………クーリア?ドレミコード?…私のデッキは今も昔も"ヴァレット"……!?」

 

ウィンの叫びに呼応するように咲姫の中に浮かぶビジョン。

それは、咲姫にとっては存在しない、それでも()()()()()()()()()事だ。

現にそのビジョンの中で出てきた女性のペンダント同じものを咲姫は身に付けている。

 

だが。

咲姫にとってはそのビジョンは邪魔者以外の何者でもない。

兄が出ていく前の記憶なんて必要ない。

止める事が出来なかった弱い自分は必要ない。

既に咲姫は過去を捨てていた。

 

「"リボルブート・セクター"の効果を発動…!この効果により手札から"ヴァレット"モンスター二体までを特殊召喚します…!来なさい!"マグナ・ヴァレット・ドラゴン"!"シェル・ヴァレット・ドラゴン"!」

 

咲姫は過去のビジョンを振り払うようにヴァレットモンスターを召喚。

 

「更に自分フィールドに"ヴァレット"モンスターが居るとき"アブソルーター・ドラゴン"は特殊召喚できる!」

 

更にモンスターを召喚する咲姫。

 

「手札から"竜魔導の守護者"を召喚!そして、このモンスターの召喚時にデッキから"融合"を手札に加える!そして、そのまま"融合"発動…!」

 

咲姫は自身の切り札で以て勝負を決めようとする。

 

「私は"竜魔導の守護者"と"アブソルーター・ドラゴン"の二体を融合素材とする。」

 

しかし、それは些か早すぎた。

 

「来なさい!"ヴァレルロード・F(フュリアス)・ドラゴン"!」

 

降臨する咲姫の切り札。

しかし、それは一瞬で退場することとなった。

何故なら───

 

「罠発動。"神の警告"。2000LPを払いその召喚を無効にして破壊する。」

 

カウンター罠を仕掛けていたからだ。

そして、咲姫のフィールドには"ヴァレット"下級モンスターが二体のみとなった。

そして、既に攻撃力はウィン達に届かない。

咲姫は失意の内にターンエンドを宣言。

しかし、霊使は隙を逃がさない。

 

「エンドフェイズ時に"憑依連携"発動。"憑依装着─アウス"を特殊召喚。その後、属性が二種以上あるため相手フィールド上の表側表示のカード一枚を破壊する。俺が破壊するのは"シェル・ヴァレット・ドラゴン"!」

 

そして、咲姫を守るモンスターは最早一体。

それに対して霊使は手札こそ少ない物の三体モンスター居る。次のドロー待つまでもなく、自分の敗けだ。

 

「…俺のターン。ドロー。手札から"憑依装着─ヒータ"を召喚。バトルフェイズ。」

 

そして、咲姫は四霊使いの総攻撃をくらいそのままライフが0に。

 

「……完敗、ですね。」

「そうだな。」

 

咲姫は自分でも知らない内に涙を流していた。

 

「…悔しい、です。」

「それは、俺を連れ戻せないことに、か?」

「…全く。意地が悪いんですから。分かっているでしょう?私は決闘でボコボコにされた事が悔しいってことくらい。」

 

咲姫もまた、決闘者だった。だが、同時に彼女は勝ちにこだわりすぎた。

過去を捨てても霊使の隣に立つことすらままならない。

それが辛くて。

苦しくて。

過去を捨てた事を後悔して。

それでも、光を求めて歩くしかなかったのだろう。

 

「私は羨ましかったんです。いつも兄さんに選ばれる彼女が。」

 

ぽつりぽつりと語りだす咲姫。

 

「ウィンが居なくなれば私に、私達に気付いてくれると思ったんです。……でも、逆でしたね。」

 

咲姫は困ったように頬を掻いた。

 

「ごめんなさい。」

 

それだけ言うと、彼女は闇に消えた。

 

「……ウィン。兄さんを、頼みます。」

 

そう書かれた紙を残して。

 

 

 




咲姫の真のデッキであるドレミコードはしっかり出します。

安心してください。

ただ、今回のお話はどうしても彼女に悪役になってもらわなければいけませんでした。
だから敢えて一番人気の無かったヴァレットを採用しました。
重ねて言いますが、ちゃんとドレミコードは出すので安心してください


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もとの鞘に収まって

とりあえずこれで終了。

連載じゃないよ?日常回にするはずだったのに新キャラ出したらそのまま始まってしまった「ウィンの過去」編だよ?


結局記憶はいくつか思い出したものの、完全には取り戻せずに終わった。

ただ、ウィンから過去の事は聞いたため、自分の過去は知っている。

案の定糞みたいな過去だったが。

そして、今二人が何をしているかというと────

 

「なぁんであの時嘘ついたぁ?」

「あう…それは、その…」

 

嘘をついていたウィンに絶賛説教中だった。

 

「あのなぁ、言ってくれれば良かった物を…ずっと黙っててさぁ…」

「いや…その…本当に、ゴメン…。」

「ゴメンで済むなら警察はいらん!あと一時間正座ぁ!」

「足が限界なのにー!?」

 

説教と言っても霊使には説教する言葉を持ち合わせていない。

 

つまり、罰を与える、という方法でしかウィンを戒めることができず───

 

傍から見ればただのやべーやつにしか見えなかった。

 

幸運だったのは、他の誰にもばれなかったことに尽きるだろう。

もし、事情を知らない克己とかに見られた日にはそれはもう、死あるのみだ。

もちろん、ウィンダやウィンダールに見つかったらこの世からの消滅は免れない。

つまるところ、誰にも見つかってはならないのだ。

 

ただ、そんなリスクを背負ってでも霊使はウィンに説教をかます。

一人で抱え込んだって何一つ解決しないのにそれを抱え込んで一人で解決しようしようとしたことに関しての説教―――もとい罰を与えなければならない。

 

そんなこんなで一時間が過ぎ、正座も解き、足の痺れいがいの苦痛から解放されたウィン。そんなウィンは開口一番、こう言い放った。

 

「霊使がッ…霊使が嫌がる私を無理矢理…ッ!」

 

状況を知らない人が聞いたらそれはもう通報するレベルのセリフをかましていくウィン。

ただ、今回の件はウィン対霊使ならば10:0でウィンが悪い。そして、今この場に居るのはウィンが何をやらかしたか知っている者たちばかり。

つまり―――

 

「はーい。勘違いさせること言うような悪い子は出荷よー。」

「ごめんって!冗談だから許してエリアちゃ―――」

「へ?なんて?」

 

ウィンが不服を申すとすべてウィンに帰ってくるのだ。

例えば――――

 

「そーれそれそれそれ!ウィンちゃんは何処が弱いのかなぁ…?」

「きゃはっはははははは!ちょ…そこやめ…!あっははははは!」

「へぇ…?ここが弱いんだねぇ?ならば!」

「ちょ!?あっははははははははは!くるひッ…!あははははは!」

 

目の前で行われているウィンとエリアの非常に百合百合しい光景(くすぐりあい)とかである。

余りの百合百合しい光景にすっかり気力を削がれた霊使はその場をクールに去った。

 

 

 

結局、咲姫の真意は未だに測りかねている。

一体、何が目的で霊使と自分を引き離そうとしたのか。

もしかしたら、四道に霊使を引き入れるためだったかもしれない。

ただ、今はどうでもいい。

これからも彼女は霊使いと同じ学校で生活を送ることになったためそれを聞く機会はいつでもあるだろう。

未だにキスキル達の事件は解決していないが、それでも、ようやく、元の日常が帰ってきた。

ウィンは拳を強く握る。

咲姫の本当の想いに、応えるために。

そして、最愛のマスターを守るために。

これからも隣で彼の剣となり、盾となろう。

 

「頑張るからね。これからもよろしく。」

 

夜空を見上げてウィンは笑った。

それはウィンがようやく、過去から解放された証だった。

 

 

 

 

いつの間にか新たなカードがデッキに入り込んでいたが、それに気づくことになるのは、後少し、先の話だ。




はい。
これで「ウィンの過去」編は終了です。
次こそ日常をちょろっと挟んでキスキル・リィラ決戦編になります。

え?決闘回数が少ないって?


こまけぇことはいいんだよ!

ミニキャラ紹介No9
ウィンと霊使
付き合い始めた二人。
このフラグは最初にウィンが出てきたところで既に建ってた。
だって、頭一つ抜けて好感度が高いんだもん


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幕間:決闘者、中二病、眼帯

「おい、どうした?中二病でも発症したか?」

「ちげーよ!?」

 

ある日の午後────

霊使は眼帯を付けて授業に参加していた。

克喜は中二病でも発症したかと疑い、奈楽は吹き出し、水樹と颯人は顔を俯けて笑いを堪えており流星は何処か罰が悪そうにしていた。

 

(ゴメ…霊使…似合って…フフッ…)

 

ウィンも心の中で吹き出してしまう。

しかし、霊使には筒抜けなわけで。

 

(今日、晩飯抜きな)

(そんな怒る!?)

 

ウィンには晩御飯抜きの罰を与えることにした。

勿論冗談なわけだが、ウィンは本気でおろおろしている。

 

(可愛い)

(まーたマスターのウィンの惚気が入ったー)

 

ヒータの呆れたような声が聞こえた。

つい、可愛いと思ってしまった霊使。

そして、その心を余すことなく受け止めることになるエリア、ヒータ、アウスの三人。

二人が付き合うようになったのは知っている。

だがここまで惚気られると、こう、口の中が甘くなるというか。

全身が砂糖になって儚く散るのではないかと錯覚するのだ。勿論、人間やカードの精霊が砂糖になるなんて起こり得ないのだが。

 

(というかいい加減説明したらどうですか?このままだと中二病認定されてしまいますよ?)

(まあ、私達の召喚口上考えてる時点でアウトだと思うけどねー。)

 

エリアが中々に痛いことを言ってくれるが、相棒に召喚口上が無いのは寂しすぎる。

それはそれとして、アウスの言い分も最もだったので改めて話をすることにした。

 

「話をしよう。あれは今から────」

 

 

 

 

事の発端は今日あった体育の授業だった。

体力テストを行う事で生徒それぞれの身体能力を計っていた。

霊使のクラスは人数が多いために二つのグループに別れて体力テストの種目をこなしていた。霊使と同じグループに入ったのは流星ただ一人だった。

霊使達のグループは今日|1500m≪持久走≫をやる予定になっていた。

しかし、前日のにわか雨で走る事には支障がないが、それでも少しばかりグラウンドはぬかるんでいたのだ。

だから、あんな悲劇が起きてしまったのである。

 

スタートと同時に霊使と流星が駆け出した。ボール投げや握力の記録は壊滅的だった二人だがそれ以外の競技はまあ、凄かった。

50m走では二人とも6秒前半で走り、反復横飛びでは軽々と70回越え。立ち幅跳びでは3m近い記録を叩きだし、更に流星は上体起こしの回数は50回を越え、霊使は長座体前屈で79cmというアホみたいな記録を樹立した。

この化け物染みた身体能力を持った二人はいつしか互いに対抗心を燃やして持久走に望んでいたのだ。

 

そんな二人が先頭を突っ走ったためか大体の生徒はハイペースに着いていけずどんどん失速。

二人は1000mを3分15秒で駆け抜ける。早くも先頭の二人でデッドヒートが起きる。

そして、その悲劇が起こったのはゴール前だった。

若干先行していたのは流星。

そのまま霊使を突き放すために加速を図った。

それが、間違いだったのだ。

 

足が思いっきり蹴りあがる。

そしてぬかるんだ土が霊使の眼球に直撃した。

 

「イッタイメガーッ!?」

 

そのまま霊使は横倒しに転倒。

ゴール1m手前で悶え苦しむ霊使。

 

「あぁあぁぁぁぁあああぁぁぁあぁぁぁあああ!」

 

悲鳴にならない声を上げる。

そして霊使は先生の取り計らいで再測定をすることになった。

そして保健室で眼帯を貰って今に至る。

 

以上が事のあらましである。

 

 

 

「…嫌な…事件だったね…。」

 

克己はそう言わざるを得なかった。

今回の件は言ってしまえば事故――――誰も悪くないのだ。

ただ、霊使の運が無かっただけ。

それだけで中二病判定はちょっと可哀そうな気がしたのだ。

 

「まあ、その、なんだ。どんまい、二人とも。」

 

さっきまで大爆笑してた奴に慰められても嫌味にしか聞こえないわけで。

 

「お前が言うな。ロリコン」

「…グハッ!?」

 

きついカウンターをお見舞いしてやることにした。

 

 

そして数日後――――

 

「本当に…笑って、すまん!痛すぎるわ、これ…!」

 

今度は克己がやらかした。

 

「目ぇ弱すぎだな。」

「お 前 が 言 う な」

 

こうして穏やかで騒がしい日々は過ぎていくのであった。

決戦の時は、近い。




あともう一話くらい幕間やったらキスキル達との決戦ですかね。


ミニキャラ紹介No10 風見颯人
精霊はガスタの巫女ウィンダ。
ぶっきらぼうで口下手。
実はウィンダが居ないとまともに日常生活ができないポンコツ。
好物はカレーうどん


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幕間:決死(物理)の告白

「止まるんじゃねぇぞ…」

「霊使ィーッ!」

 

霊使はものの見事に希望の花を咲かしていた。

左腕はウィンがこのことを気にせず前に進めるようにかその先を指さしている。

 

「ちょっとお父さんストップ!ストォォォップ!これ以上はホントにレイジ君が死んじゃうって!」

「しかし!それでもだ!この男はここで殺さなければ!ウィンに幸せは訪れん!」

 

ウィンダは自身の父親であるウィンダールをなんとか引き留めようとするが、力に差があるせいで虚しく引っ付いているだけになっていた。

 

「貴様ァ!一体どんな手を使ってウィンを洗脳したぁ!」

「気絶しているから無理なんだって!」

 

(こうはならないだろ)

(なっとる!やろがい!っていうか早く颯人も助けてよー!)

 

なんで、こんな事になってしまったのか。

颯人は頭を抱えて全ての始まりを思い出していた。

 

 

 

事の発端は一時間前。

珍しく、ウィンと霊使が自分の家を訪ねてきたことだった。

 

「おう、颯人。ウィンダ居るか?」

「…ウィン絡みか?」

「あぁ…まぁ、ね。」

 

霊使は颯人にウィンダが居るかどうか、聞いてきた。

 

「まあ、居るが…」

 

確かに家に居るのだ。居るのだが――――

 

「今、俺の部屋の掃除をしてくれていてな…」

「都合が悪い、と」

「そういうことだ。」

 

都合が悪い。単純にして、シンプルで、納得せざるを得ない理由だった。

 

「それにしてもウィンダが掃除…ねぇ。」

「…?」

 

しみじみとしたように、感心したように話すウィン。

しかし、「それはどういう…?」という、二人の疑問は次のウィンの発言によって消滅することになる。

 

「あのずぼらなウィンダが、ねぇ…」

「!!?」

 

颯人は驚いた。いつも整理整頓とかを行っていてくれたのはウィンダだったはずだ。

手伝おうとしたら、「いつも自分で置いておいて把握できてないからだめ」と拒否してきたあのウィンダがズボラだった。

 

「嘘…だろ…?」

「…残念だけど、これが現実ッ…!ウィンダは…ズボラッ…!」

 

霊使には若干ウィンの輪郭が尖がったように見えた気がしたが気のせいだろう。

リアルで作画崩壊を起こせる者なんてそれこそ、どこぞの特撮の神を名乗る不審者しか思い浮かばない。

そんな他愛のない話をしていると―――

 

「それは内緒にしておいてほしかったなぁ!」

 

顔が真っ赤っかに染まったウィンダが飛び出してきた。

 

「いや、でも、事実だし…」

「事実でも何でもよ!だって、好きになっちゃった人にズボラだなんて思われたくないし…。

 

急にしおらしくウィンダを生暖かい目で見守るウィン。

 

「…まあ、今はウィンダのお陰で色々助かってるんだ。いつもありがとなウィンダ。」

「ふぇ!?う…うん。……って生暖かい目で見てるそこの二人!アタシになにか用があるんじゃないの!?」

 

恋を知ったウィンダを眺めていた二人はウィンダに言われるまで、すっかり用事を忘れていた。

 

「あー、えっと。その。俺達…」

「付き合う事になりました」

「へぇーおめで………えっ?」

 

付き合う。付き合うと言ったのか?

目の前の二人が?

たくさんのはてなマークが浮かんだ脳内で辛うじてウィンダが紡いだ言葉は────

 

「お赤飯炊かなきゃ…?」

 

色々と錯綜した物であった。

確かにめでたいモノではあるが。

 

「…………ウィンダ。付き合うぞ。」

「あ、ありがと、ハヤト。」

 

ただ、颯人もそれに悪乗りして、本当に赤飯を炊く準備が始まってしまう。

 

「後で赤飯は届けてやる。だから、帰れ。」

「…ああ。ウィンダールにばれたらこの世から消滅させられるだろう――――」

 

ぬっと現れる黒い影。

 

「し…な…」

「…貴様、そんな風に俺の事を見ていたのか。」

 

そして掴まれる後頭部と、命。

 

「ところで、お前、ウィンと付き合うと言っていたな―――。俺は認めんぞォ!」

 

ウィンダールに、ばれた。

ばれてしまった。

 

「お義父さん安心してください!清いお付き合いです!」

 

もはや隠す必要がないと堂々と交際を宣言する霊使。

 

「貴様…それは俺に対するおちょくりか!?…よし、殺そう。」

 

そして、その発言がウィンダールの逆鱗に触れた。

その瞬間――――

霊使の股間にウィンダールの足がめり込む。

 

「―――――――ッ!?!?!?!?」

 

「ゴシャアァッ!」と鈍い音が昼間の住宅街に響き渡った。

 

 

「…おい、ウィンダール。ストップ。」

「ならん!今ここで、殺さなくては!」

「いや、殺すなよ。」

 

そして、冒頭に戻るのである。

この後、この子煩悩な父親を落ち着かせるまでに数時間かかった。

 

ウィンのウィンダールに対する好感度が激減して、「家出してよかったかも」と思わせるにはこの出来事は十分だったとしか言いようがなく、ウィンはしばらくの間、ウィンダールとはまともに口を利かなかったことは言うまでもない。

 

 

 




ウィンダール→ウィン  心配で仕方がない。(好感度:高)
ウィンダ  →ウィン  再開できてホッとした。(好感度:高)
ウィンダール→霊使   ゆ゛ る゛ ざ ん゛ !(好感度:最低)
ウィンダ  →霊使   まあ、大丈夫でしょ! (好感度:中)
ウィン→ウィンダール  ないわー (好感度:失望)
ウィン→ウィンダ    再会できてちょっと嬉しい (好感度:中)
ウィン→霊使      最愛の人で最高のマスター (好感度:愛)
霊使→ウィンダール   お義父さん!娘さんをください!  (好感度:普通)
霊使→ウィンダ     義姉さん、これからお願いします!(好感度:中)
霊使→ウィン      最愛の人で最高の相棒   (好感度:愛)


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惑わし堕すは可憐な花

キスキル達からの予告状が再び届いた。

二人の潜伏場所を知らない霊使達にとって、この予告状だけがキスキル達を捉える手がかりだった。

 

「リベンジの準備はできてる。…もう一度、俺にやらせてくれないか?」

「…いいよ、と言いたいんだけどね。失敗できないんだ。」

 

しかし、そんなことは露知らず、霊使と奈楽の二人は睨みあっていた。

理由は簡単だ。

誰が例の二人と戦うか、という点で意見が真っ二つに割れたのである。

霊使にもう一度戦わせるリベンジ派と、誰か新しい相手に戦わせる交代派だ。

リベンジしたいと申し出たのは霊使で、それに便乗したのが、流星と水樹。

反対は克己と奈楽の二人。颯人はどっちつかずだった。というのも、ウィンダがしきりに頭の中で抗議し続けているからである。

 

「…埒が明かないね。」

「そうだな。…なら、決闘しよう。俺が負けたらリベンジは諦める。」

「…いいよ。約束だ。いいだろ?克己君。」

「そうだな。」

 

奈楽と霊使が合意する。

この時点でリベンジできるかどうかは、すでに決闘の腕にかけられていた。

 

「じゃあ、やろうか。」

「ああ。――――行こう、皆!」

 

「「決闘(デュエル)!」」

 

奈楽 LP8000

 

「僕のターンだね。ドロー。…僕はカードを一枚伏せる。…そして、今伏せたカードを破壊して、"ジーナの蟲惑魔(こわくま)"を特殊召喚。さらに手札から"アトラの蟲惑魔(こわくま)"を召喚。」

 

一気に二枚のモンスターが並ぶ。

少女たちは"餌"を見つけたような嗜虐的な笑みを浮かべていた。

 

「さてと、行くよ!―――現れろ!蠱惑と魅惑のサーキット!」

「んな!?」

 

まさかのリンク召喚である。

使い手がこんな近くにいたとは驚きだ。

 

「僕は"ジーナの蟲惑魔"一体でリンクマーカーを形成!リンク召喚!おいで!"セラの蟲惑魔"!」

 

リンクマーカーから、新たな蟲惑魔が飛び出す。

しかし、その姿は――――

 

幼女だった。

緑髪の、他の蟲惑魔と比べても二回りも小さい幼女だった。

現にセラはあどけない顔をして後ろの霊使い達を悶絶させている。そして―――

 

「お兄さんたち、だぁれ?」

「ごはッ!」

 

地霊使いが吐血した。蟲惑魔は全員地属性。アウスとは相性が良かったのだろうか。

とか思っていたら奈楽とフレシアも悶えていた。

やはり、純粋な少女の笑顔というのは破壊力が高いらしい。

 

「っと…悶えてる場合じゃないや。…これで僕は、ターンエンド。」

 

奈楽 LP8000

フィールド アトラの蟲惑魔

      セラの蟲惑魔

 

「カードを伏せない…か。こりゃ、嫌な予感がするな…。俺のターン!ドロー!」

 

霊使 LP8000

 

「俺は手札から"憑依覚醒"を発動!そして俺は"妖精伝姫(フェアリーテイル)―カグヤ"を召喚!」

「なら、召喚したと時に手札から罠発動!"落とし穴"!効果で"カグヤ"は破壊される!」

「手札から…罠…だと!?」

「"セラの蟲惑魔"の効果を発動!自分が通常トラップを使用した際、自分フィールド上に存在しない"蟲惑魔"一体をデッキから特殊召喚できる!おいで、"リセの蟲惑魔"!」

 

場に出た瞬間、落とし穴に叩き落されるカグヤ。

その穴を作ったのは、他でもないアトラだった。

嗜虐的な笑みを浮かべたままカグヤが落ちた穴に近づくと――――

 

その穴から、"パキ"という音がした。

これ以上は考えないほうが良さそうだ。

 

一方、奈楽のフィールドにはセラを守るように蟲惑魔がまた現れる。

 

「…カグヤの召喚時効果は封じられたか…。なら、俺は、カードを三枚伏せて、ターンエンド。」

 

霊使 LP8000 

フィールド 無し

伏せ×3

憑依覚醒

手札一枚

 

「なら、僕のターンだね。ドロー。メインフェイズ。僕は手札から"ティオの蟲惑魔"を召喚。"ティオ"の召喚成功時に墓地の蟲惑魔一体を守備表示で蘇生させる!甦れ!"ジーナの蟲惑魔"!」

 

再び、蟲惑魔が現れる。

しかも二体。

餌を求める少女たちは一人、また一人とその数を増やしていく。

このまま、霊使は彼女たちの餌食となるしかないのだろうか。

否。

霊使はこの逆境に対して、笑みを浮かべていた。

相手がどんなデッキを使うか分からないから、どんな戦略があるか分からないから、楽しい。

決闘はこんなに楽しいものだったことをいつの間にか失念してしまっていたのかもしれない。

 

「…俺は!罠カード"魍魎跋扈"発動!」

「"魍魎跋扈"?」

 

このカードは、デッキを見直したときに、相手のターンでの展開札として採用したカードだ。

出来ればこのカードでカグヤを召喚したかったが、手札に一枚しか憑依装着が無かった。

だから、賭けに出た。

もう一度、あの緊張感と興奮を味わうために。

 

「…このカードは自分、相手フェイズに通常召喚を行うカード…!俺は手札から"憑依装着─アウス"を召喚する!」

「…"覚醒"の効果で"霊使い"と"憑依装着"は効果で破壊されないから、落とし穴系統の罠も通じない…か。」

「………"覚醒"の効果は覚えているな?」

「うん…。さあ、一枚のドローを。」

「行くぞ…!ド、ロォォォォ!」

 

全ての命運を賭けて、霊使はデッキの上からカードを一枚引いた。

 

「…いいカードは引けたかい?なら、こっちも行くよ!僕は、"ティオの蟲惑魔"と"ジーナの蟲惑魔"でオーバーレイ!」

「エクシーズ召喚まで…!?」

「本来、蟲惑魔はこっちがメインなのさ!……その花弁で全てを惑わし、全てを我らの糧とせよ!エクシーズ召喚!現れろ!ランク4"フレシアの蟲惑魔"!」

 

召喚されたのはフレシア。奈楽の精霊でもあり、エースモンスターだ。

「…X(エクシーズ)素材を持つこのカードは罠の効果を受けず、このカード以外の"蟲惑魔"達は破壊されず、効果の対象にもならない。さあ、どう突破するかな?」

 

蟲惑魔達はフレシアの庇護の元で罠を張り、待ち構える。

さらにはフレシア自身に罠は意味がない。

ただ、攻撃力が低いのが唯一の救いか。

その後、奈楽は攻撃を宣言することなく、カードを一枚伏せてターンエンド。

そのタイミングで霊使は"メタバース"を発動。フィールド魔法である"大霊術─「一輪」"を発動し、改めて霊使のターンに。

 

奈楽 LP8000

フィールド フレシアの蟲惑魔(X素材×2)

セラの蟲惑魔

アトラの蟲惑魔

伏せ×1

 

「俺のターン。ドロー!」

 

手札は二枚。普通に考えて、頭がおかしくなりそうな位に劣勢だ。

そう、普通なら。

 

「…俺はモンスターをセット。これで、ターンエンド。」

 

霊使 LP8000

フィールド 憑依装着─アウス

セットモンスター×1

伏せ×1

憑依覚醒

大霊術─「一輪」

 

ゆったりとしたペースで進む決闘。今までに一度も攻撃しない決闘があっただろうか。

 

確かに奈楽の"蟲惑魔"は守りよりのデッキだ。

霊使の"憑依装着"デッキも一度展開札を引ければそれなりの展開力を生むが、逆に言うと展開札頼りのデッキだ。

つまり、こういうスローモーな決闘になることは目に見えていた。

 

ただし、こういう決闘こそ、動く時は一気に状況が動く。

このターン、奈楽は新たな蟲惑魔である"ランカの蟲惑魔"を召喚。

そのまま、ターンエンド。

互いに互いの戦術を見極めている最中だった。

決闘の低速化。

それが霊使の狙いだとは知らずに。

 

「俺のターン。…ドロー。…俺は"メタモルポット"を反転召喚。」

「…これは通した方が良さそうだね。」

「…なら、互いの手札を全て捨てて五枚ドロー。…さらに、俺は手札から永続魔法"三賢者の書《トリス・マギストス》"を発動!効果により、"憑依装着―ヒータ"を特殊召喚!"覚醒"の効果で一枚ドロー!…バトルだ!俺は"憑依装着―ヒータ"で"セラの蟲惑魔"を攻撃!"エレメンタル・ブレイズ"!」

「破壊はされないけれどダメージは受ける…!くッ!罠発動!"攻撃の無力化"!この攻撃を無効にして、バトルフェイズを終了させる!」

 

セラを狙って放たれた炎は渦によって受け止められる。

あの渦に阻まれてしまい攻撃はもう意味を為さないようだった。

 

「俺はカードを伏せてターンエンド。」

 

霊使 LP8000

フィールド 憑依装着─ヒータ

憑依装着─アウス

 

フィールド魔法 大霊術─「一輪」

魔法・罠 憑依覚醒

伏せ×2

 

「む…。攻めて来るかな…。僕のターンだ。…ドロー!

…僕は──」

「メインフェイズ開始後に手札の"エフェクト・ヴェーラー"の効果発動。このカードを手札から捨てる事によりこのターン中、"フレシア"の効果を無効にする!」

「…む。なら、その効果にチェーンして、フレシアの効果発動!」

「"大霊術─「一輪」"の効果により"フレシア"の効果を無効に。これで、"ヴェーラー"の効果でこのターン、耐性が消え去る。」

 

フレシアの顔色が悪くなる。

どうやら、無事、ヴェーラーの効果は届いたようだ。

 

「…僕は手札から"リセの蟲惑魔"を召喚。」

「ところがどっこい、罠発動!"激流葬"!お互いのモンスターを全破壊する!」

「………なんでさ。セラは残るけどさぁ…。」

 

奈楽からしてみれば全てのモンスターが消し飛ぶのだ。理不尽だと感じることだろう。

ただ、発動を許したのは他でもない奈楽自身だ。

 

「これは、やられたね…。……ターンエンド、だよ」

「じゃあ、エンドフェイズに罠発動!"憑依連携"。墓地の"憑依装着─エリア"を蘇生。覚醒の効果で一枚引く」

 

エリアが飛び出す。

しかし、セラの愛らしさにそのまま破壊するのを躊躇い、エリアは踏みとどまった。

 

『なぁんでメタポの効果で手札の私を捨てたのさー!』

(知ら管)

『返しが適当すぎるんですけどー!?』

 

エリアが何かを訴えてきたが無視する。

流石にエリア一枚で勝てと言われても無茶ぶりがすぎるというものだ。

 

「じゃあ、俺のターン。ドロー!手札から"憑依装着─ウィン"を召喚。─バトル!"憑依装着─エリア"で"セラの蟲惑魔"を攻撃!」

 

セラは他の蟲惑魔が居なくなったことに困惑、おろおろとしている。

エリアはおもむろにそんなセラに近づくと───

 

「ねぇ、君、どうしたの?何か困った事があったらお姉ちゃんに話してみて?」

「私のおねぇちゃんたちがいなくなっちゃったの。みんな、どこに行っちゃったの?」

「じゃあ、お姉ちゃんと一緒に君のお姉さんの所まで一緒に行こっか。」

 

なんと、他の蟲惑魔の場所に案内しだした。

勿論、フレシア達は激流に押し流されて、後方で伸びて居る。

ただ、幼いセラはそれを理解出来ていないのか、エリアに連れられてフレシアの元まで行くと、フレシアの太腿を枕代わりにして、寝始めた。

 

奈楽 LP8000→5750

 

「……てぇてぇ」

 

そして───、

その光景から余りに尊み摂取し過ぎた奈楽が昇天仕掛けていた。

 

「戻ってこい!奈楽ゥーッ!」

 

その後、気付け変わりに二回ダイレクトアタックをくらい、元に戻った奈楽は鼻血を垂れ流していたという───。

 

 

「負けたねぇ…」

「負けましたねぇ…」

 

わざとらしく呟く二人。

 

「さては、嵌めたな!?」

 

今頃霊使は自分が嵌められた事に気付いたのだ。

 

「じゃあ、リベンジしてきなよ?」

「頑張って下さいね~」

 

いかにも軽薄そうにすごすご二人に霊使は思わず叫んだのだった。

 

「納得いかねぇぇぇえぇぇええぇぇええ!」

 

と。

 

 

その声をたまたま近くで聞いていた生徒がひっくり返ったのは、別の話である。

 

 

 

 

 




ミニキャラ紹介No11 星神奈楽

蟲惑魔の使い手。
精霊はフレシア。
好物はフレンチトースト。
苦手な物は音ゲー。
フレシア達とは非常に強い絆で結ばれている。
ちなみに蟲惑魔全員から好かれているが本人はそれに気づかない。
そろそろフレシアが痺れを切らしそう


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烈風、全てを薙ぐ

ゴブリンドバークとシュバリエがこんがらがっていますが、特に決闘の結末に影響はないので無視して読み進めて下さい。

再発防止に努めますのでそこのところ、よろしくお願いします。


霊使がキスキル達へのリベンジを決めたその日の夕方、颯人は複数人の不良に絡まれていた。

勿論狙いは颯人の精霊、ウィンダである。

不良達がウィンダを無理矢理遊びに誘おうとした所に颯人が割って入った結果、こうなった。

 

「悪いがあんたらのような下衆にウィンダを連れてかれる訳に行かないんでな。」

「あ゛あ゛!?」

 

颯人は淡々と不良のリーダーを煽る。

颯人自身、気付いていないようだが、好意を持つ相手にそんな下卑た視線を向けられたら機嫌の一つくらい悪くなる。

控え目に言ってこの男、ぶちギレていた。

 

「今言った言葉取消せよ、なぁ?」

「……。」

「はっ!急にビビってだんまりかぁ?あぁ、後そのデッキも貰っていってやるよぉ!」

「…おい。」

「あ?」

「デュエルしろよ。」

 

これ以上、言葉を交わす必要もない。

颯人にとって、これ以上、目の前の男と話す事は不快な事だったからだ。

 

「俺が勝ったらお前らには二度と俺達の前には現れないと約束してもらう。」

「なっ…!おま、そんな事────」

 

不良軍団の一人が颯人に食って掛かるが、不良の頭目がその男を手で制した。

 

「その話、乗ったぁ。」

「いいんですか!?」

「ただし、てめぇも約束は守れよ?」

「……いいだろう。行くぞ!」

 

「「決闘(デュエル)!」」

 

不良の頭目 LP8000

 

「まずは、俺のターン、ドロー。ちッ。シケた手札だな…。俺は手札から"増援"を発動し、デッキから"ゴブリンドバーグ"を手札に。俺は手札から"エヴォルテクター・シュバリエ"を召喚。」

 

現れたのは赤き鎧と短刀を身につけた戦士。

 

「さらに"ゴブリンドバーク"の効果を発動!表側守備表示で"ゴブリンドバーク"を特殊召喚する!…この効果で召喚された"ゴブリンドバーク"は表示形式を変更出来ない…が、まあいい。俺は"ゴブリンドバーグ"と"エヴォルテクター・シュバリエ"でオーバーレイ!」

 

爆撃機に乗ったゴブリンが現れ、そして、光に変わる。

 

「エクシーズ召喚!現れろ!"No.39 希望皇ホープ"!」

 

希望皇ホープ。この世界では最も多く扱われているエクシーズモンスターの内の一枚。その効果はX素材を消費することにより攻撃を無効にできるスグレモノだ。

 

「これで俺はターンエンド!さあ、俺の"希望"はお前にとっての"絶望"だろうが、どうする?」

 

不良の頭目 LP8000

フィールド No.39 希望皇ホープ

 

相手は一枚も伏せずにターンエンドを宣言。

颯人のデッキを舐め腐っているのだろう。

それが、驚愕に変わるのは、これからだと知らずに。

 

「俺のターン。…ドロー!俺は手札の"SR(スピードロイド)ベイゴマックス"を特殊召喚!」

「何ィ!」

「"ベイゴマックス"は自分フィールド上にモンスターが居なければ特殊召喚できる!そして、"SRタケトンボーグ"は自分フィールド上に風属性モンスターが居れば特殊召喚できる!」

 

颯人のフィールド上にベイゴマを模したモンスターと竹トンボのような何かが召喚される。

 

「さらに、"タケトンボーグ"をリリースすることでデッキから"SR"チューナー一体を特殊召喚する!…来い!"SR赤目のダイス"!"赤目のダイス"の特殊召喚成功時に効果発動!俺のフィールド上の"SR"モンスター一体のレベルを1から6の任意の値に変更する!…俺は"ベイゴマックス"のレベルを4にする!」

 

赤目のダイスから飛び出した星がベイゴマックスに吸収される。

これにより、"ベイゴマックス"のレベルは4となり、狙いのモンスターの召喚を可能にした。

 

「さらに、俺は手札から魔法カード"手札抹殺"発動!」

 

このカードによって、若干事故り気味だった手札を修正。

さらに、運が良いことに更なる展開を望めそうなカードを引けた。しかし、まずは──

 

「俺は…レベル4の"SRベイゴマックス"にレベル1の"SR赤目のダイス"をチューニング!集いし祈りが剣となりて敵を裂く!全てを導く風となれ!シンクロ召喚!現れろ!レベル5!"HSR(ハイスピードロイド)チャンバライダー"!」

「通常召喚権を残したままシンクロ召喚だとォ!?」

 

シンクロ召喚───それは"チューナー"と呼ばれる特殊なモンスターと普通のモンスターのレベルを足し合わせ、新たなモンスターを呼ぶ召喚方法である。

しかし、普通は通常召喚権をどこかで使う物だ。

 

「や、やべぇ奴にケンカ売っちまったかもしれねぇ…!」

 

狼狽え始める不良の頭目に静かに追い討ちをかける颯人。

 

「もう、後悔しても遅い!俺は手札の"ガスタの神裔 ピリカ"を召喚する!"ピリカ"は召喚に成功した時、墓地の風属性チューナー一体を特殊召喚する!…来い!"SR電々大公"!……この効果で特殊召喚されたモンスターの効果は無効にされる…が、ささいな問題だな。」

 

颯人は漸く通常召喚権を使い、ガスタモンスター──ピリカを召喚。

ぶっちゃけると精霊のウィンダより、余程強力な効果を持っているが、それを言うとウィンダはいつもいじける。

なんなら、ウィンダは既にいじけている。

 

(ぐぬぬ…手札にアタシがいるのにピリカ召喚するとは…!おのれ…!)

(アイツの顔を見たくもないからワンターンキルするんだ。…もうすぐ出番だからな。)

 

ウィンダにじき、出番が来る事だけを伝えた颯人は、手早く行動に移す。

 

「俺はレベル3の"ガスタの神裔 ピリカ"にレベル3"SR電々大公"をチューニング!集いし祈りが新たな未来へ吹き荒れる!シンクロ召喚!レベル6"ダイガスタ・ラプラムピリカ"!」

 

ピリカが何処からか現れた巨大な鳥に騎乗。吹き荒れる風を従え、新たな姿となった。

 

「俺は"ダイガスタ・ラプラムピリカ"の効果を発動!手札とデッキから一体ずつ"ガスタ"モンスターを効果を無効にして特殊召喚し、その二体でシンクロ召喚を行う!」

「はぁ!?もはや無茶苦茶じゃねぇか!?」

「知らん。そんな事は俺の管轄外だ。」

 

最早止まらないシンクロ召喚に悲鳴を上げる不良の頭目。

 

「俺は手札の"ガスタの巫女 ウィンダ"とデッキの"ガスタ・ガルド"の二体を効果を無効にして特殊召喚!」

「よ、ようやく出番が…」

「悪いな!素材になって貰うぞ!」

「えぇえ~!?ようやく出てこれたのにぃ!?」

「そして、レベル2"ガスタの巫女 ウィンダ"にレベル3"ガスタ・ガルドス"をチューニング!集いし祈りが未来へ羽ばたく翼となる!全てを導く風となれ!シンクロ召喚!レベル5"ダイガスタ・ガルドス"!」

 

颯人はウィンダの悲鳴を聞き流して、シンクロ召喚。成長したガルドスにウィンダが騎乗した、ウィンダの新しい姿。

 

「"ダイガスタ・ガルドス"の効果発動!墓地の"ガスタ"モンスター二枚を戻し相手の場の表側表示のモンスター一体を破壊する!俺は"ガスタの巫女 ウィンダ"と"ガスタの神裔 ピリカ"をデッキに戻し、"お前のNo.39 希望皇ホープ"を破壊する!喰らえ"フェザー・アンカー"!」

 

風に撃ち抜かれ、ホープは消滅。

これで、不良の頭目を守るモンスターは居なくなった。

 

「ふん…弱いな。バトルだ。"HSRチャンバライダー"でお前にダイレクトアタック。戦闘時に攻撃力は200上昇する。」

「うぐあぁぁぁあああ!」

 

チャンバライダーが切りつけ、それに値するだけの衝撃が不良を襲う。

 

不良の頭目 LP8000→5800

 

「そして、"チャンバライダー"は1ターンに2度攻撃できる!再び、"チャンバライダー"でプレイヤーにダイレクトアタック!再び攻撃力が200上昇!」

「あがぁぁああぁッ!」

 

不良の頭目 LP5800→3400

 

「続いて"ダイガスタ・ラプラムピリカ"で攻撃!"ウィンド・バースト"!」

「あぎぃぃぃいいぃッ!」

 

不良の頭目 LP3400→1500

 

既に不良のライフポイントはガルドスの攻撃力を下回っている。

 

「終わりだ!"ダイガスタ・ガルドス"で、プレイヤーにダイレクトアタック!喰らえ"ブレイヴ・フェザー"ッ!」

 

神風を纏ったガルドスが不良の頭目に突貫。

その衝撃で不良の頭目は無様に吹っ飛んだ。

 

不良の頭目 LP0

 

「こ…後攻…ワンキル…だと…?」

「約束だ。とっとと失せろ、ド三流。」

 

そのまま気を失った不良の頭目を他所にその場を去る颯人。

 

(全く困った連中だ。あの不良も()()の仕業か。)

 

颯人の目は高層ビルのある一点を見据えていた。

 

 

 

 

 

同時刻────とある高層ビルの一室にて。

二人の人間が話し合っていた。

 

「へえ、あれがあのポンコツの仲間ねぇ。…多分、あの子なら、きっとあの役に立たなかった妹よりもいい働きをしそうねぇ。」

「ふん。あの女はもう、四道にはいまい。最近、記憶が戻る兆候があったからな。それにしてもあの不良軍団ども、全く使えんな。」

 

二人は侮蔑するように、端河原松の街並みを見る。そして、踵を返した。

 

「ふん。とりあえず、アイツらは始末だな。…行くぞ。」

「ええ。」

「弟も、妹も、邪魔するならば、全て殺す」

「勿論。だって、私の全ては───」

「俺の全ては───」

 

「「我らが父のためにある」」

 

 

 

 

 




颯人のデッキは【SRガスタ】です。
これから先にウィンダに出番はあるのか…!?


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記憶と再会と繋いだ手

「…咲姫…?」

「……に、いさま、に…げて…」

 

キスキル達の犯行予告日まで、あと、三日。

そんな日に満身創痍となった咲姫が家に転がり込んできた。

 

「どうした!何があった!」

「四道の追っ手が兄さんを狙ってるんです…!」

「何だって!?」

 

咲姫からもたらされた凶報は、霊使を臨戦態勢にさせるには十分だった。

 

「……お前、止めようとして、返り討ちにされたな…。相当の手練れか…!」

 

そして、ボロボロにされた所を見るとどうやら決闘で負かされたらしい。

 

「…なあ、咲姫。なんで四道の追っ手を止めようと思った?」

「それは…」

 

一瞬、言い淀む咲姫。

しかし、すぐに気を取り直して霊使に対して──

 

「それは、貴方が死ぬのが嫌だから。」

 

力強い声で、そう言った。

 

「それが…お前の意志なんだな。」

「…はい!」

 

明らかな敵意が少しずつ濃くなっていく。

どうやら、追っ手の登場のようだ。

 

「…だから、兄さんはここから、逃げて────!」

 

疑問を挺する前に、咲姫に思いっきり突き飛ばされる。男がドアを蹴破るのと、霊使が庭に放り出されたにはほとんど同時だった。

 

 

「これはこれは。獲物のお二方が同じ場所に居たとはなぁ?まとめて処理出来て楽だぜ。」

「───空也兄さん…!」

「全く、家の末っ子どもは。まさか創星神様の大いなる意思に逆らうとは…。」

 

目の前にいる追っ手は四道の追っ手である四道空也。

咲姫と霊使よりも二歳年上である。

右手には拳銃を持ち、左手にはデュエルディスク。

しかもそのデュエルディスクは少し特殊な形をしていた。

 

そのデュエルディスクは()()()()()()()()()()()()()()としか言い様が無かった。

 

「退け。お前のような軟弱者に興味は無い。後で始末するのには変わり無いがな。」

「…本当に、始末するつもりなんですか…?家族なのに…!一緒に居たいとは───」

「思わんな。…これ以上俺の前に立ちはだかるなら容赦はしない。──例えお前がデッキを持って無かったとしても、だ。」

「───!」

 

そう。咲姫は"ヴァレット"デッキを失っていた。

それなのにも限らず、四道は咲姫を始末しに刺客を放った。

つまり、咲姫は四道に見捨てられたのだ。

 

「………ごめんなさい。」

「今頃謝罪か?まあ、もう、遅いがな。」

「……()()()()、ごめん。」

 

咲姫の頭に思い浮かぶのは音楽をこよなく愛していた天使。よく、人の事を"音"で例えていた、昔の「相棒」。

 

「……そう、だったんだ…。私も、兄さんと同じように記憶を弄られてたんだ…。兄さんが追い出された原因も、私がクーリアと離ればなれになったのも…」

 

捨てた───否。捨てさせられた過去のビジョンが頭の中に流れ込んでくる。その度に心の奥底で鳴る音が大きくなる。

 

「…ようやく、だよ。ようやく、取り戻せた。」

 

咲姫は右手を握りしめた。

そして、その手を空へと掲げた。

 

「私の声が、届いているなら───」

 

涙を流して、空へと叫ぶ。

 

「もう一度だけ応えて!クーリアァァアアァァッ!」

 

正に絶叫。

正しく魂の叫び。

 

自分を縛り付ける"何か"から解放されたような、奇妙な、しかし熱い何かが自分の中に生まれる感覚。

 

だが。

クーリアの気配は感じられなかった。

当然と言えば当然だろう。

裏切られたも同然の別れ方をして、"応えて"なんて、虫が良すぎる。

ここで、自分は多くの人間を陥れた報いを受けるのだと悟った。

 

「奇跡は…起きなかったようだな。」

「…。そう、だね。」

 

一歩一歩、死が近づいてくる。

結局、自分を取り戻せたとしても待っているのは地獄らしい。

それでも、咲姫は最期の瞬間まで空也を睨み付けると決めていた。

 

それが、咲姫に出来る最後の抵抗。

 

「ムカつく目だな…。そんなに死にたいと言うなら…あの世に送ってやるよ、今すぐにな。」

 

カチリ、と引き金に指が添えられる音がした。

 

「動くなよ。せめてもの情けだ。──確実に殺すなら、脳幹に二発。痛みを感じる前に、永遠にサヨナラだ。」

「全く…そんな、気遣いはいらないから。」

 

ゆっくりと銃口が咲姫の眉間に合わせられた。

 

「じゃあな。愚妹。」

「……さよなら、兄さん。」

「そうか」

 

襲い来る死の恐怖にとうとう堪えきれなくなり目を瞑る。

 

しかしいつまで経っても、銃声は響かなかった。

 

「全く…。無茶ばかりして…。」

 

そして、聞こえる呆れたような、誇らしげなような声。

 

「待たせちゃったわね。……咲姫。もう、目を開けても大丈夫。」

「え…。」

 

そこには、ついさっき、二度と出会えないと覚悟したかつての相棒が、クーリアが居た。目の前にはデッキを差し出すクーリア。

 

視界が滲む。

嗚咽が漏れる。

鼻がツンとする。

 

「遅いよ…馬鹿…!」

 

気付けば咲姫はデッキをひっ掴んでクーリアに抱きついていた。

 

「ようやく、思い出してくれたのね。」

「うん。」

 

クーリアの胸を涙と鼻水でびちょびちょにしながら咲姫は詫びた。

 

「ごめんね…!ごめんね…!クーリアぁ…!」

「謝りたいのはこっちの方よ。貴方が押し潰されて、過去を一度は投げたのは私達(ドレミコード)不甲斐ないせいだったから。」

 

クーリアは咲姫を一度離れるようにお願いする。

数年分の感情を爆発させた咲姫は恥ずかしそうにクーリアから距離を取った。そして、空也と相対する。

 

「色々と話したいこともあるけれど、まずは──邪魔者を退けないと!」

「ええ。行くわよ、マスター!」

 

空也は今にも飛び掛からんばかりに咲姫を睨む。

 

「上等だ…!掛かってこい!その精霊ともども廃品にしてやる…!」

 

「「決闘(デュエル)!」」




ミニキャラ紹介 四道咲姫
四道唯一の良心にして大のブラコン。
記憶が改竄されており、霊使が四道を追い出されたのはウィンのせいだと思っていたが、とうとう本当の記憶を取り戻す。それと同時にお嬢様の仮面を脱ぎ捨てた。
四道から離反する。
クーリアと最早百合の様相を呈し始めている
精霊は"ドドレミコード・クーリア"を始めとした"ドレミコード"。
好物は焼肉。
嫌いな物はチャラ男。
黒髪碧眼のモデル体型。


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思うがままに旋律を

「「決闘(デュエル)!!」」

 

空也は獰猛な笑みを浮かべ咲姫と対峙する。

 

「先攻は俺だ。…俺は手札から魔法カード"調律"発動!デッキから"シンクロン"モンスター――"ジャンク・シンクロン"を手札に。その後、デッキの上から一枚を墓地に送る。更に"ジャンク・コンバーター"の効果を発動!このカードと手札の"幻獣機オライオン"を墓地に送り、デッキから二枚目の"ジャンク・シンクロン"を手札に。この際、"オライオン"が墓地に送られたことにより、"幻獣機トークン"一体を特殊召喚する。さらに、"ジャンク・シンクロン"を通常召喚!」

「端から全力…!」

 

空也はガンガンデッキを回していく。

 

「ふん…"ジャンク・シンクロン"の効果発動!このカードが召喚に成功したとき、墓地のレベル2以下のモンスターを一体特殊召喚できる!来い!"ジャンク・コンバーター"!」

 

現れたのは二体のモンスター。

そして、片方はチューナーモンスターだ。

つまり、空也が扱う召喚法はただ一つ。

 

「シンクロ召喚…!」

「察しの通りだ!俺は、レベル2の"ジャンク・コンバーター"にレベル3の"ジャンク・シンクロン"をチューニング!シンクロ召喚!現れろ!レベル5"源竜星―ボウテンコウ"!さらに続けて"ジャンク・コンバーター"の効果発動!このカードがS(シンクロ)素材として墓地に送られたとき俺の墓地のチューナー一体を対象として発動できる!そのカードを特殊召喚する!俺は、"ジャンク・シンクロン"を特殊召喚。…この効果で特殊召喚したモンスターの効果は無効となる。」

 

再び現れるチューナーモンスター。心なしか顔に隈ができてきたように思えてならない。

 

「更に、俺は"源竜星―ボウテンコウ"と"幻獣機トークン"の二体でリンク召喚!現れろ!"落消しのパズロミノ"!更に"ボウテンコウ"は表側表示でフィールドから離れた際にデッキから"竜星"モンスター一体を特殊召喚できる…。来い!"水竜星―ビシキ"!」

 

再び、チューナーモンスターと非チューナーモンスターが空也のフィールドに揃う。

そして、"パズロミノ"はレベルを1~8の任意の数値に変えることができたモンスターのはずだ。

 

「まさか―――!」

「そのまさかだよ!俺はまず墓地に居る"ボルト・ヘッジホッグ"の効果を発動!チューナーモンスターが居る時、このカードは墓地から特殊召喚できる!」

「それは…最初の"調律"で墓地に送ったカード…!?」

「…どうやら何が起こるか理解したようだな!俺はレベル2の"水竜星―ビシキ"にレベル3"ジャンク・シンクロン"をチューニング!―――シンクロ召喚!レベル5"ジャンク・ウォリアー"!」

 

ジャンク・ウォリアー。

マフラーをたなびかせ空へと跳躍する姿は正に戦士と呼ぶに相応しい。

そして、その効果はまさに"ヒーロー"そのものの効果だった。

 

「"ジャンク・ウォリアー"の効果にチェーンして、"落消しのパズロミノ"の効果発動!このカードのリンク先にモンスターが召喚、特殊召喚されたとき、そのカードのレベルを1~8の任意の数値とする。俺は"ジャンク・ウォリアー"のレベルを2に変更する!そして、"ジャンク・ウォリアー"の効果発動!このカードの攻撃力は自分フィールド上のレベル2以下のモンスターの攻撃力の合計分上昇する。"パワー・オブ・フェローズ"!」

 

ジャンク・ウォリアー ATK2300→5400

 

「…攻撃力…5400…!?」

「お前のデッキには、ドレミコードにはこのカードの攻撃力を超える手段がないことを俺は知っている。…諦めろ。俺は、これで、ターンエンド」

 

空也 LP8000

フィールド ジャンク・ウォリアー(ATK5400)

 

咲姫が勝つにはまず、あの攻撃力5400のジャンク・ウォリアーをどうにかして破壊しなくてはならない。

普段なら諦めることだろう。

"青眼の究極龍"ですらその攻撃力は4500。

つまり、攻撃力でジャンク・ウォリアーを破壊しようというのが無茶な話だ。

ならば()()()()()()()()()()()()()

 

「…私のターン!ドロー!…私は"覇王門零"と"ドドレミコード・キューティア"でP(ペンデュラム)スケールをセッティング!さらに、自分のPゾーンに"ドレミコード"カードが存在する場合"レドレミコード・ドリーミア"は手札から特殊召喚できる!さらに私は"ファドレミコード・ファンシア"を召喚!"ファンシア"の効果発動!デッキから"ドレミコード"Pモンスター一体をEXデッキに表側表示で手札に加える!私は"シドレミコード・ビューティア"をEXデッキに加える!」

 

咲姫のデッキはドレミコードというP召喚―――Pスケールをセッティングし、その間のレベルのモンスターを手札、デッキ、EXデッキから特殊召喚できる。ただし、EXデッキからは表側表示のモンスターしか特殊召喚できず、さらに、EXデッキから特殊召喚する場合はEXモンスターゾーンにしか特殊召喚できないという制約があるが、爆発的な展開ができる―――という召喚法を軸としたデッキだ。

 

「更に私は手札からフィールド魔法"ドレミコード・ハルモニア"を発動!そして、"ハルモニア"の効果により"キューティア"のPスケールをこのカードのレベル分上昇させる!」

 

勿論、咲姫のターンはまだ終わらない。

 

「行くよ、皆!現れて!旋律描くサーキット!」

 

空也がリンク召喚を行ったように、咲姫もリンク召喚で対抗する。

 

「アローヘッド確認!召喚条件はPモンスター二体!私は"レドレミコード・ドリーミア"と"ファドレミコード・ファンシア"の二体をリンクマーカーにセット!サーキットコンバイン!天上の音楽の始まりはここに!リンク召喚!来て!"グランドレミコード・ミューゼシア"!」

 

今までの"ドレミコード"達は皆指揮棒を持っていた。しかし、今、彼女は指揮棒を持っていない。

その代わり、と言ってはなんだが彼女はグランドピアノを傍らに置いていた。

 

「…クーリアが飛び出したのはこういうことですか…。咲姫。自分を取り戻してくれたんですね。」

「うん。だから、ミューゼシア!もう一度力を貸してくれるよね…?」

「勿論!さあ、行きましょう?」

 

ミューゼシアは笑顔で咲姫に語り掛ける。

咲姫はもう自分が大丈夫であることを伝えるとミューゼシアは柔らかな笑みを浮かべた。

咲姫もその笑顔に笑顔で返す。

そして、咲姫は空也に向き直ると、初めて不敵な笑みを浮かべた。

 

「"ハルモニア"の第二の効果発動!EXデッキから表側表示の"シドレミコード・ビューティア"を手札に。」

「…どうするつもりだ?ドレミコードモンスターでは…」

「…効果破壊耐性が無い時点で「破壊してください」って言ってるようなものでしょ?」

「何?」

「貴方はドレミコードの…私の相棒(バディ)を舐めすぎたのよ!」

 

手を空に掲げる。

 

「描け、旋律のアーク!揺れなさい!音階のペンデュラム!」

 

覇王門零が「0」の文字を、キューティアが「9」の文字を映し出す。

 

「天上の音楽の担い手たちよ!今ここに集え!手札から"ドドレミコード・クーリア"と"シドレミコード・ビューティア"の二体を!EXデッキから"レドレミコード・ドレーミア"と"ファドレミコード・ファンシア"をP召喚!」

 

二つの数字の間を振り子が揺れる。

振り子の軌跡は光り輝き円弧(アーク)を描く。

そして、四人の"ドレミコード"達が現れる。

青い髪を後ろに送り、ハープを抱えた妖精を従えた女性"ビューティア"。

金髪を左右で団子にしてまとめ、フルートを持つ妖精を従える少女"ドリーミア"。

金髪をポニーテールにし、アコーディオンをかき鳴らそうとする妖精を従えた"ファンシア"。

そして―――かつてのそして今からの、これからの自分の相棒。

綺麗な桜色の髪をロングにし、悠々と指揮棒を構え、傍らにバイオリンを持った妖精を従える、ドレミコードの現リーダー"クーリア"。

全員が咲姫の下に帰還できたことを喜んでいる。

咲姫には魔力を通して伝わってくるのだ。

 

「"ミューゼシア"の効果発動!自分が"ドレミコード"Pモンスターの召喚に成功した場合、その内一体のPスケールと同じレベルを持つ"ドレミコード"Pミンスターを手札に加える!私が選ぶのは"ファンシア"!」

「ファンシアのPスケールは5…。レベル5の"ドレミコード"を手札に加えるということか。」

「その通り!私は"ソドレミコード・グレーシア"を手札に!」

 

ミューゼシアは杖を一振り。

それによって、デッキが光で包まれるとデッキから一枚飛び出した。

そのカードはもちろん"ソドレミコード・グレーシア"。

―――と言っても恐らく彼女に出番はないのだろうが。

何故なら―――

 

「"ドレミコード・ハルモニア"の第三の効果発動!自分フィールドの"ドレミコード"PモンスターカードのPスケールが奇数三種以上、もしくは偶数三種以上の時、相手フィールドのカード一枚を選んで破壊する!もちろん私が破壊するのは攻撃力5400の"ジャンク・ウォリアー"!」

「…おい。お前は何を言っている!お前のフィールドには奇数も偶数も二体しか―――!」

「"ハルモニア"が指定するのはあくまで"ドレミコード"Pモンスターカード!この効果は自分のPゾーンに置かれているカードを参照できる!」

「…!ならスケールが9となったキューティアを含めると…奇数のスケールのモンスターが三体…!」

「そういう事!不協和音を味わいなさい!"ディスソネス・サウンド"!」

 

フィールドに居る各ドレミコードそっくりの妖精たちが気ままに演奏を始める。

その音は不協和音となり、ジャンク・ウォリアーの機能を狂わせる。

そして、ジャンク・ウォリアーは機能停止して爆発四散。

余りの奇怪な音に空也も使用者本人である咲姫でさえ耳を塞ぐ。

 

「全く…落ち着きなさい!」

「―――!」

 

最終的に不協和音は各ドレミコードにより抑え込むことができた。

小さな妖精が不服そうに辺りを飛び回って抗議するが、あの演奏を続けられたら決闘どころの騒ぎではない。

しかし、耳の一時的な麻痺と引き換えに攻撃力5400のジャンク・ウォリアーはフィールドから消え失せ、空也を守るモンスターはもういない。

 

「…バカな。」

「だから言ったでしょ。"舐めすぎ"だって!バトル!」

 

"ミューゼシア"、"ドリーミア"、"ファンシア"、"ビューティア"の合計攻撃力は6600。

全てのモンスターの攻撃が空也に吸い込まれるよう直撃する。

 

「ぐぅっ…!」

 

空也 LP8000→1400

 

今の空也のライフポイントはクーリアの攻撃力を下回っている。

つまりは―――

 

「これで、終わりッ!"ドドレミコード・クーリア"でダイレクトアタック!"天上の音色(パラダイス・サウンド)終曲(フィナーレ)―"!」

 

この一撃で終わりだ。

この決闘を終幕へと導くようにクーリアは指揮棒を強く振るう。

それに合わせて、クーリアが従える妖精が放つ音色が大きくなる。

そして、その音楽に合わせてクーリアの頭上には大きな竜巻が。

しかし、その音楽に聞きほれているのか空也は頭上を見ようともしない。

 

「御鑑賞、ありがとうございました。」

 

クーリアがそう言って指揮棒を止めるのと、竜巻が空也に直撃するのは同時だった。

 

「…ッ!!!」

 

空也 LP1400→0

 

 

 

霊使が家に帰った時にみたのは家が竜巻に飲み込まれ、吹き飛ぶ瞬間だった。

そして、感じた膨大な力。

まさか、咲姫が敗れたのか―――。

嫌な予感がした霊使が竜巻が消えた後、すぐに家のあった土地に突入した。

そこで霊使が見たのは―――

 

「…アカン。」

「…ど、どうしよう…」

「……すこし、力を入れすぎちゃったかしら…。」

「クーリア、張り切りすぎですよ…」

 

素晴らしいorzを決める六人の女性たちと、伸びている男だった。

 

「ど、どういう事なの…?」

 

霊使達六人は無残に破壊された我が家とその跡地で繰り広げられるカオスな光景に疑問を抱かずにはいられず、つい、元凶であろう人物―――咲姫に問い詰めた。

 

「今来た俺にもわかるように簡潔に今の状況を説明してくれないかなぁ?」

 

それは、もう、獰猛な笑みを浮かべて。

 

 

「つまり、記憶を取り戻して?四道の追手ともう一回決闘して?そしてそこのクーリアが竜巻発生させて家を消し飛ばしたと?」

「…うん。」

「…ええ。間違いなくやったのは私よ…」

「…まるで意味が分からんぞ!」

 

例の獰猛な笑みを浮かべた霊使の追及によって事の次第を何一つ余すことなく洗いざらい話した咲姫。

その話を聞いて、余計に頭が混乱した。

それでも、彼女たちに声を掛けるとしたらただ一つ。

 

「…命あっての物種だと思う。…だから、良かったな。二人とも。」

 

心からの祝福だ。

四道の所為で引きはがされた二人がこうしてまた、再会できたのだから。

 

だが。

それはそれ、これはこれだ。

 

「って、俺達、今日、何処で寝りゃいいの?」

『…あ』

 

ドレミコードと霊使い、十数人分の声が重なる。

 

 

「私たちは霊体化すればいいけど…霊使が…ね。」

「あっちゃー。とうとう野宿?」

「おい、エリア。おま、風呂とかどうすんだよ!?」

 

わちゃわちゃ騒ぎ始める霊使達一行。

 

「……家はすぐに御用意しますね。」

「貴女は──?」

 

柔らかな笑みを浮かべた女性が霊使に優しく語りかけてくる。

 

「……あ、自己紹介がまだでしたね。私はミューゼシア。ドレミコードの…師匠みたいな者です。」

「で、俺はどうすればいい?どうやって過ごせば良い?」」

「…とりあえず今日は精霊界にある、私達の拠点においで下さい。その間に私達(ドレミコード)が家を再建しておきます。……後で迎えを向かわせます。」

 

そう言ってミューゼシアはクーリアと咲姫の首根っこを掴むと──

 

「私は説教がありますので。」

 

それはもう凄い笑みで笑っていた。

 

「…兄さん、助けて…。ミューゼシアの目の奥が笑ってない…。」

「…咲姫、あきらめましょう…」

「い…嫌だぁあァアァ!」

「それでは。ごきげんよう、霊使いのマスターさん。」

「あー……」

「あー……」

 

二人は助けを求めるように手を伸ばす。

しかしその手は空しく空を切る。

 

「……さて、逃げるか。」

 

霊使は人が笑うときは云々という話を思い出して真っ先に取った行動はミューゼシアからの逃走だった。

 

 

 

──時は空也と咲姫の決闘の決着時まで遡る。

 

「一体なんだったんだ…あの竜巻…?」

 

黒髪の少年が困惑したように声を挙げる。

 

「ほんと、なんだったんだろうねー?」

 

白い髪の少女も困惑したような声を挙げた。

 

「先輩たち大丈夫かなー?」

「さあね。でも少なくとも俺は大丈夫だとは思ってる。」

「うん、そうだねー。お姉ちゃんもそう思うなー。」

「一体いつから君は俺の姉になったんだ!」

 

甘やかされる事になれていない少年は弟扱いされ、少し照れていた。

少年は未だに頭を撫で続ける少女の手を振り払うと、照れ隠しのように歩き始めた。

 

「全く…!ライナはいつもそうだ…!」

「でも、いくら背伸びしたってダルクは可愛いんだもん、甘やかしたくなっちゃうの。」

「男に可愛いってなんだよ!?」

 

少年と少女───ダルクとライナは軽く口喧嘩しながらも歩を進める。

 

「先輩達のマスターってどんなひとかなー?」

「さあね。いいから行くよ、ライナ。目的地は、もうそこだ。」

 

二人は未だに気付いていない。

二人の目的地は先の竜巻で消し飛んだことに。

 

「遅ればせながら光と闇が伺いますよー!」

「…何言ってるんだ…?」

 

 

新たな出会いは、すぐそこにある。

 




という訳で咲姫のデッキの御披露目回でした。
咲姫のデッキはドレミコード寄り…というかほぼドレミコードな【覇王ドレミコード】。
因みに覇王要素は"覇王眷竜ダークヴルム"と"覇王門零"だけ。
因みに今回からアンケートが始まります。
回答の方をお願いします。


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新たな仲間、新たな出会い

いつの間にか色が付いていた…だと?
どういう…ことだ…?


評価して下さった方、本当に有難うございます!


「おーい、そろそろ時間だよー!」

 

霊使はそんな声に導かれて目を覚ます。

 

「ん…んんんぅ…」

「起きたー?」

 

目を開けると少女の顔が視界一杯に入ってきた。

 

「………!?」

「そこまで驚かなくてもいいじゃん!?」

 

霊使は状況が飲み込めず全力で縮み上がった。

その姿を見て、目の前の少女は少し不服そうな顔をする。

 

「全く…ビックリさせないでくれよなぁ。…なぁ、エンジェリア…?」

「いやー流石のボクもそこまで驚くとは予想外だったなぁ…。あ、そうそう、朝御飯の準備ができたよ。後、霊使君(キミ)にお客さんが来てるって。」

 

少女───エンジェリアは要件を伝えると部屋から去っていった。

 

「さて…」

 

霊使は用意された服に着替えると、ウィン達を起こしに向かうのだった。

 

 

「おはようございます。霊使いさん。」

「おはよう、エリーティア。」

 

廊下で、青い髪の気弱そうな少女───エリーティアと遭遇した。

 

「ウィン達はもう、起きてるか?」

「ええ。起きてます。貴方を起こしにいくとウィンさんは言ってましたよ?」

「…まじか。」

「はい、大まじです。」

 

既にウィンが起きていた事と、霊使を起こしに行った事を伝えられ、大急ぎで引き返す。

途中でウィンとばったり会って、互いに笑いながら朝食へと向かった。

 

 

食事場では、出来立ての料理が湯気を立てて並んでいた。

 

「…なるべく、貴方達の世界の食材を使って調理してみた。口に合うといいんだけど…。」

「わざわざそんなに気を使わなくてもいいのに…」

「…家が無くなったのはクーリアとマスターの責任。気を使う使わないの話じゃなくてそれが最低限のルールなの…。」

「そういうものなの?グレーシアさん。」

「うん。そういうもの…。」

 

どうやら調理をしてくれたのは紫の髪を長くまとめ、物憂げな表情を浮かべた少女───グレーシアらしい。グレーシアはわざわざ霊使達の世界の食材を使って調理を行ってくれた。

 

「いただきます」

 

暖かな湯気を立てるスープを一口啜る。

 

「…ん!」

 

口の中に色々な食材の上質な旨味だけがとけだしたスープとしか言い様のないスープだった。

 

「旨い!」

「美味しい!」

 

霊使やウィンを筆頭としてそれぞれがこの筆舌にし難い──あまりにも上質なスープを飲み干す。

 

一見、なんの変哲もない目玉焼きや付け合わせのトマト。さらにはパンも。何もかもが別次元の味だった。

 

「せ…世界を跨いだだけで、こんなに美味しい料理に出会えるなんて…」

「…口にあったみたいで良かった…。」

 

それぞれが思い思いに朝食を楽しんだ。

 

 

「おはようございます。皆様方。」

「おはよう、ミューゼシア。」

 

ミューゼシアが霊使達を迎えに来た。

この天上の楽園から去るときがやって来たのだ。

 

「帰りたくねぇなぁ…」

「それなら、戦いが終わったらまたいらして下さい。…後、エリーティアかエンジェリアから話が有ったと思いますが、客人が貴方達の家にお見えになっているので。」

「何から何まで本当にありがとう、ミューゼシア。」

「いえ、やらかしたのはこっちですから。」

 

そう言ってミューゼシアは目の下に隈を作っている、半死半生の二人を別の部屋のベッドに寝かせたといい、そして、霊使の背中を軽く押す。

優しく、激励するように。

 

「それでは、また。」

 

霊使の視界は白く染め上げられた。

 

 

 

「おっと。」

 

光が収まると霊使の前には自室が広がっていた。

 

「おお…完璧に元通りだ…」

 

記憶の通りに調度品が並べられている。

記憶の通りに本が散乱している。

一体、どんな魔法を使ったのだろうか。

リビングに出てみれば、家電や家具、食器が記憶の通りに並んでいた。

家電の電源こそOFFになっていたが、それ以外は完璧だった。

 

「おお…。」

 

最早感嘆の息しか出てこない。

それほどまでに完全に元通りになっていた。

 

それと同時に客人がドアを叩く音がする。

 

「はーい」

 

そう言って、ドアを開ける。

そこに居たのは───

 

「アンタが四遊霊使で間違いないか?」

「新しい精霊ですよー?」

 

一組の少年少女だった。

 

 

 

「あ、ダルク君。ライナちゃん。久し振りだねぇ。」

「ええ、エリアさん。久し振り。」

「エリアさん久し振りー。」

 

少年少女を家に入れると真っ先にエリアが二人の名を呼んだ。

少年がダルクという名前で少女がライナという名前らしい。二人は"先輩"である四人を追い掛けてこっちにやって来たらしい。

 

「二人は何が目的なの?」

 

そう、エリアが聞いた。

すると、ライナとダルクは───

 

「貴女達のマスターがどんな人か確かめに来ました。」

「ついでにライナ達の新しいマスターさんになってもらおうかなーって。」

 

霊使を見極めにきたと言う。ダルク曰く四人の少女達を相棒にしてなおかつ強い決闘者が居るという噂が耳に入ったらしい。

二人を奴隷同然に扱う前のマスターからなんとか逃げ出し、"先輩"達のマスターである霊使を頼りになんとかここまで来れたという事を涙ながらに、悔しそうに話すダルクに霊使い全員がダルクの元マスターに怒りを抱いた。

 

 

「なあ、ダルク。教えてくれないか?そいつがどんな奴だったか。」

「教えて、どうするつもりだ?」

「控え目に言ってぶちのめす。」

「ピエッ」

 

霊使はと言うと、ダルクの話に出てきた元マスターに対して怒りの表情を見せる。

どうやら物凄い顔をしていたらしく、ライナは軽く悲鳴を上げた。

 

「……ふぅ、警戒した俺が馬鹿だった。…というか先輩達そんなにべったりくっついてる時点でいい人なんでしょうね。」

「確かに!」

 

しかし、そんな理不尽に怒る霊使はダルクにとって、好印象だったようだ。

というか、そもそもの話、悪人ならば、霊使にこんなにべったりと先輩達がくっついてる訳がない。

信じてもよさそうだと思ったダルクはおもむろに手を差し出した。

 

「貴方なら、信じても大丈夫そうだな。…俺達のマスターになってくれないか?」

「俺で良いんだな?」

「ええ。貴方が良いです。」

 

ダルクはそう言い、笑う。

 

「おお…。最近余り笑わなかったダルクが笑った。これはライナ的にも高得点ですよー?」

「ライナ、話の腰を折らないでくれ…」

 

ダルクがそうぼやく中、霊使はダルクの手を取った。

 

「……これから、よろしくな、ダルク。」

「はい……いや、よろしくな、マスター。」

 

二人は熱い握手を交わす。

 

「こ…これが男同士の友情…!」

 

ウィンは自分と霊使の関係とはまた違った関係を目にして、目が激しく眩んだ。

 

「あ、ダルク。すっかり忘れてた。俺の名前は霊使。四遊霊使だ。」

「いや、締まんないな!?知ってるし!」

 

そう言いながら笑い合う二人。

その姿を見てライナは鼻頭が少し、ツンとした。

そして────

 

「って、ああ!ライナとの契約を忘れないでぇぇぇええぇぇ!」

 

危うく契約し損ねで、宿無しの精霊になるところだった。

 

この後無事にライナは契約することが出来た。

また、目が覚めた咲姫は霊使の精霊が六人になった事で頭痛を覚え、また倒れたのだがそれはまた別の話である。

 

 

 




というわけでライダルコンビの登場回でした。
霊使の家に冠してですが、記憶の改竄を施された上での追放でしたので"別の家族は全員死んだ"という刷り込みをし、より強力に"偽物の記憶"を埋め込もうとするために割りと良い家に住んでます。
二階建てです。


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咲姫、精霊特捜部に加入する

そろそろ皆さんの疑問を解決します。

Qこっちで出てくるのは女の子ばっかだけど、なんで?

A、【無限軌道】作ろうとして出来たのは【ウィッチクラフト】、【ドライトロン】を作ろうとしたら【イビルツイン】、【ホープ】を強化しようと思ったら強化できたのは【蟲惑魔】、リンクスでも【B・F】作ろうとしたら【ウィッチクラフト】。挙句の果てに【ベアルクティ】作ろうとしたら【ドレミコード】が2ボックスで完成する。
つまりはリアルで持ってるデッキが女の子だらけってことです。
唯一の女の子デッキじゃないのはドライトロンだけなんです。
そして、この作品に出てくるデッキは基本的にリアルで持ってるデッキを実際に動かしながら書いてます。つまりはそういうことです。


「…どういう事だ。」

「あの…ウィンダールが…」

「霊使を視界に入れたら烈火の如くキレるウィンダールが…」

 

「「「静かにしてる…だと!?」」

 

ウィンダールの事をよく知る三人は、驚愕の声を上げた。

それも無理はない。

颯人が言っていたようにウィンダールは霊使がウィンを誑かしたと思い込んでおり、霊使を見るとそれはもう、怒り狂うのだ。

しかし、そんなウィンダールも今ばかりは霊使に突っ掛かる事なく、歯噛みをしながら霊使を睨むに留まっていた。

理由としては、非常に単純明快かつ、ある意味では信じられないような理由だった。

そう。

桜色の髪をたなびかせたポンコツ天使───クーリアである。彼女は"音楽"を司る天使であり、ウィンダールとはなんの接点もない。

だが、クーリアが"天使"である以上信心深いウィンダールは下手な事は出来ない。

 

「ウィンダールの弱点はクーリアか…。」

「貴様ッ…!天使様にタメ口だと…!?どこまでも不敬な…!」

「…おい。この場でクーリアに敬意払ってるのはお前だけだぞ。ウィンダール。」

「何!?ここに居る全員に信仰は無いのか!?」

 

だからといってここに居る全員がクーリアに敬意を払っていると言えば否である。

というか、この中でクーリアに敬意払っているのはウィンダールしか居ない。

理由は簡単。クーリアの失態が霊使の口から暴露されたのである。

勿論、霊使としては、家を吹っ飛ばされ一時的とは言え間借りの身になった。その元凶がいる以上、どこかでぶちまけなければ納得いかない。

そして、ぶちまけた。

本人が居る前で堂々と、はっきりと。

 

ポンコツ天使(クーリア)のせいで一日だけとはいえ、その他ドレミコードに迷惑をかけてしまった。」

 

と。

そして、クーリアから四道の事を除く、事の次第を聞き、"クーリアのポンコツさ"が印象に残ったウィンダールを除いた全員が大爆笑。そして、親しみやすい、少し不器用な"ポンコツ天使"としての立ち位置を獲得したのだ。ここに居るほぼ全員、クーリアを"仲間"としてみても"特別な存在"としては見ないだろう。

 

しかし、何故、咲姫の精霊であるクーリアがここに居るのか。

その理由もまた単純明快である。

咲姫が霊使達の部活───精霊特捜部に加入することを決めたのだ。咲姫もまた、"四道"によって利用され、そして、"四道"に捨てられた存在。

しかし、彼女がこの部に加入する理由は、四道への復讐ではない。

時折、暴走気味で自分を犠牲にするのを厭わない大馬鹿野郎な兄を支えるために加入するのだ。

───しかし、肝心の咲姫が当直のため遅れるらしく、先にクーリアだけがここに来た。

というわけだ。

 

「ごめんなさい!遅れました!」

 

そんな事をおもっていたら、咲姫が扉を開けた。

 

「当直で遅れました!四道咲姫です。よろしくお願いします!」

「改めて、咲姫の精霊のクーリアです。マスター共々よろしくお願いいたします。」

 

開口一番、咲姫は深々と礼をした。

 

「っていうか、兄さん。二人をまだ紹介してないの?」

「…あ。やべ。」

『なぁんでライナ達の事わすれるかなー?』

『忘れっぽい性格だからじゃないか?』

(ダルク、今日飯抜きな。)

『お前が悪いだろ』

 

ダルクとライナに説教されてしまった。

存在を忘れていたのは確かであるため、何も言えないのが辛いところであるが。

 

「あ、俺、昨日さ、新しい精霊と契約したんだよ」

「なん…だと…」

 

周囲の驚愕は余所に霊使はライナとダルクをその場に顕現させた。

 

「新しく霊使君の精霊になったライナと―――」

「同じくダルクだ。割と抜けている所があるマスターだが色々と頼む。」

「抜けてるって…そりゃないぜ…」

「いやー私がいうのもなんだけど、霊使は大分抜けてるよ…」

「ウィン!オンドゥルゥラギッタンディスカー!?」

 

抜けてるというダルクと、追い打ちをかけるウィン。

そして、衝撃で活舌が以上に悪くなった霊使。

 

「俺は…一体何を見せられているんだ…?」

 

目の前で繰り広げられるコントに何一つ理解が追い付かない特捜部一行。

 

「…霊使、それは既に古いネタだと思う…」

 

クーリアの後ろからひょっこり顔を出したグレーシアが霊使に突っ込む。

 

「増えたァ!?」

 

その後、ドレミコード達が一人一人自己紹介しに出てきたために部室がぎゅうぎゅうになったことは言うまでもない。

 

 

 

 

「じゃあ、咲姫。お前は克喜達と一緒に宝物の護衛な。」

「分かりました。兄さん。」

 

改めて、咲姫に仕事を振る霊使。

克喜達は咲姫のデッキを知らない以上、兄である霊使に一任することにした。

その結果が、先の発言である。

 

「ちゃんと克喜の言うことを聞くように。」

「はい。」

 

そういうと咲姫は克喜の下へと駆けて行った。

 

「克喜さん、私は何をすれば…」

「ドレミコードによる人海戦術頼むわ。」

「分かりました。」

 

こうして、決戦に向けて着々と準備は進む。

 

「待ってろよ、キスキル、リィラ…!」

 

リベンジまであと少し。

霊使は拳を握りしめて天に突き上げる。

 

その右手には僅かながら風が渦巻いていた。




ちなみに今のところ、私が唯一リアルで持っていないデッキは【SRガスタ】のみ。
…あれ?結局女の子じゃね?
アンケートは次の投稿までです。


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怪盗と語らう

その日、南条町立博物館周辺は立ち入り禁止となった。

 

「…今回こそ捕らえてみせますよ。」

 

霊使にとってのリベンジと、疑問を解消する日でもある。

 

「…ふぅ。行ってくる。」

「ああ、行ってこい。…今日は、勝てよ?」

「…もちろん。」

 

全員が持ち場に付く。克喜と霊使は軽く言葉を交わすとお互いの持ち場所へと向かった。

 

 

 

霊使は予想される怪盗―――キスキルとリィラの侵入経路にて待ち構える。

なんてことはない。この前と同じ状況であるだけだ。

 

「…来るか」

「…うん。」

 

霊使とウィン達霊使いは強い気配を感じ始めていた。

以前、キスキル達と相対したときと同じ気配がただよう。

 

「…やっぱり、か。」

「…また、君なのね…」

 

二人は再び霊使と対峙することになった。

お互いに譲れないものがあるがために。

 

「…一つ聞きたい。なんでわざわざ予告なんてした?二人の手腕なら、誰にもバレる事なく盗む事だって可能だろうに…。」

 

しかし、霊使には引っ掛かっていたことがあった。

それが予告だ。

何故わざわざ、止められる可能性を上げるのだろうか。

 

「…それは。」

「…俺が思うに…止めて欲しかったんだろ?」

「…ッ…!」

 

言い淀む二人に霊使は己の予想をぶつけた。

そして、二人は図星を突かれたような顔をする。

 

「……霊使。…何企んでるの?精神攻撃?」

「人聞きの悪い事を言うな、ウィン。まあ、そう考えている根拠はあるけどな。」

「へ…なら聞かせて貰おうじゃないか。」

 

霊使は根拠を述べると言った。

しかし、キスキルはあくまでも飄々とした態度を崩さない。

 

「いいとも。…一つ。これはさっき言ったがわざわざ今まで送って来なかった予告状を送って来たことだ。…これだけじゃ、根拠として弱いが…二つ。あの時の忠告だ。少なくともそれは"危険さ"を教えるには十分。こっそり危険な事に関わっていると伝えたかったんだろう?」

 

一本、二本と霊使は指を立てる。

 

「そして、三つ目。俺には…俺達にはどうもお前達が悪人じゃないように見えてならない。」

「…いきなり理由が感情論になってるのだけど。」

「悪人があんな楽しく視聴できる動画作るか?」

「……動画、見てたんかい。」

「ファンになった。」

 

それ今言う?とウィンは苦笑した。

一方、それを聞いたキスキル達は頭を抱えてウンウン唸る。

その様子を見て、霊使は苦笑しながら理由を付け加える。

 

「四つ目。そもそもの話、悪人なら俺との会話にこんなに長い時間はかけないでしょ?」

「……嵌めた?」

「YESかNOで答えれば、YESだな。」

 

さらりと嵌めた事を白状する霊使。

悪人なら撃ち殺すなり何なりで既に霊使との会話を切り上げているはずだ。

そうしないし、そういう気配もないと言うことは、二人は少なくとも悪人ではない。

だからこそ気になるのだ。

 

そこまでして、悪に手を貸す理由が。

 

「………はぁ、ワタシ達の負けだ。…君の言うとおり、この盗みはワタシ達の本心…というか本懐じゃあない。」

「でも、やらなきゃいけないの。だから…そこを退いて。」

 

リィラから放たれるごく小さな殺気。

 

「断る。俺がまだ納得してない。」

「…他に何か?」

「二人が望まない盗みをする理由だ。そこまでするには、何か理由が───。」

「…うるさいッ…!」

 

それは怒気と殺気がない交ぜになった、複雑な、そしてやるせない感情だった。

 

「大事な()()()()()()()()()()()()()()この気持ちが君に分かる!?」

「…ッ!リィラ!一旦落ち着け―――」

 

激高したリィラがとうとう霊使に掴みかかった。

 

「分からない…でも、なんでここに居るかは理解できた。」

「…なら、そこを退いてよ…!」

「それも…無理だな。」

 

リィラは霊使の胸倉を掴んだまま離さない。

 

「俺は二人の目的を阻むためにここに居る。」

「…ならワタシ達のマスターはどうなるんだよ!」

「…あの時、二人が言ったことが真実なら!ウィンは!ダルクは!俺の大切な人たちはどうなるんだよ!?黙って見過ごせないのはこっちも同じだ!だから、二人に殺される覚悟をもって俺はここに来た!」

「……そこまで、いうなら!」

 

怒りのままにリィラは霊使を床に押し倒した。

そのまま首に手を掛け、力を籠める。まるで、肉親の仇でも見るような目で、リィラは霊使を睨んでいた。

 

「やりすぎだ!リィラ!」

 

慌ててキスキルがリィラを止めに入る。

しかし、それをウィンが静止した。

今は二人で会話させるべきだと。

 

「…誰かのために、感情的に……なれるんだな…」

「…なんで、なんで、通してくれないの…?貴方たちには恩を仇で返すことになって、ずっと苦悩してた…!」

「…やっぱ、二人は…悪人じゃないんだな…。最初の時点で首を圧し折って殺すこともできたろうにさ…」

「…うるさい!君は…大切な人を人質に取られたこともないのに…!なんでそんな分かったような口を…!」

「似たような奴を知ってるからさ…。そいつは、自分が悪になってでも…そいつの大切なモンを守ろうとしてた…。例え、それが、自分にとって…大切な人に、嫌われる、ことだったとしても…」

「…」

 

リィラは分かっていたのだ。どうやっても霊使達と戦うことは避けられないのだと。

それでも、納得が出来なかった。

 

「…そう、ね。…自分で決めたことだもの。…君に当たるなんてどうかしていたわ…」

「納得はできたか?」

「ええ。」

「なら、心置きなく俺達とやりあえるな。…悪かったよ、追い詰めるような真似をして。」

「その鬱憤はあとでたっぷりと払わさせてもらうからね?」

 

そういうとリィラはキスキルの下に戻る。

霊使はウィンにリィラを問い詰めたことを咎められながらも、デュエルディスクを装着していた。

 

「互いに"戦う"覚悟はできたみたいだね…。今日は手加減なしだよ、二人とも!」

「ああ。だが、楽しもう、二人とも。」

「全く霊使は…。そういう所が好きなところなんだけどさ!」

「…なら、始めましょう!互いに大切なモノを賭けた、闇の決闘を!」

 

ゆっくりと相対する二人。

傍にいるのは、互いを支え続けてきた相棒。

 

「さあ、ショウタイムだ!」

「皆…行くぞ!」

 

「「決闘(デュエル)!!」」

 

闇の決闘が今、再び始まりの時を迎えた。

 




リィラは霊使達と戦うことはしたくない、と思いながらも大切な人を救いたいという二兎追う者は一兎をも得ずっていう状態だったんですよ。
で、霊使が煽って霊使と戦いたくないって気持ちを何処かへやりました。

さて、アンケートの結果ですが、憑依装着に口上が欲しいという意見が多かったために口上を入れます。
勿論、各回、それぞれが初めて登場したときだけですので、口上だらけになるということは避けられるとおもいます。

その内、リンク霊使いも出ますのでそっちも考えておきますね。


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決戦…!?キスキル・リィラ!

(……げぇ!)

(うへぇ…。)

 

決闘を開始した直後の手札を見て、、二人は心の中で悲鳴を上げた。

 

(初手モンスターゼロ枚…!?)

(初手魔法5枚…!?)

 

二人の手札が事故を起こしていたからだ。

しかし、相手にそれを悟られたら負けに繋がる。

それを見越して敢えて虚勢を張る二人。

 

「フフッ…!」

 

キスキルは微笑み、

 

「よし…!」

 

霊使はとても良い笑顔で笑い──

 

「「完璧な手札だ!」」

 

互いに良い手札だと言いきった。

そして、互いに身構える。

 

(あれ…?これ、不味いんじゃ…!?)

(何でそこで虚勢を張るのよ!キスキルのバカちん!)

 

キスキルは内心滅茶苦茶動揺していた。

虚勢を張ることで何とかなると思っていたが、むしろ逆だったかもしれない。

リィラも大分焦っていたが、何とかなる…はずだ、と自分を納得させていた。

一方、霊使は割と冷静だった。

確かに初手に魔法5枚はきついが、よく見ると"精霊術の使い手"や、"テラ・フォーミング"、"強欲で貪欲な壺"といった有用な魔法カードばかりであった。

ある意味では本当に"完璧な手札"と言えるかも知れない。

 

「俺の先攻だ!俺は手札を一枚捨て、"精霊術の使い手"発動!俺は"憑依装着─ウィン"と"憑依覚醒"を選択!一枚を手札に、一枚をセット!さらに俺は魔法カード"テラ・フォーミング"発動。俺はデッキから"大霊術─「一輪」"を手札に。そして、そのまま"一輪"を発動!」

(ああああ!)

(キスキル!思考を放棄しない!)

 

"完璧な手札"宣言の通りにどんどんデッキを回転させる霊使。キスキルはその様を見てメンタルがズタボロになりそうであった。

 

「まだまだぁ!俺はセットカードの"憑依覚醒"発動!」

「来る…!」

 

"憑依覚醒"は攻撃力1850───つまりは"憑依装着"達を召喚すれば1枚ドローできる。

キスキル達には霊使が次に召喚するカードが手に取るように分かった。

 

「風霊従えしものよ、精霊の力その身に宿し新たな風を巻き起こせ!"憑依装着─ウィン"召喚!」

 

現れるのは、幾多の決闘をともに乗り越え、名実ともに最高の相棒となったウィン。

そんな彼女は、杖を構えてこちらを見据える絵柄だったカードが、今は、ランリュウを首に巻き付け笑顔を浮かべている絵柄に変わっていた。

より絆が強くなったせいだろう。

今なら、ウィンの力を余すことなく引き出してやれる。

 

「"覚醒"の効果で一枚、ドロー!更に俺は魔法カード"強欲貪欲な壺"発動!俺はデッキから裏向きで10枚除外する!そして、二枚ドロー!。そして、カードを三枚伏せてターンエンド!」

「"完璧"っていうには程遠いんじゃないかい?本当に"完璧"なら…」

「…この"伏せ"がミラフォって可能性もあるんだけどな!」

「…む。」

 

霊使 LP8000

フィールド 憑依装着─ウィン

フィールド魔法 大霊術─「一輪」

伏せ ×3

憑依覚醒

 

"ミラフォ"―――正式名称は"聖なるバリア―ミラーフォース"。相手の攻撃に反応して発動するミラーバリア。その効果は"相手フィールドの表側表示のモンスター全てを破壊"するというシンプルながらに強力なもの。この時代では伏せ除去が多いために発動される前に対策されることが多いカードだ。しかし、最高のタイミングで発動出来た場合は、相手フィールドは壊滅する。

勿論霊使のデッキにミラーフォース等採用されていない。事故った手札を処理するためのただのブラフだ。

 

「…ごちゃごちゃ考えてたって始まらないねぇ。ワタシのターンだ!ドロー!ワタシは…手札を一枚捨てて速攻魔法"Live☆Twinエントランス"発動!デッキから"ライブツイン"モンスター一体を特殊召喚する!来い!"Live☆Twinキスキル"!」

「…動画のアバターじゃねぇか!」

「さすがに視聴者相手じゃばれるね!だが、キスキルの効果発動!デッキから―――」

「皆大好き"大霊術―「一輪」"の効果発動!その効果を無効にする!」

「…むぅ。…なら、手札からカードを一枚墓地に送って、魔法カード"サイバネット・マイニング"発動!」

 

相手フィールド上に現れたのはキスキルをカートゥーン調にしたようなモンスター。もちろん、アレはキスキルのアバターである。――そんなキスキルのアバターのモンスター効果は相方であるリィラの特殊召喚。しかし、その効果は無効となり、キスキルは仕方なくサーチ魔法である"サイバネット・マイニング"を使用したというわけだ。

 

「効果でレベル4以下のサイバース族モンスター一体を手札に加えさせてもらうよ!」

「対象は…"Live☆Twinリィラ"…か。」

 

キスキル達のアバタ―――"ライブツイン"モンスターはレベル2のサイバース族モンスター。

つまりは"サイバネット・マイニング"のサーチ対象である。

 

「まだ、通常召喚権は残ってる。だから、"Live☆Twinリィラ"を通常召喚!行くよ…!」

「現れて、夜空を切り裂くサーキット!」

 

あの時と同じだ。

キスキルをリンク召喚し、効果でリィラのアバターを蘇生し、その二体を用いてリィラをリンク召喚。

 

「…リィラの効果で、墓地の"Evil★Twinキスキル"を特殊召喚…!"キスキル"の効果で一枚ドロー。」

「"Evil★Twinsキスキル・リィラ(切り札)"は引けたか?」

「残念ながら…引けなかったねぇ…。でも、こいつがあれば!」

 

キスキルはそう言うと一枚のカードを差し出した。

 

「魔法カード"シークレット・パスフレーズ"発動。コイツはデッキから"ライブツイン"魔法カードもしくは"イビルツイン"罠カードを手札に加える事が出来るカード!」

「…だが、"Evil★Twinsキスキル・リィラ"はサーチ出来ないだろ?」

「…それはどうかな?」

「何!?」

 

キスキルは悪戯に成功したような無邪気な笑みを浮かべるとデッキからカードを一枚引き抜く。

 

「"シークレット・パスフレーズ"は自分フィールド上に"キスキル"モンスター、もしくは"リィラ"モンスターが居れば"イビルツイン"モンスターカードをデッキから手札に加える事が出来るのさ!」

「…!」

「ワタシは勿論、"Evil★Twinsキスキル・リィラ"を手札に!」

 

"Evil★Twinsキスキル・リィラ"は特殊召喚モンスター。召喚条件はリンクモンスター二体をリリースすること。そして、今、キスキル達のフィールドにはリンクモンスターである"Evil★Twin"達が居る。

 

「「夜空を駆ける怪盗達は今、一つとなりて闇も光もすべてを切り裂く!」」

「"Evil★Twinsキスキル・リィラ"!降臨!」

 

キスキル達の真の姿──二人で一つの怪盗。そして、そのカード効果は余りにも絶大なものだった。

だが、それを経験済みである霊使は対策位は立ててある。

 

「さあ、"Evil★Twinsキスキル・リィラ(ワタシ達)"の効果発動!」

「そうは行くか!罠発動!"夢幻泡影"!このターン"Evil★Twinsキスキル・リィラ"の効果を無効にする!」

「んなぁ!?」

 

キスキルが情けない声を上げる。

誰だってそうなるだろう。エースカードの効果を無効にされたら。

 

「…なら、ワタシはフィールド魔法"Live☆Twinチャンネル"発動。更にカードを一枚伏せる!」

「ところがどっこい!速攻魔法"ツインツイスター"発動!手札一枚を捨てて相手フィールドの魔法、罠カードを二枚破壊する!」

 

キスキル達の目論見を悉く潰していく霊使。

 

「あーもう、ターンエンド!これで"Evil★Twinキスキル・リィラ"の攻撃力は元に戻る!」

 

キスキル LP8000

フィールド Evil★Twinsキスキル・リィラ

 

果たしてこれを"リベンジ"と言っていいのだろうか。

なんというか友人とワイワイ騒ぎながら行う決闘というか。少なくとも決闘前に霊使が言っていた"楽しむ"という事を地で行く決闘である事は確かだろう。

 

「…えー…。」

「仕方ないでしょ!君のマスターが私達の戦術を悉く潰すから、攻めるに攻められないの!」

 

思わず声が漏れたウィンにリィラ顔を真っ赤にしながら反論する。

 

「それが決闘だからね…」

「俺達もあの時より少しは強くなってんだ!舐めてもらっちゃあ困る!」

 

キスキルはある種の諦念を抱いていた。

決闘に"必然"は無いのだと。

だから、霊使が戦術潰し───ロックという極単純でかつ、強力な戦法を取るのも頷けた。

霊使い達一枚一枚のカードパワーは確かに低い。

しかしながら霊使のデッキはその低いパワーを補いかつ、戦術の中心には霊使い達が居る。

正しい意味での"力を引き出す"デッキなのだ。

 

「うっし…俺のターン…!ドロー!永続魔法"三賢者の書(トリス・マギストス)"発動!更に"三賢者の書"の効果で手札のレベル4の魔法使い族モンスター一体を特殊召喚。」

「……さて、次は誰が来るかな…」

 

霊使は既に霊使い達に全てを預けている。

だから、誰が来るかなんて事はどうでもいいのだ。

ただ、引いたカードを召喚するだけ。

 

「水霊を従えしものよ、精霊の力その身に宿し清き流れを呼び起こせ!"憑依装着─エリア"召喚!」

 

次に現れたのはエリア。

なんというか、やけにこの二枚を召喚している気がする。

 

「"覚醒"の効果で一枚ドロー!…俺は更にモンスターを伏せて、ターンエンド。」

 

思ったより、ドローカードが芳しく無かった。

ただ、引いても困るようなものでもない。

大方キスキル達も霊使が何を伏せたかは察しているだろう。

手札不足で困ったときに、逆転を狙えるカード。

メタモルポット―――通称メタポである。

 

霊使 LP8000

フィールド   憑依装着―ウィン

        憑依装着―エリア

        伏せモンスター(メタポ)

フィールド魔法 大霊術―「一輪」

魔法・罠    伏せ×1

        憑依覚醒

 

「ワタシのターンだ。…ドロー!このまま攻撃に移るよ!私は"Evil★Twinsキスキル・リィラ"でセットモンスターを攻撃!」

「この瞬間に罠発動!"憑依解放"!」

 

憑依解放―――このカードが"魍魎跋扈"と対を為すもう一つの相手ターンでの展開札。

 

「このカードは自分フィールド上のモンスターが破壊されたときにデッキから元々の属性が異なる守備力1500の魔法使い族モンスター一体を表側表示、もしくは裏側守備表示で特殊召喚すことができるカードだ!」

 

このカードは自分のモンスターの破壊をトリガーとして、守備力15000の魔法使い族の後続を召喚できる。

そして、破壊されるモンスターに条件はない。

 

「そして、俺の伏せモンスターは"メタモルポット"!」

「互いに手札を捨てて5枚ドロー…!」

 

しかし、霊使には"覚醒"がある。

 

(…これで実質手札は七枚…!)

 

"覚醒"がフィールド上に存在する限り、霊使は攻撃力1850のモンスターが出れば1ドローできる。

一ターンに一度という縛りがあるが、大きく、手札アドバンテージを稼がれてしまう。

 

「…俺は、守備力1500の"闇霊使いダルク"を裏側守備表示で特殊召喚。」

「…なら、カードを四枚伏せてターンエンド…!」

 

キスキル LP8000 

フィールド Evil★Twinsキスキル・リィラ

魔法・罠  伏せ×4

 

(わざわざ…一枚ドローを…捨てた?)

(分からない…でも、なんか嫌な予感がするわ…)

 

キスキル達はまだ"霊使い"の効果を知らない。

何故なら、霊使が今までずっとキスキル達にひた隠しにしてきたからだ。

言ってしまえば、それはデッキの構成上のたまたまなのだが。

 

「…俺のターン!ドロー!俺は"闇霊使いダルク"を反転召喚!このカードのリバース時、相手の闇属性モンスター一体のコントロールを得る!…俺は"Evil★Twinsキスキル・リィラ"を選択!」

「…なら、このタイミングで罠発動。"メタバース"!効果により、フィールド魔法"Live☆Twinチャンネル"を発動させてもらうよ。」

「…その後、"Evil★Twinsキスキル・リィラ"は俺のコントロール下に入る。」

 

ダルクが杖を一振りするとキスキル達が引っ張られるように、霊使達のフィールドにやってきた。

あくまで対峙している状態なので互いに向き合ったまま、距離だけが近づいた感じだ。

だが。

今までに無いほどキスキル達は動揺していた。

そう、顔が近いのだ。

誰の顔が近いのか。

それは勿論、霊使のである。

 

「ん゛ん゛っ!」

「お前もかよ…。」

 

濡れているような、吸い込まれるように黒い黒髪を短く切りそろえ、ほんの少しだけ吊り上がった目は見る者に勇ましさを感じさせる。

その闘争心満々な、しかしながらどこか幼さを感じる霊使の顔に不覚ながらときめいてしまったのだ。

ちなみにダルクを除く霊使い全員が霊使の顔にときめいている。

 

「まぁいいや。取り敢えず、"闇霊使いダルク"と"Evil★Twinsキスキル・リィラ"をリリース。」

「…マスター、ストップ!このままじゃ――――」

「デッキから"憑依装着―ダルク"特殊召喚。」

 

霊使は取り敢えず特殊召喚することを選択。

いつもは手札から直に召喚している憑依装着。

しかし、本来は霊使い達の強化形態だ。

召喚条件は対応する霊使いと同じ属性のモンスターをリリースすること。

そして、"装着"というように対象のモンスターを模した衣装になることが多い。

しかし、霊使はそんな事は露知らず、ダルクとキスキル達を容赦なくリリース。

つまり―――

 

「…やめろ…!そんな目で俺を見るな二人ともぉ!」

 

フリフリな衣装に赤と青のチェックが入ったニーハイをはき、ミニスカートをヒラヒラさせた―――端的に言えば、女装したダルクが出来上がったのだ。

 

「わ…割と違和感ないね…」

「…ごめん、さっぱり訳が分からないよ…」

 

先ほどまでのシリアスな空気は完全に死んでいた。

 

「こんなはずじゃないのにぃ!」

 

完全に、顔が真っ赤になるダルク。

 

「…一応、世界の命運をかけた―――とまではいかないけど…割と重要な決闘だよな…?」

「そのはずなんだけど…ねぇ…」

「やっぱキスキルもレイジくんも、あれだね。シリアスなんて似合わないよ。」

「……あー確かに」

 

緩い空気の中で着々と進む闇の決闘。

 

「…ふざけるのは、ここら辺にしようか。"覚醒"の効果で一枚ドロー。…俺は、"ダルク"が自身の効果で特殊召喚されたときの効果を発動!デッキからレベル3か4の光属性・魔法使い族モンスター一体を手札に加える。俺が手札に加えるのは"憑依装着─ライナ"!」

 

ライナとダルクには特別な繋がりがある。

だからダルクはライナを呼べるし、ライナもダルクを呼べる。

 

「俺は"三賢者の書"の効果で手札のレベル4魔法使い族一体を特殊召喚する。"憑依装着─ライナ"召喚!」

「ようやく出番だよぉ~。」

「……気を引き締めるぞ、ライナ。」

 

そして、まだ通常召喚権が残っている。しかし、敢えて召喚しない。

少なくとも、メインモンスターゾーンを一つ開けておきたいのだ。

 

「…ライナ召喚時に罠発動!"Evil★Twinチャレンジ"!効果で墓地の"キスキル"または"リィラ"モンスターを蘇生する!"Evil★Twinキスキル"召喚!さらに速攻魔法"サイクロン"発動!」

「…しまった!」

 

速攻魔法"サイクロン"。

相手フィールド上の魔法・罠カード一枚を無条件で破壊できる強力無比なカード。

 

「狙いは効果を無効にする"一輪"か!」

「勿論!メインフェイズ終了時に"Evil★Twinキスキル"の効果発動!自分フィールド上に"リィラ"モンスターが居なければ墓地の"リィラ"モンスター一体を特殊召喚できる…ワタシは"Evil★Twinリィラ"を特殊召喚!さらに、リィラの特殊召喚成功時に効果発動!破壊するのは勿論、"憑依覚醒"!」

 

相手フィールド上にはキスキルとリィラが居る。さらには一輪も覚醒も破壊された。

これでまた、"Evil★Twinsキスキル・リィラ"の召喚条件が整った。なんとしてでもこのターンで決着をつけなければならなくなってしまった。

 

「バトルだ!"憑依装着─ライナ"で"Evil★Twinキスキル"を攻撃!」

「そうはさせないよ!"Live☆Twinチャンネル"の効果で"Evil★Twinキスキル"をリリース。そして、その攻撃を無効にする!」

「な…ッ!でも、まだだ!"憑依装着―ダルク"で攻撃!」

「罠発動!"攻撃の無力化"!これで、このバトルフェイズは終了だよ!」

 

結局、破壊することは叶わず、リィラをフィールド上に残してしまう。

しかも効果を使っていないというおまけ付きで。

 

「…俺は二枚目の"覚醒"を発動。さらに永続魔法"妖精の伝記(フェアリーテイル)"発動。さらに、カードを二枚伏せてターンエンド。」

「エンドフェイズ時に"Evil★Twinリィラ"の効果発動!墓地から"キスキル"モンスター…"Evil★Twinキスキル"を蘇生。…その後"キスキル"の効果で一枚ドロー。」

「…改めてターンエンドだ。」

 

霊使 LP8000

フィールド   憑依装着―ウィン

        憑依装着―エリア

        憑依装着―ライナ

        憑依装着―ダルク

魔法・罠ゾーン 憑依覚醒

        妖精の伝記(フェアリーテイル)

        三賢者の書

        伏せ×2

 

「私のターンだ。…ドロー!ワタシはフィールド上の二体のリンクモンスターをリリースして、墓地の"Evil★Twinsキスキル・リィラ"を特殊召喚させてもらうよ!」

「なら罠発動!"メタバース"!俺はデッキから、"大霊術―「一輪」"を発動!」

「…"Evil★Twinsキスキル・リィラ"の効果を発動…。」

「…"一輪"の効果で無効化だ。」

 

再び現れる二人の切り札、"Evil★Twinsキスキル・リィラ"。

霊使のフィールドのカードを二枚まで減らす効果こそ無効にされたものの、それでも、攻撃力4400は驚異的な数値だった。

 

「バトルだよ…!"Evil★Twinsキスキル・リィラ"で"憑依装着―ライナ"に攻撃!」

「"妖精の伝記"の効果で元々の攻撃力が1850のモンスターが居る限り、一ターンに一度、俺が受けるダメージは0になる!」

 

ライナはキスキル達の攻撃に耐えきれず気絶。

しかし、ライナが散り際に生み出した光の尻尾が霊使を衝撃から守ってくれた。

 

「…バトルは終了…メインフェイズ2になるねぇ…お生憎さまだけど、これで、ターンエンド。」

「なら、このタイミングで、"憑依連携"発動!俺は"憑依装着―ライナ"を特殊召喚!さらに属性が二種類以上ある時―――は、もちろん満たしてる!俺は"Live☆Twinチャンネル"を破壊する!」

「げ。」

 

辛うじて、ライフを減らさずに済んだ霊使。

しかしながら、攻め手にかけていた。

 

「…俺のターンだ。…ドロー!…このターンで、決める!」

「…!へぇ?なかなかなこと言うね?…じゃあ、やってみなよ!」

「分かったよ…取り敢えず、速攻魔法"サイクロン"発動!…お前の伏せカードを破壊する。」

 

突風で消し飛ばされるキスキル達の伏せカード。

 

「…"神風のバリア―エア・フォース―…!全バウンスされるところだった…!」

「危なかったね…。これしか攻撃を防ぐ手段が思いつかなかったんだね。」

「…そうだね。大分追い詰められてる。…でも、君だってそうじゃないかい?…今の君達じゃ、どう足掻いても攻撃力4400のワタシ達を破壊できない。状況はこっちよりなんだ!」

「…そいつは、どうかな?」

「…え?」

「あっと驚くモノを見せてやるよ!俺は"一輪"の効果発動!手札の魔法使い族モンスター一体を相手に見せる!俺は、手札の"憑依装着―ウィン"を公開する!そして、相手に見せた属性と同じで攻撃力1500、守備力200のモンスター一体を手札に加える!…俺は、"ランリュウ"を手札に!その後、見せたカードをデッキに戻す。」

 

デッキから、風に導かれて一体のモンスターが手札に加わった。

確かにキスキル達の言う通り、全てのメインモンスターゾーンを使用しても攻撃力は4150…キスキル達の4400には及ばない。

ならば、EXモンスターゾーンを使い、6()()()()()()()()()()()()()()

 

「"ランリュウ"は、自分フィールド上に魔法使い族モンスターが居れば特殊召喚できる。」

「…!?何をするつもりだい…!?」

「何をって…こうするつもりだ!」

 

霊使は腕を高々と上げると、大声で叫んだ。

勝利への鍵をこの世に顕現させるために。

 

 

「現れろ…!」

 

「まさか…!」

 

「風霊導くサーキット!」

 

本来、存在しないはずのサーキットの、名を呼んだ。

 




覚醒の時がやってきました。
今ここで軽くいっちゃいますし、本編でも言ってた通りなんですが、キスキル達はマスターの命が最優先です。
だから、決して悪人ではありません。


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新たな力と決着と

「現れろ…!風霊導くサーキット!」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

「まさか…リンクマーカーを産み出した…!?」

 

しかし、そのサーキットは所々ノイズが入っており"完璧なサーキット"とは呼べないものだった。

しかし───

 

「行くぜ、ウィン!」

「うん!行くよ、霊使!」

 

霊使とウィンは互いの手を取り合うとその不完全なサーキットに突入した。

そして、一度閉じるサーキット。

 

「まさか───!」

 

キスキル達はこの日、本当の意味での奇跡を目撃する事になる。

 

 

 

リンクマーカーに突入した途端、霊使達を襲ったのは目が眩むような極光だった。

 

「くっ…!」

 

二人は急いで目を瞑る。

そして極光が収まった時に二人の目の前に広がっていた光景は何もない真っ白な空間だった。

そして二人は静かに向き合う。

 

「ここは―――」

「私と霊使しか入れない、特別な場所だよ。」

 

ウィンは嬉しそうに、でも悲しそうにに微笑んだ。

 

「…ここにはね。私達と私達が信頼する人しか入れない新たな力を得るための契約場」

「契約場…?」

「そう。これから私達が得ることになる、人と精霊が繋いだ絆の最奥。その名も"ディープ・リンク・マインド"。私達精霊の新たな力を引き出す…文字通りの意味で二人の心が一つになった時にたどり着ける境地のことだよ。」

 

ウィンはこの場所の説明をする

ウィンの説明によると、ここは精霊とその契約者―――マスターの精神の奥底に眠る真の力を引き出す術を授ける場所らしい。

 

「…どれ位かかるんだろうか?」

「あっちからだとこっちは観測できないからねぇ…あっちからなら一瞬だよ。」

 

そういうとウィンは無言で歩き始める。どうやらついて来いという事らしい。

しばらく歩くと石のように固まったリンクマーカーが現れた。ウィンはそこで振り返ると真剣な面持ちになった。

そして、ウィンは、「大事な話」と称して、その境地に至った者へのデメリットを語った。

 

「…霊使。この力はとても大きい。でも…私から力が逆流するっていうデメリットもあるんだ。」

「力の逆流…?」

「うん、そう。力の逆流。…これが起きてる間は霊使の体にどんどん私の力がたまっちゃうの。文字通りで私と繋がるから…。」

 

ウィンが、今から起こることを一つ一つ説明していく。

 

「…力が溜まるとどうなるんだ?」

「…よくて、精霊化…。悪ければ、霊使の体が耐え切れずに消滅しちゃう。」

「…消滅、か、人外になるか…か。」

「うん。少なくとも残留した私の力は霊使に身体能力の上昇とかをもたらすけれど…、それ以上に死ねなくなるのはつらいでしょ?」

「…俺はウィンと別れる方が辛いけどな…。」

 

ウィンが言うには良くて人外、悪ければ消滅してしまうという余りにも重い誓約。

それでもなお、ウィンの傍に居たいという霊使。

だが、霊使は笑った。

 

「上等だ。耐えきってやるさ。」

「そういうと思った。でも……」

「俺がお前に嘘ついたことがあったか?」

「…ないね。冗談はよく言ってたけどさ。」

 

ウィンは呆れたように笑うと手を差し出す。

 

「行こっ!決着を付けに!」

「ああ。行こう!」

 

本来は何もない白い空間に手をかざすとリンクマーカーが現れた。それと同時に石のようなリンクマーカーが崩れ去る。

霊使はそのマーカーに向かって声高に叫ぶ。

 

「さあ、行くぜ!アローヘッド確認!召喚条件は風属性を含むモンスター二体!俺は"憑依装着―ウィン"と"ランリュウ"をリンクマーカーにセット!」

「サーキットコンバイン!行って!霊使!!」

 

再び現れたリンクマーカーにウィンとランリュウがその力を注ぎこむ。

赤く光ったのは、右下と左下の二か所。

そして、再びつながる現世と白い空間。

霊使はそこから飛び出しながらEXデッキから何も書かれていない青いカードを取り出す。

そのカードには新たなる力を得たウィンが描かれていた。

 

「風霊従えしものよ、今、新たな友と共に地平へ翔る風と成れ!ディープ・リンク・マインド!来い!LINK-2!"蒼翠の風霊使いウィン"!」

「何だってぇ!?」

 

ウィンは新たな使い魔を連れてその場に降り立った。

ウィンのリンクモンスター化。これにはさすがのキスキルとリィラも驚愕を隠せない。

 

「まさか…リンクモンスターとしての力を手に入れるなんてね…!」

「そうさ、これからは、二人で一人!」

「私達は全てを分かち合う!そう…私が!私たちが!」

「「決闘者(デュエリスト)だ!」」

 

今まで通常の効果モンスターだったウィンはリンクモンスターとして、新たな力を手に入れた。

互いへの信頼はまた一つ深くなり、二人の力は更に昇華される。

今では互いの全てを知っていると言っても過言ではないだろう。

 

「でも、攻撃力は1850…!」

 

だが、そうなのだ。

いくらリンクの力を得たところで、大本の攻撃力は何一つ変わっては居ない。

更にいうなら"憑依解放"の対象となる"憑依装着"の名が外れてしまっている。

つまり、これから発動するであろう、"解放"の効果は受け付けない。

 

「…覚醒の効果で一枚ドロー。俺は、"三賢者の書"の効果で手札の"憑依装着―ヒータ"を特殊召喚!更に手札から"憑依装着―アウス"を通常召喚!」

「…六属性が…全部そろった…!」

「まだだ!墓地の"連携"の効果発動!墓地のこのカードを除外して"憑依解放"を表側表示で自分フィールド上に置く!」

 

これで盤面は整った。

 

「バトルだ!"蒼翠の風霊使いウィン"で"Evil★Twinsキスキル・リィラ"を攻撃!」

「……自爆特攻!?」

 

霊使はウィンでキスキル・リィラに攻撃。

攻撃力は3650でキスキル達には遠く及ば無い。

 

「行くぜ!ウィン!」

「うん!私達の全力を叩き込む!」

 

霊使とウィンは互いの手を取ると、握っていないてを高々と天に突き上げる。

二人の間には竜巻をはるかに超えたレベルの暴風が渦巻いていた。

 

「行くよ!キスキル!」

「勿論!そう簡単には負けてやれないからね!」

 

負けじと二人も跳躍。

電撃を纏う無数のワイヤーが一つの槍へと紡がれていく。

 

「打ち砕く!」

「……吹き飛ばしてやる!これが俺達の全身全霊!喰らえ!"蒼翠の烈風爆裂波(ストームストリーム)"!」

 

全てを吹き飛ばす烈風と全てを穿ち貫く槍とがぶつかり合う。

 

「「ああぁぁぁあああぁぁぁああ!」」

「「おおおぉぉおおぉおおおぉお!」」

 

互いの全力は中央で拮抗し、しかし、キスキル達の槍が少しずつ風を掻き分けて押し進む。

 

「「届けぇえぇぇぇええぇぇぇええ!」」

 

キスキル達の絶叫と共に槍がウィン達の喉元まで迫る。

 

「「負けるかぁああぁぁぁああぁぁ!」」

 

負けじとウィン達も絶叫。

そして、限界を迎えたのは────

 

 

「…届かなかったね…」

 

キスキル達のワイヤー──つまりはキスキル・リィラだった。

 

「"蒼翠の風霊使いウィン"は…"憑依装着"モンスターとしても扱う。だから相手モンスターと戦闘するとき攻撃力は800上昇したんだ。これで攻撃力は4450。……どうする?サレンダーするか?」

「もう…勝負は見えてるしね…この勝負…ワタシ達の負けだよ…」

 

ゆっくりと両手を上げ降参の意を示すキスキル。

リベンジマッチの最後は余りにも静かで、呆気ないものだった。

結果は先を悟ったキスキルのサレンダー負け。

しかしながら五体のモンスターを前に罠も、モンスターも居ないのならば"霊使が止めを刺さなかった"だけで完全勝利と言えるだろう。

 

「いやー…負けたねぇ。負けちゃったからねぇ。」

「そうね。負けたからしょうがないわね。…今から貴方達に協力するわ。」

「手のひらを返すの早すぎィ!」

「でも……」

 

そう言うとキスキルは一目を伏せた。

 

「…一つだけお願いがあるの。」

 

そう、リィラが切り出す。それは重々しく、残酷な現実だった。

 

「私達が知る全てを貴方に話すわ。だから…どうかマスターを《呪いから》救って…!」

「呪い…?」

「うん。感じるの。マスターから別のおぞましい何かを。…多分呪いの類いだと思う。」

「……なるほど。…でも、呪いは俺達じゃ分からない。」

「そんな…!?」

 

キスキル達は全てを諦めたかのような、絶望しきったような顔色になる。

 

「…そんな顔するなって。呪いには詳しい知り合い(エリアル)が居るから。ちょっと掛け合ってみるよ。」

「…!そうかい!ありがとう。」

 

そう言うとその場に倒れ込むキスキル。

 

「あ゛ー…つっかれたぁ…」

 

その小さな声は微かにリィラの耳に届くばかり。

こうして、キスキル達による盗難事件は幕を下ろすのだった。

 

 

 

 

 

「負けやがったよ。なら処理だな。」

「うわあッ!?」

 

しかし、何かの終わりは何かの始まりを告げる事になる。霊使の後ろから飛んできた何かがキスキル達に対して攻撃を仕掛ける。

それは、黒い何かだった。

 

「なっ…!」

 

振り返ればそこには漆黒に染められた竜を従えた一人の男が立っていた。その方向───即ち一階には他の仲間達がいたはずだ。

 

「お前…皆に何した…?」

「なにしたって…決闘して少し寝てもらってるだけだ。……別に始末しても良かったんだが、如何せん父上に"事を荒立てるな"って命令されててね。」

 

恐ろしい事を平然と言ってのける目の前の男にえもいわれぬ恐怖を感じ、構える霊使達四人。

 

「……俺の仕事はそこの二人の始末だ。そこを退いてくれないかな?出来損ないの末弟よ。」

 

キスキル達を庇うように霊使は男の前に立つ。

 

「…悪いがこの二人の帰りを待つマスターが居るんだ。だからこの先には行かせない!」

「じゃあここで死ぬしかないなぁ!俺は警告したからな!殺れぇ!"ヴェルズ・バハムート"ォ!」

 

一瞬だった。一瞬で黒い靄を内側に溜め込んだ何かが霊使の全身に突き刺さる。

即死しないよう、心臓や頭部、血管が多く集まる場所を避け一瞬でも長く苦しむような箇所だけに氷は打ち込まれていた。

 

「……え。」

「う、そ…。」

「……そんな…いや…!」

 

キスキル達はただ呆然とし、ウィンは目の前で最愛の人が刺し貫かれ、動きを止めた。

 

「な…にを!」

「"邪魔をしたから"仕方なく殺しただけさぁ!滑稽だよなぁ!?他人を庇って無駄に命を散らすなんてなぁ!」

 

そして、男は心底愉快そうに笑う。

 

「傑作!傑作ゥ!馬鹿じゃねぇのか!?どうせ目撃者であるお前は消されるってのにさぁ!いやー、本当に腹の底から笑いが込み上げて来るぜ!ざまぁねぇな!ヒャーハハハァ!」

 

目の前で一つの命が消えようとしているのに、男はそれを嘲笑う。

 

「ハハハハハ…はぁ…。あぁ…たっぷり笑わせて貰ったよ。さて、次は誰に…」

 

四人がいた場所に視線を向ける男。

しかし、そこには既に四人の姿はない。

 

「逃げやがったってぇ!?ふざけんなよぉ!もっと俺に気持ちよく殺させろよぉ!…次会ったらぜってぇぶっ殺してやるからなぁ!」

 

男はそう言うと姿を消した。

 

 

 

 

 

「霊使!しっかりしてよ!」

「……ウィン…。悪い…な。」

「もう、喋らなくていいから!今は黙って私の力を使って!」

「…それじゃ、ウィンが消えるだろ…?…だから、俺が…」

 

キスキル達は一瞬の隙を付き、霊使を連れての逃走に成功していた。

 

「こんな終わり方で良いのかい!?」

「誰かを…守って…逝けるなら……本望…だ。それが…ウィンなら、尚更、だ…。」

「ああもう!そういうことを言ってるんじゃないの!君はまだ生きて居たいんだろう!?」

 

しっかりしろとキスキルは言う。

 

しかし、霊使はもう、その声に答えることは無かった。

 

「霊使ィィイイィィ!」

 

ウィンの慟哭が夜空に響き渡った。

 

 





ウィンの覚醒回でした。


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一月後

「……んぅ。」

 

とても長い間眠っていたような、ほんのちょっとだけ眠っていたような、そんな感覚。

ゆっくりと目を開けるとウィンが自分の体の上でぐっすりと寝ていた。

体の節々は未だに痛むものの、あの時に受けた傷はほとんど塞がっているらしい。

外を見れば朝日が昇っていた。

霊使は一度手を握ったり開いたりしてみる。

 

「……やっぱ、そうだよな…。」

 

思ったよりも上手く動かすことが出来ない。

やはり長い間寝ていた事が原因なのだろうか。

 

「皆は…まだ寝てるか。」

 

ウィンを除く霊使い達は未だに寝続けている。

この事から、ウィンに全てを託したであろう事は容易に想像できた。

 

「………あの時、俺は…。」

 

確かに急所は撃ち抜かれてはいなかった。

だが。

体からどんどん何かが出ていくのを感じていた。

そして、意識が少しずつ遠くなるのを何処か他人事のように感じていた自分がいた。

恐らくだが、自分はあの時一度死んだのだろう。

分かるのだ。

ウィンの力が自分の中で渦巻いていてその空っぽになった何かに力を注ぎ続けていることが。

 

「……ああ。もう、俺は、人間じゃないんだな…。」

 

"人間としての"四遊霊使はあの時死んだのだと、嫌でも思い知る。

これを"生きているからラッキー"と捉えられればどれほど良かっただろうか。

今の霊使は言ってしまえば"ウィンがいなければすぐに死ぬ"状態なのだ。

ウィンにも相当な負担が掛かっているだろう。

 

「……ぐずぐずしててもしょうがない…か。」

 

今はほんの少しでもウィンの負担を減らす方法を考えねばならない。

それが、全てを賭け、負担を承知で蘇生させてくれた相棒への恩返しに繋がると思った。

 

「…生かしてくれてありがとうな、ウィン。」

 

未だに眠るウィンの頭をゆっくりと撫でてやる。

 

「……ふぇ?」

「……え?お、起きて…」

 

どうやらいつの間にかウィンは起きていたらしい。

顔が真っ赤に染まっている事からさっきの独り言は聞こえていたに違いない

 

「……霊、使?」

「…ん?どうした?」

「本当に霊使、なんだね…?」

「ああ。正真正銘の霊使だよ。…おはよう、ウィン。」

 

"おはよう"。この言葉をどれだけ待ちわびていたのだろうか。

ウィンは大声で泣きながら抱きついた。

 

「うええぇぇええぇ…!良かったよぉ…!霊使のばかぁ…。一体どれだけ私が…私達が心配したと思ってるのさぁ…!1ヶ月も寝たままでさぁ…!」

「……ああ。本当にすまない…。」

 

大粒の涙と大量の鼻水で布団がぐしょ濡れになってしまう。それでも、霊使はウィンの思いを受け止めなくてはならない。それだけ心配をかけたのだ。溢れ出るウィンの感情を一身に受け止めるのは霊使の義務で、そして、何より霊使が優先した行動だった。

 

「ばかぁ…!ばかぁ…!ばかぁ…!」

「…そうだな。俺は大馬鹿野郎だ。…本当にごめんな。お前を一人にしちまって。」

「…ちゃんとそういうことは分かってるんだね。」

「そりゃあ、俺の一番の相棒だしなぁ。」

 

そう言って笑う霊使。

未だに鼻をすする音は聞こえたが、ウィンの涙はもう止まっていた。

 

「…さて、と。そろそろナースコールを…。」

「ちょっと待って。その前に今の霊使の状況を説明させて。」

「…ああ。頼んだ。」

 

ウィンは急に真剣な面持ちになる。

二人のこれからに関する事なのだ。霊使も自然と真剣な面持ちになる。

 

「結論から言うね。……霊使は私の…私達の力で半分位私達(霊使い)と同じになってるの。…で、後、私の力が馴染めば霊使は完全に霊使いとして覚醒するの。」

「あれー。それってディープ・リンク・マインドの副作用じゃなかったけ」

「…逆にそれを利用したんだよ。決闘中じゃないから細心の注意を払って必要な分だけ私の力を送れたし。」

 

ウィンがあの夜語った"ディープ・リンク・マインド"の副作用を逆に利用して霊使を救ったのだ。

人外化は確定事項のようだが。

ところで、ウィンは皆と言っていたがここで「はて」と霊使は疑問を抱く。

 

果たして霊使い全員と"ディープ・リンク・マインド"の境地に達していたのか、と。

 

「なぁ、ウィン。俺、他の5人と"ディープ・リンク・マインド"の境地に達していたっけ?」

「…ううん?」

「…俺、今まで一回起きたっけ?」

「…ううん?」

 

霊使はデッキを取り出すとカードの確認を急いだ。

そして、ある一つの結論に達する。

 

「お前…俺が寝ている間に無理矢理"ディープ・リンク・マインド"の境地に到達させたな?」

「…いやー、条件が整っているから、つい…。」

「ヲイ」

 

ウィンを媒介として無理矢理霊使い全員をディープ・リンク・マインドの境地に到達させたのだと。

確かに今までに紡いだ絆が導く力の最奥であり、ライナとダルク以外は到達していてもおかしくはないだろう。

 

「…いやー、思い付いた方法がこれしかなくってさー。」

「そんな軽々しく言わないで!怖いから!…で?どうやったの?」

 

と言ってもやはりどうやったかは気になる。

自身はこの一月ずっと寝ていたのだ。

だからもしかしたら頭の中を弄くられているかもしれない。

 

「……まず私と皆の思いを一つにします。」

「うん。」

「そのあとは私経由で力を送ってました!だから霊使の中の"私の力"以外の力はもう馴染んでるはずだよ。…多分。それにしてもライナちゃんはともかくダルク君まで力を貸してくれるとは思わなかったなぁ…。」

 

頭の中を弄くられてはいなかった。

だが、ほとんどウィンに負担をかけてしまった。

 

「…本当にありがとう。」

「どーいたしまして。」

 

それでも命…とは呼べないかもしれないが、生きているのは事実だ。

 

「…なぁ、ウィンの力を早く馴染ませるにはどうしたら良いんだ?早い所退院したいんだが。」

「………ス。」

「…へ?」

「キス…して。」

「いや、そうはならんやろ…」

「いいから!」

 

ウィンは恥ずかしそうに大声を上げる

ウィンは自分をたすけてくれた。

一人という地獄から救ってくれた。

だから、早くウィンの隣に戻りたい。

そんな想いが霊使を突き動かした。

 

「分かったよ。…皆には内緒な。」

「ん。」

 

ウィンは目を閉じて可愛らしく唇を尖らす。

その姿が余りにも可愛くて、愛しくて、守ってやりたいと、隣に居たいと思ってしまう。

 

霊使は朝焼けを背にそっとウィンと口づけを交わした。

ウィンの力が自分の中に流れ込んで行くのを感じる。

しかし、それ以上にこの幸せな時間を味わっていたかった。

 

「んぅ…!んッ…」

 

少し口を開けばウィンの舌が霊使の口内に入ってきた。

ゆっくりと舌同士を絡める濃密で濃厚なキス。

暫く霊使の病室からは誰にも聞こえないような小さな水音が響いていた。

 

「んっ…。またしようね…?」

「ああ、そう、だな」

 

二人はどちらかともなく抱き締めあう。

風が二人の元に花びらを運んでいた。

 

 




ようやく、ヒロインムーヴをさせてあげられた…!


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新たなマスター

「…すまない。四遊。危険な目に合わせてしまった。」

 

目が覚めた霊使に対して真木は最初に謝罪した。

危険な目…というか一度死んでいるとは口が割けても言えなかったが。

 

「…大丈夫ですよ。少なくとも俺達は。」

「強いな、お前は。」

「…こんなんでへこたれてたら、後ろにいる奴らを止められないですから。…後、盗難事件は終結しました。」

「…だな。あの二人、マスターの命を握られていたと言っていたな。」

「ああ。」

「…そのマスターなんだがな、無事に快復したそうだ。今はあの二人を説教中だと。」

「だろうなぁ…。」

 

全くと真木は頭を抱える。

二人は治療費を稼ぐために怪盗として暗躍していたのだ。マスターが快復した今となっては協力──とまでは行かないが、犯行を行うつもりはないだろう。

 

「…さて、と。これからお前はどうするんだ?」

「…ぶちのめしますよ。アイツを。」

「お前らしいが…。死ぬかも知れないんだぞ?」

「…俺は死なないですよ。…ウィンのためにも。皆の為にも。」

「…そうか。…ん?待て。アイツとは…?」

「…多分。キスキル達の雇い主に近しい者じゃないかと…。」

 

真木はキスキル達二人を捕らえた時点で解決したと思っていた。

否。

思い込もうとしていたのだ。

一体誰が二人の事を利用していた。

一体誰が二人のマスターが病気だと知れた。

 

「…何か裏があるな」

「でしょうね。恐らくはその情報を知るだけの情報網がある。」

「…分かった。警戒するように伝えておこう。出来ればその情報網を探っておいてくれ。こっちでも探ってみるが、現場の方がそういう相手と会いやすいだろうからな。後は…新入部員の紹介か。」

「どういうことですか?」

「…あの二人のマスターが家の学校の奴でな。本来なら今、二年なんだが入院で仕方なしに留年していた。原因も取り除かれた以上、その恩返しも兼ねて協力したいんだそうだ。」

 

真木は少し困ったように笑うと、ドアを開ける。

その瞬間、聞こえてきたのは少しばかり気の強そうな、だが確かに優しさが含まれた声。

 

「四遊霊使君…。ほんっとに申し訳ありませんでしたぁぁぁ!」

 

そして―――

綺麗にスライディング土下座を披露する一人の少女だった。

いきなりの土下座に反応する間もなく、畳みかけられる謝罪の声。

 

「…申し訳…ありませんでした…」

「…申し訳…ありませんでした…」

「いや、ちょッ…ええ?」

 

見知った二人は病室に入室すると流れるように土下座をかます。

その美しさは先のスライディング土下座に勝るとも劣らない完成度だった。

余りの状況に最早、困惑の声しか上げることができない霊使とウィン。

 

「…いや、取り敢えず顔を上げてくれ三人とも!このままじゃ俺の社会的生命が今!ここで!完全に!終わるから!終了処置にされちゃうから!」

「それは、失礼…。っと。」

 

ゆっくりと少女は顔を上げる。

その顔はどこまでも整っていて、一瞬「男」と言われても気づかれないような顔をしていた。そんな顔をして、出ている所はしっかりと強調しているものだから、目のやり場に困るというものだ。

 

「改めて、私は白百合結(しらゆりゆい)。分かってると思うけど白百合が姓で、結が名前。仲間なんだから敬語とか敬称とかつけなくていいからね。使ってるデッキはご存じ【イビルツイン】だよ。…後、改めて、本当に家のバカ精霊どもが迷惑かけたね。本当にごめん…ほら、二人も謝る!」

「…ごめんなさい。」

「…ごめん」

「…いや、こっちもある程度の事情は聴いてたから怒ってないけど。」

 

スライディング土下座をかました少女―――結はただひたすらに謝ってきた。

怪我を負わせてしまったことや、本当にたくさんの人に迷惑をかけてしまったことを謝ってきた。

真木曰く目が覚めてからというものの今回の騒動で迷惑をかけた全ての人に謝罪をしにいったらしい。そして霊使で最後だということも。

さらに霊使がキスキル達を庇って死にかける(本当は死んだ)大けがを負ったものだからそれはもう烈火の如く怒り狂ったそうだ。

本人たちも罪の意識はあったし、キスキル達を庇った…というよりかは完全に自分を殺しに来ていたので謝られても困るというのが霊使が思っていたことだが。それを正直に伝えるとキスキルはボソッと呟いた。

 

「…あれ、これって謝りぞ―――」

「キスキル?ちょっと説教が足りなかったかなぁ?」

「あ、いや、そういうわけじゃ―――」

 

どうやらキスキルとリィラは結に頭が上がらないらしい。

 

「そ、そんなわけないだろ?」

「ふーん。…まぁ、患者の前で騒がないほうが良いのは確かだね。…じゃあ、私はもう行くよ。…そうそう。キスキルを介して情報屋を雇っといたから。この一月で何が起きたかは彼女から聞いてね。それじゃっ!」

 

そういうと、彼女はキスキルを引っ張っていった。

どうやら、「頭が上がらない」のではなく完全な上下関係が出来上がってしまっているらしい。

 

「…私も帰るわ。…あと…」

 

唯一取り残されたリィラはこっそりウィンに近づいて一言、二言耳元で呟くと帰っていった。

 

「一体何言われたんだ…?」

 

霊使はウィンに何を言われたか聞くが、帰ってくるのは赤い顔ばかり。

 

「いや、本当に何言われたんだ…?」

 

霊使はそのことがとても気になって、しばらくは呆けていたという。

その状態は見舞いに来た特捜部の面々に呼ばれるまで続いていたと後に克喜は語った。

 

 

『ぼさっとしてると彼の事…私達がいただいちゃうわよ?』

『!?』

 

リィラからの最後の一言。

それはウィンに対する戦線布告だった。

ぼさっとしていると本当に霊使の恋心を盗まれるかもしれない。

だが、盗まれないかもしれない。

だからといって、霊使が他の人物に取られてもいいとは言えない。

霊使と付き合うようになってから、少し独占欲が強くなっただろうか。

だが別にそんなことはどうだっていい。

霊使は、霊使いの相棒で、そして、ウィンの恋人。

そこに間違いはない。

なら、多少大胆に動いてもいいのだろうか。

例えば、もっとキスをせがんだり。

例えば、一晩かけてベッドの上で語り合ったり。

ただ、ウィンは霊使の最高の相棒として、一つだけ決めていることがある。

 

「誰にも渡さない」

 

それは、恋人として至って普通の思いであった。

 

今ここに、霊使が全く知らないウィンとリィラの戦いが始まったのである―――。

 

一方リィラはというと―――

 

「ああもう、早くあの二人くっつきなさいよ!」

 

二人が付き合っているということを知らずに、ウィンを只々煽っただけという。

だからリィラは知らない。

ウィンがリィラに対抗意識を燃やし始めているということに。

その勘違いが解けるのはもう少し先の話である。




キスキル達のマスター登場回。
後一話で新章突入します。


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これから

「…俺はこれから何をすればいいんだろうか。」

 

霊使はこれからの事をずっと考えていた。

というのも、霊使の魂を完全に置き換えるには各属性の精霊の力が必要なんだそうだ。

霊使はウィン達が居ればいいのではないか。

そう考えていたが、どうやら話はもっと複雑らしい。

というのもウィン達霊使いは精霊を連れていることである程度力を借り受けているらしい。

その力を以て内と外の二方向から霊使の魂に力を加えて霊使いとしての力を完全に覚醒させなければならないというのだ。

それには、「外側」担当の精霊と霊使自身が霊使いとして契約する必要があるらしい。もっとも内側はウィン達が対応してくれるということであったが。

 

とにもかくにもまずは精霊を従えねばならない。

 

「…嫌な予感がするな」

 

なんとなく、嫌な予感がする。

この心配はある意味最悪の形で的中することになる。

主にウィンの嫉妬という意味で。

 

 

九条克喜は新たな決意を固めていた。

あの時、出会った男に手も足も出ずに瞬殺されてしまったからだ。

さらにその男は決闘することなく霊使に対して攻撃を敢行し、大怪我を負わせたという。

親友を傷つけられ、怒らない人間が何処にいようか。

だから克喜は決意した。

あの男が霊使に対して精霊の力を行使したように、自信も精霊の力を決闘外でも引き出せるようになることを。

 

「…皆、宜しく頼む。」

 

克喜はウィッチクラフト達に語りかける。

彼女達もまた、その声に答えるように、その姿を見せた。

 

「…たっぷりしごいてあげますからね。」

 

ハイネの宣言に吐血しそうになった。

 

 

 

風見颯人は既に人間の世界に居ない。

新たな力を得るためウィンダ共々精霊界に向かっていた。

 

「颯人はこっちに来るのは初めてだっけ。」

「ああ。」

 

ガスタにはある秘術が伝わっているという。

その秘術を得るのが今回の探索の目的だ。

 

「皆元気にしてるかなぁ…」

 

とウィンダはぼやく。

それはそうだ。

ガスタの里を飛び出して以降、あまり帰郷できていなかったのだから。

里の皆に自分のマスターの事をどう紹介しようか悩んでいた。

一方そんな事をウィンダが考えているとは知らずに―――

 

(ああ、旨いものは食べられるだろうか…)

 

そんな的外れな事を考えていた。

 

(ああ、緊張するなぁ…)

(こっちでもウィンダが作ってくれた飯を食えるだろうか。)

 

そんな事を考えながら二人はガスタの里に向かうのだった。

 

 

 

「ただいま、エミリア。」

「ああ、おかえり。…で?後ろの人間は?」

「…彼は僕のマスターだよ。儀式の生贄には使わせないからね。」

「いや、そんなことするのは少し前のお母さんだけだと思う…。」

 

一方水樹とエリアルはリチュアの集落にやってきていた。

エリアルが結の呪いを解呪した際にノエリアの中に同様の何かが蠢いているのを思い出したのだ。

結にやったように分離してやると、今まで戦争を推し進めていたはずのノエリアは正気に戻り、ガスタとの和解を果たした。

今では足りない食料は肥沃なガスタの里から分けてもらい、その分、魔術の研究成果をガスタに渡すという交易を行い、互いに交流するようになった。

勿論、ノエリアは断罪されたわけだが。

 

「呪いに侵されていた以上情状酌量の余地がある」

 

とウィンダールが判断を下したのだ。

 

「…さて、と新しい儀式の研究をしますか。」

「手伝うよ、エリアル。」

「わかったよ、マスター。じゃ、これ運んどいて。」

「ん。」

 

新たな力を手に入れるため、エリアルは自室に籠るのだった。

 

 

 

流星はメテオニスに連れられて宇宙にやってきていた。

 

「いや、なんで?」

「…新たな仲間を迎えに行こうと思ってな。」

「…仲間?」

「…私の新しい形態といった方が正しいかもしれない。」

 

メテオニスの中には空気が循環しており、堅牢な宇宙服を纏っているにも等しい状態だった。

 

「…え?まだ二分?」

「…物体は光速み近づくほど時間経過が遅くなるからな。」

「へぇ」

 

そんな豆知識を得ながら二人は空の果てを目指す。

宇宙の果て、新たな世界を目指して星は駆けた。

 

「…今がチャンスか…」

 

そんな流れ星に似た光を眺める存在が居た。

それは、光を喰らう機龍とある意味では対極の存在。

その存在は新たな光となって青き星へと向かう。

 

(来るか…ベアルクティ…!)

 

自分達と相反する存在を感じ、因縁はすぐそこまで迫っていることを悟るメテオニス。

怪獣大決戦が地上で行われる日は、近い。

 

 

 

「…彼女は協力してくれるでしょうか…」

「さあ、ね。そこは僕にも分からないからなぁ…」

 

奈楽とフレシアは二人が出会った森へと足を向けていた。

そこにはまだ一人蟲惑魔が居るのだ。

しかし、当時はまだ、奈楽の事を認めてはおらず、もう少し考える時間が欲しいと言われたのだ。

色々とあったが、それでも彼女が自分を認めてくれているかどうか分からない。

 

「彼女は少し強情な所がありますからね」

「そうなのかい?」

「ええ。一度狙った獲物は逃さない。それこそ自死を選んだとしても魂を掴んで弄びますからね…。彼女は。」

「え…こわ」

「ふふっ…。奈楽もそうなってしまうやもしれませんよ?」

「…うーん。何とも言えないのがね…。」

 

フレシア曰くその蟲惑魔は強情だという。

物腰はそれなりに穏やかだが、一度「獲物」と見定められると、その魂まで逃がさないような気性だという。

 

「アロメルス…元気にしてるんでしょうか?」

「だといいね。」

 

親友のなを呟くフレシアに奈楽は感慨深そうに頷くのだった。

 

 

 

「…負けたね、クーリア」

「ええ。圧倒的だったわ…」

 

咲姫とクーリアは二人で話し合っていた。

勿論、ボロボロにされた前の決闘についてだ。

あの決闘に大きなミスは無かった。

それなのに、手も足も出なかった。

そこにあるのは純然たる実力差だ。四道の刺客の強さを読みたがえた咲姫に敗因はある。

しかし、そこにあるのが、実力差だと判明した以上、対策を練るのは簡単だ。

そう。

 

「なら、アイツより強くなるだけ…!」

 

刺客より強くなればいいという至極単純で最も明快なおおよそ対策とは呼べないような対策を咲姫は上げた。

このことを何も知らない人間からすれば「何言ってんだこいつ」となること間違いなしだろう。だが決闘における対策なんてものはそれくらいしかないのだ。

相手に対するメタデッキを作り上げる?

勝てないからデッキそのものを変える?

咲姫にそんな考えはない。

勝てないのなら勝てるようになるだけ。

それはある意味で、最高の対策なのだ。

自分の信じるデッキは、そう簡単に折れはしない。

 

「…次は勝ってやる。」

「もちろん。さあ、始めましょうか」

 

決闘もせずに最高の決闘者を襲った馬鹿野郎に天罰を。

咲姫とクーリアの心が一つになった瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

「許さねぇぇえぇぇぇ!」

 

絶叫が闇夜に響き渡る。

 

「あいつらぁぁ!よくも俺の前から逃げやがってぇぇぇ!思い出しただけで腹が立ってくるぅ!なんで俺に気持ちよく殺されねぇんだ!」

 

男は部屋にある調度品に対して理不尽な怒りをぶつけていた。この男が怒っているのはあのひと月前の夜の出来事だ。

"仕事"を失敗した怪盗達の始末を行おうとし、ついでに邪魔者も処理しようとした。しかし、一瞬の隙を突かれ逃走されたあの夜からもう一月経過したのだ。

しかし、男は未だにあの四人に執着していた。

今まで"獲物"に逃げられたことなど無かったからだ。

 

「ふざけるな…!ふざけるな…!ふざけるなぁぁぁ!」

 

その男の咆哮はこの一月、ずっと響いたままであった。

 

「絶対に許さん…!」

 

その男の瞳が妖しく揺れる。

 

「次に会ったらまず、あの男を殺す…!そして次にあの緑髪のガキをぶっ殺す。そうして絶望させたところであの怪盗どもも殺す…!考え付く限りの陵辱を施してやってから殺してやる…!」

 

男の激情は収まることなく、むしろ悪化していくばかりだ。

夜は未だ開けず、男はただ荒れ狂うばかりであった。

 

 

 

これより始まるのは新たな戦い。

新たな精霊と成るため。

友の復讐を果たすため。

兄の本懐を遂げるため。

 

そして―――この世界を壊すため。

 

それぞれの強い思いを胸に秘めて少年少女は今、未来へと羽ばたく。

 

一章 怪・盗・決・闘 ―――完―――

 




というわけで一部一章完結です。
次回より一部二章がはじまります。

次回二章「精霊を探しに行こう」開幕!


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二章:精霊を探しと因縁と
情報屋に会おう!


「おーい、退院したかい?」

「無事にな。」

 

キスキルは完全にいつもの調子に戻ったようでいつもの飄々とした態度で語り掛けてくる。霊使はようやく話しやすくなったと感じた。

 

「霊使君…なんかウィンがすっごい敵意を向けてくるのはどうしてだい?」

「女の戦いキャットファイトだろ。なんでかは知らんけど。」

 

ただ―何の根拠もなくいきなりキャットファイトを開戦するのはやめてほしい。

そもそもの話なんでキャットファイトが始まったのか皆目見当がつかないのだが。

 

(…絶対霊使は渡さない…!)

(ちょーっと煽り過ぎちゃったかしら)

 

そんな二人の疑問をよそにキャットファイトを繰り広げる二人。

そんな平和な光景を見て、霊使は守れたもの改めて確認できた。

いつも、いつでも、ここに頼れる相棒が、気が置けない友人が、腐れ縁な怪盗が居る。

この世界でまだ生きていたい。

霊使は改めて、その思いを確認できた。

 

「…キャットファイトはそこまで。行くよ、ウィン。」

「…リィラもからかうのは大概にしようね?」

「…結が言うならしょうがない、か。」 

 

そう言うといともあっさり女の戦いを中断したリィラ。

最近、手玉に取られてるような気がしてならないウィン。

二人の戦いはまだ、始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

「さて、と。これから情報屋に会うわけだけど…」

「彼女、どんな要求をしてくるか分からないからねぇ。」

 

キスキルとリィラはそう言って苦笑した。

何故ならば情報屋が対価として何を求めてくるか分かったもんじゃないからだ。

今までに二人の私物やら、高級な酒やら、金やら、挙げ句の果てには二人が盗った盗品までもが彼女の情報屋の対価になった。

故に対価が読めない。

しかも情報屋であるせいか、可能な限り対価と情報の交換───つまりはその場払いを強いられるのだ。

 

「…いや、そうはならんやろ。」

「それがなってるんだよねぇ…」

 

その事を聞き、思わず霊使は突っ込んだ。

しかし、乾いた声と遠い目をしたキスキルの様子にそれが事実であることを思い知らされる。

その瞬間、ウィンの霊使を掴む力が半端なく上昇した気がした。

 

「…大丈夫だろ。流石にその身を差し出せ───なんて言わないはずだから…多分。」

「そうだよね…?」

「むしろそうじゃなかったら困る。」

 

こうして一抹の不安を残しながらも霊使は情報屋に会いに行くのだった。

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

「ここだよ。ここに彼女は来るはずだ。」

 

そう言うとキスキル達は寂れた酒場のドアを開く。

そこはゴミと埃が最低限掃除されただけの酒場の跡地と言った方が的確かもしれないが。

 

「さて…と。居るんだろ?マスカレーナ!」

「ハイハイお客さん?…ってキスキル達かぁ。」

「客にその態度は無いんじゃないの?」

「ハイハイ。相変わらずリィラは小言が多いなー。」

 

親しげなやり取りをしながら一人の人物が顔を覗かせた。

ヘソだしパンツルックでスタイルもそれなりにいい女性はいきなりこちらを向くと顔を覗き込んできた。

 

「…ねえ、君は誰?」

 

彼女は鋭い視線を霊使に向けた。

その視線には多分に殺気が含まれており、ウィンを二人の間に割り込ませるには十分だったと言える。

 

「…俺の名前は、四遊霊使。貴女に売って欲しい情報があってここに来ました。」

「…霊使君…だっけか。君はどんな情報を求めるの?」

「各地に居るまだ契約してない精霊の情報が欲しい。」

「それはなんで?」

 

返答を誤ればウィンごとここで葬られるだろう。

そして、隠し事をすれば今後の彼女に多大な迷惑をかけてしまう。

だから霊使はばか正直に全てを話すことにした。

キスキル達と決闘したこと。

二人を殺し屋から庇って一度死んだこと。

それから霊使い達の助力もあり、半分精霊として転生したこと。

そして、完全な精霊───霊使いになるために強力な精霊と契約しなければならない事。

本当にここ至るまでの全てを彼女に話した。

 

「…分かった。少なくとも君は信頼が出来る人だね。──でも、君に情報は売れない。」

「え…?」

 

そして、たっぷりと5分。彼女が出した結論は「情報は売れない」というもの。

 

「そんな…!お願いします。ソコをなんとか…!このままじゃ、私の大切な人が…霊使が…何も残せずに消えちゃう…!」

 

ウィンは泣きながらに訴える。

このままではそう遠くないうちに霊使は消滅してしまうからだ。大切な人を守るためならばあいてにひざまつく事だってしよう。

ウィンはそれほどまでに霊使と離れたくないのだ。初めて心の底から此処に居たいという思いを抱かせてくれた霊使の隣にまだ、いや、ずっと居たい。

 

「…君は好い人なんだね。…だからこそ情報を売れないんだけど。」

「だからなんで!?」

「いや、そんな純粋な君達を裏社会に巻き込める?そんなこと出来るわけないじゃん!売ってあげたいけどさぁ!罪悪感が凄いんだよ!」

 

マスカレーナが情報を売らない理由───それは二人を裏社会に巻き込みたくないという良心からのものだった。際どい情報だって扱う。なんなら、情報屋というだけで消される対象になることもある。

だから「売らない」のではなく「売れない」のだ。

こんな純粋に互いの事を思い合うパートナーを裏社会に巻き込むなんて事はマスカレーナには出来なかった。

 

「だから情報は君に「提供」させてもらうよ」

「…それじゃあ…!」

「うん。でもまずは───」

 

マスカレーナはウィンの方を見た。

申し訳なさそうに手を合わせると霊使に視線を戻す。

そして───

 

「私と君で契約できないかな?」

「……は?」

「……え?」

「……うん?」

「まるで意味が分からんぞ!」

 

霊使の精霊になると言い始めた。

 

「ええぇぇぇえええぇえぇぇぇぇぇぇえ!?」

 

衝撃の余りにキスキルとリィラが叫ぶ。

一方ウィンは頬を膨らませたままだ。

 

「一応理由は有るんだけどね。」

 

そう彼女は言う。

 

「1つはやっぱ彼女こんなに想われていること。こんな深い関係を築けるんなら信頼できるし。

二つ目の理由は行動の幅が広がるってことかな?」

 

「それはどういう…?」

 

マスカレーナはまず1つ、霊使との契約を決めた理由を話す。さらに二つ目の理由もさらっと説明した。

曰く、「霊体になれる」から。

 

「…分かったよ。なら宜しく…でいいのか?

「じゃあ、合意って事で。」

 

余りの展開の早さに霊使自身が付いていけない。一応理由としては納得できるものではあったが。

ウィンも、キスキルも、リィラも、全員が硬直している。

 

「これから宜しくね?んーと…"ご主人サマ"?」

「どうしてこうなった…?」

 

この展開の早さに契約を結んだ霊使本人さえも置いてきぼりだ。

辛うじて言えることは、今この場に居る全員がマスカレーナに手玉に取られたということだろう。

 

(…もしかして、ライバル増えた?)

 

ウィンはとことん不安になるのだった。

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

実は、マスカレーナが契約を決めた理由はもう1つある。

あの二人が今までどんな人生を紡いできたか、マスカレーナは知らない。

だが。

あの二人に関して一つだけ言えることがあった。

それは「二人は幸せになるべき」だということ。

端的に言えば、ただ、二人を見ていたくなったのだ。

二人がどんな人生を歩み、どんな結末を迎えるのか。

それをただ近くで見ていたくなっただけ。

それだけで、彼女は霊使の精霊になると決めた。

 

(…私が二人を支えるよ。その代わりに、二人の生きざまを私に見せて?)

 

既に二人には精霊の情報を渡してある。

後は店仕舞いをして二人と合流するだけだ。

 

「さあ、マスカレーナ、出るよ!」

 

 

 

これまでの裏家業に別れを告げて、情報屋は未来へと走った。

 

 

 

 




I:Pマスカレーナ(NEW!)

あと残り5体!


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冥神の復讐 その①

その日、空が曇り始めた。

マスカレーナからもたらされた情報は確かに正しかった。

 

『異世界の住人がやってくるよ。』

 

彼女がどこでこの情報を仕入れたのかは知らない。

だが、確かに圧を感じるのだ。

 

「たしかにとびきり強い奴とは条件付けたけどさ…!」

 

霊使は目の前にいる存在にデュエルディスクを向ける。

確かに目の前の存在は強力だ。神に等しい力を持っているのだ。

 

「さあ、我が復讐のための贄と成れ…!」

「さてと…いっちょ契約(キャプチャ)始めますか…!」

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「…え?」

「だから異世界の住人がやってくるって言ってるの!」

「…なに!?異世界とは精霊界の事ではないのか!?」

 

霊使は専属情報屋(せいれい)となったマスカレーナからもたらされた情報に小首を傾げた。

霊使にとっての異世界はドレミコード達の拠点があり、ウィン達の故郷でもある精霊界の事を指すからだ。

だから、霊使は精霊界以外の異世界があるなんて夢にも思っていない。

 

「遠い昔に精霊界で横暴の限りを尽くした女神が居て、で、"閉ざされた世界"っていう世界に追放されたらしいんだ。だから、彼女と会うときは気を付けて。多分彼女はこの世界ごと精霊界を滅ぼすつもりだから。」

 

そういうとマスカレーナはガレージに引っ込んだ。

 

「その場所まで案内したげる。さあ、乗って。」

 

暫くすると彼女はサイドカーを着けたバイクを引っ張ってきた。

そういうと、彼女はバイクに跨ってヘルメットを装着。

そして、バイザーを降ろすと、エンジンを全開にした。

 

「さあ、しっかり捕まっててね!――――行くよ!」

「ちょっ…おま…ライダースーツ着…!」

 

しかしもう遅い。

彼女はアクセルを全開にするとエンジン音を響かせて激走を開始した。

 

「爆走バイクゥゥゥ!?」

「イッヤホォォォオォォォォウ!」

 

霊使の悲鳴を置いていくような速さでバイクは走る。

マスカレーナはドライバーズハイになっているのか霊使達の事は全く気にしてないようだった。むしろ、これくらい当然だろ?と言わんばかりにさらに速度を上げていく。

 

「法定速度違反なんだよぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 

霊使の悲鳴は風に流れて消えていった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

目的地に着いたとき、霊使とウィンは既に満身創痍であった。

それもそのはずで一般道を時速100キロオーバーで駆け抜けていくサイドカーに振り落とされぬように掴まっていたからだ。これに関してはどうあってもマスカレーナを擁護できない。後でしっかりと説教しなければならないだろう。しかし、そんなことはどうでも良かった。とある山の登山口にてマスカレーナはそのバイクを止めた。

 

「…こっちだよ。」

「…ん。分かった。」

 

マスカレーナに導かれて霊使は歩を進める。

気づけばそこは鬱蒼とした森の中だった。しかし、マスカレーナはまだ歩み続ける。

そうして、しばらく歩むと一つの祠が現れた。

余りにも簡素で祠とも呼べないようなそれは、中にある石像でなんとか祠であり続けられていた。

 

「ここは…」

「ここは『楔の祠』って言われてるんだ。女神を冥界に繋ぎ止めておくための楔。それがここ。本来はこっちにあっちゃいけないんだ。」

 

マスカレーナは祠に手を置こうとする

しかし、その手は祠には届かず空中で静止した。

 

「でね、日に日にこの祠を覆う結界が小さくなってるんだ。つい一月前は誰もここに入ることなんて無かったのに。誰かが意図的にそうしてるとしか思えない。」

「……つまり、悪意ある誰かが女神の力を狙っていると?」

「そうなるね。」

 

ウィンの質問に肯定するマスカレーナ。

しかし、とマスカレーナは続ける。

 

「分かってるとは思うけど、相手は神だ。そう易々と力なんて貸してくれないと思うけどね。」

「…そりゃ、そうだな。」

「というかその女神の逆鱗に触れたら確実に世界は終了するね。」

「なんかこの世界爆弾多くない?」

 

霊使がそう突っ込むのも無理はない。

キスキル達を雇っていた連中といい、この女神といいこの世界には起爆即滅亡の爆弾が多すぎるのだ。

 

「まあ、そうだね…」

 

ウィンもどこか物憂げにつぶやく。

ウィンも霊使も余りにもそういうことに相対しすぎている。

 

「…まだ、今日は…!?」

 

瞬間、祠からどす黒い瘴気が溢れ出してきた。

 

「え…?そんな!一旦逃げるよ二人とも!」

「いや!ここで語り合う!」

 

どす黒い瘴気はあっという間に空を覆い、辺りに闇が落ちた。

かつての女神がいま、昏い世界から復讐の狼煙をあげる。

 

「…さあ、我が復讐の贄と成れ…!」

 

瞬間―――世界が揺れた。

 

「これが…女神。」

「うん。…さぁ後は頼んだよ。ご主人サマ。」

 

それだけ告げるとマスカレーナはふっと消える。

残されたのはウィンと霊使。そして、女神のみ。

三人の間に沈黙が流れる。

 

「…あんたが堕とされたっていう女神か?…俺にはそうは見えないが。」

 

霊使は取り敢えず対話を試みることにした。

もちろん、会話だけで済むなんて一言も思っていないが。

 

「…貴様は(わたし)と対話を試みようというのか。」

「まあな。さすがにいきなり襲い掛かるなんて野暮な事はしないさ。」

 

その女神は取り敢えずの会話には応対してくれた。

この調子で…なんて甘えた事は言わない。

 

「…何をしにこの世界に?」

「無論我が身を閉ざされた世界に堕とした神とその庇護下の人間どもを始末し、その者らの魂を閉ざされた世界へと貶めるためだ。これは我が本懐。何人たりとも邪魔などさせぬ。故に貴様等もここで死んでもらう。」

「……端から殺意マシマシじゃないか…!」

「もちろんだ。あの神の庇護下にいる人間は全て殺さなければならぬ。」

 

そういうと、女神はゆっくりと霊使に手を向けた。

 

「我が真名はクルヌギアス。この名を以て貴様の魂を―――」

「断る。」

 

二人の間に火花が舞う。

 

「ほう?神に逆らうか。…ならば、良いだろう。貴様の身も心も全てを我が物にしてやろうではないか。」

「いいぜ、やろうか。」

 

ゆっくりと霊使とウィンはクルヌギアスに杖を向けた。

 

「行くか、ウィン。」

「うん。私達の未来を得るために…!」

 

そして、世界を賭けた戦いが幕を開ける―――。





天極輝艦・熊斗竜巧

いや、くっつくんかーい!?


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冥神の復讐 その②

クルヌギアスと霊使とウィンは互いに向き合っている。

これから始まるのは決闘(デュエル)ではない。これから始まるのは決闘(殺しあい)なのだ。互いの全てを賭けた文字通りの決闘。

 

「おいおい…。」

 

だが、初戦が女神とはなんとも運がない。

そもそもの話、精霊ならデュエルしろよとは思うが、今の女神に言ったところで無駄であることは明白だった。

つまり「戦わなければ生き残れない」という状況なのだ。

 

「…まさか、病み上がりで殺し合う事になるなんてな…」

 

霊使はぐっと手を握りしめる。対話は可能。だが、決闘(デュエル)は不可能。

だったら力づくで止めるしかない。

病院から退院して、また入院するかもしれない。

それに、今回は精霊を相手取るのだ。

外道のように完全にボコボコにすれば終わりという単純な話ではない。

意地と意地の張り合い。言ってしまえばどちらが先に折れるか、もしくは死ぬかである。

 

「…最後に一つだけ聞きたい。クルヌギアス、あんた一体誰に()()()()()()()?」

「答える必要はない。貴様はどうせ否定するからな。」

 

そういうと、クルヌギアスは闇を「呼んだ」。

その闇は槍を形作ると霊使に向かって飛んでいく。

 

「もうどてっ腹を貫かれるのはごめん被るね!」

 

霊使は、一撃一撃をしっかり見極め、避け、クルヌギアスとの距離を詰める。

だが、当然クルヌギアスはそれを良しとはしない。

一度闇で防壁を作り、霊使から距離を取る。

 

「…ウィン!今だ!」

「分かってる!」

 

だが、クルヌギアスはウィンの存在を忘れていた。

背後から音もなく近づいたウィンの豪風がクルヌギアスにクリーンヒット。

クルヌギアスは驚いた顔をしながら吹っ飛んでいった。

 

「…ほう、やるじゃないか。この妾に土を付けるとは。」

「そんな軽口を叩けるなら余裕じゃないかな!?」

「はっ!それはそうだな!」

 

クルヌギアスの一挙動一挙動に質量感を伴った闇が追従してくる。

右フック、左ストレート、ハイキック、ローキック。

全ての打撃に追従してくる闇も捌き切らなければ待つのは死だ。

 

「全く…まだ、決闘(デュエル)の方が幾分かましだったな…!」

「悪いが、妾が貴様たちに合わせる道理など無いのでな。…滅ぼす相手と同じ土俵に立つものがどこに居る。我が望みは、かつて、妾を襲った理不尽な蹂躙。その、再演だ。…演者は貴様等だがな。」

「なんで、そんな事を…!」

「…そうだな。一つ昔話をしようか。」

 

クルヌギアスは事も無げに言っているが、それは彼女にとっては悲しい過去だった。

 

「…かつては妾も人の子を愛し、導く一介の神だった…!」

「何だって!?」

 

ぽつりぽつりとここに至るまでの経緯を話し出すクルヌギアス。

しかし、その攻撃の手は緩めない。

むしろ、最後まで聞かせるかと言わんばかりに攻撃の手は加速する。

 

「しかし、ある日、突然、愛する民を皆殺しにされた…!この星を産んだ神に気紛れで絶滅させられたのだ!」

「…!」

 

どんどん苛烈になっていく攻撃を捌きながらも霊使達はクルヌギアスの話に耳を傾けた。

クルヌギアスの復讐―――その根底にあるのは自分を慕ってくれた者への愛情だ。

しかし、その愛情は反転し、この世界への憎悪に変わってしまった。

しかも、愛する者をただの気まぐれで滅ぼされ、自身も閉ざされた世界へと堕とされたのだ。

その憎悪は並大抵のものではない。

 

「…クルヌギアス。お前は…!」

「会話している暇があるのか?…ふっ!」

 

一際強烈な打撃が霊使を襲う。

明らかに重量感が変わったその一撃に目を見張る。

 

「そうだな…。確かに会話してくれそうにもないな…!なら、後は――――」

「何?」

「全力、だな。」

 

霊使は初めて全力を出す。

それは「決闘者」としての本気ではなく、「霊使い」としての全力だ。

 

「行くぜ…皆!」

 

瞬間、一気に6人増える。

それぞれが霊使いと契約した精霊達だ。

 

「全く…。ようやく出番か…!」

 

そうヒータはぼやくも、しっかりと得物を構えてクルヌギアスを睨んで居る。

アウスもエリアもダルクも戦う気は満々であった。

ライナは何かを試しているようであったが。

一方、マスカレーナは一人だけガラが悪くなっていた。

 

「やるぞコラァ!」

「いや、台無しィ!」

 

叫びながら全力で威嚇するマスカレーナの姿はこの媒体において唯一の冷涼材だったのかもしれない。

全員が覚悟を決める中ただ一人、雰囲気をぶち壊すほどの陽気な声がした。

 

「―――ライナ、すっごく言わなきゃいけないことがあるんだけど…」

 

そう、ライナだ。

ライナは困ったような顔をして頬を搔いていた。

一体何をやらかしたのだろうか。

そんな事を考えていると、衝撃の真実がライナの口から飛び出した。

 

「…彼女、ライナの光霊術で簡単に捉えられちゃった…。」

「…はぁ!?」

 

世界を賭けた戦いは余りにもあっけなく、拍子抜けな結果で終わったのである。

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「ふぐっ…ぬおぉぉおお…!」

「うーん、逃げるのは無理じゃないかなー?」

 

ライナの霊術の餌食となったクルヌギアスは憤怒の表情でライナを見つめていた。

流石の霊使もこれは、と思ってしまう。

長い時間をかけてようやく閉ざされた世界から脱出したというのに、何故かライナの霊術の餌食となり動きを完全に統制されてしまった。

流石にかわいそうすぎである。

 

「…ちゃんとあったことをライナ達に話してくれないかなー?あなたはその…この星を産んだ神に復讐を望んでるんだよね?それはなんで?」

 

明らかに語勢が強くなっているライナ。

彼女の平和を好み、争い事は嫌う性格からか、クルヌギアスの事は認めていないようではあった。

ただ、少なくとも話は聞こうとするあたり、まだ理性的な部分もあったのだろうが。

 

「…だから言っただろう。妾が愛するものを皆殺しにされたと。」

「…本当にそれだけなの?あなたは…悲しい生き方を選んだんだね。」

「貴様には分からないだろう?復讐したいという思いは。」

「分かるよ。」

 

そういうと、ライナは自分の手についている枷を見せた。

 

「それは…!?」

 

霊使は二人の事をウィン達から聞いていたから知っていた。

それでもライナの手についている枷は見るたびに痛ましさを思い起こさせてしまう。

しかし、クルヌギアスはライナの事を知らないのか押し黙ってしまう。

 

「…ライナもね、コレを付けられて、ダルクと一緒に閉じ込められたとき、なんで、って思ったもん。」

「…ライナ、その話は…。」

「…大丈夫だよ、マスター。復讐なんて、させちゃいけないから。だから、ライナは、話さなきゃいけないんだ。」

 

そして、ライナは己の過去をゆっくりと話し始めた。

精霊界で、自らの身に起きたことを全て洗いざらい話した。

そのうえでライナはこういう。

 

「復讐が悪い、なんていえないよ。だって、ライナだって道を間違えそうになったから。でも、世界に対する復讐なんて、絶対に碌なことが起きないからダメ。」

 

その言葉には妙な説得力があった。

だが、それでは、クルヌギアスの気は収まらない。

 

「なら、妾はどうすれば良かったのだ…?」

「…それは、あなたが考えることだと思うよ?」

 

ライナは敢えて、ここでクルヌギアスを突き放す。

その答えだけは彼女自身が出さなければならないものだからだ。

 

「妾は…妾を慕ってくれた者達の仇を斃す。―――その後は、まだ考えん。」

「…差し支えないならさ、その…あなたを堕としたっていう神の名前を教えてもらってもいいかな?」

「創星神…だ。」

 

彼女はその神の名を呟く。

 

「創星神…の片割れだ。」

「…創星神…!」

 

自分達を襲ったあの男はキスキル達に「しくじった」と言った。

ならば、キスキル達が何を盗んでいたのか、把握していたはずだ。

創星神話に関係ある遺物は、あの男たちの手に渡ったはずだ。

おそらくは、あの男たちとともに創星神は自分たちの前に立ちふさがるのだろう。

 

「…おそらく、だが。俺たちは創星神と戦う事になる。着いてくるか?」

「…なるほど、そういうことなら。…協力はしてやる。」

 

なんとか、世界滅亡の危機は免れたようだ。

クルヌギアスと契約を交わし、後四体。

 

少なくともこれから先はガチの殺し合いがないことを祈るばかりである。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「あら?…既に空になってるわね…この祠。」

「…じゃあ、新しい獲物ってやつ?」

「ええ。メデュサ。ザラキエルにも伝えて頂戴。」

「はーい」

 

無邪気に駆けていく少女を尻目に女は大きくいきを吐いた。

その視線は地面の、タイヤ痕に向けられている。

 

「…どうやってここまで来たかは知らないけれど…。」

 

女は唇が張り裂けるかのような獰猛な笑みを浮かべる。

その瞳には狩るべき獲物の姿が見えていた。

 

「…ここまでされたら、やるしかないじゃない…?ねえ、霊使?」




え?【イビルツイン】に新規出るんですか!?やったー!
ウルトラレアじゃないですか!やだー!


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おまわりさんこいつはちがいます

結局あの後、ウィンを除く霊使い達は引っ込んだ。どうやら全員でライナを説教しているらしい。

霊使としてはファインプレーだったが、他の子達は出番が無くなった事に相当ご立腹のようだ。

 

「……なんと。マスターは既に死んでいるのか…。」

「……だから、精霊を探し回ってるんだ。後、まだ死んでない。」

「そうか…。そうだったのだな。そなたには本当に悪い事をした。」

 

そして、クルヌギアスとなんとか契約を果たした霊使はクルヌギアスの心をなんとか開くことに成功した。

彼女は極度の人間不信に陥っていたようだ。

それも仕方が無いのだろう。

真実を歪められただけでなく一度は全てを奪われたのだから。

 

「…まぁ、誤解が解けたようで何よりだ。」

「…少なくともあやつらよりかはマシだ。」

 

そういうと、クルヌギアスは苦笑した。

 

「最も、妾と契約したそなたは相当の物好きであろうがな。」

「…ええ?」

 

そこには先程まであった険悪な雰囲気など何一つ存在しない。互いに信頼を寄せる理想的な相棒の姿があった。

ウィンと霊使とクルヌギアスとマスカレーナの四人は談笑しながらゆっくりと下山する。

するとそこには────

 

「…へ?…あ、いや、見つけましたよ!マスカレーナ!」

「げっ…!」

 

新たなゴタゴタの姿があったのだった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「ここですか…この黒い靄の原因は…。」

 

乱破小夜丸はS-Forceの上司の勅命を受けて、謎の黒い靄の調査に当たっていた。

こちらの世界に逃げ延びたマスカレーナ(執行対象)は噂をめっきり聞かなくなってしまった。そのせいで所在地が分からずこうして別の任務に当たっている。

だが、あの情報屋の事だ。

何処かで誰かの恨みを買って殺されたか、呑気に情報を売り捌いているに違いない。

しかし、今はそんな事を考えている余裕はなかった。

 

「この超常現象は明らかに精霊の仕業…!」

 

まずはこの怒れる精霊を収めなければならないだろう。

もしかしたら命の危険があるかもしれない。

それでも、自分は市民を守るS-Forceの一員だ。

どんな死地にも向かう覚悟がある。

そして、改めて覚悟をしたその矢先だった。

靄は急激に消え始め、怒れる精霊の気配も消えた。

 

「ええと…どうしましょう…?」

 

いい意味で覚悟をへし折られた小夜丸は、一応登山口辺りを警戒する。

もしかしたらこの靄の原因がここからやって来るかもしれないからだ。

暫く待機していると何やら話し声が聞こえてくる。

千代丸はその中に黒い靄についての会話に耳をこらす。

が、結論から言うと、何も分からなかった。

大人しくここは危険地帯だと伝えておこう。

そう考え、その集団に近づいた時だった。

その集団に明らかに見知った顔が居るのだ。

あのやけに露出が多い服装といい、特徴的なヘッドギアといい、明らかにマスカレーナその人そこに居た。

思わず呆けた声をあげてしまった自分は悪くないはずだ。何の情報も無かったターゲットがいきなり現れたら誰だって硬直する。

 

「見つけましたよ!マスカレーナ!」

 

とにもかくにも確保しなければ始まらない。

こうして、二人の争いは再開したのである。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

マスカレーナは思わずしかめっ面をさらしてしまった。まだ諦めてなかったのとも思った。

目の前の存在───乱破小夜丸はマスカレーナにとってそれほどまでに厄介な存在だからだ。

彼女のせいで一体何度取引を中止にせざるを得なかっただろうか。

こちらだってちゃんと情報を売る相手は見極めていたのだ。少なくとも悪用なんぞはさせない。

それなのに、彼女はどこまでも追ってくる。

それはもう、しつこい程に。

そもそももう情報屋は廃業したのだ。情報屋であるマスカレーナが狙いなら過去に行って欲しいものである。

だが、目の前の存在はそんな事お構い無しに飛び掛かってくる。

マスカレーナはいつものようにその一撃を避けた。

しかし、それは最悪手だったと言っても過言ではない。何故ならマスカレーナは丁度霊使と小夜丸の間に挟まるように立っていたからだ。

つまりマスカレーナが避けるということはラッキースケベ(そういうこと)が起きてしまうのである。

 

「しまった…!マスター!避け───」

「ばっつ!?」

 

既に警告は遅く、小夜丸は思いっきり霊使を押し倒してしまった。

 

「あっちゃー…。」

「…霊使?」

 

それはつまりウィンの怒りを買う行為であって。

しかも今回は100%霊使本人は悪くないときた。

なら怒りは一体誰に向くのか。

それは至って単純だ。

 

「小夜丸!深く考えずに今すぐそこを退いた方がいいと思う!」

「な…!貴女のいうことは聞きませんよ!?この方を話を聞かなきゃいけなさそうですしね!」

「いや、そうじゃない!良いから早く───!」

 

そう、小夜丸である。

早くしてくれ。

このままでは鬼神が生まれてしまう。

何故か小夜丸はどんどんやべぇ顔になっていくウィンに気付かない。

そんな思いは小夜丸には届かない。

そして、ついに。

 

ぷちん、と音が聞こえた。

 

「あ。」

 

もう知らないとばかりにそっぽを向き始めるクルヌギアス。一応、宥める準備だけはしておくマスカレーナ。

そして、ようやく自分に対して何かドス黒い物を向けられている事に気がついた小夜丸。

 

「ねえ。」

 

余りにも普通すぎる、だからこそ底冷えするような声。

その声があがるとき、だいたい彼女は鬼神のような表情で見下ろしてくる。

しかし、そんな粉とを露知らず、小夜丸はゆっくりと声がしたほうに振り替える。

 

「早く、彼の上から退いていただきませんか?」

「は…はひ…」

 

小夜丸が見上げた先には養豚場の豚を見るような目で見下す少女(ウィン)の姿があったのだった。

その圧は千代丸に受け止め切れるものでは無かった。

いや、S-Forceの長官ですら受け止め切れるか怪しい。それだけの気迫とスゴ味がこの少女の目にあった。

 

「後でお話しましょうね。」

「…ひぐっ…」

 

余りの剣幕に使命をほっぽりだして泣いてしまいたくなった。

ここに哀れな少女の運命が決まったのである。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

およそ10分。

それがウィンと小夜丸の「お話」にかかった時間だ。

その間にみっちりと上下関係を教え込まれ、小夜丸は本来は執行対象であるはずのマスカレーナに泣きついた。

それだけ怒り状態のウィンが怖かったのだ。

確かに小夜丸から見ればただの理不尽でしかないこの状況。しかし、ウィンからすれば小夜丸はいきなり霊使に抱きついて誘惑する泥棒猫そのものだ。

おまけに霊使が困惑しているのを共有でき、リィラの焚き付けを思いだしたのだ。

ここまでされて「キレるな」というほうが無理がある。

 

「怖かったよぉぉおぉおぉぉおおぉ!」

「おーよしよし。」

 

二人の関係性が完全に姉と妹のそれだ。

一応この二人は捕まえる側と逃げる側のはずなのだが。

今回の件で少しは突っ込み癖が治ってくれるといいのだが。

 

「はぁ…やっぱ私個人も大分この子に入れ込んでるなぁ。」

「…そうなのか?」

 

そうクルヌギアスが聞けば、マスカレーナは笑いながら答える。

 

「うん。この子と一緒にいるとなんやかんやで楽しいしね。普段は何故か私ってバレてないから。」

「これは…話が拗れるなぁ。」

 

そんな事を話していると急に小夜丸が暴れだす。

どうやら正気に戻ったようだ。

 

「…えー、皆さん、ここは黒い靄が発生してた事はご存知ですか?」

「あー。うん。…今しがた収めてきたよ、それ。」

「そうですか………ん?」

 

正気に戻った小夜丸は改めて本懐を遂げようとして、思考を放棄した。

 

「……へ?」

「なんなら原因はクルヌギアス(こいつ)だぞ。当時の記憶は暴走してたせいか全く無いけど。」

「えっえっ。」

 

あれは人間に収められるレベルではないだろう。それになんだ。隣にいるゴスロリ風の衣装を来た少しダウナーっぽい見た目の彼女が黒い靄の原因?精霊が人為的に暴走?訳が分からない。しかもそれが真実っぽいというのが余計に小夜丸の思考能力を奪う。

 

最終的に彼女は頭がショートを起こした。

そして、そのままフリーズしてしまったのである。

 

「……行くか。」

「せめてサイドカーには載っけてやろう。」

 

この状況を見て、小夜丸に微かに残された思考能力は一つの結論を導きだしていた。

 

おまわりさんこいつは違います。




という訳で新キャラである小夜丸が登場します。
ま、マスカレーナが出てるんなら小夜丸も出していいよねっていう考えです。
S-Forceの本格登場は大分先ですが。


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昏き世界の淵から

小夜丸を何とか無事に送還中の霊使一行。

ウィンと小夜丸の間には完全な上下関係が出来上がった。

だからなんというか、ウィンと話すときのときの小夜丸は一言で言ってしまえばチワワだ。

そう、チワワなのだ。

ぷるぷると顔を震わせる姿が、涙に潤んだその目が完全にチワワなのだ。

 

「あーあ。どうするよ、ウィン…」

「…私はわるくないもんっ!」

「いや、かわいいなおい。」

 

どうやら小夜丸の行為がそうとうウィンの琴線にふれていたらしい。

いや、言わんとすることは分かる。

だが。

あそこまで徹底的にやる必要はあったのだろうか。

いや、無かったはずだ。

これで再起不能にでもなったらさすがに気まずい。

一方、マスカレーナは小夜丸に霊使とウィンの関係を語っていた。

その話を聞いて、何故、自分があそこまで黒い感情を向けられたか理解したようだった。ウィンに誠心誠意謝罪をすればすぐにウィンも許した。

 

「……うう。人の心の機微とはとても難しいですね…」

「そういうものなの。だから、真に心が通じ合った人がいるならその人を奪われたくないって思うんだよ。そして、大切な友人を失いたくないって思っちゃうんだ。」

「…なるほど。…ん?それはつまり、ほーん…なるほどそういう事ですか…。ってはぁ!?」

「どういう事?」

「い…いえ!何でもないです!」

 

小夜丸はウィンの言葉にどこか納得している自分が居るのに気が付いた。

感じていたのだ。

この少女にとって、この男が「真に心が通じ合っている」相手なのだと。

まさか「人生」の相棒になっているだなんて思いもしなかったが。

 

「あ、ここです。本当に色々と申し訳ありませんでした。…最後にひとつだけお聞きしてもよろしいでしょうか?」

 

小夜丸はバイクのサイドカーから飛び降りると霊使に最大の問を投げかけた。

小夜丸の疑問は霊使がこれだけの精霊を集めて一体何を目的にしてるかだ。

そもそも一人で精霊八体を率いるなんて聞いたことのない事象だ。

警戒心を露わにして霊使を見つめる小夜丸にほんの少しだけ笑って霊使は答えた。

 

「…俺がこの世に残るため…かな。」

「…は?そ、それって…!?」

「そのままの意味さ。ウィン達霊使いを除く六属性全ての精霊と契約しなきゃ俺が俺でなくなる。…ただ、それだけだよ。…見てくれよ、この傷。アイツ、絶妙に急所を避けて、失血死させようとしやがった。…ま、そのせいで、俺は死にかけ。今は半分精霊って感じさ。人間の俺はその時死んだのさ。」

「…だから、精霊の力を欲しているんですね。…良かったです。貴方たちを執行対象にせずに済みました。」

 

小夜丸は霊使の回答に満足気に頷くと、周りを確認してから、小さな声で霊使とウィンに囁いた。

 

「…私はここまでしか協力できません。一応S-Forceの一員なので…個人に協力しすぎるのはよくないんです…。だから、これだけ。…尾行され(やられ)てしまいました…!」

「やっぱりか…!」

 

跳ね返るように後ろを見るウィン。確信していたようにゆっくり振り返る霊使。

そこには無邪気な顔で人々を襲う少女の姿と複数の人影があった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「ねえ、おじさん。力、貰っていい?…ま、答えは聞いてないけど。」

 

自分はは今まで普通の人生を送ってきたはずだ。

この世界の根幹を為すソリッドビジョンの開発を行い、新たなカードを創造する。

決闘を壊さない程度の強さを持ったカードを何枚か作って、は世に出した。

普通というには少しばかり順風満帆だったが。

それでもまだまだ人生に満足はしていなかった。贅沢かもしれないがもっともっと幸せになりたい。そう思った。

そう思っていた。彼女に目を付けられるまでは。

それは、本当についさっきの事だ。

その少女に「力が欲しい」とねだられ、気づけば、へなへなと座り込んでいた。

何が起こったのか分からなかったが、ただ、「自分はここで死ぬ」という漠然とした確信があった。

 

「うーん…中々おいしいね。よっぽどいい生活してたんだろうなぁ…」

 

無邪気に少女は嗤う。

その目は既に自分には向けられていなかった。

呪眼に魅入られた男が最期にみたのは巨大な口を開けて飛び掛かってくる大蛇でだった。

 

「―――――ッ!」

 

声を上げる間もなく一飲みにされた。

自分はこんな所で餌として、一生を終える。

その事実だけが残った。

 

「おいしかったよ。」

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

悍ましい光景を見た霊使一行はその少女の前に躍り出ていた。

男から何かを「奪った」少女はその男を大蛇の餌にしたのだ。

流石にそれを見過ごすほど霊使達は穏やかな気性をしていない。

何故ならその少女は余りにも無邪気に人を殺したからだ。その異常性は推して知るべしだろう。

 

「…あっ。…マスターの探し人だ。」

「…なに?」

「んふふ…。ちょうどいいや!()()()()()()()()()ね。」

 

その少女はマスターの探し人とクルヌギアスの方を向いて言った。

 

「…そうか。貴様等か。妾の封印を解いたのは。だが、残念だったな。既に契約の枠は余ってないぞ。」

 

クルヌギアスはそう返す。

しかし、その少女はそんなこと知ったことかと話を続けた。

 

「ついでにマスターの始末対象までいるし♪」

「――――ッ!」

 

その発言で全てを悟った霊使。

前回の襲撃ではアイツが自分の事を「末弟」と呼んでいた。

つまり、この少女のマスターは四道の人間だ。その人間が

 

「さて…と。今回尾行してる奴は誰だ?」

「気づいていたのね…。なんだか複雑な気分。今まで歯牙にもかけなかった相手を始末するなんて。どうせアンタには記憶がないでしょうから、自己紹介してあげるわ。私は四道(しどう)真子(まなこ)。」

 

真子はゆっくりと決闘盤を差し出す。

かつて空也が使っていた決闘盤と同じタイプのものだ。

互いを拘束して決闘(デュエル)を強制する違法なタイプの決闘盤。

 

それを向けられたということは決闘の相手をするという事と同義である。

しかも相手は明確な敵意を持っている。おそらく、相手は闇の決闘を仕掛けてくるだろう。

 

「…良い餌がたくさんあるねっ。ザラキエル様。」

「そうだな。…すべてを奪って我らの糧にしてくれよう。良いな?マスター。」

「ええ。でも…ゴスロリ女神だけはダメよ?」

「…承知した。」

 

既に相手は勝ったつもりでいるようだ。

こちらとしても糧になるのは勘弁である。

 

「……さて、と。アイツ等の自尊心へし折ってやろう。行くぜ…皆ァ…!」

「かかってらっしゃい。全部、吸いとってあげる…!」

 

決闘(デュエル)!」

 

こうして、生まれ変わった霊使は新たな戦いに挑む。

新たな仲間を加えて新たな戦いが幕を開ける。

 

「…なら、私のターンね。…ドロー。私はフィールド魔法"呪眼領閾―パレイドリアー"発動!効果でデッキから"眷現の呪眼"を手札に加えるわ。…さらに私は魔法カード"手札断殺"を発動。互いに手札を二枚捨てて二枚ドローよ。…ふむ。」

 

真子は少しばかり偏っていた手札を"手札断殺"で調整。さらに"パレイドリア"の効果で必要なカードの内の一つを持ってくることができた。

 

「…私は"呪眼の死徒サリエル"を通常召喚。効果でデッキから"セレンの呪眼"を手札に加えるわ。そして、そのまま"セレンの呪眼"をサリエルに装備。」

 

白髪の男に赤いレンズの入った片掛眼鏡のようなものが装備される。その姿はまさに"ザラキエル"にそっくりだった。

 

「私は、魔法カード"眷現の呪眼"発動!本来は"呪眼の眷族トークン"一体を特殊召喚するカード…。けれど、"セレンの呪眼"があれば"呪眼の眷族トークン"二体を特殊召喚できるカード!現れなさい!二体の"呪眼の眷族トークン"!」

 

相手フィールドに現れるのは爬虫類の目"だけ"がそこにある、とてつもなく歪なトークンモンスターであった。

それが、二体。

 

「ヒエッ…」

 

思わず小さな悲鳴を上げてしまうウィン。

というか、霊使も若干悲鳴を上げそうになった。

だって、むき出しの目がギョロギョロしているのだ。気持ち悪いことこの上無い。

 

「ふふっ…お子様には少しばかり刺激が強かったかしら?」

「よし。ぶちのめそう霊使。」

「おっ、そうだな!」

 

真子の挑発に完全に乗ってしまった霊使とウィン。

ウィンも霊使もお子様扱いされたされたことに関してガチで切れていた。

といっても真子にはそんなものだろう。

 

「ああ、可愛い…。全部奪って私が飼ってあげたいくらいだわぁ…!」

「なんだコイツあぶねぇぞ!?」

 

明らかにやべぇ奴であることだけがわかる。

おそらく、敗北すれば碌でもない目に合う事だけは確かだ。

 

「さぁ、全部奪ってあげる!"セレンの呪眼"の効果発動!私が"セレンの呪眼”を装備したモンスターが効果を発動する、もしくは私が"呪眼"魔法・罠カードが発動するたびに装備モンスターの攻撃力を500上昇させ、私はライフポイントを500失う!"ライフ・アブゾーブ"!!」

 

真子 LP8000→7500

 

真子の体から赤い光が漏れる。

その光はサリエルの体に吸い込まれ明らかに力が増した。

 

「…魔法カードによるパンプアップか…!」

「ええ。これでサリエルの攻撃力は2100よ…!さらに私は永続魔法"静冠の呪眼"を墓地の"眷現の呪眼"を除外して発動!この効果により一枚ドロー!そして、"セレンの呪眼"の効果が発動!"ライフ・アブゾーブ"!」

 

真子 LP7500→7000

 

再び攻撃力が500ポイント上昇。

攻撃力は下級モンスターにしては驚異の2600に到達。

 

「これで…条件が整ったわ!現れなさい。呪いで満ちる未来回路!」

 

そして真子はリンクマーカーを呼び出した。

 

「私は攻撃力2600の"サリエル"と二体の"呪眼の眷族トークン"をリンクマーカーにセット!サーキットコンバイン!」

 

サリエルと二体のトークンがリンクマーカーに吸い込まれる。

そして、遂に、呪眼の王が姿を現す。

その姿は正に"歪"だった。

頭部はサリエルとそう大差ない。

しかし、首から下が明らかに異常だった。

 

「呪いの力を取り込みし王よ!その力を以て、あまねく災いを振りまき、全てを滅ぼす呪いを齎せ!リンク召喚!現れなさい、"呪眼の王ザラキエル"!」

 

その首の下は完全に黒く染まっており、所々目玉が覗いていた。

 

 

「まさに悪魔だな…!」

 

そして、いきなりのリンク3モンスター。

つまりは相手は初ターンから切り札を切ってきたことになる。

 

「ふふッ…更に、墓地にある"セレンの呪眼"の効果発動。1000LPを支払い、自身の墓地にある"呪眼"魔法・罠カードを除外することでこのカードをセットできるわ。そして再び"セレンの呪眼"発動。今度は"呪眼の王ザラキエル"に装備。」

 

ザラキエルの手に収まったその呪いの目は明らかに今までとは違う力を宿していた。

否。

呪眼によってさらにザラキエルが強くなったという所だろうか。

 

「ザラキエルは攻撃力2600以上のモンスターをリンク素材にしたときに二回攻撃できる…ま、今は先攻一ターン目だから攻撃も何もできないけれど。…これで、ターンエンドよ。」

 

真子 LP6000

フィールド   呪眼の王ザラキエル(セレンの呪眼装備)

フィールド魔法 呪眼領閾―パレイドリア―

魔法・罠ゾーン 静冠の呪眼

 

 

どうやら相手のデッキは"呪眼"。様々な代償を払うことで相手に多量のデバフを撒く厄介なんてレベルじゃないデッキだ。おまけにザラキエルは二回攻撃に加えターン一で自分のカードを破壊し、おまけにセレンの呪眼せいで戦闘・効果では破壊されず、追い打ちをかけるように対象に取られないというなかなかにぶっ飛んだ性能をしている。そう、ダルクが教えてくれた。

霊使の強みはある程度とはいえ、霊使い達から相手のデッキについて聞けることだ。

今まで何回この説明に助けられてきただろうか。

この説明に頼らずとも勝てるだけの実力は霊使にはあるが、相手が相手だ。

四道の人間に負けるわけにはいかない。

 

「俺のターン。…ドロー!俺は永続魔法"三賢者の書"発動!」

「なら、"ザラキエル"の効果を発動するわ。その"三賢者の書"を破壊する。そして"セレン"の効果が発動するわ。"ライフ・アブゾーブ"!」

 

真子 LP6000→5500

 

どうやら、三賢者の書は破壊されてしまったようだ。おまけにこの効果でザラキエルの攻撃力は3100。どうにもこうにもこのターンでは突破できなくなってしまった。

唯一の救いは未だに手札に"妖精の伝姫"があることである。

 

「よし…俺は手札から魔法カード"強欲で貪欲な壺"発動!デッキの上から十枚除外して二枚ドローだ!そして、俺は手札を一枚捨てて速攻魔法"精霊術の使い手"発動!効果でデッキから"憑依覚醒"と"憑依連携"を選択!その後一枚セットして、一枚を手札に加える!」

 

そしてさらに手札には"精霊術の使い手"もあった。

こう考えてみると、相手は少しばかり"三賢者の書"を警戒されすぎな気もするが、これで有利な盤面に持ち込むことができた。

 

「俺は今伏せた永続魔法"憑依覚醒"を発動!そして、俺は"妖精伝姫(フェアリーテイル)―カグヤ"を通常召喚!"カグヤ"の召喚成功時に"覚醒"の効果発動!一枚ドローして、さらに攻撃力1850である"妖精伝姫―シンデレラ"を手札に!そして、永続魔法"妖精の伝姫(フェアリーテイル)"発動!」

 

今回の霊使のデッキは少しだけ"カグヤ"達"妖精伝姫(フェアリーテイル)"の枚数を増やしている。その分攻撃力1850のモンスターをサポートするカードを多く入れてある。

もしかしたら、前のデッキ構成に戻すかもしれないがとにかく今はこのデッキでやれるところまでやってみる。

 

「さらに"妖精の伝姫"の効果発動!自分フィールド上に同名カードがない攻撃力1850のモンスター一体を通常召喚する!来い!"シンデレラ"!」

 

もしかしたらだが、この決闘、余りにも霊使いたちの出番が少ないかもしれない。

後で、何かしらで慰めてやらないとなぁ、などという暢気な事を考えていた。

 

「さらに自分フィールド上に魔法使い族モンスターが居る時、"稲荷火"と"ランリュウ"は特殊召喚できる!行くぜ、現れろ!世界を繋ぐサーキット!」

 

相手がリンク召喚を行うというならばこちらもリンク召喚で対抗する。

だが、新しい仲間が加わった今の状況では彼女たちを活躍させてやりたい。

それはそれとして絶対にウィンは召喚するが。

 

「召喚条件はリンクモンスター以外のモンスター二体!俺は"カグヤ"と"シンデレラ"をリンクマーカーにセット!サーキットコンバイン!リンク召喚!LINK-2、"I:P マスカレーナ"!」

 

そういうわけで新たな仲間の内の一人であるマスカレーナをリンク召喚。

そして改めて効果を確認して霊使は思わずにやついた。

相手の心をへし折る準備が完了したのだ。

 

「…俺はカードを二枚伏せてターンエンド。」

 

しかし、今は攻撃力においてザラキエルを超えるモンスターは居ない。

故にターンエンドを選択。

 

霊使 LP8000

フィールド   I:P マスカレーナ

        妖精伝姫―カグヤ

        妖精伝姫―シンデレラ

魔法・罠ゾーン 憑依覚醒

        妖精の伝姫

        伏せ×2

 

「…私のターンね。ドロー…。」

 

真子はこの時に何かを感じていた。

"絶対にヤバい何かがある"と考えていた。

そうでなければ、攻撃力3100の二回攻撃を行うことができるザラキエルを前にして3体ものモンスターを残さない。つまり、考えられるのは壁役か、"ヤバい何か"の二択だ。

イイ。とてもいい。

ただの弱者の排除だと思っていたがなかなかいい仕事じゃないか。

思わず口角がめくれ上がる。それほどまでに目の前の相手を征服して支配したい。

 

「あぁ…ぞくぞくするわぁ…!霊使ィ…!強くなったアンタを壊して、私が飼ってあげる…!"ザラキエル"の効果を発動!対象は"I:P マスカレーナ"!」

「かかったなアホが!"マスカレーナ"の効果発動!」

 

しかし、彼女の願望は叶う事は無かった。

彼女は"マスカレーナ"の効果を知らずに、効果を発動を許してしまったのだ。

 

「現れろ…。冥神導くサーキット!」

「相手のターンにリンク召喚ですって!?」

 

マスカレーナは飛び上がったかと思うと上空にリンクマーカーを形成。自らその中に突っ込んでいった。

 

「アローヘッド確認!召喚条件は効果モンスター4体以上!俺はLINK-2の"マスカレーナ"に"ランリュウ"、"稲荷火"そして、お前のフィールド上の"呪眼の王ザラキエル"の四体をリンクマーカーにセット!…サーキットコンバイン!」

 

自ら進んで入っていった三体のモンスターとは異なり、ザラキエルはリンクマーカーから漏れる闇によって無理矢理リンクマーカーへ取り込まれる。こうして上、右上、右、右下、下の計五つのリンクマーカーに光が灯る。

 

「光届かぬ闇の底、(くら)き世界の淵よりその(すがた)を顕せ!リンク召喚!LINK-5"閉ザサレシ世界ノ冥神(サロス・エレス・クルヌギアス)!」

 

そして姿を現すクルヌギアス。

彼女は影の竜を従え、悠々とそこに立っていた。

 

「"マスカレーナ"はこのカードと自分フィールド上のモンスターでリンク召喚を行うカード。そして、"クルヌギアス"は相手のモンスター一体をリンク素材にすることができる。…言ってしまえば"よっぽどの事が無い限り100%の除去"が行えるコンボってところだ。"フォーミュラ・シンクロン"と"シンクロ・マテリアル"を使ったコンボと同じだな。更に、"マスカレーナ"はこのカードをリンク素材としたリンクモンスターに効果破壊耐性を与える。」

 

ザラキエルの力を吸収したことでついにこの場に顕現したクルヌギアス。

改めてクルヌギアスの力の強さを感じる。

本当にライナが霊術をぶっぱなしてくれなかったら今頃ウィン共々野垂れ死んでいただろう。

霊使いはライナの行動にキレていたが。ライナには本当に感謝し足りない。

 

「…そして、クルヌギアスは自身を対象とした効果以外の相手が発動した効果を受けない。おまけに破壊耐性付きだ。」

「対象を取るバウンスか、除外くらいでしか除去できないってわけね…!」

「そーゆー事だ。」

「…でもまだ私のターンは終わってないわ…!私は"呪眼の死徒メドゥサ"を召喚!」

 

諦めずに反撃の糸口を掴もうとする真子に霊使は追撃をかける。

 

「罠発動!"憑依連携"!このカードはは墓地の守備力1500の魔法使い族モンスター一体を特殊召喚できる…!」

 

真子は知らないだろうが霊使は最初の"精霊術の使い手"できっちりと墓地に条件を満たすモンスターを落としてある。こうすることでハンデスの対策になるからだ。

つまりそれは、霊使にとっての"魂のカード"そのものである。

 

「風霊従えしものよ、精霊の力その身に宿し新たな風を巻き起こせ!行って来い!"憑依装着―ウィン"を特殊召喚!」

「よ…ようやく出番がきた。…行くよ。」

「さらに"連携"は特殊召喚した後、自分フィールド上に属性が二種類以上あれば相手フィールド上の表側表示のカード一枚を破壊できる。俺は、"呪眼の死徒メドゥサ"を粉砕!」

 

ウィンの急襲によりメドゥサは破壊され、真子のフィールドは再びがら空きとなる。

そしてウィンとクルヌギアス。この二体のモンスターはどう足掻いたって今の手札では突破できない。

 

「…そんな…!?」

「俺の仲間を奪わさせたりなんざさせない。…少しばかり舐めすぎたな!ついでに罠発動!"メタバース"!俺はデッキから"魔法族の里"を発動させてもらう。このカードは自分フィールド上にのみ魔法使い族モンスターが居る時、相手の魔法を封じる。今のアンタは、サイクロンも、ツインツイスターも何も撃てない。」

「…ターンエンド。」

 

真子 LP5500

フィールド   モンスター無し

フィールド魔法 呪眼領閾―パレイドリア―

魔法・罠ゾーン 静冠の呪眼

 

 

(あの、落ちこぼれが…なんでここまでの力を…?)

 

真子は苦戦することはあっても負けないと信じていた。

年下の妹より弱く、キーカードは攻撃力1850の雑魚。

そんな相手に敗北が確定するところまで追い込まれている。

恐らく、墓地にある、"超電磁タートル"は分かっていないはずだ。

だが、そうして一ターン稼いだ所で一体何ができるというのか。

 

「俺のターン…ドロー!俺は手札から魔法カード"貪欲な壺"発動!"マスカレーナ"、"稲荷火"、"ランリュウ"、"シンデレラ"、"カグヤ"の五枚をデッキに戻し、二枚ドロー!…更に俺は手札から速攻魔法"墓穴の指名者"発動!お前の墓地の"超電磁タートル"を除外!そして、このターンは、"超電磁タートル"の効果は使えない!更に俺は"妖精の伝記"の効果で、"憑依装着―ダルク"を通常召喚し、さらに"憑依装着―アウス"を召喚!」

「…ッ!」

 

見抜かれていた。

超電磁タートルを封じられ、その上でモンスター二体の展開。

最早自分に勝ち目はないのだと悟る。

 

「…お父様、すみません…」

「バトルだ!クルヌギアスとウィンでプレイヤーにダイレクトアタック!」

 

真子 LP5500→1300→0

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「ふうっ…」

 

なんとか四道の人間に勝つ事ができた。

あの時、相手の手札に"バトルフェーダー"が居なかったのは幸運だった。

 

「というわけで、クルヌギアスの事は諦めてもらうぞ」

「…そうね。余り事を荒立てるなと言われてるし…今日の所は引いてあげるわ。…はぁ。また創星神様の復活が遠のくのね…?」

「何?」

 

真子が何気なくつぶやいたその一言。

 

「貴様…奴の手の者か…!ならば、ここで殺す…!」

「あら、血気盛んね。そういうのは嫌いじゃないわ。でも…」

 

しかし、真子は一瞬でその場から掻き消える。

どうやらいつの間にか幻を見せられていたらしい。

今、下手に動くと確実にまずいだろう。

 

「…抑えろ。…今はな。」

「…そうだな。次に会った時は容赦せん。妾の全てでもって妾の世界に送ってやる。」

 

今回の接触で一つ分かったことがある。

四道の人間は"創星神"が存在していたと確信しているという事だ。

ため息を一つついて、霊使は笑った。

そして、ウィンの方を向くと、こう言った。

 

「さ、帰ろう。今日は本当に色々あって疲れたからなぁ…」

 

ウィンと霊使は肩を並べてゆっくり歩きだす。

何はともあれ、今日は襲撃を凌ぐことができたのだ。

少しくらいゆっくりしても許されるだろう。

 

どのみち、またこの二人を紹介しなくてはならなくなる。

 

「お前、また精霊見つけたのか…」

 

別にわざとやってるわけじゃないのだ。

自分が行く先々に精霊が現れるだけだ。

ただ、それだけなのに。

克喜に散々にいじられる未来が見えて霊使は頭を抱えた。

 

 




この世界でも精霊というのは非常に珍しい存在です。
ポンポン精霊が出てきますが霊使君がおかしいだけなのです。

・キャラ紹介 四道真子
優しいドS。決闘で負かした相手の尊厳や人格を壊して悦を感じるやべーやつ。
使用デッキは【呪眼】。


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幕間:さくやは おたのしみでしたね

「ねえ、最近、女の子の精霊と契約結びすぎじゃない?」

「何も言えねぇ」

 

ある日、ウィンは唐突にそう切り出した。

最初は何を言ってるんだと思っていたが、考えてみると確かにそうだ。

別に精霊を選り好みで選んでいるわけではない。

たまたま契約できそうだったから契約しただけ。

それがたまたまウィンにとっての(同性)であっただけだ。

可愛いからだとかそんな自分の好みではない。

だが。

だからこそ何も言えなかったのだ。

 

「何?私じゃ不満?」

「…そういうわけじゃないけど」

「じゃあなんで?」

「え?いや、だって…うん。」

「いや、何その反応はぁ!」

 

確かに霊使は多数の精霊と契約しなければならない。

ただ、それはウィンにとっては霊使を誘惑する外敵(恋敵)となるのだ。

あとからポッと出の精霊に長年連れ添ってきた霊使の隣を奪われたくない。

言ってしまえばウィンは嫉妬していたのだ。

 

「契約したものは仕方ないっていうか…」

「…何それ。」

 

ウィンは思わず叫んでしまった。

 

「どうせ霊使も私の事を捨てるんでしょ!だからそんなに曖昧な態度を取るんだ!」

「…それは違う。」

 

確かにウィンは嫉妬している。

だが、ウィンが何よりも恐れているのは今の居場所を失ってしまう事なのだ。

だから、思わず叫んでしまった。

ウィンは分かっているのだ。

こんな事を叫んでも意味はないと。

いつかは霊使も大人になって、別の誰かと恋をして、自分から離れていく。

そんな未来しか見えないのだ。

どれだけ霊使が愛してるだとか言っても、ウィンには自分にとって都合がいいことばかり言っているようにしか思えない。

霊使はきっと、自分を捨てることはないだろう。

でもいつまで霊使の最高の相棒でいられるかなんてわからない。

だから、せめて霊使という最愛の人が自分の傍にいたという証がほしい。

愛が重いだとかそういうことだって言われるかもしれないし、霊使にドン引かれるかもしれない。

それでも。

四遊霊使という人間と共に居た証を残したかった。

これは、霊使の優しさに付け込んだウィンのわがままだ。

頭のどこかでは分かっている。

霊使は絶対に自分を一番にするだろうということは。

だが、それ以上に他の誰かに自分のいた場所を取られるのが怖かったのだ。

 

「…ごめん。これは、私のわがまま。今の事は、全部忘れて…」

「無理に決まってるだろ。…そんな風にお前は追い詰められてたっていうのに…俺は気づいてやれなかったんだな…ただの糞野郎じゃねぇか、俺…。」

 

ウィンの苦悩に気づくが出来なかった霊使は、己を恥じた。

大切な相手の苦悩を見抜けないでなにが相棒だ。

霊使は掌に血がにじむほど強く手を握り締めた。

 

「きっと、そこまでお前を追い詰めたのは俺が煮え切らなかった所為だ。ウィンに対するあいまいな態度がお前を不安にさせてたんだな。…正直言ってな、俺さ、すごい怖かったんだ。ウィンがどこか遠くへ行ってしまうんじゃないかって思って。今のままの関係でいいやと思ってた。…深く踏み込んで裏切られるのが怖かったから。…何考えてんだろうな俺は。」

「霊使…」

 

ウィンだけじゃない。苦悩していたのは霊使も同じだった。

それなのに自分は一人で考えて、また、自分から一人になろうとして、霊使に叫んでしまった。

霊使は自分の事を最悪と言っていたがそんなことはないのだ。

むしろ、最悪なのは自分なのではないか。

そんな考えしか思い浮かばなかった.

 

「…最悪なのは、私だよ。霊使の優しさに甘えようとしてたんだもん。」

「別にいいだろ。…俺たちはそういう関係だろ?違うか?…俺も人のこと言えたもんじゃないけど…もっと頼ってくれたっていいんだ。」

 

なんで。

なんで霊使は自分が欲しい言葉を簡単に言ってしまえるのだろう。

そんなの、もっと好きになってしまう。

いつか、別れが来るのに、もっともっと好きになってしまう。

恋とは厄介なものだ。

恋のことでとても頭を悩ますのに、好きな人が目の前で笑いかけているだけで、悩んでいたことがどうでもよくなってしまう。

それで、また、一人で悩んでしまう。

だが。

きっと、それが正しい恋の形なのかもしれない。

悩みも、思いも全部ぶつけ合って、二人で傷つけあっても、次の瞬間にはどうでもよくなって。

ただ、ずっと隣に居たいと思う。

それが本当の恋なのだ。

自分がクルヌギアス達に嫉妬しているのも恋の所為だ。

一番好きな人の周りに可愛い娘ばかり集まったら嫉妬の一つもする。

自分はその感情をはき違えていただけなのだ。

 

「ああ、なんというか、もうすっきりしたよ」

「…そうか。そいつは良かった。」

 

ウィンは心からの笑顔を見せた。

憑き物が落ちたようで、鼻歌交じりに出ていく。

 

「…なんか嫌な予感がする。」

 

霊使の嫌な予感はある意味的中することが多い。

あの時の咲姫がいい例だろう。

その分状況が好転する可能性を秘めているのが霊使の"嫌な予感"なのだが。

今はただ、ウィンが斜め上に大暴走しないことを祈るばかりである。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

その晩、霊使は何か腰のあたりに居る気がして目を覚ました。

なにか、扇情的なうめき声が腰のあたりから聞こえる。

改めて腰のあたりを確認してみると――――

 

「ふへへへぇ…霊使ィ…ふへへへ…」

 

なんかすごいことになっているウィンが居た。

なんだこれは、一体どうなっているのかさっぱり分からない。

なんなのだ、この目の前に居る愛くるしい生き物は。

 

数多くの思考が霊使の理性を塗りつぶしていく。

 

「あ…霊使…起きたんだぁ…。…霊使が悪いんだからね?」

 

「それはどういう」と言いかけている間に強い力で押さえつけられてしまった。

霊使の思考が急激に冷やされる。

 

「おい、ウィン…寝ぼけて、ないよな?」

「もちろんだよ。…ただ私をもっと()()()()()()()()思ってさ?」

「いや、だからってなんで押さえつけて―――まさか。」

 

霊使とウィンは今まで恋人らしいことはなんでもやってきた。

二人で出かけたり、二人きりでゆったりしたり。

だが、そんな二人にもまだ一つだけやっていないものがある。

まさか、今からソレをやろうというのか。

 

「…知ってるんだよ?霊使が初めてってことも。」

「…ストップ。落ち着けウィン。ステイ、ステイ。」

「無理だよ…もう、自分が抑えきれそうにないの…!だから、()()()()()()?」

「ちょッ…心の準備が…!」

「まーたない!」

 

ウィンは一気に顔を近づけると激しいキスをしてきた。

ウィンの舌が霊使の口腔内を蹂躙する。

元々こういう事にあまり耐性が無い霊使は直ぐにウィンに体を預けてしまった。

それを確認したウィンは口を一度離す。

二人の間には水糸が出来上がっていた。

 

「あれ…?もう抵抗しないの?…じゃあ、いただきます」

 

ウィンは舌なめずりをして霊使いを見下ろす。

この日、霊使はウィンに初めて大敗を喫してしまった。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「いや、本当にごめん!」

「いや、別に大丈夫だけど。」

 

翌朝、自身が大暴走していた事を自覚していたウィンに謝られた。

別に少し驚いたが、ウィンに求めてもらえるということ自体は悪いことではない。

ただ、今回は急すぎて驚いてしまっただけだ。

本人もしっかり反省していることだし、霊使からは特に咎めるつもりはない。

ただ、一つだけ問題があるとすれば、この状況がウィンダールに知られることだ。

恐らくこの辺り一帯共々消し飛んでしまうだろう。

 

「…霊使の為にも絶対に父さんにばれないようにしないと…」

「こ…殺される…」

 

同じベッドの上でカタカタと震える二人。

一方のエリアはそんな事を露知らずに霊使の部屋のドアをあけ放った。

 

「…あれ?あの奥手だったウィンちゃんが…。さては、こういうのが正しいのかな?」

 

そして、同じベッドの上で男女が行う事なんてただ一つしかないだろう。

 

「さくやは おたのしみでしたね?」

 

エリアはにやけた顔で言い放った。

 

 




ウィンさん大暴走。
今回の話は前半と後半の温度差で風邪ひきます。
あと、今回大分ギリギリを責めました。


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第二の怪盗、現る

その日、キスキル達は確かに結と居た。

そのことは結が自信を持って証言できるし、キスキル達も天地神明に誓って盗みはやっていないという。

それなのに。

再び怪盗事件が夜を騒がせた。

霊使はその知らせを聞くや否やクルヌギアスやマスカレーナ、霊使い達に警戒するように伝える。

 

「…何が起こってる…」

「分からない。…でも、なんか嫌な予感がする」

 

そう。

何が起こってるのかが分からない。

ウィンも、エリアも、ヒータも、誰一人分からない。

だが、一つだけ分かっていることがある。

 

「…これ、明らかに二人の跡をなぞった行動をしているよね?」

「…つまりは、二人の知り合いってわけか…。」

 

そう。

明らかに二人の行動をなぞったものになっていた。

ここから導き出されることはただ一つ。

 

「…明らかに二人をおびき出すつもりだ…!」

 

一体何を目的として二人を狙うのか。

そんな事はさっぱり分からない。

 

「…キスキル達と協力して炙り出してみるか…」

「うん。それがベストかな…?」

 

二人は夜空を見上げる。

霊使達を見下ろす影に二人が気づくことは無かった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「へぇ…あれがキスキル達を倒したっていう決闘者?…なんていうか、冴えなさそうなやつね。このサニー様の敵じゃないわね!」

「…それでも一応キスキル達を破ってるんです。正面から堂々と行くより奇襲を仕掛けた方が確実かと。」

「分かってるわよ、ルーナ。」

 

サニーとルーナと呼ばれる二人は自分たちの商売敵であるキスキル達を破った相手を探していた。

二人を倒した者を倒し、自分たちがあの二人よりも上であることを証明するためである。

既に計画は最終段階。

二人を倒した者をボコボコにするだけというところまで漕ぎつけていた。

こうすれば、二人よりも正真正銘上になることができる。

そうなれば、少しはキスキル達ばかり見る世間も変わるだろう。

捕まえた相手はほどほどに甚振りキスキル達の前に突き出す。

そうすれば見る目も変わるだろう。

 

「絶対に成功させる…!」

 

サニーとルーナ。

この二人は常にキスキル達の影に隠れていた。

だからこそ、この計画を立てたのだ。

この二人の計画は()使()()()()()()()()()()非常に有効だっただろう。

 

だが、二人は知らない。

この計画には大きな見落としがあることに気づいていない。

二人のターゲットの事になると鬼神が生まれる事を知らない。

 

その事を見落としていた時点でこの二人の敗北は決まっていたのだ。

この二人がその事を思い知るのはほんの少しの先の未来である。

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

その日の勉学を終えて、霊使は一人夜道を歩いていた。

 

「やっぱ、こうなるよなぁ…」

 

霊使は霊使い、ウィッチクラフト、ドレミコード、蟲惑魔達の協力を得て、人海戦術で以て怪盗を炙り出そうとしていた。

キスキル達の動きを模倣している以上、霊使達にその足取りを追う術など無い。

故の人海戦術だった。

そもそもの話だが、キスキル達は盗んだものを依頼人に渡していたという。姿は見せず、声はボイスチェンジャーで変えられていたためその正体を探るのは不可能だったとキスキル達は語っている。

それはそうと、今回の怪盗がそこまで把握しているかどうかは謎だ。

つまり、怪盗達は誰にも会っていない可能性がある。

誰かと会うつもりならば、この町の何処かに姿を現すはず。

逆にこの町に現れなければキスキル達の後を追う模倣犯であり、対処の必要はない。

それこそ、キスキル達本人にでも捕まえてもらえばいいだろう。

ただ、会っていた場合はその場で確保。

警察に身柄を引き渡すことになっている。

というのも、この怪盗はキスキル達の模倣を行っているせいか、精霊の主たるものが居ないのだ。

キスキル達はマスターである結を救いたいという一心で動いていた。

それ故に利用されてしまったわけだが。

だが、今回この怪盗達のマスターはどうしてキスキル達の模倣をさせたのだろうか。

そんな事をしたところで意味が無いのは確かなのだ。

それだったら個人的な恨みつらみをキスキル達に向けていると考えた方が納得する。

 

「…それにしても。」

 

いつもはウィンや克喜達、咲姫達と帰っていることが多いからか、一人で帰るということ自体が珍しい。

いつも誰かしらが隣でギャーギャー騒いでいるというのが当たり前になった帰り路。

一人で帰ってみると、新鮮なものがある。

 

「…平和なもんだな。」

 

霊使は、自分たちが人知れずに守り続けてきた人々の営みを眺めている。

守れてよかったと心から思うことができるようになったのは、ウィン達のお陰だろう。

 

「…さて、行くか。」

 

霊使はゆっくりと歩きだす。

霊使は自らを尾行している存在に終ぞ気づくことは無かった。

 

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霊使は人気の無い路地を一人で歩いていた。

家がこの路地を通ったさきにあるのだ。

別に通りを大回りしてもいいが、そうすると一度行ってから戻るという道程を経る必要がある。

ただ、一日の学業で疲れた体は一分でも早く休息を求めている。

おまけにウィン達霊使いは怪盗の調査で帰宅が遅れるために七人分のご飯を作らなければならない。

ため息を吐きながらドアノブを握る。

 

「…、鍵、閉めたよな?」

 

ドアノブに違和感を感じる。

そう、鍵が開けられたかのように軽い。

確かに今朝、家を出るときにドアの鍵は閉めた。

それはウィン達とも確認した。

それなのに、何故か開いている。

そう、()()()()()のだ。

 

「嗅ぎ付けられ…っ!」

 

霊使は抵抗する暇もなく家へと引きずり込まれた。

その後の事は何一つ覚えていない。

 

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ターゲットが普段使いしているWi-Fiから住所を特定するなんてお手の物だ。

ネットから情報を引き出す術に長けているという自負がサニーとルーナの二人にあった。

住所が割れてしまえばあとは簡単。

家の鍵をピッキングして侵入。ターゲットの帰宅タイミングで家に引きずり込んで拘束、そのまま拉致する。

そうしてしまえば自宅で行方不明となる。

そうなってしまえば、自主的に居なくなったものとして扱われるだろう。

後はターゲットを屈服させてしまえばいい。

だが、一度ターゲットを倒してしまえばようやく、キスキル達の影に隠れず堂々と活動できる。

そして今、目的への第一歩が達成されたのだ。

そう、キスキル達を倒した張本人である四遊霊使の捕獲である。

後はもう拘束なりなんなりして本人に「敵わない」と思い込ませるだけだ。

 

「でもここじゃ色々と不都合ね…」

 

そういうとサニーは拘束し眠らせた霊使を担ぎ空へと飛ぶ。

ようやく日陰者ではなくなるのだ。

キスキル・リィラという先駆者を超える時がやってきたのだ。

 

「…これでようやく、見返してやれる…!」

 

二人の目に、霊使の姿は無い。

いつだって、二人はキスキル達を超える事だけを目標としてきた。

 

「もうこれで…!"真似事"だなんて誰にも言わせない…!」

 

かつてのあこがれは今の憎しみに。

その変化にさえ、二人は気づけなかった。

 

 

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霊使が目を覚ました時には、目隠しをされた上でどこか見知らぬ空間に連れられていた。

今でもウィンとの力のパスを感じられる。

少なくとも殺されるとかそういう類の話ではないようだ。

 

(…ったく。まさか狙いが俺自身だったとは…それはそうと()()()…。)

 

まさかクルヌギアスの一件に続きこんな事に巻き込まれる羽目になるとは思いもしなかった。

一体何が目的で自分を攫ったのだろうか。

皆目見当のつかない霊使は暫く一人で考え込むことにした。

ここがどこなのか分からなければウィンに居場所を伝えることもできない。

暫く一人で考え込んでいると急にアイマスクが外された。

外の様子は分からない。

だが、わずかに入ってくる星明りとそれに照らされた二人組が見えた。

 

「なに?身代金目的の誘拐かい?」

「…そんなもんじゃないわよ。…あんたはただ黙って私達の踏み台になってりゃいいの」

「こっちは誰かを踏み台にするのも、誰かに踏み台にされるのも勘弁なんだけどなぁ。」

 

嫌みったらしく言ってやると二人組のちんまい方が近づいてきた。

どうやらかなり短気な模様で霊使の胸倉を掴もうとする。

それを制したのは長身のほうがちんまい方を制止する。

 

「こちらとしても余り荒い手は使いたくないのです…。どうかお願いを聞いていただけないでしょうか?」

「悪いけどそりゃ無理だな。俺にお願い聞かせたいんだったら…正面から来るべきだったな。」

「…そうですか。…ならしょうがありませんね。」

 

その瞬間腹部に強い衝撃を感じた。

どうやら腹部を蹴られたようだ。

 

「…言うことを聞いてくれるまでは甚振りますね。」

 

そう淡々と告げる女性に何か黒い念を感じた霊使は手首を縛るロープを焼き切って脱出。

辛うじて一撃を避けた。

 

「やれやれだ…行くぞ!」

 

霊使は負けじと飛び掛かる。

こうして、霊使は再び、精霊に対して、肉弾戦を行うことになったのである。

 

「おいおい…一体何の真似だ?」

「…言ったでしょう。しょうがない、と」

 




霊使君本人が戦うのはこれで2戦目です。
まあ、今回は霊使にはっきりとした意味があって戦わせてるんですけどね!


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SANチェックのお時間です

「…うわっとぉ!」

 

霊使はただひたすらに攻撃を避け続けていた。

ウィン達の魔力のお陰か身体能力が大幅に上昇しているためか簡単に避けられる。

ただ、それでも体力切れという辛い現実が襲い掛かるのだ。

既に息は絶え絶えであり、思考もままならない。

滴る汗は地面を濡らし、両手両足の先の感覚が少しずつ消失していく。

視界は色を失い、耳は自分の息の音すらまともに聞き取れない。

 

「…やけに粘りますね。…そんなに、私達の踏み台になるのが嫌なのですか…」

「俺は…誰かを踏み台にするつもりはねぇよ。…もちろん、誰かの踏み台になる気もねぇ…。それくらい分かってるだろ…?」

「…どこまで強情なのやら…!」

 

再び繰り出される蹴撃を受け止めると大きく後ろへと飛び、息を整える。

飛び道具は互いに所持せず、近接攻撃のみで戦闘が行われていた。

 

「全く…普通怪盗なら何かしらの飛び道具を持ってるんじゃないのか!?」

「それは…いわゆる先入観というやつではないのでしょうか?それより…もッ!」

 

霊使にはない体のしなやかさを用いられ、霊使の攻撃を避けられると同時に足払いを喰らってしまった。

バランスを崩し、その場に倒れこんでしまう霊使。

今まで戦っていた相手は冷めた目で霊使を見下ろすと足を大きく振り上げた。

このまま全力のスタンピングを受ければただで済まないだろう。

 

「…ルーナ、ストップ。」

「…サニー…」

 

だが、覚悟していた衝撃は来ることはなかった。

 

「…少しやりすぎよ。それにこっちの事情を話さないってのもなんかおかしい気がしてきたわ。」

「…それは。」

 

サニーと呼ばれた少女は自分の相方であるルーナと呼ばれる女性を押しとどめる。

 

「…どういう風の吹き回しだ?」

「貴方はさ、キスキル達を倒したのよね?」

「…?うん。決闘(デュエル)で倒した。」

「…やっぱり。あんたがあいつ等を倒すなんてそっち方面じゃないと無理でしょ。お世辞にも肉弾戦が得意ってわけじゃないし、そもそもの話人間だし。」

 

サニーはルーナの行動に思う所があったのかルーナを制止させる。

 

「…そう、ですね。」

「…そういうわけで、アンタもう帰っていいわよ。…マスターも居ないから決闘しようにもできないし。」

「…いや、俺を攫った意味ないじゃん。」

「なら、おとなしく負けを認めてくれるわけ?」

「それもなんか嫌だな…。」

「でしょ?だからもう帰っていいわよ。」

「うーん、理不尽ッ!」

 

おまけにここが何処だか分らないため、帰ろうにも帰れない。

 

「…まぁ、その内迎え(ウィン)が来るだろうから待ってるか。…その間に聞かせてもらおうかな。」

「アンタを攫った理由について、でいいのかしら?」

「まぁね。…まぁ大方アレだろ?コメントで"キスキル達"のパクリやらなんやら言われたんやろ?…で、キスキル達よりも上になれば言われなくなるんじゃないかと。」

「…なんで、そこまで知ってるのよ…」

「まぁ色々と見てきたからな。」

 

だから、ウィンが来るまで待つことにする。

その間に霊使を襲った理由をを確認しておくことにする。

まず、この二人はキスキル達の次に人気がある動画配信者だ。

活動期間はほぼ同じで内容もゲーム実況だったり、デュエルモンスターズ以外のトレーティングカードゲームの実況をしたりと割と豊富である。

ただ、先にキスキル達のほうが有名になってしまったためか荒らしコメも多い。

それが彼女たちの動画配信チャンネルである。

言葉遣いは少し乱暴な面も出てくることがあるが、そこまで過激な発言は無く特にゲームのプレイスタイルも堅実に一つ一つ進めていくスタイルである。

まぁその分予測できない展開に関しては実況が止まることも多い。

それこそ、とあるゲームの序盤でヒロインが刺殺された(のちに生還)ときなんかは驚きの余りに声どころかムービーが終了しても一分くらいは呆けていた動画は、「まぁ、そうなるな」という反応が多かった。

と、このように実況に関しては特に何もない。

また、カードゲームにおいても、既に生活の一部となったデュエルモンスターズ以外の実況をやることが多く彼女達の実況で人気に火が付いたカードゲームも多い。

総じてキスキル達と似たようなスタイルながらどこか違う。

だが、そんなスタイルだからこそ、「キスキル達の真似事」だと叩かれてしまったのだろう。

所で、何故こんなことを霊使が知っているか。

それは勿論彼女たちの動画も見てたからである。

キスキル達の手がかりを探していた時に偶然見つけたチャンネルだったが、今ではキスキル達の動画と並んで毎日、新規投稿がないかチェックしているくらいには嵌っている。

勿論、ウィン達もド嵌っているのでいるためか、特に何か恨み言を言われるでもない。

 

「…アンタの予想通りよ。…ハァ。何やってもパクリだのなんだのって言われて、ホントイヤになる…。そもそもゲーム実況だって話題になるゲームとかやるんだから内容だって被るっちゅーに…!」

「ああもう、思い出しただけで嫌になりますね…!」

 

サニーとルーナから漏れる怒気は相当なものだった。

一体どれだけの心無いコメントが彼女達に寄せられただろうか。

今回の場合は一体どうすればいいのだろうか。

皆目見当がつかない。

暫く考え込んでいるといきなりの爆音で思考が途切れる。

 

「霊使…!大丈夫…そう、だね。」

「ウィン、相変わらずド派手な登場な事で…。」

 

そして、天上をぶち破ってウィンが登場した。

 

「迎えがきたから帰るわ。…ま、あまり動画の事は気にしなさんな。」

「…そうさせてもらうわ。…はぁ。それにしてもマスターがいなけりゃこっちに残れないってのもあれだしなぁ…」

「…ま、それは、こっちで何とかしてやるよ。」

 

そういうとヒラヒラと手を振って霊使はウィンと帰っていく。

最後ウィンがにサニー達に何かを聞いていたが我関せずといった感じに帰っていく。

 

(まぁ、SANチェックのお時間だろうなぁ…)

 

そう思った霊使の後ろでは不定の発狂を起こしたのか、完全にフリーズする二人を後ろに帰還することとなった。

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

「霊使…?」

 

ウィンが家に帰った時そこに霊使の姿は無かった。

何処かに連れ去られてしまったのか、それとも霊使が何処かで始末されてしまったのか。

とにもかくにも既に家にいてもいいはずの霊使の姿が見当たらない。

その事実はウィンを恐慌させるのには十分すぎた。

 

「…まずは、安否を確かめなきゃ…」

 

まずは霊使から流れてくる力を感知してみる。

微弱ながらも霊使から流れている力は感じることはできた。

少なくとも今は生きている。その事実が分かっただけで少しは安心できるというものだ。

ただ、力のパスが弱くなった以上、霊使との念話は不可能だ。

ならばまずは何処に居るかを探るべきだろう。

しかし、どこかで大きな力が渦巻いているせいで上手く感知することができない。

 

「はぁ、しょうがないな…。まぁ、一番潜んでそうなのはあそこかなぁ…?」

 

霊使の居場所についてウィンは思い当たる節がある。

旧市街と呼ばれる今ではさび付いた高層ビルだけがある、端河原松市の未開発地域だ。

マスカレーナと出会った場所でもある。

あの場所は一時期は多数の本社が置かれていたが、最終的に全部倒産し、寂れたビル群のみが残っている。

あそこならだれも寄付かない。

身を隠すには十分な土地だと言えるだろう。

というか身を隠すにはその場所でなければならない。

 

「…待ってて。」

 

ウィンはランリュウを呼び出すと、その背に騎乗。

大急ぎで旧市街地に向かう。

手遅れになる前に。

最高で最愛の人を失わないようにするために。

 

 

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「ここらへん…かな。」

 

少しずつ霊使の力のパスが強くなっていく。

そして、とあるビルの上で、ウィンは飛び降りた。

風を逆噴射することで勢いを殺しつつそのビルの上に降り立った。

 

「…さて、と行きますか。」

 

霊使は恐らくこのビルの何処かに居る。

しかし、わざわざ階段を使うのは非常に面倒で効率も悪い。

 

「…()()()()()()()()かな。」

 

ウィンは上空に待機させていたランリュウにさらに力を与え、ラセンリュウにまで成長させる。

そして、ウィンはラセンリュウに騎乗すると大きく空へと飛翔した。

 

「行くよ…ラセンリュウ!」

 

ウィンの掛け声とともにビル群目掛けて高速落下を開始。

そして、ラセンリュウは風のブレスを吐きながらビルへと突進。

天井と床、合わせて60枚ほどをぶち抜き、霊使の下へと駆け付けた。

が。

霊使はぴんぴんしており、恐らくの主犯格は何が起こったのかさっぱりわかっていない様子だった。

霊使の様子からそこまで重大なけがを負ったわけではないと判断する。

 

(…ピンピンしてるね。良かった。)

 

後は、霊使に帰るのを促すのと、あともう一つ。

 

「…何も手だししてない、よね?」

 

主犯格への確認だ。

勿論、嘘を吐いているかどうかは近距離にいる霊使の怪我の具合から分かる。

だが、彼女たちは何かを答える前に気絶してしまった。

どうやら何故かSANチェックが入ったらしい。

自分は邪神やその眷族でないのだから普通に考えてSANチェックなど入るわけないのだが。

 

「そんなに私怖い顔してたかなー…」

「ウィン、笑顔ってのは元々攻撃的な意味を持つらしいぞ」

「何それ…って、私の笑顔が怖いってこと!?」

「…そうとは言ってない。」

「じゃあ、なんで目を逸らすんですかー?」

 

何はともあれ、霊使は無事だったのだ。

これにて一件落着である―――。

 

 




・サニーとルーナ
相も変わらず根は善人。今回はどうしようもなくアンチコメに追い詰められてしまった結果である。特にルーナはサニーが苦しんでいたことを誰よりも知っているので誰よりも今回の事に必死になってしまっていた。
キスキル達の事は尊敬「していた」。
今は愛憎ひっくり返ってしまっているが、それに気づくことはない。


次回もどうかよろしくお願いします。


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誘蛾灯に惹かれるように

霊使の誤認誘拐から時は少し遡る。

 

「ふぅ…。」

「どうしたのですか?いきなり溜め息だなんて…。貴方らしくないですよ?奈楽。」

「…そういうものなのかい?」

「ええ。」

 

奈楽は今、窮地に追い込まれていた。

理由は至って簡単だ。

多くの追手が奈楽を追っているからだ。

ただ、自分はアロメルスとクラリア、この二人の蟲惑魔とを新たな仲間に引き込んだだけだ。

引き込み自体は相当上手くいった。アロメルスと最近こちらにやってきたというクラリア。

この二人に改めて仲間にならないか聞いてみたところ、あっさりと了承された。どうやら、前のタイミングで断ったのはフレシア達をどれだけ御すことができるか、かつ、その中でどれだけ蟲惑魔の力を上手く扱えるかを見るためだったのだという。

最もアロメルスに小さい蟻を仕込まれていたことに全く気付いていなかった奈楽は察しが悪い、と思われていたようだが。

問題はその後だった。

アロメルス達を仲間に引き入れたのは、かつて、奈楽が蟲惑魔達と出会った場所と全く同じだった。つまり、奈楽達以外にその場所の存在を知る存在は居なかったはずなのだ。

おまけに、その場所は知っていても蟲惑魔が張った落とし穴ばかりで、蟲惑魔達の案内が無ければ突破できないはずだ。

しかし、どういうわけか男たちは数多くの落とし穴を搔い潜り、そこにやってきていた。

そしてその男たちはこう言い放ったのだ。

 

『Give it to me!』

 

と。

奈楽は語学に堪能な文系の人間である。

特に英語は得意中の得意で海外の学校程度のディスカッションならば、一人で論破できる程度の実力を持っているのだ。

つまり、この男たちが何を言い放ったか。

その意味を知った奈楽は珍しく激昂した。

男たちはこう、奈楽に言い放ったのだ。

 

『それを寄越せ』

 

と。

もちろん奈楽はそんな事を言われて「はい、そうですか。どうぞ。」と差し出すような真似はしない。

そもそもアロメルスとクラリア、おまけにフレシアをまとめて「それ」呼ばわりしたのだ。自身の長年の相棒を「それ」呼ばわりされては激昂するのも当然だ。

激昂した奈楽は外人には最大級の侮辱であるジェスチャー、中指を立てるという行為を平然とやってのけた。奈楽はこの男たちをそこまで侮蔑したのである。

おまけに男達と遜色ない流暢な英語でこう言い返した。

 

Is there even extravagant meat in my head? (頭に贅肉でも詰まってんのか?)These monkey(このサルども).」

 

それほどまでに、奈楽は激昂していたのだ。

直後、額に青筋を浮かべた男達は突撃銃(アサルトライフル)を取り出した。

まさかと思って確認すれば既に安全装置は外してある模様で引き金をひけば簡単に奈楽を射殺できるだろう。

 

「ええ…?」

 

その容赦のなさにおもわず困惑してしまう奈楽。しかしそんなことはお構いなしに男は引き金に指をかける。

 

「…フレシアッ!皆ッ!避け―――!」

「…全く!余り自然破壊をしないで欲しいわね…!」

「マスターは…こっち。」

「…行きますよ、皆さん…!」

 

先に敵意を向けたのはあちらだ。

故に、殺さない程度に懲らしめるのなら、精霊たちの力の行使の範囲内―――つまりは正当防衛が成り立つのである。

臨戦態勢を取る男達をフレシア達蟲惑魔が自らが仕えるマスターを守るために迎え撃つ。

その先は言い表しようがない地獄だった。

悪いのは先に手を出してきた向こうとはいえ、ハエトリグサにつかまり、巨大なウツボカズラに落とされ、クモの糸や太い蔓で巻き取られたり、花に誘われるように落とし穴に落下したりと精霊の力の強さを改めて思い知る結果となった。

 

だが、それでも仲間を盾にして蟲惑魔の包囲網を突破してくる者たちもいる。

だが、突破してきた者たちもアロメルスの作り出したアリの巣に落下していくばかりであった。後は、襲ってきた連中からほんの少し蟲惑魔達のご飯(生命エネルギー)を吸収し、衰弱させておく。

しばらくすれば動けるようになるだろう。

問題は報復の可能性だが―――見たところカメラやICレコーダーと言った記録媒体は持っていないため、全力で撃退して、あとは、知らぬ存ぜぬを貫き通せばどうとでもなるだろう。

だから、まずは、この場を全力で生き残る。

奈楽は銃撃が止んだ数瞬の隙をついて、全蟲惑魔を呼び戻す。

そして、戦場から全力で退避した。

 

「…チッ…」

 

その背中を敢えて追わせるように。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

奈楽は路地裏を蟲惑魔達と全力疾走していた。

後を追うのはあの地獄を生き延びたたった一人の屈強な傭兵。

しかし、追うのに銃は不要だと判断したのか収納している。

 

「一体どこまで追ってくるのかなぁ…!」

 

そのしつこさはもはや執念の域にまで達しているだろう。

もしかして、アロメルスがなにかやらかしたのではないだろうか。

いや、さすがにそれは無いだろう。

フレシアが言っていたアロメルスの性格からすると、手出しした人間は生きては帰さない。おそらく全員等しくアロメルスの腹の中だろう。

つまり、アロメルス達の情報を持ち帰る方法が無い。

となると、あの男をリーダーとした集団は何故、アロメルス達の事を知っていたのだろうか。

その情報源が何処なのかはっきりとさせてかないとまずいことになる。

そう判断した奈楽は男の方を一度見て、足を止めた。

 

「…」

 

男は奈落の狙いを察すると同時に足を止める。

 

「…初めまして…、だよね。早速だけど君の目的を話してもらおうかな。」

 

あくまで対話を試みる奈楽。

しかし、男は対話する必要もないと感じたのか、デュエルディスクを投げつけてきた。

どうやら、もはや決闘しか後は残されていないらしい。

 

「…やれやれ。荒事で解決するのかい?…ま、いいか。…やろうか、決闘。」

 

男はデュエルディスクを構えた奈楽を見て、満足そうに頷く。

そして、自らもデュエルディスクを装着し、構えると堂々と宣言した。

 

「…フレア・パルス…。貴様の精霊を連れてくるように命令された…。この決闘で俺を斃せば…これから先、お前に手出しをしないと誓おう…」

「…分かった。星神奈楽の名において、その決闘、受けよう。」

 

互いに名前を出して決闘するという事は、互いの誇り全てを賭けた決闘を行うということ。

この決闘で負けた方は、自身が呑んだ条件全てをこれからの人生全てをかけて順守しなければならない。

今回の場合は奈楽は自身の決闘者としての誇りにかけて、フレアは自身の傭兵の誇りをかけてこの決闘に臨むのだ。

流石のフレシアも覚悟を決めたようで、奈楽を見て、大きくうなずいた。

 

「死んでも負けられないな…!」

「では…始めるぞ。」

 

そして、互いの全てを賭けた決闘が始まった。

 

「…先攻は…俺だ。俺は、手札の"伝説の白石(ホワイト・オブ・レジェンド)"を捨て、"ドラゴン・目覚めの旋律"を発動…。"伝説の白石"の効果を含め、三枚の"青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)"を手札に。更に手札から魔法カード"融合"を発動…。俺は…手札の三枚の"青眼の白龍"を融合素材とすることで、"青眼の究極龍(ブルーアイズ・アルティメット・ドラゴン)"を召喚…。更に俺は魔法カード"龍の鏡(ドラゴンズ・ミラー)発動…。墓地の"青眼の白龍"三体を除外して、二体目の"青眼の究極龍"を召喚…。」

 

フレアのフィールド上に現れたのは二体の究極の名を冠する、伝説の白龍。

さすがに一ターンで二体も出してくるとは思わなかったが、そこは認識が甘かった。

恐らく、"大欲な壺"や"異次元からの埋葬"などを握っているからこそできる行為であろう。

と、なると、次に相手が使用するカードはなんとなく予想できる。

 

「俺は、速攻魔法"大欲な壺"発動。…除外されている"青眼の白龍"三枚をデッキに戻し一枚ドロー…。カードを一枚伏せ、…ターンエンド。」

 

フレア LP8000

フィールド   青眼の究極龍

        青眼の究極龍

魔法・罠ゾーン 伏せ×1

 

相手フィールドには攻撃力4500の青眼の究極龍が二体。

正直に言うとフレシア達には荷が重すぎるのだ。

なんなら、詰んでいると言っても過言ではない。

だが。

それはアロメルス達が居なければの話だ。

 

「…さて、と。僕のターン、だね…。ドロー。僕は"手札抹殺"を発動。互いに手札を全て捨てて捨てた枚数分ドローする。さらに魔法カード"貪欲な壺"。"ジーナ"、"ランカ"、"カズーラ"、"リセ"、"トリオン"の五枚をデッキに戻して二枚ドロー。」

 

さしあたり、事故していた手札を調整する。

程よい手札に調整できたことに安堵すると、奈楽は改めてカードを動かし始めた。

 

「まずは"二重召喚(デュアルサモン)"を発動しようかな。これで通常召喚権が二回に増える。そしたら魔法カード"おろかな埋葬"発動。デッキから"トリオンの蟲惑魔"を墓地に送るよ。」

 

まずは一枚カードを墓地に送る。そうしなければ何も始まらない。

蟲惑魔は自分から能動的に特殊召喚できるモンスターは"ジーナ"しかいない。

だが、墓地などから召喚するというのであれば話は別だ。

"ティオ"という蟲惑魔が居る。

"ティオ"は自身の召喚時についでに墓地の蟲惑魔一体を復活させるカードだ。

 

「…僕は"ティオの蟲惑魔"を召喚。"ティオ"の効果で、"トリオン"を守備表示で蘇生。…さらに"トリオン"の効果でデッキから"時空の落とし穴"を手札に。続けて、"トリオン"が特殊召喚に成功した場合、相手の魔法、罠カード一枚を破壊できる。僕は、その伏せカードを破壊するよ。さらに、カードを一枚伏せ、そのカードを墓地に送ることで"ジーナ"の蟲惑魔を特殊召喚。」

 

現れた蟲惑魔は何処か気怠そうにしている"ティオ"、地面から現れたと思ったら何かに伏せカードを貪らせたトリオン、さらにこれまたどこかティオと違っただらしなさを醸し出す"ジーナ"。

この三体がフィールド上に姿を現した。

 

「まだまだ。僕は"リセの蟲惑魔"を召喚。"リセ"の効果で一度"リセ"をリリース。そしてデッキから"奈落の落とし穴"を、墓地から"時空の落とし穴"をセット。…さらに僕は"リビング・フォッシル"を発動。"リセ"を蘇生して、このカードを装備する。…"リビング・フォッシル"を装備したモンスターは攻撃力及び、守備力が1000ポイント減少し、フィールドから離れた場合に除外されてしまうけど…関係ないね!」

 

そして、リセ。

一度休めると思ったら、引っ張り出されたので余り、機嫌はよくなさそうだ。

というか、リセが伸ばした蔓が奈楽の足に絡まって無言で抗議してくる。

 

「…ま、すぐに休めるさ。…俺は"リセ"と"ジーナ"の二体でオーバーレイ!二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築!X(エクシーズ)召喚!その花弁で全てを惑わし、全てを我らの糧する蟲惑魔の長よ、その身現し、全てを堕とせ!おいで…"フレシアの蟲惑魔"!」

 

リセとジーナの力を受け継ぎ、その姿を現す奈楽のエースモンスターにして、長年の相棒であるフレシアが姿を現す。その瞳は何処までも怒りに燃え、故に、何処までも嗜虐的な笑みを浮かべていた。

 

「…どういう風に吸い殺してあげましょうか…」

「…まぁ、こっちの故郷も…思い出の場所も全部荒らされたんだ。キレたくなるのは分かる…。でも、()()抑えていてほしい…!…そもそも守備表示なんだから攻撃もクソもないけどさ。」

 

フレシアは分かっている。

あの場所に最も思い入れがあったのは奈楽本人だと。

あそこにたまたま迷い込んでしまったからこそ、今の奈楽が居るのだ。

 

「…分かり、ました…。」

「…ありがとう。」

 

フレシアの答えに奈楽は満足そうに頷くと、フレアの方を見る。

その目はいつもの飄々とした態度からは想像できないような怒りを宿していた。

 

「…まだ、終わっちゃいないさ。…僕は、"トリオン"と"ティオ"の二体でオーバーレイ!」

「…何?」

「二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築!X召喚!惑わし堕とし、魂奪う穴があく。蠱惑の穴へと誘いこめ!おいで…!"アロメルスの蟲惑魔"!」

 

その怒りは見せぬままに、アロメルスをX召喚。

アロメルスも奈楽の抱く怒りのことは察していながらも、その事には敢えて触れない事にした。

 

「…"フレシアの蟲惑魔"のX素材を一つ使い、使用条件を満たしている"落とし穴"通常罠カード、もしくは"「ホール」通常罠カード一枚を墓地に送ることで効果を発動するよ…。僕は"狡猾な落とし穴"を墓地に送る…。」

「…それで?なんだというんだ?」

「この効果は墓地に送ったカードの発動時の効果と同じになる。…"惑わしの幻想(ディセプティブ・イリュージョン)"!」

 

墓地に送ったカードは"狡猾な落とし穴"。

このカードは墓地に罠カードが存在しないときにのみ発動でき、フィールド上に存在するモンスター二枚を破壊できる、落とし穴系の中では最もピーキーだが、最も強力な効果を持つ一枚である。

 

「…!」

 

究極であるはずの伝説の白龍はあっさりと罠に嵌った。

こうなってしまえば、王者だろうと何だろうと関係ない。

その穴に落ちたものは皆等しく蟲惑魔の糧となり、そのすべてを蟲惑魔達に貪られるのだ。

それは、魂でさえ例外ではない。

どれだけ高潔な魂であっても、どれだけ強力な魂であっても、蟲惑魔に魅入られたならば等しく弄ばれ、彼女達の一部となる。

だが。

アロメルスはその魂を変質させ、()()()()()()()()()()()()()

 

「さあ、楽しい狩りの時間だよ…!自分のカードの効果で相手モンスターがフィールドを離れ、墓地に送られたとき、または除外されたときにX素材を一つ取り除き破壊されたモンスター一体を対象とすることで発動できる!そのモンスターを自分フィールド上に特殊召喚する!俺は"青眼の究極龍"を対象として効果発動!これが"アロメルス"の効果、"魂の誘蛾灯"!―――現れろ!"青眼の究極龍"!」

 

アロメルスに導かれて破壊されたはずの究極龍が姿を現す。

しかし、その姿はまるで究極龍の魂を植物で編み上げた器に入れたような姿だった。

ただ、それでも究極龍としての力は健在であり、生身の究極龍と同じ威圧感を伴っていた。

 

「…バトルだ。"青眼の究極龍"で攻撃!"アルティメット・バースト"!」

「…ッ!」

 

フレア LP8000→3500

 

やはり、「究極」と名の付くことだけあってか、非常に攻撃力が高い。

一撃でライフを半分以上持って行った。

 

「続けて…、アロメルスで攻撃!」

「…。」

 

フレア LP3500→1300

 

「…ターンエンド。」

 

フレシアは守備表示であるために攻撃することはできない。

これで、ターンエンドになる。

 

奈楽 LP8000

 

フィールド  アロメルスの蟲惑魔(X素材×1)

       フレシアの蟲惑魔 (X素材×1)

       青眼の究極龍

 

 

「…俺の、ターンだ…。ドロー。…俺は、…"ブラッド・ヴォルス"を召喚…!」

「…なら再び、"フレシア"と"アロメルス"の効果発動。"落とし穴"をデッキから墓地に送り"落とし穴"の効果を"フレシア"の効果として発動。そして、今破壊された"ブラッド・ヴォルス"一体を"アロメルス"の効果で蘇生。」

 

モンスターを盾とすることでで巻き返しを狙ったフレア。

だが、二人の蟲惑魔の圧倒的な力によってモンスターの召喚さえも許されることはない。

 

もはや、フレア・パルスという人間に勝ち目など無かったのだ。

 

「…ターン、エンド」

「僕のターンだ。ドロー…。僕はフレシアに"団結の力"を装備して、攻撃表示に。」

 

団結の力―――このカードを装備したモンスターは自分フィールド上のモンスター一体に付き攻撃力・守備力を800上昇させるカード。今の奈落のフィールド上にはモンスターが四体いる。

つまり、今のフレシアの攻撃力は3500。

フレアの残りのライフポイントを明らかに上回っている。

 

「…バトルだ。フレシアでプレイヤーにダイレクトアタック。」

 

どこまでも、感情を殺した目でフレシアはフレアの全てのLPを吸い上げた。

 

フレア LP0

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「…殺せ。」

「…断る。…確かに奪う覚悟を持ったなら奪われる覚悟もあるんだろうね。…そんな君のなんてどうでもいいものなんだよ。…だから、死ぬなら、僕のいないところで勝手に野たれ死ね。」

 

決着がついた後、フレアの横を通り、振り返ることなくその場を後にする奈楽。

その足取りは重い。

彼が向かう先はつい先ほどまで地獄となっていた、蟲惑魔達との思い出の地だった。

生い茂っていたはずの木々は弾痕が残り、誰かが火炎放射器でも使ったのか、辺り一面が焼け野原となっていた。

 

「覚悟は…してたけど。…もう、無くなっちゃったんだね。」

「…そう、ですね。」

 

幼い頃、純粋な気持ちで蟲惑魔達と遊んだ思い出の場所。

アトラの張った蜘蛛の巣にからめとられたり、カズーラのウツボの中で遊んだり、ティオと一緒に眠ったり、ランカにドッキリを仕掛けられて気絶したり、リセやジーナと一緒に水浴びをしたり、トリオンと一緒に泥まみれになるまで遊んだり、フレシアの張った落とし穴を超えて彼女の下に会いに行ったり。

本当にたくさんの思い出が眠る場所だった。

今はもうあとかたもなく破壊されてしまっている。

 

「…なんにも無くなっちゃったんだ…。」

「…奈楽…。」

 

フレシアは奈楽の事を思い返していた。

確かに彼は優しかった。

いつでも、どこでも。

だが、その優しさが、フレシアにはとても辛かった。

 

「…最初は…貴方も餌にするつもりだったんですよね、私。」

「…知ってるさ。でも子供の頃からどこか、世界に諦観を持ってた僕にとっては、あそこで終われるなら終わっていいとさえ思ってた。」

 

互いに倒錯した感情を抱えてたからこそ、二人は相棒になれた。

どちらかが、鬱屈とした感情を持ってなかったら。

どちらかが、すぐに見切りをつけていたら。

この奇妙な感情は持ちえなかったのだろう。

誰かを惑わし、糧とし続けた自分達が特定の人物に対して恋愛感情を持つなどと。

その時はいつもは引っ掛ける側だった誘蛾灯に、自分が引っかかってしまったような気がして―――苦しかった。

この感情は決して認められていいものではないのに。

油断すると口に出してしまいそうになる。

 

「…私は。」

「ねぇ、フレシア。…ごめんね。君たちにとってもここは大切な場所だったろうに…。」

「…貴方が謝る必要なんて…」

「あるんだよ。…これはある意味、僕なりの気持ちの整理の付け方なのかもしれないけれど…」

 

悲し気に笑う奈楽がどこかに消えてしまいそうな気がして。

気づけばフレシアは奈楽を抱きとめていた。

 

「…フレシア…。」

「…大丈夫ですよ。私は、貴方に仕えると決めたあの日からずっと…貴方を慕ってましたから。」

「…そう、か。…僕はいつも誰かと比べられてて…初めてだよ。誰かに直接"「慕ってる」なんて言われたのはさ…。」

「…全く。二人とも…。互いに一人、だって思ってたんじゃないの?」

 

気づけば。

二人の間にアトラが入り込んできていた。

 

「あのねぇ。言っといてやるけど、蟲惑魔(私達)はねぇ、皆アンタについていくって決めてんの!だから、アンタも、フレシアも一人じゃない。」

「皆…」

「それにね…これは、フレシアから言っちゃいなよ。多分私達のマスターはそういう事に疎いだろうし」

 

ばっさりと言いきるアトラにそこまで言われる筋合いはあったのかと頭を抱える奈楽。

その様子を見ながらフレシアは笑っていた。

確かに、この人は行動の一つでもしなければ、この気持ちに気づくことはないだろう。

例え、それが認められない感情だとしても。

もう、これ以上、自分に嘘なんて吐けない。

 

「…アトラの言う通り、貴方も、私ももう、一人じゃありません。…だって。」

 

顔を真っ赤にしながらもフレシアは言う。

もう、誰にも奪わせなどさせない。

 

「だって、私達は貴方の事が――――好き、ですから。」

「…へ?」

 

――――思わず間抜けな声が出た。

 

 




※絶対に真似しないでください。死にたくはないでしょう。
登場人物紹介
・星神奈楽
幼い頃から蟲惑魔達との縁があった。
なんだかんだで、「恋愛感情」に未だ気づかないポンコツ。
・フレシアの蟲惑魔
奈楽を餌にしようとしてた人。
許されるべきではないと思っていたが、それ以上に奈楽を好きになってしまう。
・アロメルスの蟲惑魔
なんだかんだでフレシアの決断に身を委ねるつもりの人。
多分一番激しい(偏見)
・アトラの蟲惑魔
幼い頃から奈楽の友人だった。
口は悪いがそれ以上に、同族には優しさを秘めている。
・フレア・パルス
使用デッキは【青眼の白龍】。
傭兵であるが決闘者でもある。
実は蟲惑魔達の始末を請け負っていた。
奈楽に敗れたその後は一人故郷で晴耕雨読の生活を送っている。

というわけで奈楽君の主役回でした。
この作品にのシリアスは彼ともう一人の肩にかかってます。



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星神奈楽:リスタート

「…だって私達は貴方の事が―――好き、ですから。」

「―――え?」

 

星神奈楽という人間は、誰かに親愛の情や、恋愛感情を向けられるのことに余り慣れてはいない。常に人間関係は父に監視され、「相応しくない」といった理由で、一体どれだけの人と遠ざけられてきただろうか。

友人たちとは今でも一歩おいた関係性であるし、正直に言って父親の支配から解放されるのなら世界が崩壊しようとかまわないという感情はいまだに燻っている。

 

「…僕は…。」

 

今、この場で答えを出してもいいものなのか。

奈楽は少しだけ硬直してしまう。

そして、彼が出した結論は―――。

 

「…自分の中にある感情が未だによくわからないんだ。」

「…それは…どういう…?」

「好きだとか、嫌いだとか、さ。そう言った感情なんて今まで持ったことが無かったから。…皆。つまらないガキの話を聞いてくれるかい?」

 

全てを話す事だった。

恋愛感情の一つも抱いたことが無いことも。

誰かを愛おしいと思ったことが無いことも。

だから、今、自分の中にある感情がどんなものかすら分からないということも。

 

「…ええ。まだ、時間はあることですしね。」

「ありがとう―――。」

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

かつて、星神奈楽が少年だったころ。

奈楽はずっと一人だった。

別に家族が居ないとか、苛められていただとかそういった話ではない。

それでも友人付き合いは父親に許される事無く、学校が終われば直ぐに大量の習い事がやってきた。

これも全て「俺の後を継がせるため」というがそれにしても余りにも量があった。

余りの忙しさに、気づけば、自分の意思を殺すことが当たり前になっていて。

いつの間にか父親に言われたことだけを淡々と行う肉人形のようになっていた。

子供の頃からずっと自分の意思を殺し続けてきたせいなのか、未だに自分から行動するということができない。

その経験が奈楽の心を壊してしまったのだ。

心が壊れるほどの量の課題に奈楽は一度だけ逃げてしまったことがある。

何処でもいいからあの地獄から逃れられる場所を探して、家を飛び出したのだ。

この頃奈楽は既に社会の常識をある程度弁えていた。

だから、町ではなく山へと逃げ込んだ。

ある程度なら食べられる野草も知っているし、何故か幼い頃から叩き込まれ続けてきたサバイバルの技術がある。

だから山中でも一月くらいなら生き延びる自信があった。

だが、そんな強がりはすぐに打ち砕かれることになる。

確かに最初の数日は順調だった。

しかし、突然の雷雨により、生活していた木が倒壊。その倒壊に巻き込まれけがを負ってしまったのだ。

そのまま動けるわけでもなく数日が過ぎた。

なんとか身近にあった野草を食って命をつないでいたが、もはや少年の体は限界をとうに超えていた。

 

動いたほうがいいと思ったのはたまたまのことだったのだろう。

このままでは父の反省した顔を見る事無く死んでしまうという少年に微かに残った「嫌なこと」が少年の体を突き動かしたのだ。

 

「…おなか、へったな…。」

 

だが、空腹には抗えない。

そんな少年の目の前にいきなり、大きな、だが未成熟なウツボカズラが現れたのだ。

ウツボカズラの中には先日の雷雨の雨水が大量にたまっていて、上澄みをろ過して飲むくらいならどうにかなりそうだった。

 

「…一応…持ってるんだよね…。ろ過装置…。」

 

そう言いながら、奈楽はウツボカズラの中に手を入れようとして―――――

 

「…あなた、死にたいのかしら?」

 

唐突に後ろから声を掛けられた。

肩を跳ね上げる余裕もなく、また、振り返る余裕もなく。

向けられた視線に込められた感情など、知る由もなく。

気づけば、視界が横倒しになっていった。

 

「…へ?ちょっ…まだ何もしてないって…!?」

 

最後にそんな声を聴きながら、少年は意識を手放した。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

―――なつかしいなぁ。そういや、家出して、倒れて、カズーラに助けられて…皆に出会ったんだよね。」

「全く…あの時はさすがのアタシもどうしようか考えたわよ…。」

 

過去の事を思い返してみても、まだ、奈楽の胸の中で蟠る気持ちが何なのか、その正体すら分からない。

だが、必ず、どこかでこの感情を経験しているはずなのだ。

 

「…なつかしいですね。あの時にはどうしたものかと蟲惑魔総出で考えたものなんですよ。…如何せん子供なんて誘惑できず力尽くで餌にするか何もせず帰すかの二択ですからね。」

 

なんかサラリと怖いこと言ってた気がするが気にしていたら多分始まらない。

蟲惑魔とは他の生物を誘惑し、そのまま堕として糧とするのだ。

誘惑なぞに引っかかる純粋じゃない子供は容赦なく喰らってたのだろう。

流石に迷子の子供とかは喰らっていない…はずだ。

 

「まぁいいか。…話を戻そう。僕はどうなってもいい覚悟でこの森に来て、"衰弱"してたから皆に保護された…でいいんだよね?フレシア?」

「…ええ。そうですね。そこから、貴方と私達の物語は始まったんですよ?」

「…そうだね。あれは――――」

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「う…ううん…」

 

少年は目を覚ます。

体にこびりついていた倦怠感が少し薄れている。

その分多くの好奇の視線が少年を貫いているがそんなこと少年には関係ない。

自分はこの者たちに命を救われたという事実があれば十分だった。

 

「…助けてくれてありがとうございます。…余りご迷惑をかけるのも忍びないので…」

「…別にいいですよ。私達だって打算の下で貴方を助けたわけですし…。今はゆっくりと体を労わってあげて下さいね。」

「…すいません。ご厚意に甘えさせてもらいます…」

「はい。分かりました。…しばらくの間ですがよろしくお願いしますね?」

 

自分の命を救ってくれた集団は全員が女性だった。

何故か異性に囲まれていると妙に緊張してしまう。

だが。

それ以上に気の置けない関係を得られたということが奈楽にとっての一番の嬉しいことであったのだ。今まで、父親によっていつも引きはがされ、孤独を味わっていた奈楽にとって、今、この時間が最も楽しいひと時だった。

ここで、ずっと暮らしていたい。

それだけの多くの物を彼女たちは自分に与えてくれたのだから。

 

「うわっ…!?」

「ちょっ…アンタねぇ!私の巣にわざわざ引っかからないでよ!」

「ごめんなさーい!」

 

時には誰かに迷惑をかけて怒られるのも。

 

「くぅ…くぅ…」

 

日向で太陽の光を浴びながら横になるのも。

 

「うわぁああああぁぁぁ!?」

「あっははは!どうびっくりした――――」

「きゅう…」

「って気絶してる!?」

 

誰かに驚かされるのも。

彼女達とこの場所で過ごした数日間は余りにも楽しくて。

本当に多くの物をこの場所から学び、得て、気づくことができた。

本当はできる事なら帰りたくない。

父や、周りの人間から過度な期待を負わされることのない自由な世界。

ここで暮らせるのなら―――あの地獄から解放されるのなら。

この命を彼女たちに捧げることだって厭わない。

だが。

だからこそ、自分は帰らなければならないのだろう。

例え、それがどれだけ辛いことだったとしても。

かつての自分は「嫌である」ということを告げずに逃げていただけで。

まだ自分は何一つ、立ち向かっていなかったのだと。

たとえそれが余りにも見当違いの物だったとしても。

奈楽は決めたのだ。

だから、彼女たちにお礼を言ってここからもう一度始めよう。

今度は誰のものでもない、自分の足で未来を歩んでいくために。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「―――で。結局。」

「そこでフレシアさんが付いていくと言い出して」

「あれよあれよという間に森の外まで付いてきて、そのまま父さんを怒鳴りつけて。」

「…いやあ…お恥ずかしい…。…そんな昔の事を掘り返さなくたって…」

 

結局あの地獄のような日々からは解放された。

それと同時にフレシア達との共同生活が始まったのだ。

そして色々とあり、たくさんの出会いがあって今、ここに立っている。

その中には形容しがたいギャグ時空の人間もいるけれど。

でもたくさんの出会いの中で、フレシア達に抱いたような感情を持つことは決してなかった。

霊使達に抱いている友情とはまた別物の、何とも言えないような感情―――。

 

「ああ…そうか。そういう…ことだったんだ…」

 

ただ、見ようとせずに、気づかないふりをしていたそれは、一度認めてしまえばもう止まることは無い。

彼女たちが居なくなってしまえば、自分の半身が消えてしまいそうな予感がして。

その感情を人は"恋"だったり"好き"と言った言葉で表すのだろう。

始めて彼女たちに会ったその時からずっと―――彼女たちに、彼女に恋をしていたのだと。

気づいてしまえば簡単で。

でも何故か言葉にしようとしたら急に恥ずかしくなって。

だから、さっき後ろから抱き留められたように今度は自分がフレシアを後ろから抱きしめる。

その周りではなんとなく()()を察した蟲惑魔達が優しい顔でその光景を見つめていた。

 

「…これが、答えでいいんですね?」

「…そう、だね。不器用だから…これくらいでしか伝えられないけれど…。」

 

二人は、静かに、互いの思いを確認するように。

優しい口づけを交わした。




登場人物紹介
・星神奈楽
ようやく恋心を自覚した恋愛漫画の主人公。
黒髪でいつも優しそうな笑みを浮かべている少年の心の中は空虚だった。
けれど、今はもう違う。
キレると一人称が「俺」になる。
この作品のシリアス担当の一人。
彼がギャグ堕ちしたらこの作品は「ゼンカイ脳」という単語が一番しっくりくるものになってしまう。
・フレシアの蟲惑魔
食欲が恋愛感情に変化した奈楽のヒロイン。
今回めでたくゴールインした。
この後の予定は?と聞かれたら「近くのホテルで一晩これからについて語り合う」と答える。
・その他の蟲惑魔
負けヒロイン。
恋愛感情を一番最初に自覚したのは以外にもジーナだったりする。
・星神創
多分存在すら忘れられているであろう奈楽の父親。
今でこそある程度の干渉こそすれ息子の思うがままにさせているが、最も多忙だった時期は父親としては最低最悪だった。
現在の親子仲は普通。



…あれ?主人公達(ギャグ担当)よりまともな恋愛をしてるのは俺の気のせい…?
評価・感想をお待ちしています。
次回からは今回の章きってのカオスです。お楽しみに!


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これ誰が悪いんだろうね

半クラが全くできないので初投稿です


地面が揺れる。

空気が震える。

街は崩壊する。

 

今、霊使達の住む町ではスーパーロボット大戦が繰り広げられていた。

熊の意匠を持つ機械と機械の体をもつ竜が互いに激突して、町に破壊をもたらしてしまっているのだ。

彼等の名前はセプテン=トリオンと、メテオニス。

彼らは遥か彼方の銀河から命を預けるに値する己のマスターを探しにこの星にやって来た。

やって来たのだが―――。

 

「貴様ァ!一人で!先に!抜け駆けしおって!」

「私に!嫉妬!しているのか!?この!駄熊が!」

「何を言うか!この!駄トカゲ!」

「私はトカゲではない!」

 

誰も人が居ない旧市街において余りにも程度の低い喧嘩を壮大なスケールで行っているのだ。

その光景を目の前で見せつけられたメテオニスのマスター―――流星はどうしたらこのような程度の低い喧嘩が行えるのか、頭を抱えていた。

 

「そもそも!貴様が!抜け駆けするのが悪いだろう!」

「貴様は私が!マスターと!契約するのが!悪いというのか!」

「あーもう滅茶苦茶だよー…。」

 

最早原型を留めぬ程にボロボロに破壊された旧市街地を眺め、ため息を吐いた。

そもそもこの二人がこのように下らない喧嘩を行っているのには何やら深い理由があるらしい。

 

「はぁ…まさかねぇ…俺が原因だなんて信じられないなぁ…わけが分からない。」

(…そうだな。一応私と共に過去の原因を探ってみるか。)

 

そうして、二人は、二人の過去を振り返り始めた。

―――もちろん戦闘は行いながら、であるが。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

昔、メテオニスとセプテン=トリオンは同じ星で暮らしていた。

メテオニス率いるドライトロンと、セプテン=トリオン率いるベアルクティはこの次元から遥か彼方の次元の地球に相当する星に共生していたのだ。

特に互いの部族のリーダーであった二人は互いに互いを認めていて、切磋琢磨して、互いに磨き合ってきた。

だが、一足先にメテオニスはその星から旅立つこととなったのだ。

そしてやってきた別れの日―――

 

「…さらばだ。友よ。」

「…、ああ。」

 

それ以上の言葉を交わす必要はない。

だが。

セプテン=トリオンは別れ際にこう言ったのだ。

 

「必ずお前に追いつく。…どちらが上かはその時決闘で決めよう。」

「…分かった。」

 

そして、メテオニスは宇宙へと飛び出し、遠い次元のこの星―――地球へと流星となってたどり着いた。

最初に目に入ったのは何処か鬱屈を抱えたような、すごいものを見た好奇心のような、そんな奇妙な感情のこもった視線がメテオニス達ドライトロンに注がれる。

流石に歯の妖精だったり、近くにある車をスキャンして変形するんじゃないかとかそんな興味が入り混じった視線になった時はさしものメテオニス達もほんの少しばかり引いていたが。

 

余りにも好奇の目線に晒されたせいか、なんというか物凄く居心地が悪くなったドライトロンたち。

なんとはなしに空を飛んで逃走を図る。

が。

その前にメテオニス達に興味津々な視線を送る者が立ちはだかった。

そう。

その少年こそ、後にメテオニス達のマスターとなる者―――龍牙流星その人だったのである。

 

「ねー、僕は流星っていうんだ?君たちはお星さまなのー?」

 

まだ幼い、流星と名乗った少年は幼子特有の警戒心の無さとコミュ力の高さで、ドライトロンたちに友愛のこもった視線を送る。

その視線が妙にくすぐったくて、ふいに目を逸らすとそのまま飛び去ってしまった。

 

「あー…行っちゃった。」

 

その様子を呆けた様子で眺め続けた流星。

意外と再会するときは近いという事をこの二人はまだ知る由は無い。

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

そんな二人の出会いから早数日。

流星は一人寂しく川の土手を歩いていた。

河川敷では同じクラスの生徒たちが決闘に興じているが、今、流星の手元には戦えるデッキが無い。

儀式召喚を愛用していた流星は調子に乗ってクラスのガキ大将をボコボコにしてしまったのだ。

そもそもの話、小学生のデッキはほとんどが【グッドスタッフ】と呼ばれる強いカードの寄せ集めだ。

その中で偶々流星は【デミスルイン】を作り上げてしまった。

デミスとルインの豪快な能力によってどんどん敵を消し飛ばしていく【デミスルイン】にコンボも何もあったもんではない【グッドスタッフ】が勝てるわけなく。

同級生どころか同じ小学校内では流星に勝てる決闘者など存在するはずが無かった。

だが、クラスのガキ大将はそれを快く思わなかったのか、兄に協力を仰いだ。

そして、流星はクラスのガキ大将の兄が使うデッキ―――通称【八咫ロック】にボコボコにされ、その挙句にデッキを奪われてしまった。

この世界にも余りにも強すぎるカード群を規制するルールはあるもののそれはあくまで公式の決闘のみ。

つまるところ流星は嵌められたのだ。

そしてそのままガキ大将に【デミスルイン】は奪われてしまい、以降はそのガキ大将が扱うデッキとなった。

 

「…あーあ…取られちゃったなぁ。」

 

自分が必死の思いで組み上げたデッキを誰かに取られることがここまで悔しいとは思っても居なかった。

だが、何よりも悔しいのは相手の禁止カードや制限カードを詰め込んだだけのようなデッキに惨敗を喫してしまった事だった。

今の流星には儀式召喚しか考えられない。

だが、肝心の儀式モンスターが"虚竜魔王アモルファクターP(サイコ)"くらいしか持っておらず、なんなら"アモルファクターP"を召喚するための儀式魔法"アモルファスP(ペルソナ)"を所持していない。

一言で言えば、儀式召喚を行おうにもできない。そんな状態だった。

かと言って今更別の召喚法に切り替えるなんてことは儀式に対する裏切りだと思っていた流星。

なんとはなしに以前遭遇した機龍達を探してみることにした。

なんか行ける気がする。

流星はひそかにそう思っていた。

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

落ち着ける場所を探して空を飛ぶメテオニスは夜空を見上げる視線に気が付いていた。

そう。

その視線の主はあの時の少年だった。

何故分かるのだろうか。

天性の勘か何かを備えているとしか思えない。

とうとう根負けしたメテオニスはかの視線の持ち主である少年の下へと向かう。

 

「…あ。」

「…以前ほどの元気はないようだな。」

「…開口一番にそれを言うんだね…。ただ、僕が弱くてデッキが奪われただけだよ…。」

 

少年は沈んだ声を絞り出した。

ただただ自分が弱かったからだ、と。

話を聞くに、少年はどうやら相手のデッキを舐めて負け、そのままデッキを奪われてしまったらしい。

それを聞き、メテオニスは何とも複雑そうな顔をして考え込んでいる少年の頬をそっと撫でた。

 

「…なら、私が力を貸してやろうか…?」

「え…?」

 

少年の瞳に光が灯る。

そして、少年は顔を上げるととてもいい笑顔で、こう言ってきたのだ。

 

「本当にッ!?」

「ああ。私に二言は無い。」

 

そういうと、メテオニスは少年に―――流星にそっと手を差し出す。

不思議そうにその手を眺めていた流星であったが、ふとその手を取る。

この時点で二人は主人と精霊という関係になったのだ。

その後は【デミスルイン】を用いるガキ大将と、その兄をドライトロンの圧倒的パワーで消し炭にして誇りを取り戻し、なんやかんやあって最高の信頼できるパートナー同士になったというわけだ。

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

こうやってメテオニスと念話を通して、過去を振り返ってみたがどうにもこうにも理由が思い浮かばない。

そもそもの話、ベアルクティとドライトロンは―――今、目の前で争っている二人は元居た星でも仲が良かったはずだ。それなのに、何故、こんなにも喧嘩しているのか―――。

 

「貴様ぁ!私が!いない間に!よくも!信頼できるパートナーなど!作りおって!」

 

そう、セプテン=トリオンは叫ぶ。

 

「…貴様…!?もしかして…!嫉妬しているのではなかろうな!?」

「その通りだッ!」

「認めちゃったよこの人ォ!?」

 

原因はまさかのただの嫉妬だった。

なんと目の前のベアルクティ―――セプテン=トリオンは自分たちが居ない間に自分というマスターと契約していたことに嫉妬していたらしい。

だからといって嫉妬心でここまでなるか…?と流星は思ったがこれくらいが日常の喧嘩らしい。

どうやら彼らの日常は自分たち人間にとっては非常識なことばかりらしい。

もちろん、そんな非常識に巻き込まれてはたまらない存在だっているだろう。

例えば――――

 

「あぁもう!せっかくの拠点が台無しになったじゃない!」

 

例えば、彼女たちみたいにせっかくの拠点を台無しにされた者達とかである。

 

「いや、どういうことなの…?」

 

最早訳が分からない。

とりあえず、メテオニス達に声を掛けて撤退を図ろうとしたのだが。

 

「アンタ達も同罪!まとめてしばいたげるわ!」

 

この理不尽である。

いや、彼女たちからしたらいきなり拠点を破壊されたのだからこれを理不尽というのもまた違うのだろうか。

何はともあれ、ドライトロンVSベアルクティVS二人組という三つ巴の戦いが幕を開けようとしていた。

 

 




はい。カオス回に突入します。
今回は流星君とメテオニスの過去回です。

登場人物紹介

・龍牙流星
使用デッキは【デミスルイン】→【ドライトロン】。
儀式ジャンキー。最近アモルファクターPを使って、ガチロックを仕掛けるデッキを開発した。相手は死ぬ。

・メテオニス
地球の人たちに某TFと間違えられた。
ダークサイドムーンっておもしろいよね。

・セプテン=トリオン
嫉妬。

・二人組
拠点をぶっ壊された。「ゆ゛る゛さ゛ん゛!」

次回はまた二週間後くらいになります。


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熊VS機龍VS怪盗

「全員まとめてしばいたげるわ!」

「…サニー。落ち着いて下さい。…気持ちは分かりますが。」

 

廃ビルの屋上―――流星がぼうっとスーパーロボット大戦を眺めている最中にその二人はやってきた。

そしてそう言うや否やセプテン=トリオンを蹴り飛ばしたのだ。

 

「!?」

「…アイエエエ!?」

 

その闖入者は一撃で遥か彼方までセプテン=トリオンを蹴っ飛ばすと、追い打ちを掛けるようにセプテン=トリオンの行く先へと先回り。

そのまま天へと蹴り上げる。

 

「…もう駄目だぁ…おしまいだぁ…。」

「ええい!なんなのだあの二人は!?」

 

重量に換算すれば数百トンはくだらないであろうセプテン=トリオンを蹴り飛ばしたことから少なくとも精霊の類であることは分かる。

おまけに相当に場数を踏んでいることは容易に想像できる。

場数を踏んでいなければあんな動きは出来はしない。

おまけに彼女たちは「拠点」を壊されたと言っていた。

そして「まとめてしばく」とも。

 

「メテオニス!逃げ―――!」

「アンタがこの竜のマスターかぁぁああぁぁぁ!」

 

つまり、それはその殺気がこっちに向くわけで。

 

「…ちょッ!ええ!?ウソでしょ!?」

「嘘じゃないわよ!天!誅!」

 

気づけば流星は全力でその場を撤退していた。

が、相手は精霊。しかもメテオニスとタメを張るセプテン=トリオンを一撃で葬るような手練れ。

いくら化け物じみた身体能力をもつ流星でも流石に徒手空拳で勝てるような相手ではないのは明白だった。

というか捕まったら嫌な予感しかしない。

 

「…こうなったら!」

 

流星は覚悟を決めると追ってくる二人に対して、奥ゆかしい和の心の一つである土下座を披露した。

その土下座は余りにも美しく流麗で、あらゆるものの思考を一瞬止める。

しかし、あらゆる動きが静止したその中で流星は土下座の姿勢を取り続けた。

その所作には隠し切れないほどの気品が溢れている。

その背中は月明かりに照らされ、宝石の如く輝いていた。

 

「…なっ…?」

 

その行為は今しがた戻ってきたセプテン=トリオンの目にも入った。

そう。

二人組も、メテオニスも、セプテン=トリオンもその行為がどういう意味をもつかだなんて分かりきっている。

その行為の意味の持つところは―――謝罪だ。

しかも最も屈辱的な意味合いをもつのがこの土下座という姿勢なのだ。

セプテン=トリオンはその行為が自分たちが起こした戦闘のせいであるという事を悟っていた。

もちろん、二人には土下座をした流星をボコボコにするという選択肢だってあったはずだ。

そもそもそう簡単に頭を下げるなとも説教できたはずだ。

それなのに、彼の放つ無意識の「凄み」によって彼に手出しすることそのものが行ってはならない行為である気がしたのだ。

それほどまでに流星の土下座は美しく、綺麗だった。

 

「…はぁ、まぁいいわ。一応言い分だけは聞いてあげる。」

 

その凄みの圧にとうとう根負けしたのか一応、彼女の怒りはある程度沈んだようであった。

どのみち納得させなければ命の一つもないのだ。

 

「えーと…俺の精霊にあそこにいるベアルクティが喧嘩を吹っ掛けてきて…。」

「何?じゃあ、アンタ達は応戦してただけ?」

「うん。…そうなる、ね。止められなかった俺も悪いんだけどさ。」

 

そう言うと頭をポリポリとかきながら上体を起こす流星。

なんか上手いこと嵌められた気がするセプテン=トリオンは納得がいかないようであった。

だがいくらおかしいと思ってももう遅い。

完全に流星の言葉に乗せられた二人はセプテン=トリオンに凄まじい視線を向けた。

ついさっき一通りボコボコにしたはずなのに苛立ちは収まっていないように見える。

 

「…歯ァ食いしばれ!この駄熊ァ!」

 

ちんまい方がそんな大声をあげた瞬間。

セプテン=トリオンは本日二度目の紐無し逆バンジーを味わうことになる。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

サニーとルーナはこの先どうしようかと考えていた。

別によく考えてみればどんな手段を使ってもキスキル達を越えると言ったが流石にあの方法では越えられる気がしない。

あの時の自分達は相当焦っていたのだと気づかされてしまった。

だがもうそれは終わったことだ。

過去の事をうだうだ考えたところでキスキル達を越えることなんて出来ないのだ。

 

「…でもどうしよう…越える手段がさっぱり思い付かないわ…!」

「それはサニーのおつむが残念だからじゃない?」

「ルーナ?それ私の事を馬鹿にしているでしょ!?」

「だって馬鹿みたいにアバター盛ってるじゃん。」

「成長したらああなるのよ!」

「成長期終わっているのに?」

「まだ!終わってないわよ!」

 

今のサニーとルーナは怪盗団のトップと部下ではなく、ただの友人同士だ。だからルーナの物言いは容赦なくサニーの心にダメージを与える。

気の置けない関係である二人は互いの事を理解しながらも互いを煽り倒すのだ。

―――まあ、スタイルの話になると大体ルーナの独壇場となるのだが。

そんな日常を過ごしていると途端に地面が揺れた。

 

「ッ!?」

 

それと同時に聞こえ始める破壊音。

何か嫌な予感を覚えたサニーとルーナは急いで拠点としている廃ビルの地下室から脱出。

その直後に巨大な機械(メテオニス)の身体が拠点としていた廃ビルを押し潰してしまったのだ。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!?」

「悲鳴が汚いわよ、サニー…。気持ちはわかるけれども…ね。」

 

地下暮らしでこそあったが今までの拠点が結構お気に入りだったサニーは拠点が破壊されてしまったことに汚い高音で悲鳴をあげた。

それでもまだ地下室は無事だと思おうとしていた。

が、ここで追い討ちをかけるように機械の竜が天井を踏み抜き、完全に拠点が瓦礫の底に埋まってしまったのだ。

 

「……ルーナ。近くにマスターが居るわ。あの機械をどちらか黙らせてからシバきに行くわよ。」

「もちろん。…行きましょう、サニー。」

 

そして、「怪盗」として動き出したサニーとルーナはとりあえず視界に入ったセプテン=トリオンに強烈なキック(逆バンジー)をお見舞いすると、そのままどちらかの機械のマスターである人物の気配を探る。

その人物はビルの屋上に居るようで、数十発くらいの拳骨と少しの嫌味を言ってやろうとその者の下へと向かった。

その人物は自分達を認めると機械の竜を伴い逃げ出そうとして―――逃げられないと悟ったのか綺麗な土下座を披露。その姿に毒気を抜かれたサニーとルーナは互いに顔を見合わせると「まあ、言い訳くらいは聞いてやろう」という考えにはなった。

 

そして、話を聞いた二人がとった行動。

それはセプテン=トリオン()()をボコボコにするという行動だった。

そもそもセプテン=トリオンが暴れなければ自分たちの拠点がボロボロにされることは無かった。

とりあえず、直接の原因となったセプテン=トリオンのせいにしとけば何も問題は無いのだ。それこそ今までの鬱憤を晴らすためのサンドバッグにしても、だ。

流石にそこまではひどくないがもう一度蹴っ飛ばすくらいならいいだろう。

そういう考えでサニーは再びセプテン=トリオンを全力で蹴っ飛ばしたのだ。

 

「たーまやー」

 

そう呟いたのは誰だったか。

そして空には季節外れの汚い花火(爆発)が咲いたのだった。

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

旧市街地方面で起きた爆発。それは霊使や克喜、奈楽達の目にも入っていた。

もちろん咲姫や結にもその爆発は届いていたのだ。

これを緊急事態だと判断した者たちは急いで旧市街地に向かう。

もちろん一番最初に旧市街地にたどり着いたのは霊使一行だった。

空から「イヤッッホォォォオオォオウ!」なんて言いながら降りてきた霊使には流石に白い目が向けられることなったが。

続いて結とキスキル達が、その後に咲姫とクーリアたちが、最後にフレシアの蔦に乗り合わせて克喜と奈落、そしてウィッチクラフトと蟲惑魔達がやってきた。

 

「で?どういうことか説明してもらえるかい?二人とも」

 

キスキル達は呆れたような視線をサニーとルーナに向ける。

 

「こっちに来てから拠点を構えたのよ。そしたらそこで伸びてる駄熊のせいで拠点が破壊されたのよ。だからむしゃくしゃしてやった。反省も後悔もしていないわ!」

「…あー。それは…なんだ。怪盗という生業やらせてもらってる身から言わせてもらうとあっちで伸びてるのが有罪(ギルティ)だわ。」

 

が、その視線は一瞬で同情の物に変わった。

キスキル達もなんやかんやで彼女達の事は手の付けられない後輩ではなく、一人の―――一組のライバルとして認めていたのだ。なんなら他人を罠にかけたり、トリックで惑わせたりと言った点では自分達よりも上だ。

しかし、そんな彼女達の仕込んだ道具も、今までの成果も全てがれきの底に埋まったのだ。

それは一組の怪盗が廃業せざるを得ない―――生業を奪われたのと同義なのだ。

 

「で、どうする?―――行くとこないなら家来る?」

 

そんな申し出をしたのは結だ。

キスキル達との因縁なんぞ知らない結はサニーとルーナに手を差し伸べる。

久しぶりの善意に心を動かされたサニーとルーナはその申し出を受けることにした。

 

「…なら、お願いしようかしら。」

「そうですね。…お願いします、マスター。」

 

そう言って二人は優しく微笑んだ。

一方、今しがたボコボコにされたセプテン=トリオンはというと、記憶がないと言い始めたのだ。

 

「何をバカな…。」

 

メテオニスは何を言っているのかわからなかった。

嫉妬で襲い掛かってきたのは誰だったか。

が、当の本人には当時の記憶は全くなさそうだったのだ。

 

「どれ、メモリーでも…」

 

だが記憶領域(メモリー)を解析すればそんなウソはすぐに見抜けるのだ。

だが。

記憶領域に本当ににその記録が残ってなかったのだ。

 

「私は一体…?」

「…宇宙嵐にでもやられて回路が一時的なバグを起こしたのだろう…。」

「そうか…迷惑をかけたな、メテオニス…。」

 

そうして、とりあえずは解決を見たこの事件。

しかしながら、旧市街は完全に廃墟になってしまったのである―――。




VSダークライ

登場人物紹介

・サニーとルーナ

結たちに合流

・メテオニス
バグってたらしい。

今回はギャグ回なのであまり細かいことは気にしないでください。
取り敢えずギャグ担当の扱いが分かってきたかと思います。


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日常と裏に潜む悪魔

『…どうです?創星神様をよびだすための()()は見つかりましたかな?』

『ええ。雇いの怪盗である程度は集められました。…彼女らはよくやってくれましたよ。おかげでそのほかの触媒を"保護"の名目の下に集める事が出来ました。』

 

そう二人の男はほくそ笑む。

一人は深い皴を眉間に湛えた老人、もう一人は引き締まった体をした中年の男だ。

「創星神」の復活のために協力している二人は、誰が聞いているか分からないとして筆談で会話を交わしていた。

 

『全く…貴方の権力はとんでもないものですな…。』

『あくまでも行政上の立場や国とのパイプを上手いこと使ってるだけですから。それにボロがでれば処分は免れませんしね。』

『…この秘密を知る者は多くは無いでしょうな。…まさか貴方が裏で一連の騒動の糸を引いてるとは思いますまい。』

『…さて、ね。』

 

二人の計画は順調に進んでいた。

だが、どうにもこうにもここで詰まってしまっている。

創星神の遺したものを集めそれを触媒にして再び創星神を顕現させるには巫女の力が必要だ。その巫女も永い間神官を排出し続けるガスタの巫女である必要があるのだ。巫女についてもおおよその目星はついているが、未だ確証が得られないといった状況だ。

 

『…あの愚息が斯様な働きをしてくれるとは思いもしませんでしたよ。』

『愚息…ああ、霊使君ですか。』

『まさかあやつが連れていた女が巫女と同等の存在であるとはな…。それがもっと早く分かっていたなら奴を四道に縛り続けたままにしていたのだが。おまけに今代のガスタの巫女も確認できた。…しかもこの二人は姉妹だという。…これで計画の成功率も上がった訳です…。』

 

そう書くと老人はくつくつと笑う。

その笑いは余りにも汚く、下卑たものであった。

 

『貴方の事だ…。霊使君の精霊が巫女たる力に目覚めるまで泳がせていたんでしょう…?―――安雁(あんがん)さんも人が悪い…。』

 

そう書くと男はライターを用いて紙を燃やした。

この話は誰にもばれてはいけないのだ。

そして、確実に筆談を行った紙の処分を確認すると老人―――安雁は一枚のカードを取り出した。

そこから新しい紙を引っ張り出すと、これからやるべきことを書き連ねていく。

 

『これから我らが行うのは創星神様の配下であり、"影"である"影の人形(シャドール)"の作成ですぞ。』

『影の人形?』

『ええ。創星神様の意思で動く生きた人形。それがシャドール。この世界で作るなら原材料は生きた精霊となりますな。』

『つまり―――我々がすべきことはガスタの巫女かその妹の持つ力で創星神様の復活を行うということですね。』

『うむ。後は儀式に使った方をそのままシャドール化すればいいでしょう。』

 

こうして誰にも気づかれる事無く邪悪はその牙を研ぐ。

今を生きる若者たちにもその牙は容赦なく向けられるのだ。

それがこの世に蔓延る邪悪というものだから。

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

「いやー。ごめんねー。お父さん急に用事が入ったいうからさー。」

「俺としてはなんで奈楽が俺んちに来たのかを小一時間問い詰めたいところだけどな。」

 

星神奈楽は今、霊使の家に遊びに来ていた。

というのも父の旧友が家に遊びに来るらしく、色々と込み入った話をするらしい。

聞かれてマズイというわけでもないが、少しばかり黒い話をするそうだ。

癒着でも何でもない黒い話と聞いて真っ先に思い浮かんだのは創星神の事なのだろうか。

いや、さすがにないだろう。

そう奈楽は考えて、その思考を切り捨てた。

 

「…で?なんで俺ん()に来た?」

「…色々とアドバイスを貰おうと思って…?」

 

てへへと笑う奈楽。

 

「…奈楽…お前…そんな顔できたんだな…。」

「…そりゃ、感情の一つ位あるからねぇ。…機械じゃあるまいし?」

 

そういうと、頬を赤く染めた奈楽は恥ずかしそうに頬を掻いた。

なんというか、今の奈楽はこの前の奈楽よりもずっと強くなっている気がする。

 

「…そうだ。どうせだし、決闘やろうよ!」

「望むところだ!…でもちょっと待って。今、煮っころがしを作ってるから。」

「何故に煮っころがし…?」

 

その疑問は些か当然の物だったと思う。

何故、霊使が煮っころがしを作っているのか。

それは霊使いにも分からないのだから。

 

そして、手早くジャガイモの煮っころがしを完成させた霊使は奈楽の対面に座りデッキを取り出した。

 

「おまたせ。…じゃあ、決闘しようか。」

「うん。強くなった蟲惑魔の力を見せてあげるよ!」

「…強くなったのは俺もなんだぜ?…じゃあやるか!」

 

そして少年たちは無邪気に決闘を始める。

二人にとっては決闘こそがもう一つの言語で、思いの伝え方であるからだ。

 

「ふふっ…じゃあ僕のターンだね。僕は、カードを一枚伏せて"ジーナ"をジーナ自身の効果で特殊召喚しようかな…」

 

そして奈楽と霊使は互いに満足するまで決闘を行い続けたのだった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「あー勝てなかったかー…」

「この俺に破壊で対抗しようなど十年早いんじゃないか?」

 

結論から言うと最後の一回で完全にフレシア達の心が折れた。

というか奈楽の心も折れた。

霊使に先攻を取られた結果"I:Pマスカレーナ"と"閉ザサレシ世界ノ冥神(サロス=エレス・クルヌギアス)"のコンボによってボコボコにされたのである。

より具体的に言うならば自分のターンに召喚したはずのフレシアを"マスカレーナ"の効果と"クルヌギアス"の効果で()()()()()()()()()()()()()()()()除去されたのだ。

おまけに残ったクルヌギアスは効果で破壊されず、憑依連携でウィンまで復活して改めて召喚しても"大霊術―「一輪」"で能力を無効にされるのだ。

むしろここまで強烈なロックを掛けられて心が折れない方がおかしい。

 

「というか俺のデッキと奈楽の蟲惑魔は相性最悪だろ…。」

「確かに…ね…」

 

なんかどんどん萎びていく奈楽。

心なしか、生態がどんどん蟲惑魔寄りになっていっている気がする。

 

「おーい、萎びてるけど大丈夫かー?」

「大丈夫だよー。あとフレシア力持って行き過ぎ―…」

「…だって…」

 

だが、奈楽以上に萎びている存在が居た。

フレシアである。

連敗が予想以上に堪えたのか頭部のラフレシアが干からびていた。

そっちが本体だったのか。

まさに今明かされた衝撃の真実である。

 

「…一応言っときますけど…頭の花は……タンクなんですよ…?本体じゃ…ありませんからね…?」

「…なん…だと…?」

 

どのみち衝撃の真実だった。

 

「…それにしても…。」

「んぁ?どうした?」

「大所帯になったよね霊使君のとこはさ。もとから四人も女の子の精霊を連れてる時点で僕と同類だとは思ってたけどさ。ほら、君は"霊使い"達のマスターだろ?」

「…?何が言いたい?」

 

霊使は奈楽が何を言わんとしてるかさっぱり分からなかった。

 

 

「いや、新しく加入した子も女の子だったじゃん?ハーレムでも作るのかなーって」

「よし、殴ろう」

 

霊使はそんなことをあっけからんと言ってのける奈楽にほんの少しだけ殺意が湧いた。

確かに奈楽の言う通り、霊使が今まで契約を交わしてきた精霊はほとんどが少女だった。

だが、唯一の少年であるダルクと共に割と肩身の狭い思いをしてきたものである。

だいたい洗濯するときは誰が誰の物かごちゃごちゃにならないように女物は女物で、男物は男物でまとめて洗っているのだがそもそもの量が違う。

おまけに女子たちでまとまって話し始めるとその場にいては邪魔な男たちはさっさと退散させられるのである。

つまるところハーレムなんて望むやつらの気持ちが霊使には分からないのだ。

 

(…まあ、もっともな理由は()()なんだけどな…。)

 

だが、今の霊使は良くも悪くもウィン一筋だ。

だからこそハーレムなど望むべくもないのだ。

たった一人でも自身が心の底から愛せる存在を得たが故に。

故に少年は最も強く最も弱いのだ。

 

「…まぁ、もし。ウィンが、皆が狙われたんなら―――そいつにゃ俺の持てる全てで地獄にでも行ってもらうかな。」

「霊使君。顔、顔!」

「…あれが般若というものなのですね…。」

 

元々笑顔は攻撃云々だったか。

取り敢えず霊使の前ではウィンに絶対に手を出さない様にしようと改めて固く誓った奈楽であった。

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

『そういえば。』

 

同時刻。

安雁は帰り際にふと思い出したように紙に書いた。

 

『シャドール化に失敗した物の魂がこの辺りをうろついているそうですぞ?』

『既にシャドール化は試していたのですね?』

『うんむ…芳しい結果とは言えませんがな。』

 

二人はその後二、三言葉を交わすとそのまま別れた。

帰り際、安雁は神を引っ張り出したカードとはまた別のカードに向かって一枚の紙を放る。

その紙はカードに呑みかまれると同時に返答が書かれた紙を持ってきた。

それは四道が何かしらの連絡を行うために用いるもの。

 

(…霊使よ。貴様のような弱者に生き残る術はないぞ。)

 

安雁は心の中でほくそ笑む。

そんなとき不意に風に吹かれ、一枚の紙が舞った。

 

「ぬぅ…。」

 

その紙はひらひらと舞い、空の彼方へと消えた。

が、別にばれても大したことではないと割り切り、家への帰路を急いだ。

 

 

―――「四遊霊使を()()()()」。

 

その紙は誰にも届くことなく、ゆっくりとドブ川へと落ちていく。

 

 

いつだって、新たな始まりは唐突に訪れるものなのだから。

 

「…霊使君が狙われる…?」

 

ドブ川に沈む前にその紙の存在を認知したものが一人。

星神奈楽。

これから始まるのは霊使の命を懸けた―――闇のゲーム。

星神奈楽もまた、四道と霊使の因縁に巻き込まれることとなるのであった




登場人物紹介

・四道安雁
外道。吐き気を催す邪悪。
徹底的なまでの決闘主義者。

・???
霊使達が住む町の重要な地位にいる人物。

・霊使・奈楽
二人で決闘しまくった。
やっぱディープ・リンク・マインドには驚いたらしい。


そろそろ本編も50話なんですが…ストーリーは未だ中盤位ですかね。
…あとまた主人公君には試練が降りかかります。霊使はもう泣いてもいいと思う


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四遊霊使捕獲命令 その①:ヴェンジェンス

その日、とある廃墟に男の野太い声が響き渡った。

その男は近くにいた者の胸倉を掴むとその出所を確認。

それが確かな命令であったことに男は歓喜の声をあげる。

 

「…あいつを生かしたまま連れてこい…か。良いじゃねぇか。」

 

外道洛斗18歳。不良。

以前とある少年との決闘に負け、それ以降負けが込んだ男である。

一度の敗北で堕ちる所まで堕ちた外道は今では僅かな舎弟と共に暴力をかざし、奪い取った金で自身を四道の雑用として売り込んでいた。

そして今では理不尽な暴力でもって四道に仇なす者を狩る所謂「掃除屋」となっていた。

と言っても命を奪ったりなどしない。

命を奪ってしまえば確実に足が付く。

それだけは避けなければならないとの判断からだ。

だが、少年の捕獲は洛斗にとっては復讐のチャンスそのものである。

次こそその少年を負かし、尊厳をめちゃくちゃに踏みにじった上で―――屈服させる。

誰が強者で誰が弱者か。

それをはっきりと分からせる機会がようやくやってきたのだ。

これを好機と言わずに何と言おうか。

 

「あの時の礼をたっぷりさせてもらうとするかぁ…!」

 

時を同じくして四道に忠誠を誓う全ての者が一人の少年を狙い動き出す。

全ては彼らの望む世界に居たいと思うが故に。

洛斗が狙う男の名は四遊霊使。

彼を失墜させた張本人の男であった。

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

一方の霊使。

自分が狙われているとは露知らず、呑気に日常を過ごしていた。

勿論霊使には「自分が狙われている」という事を知る術など無いのだが。

だが、いずれは四道と対峙しなければならないことは既に理解している。

 

「…だからってわざわざ皆出てこなくてもいいでしょ…?」

「…だって次に会う相手が()()()かもしれないじゃん…?」

 

ただ、八人の精霊で前後左右に上下を監視するのは止めて欲しい。

なんというかこのままではこちらの精神が持たなくなってしまう。

 

「こうでもしないとまたアイツが霊使を殺したりしようとするでしょ?」

「…ウィンよ。後でその者の名を教えよ…。(わたし)がきっちりと地獄に叩き落としてやる…!」

「それとも私が情報かき集めて社会的に殺してあげようか?…まぁ、ウィンが教えてくれたら、だけど」

「ワーココロヅヨイナー」

「棒読みっ!?」

 

なんだろうか。

この精霊達、怖い。

社会的にも人生的にも殺すことに容赦がないだなんてなんと恐ろしいのか。

と、ここまで考えてふと思う。

思えばあの時に一度死にかけたのだったか。

確かにそれならばこうなるのも仕方ないのだろう。

というか、ウィン達が同じ目にあったら多分自分だってそーするだろう。

 

「…まぁ、もう一度俺の目の前に現れたら…その時は心をバキバキに圧し折って―…。二度と決闘できないようなトラウマを植え付けてー…。」

「霊使、ステイ。」

「あと霊使…あいつの話はもうやめてあげてくれないかな…。」

 

どうやらあの男の事は相当トラウマだったようだ。

心なしか、あの時に居た四人は顔が死んでいる。

その当時はまだ顕現していなくともカードには宿っていたため、何もできずに嬲られ続けるさまを見たのだろう。

 

「天災は忘れたころにやってくるというからなぁ…。」

 

霊使にとっても霊使いに達とっても最も忘れたいことといえば真っ先に上がるこの出来事。

本人があずかり知らないところでそれが阻止されてようとは今の霊使達には知る由もなかったのだ。

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

「…全く誰を尾行してると思ったら…テメェ…あの時の…!」

 

その日、九条克喜がその男を見つけたのはたまたまだった。

ウィッチクラフトたちと羽を伸ばそうと外出していたら、コソコソと親友を尾行する男を見つけた。

「ばれるとまずい」。そう考えた克喜はウィッチクラフトに精霊としての姿を消させてから男の前に出た。

あの日、あの場所でエリア達に蹂躙されていた男が目の前に居た。

 

「…あ?誰だテメェ…?」

「霊使の友人だよ。…なんでアイツを尾行してた…?」

 

偶然だってこうも重なれば必然だろうと思う。

この男は以前霊使に完敗を喫していたはずだ。

つまりそこから考えられることはただ一つ―――。

 

「復讐に決まってんだろ?俺を負かしたあいつに対するなぁ!」

「…そう簡単にやらせると思うか?」

 

そう、復讐だ。

確かに復讐することで前に進むことができる人間だっているのかもしれない。

だが、目の前の男の復讐は何も生まないただ、私欲を満たすためだけのもの。

 

「…そうはさせねーよ。ここで…お前を止める。」

「けッ…。まぁ、軽いウォーミングアップくらいにゃなるか…?」

 

だから、ここで止めなくてはならない。

自らの友を悪意に呑まれないようにするために。

 

「さあ、行くぜ…!準備はいいか!?」

「そりゃこっちのセリフだなァ…!粗挽き肉団子にしてやるよ…!」

 

こうして、誰にも知られる事無く一人の少年のメインを左右する決闘が始まったのだった。

 

「…先攻は俺だ。…俺は"ウィッチクラフト・ポトリー"を召喚!」

 

克喜はいつもの如く下級ウィッチクラフトを召喚する。

下級ウィッチクラフトは共通の効果として、手札の魔法カードと自身をコストとすることによって新たなウィッチクラフトをデッキから特殊召喚することができるのだ。

この効果で先攻一ターン目から上級、もしくは最上級のウィッチクラフトを並べ相手フィールドを制圧する。

それが、ウィッチクラフトの戦い方だ。

 

「…俺は"ポトリー"をリリースし手札から魔法カード一枚を捨てて効果発動!俺はデッキから"ウィッチクラフト・ピットレ"を特殊召喚する」

 

しかし、克喜が召喚したモンスターはポトリーと同じく下級ウィッチクラフトの内の一人であるピットレ。

 

「普通そういう効果は上級モンスターを召喚するものだろォ!馬鹿じゃねぇのか!?」

「安心しろよ…。()()()()()()()()()()。」

「何を言って―――!」

「俺は"ピットレ"をリリースし、手札から魔法カード一枚を墓地に送ることで効果発動!俺はデッキから"ウィッチクラフトマスター・ヴェール"を特殊召喚!」

 

がしかし、ピットレ召喚後はそのまま効果での最上級ウィッチクラフトの特殊召喚につなげた。

 

「…何が狙いだ…?」

「それを言うほど俺は馬鹿じゃねぇぞ…?更に墓地の"ウィッチクラフト・ピットレ"の効果を発動!このカードを除外することでデッキから一枚ドローする。…その後手札の"ウィッチクラフト"カード一枚を墓地に送る。…俺は"ウィッチクラフト・シュミッタ"を墓地に。更に"シュミッタ"の効果発動。墓地のこのカードを除外してデッキから"ウィッチクラフト"カード一枚を墓地に送る。…俺は"ウィッチクラフト・クリエイション"を墓地に。…エンドフェイズ。…俺は墓地にある"クリエイション"、"デモンストレーション"、"サボタージュ"の効果発動。これらのカードは自分フィールド上に"ウィッチクラフト"モンスターカードが存在すれば自分エンドフェイズに手札に戻る。…これで、ターンエンドだ」

 

克喜 LP8000

フィールド ウィッチクラフトマスター・ヴェール

 

あれだけ回しておいてフィールドに残っているのは第一印象が妙にむかつく幼女一人。

なんというかあれだけ大口を叩いておきながら一体しかフィールドに残ってはいない。

 

「ふぅん…。あれだけでかい口きいてた割にはしょぼそうなモンスター一体だけじゃねぇか!」

「…テメェ…!俺の相棒をバカにしたことを絶対に後悔させてやる…!」

「やってみやがれ!俺のターンだ!ドロー!来い…!"無限起動ロックアンカー"!俺は、"ロックアンカー"の効果で手札から"無限起動ハーヴェスター"を特殊召喚させてもらう。」

 

現れるのは二体の重機を模したモンスター。

あれが今後どのようになるかは分からないがなるほど。

確かにあれなら相対するモンスターを粗挽き肉団子にできるのだろう。

 

「"ハーヴェスター"の効果発動!デッキから"無限起動"モンスター一体―――今回、俺は"無限起動キャンサークレーン"を手札に加えるぜぇ!そして俺は"キャンサークレーン"と…今、手札にある"スクレイパー"の効果発動!このカードたちは自分フィールド上の地属性・機械族モンスター一体をリリースすることで守備表示で特殊召喚することができる!来い!"スクレイパー"!"キャンサークレーン"!さらに"キャンサークレーン"召喚成功時に墓地の機械族モンスター一体を除外して"超接地展開(アウトトリガー・エクスパンド)を手札に加えそのまま発動!」

 

しかしながら相手フィールド上に居るモンスターはどんどんその姿を変える。

そして、今。

相手フィールド上には同レベルのモンスターが存在している。

 

「狙いはX(エクシーズ)召喚か…!」

(…どうしますか?()()()を使うという方法がありますが…。)

(…そうだな。使うか。)

 

X(エクシーズ)モンスターとは総じて強力なモンスターが多い。

環境で暴れ散らかしたV.F.Dしかり、アーゼウスしかり。

目の前の男も相当に強力なXモンスターを所持しているのだろう。

だが、それでも霊使を斃すことができなかった。

それがこの男が霊使に復讐しようとする理由だろう。

大体、霊使がどのようにこの男を斃したかは想像がつく。

霊使に"メタバース"と"一輪"のコンボでも喰らって効果を無効にされたのだろう。

その後は、"霊使い"の効果でコントロールを奪われたか、"憑依連携"によって破壊されたかは知らないが。

少なくとも効果に「一ターンに一度」の制限が付いていると予測した。

 

「…俺は"キャンサークレーン"と"スクレイパー"の二体で…!オーバーレイ!二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築!X(エクシーズ)召喚!来やがれ!"無限起動リヴァーストーム"!さらにさらに、"R(ランク)U(アップ)M(マジック)―アストラル・フォース"発動。俺は"リヴァーストーム"でオーバーレイネットワークを再構築。」

「…そんな…!?ランクアップだって!?」

 

しかし、相手はその予測をはるかに超えてきた。

「ランクアップ」と呼ばれるエクシーズのなかでも使い手が少ない戦術だ。

それはそのはずでまず、「ランクアップ」に対応しているモンスターがNo.と呼ばれるカードと一部のエクシーズモンスターしか居ない。

現にエクシーズモンスターを主力とする奈楽の蟲惑魔もランクアップを行わないのだ。

舐めてかかると大変なことになる。

改めてその事を自覚した克喜は相手の行動に備えた。

 

「X召喚!来やがれ、"無限起動コロッサルマウンテン"!更に"超接地展開"の効果発動させてもらうぜぇ?俺の"無限起動コロッサルマウンテン"を対象とし、そのモンスターよりランクが2高いエクシーズモンスター一体をX召喚扱いとしてそのモンスターの上に重ねて特殊召喚する。…俺は"コロッサルマウンテン"一体でオーバーレイネットワークを再構築!X召喚!世界を揺らすは無限の力!あらゆるものを挽き潰せ!来い、"無限起動アースシェイカー"!」

「"無限起動アースシェイカー"…!?」

 

そのモンスターは余りにも大きく、余りにも狂暴だった。

意思があるかどうかは分からない。

ただ、その全身にある掘削機械はどれもヴェールを簡単に粗挽き肉に変えてしまいそうなものだった。

あれはまずい。

全身の本能がそう告げている。

 

「…"エフェクト・ヴェーラー"!俺は"アースシェイカー"の効果を無効にする!」

 

とっさにエフェクト・ヴェーラーを用いて、アースシェイカーの効果を無効にする。

逆に言えばこれでようやく条件が整った。

 

「チッ…。ならしょうがねぇ!カードを一枚伏せるぜ。さらにぃ、速攻魔法"エクシーズ・インポート"を"アースシェイカー"と"ヴェール"を対象として、発動する!」

「…今、()()()()()()()?たった今、英知の結晶は特殊召喚の条件を満たした…!」

「何ィ…!?」

 

克喜の奥の手。

それは自分フィールド上に居る魔法使い族のモンスター―――今回の場合はヴェールを対象とされたとき、又は攻撃対象に選択されたときに特殊召喚できるカード。

その際、墓地から"ウィッチクラフト"魔法カードか相手フィールド上のカード一枚を持ち主の手札に戻すことができるカード。

克喜にとってのヴェールに並ぶもう一枚の切り札。

 

「俺はお前の"アースシェイカー"を対象とし、そのカードを手札に戻し、"ウィッチクラフトゴーレム・アルル"を特殊召喚する!」

「なん…だとぉ…!?」

 

アースシェイカーが布やらなんやらで雁字搦めにされ、打ち捨てられるのと、いかにも魔女といった風貌の存在が出てくるのはほぼ同時だった。

かの存在こそがウィッチクラフトの最終兵器であり、最新鋭の叡智の結晶である存在―――「アルル」だ。

 

「…起動シークエンス再完了。ウィッチクラフト製ゴーレム、名称「アルル」、再起動します。また、休眠時に()()()()の出動要請があったために一時的に"オートメント・システム"を使用しました。この決闘が終わり次第速やかなメンテナンスを要求します」

 

アルルの姿かたちは人のそれだ。着ている服も少しばかり露出が多いことに目を瞑れば人間が纏っているものそのものだ。

しかし、アルルには決定的に人は違う点を持っていた。

それは「足」と「肌の色」だ。肌の色は人の者とは思えないほど白く、足の膝関節はいわゆる球体関節人形(ドール)と呼ばれるものにそっくりだった。

この二点から彼女はその名の通り「ゴーレム」であることは明らかであった。

 

「…ターンエンド、だッ…!クソがっ…!」

 

外道洛斗 LP8000

モンスター なし

魔法&罠  伏せ×1

 

完璧な動きをしたはずだった。

それをたった二枚のカードで返された。

それはかつての大敗を想起させるような状況で。

外道は屈辱で憤死してしまいそうなほどに激昂していた。

 

「俺のターンだ。…怖いか?」

「…なんだと…?」

「だから怖いか、と聞いてるんだ。このクサレ脳味噌。」

 

克喜は洛斗を煽りながら一枚のカードを差し出す。

 

「…俺が今引いたカードは"ウィッチクラフト・エーデル"。観念しろ。お前はもう、勝てない。」

「…ッ!」

 

克喜の差し出したカード。

それはたった今ドローしたカードだ。

何故わざわざ手の内を明かすような行動を取るのか。

それはもう既に"勝つ手段がない"からだ。

相手の手札は残り一枚。

墓地に"超電磁タートル"は無く、また最後の一枚の伏せ。

あれも恐らく破壊をケアするための"マーシャリングフィールド"であると予測していた。

 

「…ざけんな…!俺は…俺は…!誰よりも強いんだあぁぁああぁぁぁッ!テメェらなんかに!負けるなぞあり得ねぇんだよぉ!」

「…決闘者の風上にも置けない奴だ。…俺は手札の"ウィッチクラフト・デモンストレーション"を発動。手札から"ウィッチクラフト・エーデル"を特殊召喚。更に俺は"ウィッチクラフト・クリエイション"発動。デッキから"ウィッチクラフト・ハイネ"を手札に加える。更に手札の魔法カード1枚をコストに"エーデル"の効果発動。手札から"ハイネ"を特殊召喚。」

 

今の洛斗のフィールド上には使えるかどうかも分からない伏せカードが1枚。

それとは対照的に克己のフィールドには4体もの上級モンスターたちが存在している。

 

「今のお前には色々と足りないものが多い…が。一番足りないのはあれだな。」

 

克喜はゆっくりと右腕を振り上げた。

あれが振り下ろされれば自分は再び負けてしまう。

だが、もはやあの時のように暴力に訴えることもできない。

 

「やめ――――」

「どんな結果でも素直に受け入れる強い心だな。」

 

克喜はもはや見る価値もないと振り返る。

それと同時に右腕は振り下ろされ、風前の灯火であった自身の8000のLPは消し飛んだ。

 

洛斗 LP8000→0

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

「おーう、霊使ー。」

「克喜!?…なにかあったのか?」

「ま、ちょっとした野暮用ってやつさ。」

 

その後洛斗を近くの電柱に括りつけた克喜は何食わぬ顔で霊使と合流した。

その際に一瞬何があったかばれそうになったが隠し通すことに成功したのだ。

だが、克喜達は知らない。

これはまだ始まりに過ぎなかったのだと。

 

四道と霊使の因縁の始まりを告げたに過ぎなかったのだと、嫌でも思い知ることになる。

 

「霊使君ッ!無事かい――――!?」

 

二人が「あの命令」を知るまであと数秒――――。

そして新たな戦いが始まるまであと――――。




登場人物紹介

・九条克喜
久々の決闘。
切り札は"ヴェール"と"アルル"。

・外道洛斗
一話以来の登場。
自分を最上だと思い込んでいる人間の屑。
心をバキバキに折られた。

・四遊霊使
最近決闘より、肉弾戦の方が多いと思っている。
絶賛精霊化進行中



今回はほんの少しだけ強くなった克喜君のデッキお披露目回でした。
さて、珍しくシリアスが続きます。


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四遊霊使捕獲命令 その②:天使と天使

九条克喜が外道洛斗を制したのとほぼ同時刻。

四道咲姫は一人の修道女と向き合っていた。

その目には明らかに生気がなくもうずいぶん前に自我を喪失していることが見て取れた。

 

「…貴方は…四道咲姫…。創星神様に歯向かった大罪人…。」

「創星神を信仰する修道女―――四道の手先!」

 

その修道女は明らかに咲姫に対する敵意を向けていた。

だが、その中には羨望や嫉妬が混ざっている。

どうやら四道という存在でありながら創星神に逆らった咲姫に対して複雑な感情を抱いているようであった。

それはもしかしたら「自分もああなっていれば」という感情が彼女の何処かにあったのかもしれない。

だが、咲姫はどうしてそんな視線が向けられるかなんて理解していなかった。

理解する気もさらさらないが。

何故なら彼女は咲姫にとっての敵であるからだ。

 

「…四遊霊使捕獲の任の障害となると判断…。ここで、排除します。」

 

修道女は敵である咲姫を自らの使命の下に排除しようとする。

そんな修道女を見て咲姫は哀れとしか思えなかった。

信仰に殉ずるのは結構だ。

だがそれが原因で目の前の修道女は自分を見失っている。

それはとても辛いことである、という事を理解しているのだろうか。

だが、それはそれ、これはこれだ。

機械的に淡々と咲姫を処理しようとする哀れな存在が目の前にいる。

さらに自分にとって最も大切な人物の一人である兄を害そうというのだ。

 

「…あったま来た…!クーリア、目の前の哀れな神の奴隷を潰すよ。」

「ええ、そうね。―――クソみたいな呪縛から解放してさっさと楽にしてあげましょう。今の貴女ならできるはずよ。だから―――」

 

故に咲姫に手加減する理由などなく。

目の前の哀れな存在を排除―――もとい救済するのが自身の役目だと思えた。

 

「―――さあ、決闘(デュエル)を始めましょうか!」

「それに関しては同意します―――では、大罪人の処刑を開始しましょう。」

 

 

修道女 LP8000

 

「先攻は私が頂きますよ…。カードを一枚伏せ、魔法カード"おろかな埋葬"を発動。デッキから"ワルキューレ・セクスト"を墓地に。そのまま1000LPを払い墓地の"セクスト"を対象として魔法カード"終幕の光"を発動。墓地の"セクスト"を守備表示で特殊召喚します。…本来なら貴女も墓地から攻撃力2000以下のモンスターを特殊召喚できますが…。」

「…無意味ってわけね」

 

先攻一ターン目では墓地にカードなど溜まっているはずもなく。

結果的には目の前の修道女のみが得をした形だ。

 

「このカードが特殊召喚に成功したとき、"セクスト"の効果発動。"セクスト"以外のワルキューレモンスター一体をデッキから特殊召喚します。私はデッキから"ワルキューレ・シグルーン"を特殊召喚。さらに"シグルーン"の効果で手札から"ワルキューレ・エルダ"を特殊召喚します。」

 

たった一枚のカードから三枚もの戦乙女(ワルキューレ)達が姿を現す。

本来の彼女たちは戦士の魂を神の住まう世界へと連れて帰るのが目的だという。が、今の彼女たちにそんな考えは残っているのだろうか。

 

「…"エルダ"が私のフィールド上に居る限り、貴女のモンスターの攻撃力は1000ダウンします。さらに手札から"ワルキューレ・フィアット"を召喚しターンエンド。」

 

修道女 LP7000

フィールド ワルキューレ・エルダ

ワルキューレ・シグルーン

ワルキューレ・セクスト

ワルキューレ・フィアット

魔法・罠 伏せ×1

 

「……一気に盤面を整えられちゃったか…。」

「これで戦況は大分不利になってしまいましたね。咲姫、どうしますか?」

 

ワルキューレは一旦動き出すと一気に制圧してくるデッキだ。ワルキューレ・エルダの効果で攻撃力が1000減少する。

それに加えて永続罠"ローゲの焔"で攻撃力2000以下のモンスターは攻撃できなくしてくるのだ。

それこそ"溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム"や各種"壊獣"、霊使がもつ"閉ザサレシ世界ノ冥神(サロス=エレス・クルヌギアス)"等でリリース出来たりすれば簡単に"エルダ"を処理できるのだが―――。

 

「そんな都合のいいカードなんて無いよ…!」

 

生憎、咲姫はそれらのカードを所持していなかった。

つまり咲姫はこの後発動してくるであろう"ローゲの焔"を処理しながら"ワルキューレ・エルダ"を破壊し、かつ、新たなエルダが召喚される前か、新たな"ローゲの焔"を発動される前にに相手のライフポイントを削り切らなければならない。

 

「ああもう…!厄介すぎる!私のターン…ドロー!取り敢えず私は手札の"覇王門零"と"ドドレミコード・キューティア"の二体をペンデュラムスケールにセッティング!そして、自分P(ペンデュラム)ゾーンに"ドレミコード"モンスターカードが存在しているとき"レドレミコード・ドリーミア"は特殊召喚できる!」

「…わざわざモンスターを一体出して…罠発動!"ローゲの焔"!これより先、この炎の先を通ることはできません。―――ただ、渦に呑まれて消えていくのみですから」

 

相手の伏せは予想通り"ローゲの焔"。

これより先は攻撃力2000以下のモンスターは攻撃できない。

さらにエルダが行使する力によって攻撃力も大幅に減少。

結果、ドリーミアは完全に無力化され地面に這いつくばってしまっている。

 

「…さて、と。ドリーミア。もう少し頑張ってもらうよ。」

「うへぇ…。」

 

明らかに気の抜けた声がするが大丈夫だろうか。

決闘とというのは往々にしてブラックなモノなのだ。

 

「…私は手札の"ファンシア"を通常召喚。効果でデッキから"ドドレミコード・クーリア"を表向きでEXデッキに加えるわ。…フィールド魔法"ドレミコード・ハルモニア"を発動。この効果で私は"キューティア"のペンデュラムスケールをレベル分だけ上昇させて、9にする。さらに"ファンシア"と"ドリーミア"で"グランドレミコード・ミューゼシア"をリンク召喚。」

 

だが、今は思い切り彼女たちに動いてもらわねばならない。

だるそうに体を引き摺るファンシアとドリーミアは全ての力を振り絞ってミューゼシアを呼び出した。

ミューゼシアの素材となった彼女たちはEXデッキに帰っていく。

だが、彼女たちは自身が何を行うべきかを理解しているのだ。

文句を言わずに大人しく待機している様は信頼されているような気がして少しだけ嬉しかった。

 

「私は、永続魔法"魂のペンデュラム"を発動。…さらに、"強欲で貪欲な壺"発動。デッキの上から10枚を除外して二枚ドロー。」

 

これで取り敢えずの準備は整った。

今、この場で手札がゼロ枚になろうとこのターンで決着をつけてしまえば何一つ問題は無い。

決着はつかなくとも相手フィールドを壊滅に追い込めるのならまだいいほうだろう。

だが、賭けに出ないで勝てるほど甘くない相手であることも咲姫は理解していた。

 

「…私は魔法カード"カップ・オブ・エーズ"を発動。このカードはコイントスをして表が出たら私が、裏が出たら貴女がデッキから二枚ドロー出来る。」

 

故に咲姫は自身の運を信じることにした。

 

「運命の時間ですね…。さぁ、そのコインをトスしなさい。」

「もちろん。…いくよ。」

 

咲姫はデュエルディスクから排出されたコインを修道女に差し出す。

差し出されたコインにイカサマが仕掛けられていないことを確認した二人。

修道女は咲姫の拳にコインを乗せる。

 

「分かっていると思いますが…赤い方が表ですよ。」

「うん…。分かってるよ。」

 

咲姫は親指でコインをはじく。

弾いたコインは空を舞い、地面に落ちた。

 

結果は――――

 

「よし…!」

 

赤。

これにより、咲姫は二枚ドローする権利を得た。

デッキの上から二枚を手札に加える。

 

「カードを一枚伏せるわ。」

 

さらに自分フィールド上にカードを一枚伏せた咲姫。

これにて全ては完了した。

後は展開するだけである。

咲姫は右手を天に掲げると大きな声で叫んだ。

 

「描け!旋律のアーク!揺れて!音階のペンデュラム!」

「…!ペンデュラム召喚…!」

「私は手札から"シドレミコード・ビューティア"を、EXデッキから"ドドレミコード・クーリア"と"ファドレミコード・ファンシア"を召喚!そして、P(ペンデュラム)召喚成功時に"ミューゼシア"と"魂のペンデュラム"の効果発動!"魂のペンデュラム"のカウンターは一つ増え、"ミューゼシア"の効果でデッキから"ファンシア"のPスケールと同じレベルを持つ"ソドレミコード・グレーシア"を手札に。」

 

これで咲姫のフィールド上にも四体の天使が並ぶこととなった。

後は力押しで押しとおるだけ。

 

「…クーリアの効果発動!相手フィールド上の表側表示のカード一枚を対象として、そのカードの効果を無効にする。―――この効果は自分P(ペンデュラム)ゾーンに奇数のP(ペンデュラム)スケールがあればこの効果の対象を二枚にできる!私は"ローゲの焔"と"ワルキューレ・フィアット"の効果を無効に!」

「貴方のPスケールは…!いや、まさか…"ハルモニア"の効果…!」

「そう、今のPスケールにある"キューティア"のスケールは9!流石に9が奇数か偶数かくらいは分かるよね?」

 

そして、厄介な後続展開効果と2000以下の攻撃を封じた今、もはや、怖いものは何もない。

更に畳みかける咲姫。

 

「さらに、"ハルモニア"の効果発動!自分フィールド上のP(ペンデュラム)モンスターカードのP《ペンデュラム》スケールが奇数三種類以上、もしくは偶数三種類以上の時、相手フィールド上のカード一枚を破壊できる!響いて、"ディスソネス・サウンド"!対象は―――"ワルキューレ・セクスト"!」

「しまっ―――!」

 

唯一の守備表示モンスターを破壊されてしまった。

だが、どうやって"ワルキューレ・エルダ"を破壊するつもりなのだろうか。

 

「貴方には"エルダ"を破壊できない…!」

「それはどうかな、ってね。私は"シドレミコード・ビューティア"で"ワルキューレ・エルダ"を攻撃!」

 

今のビューティアの攻撃力は、"魂のペンデュラム"の効果込みで1800。

それに対してエルダの攻撃力は2000。

僅かにだがエルダには届かない。

 

「自分の最小のP《ペンデュラム》スケール×300以上の攻撃力を持つモンスターとのダメージステップ開始時に"ビューティア"の効果発動。―――そのモンスターを破壊する。」

「―――な!?」

 

しかしながら、エルダは戦闘を行う前に破壊された。

一体何が起こったというのだ。

 

「"シグルーン"に"クーリア"で攻撃。」

 

修道女には目の前の光景が理解できなかった。

ほぼ完ぺきに動いたはずなのに気づけばフィールドを壊滅状態にさせられている。

 

修道女 LP7000→6200

 

「次は"フィアット"に"ファンシア"で攻撃。」

 

修道女 LP6200→5900

 

次々と撃破される自分のワルキューレ達。

一体どこでここまでの差が生まれたのか。

 

「"ミューゼシア"でプレイヤーに直接攻撃。」

 

修道女 LP5900→4000

 

何故ここまで相手は強いのか。

体の全てが恐怖を訴える。

―――今自分が行っているのは本当に決闘(デュエル)なのか、と。

 

「削り切れなかったか…。ターンエンド。」

 

咲姫 LP8000

フィールド   ドドレミコード・クーリア

        シドレミコード・ビューティア

        ファドレミコード・ファンシア

        グランドレミコード・ミューゼシア

フィールド魔法 ドレミコード・ハルモニア

魔法・罠ゾーン 伏せ×1

ペンデュラムゾーン(ドドレミコード・キューティア)

         (覇王門零)

 

修道女は既にこの決闘に勝ち目がないことを悟っていた。

が、それはこの決闘を投げ出す理由にはならないことを理解していた。

 

(勝たなければ…!)

 

生への執着にも似た歪んだ勝利への執着が彼女をその場に縛り続けていた。

いつか勝ち続ければ自由になると思っていたから。

 

「私のターン…ドロー。」

 

だが、すでにそのドローに意味は無い。

今、どのようなカードを出しても返しのターンで葬られる。

しかも今引いたカードは"フライアのリンゴ"。

最早どうしようもない手札にターンエンドを宣言するしかなかった。

 

「じゃあ、私のターンだね。ドロー。…バトル。」

 

そして、このターンを凌げるはずもなく。

ドレミコードの一斉攻撃で修道女のライフポイントはいともあっさり吹き飛んでいった。

 

修道女 LP0

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

「危なかった…。」

 

咲姫は何とか勝てたことを幸運だと感じた。

まず、自手の素のステータスが低かったことが幸運だった。

さらに相手に自身の効果を無効にするカードが無かったことも幸運の一つであったといえよう。

綱渡りの上で成り立った勝利だったことに咲姫は余り驚いてはいなかった。

 

これで兄を守ることができた。

今の咲姫にはその気持ちの方が大きかったからだ。

 

「良かった。何とかなった―――。」

「…一つ聞かせてください。何故、貴女は四道家を離反したのですか…?」

 

どうやら修道女は決闘に負けたことで色々と思う事があったらしい。

だから、まず一番の疑問を解消しにかかってきたようだった。

 

「そんなの簡単だよ。―――私が()()()()()()()()()。」

「そうしたかったから―――!?」

 

そうしたかったから。

何でと言われればこう答えるしかない。

そう、本当に「そうしたかったから」そうしただけなのだ。

 

「…あの家に居たら―――改ざんされた記憶に気づいていなかったら。きっと私もあなたのように盲目的に四道に従っていた。でもね、それは"私"じゃない。―――貴方だって誰かに決められただけの人生は嫌でしょ?」

 

そう。咲姫は誰かに決められたレールの上を歩くのではなく、自分の足で歩きたいと願っていた。

ゆっくりでもいい。

それがきっと人生を面白くする魔法なのだから。

 

「私は、ドレミコードの皆が居るからここに居る。兄さんたちを守りたいから四道と戦う。―――ただそれだけなんだよ。貴女にはないの?大切なモノとか…さ。」

「大切な…モノ。」

 

その言葉を反芻した修道女は何かを分かった感じがして、ようやく前を向いた。

体ではなく、心が前を向いたのだ。

 

「…私は。」

「…うん。」

 

修道女の目には涙。

どうやらすこしずつ洗脳が解けてきているらしい。

 

「私はあなたと一緒に―――!」

 

咲姫と相対してから初めて発せられた修道女の望み。

その言葉は最後まで発せられることは無かった。

 

「…処理だな。」

 

乾いた声が微かに咲姫の耳に届いたとき。

目の前の修道女のペンダントが激しく明滅し始めた。

 

「咲姫ッ!」

 

迷わずクーリアが先を抱きかかえてその場を離れる。

その瞬間―――。

 

轟音と爆炎が空間を揺らした。

 

「…え?」

「…爆…弾…。」

 

恐らくあの爆風では彼女はもう助からないだろう。

始めて目の当たりにした人の死は余りにも凄惨で残酷で、あんまりなものだった。

 

「救いがない、なんて話じゃないじゃん…!」

 

一瞬人影が見えた気がしたが恐らくは間に合わなかった。

決闘した距離からあと一歩進んでいれば助けられたかもしれない。

 

だが、彼女はもう助けられないのだ。

 

「ごめんなさい…。―――貴方の仇は、必ず。」

 

咲姫は今日この日を忘れることはもうないだろう。

復讐なんてガラじゃないし、多くの物は望まない。

ただ、この背後に居る連中は一発ぶん殴ってやらないと気が済まない。

咲姫はこの日、新たな誓いを立てた。

名も知らぬ修道女の命を奪った非道な連中の罪を白日の下に晒すと。

 

「…行こう、クーリア。」

「ええ…。」

 

少女たちの足取りは重く、だが、確かな意思がそこにあった。




登場人物紹介

・四道咲姫
四道の非人道的な行為を改めて認識。
不破さん状態になった。

・修道女
爆発の後、彼女の痕跡は何処にもなかった。


咲姫がとうとう四道にキレました。


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四遊霊使捕獲命令 その③:WAVE1 Result

「大丈夫かい…!?」

「…?見ての通り俺は全然無事だけど?」

「あ…そう、か。良かった…!」

 

霊使と無事に合流できた奈楽は霊使の無事を確認して安堵のため息を吐いた。

その様子に思う所があったのか霊使は奈楽に何があったのか聞くことにした。

ただ。

あのいつも飄々としている奈楽がここまで焦っている時点で相当穏やかじゃないのは確かな事なのだろうが。

 

「―――これ、相当、というか物凄く頭に来る話なんだけど…。"四遊霊使を()()()()"って書かれた紙が目に入ってね…。ほら、僕、視力だけは良い方だからさ。」

 

奈楽から霊使に知らされた内容は一言で言えば「訳の分からないもの」であった。

およそ人扱いされていない霊使はこの事を聞いてどう思っているのだろうか。

顔色を窺うように霊使の方を見てみればどこまでも呆れかえったような顔をしていた。

 

「俺、一体どんだけ馬鹿な家に居たんだろ…。」

 

もはやここまでくると「馬鹿」だとかそういったレベルの域を超えている。

最早呪いの域にまで達している四道の持つ霊使への執念は行きつくところまで行った。

しかし、霊使はその執念を一蹴する。―――どころかどうでもいいとさえ思っている。

それこそ自分は一体どれだけ馬鹿な家に生まれてしまったのかということで頭を抱えるくらいには。

霊使にとっては向かってくるなら斃すし、もしそうでなければスルーする位の存在だ。

それよりももっと長い時間をウィンやダルク、エリアといった霊使い達や、克喜や奈楽、颯人達と言った友人たち、今では唯一の肉親ともいえる咲姫達と言った人たちともっと多くの時間を過ごしたいのだ。

少なくとも四道とかいう頭が逝かれた狂気的な集団と関わるよりは留年した方がマシ。

霊使にとって四道とはそれくらいの価値しかない相手だ。

なんなら「相手にする気がない」といっても差し支えは無いだろう。

むしろ霊使が心配しているのはウィンの方である。

霊使に深い愛情を見せるようになったウィンは霊使を害そうとしたり、誘惑しようとしたりする者には容赦がない。

それこそ以前の小夜丸とウィンのやり取りがいい例だろう。

 

「よし、ヒータちゃんに頼んで燃やしてもらおうか。そしてそのままエリアちゃんに押し流してもらってアウスちゃんに埋めてもらおう。」

「「「それはオーバーキルが過ぎる。」」」

 

案の定、ウィンは物騒な事を考えていた。

思わずその発言に吹き出してしまう霊使達。

 

「そうだね。…でも、それをやるとこっちも向こうと同じになっちゃうよ?」

「む…それはそうだけどさー…」

 

ウィンの言わんとしていることは分からないでもない。

それでも四道と同じ手段を行使するのは気が引ける。

 

「まあ、今皆に伝えたからすぐに来ると思うけど―――」

 

奈楽のその言葉が発せられたとき―――

 

爆音が、地面を揺らした。

 

「―――!?」

 

三人は互いに頷き合うと急いで煙の上がる場所へと急ぐ。

放火魔は放火現場に必ず居合わせるというように、その爆発の下手人もまたそこに現れると三人は確信していた。

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

「咲姫ッ!」

 

咲姫とクーリアと無事に合流できた霊使一行。

咲姫は未だに四道との通信網を持っているのか、降りかかる火の粉を払ってくれただけなのかは分からないが、何か一悶着あったようだった。

 

「…兄さん。無事だったんですね!」

「まぁ、な。それよりも―――」

「爆発―――のこと、ですよね。そうですね。それは―――私にあったことを話してしまった方が早いでしょう。」

 

そうして咲姫は今日起こったことをぽつりぽつりと語り始めた。

霊使を狙う者と決闘になったこと。

決闘は制したこと。

―――そしてその相手が四道の手の者であるということ。

―――そしておそらくは四道の手先としての役目を果たせずに処理されてしまったということ。

 

つまり、あの爆発は四道が起こした物であり、そして。

それは他人を殺すためのものであったということだ。

人の命を簡単に使い捨てられるような奴らが自分達を狙っているという事に霊使は、初めて激情を覚えた。

 

「…俺、さ。初めて四道の奴らと出会ったときさ。『出来ればこいつらとは関わりたくない』って思ったんだ。」

 

霊使はあれほどどうでもいいと思っていた四道の行いが急に許せなくなっていた。

思い返せば自分が殺されかけた恨みとかもあったのだろう。

だが、それは自分を瀕死に追いやったあの床に対しての恨みであって、別に四道そのもののへの恨みは無かった。

だが、今は違う。

四道の非道な行いを知った。

四道は人を簡単に殺せるのだと知った。

四道にはおよそ良心が無いことを知った。

ならば、霊使は四道を壊滅させる事ができる。

何故なら、それは霊使の日常を侵すものだから。

 

「―――でも今は違う。俺は四道をぶっ潰す。今日、これから。」

 

故に霊使は戦う選択をした。

規模も強さもどれほどのものか分からない。

だが、別に怖くは無い。

 

「今の俺は負ける気がしない…。かかってこい、四道!」

 

腹の底から大声で叫ぶ。

今、ここから四遊霊使の新たな戦いが幕を開けた。

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

「ふぅ…なんかこっちに戻るのも久しぶりだな、ウィンダ。」

「そうだねー。…元気にしてるといいんだけど。」

 

颯人とウィンダは無事に精霊界から帰還した。

彼らはガスタの里の近況を聞いて、胸を撫でおろしていた。

というのも、敵対部族であったリチュアの頭目が呪いに侵されていたからだ。

 

「まさかあそこまで共存が進んでいるとは…。」

「でもこれでエリアルとも大手を振って遊べるだろ?」

「そうだね!」

 

ウィンダはそう言って笑う。

そこには争いの影など無く、ただ互いに思い合う気持ちだけがあった。

だが。

二人とも理解している。

これからは再び戦いに身を投じることになることは。

二人が四遊霊使を対象とした命令を聞かされるまで後、数秒。

 




登場人物紹介

・四遊霊使

捕獲対象。
ぶっちゃけ、四道の現有戦力よりかは強い。

・九条克喜

霊使の決断を尊重。
というか殴り込みを掛けに行く予定だった

・星神奈楽

貧乏くじを引きまくっている子。


・風見颯人

帰還


さて今回は霊使の改まった決意でした。


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つかの間の休日

あれから一日。

警戒しながら過ごしたが結局四道の手の者は現れなかった。

しかしながらあの日の爆発は相当なニュースになったようで、学校も安全が確保されるまでは休日となった。

ここの所物騒な日々が続いていたからかこんなに穏やかな日を迎えられるなんて思っても居なかった。

 

「暇だ―…。」

「そうだねー…。」

 

人間、余りに何もないと気が抜けるとはよく言ったものだ。

現に自分が狙われているというのにソファの上で寝転んでいる男が一人。

霊使である。

ウィンと一緒になってソファの上でとろけているその姿はどこからどう見てもその身を狙われている人間の姿ではない。どちらかと言えば休日を寝て過ごす人間のそれに近いだろう。

その緊張感のない姿に思わずダルクは頭を抱えてしまう。

 

「二人とも…本当にそれでいいのか…なんか…おっさんみたいだぞ…。」

 

思わず突っ込んでしまったダルクは悪くはないだろう。

そもそもの話、なんで霊使が狙われているかを考えなければならないというのに、何をそんなに呆けていられるのだろうか。

 

「まぁ、原因は分かってるんだけどねー。」

 

どうやらこのマスターと風霊使いはとっくに原因に気づいているらしい。

ならばどうしてそれを自分に教えてくれないのだろうか。

ダルクは二人に思い切って聞くことにした。

 

「じゃあ、その原因って―――。」

「ああ、そっか。まだライナちゃんとダルク君には話してなかったね。…まぁ、一言で言っちゃえば家出したんだよね、私。多分四道の目的ってあれでしょ?創星神の復活でしょ?」

「それと家出に何の関係が―――。」

 

と、ダルクが言葉を発しかけたところでふと気づく。

精霊界でも創星神の話は有名だ。

なにせ、この世界を作ったのは他の誰でもないその創星神なのだから。

どっちの世界が先にあったかなんてのは分からないけれど少なくとも自分達が今、こうして踏みしめている地面は創星神が作り出したもの。

精霊界でもそう伝わっている。

そして、その創星神に対して毎年祭儀を行っている部族がある。

それが今、リチュアと戦争状態にあるガスタだ。

確か、創星神とガスタは切っても切れない関係であり、創星神の復活にはガスタの巫女の力が必要だという。

 

「まさか―――。」

「そ。"ガスタの巫女"としての私。それが四道の狙いだよ。今、この世界に居ないウィンダよりも巫女としての適性が高い私を狙ってるんだろうね。」

 

ウィンは口では笑っているが、目元が笑っていない。

確かガスタの里では巫女かその配偶者が次のガスタの族長になるというしきたりがあると聞く。

だが、これまでの付き合いで分かったことだが、ウィンはそう言ったものに縛られるのが大嫌いな、まさに風のように気ままに生たいという願いを持っている。

だからこその「家出」。

彼女は縛られ、その代わりに安定した一生を捨てて、彼女は不安定を代価に、自由な風になった。

自由になる代わりにその身が狙われることとなっても、それは彼女自身の選択だ。

それにどうして自分が文句を言えるのだろうか。

もし、その事に文句を言える存在が居るのであれば、それは霊使だけだ。

 

「まぁ向こうは目の上のたんこぶの俺をさっさと殺したいってのが本音なんだろうけどな!」

「いっそそれが目的なら清々しいくらいに屑の集まりなんじゃ…?」

「だから四道ってのは屑の集まり(そう)なんだって。」

 

流石に生家にその言い草はないだろうと頭を抱えるダルク。

だが、ダルクはこれまで見聞きした四道の行動を振り返ってみるとむしろ納得した。

確かにあれは「人間の屑」の集まりである、と。

嬉々として人の命を弄び、意味もなく誰かの命を簡単に消す。

そんな集団がまともであるはずが無いのだ。

それこそ唯一の例外は咲姫だけだろう。

 

「何も言えない…。」

 

ダルクは己のマスターが言ったことはいずれも正鵠を射ていたこともあり、もうそれ以上言葉を発しようとは思えなかった。

ただ。

彼は幸せになるべきだと、ダルクは思う。

そうでなければ二人とも報われないから。

 

(二人の幸せを願うぐらいは…いいよな。)

 

だから、ダルクはこの先も二人が幸せであれるように願った。

その願いを聞き取る者がいなくとも、それがダルクにできる精一杯なのだった。

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

時は移り変わって夕方。

霊使達は今―――

 

「おっ…霊使君じゃないか。今日は…鯵が安いよー!」

「霊使君、霊使君、今日はブドウが安いよー!」

「霊使君ー。こっちは国産の豚バラ肉が100グラム100円だよー!」

 

なじみ深い商店街へと来ていた。

流石に四道も人の多いところでは襲ってこないだろうとの判断である。

霊使達はこの商店街にある店の主の事をほとんど全員知っている。

というのも霊使達はこの商店街のイベントに精力的に参加していたからだ。

しかも、この商店街の人たちは皆いい人なのである。

お陰で今では商店街の店に顔を見せるだけで切れ端という名の枝肉やら売れ残りという名のキープ品を渡され買い物が買い物の体を為してないのである。

まぁそれは既にウィン達の存在を知っているせいでもあるが。

さすがにバイトする余裕がない上に4人を養わなければならないとなれば色々と援助したくなっちゃうだろーとは、肉屋の店主の言葉だ。今では霊使含めて9人の大家族になったがむしろ喜ばしいことだと全力で笑い飛ばした豪快な人である。

ここの商店街の店主は人が出来すぎていると霊使達は感動したものだ。

そんな事を思い返しながら歩いていると八百屋の店主に呼び止められる。

人が良さそうな笑みを浮かべた引き締まった体を持つ、髪に少し白髪が混ざったこの男の事を霊使は敬意をこめて「おっちゃん」と呼んでいた。

もちろんこのおっちゃんも霊使の事を知る一人である。

 

「おっ、二人とも。今日もデートかい?」

「えっ…いや…その…デ、デート…なのかな…?」

「まぁ、こっちからすりゃ二人は夫婦みたいなもんなんだけどなぁ!」

「おっちゃん!これ以上はウィンが死ぬからやめたげて!」

 

いい仕事をした、と言わんばかりに八百屋のおっちゃんはいい笑顔を浮かべる。

一方のウィンは恥ずかしさのあまりに赤面したまま地面に突っ伏していた。

これが格ゲーか何かなら八百屋のおっちゃんとウィンの対戦ダイヤグラムはまず間違いなく10:0でおっちゃん有利だろう。

 

「で、今日はキュウリが安いよ。確かエリアちゃんの好物じゃなかったかい?」

「エリアの好物はわらび餅だけど…でも最近はキュウリもよく食ってる。」

(キュウリも好きだよ!モロキュウ、おいしいよね…。)

(おい、マスター。既にエリアがおっさんと化してる!…ボクはモロキュウよりも叩きキュウリだね!どっちも用意してよ!)

 

八百屋のおっちゃんの本日のおススメ、キュウリ。

始め、生で出した時はさすがのエリアも苦言を呈した。

 

「さすがに手抜きすぎじゃない?」

 

と。

それは、ウィンもアウスもヒータも同じ思いだったようで激しく首を上下させていた。

が、霊使が差し出したもろみ味噌ををキュウリにつけて食したエリアの様子が一変。

それ以降、キュウリが食卓に上がると取り敢えず味噌を持ってきてはキュウリにつけて食べるようになったのだ。

ヒータも似たような理由で叩きキュウリを好むようになってしまった。

それ以降、霊使の家の冷蔵庫の野菜室には常にキュウリが一袋備えつけられるようになったのだった。

で、今日は夕飯の材料を買うついでにキュウリの補充に来たのだ。

おっちゃんの八百屋は全体的に質のいいものが安く売られている。

こんなんで赤字にならないのかとも思うがあくまで八百屋は副業。

メインは農家らしい。

こんなに野菜が安い理由も一言で言えば「自分で作っているから」。

 

「自分が作ったものをおいしいと言ってくれりゃあいくらでも頑張れる。」笑うその姿は余りにも恰好良かったのだ。

その熱意が籠った野菜を霊使は吟味するように一つ一つ眺めていく。

 

「じゃあ、キュウリと―――あれ、冬瓜じゃないですか。じゃあ、冬瓜をハーフサイズで一つ。」

「ほいほいっと…あ、お代は冬瓜だけでいいよ。今年はキュウリがたくさん採れたからねー。売ってたら消費しきれんのよ。」

「本当ですか!すいません。わざわざ。」

「いいってこと。はい、じゃあ冬瓜ハーフサイズで200円ね。」

 

代金を払い、良い買い物ができたとほくほく顔の霊使。

霊使が帰った直後に八百屋から驚きの声が聞こえたが十中八九キュウリの無料配布だろう。

「貰っていいんですか!?」とか聞こえていたし。

その後、ウィンといくつかの店を冷やかしながら夕飯の食材を買い集めたのだった。

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

「手伝いましょうか?マスター。」

「ん。じゃあ、冬瓜の下処理をお願い。」

「はいはい。」

 

基本的に料理を作るのは霊使の役目だ。

この家のどこに何があるか理解しているのは霊使位だし、この場所で最も調理を行っているのは霊使だからである。と言っても最近は霊使いに料理を教えるために大体誰かとキッチンに立つことが多いのだ。

が、ここの所は連戦続きでほぼ出来合いの総菜ばかりだった。

それを考えるとどうしても今日は料理したかったのだ。

 

「えっと…冬瓜は種とワタを取り除いて…。」

「そうそう。ちゃんと下茹でも忘れないようになー。」

 

アウスに冬瓜の仕込みをやってもらっている間に霊使は本日のメインの調理に取り掛かる。

 

「まずはエビの尻尾の先を切って水分を扱き出す。そしたら背ワタを取って。…後は身が曲がらない様に切り込みを入れて、と。」

 

本日のメインは天ぷらだ。

季節感も何もあったもんじゃないが冷蔵庫の中の余った食材を結構簡単に消費できる便利な料理だった。

 

「なすはヘタを取って末広がりに。マイタケは一口サイズになるように手で割く、と。後はあらかじめ下味をつけといた鶏肉と、後は―――しし唐でも揚げるか。」

 

今日のメインである天ぷらの具材をどんどん調理していく霊使。

9人分ともなるとかなりの量になるため大急ぎで作らなければならないのだ。

その中で霊使の調理スキルはまた進化し、今では短時間でたくさん作る術を獲得していた。

その分種類が少ないのはご愛嬌というやつだ。

 

「マスター、下処理終わりましたよ。」

「分かった。それじゃあそのまま味噌汁にしちゃってくれ。」

「もちろんです。」

 

霊使の家では調理するときはカセットコンロを用いることが多い。

それだけ9人分の調理というのは手が回らないものだ。

そうこう言っているうちに料理が出来上がった。

始めはこの量が出来上がることに驚いたものだ。

が、既にその事にも慣れ始めた霊使達は大量に出来上がった料理を全員で手分けして運んでいく。

そして全員分の料理が並んだ所で全員が手を合わせた。

 

「いただきます」

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

「ごちそうさまでした」

 

全員の声が再び重なる。

皿の中身はすっからかんで、揚げカスの一つも残っていない。

 

「おいしかったー…。」

「サクサクとした、しかし、油が程よく切られていてくどくなかった。…実に美味かったぞ。」

 

各々が感想を言いながら食器を流しに持っていく。

そして霊使が軽く汚れをふき取り食洗器にぶち込んだ。

後は食洗器のスイッチを入れて自由時間だ。

 

「あ、ちゃんと歯を磨けよー。」

 

精霊に虫歯という概念があるかどうか知らないけれど取り敢えず注意だけはしておく。

もし虫歯になってでもなったら保険証が無い彼女たちの治療には決して低くはない額を請求されるだろう。

残念だがそんな金は無い。

 

そうして一日は過ぎていく。

そして、全員が寝静まった。

 

「ダルク…どこ…?」

 

寝ぼけたライナがダルクの寝床に侵入したのはまた別の話である。

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

ウィンは皆が寝静まった後に目を覚ました。

ただ、眠たくなくなっただけとも言えるし、隣に霊使が居ないのが少しだけ不安になったとも言える。

その不安を紛らわすためか、はたまた夜風に当たりたかったのかは定かではないが、ベランダへと向かった。

 

「霊使、いたんだ…。」

「何とはなしに風に当たりたくなって、な。」

 

ベランダにいた先客―――霊使の隣にウィンは立つ。

手すりにそっと腕を置くとウィンはほう、と息を吐いた。

季節は既に夏。

耳を澄まさなくとも蝉の鳴き声が響き渡る。

 

「なあ、ウィン。―――平和だよな、今日って。」

「そう、だね。」

 

霊使は唐突にそう切り出した。

 

「俺さ、怖いんだ。戦う事を決意したのはいいけど…もしかしたら大切なモノを落とすんじゃないかって。」

「霊使…。」

 

ウィンは否定も肯定もできなかった。

確かにそうだ。

今までの戦いは善人同士の意地のぶつかり合い。

だからこそキスキル達は霊使を殺さなかったのだ。

だが、今までの戦いやこれからの戦いは違う。

文字通りの「悪人」が相手なのだ。もしかしたら何かを失ってしまうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。だが少なくとも、負けたら碌な目に合わないことは確かだ。

だからこそ怖いのだろう。

 

「…今まで戦ってきたやつがいまさら何言ってんだって話だけどな。」

 

霊使は今になってウィン達をどれほどの危険の中へと誘ったのか理解してしまったのだ。

きっと霊使の中では昨日の爆発の光景がフラッシュバックしている事だろう。

だからこそ霊使は弱音を吐いた。

 

「…大丈夫だよ。私達(精霊)霊使(マスター)は一蓮托生。だから私達は一緒に居る―――なんて思ってるんでしょ。今はね、もう違う。()()()()使()()()()()()()一緒に居るの。だから大丈夫。容赦なく私達を巻き込んでいいよ。」

「全く…心強いな…。」

 

霊使が吐いた弱音をウィンはありのままに受け止める。

霊使が弱音を吐くなんてそれこそウィンの前でも無かったのに。

なぜ今になって、とかはどうでもよかった。

 

「…一緒に寝る?」

「…やめい。またエリアに煽られるっちゅーの。…まぁお願いしようかな。」

「甘えん坊さんなんだから。」

「いいだろ別に。」

 

二人の時間は一瞬で過ぎていく。

ほんの少しでも時の流れがゆっくりになればいいのに。

ウィンはそう願わずにはいられなかった。




登場人物紹介

・霊使
割と豆腐メンタル。
取り敢えず今回の戦いにウィン達を巻き込んでいいものか考えていた

・ウィン
忘れていると思うけど正ヒロイン。
霊使のメンタルを修復した。

・エリア
モロキュウ好きの女の子
絶賛おっさん化進行中

・ヒータ
叩きキュウリ好きの女の子
絶賛おっさん化進行中

・アウス
霊使いの中で一番料理が上手い。
得意料理は肉じゃが

・ライナ
寝ぼけてダルクの寝床に潜り込んだ

・ダルク
取り敢えず四道絶対許さないマン。
ウィンがフリーダムなのをすっかり忘れていた。

・クルヌギアス・マスカレーナ
同室。
料理下手な二人


・おっちゃん
めっちゃいい人

・マスカレーナ、クルヌギアス


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四遊霊使捕獲命令 その④:WAVE2 START

「全く…まさか生きてるとはな…。」

 

四道空也は霊使のしぶとさに頭を抱えていた。

確かに弟からは始末したと聞かされていたのだ。

何故かは知らないが弟は霊使にご執心だ。

一度定めた獲物は逃がさないという意味で狙っていると思われるのだが。

 

だが、流石に二度目は無いだろう。

今日、確実に四遊霊使はあの男に殺される。

それは確定事項なのだ。

それこそ、天地がひっくり返らなければ。

弟が四遊霊使に敗北しなければの話だが。

 

「…やれやれだ。逃がさないようにしといてやるか。」

 

だが常に最悪を考えておかなければ不測の事態に対処できない。

故に四道空也は彼の弟の後を追う。

その目的は霊使ではなく自らを負かした咲姫であることに自覚がないまま。

空虚な男は夜の街を駆けた。

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

四遊霊使は今、最大級の危機に瀕していた。

かつて自分を瀕死―――否、一度殺した相手と相対していたからだ。

その男は狂気に彩られた笑みを浮かべて霊使へと迫る。

 

「待ってたよ―――、お前を倒せる日を。」

「俺を倒すだぁ…?中々面白いことを言ってくれるじゃねぇか…!」

 

霊使は目の前の男を睨みつけながら、ゆっくりと後退する。

そこには慎重さしか存在していない。

それこそ不意打ちが来ても即対処できるような距離を保っている。

 

「それにしても…まさか生きてるなんて思いもしなかったぜ…。確実に出血多量で殺せる位置を狙ったんだがな。どーなってやがる?」

「一か月ほど意識が戻らなかったんだ。俺にも分かんないな。」

 

それはそうと男はやはり霊使を殺しにかかっていたようだ。

あの時向けられた感情は殺意以外の何物でもなかったと改めて実感する。

 

「ま、やっぱ不意打ちで殺せなかったのなら…決闘(デュエル)で決着つけるしかねえよな。」

「…そうだな。…おい、後いい加減に名乗れよ。」

 

霊使も決闘で決着をつけるのは賛成だ。

それはそれとしていい加減に名乗ってくれないものだろうか。

いい加減「お前」という風に呼ぶのに飽きが来たところだ。

 

「…テメェ程のモンに名乗りたくもないがいいだろ。テメェを殺す男の名はな、四道零夜(しどうレイヤ)というんだ。冥途の土産に覚えときな。」

「分かった。四道零夜―――お前を、斃す。」

「来やがれ―――四遊霊使ィ!」

 

かつての因縁はここに実を結ぶ。

一度は殺されかけた男も、一度は瀕死に追い込んだ男も今は同じ決闘者(デュエリスト)

故に小細工なし、イカサマなしのガチンコ勝負。

少なくとも小細工やイカサマなんて行った日には決闘者としての全てを失うことになるだろう。

 

「さあ、始めようぜ?先攻はくれてやるよ。―――さあ、たっぷり苦しもうぜぇッ!」

(霊使!分かってるよね…!これは多分―――)

(闇の決闘(デュエル)か。確かに小細工なしだけどな。)

 

ウィンの警告が無くとも分かる。

この雰囲気は確かにヤバい。

以前キスキル達と決闘したときに感じたものと同じだ。

 

「闇のゲームの始まり…ってなァッ!」

「いくぜ。―――俺のターンだ!」

 

霊使 LP8000

 

そしてついに命を懸けた決闘が始まる。

先攻は霊使。

いつもの通りにできればいいのだが。

霊使は気持ちを落ち着かせて手札を見た。

―――理想的な手札。

内心でガッツポーズを取った霊使は盤面を完璧にしようと動き出す。

 

「俺は手札一枚を捨てて速攻魔法"精霊術の使い手"発動。デッキから"憑依覚醒"と"憑依連携"を選択。今選んだカード一枚をセットしてもう一枚を手札に。そのままセットカード"憑依覚醒"発動!更に手札から永続魔法"妖精の伝姫(フェアリーテイル)発動!…俺は"憑依装着―ダルク"を召喚!」

「マスター…コイツ、凄いヤバい気配がする!―――一体何人あの手で殺されたんだ!」

 

わりと悪魔然とした使い魔を連れたダルクがその姿を現す。

ダルクは使い魔の性質上悪霊だとか怨念だとか。そう言ったものには敏感だ。

それ故にダルクは零夜を警戒する。

 

「…ダルク。今はまだ―――。」

「分かってる。」

 

今にも殴り掛かりそうなダルクを制止しながら霊使は自身のプレイを続ける。

全てはこの男をぶん殴るため。

そして、四道と戦えるという事を証明するために。

 

「攻撃力1850のモンスターが登場したことにより"覚醒"の効果発動。デッキから一枚ドローする。」

 

ドローしたカードを確認する霊使。

その目は確かに何かを掴んだ眼だった。

 

「…俺はカードを二枚伏せてターンエンド。」

 

霊使 LP8000

フィールド   憑依装着ダルク

魔法・罠ゾーン 憑依覚醒

        妖精の伝姫(フェアリーテイル)

        伏せ×2

 

霊使は"一輪"を発動することなくターンエンド。

メタバースもテラ・フォーミングも引けなかったというのは中々にキツイ。

だが、それ以上に"仕込み"を行うことができた。

 

(…ヴェルズは確か…召喚権を増やしてモンスターを並べるんだっけか。)

(死ぬほど厄介なデッキさ。…ちゃんと学習してんだな。)

 

ダルクと二人でばれないように念話をする。

そんな霊使に零夜は憎悪と殺意で塗れた目を向ける。

 

「俺のターンだ!…ドロー!…このカードは、相手フィールド上のモンスターが自分フィールド上のモンスターの数より多い時、このカードは特殊召喚できる!"ヴェルズ・マンドラゴ"を特殊召喚!」

 

相手フィールド上に現れるのは死んだ目と頭部に棘が付いた葉を持つ生物。

なんというか単語で言い表せないそのモンスターは、常に瘴気を漂わせていた。

見ただけで分かる。

あれは邪念―――悪意の塊だ。その濃さはあのモンスター一体でも数万人規模で発狂させられるだろう。

そんな悪意の塊があの「ヴェルズ」というモンスター群なのだ。

 

「更に俺は"ヴェルズ・カステル"を召喚!このカードによって俺は再び"ヴェルズ"モンスターの召喚権を得る。俺は更に"ヴェルズ・ケルキオン"を召喚だァ!」

 

更に増えるヴェルズ達。一体一体の攻撃力は辛うじてダルクに及ばないもののそれでも同じレベルのモンスターが複数体並ぶというのは避けなければならない事だった。

 

「エクシーズが狙いッ…!」

 

どうやらヴェルズというカテゴリは召喚権を増やしながらエクシーズモンスターでゴリゴリに押すデッキらしい。悪意に塗れたモンスター達からしたら力が振るい放題なのでらしいといえばらしいのだが。

 

「よく分かってんじゃねぇか!俺は"カステル"と"マンドラゴ"の二体でオーバーレイ!エクシーズ召喚!来い!"ヴェルズ・オピオン"!こいつはダルクの攻撃力を上回ってるぜぇ?」

「そう易々と破壊させるかッ!(トラップ)発動"憑依連携"!俺は墓地の"憑依装着―ウィン"を特殊召喚!行って来い、ウィン!」

 

この場でダルクを破壊される訳にはいかない。

故に伏せカードの内の一枚を使()()()()()

出来ればこのカードは真の切り札まで取っておきたかったのだが使ってしまったものは仕方が無い。

だが、これで攻撃力2550のオピオンは退場させることができた。

未だ、流れは霊使の手の中に。

このまま押し切りたいところではあるが果たしてうまく行くのだろうか。

決闘というのはいくら警戒しても警戒し足りないのだから。

"覚醒"の効果でデッキから一枚ドローした霊使。

このタイミングで普通このカードが来るか?と思わせるようなカードが来た。

 

「…ちッ!まぁいい。…俺は"ケルキオン"の効果を発動させてもらう!俺は墓地の"マンドラゴ"を除外して"ヴェルズ・カステル"をもう一度手札に!…更に俺はカードを二枚伏せてターンエンドだ。」

 

零夜 LP8000

フィールド   ヴェルズ・ケルキオン

魔法・罠ゾーン 伏せ×2

 

どうやら互いのデッキはお互いに手札が蒸発するデッキだったらしい。

霊使の手札はこのドローを含めて二枚。

一方の零夜も手札は残り二枚。しかも一枚は"ヴェルズ・カステル"であることが確定している。

実質判明していないという点では零夜の手札は一枚。

手札アドバンテージという面では霊使の方がほんの少しだけ有利だ。

 

「俺のターンだ…ドロー!俺は手札から"憑依装着―アウス"を召喚!"覚醒"の効果で一枚ドロー。…更に俺は"妖精の伝姫"の効果で手札の攻撃力1850、魔法使い族モンスターである"憑依装着―エリア"を召喚!」

 

ポンポン出てくる霊使い達。

既に四属性存在することでウィン達の攻撃力は3050まで上昇。

下級モンスターでどうこうできる次元の攻撃力を突破している。

 

「…バトルだ!俺は"憑依装着―エリア"で"ヴェルズ・ケルキオン"を攻撃!」

「残念だったな!罠発動"攻撃の無力化"!これでこのバトルフェイズは終了だァ!」

 

だがここで妨害されてしまった。

これでこのターンは終了せざるを得ない。

 

「カードを一枚伏せてターンエンドだ。」

 

霊使 LP8000

フィールド   憑依装着―エリア

        憑依装着―アウス

        憑依装着―ウィン

        憑依装着―ダルク

魔法・罠ゾーン 憑依覚醒 

        妖精の伝姫(フェアリーテイル)

        伏せ×2

 

確かに攻撃は出来なかったがそれでも十分。

ヴェルズのモンスター達にも負けない攻撃力を持つ自慢の相棒達が傍にいるだけでなんとかできると思ってしまう自分がいる。

何とかしなければ死ぬだけなのだが。

 

「…俺のターンだ。ハァ…認めてやるよ霊使。お前は俺が本気を出すに値する相手だってな。ドロー…。俺は――"レスキューラビット"を召喚!」

「あっ。…これはマズイな…!」

 

レスキューラビット。

このカード自身を除外することで同名かつレベル4以下の通常モンスターを二体特殊召喚できるカード。

もちろん霊使本人にとっても非常にトラウマなカードである。

主にそこからエクシーズ召喚され連続ランクアップを重ねた上に降臨したSNo.39とかがその最たる例だろう。

思わず叫んでしまったが確かに、ヴェルズとの相性は抜群だ。

ふざけるななんてレベルではない。

だがそれと同時に零夜の纏う雰囲気も変わったのだ。

恐らくは真に倒すべき相手として認識された。

 

「"レスキューラビット"を除外して俺は"ヴェルズ・ヘリオロープ"二体を特殊召喚。俺は二体の"ヘリオロープと"ケルキオン"の三体でオーバーレイ!…悪意の円環よ、今、ここに来たれ!エクシーズ召喚!来い"ヴェルズ・ウロボロス"ッ!」

 

現れるのは悪意の龍。

攻撃力は2750であり、霊使い達に届いていない。

それでも、恐らくは()()()()

 

「俺は更に"侵略(しんりゃく)汎発感染(はんぱつかんせん)"を発動!これで"ウロボロス"はターン終了時までこのカード以外の魔法・罠の効果は受けつけない。」

「…!」

 

これは不味い。非常に不味い。

このままでは―――

 

「さあ、"ウロボロス"の効果発動の時間だァ!X(エクシーズ)素材を一つ取り除き、俺は"憑依覚醒"を手札に!」

「だろうな。…俺はこの瞬間に永続(トラップ)"憑依解放"発動!」

 

確かに霊使いの強さを支える"憑依連携"が手札に戻されてしまったのは痛い。

だが転んでもただで起きないのが霊使という男だ。

破壊できないのなら後続を確保してしまえばいい。

だが。

 

「俺はこのタイミングで(トラップ)カード"エクシーズ・リボーン"を発動するぜ!墓地の"ヴェルズ・オピオン"を特殊召喚してさらに!このカードをエクシーズ素材とするゥ!」

 

さらにヴェルズがもう一体。

これでは確実に甚大な被害を被ってしまう。

 

「バトルだ!"ヴェルズ・オピオン"で"憑依装着―ダルク"を攻撃!」

「"妖精の伝記(フェアリーテイル)の効果で元々の攻撃力が1850のモンスターが居れば一ターンに一度だけ俺が受ける、戦闘、効果ダメージは0となる…!更に"解放"の効果でダルクと属性が違う元々の守備力1500の魔法使い族モンスター一体をデッキから特殊召喚する。"憑依装着―ヒータ"を特殊召喚だ!」

 

ダルクとオピオンの戦いは一瞬だった。

余りの速さでダルクはオピオンを捉えきれずそのまま一撃をもらい、吹っ飛ぶ。

明らかに致命傷レベルのそれは、しかし、妖精の尻尾によってその威力を大きく減衰させていた。

 

「でもまだ終わってないぜ?…続けて"ヴェルズ・ウロボロス"で"憑依装着―ウィン"を攻撃!」

「ぐうっ…!」

 

霊使 LP8000→7100

 

ウィンの受け止めきれなかった衝撃が霊使の内臓を揺らす。

ウィンに至っては気絶寸前にまで追い込まれていた。

 

(大丈夫か…ウィンッ!)

(なんとか…でもこれ…なんか闇落ちしそうな感じはある。)

(後でたくさんかまってやるから。)

 

なんやかんやでお互いに無事そうであった。

ただ互いに被害が無かったことには内心安堵していたが。

 

「…メインフェイズ2。俺は"オピオン"の効果発動。X素材を一つ使いデッキから"侵略の侵喰崩壊"を手札に加えてそのままセットするぜ?…何もなし、か。…これで、ターンエンドだ。」

 

零夜 LP8000

フィールド   ヴェルズ・ウロボロス(X素材×2)

        ヴェルズ・オピオン (X素材×0)

魔法・罠ゾーン 伏せ×1

 

(あの伏せは"侵略の侵食崩壊"で確定…。どうあってもバウンスされる…か。)

 

霊使は既に勝つための道筋は見つけてある。

これから先考えるのはどのようにして"侵略の侵喰崩壊"における被害を低減できるのかだ。

恐らく、相手の狙いは"憑依覚醒"と"憑依解放"の二枚。

この二枚を片付けてしまえば霊使い達の攻撃力は元に戻る。

ならば、あのカードを使わせればいいだけ。

先ほど使わされた"憑依連携"と同じ事をやり返してやればいい。

ここにきて最初の"覚醒"の効果で引いたカードが活きてくる。

 

「俺のターンだ!…ドロー!」

 

裂帛の気合と共にデッキトップから引いたカードを確認する。 

ぶっちゃけここでこのカードを引いてしまうとは。

なんなら欲しいカードは最初から手札にあったため、ある意味でこれはオーバーキルともいえるだろう。

 

 

「俺は手札から速攻魔法"サイクロン"発動!その伏せカードを破壊だ!」

「チィ!引き良すぎじゃねぇか!?"侵略の侵喰崩壊"は発動しないッ!」

「残念だったな!持ってたんだよ!」

 

どうやらここで"オピオン"を破壊されるよりかはこのまま盾にした方がいいと踏んだようだ。

が、その判断は今、この状況においてはもはや意味を為さないものだったからだ。

言ってしまえば四道零夜は詰んでいた。

 

「俺は、手札から"憑依装着―ウィン"を召喚!」

 

これで再び四霊使いが場に揃ったことになる。

今回はこの四人に久しぶりに大活躍してもらうとしよう。

 

「バトルだ!やられたらやり返す!倍返しだ!"憑依装着―エリア"で"ヴェルズ・ウロボロス"に攻撃!―――"解放"の効果で攻撃力はさらに800上昇!」

「…馬鹿な。いや、今回はお前が上だったってことか…!」

 

ついさっきまで攻撃力の関係から逃げ一辺倒だったエリアがウロボロス相手に大立ち回りを演じている。

どす黒い氷の槍を躱し、水圧で砕き、水流で逸らしながら巨大な水球を生成。

ウロボロスがぴったり浸かるくらいの大きさまで成長させたのちに水の槍で貫いて刺殺してしまった。

ウロボロスの受け止めきれなかった分の水の槍は零夜を襲いそのライフポイントを奪う。

 

零夜 LP8000→6900

 

「まだまだ!俺は"憑依装着―アウス"で"ヴェルズ・オピオン"を攻撃!この攻撃も"解放"の効果でアウスの攻撃力は800アップ!」

 

続いての攻撃手はアウス。

彼女もまたエリアに負けない様なド派手な方法でオピオンを圧殺した。

その凄惨さたるや「いちげき ひっさつ!」とでも例える方がいいだろう。

まさか地割れを起こしたうえで圧殺をするとは。

 

零夜 LP6900→5600

 

そして、零夜のフィールド上にモンスターは無く、そして霊使のフィールド上には攻撃力3050となっているヒータとウィン。

 

「行くぜダメ押し!まずはヒータでダイレクトアタック!」

 

阻むもののない豪炎が零夜の体を焼く。

これは向こうが始めた闇の決闘。

言ってしまえば―――自爆だ。

 

零夜 LP5600→2550

 

「ラスト!"憑依装着―ウィン"でとどめ!」

「これで―――」

 

炎から解放された零夜が最初に見たものは―――。

拳を握り締めて全力で腕を振りかぶる一人の少女の姿だった。

 

「―――終わりだァアアァァアァッ!」

 

ウィンの全力の殴打が零夜を吹き飛ばし、そして四道零夜はピクリとも動かなくなった。

 

零夜 LP2550→0

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

四道零夜と四遊霊使の決闘。

その結果は空也の予想を覆して霊使が勝利した。

そのライフ差はなんと脅威の7100。

結果だけで見れば霊使の圧勝だろう。

それに加えてデュエル内容も常に霊使が有利な状況だった。

 

「どういう…ことだ…?」

 

一言で言ってしまえば訳が分からない。

何故、あそこまでカードパワーが低いデッキであそこまで戦えるのか分からない。

何故、デッキという紙束に命を預けられるのかが分からない。

何故、何故。

たくさんの疑問が常に冷静な空也の頭を満たす。

 

「…取り敢えず零夜は回収するか…。」

 

ここの所自身の予想が覆される事態が起きすぎている。

だから空也は自身に行えることを行おうと思ったのだった。

 

 




登場人物紹介

・四遊霊使
不意打ち男に負けるほど弱くはない。
ウロボロスを見て一瞬トリシューラかと期待してしまった。

・四道零夜
蓋を開けてみたら惨敗。
どうやらデッキを信じられなかった模様

・ウィン
珍しく感情的に全力殴打。
無論闇の決闘なので骨の一つはへし折るくらいの力は出した。



決着ゥゥゥゥッ!ではないです。
まだまだ霊使君には受難が襲い掛かります。
後…もう2,3話くらいですかね。
そしたらのほほんとした精霊探しに戻ります。


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四遊霊使捕獲命令 その⑤:Encounter with the master mind

皆さんはバトル・オブ・カオスを購入しましたか?
私は1ボックス買って氷水帝コスモクロア×3とダイノルフィア・テリジア×2。
それに凶導の白聖骸×1とイリュージョン・オブ・カオスと超魔導戦士―マスター・オブ・カオスが出ました。
ダルク君は出ませんでした。
おのれディ…


四道零夜を下した霊使は胸を撫で下ろして地面にへたり込んでいた。

我が家に被害が無かったことを確認して大きなため息を一つ吐く。

 

「あ…危なかった…。」

 

サイクロンを積んでなかったらと思うとゾッとする。

何か一つ狂うだけで今回の勝利はあり得ないものなのだと分かっていた。

だが今、この場で勝ったのは自分というのは紛れもない事実。

取り敢えずの危機は去ったのだと感じ、霊使はようやく一息付けた。

 

「取り敢えず縛るか。」

「好きにしろよ。どうせもう長くねぇ命だ。」

 

そして目の前の男―――零夜もとうとう霊使に負けたことを受け入れた様子で抵抗する気の一つも起こさない様子だった。

それを見た霊使は安心したようで胸を撫で下ろす。

ここでウロボロスやらなんやらの精霊で抵抗されたら流石に捌き切れなかったであろう。

抵抗をやめたのは決闘者としての矜持か。

はたまた全く持って別の理由か。

 

「…お前は今、俺達の誰よりも強い…か。」

「何が言いたい?」

「…いや、何でもねぇ。―――お迎えが来たみてぇだな。」

 

見れば屋根を伝って一人の男がこちらに向かってきている。

普通に考えてあり得ない速度で向かってくるその男はひらりと霊使と零夜の間に立つ。

その男は、包囲していたウィン達を一撃のもとに吹き飛ばすと、力なく垂れる零夜の腕を肩に通した。

霊使はその男の事を知っている。

否、この空虚な目を知っている。

 

「四道…空也…!」

「…何故お前が俺の名前を知っている…?咲姫からでも聞いたか…?」

「何故…ここに…!?」

 

目の前の男―――四道空也は零夜を助けに来たようだった。

何故なのだろうか。

確か、「自分を始末する」とかそんな感じの任務を請け負い失敗したはずの咲姫は四道の刺客に狙われるようになった。

では、何故目の前の男は任務に失敗した零夜を助けるのか。

それは―――

 

「ここに来た理由か。それは―――まだこの男に父上が利用価値を見出しているからだ。それ以上でもそれ以下でもない。」

「―――な。」

 

言葉が出ない。

四道は人間を人間としてみていない。

実の子供たちでさえもそれは同じであった。

 

「…何も思わないのか…!?そんなふうに命を使いつぶされて…!何も感じないのか…ッ!?」

「俺達は創星神様を復活させるための()()だからな。感情なんてな、感じる感じないでいえば―――()()()()()()()()()()だ。―――色々な意味で振り切れてると言った方が正しいかもな。」

「―――ッ!」

 

何も思わない。何も感じない。

空也が言葉を放つ度に霊使の中で四道に使われる者達への哀れみが増していく。

人間は常に何かを感じて生きている。そしてその経験が未来の自分を形作っていくのだ。

つまり彼らは人間であることを捨てた肉人形。

そんな存在になり果ててしまった彼らを哀れと言わずに何と言おうか。

 

「本当に何も感じないのか…?」

「そうだな。感情なんて無駄なものだ。」

「よく言うよ。」

 

それ以上、二人が言葉を交わすことは無かった。

今の霊使は疲弊しているし、空也は霊使に手を出すつもりはない。

しばし、無言のまま向かい合う両者。

じんわりとした緊張が辺りを包む。

 

「空也よ。何故霊使を捕らえぬ。」

 

そんな緊張を破ったのはあからさまに不機嫌そうな老爺の声だった。

霊使はその声を聞いた瞬間体から体温が奪われたかと思うような寒気を覚えた。

 

「―――お前が。」

 

こんな禍禍しい気配を感じたことなど無い。

霊使にも今は実体化を解いているウィン達霊使いにも確信が持てるほどの悪意。

目の前のこの男が四道を操っている存在である、と全身が警鐘を鳴らす。

 

「お前が、四遊霊使か。―――あの弱者がよくもまぁ、駒を斃せるようになったものよ。」

 

声を聞いただけで分かる、威圧感。

動作からにじみ出る残虐さ。

今までの四道とは明らかに格が違う。

 

「お前が――――ッ!」

「ふん。貴様のような下賤な者には名乗りたくもないが特別に名乗ってやろう。我が名は"四道安雁"。四道の長にして創星神様の復活を担うものである。」

 

全ての黒幕にして最強の敵―――四道安雁とこの男に全てを狂わされた少年―――四遊霊使は今、邂逅した。

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

四遊霊使と四道安雁が邂逅したその瞬間、九条克喜は異常なまでの力場を感知した。

 

「何があった…!?」

 

そして次第に赤く染まる空。

これが大騒ぎになってないことから精霊と契約している者しかこの光景は見えないのだろう。

だからこそ異常なのだ。

今は情報整理に努めなければ。

 

「ああくそッ!」

 

しかしここでじっとしていたって始まらない。

 

「出るんですか!?克喜!」

「出なきゃ何も始まらない!もしかしたら霊使の身に何かがあったのかもしれない!」

 

しかも発生した力場は霊使の家の方面から徐々に広がっているのだ。

このままではこの町全てを飲み込むだろう。

それほどまでに強大な精霊があの場所に居るのだ。

その事は特捜部ほぼ全員が理解しており、全員がやるべき事を見出していた。

早くあの場所に行かなければ手遅れになってしまう。

そんな感覚を克喜だけが抱いていた。

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

空が赤く染まる。

その光景を見たとき、自分は一体何を相手にしているのかを悟ってしまった。

今の自分達では絶対にあの男に勝つことはできない。

 

(霊使…逃げれる…ッ!?)

(無理だ…足がすくんで…動けないッ…!)

 

霊使は安雁の実力を一目見ただけで格の違いを思い知らされた。

威圧感と共に膨らむそれは明確な死を霊使の喉元に突き付ける。

余りの恐怖にウィン達も闘争を薦めてくるが既に後の祭り。

足がすくんで全く動けない霊使に逃走できるはずが無かったのだ。

 

「ふむ…これで気絶しないとは。やはり貴様は色々と面倒だ。これから先計画の邪魔にならないとも限らない。―――が、その決闘の腕は欲しい。後、その精霊もな。」

「…うる…せぇ…ッ!ウィンは…皆は…俺が守る…!」

 

安雁が一言言葉を放つ度に体により重圧がかかる。

それでも逃げられないのなら迎え撃つしかないのだ。

それこそ勝てないと分かっていても。

 

「だから貴様も我が()()()になるがいい。」

 

安雁はそのか細い腕にデュエルディスクを装着する。

どうやら決闘を行うしかなさそうだ。

 

(悪いな…ウィン…皆。腹ァくくれよ…!)

(うん!)

(もちろん!)

(ええ。)

(分かってるよー!)

(ああ。)

(言ったでしょ。私達は霊使についてくだけ!)

 

霊使い達も霊使も覚悟を完了させた。

そして霊使は震えながらもデュエルディスクを腕に装着した。

 

「俺のタァァァァァンッ!」

 

そして、霊使はデッキからカードをドロー。

今、ここに一つの決戦が始まろうとしていた。

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

九条克喜がその場にたどり着いたとき、その目にはあり得ない光景が飛び込んできていた。

 

「…嘘、だろ…?」

 

辺りにはピクリとも動かない霊使い達が倒れている。

辛うじてウィンだけは意識があるようだった。が、その顔は、決闘(デュエル)の顛末を眺める事しかできなかった悔しさに歪んでいる。

一言で言えば四遊霊使は何一つ手を出せずに敗北した。

霊使は立ったまま気を失っている。

不意に霊使の上体がぐらりと揺らいだ。

 

「おい…ッ!?」

「霊使…ッ!」

 

間一髪でウィンが無理矢理体を動かして霊使の頭を抱きかかえた。

やはり霊使は気絶しているようだ。

ただ今の状態は非常に不味い。

なんやかんやで特捜部の中でも一二を争う実力を持つ霊使が敗北したのだ。

 

「…お前の目的は…なんだッ!?」

 

克喜は目の前の老爺を睨む。

この男しかこの状況を作り上げられるのはいないのだから。

 

「目的か。そんなものは既に果たした。―――喜べ霊使。貴様に早速仕事をくれてやる。―――今から来る羽虫どもを一匹残らず潰せ。そしてその娘を儂の所まで連れて来い。」

 

その言葉を合図に今まで目を閉じていた霊使が目を覚ます。

―――が、その瞳に生気も正気も何もかも残っていなかった。

怪しく輝く紫の瞳が克喜を捕らえる。

 

「―――対象、固定。排除、開始。」

「…なッ!?」

 

嫌な予感を感じた克喜はその場を退く。

その瞬間、人知を超えた蹴りが地面を砕いた。

 

「しっかりしやがれ!霊使ィッ!」

「霊使…?何やって―――え?」

 

ウィンは思考を硬直させ、あり得ないものを見る目で変貌した霊使を眺めていた。

一方の克喜は視線は離さないままに今の霊使を見る。

だが、それが失敗だった。

 

「目標、視認。複数の目標を確認。―――決闘(デュエル)で殲滅を図ります。」

「…くそ!ダメだッ…!完全に自我を消去されてやがる…!霊使を狙ってたのって操り人形にするためかよッ…!」

「なんで…?なんでこうなっちゃうの…?」

 

増援は未だ望めず。ウィンの思考は散乱したまま。

かといって目の前の親友を見捨てることもできず。

故に克喜はたった一人でおかしくなってしまった親友と戦う事を強いられてしまった。

しかも既にデュエルディスクにはデッキが装填されている。

 

「いいぜ…やってやるよ。」

「…承認。決闘(デュエル)開始。」

 

克喜は霊使を救うため、そして取り戻すためにデュエルディスクを装着。

恐らく霊使のデッキは【憑依装着】ではないだろう。

四道はパワーカード主義だと聞いた。

 

「何が来るか―――。」

「私のターン。…私は"インフェルニティガン"を発動―――」

 

煉獄の悪魔は解き放たれた。

それに立ち向かうは魔法道具の職人たち。

 

「絶対に戻してやる。…だから今は耐えろよな…ッ!()()()()!」

 

そして少年と少女の命運を分ける決闘が幕を開ける。

 

「嘘だ…こんなこと…!」

 

ただ一人、ウィンはその場に入れずに。

二人の決闘をただただ眺めるしかなかった。




登場人物紹介

・四遊霊使
洗脳された。洗脳時の使用デッキはいつの間にかデュエルディスクにセットされてた【インフェルニティ】。満族が一人増えた。

・四道安雁
黒幕の一人。霊使を洗脳した。
使用デッキは【■■■】。

・九条克喜
ウィッチクラフトでインフェルニティと戦う羽目に。
おまけに初手にガンがあっるという時点でかなり絶望。

・ウィン
多分一番悲しんでるし状況が呑み込めてない。


この話を読んで「いや、お前が洗脳されるんかーい!」と思った貴方。
それは正しい。
急転直下の第二章、完結までもう少しです!


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四遊霊使捕獲作戦 その⑥:FAILED AND...

「―――ッ!」

 

覚醒した九条克喜の目に入り込んできたのは知らない天井。

どうにも記憶が曖昧で意識がはっきりとしない。

が、自分だけがここに居るという事は恐らくはあの時、自分は負けたのだろう。

 

「俺は…負けたのか。」

「…うん。おはよう、克喜君。一週間ぶり。」

「―――ウィン。」

 

気づけば克喜の傍にはすっかりやつれてしまったウィンが居た。

それも仕方ないと思う。

今までずっと一緒に居た霊使が居なくなってしまったのだから。

そんなことになってしまえばウィンが意気消沈する事なんて初めから分かっていたはずだ。

もちろんあの霊使が自分の意志で四道側に付いたとは考えていない。

あれだけ四道を避けていた男が自分の意志で入り込むなんてありえない。

 

「…霊使は私の声にも答えなかった。―――皆の声にも。それどころか容赦なく、皆に襲い掛かって―――。霊使は、どうなっちゃったの…?」

「…分からねー…。ただあいつが正気を失っているのは事実だ。」

「そう、なんだね…。」

 

この言葉は気休めにしかならないだろう。

もしかしたら人格をまるっと書き換えられてしまったのかもしれない。

そうなってしまえば元の霊使を取り戻す術などどこにもないだろう

だが、克喜にはあれが四遊霊使()()()()だとは微塵も思えなかった。

身もふたもない言い方をすれば「洗脳」である。

それはそれとしてどうして自分は病院に寝かしつけられているのだろうか。

それを考えると同時に朧気だった記憶が蘇る。

 

「そうだ。俺は確か―――」

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

【インフェルニティ】。

それは常に満足を追い求める者達が使うデッキとして有名である。

相性が良いカードが出ればループに組み込み、常に環境に食い込んできたデッキだ。

恐ろしいのは【インフェルニティ】に関連するカードはほぼ全て手札が0枚の時にとんでもない爆発力を産むという事。

本来、デュエルモンスターズというものは手札が多い方が有利だ。

それだけ"アドバンテージ"が存在するから、手札というのは非常に重要な要素なのだ。

だが【インフェルニティ】は自分からそのアドバンテージをかなぐり捨てて満足を追い求めるデッキ。

だからこそ、恐ろしい。

 

霊使 LP3400

フィールド   インフェルニティ・デス・ドラゴン

        ワンハンドレッド・アイ・ドラゴン

        氷結界の龍トリシューラ

魔法・罠ゾーン インフェルニティガン

        伏せ×2

 

人はここまで圧倒的な盤面制圧を行えるのか。

最早軽い恐怖すら感じてしまう。

霊使の盤面は凄まじい

一方の克喜の盤面。

そもそも【ウィッチクラフト】というテーマ自体が防御寄りのデッキだ。

モンスターの殴り合いにはめっぽう強いがそれ以外に対する力は良くて平凡と言ったところだった。

確かにバイストリートの効果によってターン1で破壊されずにすむが、除外やバウンスには弱い。

トリシューラによって完全に盤面を壊滅させられた克喜は三体の竜を見上げ、ため息を吐いた。

 

―――自分では勝てない。

 

それが今の克喜が下した結論だった。

この結論を聞いたのならば霊使は何と言うのだろうか。

恐らくは怒鳴られるんだろうなぁ、と苦笑交じりにため息を吐く。

そんな結論を言ったところで目の前の霊使は怒ろうともしないし、なんなら「敗北が確定したならとっとと降参しろ」とでも言いたげな目をしていた。

 

「お前は…なんだ?」

 

その目を見てぼそり、と呟いた言葉。

それは心の何処かにあった目の前の存在が四遊霊使ではないという疑念が現れたせいかもしれない。

その疑念は呟いた直後に最悪の形で当たることになるのだが。

 

「私の名は()()霊使。父上の剣であり―――盾。」

「ああ。お前の名前はよく覚えた。―――ぜってー倒す。」

 

もちろん、今ではないが。

だが。

今の状態の霊使とはそう遠くない未来で相見えることになるだろう。

 

「"インフェルニティ・デス・ドラゴン"で攻撃―――!」

 

 

克喜 LP2300→0

 

インフェルニティの一撃を受けて意識が吹き飛んだ。

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

自分がここに居る理由は霊使に負けたから。

それは疑いようのない事実。

そして、それは四遊霊使という人間が居なくなってしまった事を意味していた。

快活に笑う霊使の顔が浮かんでは消える。

 

「ああくそッ…!」

 

不甲斐なさが悔しさを上回る。

それはきっとウィンも同じだろう。

彼女は誰よりも深く霊使の事を愛していたし、それはきっと霊使も同じだった。

なんやかんやあったが、それでも霊使は友人だ。

最高の、友人、なのだ。

だから()()()()

記憶を失ってしまったのならその記憶を、熱い思いが消えてしまったのなら熱い思いを。

それは一つの決意だ。

四遊霊使を救うための決意。

 

例えこの身が滅びようとも絶対に為さなければならない事。

 

「…取り戻す。絶対に。―――ウィン。お前はどうするんだ?」

「…私は…。」

 

この選択はウィンにとっては酷なものだろう。

結局の所変わり果ててしまったであろう霊使と戦い、あまつさえ倒さなければならないのだから。

 

「ごめん、克喜君。少し…考えさせて。」

「分かった。―――でも、決断は早い方がいい。」

 

今のウィンに何を語った所できっと彼女は迷い続ける。

なら、ある程度一人で考えさせた方がいいだろう。

そう考え、退室するウィンに対して何も言葉を掛けずに見送る。

 

「―――ハイネ。一応彼女の事を見といてくれ。」

「ええ。」

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

人の気配のない、ある病院の屋上。

ウィンは転落防止用のフェンスに背中を預けて俯いていた。

霊使が四道の手に堕ちた。

それは紛れもなく自分を庇ったから。

 

「私…は…。」

 

霊使が居なくなって改めて実感する。

本当に彼の事が好きでたまらなかったんだと実感する。

現に霊使が居なくなった今、思考もままなければ何かをすることさえ鬱陶しい。

 

「あー。…何もやってないや…。」

 

現実が認められずぼうっとしていたところをキスキル達に助けられ、何とか事なきを得た。

それでもこの不調が急に治るわけじゃない。

自分でもあほらしくなる。

 

「は…はは…。何やってんだろ、私。」

 

霊使が豹変して、特に戦えたわけでも無く、ただの足手纏いになってしまった。

他の霊使いの皆は既に霊使を救うための行動を起こしているというのに、自分は未だここで踏みとどまっている。

本当に何をやっているのだろうか。

馬鹿らしくて笑いがこみあげて来る。

 

「おかしくなっちゃったのかな…。もう何も出ないや。」

 

既に涙は枯れ果てた。

乾いた笑いしか出ない自分に嫌気が差す。

ふと、空を見上げれば今の自分の心境をこの上なく現している曇天だった。

風の流れに交じって雨音が聞こえてくる。

 

「…降って来た…。」

 

気づけば大粒の雨がウィンの体を濡らしていた。

 

「まぁ、もう…どうでもいいや…。」

 

だがそんな事はもはやどうでもいい。

霊使を失った彼女の心はそれほどまでに荒んでしまっていた。

 

 

だが、もちろんそんな彼女を放っておくわけにはいかない。

 

「何が…どうでもいいって?」

 

ウィンの耳には今、一番会いたくなかったであろう存在―――ウィンダの声が聞こえていた。

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

克喜達の無事を確認した颯人達。

そのときヒータに今のウィンの状態を聞いた。

 

「颯人。ウィンと話してきていいかな?」

「ああ。」

 

ヒータに聞いたところによるとウィンは無気力な状態らしい

何をやっても無反応に近く、ずっと部屋に引き籠っているという。

見舞いとかはふつうに行くらしいがあまり顔色はよくなく、むしろ入院を勧められるほどなのだそうだ。

事のあらましは聞いた。

その上で最終的な判断はウィン自身が下すという事も。

それでも今のウィンには正常な判断は出来ない。

 

そして、屋上に着いたときウィンダの耳に届いた言葉はウィンダの堪忍袋の緒を断ち切った。

 

「何が…どうでもいいって?」

「ウィンダ…。」

 

ウィンは生気のなくなった声を上げるばかりでウィンダの方を見ようともしない。

結果、ウィンはウィンダがどのような距離にいるのかさえ、気づくことは無かった。

だが、それと同じようにウィンはウィンダの声にすら耳を傾けない。

 

「ウィン。立って。」

「…もういいよ。私は―――」

「立ちなさい。ウィン!」

 

それでも、少し語気を強めれば顔を向けるくらいはした。

今の自分はウィンの瞳にどのように映っているのか分からない。

それでも、言わなければならないことがある。

やらなければならないことがある。

 

「本当に、そのままでいいの?」

「何を言って―――?」

「―――本当にレイジ君をあのままにしといていいの?」

「…元の霊使に戻るか分からないのに…?」

 

ウィンが言うこともわかる。

彼を助けたところでウィン達との記憶が戻るかは別なのだ。

 

「ウィンは卑屈に考え過ぎ。…ちょうどいいや。このまま少し話そうか。」

「話すって…何を?」

()()()()()()()()()()。」

 

その言葉はほんの少しだけウィンの興味を引いたようだった。

霊使という精神的支柱を失ってしまったウィンにとって「何をするか」というのは非常に大事な事だった。

 

「…私は、何をすればいいのか分からない。」

「レイジ君の事はどうでもいいの?」

「どうでもいいわけない!」

 

ウィンは久しぶりに大声を出した気がした。

だがそれよりも。ウィンは今、猛烈にイラついていた。

ウィンダの事は憎からず思っているがそれでも、霊使の事を言われて冷静でいられるほど安定してはいない。

 

「でも…どうしようもない。…私じゃなんにもできない…。」

「ウィン。―――ウィンは一人で戦ってるの?」

「それは―――。」

 

ウィンは私じゃと言った。

ウィンはもとからこの一件は一人で解決するつもりだったのだろう。

否。

霊使の下へ向かうつもりだったというのが正しいか。

 

「―――私一人犠牲になれば霊使を助けられるって思ったから。狙いは私なんだよ。だからきっと―――」

「それは多分違うよ。ウィンには酷だけど"用済み"になるんじゃないかな…。」

「そ、れは―――。」

 

ウィンはこの身との交換条件で霊使いの開放を考えていた。

自分の力が狙いなのだから、それを対価に交渉すれば救うことができるのではないかと考えていたのだ。

 

だが、それは甘いとしか言いようがない。

確かに霊使の開放は出来るかもしれないがその後に霊使を害されないとは考えられないのだ。

 

「…ウィン。これはアドバイス。―――もっと周りをちゃんと見て。アタシが言えたことじゃないのかもしれないけどさ。」

「周りを―――」

 

思い返してみればここのところずっと霊使の事しか考えて無かった気がする。

一つの事を考えればそれ以外の事への視界が小さくなる自分の悪い癖だ。

 

「…そう、だね。ねぇ、ウィンダ。―――ウィンダは私を使()()()?」

「ふふん!そこはこのおねーちゃんにまっかせなっさーい!」

「ふふっ…。」

 

フンと胸を逸らすウィンダを見て、口元がほころんだ。

こんなふうに自然に笑えたのは一週間ぶりだろうか。

その目は光りを取り戻し、霊使を取り戻す算段を立て始めた。

もうこれでウィンの方は大丈夫だろう。

 

「さて、と。行こうかウィン。」

「ん。分かった。」

 

こうして始まりを告げるのは霊使を取り戻すための戦い。

それぞれの思いを胸に今、新たな戦いの幕が開く。




登場人物紹介

・ウィン
主人公交代。
霊使への愛情が深い。
その分沈んでいたせいで周りが見えなくなっていた。

・ウィンダ
珍しく姉貴ムーブ
どうやら一時的にウィンを使う模様


これで第二章は完結です。
全然精霊探してないじゃんって…?
それは…うん。
ごめんなさい。


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三章:四遊霊使奪還作戦
親子、姉妹、家族


四遊霊使が四道の手に堕ちた。

その知らせはウィンダールの耳にも届いていた。

始めは切り捨てたと怒り狂ったらしいがどうやら話が違うらしい。

 

「それは本気で言っているのか…?ウィンダ。」

「うん。話を聞いた限りでは多分―――洗脳されてる。だから、霊使君はウィンの事が分からなくなっているの。」

「…知らんな。そんなことは。」

 

だが、ウィンには悪いがこれでちょうどいい。

これを盾にしてウィンとの関係を断つことができる。

ガスタには他の誰でもないウィンが必要なのだから。

もはや、父とは呼ばれないかもしれない。

それでもいい。

族長として、冷徹にならなければならない。

今のウィンダールにとってはガスタの民全てが家族なのだ。

その思いがウィンをガスタに縛り付ける事を納得させようとしている。

 

(これしかないのだ。)

 

そう、ガスタがこれからも生き残るためにはウィンダでは力不足。

それがウィンダールの見ていたウィンダとウィンの力関係だ。

ガスタの里を纏めるのならば娘に対しても冷徹でなければならない。

それが正しいはずだ。

 

(だが…。それでこの先ウィンは笑っていられるのか?)

 

それなのに、どうしてこうも引っかかってしまうのだろうか。

もしかしたら自分はウィンの幸せの邪魔をしているのではないか。

そんな思いもウィンダールの中にあった。

 

一人の父親として娘の幸せを願うか。

一人の長として小娘の幸せを奪うか。

 

今、ウィンダールに突き付けられているのはそういう選択だ。

どちらかを選べばどちらかは立ち行かなくなる。

ウィンダールは今、大きな分かれ道に立っていた。

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

「ねぇ、ウィン。少しガスタと協力しない?」

「―――そうなる、よね。」

 

時は少し戻り克喜達が入院している病院の屋上。

ウィンのウィンダに対する「自分を使えるか?」という質問をウィンダは肯定した。

故にウィンとウィンダは霊使を救うために手を組むことにした。

確かにウィンはガスタの一族から逃げ出した。

それでも霊使の隣の場所以外で帰るとするならばガスタしかない。

 

「―――問題は父さんなんだけどね!」

「あっ…」

 

しかしながらウィンが霊使を救うためにガスタに戻る際、一つの問題があった。

そう、ウィンダール(子煩悩な父親)である。

さらにウィンダールはウィンの幸せはガスタを継ぐことだと考えているので、霊使を取り戻した後はそのまま引き剝がされそうな気がするのだ。

 

「まぁ、そこは…。」

「説得しかないよね…。」

 

果たしてあの堅物を説得できるのか。

霊使を救うためにまずは一つ大きな戦いを乗り越えななければならない。

それを思うと憂鬱にならずにはいられないウィンであった。

そもそもあの父親のような何かが凝り固まった価値観の中、自分の話を聞いてくれるかどうか。

 

「ガスタとの協力における最大の障害が父さんだなんて…。ハァ…。」

 

いざとなったらウィンダールを脅してでも協力()()を勝ち取らなければならない。

ウィンはそれほどまでに霊使の事を深く愛しているのだから。

 

「はぁ…穏やかじゃないなぁ…」

 

ウィンはその一言に全ての憂いを詰め込んて吐き出した。

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

そして、時はウィンダとウィンダールの会話に戻る。

霊使の事など関係ないと切ったウィンダールをウィンダは厳しい目で見ていた。

 

「…本当に関係ないと思ってる?」

「何?」

「現にウィンは物凄く落ち込んでた。その意味、分からないほど馬鹿じゃないよね?」

 

ウィンダの追及にウィンダールは大きなため息を一つつく。

ウィンの気持ちを理解していないほど自分は愚かではないつもりだ。

認めよう。

確かにウィンは四遊霊使に恋慕の情を抱いている。

それは確かな事実だ。

四遊霊使という男がウィンを縛り付けているわけではなく、ウィンは自分の意志であの男の傍にいる。

悔しいがそれはもはや覆しようのない事実だろう。

 

「……そうか。だからなんだ?俺にどうしろと?」

「―――だから、霊使を取り返すのに協力して。」

 

その先の行動を問うウィンダールに返って来た回答はある意味、予想通りだといえるだろう。

そしてその返答をした者もまた、ウィンダールの予想通りであった。

 

「それに何のメリットがある?―――ウィンよ。」

「あるわけないじゃん。精々向こうの世界の危機が遠ざかる位だよ。」

 

メリットなど無い。

損得勘定を抜きにして霊使を救いたいというウィンの強い思いが伝わってくる。

だが、それに納得するわけにはいかない。

納得してしまえばウィンを、ウィンダを、ガスタの民を危険にさらしてしまう事になるから。

 

それほどまでにウィンダールはガスタの事を考えていた。

だからこそ、ウィンからの申し出を断るつもりだったし、受けるにしてもウィンをガスタへと戻らせるという条件の下のつもりだった。

 

「悪いが、それは聞けない相談だな。そもそも何故、俺があいつを救う事に協力せねばならん。」

「まあ、そうだよね。」

 

だから、ウィンダールはウィンの次の言葉を予測できなかったのだ。

 

「―――よく分かったよ。今の父さんの視界がどれだけ狭まっているか。」

「何?」

「あっちの世界が滅べばこっちの世界も連鎖的に滅ぶってこと、忘れちゃった?」

「―――!」

 

そう、ウィンは「精々向こうの世界(人間界)の危機が遠ざかる位」と言った。

この精霊界は人間界と密接に結びついている。

だからこそ精霊がカードを通して、二つの世界に存在できるのだ。

だが、この世界はあくまで人間界の()()―――人の世界の可能性の一つでしかない。

いくらこの世界が可能性の塊だといっても、大元の世界が消滅すれば、精霊界も消滅する。

それは自明の理だった。

そのことはこの世界に生きる者なら誰でも知っていることだ。

それなのに、ウィンの発言からその事を思い出すことができなかった。

 

「それが?なんだというのだ?」

「もし、霊使から私の力が抜かれて創星神が復活したら?最悪の場合世界が崩壊するよ?」

「それ、は―――」

 

ウィンダールとて、創星神の復活に必要なものを知らないわけではない。

ガスタの巫女かそれに相当する力を持つ者。

霊使からガスタの巫女に相当するウィンの力を引っ張り出されれば復活の条件を満たしてしまう。

何はどうあれ、悪意を持った者が創星神を復活させればろくでもないことになるのは確かだ。

要するにウィンは()()()使()()()()()()()()()()()()()()()と言っている。

確かにそれはウィンダールだけのメリットではないし、だが、ここでこの提案を蹴れば世界を見捨てるという事と同義になるかもしれないのだ。

 

「…選択肢はあるようでないようなものか。」

 

恐らく、霊使を使ってウィンから力を引っ張り出すまでには幾ばくかの時間がある。

そう簡単に人の意思は折れるものではないからだ。

四遊霊使が自らウィンの力を差し出すまでが猶予。

聞いた話で推測すれば四遊霊使の意思はまだ折れていないだろう。

だが、それも時間の問題だ。

そして、それはウィンを苦しめる事にもつながる。

一体どこでこんな駆け引きを覚えてきたのやら。

どんどん悪童と化していく娘に末恐ろしい物を感じるウィンダール。

少なくとも今回の議論は自分の負けだ。

これ以上はガスタの族長としてではなく、娘を思う親心が御しきれない。

 

「じゃあ、改めて依頼します。ガスタの賢者ウィンダール。この私、ウィンと一時的に協力してもらいたいです。」

 

ウィンは今までの言葉遣いから一転。

敬語を混ぜて誠心誠意の申し出を行った。

ならば一人の人間として、それに応えるのが、ウィンダールの行わなければならない事。

 

「分かった。協力の期間は?」

「私の思い人―――四遊霊使を取り戻すまで。それまで私はガスタに今一度戻りましょう。」

「…その条件、飲もう。」

 

こうして今ここに契約は結ばれた。

ウィンは自身の思い人を取り返すために、ガスタに力を貸すことを約束したのである。

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

「―――という事があってな。」

「何故それを私に話すのだ…?」

 

ガスタ、リチュア間の戦争が終わってからというもの、ウィンダールはよく、ノエリアと酒を飲むようになっていた。

確かにノエリアはガスタ・リチュア間の戦争を引き起こした張本人だったがどうにも悪意に心を囚われ、争いを強要されていたらしい。

悪意ごときに負けるかとも思ったが、それは氷結界という部族が滅亡したほぼ同時期に心に宿ったのだという。

そんな二人は今、族長としての辛苦を二人で酒を呷ることで分かち合っていた。

思い返せばリチュアと戦闘していた時は余り他部族の話を聞かなかった。

が、こうして平和に酒が飲めるようになれば対話が足りなかったのかと気づく。

 

「お前の所の娘の一人―――ウィンだったか。…まさか戻ってくるとはな。」

「ああ。俺も一番驚いている。」

 

ウィンダールは木製のコップに注がれた酒を一息に呷ると勢いよく、木の樽を改造したテーブルに叩きつけた。

納得いかない。

なんで、あんな男にウィンを取られなければならないのだ。

 

「なんで、あの男を助けるために一生懸命になれる…?」

 

ぼそりとウィンダールが呟いた言葉。

それはノエリアの耳に届くには十分で、それでも周囲に届かせるには不十分だった。

 

「はあ…。お前はいい加減に娘離れをしろ。そもそもウィンがガスタを飛び出したのはお前の所為みたいなものだぞ?」

「なん…だと…?」

 

ノエリアが言った娘離れをしろという言葉。

それは確かに正しいのだろう。

だが、自分が理由でウィンが家を飛び出したとはどういう意味か。

 

「ウィンダール…お前…よくそれでウィンダに愛想尽かされなかったな!?」

「期待をかけるという事はそこまで追い詰めるものなのか!?」

「…だめだ…こいつ、自分の娘の事を何にも分かってない…。」

 

ノエリアは頭を抱えた。

なんなのだこの目の前の男は。

一体どうすればいいというのか。

実の娘まで巻き込んで戦争をおっぱじめた自分が言えたものではないがこの男は親としての自覚が無いのか?

それとも親の大前提をはき違えているのか?

 

「―――本題に入る前に一つ聞かせろ。―――お前にとって親とはなんだ?」

「子供を守り進むべき道を示す存在ではないのか?」

「…いや理解してんじゃねぇぇぇかぁぁぁぁ!」

 

ノエリアの思う親とは力を持たぬ子供を守り、そして子供に道を示す者の事だ。

ウィンダールもその事を理解しているのに自分のどこが親としてダメなのかがまるで理解できていない。

なんなのだ、この男は。

思わずジャーマンスープレックスを仕掛けてしまったがこれに関しては謝罪するつもりは全くない。

 

「貴様なぁ!?親が子供に()()()()()()()()どうするんだ!?」

「何!?道を示すとはあらかじめ子供が歩く道を作っておくという事ではないのか!?」

「んなわけあるか!?貴様の脳内はどうなっているのだ!?ババロアか?それでもパパイヤでも詰まっているのか!?このクサレ脳味噌は!?」

「そんなものは詰まっておらんわ!それよりも俺が未来を押し付けているとはどういうことだ!?」

「子供の人生をアンタの都合で捻じ曲げるんじゃないって話だ!」

 

それを聞いたウィンダールは初めて衝撃を受けた。

自分はそれほどまでに未来を押し付けていたのだろうかと。

ただ、思い返してみれば――――

 

『お前には期待している』だとかそんな感じの事ばかり言っていた気がする。

 

「俺は…間違っていたというのか…?」

「そりゃもう、大いに間違っているとしか言いようがないな。分かったらこんな所でグダを巻いてないでさっさと行け、このバカ親ァ!」

 

ウィンダールはノエリアの一喝で相当数の過ちに気づいたようだ。

後はもうウィンダール自身が語るしかない。

 

「エミリア…エリアル…私は二人の母としてどうだったのかねぇ…。」

 

その言葉は誰の耳に届くことなく酒場の喧騒の中に溶けていった。




登場人物紹介

・ウィンダール
割と毒親っぽい人。
手とかは上げていないがウィンに対する愛と期待が重すぎた人
最近ノエリアと吞むようになった。

・ウィン
期待が辛くて家出。
強かな一面を持つ。

・ウィンダ
家出したウィンの事を最優先に考えていた。

・ノエリア
本来ならインヴェルズのせいで大惨事を引き起こすはずだった人。
今回は割と早い段階でインヴェルズの思念が取り除かれたために正気に。
今ではガスタの里で色々と手伝いを行っている。
家族に対する愛情はある方だし、多分狂気に走らなければこうなってたであろう人。

・インヴェルズ・ヴェルズ
結や、ノエリアに取りついていた全ての元凶の根源。
戦場に立っていたノエリアはともかく、まだ精神的に成熟しきっていない結にはきつい物がある。

というわけで第三章開始ですが。まだ章タイトル決まってないんですよね…。
どうしようかなと考えながら文章を書いている次第でございます。
というわけで仮タイトルとして四遊霊使奪還作戦とでもしておきましょうか。


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風は心を通わせた

ノエリアの叱咤から数時間後、ウィンダールはウィンが滞在している部屋の戸を叩いた。

しかしながら何一つ反応がない。

 

とうとう嫌われたか。

それとも元から嫌われてたのか。

それすらも分からない。

だが、今まで自分はウィンと向き合わなかった―――否、押し付けていたという事実。

その事実は消えて無くならないしそれはきっとずっと背負っていかなくてはならない罪なのだろう。

許されないにしろ、今までの過ちを懺悔し、ウィンとの関係修復に努めなければならない。

 

「……夜分遅くに娘の部屋の前で何コソコソしてるの…?」

「…ッ!?――――ウィンか…。」

 

気づけばウィンが後ろに立っていた。

余りにも急な事で流石のウィンダールも少しばかり驚いてしまった。

 

「…少し、話がしたい。時間は…いいか?」

「霊使を諦めろって話なら聞かないけど…それ以外なら。」

「ならちょうどいい。…ウィンにとって俺は、ガスタは一体どう見えていただろうか…?」

 

ウィンは余りにも思いがけない質問に行動が一瞬止まってしまった。

次にはおろおろし始め、挙句の果てにはリチュア製の連絡用鏡を通してエリアルに連絡を取ろうとする。

 

「…なんか物凄いクるものがあるな…?」

「父さん…もう一度聞くけど何か悪い何かに憑かれてないよね…?」

「…それはお前が良く分かっているだろう」

「まぁね…じゃあやっぱ父さん正気なんだ…」

 

ウィンはこちらを信じられないものを見るような目で見て来る。

その目は割と心にダメージを与えるので止めて欲しい。

 

「…で?なんでまたそんな話を?」

「お前とは余り家族として話したことは無かったな、と思ってな。」

 

ウィンは何を今更と言いかけたが思いとどまる。

いっそのこと、ここで嫌ってた事実をぶちまけてしまった方がいいのでは、と考えた。

あくまでガスタとの関係は霊使救出まで。

だったらここで何を言っても関係ない。

 

「―――じゃあ、言わせてもらうよ。正直言って私はこのガスタそのものが――――大っ嫌いだったの。」

「そうか…。」

 

その言葉は容赦なくウィンダールの胸を貫いた。

今まで自分が守ってきたものが大嫌いだと言われれば誰であれ多少は傷つく。

 

「でもね、勘違いしないで欲しいのは一人の人間としてみるなら―――またそれは違う話になるから。」

「あくまで今はガスタという部族()()()嫌いなのか…。」

「そうだね。確かに古い因習を残していくのは大事だけどさ。私にはこの里に居たときずっと何かに縛られているようで―――窮屈だった。」

 

ウィンダールはそんな事を微塵も思っていなかったが、ウィンにとっては違った。

これもまた衝撃の事実だ。

 

「私とは多分合わなかったんだろうね。何度でもこの窮屈さに慣れようとしたけど、やっぱり私には無理だった。多分、ガスタの里は私のいるべき場所じゃなかったんだろうな。カムイ君やリーズさんとは考え方が違ってるし、ウィンダや父さんはそもそもそんなに家に居なかったし…これ、窮屈ってより孤独だったのでは…?」

「うぐっ…」

 

まずはウィンの軽いジャブが顎先にクリーンヒット。

すでに崩れ落ちそうなウィンダールを知ってか知らずかウィンはガスタという部族が嫌いな理由をつらつらとあげていく。

 

「プチリュウを使い魔にしたらなんか奇異な目で見られるし、ガスタの巫女としての力はあるのにその力を引き出すための魔導書は貰えないし、なんならプチリュウがガスタの秘術と相性悪かったせいでどっかの誰かさんに新しい使い魔を探せと言われるし。」

「ぐはぁ…?」

 

これはキツイ。

顎先にジャブを喰らってよろけたところにきまる強烈なボディーブロー。

これが決闘(デュエル)だったら既にLPがゼロになっているに違いない。

だがこれは全て自分達の行いが招いたこと。

ウィンの吐き出す全てを受け止めるのが父親である自分の役目だ。

 

「後は、昔の規則に縛られ過ぎてなんにもできないし、無理矢理族長にしようとしてくるし…」

「…もういい。所々俺に対する文句もあったけど、お前が皆とは違う目線で物事を見ていることが分かった。」

「…何?ものの見方でも矯正するつもりなの?」

 

どうやらウィンは未だに不信感を拭えないらしい。

その事実はアッパーカットが如くウィンダールに多大なるダメージを与えた。

 

「そうじゃない。…俺は…ノエリアの言う通りお前に押し付けていたのかもしれんな…。」

「何を言って―――。」

「すまなかった。俺とお前は違う。そんな単純な事に気づけなくて。」

 

だがこれも全て自身がウィンに押し付けすぎた結果だったのだろう。

子供の意見を聞けずに、さらに自分の意見まで押し付けて―――果たしてそれは親が行う行為なのだろうか?

否。

ウィンダールは言い切れる。断じて違う、と。

だが今までの自分はどうだ?

族長の仕事による疲労を言い訳にして実の娘との対話を行わず、挙句の果てに自分の理想を押し付けた。

これでは親とは程遠い本物のモンスターではないか。

だからこの過ちは清算しなければならない。

親として、そして一人の人間として。

だからウィンダールは、ウィンに向かって頭を下げた。

 

「…はぁ。なんというか…うん…どうしよ…?」

 

ウィンからしてみればこの状況は相当に困惑した物だろう。

急に父親が頭を下げてきたのだから。

別にウィンはウィンダールの事は分かっていたし、ガスタから飛び出したのも全て自分の意志だ。

ウィンダールは自身の行動が家出させるほどに追い詰めてしまったと思っているようだが、それも違う。

ただ、ウィンはガスタという場所に()()()()()()()()()()()

ガスタの里にかける風のように自由に旅をしたいと思ったから飛び出した。

どうやらそこの所をこの父親は勘違いしているようだ。

そして、協力期間が霊使救出までなのも霊使の傍に長く居たいからという理由である。

古い因習は後世に伝えるべき。

だが、それは伝えられるものが伝えるべきものなのだと思う。

 

「あー…そうだね。まず顔を上げてよ、父さん。色々と勘違いしているようだから言っておくけど、家出したのって私の意志なんだよね。…リーズさんから聞いてない?」

「…なん…だと…?」

「色々言ったけどさ…私は結局ガスタの里の中で一生を終えたくなかっただけなんだよね。だから―――少なくとも、私が家出したのは父さんのせいじゃないよ。…別の事でいろいろと()()したいことはあるけどね?」

「四遊霊使の事か?」

「そうだよ。何を勘違いしたのか知らないけどさ…。」

 

その後はウィンにくどくどと説教され続けた。

娘に説教される親とはこれ如何に。

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

「なんか皆勘違いしていたようだから言わせてもらうけどさー。私は自分が出たいから家出したんだよ?―――外の世界を見て、確かめたくなったから。何も言わずに出てったのは悪かったけどさ。」

「せめて一言声掛けをしてくれたらな良かったのに。」

「当時ガスタの有力者は戦争に行ってましたが?」

 

そのウィンダールは改めてウィンと話をした。

互いの気持ちを確かめるように、ゆっくりと。

時間にして一時間もたってないような間だったが、それでもようやく互いの心に気づけた。

ようやく、親子の絆というべきものを取り戻せた気がした。

 

もし、自分がもっと早くウィンの気持ちに気づけていたら笑顔でガスタの里から出ていくウィンを見送れたのだろうか。

そんな事を考えても答えは出てこない。

だが、今は。

この割とフリーダムな自分の娘を守るとしよう。

そして、彼女の願いをかなえよう。

 

「…ウィン。これからもお前は自由でいい」

「うん…うん?」

 

唐突にそう切り出したウィンダールにウィンは小首を傾げた。

だが、ウィンダールはそれに構わず話を続ける。

 

「でも…お前がどこまで吹きぬける風であったとしてもガスタはお前の故郷だ。だから―――辛くなったらいつでも帰ってこい。」

「…うん。今まで帰らないでごめんね。父さん。」

 

月明かりが傾き始め、太陽はまた昇る。

ウィンにとっても、ウィンダールにとっても今日は良い一日になりそうであった。




登場人物

・ウィン
ぶっちゃけガスタという部族に縛られるのが嫌なだけであって家族に関してはそこまで悪感情が無かった人。ちなみにウィンダールを苦手に思ったのは霊使との金的があってから。
それが無かったらもう少しましだった。

・ウィンダール
ウィンと色々と話せた人。
ついでにウィンによって霊使への誤解を解いたため、今後は血涙とともに見守っていくことになるだろう。



今回の話はすごい難産でした。
やっぱ文章を書くのって難しいですね…


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新たな力

「やってみせろよ、ウィン!」

「なんとでもなるはずだ!」

「使い魔の同時使役だって!?」

 

なんだかかぼちゃマスクが踊っていそうなこの状況。

ウィンは霊使を救うために自身の力を見つめなおしていた。

そんな折にウィンダールから提案されたのが「使い魔の同時使役」というものだった。

 

確かに今までに何度か同時使役を試したことがある。

だがそのほとんど全てはうまく行かずに使い魔たちに多大な負担をかけてしまうだけだった。

どうしたら上手くいくのか考えても全く答えが見つからない。

ほぼ机上の空論と言っても差し支えないものだったろう。

 

「ウィン。お前は―――新たな使い魔を連れているだろう。…そして、恐らくだが使い魔の同時使役は出来ていないのだろう?」

「まぁ、ね。」

 

ウィンダールには何かこの状況を脱するための策がウィンダールにあるのか、と思ってしまう。

頭の何処かでは同時使役を行った事が無いウィンダールのアドバイスに期待していない自分も居た。

 

「ふむ…ウィンはどういう形で使い魔たちに力のパスを繋げてる?」

「大体50:50くらいだけど…。」

「…なるほどな。なら、そこから少しずつ力のパスの配分を変えてみたらどうだ?」

 

思い返せばずっと同じ配分にこだわり過ぎていた気がする。

確かにそれぞれが求める配分は違うのだ。

そんな簡単な事にも気づけなかったのか・

どうやらこういうことは誰かに見てもらった方が良かったのかもしれない。

そして、この制御がうまく行ったのなら新たな力が生まれる―――かもしれない。

 

二つの事を思いながらゆっくりと力の配分を変えていく。

安定する配分を探して―――

 

(見つけた…!)

 

割と早く見つけることができた。

この配分さえ覚える事が出来れば少しは使い魔たちの負担も減るというものだ。

 

それと同時にウィンの中には何か新しい力の息吹が吹き荒れ始めた。

その力の行き先にウィンは心当たりがある。

 

(…あー…なるほど。あのカードは使い魔の同時使役が必要だったか…。)

 

ウィンは霊使と過ごした中のとある一日を思い返していた。

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

それは霊使とウィンが出会ってから数週間後の事だった。

 

「…反応しない?」

「ああ。なんというか未だ"未完成"みたいな感じがするんだよなこのカード。」

 

霊使はウィンに一枚のカードを見せていた。

そのカードは色が抜けていて明らかに使える状態ではなかったのだが。

それでも問題は以前はそのカードに色がついていたという事だろう。

 

絵柄とかはしかと判別できるのに白と黒のみのモノトーンとなったカード。

少なくともカード名称は辛うじて読み取れるし、幸いな事に霊使はこのカードの名称を知っていた。

 

「たしかこのカード…"風霊媒師ウィン"だったはずだ。でもなんで使えないんだろ。」

「分からない。…でも前までは色が抜け落ちて無かったんだよね?」

「ああ。それは確かだ。」

 

そのことは霊使もしっかりと覚えている。

少なくとも霊使がこの霊使いのデッキを拾った時は確かに色がついていた。

デュエルディスクに反応したかどうかはともかく、今のような状態ではなかったのは確かだ。

だからこのカードの精霊でもあるウィンに聞いてみたのだが芳しい答えは得られなかった。

 

「…どうすればいいんだろ、これ。」

「まぁ、今の霊使のデッキにはシナジー少ないし投入しなくてもいいんじゃない?」

「ウィンはそれでいいのか?」

「大丈夫、問題ないよ。」

 

結局その後も霊媒師の謎は分からず―――。

気づけばウィンも霊使もすっかりその事を忘れてしまっていたのだった。

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

「―――いやーまさか今になって霊媒師としての力を自覚するとは。」

 

まさかあの時出なかった答えがこんな簡単に出るとは思ってもいなかった。

だがよくよく考えればそもそも使い魔の同時使役を試したきっかけも霊媒師の存在が頭によぎったから―――だった気がするがよくわからない。

 

「…はぁ。」

 

相も変わらず自分の半身が無くなってしまったかのような感覚は残っている。

それでも、多少の無茶は押し通さなければ。

霊使を救いたいという願いが今もウィンを蝕んでいる。

 

(もっと早くに気づけていたら…)

 

そんな事をふと、考えてしまった。

もしもっと早くにこの力の使い方にたどり着けていたら。

もし、もっと早くにウィンダールに教えを受けていたのなら。

そもそも、もし自分がガスタから出奔しなければ。

 

(違う、そうじゃないでしょ!)

 

最近どうしても考え方が後ろむきになってしまっている。

霊使がいなくなってからというもの、あまり楽観的な考えはしなくなった。

それが精神的負担から来るものなのかははっきりとしないが。

ただ、少なくとも今のウィンと過去のウィンは明らかに違う。

 

ガスタの里にてウィンは一人牙を研ぐ。

ウィンの中にたまるどす黒い感情に蓋をしながら、ウィンは霊使の救出を待った。

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

「…やべぇよ…。」

 

霊使が見つかるまで再び休校となった学校。

最近、霊使を含め行方不明者が続発しているらしい。

そのせいかどうかは知らないが無事、テストも延期となり。

そして、今、克喜はただ一人、路地裏に居た。

 

目の前には雨に濡れる霊使。

その目は半分意識があるようで、それでもないようなよく分からないものだった。

だがこのタイミングで会うとは互いに運の無い。

すくなくともここで克喜が勝てば霊使を縛るなりなんなりして、拘束してしまえばいい。

だが、生憎、縛るための物は何も用意してないし、そもそも親友を縛る気にもなれない。

 

「なんでお前がここに居る…?」

「なんで、ですか…。…なんででしょうね。」

 

本人にも分からない。

それなのに、彼はこの路地裏に居た。

話を聞く限りではこの路地裏で霊使ろウィン達は出会ったらしい。

 

「私の中の誰かの記憶が、この景色を映し出していたので。」

「それは―――」

 

四遊霊使の記憶が四道霊使の行動に影響を与えているのだろうか。

それは本人にしか分からない事だろう。

だが、もしかしたら。

霊使の記憶が残っている以上、今の自分たちが知っている霊使の人格もどこかに眠っているはずだ。

 

「…ここで決着をつけてもいいんですが、生憎今、デッキを持ち合わせてないのですよ。」

 

そうぼやく彼は二、三歩ほど克喜に歩み寄る。

手を伸ばせば届きそうな、それでいて届かない絶妙な距離。

 

「そうですね…では私から一つ提案を。―――今週末はお暇でしょうか?」

 

その提案は、今の克喜達にとって渡りに船な内容だった。

だが、皆にもこの事を話しておきたい。

そう言えば彼は快く快諾してくれた。

「悔いのないように」とは彼の弁だ。

つまりそれは暗に自分達に負けないという事を言っている。

克喜は絶対にその鼻をへし折る事を決意してその場を後にした。

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

(私はなぜあんなことを…?)

 

自分の中にあるこの訳の分からないものがこんなに自分に影響を与えているなどと。

四道霊使は思いもしていなかった。

人目のないあそこならば人間一人消すことなど容易いはずなのに。

それなのになぜ自分はあの人間との会話を行ったのだろうか。

 

(まさか…まだ居るとでもいうのでしょうか…?)

 

まさか自分の中にあの人格が眠っているとでもいうのだろうか?

 

(まさかそんなことは―――)

 

あの父上の事だ。そんな愚行を侵すとは思えないのだが。

それでもほんの少しの疑問はシミとなって四道霊使の中に残る。

 

【…おれ、は…】

 

微かに聞こえた声を聞こえないふりをして。

四道霊使は路地裏から去った。




登場人物紹介

・ウィン
霊媒師としての力に目覚めた

・ウィンダール
・ウィンダ
ウィンに使い魔同時使役のコツを授けた

・九条克喜
四道霊使と出会った。

・四道霊使
九条克喜に「ある提案」をした

・四遊霊使
まだ意識は奥底に


といわけで今回は最初の話以降触れられていなかった風霊媒師ウィンのフラグを回収しました。
ところで、この作品の名前を変えようと思うんですが…それで少しアンケートとってもいいんですかね?これ…
取ります!


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燃ゆるは炎、掴むは心

「マスター…。」

 

霊使が居なくなってから早一月が過ぎた。

どうやら今週末に何かあるようだが、今のヒータたちは平静を装うだけで精いっぱいだった。

どうやら自分達の中でも霊使が相当大きな支えになっていたらしい。

その事に気づいてしまえば何もかもがどうでもよくなってしまったかのように思えた。

現にヒータもまた無力感に苛まれている。

だからといって時間は止まってはくれないし過ごせるはずだった日々は霊使不在のままに過ぎ去っていく。

一生ここに帰ってこないのではないだろうか。

そんな不安がふと、ヒータの頭をよぎった。

 

自分たちは余りにも弱い。

大切な人一人守り切ることが出来なかったのだからその弱さは推して知るべしなんだろう。

もちろん、こんな所で諦めたくはない。

でもそもそもの話霊使が何処にいるのかさせ自分達には分からない。

だから、もうここに居る意味が無いように思えてきてしまった。

それと同時に霊使との濃密な三年間が溢れ出してくる。

その思いを読み解けば読み解くほど自分達は霊使の傍が居場所なのだと。

いつも通りの皆の笑顔があって。

いつも通りの皆で馬鹿な事をやって。

そしてそれを呆れたような、でも黙って傍にいてくれる人がいて。

それだけで心が満たされていた。

そう、自分は霊使と一緒に歩みたかった。

そんな簡単な事で自分の心は十分に温まった。

そうでなければ今、心に残るこの寒さが一体全体何なのかを説明することができない。

 

ヒータは―――否、霊使い達は皆、四遊霊使という人間に既に惹かれていたのだ。

四遊霊使という人間が一人いるだけで今までの自分とは違う者になっていく気がした。

四遊霊使という人間がいたからこそ、自分達は自分達であり続けることができた。

自分達は弱い。

これまで霊使以外の誰からも見向きされなかったのがいい証拠だ。

けれども。

今までの自分達からほんの少しでも変われた。

それも隣に他の誰でもない霊使のおかげだ。

自分達が今ここで霊使の事を考えていられるのもその霊使が居たからなのだ。

そうやってしまえばあとは簡単だ。

覚悟は既に完了した。

後は皆にも問うだけだ。

 

―――かつての霊使を救う事は今の霊使を倒す事。

 

確証も何もない。

けれど一度のしてしまえばどうとでもなる。

だから。

今ここで、ヒータは覚悟を決めた。

愛するものを失ってしまうかもしれないという可能性からも目を逸らさない事―――つまりは霊使が助けられないかもしれない最悪の可能性をじっと見つめるということを。

 

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「霊使…。」

 

克喜のつぶやきは星空に吸い込まれていった。

星たちは今も昔も変わらずに輝き続ける。

今、自分の親友は、四遊霊使は何をしているのだろうか。

何一つ分からない。

今、霊使が何処に居るのかも。

今、霊使が何を考えているのかも。

今、霊使がこの空を見上げているのかも。

何一つ分からない。

あの場所に一瞬でも早くついていれば霊使を助けられたかもしれない。

そうすればヒータたちがふさぎ込むこともなかったはずだ。

あの時を思い返せば思い返すほどやるせない気持ちと後悔の念で胸の中がいっぱいになってしまう。

 

「あれは…誰にも避けられない事でした。」

「ソレを認められないから後悔するんだ。―――ハイネ。」

「ええ。そうですね。でも、前に進むしかない。」

「そうだな。」

 

克喜は生きるという事は失敗の積み重ねだと聞いたことがある。

失敗というものは往々にして苦い物をだけを胸の中に残しがちだ。

それでも人はそこから学んで前へと進んでいく。

 

「…でもどうしても前に進むのが辛くなる時があるんだよ。」

「それが"人の弱さ"…。でも、弱さがあればある程人は強くなれる。」

「…どういうことだ。」

 

黒い衣装に身を包む、奈規模黒が特徴的な女性―――ハイネの言葉に克喜は思わず聞き返した。

 

「どもこうもないです。」

「…?」

「弱さの分だけ壁に当たり、弱さの分だけ成長できる。初めから完璧な人間なんてありえない。人間どこかしらに"弱さ"が存在する。それとどう向き合うかが強くなるために必要―――」

「なるほどなぁ。」

 

やはりこういう経験は叶わない。

どうやら彼女はまた自分にものの考え方をレクチャーしてくれたようだ。

 

「だから悩んでいる暇があったら前を向いて自分の弱さと向き合って。」

 

ハイネが敬語を崩した。

それは彼女にしては珍しく感情を露わにしているときのサインでもある。

 

「―――なあ、ハイネ、不安か?」

「それは、まあ。貴方の友人を失う事だけは避けなきゃって思っているわ。」

「でもインフェルニティに勝てるかどうかは分からないと。」

「あれは頭おかしいわ!なんなのよ!あれじゃあっちが満足してもこっちが全然満足できないわ!何が満足(サティスファクション)よ!あんなの虐殺よ!大虐殺!」

 

同たらハイネの頭の中にはインフェルニティにやられた光景がくっきりと残っているようだ。

だが、それでもハイネは一言も「逃げ出したい」とは言わなかった。

結局の所、彼女も精霊なのだ。

ちょっと泣き虫な所はあるけれどそれでも鹿野はデュエルモンスターズの精霊。

そう何度も負けてやるつもりはない。

 

「勝とう、克喜。」

「だな。」

 

魔女と少年は星空を望む。

親友がきっと同じ空を見ていると信じて。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「うん、できた…!」

 

ウィンは完全に霊媒師として覚醒した。

風の精霊と対話し、その身に精霊を降ろせるようになったウィン。

二匹の使い魔には精霊の暴走阻止のためのコントロールを担ってもらうつもりだ。

ただ、この力は他のモンスターの力も借りなければ行使できないのは明白だった。

 

「多分決闘(デュエル)で使うには私とそのほかの風属性カード一枚をコストに要求するよ。」

「…なるほど…。」

 

墓地からの特殊召喚もそれなりに行う颯人の【SRガスタ】にとっては非常に有用な効果でもあった。

"墓穴の指名者"みたいなカードを使われてはどうしようもないがそれ以外ならきっと大丈夫だろう。

決戦前夜の空には煌々と輝いていた。

 

「霊使…今、行くから。絶対に助けてあげるから。」

 

ウィンは―――ガスタの一族の決意はとても強固なものだ。

例え、この作戦がいかなる結末に終わろうともきっとこの絆は崩れない。

だが。

だからこそ、霊使には一度見て欲しいと思う。

今のガスタの姿を。

四遊霊使という一人の人間を助けるためにたくさんのモノが動いている所を。

 

「これが今まで霊使が紡いできた思いなんだね。」

 

霊使を思う人間の心が数珠つなぎとなって霊使に届けられようとしている。

その声に霊使は答えるのかどうか。

それはまだ誰も知らない未来の話だ。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

四遊霊使は昏い意識の底で目を覚ました。

初めに体の主導権が無いことに驚く。

が、よくよく考えれば原因はこの体の中に入っている()()()()()()が目覚めたからなのだ。

本来の霊使とは、本来の四遊霊使は自分ではない。

自分は四遊霊使が追放された後にできた簒奪者の人格でしかないのだ。

だからこの体は本来の持ち主に返却された。

しかしながら向こうにもこちらの声は届いているようだ。

ならば、と思って話しかけてみることにする。

 

『おはよう、最悪の目覚めだけどな!』

『なぜ貴方が…本格的に消えたものだと思ってましたが。』

 

話しかけた声に返答が返って来た。

 

『どうだい?ちゃんと健康的なモノ食べてたから割と健康体だと思うんだけどな…。』

『無性に甘いものが欲しくなる時がありますけどね。』

『そりゃ俺の嗜好だな。』

 

どうやら"彼"は自分とコミュニケーションが取れるらしい。

 

『元の体に戻った気分はどうだい?』

『…さあ。貴方の体が本当に私の体なのか分かりませんし…。でも返すつもりはありませんよ?』

『わーったよ。』

 

それでも、もしかしたら。

彼もいつかは変わってくれるのだろうか。

いつか自分のやりたいことを見つけてくれるだろうか。

願わくは。

彼が四道のためではなく、彼自身のために生きて欲しい。

そんな事を思いながら霊使は"彼"の事を見守るのであった。




登場人物紹介

・霊使い一同
色々と手遅れな事に気づいた御一行。

・ウィン
霊媒師としての力をコントロールできるように

・四道霊使
我は汝…汝は我…みたいなことにはならない

・四遊霊使
スタンドではない。

すいません。
ゼノブレイド2を久々にやったらこんなことに…。
許してください!ゼノブレ2の短編二次創作書きますから!


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四遊霊使奪還作戦その①:GAME START

月は巡り日はまた昇る。

ギリギリで霊媒師としての力をものにしたウィン達は克喜から聞いた「約束」の場所へ向かう。

 

「ここが…」

 

霊使に指定された場所。

そこは、あの日、あの時と全く同じ場所だった。

つまりそこは、霊使宅前。

 

「私達移動無しって本当ですかー!?」

「せっかくこう…、なんていうのかな…その。」

 

一つの決戦前だというのにこの霊使い達は何というか、気が抜けている。

いや、これは気負い過ぎていないという事か。

少なくとも今の彼女たちは彼女たちのマスターと一戦交えるのに何一つ―――といえば噓になるだろうがほとんど迷いは感じられない。

なんというか「振り切った」感じがする。

少なくとも戦いの途中で迷いから行動を躊躇う―――なんてことは起きえないだろう。

 

まぁ霊使い達からしてみれば気合十分で家から出たのに目と鼻の先がその場所だったらやる気が削がれるのも止む無し―――なのだろうか。

少なくともたった今合流したばかりの九条克喜はそんな事を考える余地もないのだが。

 

そうして霊使宅前に一人ずつ人が集まっていく。

約束の時間になった時、咲姫、奈楽、克喜、流星、水樹、結の六人がその場にいた。

さらにそれぞれが精霊を従えているので人の群れがいともたやすく出来上がったのだ。

 

「…皆さん…お揃いで…。」

 

そこに現れるげんなりとした顔をした四道霊使。

さすがの彼もここまでの大所帯だとは思ってもいなかったようだ。

この時点で相当に霊使についていく行く人物が多いことを窺い知れた。

こんなにも数多くの人間に思われている男は、今は、意識の底に居る。

 

『――こうやって眺めてみると壮観だなこりゃ。』

『友人が並んでいる姿を見て壮観というんですか…?』

 

というか意識の底で話しかけてくる。

なんでそんな芸当が出来るのかが非常に気になるところだがどうせ訳の分からないことを言い始めるのだろう。

そんな奇妙な同居人の事は取り敢えずおいておく。

そうでなければ精神衛生上余りよろしくない。

 

「さて、と。『会場』へとご案内しましょうか。」

「そいつはご苦労なこって。」

「人が多すぎるんですよね…。なんなんですか貴方達は…。」

「その体の持ち主の友人と―――」

「精霊と―――」

「恋人ですッ!」

 

最後の宣言を聞いて四道霊使は頭を抱えた。

なんなのだこの訳の分からない神妙不可思議で奇怪な輩たちは。

友人や精霊はまだ分かるが―――恋人というのが良く分からない。

しかもそう宣言したのが割と幼い緑髪の少女だというのだから目も当てられない。

 

『もしかして貴方―――ロリコンなんですか?』

『俺はウィンが好きなだけだ!決してロリコンではない!』

『でもハーレム形成しているじゃないですか?』

『俺は悪くねぇ!』

 

更に言うならば四遊霊使の精霊と宣言したほぼすべての精霊が少女ではないか。

さすがの四道霊使もドン引きというものである。

 

「どう反応するのが正しいんでしょうね…。この場合。」

「一応お前悪役なんだからさぁ…。」

 

どうやら四道霊使という人物は割と気性が穏やかな人物のようだった。

その分「父上」―――あの老人を妄信している部分もあるのだろうか。

自分の行動が世界を滅ぼすかもしれないと知った時彼は一体何を思うのだろうか。

 

「まぁいいでしょう。とりあえず―――この体の元の魂や人格、記憶はまだ残っている。それを賭けて勝負をしましょう―――とでもいえば良いのでしょうか?」

「だめだこの悪役…。早く何とかしないと…。」

 

そう言って頭を抱えるのは克喜とウィンダ。

ウィンに至っては根本的な所が何も変わっていないとどうすればいいか分かっていないレベルである。

四道霊使は心の底から悪に染まるには少し純粋過ぎたのかもしれない。

かつてここまで覇気のない相手など見たことが無かったのだから。

かつての四遊霊使と戦っていた時のキスキル達の方がまだ哀しい悪役としてふさわしかったまである。

 

「―――どうやら、彼はキスキルや霊使君が持ってた"シリアスブレイカー"を引き継いでいるらしいね。」

「ちょっと待って!?リィラ、それワタシがシリアス出来ないって言ってる!?」

「ええ。」

 

四道霊使も聞き耳を立ててみればこの体の致命的な弱点が耳に入って来た。

シリアスができない。

ならばどうすればいいのか。

自分はこの男と根本的に何ら変わりないのではないか。

 

『そりゃ、思考する頭が一緒だからなぁ。』

『そのせいで感情が生まれたと?』

 

それは困る。

自分は父の願いを叶えるために生まれたただの機械的な人格だ。

それなのに感情を持ってしまっては父の剣にも盾にもなれない。

 

(…最初の頃から見ても随分感情的になったもんだけどなー…。)

 

四遊霊使の意識が四道霊使の意識の底で目覚めたのはつい最近だ。

それでもこの体が経験したこと、発した言葉、感じた感情は四遊霊使にも共有される。

だから、四遊霊使はその男が最初は冷徹で機械的だったことも知っている。

それがここまで感情を得て、喋り、自分の考えで行動を起こしているのだ。

もう既に彼は彼の言う「盾」でも「剣」でもない。

「四道霊使」という一人の思考する人間なのだ。

 

『…。』

 

聡明な四道霊使の事だ。

既にその結論に至っていることだろう。

だからこそ、思考がまとまっていない。

それを認めるという事は自分の存在意義を自分自身で否定したというのと同義なのだから。

 

「…さて、勝負を始めましょうか。」

「…だな。」

 

その事に気づかないふりをして四道霊使は勝負を始める。

彼は一枚の紙きれを取り出すと、自身を含めて全員をその紙へと吸い込んだ。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「ここは…。」

「ここは旧市街にある空き地―――になった場所ですよ。心当たりがあるのでは?」

 

紙から吐き出された先、そこは巨大な廃ビルに囲まれた―――空き地だった。

しかもこの場所には見覚えがある。

 

サニーとメテオニス、そしてベアルクティが暴れに暴れた場所だ。

 

「そっかー…ここ、更地になってタンダー」

「…私は何にも知らない…シラナイ…」

「なんで精神崩壊を起こしてるんですか…?」

 

訳が分からないを通り越して、会話が通じない。

四道霊使は目の前で繰り広げられる訳の分からないものに対して初めて恐怖を覚えた。

ギャグ時空の住人とはかくも恐ろしく空気を塗り替えてしまえるものだったのか、と。

この体に居るもう一人は常にこんなギャグ時空に住んでいたのかと。

というかこの人物がいるだけで本題に進めないまである。

 

もちろん暴れまわった当の本人たちは頭を抱えて後悔するばかり。

四道霊使が抱く思いなんて何一つ気づかない。

 

「っていうか人的被害出てたら洒落になってませんからね…。」

 

挙句の果てには敵対している相手に心配される始末。

もしかしたら、ツッコミ役とボケ役が交代しただけでこのメンバーが集まれば自然とこういう雰囲気になるのかもしれない。

 

「そうじゃなくて!今から勝負をするって話でしょう!?」

「そうだった!!」

「目的を忘れないでください!?」

 

そもそもこの場所は四道霊使が「勝負」をするときにおあつらえ向きだったから適当に選定しただけなのだ。

まさか勝負場所一つでこんなに動揺するなんて思いも寄らなかったのだ。

 

『…完全に俺の記憶読んで揺さぶりかけてるかと思ったゾ…。』

『そんな上等な事が出来るほどまだ()()()じゃありませんよ。』

 

もちろんこれには意識の底の四遊霊使も大爆笑。

何というかいい加減この同居人もうるさくなってきた所だ。

と言ってもこうして意識が目覚めてしまった以上は今一度押さえつける術など知らないのだが。

 

「はぁ…。いいですか?これから皆さんには―――私の姉と兄と決闘(デュエル)してもらいます。二人に勝つことが出来たら私自身が勝負しましょう。」

 

だからもうその同居人の事は捨ておくしかない。

何故なら、話が進まないから。

完全に空気に呑まれる前にさっさとやるべきことはやっておきたいのだ。

 

『まぁ…克喜達なら余裕でしょ。何かウィンも新しい力に目覚めているみたいだし。…流石にこっちの声は届きそうにないけどなー…。』

『いい加減に黙ってください。いや、ほんとまじで。お願いします、静かにしてください。』

『答えはもちろんノゥだ!』

 

―――話が進まない。

こういう手合いは無視するに限るのだろう。

また一つ新しいことを学習した四道霊使は兄と姉がその場に現れたことを確認して―――一歩引いた。

 

『…真子には―――多分、流星が、零夜には克喜と颯人が対決。で―――俺とお前には―――零夜と戦わなかった方が来るなぁ。』

『…勝てるんですか?贔屓目に言って相当強いですよ?二人とも。』

『―――ああ。()()さ。必ずな。』

 

言葉の端々から滲む彼らへの信頼感。

少なくともこの体の同居人が『勝つ』と言ったのだ。

ならばその言葉の通り彼らはここまでやってくるはずだ。

ならば迎え撃とう。

それがどのような結果になろうとも。

 

これより始まるのは少年の行く先を決める決闘。

光か闇か。

彼の進む先は一体どちらなのかはまだ誰も知らない、未来の話である。

だが、その未来はすぐそこに。

 

「俺が行くよ。」

 

一戦目―――四道真子対龍牙流星の決闘の幕が上がる―――。




登場人物紹介

・四道霊使
ギャグ担当の体のせいか思考が若干ギャグ寄りになってる。安雁を妄信しているがそれ以外は割と常識的な人間。
安雁の命令は絶対だが感情が完全に目覚めたら多分霊使と同じことになる人。

・四遊霊使
我らがシリアスブレイカー

・キスキル
我らがシリアスブレイカー

・その他の皆さん
大体がシリアスブレイカー持ち。

・星神奈楽
シリアスメーカー持ち。

・龍牙流星
一回戦目に躍り出る


皆さんはウィッチクラフトの新規カードをどう思いますか?
私から一言。
これ…今までのウィッチクラフトを根本的に見直す必要があるような気が…?


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四遊霊使奪還作戦その②:OneSideGame

流星は今までドライトロンに他の儀式モンスターを組み込むことはしなかった。

何故ならドライトロンの中核を為す儀式魔法―――"竜星輝巧群(メテオニス・ドライトロン)"はドライトロンの儀式モンスターしか儀式召喚できないと思い込んでいたからだ。

もちろんそれはただの思い込みだ。

このカードの真髄は別にあったのだ。

その事に気づいた流星は手持ちのカードを使って悪さできないかと考えた。

その結果が、このデッキである。

一応一人回しをしてデッキが回るかどうかは確認してあるのでよっぽどの事が無い限り大丈夫だろうと感じていた。

だが、慢心は負けに直結するのがデュエルモンスターズというモノだ。

 

「ドライトロンは新生した…。貴方に何もさせずに倒すとここで宣言します。」

「…面白い事を言ってくれるじゃない。」

 

この戦いは友人である四遊霊使を救うための物だ。

故に過程や方法など気にしている場合ではない。

そんな事を気にしては勝てない。

確かにデュエルの後味というのは大切だろう。

だが、今この場においてそれは重要なものではないのだ。

今一番大事な事は目の前の敵を粉砕する事ただ一つ。

 

「先攻を頂いてもよろしいですか?」

「ええ、どうぞ?」

 

彼の言う「ゲーム」は勝利条件が実質三連勝という事もあって常にこちらが先攻というルールがあるようだ。

それは彼らの精神から来るものなのか知らないが―――。

随分と舐めた真似をしてくれる。

メテオニスも、流星もその裏に隠された意図をいとも容易く読み取っていた。

 

「勝てるわけが無いだろう」

 

と。

その思いは隠しきれておらず、むしろこちらを苛立たせる目的まであるんじゃないかとまで疑う物だった。

ならば望みどおりに暴れてやろう。

その決意と共に流星はデッキの上から五枚のカードを引いた。

 

「俺のターン…。俺は手札から"竜輝巧(ドライトロン)―ファフニール"を発動。このカードの発動時の処理として俺はデッキから"極超の竜輝巧(ドライトロン・ノヴァ)"を手札に加え、そのまま"極超の竜輝巧"を発動。デッキから"竜輝巧(ドライトロン)―バンα(アルファ)"を特殊召喚します。」

 

まばゆい輝きの中から現れたのは機械の竜。

この竜たちは姿を変え、魂を受け継いでいく。

 

「俺は自分フィールド上の"バンα"をリリースして"竜輝巧―ルタδ(デルタ)"を守備表示で特殊召喚。その後手札に儀式モンスターか儀式魔法一枚を相手に公開することでデッキから一枚ドローできる。俺は手札の"虚竜魔王アモルファクターP<(サイコ)"を公開。」

「…確かに儀式モンスターね。」

「では、デッキから一枚ドローします。…さらに手札の"サイバーエンジェル・弁天"をコストに"竜輝巧(ドライトロン)―アルζ(ゼータ)"を守備表示で特殊召喚。召喚成功時に"アルζ"と"弁天"の効果でチェーンを組みます。"アルζ"の効果でデッキから儀式魔法である"流星輝巧群"を手札に。その後、"弁天"の効果でデッキから二枚目の"弁天"を手札に。」

 

流星は一息でデッキを回していく。

初手に"アモルファクターP(サイコ)"があったのはとても大きい。

おかげで文字通り相手に何もさせずに勝つことが出来そうだったから。

 

「これで最後です。儀式魔法"流星輝巧群(メテオニス・ドライトロン)"発動。自分フィールド上の機械族モンスターの攻撃力の合計値が儀式召喚するモンスターの攻撃力を超えるようにリリースして儀式召喚を行う。―――俺は"ルタδ"と"アルζ"の二体をリリース。」

 

二機の機竜が蒼穹へと飛翔する。

二機の魂が流星となり、地面へと突き刺さった。

そして大地を揺らす轟音と共に今まで雲一つない晴天だった空が黒く染まる。

 

―――これは、流星の切り札の"竜儀巧"ではない。もっと異質な何かだ。

 

普段の流星を知る者は普段彼が使っているカードではないことを悟っただろう。

もしメテオニスを表の切り札というならばこれから召喚するカードはいざという時のもう一つの切り札―――裏の切り札とでも呼ぶべき一枚だ。

 

「荒ぶる竜たちを従えし王よ、全ての望みを虚無へと還せ!儀式召喚!」

 

流星が一枚のカードを高く掲げればそれに呼応するように一体のモンスターが姿を現した。

 

「降誕せよ…!"虚竜魔王アモルファクターP(サイコ)"!」

「なんですって…!?」

 

流星のもう一枚の切り札。それは今まで他の手札コスト要員かと思われていた"虚竜魔王アモルファクターP"だったのだ。

 

「そんな…そのモンスターには専用の儀式魔法が―――"アモルファスP(ペルソナ)"が必要なはず!」

「ぷっ…。」

 

余りにも荒唐無稽な儀式モンスターの召喚にさすがの四道真子も悲鳴を上げた。

だってそうだろう。

専用の儀式魔法でもないのにいきなり強力なロック効果を持った儀式モンスターが現れたら。

 

「"流星輝巧群"は儀式の生贄を機械族にする縛りこそあれ、儀式召喚する儀式モンスターには何一つ制限がないんですよ。攻撃力0の儀式モンスター以外なら手札、墓地から儀式召喚できます。」

「インチキ効果も大概にしなさいよ!」

 

どの口がそれを言うか。

真子が使う【呪眼】だってインチキ効果を持つ装備魔法―――"セレンの呪眼"があるだろうに。

とにかく、この決闘をさっさと終わらせるために

 

「…"虚竜魔王アモルファクターP(サイコ)"の効果発動。次の相手のターンのメインフェイズ1をスキップする。…後、おまけに永続魔法"端末世界《ターミナルワールド》発動。これで互いにメインフェイズ2を行う事が出来ません。」

「そんな…!?」

 

これでは手札誘発を抱えていなければ何もできないではないか。

ここまで、流星の宣言通りに事が進んだと思うと背筋に何かうすら寒い物が走った。

だが、そんな事を気にせず流星はデッキを回し続ける。

 

「…さらに二枚目の"サイバーエンジェル・弁天"をリリースして墓地の"竜輝巧―バンα"を自身の効果で特殊召喚。もちろん守備表示で、ですね。そして"バンα"と"弁天"の効果でチェーンを組みます。"バンα"の効果で儀式モンスターである"竜儀巧(ドライトロン)―メテオニス=DRA"を手札に。その後"弁天"の効果で三枚目の"サイバーエンジェル・弁天"を手札に加えます。その後、墓地の"流星輝巧群"の効果発動。自分フィールド上の"ドライトロン"モンスター一体の攻撃力を1000下げて墓地の"流星輝巧群"を回収。…これでターンエンド。」

 

流星 LP8000

フィールド   虚竜魔王アモルファクターP(サイコ)

        竜輝巧(ドライトロン)―バンα(アルファ)

フィールド魔法 竜輝巧(ドライトロン)―ファフニール

 

「私のターン…。ドロー…。」

「貴方は"虚竜魔王アモルファクターP(サイコ)"の効果でメインフェイズ1をスキップしなければなりませんね。」

「…バトルフェイズも何もないじゃない…。」

「灰流うららがあれば止められたんですけどねー。」

 

サラリとパワーカードの名前を出す目の前の少年に、真子はふざけんなと叫びたくなった。

まず、"流星輝巧群"による"虚竜魔王アモルファクターP(サイコ)"の儀式召喚。

この時点で色々狂っているというのに。

しかも追い打ちを掛けるように()()()()されたときのアモルファクターP(サイコ)の召喚時能力を発動させてこちらには何もやらせないときた。

普通一ターン目からそんな凶悪なロックを仕掛けるかと金切り声を上げたくなる。

 

「ターン、エンド…!」

 

真子 LP8000

フィールド   なし

魔法・罠ゾーン なし

フィールド魔法 なし

 

このままでは何もできずにやられてしまう。

だが、今の相手の手札はほとんどが割れているうえに今、流星のモンスターゾーンにいるモンスターと手札のDRAの攻撃力を足し合わせても6950しかない。下級ドライトロンはまず間違いなく儀式の素材にされるはずだ

このターンを凌げればあるいは―――。

そんなことを考えている真子に気づかず、流星は再びデッキを回し始めた。

 

「俺のターン。ドロー。…俺は自分フィールド上の"バンα"をリリースして墓地から"竜輝巧(ドライトロン)―ルタδ(デルタ)"を守備表示で蘇生。その後手札の儀式魔法―――"流星輝巧群"を見せることでデッキから一枚ドロー。さらに手札の"竜輝巧―エルγ(ガンマ)"をリリースすることで墓地の"竜輝巧―バンα"を守備表示で蘇生。その後"バンα"の効果でデッキから儀式モンスターである"竜儀巧(ドライトロン)―メテオニス=QUA"を手札に。」

 

再び現れる合計攻撃力4000の機械の竜たち。

そしてそれは儀式の準備が整った事の証左である。

 

「俺は手札から"流星輝巧群"を発動します。"バンα"と"ルタδ"の二体をリリース!」

 

再び空へと舞い上がる機械の竜たち。

 

「魂は彼の者に繋がれた!空より飛来するは破魔の光!降誕せよ"竜儀巧(ドライトロン)―メテオニス=QUA"!」

 

そしてその二機が流星となり、新たなモンスターを呼ぶ。以前、克喜との決闘で使わなかったメテオニスのもう一つの姿。ソレがこの"QUA"という姿である。相手の魔法・罠の効果の対象にならずまた、このカー度を儀式召喚したときに使用したカードの合計レベルが2以下の場合。相手フィールド上の魔法・罠カードを全て墓地送りにするという"ハーピィの羽箒(制限カード)の効果を内蔵した対魔法デッキの最終兵器みたいなカードである。

もちろん攻撃力も4000あり、魔法の効果によるパンプアップを物ともせずにぶん殴りに行けるステキ性能でもある。

 

「まだまだァ!更に手札から魔法カード"成金ゴブリン"発動!相手は1000LP回復して俺は一枚ドローする!」

 

真子LP8000→9000

 

とうとう敬語ですらなくなった流星は相手のLPを回復させる代わりに自分はデッキから一枚ドローできるカードである"成金ゴブリン"を使用。

デッキの一番上のカードを確認すると口角がめくれあがってしまう。

何故なら。

もう既に相手のLPは0と同然になったのだから。

回復させてもそれ以上の攻撃力で粉砕してしまえば勝ちなのだ。

だから流星はデッキを回し続ける。

 

「俺は手札の"サイバーエンジェル・弁天"をリリースして"竜輝巧(ドライトロン)―ラスβ(ベータ)を守備表示で特殊召喚!墓地の"流星輝巧群"の効果を発動!"ラスβ"の攻撃力を1000下げて墓地から"流星輝巧群"を回収!」

 

再び墓地から手札に加わる"流星輝巧群"。このカード、困ったことに儀式召喚を行う効果に関しては一ターンに何度でも使用することが出来るのだ。

だが、まだだ。

まだこのカードを使うには条件が整っていない。

 

「俺は攻撃力が1000下がった"ラスβ"をリリースして墓地から"竜輝巧(ドライトロン)―エルγ(ガンマ)"を守備表示で特殊召喚!その後、"エルγ"の効果で墓地から"バンα"を蘇生!」

 

再び二体のモンスターが現れる。

若干過労気味のバンαが目で何かを訴えてきたが―――決闘とはブラックなものなのだ。

流星は恨めしそうな目で見て来る"バンα"に手を合わせて謝るとそのまま前を見た。

 

「折角こんなに良い舞台に上がれたんだ。俺の"とっておき"をみんなに見せてあげるよ!」

「とっておき…、ですって?」

「そうさ!このカードを決闘で使うのは初めてさ。―――だって貴方に対して油断をしたらこっちが負けそうだからね!俺は―――"エルγ"と"バンα"の二体でオーバーレイ!」

「なっ…!?」

 

確か今までのドライトロンにエクシーズモンスターは存在しなかったはずだ。

だが流星は確かにオーバーレイと言った。

 

X(エクシーズ)召喚!現れろ最後の機竜!"竜輝巧(ドライトロン)―ファフμβ(ミューベータ)'"降臨!」

 

そうそれは―――ドライトロンの新たな力は。

エクシーズモンスターであること。

それは大きな衝撃を伴って受け入れられた。

しかし儀式の素材をエクシーズ素材にして大丈夫だったのだろうか?

 

「この"ファフμβ'"は儀式召喚を行う際にその素材をこのカードのX(エクシーズ)素材から取り除くこともできる!そして三度"流星輝巧群"を発動!"ファフμβ'"のX(エクシーズ)素材を二つ用いて儀式召喚するよ!」

 

ファフμβの周りに浮かぶ光の玉が空で弾ける。

そしてその光は流星となり最後の竜をこの場に呼ぶ。

 

「魂は彼の者に繋がれた!彼方より来るは破邪の光!"竜儀巧《ドライトロン》―メテオニス=DRA"降臨!」

 

現れるのは流星の相棒にしてドライトロン最強の攻撃カード。

そのメテオニスの姿は敵対するもの全てを滅ぼす力が秘められている。

 

「バトルだ!"虚竜魔王アモルファクターP(サイコ)"で攻撃!"鏖殺の虚無(ジェノサイド。ヴォイド)!"」

 

真子を守るモンスターは誰一人としていない。

虚ろなる王の一撃がいともたやすく真子のライフを削る。

 

真子LP9000→6050

 

「まだまだ!"竜輝巧―ファフμβ'"で攻撃!」

「くぁッ…!」

 

真子LP6050→4050

 

「まだだ!"竜儀巧―メテオニス=QUA"の攻撃!"クォンタム・メテオ"!」

「ああっ…!」

 

真子LP4050→50

 

既に真子のLPは風前の灯火。

それに比べて流星にはDRAの攻撃が残っている。

さすがにどんな回復カードでも4000も回復できるカードは存在しない。

 

「最後。"竜儀巧―メテオニス=DRA"の攻撃!"メテオ・リーパー"!」

 

かつての攻撃とは違うDRAの必殺の一撃。

遥か上空まで真子を打ち上げ、その背に回る。

メテオニスの腕の結晶体から放たれるビームが刃を形成。

 

「いっけぇぇぇえぇえぇぇぇぇぇえぇぇ!」

 

流星の裂帛の気合と共に振り下ろされた刃は隕石をも両断するような威力で真子の儚いライフを消し飛ばした

 

真子LP50→0

 

 

 

流星の勝利で終わったこの決闘。その場に倒れ伏す真子を横目に一番槍としての役目を果たせたから流星はどこか誇らしげな表情をしていた。

 

「へへ、やったね!」

 

そう言いながらガッツポーズをする流星の姿を見て、

 

()ったねの間違いじゃなくてか!?)

 

と敵味方迷わず全員がそう思わずにはいられなかったのは別の話である。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

『これはひどい…。』

『ワンサイドゲーム…も生ぬるいですね?』

『そうだな。…もう儀式魔法自体を撃たせないくらいの感覚が必要かも。』

 

一方、この決闘の全てを見ていた二人の霊使は目の前で起きた大虐殺に言葉を失っていた。

ここまでくるとさすがの四遊霊使でも少し真子に同情してしまう。

 

『あれ【八咫ロック】よりもロック性能高くないですか…?』

『高いなんてもんじゃないぞ?実質アレの始動札は"ファフニール"や"エマージェンシー・サイバー"みたいなサーチからでもくるからなぁ…。』

『じゃあ対策は?』

『先攻とって"魔法族の里"で魔法封じる。』

『じゃんけんゲーじゃないですか…。』

『まぁ、割と抜け穴は多いと思うよ?』

 

二人であのデッキの対処法について話し合っていると、ついつい本来の目的を忘れかけてしまった。

まだ、彼らには戦うべき相手が残っている。

そう、四道零夜という兄だ。

 

「そうですね…次は兄さんと戦ってもらいましょうか?」

 

今、一人の少年の未来にかけて悪意の饗宴の幕が上がろうとしている。

 

「…俺が、行くよ。ウィンの言葉がアイツに一番届きそうだからな。」

「ええ。そうしましょう。」

 

二回戦、四道零夜対九条克喜。

あの時のリベンジマッチの幕は切って落とされた。




・登場人物紹介

・龍牙流星
まさかのロックデッキを使用。
余りにも簡単にきまりすぎて「おかしくってはらいたいわ~」状態になっていたのは内緒だぞ!

・四道真子 
何もさせてもらえなかった人。
これはもはやスレイ案件

・その他大勢
これなんてオーバーキル?



はい。やっちゃいました。
ドライトロン大活躍回です。
友人に同じ事やったところ友人が一人減りました。


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四遊霊使奪還作戦その③:With strong Fighting Spirit in its eyes

九条克喜は思いのほか早くにリベンジの機会がやってきたことに天啓を感じた。

それはある意味では個人的なものであったが、好都合なものに他ならない。

深い悪意を湛えたその目に九条克喜(じぶん)という人間がどう映っているかは分からない。

相手にとっては取るに足らない―――覚えられていない可能性もあるはずだ。

それでもあの時に味わった絶望は九条克喜という人間の中に強くくすぶり続けている。

自分がウィッチクラフト(相棒)達の力を十二分に引き出せていないという無力感に苛まれて。

それでもただリベンジするために牙を鋭く研いできた。

後はその牙を相手の喉元に突きつけるだけ。

きわめて単純で簡単な行為だ。

恐らく、今ならば四道霊使を斃せるだろう。

だが、自分では四遊霊使の心を助けることはできないだろうということも分かっている。

正確に言えばその役目は自分ではないというだけだが。

その役目を持つものはこの場にただ一人しかいない。

そう。

風霊使いウィンという精霊にしか彼の心は助けることはできない。

自分よりも霊使に近くて、霊使を一心に想い続けている彼女にしか助けることはできない。

簡単な理由だ。

彼の心を一番動かせるのは他の誰でもないウィンだけなのだから。

それを克喜は理解していた。

だから。

ここで彼女を阻むものを斃す。

それが九条克喜という人間の役目なのだ。

四遊霊使を取り戻した後で説教の一つでもしてやりたいところであるが、それもウィンの役目。

霊使に恩があるキスキル達には悪いが露払いが自分が請け負うべき役目なのだ。

格好つけだとかそんな深い意味はない。

ただの得手不得手の話なのだ。

親友を助けるためなら喜んで誰かの剣になろう。

それがこの戦いへと臨む克喜の思いだ。

友人を不当に傷つけられた怒りがある。

友人を救うために負けられない理由がある。

そして、ここで自分にしかできないことがある。

だから。

 

「今の俺は…!」

 

目の前の敵を打ち砕くことを至上の目的として。

相棒達と血の滲む様な努力をして。

今までの全てを後ろで待っている男のために。

全てをかける。

 

「負ける気がしねぇ!」

 

故に。

九条克喜に敗北の気は一切合切ない。

あるのはただ互いの矜持(プライド)をかけた決闘への闘争心のみ。

その姿を見て、彼の相棒たるウィッチクラフトも前へと並ぶ。

九条克喜にとって絶対に負けられないし、負ける気がしない決闘の幕が今にも上がろうとしていた。

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

(ぎらついてんな…。)

 

正直にいって四道零夜は目の前の男の事を全く覚えていなかった。

当日に知らされた裏切りの怪盗達の始末を請け負った時に戦ったか、というくらいの淡い印象である。

それくらいあっさり倒してしまった相手なのだ。

雑魚をいちいち覚えているような頭をしていない。

だが今の目の前の男はどうだろうか。

その眼光は鋭く研ぎ澄まされ、あふれ出る闘争心は鋭く肌を刺してくる。

見違えたという言葉でも生温い。

まさに「豹変」というべきものだった。

かつての敗北が相当悔しかったのかどうかは分からないが、今の目の前の男は明らかに前とは違う。

その事を頭ではなく本能で理解した。

もしかしたらいつぞや戦った時の霊使よりも今の相手の方がよっぽど強いのかもしれない。

口角がめくれ上がる。

心臓がどくんどくんと早鐘を撃つ。

背筋に電流が走ったかのような衝撃を受ける。

全身が目の前の相手との全身全霊の決闘(デュエル)を求めている。

どのみち相手も自分も欲しい物は決闘でしか手に入れることができない。

ならば、もう。

今は計画の事は忘れてしまおう。

家の柵も何もかも忘れてしまおう。

そして相手が強者であるならば、それ以上の強さで蹂躙しよう。

闘争心の赴くままに。

 

「いいぜ…いいなぁ…。その目ぇ…!お前ぇ…名前はなんて言うんだ…?」

「九条克喜だ。…そういうアンタの名前はなんだ?」

「四道…零夜だぁ…。」

 

もう燃え滾る嗜虐心を抑えきれそうにない。

屈服させてその泣き顔を拝んでやりたい。

誰かが「デッキは剣、ディスクは盾」という言葉を放ったらしい。

が、今の零夜にとってはデッキも、ディスクも剣だ。

両の武器を一つにして、零夜は天へと、そして克喜へと吼えた。

 

「キヒヒヒッ…。お前…いいなぁ…!いいぜぇ!おっぱじめようじゃねぇかぁッ!九条克喜ィ!互いの全てをかけた決闘をよぉ!」

「望むところだ!四道零夜ァァァァァ!」

 

理性も何もかもをぶっ飛ばした二人が互いにデッキを構える。

その目に残る闘争心は互いの首元に狙いをつける。

勝つのは思いか、暴力か。

それは今から始まる決闘が示してくれる。

 

決闘(デュエル)!』

 

互いの信念がぶつかり合う、「ゲーム」、第二戦。

それが開戦の合図だった。

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

四道空也は今頃「ゲーム」を繰り広げているであろう弟たちに思いを馳せていた。

 

「ふぅ…。まともな精神ならここに居るだけで発狂するだろうな…。」

 

煙草を口に加えて火をつける。

煙を味わう事もせず、火の付いた煙草を口から離した。

 

「相変わらず血の匂いにはなれん…邪魔だな、この()()。」

 

できることなら四道霊使の「ゲーム」に参加したかった。

そうすれば咲姫との決闘で自分に欠けている物を見つけられるだろうから。

だが現実はそうはいかない。

 

「親父、俺だ。()()は終わったぞ。…一人逃がしたが致命傷だ。そう遠くへは行けないだろうよ。」

『そうか。誰にも見られていないだろうな…。』

 

その日は休日であるからか、その場所に人は多くはなかった。

それでも何かしらの用事で、その場所に人が居ることは確かだった。

だがその場所は異様な静けさに満ちていた。

まるで空也以外の人間など居ないかのように。

 

「ターゲットは居なかったが――。」

『それは後で良い。バレる前に戻ってくるがいい。』

「ああ。そうさせてもらう。―――それにしても親父。」

『なんだ?』

「ターゲットは協力者なんだろう?殺してしまっていいのか?」

『目指すところが違うからな。アレとは元から相容れんよ。』

 

その言葉に容赦がないと苦笑しながらその場を後にする。

その足元には夥しい量の死体と、血液があった。

足元が血に濡れていて少しばかり気持ち悪い。

 

「…全く。少しばかり靴が汚れてしまった。」

 

口ではそんな事を言いながらも空也はさも気にしていないようだった。

空也にとって決闘は本業ではない。

空也の本業は殺しなのだ。

 

「…俺達の事を知っている市庁舎の職員の処理を完了。これより帰投する。―――喜べ、お前達は偉大なる神の肥やしとなれたのだから。」

『ちゃんと施肥計画は守れよ?』

「分かっているさ。俺は快楽殺人者じゃないんでね。」

 

邪悪は常に蠢いている。

次にその毒牙にかかるのは果たして。

 

 

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「俺のターン!ドロー!」

 

現在克喜のターンで数えて2ターン目。

今までに二度、戦闘のやり取りがあった。

克喜は先行一ターン目からエースモンスターであるヴェールを召喚する事に成功。

零夜も負けじと若干事故り気味の手札からいきなり"レスキューラビット"から"ヴェルズ・ヘリオロープ"二体の特殊召喚につなげ、さらにそこから"ヴェルズ・オピオン"を展開。

オピオンの効果によって克喜はレベル5以上のモンスターを召喚、特殊召喚する際はヴェールの効果でオピオンの効果を無効にしなくてはならなくなった。

ヴェールの効果は手札の魔法カードの枚数分だけ攻撃力、守備力を1000上昇させる効果と、手札の魔法カード1枚をコストに相手フィールド上の全てのモンスター効果を無効にすることができる効果の二つである。

しかし、毎ターン自分の手札の魔法カードをコストにしなければレベル5以上のモンスターの特殊召喚を行えないというのは厳しい物がある。

おまけにウィッチクラフト永続魔法もない。

故に。

その時が来るまではヴェール一人に頑張ってもらうしかない。

一方の零夜もオピオンを失うのは大きな痛手となる。

つまり互いの一ターン目は膠着した状況だったというわけだ。

だが、このターンから状況は一気に動き出す。

九条克喜の持つ新たなる力が、否応にも、そうさせた。

 

「…俺は、"ウィッチクラフトマスター・ヴェール"の効果発動。手札の"ウィッチクラフト・コラボレーション"をコストにこのターン、相手フィールド上のモンスター効果全てを無効にする。」

 

この一手により、一時的に"オピオン"の効果は無効化された。

この瞬間、克喜にとっての好条件が全て整った。

 

「見せてやる…!俺は手札から――――」

 

このカードは今までのウィッチクラフトのカードとは一線を画すもの。

そしてそれは克喜とウィッチクラフトたちの絆の結晶。

 

「―――魔法カード"ウィッチクラフト・コンフュージョン"、発動!」

 

そのカードの名は"ウィッチクラフト・コン()()()()()()"。

新たな一歩を踏み出すウィッチクラフト達への克喜なりの贈り物である―――。




登場人物紹介

・九条克喜
使用デッキはウィッチクラフト。
自分の役目は露払いだと自覚している。
ウィッチクラフト達の新たな力を霊使とは別の形で引き出した。

・四道零夜
あの夜戦った人物をほぼ全員忘れていた模様。
わざわざ弱者の名前を覚える必要があるかという。

・四道空也
ド外道。
市庁舎の人間を皆殺しにした。
どうやら「協力者」の始末に来たらしい

・「協力者」
良く分からない人。
ただ四道の目的とは相容れない目的の持ち主らしい。


編集する→最終投稿日を確認する→三週間たってる→( ゚Д゚)ファッ!?
訳が分からないですがそろそろ投稿開始して一周年だそうです。
一周年記念の番外編(カオス)もそのうち投稿するのでもしよければそちらも。
これからも拙作をよろしくお願いします。

感想・評価お待ちしております!


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四遊霊使奪還作戦その④:Once again the power born in the past

"ウィッチクラフト・コンフュージョン"。

この魔法の元となった力はヴェールではなく、ハイネの中にずっと眠っていたものだった。

そもそもの話であるがこの眠っていた力を呼び覚ます際に、ヴェールという精霊はその場にいなかった。

何故なら。

ヴェールはウィッチクラフトの激務に嫌気が差してウィッチクラフトを出奔したからである。

置手紙を残して雲隠れしたヴェール。

その行動に対してまずハイネは泣きそうになり、エーデルは額に青筋を浮かべながら拳を握り締め、その他のウィッチクラフト達はなんとなく察していたような反応をしていた。

とにもかくにも。

ウィッチクラフト達は長不在というこのとんでもない状況を乗り切ろうとハイネを代理の長とした。

その際、普段は「コラボレーション」というくらいには関りの薄かったはずのウィッチクラフト達が初めて真の意味で力を合わせた。

もちろん関係ないのはそれぞれの作業の時のみであって、それ以外―――オフの日などは一緒に旅行したりするくらいには仲は良かったが。

とにもかくにもウィッチクラフト達は行方不明であるヴェールを「療養中」ということにして、一時的な新体制で活動を再開させた。

活動を再開してヴェールが居なくとも依頼はひっきりなしにやってくる。もちろんそれぞれの得意な事にも、療養中のヴェールの仕事であるはずのガラス細工にも。

そしてヴェールが出奔してから数週間後、ふらりと彼女が帰ってくるまで続いた。

もちろん意気揚々とウィッチクラフトに帰還したヴェールに説教が降りかかったのは言うまでもないことだったが。

 

だからこそ、この力にヴェールは寄与しない。

別に力を借りようと思えば借りれるが、ヴェールはフィールド上にいるだけで十分な牽制となる。

相手からしてみれば下手に殴り掛かったら逆に大ダメージを喰らう事になりかねないのだから。

さらにいうならばこの力の本質は力を合わせる事―――つまりは力の融合だ。

協調性皆無なヴェールが融合召喚という力を御しきれるかどうかというならば否だろう。

故に。

 

「俺は―――手札の"ウィッチクラフト・ハイネ"と手札の"ウィッチクラフト・シュミッタ"の二体で―――()()()()!」

 

ヴェールを融合素材とせず、手札の二体のウィッチクラフトを融合させることで新たな力を導き出す。

それが克喜とウィッチクラフト達が得た新たな力。

あの日の混乱の再現にして新しい始まりを告げる姿。

 

その名は―――

 

「刮目せよ、魔女の工房の新たなる始まりを!紡いだ絆はいまここに!"ウィッチクラフト・バイスマスター"を召喚!」

 

ウィッチクラフト・バイスマスター。

今まさに生誕の瞬間である。

 

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「ウィッチクラフト・バイスマスター…だと?」

 

そのモンスターは以前に見たウィッチクラフト・ハイネというモンスターと酷似していた。

だが、何かが違う。

本当に何かが違うのだが、何が違うのかが分からない。

だが克喜は、「知らん、そんな事は俺の管轄外だ」と言わんばかりに克喜は能力を発動していく。

 

「俺は"ウィッチクラフト・コンフュージョン"の効果で墓地に落としたシュミッタの効果発動!墓地のこのカードを除外してデッキから"ウィッチクラフト・クリエイション"を墓地に!」

「各ウィッチクラフト魔法カードは各ターンのエンドフェイズに回収できる効果と…それぞれの固有効果の二者択一…。」

 

このターンに効果を使った"コンフュージョン"はともかく、先ほどヴェールの効果で墓地に行った"コラボレーション"、そしてたった今墓地に送られた"クリエイション"はどちらも手札に加わることになる。

 

「…それでも、耐える。」

「いいや。もうこのターンで終わりさ。お前に次のターンなんてない…!"ウィッチクラフト・バイスマスター"の効果発動!融合モンスター以外の魔法使い族モンスターの効果が発動した時に三つの効果から一つ選んで発動することができる!」

「何?」

 

そして"バイスマスター"の効果のトリガーは余りにも軽い条件だった。

そう、この"バイスマスター"はウィッチクラフトという存在そのものを新たな次元へと押し上げるモンスター。

 

「俺は手札・デッキからレベル6以下の"ウィッチクラフト"モンスターを特殊召喚する効果を選択!効果でデッキから"ウィッチクラフト・エーデル"、召喚!…まぁ、この効果はそれぞれ1ターンに一度、だけしか使えない。」

 

現れるのは宝石の嵌ったノギスを持ったモンスター。

攻撃力は2000と上級モンスターにしては少し低い気がする。

だが、攻撃力が低いモンスターは往々にして面倒くさい効果を持っている物だ。

特に上級モンスターや最上級モンスターにおいてその傾向が強い。

 

「俺は"ウィッチクラフト・エーデル"の効果を発動する!手札から魔法カード一枚を捨てて手札から"ウィッチクラフト"モンスターを特殊召喚する!俺は手札の"ウィッチクラフト・サボタージュ"を墓地に送り"ウィッチクラフトゴーレム・アルル"を特殊召喚!」

 

このターン、克喜は一気に五枚のカードを消費。これで手札はすっからかんになった。一ターン目のやり取りで墓地に送った"ウィッチクラフト"は墓地のウィッチクラフト魔法カードと自身を除外することでそのカードの発動時の効果をコピーすることができる"ジェニー"であった。

つまるところ、克喜の手札はゼロ枚。ものの見事に蒸発したわけだ。

 

「…手札0。これでもう後続は呼べねぇなァ?」

「…後続…か。面白い事を言うなぁ…。忘れちゃいないか…?"バイスマスター"の効果を…!」

「何を言ってんだ…?既に―――いや、おい、それぞれって言ってたよな―――まさか―――!」

「そのまさかに決まってんだろ!このドグサレ野郎がぁっ!"バイスマスター"の効果で墓地の"ウィッチクラフト・コンフュージョン"を回収!」

 

が、手札が割れているとはいえウィッチクラフト魔法カードが克喜への手札に戻った。

これは自分にとって非常に不味い展開だ。

零夜にはこの状況を凌げるカードが手元にあるのだが、その他もろもろの兼ね合いでデッキに投入できたのはたった一枚だけ。猶予期間わずか一ターンは慈悲が無い。

 

「バトルだ!"ウィッチクラフトゴーレム・アルル"で"ヴェルズ・オピオン"を攻撃!お前の場に伏せカードはないからそのままダメージステップだ!"ヴェール"の効果で手札の魔法カードを任意の枚数見せる。俺の手札には"コンフュージョン"が一枚だけあるから攻撃力が1000上昇してアルルの攻撃力は3800だ!」

 

ウィッチクラフトゴーレム・アルル ATK2800→3800

 

ヴェールの能力でバフをかけられたゴーレムはいとも容易くオピオンの体を粉砕した。

オピオンが受け止めきれなかった分の衝撃がLPダメージとして零夜自身にも伝わる。

 

「ぐううぅぅっ…!」

 

零夜LP8000→6750

 

「続けて"ウィッチクラフト・バイスマスター"でプレイヤーにダイレクトアタック!"ユニオン・ドレーピング"!」

「そうは問屋が卸さねぇぜ!俺は"速攻のかかし"を手札から墓地へ捨ててこのバトルフェイズを強制終了するぜ!」

「くそっ…!仕留めそこなった!」

 

克喜 LP8000

フィールド ウィッチクラフトマスター・ヴェール

      ウィッチクラフト・バイスマスター

      ウィッチクラフトゴーレム・アルル

      ウィッチクラフト・エーデル

 

その後、克喜は墓地の"コラボレーション"、"クリエイション"、"サボタージュ"を回収。

これで手札は全て何か判明しているとはいえ4枚に。

この状態で克喜はターンエンドを宣言。

そうして零夜にターンが移る。

 

「俺のターン…ドロー!」

「相手スタンバイフェイズに"ウィッチクラフトゴーレム・アルル"は手札に戻る。」

 

勝手の邪魔ものが一人消え去った。

何かよくわからないがこれはチャンスなのではないだろうか。

零夜は今引いたカードを再確認すると一気に盤面を動かそうとする。

 

「俺は…"死者蘇生"を発動!墓地から"ヴェルズ・オピオン"を特殊召喚だァ!さらに速攻魔法"エクシーズ・インポート"を発動!俺は"ウィッチクラフト・エーデル"を対象に―――」

「かかったなアホが!自分フィールド上の魔法使い族モンスターが対象に取られたときに自分の墓地の魔法カード一枚か相手フィールド上のカード一枚を対象にして発動できる!」

「…何?そんなカードは…!いや…まさか…!?」

 

しかしながらその動きは一瞬でストップをかけられてしまう。

ストップをかけたのは他の誰でもない九条克喜だった。

 

「てめぇの…!さっき手札に戻したカードはぁ…!()()()()―――ッ!」

「その通りだ!俺は"ヴェルズ・オピオン"を対象としてこの効果を発動!"ウィッチクラフトゴーレム・アルル"を特殊召喚して"ヴェルズ・オピオン"を手札へ!」

「…オピオンはX(エクシーズ)モンスター…!戻るのは手札ではなく―――!」

 

これは完全にやられた。

手札に戻るのは毎ターン確実にこの効果を発動させるため。

控えめに言ってぶっ壊れもいいところである。

おかげで全ての考えがぶち壊された。

 

「ふっざけんなぁぁぁぁああぁぁぁあああ!EXデッキに戻るんじゃねぇかよぉぉ!」

 

久々に頭に血が上る感覚を味わった。

頭が重くなって、気持ち悪い。

怒りや、嫉妬とかそういうものではないどす黒い感情が湧く。

それは世間一般では「殺意」と呼ばれる感情が克喜に向けられる。

 

「なぁんでどいつもこいつも俺に黙って殺されねぇんだよ!俺はお前みたいな闘争心にあふれた奴の心をへし折るのが決闘(デュエル)の目的だってのによォ!」

「…醜いですね…。」

「ああ、あれはもう決闘者ですらない。」

 

こうなった原因どもがうるさい。

確かに計画の事も考える必要もあったが今は、それよりもさっさと目の前の不快なナニカを消し去りたい。

 

「…ぁはっはっ…霊使如きに負けてこっちのフラストレーションは溜まりに溜まってたってのによォ…!」

 

だからこの決闘は自分の負けで良い。

決闘者(デュエリスト)なんかクソ食らえだ。

 

「あぁもう我慢ならねぇ…!ぶっ潰す!」

「…おい、デュエル続けろよ。」

「ターンエンドだ!これで満足しやがれ!」

 

これでターンエンドを宣言する。

一刻も早くあの目障りな奴から視線を外したかった。

 

「俺のターン。ドロー。」

 

狙うは最後の一撃。

既に自分のLPよりも相手モンスターの攻撃力の合計の方が高い。

ならば最後の一撃と同時にあのナニカを纏めて殺す。

別に計画はここに居る精霊でなくともいいわけだし、多少計画に遅れは出るが必要経費というモノだ。

 

「最後だ。"ウィッチクラフト・バイスマスター"でダイレクトアタック。」

 

その瞬間物凄い衝撃が自身を襲った。

それでもそれなりに得物の扱いには慣れている。

 

「BANG…!」

 

その言葉とともにカチリとした感触が人差指に伝わって、そして零夜の視界は黒く染め上げられた。

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

「警戒しといて正解…でしたね。」

「うん。勝てないと悟ってから殺そうとするまでのタイムラグが短すぎる…。」

 

ぼそりとヴェールとバイスマスター…ハイネがつぶやく。

放たれた一発の銃弾は結晶とハイネの主武装の一つである幾重にも織り込まれた強靭な布によって容易く止められていた。

 

「…さてと、()()どうする?」

 

シュミッタはおっかなびっくりといった感じで気絶した零夜をつついている。

普段は人の事はきちんと名前で呼ぶのに()()扱いなあたりシュミッタは相当零夜を嫌っている事だろう。

決闘の途中で銃を持ち出すなどあってはならない事なのでこの反応は当然なのだが。

とりあえずキスキル達の予備のワイヤーで雁字搦めに縛って犬神家状態にしておくことにした。

そして克喜は二人を―――ウィンと颯人を見る。

 

「で、本題だ。―――颯人、ウィン。出番だぞ。」

「…勝つぞ。二人とも。」

 

ちょっとしたトラブルもあったが無事に霊使を取り戻せる算段は出来た。

 

「ようやくだ。ようやく霊使を助けてあげられる。」

「アタシの妹を泣かせたんだ。覚悟はできてるよねぇ?霊使君?」

 

後ろに般若が見えそうなウィンダと今にも消え入りそうな悲しい笑顔を浮かべたウィン。

霊使い達は全員霊使を助けたいと願った。

それと同時にそれができるのが一人しかいないという事も分かっていた。

 

(ウィン―――ボク達の全てを霊使にぶつけてこい。)

 

ヒータ達にはこの決闘がどのような結果を迎えるか分からない。

だから、ただ見守ろうと決心した。

 

『ウィン。俺はここに居る。だから―――待ってる。』

 

最早言葉は不要。

ここまで来た小田から互いに全力を尽くすのみ。

朱年の未来を賭けた最後の決闘が今、幕を開けようとしていた。




登場人物紹介

・九条克喜
リベンジ成功した人。
実は命の危機だったやべーやつ。

・四道零夜
ド外道。


というわけであと一戦ですね。
四道霊使が使うデッキは満族ことインフェルニティです。

というわけで、颯人【■■■】V.S 霊使【インフェルニティ】が次回の対決内容です。
後アンケートの結果にのっとってこのままタイトルは行くのであしからず。
それでは次回をお楽しみに!


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四遊霊使奪還作戦その⑤:Infernity vs. Storm of Hope

皆さん、マスターデュエルはやってますか?
私の初めてのURは"憑依覚醒"でした。



四道霊使と風見颯人。

この二人が「ゲーム」の最後のプレイヤー。

 

四道霊使が使うデッキは四遊霊使の頃から打って変わって【インフェルニティ】。

一方の風見颯人の使うデッキは【SRガスタ】―――【SR(スピードロイド)】と【ガスタ】を組み合わせたデッキである。

 

「先攻はやるよ。どうせこれで最後なんだ。」

「…そうですか。多くを語る必要はありませんね。」

「…そうだな。出番のない白百合や水樹には悪いが…。」

 

互いに決闘の準備は出来ている。

 

「なら始めましょう。」

「ああ。」

「では、私の先攻。―――私はカードを二枚伏せます。そして、手札から"ダーク・グレファー"を召喚します。"ダーク・グレファー"の効果で手札から"インフェルニティ・ネクロマンサー"を、デッキから"ヘルウェイ・パトロール"を墓地へ。」

 

互いに多くを語ることなく始まった決闘は颯人が敢えて先攻を霊使に譲った。

四道霊使はインフェルニティの使い手だ。

だがそれはインフェルニティ以外のカード以外を使わない理由にはならないし、そもそもインフェルニティが得意とするシンクロを多用する理由にもならない。

だからこそ、デッキを改造するし、こうすればより強くなる、こうすればよりコンボ力が上がるんじゃないかと試行錯誤する。

そこにあるのは純粋な勝利を目指す欲求だけだ。

結局の所四遊霊使と四道霊使は根本的に同じ人間。

例えそれぞれが違うデッキを使っても「勝ちたい」という根本的な感情は何一つ変わらない。

だからこそ。

ウィンダも颯人は確信していたのだ。

 

「四遊霊使は助けられる」と―――。

 

「まだまだ行きますよ。」

 

だが二人の思考は四道霊使の声で遮断される。

今は決闘中だ。

目の前の決闘に意識を戻さなければならない。

 

「私は"ヘルウェイ・パトロール"の効果で"インフェルニティ・デーモン"を手札から特殊召喚!"インフェルニティ・デーモン"の効果で"インフェルニティガン"を手札に。そしてそのまま"インフェルニティガン"を発動。」

「うららもヴェーラーも抱えてないから安心して展開するといい。」

「颯人!?それ言っちゃっていいの!?」

「大丈夫だろ。」

「そうですね。…それよりもこのターンが終わった後の事を考えたほうが良いのでは?まずは私は"インフェルニティ・デーモン"と"ダーク・グレファー"でリンク召喚。来い、"捕食植物(プレデタープランツ)ヴェルデ・アナコンダ"!」

 

ここまで展開して最終的に出したカードは"ヴェルデ・アナコンダ"。ライフコストを払う事でデッキから"フュージョン"もしくは"融合"魔法カードを墓地へ送りその効果をコピーするカード。その代わりにそのターンの終わりまで特殊召喚が出来なくなるという思いデメリットを抱えることになる。

だが、今回のソレに至っては早く出し過ぎなのではないかというのが結論だった。

 

「このモンスターで融合モンスターを出してもいいんですけどね…。今回は展開の礎になってもらいましょう。…実際は私の趣味で入れてるのでEXデッキに融合はないんですが。」

 

更に悪い事に相手の手札がゼロ枚の状態が続く。

インフェルニティというカード群のほとんどは手札がゼロ枚の時に発動・解決できる効果を持つカードが非常に多く存在している。その中でも一二を争うレベルで厄介な効果を持つのがこの"インフェルニティガン"だ。

 

「…一応聞いておきますけどチェーンを組みますか?」

「大丈夫だ。続けてくれ。」

「分かりました。では、続けて"インフェルニティガン"の第二の効果を発動します。このカードを墓地へ送って墓地の"インフェルニティ・デーモン"と"インフェルニティ・ネクロマンサー"を特殊召喚。」

 

"インフェルニティガン"はこのようにこのカードを墓地に送ることによって墓地の"インフェルニティ"を二体蘇生することができる。しかも限定的に蘇生するのではなく、自壊ナシ、フィールドから離れたときの除外もナシと完全な蘇生を行うのだ。

 

「では再び"デーモン"の効果を発動させていただきますね。"デーモン"の効果で私はデッキから"インフェルニティ・ビショップ"を手札に加えます。そして手札がこのカード一枚のみの場合このカードは手札から特殊召喚できます。"インフェルニティ・ビショップ"を特殊召喚!」

 

そして手札が一枚になったインフェルニティはもう歯止めが利かない。

煉獄より現れしモンスター達は敵を屠るまで行軍を行い続ける。

そこに容赦などない。

そこに訪れるのは例え何だろうと等しい物だ。

たとえ自らが死を迎えても何度でもやり直すかのような執念さえ感じる。

 

「…厄介だな。」

「この爆発力がインフェルニティのいいところなんですよ。―――私は"インフェルニティ・デーモン"、"インフェルニティ・ビショップ"―――そして"捕食植物(プレデタープランツ)ヴェルデ・アナコンダ"をリンク素材として"鎖龍蛇-スカルデット"をリンク召喚します。」

 

"鎖龍蛇-スカルデット"はリンク召喚した際のリンク素材に応じて発動できる効果が変わる。3枚の場合は攻守300のパンプアップに加えて一ターンに一度で自分メインフェイズのみという制限があるが手札のモンスター一体を特殊召喚できるカードだ。

つまりまだまだ展開は終わらないという事になる。

 

「私は"インフェルニティ・ネクロマンサー"の効果を発動します。墓地から"インフェルニティ・デーモン"を蘇生。"インフェルニティ・デーモン"の効果でデッキから"インフェルニティ・ミラージュ"を手札に。さらに"デーモン"と"ネクロマンサー"の二体で"魔界の警邏課デスポリス"をリンク召喚。」

 

まだまだ展開は止まらない。

更にモンスターが現れどんどん相手フィールドが埋まっていく。

 

「さらに"鎖龍蛇-スカルデット"の効果で手札の"インフェルニティ・ミラージュ"を召喚。"インフェルニティ・ミラージュ"をリリースして"ミラージュ"の効果発動。墓地から"インフェルニティ・ネクロマンサー"、"インフェルニティ・ビショップ"を特殊召喚します。更に"ネクロマンサー"の効果で"インフェルニティ・デーモン"を蘇生。"インフェルニティ・デーモン"の効果でルール上"インフェルニティ"として扱う"舞い戻った死神"を手札に。更に"魔界の警邏課デスポリス"と"インフェルニティ・デーモン"の二体で"トランスコード・トーカー"をリンク召喚。続けて"インフェルニティ・ネクロマンサー"と"トランスコード・トーカー"で"アクセスコード・トーカー"をリンク召喚。"アクセスコード"の効果発動。リンク素材とした"トランスコード・トーカー"のリンクマーカーの数×1000攻撃力を上昇させます。"トランスコード・トーカー"のリンクマーカーの数は3。従って"アクセスコード・トーカー"の攻撃力は3000上昇し攻撃力は5300となります。」

「それ初ターンでやっていい動きじゃないよね!?」

「展開できるときに展開しなくて何が決闘者ですか?」

 

ウィンダがとうとう耐え切れなくなって悲鳴を上げはじめた。

だが、まだ霊使の手札には"インフェルニティ"カードが残っている。

 

「さて…。私は"舞い戻った死神"を発動します。効果で墓地の"ネクロマンサー"を蘇生。更に"ネクロマンサー"の効果で"デーモン"を蘇生します。そして"デーモン"の効果で"舞い戻った死神"をデッキから手札に。そして私は"デーモン"、"ビショップ"、"ネクロマンサー"の三体をリンク素材として"パワーコード・トーカー"をリンク召喚。…"舞い戻った死神"は一ターンに一枚しか使えません。なので伏せます。これでターンエンドです。」

 

四道霊使 LP8000

フィールド   アクセスコード・トーカー

        鎖龍蛇-スカルデット

        パワーコード・トーカー

魔法・罠ゾーン 伏せ×3

 

強力なリンクモンスターが三体並ぶ。これだけでも相当厄介だが―――。

 

「回し方をミスったな?あそこで"デーモン"じゃなくて"ミラージュ"を蘇生していたら先攻エクストラリンクも決められただろうに。更にお前は自分で"インフェルニティ"魔法・罠の可能性を潰した。」

 

そう。回し方によってはまだまだ展開を行うことができたはずだ。

あえて"ここで止めた"―――墓地にインフェルニティを溜めるという目的もあったのだろうが。

それでも颯人にはこれが相手のプレイングミスにしか見えなかった。

 

「…ええ。そうですね。まぁ、"ミラージュ"は墓地から特殊召喚できないからなんですが。」

「なにはともあれ、だ。俺はこの隙を逃すほど甘くはない。俺のターンだ。ドロー…。俺は手札の風属性モンスター―――"ガスタ・ヴェズル"と"風霊媒師ウィン"を墓地に送って"風霊媒師ウィン"の効果発動。デッキから"SR(スピードロイド)ベイゴマックス"を手札に。」

 

ウィンが"ガスタ・ヴェズル"の力を借りて風の精霊に語り掛ける。

ウィンの語り掛ける風に従って一枚のカードが颯人の右手に収まる。

 

「そして俺のフィールド上にモンスターが居ないため"ベイゴマックス"を特殊召喚する。」

「…ヴェルズ・マンドラゴと同じ効果ですか…。」

「そうだ。更に"ベイゴマックス"が召喚、特殊召喚に成功した時デッキからSR(スピードロイド)モンスターを手札に加える。風属性モンスターが俺のフィールド上に居るため、俺は"SR(スピードロイド)タケトンボーグ"を特殊召喚。"タケトンボーグ"をリリースして"SR(スピードロイド)赤目のダイス"をデッキから特殊召喚。効果の発動はしない。」

 

相手フィールド上には強力な三体のモンスター。

これがたった一ターンの間に展開されたというのだから驚くよりほかはない。

だが"展開力"という点に関しては颯人のデッキも負けてはいない。

 

「俺は"赤目のダイス"と"ベイゴマックス"でリンク召喚。来い、"HSR(ハイスピードロイド)GOM(ジーオーエム)ガン"!俺は"GOMガン"の効果発動!EXデッキから風属性シンクロモンスター一体を除外しそのレベルと同じになるようにカード名の異なるデッキの"スピードロイド"モンスター二体をお前に見せる。俺は"スターダスト・ドラゴン"を除外して"SRダブルヨーヨー"と"SRバンブー・ホース"の二体を選択。―――その後お前がランダムに選び、選んだ方を俺の手札に、選ばれなかった方を墓地に送る。選べ、右か、左か!」

 

そして颯人はギャンブル性の高いカードを使う時がままある。

このカードだってそうだ。狙いのカードを選んでくれるかどうかは賭けに近い。

 

「私は―――右のカードを選びます。」

「…お前が選んだのは―――"SRダブルヨーヨー"。これで"バンブー・ホース"が墓地送りになる。」

 

だがこういう賭けを行う場合だいたい勝つのは颯人だ。

現に今も勝っている。

颯人がこういうギャンブルカードで負けたところをウィンダは見たことがない。

 

「というわけで"GOMガン"の効果発動。手札から風属性モンスター一体―――"SRダブルヨーヨー"を特殊召喚。"ダブルヨーヨー"の効果で"赤目のダイス"を蘇生。"赤目のダイス"の効果で"ダブルヨーヨー"のレベルを2に。…俺は"ダブルヨーヨー"と"赤目のダイス"でシンクロ召喚。…来い、シンクロチューナーHSR(ハイスピードロイド)―コルク10"!」

「シンクロチューナー…?」

 

果てない展開の途中で颯人が召喚したのは"シンクロチューナー"と呼ばれるチューナーモンスター。

シンクロモンスターでもありながらチューナーモンスターでもあるそのモンスターはある特殊なシンクロモンスターをシンクロ召喚するのに用いられる。

 

「…"コルク10"の召喚成功時に効果発動。SR(スピードロイド)モンスターだけで"コルク10"のシンクロ召喚に成功した時、シンクロ素材にした一組があれば、そのモンスター達を特殊召喚できる。…俺は"赤目のダイス"と"ダブルヨーヨー"を蘇生。"赤目のダイスの召喚時効果によって"コルク10"のレベルを6に。」

 

今の所"SR"カードでしか回していないが打点の確保には非常に重要なのだ。

そろそろ"SR"側の切り札が出てくる。

そうしたら今度は"ガスタ"モンスターを使って展開を行うのだ。

未だに通常召喚権は残しているのだからまだ展開できるというからくりだ。

だがそのからくりを見破ったところで伏せてある"インフェルニティ"カードは使えないのだが。

プレイングミスに臍を噛む様な思いをしている四道霊使を余所に颯人のデッキ回しは続く

 

「さらに"赤目のダイス"と"ダブルヨーヨー"でシンクロ召喚。レベル5"HSR(ハイスピードロイド)チャンバライダー"をシンクロ召喚。続けて"チャンバライダー"にレベル6となった"コルク10"をチューニング。」

「チューニング…?」

 

チューニングという言葉が示すのは"シンクロ召喚"を行う場合のみ。

逆説的に颯人はシンクロ召喚を行おうとしているのが分かる。

だがインフェルニティを使い切ってしまった以上は何もすることはできない。

 

「集いし祈りが美しき水晶の機翼となる!すべてを導く風と成れ!シンクロ召喚!レベル11"HSR(ハイスピードロイド)/CW(クリアウィング)ライダー"!」

「そっちの精霊がこっちの動きを"1ターンでやっていい動きじゃない"とか抜かしてましたがそっちも大概でしょう…!」

 

通常召喚権を使わずにここまでやるとなると中々にすごい物がある。

狙ったカードを引き寄せる"運命力"と呼ぶべき力も、カードをプレイングミスもなく回し続ける知識も、なによりもここ一番で天に運を任せられる胆力も。

全てが一級品の決闘者だ。

 

「でも、貴方のような相手がいるから決闘は面白い…!」

 

かつて自意識がはっきりしていなかった頃に戦ったウィッチクラフト使い―――九条克喜も相当に強かった。

本当に紙一重の戦いだった。

それを躱してまた、魂がぶつかり合うような戦い。

 

(…ああ、四遊霊使(アナタ)はこんなに良い仲間に囲まれていたんですね…。)

『ああ…。俺の自慢の仲間たちだ。俺なんかにはもったいないくらいの、な。』

 

心の中で語り掛ければ彼は満足そうに頷いてくれた。

だからこそ、勝ちたい。

一秒でも長くこの決闘を続けていたい。

この全身が打ち震えるような歓喜に振るえる決闘を。

 

「まだまだ行くぞ!」

「ええ!どんとこい、ですよ!」

「遠慮なく行かせてもらおうか!俺は手札から"ガスタの神裔ピリカ"を通常召喚!"ピリカ"の効果で墓地の"ヴェズル"を蘇生!俺は"ガスタの神裔ピリカ"に"ガスタ・ヴェズル"をチューニング!」

「来る…!」

 

まだまだ颯人のターンは終わらない。

四道霊使がプレイングミスがありながらもできる限りで展開したように颯人もできる限り全力で展開を行う。

それが礼儀で、それが颯人なりの流儀だからだ。

 

「集いし祈りが新たな未来へ吹き荒れる!すべてを導く風と成れ!シンクロ召喚"ダイガスタ・ラプラムピリカ"!そして"ラプラムピリカ"の効果を発動!手札、デッキからそれぞれ一体ずつ"ガスタ"モンスターを効果を無効にして召喚し、その二体でシンクロ召喚を行う!」

「…止めようがないですね!」

「誉め言葉として受け取らせてもらうぞ。…俺は手札の"ガスタの巫女ウィンダ"とデッキの"ガスタ・ガルド"を効果を無効にして特殊召喚!そしてそのまま"ガスタの巫女ウィンダ"に"ガスタ・ガルド"をチューニング!」

 

ウィンに始まり、ウィンダに終わる。

相も変わらずガスタのシンクロモンスターに関してはこの二枚を愛用しているが、それは光るものがあるからだ。

使いやすく、召喚も容易く、立て続けることで相手の妨害にもなる。

 

「集いし祈りが未来へ羽ばたく翼となる!全てを導く風となれ!シンクロ召喚!レベル5"ダイガスタ・ガルドス"!」

 

ウィンダの力を得て巨大化した"ガルド"にウィンダが騎乗する。

いつも見てきた光景だ。

 

「さらに手札から魔法カード"ハーピィの羽箒"発動!伏せカードを全部破壊する。」

「…くっ…!」

 

これで後顧の憂いは断てる。

何一つ臆することなく攻めに行ける―――訳ではなかった。

流石にそこは決闘者。

対策の一つ位は取ってくる。

 

「…速攻魔法"禁じられた聖杯"を発動します!これで"HSR/CWライダー"の効果は無効に!」

 

期待してい大火力をを封じられてしまった。

が、何一つ問題はない。

 

「俺は"ダイガスタ・ガルドス"の効果発動!"ピリカ"と"ウィンダ"をデッキに戻し"アクセスコード・トーカー"を破壊する!」

「…ッ!」

 

これで最も厄介なモンスターであるアクセスコード・トーカーの除去は完了した。

後はこの決闘で詰めるだけだ。

 

「俺は"団結の力"を"ダイガスタ・ガルドス"に装備!―――バトルだ!」

「また厄介なものを…ッ!」

 

このターンで確実に決めきるため、颯人は全てを出し切った。

 

「俺は―――」

 

互いの全力の決着はすぐそこにある。

勝つのは果たして―――。

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

(すごい…。)

 

霊媒師としての力を覚醒させたウィンの姿にヒータ達霊使いは見惚れていた。

それと同時に彼女が二歩も三歩も先に行ってしまったような気がして少し胸が苦しくなった。

成長は嬉しいはずなのに、どうしてなのだろうか。

いや、原因は分かっている。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()だからだ。

まだまだ自分達は弱い。

余りにも弱い。

ウィンに特別な才能があったとかそういう訳ではないはずなのに。

こんあんいも自分が弱いことが恨めしくなるなんて思いもしなかった。

 

(ボク達は―――彼に何を返せるんだろうか。)

 

その答えは出ないまま、決闘を眺めるほかなかった。




※ まだ一ターン目です。

登場人物紹介

・風見颯人
使用デッキは【SRガスタ】。風属性サポートの"風霊媒師ウィン"を組み込むことで安定感が増した。

・四道霊使
中の人のプレミのせいで割り喰った人。
使用デッキは【インフェルニティ】。彼の満足は誰かの不満足。

・霊使い達
霊媒師に覚醒したウィンの姿を見て精神が衰弱中。
特に勝気なヒータ辺りは精神衛生上ヤバいことになってる。

…インフェルニティのループ半端ないって!
というわけで一ターン目で大分えらいことになっていますがインフェルニティ使いの友人曰く"よくある事"だそうです。後、霊使君の【インフェルニティ】の回し方は遊戯王wiki様を参考にさせていただきました。友人はシンクロ型ですので…。


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四遊霊使奪還作戦その⑥:The end of the game

「俺は―――"HSR/CWライダー"で"鎖龍蛇-スカルデット"を攻撃!」

「ぐぅッ…!」

 

四道霊使 LP8000→6800

 

颯人は霊使に攻撃を仕掛ける。

ここが攻めるべきときと理解しているからだ。

 

「続けて、"ダイガスタ・ガルドス"で"パワーコード・トーカー"を攻撃!"ブレイブ・フェザー・チェイン"!」

 

続けて"ダイガスタ・ガルドス"―――ウィンダとガルドが突貫を行う。

それを迎え撃つのはパワーコード・トーカー。

ウィンダの突進とパワーコード・トーカーの拳がもろにぶつかった。

ほんの少しの間だけ力比べが起きて最終的にパワーコード・トーカーのパワーを大きく上回ったウィンダがパワーコード・トーカー諸共に消し飛ばした。

 

「団結の 力って すごい!」

「言ってる場合か!ウィンダァ!」

 

霊使 LP6800→3700

 

その衝撃は相当で霊使にもそれなりの衝撃がやって来た。

否、「それなり」という範疇は既に超えていたのかもしれない。

何故ならその衝撃で霊使は吹っ飛んだのだから。

 

「霊使ッ!」

「大丈夫だ。死にはしない。」

 

余りの吹っ飛びようにウィンは霊使のもとに駆け付けようとする。

颯人はそれを手で制した。

 

「…それにまだ決闘の途中だ。」

「…そう、だね。」

 

愛するものを自らの手で傷つけたようなものだ。

そのせいか、ウィンは自分が霊使の傍にいてやれないことに何かが煮えくり返りそうな思いをしていた。

 

「…続けて"ダイガスタ・ラプラムピリカ"で攻撃!」

 

颯人の攻撃はまだまだ続く。

しかしながらこのままのペースでは完全に削り切れないことは十分に理解していた。

それでも、削れるだけ削る。

そうしなければ負けるのが決闘の常だからだ。

 

霊使 LP3700→1800

 

「最後だ。"HSR―GOMガン"でダイレクトアタック!」

「そう簡単にはくたばれませんね…ッ!」

 

霊使 LP1800→800

 

一世一代を賭けた総攻撃。その結末は四道霊使のLPが健在という形で終わった。

さすがの颯人も驚きを禁じ得ない。

 

「…まさか耐えて来るとは…!」

「言ったでしょう?そう簡単にはくたばれないと…!」

 

既に手札にカードが無い颯人はターンエンドを宣言せざるを得ない。

余りにも濃密なそれぞれの一ターン目が終了して、ボード・アドバンテージ的には颯人が有利だが、一方の霊使の墓地にも大量の"インフェルニティ"が眠っている。

デッキトップのカードによっては逆転されかねないこの状況に颯人は内心焦っていた。

 

「ターンエンドだ。」

「私のターン…ドロー!」

 

霊使はデッキから引いたカードを見て、その顔に笑みを浮かべた。

 

「…私は今引いたカードを公開します…。」

「何…?」

「私が今引いたカードは"インフェルニティ・デーモン"!このカードは手札が0枚の時に引いた場合後悔することで特殊召喚することができるカード!"デーモン"の効果で"インフェルニティ・ワイルドキャット"を手札に!そのまま私は"インフェルニティ・ワイルドキャット"を召喚!"ワイルドキャット"の効果発動!私は墓地の"インフェルニティ・デーモン"を除外して"ワイルドキャット"のレベルを1上げます!」

「…神がかりだな。」

 

霊使が引いたカード―――"インフェルニティ・デーモン"によって再び展開を繰り返す。

 

「私は"インフェルニティ・デーモン"にレベル4となった"インフェルニティ・ワイルドキャット"をチューニング!」

「"インフェルニティ"の本領発揮ってところか。」

「煉獄の竜よ、その百の眼で炎と恐怖を焼き付けろ!EXモンスターゾーンにシンクロ召喚"ワンハンドレッド・アイ・ドラゴン"!」

 

現れるのは死者の魂をその目に移しとる龍。

 

「…"ワンハンドレッド・アイ・ドラゴン"の召喚成功時に"HSR/CWライダー"の効果発動!S(シンクロ)召喚したこのカードをリリースすることでEXデッキの風属性レベル7のシンクロモンスター二体を特殊召喚する!来い、"クリアウィング・シンクロ・ドラゴン"、"クリアウィング・ファスト・ドラゴン"!」

 

現れるのは水晶の翼を持つ二体の龍。

これでモンスターの頭数が増えた。

さらにこのモンスターを、今、このタイミングで出したことによりもう一つの効果を防ぐ狙いもある。

 

「…私の墓地の"舞い戻った死神"は自分フィールド上の"インフェルニティ"が場から離れた場合フィールドにセットできる効果があります。従って"舞い戻った死神"をセットします。そして発動。"インフェルニティ・ネクロマンサー"を蘇生します。"ネクロマンサー"の効果で"ワイルドキャット"を蘇生。"ワイルドキャット"の効果で墓地の"インフェルニティ・デーモン"を除外して"ワイルドキャットのレベルを1上げます。」

 

しかしながら霊使は効果を使おうともしない。

本当は分かっているのだ。

この状況は既に詰んでいる状況なのだと。

それでも最後まで足掻くのは決闘者の誇りを持っているから。

どれだけ無様でも。

どれだけ醜くても。

どれだけ愚かでも。

決着がつくその瞬間まで、決闘から目を逸らさない。

力尽きる最後の時まで自らの全てをかけて、相手に挑む。

そこには「剣」でも「盾」でもないただの「霊使」という人間がいるだけだ。

だからもう、何も抑える必要はない。

あるがままの自分で、あるがままに決闘を行おう。

この強敵に勝つために。

 

「私は…ッ!…()はッ!負けたくないッ!だから諦めないッ!」

「それでこそ決闘者(デュエリスト)だ…!来い、四道霊使!」

 

四道霊使の纏う雰囲気が自分達が良く知る物に変わる。

根底はやはり同じだった。同じ人間だった。

目に光が宿り、その視線は四遊霊使の物と全く同じ、鋭く、そしてすべてを見渡すような目。

颯人はその目に惹かれていたのだと、否、彼を助けようとする全ての者がその目に惹かれたんだと理解できた。

こうなった彼は実に強い。

だから気を引き締めなければやられるのはこちらの方だ。

 

「もちろん!俺は"インフェルニティ・デス・ドラゴン"をシンクロ召喚!」

「…チィッ!俺は"クリアウィング・ファスト・ドラゴン"の効果で"ワンハンドレッド・アイ・ドラゴン"の効果を無効にしてその攻撃力を0にする!」

 

ここで手を誤まればいともたやすく最悪の状況が作り出されてしまう。

だがもうしばらくこの混戦は続きそうだ。

 

「―――バトルだ!俺は"インフェルニティ・デス・ドラゴン"で"クリアウィング・シンクロ・ドラゴン"を攻撃!」

「がッ…!」

 

水晶の翼を持つ龍と死を冠する龍の戦いは一瞬だった。

"デス・ドラゴン"の放つ煙幕状のブレスが死をばらまく。

その一撃を諸に喰らった"クリアウィング・シンクロ・ドラゴン"はいともたやすくその命を散らした。

その衝撃はソリッドビジョンを通じて颯人にも与えられる。

 

颯人 LP8000→7500

 

「…ここまで、だな。」

「ああ。そうみたいだ。」

 

一見"インフェルニティ・デス・ドラゴン"の効果で攻撃力5400の"ダイガスタ・ガルドス"を破壊すればまだ決闘できたとそう感じた。

現に霊使はそれを行動に移そうとした。

しかしながら"ダイガスタ・ラプラムピリカ"の効果により、"ダイガスタ・ラプラムピリカ"以外を対象に取ることができない。

"インフェルニティ・デス・ドラゴン"の効果は対象を取る効果であるため、その効果はどうやっても"ダイガスタ・ガルドス"には届かない。

 

「ターンエンド、だ。」

 

霊使 LP800

 

フィールド インフェルニティ・デス・ドラゴン

      ワンハンドレッド・アイ・ドラゴン

 

「俺のターン…ドロー。…バトルだ。俺は"ダイガスタ・ガルドス"で"インフェルニティ・デス・ドラゴン"を攻撃。」

 

文字通り最後のターン。

最後のドロー。

決闘には終わりが来るものだ。

だからこそ、この結末に異論はない。

死力を尽くして戦って、その上で迎えたこの結果なのだから。

 

故に、四道霊使は、心の底からの笑顔でその結末を受け止めた。

 

「満足…したなぁ…。」

 

霊使 LP800→0

 

その声は荒れ狂う暴風の中でもやけにはっきりと颯人の耳に届いた。

 

 




登場人物紹介

・四道霊使
根本は同じ人。
だから今回の一件でも満足できた

・四遊霊使
簒奪者だと思っていたが…?

・風見颯人
決着をつけた人。
何処かで"霊使"はいると確信していた。


というわけで決着です。
来週テストがあるので投稿できないかもしれません。
それではまた次回お会いしましょう。


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四遊霊使:リスタート

豪風と共に吹き飛んだ霊使。

ウィンはその体が地面に叩きつけられる前に抱き留めた。

呼吸はある。

だが、すでにその意識は無く、規則的な呼吸音が聞こえてくるだけだった。

 

「霊使ッ!しっかり!みんな待ってるから!」

「…ウィン。」

 

いくらウィンが呼び掛けても霊使が目覚めることはない。

それはある意味では当然だ。

 

「落ち着いて…死んだわけじゃない。…精神が摩耗してたんだろ。…今のボク達にはそれを確かめる術はないけどな。」

「ヒータちゃん…。」

 

死んだわけじゃない。

確かにそうだ。

だがウィンはあの地獄のような一月を過ごすのはもう勘弁だった。

だから泣くし、こんなにも必死になるのだ。

大切だから。―――もう失いたくないから。

 

「…霊使…。」

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「こうして直接面と向き合って話すのはこれが初めてだな。」

「…ええ。そうですね。」

 

霊使の意識の奥底で二人の霊使は向き合っていた。

一人は反逆し、もう一人は従順する道を選んだ。

そんな二人の霊使は多くを語ろうとしない。これまでの決闘でたくさんの共通点を見出していたから。

決闘へ賭ける情熱も。

一度決めたら成し遂げる精神も。

全てが同じだった。

本当に"四道から離反したかそうでないか"の違いだけ。

その違いが二人の"霊使"を象っていた。

 

「…あまり時間はありませんね。」

「…そう、みたいだな。」

 

二人が居る空間には少しずつ白い光が漏れ出している。

目が覚めるのはどちらなのか分からないがそれでもタイムリミットはそんなにないように感じた。

 

「ですので、簡潔に話しましょうか。」

「…何を?」

「私と貴方の関係性についてですよ。」

「そんなの俺が簒奪者―――。」

 

四遊霊使は自身がこの体を奪った簒奪者だと考えている。

いくら考えてもその考えだけが揺らぐことはなかった。

だがその考えを読んでいたかのように四道霊使は発言する。

 

「一つ言っておきますが…この体は貴方の体です。…私は貴方のif(もしも)の存在ですよ。」

「…どういう事だ?」

「私はあの時自分から"風霊使いウィン"という存在を切り捨てて四道に残ることになっていたら―――という"if"―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんですよ。だから貴方が私の事を気にする必要はない。」

 

四道霊使はきっぱりとそう言った。

その言葉に嘘はないようで、四遊霊使は四道霊使の言葉を反芻するようにつぶやく。

 

「お前が…俺の"もしも"…。」

「そうです。」

「…じゃあ、お前が消えるのか…。」

「そうなりますね。」

「…満足は出来たのか?」

 

その言葉を待っていた。

四道霊使はその回答は既に得ている。

その答えは至って簡単だ。

短い間だが心を持てた。ほんの少しの間だったが心が震える決闘を行えた。

少なくとも自分という存在が存在しないはずの世界で、たくさんの経験を得ることができた。

だから。

 

「もちろん。満足しましたよ。」

「…そっか。じゃあ、お別れだな。」

「そうですね。貴方の覚醒と同時に私は消えるでしょう。…でも貴方が気に病む必要はない。ああ、でも一つだけ、お願いがあります。」

 

四道霊使は四遊霊使の目を直視する。

その虹彩には四道霊使(自分自身)が映っている。

今、彼の目に自分がどう映っているのかは分からない。

でも、彼はこのお願いだけはきちんと聞いてくれる気がした。

 

「むしのいい話ですが…どうか、私を忘れないで。この世界に仮初とはいえ生を受けて、でも何も残せなかった私ですが、それでもどうか、忘れないで欲しい。」

 

何も残せなかった男が、最後に願ったのは存在の証明。

その切実な願いに霊使は何一つ迷うことなくその手を取った。

 

「…お前という誇り高い決闘者の事は俺達が伝え続けるよ。」

「そうですか、それは良かった。…もう、時間ですね。最後にプレゼントを―――。」

 

周囲がまばゆい光に包まれる。

もう、四遊霊使は目覚めなければいけない時間だ。

 

「では、良い人生を。」

「じ―――いや、()()()。」

 

その言葉を最後に四道霊使という存在はこの世界から塵も残さず、消滅した。

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

「どう転んでも使えん奴だな。」

 

霊使を抱きかかえるウィンの耳にふと底冷えするような声が聞こえた。

ウィンはその声に聞き覚えがある。

 

「まさか言われたこともできず消えていくとは。本当に同じ人間なのか分からんわい。」

 

そのしわがれた声を一度たりとも忘れたことはない。

そしてその声はこの場に居る霊使を救いに来たもの全員の記憶に強く焼き付いている。

 

「…つかえん奴は廃棄処分だ。―――決闘(デュエル)する価値もない。空也、仕事だ。緑色の髪を持った娘以外は皆殺しにしろ。」

「なっ…!?」

 

その言葉は余りにも冷たい物だった。

しかもそれは嘗ての家族だったはずの咲姫や霊使も殺すと言っているような物だ。

その言葉は今、その場にいる全員をキレさせるのには十分な悪意を含んでいた。

 

「…赦さない…。」

 

しかしその男以外はある一人の少女から発せられる怒気の前にその怒りを萎めざるを得なかった。

その少女の周りには風が渦巻き、今にも竜巻のような旋風が吹き荒れそうな予感を漂わせる。

そう、その男は自らウィンの地雷を踏み抜いた。

 

「…絶対に、赦さない…。」

 

風がウィンに呼応するように巻き上がる。

この距離ではいくら相手が強力な精霊を使役していようと防ぎようはない。

何故なら、ウィンが操るのが風だから。

風は任意の強さで引き起こせるし、時間をかけたり、感情が昂ったりすれば大規模な物も用意できないわけではない。

だから、竜巻であの男を巻き込む、なんてことも簡単だろう。

その間にいる克喜達が今のウィンの視界に入っているかどうかは分からないが。

ゆっくりとウィンが視線を男に向ける。

 

「それは…ダメ、だ。…それじゃ…四道(アイツら)と…一緒に、なる…。」

「え…?」

 

怒りに染まったウィンの思考を冷やしたのは一人の男の声だった。

その声音に、ウィンは聞き覚えがあった。

その声音は、ここに居るほぼ全ての存在が待ちわびていたものだった。

 

「…れ…霊使…?どっち…?」

「ウィン、エリア、ヒータ、アウス、ライナ、ダルク…皆。ありがとう。…そして、待たせたな。糞爺ッ!」

「…貴様ッ…!」

「さあ、俺達を…殺すんだろ?やってみろよ!」

 

彼はその男に向かって吼えるように叫んだ。

その脇にはマスカレーナとクルヌギアスが立つ。

位置関係としては丁度、ウィンと男の間に"彼"は居る。

 

「行くぜ、ウィン、皆!()()()使()の復活だ!」

 

暗い意識の底からついに四遊霊使は帰還した。

 

「くっ…。流石に冥界の神相手では分が悪い、か…。帰るぞ、空也。襤褸切れ二人をきちんと回収しておけ。」

「分かりましたよ。…余り俺に手を掛けさせるな。」

 

だがしかし、彼を取り巻く因縁全てに決着がついたわけでは無い。

それはまだ、新たな戦いの序章に過ぎないのだ。

だから霊使は大声で因縁に向かって叫ぶ。

 

「逃げるのかー!?」

 

その一言は彼らのプライドを大きく傷つけたに違いないだろう。

今まで見下していた相手から煽られるのだから。

 

「…しばらくは作戦を練る必要がありそうだな。」

 

ぼそりと呟いた男―――四道安雁は恨めし気に霊使を見た。

その視線に気が付いたのか中指を立てる霊使を直視する。

腸が10個あっても足りないくらい、煮えくり返った。

 

「殺す…。次は確実に殺してやるぞ、四遊霊使ィィィィッ!」

 

四遊霊使の復活というイレギュラーを予測できなかった時点で負けは決まっていたのかもしれない。

だが、それを考える余裕すら四道安雁には存在しなかった。

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

「で、だ。」

 

と改めて霊使は皆に向き直る。

そして頭を仲間たちへと下げた。

 

「すまなかった。…そして、ありがとう。」

 

その言葉をただ伝えたかった。

四道霊使はまさか"インフェルニティ"が負けるだなんて予測していなかったのだろう。

だから全員を負かした後の事しか考えて無かった。

そのおかげで今、ここに全員で立つことができる。

そんな危険だらけのゲームに勝って、彼らは自分を救ってくれた。

だから頭を下げた。

 

「良いってことよ、霊使。」

「そうだね。」

 

ウィンと克喜が頭を下げている霊使の腕を取って、皆の待つ方へと引っ張る。

もうすっかり夜も更けてしまった。

でも、明日も休日だ。

 

「なぁ、皆、今から決闘しようぜ。皆の決闘を見てたら俺もやりたくなっちゃったよ。」

「今からかぁ…?そうだな…。やろうぜ!」

 

その反応を待っていたといわんばかりに皆が決闘盤を取り出した。

誰も咎める者のいない旧市街。

霊使は皆と久しぶりの決闘を心行くまで楽しむだろう。

今、この時だけは霊使達は全てから解放されていた。

柵からも、そしていつかは牙を剥くであろう因縁からも。

この時だけは心の底から少年たちは自由を得たのだった。




登場人物紹介

・四遊霊使
復活ッ!四遊霊使復活ッ!
闇落ちしたのが56話なので本編10話ぶりに復活ッ!
リアルでは三か月と少し経っているけど復活ッ!

・四道霊使
「これで、満足したぜ…」

・四道の屑共
見下してた奴に煽られて恥ずかしくないんですか?


我らがシリアスブレイカーが復活しました。
というわけで次回、後日譚やってこの章は終了!
3.5章としてなんかのカテゴリと絡めた章を作りたいと思います。
というわけでアンケートです。
どのカテゴリとの絡みを見たいかの回答をお願いします。


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戻って来た平穏

「ウェ!?今日テスト!?」

 

復学早々テストというヤバい状況に追い込まれた霊使。

これっばっかりはどうしようもないと思いきや、彼は見事にやってのけた。

彼は、全教科赤点ギリギリだったがそれでも一つの教科も落とすことはなかった。

 

「いや、なんでや。」

「さあ…?」

 

数学は未だに基礎中の基礎。

国語は古典の知識はないので選択問題にかけて、現代文で点をもぎ取っていった。

英語は、どうにかした。

選択教科の世界史はそもそも予備知識として紀元前から現代まで何がったか叩き込んであるのでサラリと高得点を取れた。

化学はモル質量とかそういう小難しい話が無かったので辛うじて取れた。

 

結論から言えば日々の勉強の賜物だったわけである。

 

「…やったぜ。」

「わけがわからん。」

 

ちなみに赤点は一人も出なかった。

 

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「私に何か言うことがあるのではないか?」

「はて?一体何のことでしょうか?」

 

すでに活動の域が一つの部活動としての枠に収まらなくなってしまった。

これにはさすがの真木にも庇いきることができない。

結果として霊使は真木に説教されるしか道が無いのである。

 

主に、何も言わずに家からいなくなったという点について。

さらには知らず知らずのうちにたくさんの迷惑を掛けてしまっていたことについて。

これに関してはもう、どうしようもないほどの霊使が悪いので大人しく土下座しておくことにした。

 

だが、ごくたまに本当に()()()やっていない事を問われたりもした。

 

(あんにゃろ…厄介事を俺に押し付けやがった…!)

 

とまあ、こんなこんな感じで色々と説教されたりしたが、なんやかんやで霊使は復学もできた。

勉強は地頭の良さと回転が速い思考によって乗り切れる。

しかしながら入学即休学は世間から白い目で見られてしまうことだろう。

これも全て四道のせいだ。

しかしながら暫くは作戦の練り直しだとかなんかだと言っていた。

いい加減に穏やかな高校生活を送らせてほしい物である。

 

 

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そして色々とあった。

テスト返しも終わり、残り数少ない日数の授業に出て、そしてやってきた終業式の日。

 

 

―――の午後。

 

蝉がの鳴き声がこだまし、その中に居るだけでも暑いと感じるようになったその日。

四遊霊使は――――

 

「後500mなー。」

「なぁんで一日で終わらせようとしてるんですかァーッ!?」

 

プールで水泳の授業の補習を受けていた。

人間をやめ、精霊に近づきつつある霊使の前に水泳という最大の壁が立ちはだかった。

水泳だけは魔術的な力ではどうしようもない。

自分で蒔いた種であるのでエリアの力はなるべく借りたくない。

というかエリア自身力を貸してくれる気が無いようだった。

 

「おう、泳げ泳げー!ゴールに向かってよー!」

「先生…!いきなり5㎞はきついっす…。」

 

そんな事を言いながらあたかもウォームアップのように5㎞を流した霊使。

5㎞を45分で流した霊使は続けて個人メドレーの測定に入る。

この先生は水泳選手でも育て上げようとしているのか高校一年生にはキツイ200m個人メドレーの測定を行うのだ。ちなみに克喜と奈楽が溶けていた日があったそうだが、その日は何の因果か一限目から水泳があったらしい。

その日の回想をした克喜曰く

 

「三途の川の向こうで誰かが手を振っていたぜ…。」

 

とのこと。奈楽は後でこっそりフレシアから生命エネルギーを分けてもらって復活したらしい。

ずるい、とは克喜の弁だ。

この後に自分に待ち構えている未来は一体何なのか。

それは分からない。

だが、確実に言えることは明日は筋肉痛が確定するという事である。

 

 

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「死…しぬゥ…。」

「あはは…。お疲れ、霊使。」

 

あの後個人メドレーのタイム計測を三回行った。

一回目の記録が最も良かった。

が、その後も二回、三回と泳がされ、精神的にも肉体的にもとうとう限界が来た模様。

 

『み…皆、た、助け、て…。』

 

そう言って校門前で倒れそうになった霊使を抱えて家の前。

ようやくたどり着いた家に安心感を覚えてしまう自分が居るのは気のせいだろうか。

いや、体がここが帰る場所だと認識している。

 

「皆…、ありがとう。」

「どういたしまして。」

 

こんな会話が出来る幸せを噛みしめながら霊使達は家の中へと入っていった。

 

 

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「ぷぇ…。」

 

それは誰のため息だったか。

そもそもそれはため息だったのか。

そんな事はどうだってよかった。

 

「霊使、ちょっとこっちに来て。」

「んぇ、どうした?エリア。」

 

ちょいちょいとエリアに手招かれる霊使。

今、ウィンは入浴中だ。他の皆は自分達の部屋に籠っているのかあたりに気配はうかがえない。

 

「ちょっと話したいことがあるんだよね…。」

 

そういった彼女の目は少し濁っているように見えて。

 

「分かった。すぐ行くよ。」

 

そんな彼女を霊使は放っておくことが出来なかった。

 

 

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「で、皆揃ってるな…。」

「うん…。どうしても言っておきたいことがあって…。」

 

そこにはウィンを除く霊使い達全員が集まっていた。

神妙な面持ちで霊使を見る霊使い達に見限られてしまったかと霊使は思ってしまう。

 

「ごめんね…。」

 

ぼそり、とそう呟いたのは誰だったか。

その言葉は嫌な予感を持って霊使に突き刺さった。

 

「弱くって、ごめん。でも、どうか―――。」

 

霊使い達は皆頭を下げている。

それは霊使を助ける事が出来なかった後悔からか、はたまた別の要因か。

だが、それ以上の言葉を霊使は皆に言わせる気が無かった。

 

「捨―――あうっ!?」

 

故に、エリアのおでこをデコピンした。

短い悲鳴を上げ、霊使の顔を見るエリア。

その目には涙が溜まっていた。

その目を見て霊使はそこまで無理をさせてしまっていたのかと頭を抱える。

それはそうだ。

だって彼女たちは一度は捨てられたのだから。

弱いデッキはいらないから乗り換える。

確かにそれも強くなるには必要な手段なのかもしれない。

だから自分を守れなかったデッキはいらないと乗り換えられるのではないか。

そんな不安が彼女たちによぎったのだろう。

 

「捨てるわけないだろ。」

「え…。」

「俺は皆の力があってここに居る。その恩を忘れるほど馬鹿じゃない。」

「じゃあその恩が返し終わったら私達は―――。」

 

それでもまだ不安をぬぐえてないようなエリア達。

ならばこうはっきりと言ってやるしかあるまい。

 

「それにな、俺にはもう皆がいない生活なんて考えられない。」

「ふぇ…?」

 

勘違いされても知ったことではない。

今の霊使はそれだけの覚悟がある。

それだけ、エリア達を失いたくないのだ。

 

「今まで家族同然に育ってきたんだ。そんな相手をほいほいと追い出せるか。あの外道共でもあるまいし。」

「いや、一応はキミもそうじゃないのか!?」

「んぇ?俺は苗字も変えたから公には別人だよ、ヒータ。」

「そうなの!?」

「きっちりと。俺の父さんと母さんは遠い昔に事故で亡くなった。それが"四遊霊使"さ。」

「ふぅん…?」

 

だからこそ、腹を割って話すことは話すし、隠し事もしない。

よっぽどの事が無い限り、これからも自分は彼女達を信じ続ける。

だからこそ、彼女達を絶対に見捨てない。

 

「…なんだろう、バカバカしく思えてきた…。」

「アウス…。ひどくないか?」

「いや、何とも馬鹿らしいことで悩んでたなぁって、思って。」

 

皆が皆気が抜けたのか床にへたり込んでいる。

が、いつの間にか風呂から出てきていたウィンが霊使にハイライトの消えた顔で迫るといった一幕もあったが、本当の意味で平穏を取り戻したことが嬉しかった。

そのせいか、自然と笑みがこぼれてしまう。

 

「何で笑ってるの?」

「戻ったな。って思ってさ…。」

「…今の言葉で大体何があったか察したよ…。」

 

少年たちは一時とはいえ平穏を取り戻すことができた。

この先に待ち受ける物が栄光か破滅かは、誰にも分からない。

でも少年たちは希望を持って前に進み続けるだろう。

それが少年―――四遊霊使の生き様だから。




第三章完結です。
3.5章についてお知らせです。
アンケートが拮抗しているため夏休みのお話を少し書きます。
そしたら本編スタートといった感じですかね。

登場人物紹介

・四遊一家
ようやく元に戻った一家。
病んでた霊使い達はウィンとの経験と彼女たち自身の病みが浅いことがあった簡単な買うセリングで治った。


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3.5章:騒がしい夏
四遊霊使と夏休みその①:海と誘拐と精霊使い


「前が見れねぇ。」

 

四遊霊使は今、自らの本能と戦っていた。

どうしようもなく、まっすぐに芽生えた下種な欲望を抑え込んでいた。

 

「そんなに…似合ってない?」

「むしろ、逆だよッ…!」

 

それが霊使の脳天を揺さぶるレベルで似合っているからこそ、見れないのだ。

しかもそれが4人ともなれば脳が焼き切れそうになるのも当然だった。

 

「水着が似合っているから…!見れないんだよッ…!」

「ふぇ!?」

 

そんな声を聞きながら霊使は頭をより深く砂の底へ埋める。

絶対に傷つけまいと誓ったのだ。

流石に公衆の面前でそれはマズイ。

更に言うならばここは海。

そして霊使の水着は単純なパンツタイプ。

つまりは、そういう事である。

 

「…せっかく霊使に見てもらおうと思ってたのに…。」

「…俺は、ウィンの水着を見て、冷静でいられる気がしないんだ。」

「えぇ…?今までも何度も見てるのに。」

「その、なんていうか、こう、意識しちゃう…。」

 

今までの関係性が変わった今年、霊使はウィンの可愛さに改めて打ちひしがれていた。

少しあどけなさが残ったその顔も、ぬくもりを感じるその手も。

 

「…まーた惚気てるよ。」

「それがあの二人の日常、ですからね。」

「…なんていうか、そういう雰囲気にしたくなっちゃうね…。」

 

その様子を遠巻きに眺めるエリア、ヒータ、アウス。

もちろん、霊使が頭をうずめている理由に彼女達も含まれているのだが。三人がそれを知る事はない。

 

「うぅ…覚悟を決めるわ…。」

「なぁんで水着一つに覚悟なんて必要なのかなぁ…。」

「俺知ってるよ!?最近新しい水着買ったって知ってるよ!?」

「あ、キスキルさん情報流したな!?」

「だから覚悟が必要なんだよ!」

 

迂闊に見れば尊死しかねないのは霊使が一番分かっていた。

だから、見れないのだ。

だが、それももう覚悟した。

どのような形の水着であれ、海辺で戯れるということくらいは出来そうだった。

 

ゆっくりと振り向いた先には―――

 

ラッシュガードを着用したウィンが立っていた。

だが、ファスナー式のラッシュガードを着用しているようだったが、ウィンはファスナーを使用していなかった。ラッシュガードを羽織っている状態だ。

緑色のラッシュガードの下には白を基調とした水着を着ている。いつもポニーテールにしている緑色の髪は下ろしてあった。

白い水着にかかる緑色の髪は何処か扇情的な雰囲気を纏っていた。

 

「わが生涯に、一片の悔いなし…!」

「あ、霊使が死んだ!?」

 

霊使が余りの尊さに浄化され、そして意識が天まで上ったことは言うまでもないことだった。

 

 

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「海に、行きたい。」

 

夏休み初日。エリアは唐突にそう切り出した。

その手には紙を一枚持っている。

どうやら電車で揺られること10分程度の場所に海水浴場が開くとのことだった。

今までは端河原松市郊外にある市民プールでしか泳ぐことの無かったエリアは目ざとく海水浴場のチラシを入手してきたのだ。

 

「…行くとしたら明後日だな。明日は俺が死ぬ。」

「じゃあ、明日、水着とか買いに行こうよ。」

 

明後日に海に行くことになった霊使御一行。

霊使は明日やるべき課題を見繕っておく。

なんなら、明後日海で行える課題の事も考えなければならない。

高校生の夏休みは自由期間ではないのだ。

 

「ま、皆がどんな水着を買ってくるかっていうのはお楽しみってわけだな。」

「そうだね!」

 

そんな会話をしていると申し訳なさそうにダルクが手を上げる。

その隣には少し顔色が悪いライナが居た。

 

「あはは…。ライナはパス。…海にはあまりいい思いが無いから。」

「…あの時は本当に危なかったもんな、ライナは。」

 

話を聞くに前のマスターに海辺で性的な事を強要されたのだとか。

確かに前のマスターから離れてそこまで時間は経過していない。

だから海に行くとそういうトラウマが抉られてしまうのも仕方が無いように思えた。

 

「分かった。行きたくないのなら無理強いはしないさ。」

「ありがとう、マスター。」

 

ダルクやライナはほっとしたように胸を撫で下ろす。

どうやらその出来事は二人の心に大きな影を落としたらしい。

 

「というわけで、二人は留守番として。」

「私達もパス。」

「クルヌギアスはすぐばてるから知ってた。マスカレーナはなんで?」

「お守り。」

「ああ…。」

 

サラリと言ってしまっているがこの「お守り」は色々と常識はずれなクルヌギアスのお守りという事だ。

彼女はまぁ、色々とやらかしてしまっているため、つまりは、そういうことである。

細菌は大分この世界の常識に馴染んできたのだが、それはそうとして新興宗教を勝手に起こそうとするのは勘弁していただきたいところだ。

 

そんなこんなで、海に行くメンバーが決まったのだった。

 

 

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「…八ッ!?」

「あ、起きた。」

 

そんなこんなでウィンの水着を見て尊死した後、ようやく意識が覚醒した。

 

「大丈夫?取り敢えず、もう少し日陰で休もっか。」

「俺は、確か―――。」

「熱中症で倒れたって事になってるよ。」

「…そうか…。ありがと、ウィン。」

 

頭が少しくらくらしている。

どうやら熱砂に頭を突っ込んでいた結果熱中症になってしまったようだ。

 

「全く、もう…。」

「悪かったって。」

 

既に日は高く昇っている。

どうやら、二時間ほど気を失っていたようだ。

 

「ところで、アウス達は…?」

「なんか"知り合い"っていう人たちが声を掛けてたけど…。」

「…それ、ナンパじゃね?しかも相当悪質な。」

「…え?」

 

互いに顔を見合わせるウィンと霊使。

二人の顔には明らかに焦りが生まれていた。

 

「…アウス達の居場所は分かるけど…!車でドナドナされてるぞコレェ!」

「急ごう、霊使!」

 

二人は人目の付かないへ行くと大急ぎでランリュウの背に跨る。

 

「去勢しないと…!」

 

霊使の静かなつぶやきは風に乗って消えていくのであった。

 

 

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「ねぇ俺らと一緒に遊ばない?」

 

霊使が熱中症で倒れた後の事、ウィンが霊使の看病に付きっ切りになっているときだった。

そんな声と共に、明らかにガラの悪そうな男たちが現れた。

今日が平日なせいか海で遊ぶには少し早い時間のせいか、近くに人はいない。

しかも、今のヒータ達は霊使が気絶中であるために精霊としての力をほとんど持たない。

 

「ほら、行こうよ!あっちでもっと楽しい事しようよ、な?」

 

故に、ヒータ達は抵抗すら許されず、複数人の男に連れ去られてしまった。

そしていま、猿轡をされた上で、海から遠くない廃ホテルの一室で縛られている。

既に日は赤色に染まっている。

どうやらここに連れ込まれられてからしばらくの間眠らされていたようだ。

目の前には下卑た笑みを浮かべる男が十数人いる事から自分達が眠らされている間に呼びに行ったであろうことは容易に予想できた。

 

「君たちはこれから俺達の相手をしてもらうわけだけど、いいよね?」

 

そう言いながらナイフ片手に男たちが近づいてくる。

そのナイフ先端がヒータ達の水着に触れた瞬間―――

 

「お前らァ!こんな所で何をしようとしている!?この場で死ぬか、ブタ箱に放り込まれるか、どちらか選べぇぇぇい!」

 

空から二人の鬼神が降って来た。

二人はナイフを持った男達を踏みつけてすぐに三人のもとに駆け付ける。

 

「ごめん!」

 

開口一番そういうあたり、相当自分たちの身を案じてくれていたのだろう。

そう思うとヒータは少しうれしくなる。

それはきっと、アウスもエリアも同じなはずだ。

 

「…誰、アンタ?」

「この子たちの連れだよ。」

「へぇ…?で、この子たちをどうするの?俺としては遊んでないおもちゃを返すみたいでいやだなぁ。」

「あ゛?」

 

おもちゃ。

今、目の前の男は自分達の事をおもちゃといったのか。

その事に対して、ヒータの怒りは一瞬で頂点を突き抜けた。

しかもその言葉に対して全員が怒りを抱いている。

 

「…テメェに朝日は拝ませねぇ。」

「…同じく。」

「面白いこと言うねぇ。でも俺達はナイフやスタンガンを持ってるんだ。二人で勝てるとでも?」

「二人じゃない。」

 

そういった瞬間固く閉ざしてあったはずの扉が蹴破られた。

 

「警察だ!」

「S-Forceです!」

「貴様らを!誘拐及び強姦未遂の現行犯で!」

「逮捕します!」

 

そこから現れる警官隊と何故かいる小夜丸含むS-Forceの面々。

彼らは警官でもある自らのマスターの指示で今、この場に立っている。

この町限定で警察と同様の権限を持つ精霊がS-Forceなのだ。

 

「…どうしてくれるんだよ。お楽しみはこれからだったってのに。」

 

警官隊によってヒータ達は保護されウィンをかこっていた男たちは瞬く間に手錠がかけられていく。

しかしながら少人数でしか部屋に入れなかったのか何人かはナイフやスタンガンで警官たちと戦闘を起こしていた。

そして目の前に居るのは誘拐の実行犯にしてヒータ達を攫った集団のリーダーらしき男。

男は霊使に対してナイフを突き出してくる。

 

「っと、危ない…!」

 

二度、三度と顔面目掛けて突き出されるナイフを体をひねらせることによって避けていく。

五突き目あたりでナイフを持つ手をはじき、男の体勢を崩すと、霊使は全力のとび膝蹴りをを放った。

その一撃は吸い込まれるようにして男の顔面に直撃する。

 

「あぐ…!」

 

最終的にバランスを崩した一瞬を付き、小夜丸が男を確保した。

しかし男は力いっぱい暴れ、抵抗を試みる。

しかし、その抵抗は小夜丸の腹パンにより、いとも容易く終わらせられた。

 

「小夜丸って強かったんだなぁ。」

「強くなかったらやっていけませんから。」

 

その言葉の端々が何処か死んでいて、彼女も相当苦労しているんだなと思ったのはまた別の話である。

 

 

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「息子が貴方の従妹に対して大変申し訳ないことをしました。」

「いいですよ、別に。出るとこ出てもいいんですね?」

「はい。あの子の罪は既に庇いきれるものじゃありません。」

 

その晩、警察に連行されたリーダーの親が家に謝罪にやって来た。

一瞬息子の刑を軽くしてくれなんて言われるかと思ったがそんな事はなかった。

むしろちゃんとした刑罰をかけて欲しいと懇願されてしまった。

 

その後リーダーの両親が帰ったところで、霊使い達全員に詰め寄られる。

 

「ありがとう、霊使。」

「大丈夫だったか?」

 

その言葉にこくりと頷くヒータ達。

その目は「不完全燃焼」であるということを如実に示していた。

 

「…また来週行くか?」

「いいの!?」

 

ヒータの弾けるような声に笑いが巻き起こる。

確かに今日の事はヒータにとってとても恐ろしい出来事だった。

しかし、霊使は自分達を見捨てることはなかった。

 

「でも、今はゆっくりと心を落ち着けるんだ。」

 

ここが自分達の居場所。

心地がいい。

そんな居場所を守るために、ヒータ達は新たな日々を過ごしていくのだった。




登場人物紹介

・四遊霊使
ウィンの水着を見て尊死

・ウィン
完全に霊使を悩殺しにかかってた。

・ヒータ、エリア、アウス
霊使が居なかったら多分ヤバいことになってた

・男


設定補足:精霊
決闘者と契約した精霊はマスターの許可がないと精霊としての力を行使できない。
これは誤ってマスターを傷つけないようにするためである。
ただし、契約を精霊側から打ち切ることは可能でこれが俗にいう「見限られる」世いうものである。



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四遊さんちのドラゴンメイド その①

空から黒い髪を持つメイド服姿の女性が降って来た。

今、この状況を言い表すならばその一言しかありえない。

訳が分からないが、「そう」としか言いようがないのだ。

あり得ない状況であるはずなのに、その状況を飲み込めている自分が居る。

どうやらこういう非常識が当たり前になってしまったらしい。

 

「霊使!空からメイド服の女の子が!」

「まるで意味が分からんぞ!?」

「でも助けねーとマズイって!」

「そうだな…!ウィン!克喜!手伝ってくれ!」

 

とりあえず、地面に落下しては確実にヤバいことになるのでその前に空から降ってくるメイド服姿の女性を回収する。色々とうわさになっるかもしれないが人命救助が最優先だ。

 

「やぁッ!」

 

ウィンが風を巻き起こし、空から落ちて来る女性を霊使達の方に流す。

このままでは落下死という結末は変わらないので霊使と克喜は二人で受け止める準備をする。

もちろん、彼女の頭が当たっても即死しかねないので方向はウィンに調節してもらうしかないが。

 

「チェストォォ!」

 

妙な掛け声とともに二人がかりで女性を受け止める。

女性は長身で危うくバランスが崩れそうになってしまった。

が、それは気合で引き留める。

妙に現実感のある体重は彼女が今、その場にいるという事を如実に示していた。

空から落下しているときは気づかなかったが彼女には角と尻尾が生えていた。

しかも尻尾は硬い鱗に覆われていることから、それが龍の類の尻尾であるということが分かった。

 

「うう…。」

「…これ、明らかに訳アリですよね…?」

 

克喜に合流したハイネが地雷を見つけたかのような顔をしている。

ハイネが言ったとおりだ。

空から人が降ってくるなんて尋常ではない。

だから、彼女にこの世界の戸籍があるかどうかも謎だし、そもそもこの世界の存在なのかという事についても謎だ。

 

「…ここからなら、俺の家が近いから。…いったん戻ろうか。」

「俺達もついてくぜ。いいよな、ハイネ?」

 

巻き込まれ体質の霊使達と出会った彼女には何かしらの事情がある。

今までの付き合いの中で嫌というほど霊使の巻き込まれ体質を体験していたウィンにその事を何となくだが理解して、それを口に出すのはやめた。

 

 

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いつの間にか知らない場所で、知らない人たちに囲まれていた。

何を言ってるが分からないが、彼女にとってはそれが唯一の事実だった。

敵意のあるなしではなく、何処か分からない場所に連れ込まれた。

彼女にとってそれだけのことが警戒するにあたる行為なのだ。

 

「あ、気づいたみたいだよ、霊使。」

「あ、えーと…。俺は四遊霊使。貴方の名前は…?」

 

自分の名前。

そういわれて、思い返してみる。

 

「私は…、誰、ですか…?」

「…え?記憶喪失…?」

「…ええ、そうですね。貴方の言う記憶喪失なんでしょう、私は。」

 

自分が何者なのか、何一つ思い出せない。

そもそも自分に何があったのか、自分が何だったのかさえ覚えていない。

たくさんのどうしてが頭の中で渦を巻く。

思考の渦に嵌ってしまいそうになった時、大きな音が鳴って意識が現実へと引き戻された。

 

「…じゃ、ここで会ったのも何かの縁だ。何か分かるまで家にいると良い。」

「いいんですか?」

「ああ。何か分かったら教えてくれればそれでいい。もしかしたら記憶の手がかりになるかもしれないしね。」

「そう、ですか…。」

 

彼は自分の素性が一切分からない自分にも優しく接してくれる。

その立ち居振る舞いや言動からか今の彼が素なのだということは分かる。

だから、おとなしくその好意に身を委ねることにした。

 

「…それでは、よろしくお願いします。えーと…。」

「ああ。自己紹介がまだだったか…。えーと、俺は四遊霊使。君は…。」

「…お好きなようにお呼びください。」

「…メイドラさんでいい?」

 

安直な名前ではあるがなんとなくこの名前があっている気がした。

本名は違うだろうし、そもそも見た目の要素―――メイド服といかにもドラゴンな角と尻尾だけで決めたので本当に仮の名前なのだが。

 

「…分かりました。では、これから私の事は"メイドラ"とお呼びください。」

「よろしく、メイドラさん。」

 

ウィンはメイドラが握手するときに少し目を細めたのを見逃さなかった。

 

 

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(さて…困りましたね。)

 

この家の住人と、霊使の友人と顔合わせをして、そのまま寝床へと通された。

与えられた部屋は掃除の行き届いている―――というか霊使の寝室その場所だった。

これは流石に不味いと申し出たのだが彼自身がリビングにベッドがあるからいいとそのまま彼女の部屋としたのだ。

これでは流石に頭が上がらない。

閑話休題

与えられた寝室でメイドラはこの先どうしようかと頭を悩ませていた。

それ以上に困ったことに視界のピントが合わない。

世界が霞んで見えてしまって不便なことこの上ない。

 

「メイドラさん…ちゃんと見えてますか?」

「いえ…って気づいていらしたのですか?ウィンさん。」

「うん。メイドラさん霊使と握手した時目を細めてたでしょ。何か視界が見えにくいのかなって思いまして。」

 

これは、驚いた。

まさか目があまりよくない事をあの一瞬で判別するとは。

この家にいる人たちは割と観察眼が鋭いようだ。

 

「というわけで、霊使に相談しましょう!」

「そこまで迷惑を掛けるわけには…。」

「…迷惑の一つや二つ掛けられなれてるから大丈夫ですって。」

 

ただでさえ、居候という形でこの家での霊使の寝床を奪ってしまったというのに。

更にその上に視界の相談などできるわけが無い。

 

「話は聞かせてもらった!」

「霊使さん!?」

 

だが、全ての会話を霊使に聞かれてしまっていた。

というかやけに行動が速いのはどうしてなのだろうか。

 

「というわけで眼鏡を買いにイクゾー!」

「なんで後半だけ微妙な活舌になっているんですか…?」

「まぁ、そういう反応しますよね…。一体どこで覚えてくるのやら…。」

 

とにもかくにもメイドラはウィンと霊使に引きずられるようにして何故か克喜の眼前に連れ出された。

 

 

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「克喜、金払うから眼鏡をくれ。」

「よし来た。取り敢えず俺の家に行こうか、お客様。」

「え…?一体どういう…?」

「克喜の家さ、眼鏡屋なんだ。」

「え、そうだったの!?」

「なんで皆知らないんだよ!?」

「克喜の家に行ったことが無いから分からないよー!」

 

急にコントめいたやり取りが行われ混乱するばかりのメイドラ。

取りあえず激流に身を任せ、あれよあれよという間に克喜の家という場所までやって来た。

 

「…すごく…高級そうな眼鏡店なんですが…。」

「ああ、大丈夫大丈夫。支払いは全部霊使(こいつ)が一括で払うから。」

「ポイントでなぁ!」

「でも…。」

 

だが、どうしてもメイドラは眼鏡まで買ってもらおうとはしなかった。

しかし、霊使としても生活に不自由があっては困る。

ならば、と霊使はメイドラに交換条件を突きつけた。

 

「メイドラさんは何が出来そう?」

「教えていただければ…家事は一通り。」

「…分かった。じゃあ、交換条件だ。眼鏡買うから家事手伝って!」

「…分かりました。」

 

なんか長期的に見ればメイドラが非常に損しそうな取引。

だがメイドラにとってこの申し出は非常にありがたい物だった。

命を救われ、尚且つ目の不自由もある程度は緩和されるのだから。

 

「よし、とりあえず…予算はどれくらいだ?」

「これ位で。」

 

霊使、克喜に5枚の諭吉を渡す。

 

「分かった。さて、メイドラさんで良かったかな?」

 

その5枚の諭吉を握り、克喜はメイドラを眼鏡店の中へと引き入れていった。

 

 

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「おお。似合っているねぇ。」

 

彼女が選んだのはシンプルな黒いフレームの眼鏡。

克喜の家の眼鏡店にはある程度の度に対応したレンズなら置いてあるので、既製品で良いのなら即日に渡すこともできる。

今回はたまたま彼女の視力に合ったレンズがあったようだ。

 

「…良かった。よく見えます。」

「ソレは良かった。」

「ええ。」

 

鮮明になった世界をメイドラは見渡す。

これから先、ここで彼女は生きていく。

ここで一つでも多くの事を知れたら、きっと自分の正体も分かると信じて。

 

「改めて、よろしくお願いしますね、ご主人様?」

「え?」

「その呼び方だけはやめよう!?なっ?」

「でもご主人様はご主人様ですし…。」

「ああ、ダメだ!この呼び方が染みついちゃってる!?」

 

霊使宅に新しい同居人が増えた。

これから先、メイドラを含めた10人で過ごすことになる夏。

それはより混沌とした、でもとても楽しい夏になることだけは確かだった。




登場人物紹介

・四遊霊使
親方、空から女の子が!な場面に遭遇した。
人目が無いところかつ目立たない場所限定でウィンのランリュウの力を借りる。

・ウィン
風の操作ならお手の物。
目立たないところならランリュウに乗っていた

・九条克喜
親方空から女の子が!な場面に遭遇した。
彼の視力は1.8と超人レベル

・ハイネ
手芸店に布を買いに行ったところ、3人が付いてきた。
メイドラさんの事には完全に巻き込まれた形になった。

・メイドラ(仮名)
通称メイドラさん。
空から降って来た竜の角と尻尾らしきものを持つメイド服姿の女性。
記憶喪失になっている。
目が悪く、克喜の家で眼鏡を作ってもらった。
長身黒髪のメイド服…一体何キーなんだ…?


というわけでなんやかんやで一番票が多くなったドラゴンメイドと霊使達の物語が始まります。
ちなみに唯一のシリアスがバスター・ブレイダーなあたり私もギャグに飢えてるんですかねぇ…。
感想などお待ちしています。
それではまた次回!


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四遊さんちのドラゴンメイド その②

「メイド長はどこ!?」

「どこにもいません!」

 

あわただしい雰囲気が少女たちの間に駆け巡る。

この場所を取り仕切るメイドの長が行方不明になったという事実が彼女たちの不安を強く煽っていた。

厳しくもやることをきちんとこなし、不埒な輩には毅然とした態度で立ち向かうその姿は彼女たちの憧れの的だった。

だからこそ、この場に居る誰もが感じていた。

―――ありえない、と。

自分達の手本になるように常に心掛けていた彼女が仕事を放りだすなど。

しかも未だに教育の途中。

普通ならば何かがあったと考えるに違いない。

事実彼女たちはそうだった。

 

「無事でいてください…。ハスキーさん…。」

 

その声は彼女に届いただろうか。

今は尊敬する人が無事であることを祈るばかりである。

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

メイドラの一日は早朝から始まる。

霊使達と共に朝餉を作り、霊使達と一緒に朝餉を取る。

その後は霊使達と分担して掃除洗濯を行い、買い出しに出る。

昼餉は買い出しによって手に入れた食料で作る。

そして洗濯物を取り込んで、夕餉を拵えて眠りにつく。

 

基本的に一日はこれの繰り返しだ。

だが、それでいいのだ。

何故かそれが自分の本分であるような気がしたから。

なんというか今の居場所がとても心地よく感じるのだ。

だからメイドラは自分がどんな扱いを受けても我慢するつもりだったし、それがこの世界の歪みなのだと思う事にした。

それがこの家に来てすぐの考えだった。

実際は違ったが。

彼らはメイドラだけに負担を背負わせることはしなかった。

なんならメイドラが起きる頃には既に朝の準備が始まっているのだ。

基本的に彼らは自分だけに負担を背負わせることが無かった。

だから、というかなんというか。

メイドラはこのままここに居るのもいいかなぁとか考え始めていた。

 

(いやいや待て待て、待ちなさい、私!…そもそもなんで記憶喪失なんかになったのでしょうか…。)

 

霊使が言うには自分は空から落ちてきたらしい。

そもそもそこからおかしいのだが。

でも、それが自分の正体に繋がるなんて考えたくもない。

 

「誰か知り合いでもいればいいんですけどね…。」

 

その呟きは誰にも届くことなく消えていくのであった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「おーおー。すごく集まってーら。」

「いや、呼んだのお前だろうが!」

「そうだったそうだった。」

 

メイドラという記憶喪失の女性について何か情報を持っていないか、近所のコンビニで駄弁ることにした霊使と友人たち。

内心メイドラの素性を突き止めたいという気持ちよりも女性ばっかの空間から逃げたい気持ちもあったが。

 

「兄さんはまーた精霊を侍って。」

「咲姫、その言い方はアカン。」

「私という人がいながら…!」

「ないわー…。」

 

メイドラの事を話した時点で既に精霊を含む女性陣から引かれている。

確かに同じ屋根の下に男性と女性がいるのだ。

もちろん天地神明に誓ってメイドラに手を出していないが。

というかメイドラに手を出したらウィンに殺される。

 

「まぁ、メイドラさんに手を出してるかどうかはすぐ分かるよ。」

「ウィンとの関係が劣悪になってないみたいだしね。姉としては安心安心。」

 

ウィンダや奈楽の太鼓判を押されて一線を越えていないことを確認する特捜部の面々。

 

「俺そんなに節操なしに思われてる?」

「お前の胸に手を当ててよーく考えてみろ…?」

 

いや、そんなこと言われても、とよくよく考えてみる。

しかし一線を越えた相手は将来を誓い合ったウィンだけだしそもそもそれもあっちから襲ってきたようなものだし、と首を傾ける。

克喜達は目の前の男の鈍感っぷりに思わず叫ばずにはいられなかった。

 

「お前が精霊たらしだからだろうがぁーッ!」

「なんでさ。」

 

颯人はおもわずパイルドライバーを霊使に仕掛けてしまった。

が、それは霊使が自分の精霊たらしっぷりに気づいていない制裁としては妥当なような物に思う。

 

「そもそも僕が考えるに霊使君は精霊がらみの事件に巻き込まれ過ぎなんだよねぇ。」

「水樹ぃ…。俺、呪われていないよな…?」

「当然の如く呪われていないね。」

「え、じゃああの巻き込まれ体質は天然モノってこと?ひゅーっ!やるねぇ、霊使君。」

「流星、里ロックー。」

「ああ!?それだけはやめて!」

 

グダグダとした会話は続き、一向に本題に入る気がしない。

それを見かねたエリアルが手を叩いて話をの軌道を修正しにかかった。

 

「はいはい、とりあえずメイドラさんの情報を考えよう。あ、ボクも水樹も知らないからそこは悪しからず。」

「ワタシもメイドラさんの写真を見て思い当たる節はないな。」

 

ウィンダやエリアル、その他多くの面々は彼女の事を知らないらしい。

だが、一組。

彼女の事を知ってそうな雰囲気を持つ存在が居た。

 

「…この人ってたしか…"ドラゴンメイド"の…。」

「知ってるんだ、クーリア。」

「ええ、咲姫と出会う前にね。彼女達が居る館に興行で顔を出したことがあって。名前は確か―――"ハスキー"、だったかしら。」

「…そうなんだ。ありがとう。」

 

思わぬ所からメイドラの素性を掴んだ霊使。

こういう時は人海戦術が有効だということを霊使はこのやり取りで学んでいた。

 

「よし、じゃあさっそく報告しに―――」

 

その言葉を遮るように巨大な影が舞い降りる。

その陰の正体は―――

 

「…メイド…ハスキーさん!?」

「私の名前が分かったんですか!?」

「知り合いが名前を知ってましたぁ!」

 

そう叫びながらメイドラ―――もといハスキーの元に駆け寄る霊使。

そしてハスキーの顔に口を近づけると小さな声でこう指摘した。

 

「いきなりドラゴンの姿になるのはやめようね?」

「移動はこちらの方が速いのですが…。」

「いや、ほら。事情を知っている人たち以外からは怪しまれちゃうからさ…。」

「…ああ。ってそうじゃなくて!」

 

ちらりと後ろを振り返りながらハスキーは小さく息を吐く

そして、ハスキーは慌てた様子で現状を告げた。

 

「何かよくわからないですけど同類の方たちが大量に家に…!」

「ファッ!?」

「行きましょう!早く!」

 

むんずと霊使の体を掴むとそのまま高速で飛び去って行くハスキー。

目の前で繰り広げられた寸劇を前に呆然としていた霊使の友人たちだったが―――。

 

「あ、霊使君お代を払ってない!」

「…これは、トイチかねぇ…。」

 

霊使が故意ではないとはいえ、代金を払ってないことに気づき、後でこの話をネタにして飯でも奢らせるかという話に至った。

そんな事を知る由もない霊使は後日、彼ら、彼女らの大食漢っぷりに戦慄することになるがそれはまた別の話である。

 




登場人物紹介

・メイドラさん
登場二話にして本名が明かされた人。
記憶喪失であり、なんで自分がここに居るのかを理解していない。
以降、本編ではハスキー表記になります

・クーリア
まあ多分興行とかやっているよねって話。

・霊使
お代を払っていないことに後から気づいた。
その付けは後々支払う事になる。


今回は少し短めですが許してください、何でもしますから!(何でもするとは言ってない)


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四遊さんちのドラゴンメイド その③

メイドラ―――もといハスキーに誘拐同然のように連れられてつかの間の遊覧飛行を楽しむ霊使。

空に居たのはほんの数十秒程度。

家から件のファミレスまでは歩いて30分程度のものだったのでおよそ40倍ほどのスピードが出ていたことになる。

 

「ちょっ…ハスキーさ…はや…。」

「ウィンさんも来ていらしたんですね!?」

「せめて一言…欲しかった、ですけどね!」

「アッハハハ!ハッエー!」

「霊使!?ちょっと気を確かに!?」

 

ウィンはランリュウの背に乗っての高速飛行に慣れているが霊使はそうではない。

そもそもランリュウの背中に誰かを乗せる時は大きくスピードを落としていた。

背に乗る人に負担がかからない様に。

まさかそれが今となって仇となるとは思ってもいなかった。

 

 

「アッハハハハハ!」

「霊使さん、気をしっかりー!?」

 

ハスキーの悲鳴にも似た思いは霊使に届くことなく、地上に降りるまでの数秒間、霊使は虚ろな目をしたまま笑い続けるのであった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「ここら辺にハスキーさんがいるらしいけど…。」

「見かけた御老人曰く『少女を侍らせた青年』が連れ去ったらしいですが…。」

「なんか凄い胡散臭かったデスよね…。」

「それでも情報が情報でしょうパルラ?」

 

時は少し遡って霊使宅前。

インターホンを前にして複数人の人影が様子を伺っていた。

それを見ていたハスキーは彼女たちに自分と同じ特徴があることを認める。

その事から同類と察したハスキーは何か嫌な予感がして、大急ぎで霊使を迎えに向かった。

 

(早く、なりたい。)

 

そう思えばまるで背に翼が生えたかのように空を飛べた。

より早く、より早く。

そう思うたびに体が変化していった。

それでもハスキーはそれに気づくことはなかった。

何故なら彼女は本当に空を飛んでいたから。

この世界が広く見えて、そして思い出したことがあるから。

 

()()()()()()でしたか…。)

 

そして、こういうふうに空を飛んでいると、何故自分がこの世界に居るのかが鮮明になっていく。

そのせいか。

霊使の元にたどり着く時には喪失していた記憶を取り戻していた。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「つ…ついた…。」

 

たった数十秒の遊覧飛行で霊使は息も絶え絶えになった。

いきなりの高速飛行はいくらなんでも心臓に悪い。

あと、口の中が乾燥して少しばかり気持ちが悪い。

 

「そんなに急いでどうしたのさ…メイド―――ハスキーさん。」

「私の記憶に関わることですから。」

「もしかして記憶、取り戻してます?」

「その話は追々。今は私の部下をどうにかしないといけません。」

 

暗い影が霊使達を覆う。

霊使いの目の前には何と四体のドラゴンが居た。

この竜たちがハスキーの言う「同類」なのだろう。

 

「…なんでここにハスキーさんが?あの御老人の言葉は本当だったと?」

「ちょいちょいちょい!?なんか殺意向けられてませんか!?」

「…どうやら私のいないうちに何かされたようですね。」

 

しかし、まあ。

そのドラゴンたちはべったりとまとわりつくような殺意を霊使達に向けていた。

猛烈に嫌な予感がする霊使はウィンの方を見る。

真っ青になったその顔を見てウィンも何となく察したのかため息を一つ吐いた。

 

「…嫌な予感…。」

「奇遇だね。私も物凄く嫌な予感がするよ…。」

 

嫌な予感がするのはウィンも同じだった。というか―――

 

(ねー…、これ完璧にやらかしているよね?)

(おい、霊使、どうするんだ。このままじゃ全滅だぞ!?)

(でも、ライナ達じゃ一瞬でやられそうだしなー…。)

(お、落ち着くんだ。エリア、ダルク、ライナ…。)

 

今は実体化させていない精霊たちでさえ何となく詰んでいることを察している。

ここまでくると、もう、笑いしか出てこないわけで。

 

「ハスキーさん。…ごめん。」

「…霊使さん?まさか…。」

「一旦暴れられるところまで逃げるんだよォ!」

「………ん?」

 

そしてとうとう霊使いはその竜に背中を向けて逃げ出した。

 

「やっぱりやましい事があったか!」

「なんか勘違いしていらっしゃるゥ!?」

 

そもそも疑惑を解く気があるのなら背を向けずに事の次第を語ればいいだけである。

それなのに背を向けて逃げたら勘違いも止む無し。これは霊使が説得しようとしなかったが故の自業自得。

だから五体のドラゴンに追われることになったのも残念ながら当然なのであった。

 

「ちょっと、私の話を聞き―――」

「すみません、お話はあとで!今はこのクサレ脳味噌をどうにかしないといけませんので!」

 

ちなみにだがハスキーは当事者なのにその場に置いてきぼりになってしまった。

余りの展開の速さにさすがのメイド長も呆ける事しかできない。

 

「意味が分からないわ…。」

 

既に行方の分からなくなってしまった同僚とこの家の主に向けて。

彼女がつぶやいた言葉が届いたかどうかは定かではない。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

それからというもの霊使は逃げて逃げて逃げまくった。

が、とうとう瓦礫に躓いて盛大にすっこけてしまう。

 

「観念してハスキーさんを解放しなさい!」

「解放って…なんか吹き込まれてないか!?」

 

明らかな殺意を持って振るわれた緑のドラゴンの爪を躱し―――

 

「だったらその精霊だとかなんとかいう術を解除しなさい!」

「精霊術ですぅー!そもそも霊使は霊術使えませんー!」

 

ウィンに向かって放たれた炎のブレスはウィンが横っ飛びすることで着弾地点から逃れ―――

 

「どのみちマッチポンプでしょうがッ!」

「言っている意味が分からないな!?」

 

桃色のドラゴンの尻尾の打ち付けを鉄パイプを支えにして跳躍することで躱した。

だが、こうちょこまかと逃げていると相手も点で制圧するのではなく面で制圧しにかかってくる。

そのまま手をこまねいていた結果、霊使は青いドラゴンの体当たりを躱せずゴム毬のように弾き飛ばされてしまう。

が、彼は衝撃を後ろに飛ぶことで和らげていた。

最早人間という範疇を超え始めているのではないだろうか。

しかも偶然か必然か、霊使は青いドラゴンの足元に潜り込んだ。

そこは死角になっていて、本人どころかそのほかの竜も全く気づけない。

 

「何処行った!?」

「…全員飛んで!」

 

だが、ドラゴンたちは見失ったのなら人海戦術で見つけるだけ、と言わんばかりに空を飛び始める。

そうするとすぐに霊使の居場所はばれるわけで。

 

「見つけたァ!」

「どうしてだよォォォォ!」

 

再び始まる阿鼻叫喚のドラゴンたちによるリンチ。

おそしてそれを躱し続ける霊使。

二つの陣営のやり取りは空が茜色に染まるまで続いたのであった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

一方その頃克喜達は―――

 

「えーと?つまりハスキーさんは本当に空から降って来ていて?」

「で、それを俺達が救助したと。」

 

チェイムという名のメイドの女性からハスキーの素性を聞き、そして今までの経緯を話していた。

話を聞くに「老人」がハスキーの居場所を知っていると言って、更にいなくなったのは「四遊霊使」という外道な男だと聞かされたという。

その男は少女達を侍らせ、無理矢理使役しているんだとか。

そういう話を聞かされたという。

まぁたしかに少女に囲まれているという点を間違ってはいないがそれ以外の所の改竄が酷いというレベルではない。という事を克喜はチェイムに伝えた。チェイムが「四遊霊使」の友人から聞いた人物像とぞの老人から聞いた「四遊霊使」の人物像は大きくかけ離れている。しかも話を聞くに友人とは相当親しい仲であることがわかる。

もしやこれは、と最悪の可能性がチェイムの頭によぎった。

 

「これ、間接的に彼の始末をさせられてるってことじゃないですか!?」

「…まーた精霊がらみの事件に巻き込まれているんじゃねーかアイツゥゥゥゥ!」

「…よくある事なんですか?」

「アイツ今までで二回死にかけてる。」

「ええ…?」

 

おもわず困惑した声を上げるチェイムだが、克喜はその「ええ…?」を発する気持ちが痛いほどに理解できてしまう。誰だってそうなるレベルで精霊がらみの事件に巻き込まれているのだから。

その内二回も死にかけていてはもしかしたら今回はと思うのも普通だ。

 

「…取り敢えず!急いで同僚を止めに行きましょう!」

「あ、やっぱり殺しに来てんのね!?」

「そりゃああんな話()()を聞かされたら殺意マシマシにもなりますって!私は違いますけど!」

 

そんなこんなで巻き込まれ癖のある友人の元へ急いで向かう克喜達。

彼らの目の前に色々な意味で衝撃的な光景が映るのはほんの少し先の事である。

 




登場人物紹介

・四遊霊使
またリアルファイトやってるよこの人…。

・ウィン
デュエルモンスターズの精霊なのにリアルファイトばっかりやってる人。

・霊使い御一行
家に帰ると勝手に実体化する。

・ドラゴンメイド
野良の精霊。
霊使を殺すためだけにこの世界にやってきた。
聞いた話だけによる独断なのでチェイムとハスキーを除く各ドラゴンメイドの第一印象は「散滅すべし。」


補足説明:野良の精霊
カードの精霊であるがマスターが居ない分勝手に実体化して甚大な被害を残すこともあるやべーやつら。
異世界から目的を持ってやってくる者もいればこちらの世界に流れ着いた者たちもいる。
ちなみにマスターが居ないためそんなにこっちの世界に居ることはできない。
だからマスカレーナみたいな存在は頻繁に二つの世界を行き来している。
例外は元々が神と同格のクルヌギアスのみ。


新型コロナワクチンの副作用で頭が回らないので初投稿です


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四遊さんちのドラゴンメイド その④

「なぁにこれぇ。」

 

克喜が霊使達の元にたどり着いたとき、目にした光景。

それは全員が柔らか生物に見えるくらいに溶けている地獄絵図であった。

 

「…霊使ー。大丈夫かー?」

「…へんじがない。ただの、しかばねのようだ。」

「生きてるな、よし。」

 

倒れ伏している霊使の安否を確認する克喜。

霊使から帰ってきた答えはいかにもふざけたものだったので大丈夫だろうと辺りを付ける。

それよりも気になるのは霊使の周りに倒れているメイドたちだ。

どのメイドも息も絶え絶えで、霊使と同じくらいに酸欠であることが受け取れる。

というか何をどうしたらこういう状況になるのか教えて欲しいくらいだ。

余りの光景に静寂が落ちる。

辺りには烏の鳴き声が響き渡る。

 

「どうしよ、これ。」

 

克喜のつぶやきは茜色の空に消えていったのだった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「で、何があったんだ?」

「そうだな…。ハスキーさんの同僚があることないこと吹き込まれて俺を決闘とか関係なしに殺しに来た、とでもいえば良いのかな。」

「…まるで意味が分からん!」

「俺も何を言っているのかわからん!」

「おい、説明しろよ。」

「だからさっき言った通りだって!」

 

ウィッチクラフトやチェイム、ようやく合流したハスキーの力を借りて取り敢えず霊使宅に運び込まれた霊使達。

既に人でいっぱいいっぱいなのにさらに追加されたらヤバいのでは?という疑問もあったがそこはウィッチクラフトの変態技術で家の内部の容積を広げることで対応した。

こういう時こそウィッチクラフトの本領を発揮するときなのかもしれない。

現実から目を逸らすように克喜はそんな事を考えていた。

さて、思考に逃げていないでそろそろ現実を直視するべきだろう。

 

「凄く虚ろな目」で「殺さなきゃ…」とばかり呟く赤いドラゴンメイドをどうするか。

一応、ヴェールによる結界術でどうにか凌いでいるが、彼女がまたドラゴンにでもなったらどうしようもない。

とりあえず一番の問題はそこだった。

まず、チェイムの話から彼女たちが一種の催眠状態にあるということは分かった。

さらに、彼女たちは『老人』から話を聞かされたという。

そんな条件に当てはまる人物は克喜達が知る中では一人しかいない。

 

(あんの糞爺は厄介事しか残さねぇのか…!)

 

四道安雁―――少年たちと敵対する集団の首領格。

以前霊使も洗脳された。霊使から聞いた話によると経験していない人生を経験させられた上で、新しい人格に乗っ取られたというのがその洗脳のからくりらしいが。

恐らくは似たような力を用いて「霊使を殺さなければハスキーは戻らない」とでも吹き込まれたのだろうか。

まあ、それは――――。

 

「ティルルさん?お話はまだ終わってませんよ?」

 

あの清楚系戦国武将(四道咲姫)にでも暴いてもらうとしよう。

そう考えて、思考を放棄した。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

咲姫はクーリアから目の前に居るドラゴンメイド全員の素性―――とまではいかないがそれなりの事を教えてもらっていた。

そして、今。彼女は威圧感たっぷりにチェイムを除いたドラゴンメイドたちと向き合っている。

 

「で、貴女方の目的は私の兄を殺すという事で良かったのですね?」

「殺さないと…ハスキーさんが…。」

「これは相当深く影響及ぼしてるなぁ…。クーリア、どうしよ。」

叩けば(殴れば)治るんじゃないかしら…。」

 

クーリアから解決法を聞いてもそういう脳筋な事しか出てこない。

確かに兄は叩いたら(倒したら)治ったがそれは、彼のもう一つの人格が「負けたら返す」ということを明言していたからだ。

だから今回のケースの場合は本当に叩けば(殴れば)治るというのは正しいとは言い切れない。

 

「ソレは最終手段。取り敢えずは―――」

 

じろりと、行動に移そうとする哀れなドラゴンメイドを目ざとく見つけ―――

 

「ティルルさん?お話はまだ終わっていませんよ?」

 

とりあえず、根掘り葉掘り詳しく聞くことにした。

 

「殺さないと…ハスキーさんが…。」

「で?なんで兄さんがその―――ハスキーさんだっけ?兄さんの何を聞かされたんですか?」

 

言葉の端々に怒りを滲ませながら咲姫はティルルに問いかける。

その他のドラゴンメイドに問いかけてもいいが、現状、彼女が一番体力の回復が速い。

流石の他のドラゴンメイドは息も絶え絶えでまともに質問ができないため、彼女から搾れるだけ情報を絞っておく。

もちろんチェイムの話が真実がどうかを確かめるというのが大前提にあるが。

 

「で、チェイムさんの言う通り、兄さんについてあることない事吹き込まれた、と。」

「…事実じゃないんですか?」

「確かに少女を侍ってますけど、アレは彼女たちが兄さんを信用して傍にいるんですよ。少なくとも力づくで彼女達を従わせるなんて愚行を兄は犯しません。」

「でも、霊術によって雷をハスキーさんに当てる所を見たって…。」

「兄さんや彼女たちに雷を操る能力を持っている人なんていませんよ?」

 

どうやら相当根も葉もないことを吹き込まれていたらしい。

自分もやられた(そうだ)が四道は相当他人の記憶を弄るのが好きなようである。

それはたいして褒められたものではないし、なんなら忌むべき物ですらある。

彼女は―――ティルルはそんなあくどい者たちに食い物にされそうになったのだ。

それに対しては同情する。

しかしながら今のところ彼女たちは明確な「敵」であることに変わりはないのだ。

だから、まずは彼女たちが霊使に向ける感情を修正しなければおちおち霊使に会わせる事すらできない。

 

「…じゃあ、なんですか?あの御老人は言っていたことは全部ウソだと?」

「ええ。」

「じゃあ、彼を殺してもハスキーさんは戻らない、と?」

「ええ。むしろ、今の彼女は記憶を失っているので、貴女方が恨まれて終わりだったかと。」

 

だからまずは。

「吹き込まれた嘘」をなんとかしなくてなならない。

 

「…でも現にアイツは、あの子たちを…。」

「よし、殴りましょうか。」

 

取り敢えずクーリアの言う通りティルルをぶん殴ってみよう。

もしかしたらよりバグるかもしれないが。

それでも今のままだとすぐに霊使に飛び掛かってしまうかもしれない。

だったらせめて行動を起こそう。

そして、なおるかどうか一か八かの賭けに出よう。

そうした方がよっぽど建設的だ。

 

「というわけで、歯を食いしばってくださいね。」

「…なんでですか!?」

「とりあえずブラウン管テレビのようにすれば治るのでは、とクーリアが。」

「咲姫?さらっと責任押し付けないで?」

「あ、ちょっ…待ってくださ―――」

「待ちません。では行きますよ。せーのッ!」

 

その後、ティルルの悲鳴が響いたのは言うまでもない。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「あれ…私何を…?」

 

ティルルはなんとなくでしか起こった出来事を覚えていなかった。

あの老人が来てからの記憶が曖昧で、でも何か大きな過ちを犯しそうになっていた気がする。

頭を二度、三度振って意識をはっきりさせると、ようやく意識がはっきりしてきた。

そして今の場所を確認するために辺りを見回した時、最初に目に入ったのは―――

 

「彼女はブラウン管テレビじゃありませんよ、二人とも。」

「はい…。」

「そもそもなんで殴ったら治ると思ったんですか?」

「賭けだったけれど前例(兄さん)が居たから…。」

「でもそれは決闘(デュエル)という手順を踏んでいたわけですよね?」

「返す言葉もございません。」

「全く…。いきなり彼女が倒れたときはどうしようかと思いましたよ。いいですか?洗脳や催眠は叩いて治る物ではありません。」

 

なんか説教されている二人組の女性だった。

というか一人は物凄く見覚えがあるのは気のせいだろうか。

嫌そもそも状況が呑み込めない。

 

「…こ」

「ん?」

「ここは何処ですかーっ!?」

「あ、戻った。」

「なんでうまく行ってるんですかねぇ…?」

 

ティルルは覚醒して真っ先に大声を上げたのであった。




登場人物紹介

・ティルル
どうやら彼女を媒介とした洗脳が行われていた模様。
言霊って怖いね

・四道咲姫
四道唯一の良心。
だが、男子からは清楚系戦国武将として恐れられているくらいには身体能力が高い。
そんなんだから脳筋な考えしか出てこねぇんだよ

・クーリア
若干咲姫の脳筋に侵され始めてきている。

・四遊霊使
へんじがない。ただの、しかばねのようだ。(生きてる)


なんだこれ…。
なんだこれ…!?
祝!王宮の勅命禁止!
アレがあると霊使いは何もできないんじゃ!というわけで禁止記念も兼ねて初投稿です。


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四遊さんちとドラゴンメイド

「…で、なにか言い残すことはありますか?」

「ありません。今回の件は全て私の落ち度です。」

 

あの後、ティルルはこってりと絞られた。

簡単に敵の甘言に乗せられてしまった事、そして、周りを見ないで突っ込んで重大な過ちを犯しそうになったことについて、だ。

その時ついでにハスキーの記憶が戻っていたことも明かされ、誤解も解かれ、無事に大団円となる運びだった。

ちなみにどのようにして怒られたか。

それを言ってしまってはティルル達ドラゴンメイドの尊厳に関わるために、霊使達は口をつぐむことを決意した。

 

「…本来ならば、大きな過ちを犯しそうになった貴方にはそれ相応の罰が与えられるべきですが…。」

「なるべくことは大きくしたくありません。というかもう精霊がらみで二度死にかけているので、より大きな存在に目を付けられても厄介ですから。」

「ということなので、しばらくは反省するように。」

 

ちなみに郷に入っては郷に従えという言葉もあるが、それを言うと確実にティルル達ドラゴンメイドは墓地―――もといブタ箱送りになるという事は黙っている。

そんな事を言ってしまったらハスキーは心労でぶっ倒れるだろうし、ティルルは取り乱して大惨事間違いなしだ。

 

「ああ、それと。まだ恩を返し終わっていないのでしばらくはチェイムを中心として向こうを回してください。」

「え?戻らないんですか?」

「そもそも今回の件は私が居ればどうにかなった―――というモノではありません。それに、言ったでしょう。まだ私は貴方方に恩を返しきれてはいないのです。」

「別にいいのに…。」

「それに今回の件の罰でもありますから。」

「じゃあしゃあなしですね!」

 

さらりと居座る宣言をしたハスキーだが、今更一人二人増えたところで変わらない。

既にエンゲル係数が限界を迎えているのだが、それは黙っておくことにした。

というか今現在マスカレーナが株式投資で備蓄が増やせないか何とか画策しているレベルであるのだが。

 

「というわけで、一旦この子たちを送り届けてきます。」

「あ、うん。」

 

二つ返事で一旦了承した霊使だったが―――ここで一つ重要な事実に気づく。

 

(…なぁ、ウィン。俺、これもしかしてチャンスをみすみす見逃した?)

(…そうじゃん!霊使が()使()()()()()契約結ばないと死ぬじゃん!)

(多分これアレだよね。彼女達6属性揃ってるよね!?)

(…でもこれ弱みを握って無理矢理使い魔としての契約を握るタイプの奴だよね。)

(糞野郎じゃねぇか!)

 

このままでは魂が形をとどめずに崩壊してしまう事をすっかり忘れていたのだ。

今はウィン達霊使いからのエネルギーの逆流により、何とか命を繋ぎ止めているが、一度繋がってしまえば力は微量ながら常に霊使に逆流する。

それに霊使側がそれに耐えきれずに命を落としてしまうというわけだ。

それが訪れるのは前例がないせいでいつなのかは分からないが、少なくとも常人よりもはるかに早い段階で寿命を迎えてしまうのは確かだ。

だから、それを抑えるために相反する属性の力で以てその微量な逆流のエネルギーを打ち消す。

この理論が本当に正しいのかは分からない。

克喜達に看取られながら逝くんじゃなかろうか。

そんな嫌なイメージが霊使の頭によぎることはよくある事だ。

それでも今はそれを唯一の解決法と信じて突き進むしかない。

そんな折に、千才一隅のチャンスが回って来た。

今、霊使本人と契約している精霊はクルヌギアスとマスカレーナ。

クルヌギアスは神だったころの力を失っており、今は光属性のモンスターになっている。

そこれに加えてここであと一人くらい契約できれば物凄く楽になる。

 

だが、ここでその話を切り出したら、今回の件を盾に無理矢理使い魔にする形になるのではないかと霊使は感じた。

基本的に霊使は使い魔や精霊とはきちんとした契約を結びたい人間だ。

約一名誤解から殺しにかかって来た精霊もいたが、きちんと話をして、納得してくれたら契約するという形を取りたいのだ。

その事をウィンに話したら―――

 

「霊使らしいね。」

 

そう苦笑された。

ウィン曰く、基本的に使い魔というのは人間でいうペットに近しい存在であるらしい。

まあ、確かにプチリュウやきつね火、デーモン・ビーバーはペットっぽく見えなくもないが。

とにもかくにもこういう事があったのだ。

そういうわけで、結局。

精霊云々はハスキーたちには伝えないことにした。

 

善意で契約してくれたマスカレーナや利害の一致から協力することになったクルヌギアスとは違って彼女たちは霊使の首を突っ込んでいる件とは無関係―――のはずだ。

もしかしたら、という考えもあるがその時はその時で改めて助力を請えばいい。

そんな事を考えていると申し訳なさそうな顔をしたティルルが話しかけてきた。

 

「あ、すみません。霊使さん。一つ聞きたいことがあるのですが…。」

「んぁ?どうしたんです?」

「えっと、少し小柄で禿げ上がった頭の御老人をご存じないですか?いかにも悪役って感じの…。」

「…ん?その人から俺の事を聞いたんですか?」

「はい…。」

 

その老人はなんというか明らかに霊使を目の敵にしていたのだという。

その後ティルルは大きな過ちを犯しそうになったのだが。

咲姫から聞いた先ほどまでのティルルの様子と、老人というキーワード。

そして何よりも四遊霊使を目の敵にしている人間などそれこそ一人しかいないだろう。

 

「あんの糞爺…!」

「あ、知り合いなんですか…?」

「なんか認めたくないけど元・家族。」

「元というのは…。」

「え?…俺あの糞爺に元居た家追放されてましてね…。今になってウィンやウィンダの力が必要だから俺を狙ってきてるんですよ。ああクソ…。思い出すだけでイライラする…!」

「ええ…?」

 

まともな家庭環境だったらこんなふうに自分がいらいらすることもなかったはずだ。

結局の所、何が言いたいのかと言われればこの一言に尽きる。

 

「知ってます。知ってますとも。如何せん俺を二度殺しかけた奴らですからね。そいつらの頭ですよ。その糞爺は。」

「…ああ。なるほど。そうなんですね。―――良ければなんですが。私も個人的に協力しましょうか?」

「ふぇ!?」

 

まさかティルルからそういう感じの発言が飛び出してくるとは思わなかった。

ティルルの発言は霊使にとっても渡りに船だったがだが逆に本当にさっき言った状況にもなりかねない。

 

「このことは私の招いた種ですからね。正直あの御老人を〇〇(ピー)したいです。ハスキーさんからも許可は取ってありますしね。」

 

ちらりとハスキーの方を見る霊使。

彼女も頷いているのでこの話はあの説教の時点でついでに指示が下っていたのかもしれない。

 

「じゃ、よろしくお願いします…、で、いいんですかね?」

「はい。これはあくまで個人的な協力関係ですので―――敬語は止めて下さい。」

「…あ、はい、…じゃないな。改めてよろしく、ティルル。」

「はい。ではまた。」

 

こうしてハスキーを除くドラゴンメイドたちは帰っていった。

それでも個人的な協力を得られただけで充分である。

結局彼女達と霊使いと精霊としての契約を交わすことはなかったが、それでいいのだ。

 

「…ここで契約できなくても何とでもなるはずだ。」

「…これは盛大なガバの予感が…。」

 

ウィンはこの先は思いやられるというように呟いた。

夏休みはまだまだ始まったばかり。

この先の一ヶ月が平和に過ぎますように。

帰って来たハスキーを横目にそんな事を思わずにはいられないウィンなのであった。




登場人物紹介

・ティルル
何か個人的な協力関係を結んだ

・霊使
よくわかんないうちにティルルとの「縁」ができた。

・ハスキー
暫くは霊使んちに居候するつもり。
記憶を取り戻したのは霊使を迎えに行くとき。

ひとまずこれでドラメ編は終了となりますがこれからも彼女たちは定期的にこの作品に現れます。
というわけで次回は夏と言ったら「祭り」ですよね。
ですので騒がしい夏祭り編の開幕です。


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花火はともかく決闘が祭りの華ってどういう事だろうか

夏。

夏と言えば色々なものが挙げられるだろう。

海水浴だってそうだし、虫取りだってそう。

今は離れ離れになってしまった友人と遊ぶのだって夏に行われることが多いだろう。

そして、実家に帰省する人や故郷に帰る人もいれば、どこか遠くにバカンスに行く人たちだっている。

そこでロマンスに発展したりもするがそれはまあ、別の話。

しかしながら夏と言えばやはり祭りと花火が華だろう。

夜空に咲く炎の華は夏の夜空を彩り、幻想的な世界へと連れて行ってくれる。

 

「―――と、俺は思うんだよね。」

「何を言っているんだ、霊使(マスター)は。」

「祭りとはかくも楽しい物だってことを伝えたかっただけなんだ。」

 

霊使は祭りが大好きだ。

このように祭りについて熱く語れるくらいには大好きだ。

祭りというのはその土地の神に感謝を示すのが始まりであることが多い。

その土地によって祭りの行われ方は違う。

この国には同じ名前でも中身が全く違う祭りもある位だ。

だからこそ祭りの中にその土地の本質が見えるような気がして、本当に楽しい。

霊使の住む町では創星祭と呼ばれる創星神の生誕を祝う祭りのほかにもただどんちゃん騒ぎをする納涼祭がある。

近くこの町で行われる祭りは納涼祭だ。

お盆近くでいささか「納涼」というには語弊があるが取り敢えずは納涼祭が近くあるのだ。

 

「さて、今年はどんな催しがあるのかね。」

「催しって…何かあるのですか?」

「ハスキーさん。…そうですね。去年は最後のスターマインを誰の名義にするかという名目で決闘大会が開かれたんですよ。」

「それは、何故…?」

「なんでも始まりは恋人のために花火を作った人がその花火の下で恋人に告白したからなんですって。それが転じて最後のスターマインで名前が呼ばれた人は必ず恋が成就するって話になったんですよ。」

 

そんな裏話を知ったのは本当に一年前の決闘大会の開催前。

地域ぐるみで行われる実質の「地域一決定戦」の始まりはロマンスからだった。

それを聞いたウィンが目をキラキラさせていたのは内緒だ。

去年の結果は辛うじて優勝し、そのおよそ10ヶ月後に伝承通り恋は成就した。

ところで、である。

この大会自体は文字通りただの大会なのであるが今までこの大会で二連覇を果たした人間は誰一人として居ない。

だいたい勝った人間は翌年、死ぬ気でメタられて準決勝あたりで敗北するからだ。

要するに今年は霊使に対して嫉妬渦巻く本気のメタカードが飛んでくるというわけだ。

 

「それ勝てるんですか…?」

「何とでもなるはずだ!」

「冗談ですよね?」

「いや、ガチだが。」

「あー、ハスキーさん。こうなったらボク達のマスターは止まんないよ。」

 

大体察していたようにヒータは笑う。

昨年の大会優勝時に「また来年」と焚き付けたヒータは何となくそれを分かっていた。

というよりも今の霊使はたとえヒータが止めたとしても大会に殴り込むくらいの事はする。

ウィンはなんとなくそれを分かっていたのか何も言うことはなかった。

 

(やっぱり私達のマスターって決闘脳だね…。)

(まぁ、決闘者だしエリアの言うこともある意味当然だけど…。)

 

霊使の耳にエリアとアウスのささやきが届くことはなかった。

例え届いたとしてもこの二人が霊使の提案を断るなんて考えもしないだろうが。

とにもかくにも。

霊使の決闘大会二連覇をかけた戦いが今、始まろうとしていたのである。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

そして納涼祭当日。

霊使へとむけられたとてつもない敵愾心がハスキーを警戒させた。

だがそれを何もないように流す霊使にハスキーは感心を覚えた。

流石に前回この雰囲気の中で勝った男だ。

面構えが違う。

 

「さて、と今日の大会のエントリー場所はここかな?」

「…おう、にぃちゃん昨年の優勝者様がどうしてここに?」

「そりゃ決まってるでしょう。今年も俺が勝つため、ですよ。」

 

霊使はなにも感じていないかのようにサラリと己の主目標を告げた。

その言葉にその場にいたもの全員がひりつく。

 

「なんだって?」

「もう一度言ってみやがれ?」

「だから、()()()()()って言ってるんですよ。」

 

勢いのままに近づいてくる男は霊使の鼻先まで近づく。

二人の視線の間には火花が散っているようで、このままどちらかが動けば決闘が始まりそうな雰囲気だった。

 

「…じゃあ、確かめてみるか?」

「ええ。去年の俺とは一味も二味も違うってとこ見せてやりますよ。」

「ほう、にぃちゃんここで手の内を公開してしまってもいいんか?」

「ええ、もちろんですとも。」

 

流石にクルヌギアスやマスカレーナは取っておくが。

別にリンクモンスターと化した霊使い達の力を見せつけるにはちょうどいい機会だ。

 

(やっぱ今年も変わらないね。)

(ああ。さすがに地域一決定戦だ。日本中…とまではいかないが、勝てればそれなりにはモテる。それに、商品券も副賞で付いてくる。)

 

この大会は場外乱闘なんて当たり前。

強いやつは参加する前に潰すなんて日常茶飯事でしかない。

そもそもの話、余興で行われるためか、参加枠は16人と非常に少ない。

故に、愛に飢えたモンスター(非リア充)達はその枠を奪い合うので精いっぱいだ。

ちなみに去年は参加者を絞るために決闘を3戦行い、残りライフの合計値上位16人が参加する仕組みになっていた。

昨年の霊使の記録は16400で13位タイ。

昨年はアタッカーがいなかったから長引いてしまったのも原因と言える。

今年がどんな形になるのか分からないが少なくともあまりいい予感はしない。

 

「…何やってるのさ霊使君…。」

「あれ、結?」

「私達も暇だから参加しようかなって。」

 

そんな愛に飢えたモンスター達と火花を散らしている霊使に声を掛ける存在が居た。白百合結である。

彼女は最近町の青年たちの憧れの的だ。

だれにだって平等に接するし、性格は明るいし、成績優秀だし、眉目秀麗だしで、男子が惹かれる全てを彼女は有していた。

そんな彼女と親しげに話している男が居たらどう思うだろうか。

そう。

殺意が湧く。

 

その場にいる大人たちはともかく青年たちにとって霊使はより許されざる者になった。

霊使は胃がキリキリなりだしているがここまで来ては引き下がれない。

 

『えー、本日の決闘大会に参加を希望される皆様は受付に集まってください。そこで今年の決闘大会出場者の決定をいたします。繰り返します―――』

 

その一言が合図であるかのように大会受付前に整列する愛に飢えた決闘者たち。

目にこれから始まる決闘に期待とほんの少しの劣情を浮かんでいる者が多い。

そんな中に放り込まれた霊使と霊使い達、それに結と、イビルツインズ。

そしてその場は受付の次の一言で阿鼻叫喚の地獄絵図へと早変わりするのだった。

 

『えー、今年の予選はくじです。昨年度のベスト4進出者と…。んーと…。そこの貴女はこのくじを引いて下さい。』

「「「「ん?」」」」

『この中の誰かが当たりを持っています。後でくじを引いた方々はこちらへ。16枚の当たりくじを該当者に渡しますので。』

「「「「え?」」」」

『はい。それでは予選開始までしばらくお待ちください。なお暴力行為、及びイカサマが発見された場合は即退場していただきますので。』

 

そう言って受付の人は霊使達をに手招きした。

その人に従って付いていくと16枚の当たりくじを―――少女に渡した。

その少女―――結は、目を丸くして、全てを悟ったような顔をして、こう言った。

 

「これって決勝でまた会おうとか言わないほうが良いよね?」

「安心しろ、結の骨は拾ってやるさ。」

「…うん。でも、敢えて言わせてもらうよ。決勝で戦おう、霊使君。」

「ああ。」

 

その後、結は16枚の当たりを守り抜き、伝説と称されるようになったのはまた別の話である。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「決勝進出!」

 

最終的に結が16枚のあたりを守り通したために決闘の残りライフの平均値の上位16人が決勝へと駒を進めることになった。

もちろん襲い来る愛に飢えた決闘者を返り討ちにしていた霊使も予選1位タイで突破している。

しかし、霊使と結は知らなかったのだ。

この中にとんでもないデッキを持ちこんでいる者がいたことを。

これはこの決闘大会が「伝説」と呼ばれるに至った記録の一切である。




登場人物紹介

・四遊霊使
とりあえず参加したい

・白百合結
取り敢えず霊使と決闘したい
伝説を作った模様

・愛に飢えたモンスター
いくら決闘できても性格が良くないので(ry


というわけで祭りという名の決闘大会編開始です。
これが終わったらちゃんとお祭りに行くから許してください


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とある外人が参加したある日の決闘大会

 

青年と少女たちは祭囃子が響く街中を散策していた。

青年は訳あって祖国にから逃げるようにしてこの国に来た。

決して犯罪などは犯していないが彼女たちが持つ力を国防の為だけに使われそうになった。

だからこっちへ逃げて来た。

市民の背勝を守るためだのなんだのと言って彼女達を無理矢理国防の要にしようとして、自分はそれに抵抗した。

だから、大っぴらには言えないような組織に追われている。

だが、何というかこんな光景を見ていると自分達の事は現実に起こっていないのではと考えるようになってしまう。

 

「ま、今はこの祭りを楽しもうか。それでいいよね、レイ、ロゼ。」

「ええ。」

「ん。…分かった。」

 

今は母国には居ないわけだし、海を越えて追手が追ってくるだなんてありえない。

故に今は小難しい話は忘れてこの瞬間を全力で楽しむことにした。

そんなことを考えていると―――レイ達の姿が無かった。

 

「あれ?レイたちは?」

 

まさかもう敵の手先がこの国に居て攫われてしまったのか。

そんな嫌な予感がふと青年の中に生まれた。

だが、彼女たちは―――

 

はふはー、ほへ、おいひいへふ(マスター、これ、おいしいです)。」

へいのいふほおり、おいひい(レイの言う通り、おいしい)。」

 

自分の心配をよそにすぐ近くの屋台で買ったであろう焼きそばやらりんご飴やらを口に詰め込んでいるレイ達を見つけた。

 

「食べ過ぎると太るよ?」

はいひょうぶふぇふよ(大丈夫ですよ)へいえいへふから(精霊ですから)。」

うん、ひっほはいひょうぶ(うん、きっと大丈夫)。」

「自分達に言い聞かせているようにしか聞こえないよ…?」

 

青年はそう笑うと雑踏に踏み込んでいく。

そんな中一枚の張り紙が青年の目に留まった。

 

 

「決闘大会…。余興だけど、参加してみてもいいかもね。」

「決闘大会ですか…。意外とこういう所に純粋に強い人がいたりするんですよね。」

「ん。レイの言うとおり。だから私も出たい。」

「…じゃあ、出ようか。この決闘大会に。」

 

青年のその一言レイとロゼと呼ばれた少女たちはその決闘大会に参加することを決めたのだった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

半ば理不尽に決まった予選の内容にに白目を剝きながら既に二戦をこなした青年。

どうやら今回はバトルロワイヤル的な要素もあるようで二勝しなければ当たりくじ持ちの候補と決闘することができないという方式だ。

青年はサクッと二勝すると取り敢えずくじを持っていそうな者と決闘。

既にそれを二回。

それでもなお青年は予選突破のための当たりくじを手にすることが出来なかった。

 

「中々当たりくじが出ませんね…。」

「そもそもシステムに欠陥があると思うんだけどなぁ…。」

「なるべく去年の上位ランカーを出したくないって気持ちがひしひしと伝わってきますね…。」

「まぁ流石に誰も当たりくじを引けなければそれなりに平等になる気がするんだけどねぇ。」

 

そろそろ残り時間も少なくなってきた所だ。

いい加減に残りの二人の候補からどっちかに絞らないといけない。

それにしても少年の方は人が群がっている。

 

『―――リンク召喚!"―――の闇霊使い―ク"!バトルだ!』

 

しかも何気に圧倒しているようで、とんでもない実力を持っていることは確かだ。

おまけに聞こえた情報によるとレイとロゼが完封される危険のある【霊使い(魔法使い族)】を彼は使っているらしい。

そもそも人がいすぎてとてもではないが時間に間に合う気配がない。

一方の少女の方は丁度決闘が終わったところだった。

デッキ相性がどうなのか分からないが少なくとも霊使いよりはマシなはずだ。

 

「…サラリと披露してますけど、霊使いにリンクモンスターっていましたっけ?」

「僕にも分からないけど―――優勝を狙うならば絶対に避けては通れない相手だよ。」

「マスター。取り敢えず、早く決闘、しよう?相手の人、申し訳なさそうにこっち見てる。」

 

気づけば自分が彼女と戦う番になっていたらしい。

申し訳なさそうにこちらを見る彼女の目にはひしひしと「お取込み中ごめんなさい」という感情が浮かんでいた。

 

今まで彼女は後手1ターンで相手の盤面を突き崩してきたらしい。

どうやら【霊使い】への対策をし過ぎて効果を無効にするカードの存在をすっかり忘れていたせいで切り札の効果が刺さると彼女はぼやいていた。

 

「なるほど、つまり君は―――」

「うん。今までの決闘じゃちょっと満足できそうにないかなーって。」

 

そう毒を吐く彼女であったが―――

その気持ちは分からないでもない青年なのであった。

 

「…さて、と。じゃあ、始めよっか。」

「うん。そうだね。」

 

しかしここで互いに悠長に話している時間はない。

タイムオーバーになれば全ての決闘を中止しなければならないと予選担当の人が言っていた。

 

「君は当たりくじを持っているのかな?」

「ソレを答える義理は無いよ。―――じゃあ、行くよ!」

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「ふぅ…。」

 

なんとか恨みつらみ蔓延る決闘者たちを躱し続けた霊使。

予選の制限時間はおよそ90分であったがそのうちの80分くらいは戦っていた気がする。

襲い掛かる人波を捌き続けて幾星霜。

ようやく解放された瞬間であった。

 

「で、結の方はどうなっているのやら…。」

 

霊使は結の方を確認している。

結のデッキはサニーや新しいキスキル達のアバターが入った豪華仕様になっている。

だからそう簡単に負けることは無いと信じたい。

 

人だかりをかき分けて進んでいくと、彼女たちの決闘の光景が目の前に広がった。

 

「速攻魔法"閃刀術式―アフターバーナー"発動!」

「その効果は"Evil★Twinイージーゲーム"の効果で私のフィールド上の"Evil★Tiwnリィラ"を墓地に送って無効に!」

「…でも、これで!"Evil★Twin"は居なくなった!"閃刀姫―カガリ"でプレイヤーにダイレクトアタック!」

「…そう簡単にはダメージを喰らわないよ!罠発動"ブービーゲーム"!この効果で一度だけ戦闘ダメージをゼロにするよ!」

「そう簡単には通らない…ね。」

「当たり前でしょ?伊達に7タテはしてないってね!」

 

どうやら結は閃刀姫の使い手と戦っているらしい。

閃刀姫は確かリンクモンスター一体で延々と殴り続けるブラックな職場―――もといデッキだったはずだ。

しかしながら彼女達をサポートする"閃刀"速攻魔法カードは非常に強力な物がそろっている。

それ故に自分が戦うとすれば苦戦は免れないだろう。

おまけに結は"魔法族の里"のような閃刀姫に特攻を持つカードをデッキに投入していない。そのせいでライフコストや手札コストでリソース、アドバンテージを減らしながら戦わなければならない。

だがその分、閃刀姫側もそう"Evil★Twins"を突破できない。

故にこの勝負はどちらがより早く相手デッキの特性を把握できるかにかかっている。

霊使は戦況を見てそのように判断した。

そんな折に―――

 

『時間です。今すぐ決闘をやめてください。』

「いいところなのに…ッ!」

「もう時間!?」

 

無慈悲にも時間切れのアナウンスが響いた。

これでは閃刀姫を使う青年も結も満足できるものではない。

 

「…でもこればかりはねぇ…。」

 

しかしどんな不完全燃焼でもルールはルール。

決勝リーグで彼らが当たることを祈るしかない。

そんな幸運を願いながら、霊使は結をねぎらった。

 

「…お疲れ、結。」

「何とかなったよー。閃刀姫なんて初めてやり合うからさー。」

「でも割と戦えてた。」

「あはは…。運よく"イージーゲーム"で捌けてたからね。一歩違えば負けていたのは私の方だったよ。」

 

へえ、と相槌を打ちながら霊使は閃刀姫使いの方へと歩いていく。

 

「初めまして、だよね。彼女の友人ってところかな?」

「ああ。俺は四遊霊使。」

「これはこれは。じゃあ、僕も自己紹介しないとね。僕はレーゼス。レーゼス・ロイだよ。それにしても君凄いね。あの短時間で一体何人倒したんだい?」

「10から先は数えていない。」

「…どれだけ先攻2キルを決めたんだい?」

「…だってなんにも対策してねんだもん。例えばな―――」

 

そして、霊使はある一人の青年と縁を結んだ。

この縁が国境を越えた戦いに身を投じる一因になることはまだ知らない。

それはまだ遠い、未来の話なのだから。

そんな事を知る由もない結、ロイ、霊使の三人は予選結果発表がぽこな割れるその時まで穏やかに話を続けたのだった。

 




登場人物紹介

・レーゼス・ロイ
先行登場キャラ。
本格的な活躍はずっと先になる。
使用デッキは【閃刀姫】

・四遊霊使
驚異の14タテ。
デスティニードローをかまし量産型のドライトロンや宣告者に後手平均2キルを誇ったヤバい奴。

・白百合結
脅威の6タテ。



というわけで国内のごたごたが片付いたら世界のごたごたに巻き込まれることが決定した霊使君。
果たして彼は天寿を全うできるのか…!?


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精霊が持つ恋心は成就しうるものなのか

精霊という存在は人にない力を持っている事が多い。

しかし、人ならざる力を持っていても精霊の心は人間のそれと何ら変わりない。

だから人と同じように考えるし人と同じように行動する。

それはつまり、長く行動すれば行動するほど親愛の情がマスターに湧くという事。

故に。

精霊がマスターに恋心を抱くのは当然である。

 

「でもふつうは寿命もないし記憶もなくす私達が恋していいわけないじゃないですか?」

「それはどうだろうね…。現に私は霊使の事が大好きだし、霊使も私の事大好きだし。」

「その関係性…、少し羨ましい。」

 

マスターとの恋愛はいけない事なのだろうか。

その質問に対し、どう答えるべきか。

ウィンは今、とてつもなく悩んでいた。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

霊使とロイたちが交流を深めている一方、ウィン達はロイという青年が連れていた精霊―――レイとロゼと親交を深めていた。

彼女たちは精霊界のずっと"未来"にいるようでウィン達の事はその世界に住んでいた「先輩」としての敬意を持っているようだった。

"伝説"と称される程度にはウィン達の行動が伝わっているようだった。

 

「…で。無事にロゼちゃんも救って腐った上層部も叩っ斬って今こうしてここに居るというわけですね。」

「なんでお上はそんなに腐っているかな…。」

「…戦争でも、利益は出る。私達は大人の金儲けのために戦わされてた。」

 

それはそれとして、彼女たちの半生を聞いたとき、何処でもお上は腐っているのかと頭を抱えそうになったのはまた別の話である。

とりあえず、ウィンは彼女たちが諸事情で各国を放浪し始めたという事。

そしてその中でロイに恋心を抱いてしまったという事。

そしてその恋心は果たして伝えていい物なのか悩んでいるという事。

そのすべてを聞いた。

そして―――

 

「私達はロイにこの思いを告白するべきでしょうか…?」

「なんで私に聞くのさ」

 

決闘大会本戦開始前の時間でウィンはレイとロゼに恋の相談をされた。

何を言っているが分からないと思うがされた物はされたのだ。

余りにも場違いでありながら「コイバナ」という浮いた話で弄れる側に回れるのは少し楽しみな物ではあるが。

もっとも、霊使とウィンの恋心の成就の仕方はなんというか、物凄く特殊な物だったのでアドバイスと言っても何をいえば良いのかさっぱりなウィンであるのだが。

とりあえず、相談内容は至って簡単な物だった。

 

『精霊は人間を好きになってもいいのか。』

 

それが、この二人の質問だった。

それに関してウィンは答えをまだ持っていない。

正確に言えばその質問に関しては「イエス」とも「ノー」とも答えることはできない。

確かに愛した人との別離は心に大きな傷を残す。

もしかしたらそれは大きなトラウマとなってずっと心を抉り続ける凶器になるかもしれない。

だが、その思いを隠し続けるのもまた不可能。

思いは言葉にすることで初めて相手に伝わるものだ。

それを伝える事が出来なければ思いはくすぶり続け、いずれは別の物に変わってしまうかもしれない。

だから。

だから、ウィンが彼女たちに伝えるのはその問いに対する「答え」ではない。

 

「それは、私にも分からないよ。恋愛なんて何が正しくて何が間違っているのかが分からない。」

「…じゃあどうしろ、と。」

「簡単だよ。二人が後悔しない選択をすればいい。」

「後悔、ですか。」

「うん。」

 

後悔しない選択とは一体全体何なのか。

それは彼女たち自身に探してもらうしかない。

何故ならこれは教えられるものでもないし、他人から得たところで何ら糧になるわけでも無い。

 

「私もまともな形で恋愛したわけじゃないからね。」

「どういうことですか、それ…。」

「本当にどういう事なんだろうね…。」

「…それを私達に聞かれましても…。」

「じゃあ、話そうか?私達の間に何があったのか。」

「…気になる。」

 

うまい事恋愛相談から視点をずらせたことに安堵しながらウィンは語り始めた。

その話は、少女たちの心にどう映ったのであろうか。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「というわけで今に至るんだ。結局の所あそこで思いを伝えなかったら私はここに居なかったと思う。」

「ほえー…。」

 

ウィンは今まで起こった出来事をかいつまんで説明した。

流石に四道の事だとかは伏せて当たり障りのないカバーストーリーを語ったのだが。

 

「あれ?でも話だけ聞いてると大分まともな気が…。」

「そうなのかなぁ。母さんは父さんと普通にお見合いしたって聞いてるけど…。」

「それだけを普通と呼ぶのならこの世界は普通じゃない恋愛であふれてますよ…。」

 

まぁその分。どうしても「自分のせいで霊使を不幸にしたと思い込んで勝手に消えようとした」ことがきっかけで互いの本心を知ったなどと言えないわけだが。

というかそんな事を言ったらなし崩し的に全部を語ることになってしまう。

彼女達との間柄は確かに友人と呼んでいい物ではあるが、だからといってレイとロゼを四道との戦いに巻き込むのは、何かが違う気がした。

 

「それにしても…、なんというかこっちの世界はこっちの世界で割と地獄のような世界ですね…。」

 

それにしても、と前置きしてレイはこの世界の歪みについて触れてきた。

レイはなんとなくで言った事だろうがこの世界が「地獄」というのはある意味では正しいのではないか。

それに関してはウィンもそう思う。

数多くの敗北を重ねて、そしてその敗北の分だけ貶められた霊使を見たから。

自分が居なくなったせいで一時は彼を地獄の底へ落としてしまったから。

それでもこの地獄のような世界で生き足掻く霊使を隣で見てきた。

それを見ているとこう思うのだ。

どんな世界でも必死に生きているから人は輝くのだ、と。

そして―――その輝きに魅せられて、精霊(自分達)は現れるのではないか、と。

 

「結局最初の相談からはずれちゃったね。…でも私は霊使に対して後悔しない選択をした。伝えない道を選んでもきっとたくさん楽しい事はあっただろうけど、それでもきっとこんな温かい気持ちになることは無かったんじゃないかなって。」

「…そう、ですか。」

「だからさ、同じことの繰り返しになっちゃうけど、レイちゃんも、ロゼちゃんも、二人とも後悔しない選択をするように。」

 

ウィンは二人にビシッと指を突きつけるとそう言い放った。

彼女たちがどんな選択をしようとウィンはそれを応援するつもりだ。

 

「あ、そろそろ始まるみたいだね。―――いい決闘になると良いね。」

「―――決闘で負ける気はさらさらない。」

「ロゼちゃんに同じく、です。」

 

談笑していたらいつの間にか本戦が始まる時間になっていた。

これからは、新たな友人ではなく新たな「ライバル」として戦う時間がやってくる。

もっとも人に近しい存在である精霊がもっとも人と違う部分であるとすれば、彼女らが持つ「闘争心」に他ならない。

 

「さて、と。行こうか、霊使。」

「ああ。ウィンの新しい友達に見せてやろうか!俺達の力を!」

「もちろん。」

 

納涼決闘大会第一回戦。

最終試合―――四遊霊使VSレーゼス・ロイ

 

決闘開始の時間は刻々と迫っていた。




登場人物紹介

・ウィン
可愛い後輩に恋愛相談を持ち掛けられた。
でも霊使と付き合うようになったのって割ととんでもない状況だったので…。

・レイ
ロイに恋心を抱いている。
割と初心なのでボロが出ることもしばしば

・ロゼ
ロイに恋心を抱いている。
無口だけど思った事はズバッというタイプ。


というわけで今回はウィンと閃刀姫のコミュ回でした。


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剣線閃く刀姫

『さあやって参りました!最も注目されているであろう第一回戦!昨年の優勝者、四遊霊使VS武者修行の旅の中でこの大会に流れ着いたさすらいの決闘者レーゼス・ロイ!』

 

霊使はロイの佇まいをつぶさに観察する。

周囲の好奇の目線から何一つプレッシャーを感じていない様に見えた。

この事からロイは何度もこういうちょっとした大会に出てきたことがわかる。

 

「…天気が崩れる前にササっと終わらせようか。」

「同感だ。―――さあ、決闘しようか!」

 

ロイの言う通り、これから天気が崩れそうだ。

野外の特設ステージで行われる決勝トーナメントは天気が崩れたら即時中止。

祭りも中止になるので花火も見ることができなくなる。

祭自体は後日にもう一度行われるが、そうなってしまってはロイはこの町からいなくなってしまう。

というか滞在最終日にこの大会に参加しようというのだからなんというか、刹那的に生きている気がする。

霊使はロイという人間をそう評していた。

とにもかくにも決闘の幕は上がったのだ。

霊使は余計な思考を消して決闘だけに集中し始めた

 

「僕の先攻だね。僕は"隣の芝刈り"を発動するよ。僕のデッキの枚数は55枚。」

「…35枚。…嫌な予感がするなぁ。」

「…じゃあ20枚デッキの上からカードを墓地に送るよ。」

「緑一色じゃねぇか!?」

 

"隣の芝刈り"で墓地に送られたカードは全て魔法カード。

つまり、"隣の芝刈り"で墓地に送られたカードは全て閃刀姫の強化材料になる。

この21枚の墓地の魔法カードに加え、さらに"閃刀"魔法カードが増える。

一気に3000パンプアップという大惨事になりかねない。

これが閃刀姫の恐ろしいところである。

 

「良し!続けて魔法カード"閃刀起動―エンゲージ"を発動!"閃刀機―ホーネットビット"を手札に加えて、さらに自分墓地に"閃刀"魔法カードが三枚以上あるなら一枚ドロー。…墓地には"閃刀術式―アフターバーナー"に"閃刀機―ウィドウアンカー"、そして"閃刀機構―ハ―キュリーベース"などなど魔法カードが20枚がある。…一枚ドローさせてもらうよ。」

 

これでロイの手札に再び魔法が加わる。

魔法使い(霊使い)を主軸に据えた自分のデッキよりも相当"魔法使い"をやっているのではないだろうか。そう考えると霊使はなんだか複雑な感情を覚えた。

最も霊使のデッキは"魔法族の里"やら"大霊術―「一輪」"などで相手の動きを抑制していくデッキだ。

そう簡単には同じタイプだと括れないと分かっていても霊使は時折悩んでしまう。

 

「…僕は"閃刀機―ホーネットビット"を発動。"閃刀姫トークン"を特殊召喚!」

 

その声とともに現れるのはドローンのような姿をした機械。

それが一体どうなるのか。

霊使はその変形っぷりに驚くことになる。

 

「そして行くよ!起動せよ、未来を(ひら)くサーキット!アローヘッド確認!召喚条件は火属性以外の"閃刀姫"モンスター一体!僕は"閃刀姫トークン"をリンクマーカーにセット…、サーキットコンバイン!」

 

リンクマーカーから溢れ出すのは身を焼き尽くすような劫火。

その中心に居るのは―――

 

「極地特攻用兵装起動…!其れは炎を従える紅蓮の刃!リンク召喚!LINK-1"閃刀姫―カガリ"!」

「システムオールグリーン…、マスター、出撃します!」

 

紅蓮の装甲を纏ったレイだった。

機械が何の前触れもなく美少女に変身するのだからもう、何という反応をすればいいのか霊使にはさっぱりだった。

が、彼女は途轍もなく厄介な能力を備えていることは確かだ。

それだけで霊使が抱いていた困惑吹っ飛ばすくらいの凶悪な効果を彼女は備えていた。

 

「"カガリ"の効果発動。墓地から"閃刀"魔法カードを一枚手札に加える。―――僕は"閃刀起動―エンゲージ"を手札に。そして再び"閃刀起動―エンゲージ"を発動。デッキから"閃刀術式―アフターバーナー"を手札に加えてその午後、墓地に魔法カードが3枚存在するためデッキから一枚ドロー。」

「…それ、ターン1の制限ないの…?」

「ありませんよ!制限なんかしてたらこっちが死ぬ―――そんな世界だったから。」

「世知辛い…!」

 

制限なんかしてたら死ぬのは自分。

その言葉に納得をせざるを得ないものはあった。

 

「手札から"おろかな埋葬"を発動。デッキから"閃刀姫―レイ"を墓地に。そして、カードを一枚伏せてターンエンド。―――そうそう。カガリの攻撃力は僕の墓地の魔法一枚につき100上昇するから。今の墓地には24枚の魔法があるから2400上昇してるね。」

「攻撃力3900だと…?」

 

ロイ LP8000

フィールド 閃刀姫―カガリ

魔法・罠  伏せ×1

手札    5枚

 

これほどまでにデッキの中身を改造しておいてよかったと思った日はない。

これから新しい姿―――相手を妨害し続けるメタビートを行うのだから。

 

「俺のターン。ドロー…。手札から速攻魔法"精霊術の使い手"発動。手札を一枚捨てて、デッキから"憑依連携"、"憑依覚醒"を選択し一枚を手札に、一枚を自分フィールド上にセットする。そして手札から魔法カード"テラ・フォーミング"を発動。デッキから"魔法族の里"を手札に加える。そして僕は"妖精の伝記(フェアリーテイル)を発動。更にセットされた永続魔法"憑依覚醒"を発動。」

「"アフターバーナー"を使わせないつもりか…!」

「それは勿論。あのカードは"モンスターの破壊"がなければ何の意味も持たないカードだ。」

 

"アフターバーナー"の追加効果はモンスターを破壊しなければ使う事は出来ない。

つまり、"効果破壊耐性"を与えるカードを前もって用意しておけば―――

 

「俺は、"妖精の伝記"の効果で"憑依装着―ウィン"を召喚。"憑依覚醒"は元々の攻撃力が1850の魔法使い族モンスターが召喚、特殊召喚された場合デッキから一枚ドローできる。…ドロー。そしてフィールド魔法"魔法族の里"を発動。これで魔法使い族モンスターがいるプレイヤーだけが魔法を使える。」

「…え?」

「…これ、詰んでませんか?マスター。」

 

簡単に閃刀姫を抑えられる、というわけだ。

一方のロイ。

伏せカードは"アフターバーナー"。手札には1キル用の"リミッター解除"。

そのすべてがすべからく封じられてしまった。

それでもまだ各属性の"閃刀姫"に切り替えればいくらでも戦えるが。

魔法が使えない以上先に手が尽きるのは自分であることは明白だった。

 

「分かっていると思うが―――"憑依覚醒"の効果で"霊使い"と"憑依装着"モンスターは相手のカードの効果によって破壊されないぞ。」

「戦闘破壊しろと?」

「そういうこと。…俺はカードを二枚伏せてターンエンド。」

 

霊使 LP8000

フィールド 憑依装着―ウィン

魔法罠   憑依覚醒

      妖精の伝記

      伏せ×2

手札×2 

 

これで相手の動きをとことん妨害する準備は出来た。

あとはこれで相手の動きを的確に止めていくだけ。

 

「僕のターンだ。…ドロー。」

 

だが。

それでもこんな所で刀は折れはしない。

そんなことは、相対している霊使がよく分かっている。

 

「"閃術兵器―H.A.M.P"の効果発動。自分フィールド上に"閃刀姫"モンスターが存在する場合相手フィールド上のモンスター一体をリリースしてこのカードを相手フィールド上に特殊召喚する。」

「…くっ…!」

 

降下地点から避難する形で踏みつぶされるという最悪の展開を躱したウィン。

だがその余りの衝撃に腰が抜けてしばらくは立てそうになかった。

ウィン、戦線離脱(墓地送り)である―――。

 

「これ魔法カードは使えるはず…!」

「そうはさせない!罠発動"憑依連携"!墓地の"憑依装着―ヒータ"を蘇生!さらに自分フィールド上に属性が2種類以上あるなら相手フィールド上の表側で存在するカード一枚を破壊できる!俺は勿論―――"閃刀姫―カガリ"を破壊!」

 

カガリ(レイ)から見て相手フィールド上に被害をもたらしたH.A.M.P。

その陰に隠れてヒータがカガリ(レイ)を急襲した。

H.A.M.Pのせいで生まれた死角から放たれたヒータの一撃はカガリ(レイ)に直撃した。

 

「そこだッ!」

「…オーバーヒート!?」

 

先のカガリ(レイ)が従えていた劫火よりも強い炎がカガリ(レイ)の兵装に叩きつけられる。

その結果システムは一時的なエラーを起こし使い物にならなくなってしまった。

 

「熱い!ですよぅ…!」

「ボクの急襲、効いただろ?」

 

お陰で何とか生身の状態で生還こそしたが、再起動しなくては閃滅形態に移行できなくなってしまった。

 

「墓地の"閃刀姫―レイ"の効果。自分フィールド上の"閃刀姫"リンクモンスターが相手の効果によって場を離れる時、もしくは相手との戦闘で破壊されたとき、このカードを特殊召喚できる!」

「おいおいおい!?」

「というわけで、再び現れろ!未来を拓くサーキット!以下省略!"閃刀姫―カガリ"出撃!」

「システム復旧完了!行きます!」

 

再び出撃するカガリ(レイ)。さすが、人知を超えたテクノロジーが存在した未来からやって来ただけはある。

 

「カードを3枚伏せて―――バトルだ!攻撃力3900の"閃刀姫―カガリ"で"閃術兵器―H.A.M.P"を攻撃!"リミテッド・アフターバーナー"!」

 

霊使のフィールド上に存在するH.A.M.Pに向かって突進するカガリ(レイ)

その刃は紅蓮の炎を纏って一刀のもとにH.A.M.Pの体を二つに斬った。

 

「"閃術兵器―H.A.M.P"は破壊されるとき、相手フィールド上のカード一枚を破壊できる!"魔法族の里"を破壊!」

「巨大ロボットのお約束(爆発)でか!」

「―――そうものなんですか!?」

「特撮を見なさい!―――"妖精の伝記(フェアリーテイル)"の効果で戦闘ダメージは0になる!」

 

これで―――完全に相手に魔法カードの使用を許してしまう事になる。

だが、相手が最も破壊したいであろうカードは簡単に予測できていた。

故に対策を打つことも容易いのだ。

 

「バトルフェイズ終了時に罠発動!"メタバース"!」

「…え゛!?」

「俺はデッキから"魔法族の里"を発動!」

「~~~ッ!」

 

声にならない悲鳴を上げるカガリ(レイ)

これには思わずレイも頭を抱えそうになった。

 

「嘘でしょ…?」

「ところがどっこい嘘じゃありません…ッ!」

 

思わず目を逸らしたくなる光景だが、これが現実なのだ。

正直に言ってロイの戦術は完全に崩壊した。

 

(…"閃刀姫"の弱点は魔法封じ…!敵に情報を与えてしまった事が悔やまれる…ッ!)

 

まさか結都の決闘一回でここまで弱点が見抜かれるとは。

流石のロイでもここまでは見抜けなかった。

 

「た、ターンエンド…!」

 

ロイ LP8000

フィールド 閃刀姫―カガリ

魔法・罠  伏せ×3

手札×2

 

(…追い込んだとは、言い切れないな。相手の墓地にレイがある以上またカガリ(レイ)につなげられて終わりだ。)

(ちゃんとそこは分かってるんだな、マスター。)

(それでも押してはいる…。ここで一気に決めてしまいたい。)

(ボクも同感。)

 

霊使とヒータはまじまじとこの戦況を眺める。

一応見かけ上押しているのは霊使だがカガリ(レイ)の効果で未だにカガリ(レイ)の攻撃力を越えられない。

 

「…そろそろ決めようか!俺のターン!ドロー…!」

 

遠くで微かに雷鳴が、轟いていた。

もう時間は幾ばくも無い。

 

「俺は―――"憑依装着―ダルク"を召喚!」

 

故に、霊使はこのターンで決着をつけるべく、大きく動き出した―――。




登場人物紹介

・ロイ
とりあえずカガリ打しておけば何とかなる気がしている。
ロイのデッキはなんとかして墓地に、魔法を25枚溜める→"リミッター解除"→1キルという雑な流れで1ショットキルを狙うデッキ。
弱点は魔法そのものへのメタ。

・四遊霊使
実はクルヌギアス出したら魔法使い族が居なくなることも分かってる。
それではどうすればいいのか。
①無理矢理そろえる
②クルヌギアス以外のフィニッシャーを採用する。
③魔法族の里の効果を捨てる


さてどうなるでしょう?
感想・評価・決闘の校正等待っています!


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だから決闘はあれほど室内で行えと

「"憑依装着―ダルク"を召喚!」

「…相変わらずモンスターを並べて来るか…。」

 

ロイは相手(霊使)のデッキにおおよその予想を立てていた。

相手のデッキは"妖精の伝記(フェアリーテイル)"で属性の違う元々の攻撃力が1850のモンスター達を並べ"憑依覚醒"で攻撃力をパンプアップするデッキ。

弱点は"憑依覚醒"を破壊されること。

逆に言ってしまえば"憑依覚醒"さえなければ相手のカードは攻撃力1850の準バニラだ。

後は何とかして"妖精の伝記"を破壊してカガリでぶん殴れば勝ち。

だがそれを行わせないために"魔法族の里"で相手の魔法を封じるのだろう。

そしておそらくだが、彼はまだデッキの全てを見せてはいない。

 

「魔法カード"強欲で貪欲な壺"。デッキの上から10枚を除外して2枚ドロー。そして"妖精の伝記"の効果で手札から"憑依装着―ライナ"を通常召喚。…更に自分フィールド上に魔法使い族が居る時、手札から"稲荷火"は特殊召喚できる。…行くぞ!現れろ!闇霊導くサーキット!」

「…何だって!?」

 

そういえばサラリとリンク召喚していたがどんな効果を持っているかなんてさっぱり分からない。

ここで情報というアドバンテージを得られなかったロイは―――絶対に罠を積むと決めた。

 

「召喚条件は闇属性を含むモンスター二体!俺は"憑依装着―ダルク"と"稲荷火"でリンク召喚!現れろ!"暗影の闇霊使いダルク"!」

「さて、と…。行くかぁ!」

 

ダルクは今まで従えていた使い魔とはまた別の使い魔を引っ提げてフィールドに再誕した。

そして、今までウィンですら条件が整っていなくて使わなかった効果をダルクで初めて使う。

 

「"暗影の闇霊使いダルク"の効果発動!相手墓地の闇属性モンスター一体をこのカードのリンク先に特殊召喚する!"閃刀姫―レイ"を俺のフィールド上に特殊召喚!」

 

流石に本体(精霊)はカガリに変身しているためかほぼカードに書かれている通りの顔をしたレイがその場に現れた。

 

「ひゃあああ!ドッペルゲンガー!死んじゃうんですか私ィ!」

「やめろ、レイ…落ち着けぇ!」

「…大丈夫、あれはただのソリッドビジョン…。」

『あいつを斃せば…私が本体…。』

「…俺は知らないぞ。」

 

と思ったら本体を乗っ取るとか言い出したレイの分身のような何か(ソリッドビジョン)

流石に操ったダルクも、精霊にの事を知っている観客も皆一堂に首を傾げるばかりだ。

一方のカガリ(レイ)は閃刀で切れないものが嫌いなのか今にも気を失ってしまいそうだった。

余りのレイの顔色の悪さに味方であるはずのライナとヒータ、それに未だ出番のない霊使い御一行様からクルヌギアスまで全員が―――

 

『ないわー』

 

と声をそろえた。

そろそろダルクの目に涙が溜まってきた所で弄るのは勘弁してやろうと思いなおす霊使い御一行。

 

(マスター、今回…俺何か悪いことしたか?)

(ダルク…。お前に同情するよ。明日にでもなにかお菓子作ってやる。)

(…じゃあ少し苦めのティラミスで手を打った。…さあ、決闘に集中するぞ、マスター。)

(…ああ。)

 

ダルクの好物で手を打った霊使改めてカードを2枚伏せてターンエンドした。

 

霊使 LP8000

フィールド 閃刀姫―カガリ

魔法・罠  憑依覚醒

      妖精の伝記

      伏せ×3

手札×0

 

これで何とかするしかない。

市雄はこのターン位ならば凌げるが―――後のターンの事は後になってみないと分からない。

 

「…ん?」

 

そんな時だった。

正にこれから最高潮(クライマックス)だったというのに―――雨が、降って来た。

 

『中断です!中断です!選手の皆様や、お客様は大急ぎで室内に入られますよう!』

「…クソッ!俺だけ手札見せ損じゃないか!」

「…不完全燃焼極まりないね…。」

 

そして互いに悪態を付きながらスタッフの指示で誓うの室内に避難する二人なのであった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「へっくし!」

「ぶぇっくしょい!」

 

霊使とロイはいきなり降り出した豪雨を諸に浴びた。

そのせいで物凄く体が冷えてしまった。

 

「稲荷火あったけぇ…」

「…霊使君ずるいぞぉ…。」

 

レイの無言ながら「私のここ、空いてます」というアピールに気づかず、稲荷火をモフる霊使を羨ましそうに眺めるロイ。

 

(ふわふわ…もふもふ…)

 

まるで夢心地のような撫で心地であろう稲荷火はそれだけロイにとって魅力的に見えたのだろう。

 

「マスター、大丈夫、ですか?」

「僕はだいじょ…ってレイ!」

「どうしたんです―――あっ!?」

 

レイに声を掛けられてロイは初めて自分の姿を確認した。

――濡れて下着が見えてしまっている。

体は温まっているにせよ、なるほど。

彼が気づかないふりをしているわけだ。

 

「…見ないでください。」

「…うん。」

 

多分見てしまったこの関係ではいられなくなってしまう事を知ってか知らずか、ロイは暫くレイの方をまともに見る気が起きなかった。

 

「…どうして私を使わなかったの?」

 

一方、ロイにギリギリまで近づいているのはロゼだ。

どうやら彼女はこの大会で一度も出番が無かったことを根に持っているようだ。

 

「あそこでジーク(わたし)を出していたら戦況は違う物になっていた。」

「…でも彼のデッキはEXモンスターゾーンを多用するデッキじゃなさそうだったし…。」

「でも"ジーク(わたし)"の効果で相手のモンスターは一時的に処理できた。…違う?」

「…そうかもしれないね。でもそれは結果論じゃないかなって僕は思うよ。」

「…どういうこと?」

 

霊使は目の前で繰り広げられている戦術講義に首を傾げるばかり。

稲荷火は既に睡眠に入っている。

ぶっちゃけ霊使もすぐに寝てしまいそうだ。

自分の使っているデッキ以外の戦術も役には立つが効果も何も知らないカード単位の話になると話は別だ。

 

「もしかしたら手札に"エフェクト・ヴェーラー"を握っていたかもしれないし"憑依連携"の追加効果の餌食になったかもしれない。」

「…む。」

「そうなってしまえば窮地に陥るのは僕らの方だ。」

「…むむむ…。そう、なのかな…。」

 

ついには精霊(ロゼ)本人も首をひねって悩み始めてしまう始末。

しかしながらどうにもこうにも締まらない形で霊使いと閃刀姫、そのマスターたちの初めての決闘は幕を閉じたのだった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

翌朝。

ロイたち端河原松市郊外にある南条駅のホームで電車を待っていた。

その隣には霊使と、あと結がいる。

 

「二人とも…。来てくれたんだ。」

「宿題もこなしちゃって暇だったしねぇ。」

「将来のライバルになりそうな予感がしたから…かな。俺が来たのは。」

「理由になってないじゃん…。ありがとう。」

 

ロイは見送りに来てくれた二人に笑いかける。

同じところに長い間は留まれない。

その理由は二人には話せない。

 

「…もう少し早く来てくれれば俺の友人たちに紹介出来たんだけどな。」

「霊使君の友人かぁ…。皆いい人そうだね。」

「ああ。皆いい奴らさ。」

「そうだね。君は良い人だから…きっと君の傍にはいい人が多いんだろうね。」

「あはは、嬉しいこと言ってくれるね。私もそう思うよ。」

「結まで…。」

 

この笑顔を巻き込めないから、巻き込みたくないから。

だから精一杯の笑顔でサヨナラしなくてはいけない。

彼らとはたった一日の付き合いなのだから、特に思い入れもない。

だから大丈夫。

そう自分に言い聞かせても何故かうまく足が動かない。

 

(マスター…。)

 

分かっている。

自分の気持ちに嘘はつけない。

 

「じゃあね…。僕の初めての友達。四遊霊使君、白百合結ちゃん。」

 

もう既に。

彼らの事を無二の友人だと思っている。

 

「…ああ。また会おう。俺の新しい友達―――レーゼス・ロイ。」

「君ならいつでも歓迎するよ!レーゼス・ロイ君!」

「ありがとう…じゃあね!」

 

その言葉を最後にロイは電車に乗り込んだ。

発車のベルが鳴り響く。

 

「じゃあな!」

 

列車の窓越しでも霊使のその声はしっかりと聞こえた。

 

別れはいつの日かの再会を願う物。

彼らのいつの日かの再会は割と早く訪れるかもしれない。




登場人物紹介

・ロイ
不完全燃焼。
実はシズクでどうにかするつもりだった。

・霊使
不完全燃焼
実はクルヌギアスでどうにかするつもりだった

・結
友人。
ロイにとっては霊使と同じ親友。

というわけで強制的に二人の決闘を打ち切りました。
この二人には第2部で思いっきり戦ってもらうので。
ここで優劣つけたらそれはもう、そういう力関係になってしまう気がして。


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夏の夜空の下で

ロイと別れてから早一週間。

納涼祭の目玉である花火大会が改めて行われる日がやって来た。

 

「じゃ、ハスキーさん、霊使と二人で花火見て来るから―――そこで伸びてるエリアちゃんの事よろしくお願いしますね。」

「…はい。」

 

何故か伸びているエリアを横目にウィンは家を出る。

霊使も何があったかは把握しているので何も言わない。

言ってしまえばただの不幸な事故だ。

たまたま階段を歩いていたエリアの前にたまたま生きたゴキブリが現れてたまたま飛翔した。

ただそれだけ。

だが、ヒータ曰く「すっげぇキモいデザイン」のそれはエリアの精神に多大なダメージを与えるには十分だった。

いきなり目の前で虫が飛翔し始めたら誰だって驚くように。

死んでいると思われる蝉に近づいてみたらいきなり鳴きながら暴れだした時の衝撃が大きいように。

それと同じように目の前にいきなり現れたゴキブリがゴキブリが苦手な人物の前で飛翔したらどうなるか。

答えは簡単だ。

―――誰であろうと驚くだろう。

たとえそれが閃刀の使い手だろうと、魔女の工房の長だろうとも、風に関わる一族の長であろうとも、きっとこの世界を作った神様であろうとも。

驚いてひっくり返ってしまうに違いない。

つまりは、だ。

色々と理由を付けて考えてみたがどうやらエリアはゴキブリに奇襲されて階段からずっこけたという事だ。

エリアには合掌するとともに少しエリアが被害者で良かったとも感じている。

怪我をしたことに関しては心配なのだが、よっぽどの事じゃなければ死ぬことは無いらしい。

そう言っていたのはウィン自身だったのでエリアもそういう認識なのだろう。

 

「マスター…私は大丈夫だから、ウィンちゃんと花火大会に行ってあげて。」

「…大丈夫なんだな?」

「うん。ちょっと横になっていればすぐに良くなると思う。」

「…分かった。じゃあ、行ってくるよ。」

「楽しんできてね。」

「エリアはボク達が見張って―――じゃないや。看とくからさ。」

 

サラリと不穏な単語が聞こえたがそこはヒータ達を信じるとしよう。

ちなみにだがエリアがウィンとのデートとかにこっそり付いてきているのは把握している。

それに気づかなかったときは一晩中エリアにネタにされたものだ。

 

「…だけど本当にいいのか?今日の花火は皆楽しみにしていただろ?」

「あー…それは、だね。…二階のベランダから見えるんだな、これが。」

「えっ…。」

 

サラリとヒータが言ってのけるとんでもない現実。

言われてみれば、だが、ここは郊外で視界を遮るような大きな建物もない。

 

「というわけで、行ってきなよ。ウィンとイチャイチャしてきなって。」

「~~~~~ッ!!!???」

 

ヒータからの不意打ちに思わず息が詰まってしまう。

なんというか、こうはっきりと言われると恥ずかしくなってしまう。

霊使は逃げるようにして玄関から飛び出していった。

 

「ようやく行ったみたいだね…。」

「うん。では、私達も花火見物兼出歯亀しようか!」

「…ウィン達には悪いけどね。マスカレーナさんに頼んで()()()もばっちりだし。」

「よし、行こ―!」

 

そうして三人はライナとダルク、それにクルヌギアス、マスカレーナ、そしてハスキーの待つベランダへと向かったのであった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「熱いね、霊使。…エリアちゃんは大丈夫そうだった?」

「ああ。」

 

なんとなくだが感じた「何かを企んでいる」雰囲気の事は黙っておこうと霊使は思った。

そんな事を言ったら多分ウィンが大急ぎで家に戻って家を更地にすることだろう。

 

「急がないと始まっちゃうよ!」

「一番近い場所は―――あそこの高台か―――。」

「ああ。街を一望できるあそこかぁ。」

「ごった返していなきゃいいんだけど。」

 

霊使の家の近くにはちょっとした丘がある。

河原で打ち上げられる花火はその丘から見ると遮るものがないためとてもきれいに見えるのだ。

しかも、打ち上げ場所から少し離れているためそんなに人もいない。

花火を見るという事に関しては恐らく最も適した場所であるということは疑いようが無かった。

 

「…ついたな。」

「うん。」

 

しかもその場所はおあつらえ向きにベンチがある。

いかにも座ってくださいと言わんばかりの丁度二人で座れるようなベンチだ。

 

「…失礼して、と。」

 

霊使はベンチにゆっくりと腰を下ろす。

その膝の上にちょこんと、ウィンが腰かけた。

 

「ッ!?」

 

ウィンの思いがけない行動で霊使の思考回路はショート寸前に。

服越しとはいえウィンの柔らかい感触が霊使の理性をを少しずつとろかしていく。

このままでは非常に不味いことになりそうな霊使は思わず顔を真っ赤にして叫んだ。

 

「な、ななななッ…何をやってるんだウィン!?」

「…霊使は嫌なの?」

 

これが惚れた弱みというやつなのだろうか。

ぶっちゃけ嫌かどうかと言われれば嫌ではない。

むしろもっとやってほしい。

だが。同時にこの行為はすさまじく恥ずかしい物だと理性が叫ぶ。

もしこれを誰かに見られたら恥ずかしさで首を斬る自信が霊使にはある。

それでも、ウィンの温もりを全身で感じられるこの距離感を霊使は嫌ってはいなかった。

 

「…嫌じゃないけどさ。」

「…それは良かった。続けてもいいってことだもんね。」

「…好きにしてくれ。」

 

だから、ウィンのこの行為を霊使は黙認するしかない。

ただ―――

 

「花火が見えないからちょっとだけ体を動かしてくれ。」

「ん。」

 

ウィンの髪の匂いを嗅ぎそうになってウィンに体の位置をずらしてもらったのは霊使だけの秘密だ。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

ウィンは霊使がベンチに座ったのを見計らって霊使の膝の上に座った。

別に深いわけがあったわけでは無い。

ただ誰よりも霊使の近くに居たかっただけ。

そして、霊使の温もりを独り占めしたかっただけなのだ。

だから、その行為は、ウィンにとっては至極当然の行動だった。

その行動がどれだけ霊使にダメージを与えるかを知らずに。

だがどうやら花火が見えなくなっていたようで霊使の願いに従って体を少しずらした。正直に言うと霊使には自分だけを見ていて欲しかったのでウィンは少し切ない気分になったのだが。

そんなことを考えていると少し空気が振るえるような感じと共に空に炎の華が咲いた。

 

「綺麗だね。」

「…そうだな。」

 

二人は夜空に咲く華を見ながらそう呟く。

花火というのは儚い物だと霊使は言っていた。

空に咲く花その命を一瞬で燃やし尽くす。

それが花開く一瞬が花火の最盛期なのだ、と。

だが、ウィンはそうは思わない。

何故なら、この花火はウィンの中に強烈な思い出として残ったから。

確かに、花火はその命を一瞬で燃やし尽くすのだろう。別にそこに異論を挟む理由はない。

だが。

ウィンの記憶の中に思い出として残った花火は思い出す度にその命を燃やすのだ。

真に人が死ぬのはその人が忘れ去られた時のように。

花開いては消えていく花火もまたウィンの思い出の中でいつでも花開く。

きっとそれは霊使や皆と過ごした今までの日々が輝いているように。

 

「この花火のように…」

「…?どうした、ウィン?」

「何でもないよ。」

 

どうやら思いが口から飛び出してしまったようだ。

ウィンは霊使の胸に手を当てた。

 

(―――暖かい。)

 

この温もりを忘れぬようにもう一度空を見上げる。

空には今も大輪の花が咲いている。

願わくはこれから霊使や皆と作る思い出がこの花火のように思い出の中でも輝けるようなもにになれますように。

空に咲く花火を見上げてウィンはそう願った。




登場人物紹介

・霊使とウィン

花火を見上げていた。


という訳で後一話で夏休み編終わります


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祭囃子と浴衣姿と青い純情

目玉である花火大会は昨日終わりを告げた。

だが、別に納涼祭その物が終わったわけでは無い。

二日目は近所の子供たちが練習したダンスや近所の人たちを集めたオリエンテーション―――という名のカラオケ大会も開催される。

そうしたイベントに惹かれてかまだ出店も出ている。

花火こそ上がらないが、それでも浴衣を着るには申し分ないだろう。

ちなみに浴衣を着たウィンは浴衣を着たヒータとアウスに手を取られて先に行ってしまった。

ライナとダルクは先に家を出ている。もちろん彼らも浴衣に着替えている。ちなみに浴衣のデザインに関しては全員同じだ。

ちなみにだが、クルヌギアスとマスカレーナ、それにハスキーに至ってはここで小銭稼ぎという名の出店を行っているらしい。

それが何なのかよく分からないが、あまりいい気がしないのは気のせいだろうか。

なにはともあれ、浴衣姿のエリアと二人きりになったのだが、霊使はとくにやることもなく、エリアと二人で祭りをぶらついていた。

 

「…やっぱ混んでいるね。」

「やっぱそう?」

 

二日目であるがやはり人は多い。

思わずエリアがそう漏らす。確かに二日目の祭りとしては非常に人数が多い。

 

『―――これ、ミ――スとかも―――のか!?』

「ん…?この声…。」

 

そんな中、エリアは目ざとく―――というか耳聡く一つの店を見つけた。

どうやらそこではちょっとした口論が起きているようだ。

 

「だーかーらー!その伏せカードは"ミラフォ"だっつってんだろ!?」

「伏せカードが変わっていないか確かめただけだもん!」

 

どうやらライナとダルクが何かしらのゲームに参加しているようだ。

話の内容から察するに伏せカードに"ミラフォ"―――もとい"聖なるバリア ミラーフォース"があり、それをいかにして突破するかという内容の詰め決闘(デュエル)を行っているようだ。

 

「やあ。二人ともなにやってるのー?」

「うおっ、びっくりしたー…エリアさんか。これは―――」

「詰め決闘!」

 

エリアはふむ、と顎に手を当てて考える。

自分の盤面には伏せカードが二枚―――、"レッド・リブート"。そして"神の警告"。手札には"ツインツイスター"と"ブラッド・ヴォルス"の二枚。場には"青眼の白龍"がいる。

そして、相手フィールドには"白金の城のラビュリンス"と""に伏せカードが三枚。その内一枚ははっきりと判明している"ミラーフォース"。もう二枚は謎のカード。

 

「…うーん。取り敢えず二人はあれかな?"ミラフォ"を破壊できなかったのかな?」

(割と簡単だと思うんだけどなぁ…。)

「はい…。」

「うん…。」

 

どうやらデュエルモンスターズの精霊と言ってもデュエルタクティクスが高いわけでは無いらしい。

そんな事を思いながら霊使は答えが分かっているであろうエリア目配せした。

エリアは不敵な笑みを浮かべると100円の挑戦料を支払いテーブルの前の椅子に座った。

 

「じゃあ、やってみますか!」

「お、挑戦するのかい?」

 

ちょっとした人だかりに見守られる中、この詰め決闘(デュエル)に挑み―――

 

「っかぁ~!完敗だァ…!」

「もう少し難しくても良かったかなぁ…。」

 

物の数分で全ての賭け決闘を解いてしまった。

普段がおっさん臭いエリアなだけに正直に言って予想外だった。

霊使は少しエリアの事を見くびっていたのかもしれない。

自分の相棒の意外な一面に驚きつつ、霊使とエリアはその場を発った。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「なんだあそこ…」

「凄い人だかり…。」

 

エリアと霊使は既にちょっとした人だかりができている所へと向かった。

そこでは射的が行われているようだったが―――

 

「ウィンちゃん、何やってるのさ…。」

「1000円で景品をなるべく落とすチャレンジ。」

「何やってんだぁぁぁああぁぁあ!?」

 

どうやらウィンが風の力を悪用して射的で荒稼ぎしているらしい。

その行為には思わず霊使も突っ込まざるを得なかった。

 

「ウィンさぁ…あのさぁ…。」

「だって店主がどんな手段でも使っていいっていうからさぁ」

「だからって精霊の力は不味いだろ…?」

「…そう…、なのかな…?」

「そうだよ。」

「うん、マスターの言う通りだね。残当。」

 

エリアでさえ額に手を当てて首を振る始末。

ウィンは割とフリーダムだという事を改めて知った。

 

「そういえば…ヒータとアウスは…?」

「射的で真っ白に燃え尽きた。」

 

そう思って周囲を見渡してみれば縁石に座って項垂れている二人の姿が。

お小遣いとして3000円ほど渡したがまさか全部使い果たした―――なんてことはないはずだ。きっとショックを受けているだけ。そう思って二人に近づいてみると―――

 

「最悪だ…。」

「まさか射的で全額使っちゃうなんて…。」

 

ウィンの言う通り、意気消沈していた。

ヒータに至っては完全に表情が死んでいる。

その姿を見て、思わず吹き出しそうになってしまったのは内緒だ。

 

「…何をしたんだ、二人とも?」

 

ちょっとしたいたずら心が霊使に芽生えて、つい怒っているような声を出してしまった。

思わずエリアは吹き出しそうになってしまう。

 

「射的で全額使いこみました…。」

「原因は…?」

「熱くなりすぎたからです…。」

「景品はどれだけ取った?」

「カード一枚ずつ…。」

「ちなみに景品のカードは?」

「ボクはモリンフェン…。」

「私はシーホースでした…。」

 

あっちゃー、と頭を抱える霊使。

モリンフェンやシーホース。これらはデュエルモンスターズの初期中の初期に作られたカードなため余りにも性能が低い。そのせいで若干ネタにされがちな不遇で不運なカードたちである。

しかも霊使は30枚ほどこのカードたちを持っているわけで。

しかもそのことはヒータもアウスもよく知っているため、ここまで凹んでいるというわけだ。別にカードそのものを否定するわけでは無いが、今の霊使達にとっては持っていても困るカードたち。それがモリンフェンとシーホースである。

 

(まぁ、シーホース使ってスタダ破壊して墓地封じからのダイレクトアタックはさすがに吹いたけど。)

(!!??)

(嘘でしょう…?)

「…元気出たか?」

「勿論。」

「はい。」

 

霊使の言葉に思わず吹き出しそうになってしまった二人。

気づけばヒータもアウスもすっかり元通り。

 

「ほれ、2000円。次は無駄遣いすんなよなー。」

「ええ。」

「取り敢えずボク達はウィンを止めてから行くよ。―――珍しい二人だ。楽しんできてね。」

 

そう言ってヒータ達は射的の屋台で大暴れするウィンを捕まえに行った。

 

「行こっか。」

「…そうだな。」

 

そう笑顔で語り掛けて来るエリア。

だが、月明かりに照らされたエリアの顔は何処か翳っているようにも見えた。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「あそこに居るのは…。」

「三人だな。クルヌギアスと、ハスキーさんとマスカレーナ。そもそも屋台でコスプレってどういうことだってばよ。」

「そうやって聞くと訳が分からないよね…。」

 

どうやらあそこではマスカレーナたちがコスプレという名のメイド屋台を行っているらしい。ほとんどが男性客だがごくまれに女性客も訪れるようだ。

その客たちはとろんとした目で「お姉さま」と口に出している。

 

「大丈夫なのか…、この国は…。」

「何処をどうしたらそんな感じになるの!?」

 

心配する規模が違いすぎるんじゃないかなぁと苦笑しながら突っ込むエリア。

確かにハスキーやクルヌギアスは素で良い性格しているし、マスカレーナなら仕事上そういう性格の人物を演じることだってあるだろう。だからというか、なんというか。

彼女たちのファンになる女性たちが多いのも仕方ない事なのだろう。

 

「さて、と。たよりになるお姉さまたち、稼ぎはどうだい?」

マスター(霊使)か。ぼちぼちといったところだ。」

 

基本的には外では名前呼びになる二人。

ある意味では友人としてこれ以上ない距離感なのかもしれない。

 

「ぼちぼち…ねぇ。」

「…ま、ある程度のもうけは食事代として露に消えるからな。」

「その割には金庫から売上が溢れだしているようだけれど?」

「む。流石エリアだ。…だがなぁあれは売り上げというよりかは―――」

 

クルヌギアスは複雑そうな顔をして屋台の方を見る。

そこには執事服を纏ったマスカレーナと、黄色い歓声を上げる女性たちが居た。

 

「ああいう者たちがな。ここを()()()()()()だと勘違いして―――」

「言い方は悪いけれど―――貢いでくれてるってこと?」

「…訳が分からない、とはまさにこの事。さすがの(わたし)も驚いた。」

「誰だってそーなるでしょ、それは。」

 

とまぁおそらくだがとんでもない額を稼いでいるクルヌギアス達。

割と問題行動ばかり起こしているフリーダムな精霊たちの様子を眺めながらエリアと共に祭りの会場を去るのだった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「楽しかったねー…。」

「ああ。」

 

二人で並んで河川敷を歩く。

そういえば今日、エリアと二人っきりになったが他の子達とはこういう時間を過ごせていただろうか。

 

「今日は付き合ってくれてありがとね、マスター。」

「ま、成り行きだし―――余り、エリア達と二人きりで行動してこなかったしな。」

「自覚はあったんだ。」

「恥ずかしいことに。」

 

その問の答えは否だ。

もしかしたら自分がウィンばかりにかまけていたせいで彼女たちが寂しい思いをしているかもしれない。

そう考えると何か不甲斐なくなった。

 

「…ね、マスター…いや、霊使。少し話そ?」

「ん?ああ。そうだな。」

 

そう言って霊使は河川敷に寝転がる。

その隣にエリアは腰を下ろした。

月明かりに照らされたエリアの顔にはやはり少し翳りと―――ほんの少しの迷いがあった。

 

「本当にこういう機会は初めてだね。二人っきりになるなんてさ。」

「確かに。いつもは大体誰かがいるもんな。」

「特に、霊使とウィンちゃんはべったりだしね。」

「そんなべったりしているかな…?」

「してるよ。」

「そっかー…。」

 

その言葉を聞いて口元をほころばせるエリア。

彼女の青い髪は月の光によく映えた。

思ってみればエリアも相当な美少女の部類に入るのだろう。

そんな彼女の顔は気が付けば何かを覚悟した顔に変わった。心なしか顔も赤い気がする。

 

「私ね。実は―――霊使の事、好きになっちゃったみたい。」

「…へー…。…え?ワンモアプリーズ?」

「だから霊使の事が好きなんだって。」

「ホワイ?」

 

なんというか今まで生きてきた中で一番の衝撃だ。

いや、本当にどうしてか。

彼女たちに好かれるようなことをした覚えは一切ないのだが。

 

「…なんでって顔してるね。正直ね。()高校に入学する頃には霊使に惚れてただよ。」

「な、なんでぇ?」

「…私達ってさ。カードパワー低いじゃん。」

 

ぼそりとエリアは呟いた。

カードパワーが低いという事を自覚している事。それはつまり自分達が弱いという事を自分達で認めてしまっているという事を示す。

 

「だから前の持ち主には捨てられた訳で。」

「…俺がそうするって思わなかったのか?」

「うん、思わなかった。最初、ウィンちゃんが外道に口では言えないような事をやられそうになってたでしょ?」

 

あのとき、外道がウィンに向けていた視線。

それはエリアの言う通り欲望を満たすための道具としてしか見て無かった。

それで、自分は心の底から怒ったのだ。

 

「私達はね。そう言う風に見られてきた。自分で言うのもなんだけど結構かわいい方だし。というか()()()()()()()()()()()()()()()()()―――でも、貴方は私達に真摯に向き合ってくれた。―――私達を強くしてくれた。」

「でも、それだけじゃないんだろ。」

 

霊使はこの発言の裏にあるエリアの本心を分かっていた。

だからその続きを言うようにエリアに促す。

 

「うん。貴方はどんな時でも私達を見捨てなかった。私達の事を忘れてしまっても。また戻ってきてくれた。どんな時でも私達に力をくれた。」

 

エリアは語る。

これまでの霊使の戦いを間近でみていたからこそ。

これまでの苦難や苦悩、挫折を知っているからこそ。

それらを乗り越えて前に進んだ姿を最も近くで見て来たからこそ。

 

「そんなの―――好きになっちゃうじゃん。」

 

だから好きになった。

別にウィンや霊使の思いを踏みにじりたいわけじゃない。

でも、それでも。

この一言を霊使に伝えたかった。

 

「この恋は叶わないし、二人の間に気持ちには敵わないかもしれなけど、でも、伝えたかったんだ。」

「…そうか。エリアがそういうふうに思ってくれているんなら俺は嬉しい。でも―――」

 

霊使にとってエリアが自分に対して好意を抱いているという事実は喜ばしい物だった。

それでもエリアの気持ちに霊使は応える術を持たない。

それに、もう心に決まっている相手がいるからこそ、二人に対して誠実でなければならないと霊使は考える。

だからエリアの気持ちには自分の気持ちで答えていかなければならない。

 

「やっぱりエリアの気持ちには答えられないかな。」

「だよね。理由を聞いても?」

 

そう言いながらエリアは苦笑した。

エリア自身この結末を予想していたから、そんなに衝撃は無かった。

応えてくれたら応えてくれたで喜ばしい物ではあったが。

 

「俺は、エリア達と会う前からウィンと一緒に居たんだ。家庭環境はお世辞にも良いとは言えない―――むしろ最悪な方だったと思うけれど。それでもウィンが居てくれたから今の俺があると信じてるんだ。それに何よりも。俺はエリアのことをどっちかって言うと親妹っぽく思ってたんだよな。」

「い、妹…。」

「だから、ウィンとはまた違った感情を抱いているんだと思う。これは、親愛みたいな恋愛感情じゃなくて、なんていうの?友愛みたいな―――悪友じゃなくて。親友って感じなのかなぁ。」

 

霊使はエリアに対する感情を上手く言葉に言い表すことができないようで言葉に詰まっている。

でも大体の理由はエリアは察した。

つまるところ、霊使はエリア達と友人みたいな感覚で接していたのである。

なんというか、霊使らしいというか。

でもそんなところも愛おしい。

きっとこういう所を含めて「四遊霊使」という人間を好きになったから。

 

「帰ろうか、霊使。」

「…そうだな。エリア。」

 

二人の隣でこれからも歩んでいきたい。

そんな願いを込めてエリアは霊使の隣を歩く。

きっと二人の間には霊使とウィンの間にあるものとはまた違う何かがあるのだろう。

エリアと霊使の奇妙な関係はこれからもきっと続いていく。

二人の道のりはこの月明かりがてらす道のように明るい物になる。

そう確信して、エリアは霊使の手を取った。

 

「大好き、だよ。霊使。」

 

その声は夏にしては少し冷たい風にさらわれて、星空へと消えていった。




登場人物紹介

・四遊霊使
ウィン一筋。
何があってもウィン一筋

・エリア
実は霊使ガチ恋勢。
でも霊使の気持ちも分かっているから無理強いはしない。

「前回、この話で夏休み編が終わるといったな。」

「あれは嘘だ。」

といってもこの話がやりたくて夏休み編を始めたようなものなんですよ。
というわけで後はダイジェストですかね。夏。
感想・評価などお待ちしております。


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終わるもの、終わらないもの

気づけば夏休み最終日。

結局あの後、大したことは何も起こらずにひと夏は過ぎていった。

でも、そんな夏の中でも変わったものがあった。

それはエリアと霊使の距離感だ。

 

「ね、霊使。隣、いい?」

「あ…ああ。」

 

なんというか、少し近くなった気がする。

ウィンはあの夜に何があったのか知らない。

けれど、二人の関係がより良い物になるというのならそれを拒む理由は無かった。

それはそれとして嫉妬の一つや二つはするのだが。

だが、それを別人が見たらどうなるだろう。

 

「ダルク…。これは…。」

「見損なったぞ霊使。まさかお前が先輩方を両側に侍らせている性欲に正直なバカだったなんて。」

「悪いの俺なの…?」

「悪いが俺はそれを答えられない。」

「…あんまりだ。」

 

きっとこうなるはずだ。

エリアとの間に何があったのか分からないダルクは冷めた目で霊使を見つめていた。

そもそもの話、エリアとウィンでは霊使に抱いている感情が違う。

ウィンは霊使に恋慕の情を込めて抱き着き、逆にエリアは家族―――例えば妹が兄に甘えるような感覚で霊使に抱き着いている。

だからダルクの言う事は何一つ当てはまっていないのだが。

それでも傍から見るとそうとしか見えないのが性質が悪いところだ。

あの夜あったことを何となくで察しているヒータやアウスは苦笑いしながらその光景を眺めていた。

 

「…なんか活発な妹が出来た感じがする。」

「…エリアちゃんは霊使よりも年下だからある意味で合ってるかもね。」

「…これからお兄ちゃん、お姉ちゃんって呼ぼうか?」

 

エリアのボケに思わず吹き出しそうになる二人。

だが、そこで面白がったクルヌギアスはエリアにこう囁いた。

 

「呼べばいいではないか。」

「ふぇっ…!?」

 

そう囁いたクルヌギアスの頭に―――

 

「何を言ってんの?」

 

マスカレーナのチョップが入った。

言っていることは正しいので何も言うことは無いが。

ただ、一応は元神であるクルヌギアスにチョップできる気概を持った彼女が素晴らしい。

 

「そういえば―――元気にしているかな、ハスキーさんは。」

「さてね。」

 

そして約一名―――ハスキーはつい昨日、自分のいるべき場所へと帰っていった。

彼女との別れ一日たった今日でもはっきりと思い返すことができる。

その別れはなんというか彼女らしい別れ方だった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

昨日の早朝。

霊使はハスキーが何やら支度している音で目が覚めた。

ハスキーの部屋をのぞき込むと、ハスキーは何処からか持ち込んだか分からない鞄に着替えを詰め込んでいた。

 

「…そっか。今日帰るんだな。」

「…はい。」

「皆を起こしてこようか?」

「大丈夫ですよ、霊使様。」

 

ハスキーはそう言うとすっかり見慣れたメイド姿へと着替える。

そして霊使に対してカーテシーを行うとハスキーは玄関まで移動した。

そこにはすでに霊使い達が、マスカレーナが、クルヌギアスがスタンバイしている。

見送りはいらないといったが、それでも見送るというのが霊使たちなりの礼儀だった。

 

「…ほんとにお世話になりましたね。」

「こちらでの生活は楽しかったですよ。…また会いましょうか。」

 

その言葉を合図にハスキーの姿が竜へと転じていく。

気づけば彼女が「シュトラール」と呼ぶ竜の姿へと転じていた。

 

「…あ、言い忘れていましたが…。雷に打たれて記憶を失っていたところを助けていただいて本当にありがとうございました。」

「…雷?」

「ええ。…あの時は確かに晴れていたのに雷が降って来たのですよ。…こんな話をしても貴方は困るだけでしょうが…。」

 

その後、彼女はこの姿で雷に気を付けなければ、とぼやいた。

雷という単語に彼女を堕としたのは誰なのかなんとなく予想がついた霊使。

 

「…これからは雷に降られないと良いですね。」

「ええ。」

 

それから二言三言言葉を交わして、そして彼女は空の果てに向けて飛んでいった。

彼女はあるべき場所に帰った。

これからは彼女がいない―――いつも通りの日常が始まる。

 

「また遊びに来てくださいねー!」

 

この言葉が届いていたか定かではないが、空の果てで彼女はその言葉に呼応するように嘶いた。

そして、朝日に消えていった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

そして今日。

夏休み最終日にして、霊使達はそろいもそろって寝坊をかました。

これが平日じゃなくて本当に良かったと思っている。

どうやらハスキーの存在はいつの間にか自分達の中で相当大きい存在になっていたようだ。

これからしばらくは寝坊をかましてしまいそうだな、と霊使は苦笑しながら朝食を取って今に至る。

ダルクからの冷ややかな目線は続くものの暫くはこのスタイルがいつもの光景になりそうだ。

 

「それにしてもどうやってエリアまで手籠めにしたのだ?そんな甲斐性もないだろうに。」

「クルヌギアスまで!まともなのは俺だけか!?」

「いやーぶっちゃけマスターのSANが元から0なだけじゃない。」

「アイデアロール降るぞ?」

 

それにしても暑さで思考が回らない。

何だが会話が会話としての体を為していない気がする。

霊使は今、自分で何を言ったか全く持って理解していないし、マスカレーナもなんでそんな事を言ったのかさっぱり分からない。

外では子供たちが元気に遊ぶ声が聞こえている。

 

「思考が溶けてまともに物を考えられない…。」

「本当にソレ。ボクも溶けそう…。」

「それでいいのか、火霊使い…。」

 

暑さで思考が回らないとか言い出した火霊使い。

思わずそれでいいのかと突っ込んでしまう。

突っ込んだら負けだとかそういうのは無しだ。

 

「…明日の準備をしなきゃ…。」

 

弱弱しい声を上げながら霊使は学校の準備を行う。

宿題も全てきっちりと終わらせてあるし、ファイルにまとめてある。

そのファイルを入れれば準備は完了だ。

 

「…あっつい…。」

 

夏休み最終日。

彼らは口を開けば常に熱いと口に出していた。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

夏の日々は終わり、新たな戦いが始まる。

それは何かの終わりの兆しか、新たな時代の福音か。

知らず知らずに世界の命運をかけた戦いに挑む少年少女たちはまだ知らない。

この世界の歪みをまだ、知らない。

 




登場人物紹介

・霊使御一行
暑さでダウン。

ちょっと短いですが。
これで夏休み編は終了。そろそろ一部も終わりに向かって行きます。
お楽しみに


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四章:終末へのカウントダウン
動き出す者たち


 

霊使は夏休みからしばらくたったある日、颯人と帰っていた。

颯人とウィンダの関係に気をもみながらも、その事は口に出さない。

すっかり気の置けない友人同士になった彼らだが、同時に絶対に口に出せない悩み事も抱えていた。

だが、颯人は意を決して口を開く。

それは、敵の狙いである「創星神」の復活に際しての物だった。

 

「…霊使。ウィンダールから聞いたんだが…。確か、創星神の復活にはガスタの巫女かそれと同等の力が必要だったよな。」

「ああ。」

「…そしてあの時、安雁だったか。あいつは、策を考えるといった。…恐らくは次の奴らの狙いは俺だ。」

「そうとは限らないだろ?」

「…だといいな。」

 

少年たちは知らず知らずのうちに世界の命運を背負い込んでしまった。

その事がほんの少しだけ二人の足取りを重くする。

それでも、少年たちは今日を、明日を生きていくのだ。

だから、霊使は颯人と向き合って、笑った。

 

「俺達は今を生きていくしかないよ。」

「…そうだな。」

 

颯人も霊使も迷ってなんかいられない。

だから、前を向いた。

そして、俯いていたせいだろうか。前方不注意で、颯人は人にぶつかった。

 

「いてっ…。」

「すみませ…貴方は。」

「すまない。こちらも電話に気を取られてしまっていてね。」

「市長…。」

 

颯人がぶつかった人は颯人自身が知っている。

もちろん霊使もその人の事を知っている。

その男の名は、星神創。―――現端河原松市の市長であった。

 

「君たちは…そうか。君たちが奈楽の友達か!」

「…何故それを?」

「…君達、精霊を連れているんだろう?それに、息子の入学試験は私も覗かせてもらった。どの子がどんなデッキを使っていたかくらいは覚えているさ。奈楽からも話を聞いているしね!」

「はぁ…。」

 

何というか、気さくな人だ。

普段感じさせている威厳だとかそういったものは何も感じない。

それ故か―――霊使はこの男が何か腹に一物を隠してそうな気がした。

そしてもう一つ、霊使は何とも言えない違和感に襲われていた。

なんというか、この道から彼が現れるのはなんというか―――。

 

「あれ…父さん?それに霊使君に颯人君まで。」

 

だが、思考の渦に嵌りそうになった時、よく知っている声で意識は現実に引き戻される。

その声の主は、奈楽であった。

取り敢えず疑問は後回しにして、奈楽に向き合う。

 

「奈楽。…彼らとはたまたまここで出会ってね。」

「なるほど…。」

 

奈楽は納得したように頷く。だが、それと同時に一つに疑問もわいた。

でも、どうして彼らが自分の友人と分かったのか、そこだけが腑に落ちない奈楽。

だが、二人の事を見る機会なら何度かあったはず。

 

「…父さんは二人の事をどこで?」

「二人には話したけど、入学試験の時にさ。あそこの決闘の試験は試験前に名前を呼ぶだろう?」

「そういえば…そうか。」

 

思い返してみれば、あそこの決闘の試験は確かに名前を呼ばれていた。

正直な所、試験官のデッキは【グッドスタッフ】と呼ぶのもはばかられるようなお粗末なデッキだった。

だから特に先攻2ターン目でオーバーキルをかました霊使はその試験の事をすっかり忘れてしまっていたのだ。

本来ならば決闘者としては戦った相手を忘れるなどあるまじきことだが、それ以降の決闘が濃すぎてすっかり忘れてしまっていたのだ。ちなみにウィンや颯人もすっかり忘れていたらしいので正直、あの決闘が余りにも大味過ぎたのだろう。

 

「…ちなみに二人はどうしてここに?」

「俺の家がこっちだからだ。」

「…ああ、そうか。そういえばそうだったね。霊使くんちには何回か行ったことあるけど、颯人君ちもこっちだったんだ。」

「ああ。」

 

そう言うと彼らはゆっくりと歩きだす。

その後ろ姿を見て創はぼそりと呟いた。

 

「…私は本当に正しいのだろうか。」

 

その声が霊使達に届くことは無かった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「じゃ、僕はここで。」

 

奈楽はそう言って十字路を右に曲がる。

一方の霊使達は十字路を左に曲がった。

颯人と霊使は奈楽と創の姿が見えなくなるまで、手を振り―――

見えなくなった途端、二人で顔を突き合わせた。

 

「気づいたか、霊使。」

「…ああ。」

 

あの方向から星神創が出てくるのはおかしい。

だって、あの方向には彼が務めるべき場所など何一つないのだから。

学校も、なにかしらの施設も―――もちろん市庁舎も。

 

「こんな時間に、あのわき道から出てくるのがおかしい。…そう言いたいんだろう?」

「ああ。今日は平日。―――今は勤務時間のはずだ。早く仕事が終わって―――と言ってもわざわざあの道の先に進む理由がない。」

「何か隠してる…。余り信じたくはないけどな。」

 

それでもあの方向に何か氏らの用事があったことには違いない。

流石にこの町を守るはずの人物がこの町を破壊する事を良しとするはずがない。

そう思って。

それでも星神創という男には警戒しておこう。

二人はそういう感じで話をまとめて、その場で別れた。

 

『奈楽にはどうする―――?』

 

たった一つ、決まってない事柄を除いて二人は別れることになった。

それでも、何故か真実へと近づいている―――そんな感触が霊使達にはあったのだった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

星神奈楽は、あの時「何故父親がそこに居るのか」という事に関して疑問を持っていなかった。

だが、思い返してみれば父親があそこに居るのはおかしい。

――――というよりもあり得ない。

恐らくはあの二人も分かっている。

それでも、奈楽は父親の事を信じたかった。

人の上に立つものが人を害することはしないと信じたい。

だから、奈楽は最も手っ取り早い解決法を取ることにした。

 

「…あの方向には父さんの行くべき場所は何処にもない。―――なにがあったの?―――いや。()()()()()()?」

 

それは父親に聞くこと。

何もやましいことが無ければそのまま答えてくれるはずだし、もし、何か怪しいアクションを起こせば即座にフレシアが拘束、制圧を行う手筈となっている。

だから、確信はないが―――それでもこれは自分がやらなければならない事だと。

そう、奈楽は思っていた。

親の不始末を片付けるのは自分だと。

そうすることが息子の役目だとも。

 

「気づかれた、か。…本当に聡い子に育った。まさかあれだけの違和感で気付かれるなんてね。」

「…どういう…?」

 

そう呟くと、創はやれやれと頭を振るうと奈楽の前に立つ。

そして、そのまま真剣な眼差しでこう言い放った。

 

「私だよ。―――私がこの一連の騒動―――キスキル君達から始まる騒動を引き起こしたんだ。」

「何、だって…。」

 

それは、あっさりと。さも当然であるかのように、創の口から飛び出した。

余りにもあっさり告げられた真実に固まってしまうのは奈楽だ。

 

「そもそも私は、この計画がばれても良し、ばれなければ尚良し。―――くらいの感覚で動いていたからね。」

「なんで…。」

「奈楽はきっと創星神様の事を知っているんだろう?」

「うん…―――友人から聞いたよ。」

 

聞かれたことに普通に言葉でしか答える事の出来ない奈楽。

そもそもそんな計画がばれても良かったのか。

たくさんの疑問は潰えることは無く、奈楽の頭の中を駆け巡る。

 

「奈楽。―――ここからが本題だ。」

「何だって?」

「私に手を貸してくれないか?」

「……は?」

 

しかし、その疑問は創の言葉によって消し去られた。

手を貸してほしいという願い。

それは暗に奈楽に「仲間たちを裏切れ」と宣告しているのと同義だ。

 

「…メリットは。」

「私が命に代えてでも奈楽の友人を守る。」

「…それは、創星神が齎す何かから?」

「…ああ。」

 

だが自分の裏切りで友人たちの命を守れるなら。

そんな甘いことがあるのなら。

それに乗って、霊使達には平和を享受させたい。

何故なら、彼らは十分に戦ったから。

奈楽は握った拳から血が出るくらいに握り締めて―――ある、一つの決断をした。

 

「…どうする?」

「僕は――――」

 

奈楽の続けた言葉に満足そうに頷いた創。

そして、二人は向かい合った。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

四道安雁は一人思考にふけっていた。

どうやら、向こうは勝手に動き出したらしい。

それならばそれなりの「礼儀」というモノがある。

 

「ふむ…。」

 

どうやら、あの市長との協力期間は終わりのようだ。

これから先は排除すべき「敵」。

 

「さて、と。動くとするか。…行くぞ、お前達。」

 

「駒」の仕上がりは上々。

後は、結果を掠め取るだけ。

 

これから始まるのは終わりの始まり。

そして、少年たちにとっては大きな喪失へのカウントダウンへの幕開けでもあった―――。




登場人物紹介

・四遊霊使
・風見颯人

町の構造に詳しいからこそ彼が妖しいと分かった。

・星神奈楽

父から明かされた衝撃の真実。彼は一体何を選ぶのか。

・星神創

騒動の黒幕。何が彼を突き動かすのか。


名前だけ言及されてたキャラがいきなり黒幕宣言した小説があるみたいですよ?


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消えた友

 

霊使と別れた後、颯人は一人で考え込んでいた。

何故、創星神の復活にウィンダの力が必要なのか。

そもそも何故、創星神は封印されたのか。

あの神話には色々と粗が多すぎる。

 

「…どういう事だ…。」

 

それに、なによりも。

颯人は創星神について記述されている書物の少なさに違和感を覚えた。

端河原松市の中央図書館に行って調べてみても残っている伝承は「創星伝説」ただ一つのみ。

普通こういう伝承は何かしら別の視点から語られてもいいものなのに、だ。

 

「…何か超常的な力が働いているとか…か?」

 

どうにもこうにも考えがまとまらない。

それでも明らかにそれが()()()という事は確かに理解できた。

 

「また明日…。」

 

調べてみるか。その言葉がつぶやかれることは無かった。

背後から急に羽交い絞めにされたからである。

反撃のためにウィンダがその姿を現すが、すでに一手遅かった。

薬品をしみこませたであろう布を口にあてがわれ、ふっと、意識が無くなってしまう。

最後の最後でなんとかウィンダの実体化を解除できたが。

 

(くそ…。悪い…みん、な…。)

 

何も残せずに消えてしまうのは嫌で。必死にもがくように暴れる。

それでも、少しずつ意識が遠のいてくる。

この襲撃の元でもある何か大きい脅威に霊使達が屈しないことを祈るしかない。

 

(後は…た、の…―――。)

 

力なく倒れる自分を誰かが優しく抱えた気がして―――そこで彼の意識は消し飛んだ。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「消えた…ってどういうこと?ウィンダは!?」

「落ち着けってエリアル…!…僕もわけわかんないけど…。」

 

昨日、疑いを持ったところにこれだ。

恐らくは―――そこまで言いかけて、あわてたように奈楽が部室に駆け込んでくる。

 

「―――颯人君とウィンダちゃんが消えたって―――」

「…家に居ても誰も居なかったみたいだ。」

 

奈楽でさえも状況を飲み込めていない。

それだけの異常事態が今、発生していた。

人が一人、それこそ()()()()()()()()()()()()()かのように消えてしまったのだ。

 

「何があったんだ…。」

「…分からない。でも、助けに行かないと。」

 

少なくとも、颯人が決闘で負けて連れ去られたとは思えない。

何故なら、全員が彼の決闘の腕は、この中の誰よりも高いという事を知っているからだ。

そんな簡単に負けはしないし、むしろ、そのまま相手を下してしまう程度の実力はある。

だからこそ、彼の失踪が腑に落ちない。

それに―――

 

「ウィンダがウィンや皆に何も告げずに消えると思う?僕はそうは思わないよ…。アイツが皆に何も告げないでいなくなるのは絶対におかしい。」

「エリアル…。」

「だから、僕はウィンダを―――トモダチを助けたい。」

 

エリアルの目には絶対的な確信があった。

ウィンダが、颯人が何も残さずに消えるのはおかしい、と。

だから、何かに巻き込まれた。

それがエリアルが下した結論。

 

「…場所も分からないのに、助けに行くのか?」

「それは…。」

 

だからエリアルは友人を助けに行こうとする。

だが、彼女たちの居場所は分からないし、探しに行く方法もない。

だが、エリアルの言う通り、助けに行かなくては。

そうしなくては颯人とウィンダは絶対に碌な目には合わない。人間としての生を全うできるかさえ怪しいだろう。

 

「ウィン…。危険を承知でお願いしてもいいか?」

「うん。…お姉ちゃんの居場所を探るだけ探してみる。」

 

だから、助けないといけない。その気どんな危険が待っていようと。

 

「…待ってて。」

 

エリアルの声は、確かに霊使の耳に届いた。

それは心の底からの彼女の本心―――いうなれば友であるウィンダに対するある種の決意じみたものだった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

ウィンにウィンダの居場所を探ってもらう事早数日。

なんと先に奈楽が情報を掴んできた。

と、いうのも颯人が攫われた当日―――全てが終わった後に父親から事の顛末を告げられたらしい。

曰く、

 

『準備にもう少しかかる』

 

らしい。敵の言葉をどこまで信用していいかは曖昧なとこだが、当面はウィンダ達の安全は確保されたも同然である。

だからと言ってこの状況を楽観するようでは頭の中がお花畑としか言いようがない。

例えばその言葉が罠である可能性だってあるのだ。

全員で乗り込んだらそれこそ捕まえられて終わりだ。

だから、助けに行くにしても人数を絞らなければならない。

そもそもの話、何処にウィンダ達が居るのか、なんてさっぱり分からないのだ。

こんな状況でエリアルが逸るのも分かるが、その手綱は水樹にきっちりと握っていて欲しい。

それに、だ。

奈楽の話から黒幕の正体も露呈した。

しかも何故かその黒幕―――星神創は奈楽に情報を漏らす。

もしかしたら奈楽が何かしらの取引を持ち掛けられ、裏切っている―――だからその見返りとして情報を得ているのかもしれない。

でも、そんな事を考え始めたらきりがないし、霊使は友人である奈楽を疑う理由などこれっぽっちもないのだ。

 

「奈楽。場所は聞いたの?」

「そこまでは…。」

 

エリアルに詰め寄られて場所までは把握してないことを自白する奈楽。

余りの情報の無さにエリアルから奈楽へ鋭い視線が飛んでくる。

それを横目に見ながら霊使は情報の到着―――ウィンの帰還を待っている。

 

「一応アウスにも行かせてはいるけど…。」

 

アウスの属性は土。しかもウィンダとは面識がある位でそこまで親しい仲ではない。

本人もあまり期待せずに待っていて欲しいと言っていたし、出発前にはぼやいていたので、多分見つけられはしないだろう。

案の定、アウスはしょんぼりした顔で帰って来た。

その顔を見て、颯人、ウィンダ両名の捜索が無駄であったことを悟る。

それでも霊使は形式上の報告を受けることにした。

 

「あ、アウス。どうだった?」

「…やっぱり、ダメです。どこにいるのかさっぱりです、ね。」

「そっか。ありがとう。…今はゆっくり休んでくれ。」

「分かりました…。」

 

そう言ってしょんぼりした顔のまま実体化を解くアウス。

今日も情報を得られそうにないか。霊使は小さく嘆息してウィンから進捗を聞こうとする。

そんな時、視界の端に小さな点が見えた。

 

(霊使、聞こえる!?)

(ウィンかッ!?)

 

その点はこちらに近づいてきている。

その距離が短くなればなるほどその姿を鮮明に捉えることができた。

 

「ウィン!?」

「ダイナミックエントリーをするんじゃないぞ!?」

 

それはラセンリュウに騎乗しているウィンだ。

ウィンとラセンリュウは速度を緩めることなくむしろ加速して突っ込んでくる。

このままでは窓を割ってしまう―――そう思うよりも先に、ウィンが自分の意志で実体化を解いた。

それに伴いラセンリュウも実体を保てなくなり消滅。

そして一瞬で霊使の隣にその姿を現す。

余りの早業に頭のネジが月までぶっ飛ぶような衝撃を受けたが、それ以上の事が否応なしに全員の思考を冷めさせた。

 

()()()()…ッ!」

「でかした、ウィン!」

 

ウィンから発せられた言葉、それはここに居る全ての者が待ちわびていた言葉だ。

これでようやく颯人とウィンダの救出へ向かう事が出来る。

 

「…じゃあ、皆を集めて。」

「…作戦会議だな。…普通高校生がやる事じゃないだろこれぇ…。」

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

ウィンが持ち帰った情報をもとに颯人たちがいるであろう場所に乗り込む人員を決める。

まず、最悪、風霊術でウィンダを持ち帰ることができ、ウィンダの居場所を探知できるウィン、そしてウィンのマスターである霊使は確定。

そしてエリアル、水樹の志願により、両名が救出メンバー入り。

そして最後に、奈楽とフレシアが連絡係として同行することに。

 

(奈楽の裏切りも視野に入れとかないと、か…。)

(僕は、僕の選択は―――)

 

それぞれの思惑が絡まる中、友人たちの救出作戦が始まる。

既に高校生の枠を飛び出して、ここに居る少年たちは世界の歪みを知ることになる。

その時、彼らの選択は――――

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「ここは…大丈夫か、ウィンダ。」

「うん…。」

 

二人は目を覚ます。

何か上等なベッドに寝かされてるようで体に痛みとかはなかった。

 

「やあ、こんな手荒い形での再会は…私も予想外だったね。」

「やっぱり貴方か。―――市長。」

「あそこで君たちに出会ったのは完全に予想外だったよ。」

 

二人が状況を確認しようとする中、創がその姿を現す。

目的は何となく理解しているため、颯人はウィンダを庇うようにして二人の間に立った。

 

「…ウィンダには手を出させない…ッ!」

「勇ましいのは良い事だ。でも―――実の所私はキミに提案をしに来た。」

「何…?」

 

創はゆっくりと手を差し出して―――颯人に話しかける。

 

「私と一緒に―――新しい世界を作らないか?」




・登場人物紹介

・四遊霊使/ウィン/エリアル/二重原水樹
救出へ。

・星神奈楽
選択を迫られている模様

・星神創
「お前も新世界の神にならないか?」

・颯人
彼の選択は―――


というわけで、そろそろ無理矢理物語を動かします。
彼らの選択をお楽しみに。


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地下への思い

 

ウィンが飛び込んできたその日の深夜。

ウィンの掴んだ情報をもとに早速、四遊霊使達はウィンダ達が囚われている場所に殴り込んでいた。

そこはぱっと見ただの建設現場のようだが、あからさまに怪しい地下への入り口もあった。

と言ってもこの工事現場で働いている大概の人は今回の件に何一つかかわっていない。故に工事現場、ひいてはその地下空間への潜入は誰にも気づかれないようにしなければならない。

正直に言ってしまえばそれは大した難易度ではないのだ。

だって、エリアルの術があれば存在感など簡単に消せるからだ。本人曰く

 

「―――長続きはしないけど。」

 

というようにどうやら持続性はないらしい。

この術は持って五分。その後はもうどうしようもない。

正面から乗り込んで速攻で制圧するしかない。

そうエリアルは言っていた。

だからとっとと乗り込んで制圧しなければならない。

 

「…地下か…。あまりいい思い出は無いんだよね。」

 

地下に向かうにあたって霊使は思わずぼやいていた。

そのボヤキを弱音と受け取ったかどうかは分からないがエリアルは少し顔を歪めて聞いてきた。

 

「何があったの?」

「いや、俺さ。四道の出身なんだよ。―――で、あそこって決闘至上主義だもんでさ。俺、大した成績残せずに―――」

「地下牢か何かににぶち込まれてた?」

「…思い出したくはないけどな。」

 

エリアルの問に間髪置かずにはきはきと答える霊使。それが真実であると知っているウィンは思い当たる節があるかのように頷き、奈楽、フレシア、水樹の三人はそのえげつなさに思わず顔を逸らした。

エリアルはというと――――

 

「一時期の―――ガスタと戦争をやってた頃のリチュアよりも酷いね…。」

「エリアルはぶち込まれたことが?」

「あるわけないじゃん。僕は一応ガスタ侵攻の主力メンバーだったわけだしさ。」

 

苦い顔をしながらエリアルはそうぶっちゃけた。

エリアルの言葉がどれだけ重い物であるかを知らない人間はここに居ない。

何故なら知っているからだ。エリアル属するリチュアと―――ウィンダ属するガスタの間で起こった戦争を。

その戦争の中で、彼女は多分、多くのガスタの戦士の命を奪った。それはきっと殺し殺されの戦場の中で彼女が生き残るためにとった行動だったのかもしれない。だが、それはウィンダにとって到底許しがたい行為だったはずだ。でもそれはウィンダも同じ事。ウィンダだって元々が少数とはいえ多くのリチュアの民を傷つけた。

それでもエリアルはウィンダのことを「トモダチ」と呼んだ。

その言葉にどんな思いが込められているか―――それを分からないほど、ここに居る全員は馬鹿ではない。だから、彼女の言葉に何も返す事が出来なかった。

 

「…ま、僕は地下牢なんかに入ったことは無いよ。でも―――」

「僕はぶち込まれたよね。エミリアと―――アバンスに。」

 

重い雰囲気になってしまった話を強引に軌道修正したエリアル。

だが、ある意味ではそれは不正解な行動だったともいえるだろう。

何故ならとんでもない発言が水樹から飛び出したからである。

 

「どういうことですか!?」

 

思わずそれに突っ込みを入れてしまったフレシアは何一つ悪くないと思う。

まるで意味が分からないのはここに居るほとんどの人間がそうだっただろうから。

地下に降りていく階段を下りながら水樹はぼやく。

 

「僕はさ、エリアルが『試したいことがある』って言われてリチュアの里に無理矢理連行されたんですよ。で、戦争真っ只中なわけじゃない?」

「あっ…。」

 

奈楽は全てを察したように声を漏らした。流石に戦争中に外から人を連れてきたらどうなるのか―――。

その事をすっかり忘れていたエリアルはリチュアの里に水樹を案内してしまったのだ。

エリアル曰くただでさえ戦争中のリチュアは排他的かつ利己的な所があった。

そんなところによそ者を突っ込むとどうなるかなどは火を見るよりも明らかだ。

 

「僕さ、スパイかなんかに間違えられて地下牢に『シュゥゥゥッ!超エキサイティン!』くらいの勢いでぶち込まれたんだよね。」

「また古いネタを…。」

「何かとんでもない勢いで突っ込まれたんですね…。」

「…その件に関しては完全に僕が悪いから何も言えないんだけどね。」

 

『シュゥゥゥッ!超エキサイティン!』くらいの勢いとは一体どれくらいの勢いだったのだろうか。フレシアは激しく気になってしまう。一方のウィンはエリアルの擁護できないレベルのやらかしに思わず頭を抱えていた。おまけに水樹が使うネタが余りにも古くて奈楽あたりに伝わっているのかさえも怪しいことも理解している。

 

「いやー大変だったよ。最終的には戦争を止めるための協力者という口実で出してもらえるまでずっとエリアルに謝られっぱなしだったし。」

「流石に僕のミスなんだから謝るよ。」

 

どうやその大ポカは未だにエリアルの中で尾を引いているらしい。

知的なエリアルがそんな予想外の所でポンコツだったとは思いもせずに、少しだけ衝撃を受けた。

と、エリアルがそんな大ポカをやってしまったと知ると、とたんに一つ、不安になるものが出て来る。

そう、今現在使用しているエリアル謹製の隠形術の効果だ。

もしかしたら見えているのかもしれない―――なんてことを考えつつ振り向けば、そこには入った時と何も変わらない月が浮かんでいた。地上の様子から察するに何一つばれていないようだ。

 

「ま、行くしかないよな。」

「そうだね…。気楽に行こうか。」

「僕は水樹のその暢気さが少し羨ましいよ。」

 

突入前とは思えない緩さで進んでいく霊使達。

階段を下り終えると、大広間と、その先にある三つの扉を見つけた。

大広間にはモニターがある。

そのモニターが光を発して映像と音声を流し始めた。

 

『やあ。四遊霊使君と二重原水樹君だね。私は星神創。多分君達と一緒に乗り込んできたであろう奈楽の父親さ。モニター越しで悪いけれど、私の所に用があるんだろう?ならその扉に入ってくれたまえ。ちょうど三人だからね、一人一つってことで頼むよ。あ、この映像はこちらから流しているけど、君たちの声は聞こえない仕様になっているんだ。―――でも、一応。君たちのご友人は無事だと伝えておくよ。一息に喋ってしまってすまないね。来るがいい、若人よ。君たちの輝きを見せてもらうよ。』

 

一方的にしゃべり倒して、創は通信を切ってしまう。

その場には沈黙だけが残った。

 

「行こう。」

 

そう切り出したのは誰だったか。それでもその言葉に込められた強い思いは感じ取れた。

 

「大丈夫。この扉の先は繋がってる。そこで落ち合おう。」

 

ウィンのその言葉で三人全員が扉の前に立つ。

右の扉には水樹が。左の扉には奈楽が。そして中央の扉には霊使が。これから始まるのは友人を救うための蹂躙劇だ。立ち塞がるものは、穴に落ちて、膾斬りにされて、最終的は消滅してしまうだろう。

 

「…いざ。やらいでか!」

「台無しィ!」

 

霊使のなんとも気の抜ける掛け声にエリアルがツッコミを入れて、本格的な救出作戦が始まった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

話は少し巻き戻る。

霊使達が突入したその時、星神創と風見颯人は対峙していた。

が、互いの間に流れる空気は争いとはまた違ったもの。それは恐らく颯人の困惑の物なのだろう。

 

「新しい世界…だと?」

「ああ。」

 

それはどんなものか―――搾れるだけ情報を搾っておきたい。そう結論付けた颯人は警戒しながらも話を聞く姿勢を見せた。それはある意味で正解だったのだろう。創は満足気に頷くと手で視線を誘導する。そこにはいかにも高級そうなソファが二つ、向かい合うように置いてあった。その間にはちょっとしたテーブルが置かれている。

 

「ガスタの巫女様もどうぞ?」

「…怪しい物はないみたいだね。それにやっぱりワタシの事―――。」

「それくらいは調べてあるさ。」

 

そう言いながら颯人、ウィンダ両名は創と向かい合うように座る。

ソファに腰掛けたウィンダは目線で創に話の続きを促した。それに気づいたのか彼はコーヒーを淹れている手を止めてこちらを見た。

 

「話の続きはゆっくりとしよう。」

「…ま、いいだろう。」

 

彼がコーヒーを淹れたマグカップを差し出す。そして彼自身がコーヒーを飲んで毒が入っていない事を示して見せた。

 

「…流石に客人に毒を差し出すわけにはいかないだろう?」

「ほとんど拉致同然の荒いご招待のされ方だったがな。」

「それは失礼した。」

 

空気が重い。

空間にひびが入っているように見紛うが、それはあくまでそんな感覚でしかない。

 

「改めて聞いて欲しい。―――私はこの世からデュエルモンスターズを消し去るべきではないかと考えている。」

「何?」

「え…?」

 

そんな中、創の発した言葉が、辺り一帯を重々しく支配した。

ウィンダの思考の混乱は加速するばかりだ。今、何と言ったのだろうか。デュエルモンスターズを―――自分達の存在意義を消すといったのか。

気付けばウィンダは無意識的に創を押し倒していた。

 

「風見君、君は気づいているんだろう?この世界の歪みに。」

 

それでもかまわず、創は話を続ける、少しづつ思考も冷えてきた今となっても目の前の男が何を言っているのかウィンダにはさっぱり理解できない。

 

「この世界の歪みか。―――とっくに気づいているさ。」

「颯人!?何を言ってるの!?歪みなんて―――」

 

デュエルモンスターズの精霊であるウィンダには絶対に気づけなかったであろうその歪み。だが、颯人は―――ただの人間である颯人にはその歪みが嫌というほど分かっていた。

きっと他の皆もその歪みに気づいてはいるのだろうが―――見てみぬふりをしているのだと思う。何故なら、その歪みは、余りにも当然のように社会に溶け込んでいて、今ではすっかり社会が容認してしまっているから。

だからウィンダには、その考えに至るようになった経緯を踏まえながら説明するように、創の問に答えた。

 

「俺達はみんなできることが違う。特異な事もな。―――それでも、俺達の社会の中心は頭がいい奴でも運動が出来る奴でもない。会社だって仕事が上手い奴が出世できるわけじゃない。もちろん給料だってそうだ。全てが決闘(デュエル)で決まってる。」

「え―――?」

 

ここまで来て、ウィンダもその歪みに気づき始める。

ウィンダは族長であるウィンダールから「上下関係の構築には信賞必罰が必要」であることを教わった。仕事が出来るものにはそれなりの報酬を与え、逆に失敗した者には罰を与える。

そうすることで他人との信頼関係を築けるのだと。

 

「勿論、汚職だって決闘が強ければ無かったことになるし、どんな犯罪も看守を決闘で倒してしまえば実質無罪。―――この世界は決闘が強い奴だけが全てを手に入れられるんだ。」

「そんなのって―――。」

 

いくら精霊であるウィンダでもその答えは想像したくないものだった。それは力あるものが力なきものから搾取する―――ディストピア。

そんな歪んだ世界の中心にあるもの―――それが

 

「この世界の歪みは―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんだよ。」

 

ウィンダはその事実に何も答える事が出来なかった。




登場人物紹介

・四遊霊使
地下牢にぶち込まれてた人。全部四道が悪い

・星神奈落
「超エキサイティン?なにそれ?」

・二重原水樹
地下牢にぶち込まれてた人。これも全部エミリアとアバンスが悪い

・エリアル
同僚がごめんね…。


・星神創
この世界の歪みを消そうとしている。

・風見颯人
歪みには気づいていた

・ウィンダ
人並みの思考能力に加え価値観が人間よりだったために完全にこの世界の歪みを理解してしまった

後半に衝撃の真実をぶっこみました。
アンチ・ヘイトタグ付けた方がいいのかな…。

感想、評価お待ちしています。


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(ゆが)みと(ひず)

 

「この世界の歪みは―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。」

「―――え?」

 

淡々と颯人が告げる事実を聞いて思考が固まってしまうウィンダ。それだけ、颯人が何を言っているか分からなかった。否、分かっていたけれど脳が理解を拒んでいるような感じだ。取り敢えず理解できない―――を通り越している気がする。それでも自身の存在意義である()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()。―――その事実が重くのしかかってしまう。

ウィンはその事を分かっていてなお、霊使の傍にいる事を選んだのだろうか。もし、そうならばウィンは強い。物凄く強い。だって、自分では同じ事に気づいて―――それで、颯人の隣に立てる自信なんて無い。それでもウィンは霊使の隣に立っている。自分はその答えですらまともに出せないというのに。

 

「そう。この世界は全てを決闘で決めている。霊使君や―――ウィンダ君と出会う前の君がそうだっただろう?」

「ああ。この世界では弱者は虐げられて搾取されるしかない。」

「そしてそれは―――人間らしい生活を送ることができなくなるという事でもある。」

 

決闘だけで社会が動くのなら苦労はしない。

決闘だけで納得できる世の中ならだれも苦しまない。

だが、現にこの社会では弱者であるがゆえに藻掻き足掻く者がいる。搾取される側に回るまいと周囲の人間を蹴落とす人間たちがいる。だから、この世界は歪んでいて、この世界の中心がデュエルモンスターズであるからこそ、この世界の歪みはデュエルモンスターズとそれをプレイする人々―――決闘者(デュエリスト)そのものなのだ。

では、世界の歪みを消すにはどうしたらいいのだろうか。

それも簡単だ。それこそ星神創が言っていたように、この世から歪みを―――デュエルモンスターズを消してしまえばいい。

 

「だから、か。この世界の歪みを消すために―――」

「ああ。創星神の力を欲した。」

 

そう宣言する創は、この世から歪みを消すという義憤に燃えている目を向けて、再度颯人に同じ問いかけをした。

「新しい世界を作らないか」と―――。

 

「…少し待て。創星神の復活にはガスタの巫女が必要なはずだ。―――それはつまり、創星神の影響を真っ先に受けるという事になる。」

「…そうなるね。でも、それは避けようのない犠牲なんだよね。」

「つまり、ウィンダに()()()()()()()()()()()と?」

「…そう受け取ってもらって構わない。」

 

それは暗にウィンダに犠牲になれと言っているのと同じだ。

確かに今の社会構造には問題しかないのは事実だろう。現に霊使みたいにどん底から這い上がった人間を見たことはほとんどない。

霊使だってウィン達との出会いが無ければ堕ちる所まで堕ちてしまっていたはずだ。逆に今、彼が人並みの生活を送っていられるのは霊使い達との出会いがあったからだともいえる。

それは()()()()()()()()()()()でなければどん底から這い上がり―――人間らしい生活を送れるようになることができないというのと同義だ。

だから、そんな歪みを取り除くために―――ウィンダに犠牲になれと目の前の男は言っている。

 

「―――ふざけるなよ。」

「それが、君の答えか。―――残念だよ。」

「別に『歪みを消す』ことを否定したわけじゃない。『歪みを消すための犠牲』にイラついただけだ。―――本当にウィンダを犠牲にするしか方法はないのか?それこそ政府のお偉い方に言うとか―――」

「そのお偉い方は全員決闘だけで選ばれたようなものなのさ…。だから消すしかないんだ。」

「だからって犠牲を払えるか!全員で生きて!そしてこの問題に立ち向かわないと意味がないだろうが!」

 

気付けば颯人は叫んでいた。

創にマウントをとっているウィンダが仰け反る位の大声を上げていた。

 

「そんな事が出来たらとっくにやっている。」

「―――ッ!」

「でも、お上は聞く耳持たず。そしていつの間にか決闘が強い人物だけが力を持つ社会が出来上がっていた。言うだろう?バカは死ななきゃ治らないって。―――今の世界は馬鹿が動かしているから馬鹿なんだ。」

「だからってウィンダに犠牲になれと!?」

「…そうだ。この世界の歪みをただすにはそれしかない。もしくは彼女の妹の―――」

 

「妹」

その言葉を創が発した時反射的にウィンダの体は動いていた。

ウィンダは創の体の上に乗ったままだ。その状態から護身用の短剣を抜くが早いか創の喉元に突き付けていた。そして今までにない怒気を孕んだ声で創に忠告を行う。

 

「ウィンに手を出したら許さない。」

 

それは颯人が聞いたこともないような声だった。余りにも低く、感情が無く、何処までも冷たい声。それがウィンダという存在の本気の怒り。―――精霊の怒りが今、星神創という男に突き付けられていた。

 

「今から言う事を覚えておきなさい。―――ウィンは勿論の事、颯人や霊使君、そして、二人の友人たちに手を出すな。もちろんこの言いつけを破ったらそれ相応の苦痛を与えるから。」

「おお、怖い怖い。―――でも君自身は含めないんだね。」

「…黙りなさい。」

 

ウィンダから発せられる濃密な殺気が当たりに充満する。

それは颯人でさえ感じたことの無いような―――それでも霊使が誰かにいつも向けられている物。放つ相手も発生源も違うというのに、それでもウィンダの殺意に颯人は恐怖した。

 

「ウィンダ。一旦落ち着け。ここでこの男を殺したところで―――何にもならないぞ。」

「…それもそう…だね。」

 

荒ぶるウィンダを一度落ち着かせると颯人は改めて創に尋ねた。

 

「俺はウィンダを犠牲にするつもりはない。―――かといってこの世界の歪みをそのままほっときたいわけでも無い。」

「つまり―――?」

「今の俺には選べない。―――それこそ霊使とウィンの選択に委ねるさ。あいつだってこの世界の歪み位理解しているはずだしな。」

 

それだけ言うと颯人は創に背を向けた。これ以上話すことは無いと言わんばかりの態度に創は大きなため息を一つ吐く。それでも颯人の後姿を見る創の顔は何処か満足気だった。

本人さえその事に気づかないまま―――侵入者が発見されたというアラートが鳴った。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

三つに分かれた扉の一つを潜った瞬間赤い卵黄が開店し、明らかにヤバい感じのアラートが響き渡った。それが何か良くない予兆だと感じた霊使は大急ぎでマスカレーナを呼び、そのバイクに跨った。

ウィンも実体化を解いている辺り、このチェイスへの本気度が伺える。

 

「ぶっ飛ばすよ!掴まってて―――!」

 

そう言い終わるか否やというタイミングでマスカレーナはバイクを飛ばす。

その眼前にはあからさまに邪魔する気が満々のロボットが現れた。―――が、そこは情報屋マスカレーナの愛用バイク。フロント部分やカウル、エンジンルームは対弾のダイラタンシーフレームを採用しているため、そうそう事故ることは無い。

 

「この程度で私のバイクは止められないよ!無駄無駄無駄ァ!」

 

バイクを止めようとするロボットは哀れ、バイクのタイヤの下敷きとなって一瞬でおじゃんになってしまう。そんな勢いでぶっ飛ばしているせいか―――役目を果たせずに機能を停止させたロボットたちの残骸が霊使達の行く手を阻むのもまた一瞬であった。

 

「ああもう、邪魔!」

「なんかないの?変形する機能とかさぁ!」

「流石にそれは無いって!」

 

まだ道のりは長い。一直線でしかないはずの通路には無尽蔵のロボット。

全員が全員腕にデュエルディスクらしきものを付けていることから一度でも決闘し始めたら終わりが無いのは見えている。

 

「時間稼ぎ…にしてはやりすぎだろこれぇ!ってなるところなんだけど…!」

 

それでもやるしかない。

だが、霊使にはI:Pマスカレーナというインターネットに強い精霊が居る。

幸いなことに電波は通じるので仲間との連絡にも事欠かない。

 

「…こいつらには本体が居るっぽいよ!図体がでかい奴だからすぐわかる!」

「分かった…これで、よし!」

 

仲間にもこの事実はもう伝えた。電波様様である。

マスカレーナの言う通り、ひときわ大きい図体を持つ機械がこちらを睨んでくる。

 

「機械に言っても意味あるのか分からないけど―――おい。」

『シンニュウシャ、ハッケン。ハイジョ、スル。デュエル、カイシ。』

「―――決闘(デュエル)しろよ。」

 

霊使はそう宣言するとともにデュエルディスクを構えた。




登場人物紹介

・ウィンダ
ガチギレウィンダ。実は若干シスコンの気はある。

・風見颯人
ウィンダを犠牲にするつもりはさらさらない。

・星神創
ウィンダには大義のための犠牲になってもらうつもり。

・四遊霊使
マスカレーナのファインプレーに助けられた。

・マスカレーナ
多分今回の功労者

というわけで次回から中ボス三連戦が始まります。取り敢えず初戦は霊使から行きましょうかね。
というわけで次回もお楽しみに。
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清々しいまでの力押しが有効な時ってあるよね

 

霊使の前には警備ロボットの親玉が立ち塞がる。

負ければ機銃掃射で塵も残さず消滅しそうなものであるが、幸いにしてこのロボットにはそんなものは搭載されていなかった。

だから安心して決闘を行える。

逆に警備ロボットは何を思ったか―――本体自身が立ち塞がった。

 

『コキノショリノウリョクデハ、メノマエノターゲットノ、ハイジョはフカノウトハンダン。』

「割と評価されてるなぁ…。」

 

モーターの駆動音やら、数百キロの鉄塊が大地を踏みしめる音やらで非常にうるさい。だが、目の前の相手がデュエルディスクを構えている。後はそれだけでよかった。

 

「さあ、始めようか!」

 

霊使がそう宣言すれば相手もデュエルディスクを構えて応戦する態度を取る。

ここに居るのは既に機械と人間―――ではなく。ただの二人の決闘者だ。

霊使は迷うことなくデッキの上から五枚を手札に加えて、その手札の容赦のなさに思わず吹き出しそうになってしまった。

 

『デハ、ワタシノターンカラ。ワタシハ"天空の使者ゼラディアス"ヲ手札カラステテ"天空の聖域"ヲ手札ニクワエマス。ソシテ、ソノママ"天空の聖域"ヲハツドウシマス。』

「へ!?【代行天使】!?」

 

霊使は相手の初手で相手の用いるデッキを看破してしまった。それは【代行者】と呼ばれるモンスター達を中心とした光属性、天使族などで構成されたえげつないデッキ。その名も【代行天使】。このデッキは馬鹿みたいに高い制圧力とそれなりにある展開力で力押しするデッキとなっている。無論霊使の用いる【憑依装着】との相性はそこまでよろしくは無い。

 

『ツヅケテ手札ノ"命の代行者ネプチューン"ノコウカハツドウ。コノカードヲ手札カラステテ"創造の代行者ヴィーナス"ヲ手札カラ特殊召喚シマス。』

「なんか手札整ってるね?」

 

一言で言えば―――ぶん回っている。それだけ警備ロボ本体の初手が良かったということだろうか。少なくともこの"創造の代行者ヴィーナス"の効果が通ると非常に不味い。主に、展開がさらに続くという意味で。

 

『ワタシハ"創造の代行者ヴィーナス"ノコウカハツドウ。500ノライフポイントヲシハライデッキカラ"神聖なる球体(ホーリーシャインボール)"を特殊召喚。コノコウカヲモウイチドハツドウシテデッキカラモウイッタイノ"神聖なる球体(ホーリーシャインボール)"ヲ特殊召喚。』

「…ヴェーラーが欲しい…。」

 

警備ロボット LP8000→LP7500→LP7000

 

霊使のデッキには確かに"エフェクト・ヴェーラー"を搭載している。だからと言って初手に必ず"エフェクト・ヴェーラー"を握れるとは限らないわけだ。サーチ手段は確かに存在するし、そのカードは霊使のデッキとの相性は悪くない―――むしろいいまであるが、それでもいくら念じようと"エフェクト・ヴェーラー"が手札に加わるわけでは無い。

 

『ワタシハ"神秘の代行者アース"ヲ通常召喚シマス。ワタシノフィールドジョウニ"天空の聖域"がソンザイスルタメ、コウカデ"マスター・ヒュペリオン"をサーチ。"神秘の代行者アース"ヲ除外シテ"マスター・ヒュペリオン"ヲ特殊召喚。サラニ、"神聖なる球体"二体ト、"創造の代行者ヴィーナス"デリンク召喚。天空神騎士(セレスティアルナイト)ロードパーシアス"ヲリンク召喚。』

 

次々と現れる天使たち。その一体一体が天空に存在する彼らだけの聖域において発揮する途轍もなく厄介な能力を持つ。そしてさらに。今のリンク召喚で墓地に天使族が四体溜まった。

恐らく次に召喚するカードがこのデッキの切り札であり、そして最もエグい効果を持つカード。

 

「墓地に天使族が四体…!くるよ、霊使!」

『墓地ニ天使族モンスターが四体ソンザイスルバアイノミ、コノカードハテフダカラ特殊召喚デキル―――ワタシハ"大天使クリスティア"ヲ特殊召喚シマス。』

 

ウィンの警告が脳を揺らし―――そしてそのカードは神々しさを露わにしてその場に現れた。

 

「"大天使クリスティア"…!まーた厄介なモンスターを…!」

『"クリスティア"ガソンザイスルカギリタガイニモンスターヲ特殊召喚デキマセン。』

「…でも君も"マスター・ヒュペリオン"の効果は発動できない…。そうだろ?」

『肯定シマス。…トイッテモアナタニ"クリスティア"ハトッパデキナイデショウガ…。』

「そいつはどうかな?」

 

相手の"大天使クリスティア"によってモンスターの特殊召喚を封じられている霊使。確かに霊使の切り札級の一枚である"閉ザサレシ世界ノ冥神(サロス=エレス・クルヌギアス)"や"蒼翠の風霊使いウィン"といったEXデッキのモンスターは召喚することができない。

だが。

それでも。

力押しという暴力には、天使たちも抗えない。

 

『ワタシハコレデターンエンド。』

 

警備ロボット・本体 LP7000 手札一枚

フィールド   大天使クリスティア

        マスター・ヒュペリオン

        天空神騎士(セレスティアルナイト)ロードパーシアス

フィールド魔法 天空の聖域

 

強大な力を持つ天使三体を前に霊使は立ち向かわなければならない。そうでなければここで足止めを喰らった挙句誰も救えないなんて最悪の展開になりかねない。

 

「手段は選んでられない…か。俺のターン、ドロー。」 

 

だから手段は選ばない―――そう決意してデッキの上から一番上を手札に加えた。引いたカードはいつもの"精霊術の使い手"。そして手札にはいつもの如く"憑依装着―ウィン"と、"妖精の伝姫(フェアリーテイル)"。今となってはこのいつも通りの手札がこんなに安心するなんて思いもしなかった。

おまけにその他の初手に"憑依覚醒"、"強欲で貪欲な壺"、"大霊術―「一輪」"まで抱えている。

これは酷い―――そう思いながら霊使はカードを動かし始めた。

 

「俺は魔法カード"強欲で貪欲な壺"発動。デッキの上から10枚を裏側で除外してデッキから二枚ドロー。―――うわぁ…。」

 

今、ドローしたカードはまさかの"憑依装着―エリア"とまさかまさかの"憑依覚醒"。もはやこれは酷いなんて話ではない。もはや敵がかわいそうになるレベルで引きがいい。

久しぶりの出番を息巻いて待つエリア。その様子がカードを通して伝わってくる。

 

「取り敢えず、手札から"憑依覚醒"二枚と"妖精の伝姫"、"大霊術―「一輪」"発動。さらに手札から"憑依装着―ウィン"を召喚。もともとの攻撃力が1850の魔法使い族モンスターを召喚したから"憑依覚醒"の効果発動。一枚ドローさせてもらう。」

『デハ、ソノコウカニタイシテ手札ノ"幽鬼(ゆき)うさぎ"ノコウカハツドウ。手札ノコノカードヲステテ"憑依覚醒"ヲハカイシマス。』

 

"幽鬼うさぎ"―――相手フィールドのモンスターの効果、または既に発動されている魔法・罠カードの効果が発動した時手札から捨てることで効果を発動したカードを破壊できるカード。霊使愛用の"エフェクト・ヴェーラー"と同じく手札で効果を誘発するタイプ―――手札誘発のカードだ。

といってもモンスターの手札誘発効果も()()()()()()()()()()のに変わりはない。故に"大霊術―「一輪」"によるフリーチェーンの効果無効化には対応できないというわけだ。

その事を知っている霊使は安心してその効果を捌くことができた。

 

「その効果は"大霊術―「一輪」"で無効。―――効果は無効になったが"幽鬼うさぎ"は墓地に捨てられたままだ。―――少なくともこのターンは凌がれるが…。」 

『…"天空の聖域"ハ天使族ノ戦闘デ発生スル戦闘ダメージヲムコウニシマスカラネ』

 

そして今、相手には伏せカードも手札も何もない。道を阻むのは三体の天使族モンスターのみ。そして、引いたカードは"憑依装着―ライナ"。この決闘では常に上振れを叩きだしている。

 

「"妖精の伝姫(フェアリーテイル)"の効果は、自分フィールド上に同名カードが存在しない攻撃力が1850の魔法使い族モンスターを手札から相手に見せて発動できる。…そのモンスターを()()()()する。」

『…アナタハスデニ通常召喚権ヲシヨウシテイルハズデハ?』

 

警備ロボットの言うことも最もだ。現に霊使は"憑依装着―ウィン"を通常召喚しており、本来ならばこのターン、通常召喚を行う事は出来ない。通常召喚は一ターンにつき一回。それがデュエルモンスターズのルールだからだ。といってもこのルールはカードの効果で簡単にすりぬけることができる。"二重召喚(デュアルサモン)"がいい例であろう。"二重召喚"の効果は単に発動したターンは二回通常召喚ができるというモノ。"妖精の伝姫"は効果の処理として自分フィールドに同名モンスターが存在しない攻撃力1850の魔法使い族モンスターを通常召喚するカード。本質は違うが「通常召喚が可能な回数」を増やすカード。―――それが"妖精の伝姫"なのだ。

 

「"妖精の伝姫"の効果にによる通常召喚だ。通常召喚権は使わない…!俺は手札の"憑依装着―ライナ"をお前に見せて、"憑依装着―ライナ"を通常召喚する!」

 

つまり、特殊召喚で無いために"大天使クリスティア"のロック効果は"妖精の伝姫"の効果を制限することはできない。―――そして、今、霊使のフィールド上には風と光―――二種の属性が存在する。

 

「"憑依覚醒"の効果!自分フィールド上のモンスターの攻撃力は自分フィールド上の属性の数×300上昇!それが、二枚!流石に機械ならこれ位の計算は出来るだろ?―――バトル!"憑依装着―ライナ"で"大天使クリスティア"を攻撃!」

 

300×2×2=1200。今のウィンとライナの攻撃力は1200上昇しているのだ。二人の元々の攻撃力は1850であり、上昇値を含めると"青眼の白龍"を超える3050という攻撃力を持つ。"大天使クリスティア"の攻撃力は2800。主力モンスターとしては十分な数値であるが―――如何せん相手が悪すぎた。

何故なら霊使のモンスターは属性の違うモンスターが場に出るたび、攻撃力が600上昇するのだ。"パーシアスの神域"でもあれば話は別だっただろうが、耐久寄りの"天空の聖域"を発動してしまった時点でこの盤面は既に決まっていた。

フィールドを見ればライナが閃光と見紛うような速度の蹴りをクリスティアの胴体に叩き込んでいる。時には拳、や肘を交えながら、クリスティアの体を跳ね上げていく。

 

「いっくよー!」

 

そんな調子でいつの間にか空の彼方へ打ち上げられていたクリスティアに向かってライナが杖の先を向けた。霊使い達の絆の力で増幅された余りにも太い極光がクリスティア目掛けて打ち出される。結果、クリスティアは叫び声をあげる事無く消滅。ふんすとドヤ顔を披露するライナに若干恐怖を覚えた警備ロボットであった。

 

『"大天使クリスティア"ガ墓地ヘオクラレルバアイ、コノカードハ墓地ニハイカズデッキノ一番上ヘオク。』

「戦闘ダメージは"天空の聖域"の効果で0になる…か。今は取り敢えずモンスターを何とかするか。…続けて"憑依装着―ウィン"で"マスター・ヒュペリオン"を攻撃!」

 

今度はウィンが暴風を発生させ、マスター・ヒュペリオンを暴風で空高く巻き上げる。そのままウィンはその暴風を操りマスター・ヒュペリオンを暴風共々地面に叩きつけた。四肢があらぬ方向に曲がったマスター・ヒュペリオンのソリッドビジョンは力尽き、その姿をフィールド上から消していく。

 

「メインフェイズ2。手札一枚(エリア)をコストに速攻魔法"精霊術の使い手"発動。デッキから"憑依装着―ダルク"を手札に、"憑依連携"を自分フィールドにセットしてターンエンド。」

 

霊使 LP8000 手札一枚

フィールド   憑依装着―ウィン

        憑依装着―ライナ

魔法・罠ゾーン 憑依覚醒×2

        妖精の伝姫(フェアリーテイル)

        伏せ×1

フィールド魔法 大霊術―「一輪」

 

警備ロボットは分かりやすくエラーを起こしていた。たったの一ターンで優位な状況からいきなり対等―――それ以下までフィールド・アドバンテージを広げられた。それは確かに処理能力超えてフリーズするよなぁ―――なんてのんきなことを下手人は考えていた。

 

『ワタシノターン…ドロー。…ワタシハテフダノ"閃光の結界像"ヲ召喚。ソシテ、"天空神騎士(セレスティアルナイト)ロードパーシアス"と"閃光の結界像"デリンク召喚。アラワレヨ、"アクセスコード・トーカー"。』

 

現れるのは巨大な槍を持ったモンスター。大体のゲームにおいて、フィニッシャーとなるそれは、リンク素材にしたリンクモンスターのリンクマーカーの数×1000攻撃力が上昇する。そして墓地のリンクモンスター一体を除外して相手カードを一枚破壊する効果を持つ。しかもこれは墓地にある属性分だけぶっ放せるので大体のデッキはこのカードを採用している事だろう。

 

 

『"アクセスコード・トーカー"ノダイイチノ効果ヲハツドウシマス。』

「それは勿論、「一輪」で無効に。」

『デスガ、"アクセスコード・トーカー"ダイニノ―――』

「ちょっと待った!」

『ナンデスカ?』

 

"アクセスコード・トーカー"は非常に強力なモンスターだ。自身の打点をパンプアップさせる効果も、相手のカードを問答無用で一枚破壊する効果も、この効果の発動に対して相手はカードの効果を発動できないというとんでもないテキストが書かれている。だが、そんな"アクセスコード・トーカー"にも弱点はある。例えば―――

 

「俺はアクセスコード・トーカーの第一の効果の処理の終了後にこのカードを発動させてもらう。"憑依連携"!」

『―――シマッタ!』

 

効果の処理後、とかである。

 

「"憑依連携"は手札、墓地から守備力1500の魔法使い族モンスター一体を特殊召喚できるカード!更に自分フィールド上に属性が2種類以上あれば相手フィールドの表側表示のカード一枚を破壊することができる!俺は墓地から"憑依装着―エリア"を特殊召喚!そして、"アクセスコード・トーカー"を破壊する!」

『―――ギギギ…ターンエンド…。』

 

警備ロボット・本体 LP7000 手札0枚

フィールド   無し 

魔法・罠ゾーン 無し

フィールド魔法 天空の聖域

 

一縷の望みを賭けたであろう"アクセスコード・トーカー"は一瞬で破壊した。効果を使われると厄介そのものだからだ。

そして自分フィールド上には攻撃力3650のモンスターが3体並んでいる。これで力押しすれば勝てる。おまけに効果破壊耐性付きだ。

 

「俺のターン…ドロー!手札の"憑依装着―ダルク"を召喚!"妖精の伝姫"の効果で"憑依装着―アウス"を召喚して―――バトル!」

 

警備ロボットのフィールドには警備ロボ自身を守るモンスターはもう存在しない。手札も伏せカードもすでに何もない。つまり、この攻撃は防ぐことはできない。おまけに、既にウィン達の攻撃力は4850の大台に達している。

 

「まずは"憑依装着―エリア"で!」

 

警備ロボット・本体 LP7000→2150

 

「とどめは"憑依装着―ウィン"の攻撃!」

 

警備ロボット LP2150→0

 

警備ロボットは最後の抵抗すら行う事が出来ずに少年少女たちの前に物言わぬ鉄塊となった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「力押しが…すぎる…。」

 

霊使と警備ロボの一戦をモニターしていた創は思わずそう漏らした。誰だって攻撃力4850が五体並ぶという地獄絵図には遭遇したくないはずだ。だが、それが強力な戦法なのも事実だ。現にその余りにも力押しすぎる戦法に対して【代行天使】を操る警備ロボットは何もできずに鉄塊へと姿を変えたのだから。

 

「面白い…!」

 

これが未来を支える少年たちの力。まさかここまでの力を得ていたとは創も予想外であったが、それでも計画には何一つ変更はない。何故ならすでに引き返せないところまで来ているから。

 

「全くあいつ等は…。力押しが過ぎるな。」

「うん。」

 

風見颯人も創と同じようにモニターにかじりついていた。それは自分を救いに来てくれるという安心感か、それとも俺はここで待っているからさっさと来いという激励か。

 

「お。次は奈楽か…。」

 

創が見つめるモニターの先、そこには奈楽と警備ロボットが対峙する姿が鮮明に映し出されていた。




登場人物紹介

・四遊霊使
力押しで【代行天使】を倒した。
「やはり攻撃力…!攻撃力は全てを解決する…!」

・警備ロボ
被害者

というわけで今回は久しぶりの決闘(デュエル)回でした。
遊戯王の二次創作なのにそこまでデュエルしない作品があるらしいすよ(自虐)

決闘の推敲などよろしくお願いします


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蟲惑魔と希望と最終兵器(リーサルウェポン)

 

「…どうやら霊使君曰く、巨大な機械がこの警備ロボットの親玉みたいだね…フレシア。」

「じゃあ、目の前に居るコレがボスってことですよね…?そうですよね?奈楽。」

 

霊使からの連絡を受けたとき、奈楽とフレシアは丁度目の前の敵―――警備ロボットと対峙していた。大体はフレシア達蟲惑魔が作った穴に落っこちていてまともにたどり着けるものさえ皆無だ。警備ロボットたちは蟲惑魔と共生する昆虫たちに貪られ、その大半が機能を停止していた。

そんな折にとうとう本体が出張って来たのだ。

 

「ちょうどいいじゃないか!」

 

奈楽はそう叫びたくなった。

丁度フレシアに()()を与えなければと思っていたところだ。流石に人間や野生の動物を食べさせるわけにもいかないので基本的は数日おきにフレシアと粘膜接触を図っている。が、それだけではどうにも足りないらしい。人間の食物でも腹は膨れるが―――フレシアの嗜虐心を満たす相手を喰らってこそ、フレシアは「真の満腹」を得られないらしい。

 

「―――むぅ。鉄はあんまり美味しくないんですよね…。」

 

故に余りこういった無機物を彼女たちは好まないのだ。確かに人間もこんな鉄の塊を食うかと聞かれたら否と答えるだろうが。でも、()()()()()()()()()()こそフレシアはぼやく。

なんというか目の前のロボットはフレシアにとっては餌でしかないらしい。

 

「美味しい美味しくないの問題じゃないよ…?」

 

だから奈楽はそう言わずにはいられない。奈楽にしてみれば、これを倒さなければ父に会う事は出来ないし友人も救う事が出来ないから。

 

「分かってますよ。でも、お腹がすくんです…。」

 

流石のフレシアもそれは分かっているようで。それでもお腹がすくとこぼしてしまう。お腹がすくのは生理現象だから仕方が無いところもある。

それは奈楽もよく知っている事だ。

 

「そうだね…。確かに無機物の鉄はフレシアの口には合わないかもだけど―――」

 

だから、フレシアにとある提案をしようとして―――

 

『シンニュウシャ、ハイジョ。』

 

それは巨大な何かが地面をける音でかき消されてしまった。音の発生源を見れば二人が話しているのを見てしびれを切らしたのか警備ロボがまっすぐに突っ込んできた。「決闘をしないなら去れ」と言わんばかりの勢いで二人に向かって突進してくる。そんなロボットの様子を見て奈楽は呆れたかのように首を振るう。

 

「やれやれ…。フレシア!行くよ!」

 

どうやら、ご飯の話をするにもまずは目の前のロボットを倒すのが最優先らしい。奈楽は頭を抱えて、そのあとすぐに意識を決闘へと切り替えた。

 

「お望み通りの…決闘をしようか!」

 

奈楽はそう宣言するとデュエルディスクを構える。それをデュエルの意志ありと踏んだのか警備ロボットは自身の動きを制御して丁度奈楽の前でその動きを止めた。

 

「…じゃあ、始めようか。」

『ワタシノターン…。ワタシハカードヲ1マイフセテ"テラ・フォーミング"ヲハツドウ。デッキカラフィールド魔法デアル"化合電界(スパークフィールド)"ヲ手札ニクワエハツドウシマス。サラニワタシは"化合電界"ノ効果デリリースナシデ"フェニックス・ギア・フリード"ヲ通常召喚。』

「デュアルモンスターデッキ…!」

 

"デュアルモンスター"。それは墓地やデッキにある時は通常モンスターであり、フィールドに居る時にもう一度召喚することで効果モンスターとなるモンスター達の総称である。故に通常モンスターサポートと効果モンスターサポートのどちらも受けることができるのがおいしいところだ。

 

「厄介…ってほどじゃないか。」

「確かに…。複数体並ぶ…なんてことはほとんどないんじゃないでしょうか?」

「だよね。」

 

だが、デュアルモンスターにも弱点はある。それは横に並べるのが非常に大変であるという事だ。例えば特殊召喚を使わずに最上級のデュアルモンスターを出そうと思えばまずは生贄用のモンスターをそろえるのに2ターン、通常召喚権を使って、再度召喚するのにさらに2ターン。合計して計4ターンもかかってしまうのだ。"化合電界(スパークフィールド)"のおかげで1ターンに一度リリース無し且つ追加でデュアルモンスターを召喚できるが。

 

『ワタシハ"化合電界(スパークフィールド)"ノ効果デ"フェニックス・ギア・フリード"ヲモウイチド通常召喚シマス。サラニ永続魔法"妖精の伝姫(フェアリーテイル)"ヲハツドウ。"妖精の伝姫"ノコウカデ"妖精伝姫(フェアリーテイル)―カグヤ"ヲテフダカラ公開シテ通常召喚シマス。』

「…あ。なんか嫌な予感がする…。」

「奇遇ですね。私もです。」

 

"妖精伝姫―カグヤ"は至ってシンプルで強力な効果を持つ。第一の効果は―――

 

『"妖精伝姫(フェアリーテイル)―カグヤ"ノ効果デデッキカラ攻撃力1850ノ魔法使い族モンスターデアル"妖精伝姫(フェアリーテイル)―シンデレラ』"を手札に。』

「そういや元々"カグヤ"は【妖精伝姫】のカードだったね!霊使君のせいでですっかり忘れてたよ!」

 

攻撃力が1850である魔法使い族のモンスター一体をデッキから手札に加える効果。霊使が使う"憑依装着"モンスターは全員が攻撃力1850であるために霊使も使用しているカードだ。というか、霊使が使用している印象が強すぎてどうにも【憑依装着】のサポート感は否めない。

 

『ワタシハコレデターンエンド。』

 

警備ロボット・本体 LP8000 手札1枚

フィールド   フェニックス・ギア・フリード

        妖精伝姫(フェアリーテイル)―カグヤ

魔法・罠ゾーン 妖精の伝姫(フェアリーテイル)

伏せ×1

フィールド魔法 化合電界(スパークフィールド)

 

各"妖精伝姫"はそれぞれサポート・妨害に徹した効果を持っているレベル4、魔法使い族モンスターの集まりだ。例えば"カグヤ"は自身と相手のカード一枚を手札に戻すという厄介極まりないない効果を持っている。自身が対象のカード一枚を墓地に送ればその効果を無効にできるが十分に厄介極まりない。

 

「僕のターン。ドロー。僕は"ランカの蟲惑魔"を通常召喚。」

『"ランカの蟲惑魔"ノ召喚成功時ニ罠ハツドウ。"センサー万別"!』

「おっと…。中指立てていいかい?」

 

"ランカの蟲惑魔"の召喚成功時に警備ロボットが発動したカードはまさかまさかの"センサー万別"。"センサー万別"はお互いにフィールド上に同じ種族のモンスターは一体しか存在できないという制約を掛ける罠カード。そして、蟲惑魔は昆虫族と植物族の二種の属性で構成されている。そして、センサー万別がある限りは自分フィールドに存在する種族と同じカードは特殊召喚することが出来ない。

 

「…"ランカの蟲惑魔"の効果でデッキから"ジーナの蟲惑魔"を手札に。そして、カードを一枚伏せてそのカードを墓地に送ることで手札から"ジーナの蟲惑魔"を特殊召喚するよ。」

 

"ランカの蟲惑魔"は昆虫族で"ジーナの蟲惑魔"は植物族。故に"センサー万別"の制約は効かないのだ。この二体で何とかするしかないと思って―――そういえば、と思い出した。

 

「僕は"ランカの蟲惑魔"と"ジーナの蟲惑魔"の二体でオーバーレイ!」

『"蟲惑魔"エクシーズモンスターハ召喚デキナイハズ…?』

 

純粋な蟲惑魔だけで組んでしまうとその最高打点は"アロメルスの蟲惑魔"の攻撃力2200である。流石にそれはまずいと踏んで何枚か高い攻撃力を持つエクシーズモンスターを採用したのだ。そして、それらは全て植物族でも、昆虫族でもない。―――本来なら蟲惑魔達でアドバンテージを取ったうえでフィニッシャーとして採用したのだが、それはまぁ、嬉しい誤算というやつだ。

 

「レベル4モンスター2体でオーバーレイネットワークを構築!エクシーズ召喚!"No(ナンバーズ).39 希望皇ホープ"!」

 

蟲惑魔達は皆レベル4のモンスター。採用するエクシーズモンスターももちろんランク4のモンスターだ。例えば蟲惑魔達を攻撃から守れて、かつ攻撃力も2500とそれなりにある"No.39 希望皇ホープ"はまさにうってつけのエクシーズモンスターだろう。しかもエクシーズ素材も二体でいいため"センサー万別"が存在する場合でもなんとか出せるエクシーズモンスターでもある。逆に言えば除去を喰らったらおしまいなのだが。

 

『"妖精伝姫(フェアリーテイル)―カグヤ"ノ効果ハツドウ!』

「EXデッキから"No.39 希望皇ホープ"を墓地へ送って効果を無効!」

 

警備ロボットは迷わず"No.39 希望皇ホープ"の処理を狙ってきたが流石にそれは対処を行う。そうでなければフィールドにモンスターが居なくなっておしまいだ。

だからこそ、きっちり、堅実に―――そして確実に。相手の手を一つ一つ潰していく。負けたくないから。勝たなくてはいけないから。

 

「―――バトルだ!"No.39 希望皇ホープ"で"妖精伝姫(フェアリーテイル)―カグヤ"を攻撃!」

『ギギギ…!』

 

警備ロボ・本体 LP8000→7350

 

少女のような姿をした狐を希望の剣は容赦なく切り裂いた。その衝撃は容赦なく警備ロボにも襲い掛かる。

そしてこれで奈楽のもう一枚の切り札の召喚条件は整った。奈楽はその切り札を召喚するための行動を行う。

 

「メイン2!自分のエクシーズモンスターが戦闘を行ったターンに一度、このカードは自分のエクシーズモンスターに重ねてエクシーズ召喚することができる!」

『マサカ!?』

「流石にあれだけ暴れまわったら知ってるよね!"No.39 希望皇ホープ"一体でオーバーレイ!」

 

希望の皇は天に上り、天からは奈楽のもう一体の切り札がやってくる。それはメテオニスとはまた違った―――どちらかと言えば特撮やロボット物のアニメにありそうな横道な人型の巨大ロボットであった。

 

「天の彼方より雷霆纏いてこの地に降り立ち、あまねく物を殲滅せよ!エクシーズ召喚!"天霆號(ネガロギア)アーゼウス"出撃!」

 

その名は"天霆號(ネガロギア)アーゼウス"。エクシーズ召喚を用いるデッキにおいての最終兵器となりかねない途轍もないパワーを秘めたカードである。

 

「僕はこれでターンエンド。」

 

奈楽 LP8000 手札四枚

フィールド 天霆號(ネガロギア)アーゼウス (X(エクシーズ)素材×3)

 

奈楽のフィールドには"天霆號(ネガロギア)アーゼウス"ただ一体。そんなフィールドを不満げに眺めているフレシア。確かにエクシーズ召喚は出来ないけれど、それでもどこかで奈楽を支えたいと思っていたのだろう。だがデュエルモンスターズというライフを削り合うゲームの都合上、自分達では圧倒的火力に勝ることはできないとも分かってもいるが。

 

『ワタシノターン…。ドロー…。ワタシハ"ダークストーム・ドラゴン"ヲ"化合電界"ノ効果デリリースナシデ召喚。サラニ"化合電界"ノ効果ハツドウ。"ダークストーム・ドラゴン"ヲ再度召喚。サラニ"妖精伝姫―カグヤ"ノ効果ハツドウ。』

 

だが、相手はフレシアをそんな感情に飲み込むことさえ許してはくれない。相手は着々と奈楽の息の根を止めに来ているのだ。状況を見逃したら勝てる相手にも勝てなくなってしまう。

 

「"妖精伝姫―カグヤ"の効果は"天霆號アーゼウス"を墓地に送って無効に―――なんてできないからなぁ。制限だからね。だから僕は"カグヤ"の効果にチェーンして"天霆號アーゼウス"の効果発動!」

 

カグヤの効果が発動する前に、先に奈楽の"アーゼウス"の効果が発動する。"アーゼウス"の周囲を漂う光の玉が"アーゼウス"に吸収され―――そして、目もくらむような轟雷が幾度もフィールドに降り注いだ。それは、敵も味方も関係ない殲滅。その姿は、まさに正しく"最終兵器(リーサルウェポン)"。

 

「"天霆號アーゼウス"の効果。X(エクシーズ)素材を二つ使う事でこのカード以外のフィールドのカード全てを墓地に送る。―――"神滅の雷霆(ネガロギア・ジャッジメント)"。」

 

その身に余るエネルギーを全開放し、焦土と化したフィールドに立つのはただ一機。効果を発動した"天霆號アーゼウス"のみ。その凄惨な有様に思わずフレシアも目を逸らしてしまう。

 

『ギギギ…ターン、エンド…!』

 

警備ロボット LP8000 手札一枚

フィールド   なし

魔法・罠ゾーン なし

 

結果として、警備ロボットは何も行う事が出来ずにターンエンド。改めて"天霆號アーゼウス"がどれほどぶっ壊れているのかを実感し、―――相手に使われたらいやだなぁ、なんてことを考えながら、奈楽はとどめを刺しにかかった。

 

「僕のターン…ドロー。僕は手札から"ティオの蟲惑魔"を通常召喚。"ティオの蟲惑魔"の効果で墓地から"ランカの蟲惑魔"を特殊召喚。…僕は"ティオの蟲惑魔"と"ランカの蟲惑魔"の二体でオーバーレイ。二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築!」

 

蟲惑魔たちは光の玉となり、空へと消える。いつも通りの光景だ。―――それがひどく懐かしく感じるのはどうしてなのだろうか。やっぱりこんな形で蟲惑魔エクシーズモンスターを召喚すること自体が久しぶりだろうからか。

 

「エクシーズ召喚!おいで、"アロメルスの蟲惑魔"!」

 

呟く言葉に呼応するように"アロメルスの蟲惑魔"がフィールドに現れる。どうやら彼女はやる気に満ちているようで少し安心した。ちなみにだが、アロメルスはタマシイを変質させる力があるが、それは味方に関しても適応可能だったりする。蟲惑魔限定且つ、より多くの(X素材)を必要とするが。その分完璧な―――それこそ蘇生と言っても過言ではない力を彼女は持っているのだ。

 

「"アロメルス"の効果発動!X(エクシーズ)素材を二つ使い墓地から"ジーナの蟲惑魔"を蘇生するよ。更に手札から魔法カード"死者蘇生"発動!墓地から"ランカの蟲惑魔"を蘇生するよ。―――ごめん、フレシアの出番ないや。」

「えっ?」

 

その効果を使えば、あれよあれよという間にモンスターが増えて、いつの間にかモンスターが四体になっていた。アーゼウスの攻撃力は3000、アロメルスの攻撃力は2200、ランカの攻撃力は1500、そして、ジーナの攻撃力は1400。しかしながらフレシアの攻撃力は300。おまけに"団結の力"はいま、手札にはない。

つまるところ、今、このタイミングに置いて言えばフレシアの召喚は事態の悪化を招きかねない、というのが実情だ。

 

「…この低攻撃力今だけは憎いですっ…!」

「適材適所とは言うけれど…ね。バトル!」

 

襲い掛かるモンスター達の背後。二人は何やら話しているようだが、その会話は警備ロボットには聞き取れない。それでも当人たちが楽しそうにしているのは分かった。

結局最後まで()()()()()()()()()()()()()、と。そんな事を記録に残しながら(考えながら)警備ロボットはその役目を終えたのであった。

 

警備ロボット・本体 LP7350→0

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「分かってます。分かってますとも。ええ。あそこで私を出していてもこんなに簡単には勝負がつかないという事位理解していましたとも。」

 

奈楽は頬を膨らませてそっぽを向いているフレシアの機嫌取りに必死だった。今回のデュエルで出番が一切なかったフレシアは―――完全に拗ねてしまっていた。相手が"センサー万別"を使わなければ出番もあったのだが。

 

「…それでもちょっとくらい頼ってほしかったんですよ?」

「ごめん。」

「ダメです。許しません。」

「えぇ…?」

 

流石にフレシアも決闘の結果にギャーギャー言っているわけでは無い。だが、それでも。何故フェイバリットカードである自分を使わなかったのか。できればもう少し頼ってほしかった。これはフレシア自身のエゴである。

 

「取り敢えず話は二人を助けた後でたっぷりしましょうか。」

「…はい。」

 

今日の()()は自分かぁ…。そんな事を思いながら奈楽は父と友の元へ向かう。その胸に自分の選択を抱いて、―――もう一度父と相対するために。

奈楽は通路の終わりの扉を―――大きく息を吸い込んで、開け放った。

 




登場人物紹介

・星神奈楽
ぶっちゃけ颯人助けなきゃいけねぇ!ってなってて手段を選ばずに勝ちに行った人。
正直"天霆號アーゼウス"は奥の手中の奥の手でそこまで召喚する機会はないと思われる。

・フレシア
出番なし。

・警備ロボット
被害者

というわけで奈楽君の決闘だったわけですが…いかがだったでしょうか?なんというか今回蟲惑魔の出番そこまでなかったような気がする…。


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リチュアと軍貫、時々ワンキル

 

奈楽が警備ロボットの本体と対峙するのとほぼ同時。そして、霊使が警備ロボットの本体を撃破するのと同時。水樹もまた警備ロボットと対峙していた。といっても小型の警備ロボットはエリアルの振るう杖に撃退されてその数をどんどん減らしている。だが、エリアルの目にははっきりとした焦りがあった。当たり前だ。友人に危機が迫っているのだから。だからこのまとわりつくコバエにも満たないような存在が水樹(マスター)と自分の足を取っていることにいら立ちを隠せない。

 

「ああもう!邪魔だなぁ!僕と水樹の邪魔をしないでよ!」

 

とうとう堪忍袋の緒が切れたエリアルは自身の姿を変化させる儀式を行おうとする。もちろん肉体に意識は残るし、元の姿に戻る可逆性もあるので安心できる儀式だ。

だが、そんなエリアルを呼び戻したのは他ならない水樹の声だった。

 

「エリアル、ステイ!邪魔なのはわかるけど今、マインドオーガスになったら―――!」

 

水樹はその後の言葉を飲み込んだ。僕が、瓦礫に押しつぶされて死ぬ―――。そんな事を言ってしまえばただでさえウィンダの事でもい詰めている彼女をさらに追い詰めることになってしまうだろう。だから、水樹は何も言わずに飲み込んだ。エリアルならきっと止めてくれると信じて。

 

「ああ!もう!何か手っ取り早い方法は!?」

 

語勢を強めてエリアルが何か楽な方法はないか聞いてきた。

 

「――エリアルッ!どうやらこのロボットたちには本体が居るっぽいよ!」

「見た目で分かる?」

「うん。―――でかいのだ。」

「じゃあ、これを鉄くずに変えればいいってわけだね!」

 

エリアルの問に叫ぶようにして答える水樹。霊使は本当にいいタイミングでこの情報を送ってくれていたと思う。そうじゃなければ今頃がれきの下だっただろう。

気付けば、目の前に現れた一際でかいロボットをエリアルが叩き潰そうとして―――相手がデュエルディスクを構えているのに気が付いた。なるほど、叩き潰さなくて良い分楽になる―――そう考えて、エリアルはこの決闘を受けることにした。

水樹の方を見れば既にデュエルディスクを構えてやる気満々といった感じだ。

 

『デュエル!ワタシノターン。…ワタシハ手札ノ"しゃりの軍貫"ヲ公開シテ"赤しゃりの軍貫"ヲ特殊召喚!』

「お寿司だぁ!」

 

そうして始まった水樹とエリアル対警備ロボット本体の決闘(デュエル)。警備ロボットの使うデッキは寿司―――というか軍艦巻きがモチーフの"軍貫"。何となく寿司が食べたくなってくる。エリアルも先ほどまで纏っていた剣呑な雰囲気は消え去り、涎を垂らして"赤しゃりの軍貫"を見つめていた。

 

「今日の晩御飯お寿司がいいなぁ。」

「はいはい。―――取り敢えず目的は見失わないでね。」

「ん―――。どうせソリッドビジョンじゃ味感じないしね。」

 

どうやらエリアルは好物の寿司を見たことでいくらか気持ちも落ち着いたらしい。気持ちを新たにウィンダを助けると誓ったことでか面持ちが軽くなった。

 

『ワタシハ"赤しゃりの軍貫"ノ効果ハツドウ!デッキカラ効果ヲ無効ニシテ"いくらの軍貫"ヲ特殊召喚シ、ソノゴソノモンスタートコノカードヲエクシーズ素材トシテEXデッキカラソノカードメイガシルサレタエクシーズモンスターヲエクシーズ召喚扱イトシテ特殊召喚スル!"弩級軍貫―いくら型一番艦"ヲ特殊召喚!ソノゴ、"いくら型一番艦"ノコウカハツドウ。"しゃりの軍貫"アツカイノ"赤しゃりの軍貫"ヲエクシーズ素材トシタタメ一枚ドロー!』

「いくらだぁ!水樹、いくらだよ!?行っていいよね?」

「エリアル!?」

 

本当にさっきまでの雰囲気はどこへやら。何気にお高い食材であるいくらが山ほど乗った豪華な―――そして本当に軍艦なんじゃないかと思わせるような"軍貫"がフィールドに現れた途端、エリアルが涎を垂らして出番を待ち構え始めた。何気にドローを行っているがそれはネタが切れない―――という事を現しているのだろうか。後、艦体に施されている「いくら」の飾り切りが妙に気になる。だが、エリアルはどうにもそれに気づいていないようだ。

どうやら彼女は好物にはとことん目が無いらしい。こんな形でエリアルの一面を知ることになるとは思いもしなかったが。はしゃぐ彼女に少しだけ心が奪われそうになる。

だが、水樹は心を鬼にしなければならない。そう、彼女には目の前にある好物を我慢してもらわねばならない。何故なら―――

 

「エリアルじゃ攻撃力が足りない!」

 

そういうことである。

水樹の言葉に分かりやすくテンションを下げるエリアル。「しょぼーん」という擬音がピッタリ当てはまる位に落ち込んでいるエリアル。エリアルの胃の容積(攻撃力)では"弩級軍貫―いくら型一番艦"を完食(破壊)できないのだ。食べるのは良いがお残しは許さない水樹にとってそれは許される行為であり、たとえ珍しく年相応の姿をみせるエリアルと言えども容認できない。だから、今回彼女の出番はマインドオーガスくらいでしかないのだ。悲しいかな、エリアルは目の前でお預けを喰らう以外に道は無かったのである。

 

『ツヅケテワタシハ"しゃりの軍貫"ヲ通常召喚。手札ノ"しらうおの軍貫"ハ自分フィールド上ニ"しゃりの軍貫"がソンザイスルバアイ手札カラ特殊召喚デキル!"しらうおの軍貫"ヲ特殊召喚!』

「レベル4の"軍貫"が二体…。次のネタが来るよ!」

『ワタシハ"しゃりの軍貫"ト"しらうおの軍貫"デオーバーレイ。―――"空母軍貫―しらうお型特務艦"ヲエクシーズ召喚。』

「しらうお…。こりゃまた珍しい物を。」

 

次に現れたのはたくさんのしらうおが乗った空母型の軍艦。艦体の滑走路らしき場所にはにはご丁寧に飾り切りで「しらうお」と刻まれている。そんなところにまで労力をかけなくていいだろうに。

 

『"しゃりの軍貫"ヲエクシーズ素材トシタタメ一枚ドロー。サラニ"しらうおの軍貫"ヲエクシーズ素材トシタ"空母軍貫―しらうお型特務艦"ハデッキカラ"軍貫"魔法・罠カードヲ手札ニクワエルコトガデキル。ワタシハ"軍貫処『海せん』"ヲ手札ニ!』

 

そんなおいしそうな外見とは裏腹に効果は確実にアドバンテージを開いていくものだった。水樹は歯噛みしてその光景を見守るしかない。

水樹は、デュエルにおいて少しずつアドバンテージが広げられていくこの感覚はあまり好きではない。自分がどんどん劣勢に追い込まれている気がして気が気賀ではなくなるからだ。

 

『ワタシハフィールド魔法"軍貫処『海せん』ヲ発動!ワタシハコレデターネンド…。』

 

警備ロボット・本体 LP8000 手札4枚

モンスター   弩級軍貫―いくら型一番艦 (X(エクシーズ)素材×2)

        空母軍貫―しらうお型特務艦(X(エクシーズ)素材×2)

フィールド魔法 軍貫処『海せん』

 

攻撃力はそんなに高くないが二体のエクシーズモンスターにフィールド魔法が一枚。手札三枚から実質五枚のアドバンテージを稼ぎ出している。どうやら相手のデッキはアドバンテージを相手に押し付けていくデッキなようだ。

 

「カードは伏せないのかい?それとも―――」

『…』

「沈黙…。勝手に是と取らせてもらうよ。僕のターン。ドロー。」

 

警備ロボットが用いるデッキはエクシーズが主体の軍貫デッキ。それにしてもアドバンテージの稼ぎ方が半端ではない。決闘が長引けば長引くほど不利になるのはこちら側だろう。ならば。

この一ターンで相手を倒しきってしまえばいいだけの話だ。今の手札なら―――水樹のデッキならばそれができるという確信がある。

 

「僕は手札の"シャドウ・リチュア"の効果を発動。このカードを手札から捨てることによってデッキから"リチュア"と名のついた儀式魔法カードを手札に加えることができる。僕はデッキから"リチュアの儀水鏡"を手札に!」

 

そう。水樹のデッキは"リチュア"。このデッキはアドバンテージの稼ぎが非常に行いやすいデッキだ。何度も何度も"儀水鏡"を使いまわし、その他の方法も交えながら"イビリチュア"と呼ばれる儀式モンスターを並べていくデッキだ。そのデッキの回し方によってはレベル10が二体並ぶなんて光景も一ターンで起こりえる。

 

「僕は手札から"リチュアの儀水鏡"発動!手札の"イビリチュア・ジールギガス"をコストに"イビリチュア・ジールギガス"を儀式召喚!1000のライフを支払い"イビリチュア・ジールギガス"の効果発動!」

 

水樹 LP8000→7000

 

早速一体目の儀式モンスターである"イビリチュア・ジールギガス"が姿を現した。エリアル曰く四道零夜の用いる"インヴェルズ・グレス"がリチュアの儀式を乗っ取ってこの姿になったそうだ。狂っていたころのノエリアが儀式で呼び出そうとした際にその事を知ったらしい。エリアルは因縁のあるカードでもあるそれを余り好んではいない。それでも今はリチュアの一員であり、攻撃力3200であるがゆえにデッキから外せないカードの内の一枚でもある。そして、その効果は軍貫にとっては厄介極まりないものである、といういやらしい確信が水樹にはあったのだ。

 

「デッキから一枚ドローする!そのカードを互いに確認しそのカードが"リチュア"モンスターカードならば相手フィールドのカード一枚をデッキに戻すことができる!この効果は対象を足らないよ!さあ行くよ…ドロー。」

 

水樹は穏やかな面持ちでデッキの上からカードを一枚引いた。あたかもそれがリチュアの一員であることがはっきりとわかっているかのように。

 

「僕の引いたカードは…"シャドウ・リチュア"。これは明らかにリチュアモンスターだね。」

『肯定。』

「じゃあ、僕は"弩級軍貫―いくら型一番艦"をデッキに。」

『ワカリマシタ。…"『海せん』"ハ効果デ墓地ニ行カナケレバ効果ヲ発動デキナイ…。』

 

"軍貫処 『海せん』"は相手の効果でEXデッキから特殊召喚された"軍貫"モンスターが墓地へ送られなければ意味がない。つまりデッキへとバウンスする"ジールギガス"の効果に対して"『海せん』"の効果は無力で無意味なものでしかないのだ。

効果を発動したジールギガスは水樹の引いたカードから何かしらの力を受け取るとまっすぐに"いくら型一番艦"へと向かって行く。そして何を思ったのか、唐突に、"いくら型一番艦"を投げ飛ばして転覆させた。ジールギガスの口をよく見れば若干の米粒が付いている。どうやら軍貫は彼―――で正しいのかどうかは分からないがジールギガスの口には合わなかったようだ。だからって軍貫をひっくり返すとは、とんでもないクレーマーである。

 

「続けて墓地の"リチュアの儀水鏡"の効果発動。このカードをデッキに戻すことで墓地の"イビリチュア・ジールギガス"を回収。更に再び"シャドウ・リチュア"の効果。このカードを捨ててデッキから"リチュアの儀水鏡"を手札に。僕は再び手札から"リチュアの儀水鏡"発動!僕は"ヴィジョン・リチュア"をリリースして"イビリチュア・ソウルオーガ"を儀式召喚!」

『儀式召喚ハモンスターノレベルヲ儀式召喚スルモンスターノレベルトオナジニナルヨウニリリースシナケレバナラナイノデハナイノデスカ?』

 

警備ロボットの疑問も最もだ。確かに、"ヴィジョン・リチュア"のレベルは2。しかしながら"イビリチュア・ソウルオーガ"のレベルは8。本来ならば儀式召喚を行う事は出来ない。けれども、"ヴィジョン・リチュア"の場合は話が別だ。何故なら―――

 

「このカードは一枚で儀式のリリースとできるのさ!」

 

そういうことである。儀式そのものが異なる"ドライトロン"とは別の意味で儀式を行いやすくするカード。このカード一枚で儀式の生贄になれるのならば儀式のためにそこまでたくさんのコストを支払う必要もない。つまり、本来ならばアドバンテージを失いやすいという儀式召喚の欠点を見事に中和しているのだ。

 

「そして、手札から"リチュア"モンスターである"イビリチュア・ジールギガス"を墓地に送って"ソウルオーガ"の効果発動!"空母軍貫―しらうお型特務艦"をデッキに!」

『…』

 

そんな事を考えているうちに今度は"ソウルオーガ"によってひっくり返されバウンス(返品)される"軍貫空母―しらうお型特務艦"。どうやら"リチュア"の儀式体は相当なモンスタークレーマーらしい。エリアルもその姿を見て既に「そんなことは無い」とは言い切れなくなっていた。

 

「僕は手札から魔法カード"サルベージ"発動。墓地の攻撃力1500以下のモンスターである"ヴィジョン・リチュア"と"シャドウ・リチュア"を手札に。僕は"シャドウ・リチュア"を墓地に送ってデッキから"リチュアの写魂鏡"を、"ヴィジョン・リチュア"を墓地に送ることで"イビリチュア・マインドオーガス"を手札に!」

 

どうやら相手は自分がここまでモンスターを展開するだなんて思いもしなかったようだ。

最後の召喚さえ通ってしまえばこれでワンショットキルは完成する。哀れ、とうとうエリアルは一口も軍貫を口にすることは終ぞなかったのである。

 

「僕は"リチュアの写魂鏡"を発動!このカードは儀式召喚するモンスターのレベル×500のライフを払う事で儀式召喚を行う事が出来る!僕は3000のライフを支払ってこのカードを儀式召喚する!」

 

エリアルが何やらぶつぶつと呪文を唱え始める。それに伴い水樹を力が抜けていくような感覚が襲う。この感覚は何度やっても慣れるものではないし、それにエリアルもこの儀式は水樹の負担になると分かっているのかあまりいい顔をしていない。

 

「我が命食らいて、この儀式を為せ!悪逆の道をいざ行かん!儀式召喚…出でよ"イビリチュア・マインドオーガス"!」

 

水樹 LP7000→4000

 

エリアルの下半身が魚のような何かに変わった。これがエリアルが自らを生贄として行う儀式の行きつく果てである"イビリチュア・マインドオーガス"。だがエリアルの意識はそこにあるようでまっすぐに倒すべき敵を見つめていた。

 

「バトルだ!行くよ―――!」

 

フィールド上にモンスターが存在しない警備ロボットはこの連続攻撃を防ぐ手立てはない。故に。

水樹の後攻一ターン目でその役目を終了させられてしまった。

 

警備ロボット LP8000→4800→2000→0

 

警備ロボットが最後に記録した光景は、"イビリチュア・マインドオーガス"に変異したエリアルが見せた、何処までも冷たく侵略者の笑みを浮かべた顔だった。

 

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まさか三機全てが破壊されるとは思ってもいなかった。

というか全員合わせても10ターン程度しか経過していない。

恐ろしい―――を通り越してもはや何も言えない。

 

「やれやれとんだお客さんだ。」

「全くだ。」

 

創と颯人は確かに相容れない立場に立っている人間だ。だが、今回の決闘を観戦していて一つだけ共感することができた。それは―――

 

「アイツら本気になるとすげぇ脳筋になる」

 

という感想である。

 

「エリアルのバカ…。」

 

その様子を見ていたウィンダは嬉しそうに呟いていた。こんな危険地帯へと堂々と乗り込んであまつさえ、侵略者としての性を垣間見せてまで自分を吸いに来てくれた友人への呆れや嬉しさが混ざったようなそんな言葉。

 

「本当にあの時の言葉を果たしに来てくれたんだね。エリアル。」

 

ウィンダはそう言って、彼女と友人になった日を思い出していた―――。




登場人物紹介

・二重原水樹
初登場でリチュアワンショットを決めるやべー奴。

・エリアル
寿司が好物。好物を目の前にすると年相応の面が出ることも

・警備ロボット
実は次のターンに"アーゼウス"を用意していた。手札は"闇の量産工場"二枚と"火霊術―紅"が二枚だった。ドローが事故ってた。

リチュアに大暴れしてもらいました。やることなす事えぐいなこれ…。この後には進化も待っている事ですし…。
次回もお楽しみに!


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とある巫女の備忘録 その①

ウィンダは、エリアルが自分を救出しに来てくれたことがとても嬉しかった。互いの部族が戦争を行って、ウィンダとエリアルは何度も殺し合った。

もちろん互いに互いの仲間を傷つけ、時には物言わぬ骸に変えてきた

最終的に戦争こそ有耶無耶になったが、それでも互いに傷つけあったという事実は変わらない。

だからこそエリアルが助けに来てくれたことが、ウィンダには嬉しかった。

 

「本当にあの頃から変わらないよね、エリアルは。」

 

今では唯一無二の親友である、エリアルとの出会いは、「最悪」なんて言葉じゃ足りないほどに最悪だった。

だって、二人は殺し殺されが常の戦場で出会ったから。

それでもウィンダはその過去を懐かしむように思い出す。二人の全ての始まりはそこにあったのだから―――。

 

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ガスタの巫女 ウィンダにとってリチュア・エリアルという少女は不倶戴天の仇でもあり、だが、それ以上に放ってはおけない、危うげな少女だった。

彼女とは戦地で何度も戦ったし、いつも決着は着かなかった。エリアルとウィンダは何度も何度も戦い合って、それでも互いの事なんてよく知らなかった。

でも、これから先もきっと理解し合う事なんてできないし、する必要もない。ウィンダはそう考えていた。何故なら彼女はガスタに侵略を行うリチュアの一員だったのだから。

あの時、あんな目をしたエリアルと出会うまではそう考えていた。

ウィンダが彼女の事を知るきっかけになったのは、ひょんなことから平時の彼女と出会ったからだ。

その日は珍しくリチュアからの侵略活動が無く、次の戦いに備えている日だった。そんな中、ウィンダはミストバレー湿地帯でエリアルと遭遇する。

 

「アンタは…。」

「リチュア・エリアル…!?」

 

ウィンダは無意識的に戦闘態勢を取っていた。いつでも自分の使い魔であるガスタ・ガルドの力を引き出せるように警戒して、少しだけ距離を取った。ウィンダとガルドは今までにたくさんのリチュアの戦士を倒していることから、最近はリチュアの軍勢に最優先で狙われている。それも相まって、この場で戦闘が起きるという最悪の事態を考えた。だが、エリアルは攻撃せずにその様子を見守るばかりだった。

 

「攻撃、しないの?」

「こんな所で戦闘したら流石に僕がガスタの戦士に殺されるって。例えアンタを殺したとしてもね、ガスタの巫女 ウィンダ。」

 

エリアルは呆れた様子でそう話した。そのまま彼女はウィンダの様子を気にせずに言葉を続ける。

 

「そもそも今日の僕は食料を取りに来ただけ。知ってるでしょ、リチュアの資源の無さくらいは。」

 

そんな事を言いながら釣り糸を垂らし始めたエリアル。ウィンダというガスタの大将格がすぐそこに居るというのに呑気なものだ、とウィンダは思った。だが、エリアルの次の言葉にウィンダは思わず耳を疑う事になる。

 

「だからと言って侵略するなんて間違っていると思うんだけどな。」

 

その言葉を聞いたとき、ウィンダは弾かれるようにエリアルの方を向いた。彼女も自分が何を呟いたのか、今になってはっきりとわかったようで、口元に手を当てている。それこそ、「自分は何を言っているんだ」と困惑しているようでもあった。

 

「…僕は、何を…?」

 

彼女は侵略者だ。ミストバレーと呼ばれる地にある豊富な資源を狙ってガスタを支配しようとするリチュアは侵略者で自分達の敵。

 

(でも、本当にそれでいいの…?)

 

だが、目の前の少女の光の無い瞳を見て、本当にそれが正しいのかさえウィンダは分からなくなっていた。

 

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リチュア・エリアルにとってガスタの巫女 ウィンダという少女は何処か甘さを捨てきれない少女であった。あの日、ミストバレー湿地帯付近の湖で食料集めをしていたら彼女に遭遇した。いきなりの仇敵の登場にエリアルはかなり焦ったが、当時、持っていたのはたった一本の釣り竿だけ。だから、なんとか戦闘を回避し、食料集めに戻れたのは僥倖だった。

だが、釣りをしている最中、自分でも思ってみなかった言葉がその口から洩れだしたのだ。

 

「侵略するなんて間違っている。」

 

その言葉をリチュアの集落内で呟いたならば、恐らくは"儀式の実験"と称して殺されてしまうだろう。

幸い、その言葉を聞いているリチュア側の孫差しが居なくてよかったといったところか。

そして、そんな事を漏らしてしまってから、数日。再び、ガスタ侵攻の時がやって来た。

今の自分はただの冷酷な簒奪者。使えるものは何でも使い、奪えるものは何でも奪う。それは、敵対するガスタの戦士たちだってそう。生け捕り出来れば拷問して情報を吐かせたのちに儀式の実験体として使って処理してしまえばいいし、生け捕り出来なければ戦場に転がる屍になるだけだ。

 

「これで良いんだ…これで。きっとガスタを侵略すれば母さんも正気に戻ってくれるんだ…!」

 

きっと、エリアルは急に侵略戦争を始めたノエリアに対して何かおかしくなってしまったと感じていた。でも、それはきっと資源の無さからくる焦りの中で生まれたモノで―――資源が潤沢になれば優しかったあの頃に戻ってくれると本気で信じていた。

 

「だから、今ここで、アンタを殺さなくちゃいけないんだ…!」

 

そして今、エリアルはあの日に出会った少女―――ウィンダの命を狩る一歩手前だった。

二人は戦場で会敵してからというモノ、エリアルの蹂躙にウィンダが耐え続けているだけの状態だった。

ガスタの秘術で風を操るウィンダに対抗するようにエリアルも呪術を用いてウィンダの命を狙う。しかし、ウィンダはあの時のつぶやきが耳に残っているようで、エリアルに対してそこまで強く出る事は出来なかった。

だが、エリアルにとってウィンダは狂気に陥った母を正気に戻すための障害でしかないのだ。だから、容赦なくその命を刈りに行った。

ただ、自らに儀式を施し、"マインドオーガス"としての姿を露わにした後、背後からウィンダを強襲。エリアルの下半身が変じた獣の爪や牙でウィンダを嬲り、そしてウィンダに投降を薦めた。

だが、ウィンダはそれを蹴ったのだ。情報を漏らすわけにはいかない、と。

そしてエリアルは自身の下半身が変じた獣にウィンダの体を押さえつけさせる。

―――そして、何故か、そこから先の行為を行う事が出来なかった。いつもの通りに獣の牙でウィンダの喉笛を噛み千切ろうとしてその動きを、止めた。

 

「殺さないの…?」

「…うるさい。」

 

少しづつ頭が痛み始める。いつもやっている行為なのに、どうして、相手が彼女だととどめを渋ってしまうのか。友人というには二言、三言交わしただけで、そういう関係には程遠いというのに。

だから、躊躇する理由なんてないはずなのに。どうしてもウィンダに最後の一撃を加える事が出来なかった。

 

「…やっぱり。エリアルは優しすぎるよ。」

「うるさいッ!」

 

いつまでたっても最期が来ないウィンダにとうとう「優しすぎる」とまで言われてしまう。そんな言葉を掛けられてなお、エリアルはウィンダを離さなかった。

 

「貴様ァ!ウィンダから離れろォッ!」

「くっ・・ガスタの族長…ウィンダールか!」

 

ウィンダを殺すという決心が出来なかった。それだけで、戦況が不利になってしまう。現に、リチュアの精鋭数人で包囲していたはずのウィンダールが包囲を抜け出してエリアルにその敵意を向けていた。

 

「流石に分が悪い…。」

 

ウィンダを解放し、儀式を解き小回りの利くいつもの姿に戻ると、エリアルはその場から退散した。

どうしてか、妙に目が熱かった。

 

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ウィンダはエリアルに押さえつけられたとき、自らの死を覚悟した。

だが結局彼女は自分を殺すことなく撤退していった。

それにあの時の彼女はなぜか投降を薦めてきた。結局情報をすっぱ抜かれる可能性があったためにその提案は蹴ったが。その時に見せた彼女の悲しそうな表情はきっと幻覚じゃない。

 

「エリアル…泣いてた…。」

「あいつが…泣いてた…、ねぇ。そりゃ当事者であるあんたにしか分からないこともあるだろうさ。」

「リーズさん…。」

 

それにあの時、エリアルは涙を流していた。たった二言三言しか交わしていない自分を殺そうとするときに涙を流していた。きっと、エリアルもあんな戦い本心では望んでいない。そうじゃなければあそこで涙を流すはずがないのだから。

 

「ま、あんまり相手に情を移すのはやめときな。…エリアルは私達の仲間を何人も殺してる。」

「…でも、エリアルにとっては自分が"それ"なんですよ。」

 

リーズはエリアルはガスタの同胞を何人も殺していることを指摘して、それで彼女に情を移すなと釘を刺してきた。ウィンダはその言葉に思わず、言葉を返してしまった。エリアルが何度もガスタの同胞を手にかけているように、ウィンダだって何人もリチュアの―――エリアルの同胞を殺してきた。

それが戦場だから、そうしなければ自分の身も、ガスタという自分の居場所も守れないから。

だから、正直に言えば自分はあの場所でエリアルに殺されていてもおかしくはなかっただろう。

否、エリアルが仇敵だとかそういうのに無頓着でなければ、もしくは彼女の性根が優しくなかったら、確実に殺されていた。こちらは戦力の中核の内の一人を失う事になるし、殺しておいた方が後々の戦況に有利に働くというのにわざわざ見逃すメリットがない。

 

「…やれやれ。本当にウィンダは甘ちゃんだねぇ。」

「ははは…すみません。」

 

呆れたようなため息を吐くリーズにあはは、と笑って返すウィンダ。だが、ウィンダにはあの時に自身の頬を濡らした何かがどうしても彼女の本心に思えて。

でもそれを心の奥底に封じ込めて、次の接敵時にはいつものように倒すだけ。

そう決心したウィンダは今はエリアルに嬲られた傷の治療に専念することにした。

 

だが、彼女がその傷を癒し終えて、再び戦場に立った時、もうそこにエリアルの姿は無かった。

彼女との再会は思いも寄らない土地で、思いも寄らない方法で急に訪れるのであった。




キャラ紹介

・ウィンダ
ガスタ族長ウィンダールの娘。この時点でウィンは里から出ていっている。ぶっちゃけ血なまぐさい世界にウィンを叩き込まずに済んだので心の底から安堵している。

・エリアル
リチュアのガスタ侵攻の主力メンバーの一人。性根はめちゃくちゃ優しいが、自衛のために既に何人ものガスタの戦士を殺してしまっている。


唐 突 に 始 ま る 過 去 編
はい。
すみません。
暫くは実習やらなんやらで忙しいのですよ。
なのでここは没にするはずだったエリアルとウィンダの過去を自分なりに解釈したものに加えて、この世界の設定に即した設定で二人の過去を書いていきます。
要するに―――

独自設定がもりもり出てきます。

というわけで次回もお楽しみに。


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とある儀式屋の備忘録 その①

 

「そういえば水樹は昔僕の事をお姉ちゃんって呼んでたよね。」

「やめてよ。…エリアルに出会うまでは本当の意味で一人だったから、勝手にそう呼んだだけだって。」

 

警備ロボットを倒した水樹たちは何となく過去を振り返っていた。そもそもエリアルからリチュアとガスタは戦争をやっていたと聞いていたのに、どうして二人だけ仲良くなったのか興味があったからだ。しかしエリアル曰くその話をするには今までの過去を全部振り返る必要があるようで。だからなるべく足早に長い通路を駆け抜けながらエリアルは過去の話をすることになったのだった。

 

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「へぇ…。ウィンダも呼ばれたんだ」

「はい…。でも戦争をほっぽり出してもいのかなって…。」

 

ウィンダ達は精霊界に住まう精霊で、デュエルモンスターズの精霊だ。だから人に求められればその姿を現すことだってある。それがたとえ戦争中だとしても、この世界から向こうのの世界に行くという事は非常に名誉な事とされた。何故なら、それだけの思い入れが自分達のカードにあるから。それだけ使い込んでくれたら精霊冥利に尽きるというものだ。

 

「…でもここで放り投げるのもなんか違うんだよね…。」

「確かに誰の元に現れるかは私達が選んで決めれるけど…。無視し続けたら痛い目見るよ?」

「そうですよね…。」

 

だがリーズの言う通りに自分が"誰の元へ行くか"はウィンダが自由に決める事が出来る。だから無視を決め込むことだって可能だし、実際ウィンダは一回無視を決め込もうとした。

だが、ウィンダはその願いを聞いてしまった。

 

「誰でもいいから一緒に居たい」

 

という余りにも純粋で、切実で、何一つ下心の無い願いを。そんな願いを自分に向けるなんて、相当に切羽詰まっているのか。だったらこの人の願いに導かれて別の世界へ行くのも悪くないだろうと思えた。

だが、この世界にもいろいろと心残りはある。

まずはリチュアとの戦争が始まる前にガスタの里を出ていった妹の安否についてだ。彼女はそれなりに実力も高いしなんなら、次の族長候補でもあったため流石にその辺で野たれ死んでいるなんてことはないだろうとウィンダは考えていた。便りが無いのは元気な証とも言うし、あっちの世界に行っている可能性だってある。だから、妹に関しては再会した時にきっちりと文句を言うと決めて。それでももう一つの心残りがウィンダが別の世界へ行く決心を中々につけさせなかった。

 

「エリアル…どこに行ったんだろう…。」

 

あれから一度も見ていない少女の名を呟くウィンダ。彼女の安否がどうしても気になってしまって中々世界を渡る決心が出来なかった。あれから一度も見ないのはおかしいとウィンダ自身が感じている。もしや自分を殺し損ねたことで何か罰でも受けてしまったのだろうか。

 

「戦場でも見て無いね。…流石にちょっと不安になって来た。」

 

流石のリーズも部族間で殺し合いはしないだろうと考えて、―――それでも部族間で殺し合ったのでは、という疑問は尽きないでいた。

身内間で殺し合ってくれたらくれたでこれから先が少し楽になる。

そうであればいいのに。そうであればよかったのに。リーズの心の中にはいつの間にか「涙を流すエリアル」の姿が見てもいないのにべったりと張り付いている。

 

「…泣いているエリアル…ねぇ。」

 

悩むウィンダを余所に、リーズもまた別の悩みを抱えてしまったのであった。

 

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「ここは…?」

「君が…だれ…?」

 

エリアルはあの後散々に罰せられたが命が奪われることは無かった。流石に命まで奪われそうであれば全力で抵抗したが流石にそんなことは無かったようだ。それでその後は集落に割り当てられた自分の部屋に帰ったところまでは覚えている。が、その後の記憶が一切ない。

目を開いたらここに居た。本当にここは何処なのだろうか。

エリアルはあたりを見回して観察する。目の前にはちょこんと座る少年が一人。周囲を見渡してもそこが植物質の素材でできた床―――確か畳という名前だったか。それと木の枠に紙が貼りつけられた扉があった。その奥からは何一つ視線を感じない。そもそも目の前の少年以外の気配を周囲から感じない。

 

「…君が僕を呼んだってことで良いのかな?」

「うん…、そうなるの、かな?」

「なんで疑問形なのさ…。」

 

目の前の少年は自身の眼前にいる自分の存在が余り信じられていないようだ。確かにカードに書いてあるイラストと同じ容姿の存在が急に現れたらびっくりするだろう。

それによく見れば少年の足元には少し汚れたカードがたくさん散らばっている。その名kには何枚かのリチュアの同胞たちや、自分カードの姿もあった。どうやら、彼は本当に自分のマスターになったらしい。どうやらそれを認めなければならないらしい。

 

「あー…、うん。君が僕を呼んだってことは間違いないみたいだ。」

「そうなの?僕が、お姉ちゃんを?」

 

こてんと首を傾げる自身のマスターは自分が何をしたか理解できていないようだ。単刀直入に言ってみてもそれがどれだけ重大な事か理解していないようだった。

 

「そう。僕の名前は"リチュア・エリアル"。ほら、このカードの―――精霊だよ。」

「カードの…精霊…?」

「あー…、うん。そこからかぁ…。」

 

しかも自分のカードを見せたうえで「これだよ」と言ってみても全く持って理解していないマスター。取り敢えずかみ砕いて、それこそジェル状くらいになるまでかみ砕いて説明してようやっと理解したようだ。

 

「ま、僕達"リチュア"を使ってくれれば君のお願いを叶えてあげるよ。ねぇ、君は僕に何を願ったの?」

 

だがそれでも。彼が自分を呼んだのならばそれにはそれ相応の理由があるはずだ。だって、彼は自分の事を知らないけれど、彼女はここに立っている。だから、彼の純粋であまりにも強い思いが何なのか、自分は何に魅せられて彼を選んだのか少しだけ知りたくなった。だからきいた。それだけなのに、少年の願いは余りにも切実にエリアルを打ち抜いた。

 

「お母さんやお父さんや、お兄ちゃんやお姉ちゃん―――僕は、「かぞく」がほしい。」

「かぞ、く?」

「うん。…みんな遠いところに行っちゃった。」

 

言うまでもない。目の前の少年の家族はきっと死んでしまったのだ。幼い彼をただ一人残して。

それに自分も孤児であるエリアルはその"家族が欲しい"という願いを一笑に付すことはできない。だってエリアルだってそう願った事はあるのだから。自分はノエリアに引き取られて家族を得たが、少年にはそんな存在さえいないらしい。だからこそだろうか。

 

(ああ…そっか。似てるんだ、彼と僕は。でも、きっと。)

 

自分はほんの少しだけ目の前の少年より恵まれていた。そう、感じてしまった。

でも、だからこそ。ほんの少しでも恵まれているからこそ、エリアルは少年に分け与えてあげられる。

 

「いいよ。君の願いを叶えてあげる。…君の名前は?」

「僕…?水樹っていうんだよ。」

「うん、分かった…。これから僕は君の相棒であり、君の家族だ。よろしくね、水樹。」

「ありがとう、エリアルお姉ちゃん!」

 

そう言って、彼は、水樹は微笑んだ。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

結局、ウィンダは願いに応える形でガスタの里を後にすることになった。

最初の純粋な願いに従って姿を現してみれば、小さい子供が大人に暴力を振るわれている真っ最中。確かにこれは誰かに一緒に居て欲しいなんて願いを持つわけだ、と感じながら二人の間に入った。

それは日常的に行われていたのか子供の方の体にはあたりかまわず青痣が出来ていた。

 

「…とんでもないタイミングで出てきちゃったみたいだね、コレ…。」

「だ…れ…?」

「君の相棒!」

 

それだけ言うとウィンダは向かってくる大人を蹴り飛ばす。鋭い蹴りはいとも容易く向かってくる人物を弾き飛ばした。

 

「いい?今、アイツは気絶…気を失ってる。その間にさっさとここから逃げちゃおうか!」

「え…?」

「立てる…?」

「う、うん…。」

 

その一撃をもって虐待を行っていた人物をのして、その間に虐待されていた少年の手を引いて家から逃げだす。とんだ出会いであったせいかすっかり自己紹介を行うのを忘れてしまっていた。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「家族…家族かぁ…。」

 

エリアルはしみじみと呟く。エリアルにとっても家族とは特別な意味を持つ言葉だ。氷結界の頃、内紛に巻き込まれて家族を失って、そしてノエリアに拾われて彼女の娘になった。そして次は目の前の天涯孤独の少年の家族になった。本当に奇妙な家族関係だ、と自分で笑いそうになってしまう。

 

「どうしたの…?」

「ん?これからの生活基盤をどうしようかなって思ってさ…。」

「せーかつきばん?」

「そう…。お金だとか水だとか、食べ物だとか。生活するのに使うもの、だね。」

 

エリアルはこの家の状況を良く分かっていない。それでも子供一人で送ることができる生活など知れている。彼の体は瘦せ細っていて肋骨が浮き出ていた。酷い、を通り越して言葉が出てこない。

 

「ねえ、水樹。一体何食べてた?」

「えっとね…。あれ。」

 

彼が指さす方を見ればそこにあったのは機能性栄養食品、いわゆるエナジーバーというやつだった。しかもそんなに量もない。恐らくは基本的に飢えは水で耐えてどうしようもなくなった時だけエナジーバーをかじっていたんだろう。それ以外は基本的に寝て体力の温存に努めていたようだ。それは余りにも生活感が無いこの家からも見て取れた。

 

「学校には行っていないの?」

「うん…。あまり行きたくない。みんな僕の事を汚いってバカにしてくるんだ…。」

「よし、その悪ガキどもはお姉ちゃんがシバいてあげよう。」

 

どうやら少年は学校では苛められているらしい。まぁ、確かに親居ないし、この様子ではお風呂にも入っていなさそうなので絶好の的と言ったらそうなのだが。

 

「ほら、おいで。僕が体を洗ってあげる。」

「ん。ありがとう。お姉ちゃん。」

 

そうしてエリアルと少年は奇妙で歪でそれでも確かな関係を築いていく。

だが、エリアルの頭の片隅にはウィンダの顔がいつも残っていた。

まだまだ二人は出会わない。二人のマスターが一堂に会するのはもう少し先の話。




登場人物紹介

・エリアル
寝てたらいつの間にか来ちゃった人。幼い水樹にシンパシーを感じた

・水樹
幼い。事故で両親は他界している

・ウィンダ
エリアルを探しに人間の世界に来たら目の前で虐待が行われてた

・少年
多分ここまで読んだら誰だか分かると思う。

唐 突 な 過 去 編 エ リ ア ル サ イ ド
というわけでエリアルの目線からの過去でした。
というかウィンダ目線の備忘録を入れちゃうと完全にネタバレまっしぐらになっちゃうんですよね。
次回もお楽しみに!


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とある儀式屋と巫女の備忘録

 

エリアルは頭を悩ませていた。もちろん水樹との生活をどう送るかについて、である。だって流石にこの家で生活を送り続けることはできないだろう。ガスは既に止まっていて、届いている書状を見るに、そう遠くないうちに水道も止まるようだ。

最悪水は自身が生み出せばいいだけの話だが、流石に水でのシャワーやその他もろもろは完全に風邪をひいてしまう。こんな状況で病気になんてなったらそれこそ即アウト。栄養状態の整っていない水樹はいとも容易く病気に負けて死んでしまう。

 

「ねぇ水樹。なんかこの辺に孤児院みたいなところってない?」

「こじいん?」

「そう、水樹みたいな早くに親が遠くへ行っちゃった子を預かってくれる施設。」

「…わかんない。」

 

エリアルは取り敢えず、水樹に似たような境遇の子供たちが集まっている場所がないか聞いた。その結果は芳しくないものだったが。

 

「僕は、この家でいいよ?お姉ちゃんと二人きりなら…。」

「…死ぬ気?」

「分からない。でも、おかあさんが居る所にいけるのならって…。」

 

それに水樹は母親の影を追って死ぬ気だった。といっても、本人にはその行為が「母と同じ所に行ける」行為くらいの認識しかなかったが。

 

「お姉ちゃんを置いていくの…?」

 

エリアルは若干の呆れと、それ以上のむなしさを覚えて水樹に聞いた。だが、それも水樹の持ち前の純粋さの前には何も意味を為さなかった。

 

「…え?お姉ちゃんも付いてきてくれるんじゃないの?」

 

彼はどうやら自分を家族に紹介したいご様子。だが、それが不可能な行為であることを教えてやらねばならない。そしてどうやってでも水樹が前を向けるようにする事もこれから必要になってくるだろう。エリアルは水樹の顔を両手で挟むと自分と向かい合わせた。

 

「いい?よく聞いて?」

「どうしたの、お姉ちゃん。」

「君のやろうとしていることではきっと君のお母さんに会う事は出来ない。」

「なんで…?」

「君たちのお母さんは良い事をした人たちが行ける場所に居るんだよ。でも、君は自分をい詰めてそこに行こうとしている。…でもね、それはとても悪い事なんだ。」

 

もし、死後の世界なんてものがあるのなら、という仮定でだが。彼の親は家の書類とかを見る限りではまっとうな人間だ。その魂はきっと天国に召し上げられている事だろう。だが、自ら命を絶った者―――つまりは自殺を行ったものは地獄で木になってその体から生えてくる新芽を貪られ続けるらしい。

もし、魂となった体でも痛みを感じるのならばそれはきっと、死んだ方がマシになるレベルの苦痛だ。

 

「じゃあ、どうすればそこに行けるの…?」

「生ききるんだよ。生ききって、そして悪い事さえしなければきっと君のお母さんの所に行けるよ。」

「そう…なの…?」

「うん。だからその時まで、僕が君を支えてあげる。君の姉として、家族として。」

 

自分に依存させてでもいい。何とかして水樹を生かす事がエリアルの目標になっていった。だって、水樹に自分を重ねてしまったのだ。もう、水樹の事を他人事だとは思えなかった。もう、水樹を生かす事しかエリアルの頭にはない。それこそ自分と因縁のある少女の事なんてとっくに意識の外だ。気づけば、昔に二言三言交わしただけの少女の事などすっかりと忘れていたのだった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

エリアルが何とかして水樹を生かそうと決意してからすでに幾日が経過した。だが、どこに行っても孤児院はおろか、子ども食堂さえ存在しない。だが、子供向けの大会でも普通に賞金10万円とかが出るようで、しかもそんな大会が毎日どこかで開かれているようだった。

 

「まさか、何処まで行っても決闘(デュエル)優先…。」

 

どうやらこの世界では生きていくのには決闘(デュエル)の腕が必要なようだ。逆に言えば両親を喪った子供でも決闘(デュエル)さえ強ければ食べていくのに困らない程度にはお金を稼いでいけるらしい。

 

「とんだディストピアじゃない…。」

 

エリアルは思わず呟いてしまった。自分が決闘(デュエル)をしてしまえば必ず相手に何かしらの危害を加えてしまう「闇の決闘」になってしまう。だから自分が決闘するわけにはいかない。

 

「…どうしようかな…。」

 

少なくともまだ、水樹は自分達"リチュア"をまともには回せないだろう。それでも、二人で生き抜くためにはやるしかないこともエリアルは分かっている。

 

「水樹、大会に出るよ!」

「え…?なんで…?」

「お金稼ぎのため!」

「…勝てるかなぁ?」

「僕が後ろでサポートしてあげるから!―――こっそりね。」

 

だから、エリアルは全力で少年をサポートすることにした。エリアルからしてみればデッキトップを弄るなんてお茶の子さいさいだ。勝てる手札か、もしくは動ける手札にする。もちろん傍から見ればデッキの構築がいいだとか、切り札を引き寄せる確率がちょっと高いだとか、そんな感じにみられるはずだ。流石に精霊の仕業だとは思うまい。

 

(…さすがに、精霊連れの子が居たらバレるけど…ありえないでしょ。)

 

エリアルは何とか大丈夫だと自分を鼓舞して水樹を連れて外出していく。二人は日銭を稼ぐためにお小遣い目当ての少年達の心をへし折りに出かけたのであった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「バトル!"リチュアル・ウェポン"を装備した"イビリチュア・マインドオーガス"で"ブラック・マジシャン"を攻撃だよ!」

「うわぁぁぁぁ!」

 

なんやかんやで水樹とエリアルは今、子供向けの大会の中で"リチュア"を用いることによって優勝賞金を乱獲していた。その額すでに百万近くになる。

 

(今回はワンキルしないの?)

(おバカ!毎度毎度やっていたら疑われるよ!)

(それもそっか…。)

 

実はリチュアには後攻ワンターンキル―――ワンショットキルを行う動きがあるのだ。それに失敗しても普段のリチュアはアドバンテージの回収効率が異常なため、パワー至上主義の側面がより強い子供相手では苦戦する要素もなかった。最高火力も"リチュアル・ウェポン"を装備した"イビリチュア・マインドオーガス"の4000と非常に高く相手をした子供は尽くその心をへし折られて泣いて親に縋り付いていた。

水樹はそれを複雑な表情で眺める。自分にも両親が居ればあんな風に甘えられたんだろうか、と。

 

(後でたっくさん、ほめてあげる。今は、目の前の戦いに集中して。)

(うん、そうだね。)

 

だが、水樹の考えを見抜いているエリアルにはその葛藤は無意味に等しい物だった。水樹の家族として自分が居るのだから、後で好きなだけ甘えさせてやればいい。

 

(今は生活できるだけ稼がないと…!)

 

この世界に来て即餓死だけは勘弁被りたいところだし、水樹を一人にしたらそれこそ簡単にその命を捨ててしまうだろう。だから、ここで優勝して取り敢えず溜まったガス代電気代を払ってしまいたいところだ。

そうは言っても二か月分。この大会で勝とうと負けようと問題ない額は稼いでいるが。

 

『それでは子供の部の決勝戦を始めます。―――両者、前へ。』

「はい!」

「はい!」

 

水樹とその相手はアナウンスに従って堂々と向かい合う。これから始まるのは一方的な蹂躙劇だというのに、相手の少年は何処か自信に満ちていた。

 

『決勝戦を開始してください。』

 

その機械的なアナウンスに従い二人は向き合った。

 

「俺のね先攻だ!…えーと、俺は、"ガスタ・ヴェズル"を召喚。効果でデッキから"ガスタ・ガルド"を墓地に送って手札から"ガスタの神裔 ピリカ"を特殊召喚するよ。えーと…そしたら"ガスタの神裔 ピリカ"の効果で墓地から"ガスタ・ガルド"を特殊召喚するね。」

(あっ…。)

(え?エリアルお姉ちゃんどうしたの…?)

 

そして目の前の相手がデッキを回し始める。その様子を眺めてエリアルは思わず(念話)をこぼした。その様子を不審に思ったかどうかは分からないが水樹がエリアルを心配しているようだ。

 

(あー…ちょっと、ここに来る前に、ね…。)

 

エリアルは急に表れた少女(ウィンダ)の精霊を連れているらしき少年に頭を抱えた。まさかこんな糞広い世界の中で、こんなに早く出会うとは思いもしなかったからだ。

 

(うわー…会いたくないなぁ…。)

 

エリアルは水樹にも聞こえないような小さな声で独り言ちると決闘の方へと意識を戻したのであった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

あの後、ウィンダは少年を連れて交番に駆け込み、事情を説明。その際に自分が精霊であることを明かしたため少し騒ぎになった。が、それも自分のマスターが抱える問題に比べれば些細な問題だったのだ。

 

「え…?戸籍が無い!?」

「ああ…。だから今までサンドバッグにされていても誰も気づかなかったんだろうな。だって戸籍があればが子供に学校とか行かせてない時点で俺らが動くからな。」

「…そんな…。」

 

少年には戸籍が無かった。こっちの世界に来るにあたって、人間の世界の基本的なシステムは一通り頭に叩き込んだ。だからウィンダは知っているのだ。戸籍が無いとはどういうことかを。名前は無く、公的には存在しない少年に対して何をやられても抵抗できなかったのだろう。だからこそ、ウィンダは彼を救えた事を心の底から喜んで、彼の戸籍が無い事を心から悲しんだ。

 

「…君の願いに応えて正解、だったね。私の名前はウィンダ。もし私で良ければ、君に名前を贈ってあげる。そして、この命尽きるまで君と一緒に居るよ。」

 

だが、哀れむだけではこの少年は救われない。あからウィンダは少年に名前と、自分という家族を贈ることにした。

 

「あれは…。」

 

少年の名前を考える中でウィンダの目に飛び込んできたのはくるくると回る鳥の形をした置物であった。屋根に取り付けられたそれはウィンダもよく知っていた。

 

「風見鶏…。」

 

風見鶏、ガスタの里などでは魔除けとして使われるそれは、彼の名前にピッタリな物だと思った。それはさっと吹く風に揺られて役目を果たし続けている。

 

「あ、そうそう。今日みたいな風を"颯"って呼ぶらしいぞ。」

「颯…颯の人…颯人…。」

 

ウィンダは少年に「風見颯人」の名前を贈る。これから先の未来はきっと風見鶏の魔よけの加護がありますように。ウィンダはそう願わざるをえなかった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

ウィンダはとんでもない儀式使いが居るという噂を聞きつけ、颯人と共にその子供が参加する大会への参加を決めていた。

 

「よし、取り敢えず"クリスタルウィング・シンクロ・ドラゴン"は立てれた…!」

(うんうん、いい感じ!)

 

ウィンダは颯人と共にガスタのデッキを作り上げるとその人物が参加するという大会へと参加することにした。

 

『ああ、ここら辺の決闘大会優勝すれば普通に金出るから』

 

警察官との別れ際にそう言われたことをよく覚えている。だから、この大会に参加することを選んだのだ。そしてひょいひょいと決勝まで勝ち上がって―――

 

「ぼ、僕のターン、ドロー!僕は、手札から"サンダー・ボルト"を発動!"クリスタルウィング・シンクロ・ドラゴン"を破壊!そして僕は手札から"シャドウ・リチュア"を捨てて効果発動!デッキから”リチュアの儀水鏡"を手札に!」

 

相手の少年の使うデッキに思わず気を失いそうになってしまった。

 

(リ、リ、リ、リチュア!?)

 

ウィンダとエリアル―――二人の少女の再会はすぐそこまで迫ってきているらしい。相手のデッキでそれに気づいたウィンダは思わず素っ頓狂な声を上げそうになってしまったのであった。




登場人物紹介

・エリアル
現水樹の姉。未来ではその内…?

・水樹
エリアルを姉だと妄信し心のよりどころにしている

・ウィンダ
颯人に名前を贈った

・少年/風見颯人
名前はウィンダからの贈り物

もうちょっとだけ過去編が続くんじゃ…。

次回もお楽しみに


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今日に続く日

霊体化を解いたエリアルと水樹は手を繋いで二人帰途に着いていた。エリアルの懐には今回の決闘大会の賞金である15万が丁寧に収められている。

計、115万。これが今の二人の全財産だった。

 

「危なかったね…。」

「積んでて良かった列車エクシーズ。」

 

結論から言うとエリアルと水樹はガスタ使いの少年から勝利をもぎ取っていた。二人は予防策として儀式モンスターでも突破できないような攻撃力のモンスターが登場した場合の"列車"エクシーズモンスターをEXデッキに搭載していたのだ。

相手の少年は最初は"強欲で金満な壺"のコストと勘違いしていたらしいが。

 

 

「いやー…本当に勝てて良かった。」

「本当に、ね。」

 

そんな事もあってか"ギガスギガスグスタフスペリオルオラァ"が見事に決まり水樹は後攻1キルかつオーバーキルを達成。そして怒涛の勢いで少年の部への参加禁止を言い渡されてしまった。確かに散々大会を嵐に荒らしてたので当然と言えば当然なのだが。

 

「…でもお金稼げなくなっちゃった…。」

 

だが、一番の問題はそれなのだ。ぶっちゃけ水樹は年齢とかそういったものの都合上大人の大会に出ることはできない。後一年早く生まれていたらこんなことにはならなかっただろう。一応、出ようと思えば出る事の出来る大会もあるのだろうが、だいたいそれは非合法な大会だ。負けたら何があるか分からない。

 

「一般の部門だと僕たちには手堅い"灰流うらら"やら"屋敷わらし"やら"原始生命態ニビル"やら"ディメンジョン・アトラクター"やら"虚無空間(ヴァニティスペース)"やらが飛んできそうだからね…。」

「…お姉ちゃんたちでも勝てないの?」

「僕らだって完璧じゃないんだ。流石に対策されたらキツいよ。」

 

そう言ってエリアルは苦笑する。一方の水樹はエリアルも完璧じゃない事を知って何処か安心していた。

水樹に取ってエリアルは勝ち筋を教えてくれる先生でもあり願いを共有した相棒でもあり、共に過ごす家族でもあった。そんな彼女に見劣りしないだけの何かが自分にあるのだろうか―――そんな事を考えていた。

が、その5歳児らしからぬ思考はある少女の大声によってかき消されることになる。

 

「エェェェェリアァァァルゥッ!」

「げっ!ウィンダ!」

 

大声を上げながらこっちに走ってくる一組の少年少女を見てエリアルはあからさまに嫌そうな顔をした。

 

「エリアルお姉ちゃんの知り合い…?」

「知り合いというか殺し合った仲というか…。」

 

エリアルは彼に自分達がしでかしたことをどう伝えようか。ウィンダから視線を外さずにそればかりを考えていた。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

ウィンダは少年の隣に居る少女を見たとき、今まで押さえつけていた何かが壊れた音がした気がした。敵対部族とはいえ急に何も言わずに姿を消した彼女に何か言ってやらねば気が済まなかったのだ。そんな時にエリアルの姿を認めてしまえば―――感情は爆発する。

 

「エェェェェリアァァァルゥッ!」

 

気付けば颯人を引っ張って全速力でエリアルの元へと走っていた。エリアルが明らかに嫌そうな顔をしているが知ったことではない。敵対部族の自分が言うのもなんだが心配したのだ。否、物凄く心配したのだ。駆け寄って一発ぶん殴る位は許されるはずだ。

そんな事は颯人の教育に悪いのでやらないしやる気もしないのだが。

 

「…何?ウィンダ。」

「こっちに来てるなら一言位誰かに告げときなさいよ!」

「…ウィンダ。僕と君は敵対してたんだ。伝えるなんてするはずがないでしょ。」

 

ウィンダのツッコミにそっけない声で答えるエリアル。それはそれとして一つ気になるのが―――

 

「エリアルお姉ちゃん、前見れない。」

「その子にとってアタシは毒なの!?」

 

エリアルが彼女が連れている少年の目を両手で覆っているのだ。何というかこれでは自分が相対的にヤバい奴に見えてしまうではないか。

 

「…取り敢えず今のアンタの恰好見せたげようか。」

 

思わずそんなに変な見た目になっているかエリアルに確認を取る。エリアルはそれに頷くと自身が儀式に使う鏡を差し出した。

 

「…え!?あたしもしかしてずっとこれだっの!?」

「そうだよ。」

 

そこにあったのは走った衝撃で服がずり落ちたのか知らないが右肩から富貴が完全にずり落ちていて若干素肌が見えてしまっている。どうやら自分はこんな破廉恥な姿で疾走していたらしい。誰かとすれ違わなかったのが幸運だった。誰かとすれ違っていたらきっと、これら先の人生引き籠りになっていただろう。

 

「…エリアル。アタシを殴って。」

「マインドオーガスになろうか?」

「…多分そうしたらここが殺人現場に変わるんじゃないかなぁ…。」

 

そしてそんなガバを侵した自分を誰かに一発殴ってもらわなければ気が済まない。―――だから、ウィンダはエリアルに自分を殴ってくれと頼んで、エリアルはそれを了承した。

 

「じゃあ、歯を食いしばって―――せーのっ!」

 

その日、一人の少女が空を飛んでいたという噂が広まったとか広まっていないとか。ただ、少なくとも一つ言えるのはウィンダは綺麗に放物線を描いて飛んでいったという事位である

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

あの劇的なウィンダとの再会から10年近くが経過した。あの後、ウィンダとエリアルは互いの事情を理解し、なるべく出る大会が被らない様にしてお金を稼いでいた。そして今から3年ほど前、エリアルと水樹はずっと水樹の事を探していたという叔父夫婦に出会い、水樹は普通に二人の養子になった。その際エリアルはもう用もないかと思って水樹のもとを去ろうとしたが、少し考えて踏みとどまった。何故だか、エリアルは水樹の傍に居たいと思ったから。もちろん大会に出る回数は激減したが。

 

(こっちは殺し合いがないぶん少しマシなんだよね…。)

 

エリアルはそんな理由でこちらの世界に残る事を決めたのだ

水樹の叔父夫婦はエリアルの事も快く受け入れてくれた。水樹の命の恩人なのだから断る理由がない、と胸を張って見せた。

 

「じゃあ、なんで今まで来れなかったの…?」

 

だからこそ、エリアルは気になるのだ。なんで今頃になって水樹を迎え入れたのか、と。もっと早く来ることだってできたのではないか、と。

エリアルはここでの返答によってはこの家から出ていくことも考えていたが―――

 

「…私の勤めている会社が超グローバル企業でね。日本に戻ってこれるのは10年に一度くらいなんだ。それに、私達は基本的に外交があまり活発ではない国へと行っていることが多くてね。私達は国外の情報を知る手立てが無かった。だから、驚いたよ、日本に帰ってきたら急に弟が居なくなってるんだからさ。―――君には本当に感謝している。弟の忘れ形見を―――水樹を守ってくれて本当にありがとう。」

 

しかし、帰ってきた答えはどうしようもない物だった。情報が入ってこなければ水樹の両親が死んだことにも気づけなかっただろう。事実、水樹の叔父の顔は悔恨に満ちた顔をしていた。

 

「…それで?」

 

だが、理解と―――それを許すのはまた別だ。

エリアルは家族がどれだけ大切か知っているから。

 

「…私達はまた海外へ行かなくてはならなくなった。食べていくのに困らない程度のお金は置いていくけれど―――お願いだ。これからもあの子の家族でいてあげて欲しい。」

「…なんで、それを僕に…。」

「君なんだよ。今の水樹にとって一番大切な家族は君なんだ。」

「でも、僕は精霊で―――」

 

種族の違いだとかそういったものでこれから先、彼を苦しめることになるかもしれない。エリアルはそれがとことん嫌になっていた。

何故かはわからない。確かに自分達は家族だけれど、それは仮の物でしかないから。いつか彼に対して愛想をつかしてしまうんじゃないかと、不安になる。

 

「きっと彼には関係ないんだよ。君がどんな存在か、だなんて。」

「そんなの…。」

「だから、これからも君が水樹を支えてやってくれ。」

「…分かった。」

 

そうだ。これからも自分は彼と一緒に居たい。だからその義父の提案を少しもためらう事もなく受けた。

エリアルは自分の底に眠るよく分からない感情に蓋をして、水樹の家族であることを受け入れた。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

そして水樹が高校に入学してから数日、数年ぶりにウィンダと再会することになった。相変わらず姿の変わらないウィンダを前にしてようやくゆっくり話せる時が来たと感じた。

数年前に出会った時は色々と手の回らない状況だったのでたいした話は出来なかったが。

 

「エリアルに呼ばれて、屋上に来たわけだけど…。」

「…来てくれたみたいだね。」

 

エリアルはウィンダと対峙する。二人の間には剣呑な雰囲気が流れていた。先のウィンダールがエリアルを敵視する発言で大っぴらには会えなくなった二人。それに敵対部族でもある二人は本来なら会敵即殺し合いが常だった。でもエリアルはウィンダと殺し合う気はさらさら無い。今のエリアルにはウィンダと話したいという気持ちしかなかった。

 

「…ウィンダ。まずはありがとう。あの時、僕を見逃してくれて。」

「―――それはお互い様じゃない?」

「それもそうだね。」

 

互いに一度は命を見逃したもの同士、ただそれだけの関係だった。

ウィンダは一歩踏み出してエリアルに問いかける。

 

「なんでリチュアはガスタに侵攻してきたの?」

 

その問いはエリアルが予想していたものだ。だってガスタからしてみれば自分達は何処まで言っても侵略者だ。

 

「ミストバレー湿地帯の豊富な資源が欲しかった。」

「…それ、は。私達がそれを独占していた、と?」

「…うん。少なくとも僕にはそう見えた。まともな土地じゃなかったからね、リチュアの里は。それに―――」

 

だからその問いに関する答えもちゃんと用意してあるのだ。確かにウィンダから見れば理不尽な理由なのかもしれない。

それでも、エリアルは一切を隠さずに伝える。

 

「母さんが、元の母さんに戻ってくれるって信じてたから。」

「…え?」

「母さんは行き場を亡くした僕の家族になってくれた。そこにあったのは純粋な気持ちだけ。母さんはただの孤児だった僕を本当の娘として扱ってくれた。」

「じゃあなんで戦争なんか―――。」

「母さんがそう言ったからだよッ!豹変した母さんが!急に言い出したんだ!」

 

エリアルは自分が言っていることがどれだけ荒唐無稽かという事は理解しているつもりだ。それでもある日母が狂って、ガスタへの侵略を指示してきたのだ。それがリチュアがガスタを襲った真相。

 

「そんなのって…。」

「僕だって戦争なんか大っ嫌いだ!何人も人を殺して!仲間がどんどん死んで行って…虚しいだけだよ!」

「じゃあ、なんで止めなかったの!?エリアルが止めてたらきっとリチュアの皆だって―――!」

「一人の意見で部族が止まるか!」

 

エリアルとウィンダは胸に溜まった思いをぶちまける。それは自らを縛る呪縛から自らを切り離しているようにも見える。

そしてその思いは全て目の前に居るお互いへと叩きつけられる。

言葉はいつの間にか殴り合いの大喧嘩に発展していた。

 

「僕はただ母さんと…優しかった母さんと一緒に居たかっただけなのに…。」

「じゃあやりなさいよ!」

「それが出来たら苦労はしない!」

 

ウィンダはエリアルの言葉を、今までひた隠しにしていた思いを聞いた。背景がどれだけ悲惨でも、彼女は数多くのガスタの同胞を傷つけ、命を奪ってきた。それは到底許されるべきではない。それを行ったという事実はこれからエリアルが一生沿い続けなければいけないものだ。それは他の誰にも背負わせてはいけないもの。―――でも、エリアルの気持ちを汲んで戦争を終わらせるための協力位なら出来そうであった。

リチュアとガスタの戦争を終わらせるという事はウィンダの願いでもあるのだから。

 

「エリアル…。本当に戦争を止めたい?」

「うん…。今頼れるのは貴方しかいない…。」

 

エリアルの絞り出すような声にウィンダは相当自体がひっ迫しているであろうことに気づく。なんせ十年も帰っていないのだ。戦線がどうなっているかなんて分からない。

 

「分かった。手伝ってあげる。」

「…ありがとう、ウィンダ。」

 

二人の少女は嘗て振り払った手を今度はがっちりと握る。

殺し合って、子供を守って再会して、思いの丈をぶつけ合った二人は妙なシンパシーを感じていた。家族だとかそういったものは真逆の二人のはずなのに、どこかで通じ合っていた。

もう、二人の間に部族間の抗争は関係なく、わだかまりもない。

殺し合う関係から二人は友人という関係にまでこぎつけたのだ。

 

「―――よろしくね、エリアル。」

「うん。よろしく、ウィンダ。」

 

笑いあう二人の少女を祝福するように、桜の花びらが二人を包んで―――二人はまた笑い合うのだった。




登場人物紹介

・エリアル
一言で言えば水樹に絆された。水樹と出会ってなかったら本心を自覚することもなかっただろうしウィンダと和解することもなかった。

・ウィンダ
割と甘い人。ガスタを侵略したリチュアのことは許せないけれどエリアルの事は信じていい気がした。

過 去 編 終 了

独自設定もりもりの過去編をお送りしました。次回からは元の時間軸に戻ります。
次回もお楽しみに


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世界を憎んだ男

 

「ついた…!」

「長いよ…!」

 

明らかに時間稼ぎだけが目的のような余りにも長い通路。ようやくその終わりが見えてきた。

 

「でりゃ!」

 

水樹がタックルで鉄製の扉に体当たりする。それは重厚そうな見た目とは裏腹に驚くほど簡単に開いた。水樹は勢い余って扉の向こうへと倒れてしまう。

一瞬、水樹の全身に悪寒が走った。何か嫌な予感もしたが、それ以上にウィンダの所に向かわなければならないため、そんな事は気にする余裕もなかったのだ。

 

「…見かけだけ…みたいだね。」

 

地面に倒れたままの水樹に不器用に手を差し出す少女―――エリアル。水樹はエリアルが心配しているだろうことを受けて早めにその手を取った。

 

「水樹、行ける?」

「勿論。今度は僕らがエリアルの望みをかなえる番だ。」

 

エリアルが水樹の様子を確認する。どうやらどこにも怪我は負っていないようだった。安堵のため息を漏らすエリアル。

 

「じゃあ、行こうか。」

「そうだね―――ん?」

 

扉の向こうにはタイミングよく出て来た奈楽の姿が。エリアルのすぐ近く、閉ざされた扉ががたがたと揺れる。しばらくするとひときわ強い音と共に扉が勢いよく開いた。そこから出てきたのは―――

 

「奈楽!」

「水樹君…!」

 

奈楽であった。奈楽の傍にいるフレシアは何か鉄製の物を花に与えていた。アレが何だったのかは考えない方がお得だろう。

 

「無事だったんだね!」

「そうだね。…所で霊使君は?」

 

奈楽に駆け寄り互いの無事を喜び合う水樹。その会話の中で水樹は霊使がここに居ないことに気づく。奈楽も言われてみればという感じで辺りを見回していた。が、霊使の所在に関しての情報は何も出てこなかった。

まさか負けたのか―――。

そんな嫌な予感がふと、二人の脳裏に過った。

 

「探さない、と?」

 

だが、二人の間に気まずい沈黙が流れたとき、どこかから異音が聞こえた。水樹から見て一番奥の扉から聞こえる何かで扉を叩く音。その音は少しづつ近づいてきているようにも聞こえる。

そして扉から飛び出して来たのは―――

 

「ィィイィィヤッホォォォォオオォウ!」

「「なにやってんの!?」」

 

バイクに乗った霊使とドライバーズハイとでもいうべき状態に片足突っ込んでいるマスカレーナの姿だった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「まもなくここにくる…か。」

 

創はモニターを通じて自分の失策を認めていた。世界でも使われているデッキをもとに警備ロボットんデッキを調整したのだが、あんな力押しで乗り越えて来るとは思いもしなかったのだ。

 

「…完全に予定外だったようだな。」

「全く持って、その通りだ。おかしいくらいだよ。」

 

そう言って星神創は頭を抱えた。警備ロボット一台では足止めすらできないという事なのだろうか。それとも彼らの実力がぶっ飛んでいるか。どちらにしても大きく予定が狂ったのは確かだった。

 

「…私が直々に足止めするしかない、か。」

 

創の目的は飽くまでデュエルモンスターズの消去だ。別に誰がそれを為すかなんて創には関係ない。この世界の歪みを消して、元ある形に―――デュエルだけで全てが決まってしまうディストピアから脱却するために彼は動くのだ。たとえそれが幾人から疎まれる行為であろうと、自分の命が消えるような愚行であったとしても。

 

「…止まれないんだよ、私は…!」

 

デュエルで苦しむ人がいるから。デュエルで虐げられる人がいるから、その上に立って甘い蜜をすすり続ける者たちが居るから。この世界から苦しみが無くならないから。だからデュエルモンスターズを消すのだ。

恨まれてもいい。憎まれてもいい。殺されてもいい。

それでも、この世界に生きる人々の苦しみの元を少しでも取り除けたら、それでいい。

 

「さて、と行こうか。」

 

星神創の目的に賛同するのは誰も居ない。彼にとっては孤独な戦いかもしれない。それでも彼は戦う事を選んだ。この理不尽に満ちた世界を憎んだから。

 

「私は…この世界から決闘(デュエル)を消す。そうだ、それで良いはずなんだ…帆夏。」

 

創は誰にも聞こえない様に小さく呟いた。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

かつて創には妹が居た。

幼い頃、災害で両親を亡くし、それからずっと二人で支え合って生きてきた。

星神帆夏。明朗快活で人当たりも良く、そして絶世の美少女と噂されるほどには美しかった。

創はそんな帆夏を守り、幸せにする事こそ、自分の人生のタスクだと信じていた。

だが、そんな夢想は一本の電話によって突き崩されることになる。

 

『星神帆夏さんが―――亡くなりました。犯人は既に確保してあります。』

「―――は?」

 

淡々とした声で告げられたその事実に思考が、言葉が纏まらなくなっていく。

幸せにして見せると誓った彼女は何も言わずに、自分の前からその姿を消した。

帆夏と創は年子で同じ学校に通い続けて、同じ時間をずっと過ごしてきた。

彼女の事は何でも―――は過言かもしれないがそれなりの事は知っているのだ。

だからまず自殺の線は頭から消し飛んでいた。あの明朗快活で世界に希望を持っていた彼女が自分からその命を絶つはずがない。

そうしてその電話の主の次の言葉を待ちながら、帆夏の試飲に頭を巡らせる。

その中で生まれたたくさんの疑問は次の一言で打ち崩された。

 

『―――余りこういうこと言いたくはないのですが、彼女は死ぬ間際まで―――されていたようです。』

「―――ッ!」

 

つまりは、だ。最愛の妹は人としての尊厳を奪われた挙句、使い捨てられたという事になる。

怒りが心を支配する。きっと今の自分ではまともな思考は出来ないだろう。

 

「事の経緯は?」

『―――あまり聞かない方がよろしいかと。』

「聞かせてください。」

『脅迫によって一方的な賭け決闘(デュエル)を強いたそうです。そして負けた後は"罰ゲーム"と称して、薬を盛られて後は一方的に―――複数人に嬲られていました。』

 

この経緯を聞いてどうしようもなく犯人を殺したくなった。

帆夏は決闘が大好きだった。コミュニケーションツールとしても、ただ強い相手と戦う事も、彼女は決闘の全てを心から愛していた。負ける時があっても笑顔で相手を褒め称え、決闘中でも常に笑みを崩さなかった。それだけ帆夏は決闘を愛していたのだ。

 

「―――分かりました。犯人には厳罰を。」

『はい。出来る限り考えうる最大の刑を―――は?すいません、少し、席を外させていただきます…。』

 

そんな妹が愛した決闘(デュエル)で妹の名誉を傷つけ、あまつさえ殺した。それが創の中の犯人たちへの殺意を燃え上がらせる。だが、同時に頭の冷静な部分では「それでは向こうの屑野郎共と同じになる」、と叫んでいた。だから、この時までは彼女が愛して、そして彼女を奪った決闘(デュエル)を何とか敵視しないで済むと思っていた。

 

『―――このままでは、彼女の事件が無かったことにされそうです…。』

「は…?」

 

その言葉の意味が分からなかった。

告げられた言葉は事件ではなく事故として処理をするというものだった。

それを告げた電話の主も悔しそうな声音をしていたことからそれが不本意な物であると知る。

 

『どうやら、今年の世界大会準優勝者が今回の凶行を行い、それで、才能を潰すことを恐れた上層部は"ただの一般人の娘よりも世界大会準優勝者の方が大事"という結論を下して―――』

 

そしてそんな理不尽な裁定が下された理由―――それもまた決闘(デュエル)がらみの理由だった。

決闘(デュエル)は妹の命を奪い、そして決闘(デュエル)は犯人への正当な裁きを行う理由すら奪った。

 

「許せない…。」

 

帆夏はあれだけ愛していたのに、なんでその決闘(デュエル)で命を奪われなければいけないのか。

許せないを通り越して、もはや憎い。

 

決闘(デュエル)が無ければ、こんな事には―――!」

 

創はその日初めて決闘(デュエル)に―――デュエルモンスターズに憎悪を覚えた。こんなものがあったから妹は辱めを受け命を奪われ、その一方でその下手人は裁きを受ける事無くのうのうと暮らしていける。

こんな理不尽があってなるものか、否、あっていいはずがない。

 

「デュエルモンスターズさえなければ――――!」

 

この瞬間、男はデュエルモンスターズへの復讐を決意した。

だが、デュエルモンスターズの消し方なんてさっぱり分からずに、それでも醜く足掻き続けた。

そして、志を同じくする女性と出会い、結婚。

自分達の後継ぎとして、デュエルモンスターズを消滅させるものとして、奈楽を産んだ。

 

しかし、息子はデュエルモンスターズを愛し、そしてデュエルモンスターズに愛されていた。

結婚した女性ははやり病で死んでしまい、一時は塞ぎ込んだが、それでも奈楽を育て上げてみせると、決意した。

気付けば復讐は二の次になって、息子の成長を見るのが楽しみになっていた。

だが、そんな時に帆夏の夢を見た。

 

『忘れないで』

 

と。そう言った彼女の目からは涙がこぼれていて、それが、彼女の本心だったと悟る。ああ、そうだ。どうして忘れていたのだろうか。自分はデュエルモンスターズを滅ぼしたいほどに憎んでいたはずだ。

いつの間にか、それをできる地位は手に入っていた。ならばあとは実行に移すのみ。

そして、創はたった一人、「デュエルモンスターズ」を消すために戦い始めたのだ。それを為すためなら自身の命をも厭わないようになって、それでたどり着いたのは、この星の「再創星」だった。「再創星」を行うには"創星神"の力が必要らしい、それを蘇らせようとして、今度は息子が自分の目的を阻もうとしている。

だが、もう止まれない。愛する帆夏の魂の安らぎの為にも、星神創は自身の計画を止める事が出来なかった。

 

「…来たか。」

 

自身の計画の鍵となる少女を取り返しに来た子供たち。彼らは帆夏と違ってデュエルモンスターズに愛された。どうして、だとか、なんで、だとか、そんな言葉はもう必要ない。立ち塞がるなら全員敵で、たとえ息子だろうとそれは同じだ。

だが、そんな内面を悟られない様に創は静かに微笑むのだ。

 

「よく来たね。ようこそ、地獄の一丁目へ。」

 

これからきっと世界に自分の悪名が轟くだろう。でも、それで救われる人も少なからずいるはずだ。勝者が居れば敗者も居る。そしてこれからの行動は全て「這い上がれなかった者たち」の怒りを代弁するものだから。

だから戦おう。この世の理不尽全てと、デュエルモンスターズという悲劇の元凶に。

 

星神創の悲壮な決意は、少年たちによく伝わったようだ。全身に力が入ってるのが見て取れる。

 

「さあ、君たちは私の計画を止められるか?」

 

そして創は時間を稼ぐために仰々しい態度でそう叫んで見せた。




登場人物紹介

・星神創
アヴェンジャー。決闘絶対消すマン。妹をデュエルで失い、その犯人を裁く機会さえも一緒に奪われた可哀想を通り過ぎてヤバい人。いわゆる闇堕ち状態。でも光堕ちフラグもあるよ!

・星神帆夏
表向きの原因は事故死だが本当の理由は殺人。しかも無理矢理―――されて使い捨てられるように殺された。お兄ちゃん大好きだった。

・世界第二位さん
糞野郎


さっと決闘を消したい理由を明かす回になりました。
凄い難産で暑くて思考が溶けているので駄文ですがお許しください!
次回もお楽しみに


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憎悪

「…やあ。」

「星神…創ッ…!」

 

霊使達は颯人の元へと辿り着く前の最大の障害であろう、人物―――星神創とついに対峙した。

 

「よく来たね。ようこそ地獄の一丁目へ。―――私の計画を止められるかな?」

 

その言葉は嫌でも霊使の耳に残る。自分達を結び付けた決闘(デュエル)に対しての憎悪を一切隠していない声音は霊使やウィンの耳朶を刺激する。

 

「貴方の目的は、なんだ!」

 

そんな声に怯まず声を上げているのはエリアルだ。彼女は憎悪の視線を向けられたり、憎悪のこもった声を掛けられるのが常だったせいか、その言葉に秘められた憎悪の深さに物怖じしなかったのだろう。だが、今このタイミングではその一言がやけに頼もしかった。

 

「私の目的…ねぇ。別に教えて減るものじゃないし教えてもいいよ?」

「ならさっさと話せ!」

 

エリアルは怒りに満ちた表情で創へと迫っていく。それでも創は一切目を逸らさずにエリアルの事を見ていた。その目に籠っているのは相も変わらず憎悪だ。むしろ、エリアルが前に出てきてからというもの、その目の中の憎悪が少しずつ増している―――霊使は創の目を見て、そんな風に感じていた。

そして、エリアルとの距離が十数センチまで迫ったところで創は自身の目的を告げる。

 

「…この世界の歪みを消すんだよ。」

「…は?」

「歪みを…消す?」

 

霊使が復唱したその目的が事実であるかのように頷く創。少なくとも本気で言っているらしい。だが、この世界における歪みとは一体何なのだろうか。―――いや、分かってはいるが、それを認めたくないだけだ。霊使やその他の面々がそれを言ってしまえばこれまで気づいてきた精霊との信頼関係にひびが入ると分かっていたから。

それでも、創がそれより先をを言わないため、彼の目的は自分で言い当てるしかない。

そして、その答えはとっくのとうに霊使の中では出ていた。

 

「この世界の歪み―――それは…デュエルモンスターズの事だな?」

「その通り。この世界は何でもかんでも決闘(デュエル)で決めているだろう…。それで不幸になっている人がたくさん居るんだ。霊使君だって経験あるだろう?」

 

歪み―――それはデュエルモンスターズ。霊使が出したその答えに創は満足そうに頷いた。デュエルモンスターズが強ければなんだって手に入る。逆に決闘(デュエル)が弱ければ最低限度の生活も保障されない。―――確かにこの世界の歪みはデュエルモンスターズと言っても過言ではないだろう。

 

「私はそんな人たちを救いたい。身勝手な願いかもしれないが、それでも、救いたいんだ。たとえどんな犠牲を払ったとしても、私は…私()やらなくてはならないんだ…!」

 

この世界の歪みを取り除きたいから、創星神の復活を望んだ創。確かにデュエルモンスターズが消えればデュエルが原因で不幸になる人はいなくなるだろう。

ならデュエルモンスターズをこの世界から消してしまえばいい―――とはならない。

 

「…そんな理由で消すのか。」

「十分な理由だろう。それとも何か?不幸になっている人を救う手段が他にあると?」

 

それを分かっているから、霊使は創の言葉を認められない。創の目的を認められない。確かに、この歪な形の社会の影で泣いている人は多い。かつて自分もそうだったからそれはよく分かる。だが、それは社会が原因であって決してデュエルモンスターズが原因ではない、と霊使は思っているからだ。

ならその社会を変えるにはどうすればいいのか。―――そんなのはこれまでの自分が証明してくれている。

 

「俺達で変えていくんだ…この世界を!決闘(デュエル)で苦しむ人が居ない様に、誰かの勝利のせいで多くに人が泣かない様に…!」

「綺麗事だね。」

 

創はその言葉を切り捨てたが、別にそんな事はどうだっていい。ただ考えが相容れなかっただけなのだ。もう、自分の考えに迷いを持たないと決めたから。だから霊使は自分の考えを創に吐き出す。

 

「綺麗事で上等だ!何も行動せずに迷わず間違った結論を出したあんたと違って!」

「何も行動していない…だと!?」

「そうだ!デュエルモンスターズに憎悪を抱いてばかりいて、デュエルモンスターズの悪いところばかり見て…!それで挙句の果てに消す!?ふざけてるんじゃねぇっ!」

 

霊使はのどが張り裂けんばかりに叫ぶ。言葉の節々が荒くなっていて霊使の激昂っぷりをまざまざと見せられているようだった。

霊使の本気の怒気に始めて触れた水樹や奈楽は思わず息をするのを忘れていた。

 

「それが、事実だろうが!現実だろうが!その声に一体どれだけの人が耳を貸した!?誰も聞いちゃくれない!」

「たった一回で諦めてんじゃねぇよ!」

 

互いの意見のぶつけ合いはとっくにクライマックスを迎えている。互いの意見の矛盾点を目掛けて言葉の弾は打ち出される。それに対抗するように新しい言葉を紡いで、それをまた相手にぶつける。それは相容れない相手だからこそ、それでもそれぞれの願いが本気だからこそ、起きている光景だった。

しかし、その言葉の応酬は霊使の言葉で終わることになる。

 

「じゃあアンタは!決闘(デュエル)が繋いでくれた出会いが全部悪い物だったって言いたいのか!」

「それ、は…!」

 

創はその言葉を受けて急に言葉が淀み始めた。どうやら、彼の中でのデュエルモンスターズとは憎むべき対象であった。が、それでもそれなりにいい出会いを導いてくれたらしい。

 

「言い淀むってことは心当たりがるんだろう!逃げてんじゃねぇ!」

「逃げてなどいない!」

 

それでも創も叫び続ける。出会い―――それはデュエルモンスターズに愛されたからこそ生まれた出会いだ。結局、デュエルモンスターズに愛されて無い物にはそんなまともな出会いもやってはこない。それこそ、帆夏のように。

 

「恵まれた君がつらつらとッ…!」

 

確かに創にも幸せな出会いはあったのだろう。だが、彼の心はそれ以上の憎悪に塗りつぶされている。これではまともな判断のしようがない。

 

「じゃあ!あんたは恵まれていなかったとでも!?」

「デュエルモンスターズに愛されている君達とは違ってね!」

 

とうとう、嫉妬心やそれ以上に「デュエルモンスターズ」という一つの社会に愛されている者への憎悪を露わにした。

霊使からしてみれば「愛されている」ではなくデュエルモンスターズが「応えてくれた」というのが正しいが。だからこそ、創の憎悪の対象になっていると考えると、ただただ悲しい。

 

「妹もそうだった!決闘(デュエル)が弱いからと起きた事件を見て見ぬふりされ、あまつさえ、その犯人はのうのうと甘い汁を啜っている!何が原因だ!?そう、デュエルモンスターズだ!」

「…だからって…!」

 

それでも理由のある憎悪なぶんましなところもあるのだろう。もし理由もなくただただ憎いだけならば本当に救いようがない。理由のある憎悪はその理由がはっきりしているぶん復讐なりなんなりして終わりだ。

だが、彼の場合、その憎悪の対象が広すぎる。デュエルモンスターズのせいで大切な人を失った。だからこそ、あそこまで深い憎悪を抱いている。

 

「デュエルモンスターズが大切な人間があんたに憎悪を向けてもいいのかよ!?」

()()()()。だから消すと宣言したんだ!」

 

もはやそれは憎悪を通り越した執念といっても過言ではないだろう。憎しみを煽られて誰かに利用されていたとしてもあそこまでの固い意思を持つことはない。だから、今の言葉は全て創自身の言葉だ。

奈楽が愛したデュエルモンスターズを創は憎んだ。

だから、もう、なにかを言うことはなかった。

何かを語る必要もなかった。

これから行われるのは彼が最も憎んだ行為そのものだ。それでも、先に進むにはそれしかない。

 

「互いの意見を通すなら分かっているよね…父さん。」

「分かっているとも。私が最も憎む行為を行えばいいのだろう?」

 

そう言うと創はデュエルディスクを構えた。自分の意地を通すには自分の憎む行為をしなくてはならないとはなんという皮肉だろうか。

 

「俺が、やるよ。二人は先に。」

 

二人は霊使の言葉に頷くと前へと走り出す。

言葉にしない奈楽を見て、創は少しだけ悲しげに微笑んだ。

それを正面から見た霊使は彼が何を考えているか―――それを考えることをやめた。

 

「さあ、始めようか。」

「……ああ。」

 

デュエルモンスターズで多くを失ったもの同士が向かい合う。それでも、二人の中に渦巻く思いは全くの逆だった。

 

同じもので多くを失い、その心を憎悪に染めた者と、多くを失いながら、その心に希望をともし続けた者。二人の心は今、ぶつかる。




今回の登場人物紹介は省略です。

次回もお楽しみに!


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「前へ進め!」

偉大なる高橋和希先生のご冥福をお祈りいたします


デュエルで全てを失ってその心を憎悪に染めた星神創と、デュエルで全てを失ってなお、デュエルに希望を持ち続けた四遊霊使が今、向かい合った。

 

「俺のターン…、手札からフィールド魔法"大霊術―「一輪」"発動!」

 

先攻は霊使だ。霊使のデッキはいつもの如く【リンク霊使い】。霊使い達やその使い魔たちをフィールド上に並べ、強力な切り札である"閉ザサレシ世界ノ冥神(サロス=エレス・クルヌギアス)"の召喚を狙うデッキだ。もちろんそこに至るまでの―――所謂展開途中で敵が逝ってしまう事もあるが、それはご愛嬌というやつである。

 

「一ターンに一度、強制的にモンスター効果を無効にするカード…!」

「割と便利なんだ、コレ。」

 

これで手札誘発という後顧の憂いは断った。後は思う存分デッキをぶん回すだけだ。そう願えばウィン達が、デッキが答えてくれると霊使は知っているから。

 

「取り敢えず永続魔法"憑依覚醒"を発動!そして俺は"憑依装着―ウィン"を召喚。…"憑依覚醒"の効果でデッキから一枚ドロー。」

 

今引いたカードを確認する霊使。引いたカードは今まで出番があまりなかったカードだ。それでも強力なカードであることには変わりはない。

 

「自分フィールド上に魔法使い族モンスターが居る時、このカードは手札から特殊召喚できる!というわけで俺は"デーモン・ビーバー"を特殊召喚!」

 

霊使のフィールドに現れたのはなんかいかにも悪魔っぽい生物の頭蓋骨を持ったムササビのような生物―――"デーモン・イーター"。これでもアウスにドングリを与えられて喜んでいるデーモン・ビーバー。これでも昔はドングリを投げつけて攻撃するという割とかわいらしい生態を持っていたらしい。―――今では見る影もないくらいに禍禍しくなってしまっているが。

それでも彼―――デーモン・イーターの持つアウスへの忠誠心は本物だ。それこそ、主を呼ぶために自身を犠牲にしてもいいと思うくらいには。

 

「よし…現れろ!地霊導くサーキット!」

 

ならば、デーモン・イーターの意地に応えるのが霊使が為すべきことだ。

だから、霊使はウィンと示し合わせたようにその言葉を叫んだのだ。

 

「リンクモンスター…!?バカな、霊使いにリンクモンスターは存在しないはずじゃ…!?」

「残念だけど、居るんだなぁ、これが!―――召喚条件は地属性を含むモンスター二体!俺は"憑依装着―ウィン"と"デーモン・イーター"の二体をリンクマーカーにセット!」

 

別にリンクモンスターと化したのはウィンだけじゃない。かつてダルクを使ったように、霊使と共にあることを決めた霊使い達は全員リンクモンスターとしての新たな力に目覚めている。

それを"選ばれた"ととるか、命を懸けて"つかみ取った"とするかは本人たちが決める事だが。

 

「サーキットコンバイン!現れろ!LINK-2"崔嵬の地霊使いアウス"!」

 

そうしてフィールド上に現れたのは新たな―――人形っぽい四足歩行の使い魔を連れたアウス。"崔嵬"とは山において岩や石がゴロゴロしていて険しいという意味である。現に彼女は今までの物とは明らかに雰囲気が違っていた。

 

「後は手札からカードを二枚伏せてターンエンド…。」

 

霊使 LP8000 手札0枚

EXモンスターゾーン   崔嵬の地霊使いアウス (リンクマーカー 右下、左下)

メインモンスターゾーン 無し   

フィールド魔法     大霊術―「一輪」

魔法・罠ゾーン     伏せ×2

 

手札は全て使い切ったがそれでも次のターンのための妨害札を何枚か立てることができた。更にアウスのリンク素材にしたウィンが墓地に眠っていることで必然的に"憑依連携"の効果の発動条件を満たしている。従って最低でも"大霊術―「一輪」"による妨害と"憑依連携"による妨害の―――最低二妨害は行えるのだ。

流石に二回も妨害を備えておけば悲惨な目には合うまい、と考えて。霊使は創のデッキを見守る。

 

「私のターンだ…。ドロー…。私は"ふわんだりぃずと謎の地図"を発動させてもらうよ。そしてそのまま"ふわんだりぃずと謎の地図"の効果発動。」

「その効果発動に対して"憑依連携"を発動。墓地の"憑依装着―ウィン"を蘇生して"ふわんだりぃずと謎の地図"を破壊。これで"ふわんだりぃずと謎の地図"の効果は不発。その後"憑依覚醒"の効果でデッキから一枚ドロー。」

 

霊使 手札0枚→1枚

 

どうやら相手のデッキは"ふわんだりぃず"。通常召喚を連鎖させ続け最終的に強力な最上級モンスターを横に並べるデッキだったはずだ。だが、こう言うデッキタイプの弱点として、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というものが挙げられる。大体は発動する効果であり、それはつまり"大霊術―「一輪」"がぶっ刺さるという事でもある。

特に初動のモンスター効果で連鎖的に増やしていくようなデッキに対して"大霊術―「一輪」"は特効がある。

従って―――

 

「私は"ふわんだりぃず×ろびーな"を召喚…。効果発動。」

「自分フィールド上に守備力1500の魔法使い族モンスター…"憑依装着―ウィン"が存在するためその効果は無効に。」

「…カードをニ枚伏せてターンエンド。」

 

星神創 LP8000 手札2枚

 

フィールド   ふわんだりぃず×ろびーな

魔法・罠ゾーン 伏せ×2

 

このように初動を無効にしてしまえばいとも容易く相手のデッキは機能不全に陥るのだ。

これで霊使の勝利はほぼ確定的になった。あの伏せがよっぽど厄介なカードでもない限りは、だが。

確か【ふわんだりぃず】には特殊召喚を封じる罠カードもあったはずだが、そのカードの出番は永遠に来ることはなさそうだ。

何故なら、霊使のデッキは特殊召喚は初動を無理矢理こじ開けるために使うか、それか最後の詰めで使うかの二択だから。初動としての特殊召喚は最初の"崔嵬の地霊使いアウス"がそれにあたる。目的としては"憑依連携"の特殊召喚先を作るためだ。

そして詰めの特殊召喚が"閉サレシ世界ノ冥神(サロス=エレス・クルヌギアス)"のような強力なカードである。

しかしながら既に星神創は()()()()()。―――こう言っては悪いがこの【ふわんだりぃず】は元々が()()()()()()()。そんな妙な確信が霊使にはあった。だから彼自身の意志が無いデッキに負けるつもりは無いし、そもそも既に負ける要素もない。

 

「俺のターン…ドロー。俺は手札から魔法カード"妖精の伝姫(フェアリーテイル)"発動。…さらに手札から"憑依装着―ヒータ"を召喚。"憑依覚醒"の効果でデッキから一枚ドロー…。さらに"妖精の伝姫"の効果で手札の"憑依装着―エリア"を召喚。」

 

霊使のフィールドに一体ずつ現れる霊使い達。しかし彼女たちは全員が何とも言えない顔をしていた。そのデッキが星神創の物ではないと分かってしまったから。

これから自分達がするべきことも、しなきゃいけないことも全部分かっているから。

目の前の相手を救いたいと思うのに、相容れないと知っているから。

 

「バトル。―――俺は"憑依装着―エリア"で"ふわんだりぃず×ろびーな"を攻撃。」

「…罠発動。"聖なるバリア ミラーフォース"…ッ!」

「"憑依覚醒"の効果によって自分フィールド上の【霊使い】及び【憑依装着】モンスターは相手の効果では破壊されない。」

「…無茶苦茶すぎる…。」

 

"ふわんだりぃず×ろびーな"の攻撃力はわずか600―――それに対して、今の"憑依装着―エリア"の攻撃力は3050。ろびーなが逆立ちしたところで届く数値ではない。

エリアが少し勢いをつけた水球をろびーな達の近くに発射してやればそれに驚いて鳥たちは飛び去って行く。

勢いが付いた水しぶきが星神創の体を濡らした。

 

星神創 LP8000→5550

 

「終わりだ。―――"崔嵬の地霊使いアウス"と"憑依装着―ヒータ"でプレイヤーにダイレクトアタック。」

 

抵抗する方法の無い創は渾身の一撃を二回、その身に受けた。デュエルディスクから伝わる衝撃が創に"負けた"という事実だけを伝えていた。

 

「俺の、勝ちだ。」

 

星神創 LP5550→2500→0

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

一方、霊使に創を任せ颯人とウィンダの捜索に当たっていた奈楽と水樹。

 

「ここにも居ない…か。」

「二人は何処に居るんだろうね…。」

 

二人は未だに颯人とウィンダを見つけ出せずにいた。一本道ではあるのだが、如何せん扉が多い。

その一つ一つを確認しながら進んでいるせいで中々二人を見つけられないのだ。

 

「ねぇ、エリアル…今、何個の扉開けた?」

「13から先は数えていないよ。」

「なんでそんな半端な数で数えるのをやめたんですか…。」

 

13から先を数えていないというエリアルに容赦なくフレシアのツッコミが刺さる。

 

「…でも、ほら、もうすぐ終わりそうだよ。」

「…そうみたい、だね。」

 

それでもすでに終わりは見えていた。

少し行った先にある壁にひときわ大きな扉が設置されていたからだ。今いる位置からそこまでに何か偶然偶々扉は存在しない。

 

(ようやく助けられる…!)

 

それだけを胸にエリアルは駆け出す。そこに友が居るという奇妙な確信がエリアルにはあったから。

エリアルは鍵がそこにかかっていると仮定して自身の呪術で扉を破壊する。

 

「ウィンダ!」

「…エリアルゥ!?」

 

そしてその重厚そうな扉をあけ放った先には―――至って健康体そのものな二人がそこに居たのだった。

 

「わ…」

 

その姿を見て、エリアルは気が抜けたというかなんというか。自分が心配している中、呑気そうにしていたであろうウィンダを見て、大声で叫んだ。―――叫んでしまった。

 

「ウィンダのバッカヤロォーゥ!」

「理不尽!?」

 

とにもかくにもそんな緩い雰囲気で二人は再会することが出来たのである。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「…アンタは過去に囚われ過ぎだ、と俺は思う。」

 

下を向いたまま、動きを起こさない星神創に対して、霊使はそう言い放った。

 

「確かにデュエルモンスターズでアンタは多くを失ったんだろう。俺だってそうだったから、凄い分かる。」

「…君は、なぜそこまで強い…?」

 

星神創は四遊霊使と自分がどこか同じ―――デュエルモンスターズに多くを奪われた人間だと思っていた。だから分かり合えると思ったのだ。結果はこの様だったが。だが、だからこそ解せないのは何故四遊霊使が「デュエルモンスターズを嫌いにならなかったのか」だ。

 

「君は何故全てを失ってなお、決闘を愛せる…?」

「前を向いているから、じゃないか?」

「…は?」

「俺は過ぎた事はあまり気にしない主義なんだ。」

 

それだけ言うと霊使はその口を閉じてしまう。その言葉を聞いて星神創は余計に意味が分からなくなった。彼は自分の過去全てを気にしない、とでも言うのだろうか。それこそ、自分が犯した罪からだって目を背けると言っているようなものではないか。だからこそ、創は霊使に疑問をぶつけ続ける。

 

「…過ぎたことは、気にしない、というのは過ちもそうなのか。」

「まさか。間違いや過ちに巻き込んでしまった人は忘れることはしない。そこで、得たものも。それは憎しみや怒りといった別の感情でもそうだ。得るものはあるわけだからな」

 

だが、彼はそんな事をあっけらかんとした感じで答えて見せた。彼は決して過ちから目を逸らさないのではなく、見つめたうえでそこから学んだものを次へと持っていく。

だからこそ、彼は憎しみを乗り越えることができた。彼の中で蟠りはあるもののそれでもデュエルモンスターズに憎しみを抱いたりはしなかった。

 

だから、彼は強かったのだろう。彼はデュエルモンスターズを愛したからこそ、デュエルモンスターズに愛されたのだろう。

 

「どんなものを抱えていても前へ進むしかない。前へ進め!星神創!アンタはそれができる人だ!」

「言ってくれる…。」

 

負けたはずなのに、自分の思いを真正面から否定されたのにどうしてこんなに胸がすく思いなのだろうか。―――もしかしたら、自分はこの計画を誰かに否定してほしかったのかもしれない。

そうやって、誰かの手を借りてほんの少しでも憎しみから解放されたかったのかもしれない。

 

「君は強いな、本当に…。私の負けだよ。」

 

それだけ言うと創は地面に倒れこんでしまった。そのまま首で霊使にこの先に行くように促す。

 

「奈楽には迷惑かけたとでも伝えておいてくれ。」

「それはアンタが伝えるべきことだと思うけど?」

「それもそうだね。―――なら一緒に行こうか、英雄君。」

 

自身の計画を打ち砕いた人物を英雄と呼ぶのは何というかこそばゆかったけれど、これで全てから解放される。

ようやく何かを憎み続ける日々から解放される。

星神創は初めてあの日から一歩前進できた、そんな気がした。




登場人物紹介

・四遊霊使
いろんなものを背負ってるけどその重荷に負けない人

・星神創
一度は重荷に押しつぶされたけれどもう一度立ち上がった人。彼は多分そう簡単には折れないだろう。

さてさてこの作品も次章で一部最終章となります。長かった…。
というわけで、今章もあとわずかですがモンハンライズサンブレイクが楽しすぎるので次回投降がちょっと遅れるかもしれません。



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急転直下/

 

「エリアル…痛いよ…っ!」

「馬鹿!馬鹿!みんなどれだけ心配したか分かってる!?僕だって不安で一杯だったんだから―――!」

「ごめんね―――で、ありがとう、エリアル。」

 

エリアルが無意識に首の関節を極めているせいで少々苦しかったが、それは心配をかけた罰として受け取っておく。ともかく、今ウィンダにとって重要なのは生きて親友たるエリアルと再会できた―――この一点のみだ。

その一点だけが今のウィンダにとって最もうれしい事だった。

勿論颯人が無事なのも嬉しいが、それは自分が守っているというこの状況では「当たり前」なのだ。当たり前にこなせるところをこなしたところでそんなに、というのがウィンダの心情だ。逆に守れなかったら守れなかったで正気を保っていられるわけ無いのだが。

 

「さて、と。ここからどう脱出するかも考えなくちゃね。」

「そうだね。颯人君、なんか出入口っぽいのはあった?」

 

エリアルがウィンダに泣きついている間に男衆はさっさと脱出口を探し始める。勿論感動の再会自体は喜ばしい事だと分かっているため、無粋な事は言わない。

もし何かを口に出す存在が居ればここに居る全員から袋叩きにあった事だろう。

 

「…所で霊使は?」

「あー…実は…。」

 

そして、霊使が創と戦っていること、創は霊使に任せて自分達は颯人を探しに来たことを告げた。それを聞いた途端ウィンダの顔がみるみる青ざめる。

それは当然の事だった。何故なら、霊使が戦うという事はつまり、ウィンが戦うという事と同じなのだから。

流石にそれは辛い。もし、自分を助けに来たせいでウィンが犠牲になったらと考えると、ウィンダは平静を保つことが出来なかった。

だが、ウィンダの心配は彼女自身が一番予想していない形で終わることになったのだ。

 

「ィィイィィヤッホォォォォオオォウ!」

「本日二回めぇぇぇッ!?」

 

―――霊使が、白目を剥いたまま、マスカレーナに連行されてくるという形で。霊使はその口から泡を吹きながらよく分からないうわごとを叫ぶばかり。そうやら精神が参ってしまったらしい。

その姿を一日に二回も見るはめになった水樹と奈楽は頭を抱えていた。どこからか「天丼」という言葉が聞こえてきたが気のせいだろう。そう思わなければやっていられない。

 

「―――は?」

「俺は一体どうしたらいいんだ…?」

 

一方でその光景を始めてみた二人―――颯人とウィンダはそのマスカレーナの破天荒かつ、無茶苦茶な突入方法に困惑を示すばかりだ。ウィンダは、あの地獄にウィンが実体化していないんい安心感を覚えながらも、霊使に対しては心の中で手を合わした。

 

(南無)

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

負けた。

自分の計画は失敗した。それでも彼らの中に光を見た。

彼らは心の底から決闘(デュエル)が好きだった。―――デュエルモンスターズが好きだった。そんな彼らの心が自分の復讐心を、デュエルモンスターズへの憎しみを溶かし尽くしてくれた。

今までの人生を誇ることはできないのかもしれないけれど、それでも、今まで生きてきた道に後悔などない、はずだった。

 

(彼らの創る明日を見ていたいなぁ…。)

 

視たい、と思ってしまったのだ。

これから彼らが作るであろう未来の姿を、その明日を。彼らは本気でデュエルモンスターズが好きだから、きっとこの世界を変えようとするだろう。自分の意見を通すにはデュエルが手っ取り早いからきっとデュエルで考えを伝えていくはずだ。

「デュエルは人を不幸にするためにあるのではない」、と。

そこに、ほんの少しだけ力添えをしてこの世界を変えることができたなら、どれほどいいだろう。

そう思わせてくれた少年はいきなりバイクで連れ去られてしまったけれど。

 

(まずは、四道をどうにかしなくちゃ、か。)

 

創は考えを霊使達の未来をどのように支えていくか、今はその事を考えることができる。霊使達がそうさせてくれた。もう一度自分に「信じさせてくれた」。

十分だ。

もう十分すぎるくらい霊使達からたくさんのモノを貰った。

たった一瞬のやり取りだったけれど、それでも彼のお陰で自分の中の原点を思い出せたのだ。

未来は見たいけれど、自分の役目はここまでというのも分かっている。これから先の未来はもう、自分の手から離れていて、それを決めるのは他でもない霊使達であるという事も。

創はゆっくりと歩く。まずは、彼らに謝罪すると決めて、それから―――

そんな事を考えているうちに、不意にその時は訪れた。

地下に作り上げたこの施設全体が大きく揺れる。それと同時に全身を悪寒が駆け抜ける。この感覚はまさに、ついさっきまで自分が望んでいたものが降臨したかのような、()()()()()()()()かのような感覚。

 

「どう…して…ッ!?」

 

四道にこの施設の事は伝えていない。ならば、どうやって彼の存在を復活させたのか。少なくともあの子たちが復活させたのではないというのだけは分かる。

何はともあれ、創星神が復活したというのであればウィンダやウィン―――それに彼女たちのマスターでもある颯人や霊使の命が危ない。

 

「行くしかない、か…ッ!」

 

星神創は走り出す。これから先に何が待ち構えていようとも構わず、この世界に生まれ落ちた希望を守るために。星神創はただただ死に物狂いで走り続け、到着したその場所で、見た。

 

「なっ…。」

 

地面に倒れ伏している一人の緑髪の少女を。もう二度と動かないであろうその少女の亡骸に縋り付く二人の少女の姿を。そしてそれを愉快そうに眺める爺とその取り巻きを。

星神創は激怒した。そして、それと同じくらいに自分の無力さが嫌になった。

間に合わなかった。救えなかった。その事実だけが創の胸の中に渦巻いている。

 

「うおおぉぉおおぉぉおお!」

 

気付けば、自分の体は動いていた。計画に加担しておいてなんだが、目の前の爺を一発殴ってやらないと気が済まない。元から気に入らない存在ではあったが、こうまでして創星神の力を欲するのは何かが許せない。以前の自分はきっとこう考えることもなかったんだろうと自虐しながらも、目の前に居る元協力者―――四道安雁に拳を振り上げた。

 

「一発殴らせろ!この糞爺がッ!」

「全く…理性の無い獣はこれだから。…もっと早くに処理しておくべきだったが、逆にこやつが居なくてはこうも楽に我らが母を復活させることは叶わなかったのも事実。だが、まぁ。」

 

その拳が振り下ろされる直前に四道安雁はその口端をめくれ上がらせて、不気味な笑みを作った。それにどうにも嫌な予感を感じたが、それでも、まっすぐ向かって行く。

 

「用済み、か。」

「!?」

 

振り上げたこぶしは届くことなく、何か―――光のようなものに阻まれた。発生源は何処だ、と探るまでもなく、上を見上げて、気づいた。そこには異形な何かが存在していることに。

創は頭上に存在する異形を見てそう漏らす事しかできなかった。何故なら頭上に存在しているのは明らかにこの地に封印されていた―――体の一部が人間界へと散らばっていた創星神だったのだから。

 

「…消えろ。」

 

だが創の疑問は解決されることは無かった。それ以前に彼の何かがふき飛んだのだから。

この星を産んだものからの自らへの裁定はどうやら死であったらしい。

辛うじて持っていかれたのが右腕だけで済んだものの、余り状況はよろしくない。というか、右腕を一本吹っ飛ばされてよく死ななかったものだと思う。周りの少年たちは―――

 

「…彼女たちを連れて行くんだ、奈楽。」

 

どうせここで消える命ならせめて、希望を未来に繋げよう。何も残せなかったけれど、少年のたった一言に心が動くくらいには追い詰められていたけれど、それでもきっと。この死にかけの体でも何かができるはずだと。

 

「…俺も、残る。」

 

皆が自分に頭を下げてこの場を後にする。―――たった一人、風見颯人を残して。

どうやら、霊使達に先に行かせたようだ。

 

「ここに残るってことは―――」

「ああ、分かっている。俺は多分ここで死ぬだろう。―――そして、ここから逃げたところでそれは変わらない。」

 

見れば、彼の体は既に白く既にタイムリミットがわずかしかないことをその荒くなった呼吸が告げていた。

 

「さっきのアンタと違って、今のアンタは信用できそうだ。」

「…それはいい。どうせならここで斃してしまおうか。」

「ああ。―――あいつらに未来を残しておかないと、な。」

 

少女の泣き声が少しずつ遠ざかっていく中で二人は襲い来る絶望に立ち向かった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

ほんの一瞬だった。エリアルとウィンダが再会の喜びを分かち合っている瞬間―――誰もが気を緩めたその一瞬で、エリアルの目の前でウィンダの体は崩れ落ちた。

それと同時に颯人の体から何かがものすごい勢いで抜けていく。どうやら地面も揺れ始めているらしい。

それが少しずつ抜けていくたびに颯人の意識がどこか遠くなっていくのを感じた。

何があった、何が起きた。例えここが祭壇であったとしても、ウィンダはまだ祈りを捧げていない―――少しずつ力が抜けていく中で颯人は必死に思考を巡らせた。一体何が起きているのか、と。

少しずつ狭くなる視界の端。そこに捉えたのは青白く光る月だった。あったはずの天井がぶち抜かれて、月光が今この場を照らしていた。

 

(…な、に…?)

 

あり得ない―――なんてことはあり得ないとは誰のセリフだったか。とにかく、颯人は今、理解の範疇を超えた衝撃を味わっていた。何故ここが分かっただとか、そんな事よりももっと奇妙な事があったのだ。

 

(ウィンダ、は…ど、う…!?)

 

ウィンダの姿が当たりに無い。それはつまり―――

 

(ま、さか…!)

 

最悪の予感が的中してしまった。視界の真ん中にウィンダを捉えて、そして真っ白を通り越して黄土色になった、明らかに生気のないその肌を見て気づいてしまった。―――ガスタの巫女 ウィンダという存在はもう既にここにはない。颯人はウィンダを守ることが出来なかった。そしてウィンダに襲い掛かったものと同じものがどうやら自分に牙を剥いているらしい。ウィンダと違い元が人間で、なにかこう、オカルトチック的な何かではないからか、自分の中から吸い上げられている「何か」はウィンダよりも残っているみたいではある。ただ、それでも―――自分達が「創星神」復活の生贄にされたことだけは良く分かった。

空に浮かぶのは

それでも同じようなものだろう。現に目の前に自分に対して下卑た笑みを浮かべて見下している存在―――四道が居るのにぶん殴れないのは少し――否、かなり悔しいが。

力は入らないし、物凄く寒い。それに呼吸も心なしか浅いし、何よりも心臓の鼓動が明らかに遅くなっている。これはいわゆる「衰弱死」の前兆だろうか。

いつの間にか地面の揺れも収まった。それに気づかないあたり相当自分は衰弱しているらしい。

何とか時間をかけて立ち上がると、霊使が心配して自分に近づいてくる。

 

(霊使か…。…俺を置いて先に行ってくれ。俺もそう長くはない。)

(…何を言ってるんだよ?)

(時間が無いから手短に言うぞ。…ウィンダはもう居ない。それに、今の「俺」もこの体に微かに残った「俺」の残りカスでしかない。)

(だから、何を…!?)

(いいから。俺がアイツらに奇襲でデュエルを挑む。…恐らくは斃せないだろうが、それでもお前たちがここから逃げるには十分な時間は稼いで見せる。)

(全員で帰―――)

 

霊使は自分の既に死んでいる宣言に頭が追い付いていないようだ。それに、すでに死人である自分は霊使達の後について行っても足手纏いになるだけだ。

 

(―――悪い、お前には色々苦労を掛けるけど、多分これで最後だ。俺を置いて行ってくれ。)

 

最後の力を込めて、霊使をそっと押し出す。その会話をしている間に。星神創がやってきていて、気づかないうちに接近していた四道たちに殴り掛かった。

 

(…やっぱお前になら未来を託せる。)

(俺に未来は重いよ…。でも、お前の望みをかなえてやることくらいはできる。)

 

もう、稼げる時間もあまりない。ここは星神創と協力して、霊使達を逃すしかない。ウィンダの命を喰らって復活した神になど、信心など存在するべくもない。

 

(行ったか…)

 

喉元までせりあがって来た鉄臭い何かを吐き出すのを我慢して颯人は走り去っていく霊使を見送った。

そして、颯人は最期の時を迎える時まで、ここであの悪魔たちを食い止めることを決意した。ついさっきまで敵対していた者に背中を預けるのは、少しおかしいかもしれないが、目的が一致しているのであれば悪くはない。

取り敢えずは「今の創は信用できる」とだけ伝えて、互いに背中を預ける。

 

「よくもウィンダを殺してくれたな…!この、野郎ォオォォォッ!」

 

そして、いの一番にウィンダを犠牲にすることしかできなかった自分へ一喝して―――目の前の敵へと躍りかかった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

颯人の最後の願いを聞いて霊使は即座に行動し始めた。今はもうピクリとも動かないウィンダの体に縋り泣き続ける二人―――ウィンとエリアルには申し訳ないが二人も連れてこの場から脱出しなければならない。

そこで、霊使がとった方法は至ってシンプルだった。

 

「フレシア!二人を!」

「…ウィンダさんは…?」

「―――置いていく。」

 

それはウィンダの亡骸を置いて、ウィンとエリアルの二人を引きはがす事。今の霊使達にはウィンダを安全地帯まで運べるような輸送能力はない。

できれば、ウィンダだけでも連れて行ってやりたい、というのが霊使の偽らざる本音だ。

 

「…分かりました。―――奈楽、水樹さんを。」

「うん…。」

 

フレシアもそれを分かっているのか、多くを語らず、ただその言葉にうなずくのみだった。

そのまま自前の能力で蔓を伸ばすとエリアルとウィンの腰にそれを巻きつかせるとそのまま霊使達の方へと放り投げる。

 

「…ウィンダは!?」

 

エリアルが悲痛な声を上げる。ウィンもそれに追従するようにウィンダに手を伸ばし続ける。だが、霊使はここでウィン達にその事を告げなければならない。

 

「…置いて、行くしかない…ッ!」

「…そんな!?」

「…本当に、それしか、ないの?」

 

ウィンは縋るような声で霊使に泣きついた。それだけ、ウィンの中でウィンダは大事な人だから。だから、彼女をあそこに置いていくなんてことをできるはずもない。

それでもウィンは霊使なら何とかしてくれる、と思っていた。

 

「それしか…ないんだ…ッ!」

 

ウィンは霊使のその、悔しさを滲ませた声色からそれしか生き残る道は無いのだと悟る。それでもそれが信じられなくて、認めたくなくて霊使に抱えられたまま、ウィンは手をウィンダへと伸ばし続けた。

 

「そんな、嫌だ…!お姉ちゃんを置いていくなんて…嫌だ。」

「…恨んでくれても構わない。―――行こう。二人が稼いでくれる時間を一秒たりとも無駄には出来ない。」

 

霊使は一度振り返って創に頭を下げてから、その場から駆け出す。

ウィンは少しずつ離れていくウィンダの亡骸に必死に手を伸ばし続ける。

霊使達がそこに出るまでの間、ウィンとエリアルはウィンダの名前を呼び続けていた。




登場人物紹介

・風見颯人
創星神の復活の生贄にウィンダが選ばれたことで一緒に色々と吸われた。かすかに残った命を霊使のために燃やすことに。

・星神創
殴ろうとして右腕が吹っ飛んだ。失血量から命はないと判断し、自ら足止めを買って出る。

・ウィンダ
創星神の復活の際に間近に居たためにその余波で死んでしまった。

・四遊霊使
恨まれるのを覚悟でウィン達を連れ出す


というわけでこの章も完結です。…プロット上この話はどう足掻いても避けられない話であったのでやらせていただきました。特に特定の事件を意識したというわけではございませんので御了承ください。
それはそれとして今回は少し説明というか地の文が多くなった気がします。これからは読みやすいお話を作れるように精進してまいります。
次回もお楽しみに


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終章:これが俺達の
失意の底で


友人を、颯人を、ウィンダを助ける事が出来なかった。撤退している霊使達の間にはそんな無念のせいか、会話らしい会話は一つもなかった。

 

「…すまない。」

「霊使が謝る事じゃないよ…。」

 

たった一言。二人を残しての撤退を決断した霊使の謝罪の声以外は、誰も言葉を発しなかった。それだけ、目の前で死に行く大切な人を止められず、守れなかった自分達が不甲斐ないのだ。もうどうしようもない、というのは撤退を決めた時点で分かっていて、ただそれを認めたくない―――認めることができないだけ。

認めたくないのは自分達の不甲斐なさを認めたくないだけで。結局、認めたくない現実を見ない様にして心を守る―――自分達はまだ子供だ。力もなくて、権力もなくて、たった二人の友人も救う事が出来ない力のないクソガキだ。

何処まで行っても自分達は「守られる側」でしかなかったのだ。

 

(本当に、颯人はすごい。俺達にできなかった選択を颯人はやってのけた。)

 

だが、霊使達はいつまでもただ「守られる側」に甘んじるつもりはない。何故なら、それは自分達を守ってくれた颯人の事を忘れるという事に等しいのだ。きっと彼は後の事を自分達に託したからこそあそこに―――死地に残った。ならその託された物を持って「次」へと向かうのが託された自分達の役目だ。

 

「…ここまでくれば大丈夫か…?」

「そう、みたいだね…。」

 

取り敢えずは安全地帯まで走り切れたようだ。相も変わらず霊使の家が一番近いため、とりあえずは一旦そこに身を隠すことになった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

『悪い、失敗した。―――俺の家で全部話す。』

 

深夜にスマホがメッセージの受信を告げた。

受信画面に映し出された文字にそのスマホの持ち主―――九条克喜は目を見開く。

克喜は自身の目の前にある機械の映し出すメッセージが本当だとは認めたくなかった。だがいくら目をこすってみても目の前にある文字の羅列は一文字たりとも変わらない。

 

『どういうことだよ!?』

『話せば長くなるが…俺達の油断が招いた事だ。』

 

その二言だけで克喜は飛び起きる。眠気なんて吹っ飛んでしまった。どうやらその行動によって大きな音が立ってしまったらしく、ハイネが慌てて階段を駆け上がってくる足音が聞こえてくる。

 

「何があったんですか、克喜!?」

「なんか良く分からないが…失敗したらしい。」

「…何でですか!?」

「それを今から聞きに行くんだ…。本当に何があった?」

 

部屋に飛び込んできたハイネに克喜は今の状況を簡潔に伝えすぐさま霊使宅へと向かう事にした。

それ位しかできることは無かったし、それ以外の事をしようとは思わなかった。

それだけ霊使達の失敗が信じられなかったし、信じる事が出来なかった。

 

(克喜…。)

 

焦ったかのように、弾かれたかのように動き始める克喜に、ハイネも触発されてすぐに動き始める。願わくば悪い夢であってほしいと願いながらもそれがかなわないことも知っているから。

今生きているのは目の逸らしようのない現実。

どうしようもなく、それが事実であることを認めざるを得なかった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

そして今、霊使の家に当事者である水樹、奈楽をはじめ、いつもの面々が揃った。―――颯人とウィンダを除いて、だが。今この場にその二人が居ないという意味をここに居る全員は理解している。

 

『考えうる最悪の展開になってしまった』

 

ということを。経緯はどうあれ、世界を丸々作ったとされる神様が復活してしまった。しかもそれを従えているのは邪悪な事で有名な四道一味である。あんな悪意のある相手が創星神の力を望むがままに振るったらまず間違いなく出来上がるのはディストピアだ。

それも今以上の、弱肉強食のみを是としたとんでもないディストピアだ。

そして、そんな世界の礎にあの二人はなってしまったという事になる。

 

「…それで、…風見颯人は…俺達を逃すための犠牲になった。…助けられなかった。」

 

霊使もそのことは分かっているため、ただ謝罪の言葉しか口に出さなかった。―――出せなかった。そして、霊使は続けて語る。あの地下はどういう訳か別世界―――精霊界の秘境の地であるミストバレーと繋がっていた事。その事を分かっていたかのように四道が奇襲をかけ、一瞬のうちに復活の儀式を行ってしまった事があげられた。本来ならミストバレーに吹く神の風が必要だったのに、この世界と繋がったせいか、それが無くても復活したこと―――これはこっちの世界とつなげたために起きた「バグ」みたいなものだという事も。その上で恐らくは完全に彼の存在が復活したという事も。

途中からはエリアルの推測も混じりながらも話が進む。それでも前向きな言葉は一言も出てこない。それもそうだろう。特に救出に動いた三人はその死に様を目の前で見ているのと同義なのだから。

霊使達が話を終えたことで再び気まずい沈黙が周囲を満たす。

 

「…なぁ、一つ聞いていいか?」

「…何だ?」

 

思わずといった感じで克喜が霊使に質問する。

 

「まさかとは思うが…『自分の所為で救えなかった』なんて思ってるんじゃないよな?」

「…いや、実質的に俺のせいだ。あそこでさっさと撤退してればこんな事にはならなかったんだ。四道の奇襲に気づかず、二人をみすみす死なせることもなかった…。」

 

霊使の懺悔のような言葉を聞き、思わず克喜は頭を抱えそうになってしまう。今は動かなければならないのに、どうしてうじうじと頭を抱えているんだ。思わずそう叫びたくなる。確かに目の前で友人が実質的な死を迎えたせいでそこまで気持ちの整理がついていないのだろう。話を聞く限りではそうだとしか思えなかった。

何故なら、彼らの歓談中―――最も気が緩んだ一瞬を狙って今回の事に及んだのだから。つまり、四道という外道共は少年を―――霊使を傷つけるだけの目的で今回、二人を狙った可能性だってある。

ただ、四道はウィンダの代用品としてウィンを狙っていた節があり、今回偶々霊使達が隙を見せてしまったという事も考えられるが。

とにもかくにも九条克喜にとっての悪は一番気が緩むタイミングを狙った四道としか言いようがない。いくら手練れの決闘者とはいえ心はまだ子供だ。

安心できるタイミングでどこか警戒心が薄れてしまったとしてもそれは誰にも攻めることはできない。

だから、何一つ、というわけでは無いが今回の件でおおよそ悪いのは四道の方だ。故に、霊使達がそこまで思いつめる必要もない。

 

「…たらればを言っててもしょうがないだろ。…今はこれから先を考えねぇと…。」

「…そう、だな…。」

 

だがそれでも霊使は背負ってしまう。二人の―――否、三人の死を目の前で見たからこそ今、彼は無力感に苛まれている。

 

「なあ、霊使…。お前はどうしたい?」

「どうしたい、って…そりゃ、創星神を止めるに決まってるだろ。出来れば四道を斃すのが手っ取り早いがそれ以上にあいつらを星の神様が守ってるんだ。だったら先にそっちを叩くしかない。」

「…そうだな。―――戦術的な面じゃなくて、この戦いが終わったら、どうしたいだ。」

「早くないか?…やっぱ、あの二人に一生償い続けるんだろうな。」

 

その言葉に克喜は首を振るう。未だに周りの仲間は口を開こうともしない。友人が死んだといわれればその反応も致し方なしであるが。出来れば克喜だって大声上げて泣き叫びたいし、喚き散らしたい。何も思わないわけじゃないし、そんな薄情な人間になったつもりもない。

だからこそ、克喜はそれの思いを全て無視した。

こんな状態ではきっとまともに戦う選択肢なんて取れないし、よしんば戦って勝ったとしてもその償いが逝った二人にどう捉えられるのかさえ理解していない。

 

「償いってのは、死ぬって意味じゃないよな?」

「…そうだ。俺の命一つ分で良いかどうかは分からないけど。」

「…そうか。それがお前の答えなら―――!」

 

それでも霊使は償うといったのだ。霊使達は少なくとも三人の犠牲の上に生きていて、でもその「償い」は霊使達を逃した二人の意志や、斃れてしまったウィンダの意志をも裏切る行為なのだ。

 

「俺はこうするまでだッ!」

「ぐあッ!?」

 

故によりにもよってその三人に助けられた霊使がその命で償うなんて言ったから、克喜は霊使はぶん殴った。

それはもう、物凄い勢いでぶん殴った。霊使は力を抜いていたせいかきりもみ開店をしながら吹っ飛んでいく。

克喜は勢いよく壁に叩きつけられてせき込む霊使の胸倉を掴むと霊使と目線を合わせた。

 

「お前は生きなきゃいかねーんだ。」

「…どうしてだ?俺が殺したようなものなのに…」

「いいか、()()()()()()()。お前じゃない。…それにお前はせっかく繋いでもらった命を無駄にするつもりか?」

「……。」

「いいか、殿を務めた二人はお前なら託せるって思ったんだろ?だからお前を、お前達を逃がした。だが、お前は今、その命を捨てようとしている。…それがあの二人に対する裏切り以外の何物でもないとどうしてわからない!」

 

そうだ、コレは結局霊使が託された物を、彼は償いと言い張って投げ捨てようとしているだけ。それを裏切りと言わずに何というのか。

 

「じゃあ、俺はあの三人にどうやって詫びればいい!?どうすればいいんだ!?」

「知るかよ!」

「―――私が答えるよ。」

 

生憎だが、克喜はその答えを持ち合わせていない。きっとそれを示せるのは真の意味での霊使の相棒であるウィンだけだ。だから後はウィンにすべてを任せることにした。




登場人物紹介

・四遊霊使
ナーバス霊使くん。自分の判断ミスで三人死なせてしまったのでそれはもうとんでもないことになっている。背負いすぎるなと言ったが、コレは一人分でも過積載れべるではなかろうか。
「答えてみろルドガー!」

・九条克喜
今作の友情コンビ。彼ではナーバス霊使をもとに戻せないが―――


というわけで鬱展開且つ急展開が続きます。…どうしてこうなった?
というわけで気分を変えて間章(1.5部)新キャラアンケートを取ります。どんな人かはざっくり活動報告にまとめるので、読んで決めてくれてもいいし、即決でも構いません。

次回もお楽しみに


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「私」の答え

祝!MDカジュアルマッチ実装!


 

「―――私が答えるよ。」

 

どうやって償えばいいのか答えが出ないと嘆く霊使。その霊使の何かに縋るような声に答えたのはウィンだった。彼女は霊使が創に投げかけた言葉を知っているからこそ、今、この場に立っている。

そしてウィンの口から出た言葉は、確かな衝撃を持って霊使の胸に突き刺さった。

 

「答えは生きる事。生きていくしかないよ。」

「…は?」

 

霊使はウィンの口から出た言葉が信じられなかった。生きていくしかない―――その意味がさっぱり分からない。自分は二人を見殺しにしたも同然で、しかも彼女の姉も救えなかった無力で罪を犯した子供でしかないというのに。どうして彼女はそんなに強く言い切れるのだろうか。

 

「私だって二人が死んだことに思う事が無いわけじゃない。それに霊使は今回の作戦でも要だったから、目の前で二人を喪って、ウィンダも助けられず―――ってことが許せないんだよね?」

「ああ。…そんな風にしかできなかった自分に腹が立つ」

「でもね、それでウィンダや颯人君が霊使を責めると思う?」

 

こてん、と首を傾げながらウィンは霊使に問いかける。あの二人の器はそんなに狭いのかと。あの二人が自分を犠牲にして生かした相手に何か恨み言を言うのか、と。

 

「…そんなの、分からない。」

「うん、だと思った。ぶっちゃけ私もそうだから。」

「オイオイオイオイ!?」

 

ウィンのぶっちゃけに思わずツッコミを入れてしまう克喜。普通そこは「分かる」だとかそんな感じの慰めの言葉を掛けるのが普通ではないだろうか。

 

「…克喜君は少し黙って。」

「サーセン。」

 

真面目な話の腰を折られそうになったものだから、ウィンは威嚇するように低い声を出した。余りの迫力に克喜は思わず謝罪の言葉を漏らす。呆れたようなため息を一つ付くとウィンは話を戻した。

 

「とにかく、ウィンダ―――お姉ちゃんの気持ちはお姉ちゃんにしか分からないし、颯人君や創―――さんの気持ちだってその二人にしか分からないわけだ。これは言っていいのかなって思っちゃうけど…【死人に口なし】ってやつだよ。ものすっごくアレ―――不謹慎だけど。」

「不謹慎が過ぎる…。」

「結局の所さ、霊使はあの三人から恨まれているんじゃないか…助けられなかったせいで霊使の事を憎んでないかって、怖いだけでしょ?そんなのどうだっていいんだよ。…霊使が信じた彼らの事だし、笑ってるよ、きっと。」

 

ウィンの言っている事はきっとそうなのだろう。少なくとも颯人やウィンダはそうそう誰かを恨んだりはしない。あの世で再会して二人で笑い合っているまである。

なんでだろうか、むしろそうとしか思えない。

 

「…いいんだよ。霊使は償いの為に死ぬんじゃなく、君が生きたいと願ったとおりに生きて…君にはその資格があるんだから。」

 

ウィンは優しく霊使を抱きしめる。若干顔が赤くなっていることからそれは本人にとっても相当恥ずかしい行為なのは確かなのだろう。

でも、多少の恥で霊使が救えるというのならば喜んで恥をかく。ウィンという少女にとって最も悲しいのは自身が愛した霊使という少年を喪う事なのだから。流石にそれは耐えられない。ウィンにとってそんな事が起こってしまうという事自体あってはならない事だった。

だから、自分の恥程度で良いのならばいくらでも恥をかいてやる。恥をかいて、それで霊使を救ってやる。

 

「ウィン…。」

「大丈夫。…いいんだよ。だから、ね?一緒に生きよう?

「…全くウィンはズルいよなぁ…。そんなこと言われたら生きるしかないじゃんかよ…。」

 

そうだ。そう意味を込めてウィンは霊使に頷いた。それを見て霊使はようやく顔から憑き物が落ちたような―――そんないい顔になった。

 

「…それはそれとして、だ。これからどうする?」

 

けっきょっく霊使がいくらいい顔になったところで肝心の問題は何一つ解決していないのだが。その「どうする」という言葉がやけに重くのしかかっているように感じた。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

風見颯人は最期の一瞬まで、全身全霊をかけて戦い抜いた。

 

「くあっ…ッはぁ…。」

 

息が苦しい、視界が明滅して足取りは覚束ない。それでも、それでも風見颯人は立っていた。まだ、終わっていないとでもいうように。

 

「俺の…ターン…。」

 

残りライフは残り僅か。それでも、なんとか逃がせるくらいの時間は稼げたか。颯人はここで死ぬ、それは変わることの無い事実だ。その事は颯人自身が一番良く分かっている。だからと言って、颯人は名にも残さず死ぬ気なんてさらさらなかった。

 

「ドロー…。」

 

ウィンダが逝ってしまった弊害で思うようにデッキを回すことができない颯人は、それでもなお、諦めずに時間を稼いでいた。別にここで倒してしまっても構わない相手なので思いっきり倒すくらいの野望は抱いているが、斃すよりも先にこちらの寿命が尽きそうだった。多分間に合いはしないだろうが、それでも一泡は吹かせられそうだ。

 

「…俺は、"SR 赤目のダイス"を通常召喚…!"赤目のダイス"の効果で"HSR コルク―10"のレベルを1にする…。」

 

颯人のフィールドにはレベル6のシンクロモンスターである"ダイガスタ・スフィア―ド"、レベル5のシンクロモンスターである"HSR チャンバライダー"、そしてレベル3のシンクロチューナーモンスターである"HSR コルク―10"が存在していた。そして"赤目のダイス"の効果で"コルク―10"のレベルは1となっている。

これまで"攻撃の無力化"や"和睦の使者"といったカードで守りを固めた結果が、今の颯人のフィールドだった。

 

「俺はレベル6の"ダイガスタ・スフィア―ド"とレベル5の"HSR(ハイスピードロイド) チャンバライダー"にレベル1となったシンクロチューナー"HSR(ハイスピードロイド) コルク―10"をチューニング…!」

 

目の前にはこの星の作り手たる"創星神"が存在している。あの厄介な効果はきっと、霊使が何とかしてくれると信じている。颯人のデッキはひたすらに展開する事に特化しているから何とかなったが、もしここに残っていたのが他の誰かだったらきっとこの効果の前に心が折れていたに違いない。

 

「二ターンも猶予があれば…ここまで持ってくることも可能なんだな…。集いし願いが空へと響き、宇宙(そら)よりそれは現れる。来たれ、破邪の銀翼!デルタアクセルシンクロォ!祈りの翼よ、降誕せよ!"コズミック・ブレイザー・ドラゴン"!」

「馬鹿な…!?」

 

どうやら目の前の四道安雁は"創星神"―――"創星神sophiaの効果を発動しておきながら現れた自分の真の"とっておき"―――"コズミック・ブレイザー・ドラゴン"の存在が信じられないようだ。ざまぁみやがれ、俺達はお前の予想を上回ってやったぞ―――。その言葉を出すことなく、前のめりに倒れる。

 

(時間…か。)

 

コズミック・ブレイザー・ドラゴンの攻撃力はその召喚難度の高さもあってか驚異の4000。攻撃力で見れば目の前の創星神を上回っている。それなのに、攻撃宣言ができない、というのは余りにも悔しい。

 

「…ぅげき…」

 

否、一泡吹かせるだけではもう足りない。せめて一撃、たとえどんなに苦しくても、一撃その鼻っ面に叩き込んでやりたい。

 

「コズミック………ぅげきぃ…!」

 

それがほんの一瞬だけ動けるような活力を颯人に与えた。

 

「"コズミック・ブレイザー・ドラゴン"で"創星神sophia"を攻撃ィィィィ!"コズミックゥッ!ブラスターァァァァァッ"!」

 

その絶叫するような声での攻撃宣言は、自らの主の最後の命令―――そう理解したコズミック・ブレイザー・ドラゴンは自らの全てをかけて創星神へと攻撃した。彼の龍が放つ銀河の力を秘めた咆哮は全てを塗りつぶしていく。最後の足搔きだ。みっともないもがきだ。傍から見ればただの醜い悪あがきだろう。それでも、颯人の"コズミック・ブレイザー・ドラゴン"の一撃は確かに気高さを備えていた。

 

「いっけぇぇぇぇええぇぇぇぇぇえぇえぇッ!」

 

醜く、それでも気高い、絶叫が響き渡る。

最後の最後まで声を絞り出して颯人の意識は安寧の闇の中に溶けていった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「バカ…な…。」

 

四道安雁は少なくない敗北感を味わっていた。創星神の生贄となった人間の残りカスが神にあだなすどころか、猛烈な反撃を残していったからだ。完璧だった、何もかも全てが。それなのに、与えられた少ない猶予で斃れた少年は再展開し、あまつさえ反撃をして見せた。

 

「ありえない…。」

「うそ…でしょ…?」

「おいおいぃ…。異常すぎるだろ…?」

 

それは本来ならばあり得ない事だった。それだけ彼の男の執念が強かったとも言えるが。

 

「…まぁいい。多少手傷は負ったが、まだ創星神は起動したままだ。」

「このまま攻め上がり、この町を掌握するのかしら?」

「うむ…。さあ、作り上げよう、決闘が全てを支配する我らが理想郷を。」

 

―――ならば、この妙な敗北を受け入れよう。男の執念を褒め称えよう。あの男は新世界生きるべき人間であったと伝え続けよう。

それが四道安雁なりの男に対する「敬意」であった。

それこそ、霊使側などではなく正真正銘の「こちら側」であるべき人間であった。それが四遊霊使という凡骨以下ののみにすら満たない存在を逃がすための囮となって死んだ。

 

(人間は弱者と関わると弱くなる―――ならば人間は強者側だけでいい。弱者など獣畜生にも劣る存在でしかないものは強者の奴隷であればよい。)

 

この男は友情など信じない。

この男は生まれながらに狂っている。

故に強者が弱者のために命を捨てる事を良しとしなかった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「克喜…相当無理してましたよね…?」

 

ウィッチクラフトの超技術で霊使の家の内部面積を引き延ばすこと二回目。致しても気づかれないような防音がなされた個人の部屋で克喜はハイネに問い詰められていた。

無理とは無論、霊使を無理矢理立ち上がらせようとしたあの件である。

最後の美味しい場面こそウィンに譲ったが、必要最低限は果たせたのではないかという感触が克喜にはあった。

だが、あの時に泣き言を言えなかったせいで、皆の前で泣き言を漏らす事を克喜は無意識的に封じた。

故に精神に相当負担がかかったのだろう。それぞれに与えられた部屋に着くや否や克喜は頭を抱えて倒れこんでしまったのだから。

 

「…やっぱ分かるか…。」

「あたりまえ。」

 

どうやら人生経験がそれなりに豊富なハイネだけでなく若干9歳のヴェールにも見抜かれていたようだ。変に気を張っていたせいか今は彼女たちの言葉が甘く感じられた。

 

「正直言うととても辛い。」

「でしょうね。」

「未だに死んだことが信じられない。」

「…うん、そうだね。」

 

ぽつりぽつりと漏れ出した悲しみは堰を切ったように溢れ出した。それは霊使への呪詛の言葉ではなく、親しい友人が理不尽にも命を奪われた怒りと悲しみのこもった絶叫であった。

 

「うわぁああああぁぁぁぁああぁぁぁ!」

 

とうとう声にならない声を上げる克喜。だが、それを受け入れるようにハイネは克喜を抱きしめた。

 

「辛かったですよね…苦しかったですよね。いいんですよ、私達の前では正直になって。だって私達は貴方の、克喜の相棒、だから。」

 

その言葉に克喜の理性は崩壊した。流れる涙を止めることもできず、大声で泣き続ける。ハイネとヴェールは何も言わずにただ傍にいた。

そこには三人だけの時間がゆっくりと流れていて、それを邪魔するものは誰も居なかったのだった。




登場人物紹介

・四遊霊使
背負いすぎなくはなったがそれなりに重い物を背負っている。

・ウィン
どんな霊使も好きだけど、背負いすぎてつぶれるのは見逃せない

・風見颯人
真のとっておきである「コズミック・ブレイザー・ドラゴン」をとうとう出した。攻撃名は「コズミックブラスター」。
彼は死ぬまで殿を果たし続けた。

。九条克喜
15歳の少年に仲間の死を乗り越えろとか言う方が鬼畜じゃん?

・ウィッチクラフト
そりゃつぶれそうになったら助けるよ

えー来週ですがテストが近いのでいつもよりボリュームの無い幕間になるかもしれません。間に合ったら本編を投稿します。
次回もお楽しみに!


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鎮圧戦開始

その一報が入ったのはある意味当然の事だった。霊使達が撤退してからおよそ数時間後、端河原松市内で一斉に爆発が起きた。

 

『緊急:暴徒と化した集団が複数で自爆。狙いは警察署などを襲い始める。』

 

スマートフォンのニュースアプリでによる通知でとうとう四遊が動き出したことを察知した霊使。相手はどうやら警察機構や市役所などといった公な組織を狙ってこの行動を起こしたようだ。

 

「やりやがった…!」

 

そしてそれは最も恐れていた出来事でもある。警察や政府の目が無いことをいいことに四遊はこの地を乗っ取るつもりだ。そうなった後はこの地を弱肉強食のみを法とした地獄に作り替えて、かつての霊使のような存在をたくさん作るつもりだ。

もしかしたら創星神の力を使って全てをデュエルだけで決める世界にするつもりなのかもしれない。

 

「あの糞爺…!」

 

とにかく、あの四道安雁の野望が叶ったところで良い世界になるはずもない。そんな事は既に承知している。だからこそ、たとえどんな傷を負ったとしてもここで立ち止まるわけにはいかなかった。

 

「…皆、行こう!」

「ああ。」

「そうだね。」

「もちろん。」

 

霊使は周りを見渡して全員の目を見た。その視線に対して、「覚悟はできている」というふうに頷き、少年たちは立ち上がる。

 

「…たった7人の最終決戦か…。」

「一人よりはましだと思うけどな。」

 

軽口をたたき合いながらも少年たちは戦場へと足を向ける。もしその背中を見送る誰かが居たらきっとこう思っていただろう。

 

「どうして自ら死地に足を突っ込めるのか」と―――。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「これは酷いな…。」

「日本はいつから無法国家になったのかねぇ…。」

 

霊使がそこにたどり着いたとき、目に飛び込んできたのは暴徒と化した集団が、街を壊し、人を殺し、盗みを働いて、気紛れに略奪する地獄絵図であった。

最早法治国家とは思えない光景に思わず目を逸らしそうになってしまう。大方今まで決闘の結果だけで他者を蔑んできた者たちなのだろう。どんな相手でも構わず決闘を無理矢理仕掛け、理不尽にすべてを―――命でさえ奪っていく。

 

「獣畜生にも劣るね…。」

「同じく。結、あんなケダモノども相手している暇は無いよ?」

「ニンゲンってあんなのも居るの?」

「結みたいな人がこういう邪悪のせいで霞んでいくんですね…。」

 

それはどんな精霊であっても、どんなまっとうな人間であっても許す事の出来ない蛮行だった。だからこそ、この暴力に抗わなければならない。

 

「おい、こっちにもいたぞ!?」

「女は殺すな!男だけ殺せ!」

「あ、ちょっと。あそこの黒髪の男は殺さないでよ!?私の奴隷にするんだから!」

 

どう突破したものかと考えていると暴徒たちがこちらに一斉に駆け寄ってくる。その数ざっと4人。本来なら無視して本陣へと突っ切るべき人数だ。だが、その相手が叫んだ言葉に反応して全員に臨戦態勢を取らせる。

 

「獣畜生にも劣るとか言ってはみたけど…こいつらどうやら下半身と脳味噌が直結しているらしいよ?どうやら狙いは僕ららしいけど。」

「…ぶちのめすか。」

「それいいね。いっちょ"私達が居る"っていう所見せてあげようか。」

 

パンという小気味良い音に振り返れば、獰猛な笑みを浮かべた咲姫が拳を掌に打ち付けていた。

 

「さあ、教育の時間…ってやつよ!」

 

咲姫も素を露わにしているところから相対する集団の外道っぷりが良く分かる。だが、そんな外道だからこそ思いっきり戦えるというものだ。

 

「おいてめーら!金と女を置いていけ!」

「あ、ついでにそこのいかにも頭の切れそうな黒髪の坊やもねぇ?」

 

さて、人間は自分より知能が低く、尚且つ危険性の少ない相手にどんな感情を抱くか知っているだろうか。自分より下という慢心、こいつが居るから自分は最底辺じゃないという安堵、こいつは自分よりも弱いから何をしてもいいという優越感―――。きっと、良い感情も悪い感情も人に相対するときは、何かしらの感情を持つだろう。

だが、今の霊使達は目の前にいる人間に一種の感情を除いてその一切を示さなかった。

 

「てめー、無視すん―――」

「黙ってろ、下種が。」

 

霊使の、霊使達の心に残った感情はただ一つ、怒りだ。街をめちゃくちゃにされ、理不尽に人の尊厳を弄び、自らが積み上げた骸のうえで下品に笑っている。そんな光景を見せられて、怒りを覚えないわけが無かった。

 

「なんだと、このクソガキャァッ!」

 

霊使の顔面を狙って放たれた渾身のストレート―――霊使をそれを視認することなく、差も当然であるかのようにそれを受け止めた。

 

「お前は…お前たちは…こんな事をして心が痛まないのか?」

 

聞いたところで無駄であろうが、一応良心に訴えかけることにする。こんな行為をする人間の答えなど決まり切っているから、効く意味もないが、それでも一応確認はする。

 

「は?なんで?ここらへんで死んでいるのは全員雑魚―――いわば害獣だぁ。お前は人里に侵入してきた熊が撃ち殺されたっつ―ニュースを見て安堵するだろう?それと同じさぁ。人が害獣に同情なんてするかぁ?しねぇ~よなぁ?」

「ああ。…そうだな。…じゃあ、」

「あん?」

「害獣駆除と行こうじゃないの?」

「あ?」

 

もうここは無法地帯。だが、外道のやり方に合わせていては世話が無い。しかし、それでも霊使はこの男をぶん殴りたくてしょうがなかった。そこに丁度良くナイフを持った男が襲い掛かって来たので拳を突き出した。

 

「誰に向かって口きいて――――」

「うるせぇ!」

 

その結果、襲い掛かって来た男の顎に霊使の拳がクリーンヒット。脳を激しく揺さぶられた結果、男は悲鳴一つ上げずに気絶してしまった。

 

「…どうする?俺はリアルファイトでもデュエルでも構わないけど?」

 

霊使は挑発するように手首を動かす。それに乗った暴徒たちが一斉に霊使へと襲い掛かった。

 

「野郎ォッ!ぶっ殺してやる!」

「やってみろ!このクサレ脳味噌どもがぁーッ!」

 

多勢に無勢とはいかなかった。結論から言うと霊使は大の大人数十人に対して自身に一回も触れさせない大立ち回りを敢行。

 

「アイツ人間じゃないだろ…。」

 

克喜の漏らした言葉は何とも正鵠を得ていたが―――その言葉を額面通りの意味で受け取ったのはウィン達霊使いだけであった。

 

(俺も限界が近い、か…。)

 

口の中にせりあがって来た鉄臭い何かを霊使は飲み込んで限界を悟らせないように、急いで駆け出した。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

数十人いた暴徒は既に十数人にまで減らした。肉弾戦では勝ち目がないと悟ったのか、霊使をデュエルで倒す方向にシフトした暴徒だが―――きっと彼らはその判断の過ちを悟ったことだろう。

 

「俺の先攻…!俺は手札から魔法カード"テラ・フォーミング"を発動!デッキから"大霊術―「一輪」"を手札に加えてそのまま"大霊術―「一輪」"を発動!さらに手札一枚をコストに速攻魔法"精霊術の使い手"発動!デッキから"憑依覚醒"と"憑依装着―アウス"を選択し、その内の一枚―――"憑依覚醒"を伏せて"憑依装着―アウス"を手札に。…セットカードの"憑依覚醒"を発動。更に手札から"憑依装着―ウィン"を召喚。"覚醒"の効果で一枚ドロー。更に"大霊術―「一輪」"の効果発動。手札の"憑依装着―アウス"を公開して同じ属性で攻撃力1500、守備力200の"デーモン・イーター"を手札に。自分フィールド上に魔法使い族モンスターが存在するため"デーモン・イーター"を特殊召喚!」

「…はぁ!?」

「さらに魔法使い族である"憑依装着―ウィン"とレベル4以下の地属性モンスターである"デーモン・イーター"リリースして"憑依覚醒―デーモン・リーパー"をデッキから特殊召喚。"憑依覚醒―デーモン・リーパー"の効果!このカードは自身の効果で特殊召喚に成功したとき、墓地のレベル4以下のモンスター一体を効果を無効にして蘇生できる…!甦れ"デーモン・イーター"!そして"デーモン・イーター"と"デーモン・リーパーの二体でリンク召喚"I:Pマスカレーナ"!"デーモン・リーパー"がフィールド上から墓地に送られたときデッキから"憑依"魔法・罠カード一枚を手札に加えることができる。俺は"憑依連携"を手札に加えてそのままセット。」

 

普段ならばここで展開は止まっていただろう。だが、今の霊使のデッキはこの程度では止まらない。―――まさかと思ってこのデッキを引っ張り出したらもう一つのカード群の効果を使わないことになろうとは思いもしなかったが。

 

「俺は魔法カード"天底の使徒"発動!EXデッキから"灰燼竜バスタード"を墓地に送りその攻撃力以下のモンスター―――"教導(ドラグマ)の聖女エクレシア"を手札に。このカードの発動後俺はEXデッキからモンスターを問召喚出来ない…だから最初に召喚した。"エクレシア"はフィールド上にEXデッキから特殊召喚されたモンスターが存在するとき特殊召喚できる。その後、"エクレシア"の効果で"教導(ドラグマ)の鉄槌テオ"を特殊召喚。エンドフェイズ。墓地に送られた"灰燼竜バスタード"の効果で"教導(ドラグマ)の騎士フルルドリス"を手札に加えてターンエンド。」

 

霊使 LP8000 手札二枚

EXモンスターゾーン(右) I:Pマスカレーナ

モンスターゾーン     教導の聖女エクレシア

             教導の鉄槌テオ

魔法・罠ゾーン      憑依覚醒 

             伏せ×1

フィールド魔法      大霊術―「一輪」

 

 

今の霊使のデッキは以前の物を改造して一部の"ドラグマ"と呼ばれるカードを混ぜている。五銭の創るとのデュエルの際はドラグマのカードが一枚たりとも来なかった。

ちなみにだが、"教導の聖女エクレシア"の守備力は1500。それにレベルも4なので実質霊使いだと霊使は勝手に思い込んでいる。

 

「お…俺のターン、ドロー…。」

 

ちなみにこの後に控えているものを理解しているせいか相手の動きは何処かやるせない感じがする。だが、一切の温情も手加減も加える気は無い。それを乞うのは自分じゃなくて相手が傷つけた人に行うべきものだからだ・

 

「俺は、手札から"ガガガマジシャン"を召喚…。効果発動…。」

「守備力1500の魔法使い族である"教導の聖女エクレシア"が存在するためその効果を無効!」

「なら、"ガガガキッド"を特殊召喚して"ガガガマジシャン"とレベルを同じに!"オノマト選択(ピック)"を発動…。そして"ガガガキッド"と"ガガガマジシャン"で"No.39 希望皇ホープ"を特殊召喚!」

「特殊召喚成功時"I:Pマスカレーナ"の効果発動!」

 

どうやら相手のデッキは【ガガガ】であるようだ。どこぞのカードゲームでは違った意味で【ガガガ】は恐ろしいらしい。デュエルモンスターズにおいても連続エクシーズだったりで強力なデッキである。そしてエースは"No.39 希望皇ホープ"とその進化系。つまり、"No.39 希望皇ホープ"を特殊召喚したという事はつまりはこの後に控えているカードを自分から宣言したことでもある。

 

「"マスカレーナ"は相手メインフェイズ中にこのカードを素材としてリンク召喚を行う事が出来る!さらに、このカードは相手フィールド上のモンスター一体までリンク素材にすることができる!俺は"俺のフィールドから"I:Pマスカレーナ"、"教導の聖女エクレシア"、"教導の鉄槌テオ"をリンク素材として"閉ザサレシ世界ノ冥神(サロス=エレス・クルヌギアス)"を特殊召喚!ついでに"憑依連携"!墓地の"憑依装着―ウィン"を蘇生して"オノマト選択(ピック)を破壊!」

「そんな"ホープ・ザ・ライトニング"が出せない!?」

 

大正義もとい"SNo.39 希望皇ホープ・ザ・ライトニング"を出されたら負けが確定するので召喚だけは絶対に許さない。それに相手の切り札を用いてリンク召喚できる"クルヌギアス"はあいてのこころをへしおるにはちょうどよかったのだ。

 

「た…ターンエンド」

 

暴徒 LP8000 手札二枚

 

結局暴徒は何もせずにターンエンド。暴徒は次のターン、フルルドリスとクルヌギアス、そしてウィンから総攻撃を喰らい無様に敗北したのは言うまでもない。

 

「害獣はお前だったな。…さて、と弱者はなんだったっけか?」

「ひ、ひぃぃぃ!」

 

暴徒は心がへし折れたのか、霊使の恐れをなしたのかは分からないが尻尾を巻いて逃げ去っていく。その方向には偶々警察官が居て現行犯。

だが、犯人たちが裁かれてもその者らに傷つけられ、壊されたものはもう戻ってはこない。そんなものを守ろうと、犠牲になる人を少なくしようと決意することが今の霊使達にとって唯一できる事だった。

 




登場人物紹介

・四遊霊使
限界が近い

・暴徒
さながらチェインアタックのオーバーキルされた感じ。

・克喜
限界には気づいていない

・・・本編が書きあがったのでこっち投稿します。何かテスト勉強の息抜きに書いたら書きあがった…どういうことだ…?


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暴徒を止めろ!

※今回の話は割と胸糞要素があります。


暴徒を警察官に現行犯してもらった後、霊使達はその警察官と協力して、暴徒の鎮圧に当たっていた。

協力体制を持ち掛けてきたのは意外にも警察官の方からであった。一人の警察官がこちらへ来ると『…恥を忍んで…君達に協力をお願いしたい』と頭を下げてきたのだ。そんな誠意を見せられれば霊使達も協力しないわけにはいかない。

その協力を承諾して後、「逆凪(サカナギ)」と名乗る警察官と一緒に暴徒の鎮圧へと向かう事になったのだ。田波子の混乱で交通網が壊滅したため、基本移動は徒歩である。

移動中に、逆凪が霊使が鎮圧した暴徒はほんの一握りでしかないという情報を話す。霊使達はその情報は何となく分かっていたし、そうでなくてはこれだけの騒動は起こせないという事も理解していた。だが、それでも、アレと同じ考えを持つ人間は多数いるのか、と考え込んでしまう。

 

「考えていてもしょうがない、か…。」

「そうだね。…それは今の君が考えても仕方が無い事だと思う。ああそうそう、今回暴徒は鎮圧し次第すぐに町のブタ箱にぶち込まれることになっている。留置場だけじゃスペースが無いからね。」

「ソレ今言う必要あります?」

「後処理は僕らがやるってことさ。」

 

暗にそれは思いっきりやってしまっていいという了承だと勝手に解釈した霊使達。ならば、という所で近くから爆発音が聞こえた。霊使達は大急ぎでその場所へと向かう。特に霊使は嫌な予感がしていち早く駆けていった

 

「あの方向は…まさか!?」

「…商店街の…!?」

「くそ…ッ!」

 

悔しさを滲ませながらかける少年と、少年を励まし合いながら死地へと向かう少年たちを見て逆凪はどうしても考え込んでしまう。本来は守るはずの子供に守られ、その背中を見送る事しかできまいという無力感と、少年を死地へ送り出すという罪悪感に苛まれる自分の姿を。

 

「そんなものはいくらでも捨ててやる…!」

 

逆凪の使命は無辜の民を守る事。抗う術を持たないものを庇護する者。それでも、今の自分にはその「抗う術」が無いことも自覚していた。だから、抗う術を持つ少年たちに未来を託すことにしたのだ。

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「…おいおいおい…。」

「これは…こんなのって…。」

 

爆発音が発生した場所に駆け付けた霊使と霊使い達。そこで見たのは火に包まれた街並みと、逃げ惑う人々、そしてそれに対して嬉々として襲い掛かる暴徒たちだった。

 

「…この、場所で…。何、が…?」

 

そして、この場所は霊使も良く足を延ばしていた商店街だった。近郊に大きなショッピングセンターなどもなかったお陰でよく人でごった返していた、霊使が大好きだった場所の一つ。それが今、大きな悪意によって壊されてしまった。

 

「…それに、この匂いは…ッ!」

 

必死に吐き気をこらえながらそれでも騒動の元へと歩みを進める霊使。霊使が吐き気を催した匂いは商店街の中心へ行くにつれて少しずつ強くなっている。

それでも、何が起きているのか、その目で確かめなくてはならなかった。そして、商店街の中心―――憩いの場だったはずの噴水広場にあったのは―――

 

「やあ、来たね?」

「何やってんだ…!?」

 

積み上げられた大量の焼死体と、熱さと痛みに悶え暴れまわる火のついた人間、そしてそれを見て楽しそうに笑う噴水の縁に腰を掛けた一人の少年であった。少年の顔はパーカーのフードが目深にかけられていて伺えなかったがそれは邪悪な顔をしていただろう。

 

「初めまして、かな?僕は一方的に君たちの事を知っているけど…君たちは僕の事を知らないよね?」

「そんな事はどうだっていい…。何をやってるんだと聞いているんだ…。」

「つれないなぁ…。」

 

少年はそう言いながら座っていた腰を上げる。霊使より少し低いくらいの身長の少年は霊使の前にやってくると開口一番にこう言い放った。

 

「君はさ、人の命の輝きって何だと思う?」

「…知らないし、分からない…けどな。少なくともお前がやってる行為でそれが見れるとは思わない。」

「へぇ…?」

 

霊使はこの妙に人をイラつかせる猫なで声を放つ少年の言葉に極めて冷静でいようとした。ここで怒ってしまっては何もかもを不利にするだけだと分かっていたからだ。だが、少年はそれを知ってか知らずか歩いて霊使に問いかけを続ける。

 

「じゃあ、人の命が最も輝く瞬間って何さ?」

「そうだな…。瞬間瞬間を必死に生きていこうとすることそのものが命の輝きだって思ってる。…お前のようなクズにはもったいないほどの命の輝きがあるんだ…!」

「はんっ…模範解答、0点だね。」

 

目の前の少年は霊使の答えを鼻で笑う。分かってはいたがこの少年もあちら側なのだ。少なくとも、共感を得られないのは分かっていた。そして少年はその正解を話し出す。

 

「いいかい…?人の命の輝きってのはね…死の際に見せる本性の事なんだよ!」

「は…?」

 

その余りの理論にウィンは思わず言葉に詰まった。他の霊使い達も信じられないものを見るような目で少年を見る。一方の少年はそんな風にみられるのは心外だというように肩をすくめながら、続きを話した。

 

「人が死の際に見せる本性っていうのはさ、「最後」だからこそ印象に残るんだよ。君だってそうだろう?物語の感動的なシーンは物語の途中よりも、最後にあった方がよく印象に残る…!だから、人生の最後に見せる本能が、一番印象に残る。それが「命の輝き」なんだよ!」

「何言ってんだ…。そんなくだらない理由で、これだけの人を殺したのか…?」

 

霊使は少しずつだが、確実に怒りを溜めていた。このような光景を見せられて頭に来ない人間はそれこそ人の死をどうにも思わない―――それこそ目の前の少年のような存在くらいだろう。

 

「いやー滑稽だったよ。火をつけられた人間が我先にと噴水に飛び込もうとするんだから。力が無い奴を押しのけて、自分だけが必死に助かろうとして。」

「…極限状況に追い込まれた人間は本能的に助かろうとしてしまうだろうが!」

「そう。絆だのなんだのと言っている奴らも結局は自分の命が一番大事なのさ!綺麗事を言うやつだって一旦死にかければ醜い本性が見えてくる!」

 

だから、と少年は前置きして、霊使達を指さして笑った。

 

「君たちみたいな人間の群れを見るとさぁ、試したくなっちゃうわけ。君たちの本性がどんなものかって、ね!」

「…それはウィン達をバカにしたってことで良いんだな?」

 

しかし、霊使に言い訳をさせるようなその言動は、逆に霊使自身に堪忍袋の緒を引きちぎらせるには十分だった。霊使は今まで溜め込んでいたもの全てを乗せて少年の顔を思いっきり殴った。

少年は布切れのように吹っ飛び噴水の中にまで吹っ飛ばされる。

 

「今の拳はウィン達をバカにしたことに対する一発だ。ここにいる人たちとは知り合いが多くてな…まだ殴り足りないってのが俺の正直な感想だ。」

「野蛮じゃ、ないか…。見るに君も決闘者(デュエリスト)だろうに…。」

「悪いな。今の俺はリアリストだ。」

 

そう言って、噴水の中から起き上がる少年。殴った衝撃でパーカーのフードが外れて、その顔があらわになる。

 

「…アルビノ…。」

 

その肌は真っ白で、瞳は燃えるような赤で彩られている。そして、その髪も色が抜け落ちたかのように真っ白だった。それは生物学的にはアルビノと呼ばれる存在だ。

だが、その顔の右半分は焼け爛れてしまっていた。

 

「この傷は『家族』っていう馴れ合いに身を任せてしまった結果できた傷さ。いやー、実の息子でも簡単に踏み台にしていくんだもんね、家族ってやつは。―――だから幸せそうなやつを見ると僕と同じ目に合わせたくなる…。なんでお前らは持ってんだってね。」

 

少年は顔の右半分を覆い隠しながらそんな風に独り言ちた。そして憎しみのこもった視線を霊使へとむけて来る。霊使はこの時、目の前の少年はどうしてもだめだと思った。親に見捨てられ、顔の右半分に消えない傷を刻まれ、そしてきっと数えきれない苦労をしてきた。

だがそれは同情する理由にはなれど、手加減する理由にはなりえないのだ。

だから霊使はその言葉にはなにも反応しなかった。

 

「…さて、とそんなこんなで僕はこの世界を決闘(デュエル)だけが法であり正義という世界に変えたい。君も共にそんな世界に生きないかい?」

「断る。生憎と俺はこの世界が大好きなんでね。」

「そっか…じゃあ、決闘(デュエル)で叩きのめして、それから君の命の輝きを見させてもらおうかな!」

 

事実上の決闘(デュエル)で負けたら殺害宣言にどうしようもなく、考えの違いを感じさせられてしまう。

こんな考えを持つ人たちがまだたくさんいるのか、と。

そして、こうも考えた。こんな奴らに虐げられている人たちがまだたくさんいるのか、と。

だから、霊使はこんなところで止まっているわけにはいかないのだ。

 

「よし、決闘(デュエル)しようぜ、なぁ…!」

(絶対に勝つぞ、皆ァ!)

 

そして、ここに暴徒鎮圧用の、そして、少年をここで斃すための決闘の幕が上がる。




登場人物紹介

・四遊霊使
ガチギれいじ。傷を見て大体何があったかは察するけどそれはそれとして少年の出した被害が大きすぎるんでここでぶっ潰すつもり。

・ウィン/霊使い達
ガチギレ中のガチギレ。霊使が居なかったら多分ぶっ殺しにかかってたくらいにはガチギレ

・アルビノの少年
混乱に乗じて人の死の間際に見せる本性を観察していた。立ち位置は言うまでもなく安雁派で、霊使の事を羨ましがって、自分と同じ境遇にしようとしている。

今回の話は特定の事件を揶揄したりするものではありません。

…なんかすごいシリアスになってしまった…。


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人の痛みが分からないなら

 

アルビノの少年と決闘(デュエル)で雌雄を決することになった霊使。目の前の存在は人が焼け死ぬところを見て、必死に生き足掻こうとする姿を笑う外道だ。だから相手にどんな過去があろうとも関係なく霊使は決闘(デュエル)できる。だが、その結果だけで沙汰を下すのはアルビノの少年と何ら変わりはない。

 

「…俺が勝ったらきちっとこの国の法律で裁かれてもらうぞ。――俺の先攻。」

 

だから霊使は目の前のアルビノの少年の沙汰は全てこの国の法律に則って出してもらう事にした。霊使はあくまで止めるだけ、後はこの国のお偉いさんたちの話だ。

 

「俺はフィールド魔法"大霊術ー「一輪」"を発動。その後、手札から"憑依覚醒"を発動して"憑依装着-ヒータ"を召喚。元々の攻撃力が1850のモンスターを召喚したため"憑依覚醒"の効果発動。一枚ドロー…。そしてそのまま"大霊術ー「一輪」"の効果。手札の魔法使い族―――"憑依装着ーアウス"をお前に見せる。その後デッキから公開したモンスターと属性が同じで攻撃力1500、守備力200のモンスター一体を手札に加える。"デーモン・イーター"を手札に加えて"アウス"をデッキに。そして、自分フィールド上に魔法使い族モンスターがる場合"デーモン・イーター"は手札から特殊召喚できる。」

 

きわめて冷静に、いつも通りにデッキを回していく。手札事故やらなんやらは今回は起きていないので安心してデッキを扱う事が出来た。一番最悪なパターンは初動札を一枚も抱える事無く何もできずにターンを終わらせることだ。

きっちりと調整した霊使のデッキであるならばそういう事は起こりにくいが、それでも起こる時は起こってしまう。

 

「おお、回る回る。」

「今までならここら辺で展開が終わってただろうな。自分フィールド上の魔法使い族モンスター…"憑依装着-ヒータ"と"デーモン・イーター"をリリースしてデッキから"憑依覚醒-デーモン・リーパー"を特殊召喚。"デーモン・リーパー"の効果で墓地からレベル4以下のモンスターである"憑依装着-ヒータ"を特殊召喚。さらに"憑依覚醒-デーモン・リーパー"と"憑依装着-ヒータ"で"I:Pマスカレーナ"をリンク召喚。"デーモン・リーパー"がフィールドから離れたことによりデッキから"憑依連携"を手札に。」

 

少年はいつものことであるかのように回る霊使のデッキを見て思わず笑ってしまいそうになった。そして、何故、これだけの力を持ちながら決闘(デュエル)が全ての世界を望まないのかが気になった。先ほど、四遊霊使は「この世界が好きだから」という理由を話していた。だが、それだけではないはずだ。彼がこの世界を守るような行動をするのは根底に別の何かがあるからだ。

 

「さらに魔法カード"天底の使徒"発動。」

「それはまずいね…。"灰流うらら"を手札から捨てて効果発動。」

「…逆順処理だ。…ますは"灰流うらら"の効果からだな。"うらら"の効果で"天底の使徒"の効果は無効になる…。」

 

一方の霊使は唐突に飛んできた"うらら"に少しばかり頭を抱えそうになった。"灰流うらら"は手札誘発でも代表的なカードで手札から捨てることでドローやサーチ、後はデッキからの墓地肥やしを含む効果を無効にするというとんでもないパワーカードだ。もちろん霊使もデッキに一枚ほど突っ込んでいる。カード枠がカツカツの霊使でさえ空いた枠に優先的に採用しているのだからその強さは計り知れないだろう。

 

「割と理論的なんだな?」

「まぁね。君のデッキはサーチや魔法使い族のシナジーを大切にするデッキだ。最初に"精霊術の使い手"を使用しなかった時点でそれが手札にあることは読めてたからね。」

「…ま、手札には"教導(ドラグマ)の聖女エクレシア"を保持してるんだが。」

()()()()ってわけだね?」

 

だがそんな強力な"灰流うらら"にももちろん制約は存在している。それは"名称指定でターンに一回しか使えない"ということだ。今回の霊使のようにブラフのサーチカードを用い、本命を通すという考えは"うらら"対策としては理に適っている。

 

「…そういうことだ。EXデッキから特殊召喚されたモンスターがフィールド上に存在するため"教導(ドラグマ)の聖女エクレシア"を自身の効果で特殊召喚。その後"エクレシア"の効果でデッキから"教導(ドラグマ)の天啓アディン"を手札に加えてそのまま召喚。カードを一枚伏せてターンエンド。」

 

霊使 LP8000 手札0枚

EXモンスターゾーン(右) I:Pマスカレーナ

モンスターゾーン     教導の聖女エクレシア

             教導の天啓アディン

魔法・罠ゾーン      憑依覚醒 

             伏せ×1

フィールド魔法ゾーン   大霊術―「一輪」

 

手札は焼け野原になっているが霊使は一応最低限のフィールドを整えることができた。どのみち、伏せカードは"憑依連携"のため確実に一ドローはできるのだが。それでも手札はたったの一枚。素寒貧という言葉ですら足りないほどに心細い。アルビノの少年は対抗策が一枚もないと知るや否や笑みを浮かべる。それはまるで新しいおもちゃを買ってもらった子供のような、そんな「新しい楽しみ」を見つけた顔だ。

 

「僕のターンだ。ドロー…僕はフィールド魔法"炎王の孤島"発動。さらに"炎王の孤島"の効果発動!"炎王獣ガネーシャ"を特殊召喚!その後"炎王獣バロン"を召喚!」

「"炎王"…!?」

 

アルビノの少年が用いるデッキは"炎王"。カード効果で破壊されることによって起動する能力がある非常に厄介なデッキだ。一回は"大霊術―「一輪」"で無効にできるとはいえ、それを二枚も三枚も並べられるのは非常にキツイ。しかも霊使のデッキの基本戦術は「メタビート」。相手の行動をカード効果で阻害しながら自分が有利になるように展開していく戦術なのだ。もちろんその「阻害」に「カード効果による相手モンスターの破壊」も存在している。相性的にはいうまでもなく霊使の方が不利だ。

 

「罠発動。"憑依連携"。墓地の"憑依装着-ヒータ"を特殊召喚して、お前のフィールド上の"炎王獣ガネーシャ"を効果で破壊する。」

「…"炎王"と名のついたモンスターが効果で破壊されたため手札の"炎王獣キリン"を特殊召喚。…これは、"発動"する効果じゃないから"大霊術―「一輪」"の効果対象外、だよ?」

 

だがそんなこと知ったことかと霊使は突っ込む。確かに発動しない効果ならば"大霊術―「一輪」"の効果は受けないだろう。だからと言って、それだけが霊使の全てではないし、それはアルビノの少年も良く分かっているはずだ。

 

「…うーん…。"炎王の孤島"の効果発動。」

「その効果にチェーンして"I:Pマスカレーナ"の効果を発動させてもらう。…僕は"エクレシア"、"アディン"、"マスカレーナ"…そして"炎王獣バロン"をリンク素材としてリンク召喚を行う。…現れろ、冥神導くサーキット!」

 

だから、霊使は勝負を決めにかかる。

全てを見せたところでこのカードの対策はほぼ不可能だ。霊使のデッキの真の切り札にして、最高の攻撃力を持ち、相手の世界を閉じる女神。

 

「アローヘッド確認!召喚条件は効果モンスター四体以上…"マスカレーナ"、"アディン"、"エクレシア"…"炎王獣バロン"の四体をリンクマーカーにセット…。サーキットコンバイン!(くら)く儚い世界の果てより彼の神は現れ(いで)る。閉ざされた世界へ堕ちるがいい!リンク召喚…!来い、俺のもう一つの切り札…!"閉ザサレシ世界ノ冥神(サロス=エレス・クルヌギアス)"!」

 

その名は"閉ザサレシ世界ノ冥神"。霊使の真の切り札であり、強力なフィニッシャーである。

 

「なんだよそいつは…!?…逆順処理で"炎王の孤島"の効果。"炎王獣キリン"を破壊してデッキから"炎王獣ガルドニクス"を手札に。…その後"炎王獣キリン"の効果で"炎王神獣ガルドニクス"をデッキから墓地に。カードを一枚ふせて…ターンエンド。効果で破壊されたわけじゃないから"炎王獣バロン"の効果はつかえない…、か。」

 

特にこういう"破壊時効果"を持つモンスターがいると迂闊に攻め込めないが、そういうモンスターは素材にしてしまえばいいのだ。それこそ"閉ザサレシ世界ノ冥神"や"壊獣"やらで。

 

アルビノの少年 LP8000 手札2枚

モンスターゾーン なし

魔法・罠ゾーン  伏せ×1 

フィールド魔法  炎王の孤島

 

アルビノの少年は切り札を読み間違えていた。"エクレシア"でサーチするのであれば大方"フルルドリス"だろうと思ったからだ。実際には相手ターン中に相手モンスターを利用してリンク召喚するというやられたら発狂では済まないレベルの物であるが。

 

「俺のターン…ドロー!俺は"憑依装着-ウィン"を召喚。…元々の攻撃力が1850のモンスターの召喚に成功したため"憑依覚醒"の効果発動。デッキから一枚ドロー。バトルだ。」

 

霊使のフィールドには既に憑依覚醒の効果で攻撃力が2750となった"憑依装着"モンスターが二体存在し、攻撃力3900となった"閉ザサレシ世界ノ冥神"までいる。もう、この決闘を終わらせるには十分なだけのモンスターを用意しているのだ。

 

「…へぇ?いいのかい?ここで君が攻撃宣言をすれば僕はすかさず"聖なるバリア ‐ミラーフォース‐"を発動する!そうすれば君のモンスターは全滅。…次のターンに蘇る"炎王神獣ガルドニクス"やその他もろもろで攻撃すれば勝つのは僕だ…。」

「試してみるか?」

 

だがアルビノの少年は敢えて自分が伏せたカードを宣言。バトルフェイズに入っているため既に魔法の使用ができない霊使の攻撃を抑制しようとした。

しかし、霊使は逆にアルビノの少年の宣言を受けて不敵な笑みを浮かべたのだ。それはまるで価値を確信したような、そんな自信に満ち溢れた顔であった。それがアルビノの少年の何かに触れる。

 

「バトルだ!"閉ザサレシ世界ノ冥神(サロス=エレス・クルヌギアス)"でプレイヤーへダイレクトアタック!」

「攻撃宣言時"聖なるバリア‐ミラーフォース‐"発動!消えろ!全部消えてしまえ!」

 

クルヌギアスの放った一撃は極光に呑まれていく。極光は留まるところを知らずただただ際限なく膨れ上がる。そして、その極光が消えた後にはフィールド上には何も残らない。―――はずだった。

 

「なん、だよ…それ…。」

 

しかし、極光が止み、そこにあったのは、無傷で佇む霊使の召喚したモンスター達。完全に打つ手を無くしたアルビノの少年は一歩後ずさった。

 

「"閉ザサレシ世界ノ冥神(サロス=エレス・クルヌギアス)"はな、対象に取る効果以外の発動した効果を受け付けないんだよ。…それに"I:Pマスカレーナ"は素材にしたモンスターに効果破壊耐性を与えるんだ。"夢幻泡影"を抱えていたところで無意味だったってわけだ。」

「じゃあ、なんでその女どもは残ってるんだよ…!ただの準バニラの屑カード共はァ…ッ!」

 

アルビノの少年はウィンとヒータ―――霊使い達をバカにしながら、霊使い達がミラーフォースの影響を一切受けていないことを問う。

 

「"憑依覚醒"の効果で"霊使い"及び"憑依装着"モンスターは相手の効果によって破壊されない…。詰んでたんだよ、お前は、既に。」

「っざけんなよッ!」

「ふざけてなんかない…。これで終わりだ。バトルは続行!」

 

アルビノの少年 LP8000→4100

 

クルヌギアスは先ほどの物言いがよほど頭に来ていたのか、あんな蛮行を見せられて頭に来ていたのかは分からないが持てる力全てで少年をぶん殴った。

痛みはないがそれ相応の衝撃を受けて体勢を崩される少年。

 

「続いて、"憑依装着-ウィン"で攻撃!」

 

体勢が崩れたところにウィンが起こした暴風が直撃、少年は思いっきり後頭部を打ち付けてしまう。

 

アルビノの少年 LP4100→1350

 

「最後…"憑依装着-ヒータ"で攻撃!」

 

そして、ヒータの放った炎が少年に着弾。これで少年のライフはゼロとなり、霊使達の勝ちが決定する。

そしてソリッドビジョンの炎に焼かれるの右腕からブザー音が鳴った。

決闘終了の合図だ。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「熱い熱い熱いよぉぉぉッ!」

 

霊使を決闘(デュエル)の余韻から引き戻したのは余りにも悲痛な叫び声だった。その声に弾かれるようにして振り返ってみればアルビノの少年の全身が炎に包まれたままではないか。

ソリッドビジョンシステムの炎が消えたにも関わらず少年を燃やす炎が消えない理由―――つまり明確な殺意を持ってアルビノの少年を殺そうとした精霊(はんにん)がいる。

 

「…ヒータ、お前…。」

「ボクは、やっぱ許せないよ…!」

 

だが、霊使はそもそも炎を扱う精霊というのを多くは知らない。というか今回の条件を満たすのはヒータしかいない。肝心のヒータはその瞳に怒りを宿してただただ燃えるアルビノの少年を見ていた。

 

「…でも、殺してしまうのはきっと霊使が悲しむ。…それに、ボクも人を殺したくない。」

「でも、消さないのは…なんでだ?」

「人の痛みを知らないなら…教えるしかないだろ…ッ!」

 

絞り出すようにヒータはそう言った。許せない、というのは霊使も同じだ。だがそれで暴力に訴えてはそれこそ、相手と同じだ。

 

「…もう、消すよ。」

 

それを分かっていたヒータはある程度の所で自身の放った火を消した。

 

「うぅ…。」

 

どうやら絶妙な火加減でいたらしく、熱さはそこまでアルビノの少年にそこまでの影響を与えているようであった。ヒータは少年の元へと歩みを進める。

 

「ボクは誰かを傷つけるのは嫌いだからこの程度で済んだけど…。これがボクじゃなかったらオマエは死んでたよ。」

「…何、言いたい?」

「…もしこれがオマエが気紛れで傷つけた人の復讐だとしたら?…まさか自分一人だけ傷つかない…だなんて思っているわけじゃないよな?」

 

ヒータは一度そこで言葉を切ると、少年の頭髪を掴んで顔を自分の方へ向けさせた。ここまで暴力的な手段に出るとはヒータは相当お怒りのようだ。ブチギれているといっても過言ではないだろう。

 

「…ボクの炎に包まれたとき、どう感じた?熱い?痛い?苦しい?―――全部感じただろ。それがオマエの数十倍続いたんだよ、…分かってるのか?」

 

言葉遣いも怒気を孕んでいるせいか少々荒い。

 

「オマエはそれを他人やったんだ!しかも、嗤いながら!それがどれだけ残酷で、惨い事か分かっているのか?しかも、ボクの大好きな人が大切にしていた人達を!お前は傷つけたんだ!」

 

それだけ言って少年を解放するとヒータは霊使の方へと歩いてくる。何か思わずとんでもないことを口走った気がしたが、ヒータはそれに気づくことは無かった。

警官が倒れている少年に手錠をかけたのを見て霊使はようやく息を吐いた。

守れなかったものの大きさを思い知りながら。霊使は星空一つ見えない曇り空を見上げた。雲は炎に照らされて赤く輝いているように見えたのだった。




登場人物紹介

・霊使
まぁ普通に斃せるよねって話ですよ

・ヒータ
ガチギレとブチギレ。鬼。そもそも霊使の事が大好きなのに、大切な人の大切な場所がめちゃくちゃにされたらそりゃキレるよねって。

・アルビノの少年
警官に逮捕された。多くの人を傷つけ死に至らしめた罰はきっとその身に受けるだろう。

ヒータブチギレ&思った事が飛び出てしまったヒータ。
大切な人と名指しされた霊使はどう返すのか…!
次回もお楽しみ


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白状の時間、決意の時間

 

(まずいな…。)

 

アルビノの少年との決闘(デュエル)を終えてからどうにも視界が悪い。世界から少しずつ色が消えて行ってしまったかのような感じが霊使を襲う。

それにまた、鉄臭い何かが霊使の口へとせりあがってくる。

次は飲み込むことは無理だと判断して、こっそりそれを吐き出そうとする。

だが、悪い事というのはよく重なるものだ。例えば―――

 

「お前、なんだよ、それ…。」

「やっべ。」

 

血を吐き捨てる姿を、仲間であり親友でもある九条克喜に見られるとか、である。

おもわず「やっべ」と言ってしまった事で、その症状が今まで隠してたものだと克喜に知られてしまう。

その結果、霊使は血を吐いた瞬間を克喜に見られたと悟った瞬間に逃走を図った。

 

「あっ、おい…おまっ…まてぇ!」

 

背後から克喜の制止の声が聞こえたが、霊使はそれを無視して走る。三歩で最高速に到達した霊使は後ろを振り返りながら大声で叫んだ。

 

「待てと言われて待つ奴が何処にいる!」

「…ああくそ!コイツ身体能力に関しててみれば化物だった!追いつけねぇ!」

 

といっても、今の霊使の体では最高速など維持できるはずもなく。すぐに速度が落ちていく。そのまま霊使は克喜に肩を掴まれ―――

 

「確保ー!ハイネ、とりあえず布持ってこい!」

「え、あ、はい!」

 

その後はハイネによって伸縮性の高い布でぐるぐる巻きにされたのであった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

取り敢えず、逆凪を呼んで、霊使を全員で囲った後、克喜は低い声を出した。

 

「…どうして黙ってた?」

「…黙ってたも何も…元からこうなることは決まってたんだよ。」

「それは、どういうことだ…。」

 

霊使は観念して今までの全てを正直に白状することにした。かつてのキスキル達との戦いの後に既に「死んでいた」こと。

それを隠しながらウィン達に生かしてもらっていたという事。

それでもすでに「(からだ)」の方が限界を迎えている事。

そして、残された時間はそこまで長くはない事。

全てを正直に打ち明け、そして力なく項垂れる。こんな形でバレるとは思ってもいなかったし、実のところもう少し()()のではと考えていた。結果はこの様だが。

 

「じゃあ、霊使はずっと無茶してたって事か…?」

「無茶はしてない…死ぬほど寿命が短くなっただけだ。」

「…人はそれを無茶というんだ。で、治す方法は?」

「そんなものはない。…あるっちゃあるけど間に合わない。」

 

治す方法はもうない事は霊使が一番分かっている。自分の体の事なのだから理解していない方がおかしいというべきなのだが。とにもかくにも今からでは治すための条件を達成するのが難しい―――を通り越して不可能であるという事だけは伝えた。

 

「…悪かったよ、黙ってて。」

「お前の話を聞くに、コレは初めての事例だったからな。誰に相談しても結果は変わらなかったと思うけどな。だが、それと感情の話は別だ。というわけで言って来い、咲姫。」

 

克喜はそこで引っ込んだが、今度は明らかに尋常じゃない負のオーラを纏った咲姫が霊使の前に顔を寄せる。咲姫は表面上こそ笑顔だったが、その笑顔の中で目だけは一切笑っていなかった。

 

「兄さん。黙ってたのは私達を案じての事なんでしょうけど…黙ってたら何も分からないじゃないですか?」

「咲姫…イヤ、ホンとにごめん。」

「ごめんで済んだら警察はいらないんですよ?それともそんなに私達に心配されるのが嫌だったんですか?」

 

それを言われると、と霊使は言葉を濁す。別にこの事を隠すつもりはなかったし、全てが終わったら話すつもりだった。ただタイムリミットはもっと早かった。これは言ってしまえばそれだけの話なのだ。

 

「…終わった後には話すつもりだったさ。俺は。」

「それで今死にかけたら意味ないじゃないですか!?」

「何も言えねぇ。」

 

咲姫に説教されながらも、霊使はこの拘束からどう抜け出すか考えていた。正直ここで最期を迎えるというのは何とも言えない悔しさがある。せめて安雁の顔を一発ぶん殴ってから逝きたい。そんな思いが霊使にはあった。

 

「…兄さんにはまだやるべきことがありますか?」

「ああ、ある。」

「…それはどうしても自分がやらなくちゃいけない事なんですね?」

「ああ。奴にきっちりと落とし前を付けてもらわなきゃ満足して逝けない。」

 

だからその思いを正直に伝える。それ位しか今の霊使にできることは無いのだ。既に生き残るという事が土台無理なせいである程度の諦めもついては居るが、それでも真っ先にやりたいといえることはそれだった。

むしろ、今の霊使がギリギリで生きていられるのは絶対にぶっ飛ばすという執念が自分にまだ残っているからだろう、と霊使は考えている。

もし、ここで咲姫がそれを拒否してしまえば、多分このまま死んで行ってしまう。それではこの世に縋り付く怨霊か何かになってしまう可能性もある。

 

「…兄さんは止めても無駄ですもんね。」

「良く分かってるじゃないか。」

「ええ。もちろん知ってます。…いいんですね?」

「…ああ。」

 

それだけ確認すると咲姫は霊使の元を離れて克喜の所へ向かう。克喜は何となく分かっていたような顔をして」「やっぱ戦うか…」と苦笑した。

 

霊使本人がそう決めたのならば仕方が無い事だが。

それ以上は口に出す方が野暮というものなのだろう。

 

「霊使…一つだけ約束だ。…勝つぞ。皆で!」

「端からそのつもりだ。」

 

その答えを聞いて満足そうに頷く克喜。どうやら彼はもとよりこの拘束を解くつもりだったみたいだ。

 

「負けたら地獄の果てまででも追って引き摺ってでも生き返ってもらうからな!」

「おいおい、そうなったらこの世界は消えてるぞ?」

「違いない。…互いに生きて帰ろう、霊使。」

 

霊使は克喜の言葉に頷くしかない。ところで、と一つ見逃せない点があるのに気が付いた。

 

「…互いに生きて帰る?…まるでここから別行動するような…。」

「その通りだ。ここからは個別に暴徒の鎮圧を行うしかない。」

 

克喜は遠いところに目を向けながら呟いた。それから改めて逆凪から現在の状況を聞く。そこで暴徒が複数箇所で暴れだしたという報告がありそれに向けての対策を練っていたようだ。

どうやら聴力もかなり低下しているらしい。こんな近くで行われていた会話も聞き取れないとなると聴力に関しては相当まずい状態だろうと考えるほかない。

 

「霊使、お前は咲姫と水樹と一緒に安雁を探してぶちのめせ。創星神が見えないってことはまだあそこにいるだろ。」

「…だな。」

 

少なくともあのまま地下に居るのならば、あそこから動くことはしないだろう。なるほど、卑怯者の安雁らしい作戦だ。何故ならあそこは警戒箇所もはっきりしているし、防衛もしやすい。こっちを迎え撃つのにも最高の場ともいえる。

逆に言えば霊使達は最高の迎撃状態を保たれた地下空間を進まなければならないというわけだ。

 

「…とんでもねぇな。」

「そうだな。」

 

だが、霊使が満足して逝くにはやるしかないのだ。克喜達は霊使の人生に悔いを残さない様にに配慮してくれている。そして霊使ならきっとやれるという確信さえ抱いている。ならばやるしかない。

もとよりこれしか道は無いのだ。

 

「…じゃあな、皆。また。」

「ああ…。また後で。」

 

それぞれが自身のやるべきことを見据えて歩みを進める。これから始まるのは世界の在り方を掛けた一世一代の大勝負だ。負ければ世界が崩壊し、勝てば世界を守れる。この勝負に世界の全てがかかっているといっても過言ではないだろう。

 

「…俺達は暴徒を鎮圧し次第すぐに霊使の援護に向かう。」

「俺は、俺達はまっすぐ前を見ればいいんだな?」

「そういうことだよ、霊使君。」

「はい、では、せーので行きましょう。私達の未来を掴みに。」

 

霊使達はもう顔を合わせることはしなかった。そうしてしまえばこの決意が揺らぎそうだったから。全員が不退転の覚悟を決めたのだ。哀れみも、悲しみも今は不要。

 

「…ああ。行こう、皆!」

 

「せーのっ!」

 

少年たちは互いに互いを信じて、自らが向かうべき場所へと走り出した。




登場人物紹介

・霊使
死にかけ。分かりやすく言うなら5部終盤のブチャラティ状態。

・ウィン
今回は出番なし。実体化を解いて引っ込んでた

・咲姫
覚悟は良いか、私は出来てる

・克喜
内心穏やかじゃないが、親友の最期くらい、自由にさせてやりたいと思ったら敵のボスぶん殴る宣言で開いた口が塞がらない。

今週中にもう一本投稿したい…!
でも、クオリティが…下がるッ!
次回もお楽しみに


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切っても結び合う因縁

 

克喜と結はただひたすらに走っていた。走る事で霊使の事に気づけなかった自分達への怒りを発散していた。もちろん霊使のことでの怒りもあるし、何よりも今まで霊使の異変に何一つ気づけなかった自分への怒りがあった。

 

「友人だってのに…。俺はあいつの異常を何一つ見抜いてやれなかった…。」

「それは…見抜けていたら対処できたかもって事?」

「…一緒に手伝う事ぐらいはできた筈だ。」

 

そういうふうに嘆く克喜を結はただ眺めていた。というよりも結は何も言う事が出来なかったし、今の克喜に何かものをいう資格なんてないとさえ考えていた。そもそもの理由がキスキル達の暴走による物の所為だったから。つまり、責任の一端はきっちり二人の手綱を握れ無かった自分にあるのだ。そんな自分が恨めしく思えてしまう。自身に最も信頼を寄せるキスキル達だからこそ、あの暴走に至ってしまったのであって、だが、結局の所あの行動が無ければ自分は死んでいたかもしれないのだ。

 

「…そう。私は霊使君の件についての一端を担ってしまったわけだけど…。」

「ありゃ事故みたいなモノだろ。決闘(デュエル)を終えて、それですべて丸く収めた…って霊使は思ったはずだ。キスキル達だってそこは同じだろ。…ま、二人は「やっと止めてくれた」って思ってそうではあるがな。」

「…エスパーか何か?」

「ちげぇよ…。ただまぁ、キスキル達は余り責めてやるな。俺だって同じ立場だったらやらかしていたかもしれない訳だしな。」

 

克喜は一度も結の方を見ずにそう言った。それはどうしてもキスキル達は悪くないと言っているように聞こえて、それが少し嬉しかった。この間キスキル達は自分達のやらかしもあッ一言もしゃべらなかった。それに関して結はフォローするつもりはないのでぼうっそうした結果招いたことだと追いに反省してほしいところだ。

 

「まさか、殺しに来てるなんて考える奴の方が少ないだろ?」

「確かに…。」

「…そんなに結が背負い込むことじゃねーよ。でももし、それでも責任の一端は自分にあるって思ってるなら、良かったな。贖罪は丁度今からできるぞ」

「やれやれまた暴徒、か…。」

 

そうこう言っているうちに克喜と結の前に複数人の男が現れる。手には鉄パイプやら金属製のバットやらを持っていてこちらを害する気が満々だった。

 

「便乗した馬鹿どもか…。はぁ。しょうがねぇ、片すぞ、結!」

「もちろん!…霊使君の邪魔はさせない!」

 

そうして片っ端から暴徒の鎮圧の図る克喜と結。何人かなぎ倒したところで、不意に結の動きが止まる。

 

「元気そうじゃねぇか?おい?」

「なんで…お前が…。」

 

結の前には小太り気味の男が一人。その男は、結を見つけるや否や醜悪な笑顔で彼女に忍び寄る。結はその男が一歩近づく度に一歩後退りしてしまう。

 

「…大丈夫…大丈夫…。」

 

克喜にはまるで結がその男に一生消えない何かを刻みつけられていたように見えた。これは明らかに普通じゃない。克喜はすぐさまキスキルに問いかけた。

 

「キスキルゥ!そいつは誰だ!」

「アイツは…結の父親だ。虐待とか…色々な事を強制されてた。」

 

キスキルから聞いた答えと、二人の過去はまるで親子とは言えないような、歪んだ関係性だった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

白百合結にとって今回の事件における暴徒には心の底からの嫌悪と、少しばかりの恐怖を抱いていた。自分をいいようにしていた父がちょうどそんな人物だったからだ。

蹴る殴るは当たり前の事だったし、性的暴行を加えられたこともざらにあった。

結はそんな環境で生きていく中で少しずつ()()()のだと考えている。

キスキル達と出会う前までですっかり性的暴行をされても何も感じなくなったし、蹴られても殴られても何も感じなくなった。監禁されるのは慣れっこだ。

擦れる少し前は窓から逃げようとしたが、窓の外の鉄格子が結を逃がさないという意思を表しているようだった。

父親の顔色をうかがう生活を送り、何とか暴力にさらされない様に保身をし続けた。ずっと自身に「大丈夫」と言い聞かせて。

そんな結の唯一の癒しは「ライブツインチャンネル」という動画サイトに存在している一つのチャンネルだった。彼女たちの動画が結を現世に繋ぎ止めていたのだ。これは結の父親が通話できず、ブラウザしか使えないようにしたパソコンで見ていたものだ。それに関して、父が何かを言うことは無かった。

もちろん、助けを呼ぶ手段なんて知らなかったから、それはただただ癒しの為の機械として使っていただけなのだが。とにもかくにも、ライブツインチャンネルが存在していなかったらきっと結はこの世界には居なかっただろう。

環境が劣悪な中でただ一人忍耐を続けてきた結。

そんな中で、結にたった一枚のチャンスが舞い降りる。それはURLと何かのパスワードが書かれた一切れの紙だった。弾かれるようにしてその紙に書かれたURLを検索して、紙に書かれたパスワードを入力。そして結の目の前に広がったのは、ただ「何を盗んで欲しいか」とだけ書かれたシンプルなページだった。何かの冗談だろうと思いながら「自分を盗んで欲しい」と無意識に打ち込んでいた。

 

「…くるはず、ないよね…」

 

所詮はただの遊び、おふざけだと思いながら、おふざけで良いから助けてくれとも思っていた。この時、結は初めて「我慢」と「気にならない」の違いを知ったのだ。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

白百合結の急変から少し後、九条克喜の問いかけに応えるためにキスキルは結との出会いを振り返っていた。

暴徒鎮圧に向けて駆ける結を見ながら「大きくなったなぁ」とキスキル達は考えながらも克喜に伝えるべき情報を組み立てていく。

 

彼女との出会いは最も強烈で、そして怪盗としての活動の中でもっとも無価値で、だが最も有意義な「誘拐」だったと思う。

彼女の事を知ることになったのは、自分達の裏のサイト―――つまりは、盗みの依頼を受ける闇サイトに書き込まれた一つの依頼だった。それは余りにも短く、それ故に余りにも切実な気持ちが籠っていることが伝わってくる。

 

「私を盗んで欲しい」

 

たったそれだけの文章が、キスキル達を動かしたのだ。元々、弱き者の為に身銭を切って始めた怪盗稼業だ。助けを求められて行かなければ自分達の何かが変わってしまう。

 

「…行くよ、リィラ。」

「了解。…場所は?」

「そもそもが依頼人を調べるための裏サイトだろ?…ここに接続したIPアドレスからプロパイダ情報を引っこ抜く。接続ログやらを調べればそこから発生地点を突き止めることも不可能じゃないはず。」

「了解。」

 

もしこの書き込みがばれたらこの子はどんな仕打ちを受けるのだろうか。きっと死ぬよりも残酷で「死んだ方がマシだ」と思うような、そんな最悪の未来が待っているのかもしれない。

そう思うと「何とかして盗まなくては(すくわなくては)」としか考えられなくなっていく。

 

「やっぱこういう、自分の原点を思い出させてくれるような仕事は良いねぇ…!」

「そうだね。…よし、ハック成功。…データ、出るわ。」

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「うわぁ…。これは完全に監禁の現行犯だねぇ…。」

 

キスキル達が得た住所に向かうとそこには全ての窓に格子が打ち付けられた異様な家があった。それはもはや家の形をした監獄と言っても差し支えないくらいには、何かを閉じ込めることに特化していた。

 

「…私達もアウトサイダーだけど、さすがにこれは…。」

 

流石にいつもは冷静なリィラもこの家の異様さをみただけで完全に理解して、そして青ざめていた。

 

「えーと…依頼主は、と…。」

「…まっ昼間にカーテンを閉じてる部屋があるわ。まるで何かを隠してるみたいな…。」

 

リィラの指摘場所を見てみれば確かに何かを隠すようにカーテンがかかっている。確かにあそこに何かを隠しているのだろう。

 

「どれどれ…っと」

 

キスキルは軽い身のこなしで窓格子にワイヤーをひっかけると自身の体を引き上げるようにして窓格子の上に立った。

 

「さて…と…。」

 

キスキルはそのまま窓格子を外してカーテンの向こう側の様子を探る。

何かが無理矢理斃されたような音と、何かをびりびりに引き裂く音が聞こえて思わずキスキルは窓枠ごと窓を蹴り飛ばした。

 

「あんた、何やってるんだ!」

「あ?あんだテメェは!せっかくのお楽しみを邪魔しやがって!」

 

窓枠を蹴り飛ばしたキスキルが見たのは、服をカッターで引き裂かれて男に押し倒されている幼い少女とその上に馬乗りになっている小太りの男だった。

どうやらこれは明らかにヤバいやつだと認識したキスキルはすぐに行動に移す。

まずは少女の上に馬乗りになったまま固まっている男を蹴っ飛ばすと幼い少女を確保。そのまま蹴っ飛ばした窓から幼い少女を抱えたまま飛び降りてそのまま拠点へ。

こうして少女と怪盗は出会ったのだった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

キスキルが最後に「色々と略したけど」と付け足した声は果たして克喜に届いていたのだろうか。キスキルの話によると、あの男は結の父親らしい。

 

「親が子供にあんな感情向けるのかよ…?」

 

だが、その男が娘であるはずの結向ける視線に籠っているのは劣情や、怒り、支配欲―――まるで「自分の物」と所有物を見るような目だった。

それはおおよそ親が子供に向けるべき感情ではない。

 

「そういう反応するよね…。でも。」

「…結はあの変態野郎を乗り越えなければいけない、か?」

「いやー、流石にそれは酷だろうね。」

 

だからこそ、結は一歩ずつ後退ってしまっている。これまでに積み重なった恐怖心が彼女の体を無意識的に動かしてしまっているのだ。

 

「…こっちは手が離せそうにない!克喜君、結を頼んだ!」

 

結は気が動転しすぎていてキスキル達の事もすっかり忘れてしまっている様子だ。確かに目の前に恐怖の象徴が現れたら誰だってそうなってしまうのかもしれない。

それに加えキスキルもリィラも結から決闘(デュエル)を無理矢理引き継いだために動くことができない。

だから、キスキルは結を、信頼できる仲間に託した。

 

「この、変態糞親父がッ…!俺の友人から離れろォ!」

 

克喜はそんな暴言を吐きながらキスキルの信頼にこたえるために飛び蹴りを繰り出す。一瞬の隙に高所に上がった克喜の飛び蹴りは結の父親のどてっぱらに命中。結の父親は自分に何が起こったかを理解する前に瓦礫の山に頭から突っ込んだ。

一方の克喜は全力の跳躍の勢いを殺すために着地後に数十センチほど地面を滑走し、結の声を掛けた。

 

「結、大丈夫か!?」

「…ド派手な登場、だね。…キスキル、リィラも!もう大丈夫!サニーとルーナも呼んできて!」

 

余りに現実からかけ離れた光景を目の前で見せられて思考は完全に冷えた結。恐れる事無く自身の乗り越えるべき恐怖の象徴と対峙する。

隣には心を教えてくれた人たちがいること。友人が自分を守ろうとしてくれたこと。

この時結という少女は本当の意味で自分は孤独じゃないと知ることができた。

 

「私はもう、あなたなんかには負けない!」

 

それは真に守るべきものを、心から守りたいと願えるものを見つけた結の決意の表れだった。結の父親はそれを忌々しげに見つめるがもう結はそんな視線には怯まない。

 

そうして、悪魔から心を教えてもらった少女と人間の体に悪魔の心を宿したかのような男の戦いが、まるで正反対な二人の戦いが幕を開けた。




登場人物紹介

・白百合結
結サイド側の主観者。虐待や性的暴行を受けていたがキスキル達が居たからまっすぐ育った。めちゃくちゃいい子

・九条克喜
リアルライダーキックを放った男

・結の父親
人間として最底辺。多分この先黒幕やら以外でこいつ以上のド外道は現れないんじゃないかってレベル。ちなみに結はコイツの所為で大切なものを失いかけている。

台風にはお気をつけて。
それでは次回もお楽しみに!


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呵責なく、故に加減なく

 

結は正直に言って今回の騒動で暴徒となった全員に少なくない侮蔑を抱いていた。どれだけ口で言い訳したって結局自ら望んで他人を傷つけようとしたのだから。

それに、だ。

自分を地獄へと追い込んだ人間が目の前に居て、暴徒がその仲間だというならば結からの評価が駄々下がりになるのも仕方が無い事だろう。

 

「さーて、と…決闘(デュエル)しようか?」

「はん…。じゃあここでテメェを負かして今度は絶対に俺の奴隷にしてやる…!」

 

やはりというか案の定というか。結の父親はおおよそ子供に向ける類のものではない感情を結に向けている。それを向ける理由は誰かの面影があるからか、それとも単に父親の趣味か。だが少なくとも、先ほどとは違い思考も落ち着いたおかげか結ははっきりと相手を見据えていた。

 

「容赦なくボコボコにできるってのはいいものだね。良心の呵責とかなしに全力でやれるから…!」

「あ…?何を言ってやがる?」

「…あなたの全部を打ち砕いて、私が勝つって宣言。というわけで、先攻どうぞ?」

「舐めやがって…!俺のターンだ…!俺は手札から魔法カード"手札断殺"発動!互いに手札を二枚捨てて二枚ドロー。で、魔法カード"調律"発動!デッキから"ジャンク・シンクロン"を手札に加えてシャッフル。その後デッキの上から一枚を墓地に送るぜ。」

「通すよ、その程度。」

 

相手のデッキはどうやら"シンクロン"を多用するデッキらしい。それが"ジャンド"だろうと"シンクロン"だろうと悲しいかな、相手の展開は初手で止まることが確定しているのだ。

蘇生カードがある場合はその限りではないが。

 

「"ジャンク・シンクロン"を通常召喚!そして効果発動!」

「自分フィールド上にカードが存在しないため手札から罠発動"無限泡影(むげんほうよう)"!"ジャンク・シンクロン"の効果を無効に!」

 

というのもそのカードがこの"夢限泡影"だ。このカードは自分フィールド上がすっからかんの時に限り手札から発動でて、問答無用で相手フィールド上のモンスター一体の効果を無効にできるカードだ。自分フィールド上にカードが無い、というのは非常に危機的な状況であるが、先攻一ターン目に限りその制約はあってないようなものだ。現に結の父親は"夢限泡影"で動きを完全に止めてしまっている。

 

「…カードを一枚伏せてターンエンド…!」

 

結の父親 LP8000 手札3枚 

メインモンスターゾーン ジャンク・シンクロン

伏せ×1

 

通所召喚権を使ってしまったようで完全に動きを止める相手のデッキ。といっても怒涛の連続シンクロは避けたいところではあるのでこのターンや次のターンで完全に決着をつけるべきだ、と結は考えていた。

 

「私のターン…ドロー。私は永続魔法"Live☆Twin トラブルサン"を発動。効果で"Live☆Twin キスキル"をデッキから手札に。そのまま"Live☆Twin キスキル"を通常召喚。"Live☆Twin キスキル"の効果を発動!」

 

結のデッキは【イビルツイン】。"ライブツイン"や"キスキル"、"リィラ"といった多数のカテゴリを抱えるテーマである。【イビルツイン】の特徴は連続し特殊召喚にある。相互蘇生や相方をデッキから引っ張ってくる効果などを含めるとその特殊召喚回数は非常に多い。

だが、故にただのキスキル達では展開カード以上の打点を持たないという大きな弱点がある。だから例えば―――

 

「は!その程度か!?手札から"灰流うらら"を捨てて効果発動!"デッキから特殊召喚する効果"を含む効果である"Live☆Twin キスキル"の効果を無効にするぜ!」

「そ。」

 

こういうふうに展開を止められてしまうと返しのターンに何も出来なくなる。それがこのデッキの弱点のはずだった。だが、とうにそんな弱点は承知している結はそれを補うための新たな力を手に入れていた。

 

「…手札の"Live☆Twin リィラ・トリート"の効果を発動。自分フィールド上に"キスキル"モンスターが居る時このカードは特殊召喚できる…!」

 

ぽん、という小気味よい音と共に結のフィールド上に現れたのは「トリート」の名の通りハロウィンのコスプレをしたバーチャルな存在のほうのリィラだ。種族も仮装に合わせてアンデット族に変わっている。

 

「さて、とこれでいつも通りの展開ができるね?」

「…はぁ!?」

 

しかし、重要なのはそこではないのだ。重要なのは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということ。これで互いを呼ぶ効果を無効にされてもコスプレ状態の片一方が勝手に表れるということになった。さらに、リンクモンスターのキスキルによって蘇生もできるため、これからの展開にも困らない普通に良いカードだ。

 

「というわけで…。まずは"リィラ・トリート"と"Live☆Twin キスキル"で"Evil★Twin リィラ"をリンク召喚。続いて"Evil★Twin リィラ"の効果で"Live☆Twin キスキル"を墓地から特殊召喚。で、その二体で"Evil★Twin キスキル"をリンク召喚。"Evil★Twin キスキル"の効果で"Evil★Twin リィラ"を墓地から特殊召喚。"Evil★Twin リィラ"の効果で伏せカードを破壊するよ。」

 

結局ヴェーラー一枚ではイビルツインの動きを止める事は出来ずにいつも通りの展開を許してしまう。それでも結の父親は「いつも通り」そこで展開を止めると思っていた。だが、それはこれまでの結であれば、だ。

 

「これでお前のターンは終了だ!お前は俺のライフを削れず、それだけで終わりなんだよォ!」

 

確かに今の結の手札にこのデッキのメインのエースである"Evil★Twins キスキル・リィラ"は存在していない。だからと言ってそれが致命的かと言われればそれは否だといえるだろう。

 

「…私は"Evil★Twin キスキル"と"Evil★Twin リィラ"でリンク召喚!出番だよ!"Evil★Twin's(イビルツインズ) トラブル・サニー"!」

 

何故なら新しい仲間がいるから。攻撃力3300、リンク4のモンスターである"トラブル・サニー"は新たな展開の締めとして十二分の働きをする。手札に"Evil★Twins キスキル・リィラ"が居なくとも攻撃力3300という幸田店のモンスターを場に出せるし、何かしらの効果の対象になったら、相互蘇生効果を持つキスキルとリィラにその効果を押し付けて自身は退散できる優れものだ。

それに何よりも墓地のこのカードを除外すれば"キスキル・リィラ"を墓地に落としながら相手フィールドのカード一枚を墓地に送ることができる。今までの"イビルツイン"に足りなかった要素をすべて持っているのだ。

 

「次いで墓地の光と闇のモンスター―――"Live☆Twin キスキル"と"Live☆Twin リィラ・トリート"を除外して"カオス・ソルジャー ‐開闢の使者‐"を特殊召喚!」

 

ついでといわんばかりに結は墓地の光属性と闇属性のモンスターを除外して特殊召喚できるモンスターである"カオス"の内一体を特殊召喚。しかし、これでも撃てる手はすべて打ったため展開はここで終わり、バトルフェイズに進む結。

 

「バトルフェイズ!"カオス・ソルジャー ‐開闢の使者‐"でダイレクトアタック!」

「そうは行くか!墓地の"超電磁タートル"でこのバトルフェイズを強制終了!」

「メイン2…。カードを二枚伏せてターンエンド。」

 

結 LP8000 手札一枚

EXモンスターゾーン(左) Evil★Twin's トラブル・サニー

メインモンスターゾーン カオス・ソルジャー -開闢の使者‐

魔法・罠ゾーン 伏せ×2

        Live☆Twin トラブルサン

 

結局の所結は一度も攻撃宣言をせずにこのターンを終了した。確かに相手の墓地に"調律"によって"超電磁タートル"が落ちていたのは見ていたのでこれは普通にケアできなかった自分の実力不足だろう。それにケアできなかった分「流れ」が相手に傾いているかもしれない事を考えると、ここはどうしても一太刀入れたかったというのが結の本音だ。

 

「俺のターン…ドロー!俺は手札から"幻獣機オライオン"を墓地に送り"ツインツイスター"を発動!伏せカードを一枚破壊と"Live☆Twin トラブルサン"を破壊!」

「やっぱそう来るよね…!」

 

"トラブルサン"は"イビルツイン"モンスターが存在する限り、相手はモンスターの召喚、特殊召喚時に200のライフポイントをし笑わなければならず、逆に自分は200のライフポイントを回復することができるカードだ。これは特殊召喚を連続して行いモンスターによる制圧を防ぐためのカードだ。相手がそれを破壊したというのはこれから先相手がそれだけ展開を行うということを暗に言っているようなものだ。結は"トラブルサン"を早々に失った事に小さく舌打ちをした。

さらに、伏せ除去は安定して行える妨害行為の一つだ。伏せを除去すれば相手からすれば安心して攻めることができ、その分勝利に直結しやすくなる。だが、逆に。

もしその伏せ除去に対するメタがあったら、相手はどうするだろうか。

結は自分だったらあまり使われたくないなと思うだろう。それは裏を返せば相手も同じことを思っているという事だ。

 

「今、貴方が破壊した伏せカードは"ブービーゲーム"!」

「何?」

「このカードは相手の効果で破壊され墓地に送られたとき自分の墓地から"ブービーゲーム"以外の通常(トラップ)カード二枚までを対象としそのカードをセット、そのターン中に発動可能にする効果を持つ。私は"Evil★Twin プレゼント"と"神風(しんぷう)のバリア -エア・フォース-"をセット。」

「厄介なカードばかりを…!」

 

結の父親は自身の娘がとる遅延とも取れる行動に若干苛立ちを感じていた。どうして逆らうのだろうか、自分が居なければ生まれてこなかったものなのに。そんな考えが彼の怒りを、彼のいら立ちを加速させる。

 

「さらに"幻獣機オライオン"は墓地に送られた場合レベル3の"幻獣機トークン"一体を生成できる!さらに俺は二枚目の"ジャンク・シンクロン"を召喚!効果で墓地から"幻獣機オライオン"を特殊召喚!さらにさらにぃ…!墓地からモンスターが特殊召喚されたことで手札から"ドッペル・ウォリアー"を特殊召喚!"ドッペル・ウォリアー"と"ジャンク・シンクロン"で"TG(テックジーナス) ハイパー・ライブラリアン"をシンクロ召喚!"ドッペル・ウォリアー"の効果で"ドッペルトークン"を二体生成!」

「…げっ。」

 

今相手の出したカード―――"TG ハイパー・ライブラリアン"は自分がシンクロ召喚を行うたびにワンドローする効果を持つ最凶クラスのカードだ。手札一枚の結にとってハンドアドバンテージを稼がれると逆転がしにくくなってしまう。

 

「更に、”幻獣機オライオン"と"幻獣機トークン"でシンクロ召喚!レベル5、"アクセル・シンクロン"!"ハイパー・ライブラリアン"の効果で一枚ドロー!更にデッキからレベル1の"ジェット・シンクロン"を墓地に送り"アクセル・シンクロン"のレベルを4に!更に二体目の"ジャンク・シンクロン"と"ドッペル・トークン"一体で"霞鳥(かちょう)クラウソラス"をシンクロ召喚!"ハイパー・ライブラリアン"で一枚ドロー!"霞鳥クラウソラス"の効果発動!"Evil★Twin's トラブル・サニー"の効果を無効に!」

「…!その効果にチェーンして"Evil★Twin's トラブル・サニー"の効果発動!"Evil★Twin キスキル"と"Evil★Twin リィラ"を蘇生!」

 

"霞鳥クラウソラス"は相手のモンスター一体の効果を無効にしたうえで攻撃力をゼロにする厄介な効果モンスターだ。効果を無効にされるくらいならば、と結は後をキスキル達に押し付けた。しかしこれで"クラウソラス"の効果は空うちになった訳だ。これでいくらかは相手の動きを崩せると信じたいところではあったのだが―――

 

「…まだだぜ?俺は、レベル5"TG ハイパー・ライブラリアン"とレベル3"霞鳥クラウソラス"にレベル4"アクセル・シンクロン"をチューニング!」

 

しかしながら再びのチューニング。しかもシンクロチューナーを用いたシンクロ召喚である。基本的にシンクロチューナーを用いるシンクロモンスターは召喚が難しい分、強力な効果を備えていることが多い。

 

「来い!"聖珖神龍 スターダスト・シフル"!」

「…これは、正直言って少し舐めていたかも…!」

 

結の前には強力な効果を持つシンクロモンスター―――"聖珖神龍 スターダスト・シフル"が立ち塞がる。星屑から神となった竜に対して結と悪魔の怪盗はどう立ち向かうべきか。それだけを考えていた。




登場人物紹介

・白百合結
父親の事は大っ嫌いだけど決闘の腕はそれなりにあることを知らなかった。さすがにデルタアクセルシンクロは予想外だったらしい

・結の父親
自身が最強だと増長した結果人間の屑になってしまった。それでも決闘にかける思いだけは本物。

というわけで分割です。
結の父親がとんでもねぇ凶キャラになっちまいました。どうすればいいんだこれ…。
次回もお楽しみに


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家族の結末

 

「大ピンチってやつ…?」

 

結は端的に今の状況を言い当てていた。相手の場には予想外のデルタアクセルシンクロモンスター。しかもまだ攻撃を迎えていない。

それに対して結のフィールドにはキスキルとリィラ、それに開闢の三体だ。効果こそ優秀であるが、攻撃力4000であるスターダスト・シフルには絶妙に届かない。

だからこそ、結は自身の状況を言葉にして、飲み込もうとした。追い込まれているという状況を楽しんでいる自分に驚きながら。

 

「バトルだ!"聖珖神竜スターダスト・シフル"で"カオス・ソルジャー‐開闢の使者"を攻撃!喰らえ、聖珖波動(レイ・オブ・シルフ)!」

 

普通ならばここで終わりだ。しかし、男は自身の切り札を出せたことに安堵したのかすっかり結の伏せカードの事を忘れてしまっているようであった。

確かに破壊耐性付与は厄介な効果だ。しかしながらそれは手札に戻す効果―――バウンスの対抗手段とはなりえない。

 

「地雷にご注意!罠発動"神風(しんぷう)のバリア -エア・フォース-"発動!全員手札に帰れぇ!」

「…あ。」

 

そもそもこの極限状態で伏せのケアのミスは致命的な隙だ。大ピンチから一気に好機へと状況はめまぐるしく移り変わる。それでもドッペル・ウォリアーがある限り油断というのもは一切できないが。

それでも今まで追い詰められたと思っていた重苦しい空気は離散してしまう。伏せ除去もツインツイスターみたいなカードも詰んでいたので今は完全な手札事故みたいなものと思われる。

 

「…一枚伏せてターンエンド。」

「え…?」

「動けねぇんだから仕方ねぇだろうが。…俺も天運に見放されたか…。」

 

結の父親 LP8000 手札二枚

伏せ×1

 

男は今までの暴徒とは違いちゃんと潔く散るつもりのようだ。結の父親は人間的にどれだけクズであったとしても自分で決めたルールー―――決闘(デュエル)には従うつもりらしい。そのほんの少しだけ残ったそれを自分に向けてくれたらこんなことにはならなかったのかのかもしれないのに。結はそう思わずにはいられなかった、

 

「私のターン。ドロー。私は墓地の"トラブル・サニー"の効果発動。デッキから"Evil★Twins キスキル・リィラ"を墓地に送りこのカードを除外することで伏せカードを墓地送りに。」

「…対抗カードは無し。」

 

結の父親は何一つ抵抗しない。自分が変わっていたことに気づかなかったか、それとも結の強さに心が折れたのか。あの頃から痩せて、見た目が変わった程度のものだと思っていて。

ただ、内面がほんの少しだけ変わっていて。

それでも結は父親の事が大嫌いだ。

 

「"Evil★Twins キスキル・リィラ"は自分フィールド上のリンクモンスター二体を墓地に送って手札、墓地から特殊召喚できる。…墓地から"Evil★Twins キスキル・リィラ"を特殊召喚。…バトル。」

 

結は今まで父親を超えるべき壁だと思っていた。だがその壁は余りにも脆く崩れ去り、彼女に残ったのはやり場のない怒り。もやっとしたものを抱えながらもまずはこのデュエルに終止符を打つため攻撃の宣言を行う。まずはモンスター破壊時に続けて攻撃できる"開闢の使者"。このカードで相手のフィールドをガラ空きにしにかかる。

 

「"カオス・ソルジャー -開闢の使者-"の攻撃宣言時に罠発動。"Evil★Twin チャレンジ"。墓地から"Evil★Twin キスキル"を蘇生。」

 

ついでに、といわんばかりに墓地からキスキルを蘇生した。"キスキル・リィラ"は"リィラ"モンスターであるためワンドローのおまけつきだ。

カオスソルジャーの攻撃が通ったことで相手ライフは5000。逆に自分フィールドに居るモンスターの攻撃力は5500。攻撃の宣言をして、そしてそれはいとも簡単に通った。

 

父親 LP8000→5000→3900→0

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

なんだかとてもあっけなく、そして容易く終わってしまった決闘(デュエル)

結はこの何とも言えない気持ちのわだかまりが気持ち悪く感じられた。なんというか、こう、すっきりしないというか、何とも言えない気分になっていた。

結は父親の事が嫌いだ。それは過去に色々な事をされたからであって、その経験が結にそう思わせていた。しかし、その元凶はこうして、身動き一つとることなく座り込んでいる。

 

その姿を見ているとふつふつと心の底から何かが湧き上がって来た。

 

「そういうふうにしてれば、許されると思ってるの―――!?」

 

今まで散々殴られた。今まで散々痛めつけられた。今まで散々道具として使いつぶされた。

これが怒りか。結は初めて心の底から怒りを抱いた。目の前の存在に人生をめちゃくちゃにされたこと。目の前の存在の所為で失ったものがたくさんある事。

その全てが、結の怒りに変わり、結の手足を動かす原動機になる。

 

「あんたがッ!あんたがッ!私をこんなふうにしなければぁ!」

 

気付けば、かつて目の前の男にそうされたように蹴り飛ばして、目の前の男がそうしたように馬乗りになって、目の前の男がそうしたように目の前の存在の顔面を殴っていた。それも一度、二度では飽き足らず何度も何度も殴った。腕が痛んでも、拳が痛んでも、口から血が流れてきても、それでも殴り続けた。

今までの感じた痛みのほんの数千分の一の痛みでも返したくて。

自分と同じ目に誰かにあって欲しくて。

色々な思いがない交ぜになった結はもはや自分でその拳を止める事が出来なくなった。

 

「あんたのせいでッ!私はぁぁぁぁぁッ!」

 

筆舌にしがたいほどの苦痛に耐えてきた結。その鬱憤を晴らすかのように絶叫しながらひたすらに拳を振るう。それを見かねて止めたのは、キスキルとリィラだった。

 

「結!もう駄目だって!」

「離して!まだ、まだ…!私が受けた痛みはこんなんじゃない!こんなんじゃ足りない!」

「流石にこれ以上はまずいって、言ってるでしょ!」

 

結が振り上げ、振り下ろそうとする腕を二人は必死に押しとどめようとする。二人には結の気持ちが痛いほどによく分かる。だがらこそ、結を止めなくては、という気持ちがあった。怒りのままに腕を振るって、それで相手を殺してしまえばそれはもう暴徒と何も変わらない。

ただ、いたずらに力をぶちまけるだけの存在に成り下がってしまう。

 

「結!落ち着いて…!」

「こいつのせいで…私はッ…!全部めちゃくちゃにされて…!」

「…うん。」

「本当に、辛くて、でも助けてさえ言えなくて…!」

「…そうだね。」

「私の中にあいつが居ると思うだけで吐き気がしそうになってくる…!」

 

結は眼下の男を忌々しげに見て、それでも振り上げたこぶしを降ろした。

それでも息は荒く、怒りは収まっているように見えない。それでもキスキルとリィラは男から結を引きはがすことに成功した。

 

「…結、らしくなかったよ。」

「…そうかもね。でも、私はこいつだけは許せないんだ…。」

 

それもそうだ。この男に刻まれた心の傷は生半可なものではない。それこそ今まで普通に克喜や霊使達と接触していたのが奇跡と言えるくらいに。

結は分かっているのだ。世の中の全てがあの男みたいな誰かから平気で搾取できる人間の集まりならば世界はきっと今よりもっとひどいことになっていただろう、と。

 

「いいかい?たとえ父親じゃなくてもワタシ達が傍にいる。」

「辛くなったり、苦しくなったりしたときはもっと甘えていいんだよ。」

「…もう、ワタシにとって結は家族みたいなもんだ…。結は、ワタシ達の事をどう思ってる?」

 

結はその問いに落ち着いて答える事が出来た。

何でか、キスキルの声を聞いていると安心していられる気がするのだ。

 

「…家族、みたいなものだと思ってる。少なくとも、そこに転がっているあいつより、は。」

「うん。…そっか。」

 

キスキル達は結を家族みたいなものだと思っている。大切な人が誰かを傷つけようとすれば叱ってやるのが家族だ。たとえそれがどんなに人の在り方から逸脱した存在であったとしても。

 

「…ワタシ達がずっとついてる。大丈夫…。」

「一回深呼吸して、落ち着いて。」

 

駄々をこねる子供をあやすようにキスキルとリィラは結の背中を優しく叩く。

結は張り詰めた糸が切れたかのように結はその場に頽れた。

 

「…怖かったんだね。また、元に戻るのが。」

「…うん。」

 

力なく項垂れる結は、ただ自分を嘲るような笑みを浮かべていて、どうしようもなく彼女が救われてない事が見て取れる。

 

「…なにやってんだろ、私…。キスキルにも、リィラにも、皆にもたくさん迷惑を掛けて…。」

「結…。」

「結局は私もあいつと同じだったってことなのかな。ただ徒に暴力を振りまいて、誰かを傷つけて…。とんでもない屑じゃん、私。」

 

キスキルもリィラも何も言えなかった。その苦しみを知っているからこそ、何も言う事が出来なかった。結はそれだけ知らないうちに自分を追い込んでいて、ずっと我慢し続けていて。

 

「…こんなんじゃ、だめだよね。ごめん。」

 

それだけ言い残して結はキスキル達を振り払い駆けていってしまう。

克喜はそれを止めることはせず、一人でここの守りに専念することを決めた。

そして、キスキル達に結が走り去った方向を指さした。

 

「…結を、本当の意味で救ってくれ。俺じゃかける言葉も思い浮かばねぇ。とりあえずここは守ってやるから。利息はきっちり働いて返してもらうけどな!」

「…ああ。ごめんね、頼んだよ。」

 

キスキル達はそれだけ言い残すと結に向かって走っていく。

克喜をそれを見届けるや否や指の骨を鳴らして獰猛な笑みを浮かべた。

 

「さぁて、こっから先は一人も通さねぇよ!」

 

孤独な戦いが、幕を上げた。




登場人物紹介

・白百合結
完全にメンタルブレイク。自分が一番嫌いな人間と同じ行動をしてしまった事で、今までの自分が嘘だったかのように思えてしまった。本性が最も嫌いな奴と同じってそれはきつい奴だと思う。でもぶっちゃけやり過ぎ感は否めないけど怒りの理由そのものは割と真っ当。人生をめちゃくちゃにされてるし、やべーことになりかけてたし…。これバックボーンが完全に重い奴なんすよ。…これ本当の元がカードゲームなんですか?

・九条克喜
取り敢えず結の過去をキスキルから聞いたせいで止めようにも止められなかった人。復讐心を抱いてしまうのは良く分かるし多分自分も同じ立場だったらそうしちゃう。

・結の父親
フルボッコ。今回の件を交えてもまだこっちの方がやらかしてる。文字通りの人間の屑にして今作でも屈指の下種野郎。
デュエルの結果に従うだけ分別があるが、それはあくまで自分で決めたルールなのでそうしただけ。

みんな大好き美少女曇らせの時間ですよー。
俺は書いててめっちゃ心が苦しかったんですけどね…。
次回もお楽しみに。


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イビルトライブ

消えてしまいたい。

自分を消してしまいたい。

自分はあいつと同じだった。だからきっと誰かを不幸にする。

いや、もうしているではないか。

 

結は考えの纏まらないまま走り続けた。ここじゃない何処かを目指して、誰の目もつかない場所を探して。自分の醜い本性のようなものに怯えながら、行く当てもなく走り続けた。破壊された道路は、まるで自分が今まで歩いてきた人生のようで。結はそこに自分を重ねていた。

それと同時にこんなことも思った。

これまでの人生がこんなふうに破壊にきたのに、なんで自分はそうしたがらないのだろうと。

何で誰かに自分と同じ目に合わせたくないのだろうと。

そんな思いがどうにも自分の本性のように思えてならない。自分の事だけを考えて、周りの事を考えない無法者。にくい相手を目の前にして自分が見せた本性はこの騒動に乗じて好き勝手やってる側の人間と同じだった。

結にとってそれはどうしようもなく認めたくない物で、それでも自分の行動からその本性を思い知って。

自分は上辺だけの偽善者だったと思い知った。ただただ「そうなりたくないから」と思っていただけでどこかずれていれば無秩序に誰かを傷つけていたであろう自分が怖くなったのだ。

そんな自分が嫌になって。本当の意味での善人である彼らの隣にはもう立てないことも思い知って。

醜い本性を見せた自分はあの二人にも見捨てられるだろうと思って。

ずぶずぶと暗い思考へと沈んでいく自分がまた嫌になって。

結は気づけば、どこかのビルの屋上へとやってきていた。

 

「…あぁそうか…。死んじゃえばいいんだ。誰かに迷惑を掛けるくらいなら。…誰かをただ傷つけるだけなら。」

 

ふらふらとした足取りで屋上の柵を乗り越えて、縁に立つ。どうせ最後の思い出だし、と空を見上げてみればぽつり、と何かが頬に当たった。

それが結の流した涙なのか、それとも雨だったのか。―――どうせもう死ぬにだから、そんな事は関係ないのだろう。

 

「皆、ごめんね。私は…みんなと一緒に居られるような人じゃないから…。」

 

もうこれ以上、誰かを傷つけたくはない。生きていれば、きっとまた誰かを傷つけてしまうから、なら死ぬしかないじゃないか。

 

「…きっと、こうするのが一番なんだろうね…。」

 

結は恐れずに一歩を踏み出す。一瞬の浮遊感とその直後に襲い掛かる重力による落下。きっと痛いだろうけれど、これから先自分が誰かを傷つけるよりかはマシだと思って、結は目を閉じた。

 

(ああ…そういえば。)

 

結は、落下する中でやり残していた事を思い出す。

最後に思い浮かんだのは十年近く一緒に歩んできた二人の顔だった。

 

「キスキル達にありがとう、言ってなかったな…。」

 

最近一緒になって二人も含めて―――礼を一言も言わずに先に逝く非礼を詫びて。

体から全ての力を抜いた。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「結のバカ…!」

 

キスキル達が結に追いついたとき、結はその身を投げていた。もし廃ビルの屋上へと向かうルートを取っていたら到底救う事の出来なかったようなタイミング。あの場所で追わなかったら確実に間に合わなかったタイミングだった。間に合った事が奇跡に近い、というよりかは奇跡そのものだというほかなかった。

結は自分が行った事を激しく後悔していて、それこそ何処か過剰なまでに自分を責めていたように思える。

だから自分に罰を与えるだろうことはいとも容易く想像できた。まさか自死を選ぶまでとは思いもしなかったが。

 

「間に合え…ッ。」

 

ここで結を助けられなかったらきっと後悔する。

結が家族だといってくれかのように、キスキル達にとっても初めて一緒に居たいと思えた存在だから。

だからこそ、結を助けたい。

間一髪で結の落下地点に先回りしたキスキルは自身をクッションにして辛うじて結の命を救った。もしこれが生身の人間であればその痛みに悶絶していること間違いないだが、生憎キスキルは精霊だ。死ぬほど痛いだけでは死なないことは本人が一番よく知っている。

 

「…人間だったら確実に背骨折れてるね、これ。」

 

そう悪態を付きながらも、キスキルは結の顔を覗き込む。結は気を失っているのか、穏やかな寝息を立てていた。その顔を見てホッとするキスキル。

 

「…間に合ったのね。良かった。」

 

身体能力がキスキルに劣るリィラはキスキルを先行させていた。キスキルよりも先に結がどのような行動に走るか読めていたリィラはキスキルにその事を伝え、キスキルが先行した結果がこれというわけだ。

本当に先行させておいてよかったというか、結を失わなくてよかったというか。

結の無事な姿を見たせいか、とにかく肩の力が抜けた。それと同時にこんなバカな選択をした結に怒りが湧いてきた。

起きたら説教すると心に決めつつ周囲を警戒する二人。この近くで戦闘音は聞こえないことから近くで戦闘そのものは行ってないらしく、不意に襲われる、なんてことは起きないようだ。

 

「静か、だねぇ…」

 

この近くでは今頃騒乱が起こっているだろうに、雲間から漏れる月明かりに照らされたこの場所は酷く静かで、風の流れを感じるほどに穏やかな場所だった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

柔らかい。

暖かい。

そしてすごく安心する。

揺蕩う意識の中、結は確かに優しい何かを感じていた。安心できるようなそれは結を深い眠りへと誘っていく。どうやら自分は死に損なったようだ。

 

「…こんな安心できるところで死ねたら良かったのに。」

 

誰も返答するはずのない独り言を口走る。こんな穏やかな、安心できる場所で死ねたらどれほど心地いだろうか。自分の生きる意味を、父親と同じようにはならないと決めた自分を、よりにもよって自身で否定したのに、そんな穏やかな死が訪れるはずがないと分かっていてもそれでも、「そうであったら」と考えてしまう。

 

「ここが安心できるって…?…こっぱずかしい事を言ってくれるねぇ…?」

「…私を笑いにでも来た?…キスキル。」

「まさか。…ワタシがここに来たのは結を救うためだよ。笑いに来たなんてとんでもない。」

「…二人とも一応私も居るんだけど?」

 

そんな結の意識を一気に覚醒させたのがどこか呆れたようなキスキルとリィラの声だ。がばりと飛び起きて思わず後退ってしまう。

 

「…クズなアバズレでも笑いに来たの?」

「これは拗らせてるねぇ…。」

「気持ちは分からないでもないけど…。」

 

キスキル達はその様子を見て思わず苦笑してしまった。本心から避けているわけでは無さそうなので、なんというか、猫っぽさを感じたのだ。結に。

 

「…ワタシ達は別に結の事を笑いに来たわけじゃないよ。」

「責めにも来てない。…説教はするけど。」

 

しかし、それはそれ。これはこれだ。とにかく自分で自分の命を捨てるという逃げに走った結に対して少なくない怒りを二人は抱いている。だからこそ二人はそれに関しての説教はするつもりだった。

それ以外の行為に関しては、本来なら咎められるべきではあるが、状況が状況だったためにうまく誤魔化せる。

 

「…結。今ワタシたちは冷静さを欠こうとしてる。」

「…欲望のままに力を振るったから?」

「そうじゃない。…結、自分のやったことから目を逸らそうとして安易に死のうと思ったでしょ。」

 

その言葉を否定するつもりのない結。心の何処かで自分のやったことが認めたくなくて、それでそこから目を逸らそうとした。自分でも気づかないような心の底ではそんな気持ちもあったかもしれない。だから、結はその事を否定できるわけが無かった。

現実から目を逸らそうとしたこと。その事を二人は怒っているのだ。

 

「それは確かに楽にはなるさ。でもね、そんな選択をしたところでやったことは変わらないし、なんなら逃げたとしてもっとたくさん叩かれるだろうね。」

「じゃあ、どうすればいいのさ…!」

「生きてくしかない、と思うよ。」

 

生きてくしかない。それは今の結にとっては最も欲しくない言葉で、でもそれだけの事をやってしまったという事の証左でもある。

一人で生きていく。もしそれがキスキル達から自分に下される沙汰だというのなら受け入れて、この場から姿を消すつもりだ。

 

「…結。何も一人で生きようだなんて思わなくてもいいよ。…ワタシ達は何があっても結の傍にいるから。」

「うん。あなたが道を間違えそうになったら私たちが止めてあげる。…仮にも家族なんだから。」

 

それは余りにも短いやり取りだった。それなのにどうしてこんなに心が動いたのだろう。このままキスキル達に溺れたいだなんて思ってしまったのだろう。―――ずっと皆といたいだなんて思えたのだろう。

 

「だからさ、…生きよう。」

「みんなで一緒に未来を掴もう。後悔はそれからでも遅くはないよ。」

 

二人が手を伸ばしてくれる。その手を取ればこれから先、もっとたくさんの地獄を見ることになるだろう。それでも結はその手を取った。涙を流しながらも前に進む選択をしたのだ。

 

「ごれからも…よろしくねぇ…。」

「…ああ…よろしく。」

「もちろんよ。」

 

こうして結はひとしきり泣いて、戦場へと舞い戻る。きっとこれからも辛いことがあるだろう。道を違えることもあるだろう。それでも、過去に囚われ続けるのはもうやめた。あの時の過ちも、あの時抱いた激情も全部併せ抱いて前へ進む。

 

そこにきっと、誇れる自分が居る気がするから。

 




登場人物紹介

・白百合結
憂いも何もかもを持って前に進む。時には暴力に訴えてしまう事もあるだろう。でもきっともう大丈夫。ここまで沈むことは無い。

・キスキル・リィラ
とにもかくにも説教というか説得した。

Tribe…種族、家族、仲間

というわけで次回から血なまぐさい戦場に戻ります。
書いてて辛かった…


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「からっぽ」

結が戦場に舞い戻った時、そこにあったのは凄まじい光景だった。

あたり一面には決闘盤(デュエルディスク)を持った者たちが倒れており、その中心には九条克喜ともう一人が居る。

ここに出張ってくるあたり四道側の人間であろうが、それよりも、何よりも結は克喜の鬼の形相に驚いていた。

 

「でめぇは超えちゃならねぇ一線を越えた!」

「害獣駆除に当たって何が悪い…?」

 

耳に入ってくる会話からこの地獄はあの男一人によって作り上げられたのだと理解した。克喜と対峙している男は足元に倒れている人間を蹴って退かす。

その人間は抵抗もろくにせずに簡単に吹っ飛ばされた。

 

「結…これ、どういう…?」

「分からない、けど…。」

 

結は足元に倒れている男の首筋に指を添えいつか見たテレビの刑事がやっていたかのように脈を図る。

 

「そん、な…。」

 

触っただけで何となく察してしまったが既に死んでいる。これだけの人数を殺してあの男は平然と立っている。

ありえない。

底なしの悪意が自分達を狙っているようで、震えそうになってしまう。怖いし、恐ろしい。それでも前に進むと決めたから。

 

「後で埋めてあげよう…。」

 

今斃れている人間がどんな気持ちでここにに立っていたか、なんてものは分からない。それでも、何も分からずに困惑して死んでいったのだろうかと考えると、どうしてももやるせなくなる。

それはそれとして、結はそんな地獄の中心で見合っている二人に視線を戻した。

 

「…何かが、始まる。」

 

結の言葉は何処か確信があって、それゆえにキスキルもリィラも警戒を密にせざるを得なかった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

その男は「着弾」というべき速度で地上に降りて来た。

克喜をの周りを囲んでいた人間はその「着弾」直後に首がはじけ飛んでしまう。余りに凄惨な光景を見て克喜は一瞬顔を青ざめさせた。

 

「…はずれ、か。」

「何?」

 

男は残念そうに顔を歪めてから、その場を立ち去ろうとする。克喜は、その男の前に立ってその道を塞ぐ。そもそもの話、なんで男がこんな行動に出たのかが全く理解できない。

それでも克喜にはこれだけの人数と、更に巻き添えで何人かを殺したこの男がどうしても悪であるとしか思えなかった。それこそ、今回の敵、四道のような―――。

とここまで思考したところではたと気付く。

この男何処かで見たことが無かったか、と。

 

「お前、あの時の…!」

 

少しばかり髪型は変わっているが顔つきはあの時、霊使を取り返した時の戦いに遅れてきた男と同じ顔つきだ。つまりは、この男―――

 

「四道、空也…!」

 

四道の一員である。それが分かれば容赦はしないと言わんばかりに克喜はデュエルディスクを構えた。

 

「…なあ…。」

「どうした?」

 

その前に克喜は一つだけ抱いていた疑問を空也に投げかける。それはある意味で最も疑問に思っていて、それで恐らくこの相手からじゃ満足しない答えが返ってくるであろう問いだ。

 

「あいつは、霊使はもうお前らより強いだろ…。もしお前らが決闘主義ならあいつを認めてやらねぇ…?」

「…あいつは既にドロップアウトした存在だ。これから先いくら強くなろうとそれはもう変わらない。」

「…何?」

「アイツは既に一度死んだんだ。死人に人権があるのか?」

「…とんでもねぇクズ共の集まりだったか…!」

 

つまりはこういう事だ。いくら強くなったとてその強さをいつでも発揮できないなら死んだも同然。ならそんな奴はいつ死ぬか分からない、と。

 

「それに攻撃力1850の準バニラの雑魚がエースじゃどのみち厳しいだろうよ。どうせ勝てるといっても一過性のものだ。」

「本気で言ってんのか、それ…?」

 

そして何よりもエースカードが気に入らないという。確かにエースカードというのは強力なカードとしての意味合いが強い。

だが、克喜はエースカードとはただただ強いものではなく、そのデッキの中心に据えられているカードだと考える。デッキのコンセプトと合致したカードが本当の意味での「エースカード」なのだ。

 

「…馬鹿だな。使いたいカードを使って勝つっていうのがどれだけ大変かお前らは知らねぇんだ。」

「勝ちたければ強いカードを使えばいいだろう。そもそもあんなガキ、創星神様の生贄以外に使い道があるのか?」

「てめぇ…!」

 

四道空也はただひたすらに霊使のエースカードへ文句を垂れ流す。やれ、あんな雑魚だの、やれ、ガキだのと。それは親友をバカにされているのと同じで。

克喜の怒りは既に限界以上に膨らんでいる。

 

「あと一つ教えておいてやる。努力というのは、選ばれなかった凡才共が自分を立たせるために行う愚かな行為だ。真に実力がある奴は慢心していたとしても努力している凡骨程度なら御せるんだよ。」

「つまり、努力は無意味と言いたいのか?」

「その足りない頭でよく理解したな。」

 

それは喧嘩を売っているのと同義だな―――そう呟いた克喜は思わず空也の顔をぶん殴っていた。まるで意図していない一撃に空也も、克喜でさえも一瞬動きが止まる。

空也は口の端から血を流して、それでも不気味な目線を克喜に向けていた。

それでも、克喜が空也の目を見たとき抱いたのは恐怖ではなく、怒りでもなく―――

 

「なんて、空虚な目なんだ…。」

 

哀れみであった。

まるで自分の意志を持たない空虚な目。かつての四道霊使でさえもう少し自分の意志はあっただろう。その目の中には目的達成の障害を排除するというどす黒い殺意も目の前に立つ克喜自身への敵意も「何もなかった」。

本当の意味で「からっぽ」だったのだ。人として宿すべき「光」が何一つ見えない、妙に生物感のある人形の目―――そんな風にしか空也を見ることが出来なかった。

 

「…俺は道具だ。道具はただただ道具であればいいんだよ。意思なんていらねぇ。霊使や咲姫は意思を持った…道具としての自覚が足りねぇんだ、あいつらは。」

「やれやれだ。こんなターミネーターみたいな奴らに未来を奪われた霊使が不憫でならねぇよ。」

 

それにな、と克喜は一つ息を吐いた。これからの行為は目の前の相手が気に入らないからぶん殴る。ただそれだけだ。決闘(デュエル)だとか関係なしに、こいつの存在やそう言うふうに教育した存在が許せない。なによりも―――

 

「てめぇ…聞いてりゃ俺の仲間や親友をバカにしやがって…!人の事を言うに道具だァ?ふざけんなよ…?」

「…道具は道具だ。俺達はそういうふうに教えられたんでな。その勤めも果たせないんじゃ処分するしかないだろ。不良品にコストをかけられるほどこっちもリソースがあるわけじゃないんでな!」

 

それだけ言うとそれ以上は言うことが無いと言わんばかりに背中を向ける。ただ、その背中に予想外の人物からの一撃は突き刺さった。その声は凛と澄んでいて、克喜は実に危機馴染んだ声が、空也に投げかけられる。

 

「逃げるんだ?」

「何?」

 

四道空也は初めてその動きを止めて振り返った。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

結はその場を去ろうとする男の背中に一言投げかけた。「逃げるんだ?」と。自分も逃げに走りそうになったから自分が言えた事ではないのかもしれない。

それでもここであの男を逃がしてしまえば少なくとも霊使の邪魔になるから。

 

(…ブーメラン。)

(リィラ、シャラップ。)

 

投げかけた、というよりも投げつけた言葉に対してリィラが弄り倒そうとしてくる。だがそれはもう終わったことなのでブーメランが飛んでいくのは過去の自分だ。それよりも、と結は克喜と目線を合わせる。克喜は結の目を見た瞬間結の狙いが何なのか分かってしまった。

 

(…もし考えていることがあってるなら相当えげつないですよ、これ…。)

(いやー、こういうの考えるのって「悪魔」っぽいよなー。)

(普段の善人っぷりが良く分かりますね。)

 

克喜も結の作戦に乗るために怒りの感情をある行為に乗せてぶちまけることにした。それは―――

 

「おやおやぁ?まさか行動が当てられたからって逃げるんですかぁ~?」

「いやー殺人犯だし、実は決闘の腕も大したことは無いんでしょう。」

「あー…なるほど。だから殺人なんて非道な手段しか取れないのかぁ。」

「いやー決闘至上主義がきいてあきれますなー。」

 

煽り、である。本来ならばマナー違反であるこの行為も足止めのための活用なら、と克喜は渋々ながら了承した。いつの間にか実体化していたハイネとヴェールもあ折に参加している。こころなしかヴェールの顔が少し輝いているように見えた。

それを見たうえで結とキスキルは空也の事を煽り倒す。

 

「はいはいはいはい四道君のもっといいとこ見てみたーい!」

「え?何?もしかしてビビってる?三下って見下していた奴に負けるってびびってんすかぁ?」

「言わしておけば…!」

 

怒りで肩がプルプルと震える空也の姿を見て、四道の煽り耐性の低さを実感する結たち。とどめの一撃として、克喜は―――

 

「え?感情が無いんじゃないんすか?怒ってるんですかぁ?―――道具失格っすねぇ!」

 

全力で地雷を踏み抜いた。

プチン、と何かが切れる音がして、周囲の空気が張り詰める。

 

「貴様ら全員、ここでスクラップにしてやる…ッ!まずは九条克喜、貴様からだ…!」

 

若干涙目になった空也が忌々し気に克喜を、そして結を睨む。結は頭を抱えたが克喜は逆に睨み返して、空也に向かって中指を立てた。空也がそうであるように、克喜も額に青筋を浮かべている。克喜は大きく息を吸うと思いっきり叫んだ。

 

「いいぜ、もっと怒れよ…。俺はその数十億倍キレてンだからなぁ!」

「貴様の体を膾切りにして犬の餌にしてやるよッ!」

 

こうして、煽った側としても絶対に負けられない決闘(デュエル)が幕を開けた。

 

 

 

 

(人間ってえげつないわね、ルーナ。)

(サニー、それは言わないお約束ですよ。)

 

嬉々としてこの作戦を立案、実行に移した二人を見て何か恐ろしいものを感じたのは二人だけの秘密だ。




登場人物紹介

・九条克喜
マナー違反だが足止めにはなるのでヨシ!
まぁ親友をバカにされたんだからそりゃブ千切れるしマナーも悪くなるわ。

・白百合結
自分の事を棚に上げて煽るいい性格の人。といっても逃げたのは過去の自分なので今の自分にはブーメランが帰ってこないと思ってる。

・四道空也
煽られた、煽り耐性0だが、そもそもこいつが霊使をばかにしなければ普通に引き留められていた。

マナーとルールを守って楽しくデュエル!

次回もお楽しみに


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「決着ゥゥゥゥ―――ッ!」

煽りに煽って四道空也を激昂させた克喜と結。克喜は消耗しているであろう結を気遣い、かつブチギレ空也が最初に克喜に狙いを定めたので克喜がデュエルすることになった。

 

「さて…俺のターン。俺は"ウィッチクラフト・バイストリート"発動。そして手札から"ウィッチクラフト・ピットレ"を通常召喚。効果発動。このカードをリリースし、手札から"ウィッチクラフト・サボタージュ"を墓地に送り"ウィッチクラフト・シュミッタ"をデッキから特殊召喚。」

 

いつも通りの動きを行う克喜の"ウィッチクラフト"。取り敢えず初手の何かしらの魔法とウィッチクラフトモンスターが存在すればそれなりに回すことができるこのデッキの事を克喜は普通に好きだった。

 

「"ウィッチクラフト・シュミッタ"の特殊召喚成功時、手札から罠発動"無幻泡影"!これで"シュミッタ"の効果は無効だ!」

「はてさて、それはどうかな…?俺は手札から魔法カード"ウィッチクラフト・コンフュージョン"発動!手札の"ウィッチクラフトマスター・ヴェール"と効果を無効にされた"ウィッチクラフト・シュミッタ"で融合召喚!来い、"ウィッチクラフト・バイスマスター"!」

 

そして今の克喜のウィッチクラフトはフィールド上で効果を無効にされたところで、その程度では止まることは無い。何故ならさらなる展開先に"バイスマスター"が居るからだ。

 

「…墓地の"ウィッチクラフト・ピットレ"の効果発動。このカードを除外して一枚ドロー。その後手札から"ウィッチクラフト"カード一枚を捨てる。俺が引いたカードは"ウィッチクラフト・ポトリー"。俺は"ポトリー"を墓地に送る。」

「…煽った割には地味な動きだな…?」

「はん、言ってろ!」

 

堅実に"ウィッチクラフト"の動きを行う克喜に対して煽りを返す空也。勿論克喜は空也を煽っていただけあって煽り耐性は高いのである。高くても全く嬉しくないもの筆頭ではあるのだが。

 

「魔法使い族モンスターの効果が発動したため"ウィッチクラフト・バイスマスター"の効果発動。デッキからレベル6以下のウィッチクラフト―――"ウィッチクラフト・エーデル"を特殊召喚!さらに"ウィッチクラフト・エーデル"の効果発動!このカードをリリースすることで墓地から魔法使い族モンスター一体を特殊召喚できる。…俺は"ウィッチクラフトマスター・ヴェール"を守備表示で特殊召喚!」

「…チィッ!」

 

このデッキのエンジンは大方下級のウィッチクラフト達だ。だが別に上級モンスターが多くても回せないことは無い。だからといって手札全てが上級ならばサレンダーも考えるが。

 

「俺は再び"ウィッチクラフト・バイスマスター"の効果発動!墓地から"ウィッチクラフト・サボタージュ"を回収する。…これでターンエンドだ。」

 

克喜 LP8000 手札二枚

モンスターゾーン ウィッチクラフト・バイスマスター

         ウィッチクラフトマスター・ヴェール

魔法・罠ゾーン  ウィッチクラフト・バイストリート

 

伏せカードが無いことが気になるが、そもそもの話このデッキにはそこまで多くの罠カードを採用してはいない。採用しているのはほんの少しの"ウィッチクラフト"罠カードととっておきの罠が一つ。

ウィッチクラフトは魔法主体のデッキなのでさもありなんである。

 

「俺のターン…ドロー。俺は手札から"ジャンク・コンバーター"の効果発動!このカードと"幻獣機オライオン"を手札から墓地に送りデッキから"ジャンク・シンクロン"を手札に。そして、"幻獣機オライオン"が墓地に送られたため"幻獣機トークン"を生成する。」

「シンクロデッキか…。」

「その通りだ…すり潰してやる!俺は手札の"ジャンク・シンクロン"を通常召喚。"ジャンク・シンクロン"の効果で墓地の"ジャンク・コンバーター"を蘇生!この二体で"源竜星‐ボウテンコウ"をシンクロ召喚!"ジャンク・コンバーター"の効果で墓地から"ジャンク・シンクロン"を蘇生!」

 

どうやら相手のデッキは連続でシンクロ召喚を決めるデッキであるようだ。このデッキであるならば効果を用いた特殊召喚や蘇生を狙ってくるはずだ。展開しきったところを効果で止めてもいいだろう。

とにかくまだ、ヴェールの効果を使うべきではない、と克喜はそう判断した。

 

「"幻獣機トークン"と"源竜星―ボウテンコウ"の二体で"落消しのパズロミノ"をリンク召喚!"ボウテンコウ"はフフィールドから離れたときにデッキから"竜星"モンスター一体を特殊召喚できる効果を持つ…。"水竜星―ビシキ"を特殊召喚!最後だ…!レベル2"水竜星―ビシキ"にレベル3"ジャンク・シンクロン"をチューニング!集いし願いが全てを砕く拳となる…!パズロミノのリンク先にシンクロ召喚!駆け巡れ、レベル5"ジャンク・ウォリアー"!そして"パズロミノ"の効果発動!」

 

ジャンク・ウォリアーは確か、自分フィールドのレベル2以下のモンスターの攻撃力の合計分攻撃力を上昇させる効果を持っていたはずだ。そして落消しのパズロミノはリンク先にモンスターが特殊召喚された場合そのリンク先のモンスターのレベルを1~8の任意の数字にすることができる能力を持つ。

つまりは、攻撃力4600のジャンク・ウォリアーを作り上げようという算段だろうがそうはいかない。

 

「"ウィッチクラフトマスター・ヴェール"の効果!手札の"ウィッチクラフト・コンフュージョン"をコストにこのターン中、相手フィールド上の全てのモンスターの効果を無効にする!さらに、魔法使い族モンスターが効果を発動したため"バイスマスター"の効果発動!"コンフュージョン"を手札に!」

 

よし、と克喜はガッツポーズを作る。厄介な打点上昇効果を無効できた上に流れを完全に手にすることができた。

 

「…"パズロミノ"…そして"ジャンク・ウォリアー"の効果は無効となる、か…!小賢しい真似をッ!だが、俺は速攻魔法"スクラップ・フィスト"発動!」

「魔法カードの効果が発動したため"ウィッチクラフト・バイスマスター"の効果発動!フィールド上のカードを一枚―――"ジャンク・ウォリアー"を破壊!」

「何!?」

 

これで相手の動きは全て妨害しきった。不安が無いといえば嘘になるがそこはごまかし誤魔化しやっていくしかないだろう。

 

「…俺はカードを一枚伏せてターンエンド。」

 

空也 手札二枚 LP8000

EXモンスターゾーン 落消しのパズロミノ

魔法・罠ゾーン   伏せ×1

 

克喜としては非常にいい流れでこの決闘を進められている。逆に言えば空也にとってこの決闘は余り思った通りの進み方をしていないという事になる。現に空也はもどかし気にフィールドを見つめるばかりで何もしない。どうやら思っている以上の盤面を相手に押し付けられたようだ。

 

「俺のターン、ドロー…。墓地の"ウィッチクラフト・シュミッタ"の効果発動。このカードを除外してデッキから"ウィッチクラフト"カード1枚を墓地に送る。俺は"ウィッチクラフト・ドレーピング"を墓地に。更に魔法使い族モンスターが効果を発動したため、"バイスマスター"の効果発動。デッキから"ウィッチクラフト・ジェニー"を場に。更に"ウィッチクラフト・ジェニー"の効果発動!このカードをリリースし、手札から魔法1枚を墓地に送ることでデッキから"ウィッチクラフトゴーレム・アルル"を特殊召喚!―――効果で今の"ウィッチクラフト・ジェニー"の効果で墓地に送った"ウィッチクラフト・サボタージュ"を回収。ついでにヴェールを攻撃表示に!―――バトル!"ウィッチクラフトゴーレム・アルル"で"落消しのパズロミノ"を攻撃!」

 

伏せカードという若干の不安要素を残しつつも突撃を図るアルル。攻撃反応型の罠でなければという希望を抱きながらも、克喜は攻撃宣言を下した。

 

「かかったぁ!罠発動!"聖なるバリア‐ミラーフォース‐"!相手フィールド上の表側攻撃表示のモンスター全てを破壊する!」

「しまっ…!」

 

だが、それは考えうる限り最悪のカードで帰ってくる。ミラフォ―――セットカードの中で最も厄介な効果を持つミラーフォースの発動を許してしまったのだ。

 

「あははは!消えろ!消えてしまえぇええッ!」

 

最早勝ちを確信したと言わんばかりに笑い声をあげる空也。しかしながら空也の目に映ったのは克喜の絶望した顔ではなく―――

 

「まっすぐ行ってぶん殴れ、アルル!」

 

してやったり、という顔で空也の顔を見る自身に満ち溢れた克喜の顔だった。ミラーフォースの影響で上がっていた土煙が晴れたとき、そこには未だに健在しているアルルとバイスマスター、そしてヴェールの姿があった。

 

「は…?」

「『なーんちゃって』ってやつだ。…"ウィッチクラフト・バイストリート"は各ターン一度だけ各ウィッチクラフトモンスターを破壊から守れるカード。従ってバトルは続行!ダメージ計算時に"ウィッチクラフトマスター・ヴェール"の効果を発動するぜ!このカードの効果により、アルルの攻撃力は手札の公開した魔法カードの種類数分上昇する!俺は"サボタージュ"、"コンフュージョン"、そして"ウィッチクラフト・クリエイション"の三枚を公開!―――アルルの攻撃力は3000上昇だ!」

 

アルル ATK2800→5800

 

(マズイ!奴にはまだバイスマスターの効果が一つ残っている…!)

 

アルルがパズロミノをありとあらゆる道具を用いて確実に破壊しにかかる。本来は作業用の道具をあそこまで戦闘で使いこなしている様子を見ると若干首が不安になってしまう。

だが、それでも味方なら頼もしい限りだ。

 

「ぐおおおッ!?」

 

空也 LP8000→3500

 

パズロミノの攻撃力は1300。アルルとの戦闘の余波で4500ものダメージを喰らってしまった空也。既に勝負は決していた。

 

「"ヴェール"と"バイスマスター"で攻撃!これで―――」

 

空也は目の前に迫る2体のモンスターを見てもうどうしようもなく負けたことを悟った。もう、言い訳のしようのないくらいに、いっそ清々しいまでに。

九条克喜という人間に負けたのだ。

思わず、笑いが漏れて、そして空也はゆっくりと目を閉じた。

 

「決着ゥゥゥゥ―――ッ!」

 

空也 LP3500→2500→0

 




登場人物紹介

・九条克喜
やっぱりバイスマスターとヴェールが居れば何とかなると思っている。これまでも何とかなったしこれからも何とかなるだろう。

・四道空也
負けた。いっそ清々しいまでに。

バイスマスター…強くね?
次回もお楽しみに。


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大馬鹿野郎

 

「は、負けた、か。」

「もう一度、たっぷりと言わせてもらう。俺の、勝ちだ。」

 

空也と克己はともすれば手が届きそうなほど近く、それでも絶対に手が届かない場所で座り込んでいた。それはまるで喧嘩して疲れ果てた末に互いに座り込んだ奇妙な距離で。

克己は空也に奇妙な何かを感じていた。友情とはまた違う何かを感じて、どうすれば分からないという風に接する態度を決めかねていた。

 

「さっさと拷問なりなんなりして情報をはかせればいいだろ。」

「んなことするかよ、ばぁか。」

「甘いな。…思えばそれが俺とお前達の違いっだたのかもしれないな。」

 

自分に足りなかったのはその「甘さ」だったのかもしれないと皮肉気に笑う空也。克喜はその言葉には何も返すことなく、ただただ空也を見つめていた。煽った時に見せた激情はかけらもなく、そこにあるのは幾分か冷静になった空也だ。それを見た克喜は空也に背を向けてゆっくりと歩きだす。

 

「…九条、克喜。少し、話を聞いてくれないか…。」

「あ?」

 

克喜は空也から目を逸らした時に声を掛けられて少々びっくりしてしまった。その動揺は語気を強めることでごまかして、それで頭だけで空也の方を見る。

 

「誘いには乗らねぇぞ?」

「ただただお前と話したい、では駄目か?」

「…ったく。わぁーったよ。…ここでの俺の戦いは終わったしな。」

 

そういい克喜は空也の傍に行って座り込む。それを見た空也は倒れたままで奇妙な物を見る顔をした。

 

「驚いた…。断られると思っていたが…。それに、ここでの戦いは終わったとはどういうことだ?」

「『託した』ってやつだ。アイツが負けるなんて微塵も思ってないしな。…結、わりぃが奈楽達の援護へ行ってくれないか?」

「…ん。いいよ。」

 

結は克喜が何をしたいのか分かったのか、克喜の提案を二つ返事で飲んでくれた。その事に感謝をしながら空也を見続ける。

 

「で、話って?」

「…俺はさっき言ったな。霊使の強さを認めないとか…。」

「…ああ、言ってたな。」

 

それで克喜は激昂したのだ。自分を怒らせたセリフぐらい覚えているに決まっている。そんな感情を読み取ったのか空也はまあ怒ってるだろうな、と一言付け加えた。

 

「なあ…九条克喜、お前はなんで霊使に託したんだ…?」

 

四道空也にとって四道霊使という人間は眼中にない存在であった。それよりももっと見るべきものが多かったし、何より父に道具と教えられてきて、その役目を果たせないものなどいらないと思っていたからだ。

そして空也にとって霊使は弱虫で泣き言中利を漏らす軟弱な人に見えた。

今、思い返してみればそれは、霊使の中にある何かを認めたくなかっただけなのかもしれない。

そして、きっとそこに自分を打ち負かすだけの力を持った九条克喜が託すに至った理由があると考えていた。

 

「アイツはただ強いだけじゃないからだ。酸いも甘いも味わって、苦しいことも悲しいことも乗り越えて、たくさんのものを抱えて、それでも折れずにめげすに走り続けた。…確かにあいつは弱音を吐いていたんだろう。…でもさ、俺は辛い、苦しいってことを周りに伝えるってことも勇気がいると思うぜ。」

 

苦しみを伝えるにも勇気が必要―――そんな事も知らなかったのか、と克喜は呆れたように言い放つ。でも確かに知らなかった。そんなものはただの言い訳にもならなかったから。

 

「…俺達に足りなかったのは勇気、とかそんなちゃちなものなのかもな。」

「ま、お前らは助けを求める手を思いきり斬り飛ばした。…その時点でこうなることは決まってんだよ。だって、あいつは、心を、感情を、お前らにはない強さがあるんだから。」

「…俺達にはない、強さか…。」

 

今の空也になら霊使の強さがほんの少しだけ分かる。それはきっと「本能的な強さ」ではなく、「心の強さ」なのだと。霊使はすでに遥か上の高みへと至っていた。思いは不要だと断じた自分達を、思いでつながった仲間たちと共にまさに打ち倒さんとしているのだから。

 

「…こうなるのも、必然だったってわけだな。―――九条克喜。霊使に伝えておいてくれ。…俺みたいになるな、とな。」

「…分かってるだろ、あいつは。」

「…かもな。」

 

空也は未だに寝たままだ。こちらを害するつもりはないのだろうが、それでも警戒に越したことは無い。それでも今なら大丈夫―――そう考えたところで、空也が血を吐いた。

 

「…割と、早かったな。」

「おまえ、まさか…。」

「喀血するとは聞いてないが…まぁ楽な気分ではある。…毒だよ。自殺用の、な。」

 

空也はあっけからんといった感じで自分に毒を投与したことを言い放った。勿論そのまま死なせるほど克喜は歪んではいない。克喜は空也に慌てて近寄ると、肩に腕を通して起き上がらせ、空也を背負う。そして、治療ができるるであろう病院目掛けて歩を進めた。

 

「…無駄だ。これはフグ毒をベースに作られたものでな。フグ毒よりも毒性は低くなったが血中に毒物は残らない代物だ。…本来なら割と苦しい筈なんだがな…。」

 

苦笑しながら毒の詳細を語る空也。一方の克喜はそんな終わらせ方をさせやしないと言わんばかりに何とかして空也を救おうとする。

 

「無駄だと分かってても…助けようとする。…それは、何故だ…?」

「テメェがやったことを償わせるためだよ、四道空也。今こうやって俺とお前は話しているけど、別に俺はお前を許したわけじゃないしこれから許すつもりも毛頭ない。」

 

それならなおさら、そう言いかけたところで、克喜が次の言葉を発した。

 

「…だから生かさねぇといけないんだよ。償わせるためにも、本当のお前を探させるためにも。」

「だから、死ぬな、とでも…?」

「これこそ綺麗事だろうけどな。」

 

それはもはや狂気にも似た執念であるように感じた。誰も死なせない、死なせたくないという思いが少し強く見えてしまう。だが、克喜がそのような思いを抱くのも当然なのだろう。

彼はもう誰かが死ぬところを、見知った誰かが死んだという事を受け入れたくなかったのだから。

 

「…そんなに、風見颯人のことを、思い返している、のか…。」

「…ああ。」

 

少しずつ意識が遠のいていく空也。この時、初めて自分が招いた惨状をまじまじと見た気がする。周囲には少しも動かなくなった骸の山があった。その骸の中の一体と光の無い目線同士をぶつけ合う。

その目からはただ「生きたい」という強い思いの残滓が感じられた。

それ以外にも似たような思いの残滓が宿った目を何回も見た。

 

「は、ははは…生きて償うには…重すぎ、る…。」

 

生きて償うには重すぎる。空也はそれだけの罪を背負ってしまったのだから。確かにその罪は一生をかけても贖えないものだ。それは克喜だってそう思っている。だが、だからこそ、四道空也は生きなければならないとも。

 

「そうかい、じゃあ背負って生きろ。」

「…矛盾、してるな…」

「…今はお前がやらかした罪をその目でしっかりと見ろ。」

 

克喜は突き放すように言った。空也が殺した命と、空也の命。命の価値に貴賤はないだろう。それでも克喜にとっての価値は空也という人間に殺された人たちの方がよっぽど高かった。それでもそれは目の前で消えそうな命を助けない理由にはなりえない。

 

「…案外、と。心地いいな、こうして、誰かと話すのは…。…九条克喜……霊使にもう一言言伝を、それに、ウィンに、も、一言…。すまん、と伝えておいて、くれ…。」

「…お前が伝えるんだ…。」

「まさか。そんな、資格、俺には…ない、だろう…。…人生の、最後は、実に、あっけないものだったが…。」

(ようやく自分と向き合えた気がする。…俺がこれまで傷つけ、奪い、殺した、全てに…いの、ろう。)

 

そして空也は目を閉じた。

克喜はほんの少しだけ背中にのしかかる空也の体が軽くなったかのように感じて。

振り返ってみればそこにはもう物言わぬ死体が一つあるだけだった。

 

「…あの糞爺に殉じやがって、…大馬鹿野郎」

 

結局四道空也は己の罪を雪ぐことなく、家族と敵対する自分に情報を渡すことなく死んでいった。

世界に名を遺すことになる殺人犯の最期の顔は後悔と喜びを混ぜ合わせたような死に顔だったという。

 

(もし、もっと俺がお前を変えられていたら、あるいは…)

 

風に揺られて、木の葉が一枚舞った。

 




登場人物紹介

・四道空也
死ぬ直前になって本当の強さを知った。彼はきっとあの世で裁きを受けるだろう。それでも彼はその裁きを受け入れるはずだ。思いの強さを知って、自分のしでかした事の重大さに気づけたのだから。だからもう大丈夫。
毒を仕込んで自殺したのは情報を渡さないため。彼は最期まで家族に尽くすことを選んだ。
提案自体は安雁のものなので実質彼が安雁を殺した。
もう少しだけ早く自分の中にある何かを信じていれば霊使度に寝返っていただろう存在。
彼は確かにクズだが、救われる芽もあった。

・九条克喜
空也を変えることができた人間。ただし死ぬことは許可していないので毒を仕込んだ安雁ぜってぇ許さねぇ状態になりました。

次回もお楽しみに


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逆鱗

 

零夜はこの状況を奪回できる方法を思いつかずにいた。

そして初めて恐怖を感じていた。

 

 

「"崇高なる宣告者(アルティメット・デクレアラー)"の効果発動。手札の"サイバーエンジェル・弁天"をリリースしてその効果を無効にして破壊。」

「なんだよ、なんなんだよそれ…。」

 

流星のフィールドに鎮座しているのは三体のモンスター。"竜儀巧―メテオニス=DRA"、"虚竜魔王アモルファクターP"、そして"崇高なる宣告者"。おまけと言わんばかりに"端末世界"を発動している流星。

これで妨害がいくらでも行え、零夜のターンのメイン1もメイン2も行えず、そんな状況で攻撃力4000のメテオニスを突破しなければならないというどう足掻いても取り返す事の出来ないようなアドバンテージの差を付けられてしまった。

心が折れる、なんてものではない。

心をありとあらゆる方法で苛め抜かれたという方が明らかに近い。

 

「…えげつなっ。」

 

同じ志の下で戦う味方で本当に良かったと思う。そうでなければ自分がこの絶望盤面に立ち向かわなければならなかったのだ。奈楽もフレシアも心の底から良かったと思う。そう思わなければやっていられない。

しかもこの盤面の何がひどいかというとこの状況に追い込むまでただひたすらに崇高なる宣告者一体で耐久し続けていたという事実だろう。

崇高なる宣告者だけならば壊獣などを用いれば簡単に処理出来るだろう。

だがすでに、毎ターン襲い来る実質、かつ強制的なターンスキップによって壊獣を用いて"崇高なる宣告者"をリリースすることもできない。

このロックの要であるアモルファクターPの効果を無効にしようにも、"端末世界(ターミナルワールド)"の破壊を試みようにも今度は"崇高なる宣告者"がそれを阻む。

魔法も、モンスターも、罠も何もかもが効果を発動できないし、そもそももう自分が何かを召喚することもない。

このままこの三体の化物に嬲り殺されるだけだ。

 

四道零夜は今すぐにこの決闘から逃げ出したくなった。どうしてこうなってしまったのだろうか。何でここまで差があるのだろうか。何か触れてはならないものに触れてしまったかのような感覚。

もう言葉では言い表せないような恐怖がじっとりと零夜に襲い来る。

彼は哀れにも竜の逆鱗に触れてしまったのだ。

何故、彼が知らず知らずのうちに逆鱗に触れてしまったのか、それは二人の邂逅時にまでさかのぼる。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

流星と奈楽は暴徒を抑えるために東奔西走していた。

克喜が二人に命じたのは遊撃部隊だ。霊使が創星神を従える安雁を斃してこの地獄を終わらせるきっかけを作る。そのための時間稼ぎとして、辺り構わず鎮圧しまくれという指示を出したためである。

その指示を忠実に遂行するため流星は一度自宅に戻り、カードケースの中から交換用のカードセットを取り出す。その際、親に「頑張って」と送り出されたことから絶対に負けないことを誓った流星。

そして家を飛び出て、数分、早くも最初の暴徒と遭遇した。

だがそこは奈楽がフレシアを天霆號アーゼウス(リーサルウェポン)に乗せたうえで蹂躙。さしもの暴徒も自分の奴隷にしようとした少女の正体がモンスターで、尚且ついきなり現れた巨大ロボットに搭乗した挙句、そのロボットが雷を振りまいてモンスターを殲滅するという状況に頭がついて行くはずもない。

 

「…フレシアに喧嘩売らなくてよかったね。…そうしてたら今頃君の体はドロドロに溶けていたかも、だからね。」

 

さらに決闘の終わりに奈楽がそう言えば大体の暴徒は震えあがって逃げていく。

そもそもの話、フレシアを無理矢理襲おうとした時点で普通に蟲惑魔達の捕食対象になっている。例え奈楽を打ち倒していたとしてもフレシアのご飯になることは変わらなかったであろう。

まぁ、もっとも。

奈楽が負けたところでフレシアがそう簡単に誰かになびくとは思えないのだが。

とにもかくにもこんな感じで二人は、小規模な暴徒を結構な数を鎮圧していたのである。

そしてっもう既に二桁近い暴徒の群れを鎮圧したところで、とうとうそれを快く思わないものが現れた。

この上場を作り出した元凶の一派の一人である四道零夜だ。そんな人物が絶賛お怒り中の二人の前に出てきたらどうなるか。

それは勿論激昂の対象になる。というか、そもそもの話で二人の怒りを受けることは必至だ。

 

「…こりゃちょうどいい獲物が居るじゃねぇか。」

「獲物扱い…ですか。狩られるのはそっちだというのに。」

「さてな。この数の暴力をひっくり返すとでもいうのか?言えねぇよなぁ!」

 

零夜が引き連れている人間はざっと7,80人。対してこちらは奈楽と流星の二人しかいない。それでもやるしかないのだ。それが自分の使命だと本能で理解しているから。

 

「ひっくり返すに決まってるんだよなぁ…。」

「そうだね。…それくらいやらないと世界は救えない。

 

自分達の決意を言葉にすることで確かなものにするという狙いがあったそれはいとも容易く口にできた。

それほど自分達の決意が固いという事なのだろうか。

 

「救う?この世界を?こんあ存在する価値がかけらほどもないクソみたいな世界を?」

 

だが目の前の零夜という男は自分達の決意を下らないと切って捨てる。だが、悪人とは往々にしてそういうものなのかもしれない。自分達の障害となりえるのが「敵」なのだから、基本的に考えや決意が合うわけがないのだ。もしこれが物語の主人公であるならば言葉で敵を引き込むことだって可能なのかもしれない。

だが、ここは物語の中ではない現実で、この世界の主人公と呼べる存在もいない。

そもそもの話、ここまでの被害を出した相手ならば、たとえ物語の主人公であっても手を差し伸べたりはしないだろうが。

だからこそ、二人は毅然とした態度で零夜の言葉に対応できた。

 

「確かに…この世界は歪んでるさ。」

「…そう思うだろ?なら、お前も―――」

 

確かにこの世界の歪みの事を二人は嫌というほど知っている。目の前でその歪みに呑まれた悲しい男の末路をみたのだから。だが、その男は歪みの事を少しだけ勘違いしていた。この世界の真の歪みは―――今の二人になら自信をもっていう事が出来る。

 

「でもその歪みっていうのは―――君たちみたいな決闘(デュエル)を利用してのさばる糞野郎だ。」

「…俺達を結び付けてくれた決闘(デュエル)で人を傷つけ、搾取する。俺達の好きなものを汚して、貶めた君たちみたいなのがこの世界の歪みなんだよ。」

 

確かにこの世界の歪みの原因はデュエルモンスターズにあるのだろう。だが、それを歪みの原因としている元凶はまた別に居るのだ。そう言った面ではデュエルモンスターズも被害者なのだ。それを利用し、誰かかを傷つけ弱者から搾取するというこの構造を作った存在こそがこの世界の歪みの元凶。―――それが四道という存在なのだと。頭ではなく、感覚でそう理解できた。

 

「なんでだ?―――お前たちは強者だろ?なら甘い蜜をすする権利がある!―――資格がある!弱者は何をされても文句も言わずに死んでいくだけだぁ!だが強者は違う!強者は従えられるだけの力がある!ならばその力を弱者に振るっても文句は言えねぇんだよ!だから―――」

「馬鹿だね。強者は支配するもんじゃないよ。…それが分かっていない君に俺らは負けない。」

 

生きるのは強者の特権であるという零夜の言葉を流星は切って捨てた。零夜が言う通りに弱肉強食は世の常だ。だからといって自然の尺度をそのまま人間に当てはめていいわけが無い。

それは人の進化を否定するものであり、先人の努力を無駄にするものだから。

 

「…君のお望み通り決闘(デュエル)で決着を付けよう。ただし先攻は貰うよ。」

「結局デュエルに訴えるんじゃないか…?」

「そりゃ、君の心をへし折るのにちょうどいいし、何よりも、俺が大好きな決闘(デュエル)を汚してくれたんだ。リアリストな霊使君なら君の事をぶん殴ってるんだろうけど…生憎と僕はロマンチストでね。大切なものを汚された怒りってやつをカードで教えてあげるさ。」

 

流星はそれだけ言うと自身のデッキに手を掛けた。いつも通りに回し、いつも通りに手札を整えていく流星。

そして―――

 

「よし、儀式召喚―――究極にして崇高なる宣告者の王よ、今こそ降臨し、まなるものを打ち祓え。"崇高なる宣告者"―――召喚!」

 

"崇高なる宣告者"を特殊召喚した。

その後の決闘(デュエル)の結果はもう言うまでもないだろう。竜の逆鱗に触れた者が無事であるはずが無いのだから。

こうして、あっさりと、四道の一派である零夜は鎮圧されてしまったのである




登場人物紹介

・龍牙流星
静かにキレる。珍しくドラゴンの要素がかけらもないモンスターを使用。好きなものを汚されたらそりゃ使うし最凶のロック掛けるわ。

・星神奈楽
キレるそれはもうキレる。具体的にはフレシアを無理矢理アーゼウスに乗せるぐらいにはキレている

・四道零夜
ナレ死。もうこいつは不憫枠なのかもしれないが霊使の殺害未遂というトンデモをやってるので嬲り殺されたと思われる。残当

デュエル描写はバッサリカットしました。
まぁ、白い汚物が居るならする必要ある?っていう…
次回もお楽しみに


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覇王顕現

四遊霊使、二重原水樹、四道咲姫の三人は地下道を突っ走っていた。

その原因は無論、二人の死体の回収と創星神の破壊、もしくは制圧である。

相手がこんな大胆に動けるのには何か理由があるから―――そう考えた克喜はこの地点の制圧に最も多くの人員を割いた。

といっても割けるのは多くて三人だったようでそこにぶち込んでくれたのは僥倖というかなんというか、運が良かった。

 

「これでようやく、あの人たちをぶん殴れる…!」

「…あの日の事、ですか。」

「…。あの日に命を奪われた名前も知らないあの人を殺して、ようやく完全に別離できたよ。忌々しい家から…なんてことの無い家族ごっこから。」

 

ワルキューレを使っていたあの人は結局どうなったんだろうか。生きているのか、死んでいるのか。それさえも分からないけれどそれでも少なくとも彼女は四道に殺された。

自分がこんな場所の一員だと考えると今更ながらに反吐が出る。

それでも、一生背負っていくと決めた名前でもあるから、苗字の事はこの際置いておく。

 

「…咲姫ちゃん、大丈夫かい?」

「兄さんが運動能力人外だったの忘れてた…。」

 

それはそれとして結は今、クーリアに背負われていた。理由は単純で、体力切れだ。まさか一時間ノンストップでかつ、最高速で走り続けるとは思いもしなかった。

インドア派の咲姫にとってそんな運動量をこなすこと、というのは何よりも難しいことで、気づけば息も絶え絶えになってしまっていたのだ。その後はクーリアにお姫様抱っこしてもらう事で何とか進んでいるが何となく気恥ずかしくなってしまう。

 

(…これ、終わったらちゃんとクーリアに気持ち伝えたほうが良いのかなぁ…。)

 

咲姫は霊使と違って自分の感情をきちんと自覚できる方だ。

とにもかくにもこの気持ちは一旦余所に置いておいて、今は目の前の戦いに集中することにした。

そうでなければまともな顔をしていないだろうから。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

霊使にとって、この戦いは世界を救う戦いであると同時に乗り越えるための戦いでもある。霊使は一度不完全ながらも創星神の力の一端を用いた安雁に完膚なきまでに叩きのめされた。

それが今の霊使に恐怖となって襲い掛かってくるのだ。

 

(…対策は、できてるけどな…。)

 

そんな事を言ってもびびってなんかいられないし、尻込みしたところで待っているのは破滅だ。

なら怖くても前に進むしかない。怖がっていられない。

きっとそう遠くないうちに自分は死ぬのだろうが、それでも残せるものはある。それこそ平和な世界とか、普通のデュエルだとか。

それを残すために霊使は必死になって駆けている。

目を閉じればこの場に倒れそうだし、軽く小突かれただけでも死んでしまいそうだ。

それでも駆ける理由があるから、前に行かなければならない理由があるから少年は走り続ける。それが自分の役目で、ここで足を止めることはその役目を違える事と同じだから。

ふと、色を失った霊使の視界に一人の人間が立ちはだかっている光景が入って来た。

 

「兄さん、行って!」

 

きっと近くにいるであろう咲姫が自分にギリギリ聞こえるレベルの声を張り上げる。

その声を信じて霊使は目の前にいる人間の脇をすり抜けてさらに前へと走る。

自分が自分でなくなる前に。

自分が自分でいられるうちに。

この戦いに終止符を打つために、少年は自身の限界を大きく超えて走り続ける。

 

「勝って、兄さん!―――ウィンちゃん!兄さんを頼んだよ!」

「任せろ、咲姫!」

「…分かってる!」

 

この声が先に届いたかは分からない。隣にいる相棒(ウィン)達がどんなやり取りをしたかさえ分からない。

それでも、やり遂げるべきことをやり遂げるだけの元気は貰えた。

ほんの少しだけ色が戻った世界の中で、霊使は大きく息を吸って走り続ける。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

四道咲姫は四道真子と対峙していた。なんてことはない、咲姫にとっても真子にとって相手は障害なのだから、それを取り除こうとしているだけだ。

咲姫は今までの兄への仕打ちと自分の記憶を弄られたという屈辱、そして無関係の人間にの命を易々と奪ってしまえるその精神に怒りを抱いて。

真子は家族を裏切り、存在する価値のない弱者側に付いた咲姫に侮蔑と嘲笑を抱いて。

目的が反する二人だからこそ何も言わずに相対していた。

 

「…そこをどいてくれない?」

「…答えは勿論…分かっているでしょ?」

「…だよね。」

 

もう互いに引くことができないから。

もう、袂を分かったから。

会話なんてものは既に不要だ。例えそれが家族で会った間柄だとしても。

もう二人の間には争って勝者を決めるしか道は無いのだから。

人の世を壊すことを選んだ姉と、人の世を守ることを選んだ妹。もう既に戻れない間柄の二人の決闘の幕は、今上がる。

 

「私のターン…私は魔法カード"竜の霊廟"発動。効果で"オッドアイズ・アークペンデュラム・ドラゴン"を墓地に。この効果で通常モンスターを墓地に送ったためドラゴン族である"覇王眷竜ダークヴルム"を墓地に。」

「…天使族じゃないの?」

「容赦しないよ。…クーリアと、ミューゼシアと、みんなと作り上げたこのデッキで、勝つから。…"覇王眷竜ダークヴルム"の効果発動。このカードが墓地に存在して自分フィールド上にモンスターが居ない場合このカードを特殊召喚できる。」

 

咲姫のデッキは天使族を主体にして、そこにほんの少しだけ覇王系統のカードが入っていたはずだ。少なくとも"竜の霊廟"というカードは真子の記憶の中には存在していない。

 

「…さらに"ダークヴルム"の召喚時効果発動。デッキから"覇王門零"を手札に。さらに"レドレミコード・クーリア"と"覇王門零"をペンデュラムスケールにセッティング!そして"ドドレミコード・キューティア"を召喚!」

 

真子の困惑を置いて咲姫はどんどんデッキを回していく。真子は相対している相手が四道咲姫の皮を被った何かのような気がして、すでに平静さを失っていた。

 

「"キューティア"の効果で"シドレミコード・ビューティア"を手札に。さらに"キューティア"と"ダークヴルム"で"ヘビーメタモルフォーゼ・エレクトラム"をリンク召喚。"エレクトラム"の効果でデッキから"アストログラフ・マジシャン"をEXデッキに表向きで加える。」

 

どんどん覇王よりの動きになっていく咲姫のデッキ。もしかしたら、この後に出てくるモンスターは―――と嫌な予感がした。真子はその嫌な予感を振り払うように咲姫の動きを見ている。

 

「"エレクトラム"の効果発動。私のPゾーンの"クーリア"を破壊してEXデッキから"アストログラフ・マジシャン"を手札に。さらに"エレクトラム"の効果発動。そしてその効果にチェーンして"アストログラフ・マジシャン"の効果発動。自分フィールドのカードが、戦闘もしくは効果で破壊されたときこのカードを特殊召喚する。その後デッキからこのターン破壊されたモンスターと同名モンスターを一枚―――"ドドレミコード・クーリア"を手札に加える。…"エレクトラム"の効果でデッキから一枚ドロー。」

 

真子は未だかつてない展開に頭がどうにかなりそうであった。ここまで展開しておいてまだ咲姫はペンデュラム召喚を行っていないのだから。この状態でペンデュラム召喚を行われたらと思うと背筋がゾッとする。

 

「手札から"ドレミコード・ハルモニア"を発動。効果で"ドドレミコード・クーリア"のPスケールを9にする。描け旋律のアーク。揺れろ、音階のペンデュラム。…P(ペンデュラム)召喚!EXデッキより"覇王眷竜ダークヴルム"と"ドドレミコード・クーリア"、手札から"シドレミコード・ビューティア"を場に!カードを一枚伏せてターンエンド。」

 

咲姫 LP8000 手札一枚

EXモンスターゾーン(右) ヘビーメタモルフォーゼ・エレクトラム (リンクマーカー:右下、左下)

モンスターゾーン     ドドレミコード・クーリア(エレクトラムのリンク先:右下)

             シドレミコード・ビューティア

             覇王眷竜ダークヴルム(エレクトラムのリンク先:左下)

             アストログラフ・マジシャン

フィールド魔法      ドレミコード・ハルモニア

魔法・罠ゾーン      伏せ×1

Pゾーン         右:ドドレミコード・クーリア(Pスケール:1)

             左:覇王門零        (Pスケール:0)

 

これで咲姫の場には上級モンスター三体という状態になった。しかも伏せカードに関しては真子からは知りようがないものだ。覇王要素を多分に増やした結果がこのデッキなので一言で言えば、咲姫の本気とと怒り如実に表したデッキだともいえる。ちなみに一度だけ学校でこのデッキを使った事があるがその日以降咲姫は純ドレミコードしか使えなくなったといえばこのデッキの評価は察せるだろう。

真子は自分は何に触れてしまったのか、という恐怖を抱きながらもデッキの一番上のカードに手を掛けた。

 

「私のターン…ドロー。…霊使といい、なんで、こう、離れると強くなるの…!?私は"呪眼の死徒サリエル"を召喚!フィールド魔法"呪眼領閾‐パレイドリア‐"を手札に加えるわ。さらに手札から"セレンの呪眼"を"呪眼の死徒サリエル"に装備して、"パレイドリア"発動!発動時効果で"呪眼の眷族バジリコック"を手札に。"セレンの呪眼"の効果発動。500LPをサリエルの力に――自分フィールドに"呪眼"モンスターが居る時に"バジリコック"は特殊召喚できる。"呪眼の死徒サリエル"の効果発動!相手フィールド上のモンスター一体を破壊する!」

「…罠発動"無限泡影"。その効果を無効にするよ。」

 

真子 LP8000→7500

サリエル ATK1600→2100

 

真子は咲姫の手札にまともなカードが無いことを確認して安心したのか、本腰を入れてそのデッキを回し始めた。

咲姫のとっておきを出すには必要最低限に被害はとどめなければならない事を知っているため、咲姫は最期の手札の使い時を待つことしかできない。でもそれでいいと思っている。

 

「私は魔法カード"喚起の呪眼"を発動。デッキから"呪眼の眷族バジリウス"を特殊召喚!"セレンの呪眼"の効果で私のLP500をサリエルの力に!」

 

真子 LP7500→7000

サリエル ATK2100→2600

 

咲姫はまだ相手(真子)の動きを見つめている。これが相手の悪い癖だと見抜いたから。相手の動きが無ければ自分が有利だと思い込むその精神が、自分が何よりも上だと慢心するその性根が、何よりも自分を追い詰めていると気が付いていないから。

 

「そしてフィールド上の三体で"呪眼の王 ザラキエル"をリンク召喚!攻撃力2600以上のモンスターを素材にした"ザラキエル"は二回攻撃ができるッ!」

「エフェクト・ヴェーラー!このターン中ザラキエルの効果を無効に!」

 

使い時はここしかないと感じた手札の最後のカードを切る。

こうすることでなんとかモンスターの破壊はエレクトラムのみに抑えることができた。

戦闘ダメージこそ受けてしまうがそれは必要経費というものだろう。

 

「っつぅ…。」

「1000ライフ払い墓地の"喚忌の呪眼"を除外して"セレンの呪眼"をセットし発動。装備先は"ザラキエル"よ。カードを一枚伏せてターンエンド。」

 

そうして真子はターンエンドを選択。

 

真子 LP 6000 手札二枚

EXモンスターゾーン(右) 呪眼の王 ザラキエル

フィールド魔法      呪眼領閾‐パレイドリア‐

魔法・罠ゾーン      セレンの呪眼(装備:ザラキエル)

             伏せ×1

 

破壊こそエレクトラム一枚に留めたが毎ターン除去が飛んでくるのは厄介が過ぎるというものだ。故に、咲姫はこのターンに勝負を仕掛けることにした。

 

「私のターン…ドロー!私は"ハルモニア"の効果発動。"クーリア"のPスケールを9に。そしてP召喚。EXデッキから"ドドレミコード・キューティア"を場に。そして"ダークヴルム"と"キューティア"をリリースしてアドバンス召喚!来て、"轟雷帝ザボルグ"!"ザボルグ"の効果発動!このカードがアドバンス召喚に成功した時、フィールド上のモンスター一体を破壊する!」

「無駄よ!"セレンの呪眼"の効果で"ザラキエル"は破壊されないもの!」

 

真子の言う通りザラキエルはセレンの呪眼のお陰で効果破壊されないとかいうふざけた効果を得ている。だが、咲姫にとっては、別に"ザラキエル"の除去を狙わなくても勝てる見込みがあるのだ。

 

「一体いつから"ザラキエル"狙いだと考えていた?…私が破壊するのは"轟雷帝ザボルグ"!」

「はぁ!?」

 

真子は先の宣言に耳を疑った。わざわざ二枚のコストを払って出した"ザボルグ"をたった今自分の手で破壊したのだ。まるで勝ちを放棄したかのような行動に、真子も思わず笑いがこぼれてしまう。

 

「アドバンス召喚をしたモンスターを自分で破壊するとか…馬鹿じゃないの?おかしくってお腹痛くなりそうだわ…ッ!」

「…この効果で光属性モンスターを破壊した時そのモンスターのレベルかランク分互いのEXデッキからカードを墓地に送るといっても?」

「…は?」

「ザボルグのレベルは8!従って互いに8枚のカードをEXデッキから墓地へ!」

 

しかし真子の笑いは一瞬で止まることになる。何故なら真子のEXデッキにはほとんど呪眼系のカードしか積んでいないからだ。今、ザラキエルが場に出ているため残り5枚―――その全てが雷に打たれて墓地へと送られた。

だが、それでもだ。

それでも"ザラキエル"の効果を発動させない事には安心して責める事は出来まい。

そう高を括っていた真子は取り敢えずの処理に移ることにした。

 

「…ハルモニアの効果発動。EXデッキから"キューティア"を手札に」

「"ザラキエル"の効果発動!"クーリア"を破壊!」

「…ごめんね"クーリア"…。」

 

咲姫は自身のEXデッキからドレミコードの"キューティア"を回収。

しかしその効果にチェーンして発動されたザラキエルの効果でクーリアは呪われ、倒れ伏してしまう。

さらにセレンの呪眼が赤く光り、真子の体から生命力を吸い上げザラキエルの力を増させる。

相手からしてみれば絶望させるためのその一手だっただろうが、それが逆に咲姫にあるカードを使うことを決心させた。

 

真子 LP6000→5500

ザラキエル ATK2600→3100

 

「これで役に立たない天使も滅びたわねぇ!今の貴女のフィールドには攻撃力が足りない魔法使いただ一体!サレンダーするなら今のうちよ。そうしたら新しい世界に連れて行ってあげる…私の奴隷としてねぇ!」

「…そう。」

「…あなたの大事なエースが破壊されたのよ?…もう少し泣き喚きなさいよ。」

「…悪いけどあなたの期待には応えられそうにない。」

 

咲姫はザラキエルの効果の前に倒れたクーリアを嘲る真子に純粋な殺意を覚えた。自分の大切な人が馬鹿にされれば怒りを覚えるのは必然の事だ。さらに相手はこの世に地獄を生み出した張本人。今まで抱いていた怒りと相棒をバカにされた怒り。その二つは統合され、目の前の相手に対する殺意へと昇華されてしまったのだ。

ならばもう、その感情を止められる存在は誰も居ないのが道理だ。

 

「これから泣き叫ぶのは貴女だから。…墓地の"オッドアイズ・アークペンデュラム・ドラゴン"、"クリアウィング・シンクロ・ドラゴン"、"ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン"、"スターヴ・ヴェノム・フュージョン・ドラゴン"とこのカード(アストログラフ・マジシャン)を除外して"アストログラフ・マジシャン"の効果発動。"覇王龍ズァーク"を融合召喚扱いとしてEXデッキから特殊召喚する。」

「…は?」

「四の天を巡る者に分かたれたその体は一つに戻る。彼の龍の戒めは解き放たれ世界に再び覇を唱える…統合融合召喚―――!殲滅せよ、"覇王龍ズァーク"!」

 

現れるのは咲姫が扱うドレミコードの見た目からはかけ離れた黒く禍禍しい龍。低い唸り声をあげて今目の前に立つ愚か者を粉砕せんとするそれはザラキエルをもってしてでも止められないだろう。

真子にはわかる。あれは、自分に向ける咲姫のどす黒い感情が固まってできたものだと。

自分は一体何を起こしてしまったのか。真子は奇しくも零夜と同じ疑問を抱くことになった。

そして同様に、真子がその答えを知る時はこない。何故なら―――

 

「"覇王龍ズァーク"で攻撃。」

 

覇王たる龍の一撃をその身に受けて。

そんな事を考える暇もなく、真子の心は恐怖に埋め尽くされたのだから。




登場人物紹介

・四道咲姫
【覇王ドレミコード】の究極系を使用。
ちなみにクーリアの事をバカにされるともれなくズァークが飛んできます。自分の大切な相棒をバカにされたら誰だってキレるだろう。
彼女を止められるのはクーリアしかいない。

・四道真子
死で贖うしかない可哀想なお方。クーリアの事をバカにしたので残念ながら死ぬのは当然である。

えー、覇王ドレミコードからズァークが飛び出るというとんでもない状況が出来上がりました。どうすりゃいいんだこれ…。

次回もお楽しみに。


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天使の休息

 

咲姫は"覇王龍ズァーク"の効果を使う事はしなかった。そもそもの話相手フィールド上に残っているモンスターは"セレンの呪眼"の効果で効果破壊されない"ザラキエル"のみ。その状況でズァークの召喚時効果を使ったところで何一つ得られるものはない。いっそのこと何一つ使わないという選択をした方が楽なのだ。

 

「…バトル"覇王龍ズァーク"で"呪眼の王 ザラキエル"を攻撃。消えろ…"殲滅の裁き(エクスティンクション・ジャッジメント)"。」

 

故に4000の攻撃力でひねりつぶす。それは簡単で単純で、そして最も対策の難しい戦法であった。何故なら攻撃力が高いモンスターが戦闘に勝つという絶対のルールがデュエルモンスターズにはあるからだ。

どれだけ策を弄しようと結局の所モンスターの攻撃力が低ければ意味が無い。そう言う言意味ではいえば霊使が操る【ドラグマ霊使い】の攻撃力の上り幅は異常ともいえるが。

とにかく、咲姫は純粋な殺意を乗せてザラキエルを粉砕した。

ザラキエルの受けきれなかった衝撃が真子に襲い掛かる。

 

「ッ…!」

 

真子 LP5500→4600

 

だが転んでもただで起きるわけでは無い。真子は"パレイドリア"の効果を起動して、咲姫にも同じだけ戦闘ダメージを与えた。今更焼け石に水だろうが、それでも真子は何とかして勝ち筋を探る。

 

咲姫 LP8000→7100

 

今の咲姫のフィールドにはモンスターは一体しか存在していない。これでもうライフポイントを削り切ることは不可能に近い。だから安堵して真子は自身のデッキに手を掛ける。

 

「何勘違いしているの?…まだ私のバトルフェイズは終了していない…!」

「…は?何言ってるの?だってもうお前のフィールドには…!」

「攻撃できるモンスターはビューティアしかいない…って?」

 

確かにそうだ。真子の言う通り、咲姫のフィールドには覇王龍ズァークとシドレミコード・ビューティアのみ。既にズァークの攻撃は終了しているためこのターンはもう攻撃宣言ができないはずだ。それがデュエルモンスターズの絶対のルールだから。

いくら真子が悪党とはいえ流石にデュエルのルールくらいは守る。つまり、真子は自分のライフはまだ残ると踏んでいたわけだ。

 

「…馬鹿だなぁ…"覇王龍ズァーク"の効果発動。このカードが戦闘で相手フィールド上のモンスターを破壊した時EXデッキもしくはデッキから"覇王眷竜"一体を特殊召喚できる。私はEXデッキから"覇王眷竜クリアウィング"を場に!」

「…は?」

 

ズァークが大きく吼えればその声に反応して彼の龍の配下たる透き通る翼を持つ龍が現れる。そしてそれは優雅に、しかし荒々しく咲姫のフィールドへと降り立った。

 

「あ、ああ…!」

「"覇王眷竜クリアウィング"でダイレクトアタック!」

 

いくら耐えられるLPだからって痛いものは痛いのだ。クリアウィングが放つブレスに直に焼かれた真子は思わず腕で顔を覆った。しかし、まだ、"シドレミコード・ビューティア"の攻撃は残っている。

 

真子 LP4600→2100

 

だがこれで本当の意味で攻撃は終了したはずだ。少なくともこの状況はもう絶対に攻撃は出来ない。それに手札もないから返しのターンで何とかするしかない。

そう思っていたはずだったのに。真子には音楽を司るはずの天使の足音が死を奏でているように聞こえて。

 

「"シドレミコード・ビューティア"でプレイヤーにダイレクトアタック。」

「嘘よ…こんなの絶対に嘘なのよ…!」

 

眼前までせまったビューティアの手によってもたらされる濃厚な死の気配に、真子はそっと意識を手放した。

 

真子 LP2100→0

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「…クーリア、大丈夫?」

「ええ。なんとか…。」

 

デュエル中に受けた傷や痛みは精霊にとっては現実の痛みそのものだ。呪われればその分苦しくなるし、それが取り除かれたとしてもそれがもたらした影響からは逃れられはしない。

 

「とりあえずは…兄さんたちを追いたいけれど…。」

「咲姫、大丈夫?無理していないかしら?」

「…ちょっと、きつい…かな?」

 

そしてそれを如実に感じ取れるからこそ咲姫は少しきつい、と答えてしまった。ここは気丈にふるまうべきであったのに気づけば言葉を漏らしてしまったのだ。

少なくとも霊使はまだ戦っている。それなのに、自分だけのうのうと休めるものか。そう思っていたはずなのに。

 

「…少し、一緒に休みましょう?そうした方がきっと…。」

「でも…まだ兄さんは戦っているの。休んでいる暇なんか…」

「咲姫、落ち着いて。」

 

どうしても戦わなければ、という思いに支配されてしまう先を、クーリアは優しく抱きしめた。そのまま頭を胸にうずめさせると。子供をあやすようにしてポンポンと頭を優しく叩く。

 

「…咲姫、いい?貴女は誰かが戦っているからといって弱音を飲み込もうとしてたでしょ?…それは貴方の悪癖よ。…。楽器はね、丁寧なチューニングをしないときれいな音が出せなくなるの。それは人にも言える事なのよ。辛いときに辛いって言葉にできないと、誰かが辛いときに手を差し伸べられない人になってしまうわよ?」

「…そう、かもね。でも、いいのかな…?」

「あの時に戻りたい、なんていうならね?」

 

クーリアが言うあの時とは恐らく自分がクーリアと再会する前の頃の話だ。言われてみればなるほど、確かにあの時の自分は誰かに助けを求めようとしなかった。そして、自分は誰かの苦悩に気づくこともなかったのだ。

本当にクーリアの言う通りなのかもしれない。

 

「…大丈夫。きっと彼は勝つわ。」

「うん。そうだね…。きっと勝ってくれる。」

 

本当にこの相棒は頼りになるなぁ、などと吞気な事を考えながらクーリアに体を預ける咲姫。クーリアの体温と肌の柔らかさが心地よくて、気づけば咲姫は微睡の中へと落ちていく。

このまま彼女と一緒に居れればなぁ、なんてことを考えたら、とても温かい気持ちになっていて、夢の中で彼女と添い遂げる夢を見た気がした。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

クーリアにとって咲姫は愛すべき存在で、そしてとてもかなわない感情を抱いてしまった相手でもあった。

始めに会った時からずっとどこか危うさを感じていた彼女ではあったが再会した時にその危うさはほとんど消えていた。それは本当に良かったと思う。

それと同時になんで良かった、だなんて気持ちが浮かんできたのだろうと思った。

 

「…クーリア…。」

「…人の気も知らないで、貴女は…もう。」

 

こうして自分の膝を枕にして寝ている咲姫の姿を見ると、なんというか、そんなことで悩んでいる自分が馬鹿らしくなった。

だってそうだろう、彼女は夢の中で自分の名前を呼んでいるのだ。現実に質量を持った自分がここにいるというのに、なんというか夢の中の自分に咲姫を取られてしまったかのようなをクーリアが襲う。

 

「むう。」

 

ちょっとした嫉妬心が芽生えて、ついつい咲姫の頬を引っ張った。

 

「…柔らかい。」

 

もちもちの感触が触るたびに伝わってくる。試しに引っ張ってみればみょーんという擬音が似合うくらいには伸びた。咲姫の綺麗な顔つきが頬を引っ張ることで横に伸びてつい笑いそうになってしまう。

 

「…ひゃめふぇ(やめて)…」

(…咲姫は私の気持ちを理解しているのかしら?襲いそうになるわよ?)

 

本来なら自分はきっと天使失格なのだろう。誰か一人を愛してしまう、だなんてことは本来なら認められるはずが無いのだから。世界に生きる人々を平等に愛し、世界に幸せを振りまくのが天使の仕事だ。

それが、まあ一人の人間に恋をしてしまったのだから、世の中意外と分からないことだらけだと、ク-リアは思う。

 

(…本当に―――)

「――ズルい娘。」

 

自分を一方的に堕としておいて、夢の中の自分と一緒に居ると嫉妬心が湧く。それほどまでに彼女を愛してしまったのだ。この責任はぜひとも彼女に取っておいてもらいたいところである。

 

「…むにゃ…好き、だよ。クーリア…。」

 

幸か不幸か、音楽の天使の耳には咲姫の寝言は入らなかったのであった。




登場人物紹介

・咲姫
まあ、はい。うん。詳しくは一部終了後のおまけで書くけど一番設定が変わった子です。そして咲姫を動かしてたらこうなってた…。

・クーリア
アンケートでの投票の結果設定を生やさざるを得なかった子。咲姫の事大好き天使。

…なんでこうなったんだろう…?
次回もお楽しみに…次回からしばらくGL展開はないです。…多分。


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消失へのカウントダウン

 

水樹と霊使、そしてエリアルとウィンは必死に走る。自分達の大切な仲間が切り開いてくれた道を走る。

もう既に各地の戦場はみんなに託したのだから心配するだけ野暮だと分かっているのだ。

だから霊使も水樹も「みんな大丈夫」というようなことを口にしなかった。

きっとみんななら大丈夫だと信じているから、霊使と水樹は言われたとおりに前を目指す。

振り返る暇は無いし、そもそも周りを心配しているほどの余裕はない。

 

「…霊使君…大丈夫?」

「…なんとか、な。咲姫の応援があったおかげか少しマシになったような気がする。」

「受け答えができるくらいには回復するっていったいどうなってるの?」

「さぁねぇ。少なくとも魂なんて概念的なものが存在していたことがびっくりだから。」

「確かに!」

 

受け答えができるようになった霊使は水樹と会話を交わしながら前へと走る。これが決戦前の最後の会話に、つまりは休息になると分かっていたから。

 

「…ねえ、霊使君。…つまらないこと聞いていい?」

「んぇ?」

 

水樹は一旦足を止めて、霊使もそれに倣って一度足を止めて水樹の方を見る。水樹は至って真剣な様子で霊使の方を見つめていた。

その目を見てこれはただならない問答になると感づいた霊使は水樹の目を見たまま、頷いた。

 

「…怖く、ないの?」

「怖いかどうか、か…。」

 

水樹からこの戦いへの恐怖は無いのかと聞かれる。果たしてどうなのだろうと考えながらも、その答えは既に自分の中にあった。

 

「…生憎俺はガンギマリじゃないんでね。…怖いに決まってるだろ。」

「あ、あはは…。」

 

そう、霊使も怖いのだ。この戦いが、この戦いの背後に潜む人間の欲望が、簡単に人を傷つける判断が出来てしまう自分自身が。この戦いで変わっていく未来が。

見知った誰かが死ぬのも、見知らぬ誰かが傷つくのも、大好きな場所が壊されるのも、全部ひっくるめて怖い。

 

「でも怖いのと動かないというのは話が別だ。…ここで動かなければ俺はきっと後悔すると思うんだ。」

「…うん、良かったよ。正直言って僕もものすごく怖いんだ。…颯人君を救えなかったのもあるし、何よりもエリアルが傷つくことが怖いと思っているんだ。」

 

そうだ、誰かが傷つくのが、命をかけることが怖い―――それを思う事の何が悪いというのだろうか。誰だって恐怖は抱くものだし、それがどれほど重くのしかかってくるものなのかも理解しているつもりだ。

 

「…でもそれは僕だけが抱えている物ではなかったんだね。」

「あたりまえだ。そもそも命を賭けるることが怖くない人間は大体狂信者だ。」

「言えてる。」

 

それが苦にならない人間というのは大体碌なものではないだろう。霊使はたとえそこに別の信念があったとしても人間として破綻してるのではと考えている。

 

「…その怖さを知ってそれでもなお立ち上がった人たちがきっと英雄って呼ばれるんだろうな。」

「そう、かもね。…じゃあ君は英雄だ。」

「…俺はそんな柄じゃないよ。」

 

首を横に振って水樹の言葉を否定する霊使。だが、その霊使の言葉に異を唱える者がいた。

 

「…そんな柄じゃなくても英雄だよ。君の行動に突き動かされて、どれだけの人が動かされたか。」

 

その人物はエリアルだ。今まで二人の会話には聞くに徹していて余り本格的には参入してはこなかったエリアルだが、霊使の言葉を聞いてとうとう会話に入って来た。

曰く、霊使の行動が皆を動かしている。それを英雄といわずに何というというのが彼女の主張のようだ。

だが、霊使はエリアルの言葉に対して首を横に振ることができた。

 

「…なら、それこそ、克喜の方が向いてるだろ。」

「彼も君に動かされたんだよ。…君の強い思いに、みんな引っ張られてたんだ。…颯人君が命を賭けて君を逃したのがいい証拠だよ。もちろん、僕もね。」

「エリアル…もし俺が本当にそうなんだったら俺は颯人を助けられただろうな。」

「そう感じる人もいるって事。」

 

だって助ける事が出来なかったから。颯人を、創を、たくさんの人を助ける事が出来なかったから。もし英雄たりえるのであればもう少し犠牲を少なくすることもできただろう。

霊使は自分の周りの、手の届く範囲の人間しか助けられない事を自覚している。そんな人間は英雄たりえないと感じているのだ。

 

「…俺は英雄じゃない。…生き足掻く一般人で十分だ。」

「それでいいなら、それでいいよ。」

(…そもそも英雄じゃないなら誰かを命かけて救ったりはしないんだけど…黙っておこうか。)

 

エリアルやその他の人間にとって四遊霊使という人間は英雄であるのだが。その事を胸にしまってエリアルは静かに微笑みを浮かべた。

 

「…行こう、霊使、皆。」

「…そうだな。行こうか、ウィン、水樹、エリアル。」

 

その声に従って三人は走り出す。負けられない理由もある。託された物もある。何よりも守りたいものが傍にある。それが恐怖を塗りつぶしてくれるから。だからもう、霊使達がその足を止めることは無かった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

ほんの数時間前まではただの無機質な部屋だった。確かにそう記憶している。

だが今は、歪みに歪んで配管が円形に露出してリングのような箇所が作られていたり、切断された配線から火花が散っていたり、地面に巨大な穴が開いていたりとほんの数時間目と違い非常に混沌とした風景が広がっていた。

 

「…なぁにこれぇ?」

「…どういう…ことだ…?」

 

その光景は霊使達にとって信じられるものでは無くて、それこそ何か大きな、予想できないような力が働いているとしか考えられなかった。

 

「……おいおいおい。」

 

これだけの力の持ち主と相対するのが怖いか怖くないかなど聞くまでもないだろう。現にウィンはその光景に腰をぬかしそうになっているし、水樹もエリアルに引っ付いている。

 

「それだけすごい力を持っているって事かよ…?」

 

霊使は一人冷静に周囲の探索を行う。どこかに道があるはずだと思って壁に手を当てたとき、その壁が後ろに倒れたのだ。人間は全体重をかけた支えが無くなるとその方向に倒れてしまう。それに今の霊使が抗えるはずもなく、ものの見事に転んでしまった。

 

「…なんつー古典的な…。」

「でも、先にすすめそうだよ?」

「…そうだな。」

 

怪我の功名というものだろうか。とにもかくにも先へ進む道を見つけた霊使達はその奥へと進むことにした。奥に続いている道はこれまでの無機質な人工物の道とは違い厳かな雰囲気で満ちている。だが、道の奥から感じられるのは歪に歪められたかのような強い力だけだ。少なくともこの歪んた空気には似つかわしくない。

 

「こりゃ奥に居るね。…今行くよ。」

「…だね。行こうか、皆。」

 

余りに異様な雰囲気がする道を進んでいく。この先にあるのは未来か、それとも破滅か。それを知る術はここにあるわけもなく、ただただ決意を固める事しかできなかった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「…そう言えば、颯人やウィンダの遺体…無かったな。」

「…うん。穴に落ちちゃったのかな…。」

 

岩窟を進みながらウィンと霊使は二人の遺体について話していた。確かにあの場所で別れたのはしっかりと覚えているのだ。あそこで斃れてしまったウィンダの冷たくなった体をゆすったこともはっきりと覚えているから。

そしてウィンダの遺体が張ったと思われる箇所には大きな穴が開いていた。もしかしたらウィンダの遺体はそこに落ちてしまったのかもしれない。

そう考えると心が苦しくなった。

 

「…今は考えない様にしよう。」

「そうだね。捜索は…私達じゃ無理だし。」

 

だが、今だけは二人の事を後回しにせざるを得ない。

それが今の自分達の実力なのだ。世界崩壊のタイムリミットを前に恩人の遺体でさえ探せない実力、それが今の状況を作ってしまったのだ。その種を撒いたのは自分で、ならばその目を刈り取るのも自分達でなくてはならないのだ。

 

「…行こう。」

 

それ以降会話らしい会話は無かった。気が抜けて勝てる相手ではないのを分かっているからか、誰もがもう口を開こうとしなかった。そうして無言の時間がしばらく続いて、四人の間に再び会話が生まれたのは開けた場所に出て来たからだった。

 

「…ここまで来おったか。若造共が。」

「ああ。来てやったぜ、老害が。」

 

その中心には四道安雁が居た。後ろに何かを控えさせているような雰囲気に思わず息をのんでしまう。だが、ここで尻込みしているような暇は無いし、そもそも目の前の相手相手に尻込みする必要もない。

 

「…お前を…斃す。私達はそれだけのためにここに来た。」

「ふん。そう焦るな小娘。どうせ死に行くのだ。せめて我が神の御尊顔を拝ませてやろうと思ってな。」

「なに…!?」

 

そう言い安雁は手を翳す。すると、周囲の地面は激しく鳴動して大気を震わせた。余りの想像外の出来事にさしもの霊使も狼狽えてしまう。

 

「…さあいまこそ、貴方様の道行きを邪魔する者を貴女様の力で滅してしまいましょうぞ!"創星神sophia(ソピア)"様!」

 

果たしてそれはそこに現れた。悪魔を思わせるような四つ目の顔に、両手にはそれぞれ強い力を感じる謎の玉、背中には光の翼のようなものが生え、何よりもその体躯は非常に大きいものであった。

 

「神、様…ってよりかは悪魔だろ…。冗談キツイぜ。」

「…我が悲願は為された!これより世界は再び作り上げられる!」

 

sophiaはそれに肯定するようにして声を上げた。その瞬間、光弾が霊使達を狙って飛んでくる。霊使はそれに反応することが出来なかったが、それは別の存在の手によって弾かれた。

 

「させぬわ!」

「ナイス、クルヌギアス!」

 

そう、霊使への攻撃をはじいたのは他でもないクルヌギアスだ。彼女は彼の神と因縁を持っている。だからこの場に出てきたのだろう。彼女はsophiaを見上げると中指を突き立てて叫んだ。

 

「貴様等への積年の恨みを晴らしに来た…地獄からな。」

「ふん。閉じた世界に堕とされた女神如きが。我らが理想郷への先導者にあだなすなどと!」

 

安雁はクルヌギアスを忌々し気に睨みながら叫ぶ。

だが、クルヌギアスに気を取られたのが安雁の運の尽きだったのだろう。何故なら、彼は―――

 

「一発ぶん殴らせろ!この老害がぁぁぁぁッ!」

 

怒りのボルテージが最高潮になった霊使の鉄拳を顔面に喰らったからである。そして安雁の前にはデュエルディスクが放り投げられた。

 

「…お前、決闘が全ての世界を作りたいんだって?」

「否、決闘こそが秩序であり法であり、力である世界を作るだけだ。」

「全てじゃないか。…まぁいい。殴り合いは趣味じゃない。…決闘の結果なら満足するんだろ?じゃあ―――」

 

霊使はとっくのとうに腹を決めている。もしかしたら負けるかもしれないが、それでも目の前の男はデュエルの結果しか認めない。ならばやるしかない。

だから霊使は自らの腕にデュエルディスクを装着してこう言い放った。

 

決闘(デュエル)で決めよう。」

「この、小童が…!」

「水樹…見届けてくれ。俺の、最期のデュエルを…!」

 

霊使は残り少ない命のろうそくを燃やして、遂に安雁に立ち向かう。世界に何かを残せると信じているから。

 

「さあ…始めようか!」

「…うん!やろう、霊使!」

 

そして、霊使とウィンにとっての最期のデュエルが、始まった。




登場人物紹介

・四遊霊使
立ち向かう。何かを残すために

・ウィン
立ち向かう。何かを残すために

・二重原水樹
見届ける。何かを伝えるために

・エリアル
見届ける。何かを守るために


というわけで最終決戦開始です。
次回もお楽しみに!


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揺るがないもの

 

「…さあ、始めようか!」

「いいだろう…。」

 

相手はデュエルの結果しか認めないのであればデュエルで従えるしかないのだ。そしてこのデュエルが正真正銘霊使の最期のデュエルになる。

ならばもう後悔も何も考えない。ただただ目の前の相手を止めるだけに全身全霊を賭けることができる。

 

「…俺のターン!俺は手札の"憑依装着―エリア"を墓地に送り魔法カード"精霊術の使い手"発動!デッキから"憑依連携"を手札に加えて"憑依覚醒"をフィールドにセット。更に"大霊術―「一輪」"を発動し、そして伏せカード"憑依覚醒"を発動。手札の"憑依装着―ウィン"を通常召喚。"憑依覚醒"の効果でデッキから一枚ドロー。…さらにカードをニ枚伏せ魔法カード"天底の使徒"発動!EXデッキから"灰燼竜バスタード"を墓地に送る。」

「…ふむ…。」

 

安雁は何かを考え込むようにして顎に手を当てる。そして霊使の使うカードにその視線は向けられた。

 

「…ほう?霊使いとかいう雑魚に頼るのは諦めたか?」

 

そして、霊使の使用カードを見て霊使をあざ笑った。それはまるで自分の方が正しいと言わんばかりの笑みだ。

 

「…お前は散々自分に尽くしてきた小娘を捨てたか?」

「…何?」

 

その笑みは霊使の使用する【ドラグマ霊使い】への何かが含まれている。その何かは分からないが、今の発言は霊使の相棒達の「軸」をぶれさすには十分すぎるものだった。

 

「お前は自分の勝ちたいという欲に溺れて小娘たちを裏切ったのだ。」

「…何が言いたい?」

「…ああ、霊使。貴様に言っているのではない。小娘たちに聞いているのだ。貴様等はこれから先も本当に「捨てられない」と信じられるのか?」

 

その言葉を聞いたとき、ウィン達はある意味での衝撃を受けた。確かにデッキの中に入っている自分達の枚数は減ってしまったかもしれない。それでもどのカードを抜くか、どのカードを残すか、彼の中にある葛藤を知っている。

エリアは知っている。デッキの都合上自分を抜かなくてはならなくなった時に「ごめんね」と言っていたことを知っている。

ヒータは知っている。彼は今まで自分達にたくさんのものを捧げてくれたことを知っている。

アウスは知っている。彼がこのデッキを作る際にどれほど「皆への裏切りになるのでは」と苦悩したのかを知っている。

ライナもダルクも、マスカレーナにクルヌギアスもみんな知っているのだ。その事を知ってそれでも「いいよ」とそれを受け入れたのだ。

故にここにいる皆がその言葉に返すならばたった一言しかないと考えていた。その言葉をウィンが言い放つ。

 

「そんなの…信じぬくに決まってるよ!私が!私達が一番長く一緒に戦ってきたんだ!そんなの信じぬくに決まってる!」

「相容れんな。人間誰かを信じたら簡単に騙されるというに。」

 

理解できないと言わんばかりに安雁は首を振った。そうだ、安雁にとっては絆はまやかしのものなのだろう。もしくは「傷のなめ合い」を略してきずなにでもしているのかもしれない。

だが、安雁と対峙する者たちには「それは違う」と言い切れるだけのものがあった。確かに目には見えないものだし、「傷のなめ合い」もするのかもしれない。だが、一緒に居ると心が温かくなって、心地よくなって。とにかく不快な思いはしたことないし、大切にされていると実感さえできる。

そんな男をどうして信用しないこととが出来るのだろうか。いや、できない。少なくとも、一人の人間としては、絶対に四遊霊使という人間を信用しないということ自体があり得ない。

 

「お前が…お前なんかが霊使の事を語ろうだなんて100年早いんだ!」

 

だから、たとえ何があっても傍に居たいと思えるのだ。裏切られるかもしれないだとか、捨てられるかもしれないだとかそんな事は知ったことではないしどうでもいいのだ。ただ霊使という人間の傍に居れればそれだけで満足してしまうのだから。

そんな気持ちを久しぶりに抱かせてくれた霊使の事を語ろうだなんてそれこそ何年も早いというものだ。

 

「…そういうわけだ。悪いけど…ここでお前をぶっ潰す。」

 

そして霊使はそんな気持ちをぶつけられたからこそ安心して命を預ける事が出来るのだ。不安にさせてしまうかもしれないし、時には怒らせてしまう事もあるかもしれない。でも、孫相棒達と見るこの世界が好きだから、だから滅びに抗うのだ。

 

「効果で"教導の天啓アディン"を手札に。。エンドフェイズ時"灰燼竜バスタード"の効果でデッキから"教導の聖女エクレシア"を特殊召喚。効果でデッキから"教導の騎士フルルドリス"を手札に…俺はこれでターンエンド。」

 

四遊霊使 LP8000 手札二枚

モンスターゾーン 憑依装着-ウィン

         教導の聖女エクレシア

フィールド魔法  大霊術-「一輪」

魔法・罠ゾーン  憑依覚醒 

         伏せ×2

 

滑り出しは上々―――とまではいかないがそれなりのものだろう。少なくとも二回は妨害をかませるだけの手札は整えた。これからは相手のデッキ如何だが、どうにかするしかないというのが霊使の回答だった。

だが、それは余りにも突然に、唐突に訪れるものだ。

 

「儂のターン…ドロー。まずは厄介なカードを一掃しておこうか。魔法カード"ライトニング・ストーム"。相手フィールドの魔法・罠カード全てを破壊。」

「…まじかよ。」

 

展開の要である伏せカード―――憑依連携が破壊されてしまう。確かに今の手札に召喚できるカードは無く、墓地のエリアだけとはいえ、破壊されるのは辛いものがある。効果を使わなければ使わないで、墓地から"覚醒"を発動できるのだからまだましと考えた方が得だ。

 

「モンスターが居ては安全に展開できんなぁ…。魔法カード"サンダー・ボルト"。相手フィールドのモンスター全てを破壊する。」

「はぁ!?」

 

が、その考えはいとも容易く打ち砕かれる。安雁の強力な魔法の二連打により霊使のフィールドはがら空きになった。なって、しまった。

とにかくウィンは無事なようだが、それでもしょげてしまっていた。

 

「…これでもう儂の勝ちは決まったな…。儂は手札の"魔神儀(デビリチャル)-カリスライム"を公開することで効果発動。手札一枚―――"カリスライム"を手札から捨てて"魔神儀-キャンドール"を特殊召喚。その後デッキから"魔神儀の祝誕"を手札に。…"召喚僧サモンプリースト"を召喚。"魔神儀の祝誕"を捨てて"レスキューキャット"を場に。さらに墓地の"魔神儀の祝誕"の効果発動。"キャンドール"を墓地に送り"魔神儀-タリスマンドラ"をデッキから特殊召喚。その後"魔神儀の祝誕"を墓地より回収。"タリスマンドラ"の効果発動。」

「…どんなデッキか見えないな…。」

 

安雁は様々なテーマを複合したデッキを使っているようだ。際限なく広がっていくそれはまるで何かを目的としたような恐怖を霊使に与える。

 

「墓地の"憑依連携"の効果発動!墓地のこのカードを除外することで墓地から"憑依覚醒"を表向きで魔法・罠ゾーンに置く!」

「…"タリスマンドラ"の効果でデッキから儀式モンスターである"ネフティスの繋ぎ手"を手札に。」

 

その恐怖を振り払うように霊使は墓地の"憑依連携"の効果を発動。これはこのターンに破壊してくれたおかげで攻撃力1850のモンスターを特殊召喚する効果が使えなかったために発動できた効果だ。

まだ流れは切れていないはずだと自分を鼓舞しながら霊使は相手の展開を見つめていた。

 

「…そして儀式魔法"魔神儀の祝誕"発動。"タリスマンドラ"をリリースし、手札から"ネフティスの繋ぎ手"を特殊召喚。"繋ぎ手"の儀式召喚成功時デッキからレベル2の"ネフティス"儀式モンスター一体を儀式召喚扱いとして特殊召喚できる。儂はデッキから"ネフティスの(まつ)り手"を儀式召喚。このカードが儀式召喚に成功した時デッキから"ネフティス"モンスターを一体特殊召喚できる。儂はデッキから"ネフティスの祈り手"を召喚…。」

「…儀式デッキなのか…?」

 

未だそこの見えない安雁のデッキ。今のところ読み取れる情報は【デビリチャル】と【ネフティス】が混在しているという事程度だ。二つともデッキの軸は儀式召喚であるが二つのデッキにシナジーやコンボが存在するとは考えにくい。だが、儀式のサポートとして【デビリチャル】は優秀なため、それを巻きこんだのかもしれない、と霊使は考えていた。

 

「…儂はレベル2の"ネフティスの祀り手"、"ネフティスの祈り手"で"森のメルフィーズ"をX(エクシーズ)召喚…。」

「????」

 

二体のネフティスから現れるのはなんかどことなく凄いモフモフした獣たちの群れ。そしてこのカードが所属しているテーマは言うまでもなく【メルフィー】だ。ここまでくるとも霊使の脳は理解を拒みそうになってしまう。だってそうだろう、世界をかけた最終決戦の最中、目の前で何ともファンシーな光景が繰り広げられていたら、誰だって脳の情報処理が追い付かない。

 

「"森のメルフィーズ"の効果発動。X素材を一つ使いデッキから"メルフィーと追いかけっこ"を手札に。」

「?????」

 

最早霊使は考える事さえめんどくさいと言わんばかりにその光景を眺めていた。まるでではなく端から意味が分からない。それでも嫌な予感はし続けているというのがより霊使を頭をバグらせる要因になっていた。

 

「続いて"レスキューキャット"の効果発動。このカードをリリースしてデッキからレベル3以下の獣族を二体…"キーマウス"と"メルフィー・ラビィ"を召喚。そしてこの二体で"武力(ブリキ)の軍奏"をS(シンクロ)召喚。"武力の軍奏"の効果で"キーマウス"を蘇生。…"武力の軍奏"と"森のメルフィーズ"をリリースして"旧神ヌトス"を場に。このカードは融合を必要としない。」

「…あ、ドラグマの弾…。」

 

とうとう霊使も見慣れたモンスターが飛び出してくる。霊使もよく知っているモンスターであった。何故なら彼女は全国のドラグマ使いの皆さんに弾として扱われていたからだ。こうして、フィールドに出ている姿を見るとなんというか、涙が出てきそうになってしまう。

 

(…じゃなくて!気を引き締めないと!)

(そうだよ!)

 

どうやら気が緩み過ぎていたようだ。改めて気合を入れると霊使は安雁の方を見た。一人で頭を抱えたりしている霊使を見てとうとう気でも狂ったかというような曖昧な表情を浮かべている。

 

「…続いて"召喚僧サモンプリースト"と"キーマウス"で"憑依覚醒-デーモン・リーパー"を特殊召喚。効果で"武力の軍奏"を蘇生。」

「…おやぁ?」

「ひん。こちらとてなりふり構ってはいられないという事だ。さらに"メルフィーと追いかけっこ"を発動。墓地から"森のメルフィーズ"を特殊召喚。…最後に"武力の軍奏"と"憑依覚醒-デーモンリーパー"で"ゼラの天使"をS召喚…。待たせたな。…これで儂の場には儀式、融合、シンクロ、エクシーズ…四種のモンスターが揃った。」

 

霊使の背筋に冷や汗が流れ落ちる。これは明らかに不味い流れだと完全に理解した霊使は手札の"フルルドリス"の効果を起動した。

舐め腐っていたわけでは無い。むしろ打ちどころはここしかないと判断したためだ。

 

「"ゼラの天使"の特殊召喚成功時、手札の"教導の騎士フルルドリス"の効果発動!EXデッキから特殊召喚されたモンスターが存在する場合このカードは手札から特殊召喚できる!」

「…無駄な足掻きを!儂は"ゼラの天使"、"森のメルフィーズ"、"ネフティスの繋ぎ手"、"旧神ヌトス"を除外する!」

 

そして、神は降り立ち、全てを光で包んでいった。




登場人物紹介

・四遊霊使
とにかく守りを固めた。
そもそも相手がどんなデッキ使ってくるか分からないから様子は見たいよね。

・四道安雁
とにかく催促に最短に一直線に神の着地を行う。

えーと中途半端ですが今回はこれまで
色々と忙しいのでもしかしたら次回も中途半端に終わるかもです。
あと今回は遊戯王wikiさんを参考にしました。

それでは次回をお楽しみに


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「行ってきます。」

 

それは声高に宣言された。

それは普通の行為だった。

そしてそれは全てを蹂躙した。

 

「儂は自分フィールドの"森のメルフィーズ"、"ネフティスの繋ぎ手"、"旧神ヌトス"、"ゼラの天使"を除外して"創星神sophia(ソピア)"を特殊召喚する!そして"創星神sophia"は特殊召喚に成功した際、自分と相手の手札、フィールド、墓地のカード全てを除外する!」

 

ついさっき召喚された創星神によって霊使の全てが一気に壊滅。霊使は手札0、フィールドのカード0、墓地も0という凄まじい状況に追い込まれてしまった。これが、狙いだったのだ。おまけに除外された"ゼラの天使"は次のターンのスタンバイフェイズに帰還する。その攻撃力は除外されている相手のカード一枚につき100上がるという効果だ。どうしようもない。

 

(除外されているのは…ウィン、エリア、フルルドリス、エクレシア、アディン、精霊術の使い手、連携、覚醒、解放、一輪。それに天底の使徒とバスタード…この12枚か…。つまり帰ってくる"ゼラの天使"の攻撃力は4000…。クソゲーも甚だしいな。)

 

"創星神sophia"の攻撃は必ず成功するから実質的な残りライフは4400。どう足掻いても次のターンを生き残らなければならない。ならないのだが、それができるビジョンがほとほと見えない。

ああそうだ。

この状況は既にそう簡単にひっくり返るような状況ではないのだ。

自分は残り28枚のデッキの中からその一枚を引き当てなければ負けるだけ。

分が悪いなんてレベルじゃない賭けに勝たなくては世界に平和は訪れないのだ。

 

「…まずは俺の体が持ってくれるか、だな。」

 

だが、まずは神の一撃をこの身に受けてまだ命を繋いでいられるかの方が問題だ。少なくともそんな余裕は全然なさそうだし、どんな健常者でも恐らく気を失うだけの衝撃と痛みがやってくる。

それで霊使が耐えることができるかという決闘云々以前の問題が横たわるのだ。こんな体になってしまった自分にほんの少しだけ頭を抱えながらそれでもあきらめないという事だけを考える。

 

「"創星神sophia"で攻撃。」

 

彼の神が持つ二つの宝玉が黒と白、二色の光を纏う。その二つの玉からsophia自身にエネルギーが注がれていき、気づけば大気が震えるほどのエネルギーを彼の神は手に入れていたのだ。

本能的に"マズイ"と悟った霊使であった。が、一言で言えば手遅れだったのだ。握り締められた拳が霊使へと襲い掛かり、そして霊使の意識は光の中へと溶けていった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

ここは何処なのか。

あの一撃で精神が滅んでしまったのか。

それとも文字通りの意味で死んだのか。

 

「―――使…霊使?」

(…頭、回らない…誰、呼んでる…?)

 

今の霊使にはそれを考えるという行為すら面倒くさいと思えた。精一杯やったからいいじゃないか。勝てなかったんだ、仕方が無いよ。そんな声が聞こえてくる。

それは自分の負の面を見ているようで、凄く嫌な気分にさせられた。

 

「…霊使…霊使…朝だよ、起きて?」

「…朝…?」

 

そんな夢にうなされていると、誰かに体を揺さぶられた。

ゆっくりと目を開けて体を起こすと、そこは見慣れた場所だった。

声の主―――ウィンは心配そうに霊使の顔を覗き込んでいる。迷惑を掛けたと笑顔を返せば、ウィンは大丈夫かな?とほほ笑みを返して、霊使の体にダイブする。

 

「ぐほぉ!?」

 

鳩尾にウィンの頭が直撃して霊使は苦悶の声を上げた。さすがに()()()やっている行為とは言え、急にやられるのは準備できないのもあってか、痛い。

 

「行こ、朝ご飯、出来てるよ。」

「そうだな、行くか。」

 

いつも通りの日常だ。何も変わらない家の中にウィンやエリアヒータ、アウスそれにライナもダルクも、マスカレーナもクルヌギアスもいる。本当に何気ない日常だ。

 

「今日はどんな教科があるんだっけ…。」

「国数理英社の基本の五教科。全部座学だって…これはボクに死ねと申してるのか?」

「あー…ヒータ、座学苦手だもんなぁ。すぐ寝落ちするし。」

 

何気ない朝の会話を交わして、全員で制服に着替えて、そして全員で学校に向かう。これがいつもの光景のはずだ。少なくともこの記憶はそう言っている。

それなのにどうして胸の中にはぬぐえない大きな違和感があった。

今の霊使がみている世界は、霊使自身にとって()()()()()()()のだ。

 

「…おかしい。」

「…?」

 

何もおかしくないはずなのに、何かがおかしい。それがぽろっと口からこぼれてしまったようでウィンに首を傾げられた。

 

「…いや、なんでもないよ。」

「そっか。…ならいいんだけど。」

 

取り敢えず、今はこの日常を享受しようと思った。幸せで、何もかもが満ち足りたそんな日々を。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「…死んだか。」

 

霊使は創星神の一撃を耐えることができず、ライフよりも先に命の方が尽きたようだ。どのみち決闘はもう続行不可能という事は誰の目から見ても明らかだ。つまりは、安雁の勝ちである。

これで安雁を邪魔する存在はもう居なくなったのだ。

ようやくだ。

ようやく新しい世界を作る事が出来る。人間をあるべき姿へと変革させることができる。

 

「…これで、ようやく世界を縛るクソッたれなルールを破壊できる…。」

 

安雁は人間があるがままに生きれる世を望んでいた。欲望のままに過ごし、欲望のままに人を殺し、欲望のままに人を弄ぶ。そんな行為でさえまかり通るような世界を望んでいたのだ。

だってそれが人のあるべき姿なのだから。それが人という自然の一部があるべき姿だから。

法に縛られた存在ではなく、自然のままに人は生きるべきなのだ。

だから、この世界を一度壊して新しく作り直すのだ。

人が何にも縛られず、自然と同じように生きれるように。文明ではなく、人間自身の牙でこの弱肉強食の世界を生き抜けるように。

 

「…叶えに行こう…って顔してるけど、まだ僕が居るんだ…!」

 

安雁の前には一人の男が立ち塞がる。あの光景を見せられて戦意喪失しないのはさすがと言えるし、そもそも目の前の男も、新しい世界に生きるべき側の人間だ。

故に、安雁は決闘(デュエル)をする事を良しとしなかった。新しい世界を生きるべき人間を消すべきではないと考えていたから。別に安雁は人間に滅んで欲しいのではない。ただただ強く在って欲しいだけなのだ。

それなのにどうしてそれを理解してくれないのだろうか。今のままではいずれ人間は自然に駆逐されてしまうというのに。

自分の行為はその淘汰の回避だけだというのに、そんなに滅びたいというのだろうか。

今、後ろに斃れている男―――四遊霊使を見てつくづくそう思う。

この男はより強い牙ではなく、今までのものを使い続けた。―――故に淘汰される側になったのだ。

こっちに付けばこうなることもなかっただろう―――安雁はそんな溜め息を吐きながら、霊使に背を向け歩き出す。しかしその背中に声を掛ける存在が居た。

 

「…それに、まだそのディスクはデュエルを続けてる…。離れれば負けるのはそっちだ。」

「む…。」

 

目の前の少年の指摘通りだ。確かにまだ形式上のデュエルは続いている。忌々しいを通り越して今すぐその首をはねてしまいたい衝動に駆られた。

だが、すでに死んでいる身に何をしたってそれは憂さ晴らし以上の何物でもないのだ。そんな低俗な事はしないと心に決めていた安雁は大人しくその時が―――霊使の時間切れが来るのを待つことにした。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

何気ない一日を過ごして、そして何気ない会話の中に霊使はずっと違和感を感じていた。

最初は押し黙ろうとも思っていたが、どうにもそういう訳にはいかないようだ。その違和感はある一つの形となって霊使の前に現れたのだ。

 

「…いい夢は見れた?」

「趣味悪いぞ…ウィンダ。」

「だってそうでもしなきゃ君はこの世界から退場していたでしょう?」

「…まぁ、死にかけではあるからな。」

 

その違和感が形を取った瞬間、霊使の中にあった違和感は確信に変わった。何もかも都合がよすぎる何tことを考えていたが、それはそうだ。

これはいわゆる臨死体験という奴だろうから。

その中で出てきた相手がウィンダというのだからなんというか、趣味の悪い話だ。

 

「…あまり時間はないみたいだね。君の体も今の一撃で完全に壊れた。…この先にあるのは死だけだよ?」

「そんな事はとっくに知ってる。」

 

今まで過ごしていた風景がドロリと溶ける。それが夢想だと分かったせいなのかどうかは知らないが、霊使とウィンダの周囲は文字通りの"黒"に塗りつぶされた。

そんな中でウィンダは霊使に問うてきた。この先に何が待っているのか分かっているのかと。霊使はその質問の意図をちゃんとわかって、その上で答えた。「知ってる」と。

 

「…そうだね。…じゃあ一発殴っていい?」

「…あー…。一応理由を聞いても?」

「ウィンや他の子達を泣かせることが確定してるから。」

 

霊使にとってもその選択は避けたいものだった。誰だって大切な人との別離は経験したくないものだし、霊使はウィンにそんな経験を二度もさせてしまっている。それでも三度目を起こそうというのだから、ウィンダも盛大に怒る。

しかもそれが最低でも20人以上に涙を流させるというのだからそれはもう、三度までなら許す仏も全力で中指を立てるに違いない。というか現在進行形で立てている事だろう。

 

「というわけで…チェスト―ッ!」

「グワーッ!」

 

そんなわけでウィンダからいいのを一発貰った霊使。別に痛みとかは感じなかったがウィンダがすっきりした顔をしてるのでそれで良しとした。

二人の今までのやり取りはお決まりのおふざけだ。もうウィンダと霊使はこんなふうにバカして笑い合う事は出来ないし、それはこれからも変わらない。だってすでにウィンダは死んでいるのだから。

 

「…真面目な話に戻るよ。ワタシはこれから君を現実に送り返す。…きっちりと勝って来なさい。」

「了解した。ま、もしその前に死んだらそんときは笑って許して…はだめか?」

「ダメです!」

「知ってた。」

 

ウィンダは一方的に言いたいことを言って、そして霊使の中から消えようとしている。何というか忙しない邂逅ではあった。

 

「…さよならだね。…ウィンを、頼んだよ?」

「ああ。少なくとも俺が、俺達が守ろうとした世界は残してやるさ。」

「死ぬなってこと。」

「無理を仰りなさる。」

 

そんなバカげた会話をしながらゆっくりと風景が霞んでいく。気づけば真っ暗闇の中に、ポツンと、ドアが浮いていた。

 

『行っちゃうの?』

 

そして背後からはそんな声がする。たしかにこの不思議な場所に居れば苦痛を感じることは無いのだろう。それでも霊使は迷わずにドアに手を掛けた。

 

「ああ…。行ってきます、ウィン。」

『…うん。行ってらっしゃい。『私』によろしく。』

 

結局あのウィン達が何だったのかは分からずじまいだ。死の間際に見せた空想か妄想の類か、、それとも本当にウィン達だったのか。

だがそんな事はどうでもいい。ウィンの声を背にドアをあけ放ち、そして霊使は光に呑まれていった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「…何?」

 

安雁は背後で斃れているはずの霊使の変化を読み取っていた。確かに心臓の鼓動は止まっていたはずだし、呼吸もしていなかったはずだ。間違いなく死んでいた、それは確かな事だ。

だというのに、どうしてこんなにも命の息吹を感じるのか。

 

「…まさか…。」

「悪いな…まだこっちに来るなって言われたんだよ…!」

「そんな、ことが…?」

 

振り返ればそこには手を地面につけてそれを支えに立ち上がる霊使の姿があった。

全身から血を流し、来ている服も何色化判別不能なほどの出血を負いながらも、それでも立っていた。

 

「…俺の――――!」

 

もうそんな宣言でさえも辛いものがある。

霊使の一挙手一投足に合わせて鮮血が舞う。それに痛みを感じなくなったという事はいい事なのか悪い事なのか。それも今の霊使には判別することができない。そんな事を考えている暇なんて無いし、考える余裕もないからだ。

だから霊使は叫んだ。自分を、仲間を鼓舞するために。

まだここに「四遊霊使」はいるぞ、ということを示すために。

 

()()()、ターンッ!」

 

既に局面は終盤だ。たった一ターンでもすでに決着がつく瀬戸際まで来ている。序盤と終盤しかないがそんな事はどうだっていい。

 

「これが、俺達の"答え"だ…!ド、ロォォォォォォォッ!」

 

その一枚のカードが指し示すのは希望か、それとも絶望か。

それは退いた本人でさえも分からない事だろう。

ただ一つだけ言えるのはこの勝負はそう遠くないうちに決着がつくという事ぐらいだ。

どちらの意地が勝つか、どちらの思いの方が強いのか。

世界を真にに預けるに足る存在はどちらなのか。

神の御前にて、それがすべて決まる。そうして二人の最期の攻防が始まった。




登場人物紹介

・四遊霊使
死にかけ。というか死んでる。
死んでるけど生きてる。死んでたら世界を守れないし、ウィンも守れない。なら気合で起きるしかないだろ。

・四道安雁
人の思いの強さを知らない。

えー次回決着の予定です。
そろそろアンケートの方も締め切りますね。

次回もお楽しみに


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神を超えて

その手を血で真っ赤に染めながらも霊使はデッキの一番上のカードを掴んで大声を上げる。

 

「ドロォォォォォォッ!」

 

霊使は自身の心に従って、デッキの上から一枚のカードを引いた。今までの展開で相手のデッキはおおよそ把握できた。

デッキに一枚だけ入れたあのカードを引けるかどうかでこの勝負が決まるといっても過言ではない。だが、霊使には不思議とそのカードが「引けている」という確信があった。

 

「"ゼラの天使"の効果…!除外された次のターンのスタンバイフェイズにこのカードを特殊召喚できる…!」

 

安雁のフィールドに"ゼラの天使"が帰還する。だがそれでも構わず霊使はプレイを続ける。負ければ破滅があるのみだ。

ならばここで後悔しないように出し切るしかない。

 

「…俺は、手札から"妖精伝姫(フェアリーテイル)-カグヤ"を召喚!"カグヤ"の召喚成功時にデッキから攻撃力1850のモンスター一体―――"憑依装着-ウィン"を手札に。」

 

そう、これこそが霊使の狙っていたカードである"妖精伝姫-カグヤ"だ。デッキ編成の都合上でデッキに一枚しか入れる事の出来なかったカードである。そしてこのカードの効果は今、この状況を生き残るのに最適な効果を持っていた。

 

「…"カグヤの効果"を!俺は"ゼラの天使"を対象にして発動!…この効果はデッキ、EXデッキから同名のカードを墓地に送ることで無効にできる…が。もしなければ

…"ゼラの天使"は手札に―――EXデッキに戻ってもらう。」

 

霊使はこれまでの相手の展開から安雁のデッキの性質を何となくで予想立てしていた。そのデッキの本質は切り札である"創星神sophia"をいかに素早く出すかにかかっている。その為のカードは多く入れてあるはずだし、ある程度どんな手札でも動けるようなデッキ構成をしているはずだ。

それに"sophia"の特殊召喚のために相手は儀式、融合、シンクロ、エクシーズの四種のモンスターを除外しなければならない。同レベルで召喚できるエクシーズはともかく、シンクロと融合は中々にレベルや素材といった縛りも多い。

だからこそ、この結論にたどり着けのだ。ほんの少しでも召喚を早めるため、恐らく各カードは一枚ずつきりのいわゆる"ハイランダー"かそれに近いデッキだと予想したのだ。

恐らくはカード名が異なる相互互換のカードを含めることでデッキのの回転率を高めたもの。それが安雁のデッキの正体だ。

 

「…ま、俺の予想じゃ、アンタのデッキはハイランダーだ…。切り札はともかく…他のカードが二枚入っているか…と言われればアンタは首を振るだろうさ。」

「…いいだろう。"カグヤ"の効果を受け付ける。従って"ゼラの天使"はEXデッキに戻る。―――だが同時に"カグヤ"も手札に戻る。ここで儂がモンスターカードを引けば負けるのは貴様だぞ?」

 

これで次のターンも耐えることができる。そんな妙な安心感と確信が霊使いあったのだ。だからその言葉に対して霊使はこう返した。

 

「ターン、エンドだ。やって、みろよ。アンタ如きにそのデッキが応えてくれるならな…!」

「この…糞餓鬼が…ッ!」

 

今まで下に見ていたものに煽られるという屈辱を一度ならず二度までも受けた安雁はひたいに青筋を浮かべながら霊使を睨む。

だが、睨んだところで帰ってくるのは自分以上に鋭い視線だけだ。

その視線を見ているとどうにも体が震えてしまう。

 

(…馬鹿な…。この儂が、震えている、というのか…?)

 

それがどうしても安雁は許せない。何故、弱いままでいる事を選んだ男にここまで気圧されるのか、弱さを取った男の一言一言に声を荒げたくなってしまうのか。

そんな事を考えてしまう自分が許せない。

 

霊使 LP4400 手札二枚

フィールド 無し

 

「儂のターン…。ドロー…!」

 

たった一枚のモンスターを引けば勝ちなのだ。攻撃力800以上のモンスターを引ければ、それでこのデュエルは終わるのだ。それなのに、安雁は―――

 

「…なん…だと…?」

 

モンスターカードを引くことが出来なかった。正確に言えばモンスターカードを引くことはできたが、それはコンボ用のカードである"ネフティスの語り手"。攻撃力は300しかなく、当然このモンスター一体でリンク召喚できるカードを入れているはずもない。

 

「…"ネフティスの語り手"を召喚…。バトルだ。"創星神sophia"でダイレクトアタック!」

「…ぐ、うっ…!」

 

霊使 LP4400→800

 

「続いて"ネフティスの語り手"で攻撃!」

 

霊使 LP800→500

 

従ってバトルしてライフを削ることは出来ても、霊使のライフを0にするには遠い。安雁はたった500のライフを削ることができず、手札もないため、これ以上の追撃を行う事も出来ない。

安雁は自らのモンスターの効果で追い詰められたのだ。その事にさえ気づけないまま、ターンは霊使にへと移行する。

 

安雁 LP8000 手札0枚

モンスターゾーン 創星神sophia

         ネフティスの語り手

 

今のところ、安雁のフィールドには攻撃力3600の"創星神sophia"がいる。しかしいくら高い攻撃力のモンスターが居ようと、霊使の前には無駄でしかないのだ。

 

「俺のターン。ドロー…。俺は速攻魔法"精霊術の使い手"を発動。手札の"憑依装着―ウィン"をコストにデッキから"憑依連携"を手札に加えて"憑依覚醒"をセット。そのまま"憑依覚醒"を発動。そんでもって手札から"妖精伝姫-カグヤ"を召喚。攻撃力1850のモンスターが登場したためデッキから一枚ドロー。その後、デッキから攻撃力1850のモンスター―――"憑依装着-アウス"を手札に。」

 

だっていくら創星神といえどもカードテキストの書かれた効果は得られないのだから。そう、創星神はその重い召喚条件に釣り合うだけの効果を持っているが、霊使を相手取るなら絶対に忘れてはならないものがある。それは、"効果破壊耐性"だ。霊使のデッキの核となる戦術は"メタビート"。つまるところ相手の行動を阻害しながら少しずつ自分の有利を押し広げていく―――そんな戦い方が霊使の戦法だ。

そして"効果破壊"ももちろんメタビートの特徴であるので、それを読み切れなかったという時点で半分ほど安雁は負けている。

 

「運のいい事に今引いたカードは"妖精の伝姫(フェアリーテイル)"。…"妖精の伝姫"、発動。このカードは一ターンに一度、元々の攻撃力が1850のモンスターを特殊召喚することができるカード!このカードの効果で"憑依装着-アウス"を召喚!」

 

流れは今完全に霊使の手中にある。

この流れを変えるには、すでにこのデュエルに勝つしかないという事を安雁はその肌で感じ取っていた。そして、この状況でそれが可能かどうかと言われれば首を横に振るしかないだろう。

 

「バトルだ!"妖精伝姫-カグヤ"で"ネフティスの語り手"を攻撃!」

「ぐおっ…!?」

 

安雁 LP8000→5850

 

もう既に勝敗は決した。

神の地下あをもってしても弱いままである男を斃す事は出来なかった。

なんで、どうして。

たくさんの「?」で安雁の頭の中が埋め尽くされる。

次のターン、霊使は確実に"創星神"を破壊するだろう。それを防ぐ手立てはもうこのデッキにはない。

だから安雁はここの時点で既に"詰んだ"ことを察していた。

 

「俺はこれでターンエンド。」

 

霊使 LP500 手札0枚

モンスターゾーン 憑依装着-アウス

         妖精伝姫-カグヤ

魔法・罠カード  憑依覚醒

         妖精の伝姫

         伏せ×1

 

たったの一枚からここまでリソースを回復させることに成功した霊使。

この時初めて本当の意味で「デッキが応える」という現象を目の当たりにした気がした。それだけ、霊使自身もこの展開に驚いているのだ。

 

「…儂のターン…ドロー…!…バトルフェイズ…"創星神sophia"で"憑依装着-アウス"を攻撃…!」

「…おい、じゃあメインフェイズは終了って事でいいんだな?…ならそのタイミングで罠発動"憑依連携"!」

 

安雁はみっともなくメインフェイズの宣言を行わずにそのままバトルフェイズに移行しようとするも、そこは当然霊使の"憑依連携"の使用宣言に阻まれる。

 

「俺は墓地から…"憑依装着-ウィン"を特殊召喚!その後自分フィールド上に属性が二種類以上あれば相手フィールド上の表側表示のカード一枚を破壊できる!俺が破壊するのは―――」

 

一度ここで言葉を切る。

そうして安雁のフィールド上の佇む創星神を指さして声高に宣言した。

これが自分達の答えだというように。

 

「俺達が破壊するのは"創星神sophia"!」

 

確かに攻撃力は劣るのかもしれない。それこそ彼の神にとっては自分達の一撃は塵同然なのかもしれない。

だが塵も積もれば山となるというように、彼女の一撃もこの状況に限り、この星を作った神を撃破できるだけの思いが込められていた。

 

「もし、この世界を壊すのが神の望みだっていうなら…、そんな神は、俺達がぶっ殺してやる!この世界を壊す者がいるなら生き返ってでも…この世界を守ってやる!ウィンが!克喜が!みんなが生きる世界を…壊させない!」

 

霊使の言葉に呼応するようにウィンも力を高めていく。

ウィンの杖の先に集う風はいつの間にか大きな嵐を小さく閉じ込めたかのような形をとっていた。

ウィンは杖をsophiaへと向ける。

 

「いっけぇぇぇぇぇッ!」

 

ウィンの杖から放たれる暴風がsophiaの体を少しずつ塵に変えていく。さしもの神も全身が風化するような純粋なエネルギーの塊をもとにした風には耐えることが出来なかったようだ。

 

「ば、かな…!?た、ターンエンド…。」

 

覚醒の効果で一枚ドローする霊使を尻目に、安雁は愕然とした様子でターンエンドを宣言。確かに自慢げに出した切り札がいとも容易く処理されたら愕然とするだろう。

 

安雁 LP5850 手札1枚

フィールド  なし

 

安雁の手札には一枚のカード。そして、フィールド、伏せ共になし。

霊使にとって非常に―――というよりも絶対的な優位があるこの状況。これで、ターンを手放すという選択肢しか出てこなかった以上あのカードは今は使えない何かしらであることは分かる。

 

「俺のターン…ドロー!俺は"ジゴバイト"を特殊召喚!そして、"ジゴバイト"と"妖精伝姫-カグヤ"で"清冽の水霊使いエリア"をリンク召喚!そして攻撃力1850のモンスターが登場したことにより"覚醒"の効果でデッキから一枚ドロー!そして"憑依装着-ヒータ"を通常召喚!」

 

これで霊使の場にはこの戦いに身を投じた時からずっと支えてくれている四人が揃った。四人の攻撃力はそれぞれ3050。一斉攻撃なら例え安雁のライフがマックスだったとしても削り切ることができる。

 

「バトルだ!まずは"憑依装着‐アウス"で攻撃!」

 

安雁 LP5850→2800

 

 

相変わらず杖を魔法に使わないアウス。

走り寄る勢いそのままに思いっきり安雁を杖でぶっ叩いた。妙に質量感のある音を伴って安雁は地面に叩きつけられる。老人には優しくすることが多い霊使だが、このおt子に対して手心を加えるつもりは一切なかった。それを霊使を慕う者たちも同様だ。

 

「これで終わりだ!"憑依装着‐ウィン"でプレイヤーにダイレクトアタック!」

 

ウィンは再び杖の先に力を籠める。さっきの嵐よりも強く、そして鋭く力を籠める。そして先ほどの焼き直しのようにウィンは杖の先を安雁に向ける。

そのエネルギーを支えるために

 

安雁 LP2800→0

 

こうして一つの戦いが終わる。

だが物語の終わりがいつもハッピーエンドであるとは限らない。

安雁のライフが尽きるのと同時に、霊使は膝から頽れた。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

九条克喜がその場に着いたとき、まず視界に飛び込んできたのは荒れに荒れた一つの部屋だった。壁は抉れ、天上はねじれ、近くにはぽっかりと大きな穴が開き、月の光が光の無い闇の中を照らしている。

「…おい、嘘だろ…?」

「皆!来てくれたんだ!早く…こっちに!」

 

そんな中、月光の中心に誰かを抱きかかえて泣くウィンの姿を見た。

まさか霊使まで負けたのか、そんな「最悪」が克喜の頭に過る。

だが呼び寄せる水樹の焦りっぷりはそれが理由ではないらしい。

少し遠くには斃れている男と、まるで意識を失ったかのように機能を停止している創星神の精霊が居たからだ。

この事から少なくとも"負けた"わけでは無いのは分かった。

 

「…皆…俺、勝ったよ…。」

 

霊使は今にも消え入りそうな微かな声でその言葉を繰り返していた。

もうその必要最低限の言葉しか発せられる余裕が無いのかうわごとのように繰り返すだけになっていて見ている克喜の心を抉る。

あともう少し早く来てたら、こんなことにはならなかったのかもしれない。

そんな後悔の思いが首をもたげてくるのだ。

 

「ああ…ありがとうな、霊使…!」

 

それでも自分の無力感を隠すように克喜は言葉を絞り出す。

ここまでボロボロになってまで霊使は戦ってくれた。それを置いて自分の無力さを嘆くことを口にするのは霊使に対する侮辱だと思えたから。

 

「ああ…皆、無事なんだな…。良かった、良かった…。」

 

その言葉を残して霊使の体から力が抜けた。

それがどういう意味か克喜達は知っていて、だからこそそれを認めるわけにはいかなかった。

霊使が死んだなどと、信じたくもなかったのだ。

そんな時、創星神が不意に動き出す。

 

「チィッ!悲しむ暇さえ与えないってか!?クソッたれが!」

 

克喜は霊使を庇うようにして前に出る。全員がそれに倣うようにして霊使の前に出た。誰が何を言おうと霊使はもう英雄だ。この世界を救った英雄の死を辱められるなどあってはならない。

だが、創星神と戦うことは無く、彼の神はゆっくりとその体を光に変えていく。

 

『…この世界は、もう其方達の物。誇ると良い、人の子よ。其方達は神を打ち倒したのだ。』

 

その言葉を遺して神はその体を光に変えていく。

 

『私には為さなければならないことがある。…さらばだ。最後に其方達と出会えてよかった…。』

「何を言っている!どういうことだ!」

 

丸でその場にいない人間と会話しているかのような言葉に克喜は困惑を禁じ得ない。だが、克喜の疑問には答える事無く、彼の神は姿を消す。

 

「…おわった、のか…?」

 

創星神の体であっただろう光の粒が空へと昇っていく。

最後のそれが消えて当たりに静寂が戻った時、思わず克喜はそう呟いていた。

戦いの終幕は余りにもあっけなく、静かで、何とも言えないものだった。




登場人物紹介

・四遊霊使
もう何度目か分からない死にかけ状態。
それでも勝ったし、残す物は残せた。
心残りはたくさんある。けれどそれでも彼は満足した。

・四道安雁
取り敢えずこいつを吊るせば何とかなる。
一部の全ての元凶。創を唆したのもこいつ。
どうやら人間が自然の営みの中で過ごすだけの力を欲していた模様。

というわけで決着です。
アンケートを締め切ります。
次回もお楽しみに。


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神を下した人へ

 

「またここか…。」

 

霊使はまた奇妙な場所に来ていた。というかこんな所に早々に戻ってくるのがおかしいというか。とにかく、ここが普通じゃないという事は良く分かっていた。

死後もまともじゃないのか、せめてゆっくり眠らせてくれ。と、そう悪態をつくしかない霊使。そもそも死ぬ前の心残りが余りにも多すぎる。

例えば克喜との再戦。

例えば結との本気の決闘。

例えばロイとの決着。

例えばウィンと皆とゆっくり過ごすこと。

今ぱっと思いついただけでこれだけの心残りがあった。

それなのに死んでしまっては元も子もないといのに、結局自分は死んでしまった。何も為せないまま―――というわけでは無いのだろうが、それでもまだまだ死ぬには早いと思っていたかった。

まだ酒の味も知らないし、そもそも学業もまともに修めていない。

一人でいる時間だけが黙々と過ぎていく。そんな沈黙に耐え切れず霊使は一度大きなため息を吐いた。

 

「…はぁ…生きたい…。」

 

勿論その言葉に対して帰ってくる言葉は何もない。

死ぬというのは文字通り、「何もない」のだ。

友人も、愛した人も、隣人も、敵も、それこそ死者の魂だって、何もない。身体の機能が止まっているから夢を見ることもないし、脳が死んでいるから何かを感じることもない。

本来なら自意識が残ってることだって異常だし、死んだにしては違和感がすごい。

と言ってももう自分にできることなど無いのだが。これが沙汰が下されるのを待つ囚人の気分なのか―――そんなくだらない事を考えていると、何かが、誰かの声が頭の中に響いてくる。

 

『…なぜそこまで生を望む?』

 

その声は確かに霊使にそんな問いかけを投げかけて来た。

その声は余りにも平坦すぎて霊使に

知らんわ、そんなの。と霊使が悪態を付いてみても同じ問いが帰ってくるだけだった。つまるところ、なんでそんなに死にたくないのかを言うしかこの煩わしい声から解放される道は無いのだろう。それを嫌でも理解した霊使は、しかたなくその問いに答えた。

 

「…もっと、皆と…ウィンと一緒に居たいからだよ。…悪いか?」

『…納得した。少なくとも其方は世界を変えるだとかそんな大層な野心は持ち合わせていないようだな。』

「悪かったな。別に俺は革命だとか、英雄だとか、そんな事に興味は微塵たりともないんでね。」

 

そもそも彼の神を従える安雁と戦ったのも今ある世界を守るためだ。確かに今の社会の在り方は歪んでいるが、それは今を生きる人間たちで直していける。

あの男がどんな世界を望んでいたか知らないが、少なくともあの男の思い描く世界よりかは、ずっと自分の好きな世界を信じていたかった。

だから戦ったのだ。この世界を守るため、そしてこの世界にある過ちを後世に伝えていくために。

それに何よりも自分の好きな世界をもっとウィンに見て欲しかったから戦ったのであって、別にここで死ぬつもりはなかった。出来る事ならウィンと世界のその先を見たかったのだ。

結局の所、霊使も言ったように、友人と、ウィンともっと一緒に居たいから生きたいのである。

さらりと、脳内の声にそう説明する。長い話をしたと霊使は大きく息をしながら愚痴をこぼした。

 

「これで満足か?…現世への未練が無いうちにとっととあの世に逝かせてくれないか?」

『それは拒否する。其方はまだ生きる価値がある。…だが悪党を世にのさばらせるわけにもいかん。』

「悪人じゃなけりゃ生き返らせてくれるってか?」

 

だが一度完全に死んだ人間の蘇生は不可能な事は霊使自身がよく知っている。だからこそ、その言葉に、「生きる価値」があるという言葉に厳しい言葉を返した。

 

『然り。…そして今の問答で少なくとも其方が悪人ではないことは確認できた。…そも、悪人なら自分が世界を支配したいだとか言うだろうな。』

「…違いないな。」

 

霊使はその謎の存在の言葉に苦笑交じりに頷いた。

霊使自身は支配だとか、征服だとかそんな事は微塵も考えていないし、そう言うことは他人の領分だとも考えている。

だから、霊使はその言葉に苦笑することもできた。自分は違うと周りの皆がそう言ってくれたから、それが自分だと認めてくれたから。それを苦笑できる自分だと胸を張って言えるから。

 

「…で、お前は結局誰なのさ。」

『まだ気づかぬか…。察しが悪いなどとよく言われないか?』

 

そうは言われてもそんな物々しい物言いの知り合い、しかも瀕死の時に脳内に直接語り掛けていくどうみてもヤバい人間に関わり合った記憶など無い。故に霊使の答えはい一つしかない。「知るか馬鹿」、だ。

 

『これはひどい…。其方はあれか?よくある恋愛ものの主人公なのか?難聴系の?』

「なんでサブカルに詳しいんだよ!?」

『これでもこの星の知識は大体私の元に入ってくるのでな。…それにしてもそうか。ふむ…。』

 

霊使の頭の声は何かを思案しているような声を響かせる。それはまるで誰がが腕を組んでいる様をはっきりと想像させるもので霊使は思わず吹き出しそうになってしまった。

 

『まずは私の正体だな。私は其方が塵に変えてくれた創星神の残滓だ。あの娘にはいい一撃だっと伝えておいてくれ。』

「…何しに来た?」

 

霊使の声は急に冷ややかなものになる。それを創星神の残滓は当然のことのように受け止めた。敵対していたのは事実だし、そもそもそれでコロッと態度を変えるなら話しかける気にもなれないというものだ。

 

『要件は其方が行き交えるに値するかどうかを見定めるだけだ。…神を斃した人間には褒美の一つでもやらんとな。』

「いちいち鼻に付く言い方だな。」

『見定めるのが私の役目故、な。』

「…どういうことだ?」

 

霊使はその一言で湧いた疑問を、逆に一言にまとめて創星神に投げ返す。その質問を待ってましたと言わんばかりに創星神の残滓は話を始めた。

 

『そもそも私は精霊だ。そして私を見つけ出したマスターにこの星を再び創って欲しいと請われたのだ。見つけ出した人間の言う事を聞くつもりであったのだがな?そこで私という脅威に対して臆さず立ち向かうものが居るというではないか。―――だから、見定めたかったのだ。その者らが望む世界か、マスターが望む世界か、どちらを選ぶべきかを。』

「…で、俺が勝ったから、アンタは今そうして俺に話しかけて来たって事か。」

『然り。…其方は0から1が果てしなく遠いが1から10へ行くのに歯そこまで時間をかけないのだな。』

「うっせ。」

 

残滓は霊使の察しの悪さと理解力の高さのちぐはぐさを指摘して嗤う。霊使はその態度にとんだ悪神じゃないかと笑い飛ばせば、残滓はそれもそうだなとすぐさま同意した。

 

「やべぇ今すぐぶん殴りてぇこの神。」

『はっはっは。本体の私は既に死んで其方に全てを明け渡すから自分をぶん殴ることになるぞ?』

「…は?」

 

理解が出来なかった。見定めるためだとかそんな事を言っておきながら結局既に自分のための蘇生に動いていたのだ。じゃあこれまでの妙に疲れる問答は何だったのか、それに付随する倦怠感は何だったのか。

そんな怒りが渦巻く中で、残滓は霊使に事の真実を告げる。

 

『私が見定めたかったのは「この世界の担い手たるか」だ。見合わなければ蘇生した後はそのまま放置する予定だったが―――いい仲間に、いい相棒に恵まれたな。喜べ。其方はこの世界の担い手たる存在だ。』

「…どこでその判断を下したんだ?」

 

残滓は霊使を次の「世界の担い手」に選んだ。今を生きる人々の心を神は選んだのだ。

だが、当然のように霊使は何処でその判定が下されたのかが分からない。

だが残滓は霊使の疑問にさも当然のように答えていた。

 

『世界は今を生きる人間か作っていく―――そう実感させられたからだ、其方の声と、其方の行動と、其方の声が、私にそう、思わせてくれた。それだけだ。其方も言っていたであろう?「世界が歪んでいるなら自分達で、今生きる人たちで直してやる」と。』

「ま、俺はそういう考えだってだけだ。」

『だからこそ、だ。この世界に生きる人間を信じるその心が、本当に意味で世界の担い手に必要なものだ。それを其方が持っていた。』

「…だから俺を「世界の担い手」?に選んだのか?」

 

彼の神からすればそれは当然の事らしいが、霊使からすればはた迷惑な話だ。世界の担い手なんてそんなものになれるはずもない。霊使はどこまでも霊使だし、霊使にしかできないことだってある。だが、それ以上の何かは霊使にとってただの重荷だ。それに世界の担い手は世界に生きる人々であるべきだ。そう言う考えが霊使の中にあるからこそ、霊使がその言葉にいい反応を示さないのは当然のことだったのかもしれない。

 

『不満なようだな?』

「そりゃあなぁ。俺はそんな器じゃないし。」

『それでいい。…これから先、この世界を栄えさせるも滅ぼすも全部自由にせよ。其方ならきっといい未来を作れると信じているぞ。―――其方の人の生の完遂を持って、其方を新たな神に叙するとしよう。ではな。』

「…おい?最後聞き捨てならんセリフがあったんだけど!?ちょ、待って!消えるな、耐えろ!」

 

だが、神の残滓は霊使いの不満を満足気に受け取って、そして消えていく。霊使に『新しい神』という特大級の爆弾を置き土産として残して。

それは神のささやかな仕返しだったのだろう。最低限人として生きて、その後はどうなるのだろうか。それを話してくれないから余計に不安になってしまう。もしくはそこでどういう選択をするかというのも「世界の担い手」、これから先の世界の未来を創っていくものの素質として測られるのだろうか。

そんな事を考えていると、霊使の意識が急に何かに引っ張られていく。

 

(ちょっ…こんな、無理矢理ぃ…!?)

 

神を打ち倒した褒美とした得た普通の人としての生。なんで自分だけがという思いもある。もっと生き返らせることもできただろうという苛立ちもある。余りにも都合が良すぎるという疑問もある。

それでも、霊使は次に現実で目を覚ました時、最初に何を言うか決めていた。その言葉は―――

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

町からはいつの間にか戦闘音が消えていた。

それはつまりこの戦いは終わりを告げたという事だ。それなのに、誰一人として歓声を上げようとしない。

それはこの町に住む誰もが一人の少年の安否を気にしているからだ。この騒動の元凶と戦い、そして打ち勝った少年。それでも少年はその戦いの中で傷つき、元凶と半ば相打ちのような形で倒れてしまったという。

そして、その少年を担いできた仲間たちは何とかしてほしいと大声で叫んだ。

取り敢えず息をしていることから死んではいないということは分かる。が、それだけだ。少年の親友の声にも、少年の一番大切なパートナーの声にも、一緒に戦ってくれた仲間たちの声にも反応を示さない。

だれかが救急車を呼んだと叫んだ。だれかが、とりあえず横にさせようと叫んだ。

気付けばこの町に住む誰もが少年を助けるために動き始めていた。今自分達が生きていられるのは少年のお陰だから、その恩をここで返したいと思った。

きっと直接お礼を言いたいとい人も多かったのだろう。その中には打算で動いている人の姿もあったはずだ。それでも、今この町は、少年を助けたいという思いの元一つに纏まっていた。

夜が明けるまでの時間、少年を横たえるだけのスペースを作ったり、救急車の通る道を整備したりと誰もが少年の無事を祈って行動していた。

そして、夜が明けて朝日が少年の顔を照らす。

 

「…うおっ…眩しッ!?」

 

そんな中余りにも場違いで、でもその場にいる誰もが待ち望んだ声が響く。

見れば、きょとんとした顔で一人の少年が体を起こしていた。

 

「…遅いんだよ、バカヤロー。」

「…わり、寝坊した。…おはよう、皆。そして、ありがとう。」

 

少年は仲間とそんな会話を繰り広げて、そしてこの場に居る全員に届くような声で礼を言った。

その声を聞いた途端、周囲で歓声が巻き起こる。

誰も彼もが英雄の目覚めを声を上げて祝福していた。

 

「…霊使。これが…。」

「ああ、ウィン。」

 

嘗ての居場所では絶対に見られなかったものが今、この場で見られている。

この戦いは、苦しいことも、悲しいこともたくさんあった。

少年と少女は朝日の中で手をつなぐ。

少しずつ青くなっていく空に人々の歓声が吸い込まれていった。

 

「…」




登場人物紹介

・四遊霊使
一体何回死にかけているんだろうね。この主人公は。
守れるものを守り切った結果本人も望んでないが英雄になった。
いくら本人が否定してもその在り方は確かに多くの人の心を動かしたのだ。
嘗ての居場所では得られなかったものを全て得た。

・神の残滓
霊使を新しい神にすることを決めた。
神の地位からは霊使の中に眠るが、霊使が人として真っ当な死に方をしない限りはその力が解放されることは無い。
嘗ては敗北者だった少年に世界を担わせた。

次回、一部完結です。


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世界の終わりまで君と一緒に

 

それからの話をしよう。

この事件では死者472人、重傷者約1300人、軽傷者は70000人以上という未曽有のテロ事件となった。ただこんな大事件であったにもかかわらず行方不明者は一人しかいなかった。

ただ死体には焼死体も多く、死体の身元の判別には相応の時間を使った。

この事件の主犯格とされる四道安雁、四道真子、四道零夜の身柄は確保され拘留所に移送。その後は起訴されてその罪を裁かれることになるとのことだった。また彼らに同調した者たちも同じように逮捕され拘留されているという。

これだけの事件を巻き起こしたのだ。普通は死刑、良くて無期懲役が妥当だろう。

霊使は未だに自分の事を恨めしげに見て来る安雁の顔を忘れることはできない。なんでそんな顔ができるのかと憤慨したのを未だに覚えている。

ちなみにだが霊使は病院に救急搬送されて、精密検査。そこで肋骨、大腿骨の骨折、頭部に軽度の裂傷などなどが認められ、病室にぶち込まれることになった。けがの程度もひどく全治三か月の重傷だったらしい。後、診察した医者曰く「こんな体で良く動けた」と言われるほどの大けがだったそうだ。

思いっきり壁に叩きつけられてそれならば少しはましだと思うのだが、それを言ったら入院がさらに伸びかねないので黙っておくことにした。

入院中はずっとウィンやエリア、ヒータにアウス―――四霊使いの面々に抱き着かれていた。死ぬ寸前だったし、視線を何度も乗り越えた相棒達の精一杯の甘えだと思って頭をなでる。

なお霊使は予想よりも少しだけ早く怪我が癒えて少しだけ早く退院。入院費が少しだけ浮いてほくほくとした顔つきになっていた。

戦場となった端河原松市の中心街との近郊は全て壊滅。都市機能を喪失したため、端河原松市という市はその歴史に幕を下ろし、周囲の市に分割、吸収されることになるそうだ。

そして旧端河原松市に存在していた学区はそれぞれ吸収合併した市の学区になるそうで、霊使達はそれぞれ別の学校に来春から通う事になる。

これから約半年はオンラインで履修を行う事になり、これは入院している霊使やけがをした学生の事を慮っての事であった。

 

「学生の本分は勉強だから」

 

と、このオンライン授業は旧端河原松市の学生全員で受けるらしく、新たな友情が芽生えるに違いないだろうと旧市の教育委員会は推測している。

また、霊使達は住んでいる地域がちょうど市の境にあるため、来春からは別の学校に通う事になるようだ。他の仲間たちもみんなバラバラになってしまうのは少し悲しい事ではあった。

それでも大丈夫だろう、とみんなで泣いたのはいい思い出だ。

そして全てが片付いてから、四か月。霊使達は今――――

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

霊使と彼の傍にいる事を選んだ精霊たちは町の近くにある展望台から少しずつ在りし日の姿に戻っていく街並みを眺めていた。崩れた建物は取り壊し作業が、それ以外の建造物では復興作業が進められている。

 

「…信じられんな。もう既にここまで復興が進んでいるとは。」

「現代は機械と技術の二つがドッキングしてるからね。」

 

クルヌギアスはあの惨劇から四か月ぽっちで復興を始める人間の強さを見て嘆息した。マスカレーナはその嘆息に呆れ半分で同意半分で返す。

二人はここに来るはずの人を待っていた。マスカレーナに「多分遅れる」という言伝を残したその人物は今、自分達にとっても最も大切な人をここに連れてきている。

 

「この町の人々を命を賭けて守った理由が良く分かる…強いのだな。」

「うん。とても強い。あんなことがあったっていうのにもう呑気に決闘大会ひらいてるんだよ?」

「…それは、なんというか、凄いな?」

「でしょう。…でもこれが彼が信じた人の強さだっていうなら…うん。守れてよかったんじゃないかなぁ?」

 

二人はその大切な人を待つためにここで話している。といっても、別に待ち合わせが何処だとか、ここで待っているだとかは何一つ伝えていない。ただ、ここに居たいからいるだけだ。自分の大切な人が命を賭けて守ったこの町を一望できるここで自分達がなしたことの成果を確認したかっただけ―――そう言いきってしまえばそうだし、そうじゃないといえばそうじゃない。

ここにいる目的なんて多分、何もいらないのだ。

 

「それにしても、まさか霊使が神になるとはなぁ?」

「そうだねー…。死にかけた挙句に神になるなんて前例が無さすぎて笑うしかないよねって感じ。」

 

二人の話題は自然とと二人のマスターである霊使の事へと移っていく。

霊使が退院して、家で急に「あ、神様はじめました」と軽い口調でいうものだから思わず「そんな軽く言うか!?」と突っ込んでしまったクルヌギアス。そのツッコミが出た話題に関しては全面的にクルヌギアスが正しかったのかマスカレーナも苦笑しながら話を進めた。

 

「…神様…か。」

「…不思議なものだな…。マスターはどんどん(わたし)達の先へと進んでいっている。…それが少し羨ましくもある。」

「今回の件に関しては全面的にあの悪神のせいだと思うけどね?」

「まあ、な。」

 

二人は霊使から事の次第を聞いたのち大きく息を吐いて、声を揃えて「嘘でしょ!?」と叫んだ。霊使自身も嘘だと信じたかったが「これが現実」としか言いようが無かったらしい。

それを聞いたとき全員頭を抱えたがそれも致し方なしというものだろう。

そんな風に二人で談笑していると後ろから急に声を掛けられた。

 

「…おーい、二人ともー!」

「出発するよー!?」

「ああ、今行く。」

 

その声の主はヒータとエリア。これまでの間で寝食を共にし、すっかり友人のような関係になっていた。

ヒータとエリア、それにアウス、ライナ、ダルクの誤認はこちらに向けて一目散にかけて来る。

その光景を眺めているといつの間にか後ろに5人の気配を感じた。いつも通りの慣れた五人の気配に安心したように息を吐くクルヌギアス。

今は何もない平和をただ噛みしめて歩いて行こう。彼の神との因縁は未だに尽きてはいない。そんな気がしてはならないのだから。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

四遊霊使は5人に無理を言って先に行ってもらった。

みんなが居る前ではこっぱずかしくて言えないことをこれからいうつもりだといえば一部の水霊使いが煽りつつも納得してくれた。

皆の配慮に感謝しながら霊使はウィンとともに歩く。

 

「なんで二人っきりになったの?」

「…一応言っておきたいことがあってさ。」

 

霊使はポリポリと恥ずかし気に頭を掻く。

そのまま何も言わなくなってしまった霊使を前にウィンは思わず首を傾げてしまった。

 

「何さ、その言っておきたいことって?」

「…俺さ、神になるって言ったじゃん?それで皆も俺に付いてきてくれるって話になったじゃん?…後悔してない?」

 

霊使は説明をした夜にその事を皆に聞いていた。永遠とまではいかないけれど悠久の時を過ごすことになるかもしれないと。それでもついてきてくれるのかと。

みんなその問いに二つ返事で了承してくれた。むしろなんでそんな事を聞くのかとさえ怒られてしまった。霊使は自分が思ってたよりもずっと皆に愛されていたんだとその時気付いて、それと同時に少しだけ後悔もした。

「こんなに良い子たちを自分に付き合わせてしまうのは如何なものか」と。

それで霊使思い切って聞いてみることにした。「その選択に後悔はないのか」と。

しかしその問いを聞いたウィンはそれはもう、物凄く不機嫌な顔になった。

 

「前にも似たようなこと言った気がするけど私達は君の傍に居たいからその事を受け入れたの。…分かる?」

 

最近気づいたことだが、ウィンが自分の事を「霊使」ではなく「君」と呼ぶときは大体不機嫌な時か、もしくは便宜上そう呼ばなければならないとき位だ。今この話に限って言うならば後者での理由は絶対にありえない。つまるところ、霊使から見てウィンは今物凄く不機嫌というわけだ。

 

「…それにね。世界の終わりまで好きな人と一緒に居られるって、それほど素晴らしいことは無いと思うんだ。君は…霊使はそう思わないの?」

 

ああ、どうやら彼女に対してこの質問は愚問だったようだ。それをこの短いやり取りで悟った霊使は素直にウィンに謝った。それに加えて―――

 

「…もしウィンが良ければ…これからもずっと俺の傍にいて欲しい。俺は、世界の終わりまで君と一緒に居たい。」

 

霊使も素直に自分の気持ちを伝える。顔から火が出たのではないかと勘違いするほどに顔が熱くなる。それでも、霊使はウィンにこの気持ちを伝えたかった。これまでも、そしてこれからも、ずっと隣にいる大切な人(相棒)に。

 

「…行こうか、霊使。」

「そうだな。行こう。」

 

きっと二人が一緒でなければこの光景は見れなかった。

きっとどこかで何かが違ったら、こんな幸せな結末を迎えることは無かった。

それでもまだ霊使の前には無数の道が広がっている。そこでどんな道を選択して、どんな道を歩むのか、それこそ霊使の自由だ。それでも、同じ道を傍で歩いてくれる人がいれば人はより幸せになれる。

霊使の道は終わらない。

その歩みを先に進める限り、未来は無限に広がっていく。時には道を阻まれることもあるし、道が見つからないことだってあるだろう。でもそれさえも楽しんで前へと進む。

きっと、それが霊使達にとって「生きる」という事だから。

霊使はゆっくりと歩きだす。ウィンもそれに連れ添うように歩き出す。

二人の未来にはきっといいことが待っているはずだ。そんな些細な事を信じて霊使達は今を生きていく。

これからの霊使の道を示すかのように、空は何処までも青く澄み渡っていた。




一部完結です。
この小説は元は自分の自己満足なものとして書き始めました。
始めの頃はデュエルモンスターズのルールを間違えたりカード名を間違えたりと散々なものでした。多分今も文章を作る能力が低く、醜い話になってしまった事も多いでしょう。
それでもここまで続けてこれたのは皆さまの支援があったからこそだと思います。
誤字脱字をご指摘をくれた皆さま。
乾燥をくれた皆さま。
評価をくれた皆さまに感謝をいたします。
しかしまだまだ霊使君の物語は終わっていません。

というわけで一部と2部の間におこるちょっとした騒動を1.5部として投稿します!
まぁ霊使君と四道の因縁にケリをつけることが目的の一部だったので!
というわけでここで一旦区切りとなりますが投稿頻度は下げません。

それでは次回をお楽しみに!


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1.5部:一章【壱世壊に轟く叛逆(ティアラメンツ・リベリオン)
壱世壊に導かれし者(サモニング・ティアラメンツ)


というわけで1.5部始まるよー。
とり合えずアンケート上位三つを1.5部にします。
よってデッキ強化とエルドリッチ使い登場イベント。
それにみんな大好きティアラメンツイベントの三本立てでお送りします。
とりあえず本編にはほとんど関わらないティアラメンツ編をどうぞ!(好き勝手やれるし)



 

これは少年が神と対峙する話の裏で起きたもう一つの戦い。

それは世界を救う戦いでありながらも世界の在り方をを壊すことを望む者たちの戦いである。

邪悪なる王に叛逆する人魚姫とそれを支え、見届ける二人の男の物語。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

渡瀬海斗(わたらせかいと)、17歳。父親は酒におぼれ、母親は何年か前に失踪。そんな荒れた家庭環境で学校になど行けるはずもなく。気づけば父親が膨大な借金をしてまで酒を買いあさっていた。

日々の生活費を稼ぐためにバイト漬けの日々。それでも稼いだバイト代のほとんど全ては父親の酒代と借金のかたに消えていく。それに最低限の食費と光熱費を合わせれば貯金できる金額はほぼ0―――たまにマイナスを叩きだす。

それを帳消しにするため一日のほとんどをバイトして過ごすようになり、気付けば海斗の時間は中学を卒業した15歳の時で止まっていた。

 

「…所持金たったの183円…。俺も皆とデュエルしたいなぁ。今持ってるデッキは流石にちょっと…クソゲー量産機だし…。」

 

そもそも海斗にとってデュエルは仲間と楽しむものではなく生きていくための手段だった。

だがあるデッキを使用し数多の大会を荒らしたことでここら周辺の大会の一切から締め出されてしまった。

先攻壱ターンキルを狙うデッキなので当然と言えば当然尚だが。それに加えその大会で得た賞金も父親の酒代に消えている。おかげで今の海斗個人の所持金はは200円を切っていた。当然これでは定価165円のパックを一つ買う事しかできない。デュエルをするのにデッキは40枚必要なのでたった五枚のカードしか入っていないパックを買う事に何ら意味はない。新しいデッキを作る事は不可能だからだ。

それでも。

どうしても、という感情が海斗の中に湧く。

足は自然とカードショップへと向かっていた。これはきっと、買えという神の思し召しなのだろう。そう信じた海斗は急ぎ足でカードショップに入店する。

そしてすぐにパックを売っている場所に足を運ぶ。

ある程度出るカードの傾向を搾られたパックも売っているが基本的に売っているパックは闇鍋そのものだ。どんなカードが収録されているか、カードリストが公開されてないし、それこそ誰も入手したことが無いようなカードが入っているのもざらだ。

だから、特に深く考える事無く、海斗は一つのパックを手に取る。「呼ばれた気がした」というのもなんだか変な感じだがとにかく自然とそのパックに手が伸びていた。

パックはサーチ行動が無意味なように作られているため、本当にそのパックに惹かれたとしか言いようがない。

 

「…これくださーい。」

「はい、165円ね。」

「170円で。」

「はい、5円のお返しね。」

 

レジで会計を済ませ店員に軽く会釈しながら店を後にする。なけなしのお小遣いで買ったこの一パック。一体どんなカードと出会えるのかワクワクしながら大事に懐にしまう。

海斗はこの一パックに封入されていたカードに導かれて異世界へと向かうことになるとは、この時微塵も思っていなかったのだ。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「おい何処行ってたぁ?」

「…散歩。」

 

家に帰ると酒瓶片手に父親が迎えに来る。が、その様子は新しい酒を期待していたという感じで特段海斗の無事を気にしたものではない。それが海斗にとっての当り前で、日常。こんな以上は風景は既に海斗にとっては見慣れたものだった。

 

「ちっ…酒はねーのかよ?」

「そりゃあね。お酒が欲しいんだったら父さんが買いに行ってくれないと。…未成年の俺はお酒は買えないし。」

「使えねー…。」

 

心無い言葉を受けようと、海斗はたいして気にしない。こんなことでいちいち気に病んでいては明日のご飯さえ食べる事ができない。

だからもう慣れた様子でその言葉をスルーして、海斗は部屋に籠るのだ。

いつもはただ横になるだけの部屋でも、たった一つのパックのお陰で少し変わっているような気がした。

 

「どれどれ…?」

 

何が収録されているか分からないパックを開ける楽しみはこんなにも大きいものか、と噛みしめながらパックの袋を破る。

 

「…【ティアラメンツ】…?それに、【壱世壊(いせかい)=ペルレイノ】…ってこんなカード、知らないぞ?」

 

そのパックに入っていたのは【ティアラメンツ・ハゥフニス】、【ティアラメンツ・メイルゥ】、【ティアラメンツ・シェイレーン】、【ティアラメンツ・キトカロス】、そして【壱世壊=ペルレイノ】の五枚。また【壱世壊=ペルレイノ】は一見何も関係ないように見えるカードだが、効果を見てみれば【ティアラメンツ】関連のカードであることは明らかだった。

だが、なによりも海斗が惹かれたのは【ティアラメンツ・キトカロス】の美しさだ。まるでステンドグラスのような装飾が施された服を着た彼女の姿が、その憂いを帯びた顔ような顔が、美しい蒼海を漂うかのようなその構図が、海斗の心を打ち抜いたのだ。

 

「綺麗だな…。」

 

俗にいう一目惚れという奴だろう。この胸の中に感じるときめきはそう考えなければ納得できない。

とにかく、このカードたちの情報を調べようと思い、もう一度外出の準備をする。

その時だった。海斗の目の前でとんでもないことが起きる。

 

「…えっ?」

 

なんと【ティアラメンツ・キトカロス】と【壱世壊=ペルレイノ】が輝きながらこっちに突っ込んでくるではないか。その現実離れした光景に思わず目を丸くしてしまう。

 

(…使えるかどうか分からないけど…このデッキだけでも…!)

 

何があるか分からない。だからそのデッキを引っ付かんだのは海斗自身の勘だ。

結果として、海斗はその勘に救われることになる。

 

そうして海斗は半ば強制的に壱世壊に行くことになってしまったのだった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

この世壊はいつだって理不尽だ。

この世壊はいつだって悲しみに満ちている。

この世壊はいつだって誰かが傷ついて涙を流している。

だから「私」は誰かに、この世壊を壊してほしかった。

 

その感情が本当にいいものかは知らないけれど、仲間が傷つく姿を見るのはもう嫌だった。

なんでこの世壊はこんなにも歪んでしまったのだろう。

いや、その原因ははっきりとしている。あの男―――「レイノハート」が現れてからだ。

レイノハートはこの世壊に来るや否や、私達に涙を流させるために、一人仲間を殺して、従属を求めて来た。

私達がそれを拒めば一人、また一人と殺して従属を迫って来る。

いくら抵抗しても悪魔の如き力を持つあの男の前には全てが無駄だった。あの男が無造作に腕を払うだけで仲間が無残にはじけ飛ぶ。

それだけでは効果が無いと気づいたあの男は性質(たち)の悪い事に殺した仲間を標本にして飾り始めた。

それでも従属することを拒んだ私達は、とうとう4人になるまであの男に数を減らされた。

そこで私は私の全てを差し出すことで後の三人を守ることにした。

こうしてペルレイノは完全にレイノハートの手に落ちてしまった。

それからレイノハートは私達全員に逆らわない様に心を縛る錠前を付けて、私達を完全に支配下に置いた。いざという時は私達は心を縛られてあの男の命令通りに動く肉人形に成り下がる。

それに動きを止めるということは相手の攻撃を体で受け止めさせるための盾にもなり、相手の攻撃を見えにくくするための壁にすることもできる。

そうして私達は真珠の涙を流し、その涙はあの男に回収され、あの男の私腹を肥やすに終わる。

 

だから、私は助けを呼んだ。

私達を誰よりも早く見つけてくれた人に、私達を救ってほしくて、誰かをこの地獄に巻き込むことにした。

それは本当に申し訳ない事だと思うし、名前も知らないあなたはここで命を落としてしまうかもしれない。

それでもきっとここで動かなかったら後悔する。あなたが命を落としてもきっと後悔する。

どちらにしても地獄で、でもそうしなければここは解放できないから。事が終わり次第、私の全てをあなたに差し出そう。この命も、全て。私一人でこの世界が救われるのなら―――。

―――空に二筋の流星が見える。その内の一つがきっと私達を見つけてくれた人なのだろう。

こんな方法で助かってはいけないと分かっているのに、どうしても助けて欲しいと願ってしまう。

きっとそれは許されることの無い感情なんだろう。

ああ、それでも許されるのならば――――私は、私達は生きたい。

 

ここは壱世壊=ペルレイノ。名前も知らない人よ、ようこそ、地獄へ。




登場人物紹介

・渡瀬海斗
今章の主人公。
ちなみこの章は霊使君は出てきません。
パックから世界で初めてティアラメンツカードを引き当てた。そのせいでペルレイノとかいう地獄に異世界召喚されちゃった主人公。
彼と彼のデッキはペルレイノを救えるか!?
名前の由来は「渡る」+「世界」+「人」。後人魚姫らしく「海」

・「私」
海斗をペルレイノに呼んだ張本人。
海斗をこの地獄に引きずり込んだことを後悔しているが、ここで呼ばなくても恐らく地獄が確定しているので呼ばなくても後悔するというジレンマ。
なお偶然たまたまもう一人もきた模様。

地獄のような「壱世壊編」、開始です…。
次回もお楽しみに…。


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漣歌姫との邂逅(ティアラメンツ・エンカウンター)

 

海斗は自分がカードに吸い込まれるという不思議体験をすることになるとは思いもしていなかった。いや、とある町ではなんか怪盗が居ると聞いたことがあるが、これはそれ以上の衝撃だ。

 

「…ペルレイノ…か。」

 

空は暗く、そして何故か円形の水の塊が浮いているようにも見える。何とも摩訶不思議な場所にたどり着いたものだと海斗は思う。

半ば拉致されるような形でこの世界に飛ばされたが、なかなかどうして、悪くない。

流れる水の音が、妙に心地よい。まるでこの場所で生まれたのではないかという心の安らぎさえ覚える。

 

「…でも広さの割には、なんか静かな気がする…。」

 

見渡す限りの視界には水と岩場が広がっている。この場所はどうやら地球以上に水の保有量が多いようだ。海斗は水に手を突っ込んでみる。その水は透明度が高く、ひんやりとしていてそのまま飲んでも大丈夫そうだという感覚を海斗に与える。

 

「…美味しいな…。」

 

町をぶらついている間一切の水を飲まずにいたせいか、ただの水でさえ美味しく感じられた。

いっそこの場所に住むのも悪くないな、とそんな感想を抱きながら周囲を散策する。

確かに水は美味しいが、それだけでは生きていくことはできない。

とにかく食料を探すために海斗は岩場を歩く。

 

「…。」

「水音…?魚、か?」

 

海斗の耳にはチャポンという何かが水に落ちたときのような音が聞こえて来た。魚がはねたのかと思い水音が聞こえた方向に行くも、その場所の水面には波紋が残っているだけ。

逃した魚は大きい―――かどうかは分からないが恐らくは魚かそれに準ずる生物はいるだろうと結論付ける海斗。

 

「…。」

 

そんなことをしているせいか、海斗はいつまでたっても水底にある監視の目に気づくことは無かった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「…What's time is it now?」

 

海斗はあれからというもの食料を探し求めてその辺をうろついていた。

まさか最初に居た魚と思われる生物以外まともな生物に出会えていない。歩いていても見つかるのは真珠らしき何かだけだ。

ただ、これを持っていると胸が締め付けられるような、心が痛くなるような、とにかく嫌な感じがした。多分これはまともな方法で作られたものではない、という事が嫌でも感じられる。

 

「…悍ましいね…。」

 

一体これを作るのにどれだけの人を傷つけたのかが想像できない。それだけ海斗の手の中にある真珠のような何かは憂いのような何かを帯びていた。

ところで、と海斗は拾い上げた真珠ののようなものをどうしようかと苦悩する。

まともな人間なら手放すことも考えたのだろうが、生憎と今の海斗は空腹でまともな判断ができない。

「誰かの落とし物かも」と半ば思考を放棄してズボンのポケットに突っ込む。

 

「…食べ物は無いかなー…。」

 

海斗は思考は食べ物を探すという事に戻すと、食料を求めてさまよう。

勿論食べ物を求めて散策しているのだから周囲を注意深く観察することになる。するとこの世界のちぐはぐさに気付いてきた。

 

「…妙に静かだ…。」

 

この場所は生命の息吹のような、生物の気配がほとんど感じられない。確かに水の流れは美しいが、ここまで何もいないと「寂しい場所」というイメージの方が強くなってくる。

更にここまでくると最初に居たと思われる魚と思われる生物もまた別の何かなのかと下手に勘ぐってしまう。

 

「まさか、生物がいない死の土地ってパターン?」

 

少しだけ声を大きくして周囲の反応を探ってみる。が、当然そんなものはない。

だが、もし海斗が今口にした通りの土地ならこのままでは非常に不味いという事になる。

人間は、3分空気が無いか、3日水が無いか、3週間食料が無いと死に至るという話をどこかで聞いた。先ほど口にした水は真水だったし、地上の空気は清涼な感じはするが、人間が呼吸するには十分過ぎるものだろう。

 

「どうするかな…。」

 

だが食料が無いというのは非常に不味い。食料が無ければ飢えをしのぐこともできないしそのうちまともな行動がとれなくなるだろう。

もしそれを見越して襲われたら―――多分魚か何かの餌になるんだろうか。

そんな変な考えが浮かんで、振り払うように頭を左右に振る。そしてもう一度これからについて考えることにした。

 

「…まずは拠点を見つけないとね。」

 

それに加えて、今の海斗にとってもう一つ重要な事がある。それは捕食者から身を守れるだけの拠点をどこかに拵えるという事だ。

拠点もできればそこで身を休めることもできるし、その付近で食料集めをすることもできる。

そうしてまた動き出そうとしたところで―――

 

「…むぅ…。」

「…ん?」

 

海斗の耳に幼い声が響く。その声がする方を見てみれば水面から明らかな人工物が出っ張っていた。どうやら浅瀬だったらしくて、全身が水に浸かることは無かったようだ。髪やら肌やらが水面の下に見えている。

どうやら頭についているティアラらしいなにかがが水面から出っ張っていたようだ。頭隠して頭頂隠さずとでもいえば良いのだろうか。とにかく海斗はティアラらしい人工物から目を逸らした。

ここは見て見ぬふりをするべきなのか考えて―――そしてもう一度、人の方を見てみる。

そこには水面から半分だけ顔をのぞかせている幼い少女の姿があった。腕や足の先が魚のひれのようになっているのを水面越しに見て取れる。

 

「…あ。」

 

二人の声が重なる。海斗はその顔にどこか見覚えがあるな、なんて思いつつ。

少女は顔を真っ赤にして水から飛び出してくる。半ばやけくそのような雰囲気を纏わせて少女は海斗へと躍りかかる。

 

「ああああああ!」

「…もしかして混乱してらっしゃる!?」

 

少女は奇声を上げながら、ハンマーのようなものを取り出して海斗目掛けて降ってくる。が、その動きは直線的で、速度もそこまで速いわけじゃない。だから、海斗は簡単にその一撃を避けた。

 

「ふぎゅ!」

 

そのまま少女は顔面から地面に激突。その衝撃でハンマーのようなものが少し低く放り出されて、そのまま少女の頭に落下。ぷるぷると震えた後―――大声で泣き始めた。

 

「ちょっと!?メイルゥ?どうしたの!?」

「…あの、これは違うんです!」

 

大声で泣き叫ばれれば流石にばれるわけで。

海斗は少女―――メイルゥという名の少女の連れと思われる人物に向かってそう言い訳せざるを得なかった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「うぎゅ…ぐす…。」

「よしよし…。で、つまり?貴方は「真珠のようなもの」を拾って…で?たまたまこの子…メイルゥと目が合って?混乱したメイルゥが襲い掛かってきて?」

「で、そこに貴女がきた。…としか言いようがないですよ。」

 

メイルゥを抱きかかえる少女―――シェイレーンは自分の名前だけ告げると、手早く両者から事情を聴く。二人の証言がおおよそあっていたことから海斗が言っていることはシェイレーンに信じてもらえた。

だが、シェイレーンは海斗に疑いの目を向け続ける。それは何故か。

 

「…どこでその「真珠のようなもの」を拾ったの?」

「食料を探している間に。…シェイレーンはこれが何か知ってるの?」

 

海斗はポケットから先ほど拾った「真珠のようなもの」を取り出してシェイレーンに見せた。シェイレーンはメイルゥと同じ形態をしている腕でそれをひったくるように取る。

あからさまに嫌な顔をしながらそれをじっくりと眺める。その様子を見て海斗は「やはりまともなものじゃないか」と結論付ける。

 

「…メイルゥ?本当にこの男は誰も泣かして無いのね?」

「うん。それは言い切れるよ。」

「そう…。」

 

シェイレーンはようやく安心できたといわんばかりにため息を一つ付いた。

海斗はシェイレーンの言葉からなんとなくこの「真珠のようなもの」の正体を察してしまう。

 

「…貴方、名前は?」

「海斗…。渡瀬海斗。」

「そう、カイトっていうのね。…話したいことがあるわ。一緒に付いてきて頂戴。」

 

シェイレーンの何かを求めるような視線に海斗は迷わず頷く。

そうしてシェイレーンは海斗の手を取って一気に水に飛び込んだ。

 

「ごぼぉ!がぼっ!がぼぼぼぼ!」

「…もしかしなくても貴方‥‥カナヅチ?」

ごぼぉ!(そう!)

「そう。…頑張りなさい。」

ごぼぉ!?がぼ、がぼぼぼぼぼ!(うそぉ!?この、悪魔ァァァ!)

「あら、人魚だもの。どちらかというとそっち側なのかしらね?」

 

なお全く水泳ができない海斗はシェイレーンに付き合って死にかけたのだが、それはまた別の話だ。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

海斗は移動している間にこの世壊―――ペルレイノで何があったのかを聞いた。

それを聞いた海斗は善良な事もあってか「レイノハート」という男が行った悪行の数々に思わずえづいてしまう。彼の男がやったことは正気の沙汰ではない。その男の蛮行を止めるためにこの世界に呼ばれたのだと思うと、なんとなくあの二枚が迫ってきた理由も分かった。

助けて欲しかったのだ。レイノハートという男の暴虐から、ペルレイノと、ティアラメンツの皆を。

彼女たちティアラメンツの涙は真珠に変わるらしい。なるほど、泣かして荒金稼ぎとは何とも悪党らしい。

 

「…とにかく、拠点は貸してあげる。食料もあるから自由に使って。」

「ありがとう、シェイレーン。」

「…どういたしまして。」

 

とにかくこれですべての課題が解決した―――これで明日も生きられるという安堵と共に案内された掘立小屋の扉を開ける。

 

「…誰だ?」

「…話し位通しておくれシェイレーン…。」

 

今度は顔も知らない男に剣を突きつけられた。多分今日は厄日なのだろう。そうでなければ流石に日に何度もこう警戒心を露わにされることもないだろう。

 

「…シェイレーンを知ってるのか。」

「うん。俺、メイルゥって子につけられてたみたいで…。」

「何かあったのか?」

「酷い言い方をすればメイルゥの自爆…かなぁ…。」

 

シェイレーンの名を出すと男は警戒心を少し緩めて、海斗を室内に招いてくれた。男は剣で丸太を真っ二つにして腰掛を作ると、テーブルの前に無造作に置く。

 

「何、手を出すつもりはない。…座りなよ。」

「そうさせてもらう。」

 

二人はそのまま対面に座る。海斗は男が入れてくれた白湯をすする。それがひと段落した後、海斗は自分の話を切り出した。

この世界に急に飛ばされたこと。

そこで食料を探しているときにメイルゥと目が合ってしまった事。

それで混乱したメイルゥがハンマーのようなものを片手に突っ込んできたこと。

それで殴られると死ぬのでその一撃を避けたらメイルゥが顔面ダイブ、そのままハンマーが頭に直撃、大泣きしてしまったという事を語る。

それを聞いて男は馬鹿らしくなったのか、それともツボにはまったのか少し笑顔を漏らした。

それと同時に何かちんまい二頭身のナマモノが姿を現す。

 

「…なるほど…。それでシェイレーンに疑われたって事か。災難だったな。」

「ま、今は信じてもらえたようで何より、だけどね。」

「違いない。」

 

二人は笑い合う。今度は海斗が名前の知らない男から話を切り出してきた。

 

「…俺の名前はヴィサス=スタフロスト。で、こっちが非常食のライトハートだ。」

「おう、俺がライトハート様…て誰が非常食かぁっ!?」

「俺は渡瀬海斗。よろしく。」

 

海斗は目の前の男とナマモノ―――ヴィサスとライトハートと談笑する。

その光景はここが敵地の中であるという事を忘れさせてしまうほどの光景で、ヴィサスに用事を伝えに来たシェイレーンが困惑したままフリーズするという事があったがそれもまた別の話だ。




登場人物紹介

・海斗
一般人。お腹も減る

・メイルゥ
一番感情豊かな子だと思う

・シェイレーン
多分みんなのお姉さん的な

・ヴィザス
たぶん海斗と波長が合う。

・ライトハート
非常食

えー、ハゥフニスが出ていませんが大丈夫です!
次回ででます…多分。

というわけ次回もお楽しみに


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漣歌姫との邂逅(ティアラメンツ・エンカウンター)

海斗がティアラメンツ、そしてヴィサスと邂逅してからどれくらいの時が経ったのだろうか。

いつも空が暗いせいか、今の時間とかはさっぱりわからない。ただシェイレーン曰くレイノハートが来てからこの世壊の空はずっとあの色らしい。本来の空は何処までも澄み切った青空が広がる世界なんだ、とシェイレーンは言う。

後、元々の名前も違っていたらしく、この世壊を支配したレイノハートが自分の名前を関した名に変えてしまったようだ。

なるほど、ペルレイノの「レイノ」は「レイノハート」のレイノと一致している。つまりこの世壊の支配者は自分だと言いたいのだろう。

 

「そのレイノハートってやつを斃せば…。」

「この世壊も元に戻る…はず。」

 

レイノハートがこの世壊の悲劇の元凶―――であるならば、この世壊の異変は全てその男を斃せば解決すかと言えば否だろう。異変の元凶を斃したところでそれが齎した影響そのものが消えるわけでは無いからだ。

海斗の世界にはかつての大きな災害の爪痕が今も残っていることからもそれはうかがえる。

 

「…そうか。」

「ごめんなさい。あの男が来てからずっと隠れてたから…。」

「俺達は責めてるわけじゃないさ…。」

 

シェイレーンは自分の憶測で物事を話したことを素直に謝る。

あの男を斃すことでどんな影響があるのかが分からないのは海斗たちも同じだ。故にシェイレーンを責めるつもりはない。

それからシェイレーンは再びこの世壊の事を話し始める。その話の中にはレイノハートが来る前の―――この世界の本当の主の事もあった。

 

「キトカロス様は…真に私達を思ってくれていたの。」

「…そうか、この世壊の真の主は「キトカロス」って名前なのか…。」

「ええ。…あの人は私達の身代わりになって、レイノハートに囚われたわ。今頃どうしているのかしら…。」

 

シェイレーンはキトカロスの事を思い出して涙を流す。

それだけ「キトカロス」という存在は彼女にとって重かったのだ。大切な人―――というのは海斗にとってはあまりなじみのない話だ。正直、父親は酒狂いであまり好きじゃないし、全く知らない母親の事なんて大切に思えるはずもない。バイト漬けの毎日だからかまともな友人だって作れないし、ましてや恋人なんてtくれる状況でもない。

海斗は、人との繋がりというのに飢えていた。だからこそ、シェイレーンや他のティアラメンツたちにそこまで慕われているキトカロスという存在が少し羨ましいと思ってしまう。

 

「…慕われているってことはいい人って事なんだろうね。キトカロスって人は。」

「ええ。」

 

どうやらこの世壊にてやるべきことが一つ増えてしまったようだ。レイノハートを斃すという事に加え、キトカロスを助けこの世界の主に返り咲かせること。

この二つが海斗やヴィサス、ティアラメンツの当面の目標となる。

 

「…流石にレイノハートが何処に居るかは分からないよね…。」

「…場所だけなら分かるわ。この世壊の空を見たでしょう。あの水の塊の一番上に居るのよ、アイツは。」

 

場所だけなら分かる、とシェイレーンを空を指さした。

その場所は海斗もこの世壊に来た時に見上げた場所だ。そこにレイノハートが居るという事は彼女たちはその場所から追われてしまったという事になる。

シェイレーンが指さす方を見ていると、何かがこっちに向かってくるのが見えた。

 

「…なぁ、なんか上から降ってきていないか?」

「…え?」

 

近づくにつれて、降ってくる何かの全容が明らかになってくる。

顔こそ仮面で覆っているものの、シェイレーンたちと同じ手足を持ち、胸元にシェイレーンと同じく錠前がつけられた少女がこっちに向かってやってきていた。

口元は何一つ動いておらず、この行為が彼女自身の意志ではないという事を暗に示している。

だが、なによりも衝撃だったのはシェイレーンが彼女にむけて信じられないとでもいうような目線を向けている事だ。正確に言えば「信じられない」というよりも「信じたくない」の方が正しそうだが。

上から降って来た少女はヴィサスと海斗に剣を向ける。

 

「……キトカロス様…、なんで…?」

「…。」

 

ついさっき話に出たばかりのこの世界の本当の主―――キトカロスが自我を喪失した状態で海斗たちに襲い掛かる。シェイレーンはそれを止めるでもなく、ただ茫然と眺めている事しかできなかった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「この世壊に蛆が湧いたようだな。何か知らないか、なぁキトカロス?」

 

何をするでもなく、私の目の前でそう言い放つレイノハート。この男は私がこの世壊に何をしたか既に勘づいている。そして、それに気づいているぞ、と分かりやすくこちらを馬鹿にしている。

見下しているのだ。もう私がどんな手段を取ろうとも自分の優位は揺るがないと思っているからだ。

確かにそれは颯だ。どれだけ足掻いても私には既に打つ手はない。既に打てる手は全て打って、それでもすべて届かなかったのだから。

 

「…そうだ、貴様に一つ仕事をくれてやろう。」

 

ただ、この男は自分が打てる手を全て打ち尽くしたのに気づいているだろう。だからしたり顔でこっちを馬鹿にできる。本当にそれが嫌いだ。

レイノハートはいかにもこれがお前が適任だというふうにその「仕事」の内容を話す。

 

「少し前、空に二筋の流星が見えていただろう?…どっちでもいいから連れて来い。」

「…なっ?」

 

ああ、本当にこの男は嫌いだ。私がやられたくない事を嬉々として私に行わせる。

その仕事を自分にやらせるという事は少し前の流星も自分の仕業だと気づいている事だろう。

その事実が恐ろしくて、どうしても顔から血の気が引く。

 

「自分で散らかした塵は自分で片付けるのが礼儀というものだろう?」

 

そして、レイノハートに少しでも叛逆心を抱けばそれを気に入らないというように心を縛ってくる。あの男は私達をただの人形か駒としてしか見ていない。

だから私達がどれだけ苦しもうともレイノハートには関係が無い。

 

「…なら、行って来い。」

「…。」

 

既に私の体は私の言う事を聞かず、勝手に動き出し始めている。レイノハートが言う流星―――この世壊に別の世壊の存在は既にこの世壊で活動を始めているはずだ。

だが、私が巻き込んでしまった世界の人は今頃どうなっているのだろうか。うまく皆と合流できただろうか。

 

「…。」

 

私はもう、何もすることはできない。今はあの憎きレイノハートの人形だ。そしてこれから名前も知らないあなたたちを襲撃してしまう。

だからどうか、名前も知らない人達よ。これから「私」が貴方達にしてしまう事をどうか許してください。

そして、どうか。どうか、私をこの地獄から解き放って―――。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「…キトカロス、様…。あの男に…?」

「…。」

 

キトカロスが剣を向けているのはあくまでウィザスと海斗の二人のみ。シェイレーンには殺意の一つも向けられていない。だからこそシェイレーンはキトカロスの異常に気づけたとも言えた。

シェイレーンはキトカロスに呼びかけるも肝心のキトカロスからの返事はない。

 

「…彼女が…。」

「俺達に対して殺意マシマシだな?」

 

一方、この短期間で打ち解けたウィザスと海斗は明らかに自分達に向けられたキトカロスの殺意に思わず言葉を漏らす。ここまで濃厚な殺意を受けるいわれも何もないためだ。

 

「…!」

「ねえ、突っ込んできてるよね、彼女。」

 

キトカロスは地上だというのにまるでその足が人間のものであるかのように躍動する。

しかもウィザスよりも弱いと思われたのかその剣の軌跡の先に居るのは海斗だ。間違いなくその一撃を喰らえば体は真っ二つになる事だろう。

しかも恐らく心臓ごと胃も斬れるためそれはもう「グロい」なんて言葉じゃ言い表せないほどの光景が広がる間違いなしだ。そんな事になったらシェイレーンもトラウマまっしぐら待ったなしだろう。

 

「流石に死にたくなぁい!」

 

海斗はウィザスと距離を取りつつ、その一撃を何とか躱すことに成功する。

だがキトカロスはウィザスには目もくれず海斗に襲い掛かる。

 

「お願いだからデュエルしてくれよ!」

「…!」

 

一撃一撃に途轍もない殺意を込めて、だが機械的に海斗を切ろうとするキトカロスに海斗は軽く怒りを覚える。

勿論それはキトカロスに対する殺意ではなくキトカロスを操る存在に対してだ。

会ったら一回顔面を殴ると決意しつつ、とりあえず目の前から迫りくる死を避け続ける。いくら戦いの素人とはいえ一定の距離を開けながら逃げ続けるという事位は出来た。

 

「…げ。」

 

だが、素人が逃げる場所を選ぶ力などあるはずもなく。なんとか避けてきたがとうとうがけ際に追い詰められてしまう。海斗は泳げない。

 

「まずい!カイトォ!」

 

ウィザスの声が聞こえる中、海斗の意識は鈍い痛みと衝撃で一瞬で掻き消えた。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

海斗が目を覚ますと、そこは牢の中だった。隣には自分を襲ってきたキトカロスが倒れている。

その顔には仮面が付いておらず、カードイラストそのままの顔が露わになっていた。

 

「…また、()()()()()()のですか。…記憶だけが残るというのが何とも嫌らしい…。」

 

そんな事を言いながらキトカロスは体を起こす。まず自分の身なりを整えて―――そして海斗と目が合った。

その瞬間、キトカロスの顔が真っ赤に染まる。心なしかその両目には涙が浮かんでいた。

キトカロスはあられもない姿を見られたことで羞恥心の方が勝ったのだろう。

 

「あ、あわ、あわわわわわ…。」

「…天丼は受けないってそれ一番言われてるから…。」

 

そして少し時がたった。

キトカロスは少し落ち着いたのか、凛とした声で海斗に話しかけて来る。

だが、キトカロスの声は少し震えていた。それは羞恥心によるものか、それとも別の理由かは海斗には分からなかったが。

 

「…まずは自己紹介をしましょうか。私は"キトカロス"。…この世壊の女王…でした。」

「俺は渡瀬海斗…だ、です。」

 

キトカロスの敬語に海斗も慣れない敬語で返してしまう。キトカロスはそれを見て「敬語じゃなくていいですよ」と笑いながら言う。

だが、キトカロスはすぐに真剣な面持ちになると海斗に頭を下げる。

 

「お願いがあります。―――私がなんでもしますから、どうか、この世壊を助けて下さい…!」

 

その声はどこまでも切実にこの世壊のことを考えていた。だが、いや、だからこそだろうか。海斗にはその言葉が、キトカロス自身は助けなくてもいい(どうなってもいい)と―――そう言っているようにしか聞こえなかった。




登場人物紹介
・海斗
まさか拉致されるとは。
でも推しに拉致されるならオッケーです!
善人なので「ん?今何でもするって言った?」とはならない。

・「私」/キトカロス
助けて下さい!私が何でもしますから!
ちなみに海斗の人柄については何も知らない。

次回もお楽しみに!


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漣歌姫との日々(デイズ・ウィズ・ティアラメンツ)

 

「私が何でもしますから、この世壊を助けてください―――!」

 

それはキトカロスが心の底から発した助けだった。「自分はどうなってもいいから世壊を助けて欲しい」―――なんて意味を持つ言葉をいうことができるのだから、シェイレーンたちが彼女を慕うのも当然のことと言えた。

彼女は世界の支配者にしては優しすぎる。元々こういった事を余り好まない性格なのだろう。

だが、優しさにも限度というものはある。キトカロスのそれは明らかに行き過ぎたものだ。自らを犠牲にするのは優しさではなく、ただの自殺願望だという事を海斗は何処かで聞いていた。今のキトカロスの根底には恐らく彼女自身でさえ感じる事の出来ない小さな願望がある。それはこの世壊を守るべきはずだったのに、守れなかった自分への強い敵愾心―――つまるところ「自分なんていなくなれば」という、そんな気持ちだ。

キトカロスはずっと無力感に苛まれ続けてきて、いつの間にか自分なんてどうでもいいと思うようになってしまったのだろう。

だが、その思いは彼女を慕ってくれる人を深く傷つけるものだ。

 

「気に入らない…。」

「…え?」

 

だから、海斗はそれが気に入らなかった。そして、自分なんてどうでもいいと思っているキトカロスもそうだが、彼女にそう思わせたレイノハートが何よりも気に入らなかった。

だが今、目の前に居ない相手の事を考えてもしょうがない。目の前に居るキトカロスの投げやりな思考を変えることが優先だと考えた海斗はそのまま言葉を続ける。

 

「…なんで…そう、投げやりな考えになるかなぁ…。「なんでもします」って言うと「ん?いま何でもするっていったよね?」っていう輩が出て来るから…。」

「…差し出せる物は何もないですから。私一人でレイノハートを斃せるのなら安いものです。」

「そう言う事じゃないんだけどな…。」

 

どうにもキトカロスは自分達がレイノハートから救ってもらうには対価が必要だと感じているようだ。確かに海斗は準備する暇もなくこの世壊に飛ばされ、さらに強大な相手を倒してほしいと懇願されている立場だ。しかもキトカロス(依頼人)は海斗の人柄を良く知らない。だから「自分はどうなってもいいから代わりにこの世壊を救って欲しい」という事を頼んだ。

キトカロスは自身をまるで物のように扱っている。だがそれは彼女が嫌っているレイノハートとほとんど同じ考えだ。誰を物のように扱っているかの違いしかない。

そしてその考え方の先にあるのは破滅だ。少なくとも自身を物扱いする存在は大概碌な人生を送れない。

 

「…君は何でもするって言った。―――もし俺が「下の連中を皆殺しにして来い」って言ったら?」

「…え?」

「もし俺が悪人だったらどうするつもりだったの?」

 

敢えて厳しい口調で話す海斗。

キトカロスの考えは今ここで正さなければならないと分かっているからだ。

何故なら、彼女の行く道の先がどうなっているか―――それを知っているから。その道を進んだ人間がどうなっているか知っているから。頼るという事をしなかった人間がどうなっているかを知っているから。

 

「それ、は…。」

「…ダメだよ。そんな考えじゃ…。「自分はどうなってもいい」っていう考えじゃ…。」

 

誰かを頼る事をしないからこそ、キトカロスは自分を犠牲にしようとする。海斗とは違って周りにとよることができる仲間がいたはずなのに、彼女は仲間に頼る事を良しとしなかった。

確かにこんな地獄が見えているのならシェイレーンたちを巻き込むことに気が引けるのもうなずける。

 

「…『寂しい時に寂しいって言えない人間なんて、人の痛みが分からない人間になる』…って言葉が、俺達の世界の物語にあってね。これは寂しいを苦しいに変えても成り立つと思ってる。」

 

海斗はこの言葉は寂しさを別のものに置き換えても成り立つと思っていた。

一方のキトカロスは図星だったのか、海斗のその言葉に食い気味に言い返す。

 

「そうなるとは限らないじゃないですか!」

「そうなるよ。…俺はそうなった人間を知っているから。」

 

だが海斗はその言葉を切って捨てる。

そんな甘い見通しがある人間を日常という名の地獄に引きずり込んだことを知っているから。だが、これにキトカロスは不服を唱える。確かに彼女の側からしてみれば自分の為すことをすべて否定されているも同義だ。

それでも海斗はキトカロスの言葉を否定しなければならない。

 

「―――目の前の馬鹿野郎がそうさ。誰にも頼らなかった結果―――俺はここにいる。」

「…え?」

 

キトカロスからしてみれば訳が分からなかっただろう。彼女にしてみれば海斗は、目の前に居る男はこの世壊を助けてくれるはずの英雄なのだから。

とてもではないが海斗が言う大馬鹿野郎―――そうであるとは思えない。

 

「…俺の父親はね、アルコール依存症―――酒狂いなんだ。」

 

だが海斗にしてみれば自分は自分から地獄に飛び込んで言った愚か者だ。

彼はキトカロスのように周りを巻き込むこと嫌がった結果、今でも父親の奴隷として扱われているのだから。

その愚行の証を見せようと海斗は服を一枚脱いで上半身裸になった。

 

「…見てよ、これ。誰かに頼るのを嫌った結果が()()なんだよ。苦しい時に苦しいって言えなかったから―――こうなったんだ。」

 

そこにあったのは明らかに人為的につけられた傷跡の数々だった。青痣や火傷跡が広がりとてもではないが正常だ、などと言えるようなものでない。

海斗は父親に虐待されていた。幸運だったのはこっちの世壊に来たことで対等に話せる友人ができたことだ。少しずつではあるが海斗は自分を取り戻す事が出来ている。

だが、キトカロスの進む道はどうだろうか。このままでは確実に先に彼女の心が死んでしまう。

そうして彼女は無感動無感情な存在になっていってしまうのだ。

 

「で、こういう事が続けばいずれ心が死ぬんだ。…そうすればほら、痛みも苦しみもさみしさも何も分からない立派な廃人が完成ってわけ。…君は俺のようになりたい?」

 

そういう風に聞けば少しだけ躊躇った後、キトカロスは首を横に振る。廃人、だなんて言われてそうなりたいと思えるような思考にはまだ至っていない。

 

「…では、どうすれば私は貴女にこの恩をかえせるのですか。…どう返せ、というのですか。命を危険に晒して」まで―――」

「恩とかそういうのを考えるんじゃないよ。…俺が助けたいから助ける。それだけだよ。…だから、君の望みを言ってくれ、キトカロス…!」

 

だから、恩とか関係なしに助けることができる。

恩を体で返すだなんてことを言いだしたらどうしようかと思ったがちゃんと、本当の自分の望みを言葉に出そうとしているようだ。

 

「…本当に…望んでもいいんですか…?」

「実現できるかどうかは別、だけどね。キトカロスが笑えるように努力するし、君が望んだところにたどり着けるように尽力するつもりではあるよ。」

 

キトカロスの望みが実現できるかどうか分からない以上、海斗は「助ける」ということを確約することが出来なかった。下手に期待させて「こうじゃない」とか言われるのが嫌だったからである。流石に彼女はそういうことを言わないだろうが。

一方のキトカロスは海斗の言葉に思わず「ええ…。」と漏らしてしまう。

 

「だって…ここで助けるって言って助かると思う?」

「そこはかとなく助からない気がしますね…。」

 

どうやらティアラメンツの姫はフラグを察知する能力があるらしい。そんな馬鹿な会話をしているものだからか、いつの間にやら二人は互いに笑顔を見せるようになっていた。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

海斗がキトカロスと本当の意味で出会ってから少なくとも二週間が経過した。一応キトカロスはレイノハートの「商売道具」であるため、必要最低限の食事は与えられているようだ。海斗にはそれさえなかったがキトカロスから少し食事を分けてもらって日々の飢えを凌いでいた。ちなみに食事は一日三回与えられている。変な所で律儀というか、「道具」が壊れないようにする配慮はしているようだった。非常に皮肉な話だが、今の海斗はレイノハートのお陰で命を繋いでいた。ついさっき運ばれてきた44回目の食事も二人で分け合い、鎖でつながれた二人はまた語り合う。

少なくともしばらくの間レイノハートは真珠の取引に言っているらしく、この間だけは地獄のような時間も訪れないのだとキトカロスは言う。その間に海斗とキトカロスは交流を深めていた。

キトカロスから聞いたことだが、レイノハートはキトカロスの流す涙に固執しているらしい。何でもキトカロスの流す涙はより価値の高い真珠に変わるからだそうだ。

その話を聞いて何ともまあ酷い話か、と海斗は瞠目する。するとキトカロスは自分の真珠に興味はないかと聞いてきたのだ。

 

「…海斗は、興味ないんですか?」

「まあね。…誰かの涙を金に換えるなんて俺にはできないよ。」

 

相変わらず、と海斗は付け足しながら言う。

ここの所キトカロスは急に海斗に自分の涙に興味はないかと言われた。

だが、海斗にとってレイノハートは相変わらず憎悪の対象であり、そんな相手と同じ行為をするというのは気が引ける。だがだいたいこう答えるとキトカロスは頬を膨らませて拗ねてしまう。

まさか、この短期間で自分に惚れるわけないか、と海斗は自分を卑下していた。

だが、考えても見て欲しい。海斗はこの14日間、常にるるカロスの傍に居続け、彼女と話し、彼女の心を開いていたのだ。しかもキトカロスにとってはこの地獄から救ってくれるかもしれない存在なわけで。

さらにいうなら海斗はキトカロスと同じ立場に立って話を聞いているのだ。

海斗にとっては「まさか」だが―――彼女の気持ちは一体どうなっているのだろうか。

一つ言えるのは、海斗は人から自分に向けられる好意に恐ろしい鈍感であることは間違いない事だろう。

だって海斗はそんな感情を向けられたことなど一度もないのだから。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

私は本当の意味で彼に会ってどれほどの時を一緒に過ごしただろうか。シェイレーンたちとはまた違う関係性に私は久しぶりに胸の高鳴りを覚えた。

これを何という気持ちで言い表せばいいのだろうか。たくさんの言葉を海斗と交わして、そしてその分だけ私が私に戻っていくような気がした。

私を私に戻してくれた人。私の大切な人。

優しいあなたはきっと私の思いに気付かないだろう。だって私が貴方に向ける感情は、貴方が向けられた事の無いものだから。

 

(でもいつかは…)

 

願ってもいいはずだ。

私の大切な人が幸せになる未来を。私の大切な人が人からの行為を素直に受け取れるような日々を。

そこに私が居たら―――そんな未来を思い描いてしまう。

もしかしたら貴方の傍に居るのは私ではないかもしれない。

 

私達の、私の英雄が、どうかただの人で在れますように。

いつか、私の大切な人の心を壊してしまった傷が塞がってくれますように。

私はそう思わずにはいられなかった。




登場人物紹介

・渡瀬海斗
何かがぶっ壊れている系主人公。
彼が止まる時は来るのか、それきっとキトカロスにかかっている。

・キトカロス
ちょろいん…だが、同時にどこか壊れている海斗の事を何とかしたいと思っている。
それと同時海斗が言っていたことがどういうことか少しわかった。
それはそれとして制限かエラッタしておいてほしかったです。おのれKONMAI…


一言いいですか?
ティアラメンツが完全に機能停止した!
何処かの動画でキトカロス≒神子イヴとは見たけど!だからって言って強化の直後に規制する普通!?しかもキトカロスがほぼほぼ融合召喚出来なくなったしィ!
しかもティアラメンツはキトカロスが禁止になっただけでなくシェイレーンにレイノハートも死んだし…。なんでや…。
えーつまり何が言いたいかというと彼を2部以降ちょい役で出す事が出来なくなりました。 
どうすっぺ…。
取り敢えずこのお話の間だけは全盛期の【ティアラメンツ】を使わせてください…。

次回もお楽しみに…。本当に、どうすっぺ…。


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漣歌姫の壊心(ティアラメンツ・ブレイクハート)

 

あれから更に数日がたった。

とうとうレイノハートがこの壱世壊に帰還した。

海斗はキトカロスをあざ笑いに来たレイノハートを見て、何も言うことは無かった。

何せレイノハートの目には周りの人間が使えるかどうかでしか写っていない。

レイノハートは自分が居ない間にキトカロスと名前も知らないつまらない人間が距離を詰めているのが気に食わなかったのか。とにかく、彼が帰還して最初に行った事は、新たな牢を作ってそこに海斗を収監する事だった。

 

「…互いに辛い日々が始まりますね…。」

「…そう、だね。でも…きっと…。ちょ…引っ張らないで!?」

 

特に何も言わずにかつてのティアラメンツの同胞だった者たちは海斗を抱えて無理やり連れていく。

彼女達のは度はゾッとするほど冷たく既に生きてはいないことを伝えていた。

 

「…生きてたら助けに行くよ!」

「…待ってますから!」

 

以心伝心、とはこういうことを言うのだろうか。海斗は離れていても自分に対するキトカロスの信頼を感じていられた。それはきっとこれまでずっと一緒に居たからかもしれない。

 

「…」

「…」

「…、無言、だね。」

 

かつてティアラメンツだった者たちは海斗と一言も交わすことなく、海斗を新しい牢へと放り込んだ。

それ以降は特に動くことなく番兵であるかのように海斗の牢屋の前から動こうとはしない。更に悪い事に海斗は食事を受け取ることが無くなった。

その状態で数日が経。つ

干し肉でさえ渡されないので海斗は衰弱していく一方だった。それでも必死に耐えたひもじい時は砂をかじり、喉が渇いたときは泥水を啜って命を繋いでいく。

海斗はまだ死ぬわけにはいかないと分かっている。まだ、約束を果たしていない。

 

『…―――!』

「―――!」

 

時折聞こえてくる何かを鞭で打ち据えるような音が海斗の無力感を助長させる。キトカロスは今、頑張って苦痛を耐えているのだ。なら、自分がこの程度の苦しみを耐え抜かずにどうするというのだろう。

 

「冷静に、冷静に…。」

 

何も今は余分なエネルギーを使うことは無い。

今は忍耐の時だ。海斗はそう自分に言い聞かせる。だが、どうしたって、海斗の中の激情が鎮まることは無かった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

レイノハートはイラついていた。辛気臭くなったこの世壊もそうだが、何よりもこの世界で見つけたちょうどいい商売道具が鳴かなくなってしまったことについてだ。

これでは取引先が求めているティアラメンツの真珠を提供することが出来なくなってしまう。

別にそれ自体は大した問題ではない。既に利用する期間は過ぎているからだ。今なおティアラメンツの真珠を求めているのは単純に私腹を肥やすためと、他の世壊を侵攻するための足掛かりを作る事だ。

とくに今取引している六世壊の技術力は非常に高いため、手を組むだけの価値はあるのだ。自分と六世壊の長の顔が同じという事は余り好みではないが、それでもこんなちんけな世壊で満足するよりは手を組んだ方ががよっぽどいい。

 

「…ふむ。あの女にはまだまだいい声で泣いてもらわなければ困るわけだが…。」

 

だから、レイノハートは思案する。どうすればあの道具から効率的に利益を生み出せられるか。

どうすれば簡単にあの道具に涙を流させることができるかを。

 

「そういえば…。」

 

そういえば、と思い出す。

あの道具は何一つ面白みもない男との親交を深めていたではないか、と。

レイノハートはその頭脳でどうすればいいのかの絵図を描いていく。

 

「くく…ふふふ…はははははッ!これはいい!これはいいぞ!」

 

そしてレイノハートはいいことを思いついたのか声を荒げて笑った。

彼が思い付いた計画はまさに悪魔の計画だった。自身の邪魔をする憎き男を処理出来て、かつ自身の道具の機能を正常に戻すことができる計画。

 

「あの女を精神的に追い詰めればきっと涙を流すはずだ…!」

 

道具の心はそこまで強くない。何せ同じ種族であるだけの他人が死んだだけで簡単に涙を流すような女だ。なら親交を深めた相手が自分の所為で傷つけられたら―――そう考えるだけで背中がぞくぞくする。

これからは道具がきちんと道具の役割を果たすと信じて、レイノハートは意気揚々とある場所へと向かった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

海斗は目の前のその男を見たときどうしようもなくその顔面を殴りたくなった。

レイノハート―――ヴィサスと同じ顔つきの男はヴィサスが絶対にしないような醜い笑みを浮かべている。

 

「おい、人間。ここから出ろ。」

「―――は!?」

 

だからその言葉は否応なく海斗の心をざわつかせた。

絶対碌な事にならない―――そう感じていた海斗は牢の柱を掴んで何とか抵抗を試みる。

が、抵抗虚しくレイノハートに簡単に捕まり、牢から引き剥がされる。

 

「…どうするつもり?」

「それは…決まっているだろう?道具を直してもらうんだよ。…壊したお前にな?」

「…何を…言っているんだい?」

 

食事も与えられず、水も泥水しか啜れない生活を送っていた海斗は半ば引き摺られるようにしてレイノハートに連れていかれる。

そのまま少し広い空間に出た。

その場にはちょうど人一人が括りつけられそうな十字の岩盤がある。海斗は自分がそこに運ばれているようだ、と考えて、おや?と心の中で首を傾げる。これはいわゆる「磔刑」というやつではないのだろうか。

 

(…これ、トラウマ作るのが狙いか…。)

 

抵抗しても無意味なのは分かっているので大人しく磔にされるしかない海斗。

服が引きちぎられて、て少し経てば手も足も動かす事の出来ない見事な磔の完成だ。その前には同じように―――恐らくレイノハートに行動を縛られたであろうキトカロスが転がされる。

自身が乱雑に扱われたことよりも、海斗が磔にされていることの方がキトカロスにとって衝撃は大きかったらしい。

 

「海斗さん!?」

「ごめん…キトカロス。約束、守れそうにない。」

 

海斗は既に力ある言葉を出す事さえ出来はしなかった。

もうこの拘束を抜け出せるような秘策もなければ、この後に待っているであろう明確な死を避ける方法も分からない。

後者は気合で耐えるとしても、どのみちここに放置されれば死ぬ。早かれ遅かれというやつだ。

海斗にはもう、これから来るであろう苦痛を耐え忍ぶにはどうするか考える事位しかやることが無くなってしまった。

かぼそい声でキトカロスに謝りながら、海斗は全てを諦めたように目を閉じた

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

キトカロスがレイノハートに無理矢理連れ出された先で見たのは磔にされた海斗の姿だった。

海斗は見るからに弱っていて―――だからこそキトカロスは海斗に行われるであろう行為を容易に想像できてしまった。

彼はこれから殺されてしまうのだ。キトカロスの前で、レイノハートが同胞を殺していったあの時のように。

 

「キトカロス…お前は本当に強くなったよ。この私の商売道具の癖して…な?」

「何が言いたいのですか、レイノハート。」

「この男がいたせいで、なぁッ!」

 

レイノハートは語勢を強めるとともに海斗を鞭で打ち据えた。甲高い音が鳴り、海斗の顔が苦悶に歪む。

だが海斗は悲鳴を上げる事をしなかった。それをする活力さえないのか、それともささやかな抵抗なのか。だがそれはレイノハートの癇に障る行為だったようだ。レイノハートはより強い力を込めて寸分たがわず同じ場所を打ち据える。

 

「う…ッ!」

 

そこで海斗は短いながらに悲鳴を上げた。その声に機嫌を直したレイノハートは今度は別の場所を打ち据える。それを繰り返していくうちに海斗の全身が真っ赤に腫れ上がる。

間違いない、レイノハートは海斗の命を凄惨な形で奪おうとしている。

 

それに気づいたときキトカロスはなんでそんなことをするのか、と激しい怒りに襲われた。

だがその怒りは、とあることをレイノハートが大声で叫んだことで、簡単に消え去った。

 

「一ついい事を教えてやる。…この男がここで死ぬのはな、キトカロス、お前のせいなんだぞ?」

「…は?」

 

海斗を殺したのはキトカロス自身だとのたまうレイノハート。

だがその言葉はキトカロス自身も驚くほどの納得と共にキトカロスの胸を抉る。

 

「よく考えてみろ?この世界にこの男を呼んだのは誰だ?そして誰がこいつを捕まえた?」

「…ぇあ…?」

 

レイノハートが言っている相手は―――全部キトカロスの事だ。この世壊に海斗を連れて来たのはキトカロスだ。そして海斗を捉えたのも―――操られていたとはいえ―――キトカロス自身だ。

 

「ま、そもそもこの世壊にこの男を呼んだ時点で早かれ遅かれ―――おぉっと、死んでいたか?」

 

レイノハートは既にピクリとも動かなくなった海斗を打ち据え続けていたのか、と笑っていた。

一方のキトカロスは、もう何も考える事が出来ずにただ泣いた。

大粒の涙を流して、大切な人の死を嘆き、悲しんだ。そして、それを招いた自分の愚かさを恨んだ。自分のせいで死んだ。自分がこの世壊に海斗を呼んだせいで―――。

 

「わたしが、ころした…。わたしの、せいで…。」

 

虚ろな声でその言葉を繰り返す。

それを満足そうな顔で眺めるレイノハート。

この世壊はいつだって、残酷だ。その残酷さが、とうとうキトカロスの心を完全に壊してしまったのだ。動かない海斗の前に漣歌姫の姫はいつまでも蹲っていた。

―――そうすることしか、彼女にはできなかった。




登場人物紹介

・海斗
動かなくなった。ただそれだけ。

・キトカロス
完全に心が壊れてしまった。

・レイノハート
  愉  悦

展開が速いなぁ…。
何とか海斗君のデッキはリペアできそうです。
キトカロス返して。
というわけで次回もお楽しみに!


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漣歌姫の壊心(ティアラメンツ・ブレイクハート)

 

キトカロスは蹲り、虚ろな目で同じ言葉を繰り返し続ける。

最初はそれを愉しんでいたレイノハートであったが、同じ光景をこう繰り返されると飽きが来るというものだ。

 

「…(うるさ)いな。少し口を閉じたらどうだ?」

「…ごめんなさい。…ごめんなさい…。わたしが…。わたしのせいで…。」

 

しかしその声にもキトカロスは反応を示さない。レイノハートの声はもとより聴くつもりが無いのか、それともただ物言わぬ男に懺悔するのにすべてのリソースを割いているからか。キトカロスはレイノハートの言葉を受けてもなお何一つ反応を示さなかった。

 

「…これでは商売道具として使えない…か。」

 

邪魔者である男―――海斗という名前だったか―――を始末したレイノハートであったが、キトカロスがどれだけ海斗という男に依存していたか、というのを見誤っていたようだ。

 

「まぁ、今まで散々泣いてくれたおかげでしばらくは取引に困らない量の真珠()も集まったからな…。後はもう盾として使ってやるか。」

 

何処までもレイノハートは悪辣だ。一つの利用価値がが無くななったとしても別の利用価値を見つけて、使いつぶす。それがレイノハートの本性だ。

だから精神が壊れてしまったキトカロスも何かしらの使い道があると考えている。例えば、攻撃を避けるための壁として。

あるいはその死体を取引先に研究用の素材として渡してしまうのもいいだろう。

使えないなら使えないなりに貢献してもらわなければならない。

そうでなければわざわざ生かしておく意味なんて無いのだから。

 

「精々役に立ってくれよ、殺人犯?」

「―――かいと、ごめんなさい。ごめんなさい、ゆるして―――。」

 

壊れてしまったキトカロスをどうしようか考えながらレイノハートはその場を去る。

その場には一言も言葉を発しなくなったキトカロスと、愉快そうに歩く足音。

そしてその場にいる誰にも気づかれないような小さな呼吸だけがその場に残ったのだった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

ヴィサス=スタフロストという存在を一言で表すならば無垢というのが正しいだろうか。少なくとも肆世壊=ライフォビアで出会った時はそう見えた。

どれだけかつての自分が煽ってもまるで反応しない。何をどう言っても無反応、無感情で機械みたいな存在だった。

 

(…だから異常なんだよなァ…。)

 

だからこそかつてライフォビアでヴィサスと対峙したライトハート―――かつての肆世壊の主であるスケアクロー・ライヒハートがなんやかんやあって小さくなった姿―――は考える。

 

(こいつがここまで怒っているっていうのはよ。)

 

それは今の自分の主であるヴィサスが激昂しているという事についてだ。

事の発端は、少し前、ヴィサスたちがキトカロスと海斗を独自に助けようとしていた事だ。

キトカロスは取り敢えずレイノハートが傍にいるだろうことから、まずは海斗の救出を優先することにしたヴィサスたち。

しかしいくら進めども何一つ妨害が無い。むしろ先に進んでくださいとでも言わんばかりの状態にヴィサスたちは何かがあるのだと妙に勘繰ってしまう。

そしてとうとうレイノハートの元まであと一歩という所で、それは起きたのだ。

 

「…な…え…?」

 

始めにそれを目にしたのは誰だったか。

始めに疑問を口にしたのは誰だったか。

ヴィサスたちの目に飛び込んできたのはピクリとも動かない、磔にされた海斗と、それを守るように立つキトカロスの姿だった。

 

「…どういうことだ…?」

 

誰もが状況を読み取れないなか、動く者がただ一人。

ティアラメンツ・キトカロスだ。レイノハートに心を縛られているときの仮面をつけていることから、少なくともこれからの彼女の攻撃は彼女自身の意志ではないのが分かる。

 

「…嘘だろ…海斗…?」

 

だがヴィサスの目に飛び込んでくるキトカロスの姿は映ってなどいなかった。

その瞳が捉えていたのは、ピクリとも動く気配が無い友の姿だ。前身は酷くはれ上がり、顔も白くなっている。

 

「返事しろって…なあ…!」

 

ヴィサスは今まで親しいものが傷つくという事を経験したことが無かった。だからこそ、初めてできた親しい友がこんなに傷だらけにされて―――激昂しないわけが無かったのだ。

 

(…こりゃ侵略者(クシャトリラ)もびっくりだわ。)

 

といっても流石にこれは怒りすぎな気もする。ヴィサスは無垢であったがゆえに感情の発散の仕方が未熟なのだろう。―――ただただ茫然としているヴィザスに意思のないキトカロスが斬りかかる―――。

それと同時に全力で頭を回させる。何をどうすればこの状況から抜け出せるのかを考え始める。

キトカロスの一撃を簡単に避け、ヴィサスは一気に海斗の元までかけた。持っている剣でもって海斗を解放すると、そのまま地面にすぐ、レイノハートの元まで駆けようとする。

だが、それを阻んだ者がいた。キトカロスだ。

キトカロスは先ほどとは明らかに違う動きでヴィサスを攻撃する。それはまるで宝物を守る番人のようにも思えた。ならば、その宝とは何なのか―――。

 

「…守っているのは海斗かッ!」

 

激昂していながらも心は妙に冷静なヴィサス。

キトカロスの狙いがたった今助け出した海斗だと悟ったヴィサスは海斗をシェイレーンの方に放り投げると、キトカロスにケリを入れ、彼女を吹き飛ばす。

 

「…一旦退くぞ!」

「…でも…キトカロス様は…!?」

「負傷者背負って助けられるわけが無いだろう!?そして多分キトカロスは―――!」

 

ヴィサスは声を荒げながらキトカロスの攻撃をよけ続ける。

それでもいつかは当たってしまいそうなほどスレスレでよけ続けるヴィサス。

それはキトカロスの気を引くためのものか、それともキトカロスの狙いがヴィサスだからなのか。

 

「…おいヴィサス!さっさとお前も退きやがれ!」

「シェイレーンたちは!?」

「もう撤退しているんだよ!」

 

キトカロスの猛攻を躱し続けているとりとハートの大声がヴィサスの耳に突き刺さった。

ふよふよと浮いている彼は、早く来いと言わんばかりに首を動かす。

 

「…すまん、ライトハート。少しカッとなってしまった。」

 

そう謝りながら、ライトハートの後をついて行くヴィサス。

 

(あれで「ちょっと」か…。感覚的にはブチギレもいいとこだァ…。)

 

ライトハートはヴィサスに危うさを覚える。

この先、ヴィサスが自分の感情を制御できなければ待っているのは悲劇だと分かってしまったから。なんで、だとかどうして悲劇が起きるのかだとかはあまり考えないほうが良い。

そっちの方が精神的にも楽だから。

ただ、その時が来た時、彼が自身の中にある怒りに呑まれるのを拒めるかどうか。未来が変わるとすればそれだけが重要な事になってくる。

それをどう伝えるか。ライトハートは頭を悩ませるのであった

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「海斗の様子は…?」

 

何とか海斗を担いで撤退することができたヴィサスたち。

かつてのあばら家の床に海斗を横たえるとライトハートは急いで必要なものをティアラメンツに教え、それがあるなら取ってくるようにお願いした。

暫くして戻って来たシェイレーンたちが抱えているのは温めたお湯ロそれを入れるための湯飲みだ。

湯飲みというにはなんだが歪だがシェイレーン曰く湯飲みであるらしいので、とりあえずはそう思っておくことにする。

 

「…結論から言うとな。こいつはただ気絶してるだけだ。―――レイノハートの鞭に精神の方が耐えられなかったんだろうよ。」

 

―――だからこそあそこに放っておくとまずかったわけだが、とライトハートは付け加えた。

とにかくまだ海斗に息はあるのだ。その事に安堵しながらもライトハートはてきぱきと指示を出す。

何故ライトハートがこんな事を知っているか―――それはライフォビアで生きるために、支配するために必要だったからだ。

弱肉強食を常としたライフォビアでは怪我をすることも多かった。だからライトハートは自己流ではあるがある程度の治療術を収めているのだ。

その検分からするに海斗が気を失ったのは怪我ではなく、肉体の衰弱によるものだと推定できた。そのように考えた理由は主に三つ。

一つは傷が浅すぎるという点だ。シェイレーンから聞いたレイノハートの性格からして、簡単に殺すような傷はつけない。調べてみたら案の定、痛みはすごいが、骨折などは起きないような怪我だった。

次に明らかに痩せ細っているという点だ。海斗はもとより痩せ気味ではあったが、さらにがりがりに痩せていた。骨と皮しかないのでは見紛う程に痩せていた。このことからまともな食事が与えられていなかったのだろうと予測がつけられた。

最後に、劣悪な環境下におかれ続けた事での精神面の損耗だ。体の臭さから彼がまともに体を洗えない安経でいたことが予想できる。

以上の理由からライトハートは海斗の気絶が消耗による衰弱から来るものだと予測を立てたわけだ。ならばあとはその予想に基づき最もいい環境を用意してやればいい。

 

「…問題はキトカロスがどう出るか、だな。」

 

レイノハートの事だ。キトカロスと海斗を同じ牢に入れるくらいの事はしただろう。そうして二人の仲が深まったころを見計らい引き剥がし、そしてキトカロスの目の前で海斗を嬲り殺しにしてキトカロスの涙を搾れるだけ絞る―――と、レイノハートはそんな事を考えていっるのだろう。

死んだら死んだでその死体をキトカロスに守らせる――なんてことをすれば外敵は排除できるし、その死体を痛めつければ涙も出せるし、とレイノハートにとって得だらけだ。

だが、キトカロスが自分の意志で海斗を守っていた場合はどうなるのか。

ライトハートの失態はきっと、キトカロスが海斗をどれだけ深く愛しているか、察することが出来なかったことだろう。

何せ、彼を深く愛していたからこそ、キトカロスの心は壊れてしまったのだから。

だが、それを知らないライトハートはそんな事を知る由もなかったのだ

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

キトカロスが目覚めたとき、そこに海斗の遺体は無かった。

自分が殺してしまったがため、せめて遺体だけでも―――と思ったがそれも果たせない。

自分は未だに海斗に対して何も返せていないのだ。それなのに―――。

 

「どこに、どこにいってしまったんですか…?私の、大切なあなた―――。」

 

もうその目に光は映らないのだろう。光よりも見たい「貴方(海斗)」がいるから。

もう、誰の制止も届かないだろう。誰よりも取り戻したい「貴方(海斗)」がいるから。

キトカロスはもう止まれない。

止まるわけにはいかない。

こんな所では止まれない。

 

「…ぁは、今、迎えに行きます、から…。」

 

彼女の心は壊れている。

もしそれを元に戻せる存在が居るのだとしたら。

それは―――きっと、キトカロスが恋した「貴方」なのだろう。

 

「待ってて、下さいね…?」

 

虚ろな目の奥に映るのはたった一人の男の影。

この世壊を壊すのは狂ってしまった心か、それとも――――。




登場人物紹介

・ライトハート
非常食らしからぬ活躍を果たした男。

・ヴィサス
ブチギレ。その内暴走する運命が待っている。

・キトカロス
ブレーキがぶっ壊れている。
そもそも悪いのはレイノハートなんだけど、キトカロスは自分が海斗を殺したと思っている。でも海斗(遺体)を守ろうとしている。
それさえも無くなってしまった彼女の心は一体どうなってるんだろうね?
解釈違い?知らん、そんな事は俺の管轄外だ。


祝!四霊使いフィギュア発売決定!しかもマスカレーナも作られるってマジ?次エクレシアかクルヌギアスあたりが立体化されるとマジで笑っちゃうんですけど…さすがにないか。…ないよね?

次回もお楽しみに!


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壱世壊に満ちる偏愛(ティアラメンツ・パシアラティ)

 

海斗の居室。

動く者が無い筈のその部屋で微かな呼吸音がする。

その都の出どころは少しずつ復調してきた海斗だ。

穏やかな寝息を立てる海斗に不安そうな顔は見られない。

 

「―――呑気なもんだなぁ。」

「いいんじゃないか。別に。少なくとも連れ去られたときの環境と比べたら、な。」

「…かもしれねぇなぁ…。」

 

海斗の居室の近くに座っているのは、ライトハートとヴィサスだ。二人はレイノハートが海斗を取り返しに来るだろうと踏んでいた。

何故ならレイノハートにとって海斗はキトカロスを縛ることができる「保険」なのだ。どういうわけかは知らないがキトカロスに対して海斗はそれだけ動きを縛れる「鎖」であるらしい。

つまるところ、海斗をレイノハートの元に返してしまえばキトカロスの奪還がとても難しくなってしまう。だって、海斗を盾にされればキトカロスも、きっと自分達も攻撃を躊躇してしまうだろうから。そうなってしまう可能性があるからキトカロスよりも先に海斗の救出を優先しなければならなかった。

 

「…なぁ、ライトハート。」

「…なんだ?」

「生きるって、辛いよな。」

「…そうだな。」

「…俺は自分の無力さが嫌になってくる。ライフォビアでお前を倒して、それで自分が生まれた意味が分かるんだって思っていた。」

 

そしてそれが自分の無力さからくるものだと分かっていたライトハートは今の自分の心中を吐露する。

辛い、自分の無力さが嫌になってくると。もっと自分に力があれば海斗も守れたのではないか、と。

そんな事を言うヴィサスの頭をライトハートは蹴飛ばす。全くヴィサスの頭は動かず、むしろライトハートが足を痛めるだけの結果に終わったが。

 

「…そりゃお前傲慢だぞ。全部守れるだなんて、思い上がりはよせよ?」

「そういうものなのか?」

「…まぁな。人は力が付いてくると油断するものなんだ。」

 

ライトハートはそれきり口を開かなかった。後は自分で考えろという事なのだろうか。

 

「…分かんねぇよ、そんなの…。」

 

だがいくら考えても答えは見つからない。

自分の強さは何なのか、答えの出ない問いにヴィサスは頭を悩ませる。

 

その思考は急な爆音によって中断させられるのであった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

頭上で爆音がおきる。瓦礫と共に衝撃がシェイレーンの体に叩きつけられて、吹き飛ばされた。その衝撃で体に上手く力が入らない。

 

「くっ…うっ…。」

 

衝撃で発生した土煙の中に、そこにありえない人影を見た。

シェイレーンは今、目の前に居る存在が信じられなかった。

なんでここにいるという気持ちが勝ったからだ。

だってこの男にばれないようにこっそりと作った拠点であったからだ。

 

「フン、随分と汚らしいところに住んでいるなぁ?」

「…レイノハート…ッ!」

 

だからこそ、レイノハートがここにいるという事がシェイレーンたちにとって絶対にありえない事なのである。

 

「なんで、ここが…?」

「さあな?」

 

レイノハートがここにいるという事はキトカロスがここの情報を売ったか、それともキトカロスを尾行したか、そのどちらかである可能性が高いとシェイレーンは踏んでいた。

だがシェイレーンはキトカロスの事を良く知っている。だからとてもではないがキトカロスが自分達の事を売るとは思えないのだ。

 

「…どうせキトカロス様を尾行してたんでしょ?このストーカー。」

「減らず口を叩くな。」

「あら、壱世壊の偽物の主様はこの程度の煽りも耐えられない軟弱メンタルなのかしら?」

「…いわせておけば、このアバズレが…!」

 

レイノハートの目的が分からない以上ここで縫い付けておくのが得策だろう。シェイレーンはレイノハートの言葉に煽りで返しながら、レイノハートの気を引き付けるために動き始める。

だが、シェイレーンは知らない。

―――シェイレーンにとって最も信じたくないことが現実に起きかけていることを、まだ知らない。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

ヴィサスの前に爆音とともに現れたのは、仮面をつけていないキトカロスだった。

全身がボロボロであることから身の着のままここに来たことがわかる。

普通なら這う這うの体でレイノハートの元から逃げ出してきたと考えるのが普通だろう。そしてすぐに保護に動こうとするはずだ。

だがヴィサスはそれが出来なかった。キトカロスのある部位を見た途端どうしようもない恐怖に襲われたのだ。

 

「…なぁライトハート…。俺の気のせいか?…キトカロスの瞳がなんか曇って見えるんだが…。」

「気のせいじゃねぇなぁ…。目に宿ってるはずの光が完全に消えてやがる…!」

 

どうしてこうなったと言わんばかりに首を振るライトハート。

彼の言う通り、キトカロスの目には一切の光が宿ってなかった。目が見える見えない、という話ではなくまるで目の多くにあるどす黒い感情がキトカロスの目を塗りつぶしてしまったかのような感覚。

 

「…海斗は、どこですか?」

 

キトカロスはゆっくりはっきりとそれだけを喋った。胸の奥に抱えるたくさんの重い感情と、どうしてもやりきれない思いをその言葉にたっぷりと乗せて。

勿論そんな言葉を吐くキトカロスに海斗を会わせるわけにはいかない。

 

「前のキトカロスなら喜んで合わせられたが、今のお前はそうもいかねぇよ。…悪いがお帰り願おうか?」

 

だから、ライトハートはキトカロスの前に立ちふさがる。

だが、ライトハートの行動を抑えた者がいた。

 

「…行ってキトカロス様!」

「ハゥフニス!?」

 

それは少し暗めの雰囲気を湛えたティアラメンツ―――ハゥフニスだ。彼女は人一倍人を信頼せず、人一倍キトカロスに心酔していた。シェイレーンやメイルゥならいざ知らず、ヴィサスやライトハートは彼女にとってほぼ他人だ。

心酔している少女と、ただの赤の他人。守るのは当然前者だろう。

 

「…ありがとう、ハゥフニス。」

 

キトカロスはその言葉と、ハゥフニスに何一つ屈託のない笑顔を見せる。

それはキトカロスが初めてヴィサスの前で見せた相応の笑顔だった。

それでもその笑顔は何処か歪んでいるように見える。―――それでもヴィサス海斗の元へ賭けるキトカロスを止める事が出来なかった。

あんな笑顔が彼女本来のものではないと分かっているのに、どうしたってその足は動いてくれなかった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

ようやく出会えた。

横たわる海斗を見たときに最初に浮かんだ反応がそれだった。

我ながら歪んでいるな、なんて考えつつもキトカロスは海斗の傍に駆け寄るのをやめられなかった。

自分のせいで殺してしまったのだから、せめてその体だけでも―――という考えが浮かんだ。守れなかったのだから、もう隣にいる資格もないだろう、と思う自分もいた。

それでもせめて一目見たくて、出来る事なら連れて帰りたくて。

自分でも分からないうちに行動を起こしていた。海斗に会いたい、ただそれだけの思いがキトカロス自身の体を突き動かす。

海斗に会いたい、という強い思いはいつのまにかキトカロスの中に「邪魔をするなら―――」という思いも生み出していた。

海斗に会いたい。だから邪魔なものはすべて倒して突き進む。そうだ、何も間違ってはいないではないか。そして横たわっているとはいえ海斗に出会えたのだ。後はもう連れ帰るだけだ。

なら次は連れ帰るためにどうするか―――。

そんな事は特に考えていなかった。狂っていると言われれば今のキトカロスは迷うことなく首を縦に振るだろう。ただ、自分で狂ったというよりかは海斗に―――レイノハートに狂わされたというのが正しいのだ。

もし海斗がいなければきっと自分が海斗しか目に映らない、だなんてことにはならなかったはずなのだから。

 

「責任は、とってもらわないと…。」

 

こんな気持ちになったのは生まれてこの方初めてだ。だからこそ、自分の全てを海斗に貰って欲しい。この体も、命でさえも。

できることなら今すぐに海斗と二人でどこか遠い場所に逃げて、永遠を過ごしたい。

だがそれはもう敵わない。だって愛しの海斗はもう動かない。―――もう二度と自分に笑いかけてはくれないのだ。

 

「…もう、声も聴けないんですね…。」

 

それでも愛したのだから、とキトカロスは海斗に口づけをする。

大切なあなたにもう一度会えたという嬉しさと、大切なあなたともう二度とと話ができないという悲しさを交えたそれは何故か妙にしょっぱかった。

 

「…帰りましょう、私達のいるべき場所へ…あなたのいるべき場所へ。」

 

海斗の傍に居るのは自分だけでいい。

海斗は自分の傍にいればいい。

―――それさえも果たせないのならばいっそのこと、もうすべてを自分が管理してやればいいのだ。

例えもう動かない死体だとしても。それが愛した人ならきっと変わらない愛を貫けるはずだから。

 

「大丈夫、です。これからはずっと、私が傍にいますから…。」

 

海斗の一つ一つを慈しむようにして声を掛ける。

愛する人の全てを自分が受けたいから。

だからキトカロスはそっと海斗の体を抱き上げる。びっくりするほど軽いその体にはまだ少し温もりが残っていた。それはいい環境であったからか、それとも―――

 

「…ようやく、取り返せた…。」

 

いや、そんな事はどうだっていい。

今のキトカロスにとって今の海斗が全てだ。生きる意味と言っても過言ではない。

もう、手放さない。もう誰にも傷つけさせはしない。誰だろうと海斗を傷つけるならば、返り討ちにして見せる。

 

「…ぁはっ…。あはははは!安心してください、海斗!これからは私がずっとあなたを愛してあげますからね!もう大丈夫、もう誰も貴方を傷つけない―――!」

 

だから、だから。

だからどうか眼を覚まして私に語り掛けて。

 

一人きりは思ったよりもさみしいから。

 

その言葉は何処までも響く。

ほんの少しの涙と、たくさんの狂気を孕んだままキトカロスの声は世壊を超える。

世壊を治める姫ではなく、ただ一人の少女として、一人の少年に恋をしたのだ。

そんな彼女が最初に願ったものは、愛するものを傷つけるもの一切をねじ伏せることができる力だった。

 




登場人物紹介

・ハゥフニス
初登場。多分キトカロス最優先だと思う。
もちろん心酔しているだけであるから百合ではない…はず。

・シェイレーン
なんでここにレイノハートが!?
それはそれとして煽るのはマナーな気がする。

・レイノハート
内心びくびく。この豹変っぷりは誰でもドン引きするだと思うけど…。

・キトカロス/一人の女
割と愛が重いと勝手に思ってる。精神が崩壊してるからか浮き沈みが激しい。
今のところは海斗のセコムと化している。

キトカロスを返して。
曇らせは最終的に浄化されるからいいのであって曇らせたまま終わるのは美しくないよね。やっぱ鬱くしい物語にしたいけどラストはハッピーエンドじゃなきゃ!(ハッピーエンドにするとは言ってない)

次回もお楽しみに


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漣歌姫の渇愛(ティアラメンツ・グレービング)

 

何で人は愛を求めるのだろう。愛なんて無くても人は生きていけるというのに。

何で人は誰かを愛せるんだろう。誰かを愛さなくても人は生きていけるのに。

 

―――そもそも「愛」とは一体全体何なのだろうか。

 

海斗はそんな事を一度も考えたことが無かった。

そんな事を考えている暇があったら何とかして今日を生きる金を稼がなければならなかったからだ。

 

「テメェちゃんと酒を買ってこいよ、この愚図!」

「ごめん…。」

 

その日を生きる金が無ければ待っているのは暴力と、性欲のはけ口としての役目だった。

後者は金を稼いでも変わることは無かったが。

いつから父親が「そう」だったのかはもはや海斗自身にも分からない。

ただ海斗が物心ついたときは既に「そう」だったのだ。

親から受けるべき愛を受けず、逆に暴力を受け続けてきたおかげか、海斗はもう誰も信頼することが出来なくなってしまっていた。

どうせ裏切る、どうせすぐ暴力を振るわれる―――海斗にとって大人というのは恐怖と暴虐の象徴に変わっていったせいで、だ。

だから海斗は自分はそうなるまいと必死に努力している。すぐに暴力を振るうことの無いように心に蓋をして、仮初の笑顔だけを浮かべるようになった。

幼い頃から暴力にさらされてきた彼は誰かに助けを求める事さえできなくなってしまったのだ。

あの日々が渡瀬海斗という一人の少年を狂わせてしまったのだ。

今でもその日々を思い返すだけで背中に悪寒が走る。

あの日々は海斗に少なくない傷を残し、そして父にいいように使われるだけの存在へと成り下がっている。

だから、キトカロスと話していくうちに初めて誰かに「自分」を見てもらえたような気がした。

それが嬉しかったから。

海斗はキトカロスを守ると、自分と同じにしないと心に決めたのだ。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

海斗の体を無事に持ち帰ることに成功したキトカロス。

彼女はかつて自分と海斗が出会った牢へと戻ってきていた。

ここにはあまりいい思い出は無かったが、それでもここが自分と海斗を引き合わせてくれた場所でもあるのだ。

彼の体をゆっくりと地面に横たえると自身の膝に海斗の頭を乗せる。俗にいう膝枕と呼ばれる形だ。

こうしていると海斗の重みが、「海斗はまだそこに居る」と教えてくれているような気がした。

 

「心地いいですか?…こんな事をするのは…あなたが初めてなんですよ。」

 

返答はないと知っていてもどうしても語り掛けてしまう。

そこに海斗が居ないと知っていても、どうしても海斗に話を聞いてほしくなってしまう。

 

「…本当に、ただ寝ているような…。」

 

一度「起きて」と言って体をゆすれば簡単に起きてくれそうなほど、海斗の顔は穏やかだ。

キトカロスはそんな海斗をその手であやすように、海斗の全てを慈しむように頭をなでる。どんな手を使ってでも絶対に守ると決めた相手の全てを感じながら、何度も何度も頭をなでる。

 

「…くすぐったいですよね。」

 

そしてひとしきり撫でたところでキトカロスはただただ海斗を見守るという事をした。

まるで生きているかのような血色の良さと、死んでいるかのように微動だにしない顔を見て、もう誰にも渡さないと誓いながら。

 

「大丈夫ですからね。私がずっとそばにいます。…あなたにはもう誰も指一本触れさせない。誰にも傷つけさせはしないから―――。」

 

もう何度目か分からない決意を口にする。

その決意が二度と鈍ることが無いように、もう自身の手から零れ落ちないようにするために。

 

「また二人で話をしましょう。…二人きりでどこか遠い場所に逃げてしまうのもいいかもしれませんね?」

 

海斗はその言葉に何も反応を示さない。

愛しい人がこの腕の中にいるのに、どうして愛しい人は目を開けてくれないんだろう。

どうして、それがだめなことだって叱ってくれないのだろう。

 

「海斗のためになるならなんだってやります。…ねぇ、それくらいいいでしょう?」

 

貴方が私にそうしてくれたように―――。

その言葉を飲み込んで、キトカロスは海斗の元から離れる。

 

とりあえずは落とし前を付けに行こう。そうしたら次は貴方をずっと守り続けよう。

そんな決意と共に、キトカロスは海斗の傍に居続けた。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

レイノハートとシェイレーンの戦闘は互いに一歩も譲らぬ、それでもわずかにシェイレーンが押している状態だった。だがシェイレーンはそれを素直に喜ぶことは出来なかった。

シェイレーンにとっての懸念はレイノハートがまだ奥の手を隠しているという事を知っていることだ。

確かに人間の姿のままでもそれなりの戦闘能力はあるが、レイノハートが真に恐ろしいのは、レイノハートがその本当の力を隠しているという事だ。

あの悪魔のような姿を知っているシェイレーンにとっては今の姿で戦うレイノハートは不気味でしかない。

 

「やぁっ!」

「甘い!」

 

鞭と剣がぶつかり合う。

その周囲には激しい衝撃波が巻き起こる。

これまでの何合かで、シェイレーンは自分とレイノハートを比べて勝っている所、劣っている所を推測していた。

例えば技術。

シェイレーンはキトカロス仕込みの踊るような剣術で戦うのに対して、レイノハートは力任せに振るうだけだ。おかげで致命的な一撃は避ける事が出来ている。

逆に膂力ではシェイレーンはレイノハートに大きく劣っているだろう。その細腕からは想像できないような剛力で無理矢理振るわれる鞭は確かな脅威だ。剣の振り下ろしで威力を相殺するのもあと数度がやっとだろう。恐らくは数度の内に剣の方が壊れてしまうというのが簡単に見て取れてしまう。

 

「…でも、最悪なのは体力の差ね…ッ!」

 

元々ティアラメンツはその見た目通り水中での活動の方が主たるものだ。地上でも活動できるが、実の所、そこまで地上での戦闘は得意ではないのだ。

これに関しては地上でも変わらぬ強さで戦闘できるキトカロスの方が異常だともいえるが。

とにかくこのままでは不利にって行くのは間違いなくシェイレーンの方だ。

 

「…ふぅ…きっつい…!」

 

さらにいうならばシェイレーンはレイノハートの襲撃を受けたときに真っ先にその被害を被っている。その際は軽傷で済んだが思っていたよりもっダメージははいっていたらしい。

じくじくと体の内部から響く痛みがシェイレーンの理性と体力を奪い続けている。

一呼吸するたびに体が軋むような痛みに襲われる。

 

「―――それでも!」

 

それでもここで引くわけにはいかない。ここで引いたら実力で劣るハゥフニスやメイルゥをレイノハートと戦わせることになってしまう。

それだけは、それだけは絶対に避けたいことだった。そうなれば彼女たちの末路もきっと悲惨なものになってしまうから。

そしてひときわレイノハートに強く剣を振り下ろし―――その一撃はいとも容易くレイノハートの鞭に受け止められた。

 

「―――ぬかったな、この低能がっ!」

「しまっ―――」

 

そのまま鞭で武器をはじかれ取り落としてしまう。そしてそれを拾いに行く間もなく、シェイレーンの腹部に死なる鞭が直撃した。

 

「―――あッ…がぁッ…!」

 

強い衝撃と共に吹き飛ばされ、壁を二、三枚ほど突き破ってからようやく停止した。

急いで立ち上がろうとするも体に力が入らない。それに視界も朧気だ。もしかしたら一瞬気絶したのかもしれない。

ぼんやりとした視界の中で、レイノハートがこちらに向かってくるのが見える。

途中で拾ったのかその手にはシェイレーン自身の剣が握られていた。

 

(…こ、んな、ところ…で…!)

 

レイノハートは今まさにシェイレーンの息の根を止めんとしてシェイレーンの剣を振り上げる。

ああ、もう死ぬんだな、という諦観がシェイレーンに生まれてしまう。抵抗する気はもう失せた。

だって手も足も―――口も何も動かせないのだから、抵抗のしようがない。

 

(…ごめんなさいね…。皆…。)

 

心の中でメイルゥやハゥフニス、ヴィサスたちに謝りながら自身に襲い来る凶刃を受け入れた。

―――はずだった。

 

「…無事か、シェイレーン…?」

 

やけにくっきりと聞こえたその声の後、シェイレーンの目の前に一人の男が躍り出る。

その男はシェイレーンに襲い来るはずの凶刃をいとも容易く受け止め、その手からシェイレーンの剣を弾き飛ばす。

 

「…たす、かったわ…ヴィサス。それにとなりの、ちんまい、のも…。」

「今はゆっくり寝てろやぁ。…後俺はライトハートだって言ってんだろうがぁ!?」

「そう…それじゃ、あとはたのむわね…。ヴィサス、ライトハート…。」

「おうよ。」

 

シェイレーンを守った男―――ヴィサス=スタフロストにすべてを託してシェイレーンはゆっくりと目を閉じる。

大丈夫、まだ生きてる。

そんな事を思いながらシェイレーンの意識は闇にへと溶けていくのであった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

海斗は柔らかく温かい肌の感触で目が覚めた。

周囲を見渡せば、いつも海斗が居た牢の中であることが見て取れる。

なんで、と思い返したがレイノハートの意見からまるで記憶が無い。だからどうしてここにいるのか、なんてことは考えても無駄だと悟った。そもそもの話気絶していたせいで何があったかだなんてほとんど分からないのだが。

だが、朧気ながらにキトカロスにかけられた言葉を覚えている。

彼女曰くずっとそばにいるだとか、誰にも傷つけさせないだとか。

だが、それよりも重要なのは、今の海斗を取り巻いている状況だ。

 

「かい、と…?」

「…おはよう、キトカロス。」

 

例えばなんで自分がここにいるのか、それになんで内側からカギがかけてあるのか、だとか。

ただ、何よりもキトカロスが自分の傍にいるということが何というか、あってはいけない事態だった。

本来の彼女がこんな状況の中にいたのならば迷いなく助けに行くだろうに。

 

「…生きて…るんですね?」

「うん。元から死んじゃいないって。」

「…ほえ?」

 

まさかとは思うが、寝ている間に聞こえた言葉は死んだ自分に向けられたものではないか―――と嫌な予感が海斗の頭に過った。

それにこの際だ。どうして内側からカギをかけているのかだとかどうして二人してこんな所にいるのか周りの環境についても色々と聞いておこう。そして―――

 

「それじゃまず、…なんで鍵が?」

「あなたを守るためです。」

 

海斗はしょっぱなから地雷を踏んだ。炸裂装甲もかくやというスピードで返された言葉には存分に黒い感情が含まれていて、おまけと言わんばかりにキトカロスの目からはハイライトが消える。

あ、これヤバいパターンの奴だ。

海斗は数少ない知識でもそう確信できるくらいには自分が置かれた状況というものを理解していた。

 

「だってこうでもしないと貴方すぐに死地に飛び込んでいくじゃないですか。だからこれは貴方を守るのに必要な事なんです。」

「うぐ…。」

 

キトカロスは割と正論を論じてきた。

彼女の言う通り、海斗はこうでもしなければ死地に突っ込んでいくだろう。その自覚が本人にもあるからこそ、その言葉に強く言い返す事が出来なかった。

 

「…でもこの世壊を救えなくなるよ?」

「ええ、分かってますとも。…それでも貴方を失う事よりかはずっとましですから。」

 

最初に依頼されたことを引き合いに出しても、自分が死ぬよりかはずっとましと言ってのけるキトカロス。

そこに初めて会ったキトカロスの姿を見出すことは海斗には出来なかった。

 

(ああ、そうか…。)

「それにもう貴方はなにもしなくうていいんです。私が全部してあげますから。最悪二人でどこか遠くに逃げてしまいましょう。きっとシェイレーンたちからは恨まれるかもしれないけれど、それでも私は貴方が傍にいてくれれば大丈夫なんです。」

 

だから、この手を取ってと目の前にキトカロスの手が差し出される。

これを見てついに海斗は確信した。

どうやら自分が起きるのは余りにも遅かったらしい。

そのせいで一人の少女の心を壊してしまったのだから。

たった一人への渇愛がこんなにも人を壊してしまうだなんて、海斗には想像する事すらできなかった。

 

でも、どうしてだろうか。

それだけ激しく求められるのをほんの少しだけ嬉しいと思ってしまったのは。

もしかしたら自分もとっくに狂ってるのかもしれない、なんてことも考えつつ、海斗はキトカロスの手を取ることはしなかった。




登場人物紹介

・キトカロス
メンタルは少し回復したが無事に病んだ。
まぁそりゃ二度も三度も好きな人が傷つくのは見たくないよなって…。
浄化までにはもう少し!

・海斗
こっちも大概かっとんでる。
割れ鍋に綴じ蓋とまではいかないがそれなりに重い愛なら受け入れてしまう。
キトカロスには渇愛されてるけどこっちも大概愛に飢えている。

・シェイレーン
ストーリー上で生きてるんで…セーフです。
戦闘は技術でほんろうするタイプだと勝手に思っている。

・ヴィサス
通称ヴィ様。多分この章一番の一番の見せ場だと思う。
通りすがりの世壊の旅人だ、覚えておけ!

・ライトハート
シェイレーンに名前を憶えられてなかったクッソ哀れな非常食兼ちんまいの。

・レイノハート
何なんだお前はぁぁぁ!
って発狂してそう。


MDにティアラメンツが実装されたらどうなるのか。
お願いだからキトカロスを制限で実装してください。レイノハートが腹きってお詫びするんで!
次回もお楽しみに


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漣歌姫の叛逆(ティアラメンツ・リベリオン)

 

海斗は、「この手を取って」と差し出されたキトカロスの手を取ることはしなかった。

取りたい気持ちもやまやまだが、それでは彼女は壊れたままになってしまう。そうなれば待っているのは「人の痛みが分からない人間」に成り下がってしまう彼女の存在だけだ。

そんな事はとてもではないが許されない。

それはつまり、彼女が心から嫌うレイノハートと同じになるということだから。

 

「…あなたが何を考えているのか、うっすらとなら分かります。でもそんな事はどうだっていいんです。私が貴方にどう思われようと、私は貴方を守りたい。そのためなら悪魔にもなりましょう。だから…ほら。この手を取って。」

 

キトカロスはもう一度、それこそ催促するようにもう一度その手を差し出す。

強い決意を湛えた目はまっすぐに海斗を見据えて来る。

それがキトカロスの意志だというのならば、その意思を自分はくじかなくてはならない。彼女がまだ彼女であるうちに、人の痛みがまだ分かるうちに。

 

「…それは、できない。」

「…なんで!?」

「それを、すれば、君も俺も人間として…人として最低の行為をすることになるから。」

「そんなの!貴方が生きていれば私は!」

 

遂には無理矢理海斗の手を取ろうとするキトカロス。

だが、海斗はそれを良しとせず、その手を振り払ったのだ―――その顔に涙と強い怒りを湛えて。

 

「なんで、どうしてぇ…!」

「…裏切るわけにはいかないでしょ。君自身も、俺自身も。」

 

それは海斗にとっても苦渋の決断だった。

出来る事なら今すぐにキトカロスの手を取りたかったし、なんなら今すぐにでも彼女をどこか遠くへと連れ去りたかったから。

でもそんな思いをぐっと堪えて飲み込んで、彼女と共に歩むために彼女に激を飛ばすのだ。

 

「俺は君を裏切るつもりはさらさらない。―――でも今の君は、本当に君自身に誇れる君でいられてるのかな?」

「"私"がどうとか、そんなのどうだっていい!私は貴方が居てくれれば、それで、いいのに―――!」

「馬鹿野郎!」

 

キトカロスはとうとう「自分なんてどうでもいい」と口にした。

それは一番言っては駄目な事なのだ。それは既に自分の痛みや苦しみが分からなくなっているという事と同義だから。

だから海斗も口調を荒げたのだ。それがどうなるか、かつて説明したのに、その道を突っ走っている彼女に対して怒りの一つ位は湧く。

 

「いいかい?―――前も言ったけど自分の事を少しは省みて!」

「…ええ?」

 

思わずといった様子でキトカロスは両手で口をふさいだ―――がもう遅い。

やはりというか案の定というか―――その瞬間二人の間には沈黙が流れた。

その沈黙は「お前が言うな」みたいな雰囲気を多分に含んでいて、気恥ずかしそうに海斗はその目を逸らす。

海斗にはまだ自分が突っ走っている自覚があるのだ。二人の間では、そこがほんの少しだけ違う。

傍から見ればどっちもどっちと言えそうでもあるが、とにかく海斗も人の事を言えたものではないのだ。気まずい沈黙が周囲を支配する。

 

「…分かりました。」

 

先に折れたのはキトカロスだった。キトカロスは降参というように両手を上げて海斗の意思を尊重することにした。

そもそもの話行動を起こすのならばこんな所で言い合っているだけその他の事に時間を回した方がいろいろと良いのだ。それにこんな会話は全てを終わらせた後にでもゆっくりすればいい。

 

「でも、条件があります。」

「…?」

「私の傍から離れないで。」

「―――了解。」

 

キトカロスは海斗を守るための必要最低限の条件を付けて、一旦この会話を終わらせることにした。

よいしょ、とキトカロスは絵王を縛っていた鎖を切り捨てて、牢の扉をあけ放つ。

 

「海斗、こっちに。」

「ん?」

 

体を動かす準備をしながら牢の外に出る海斗。

そんな海斗をキトカロスは笑みを浮かべながら手招く。

そしてかいとが近づくとしてやったり、という顔を浮かべて、ひょい、といとも容易く海斗の体を抱き上げた。

 

「これは俺がやるべきことでは?」

「こっちの方が速く行けます。」

 

違う、そうじゃない。

海斗はキトカロスにお姫様抱っこされている自分に何だか羞恥心が湧いていてしまう。きっと今の自分の顔は物凄く赤くなっている事だろう。

それを知ってか知らずかキトカロスは海斗を強く抱きしめながら姿勢を低くする。

 

「さあ、行きますよ!舌をかまないようにしてください…ねっ!」

「へぁっ!?」

 

そして海斗の視界は光速で流れ始めたのであった。

 

(やわ…あ、あたってぇ!?)

 

そして悲しいかな、偶然顔をキトカロスの胸の中に埋めることになった海斗は何一つものを考える事が出来なくなってしまっていた。

彼は極度の拗らせ童貞であったのである。

―――なお、キトカロスは意図的に海斗の頭を自らの胸へと埋めさせたのだが、海斗がそれに気づくことは無かった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

なんで拒むのだろうか。

なんで私の愛は受け入れられないのだろうか。

こんなにも貴方の事を思っているというのに、どうして貴方はちゃんと「私」を見てくれないのだろうか。

―――ついさっきまで、そう思っていた。

だがその考えはいとも容易く海斗の言葉で打ち壊されたのだ。

 

「前にも言ったけど自分の事を少しは省みて!」

 

どの口がそれを言うのか、と思ってしまった私は悪くないはずだ。そもそも私をそんな風にしたのは貴方だというのに。自分を省みなかった貴方に「省みて」と言われても、というのが正直なところだ。そんな事を思っていたら、思わず私の口からは―――

 

「えぇ?」

 

と、困惑の声が飛び出していた。これが俗にいうブーメランという奴だろうか。私のはその時に、なんというか、こう。

「力が抜けた」とでも表現すればいいのだろうか。それとも、今までの自分は何かが妙に凝り固まっていて、それが解れたとでもいえば良いのだろうか。

言いようのない奇妙な感覚に襲われていた。

何というか今までの自分の言動を考えてみると顔から火が出そうな感覚―――それと同時に自分にもあんな一面があったのかという複雑な感覚が同居しているのだ。

初めての事だったのだから。

誰かに恋したのも、誰かに恋してほしいと、もっと自分を、()()()()()()()()()()と思った事も、全く違うベクトルの二つの感情が同時に自分の中に生まれるのも。

それと同時に少しだけむっとした気分にもなった。愛情を注がれたことが無いというから猛烈なアタックをしているのに、その肝心のアタックが意味を為していないからだ。

 

ここまでしても揺るがないならもう完全に意識させるしかないんじゃないか。

そんな事を思って、それで私は、海斗と体を密着させることにした。

そっちの方が戦場であろう場所に早く到達できるのは確かだし、それに体を密着させられれば色々と誘惑しやすい。

そうして、私は無事に海斗と体を密着させることができた。

 

(暖かい、ですね。)

 

体を密着させる、というのは今の私にとってはすぐにできる事だと思っていた。

意外と恥ずかしかったのは私の心の内にとどめておこう、と思った。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

激化するヴィサスとレイノハートの戦闘は、未だに終わることは無かった。

互いに互いの一撃が当たらないのだ。

普通の状態の背格好は一緒。動きも、扱う武術も似たところがあり、二人はまるで「自分の別側面」と戦っているかのような変な気分に襲われた。

 

「この…ッ!俺と同じ顔をしやがって…ッ!」

「そちらこそこのレイノハートと同じ顔をしているじゃあないかッ!気持ち悪いんだよ、自分と同じ顔が目の前にあるというのはァ!」

 

互いに相容れないせいか、それとも二人が同じ顔を持っているせいか。

ヴィサスとレイノハートは互いに敵愾心をむき出しにして相手を殺さんとしていた。

ライトハートはシェイレーンの救護を行っている為、二人の戦闘を眺める事しかできなかった。

だが、それだけで良かったのだ。ライトハートにとってどちらが倒れようと自分には得しかない事を知っていたから。

レイノハートが斃れれば、ヴィサスはまた一つ力を取り戻すことになり、ライトハート自身もまた力を少し取り返す事が出来る。

ヴィサスが斃れればライトハートは晴れてライフォビアの支配者たる本当の姿―――ライヒハートに戻ることができ、ついでにヴィサスの力をすべて奪う事が出来るかもしれない。

どちらにしたって得でしかないが―――それでももし、ヴィサスが斃されるならばそのときは敵討ちくらいはしてやるかと思っていた。ここでふと、今までならそんな考えさえ浮かばなかったはずだと、ライトハートはため息を吐いた。

 

(けッ…この俺様も甘くなったもんだなァ。)

 

ヴィサスと、そしてティアラメンツと過ごすうちにどうやら自分の牙は相当なまってしまったらしい。今までの自分であったならこの瀕死のシェイレーンの事なんか放っておいたはずだ。それなのに、小さくなったこの体で必死にシェイレーンを助けようとしている。

 

(…ま、悪い気はしねぇけどよ…。)

 

本当に自分の中にある何かが変わっていって、いつの間にかそれが当然と思える自分になっていく。これが変わっていく―――成長していくという事なのだろうか。

 

(ま、今は負けてくれるなよ、ヴィサス。)

 

斬り合うヴィサスとレイノハートから視線を戻すライトハート。

呼吸が安定してきたシェイレーンを引き摺りながら何とかしてこの戦地からの離脱を図った。

戦闘に夢中になっている二人はライトハートの行動に気を配る余裕さえない。こうして無事に戦場からの脱出に成功したライトハートはシェイレーンを安全な場所まで後退させることに成功した。

 

「おい、おめぇら、シェイレーン(コイツ)任せたぞ。」

「アンタはどうするの?」

 

そして、シェイレーンを安全地帯で横たわらせ、そこにいたメイルゥとハゥフニスに後を任せることにした。その際にハゥフニスにこれからどうするのかと問われたが、ライトハートは勿論戦場への帰還を目標とする。

帰りも特に大したことなくライトハートは戦場に帰還することに成功した。だが彼がそこで見たのは―――

 

「…この、アバズレとォ、タンカスがぁあぁぁぁああぁぁ!卑怯だぞぉぉぉ!」

「―――卑怯も辣韭もありません!レイノハート、覚悟なさい!」

「殺し合いに卑怯もへったくれもないんだって!レイノハート、往生せいやぁぁぁああぁぁッ!」

「お前ら容赦ないな!?」

 

背後からカレイドハート(レイノハート)の急所を一突きにするキトカロスと海斗の二人、そしてその光景を目の前で見せられて突っ込むことしかできないヴィサスの姿だった。

その一撃は不意打ちであったのか、カレイドハートは怒り狂っている。

 

(…これはどういう状況だァ…!?)

 

ほんの少し戦場から離れている間に何があったのか。

その当事者でないライトハートにそれを知る由など何一つなかったのである―――。




登場人物紹介

・海斗
特大ブーメランによってキトカロスの考えをただすという凄いことをやってのけた。
そこに痺れないしあこがれもしないが。
最終場面で何やら一緒にクライムしたようだが…?

・キトカロス
人の振り見て我が振り直せ。滅私奉公の擬人化に自分を顧みろだなんて言われたくもない。
浄化というよりかは思考が「海斗は私が何とかしないとヤバいんじゃないか」方面になった。実際その通りでございます。

・ヴィサス
美味しいところを持っていかれた。

・ライトハート
能力は普通に有能。

・レイノハート/カレイドハート
事実上のウェディングケーキ。
コイツは追い詰められると途端に口が悪くなるジョジョのラスボスみたいな感じじゃないかと勝手に思ってる。

ふう!
年末年始をどのように過ごされましたでしょうか。
私は学生時代の友人との飲み会でべろんべろんになりました。お酒には気を付けようね!

次回もお楽しみに!


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覚醒の漣歌姫(ライズ・オブ・ティアラメンツ)

 

キトカロスと、彼女にお姫様抱っこされた海斗が戦場に到達した時、そこにあったのは剣と剣が打ち合う音だけであった。

片方は人間の姿のまま、しかしもう片方は醜悪な本性にそぐう見た目に変貌しつつある化物。

 

「ヴィサぁぁぁス!」

「海斗!?」

 

海斗が大きい声を上げて自身の存在を知らせれば戦闘中にも関わらず海斗の方を見ては喜んでくれていた。

攻撃を避けながらも海斗のことにヴィサスは気づいていたのだ。

そして彼は傍にいるキトカロスを見て、とりあえずは何とかなったんだと察する。

 

「余所見をしている場合か?ヴィサス=スタフロストォッ!」

 

ただ海斗の方に気を取られたという事はレイノハートに隙を晒すという事。レイノハートは何一つ迷うことなくヴィサスに襲い掛かった。

―――しかし、その一撃はキトカロスになんなく弾かれる。

 

「このっ…商売道具如きが…ッ!」

「その商売道具に反旗を翻されてるんじゃあ、王としての器は無いに等しいですねっ!」

 

そのまま踊るような剣舞でレイノハートと殺し合いを始めるキトカロス。

レイノハートにとってキトカロスはこれ以上なく厄介な相手であることだろう。技術にせよ体力にせよ、戦術にせよ、キトカロスはレイノハートを上回っているのだから。

レイノハートが勝っている点と言えば単純な膂力と、支配下に置くことができる呪縛だけ。だが余りにもレイノハートの「呪縛」は強すぎた。

 

「…なら無理矢理従わせる。…それが許されるのが私だからなァ!」

「…ぁぅっ…。」

 

じくじくとキトカロスの内面に何かが入り込んでくるのを感じる。

またいつもの感覚と共にキトカロスの意識は閉ざされていく。

 

「…お前は人形がお似合いだな、キトカロスゥ~?」

「…。」

 

そこに俯いたような姿勢のまま動かないキトカロスの姿があった。

誰しもが、警戒する中ただ一人大きな声を出す存在が一人。

その男はこの場で誰よりもキトカロスの事を信じている男が声を張り上げる。

 

「何をやっているんだ、キトカロスゥゥゥーッ!」

 

その声は戦場を超えてこの世壊中に響く。

その声を合図にして、キトカロスと海斗は互いに飛び掛かった。

 

「―――信じてるぞ、海斗。」

 

ヴィサスは海斗がきっともう一度キトカロスをどうにかすると信じて、二人の方は見ないようにする。

 

「こっちも最終ラウンド、だな。」

 

ヴィサスは異形の姿に変わりつつあるレイノハートを睨みながらその剣を構えなおした。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

時はキトカロスと海斗が戦場に向かう時まで遡る。

レイノハートをどう斃すか、ということを二人で考えたときにキトカロスを意を決し夜声で作戦を話し始めた。

 

『私は一度レイノハートの呪縛にかかったふりをします。』

『そうしたら油断しきった所を私が後ろからぐっさり行きます。』

 

そうえげつない作戦を提案したキトカロスは物凄くいい顔をしていた。

凄い可愛い顔で、バックスタブを計画するキトカロスに海斗は何も言う事は出来なかった。というか海斗もそれ以上の策を思いつくことが出来なかった。

だがここで、キトカロスの言っていた条件にふと違和感を覚える。

 

『レイノハートの呪縛を振り払えるのかい?』

 

そう、キトカロスはレイノハートの呪縛に逆らう術を持たないはずだ。それなのに、どうしてそんな事を自身を持って言えるのだろうか。

キトカロスは恥ずかしそうに俯きながら、海斗の疑問に答えた。

 

『―――賭けですが。その…海斗が抱きしめてくれれば…その…。』

『口実にしようとしてない!?』

 

が、その内容が内容だったので思わずキトカロスを追求する海斗。

その追及に対してキトカロスはすっと目を逸らし、余りにも抑揚のない声でこう言った。

 

『―――ソンナコトハナイデスヨー。』

 

―――と。明らかに棒読み、かつ別の手段があると言わんばかりの反応に海斗は思わずジト目をキトカロスに向けてしまう。

 

『とにかく!私が正気に戻れるかどうかは貴方にかかっていますからね!?』

『了解。』

 

それがどういう理由で、だとかなんで自分がだとか、そんな事を聞く必要はなかった。キトカロスがそうすればあの呪縛を乗り越えられるはずだと言ったのだから。

そして今、彼女が計画した通りに事は進んでいる。レイノハートは自分の呪縛が解けるだなんてことは何一つ考えてはいないし、海斗はキトカロスが言った事を只々信じている。

 

だから、海斗はまず最初に声を掛けることにした。

キトカロスの体の動きは一瞬止まったが、それでも正気に戻るまでには至らなかった。そう遠くないうちに彼女は海斗に襲い掛かる事だろう。

ならば次はどうすればいいのか―――。

 

「…キトカロス…ッ!」

 

それこそ最初に彼女が言った通り、彼女に抱き着いてその目を覚まさせてやるしかないのだろうか。

それしか方法がないというのならば、それをやってのける。

そうしなければキトカロスに誇れる自分ではいられなくなってしまう気がするから。

彼女に「そうして欲しい」と頼まれたのだ。ならばここでその思いに答えなければ男が廃る、というものだ。

ならば、やる。

 

「―――うおぉぉおおぉッ!」

 

意を決した海斗は大声を上げて、キトカロスに飛びつくように抱き着く。

背後にレイノハートの嘲笑を浴びながらもそれでも海斗はキトカロスのためにその身を投げ出した。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

(暗い、ですね…。)

 

キトカロスの心は暗い暗い闇の底に落ちていくような感覚に囚われていた。

加えて、自分という「心」があるのに「自分」以外に体が動かされるのは物凄く不快でもあった。

それでも今までの自分は落ちていく感覚にそのまま身を任せてしまっていたようにも思える。「やるだけやったんだから」と諦めて最後までもがくことなく、呪縛を()()()()()()()()()()()

だからいくら振りほどこうと思っても振りほどけなかったのだ。

 

(でもほんの少しだけ、光が見える。そして力も…!)

 

でも今は落ちていく感覚に身を任せて目を閉じるのではなく、何とかしようと、無意味でも足掻こうとすることができる。理不尽に抗う尊さを忘れずに前を向くことができる。

それを教えてくれたのは―――他でもない一番大切な人だ。

大切な人を、仲間を思うその心がキトカロスにより力を与えてくれる。

ゆっくり、少しずつ、それでも前へ。

ほんの少しずつでもいい。この呪縛に抗って、乗り越えて、全てを取り戻す。

 

(誰かの温もりがこんなに勇気をくれるだなんて―――。)

 

キトカロスの心に舞う小さな光はどこまでも優しく、そして暖かくキトカロスを導いてくれる。

その光の温もりはキトカロスのよく知る物と同じだった。

 

(一人じゃないって―――皆が居るって――――いいこと、だったんですね。)

 

傍にある物が当たり前にあると、何気ない日常が当たり前であると。

その当たり前が、大切なものだったと気づければ簡単な事だったのかもしれない。

この呪縛からも、シェイレーン達との日常を守ることも、一番大切な人と一緒に居ることでさえ―――。

 

(なら、私は―――!)

 

恋する少女は力を欲した。

欲した力はもう二度と、大切なものを、大切な仲間を、大切な人が傷つくことがないような、慈愛に満ちた力だった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

キトカロスは強い締め付け感に襲われて目を覚ました。

海斗と共に地面に倒れ伏したままの状態で覚醒したようだった。。海斗は目を瞑りながら必死にキトカロスの体を抱きしめている。胸を触ってみれば、胸につけられていた錠前がきれいさっぱり消えている。どうやら上手く呪縛を振りほどくことができたようだ。それを確認してから、軽く二回海斗の背中を叩く。そうすれば海斗には伝わったようで目を開けた海斗はキトカロスに微笑みかけた。

 

「…よかった。」

「…ここからですよ。」

 

幸いというべきかヴィサスが気を引いてくれているおかげで二人の動向に気付くことは無かった。というかここで気付かれたらすっべてが御破算となってしまう、

そもそもあんな異形の姿になっていてまでヴィサスを斃そうとしているのだ。周囲に気を配るまでの余裕はないと思いたい。

 

「…やられる前にやれって、ね。」

「そうですね。」

 

レイノハートはこちらを気にするそぶりも見せない。それが自身の呪縛を信頼しているからか、それとも「キトカロス如きに」という慢心があるからか。

ただ、二人にとってはそんな事はどうでもよかった。何故なら、一番重要なのはレイノハートがこちらに気付いていないという純然たる事実だけであったのだから。

 

「…今ッ!」

 

キトカロスと海斗はカレイドハート(レイノハート)の完全な背後を取った。

これなら完全に奇襲は成功する。音を立てずにキトカロスはカレイドハート(レイノハート)へ迫り、ナイフを腰だめに構える。

キトカロス一人に背負わせはしないと言わんばかりに海斗はキトカロスが構えたナイフに手を添えた。

 

「―――ッ!」

「入った―――!」

 

二人で行った急襲は見事に成功し、キトカロスのナイフがカレイドハート(レイノハート)の背中に突き立てられる。

それでようやく事態を飲み込んだのか、カレイドハート(レイノハート)は二人に向かって絶叫した

 

「…この、アバズレとォ、タンカスがぁあぁぁぁああぁぁ!卑怯だぞぉぉぉ!」

 

始めて見せたその醜悪な本性でもって急襲した二人を激しく罵るカレイドハート(レイノハート)

だが二人にとってその罵倒はもはや何一つ意味を持たないものであった。

だってすでに二人はどんな手を使ってもここでレイノハートを必ず葬ると決めていたから。

 

「―――卑怯も辣韭もありません!レイノハート、覚悟なさい!」

「殺し合いに卑怯もへったくれもないんだって!レイノハート、往生せいやぁぁぁああぁぁッ!」

 

必死に突き立てられたナイフを抜こうとするカレイドハート(レイノハート)。しかしいくら暴れてもキトカロスも、海斗も引き剥がす事が出来なかった。それも当然だ、と海斗は思う。いくら化け物の力を得たといえどもこの出血ではまともに動けなくなるだろうという事は目に見えていたからだ。

しかもナイフが刺さった場所は急所。みるみるうちにレイノハートの姿に戻り、更にその場に崩れ落ちる。出血こそないが、もはや戦える状態ではないだろう。

キトカロスの一撃がが偶然急所にあたったのか、あるいは彼が今まで物を壊すように殺してきたティアラメンツたちの怨念がキトカロスの一撃を急所へと導いたのか。

それを知る術はもうない。

 

「おまえ、さえ、いなければぁぁぁぁッ!」

 

レイノハートは最後の足掻きと言わんばかりに海斗に向かってその鞭を振るう。

しかしその一撃はヴィサスとキトカロスの剣戟の前に海斗に届くことなく相殺された。そのまま二人は自身の得物をレイノハートに突き付ける。

 

「…これで終わりです、レイノハート。―――貴方の支配も、貴方の暴虐も、全て――。」

 

キトカロスはゆっくりとナイフを振り上げる。自分の弱さが招いた種は、自分で回収しなければならない。

だからキトカロスは、振り上げたナイフをそのまま振り下ろすことにした。

レイノハートのせいで散っていった多くの同胞たちの怨念を刃に乗せて、その一撃は振り下ろされ―――。

それを海斗が止めた。

海斗は「まだ早い」と言わんばかりに首を振る。そしてキトカロスの手を離すと、その一撃を止めた理由を語り始めた。

 

「…レイノハート(コイツ)にはまだまだ吐いてもらいたいことが多いんだ。殺すのは情報を搾りきってからでもいいだろう?」

「…それもそうですね。」

 

確かに海斗の言う通りだ、とキトカロスは思いなおす。何故私達の涙を求めたのか、何故あんな異常な姿を持っていたのか、そもそも何故この世壊を狙ったのか―――。

疑問は尽きないどころか湯水のように湧いてくる。

だがここで考え過ぎてもしょうがない、とキトカロスはその疑問を一旦後回しにすることにした。

一方、レイノハートから噴霧する何かがヴィサスに吸い込まれていくという光景を見ながらレイノハートに関する謎を考えていた海斗。

海斗にはライトハートの説明云々は全く耳に入ってはいなかった。

 

(…協力者は確実に居る…。そうでなければあんなに大量に涙の真珠を集めていた説明が付かない。その協力者の目的は一体なんだ?なんでこの世壊を攻めた?なんでキトカロスを?―――なんでこの世壊にヴィサスたちが来た?)

 

ライトハートがこの世界の在処を知っていたか、それともたった今目の前で起こっている光景に何か関係あるのか、海斗にも良く分からない。

 

「…多分、まだ終わっていない。」

 

だが海斗はそれだけは確信をもって言う事が出来た。

終わっていない、その言葉を示すように上空に影が差す。

そこには赤と黒の装甲を纏い頭に角を一本生やした二足歩行の何かが浮いていた。

 

「…クシャトリラ…?」

 

キトカロスはその存在を見上げてその一言だけを放ったのだった―――。




登場人物紹介

・キトカロス
自分をキトカロスだと思い込んでいる一般進化ルルカロス。
レイノハートを破った時点で既にペルレイノの主は彼女に戻った。

・海斗
も―そんなこと言うからー。

・ヴィサス
吸収。何か体がざわざわするってさ。

・ライトハート
海斗は思考中で話すら聞かれて無かった。

・クシャトリラ
イイ感じで終わりそうなところを邪魔しにきやがった糞野郎。

ちょっと展開が速い気もしますがこれでいいのです。
これからヴィ様一体どうなっちまうんだ…

次回もお楽しみに!


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クシャトリラ・アサルト

 

侵略者、クシャトリラ。

彼らは自分の住む世壊とは違う世壊に足を伸ばし、侵略を行う。

大体は侵略する土地を機械で侵し、資源、栄養、生命―――ありとあらゆるものを搾取し、死の大地へと変えていくのだ。それを防ぐには侵略の先駆けである先遣隊を追い返し、「この世壊には天敵がいるぞ」という警告を発するか、そもそもクシャトリラに世壊の事をばれないようにするか、の二択しかない。

 

「よぉ…この俺様ににひーこら言わされて逃げ帰ったクシャトリラが何の用だ?」

「…ライトハート、お前強かったんだな…。」

 

どうやらライトハートはクシャトリラを追い返すだけの実力はあったようだ。あんな沈埋姿なのにその力は一体どこから出てきたのだろうか。

それに比べ、今の自分は、とキトカロスは考える。

今の自分では精々足止めが関の山だろう、と。

 

『この世壊に来たのは…、、―――そこの女を我らの兵器に転用しようとして、だな。』

「…狙いは元から…いえ、ずっと私だったんですね。」

 

ここでキトカロスは何故、レイノハートが自分に色々と手を出してきたのか――点と点が線でつながるという事をその身で経験した。

狙いはもとより、この世壊などではなく―――自分自身だったというわけだ。

 

『…お前のデータは色々と得ることができたからな。嗜好品としても、データのサンプルとしても…。色々と愉快なものを提供してくれた礼だ。貴様が我らに下るのならば、この壱世壊の侵略は行わないと約束しよう。』

「…それを私が飲むとでも?」

『…そういう所を含めて気に入ったのだよ。我らは。』

 

ヴィサス、ライトハート、キトカロスの三人はその交渉を認めないと言わんばかりに臨戦態勢に入る。

だが、そこでクシャトリラは予想外の言葉を発した。

 

『三人で抗うか…それもいいだろう。だがいいのか?ライフォビアが手遅れになっても知らんぞ?』

「何…?」

 

クシャトリラは空中に映像を映し出す。そこに映っていたのは数多くのモンスターの死体と森の中の玉座に座る一人の男。

その男はレイノハートやライトハートと同じく、ヴィサスと同じ顔を持っている。

つまるところ、クシャトリラの主がライフォビアを乗っ取りかけている、という事だろう。

 

「…ライトハートさん…。確かあそこは…。」

「…あぁ、俺の故郷、ライフォビア、だ。」

 

そしてそれはライトハートの故郷が乗っ取られかけているという事。そんなライトハートにライフォビアを見捨ててこっちに協力してくれとはとてもではないが言えなかった。

 

「ヴィサスさん、ライトハートさん…行ってください。こっちは私が何とかします。」

 

これから自分はクシャトリラに負けるだろう。そう分かっていても、キトカロスはライトハートを送り出すことに迷いはなかった。囚われてもきっと助けてくれる人がいる―――そう思わせてくれる人がいるだけで、ここまで人は強くなれる。

 

「―――すまねぇ…恩に着るぜ、キトカロス。」

「死ぬなよ…二人とも。」

 

ヴィサスとライトハートはそれだけを言い残してライフォビアへと飛んでいった。この場に残ったのは殿を請け負ったキトカロスと、自力では世壊の移動もままならない海斗のみ。

 

「…海斗。貴方は出来るだけ遠くへ。クシャトリラは―――はっきり言って手に負えない強さです。」

『ふむ…実力の彼我を弁えている。…合理的だな。』

 

だからこそキトカロスは海斗にこの場を離れるようにお願いした。

きっと彼がこれから見る光景は残酷で、惨たらしくて、彼の歩む道に暗い影を落としてしまいそうな凄惨なものだから―――。

 

「…それでキトカロスは助かるのか?」

「…分の悪い賭けですね。」

「そうか…。」

 

海斗はゆっくりと歩みを進める。

しかし歩みを進めた方向は戦場を離脱する方向ではなく、むしろその逆―――。

キトカロスが居る方へ、より正確に言うのであれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()位置へとその歩みを進めていく。

そして海斗はキトカロスを守るようにしてクシャトリラの前でその歩みを止めた。

 

「…一つ聞いていいかい、クシャトリラ―――名前分からないから便宜上バイコーンと呼ばせてもらうけど―――君たちの狙いはキトカロスなんだよね?」

『…人間如きの問いにこちらが応えるとでも?そこをどけ、死にたくはないだろう?』

 

海斗はクシャトリラの目的について質問する。。

だが人間という存在そのものを見下しているかのような態度を取るクシャトリラは、海斗の問いに答えようとはしなかった。

むしろ邪魔だと言わんばかりに海斗に剣を突きつける。

 

「…こちとら死ぬより辛い人生を送ってきてるんでね。殺したいなら殺しなよ?―――ま、そうすれば君たちは「たった一人の人間に恐れをなして話を聞くことなく殺したビビりでチキンの玉無しヘタレ集団」って呼ばれることになるけどね?」

『…面白い事を言うな。…その程度の挑発に乗るとでも?』

「乗る乗らないじゃあないんだよ。…既にキトカロスは俺と契約―――平たく言えば俺と「プレイヤーとモンスター」としての関係を既に築いてるんだ。」

 

勿論、キトカロスには海斗の言葉が嘘だと分かっている。

確かに自分のカードとペルレイノのカードを引き当て(見つけ)たのはそうだ。

そしてそのカードを使って無理矢理に海斗をこの世界に呼んだのは自分だ。だが、まだ海斗に自分の(カード)を預けて無いし、そもそも彼と契約した記憶そのものが無い。

つまり、これは―――。

 

「キトカロスを狙うならまず俺を斃さなくちゃあいけないんだよ。自分の仲間を守るのは当然のことだしね。」

『…そこまでいうか。いいだろう。―――なら貴様をここで殺してくれようッ!』

 

相手を自分と同じ土俵に引きずり込むための罠だ。

海斗はキトカロスと主従の関係を築いていると誤解させて、海斗に狙いを向けさせるための嘘だ。

そして海斗は自分が得意とする領域に引きずり込めさえすれば必ず勝てると踏んでいる。

なら自分が打てる最善の一手―――そして、海斗も自分自身も生き残る可能性を作るために必要な一手を打つ必要がある。

その一手は彼が賭けたものと同等のものを賭けねばならないだろう。

 

「その者をここで殺すのならば、私はここで自害します!」

『何…?』

 

つまるところは、自分の命だ。海斗の全力ブラフに自分の命を上乗せしてより強固な「嘘」にする。

相手の狙いが自分の身柄だと分かっているからできる事で、そして最も効果的な一手でもある。

 

「いいのですか?貴方達が彼を殺すというのならば、私はこの世から私の肉片一つ残さず消えましょう…!」

『…下等生物どもが。…いいだろう。人間、貴様の意を汲んで、貴様と一戦交えてやろう。』

 

いちいちに鼻に付く言い方をしなければいけない決まりでもあるのだろうか。

少なくとも今の物言いには海斗もむっとしている。

が、海斗はすぐに表情を戻して、不遜には不遜をと言わんばかりに妙にゆっくりとした声で言い返した。

 

「まぁ、まず俺は君達と比べて武力は無い。勿論身体能力もない。―――かといって君より知能が高いかと言われればそうでもない…あくまで一般人だからね。まさか君たちはそんな俺に殺し合いを仕掛けるわけないよね?」

『…平等―――では、ないな。』

 

極論甚だしい超理論であるはずなのに、その言葉は少なくない同意をキトカロスから引き出していた。

この話法に諸に捕まってしまったクシャトリラは言うまでもなく、海斗の話術に嵌っているだろう。この時点で海斗は自身が目論んでいた事の半分以上を遂げてしまったという事になる。

 

「勿論、この世壊のことについても君たちの方がより知っているわけだ。だからさ―――ここは平等に決闘(デュエル)で勝負しようよ。(デッキ)ならここにある。」

『…面白い。』

 

ああ、これで完全に海斗の術中に嵌った―――そんな確信をキトカロスは得る事が出来た。つまりこれから始まるのは己の強さと、己の魂をぶつけ合う「決闘(デュエル)」であり、―――そこに自分が介在する余地は存在しない。

というかこうなってしまっては今更自分が海斗に助力することは不可能だ。後はもう、海斗自身の実力にかけるしかない。

 

「…もし俺が勝ったら、これから先キトカロスに手を出させないし、即刻この世壊から立ち退いて二度とこの世壊に関わらないようにしてもらおうかな。」

『いいだろう。―――ただし私が勝った時がその女と、ついでに貴様も我らのために働いてもらうとするか。』

「…いいよ。」

 

海斗は申し訳なさそうな目でこちらを見て来る。―――きっと海斗は自分のデュエルの結果如何によっては自分をもクシャトリラの配下とされてしまうかもしれない、とそれでもよければ命を預けてくれないか、という事も聞かずに勝手にクシャトリラの条件を呑んでしまった事に対するものだろう。

だが別に、海斗にならいくらでも命を預けられる。

キトカロスはそれだけ海斗の事を信頼していた。自分の命を賭けるに足る相手だと、()()()()()()()()と今ならそう思えるから。

 

「さて、じゃあデュエルしようか。」

『…先攻はくれてやる。』

「分かった。じゃあ、ありがたく先攻を貰うよ。」

 

海斗はクシャトリラが進めてくれた先攻を取った。そうしてデッキの上から5枚のカードを引き相手を真正面に捉える。

 

「…俺のターン。俺は―――」

 

侵略者が全てを掠め取るか、はたまた少年が全てを守り切れるのか。

全ては漣歌姫の女王の寵愛を受けた少年の手にかかっている。

―――こうして最終決戦の火蓋は切って落とされた。




登場人物紹介

・海斗
ちなみに今の彼が使うデッキは先行ワンキルデッキです。
最後までティアラメンツを使わせるかどうか悩んだんですけどね…。
やっぱリカバー案はあっても「キトカロスが使えない理由」を作らなきゃいけない事に気が付いたので…。
「キトカロスの魂も賭けよう。」

・キトカロス
事後承諾的に魂を賭けることになった人。可哀想にね。

・クシャトリラ
矮小な人間君が頑張っているんだ、可愛いね♡

壱世壊編完結まで残り二話!最後までかっ飛ばしていきますよ―――!
それでは次回もお楽しみに!


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壱世界の未来の解放(リバース・ティアラメンツ)

 

「俺のターン。」

 

海斗は今引いた五枚の手札を確認する。【チキンレース】が二枚と【疑似空間】が二枚。それに【墓穴の指名者】の計五枚であった。

これなら、確実に勝ち切れる。―――このデッキでこの手札というのはそれだけ大きい意味を持っていたのだ。

 

「俺はフィールド魔法【チキンレース】を発動。そして【チキンレース】の効果を発動。このカードは1000LPを払う事で3つの効果から選んで効果を使用できる。俺はデッキから一枚ドロー。―――この効果は相手も使えるけど、そこまで関係ないね。」

 

海斗 LP8000→7000

 

海斗はまず一枚目の【チキンレース】を発動。この効果で引き当てたカードは【テラ・フォーミング】であった。悪くない、と思いつつ二枚目の【チキンレース】を発動。海斗は再びLPを1000減らし、デッキから一枚ドローする。

 

海斗 LP7000→6000

 

(…【疑似空間】、かぁ…。)

 

これもまたそこまで悪くないカードだ。今日はついている、と呑気な事を思いながら海斗は手札から【疑似空間】を発動した。

 

「フィールド魔法【疑似空間】発動。この効果で墓地の【チキンレース】を除外して【疑似空間】は【チキンレース】と同名となり、【チキンレース】のカード効果全てを得る。従って俺は【疑似空間(チキンレース)】の効果発動。1000LPを払いカードを一枚ドロー。」

 

海斗 LP6000→5000

 

この効果で海斗は再び【チキンレース】を引く。

ここまでくるとクシャトリラも異変に気付くようで、明らかにまとう雰囲気が変わる。

どうやらあちらは自分が出し抜かれたことにようやく気付いたらしい。

―――一応【簡易融合】で出すモンスターの候補として【ティアラメンツ・キトカロス】は入っているので一応キトカロスと主従関係を築けているという部分は疑われなさそうではある。

もちろん、このデュエルで【ティアラメンツ・キトカロス】を使う予定はないが。

 

『…普通そこは【ティアラメンツ】を使う所だろう…騙したな?』

「騙すも何も…俺は元から『キトカロスと主従関係にある』としか言ってないよ。それで俺が【ティアラメンツ】を使うって勘違いしたそっちの頭がおバカなんじゃない?」

『言わせておけば…!』

「事実じゃん?―――俺は三枚目の【チキンレース】を発動!これでライフを1000払いデッキから一枚ドロー!更に【疑似空間】を発動!墓地の【チキンレース】を除外して再び【疑似空間(チキンレース)】の効果発動。ライフを1000払い一枚ドロー。これをもう一度繰り返すよ。」

 

海斗 LP5000→4000→3000→2000

 

この三回のドローで手札に加えられたのは【ドン・サウザンドの契約】、【希望の記憶】、【風魔手裏剣】の三枚。これなら何とかなる、はずだ。

まだ相手に狙いを悟られているわけでは無い。狙いを悟られれば―――それこそデュエルを反故にして襲い掛かってきかねないような行為を海斗はしようとしているからだ。

 

「永続魔法【ドン・サウザンドの契約】発動。このカードは発動した時の効果処理として互いに1000のライフを払う事で互いに1ドローする効果、更にこの効果で引いたカードとこのカードの発動中に引いたカードを公開し続け、この効果で手札の魔法カードを公開している間そのプレイヤーは通常召喚出来ないという三つの効果を持つ。俺が引いたのは【黒いペンダント(ブラック・ペンダント)】。」

『―――【六世界-パライゾス】。』

 

海斗 LP2000→1000

クシャトリラ LP8000→7000

 

どうやらこれで互いに特殊召喚を行う事でしかモンスターを召喚出来なくなったようだ。最も海斗のデッキに至ってはそんな事は何一つ関係ないが。

そしてこれで海斗の狙いの一つ目である「自身のライフポイントを1000にする」という事を達成した。

残りはキーカードをこのターン中に手札に引き込めるか。それにかかっている。

 

「俺は続いて魔法カード【テラ・フォーミング】を発動。デッキからフィールド魔法の【ヌメロン・ネットワーク】を手札に加えてそのまま発動。【ヌメロン・ネットワーク】の効果でデッキから【ヌメロン・ダイレクト】を墓地に送り【ヌメロン・ダイレクト】発動時効果を発動。EXデッキから"ゲート・オブ・ヌメロン"X(エクシーズ)モンスターを4体まで―――【No.1 ゲート・オブ・ヌメロン‐エーカム】、【No.2 ゲート・オブ・ヌメロン‐ドゥヴェー】、【No.3 ゲート・オブ・ヌメロン‐トゥリーニ】、【No.4 ゲート・オブ・ヌメロン‐チャトゥヴァーリ】を特殊召喚!更に魔法カード【希望の記憶】発動。自分フィールドの【No.】Xモンスターの種類数分までドローする。従って4枚ドロー!」

 

今引いた4枚のカードは【大逆転クイズ】二枚に、【サイバネティック・フュージョン・サポート】、【簡易融合】というもの。

これは、確実に勝った、そう思わせるだけの引きの強さであったのだ。

海斗は内心ほくそ笑みながら最後の仕上げに取り掛かる。手札の【黒いペンダント】と【風魔手裏剣】をフィールドに伏せて一枚の魔法カードを発動した。

 

「これで最後!逆転の時間はやってきた!魔法カード【大逆転クイズ】発動!自分フィールドのカードと手札のカード全てを墓地に送る。」

 

そして海斗はデッキのキーカードである【大逆転クイズ】を発動する。このカードは自身のフィールド、手札のカード全てを墓地に送ることで文字通りの大逆転を引き起こすカード。その「大逆転」を引き起こす方法は至ってシンプルだ。

 

「自分のデッキの一番上のカードの種類を当てる。勿論、「モンスター」か、「魔法」か、「罠」かっていう意味の種類ね。そしてカードの種類を当てた場合、――――君と俺のライフを入れ替える!」

『…3分の1を当てられるわけが―――。』

 

デッキの一番上のカードの種類を当てればいい。確率にしておよそ3分の1―――普通に全てを賭ける価値のある数字だ。だがこのカードにはある抜け穴があった。今の海斗のデッキはその抜け穴を存分に活かしたデッキだ。

 

「…当てられるんだなぁ、これが!一番上のカードの種類は魔法カードさ!」

 

海斗は魔法カードを選択し、デッキの一番上のカードに手を掛けた。そしてゆっくりと、そのカードを表向きにする。そのカードが魔法カードならば海斗は大幅なライフアドバンテージを得る。それ以外ならクシャトリラが減りに減った海斗のライフをゼロにするだけの簡単な作業となってしまう。

だが、海斗に【大逆転クイズ】を発動させた時点でクシャトリラの負けは決まっていた。

 

「デッキの一番上のカードは魔法カード【冥王結界波】!…これで俺と君のライフは入れ替わる。―――ちなみに言っておくと俺のメインのデッキにはモンスターも罠もいちまいも入っていないから。」

 

海斗 LP1000→7000

クシャトリラ LP7000→1000

 

何故なら、海斗のデッキが【大逆転クイズ】を発動するという事は既に大逆転が起きるという事が決定しているからだ。後は墓地に送られたときに相手にダメージを与えるカードをセットしてから発動すれば―――

 

「更に【大逆転クイズ】の効果で墓地に送られた【風魔手裏剣】と【黒いペンダント(ブラック・ペンダント)】の効果発動!【風魔手裏剣】で700の、【黒いペンダント】の効果で500のダメージ!」

『この…下等生物がァ―――ッ!』

 

クシャトリラ LP1000→300→0

 

このようにいとも容易く先攻ワンターンキルが成立するのだ。

これが海斗が同じ土俵で戦いたかった理由―――相手に何もさせずに圧倒し、相手の心をへし折りたかった。

何よりも、その姿をもう視界に収めたくなかった。

何よりも、キトカロスを不幸な目に合わせようとしたことが許せなかった、

だから、海斗は全身全霊を以て相手を潰すことにしたのだ。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

勝った。その光景を目にしてようやくキトカロスは安堵の息を漏らす。

海斗はクシャトリラにターンを与える事無く、懇切丁寧にみっちりとクシャトリラのプライドをへし折ってみせたのだ。ようやく本当の意味でこの世壊に平和が訪れる。

ここまで本当に長かった。日数がどれだけ経過したか分からないが、ようやくこの世壊は誰にも支配されることの無い自由な世壊へと戻る。

キトカロスにそんな実感がふつふつと湧いてきて、気づけば笑顔になっていた。

 

「さあ、約束通りここから手を引いてもらうよ、クシャトリラ。」

 

海斗は約束通りに決闘をして、そしてクシャトリラを打ち倒した。これを英雄と言わずに何というのだ。

―――そして約束事を履行するのであれば、この瞬間にクシャトリラはこの世壊を去らなければならない。

相手がその気でなければそもそもこのデュエルを受けなければいいだけの話だ。それなのに受けたという事はこの予測が出来ていなかったということだろう。

現に目の前のクシャトリラはこの場を去ろうとしている。

 

『…ああいいだろう。だが―――そのデッキは気に入らん!』

「…げぇ!メインデッキがァ!」

 

だがクシャトリラは最後の最後に海斗のデッキに物理的に風穴を開けたのだ。

海斗を何一つ傷つける事無く、海斗のデッキを打ち抜く正確さ―――これが自分に向けられなくて本当に良かったと思う。

―――クシャトリラはワンキルデッキは気に入らなかったようだ。海斗のメインデッキのカードの大半を使用不可能にしてから去っていったことからそれが伺える。

確かに「海斗に手出し」はしていないのでこれをどうこうと咎めるつもりはない。

「海斗に使って欲しかった」と嫉妬の感情もあったから。

そうだ、頭では理解している。これが最善手であったと。

でも、大切な人を思う気持ちはだれにも止められないものだ。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

クシャトリラが撤退して、曇っていた空に光が差し込む。

そして綺麗な青空が顔をのぞかせ、世壊に光が降り注ぎはじめた。

何処までも続く青い水平線と、空から降り注ぐ光が海面に反射してキラキラと輝く。

そしてその海で楽しそうに泳ぐ漣の歌姫たち。

その近くの岩場で海斗とキトカロスは何を話すでもなく、ただ寄り添うあうように座っていた。

 

「…ようやく、取り返せました。私の、私達の故郷。」

 

キトカロスの零した言葉に海斗は何も返さない。返す必要がないと分かっているからだ。

その代わりなのかどうかは本人にさえ分からなかったが、海斗はキトカロスが愛おしそうに眺める風景を見た。

―――本当にきれいな海だった。本当にきれいな世壊だった。

きっとこの光景を生涯忘れることは無い。それほどまでに美しい光景だったのだ。

 

「ここまで来れたのはきっとあなたが居たからです。…この世壊の主として感謝します。」

「…それはキトカロスが勇気を出せた結果だよ。俺は、感謝されるようなことはしてはいないさ。」

 

海斗は自身が感謝されるようなことは何もしていないという自覚があった。ただただキトカロスに呼ばれてこの世壊に来て、それただ自分ができる事を必死にやったまでだ。

そしてこれは他の誰でもできる事でもあった。だから海斗にとっては感謝されるようなことは何もしていないという認識だった。

あるいは、海斗の事故工程間の低さの表れであったのかもしれない。

 

「…謙遜も過ぎると嫌味になりますよ?」

「それは失礼。…そのお礼はありがたく受け取っておくよ。」

 

キトカロスは何を感じたか、「謙遜も過ぎれば嫌味になる」という事を海斗に伝えておいた。

海斗も思う所はあったのか、キトカロスの言葉に正直に頷いた。

そうしてまたしばらく二人の間に沈黙が流れる。

 

「…ねぇ、海斗。一つ、相談があります。」

「何?」

 

キトカロスは何かを決したような顔をして、海斗の方を見る。

海斗はキトカロスの並々ならぬ覚悟を感じて思わず真剣な顔で聞き返した。

 

「私を、ずっとあなたの隣においてくれませんか?」

「…ん???」

 

海斗はキトカロスの口から放たれたとんでもない言葉に思考を停止してしまう。

―――海斗の決断の時はすぐそこまでやってきていた。




登場人物紹介

・海斗
【緑一色】デッキを用いた。これがワンキルデッキの正体。
これっきりで海斗のワンキルデッキの出番は終了。

・キトカロス
彼女は決断した。これからもずっと愛する人の傍にいる事を。

・クシャトリラ
何もさせてもらえなかった。
というか動き書くのがめんどい+本編でワンキル出せない。
という事でワンキルの被害者になってもらいました。

皆さん正月休みや冬休みから元の生活に戻っていますか?
私は全然まだまだ戻れてなくて、めちゃくちゃだるいです。

壱世壊編は次回で最終回。
次回もお楽しみに!

追記:今回からアンケートします。水樹君のデッキをどっちにするかです。切り札などは活動報告をご覧ください。


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嫋々たる壱世壊から(フロム・ペルレギア)

壱世壊編最終回です


 

「…私を、ずっとあなたの隣においてくれませんか?」

 

たった今、キトカロスから言われた言葉を海斗は頭の中で反芻していた。

―――海斗にとってはまるで意味の分からない言葉であったが。

傍に置いておくというのはつまり、そう言う意味でとらえてしまっても良いのだろうか。

 

「それってここで結論出さなきゃいけない?」

「今じゃなくてもいいですよ。」

 

ドギマギしてしまってか、海斗はその問いに答えを返す事が出来なかった。

それをキトカロスに察せられてしまったのか、苦笑交じりに「今じゃなくてもいい」と言われてしまう。

しかし、キトカロスはその言葉の後に「でも」と付け加えた。

 

「…でも、そう遠くないうちに貴方はこの世壊を去らなければなりません。」

「答えはそれまでに…ってこと?」

「…はい。出来る事なら今すぐに言って欲しいんですけど、こればかりはすぐに決められることでもないので。」

 

たしかにこの世壊でやれることはすべてやった。

海斗自身にも元の生活があるのだから、そこに戻るべきだと―――居るべき場所へと帰るという選択肢は当然の帰結かもしれない。

 

「…余りあっちには帰りたくないんだけどな。」

 

だが、海斗には元の世壊に戻るにあたって一つ不安な事があった。

それが海斗の人生をめちゃくちゃにした本人である父親が未だに健在であろうという事だ。海斗にとってこの世壊を去るという事はつまり、再びあの父親の支配下に戻るという事でもある。

そんな未来を思い描いていたのか、海斗はいつの間にか自身の体を抱き込むようにして震えてしまう。

 

「…そう、でしたね。海斗はあっちで辛い経験をしていたんでしたね。…大丈夫ですか?」

「大丈夫、だよ。」

 

キトカロスはそれを見て、「やってしまった」という顔をした。

明らかに精神的に追い詰められているかのような海斗の姿を見て、海斗を「地獄」に送り返してしまう事になるという事実を知ってしまったから。

キトカロスもできる事ならかいとにずっとこの世壊に居て欲しいと思っている。

だが、それは土台無理な話だ。

確かにこの世壊には水も、何処までも広がる海もある。―――だが、海斗に必要なもの全てがこの世壊で入手できるわけでは無い。いつか、海斗のここでの生活は必ず破綻する。

 

「…貴方がこのままずっとこの世壊にいても貴方が生活する基盤はほとんどない。」

「分かってる。」

 

だから海斗はそう遠くないうちにこの世壊を去らなければならない。

海斗に突き付けられた選択はたった一人で地獄に戻るか、キトカロスを地獄に引きずり込むかというものだった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

余りにも残酷な選択肢を突きつけられた海斗。

海斗にとってキトカロスは一体どんな存在なのかそれが海斗にはどうしてもわからなかった。

 

「…ねぇ、キトカロス…。俺はどうすればいいんだろうね…。」

「それを私に聞きます、普通?」

 

ぼやきを当然のように受け入れている彼女の胸の内を知る手立てはないものだろうか。

それさえ知れれば、きっとこんなにも悩むことは無かったのだろう。

人付き合いだとかそういうものはさっぱりだし、―――相手の気持ちなんて何一つ分からない。

それが海斗という人間の歪さだった。

 

「…一人で前に進むしか、ないのか…。」

 

海斗の問いにキトカロスは何も言えない。

海斗の中にある問いは海斗だけのものだし、海斗本人ではないキトカロスの言葉で答えを出したとてそれは「キトカロスの意志」が反映されただけのものだ。

そこに「海斗の意志」というものは存在しない。

―――キトカロス個人としてはぜひとも隣において欲しいものだと考えている。

もしそこが地獄と形容するような場所であるならば、隣で支えてそこから救い出せると思っているからだ。

 

「…せめて向こうの状況が知れればなぁ…。」

「そうですね…。最低でも人一人通れるくらいでなければあちらとこちらを繋ぐのは難しいですから…。」

 

だが、どうあったって、海斗は海斗自身で考えて納得する答えを出さねばならない。

もし自分を隣に置かないという選択でも、海斗が納得できるのならば喜んで送りだす。

だが、もし中途半端な気持ちで「連れて行かない」と宣うのなら、その時は無理にでもついて行こう。

 

「…存分に悩んでください。今の海斗には悩むことが必要ですから。」

「そうさせてもらうよ。」

 

キトカロスがその場を去る中、海斗はただ一人これからの展望を考えることになった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

ここで一旦海斗の世界に話を戻そう。

海斗は何も告げずに家から飛び出し、壱世壊へと旅立った。そのまま数週間帰ってきていない。

そんな事を知らない周囲の人間からは当然「家出」したものだと考えられる。

 

「…まさか…。」

 

周囲の人間は「お金が無くて高校に行けてない」という海斗の発言を思い出していた。

だからバイトをしなくてはならないとも。

今までは「生きる為に精一杯」なのか、と特に深入りすることなく故に追及することもなかった。

しかしここに「家出」が絡んでくるとなると話は別だ。

もしかしたら何か()()()()()()()()()事情があったのではないか。そんな考えがふと思いかんだ。

それから周囲の人間―――特に海斗のバイト先の人間の行動は早かった。

まずは何があったのか確かめるために海斗の家に突撃。父親の「アイツがどうなろうと」という言葉を聞き、その結果、酒狂いの父親に虐待されていたという可能性が思い浮かぶ。

さらに父親は「躾」として自身の暴力行為などを自慢げに語り始めた。

 

(スマホで録音しとこ…。)

 

海斗の父親のいう「躾」は俗にいう「虐待」であり、しかも本人には「躾」以上の意味はないものだった。

しかし世間から見て「虐待」とであると判断され、その証拠も音声として残っているなら、日本の警察も対処に乗り出さない程阿保ではない。

結局海斗の父親は虐待の容疑で逮捕。

後に余罪がたんまりと見つかり、海斗もある女性を強姦して産ませたということが発覚。

見事に塀の向こうに送られることになった。

 

――ちなみに海斗はこのことは一切知らない。

海斗が壱世壊に行っている間にとんとん拍子で進んだことで、海斗の抱く不安は全て消え去っていたのだ。

これも一つの世界を救ったご褒美なのか、それとも別の何かなのか。それは当事者でさえ知ることは無かった。

一つ言えるのは、これから海斗の先に待ち受けているのは地獄などではないという事である。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

海斗にとってキトカロスはどんな存在なのだろうか。

この数十日、ずっと隣にいた彼女の存在は海斗自身の中でどれほど大きいものになってるのだろうか。

 

(…今更、考えられないよなぁ…。キトカロスが居ない生活だなんて…。)

 

いつの間にか、海斗にとってキトカロスは「居て当たり前」の存在になっていた。

彼女が隣にいるととても落ち着くし、何よりも彼女と共に居ることがとても心地いい。

だから正直な事を言ってしまえば今すぐにでもキトカロスの言葉を受け入れたい。

きっとこの気持ちを「恋」と呼ぶのだろうから。

だがキトカロスに恋してしまったからこそ、何よりも父親をどうにかしなければならない。

 

(…警察にこの傷を見せたら信じてくれるかな…?)

 

流石に虐待の証拠そのものである傷を見せられて警察も動かないはずがないだろう、と。

確かにこの傷は嫌な事しか思い出させない忌まわしいものだ。今でもこの傷が痛むたびに恐怖に晒される。

だが、キトカロスと一緒に居ればそれさえも乗り越える事が出来そうな気がした。

 

(そもそも俺がキトカロスに「頼れ」って言ったのに、それが出来なきゃ意味ないでしょ?)

 

それに自分がキトカロスに言ったことを実行しなくて一体どうするというのだろうか。

だから海斗も思い切り周囲を頼ることにした。

それもまた一つのつながりと思えて、なんでこんな簡単な事に気付かなかったんだ、と自分の鈍さに笑いそうになる。

 

(人と人のつながりがこんなに温かいものだなんてね…。)

 

誰かを頼る事。そして誰かに頼られること。それ以外の人と人のやり取りの全てが「つながり」になっていく。

人と人の関係はきっと海斗が考えているよりもずっと簡単で単純で、そいてきっと海斗が考えている以上に温かい。そしてそれは連綿と続き、新しいつながりを紡いでいく。

それを教えてくれたのは自分を信じ続けてくれたキトカロスだ。

海斗が忘れていた「つながり」を思い出させてくれたのもキトカロスだ。

 

(難しく考える必要なんてなかったんだ。俺が、俺達が望む未来は―――。)

 

それに気づいてしまえばもう後は早かった。

だってキトカロスの問いである、「私を隣においてくれますか」という言葉への答えは、初めから自分の中にあったのだから。

 

「決めたよ。キトカロス。俺は君に――――」

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

そして海斗の決断から数日。

とうとう海斗が壱世壊から去る時がやって来た。目の前にはどういう訳か知らないが光が浮いている。

海斗はその前に立ってここでの生活を振り返っていた。

 

(…はてさてこの先どうなる事やら…。)

 

 

海斗は頭を掻きながら隣を見る。海斗が見た先にはキトカロスが立っていた。

海斗が下した決断は「キトカロスと一緒に行く」ことだった。いくら考えてもやはりそれ以上の考えは出てこないし、そもそも自分の隣に一番居て欲しい人だったからだ。

だから海斗はあの日、キトカロスに正直に自分の気持ちを伝えて、自分の全てをありのまま伝えて「それでも後悔しないか?」と聞いた。

 

「地獄上等ですよ。…こっちも一度は地獄に引きずり込みましたからこれでおあいこです。」

 

そんな彼女の返しに思わず苦笑してしまいそうになった。

どうやら自分は頼もしすぎる相棒と縁を繋ぐことができたらしい。

 

「…シェイレーン。これからこの世壊をよろしくお願いしますね。」

「はい…。」

 

キトカロスは見送りに来てくれたティアラメンツたちに別れの挨拶をしていた。

なんで、だとかどうして、だとかそう言う声はあまり聞かれなかった。

―――きっと彼女達もキトカロスが胸の内に抱えたものを知っているのだろう。

とくにこの世壊をキトカロスから受け継ぐことになったシェイレーンはどうしてキトカロスがこの世壊を去らなければならないかを聞いているだろう。

 

「…これからもきっと私は狙われます。だから、私はこの世壊に居ないほうが良いんです。…だから、ね?泣かないでください。これが今生の別れ、というわけでもないですから。」

 

現在の彼女はクシャトリラにその身を狙われている。

そんな彼女が壱世壊にいればこれからもきっと、キトカロスを狙う存在が壱世壊の平和を脅かす。

今回は偶然海斗が居たから何とかなった。しかし、これからもそうとは限らない。

だからこそ、彼女もこの世壊に残ることは許されなかった。この世壊に残れば、今度はシェイレーン達もただでは済まないだろうから。

 

「…海斗!キトカロス様を幸せにしなかったら私が貴方を殺すからね!」

「海斗も行っちゃうのね。…二人ともお幸せに。」

「二人ともぉ~…行ってらっしゃーい…!」

 

ハゥフニスとシェイレーン、そして涙を流しながら見守るメイルゥに見送られて二人は光の中に足を踏み入れる。

 

(…もう大丈夫でしょう。私も、彼も。)

「…行きましょう、海斗。」

「うん…。」

 

海斗は視界が閉じる直前、もうほとんど見えなくなった壱世壊の住人に振り返って叫ぶ。

「またね!」と。

―――海斗は、信じていた。前を向いて生き続ければきっとまたここに来れる、と。

だから海斗はもう一度、今度は二人で道を歩んでいこうと決めたのだった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

この数か月間に本当に色々な事があった。

まず海斗が家に戻るや否やすぐに警察という組織に保護された。どうにも父親が海斗に暴力を振るっていたというのが公になったらしく、流れるようにその父親―――今は赤の他人との縁を切ることができた。

海斗は頭の上に「?」を浮かべていた。だからといって自分に「どうなってるの、これ?」と問いを振るのはどうかと思うが。私だって分からないものは分からないのだ。それをどうして堪えられると思ったのか小一時間ほど問い詰めたい気分に駆られた。

次に海斗は今までどこで何をしていたかという事についてだが「家出」という方向で話が固まった。

 

「虐待されていたという事実が「家出」という事に勝手にしてくれたね。」

 

とは当時の海斗の弁だ。

実情は「殺し合い」というものだったし、後自分の行為は「拉致監禁」に相当する行為であることも知った。

こうしてみると当時の自分はどうにも手段を選ばなさすぎだと突き付けられたような気もする。

 

そうして海斗が居なくなった理由を捏造して、それから次に「裁判」というものを行う事になった。

海斗曰く「裁判」はその人物が実際にその罪を犯したかとか、犯した罪にどんな罰が与えられるかという事を決定する場らしい。

私は海斗以外にならすがたを見えなくすることだってできるので、海斗を地獄へ叩き込んだ張本人にどんな罰が下るか、というのを目の前で見た。

ちなみにその際に議論されたのは「傷害罪」と「虐待」、後は「強姦罪」「殺人罪」などなどで、全てひっくるめて刑務所と呼ばれる牢獄の中でこれからを過ごすことになる罰を受けることになった。

それと手持ちの財産は全て海斗への「慰謝料」―――つまるところ、謝意を示すお金になり、海斗の財産に変わるらしい。担当の警察官曰く「一生はお金に困らない程度」の金額はもらえるらしい。

ちなみによしんば刑務所から出れたとしてももうあの男は二度と海斗に会うことはできないらしい。ざまぁみろ、というやつだ。―――海斗も「二度と顔を見なくて済む」t胸を撫で下ろしていた。

 

そして最後に、海斗は住んでいた土地を離れることになり、遠い町に引っ越すことになった。

理由としては今住んでいる環境が劣悪であるというのと、その付近に特別な理由がある子が改めて学ぶことができる施設があるからだった。

ほんの少し前まで海斗はそこに通っていたがすぐに普通の高校―――多くの事を学べる場所への転入が決まった。どうやら海斗の知識はその高校とやらでも十分やっていけるだけのものであるようだ。

ただし「編入」ではなくあくまで「入学」であるため周囲の人間が15歳である中、一人だけ浮くことになるかもしれない、と施設の担当の人が言っていた。―――海斗には私が居るから、きっと一人になんてならないだろうけれど。

 

こっちの世界に来てからすでに数か月。

私は常に彼の傍にいた。

かつての世壊と今生きる世界。確かに多くの出来事が初めて経験する事ばかりで慣れないことだらけだ。

ときには失敗だってするし、ぶつかり合ってしまう事もある。

それでも私は海斗の傍にずっと居ることができる。―――互いに互いを思い合う事が出来る。

だから私は、キトカロスは幸せだ。私はこの幸せをかみしめて生きていく。

 

―――「キトカロスの日記」

 

「…日記帳が切れてしまいました。」

「んじゃ、帰りに買って行こうか。今日は―――」

「ええ、今日は新しい始まりの日ですからね。遅れたら大変です。」

 

まだ少し硬さを残した制服を着た海斗は、今日から高校生になる。

少しだけ周囲より年上な高校生である海斗。

そしてその海斗を隣で見守り、支え続けるキトカロス。

二人は桜の花が舞い散る道を歩き始める。

きっと二人ならばどんな道でも歩いていける。―――だから、二人は歩みを止めない。

その先にきっと誇れる自分が待っていると、そう言えるから。




登場人物紹介

・渡瀬海斗
周りの大人は節穴だったが一度気付いたら物凄い速さで問題解決する超優秀な人達でもあった。
17歳の高校一年生。

・キトカロス
付き合っているという過程を吹っ飛ばした人。
これからも二人でどんな困難をも乗り越えていく。


えーこれにて壱世壊編終幕です、というわけで次回から強化イベント始まります。
次回もお楽しみに!


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1.5部2章:何気ない日々
ヌトスパニッシュメント!


 

創星神との戦いのひと段落して、その時負った怪我もある程度癒えた霊使は自宅療養へと移行していた。

別に怪我が痛いだとか、傷が開いた、だなどは特段おこることなく。傷跡は残るものの快方に向かっていた。

そんなある日である。

いつもの如く、騒動は霊使のこの一言からだった。

 

「デッキを強化するなら、どんなカードがいい?」

 

この瞬間、ウィンやヒータは何か色々と察した。

―――これ、面倒くさくなる奴だ、と。

だって霊使のデッキは切り札として「閉ザサレシ世界ノ冥神」が投入されているが、これ一種だけではそのうち「召喚させない」という選択肢が平然と取られるようになる。

だからデッキの強化を霊使は望んだ。

しかしながら霊使が考え付く強化はほとんど行ってしまったのだ。

そうすると自然と色々な知識がある存在―――デュエルモンスターズの精霊足るウィン達に頼らざるを得なくなる。

 

「ラヴァゴ入れようよ!」

「ガメシエル!カグヤ!ベストマッチでしょ!」

「私は…マドルチェと組むのが良いかと。後アーゼウス入れましょう。」

「ドラグマ!ドラグマ!ヌトスパニッシュメントが一番だよ!」

「敢えて言わせてくれ!トーチ・ゴーレムを入れて欲しい!」

「ここは敢えてパラレルエクシードを…。」

 

ウィンとクルヌギアス以外の全員が自分の入れたいカードを提示してくる。

だが全員が同時に発言したため何を言っているのかひっちゃかめっちゃかでさっぱり分からない。

 

「俺は聖徳太子じゃあないぞッ!?」

 

その為か霊使は少々無理のあるツッコミをした。

霊使は聖徳太子のように聞き分ける能力が高いわけでも無ければ、一つ一つの発言の先を読むことなんてこともできない。

だから今の霊使の頭の中は大混乱に陥っていた。

 

「―――一回落ち着こう?な?」

 

霊使はもう色々と収拾がつかなくなったこの状況を抑えるためになんとか霊使い達を落ち着けようとする。

だが彼女らは相当この時を待っていたのか、霊使の声に反応するどころか、議論に夢中で気付かないなんて有様だった。

霊使は静かに涙を流したことは言うまでもない。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

数十分後―――。

頭に大きなたんこぶを付けた六人はリビングの床に正座することになった。

なんてことはない。余りにも霊使の意向を無視した議論していたせいでクルヌギアスの堪忍袋の緒が切れて、その頭に拳骨が落とされただけだ。

攻撃力3000の拳骨は相当聞いたようであれだけ議論に集中していたエリア達も流石にしゅんとしている。

少し気の毒のようにも思えたが当人たちも少し白熱しすぎたことは自覚しているようだ。加えて先走り過ぎたことについてこんこんと説教され、ただいま反省真っ最中という所だろう。

だが、確かにそれぞれの意見には一考に値するものがあるのもまた事実だ。

 

「…で、霊使は皆の意見の内どれを採用するか決めたの?」

「今回はライナの案かな。ドラグマだったら既に何枚か採用しているから合わせやすいし。」

「だよね。」

 

霊使は今のデッキの内容を鑑みて、ライナの案を採用することをウィンに伝えた。

その言葉にウィンは当然の如く「やっぱり」と頷く。

霊使のデッキは既に【天底の使徒】、【教導の聖女エクレシア】、【教導の騎士フルルドリス】、【教導の鉄槌テオ】がくみ込まれている。

こうなると他のカードの割合を減らして「ドラグマ」と「憑依装着」の混合構築にした方が色々と楽になると霊使は踏んだのだ。

 

「まあ必然と枚数は抑えにゃならんわけだけど。」

「それは…うん。」

「…さ、これからが大変だぞ。」

「…またやるの!?」

 

デッキの強化方針を決めた霊使は次に行った事。

それは家にある数万枚のカードを全てひっくり返す事であった。

この世界ではカードは基本的にパックから入手できる―――が、カードを「ばれないところ」へ捨てる輩は山ほどいる。霊使はそんな心無い輩に捨てられたカードを見つけては回収しているのだ。

その大半は霊使が丁寧に保管しているが、そのうち何枚かはとんでもない利便性を持ったカードである可能性があった。

 

(…元は教導も捨てられていたカードだったりするんだよな。…こんなに強いのに。)

 

今、霊使が使っている【教導】カードの大部分は捨てられていたものだ。唯一ショップで買ったカードは【フルルドリス】のみ。

どうやら大半の人間は「EXデッキから特殊召喚出来ない」というデメリットを嫌ったようだ。確かに今、切り札の大半はEXデッキに組み込まれ、メインデッキはあくまで展開用―――というカテゴリもある。

それこそ結の【イビルツイン】がいい例だ。メインデッキに、というか【イビルツイン】に組み込まれるカードのほぼ全てが展開用のカードであり、試行回数を多くすることで切り札を無理矢理着地させるデッキだ。

そんなデッキからしてみれば【教導】のカードが持つ縛りとの相性は悪いことこの上ない。

だからと言って、ドラグマは弱いかと言われればそれは勿論否である。

 

(物は使いようなんだよね…。)

 

使い方を考えれば十全な力を発揮できる。だからいろいろなカードを組み合わせてどんなシナジーがあるかを考える。

そう言った理由から、霊使は相性がいいカードを探すために家にあるカードをひっくり返すという凶行をたびたびおこなっていた。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「よし…!」

 

取り敢えずドラグマのカードを組み込んで新しいデッキを作った。

―――のはいいのだが。如何せん近くにデュエルする相手がいなかった。

克喜達は絶賛オンラインで授業を受けていて、ロイは遠くの国に居るから無理である。

 

「…じゃ、私とやる?」

 

じゃあ誰とこのデッキを試そうか。

そんな時にウィンからこんな申し出をされた。まるで狙っていたとでも言わんばかりのタイミングではある。が、霊使にとってその提案は渡りに船だった。

だから霊使はすぐにウィンの言葉に頷き返す。。

 

「やるか、デュエル。」

「ん。やろやろ。」

 

というわけで唐突に始まったウィンとのデュエル。

最初は霊使も楽しみにしていたのだが―――。

 

「というわけで先攻は私のターン。私はカードを二枚枚伏せるよ。」

「…ミラーマッチ?」

「んーん?さらに私は手札の【ハーピィ・クイーン】を捨てて、魔法カード【ハーピィの狩場】サーチ。そのまま発動。そして皆大好き【隣の芝刈り】。デッキの上から19枚を墓地に。そしたら…【ハーピィ・パフューマ―】を召喚。効果でデッキから【万華鏡-華麗なる分身】を手札に加えてそのまま発動するね。デッキから【ハーピィ・レディ1】二体を召喚。そのまま【パフューマ―】、【レディ1】の2体でエクシーズ召喚。【鳥銃士カステル】。私はこれでターンエンド。」

 

霊使はこの時点でウィンのデッキが何なのか大体予想がついていた。

今伏せた二枚のカードによって少しは違ってくるが、恐らく伏せカードの内の一枚は確定している。

デッキを試してみたいだけだったのに、このままではものの見事に制圧されておしまいだ。

 

「俺のターン…。ドロー!俺は―――魔法カード【精霊術の使い手】発動!」

「それにチェーンして【魔封じの芳香】発動。」

「…もうだめだぁ…おしまいだぁ…」

 

そして伏せカードは案の定【魔封じの芳香】。霊使のデッキの弱点の一つである「始動が魔法頼り」という欠点を明確についてきた形だ。

これで魔法カードは一度セットしなければならず、セットした次のターンからでしか発動できなくなった。

正直なところ詰んだも同然となってしまった。

あのカードが【魔封じの芳香】であるならば残る伏せカードは何かしらの手段で【ハーピィ・レディ】関連カード。

更に鳥銃士カステルもいるせいでモンスターを場に出してもバウンスされるのがオチだ。

 

「…実の所ちょっと拗ねてるんだよ?」

「さいですか…。」

 

そんな事を言われても、なんでウィンが拗ねてるか分からない霊使にとっては理不尽でしかないのだが。

だがそんなこと知ったことかとウィンは笑顔で言い放った。

 

「というわけでロックかけるね?」

「ふざけるな!ふざけるな!馬鹿野郎ォォォォォッ!」

 

その後ウィンのデッキにボロ雑巾もかくやという程にボコボコにされたのは言うまでもない。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「ふ、ふ、ふふふ…やはりパニッシュメント…。パニッシュメントは全てを解決する…!」

「…ちょっと霊使虐めすぎたかも…?」

 

あれから霊使とウィンは数戦デュエルを行った。それから数戦デュエルをして、最初の方はウィンが【魔封じの芳香】などで押していたが、途中から霊使がなりふり構わず【ドラグマ・パニッシュメント】と【旧神ヌトス】を併用し始めたことで逆転。

霊使は見事な【ドラグマ・パニッシュメント】の信徒になり、そして【旧神ヌトス】が弾として墓地に送られるのを必要経費だと思うようになっていた。

EXデッキの枠を圧迫するだとか、ヌトスがかわいそうだとかそんな生温い意見は今の霊使には届かないだろう。

 

「ごめんよ、霊使…。」

「そうだ、これからドラグマの信徒になろう…。EXデッキなんか全部パニッシュメントの弾だぁー!」

 

最早完全に正気を失っている霊使とそれを見ておろおろするだけのウィン。

そしてその光景を「うわぁ…。」位の感覚で眺めているその他六人。

こうして誰も特をしない不意な時間がしばらく続いた後――――

 

「埒が明かん!物理的に精神分析…正気に戻れ、霊使よ!そんな発狂修正してやるわ!」

「ふぁんぶる!」

 

クルヌギアスが霊使の顔面に鉄拳を繰り出し、その衝撃で霊使は正気に戻ることになった。

その後、やり過ぎたウィンには当然クルヌギアスの鉄拳制裁が降りかかることになり、頭にでかいたんこぶを携える同居人が一人増えることになった。

なお、今回の霊使の作ったデッキは初手さえ安定すれば安定して相手に振りを押し付けられるため、採用された。

このデッキには、霊使の執念と、ウィンのちょっとした嫉妬と、たんこぶの痛みと、クルヌギアスの拳の痛みが入っている。

故に、色々な意味でこのカードのドローは果てしなく重い。

笑ってしまうほどに当り前な結論を得て、霊使のデッキは一歩先へと進んだのであった。




登場人物紹介

・霊使
デッキ強化するよー。

・ウィン
何で個人的に聞いてくれなかったんですか!?すねる!

・クルヌギアス
精神分析(こぶし)

というわけで微々たる強化ですがこれからも霊使君の事をよろしくお願い申し上げます。

次回は…咲姫のデッキ強化ですね!次回もお楽しみに!


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「宗旨替えしてもいい?」

 

創星神の一件が解決してから既に三か月が経過した。

霊使は未だに自宅療養中という事で会いに行くこともできず、咲姫はひたすらに学業に励むことにした。

そうしていたほうが、色々と忘れることができるから。

 

咲姫はあの一件以降一部の友人を除いたほとんどの人間から「四道の倅」と罵られていた。

特にあの事件で家族や愛する人を失って人達からの言葉はより深く咲姫の心を抉る。「お前たちのせいで」だとか「おまえもどうせ同じこと考えているんだろう」だとか。

ただ咲姫はその事について言い返すことはしなかった。咲姫はむしろそれを受け入れていくと決めていたのだ。

もっと自分が速く動けば止めることができたかもしれない。

もしかしたらもっと犠牲を少なくする何かがあったのかもしれない。

だから、いくらでも罵詈雑言を浴びせられても、すべて受け入れていく。それが四道の名乗り続ける自分に対する罰なのだと、心の中で決めていたからだ。

 

「…でもさー…。なんで私だけ仲間外れなのぉ?」

「なんででしょうね…。」

「しかもさ―私兄さんと一緒に戦ったよねー?」

「…本当に、なんででしょうね…?」

 

といっても流石にそれが続けば愚痴の一つや二つも出てくるわけで。

そんな風にクーリアに愚痴を聞いてもらい、友人と会話しながら何気ない日々を過ごす。

それが咲姫が得た大切なものだった。

そんな大切な日々を精一杯享受するためには多少の罵倒も受け入れる。だから咲姫はゆっくりと呑気に過ごしていた。罵倒なんてもはや聞きなれたものだし、誰かに怒りを剥けたくなるその思いを理解できるから。言いたい奴には言わせておけばいいのだ。それで何かが変わったりするわけでも無い。

ある意味で投げやりともとれる過ごし方をしていたその矢先、咲姫とクーリアの元にミューゼシアがやって来た。

 

「私が!?【グランドレミコード】に!?」

「はい。今のクーリアなら十分に資格はありますから。―――なってみます?」

 

そしてミューゼシアとクーリアは二、三言交わしているのを見て、咲姫はその場を離れようとしたのだが―――クーリアの大声で咲姫の興味は完全にそっちに持っていかれた。

足音を殺して近づいてみればどうやらクーリアが【グランドレミコード】となる資格を得たらしい。

 

「…でも私最近はずっと咲姫と話しているだけでしたよ…?」

 

だがクーリアにとってその知らせは予想外以上―――もはや想定外以上という言葉でも言い表せないような衝撃をもって迎えられた。

それがどれだけかと言えば余りの衝撃にクーリアは信じられないとばかりに後退りして、部屋のドアに足を引っかけて、後ろに居た咲姫に気付かず後ろに倒れてしまう程度には衝撃を受けていた。

 

「ぐぇっ…」

「えっ…咲姫!?」

 

挙句の果てに自分が咲姫を巻き込んで倒れた事を咲姫の蛙がつぶれたかのような声で察する始末。

ミューゼシアはとたんに自分の選択が間違いだったのでは、と不安になってしまった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

そんなこんなで、クーリアと咲姫は二人揃ってデュエルモンスターズのカードに宿る精霊たちが居る世界へとやってきた。

 

「いつ見ても不思議な場所だね。…なんで雲の上を人が歩けるのやら。」

「…さぁ?」

 

何度かここを訪れたことのある咲姫は、未だに目の前に広がる光景が信じられないでいた。

そもそも咲姫にとって雲とは水と微量の塵―――エアロゾルと呼ばれる物体が結合したものである雲粒で構成されたものだ。少なくとも人が雲を踏むということはあり得ないし、ましてや雲の上に建築を行うなど考えられない。

 

「…ま、こんなファンタジーな世界で物理法則を気にする方が野暮ってものかな。」

「考えないほうが良いですからね、こういうのの理由って…。」

 

いくら考えても答えが無いという事は咲姫自身痛感している。

だってこの場所は初めから「こうある場所」と定められて生まれたのだから理由を求める方が困難というものだ。

二人がそんな奇怪な場所を歩いていると、ミューゼシアが手招きしているのが見えた。

どうやらそこが目的地であるらしい。二人が付いたのを見ると、ミューゼシアは二人を先導として歩き始める。

 

「二人とも、こっちですよ。」

「はーい。」

「…分かりました。」

 

いかにも呑気な、そして余りにも場違いな返事をする咲姫と、ガチガチに緊張して、一挙手一投足が大げさになっている。それはまるで行進を行っているかのような、妙なちぐはぐさがあって、咲姫のドツボに嵌ってしまった。

 

「クーリア、硬くなりすぎ。」

「緊張もするわよ!だって、もしかしたら天使(私達)より上の人がいるかもしれないのよ!?」

「だって私無神論者だしー。」

 

クーリアは自分よりも上の階級の存在に会う事になるかもしれないということに緊張しているようだった。逆に先は無神論者であることを理由に特に緊張なく、むしろ不敬ともとれるような態度を取ってさえいた。

そもそもの話、咲姫は、咲姫の知る「神」が色々とやらかしてくれたおかげで宗旨替えをして無神論者になったのだ。

今でも咲姫は「神」という言葉を聞くだけで即座にやる気スイッチが入る位には「神」の事を嫌悪している。

 

「…神なんてまともなのほとんどいないって。」

「…言いえて妙なのがまた…。」

 

ちなみにクーリアもクーリア自身が言う「神」とやらに出会ったことは無い。

いつの間にかミューゼシアに教育されていて、そしていつの間にか「クーリア」という存在になっていたからだ。

案外自分も「作られた存在」なんじゃないか、という考えもある。

それはそれとして、だ。

先導していたミューゼシアの足が止まる。どうやらこの先は二人だけで行けという事らしい。

 

「とうとうついたね。クーリア、腹は括った?」

「行くしかない。…とは分かっているけれど…。」

「大丈夫。いざとなったら私が引き摺ってでもここから逃がすから。」

「普通そう言うのは私のセリフじゃないの?」

 

二人はひときわ大きい扉の前に立ち、ゆっくりとその門を開いていく。

そしてその先にあったものにあっけに取られて――――。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

事の顛末を言えば「何もなかった」というのが正しいのだろう。

いや、正確に言えば「なかったことにしたい」というのが咲姫とクーリアの本音だ。

何故ならあそこにあったのはクーリアを【グランドレミコード】として認める旨が記された紙と、もう一枚の手紙しかなかったのだから。

しかしこれだけなら「なかったことにしたい」とはならない。

問題はその手紙の中身だったのだ。

 

『―――まず、一つ謝罪させてほしい。本来ならばそれなりの試練が必要なんだけれども、今回はそう言ったものをいきなり全部カットさせてもらった。だって、今時試練なんかいる?いらないでしょ?試練に失敗して優秀な人材を失いたくはない!』

 

文頭に書かれていたのは何とも気が抜けるような、「威厳」の「い」の字もないような文章。この文章だけでクーリアはこの手紙を地面に叩きつけたくなった。

しかしながらこの手紙を書いた主は相当性格が悪かったのか―――

 

『今この手紙投げ捨てようとしたでしょ?いけないなぁ…そういうのは…。』

 

既にそういう事が起きるだろうと、その行動を咎めるような内容の文書を既に書いていたのだ。この時点でクーリアは何となく「察した」が、なんか間違いがあってはいけないので、痛むこめかみに手を添えながら手紙を読み進める。

 

『とにかく、これから君は『グランドレミコード』を名乗れるわけだけど。―――ミューゼシアがいるんだよね。というわけで、特に何かが変わるわけじゃないから。非常事態にはそれなりの権限はあるけど。これまで通り彼女たちの良い「指揮者」でいてね。あ、それと君のマスターさんにもよろしく伝えといてねー。それじゃ。』

 

残りのもう一枚の書類を読む気は完全に失せた。それだけこの手紙を書いた存在はクーリアの勘に障る存在だったというわけだ。

いや、確かにフランクなのはいい事だろう。上の者と接しやすければその分部下も余計な力を抜くことができる。だが、この手紙の主はどうやらフランクなのではなく「適当」な気がしてきてしょうがないのだ。

 

「宗旨替えしたいんですが…ミューゼシアさん、だめですか?」

「ダメです。」

 

結果、クーリアは宗旨替えを希望することになった。

だって文面からありありと適当さが伝わってくるのだ。そんな上をどうやって信じろというのだろうか。

少なくとも、クーリアには無理だった。とてもではないが信じられない、胡散臭すぎる。

―――結局、クーリアはドレミコードとして、そしてグランドレミコードとしての権能を行使できるようになった。ただ、暫くは途轍もなく不機嫌だったという。

―――咲姫はミューゼシアにそんな愚痴を漏らしていた。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

クーリアがグランドレミコードになる少し前の話だ。

ミューゼシアと「神様」は二人で会話していた。

 

「…なんで知り合いに試練下さなきゃいけないの?そもそも俺まだ生きてるよ?神の仕事は死んでからじゃないの?寝てたらいきなり飛ばされてびっくりしたんだけど?」

「あの悪神が人事を丸投げにしたからですよ…!これは例外中の例外なんです!」

「じゃあしゃあなし。…でも姿見せるのは色んな意味で駄目だからふざけた手紙とそれを認める旨を書いた紙でもおいときゃいいか。」

「…雑過ぎません?」

「そもそも神の座を無理矢理渡されたようなもんだから、俺。」

 

「神様」は本来は自分のものではない職務を無理やらされているようなもので、気分は勿論最底辺にまで落ち込んでいた。しかも知り合いに沙汰を下す仕事となれば、もはややる気はマントルをぶち抜いた反対側にまで落ちるのも必至と言えた。

そんなわけでやる気のない「神様」は適当に仕事を行ったのだ。その神様は存在がクーリアにばれたらいろいろと厄介な事が起きるのを理解していたから。

 

「…終わったんで帰る。寝る。ふて寝する。」

「同居人に怒られないようにしてくださいね…。」

 

(―――あの地獄をもう一度経験させるのは気が引けるし、な。)

 

本来ならクーリアに与えられるはずの試練はあの「地獄」のような戦場の中でどれだけその音で人を癒せるかだった。こんなもの心がすり減るに決まっている。

そんな事いくら試練とはいえ、知り合いにやってほしくなかった。だから「神様」は独断でソ連を無かったことにしたのだ。

本来ならば数十年先の職務を一足先に体験することになった。やりたくないインターン候補ぶっちぎりの壱位に違いない。

 

「恨むぞ、あの悪神…。」

 

その呟きと共に、「神様」はその場から姿を消した。

そして、クーリアは自動的に【グランドレミコード】の座を得るに至ったのである。




登場人物紹介

・クーリア
グランドレミコードとしての権能を使えるようになった。
それはそれとして「宗派替え」を希望。

・咲姫
神様に会えなくえっちょっと残念だったり。

・ミューゼシア
「神様」を知る唯一の存在。

・「神様」
前任者に押し付けられた。そもそも少し前に話があったのに全部すっぽかして消えた前任者がすべて悪いのに。

デュエルは…デュエルは何処だ…。
話のプロットからデュエルが…。
人と人の関係を中心に書きたいと思っていたらデュエルが…。

次回もお楽しみに。次は奈楽かな。少し長くなりそうな。


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新種の植物が発見されるとき、大体新種の蟲惑魔も見つかるらしい

 

「ふむふむ…。【新種の食虫植物の発見】…か。へぇ、地下に伸びるウツボカズラ。捕食器官は土の中にある、ねぇ…。」

 

タブレットを片手に奈楽はそう呟いた。

奈楽は最近よく食虫植物や、昆虫の生態が書かれた資料を読み込むことが多くなった。これは蟲惑魔達と、奈楽達の世界に住む食虫植物の生態が一致していることが多かったのがきっかけであった。

しかし今は単純になんで食虫植物が生まれただとかそう言ったものの方に奈楽は強く惹かれている。それこそ将来は植物について研究したいと考える程度には。

そんなわけで、奈楽は最近、よく植物に関する研究論文に目を通していて、そんな時に新種のウツボカズラの情報を見つけたのだ。

これは一個人としてとても気になる。しばらくその論文を読んでいるとフレシアがタブレットの画面をのぞきこんできた。どうやら奈楽が何を呼んでいるのかが相当気になったらしい。

 

「…新種のウツボカズラだって。」

「へぇ。…よく見せてください。」

 

フレシアは奈楽からタブレットを受け取ると、真剣な眼差しで読み始めた。といっても論文の内容そのものではなく、フレシアが見ていたのは「どういう生態か」であるようだ。

そしてそこからじっくりと時間をかけてその論文を読んだフレシア。

彼女は何処か確信したような声音で奈楽に衝撃の事実を告げる。

 

「―――この子、多分元は【プティカ】ですよ?」

「…蟲惑魔案件?」

「はい。…似たようなことをする子が仲間に居るんです。」

 

フレシアの何処か確信めいた言葉に奈楽も否定の言葉を返すことが出来なかった。

―――つまりは。

 

「え?何?()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってこと!?」

「その逆の可能性も考えたんですが、その子も生まれたてなんですよ。だから奈楽の言葉を正確に言うならたぶん()()()()()()()()()というのが正しいかも、ですね。」

 

フレシア達【蟲惑魔】と現実の植物に何らかの関係があることは誰の目から見ても明らかだった。

流石にどんな関係があるのかは分からない。そもそも知ろうとも思わないわけだが。

それでも、もし関係があるのなら、と思うとどうしてもその蟲惑魔に聞いてみたくなってしまう。

更に奈楽にとって幸運な事は続いた。

もしかしたらその蟲惑魔はこっちに来ているかもしれないとフレシアは言うのだ。

その言葉はフレシア達と出会った場所にもう一度足を向けさせるには十分すぎるものである。。

そしてそれは奈楽にとって余りにも短い平和な日々を自ら終わらせる行動でもあったのだった。

 

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この山は元々星神創の私有地だった。

それを色々あった末に奈楽が相続し、奈楽の物になっていた。他の土地はほとんど手放したが、家と、この土地だけは手放す事はしなかった。

何故ならこの森はフレシア達との思い出の場所だから。

蟲惑魔達からすれば唯一と言っていいほどに強くひかれた人間と出会った場所だから。

そんな思いがあって、結果そのまま奈楽が相続することを決めたのだ。

そう言った事情もあってか、奈楽は時折この山に足を伸ばす。その理由はいろいろとあるが、一番の理由は植生の回復の経過の観察であった。

かつてアロメルス達を迎えた時に起こった騒動で、一度環境が大いに荒らされた。

草木は焼き払われ、土地は踏み荒らされ、木は燃やし尽くされ、と酷いありさまだったのだ。

それが今では先駆植物どころか普通に鬱蒼とした森に戻っている。

 

「いつ見てもこのと問いの回復っぷりは異常だよねぇ…。」

「そうなんですか?」

 

遷移のスピードがとんでもないというか、なんというか。

少なくともこの現象を既存の生物学のスケールに当てはめるのは大分無理がある。

 

「普通ね、植生っていうのは普通は遷移して変わっていくものなんだ。まず初めはコケやシダのような先駆植物が根を張り、そこから一年草、多年草、低木、陽樹、陰樹って遷移していって森に変わる。それには少なくとも200年…植林しまくったとしても80年くらいはかかるわけで。」

「こんなに早く鬱蒼とした森に戻っているのは、おかしい…ということですか。」

「うん、そうなる。」

 

奈楽は植生の遷移の事をそれなりに知っている。だからこそこの遷移の仕方は色々とおかしいと言い切る事が出来るのだ。

こんな異常な事態を目の前で観察できる―――。そんな状況に奈楽の心は既に有頂天になっていた。

 

「調べようか、ヒャッホイ!」

「奈楽!?」

 

だが、ここは蟲惑魔達の領域。

下手に踏み込めばどうなるか、それはかつて奈楽も身を以て体験している。

―――体験しているのだが。人は何かに集中するとすっかり周りが見えなくなることもあって。

 

「…あ。」

「あ。」

 

奈楽は一瞬の浮遊感を味わう。

それと同時に奈楽の視界は下から上に流れていく。視界一杯に植物の根が張られているのが見える。

フレシアは「あーあ」と言わんばかりに頭に手を添えた。「言わんこっちゃない―――」、そんな声が聞こえてきそうだった。

 

「…わが生涯に一片の悔い在り!」

「悔いあるなら死なないでください。」

 

その後、すぐにフレシアによって回収されたのは言うまでもない。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

ちょっとしたアクシデントもあったが、何とか最奥までたどり着いた奈楽達。

そこで待ち構えていたのは見たことも無い三人の蟲惑魔達であった。

だが、その顔は往々にしてあまりよくないものだった。

 

「シトリス、キノ、プティカ…皆、元気でした?」

「はい。お姉さまもご壮健で何よりです。」

「うん。」

「…私達は、大丈夫なんだけど…。」

 

どうやら三人とフレシアは知り合いであるらしい。だが三人とフレシアの間には再会の喜びよりも何処か悲しげな雰囲気が漂っている。

というか、明らかに何かを言い淀んでいるプティカにフレシアは何があったのかと聞くことにした。

 

「あのね、ホールティアちゃんが攫われちゃったの!」

「…は?すみません。もう一度言ってもらっても?」

「ホールティアちゃんが攫われちゃったんだって!それを追ってアティプスちゃんもいっちゃったの!」

「…そうですか。」

 

その結果、フレシアはホールティアと呼ばれる蟲惑魔が攫われた党情報を得た。

そしてそれは同時に普段温厚なフレシアの堪忍袋の緒をキレさせるという異常事態のトリガーを引くことにもなった。

 

「…奈楽。すぐにその誘拐犯を殺しに行きましょう。」

 

すぐにそんな考えを口にできるのはフレシアの本性が捕食者であるからだろう。

だがこのご時世で殺人はまずい。それに彼女に罪を背負って欲しくはない。

加えて証拠さえあればすぐに立件されるような世界だ。だから奈楽はフレシアの提案に首を横に振った。

 

「ダメ。殺しはいけない。」

「同胞に手を出されたんですよ。…なら報復はきっちりと行わないと。」

「それはそっちの世界の話だ。」

 

郷に入っては郷に従えという言葉がある。フレシアが言うような報復をしたらそれこそ、追われるのはこっちになる。それは色々と不味い。犯罪者に落ちるのはまっぴらごめんだ。

 

「とにかく急ごう…!」

「…ええ。皆も行きましょう」

 

そんなこんなで二人は急いでホールティアの後を追う。―――その後ろに多数の蟲惑魔を従えながら。

愚かにも蠱惑の園に踏み込んだ者の末路は、言うまでもなく残酷なものであることは間違いない。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

あの異常な植生の遷移の謎。

遂にそれを解き明かす時が来た―――。

 

「やったぞッ!これで!解明することができる!」

 

彼が背負うのは睡眠薬でぐっすりと眠らせた少女。明らかに人外の特徴を備えていて。だからこそ「そういうこと」に踏み切ったのだ。

だって「人外」なのだから法律も何も適用されない。

「人外」だからきっと不思議な力を持っている。その力を解き明かし、あの異常な遷移の謎を解く。それが男が自らに課した命題だった。

 

「誰かに追ってこられると厄介だ。私はこの子の体を研究しなければならないッ!」

 

そのままその痕跡を一切残すことなく男は歩みを進める。

やけにジグモの巣が増えてきているが、その男は植物と、それと昆虫の生態に詳しかった。

だからどこをどのルートで歩けばその巣に引っかからないよう移動できるのか、そんなルートの把握は完璧に行える。

 

「この子の研究が進めば木材は無限の資源となるのだッ!」

(避けろ!)

 

そのまま少女を背負いながら男は少しずつ深くなる森を駆け抜けていく。

そんな男に向かって一本の太い糸が放たれる。

―――が、男はどういう訳かその一撃を見ずに躱した。

その攻撃の主からすれば『協力者』が居るお陰でその一撃を躱す事が出来たのだが。

 

「…攻撃してきたという事は、覚悟は出来てるんだろうね!」

 

男は顔も見えない、声さえ知らない存在に向かって忠告する。その忠告に対する答えは巨大なジグモの飛び掛かりだった。

その傍らにはまだ幼い少女が居て、その巨大なジグモとの関係性をうかがわせる。

 

「…研究サンプルは一つで十分。…君は我が『協力者』への追加の報酬になってもらおうッ!」

 

男が手を上げると同時に複数人の武装した男たちが少女に銃を向ける。

あわや大ピンチ、という所で武装した男たち数人が吹き飛んでいった。

 

「…もぉぉぉぉおぉぉう!またぁ!?」

 

そんな絶叫が聞こえた気がしたがとにかく聞かないことにした。

自分の「協力者」である兵たちが吹き飛んだ様子を見て男はとうとう慌て始める。

 

Shot(撃て)!」

 

残った兵たちに銃撃を指示して、男は一人守られるようにして姿を消そうとする。

殿を務める者達は銃口を向けて、そのまま動かなくなった。

―――彼らは蠱惑の園に招待されてしまったのだ。

 

「うわぁ…。」

 

目の前に広がる、蟲惑魔達が獲物を甚振り、反応を愉しむさまを見てドン引きする少年が一人。

少女はその少年に対して声を掛ける。

 

「…貴方が、星神奈楽…、でいいのよね。フレシアお姉さまのマスターさんなんでしょ?」

「うん?…そうだけど。」

「てっとり早く済ましましょ。私はアティプス。よろしく。」

 

少年―――奈楽はその問いにはっきりとした答えを示した。

ならば、少女―――アティプスもあっさりと自分の名を名乗る。そしてアティプスは事の経緯を話し始めた。

なお、兵たちの悲鳴が余りにも大きすぎて奈楽がそこまで話が聞き取れなかったことにアティプスが気づくことは終ぞなかったのだった。

 




登場人物

・奈楽
非日常を突っ走る人。
新しい蟲惑魔に会いに来ただけなのになんでこんなことに巻き込まれてるんだ…ってなってる。

・アティプス/シトリス/プティカ/キノ
新しい蟲惑魔。
マスターが居るってきいてたのに何でこんなことに巻き込まれてるの…?ってなってる。

・ホールティア
被害者

・男の研究者
オイオイオイ、死んだわこいつ。

タイトルが全て…のはずだったんだけどなぁ。
2部への伏線回でもあるのでしょうがないね。
次回もお楽しみに


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上位者が怒るんだ。その威圧感は半端じゃない。

 

奈楽はアティプスの話を聞いてざっくりとだが、事の内容を理解していた。

ざっくばらんというならばホールティアが睡眠ガスで眠らされて誘拐されたという事になる。さしもの蟲惑魔もどうやらガス兵器には弱かったらしい。

肝心のガス兵器はどうやら「協力者」という存在から提供してもらったようだ。

 

「で、ホールティアは研究のモルモットとして攫われた…んだよね?」

「うん。これが俗にいう『ロリコン』ってやつね。」

「えぇ…。」

 

それはロリコンではなくただのマッドサイエンティストだ、とは言えなかった。

だがとにもかくにも、だ。このままではホールティアが色々と悲惨な目に合うのは事実だ。ならば救ってやらねばならないだろう。

 

(…それにこの装備…。)

 

更に奈楽は蟲惑魔達が盛大にぶちまけた「協力者」の装備の一つを手に取る。

「協力者」が装備していたのはいつぞやの外人傭兵部隊と同じものだった。

 

「…いい加減にしつこいなぁ…。」

「なんでこうほいほいと傭兵部隊が入ってくるんです?」

 

一通り甚振りつくして満足したのかは定かではないが、フレシアが奈楽の持つ装備を横から覗き込むようにしてみていた。どうやらフレシアも同じことを考えていたらしい。

 

「がばがば過ぎない?日本(この国)の…もろもろ。」

「確かに。」

 

この国の受け入れに一抹の不安を抱いて、奈楽達は研究者の後を追う。

ともすれば死神の足音かもしれないその歩みは、確実に研究者の喉元へと歩みを進めていた。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

男は俗にいう「落ちこぼれ」だった。

自身が望み描いた人生をその通りに歩んでもなお「落ちこぼれ」のレッテルを張り続けられた。

どうしてだろう。

何故だろう。

何で誰も自分を認めてくれないんだろう。

 

「私は…何も残せずに終わるわけにはいかない!」

 

何かを残したい。

自分が必死に辿って来た道のりが無駄でなかったと証明したい。

そんな焦燥感に押しつぶされそうになった時に男はそれを見た。―――見つけて、しまった。

明らかに異常な成長をする植物を、明らかに、それこそ目で追えるほどの速さで遷移していく環境を。

それを見た男は狂気にも似た何かにとりつかれることになった。

最初の方は植物の採取など割と真っ当な事を行っていた。

しかしながら当然植物そのものには何も異常は見当たらない。ならば別の何かが原因かと考えてみても肝心の原因が一切合切分からない。

ならば次は、とその異常な遷移の中で生まれる生態系に注視してみることにした。

結果、ムシトリスミレやら、モウセンゴケやら、妙に食虫植物が多いという事が分かって来た。

だがそれらの植物にもやはり何も異常は見受けられなかった。

あの地には何も異常はない。

だからこそ、おかしいと言い切ることができた。

ここから男は次第に狂っていくことになる。

 

男は異常な遷移を行う森に何か特徴的な生物がいないか確認する事にした。

そこで所々植物の特徴を持った少女達を見つけたのだ。そしてその少女たちの周りでは、遷移が異常な速度で進行していた。

ならばその少女たちがこの異常な遷移に関わっていると考えるのが普通である。

―――男が普通で無かったのは、その少女達の事をもっと知りたいと思った事だろう。

その少女たちの体組成はどうなっているのか、本当に人間と全く同じ存在なのか―――。

何かが違うのだとしたら、何が違うのだろう。それとも体組成は全く同じで何か別の器官を持っているのか。

疑問が泉のように湧いて出て止まらない。もっと知りたい、と心の中の無いかが叫ぶ。

 

「…彼女たちの戸籍はナシ…。じゃあ、何しても()()()()()()()()()()()…か。」

 

周囲は男の事を落ちこぼれと呼んでいた。それは単にそう見えていただけかもしれない。が、もしかしたらこの男の異常性を知っていたからこそ「落ちこぼれ」としてまともに取り合おうとしなかったのかもしれない。

異常性を憂い、取り合わなかった結果、知識欲の化物が誕生してしまったのだからこれ以上ない皮肉ともいえるが。

だがなかなか実行には移せない。流石に誘拐とかは気後れするし、そもそも何かしら証拠を残してしまっては言い逃れは出来ずにブタ箱に収監されるだろうからだ。

 

『研究のサンプルが欲しいのだろう?』

 

そんな時に、たまたまそんな連絡がやって来た。何とその者たちは自分を「子飼いの研究員」にする代わりに何と少女たちの誘拐を手伝ってくれるというのだ。

ほんの少しでも手が欲しいのだ。この際怪しいだとか、胡散臭いだとか、どうやって自分の研究の事を知ったのかだとか、そんな事はどうでもよかった。

そこに手が届くかもしれない謎があって、それに手が届く手段があるのだとしたら。

それを試さずにはいられないのが研究者の性だ。

 

(―――あの時はいい協力相手を見つけたと思ったんだ。)

 

そうして研究者の男は凶行に及んだのだ。

―――それが自分の寿命を縮める行為と知らず、自分が何に手を出してしまったのかさえ分からず。

「哀れ」という言葉は今、この瞬間に限っては、きっと男自身のための言葉なのだろう。

何せ、彼は蟲惑魔という「捕食者」に手を出してしまったのだ。

怒れる捕食者にただのちっぽけな餌がどうして対抗することが出来ようか。

捕食者を怒らせた餌のたどる末路など、一つしかないというのに。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

奈楽は少女を背負う白衣を着た男を見つけた。

白衣なんて動きにくい服装に加えホールティアと呼ばれる少女を背負っているのだ。それに比べて奈楽はジャージのズボンに無地のパーカー、履いている靴は使い古しのスニーカーだ。どちらに城山に来るような服装ではないが、奈楽の服装の方がいくらか動きやすい。

だから、奈楽が追い付くのも当然だと言えた。

 

「…追いついた。その子を、ホールティア元の場所に返してもらおうか。」

「…断る、と言ったら?」

「力尽くで取り返すまでさ。生憎と僕は君みたいに少女を解剖するような趣味はないからね。」

 

二人の目的は同じ少女の身柄だ。だが、二人の考えは大きく乖離している。

男は害するために、奈楽は少女を守るために。

 

「はぁ…。まあ、こんな問答でその子を送り帰すくらいならこんな大逸れた事やっちゃいないよね。」

「そういうことだ。…私はどうしてもあの異常な遷移の謎を解き明かさなくてはならないのでね。この子は貴重なサンプルなんだ。」

 

二人は絶対に相容れる事はない。奈楽はこの問答でその認識を深くした。―――逆に言えばそれしか得るものが無かったという事でもあるのだが。

相容れることが絶対に無いのであれば、もう言葉を交わす必要もない。

 

「―――じゃあ宣言通りに力尽くで取り返すことにするよ。」

「おや、私の見立てでは君はもっと理知的に話し合えると思ってのだが。」

「大切な人の家族に手を出されて…それを指くわえて見ていられるほど僕は穏やかじゃない。」

 

奈楽はそれだけ言うと全力で男の方に駆け寄った。

不意を突かれたのか、男は急に動こうとして足をもつれさせて転倒。すぐに奈楽に追いつかれるという憂き目にあった。おまけに転んだ時の衝撃で背負う少女―――ホールティアが目を覚ましてしまう。

 

「…んぁ?…()…?」

 

寝起きに呟いたであろう「餌」という言葉。

男はその言葉を聞いた瞬間底冷えするような恐怖に襲われる。そう。目の前の少女は間違いなく自分の方を見て「餌」と言ったのだ。

 

「…何かが、不味いッ!」

 

男は転んだのをいいことにホールティアを放り出し、逃げ出そうとする。

―――それが少女の、蟲惑魔の嗜虐心を激しく刺激した。

 

「…ん…?鬼ごっこ…?じゃあ、私が鬼…?」

 

無邪気な声―――その中に明らかな威圧感が混じる。

それに研究者の男の本能がどうしようもなく、「逃げろ」と叫んできた。

無様に何度も転んでそれでも何とか、立ち上がってを何度か繰り返して。そしてとうとうホールティアに追いつかれて男の体は地面に叩き伏せられてしまう。

少女に背中側からマウントポジションを取られて、男の精神はもう限界に近かった。―――ああ、ここで自分は餌にされるのか。何も残せないまま。―――そんな諦観が男の中に生まれる。

そうして顔から生気が抜けていく様を奈楽は何も言わずにただ見つめていた。一つ言えることがるのならば死ぬなら死ぬで勝手にどっかで死んでほしい、という事位だ。男は奈楽にとって霊使や克喜のように仲がいい相手ではないし、颯人のようにその死を嘆くような相手でもないからだ。

だが、流石に不味いのでそろそろ彼女に動いてもらう事にする。

 

「―――ストップ、ですよ。ホールティア」

 

その手が男の首にかかろうか、という所でそんな声がした。

その声に合わせて一切の動きを止めるホールティア。だがその手は未だに男の首に近くにあるままだ。

声の主―――フレシアは一切の感情をこめない、機械的な声で男に聞く。

 

「…このまま死ぬのと、生きたいと足掻くの、どちらがお好みですか?」

「は?」

 

研究者はフレシアが言っている言葉の意味が分からなかったようだ。研究者は理解できないようなものを見るような目でフレシアの事を見る。―――それが今度はフレシア自身の何かに触れた。

 

「選択肢は「はい」か「いいえ」だけですよ?―――生きたい、ですか?」

 

次はない、もう次に聞かれていない言葉を喋ったら殺す―――と殺意を滲ませながらも、先ほどと何も変わらない口調で質問するフレシア。

今のフレシアの姿は今や奈楽の前ではすっかり見せなくなった捕食者としての、「人間より上位者」としての姿だった。あのフレシアを前にしたら奈楽でさえ言葉を失う事だろう。

そんな威圧感を目の前で直に当てられた男がどうなるかなど、もはや言うまでもないだろう。

悲鳴を押し殺し、涙ながらに必死に首を縦に振る研究者。その姿を見て一歩間違えれば「自分がこうなっていたかもしれない」、と考える奈楽。

こうならなかったのはひとえに幼い頃からフレシア達と信頼関係を築いてきた賜物なのだろう。

そのフレシアは男が泣きながら助命を嘆願する姿に何を思ったか知らない。

 

「…生きたいというのなら、一つ、「決闘(デュエル)」をしてもらいましょう。…()を従える彼と。」

 

ただ急に巻き込まれる形で奈楽は男とデュエルする羽目になった。

余りにも急な展開に奈楽は思わず吹き出してしまう。

一方の男はそれに気づかず、ただその言葉にひたすら頷いているだけだったが。

 

(…巻き込んじゃいました。…てへ。)

(てへ、じゃあ無いよッ!巻き込まないでよ!…命は奪わないように言っておいてね?)

(はい、もちろんです。命を奪うよりも苦痛を与えて悲鳴を上げさせた方が楽しいですから。)

(…うーん、上位者!)

 

それに加えてフレシアからの念話で今ここで勝手に奈楽を巻き込むことにした、という事をフレシアから聞いた。

決闘をするからには負けるつもりはないが、せめてそう言うのは事前に一言言っておいてほしかった。

―――あの男がどんな結末を送ろうと奈楽にはたいして関係は無いのだが、巻き込まれた以上は全力で戦う事は確かだ。

 

「…フレシア、力を貸してもらうよ。」

「ええ、貴方様になら喜んで。」

 

奈楽はそんな言葉と共にデッキを取り出す。フレシアがそれを取り上げると、そこに何枚かのカードを突っ込み、そして何枚かのカードを抜いてから、奈楽に返した。

 

「さあ、君の命運を決めるゲームを、始めようか。」

 

そして奈楽は男に笑いかけた。

愉快そうなものを見る顔で、何処までも彼女たちを従える者としての姿を意識した、何とも言えないようなあくどい笑顔で、男に笑いかけた。




登場人物紹介

・奈楽
ラスボス…のように見えてただ巻き込まれただけ。
あと彼の今のスタンスはあくまで「フレシアのマスター」である為、フレシア以外の蟲惑魔がどうしようとも彼は止める気が無い。これについては各蟲惑魔も了承している。
飽くまで蟲惑魔とは友人関係を築けている。

・フレシア
一応上位者。人間は本来餌でしかないし、それこそ恋慕の情を抱くような相手でもない。それだけ奈楽が大切な存在であるともいえる。
ちなみに彼女にとっても奈楽の友人は仲のいい友人位の感覚。
同胞と奈楽とその友人に手を出す=ブチギレる。

・ホールティア
寝ていたが起きた。
起き掛けに目の前にご飯があった。
そしてそのご飯は逃げるではないか。じゃあ鬼ごっこだね!
なお捕まったら。

・研究者の男
名無しのモブ。どうやったって生きて帰れないクッソ哀れな男。
というわけで次回は初登場補正も込めて引きがつよつよな蟲惑魔に餌食になってもらいます。

次回予告
やめて!先攻蟲惑魔でガン伏せ待ちされたらモンスターも何も召喚出来なくなっちゃう!
お願い!死なないで研究員さん!貴方が今ここで倒れちゃったら残っている研究はどうするの!?希望はまだ残ってる。ここで勝てればまだ生きれるかもしれないんだから!
次回、「研究員死す」。デュエルスタンバイ!


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研究員死す

 

奈楽は、デュエルに勝てば見逃すという破格の条件を突きつけられた研究員の男が、なんとか生き足掻こうとして自らの懐に入れているであろうデッキケースに手を伸ばしたのを見た。

先のいざこざでどこかにおとしたかと思っていた。が。どうやらそんなことは無いようだ。男の手にはきっちりとカードの束が握られている。それをこの決闘の了承として、奈楽は自身の先攻でこのデュエルを始めた。

 

「…さ、はじめよう。先攻は僕から。まずは…【プティカの蟲惑魔】を通常召喚。【プティカの蟲惑魔】の召喚時に効果発動。デッキから【蟲惑(こわく)の園】一枚を手札に加える。―――そのままフィールド魔法【蟲惑の園】発動。そして、プティカ一体で【セラの蟲惑魔】をリンク召喚。更に手札から【ランカの蟲惑魔】を通常召喚。」

 

奈楽は新たに加わった蟲惑魔達の力を借りてどんどんデッキを回していく。

だがある程度―――ランカを特殊召喚したあたりで男から待ったがかかった。

 

「…ちょっと待て!なんで通常召喚を二度している!?」

「【蟲惑の園】の効果さ。このカード通常召喚に加えてもう一度だけ【蟲惑魔】モンスターを召喚できるようにしてくれる優れものでね。」

 

どうやら相手は【蟲惑の園】の効果に用通常召喚に異議申し立てをしたようだ。

確かに効果説明をしていなかったのは自分であるのでそこに関しては本当に何も言えないのだが。

 

「疑問は溶けたかい?…僕は【ランカの蟲惑魔】の効果を発動するよ。デッキから【キノの蟲惑魔】を手札に加える。そして【ランカの蟲惑魔】の効果が発動したことで【セラの蟲惑魔】の効果発動。デッキから【ホール】通常罠である【ホールティアの蟲惑魔】を手札に。更に【ランカの蟲惑魔】の効果で手札に加えた【キノの蟲惑魔】は僕のフィールドに【蟲惑魔】モンスターが居れば特殊召喚できる。…【キノの蟲惑魔】を特殊召喚。」

 

矢継ぎ早にモンスターを展開していく奈楽。開幕の手札が【プティカの蟲惑魔】【ランカの蟲惑魔】【蟲惑の誘い】【狂惑の落とし穴】【落とし穴】の五枚だったからこそできた荒業だ。

 

「…よし。【キノの蟲惑魔】と【ランカの蟲惑魔】の二体でエクシーズ召喚!おいで、【シトリスの蟲惑魔】!そして【シトリスの蟲惑魔】のX(エクシーズ)素材を一つ使って効果発動。デッキから【蟲惑魔】モンスターである【ティオの蟲惑魔】を手札に。更に魔法カード【蟲惑の誘い】発動!手札の通常罠である【落とし穴】をコストに二枚ドロー!」

 

奈楽は今引いたカードを確認する。そのカードはなんと【蟲惑の落とし穴】と【串刺しの落とし穴】。そのあんまりな引きに思わず苦笑してしまう。

これで今の手札は【ティオの蟲惑魔】、【ホールティアの蟲惑魔】、【蟲惑の落とし穴】、【串刺しの落とし穴】、ということになった。

 

「…カードを三枚伏せてターンエンド。」

 

奈楽 LP8000 手札一枚 (【ティオの蟲惑魔】)

EXモンスターゾーン(左) セラの蟲惑魔

モンスターゾーン     シトリスの蟲惑魔

魔法・罠ゾーン      伏せ×3

フィールド魔法ゾーン   蟲惑の園

 

今の奈楽の手札には後続確保用の【ティオの蟲惑魔】がいる。そして、蟲惑魔は「妨害」を軸にした今までのデッキとは異なり、「妨害」と「攻撃」を同時にこなすアグレッシブなデッキになったのだ。相手のリソースを食いつぶし、自らの糧とする。蟲惑魔にとって理想的な動きが、出来そうな気がした。

 

「私のターン。…ドロー。私は魔法カード"増援"を発動!効果で【切り込み隊長】を手札に加えそのまま【切り込み隊長】を召喚!【切り込み隊長】の効果で私は二体目の【切り込み隊長】を召喚!これでバトルフェイズに!」

「ゲェーッ!【切り込みロック】!」

 

相手が使ってきたのはまさかの【切り込みロック】。これで攻撃がロックされた。何とかして二体のうちの一体でも破壊しなければ攻撃することができなくなる。古のコンボながら、中々に厄介なものだ。

 

「まあ、そんな易々と勝たせてはくれないよね。―――勝つけど。メインフェイズ終了時に罠発動【ホールティアの蟲惑魔】!このカードは発動後レベル4、攻撃力400、守備力2400の通常モンスターとして特殊召喚できる!そしてこのカードは【ホール】通常罠なため、【セラの蟲惑魔】の蟲惑魔の効果発動!デッキから【カズ―ラの蟲惑魔】を守備表示で特殊召喚!」

「今度こそバトル!一体目の【切り込み隊長】で【セラの蟲惑魔】を攻撃!」

「【蟲惑の園】の効果で【セラの蟲惑魔】は一度だけ戦闘では破壊されない。…けど、戦闘ダメージは受ける。」

 

奈楽  LP8000→7600

 

【切り込み隊長】がセラに向かって剣を振るう。

その剣は容赦なくセラの体を切り裂いた。―――が、切り裂かれたはずのセラの体は無事だった。奈楽は彼女が殺しきれなかった衝撃(ダメージ)を受けることになったが。

 

「…二体目の【切り込み隊長】で攻撃。」

「それは特殊召喚した方だよね…。攻撃宣言時罠発動【串刺しの落とし穴】!」

「…そうはいくか!速攻魔法【我が身を盾に】を1500のライフを払い発動!効果で【串刺しの落とし穴】の発動を無効にして破壊!従って攻撃続行!【セラの蟲惑魔】両断!」

 

研究員男LP8000→6500

 

これで【セラの蟲惑魔】はこのターン中に二度目の破壊を迎えることになった。

【蠱惑の園】で【蟲惑魔】を守ることができるのは一ターンに一度まで。これであえなくセラは叩き切られてしまったわけだ。絵面は何処からどう見てもアウトなので詳しくは言えないが、それはまあ、凄いことになった。余りの凄惨さに奈楽は思わず精神的ダメージを受ける。

 

奈楽LP7600→7200 

 

相手はこれでターンエンドを選択。

相手の手札は四枚で、相手のフィールド上には【切り込み隊長】が二体いる。

確かに攻撃のロックはかかったが、逆に言えばそれだけだ。別に古き良き【切り込みロック】を解除する方法などいくらでもある。―――例えば、効果で破壊するとか、効果を無効にするとか、モンスターの素材にするとか。

 

「僕のターン。ドロー。僕は【ホールティアの蟲惑魔】一体で再び【セラの蟲惑魔】一体をリンク召喚する。更に手札から【ティオの蟲惑魔】を通常召喚。効果で墓地から【プティカの蟲惑魔】を蘇生。【プティカの蟲惑魔】の特殊召喚成功時、相手の特殊召喚されたモンスター一体を対象にして、そのモンスターを除外できる。僕はこれで【切り込み隊長】を除外。」

「…あ!?」

 

プティカが呼び出した植物にそのまま吸い込まれるようにして落ちていく【切り込み隊長】。

本来なら質量のある立体映像―――ソリッドビジョンであり、特に何か実体でもあるわけでは無いのに。

プティカの生み出したウツボカズラからする水音が何故か二人の背筋に冷や汗を流させた。

とにかく、これで【切り込みロック】は解除されたわけだ。伏せカードもない状態で、蟲惑魔にターンを渡す。それが意味するところは。―――すなわち「死」だ。

それを示さんと言わんばかりに、奈楽は思い切りデッキを回し続ける。

 

「更に【蟲惑魔】モンスター効果が発動したため【セラの蟲惑魔】の効果を発動。デッキから【絶縁の落とし穴】を回収。そしたら今度は【蟲惑の園】の効果で手札から【アトラの蟲惑魔】を召喚。そして【プティカ】と【アトラ】と【セラ】で【アティプスの蟲惑魔】をリンク召喚。…さらに墓地の【ホールティアの蟲惑魔】の効果発動。【ホールティアの蟲惑魔】を除外して墓地から【セラの蟲惑魔】を蘇生。さらに【ティオの蟲惑魔】と【カズ―ラの蟲惑魔】で【フレシアの蟲惑魔】をエクシーズ召喚。…【アティプスの蟲惑魔】は自分の墓地に通常罠があれば自分フィールド上の蟲惑魔全ての攻撃力を1000上げる。…最後。再び【シトリスの蟲惑魔】の効果発動。エクシーズ素材を一つ使って【キノの蟲惑魔】をデッキから手札に加える。―――【キノの蟲惑魔】の効果は覚えているよね?【キノの蟲惑魔】を特殊召喚!」

 

出し切り。全力全開。

奈楽はこの盤面に文字通りのありったけを詰め込んだ。

そのおかげで、今の奈楽の場にはキノ、フレシア、アティプス、シトリス、セラの五体のモンスターが居る。更に【蟲惑魔】たちはアティプスの効果で攻撃力が1000上昇している。

奈楽は今、新生した蟲惑魔達の力を実感していた。

相手のターンで、相手のリソースを食い荒らす。そして、自分のターンでも罠一枚からとんでもない展開速度で盤面を展開する。

これがある意味では【蟲惑魔】として、一つの到達点とでも言えるのではないのだろうか。

 

「―――さて、バトルだ。君の場には【切り込み隊長】が一人しかいないから。まずはそれから破壊しようか。…【セラの蟲惑魔】で【切り込み隊長】を攻撃。」

「――――あ。」

 

一方の研究員の男から見れば次々と蟲惑魔が現れるさまは悪夢そのものだっただろう。

ただでさえ自らの命がかかっているというのに、無尽蔵に蟲惑魔達は湧いて出たのだから。

奈楽が気に入らない事と言えば、研究者の男の蟲惑魔達を見る目が化物そのものを見る目であることくらいか。

 

研究員 LP6500→5900

 

「…続いて【アティプス】と【キノ】でダイレクトアタック。」

「―――ッ!」

 

研究員 LP5900→3100→800

 

既に相手のライフは風前の灯火。

―――後一撃で決着がつく。

 

「さ、―――君は君のエゴのために僕の大切な人の同胞を傷つけた。―――懺悔の用意は出来ているかい?【フレシアの蟲惑魔】でプレイヤーにダイレクトアタック。」

 

奈楽の攻撃宣言と共にゆっくりとフレシアが男へと歩み寄る。

その顔には冷たい笑みが張り付けられていて、どうしようもなく自分が「終わった」ことを男に突き付けた。

 

「残念。ゲームオーバー、です。」

「やっ…死にたくな―――。」

 

死への恐怖と、これから起こる事への恐怖。

この二つがない交ぜになって、男は白目を剥いてゆっくりと後ろに倒れた。

そんな男を見て、フレシアはため息を一つ。

 

「殺しはしませんよ。―――少なくとも、奈楽の前では。」

 

その声は男に届いていたのかいなかったのか。―――巨大な昆虫や植物が男の周りに生えてきた。

どうやら彼女たちは彼を生かす気はなさそうだ。

 

「…殺さない程度にしてね。」

「分かってますよ。流石に奈楽を殺人犯にしたくはないですし…。」

 

ある意味で彼は意識を失っていて良かったのかもしれない。

そうすれば、彼女達も興味を失うのは早いだろうから。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

『任務に失敗。蟲惑魔の精霊は確保できず…か。前と同じ少年が?』

『はい。』

『―――ふむ。良いよ、仕方が無い。―――彼女達には相当な縁があるようだからね。』

『…それでは貴方様の計画が遅れてしまうのでは?』

『いいんだよ。別に。彼女たちはあくまで保険だ。本命はまた別にあるからね。』

『そうですか。…ならいいのですが。』

『さ、さっさと日本から逃げたまえよ。君たちが捕まると優秀な部下を失う羽目になるからね。』

『…分かりました、ティエラさん。これから帰投します。』

『うん、気を付けてね。』

 

 

そう言ってから男は通信を切る。

通信モニターから顔を上げる。髪は白く、短く切りそろえられていて、目にしたのは大きな隈が目立つ。目、鼻、口といった顔立ちは日本人そのもので、それでありながら何か張り付けた顔という印象を与えた。男名前はティエラという。今回の一連の騒動の黒幕だ。

ティエラは派遣した部隊の報告を聞いても特に何も思わなかった。別にあの部隊には得に期待してはいない。前も空振りだったわけであるので、今回も大した成果があげられるわけがないと思っていたのだ。

案の定そうなった訳なので男の考えは当たっていたといえるだろう。

だからこそ、ティエラは「本命」を作っていた。

 

「さて、頼むよ、本命君?」

 

男は、ゆっくりと自分の「本命」を見る。

そこには、液体の入ったタンクに入れられている颯人と、関節が人形のようになり果て、人としての形を失ったウィンダの姿があった。

―――それは、二人への挑戦か、それとも―――。

いま、霊使とウィンを取り巻く因縁は大きく動こうとしていた。

 

「『片割れ』がどんな反応を示すか」




登場人物紹介

・奈楽
またろくでもないフラグを踏んだ人。

・フレシア
奈楽の前では誓って殺しはやってません。なお出会う前

・研究者の男
死んでないないけど死んだ。

・ティエラ
今回の襲撃を企てた人。…人?
少なくとも人体を改造する技術を持っている。

というわけで2部への露骨な伏線回でした。
物騒なフラグは奈楽君に踏ませるに限る!というわけで次回からは1.5部の終章のエルドリッチ使いの話になります。
絶対に叶わない初恋を見届ける準備は良いか!?

次回もお楽しみに。


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1.5部3章:ウィン、やらかす
一目惚れでした!


 

熱い。熱い。

なんでだ。何も悪いことしていないのに、どうしてこんな目に合わなければならない。

確かにお小遣いは多く貰っていたし、欲しいものは大体買ってもらえた。

でも、そこには自分の努力があった。

勉強だって頑張った。慣れないスポーツだって頑張った。

そうだどんなことでも頑張ったのだ。だから今の自分がある。

それを、こんな形で簡単に奪われるだなんて、思いたくもなかった。

 

「……大丈夫…?」

 

全身が熱い。まるで燃えているように熱い。

いや、実際に燃えているのだろう。だからこんなにも苦しい。

ああ、早いところこの苦しみから解放してほしい―――。そう思ってゆっくりと手を動かした。

それに気づいたのだろうか。少女のものらしい声が自分の頭に響いてくる。

 

「…エリアちゃん!水!水だして!早く!この子生きてる!でも服に火が!」

「ん!それ―ッ!」

 

そんな声と共に、手が、足が、全身が心地よい冷たさに包まれた。

どうやらまだ火は全身に回っておらず、服だけを燃やしたようだ。都合の良い事に局部の布は残っていたので恥ずかしい思いをさせずに済んだ。

 

「…大丈夫?立てる?喋れる?」

「…い、一応…。」

 

苦しさから固く瞑っていた瞼を恐る恐る開ける。

―――なんて綺麗な人なんだろう。

視界に飛び込んできたのはまだ少しあどけなさを残した、それでも強い何かを感じさせる顔。伸びた緑色の髪は後ろでまとめられていて、それが彼女が持つかわいらしさをより引き出していた。

 

(―――あ、好き。)

 

たった一目。本当に一目見ただけだった。妖精かと見紛う程の彼女は、確かにそこに居た。

何とも綺麗で、可愛い。そんな彼女の事を思うと胸のあたりが苦しくなる。

ああ、これが恋心なのか、これが一目惚れなのか、と少年は初めて自分の感情を自覚した。

少年は一瞬で名も知らぬ少女に、恋をしたのだ。

―――絶対に叶うことの無い、初恋を。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

『次のニュースです。公道に全裸で倒れていた研究者を名乗る男が公然わいせつ罪で逮捕されました。逮捕されたのは――――』

「―――この者は相当な阿呆だな。まだ今の世を知らない(わたし)にも良く分かる。」

「残念なことにこれが現実なんだよな。…クルヌギアスもしちゃだめだからな?」

「誰がするか!このバカマスター!」

 

朝のニュースを眺めながら朝食をほおばる霊使達。

今日の朝食のメニューはホットケーキだ。何でもこれはウィンがいつものお礼という事で焼いてくれた、特別なメニューだ。

そんなメニューの時に限って朝のニュースでとんでもない内容のニュースが流れて来た。霊使は「朝ご飯がまずくなる」とテレビの電源を切る。そしてそのまま黙々とホットケーキを食べ進めていた。

 

「…おいしい?」

 

そんな事を言いながら、ウィンはパンケーキをほおばる霊使の膝にちょこんと座る。

そしてどこからともなく取り出したナイフとフォークで霊使の食べかけのホットケーキを切ると、フォークに刺してそのまま霊使の口へと運んだ。

 

「…どう?」

「おいしい…。」

「…それは良かった。」

 

どうやらウィンは霊使の口から「おいしい」という言葉を聞きたがっていたようだ。

そんなやり取りを目の前で見せられたクルヌギアスはブラックコーヒーを一息に呷る。

もちろん、砂糖やガムシロップなんて入っていない正真正銘のブラックコーヒーだ。

 

(…間違って砂糖を入れてしまったか…?)

 

それなのに、間違えて砂糖を入れてしまったかと間違えるほどにそのコーヒーは甘かった。

―――原因は分かっている。それは朝っぱらから胸焼けするほどにいちゃついている目の前の二人だ。

騒乱の種が断たれた今、思いっきり平和を享受したいのは分かる。

だからといって、朝食からつかず離れずな状態がもう数日続いているのだ。

確かに、今までこういうふうにいちゃつく暇が無かったのは事実だろう。これまでずっと戦い通しだったのは他でもないクルヌギアスがその目で見てきているから。

 

「―――よくもまあ、毎日べったりと…。」

「ま、ボク達はあの二人がどれほどいちゃつこうと余り悪い気はしないけどね。」

「今くらいはいちゃついてもいいでしょう。私があの立場でもそーしますし…。」

「…でもライナ、ちょっと胸焼けするなー…。」

「まあそうなんだが…俺達のマスターなんだから大目に見てあげなさい。」

「でも毎度毎度あれはキッツいって…。」

 

だがそれはそれとしていい加減に二人は少し適切な距離というものを知るべきだと思う。

いい加減、ブラックコーヒーの飲み過ぎからぜひとも解放してもらいたいものである。

それから朝食を終え、霊使はオンライン授業への準備に取り掛かる。

 

「…あ、そうだ。今日ちょっと一人で出かけて来るね。」

「ん。じゃ、気を付けて。…ってええ!?霊使はいかないの!?」

 

ウィンの「一人で」の発言に思わず素っ頓狂な声を上げるエリア。

霊使はそれを聞いて人を何だと思ってるんだ、と思わず突っ込みそうになった。

が、よくよく考えてみれば外に出る時も二人一緒だったので、今回の行為はみんなにとっても相当な驚きだったのだろう。

 

「気をつけてなー。」

 

タブレットとインカムを用意しながら霊使はそれだけをウィンに伝えた。

今の霊使にとっては、それだけでよかった。もし何か起きたのならウィンを迎えに行けばいいだけの話だし、腕っぷしでウィンに、いな、精霊に勝てる人間はそうそうそういないだろう。

 

「じゃ、行ってきまーす。」

 

そうしてウィンはドアの外へと踏み出す。

霊使にとって非常に珍しい、ウィンが隣に居ない1日が始まった。

それが、あんなことになるだなんて思いもせずに。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「~♪」

 

ウィンは鼻歌交じりに散策していた。

特に目的があるわけでは無い。ただただ霊使の邪魔にならない様に外に出ようと思っただけだ。

 

「…それにしても、大分復興も進んだね…。」

 

だがこうしてみるとこの町も大分復興が進んだように思える。

一つの未曾有のテロ事件でこの町は多くの人を失った。その中にはウィンと個人的な親交があった人も少なくなく、テロというものの無常さを知った。

町の被害も大きかった。建物は倒壊し、そこに住んでいた人はこの町を捨ててどこか遠くの町に行ったという。

残念ながら、彼らはきっともうここに戻ってくることは無いのだろう。あれだけの恐怖体験をしたのだからある意味では当然の考えともいえるが。

それでも、この町を心から愛する、この町が好きな人たちによって急ピッチで復興された。

本当に人の心の強さというものを侮っていたなぁ、と反省するウィン。

 

「…すみません。少しだけいいですか?」

「…君は。」

 

そんな中、ウィンはある一人の少年と出会った。

テロ事件の時に、炎に包まれていたのを発見して、無事に救出できた。

確か、名前は金我大智(かなわれだいち)であったか。彼もまた先のテロ事件で家族を失っている。

 

「無事に社会復帰できたので、ご報告に、伺いたかったのですが…。」

「ばったり会っちゃったってわけ?」

「…はい。」

 

ウィンの言葉に頷くことで肯定する大智。

―――あれからもう5ヶ月が経ち、少年の火傷もすっかりとは言えないがほぼ治っていた。

火が回ってしまった所には大きな火傷の跡があって、少し痛ましかったが。それでも彼もまた必死にこの在地で生きようとしている人間だった。

 

「…少し二人で話しませんか?」

「いいよ。」

 

そうしてウィンは、大智と少しばかり一緒に街を散策することにした。

二人は普通に横に並んで歩く。別にただ、本当に彼のこれまでの話を聞きたかったから、一緒に歩こうと提案したのだ。

ウィンは大智から本当に色々とあった事を聞いた。

 

「…俺、実はこの町を離れることになったんですよ。火傷の痕を消す技術が見つかったって医者さんに言われて…。」

「そう、なんだ。ごめんね、そこ、まだ少し痛むでしょ?」

「…痛むっちゃあ痛みますけど…。こうして生きてられるだけ儲けものですよ。…父さんも、母さんも二度とどんなことを思う事さえできないですから…。」

 

ウィンはそれからも大智の話を聞き続けた。彼を助けてから本当に色々な事が彼の身に巻き起こったのだろう。

その出来事を一つずつ聞いて、課題やらなんやらを話して、あっという間に時間は過ぎていった。

そんな風に過ごしている物だから、恐らく何か「行ける」と思ったのだろうか。

暫く一緒に散策して、そろそろ解散しようかという所で、大智から告白された。

 

「…ずっと一目惚れでした!俺と付き合ってください!」

「気持ちはありがたいけど…無理かな。付き合っている人いるし…。」

 

だがウィンからしてみれば霊使という最愛の人がいるわけで。

自分の事を好いてくれたのは嬉しいけれど、付き合うかどうかは話が別だ。

それを馬鹿正直に伝えたところ、大智はがっくりと首を落とした。どうやら相当ショックだったらしい。

 

「…終わった…。俺の初恋…。」

「あー…えっと…ごめん?」

「…いや、いいですよ…。まじかー…。」

 

しょんぼりとしながらも前を向く大智。

―――きっと、それでいい。

 

「…騙されてるとかは…。」

「ないない。あったら今頃私はここには居ないって。」

「ですよねー…。」

 

振った側と降られた側であるはずの二人の間に流れる時間は。

穏やかに、悠然と流れていった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

それから数日後。

霊使はちょっとした大会に呼ばれることになった。「英雄」としての実力をいかんなく発揮してほしいと、そう言うお願いをされたからだ。

 

「…英雄じゃないって、俺は…。」

「でも来ちゃうあたりが霊使らしいというか…。」

「―――バイト先がだいたい倒壊したからなぁ。ちょっとでも稼がなきゃおまんまの食い上げだぜ?ご飯食べれなくなるけどいいのか、エリア?」

「あー…。それは困るわー…。うん。」

 

ちなみにバイト代とまではいかないが勝ったら商品はそのまま持ち帰ってもいいのだそうだ。

おまけに交通代も向こうが支給してくれるという。

なら行くしかないだろう。

 

「…というわけで。エントリーしたいんだけど…。」

(あー…エリアちゃん達のこと言うの忘れてたぁ…。どうしよ…、これ明らかに印象悪くなってるよぉ…。)

 

そんなわけでやってきたのが―――。

なんかエントリーするところに凄い形相で睨んでいる少年がいるではないか。

幸か不幸かウィンの「やっちまった」という顔を霊使がみることは無かったのだが。

それが余計に事をこじらせる結果になった。だって霊使からしてみれば全く持って見知らぬ少年に睨まれてるわけで。

 

「―――お前を、斃す。」

 

しかもおまけにすれ違いざまにこんな事を言われる始末。

「まるで意味が分からんぞ!」と言わんばかりに霊使は頭を抱えるしかない。

霊使の久々の大会は見知らぬ少年に因縁を付けられるという妙な始まり方をしたのだった。




登場人物紹介

・金我大智
ウィンが騙されてるんじゃないか、だとかウィンの優しさに付け込んでるんじゃないか。だとか。偶然ウィンと一緒に居る男を見てそう思ってしまった。
確かにほぼほぼ美少女ではあるが、不可抗力に等しいのである。
初恋は見事に散った。

・ウィン
今章の大戦犯。
うっかり大智にエリア達の事を伝え忘れるという大ポカを犯した。

・四遊霊使
被害者。
すれ違いざまに「お前を…殺す」された上にそれをされる原因が全く分からないというちょっと可哀そうな目に合っている。

えー、安心してください。
シリアスのように見えますけどギャグです。
勘違い物ってこういう感じでいいのかな?

次回もお楽しみに。


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インタールード:英雄の本質

暫くエルドリッチ使い君は来ません。
彼には決勝で当たってもらいます。
あ、でも合間合間には出る。
あと今回は霊使の焦燥っぷりを描くのがメインなため少々重いです。



名も知らぬ少年にいきなり「倒す」と宣言された霊使。

一体全体何をやらかしたのか、そんな事に思い当たる節もなく。

 

『今回は『英雄』の二つ名を持つ四遊選手が来てくれるぞ!』

 

視界にそう書かれたポスターを入れて霊使はため息を吐いた。

更には「英雄」だと持て囃され、不相応な歓声を受ける。

渦中にあった人達からは特に何も言われることは無いが、霊使にとってはそれが心地よかったのだ。

正直に言ってあの時の事はもう思い出したくもない。

追い打ちを掛けるように見知らぬ少年から因縁を付けられた。

当然霊使のやる気は最低になった。

デュエルをするからには負けたくはないが、そもそも今この場でデュエルをしたくないというのが本音だ。

が、そんな霊使に偶然が起きる。

 

「あれ!?霊使君!?」

「結!?どうしてここに?」

「いやー…転校先がこっちの方でさ。だからここら辺のデュエルの腕を知りたいし?というわけで出場することにしたんだ。」

 

偶然、たまたま結がこのデュエル大会に参加するというではないか。

霊使が退院してからしばらくは大した用事もなかったため、チャットアプリでやりとりをしていたくらいだ。

近況報告などは互いにしていたが、逆に言えばそれ位しか接点が無かったとも言える。

 

「というわけで、久しぶりに戦おうか、英雄様?」

「俺は英雄じゃない。そうやって呼ぶのは勘弁してくれ。…助けて欲しいと願っている人を守れないような、弱い人間だから―――俺はそうあるべき人間じゃないんだ。」

 

結は純粋に賞賛の意味で使っているのだろうが、霊使からしてみればそれはただの精神攻撃に他ならない。霊使の纏う雰囲気が明らかに変わっているのを見て、結は霊使の事を「英雄」と呼ぶのは止めた。

代わりに

 

「…それは、颯人君の事?」

「違う。…色々と、あったんだ。」

 

ふるふると霊使はその言葉に首を横に振る。

霊使の目に、未だ根深い後悔の念を見た結はそれ以上はも突っ込むことはしなかった。

 

「ま、当たる時になったらよろしくね。」

「了解だ。手加減はしないからな。」

「上等!」

 

霊使は結に心配をかけまいと今まで通りの明るさに戻る。

結は今の霊使は中々に厄介な状態にあると何となくで分かった。だが、それを癒す事が出来るのは他の誰でもない霊使自身なのだ。

霊使が自身を許せるかどうか―――それは結ではなく霊使自身が行わけなければならない事だろう。

いくら他人が彼を許しても、それはきっと彼の中では重荷にしかならないだろうから。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

結と会話を交わし、エントリーを済ませたうえで霊使はぼんやりと空を見上げていた。

その脳裏にはくっきりとあの男たちの笑みがへばりついている。

四道安雁や四道零夜、そして四道に従い暴虐の限りを尽くした徒党。

ただ先の事件の被害で最も大きかったのが暴漢による性的暴行だったそうだ。

―――霊使はそれを聞いてからというもの、自分がもっと早く行動を起こせていたらそんな被害を少しは減らせたかもしれない、と思い始めてしまっていた。

その事を話した警察は、霊使達はあの時に「為すべきことに最短に動いただけ、だからこそ被害はそれだけで済んだ」のだとそう言った。

だが、霊使はまだ少年だ。そんな事を言われて「はいそうですか」と割り切れるほど精神は強くない。

その日以降霊使は眠れない日が増えた。

 

(もっとやりようがあった―――。)

 

あの戦いが終わってからおよそ、五か月。霊使の中にあった「世界を救ったという事実」は「たくさんの犠牲を強いた」という現実にすり替わっていった。

だから霊使は英雄ではないと自嘲する。

自分はたくさんの犠牲を強いて、数多くの人に悲しみを与えてしまったのだから。

 

(俺は、英雄なんかじゃない。そういうのは、颯人に言ってやってくれ。俺は、弱いから―――。)

 

ただただぼんやりと雲を眺める霊使。

そんな霊使に声を掛ける存在が居た。霊使が最も信頼する人物の一人―――ウィンである。

 

「―――霊使。そろそろ始まるよ。」

「ん?ああ、そうか…。行くよ、今行く。」

 

霊使はウィンにさえこの胸中を明かしたことは無い。

これは自分が何とかすべきことだし、何よりも霊使はウィンにこれ以上の心配をかけたくなかった。

きっと、ウィンは気づいているし、事の次第を話せばきっと慰めてくれるだろう。

だがきっとそうなってはいけない。

そうすればきっと自分は守れなかった人を忘れてしまうだろうから。

四遊霊使は英雄などではない。もとはと言えば―――独善的な、「ウィンを失いたくなかったから」という理由で戦い始めた。

友人の犠牲を経て世界を救い、そして数多くの悲劇を招いた。

四遊霊使は英雄などではない。―――ただの、人殺しだ。

だから、せめてもの忘れない。どれだけ苦しくとも、記憶の片隅に留め続ける。それが今の四遊霊使という男が自分に下す罰だった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

ウィンは霊使の憔悴に気付いていた。

その原因がかつての戦いの犠牲になった人達であることも気づいていた。

だからこそ、ウィンは何も言えなかった。言えるはずが無かったのだ。たとえその人たちが霊使を恨んでなかったとしても、霊使は自分を責め続ける。

「もっとうまくやれたはずだ」だとか、「もっと早く動けたはずだ」だとか。

だが、それは違うだろう―――とウィンは思う。

それは霊使の中の「驕り」だ。自分ならもっとやれた、という言い訳だ。

例え霊使がそう思ってなかったとしても、もう過去は変えられない。その人たちの死を受け入れて、それでも前に進んでいくしかない。

―――霊使にはそれができるだけの強さはまだない。だからその重荷に押しつぶされそうになっている。

ウィンが出来るのはただ無言で支える事だけ。それが、ウィンが霊使にしてやれる唯一の事だ。

 

(―――自分から話せるようになるまでは聞かない方がいい、かな。精一杯考えて霊使なりの背負い方を見つけたら。そしたら私達も改めて支えるよ。)

 

だからウィンは霊使に対して何も言わない。

愛する人はこの苦難を乗り越える方法を既に知っているのだから。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

『レディース&ジェントルメン!ようこそ、第27回レヴィオンカップへ!この大会はかつて「最強」と呼ばれたデュエリスト、『レヴィオン=ティエラ』氏は創設されたデュエル大会だ!この大会で優勝したものは今年の日本選手権への出場権を獲得できる!敗退してもォ!好成績を残せば日本選手権の予選会に招待されるかも、だ!更に今回はわが国で初めてこの『デュエルフィールド』を用いた大会でもある!』

「デュエルフィールド?」

「ほら、あれだよ。大会だとかそういったものに最近使用され始めたあのフィールド。なんでもモンスターゾーンやモンスターの位置が視覚的にわかりやすくなるんだって。イカサマ判定機能もあるみたいだよ。」

 

開会式で示された『デュエルフィールド』という聞きなれない単語にウィンは首を傾げる。

そんあウィンの疑問に霊使は実物を指さしながら答えた。

 

「後、あれ、よりド派手にソリッドビジョンを動かせるようになるんだとさ。色々と見た目も良くしようと頑張っているみたいだね。」

「あー…じゃあ私達もド派手にしたほうが良いかな?」

「大丈夫だろ。」

 

この大会は全日本選手権への予選も兼ねている為、全国でも名が売れたデュエリストたちが集まるようだ。

その中には霊使が戦ったことの無いような相手もいるだろう。

どうにも英雄と呼ばれるのは性に合わないが、それでもやる気は湧いてくる。

少なくとも、ただ「英雄」と持て囃されるよりかは、ずっと。

 

『さあ!組み合わせの発表だ!第一回戦!第一試合はァぁぁ!』

 

そんな声と共にトーナメント表が発表された。

霊使は自分の名を探すまでもなく、、自分が何試合目なのかを察した。

 

『四遊霊使選手!VS(バーサス)ゥゥゥ!白百合結選手ゥゥゥ』

「げぇ―ッ!」

「うそぉ…。」

 

一回戦目の相手の名前は「白百合結」―――いきなりとんでもない相手とかち当たってしまった。

一回は破っている相手―――とそうはいかないのが恐ろしいところだ。

きっと彼女たちは今までの何十倍も強くなっている事だろう。

 

「…こりゃ、やる気が出ないだとか文句言っている場合じゃないな…!」

 

舐めてかかって勝てるほど結は軟じゃない。

霊使は否応にも自分の中の「決闘者の魂」がざわめき立つのを感じていた。

 




登場人物紹介

・四遊霊使
クッソナーバスになってるけど、なんでそうなったかは自分で見つけなきゃいけない。
別に英雄と呼ばれるようなメンタルはしてないから結局引き摺ってしまう。
あと周りから英雄と持て囃されてるのもこうなってる理由の一つ。
それはそれとして生粋の決闘者なせいで結のデュエルが楽しみでしょうがない。
ただここは民度最悪な遊戯王世界なので…

・白百合結
忘れられがちだが霊使よりも年上。
だからか霊使が何を抱えているかを一発で見破ることができた。

・ウィン
今の霊使が抱えている物は自分で解決しなきゃいけない。
いくらでもアドバイスするけどまずは共有してほしい。

というわけで多分これからはギャグ色が強めになっていくと思います。
次回もお楽しみに


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再戦:始動

 

―――かつて霊使とウィンはキスキルとリィラ―――デュエルモンスターズの精霊に挑み、一度は負けたものの無事にリベンジを果たした。その後で死にかけになったのだが。

だがまあ今は結という正式なマスターの元に居て。

彼女達も本当の意味で自由に戦えて。そして何よりも霊使達も、結たちも、あの頃よりずっと強くなった。デッキ自体は変わっていなかったとしても、より洗練された動きができるようになったというべきか。

とにかく、今までのデュエルとはまた違ったひりつきを味わえるだろう。

 

「…相変わらず拗らせてるみたいだねぇ…。」

「悪かったな。拗らせたい年ごろってやつなんだよ、キスキル。」

「そんな年頃があってたまるかい。…ま、いいか。」

 

これ以上は余計な言葉を交わす必要はない。

デュエリスト同士が向き合ってデッキを構えたならやることは一つしかないのだから。

 

「さあ、始めようか…!私達のリベンジマッチを!」

「何べんでも返り討ちにしてやる!防衛戦だ!」

「言ってな!行くよ、結!」

「了解。」

 

なんやかんや言い合いながらも結と霊使は互いに手札を五枚引く。

オートで行われたコイントスの結果、先攻はどうやら結になったようだ。

 

「私の先攻!私は魔法カード【シークレット・パスフレーズ】を発動。効果でデッキから【Live☆Twin トラブルサン】を―――。」

「流石にそれはノーサンキューだ。手札に【灰流うらら】の効果発動!」

「いやー流石にそれはダメだって。【灰流うらら】にチェーンして【墓穴の指名者】発動。うららの効果を使わせてたまるかぁ!うらら除外して無効!」

「ですよねー!」

 

結の初動に対して霊使は【灰流うらら】による妨害を試みる。

ところが結は最初に手札に対手札誘発決戦兵器こと【墓穴の指名者】を引き込んでいたようだ。妨害することは叶わず、そのまま初動を通してしまう結果となった。

 

「それじゃ改めて【シークレット・パスフレーズ】の効果で【Live☆Twin トラブルサン】を手札に加えるよ。それで【Live☆Twin トラブルサン】発動。発動時の効果処理としてデッキから【Live☆Twin キスキル】を手札に。そのまま【Live☆Twin キスキル】を召喚。効果でデッキから【Live☆Twin リィラ】を召喚!それでいつもの流れで二体で【Evil★Twin キスキル】をリンク召喚!そのまま墓地のリィラを蘇生してイビルツインの方のキスキルと今蘇生したリィラで【Evil★Twin リィラ】をリンク召喚!そんで墓地の【Evil★Twin キスキル】を蘇生!で、リィラが居るからデッキから一枚ドローするね。」

「手札減ってないよね?」

「それがキスキル達の強みだからね。特殊召喚を繰り返すから【サモンリミッター】とかとてつもなくきついわけだけども。」

 

結のフィールドには二体のリンクモンスターと一枚の永続魔法があるにもかかわらず手札は五枚のままだ。相変わらずイビルツインはいい展開能力を持っている。

そして霊使の手札に手札誘発がない以上、既に結の動きは止めることなどできはしない。

結はノリノリでデッキを回し始める。

 

「おまけに永続魔法【リィラップ】もつけとくね!このカードは私の墓地からモンスターが召喚されたときに発動して君は1000のライフを失って私は500ライフ回復するよ!」

「人のライフを何だと思ってるんだ!?」

「収益だよ!」

「人のライフで勝手にスパチャ払わせんなや!」

「でもターン1だからね。―――で、イビルツインなキスキルとリィラで【Evil★Twin's(イビルツインズ) トラブル・サニー】をリンク召喚!カードを一枚伏せてターンエンド。」

 

結 LP8000 手札三枚

EXモンスターゾーン(右) Evil★Twin's トラブル・サニー

魔法・罠ゾーン      Live☆Twin トラブルサン

             リィラップ 

             伏せ×1

 

わいわいぎゃーぎゃー騒ぎながら霊使は結の展開を見守った。その結果がこのありさまである。

「これでも控えめな方だねー」と冗談めかして言う結に思わず「控えめ」の意味を小一時間問いたくなる霊使。むしろそれほどまでに結は【イビルツイン】を理解しているという事なのだろうか。―――そう考えた方が今の霊使にとっては建設的だった。

 

「ああもう、俺のターン!ドロー!」

 

引いたカードは【精霊術の使い手】。それ以外の手札は【妖精伝姫(フェアリーテイル)-カグヤ】、【憑依装着-ウィン】、【大霊術-「一輪」】、【妖精の伝姫(フェアリーテイル)】の四枚。結の伏せカードが【無限泡影】以外であることを祈るしかない。

 

「いくらでも巻き返してやる…!俺は手札の【憑依装着-ウィン】をコストに速攻魔法【精霊術の使い手】を発動!手札に【憑依連携】を加えて、フィールドに【憑依覚醒】をセット!そんでもってそのままセットカードである【憑依覚醒】発動!」

 

霊使は自身のカードの効果で伏せたカードを発動。これに対して結は何もアクションを示さない。―――そのことから霊使はそれが【サイクロン】や【砂塵の大竜巻】といったバック除去系のカードではないと辺りを付ける。もし伏せカードが【ツインツイスター】であれば大惨事待ったなしでもあるのだが。

 

「…よし、そのまま【妖精伝姫-カグヤ】を通常召喚!攻撃力1850のモンスターが登場したため【憑依覚醒】の効果発動!さらにそれにチェーンしてカグヤの効果を発動。カグヤの効果でで攻撃力1850の【憑依装着-アウス】を手札に。そして【憑依覚醒】の効果でワンドロー。更ににフィールド魔法【大霊術-「一輪」】を発動させてもらう。」

「…【墓穴の指名者】は―――失敗だったね、これ…。でも私のフィールドに【イビルツイン】モンスターが居るから【Live☆Twin トラブルサン】の効果で200え―――じゃなくて200のライフポイントを恵んでもらうよ!」

「あーもう!だから俺は貢ぐならウィン達にだって!推し活できるような金はは無いんだけど…。」

「あ、なんか、ごめん…。」

 

霊使 LP8000→7800

結  LP8000→8200

 

今の結は【墓穴の指名者】の効果によって【灰流うらら】を使用できない。そういう制約があると分かっていてでも【灰流うらら】を止めたかったという事だろう。

それはそれとして今の結には【トラブルサン】がある。これは【イビルツイン】モンスターが居る限り、相手がモンスターを召喚、特殊召喚する際に相手ライフに200ダメージ、自分はライフを200回復できる優れものだ。

召喚を抑制するという意味でも非常に有用なカードである。

――だがそれは霊使にとっては痛い出費なわけで。家計が火の車であるせいか思わず現実の出費とトラブルサンの効果を重ねてしまった。なお、結はキスキル達の動画のお陰で食うに困らない程度には稼いでいたりする。

なお霊使の手札も4枚ある。【憑依覚醒】の効果で引いたカードが引いたカードなだけに結が発狂しそうだな、なんてことも考えていたりする。

 

「まあいいや。永続魔法【妖精の伝姫】発動。さらにそのまま手札の【憑依装着-アウス】を【妖精の伝姫】の効果で召喚させてもらう。」

「…え?正気?これでまた200ダメージ…。」

「ライフは回復できるが、俺は【妖精の伝姫】の効果で攻撃力1850のモンスターが居ればダメージを受けない。1ターンに一度だけどな。」

「わーお、優秀…。」

 

霊使は【大霊術-「一輪」】の効果を発動しないことを選択。これは後々の為に効果を取っておきたい、という霊使なりの考えがあっての事だった。

 

「アウスとカグヤをリリースしてデッキから【憑依覚醒-デーモン・リーパー】を特殊召喚。【デーモン・リーパー】の効果で墓地から【妖精伝姫-カグヤ】を効果を無効にして蘇生。」

「あ、じゃあ【憑依覚醒―デーモン・リーパー】の召喚成功時【Live☆Twinトラブルサン】の効果発動ね。そのまま【カグヤ】分もあげるよ!」

「ターンに一度じゃないのかそれぇ!?ああもう、もってけドロボー!」

 

墓地からの特殊召喚により、再び【トラブルサン】の効果が発動。霊使は400ダメージを、結は400のライフゲインを得る。これで霊使のライフは7400、結のライフは8600になった。

何処かの漫画に「金は命よりも重い」なんて言葉があったか、と霊使はこの状況を見て考える。

【トラブルサン】の効果で召喚するたびに200のバーンダメージが飛んでくる。それはない金を無理矢理搾取されるような、金欠な霊使にとってはあまり良いイメージの物では無かった。

何よりも。

無理矢理金を搾り取ろうという魂胆が気に入らない。少なくとも、霊使がいろいろと画策するくらいには。

 

「…そうだな…。せっかくだ。新しい仲間を見せてやる。」

「―――え!?」

 

結は霊使の切り札は【I:P マスカレーナ】によって霊使から見ての相手のターンに降臨する【閉ザサレシ世界ノ冥神(サロス=エレス・クルヌギアス)】だと思っていた。

もし、別の切り札があるとしたら、それはいかなる効果を持つのであろうか。

 

「行くぜ!俺はフィールドの【妖精伝姫-カグヤ】と【憑依覚醒-デーモン・リーパー】の二体をリンクマーカーにセット…!アローヘッド確認、召喚条件は()()()()()()()()()()()()()!」

「なんだって!?」

 

結は思考する。

霊使の切り札への繋ぎである【I:P マスカレーナ】の召喚条件は「リンクモンスター以外のモンスター二体」だ。少なくとも、そこに属性の指定なんてものは無かった。

 

「まさか…!それはリンクモンスターの【霊使い】…!」

 

霊使の秘策中の秘策―――というほどでもないがそれなりに隠し通してきたのがリンクの【霊使い】だ。少なくとも結は霊使がそれを使って負けたところを見たことが無いし、なんなら攻撃力4400の【キスキル・リィラ】でさえ打ち破っている。

 

「光の霊を従えし者よ。新たな友と(えにし)を結び世界の果てまで光で照らせ!リンク召喚!これが俺の新たな力、LINK-2【照耀(しょうよう)の光霊使いライナ】!」

「…【Live☆Twinトラブルサン】の効果発動。」

「締まらねぇ…。」

 

霊使 LP7600→7200

結  LP8400→8800

 

霊使は新たな力と称してリンクの力を得たライナを召喚。

そして霊使い特有の相手のモンスターを得る効果を発動する。そしてかつてダルクが発動した効果と同じく、リンクの霊使いは総じて相手の墓地からモンスターを奪う―――もとい、相手の墓地のモンスターの力を借りることができる。

もはや霊使は【トラブルサン】のダメージの事など眼中になかった。―――必ずかの邪知暴虐のスパチャ(トラブルサン)が霊使の歩みを止める理由にはならないという事を結に見せつけたかったからだ。

 

「俺は結の墓地の光属性モンスター…【Live☆Twin キスキル】を対象に【照耀の光霊使いライナ】の効果発動!対象のモンスターを【照耀の光霊使いライナ】のリンク先に特殊召喚する!」

(―――何が狙い?)

「【Live☆Twinトラブルサン】の効果発動。」

 

霊使が対象にした【Live☆Twin キスキル】は展開用のカードだ。少なくとも相方であるリィラが居なければ攻撃力500のモンスターでしかない。

だから、結は霊使の効果をそのまま通すことにした。

 

「…よし!俺のフィールドに魔法使い族モンスターが居る為、手札から【デーモン・イーター】を特殊召喚する!」

「【Live☆Twinトラブルサン】の効果発動。」

「さらにさらにぃ!【デーモン・イーター】と【Live☆Twin キスキル】でリンク召喚!【崔嵬の地霊使いアウス】!」

「最終破壊兵器だこれぇ!?えーと【Live☆Twinトラブルサン】の効果発動!」

 

霊使 LP7200→6600(【Live☆Twinトラブルサン】の効果三回)

結  LP8800→9400(【Live☆Twinトラブルサン】の効果三回)

 

霊使は三度の特殊召喚によりさらに600のライフを失う。

だが、そんな事は知ったことかと霊使はデッキをぶん回す。

 

「これで終わりだ!【照耀の光霊使いライナ】と【崔嵬の地霊使いアウス】の二体で最終決戦兵器こと【アクセスコード・トーカー】をリンク召喚!」

(オイオイオイオイ死んだね、私。)

 

霊使 LP6600→6400

結  LP9400→9600

 

そして霊使は最終決戦兵器たる切り札にして新たなフィニッシャー―――【アクセスコード・トーカー】を特殊召喚。そして結とのデュエルは新たな局面を迎えることになる。




登場人物紹介

・四遊霊使
今のデッキには【アクセスコード・トーカー】や【旧神ヌトス】×2、【召命の神弓-アポロウーサ】、【ウィンドペガサス@イグニスター】×2、【灰燼竜バスタード】が入っている。ちなみに今回は【アポロウーサ】か【アクセスコード】か悩んで【アクセスコード】にした。ほとんどマスターデュエルで使っているデッキと同一。

・白百合結
がっぽり稼いでいる。ライフアドはつけられたが最終破壊兵器アクセスコードを見て絶望している。

所詮俺はレアコレを変えなかった敗北者じゃけぇ…。
クオシクのウィンが欲しい…。
というわけで次回もお楽しみに。


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再戦:激闘

 

霊使はいざという時のとっておき―――【アクセスコード・トーカー】を何の惜しげもなく披露した。

 

「げぇーッ!【アクセスコード・トーカー】!」

 

結は予想だにしていない【アクセスコード・トーカー】の登場に少しばかり眩暈がしそうになっている。そしてこれを出された以上、結にはもう何もすることができない。

このカードはチェーンを許さない効果なのだから。

 

「第一の効果発動!このカードの攻撃力はこのカードのリンク素材としたリンクモンスターのうち一体のリンクマーカーの数×1000上昇する!」

「あーもういや!」

 

この効果によって今のアクセスコードの攻撃力は4300。少なくともそう易々と突破できる数値ではない―――が、そもそもこのカードの真髄はそこではない。

霊使の場合、相手が舐め腐ってバトルフェイズに突入するというポカをやってくれたおかげで無事に突破できたわけだが。

 

「今の【アクセスコード・トーカー】の攻撃力は4300!更にそれに加えて【憑依覚醒】のパンプアップもあるから攻撃力は何とびっくり4600…!行くぜ…!【アクセスコード・トーカー】の効果発動!墓地の【照耀(しょうよう)光霊使(こうれいつか)いライナ】を除外してその伏せカードを破壊する!―――『アクセス・インテグレーション』!」

「あーっ!せっかく寝取る為に用意していた【Evil★Twinプレゼント】がァ―ッ!?」

 

だが霊使はそんなポカは犯さない。処理できるものは処理するし、なんならバックのカードから喜んで破壊する。

結も【アクセスコード・トーカー】を使えるには使えるが、墓地の【イビルツイン】が割と重要である結のデッキと墓地のリンクモンスターを除外して大暴れする【アクセスコード】はそこまで相性がよろしくないのだろう。そうだからか結は【アクセスコード・トーカー】を採用していないと霊使は踏んでいた。

 

「墓地の【崔嵬の地霊使いアウス】を除外して【アクセスコード・トーカー】の効果発動!『アクセス・インテグレーション』第二打ァ!破壊するのは勿論【Evil★Twin'sトラブル・サニー】!」

「この悪魔!人でなし!」

「悪魔はそっち!やろがい!」

 

霊使の使用カードを見て悪魔だなんだのと騒ぐ結。だが霊使からしてみれば悪魔なのは結の方だ。

結にはぜひとも自分が使っているカードを見てもらいたい。そこの種族にはきっと【悪魔族】と表記されているはずだ。使用カードという意味では結の方がよっぽど悪魔している―――という事を霊使は口にしなかった

 

「どうせ【デーモンリーパー】の効果で手札に加えてるのは【憑依解放】だろうしさぁ!」

「大正解。」

 

更に【照耀の光霊使いライナ】のリンク素材になった【憑依覚醒-デーモン・リーパー】は【デーモン・リーパー】自身の効果で特殊召喚され、何らかの方法で墓地に送られた際に【憑依】魔法・罠カード、もしくは【霊術】罠カード一枚を手札に加えることができるという効果を持つ。これで霊使が選択したのはいつもの通りの【憑依解放】。これでもし何らかの手段で【アクセスコード・トーカー】が破壊されたとき即座に後続を呼び出すことができる。

 

「バトルだ!俺は【アクセスコード・トーカー】で結にダイレクトアタック!」

「ぬわーっ!」

 

結 LP9600→5000

 

【アクセスコード・トーカー】が放った槍撃は結のどてっぱらに命中。

良く分からない悲鳴を上げて結は体をくの字に折った。

――どうやらこの「デュエルフィールド」はデュエルディスクよりも衝撃がダイレクトに伝わるらしい。

 

「カードをニ枚伏せてターンエンド!」

 

霊使 LP6400 手札0枚

EXモンスターゾーン アクセスコード・トーカー

魔法・罠ゾーン   憑依覚醒

          妖精の伝姫

          伏せ×2

         (憑依連携)

         (憑依解放)

フィールド魔法   大霊術-「一輪」

 

霊使は自らの手札を全て捧げることでフィールドアドバンテージを取りに行った。

それに伏せカードと「一輪」の効果で少なくとも二回は妨害できる。更にそこで引いたカードによっては三回目の妨害も行えるだろう。

 

「…私のターン。ドロー。私は手札一枚をコストに速攻魔法【Live☆Twinエントランス】を発動。デッキからもう一回【Live☆Twinキスキル】を特殊召喚!そして【Live☆Twinキスキル】の効果発動!デッキから【Live☆Twinリィラ】を場に!そして二体で【Evil★Twinキスキル】を場に!効果で墓地の【Evil★Twinリィラ】を召喚!更に【Evil★Twinリィラ】の効果発動!このカードは自分フィールドにキスキルモンスターが居る時に特殊召喚に成功した際に相手のフィールドのカード一枚を対象として発動できる!そのカードを破壊する!」

「そうは行くか!罠発動【憑依連携】!墓地の【憑依装着-ウィン】を召喚!更に【Evil★Twinリィラ】を破壊する!」

「…でも効果は止まらない…!」

「止まるさ。【大霊術-「一輪」】の強制効果でさぁ!」

 

結は切り返しを狙い【Evil★Twinリィラ】の効果を発動。勿論一度発動した効果を止めることはできない。しかし霊使のフィールドにある【大霊術-「一輪」】は相手のモンスターが効果を発動するときに自分フィールド上に守備力1500の魔法使い族モンスターが居ればその効果を無効にできるカード。当然チェーンブロックは作らない強力無比なカードだ。

 

「…さらに【連携】の効果で攻撃力1850の【憑依装着-ウィン】が場に出たため【憑依覚醒】の効果発動。デッキから一枚ドローする。」

(…このカードは。)

 

霊使はある一枚のカードをドローした。

このカードのお陰でもしかしたらこの後も何とかなるかもしれない。なんてことを考えながら霊使は結の動きを見た。

 

「…流石にもう手札にリィラはないだろ…。…ないよな?」

「まぁね。手札に【Live☆Twinリィラ】は無いし、さらにいうなら手札にサイバース族も無いよ。とにかく、墓地の【Evil★Twin'sトラブル・サニー】の効果!このカードを除外し、手札、デッキ、自分フィールドのいずれかから【イビルツイン】モンスター――【Evil★Twinsキスキル・リィラ】を墓地に送って発動できる。相手の場のカード一枚を墓地送りに。私が選ぶのは当然その最終破壊兵器―――もとい【アクセスコード・トーカー】!」

「…だろうなぁ。」

 

これで霊使のフィールドにはウィンが一体だけ。

それに比べて結の残り二枚の手札の内どちらかがライブツインであったら霊使の敗色が濃厚となる。

だが、こういう時―――「これが手札にあって欲しくない」という時に限って相手が「ソレ」を握っていたりする。

 

「…これで終わりだと思った?」

 

声のする方を見れば若干狂気じみたような笑みを浮かべて、一枚のカードを裏向きのまま、右手の中指と人差指で挟んでいる結がいた。

言わんこっちゃない―――というように霊使は頭を抱える。結がそういう顔をするという事はつまり、ここから更にどうにか展開する手段を手にしていたという事だ。

 

「…だが!しかし!まるで全然!安心するには程遠いんだよねぇ!自分フィールド上に「キスキル」モンスターが居る場合【Live☆Twinリィラ・トリート】は特殊召喚できる!」

「あギャーッ!?」

 

結の手札にあったのはよりにもよって【リィラ・トリート】。確かに【Live☆Twinリィラ】ではないし【サイバース族】でもない。結は何も嘘は言っていないのだ。それを認められるかどうかという霊使の心情は抜きにして、だが。

 

「当然!キスキルと!リィラで!【Evil★Twinリィラ】をリンク召喚!【リィラ】の効果で墓地から【Evil★Twinキスキル】を特殊召喚!更に私の墓地からモンスターが特殊召喚されたことにより【リィラップ】の効果発動!さあ1000LPを貰うよ!」

「うっそぉん…。」

 

霊使 LP6400→5400

結  LP5000→5500

 

あそこでキスキルを破壊しても絶対にリィラの効果で蘇生される。それが分かっていたから霊使は【リィラ】を破壊したのだ。あの時点で【Evil★Twinキスキル】は効果を使っていて、このターンにリィラが蘇生されることはまずないと知っていたから。

だが結果を見れば手札には第二のリィラ―――【Live☆Twinリィラ・トリート】を抱えていた。考えうる限り最悪の展開である。

おまけに【リィラップ】の効果で霊使と結のライフアドバンテージもひっくり返る。霊使は泣きっ面に蜂の大軍が押し寄せて来たといわんばかりの損失を被る羽目になったのだった。だが霊使のフィールドにもたらされる被害はこれだけでは済まない。

 

「さぁーて?今私の墓地には【Evil★Twinsキスキル・リィラ】が存在しているね…?」

「なんつーマッチポンプ!?」

 

フィールド上には二体の【Evil★Twin】―――リンクモンスターが居る。そして結の切り札の召喚条件は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()することである。

 

「私は自分フィールド上の【Evil★Twinキスキル】と【Evil★Twinリィラ】をリリース!」

「…来る!」

「闇を切り裂き奔れ怪盗。全ての宝を手に入れるまで!墓地よりいでよ【Evil★Twinsキスキル・リィラ】!召喚時に効果発動!君は、君のフィールド上に存在するカードが二枚になるように墓地に送らなければならない!」

「ウィンと伏せカードを残す…!」

 

相変わらず豪快な能力をしているものだ。結の切り札の【Evil★Twins キスキル・リィラ】は盤面を二枚にまでリセットする能力と、墓地に【キスキル】モンスター及び【リィラ】モンスターが居れば攻撃力が2200上昇する効果を持つ。特殊召喚しかできないという縛りはあれども、【イビルツイン】であればそれはたいして問題ではないのだ。

盤面をリセットされ、一転窮地に追い込まれた霊使。

 

「バトル!私は【Evil★Twins キスキル・リィラ】で【憑依装着-ウィン】を攻撃!」

「攻撃宣言時に永続罠【憑依解放】発動!」

「攻撃続行!【憑依装着-ウィン】を撃破!」

 

当然、今のウィンでは攻撃力4400の【キスキル・リィラ】を止められない。抵抗虚しく破壊され、霊使のライフに少なくないダメージを与えた。元々モンスターが出た居たのもあってか4400ごっそり持っていかれることは避けれたのは霊使にとってはかなり大きい事だろう。

 

霊使 LP5400-2550→2850

 

「ただ【憑依解放】の効果でデッキからウィンとは元々の属性が異なる守備力1500も魔法使い族モンスター―――【憑依装着-ダルク】を特殊召喚するぞ。」

「いいの?私のフィールドには【イビルツイン】モンスターが居るから【Live☆Twinトラブルサン】の効果が起動するよ?」

「…オゥ…」

 

霊使 LP2850→2650

結  LP5500→5700

 

霊使はフィールドを荒しに荒らされさらに一縷の望みを賭けてモンスターを特殊召喚しても【トラブルサン】の効果でライフが減る始末。

ここが公の場所で無かったら霊使はきっと誠心誠意感謝の台パンを決めていた事だろう。それほどまでに霊使はフラストレーションを溜めていた。

 

(キレちゃだめだキレちゃダメだキレちゃダメだ…!)

(霊使、ステイ、ステイ。)

 

これも戦術の内だ。相手のライフを掌握するのだって当然楽じゃない。

それを知っているがどうしても理不尽な効果に泣かされそうになる。

 

「ま、これでターンエンドかな。」

 

結 LP5700 手札1枚

フィールド   Evil★Twinsキスキル・リィラ

魔法・罠ゾーン Live☆Twin トラブルサン 

        リィラップ

 

霊使は手札一枚フィールド二枚の満身創痍というのも甚だしいほどの劣勢に追い込まれた。

奇跡というのは何度も起きないから奇跡なのだと誰かが言う。だが、霊使はそれは違うといえる。

現に霊使はこの土壇場を、心の底から楽しんでいたからだ。

 

「奇跡が起きない限り…奇跡が起きても勝ち目は限りなく0…!今回はこのまま押し切らせてもらうよ!」

 

結はこのまま押し切ると宣言。それが霊使の中に眠っていた決闘者としての本能を目覚めさせた。

霊使は何一つためらうことなくデッキの上に右手を置く。

いつだって可能性はそこにある事を知っている。霊使は今までの戦いでそれをつかみ取って来た―――否、可能性を掴み続けてきたのだ。

ならば今回も「勝てる可能性」を掴めるはずだ。

負けだとかそんな事はもうどうだっていい。ただ「勝てる可能性」がそこにある―――ならばそれを掴むだけ。

 

「…さあ、足掻いて行こうか!俺のターン、ドロー!」

 

霊使は自身のデッキトップのカードを力強く、そして勢いよく引き抜いた。




登場人物紹介

・霊使
ソリッドビジョンであることからウィン達には明確な言葉を発現しないように言ってある。
だって言ったら狙われるじゃん。
それはそれとして現在大ピンチ。

・結
ライフアドが出来てホクホク。


次回VS結、決着です。

次回もお楽しみに!


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再戦:決着

 

霊使 LP2850 手札一枚→二枚

モンスターゾーン 憑依装着-ダルク

魔法・罠ゾーン  憑依覚醒

 

結  LP5700 手札一枚

モンスターゾーン Evil★Twins キスキル・リィラ

魔法・罠ゾーン  Live☆Twin トラブルサン

         リィラップ

 

結は、今見た光景が信じられなかった。

霊使が引いたカードが光り輝いているように見えたからだ。

カードには精霊が宿るもの―――だからと言って発光現象が起きるかと言えば絶対に違うだろう。少なくとも、そんな事が起きるのならばきっとデュエルモンスターズは停電時でも役に立つ。

 

「…気のせい、だろうけどね。」

 

信じられないとはいえ、結は確かにそれを見た。

ならばそれが現実だ。

どういう訳か知らないが、確かに霊使が今引いたカードは輝いていた。一瞬にすら満たないわずかな時間とは言え、確かに輝いていた。

観客がそれを見たかどうかは分からない。そもそも見えているかどうかでさえ怪しい。

 

「…結。俺は負けるつもりはないぞ。」

「だろうね。その目を見ればわかるよ。―――逆転の一手でも引いた?」

「そんななまっちょろいもんじゃない。」

 

どれだけ状況を自分の方に傾けていてもたった一瞬のやり取りで簡単に状況は変わる。その一瞬は「一枚のカード」だったり、それこそ一枚のカードの攻撃だったり。

何処でどうやって、何によってひっくり返るか分からない。

だから、決闘は楽しいのだ。

 

「―――勝つためのカードを引いたんだよ。今、ここで勝つためのカードを!」

 

それはきっと、今の彼が一番感じている事だろう。

こんなにもこのデュエルは楽しいのだから。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

霊使はたった今引いたカードがわずかに熱を帯びている気がした。

それはカード自身が鼓動しているような、何とも言えない感覚。にもかかわらず霊使はこのカードが一体何なのかという事を理解していた。

 

「俺は墓地の【憑依連携】の効果を発動。墓地からこのカードを除外することで自分墓地の【憑依】永続魔法・永続罠一枚を表側表示で俺のフィールドの魔法・罠ゾーンに置くことができる。当然俺は墓地に送られた【憑依覚醒】をフィールドに。」

「…それは「魔法の発動」じゃない、か。」

 

結が怖い確認をしてくるが発動したわけでは無いのも事実だ。それを隠す理由もないので大人しく答えを返すことにする。

どのみち今の結では【憑依覚醒】を破壊することは叶わないのだから。

 

「俺は手札の【憑依装着-エリア】を通常召喚。【憑依覚醒】の効果により一枚ドロー。俺は【憑依装着-エリア】と【憑依装着-ダルク】の二体でリンク召喚!【暗影の闇霊使いダルク】!【暗影の闇霊使いダルク】の効果で結の墓地から【Live☆Twin リィラ】を蘇生!」

「トラブルサンの効果を3回受けてもらうよ。」

 

霊使 LP2850→2250

結  LP5700→6300

  

霊使は相変わらず結の墓地からモンスターを特殊召喚することを選ぶ。こうすることで自分の消費も多少は抑えられるし、相手の読みを外す事さえできる。

今まで霊使は【閉ザサレシ世界ノ冥神(サロス=エレス・クルヌギアス)】を召喚するために【I:P マスカレーナ】を召喚していた。それは相手のターン中にマスカレーナをリンク素材としてクルヌギアスを召喚することで相手のエースを素材とする「ルールによる除去」を使うための物だった。

だがそれは別に【I:P マスカレーナ】でなくともできる事でもある。マスカレーナをリンク素材とする場合のメリットは「効果破壊耐性」が付くこと。これによって霊使は「対象を取らない効果」に加え、除去効果で最も普遍的な「対象を取る破壊」も対策していたのだ。

だが、これには当然デメリットもあり、攻撃力800のリンクモンスターを棒立ちにさせ、相手が「何かある」と察すると破壊されてしまうかもしれないという点だ。当然破壊されてしまえばクルヌギアスの召喚が狙えなくなる上に、相手のエースが暴れ散らかしてしまう。

霊使のデッキは嵌ると圧倒的は爆発力を産むが、切り返し能力に乏しいという弱点も併せ持つ。

だから、霊使は【I:Pマスカレーナ】という見えているもののほかに。

「とっておき」を一枚だけデッキに忍ばせていた。さっきのターンでエリアを引けたという事を含めて今回のデュエルは運がいい方だ。酷ければ五枚全部罠という悲惨な目に合う事もあったから。

 

「俺はカードを二枚伏せてターンエンド。」

 

霊使 LP2250 手札0枚

EXモンスターゾーン(右) 暗影の闇霊使いダルク(リンク状態:Live☆Twin リィラ)

モンスターゾーン     Live☆Twin リィラ  (リンク状態:暗影の闇霊使いダルク)

魔法・罠ゾーン      憑依覚醒 

             憑依解放 

             伏せ×2

 

霊使はやれることはすべてやったと言わんばかりに静かにターンエンドを選択。このターンに仕掛けてくるしかないと踏んでいた結はマメ鉄砲を喰らったような顔をしていた。

ここで一度互いの状況に目を向けてみよう。

霊使の手札は先と変わらずすっからかんである。だが、今伏せたカードの内一枚はもはやすっかりおなじみとなった、それこそ霊使の代名詞と言っても過言ではない【憑依連携】だ。実質手札は一枚あると同義である。

一方の結も手札は残り一枚とかなり追い詰められている。だが結のフィールドにはエースモンスターである【Evil★Twins キスキル・リィラ】が存在している。更に墓地にある大量の光属性、闇属性モンスターを除外することで【カオス・ソルジャー‐開闢の使者‐】の特殊召喚さえ狙える。

総じて少し結の方が有利と言ったところだろうか。

 

「私のターン。…ドロー。…さあ、このターンで終わらせるよ。私は墓地の【Live☆Twin キスキル】と【Live☆Twin リィラ・トリート】を除外することで手札から【カオス・ソルジャー‐開闢の使者‐】を特殊召喚!」

「その特殊召喚成功時に罠発動!【憑依連携】!効果で墓地から【憑依装着‐エリア】を特殊召喚!更に俺のフィールド上の属性が二つ以上存在するため【カオス・ソルジャー‐開闢の使者‐】を破壊。出オチにさせてもらうぜ!」

 

結はたった今引いた【カオス・ソルジャー‐開闢の使者‐】を特殊召喚。霊使はこの特殊召喚に対してためらうことなく【憑依連携】を使用。効果で墓地の【憑依装着‐エリア】を蘇生し、そのまま【カオス・ソルジャー‐開闢の使者‐】を破壊。

 

「だがこれで君を守るものはもうない!さらに【Live☆Twin トラブルサン】の効果発動!」

「…ッ。」

 

霊使 LP2250→2050

結  LP6300→6500

 

結の言葉に霊使は何も返さない。

状況だけ見れば結の言う通りだ。霊使のフィールドには伏せカードが一枚のみ。当然それはミラーフォースのようなカードではない事を結は知っているだろう。今まで霊使はそのようなカードを使った事はほとんどないのだから。

だからこそ彼女は「守るものはもうない」などと言ったのだ。

彼女は終ぞ、霊使のセットした罠に気付くことは無かった。

 

「一応伏せは除去しておこうか。魔法カード【ハーピィの羽箒】発動!」

 

結はもう妨害が無いと信じてやまない。だが、それでも反撃の芽を完全に潰そうと考え、霊使の魔法・罠ゾーンのカードをすべて破壊しにかかる結。

 

「…これで私の勝ちだ!」

「…くっ…。」

「霊使君討ち取ったりィィィ!」

 

高らかに勝利を宣言する結の姿を見て、霊使はとうとう笑いを漏らしてしまった。まさかここまで隠ぺいが上手くいくとは霊使自身も思っていなかったのだ。相手がそんな戦略にドはまりしてくれたものだからおかしくなってしまうのも仕方ないだろう。

 

「ふふふふっ。あっはははは!」

「何笑ってるの?君はもう何もできないんだよ?…気でも狂った!?」

「ここまで上手く嵌るとは思ってなかったからなぁ。笑いが止まんないんだ。」

 

結からしてみれば急に霊使が笑い始めたようにしか見えないだろう。もしかしたら若干引かれたかもしれない。それとも負けるという事が霊使の精神を狂わせたとか、そんな感じに思われたのだろうか。

事実は全く持って違うのだが。

 

「…え?う、うそでしょ…!まだ何か…!」

「じゃあ見せてやろうかぁ!もっと面白いものをよぉ!【ハーピィの羽箒】にチェーンして罠発動!【星遺物(せいいぶつ)からの目醒(めざ)め】!」

 

霊使は余りのハイテンションによって口調が大きく変化する。

あとから見たら顔を真っ赤にして記憶から消し去りたいと霊使は宣うだろう。

だが今の霊使はそんな事を考える余裕さえないほどにハイになっていた。今まで隠しておいた「とっておき」が功を奏し、あまつさえそれが勝ちにつながるのだからハイになるなというのが無理な話でもあるのだが。

 

「このカードの効果は相手ターン中にリンクモンスター一体をリンク召喚できるカード!リンク召喚するのは当然―――【閉ザサレシ世界ノ冥神(サロス=エレス・クルヌギアス)】!現れろ!冥神導くサーキット!」

 

霊使が叫びながら点に手を翳せば互いのフィールドのちょうど真ん中に点灯していないリンクマーカーが現れる。

 

「俺は【暗影の闇霊使いダルク】!【憑依装着-エリア】!【Live☆Twin リィラ】!そして―――」

 

現れたリンクマーカーにそれぞれのモンスターが突入。クルヌギアスの持つリンクマーカーに対応する位置に光となって吸収され、リンクマーカーに赤い光を灯した。

しかしまだ一カ所――――下を向いているリンクマーカーには光が灯っていない。その代わりにその部分から闇が染み出し、キスキルとリィラをしっかりと拘束。そのままリンク素材として吸収してしまう。

 

「結のフィールド上に存在する【Evil★Twins キスキル・リィラ】の四体をリンクマーカーにセット!サーキットコンバイン!昏き世界よりその姿を見せ、我らが敵を深淵に堕とせ!リンク召喚!LINK-5【閉ザサレシ世界ノ冥神(サロス=エレス・クルヌギアス)】!」

「【ハーピィの羽箒】の効果で魔法・罠をすべて破壊…だけれども。」

 

結局結が破壊できたのは【憑依覚醒】たった一枚のみ。当然、霊使の墓地には【憑依連携】が存在するため次のターンに間違いなく再利用される。というか霊使自身する気満々だ。

 

「…ターンエンド。」

 

結 LP6500 手札0枚

モンスターゾーン なし

魔法・罠ゾーン  Live☆Twin トラブルサン

         リィラップ

 

結は当然ターンエンドを選択。手札もゼロ枚、モンスターもゼロ枚。場には【イビルツイン】モンスターが存在しなければ意味がない【Live☆Twin トラブルサン】と墓地からモンスターを特殊召喚出来なければ意味がない【リィラップ】のみ。

だが、霊使のフィールドに存在するモンスターは【閉ザサレシ世界ノ冥神】ただ一体のみ。

例え墓地の【憑依連携】で【憑依覚醒】を再設置されようがまだ耐えることができる。

きっと結はそんな事を考えているのだろう。―――だが、霊使はこのターンで決着をつけるつもりだった。

 

「俺のターン、ドロー!俺は墓地の【憑依連携】の効果を発動。このカードを除外し再び表側表示で【憑依覚醒】をフィールドに。…俺は手札の【憑依装着-ウィン】を通常召喚!効果でデッキから一枚ドローする!」

 

霊使は思いっきりデッキの上から一枚目を引き抜く。

サラリとウィンが来てくれているが、彼女はいつも一番欲しい時に来てくれるのだ。

彼女はいつだって、自分の期待に応えてくれていた。

ならば今度は自分がその期待に応える番だ。

 

「…俺が引いたカードは、【精霊術の使い手】!」

「―――嘘、でしょ?そこで二枚目を引くの…?」

 

霊使が引いたカードは【精霊術の使い手】。このデュエルにおいては二度目の登場となる。

そのカード効果は至ってシンプルで手札一枚をコストに【霊使い】の関連カード二枚を引っ張ってこれるというもの。当然、強力無比なカードであり、それと同時に最も対策のしやすいカードでもある。

何故なら灰流うららが余りにも致命的に刺さるからだ。

当然、このカードの使用のために払ったコストは帰ってこないのでこのカードにうららを当てられる=負けと言っても過言ではない。手札二枚のディスアドに加えて最悪動けるカードがないという大惨事にもつながるのだから。

だが、今この状況に関して言うのであれば。霊使にとっては最高のタイミングで、結にとっては最悪のタイミング

問言葉でしか言い表せない。

 

「俺はこれで【憑依覚醒】を手札に。三枚目の【憑依連携】をセット。そしてそのまま永続魔法【憑依連携】発動!【憑依覚醒】の効果は重複するから、クルヌギアスとウィンの攻撃力はそれぞれ1200上昇だ!」

「…これは、運に見放されたかな…。」

 

結はもはや好きにしろという感じで両手をホールドアップ。

当然抵抗もできないし、霊使の従えるモンスターの攻撃力の合計は7250。結の現在のライフの値を上回っている。

 

「バトル!クルヌギアスとウィンでそれぞれプレイヤーにダイレクトアタック!」

 

結 LP6700→2500→0

 

そうして、ここにこの大会の開幕を告げる試合は終了したのだった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

『ゲームエンドォォォォ!勝者はァ!四遊霊使ィィィィ!』

 

相当集中していたからだろうか。

結の耳にはようやく実況やら歓声やらが飛び込んできた。

実況も告げている通り、勝ったのは四遊霊使―――つまり白百合結は今、ここで負けた。

 

「悔しいものだねぇ…。」

(結…。)

 

最後の最後に霊使にしてやられたと思うとやはり悔しいものがある。

しかも途中が良い流れだっただけに、あそこで押し切る事が出来たらという後悔の念もわく。

だが途中のプレミも、相手との駆け引きもひっくるめて、これがデュエルなのだ。そのやり取りの結果に文句をつけるものではない。

それに。

負けても命が終わるわけでは無いのだ。いつでもリベンジができるのだから。

だから結は霊使に惜しみない賞賛を贈る。自分を下したものとして、これからも勝ってきてほしいから。

 

「勝ってこい、四遊霊使!」

 

この言葉は歓声にかき消されていたかもしれない。

だが確実に霊使の心に届いていると、結は断言できた。

それが分からないほど浅いつながりではないつもりだから。





登場人物紹介

・霊使
勝った。

・結
負けた

これであともう一回くらいデュエルしてそしたら決勝ですかね。
決勝の展開はある程度考えてあるので次は私がマスターデュエルで使ってるもう一つのデッキをそのまま出してみましょうか。

次回もお楽しみに


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インタールード:控室にて

 

『決着ゥゥゥ!これが第一回戦で良いのか!?勝ったのはァ!『英雄』、四遊霊使ィィィィッ!』

「…。」

 

金我大智は四遊霊使と白百合結の試合を見て憤りを感じていた。

まるで意味もなく霊使い達を使いつぶしているように見えたからだ。

墓地に送られても蘇生さえ、さらにフィニッシャーの素材として墓地に送られる。

果たしてそれが本当に「いい使い方」だといえるのだろうか。

―――いえるわけが無い。

どんなデッキコンセプトであれ、少なくとも少女に追わせていい労苦ではない。

 

「そういうのはアンデット族の専売特許だろーが…。」

 

だから、四遊霊使という男のデッキそのものが気に入らなかった。

大智は与り知らぬことではあるが彼の言う「使い捨て」を霊使に示したのは霊使い達自身だ。

そもそも墓地からのリアニメイトを戦術に組み込まないのであれば【憑依連携】をデッキに入れる必要はない。むしろそのカードを入れるよりも他のカードを入れた方がよりシナジーが生まれるはずだ。

だが、怒りというものは存外人の視界を狭めるものである。

大智はこの手に関して最も大切な「本人の気持ち」を無視していた。

 

「絶対ぶっ飛ばす…!」

 

斜め上どころか明後日の方向へ思考が吹っ飛んでいる大智。

当然、彼はウィンと霊使の関係を知らない。

余りにも数奇で奇妙な関係を、彼はまだ知らないのだ。

 

だから彼は憤る。少女を使い捨てているような、ただただ貪欲に勝利だけを求めているような男に対して。

そして絶対に初恋の人を救って見せると、そう心に誓った。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

一方の霊使。

結との激闘を紙一重で制し選手控室へと戻る。この大会は屋外で行われる為、近くのホテルの部屋を「選手控室」として開放しているようだ。余計な所で金をかけるなぁ、と霊使は思っていた。

また、公平を期すために控室内での選手同士の決闘はルールで禁じられている。

それでもテレビ中継などで大会の様子は確認できるため、ある程度相手のデッキを推測することはできる。

更に今回の大会ではメインデッキとエクストラデッキに加えカード交換用のサイドデッキを認めている大会でもあった。その枚数はエクストラデッキと同じく15枚だが、通常のデッキに採用されるカードがしこたま含まれている。

ただこのデッキはあくまで「調整用」。このデッキに入っているカードはデュエル中に使用することはできない。相手のデッキを見て調整してください、という、それだけのデッキでしかない。

おまけに霊使は二回戦の相手を見逃しており、どんなデッキを組めばいいのか、というのはさっぱり理解できなかった。

 

『圧倒的ィィィ!金我大智、ノーダメージで一回戦突破だァァァ!』

 

ただそれでも強いと謳われる人材を見逃すほど霊使も愚かではない。

霊使はデュエリストであり、それと同時にリアリストでもある。だから勝つためにルール内でなら手段を選ばない。

流石にかつての黎明期いたという他人の切り札を見せてもらったついでに海に捨てる、だなんて行為をする気はさらさらないが。だが、ルール内の行為であれば相手が嫌がることを進んでやる。それが霊使のデュエリストとしてのスタンスだった。

だから霊使のデッキには【大霊術-「一輪」】や、【憑依連携】、【教導の騎士フルルドリス】や【閉ザサレシ世界ノ冥神】といった相手を妨害するカードがたくさん投入されている。

そういう「メタ」としての頂点で言うならばたった今、この画面越しの相手が使っていた【スキルドレイン】程相応しいものはないだろう。

 

「【スキドレ】の対策は必須…か。」

 

【スキルドレイン】は永続罠であり、場にあるだけで相手のモンスター効果全てを無効にしてしまうカードだ。当然【マスカレーナ】の相手ターン中にリンク召喚できる効果も、【閉ザサレシ世界ノ冥神】の「対象外効果耐性」もすべて無効にされる。

一応、【閉ザサレシ世界ノ冥神】の「対象外効果耐性」は先に出しておけば【スキルドレイン】さえ無効にするようだが、そもそも【閉ザサレシ世界ノ冥神】は相手の切り札を吸収して召喚することにある。

霊使はそれを「()()()()()()()()()こと」を目的としてデッキを組んでいる。

相手のモンスターを吸収し、その後は【憑依覚醒】の効果で攻撃力を盛った【憑依装着】モンスター達でぶん殴る。トリッキーなようで実の所物凄く脳筋なデッキを扱っていた。

 

「…さて、と。」

「そろそろ二回戦、だね。」

「…その前にウィンに一つ聞いとくことがあるけどな。」

 

霊使はウィンの前に仁王立ちになる。

それを見たウィンはどうやら自分のやらかしたことがばれていたらしい、と思った。

当然ながら霊使はウィンの浮気だとかを疑っているわけでは無い。単純にウィンが何をやらかしたのかを明らかにしたいだけだ。

 

「…で?何やらかしたの?」

「…実はね。金我君に告白されてね?それは断ったんだけど。」

「うん。」

「エリアちゃん達の事を伝え忘れててね?―――多分「マスターであることをかさに着た糞野郎」というのが第一印象になったんじゃないかなー…って。」

 

―――想像の三十倍は酷い理由だった。

いや、告白をきちんと断ってくれたのは非常にうれしい、嬉しいのだが、その後の「伝えなかった」やらかしは余りにも大きい。

確かに霊使の使用するカードの大半は「アイドルカード」と呼ばれるものだ。で、そのカードの精霊がたくさん憑いている霊使は傍から見れば少女をとっかえひっかえしているような下種にしか見えない、と。そしてウィンはエリア達の説明をすっかり忘れていたので、初めて会った時に「そう言う風」に見られてしまったということだろう。

つまるところ―――

 

「俺は知らず知らずのうちに世の中の男に喧嘩売ってたのか…。」

「…うん。実際は違うけど傍目から見たらハーレムだし、あるいは「とっかえひっかえ」だし。」

「いったいどうしろと…?」

 

霊使は傍から見れば、世の中の全ての敵であるのだ。

無知な少女をとっかえひっかえしているというのが初めての印象になってもおかしくはない。むしろ普通の人ならそうなってしまうのが常というものだ。

ならそれを変えるにはどうすればいいのか。

 

「うーん…。皆には今のようにカードに戻っていてもらうとか?」

「それは外に出るのが誰になるかの喧嘩になる。そして俺達の家は更地になる。」

「いとも容易く想像できる。」

 

改善案を色々と考えてみたがどの案も最終的には霊使の家が更地になるという事で廃案となった。よく考えてみて欲しい。

炎と水がぶつかり、地面は隆起し、風が吹き荒れる。そんな状態で家が持つのだろうか。

当然、持つはずがない。というか一度霊使の家は何処かのポンコツ天使のせいで吹き飛んでいる。

 

「…そろそろ時間だよー!」

「エリアちゃんが呼んでる。…行こうか?」

 

結局改善案が出ないままウィンと霊使は次の戦いの舞台へと向かうのだった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「準決勝の相手は『英雄』という二つ名を戴く四遊霊使。使用デッキはリンク召喚を軸とした【ドラグマ霊使い】―――か。得意な戦術は相手の墓地のカードや、フィールドのカードを奪う事。特に【閉ザサレシ世界ノ冥神】と【星遺物からの目醒め】もしくは【I:Pマスカレーナ】による相手ターン中に行う「召喚素材とすることでの実質的な除去」と、【憑依覚醒】と【妖精の伝姫】、魔法使い族が存在する場合に特殊召喚できるモンスターで攻撃力をゴリゴリにあげて殴る戦法を得意とする。―――カード一枚のパワーは低いもののかみ合った場合は最速で先攻2ターンキルもあり得ると。」

 

男は準決勝で当たる相手の一挙手一投足に至るまでの全てを観察していた。

色々と引っかかることはある。例えば、引いたカードが光っていたり、臨んだであろうタイミングで臨んでいたカードが来たり。

 

「…彼の引きの強さは要警戒、だな。特に二回戦から準々決勝にかけては非常に短い間で勝負を決めている。」

 

男はそこで一度対戦動画を見るのをやめてゆっくりと顔を上げる。

その顔はずっと画面を見ていたせいか若干目が充血していた。

 

「…それにしても【霊使い】達のマスター…か。まるでハーレムか何かのように見えるな。ちゃんと説明しないと周りに誤解を与えかねんぞ。ハーレムにしろ、とっかえひっかえにしろ。」

 

そうぼやく彼はただひたすらに霊使という男への対策を積み重ねていく。

どうすればモンスターの召喚を抑制できるのか。どうすれば膨れ上がる総攻撃力に対抗できるか。

 

「…魔法封じや召喚回数制限はこっちも封じられるから論外。…速攻を仕掛けるのが一番かな。初手マスカレーナとか出されたら誠心誠意感謝のサレンダーかもしれないけど。」

 

四遊霊使という一つの「頂点」に今の自分がどこまで通じるのか。

男はそれが楽しみで楽しみでしょうがなかった。




登場人物紹介

・霊使
対策を考える。
ダルクには色々と申し訳なく思っている。

・ダルク
あの一団に居たせいで男の娘扱いに。
本人は不服そうではある。

・霊使の準決勝の相手
対策を練る。
が、思いつかなかった模様。

・大智
勘違いは止まらない、加速する…!

というわけで次回から準決勝開始します。
ちなみに二回戦からの相手の使用デッキは「トマハン」、三回戦は「無限起動」、四回戦は「ジャンク・ウォリアー」、準々決勝は「ふわんだりぃず」でした。―――が全部勝負すると余りにも話数を消費するのでカットです。相手の切り札をクルヌギアスで吸収したという事にしておいてください。
次回もお楽しみに


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準決勝:絶対昆虫戦線 その①

 

結との激闘からおよそ一日。

あの勝利から調子が上がって何とか敵をなぎ倒す事が出来た。

この大会、どうやら準決勝と決勝のみ別日に行うらしく、四強となった霊使は未だにこの場に居る、というわけだ。

 

『この大会も残り四人―――!さあ、日本大会へのチケットを入手するのは一体誰か!それでは準決勝第一試合!選手入場です!』

 

そんなノリノリなアナウンスをされても困るんだけどな―――なんて思いつつ、四遊霊使は真っ先に会場に足を踏み入れた。

その瞬間圧倒されそうなほどの声量が霊使に叩きつけられる。

 

『一回戦では死闘を演じ!それ以降は圧倒的強さで敵をなぎ倒してきた!頼れる女神と精霊使いとともに頂点まで駆け上がれるか!?四遊霊使がァ!姿を現した―ッ!』

 

おまけにアナウンサーがそんな事をいうものだから、霊使への声量はまた一段と増す。どうやら『英雄』という二つ名に恥じない戦いぶりであったらしく、多くの観客は霊使の優勝を予測しているようだった。

 

『この大会四遊選手はほぼ全てのデュエルで切り札である【閉ザサレシ世界ノ冥神】を召喚。その圧倒的な制圧力でライフポイントに多めの余裕を残している!その事からも彼は非常に強いといえるでしょう!当然優勝候補の一人だ!』

(…え!?そうなの!?)

 

霊使は唐突に優勝候補であることを知らされた形になった。当然そんなものになっているとは思いもしていなかったので霊使は思い切り困惑している。

だが傍から見てみればそうなるのも当然だろう。

一回戦で対戦した結は【イビルツイン】という高展開力を持つデッキ。当然並みのデッキでは歯が立たない事だろう。良くて【キスキル・リィラ】による鏖殺、悪ければ【トラブル・サニー】さえ抜けずにそのまま押し切られるなんてこともあり得るだろう。当然霊使のデッキはそこまで展開力があるわけでは無い。

正確に言うと展開はほとんど【教導(ドラグマ)の聖女エクレシア】に頼っているのだ。当然【Evil★Twinリィラ】の効果でエクレシアを粉砕されればそこで展開は止まってしまう。

それを力で押して何とかしてしまったのだ。期待がかかるのも当然と言えた。

 

(…あれだけ大暴れしておいて優勝候補じゃないは…ないでしょ。)

(ウィンの正論が痛い。そしてこの歓声が俺の胃を苛む…!)

 

ウィンにも当然と断じられてしまえば霊使にとってそれは受け入れないといけない。

いつもは霊使の意見に賛成を示すことの多いウィンでさえ「そう」感じているのだから、他の全員も「そう」思っているのは当然であると言えた。

 

「…さて、と。軽いファンサービスでもしますか。」

 

自分はただただ金のためにこの大会に来たのだが―――ここまで期待されてはそれを棒に振るのもいかがなものか、と思ってしまう。

ならば、その期待に応えよう。

霊使は右腕を天に掲げて入場。未だ相手のいないデュエルフィールドの前に立つ。

 

『対するはァーっ!無限に増殖するかよ見紛うような圧倒的な展開力!昆虫―――いやもはやGデッキと言っても過言ではないデッキを使いこなし、相手に悪夢を見せて来た!五木諷利(いつきふうり)選手だァーっ!』

 

霊使と向き合うような形で入場してきたのは、少しばかり目に隈を作っている男。その白い髪は無造作に伸びていて、彼が着ているくたびれたジャケットコートに何故かよく似合っていた。

 

『彼の持ち味は【G・ボールパーク】によるバトルフェイズ中での追撃!フィールドはG軍団に埋め尽くされる!切り札は【G・ボールパーク】と、【G戦隊 シャインブラック】!速攻のG軍団は英雄の喉元を食い破るかァッ!?』

 

諷利はゆっくりとデュエルフィールドの前に立つ。

健康状態が少し気になるやせこけた頬とは裏腹に、その目は確かにデュエリストの目だった。

霊使の胸元にある勝利をつかみ取ろうとする視線は否応なく、霊使の本能を刺激する。

口の端がめくれ上がっていくのが分かる。きっと今、自分はとんでもない顔をしているんだろう。

 

「多くを語る必要はなさそうだね。…じゃ、始めようか。」

「…はい。」

 

諷利は今の自分の顔を見て一体何を思っているのだろうか。

―――そんな事はどうだっていいのだ。霊使はもうデュエルの事しか考えていない。

だってそうだろう。こんなに強い相手と純粋なデュエルができるのだから。

 

「…先攻は僕だ。」

(手札は―――【憑依覚醒】、【憑依連携】、【天底の使徒】、【大霊術-「一輪」】、【精霊術の使い手】…。大事故だこれぇ!?)

(これが俗にいう「一面のクソ緑」ってやつか?)

(ダルク!?頭身は縮んでないよな!?)

 

『さあ互いに準備が整ったァ!先攻は諷利選手から!それでは決闘(デュエル)開始ィィィィッ!』

 

手札が一面の魔法()に染まっている。これでは草を生やそうにも生やせないし、そもそも笑いすら出てこない。悲惨を通り込した何かに直面した結は心の中で涙を流した。ダルクに関しては二頭身くらいの大きさになってそうなせりふを吐く。それは、それだけ大ピンチという裏返しでもあるのだが。

だが、デュエルというものはいつだって無常だ。霊使の大事故な手札を余所に簡単に始まってしまうのだから。

こうして霊使にとっての地獄の一ターン目が幕を開けた。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

諷利は正直に言って困っていた。

確かにデュエルモンスターズは先行が有利とされている。何故なら後攻ならば相手に妨害を大量に押し付けることができるからだ。

だが、諷利のデッキは主にメインフェイズ2に動くデッキ。当然メインフェイズ1では動くことさえままならない。だが先攻一ターン目では動くことさえままならない。

 

(…とはいったものの。どうするか…。)

 

相手の少年―――四遊霊使の顔色を見るにどうやら余り良い手札ではなかったようだ。

僅かにではあるが、顔色が蒼くなった。

どうやら見たところ相当に手札が事故を起こしているらしい。今までの決闘でも彼の初動は魔法カードばかりだった。その事から察するにどうやら初動札を引き込むことが出来なかったようだ、と諷利は結論付けた。

 

(こっちも似たようなものなんだけどね…。)

 

ちなみにそれは諷利自身も似たようなものである。少なくとも手札にモンスターがあるだけましだが。

それでも正直に言うとそこまで良い手札ではないのは事実だ。

 

「私は手札から【竜咬蟲(ドラゴンバイト)】を召喚。召喚成功時の効果で手札から昆虫族モンスター一体を召喚できる。手札から【カマキラー】を召喚。更に【竜咬蟲】の効果発動。手札の【共振虫(レゾナンス・インセクト)】を除外してそのレベル分【竜咬蟲】のレベルを上げる。【共振虫】のレベルは4だから【竜咬蟲】のレベルは4上昇して8になる。更に除外された【共振虫】の効果発動。私はデッキから【共振虫】以外の昆虫族モンスター一体―――今回は【ゴキポール】を墓地に送るよ。」

 

―――本来ならばここで【共振虫】を手札から直接除外するのは大きな手札の損失になる。除外して効果を発動できるという利点は手札では同時に手札を一枚減らすという行為になるのだ。

それは一枚でも多くの手札を確保したい諷利にとっては大きな損失だった。特に霊使のようなデッキが相手では特に。

それに加えてもしかしたら今、彼は手札に【教導(ドラグマ)】カードを握っているのかもしれない。もしそうなら今ここでEXデッキからモンスターを出すわけにはいかないのだ。だが、当然のことながら諷利のデッキも相当EXデッキに依存している。強化された霊使い達を撃破するには当然EXデッキからモンスターを出さなければならない。

 

(でも、そうするとドラグマが…。そう躊躇わせるのも戦術の一つに組み込んでいるのかな?…そうだとしたら…君は、大した奴だよ。人の思考まで戦術に組み込むなんて。)

 

これは当然、諷利の深読みのし過ぎである。

だがどのみち動かなければ足掻くことさえ許されないのだ。ならば動いて後悔をした方がいい―――という所で気が付いた。

そう言えばドラグマモンスターの召喚条件は「EXデッキから特殊召喚されたモンスターがフィールドに存在する」ことだ。ならば彼が使う【I:Pマスカレーナ】も召喚条件を達成できるわけだ。

 

(うーわ。ここまでの思考全部無駄になったよ。―――深読みしすぎたな、これ。)

 

諷利はそう考えながら―――自分が相当長考していたらしいことに気付く。

慌てて自分のフィールドにあるモンスターと、墓地にあるモンスターの状態を確認した。どうやら今は【ゴキポール】の効果を待機している状態だったようだ。

 

「よし、私は墓地に送られた【ゴキポール】の効果発動!デッキからレベル4の昆虫族モンスター―――【ゴキボール】を手札に加えるよ。更にこの効果で手札に加えたモンスターが通常モンスターならそのカードを特殊召喚してそのカード以上の攻撃力を持つモンスター一体を破壊できる。…今回は【ゴキボール】を守備表示で特殊召喚するよ。で、モンスター破壊効果の方は使わないよ。」

 

諷利は次のターンに備えて守備を整えることにした。守備表示なら破壊されてもダメージは受けない。

それに攻撃手段なら一つぐらいはある。

 

「そして私はレベル4の【カマキラー】にレベル8の【竜咬蟲】をチューニング!シンクロ召喚!レベル12【B・F-決戦のビッグ・バリスタ】!」

 

そう、これが諷利を支えてくれる高攻撃力カード。その名も【B・F-決戦のビッグ・バリスタ】。先攻一ターン目には弱体化効果は何一つ使えないが、それでも攻撃力3000は非常に高く頼りになる。

しかもこのモンスターはシンクロ素材の縛りがゆるゆるである為序盤から終盤にかけて腐ることの無いカードでもある。

 

「私はカードを一枚せてターンエンド。」

 

諷利 LP8000 手札1枚

モンスターゾーン B・F 決戦のビッグ・バリスタ

         ゴキボール(守備表示)

魔法・罠ゾーン 伏せ×1

 

(…これで様子見、かな?)

 

攻撃力3000のモンスターに加えて伏せカード一枚。鉄壁というには程遠いが、それでも多少は攻撃を遅らせるだけの布陣ではある。―――諷利は霊使が予想以上の予想通りを見せてくれることをまだ知らない。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

(むしぃぃぃぃぃ!)

(エリア、ステイ。)

(無理ィィィ!)

 

霊使の頭の中ではギャン泣きするエリアの声が響いていた。確かに彼女は虫―――特にゴキブリが大の苦手で、以前ゴキブリがエリアに向かって飛翔しただけで気絶したくらいだ。当然【ゴキボール】がエリアにとって最も苦手なモンスターであった。

それなのにである。

 

「俺のターン。…ドロー。」

(…あ。)

(…あ。)

 

彼女は後攻一回目のドローで手札に来てしまった。しかも手札は軒並み魔法なため、当然、エリアは真っ先にフィールドに出て貰う事になる。

 

(…出したら呪い殺すよ?)

 

余りの恐怖から若干他人の空似な儀式屋(エリアル)が憑依したかのような声音になるエリア。だが、当然手札にはエリアをはじめとする霊使い達用の魔法【大霊術-「一輪」】と、【憑依覚醒】があるわけで、相手の手札が【灰流うらら】であることも考えられる以上霊使は最初にエリアを出さざるを得ない。

更に、伏せカードによってはだが、相手がこれ以上の展開をしてくることも考えられる。

 

「…フィールド魔法【大霊術-「一輪」】発動。更に手札から【憑依覚醒】発動。」

 

つまりは、だ。

今どうしてもエリアを出さなければここでこのデュエルは終了してしまう、という事だ。

だから、霊使は心を鬼にすることを決めた。

 

(本当にやめてください。お願いします。)

(うん――――)

 

「俺は手札から【憑依装着-エリア】を召喚!」

(無理!)

「うわぁあぁぁぁぁああん!」

 

絶叫を上げながらフィールドに出ざるを得ないエリア。

申し訳なさそうに手を合わせる霊使と思った以上にビビっていることに少し気分を悪くしてしまう諷利。

今、両者の間に流れる時間は完全に停止した。

絶叫を上げたエリアは思わず顔を真っ赤にして多い、霊使はデュエル途中であるのにもかかわらず土下座をかます。

 

「ほんっとうにごめん。」

「…あ、あははは…。」

 

未だに諷利と霊使の間に流れる時間は停止したままだ。

デュエルに勝つためには時に非情にならなければならない。自分が最も信ずるモンスターを破壊したり、手札コストにしたり、それこそ、自身の手で除外したり。

今がその時だっただけの事。

ただ霊使の心は思ったよりも十数倍大きなダメージを追う事になったのは別の話だ。

 

「…【憑依覚醒】の効果発動。デッキから一枚ドローさせてもらう。」

「その効果に対して【灰流うらら】の効果を発動するよ。」

 

互いに今の間に起こったことは無かったことにしてデュエルを進めることにした。奇妙な偶然が重なってああなったのだから、「間が悪すぎた」と考えることにしたのだ。

 

「うららの効果は【大霊術-「一輪」】の効果で無効になる。当然一枚ドローだ。…速攻魔法【精霊術の使い手】発動。今引いた【憑依装着-ダルク】をコストにデッキから【憑依覚醒】をフィールドに伏せて【憑依装着-アウス】を手札に。更に【大霊術-「一輪」】の効果発動。【憑依装着-アウス】をデッキに戻して【デーモン・イーター】をデッキから手札に。そしてセットカードの【憑依覚醒】を発動。」

 

霊使は【憑依覚醒】によるワンドローから流れを掴まんと一気に動き出す。

【憑依覚醒】で引いたカードがモンスターだからこそこんな大胆に動けるのだ。だからこのターンで吐き切るつもりで霊使はプレイを進めていく。

 

「そして手札の【デーモン・イーター】は魔法使い族モンスターが居る場合手札から特殊召喚ができる。更にフィールド上の魔法使い族とレベル4以下の地属性モンスター^―――【憑依装着-エリア】と【デーモン・イーター】をリリースしてデッキから【憑依覚醒-デーモン・リーパー】を特殊召喚。【憑依覚醒-デーモン・リーパー】の効果で墓地より【憑依装着-ダルク】を召喚。」

 

丁度墓地に別属性の【憑依装着-ダルク】が存在したため【デーモン・リーパー】の効果でダルクを蘇生する事にした。こうした方がエリアの精神的ダメージははるかに低く済むからだ。

 

「バトル!【憑依装着-ダルク】で【ゴキボール】を攻撃!」

「破壊される。」

「【憑依覚醒-デーモン・リーパー】で【B・F‐ 決戦のビッグ・バリスタ】を破壊!」

「それももらおう。だが【ビッグ・バリスタ】が相手によって破壊されたため除外されていた【共振虫】を守備表示で特殊召喚するよ。」

 

諷利 LP8000→7800

 

僅か200とは言え、ライフアドバンテージを奪う事が出来た。

その後霊使はいつも通りに【憑依装着‐ダルク】と【憑依覚醒-デーモン・リーパー】で【I:Pマスカレーナ】をリンク召喚。【憑依解放】を手札に加えつつ【天底の使徒】で【灰燼竜バスタード】を墓地に送り【教導の聖女エクレシア】をサーチ。そのまま【エクレシア】自身の効果で【エクレシア】を特殊召喚し、さらに効果で【ドラグマ・パニッシュメント】をサーチ。最後にカードを三枚伏せてターンエンドを宣言。エンドフェイズ時に【灰燼竜バスタード】の効果で【教導の騎士フルルドリス】をサーチしてターンエンドを宣言した。

 

霊使 LP8000 手札1枚

EXモンスターゾーン(右) I:Pマスカレーナ

モンスターゾーン     教導の聖女エクレシア

魔法・罠ゾーン      憑依覚醒×2

             伏せ×3(憑依連携、憑依解放、ドラグマ・パニッシュメント)

 

霊使はこの展開にいままの中で一番の手ごたえを感じていた。だが、霊使はまだ知らない。

昆虫軍団はこれから動き出すという事を、まだ知らない。   




登場人物紹介

・霊使
出したら回るけど出さなかったら負け確定。
だからエリアを出さざるを得なかった。エリアの蟲の苦手っぷりは知っているので悪い事したなと思っている。

・エリア
内心びくびく。
霊使にそのうち絶対に意識させてやると思った。

・諷利
ええ…?そんなに引く?

元気な子が怖いものの目の前に出されて涙ぐみながら立ち向かうのいいよね…
次回もお楽しみに


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準決勝:絶対昆虫戦線 その②

霊使 LP8000 手札一枚

EXモンスターゾーン I:Pマスカレーナ

モンスターゾーン  教導の聖女 エクレシア

魔法・罠ゾーン   憑依覚醒×2

          伏せ×3(憑依連携、憑依解放、ドラグマ・パニッシュメント)

 

諷利 LP7800 手札一枚

モンスターゾーン 共振虫

魔法・罠ゾーン  伏せ×1

 

これで大丈夫だろうと安心しようとしていたらとてつもなく不利な盤面を形成されてターンを返された諷利。油断だとかはしていなかったし、やるところまではやってなおこの様であるのでここまでくると単純に相手の方が上手だったと考えざるを得ない。

 

「私のターン。…ドロー。魔法カード【サイクロン】発動。とりあえず【憑依覚醒】を一枚破壊。」

「…分かった。」

 

そのカード効果自体は通してくれたようで攻撃力のラインはそれなりに戻った。なら、後はここでどう押しきるかを考えるだけだ。

 

「私は手札から【強欲で貪欲な壺】発動・効果でデッキの上から10枚除外して二枚ドローする。…さらに魔法カード【貪欲な壺】発動。効果で墓地の【ビッグ・バリスタ】、【ゴキポール】、【ゴキボール】、【カマキラー】、【竜咬蟲】の五体をデッキに戻して二枚ドロー。」

 

今の相手の手札はついさっきサーチしていた【教導の騎士フルルドリス】一枚のみ。しかし、【フルルドリス】は相手のターン中にも特殊召喚できる【ドラグマ】カード。しかも他のドラグマカードが存在するのならばモンスターの効果まで無効にしてくる厄介極まりないカードでもある。

これの何がひどいのかというともし【死者蘇生】などでパクられたとしても攻撃するたび攻撃力が500上昇するだけの準バニラになってしまうという点だ。

【フルルドリス】を扱うにはきっちりとデッキの動きを邪魔しない様に構築を考えなければならない。

複数のカテゴリを合わせる場合は特にそれが顕著だ。彼は【憑依】を主軸において魔法使い族の低級モンスターが多い【ドラグマ】や【フェアリーテイル】と組み合わせたデッキを駆使するが、それはきっと多くの試行を重ねて生まれたものなのだろう。

少なくとも、「完成度」という観点で見れば非常に高いものなのではなかろうか。―――ただこのデッキの弱点としてはやはり【憑依装着】モンスターのカードパワー不足が見て取れる。

 

「私は伏せカード【メタバース】を発動。デッキからフィールド魔法【G・ボールパーク】を発動するよ。」

「了解だ。」

 

いくらカード間のシナジーが強いとはいえ、一枚のカードパワーが低いというならば突き崩すのは容易だ。だから、それを容易に行わせない為にいっそ過剰と言えるくらいには妨害が存在する。

流石にここまで妨害を張られると突破する事さえ厳しい。

 

「私は手札から【ゴキポール】を召喚。…魔法カード【一族の結束】発動。」

「その発動にチェーンして罠発動【憑依連携】。俺は墓地から【憑依装着-エリア】を召喚して…【G・ボールパーク】を破壊する。その後【憑依覚醒】の効果でデッキから一枚ドロー。」

 

当然の権利を行使するように霊使は自らの戦術の核を狙い撃ちにしてくる。当然、【G・ボールパーク】を守るカードや、【G・ボールパーク】本体に耐性などは存在しない為エリアの召喚によって呼応するように消し飛ぶ。

当然召喚によるドローも許してしまうが、別にそこは関係ない。もとより諷利はそれを狙ってモンスターを召喚しているわけでは無いのだ。

 

「…私は二枚目の【G・ボールパーク】を発動。…バトルだ。…何か発動するかい?」

「…発動しない。」

 

伏せカードの内の一枚は言うまでもなく【ドラグマ・パニッシュメント】だろう。だがそのカードの効果を発動しなかったのは相手の明確なプレイミスだ。

確かに攻撃力が低めの【ゴキポール】しか場に無い諷利。おまけに墓地に昆虫族モンスターは存在しない為、当然【一族の結束】の効果は適用されていない。【憑依覚醒】が場にある限り、攻撃力1000のゴキポールの攻撃は行わない。ならもっと強いモンスターに対して【ドラグマ・パニッシュメント】を使うべきだと考えたのだろう。

 

「…バトル。私は攻撃力2750の【憑依装着―エリア】に【ゴキポール】で攻撃!」

「―――なッ!?」

 

だがその判断を下した時点で霊使は諷利の戦術に沈み込むことになる。

例え一ターンに一度効果を無効にできる優秀なフィールド魔法があったとしても、だ。

攻撃を通すという事はそれ即ち、昆虫軍団を呼ぶという事。

 

「この瞬間【G・ボールパーク】の効果発動!この戦闘により発生する互いへの戦闘ダメージを0にしてデッキからレベル4以下の昆虫族モンスターを墓地に送る。この効果で通常モンスターを墓地に送った場合手札、デッキ、墓地からそのカードと同名のモンスターを任意の枚数特殊召喚できる!」

「―――ちょっと待って!?」

「さあ、戦闘だ!【ゴキポール】と【憑依装着―エリア】による戦闘ダメージはゼロに!更にデッキから【G戦隊 シャインブラック】を墓地に送り、デッキと墓地から【G戦隊 シャインブラック】計三体を特殊召喚!更に【ゴキポール】の効果発動!このカードが墓地に送られたとき―――」

「その効果は【大霊術-「一輪」】で無効に!」

 

既に【ゴキポール】の効果はおまけと割り切っている。今の諷利の場には攻撃力2000の【G戦隊 シャインブラック】が三体存在しているのだ。展開するにしても便利、追撃を賭けるのにも便利、とやりたい放題できるのは「通常モンスター」という縛りがある故か。

ちなみに【G・ボールパーク】は展開する力こそあれ、妨害には無力なためうらら一枚で止まったりもする。

だがそうなったらそうなったでまた別の手段でも取ればいいのだ。

 

「…【ゴキポール】の効果は止められるけれど…()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ね?」

「止められない…か。」

「その通り。【一族の結束】の効果で攻撃力は2800に上昇している。…果たして君にこれが止められるかな?」

「…無理だけど…抵抗はさせてもらう。」

 

今の霊使のフィールド上の最大の攻撃力は2750。一方、諷利のフィールドには【一族の結束】の効果で攻撃力が上昇した【G戦隊 シャインブラック】が三体。相手のフィールドに壊滅的な被害をもたらすこともできるだろう。

それほどまでに今の諷利にはこの状況が整って見えた。

 

「さあ、バトルだ!まずは【I:Pマスカレーナ】を攻撃!」

「…その瞬間罠発動!【ドラグマ・パニッシュメント】!…俺は墓地に【ヴァレルロード・ドラゴン】を送って今攻撃している【G戦隊 シャインブラック】を破壊!」

(…対してうまみもないのに【ドラグマ・パニッシュメント】を発動…、か。これは勝負をかけてきたのかな?)

 

「勝負を仕掛けてきた」。

その考えはおおよそ間違ったものではない。だが、諷利は心の何処かで侮っていたのかもしれない。

四遊霊使という男は常に逆転の一手を引き当てているという事の重大さを。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

霊使は焦っているかどうかと聞かれればすぐに「NO」と答えることができるだろう。

確かに【ドラグマ・パニッシュメント】によって得たアドバンテージよりもそれによってもたらされたディスアドの方が多いのは事実だ。なにせ霊使は【ドラグマ・パニッシュメント】に加えて【ヴァレルロード・ドラゴン】も失ったのだから。

カードの交換だけで見るならば霊使二枚:諷利一枚の圧倒的ディスアドだ。

だが霊使には何が何でもモンスターを一体場に残すという状況を作る事が必要だった。

 

「…続けて【I:Pマスカレーナ】を攻撃!」

「…攻撃力1700の【I:Pマスカレーナ】は破壊される。」

 

霊使 LP8000→6900

 

「更に、【G戦隊 シャインブラック】で攻撃!対象は【教導の聖女エクレシア】!」

「攻撃宣言時に永続罠【憑依解放】を発動!―――その後【エクレシア】は破壊される。2100のエクレシアが破壊されたから俺には700のダメージが入る。」

 

霊使 LP6900→6200

 

フィールドでは攻撃を喰らって吹っ飛ばされたマスカレーナとエクレシアが何故か爆散していた。霊使はその爆発の衝撃をその身に受けながら、今の状況について考える。

諷利は今この状態で押し切らないと何かがまずいという事を何となくで察していたのだろう。

それを見ぬいたからこそ、霊使はディスアド覚悟で【ドラグマ・パニッシュメント】をぶっ放す事が出来た。

実のところを言うと霊使は少しばかり油断していた。何故なら霊使の場には多くの妨害用のカードが揃っていたからだ。【ドラグマ・パニッシュメント】や【憑依連携】、【大霊術-「一輪」】に【教導の騎士フルルドリス】―――多くの妨害を抱えていたからこそ、油断してしまったのだ。「どうにかなるだろう」、と。

確かに【ゴキポール】の効果は【大霊術-「一輪」】で無効にできた。だが、それはただ【一族の結束】の効果を使うためだけの布石だったのだ。

それを見切れなかった時点で、霊使は戦略的には既に敗北している。

だからと言ってデュエルにまで負けてやるつもりはさらさらなかった。

 

「俺のフィールドのモンスターが破壊されたこの瞬間永続罠【憑依解放】の効果発動!俺のフィールドのモンスターが破壊されたときデッキから元々の守備力が1500で、破壊されたモンスターと元々の属性が違うモンスター一体を表側攻撃表示か裏側守備表示で特殊召喚することができる!」

 

まずは霊使はすぐにフィールドの立て直しを図った。これ以上の追撃はこないというタイミングで発動した【憑依解放】は最高の働きをしてくれる。この状況で霊使が最優先で行う事はただ一つだ。

 

「この効果で俺はデッキから【憑依装着―ウィン】を召喚!」

「…ターンエンド。」

 

諷利 LP7950 手札0枚

フィールド   G戦隊 シャインブラック×2

フィールド魔法 G・ボールパーク

魔法・罠ゾーン 一族の結束

 

諷利は特にその後の行動を起こすことなくターンエンドした。だが手札もゼロ枚、伏せもゼロ枚で何かができると言われれば否だろう。

ピンチの痕にはチャンスが待っている―――、その事を実感した霊使の目に熱い闘志が宿る。

心が叫ぶままにデッキの一番上のカードに手を添えればそのカードは確かな熱を持っていた。

 

「感じる!」

 

霊使の心臓の鼓動を指を通して感じているのか、それともそのカードが霊使の魂の鼓動に共鳴しているのか。

そのカードからは確かに熱く燃えるような魂の鼓動を感じ取れた。

 

「さあ、反撃の時間だぜ!俺の、タァアァァアアァンッ!」

 

決着はもう、すぐそこにまで迫っていた。




登場人物紹介

・霊使
ディスアドなんて目じゃねぇ!

・諷利
コイツ…(ディスアド覚悟で)動くぞ…!


嘘予告
某KONMAI 「ティアラメンツ!?規制されたんじゃ…?」
ルルカロス「残念でしたね。トリックですよ。」

やめて!手も足も牙ももがれたのに環境に喰らい付いていたらさらに厳しい規制が課されちゃう!お願い、もうこれ以上暴れないでティアラメンツ!ここで大人しくなればきっと規制をすり抜けることだってできるんだから!次回「ティアラメンツ死す(完全禁止
)
」!デュエルスタンバイ!

VS(ヴァンキッシュソウル)パンテーラによって性癖がねじ曲がった友人が発生したので初投稿です。次回もお楽しみに。
次回もお楽しみに。


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準決勝:最大級の攻撃力

霊使 手札2→3枚 LP6200

モンスターゾーン 憑依装着-エリア

         憑依装着-ウィン

フィールド魔法  大霊術-「一輪」

魔法・罠ゾーン  憑依覚醒

         憑依解放

 

諷利 LP7950 手札0枚

モンスターゾーン G戦隊 シャインブラック×2

フィールド魔法  G・ボールパーク

魔法・罠ゾーン  一族の結束

 

 

「さあ、反撃と行こうかぁ!」

 

霊使は今引いたカードを確認して、「決着はこのターン内につける」という事を覚悟した。未だに後攻2ターン目という状況ではあるがここで決着を付けられるのであればそれにこしたことは無いと考えていたからだ。

 

「俺は墓地の【憑依連携】の効果発動!このカードを除外して二枚目の【憑依覚醒】を表側のままフィールドに!更に手札から速攻魔法【精霊術の使い手】発動!手札の【教導の騎士フルルドリス】をコストに三枚目の【憑依覚醒】と【憑依装着-ヒータ】を手札に。そのままセットカード【憑依覚醒】を発動!」

 

霊使は手札の【教導の騎士フルルドリス】をコストに【精霊術の使い手】を発動。

フルルドリスの攻撃力は2500とエース級だ。それをコストにするという事の意味を諷利は理解することは出来なかった。少なくとも霊使のデッキでは再利用する手はないだろう、

 

「…三枚、連続…?でもいいのかい?君にとって【教導の騎士フルルドリス】は―――」

「【ドラグマ・パニッシュメント】は発動後、次の自分ターンの終了時までEXデッキからモンスターを召喚することはできない。互いにエクストラのモンスターが居ない今…【フルルドリス】はどうあっても特殊召喚できない。」

「―――なるほど。なら手札コストにした方がいい、と。」

 

だが霊使のフィールドにも諷利のフィールドにもEXデッキから召喚されたモンスターは存在していない。つまり特殊召喚条件を満たすことはできない。更に言うなら【フルルドリス】をアドバンス召喚して得られるリターンは全くない。この状況においてはモンスター二体のリリースそのものがリスクと言えた。

 

「…永続魔法【妖精の伝姫】発動。更に【憑依装着-アウス】を召喚!攻撃力1850のモンスターが登場したことで【憑依覚醒】の効果が発動。デッキから一枚ドロー。…【妖精の伝姫】の効果で手札から【憑依装着-ヒータ】を召喚。」

 

霊使はとうとう自分フィールド上に4属性の霊使い達を揃えることに成功した。EXデッキから特殊召喚出来ないのであればデッキから引っ張ればいい。

おかげ霊使のフィールドのモンスターの攻撃力は全て4×300×3、つまりは3600上昇している。当然、よっぽどの事があっても相手ライフを簡単に消し炭にできる程度の攻撃力だ。

 

「…確認いいかな?それ、プレイヤーにダイレクトアタックできない、なんて誓約は…?」

「あるわけが無い。さあ、攻撃力5450の霊使い達の一撃を受けて見よ!」

「…控えめに言って消し炭にならない?」

 

諷利は心配そうに霊使に問いかける。

何故なら今のウィン達はデュエルモンスターズ最大の攻撃力を持つ【F・G・D】の攻撃力を上回っている状態だ。今のウィン達なら覇王龍だろうと、メテオニスだろうと、青眼の究極龍だろうと敵ではない。

 

「さあ、総攻撃だ!まずは【ヒータ】で【G戦隊 シャインブラック】を攻撃!ダメージ計算時【憑依解放】の効果発動!攻撃力800上昇!」

 

すぐに決着は着くだろう。

相手がこのターン【G・ボールパーク】の効果を使ったところでこの盤面を崩すのは不可能に等しい。

だがそれでも「万が一」があるかもしれない。

デュエルはいつでも簡単に状況がひっくりかえる。それは霊使自身も身を以て味わったことだ。

 

「…まだだ…!この瞬間【G・ボールパーク】の効果発動!この戦闘で発生するダメージを0にしてデッキから【ゴキボール】を墓地に送り、デッキ、墓地より【ゴキボール】を三体守備表示で召喚!」

「…【憑依装着-アウス】で【G戦隊 シャインブラック】を攻撃!ダメージ計算時に【憑依解放】の効果を発動!【憑依装着-アウス】の攻撃力はさらに800上昇する!攻撃力は驚異の6250!!!」

 

諷利 LP7950→4500

 

だから当然油断することは無い。

一気にライフアドバンテージを取り戻しても、それ以上に取り返されるかもしれない、という感覚が霊使に油断を許さなかった。

相手は一瞬の隙を突けるような強者であると知っている。

ならば最後まで手を緩めない。それが流儀だ。

 

「…さらにウィンとエリアで守備表示の【ゴキボール】を攻撃。…ターンエンド。」

 

霊使 LP6200 手札0枚

モンスターゾーン 憑依装着-ヒータ

         憑依装着-エリア

         憑依装着-アウス

         憑依装着-ウィン

フィールド魔法  大霊術-「一輪」

魔法・罠ゾーン  憑依覚醒×3

         憑依解放

 

このターンで決着を付けたかった霊使。だがそれは【G・ボールパーク】の効果によって呼び寄せられた昆虫軍団によってそれは阻まれた。

だが墓地のカードから鑑みるに【G・ボールパーク】の効果を使用できるのは恐らく一回から二回程度が限度と考えている。

 

(…相手が【カマキラー】を墓地に送ったらあとは全部効果モンスター…か。)

 

そう考える理由はいくつかある。その内の一つは【ゴキポール】や【竜咬蟲】、【共振虫】といったモンスターを使用するにあたってそこまで多くの昆虫族通常モンスターを入れるかというものであった。

【G・ボールパーク】の効果を生かすなら昆虫族の通常モンスターは当然デッキに三枚採用するはずだ。だが、諷利のデッキは当然それ以外のカードも多く入れている。余りにも昆虫族通常モンスターが多いとデッキの動きに支障をきたすだろう。

 

「私のターン。ドロー…。【ゴキボール】を攻撃表示にしてバトルフェイズ!【ゴキボール】で【憑依装着-ウィン】を攻撃!」

 

諷利は最後の一体の【ゴキボール】を攻撃表示に変更。そのままウィンに攻撃を仕掛ける。

だが、それは当然の如くウィンの風に阻まれる。

 

「当然【G・ボールパーク】の効果発動!この戦闘ダメージで発生するダメージを0にしてデッキから【カマキラー】を墓地に送る!当然デッキ、墓地から【カマキラー】を守備表示で増殖!…これでバトルフェイズは終了。」

 

未だに諷利の【G・ボールパーク】を猛威を振るっている。いくら破壊してもいくら破壊しても終わりの見えない昆虫族のモンスターたち。なるほど「昆虫軍団」というのは確からしい。

これで【カマキラー】が三体揃う事になる。守備表示で召喚されたことから少なくともまだ終わらせるつもりはないらしい。

 

「メインフェイズ2。…私は【カマキラー】二体でリンク召喚!【甲虫装機(インゼクター) ピコファレーナ】!リンク召喚成功時手札一枚をコストに効果発動!」

「【大霊術-「一輪」】の効果で強制的に無効化!」

「【甲虫装機 ピコファレーナ】は無効にされる…。けど【ピコファレーナ】第二の効果発動!私は墓地の【ゴキボール】、【カマキラー】、【G戦隊 シャインブラック】の三枚をデッキに戻して一枚ドロー!」

 

この状態で【ピコファレーナ】の効果でデッキに戻したという事はそう言う事なのだろう。

霊使はこれで【カマキラー】、【シャインブラック】、【ゴキボール】の三種が諷利のデッキに採用されている昆虫族通常モンスターであることを理解した。

 

(…これは厄介、極まりないね。)

 

それと同時のこのデッキの本質はもはや「永久」と言っても差し支えないものだと理解する。

【貪欲な壺】や【ピコファレーナ】で墓地の昆虫族通常モンスターを戻され続ける限り【G・ボールパーク】の効果で呼ばれるモンスターは途切れることは無い。

 

(…どうするの?)

(…次のターンでモンスターを引くしかない。もしくは【ハーピィの羽箒】か、【憑依連携】を引けばいい。とにかく【G・ボールパーク】をどうにかすればいいんだから。)

 

ウィンがどうするべきなのかを聞いてきた。

それに関しては単純だ。迎撃姿勢が整う前に相手のモンスターを全てを破壊しきればいい。

もしくは相手の戦術の核である【G・ボールパーク】を粉砕すればいい。

 

「…私はこれでターンエンド。」

 

諷利 LP4500 手札一枚

EXモンスターゾーン 甲虫装機ピコファレーナ

モンスターゾーン  カマキラー

フィールド魔法   G・ボールパーク

 

ターンエンドで再び霊使のターンが回ってくる。一体いつになったら終わるのか分からないこのデュエル。

だがそれでも確実に、霊使は勝利へ歩を進めなければならない。

結に勝ってこいと言われたから。それを仲間に言われたからには勝つ。否、勝たなければならない。

相変わらず、デッキの一番上のカードに熱を感じる。

 

「俺のターン、ドロー!…!!」

 

霊使はこの瞬間に完全にこの「熱」を理解した。

これはどういう理屈かは知らないが「自分がいま最も欲しいカード」に「熱」を感じる現象のようだ。

どうやら霊使は感覚が鋭敏になったらしく、そういう「感覚」が身に付いたらしい。

 

「…!?」

 

一方の諷利はたった今霊使が引いたカードが光を放っていたかのように見えた。

まるでカード自身が霊使を導く光になろうとしているのか、別の何かかは知らないが。

少なくとも諷利には「カードと心を通わしている」ように見えた。

 

「俺は、手札から【憑依装着-ライナ】を召喚!【憑依覚醒】の効果でデッキから一枚ドロー!カードを一枚伏せる。…バトル!【憑依装着-ウィン】で【甲虫装機ピコファレーナ】を攻撃!」

「…この瞬間【G・ボールパーク】の効果発動!デッキから【ゴキボール】を墓地に送り【ゴキボール】を特殊召喚!守備表示!!」

 

霊使は当然【甲虫装機ピコファレーナ】を攻撃、破壊に成功する。しかし、もう何度目かの【G・ボールパーク】の効果によって完全にダメージを打ち消されてしまう。

しかも再び三体の【ゴキボール】が特殊召喚された。しかし、今の霊使のフィールドにはピッタリ五体のモンスターが存在している。おかげで全ての守備表示モンスターの撃破に成功。

そのごメインフェイズ2に霊使は【灼熱の火霊使いヒータ】を【憑依装着-エリア】と【憑依装着-ヒータ】でリンク召喚。メインモンスターゾーンを二枠開けてのターンエンドを選択した。

 

霊使 LP6200 手札0枚

EXモンスターゾーン 灼熱の火霊使いヒータ

モンスターゾーン  憑依装着-ウィン 

          憑依装着-アウス

          憑依装着-ライナ

フィールド魔法   大霊術-「一輪」

魔法・罠ゾーン   憑依覚醒×3

          憑依解放 

          伏せ×1

 

霊使は諷利の場のモンスター全てを破壊することに成功した。

だが、諷利がここで昆虫族のモンスターを引けばすべては元の木阿弥だ。そうすると延々と耐久されてデッキ切れという負けの目が見えてくる。

 

「私のターン。…ドロー。私は手札の【共振虫】を召喚!」

「…くそっ…!罠発動!【憑依連携】!墓地の【憑依装着‐ダルク】を蘇生してさらに効果で【G・ボールパーク】を破壊する!―――その後【憑依覚醒】の効果で一枚ドロー。」

 

召喚を見た霊使は即座に【憑依連携】を発動し、【G・ボールパーク】の破壊を選択。

そうすることで【G・ボールパーク】による展開をこれ以上させないという選択を取れる。

そのはずだった。

 

「それは織り込み済みだよ。最初から…ね。私は手札からフィールド魔法【G・ボールパーク】を発動!」

「…げぇッ!二枚目!」

「そうさ!このまま【共振虫】で攻撃!ダメージ計算時【G・ボールパーク】の効果発動!その戦闘で発生するダメージをゼロにしてデッキから【G戦隊 シャインブラック】を墓地に!そのまま墓地から【G戦隊 シャインブラック】三体を蘇生!」

 

しかし諷利は手札に二枚目の【G・ボールパーク】を抱えていた。恐らくは【ピコファレーナ】の効果でドローした物だろう。

―――これではらちが明かない。

 

(…【G・ボールパーク】の効果さえなんとかなれば…。)

 

諷利は再び【ピコファレーナ】を召喚。効果で【シャインブラック】、【ゴキボール】、【ピコファレーナ】を戻しつつ一枚ドロー。

その後カードを伏せてターンエンドを宣言した。

 

諷利 LP4500 手札0枚

EXモンスターゾーン 甲虫装機ピコファレーナ

モンスターゾーン  G戦隊 シャインブラック

フィールド魔法   G・ボールパーク

魔法・罠ゾーン   伏せ×1

 

(…考えろ。【G・ボールパーク】は戦闘で発生するダメージを0にして…ん?()()()()()()()()()()()…?)

 

霊使は考える。

どのようにして【G・ボールパーク】を突破しようかと。

そこで一つ思いついたことがある。【G・ボールパーク】は戦闘によるダメージが発生しなければ当然効果を使う機会もない。ならば、どうすればいいのか。

ならば戦闘を行わずにモンスターを墓地に送ってしまえばいい。当然効果で墓地に送るのはダメだ。それは【G・ボールパーク】の蘇生効果に引っかかってしまう。

ならば、霊使の取ることができる方法は一つだけだった。当然、それを行うための手段も条件も、全て整っている。

 

「俺のターン。ドロー。…俺は【憑依装着-ライナ】、【憑依装着-ダルク】、【憑依装着-アウス】、そして【甲虫装機ピコファレーナ】の四体でリンク召喚!来い、【閉ザサレシ世界ノ冥神(サロス=エレス・クルヌギアス)】!」

「召喚成功時に罠発動【リビングデッドの呼び声】!墓地の【カマキラー】を場に!」

 

霊使はクルヌギアスの効果によって「ルールによる処理」を強制した。こうすれば少なくとも【G・ボールパーク】の蘇生効果には引っかからない。

 

「バトルだ!【閉ザサレシ世界ノ冥神】で【甲虫装機ピコファレーナ】を攻撃!」

「…【G・ボールパーク】の効果…!」

「…その効果は【閉ザサレシ世界ノ冥神】の効果で無効に!バトル続行!攻撃力5700のクルヌギアスで攻撃力1800の【甲虫装機ピコファレーナ】を粉砕!」

 

諷利 LP4500→600

 

更に言うなら【閉ザサレシ世界ノ冥神】は蘇生を阻止する効果を持っている。当然【G・ボールパーク】は墓地から特殊召喚する効果を含んでいる為、この効果で無効にできるのだ。

 

「よし!【灼熱の火霊使いヒータ】で守備表示の【G戦隊 シャインブラック】を破壊!」

 

ヒータの炎がシャインブラックを捉える。

最終的に全身に火花を奔らせ頽れるようにして爆発四散。どうやら斃れる時も戦隊ヒーローの流儀に沿ったものらしい。

これではヒータが悪の幹部になってしまう。

 

(破壊したのにボクの扱い悪くない?)

(戦隊を破壊したらそりゃまあ…うん。)

 

とにかく、これで諷利を守るモンスターは居なくなった。

 

「ウィンでプレイヤーにダイレクトアタック!」

 

これにて終わりだ、ようやく終わりだ。

万感の思いと共にウィンの放った一撃が諷利の体を捉えた。

 

諷利 LP600→0

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

デュエルに決着がついた後、二人はゆっくりと話し合っていた。

 

「いやー…負けた負けた。今を生きる若人っていうのは強いねぇ。」

「…あなたの方がよっぽど強かったですよ…。少なくともデッキが危なかったですから…。」

「あーやっぱ?あの攻撃力を見た瞬間に「耐久するしかねえ!」って思考になってねぇ…。」

 

諷利は割と手段をえあらばない人だったらしい。本来耐久行為はそこまで褒められた戦法ではない。だが諷利はそれを実践した。

今回のような条件では攻めれば規格外の攻撃力に踏みつぶされる。ならば守るしかないだろう。

現に霊使はライブラリアウトが見えてくる程度にはデッキが薄くなっていた。

 

「今回は君の勝ちだよ。…次は私も負けないけど。ああ、後それと。」

 

諷利は戦う機会があったらまた戦おうといって、それから、霊使の耳下で――――

 

「…ちゃんと関係性ははっきりさせておこうね?」

「…はい。」

 

そう言い残した。思い当たる節しかない霊使は大人しく頷くしかない。

「それじゃ、君は優勝することを願っているよ。」と言って諷利は霊使の前から去っていった。

 

「…関係性をはっきり、か…。」

 

人生の先輩としての昏れた諷利の言葉。

その言葉は魚の棘のように霊使の喉に引っかかったのだった。




登場人物紹介

・霊使
最大瞬間攻撃力6250。

・諷利 
大人

キトカロス生存!キトカロス生存!
やった!キトカロス生存!
うおおおお!
それはそれとしてMDにティアラメンツ来るって。
さあ皆もティアラメンツで満足しようぜ!


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インタールード:決勝前控室

 

霊使は考えていた。

別にウィンとのやり取りはおろそかにしていた気は無いし、ウィン以外にはしっかりと断りを入れてある。

それをどうして一目見ただけで「とっかえひっかえ」と決めつけるのだろう。

霊使にはどうにもその思考が理解できなかった。

 

「そもそもとっかえひっかえしてるんなら今頃こんなに好かれてないっちゅーに。」

「うん。それはそう。」

 

扱いが酷ければ当然ウィン達との距離はここまで縮まるものではない。

だからというか、霊使は対外的に自分達がどう見えているのかなんてことを考えることもしなかった。

その結果ものの見事に誤解されたわけだ。

ならばどうすればいいのか。これがさっぱりわからない。

別に距離感だとかそう言ったものを取り違えているわけでは無いのだ。

 

「…うーん…。関係、関係性…か…。」

「悩むだけ無駄…というわけじゃないもんね。これからずっと霊使が最低の男って勘違いされるのは私も嫌だし。」

「嬉しいこと言ってくれるじゃないか。…でもどうしようもないっていうのがなぁ…。」

「どうしようもない…か。だって霊使はエリアちゃん達と縁を切りたいわけじゃないんでしょ?」

「まぁな。それに付き合いも長いしな。なんやかんやで今更元の生活に戻れる気はしない。」

 

それに、霊使はすっかり今の生活に慣れてしまっていた。

孤独な時に彼女たちに出会ったというの大きいのだろう。あの頃の自分はきっとどこか「家族」を求めていて、彼女たちが来たことでそれは叶った。

人の温かさを、誰かが傍にいるという当たり前の温もりを、それを彼女たちは教えてくれた。

あの時と比べるとすっかり大所帯になったなと思う。

それでも、やはり霊使は今ここにいる全員と散り散りになるだなんてことは考えられなかった。

 

「…で、どうする霊使(マスター)?このままでは誤解は解けぬままだぞ?」

「そう、そこなんだよ!」

 

散り散りになりたくないと決めたはいいものの、結局このままでは誤解は解けない。

そんな時にふと、妙案を思いついたのだ。

ただこれをするには物凄く恥をかく必要があるが。

 

「…つまり、俺とみんなの関係が分かればいいんだろう?」

「何考えてるのー?…ま、碌な事じゃなさそうだけど…。」

「碌な事じゃないとはなんだマスカレーナ?お前の前職と比べたら相当マシだが?」

「そう言う事じゃなくて?大丈夫?ちゃんと効果ある?」

「…微妙、と言わざるを得ないな。もしかしたら誤解はさらに加速するかも。」

「じゃあダメじゃん。」

 

ぺしんと頭を叩かれてマスカレーナに案を却下される。

流石公衆の面前で結婚宣言という案は受け入れられなかったようだ。というか考え直してみると「結婚宣言したのにまだ女侍らせてやがる」と思われかねない。

彼女たちは当然誰に脅されるでもなく、自分の意志でそこに立っている。

彼女たちの意志を表明できればあるいはという所だろう。

 

(それは本当に彼女の意志なのか…って疑われたら当然終わりだけど…。)

 

結局の所度の案も現状を打破するには至っていない。

更に穿った見方をするならば霊使が扱うデッキそのものにまで批判が飛んできそうな気がするのだ。

ウィンをはじめとした霊使い達はデッキのエースかと言われれば微妙だし、打点はその他のカードで補う事の方が多い。霊使いもどちらかと言えばデッキの基本的な動きを行うためのエンジンというべきだろうか。

墓地から何度も蘇生してはリンク素材にし、相手の攻撃を受けさせたりしてしまう事もある。

もし「デッキのコンセプト」を突かれたら霊使はもう何も言うことができない。

 

「…だってぇ…デッキコンセプトが「妨害しつつ攻撃力を上げて物理で殴る」だからなぁ…。」

「おかげでボク達はすっかり脳筋テーマ扱いされてるけど。」

「文句は魔法に言うんだ。俺に言うんじゃない。」

「でも使ってるのは霊使だしー?」

「…何も言えない。」

 

そんな事を言いながらヒータは霊使に寄りかかる。

それを見たウィンが霊使の膝を占拠。乗り遅れたこと察したアウスとエリアは迷うことなく霊使の両脇を固めた。ぱっと見見事なまでのハーレムの完成である。

 

(…めちゃくちゃいい匂いするんだけど!?)

 

―――これはより誤解を深くしそうな状態になった。

よくよく考えれば、世間体とか気にし過ぎなのかもしれない。

彼女達と一緒に居るのが苦痛であるならば多分霊使はとっくのとうに彼女達を拒絶している。

ここまで使い込むこともなく何処かであっさり「バイバイ」だっただろう。

 

(―――考えれば考えるほどウィン達を手放すなんてできるはずがない。)

 

だがそうしないという事はつまり、霊使はウィン達に惚れこんでいるという事だ。

彼女達と共に駆け抜けたい戦いがたくさんあるという事だ。

じゃあどうするべきか、何をすべきかはもう決まっている。

 

「―――勝つぞ、皆。」

「勿論!」

 

そうだ、何もごちゃごちゃ考える必要はなかったのだ。解決策だの、世間体だの、そんな事はどうだっていい。

ただ、彼女達と共に戦い、彼女たちとともに勝ち、かけがえのない「相棒」同士であることを示してやればいい。

うじうじうだうだ悩むのはもうやめだ。

 

「示しに行くか、俺達の在り方を!」

 

霊使は拳を掌に打ち、景気良い音を立てた。

霊使にとってこれから赴く戦いはある意味ではとても重要なものになる。

勝って、優勝して皆との在り方を示して。

そしてその先はまあ、世間に委ねることにしようか。

そして霊使は闘争心に満ちた笑みを浮かべ、少女たちはそのそばに寄り添うようにして、戦場へと歩を進めた。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

大智は今まですべての時間を憎き相手の観察に費やしてきた。それが今できることだと理解していたからだ。

 

(…言い出そうにも言い出せない…。)

 

そんな大智の様子を窺うものが一人。

青い髪と和服とメイド服が融合したような服を着用している幼い少女―――彼女は大智が誰について怒っているか、その彼の人格がどんなのかよく知っていた。

誤解とは言え一度は殺そうとした相手だ。良くも悪くもついさっき一目見た大智よりかは色々と知っている。

その上で、なのだが。

彼女はその男について大智に伝えるのをやめた。

一度殺しにかかって、それでいとも容易く出し抜かれた。

なんというか、それが気に入らなかったのだ。幼い、というかなんというか。自分でもなんか変な気分になる。

 

「御主人、(サー)がよんでたよ?」

「…すまん、ラドリー。すぐに行く。」

 

かつて不幸なスレ違いから霊使と喧嘩をしたラドリーがそこに居た。

結局あの件はティルルがかかわる前に終わってしまったので消化不良なところがあるのだ。

自分達だけで決着をつけてしまってはラドリー達がしたかったことが出来なくなってしまう。というかなった。

だから大智に霊使の事を伝えなかった。―――俗にいう仕返しというものである。

 

「…ラドリー、置いてくぞー?」

「あ、まってまって。(サー)の所に私も行く!」

 

(サー)とは彼女が勝手につけたあだ名だ。

彼は侵入者には厳しいが身内に対してはずいぶんと甘い。それこそ好々爺という言葉が一番似合うくらいに、だ。

それに彼は人の心の機微を読み取る事にもたけている。だからこそ、あそこまで黄金を蓄えられたというか。

「黄金卿」という二つ名が付いたというか。

とにかくラドリーは黄金卿の事を祖父のように慕っていた。

 

(…(サー)も気づいてるんだろうなぁ。)

 

それは心にしまいつつ、ラドリーは大智の後をついて行ったのだった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「む、もう時間か。世話をかけたな二人とも。」

「いくらでも気を抜いていいけど、本番前なんだからしっかりと気合入れてくれよ…。」

 

黄金の体と、胸に化石のようなものを埋め込んだかのような模様。

顔は異形で、椅子への座り方は尊大だが、中身は人間とそう大差ない。あるとすれば彼自身の財を奪う不届きな輩に少しばかり苛烈な制裁を加えるくらいだろうか。

とにかく、尊大な座り方を除いてこの場で(サー)に悪感情を抱く行為は少なかった。

 

「で、エルドリッチ?決勝前に呼び出して一体何のつもりだ?」

「…いや、何。少しばかり()()()()()()と思って、な。」

「…何を?」

「言わなくても分かっているだろう。我を従える者ならな。」

 

―――そうだ。分かっている。

決勝を前に怖気づいていないか、戦う意思は失せてないか。

きっとそのあたりだろう。それならば大丈夫だ。むしろ闘争心がメラメラと燃え上がっている。

相手を叩き潰せと言われたら文字通り叩き潰せる。

 

「…あの動く生ゴミを焼却する準備は十分だ。」

「………そ、そうか…。」

 

ならば大丈夫だ。そもそもデッキのコンセプトからして負ける気はしない。

既に封じる手は見つけてあるのだ。ならばそれを実行すればいい。ただそれだけの話だ。

 

(―――こやつ全然わかってない!!!)

 

だが、そんな大智の様子を見ていた(サー)―――エルドリッチは内心頭を抱えていた。

全然こいつ分かってねぇ!ということが思い切り分かったのは確かだが。

そもそもとっかえひっかえならばあれだけの信頼関係は生まれない。だからと言って誰か一人を特別扱いしていてもあそこまでの連帯感が生まれるわけでは無い。

 

(…あの男は恐らくすでに答えを出している。そしてその答えに納得している。)

 

つまるところ、彼女たちはそれを受け入れている。

今の状態が全員の居心地が一番いいのだと理解しているのだ。

まあこれは自分の目測である為間違っているのかもしれないが。

とにかく、だ。

エルドリッチから見れば大智はとんでもないベクトルで誤解しているというのは丸わかりだ。

 

(…こうと思い込んだら一直線だ。そこがこやつの長所であり短所である。)

 

だが、エルドリッチは今の大智の更迭のように固い考えを動かす術を知らない。そんなものがあったらすぐに教授してほしいくらいだ。

だからエルドリッチは大智の行動に気を配りながら、暴力なんてものが振るわれない様に隣で監視する事しかできない。

 

(―――何とかはなるだろう。)

 

そんな甘い見通しを立てながら、エルドリッチは大智を戦場へと送り出す。

これからの決戦に思いを馳せながら二人のデュエリストは戦いの舞台へと足を向けるのだった。




登場人物紹介

・霊使
どうあろうと今の在り方を認めさせるつもり。
ウィン達と離れるつもりはさらさらないし、他の男の元へやるつもりも毛頭ない。

・大智
勘違いは加速する。

次回もお楽しみに!


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決勝戦:目眩しき黄金卿

『ついにやって来た!決勝戦がやって来た!相対するのはー!今大会最大攻撃力を更新し!どこまでも一直線に駆け抜ける男!四遊霊使!VS!今大会のダークホース!とこしえに輝く黄金のアンデット使い!金我大智!両者!入場です!』

 

霊使は物凄い歓声に圧倒されながらも決勝戦の舞台へ足を踏み入れる。

どういうわけか決勝戦は舞台中央に設けられ、スポットライトに照らされた舞台だった。

 

(うわぁ。)

 

反対側からは殺気最大の少年がずかずかと歩いてくる。霊使から見れば魔王やら悪神やらそう言った類のラスボスにしか見えない。もっとも向こうも似たようなものなのだろうが。

 

(…それにしても。)

 

霊使は改めて目の前の少年の姿を見る。まず真っ先に目についたのは火傷跡だった。これはこれからも彼が背負っていかなければならないものだ。自分のせいではないといえ、もう少し早く動ければ、こんな傷も追う事無かったのだろうなという悔恨がふつふつと首をもたげてくる。

金髪と赤い目が特徴的な整った顔立ちの少年は、憤怒に染まっていた。

流石の霊使も無実の罪でここまでの殺気を見せられたら心の中で泣くことくらいしかできない。

何となく冤罪で非難されてしまう人の気持ちを理解出来た気がした。

 

(…勘違いのレベルが…余りにも…高い!)

(殺気て…。あーあ。物凄い勘違いされているね、霊使?)

(ウィンのやらかしが大きすぎるね、こりゃ。)

(ヒータちゃんの言う通りでございます…。)

 

殺気を向けられた霊使の心中は察するに余りあるものだろう。

心の内とはいえ気軽に話しかけてくれる霊使い達の声が妙に心地よく、今の霊使の心を癒す。

とはいえ、いつまでも霊使いたちのやり取りで癒され続けるのはよくない。それは今、目の前に居る彼に対しての失礼ごとに当たるだろうからだ。

それに彼とデュエルするにあたってもう一つ解決しておきたい事柄がある。

 

「…さて、俺は君が何に起こっているか皆目見当もつかないんだ。」

 

そう、それだ。

このままではどのみち満足なデュエルはデュエルは出来ない。

疑問はしっかりと先に解決しておかなければならない。というか目線に殺気が籠りすぎていて的モニュエル出来そうにない。

何でデュエルを愉しみにしてきたのに殺気に晒されなければいけないんだろうか。

いや、怒りの理由は大体予想できているのだが―――

 

「アンタがマスターであることを笠に着てその子たちに色々と酷いことやってんだろ!?」

(…ウィン達が見えてるってことは少なくとも精霊連れなのは確かだな。)

 

案の定、というかなんというか。

やはり盛大な勘違いをされているようだった。ちなみに今はデュエルモンスターズの精霊が存在するという認識が無ければウィン達を認識出来ない様な状態で待機している。

この状態だと現実には干渉できないが隠密性が格段に上がるのだとウィンが言っていた。

 

「…で、その酷い事って?」

 

それはともかく。

霊使は少年の言う「酷い事」に心当たりは何一つなかったのでとにかく聞いてみることにした。

どんなうわさが流れているか、―――というかどんな感じに勘違いしているのか確認しない事には始まらない。

 

「―――その…!ごうか…って!何言わせようとしてんだテメェ!」

 

態度には示さないが霊使は心の中で「うわちゃー」と頭を抱えた。

一番勘違いしないで欲しいところを穿っていくな、と態度には出さないものの悪態を付きたくなる。

 

「ウィンさんや他の子たちを無理矢理襲ってんだろテメェ!」

「そんなことするかよ馬鹿野郎ッ!」

 

だがいくらなんでもあることないこと言いたい放題なのは許せない。少なくとも、ウィンやエリア達が本気で嫌がるような行為は絶対にしないと言い切れる。

この会話が外から完全に聞こえないのは僥倖だった。とにかく言いたいことを色々と言い合える。

 

「そもそも俺はなぁ!中学校の頃からずっとウィン達と一緒に居るんだ!互いに嫌い合っていたらそもそもこんな所まで付いてこないだろうがよ!」

「お前がそれを強制させてんじゃないのか!?」

「―――そんなに疑うならデュエルで見せてやるよ!俺とみんなの絆の強さを!」

「見せてもらおうじゃねぇか、この虫野郎!」

 

霊使までブチギレては埒が明かない。

がなんやかんやでデュエルが始まったことであの言い合いは多少は収まったようだ。

コイントスでは相手が先攻を取ったようで霊使は即座に構える。

 

「俺の先攻だ!俺は手札から【ドラゴンメイド・ラドリー】を召喚!効果でデッキの上から三枚を墓地に!更に手札からフィールド魔法【呪われしエルドランド】発動!800のライフを支払い手札に【永久に輝けし黄金郷】を手札に加える!更に墓地の【黄金卿エルドリッチ】の効果発動!【呪われしエルドランド】を墓地に送り【黄金卿エルドリッチ】を召喚!」

「もう出て来るのかよ!」

「この効果で召喚した【黄金卿エルドリッチ】の攻撃力は相手ターン終了時まで1000上昇し、効果では破壊されない!」

 

厄介なものがいきなり出てきたものだ。

少なくともこのカードはどうこうするものではない。―――余りにも強固すぎる。攻撃力3500の壁はそれほどまでに高いのだ。

 

「墓地に送られた【呪われしエルドランド】の効果で【黄金郷のワッケーロ】を墓地に!…俺はカードを二枚伏せてエンドフェイズ。エンドフェイズ時に【黄金郷のワッケーロ】の効果発動!このカードを除外して【赤き血染めのエルドリクシル】をセット。…これでターンエンドだ。」

 

大智 LP7200 手札三枚

モンスターゾーン ドラゴンメイド・ラドリー

         黄金卿エルドリッチ

魔法・罠ゾーン  伏せ×3

 

「さーて、どうするかな…。」

 

相手の使用デッキは【エルドリッチ】。罠カードを駆使して相手を追い詰めていくデッキだ。言わずもがな霊使のデッキとの相性は最悪だ。霊使は対モンスターに特化させているから、罠カードで的確に盤面処理を行うデッキにかち当たると非常に苦しいのだ。

だが、霊使にも打てる手が無いわけでは無い。

 

「俺は手札から魔法カード【ライトニング・ストーム】を発動!俺のフィールド表側表示のモンスタ-が存在しない場合このカードは発動できる!今回選択する効果は「相手の魔法・罠カード全てを破壊する」効果!」

「何!?」

 

これがその一手だ。霊使が使用したカードは【ライトニング・ストーム】。【ハーピィの羽箒】、【サンダーボルト】と入れ替える形で採用したカードである。このカードは重い誓約がある代わりに効果も強いカードで、端的に言えば二つのカードの合わせだ。

 

「チィ!罠発動【永久に輝けし黄金卿】!【黄金卿エルドリッチ】をコストにその発動を無効にして破壊する!」

 

そして霊使は迷うことなく「魔法・罠カードの全破壊」を選択。当然罠に頼っている【エルドリッチ】はその発動を無効にせざるを得ない。

 

「…使ったな?」

「…狡い手を…ッ!」

 

と、こうなると不利になるのは相手の方だ。

何故かと言えば「使わされた」というのが実のところ正しいからである。

霊使も何度か経験があるが「使う」と「使わされる」というのは中々に違う物だ。

とくに後は戦術に異常をきたしてしまう程度にはまずい事態で「使わされたこと」が後々になって響くこともある。

 

(…あえて使わないことが有効なこともある…ってね。)

 

墓地で使用できる効果があったのならばあえて使わずに墓地効果の発動を狙うのも手だ。墓地で発動させる効果には除外という条件こそあるが大体はデュエルを有利に運ぶ下準備の効果だ。

霊使の使う【憑依連携】は完全とは言えないがそれなりにリカバーは出来る為、破壊されることも視野に入れている。だが、今回相手は破壊を無効にすることを選択した。つまりはそれだけフィールドに残したいカードなのだろう。

 

「後はいつもの通りだ!速攻魔法【精霊術の使い手】!手札の【憑依装着-ウィン】をコストに【憑依連携】を手札に【憑依覚醒】をセット!更に【大霊術-「一輪」】を発動してそのまま【憑依覚醒】を発動!手札から【妖精伝姫-カグヤ】を召喚して【憑依覚醒】の効果、【カグヤ】の効果でチェーンを組む。まず【カグヤ】の召喚時効果でデッキから【憑依装着-アウス】を手札に加える。その後【覚醒】の効果で一枚ドロー。」

 

霊使はいつも通りにデッキを動かしていく。今回は【カグヤ】が手札にあったのが幸運だった。おかげで【覚醒】の効果を含めて二枚分の手札を得ることが出来たのだ。いいことづくめが過ぎるというものだ。

 

「…手札コストに…!?」

「…当然だろ。―――【憑依連携】の効果の発動に必要なことだしな。それに手札から召喚するよりかは墓地から召喚の方が妨害されにくい。【憑依連携】の発動タイミングに寄るからな。」

 

霊使にとって霊使いをはじめとした「守備力1500の魔法使い族モンスター」は【憑依連携】で特殊召喚するカードの筆頭だ。そう言ったカードは何一つ迷うことなく何かしらの手段で墓地に送ることが多い。その理由は色々とあるが一番の理由は「確実に使用する」ためだ。

手札に抱えたままでは【アーティアファクト‐デュランダル】や【ダスト・シュート】といった手札のカードをデッキに戻すカードによって【憑依連携】の効果を潰される危険がある。そう言ったカードの効果を無視するには墓地に送っておくのが一番気楽だ。当然墓地からカードを動かす効果を持つカードもあるので油断は大敵だが。

 

「というわけだ。手札コストにする理由はお判りいただけたかな?」

「いちいちむかつく野郎だぜ…!」

「あることない事言われてムカついてんのはこっちも同じだ!」

 

霊使は相手の一方的な言い分に一々言い返す気力さえ失せていた。

なんというかあの男の言葉の端々に嫉妬やらなんやら―――怒りとは関係ない感情が見えたからだ。

 

「とにかく、だ!俺は【大霊術-「一輪」】の効果発動!手札の【憑依装着-アウス】をデッキに戻して【デーモン・イーター】を手札に加える!更に手札の【デーモン・イーター】の効果!俺のフィールド上に魔法使い族モンスターが存在すれば【デーモン・イーター】は手札から特殊召喚できる!そして【カグヤ】と【デーモン・イーター】をリリースしていつも通りに【憑依覚醒-デーモン・リーパー】をデッキから特殊召喚!【デーモン・リーパー】の効果で墓地から【妖精伝姫-カグヤ】を蘇生!」

 

霊使はいつもの通りにデッキを回していく。

いつもの通りに、丁寧に。心を込めて、祈りを込めて、魂を乗せて。

 

「【カグヤ】と【デーモン・リーパー】の二体でリンク召喚!いつもの通りの【I:Pマスカレーナ】!この瞬間墓地に送られた【憑依覚醒-デーモン・リーパー】の効果が発動!デッキから【憑依解放】を手札に加える!」

 

そしてこれもまたいつも通りの【マスカレーナ】。リンク召喚でも何でも墓地に送れば効果が発動する【デーモン・リーパー】との相性は言わずもがな最高だ。

当然、墓地から蘇生することでキレイにつながるというのもあるのだが。

 

「更に手札から魔法カード【天底の使徒】発動!EXデッキから【灰燼竜バスタード】を墓地に送り、効果で【教導の聖女エクレシア】を手札に加える。EXデッキから特殊召喚されたモンスターが存在するため【教導の聖女エクレシア】を特殊召喚!【エクレシア】の効果でデッキから【ドラグマ・パニッシュメント】を回収!」

 

霊使は一瞬悩んだ。

ここでどうするべきか、何をすべきかを考えた。

【ドラゴンメイド・ラドリー】を破壊するか、あの伏せカードは厄介なものではないか、などだ。

 

「考えていても仕方が無い!バトル!【教導の聖女エクレシア】で【ドラゴンメイド・ラドリー】を攻撃!」

 

だが、霊使はここにきて考えることをやめた。罠を踏んだら罠を踏んだ。それだけの事だ。

だが、今まで発動しなかったところを見ると発動に何かしらの条件が存在する罠らしい。

恐らくそのキーになるカードは【黄金卿エルドリッチ】―――【永久に輝けし黄金郷】の効果で開いて自らが墓地に送ったカードだ。

そうでなければ何故今まで発動しなかったのかの説明が付かない。

 

「…その瞬間罠発動!【赤き血染めのエルドリクシル】!効果で【黄金卿エルドリッチ】を墓地から呼び出す!」

「だが攻撃は続ける!」

 

相手のフィールドに【黄金卿エルドリッチ】が舞い戻る。しかし霊使はそれを気にせず【ドラゴンメイド・ラドリー】の破壊をした。霊使は確かにみたのだ。【ラドリー】の効果で【ドラゴンメイド・フルス】が墓地に送られるのを。

効果力なモンスターが並ぶよりかは多少の危険に目を瞑らざるを得ない。

 

「…ちぃ。」

 

大智 LP8000→6400

 

霊使の攻撃はそのまま相手の通る。だが戦況は、これで少し有利になったかというくらいだ。

そこまで大きな違いが顕著に表れるわけではない。

 

「…俺はカードを三枚伏せてエンドフェイズ。【バスタード】の効果で【教導の騎士フルルドリス】を手札に加えてターンエンド。」

 

霊使 LP8000 手札2枚

EXモンスターゾーン I:Pマスカレーナ

モンスターゾーン  教導の聖女エクレシア

フィールド魔法   大霊術-「一輪」

魔法・罠ゾーン   憑依覚醒

          伏せ×3

 

霊使はターンエンドを宣言。このデュエルはまだまだ始まったばかり。霊使は端からアクセル全開だが、相手はまだまだエンジンがかかっていない様子。

この世にも珍しい痴話デュエルはまだ、幕を上げたばかりだ。




登場人物紹介

・霊使
強い。主人公だから今は負けられない。

・大智
割とムッツリ。

いやー12期たのしみですね。
それはそれとして今度の霊媒師はヒータちゃんですって。エリアちゃんは来年の四月かぁ…?
次回もお楽しみに!


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決勝戦:世界を閉ざす者

霊使 LP8000 手札二枚 

EXモンスターゾーン I:Pマスカレーナ

モンスターゾーン  教導の聖女エクレシア

フィールド魔法   大霊術-「一輪」

魔法・罠ゾーン   伏せ×3

          憑依覚醒

 

大智 LP6400 手札三枚

モンスターゾーン 黄金卿エルドリッチ

魔法・罠ゾーン  伏せ×1

 

この状況。どちらが有利かという事は火を見るよりも明らかだろう。―――という見方をするのは少し甘い。

霊使は手の内を多く晒してきたせいでこの状況は未だにひっくり返される可能性のある物だと感じていた。

特に相手のエースカードであろう【黄金卿エルドリッチ】を場に残す羽目になったのは非常に痛い。これでは単純に()()()()()()()()可能性がある。

 

「…俺のターン。ドロー。…俺は魔法カード【黒き覚醒のエルドリクシル】を発動。効果でデッキから二体目の【黄金卿エルドリッチ】を召喚。更に手札から永続魔法【黄金郷の七摩天】を発動!【黄金郷の七摩天】の効果を発動!手札、フィールドのモンスターを素材に融合召喚を行う。ただし!素材にするモンスターは全てアンデット族でなければならない!」

「―――罠発動!【憑依連携】!効果で墓地の【憑依装着-ウィン】を蘇生してそのまま【黄金卿エルドリッチ】を破壊!更に【憑依覚醒】の効果で一枚ドロー!」

 

霊使は即座に【黄金卿エルドリッチ】の破壊を選択。融合素材は全て【アンデット族】という縛りがあった。ならば、フィールドのアンデット族を破壊してしまえば何とかなるのではないか。霊使はそう考えたのだ。

 

「…俺はフィールドの【黄金卿エルドリッチ】と手札の【死霊王ドーハスーラ】の二体で融合召喚!来たれ【黄金狂(エル・レイ・コンキスタ)エルドリッチ】!」

 

だが相手は手札にアンデット族モンスターを抱えていた。つまりは元からそのような手札だったという事だろう。

それだけこのデッキが考えて作られた居る者というのが伺える。

 

「更にカードの効果でカードが特殊召喚されたとき、相手のセットカード一枚を選択して発動できる!このターンそのセットカードは発動できない!」

「…残念だったな!選択したカードをチェーンして発動!【憑依解放】!」

「…くそっ!」

 

一方の大智は余りにも普通に行動を制限され続けていることにどこか苛立ちを覚えていた。別に【黄金卿エルドリッチ】が破壊されたこと自体はどうでもいい―――というわけでは無いが、エルドリッチも今融合素材にしたドーハスーラも自身を特殊召喚できる効果を持っている。

 

「…なら!伏せカード【黄金郷のガーディアン】の効果発動!」

「それにチェーンして効果発動!手札の【教導の騎士フルルドリス】を特殊召喚して【黄金狂エルドリッチ】の効果を無効に!」

 

だが、だからと言ってここまで的確に妨害されて思うような動きができないという事になると話は別だ。苛立ちとそれと同時に何故か尊敬を抱いてしまう。

一体どれほどの時間をかけてこのデッキを練り上げたのか、いったいどれほどの研鑽を経てこのデッキを使いこなせるようになったのか。

気付けば大智の中の怒りが消えていった。どうして、視界を自分で狭めてしまったのだろうか。

 

「…【黄金郷のガーディアン】を召喚。その後、【I:Pマスカレーナ】の攻撃力をゼロにする!」

「その効果は【黄金狂エルドリッチ】の効果が無効になっているから不発だ!」

 

ここまでされて大智はようやく思い知った。

少なくともあの男―――霊使とこのデッキには確かな信頼関係がある、と。

それがどういうことか分からない程大智も腐ってはいない。

ここまで信頼関係を寄せているのなら、それは何かを強制しただとかそういう話ではなく。

彼女たちが望んで霊使の傍に居るのだと、そう思えて仕方が無いのだ。

 

(…ん?待てよ?)

 

だが、それはそれで別の意味で怒りが湧いてくる。

元来「霊使い」という存在達は非常に人気の高いテーマだ。霊使以外にも使用している人間はたくさんいる。あそこまで使いこなせるのは霊使程度だろうが。

そもそも大智もウィンの可愛さに一目ぼれしていたわけだ。それだけの美少女たちが最低四人。その全員から明確な好意を向けられている。

 

(―――これって、ハーレムじゃないか!?全男子の夢の!ハーレムじゃないのか!?)

 

それは大智にとっては羨ましくもけしからんシチュエーションであるハーレムそのものであり、霊使は絶世の美少女四人に好かれたこの世でぶっちぎりのハーレムの体現者であるといえる。

さて、ここでこの事実に気が付いてしまった大智。彼は今まで初恋を経験したことはあれども、その初恋は無残に終わってしまった。しかも、ハーレムという形で。

―――つまり、大智は別の方向で激昂したのだ。男子たちの初恋を無残に散らせた男に対して。そして全ての男子が一度は夢見るであろう光景をカードの精霊とはいえ現実にした霊使に対して。

 

(つまりあいつは―――)

「全男子の敵がッ!あそこにいるッッ!」

「急にどうした!?」

 

当然大智が何を考えているかなどと霊使が分かるはずもない。

だから霊使は大智からの全男子の敵認定されたとき思わずツッコミをせざるを得なくなったのだ。

 

「この!これ見よがしにハーレムなんか作りやがって!羨ましいぞ畜生!?」

「急に罵倒のレベルが下がったんだが!?大丈夫か!?大丈夫なのか!?」

 

当然デュエル途中に急にIQが下がったような発言をするものだから霊使は大智を心配する。

だが、その霊使の心配が逆に大智の逆鱗に触れた。

誰のせいでこんなになっているのか、ぜひとも手鏡があったら突き付けてやりたいところだ。

 

「誰のせいだと思ってんだ!?―――俺は【黄金郷の七摩天】をコストに墓地の【黄金卿エルドリッチ】の効果を発動!」

「今初めてモンスター効果を発動したな!?守備力1500の魔法使い族モンスターが存在するため【大霊術-「一輪」】の強制効果でチェーンを作らず無効化だ!ただししっかりコストは払ってもらうぞ!」

「んなぁ!?」

 

だが、いくら逆鱗に触れたといえども相手に妨害し続けられれば当然何もできはしない。

大智は一応【黄金狂エルドリッチ】が存在するが効果は無効になっている為当然攻撃することしかできない。

しかしながら霊使の場には相手ターン中にリンク召喚を行う【I:Pマスカレーナ】が存在している。攻撃するためにはメインフェイズを終わらせなければならず、すると当然霊使は【I:Pマスカレーナ】の効果を発動するだろう。

 

(…このターン、攻撃は出来ないか。)

 

そうすれば大智のフィールドからモンスターは消え失せる。従って、大智はこのターン、攻撃を行う事は能わないだろう。

 

(…ワッケーロが引ければ話はまた別だったんだろうけど。)

 

だがうじうじして何も行動しないよりかはここで行動して突貫した方が少しはましだ。

ここから何かをめくる手を考えなければならない。――そのために、ここでリンク素材とされるのは俗にいう必要経費というやつだ。

 

「―――俺はメインフェイズを終了する。」

「当然、【I:Pマスカレーナ】の効果を発動。効果で【黄金狂エルドリッチ】、【I:Pマスカレーナ】、【教導の聖女エクレシア】、【憑依装着-ウィン】の四体で【閉ザサレシ世界ノ冥神(サロス=エレス・クルヌギアス)】をリンク召喚する。」

「…ターンエンドだ。」

 

大智 LP6400 手札一枚

モンスターゾーン 黄金郷のガーディアン(守備表示)

 

(―――これは、まずいな。)

 

今の大智のフィールドには【黄金郷のガーディアン】が一枚のみ。次の霊使のスタンバイフェイズに【死霊王ドーハスーラ】を蘇生でいるとはいえ、だ。

それでできるのはせいぜい延命処置程度だろう。相手の手札次第では簡単に吹き飛ぶくらいの薄い守りでしかない。

 

「俺のターンだ!ドロー!」

「スタンバイフェイズ時に【死霊王ドーハスーラ】の効果発動!」

「…【閉ザサレシ世界ノ冥神】の効果発動!一ターンに一度墓地から特殊召喚をするモンスター・魔法・罠の効果が発動した際に発動できる!その効果を無効にする!」

「…なん…だと?」

 

そんな時に、である。頼みの綱の【死霊王ドーハスーラ】の効果を無効にされてしまった。

これでは墓地からの蘇生ができない。守りはもはや守備表示のガーディアン一体に託されたのだ。なるほど、墓地利用を防ぐというまさしく「閉ザサレタ世界」の名にふさわしい効果だ。少なくとも、ここまで圧倒されるとは思わなかった。

 

「俺は永続魔法【妖精の伝姫(フェアリーテイル)】を発動。そのまま【憑依装着-ウィン】を再び特殊召喚し、【憑依覚醒】の効果を発動!デッキから一枚ドロー…。更に【妖精の伝姫】の効果で手札から【憑依装着-ダルク】を召喚する!」

「―――嘘だろ!?」

 

そんな大智に相対する霊使は相手の心境を読み取る能力なんてものはない。空気を読むことはするが、呼んだうえでぶち壊すことを信条とする霊使が相手の心の中を読み取るだなどとそんな事が出来るわけが無かった。

だか霊使あできるだけ確実な、どれほど時間がかかって確実性のある案を選ぶ。

 

「さあ、バトルだ!まずは【教導の騎士フルルドリス】で【黄金郷のガーディアン】を攻撃!このカードは【ドラグマ】カードの攻撃力を500アップする能力が付いている!」

「ああクソッ…!」

 

最早抵抗する手段さえ失われた大智。霊使とのデュエルは手をもがれ、足をもがれ、首と体を切り離された上で丁寧に頭をすり潰されるようなデュエルだった。

それだけ自分の戦術には改良する余地があったという事だろう。

―――今回のデュエルはそれが分かっただけで十分だ。ここまで圧倒的な差を見せられて、「まだ負けていない」という戯言を言える精神力は大智にはない。

 

「でも、いつかは絶対に勝ってやる!」

「いつでも来いよ挑戦者(チャレンジャー)!バトルだ!【閉ザサレシ世界ノ冥神】と【憑依装着-ウィン】でプレイヤーにダイレクトアタック!」

 

だから、いつかは超えると霊使に宣言して。

霊使はその宣言を、その挑戦をしかと受け止めた。

そしてその宣言と同時に暴風と影が同時に大智を飲み込み、そして残りのライフポイントを全て消し飛ばした。

 

「うわぁあぁあぁぁぁああぁぁッ!」

 

大智 LP6400→2500→0

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

『完全決着ゥゥゥッ!決勝戦でまさかのパーフェクト!優勝はァ!』

 

周囲から聞こえる歓声が、霊使に「勝った」という現実を知らさせてくれる。

初めてだ。

頂点に立つという事がこんなにも楽しい事だったとは。

思わず、右腕を天高くつき上げる。その行為はより感火薬たちの興奮を煽り、歓声をより大きくする結果となった。

 

『四遊ゥゥゥゥ!霊使ィィィィッ!』

 

歓声に負けじと実況の声も大きくなる。

歓声のなかで、その万雷の拍手のなかで。霊使は初めて自分の名前を呼ばれた。

 

ようやく霊使はスタート地点に立ったのだ。

これから何をどう言われようと、霊使は霊使と自身が最も信頼する者たちとのあり方を示す。

その戦いの舞台に立つためのチケットを入手したのだ。

 

「俺達が!ナンバーワンだ!!」

 

霊使は高らかにそう宣言した。

その声は始まりの合図。その声に惹かれるようにして強者たちはまた集う。

だが霊使がその強者たちと会見えるのはもう少し後の事だ。

 




登場人物紹介

・霊使
勝った。

・大智
負けた。
でもなんか少し清々しい。

次回1.5部完結です。
いやー長かった…。


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全てが終わった夜に

「乾杯っ!」

「うぇーい!」

 

霊使やウィン、それに諷利や大智、結といった面々は大会の終了後、何故か一緒に食事をとっていた。というのも、霊使たちが戦勝会を行うために選んだ店に偶然、諷利と大智が居たのだ。二人は一緒に食事をとっていた。言ってしまえばただそれだけなのだが、たまたま空いている席が諷利と大智が居る席しかなかったのだ。

というわけで、霊使がそこに座った所、その後即座に結とキスキル、そしてリィラの三人がやって来た。

さらにそこにエリア達7人が遅れてやってきたのだから、もう店がパンクしそうになる。

そんなところで食事を終えた隣の団体客が席を開けてくれて、全員が入る運びとなった。

そして全員分の飲み物が運ばれてきた所で今に至るというわけだ。

 

「まさかそれにしても―――君がハーレム形成しているとはね。」

「ハーレムじゃないです。既に答えは出してます。」

 

まず、諷利は霊使に対して少しばかり厳しめの視線を向けて来る。彼は霊使に関係性をはっきりさせろといった。だが、霊使の中ではすでに関係性をはっきりさせていたのだ。

そうきっぱりと霊使が答えを出せば、諷利はそれに満足したようにうなずく。

逆にその言葉に驚愕したのは他でもない大智だった。当然ハーレムという男の夢をかなえた男だとばかり思っていたせいか、その「答えを出している」宣言に驚いたというわけだ。

 

「―――なん…だと…?」

「俺が異性として好きなのはウィンだけ。これから先もそれは変わりませんよ。」

「…ふふっ、嬉しいこと言ってくれるよね、霊使?」

「人前なんだから…。」

 

そんな事をいうものだから、ウィンは人目もはばからず霊使とイチャつきだす。

その光景を目の前で見せられた諷利と大智の二人は即座にブラックコーヒーを頼んだ。

だが、そんな二人の様子をほほえましいものを見るような目で見る人物が一人居た。この一年間、なんやかんやで霊使と共に戦い続けた結である。

 

「久しぶりに見たねぇ。二人のいちゃつきは。」

「そんなでも―――あるのか。なんやかんやで結と会うのは俺が退院して以来初めてなのか。」

 

結とは退院以降そこまで顔を合わせる機会が無かった。

オンライン授業などで確認しようにも、結は一学年上だ。おまけに何か呪いにかかっていやせいで一度ダブっている。

とにかく、結とはそこまで会う機会が無かったという事だ。

 

「え?白百合さん二人のこと知ってるの?」

「ん?まあ…ね。色々とあったんだよ。そう、本当にウチのポンコツ共が色々と…。」

「―――何かあったんですね?」

「ああ、あったあった。最初から色々とあったんだ。…本当に…色々と…。」

 

霊使は遠い目をしながらそれだけを呟いた。

あの時は本当に大変だったのだから。キスキル達にリベンジを果たしたと思ったら殺されかけ、何とか生還したと思ったら今度は洗脳され、最後は神と戦ってまた死にかけた。

全ての苦難の始まりはキスキル達からだったのかと思うと、彼女達と笑い合えるこの瞬間が奇跡であるようにも思える。

 

「それにしても、あれだね。君、あんなに精霊連れていたのか。」

「いや、本当にそれ。一人はキスキル達に引き合わされたんですけど…あとはまあ、縁でつながりました。」

「えん。―――もしそうだとしたら相当の縁だって。」

 

諷利は霊使の連れている精霊の多さに驚いていた。

普通、一人の人間と一緒に居る精霊というのは多くても2~3体だ。たまにカテゴリに丸っと愛されている人もいるのだが、そういう人間はほとんどいない。

 

「君は俗にいう「例外」という奴んだろうねぇ。」

「キスキル達のせいで「例外」になったのかもしれないけどな!」

「違いない…ってちょっと!?ワタシのせいにしないでくれないかい!?」

「…でもキスキル達と出会ってなかったら今頃死んでたし…。」

「ちょっと!?」

 

霊使がそんな事をいうものだから諷利が大げさに驚いて見せた。

霊使からしてみれば言っていることは何一つ間違っていない―――ただの事実だ。

だがそれは良識のある大人の諷利にとっては聞き捨てならないことで。

 

「ちょっと!?死にかけたっていうのはどういう事!?」

「悪いのは全部犯人です!」

「そういう事じゃなくてだね!?」

 

当然諷利はその霊使の言葉に突っ込む。―――というか彼はツッコまざるを得ない。

大人が子供を危険に晒すなどあってはならないのだから。

だが現に彼は死にかけたという言葉を口にした。本来ならば大人にしか許されていないはずのその言葉を、霊使はなんてことの無い物のように口にしたのだ。

 

「いやー…なんか先生以来だな。こんなまともな大人と話すのって。」

「うわぁ…。」

「自分の生い立ちなんか話す性分じゃないんだけどな…。」

 

しかし霊使はそんな諷利の思いに気付かずにただただまともな大人と会話できるのがここまで楽しく、身になる事だとは思いもしなかった。

―――霊使には普通の人の心が分からない。分かるのは以心伝心な相棒達と彼と戦い抜けた友人たちの心位である。そんな霊使が、悲しみに暮れる諷利の心を察するなど夢のまた夢のまた夢だった。

 

(霊使はもう少し人の心の機微を読み取るべき。―――ってなんかさっきも言ったような気がする、これ。)

(―――なまじ正しいから何も言えない。)

 

「とにかく、俺は大丈夫ですよ。すでに終わったことですし、何よりも過去の事を嘆くよりも俺は全力で今を楽しみたいですから。」

「―――でもあれだね、霊使君。君その事を責められたら弱そうだよね。」

「―――うぐ。」

 

確かに霊使はもう過去を振り返るのは止めた。

―――が、それと過去について他人から攻められるというのはまた別だ。

少なくとも祝いの席でやる話ではないだろう。

霊使が大声でそれを指摘すれば場はすぐに静まり返った。

 

「ああもう!なんで祝いの席でこんな話をしなければならないんですかーっ!」

 

そんな中遠慮しがちに結は手を挙げて答えた。

その後に続けて諷利と大智も言葉を紡ぐ。

 

「そりゃ、まあ…嫉妬…?」

「しっと。」

「負けたからその腹いせにいじりたい。」

「嫉妬だ。」

「俺の初恋を奪ったから。」

「Holy shit!」

 

霊使は「しっと」三段活用を披露して全員に突っ込む。

つまるところこんなに弄られたのは全部嫉妬のせいなのだ。

 

「あーもうくそ!こうなったらやけ食いしてやるーっ!会計は全部諷利さんが払えーっ!」

「うそ!?」

 

と、いうわけで霊使は拗ねた。へそを曲げ、その場にいる唯一の大人である諷利が払うというと店員はこくりと頷く。散々に弄り倒してくれたのだからこれ位は仕返しとして成立するだろう。

―――その後デュエル大会が始まり、諷利が全員に負けて最下位になって、全員分の食事代を払わされるという悲劇が発生した。

だがそこに居た人物たちの顔は底抜けに明るいものだったようだ。

 

「よっしゃぁぁぁ!」

「食え食え!」

 

ちなみに全員が食べなくった結果諷利は一度の食事で6桁という前代未聞の金額を払う事になったらしい。

―――とにかく、これにて英雄たちの休暇は終わりを告げる。

これから始まるのは新たなる土地で、新たな仲間と共に送る生活である。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

4月。桜が舞い散る道を霊使とウィンは歩く。

舞い散る桜の花をかき分けながら二人は進む。

そんな二人が交差点に差し掛かった時だった。

一瞬、強い風が吹いて霊使は思わずバランスを崩してしまったのだ。しかも運が悪い事に霊使が転んだその先には同じく先の強風でバランスを崩したであろう男がいた。

 

「あいて!」

「いた!」

 

二人は偶然折り重なるようにして倒れてしまう。

下になったのはどちらの方だったか覚えてもいない。すぐに二人して起き上がったからだ。

 

「ごめんなさい!大丈夫でしたか―――。」

「ごめん!君は大丈夫―――。」

 

二人して謝罪の言葉が重なる。

―――春は新たな出会いの季節。そして、新たな始まりの季節でもあった。




登場人物紹介

・霊使
当然最強―――というわけでは無いがそれなりに強い。
時には非情な決断も下せる。

・大智
弱くはない。決勝で当たった相手がただ悪かった。

・諷利
貧乏くじ。いくら強くても攻撃力4300や5300に勝てるわけないだろ!
なお、14人の飲み食いの結果は驚異の六桁に到達。
賞金をすべて使って若者に奢った。

・結
多分一番得した人

くぅ~疲!
これで1.5部終了です!というわけで次回から登場人物を一新した二部が始まりますよ!え?克喜や水樹はどうするんだって?
そりゃ出ますよ安心してください。


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二部・第一章:絶望少女と英雄と
新しい日々


二部開幕です。



 

―――4月某日。暖かな春の陽気が眠気を誘う昼。

霊使は一人、学校の屋上で大きなため息を吐いていた。

眼下には校庭で元気に走り回る生徒や、ベンチで食事をとっているカップルなどが見受けられる。

 

「はぁ…。」

「どうした?辛そうだけど?」

「…海斗。…まあ、色々とな…。」

 

霊使は新しい高校に転入して新しい友を一人得た。名は渡瀬海斗―――転入初日に交差点でぶつかった少年である。そんなあわただしい出会いであったのだが、それぞれの事情で教室には居にくく、気づけば毎日屋上で会うようになっていたのだ。

海斗は書類上は高校一年という事になっているが、霊使よりも一歳年上であるらしい。どうしてそうなったのかは、詳しく聞かないことにした。―――本人もあまり語りたくは無いだろうから。

とにかく、年齢と学年のちぐはぐさから二人は互いに敬語で話すという堅苦しい事は行わず、気づけば打ち解けていた、というわけだ。

 

「…個人的な理由だったんだけどなぁ…。それなのになんでこんな大ごとになっているのやら。」

「まぁ、普通に考えてもそれはもう偉業ものでしょうよ。」

 

霊使は自分がやったことの大きさがどれほどのものか、良く分かっていなかった。

本人からしてみれば「ウィンとの生活を邪魔してんじゃねぇ!」位の勢いでやったことだ。―――途中から颯人の敵討ちも目的に加わってしまったのだが。

とにかく、霊使は四道による騒動をを止めた。

それは世間一般的に見れば「偉業」というのだが、霊使からしてみれば「止めない理由はない」ものであったのだ。

だから霊使は四道安雁を下して悲劇を止めた。世間で言う「偉業」を成し遂げた。

そんな事をすれば当然周囲の人間は霊使を褒め称える。

それが学校という比較的狭いコミュニティで起きればどうなるのか。

 

「―――俺が居ると俺の席の周りに壁ができるんだ。休み時間になると、なぁ…。」

「ええ…。」

 

―――当然、落ち着いて休憩なんてことは出来ないだろう。

霊使は休み時間になるや否や大勢の生徒たちに囲まれる。しかも質問攻めにされるのだ。それに応対していたらいつの間にか休み時間は消し飛んでいる。

更に登下校時には遠巻きに見てくる生徒がほとんどだ。先生でさえ、話しかけることに躊躇してしまっている。

 

「…というわけでクラスで若干疎外感を味わっている。」

 

というわけで霊使はクラスから孤立しているような、そんな気分になってしまう。

だから安息を求めて昼休みは基本的に屋上に居ることが多いのだ。

 

「―――ま、皆いい人ではあるんだけどね。」

「だろうね。」

 

ただ、そのうちに霊使はその喧騒に慣れるのだろう。そうしてしまえば少しは気も楽になるのかもしれない。

が、霊使にはもう一つ気がかりなことがあった。

 

「―――げ。」

「「げ」って。…嫌われてるなぁ。」

 

それはある一人の少女に目の敵にされている事だ。

その少女は丁度目の前に居る。彼女はその特徴的な桜色の髪ときりりと引き締まる顔、鼻立ちも整っている、だが何よりも目を引くのは、髪の色と同じ桜色の光彩だった。

 

桜庭(さくらば)鈴花(りんか)さん…。」

「そういうふうに気安く名前で呼ばないでくれる?―――「英雄」さん。」

「…それは失礼した。」

 

―――彼女がなぜ霊使を嫌っているのか、それはよく知っている。

何故なら彼女と初めて顔を合わせたときにこう言われたからだ。―――「もっと早く来ていれば。お前が殺したんだ」、と。

彼女は旧端河原松市で起こった事件の被害者の一人で、―――「初めて」の被害者の遺族だ。

先の事件の責任は大体は「主犯」の四道やそれにあやかって強姦や殺人などを愉しんだ下種共で構成された「実行犯」の二つに分けて処理された。

「主犯」である三人は恐らく死刑が、「実行犯」の面々も少なくとも刑務所から出ることは無い、というのがかつての事件で知り合った警察の人間からの情報だった。

だが、目の前で大切な人を奪われた人の気持ちはそれだけでは癒せなかった。―――鈴花もきっとそう言った人物の内の一人なのだろう。

 

「―――こっちとしては仲良くしたいんだけどな。」

「嫌っている相手と無理に仲良くなる必要は無いさ。」

 

だが、霊使にとってはただ「英雄」として敬われるよりもそういう態度の方が―――、自分の気持ちを正直に言ってくれる方がよほど好感が持てた。

この半年でそう言った危機後ごちのいい言葉を散々投げかけられていたせいである。

 

「でも、彼女が困っていたら手を差し伸べてやればいいじゃないか。」

「―――そうだな。」

 

海斗の言葉も最もだ。気が合わない相手を無理に好きになる必要は無い。それでもその人が困っていたら手を差し伸べることができるような人間になれれば。

彼女との距離も少しは縮める事が出来るのだろうか。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

自分のやっていることはどうしようもない、ただの八つ当たりだ。

そんな事は誰に言われないでも分かっている。

わかっているからこそどうにもならない。そんな悔しさがある。それに加えて、いや、「何よりも」というべきか。

どうしても「なんでもっと早く来てくれなかったのか」という気持ちが湧いてしまうのだ。

そんな事を彼に言ったところで、もはや何も変わらないのだ。

もう、自分にとっての大切な人は帰ってこない。

行き場のない怒りを、「当事者」というだけで四遊霊使に向ける。

桜庭鈴花はそんな自分が一番嫌いだった。

 

「はぁ…。」

 

彼女は霊使と同じようにクラスで浮いていた。

一つ違うのは彼女は誰ともつながりも持っていないという点だ。

流石にこんなため息ばかりついている無気力な女子に話しかける存在なんていないだろう。

実はもうクラスでは「居ないもの」として扱われ始めているのではないのだろうか。

―――それならそれでいい、と鈴花は考える。

親しい人間が生まれなければ必要以上に悲しむ必要もないのだから。

 

「…桜庭さん?」

「…何?四遊君。」

「いや、もう次の授業の予鈴が鳴ってたからさ。」

「あっそ。じゃあ私行くから。」

 

―――ああ、またやってしまった。

ちゃんと言葉を交わそうとは思うのに、どうしてもキツイ言葉を口にしてしまう。

「ちょっと流石に無いんじゃない」、だとかそういった声が確かに聞こえて来た。

ああ、そうだ。普通に考えたら「ありえない」のだろう。知らさせてくれたのならばせめてお礼の一言二言言うのが普通だ。

そんなことは分かっている。分かっているのに、どうしてもひどい言葉を口にしてしまう。

 

「…四遊君、大丈夫?」

「まあ、ね。」

 

霊使はその後も当たり障りのない会話を行っているようだ。

彼は自分とは違い一生日の当たる道を歩いていくのだろう。―――それがいい。「英雄」が行く道はそっちの方がずっと穏当で、良いものになるだろうから。

 

(でも、いつかはきっと―――)

 

自分もそんな日の当たる道を歩きたい。

そう思わずにはいられなかった。

 

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クラスに桜庭鈴花と四遊霊使が加わって初めてのデュエル関係の授業。

そこで本来その授業の担任であるはずの教師から予想外の事を告げられた。

 

「今年から新たに非常勤の講師として勤めることになりました真木先生です。」

「真木だ。…これから二年間一緒にデュエル―――に限らず様々な事について学びたいと考えている。よろしく頼む。」

 

―――霊使にとっては珍しい「いい大人」。

そして周囲の人間からしてみれば少し怖い先生。

―――それが霊使から見た真木という人物である。

 

「さて、と…早速だが四遊。…それに桜庭。二人にとっては少し辛い話になる。」

「…糞爺共がやらかしてくれやがった「例の事件」、ですか。」

「ああ…。まずは「力も持つこと」がどれほどに重い事かちゃんと話すべきだとお上に言われてな。」

 

真木は初めての授業を端河原松市で起きた四道によるテロ事件について解説する時間に充てていた。

当事者である霊使や桜庭にとっては酷な話になるだろう、と前置きしてゆっくりと話し始める。

 

「まずは事件が発生したのは10月の2日から3日にかけてだ。二日間で死者はおよそ470人、重軽症者合わせて71000人以上。―――当然わが国でも例を見ないような大惨事だ。この事件は『創星神』という伝説を妄信いる信者たちが引き起こしたとされる。『創星神』にとってはいい迷惑だったろうな。」

(すいません、マジでいたんですその悪神。)

 

カンカン、と小気味良い音を立てながら板書していく真木。

それを見て急いで板書をノートに書き写していく生徒たち。

―――当事者であるせいで何がどうあってどうなったのか詳細を事細かに知っている霊使。

思い出したくないと言わんばかりにノートに手を付けずにただ外の光景を眺めているだけの鈴花。

それぞれの反応を見ながら授業は先へと進んでいく。

特に変わったことは無く、授業は驚くほど平和に終わろうとしていた。

 

「―――もうこんな時間か。いいか。今回言った通り本来は人がどうこうできる相手じゃなかった。もっと周りを頼れ。せめて信頼できる大人に相談してから突っ込め。分かったな四遊!」

「…はい。」

「…だが、よくやってくれた。…っと、これ以上はあまりよくないな。先生が特定の生徒に肩入れしてはならない。…これで今日の授業を終わる。力に溺れた人間の末路を忘れるなよ。」

 

最後に真木に起こられながらも賞賛されるという奇妙な体験をして。

新たな学校における新たな日々の内の一日は終わりを告げた。




登場人物紹介

・霊使
流石に怒られる。そんな事したら。

・桜庭鈴花
使用デッキはいまだ不明。
霊使への感情拗らせちゃっている系女子。

・海斗
キトカロスはお留守番

というわけで二部が開幕しました。
それでは次回もお楽しみに。


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絶望少女と友人事情

 

新たな学期が始まってからとうとう二週間が経過しようとしていた。

―――この間、桜庭鈴花のが得た交友関係は0。

気付けばクラス内でも「居ないもの」としての立場を確立していた。

別にそれ自体はどうでもいいのだ。

クラスでどう扱われようと、もう既に気にしないことに決めている。―――一つ気に入らないことがあるとすれば―――

 

「…なんか桜庭さんって雰囲気悪いよねー…。」

「しっ!聞こえる聞こえる!」

 

わざわざ本人のいる前でこういうふうな影口を叩く輩が居る事くらいだろうか。

一月もたてばそんな事を口にすることも無くなるだろう。

そう考えていたが結局陰口やそれに類する言葉が時たま耳に入ってくる。

 

「…くっだらない…。」

 

自分の事をどうこう言うのは別に構わない。確かに今の自分はそう見えているのだろうから。

だがそれをわざわざ本人に聞こえるように言うのは止めて欲しい。

それは余りにもくだらない事だから。

文句があるなら直接言いに来い。それができないなら文句なんて言うんじゃない。

 

「…陰口をたたいていれば私が消えて無くなるとでも思った?」

 

鈴花はそれだけ言うと教室のドアを勢いよく閉めて退出する。

言われるのは仕方ない事だが―――それでもやはり心は痛む。

自分が涙を流していることにさえ気づかずに、鈴花は学校を後にした。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「今日もうまく話せなかったよぅ…咲姫ぃ…。」

『…例の事件のせいでコミュ障拗らせた?』

「…かもぉ…。」

 

誰も居ない家に帰った鈴花は部屋に入るや否や前の学校での数少ない友人だった咲姫に電話をかけた。

―――何故か咲姫とは最初に顔を合わせたときから上手く話せたのだ。

今思えば、咲姫の話術に嵌っていっただけかもしれないのだが。

 

『―――鈴花はさ、もう友人を持ちたくないの?』

「―――そういう訳じゃないよ。親しい人がいなくなるのはもう嫌なだけで…嫌われたくは、ないかな?」

『ごめん、一番厄介な奴…。』

「やっぱりぃ…?」

 

親しい人がいると苦しくなるだけ。

でも、だからと言って誰とも交友を繋ぎたくないわけでは無い。

現に咲姫との繋がりは切りたくないと考えている。

ただ、そういう事があったという事は伝えたいのだ。被害者ぶっていると言われればそれまでだが、鈴花の「誰とも親しくなりたくない」は「親しい人を作る勇気がない」と言い換える事が出来るだろう。

彼女は恐れているだけだ。―――親しい人が、また目の前からいなくなってしまう、悲しい別れを経験することを。

 

『電話越しで普通に話せるんだからさぁ、学校でも普通に話せばいいのに…。』

「それができたら苦労してないんだってぇ!」

『ま、だよね。』

「何その「知ってた」感!」

『―――だって鈴花学校だと私以外友人居なかったじゃん。』

「ぐわぅっ!」

 

咲姫の指摘に鈴花のライフポイントが音を立てて崩れていく。

前の学校では咲姫が居たからこそ終身名誉ぼっちを避ける事が出来たのだ。

だから、そのせいなのか、咲姫の言う事だけは自然と受け入れることができた。

―――だからこそ咲姫の核心を突いた指摘が鈴花の心にぶっ刺さるわけなのだが。

 

『いつも近寄りがたいオーラを出してる癖に私が来るとそのオーラは霧散する。言われるまでもなくめちゃくちゃ面倒くさい奴だよ?』

「はい…。」

『…ま、そんな友人を助けてあげるのが私の役目ってね。』

「本当にありがとうございます…。」

 

何一つ言葉を飾ることなく指摘をしてくれるからこそ、鈴花は咲姫の事を信じることができた。

時にはその言葉に傷つくこともあったが、咲姫が居なければ今頃自分がどうなっていたのかさえ分からない。

まあ、今より悲惨な生活を送っていることは確かなのだろうが。

 

『……それにしてもまさかここまでとは…。』

「ん?どうしたの?」

『いや…何でもないよ』

「…?」

 

咲姫の態度に一抹の違和感を覚えながらも、咲姫と鈴花はそのまま夜更けまで話し込むのだった。

 

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(何やってんだ昔の私ィィィィ!)

 

咲姫は電話を切るや否や布団で体を覆い隠した。

何を隠そう、咲姫が鈴花のコミュ障の原因だからである。

―――時はまだ咲姫が霊使、ひいてはウィンと確執があったころまで遡る。

 

霊使を追って転校した先で、咲姫は一緒にウィンを追い詰めるための「仲間」を得ようとしていた。

それで周りとうまくコミュニケーションがとれておらずクラス内で孤立していた彼女と会話を交わして―――自分の話術で簡単に篭絡した。

―――してしまったというべきか。

あの時の荒んだ心でさえ、「ほっとくとヤバい」と思わせるくらいには鈴花はちょろかったのだ。

お陰で彼女は彼女自身のコミュニケーション能力になんら疑問を持たなくなってしまった。

―――しかし、咲姫と離れて彼女は気づいたのだろう。自身のコミュニケーション能力の低さに。

幸いなことにそれが半ば咲姫のせいであるという事は気づかなかったが。

 

(今思い返してみれば…!弱みに付け込む様な事を…!私はッ!なんて愚かな事をぉぉぉ!)

 

ベッドの上でじたばたと暴れ回る咲姫へかける言葉は何もない。

あったとしても「自分の尻は自分で拭え、それができないのならばそもそもやるな」という事くらいではないだろうか。

 

(過去の自分を今すぐぶん殴りたいっ!色々と勘違いしていたことも含めてッ!)

 

今更変えようもない現実に咲姫はただただ頭を抱えるばかり。

兄が聞いたらきっと頭に拳骨を落とされるだろう。―――最悪の場合、着弾地点から半径一センチの頭髪が衝撃で消し飛び、内出血で逃避が2センチも盛り上がることになる。

当然その拳骨の痛みは想像を絶する―――という言葉でさえ言い表せない。

―――もう一撃も喰らいたくない。ウィンとのイザコザが済んだ後で喰らったあの一撃は忘れもしない。

 

(お、思い出しただけで痛みが…。)

 

あの件に関しては自分が悪いので黙って粛々と受け入れたのだ。―――「手心は加えた」と言っていたのだから相当手加減はしてくれたのだと思うが―――それであれなら本気は一体どうなのだろうか。

―――願わくは、自分のやらかしが霊使にばれないように。

咲姫は心の底からそう強く思ったのだった。

 

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(咲姫はああ言ったけれど―――。)

 

既にクラスで孤立気味である鈴花。当然、彼女の話を聞いてくれそうなクラスメイトはいない。

まあ、あれだけきつい態度をしていたのだからそれも当然なのだろうが。

家族が死んで、大切な人もいなくなって、唯一の友人とも離れ離れになって。

今の鈴花は本当に一人ぼっちだ。もしこのままいじめられていても、誰も助けてはくれなさそうだ。

せめて、咲姫と同じ地域に住んでいれば、こうはならなかったのかもしれない。

 

「―――はあ。」

 

今のままではいけないという事は本当は自分が良く分かっている。

昔のままでいいはずがないという事もよく理解しているつもりだ。

それでも鈴花は、昔から何も変われていない。それを棚に上げて嫌な態度を取る事しかできない自分に嫌気が差していた。

 

「…私は…。何をしたいんだろう。」

 

鈴花はもう親しい人を作りたくない。―――その気持ちが大いにある。

それでも心の内の何処かでは鈴花も人とのつながりを求めていて。

―――そしてその前に立ちはだかるのは、コミュ障と、繋がりを作りたくないという二つの大きな壁。

 

(思えば思うほど…私、向いてないなぁ…。)

 

友人作りだとか、学校生活だとか。

きっと今の自分は誰かとつながりを作るのに臆病になっている。―――「新しくつながりを作らない」と「今ある繋がりを守る」は簡単に両立できる。鈴花はそれを知っている。

ではなんで新しいつながりを作るのが怖いのだろうか。

―――恐らくだが、多分、それはきっと。

()()()()()()()()()()()()()()()()()、そしてできたばかりの温かいつながりを失うのが怖いからだ。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「…咲姫って桜庭さんと仲良かったのか!?」

『…お兄ちゃん、驚きすぎだって…。』

 

咲姫から早朝にかかってきた電話。

そこで咲姫から鈴花と咲姫が同じクラスであったこと、そして鈴花にとっては唯一無二の親友だったことを告げられる。

何でも今の咲姫になる前から仲が良かったそうだ。

 

「…で?俺に何か頼みたいことがあるんだろ?」

『そうそう。―――もしよかったら、これからも鈴花の事気にかけてあげて。向こうは私達が兄妹だとは思ってもないみたいだし。』

「―――言わなくていいのか?」

『まぁね。あの子はきっとお兄ちゃんの事を嫌っている。―――でも言ってたよ、彼女。「もう親しい人を失いたくない」って。』

 

クラスメイトにきつく当たっていたのはそういう理由があったからか。と、霊使は納得した。

確かに他の人に踏み込まれたくない領域というものがある。彼女のソレは他の人と比べると少しばかり広いのだろう。

 

『―――だからね、お兄ちゃん。鈴花の事を見ててあげて。それでもし何か困ってたら助けてあげて。』

「分かってる。身内が招いた種だし。―――何よりも孤独に突っ走っていく桜庭さんを放っては置けない。」

『―――ん。ありがと。じゃ、そろそろ切るね。』

「―――咲姫。」

『ん?何?どうしたの?』

「―――いや、なんでもない。」

『そ。―――もしかして気遣ってくれた?私がいじめられてないかとか?大丈夫だよ、私は。じゃ、また会って話そう。』

 

それだけ言うと咲姫はすぐに電話を切ってしまった。

どうやら兄の心配事は妹に見抜かれていたらしい。あの騒乱から、咲姫は一度も姓を変えていない。だから彼女は先の騒乱を引き起こした一族としての十字架を背負っていくことになってしまった。

 

「身内の恥は身内で雪ぐよ。―――お兄ちゃんは日の当たる場所を歩いてね。」

 

―――思えばあの時から先は自分を「お兄ちゃん」と呼ぶようになったのだったか。

もう、縛られる必要は無いというように、彼女は自分の素を、霊使の前にさらけ出した。

 

「―――なるようにしかならないだろうけど。…頑張ってみますか!」

 

咲姫に言われたからではなく、霊使がそうしたいから。

そんなお人好しな霊使だからこそ、きっと人を引き付けるものがるのだろうから。




登場人物紹介

・鈴花
おもしれー枠
二つの矛盾する気持ちがあって本人も困惑中。

・霊使
後方保護者面枠

次回、ようやくデュエルします。
―――海斗が。


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解放、ティアラメンツ!

 

「―――海斗強くね?」

 

事の発端はそんな感じの会話だったと思う。

霊使は海斗に許可をもらって海斗のデュエルの光景を見せてもらう事にした。

以前に霊使の物を見せたので「そのお礼」ということらしい。

見た結果の感想がこれしか出てこなかったのだから、これは酷いというほかない。

 

「ええ、海斗は最強ですから。」

「…十割十分原因は貴方たちでしょうよ…。キトカロスさん?」

「…そう、とも言いますが…。」

 

―――海斗は案の定デュエルモンスターズの精霊が憑いていた。人魚モチーフの彼女はキトカロスという名前だ。

彼女はその圧倒的な効果で対戦相手を絶望させていた。正直海斗を相手にするのならば一番相手にしたくない相手でもある。

 

「…もう一度見せてくれない?」

「ん。」

「好きなだけ見てください、私と海斗の雄姿を!」

「―――二人は魔王じゃないか?」

 

そんな事を言いながら霊使は『デュエル実践』と名のついたファイルを眺めるのであった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

この形式の授業はくじ引きで対戦相手が決まる。

海斗のクラスの総計は35人なため一人だけ先生と対戦しなければならないようだった。

このご時世に、デュエルが強くなければ教員も務められないという謎理論が蔓延っており、先生はぐうの音の出ないほどの実力者だ。

 

「―――じゃあ、俺が先生とやります。」

 

だが、そんな相手にに海斗は臆さず向かって行く。―――早いところキトカロス達【ティアラメンツ】を使いたいから。後は、自分がこのクラスで最も浮いているという自覚があるから。

もっとも、彼が先生とデュエルしたいのは、自分が先生という「強い相手」とデュエルしたいからなのだが。

 

「デュエル、しましょうよ、先生。」

「…ふむ。良いでしょう。デュエルしましょうか。―――ですが挑まれたからには手加減しませんよ。」

 

海斗が先生に提案した通りに、先生と海斗がデュエルの準備を始める。他の物はどうせだから、ということでこの一戦を見学することになった。

 

「―――先攻をどうぞ。」

「いいのかい?」

「ええ。あっと驚く蹂躙劇をご覧に入れましょうとも。」

 

基本的にデュエルモンスターズは先行が有利なゲームだ。

相手の動きを妨害し、自分の沼に引きずり込むことができる―――その分だけアドバンテージが得られるからだ。

だが、海斗は敢えて後攻を選ぶ。

 

「そこまでいうなら…。良いでしょう。私のターンだ。…私は手札の【伝説の白石】をコストに【ドラゴン・目醒めの旋律】を発動。デッキから【ブルーアイズ・カオス・MAX・ドラゴン】と【青眼の亜白竜】を手札に加える。さらに【伝説の白石】の効果で【青眼の白龍】をもう一体手札に。」

「…どうぞ。」

「…私は手札の【青眼の亜白竜】の効果発動。手札の【青眼の白龍】を公開することで【青眼の亜白竜】を特殊召喚。…さらに儀式魔法【カオス・フォーム】発動!手札の【青眼の白龍】をリリースして…降臨せよ、【ブルーアイズ・カオス・MAX・ドラゴン】!」

 

海斗は何もアクションを起こさない。

―――当然、相手のカードが強力な物であることは百も承知だ。だが、ティアラメンツの特性上、海斗は妨害カードさえ最小限にする必要があった。

だから海斗はただ見るばかり。それ以上のアクションを起こす必要さえない。

 

「…さて、と。私はこれでターンエンド。…伏せカードがないのは辛いですが、まあいいでしょう。」

 

先生 LP8000 手札二枚

モンスターゾーン ブルーアイズ・カオス・MAX・ドラゴン

         青眼の亜白竜

 

先生はこれでターンエンドを宣言。青眼の亜白竜も厄介だが、一番厄介なのは効果破壊耐性と対象効果耐性を持っている【ブルーアイズ・カオス・MAX・ドラゴン】。このカードを突破するには攻撃力4000以上のモンスターを召喚しなくてはならない。

―――普通なら難しい話だ。霊使なら即座に【閉ザサレシ世界ノ冥神】の素材にすることを考えただろう。

 

「俺のターン!ドロー!…手札から魔法カード【テラ・フォーミング】を発動です。この効果でデッキから【壱世界(いせかい)=ペルレイノ】を手札に加えそのまま発動!【壱世界=ペルレイノ】は発動時の効果処理としてデッキから【ティアラメンツ】モンスターを手札に加える効果を持ち、更に融合モンスターと【ティアラメンツ】モンスターの攻撃力を500上昇させます!俺は【ティアラメンツ・シェイレーン】を手札に加えます。」

「…なにもないです。」

 

だが、海斗は違う。

海斗は小細工なしで、力尽くで乗り越えることにした。幸い、今の様子からして相手の手札に妨害の類はなさそうだ。

 

「ならば手札から【ティアラメンツ・シェイレーン】の効果発動!【ティアラメンツ・シェイレーン】を特殊召喚し手札の【古衛兵アギド】を墓地に!更にデッキの上から三枚を墓地に送る!俺は墓地に送られた【壱世界に奏でる哀唱(ティアラメンツ・サリーク)】の効果で【ティアラメンツ・メイルゥ】を手札に加える。後の二枚は…【沼地の魔神王】と【捕食植物セラセニアント】…。特に効果なし。」

「おや、墓地肥やしの結果は芳しくなかったようだね。」

 

ティアラメンツのデッキの特徴は「墓地肥やし」―――墓地にカードを溜めてそれをリソースとして使う、というものだ。シェイレーンをはじめとした下級のティアラメンツは全て墓地肥やし効果ともう一つの効果を持っている。

だが、海斗のデッキはこれでは止まらない。

 

「更に墓地に送られた【古衛兵アギド】の効果発動!互いのデッキの上から五枚を墓地に!…墓地に行ったのは【ティアラメンツ・レイノハート】に【宿神像ケルドウ】、【剣神官ムドラ】、【嫋々たる漣歌姫の壱世界(ティアラメンツ・ペルレギア)】に【捕食植物セラセニアント】の五枚…。うーん、微妙だ…。というわけで墓地の【ティアラメンツ・レイノハート】の効果発動。このカードが墓地に送られた際にこのカードを特殊召喚して手札から【ティアラメンツ】カード…【ティアラメンツ・メイルゥ】を墓地に。…特殊召喚された【レイノハート】の効果と【ティアラメンツ・メイルゥ】の墓地効果でチェーン。メイルゥの効果で墓地の【メイルゥ】と【捕食植物セラセニアント】をデッキに戻すことで融合召喚!」

「…墓地で融合だと!?」

 

ティアラメンツのもう一つの特徴。それは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことだ。相手の効果で破壊されたときやデッキや手札から効果で墓地に送られたときは勿論の事、融合素材として墓地に送られてもこの効果は発動できる。まさに一粒で二度おいしい、というやつだ。

しかもこの効果はよりにもよって除外ではなく「デッキに戻す」効果―――つまり自前でリソースも回復できる。

うわぶれれば二度どころか何度も美味しい。それがこのデッキの醍醐味である。

 

「とにかく融合召喚!【捕食植物キメラフレシア】!」

「【ティアラメンツ】モンスターとかそう言った制限は…?」

「あるわけが無いッ!」

 

おまけに、この【ティアラメンツ】達の融合効果に【ティアラメンツ】モンスターという縛りは無い。従って雄吾条件を満たすモンスターならいくらでも湧いて出ることになる。

新たな融合モンスターが出るたびに【ティアラメンツ】はより強化される、というわけだ。

 

「さらに【ティアラメンツ・レイノハート】の効果発動!デッキから【ティアラメンツ・ハゥフニス】を墓地へ!【ハゥフニス】も当然墓地融合効果持ちですからね!今度は墓地の【ハゥフニス】と手札の二枚目の【ハゥフニス】、それと特殊召喚された【ティアラメンツ・レイノハート】の三体で融合召喚!【ティアラメンツ・カレイドハート】!」

 

―――海斗やキトカロスにとっては不倶戴天の仇である【カレイドハート】。―――当然ながら今はデュエル中かつ、ソリッドビジョンなので何の叛意も示さないが。

 

「もってけ!【壱世界=ペルレイノ】の効果発動!フィールド・墓地の【ティアラメンツ】モンスターがデッキに戻ったとき、相手フィールド上のモンスター一体を破壊できる!【青眼の亜白竜】を粉砕!」

 

波にさらわれて流されていく【青眼の亜白竜】。

これで残るモンスターは【ブルーアイズ・カオス・MAX・ドラゴン】一体のみとなった。

 

「…さらに手札の【ヴィサス=スタフロスト】の効果をこのカードとは属性・種族が違うカード一枚―――【ティアラメンツ。シェイレーン】を対象にして発動!【ヴィサス=スタフロスト】を特殊召喚して【ティアラメンツ・シェイレーン】を破壊!―――この破壊は【ヴィサス=スタフロスト】の効果によるもののため、【ティアラメンツ・シェイレーン】の効果は発動します!」

「―――自壊もありなのか!?」

 

ティアラメンツは自分のカードの効果ででも「カードの効果でさえ墓地に送られれば」効果は起動する。当然それは、フィールドから墓地に送られたときでも同じだ。

 

「【沼地の魔神王】と、【ティアラメンツ・シェイレーン】をデッキに戻す!【沼地の魔神王】は【ティアラメンツ・キトカロス】の代わりとする!」

 

墓地に存在する【沼地の魔神王】は融合素材の代用となれるモンスター。

どれだけ条件が厳しくてもこのカードがあればその内の一体は肩代わりできる。―――名称指定されている素材だけだが。

 

「壱世界の真なる主よ、清らかなる意思をもって我らが敵を退けろ!融合召喚!―――【ティアラメンツ・ルルカロス】!」

 

剣を持ち、世界の主たる意志の強さをその双眸に宿したキトカロス―――ルルカロスがフィールドのに登場する。彼女は攻撃力3000に加えて壱ターンに一度、モンスターの特殊召喚を行う効果を無効にしたうえで、自身のモンスター一体を墓地に送る効果、さらに効果で墓地に送られたときに一度だけ特殊召喚できる効果を持つ。

 

「…正真正銘、【ティアラメンツ・ルルカロス】は俺の切り札です。…墓地の【剣神官ムドラ】の効果発動。この角を除外して墓地のカードを三枚…【嫋々たる漣歌姫の壱世界(ティアラメンツ・ペルレギア)】、【壱世界に奏でる哀唱(ティアラメンツ・サリーク)】、【古衛兵アギド】の三枚をデッキに戻します。」

 

エースモンスターの召喚に加えて、デッキのリソースの回復。

これで海斗がこのターンに為すべきことは全部為した。

攻撃力が500上がったルルカロスと、カレイドハート。そしてキメラフレシアが居ればこのターンで簡単に決着がつく。

 

「バトル!【捕食植物(プレデタープランツ)キメラフレシア】で【ブルーアイズ・カオス・MAX・ドラゴン】を攻撃!この攻撃宣言時に【キメラフレシア】の効果発動!相手の攻撃対象―――【ブルーアイズ・カオス・MAX・ドラゴン】の攻撃力を1000下げ、【捕食植物キメラフレシア】の攻撃力を1000上げる!これは対象を取る効果ではない為、当然【カオス・MAX】にも通用する!これで【キメラフレシア】の攻撃力は【ペルレイノ】上昇分を合わせて4000!攻撃力3000となった【ブルーアイズ・カオス・MAX・ドラゴン】撃破!」

「何ィィィィッ!?」

 

先生 LP8000→7000

 

まずはダイレクトアタックを通すのに邪魔な【ブルーアイズ・カオス・MAX・ドラゴン】を破壊する。

こうすることで相手の場のモンスターを無くす。

もう、相手を守るカードは一枚もない。

 

「まずは【ティアラメンツ・カレイドハート】でダイレクトアタック!」

 

先生 LP7000→3500

 

海斗の指示と共にカレイドハートは無数の触手を相手に向ける。

当然これを防ぐ手立てはないので、無慈悲に相手のライフはけずれていく。

 

「終わりだ!【ティアラメンツ・ルルカロス】で、とどめェッ!」

 

海斗の掛け声と同時にルルカロスは泳ぐように、素早く相手の懐に潜り込む。

手にした剣を腰だめに構え一気に横に薙いだ。

 

「ぜぇあぁあぁぁッ!」

 

裂帛の気合と共に一閃した剣戟は先生の残りのライフを容赦なく削り取る。

―――こうして高校生活初めてのデュエルは「後攻ワンキル」というすさまじい結果で幕を閉じた。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

―――これはひどい。」

 

霊使は何度映像を見返してもその言葉しか出てこなかった。

この相手に勝ちたかったら特殊召喚を完全にロックするしかない。

これでは【崇高なる宣告者】の効果も打ち切りになりそうな予感がする。

 

「カードパワーが数年先なんだって!」

「…そう、ですかね?」

 

抱いている感想はそれだけだ。明らかに色々とバグっている。一体どうやったら後攻壱ターン目であれだけ展開できるのだろうか。

墓地肥やし全般と相性がいい。―――だが、まさかここまでとは誰も思わないだろう。

 

「そもそも墓地肥やしと強力な効果をひとまとめにしちゃいけないって征竜で学んだだろ!教えはどうなってんだ教えは!」

「…そんなこと言われても…。」

 

かつて存在したとされる【征竜】―――全てのカードが一度は禁止にされたとんでもないカテゴリだ。

かつてのソレを思わせる―――いや、それ以上のカードパワーに戦慄している。「猿」に匹敵するほどのカードパワーをカテゴリ内の全てが持っているといっても過言ではない。

普通ならば、そんな相手とデュエルをするのはおかしいのだろう。

 

「―――おい、デュエルしろよ。」

 

だが、霊使は底なしのデュエル馬鹿であった。

強い相手と心躍るようなデュエルをしたくなるお年頃なのだ。

 

(―――やれやれ。付き合うこっちの身になってよ。)

(嫌だったか、ウィン?)

(まさか。むしろやってやろうって気になったよ!)

(さすが、俺の相棒だ!)

 

ウィンも心を通じてやる気を見せてくれる。

ならばやるしかないだろう。

 

「行くぜ、海斗!―――デュエル!」

 

数分後、霊使は思い切り悲鳴を上げることになるのだが、それはまた別の話だ。




登場人物紹介

・海斗
最強で最凶。令和の征竜を従える作中最強。
こういうふうにティアラメンツをまともに動かすと「こいつだけで良くね?」となります。
彼は俗にいうBLACK RXです。

・霊使
規制されても環境に居座り続けるテーマ相手に勝てるわけないだろ!
いい加減にしろ!

これはひどい…。
というわけで海斗初デュエル回でした。


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絶望少女と英雄と:その①

 

「―――また、か。」

 

最近はいつもこうだ。鈴花の靴箱に詰められる塵やらなにやら。取り除くのに使う労力がもったいないというか。

あんな態度を取っていればいつかこういうふうな行動も起こされるだろうとは思っていた。思った通りというか、案の定というか。いつか来る未来だと覚悟していた事でもあった。

だが、まあ。

思ったより数週間ほど早かったが。

どうやらこの学校の生徒の治安は最悪に等しいらしい。

 

(―――私が四遊君にそっけない態度を取っている、というのもあるんだろうけど。)

 

クラスの人気者にそっけない態度を取っている―――。こういう事をする連中というのは大概何かがおかしい人達だ。一部の人間をまるで神か何かのように崇めたり、本人にその気がないのに英雄視したり。

そもそも特定個人の誰かを崇めている連中は崇められている個人の事を考えたことがあるのだろうか。

 

(少なくとも私は嫌だな。誰かに勝手に偶像崇拝の対象にされるっていうのは。)

 

最も、自分がそんな対象になるだなんてほんの少しも思っていないのだが。

とにかく、鈴花の予測通り、自分に対するいじめが始まった。

自分のコミュニケーション能力が壊滅的なこと、英雄にそっけない態度を取るっている事、性格も内向的であまり人と関わろうとしない事。

これらは全ていじめの対象とする絶好の条件である―――らしい。

 

(所詮弱い者いじめしかできない獣…ってやつだね。程度が知れるよ。)

 

結局どこに行っても誰かを貶めようとする人間の本性は変わらないという事なのだろうか。

家族を理不尽に奪われた少女に対して、世間の目は何処までも残酷だ。

「命があるだけ儲けもの」だとか「英雄(四遊霊使)に感謝しなさい」だとか。

少なくともそれは無理な話だ。―――家族を奪われてそう簡単に立ち直れるものか。

何でもう前を向ける。死んだ人を悼む時間さえくれないのか。

―――もう少し同じ時間を過ごしておけばよかった。もう少し話せばよかった。そんな事を思うたびに鈴花の心に一つ、また一つ錘となってのしかかる。

鈴花の中に詰まった後悔は、彼女を絡めとって離そうはしなかった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

いじめと言ってもそこまであからさまな行為は行われなかった。

相変わらず霊使は自身に喋りかけてきてくれたが、「もういい」というと罰が悪そうにして去って行ってしまう。

どうしてか彼は自分に関わるのをやめようとはしなかった。

責任感だとか、そう言った事では無くて。

恐らく彼は()()()()()()()()()()()()()()()

―――余計なお世話だとは思う。

それでもどこかでそれを受け入れている自分もいた。

 

(世話焼きというかなんというか…。

 

どっちにしたって、嫌われている相手に関わろうとするのは並大抵のことではない。

並大抵のことではないが――なんで関わるのか。

それがどうしても気になってしまう。

 

(言葉を間違う気しかしないんだよね…。)

 

といっても鈴花は自分のコミュニケーション能力では確実に言葉を間違えてしまうだろうという確信があった。

それが明らかに霊使を傷つける言葉になってしまうというのも理解している。

 

「…なんであなたは私にそこまで関わろうと?」

「……一人になろうとしている人をほっとく奴なんている?」

 

―――見抜かれていたのは驚きだ。

分かっているのであれば放っておいて欲しいのだが、どうやらそうもいかないようだ。

 

「一人ってさ。色々と辛いんだ。誰も助けてくれないし、誰も手を差し伸べてくれない。当然君が苦しんでいることを誰かに知ってもらう事もできない。―――君が何を抱え込んでるのかは、何となく察しがついている。」

 

まるで全部を見て来たかのようなその物言いに腹が立ってくる。

目の前で失った事がない癖に、目の前で後悔が形になったことがない癖に、なんでそんな風に物が言えるのだろうか。

 

「いいよね。君は全部守れたんだから。―――何も残らなかった私の事なんて分かるはずがないんだよ!」

「―――そう、なのかもしれない。でも、俺は―――」

「同情?哀れみ?そんなものはもう結構よ!いいから二度と私に関わらないでよ!」

「―――ちょっ…!?」

 

なんであんなに人の内面に踏み込もうとするのか。

なんで私なんかのことに関わろうとするのか。

どっちにしたって今のやり取りで彼の中での自分の価値はおおいに下がったはずだ。

もうこれで関わり合いになることも無いだろう。

―――それと同時にクラスの中でもヒエラルキーが下がり切っただろうが―――どうだっていい。

余り、このクラスの事が好きになれそうにないから。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

(やってしまった…。)

 

今の声のかけ方はもしかしなくてもやってしまったのだろう。

浅慮な言葉で彼女の踏み込んではいけないところに踏み込んでしまった―――だから彼女は立ち上がってこの場を去ってしまったのだ。

 

「…なにもあんな言い方しなくてもいいのにね。大丈夫だった?」

「ん?ああ、俺は大丈夫。今の俺の発言が不用意だっただけだから。」

 

それにしても、最近、桜庭鈴花とこのクラスの溝は深まってきていると思う。

彼女が何を思っているかは知らないが、このままではまずい事態になりそうだ。

最も、霊使は彼女にド派手に振られてしまったのでもう何も言えない。

 

(―――現場押さえるしかないか…。)

 

こうなったら何か不味いことが起きている現場を押さえるしかない。

彼女があの事件で何を失っているかは重々承知している。

―――そして、それはきっと誰にも触れられたくないものであろうという事も。

 

(…でも、だからってなぁ…。)

 

立ち直れない、というのはしょうがない。

大切な人を失っておいてすぐに立ち直れというのが無茶な話だ。

―――だが、それでも。

たとえ自分が責められたとしても。

それでも彼女を放っておけない。孤独の道に突っ走る彼女を放っては置けないのだ。

孤独に走った人間の末路は大概碌でもないと、霊使は目の前で見て来たから。

 

(といっても…なぁ…。)

 

まさかわかりやすい行為をするわけでもあるまい。

ここは秩序ある人間社会だ。そこでまさかわかりやすく誰かを害する行為が行われるはずがない、と霊使は考えていたのだ。

―――霊使の見立ては想像以上に甘かったと、そう言わざるを得なかった。

その考えはその翌日にぶち壊されることになる。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「…は?」

「…まさかここまで直接的に来るとは…。」

 

霊使にあんなことを言った手前、もう関わることは無いと思っていた。

が、まさかこんなに早く関わり合いになるとは思いもしなかった。

しかも、こんな。

まるでいじめから庇われるような形になるなんて。

 

「…昨日の事謝りたくてさ。探してたんだ、桜庭さんの事。」

 

なるほど、昨日自分が怒ってしまった原因は自身にあるんだと霊使は考えていたようだ。

傍から見ればそうだろうし、実際に踏み込まれたくないところに踏み込まれそうになったので事実的にもそうなのだが。

―――悪いと思っているなら関わらないで欲しい、とはもう言えなかった。

少なくとも、命の危機から救われたのだから―――あの男達とは違う、というのは良く分かる。

 

「…それで?」

「でさ、桜庭さんを見つけたとこまでは良かったんだけど…。」

「バケツが落ちてくるところをみた、と…。」

 

まさかここまであからさまな行為に出てくるとは霊使も考えていなかったようだ。

―――今の霊使は全身がびしょびしょに濡れている。さらにいうなら頭に一つ大きなこぶを作っていた。

バケツが落ちてくる過程でひっくり返ったからよかったもののそうでなかったら今頃霊使の頭は見るも無残な事になっていたに違いない。

 

「…さすがにこれは…やりすぎでしょうよ。」

「そう、だね…。」

 

そして、そうなるはずだったのは自分で。

―――自分のせいで、巻き込んでしまったのだろうか。

自分が彼を拒絶したから。

認められなかったから。

 

「…ごめん、なさい…。」

「謝らなくたって…。」

「…ごめん、今は一人にさせて。」

「―――あっ!」

 

そう思うと居ても立ってもいられなくなった。

今度は自分のエゴに巻き込んで人が死ぬところであったのだ。

巻き込まれただけの英雄が。

気付けば鈴花はその場から逃げるようにして走り去っていった。

 

「…どーにもうまく行かないね…。」

 

そんな申し訳なさそうな声をその背中に受けながら。

―――桜庭鈴花は今日もまた後悔を一つ積み重ねる。この後悔という呪縛から解き放たれる解き放たれることがないよう、自分を呪いながら。




登場人物紹介

・鈴花
民度が最悪なのがこの世界なので…。

・霊使
多分なんでそうしたかを聞いたら激昂する。

…なんで重苦しい話になっているんだ…。


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絶望少女と英雄と その②

 

なんで、どうして。

何故自分を助けようとするのか。

何故そんな事が出来るのか。どうせ他人じゃないか。

鈴花は矢継ぎ早にそう言葉を吐きながら霊使から逃げていた。

 

(…強い…からなんだろうね。)

 

―――体も、心も。

だからこそ、鈴花が傍に居てはいけないのだと思う。

彼は、強いから。その強さを自分が享受してはいけないと思っているから。

霊使がそんな事を知れば激昂は必至だろう。なぜなら彼は桜庭鈴花という一人の人間を救うために動けるからだ。

 

(…いいんだ。私は一人で…!)

 

だが、それは鈴花にとっては自分に巻き込む以上の何物でもない。

だから、逃げたかった。

自分は彼にそんな事をされるほど価値のある人間ではないと知っている。

救われるの価値のない、無意味で無力で、無価値な人間であると知っている。

 

「…あれー?なんで逃げてるのかな…ッ!」

「キャッ…!?」

 

そんな事を考えていたせいか、自分をひっかけようとする脚に気付くことは無かった。

当然、その足に引っ掛けられることで鈴花は体勢を崩して転んでしまう。

そのまま自分の上に誰かが乗った―――首元に冷たい何かを突きつけられる。

 

「…いけないなぁ。私達の英雄にあんな態度取るなんて。」

「…貴女には関係ないでしょう?」

「あるよ、大ありなんだって。」

 

下手人は同じクラスの女子だった。

昨日、霊使に「大丈夫」なのかと声を掛けていた人物と同一だったはず。

 

「…ないでしょうに…。」

「あるよ。」

 

ただ少なくとも。

霊使と彼女らに何も関係は無い筈だ。

―――だが、彼女たちはある。とそう言い切った。

 

「英雄様の近くに居る人はね。みんな英雄様を慕ってるの。私も、他の子達も。だって私達を絶望からを救ってくれたんだよ?貴方のような卑屈な人間が隣に居たら、声を掛けるあの人の価値も下がってしまうじゃない。」

 

―――いかれている。そうとしか思えない。

うっとりとした声音で語る少女に鈴花は軽く恐怖を覚える。

だってそうだろう、うっとりとした声で簡単に人の命を奪おうとしてくる存在に一体どう対応すればいいのか。

なんだこいつらは。一体どうすればいいのだ。どう対応するのが正解なのだ。

それが分からない。

 

(…なんかヤバい宗教組織が生まれてる…。それだけ恐怖してたって事なのだろうけど。)

 

一つ言えることがあるとすれば。

少なくともこの学園はまともではないということだ。

人間というのは何をきっかけに暴走するのか分からない。

現にこの少女の声からは「霊使を貶す者は許さない」という空恐ろしいほどの意志を感じる。

これを人格の暴走と言わずに何というのか。

 

(これはきっとただ殺されるで済まない…ッ!)

 

何とか逃げないと、そう考えたところで「桜庭さーん」と呼ぶ声に気付いた少女が大急ぎで離脱した。

どうやら、今日だけで二度、命を救われたようだ。

―――味方は四遊霊使だけ。

 

(…なんでこうなっちゃうかな…。)

 

鈴花はこの理不尽を嘆いて現実逃避する事しか考えられなかった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

桜庭鈴花16歳。

出身地は旧端河原松氏。

家族構成は父と母、弟の四人。

父は再婚。弟は連れ子。

桜庭鈴花を除き全員死亡。

―――粛清対象:英雄にあくどい態度を取ったため

 

「―――ざっとこんなものか。我らが英雄を汚す小娘の情報は。」

 

ある廃校の一室。

そこで鈴花の情報を眺めながらそう呟く男がいた。

彼らは皆かつての戦いで「四遊霊使」という英雄に救われた者たちで、彼を崇める者たちでもあった。

当然、この組織の存在を霊使が知るはずもない。

勝手に崇めていて、そして霊使に害を為す存在を勝手に処理していくという恐ろしい組織。

 

「…あのお方に知られるわけにはいかない。」

 

この組織を一言で言ってしまうのならば「霊使を勝手に神格化して崇めている」組織だ。

過激なカルト宗教と言っても差し支えはないだろう。

霊使本人がこの組織を知れば表情を殺して潰しに来るだろう。

―――だが、彼らにとってそんな事はどうでも良かったのだ。

 

「―――我らが英雄がこの世界を治めるべきなのだ。何故ならあのお方こそが神なのだから…!」

 

端河原松市で作られた地獄。

一寸先の景色さえ見えないような漆黒の闇の中、彼らは確かに霊使という光を見た。

―――その光に脳を焼かれてしまったのが彼らだ。

「英雄」の狂信者。英雄にあだなすもの、英雄を貶す者を許さないもの。

名もなき組織は動き出す。

「英雄」を貶す者は世界の敵である、と、そう信じているから。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「…何か霊使絡みで面倒な事が起きている予感がする!」

「…俺は悪くない…よな?」

「さあ…?」

 

―――何か嫌な予感がする。

風の便りというかなんというか、自分の一番大切な人が勝手に貶められている感じ。

 

「…少なくとも霊使に心当たりはないんだよね?」

「あるわけないじゃん。」

「そりゃそうか。」

 

霊使は自身を落とし舞えることをするはずもないと考えてのは、緑色の髪のポニーテールが特徴的な少女。

身長は霊使の顎あたりであり、あどけなさを残した顔の少女がやれやれといった形で溜め息をつく。

彼女の名前は「ウィン」。四遊霊使という人間が一番傍に居て欲しいと願う人であった。

 

「…だから英雄になんかなりたくなかったんだ。」

「あらぬ疑いをかけられるからねえ…。」

 

ちなみに霊使は最近、至る所に現れている「英雄を貶す者に天罰を!」という人間に困っている。

今の時代が別の時代ならば、英雄とカテゴリにたくさんに人物が入っただろう。

だが、現代で「英雄」というと何かしらの前置きがない限り霊使の事を指し示すようだ。

霊使からしてみればいい迷惑である。

 

(俺はただウィンや皆と一緒に居たいだけなのにィィィっ!)

 

霊使はウィンやエリア、ダルクといったかつてともに戦ってくれた相棒達とゆっくりとした時間を過ごすのが最近の目標になっていた。

その為に霊使は高校を卒業したら農業系の大学に通うつもりだ。

そこで作物の栽培のノウハウを学んだうえでゆっくりできる生活を送る。

その為の一歩を歩み始めたばかりだというのに。

 

「最初の敵が「英雄」という重荷かぁ…。」

 

当然、霊使にとっては最も必要ない異名だ。そもそも異名やら二つ名やらそんなものがある所為でで人はいつも評価を間違える。

霊使自身はそう考えている。

―――霊使は対外的にみるという事をあまりしない。いつも自分の価値観に従って行動している。

最も倫理観は真っ当なので下手に暴走などは全くしないが。

そんな事をすればウィンに嫌われてしまうのでしない方が当たり前と言えた。

 

「…もうヤダおうちかえるぅ…。」

「霊使が壊れたーっ!?」

 

だがやはり厄介事というのは脳の理解を拒む様で。

霊使は自分の身の回りに起きる厄介事に頭を抱えながらも解決に乗り出すのであった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

咲姫は最近よく「英雄を貶す者に天罰を」と唱え続ける厄介な集団を監視していた。

理由は簡単で、「兄がそんな事を望むはずもない」と分かっていたからだ。

そう言うこともあり、来る者は拒まずという組織のスタンス上、楽に潜入を可能にした。

 

「…おぉう…。」

 

咲姫はそれが霊使を英雄として祭っている組織であるという事は知っていた。

だが、兄の名を借りてやっていることはただの犯罪まがいの行為だ。しかも本人は全く知らない形で。

それと同時に「相当ヤバい事」に手を出しているという事も知った。

 

「…なんだよ、薬物洗脳って…!」

 

彼らは集会の際にお香を焚く。

彼らは神聖なものとしてその煙を嬉々として浴びるが、それはただの薬物の煙であるらしい。

念のために息を止めておいて正解だったと言うところか。

体内に直接取り込まなければ意味がないものである為、何とか助かったという事だろう。

 

(…後で病院行こ…。)

 

自身の中にそれは入っているわけでは無いが、それでも気持ち悪さはぬぐえない。

兄の名を勝手に使ってこのような行為をする輩が居ることにも、それに気づかずにただ英雄として祭り上げている世の中にも。

 

「…とりあえず、情報はリークしておこう、うん。」

 

願わくは、咲姫の友人である鈴花や、霊使本人がこの集団に目を付けられない様に。

―――その願いは既に遅くなっていることを知るのはもう少し、後の話だ。




登場人物紹介

・霊使
彼を慕うやべー宗教がポップした。泣いていい。

・鈴花
逃げてとしか言えない…。

・咲姫 
漢気マックスな妹。
どうやらやべー組織の内情を探っているようですが…。

話のプロット書いていたらなんかやべーカルトが生えましたので初投稿です。


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絶望少女と英雄と:その③

 

霊使は最近では珍しくも無くなった先からの電話を受けていた。

―――が、そこで話されたのは初撃的な事実だった。

 

「…っていう実態だったよ。余りあのイカれポンチどもには近づかないほうが良いよ。それと多分鈴花はもうその組織に目を付けられてる。」

 

薬物と聞いて不安になったが、とりあえず咲姫は吸っていないようだ。

声音からして正気を保っていることが何となく分かる。

だが、二回、三回と潜入を続ければ薬物が聞いていないことがバレるかもしれない。

霊使は潜入はそれっきりにしておくように咲姫にお願いしてから、連絡を終えた。

 

「ふざけるなよ…!」

 

霊使は壁を強めに殴ってしまう。

―――それだけ怒りが溜まっているという事だ。

人の名前を勝手に使っておいてやることなすことすべてが余りにも外道すぎる。

そもそもの話、勝手に神格化されていることも全く持って知らなかったのだ。

 

「…霊使…。」

 

怒りに震える霊使に心配げな視線を送るウィン。

―――今の霊使は精神がとても不安定であることを知っている。

戦いの中で失ってしまったものを意識してしまっているというか、あの戦いで犠牲になった人の事が頭から離れないのか。とにかく霊使は人の尊厳を奪うような存在が大嫌いだった。

 

「…大丈夫かな。」

 

―――霊使について物凄く心配するウィン。

別に霊使がそのカルト集団をどうしようとウィンはそれに従うつもりだ。ウィンもそう言う行為は大嫌いだし、それは他のみんなも同様だ。

特にヒータ辺りは一人で突撃して失火という名の破壊工作を行うだろう。

と言ってもそれは拠点を一つ潰しただけで根本的な解決には何一つ至らない為結局却下されたが。

 

「暴走、しなければいいけど…。」

 

ウィンが一番心配なのは霊使が明確な何かをもって、その構成員に手を出す事。

―――つまるところ、霊使が誰かを殺してしまわないかというのがウィンの心配事だった。

今の霊使は「誰かを害する何か」に非常に敏感になっている。それを排除するために今度は霊使がそうする側に回ってしまうのでは、という不安だった。

一度誰かを殺してしまえば、きっと霊使は止まらない。

悪の芽が少しでもあれば即座に摘み取り、そこからまた新たな悪の芽が生えない様に根切りにすることだろう。

 

それでは正義を振りかざしているだけでやっていることそのものは嘗ての事件の首謀者たちと何ら変わりはない。たとえそれが「一般人を守るため」という理由があったとしても、だ。

少なくとも誰かを殺すという引き金を引いてしまえば、もうそれを忌避する必要もない。

そうなれば霊使は関わった人間全てを簡単に殺してしまえるだろう。

それだけ今の霊使は危ういのだ。

 

(せめて事件が起きなければ多少はまともだったのにぃぃぃぃ!)

 

霊使は咲姫からの報告で何があったのかを大体把握している。

そして即座に行動を起こそうとしている。

せめてもう少し時間を空けてくれればなぁ、そうすれば多少はメンタルが復活したのに。

ウィンは心の中でそう悪態を付きながら、霊使に気の利いた一言さえかけれない自分に歯噛みしたのだった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

昨日のあれはただの狂信者の類だと割り切った。

今後は狙われることが少なくなればいいけど、と楽観的な考えをしてしまう。

少なくとも向こうが崇める霊使とのつながりははっきりとしたのだ。手を出したら潰されるかもしれないという事を理解していて欲しい。

まあ。

きっと彼はもう、自分の為には動かないのだろうけど。

 

「うげ…。」

 

登校して自身の靴箱を開けばそこにあるのは大量の生ゴミ。

臭い上に蛆が湧いている。一日でここまでの腐敗が進むとは思えない。

自分への嫌がらせのためにわざわざ用意していたものだと思うと呆れた溜め息さえ出なくなる。

自分への嫌がらせに時間を割くなら、もっと生産的な事―――倫理観を足りない頭にそれを詰め込むとか、そう言った事に時間を使うべきだ。

 

「くっさいなぁ…。」

 

やれやれと言わんばかりに生ゴミを処理する。

―――取り敢えず、昨日首筋にカッターナイフを突きつけた女子の靴箱にそのまま中身を移し替えておいた。

まさか自分のやったことがそのまま自分に帰ってくるだなんて思いもしないだろう。

最も、別人だったとしても何一つ問題は無いのだが。

 

「やれやれ…朝から最悪だぁ…。」

「…何やってたの?」

 

とか余裕こいていたら誰かに自分の行為を見られていたようだ。

このままでは誤解を招くと思ったが、以外にも目の前の男はこれをダシにするつもりはないらしい。

 

「…何って、取り敢えず持ち物を持ち主らしき人間に返しただけよ。」

「ああ、なるほど。でもその生ごみの持ち主は彼女じゃなくて―――。」

「知ってるの?」

「まあ、ね。何なら昨日、犯行現場を目撃してるし。」

 

それどころか何故か協力的だ。

鈴花は男に怪訝な視線を向けるが、その視線は当然の物であるというふうに容易く受け止めて見せた。

そのまま人を簡単に信じさせるような屈託のない笑顔で、こう自己紹介した。

 

「俺の名前は渡瀬海斗。―――ま、君が嫌っている人間の友人さ。」

「―――一気に胡散臭くなったわ。」

 

その自己紹介のせいで鈴花の中では一気に信頼度が下がった。

一方的に嫌っているだけなのだが、それでもなんというか。

彼を使って復讐を企てているのではという疑念に駆られる。

 

(いや、うん、その…。)

 

このタイミングで出てきたことといい、自分が生ごみを返還してあげた後で声を掛けた事と言い、物凄く、怪しいのだ。目の前の男―――海斗はどうにも腹に一物抱えている気がする。

 

「…で?貴方はちゃんと証言してくれるんでしょうね?」

「それは勿論。いじめの現場を止められなかったのは許してほしいけど…代わりに証拠写真を撮って来たから。」

 

じゃあ先に行為を止めて欲しい、とは言葉に出せない鈴花なのであった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

自分に向けられた疑いの目線。

そんなに自分は怪しい存在なのかと思わず落ち込んでしまいそうになった。

 

(…俺は、そんなに怪しかですか…?)

(登場の仕方がちょっと…その…あれでしたね。)

 

キトカロスも言葉を濁すあたり本当に登場の仕方が悪かったのだろう。

いや、まあ仕返しの場面に登場したのだから「弱み握ってなんとやら」という、よくネット広告で見るような展開にでもなると考えていたのだろうか。

 

(まあ、そんなことしたら…。)

(絞り切って斬って捨てます。)

(ですよね。)

 

そんなことしたらキトカロスの怒髪天を衝くに違いない。

そうすれば行きつく先は「死」だ。―――この世に死体が残れば相当な温情を貰えたと判断してもいいのだろう。

肩を落としながら歩く海斗に声を掛ける生徒が一人。

海斗もよく知る色々と複雑な関係の友達―――霊使である。

 

「ダメだった…みたいだなぁ。」

「…なんであんなに恨まれて…?」

 

海斗が抱いた疑問は至って正しいものだ。

一人の人間になんであそこまで嫌われているのか―――その名前が出て来ただけで疑われるようなレベルで。

なにかしでかしたのだとか、喧嘩でもしたのか―――とにかくその疑問は尽きなかった。

 

「…地雷ぃ…ですかねぇ…。」

「あー…うん。一発殴るわ。」

「それをされてもしゃーないんだよなぁ…。」

 

原因は本人が一番分かっていたようだ。

どうやら彼女にとって一番踏まれたくない地雷を全力で踏み抜いたらしい。

なるほど、それは名前を出しただけで疑われるわけだ。

 

「謝ろうとしてもなんか妨害が入るし…。」

「ええ…?」

「この前なんか頭に水の入ったバケツが降って来たんだぜ?」

「…まずくない、それ?」

「だよなぁ…。」

 

しかもおまけに謝ろうとしたらバケツが降って来たという。

どうやら「四遊霊使」という人間を嫌う彼女を疎んだ誰かが、バケツを彼女―――桜庭鈴花に向かって落っことしたようだ。

―――少なくとも彼女は霊使という人間を嫌っていることによって学内での立場が悪くなっている。

 

「…なるほど。大体読めた。―――彼女には何かがあるんだね?」

「…桜庭さんは咲姫の―――妹のの親友だったんだ。もろもろの事情で別の学校に行くことになったけど。…理由は、察してほしい。とにかく、咲姫からあの子が「例の事件」で家族を失って、「一人」になろうとしてるって話を聞いたんだ。」

「…一人になりたいなら…ああそういう事。ほっといたらやけになって自分を傷つけるかも、と?」

 

その言葉に霊使はこくりと頷いた。

「例の事件」の当事者ではない海斗にその苦しみは分からない。だが、家族―――親しい人を失う苦しみなら少しは分かる。

キトカロスに懇々と説明されたのだ。ある程度は嫌でも理解する。

 

「…「守れた君には私の気持ちは分からない」ってさ。」

 

「俺は何も守れてはいない」

霊使も自嘲するような言葉に、海斗は何も言う事が出来なくなっていた。

―――まるで霊使も大切なものを失くしてしまったかのような。

そんな悲壮感が霊使の言葉の端々に滲んでいた。




登場人物紹介

・鈴花
お返しします^^
家族と意地ライさえ踏まなければメンタルつよつよ

・霊使
拗らせ系主人公

・海斗
あっ…

霊使のメンタルは一般人なのでやっぱり背負っちゃいます。
少なくとも言葉にしなくなっただけましになってますが。


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俺達は認めない

 

海斗と鈴花が出会ったその日はいつも通りに過ぎていった。

昼休みにちょこっとだけ会って、そこで「作戦」について話して。

そして。翌日放課後、校長室に呼び出された鈴花と海斗。

二人は学園の校長、そして鈴花のクラス担任と、肝心の女子生徒と向かい合っていた。

理由は当然、女子生徒の内の一人が鈴花を名指しで「私の靴箱に生ごみ入れやがった」と訴えたためである。

やったのは事実ではあるが、鈴花としては「持ち主に返しただけ」という認識だ。

そもそもなんで彼女がそんな事を知っているのか、と言えば鈴花が海斗に匿名でこの真実を教えるように指示したためである。

 

「こいつが私の靴箱に入れったっていう証拠はあるんだよ!」

「…本当か、桜庭君?」

「ええ。」

 

鈴花はサラリと言ってのけた。

「どうしてそんなことを」と、鈴花のクラスの担任が不機嫌そうに言葉にする。

校長もその言葉に同意して鈴花を糾弾しようとした。

 

「―――ですが!」

 

だが他の誰かが口を開く前に海斗が言葉を放つ。

ここで発言しなければここまで一緒にここまできた意味がないのだ。

 

「それは元々彼女の物です。桜庭さんは()()()()()()()()()()()()()。」

「はぁ!?そんな証拠は―――。」

「あるんだよなぁ、これが。」

 

海斗は、その証拠―――スマホで撮影した動画を見せた。

その動画の中には確かに、訴えた側の女子生徒が映っていたのだ。

 

『うざいんだよアイツ!家族が死んだから?それだけであんなに当たり散らすか普通?』

『さあねぇ?…生きて帰れたんだしそれを喜ばないというのがおかしいんだけどね?』

『そうだよ!まるで自分だけが「被害者」ですぅ、みたいな態度取りやがって!アイツのせいで霊使君が苦しんでるの分からないかね?』

『自分の事しか分からないおばかさんなんでしょ。』

 

しかも彼女達が行った会話もばっちり録音されている。

彼女達がこんなバカな行為をしでかしたのは霊使の為だというが、この言葉を彼が聞いたら一体どう思うだろうか。

 

「ま、とにかく。彼女は意図的に学校に生ごみを持ち込んだ。そしてそれを桜庭さんの靴箱に突っ込んだ。彼女は当然、誰かの持ち物かもしれない生ごみを処分するわけにはいかなかったし、だからといってこれを職員室にもっていけばもしかしたら生ごみを持ち込んだ人物は困るかもしれない。」

 

これから後は「仕返し」に正当な理由を付けるだけだ。

「持ち主」に返したという正当な理由があれば、持ち主は「どうしてそれを持ってきたのか」という事を言わざるを得ないだろう、というのが鈴花の考えだ。

 

「…さて、持ち主さん?なんでこれを持ち込んだのか話してもらおうかな。」

「う、うぐ…。」

 

女子生徒は言葉に詰まったままそれ以上口を開くことは無かった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

時は二人が出会った当日の昼休みにまでさかのぼる。

 

「…流石に生ごみはやり過ぎだと思うんだ。」

「うん、ほんとうにいい迷惑。…これも私の性格が招いた種なんだろうけど。」

「原因は分かっているんだね。」

「ほとんどは彼への態度が原因…なんだろうなぁ。…でも私は、霊使君にどんな顔で接すればいいのか分からないの。彼が居たからこそ私は助かったけど…もっと早く来てくれたらみんな助かったかもしれないって。そう思っちゃう。」

 

それは分からないでもないかもしれない。

海斗にもそう言った経験があるから。最も、それは「誰か」ではなく「自分」だったわけだが。

 

「…この件が終わったら一回話してみなよ、霊使と。」

「…酷いこと言っちゃうかもしれないのに?」

「そうかもしれない。…でも彼はそれを受け止めてくれるさ。」

「…そう、なのかな。」

 

海斗はこの少ないやり取りで桜庭鈴花という少女の本質を見極めていた。

彼女の本質、それはただのさびしがり屋で、それを隠そうとする意地っ張り―――言ってしまえば年頃の少女と何ら変わりないもの。

ただ彼女は持ち前のコミュ障のお陰で人に誤解されやすいタイプでもある。

おまけに今では「一人ぼっち」になろうとしている物だから、大体の人は彼女に対してよからぬ印象を抱くことだろう。

 

「それが出来なきゃ今頃霊使は死んでるよ。…それだけの事を彼は乗り越えて来たんだから。」

「…そう、なの?」

「うん、「そうらしい」、ね。あの事件の当事者でもあるから、彼は。…だからかな。俺にも余り内面を見せてくれないんだ。」

「そっ…か。」

「…多分、相当気にしてるんだと思う。それこそ「助けられなかった人達」の事とかも。」

 

―――鈴花は今まで霊使の事を深く知ろうとしなかった。

どうせ、あの事件で何も失っていない、ただただ「動けた」人間なだけだと。

だから、鈴花にとってはあの事件で何も失わずに収束させたただの「英雄」―――そう、祭り上げられている人物なだけではないか、と。

 

(でも、違うのなら…。)

 

鈴花の心を雁字搦めにしていた「つながりを作りたくない」という思いが少しずつ溶け始める。

何も言わずに手を差し伸べてくれているのならばその手を取っていいのか、と考えてしまう。差し伸べられた手を取ることが出来れば、この重くなった心も少しは軽くなるのだろうか、と。

きっと、その答えを海斗が教えてくれると思った。

 

「…私は、楽になってもいいのかな…。」

「…それは…わからない、かな。」

 

だが、海斗はその問いに答える事をしなかった。

―――海斗に答えを求めたところでその答えが自分に合っているかどうか分からないのであれば意味がない。少し考えればわかる事のはずなのに、気づけば海斗の答えに従おうとしていた。

 

「桜庭さんは、怖いんだね。自分を出すのが。」

「それはそう。だって自分を出しても受け入れてもらえなかったら悲しいじゃん。」

 

―――鈴花は他人とコミュニケーションを取るのが怖い。それは、自分を知っていくうちに嫌われないか、とか、自分を見せることで誰かを傷つけないか、とか。

鈴花は、自分が否定されることが怖いのだ。自分が誰かを傷つけるのが怖いのだ。自分のせいで誰かが傷つくのが怖いのだ。

自分に関わることで起こる何もかも全てが怖いのだ。

 

「…一歩踏み出すのが怖いのかい?」

「怖いよ。…一歩を踏み出す勇気なんて私にはない。」

 

海斗はただ何も言わずに鈴花の独白を聞く。

海斗はそれに何も答えられない。知っているのはせいぜい彼女がいじめられているであろうという憶測だけ。

だから、海斗は鈴花にかける言葉を何一つ持ち合わせてはいなかった。

 

「それでも、進まなきゃいけないとは、思う。」

「…今はそれでいいんじゃないかな。「進みたい」と思えているなら。」

「うん。…まずはいじめを何とかしないと。」

 

鈴花にとって何が大切なのか。それが彼女の「芯」だ。

芯は何度もぶれることもある。それでも前に進んで、抗って、時に折られることだってある。

―――そして、鈴花のように自分の芯を失くしてしまう者もいる。

 

(…取り敢えずは、大丈夫…かな?)

 

取り敢えず彼女は自身に牙を剥く理不尽と戦う覚悟をした。

急造ではあるが、彼女は自身の芯をもう一度見つける事が出来たのである。

 

「…というわけで虐めた女子生徒にし返します。作戦は、相手に話させる、で。」

「…え?」

「ドン引きしたって変わらないよ。…誰を怒らせたか思い知らせてあげないと。」

 

どうやら鈴花は相当の激情家だったらしい。

その数瞬後えげつない作戦を鈴花から聞かされることになるのだが、それはまた別の話だ。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

とにかく、鈴花の作戦に合わせて「女子生徒の持ち物」を証明したい海斗。

海斗が手に入れた情報では最後の一押しが足りない。

―――だが、人というのはパニックに陥ると、予期していないことを口にしてしまう。

 

「…こいつが!私達の命の恩人に!酷い事をするから!」

「…だからってしていい事としちゃいけないことがあると思うけど?」

 

―――件の女子生徒が鈴花に手を出した理由―――それは、ただただ鈴花が霊使に一方的に酷い態度を取っていたからだ。

それは彼女にも反省の余地があるだろう。

だが、だからといってそれが気に入らないから別の方法で報復すればそれはもう立派な犯罪だ。

 

「誰かのために、だなんて言っておきながら結局は自分の腹いせの為に誰かに酷い事をする。―――俺は、俺達はそれを認めない。たとえそれがどれだけやられた側に非のある行為でも、ね。」

「くっ…うぅ…。」

「ま、ここはことを大きくしない方が身のためだろう。君たちが今後彼女に手を出さなければ俺の方からはもう何も言わない。」

「…そう。」

 

事を大きくしたくはない学校と女子生徒はほっとしたように胸を撫で下ろす。

だが「何も言わない」のはあくまで海斗だけの話。

鈴花の行動を阻害するものでも、鈴花の意志を封殺するわけでも無い。

 

「…私も態度を改めるよう努力する。今回に関しては私も悪い面があったしね。でも、次こういう事したら…。」

 

鈴花は底冷えするような声で「覚悟しておいてね」と口にする。

女子生徒はその剣幕に息をのんだことだろう。そして手を出したら本当に不味いという事も理解したように見える。

 

「…では、これで。」

 

先生が何かを言う間もなく、鈴花はその場を後にした。

海斗も彼女の後について行き、校長室を退室。残ったのは、呆然とする校長、唖然とするクラス担任、そして愕然とする女子生徒のみ。

 

「…お話、しましょうか。」

「…はい。」

 

女子生徒は逃げられないと悟ったのかバツが悪そうに肩をすぼめている。

―――その後、女子生徒は厳重注意と3日間の停学。担任はいじめが起こった責任を取る形で担任をやめることとなった。ちなみに後任は真木で、前年の霊使のやらかし具合に思わずため息を吐いたらしい。

 

(あいつはトラブルメーカーなのか…?)

 

―――しかも今年も本人が全く関わっていないとはいえ既に騒動が起きている。

真木は霊使の不幸体質の処理をどうしようか頭を悩ませるのであった。




登場人物紹介

・鈴花
ようやく何とかなりそう

・海斗
取り敢えず何とかなりそう

・霊使
知らぬ間にトラブルメーカー認定

キトカロスさんはぶっ壊さなきゃいけない決まりでもあるのか…?


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制裁は終わらない

 

真木は霊使から、相談を受けていた。

霊使曰く「自分を崇めている宗教組織があるらしい」とのことだ。

咲姫から送られてきた写真を見せる事で真木は頭を抱えそうになる。

 

「…冗談だろう?なあ…冗談だと言ってくれ。」

「…夢ならどれほど良かったんでしょうね。…現実なんですよ、逃げようのない…。しかも勝手に、人の許可も得ず!」

「いや、許可があったらいいというわけでは無いだろうッ!」

「それもそうですね。…で、どうしましょう。私としてはこの組織をぶっ潰したいのですが。」

 

だろうな、と真木は肯定でも無く否定でもない言葉を放った。

潰したいと願う―――それは紛れもない霊使の本心だろう。誰だって、勝手に崇められては良い気分にはならない。

それがなんか怪しげなカルト宗教の教祖であるというのならばなおさらだ。

 

「…だが待て。待ってくれ。…お前はまた「アイツら」を頼るつもりか?」

「…いいえ。克喜も、流星も、水樹も、奈楽も、結も、咲姫も。…皆新しい生活を送っているんです。まさか改めて死地に誘うわけにはいかないでしょう。…それに颯人の事もありますし…。」

「…分かって、いるならいい。」

 

だが、霊使はそれを良しとはしなかった。

霊使のかつての仲間たちとは多くはないがそれなりに連絡を取っている。

それは新しい学年となった霊使達の生活が始まって一月経とうとしているいまこのときでさえ、だ。

だからこそ、霊使は彼らを巻き込むわけにはいかなかった。

―――すでに首を突っ込んでしまった咲姫はともかく、それ以外の誰もが新しい生活を送っている。

これは霊使だけの因縁だ。それにどうして他の友人を巻き込むことが出来ようか。

 

「…これは、俺が一人でやらなくちゃいけない事なんです。」

 

だからこれは霊使いがやらなければならない事だ。

自分の名を借りて好き勝手やっている連中が居るのであれば、自分の力で制圧する。

 

「俺の名を騙って好き勝手やろうとはとんだ連中がいたものですから。―――ただ懲らしめるだけじゃ飽き足らない。二度と社会で生活できない様にしないと…。」

「…一旦落ち着け。お前の気分は分からんでもないが…、それに相手は組織一つ…。」

 

と、言葉にしかけて真木は言葉を切る。

そういえば、霊使達は四道(悪の組織)を一回潰しているんだった、と。

だが、あれはあくまで仲間たちがいたからこそできた芸当だ。

真木本人としてはまだ守るべき子供である霊使達を二度も死地に送り込むなんて言う馬鹿な真似は出来ない。

 

「………お前は。」

「止めに行くなというのなら聞きませんよ。…もう、助けられたはずの誰かが、後手に回って死ぬ、だなんてことは起こしたくないですから。…彼女の為にも。」

 

だが、どうあっても霊使の意志は固い。

―――霊使はそもそもこういう理不尽を許さない性質の人間だ。自分の中の善悪に拠っている所もあるが、それでもやはり彼は英雄だった。

だから、彼の意志は固いのだと、真木はあらためて思い知る。

 

「…なら一つ条件がある。…私も同行する。」

「…え!?」

「なんならそのための口実も作ろうじゃないか。…お前は誰かが見ていないと無茶しそうで怖いからな。」

「…感謝します。」

 

なら、せめて、近くで見守る。

何でかつての仲間を巻き込まないかを痛いほどにわかるから。自分の名を借りて好き勝手やられるのはあまり気分のいいものではないから。それに何より霊使に止まる気がないから。だから彼を止める事は出来ないのは確かだ。

 

「…本当に死んでくれるなよ。」

「死にませんよ。…そんなことしたらあっちで颯人に殺されますから。」

「…そうか。」

 

風見颯人の一件は霊使の心に暗い影を落としている。その影を拭い去ることは誰にもできない。

少なくとも、その影を拭うには自分では足りないのは確かだ。

もし、彼の心の影を拭い去る人物が居るのなら。それはきっと、もっと霊使に近しい人間だから。

 

「…ふむ。」

 

―――果たして二人だけで足りるのか。

霊使が得た情報では、それなりに大きい組織であるらしい。だから、どうするべきか相談に来たのだろう。

独りが二人になったというのは大きい。―――それでも足りなかったらどうすればいいのか・

そんな思考の堂々巡りに陥った真木は、一つの可能性にたどり着く。

 

「…そういえば最近お前は屋上に言っていないらしいな?」

「ええ。海斗と桜庭さんがあっているらしいので。…彼女は俺の事を嫌ってますし。」

「なるほど…。丁度いい。――――。」

「…は…?」

 

真木の言葉に霊使は衝撃を、とてつもない衝撃を受けたのだった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

あれからまだ一日しかたっていないというのに海斗と鈴花はすっかり昼休みに屋上で会う仲となっていた。

だが、男女の仲だとかそういった認識は二人の間には全くなく、「ただの友人」という関係と呼べるものだ。

ちなみにそうならない理由は「人目に付かないから」という理由で実の所鈴花に嫉妬したキトカロスが、海斗の腕にそのたわわな胸を押し付けているからだ。俗にいう「アピール」―――海斗は渡さないという意思表示―――である。

そんな状態で屋上で出会ったものだから彼女が居るのも、なぜか宙に浮いているのも全く気にしないで受け入れた。鈴花もまた「精霊(そういうもの)」の存在をかの事件で知ったからである。

 

「…種を超えた恋愛っていいよね。」

「水かけて頭冷やした方が!?」

「五月の屋上だぞ!?もっと、こう、爽やかな感じで良いじゃん?」

 

今の気温は30度。

一応言っておくが、今は五月一日―――暦の上では一応夏ではあるのだが、普通に考えればもう少し気温が低くてもいいはずだ。

だが何が原因か知らないが、今日は快晴、気温はあほみたいに上昇して30度の大台を突破。

 

「あっついです…。暑くて溶けそうで溶けそうで…。私の場合は干からびるってのが正解なんですかね…?」

「違う、そうじゃない。…本題。…終わってないんだって?」

「…うん、全く。生ごみ入れられるのは無くなったけど…前も校舎裏にゴミ捨てに行ったら空から水入りバケツが降って来たし…授業聞いているときに窓の外から野球ボールが飛んできたりもしたっけ。今日一日だけで何回死にかけているのやら。」

「…窓際の席なんだよね?」

「うん。」

 

野球ボールはただの偶然かもしれない。だが、確実に水入りバケツには明確な殺意があることは確かなのだ。

絶対に同じような事が二度も三度も起きていればきっとこの世界に「偶然」という言葉は存在しないだろう。少なくとも野球ボールが飛んできたのはただの一回きりだ。だが、それ以外―――人目に付かないところでは大体頭上から何かものが降ってきていた。

そのほとんどが水入りバケツだったが、たまに石が降ってきたりもした。

今まで運が良かったのか一発も当たることは無かったが、それでもこれは明らかにおかしいと言える。

それこそ「まだ終わっていない」とでも主張しているような―――。

 

「…多分、別の誰かが私を狙ってる…。」

「…なんで君は同じ学校の生徒に命を狙われているんだ…?」

「…本当に同じ学校の生徒なのかな…?」

 

―――もっと深いところに根っこがあるようなそんな嫌な感覚。

全く持って別の何かが、自分の近くで蠢いているような感覚―――とでもいえば良いだろうか。

 

(そういえば―――)

 

あの時ナイフを突きつけて来た女子生徒の声はあの動画の中にはなかった。

そこから考えるのであれば―――答えは一つ。

 

「この学校の内部か外部か知らないけど…確実に何かが、というか誰かが関わっているんじゃないかな。」

「そうとしか考えられない。…霊使君なら何か知ってそうだけど。」

「…少なくとも、これを知らせるべきじゃないんじゃ…。首を突っ込んできそうな気がする。」

「…それはそうかもしれない。でも―――。」

 

海斗は次の言葉を放とうとする。

その前に、ある人物の声が海斗の声を引き継ぐように放たれる。

 

「…あー…。桜庭さんに、海斗…?」

「一番いやなタイミングで…。」

「…なんでこのタイミングで来るの!?」

「おーう、理不尽…。」

 

それは二人にとっては一番、この場に来てほしくない人物―――霊使だった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「…えー!?」

「ということで、全く持って知らないところで勝手にそんな組織が作られていて、勝手に崇め奉られ、咲姫がいつの間にか潜入していた。…訳が分からない?大丈夫だ、俺が一番ついていけていない。」

 

霊使は事のあらましを二人に説明した。

そして、鈴花がレイの宗教に狙われる理由も多分自分だと話した。

 

「…伝えるのが遅くなって、誠に申し訳ない…。」

「むしろ伝えてくれない方が良かったかなー!?これから私咲姫とどんな顔して会えばいいの!?あの子結構なブラコンなのに…!」

「…え!?そうなの!?」

 

結果としては鈴花からは伝えてくれなかった方が良かったと後悔される程度には重い情報を伝えることになった締まった。だが、彼女が反応したのが「霊使と咲姫の関係性」であったのには流石の霊使も驚いたが。

 

「とにかく、あな―――霊使、君の妹である咲姫が君を勝手に祭り上げている宗教組織に潜入して?私が狙われているという情報をぶっこ抜いてきた?」

「うん。…思い当たる節が?」

「…はい。めちゃくちゃあります…。」

 

なるほど、やっぱりそうだったのか、と一人で勝手に納得している鈴花。

その様子を罰が悪そうにして眺めている霊使と、なんで鈴花に情報が伝わっていないかを悟った海斗。

 

「…君を避けていなければもう少し早くに気付けたのかな…。」

「かもしれない。…でももうごちゃごちゃ言っていてもどうにもならない。」

 

だが、二人の関係性はとりあえず横に置いておくべきだ。

今は霊使と鈴花、それに海斗の三人には共通の目的がある。

―――戦いに巻き込みたくはなかったんだがなぁ、と霊使は内心思うが今回に限ってはそうもいっていられない状況だ。だって、もう既に鈴花の命を狙う輩が大量に出現しているのだから。

 

「……く、うぅ~…!巻き込みたくはないけど…!」

「行くなって言われても俺達は行くよ。」

「うん。行く。言って誰に手を出したのか思い知らせる。」

「この子達殺意高いんですけど!?」

 

もうこんなにやる気ならばついてくるなと言ったところで無駄だろう。

こうなったら一緒に行動したほうが良いのは火を見るよりも明らかだ。目の届かないところで勝手に行動されて守れなかったというよりは多少はまともな結果になる。

 

「じゃあ、潰しに行くか?俺と一緒に。」

「いいよ。ルルカロスの剣の錆にしてあげなきゃ…。」

「私は自分が狙われなくなるならそれでいいよ。…だから行くね。」

「アグレッシブゥ…。」

 

こうして、各々の目的が偶然にも一致した結果、三人は仲良くカルト組織を潰すことになったのだった。

 

 




登場人物紹介

・霊使
物騒その①

・真木
物騒その②

・鈴花
物騒その③

・海斗
物騒その④

物騒なお考えなひとたちが集まりました。
カルト組織逃げて!超逃げて!!


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個人的なつながり

 

霊使とウィンは誰よりも早く、教団本部の前に来ていた。

咲姫からの情報でそこが何処なのかを簡単に知ることができた。もとより向こうは隠す気もなかったらしいが。

 

「ここが…。」

「多分例の教団本部…。」

 

外見は至って普通の廃校の校舎。

だが、窓という窓には暗幕が貼ってあり、中の様子をうかがう事は出来ない。

 

「…こんな形でここに戻ってくるなんてな。」

 

―――ここはかつて霊使達が通っていた学校だ。

霊使の自宅は霊使が普通に使用しているのでここを拠点としたのだろう。

この学校は嘗ての仲間との思い出の場所だ。ここは他の誰にも踏み入ってほしくないところだったし、汚されたくもなかった。

 

「落ち着いてる?」

「…ああ。大丈夫だ…と思う。」

 

霊使の隣にはウィンが居る。霊使の心のざわめきを察してかどうかは知らないが、ウィンが霊使の右手に手を添えてくれた。

 

「大丈夫…大丈夫だ。」

 

ウィンの暖かな手が霊使の心に余裕を取り戻させる。

まだ怒りを爆発させる程度の事ではない。―――ここで爆発させたところで大した被害は与えられない。

 

「…さて、そろそろ―――。」

 

校門前に黒塗りのセダンが止まる。

そこから、鈴花や海斗、そして真木が姿を現した。

 

「もしかして霊使君ってロリコン?」

「おい海斗。それはどういう意味だ?」

「…え…本当に?ポリスメンの出張サービス、いる?」

「『送迎』されないなら。」

 

二人には既にウィンの事は話してある。人手が欲しいし、何より彼女はデュエルの腕のも一級品だ。霊使が全力を出さない限りはウィンの手助け無しで制圧できることだろう。

ただ、彼女かつ「デュエルモンスターズの精霊」であるので、二人はウィンの見た目は知らなかったようだ。おかげで色々と弄られる羽目になってしまった。

 

「やけに早かったな二人とも。…ウィン、霊使。これから私は「忘れ物」を取りに戻る。割と量が多いからな。皆に手伝ってもらわないと運べだせそうにない。」

「もしここを根城にしている奴らが居たら?」

「私達は正式な許可をもらっているが、大体は不法侵入者だろう。…拘束して、そのままポリスメンの送迎サービスに連れて行ってもらえ。」

「…先生?」

 

多少悪乗りもあったが―――。

真木の作戦通りに物事は進められそうだった―――。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

この作戦決行日の前々日―――霊使が致し方なく、海斗と論化を巻き込むことにした日の放課後。いつぞやの如く、三人は真木に呼び出される。その目的は言うまでもなく「どういう風にして例の教団を潰すか」だ。

咲姫が真木に報告していたらしく、教団の本拠地もしっかりと把握できている。

霊使は迷いなく、乗り込んで制圧――かつての自分と同じ選択を取ろうとした。

 

「え?乗り込んで制圧―――じゃダメなんですか?」

「…当たり前だ。前はお前らの功績がでかすぎてかき消されていたがな。…本来は他人が管理する建造物に侵入するのは「建造物侵入罪」に該当する。…つまりお前は見逃されていたが前科一犯しているんだ。」

「…な、なんだってー!」

 

―――あの時は深く考えなかったが今思い返してい見れば確かに犯罪行為に当たる。

そこのところを警察に深く追及されなくてよかった、と今になって思う。多分、お上が必死になって火消しに走ったか、「建造物侵入」なんてものは無かったかのどちらかになっている事だろう。

 

過程はどうであれ、「前科一犯」という十字架を背負う事は一切なかったので公式では霊使は犯罪をしていない綺麗な人間であるといえた。

 

「ああ、そういえば、だ。結局前任の高校に立ち入ることはあのあと一度もなかったんだ。あの時の生徒の情報は…適切な方法で管理していたんだが…。」

「…あ、そうか。そもそも学校に行っていないからまだ残ったままなんですね。」

「ああ。…つまり私には「忘れ物を取りに行く」という立派な理由がある。…許可をもらってこよう。」

「で、許可が取れ次第…。」

「ああ。乗り込むぞ。教室の隅をつつくように書類を探せ。」

 

つまりは合法的に住居に侵入する理由を作ったという事だ。

これにより、霊使達は一時的とはいえ合法的に活動することが可能となる。

―――では、「忘れ物」を取りに行ったときに変なカルト宗教が強襲してきたらどうなるのか。

合法的に、ぶちのめせる。

霊使達は許可を取っているので、事不法に建造物に侵入したという罪に問われることは無い。

 

「―――忘れ物探しという大前提がある事は忘れるなよ?」

「…ええ。…あ、じゃあ人でも多いほうが良いですよね?ウィンが開いてるか聞いておきましょう。」

「…そうか。ありがたい。―――最もあいつはお前の誘いなら断らないだろう。…お前の評価に関する事なら、なおさらな。…渡瀬、桜庭。伝手があったらよろしく頼む。私も少し「個人的な」伝手を頼ってみるとしよう。」

 

人手が欲しいのはどこもかしこも変わらないようだ。

とにかく、場所は分かったし、乗り込む準備もできた。後はただその時を待つだけである。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

そして、作戦決行日と相成った訳だ。

霊使、真木、海斗、鈴花の四人は廃校の校門前に立つ。

だが、まだ突入するわけでは無い。―――ただ、真木の「個人的な伝手」がまだここにきていないらしく、その人物の到着を待つことになった。

 

「…結局、個人的な伝手っていったい…。」

「ああ…お前にとっては余り嬉しくない相手だろうが…どうやらそいつも巻き込まれたようでな。」

「…あっ。」

「ほら、そうこう言っているうちに来たぞ。」

 

真木が指さす先、そこには霊使には見覚えのある顔があった。

霊使と似たような背丈に、髪を染めたのか少し明るい茶色の髪を短く切りそろえ、快活そうな笑みを浮かべる男―――霊使の大親友である九条克喜が、そこに立っていた。

 

「克喜ィ!?」

「霊使だなぁ、霊使!」

 

久しぶりに対面する霊使と克喜の二人。

相変わらず霊使はこういう事に首を突っ込んでんのな、と苦笑しながらも霊使のトラブルメーカーぶりを思い出し、苦笑する克喜。

克喜が今まで遭遇してきた事件の中心には大体この男がいた。違うのはキスキル達が起こした騒動位ではないだろうか。

 

(…いや、アイツ結局中心に踏み込んでったな…。)

 

結局の所。

誰かを傷つけるような事件に首を突っ込むことが多かった霊使。彼はきっと誰かが傷つくのが許せない。だから事件に首を突っ込んでしまう。それを正義と言えるのかは分からない。

ただ、まあ。

そんな霊使だからこそ、克喜はいつまでも友人として傍に居てやりたいと思っていたわけだが。

 

(―――大丈夫そう、だな。)

 

今の霊使は大丈夫そうだ。「英雄」だなんて色眼鏡では見られていないしそこに居る人として見てくれている―――とは思う。

 

「さて、ハイネ。…梱包よろしく。」

「まあ、ですよね。」

 

今回の目的は学校に置き忘れた書類の回収だと聞いている。

もし違法な滞在者が居ればボコボコにして簀巻きにでもすればいいだろう。ハイネが大活躍する時間だ。

 

「…克喜、皆呆けてますよ。」

「…あ。…そうだったな。霊使の親友、九条克喜だ。使用デッキは『ウィッチクラフト』だな。二人ともよろしく頼む。」

「…あ、ども…。えー…と桜庭鈴花です。デッキはちょっと言えない…かな。…ん?」

「渡瀬海斗。使用デッキは【ティアラメンツ】。…えーと…よろしく?…あれ?九条克喜…?その名前…。」

 

鈴花と海斗。それなりに霊使とは親しいのだろうか。

それとも単純に真木に巻き込まれただけなのだろうか。克喜としては、頭数が増えるだけでありがたいのだが。

 

(…それにしても奴らの本拠地がこことは。嫌な予感ほどよく当たるもんだなぁ。)

 

それ以上に克喜の中では不快感が蠢いていた。

仲間たちとの思い出の地を汚されたという怒り、新しい友人を苦しめる元凶への怒り。何よりも新しい生活を始めている霊使を貶めるかのような行為への怒り―――。今の克喜には色々な怒りが混ざっている。

結果克喜の内面には激情の炎が燃えている。それくらいには、許すつもりはない。

 

「じゃあ、行く―――」

「世界チャンピオンが何故ここにぃ!?」

「サイン!サインください!」

「あーもう滅茶苦茶だよ!シリアスな流れだったよね!?」

 

が、そんな怒りの炎も簡単にかき消されるくらいの声が克喜の耳に入る。

やはり、案の定、その話題が出てしまった。

確かに今年の二月―――霊使が退院する直前の世界大会で優勝したのだが、正直に言ってそこまで嬉しいものではなかった。

 

(なんか…なぁ。)

 

強い相手も多かったが物凄くあっさりしていた。なんというか、不利盤面になった瞬間にサレンダーする人が多いというか。

最後までやり切ってやろうという覇気が無かったのは確かだ。

 

「え!?おま…え!?おまっ…ええ!?」

「むしろなんでお前は知らないんだよ!」

「知るかよ!入院してて―――なんか克喜来ないなぁ、とは思っていたけれども!」

「世界大会に出てたからだよ!」

「そうなのか!?」

「もう色々と台無しだ!今に始まったことじゃないけど!」

 

余りにも緩い空気が周囲を支配する。

海斗と鈴花のサイン要求に始まり、霊使がそれを知らなかったという事実も合わさって、もう突入どうこう言う話でもテンションでもなくなってしまった。

 

「…おい、いつまでもふざけてないで行くぞ。」

「…うす…。」

 

真木に注意される形でようやく気持ちが落ち着いた克喜。

これでようやく本来の役目を遂げる事が出来そうだった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「暗い埃まみれ臭い辛い」

「なんか嗅いだことの無い匂いが…。」

「っぺぇ!?なぁんだここ!?」

「まるで異世界だな…。」

「これは酷い。」

 

五者五様の反応を示す。それだけ変わり果てたこの校舎の中にショックを隠し切れないという事なのか。

真木も変わり果てたかつての赴任校の今のありさまに言葉も出ない。

暗幕が張られ光が入ってこず、故にじめじめとして不快だ。しかもそこかしこからつんとした匂いが漂ってくる。どうやら知らない間に相当様変わりしていたようだ。かつて通っていた生徒たちはよりショックな事だろう。

 

「…行くぞ。桜庭と渡瀬は私と共に職員室に。四遊と九条は各教室を丁寧に回ってくれ。書類の取り残しが無いようにな。」

「了解しました。」

 

霊使と克喜はこの学校に通っていた。

その分だけ、自由に動けるというアドバンテージがある。

 

「…さて、不法滞在者には容赦するなよ。」

「…「どうしようもなかった人」が居たら?」

「…それくらいは自分で判断しろ。」

 

そうして五人は別々の方向に向かって歩き出す。

それはこの薄暗い校舎での死闘の始まりを告げるものであった。

 




登場人物紹介

・霊使
再会に喜ぶ
シリアス?奴さん死んだよ。こいつが殺すんだ。

・克喜
世界チャンプになっていた。
再会に喜ぶ

・鈴花
チャンプに会って最高潮

・海斗
チャンプに会って最高潮

・真木
「なんだこいつら…」

何かアーゼウスのプラモが出るらしいですね。
あと、霊使いのフィギュアも予約が始まりましたね。
楽しみですね。…金がなくて買えないけど。
次回もお楽しみに


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届かない平和

 

克喜は霊使と別れて一人で校舎を探索していた。

特に大したことはなく、ゆっくり校舎を探索していた。

いっそ不気味なほどに何もない。人も、生活の跡も。本当に何もかも。

「人がいるのか」という疑問さえ浮かんでくる。それほどまでに異常な状況だ。

 

「…ハイネ、いる?」

「ええ、いますとも。…不気味、ですか?」

「…まあ、な。ハイネは?」

 

それでもとなりにハイネが居る。それだけで少し安心できた。

彼女が隣にいるという事自体が奇襲を防ぐ手立てになるし、何よりも克喜の精神が安定する。

 

「正直に言うと…すごく、怖いです。マスター(ヴェール)の方が適していたのでは…?」

「ヴェールは…うん、余りにも非力すぎる。」

「あぁ…。今回は荷物の運搬を含めて、ですからね。確かにマスターは筋力が、その…。」

 

おまけに今回のような力仕事はヴェールはとことん向いていない。

だって彼女の筋力は見た目相応だ。実年齢も一桁であるようだから、重い荷物をもっては体を壊す可能背も考えられる。そう言った事からも今回彼女は留守番だ。

もしデュエルになったら存分に動いてもらうつもりなので問題はない。

 

「さて、と。」

「書類を探しに行きますか…?」

「そうするしかないよな。」

 

何が待ち受けているか分からない、教室のドアに手を掛ける。

そして勢いよくドアを解き放ち―――

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「大分残っているな、書類。」

「あの後…ここに来ることはありませんでしたから。」

「…そう、だな。」

 

あの事件の跡、公式的にはこの学校に立ちいったものは一人もいない。それは生徒昇降口の鍵を明かしてもらった時に担当者から話を聞いている。

だが、三人が立ち入った職員室は明らかに荒されていた。

しかも暗幕で光が入ってこない。仕方が無いと言わんばかりに海斗がスマホのライトで周囲を照らしながら探索することにした。

鈴花と真木の二人はその後ろについて行く形で職員室を探索する。

 

「…荒されてるから余計に探しにくいだろう。」

「もしかしたら個人情報をここから得ていたのかもしれませんね。」

「もしそうだとしたら…穏やかじゃないな。ここの全校生徒600名近くの身が危なくなる。」

 

管理ミスだと言われればそれまでだが、そもそも廃校に資料が残っているだなんてどうして予想が出来ようか。そもそもこの話題が上がったのもつい最近なのだ。

ならば誰かがここの事情、つまりは書類の取り残しを知っていた―――というのがしっくりくるだろう。

つまり情報の出どころはここの事を知っていて、なおかつ書類が残っているという予想が出来たものに限る。

 

「…なあ、桜庭。」

「…なんですか?」

「桜庭は今回の相手の事をどう思う?」

 

真木に急に話を振られた鈴花は言葉に詰まった。

今回の事をどう思うと聞かれても、鈴花はそれを言葉にできるほどの何かを持ち合わせているわけでは無い。だから、「あくまで憶測ですよ」と念頭に置いたうえで自らの予想を語り始めた。

 

「私は…四遊君の名前を使って、悪事を働くことで()()()()()()()()()()()()()()()()んじゃないかなって…。」

「…つまり?」

「この組織を作った人間はあの事件において、四遊君に悪名を被せたいと思った人間―――つまりは、あの事件で検挙されなかった奴ら―――じゃないでしょうか?それに加えて、この学校の内部を知っている者…生徒か生徒であると考えられます。」

「――――!」

 

もし、そうなのだとしたら。

本当に、霊使の名を貶める事だけが目的なのだとしたら。

この組織は何と邪悪な組織であろうか。並大抵の事では眉一つ動かさない真木が戦慄するほどに、悪意と憎悪に塗れている。

だってそうだろう。「四遊霊使」という名前は誰でも知っているものだ。彼は確かにこの国を救った英雄で、たくさんの命を救った救世主なのだから。

だが、それがただの演技だというように知ったら、一体人の心はどうなるだろう。

愛憎ひっくりかえる―――で済めばいいのかもしれない。

それだけでは絶対に済まない。人は信じていたものに裏切られると怒りを抱く。有名でああればある程に、それは顕著になるだろう。

著名人がしでかした時に起こるそれが、学生の霊使に向けられるとなるとそれはきっと彼の心を押しつぶしてしまうだろう。

 

「…これを考えた奴は相当な悪党だな。」

「しかも四遊君に相当強い恨みを抱いている―――」

「―――あの事件の残党…か。これは穏やかだとかそういう話ではない…!」

 

だが考えれば考えるほどにあの事件と今回の宗教にかかわりがあるように思えてならない。

それが分からないから二人はこんなにも不気味に思っているのだ。

 

「―――先生、これ―――。」

「渡瀬…?」

 

二人でこれの目的は何か、という事を考えているときに、渡瀬が怯えを押し殺したかのような声を放つ。

真木は渡瀬が光で照らしているそれを見た。

二人は「それ」を見たとき、思わず鈴花の方を見た。

 

「…ば、かな…!?」

「鈴花さん!目を塞いで!」

「――――え…?な、なんで…?」

 

そこに横たわっていたのは、鈴花と同じ髪の毛、鈴花より幾分か年を取っているが似たような顔つき。

それだけで「桜庭鈴花」の親類であることが見抜けた。

そして警告が飛ぶよりも早く、「それ」を見てしまった鈴花は信じられないというように、その場にへたり込んでしまう。

 

「か…、かあ、さん?」

「――――!!」

 

鈴花にとっての地獄はあれで終わりでは無かった。

むしろ―――ここからが始まりだったのかもしれない。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

克喜がドアを開けた次の瞬間、ドアの横から「かしゅっ」という何かが発射される音がした。

 

「―――克喜ッ!」

「うおっ…!?」

 

警告の声とともに後ろに引っ張られる。そうして、一瞬前に居た一歩前を鋭い何かが通過していく。

それは、一瞬で克喜の前を通り過ぎるとドア横の壁に突き刺さる。

 

「…ナイフの、刀身?」

「―――スペツナズナイフ。これは…刀身を射出できるナイフ…!」

 

それは携帯のライトで照らされてその姿を現した。

刀身に何カ所か穴が開いていて、刀身の軽量化が図られたダガー状の刃。それを射出する武器はそこまで多くはない。―――恐らくは「スペツナズナイフ」と呼ばれるものだ。

 

「…助かったよ、ハイネ。」

「ええ。…良かった。」

 

スペツナズナイフ。これはばねの力で刀身を射出することもできるナイフだ。

あるゲームのバッドエンドではこれで主人公勢が殺されたのだから―――と克喜は嫌にその光景を覚えていた。

とにかくハイネの警告が無かったらきっとこのスペツナズナイフの刀身が頭に刺さっていただろう。

本当にハイネを連れていて良かったと思える。

目の前に飛んできた「明確な死」がハイネのお陰で避けられたのだから。

彼女が布で体を引き寄せてくれなければ、確実に死んでいた。

 

「…全く。一体いつからここは暗殺者養成学校になったんだ?」

 

一体いつの間にこんな改造をしたんだか、という呆れが少し遅れてやってきた。

命がかかっている状況でこんな事を思う余り、どうやら自分はいつの間にかずいぶんと図太くなったようだ。

 

「…平和に過ごしたいんだがなぁ。」

「しょうがないですよ…。最も…散々非日常(私達)に関わってますから。平和とは程遠い日常を送ることになるんじゃないかなーって…。」

「ふえぇえぇ…。」

 

既に非日常が日常になりかけていて、それを自分も受け入れているという事なのだろうか。

克喜はそれならそれでいいと思っていた。

それだけ非日常に浸っていればきっと、彼女たちが自分の傍から離れることは無いだろうから。

 

「…克喜。」

「…分かってるよ。」

 

―――そんな事は後で考えればいい。

今、克喜が考えるべきことはこの罠を誰が仕掛けたか、である。

そもそもスペツナズナイフは自作できるようなものではないし、たとえ作れたとしても冶金技術がなければできるのは百均の包丁も真っ青になるレベルの切れ味のなまくらだろう。

「どこで入手したのか」、そして「なんでそれを仕掛けているのか」。

誰がどうやって仕掛けたのか、当たったのかどうか。それを確認する場所は何処か。

克喜は一つ一つ物事を積み上げて考える。

そうすればそうするほど、これをやった犯人はすぐ近くにいるように思えた。

入り口を開けた瞬間に発動するにしてはブービーなトラップ。仕組みとしてはドアを開けることで滑車などが動き、スペツナズナイフのトリガーを引くというものだ。

開けたら発射される、という機構自体は簡単に作れるものなのだろう。慣れているのであれば、それこそ克喜達が侵入してからでも間に合うような簡素な物のようだ、とハイネが分析していた。

何で彼女がそう言った事に詳しいかはあまり聞かないことにしている。恐らく戦争絡みだろうから。

とにかく、このスペツナズナイフ発射機構は簡素なもので、手慣れていれば侵入してから設置しても問題ないという事だ。

であれば、それを行ったものが近く―――部屋の中に居るという結論に至るのもそう遠い話では無かったのだ。

 

「…今のを避けるか…。」

 

克喜の予想を肯定するかのように、人影が現れる。

髪は短く、ライトに照らされ濡れるように輝く黒色だった。

背学校も小さく、克喜の胸程の身長しかない―――そんな少女だった。

だが、その目は既に何人も殺しているかのような、命を命と思っていない空虚な目だった。

 

「お前…か。こんな危ない改造をしたのは。」

「ああ。…あの方の友の名を騙るなど許しては置けないからな。」

「なるほどな。…そんなに霊使を信仰しているのか。」

 

その言葉―――というか、霊使への呼び方に不満を示しながらも少女は頷く。

 

「あの方は神を斃し英雄となられた唯一絶対の御方。あの方こそこの世界を照らす光なのだ!光を汚す者は取り払う―――あの方がそうしたように!」

「―――デュエルで、か。」

「その通りだ。さあ、デッキを抜け、ディスクを構えろ!友の名を騙る不届き者め、この紫焔(シエン)容赦せん!」

「…問答言わずに襲い掛かってきやがったァーっ!?」

 

そして少女はデュエルディスクを構え、克喜にデュエルを強制してきた。いつの間にか克喜の腕には手錠がまかれており、デュエルするしかこの状況を脱することは出来なさそうだ。

こんな形で再び違法デュエルディスクを見ることになるとは思わなかったし、何よりも自分が二度もそれに巻き込まれたというのが信じたくなかった。

だが、やるしかないというのが事実だ。

 

「…やってやろうじゃないか…!デュエル!」

 

こうして廃校舎の死闘は幕を開けた。




登場人物紹介

・克喜
違法デュエルに巻き込まれた。
もうやるしかない。

・鈴花
見てはいけないものを見た。


デュエル開始の宣言…!
デッキ考えるのが大変なんであまりしたくないだなんて言えない…!

次回もお楽しみに!


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奇跡を起こす権利

 

「先攻は私だ。…あの方の友ならば乗り越えられるだろう?」

「霊使への信頼感がすげぇんだけど…。」

「ごちゃごちゃ言うな!私のターン。私は手札から魔法カード【増援】発動!効果で【忍者マスター HANZO】を手札に加えてそのまま召喚。…効果でデッキから【忍法】カード―――【忍法・超変化の術】を手札に。…カードを二枚伏せてターンエンド。」

 

紫焔 LP8000 手札三枚

モンスターゾーン 忍者マスター HANZO

魔法・罠ゾーン  伏せ×2

 

(【忍者】…!)

 

【忍者】―――下級戦士族をメインに据えたデッキだったか。【忍法】カードを駆使して戦うデッキだ。

特に厄介なのは相手(自分)の場のカード一枚を墓地送りにできる効果を持つ【忍法・超変化の術】だ。あのカードの発動を許せば、【ヴェール】や【バイスマスター】といった【ウィッチクラフト】において重要なカードが墓地送りにされてしまう。

 

「今伏せたカードは…まあ、いい。俺のターン。ドロー…俺は手札から魔法カード【ライトニング・ストーム】を発動。魔法・罠カードをすべて破壊。」

「…ぬかったな。破壊されたカードは【やぶ蛇】!効果でデッキから【氷剣竜ミラジェイド】を場に!…もう一枚の【忍法・超変化の術】は墓地に送られる。」

「…なるほど。厄介、極まりないな。」

 

厄介な罠カードをサーチし、これ見よがしに伏せることで除去を誘発。それによって破壊されたときに効果を発動するカードの効果を起動し、一気に制圧を図る。

なるほど、中々に厄介なデッキだ。

採用されているカード一枚一枚にちゃんとした理由があるし、何よりも普通に強い。

 

「…ま、何とかなるようにデッキは組んでいるんだけど…な!手札の【粘糸壊獣クモグス】を【氷剣竜ミラジェイド】をリリースして召喚!」

「…は!?」

「そして俺は手札から【ウィッチクラフト・シュミッタ】を召喚!更に手札から魔法カード【モンスターゲート】発動!【シュミッタ】を墓地に送りデッキの上から通常召喚が可能なモンスターカードが出るまでデッキをめくる!さあ行くぜ!一枚目、【ウィッチクラフト・コンフュージョン】!二枚目【ウィッチクラフト・マスターピース】!三枚目【おろかな副葬】!四枚目【ウィッチクラフト・バイストリート】!五枚目!【ウィッチクラフト・サボタージュ】!六枚目【錬装融合】!七枚目!【ウィッチクラフト・パトローナス】!八枚目!【(あか)の聖女カルテシア】…!【赫の聖女カルテシア】は通常召喚が可能なためそのまま召喚!残りのカードは墓地に。」

「…そっちも中々厄介じゃないか。だが…いいのか?お前は【ミラジェイド】を墓地へ送った。これでこのターンの終わりにお前のフィールド上のモンスターは全て破壊される―――!」

 

ミラジェイドの効果は確かに厄介だ。特にこの効果は事実上の耐性としても機能している。

ただ、その効果にも穴はあった。

その穴に気付けない限り、紫焔に勝ち目はないのだが、彼女はそれを理解しているのだろうか。

 

「それはどうかな?…【赫の聖女カルテシア】の効果発動!このカードと手札の【ウィッチクラフト・ピットレ】で融合召喚!【ウィッチクラフト・バイスマスター】!更に墓地の【ウィッチクラフト・シュミッタ】の効果を発動!墓地のこのカードを除外してデッキから【ウィッチクラフト・ドレーピング】を墓地に。―――魔法使い族モンスターの効果が発動したため【バイスマスター】の効果が発動!デッキから【ウィッチクラフト・エーデル】を召喚。【エーデル】の効果発動!このカードをリリースして墓地の【赫の聖女カルテシア】を蘇生!【バイスマスター】の効果で【忍者マスターHANZO】を破壊!更に墓地の【錬装融合】の効果発動!このカードをデッキに戻しシャッフルしてデッキから一枚ドローする。更に墓地の【ピットレ】の効果発動!このカードを除外してデッキから一枚ドロー。その後手札の【ウィッチクラフト】カード―――【ウィッチクラフト・スクロール】を墓地へ。そして魔法使い族モンスターの効果が発動したため【バイスマスター】の効果が発動。墓地から【ウィッチクラフト・パトローナス】を手札に。」

 

思うがままにデッキを回し続ける克喜。

今回のデュエルにおいては運が良かったといえるだろう。まず、【モンスターゲート】の効果で【赫の聖女カルテシア】を引き当てる事が出来た事。次に、【ピットレ】や【錬装融合】のドロー効果でデッキから望んだとおりのカードを引けたこと。

そして何よりも初手で【ライトニング・ストーム】が手札にあった事。

これらのいくつもの偶然が重なり、今の克喜のデッキは最高潮を迎えていた。

 

「まだだ、まだ終わらない!手札の【Emハットトリッカー】は場に2体以上モンスターが居る場合、特殊召喚できる!【Emハットトリッカー】を特殊召喚!【赫の聖女カルテシア】はチューナーモンスター!当然、レベル4【Emハットトリッカー】にレベル4【赫の聖女カルテシア】をチューニング!シンクロ召喚、レベル8【混沌魔龍 カオス・ルーラー】!このカードがシンクロ召喚に成功した時、デッキの上から5枚をめくる。その中の光属性か闇属性のカード一枚までを手札に加えてそれ以外のカードを墓地に送る。…今回手札に加えるのは【ウィッチクラフトゴーレム・アルル】!残りの四枚―――【ウィッチクラフト・コラボレーション】、【ウィッチクラフト・ジェニー】、【ウィッチクラフト・コラボレーション】、【ウィッチクラフトマスター・ヴェール】は墓地に。」

 

墓地とフィールドのカードを見比べる克喜。

本来【ウィッチクラフト】純正構築であればここまで回ることは無いだろう。恐らくは【コンフュージョン】から召喚される【バイスマスター】の効果で呼び出した下級ウィッチクラフトの効果を合わせて【ウィッチクラフトマスター・ヴェール】が並ぶくらいだ。少なくともシンクロモンスターが並ぶだなんてことは無かったし、それに加えて事実上の妨害手段が運次第とはサーチ可能になるということも無かっただろう。

 

「…バトル!【混沌魔龍カオス・ルーラー】で【粘糸壊獣クモグス】にアタック!」

「…ッ!」

「続けて【ウィッチクラフト・バイスマスター】でダイレクトアタック!」

 

紫焔 LP8000→7400→4600

 

克喜は自分で出したクモグスを戦闘破壊。

さらにバイスマスターでダイレクトアタックを決め、ライフアドバンテージを広げていく。

 

「…俺はカードを一枚伏せて…エンドフェイズ。俺の場に【ウィッチクラフト】モンスター…【ウィッチクラフト・バイスマスター】が存在するため墓地の各【ウィッチクラフト】魔法カードの効果が発動。【コンフュージョン】【コラボレーション】【ドレーピング】【サボタージュ】、この四枚を手札に。…さらに【バイストリート】と【スクロール】の二枚は表側表示でフィールドに。…ターンエンド。」

 

克喜 LP8000 手札六枚 

モンスターゾーン ウィッチクラフト・バイスマスター

         混沌魔龍 カオス・ルーラー

魔法・罠ゾーン  伏せ×1

         ウィッチクラフト・バイストリート 

         ウィッチクラフト・スクロール

    

克喜の【ウィッチクラフト】は未だかつてない進化を遂げた。

たった一枚のモンスターから圧倒的な大増殖を遂げることができる。しかも、当然の如く【ウィッチクラフトマスター・ヴェール】の召喚も容易くこなせる。―――克喜はこのデッキを組んでからというもの【ウィッチクラフト】に足りない何かが解決された、そんな確かな手応えを感じていた。

 

「…何故【ミラジェイド】の効果が発動しない…?」

 

そんな克喜を余所に困惑しているのは紫焔だ。彼女は【氷剣竜ミラジェイド】の効果が発動しないことに疑問を抱いているようだ。

今頃は更地となっているはずの克喜のフィールドには未だに二体のモンスターが健在。ミラジェイドの効果が発動された形跡さえない。

 

「【ミラジェイド】のリセット効果は()()()()()()()にしか発動しない。…さて、お前はどうやって【ミラジェイド】を出したんだったかな?」

「…【やぶ蛇】の効果…あっ!」

「気づいたようだな。…自分が扱うカードの事くらいきちんと把握しておけ。基本中の基本だぞ。」

 

最も効果が発動していたところで【バイストリート】の効果で破壊などされないのだが。それは言わない方が彼女のためというものだ。

こういうやり取りをしているとまるで紫焔という少女が「デュエルの初心者」という印象を抱く。

 

(…まるで好きなカードを詰め込んだだけのデッキ…。子供の頃扱っていたデッキをそのまま持ってきたような…。)

 

現に彼女は自身が使っているカードの効果さえを把握することが出来ていなかった。カードの効果の把握に努めることは誰だって行わなければならない事だ。デュエルを嗜むのならばせめてそれだけはしておくべきだろう。

 

「…わ、私のターン…。ドロー。…メインフェイズ開始時【強欲で金満な壺】発動。EXデッキから六枚除外して二枚ドロー…!」

「…その効果にチェーンして【ウィッチクラフト・バイスマスター】の効果発動。デッキから【ウィッチクラフト・ポトリー】を召喚。【バイスマスター】の効果は、融合モンスター以外の魔法使い族モンスター、もしくは魔法の効果が発動した場合。…下手に使うと、大やけどするぞ?」

「うっ…うぅ…。」

 

もはや、打つ手は無し、と言わんばかりに紫焔は両手を上げた。

どうやら彼女は【強欲で金満な壺】のドロー効果に全てをかけたようだが、それさえ今の克喜の盤面を崩すには至らないと判断したようだ。

 

「降参、する…。」

「却下で。」

「…なっ!?」

「…メインフェイズ終了時フィールドの【ウィッチクラフト・ポトリー】の効果発動。このカードをリリースして手札から魔法カード一枚をコストに―――、その代わりに【ウィッチクラフト・スクロール】をコストにして【ウィッチクラフトマスター・ヴェール】を召喚!」

 

克喜は紫焔のサレンダー宣言を却下し、相手のターン中に動く。

サレンダーは互いに同意がなければ成立しない。―――克喜が突っぱねればサレンダー機能も作動しない。

 

「…恥をかけと?」

「最後まで足掻いて見せろよルーキー。…お前のデッキを見てると昔の霊使(あいつ)を思い出す。」

「…?」

「あいつもな、今でこそ「英雄」だなんて呼ばれてるけど。…あいつも昔は弱かったんだ。でも、あいつは勝とうとして足掻いていた。実際にあいつはミラクルかまして勝利をかっさらって行ったこともあったけどな。…お前はその奇跡の権利を自ら放り出したんだ。足掻けば、何かが変わったかもな?」

 

といっても彼女はもう彼女自身のターンを放棄している。

だから強制的に克喜のターンになるわけだ。

彼女の心がもう少し強ければ、あるいは霊使みたいに逆境上等と笑い飛ばせれば、「奇跡を起こす権利(足掻くこと)」を諦めなければ勝負はもう少し長引いていたはずだ。

だが、彼女は逆境に折れ、自ら奇跡を起こす権利さえも手放し、足掻くことを諦めた。

 

「もしこれからもデュエルをするなら覚えとけ。―――デュエルっていうのは諦めなきゃ活路が開くことだってあるんだ。俺のターン、ドロー!俺の場のモンスターで一斉攻撃!」

 

【バイスマスター】と【カオス・ルーラー】の攻撃力の合計は5800。既に紫焔の残りライフポイントは簡単に消し飛ぶだろう。

ヴェールから「初心者こんなにボコボコにして大丈夫?」という視線が送られてきたが、それは彼女自身にかかっているとしか言えない。彼女は強いからここで折れてもいずれは立ち上がってくれるだろうが。

 

「…殺そうとしたことが許せへん。」

 

「ああー…」と視線で訴えかけてくるヴェールを余所に、ハイネ、ジェニー、エーデルの三人が支援に一撃を叩き込んだ。

 

紫焔 LP0

 

デュエルの終了を告げる甲高いブザー音が鳴り響く。

これで校舎の一角での戦いは終わりを告げたのであった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「…ぉえ…」

「桜庭…。大丈夫…なわけ、ないか。」

「…あんな形で「再会」するなんて思いもしなかったでしょうから…。」

 

鈴花は職員室床にうずくまったまま動かなくなってしまった。

時々苦しそうにえずき、既に胃液を何度も床にぶちまけている。それでもなお、彼女は顔面蒼白のままだ。

それほどまでに「あの光景」のショックが大きかったのだろう。

―――自分の家族が冷たい死体となって、職員室の引き戸棚の一つに詰め込まれていたというものは。

彼女の母親であろう死体を見ただけで、海斗は頭痛と吐き気に襲われている。より関係が深かった彼女はより大きなショックを受けていた事だろう。

 

「…なんで…。」

「落ち着け。…流石にこれは看過できん。今回は書類が目当てだったんだが…見つかるのが死体…しかも生徒の親族とくれば、な。警察に電話するが…構わないな?」

 

こうなってしまえばもう書類探しだとかそう言う建前を言っている場合ではない。

あってはならないものがここにはある。

 

「さっさと警察に―――」

「先生、後ろッ!」

 

そうして連絡しようとしたとき、真木の背後の暗闇から手が伸びて来た。

その手は真木の喉元に狙いをつけて高速で迫っている。

 

「…ッ!」

 

真木は辛うじて交わす事が出来た。しかし身を動かした時に携帯を奪われ、そのまま握りつぶされてしまう。

これで外界と連絡する手段は海斗のスマホただ一つのみとなった。

暗闇から現れた軽薄そうな男は、真木が生きているとみるや否や即座に真木に対して蹴りを放った。

体勢を整える事が出来なかった真木はその蹴りを側頭部に喰らい大きく弾き飛ばされる。

それを見た海斗はすぐにキトカロスに呼びかけた。鈴花に気付かせてはならない、そうしたらきっと彼女はより深く混乱してしまう。

 

「困るんだよねぇ、そういうのされると…さぁッ!」

「…だからって普通人を蹴り飛ばしますか。」

「…へぇ。」

 

自前のナイフを構えながら急に現れたキトカロスを見て男はビビるでもなく驚愕するでもなく、興味深そうに「へぇ」と声を漏らす。そう言う存在が居るという事をはじめから知っているような。

 

「精霊憑き…か。」

「『精霊憑き』…?」

 

精霊―――確かキトカロス達の事をそう呼ぶのだったか。

デュエルモンスターズには精霊が宿っていて真に力を認めた者にだけ力を貸す―――だなんて話もある。

とにかく、キトカロスはスピリチュアルな存在で、それだけ珍しいのだ。

―――その割にはやけに『精霊』が付いている人間も知っているのだが。

 

「お前が本当に使いこなせているかどうか試してやるよ。…使えるんならあの方の為に仕えさせてやる。」

「あの方…?…やだね。俺達は誰にも仕える気は無い。」

「…交渉は決裂…と。じゃあ、しょうがねぇな。その女ども置いてさっさと死んでくれや…といいたいんだがな。デュエルで勝てば見逃してやるよ。あの方のやった通りに…な。」

 

そんな事を言いながら暗闇から現れた男はデュエルディスクを構える。

それに応えるような形で海斗はデュエルを受け入れた。真木は側頭部を蹴りぬかれ気絶、鈴花は錯乱していてまともに戦えそうにない。

ならば誰かが戦わなければ生き残れない―――それが海斗の答えだ。

それに、何よりも。渡瀬海斗が許せなかったのは、キトカロスを、【ティアラメンツ】達を見下したかのような発言だ。

 

「…完膚なきまでにボコボコにしてあげるよ。ほら、君に先攻をくれてやる。」

「…後悔するなよ?…犬牙(ケンガ)、参る!」

「能書きはいいからさっさとかかってきなよ、このドグサレ。」

 

破壊と蹂躙の二回戦目の幕が今、上がろうとしていた。




登場人物紹介

・克喜
なんやかんや【赫の聖女カルテシア】と【ウィッチクラフト】の相性の良さを実感。もう【ウィッチクラフト・カルテシア】じゃん…と思っている

・紫焔
何故か暗殺術にたけた少女。デュエルの腕はからきしなようだが…。

・海斗
最凶、動きます。

というわけで次回はみんな大好き虐殺タイムです。
犬牙くんは原形を保てるのかどうか、ぜひお楽しみに!


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次なんてない

 

犬牙と名乗る男がデュエルを仕掛けてきた。

海斗にとってそれは受けるメリットさえ見当たらないような代物であったが、受けなければ生きては帰れない。

負傷者二人を背負って撤退するよりかは、ここで敵を打ち倒した方が幾分かマシだ。

そう言った判断もあって、海斗はこのデュエルを受けることにしたのだ。

 

「俺のターン!…俺は手札から【アマゾネス王女】を召喚。…効果発動!」

(…なるほど、【アマゾネス】…。)

 

【アマゾネス王女】―――戦士族の集団の【アマゾネス】におけるキーカード。

このカードによって【アマゾネス】魔法・罠カード一枚をサーチ氏、さらなる展開につなげるのが【アマゾネス】デッキの主流だったはずだ。

だが。

【ティアラメンツ】において無効化手段を用意せずに能力を発動する事、その行為は致命傷にもなりうる。

 

「…フィールドのモンスターの効果が発動したため【ティアラメンツ・ハゥフニス】の効果発動。このカードを特殊召喚してデッキの上から三枚を墓地に…。【ティアラメンツ・レイノハート】、【壱世壊に奏でる哀唱(ティアラメンツ・サリーク)】、【古衛兵アギド】の三枚を墓地へ。」

「…【アマゾネス王女】の効果でデッキから【アマゾネスの叫声】を手札に。」

 

それが、少しダウナーな彼女―――【ティアラメンツ・ハゥフニス】の存在だ。彼女は、相手フィールド上のモンスターが効果を発動すれば特殊召喚でき、更に墓地も肥やすことができる。

当然、これはハゥフニス召喚の為の「コスト」ではなく、「モンスター効果」である為、各ティアラメンツたちが持つ融合効果を相手ターン中に使用できるのだ。

 

「…今墓地に送られた【レイノハート】、【壱世壊に奏でる哀唱】、【古衛兵アギド】の三枚の効果を墓地に落ちた順にチェーンして発動。互いのデッキの上から5枚を墓地に送り、【壱世壊に奏でる哀唱】の効果で【ティアラメンツ・メイルゥ】を手札に。更に【ティアラメンツ・レイノハート】を墓地より特殊召喚して【メイルゥ】をそのまま墓地へ。まずは【メイルゥ】の効果発動…メイルゥの効果にチェーンして墓地に送られた【古尖兵ケルベク】の効果発動!更に互いのデッキの上から五枚を墓地へ!さらに墓地に送られた【ティアラメンツ・メイルゥ】と場の【レイノハート】で【ティアラメンツ・キトカロス】を融合召喚!…自身の効果で特殊召喚した【レイノハート】は場から離れた場合に除外される…けど。さらに【キトカロス】の融合召喚成功時の効果と墓地に送られた【ハゥフニス】、【ティアラメンツ・シェイレーン】、【壱世壊に澄み渡る残響(ティアラメンツ・クライム)】、【剣神官ムドラ】の効果発動!まずは【剣神官ムドラ】を除外し【古尖兵ケルベク】、【古衛兵アギド】、【ティアラメンツ・メイルゥ】をデッキに戻す。次に【壱世壊に澄み渡る残響】の効果で自身の効果で除外された【レイノハート】を手札に。更に、【シェイレーン】とフィールドの【キトカロス】をデッキの下に戻して【捕食植物ドラゴスタペリア】を融合召喚!最後に墓地の【ハゥフニス】と墓地の【沼地の魔神王】をデッキの下に戻して【ティアラメンツ・ルルカロス】を融合召喚!!」

「――――????」

 

犬牙は手札に妨害を抱えていなかったのかどうかは知らないが、自分のターン中に弐体の融合モンスターが並んだのを見て理解が及んでいないような顔をしている。

普通、デュエルモンスターズは相手のターンにやれることは少ない。さらにそれが相手の先攻一ターン目なら手札から妨害札を使用するという事くらいしかやることがない。

だからこそ、理解が及んでいないのだ。だからこそ、理解できていないのだ。本来ならやれることが少ない筈の先攻一ターン目にこんな形で召喚されまくったのだから。

 

「は?な…何が起きた…?」

「何って…。俺はただ効果を使っただけさ。効果が連鎖して酷いことになっているけど…知ったことではないね。まさかひっくり返せないから許してください…なんて言わないよね?」

 

一方の海斗からすれば、「手札誘発」カードがないと高を括った時点で犬牙はこうなることは分かっていた。相手の手札全てに妨害の可能性がある、と考えた方がいい。代表的なものだけでも【灰流うらら】や、【増殖するG】、【無限泡影】に【屋敷わらし】、【原始生命態ニビル】に加えて【エフェクト・ヴェーラー】といったカードがある。

 

「…チィ!俺は手札から速攻魔法【アマゾネスの叫声】発動!デッキから―――」

「【灰流うらら】で。」

「―――!!」

「手札に持っていないの?【墓穴の指名者】。」

 

一応それらに対抗できるカードも無きにしも非ずだが―――その種類は非常に少ない。

だが、その数種類はほぼ確実にデッキに組み込む必要がある。特に海斗が挙げた【墓穴の指名者】は手札誘発カードの対抗策として有名だ。

―――最も海斗の【ティアラメンツ】の場合はそれらの妨害カードもデッキの出力を下げる原因となりうるせいで妨害はほぼほぼ【ティアラメンツ】魔法・罠に頼っているのだが。

 

「…う…く…!うぅぅ…!た、ターンエンド…!」

 

犬牙 LP8000 手札三枚

モンスターゾーン アマゾネス女王

 

海斗 LP8000 手札四枚

EXモンスターゾーン ティアラメンツ・ルルカロス

モンスターゾーン  ティアラメンツ・ハゥフニス

          捕食植物ドラゴスタペリア

 

犬牙は自身のターン中にモンスターを散々展開されたことがショックでたまらないようだ。伏せカードがあるのかどうかさえちらつかせずに、ターンを終了する。

 

「イキり散らかすからそうなるんだ。…ドロー。フィールド魔法【壱世壊=ペルレイノ】発動。…効果でデッキから【ティアラメンツ・シェイレーン】を手札に。そのまま【シェイレーン】を特殊召喚して、手札から【宿神像ケルドウ】を墓地に送る。…その後さらにデッキの上から三枚を墓地に。墓地に送られた【ケルドウ】と【シェイレーン】の効果を発動。まずは墓地の二枚目の【沼地の魔神王】と【シェイレーン】、【ハゥフニス】で【ティアラメンツ・カレイドハート】を召喚。…次に【ケルドウ】の効果で墓地の【ブレイクスルー・スキル】、【壱世壊に奏でる哀唱】、【壱世壊に軋む爪音】をデッキに戻す。…さらに手札から【絶海のマーレ】を通常召喚。効果で【ティアラメンツ・メイルゥ】を墓地に送って、そのまま【メイルゥ】の効果発動。このカードと、墓地の【捕食植物セラセニアント】をデッキに戻して【捕食植物キメラフレシア】を融合召喚!」

 

海斗のフィールド上には四体の融合モンスターが並ぶ。その一体一体全てがエース級の活躍をするモンスター達だ。そんなモンスター達に詰められているせいなのか、アマゾネス王女は歯をガチガチ鳴らしている。

映像であるはずの彼女は確かに目の前に迫る死の恐怖を感じていたのだろう。

斬り殺されるか、絞め殺されるか、噛み殺されるか、溶かし殺されるか。

どれを選んでもまともな末路は辿らない。せめて苦しくない死に方で死にたいと懇願しているようにも見えた。

 

「…墓地の【ティアラメンツ】がデッキに戻ったことにより【壱世壊=ペルレイノ】の効果発動。【アマゾネス王女】を破壊!」

「…うぅ…!」

 

そんなアマゾネス王女は波にさらわれることで破壊された。斬られるやかみ砕かれる、絞め殺されるに溶かされるよりかはまともだろうが―――どのみち死ぬことには変わりないというわけだ。

最も肝心のアマゾネス王女のソリッドビジョンは安心したような顔で波に流されていったところから、胃考えうる限り最も理想的な退場の仕方をしたようだった。

 

「さあ、トイレは済ませた?英雄にお祈りは?部屋の隅でガタガタ震えて弐度とデュエルしたくなくなる準備はOK?―――バトルフェイズ!【捕食植物ドラゴスタペリア】でダイレクトアタック!」

「まだだ!直接攻撃時に【バトルフェーダー】の効果発動―――!このカードを特殊召喚し、このバトルフェイズを終了させる!次のターンだ!次のターンで…!」

 

しかしどうやら犬牙は最後の足掻きとして手札に【バトルフェーダー】を持っていた。

犬牙はこのターンをこのカードでしのぎ、次のターンに一縷の望みを賭けるつもりなのだろう。

それが犬牙の絶望をより煽ることになろうとは知らずに。

 

「…次なんて無いよ。今、ここで確実にお前を斃す…!モンスターの特殊召喚を含む効果が発動したため【ティアラメンツ・ルルカロス】の効果発動。【ティアラメンツ・ルルカロス】を墓地に送りその効果を無効にして破壊。融合召喚した【ルルカロス】が効果で墓地に送られた場合、このカードを特殊召喚できる。舞い戻れ、【ティアラメンツ・ルルカロス】…!バトル続行!【ドラゴスタペリア】でダイレクトアタック!続けて【カレイドハート】でダイレクトアタック!」

 

海斗の場の融合モンスター全ては【ペルレイノ】の効果で攻撃力が500上昇している。3500と3200のダメージを受けて犬牙のライフはもうわずかしかない。

到底次に控えている海斗の切り札の攻撃を耐えられるライフではないのだ。

 

「終わりだ…【ティアラメンツ・ルルカロス】で…とどめェっ!」

「うわぁあぁぁああぁぁ!?」

 

いつも通りに、情け容赦ない後攻一ターンキル。

それは調子に乗っていた犬の牙をへし折るには十分な恐怖と、挫折を与えるのだった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「く…うぐっ…」

(渡瀬は―――ッ!)

 

歪む視界に顔を歪めながらも真木は何とか起き上がろうとする。それは先生として生徒を守るため、そしてかつての過ちを犯さないためであった。

どれだけデュエルが強くても、大人数で暴漢に襲われてはひとたまりもない。それは簡単に蹴り飛ばされた自分にも言える事だ。

―――が、真木の目に飛び込んできたのは予想外の光景だった

 

「く、来るなぁあぁぁぁ!?」

「かーんぜんに錯乱していらっしゃる。…僕は君達みたいに嬲る趣味なんてものは無いんだけどなぁ。」

 

自身を蹴り飛ばしたであろう男が渡瀬に完全に怯え切っているのだ。周囲にデュエルモンスターズのカードが散らかっているあたり、海斗は男の心を懇切丁寧に、一片の反抗心も残さずにすり潰したらしい。

 

「…一体どんなデュエルだったというんだ…?」

 

その疑問に答えられる人物はもうこの場には居なかった。海斗は至って「いつも通り」のデュエルをしただけなのだろうから。

―――興味がないと言ったらうそになるのだが。

とにかく、今はそれを知る術はないという事だ。

これは余談なのだが、後に真木は海斗にその時のログを見せられて、こう漏らしたという。

 

「あれは虐殺を超えた何かだった」、と。




登場人物紹介

・海斗
最凶再び。
なんなんすかね、こいつ…。

・犬牙
フルボッコだドン!

・真木
「これは酷い」


というわけでティアラメンツによる蹂躙回でした。
海斗君はもうあれだ!デウスエクスマキナだ、コレ!
というわけで次回もお楽しみに


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お前だけは

 

「…く、暗いね…。」

「そうだなあ…。ウィン、スマホは―――」

「持ってないよ。…霊使こそ持ってきてないの?」

 

霊使とウィンは二人で並んで暗い校舎の中を歩く。

霊使は最初こそスマートフォンのライト機能を使おうと思っていた。だが、彼はすぐにその判断をやめることになる。

何故なら―――

 

「…持ってるけど、如何せん古い型だからバッテリーがクソザコナメクジなんだよねぇ。ライト使用したら多分30分持たない。」

「変えようよ!?」

「金がないんだよぅ…ッ!」

 

金がなくて霊使のスマホは未だに旧世代の物だったからだ。おまけに使い古しでもあるため、普通に動画とかを一時間で充電が消し飛んでしまう。しかも内蔵メモリも16GBと非常に小さいため、霊使のスマホはSNSを入れるだけで精いっぱいだった。

ライト機能など使おうものなら、ただでさえ少ないバッテリー稼働時間がより短くなってしまう。もしもの時の連絡を確実にするためにもそれはいただけないというものだ。

 

「…明かりはないってことでお願いします。」

「分かったよ。…でさ、霊使、話は変わるんだけど―――」

「この事件の、黒幕…か。ウィンが気にしているのは。」

「そう。…誰、なんだろうね。」

 

明かりの話を切り上げて、ウィンは霊使にこの事件の黒幕は誰かを聞いてきた。

ウィンにとっても霊使にとっても、今回の事件はたとえ解決したとしても到底いい気分になれるものではない。だって、勝手に自分の名前を使われ、あまつさえ洗脳まがいの行為をしているのだ。

それに対して「怒りを抱くな」というのが無理な話である。

そんな事情もあってか、二人はこの事件の黒幕は見つけ次第ぶちのめすと決めていた。相手がデュエルを挑んてくるのならデュエルで、喧嘩するのならば全員で。完膚なきまでに負かしてやろうと、もう二度と悪い事が出来なくなるよう徹底的に心をすり潰そうと決めていた。

 

「…で、ここは…講堂か。…なんでこの学校には講堂があるんだ?集会の時涼しかったから別にいいけどさ…。」

 

二人は自然と行動に足を向けていた。もしここがカルト宗教だとするのならば、あるいは誰かを崇める組織であるのならば目立つ場所に何かがあると確信していたからだろうか。

そしてこの学校において一番特徴的な場所といえばこの講堂だ。霊使は未だになんでこの学校に講堂があるのかが分かっていない。それを知る前にこの学校が廃校となってしまったからだ。

 

「…なんかすごい嫌な予感する…。」

「ああ…。」

 

そして一番目立つところに居るという事はその人物はこの集団の長である可能性が高いという事だ。自らの行いを「霊使の御心」と言い張っている悪党の親玉との対面だって考えられる。もしかしたらこの件とこの組織は一切かかわりを持っていないのかもしれないが、咲姫曰く「薬物らしきもの」を使っていたらしい為、そんなことは無いだろう。最も、この手の宗教は勝手に崇めることが大半なので一番厄介な「四遊霊使という人間を伝聞でしか知らない」という事も起こりえる。

 

「入りたくない…!圧倒的に入りたくない…ッ!」

「厄介事の匂いがプンプンしてるもんね…ッ!」

 

どのみち、この講堂に入ってしまえばトラブルからは逃げられない。平穏無事に暮らしたいだけなのに、どうしてこんな目に遭うのだろう。

いっそのことどこぞの爆弾魔のように証拠も残さず、跡形もなく消し飛ばしてやりたい気分だ。

 

「…何が起こるか、分からないのがこんなに怖いとは…。」

「そりゃそうだよ。扉開けたら即死罠なんてこともあるのかもしれないし。」

「そう言われると余計に開けたくなくなるなぁ!」

 

むかつくほどに不利になると分かっていても、それでもやらねばならないことがある。

どれだけ追い詰められていたとしても、進まなければならない時がある。今までの冒険の中で霊使は散々それについて学んだはずだ。

それでも、どうしても進みたくない時というのはある。―――例えば、自分が自分でなくなってしまう―――だなんてことが起こりそうだと感じているときとか。

 

「ええい、いざ、南無三!」

 

だが、進まなければ何も始まらないのだ。

意を決して、霊使は講堂のドアを開ける。―――そして、そこで霊使がみた物は―――。

 

「…なるほど。お前が―――この宗教のトップだったのか。」

 

これまでの疑問の全てに納得できるかどうかはともかく、当てはまる答えを持つ者だった。

まず、なんて自分の名を騙ったのか。これは「四遊霊使」という名を貶めたいという事なのだろう。この男は自分を恨んでいるらしい。ならその名を貶めたいと思うのは当然のことではなかろうか。

次に、何故この学校の事を知っているか。顔を合わせることは無かったが、この男もこの高校に進学していたという事だろうか、あるいはそれを知る物を配下にか取り込んでいるかなのだろう。

その他多くの疑問にもこの男の持つ何かが当てはまる。こじつけ臭いところもあるだろうが、それでも納得できる要素の方が強い。

 

「なんとまあ…執念深いというか、いい加減にストーカーをやめろというか…。」

 

最も、相手が誰だったとしてもこの感情は変わっていなかっただろう。

むしろその男であった分、容赦なく叩き潰せることだろう。その男が霊使を嫌っているように霊使もその男の事は嫌っているのだから。

 

「久しぶりだなぁ…四遊ぅ…?」

「こっちは会いたくなかったよ。…外道。」

 

そこには最早不倶戴天の仇という言葉では足りないほどに憎たらしい、一人の男が立っていた。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「…落ち着きました?」

「ありがと、キトカロスさん…。」

 

鈴花はキトカロスに背中をさすられて少し落ち着いてきていた。彼女曰く、真木と海斗の二人は周辺の捜索に出かけたらしい。

精神的に少し落ち着いてきて、ようやく一息つけそうだった。

 

「…なんで、こうなっちゃんだろ…。」

 

一息つけば、後悔の念が錘のように圧し掛かってくる。何で助けられなかったのか、なんであの時、家を襲った犯人に対峙できなかったのか。

―――なんで自分一人だけおめおめと逃げ延びているのか。

想えば思うほど自分はあの場で一緒に死にたかったんだ、と強く実感する。

逃げることで家族を失うと分かっていながらも、家族を犠牲にして逃げた。―――今まで自分が逃げ続けてきた罪が今明確な形となって鈴花の前に現れている。

 

「…私があそこで立ち向かえていれば…こんなことにならなかったのかなぁ…。」

「鈴花…。貴女は…。」

 

キトカロスはそんな鈴花にかける言葉は思いつかないようだ。

キトカロスは親しい存在を一度失ったと思い込んだ時はあったが、それでも最後は彼女の下に帰ってきてくれた。だが、鈴花は違う。彼女の家族はもう、二度と声を放つことがない。二度と、鈴花を抱きしめることも無い。二度と鈴花にそのぬくもりを、愛情を伝える事が出来ない。

 

「…私が、見殺しにしたんだもん。そうだよ…きっと私はもう許されることは無いんだろうなぁ。」

 

だから、彼女の自嘲を止めることはできない。

でも、そんなキトカロスにも言えることは一つある。

 

「…あなたは生きるべきですよ。例え許されないと感じていたとしても…それでもあなたは「生き延びた」のですから…だから、貴女が満足したと感じるまでは生きるべきなんです。」

「…無理だよ。…私はもう、前を向けない。…私の未来は、後ろにしかないの…!」

「…それこそ違います。」

 

今の鈴花に必要なのは、「今」を見る事のように思う。

今まで彼女を見てきて鈴花は「過去に縛られている」ように見えた。

今を生きる人間にできる事は過去の人間の思いを背負い生きる事くらいだ。死の際に何を伝えようとしていたか、だなんてことは知りえるはずもない。

だから、嫌でも前を向かなくてはいかない。見たくなくても「今」を見なければならないのだ。

 

「…殺気?いや、この感覚は―――なるほど。鈴花、一緒に「今」を掴みに行きましょう。」

「…「今」、を?―――どういうこと?」

「恐らくですが、今霊使か九条さんがあなたを苦しめる一因の元凶と対峙しました。…嫌な雰囲気がより濃くなりましたからね…ほぼ間違いないかと。」

 

―――ちょうどいいタイミング、まさに神がかり的だと言っていいだろう。頭上に感じていた嫌な雰囲気がより一層濃くなった。恐らくはこの雰囲気を持つ者が臨戦態勢に入った―――という事なのだろう。

ならば、霊使が行っているであろう、今を掴む戦いを一緒に見るのがいい。そのままこの組織の頭を取ってもいいだろう。

そうしてほんの少しずつ、彼女を過去から解き放つ。―――それくらいしか彼女を癒す方法がない。

 

(…少しずつでいい、少しでも彼女が前を向けたら。)

 

―――いつか自分の中にくすぶる罪悪感とも向き合えるだろう。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

霊使は外道と相対していた。

なんてことはない、ただ外道という男のたくらみを阻止したいだけだからだ。

気に入らない男の気に入らないたくらみは霊使の怒りに触れている。

それだけ霊使は外道という男に怒りを抱いている。

―――故に、霊使が最速で殴り飛ばそうとするのも当然のことだった。

 

「―――お前はさっさとブタ箱にぶち込むべきだった。」

「は!?たかが他人の家族―――お前にとっては赤の他人で少し遊んだだけだってのにそんなに怒るかねぇ?」

 

ただ、霊使がここまで怒っているのには一つ、大きな理由がある。

それは、外道という男がどれだけ救いようのない男かを理解するには十分なものだった。

この男は嬉々として「人殺し」と、「陵辱」について語ったのだ。流石の霊使も吐き気を覚えるほどには最悪だった。

 

「…お前だけは生かしては置けない。ここで、殺す…ッ!」

「おいおい、冷静になれよぉ?まさか英雄様が人殺しなんてするはずないものなぁ?」

「…てめぇ…ッ!」

 

だから、霊使は迷いなくこの男を一発殴ることにしたのだ。

デュエルなどする気にもなれない。―――こんな形のデュエルは望んでいない。

 

「俺を殴りたかったらよぉ。お前がかつてやったようにデュエルで打ち負かせよなぁ?それとも何か―――あの時はまぐれってかぁ!」

「…はあ。」

 

だが、外道が言うことも事実。あの時はデュエルが強い方の我を通した。ならば今回も同じように打ち負かせばいいだけの話だ。それ以上でもそれ以下でもない、純然たる強さだけが己を導くカギとなる。

だから、霊使は外道から距離を取って、デュエルディスクを構えることにした。

相手の万丈に立たせれるのは癪だが、それ以上にこの男がデュエルを語ることが癇に障る。

 

「かかって来いよド三流…!」

「舐め腐りやがって…この糞餓鬼が…ッ!」

 

因縁の戦いが今、幕を開けようとしていた。




登場人物紹介

・霊使
ぶちぎれいじ。

・外道
外道。名前もまんま外道から。
果たしてこいつはTCGのキャラとして適切なのかどうかと議論できるくらいには邪悪。

・鈴花
その心は未だ過去に


・キトカロス
今を見せに。

というわけで次回をお楽しみに。
私は陰鬱な作品が好きなんじゃない!陰鬱な展開から最高にスカッとするハッピーエンドが好きなだけだ!


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復讐よりも

 

デュエルの立ち上がり、それはデュエルにおける趨勢を決める重用な要素だ。初手が悪いだとかそんなことは関係ない。キッチリと制圧盤面を作らなければ負ける。

負けたくないのなら死ぬ気で展開しなければならない。その点、霊使のデッキは十分な展開力がないと言えた。

確かに【ドラグマ】カードを絡めればそれなりの展開を行う事が出来る。

だが、霊使が軸とする【憑依装着】には後続を展開する「回転役」のカードが存在しない。

―――言ってしまえば、霊使のデッキはほとんど魔法カードに依存しているのだ。

といっても、霊使は【霊使い】のサポートカードを使いこなすことができる。どのようにすればいいのかを今前の経験から導き出せる。

 

「…これは…うん。」

 

その経験からして言うと、霊使の手札はこれ以上ないほどに整っていた。

ともすればカードにや粗る彼女たちの怒りがありありと見て取れるほどに。普段なら主張が強い筈のライナもこの時ばかりは自重してくれたのか、最短で相手を斃しきれる手札になっている。

 

(…まあブチギレよなぁ…。)

 

霊使はこの外道という男に何度か殺されかけている。明確に彼女たちの目に触れたのはあの一回のみだが、それ以前に何度も何度も暴力を振るわれ、大切なカードも奪われた。

だから、正直に言えば、この男に自分が振るわれた暴力をやり返してやりたいという気持ちはある。

だが、ウィン達が居る手前、下手な事をして彼女達に失望されたくない。

だから心の奥底からふつふつと湧き上がるような復讐心に身を委ねたくはない。

 

「…俺の先攻だ。…俺は手札からフィールド魔法【大霊術‐「一輪」】発動。更に手札から【憑依覚醒】を発動。続けて【憑依装着‐ウィン】を召喚。…デッキから一枚ドロー。さらに、手札から永続魔法【妖精の伝姫】の効果発動。…さらに【妖精の伝姫】の効果で手札から【妖精伝姫‐カグヤ】を召喚。【妖精伝姫‐カグヤ】の効果発動。」

「…【灰流うらら】の効果発動!」

「―――【大霊術-「一輪」】の効果で無効!」

 

霊使は極めて冷静に、感情を押し殺してプレイを続ける。

少しでも感情的になってしまえば、そこが突き崩される「隙」になりえる。その隙を突かれて盤面を崩されたら再展開力のない霊使はジリ貧に追い込まれることだろう。

 

「【カグヤ】の効果でデッキから【憑依装着-アウス】を手札に。【大霊術-「一輪」】の効果で【デーモン・イーター】を手札に加えて【憑依装着-アウス】デッキに戻す。俺の場に魔法使い族モンスターが存在するため【デーモン・イーター】を特殊召喚。更に【憑依装着-ウィン】と【デーモン・イーター】をリリースして【憑依覚醒-デーモン・リーパー】をデッキから特殊召喚。自身の効果で【デーモン・リーパー】を召喚したため墓地から【憑依装着-ウィン】を効果を無効にして特殊召喚。そして【憑依装着-ウィン】と【憑依覚醒-デーモン・リーパー】を素材として【I:Pマスカレーナ】をリンク召喚!自身の効果で特殊召喚した【デーモン・リーパー】が墓地に送られた場合デッキから【憑依】魔法・罠カード…【憑依連携】を手札に加える。」

 

手札一枚をのこして霊使はデッキをどんどん回していく。

霊使のデッキに再展開性がない、というのは事実だ。最初の展開で魔w仕切るだけ回しきってリソースを全て使い果たす。そこから、妨害を繰り返して最終的に攻撃力を上げた【憑依装着】モンスターで決めきるというデッキだ。霊使のデッキに「そのデュエル中に使わない」カードはあれども「必ずどこかしらでの出番はある」。

 

「そのまま…手札から魔法カード【天底の使徒】発動!【灰燼竜バスタード】を墓地に送り効果で【教導の聖女エクレシア】を手札に。【教導の聖女エクレシア】はフィールド上にEXデッキから特殊召喚されたモンスターが存在する場合特殊召喚できる。…効果で【ドラグマ・パニッシュメント】を手札に。カードを二枚伏せて…エンドフェイズ【灰燼竜バスタード】の効果発動。デッキから【教導の騎士フルルドリス】を手札に加えてターンエンド。」

 

霊使 手札一枚 LP8000

EXモンスターゾーン I:Pマスカレーナ

モンスターゾーン  妖精伝姫‐カグヤ

          教導の聖女エクレシア

フィールド魔法   大霊術‐「一輪」

魔法・罠ゾーン   伏せ×2

          憑依覚醒

          妖精の伝姫        

 

(結果は上々…とまではいかないか。手札一枚でその内容は割れている。…事実上の手札0。最も相手が【マインドクラッシュ】とか持っていてもこのターンは絶対に凌げる。…次のターンで一気に勝負を仕掛ける…!)

 

霊使はハンドアドバンテージを捨ててフィールドアドバンテージを求める傾向にある。

ハンデスやLO狙いのデッキとは相性が悪いが「ビートダウン」―――殴ってくる相手なら割とどうにかなる。

―――それでも霊使は油断しない。霊使は罠を張り、妨害を構えて相手を迎え撃つ。

「妨害含めて正々堂々」―――最近生まれた霊使のポリシーは、今の状況を最大限にかつ、的確に表していた。

 

「お前をここで…斃す。」

 

霊使は極めて冷静に、そして極めて、外道にそう告げる。

―――そんな時に、講堂のドアが開く。そこに居たのは、鈴花とキトカロスの二人。

このデュエルの結末を見届けにでも来たのだろうか。

 

「霊使君!」

「霊使、大丈夫…みたいですね?」

「今のところは。…こいつが張本人だ。俺の手で決着を…」

 

霊使は鈴花の方を見ずにそう言った。

おまけに彼女はこの男にとって、「殺すべき」存在だ。

外道はまず間違いなく霊使を恨んでいる。そんな時に霊使と仲の悪かった少女を「霊使」の名を騙って殺したとしたらどうなるだろう。

―――霊使はそれでどうなるか分からないほど馬鹿ではない。

だから、霊使はここでこの男を止めなければならないのだ。霊使の為にも、鈴花の為にも。

 

「…観客かぁ?」

 

一方の外道は予想外の来客に少しだけ驚いたこのような表情になる。

だが、それも一瞬。外道は鈴花を二度ほど見た。

そうして何かを思い出したかのように手を叩く。

―――そして、鈴花の顔を見た外道は酷薄は笑みを浮かべ、大声で叫んだ。

 

「…おっとわざわざ俺の下に来るなんてよ。…あの女の娘じゃねぇか!気持ちよかったぜぇ、あの女の感触ゥ!」

「―――!」

 

何があったのか、、その下手人は誰なのか。

霊使は今の自分がとことん冷静さを欠いていることに気が付いていた。

頭の中の冷静な部分が呼び掛けて来る。「今すぐ鈴花を止めろ」、と。

気付けば、鈴花は絶叫を上げながら外道の方へと飛び掛かってしまっていた。

 

(後手に回った…ッ!)

 

―――鈴花の家族の事を知っているという事は、外道が鈴花にとっての仇であるという事。

鈴花にとって外道は仇であると知った。―――なら復讐心に駆られるのも仕方が無い事だ。

だから、霊使は、彼女を止める事が出来なかった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「気持ちよかったぜぇ、あの女の感触ゥ!」

 

鈴花はその言葉を聞いて、思わず飛び出していた。

飛び出しても何もいいことは無い、むしろ霊使を追い詰めるだけだと理解している。

それでも、どうしようもないくらいの激情に突き動かされて目の前の男に飛び掛かる。

 

「お前がァ!お前がぁぁあぁぁッ!」

 

この男は絶対に許せないし、許す気もない。それにこの男を許したらそれこそこの男に殺された母たみんなが浮かばれない。

もう自分はどうなってもいい。この男の事を殺したくてたまらないのだから。

―――それだけこの男が憎らしいのだから。

頭の何処か冷静な部分がだめだと警鐘を鳴らして、それでも鈴花は焦土に従い男に組み付こうとした。

 

「へっ…心地いい叫び声じゃねぇか!やっぱいいよなぁ、無力な女を泣かすっていうのは…よぉ!」

 

その結果が―――簡単に力負けして人質になるというありさまだ。

今の行動は軽率というほかなかった。おかげで霊使に枷を付けてしまったのだから。

「自分」という人質が居る以上、霊使はこの男の要求に従わざるを得ない。

―――霊使はこんな失態を犯した私を絶対に見捨てないだろうから。

 

「…本当に馬鹿な奴だなぁ!―――どうだったよ、感動の再会ってやつはぁ?」

「…お前ぇッ…!」

 

何とか抵抗を試みるも、自分の首を圧迫して拘束している右腕を解けそうにない。

さらに男は感触を確かめるように鈴花の胸を揉みしだいた。

馬鹿にするような、自分を物としか見ていないような、そんな乱雑な扱い方で。

 

「ほらほら、どうしたぁ!まさか我が身可愛さでこの女を助けねぇ…なんていうんじゃねぇよなぁ?」

 

いま、自分は交渉のカードにされている。

条件は分からないが、とにかくまともな条件じゃないことは確かだ。

 

「ま、犯した女の娘を犯すのもまた一興だが…そうさな。―――お前の…ウィンだったか?そいつをこっちに寄越して、このデュエルを降りろ。そうしたらこの女は解放してやるよ。乗らなければこの女を今ここで殺すぜ?」

「……は?」

「なっ…!」

 

―――ああ、私がこんなふうに突っ込まなければこんなことにはならなかったのだろうか。

首元に突き付けられる冷たいナイフ。

ウィンを渡す方を飲めば、霊使はこのデュエルに負けないで済む。

デュエルを下りればきっとウィンは守れるだろう。

だが、そのどっちもとなれば霊使はきっと迷うはずだ。

 

「―――さあ、どうする!決めるのは、今ここでだ!」

「―――私の事は放っておいて!私の代わりにこの男を斃し―――ッ!」

「うるせぇ!」

 

鈴花はなりふり構わず叫んだ。言葉を最後まで言い切る前に男に首を絞められてしまった。伝えたいことを伝える事は出来ただろう。

「自分はどうなってもいいから、この男を斃してほしい」という願いを言葉にして、届けられた。

ならばこの男を止めるには十分だ。この男はきっとこれから先も周りに害を及ぼすだろう。

自分一人の命でこの状況を収められるなら、安いもの。

それに―――この状況を招いたのは自分だ。そのしりぬぐいは自分でしなければならない。

 

「……そこの女もだ!一歩でも動いてらこの女の首を掻っ切る!」

「……ッ!」

 

襲撃をかける気だっただろうキトカロスの動きも制限された。

確かにこの距離なら、彼女が襲撃をかけるよりもナイフで自分の首を切られる可能性が高い。

 

「…選べよ!霊使ぃ!ここで俺に下るか、この女を殺すかを、……?」

 

そこで男は一度言葉を切った。

そしていつの間にか周囲を満たす濃厚な殺意の出どころを見た。

 

「―――黙れよ、外道。」

「…これが…君から…?」

 

その場には霊使が居るだけだ。

―――特別彼のなにかが変わったわけではない。ただ一つ、彼が纏う濃厚な殺意を除けば、だが。

それは鈴花も、ウィンでさえも初めて見た霊使の心の底からの殺意(怒り)だった。

 

「お前はここで確実に潰す。お前は―――」

 

怖い、怖い、怖い。

心の中がここまで恐怖に支配されるのがどれほど異常な事だろうか。

もしそれを現す言葉があるとしたら一体どんな言葉になるのだろう。

それだけ彼の怒りが、彼の殺意が本物であるという事なのだ。自分に向けられたものではないと分かっていてもこの重圧だ。

もしこれが自分に向けられたらと考えると、鈴花は受け止めきれる気がしなかった。

 

「俺だけ見てればいいんだよ、腰抜け。」

「―――てめッ!」

 

だが次の瞬間、殺気は霧散。霊使が男に向けたのは嘲笑だった。

人質を取る、という事は真正面から勝負して自分に勝つ自信がないからか、それとも俺の事が怖いのか。

そう煽る霊使に対して、男は激昂。

 

「そんな小手先の手段でしか勝てねぇのならテメェは一生俺には勝てねぇよ。…さ、どうする?俺と真正面からぶつかって俺を下せば話は早いんだぜ?」

 

ああ、そうか。

鈴花は霊使の挑発の意味をようやく理解した。この男は霊使を見下しているのだ。

だから、挑発されることに耐えられない。自分よりも弱いから、自分よりも下に置いているからこそ、その相手からの挑発というのは冷静さを失わさせるのだ。

少しダシにされた感じもあるが、それは不用意に突っ込んだ自分への罰という事にしておく。

 

「お前は俺を憎んでる…だからこんな事をしたんだろ?いいのか、ここで桜庭さんを人質に取って俺の動きを止めて勝つってのは簡単だろう。だが、それじゃあお前がつまらない。―――かかって来いよ、腰抜け。テメェの全てをへし折って俺が勝ってやる。」

「…へ、へへへ…もうこんなアマ必要ねぇや…!」

 

男は恐怖心と復讐心がごちゃ混ぜになって挑発に乗った。

もうこうなっては、どうもこうもない。

冷静さを欠いたデュエリストなど、もはやただの案山子にもならない。

この時点で、男が鈴花を解放した時点で趨勢は完全に決まった。

 

「いいぜ…や、やってやる、テメェをぶっ殺してやるぁぁぁあああ!」

 

気付けば鈴花は解放されて、デュエルが再開していた。

余りの超展開に頭が付いていけなくなった。

拘束されて、人質にされて、それでほんの少しのやり取りで解放される。

展開が速すぎて、復讐云々もすっかり頭から抜け落ちている。

 

(…この一連の流れ、コマンドーだこれ!?)

 

―――そう思うとなんだか自分の復讐心が萎んでいった。

復讐をすることできっと前に進める人もいるのだと思う。

だが、復讐以上に大切なこと見つけるに越したことは無いのだ。

鈴花は、この戦いが終わった時、ようやく心の底から笑えそうな気がしていた。




登場人物紹介

・霊使
会われ過ぎて最早嘲笑するぐらいになっている

・外道
クズ、カス虫というあだ名するこいつには上等なものだろう

・鈴花
復讐心よりも思わずやり取りにツッコミを入れる方が大事なツッコミ人

…シリアスも別方向から見るとギャグになるんやなって…


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お前は一生ブタ箱に入ってろ。

 

「野郎、ぶっ殺してやぁぁぁる!」

「デュエリストが冷静さ失ったら終わりだってはっきり分かるなぁ。」

 

霊使は、確かに心の内に昏い復讐心を抱いた。

だが、それは冷静さを失わせるものになるとは限らない。

時に、冷酷な怒りが冷静さを引き出すという事もある。

 

「…俺のターン…ドロー。て、手札の魔法カード【超接地展開】発動…!【無限起動ハーヴェスター】を召喚!【ハーヴェスター】の効果でデッキから―――。」

「【大霊術-「一輪」】の効果で無効に。」

 

俗にいう「一周回って」というやつだ。

相手の初動を潰し、行動を制限して、自分のやりたいことを通す。

攻撃力で押すことと、複雑な能力で翻弄することのちょうど中間地点。

小型のカードでリソースを伸ばしつつ、相手の動きを止め、大型のフィニッシャーで一気にとどめを刺すという王道の戦術。

その戦術に外道はすっかり吞まれていた。

 

「…【ハーヴェスター】をリリースして【無限起動キャンサークレーン】特殊召喚、更に…俺のフィールドのカードがリリースされた…!その事により【無限起動ロードローラー】を特殊召喚!」

「【無限起動ロードローラー】の特殊召喚成功時に罠発動【憑依連携】!効果で墓地から【憑依装着-ウィン】を特殊召喚して【超接地展開】を破壊!さらに【憑依覚醒】の効果が発動して一枚ドロー!」

 

既に伏せカードが何かさえこの男は覚えていない事だろう。

デュエリストが冷静さを失えば、後は相手の布陣にからめとられるだけだ。

それがどれだけ強い力を持っていようとも、一度尻込みすれば終わりという事に変わりはない。

 

「…【キャンサークレーン】と…【ロードローラー】で【無限起動リヴァーストーム】をエクシーズ召喚!【リヴァーストーム】の効果発動…!」

「…【教導の騎士フルルドリス】の効果発動。…【フルルドリス】を特殊召喚して【リヴァーストーム】の効果を無効に。」

 

鋭く、喉元を穿つように、何度も何度も的確にカードを使う霊使。

ただ冷酷に淡々と、外道の喉元にナイフを突きつけるように、相手の動きを阻害していく。

ウィンにはそれが霊使なりの外道への「処刑」であるかのように感じられた。

相手に無力感を植え付け、何もできないと実感させ、外道が見下していた自分自身に何度も完封される。

それで、その高慢ちきな心が折れないわけが無い。

 

「…糞がァ…!【RUM‐アストラル・フォース】発動!効果で【リヴァーストーム】をランクアップ!エクシーズ召喚【無限起動コロッサルマウンテン】!―――エクシーズ素材を一つ使って効果発動…粗挽き肉団子にしてやる!」

「…【I:P マスカレーナ】の効果発動。【コロッサルマウンテン】、【I:P マスカレーナ】、【妖精伝姫‐カグヤ】、【教導の聖女エクレシア】の四体で【閉ザサレシ世界ノ冥神(サロス・エレス=クルヌギアス)】をリンク召喚。…このカードは相手の場のモンスターを一体までリンク素材にできる…!」

 

それだけこの男は慢心していた。だからこそ圧倒されるということそのものを「異常事態」として捉える。

人間、異常事態に直面して冷静でいられるのは一部の超人だけだ。何であれ誰であれ「予想外」というものは人から冷静な判断を奪う。

そして、冷静さを取り戻したころにはもう手遅れになる。

 

「…た、ターンエンド…!」

 

外道 LP8000 手札無し

フィールド  カード無し

 

―――そして今が外道にとっての「手遅れ」だ。

外道の手札にカードは一枚もなく、フィールド上にカードが一枚も存在しない。

対して、霊使のフィールドには【憑依覚醒】の効果でバフを受けた三体のモンスターが居る。

相手が後先考えずにカードを使ったというのもあって、結果的に霊使は再び外道を圧倒するという結果に終わった。正直に言えば「物足りない」のである。

 

「おいおい…よく考えて手札は使えよな。…俺のターン、ドロー。【憑依装着‐エリア】を召喚。…デッキから一枚ドロー。さらに【妖精の伝姫】の効果で【憑依装着‐ヒータ】を召喚。…さらに【デーモン・イーター】を特殊召喚。…【教導の騎士フルルドリス】と【デーモン・イーター】で【崔嵬の地霊使いアウス】をリンク召喚。」

 

これで、闇以外の属性が場に揃った事になる。これにより【憑依覚醒】のバフ効果は1500までに上昇。おまけと言わんばかりに効果破壊耐性もあるので相手は当然これを罠で退かすことも不可能である。もっとも、今の外道にはそんな罠もないので何一つ抵抗は出来ないのだが。

従って、今の外道に選べるのはただ一つ―――自分がどう散るかのみである。

 

「…選べよ。圧死か、溺死か、焼死か、落下死か。ああ、影の世界への追放なんてのもいいな?」

 

このデュエルは闇のゲームではない。だから、どんな攻撃を喰らっても体がどうこうとはならない。

だから、霊使はただ無意味な問いかけをしたに過ぎないのだ。

―――外道という男の末路はもう決まっているから。だから、どんな形で負けたとしてもこの男の罪は消えることは無い。どれだけ無様に命乞いをしようと、もう、この男の悪運もここで尽きたのである。

 

「…とりあえずは、これで終わりだ…!」

 

抵抗は、ない。

外道はそのままウィン達の攻撃をその身に受け、そのライフをゼロにするのであった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「霊使ッ!」

「霊使君!」

「四遊ッ!!」

「霊使さんっ!」

 

克喜、海斗、真木、ハイネの四人はしらみつぶしに校舎内を探していた。理由としては「書類を見つけた」からさっさと撤収するという事を伝えるのと、鈴花をここから少しでも遠ざける為だ。

当初、その事を知らせるためにSNSでの連絡を試みたが、いつまでも既読が付かない。

―――そんな折に海斗にキトカロスから「霊使と黒幕が戦っている」という念話が届いた。

最も、キトカロスはここが何処か確認しなかったため「黒幕と戦っている」という事しか伝えられなかったのだが。おかげで4人は校舎内をしらみつぶしに探すという苦行を強いられる羽目になった。

その中でいくつか「胸糞悪い部屋」を潰すことになったのはまた別の話だ。

そして、4人が講堂に踏み込んだ時、そこにあったのは何かに怯えるようにして蹲る外道と、拳を握り締めていた。

だから四人は叫んだ。霊使はそっちに行ったら戻ってこれない危うさがあったから。

 

「…ここで、終わらせる。お前のやったことは()()()()()()()()()()()()()。」

 

4人の声が聞こえていないのか、それとも別の何かが霊使を突き動かしているのか。

とにかく、今の霊使はただ呼びかけただけでは止まらなそうだった。

 

「…祈りは込められた。とっくのとうに…お前は敵を作り過ぎたんだ。だから―――」

 

はぁ、と霊使はとても深いため息を吐いた。

四人は霊使が本当の気持ちを抑え込んでいるのだと理解した。

この男には道徳や倫理というものが欠けている。

だから簡単に誰かを傷つけられるし、人から奪えるのだ。この男はもう救いようの無いほどの悪党で、だからこそ、この男に傷つけられたも者たちを癒す方法など存在しない。

だが、ここで霊使がこの男を傷つけるようなことがあれば霊使はこの外道という男以下になってしまう。

 

「―――お前は一生ブタ箱に入ってろ。」

 

結局四人が心配していたような事は起こらず、霊使はその矛を収めた。

霊使は肩を上下させていて、相当に起こっていたのが見て取れる。―――それだけの怒りを飲み込んだという事なのだろう。

 

「…霊使ーッ!おまっ…お前また無茶してなぁ!?お前なぁ!?」

「霊使君はもう少し「報・連・相」をしっかりすべきだと思うけどなーっ!」

「渡瀬の言う通りだぞ。四遊…。」

「全く…既にあなた何回も死にかけているんですからいい加減に学んでください!」

 

抑える事が出来たのならきっと本人も分かっている。

だから四人は深く追及することはせずに、何とも軽い感じで霊使の下に駆け寄ることにした。

今の霊使に一番必要なのはきっと日常だろうから。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

―――どうしてこの男に勝てないのか。

―――どうしてこの男は自分よりも弱いくせに自分にないものをたくさん持っているのか。

羨ましい―――を通り越して最早憎たらしい。

恵まれたこの四遊霊使という男が憎たらしい。

弱いから奪われる、弱いからなにも得れない。この世界はそうできている。

四遊霊使は間違いなく「弱者」だった。それは自分が搾取しているから、というのではなく、何もかもが弱かった。

それなのに、この男は強くなった。

誰もがうらやむような強さを得た。

霊使を信じてくれる仲間や友を得た。

どれもこれも自分にはないものだ。

この世界に即した生き方を自分は両親から学んだ。

弱ければ奪われる、強ければすべてを得ることができる。

それなのに、この世界の在り方に逆らう霊使の方が強い事に納得できない。

しまいには世界を救った英雄だと呼ばれる始末。

嫉妬と言われれば、そうなのだろう。

だが、それ以上に「自分より下に居た奴」が自分より上に行っていることに納得がいかないのだ。

この世は力が全てなのに、どうして霊使は持っているのか分からない。

 

「…どうしてお前は持っているんだよ、俺に無かったものを!何も失わずに…何故だァ!」

 

だから、叫んだ。

どうしてなのか、どうして自分に無い物を力のない霊使が手に入れられたのか分からなかったから。

何も失わずに、何も零さずに―――どうしてなのか。何が霊使と違うのか。

―――霊使がみている世界が何一つ分からないから。

 

「…失わなかったわけじゃない。それに、俺はみんなに支えられて強くなった。皆の力が俺を強くしてくれた。…それだけだよ。お前が切ったものを俺は持っていった。…お前にも居た筈だ、支えてくれる人間が。」

 

―――何を言っているのか分からなかった。

この世界、表面上では「友人」としておきながら裏では口汚く罵倒する。そんな人間しかいないのだ。それなのに、霊使は、他人を信じ手を差し伸べて信頼を培ってきた。

信じれば裏切られるのが常なこの世界で。

 

「…もう少し世界を軽く見てみろよ。そうしたらお前も―――。」

「うるせぇよ。」

 

誰かを信じれば裏切られる。それがこの世界の常。その考え方を今更変えようもない。

ただ、もう少しだけ早くこの男と出会っていれば、何か変わったのだろうか。

 

「…つまらねぇな。俺も「少しでも早く会えていれば」なんてガラじゃねぇこと考えちまう。」

 

もうこの男には敵わない。

敵う気もしない。

きっと、この男の強さの本質はそこじゃないから。

―――勝てないはずだし、分からないはずだ。考え方が違うから。

 

(あぁ、くそ――――。)

 

開け放たれた窓から暗幕が青空へと飛んでいった。




登場人物紹介

・霊使
勝った。
背負うものがあるから強くなる。

・外道
彼が背負うものは余りにも重い。
でも今ならきっと背負える。

スネークアイズ欲しかったのにブラックホールドラゴン二枚だったので初投稿です


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狙ってましたよねぇ!

 

学校近くの展望台にて語り合う男が二人。

霊使と克喜である。

二人は展望台の手すりに手を置いて学校の方に視線を向けている。

 

「…終わったな。まさか書類を取りに来ただけでこんなことになるなんてね。」

「…全くだ。」

 

霊使と克喜は勝手の母港に警察が突入していく光景を眺めていた。

霊使達が捕まえた外道のほかにも悪党が居るかもしれないからだ。克喜から聞いた「胸糞の悪くなる部屋」はいくつかあったらしい。

「念のため」というやつだ。―――もしかしたら武装集団がいるかもしれないし、もっと闇の深い「何か」が出てくることもあるかもしれない。

そんな二人の背後に急に現れる人物―――この町の「精霊がらみの警察」である【S-Force】に籍を置く【乱破小夜丸】である。霊使とは以前クルヌギアスのやらかしで顔を合わせて以降クルヌギアスが暴走していないかたまに確認しに来るという形でたまに面会していた。

そのたびに何かしらの事件に巻き込まれていたので、小夜丸からしてみれば霊使は「トラブルメーカー」そのものなのである。

だから、小夜丸が霊使の姿を認めたとき、何かを察した顔をして霊使に詰め寄る。

 

「――――またあなたですかぁ!」

「またってなんだよ!『また』ってぇ!」

 

霊使は必死になって反論する。

霊使からしてみればトラブルが霊使を巻き込みにきているのだ。それをどうこう言われても、どうしようもないという奴だろう。

最も、今までずっと「ソレ」に巻き込まれてきた克喜からすれば霊使は生粋のトラブルメーカーといっても過言ではないだろう。むしろそうとしか言えない。

 

「またですよぉ!『彼女』の件に加えてさらに先の『創星神』の事件にも関わっていたじゃないですかぁ!」

「…わりぃ、霊使。―――彼女の言うことに同意させてもらうわ。」

 

だから、克喜は全力で小夜丸に同意した。

如何せん、霊使には今までの実績がある。キスキル達の一件から始まった騒動はいつも中心に霊使が居たのだから。これでその騒動も終わりかと思うとなんとなく開放感がある。

―――改めて、自分がどれだけ巻き込まれていたかを実感できた。

霊使とは親友同士だ。これからもそれは変わらないし、変わる気もない。

だが、だからといって「親友だし巻きこんでええやろ」みたいな感じで巻き込むのはぜひとも止めて欲しいところだ。

 

(…俺も意外と自分から首突っ込んでるか?)

 

だが、思い返してみるといつも自分から首を突っ込んでいたように思える。

いや、そもそも霊使が誰かの助力を必要とするほど大きな陰謀に突っ込んでいくのはいつもの事だし、それを隣で支えるのが自分の役目なのもいつもの事だ。

 

「…霊使さんはトラブルメーカーですよねぇ!いつも狙ってますよねぇ、こういう騒動!」

「狙ってねぇよ!!」

「でも今期は明らかにわかって突っ込んでいったじゃないですかぁ!狙ってましたよねぇ!?」

「『今回に限り』だ!」

 

では、なぜ霊使はここまでの不運に見舞われるようになったのだろうか。

そもそも彼は生い立ちの時点で相当不幸だったような気もするが、今の不幸もかなりのものだ。

最早ここまでくると文字通りの意味で「一生分の幸運」を何処かで使い果たしているに違いない。

では、それが使われた瞬間は一体いつだったのだろうか。

―――そんあこと、一番近くで見続けてきた克喜には良く分かっていた。

 

「ウィン達にあったから霊使の運気使い果たしたんじゃねぇの?」

「―――私ィ!?」

 

あらぬ方向からあらぬ疑いをかけられたウィンは思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。

―――だが、これは誰だって「そうなる類」のものだ。少なくとも自分に出会ったせいで霊使が不運になったとは、言い切れない筈ではないだろうか。

 

「―――あれ?」

 

だが、ここでウィンは思い出す。

今まで霊使に降りかかってきた困難は大体自分が霊使の下にやってきてから起こったことではないのか、と。

外道の一件もここまでになったのは霊使が最初のあの男を潰したからだし、それからキスキルや四道との戦いも自分が霊使の下に来てから起きた事ではないのか。

 

「―――本当に霊使の運、使い果たしてる?」

 

そう考えるとウィンはもう何も言えなかった。自分が不幸の原因とは言えないが、少なくとも自分が霊使と再会したことで相当の運を使っている。

もし、人間一人に「運」の量が決められていて、自分と再会したことでその運を使い果たしたのならそれは「幸運」とは呼べないのではなかろうか。

克喜としてはただの冗談だったろうが、ウィンからすれば死活問題だ。

もし本当にそうだったのだとしたら一体どうやって霊使に運を返せばいいのだろうか。

 

「…もし本当にそうなんだとしても…俺にとってウィンや皆が傍にいてくれることが幸せだから。…どんな不幸だって乗り越えて見せるさ。」

「…霊使…!」

 

克喜と小夜丸を余所に二人の世界に浸りきる霊使とウィン。

二人は顔を見合わせて頷いた。

確かに二人の間に色々とあったのは事実だ。今更それをどうこう言う必要は無い。

だが、それはそれ、これはこれというやつだ。目の前で勝手に二人の世界に入るんじゃない。

 

「…殴っていいですか、警官殿?」

「…本官が許可します。胸焼けしそうなのでさっさとやってください。」

 

それこそ、この二人は主に霊使をどうにかしなければ止まらないだろう。

しかも最近は霊使と他の3人の初期組の距離も着実に近づいてきている。

だが、何よりも今の克喜が許せなかったのは。

二人がすっかり克喜達の存在を忘れて二人の世界に入っている事だ。これでは克喜が真木の誘いに乗った本当の目的を果たすことができない。

というわけで、現実に引き戻すという意味合いも兼ねて克喜は霊使を全力でぶん殴ることにした。

目の前でいちゃつかれ、二人の話のだしにされたことに関して怒りと嫉妬を抱いているわけではないのだ。損事は断じてない、克喜がないと思ったらないのだ。

 

「―――勝手に二人の世界に入りやがって!そんな霊使、修正してやる!」

 

克喜の怒りと嫉妬の入り混じった余りにも的確な暴力を霊使を襲う。

当然二人の世界に浸っていた霊使はその特に理由がありすぎる暴力を避ける術はなく。

そのまま結構腰の入ったいいパンチが霊使のどてっぱらにクリーンヒット。

 

「これが…若さか…。」

「…やっべ。」

 

結構いいのが入ったというの打ち込んだ側の克喜も良く分かった。

そのまま霊使は頽れるようにして克喜に倒れ込んでしまう。

―――つまり、霊使はこの一撃で気絶したという事だ。

 

「…克喜?」

「…いやほんとすいません。まさかここまでクリーンヒットするとは思ってなかったんです。」

 

そしてそれはウィン達霊使いの逆鱗に触れる行為でもあるわけで。

幸い霊使はすぐに目を覚ましたのだが、起きたときに最初に居た光景は―――

 

いや、ほんほうにふひはへんへひた(いや、ほんとうにすみませんでした)。」

 

克喜の上半身が地面に埋まっていて、下半身だけがうぞうぞと動いている何とも言えないホラーチックなものだった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「…で?俺に何か用があるんじゃないの?」

「ああ…そういやそうだった。」

 

霊使と小夜丸によって引っこ抜かれた克喜は克喜がこうなった原因である霊使に言われて用事を思い出した。

記憶が一時的に抜け落ちるくらいで済んでいたのだかマシともいえるが。

もし、彼女達が文字通りの意味で本気で怒ったのならば、克喜という存在は肉片の一つこの世に残していないだろう。

それに比べたら「滅茶苦茶痛い」で済んでるあたり何とも有情である。

とにかく、克喜は復帰した。

―――これからは、克喜にとって「霊使の友達」ではなく、「世界チャンピオン」としての話だ。

だからあんな状態のまま「これ」を渡したのではかっこが付かない。

 

「気を取り直して…こいつをお前に。…ウィンと一緒なら狙えるだろ、世界?」

 

克喜は一通の封筒を霊使に差し出した。

それは「Dear Reiji」と記されていて裏面には「From Champion」の表記。

つまりこれは「世界チャンピオンからの招待状」といったところだろうか。

 

「…俺に?そういうのは海斗に渡したほうが良いと思うぞ。―――割と本気で。」

 

だがより強い相手を求めているのならば自分よりもよっぽど海斗のほうが良いだろう。

彼は最強だ。掛け値なしで、初見であのデッキに勝てるデッキは存在しないといっても過言ではない。

だが、その霊使の言葉に反応した者がいた。―――小夜丸である。

 

「…ここだけの話なんですが彼の使う【ティアラメンツ】は一セットしか刷られていなくて…事実上の【禁止】なんです。開発された時点ではかつての【三幻神】のように封印指定も考えられていたんです。―――それだけ彼女たちの力はオーバーしているんです。…あなたも決闘したならその事実を分かっているのでは?その点だけでいうなら貴方のリンクモンスターの霊使いもアウトに等しいものなんですが…。最近収録が決まりまして…。」

「……。」

 

ならむしろなんで流通してしまったんだというツッコミをするべきなんだろうか。

つまるところ今、【ティアラメンツ】というカード群は海斗が持っている物しかいない。しかもそのカードパワーは現代ではオーバースペックもいいところであり、初見殺しで暴れ回られるとどうしようもなくなる。

つまり、海斗は大会に出ることが事実上できなくなるという事だ。

 

「…あいつに仲間内でしかデュエルをさせないと?」

「…精霊は気紛れですからね。彼女たちのように異様に強い力を備えることもあれば、逆に何の力も持たないカードになってしまう場合もある。…いつか、彼女たちが許される日が来るのならばその時に彼も大会に出られるようになります。…本人もオーバーパワーっぷりは理解しているみたいですし…。」

 

つまり、海斗本人がこの提案に一理あると感じているわけだ。だからこの提案を受け入れることにした、と。

だが、自身がデュエルをできなくなる大会に一体彼は何を得ることになったのだろうか。

だが、それを深く考えるのは止めにした。彼がそれを受け入れているというのならば自分がどうこう言ったところで無駄だからだ。

 

「…とにかくそれは俺に宛てたものなんだな?」

「ああ。」

「…丁重にお断りさせてもらう。俺がそう言うのを好まないのはお前が一番知っているだろ?」

「…そうだな。じゃあ…待ってるぜ、世界で。」

「ああ。すぐに引き摺り下ろしてやるよ。…今のうちにその玉座の座り心地を良く味わっておけよ。」

「言っとけ。」

 

二人は互いに軽口を叩き合う。

それが二人の距離感なのだ。ウィンとも、咲姫とも、結や奈楽といった友人たちとも違う。二人だけの特別な距離感。

―――親友。最も親しい友。この時、二人は世界の舞台で戦えるという確信を持ったのだ。ならばもう何も言うことは無かった。

 

「…それじゃあ、俺は行くわ。」

「…そうか。…()()な!」

「ああ。…また。」

 

結局霊使は世界大会への切符を手にすることは無かった。

確かに最短距離で逝くのもいいが、先はまだ長いのだ。今は、日本に居るまだ見ぬ強敵たちとの決闘をしてみたかった。―――言ってしまえばただそれだけだ。霊使自身のポリシーだと考えてもいい。

今は長い道のりの楽しみ方を覚えたのだ。

最短距離ではなく、敢えて長い道を選ぶ。

―――霊使の道はここから新たに始まるのだ。

 

 

「あの二人もすっかり世界に入ってますよねぇ…。」

「霊使は私のなのに…ッ!」

 

ちなみその様子を間近で見せつけられて二人の女子―――特にウィンは嫉妬の炎を燃え上がらせていたというのはまた別の話である。




登場人物紹介

・霊使
長い道の歩き方を知った。
今は世界に行くための戦いを楽しむことができる。

・克喜
世界チャンピオンとして霊使を招待しようとした。
霊使ならきっと乗ってくれると思ったが。
まさかの自力で行く発言されたことに正直驚いた。

・小夜丸
お前は泣いていい。

ブラック・ホール・ドラゴンを持っているのに肝心のブラック・ホールがないというジレンマ。

次回から新章、始まります。


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幕間:桜庭鈴花は見守りたい

 

例の事件から少し経った五月中旬。

霊使いは深夜の自宅で書類を読みふけっていた。

 

「…今年の世界大会の出場条件は大会で明確な好成績を残したもの、もしくは昨年のベスト16である…か。」

 

霊使は世界大会の出場要綱を熟読していたのだ。

―――今の霊使には日本選手権の本選に出場できる「資格」があった。

五木や金我と戦ったあの大会である。

あの大会には確か日本選手権の出場が決定づけられる特典もあったはずだ。

 

「…うん…やっぱりそうだね。」

 

流石に何のとっかかりもなくいきなり世界大会というのは非常に厳しい。

だから、今の霊使はまずは日本で腕を鍛えようと決めていたのだ。

克喜の誘いを蹴ったのはそれだけの理由である。

 

「…ふむふむ…なるほど、ね。」

 

今度は霊使が出場権を得た日本選手権の要綱を見る。

大会に参加するにはこれまたいくつかの大会のうちの一つに勝たなければならないようだ。

それに加えて「高校単位」での大会も存在する。

今の霊使は個人で出場できるが団体戦には出場できない、といった感じだ。

最も、霊使は団体戦にでるほど仲の良い友人は鈴花と海斗の二人しかいないのだが。

 

―――あの事件以降、鈴花と霊使の距離は徐々に縮まりつつあった。

最初は互いにどこか負い目を感じていてぎこちなかったが、それでも互いの事を精一杯知ろうとした。

そのおかげか、今では海斗を含めた三人でいつもつるむようになった、というわけだ。

 

「…はぁ」

 

ちなみに団体戦に出る事が出来るのは五人。克喜はどう足掻いても無理だし、奈楽や水樹、流星や結のデッキは霊使のデッキととことん相性が悪い。

なので、霊使は個人で世界を狙う事にした。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

霊使は完全に挙動不審なクラスメイトに声を掛けられた。

見つかってはいけなかったかのような、探し物が見つかったかのような変な挙動をかましているのは、最近名前で呼び合うようになった鈴花だ。

 

「お…おはよっ、霊使君、ウィンちゃん。」

「おはよう、鈴花さん。」

「…おはよう、鈴花。」

 

そんな日の翌日。

休日だったその日は霊使はウィンと一緒に新しいカードを見に行っていた。

何でも新しいカードがパックに封入されることになったらしい。新しい出会いを求めて、二人はカードショップに向かっていた。

向かっていたのだが、その時丁度鈴花とばったり出会ったのだ。

 

「…あれ?もしかしなくてもデート中だった?」

「…はっきり言葉にしないでぇ…。」

 

鈴花の口からデートだったかと聞かれ思わず顔が熱くなってしまう霊使。

友人にデートの光景を認識された恥ずかしさからか、思わず顔を逸らしてしまった。

一方のウィンはせっかくのデートに水を差した鈴花に対してちょっとした敵意を向けている。

例のカルト宗教の壊滅の後始末から解放され、久しぶりのデートだったのだ。

それを故意じゃないとはいえ邪魔されれば、それは敵意の一つを向けられても仕方が無いだろう。

 

「…ま、いいや。馬に蹴られたくないから退散するね。それじゃ!」

 

結局、鈴花と大して話をすることなく別れてしまった。

何か話したいことでもあったのだろうか。

―――だが、ウィンとのデートが強制終了させられないという事はそこまで大した用事では無かったのだろう。

 

(…学校で聞いてみるかな。)

 

それに、鈴花とはまた学校で会う事もできる。

今生の別れでもないのだから急ぎの用事でもないそれを改めて聞きにいく必要もない。

 

「…行くか。」

「そうだね。」

 

二人は当てもなく、また街をぶらつきだした。

―――尾行している存在に何一つ気づくことなく、そのままいつも通りに二人の世界に没入していく。

 

 

(―――バレる所だったぁぁぁぁ!)

(あっっっっぶな!気を付けてよ、二人の様子見たいって言ったのは鈴花ちゃんなんだからね!?)

(…返す言葉もない。)

 

そもそもの話、一人が尾行していてもさっぱり気づかないのだ。

―――それが一人増えたところで二人が尾行に気付かないのもさもありなん、というやつである。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

そもそも事の発端は、例のカルト宗教を壊滅させたところまで遡る。

霊使が、ウィンと一緒に並んで歩きその場から去っていくのを見て「あの二人本当に付き合ってるんだ」という事をしみじみ実感していた鈴花。

そもそも鈴花は「デュエルモンスターズの精霊」というものをざっくりとしか知らない。

デュエルモンスターズのカードに宿っている「付喪神」。カードは使い手を選ぶというが、それはこの「デュエルモンスターズの精霊」に選ばれるかどうかという話でもあるようだ。

だが、鈴花は今までそう呼ばれる存在を見たことがなかった。

 

(…ウィンちゃんは普通の人間っぽそうだけど…寿命とかどうなんだろう?)

 

昔見た漫画で種族を超え垂れないというのは大概悲恋になる事を知っている。

例え見た目が人に近くても種族に関する差はあるだろうし、何よりも「デュエルモンスターズ」はこれからも永久に続いていく。

もし、ウィンが霊使を失った時、彼女は嘗ての自分のようになりかねない。

 

「…あの二人が、気になる?」

「…えっ…ひょわぁ!?」

 

そんな風に考え込んでいたところに声を掛けられたものだから、驚いてしまった。余りにもびっくりして情けない声を上げてしまう。

それを見た声の主はさも心外というように肩をすくめた。

 

「ちょっとそんなにびっくりされると傷つくなぁ…。」

「…ごめんごめん。」

「…あの二人ね、本当に色々とあったんだ。」

 

声の主―――背格好や服装がウィンに近くて青い髪を持つ少女は、そう言うと、「こっちこっち」と言わんばかりに手招きした。

 

「うん…ここならあの二人には聞こえないかな。…こうして面と向かい合うのは初めてだから自己紹介しないとね。私は「エリア」…【水霊使いエリア】って言えばわかるよね?」

「…デュエルモンスターズの精霊…ってやつ?」

「そう…なんだけどね。今は色々あって霊使の同居人もやってる。」

「はえー…。」

 

何かよく分からないが、とにかくいろいろな事情があることは察した。

なら、あの二人がくっついたのには相応の何かがあったのだろう。ならその想いを余所の他人の自分が心配するのはお門違いだ。

 

「で…?あの二人が気になる?」

「…うん。…なんていうか…不安っていうのかな?」

 

だが、あの二人の間にある思いが本物でも、その思いが引きちぎられる時が急に来るかもしれない。

そうならないかどうか不安で仕方が無い。

だが、なによりも―――

 

「―――あの二人、見守っていたいね。」

「―――でしょ!?」

 

あの二人の行く末がものすごく気になる。

そう、何故か知らないが、あの二人の事がものすごく気になるのだ。

何故かって言われると、何故なのかは自分でも分からないのだが。

「推しカプ」とでもいえば良いのだろうか。とにかく、あの二人ほどお似合いで、ずっと仲良く居て欲しいと思う二人はいない。

そして、そんな二人の歩く道を見守っていたい。

 

「…というわけでぇ…あの二人、尾行しない?」

「…いいね、しよっか、尾行。」

 

だからこれは、霊使い達の安全を見守るための行為だ。

二人のイチャイチャを見たいだとか、二人がどこまで進展しているのかだとか、二人の恋愛模様を観察するなどのやましい目的は一切含まれていないのだ。

―――いないはず、なのだ。

 

「というわけで、さっそく今度から「見守り隊」、始めようか。」

「うんっ!」

 

そんなわけで「見守る」という建前の元、二人は見事に二人の恋愛模様を間近に見ることになったのだ。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

五月中旬

 

この日記は個人のプライバシーの為に詳細な日付は書かないことにする。

二人と遭遇してしまうというアクシデントもあったが、とにかく今日一日を対象R、Wの観察に努めた。

まず関係の結果から記すと、二人は共依存のレベルで互いを求めあっている。

人目をはばかるということこそしたものの、人目のないところではキスしたり、てをにぎにぎしたり、色々な事やっていた。これは私の貧弱な語彙では書き表せない事なのでどのような光景だったかは同志に想像に任せる。

では、二人の詳細な報告をここに記す。

まずは午前中。

二人は当てもなくただぶらぶらしていただけだった。

あの様子はまるで二人で歩くという行為そのものを楽しんでいる様子だった。どうやら二人でゆっくり歩くという行為自体を一種のデートプランとして定めていたのだろう。

昼食を取った後はカードショップへ来店。

普通、女子がもっと喜ぶところに連れていくだろうと思ったが、観察対象はどちらも大のデュエルジャンキーだ。二人にとってはこれが最も最善な場所なのだろう。

この二人、なんとカードショップに五時間も滞在していた。

大会もなく、ただ、二人でフリーのデュエルスペースを借りてデュエル氏、デッキの調整を行うという事を繰り返していたようだ。

店長が二人と親しげに会話していたところから二人はこの店の常連であることが伺える。

そうして五時間後に退店。

そのまま自宅へと直帰したらしい。

 

「―――こんなものかな。」

 

見つかったら絶対に制裁が下されるような内容を書いている自覚はある。

だが同志の頼みとあっては断れないだろう。

それに、こうしていくことできっと彼らの何かが残っていくと言い切れるから。

 

「よし。そろそろ…私も前に進まなきゃね。」

 

彼らから一歩を踏み出せるだけの勇気を貰えた。

彼らが居たから今を生きていいんだって思えた。

だから、鈴花は進みだす。

それがきっと、散っていった母親たちへの手向けになると思うから。

 

『―――頑張ってね、鈴花。』

 

誰も居ないはずの一人きりの部屋でそんな声を聞いた。

それはきっと、ここに居ない誰かから鈴花へのエールなのだろう。

その言葉は空気を震わせた「音」では無かった。

―――それでも確かに鈴花の耳には届いた。

 

「―――私、頑張るね。」

 

少女の中で止まっていた針が再び動き出す。

過去から今へ、今から未来へ。

少女は今、本当の意味で「あの事件」の終幕を迎えたのだった。




登場人物紹介

・鈴花
立ち直った

・霊使
デートを見られた

・エリア
見守り隊結成!

これ位の事をできるようになったっていう感じの奴。
これからしばらくはギャグメインになると…いいなぁ…。


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二部二章:黒魔女さんとペットな竜
爆発オチなんてサイテー!


 

「カードを?」

「うん。いい加減に私もデュエリストとして復帰したいなぁって。」

 

五月下旬の平日。

霊使と海斗は鈴花にいつもの屋上に呼び出されていた。

ウィンは一瞬告白か、と身構えたが、海斗も呼ばれたことからそれはないなと即座に判断した。

それでこの相談を持ち掛けられた訳である。

 

「でも、鈴花さんのデッキは…。」

「……うん。今頃、多分全部バラバラになってるかな。結構いいカード入れてたし。バロネスとか、クリスタルウィングとか。」

「…そっか。」

 

だが、デュエリストに必要不可欠なものである「デッキ」を、鈴花は喪失していた。

前の騒動の時に紛失してしまったのである。

あのカルト宗教の教祖をやっていた外道は桜庭家を含めた複数の家で強盗殺人をかましていた。

その際にデッキも盗まれたという事だ。カードというのは強いカードであればある程に高い値が付く。

かつての鈴花が切り札として愛用していた【フルール・ド・バロネス】も売りさばかれてしまった事だろう。

―――つまり自分と同じ目にあった人がたくさんいたというわけだ。

 

「…私はあの【バロネス】を取り戻したい。…だから、新しいデッキが欲しいの。」

「…なるほど…。」

 

自身の魂のカードを取り戻したいと強う願い事の何が間違いなのだろうか。

かつてのデッキを全て取り戻すことは叶わなくても、それでも自分が一番信頼できるカードは手元に置いておきたい。

 

「…ちなみに聞くけど、前のデッキは?」

「…【WW】。」

「…シンクロかぁ。」

「切り札は【バロネス】だからね!?」

 

一応、頑張れば【バロネス】はそこまでシンクロに特化しなくても特殊召喚することはできるが。

とにかく、新しいデッキを作りたいと鈴花は思っていたのだ。

 

「……で、この前カードパックを買って来たんだけど…。」

「…一緒にデッキビルドしてほしいと?」

「…うん。」

 

二人を屋上に呼び出したのは二人のデッキビルド能力を借りたかったからだ。

正直に言えば今の自分は嘗ての使いなれたデッキを失ったという事もあってかデッキを作る能力というものが少し欠けている気がする。

 

「じゃあ、開封していきますか!」

「…え!?学校でやるの!?」

 

ちなみに先生に見つかって拳骨を落とされたそうな。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「やっていいじゃん!やっていいじゃん学校でさぁ!」

「いや…気分は分かるが落ち着くんだ!」

 

―――って会話をしてさぁ、と霊使は海斗にけらけらと笑いかけた。

昼休みの屋上、海斗と霊使は二人で時間を過ごしていた。

ちなみに鈴花は昼休み返上で補習中である。

鈴花は学校でカードパックを開封しようとしたことを真木にばれ、そのまま没収されてしまった。

一応放課後には返してくれるらしいが、なんでよりにも寄って今日カードパックを使う授業があるのだろうか、と彼女はぼやいていた。

 

「…とりあえず…なんでカードパックから出たカード一枚のテキストを正確に把握してるかどうかの授業をやるんだ?高校生なんだから三角関数とか場合の数と確率とか…もっとこう他にあるだろ!しかも全学年で共通!」

「今のご時世ルールが把握できないと笑われるからね。聞くまでもないだろうけど霊使君はパックから…」

「え?大霊術‐「一輪」についてまとめたけど?」

「…えぇ…。」

 

ただ、デュエルである程度モノが決まる世の中だ。

そう言う意味では最低限―――自分が使うカードがどういう裁定の下で動いているのかを理解するのは重要な事であると言えた。

当然、自分の使うカードがパックから出ればこの授業の課題は早く終わる。

その分を他の授業で出た課題を終わらせる時間に充てることができる。おかげで今日の午前中の授業で出された課題は全て終わらせることができた。ちなみに霊使の今までの正答率は驚異の100%だ。―――最も、こういう授業の時に限って大体一枚はパックから【霊使い】関連カードが来るせいなのだが。

 

「…はあ…いくら自分のカードとは言え、裁定がこうも多いとねぇ。」

「ああ…大変そうだもんな、海斗の【マナドゥム】は。」

 

つい最近、海斗はウィン達の故郷の「精霊界」―――デュエルモンスターズの精霊たちが住まう世界とはまた別の次元の「世壊」と呼ばれる次元に行ってきたらしい。

最近頭角を現してきている【スケアクロー】や【クシャトリラ】、それに海斗が使用する【ティアラメンツ】はこの次元出身のカードである。

二人はなんやかんやあった果てに最終的に「マナドゥム」というカード群を入手したらしい。ちなみにここまででおよそ一日である。「なんやかんや」は敢えて聞かないようにした。恐らくは【ティアラメンツ】による力押しであろうからだ。

ちなみに【マナドゥム】は今回発売のパックの目玉カードとして扱われている。カードパワーとしては最前線で戦うほどではないが十分に強力、といったところだろうか。

 

「…やけにシンクロ多いな?」

「Xはクシャトリラ、リンクはスケアクロー、融合は言うまでもなくティアラメンツの領分だからねぇ。」

「ああ…そう――――弁当食べるか。」

 

そう駄弁りながら弁当を食べようとした霊使。

そんな時であった。

 

『きゃぁああぁぁぁぁあああ!?』

『うおわぁあぁぁぁぁあああぁぁぁ!?』

『ゴォァァァオォォアアァオ!?』

 

鈴花の悲鳴と謎の女性の悲鳴、それにどこかビビっているかのような変な声が聞こえた。

一体何が起きているのか考えたくもない。

人外の鳴き声が聞こえている時点で嫌な予感しかしないが、それでも確認しなければならないだろう。

こういう事に一番詳しそうなのはウィンとキトカロスの二人なので、霊使と海斗は二人の力を頼ることにした。

 

「…またトラブルですか。」

「…キトカロスさん、すぐに慣れますよ…。」

 

霊使と海斗は心底だるそうに、キトカロスとウィンはそれぞれの主人の巻き込まれっぷりに愚痴を漏らす。

そうして四人は微かに胃に痛みを覚えつつ、鈴花が補習をやっている教室に向かうのだった。

 

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拳骨は体罰でなかろうか。

未だに痛む頭をさすりながらも、昼休みを返上して全学年共通の課題に挑む。

カードパックを剥きそのパックに収録されているカードからいちまいをえらび、その裁定をつらつらと書き連ねるだけの授業。

霊使はいつも手早く終わらせているが、今の鈴花は暫くデュエルから離れていた身だ。

どんなカードが来ても昼休み返上になってしまう事だろう。

 

「ええい、こうなりゃやけよ!」

 

だが、このパックを開封しない事には何も始まらない。

心の奥底で感じている嫌な予感を振り払いつつ、勢いよくパックを開封した。

―――そして視界が一瞬で黒色に染まった。

そして顔に何か柔らかい感触が当たっている。

なんだこれ、とおもいつつ鈴花はそれを退けようとした。

 

「…温かい。丁度人肌みたいな温度で…」

 

が、鈴花はその吸い付くような柔らかさに撃沈。そのまま顔を埋めるという選択肢を取った。

だって心地よくて安心感を覚えるのだ。この場所から離れたくなくて当然だろう。

しかし、ここで思考が急激に冷静になる。―――「なんで目の前に人肌があるんだ?」と。

 

「…きゃあぁああぁぁぁ!?」

「うおわぁああぁぁあぁぁ!?」

 

そして気付いたとき、鈴花は物凄い悲鳴を上げていた。なんだかものすごく破廉恥な事をしてしまったようで、しかもそれに自分が気づいてなかったという事に気付いたからだ。

肝心の「彼女」は鈴花が挙げた悲鳴にびっくりしていたようだったが。

そうして、徐々に周りが見えてくるとついさっきまでの光景とは全く異なっていることに気付く。

特に頭が天井に当たっているのだ。おまけに何か下から熱気のようなものを感じる。

 

「なんか天井近いしお尻熱いしめっちゃ柔らかい人肌のような何かはあるしここ何処ォォォォ!?」

「落ち着け!ええい、蛇公一旦休戦だ!別の世界に来た以上オレ達はこいつに従う責任があるからよぉ!」

 

どうやらお互いに事態を受け止めきれていないようだ。

「彼女」の口ぶりからすると「彼女」と「蛇公」とやらは戦闘状態にあった。

そしてどういう訳かこの世界に召喚された、というわけだ。

恐らくトリガーは自分がパックを開封した瞬間―――つまり、この一人と一匹は自分を選んだという事になる。

 

「…もうやだおうちかえるぅ…。」

「ああ、霊使君の胃が!?」

 

視界の端で霊使が蹲って血反吐吐いているが見えた。

「それってこんなに大変な事なんだなぁ」なんてのんきに思いつつ。

鈴花は何とか脱出と事態の収拾を試みるのだった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

何とか事態を収拾した鈴花は、事のあらましを真木に報告することにした。

理由は至ってシンプルで先の出来事は真木が少し長めのトイレに行っていた時に起こったことだからである。

 

「…もうやだおうちかえるぅ…。」

「真木先生ーッ!」

 

霊使から事の次第を聞いた真木もまた血反吐を吐いて蹲る。

その背中をサンドリヨンが優しくなでていた。どうやら彼女の心はこの衝撃的な真実に耐えることが出来なかったらしい。

 

「…すまない取り乱した…。で、パックを開封したらそこの女とあそこで教室にぎちぎちに詰まっている蛇みたいな何かが出て来た、と…。」

「そう…らしいですね。」

 

お腹を押さえながら一つ一つ事実の確認を行う真木。

霊使も観たわけじゃないので推測でしかものを言えないが、教室に詰まっている「蛇のような何か」と、その上に跨っている鈴花の姿を見ればほぼほぼ間違いないと言えるだろう。

むしろ一体それ以外に何かあるとでも言えるのだろうか。流石に幽霊ではあるまいし。

 

「…で、だ。…どうやったら出せる?」

「教室破壊しないと無理そう…ですかねぇ…。」

「…やっぱりか?」

「はい…。残念ながら…。」

 

どうにかして教室を破壊せずに済む方法を考えていた真木だったがその手段がないと知るや再び蹲ってしまった。

確かに「パック開封したらなんかカードに書かれているモンスターが飛び出してきて教室を破壊せざるを得ませんでした」なんて話を誰が信じるだろうか。

いや、「精霊が居る」という事を知っていれば信じられるのだろうが。今でも創星神によるあの事件は表向きには人間が破壊活動を主導したことになっている。

つまり今の世の中の大多数の人間はそれだけ「信じたくない」のだ。自分たち以外に知性ある存在が居るのだと。

自分達のアドバンテージが失われてしまうだろうから。

 

「…げ、減給か…。クソ…。しばらくはもやし…いや、もやし買う金が残るかどうかすら分からんな。」

 

とにかく、学校で起きた事故に関して―――というよりかはこの授業で起きた一切の処分は真木にのしかかるというわけだ。

 

「…とにかく何とかして出てきてくれ。」

「…はーい。…というわけで、ちょっとカードになってくれない?」

「……ったく、しょうがねぇな。すぐにそこの蛇公とケリつけるからちょっと待ってな。」

「――――ひょ?」

 

何か。

何か嫌な言葉が聞こえた気がする。

―――その後、ものの見事に学校は爆発した。

理由は、「蛇公」が放った炎弾が教室の壁を溶解させつつ、偶然にも理科室の薬品庫に着弾。そこにあったガスボンベが熱によって破裂し、爆発的に炎上。

連鎖的に各階に存在する通気口などから炎が他の階へと漏れ出し、最終的に家庭科室に到達して爆発、炎上。

幸いにも死者や負傷者が出なかったことが救いだろうか。

 

「―――爆発オチなんてサイテー!」

 

この一件の一部始終を見たものは口をそろえてこう叫んだそうだ。

ちなみにだが、この一件がもはやどうしようもない「事故」として扱われたのは言うまでもない。

 




登場人物紹介

・鈴花
多分この章の主人公になる。
彼女のその後は一体どうなる事やら…

・霊使
何となく察していた。
爆発オチはすでに何度か経験している。

・真木
泣いていい。
多分この話で一番の被害者。

・海斗
キトカロスに連れられて一足先に脱出していたおかげで無事だった。

というわけで鈴花のデッキはスネークアイズに決定しました。
いい加減にそろそろ人型以外のデッキを使わなきゃ…。
面白い効果なので色々と戦術が広がりそうですなぁ。


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黒魔女と罪宝とスネークアイズ

――――学校爆破炎上事件の翌日。

霊使達は再び旧端河原松高等学校校舎に訪れていた。

既にインフラなどは整備済みで、あの後徹夜で先生たちも動いていたのか目の下に隈が出来ている。

それで、肝心の「犯人たち」はというと―――

 

「いい加減に鈴花から離れやがれ蛇公!」

「こーら、ディア、フランを虐めない!」

 

何食わぬ顔で普通に鈴花と行動していた。

不思議な力で手乗りサイズにまで縮んだ【蛇眼の炎龍(スネークアイズ・フランベルジュ・ドラゴン)】―――通称「フラン」とその「フラン」と敵対関係にあるとされる【黒魔女ディアベルスター】―――通称「ディア」が鈴花と一緒に何食わぬ顔で登校しているのだ。

ディアは何かが気に入らないのか、それともフランと鈴花に関係をすすs目たくないのか、はたまた嫉妬からかは知らないがずっとフランを威嚇し続けていた。フランはそんなディアに完全にびびって委縮している。

フランその体を縮めていることもあり、その様子はさながらいじめっ子といじめられっ子といった様子だ。

―――一人と一匹の犯人はそもそも自分達の行為のせいで校舎が爆破炎上したという事も当初は気づいていなかった。

 

「―――処すか?」

「クルヌギアス、ステイ。」

 

が、犯人たちは霊使が連れて来た知り合いの「神様」こと、クルヌギアスの威圧によって一瞬で押し黙ってしまう。後出しされればディアベルスターやフランは抵抗できないまま除去されるというのはただの恐怖だったらしい。

結果として、ディアベルスターたちはクルヌギアスの折檻を―――フランは言葉が通じなかったので拳を―――喰らう事になった。

 

「…いってぇなぁ!?」

「…もう一発行くか?」

「すいません何でもないです。」

 

そのままディアベルスターはしょげてしまった。

今回の件に関しては事故の側面もあったので何とも言えないが、二人は鈴花の制止を聞かなかった事もまた事実だ。

とにかく、これから一人と一匹は鈴花と共に生活を送ることになった。

―――それが騒動の始まりであるとは鈴花自身も知らずに。

そうして、今に至るというわけだ。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

人の噂も七十五日、人の口に戸は立てられぬ。

人々はうわさを騒ぎ立てて―――そのまま忘れ去っていく。

たとえそれがどんなに痛ましい歴史であったとしても、いずれは風化して記憶からなくなっていく。

だが、それは時間が経てばの話だ。

 

「教室爆破したって本当?彼女結構優しそうだけど…。」

「…事故だったみたいだけどね?」

 

口伝に伝わった噂は姿形を変え、気づけば鈴花は「校舎爆発の原因を呼び寄せた」から「校舎爆発の犯人」という事にされていた。

ディアとフランがあそこまで大暴れしてなければこんな事にもならなかったし、そもそもこんなうわさを立てられることも無かっただろう。

 

(…もしかしなくても…オレのせいか、これ?)

 

そんな感じで噂が鈴花の耳に入るものだからか、あの惨状を引き起こしたディアベルスターもスコアいばかり居心地を悪そうにしている。

肝心のフランは何で噂されているのか分かっているのかどうかさえ怪しいのだが。

 

「ふぇぇ…。」

 

一方の鈴花はすっかり意気消沈していた。身に覚えのない、しかし自らが引き起こした惨状の事をずっと噂されれば気分が滅入るのも止む無しではあるのだが。

 

「完全にしょげてる…。」

「無理だよぉ…。もう無理だよぉ…。これから私は「人見知りの爆裂姫」なんて呼ばれて生きていくんだ…。おーいおいおいおい…。」

「なんかとんでもない二つ名が生えてきてるよ鈴花さん!?」

 

流石にそんな状態にもなれば霊使も心配する。

もっともさすがにそんなひどいあだ名で呼ばれることは無いと思いたいのだが。

 

「―――げっ…「人見知りの爆裂姫」だーっ!焼き殺されるーっ!」

「…おおう…。」

 

バランスを崩して一人の少女が寄りかかる。どうやら、彼女は既に噂を信じている人のようで鈴花のことを「気に入らないことがあったら焼き尽くすやべー奴」扱いしてしまっている。

なんというか、自分も相当だが、彼女も大概運が無いと感じてしまった霊使は悪くないはずだ。

 

「…次の授業は…あー…全校で行うデュエル実習かぁ。」

「これ、相手いるんですか…?」

「…頑張れ!」

 

―――もはや何も言うまい。

霊使が「いい相手が見つかるように」と願いながら実習場所である体育館に向かう事にした。

「あっ、ちょっとまって!待ってって!見捨てないでぇーッ!」という鈴花の切実な悲鳴が霊使の背中に叩きつけられる。

これも人見知りを直して鈴花本来の性格を知ってもらうために必要な事だ。

―――そう割り切って霊使は無慈悲に「行かなきゃ遅れちゃうよ」と鈴花に声を掛けるのだった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

どうやら既に「人見知りの爆裂姫」のあだ名は相当浸透してしまったらしい。

鈴花は本人の与り知らない間に「目を合わせたら爆殺される」という身も蓋もない特徴が張り付けられていた。

―――流石の霊使もこの噂の速度にはドン引きである。

 

「…や、やる?」

「お、お願いします…。」

 

といっても流石にそんな噂を信じる人はまだ少ないわけで。

噂は噂だとして、何人か、鈴花にデュエルを申し込む人物もいた。

その中で特に鈴花は一人の少女に惹かれたのだ。

 

「…私と、やってくれませんか?」

「お、お願いします…!」

 

何とも儚げな雰囲気を持つ少女だな、と思った。

それと同時に何となくだが、なんとなくだがこの少女にほんの少しだけ敵意を感じたような気がした。

まあ、いつも通り、霊使との距離が近いという事に対しての嫉妬だろうと考え、それでも歩み寄ろうとしてくれた彼女に感謝をしつつ。

鈴花は改めて自己紹介をすることにした。

 

「改めて―――私は桜庭鈴花。あの事件以降すっかり人見知りになって気づけばとんでもないあだ名で呼ばれてる。今日はよろしく…お願いします。」

「はい。…私は紫焔(シエン)(ナギ)といいます。今日はよろしく。」

 

そうして、紫焔と名乗る少女とデュエルをすることにしたのだ。

先攻は紫焔から、という事になった。

 

「私のターン。私は永続魔法【六武の門】を発動。更に手札から【真六武衆‐カゲキ】を召喚。【六武の門】は【六武衆】を召喚・特殊召喚した時に武士道カウンターを二つ乗せます。…さらに【真六武衆‐カゲキ】は召喚に成功した時手札から他の【六武衆】を特殊召喚できるカード。というわけで【六部衆の影武者】を手札から特殊召喚します。そして再び【武士道カウンター】が二つ【六武の門】に乗ります。」

「【六武衆】…か。こりゃまたとんでもないデッキを…!」

 

【六武衆】―――【六武の門】の効果でステータスの低い下級モンスターを並べてとにかく殴ってくるデッキだったか。実の所「強い」とは聞いているが、鈴花は戦ったことがないので良く分からない。

それに、鈴花も今回初めてこのデッキを使うのだ。そう言うもろもろを含めて、互いに実力や相性は未知数といえるだろう。

 

「私は【カゲキ】と【影武者】でシンクロ召喚。【真六武衆‐シエン】!…これで【六武の門】の武士道カウンターは6個…。武士道カウンターを4個取り除き、デッキから【真六武衆‐キザン】を手札に!【キザン】は自分場に【六武衆】モンスターが存在すれば特殊召喚できる!従って【キザン】を特殊召喚しさらに【六武の門】に武士道カウンターを2個追加します。…【六武の門】の効果に「一ターンに一度」の制限はない…。というわけで【六武の門】の武士道カウンターを四つ取り除きデッキから【六武衆の師範】を回収!そしてそのまま【六武衆の師範】を特殊召喚!これで再び武士道カウンターが二個乗ります!更に【師範】と【キザン】でリンク召喚!【六武衆の軍大将】!そして【六武の門】に武士道カウンターを二個のせます!」

(…これでまた四個…!)

 

なるほど、厄介なデッキだ。展開すればするほど()()()()()()()()。一度溢れ出した水は止まらない様に、一度回りだした歯車は長い間回り続けるように。

【六武衆】は六武衆が六武衆を呼ぶ連鎖的なデッキなのだ。

 

「更に【軍大将】の効果を発動。こうかで手札から【裏六武衆‐キザル】を墓地に送り【六武衆の結束】を手札に。…さらに【六武の門】の効果で【真六武衆‐キザン】を手札に加えます。…ふむ、カードを一枚伏せてこれでターンエンドですかね。」

 

紫焔 LP8000 手札2枚

EXモンスターゾーン 六武衆の軍大将

モンスターゾーン  真六武衆‐シエン

魔法・罠ゾーン   伏せ×1

          六武の門

 

(…はてさて、どう突破しようかねぇ。)

 

鈴花はこの盤面をどうするべきかを考えていた。

まず、【真六武衆‐シエン】をどうにかするのは既に決定事項だ。あのカードは一ターンに一度魔法・罠カードの効果を無効にしてくる。

鈴花のデッキを最大限に生かすには魔法・罠カードが必須なためどうにかするべきだろう。

さらに厄介なのはあの伏せカードだ。

あの伏せカードがミラーフォースのようなカードだと、一瞬で全てが崩壊してしまう。そうなってはディアとフランのデビュー戦を黒星で迎えることになってしまう。

―――それはいただけない。

 

「よし…私のターン、ドロー!私は雑に【ライトニング・ストーム】を発動!魔法・罠カードをすべて破壊!」

「…【シエン】の効果で無効に!」

「…よし!」

 

結局、鈴花は雑に【ライトニング・ストーム】を放つことにした。このカードの効果を無効にしなければどのみち【六武の門】も破壊されてしまうからだ。

【六武衆】にとって【六武の門】は生命線といっても過言ではない。そのため、六武衆使いは皆このカードの破壊だけは絶対にさせないのだという。

 

「…さあ、行くよ。私は魔法カード【"罪宝狩りの悪魔"】発動!効果でデッキから【黒魔女ディアベルスター】を手札に!更に手札から魔法カード【蛇眼神殿‐スネークアイ】を発動!効果でデッキから【スネークアイ・エクセル】を永続魔法扱いで魔法・罠ゾーンへ!更に手札から【原罪宝‐スネークアイ】発動!効果で場の表側表示のカード一枚を墓地に送り手札・デッキから炎属性・レベル1モンスター一体を特殊召喚する!私は【スネークアイ・エクセル】を墓地に送ってデッキから【スネークアイ・オーク】を特殊召喚!【スネークアイ・オーク】が特殊召喚に成功したため、【オーク】の効果発動!墓地から【スネークアイ・エクセル】を特殊召喚するよ!【エクセル】は召喚、特殊召喚に成功したときデッキから炎族・レベル1モンスター一体を手札に加える事ができる!というわけで【スネークアイ・ワイト・バーチ】を手札に!」

(はえー…すっごい回る…。)

 

鈴花はものすごい勢いでデッキを回していた。手札やフィールドのカードをコストに展開できるカードが多い印象の強い【スネークアイ】。デッキのモンスターのほぼ全てが炎属性レベル1。

もちろん、このデッキはそれだけではない。

―――このデッキの真価は展開力と、驚異的なまでの【応用力】―――だ。

 

「…炎属性モンスターが私のフィールドに存在している為、私は【スネークアイ・ワイト・バーチ】を特殊召喚!そうしてから…【スネークアイ・オーク】の効果、発動!このカードと、表側表示のカード…【スネークアイ・エクセル】を墓地に送りデッキから【スネークアイ】モンスター一体を特殊召喚する。…早速披露しようかな!このデッキの切り札(過労死)一号を!」

 

だが、まずはここで相手の度肝を抜くことにしよう。

【スネークアイ】というデッキはフィールドの表側表示のカードを使用するカードが非常に多い。

だから、各【スネークアイ】が持つ特殊召喚効果も表側表示のカードを利用する効果である。

 

「…罪の宝を埋め込まれし炎よ、今こそ顕現し、叛逆の狼煙を上げよ!【蛇眼の炎龍(スネークアイズ・フランベルジュ・ドラゴン)】降臨!」

 

―――そして鈴花の切り札の内の一枚目がその姿を現した。

罪の宝を背負いし者が今ここに蘇ったのである。

 

「さあ、行くよ!【蛇眼の炎龍】の効果、発動!」

 

デュエルは今から大きく動き出す事となる―――。




登場人物紹介

・鈴花
この章の主人公
霊使以上の不幸体質

・霊使
鈴花の慰めくらいしかできない

・紫焔凪
儚げな少女

来週は番外編の投稿になると思います。
では次回もお楽しみに。


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炎の蛇と黒魔女さんが通る!

 

「【蛇眼の炎龍】の効果発動!私か凪ちゃんのフィールド上の表側表示のモンスターか墓地のモンスター一体を()()()()()()()()()魔法・罠ゾーンに置く!私は墓地の【スネークアイ・エクセル】を魔法・罠ゾーンに!続けて【黒魔女ディアベルスター】の効果発動!場の【スネークアイ・エクセル】をコストに【黒魔女ディアベルスター】を特殊召喚!効果でデッキから【裏切りの罪宝‐シルウィア】をセット!」

 

―――使い方によっては大きな効力を得るであろうカード。

しかし、悲しいかな。鈴花はこれがこのデッキでの初デュエル。当然カードの実戦での動きは把握しようもない。

 

(…ふむ。なるほど…。これは…【ジェット・シンクロン】に、【ヴォルカニック・バレット】…それに「あの子」も入れられそうだね…。)

 

鈴花にとっての唯一無二の相棒は【ディアベルスター】と【フラン】であることは間違いないだろう。

そして、鈴花にとっての初めての切り札が【フルール・ド・バロネス】であることも変わらない。

そんな鈴花にとって「あの子」とはこの二つの関係性とはまた違う―――対等な友人としての存在だ。

 

「――…いや、デュエルに向かい合わないのはナギちゃんに失礼だ…!」

 

しかし雑念を持ったままのデュエルは対戦相手に失礼だという事も分かる。

だからまずは、全力でこの戦いを終わらせるのだ。

例え、相手がどんなデッキだろうと「勝つこと」を捨てることは絶対にしない。

 

「…バトル!【黒魔女ディアベルスター】で【六武衆の軍大将】を!【蛇眼の炎龍】で【真六武衆‐シエン】をそれぞれ攻撃!」

 

凪 LP8000→6500→5800

 

取り敢えずはこんなものだろうか。

まだまだ改良する余地の多いデッキだが、それでも十分に仕事を果たしたと言えるだろう。

凪のモンスターは全滅し、ライフアドバンテージも稼いだ。

 

「…カードを一枚伏せてターンエンド、かな。」

 

鈴花 LP8000 手札二枚

モンスターゾーン 黒魔女ディアベルスター

         蛇眼の炎龍(スネークアイズ・フランベルジュ・ドラゴン)

フィールド魔法  蛇眼神殿‐スネークアイ

魔法・罠ゾーン  伏せ×2

 

そうそう崩すことは叶わない。

鈴花はこの一見簡単に突破できそうな盤面を見てそう結論付ける。

それがディアベルスターの効果で伏せた【裏切りの罪宝‐シルウィア】の存在だ。このカードは自分場の【ディアベルスター】をコストに相手の場のカード一枚の効果を無効にすることができるカードである。このカードの無効にできる範囲というのがとても優秀で、相手の表側表示のカードの効果なら何でもかんでも無効にできるというものだ。

 

(…これで…あの罠を防ぐ…!)

 

ただ、そうすると自然と鈴花は相手のマストカウンターを見極める必要も出て来る。何でもかんでも無効にできるとはいえあくまで一枚しかカウンターできない。

ならば、相手が「何処にカウンターされるのが一番いやか」―――マストカウンターを見極めなければならないだろう。

 

「…私のターン、ドロー。…私は…手札から【真六武衆‐キザン】を召喚します。これで【六武の門】に武士道カウンターが2つ!」

「…そっち押さえたかったなー…。」

 

先に伏せた「裏切りの罪宝‐シルウィア」は罠カード―――チェーンを組まねば止まらない。

だが、肝心の【六武の門】の武士道カウンターを乗せる効果自体に反応して止めることは恐らくできない。

それよりも。

もっと確実な使い道があると踏んでいるから使わないというのもあるのだが。

 

「…さらに罠発動…【諸刃の活人剣】―――」

「ここだぁぁぁぁ!罠発動【裏切りの罪宝‐シルウィア】ぁぁぁ!【黒魔女ディアベルスター】を墓地に送り効果で相手の表側表示のカード一枚の効果を無効化ぁぁぁ!当然無効にするのは【諸刃の活人剣】だァ―ッ!」

「…流石にあからさま…すぎましたね。」

 

凪は案の定というか、やはりというか。

墓地の六武衆の蘇生を行うつもりだったようだ。シンクロ召喚したシエンやその素材となったモンスター達の蘇生はさすがに許されるものではない。

 

「…相手ターン中に墓地に送られた【黒魔女ディアベルスター】の効果発動。【蛇眼の炎龍】をコストに蘇生。【死の罪宝‐シルウィア】をセット。…【蛇眼の炎龍】は相手ターン中に墓地に送られた際墓地の炎族・レベル1モンスター2体を蘇生できる。…当然蘇生するのは【スネークアイ・エクセル】と【スネークアイ・ワイト・バーチ】の二体を蘇生!【エクセル】の特殊召喚成功時デッキから【スネークアイ・オーク】を手札に加える。…【スネークアイ・ワイト・バーチ】の効果発動。…【エクセル】と【ワイト・バーチ】をリリースしてデッキから【蛇眼の炎龍】を特殊召喚…!」

 

なので、まずは無効にする。

更にその向こうをトリガーに少しずつ盤面を回復させていく。

リソースが続く限り、このループは途切れることは無いだろう。

 

(最も肝心のリソースがだいぶ少ないんだけどね!)

 

―――一つ解決したと思ったら、また別の問題が湧いて出るのは愛嬌―――というやつなのだろうか。

デッキビルドとは実にままならないものである。

 

「…ここまで動かれては敵いませんね。エンドフェイズに入ります。」

「罠発動!【睨み統べるスネークアイズ】!効果で【真六武衆‐キザン】を永続魔法扱いで凪ちゃんの魔法・罠ゾーンに!」

「…無茶苦茶してくれますね?」

 

完全に効果を把握したわけでは無い。

十分に使いこなせるほどのタクティクスがまだ鈴花に存在していない。

それでもここまで凪を圧倒できたのはひとえに鈴花が「カードパワー」による圧殺を狙っているからだ。

 

「改めて…ターンエンドです。…これは…無理ですね。」

 

凪の場にはモンスターはいない。正確には炎の蛇に睨まれて完全に置物と化したキザンのみ。

流石に抵抗は出来ない―――凪はそう考え、息を一つ吐くと鈴花にターンを返す。

このデュエルの勝敗は―――もはや決したようなものだった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

有能な新人を加入させたいのは何処の部活も一緒だ。

デュエルの天才が他の事に興味をもってしまう―――或いは「もうデュエルは腹いっぱいだ」という者たちは大体スポーツ系の部活に流れて行ってしまうのだ。

サッカーならW杯、野球なら甲子園やWBC、テニスならウィンブルドン―――とにかく、新入生によっぽどのデュエルジャンキーが居ないと伝統あるこの部活は潰えてしまう。

 

「で?今年は誰か入ってくれそうなの?」

「やめてくれプリメラ。その言葉は僕に効く…!」

 

今年の加入人数だが、プリメラという少女の指摘通りだ。去年は自分一人、今年に至っては希望者0。

少年は今まで誰も入部希望者がいないことに頭を抱えるしかないのだ。

なんでだろうと考えてみるが、理由がさっぱり思いつかない。

少なくともやましい行為は何もしていないし、設備もそれなりに整っている。

少なくとも他の所と比べてより楽しいデュエルライフを送れるようににはなっているのだ。

 

「でもほんとになんで入ってくれないのかねー?」

「アレじゃないのカ?マスターが変態だかラ!」

「ちょっとまってトゥルーデア!?人を勝手に変態にするんじゃないよ!?」

 

そんな彼を揶揄うのは浮遊している少女の形をした霊―――のような騎士、トゥルーデアである。

二人は「デュエルモンスターズの精霊」という存在らしい。

―――初対面の時は流石に冗談だろうと思っていたが、現実の存在らしい。

ただ、周りから見るとどうしても「なんか変な奴」に思われているらしい。―――言われてみれば、そもそも大多数の人間にとってのデュエルモンスターズはカードゲームでしかない。

それに対して急に「モンスターが実在する」なんて言ったらそれはもう白い目で見られる。

そんな事もあってか、少年はヤバい奴に認定されたというわけだ。

言ってしまえば人前に中々姿を現そうとしないプリメラとトゥルーデアのせいである。

 

「ま、今年は少なくとも何人かは入ってくれるでしょ。」

「そういえばちらほら同じような存在を感じるナ。…なんかとんでもないのがいるけド。」

 

そんな二人は新入生、転入生を含めていくつかの「同族」を見つけていた。

まあ、一部の人間に凄い偏っているというかなんというか―――

 

「おお…アイツ、ハーレム形成してるゾ。」

「あっ…ほんとだ!しかもなんか妙に強い…!?」

 

 

「―――また一人で話してる…。」

「…え?…なんか人が見えるけど…。」

「うっそだー…。」

 

―――しばらくはこのやべー奴という評価と付き合っていかなければならないだろうか。少年もまた別の意味で頭を抱えるのであった。




登場人物紹介

・凪
六武衆使ってボコボコにされた。

・鈴花
ディアベルスター鬼つええ!
ディアベルスターは最強だからね、しょうがないね。
なおフラン

・少年
センチュリオンが案の定糞強かったのでデッキだけ変更した。
ちなみに元のデッキは氷結界である。

次回もお楽しみに!


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黒魔女さんと反省会

 

「…むぅ。」

「…ディア、どうしたの。」

「…火力が足りねぇなぁって思っただけだ。」

 

黒魔女は一人、夕暮れの教室で考え込んでいた。

今日一日を通して行ったデュエルの内の数戦は、最終的に先にデッキのリソースの方が切れてしまっていたのだ。

それでも勝てるあたり相当にディアベルスターの出力が高いのが確かではある。―――が、いつまでも出力頼りのデュエルをするわけにもいかないだろう。

現に出力という一点張りで霊使にデュエルを挑んだところ、マストカウンターをきっちり返されそのまま押し切られてしまった。

次に、海斗と戦う事となったが―――あれは何が起こったのか理解したくもなかった。

「全力で来てほしい」と海斗に頼んだ結果、まさか自分のターンに散々展開される、なんて夢にも思わないだろう。

 

「…色々と改善の余地はあるよね。」

「…そうだな。」

 

海斗戦は例外として。

とにかく、今は何でもいいから「スネークアイ」以外の攻める手段を考えたいところだ。

だがそうなると、今度はどんなモンスターがいいのかが分からなくなってしまう。

だからこそディアベルスターは悩んでいたのだ。

 

「…取り敢えず、【ジェット・シンクロン】は確定かなぁ。炎属性・レベル1のチューナー。それに【ヴォルカニック・バレット】もいいなぁ。」

「…オレの手札コストか?」

「うん。…ディアは…嫌?」

 

―――建設的な強化案だ。火力が足りなくなるのは、デッキ内のリソースが少ないから。

決定力が無いのはデッキに明確なフィニッシャーが存在しないから。

ならば、それに分類されるカードを使えばいい。―――簡単な話だ。

 

「…オレにもプライドっていうもんがなぁ…。」

 

だが、それをディアベルスターのプライドが許さない。

自分がエースだ。自分が鈴花のエースだ。そうでなければ何のために彼女と共にあるのか。

鈴花にとってのエースであること。それが自分がこの世界に居るためのアイデンティティなのだから。

だが、―――罪宝の協力があったとはいえ―――ほとんど一人で戦い続けてきて、自分は何でもできると思っていた。

現にこちらの世界でも十分に強力な力を手に入れられたが、それでもまだ足りない。

 

「…焦らなくてもいいんだよ?」

「…焦り…か。そうかもしれねぇな。オレは鈴花の物だが…お前が俺を捨てないとは限らないって考えているからかもしれないな…。」

 

―――そう考えてしまうのは、きっとディアベルスター自身が鈴花という少女についてまだよく知らないからだろう。確かに彼女の力になるといった。その声にはこれからも応えていくつもりだ。

だが、いつ彼女に捨てられるかという恐怖が今になって少し湧いてきた。

いつの間にか自分よりも強いカードを見つけて、そっちを使うようになっていくのか、そう考ええると心の奥がもやもやしてしまう。

 

「…やだなぁ。そんなことするわけないじゃん。」

「なっ…。」

「ディアは今まで一人だったんだろうけど…ここでは一人じゃないんだから。」

「…困ったらみんなが居る、ことは忘れないでね。…帰ろっ!」

 

簡単に相談できれば苦労はしない。

ディアベルスターは曖昧な返事を返す事しかできなかった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

それから少し経ったある日の事。

ディアベルスターは学校の屋上で空を眺めていた。

―――やることがないという事はこんなにも暇な事だっただろうか。

 

「…平和だなぁ。」

 

今まで争っていた相手は牙を抜かれて今ではすっかり立派にペットになっている。

そもそも炎の蛇なのに日向ぼっこするとはこれ如何に。

呼ばれたからにはきっと何か理由はある。

だがその理由がさっぱり分からない。

生まれも何もない自分はとうとう「罪宝狩り」という自分の立場までなくなってしまったのだ。

 

「…オレはあいつに何か返せるんだろうか。」

 

「罪宝狩りの悪魔」ではなく、ただの【ディアベルスター】としてみてくれた彼女に。

ディアというもう一つの自分を作ってくれた彼女に。

果たして自分は何を遺せるだろうか。

 

「いや…考えるのはやめよう。オレはあいつの剣…それでいいはずだ…。」

 

そんな事を考えるのにはきっと理由があるのだろう。

だが、どれだけ理由を探そうとも何も思いつかない。

そう、深く考え込んでいたせいか、ディアベルスターはいつの間にか自分の隣に座っている小さな騎士に暫く気付かなかった。

 

「…不審者ーッ!?」

「…失礼な!?これでもこの学校にマスター居るんだけど!?」

 

結果、小さな騎士はディアベルスターに不審者扱いされる羽目になった。

これには彼女も思わず名乗る前に突っ込みたくなるというものである。

そんなやり取りをしたディアベルスターだが、結局ため息をついて、小さな騎士に相談することにした。

そしてその上での彼女の回答は至ってシンプルなものだったのだ。

 

「…ねえ、デュエルしなさいよ。」

「…なして?」

「デュエルでの悩みはデュエルで解決するのが一番でしょ。」

 

確かにそうなのだろうが―――流れをぶった切ってはいないだろうか。

そもそもデュエルでの悩みのようで「力になれていない」というのはデュエルの悩みには含まれないのではないだろうか。

 

「ま、いいか。…どこで?」

「放課後―――この教室で。」

「…分かった。」

 

ちなみにこの後鈴花に「デュエルに誘われた」と話したら泡を吐いてぶっ倒れた。

―――彼女の人見知りも何とかしないと。ディアベルスターは心にそう決めた。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

それで放課後、ディアベルスターが「集合場所」らしい場所を教えてくれその場所に赴くことになった。

ちなみに当然の通りに霊使同伴である。

海斗はバイトがあるという事だったのでこの場に居るのは霊使とウィン、ディアベルスターと鈴花の四人だけだ。

 

「で、なんで俺まで…。」

「だってクラス同じで部活に入ってないの霊使い君しかいないんだもん…!」

「鈴花さんはその人見知りを直すべきなのでは?」

「…やめて!正論は私に効く!」

「…霊使!鈴花を甘やかすなよ!?」

「分かってるって!」

 

4人でギャーギャー騒ぎながら目的の教室前までたどり着く。

鈴花は扉の前に立つと、思いっきりドアをあけ放った。

 

「た、たのもーっ!」

「…ちょっと待って!?」

「ちょっと待てぇ!?」

 

鈴花はカチコチに動きを固めながら思いっきり扉をあけ放つ。

そんな同情破りみたいな入室方法に霊使やディアベルスターは思わずツッコミを入れてしまった。

ウィンは知ってたと言わんばかりに肩をすくめている。

 

「荒療治しなきゃ治らないレベルだよね、鈴花ちゃんの人見知りは…。」

「ウィンちゃんの指摘が…心に刺さる…ッ!」

「自覚あるならもっとしゃんとしろよな…。」

「ディアぁ…それが出来たら苦労はしないんだよぉ…。」

 

人付き合いが心配になる―――なんてレベルではない。

人との付き合い方が余りにも不器用すぎる。

 

「…大丈夫?」

「これを見て大丈夫だと言えるならオレはそいつをぶん殴る自信がある。」

「…だよね…。」

 

そのレベルたるや教室で待っていた小さな騎士にさえ、ガチトーンで「大丈夫」と聞かれる始末である。

どうにも人づきあいが苦手―――とかそう言うレベルを超えているようにも思えるのだ。

 

「………これがコミュ障ってやつなのカ?」

「トゥルーデア、あれは極度の人見知りというんだ。そもそもコミュ障だったらここに同行者を連れてきてはいないよ。」

「それもそうだナ!」

 

―――こうして何んとも締まらない形で小さな騎士のお悩み相談会は始まったのである。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

鈴花が落ち着いた後、今回の話を提案してくれた騎士と、そのマスターと自己紹介を行う事になった。

 

「僕の名前は『岸波聖也(きしなみせいや)。で、こっちが―――」

「プリメラで―――」

「私がトゥルーデア。」

「これが現在のうさぎチーム!使用機体はエメト(ゼクス)なんだけど…。」

 

が、その自己紹介のインパクトがなんか妙に強く、思わず名前を覚えられないところであった。

いや、別に自己紹介の内容に問題があるわけでは無いのだが―――

 

「―――なんで、腕組んでるの?」

「これが私らのロマンだかんね!止めるなんてことはしないよ!」

「ついて行けない…!」

 

まさかの熱血系の人たちであったのだ。

しかもそのノリがロボット系アニメのそれだったのである。

 

「…機動武闘伝…?」

「…天元突破じゃね?」

 

そのノリを一体どんな作品に例えられるか後ろで語り合う霊使とウィン。

その話を聞いてうんうんと頷く聖也。

そしてそのノリについて行けない鈴花とディアベルスター。

呑気にトゥルーデアと遊んでいるフラン。

 

それぞれがそれぞれの反応を示す中ではあったが、この集団は一つ大きな事を忘れていた。

そう、自分達はここにデュエルしに来たという事を、ここにいる全員がすっかりっ忘れていたのだった。

それを思い出すにどれほど時間がかかったか―――それはもはや語るまでもないだろう。




登場人物紹介

・鈴花
人見知り爆発。

・ディアベルスター
悩みなんざ鈴花の人見知りの前に吹っ飛ぶ。

・聖也
センチュリオン使い。

・プリメラ/トゥルーデア
多分ノリノリで「誰だと思っていやがる!」っていう。

・霊使
天元突破も機動武闘伝も大好き

・霊使いの皆様方
新世紀も宇宙の騎士も伝説巨神も走る素材の元ネタも大好き

暫くはギャグで生きたいと思います。
…ギャグになるかなぁ…。
苦手なんだよなぁ、ギャグ…。


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私達を誰だと思ってる!

 

「…で、ディアの悩みを解決するためにデュエルって事でいいのかな?」

 

一通り雰囲気が落ち着いた後、鈴花は聖也に改めて話しかけた。

その鈴花の問いかけに頷いたのは聖也ではなくプリメラだったが。

鈴花はディアベルスターが自身の火力不足に悩んでいた事を知っている。

ディアベルスターは攻撃力2500に加えてデッキから罪宝カードをサーチする効果、更に墓地に送られたら事故蘇生する効果を持っている。

 

「…ディアは火力役ってよりかは火力も出せる潤滑剤なんじゃ…?」

「…本人がそれを気に入ってないみたいなんだよね。」

「…羨ましいなぁ。」

 

ちなみに霊使が使用する霊使い達―――というか【憑依装着】モンスター達は攻撃力1850の準バニラカードだ。足りない火力は永続魔法と他テーマのカードを取り込むことで無理矢理底上げしているような感じである。

当然、霊使はそれだけにとどまらないよう、サポートや展開ルートをいくつも考えているのでそうそうそれが破られるということは無いのだが。

とにかくディアの抱える悩みは霊使い達にとっては羨ましいものであったのだ。

 

(…オレは恵まれてるのか…?)

 

最も、そう悩み始めた原因が霊使や海斗である。

その人物―――特に霊使からうらやましいなんて言われも闇か嫉妬の類にしか聞こえないのは気のせいでは無い筈だ。

 

「…まあいいか、しようぜ、デュエル。」

「…ディアは準備オッケーなの?…私は、全然ダメなんだけど…?」

「…鈴花、これはお前の人見知りの究極系を直すための治療でもある…受け入れてくれ…!」

「死にたくな―い…!」

 

こうして、何とも緩い空気で鈴花と聖也のデュエルが始まったのである。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「…四遊霊使はまだ篭絡できないのか?」

「………はい。」

「貴様はあの男の胤で孕まなければならない。分かっているな?」

「…分かっております、御父様。」

 

丁度その頃、凪は自宅で己の父と相まみえていた。

と言っても向こうは自分のことを都合の良い肉袋くらいにしか思っていないのだろうが。

そも、凪の家系のことは凪自身よくわかっていない。

知っているのはただ「世界の安寧」とやらを守り続けている家系であるということ。

それに加えて、「世界を守るに足る血筋を遺す」ことを役目としている事。

―――この二つだけである。

それで今回凪の相手として白羽の矢が立ったのが四遊霊使だった。

 

「…あの者の胤を得る事が出来れば…世界を安寧により近づけられる…!」

「安寧…ですか。」

 

紫焔凪という少女は安寧という言葉をよく知らない。

知っているのは父が狂ったように使うという事だけ。

当然、そんな少女に対しての安寧はいつまでもやってくるはずがない。

この紫焔という家で生まれた以上は、安寧を求めてはならない。

 

(羨ましい…。)

 

―――凪はとち狂った家系の中で、どちらかといえば常識的な考えをしていた。

邪魔者は始末し、目的の物は殺してでも奪い取る。―――そんな考えが異常だと思えるくらいには普通の感性を持っていた。

持っていたからこそ、鈴花という少女が羨ましく、恨めしい。

だって、彼女は霊使にきつく当たっていたのにもかかわらず、今ではすっかり仲良くなっている。一体、あの女と自分とで、何が違うというのだろうか。

 

―――凪は、純粋に霊使の事を好いていた。人としてか、異性としてかは定かではないが―――とにかく、霊使という人間は凪にとっての一種の憧れでもあった。

霊使の放つ強烈な光に目を焼かれることは無く、むしろ己の中の影を浄化してくれたかのような人だったからだ。

だから、霊使を事実上の神としてあがめるカルト宗教にも入信した。

結果は、まあ、霊使の名を借りただけのそこらに転がっているゲロの方がマシな最悪の組織だったわけだが。

 

あの時点において凪は、幼少の頃から変わらず使用しているデッキを使っていた。理由は好きだから―――とかではなく、単純にカモフラージュには十分だったから。

忍者カード自体は好きなので、もう少しまともなデッキを持っている。

そこから何枚かのカードを抜いてデュエル初心者が組み上げるようなデッキを作った。

しかし、今のデッキは趣味ではない。

そもそもこのデッキは霊使のより深いところに寄り付けるようにと父が用意したデッキだ。大した思い入れもなければ、まともに使おうとは思わない。

 

(…はあ…。)

 

これから先もきっと誰かの言いなりになる人生だ。

そこから抜け出す気力も、勇気もない自分はきっともう、変わるチャンスさえもない。

それでも、それでも。

せめて憧れに手を伸ばす事くらいは「この世界の安寧」とやらも許してはくれるのだろうか。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

そんなこんなで始まった鈴花と聖也のデュエル。

先攻は聖也からという事となった。正直鈴花のデッキは後攻でもそれなりに戦えると自負してはいるが、本当にうまく戦えるかどうかはまた別の話だ。

 

「…というわけで僕のターンだね。…僕は手札から魔法カード【テラ・フォーミング】を発動!」

「―――【灰流うらら】で無効!」

「…うんうん。それじゃあ…手札から【重騎士(センチュリオン)プリメラ】を召喚!効果でデッキから【スタンドアップ・センチュリオン!】を手札に加えようかな!」

 

聖也の用いるデッキは【センチュリオン】。つい最近収録されたカードだ。しかし最近収録されたにしては妙に動きに慣れているような気もする。

 

「…スタンドアップ・ヴァンが―――」

「霊使、それ以上はいけない。」

 

外野の発言は禁断の領域に一歩足を踏み入れているのではなかろうか。そこに関しては考えない方が賢明だろう。下手に詮索して何か大きな力に消されてでもしたら目も当てられない。

―――とにかく、初動を潰すことはほとんど失敗したとみていいだろう。

 

「嫌な予感がプンプンするよぉ…!」

「…オレも同じだ。…こりゃ高すぎる壁になるぜ…!」

 

そして初動が多いデッキというものは大概強いものだ。海斗の【ティアラメンツ】然り、良く環境に顔を出す【ピュアリィ】然り。

初動が多いデッキという事はつまり自分の動きを通しやすいデッキでもあるという事。

だから強いのだと今までの戦いの中で良く分かっていた。

 

「というわけで魔法カード【スタンドアップ・センチュリオン!】発動!手札の【超電磁タートル】をコストにデッキから【従騎士(センチュリオン)トゥルーデア】を永続罠扱いで魔法・罠ゾーンに!」

「げえっ!うらら貫通!?」

 

―――【灰流うらら】は「デッキから手札にカードを加える効果」、「デッキから特殊召喚する効果」、「デッキからカードを墓地に送る効果」の三種類を無効にできる。

だが、裏を返せばそれ以外のデッキに触るカードの効果―――魔法・罠ゾーンに直接置くといった効果は無効にできない。

 

「―――【幽鬼うさぎ】だねぇ…。」

「本当にいつも環境に居るよなうららとうさぎは…。」

 

となると今度は相手ターン中でもカードを破壊できる幽鬼うさぎが必要になってくるだろう。そうすると今度は破壊されても止まらないサーチ効果が火を噴きうららが必要になって―――この妖怪少女達―――というか【灰流うらら】と【幽鬼うさぎ】は環境に居座る続けることになる。

 

「…そのまま永続罠扱いの【従騎士トゥルーデア】の効果発動!このカードのレベルを4上げて特殊召喚!更に【従騎士トゥルーディア】の効果発動。このカードとデッキの【重騎兵(センチュリオン)エメト(ゼクス)】を永続罠カード扱いで魔法・罠ゾーンに!この効果の発動後、僕は【従騎士トゥルーデア】を特殊召喚出来ない…。」

 

というわけで既に抵抗が不可能な鈴花は相手の動きを見るしかない。

一応めくれるカードがあるとはいえ、それでも嫌な予感はぬぐえない。

 

「【重騎兵エメトⅥ】を魔法・罠ゾーンから特殊召喚して―――僕はレベル8の【重騎兵エメトⅥ】にレベル4の【重騎士プリメラ】をチューニング!」

「…え!?プリメラってチューナーなの!?ズルくない!?」

 

事実上の初動がさらなる展開札であることに正直驚きを隠せない。

ディアベルスターとは似たような立ち位置ではあるが、それでも下級かつ【スタンドアップ・センチュリオン!】というカードが存在する中でのチューナーというのは色々と悪用が出来そうでもある。

 

「皆の思いが真白に輝く!勝利を掴めと轟き叫ぶ!ばぁぁぁく誕せよ、【騎士皇(センチュリオン)レガーティア】!」

 

プリメラとエメトⅥが全く同じポーズ―――腕を組んで仁王立ちした状態で宙に浮いていく。そして二人が一本の光の柱に呑まれ―――二つの影は一つに溶けていくように交じり合う。

光の柱が消えたころ、そこに居たのは桃色の炎をふかしながら右人差指を天に掲げている純白の騎士の姿だった。その余りの変貌っぷりにディアベルスターの開いた口が塞がらない。

 

「カードイラストは天元突破なのに、口上は機動武闘伝…?」

「―――突っ込んだら負けだよ、霊使…。」

 

―――外野はそろそろいい加減にしてくれないだろうか。

そもそも鈴花は二人が何の話をしているかさっぱり理解できていないのだが。それでもどこかの大御所に喧嘩を売っているであろうという事は予測できる。

 

「【騎士皇レガーティア】の特殊召喚成功時の効果発動!デッキから一枚ドローし、さらに相手の場の最も攻撃力の高いモンスターを破壊できる!」

「…え?手札消費事実上の二枚でレベル12シンクロ?」

「…テラフォ無効にしてなかったら実質一枚消費ってやべぇな…。」

 

―――【レガーティア】は召喚した時にドローしながらモンスター破壊ができるという効果を持っているようだ。アドバンテージを得る能力が優れている上に、先攻一ターン目に出しても1ドローという最低限の仕事をこなしてくる。

 

「…強くない?」

「だああぁぁぁ!オレの悩みを増やすんじゃねぇよォッ!」

「悩み云々は言ってる場合!?」

「…それもそうだな!」

 

こうなってしまえばディアベルスター個人が抱く悩みについて頭を回す余裕がなくなる。

ディアが何について悩んでいるのかは知らないが、もしディアが変な事を考えていたらその時は頬をひっぱたいてやるつもりだ。

 

「ボクはカードをこれでターンエンドかなぁ。エンドフェイズ時に【騎士皇レガーティア】の効果発動!墓地の【重騎士プリメラ】を永続罠扱いで魔法・罠ゾーンに!」

「ちょっと待ってそのアドの塊(プリメラ)使いまわすの!?」

「言い方が悪いけどそうだよ!」

 

 

聖也 LP8000 手札3枚

EXモンスターゾーン 騎士皇レガーティア

魔法・罠ゾーン   重騎士プリメラ(永続罠扱い)

          従騎士トゥルーデア(永続罠扱い)

フィールド魔法   スタンドアップ・センチュリオン!

 

相手の行動によっていよいよディアベルスターに気を回す余裕がなくなって来た。

プリメラというアドバンテージを一気に稼ぐ優秀なチューナーモンスターが再び出撃の準備を整えたのだ。

これななりふり構っている場合ではないだろう。

 

「私のターン、ドロー!私は手札から【ハーピィの羽箒】発動!」

「そうは行くか!【重騎士プリメラ】の効果と、それにチェーンして【従騎士トゥルーディア】の効果を発動!永続罠扱いの【従騎士トゥルーデア】、及び【重騎士プリメラ】を魔法・罠ゾーンから特殊召喚!この時に【従騎士トゥルーデア】自身の効果で【重騎士トゥルーデア】のレベルを4上げて8に!おまけに【スタンドアップ・センチュリオン!】は僕のフィールドに【センチュリオン】()()()()()()()()があれば破壊されることは無い!」

「―――は?…え?ウソでしょ?え?ねぇ、嘘だと言ってよ、ディアぁ!」

「…オレ…こんなに現実見たくねぇって思ったの初めてだぜ…。」

「嘘だこんな事ぉぉぉぉぉッ!」

 

一世一代の賭けであった【ハーピィの羽箒】は埃一つない綺麗な床を掃くにとどまった。

俗にいう「無駄撃ち」というやつである。おかげで折角引き込んだ制限カードが意味を為さないものになってしまった。

 

「…というわけで特殊召喚に成功したから【スタンドアップ・センチュリオン!】の第三の効果発動!それにチェーンして【重騎士プリメラ】の効果発動!逆順処理で【重騎士プリメラ】の効果で【センチュリオン】カード…【騎士の絆(フェイス・オブ・センチュリオン)】を手札に加えて―――【スタンドアップ・センチュリオン!】の効果で【センチュリオン】モンスターを素材にシンクロ召喚するよ!」

「…なんでシンクロ先に縛りが無いんですかぁ!?」

「あったらロマンにならないからね!」

「それは「ロマン」じゃない!「虐殺」だぁーっ!」

 

しかも下手に動いたことにより更なる動きを相手に許してしまう。

シンクロ召喚されるモンスターのレベルは12。シンクロモンスター事態に縛りはないと考えると非常に不味い。あのカードを出されたら冗談抜きで何も出来なくなるのだ。

 

「レベル8【従騎士トゥルーデア】にレベル4【重騎士プリメラ】をチューニング!シンクロ召喚【赤き竜】!」

「…ああ終わった…。」

「というわけで召喚成功時に【赤き竜】の効果発動!」

「…ああもう!手札から速攻魔法【"罪宝狩りの悪魔"】発動!デッキから【黒魔女ディアベルスター】を手札に!」

「【赤き竜】の効果を場の【騎士皇レガーティア】を対象として発動!【騎士皇レガーティア】のレベルは12!従ってEXデッキから同じレベル12である【琰魔竜王(えんまりゅうおう)レッド・デーモン・カラミティ】をシンクロ召喚扱いで特殊召喚!」

 

二人の騎士に導かれるようにして現れたのは赤き竜である。その赤き竜はフィールドに降り立つと天に向かって嘶いた。

そうしてレガーティアがその上に搭乗し、赤き竜とレガーティアが空へと駆けあがっていく。

そうして赤き竜は消え、レガーティアは新たなドラゴンを連れて戻って来た。

そのドラゴンが放つ炎によって、鈴花のフィールドが一瞬にして焼け焦げ、死の大地へと化してしまう。

 

「【琰魔竜王レッド・デーモン・カラミティ】の効果は知っているね!?」

「このターンフィールドで発動する効果を私は使えない…!」

「その通りだ!」

 

これでは【スネークアイ】の効果も使えず【蛇眼の炎龍】さえ出すことが叶わない。

―――相手ターン中に効果封殺は果たして存在していいレベルなのであろうか。甚だ度し難い効果である。

手札に罠カードがある事にはあるが、それは自分場の【スネークアイ】モンスターのレベル合計が二以上の場合にのみ使える【睨み統べるスネークアイズ】である。

一枚も場になければ当然【睨み統べるスネークアイズ】は発動できない。

 

「…私は手札の【黒魔女ディアベルスター】を、手札【ヴォルカニック・バレット】を墓地に送ることで特殊召喚するよ。…墓地の【ヴォルカニック・バレット】の効果で500のLPを支払い【ヴォルカニック・バレット】を手札に。…これでターンエンド。」

「エンドフェイズ時【騎士皇レガーティア】の効果発動。【重騎士プリメラ】を魔法・罠ゾーンに。」

 

鈴花 LP8000→7500 手札3枚

モンスターゾーン 黒魔女ディアベルスター

魔法・罠ゾーン  伏せ×1

 

聖也 LP8000 手札4枚

EXモンスターゾーン 騎士皇レガーティア

モンスターゾーン  琰魔竜王レッド・デーモン・カラミティ

魔法・罠ゾーン   重騎士プリメラ(永続罠扱い)

フィールド魔法   スタンドアップ・センチュリオン!

 

―――結局、結はまともに動くことすら敵わずに聖也にターンを渡すことになる。しかもアドバンテージ獲得能力が非常に高いプリメラの出撃の準備を完了させて。

しかし、これが今の結にできる精一杯なのだ。これを崩されたのならば最早どうこう言うまでもなく、自分が弱いという事なのだろう。

 

「…僕のターン…!」

 

そして、再び始まる聖也のターン。

このデュエルの行く末は、鈴花の伏せカード一枚によって左右されることになる。




登場人物紹介

・鈴花
逆転の一手があるようだが…?

・聖也
ここから返されることは無いだろうと考えてはいるが、返されたら返されたで認めることができる。

・霊使、ウィン
外野。
何故か機動武闘伝やら天元突破やらの知識がある。

なんでカードイラストはグレ〇ラガ〇なのに、口上はG〇ンなのかって?
それは私がG〇ン大好きだからです。
ちなみに一番好きなのはドモンでもレインでもなくシュバルツです。
次回をお楽しみに…!


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黒魔女の罪の宝と誇り高き騎士の皇

 

場のカードの枚数から見れば優勢なのは聖也の方だ。当然、この聖也のターンで決着がつくと考えている人間も多いだろう。

聖也自身もこのターンで終わらせるつもりではある。しかしながら、ここで一つの不安要素があった。

それは前のターンに鈴花が伏せていたカードだ。

残念なことに手札に今発動できる魔法・罠カードを除去するカードはない。

 

(…アレがミラーフォースのようなカードならあるいは…。…いや、ここはここで決めきる…!)

 

伏せカードがどんなカードなのかは分からない。ただ、一つ言えるのはあのカードに対していくら警戒しても仕方が無いという事くらいだ。

相手がどんなカードを使ってくるか未知数である以上、どうあってもカードの内容を予測できるわけが無い。

 

(…ここは一気に…!)

「僕は魔法カード【騎士の絆(フェイス・オブ・センチュリオン)】を発動。効果で墓地の【従騎士トゥルーデア】を永続罠扱いで魔法・罠ゾーンに!」

 

だから、今の聖也にできる事はいつも通りの展開を維持する事だった。

 

「そしてそのまま【従騎士トゥルーデア】と【重騎士プリメラ】を特殊召喚!【スタンドアップ・センチュリオン!】の効果と、それにチェーンして【重騎士プリメラ】の効果を発動!」

 

この時、聖也は判断を誤ったとしか言いようがない。

もし、聖也が【スタンドアップ・センチュリオン!】の効果をここで発動しなければ、このターンで決着がついたのかもしれない。

 

「―――ここだぁぁぁ!速攻魔法【死の罪宝‐ルシエラ】を自分のレベル7以上の魔法使い族モンスター―――【黒魔女ディアベルスター】を対象にして発動ォォォォ!」

「―――しまっ…!」

「相手の場のモンスターは【黒魔女ディアベルスター】の攻撃力分だけ攻撃力が下がり【黒魔女ディアベルスター】自身は他のモンスター効果を受けずに次のターンのスタンバイフェイズに墓地に送られる!従って2500!攻撃力を下げてもらいますよ!」

 

しかし、ディアベルスターが所持しているもう一つの【罪宝】によって、聖也の目論見は崩れ去る。

ディアベルスターが鎌を振ったかと思えば、翠緑の斬撃が周囲一帯を削り取る勢いで聖也の場のモンスターに襲い掛かって来た。

無数の斬撃に刻まれてレガーティアやレッド・デーモン・カラミティの能力がガタ落ちしてしまう。

しかし、その一撃の被害はそれだけにとどまらなかった。

 

「そして【死の罪宝‐ルシエラ】の効果で攻撃力が0となったモンスターは破壊される!」

「…くっ!」

 

折角特殊召喚した【重騎士プリメラ】と【従騎士トゥルーデア】は無数の斬撃に耐えることが出来ずにそのままダウン、墓地へと戻る事となった。

カードイラスト通りに粉微塵に刻まれなかっただけマシなのだろうが。

 

「…攻撃力が届かない…!」

 

やはり、「2500」という下降幅は非常に大きく、結局攻撃できずにターンエンドを宣言することとなった。一応レガーティアを守備表示にはしたが、次のターンでいとも容易くこの盤面を乗り越えてくることだろう。当然次のターンに備えるための【重騎士プリメラ】を墓地から魔法・罠ゾーンに移動させるは忘れるべくもないが。ちなみにだが、特殊召喚した【重騎士プリメラ】の効果自体は生きているのでデッキから【騎士の絆】をちゃっかり回収していたりもする。

 

聖也 LP8000 手札5枚

EXモンスターゾーン 騎士皇レガーティア(守備表示)

モンスターゾーン  琰魔竜王レッド・デーモン・カラミティ

魔法・罠ゾーン   重騎士プリメラ(永続罠扱い)

フィールド魔法   スタンドアップ・センチュリオン!

 

―――ブラフとして【騎士の絆】を伏せる事を考えたが、それは止めた。

今の聖也の手札には【抹殺の指名者】や【墓穴の指名者】、【増殖するG】や【灰流うらら】といった汎用カードはほとんどなく、そのほとんどがサブプランである【Em トリック・クラウン】や【召喚僧サモンプリースト】といったカードである。

これらも汎用カードといえばそうなのだが、如何せん、このデッキの主役はあくまで【センチュリオン】だ。

しかも【センチュリオン】を用いた展開を主としているのだからあくまでこちらは予備用の手段である。

それに加えて【センチュリオン】はその性質上、すぐにモンスターゾーンが埋まってしまう。そういうこともあってかよっぽど最初の手札が悪くなければこのカードたちに出番はそこまでないというわけである。

しかも今回に至っては出したところで【黒魔女ディアベルスター】を突破できるわけでも無い。

 

(最も出したところで【死の罪宝‐ルシエラ】に蹂躙されて終わりだった言うね…。)

 

それほどまでにこの【死の罪宝‐ルシエラ】は聖也に刺さったという事だ。

しかもよりにも寄って攻撃力低下は永続だ。例え、このモンスター達を今この場に残していたとしてもそれは相手にとってのいい的でしかない。

 

(―――とんでもない逸材じゃあないか…ッ!)

 

しかもこれから始まるのは相手のターンだ。

攻撃力が下がって戦闘破壊されなくなったとはいえそれでも攻撃力1000はキツイ。

しかもレベル12シンクロの攻撃力が1000と、見るも無残な値にまで減少している。それだけあの一撃がレガーティアに深く残ったというわけなのだろう。

 

(…面白くなってきたじゃないか…!)

 

やはりデュエルは血沸き踊る高揚感が無ければつまらない。

―――なんでプリメラが彼女と自分を引き合わせてくれたかよくわかった気がした。

 

(真に楽しいのは、ここからかな…!)

 

強い相手とのデュエルというのは、楽しいものだから。

―――これだからやめられない!そう考えつつ鈴花のターンを迎えたのであった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

鈴花は限りあるリソースをどこまで使い切るか、それだけを考えていた。

出来る事ならさっきのターンにそのまま展開しきりたかったのであるが、やはり【琰魔竜王レッド・デーモン・カラミティ】の制圧によって少なくない打撃を受けたのだ。

 

「…私のターン…!ドロー…!スタンバイフェイズに【黒魔女ディアベルスター】は墓地に送られる。…知ったことか!私は手札から魔法カード【死者蘇生】を発動!効果で墓地から【黒魔女ディアベルスター】を特殊召喚!【黒魔女ディアベルスター】は特殊召喚成功時にデッキから【罪宝】カード一枚を手札に加えることができる!従って【裏切りの罪宝‐シルウィア】を手札に!さらに…【ヴォルガニック・バレット】を召喚!手札から【原罪宝‐スネークアイ】発動!【ヴォルカニック・バレット】を墓地に送りデッキから炎属性レベル1である【スネークアイ・エクセル】を召喚!」

 

今ある手札を使い切ってでもある程度の盤面を作らなくてはならない。

正に血反吐吐きながら続けるマラソンそのものである。

しかしながら敵対関係であるというのにどうしてこんなにデッキの相性が良いのだろうか。

 

「―――さっきカードイラストでバラバラにされてなかった…?」

「なんで相性いいんでしょうね、ホント…。」

 

もっとも、それはディアベルスターの汎用性の高さが原因なのだろうが。

聖也の問いにあいまいな答えで返す鈴花。

とにかく、今は回せるだけ回さなくてはならないのだ。

限りあるリソースの中で、どれだけ多く、どれだけ素早く、そしてどれだけ制圧盤面を作れるか。

重要なのはそこだ。

 

「…【スネークアイ・エクセル】の効果でデッキから【スネークアイ・ワイト・バーチ】を手札に加える。【スネークアイ・ワイト・バーチ】はフィールドの炎属性モンスターが存在すると、特殊召喚できる。…なので【スネークアイ・ワイト・バーチ】を召喚したいです!」

「…【騎士皇爆誕(トゥルース・センチュリオン)】を手札に加えておくべきだったなぁ。」

「…よし!そのまま【スネークアイ・エクセル】の効果発動!【スネークアイ・エクセル】と【スネークアイ・ワイト・バーチ】をリリースしてデッキから【蛇眼の炎龍(スネークアイズ・フランベルジュ・ドラゴン)】を特殊召喚!」

 

そうして鈴花は自身のデッキと双璧を為すもう一枚の切り札であり【スネークアイ】の主たる【蛇眼の炎龍】の特殊召喚にこぎつけることに成功した。

 

「そして、【蛇眼の炎龍】の効果発動!自分、もしくは相手の墓地のカードから一枚選び、それを永続魔法扱いでそのカードの持ち主の魔法・罠ゾーンに置きます!私は…墓地の【スネークアイ・エクセル】を置きます!さらにさらに墓地の【ヴォルカニック・バレット】の効果発動!500LP払いデッキから三枚目の【ヴォルカニック・バレット】を手札に!更に墓地のの【スネークアイ・ワイト・バーチ】を対象にに手札から【ファイヤー・バック】発動!手札の【ヴォルカニック・バレット】を墓地に送って【スネークアイ・ワイト・バーチ】を守備表示で特殊召喚!そしてさらに【ファイヤー・バック】を除外して効果発動!墓地の【ヴォルカニック・バレット】三枚を戻してデッキから一枚ドロー!」

 

鈴花 LP7500→7000

 

鈴花は限られた手札の中で動けるだけ動けるように動いた。手札三枚というハンデや足枷は重いものだったがそれでも、なんとか最低限、迎撃の動きを取ることはできたか。

一応、【スネークアイ・ワイト・バーチ】の守備力は2100もある。もし、レガーティアを並べられても最終的には何とかなるはずだ。

 

「…バトル!まずは【蛇眼の炎龍(スネークアイズ・フランベルジュ・ドラゴン)】で【琰魔竜王レッド・デーモン・カラミティ】を攻撃!」

 

聖也 LP8000→6500

 

【死の罪宝‐ルシエラ】による攻撃力ダウンは永続的に続く。

従って、フランによってレッド・デーモン・カラミティは破壊された。ちなみに巻き付いて締めあげて破裂させていた。どうやら相当鬱憤が溜まっていたみたいだ。

 

「…続いて!【黒魔女ディアベルスター】で【騎士皇(センチュリオン)レガーティア】を攻撃!―――恐怖を刻め、ディアぁ!」

「了解だ、鈴花ぁ!」

 

そして鈴花はディアベルスターにレガーティア攻撃の指示を出す。当然、彼女達も迎撃する―――が。

レガーティアには【死の罪宝‐ルシエラ】によって刻み込まれた傷がある。

肩の武装を取り外して必死に応戦するレガーティア。そんなレガーティアに対して短刀を構えて吶喊するディアベルスター。これではどちらが悪役か分かったものではない。

 

「思いっきり刻んでやるよ!このオレが齎す恐怖をなぁ!」

『うじうじ悩んでるよりそっちの方がいいじゃない!―――でも負ける気は無いかんね!ぶっとばしたげるわ!』

 

一合、二合、三合、四合。

ディアとレガーティアが接触するたびに少しずつルシエラによって刻まれた罅が純白の鎧に広がっていく。

ディアベルスターは確実に、レガーティアの撃破に近づいていた。

 

「これで…!どうだぁあぁぁぁあ!」

『負けるかぁぁぁぁぁあああぁぁ!』

 

しかしこのままでは時間がかかりすぎると踏んだのか、それとも互いに次の一撃で決めるつもりなのか。

ディアはルシエラとシルウィアを励起させ、レガーティアは残存エネルギーの全てをランスの形成に使った。

そして二人の全力が大きな音を立ててぶつかり合う。

ほんの少しのせめぎあいの後、ディアベルスターが少しずつレガーティアを押し始めた。

 

「うおらぁぁああぁぁ!」

 

そうして―――ついに純白の鎧は砕けて、その場にはディアベルスターだけが立つことになったのだ―――。

―――しかし。

砕けた筈のレガーティアの鎧は少しずつ再生していく。

気付けば、レガーティアはすっかり元通りに戻っていた。―――それでもルシエラに刻まれた傷が癒えないあたりその威力―――というか死の罪宝そのものの凄まじさもうかがえるのだが。

しかもなんとフランが斃したはずのレッド・デーモン・カラミティも健在であった。

 

「攻撃力2000以下のモンスターは戦闘では破壊されない…!これが、レガーティアの能力…!」

「…でもダメージは受ける。」

 

―――なんで守備表示にしなかったのは永遠の謎だ。

まだ使えると思ったのか、それとも【死の罪宝‐ルシエラ】に度肝を抜かれたからなのか。

どっちにしたって、人見知りの鈴花に誰かの真意を測るのは難しい事だろう。

 

聖也 LP6500→5000

 

「私はカードを二枚伏せてターンエンド!」

 

鈴花 LP8000 手札0枚

モンスターゾーン 黒魔女ディアベルスター

         蛇眼の炎龍(スネークアイズ・フランベルジュ・ドラゴン)

         スネークアイ・ワイト・バーチ

魔法・罠ゾーン  スネークアイ・エクセル(永続魔法扱い)

         伏せ×2

 

今の状況は鈴花にとって押せ押せの状態だ。うまく行けばこのターンで相手を壊滅させることだってできる。それでも油断はしない。

油断をしたらその隙に致命の一撃を入れられて、簡単に負けてしまうからだ。

今の自分の優位は薄氷一枚あるかどうかの差でしかない。

次の相手の手札次第によっては簡単にひっくり返されるのかもしれないのだから。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

(【死の罪宝‐ルシエラ】の攻撃力低下って永続なのぉぉぉぉ!?)

(ちゃんと効果を確認しなさいよ、バカぁ!)

(普通はそのターン中でしょうよ!)

(でも今回は確認しなかったマスターが馬鹿だナ。)

 

聖也はテキスト確認を怠っていたことを寄ってたかってプリメラとトゥルーデアに弄られていた。表面上は至って冷静だが、内面はテキスト確認を怠ったばっかりに引き起こされた事態への焦燥でいっぱいいっぱいである。

そんなこともあってか、二枚の大型シンクロを守備表示にするのをすっかり失念していたというわけだ。精神的な動揺から来るプレイミスというやつである。

 

「―――効果は無効になってないね!ヨシ!【従騎士トゥルーデア】を【騎士皇レガーティア】の効果で魔法・罠ゾーンに!そして僕のターン、ドロー!…そのまま【重騎士プリメラ】を魔法・罠ゾーンから特殊召喚!そしてその効果にチェーンして【従騎士トゥルーデア】の効果発動!魔法・罠ゾーンから特殊召喚!」

 

【センチュリオン】は確かに強力無比なデッキだが、マストカウンターが見極められやすい。

例えば、初動カードである【重騎士プリメラ】の効果を阻害されるとか、である。

 

「―――その効果にチェーンして罠発動【睨み統べるスネークアイズ】!効果で【騎士皇レガーティア】を永続魔法扱いで、魔法・罠ゾーンに!」

「…そして、【プリメラ】と【トゥルーデア】が場に出て来る!【プリメラ】の効果発動!デッキから【騎士皇爆誕(トゥルース・センチュリオン)】を手札に!」

「…【スネークアイ・ワイト・バーチ】の効果発動!このカードと永続魔法扱いの【スネークアイ・エクセル】を墓地に送ってデッキから二体目の【蛇眼の炎龍】を場に!」

 

聖也は鈴花の場に伏せてあるカードが気になって仕方が無い。

一枚は先ほど加えた【裏切りの罪宝‐シルウィア】なのだろうが―――もう一枚の予測が立たないのだ。

 

「…二体でシンクロ!【騎士皇レガーティア】を場に!特殊召喚成功時デッキから一枚ドローしつつ君の場の最高攻撃力を持つモンスターである【蛇眼の炎龍】を一体破壊する。」

 

だが、ここで【裏切りの罪宝‐シルウィア】を発動しないあたり、何か考えがあるに違いない。

それでも二体目の【騎士皇レガーティア】の効果を通してくれたという事はそこまで悪い事ではないのかもしれない。

 

「…【蛇眼の炎龍】は相手ターン中に墓地に送られたときに墓地からレベル1・炎属性モンスター二体を特殊召喚する効果を持ちます。…従って【スネークアイ・エクセル】と【スネークアイ・ワイト・バーチ】を場に。更に【スネークアイ・エクセル】の召喚成功時にデッキから【スネークアイ・オーク】を手札に。」

「…でも、僕の―――」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。」

「…まだ、効果があるっていうのかい?」

 

そう遠くないうちにこのデュエルに決着がつく。

それがどのような形での決着になるかは分からないが―――聖也も、鈴花もそれだけは確信できていた。




登場人物紹介

・鈴花
勝てそう

・聖也
ちなみに手札に魔法カードはない。
余り好んでサモプリは使わないので割とピンチ
内心めっちゃ焦っている。

中途半端な所で斬ることになったのは私のせいだ。
だが私は謝らない。

というわけで色々と追い込みもあるので今回はここまでです。
もしかしたら来週からしばらく投稿ペースが落ちるかもしれません。

それでは次回もお楽しみに!


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決着の白煙

 

鈴花と聖也のデュエル。

それは既に終盤、あと一歩でどちらかがどちらかを詰め切るという状態にまでなっていた。

鈴花は手札0枚ながらも、有効なカードを置く揃え、聖也は鈴花とは逆で手札は多いながらも有効なカードのほとんどが存在していないような状態だ。

具体的に言えば手札七枚でまともに作用するのは【騎士皇爆誕】と【騎士の絆】の二枚。

更にそこに追い打ちを掛けるように飛んでくる相手のカードの効果。

泣きっ面に蜂、一難去ってまた一難―――この状況を言葉で言い表すのであればきっとそうなる。

 

「【蛇眼の炎龍(スネークアイズ・フランベルジュ・ドラゴン)】の…効果だって!?」

「その効果は―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()効果!選ぶのは、当然――――!」

「僕のフィールド上にある永続魔法扱いの【騎士皇(センチュリオン)レガーティア】―――!」

 

鈴花のフィールドに現れる純白の騎士の王。

それはもう一人の自分に狙いを定めると、そのまま腰部の兵装を起動。

―――聖也の場の【レガーティア】はものの見事に焼かれてしまった。

 

「―――【騎士皇レガーティア】やっぱおかしいってぇ…!」

「敵対しているからかひしひしと伝わってくるよ…!」

 

その強力さは敵対していたときからよく知っている。

それを知っているからこそ、鈴花は迷いなくそのカードを召喚することにした。

強いカードというのは、それだけで相手に大きなプレッシャーとなる。

つまり、デュエルモンスターズにおいてコントロールの奪取というのは自分が受けるプレッシャーをそのまま相手に与えることになるのだ。

―――当然、それが弱いわけが無い。

 

「あー…こりゃ厳しいな…。」

 

一方の聖也は少し諦めたかのように頭を掻いていた。

一応まだ戦える。

だってまだ通常召喚権は残っている。

ただ、聖也にはここからどうしても鈴花に勝てる展開を思いつくことが出来なかった。

相手の場に【裏切りの罪宝‐シルウィア】が伏せられている以上、最低でも二度、展開できる効果が必要だ。それにドローカード次第ではこのまま押し切られる可能性もあった。

 

「…【召喚僧サモンプリースト】を召喚。守備表示にして…効果発動。」

「【裏切りの罪宝‐シルウィア】発動。【ディアベルスター】を墓地に送って無効に。…その後、【黒魔女ディアベルスター】の効果発動。相手のターン中、このカードが墓地に送られたときに発動できる。手札一枚をコストにして【黒魔女ディアベルスター】を召喚!コストには【超電磁タートル】!そして【黒魔女ディアベルスター】は特殊召喚に成功した時にデッキから【罪宝】カード一枚をセットできる!私は【死の罪宝‐ルシエラ】をセットします!」

「!!???」

 

【超電磁タートル】は墓地から除外することでバトルフェイズを強制終了する効果を持ったカードだ。

しかもセットカードには【死の罪宝‐ルシエラ】。このカードの恐ろしさは十分に思い知っている。

そして聖也はそこまで時間をかける事無く一つの結論にたどり着いた。

物事を深く考える彼にしては珍しく、簡潔に、単純に、この状況を言い表せる言葉を紡ぐ。

 

(こりゃ、無理だ…。)

 

このターンにモンスターを召喚しても次のターンに【死の罪宝‐ルシエラ】からのモンスター一斉攻撃でどのみち敗北だ。

負けを認めるのは早いか遅いかのどちらかでしかないのだ。

 

「…僕は、これでターンエンド。」

「私のターン、ドロー。…速攻魔法【死の罪宝‐ルシエラ】を発動。更に手札から【スネークアイ・エクセル】召喚。効果でデッキから【スネークアイ・ワイト・バーチ】を召喚して…デッキから三体目の【蛇眼の炎龍】を召喚!」

 

―――追い打ちかけて来るなんて非情だなぁ、だなんて思いつつ。

最終的に聖也は鈴花のデッキに押し切られたのであった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「はぁ…負けた負けたぁ…。」

 

聖也は鈴花とのデュエルに敗北して、そう大きく息を吐いた。

一方の鈴花は未だに「自分が勝った」という事に実感がわいていないようだった。

それも当然かもしれない。

なんだって、鈴花は開幕に【琰魔竜王レッド・デーモン・カラミティ】の完全ロック効果を喰らい、一時はピンチというのもおこがましいほどに追い込まれていたのだから。

それに、相手の聖也が相当な強者だったという事もある。

 

「実感がわかねぇか、鈴花?」

「…うん。…「本当に勝てたんだ」っていう実感が、どうしても、ね…。」

 

そんな内面をディアベルスターに見透かされていた。

デュエルに絶対はないと知っていても、それでもあの先攻制圧からひっくり返して勝てたという事実が信じられない。

 

「…それが、お前の実力さ。…もっと胸張っていいんだ。」

「そう、なのかもね…。」

 

鈴花の人見知りは結局自分の自信の無さからくるものだ。

自分に自信がないから、―――或いは、自分に醜いところしかないと思っているから。

だからこそ、彼女は人を自分の心の奥底へ深く立ち入らせようとしない。

 

「で、そう言うディアはどうなのさ?相当悩んでたみたいだけど?」

「…オレは、まぁ…うん。そうだな。…ぜいたくな悩みだったってこったな…。」

「…?」

「…気にしないでくれ。今のはオレの独り言だ。」

 

―――結局鈴花はディアの悩みについてほとんど知らないうちに、ディアが自身でその答えを見つけてしまった。

解決したのならばいい事であるのだろうが―――それでも少し、もやっとする結果になってしまった。

 

「人の心は難しいナ。」

「まあね。色々な事があって悩むのが人間なの。…トゥルーデアもよく知っているでしょ。」

「…そうだナ。悩んで前に進んで、時にはぶつかってまた悩んで…。そうして互いにとってのベストな位置を探していク。私もプリメラからいろいろ学んだゾ。」

 

その様子をプリメラとトゥルーデアに見られて恥ずかしい思いをしたのは言うまでもなかったのだった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

聖也と鈴花のデュエルから数日後――――

 

「【憑依装着―ウィン】で【黒魔女ディアベルスター】を攻撃!」

「―――まぁたまけたぁ!」

「【ティアラメンツ・ルルカロス】で【騎士皇レガーティア】を攻撃!」

「相打ちになったら負けるって!―――アッー!」

 

海斗を含めた霊使、鈴花、聖也の四人は部室でデュエルに興じていた。

鈴花は相変わらず霊使に勝つことは出来なかったが、それでもいくばくかは食い下がれるようになってきた。

自身の使うカードの特性を段々と理解し始めたからだろう。

だからこそ「食い下がる」ことができるようになってきたと言える。

それでもまだ「食い下がる」止まりなのは悔しいところではあったが。

 

(それだけ扱いなれてるって事なんだろうなぁ…。)

 

―――考えてみれば、霊使は自分のデッキであの地獄を戦い抜いて、勝利を掴んだ。その時のデッキからそこまで変わっていないと本人は言う。

―――つまりそれだけ扱いなれているという事だ。

それだけ熟練しているという事でもあり、その分自分のデッキの特性を理解しているという事だ。

 

―――なんで勝てないのか?と聞かれたらまず真っ先に【黒魔女ディアベルスター】の効果を【大霊術‐「一輪」】やら、【閉ザサレシ世界ノ冥神】といったカードで妨害されることが原因だとあげるだろう。

手札から特殊召喚すれば、【閉ザサレシ世界ノ冥神】のリンク素材にされ、自身の能力で蘇生もできず、ならばと無理矢理蘇生しようものなら大霊術の効果で効果を無効にされる。

つまり―――

 

(くっっっっそほどに相性が悪い!)

 

―――というわけである。

どんなに強力なデッキでも相性そのものが悪ければ機能不全に陥る場合も多い。

例えば、海斗の扱う【ティアラメンツ】と、聖也の扱う【センチュリオン】では―――

 

「【古衛兵アギド】の効果!デッキから【古尖兵ケルベク】が墓地に!【古尖兵ケルベク】効果!【墓守の罠】セット!更にさらに融合効果も誘発!【ルルカロス】!【カレイドハート】!【キメラフレシア】!」

「【プリメラ】と【トゥルーデア】が全部墓地に!?」

 

と、初動カードを全部墓地に送られて負けるだなんてこともありうる。

というか目の前で実際に起きている。

―――これは【ティアラメンツ】が例外なだけだろう。割とそうであってほしい。そうであれ。

とにかく、相性の差もある意味では重要な事だと思い知った。

なるほど、これは勝てないどうこうと騒いでいる場合ではない。

 

「―――ディアとならどこまでもいける気がする…!」

「―――ハッ!お前ならそう言うと思ったぜ、鈴花。」

 

だから鈴花は、黒魔女と一緒に何処までも羽ばたいていこうと、そう心に決めたのだ。

 

 

 

「―――あ、でもちゃんとフランと仲良くするようにね!」

「ぜ…善処する…。」

 

―――とにかく、二人と一匹が歩み始める道は、ここから始まるのだ。




登場人物紹介

・鈴花
人見知りは治らないけど―――
それでもどこまでも行きたい。
ディアとフランの三人ならきっとどこまでもいけるから

・ディアベルスター
・フラン
仲は悪いけど主の為なら力を合わせることもやぶさかではない。

・霊使
バグっているような主人公。
実際ちょっとバグっている面もある。


二章はもうちょい続くんじゃ。


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不器用少女の和解の話

鈴花は困っていた。

人見知りを直そうと決意したのはいいんだが、その治す手段が思い浮かばないのだ。

学内では不穏な噂ばかりが流れ、目があったら爆殺されるなど陰口をたたかれることもある。

そのうわさを流した本人を見つけたら恐らく腕の一本や二本くらい圧し折ってやりたいところだ。それくらいしなければ怒りが収まる気がしないから。

そもそもの話芽があった人間全てを爆殺しているならこの学校には恐らく生徒は残ってはいない事だろう。

 

「理不尽な噂って…広がるのが早いねぇ…。」

「人の口に戸は立てられないっていうだろ。…まぁオレも可哀想だとは思うんだがな…。」

 

諦めな、とディアベルスターは口に出すことはしなかった。

ちなみにだが、ディアは霊体化して学校にまで付いてきている。

今の半ば孤独な鈴花にとって、ディアベルスターは唯一といっていいほどの話相手でもあった。

放課後になれば、霊使や海斗とと話して帰ることが多いが、教室ではまた話が別だ。

 

「勝ち目のない戦いって…眺めているのも虚しいんだよねぇ…。」

 

霊使狙いの女子生徒が一斉に霊使いの下に群がっていくので、文字通り人の壁が出来るのである。

しかしながら、霊使にはもう既に心に決めた少女が居るので、当然、クラスメイトの勝ち目はゼロだ。彼の伝説のタッグデュエルデッキである【天声ホルアクティ】や理不尽ワンキルの【黄泉転輪ホルアクティ】に後攻で勝てといわんばかりの不利対面だ。

もし「ころしてでも うばいとる」なんてタイプが現れたところで、彼女を殺してしまえば霊使も当然のごとく後追いするだろう。

当然、最も欲しかったはずの霊使はその手に収めるどころかすり抜けていってしまうのだ。

 

「それは勝ち目がないんじゃなくて、入る余地がないっていうんだぜ…。ま、オレも可哀想だとは思うがな…アイツらはまあ―――霊使に彼女がいなくても選ばれない敗北者だろうよ。」

「―――まあ、明らかに『有名だから付き合いたい』って魂胆が見えているしねぇ。そりゃ真実の愛の前には勝てないでしょうねぇ…。」

 

おまけに霊使いの周りには付き合いたい欲が見え見えの生徒ばかりだ。そんな集団に囲まれていたら、霊使が教室に居にくいと言えるのも納得していた。

 

(ウィンちゃんを紹介すれば一瞬でことは解決すると思うんだけど。)

 

もっとも。ああいう手合いの少女たちは相手に彼女がいると言えば大概幻滅して引いていくものだ。

それは理想像が崩れるからなのかは知らないが―――とにかく、霊使も一言―――「彼女いるよ」とで言ってやればいいだろうに。

それを言わないのは霊使の優しさゆえか、それとも彼女と共に在り続けるのは当たり前という心構えの現れか、それとも単純に煩わしいだけなのか。

どっちにしたって周りに人っ子一人来ない自分に比べて随分贅沢な事で悩んでいる。

羨ましいし、けしからん。

 

(うーん…霊使君は罪深いねぇ…。)

 

霊使の人間関係はさして参考にはならなさそうだ。

そもそも仲良くしてくれる人間を選り好みしている場合でもないのだが―――。

それでも一時期は霊使を目の敵にしていたのだ。少なくとも、このクラスでの居場所は既にないだろう。というか絶対にない。そしておそらくあっても踏み込めない。

 

(だめだ。このクラスに馴染めている私がもう…想像できなくなっているッ!過去のほんの些細なミスが今の私を確かに苦しめている…!)

(―――だめだこりゃ。)

(恐怖とはまさしく『過去』からやってくる!あの時!私がもう少し霊使君の事を理解していればこんな事にはァァァーッ!)

(…百面相してら。)

 

ここまでの馬鹿だとは思わなかった。

後にこの時を振り返ってディアベルスターはそう漏らすのであった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「…友達がほとんどいない…ッ!」

「…前の学校じゃ咲姫以外友達いなかったんでしょ?」

「…痛いところ突くなぁ!」

「それに4月ごろの鈴花ちゃんはなぁ…尖っていたしてねぇ…。」

「やめて正論は私に効くからぁ!」

 

なんやかんやで放課後。

すっかりおなじみとなった霊使と海斗、そして鈴花の三人での下校。

そんな中でふと漏らした「友人がほとんどいない」という言葉は、即座に二人に弄られることになった。

今思い返しても見ても、過去の自分が恥ずかしい。

 

「あああぁぁぁぁぁあ!いっそ昔を消してぇぇぇ!」

「無理だな。」

「ドンマイ。」

「ちっくしょぉぉぉぉ!」

 

しかしどれだけ喚いても叫んでも、過去の愚行はかき消せない。

つまりどんな形であれ、今の自分の状況は自分で招いたようなものなのである。

それをどうこうしろといわれても困るのは霊使や海斗の方だろう。

 

「いるからさ!?一応二人が居るからボッチは避けられてるよ!?それに聖也さんもいい人だしね!でもさ!同性の友人も欲しいわけ!」

「…考えてみれば野郎ばっかだなぁ。」

「でもそれこそ無理じゃあないの?…だって鈴花ちゃん、クラスの女子から嫌われてるでしょ。…最初のやらかしで全て決まったようなものだからねぇ…。」

「待って。ちょっとまって。あれ、じゃあこれもう私同性の友人できるか怪しい?」

 

海斗の指摘にどんどん絶望した顔になっていく鈴花。その様相はもはや百面相ではあるが、声音はどんどん絶望的なものになっていく。

そしてついには―――

 

「あんなつんけんした態度取っていたらもう俺たち以外友人できないかもなぁ。」

「やめてよしてそれに触れないで私のメンタルが焼き尽くされちゃうからぁ!」

 

霊使からとどめを刺される始末である。

意外と霊使は嫉妬深い性格なのかもしれない。

もしくは自分に友人ができないであろうことを弄っているだけなのか。もしそうなのだとしたらこの男は英雄なんて呼ばれているが事実上はただの鬼畜なのではなかろうか。

 

「これまでの言動を反省してください。」

「あんまりだァ!」

「でもそれしか言えないもの。」

「事実陳列罪やめてぇ!」

 

ただ、まあ。

あれだけ一方的に嫌っていた相手とこれだけふざけた会話ができる。

それは少し進歩したと思ってもいいのだろう。

というかこれが進歩で無いのなら今頃鈴花は、泣き寝入りするしかない。

 

「…それにしても。」

「…あの和解方法には驚いたよなぁ。」

「ほじくり返さないでぇ!」

 

だが、ここまで霊使い達と仲良くなったのにはもう一つ笑ってしまうかのような理由がある。

それは鈴花にとっては、ディアに出会う前の話で―――今でも忘れたいものでもあったのだ。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

全ての始まりは、今からちょうど二月ほど前―――桜庭鈴花という少女の因縁にひとまずの決着が付いたあの日だった。

 

「今まで本当にごめんなさい。」

「………!?」

 

あの後警察からの聴取を受けて、解放されたのは夜の八時くらいだった。事情が事情なのでそれなりの拘束時間は必要なのだとは思う。

だが、それでも非常にキツイ時間帯でもあった。

第一に、今までの霊使への態度への罪悪感が、第二に、今までの重圧から解放されたからか一気に眠気が。

間髪入れるまでもなく襲い掛かってくる。キツイ、だるい、そこに加えて罪悪感が圧し掛かる。

言うまでもなく過去最悪のコンディションだ。

―――もしかしたら、謝る事で少し楽になりたかったのかもしれない。

そう考えるのが自然なほどに、霊使に対しての謝罪の言葉が口から漏れ出ていた。

 

「……!?…!!?!?!?」

「…あれ?四遊…君…?」

 

が、霊使は「自分の因縁を解決したら何故か謝られた」位の感覚でしかない。

しかもそれが今まで邪険に扱われていた相手からの謝罪が追加されたとなれば―――

 

「…霊使?」

「…四遊君?」

「――――!?!?!?」

「「…ふ、フリーズしてる…!?」」

 

霊使の動きが固まってしまうのも止む無しといえるだろう。

無論霊使のこの行為は失礼なものなのだが―――今までが今までである。

顔を合わせればきつい言葉を投げかけられてきた相手だ。そんな相手に謝罪などされたらどうなるのか。

 

「幻聴聞こえるようになったか…?」

「現実だよ!?これは!現実!!!」

 

―――まあ当然正気を疑うわけで。

そして霊使は次に自身の頬を引っ張っていた。

その結果は―――

 

いひゃい(痛い)…嘘だろおい…?」

「…ダメだあこりゃ。」

 

どうやら痛かったようだ。

鈴花が居るのは現実であり、当然、鈴花の謝罪も現実。

―――鈴花はこれまで霊使いの事を何も知らずに失礼な態度を取り続けていたのだ。もっとも、ここまで驚かれるとは夢にも思わなかったが。

だが、それはまるで自分を既に受け入れてくれているかのようにも思えて。

 

「…はぁ。何か罪悪感を感じていた自分があほらしくなってきたかも…。」

「あー…うん。うちの霊使がごめんね?」

「…ちゃんと話そうとしなかったのはこっちもだから。」

 

未だに固まったままの霊使を見て、ウィンと鈴花は気が抜けたかのように笑いだす。

―――そして霊使が再起動したのはそれから数分後の事であった。

 

「―――ハッ!あれ!?俺は一体―――!?」

「…ねぇ、ウィンちゃん。―――霊使君、殴っていいですか?」

「あ、うん。いいよ、思いっきりやっちゃって。」

「―――あれ?もしかして現実?スタンド攻撃とかじゃなくて?」

 

鈴花は腕をぐるぐる回して肩を温めている。

一方の霊使は事ここにきてようやくさっきの鈴花の謝罪が現実であるという事に気が付いた。

なるほど、これは―――圧倒的に自分が悪い。

きっと彼女は心からの謝罪をしたのだろう。―――が、自分にはそれが信じられず、フリーズしてしまったというわけだ。

 

「…悪かったんで手加減はしてくださいますか?」

「さあね?」

「なんでウィンが応え―――ああ逃げられない!」

 

―――まあそんなやり取りもあってか。

誤まるまでもなくいつの間にか今のような距離感に落ち着いたのだった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「私未だにあの時の事は根に持ってるからね!?」

「そんなこと言ったら俺だってあんなこと言われてなぁ―――!」

 

わーわーぎゃーぎゃー。

海斗はこの二人の関係を例えるならきっと「双子のようだ」というだろう。

喧嘩して騒がしい時もあるけれど、それでもこの二人の仲の良さはこれからもきっと変わらない。

それに二人の間には特別な感情は無いのだろうし。

 

「二人とも、こんなところで騒いでいると迷惑だよ?」

「「でも―――!」」

「でももへちまもへったくれもない。―――俺達には俺達らしい喧嘩の仕方っていうものがあるでしょ。」

 

その言葉に鈴花と霊使は示し合わせたかのように頷き合う。

そして二人はデッキを構えて―――

 

「こら!」

「こんな往来で何おっぱじめようとしてんだ?」

 

そしてディアとウィンに止められた。

ウィンはそのまま霊使に「当て身」を繰り出し、ディアは鈴花の首根っこをつかんで持ち上げる。

 

「海斗、迷惑かけたね。」

「鈴花の事もな。」

 

―――きっとこんな日々がずっと続いていくのだろう。

鈴花と、霊使と、三人で。

 

「…いいよ。こんな関係も嫌いじゃないからさ。」

 

そうしてそれぞれの保護者に引きずられていく二人を見て、ひとり歩き出す。

 

(…これは酷いですね…。)

(でも悪くはないでしょ?)

(……ですね♪)

 

そうして季節は春から夏へと進んでいく。

灼熱の夏に一体何が待ち受けているのかは、だれもまだ、知らない。




登場人物紹介

・霊使、鈴花、海斗
仲良し三人組。
霊使にとっては克喜や颯人以来の、鈴花や海斗にとっては初めての気の置けない親友。
この三人はこれからもずっと馬鹿をやって生きていくだろう。

というわけで二章完結です。
次回から第三章が始まります。


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二部三章:希望少女と(から)の少女
部員探しに奔走せよ


 

6月中旬。

聖也にとって数少ない異性の友人が聖也の部活を訪れていた。

彼女はこの学校の生徒会長で、数少ない聖也の理解者だ。

―――何故なら彼女も精霊を連れているから。

それはともかく。

雨がしとしとと降り注ぐ中、聖也にとんでもない事実が告げられる。

しかしそれは至って当然の理由で告げられたものだった。

 

「これ以上部員来なかったら廃部ね。」

「―――え!?」

「今4人だよね?最低五人いないと部活として認められないのは知ってるよね?」

 

至って普通の、校則に書かれていることだ。

しかしそれを聖也はど忘れしていたのだ。

そもそもの話だが、そんなに廃部になる部活もないのでこの校則が適用されること自体珍しいのだ。これも一般人から見た聖也の変人っぷりが高じた結果だ。

 

「ま、そういう訳であと一人集めてきてね。貴女が引退する前に五人になればギリギリで来年までは残せるから。」

 

そんな事もあってか、とうとう会長直々に最後通牒を下してきた。

当然、聖也は会長の名前を呼んでその行為に待ったをかけようとする。

 

「ちょちょちょっと待ってよオリエ!」

「そのセリフを何度聞いたことか!あなたねえ、去年は新規の部活が立ち上がらなかったから何とかなったけど今年は転入生も侵襲性も多いからそうはいかないの!これでも新規部員が入ったってことでもう一年延ばしてもらえるんだから!」

 

会長―――オリエは、そう聖也にまくしたてた。

古賀(こが)オリエ―――彼女は今霊使達が通う「西岡学院高校」の生徒会長である。

本来なら中高一貫校で、外部からの入学者はごくわずかというような環境だが、今年は違った。

そのおかげでもう部室に余裕がないのである。

そういうわけで、これが文字通りの最後通告という訳なのだ。如何に人望の厚いオリエといえども、これ以上はもう「廃部にすべきでは?」という声を抑えきれないのである。

 

「じゃあ、オリエが入ってよ!」

「私が入ったら余計に「廃部にしろ」ってせっついてくるわよ!あなたと私珍しい外部入学組なんだから、つるんでると「贔屓」されてるって思われるわよ!というか今既に若干思われてるの!」

「―――なんてこったい!」

「頭抱えたいのはこっちよ!とにかく!あと一人だけでもいいから集めて!そうしたら声は抑えられるから!」

「嘘だこんなことぉぉぉぉ!」

 

―――こうして、聖也のデュエル部は廃部一歩手前になった。

これは、そんなところから始まる二人の少女のちょっとしたお話である。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「―――というわけで誰か部員の宛てはある?」

「二人以外の友人が全員外部に行っちゃったのでないです。」

「あるわけがないです。何せ色々と事情がったので。」

「あったらぼっちやってません。」

 

以上の経緯を部員に話して、そうして帰って来たのは、身も蓋もない―――しかし、何とも納得せざるを得ない理由で告げられた「宛てがない」という答え。

何となくは分かっていたのだが、こう口にされて回答されると胸の所がちくりと痛くなってくる。

これではこの部活はボッチの巣窟ではないか。

―――その言葉を口にしなかっただけ、聖也は分別があった。

 

「…ど、どうしようか?」

「俺達に聞かれても…」

「ねえ、としか…。―――あ。」

 

三者三様の答えであるようで、事実上当てがないという事しか分からない会話。

そこで鈴花は、思いがけず一人の少女の顔を思い出した。

六武衆を使っていた少女―――紫焔凪だ。

ただ、まあ彼女には少しばかり心配事もある。以前、微かにだが敵意を感じたような―――そんな気がしたのだ。

 

「…誰か当てがあるんだね?」

「…といっても以前何回かデュエルした程度の仲ですよ?」

「十分さ。とにかくその子にお願いしてきてくれないかい?」

 

ただ、聖也としては鈴花の宛てに縋るしかないという事も鈴花自身が十分に理解している。

だから、鈴花は仕方が無いとばかりに大きなため息を一つ吐いて。

 

「期待は―――しないでくださいよ?」

 

そう、聖也に告げた。

別に彼女とは仲がいいわけでは無い。しかし、鈴花はこの部活を守るためなら、今まで自信が無かったことでもきっとできると思えるようになった。

この学校での居場所をくれたこの部活にために何かしたいと、心の底から思えるようになったのだ。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

鈴花は翌日、紫焔凪の所に突撃することにした。

善は急げ、あるいは「思い立ったが吉日」といったところだろう。

放課後、何とか凪を捕まえることに成功した鈴花はありのままの事情を話した。

その結果は―――

 

「…無理です。」

「ですよね。」

「はい、他の部活に入っているわけではありませんが、放課後は実家の手伝いがありますので。」

「…そっか。」

 

一言で言えば取り付く島もなく断られた。

考えてみれば当然というか、当たり前というべきか。

彼女の事を知らないのだからそもそも実家の手伝いだとかそう言う感じの事情を知るわけが無い。

 

「…ちなみに凪ちゃんに宛てってあるのかな?」

「申し訳ないですが…。」

 

こうなると彼女の宛てを頼るしかないのだが、彼女にも部活に入っていないフリーな人材の宛てはないという。

彼女には彼女の事情があるのでしょうがないところではあるのだが、宛てが一瞬で消えてしまった。

 

「ぬぐぐぐ…。」

「あの…本当に他に宛ては―――」

 

流石に友人の一人や二人はいるだろう。

そう考えたのかどうか知らないが、凪は鈴花にそう問いただした。

当然、凪も鈴花の事を深くは知らないのである。

 

「いたらこんなに悩んでないよぉぉぉう…。」

「ああ…。」

「そんな可哀想な生き物を見る目で見ないでぇ!」

 

が、その質問は当然鈴花にとって地雷の訳で。

結果鈴花の顔は見るも無残に変形した。それはもう原形の無いほどに崩壊した。

現実で作画崩壊なんて起こるんだなぁ、なんてのんきなことを考えつつ凪はこの目の前の異形にどう接するべきかを考えていた。

 

―――流石に怖い。

そう思った凪を誰も責めることはできないだろう。

だって、傍から見れば顔と口がぐちゃぐちゃに描かれた線のようになっていたのだから。

そう見えるだけでも十分な恐怖なのだ。

 

「…なんというか…その…これしか思いつかないんですが…俗にいう『ドンマイ』というやつなのでしょうか…。」

「はぐわっ!」

 

―――こうして鈴花の精神は燃え尽きた。

部室に帰って来た鈴花の姿は、真っ白に燃え尽きた灰であったかのようだったという―――。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

―――変わっていた。

以前決闘した時よりもずっと、()()()()()()()()()()()()()

悔しいというか、まともになって何よりというか。

今まで敵意しか抱いてこなかった相手と話していたはずなのに、どうしても彼女の事を気にしだしてしまう。

一体何が彼女を変えたのか。

どうしてもそれが知りたいのだ。

 

(それに比べて私は…。)

 

自分は何も変わっていない。むしろ、彼女と比べて自分は醜く見えてしまうだろう。

彼女の成長はそれだけ目を見張るものがあるということだ。

それが分かっているからこそ、自分はどれだけ成長したか、というのをまざまざと見せつけられている気がする。

 

(貴方は…本当に強いのですね。)

 

本当は、部活にだって参加してみたかった。

もっと、彼女と話してみたかった。

だが、自分にそれは許されない。あれだけ彼女を追いこんでおいて、今更自分にそうする資格など無いのだ。

もし、もっと早く。

もし、後少しでも早く。

桜庭鈴花という少女に出会っていれば、自分も何か変われたのだろうか。

変わらないと言いながらも変わり続ける彼女と一緒に自分も少しは変わることが出来たのだろうか。

それが気になる。

どうしようもないくらいに気になって仕方が無いのだ。

 

「私には…何があるのでしょうか。」

 

自分には「変わる自分」さえありはしないというのに。

「変われる自分」を確立した彼女と自分とでいつの間にか大きな差が生まれてしまったかのような気分だ。

 

(…あれが部活に参加することを許すとは思えませんし…。はぁ…。)

 

何度目か数える事さえ飽きた溜め息がまた曇りの空に溶けて消える。

彼女もまた「今の自分の在り方」に悩む一人の少女なのだから。

 

何もないがゆえに、何でもしてきた少女。

そんな少女は本当にほんのちょっとしたきっかけから大きく変わっていくことになる。

 

「―――凪ちゃん!やっぱ一緒に部活しよう!」

「…えぇ…?」

 

始まりはいつだって突然に、そして無理矢理運命に割り込んでくるものなのだから。




登場人物紹介

・紫焔凪
この章の主人公の内の一人。
彼女の家は色々と複雑ではあるが―――。
ちなみ前科0犯。カルトに殺人的な裏にはほとんど関わっていないが一応一通りの対人戦闘技能をもっている。
純粋な戦闘力ならOTONAにもタメはるレベルで強い。

・桜庭鈴花
この章の主人公の内の一人。
前章でどんな感じに成長したのかがこの章で描かれる。
戦闘力は5。

・霊使/海斗/聖也
ここからおにゃのこ同士の話が始まるのに男入れる必要があるんか?
友人だから出るけどこれまでの章と比べて多少落ちるんじゃねぇかな。

・古賀オリエ
生徒会長。日常の象徴ポジションである。
ちなみにくっつく相手はもう決まっている。

という訳で三章「希望少女と(から)な少女」始まります!
これ終わったら第二部の主要メンバーが全員揃うので大会編開始ですかね…?


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重い思いをぶつけよう

 

「やっぱ…一緒に部活やろうよ!」

 

―――鈴花はようやく見つけた少女の背中にそう話しかける。

少女―――凪は鈴花の声に驚いたかのように振り返った。

それほどまで、鈴花がそこに居るという事が信じられなかったのであろうか。

それほどまでに鈴花が凪を追って来たという事に驚いたのであろうか。

とにかく、鈴花がそこに居るという事実そのものを凪はまだ信じられていないようだった。

 

「な…なんでここに…?」

「…私さ。まだちゃんと人と話したことなくてさ。…そんな私でも凪ちゃんは話してくれたからさ。…だからね?その…なんていうのかな。()()()()()()()()()()()。」

 

鈴花は凪の目をまっすぐ見つめて、そう言い切った。

それは凪にとっては初めての言葉だった。

「一緒にやりたい」だなんて酔狂な事を言う人物はそうそういなかったからだ。

 

「……私は、実家の手伝いがある、とお断りしたはずですが。」

「―――本当に?」

 

鈴花のそのまっすぐな目に見つめられて、思わず凪はその目を逸らしそうになる。

実家の手伝いなんてものは嘘だ。

凪は実家から厳しく行動を定められている。その中には当然「部活禁止」のような条項もあるのだ。破ったら当然のことのように心が壊れるような体験をすることになる。

それに――――。

明確に彼女を追いこんでいたのは自分だ。それはどれだけ上辺を取り繕おうとも消せる罪ではない。

だから、何というべきか。

自分は彼女のそばにいるべきではない、と。

本来ならどうでもいい筈のただの他人のはずなのに。

どうして、こんなにも彼女の事が気になるのだろうか。

 

ああ、こんな思いをするのなら、こんな気持ちを抱くのなら―――もっと、非情に、冷徹になりたかった。

そうすれば、この胸の苦しみからも解放されたかもしれないのに。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「あぁ…やっぱり駄目だったよ…。」

「きゅう?」

 

鈴花はずいぶんとかわいらしくなった【蛇眼の炎龍】―――【蛇眼の炎燐(スネークアイズ・ポプルス)】に語り掛ける。

普段からこの祖型でいたせいか、今ではフランもこの姿の方がお気に入りだったりする。

 

「きゅうきゅう」

「…元気出してって?…フランは優しいねぇ…。」

「きゅう!」

 

きゅうきゅうと愛らしくなくその姿に鈴花の心はもうわしづかみにされている。それだけこの状態のフランが愛おしいというわけだ。

鈴花はそんなフランに語り掛ける。

ディアは既に自分の対人能力に一種の諦めの節をつけている。こんな事を話したところでどうせ「ドンマイ」と帰ってくるか、「対人能力なさすぎだろ」と笑われるに決まっている。

ディアは信頼は出来るし、人間としてはそれなりに好意と敬意を持って接している。

だが、―――否、だからこそ、最近のディアの不敬っぷりは目に余る。

 

主人の対人能力がないと困るのはディア本人かもしれないのに。

 

「やれやれ…。」

 

もっとも、ディアの心配も最もなので何も言えないのも事実なのだが。

とにかく今は、人語を話さない相手に一方的に気持ちをぶつけたい気分だったのだ。

それで今、一人寂しく【蛇眼の炎燐】に話しかけている。

きゅうきゅうとかわいらしく相槌を打ってくれているであろう【蛇眼の炎燐】を見てると、なんだか心が落ち着いてくるのだ。

 

「…どうしたらいいんだろうね。もっと…仲良くなりたいよ。」

「…きゅうぅ…。」

 

自分が凹んだ顔をしていると、顔を摺り寄せて来る【蛇眼の炎燐】。

ぷにぷにとした感触といい、少し高めのぬくぬく子供体温といい、なんとも心地がいいものだ。これはそのうちに一家に一匹【蛇眼の炎燐】の時代が来るのではなかろうか。

少なくともこの触り心地を再現できたのなら病みつきになる人間もそれなりにいるように思える。

 

「まーたそいつと遊んでんのか?」

「えー…何?ディアったら嫉妬してる?」

「…し、してねーよ。ただ…そんなに心地いならオレにも―――」

「ぎゅわぁっ!」

「―――へごっ!?」

 

ちなみにだがディアは【蛇眼の炎燐】―――フランに相当嫌われている。

鈴花のそばにいる時は機嫌良さそうにしているが、ディアが近づくと即座にディアに対して敵意をむき出しにする。いざという時が来たら協力する気はあるようだが―――とにかく、平時はディアを揶揄って遊んでいるようにも見える。

からかうくらいだったらかわいいものだったのだが―――最近、ディアがそれに対して少しイラつき始めていた。ぜひとも仲良くやって欲しいものだ。

 

「―――てめーッ!」

「ぎゃわぅ♪」

 

【蛇眼の炎燐】と【黒魔女ディアベルスター】が仲良く喧嘩している光景を尻目に、鈴花は凪の事を思い浮かべるのだった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

部員探しに奔走することになってから数日。

夕焼けに照らされる家の中で霊使は自身の格安スマホをじっと見つめていた。

霊使の下に一つの着信が届いたのはついさっきの事だ。

発信主は「九条克喜」―――霊使が最も信頼する友人の内の一人であり、仲間であり、幼馴染でもある。

だが、最近は余り連絡を取らなくなっていた。

それでも週にニ、三度は連絡を取り合っているのだが。

だが、それは互いに自由の時間が作れる夜八時以降の話だ。少なくともこんな時間にかけて来るのはおかしい。

 

(…厄介事の匂いがプンプンするぜぇーっ!)

 

だいたいこういうときは嫌な予感が的中して、大変な事になることが多い。

だが、今回に限ってはトラブルを呼び寄せるような真似はしていないはずだ。

トラブルの種になりそうな廃部問題はあるが、それも今はそうたいした問題にならないだろう。というか、そんなポンポン大問題が起こったら霊使からしたらたまったものではない。

 

「…はぁ、出るか…。」

『―――霊使か!大変なことになったぞ!!』

「―――何?」

 

キリキリと痛み出した胃のあたりに手を添えて克喜からの電話に出る霊使。

克喜は電話の先で狼狽えていた。

その余りの焦り振りに霊使は一気に対処できるようにウィン達に準備をしておいて、と伝えてから再び克喜からの電話を取る。

 

『…まずい!これは本当に不味いッ!霊使!お前の高校に『紫焔凪』という生徒は在籍しているか!?』

「たしか…鈴花さんが言っていた『宛て』…。」

『端的に言うぜ、霊使!『紫焔凪』は―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ…ッ!』

「―――は?」

 

しかし克喜の齎した情報は霊使にとっては、余りにも衝撃が強いものだった。

鈴花が凪を部活に誘ってから数日、特に大したことは起きてはいない。むしろ少しずつ、凪が鈴花に話しかけてくるようにもなってきていたのだ。

 

「オイオイオイオイオイオイオイオイ!ちょって待て!彼女はそこまで腐っているようには見えなかったぞ!」

『―――会った事が、あるのか…。』

「もちろんだ。―――それに最近は鈴花さんと仲を深めているようだし…もしあのカルトの関係者ならオレを嫌っているときに何かしらの行動を起こしていてもおかしくないじゃあないかッ!少なくとも俺は友人の友人になりそうな人疑うなんて真似はしたくはねぇッ!」

『…お前ならそう言うだろうな。だが…これはもう事実なんだ…!』

 

鈴花も、渦中の凪さえも知らないまま話は進んでいく。

ともすれば、このまま何も知らないままの二人の方が幸せだったのかもしれない。

きっと、凪が鈴花を拒まないのは凪もどこかで変わりたいと、やり直したいと思っているからだ。

―――これについて問い詰める事はきっと彼女を、彼女達を追い詰めることにしかならないだろうから。

霊使は、もしもの時までこの事実を心の奥底にとどめておくと決めたのだった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

変りたい、と願う事は殴られるほどには悪なのだろうか。

進みたいと願う事は、それほどまでにけない事なのだろうか。

もし、本当にそうなのだとしたら―――私はどうあっても変われないのだろうか。

もし、過去がばれたとき、彼女に何と罵られてしまうのだろうか。

幸いにしてあの時、彼女とは顔を合わしてはいない。しかしながら、あの時対峙した男―――確か世界チャンピオンだったか。その人物から自分の過去が暴かれるかもしれない。

 

「…私は…何を為したいのでしょうか…。」

 

なんで、今自分はこんなにも彼女に執着しているのだろうか。もう何も分からない。

ただ、もう。

何があっても、彼女にどういう風に罵られようとも、きっとそれが自分への罰なのだ。

 

「…いやなもの…ですね。」

 

自らの失態が、自らの過去が今の自分の足を引っ張る。

どうしたって、頭から鈴花が自分を罵倒する声は離れてくれなかった。




人物紹介

・霊使
知っちゃった知っちゃった…。

・鈴花
世の中には知らないことが幸せな事もあるんだなぁって。

・凪
過去が今の自分の足を引っ張る。

というわけで投稿します。
ハイテンションギャグに…そろそろ戻るかなぁ。
戻ると良いなぁ…。


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迷子の子供

 

紫焔凪の家は高校からほど近い場所にある道場だ。

表向きは空手の道場であり、地域の子供たちに空手を教えている。凪は幼い頃から空手をやってきたのでそれなりの技術はあるのだが―――段位などは取ってはいなかった。

理由は至ってシンプルで、自分は段位がとれるような存在ではないという事を理解しているからだ。

 

(お祖父ちゃんはアレの事は何も知らないんでしたよね、確か…。)

 

紫焔の一族は、「世界を守る」ことを使命として置いているらしい。

だが、祖父も祖母も、なんなら母でさえその事を一切口を出そうとしない。

それに―――あの異常者相手に逆らおうものなら何をされるか分かったものではないだろう。

そういうこともあってか、もう何かを言う事を諦めているのかもしれない。

 

(それになんなんですか、「世界を守る」って…。)

 

考えてみればそもそもあの男が言っている目的もおかしなものであると言えよう。

世界を守るという抽象的でアバウトな目的で何ができると思ったのだろうか。

 

(そう言えば学校の先生が朝礼のあいさつで言ってましたね―――。「目的」と「目標」の違いについて。)

 

「目的」とは最終的に実現させたい事柄で、「目標」は目的に到達するまでの手段―――だったか。

となると、あの男は「世界を守る」という目的を持っているが、そこに至るまでの「目標」がないのだ。

なるほど、目的がアバウトだと、目標もアバウトにならざるを得ないようだ。

色々な意味で迷子である。

 

(まともになれればもしかして…。)

 

少しは道を見失った自分からも脱却できるだろうか。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

凪と鈴花が一緒に行動するようになってから早数日。

すっかり、仲良くなった二人は今日も遊びに行ってから帰ることになった。

凪は内心「騙している」感覚で罪悪感一杯だったのだろうが、鈴花はそんな感情お構いなしにぐいぐいと鈴花と距離を詰めてくる。

―――それを内心悪く思っていない自分が居ることを、凪は当たり前のように受け入れていた。

内心で認めてしまえば早いもので、気づけば、凪はもっと鈴花と一緒に居たいと願うようになっていたのだ。

 

(一緒に過ごしてみないと分からないこともあるんですねぇ…。)

 

そうしみじみと思う。

食わず嫌いだとか、見た目で敬遠されたりとか。

一度話してみれば意外とそう言う人ではないという事が分かるのに。

それでも人は一見した時の態度で、相手が抱えている大きなものに気付かないようにして、「こういう人だ」と決めつける。

例えばその人の態度が悪くて―――それで後日不良で倒れたとなったら。

その態度だけで不良と決めつけた人間は何を思うのだろうか。

―――恐らくは最初のイメージのまま、「あっそ」位の感覚で流すのだろう。

それが正しくないことは今ならきちんとわかる。

人はきっと誰もが心の内にに言えない何かを抱えている。それは「人付き合いが苦手」だったり、「人見知り」であったり―――ただ「初めて見たとき」だけでは見抜けないことも多い。

だから。

まずは人の内面を見てみようと思えた。

人の内面を知ってから、そして初めて「その人を知った」といえるのではないだろうか。

今までそれをしてこなかった自分が言えた事ではないのだが―――。

 

(まだ言える…範囲内ですよね?)

 

当然言えない。

そもそもだが、もとはといえば彼女が鈴花を色眼鏡で見ていた節があったのだ。

言えると思っていても凪の内心を知ったうえでこのあらましを聞けば、「お前が言うな」と突っ込むのも止む無しだろう。

 

「…どうしたの?凪ちゃん。」

「ああいえ…。で、今は何処に向かっているんですか?」

「んー…。分かんない!」

「えぇ…。」

「凪ちゃんとぶらぶらしたくってさ。」

 

そんな風に考えていたら、鈴花が心配そうに自分の顔を見つめて来た。

大丈夫だ、と返して「考え事をしていただけですから」と笑いかける。

 

「…凪ちゃんはどこか行きたいところはある?」

「…うーん。悩みますね。時間帯的には「夕食の買い物」ですが―――」

「実家暮らしかぁ。」

「えぇ。なので…本当に何するにも中途半端な時間帯なんですよね、今って。」

 

今の時間は午後四時半近く―――どこか遠くに遊びに行くには足りないし、かといって晩御飯までは微妙に時間がある―――「空白の時間」。

この空白の時間は誰の元にもあるのだ。この「やることないけれど、何かやるには少し遅い時間」というのが。

 

「今日はタイムセールも無いしなあ…。」

「むしろあったら付き合わせてたんですか…あの魔境に?」

「魔境って…まあ、間違ってはいないけどさ…。」

 

凪は自分の思っていたことを正直に吐露した。タイムセールは魔境であり―――自分が狙っていたものを目の前でかっさらわれればその場にへたり込むこと間違いなしの戦場でもある。

流石にそこに凪を連れていく訳もないだろうが―――それでも不安になるものはなるものなのである。

 

「…やれやれ…で、結局どこに行くんですか?」

「…カード…ショップ…?」

 

苦し紛れにそう言う鈴花に凪は「いつも行っているじゃないですか」と突っ込まざるを得ない。

もっと、こう、何というか―――こう、あるだろう。

友人と行くのにふさわしい場所というものが。

そもそもこの時間帯にカードショップに行くのは色々と気まずいものがあるのではないだろうか。

例えば――――

 

「死に晒せぇぇぇ!」

「それはてめぇのほうじゃあぁぁぁぁ!」

「静かにやらないか!」

 

―――こういう風に部活終わりや学校終わりでハイになっている人物も多いのだから。

そんな光景を数秒眺めて―――鈴花はそっと開け放ったカードショップの入り口のドアを閉めた。

 

「―――どこか、公園でも行こうか…。」

「あ、はい。」

 

鈴花の顔が悲しげに見えたのはきっと自分の見間違いでは無い筈だ。

凪はその様子がおかしくて、少しだけくすくすと笑っていた。

それが自分の中で起きた大きな変化であるという事に目を逸らして、凪は鈴花の隣を歩くのだった。

 

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ここは旧端河原松市の中心街に建てられた「祈念公園」―――もう二度と、あの悲劇を繰り返させはしないと誓った大人たちが整備した場所である。

かつての戦いもはや「消滅」といっても過言ではない被害を受けた旧市街地の中心地は今はこうして公園として整備されているのだが―――ここには一つ大きな騒動が起きた。

 

「四遊霊使の像を建立するかどうか」―――である。

まあ、その話は追々するとして、結局なんやかんやあって「建立されてしまった」霊使の像を二人で見上げていた。

 

「噂には聞いてましたが…阿保なんですか?この像の…建立を提案した人は。」

「うーん…そうなんじゃあないかなぁ…?」

 

酷い言われようではあるのだろうが、そもそも現役の高校生の銅像を建立すべきと考える方がどうにかしている。それにこんな事したら霊使がまともに外に出歩けなくなってしまうではないか。

ここまでくると可哀想を通りここしてもはや哀れになってくる。

 

「…四遊さんのプライバシーは何処へ…?」

「奴さんは死んだよ…彼の功績が…殺したんだ…。」

「…まあやったことは…「世界の救済」ですからね。…奉りたくなるのも分かりますが…。」

 

凪も最早同情といわんばかりに手を合わせる。

もしくはかつて自分が所属していた宗教も元は彼に助けられた者たちが作ったものなのかもしれない。

ねじ曲がってしまってはいたが―――それでもそうであると信じたい。

 

「…また何か考えている?」

「…いえ、なんか噂で聞いたんですよ。」

「噂?」

「はい。…彼を勝手に崇めるカルトが存在するって。…その人たちも元は…彼に助けられたから神だと崇めたのでしょうか…と考えてしまって。」

 

―――鈴花はその言葉に少しだけ意外そうな顔をして、それでもすぐに笑顔に戻ってこう言った。

 

「そうだと、いいね…。」

「そう、ですね。」

 

凪は一度ここで言葉を切る。

周囲に人はいない―――自分の罪を告白するならここが良いだろう。

そう思って、鈴花に嫌われる覚悟も決めて、そして自分の中で言葉を組み立て終え、鈴花に懺悔しようとした。

 

「鈴花さん私は貴女に――――」

「―――ごめん電話だ!…後で聞かせて?」

 

―――そんな時、鈴花のバッグから着信音が爆音で流された。

それに驚いたようにしてから―――バッグから携帯を取り出す鈴花。

しんみりとした雰囲気が台無しだ。覚悟もどこかに行ってしまった。

仕方が無いので鈴花の携帯からの音声に耳を傾ける。そして――――

 

「鈴花ちゃん…大捕り物に付き合ってくれない?」

「…ど、どういうことなのですか…?」

 

―――いきなり一緒に「何か」を捕まえて欲しいと、懇願してきたのであった。

この瞬間、凪の脳内は一瞬にして大量の「?」で埋め尽くされたのは言うまでもない。




登場人物紹介

・鈴花
相変わらずの主人公

・凪
何かすげぇヒロインしている気がする

・男ども
出番?
そんなものはねぇよ

というわけで投稿です。
次回から多分ハイテンションギャグになります。
というかします。
次回もお楽しみに


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百鬼羅刹(ゴブリンライダー)見参!

 

凪と鈴花の二人は全力で駆けずり回っていた。

理由は単純で鈴花の家の精霊(ペット)であるフランが攫われたというのだ。

ディアベルスターも襲撃を躱しながら追っているらしいが、電話の端々から悲鳴が聞こえた。

つまり彼女は襲撃者をぶちのめしながらフランの下に向かっているというわけだ。頼もしいやら恐ろしいやらである。

 

「【蛇眼の炎燐】―――フランって名前で可愛がっているペットなんだけど精霊なんだけどね。すっかりペットみたいな立ち位置に…。」

 

慌てる鈴花の隣にはいまいち状況が呑み込めていない凪が居た。

そんな凪に鈴花は分かりやすく、簡潔に今の状況を伝えようとする。

事の発端は何かよく分からない小さな―――といっても人の子供の丈くらいはある生物に【蛇眼の炎燐】が攫われてしまったという報告をディアがしてきたことだ。

それがついさっき。

今はディアが教えてくれた情報に従ってその生物の先に回ろうとしている所だった。

 

「人…人攫い…なんですかね?」

「うーん…何といえば良いんだろう?」

「そこは分からないと駄目な所なのでは…?」

 

とにかく、問題なのはフランが「連れ去られた」という事実のみである。

これが鈴花にとって、一番重要な事実なのだ。

つまりそれは自分の家族と同等の存在に手を出されたという事であり―――それは鈴花にとっては二度と許したくないような行為なのである。

 

「…とにかく、後で凪ちゃんの話は聞くから…今は協力して?」

「……絶対、ですよ。」

「うん。…それがどんな話であれ、凪ちゃんの話なら私はそれを受け入れるよ。」

 

鈴花は、この時点で―――凪が何かを覚悟した目をこちらに向けた際、彼女は「もしかしたら覚悟が必要な話かもしれない」という事を理解していた。

―――そしてそれは、「それだけのもの」を彼女が背負い込んでいることの証左であり―――それでも、彼女を受け入れたいと、その重責はきっと一人で背負わなくてもいいものだからと伝えたいと心の底からそう、鈴花が願った事の証でもあった。

この二人の関りは―――鈴花にも、凪にも、きっといい影響を与え続ける事だろう。

それほどまでに惹きあっている二人なのだから。

 

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ディアベルスターは―――鈴花の事が人間として好きだ。

不器用ながらも、前に進もうとする彼女の姿が好きだ。

それこそ、隣に立ってその行く末を見守ってやりたいくらいには好きだ。

―――当然、フランの事も。

ついこの間まで命を賭けて殺し合った相手だ。当然「今すぐ仲よくしろ」なんて言われても無理だろう。というか絶対に無理だ。

それでも、同じ「桜庭鈴花」という少女の下で過ごして、それなりの情もわいているし、何より今の【蛇眼の炎燐】―――もとい、力を失った【蛇眼の炎龍】は今の【黒魔女ディアベルスター】にとっては仲間であるのだ。

 

「…で、仲間に手ェ出されたんならキレるのは当然だよなぁッ!?」

「ぬわーっ!」

 

―――結果、ディアベルスターは激怒したのだ。

必ずかの邪知暴虐な百鬼(ゴブリン)どもからフランを取り戻さねばならぬと決意した。

きっと、鈴花もそう望んでいるだろうから。

 

「死に晒せー!」

「てめぇがな!」

「俺達の金になれェ!」

「知るかンな事ォ!」

「おい、デュエルし―――」

「うるせェ!ここで斃れてろ!」

 

妙に数の多い襲撃者を片手間で払いのけながらフランを攫った連中を追いかける。

どうやらこの世界におけるゴキブリと一緒で一匹見たら30匹はいるらしい。

一匹一匹はさして強くはないがここまで数が多いと厄介だ。おまけに殴り飛ばした奴も即座に復帰して襲撃をかけに来ている。

 

「コバエのように湧いて出やがってよぉ!そんなにオレに殺されてぇのかァ!」

 

一体一体はたいして強くなくとも、ここまで数が多いと辟易もする。

正直、同じような顔ばかりで見飽きて来た。早いところぶっ飛ばして鈴花と合流したいところである。

―――もっとも鈴花に襲撃をかけているかは分からないが。

 

「邪魔だ!」

「アバーッ!」

 

こいつらをどうまとめて片付けるか。

ディアベルスターの脳内はそれを考えるのに精いっぱいになっていた。

 

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「縄の罠ぁ!?」

「―――シィっ!」

 

鈴花が罠に突っ込んで、凪がその罠を破壊する。

この短い間で、すっかりこの二人はこの方法での強行軍が最適だと気づいていた。

鈴花からしてみれば、凪がここまで格闘能力が高いことに驚きである。彼女は、ぼそっと「空手をやっている」と漏らしていたのできっとそれの賜物なんだろうと思う事にした。

流石に素手で人体を引き避けるだとかそんなギャグマンガみたいな事実が起こりえるはずもないだろうし。

―――鈴花にとっての問題はディアと合流しなくてはいけないという点だ。

 

「―――デュエルで決着を付けようよぉ!」

「ぎひひひッ!俺らがルールに従うかよぉーッ!」

 

こんな感じでデュエルしようとしても相手がこんな事を抜かすせいで受け入れてくれないのだ。

いや、そもそもこちら側からしたらなんで狙われているのかという一点が最大の謎であるのだが。

そもそも声の主に覚えもないし、何よりも最近は恨みを買う行為はしていないはずだ。それなのに、ここまでされると心に来るものはかなりある。

 

「ふう…落ち着け私―――!」

「―――鈴花さん!そこは―――!」

 

自分を落ち着かせようとして大きく深呼吸しながらも歩みを止めない。

―――そうして、鈴花は再び罠に嵌った。今度はアスファルトの地面にどうやって掘ったのか分からない小さな落とし穴である。

普通ならこんな罠では誰かを怒らせるだなんてことは不可能だろう。

しかし、鈴花は今までが今までなので大分フラストレーションを溜めていた。

そこにこの小さな罠に引っかかるという地味ながら、イラつきが大きい罠に嵌ってしまったのだ。

―――結果として、鈴花の堪忍袋の緒は千切れ飛び鈴花は激昂。

 

「なんだよ、もぉぉう!またかよぉぉぉぉッ!」

 

彼女はすっかり冷静さを月らへんまでぶっ飛ばしていた。

流石にこの状態で鈴花を連れていけないと判断した凪は―――

 

「当て身」

「おふん…」

 

申し訳ないが、鈴花に伝家の宝刀である「当て身」を繰り出すことに。

紫焔家伝統の秘儀「当て身」―――。一説によるととある日本の少年が飛行機内で崔津人犯に出会った時、「当て身」といいながら首の後ろ―――脊髄部へと正確無比に刺激を与えることで相手に意識を刈り取る業である。

ちなみに使っている凪本人は理屈だとか理論だとか知らずに「絶対気絶させる業」としての運用が主なわけなのだが。

とにかく、これで先に進めるというわけだ。

恐らくは罠の先に待っているであろう「何か」を目指して凪は進む。

それが何であろうとも、今はただ斃すだけだと、そう決意しながら。

 

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こうして鈴花を背負いつつ罠を躱して進む凪はディアベルスターと名乗る女性―――恐らくは精霊で鈴花が「ディア」と呼んでいるであろう人―――と合流することができた。

それで開口一番に聞かれたのは、背中に背負っている鈴花についてだ。

 

「…なんで鈴花を背負ってる?」

「…罠に落ちて当たり所が悪くて…。」

「……そうか。ありがとうよ、ここまで運んできてくれて。」

 

言葉遣いは粗野だが、言葉の端々から鈴花を気遣おうとする感情が伺える。少なくともこの人は「まとも」な人間であることは良く分かった。

だから、彼女に鈴花を背負ってもらおう。背格好的にもその方が動きやすくなる。

 

「アイツはこの奥に逃げ込んでいった。…鈴花を頼んだぞ。」

「…はい。」

 

しかし、ディアは鈴花を背負うことはせず、そのまま凪に任せるという形にした。

―――凪はそう言うのなら仕方が無いという風に鈴花を背負い続ける。

そうして、鈴花が気絶したまま―――二人は裏路地へと踏み込んだ。

 

そこにいたのは単車に乗ったいかにも風貌のモンスター。

そのモンスターはディアベルスターを見るや否や嬉しそうに声を上げた。

 

「俺達は【百鬼羅刹(ゴブリンライダー)】!黒魔女ォ!てめーをぶっ倒して金にしてぇってやつらの集まりよぉ!」

「…おびき寄せるために罠を張ったり、【蛇眼の炎燐】を攫ったってのか?…程度が知れるなぁその程度の浅知恵しかねえとは…よぉ!」

「その浅知恵にてめーは負けるのさぁ!…それにイイ女を二人も連れてる。これは"金になるぜ"ェ!」

 

―――このモンスター共の目的は金らしい。

なるほど、ディアベルスターは賞金首であるという事を聞いていたが、こういう輩も賞金を狙ってくるのか。

相手が御高説を垂れてる間に凪はディアに耳打ちした。

 

「…ディアさん。鈴花をお願いします。…ここは私が。」

「…ハッ!一発かましてやれ!お前も相当ストレス溜まってたんだろうからよぉ!」

 

そして、相手の主魁に対して、凪は一人で相対する。

その目にはきっちり真正面からのその姿が映っていた。

単車を含めても、かなりの大きさを誇る体。

―――さらに単車を犬にひかせているようにも見える。その犬、というか―――獣も十分に凶悪そうだ。

が、今のフラストレーションがたまりに溜まった凪にはそんな事は関係ない。

 

「…俺はガボンガ!てめーに死をも上回る苦しみを―――」

「しつこい。」

「――――ぐぼぉ!」

 

相手のうざったらしい演説を鳩尾に拳をめり込ませることで強制的に中断させる。

空手は元は「対人格闘術」。人型のモンスター程度なら凪は簡単に片づけられる。

―――最もここは秩序ある人間社会なのでそんな事はしないのだが。当然、この世界にはこの世界にの取った喧嘩の方法というものがある。

 

「…まどろっこしいのは嫌いです。ここはデュエルでケリを付けようじゃあないですか。」

「…こ、このアマ…!…こっちは元からそのつもりだったってのに…!!」

「だったら素直に【デュエルで決着つけましょう】といえばいいんですよ。阿保なんですか貴方は。ぐちぐちぐちぐち…能書きを垂れる前に向かってきたらどうです?」

 

ディアベルスターもこれには耐えきれない。

目の前の光景のおかしさに思わず腹を抱えて笑いそうになってしまう。

というかこれで笑うなというのが無理だろう。

折角名乗ったのに開幕鳩尾への拳で台無しになり―――力だけでは勝てないと悟らせてしまったのだから。

 

「…テメェはぜってぇに千回磨り潰してやらぁ…!」

「…どうぞ、ご自由に。では、始めましょうか…!」

 

こうして凪とガボンガのデュエルが始まろうとしている。

―――それを草葉の影で見つめる男がいるとは一切知らずに―――。

 

 





・登場人物紹介

・凪
個人的な戦闘力は作中最強クラス。
恐らく銃で武装している一小隊相手でも難なく斃してしまえる。
その理由は彼女の【空手】は対人技能の空手術だからである。

・鈴花
気絶中。

・ディア
何となく鈴花が気絶した理由には察しがついている。
必要な事だと感じているのでディアは特に何も言う気は無い。

・ガボンガ
被害者である
百合の間に挟まるんじゃねぇよ男がよぉ!

ハイテンションギャグになっていますかね、これ…
次回もお楽しみに!


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フェアな勝負と参りましょう

 

凪が散々煽った結果始まってしまった凪とガボンガのデュエル。

こういう手合いは変な所で理性的なのが、凪にとっても救いであっただろう。

もし本当の意味で「問答無用」なのであれば、凪もそれ相応の対応をした。凪としてはそっちの方が―――格闘技術で叩き潰した方が手っ取り早いと踏んでいたいたのだが、ディアベルスターが見ている手前、そんな事は出来ない。というわけで、、凪は自分だけのデッキを握り締めて相手の挑戦を受けることにした。

 

「先攻は…あなたですか。」

「…このアマぁ…!絶対にぶっ殺してやる…!」

「ふむ、意外と理性的ですね。」

 

煽るのは忘れないとして―――、凪は相手の事を何一つ知らない。

とにかく、凪は相手の動きを見る事―――それだけに注視する事にした。

 

「俺は【百鬼羅刹(ゴブリンライダー) 冷血ミアンダ】を召喚!効果で手札から【百鬼羅刹(ゴブリンライダー) 特攻ダグ】を召喚!【百鬼羅刹 特攻ダグ】の効果を発動するぜェ!」

「…ふむ、いいでしょう。どうぞ、好きにしてください。」

「…けッ!でかい口叩いていた割には妨害が引けなかったようだなァーッ!じゃあ、遠慮なく行かせてもらうぜーッ!【百鬼羅刹 特攻ダグ】の効果でデッキから【百鬼羅刹(ゴブリンライダー)大集会】を手札に加えてそのまま発動!まずは【百鬼羅刹 冷血ミアンダ】と【百鬼羅刹 特攻ダグ】で【百鬼羅刹(ゴブリンライダー) 巨魁(ビッグヘッド)ガボンガ】をX(エクシーズ)召喚だ!」

 

どうやら相手のデッキは【ゴブリン】系統と混ぜ物を行う事で真価を発揮する類のデッキだろう。というかそうでなければ「百鬼羅刹」と書いて「ゴブリンライダー」と読ませるわけが無い。

肝心の【ゴブリン】カードが無いのが救いなのか、それともこれからを警戒するべきかは未だに分からないが―――とにかく、どうあったって凪がやることは変わらない。

 

「【百鬼羅刹 巨魁ガボンガ(オレ)】の効果でデッキから【百鬼羅刹(ゴブリンライダー) 爆音クラッタ】を手札に加えるぜ!更に永続魔法【百鬼羅刹(ゴブリンライダー)大集会】発動!こいつは【ゴブリン】モンスターのレベル調整と【ゴブリン】モンスターのみだが追加で召喚権を与える効果を持つ!従ってオレは手札から【百鬼羅刹(ゴブリンライダー) 爆音クラッタ】を召喚!更に【百鬼羅刹 巨魁ガボンガ】のX素材を一つ使い【百鬼羅刹(ゴブリンライダー) 神速(マッハ)ブーン】を特殊召喚だぜ!さらにさらにぃ!【百鬼羅刹大集会】の効果でぇ!【百鬼羅刹 神速ブーン】と【百鬼羅刹 爆音クラッタ】のレベルを合計して6に!」

「ぶん回ってますね。…ええ。さらにレベルを揃えたという事は―――」

 

【百鬼羅刹】の特徴はX召喚主体のデッキであるという事と、X素材を用いて特殊召喚する効果が多いという事くらいだろうか。

その分手札消費も激しいと言えば激しいのだろうが―――一度回転し弾えればそんな事は関係ないようにも思える。

 

「…レベル6となった【百鬼羅刹 爆音クラッタ】と、【百鬼羅刹 神速ブーン】で…X召喚!【百鬼羅刹の大饕獣(ゴブリンズ・クレイジー・ビースト)】!…俺はこれでターンエンドだ。」

 

ガボンガ 手札2枚 LP8000

フィールドソーン 百鬼羅刹 巨魁ガボンガ(X素材×1)

         百鬼羅刹の大饕獣   (X素材×2)

魔法・罠ゾーン  百鬼羅刹大集会

 

凪は至って焦らない。

焦った所で結末は変わらないと知っているから。

この決闘に自分が勝っても負けても―――この可哀想な行きも奈たちの行く末は決まっているから。

凪が行うのはデュエルではあるが―――それと同時に時間稼ぎでもある。

 

「私のターン。…ドロー。…メインフェイズ1を終了してバトルフェイズに入ります。」

「モンスターいないのにバトルフェイズだァ?舐めてんじゃあねーぞ、このアマッ!」

「舐めてなどいませんよ。…バトルフェイズ終了時、手札から【拮抗勝負】を発動します。…このカードは自分フィールド上にカードがなければ手札から使えるのです。そしてその効果は―――私のフィールド上のカードの枚数と同じになるように、貴方のフィールド上から貴方がカードを除外する効果!さあ、フェアな勝負と参りましょうか。」

 

それでも貪欲に勝ちを狙いに行く。

フェアかアンフェアかは置いておいて―――凪にとっての「フェアプレイ」ではあるが―――今は鈴花が目を覚ますまで耐久するのが目的だ。

かといって、価値を狙わないというわけでは無い。俗にいう「倒してしまっても構わんのだろう?」というやつだ。

幸いなことに【蛇眼の炎燐】は既にディアベルスターが確保している。

あとは鈴花が目を覚ますまで耐えれば、少なくとも今ここでの自分の役目というものはおしまいである。後はディアベルスターがボコボコにするなり、鈴花がデュエルで調理するなり何なりとすればいいのだ。

 

「………俺は…【百鬼羅刹の大饕獣】を場に残す…!」

「分かりました。そのカード以外は全除外という事で…。ついでに【海亀壊獣ガメシエル】をどうぞ。当然、リリースするのは【百鬼羅刹の大饕獣】ですが。」

「…こ、このアバズレが…!」

 

ガボンガは額に青筋を浮かべてついでに口の端をぴくぴくさせている。

最も【海亀壊獣ガメシエル】はリリースのほかにももう一つ目的がある。ちゃんとした狙いあっての行動だ。

 

「私は…手札から【(そら)の忍者‐鳥帷(トバリ)】の効果発動!このカードを手札から墓地に送って手札から【忍者マスターHANZO】を特殊召喚!【HANZO】の特殊召喚成功時にデッキから【黄昏の忍者将軍‐ゲツガ】を手札に加えます。…【黄昏の忍者将軍‐ゲツガ】はフィールドの【忍者】モンスター一体を折リリースすることでもアドバンス召喚できます。従って【黄昏の忍者将軍‐ゲツガ】を【忍者マスターHANZO】をリリースすることで召喚!…さらに【黄昏の忍者将軍‐ゲツガ】の効果発動!このカードを守備表示にすることで墓地から【忍者】モンスター二体まで―――【忍者マスターHANZO】と【宙の忍者‐鳥帷】の二体を特殊召喚!」

「…な、なにぃーッ!ニ、ニンジャ!?ニンジャナンデ!?」

 

―――何故忍者でそこまで驚くのだろうか。

別に彼らはカラテで以て戦うわけではないし「ノーカラテ・ノーニンジャ」の原則もない。当然、アンブッシュは何度だってするし、戦う前にアイサツを交わすことも無い。

あくまで彼らは「忍者」であり―――外人が想像するような「ニンジャ」とは違うのだ。―――恐らくは。

凪は驚くガボンガの姿を見ながら一息にデッキを回していく。

手札は蒸発していくが―――それは相手も似たようなものだろう。

 

「…私は【宙の忍者‐鳥帷】の効果を発動します。【忍者マスターHANZO】と【宙の忍者‐鳥帷】で融合召喚。…【(イクサ)の忍者‐冥禪(メイゼン)】!」

 

それに、相手が【拮抗勝負】のような妨害系統のカードを好んで入れていないことは明白だ。せめてもの【エフェクト・ヴェーラー】辺りは投入していると思っていたが―――あのデッキはもしかしたら冗談抜きで【ゴブリン】系列のカードで埋め尽くされているのかもしれない。

 

「私は…カードを二枚伏せてターンエンド。」

 

凪 手札0枚 LP8000

モンスターゾーン 戎の忍者‐冥禪

         黄昏の忍者将軍‐ゲツガ(守備表示)

魔法・罠ゾーン  伏せ×2

 

凪の【忍者】において重要なのは【忍法】罠カードと、いかに場に【忍者】を遺すかという二点である。

【黄昏の忍者将軍‐ゲツガ】の守備力は3000であり、しかも【戎の忍者‐冥禪】は一ターンに一度とはいえ、デッキから【忍者】モンスターを裏側守備表示で召喚できる効果を持っている。

 

「…はてさて。ここからどうなる事やら。」

 

ただ―――虎の子でもあった【海亀壊獣ガメシエル】と【拮抗勝負】による事実上の完全除去は一度しか使えないだろう。まずもって【拮抗勝負】は自分がボード・アドバンテージを得ているときには一切合切使えないし、よしんばもう一度使う機会が来たとしても相手はモンスターを除外するだろう。そうすれば、相手はまた魔法カードの効果で展開を再開する。

 

「…俺のターン、ドロー!…俺は、【百鬼羅刹 爆音クラッタ】を召喚!ここで、効果はつど―――」

「その効果にチェーンしてまずは【戎の忍者‐冥禪】の効果を発動します。この効果は、『相手が効果の発動に成功した時』に発動できる効果です。これで私はデッキから【忍者】モンスターを裏側守備表示で特殊召喚することができます。」

 

相手が効果を発動したというのならば、それに乗って、自分も動く。

凪はまず、【戎の忍者‐冥禪】の効果でカードを一枚フィールドに増やすことにする。

しかし、それだけではまだ足りない。

それだけでは貪欲に勝利を狙いに、しかしながら時間稼ぎをするにはまだ足りない。

 

「―――ですがその前に。【戎の忍者‐冥禪】の効果にチェーンして、永続罠発動【サモンリミッター】。…これで互いに二度までしかモンスターを召喚・特殊召喚・反転召喚することができない。…さて、残念でしたね。貴方が発動した【百鬼羅刹 爆音クラッタ】の効果によってモンスターは特殊召喚され、これ以上はもう召喚出来ないというわけです。」

 

ならばそもそも互いの展開そのものを抑制してしまえばいい。

デュエルモンスターズとは、究極的に言えば自身が望んだ盤面をいかに早く作り上げられるかという点を競っているともいえる。

例えば―――自身の切り札をいつでも特殊召喚するように構えるだとか、相手のターン中に自分が望む盤面を作り上げてしまうとか。

それだけデュエルモンスターズというゲームにおいて展開力というのは重要なのだ。

 

「うぐ、ぐぐぐ…!」

「こっちも諸刃の剣なのですから…これで条件は同じ!互いに二回しかモンスターを場に出せない!さあ、フェアな勝負と参りましょう!」

「こ、こんなの…お前の有利しかないじゃあないか!」

 

だが、展開は遅くとも、一度盤面を作りさえしてしまえば、その「有利」を引き延ばすことができるデッキも存在する。凪の使う【忍者】は展開力を犠牲に、確実に相手の動きを妨害するデッキに仕上げてあるのだ。

【忍者】はそこまで召喚を行う物でもない。相手の動きを抑制しながら【戎の忍者‐冥禪】の効果で少しずつ場に【忍者】を増やしていく。それが凪なりの戦い方だ。

この戦術を執る場合は、とことん妨害に徹しなければならず、自分もあまり【忍者】モンスターを展開できない為、デュエルに非常に時間がかかるという欠点がある。

だが、今このデュエルに限っては「時間がかかる」というデメリットはあってないようなものだ。

 

「有利…ふむ…。ですがあなたにも除去カードはあるはずですよね?」

「う、うぐぐぐ…!」

「では、逆順処理を行いましょう。まずは【戎の忍者‐冥禪】の効果でデッキから【渋い(シルバー)忍者】をセットします。」

「…【百鬼羅刹 爆音クラッタ】の効果で墓地から【百鬼羅刹の大饕獣】を召喚!」

「【百鬼羅刹の大饕獣】の召喚時に罠発動…はしなくていいですね。」

 

これで、相手はもう何もする手立てはない。

相手はこれ以上モンスターを召喚出来ないのだから、このまま殴ってくるしかない。

 

「…こうなったら…バトルだ!【百鬼羅刹の大饕獣】で【戎の忍者‐冥禪】を―――」

「残念ですが―――【戎の忍者‐冥禪】は、自分の場に裏側守備表示のモンスターが居れば攻撃されない―――攻撃対象にならないんですよ。…というわけで攻撃対象は―――守備力3000の【黄昏の忍者将軍‐ゲツガ】か裏側守備表示のモンスター(渋い忍者)の二択という事になりますね。」

 

しかし、【戎の忍者‐冥禪】は裏側守備表示のモンスターが場にある限り攻撃されることは無い。

従って、ガボンガは破壊されることを前提としてゲツガを攻撃するか、リバース効果覚悟でセットカードを攻撃するかの理不尽な二択を迫られているのだ。

 

「…さて、勝負はまだまだこれから。思いっきり楽しみましょう。」

「こ、このアバズレが…!」

 

凪とガボンガのデュエルは続く。

互いの目的のどちらかが果たされるまで、永遠に―――。

 

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ディアベルスターは凪を見捨ててそのまま逃げ帰ろうと思っていた。

何故なら、凪は一度鈴花を追い込んだから。

―――黒魔女ディアベルスターは全てを知っている。紫焔凪という少女が桜庭鈴花という一人の少女を追い込んだことを。

紫焔凪という少女が、鈴花に敵意を向けていたことを。

そんな彼女はどういう訳か、すっかり鈴花の隣を歩くようになった。

いつの間にか、彼女の殺意が無くなっていた。

鈴花の人の好さに、毒気を抜かれたからか、それとも別の何かが凪を突き動かしているのか。

 

(…人の気持ちは分かんねぇものだな。)

 

それはディアベルスターにはさっぱり分からない。

しかしながら、今の凪がかつての凪とは違い、鈴花に敵意を向けていないというのはディアベルスターにも何となく感じ取れた。

―――そして、ディアベルスターは()()()()()()()()()()と思えたのだ。

彼女が鈴花にやったことは決して許されていい事ではない。

しかしそれでも。

それでも凪が鈴花と関わることでいい影響を受けているのであれば―――そしてそれを鈴花が許すのであれば、ディアは凪をどうこうしようとは思わない。

別に凪の事を信じているわけでは無いのだ。凪はディアにとっては鈴花を追い込んだ仇敵であり―――憎むべき相手である。

だが、鈴花はその事を知ってか知らずか、紫焔凪という少女の事を信頼している。

ならば、今までの禍根があったとしても()()()()()()()()()()()ことが自分の勤めだろう。

 

(……やれやれ。)

 

腕の中で鈴花がもぞもぞし始めている。そう遠くないうちに鈴花は目を覚ますだろう。そうすれば、後は二人でこの子鬼どもを煮るなり焼くなりしてさっさと帰還すればいい。

 

(オレは鈴花の決断を信じるだけだ。)

 

それがきっと、鈴花のそばに自分が居る意味なのだろうから。




登場人物紹介

・鈴花
気絶中

・凪
デュエル中

・ディア
実は全部知ってる。
その上で信じると決めた。

・ガボンガ
お前に慈悲は与えない。


ちなみに拮抗勝負からのガメシエルは実体験です。
それはそれとしてルーンを殺したいので初投稿です


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忍者乱舞

 

鈴花が目を覚ました時、一瞬、自分の目を疑った。

自分が目覚めるまで、相当な時間があったはずだ。それなのに、デュエルの状況は遅々として―――というか、全く以て進んでいない。

それなりに減少した山札が、それなりにデュエルを進めてきたという証にはなっているのだが、何をどうしてどうなったらここまで引き延ばせるのか。

鈴花はそれがどうしてもわからなかった。

理解できなかったと言い換えてもいい。

 

凪 LP4000 手札5枚

モンスターゾーン 戎の忍者‐冥禪

         黄昏の忍者将軍‐ゲツガ

         神禽王アレクトール

         伏せ×1

フィールド魔法  隠れ里‐忍法修練の地

魔法・罠カード  サモンリミッター

         魔封じの芳香

         忍法 変化の術 

         伏せ×1

 

ガボンガ LP7000 手札6枚

モンスターゾーン 百鬼羅刹の大饕獣(X素材×0)

         百鬼羅刹 巨魁ガボンガ(X素材×0)

魔法・罠ゾーン  伏せ×3

 

「―――なにこれ?」

「誰だってそーなる、オレもそーなった。」

 

恐らくは直前のターンに【スキルドレイン】と【魔封じの芳香】を発動したのだろうが―――それにしたってひどすぎる。一体ないがどうしてどうなってどうなったらこんな盤面が出来上がるのかがさっぱり分からない。

【忍者】が居るという事は―――【忍法 変化の術】で特殊召喚したのだろう。

中々にえぐいコンボを考える。

【神禽王アレクトール】で【魔封じの芳香】、あるいは【サモンリミッター】の効果を無効にして展開、あるいは妨害を躱して、そのまま理想の盤面を作り上げる。

 

(うわー…相性最悪ぅ…。)

 

当然、展開に魔法カードやら罠カードやら特殊召喚やらを多用する鈴花のデッキとは相性が最悪だろう。というか展開の軸が特殊召喚であるほぼ全ての現代のデッキに太刀打ちにしようがないのではないだろうか。

 

(…いや、できるか…?)

 

何度かデュエルした霊使の【ドラグマ霊使い】ならあるいは―――。

いや、それよりも今は状況の把握に努めるべきだ。

 

(…ディア、聞こえてる?)

(…こいつ、直接脳内に…!?)

(違うから、ディアにしか聞こえないような声でしゃべっているだけだから。…今の状況が読み込めないから簡単に説明してもらってもいい?)

 

そういう事もあってか、鈴花はディアベルスターに状況を説明するように求めた。

そもそもなぜ凪がデュエルしているのか、なんでフランが狙われたのか、色々と聞きたいことだらけだ。

 

(…正直に言うならオレも知らん。フランと戦っている間にこっちに呼ばれたからな。)

(…ええ…?)

(ただ、まあ。思い当たるフシはある。「罪宝狩りの悪魔」って言葉―――聞いたことはあるだろ?)

 

「罪宝狩りの悪魔」―――その言葉を鈴花は確かに知っている。その言葉に確かに見覚えがある

突き動かされるようにして鈴花は懐にしまい込んでいた自分のデッキを取り出し、カードを一気に流し見る。

目的の物はそう時間をかけずに見つけることができた。鈴花は一枚のカードを自分のデッキから抜き取る。

そのカード名は【"罪宝狩りの悪魔"】―――ディアが手配書に描かれていてその下には懸賞金が記されているらしいイラストのカードである。

 

(な…ななけた…?)

 

そこに描かれていたディアの懸賞金の値段は何と七桁―――ディアを突きだせば最低でも100万円は貰えるようだ。最も、交換レートがさっぱり分からないので、価値としては100万ジンバブエドルと同等の可能性ものこっているのだが。

何よりも、今のディアは仲間だ。金目当てで突き出したりはしない。

 

(…なんでオレの首にこんなに値段付けてんだ?)

(…ディア?何やらかしたの?)

 

といってもやはり7桁もの値段が付いているのはある意味では異常だろう。日本で7桁の懸賞金がかけられるのは殺人とか、強盗致死だとか―――人の道を外れた犯罪者にかけられるレベルだ。

つまり、ディアはそれだけのことをやらかしたという事になる。

 

(一つ言っておくがオレは誓って殺しはやってねぇぞ!?)

(えーほんとにござるかぁー?)

 

まあ、本当に殺人をしてたのならば今頃自分の首も飛んでいる事だろう。

もしくはこんな会話をすることも無くびくびく怯えながら接するだけだったのかもしれない。

心を開いてもいいと思えた相手なのだから―――そこまでの悪党ではないと思う。

 

(ま、とにかく「あっち」に残っていたオレの手配書に書かれてる金額を見てオレのことをぶっ殺しに来ただけだろうさ。一応「DEAD OR ALIVE(生死は問わず)」だからな。)

(…私巻き込まれるじゃん?)

(死なねぇように祈ってな…。というかオレが捕まったらお前も「協力者」扱いで殺されるかもな?)

(…やっぱ突き出そうかな…。)

(冗談だからやめてくれぇ!)

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

こんな事になるならデュエルするのではなかった―――人質にでもしてさっさとディアベルスターの身柄を確保するべきだった、とガボンガは強く後悔した。

 

「ああくそ!」

 

ここまで的確な妨害をしてくる相手を知らない。

召喚回数が制限される。魔法も罠も制限される。何よりもモンスターを出したところですぐに除去される。

何よりも一番最悪なのはデュエル中に一回しか使えない【百鬼羅刹の大饕獣】の特殊召喚効果を用いらされたことだ。追撃することも叶わずこうして場に突っ立っている。

おかげで展開も打開もできず、ずるずると引き延ばされている。

 

「…おや、目が覚めましたか。じゃあ、あとは…さくっと狩るだけですね。」

「こ…このアバズレがっ…!」

 

そしてしまいには「さくっと狩るだけ」という無慈悲な宣告をされた。

それはもはや現実になるのだろう。それだけ、その言葉に重みとすごみがあった。

 

「取り敢えず魔法カード【パラレル・ツイスター】を発動。【サモンリミッター】を破壊して【百鬼羅刹の大饕獣】を破壊します。…さらにセットモンスターである【渋い忍者】を反転召喚。リバース時効果で墓地から【忍者マスターHANZO】を特殊召喚。【HANZO】の効果でデッキから【宙の忍者‐鳥帷】を手札に。…まず私は地属性を含む二体で【崔嵬の地霊使いアウス】をリンク召喚します。素材にするのは【神禽王アレクトール】と【渋い忍者】ですよ。」

 

そういえば最近、リンクの力に目覚めた小娘の集団がいたらしい。狙うならそっちからにしておけばよかった―――何てことを考えるガボンガ。

しかしそれはこの世界において「死」を望むというのと同義だ。

事実、それを行えば、ここにいる二人に加えて、天の光も地の底の炎も、全てがガボンガたちに牙を剥いた。いうなれば―――【ディアベルスター】を狙っているからこそ、ガボンガはまだ形を保っていられるのだ。

最も―――そう遠くないうちにガボンガはひき肉かミンチになるのだろうが。

 

「続きまして、【忍者マスターHANZO】と【黄昏の忍者将軍‐ゲツガ】で【聖騎士の追想‐イゾルデ】をリンク召喚します。そしてデッキから手札に【蟲の忍者‐蜜】を手札に。それで【崔嵬の地霊使いアウス】と【聖騎士の追想‐イゾルデ】で【アクセスコード・トーカー】をリンク召喚します。」

「…おい。オイオイオイ!」

 

ミンチかひき肉を避けたところで死は避けられない。目の前の光景はガボンガにそう思わせるには余りにも十分なものだったのだ。忍者が忍者を呼び、更に忍者はその数を増やす。かの有名な生命体であるかのように、ガボンガの首を刃で掻き切らんとする。

 

「それじゃあ、【宙の忍者‐鳥帷】の効果を発動しますね。このカードを墓地に送って手札の【蟲の忍者‐蜜】を召喚します。…うーん…後は【死者蘇生】で【宙の忍者‐鳥帷】を蘇生して、この二体をリリースしてデッキから【(ヨロイ)の忍者‐櫓丸(ヤグラマル)】を召喚します。」

 

さらに増える忍者。

ガボンガはもう忍者がトラウマになりそうだった。今後、そう言う存在のうわさを聞いただけで震えあがってしまいそうだし、間近でその姿を見てしまった時には悲鳴を上げてしめやかに失禁してしまうだろう。

それだけこのデュエルがガボンガの心の奥にこびりついてしまったということだ。

 

「最後に【アクセスコード・トーカー】の効果を二回ぶっ放してバトルです。…アクセスコードと冥禪と櫓丸の総攻撃力は8800…おや、少し過剰打点でしたね。」

 

―――これからは今までの過ちを清算して生きていこう。今まで傷つけた人たちの安寧を祈りながら生きていこう。

ガボンガたちは真に心を入れ替えようと決意した。そうでなければこの宵闇に潜む暗殺者たちはいつでも牙を剥くだろうから。

 

「本当に申し訳ございませんでしたァァァァァッ!」

「これぞ…天!誅!…です!」

 

ガボンガ LP0

 

このデュエルはあっけなく、そしてガボンガの心に大きな傷を残して終結するのであった―――。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

後処理は何か急にしおらしくなったガボンガに任せ、二人は凪が「話すことがある」と語った公園へと戻ってきていた。戻ってくる途中で鈴花は凪に「どんなデュエルをしたのか」と質問したのだが、「乙女の秘密です」とはぐらかされた。鈴花は、秘密なら仕方が無い―――そう、思って追及するのは諦めた。何故なら、彼女にとって最も重要な事がこの後に控えているからだ。

 

「フラン…ってその子だったんですか。確かに可愛いですね…頭になんか禍禍しい眼乗ってますけど。」

「…え?可愛くない?この大きいおめめも…。」

(…感性が分からない…。)

 

フランを一心不乱に撫で続ける鈴花と、それを呆れたような目で優しく見守る凪。

一通り撫で終えた後、鈴花は真剣な面持ちで凪の方を向いた。

 

「…それで?話って…何?」

「はい。…私は…。」

 

凪は一度そこで言葉を切る。

これから先、鈴花との関係が変わってしまうかもしれない。

その言葉を口にすれば、もう関係を元に戻すことはできなくなるかもしれない。

それでも、今までの行為を真に過ちだと認めているからこそ、この言葉を話さなくてはならない。

 

「私は、今まで…ずっと貴女を追い込んできた元凶です。」

「……そっ…か…。」

 

太陽の光を雲が遮る。

―――二人の関係は今、大きく変わろうとしていた。




登場人物紹介

・凪
告解の時間だオラァ!
懺悔する気があるだけまだ外道とは違うのかもしれない。
これからどうなっていくのかは大いなる神のみぞ知る。

・鈴花
今明かされる衝撃の真実。
鈴花の懐は広いが今回の件はさすがに…。
しかし、思い出してほしい。彼女は凪に少し敵意を抱いているのを見抜いていたのだ!

新規イラストの霊使いがクソ可愛かったので初投稿です。


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懺悔の時間

 

凪の告白。

それは凪が鈴花を追い込んだ黒幕であるという事だった。

が、鈴花はそれに対してほんの少しの動揺を返した。―――がそれ以上の反応は見られなかった。

 

「……やっぱり、か。そうじゃなければいいと思ってたんだけどなぁ。」

 

むしろ、自分の間違いであってほしかったと天を仰ぐ。

きっと、凪はそれだけ鈴花に好かれていたのだろう。それが間違いであってほしいと思えるくらいには、彼女の中で大きな存在となっていたのだろう。

だが自分が彼女にしてしまったものは、許されない事だから。だからこそ、言わなくてはならない。

―――結果だけ見れば鈴花は既に自分の所業を少しは知っていたようだが。

 

「…気づいて、たんですか…。」

「最初にデュエルした時の事、覚えてる?…凪ちゃんはその時ほんの少しだけだけど私に敵意を向けてきていたから…。」

「…ああ、六武衆使った時の…。」

 

あの時はまだ桜庭鈴花という少女の事を知らなかったから―――なんてのは言い訳にもならない。彼女を追い込んだのは確かに自分だし、それを良しとしたのもまた自分だ。

 

「…貴方はなんで私に敵意を向けていたの?」

「言ってしまえば…私が「私」じゃなかったからですかね。…かつての私には「私」という概念が良く分かりませんでしたから。」

「…空っぽ、だったんだね。あの男(外道)以上に…。」

 

「空っぽ」―――あの時の凪を言い表すのにこれほど適した言葉はないだろう。

あの時は何も考えず父の言う事に従っていた。それが正しい事だと信じていたし、それ以外のことに目を向けることをしようとはしなかった。

―――本当に愚かな行為だったと、今ならば思える。

自ら思考を放棄して分かりやすい道標に従うのは「生きている」といえないという事も、誰かに自分の理想全てを背負わせるのも。

今ならばそれはただの「押し付け」であることだと、身に染みている。

 

「…そう、なのかもしれませんね。でもそれは―――」

「うん、言い訳にはならない。」

「―――はい。」

「裏にどんな事情があったにせよ、貴女は私を追い込んだ。…合っているよね?」

「…間違いなく。私が…やりました。」

 

凪はそれを認めるしかないのだ。今になって後悔の念が襲い掛かる。

――自分が過去に犯した失態が今の自分を追い込んでいく。―――過去はどうやったって変えることのできない「現実」だ。過去に犯した罪が今になって自分を追い詰める。

向き合わなければならない―――そう思えばそう思うほど、体から力が抜けていくのが分かる。

それでも、凪は鈴花の事を見続けた。そして、言葉を放ち続けた。

 

「…私は…あの時、親の言う事を聞いていれば幸せになれると―――そう教えられてきました。」

「…え?何…ど、どうしたの?」

 

だが、どうにも思考が纏まらなくて、自分でも予想だにしていない事を口に出してしまった。

余りにも急に話題を転換したことから、鈴花は思わずきょとんとした顔で凪に問いかける。

凪も「しまった」といわんばかりに顔を歪めた。

 

「ああ…すみません。」

「…し…締まらない…。」

 

締まるも何もまだはじまってすらいないのだが。

こほん、と凪は咳払いをして真剣な面持ちに戻った。

 

「…関係のない話ではないですからね?」

「あ…うん。」

「私は、貴女を追い詰めました。でもその理由は―――貴方が四遊さんにきつい当たりをしていた事が始まりだったんです。」

「…やっぱりかぁ…。」

 

自覚していたなら治せよ―――と口にしようとしたがやめた。

この話の根本はそこでは無いし、そもそもそんな簡単に根本をずらせるような問題でもない。

 

「私の父は―――ありもしない「世界を救う」という役目に囚われ続けてきました。」

「…中二病だったの?」

「そういうわけではなく…ただ、ありもしない使命に固執していた可哀想な人、なんです。」

「…決別…したんだ?」

「いえ…「説教」…ですかね?とにかく聞いて欲しいんです。―――私の、今の思いを―――。」

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

紫焔凪という少女は生まれは普通の家族だった。

両親の仲も良く、当然、凪にもたくさんの愛情が注がれた。

父親は交番勤めの警察官で―――地域の人には良く慕われていたと思う。

しかし、10ヶ月ほど前―――父は人が変わったように「世界を守る」ことに固執するようになった。それは「真の英雄」を―――たったひとりの少年が世界を救うところを目撃したからかもしれない。

 

「―――四遊さんは、いつの間にか父の中で崇拝の対象になっていました。」

「ええ…?」

 

そして、全ての事件が終わってから、父親はあの少年が行ったように「世界を守る」という事への協力を家族に強要し始めた。

正確に言えば「世界を救った少年を守る事」が、彼の中で「世界を守る」ことだったのかもしれない。

 

そして、わずか半年で「自分」が塗りつぶされ、何もなくなってしまった。

今まで温厚だった父がなぜそこまで豹変してしまったのか―――それは分からない。

余りにも急な豹変だったせいで、凪たち家族にも何が何だか良く分からなかった。

分かったのは―――言う事を聞かなければ少しずつ家での居場所を失くしていくという事実だけ。気づけば母も、祖父も、祖母も、自分も―――狂ってしまった父の支配下に置かれてしまった。

 

「それからでした。」

 

父の言う「世界を守る」使命を強要されて、最初に行きついたのは以前壊滅したカルト組織だった。

その組織は「程よく情報を流して壊滅」という指示の下で潜入した組織だ。

しかし自分が情報を流すよりも早くその組織は壊滅した。どうやら、()の協力者がこの組織の存在を嗅ぎつけて当人に連絡したらしい。

―――その時のデュエルは思い出したくもないくらいにボコボコにされた。

 

「…何があったの…?」

「現世界チャンピオンにボコボコにされました。」

「…ええ…?」

「話がそれましたね。話の筋を戻しましょう。」

「あ、うん。」

 

とにかく、だ。

()の介入があったものの、目的自体は達成された。

()を貶め続けたカルト組織は消え去り、自分も目的を達成できたのだと思う。あの組織は末端は純粋に彼の事を信仰しているようだったが、上層部は腐っていたので消えてしかるべきだろう。

出来れば自分の手で告発してやりたかったが、それをやると彼に大体的な迷惑が掛かるので止めた。

―――これだけなら何も後ろめたいことも無くいつも通りに鈴花と接していられただろう。

だが、問題は新学期が始まってから少しした後に示された父からの「もう一つの指令」だった。

 

四遊霊使(世界の希望)を貶す者は徹底的に排除せよ―――。』

 

それで、最初のターゲットに鈴花が選ばれたというわけだ、

最も彼女の最初期の態度でかなりの量の火薬がばらまかれていたので火をつけるのにはさほど苦労しなかった。

それだけの種を撒いていたのは鈴花ではあるが、逆に言えば()()()()()()()()()なのだ。

自分が始めたことで、鈴花はおおいに傷ついた。

彼女を追い込んだことはどれだけ詫びても詫びきることはできない。これから一生償っていかなければならない事だ。

 

「謝って許されることじゃないかもしれない…けれど、私は貴女に謝罪しなくてはならない。それが私が犯した罪への回答であり、私の償いの第一歩だから。」

 

しかし自分は鈴花と接したことで変わり、今までの行為を謝りたかった。

それがどんな結果になろうとも「ごめんなさい」の言葉を伝えたかったのだ。

 

「今まで―――本当にごめんなさい――――!」

 

ただ、言葉だけでは足りない。

自分の態度と体―――自分の全てで謝罪しなければならない。

凪の体は自然と手と足と額を地面に擦り付ける―――土下座の姿勢を取っていた。

 

「…貴女の前から消えろと言えばそうしますし、貴女が訴えるというのなら私は社会的に罪を裁かれましょう。…これ以上は私には決められないのです。そして、貴女には私を裁く権利がある。」

 

これから先、どんな罵倒が飛んで来ようとも、どんなことを言われようとも、凪はただ耐えることしかできない。

鈴花が言葉を発するまでのその数秒が永遠に等しく感じられる。

そんな中で最初に凪に届いたのは―――鈴花の呆れたようなため息だった。

 

「凪ちゃん、顔を上げて?―――それから私の家に、行こうか?」

 

そしてそのまま流れるように、鈴花に腕を掴まれて連れていかれてしまう。

凪は、鈴花に腕を引かれるままについて行くことしかできないのであった―――。




登場人物紹介

・凪
詫びは終わった。
後は沙汰を待つだけだ。

・鈴花
話は聞いた。
後は沙汰を下すだけだ。

というわけであと2から3話でこの章を終了します。
そしたら本題の「世界編」突入するでぇー!


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一方男たちは―――

 

場所を移して鈴花の家―――そこで二人は無言のまま向き合っていた。

 

(―――なんで?)

 

凪は鈴花の心中が分からない。

自分の行為を彼女に懺悔して、それだけにとどまらず土下座をして―――いや、なんでここに居るのかが思い出せない。

来た道順も、何もかもを覚えている。

だが、なんでここに―――鈴花の家に来ることになったのか、経緯がさっぱり分からない。

それでも、というか唯一分かるのは、鈴花は常に自分の手を引いてくれたという事だけだ。

 

「家の人は…?」

「いないよ。…あの事件で全員…」

「…嫌な事を…聞いてしまいましたね。」

 

あの事件―――言うまでもなく「彼」が英雄になった日―――そして、父が狂ってしまった日のことだろう。

なんであんな事件が起きたのか知る由もないが―――本質的には同じ考えの人間が起こした物だったのかもしれない。

 

「…なんで家に?」

「めちゃくちゃ視線を集めてたからだよ…ッ!」

 

そんな事を考えながら、凪は鈴花に一つの疑問をぶつけることにした。

その結果の答えがこれだ。

鈴花は勢いそのまま続けて凪に突っ込み始める。

 

「公共の場でッ!あんなに重苦しい話をするんじゃあないよッ!周りの人たち吐き気催してたよ!?」

「…確かに。それは私の配慮が足りませんでしたね。」

 

―――やはり肝心な所で自分はポンコツだ。

確かにこういう告白の類は人目に付く場所でやるべきではなかっただろう。この件に関しては猛省しなければならない。

凪は強くそう思った。

 

「…移動した理由はもう一つあるんだけど…それはまあいいか。」

「??」

 

彼女にしか分からない理由があったのだろう。

ならば、移動するのも致し方ないというやつだ。

凪はそんな風に考えながら鈴花の方を見る。そんな鈴花は、何故だかバツが悪そうな顔をしていた。

 

「…それでね。一つお願いがあるんだけど…。」

「…なんでしょう?」

「私の話も聞いて欲しいな。…互いに色々抱えたままだったみたいだからさ。」

「ええ。お互いに腹を割って話す事にしましょう。…隠し事はもうしません。」

 

こうして二人は改めて話を始める。

何処かに感じていた溝を埋めるように、二人はゆっくりと会話を続けるのだった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

―――少し時は遡る。

凪が泣きながら鈴花に懺悔している様子を遠くから眺めている男が二人―――霊使と、克喜である。

 

「…霊使…紫焔を庇うのか?」

「まぁな。…少なくとも当時の彼女に責任能力はない。」

「ま、弁護としちゃ妥当な所だな。」

 

この二人の目的は以前とは違い―――霊使は凪を守り、克喜は凪を捕らえるというものだ。

つまり、今の二人は事実上の敵対関係に陥っている。

克喜は至って自分の職務にまじめに取り組んでいるのであって、別に二人の仲がこじれたというわけでは無い。

ただ、目的が合致しなかっただけなのである。

だが、それは二人にとっては余りにも重要な事だった。立場が変われば見方も変わる。

 

「俺は…変わろうとしている彼女を見守りたい。」

「…新たな禍になるかもしれないのにか?」

 

霊使は変わりつつある凪の事を今すぐどうこうしようとは考えない。

変わりつつあるという事は、今後はそう言う騒ぎを起こさないという可能性が現実になるかもしれないという事だ。それに、彼女は今までの自分の行為を恥じている。これから先、同じことをしようとは二度と思わないだろう。―――だがそれでは彼女の過去は清算できない。

一方の克喜は、凪は犯罪者であり刑務所に入れるべきだと考えている。

確かに彼女の今までやってきたことを考えるのであれば彼女は犯罪者であり、その判断も妥当なとこだろう。しかし、それは彼女が変わっていく未来を犠牲にする行為だ。

それに彼女は父親に逆らえなかったという現実がある。ただ、彼女の行為のもろもろはその「父親に逆らえなかった」という理由を大きく揺るがすものでもあった。

 

「…霊使。前も言ったが…。」

「分かってる。…もし彼女が何かやるなら俺が責任を取って捕まえる。」

「そうじゃない。言ったよな、俺は動くって。」

「…ああ、言ったな。」

 

確かに以前の電話の時点で既に動くみたいな話はしていた気がする。

なら克喜がここに来たという事はそういう事なのだろう。

―――凶悪犯をデュエルで拘束するとかいう訳の分からない―――恐らくは恣意行為なのだろうが―――そんな要請を克喜は受け、そして凪を捕まえに来た。

 

「…公務執行妨害ってやつか?」

「いや、これは「公務」じゃねぇ。裏の仕事ってやつだ。…デュエルが強いってことはそれだけ「抑止力」として扱われるって事だ。」

「じゃあ俺がここで足止めしても特に警察にはぶち込まれないってわけだ。」

「そうだな。」

 

ならば、と霊使は自身のデッキを構える。捕まらないのであれば―――違法でないというのであれば、もはやこれ以上を考えることは無い。

ただただデュエルして勝ってしまえばいいのだから。

克喜はそれに「待ってました」と応えんばかりに懐からデッキを取り出した。

 

「さあ、楽しもうぜ霊使ィ!」

「…さては俺とのデュエルが目的だなテメー!?」

「今更気付いてももう遅い!さあ、デッキからカードの剣を抜け、霊使ィ!」

 

―――どうやら凪の逮捕は建前だったらしい。

いや、要請を受けてそれを受け入れた以上それも克己の目的ではあるのだろうが。

それでも。

この克喜という男を誤解を恐れずに一言で言い表すのならば―――「霊使の同類」。

つまりは、無類のデュエル馬鹿なのである。

 

「紫焔凪は既に手配されているんだよ。どっちにしろ俺は彼女を捕まえる必要がある。立ち塞がるなら倒すしかないよなぁ!?」

「もっともらしい理由つけやがって!?公私混同も甚だしいぞお前ェ!」

 

無類のデュエル馬鹿同士が出会えば、当然ながらデュエルが始まるわけだ。

何故この二人がデュエルするのか。

色々理由は上げられるが究極的な理由は「コイツにゃ負けられねぇ」というなんとも陳腐で―――、二人の間にある友情を端的に言い表したものだ。

この空気は二人にしか理解できないものだろう。

きっとこの状況を誰かに見られていたら、全員がツッコミをしたのではないだろうか。

先ほどまでの剣呑な雰囲気はいつの間にか霧消していた。

 

「…なら俺も一つ言わせてもらうぜ!」

 

そんな雰囲気だからか、霊使も克喜を止める本心をさらけ出すことにした。

 

「それに俺はあの二人の空間に男を挟んで汚させるわけにはいかないッ!だからお前はここで止めなきゃならんのだ!」

「なるほど!じゃあ俺を止めなきゃダメだなぁ!俺をあの二人の間に挟みたくないならァ!」

「挟まったらぶっ殺してやるっ!」

 

―――結局二人は凪をどうこうしようとは考えてはいないのだ。

きっとこれだけ大声を出していれば鈴花か凪のどちらかは気づくだろうし、よしんば気付かなかったとしてもこの二人は勝手にこの場から離れていく。

 

「うおおーーー!罠発動【千六百七十七万工房(レインボリューション・ラボ)】!これで【憑依装着-ウィン】は神以外すべての属性として扱うぜぇーッ!更に俺の場には【オベリスクの巨神兵】が居る!従って攻撃力は7属性×300×3枚で6300上昇だぜぇーッ!」

「何ィ!?攻撃力8150と10300だとぉ!?」

「これぞ神の一撃!ゴッドハンドクラッシャー!」

「ぬわーーーーーーッ!」

 

―――この日、とある公園で世界チャンピオンと五分の勝負を繰り広げたデュエリストが居るという噂が広まったそうだ。

その噂の真実は―――定かではない。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

(仲良くデュエルしな二人とも…。)

 

あんな大声でツッコミの嵐が起きれば流石に嫌でも気づく。

というかあれで気付かないのはよっぽど疲れているとしか言いようがないだろう。

あの二人がどんなデュエルをするか非常に気になるところではあるが、一番重要なのはそこではない。

何よりもそれを確認するために、ここまで一緒に来たのだから。

 

「…凪ちゃん。あなたはこれからどうしたい?」

「…どうしたい、ですか…。」

 

彼女は少しだけ考え込む。

今になって「もう支配されなくていい」気づいたからだろうか。

心なしか顔から陰りが消えているようにも見える。

彼女が幸せだと感じるなら―――それでいいのだろう。

 

「…私がどうしたい、ですか。以前にもそんな事を聞かれたような気がします。」

「うん。前にも聞いたよね。」

 

其の問いをしてから―――ほんの少しずつ彼女は変わっていった。

だからきっと、あの時とは違う答えが出てくるはずだ。

 

「…相変わらず、「何がしたいのか」は良く分かりません。…ですが、私が居たいと思えるような場所は、できました。」

「貴女の…居場所?」

「はい。」

 

凪はまっすぐにそう答えた。

これまでの交流で、凪が得た答え。

鈴花はその答えを聞くのが楽しみであり―――そして少しだけ怖かった。




登場人物紹介

・霊使
久々の登場
何か最近ちょっとデッキを弄ったらしい。

・克喜
公務に追われて心身ともにボロボロ
でも霊使とのデュエルで回復したぞ!

・鈴花
彼女の答えを待っている

・凪
彼女が出した答えがある


なんか久々に野郎が出て来たので初投稿です。


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落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け

 

自分の居場所―――凪は確かにそう言った。

凪ががどうしてもそこに居たいと願うなら、自分にその場所を守るための手助けをしてやりたい。―――そのためには彼女の望む居場所を聞かなければならない。

だから、鈴花は黙って話の続きを促した。

鈴花の思いが通じたのかどうかは分からないが、凪はぽつぽつと話を再開させた。

 

「私は、今の私になって自分を見てくれる人なんていないと思ってました。前の自分はどんな人間だったか覚えていないので…。」

 

凪は一度そこで目を伏せた。

これから自分の言う言葉を組み立てようとしているのか、それとも自分が言っている言葉を自分が理解できていないのか。

どっちにしろ今の凪の内心を鈴花が推しはかることはできないが。

 

「私はこの先ずっと、何も見えない暗闇の中で過ごすのだと…誰かに導かれるまま、言いなりになる人生を送るのだと―――そう、考えていました。」

「…うん。」

「でも違った。…ちゃんと見ていてくれる人がいた。今の「私」をちゃんとまっすぐ見つめてくれる人が、いたんです。」

 

凪は一度そこで言葉を切った。

まるで「それ以上は言ってはいけない」と自分を戒めているようにも見える。

自分にはそんなこと言う資格すらないとまた自分を押し込もうとしている。

―――それは、だめだ。

彼女の望んだことを手伝うと決めた以上、彼女が何をしたいかを彼女自身の口から聞かねばならない。

 

「……私はその人のそばに居たい。どれだけ詰りを受けようと、罵られようと、私はその人のそばに居たいのです。」

「…へぇ。そんな人が居るんだ。私が取り次ぐ?」

「…なんて鈍い…。」

「なにか言った?」

「いいえ、なにも。」

 

凪が何を言ったのかは聞き取れなかった。それほどまでに鈴花に衝撃が大きかったから。

ある人のそばに居たい。

それが凪の望みだという。

その人がどんな人かは分からない。ただ凪がその人に何といわれようと傍に居たいと思えるような人を見つけられたのはいい事なのだろう。

それなのに、どうしてこんなにも胸が締め付けられるのだろう。

それが誰かといわれたわけでも無いのに、どうしてこんなにももやもやしてしまうのだろう。

 

「あ、でも…取り次いでくれるのはうれしいですね。」

「…そっか。誰に取り次ぐ?」

「あー…それは…もう済んでい居ると言いますか…。」

「?」

 

何故だか余計にしどろもどろになったように見える。

それだけ自分に伝えたくないという事なのか。これは何としてでも聞き出したくなってきた。

彼女を許す許さないは別にして、それを知ることが出来なければここから先の話が出来そうにない。

 

「ええいまだるっこしい!結局その人は誰なの!?」

 

というわけで、鈴花は凪を壁際に追い詰めて―――そのまま逃げられない様に手で逃げ道を塞ぐ。

俗にいう「壁ドン」の形になった訳だ。

 

「あひゅっ…」

「……?」

 

凪の口から変な吐息が漏れるとともに凪はそのままぶっ倒れる。

何がどうしてどうなったのか分からない鈴花は困惑するばかりだ。

 

「え!?ちょっと!?凪ちゃん!?」

 

鈴花はどうしてこうなったのか分からないというように頭を抱えながら、凪のことを介抱するのであった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

なにか幸せな夢を見ていた気がする。

大切な人の顔がすぐ傍にあって、息遣いもすぐ近くで感じられて―――。

 

「ほひゅっ!?」

 

思い出すだけで、顔が熱くなりそうだ。

というか、その感覚だけであと軽く三回は気絶できそうな気がする。

―――時折霊使が変な声出していたのはそういう事だったか―――凪は今更ながらにそう思った。

大切な人の顔がすぐ近くにあるという事の破壊力を侮っていたのだ。

 

(…落ち着け…大丈夫だ……こんなことで狼狽えない、紫焔凪は狼狽えないィィィ!)

 

心の中で自分に言い聞かせる。

狼狽えてはダメだ、顔に出してはダメだ、と。

自分の中にあるこの感情はきっと―――抱いてはいけない類のものだから。

 

(…事ここに至ってそれを自覚するんですから…難儀なものです。)

 

創作の世界では同性同士の恋愛だって普通に行われるだろう。

だが、それはあくまで創作―――「想像上の世界」でしかないのだ。

犯罪者が何のお咎めも無しに許されるなんてことも、或いは死人だったのが謎の力で蘇るなんてことも起こりえない。誰が何をどういようとそれが「現実」なのだ。

だから、叶うことの無い気持ちを押し込める。

―――押し込み切れてはいないが、まあ、本心がばれなければ無問題だ。

 

「…ここは…。」

「私の家だよ。…急に倒れたから取り敢えずソファに寝かせたけど…大丈夫?」

「吐くほど緊張してましたからね。…今は大丈夫、ですよ。」

 

ああ、自分が素直なのであれば、きっとこんなに悩まずに済んだのだろう。

自分が思うがままに気持ちを伝える事も出来たのだろう。

―――自分はそんなに正直になれないしなれたとしてもそんな事は言えない。

自分が追い込んだ相手に「傍にいていいですか」なんて言えるはずがない。―――そこまで面の皮を厚くする事なんてできはしない。

 

「うーん…。何かまだ顔が赤いような…。」

「い、いえ、本当に大丈夫です…!」

(近い近い近い近いああぁぁぁぁ!!!?)

 

―――本当に心臓に悪い。

彼女は自分の内心など知る由もないだろうから無自覚なのだろう。

無自覚でこれは人たらしが過ぎるとでもいえば良いのだろうか。

 

「…無理していない?」

「はい…。」

「そっか…。」

 

それよりも、と凪は話を本題に戻そうとする。

しかしそれは、鈴花にとっては「急な話題転換」にしか映らなかったようだ。

つまり―――自分が体調が悪いのを隠している―――そう勘違いしてしまったらしい。

 

「…それよりも、じゃないでしょ?やっぱ体調悪いから無理に話題を変えようとしたんじゃないの?」

 

体調は悪くはない。

むしろいい方だとさえ思っている。

話して心のつっかえがとれたからかもしれないが―――とにかく体調面で彼女が心配しているようなことは無い。

だが、凪はそれを鈴花に伝える方法がない。

言葉で伝えようものなら確実に恥ずかしさで死ねるだろう。これは一体いかなる辱めか、と声w大にしても許されるレベルだ。

 

「そんなことは無いです。大丈夫、体調には本当に問題がありませんから。」

 

矢継ぎ早に言葉を繰り出し、自身の体調面に問題ないことをアピールする。

―――何故だろう。鈴花を意識すればするほど自分の内心と行動がちぐはぐになっていくのは。

それほどまでに彼女の事を思っているという事なのか、それともまた別の何かが自分の中にあるのか。

 

「思うだけで貴方に伝わればどれほどいいか…。」

「…?」

「…私は、私は――――」

 

言おう。

今ここで言おう。

言わなければ一生逃げたままだ。

「叶うはずがない」と思ったままなあなあで日々を過ごすだけだ。

それは、自分を変えてくれた彼女にも失礼だろう。

もし自分の思いが拒否されたとしても―――それは今までの自分の業のせいだ。それを誰かのせいにするほど落ちぶれているわけでは無い。

「鈴花さん」と名前を呼んで、彼女の意識をもう一度こちらに戻す。―――もう後戻りはできない。凪は鈴花を読んでからたっぷりと時間をかけて言うべき言葉を紡ぎあげていく。

 

「…私はッ!貴女と出会えて、「自分」というものを知れました…。今の私は、全部貴女に作ってもらったんです。」

「…なんか、正面から言われると照れるね…。」

 

紡いだ言葉を一度口にすれば、後はもう一本の糸のようにして言葉が出て来る。

彼女の反応を気にする余裕なんてものはない。一度彼女の方を見てしまえば、紡いだ糸が切れてしまいそうな気がしたから。

 

「私はやったことはきっとあなたにとって大きな疵になった。…でも、でも私を許してくれるのなら―――私は貴女とずっと一緒に居たい!」

 

―――ああ、言ってしまった。

これから一体どうなるのだろうか。

これからどんな反応が返ってくるのか知るのが怖い。

だが、何も告げずに彼女の前からいなくなりたくはない。

しかし、何も反応が返ってこない。どうしたのかと思って鈴花の方を見てみると―――

 

「…あぇあ!?…え!?私!?な、え?ちょッ…ええ?」

 

何やら顔を真っ赤にしてパニックになっている鈴花の姿が目に入って来た。

―――なんで言われた方が困惑しているのか。

凪は目の前の状況が呑み込めずに呆けるしかやることがなかった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

隣に居たいという人物は自分だった。

凪の口からその言葉が出たとき思考が完全に硬直した。

勿論硬直した理由は困惑ではない。―――これは自分が変に優しいだけなのかもしれないが―――凪の話を聞いている限りどうにも凪は自分というものが無かったように感じた。

あの事件から、ずっと自分の意志を殺してきて、いつの間にか彼女自身というものを忘れてしまった。

それでも、自分のそばで一緒に過ごすうちに、「自分」というものが生まれたのだと言う。

そして、彼女は彼女自身の意志で「鈴花のそばに居たい」―――そう言った。

 

「…あわわわわ…あわわわわわわわわわ‥‥!」

 

鈴花からしてみれば、それは凪が自分で変えていったことだ。少なくともそこに自分の力は関与していないと―――そう感じていた。

 

(ずっと一緒に居たいって…ええ!?)

 

それに「ずっと一緒に居たい」という言葉に悪意も何も感じられなかった。

だから、彼女は本心からそう思っているという事だ。

 

(つ…つつつつつまり一緒に居たい相手って…私ィ!?)

 

そんな事を考えて「いやいやいや」と首を振る。

まさかそんなはずはない。

確かに最近は一緒に居て楽しいと思えるし、誰か知らない人と一緒に居ると嫉妬したりもする。

「彼女は自分が育てた」―――と独占欲を抱く時もある。

とにかく、自分の中で凪という存在は存外に重い存在になっていたようだ。

 

「…あわ、あわわわ、あわわわわわわ…!」

 

思考が纏まらない。

今口を開けば何か取り返しのつかないような言葉を発してしまいそうな気がする。

 

(落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け―――)

 

鈴花はたっぷりと時間をかけて言葉を組み上げていく。

それは奇しくも―――ついさっきの凪と同じ行動であった。




登場人物紹介

・凪
や、やったっ!

・鈴花
一旦落ち着け
ちなみに凪のことは気にしてない

シリアスは今後の話で嫌というほどやるのでギャグに戻しておきました



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希望少女と(から)の少女

 

鈴花は凪の言葉を受けてからたっぷり時間をかけて何を言うべきか―――紡ぐ言の葉を考えていた。

自分の隣に居たい、と。

彼女は確かにそう言った。

普通なら彼女の行為は決して許されるものではないだろう。

しかし、凪は誰でもない彼女自身の意志で「ごめんなさい」を伝えたのだ。そのことをどうして無下にすることが出来ようか。

もしかしたら、自分が激昂して彼女に殴り掛かってもおかしくなかったというのに。

 

「…凪ちゃんは、ずるいや。」

 

確かに自分は凪の行動によって大きな傷を負う事になった。

見た目ではなく心にだが―――それでも、これから先の鈴花の在り方を変えるくらいの衝撃はあった。

しかし、彼女はその事を恥だと思い、今日自分に懺悔した。

あんな必死に訴えられたら怒るに怒れなくなってしまう。

それに、これまで過ごしてきた中で凪の善性も痛いほどに良く分かった。

それらを踏まえて、自分は凪に対して答えを返さなくてはならない。

彼女の本気の言葉には本気の思いを返さねばならない。それこそ、凪の心を下手に慰めるような言葉を掛けてはいけないだろう。

 

「…私は。」

 

言葉に詰まる。

どうしてもその「先」の言葉がでてきてくれない。

許すか、許さないか―――ではなく。

凪の「傍に居たい」という言葉の意味が分からなかったから。どういう意味なのか分からなければそれに対しての返答も行う事が出来ない。

それでも。

それでも今ここでその答えから逃げることは許されない。

 

「…私は。」

 

彼女の思いを聞いた。

彼女の悔恨を聞いた。

彼女の覚悟を聞いた。

彼女の願いを聞いた。

そして、彼女の全てを知った。

 

「私は…私は…。」

 

自分がどういう風に思っているのか――。

もうその答えはとっくのとうに出ている。だけれど、それを言葉にするのは怖い。

きっと―――彼女もこんな感じだったのだろう。

 

「私は、私は――――。」

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「…新入部員の紫焔凪です。よろしくお願いします。」

 

そして、それから少しして、凪は聖也のデュエル部に入部することにした。

あれだけのことをしておいて―――というのもあれだが、どうやらこの学校には自分以上のことをやっていた生徒がいるらしい。

鈴花曰く「殺されかけた」とのことだ。

その生徒たちが居なくなってからというもの鈴花に対する攻撃は無くなったため凪が行った脅迫もその生徒たちが一緒に引き受けることになったらしい。

最もその生徒たちも彼女に脅迫まがいの事をしたらしいので罪自体は相当なものになったそうだが。

 

「使用デッキは忍者です。よろしくお願いします。」

「アイエエエ!ニンジャ!?ニンジャナンデ!?」

「なんでそんなにリアリティショック発動させているんですか?」

 

凪は確かにこの部活に居ることになった。

それは凪を監視する為でもあり、凪と鈴花が互いを知るための手段でもあった。

凪はあの日の鈴花の言葉を思い出す。

 

『あなたが傍に居たいというのなら―――私はそれを受け入れましょう。貴女が失くしてしまった何かを一緒に探しましょう。だからね、凪ちゃん。私は貴女を赦すよ。』

『でもね、凪ちゃん。あなたが使命感から傍にいるなんて言い出し始めたのなら―――それは許さない。』

『だからね。私と一緒に過ごして―――気持ちが変わらないのなら。―――ずっと一緒に居よう。』

 

一緒に過ごす期間というのは特に決めてはいない。

互いに互いを知っていけばきっといい未来を自然と選択できるだろうから。

 

(私は…変わった。今までとははっきりと違うと言い切れるくらいに―――。)

 

そして変えてくれたのは他でもない鈴花だ。鈴花が居なければ今でも自分は(から)のままだった。

彼女が自分に希望を注いでくれたからこそ、今の自分があると思っている。

だから、凪に取って鈴花は希望で、凪自身にとっての「未来」でもあるのだ。未来を大切な人と見据えるという事

ができる。―――それだけで凪にとっては十分な価値があるのだ。

鈴花が―――そしてその友人たちが今の自分を変えてくれた。

自分なりの贖罪で許されるのはもう分からない。

それでも―――自分なりに進んでみようと凪はそう決意したのだ。

自分に全てをくれた鈴花の為に―――。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

満月がてらす夜空を背にその女は立っていた。

一室の電気がついたままの建物―――霊使達の学校を見下ろせる屋上。。

―――霊使はその女の背後を取っている。

普段だったら一言声を掛けてから何をしてたか聞き出しているが―――目の前の女は悪意の格が違う。早いところ対処せねば大惨事になる。―――霊使の勘がそう告げていた。

一つの汚れのない純白のような姿を持った()()は、その胸の内にこの世の何よりもどす黒い悪意を湛えている。

 

「―――ねぇ、乙女の秘密をのぞき見かしら?いけない殿方ねぇ。」

 

内に孕む悪意とは似ても似つかない様な間延びした声。それはその場にいない―――少なくとも気配を悟らせないようにしていた霊使にとっては―――恐怖以外の何物でもなかったのだ。

 

(こいつ、きづ―――!)

 

姿を見せていない。痕跡も残していない。気配を悟らせていない。文字通りの隠密行動―――。

それなのに、気づかれた。

ここまでやって気づかれたという恐怖が、霊使を余計に焦らせる。

 

「そんなに怖がらないで―――こっちにいらっしゃい?」

 

女の声が霊使の心にするりと入り込んでくる。

これは、まずい。そう考えたときには既に遅く、霊使の体は自然と動き、その女の前に出ていた。

 

「あら、意外といい男…。」

「…何が狙いだ?」

 

女は霊使の言葉に応えず霊使の体をペタペタ触っている。

そしてそのまま霊使の服を剥ぎ取ろうとして―――。

 

「霊使に触るなぁッ!」

「やらせるかぁ!この糞女ァ!」

 

ウィンとディアベルスターが女に対して殺意満々に飛び掛かっていく。

普通であればこの不意打ちじみた挟撃を避ける術はないだろう。

しかし、二人の攻撃はぐにゃり、女()()()()()()()()()せいで命中することは無かった。

 

「あらあら…招待していない人がこんなにも…。」

 

一瞬で元の姿に戻る女。

その様子を見た三人は即座に撤退することを決める。

 

「こんな状況であの女には勝てねぇ!ここは一旦退くぞ、霊使!」

「了解だ、ディアベルスター!」

「逃がすと思うかしら?」

 

しかし、というか当然というか。

女は三人を逃がすつもりはないようだ。

だが―――霊使は考えなしに突っ込むほど馬鹿ではない。

 

「―――ああ、()()()()()()()()()()()()()…!」

 

既に逃げる算段を付けているからこそ、こういう無茶をすることができるのだ。

霊使の影が広がる。

 

「貴様はまた無茶しおって…!」

「…返す言葉もございません…。」

 

その陰からクルヌギアスが飛び出してきたかと思うと、そのまま霊使達を抱え即座に姿を消した。

あとに残るのは女ただ一人のみ。

 

「中々良い舞台になりそうね…。」

 

その言葉を最後に、女は屋上から掻き消えた―――。




登場人物紹介

・凪
きっと前に進んでいける。

・鈴花
ちゃんと謝罪した人間と謝罪すらしない人間の好感度の差は歴然。

・謎の女
一体何ベルゼなんだ…。


というわけで不穏な雰囲気を残しつつ二部三章は解決です。
というわけで次回から世界編に突入します。


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二部四章:激闘への序章
世界への序曲は静かに奏でられる


 

「【閉ザサレシ天ノ月(サロス=ナンナ)】と【閉ザサレシ世界ノ冥神】の効果でフィールドのモンスター二体を吸収!」

「うわぁぁぁぁ!ふざけるな!ふざけるな馬鹿野郎ぉぉぉぉぉう!」

 

霊使と鈴花の攻防は実にギリギリだった。

その上で隠し球を入れていた霊使に軍配が上がったっといったところだろうか。

もし隠し球を入れていなかったら勝負の行方はきっとまた別のものになったはずだ。

聖也はそう考え―――隣にいる人物に話しかける。

 

「これで…霊使君が11勝、鈴花ちゃんが10勝か…。オリエ、二人も十分な実力を備えていると思うんだけど…。」

「ええ。四遊君の引きの強さは異常ね。」

 

生徒会長であるオリエ―――彼女もまた聖也の部活に入部していた。

一部の生徒会員から大量の文句は上がったものの、本人が「5人集めたら入部する」と聖也と約束し、そして「実際に5人集めたのだから約束は果たされなければならない」と言い負かしたのだという。

何とも頼もしい会長だ。

 

「ちなみに渡瀬君はデュエルしないの?」

「【ティアラメンツ】以外使えませんので…。」

「…なるほど…。それは、その…ええ…。仕方が無いわね。」

 

ちなみに海斗の【ティアラメンツ】だが―――校内でさえ使用が禁じられてしまった。

ただでさえ公式戦での殿堂入りという名の出禁宣言を喰らったというのに、とうとう校内というプライベートな空間でさえ「使わないで欲しい」と懇願されたのだ。

事実、先攻で海斗の手札を全て捨てさせてしまったある生徒はこう語っている。

 

「【ティアラメンツ】はデュエルモンスターズの皮を被った何かと相対しているような気分になる」

 

と。

現に海斗が今まで校内で行ったすべてのデュエルは海斗の圧勝で終わっている。全ての【ティアラメンツ】カードを一枚に制限したデッキですらまともに太刀打ちできる人間の方が少ないという有様だ。

おかげで、彼が使うデッキは全て「凶悪」認定されてしまう事になってしまった。最も【マナドゥム】も【マナドゥム】ですっかり【センチュリオン】おなじみになってしまった相手ターン中に【琰魔竜王レッド・デーモン・カラミティ】をシンクロ召喚してくるので凶悪の一言で言い表されてしまったのだ。おかげで【ティアラメンツ】は言わずもがな、【マナドゥム】でさえ学校での使用を禁じられてしまったのである。

 

「酷い…!俺だって色々考えているのにーッ!」

 

とは本人の弁だが―――やっていることがやっている事なので致し方なし、というものだ。だって、自分のターンに動きを止められたら誰でも「凶悪」だと言ってしまうだろう。

特に魔法カードを展開の軸としている霊使にとっては【琰魔竜王レッド・デーモン・カラミティ】の召喚というのは、封殺以外の何物でもないのだ。

その結果といえばいいのかなんといえば良いのか分からないが――――カラミティは無事に禁止カードに制定された。【赤き龍】の特殊召喚先が一つ減って聖也は「馬鹿やろぉぉぉ!」と嘆いた。

そんな理由があるからか、海斗は基本キトカロスを突っ込んだ墓地肥やしデッキで戦っている事の方が多い。

 

「【簡易融合】!【ティアラメンツ・キトカロス】!【古尖兵ケルベク】!【古衛兵アギド】!【宿神像ケルドウ】!【補充要員】!【封印されしエグゾディア】の効果!エクストラウィン!!」

「?????????」

 

肥やした墓地は最終的にエグゾディアに直結するので運が悪いとこんな悲劇も起こりえるのだが、ここまで怒るのはさすがにまれだ。ただ【手札断殺】や【手札抹殺】、【命削りの宝札】に【リロード】、【打ち出の小槌】といったドロー系のカードが大量に存在しているので、この男は何としてでも墓地を肥やして勝ちたいようである。

 

「ぬおーッ!【ジェット・シンクロン】!【蛇眼の炎燐】!【黒魔女ディアベルスター】!【氷結界の竜トリシューラ】!」

 

鈴花は鈴花で【スネークアイズ】にシンクロ召喚のギミックを取り入れたようだ。【フォーミュラ・シンクロン】の効果によって相手ターン中に能動的に【蛇眼の炎龍】を墓地に送れるようになった。最初は【シンクロ・トランスミッション】との同時採用も考えていたようだが、結局【フォーミュラ・シンクロン】だけにとどめたようだ。

後は霊使が追加した【閉サレシ天ノ月】のような「とっておき」が追加されている。

それに伴い先攻制圧にもある程度強く出られるようになったそうだ。

また、EXデッキには切札たる【氷結界の竜トリシューラ】が存在している。デッキの都合上そうそう披露されないが上手く嵌ると【トリシューラ】三連打という可能性もあり得る。恐ろしいことこの上ない。

 

「…カラミティを返してくれ…!」

「諦めなさい、マスター。彼は、もう居ないのよ…。」

 

そう嘆いている聖也であったが転んでもただでは起きない。レベル8シンクロを採用することにより【クリスタルウィング・シンクロ・ドラゴン】を特殊召喚するルートを取ることに成功した。

しかもレベル12の大型シンクロにはまだ【コズミック・ブレイザー・ドラゴン】や【スターダスト・シフル】も存在している為、リカバーはたやすい筈だ。

 

「むう。今回の改定は私にとっては±0です…。」

「それはそれでマシなんじゃあないかなぁ…。」

 

一方の凪は相変わらず【忍法・変化の術】のカード効果で【神禽王アレクトール】を出し【魔封じの芳香】を用いて相手の魔法カードを制限。じわじわと相手の逆転の芽を摘んでいくデッキを使用している。

確かに忍者らしいデッキではあるが―――なんでこうも自分のデッキと相性が悪いのだろうか。

 

「…会長のデッキは…」

「私?」

 

せめて、とオリエの方に目を向ける。

せめて、せめて会長のデッキは一手間違えただけで詰むようなデッキではありませんように―――。

霊使は血反吐を吐くような思いでオリエにデッキの内容を聞いた。

 

「私は儀式だよ。儀式の…【粛声】。」

「よ、よりにもよってぇ…?」

 

【粛声】―――これまた厄介なデッキである。

確か、なんやかんやして高攻撃力の儀式モンスターを召喚するデッキ―――だったはずだ。

これまでの学生生活は巡り合わせで霊使と彼女はデュエルすることは無かったが、彼女もまたこれまでの生活の中で無敗であったと聞く。

今までは同じ「無敗」の海斗とはデュエルしていないので「無敗」同士が戦ったらどうなるのか気になるところではある。

本人たちが一番気にしているのだが、その戦いの結果はまた別の話だろう。

 

「…このメンバーで行きたいな、世界。」

 

オリエのそばでぼそりと呟く。

今は散り散りになってしまった皆へと紹介したい友人がこんなにも増えた。

世界に行けば、あるいは世界に行くための道中でカードを交える日も来るだろう。

そうなったらぜひとも大声で自慢したいものだ。

「俺はちゃんと友人を作れているぞ」と。

 

「貴方は個人戦もあるでしょう?…チャンスは多いに越したことは無いわ。」

「はい…。」

 

個人にせよ、団体にせよ―――チャンスが多ければきっと彼らと刃を交える回数も多くなる。

ああ、今からとても楽しみだ。

霊使という男は、どうしようもないほどにデュエル馬鹿で、―――かつての仲間とのデュエルを心の底から望んでいる人間であるのだから。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「いやあ、久しぶりだなぁ。霊使君はきっとここまで来てくれるんだろうなぁ。」

「兄さんは―――来ますよ、絶対。」

「根っからのデュエル馬鹿だからね。」

 

かつての仲間はその地に集う。今は相対するものとして―――。

 

「今回は英雄様も来るのか。」

「楽しみだねぇ。彼は強いのか弱いのか―――。」

 

新たな強敵とも相まみえることもある。

それでも進んでいかなくてはならない。

その先にどんな景色が待っているかは分からないけれど、いい景色なのは確かだ。

果たして霊使は何処まで行けるのか。

―――ここに霊使の新たな戦いが幕を開けたのであった。




登場人物紹介

・霊使
主役に復帰
新たなカードを投入してウハウハである。

・凪
なんやかんやで馴染んだ。
事の次第は鈴花と凪だけの秘密。

・海斗
最終兵器
彼が動く時、きっと何かが起こる

・鈴花
シンクロ軸に
炎王?
使わなくてもいける行ける。

・聖也
カラミティが消えたことで傷心中。
言うて強力なデッキだろう、センチュリオン

・オリエ
新メンバー
使用デッキは【粛声】。

というわけで世界編始まります。
まずは予選からです。これから先はデュエルマシマシになると思います。

次回もお楽しみに!


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最高峰での大乱闘

ちなみにこれは霊使の物語です。
団体戦はダイジェストでお届けします、


 

日本選手権―――その団体戦は二つのチームが余りにも強すぎた。

圧倒的耐久力、圧倒的妨害能力、圧倒的殲滅力―――これらの能力を備えた人材が揃うチームというのはほとんどないだろう。

結果―――これが日本最高峰の試合だとは夢にも思わないような一方的な試合展開が多くみられた。

 

特に決勝に進んだ2チームの強さは異常だったと言う外ない。

唐突に攻撃力4000のモンスターの特殊召喚かつモンスター全破壊を行ったり、手札を全て使い切ってなお、場に健在の白い悪魔が存在していたり、圧倒的罠の力押しで相手にモンスターを召喚させなかったり―――相手ターンに無情な【コズミック・ブレイザー・ドラゴン】が飛んで来たり、唐突なトリシューラが登場したり、攻撃力4100の儀式モンスターに磨り潰されたり、じわじわと真綿で首を絞められるように追い詰められたり切り札をリンク素材にされたり―――まあ様々な虐殺があった。

この世全ての惨敗がここにぎゅっと詰まったかのような―――とにかくデュエルモンスターズを嗜むものたちにとっては地獄のような光景だったことだろう。

も仕方らこの結果にトラウマを掘りおこされた物もいるのかもしれない。

 

「…よし、決勝だぁ!」

「やっぱあの三人だよね、相手は…!」

 

そうしてなんやかんやあって決勝の舞台に二つのチームが揃う。

一方は霊使達のチーム。これまではノーダメージ―――文字通りにダイレクトアタックを一度も喰らう事はなく、そのまま決勝まで上がって来たチームだ。

基本先攻制圧がメインのチームだが、霊使や鈴花のように後攻でも戦えるデッキは多い。

一方のチームの使用デッキだが―――霊使は相手の三人のデッキに嫌というほど見覚えがあった。

天使族Pモンスターを主な戦力とし、EXデッキには覇王が控えている、誰が呼んだか【覇王ドレミコード】。

罠カードで相手を妨害し、自分は相手ターン中にも盤面を展開する。さらにそこに罠カードをメインとしたカードを混ぜ込んだ【蟲惑魔】。

そして、全てのデュエリストが戦慄した最強の儀式モンスターである【崇高なる宣告者】をはじめとした天使族と儀式モンスターなら問答無用で召喚できる【流星輝巧群】を擁する【ドライトロン】―――。

 

「なんであの三人が一つに纏まってんだよぉ…!?」

「…序盤中盤終盤隙が無いデッキが3つも…。」

 

頭を抱える―――なんてものではない。

まさかこのタイミングで彼らと戦う事になるとは思いもしなかった。

もっとも日本一を争うチーム戦なのだから、彼らが上がってくるのは当然と言えるのだろう。

霊使ばかりが持て囃されているが、彼らも確かに世界を救った霊使の仲間なのだ。あの時は心強い仲間だったが敵に回るとこれほど厄介な存在もない。

 

「互いに手の内を知り尽くしている…ってわけでもないか。」

 

あの事件はもう一年近く前のことだ。

霊使も彼らもきっとあの時よりも十数倍強くなっている。

だからこそ、もう既に「互いの手を知り尽くしている」だなんてことは言えなかった。

 

「泣いても笑ってもこれで最後の試合だよ、僕らは。」

「そうね。…どんなデッキと戦う事になるのかしら。」

 

オリエと聖也の二人は霊使が出場する個人戦には出場しない。

だから、彼らが高校生として公の場でデュエルするのはこれで最後になる。

泣いても笑っても、これが彼らの最後の公式戦なのだ。

 

「決勝って事で全ての勝負をやるみたいだ。…僕らが2敗しても大丈夫、出番はあるよ!」

「…嬉しくない宣言ですね…。」

 

聖也のブラックジョークに乾いた声で答える霊使。

確かに今回の試合はオリエと聖也―――二人の最高学年の引退試合という事もあって、二人が先鋒と中堅を務める。この二人が負けてしまったら勝負自体は決まるが、それでも決勝戦は第三試合までやってくれる。きっと対象に華を持たせようという運営の判断なのだろう。

 

「嬉しい気遣いなんだろうけど…聖也さんの言う通り負け確定で出陣することになるかもしれないんですよね、俺。3敗は避けたい!」

「あ、あはは…まぁ…蟲惑魔の彼に当たらなければワンチャンあるから!」

「なんでドレミコードからズァークが出て来るのかしら…?私は多分勝てないと思うから任せたわよ、聖也。」

 

若干一名諦めかけているが、攻撃力だけならそのズァークを上回るのだ。

勝ち目がないわけでは無いだろう。―――その上で勝てるかどうか不安がっているわけなのだが。

 

「…さて、と行こうか。オリエ、霊使君。」

「ええ。行きましょ。泣いても笑ってもこれが、皆との最後の公式戦よ!」

「…俺が大将でいいんですか?」

「任せた。惨敗になるかどうかは…君にかかっているぞ!」

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

団体戦決勝の相手のチームは―――奈楽、咲姫、流星の三人組だった。

やはり、というか案の定というか―――この三人が所属しているチームがあるというだけで恐らく決勝に上がってくるのは彼らなのだろうと考えていた。

確かにこんな大舞台で戦えるのは幸運なのだろう。

だが、なんで先輩の引退試合でぶつかっちまうんだ、と霊使は頭を抱えそうになった。

 

「まさか君とこんな大舞台で戦えるなんてね…霊使君!」

 

無邪気な笑みを浮かべてデッキを取り出す奈楽。

後ろにはさも当然の如くフレシアが居た。なんでも三人のマネージャーらしい。

 

(マネージャーの振りした魑魅魍魎…?)

 

彼女たちの生態を考えると、何とも奇妙な関係だ。植物や昆虫のモンスターと共生している―――あるいは「本体」の疑似餌である彼女達がまさかこんなに献身的になるとは―――。これも愛が為せる御業なのだろうか。

 

「霊使さん?何か変な事考えてませんかぁ?」

いえ!(ヴェッ)何も(マリモ)!」

 

もっともその寵愛の対象である奈楽以外には捕食者としての面をのぞかせることも多々ある。今までフレシアやその他蟲惑魔に手を出そうとしてボコボコにされた人間が後を絶たない。どのみち「喰われる」よりかはましなな末路であるのは確かではあるが。

それはそうとして、霊使は三人に疑問を投げかけた。

 

「…奈楽も咲姫も流星も…バラバラだったじゃないか!進学する学校!」

 

そうなのだ。

三人とも転校する学校はばらばらだったはずだ。

それなのに、どういうわけかこの学校対抗団体戦で一緒のチームに所属している。

 

「―――私達、学校が「統合」しました!」

「ふざけるな!ふざけるな馬鹿やろぉぉぉぉぉ!ああぁぁああぁぁぁあぁぁぁ!」

「…ええ?普通そこまでになる?」

「咲姫も奈楽も流星もデュエルが強いからこうなってんだよぉ!」

 

つまりは、学校が一つになったという事に他ならない。

現に三人は違う学校の服ではなく同じ学校のユニフォームを着用している。

それに本来の学生連合は、聖也の【センチュリオン】と鈴花の【スネークアイズ】にボコボコにされていた。

 

「…よし、落ち着いた。」

「うわぁ!発狂していたのに急に落ち着かないでよ!?」

「お兄ちゃんは相変わらずだなぁ。つもる話もあるけど、まずはしようか!デュエル!!」

 

再会の喜びもそこそこに、霊使達は互いのデッキに手を掛けた。

やはり、デュエルは万能だ。何も考えなくてもデッキとカードで思いを伝えることができる。

 

「…僕たち、忘れられてるね…。」

「旧友の再会だもの。…黙ってみてましょ。」

 

ちなみに目の前で繰り広げられているコントにオリエと聖也の二人が付いていけなかったことは想像に難くない。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

結果から言うと―――「惜敗」とでもいうべき結果であった。

先鋒戦はオリエVS咲姫。

最初のターンでオリエは切札たる【粛声なる守護者ローガーディアン】の召喚に成功した。さらに一妨害のおまけつきである。この盤面は早々に崩されないと睨んでいたオリエであったが、宛てが外れてしまった。

 

「よし!まずは雑に【ライトニング・ストーム】!」

「【粛声なる守護者ローガーディアン】の効果で無効化ぁぁぁ!」

「かかったァ!魔法カード【三戦の才】!二枚ドロー!」

「うわぁぁぁぁ!?」

 

結局この【三戦の才】の二枚ドロー効果で【ドドレミコード・キューティア】を引き込んだ咲姫に全てを壊された。

そのターンだけでかなりの数の特殊召喚をこなし、場には咲姫の新たな切り札である【グランドレミコード・クーリア】、後はいつも通りの【アストログラフ・マジシャン】と【ソドレミコード・グレーシア】が展開され、更には伏せカードまで伏せて来た。

しかしそれでも攻撃力4100の【粛声の守護者ローガーディアン】は突破できなかった為かそのままターンエンド。

このままオリエ優勢で進んでいくと思われたオリエの二ターン目に、突如悲劇は起きる。

 

「罠カード発動!【覇王龍の魂】!このカードの効果でライフを半分支払いEXデッキから無条件で【覇王龍ズァーク】を【グランドレミコード・クーリア】のリンク先に特殊召喚するよ!ただしこの効果で特殊召喚した【覇王龍ズァーク】の効果は無効化されるよ!というわけで【覇王龍ズァーク】の召喚時効果発動!」

「【覇王龍ズァーク】の効果は無効化されてるじゃない?一体何をしようっていうの?」

「ここで【グランドレミコード・クーリア】の効果をご覧ください。」

「えーと…何々?「このカードのリンク先のPモンスターの効果は無効化されない」…ん!?()()()()()()()!!??」

「【覇王龍の魂】で特殊召喚された【覇王龍ズァーク】はあくまで効果が無効化されているだけ!「発動できない」わけじゃあないんだよ!というわけで吹き飛べ『カイザー・ハウリング』!」

「ぜ…全滅…。」

 

唐突に特殊召喚された【覇王龍ズァーク】によってフィールドを根絶やしにされたのだ。しかも次のターンに【覇王龍の魂】でEXデッキに戻るはずだった【覇王龍ズァーク】は【覇王天龍オッドアイズ・アークレイ・ドラゴン】に変換されそのまま総攻撃で止む無く撃沈した。

一方の聖也はというと――――

 

「【トリオンの蟲惑魔】!【ホールティアの蟲惑魔】サーチ!【セラの蟲惑魔】リンク召喚!カードを一枚伏せて手札の【断絶の落とし穴】をコストに【ホールティアの蟲惑魔】を発動!」

 

と、よりにもよって握っていた手札誘発が【夢幻泡影】だったせいで使用しようにも使用できず、そのまま展開を許してしまった。結果、フレシアの効果と伏せカードの【墓穴ホール】二連打を喰らった上でさらに【ビッグウェルカム・ラビュリンス】によってサーチ要員の【ランカの蟲惑魔】を回収されつつ【迷宮城の白銀姫(レディ・オブ・ザ・ラビュリンス)】を出されて何も出来ずにボコボコにされてしまった。

言うまでもなく惨敗である。

本来なら先攻制圧で輝く【センチュリオン】も【蟲惑魔】の落とし穴の前には為す術がなかったようだ。

こうして、霊使達の敗北が決まってしまったわけなのだが―――。

 

「……先攻で制圧すればまだ勝てる…かも。」

「最後の最後に読み切られた感じがするよ。…俺と君のデッキが最悪の相性なのはよく知ってるから。」

 

それでも三戦目は行わないといけない。そう言う大会規定なのだ。

悲しいかな、霊使はどうあっても優勝できない戦いの舞台に上がってしまったのである。

 

「…ま、先輩の仇を取らせてもらおうか。関係ないけど…代償は払ってもらうぜ、流星?」

「…それは俺に向ける感情じゃあないような気がするなぁ!?」

 

とにかく、霊使の個人的な恨みを乗せた決勝戦第三試合が今始まろうとしていたのである。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「世界からの強者が集う祭典!ああ、楽しみだねぇ!」

「…そうか。」

 

カーテンを閉め切った暗い部屋。

男はそこで一人嗤う。

世界最強の肩書に魅せられた強者たちが年末にこの地に集う。

そしてその強者たちの命を吸い上げて、自分は真に復活する。

完璧な計画だ。

この計画は今までの自分の全てを放り投げるものだだ、この世界を作り直せるのならばそれでいい。

もっと楽しく、もっと可笑しい―――混沌と悲劇の世界を望む男にとって、この世界は淡々としていてつまらない。

 

「君の旧友も来るかもしれないんだよ?」

「…なんだって?」

「ま、君にはその旧友を手にかけてもらう必要があるんだけどね!」

「…。」

 

男の部下は多くを語らない。

折角死にかけていたところを主従共々助けてやったというのに、何ともつまらない男だ。

旧友と戦うのだからもっと悲嘆に暮れてもいい筈なのに、淡々と自分の言葉にオウム返しをする。役者としては三流ではあるが―――人形としては一級品の力を秘めているのだから、始末が悪い。

 

「反応悪いなぁ。ま、いいか。…精々僕を楽しませてほしいものだね。」

「…こんなのがこの世界のトップか…。」

「悲劇的だろ?」

「あいつの戦いも…お前の娯楽になったというのなら、気に入らんな。」

 

大きな悪意を一つ潰したからといって、この世界の悪意が根絶できたわけでは無い。

より大きな悪意は既に動き始めている―――。

それを彼らが知るのはもう少し未来の話だ




登場人物紹介

・霊使
主人公。
対流星戦、始まるよ!

・聖也
いいとこなし

・オリエ
いいとこなし

・咲姫
つよつよ妹

・流星
つよつよ友人

・奈楽
つよつよ先攻制圧

というわけで決勝第三試合⇒幕間⇒個人戦という形で進行します。
対戦、よろしくお願いします。


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「何もさせない」ことこそが勝ちなんだ

霊使いが動いたので初投稿です。
皆も…25周年記念アニメを、見よう!
とくにブルーアイズと霊使いと氷結界とメルフィーとアーゼウスと六武衆とライブツインとアルバスの烙印とエグゾディアとヴィサスと炎王とディアベルスターと征竜とマギストスとドレミコードと閃刀姫がおすすめだぞ!
全部だって!?
そりゃそうだろうよ!

まあ、霊使いが一番かわいいのは確かなんだがな!


 

敗退確定という状況でおっぱじめる決勝第三試合。

 

「…先攻は…俺か。手加減はしないぞ、流星!」

「望むところだよ、霊使君!俺も―――加減は出来ないだろうから!」

 

周囲の観客は一体何を望んでいるのだろうか。

このまま、相手が一勝もさせずに圧倒するのが見たいのか、それとも―――『英雄』の力が見たいのか。

何を望んでいるのかはさっぱり分からない。分からないが―――。

少なくとも衆人の監視なぞ気にする必要もない。ここからは魂と魂、刃と刃、戦略と戦略―――二人が積み上げてきたあらゆるものをぶつけ合う時間だからだ。

 

『決闘開始ィィィィ!』

 

その宣言と共に、霊使は迷うことなく今までにない刃を流星に見せる。

かつての仲間だとか、どんなデッキかを知っているのかだとか、そんな煩わしいしいことなどどうでもいいのだ。

なので、霊使は全力で相手の全てを壊すことにした。

 

「俺は―――カードを三枚伏せて手札から【憑依装着‐ウィン】を召喚してフィールド魔法【魔法族の里】を発動してターンエンド!」

「…ん?」

「…だから俺はこれでターンエンドだって。」

 

なんと、一瞬でターンエンドを宣言。

いつもの霊使であれば【憑依連携】や【憑依覚醒】といった【憑依】魔法・罠カードをメインとした戦法を取る。

手札事故が起きればその内の一枚も発動できない―――なんてことも起こりえるのだろうが、それでもなにかしらのカードでの後続の確保は行うため、ウィン一体だけ―――というのは非常に珍しい。

 

「…俺のターン。ドロー。」

「俺はこの瞬間永続罠【憑依解放】を発動。」

「…いつも通りの展開しかなさそうだね。…俺は手札から【竜輝巧(ドライトロン)―バンα】の効果発動!」

 

魔法が封じられている以上、まずは【憑依装着‐ウィン】を破壊しなければ話が始まらない。

―――だが【ドライトロン】という分かりやすい脅威に対して霊使は当然対策を用意している。

 

「その効果にチェーンして【サモンリミッター】発動!互いに召喚・特殊召喚・反転召喚は一ターンに二度しか行えない!」

「うそでしょ!?―――【竜輝巧―ラスβ】をコストに【竜輝巧―バンα】を守備表示で特殊召喚!デッキから【サイバーエンジェル‐弁天‐】を手札に加える。…さらに弁天をコストに【竜輝巧―ルタδ】を守備表示で特殊召喚!効果で手札の【流星輝巧群】を公開!一枚ドローするよ…!更に【宣告者の巫女】をデッキから手札に!」

「そこまでだぜ、流星!」

 

本来ならここから【イーバ】なり【宣告者の巫女】なり召喚してさらに展開を伸ばしていくのが【ドライトロン】の動きだ。

だが、今は【魔法族の里】により魔法カードが封じられ、【サモンリミッター】により召喚回数が制限されている。しかも間が悪い事にこの状況を突破できるカードはいまの流星のデッキには存在していない。

この二つの効果により、流星のデッキは今までに無いほどに機能不全を起こしていた。

 

「…僕はこれでターンエンド。」

 

流星 LP8000 手札4枚

モンスターゾーン 竜輝巧―バンα(守備表示)

         竜輝巧―ルタδ(守備表示)

 

霊使 LP8000 手札0枚

モンスターゾーン 憑依装着‐ウィン

フィールド魔法  魔法族の里

魔法・罠ゾーン  憑依解放

         サモンリミッター

         伏せ×1

 

(手札をオールインした甲斐はあったな。これで流星の初動を大きく送らせることに成功した…!)

 

流星のデッキは一度回り始めてしまえばどうしようもないほどに逆転不可能な盤面を作り上げて来る。【崇高なる宣告者】や【虚竜魔王アモルファクターP】などがいい例だ。これらのモンスターで制圧しつつ最終的に切札たる【竜儀巧‐メテオニス=DRA】を儀式召喚。そのままゲームエンドに持ち込む。

 

(これ先攻とれなかったら絶対に死んでた…!絶対にあの世行きになってた…!)

 

もしこの手札で後攻なら即座にサレンダーを選択したことだろう。

それが先攻だったから何とかなっただけの話だ。霊使は常に()()()()()()()()()()()と自分を戒めている。未だ自分は挑戦者のままなのだと、理解している。

 

「さあ、俺のターンだぜ、流星!ドロー!」

「…むぅ。」

 

霊使の宣言と共に不機嫌そうに頬を膨らませる流星。

まあ大方自分が望んだとおりの決闘が出来なくて不満げなのだろうが―――そもそも霊使のデッキで相手にまともに取り合ったらそれこそ即座に消し炭にされる。

だから、その不満げな顔は流星に犯行の一手がない事の証左であり―――即ち、霊使にとってのチャンスの証拠であると言えよう。

 

「手札誘発はなさそうだな。俺は伏せカード【精霊術の使い手】を発動!たった今引いた【教導の聖女エクレシア】をコストにデッキから【憑依覚醒】をセットし【憑依装着―アウス】を手札に加える!そのまま【憑依覚醒】を発動して【憑依装着―アウス】を召喚!【憑依覚醒】の効果でデッキから一枚ドロー…お?」

 

霊使は退いたカードを確認する。

「よりにもよってきちゃったかー」というような複雑な心境だ。勿論有効活用できるカードであるので、雑に伏せておくことにする。

 

「カードを一枚伏せて―――バトルだ!取り敢えず守備表示の【竜輝巧―バンα】と【竜輝巧―ルタδ】を攻撃!」

「守備表示だからダメージはないけど…きっついなぁ…!」

「そんでもってこれでターンエンドぉ!」

 

魔法が使えない、モンスターを十分に召喚出来ない。

それだけで相手は十分に満足なデュエルが出来なくなる。

霊使は後にこの時の試合をこう語った―――。

 

「何もさせないのが勝ちなんだ」、と。

一番近いのは凪の【忍者】デッキだろうか。

相手を封殺し、自分の動きを通し、相手の全てを奪い去る。

それが【メタビート】と呼ばれるデッキ形態だ。

 

「…くそぉぅ!何もできない!」

「それが俺の作戦だぜ!「何もさせない」―――そして「俺は自由にする」。いやー、楽しいなぁ!」

「こんの…極悪人めぇ!」

「ふはははは!何とでも言うがいい流星!やはり霊使いこそ強靭!無敵!最強ォォォォ!」

 

結局、流星は霊使の盤面を崩すことは叶わず、次のターンに一斉攻撃を喰らい敗北。

二勝一敗―――流星たちからしてみれば最後の最後でケチが付いた形になり、霊使たちからすれば有終の美を飾ることが出来ず―――結論から言えば、この決勝は双方にとって何とも言い難いものになったのであった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「不完全燃焼ぉぉぉぉう!」

「それはこっちのセリフだぁぁぁぁぁ!」

「勝たせてよ!あそこまで言ったら勝たせてよ!霊使君のKY!鬼!魔法使い族!」

 

「…どうしてこうなった…?」

 

咲姫は目の前で男どもの咆哮する姿を見ていた。

理解が及ばない。かすかに頭痛を覚えた気がして、咲姫はこめかみを押さえた。

ほんとうにどうしてこうなったのか。

 

(たしか…)

 

事が終わって夕刻。

霊使は奈楽、咲姫、流星の三人と合流して久しぶりに四人で夕食を食べに行くことにした。

当然、ウィン達を伴って―――ではない。ウィン達は部活の懇親会の方に顔を出している。

事情を知っている3人からすれば霊使とウィンはセットなのだ。

だからウィンを伴わず、霊使一人で現れたときは三人ともびっくりしたものだ。

 

「ウィンちゃんは?」

「ん?ああ…プリメラの愚痴聞いてる。彼女なぁ…あんまり活躍できなかったみたいでずっと落ち込んでんの。で、ウィンがその愚痴に付き合ってる。聞き上手だからなぁ、ウィンは。」

 

ウィンの居場所をおっかなびっくり聞いてみた咲姫。

霊使は苦笑しながら「行こうぜ」と言葉を出した。

―――暦の上ではもう秋な9月。しかしながら照り付ける太陽は夏の時とさほど変わらない。

 

「…インドア派の俺にはキツイぜ…。暑くて溶けそうだ。」

「予約した店はもうすぐそこだから頑張って!」

 

何とか予約した店にたどり着いた霊使一行。

その店はリーズナブルで高品質な中華が楽しめるファミリーレストランだった。本来なら予約は受け入れてないらしいのだが、今回は出場選手という事もあり特別に予約を受け入れてくれたのだそうだ。

案内された席に座り、普通に料理を楽しんで行く。

 

「…ほえ?」

 

最初に様子がおかしくなったのは霊使だった。

次に流星、奈楽とどんどん様子がおかしくなっていく。

場酔いというのか気分が高揚してきたとでもいうのか。

どんどん様子がおかしくなっていって今ではあの様だ。―――まあ、周囲に迷惑かけていないのでいいだろう。

 

(男子高校生ってすごいなぁ)

 

そんな事を呑気に考える余裕すらある鈴花なのであった。




登場人物紹介

・霊使
勝ったぞ!

・流星
負けたぞ!

今回の章は嘗ての仲間と霊使君と戦わせる事なんですけど、流星戦は勝敗が既に決まってました。
サモンリミッターが意外と強いのでみんなも使おう!


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幕間:兄妹の時間

 

夕日がてらす河川敷。

私―――四道咲姫と兄―――四遊霊使は二人でその道を歩いていた。

なんてことはない、ただの兄弟の時間。

いままでで取ることが出来なかった、兄と妹の二人っきりの時間。

本来なら兄は彼女―――というか事実上の妻のウィンと一緒にゆったりしているころだ。

それを自分が無理を言って付き合ってもらった。

 

『…家族とはちゃんと話しなよ、霊使も、咲姫も。』

 

ウィンのその言葉は―――とても重かった。

彼女自身、もう二度と彼女の家族と―――姉であるウィンダと話せないのだ。

実感を伴った言葉であったせいか、その言葉は二人の心に重くのしかかる。

 

『…二人とも、ちゃんと帰ってきてね。』

『分かってる。…じゃ、行ってくるよ、皆。』

 

そうやって二人で並んで歩いて、川の河川敷にやって来た。

私は河川敷の芝生の上に腰を下ろす。

兄もそれに倣って私の隣に腰を下ろした。

 

「…」

「…」

 

沈黙が場を支配する。

私も、兄もどちらも口を開かない。

連れ出したはいいが、何を話すか―――なんてことは一切決めていなかった。

 

「はあ、兄妹って何だろう。」

 

つい、常日頃から思っている疑問が口から洩れた。

兄妹とは、どんな関係なのだろうか。

兄と妹という風に言ってしまえばそれまでの関係なのだろう。

血のつながる、ちょっとだけ似たようなところがある、他人。

あるいは―――血という何よりも硬い鎖で雁字搦めにされた関係。

家族という特別な関係。

そんな普通の価値観からすれば私達の在り方はとても歪なのだと思う。

 

「…私達ってどんな関係なんだろうね、お兄ちゃん。」

「急に重くなったな?」

「ふと思ってさ。…私の友達にも兄弟が居るんだよ。いつも一緒に居るんだって。」

 

私達の関係を言葉にするのであればどんな言葉がいいのだろう。

それをしっかりと口にしなければと思うのに、どうしたってその言葉が形になることは無い。

私達は、兄妹で、別の家族で、そして―――敵同士だった。

今ではすっかり仲は昔のように戻ったけれど。それでもどう接するのが正解なのか分からない。

私は、未だ兄にどこか仄暗いものを抱えているのかもしれない。

 

「…私達は離ればなれになって、それぞれ違う時間を過ごしてきた。…もしかしたら、私達が交わることはもう何もなかったのかもしれない。」

「…そうだな。たしかに咲姫の言う通りだ。あんなことがなければ今頃俺とお前は殺し合ってたかもな。」

「笑えない冗談…とも言い切れないのがなぁ。」

 

本当に兄とこんなことを話せるのが奇跡に等しい。

クーリアが居て、皆がいて、そしてなによりも兄がいる。

それだけの日常がこんなに尊いものという事を噛みしめる。

そしてそれが今までの自分ではどうしようもなく手に入らなかったものだという事も。

 

「…私達は、生まれたタイミングがちょうど日をまたいでいたから、兄妹になったんだって。」

「ふぅん?」

「私達が双子だったら、この関係性もまた別の呼び名になってたのかなぁ。」

 

―――何かが違っただけで、「兄と妹」という関係にはなれなかった。

お互いにとって最もいい距離であるのはきっと「兄と妹」だ。それは間違いないだろう。

だが、もしそうなっていなかったらと考えると―――少し、怖い。

苗字も、育った環境も違う。もしかしたら血さえ繋がっていないのかもしれない。そんな間柄を一体どんな言葉で言い表せるというのだろう。

 

「………そんなのは、想像できないな。」

「うん。…本当にそう思う。想像できない…したくない。」

 

それでも、今の私と兄は「兄妹」だ。

その事実はどうやったって変わることは無い。それが変わることがあるとすれば、親が不貞を働いていたとかそう言うレベルの話になる。

流石にこの年になって親の不貞発覚は知りたくない。

 

「話が逸れた…!」

「逸れたというか逸らしたというか…いいか、咲姫。俺達は俺達だ。どんな関係だろうとそれは変わらない。俺とお前は家族なんだよ、間違いなくな。」

 

迷いなくそう言う兄。

どうやらどこまで行っても彼の中で家族は家族のままらしい。

どうやらレッツインモラルという事にはならなさそうで安心した。

 

「だから…まあ、なんだ。その…気にするなよ。咲姫はオレにどんどん甘えていいんだ。」

「お兄ちゃんはやっぱすごいや。私の不安なんて簡単に見抜いて…」

 

話せば話すほどこの人が兄で良かったと思える。

ああ、何も心配する必要は無かったのだ。

私は私のままでいていいんだ。私が私のままを表現していいのだ。

 

「…不安、だったのかもね、私は。」

「咲姫が…不安?…うっそだぁ。」

「失礼だなぁ。私だって不安を抱く時くらいはあるの!―――女の子なんだから。」

「そりゃそうだ。」

 

この人の隣にいるとすごく安心できる。

自分が自分のままでいていいのだと、他の誰でもない「四道咲姫」でいていいのだと肯定してくれる。

それがたまらなくうれしいのだ。

自分が自分でなくなることの辛さは何よりも知っているから、自分でいられることの価値を知っている。

それを誰かに強制することはあってはならない。そうなっている相手なら誰であろうと救おうと手を伸ばすはずだ。

 

「私ね、個人戦に出るんだ。」

「…へぇ。そりゃいいこと聞いたなぁ。」

「お兄ちゃんも出るでしょ?…一般枠で。」

「…そ。おかげでいきなり強敵と戦う事になったがな。」

 

兄が何を言わんとしているかもう理解した。

この大会期間中―――個人戦前に「兄と妹」として接するのはきっとこれが最後だ。

明日を迎えれば、試合を終えるまでは「兄と妹」ではなくただの相対する決闘者。互いが互いの命を狙う挑戦者で、そこに戦意以外を持ち込むことは互いにとって不敬だ。

敬意と戦意と―――熱意。それ以外は無用だと既に分かっている。

 

「…負けないからね。」

「俺の方こそ。兄より優れた妹は存在しないからな!」

「…それは負ける側が言うセリフじゃないの?」

「ハハハ!そうだな。―――迷いは、もうないだろ?」

 

分かっていたのか。

本当に聡い兄だ。

実の所―――悩んでいた。自分が兄の道を妨げる壁になってはいけないと思っていたから。

今日連れ出したのは、「棄権してほしいかどうか」を聞くためだった。

兄を栄光のロードへと導くのが兄への贖罪なのだと思っていたからだ。

だが、もうそんな事はどうだっていい。私の心が、体が、私を形作る全てが兄との戦いを望んでいる。

 

「うん。お兄ちゃんよりも私が強いって―――私の全てで示してあげる!」

「言ったな?…俺だって負けるつもりはないさ。かかって来いよ、咲姫!」

 

兄妹として、ライバルとして。

二人の間に最早言葉不要だ。後は拳―――互いのデッキで語り合うだけだ。

負けるつもりは毛頭ない。

それが私の決意なのだから―――。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

兄妹という関係は羨ましい。

ウィンにとって家族とは喪ってしまったものだ。

それはどうしたって覆しようのないの無い事実だ。

だが、今ある関係を守る事くらいはまだできる。

それくらいの検診はどうか許してほしい。

自分だけじゃ霊使を幸せにする事なんてできないと分かっている。

 

(みんなとなら、きっと大丈夫だよね。)

 

幸せは―――ただ愛する人と一緒に居れば成り立つものではない。

彼の世界は、ウィンと彼の二人きりの物ではないのだ。周りにはエリアやアウス、ヒータもいるし咲姫や奈楽、克喜のような友人もいる。

独りじゃできない事でもみんなと一緒なら出来る。―――それは、普通のことのようでいてとても尊い事なのだ。

だから、霊使と咲姫を送り出せた。嫉妬はあるけれど―――家族という関係は何事にも代えがたいものであると理解しているから。

家族と話せないからこそ、家族の大切さが良く分かる。

その関係で悩んでいる咲姫の事をどうして放っておくことができるだろうか。

きっと、自分の姉―――ウィンダでも同じように送り出したはずだ。

 

(お姉ちゃん…私はもう、大丈夫だから。)

 

遠くにいる姉に再会したら話したい事がたくさんある。

そしてこれからもきっと話したいことは増えていくだろう。

その話の中には霊使が居て、仲間がいて、皆がいる。

 

(大丈夫だから…見守っててね。)

 

少女は静かに夕暮れを見上げるのであった―――。

 




というわけで幕間です。
次回から個人戦という名の本番が始まります。


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一回戦:響く多重奏の軌跡

 

「…さて。」

 

個人戦の開会式を終えて、順に一回戦が始まっていく。

今回の個人戦では、咲姫、それに水樹が出て来る。それに加えて、同じ学校からは鈴花が出場することになっている。

霊使はあくまで「予選枠」。かつての大会予選で勝ち抜いたうちの一人というわけだ。

この個人戦には予選を勝ち上がり、出場資格を得た8名と団体戦の出場校から選ばれた24人の決闘者―――計32名の出場者が居る。

一度でも負ければそこで終わりのトーナメント戦だ。

 

「…行くか。」

 

そして霊使の最初の相手は四道咲姫。

霊使の実の妹である。

兄としてではなく、一人の人間として、負けたくない。

 

「覚悟はできてる?」

「勿論。勝っても負けても…全力を尽くすさ。」

 

あれから妹はとても強くなった。

自分でも苦戦する―――あるいは手も足も出なくなる【粛声】を前に火力で押し切るという荒業をやってのけるほどには強くなった。

すでに真正面から無策で挑むなんて愚行は考えていない。

 

「俺が咲姫に対してとるべき戦術は…リソース切れ…か?」

 

霊使は頭の中で考えた。

どうすれば咲姫に対抗できるのかを。

咲姫のデッキのメインはP(ペンデュラム)召喚だ。一気に大量のモンスターを展開できる。

半面手札消費は荒く、リソースが尽きるのが早い―――はずだ。

 

「でもな―…【アストログラフ・マジシャン】やら【ヘビーメタルフォーゼ・エレクトラム】やらがあるから…うん、リソース切れで敗北だけはないね。」

「そんな事は分かってるんだよなぁ!」

「だよねー…。」

「ここは安心と信頼の【増殖するG】だな、これで相手の展開を抑制するしかない。」

 

だがそんな希望は咲姫の用いる展開札兼リソース札である二枚のカードによって難なく砕かれるだろう。敢えて言葉にしなかったのだが―――ウィンの指摘によって気休めをすることさえ許されない。

 

「…そういえばさ、今回墓穴搭載しなくてよくない?」

「いやー…【灰流うらら】対策に入れておくべきだと思うよー?」

 

基本、P(ペンデュラム)召喚を用いるデッキにおいて墓地にカードが溜まるというのは珍しい。何故ならPモンスターは基本「フィールドから墓地に送られる代わりにEXデッキに表向きで加わる性質を持つ」カードである。それは【閉ザサレシ世界ノ冥神】や各種【壊獣】にリリースされた際も同様だ。

 

「それで次のターンにP召喚で再展開なんだからぶっ壊れているというかなんというか…。」

 

そうウィンは苦笑する。

そう言えば彼女はリンク召喚が発見されて以降のペンデュラム系デッキしか知らないのだったか。

確かに展開力はずば抜けているし、展開の際に小型のモンスターも用意することで大型リンクと切り札を並び立たせるといった事が可能だ。

酷い時には霊使も愛用している【召命の神弓‐アポロウーサ】と【アクセスコード・トーカー】、それに彼女自身の切り札である【グランドレミコード・クーリア】、【覇王龍ズァーク】もしくは【覇王天龍オッドアイズ・アークレイ・ドラゴン】という悪夢のような盤面が成り立つ時があるのかもしれないのだ。考えるだけで身の毛もよだつようなことである。

 

「よし、デッキの調整はこんなもんだろう。後は当たって砕けろ、だ。」

 

結局、相手のデッキは戦うまでは分からない。

それに咲姫は身内―――身も蓋もない考え方をすれば互いに「デッキの基本的な情報は持っている」ということだ。

 

「緊張するなぁ。」

「事が終わったら皆で癒したげるから…ほら、行くよ?」

「…わーってるよ。…行くか、皆。」

 

エリアに叱咤されて、霊使は緊張している場合ではないと自信を奮い立たせる。

そして霊使は一世一代の兄妹勝負の場に足を踏み入れたのであった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

咲姫は一足先に会場に立っていた。

対戦相手である兄はまだ来ていない。流石に妹に負けるのが怖くて尻尾巻いて逃げたなんてことは無いだろう。

 

「凄い歓声…咲姫、大丈夫かしら?」

「うん。クーリアも…クーリアは日常茶飯事か、こんな歓声。」

 

咲姫は歓声を気にしていた。この会場は狂気的といえるまでの歓声に包まれていたからだ。

一体どれだけ期待しているんだ、と頭を抱えそうになる。

もっとも大概の観客の興味はデュエルの内容ではなく「兄妹対決」と言うところに熱狂しているのだろう。

だから歓声とかは大して気にならない。

そんな事を考えていると、歓声がひときわ大きくなる。―――どうやら待ちかねていた相手がとうとう来たようだ。

 

「…さて、と。来たね、お兄ちゃん。」

「まあな。流石に…不戦敗は避けたいところだ。勝敗自体は分からないけどな。」

 

勝敗自体は分からない。それは紛れもなく、霊使が咲姫を対等な相手として認めている言葉だった。

正直な所、兄が羨ましかったのだ。自分よりずっと前に進んでいくその背中が余りにも遠くて―――それで少しばかり妬いてしまっていた。

それでも、自分を信じて、前に進んで。

ようやくその背に追いついたのだ。

そして、今日その背を追い越す日が来た。

 

「最早言葉は不要!もう戦わなければ生き残れないんだよ、お兄ちゃん!」

「面白いこと言うなぁ!戦わなければ生き残れない…いい言葉だ。」

 

心は浮足立って、心臓が早鐘を撃つ。

熱い血潮が全身を巡り、戦意と熱意が湧きたつ。

―――最高のコンディションだ。後は全身全霊を霊使に対してぶつけるだけ。

 

「…私の、先攻!」

 

咲姫は兄を超えるための一手を既に見つけている。

後は、それを―――か細い勝機を手元に引き寄せられるかどうかだ。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

(この肌に突き刺すような戦意…!ここまで成長するか、普通!?)

 

咲姫は何処か自罰的なところがある子だった。

それがどうだ。今は心の底から湧き上がっているであろう闘志に身を任せ爛々とその瞳を輝かせている。どうやら咲姫はやる気満々どころの話ではないらしい。

 

「強ければ強いほど燃える。…とは言ったものの、こりゃまずいか。」

 

こういうのは大体やる気がすごい方が勝つのだ。

といっても手札には現代デュエルモンスターズにおける三種の神器の内の二枚を確保している。

 

「私は魔法カード【竜の霊廟】発動!」

「【覇王眷竜ダークヴルム】を墓地に送るつもりか!そうは行くか、手札から【灰流うらら】を捨てて効果発動!その効果を無効にする!」

「…【増殖するG】がありませんように…!速攻魔法【墓穴の指名者】!これでうららを除外してその効果を無効に!」

「勝った!チェーン4!【増殖するG】!」

「あああああああ!?」

 

仕方が無いので【灰流うらら】を囮に【増殖するG】の効果を通す。

無論、咲姫はこのターン特殊召喚しないという選択肢を取ることもできるが、それは当然愚かな行為だという事を理解しているだろう。

 

(お兄ちゃんのデッキはなぁ…最悪【火霊術―「紅」】やらでのバーンがありえるからなぁ…。)

 

なんてことを考えているのだろう。

確かに霊使の用いる【霊使い】にはそれぞれの霊使いに対応した【霊術】が存在する。

だが、霊使は基本的にその類のカードを用いてない。出力の大半を汎用カードと【憑依】魔法罠カードに頼っているからだ。つまるところ―――【霊術】を採用する余力がない。

 

「あーッ!あーッ!?最悪だーッ!」

「さあ、どうした咲姫!来いよ、特殊召喚なんて捨ててかかってこい!」

「無理だよぉ!…とにかく、墓地の【覇王眷竜ダークヴルム】の効果発動!このカードを特殊召喚する!」

「一枚ドロー!」

 

咲姫は【増殖するG】の効果を無効にできなかった以上、二度と崩されないような強固な盤面を作り上げるしかない。

躊躇ってしまっては負ける。それは確かな事だ。

 

「【覇王眷竜ダークヴルム】は特殊召喚・召喚成功時にデッキから【覇王門】Pモンスター一体を手札に加えられる!【覇王門零】を手札に。更に魔法カード【ドレミコード・エレガンス】を発動!手札の【シドレミコード・ビューティア】を表向きでEXデッキに加えて、【ドドレミコード・キューティア】と【ドドレミコード・クーリア】をPスケールにセッティング!」

 

手札三枚という状況からよくもまあデッキが回るものだ。残り二枚の手札の内、一枚は【覇王門零】であることが確定している。後の一枚が【ドレミコード】Pモンスターでなければよいのだが。

【ドレミコード】Pモンスターは音階に合わせて七種類存在している。複数種類手札に遭ってもそうそう驚くようなことではないだろう。

 

「私は手札から【ファドレミコード・ファンシア】を召喚!【ファンシア】の効果でデッキから【ソドレミコード・グレーシア】をEXデッキに表向きにして加える。…私は【覇王眷竜ダークヴルム】と【ファドレミコード・ファンシア】の二体でリンク召喚!頼んだよ、【ヘビーメタルフォーゼ・エレクトラム】!【ヘビーメタルフォーゼ・エレクトラム】の効果で【アストログラフ・マジシャン】をEXデッキに表向きで加える!」

「…【夢幻泡影】がねぇ!?」

 

そして咲姫は全てのPデッキがお世話になるであろうカード、【ヘビーメタルフォーゼ・エレクトラム】のL召喚に成功する。

そして、このカードの召喚に成功したという事はさらなる展開が確定したという事である。何故なら、このカードはペンデュラム召喚を主体とするデッキにおいて展開の中核を担うほどの力を持ったカードだからだ。

 

「【増殖するG】の効果で一枚ドロー!」

「そんなもんじゃ私はもう止まらない!私は【ヘビーメタルフォーゼ・エレクトラム】の効果発動!効果で私の【ドドレミコード・クーリア】を破壊して【アストログラフ・マジシャン】をEXデッキから手札に加える!さらに【ヘビーメタルフォーゼ・エレクトラム】と【アストログラフ・マジシャン】の効果でチェーンを組むよ!」

「【アストログラフ・マジシャン】は自分の場のカードが破壊されたときに特殊召喚できるカード…!」

「おまけに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()もあるんだけどね!」

 

【ヘビーメタルフォーゼ・エレクトラム】は、自身のペンデュラムゾーンからカードが離れたときに一枚ドローする効果がある。そしてEXデッキからペンデュラムモンスターを回収する効果は自身のP(ペンデュラム)ゾーンのカード一枚を破壊することで起動する。

つまり、自身の効果を使用するだけで一枚ドローしつつEXデッキのPモンスターを回収できるのだ。事実上の【強欲な壺】といっても差し支えはないだろう。

 

「…まずは【アストログラフ・マジシャン】を特殊召喚!効果で【ドドレミコード・クーリア】を手札に加える!」

「…【増殖するG】の効果で一枚ドロー。」

「そして【ヘビーメタルフォーゼ・エレクトラム】の効果で一枚ドロー!」

 

効果が自己完結しているカードは強い。それは疑いようのない事実だ。

そして、咲姫のデッキは大半がその強力なカードで構成されている。自己完結していて、尚且つ強いモンスターが咲姫の切り札なのだ。

 

「そして、今手札に加えた【ドドレミコード・クーリア】をPスケールにセッティング!手札から【覇王門零】を、EXデッキから【ソドレミコード・グレーシア】をP召喚!」

「【増殖するG】の効果で一枚ドロー。なんで…一枚しかドローできないんだ?」

 

ちなみにだが、P召喚は複数のモンスターを一度に特殊召喚するという性質がある。従って【増殖するG】の効果ではドローは一枚分しかできない。なんとも先にとって割のいい話で―――霊使自身にとっては都合の悪い話である。

 

「【ソドレミコード・グレーシア】の召喚成功時に効果発動!デッキから【ドレミコード】魔法・罠カードである【ドレミコード・ハルモニア】を回収!そしてそのまま【ドレミコード・ハルモニア】を発動!【ドレミコード・ハルモニア】の効果でEXデッキの【ファドレミコード・ファンシア】を手札に!」

 

【ドレミコード・ハルモニア】はEXデッキからカードを回収することができるフィールド魔法。それに加えて【ファドレミコード・ファンシア】は各【ドレミコード】をEXデッキに送ることができるカードである。この二つを合わせることでEXデッキに【ドレミコード】を溜めるのが目的なのだろう。

そうすれば、リソースの減少は最小限で済む。それにまだ真打は登場してはいない。彼女がオリエを倒すキーカードにもなったあのカードを。咲姫はまだ持ったままだ。

 

「…響け!響鳴のサーキット!」

 

現れるのはリンクマーカーに光が灯ってないサーキット。

そして、彼女がそれを宣言したという事は、彼女にとっての切り札が現れるという事である。

彼女が最も信を置く【ドドレミコード・クーリア】がさらに上位になった存在。

或いは新たに【ドレミコード】の主となった存在。

それが今、目の前に現れようとしている。

 

「アローヘッド確認!召喚条件はP(ペンデュラム)モンスターを含むモンスター2体以上。…私は【覇王門零】と【ヘビーメタルフォーゼ・エレクトラム】をリンクマーカーにセット…サーキットコンバイン!」

「…来るか!」

 

咲姫のフィールド上のモンスターが赤い光となってリンクマーカーに吸い込まれる。

左下、下、右下のリンクマーカーに光が灯り、―――そのモンスターはついに姿を顕す。

 

「世界を幸福に包む福音は今ここに!希望の音を響かせて!リンク召喚、リンク3―――【グランドレミコード・クーリア】!」

「一枚ドロー!」

 

グランドレミコード・クーリア 光属性 

天使族/リンク/効果

①このカードの攻撃力はEXデッキの表側表示のPモンスターの数×100アップする。

②このカードのリンク先のモンスターが発動した効果は無効にされない。

③1ターンに1度、相手が効果を発動した時に発動できる。自分のPゾーンのPスケールが奇数の「ドレミコード」モンスター一体をこのカードのリンク先に特殊召喚し、その発動を無効にする。その後、デッキからPスケールが偶数の「ドレミコード」Pモンスター一体を表側表示でEXデッキに加える。

ATK2700/LINK-3 (リンクマーカー:左下、下、右下)

 

咲姫の新たな切り札である【グランドレミコード・クーリア】がついにその姿を顕した。

モンスターを展開しながら相手の効果の発動を無効にできるという空恐ろしいカードだ。なんなら、このカードはEXデッキのPモンスターの数だけ攻撃力が100上昇するらしい。

まさに【ドレミコード】における決戦兵器と呼べるカードだ。

 

「私の今のEXデッキには【覇王眷竜ダークヴルム】と【覇王門零】、【シドレミコード・ビューティア】の三枚のPモンスターがあるから攻撃力は300上昇の3000!まだまだ上げていけるね!私はカードを一枚伏せてターンエンド!」

 

咲姫 LP8000 手札0枚

EXモンスターゾーン(左)グランドレミコード・クーリア(①、②、③がリンク先)

モンスターゾーン    ①なし

            ②ソドレミコード・グレーシア

            ③なし

            ④アストログラフ・マジシャン

            ⑤なし

Pゾーン         右ドドレミコード・クーリ

            左ドドレミコード・キューティア

魔法・罠ゾーン     ①Pゾーン

            ②なし

            ③伏せカード

            ④なし

            ⑤Pゾーン

フィールド魔法     ドレミコード・ハルモニア

 

「…ッスゥー」

「声にならない悲鳴を聞いた気がする。」

 

どうしようもなくはない。咲姫が構わずに特殊召喚してくれたおかげで手札は八枚。【灰流うらら】と【増殖するG】を使ったおかげで手札を整えることができたのではないだろうか。

 

「俺のターンだ、ドロー。まずは雑に【サンダー・ボルト】発動!」

「うおお!?【グランドレミコード・クーリア】の効果発動!【ドレミコード・クーリア】を召喚してその発動を無効に!ちょっともったいないけど更にその効果にチェーンして【覇王龍の魂】発動!」

 

咲姫 LP8000→4000

咲姫⑤の位置に覇王龍ズァークを特殊召喚

咲姫①の位置にドドレミコード・クーリアを特殊召喚

 

咲姫はこれだけ引いていれば【ライトニング・ストーム】か【ハーピィの羽箒】のどちらかを引いていると予測したのだろう。それなら破壊される前に墓地に【覇王龍の魂】を置いておくという意味合いを込めて、ここではtどうするのはあながち間違いでは無いと言えるかもしれない。

もっとも、効果を発動させる必要は無いと踏んだのか、咲姫は【覇王龍ズァーク】を【グランドレミコード・クーリア】のリンク先に置こうとは思わなかったようだが。

 

「…俺は、手札の【憑依装着―エリア】をコストに速攻魔法【精霊術の使い手】発動!」

「墓地の【覇王龍の魂】の効果発動!相手が魔法を使った時墓地のこのカードとフィールド上の【覇王龍ズァーク】を除外してデッキ・EXデッキから【ペンデュラム・ドラゴン】、【シンクロ・ドラゴン】、【フュージョン・ドラゴン】、【エクシーズ・ドラゴン】モンスターをそれぞれ一体ずつまで特殊召喚できる!私は【クリスタルクリアウィング・シンクロ・ドラゴン】をEXデッキから、【オッドアイズ・アークペンデュラム・ドラゴン】をデッキから特殊召喚する!」

 

当然ながら、咲姫は自身のカードの特性をある程度把握している。

だからこそ、この状況での最適解をはじき出せたのだろう。

 

「無駄撃ちさせるしかないな。俺は【憑依装着―アウス】を手札に加えて【憑依覚醒】をセットする。そんでもって【ライトニング・ストーム】発動!当然、フィールドのモンスター全てを破壊する!」

「…【クリスタルクリアウィング・シンクロ・ドラゴン】の効果で無効に!」

 

だが、咲姫は一つ大きな失態を犯していた。

霊使は一ターンに一度だけありとあらゆるモンスター効果を無効にできるフィールド魔法があることを失念していたのだ。

あるいは発動しても【クリスタルクリアウィング・シンクロ・ドラゴン】の効果で無効にできると考えていた。

 

「そうか!なら【大霊術‐「一輪」】を発動!」

「あ…。ああああああ!?」

 

咲姫からすれば先ほどの【ライトニング・ストーム】を無効にしなければ【ドドレミコード・クーリア】を含めた全てのカードが破壊されていた。それこそP召喚でも取り返せないような打撃が与えられていただろう。

 

「悪いな、咲姫!手加減できるほど軟な相手じゃないって分かってるからな…悪いが全身全霊で潰させてもらうぞ!」

「この…鬼!悪魔!鬼いちゃん!」

 

霊使からしてみれば咲姫の盤面を全て潰すつもりであったので思ったよりずっと強固な盤面だったようだ。【覇王龍の魂】は確かに厄介なカードだ。強力な制圧効果を持つモンスターをいとも容易く特殊召喚できるのだから、その強さは推しはかるべし、というべき類のものだろう。

 

「…どうしようもないほどの強さってわけでもない。」

 

だが、それでもまだ何とかなる程度の強さではある。

少なくとも【クシャトリラ】や【ビースデッド】に代表されるような「どうしようもないほどのナニカ」ではないのだ。それならば戦える。

だが、手順を間違えれば、そこでゲームはおしまいだ。次のターンに一斉攻撃を喰らって、無事に爆発四散することになるだろう。

 

「俺は手札から…【妖精の伝姫(フェアリーテイル)】発動。さらにセットカードの【憑依覚醒】を発動。そして【憑依装着ーヒータ】を召喚!【憑依覚醒】の効果で一枚ドロー!さらに【妖精の伝姫(フェアリーテイル)】の効果で【妖精伝姫(フェアリーテイル)‐カグヤ】を召喚。効果発動!」

「…【ドドレミコード・クーリア】の効果発動!」

 

咲姫はここで【ドドレミコード・クーリア】の効果を発動した。どうやら【妖精伝姫-カグヤ】の効果を通すとまずいと感じたようだ。その勘はあっているのだが―――いかんせん、既にどうしようもなくなっていた。

 

「守備力1500の魔法使い族モンスターが居るから【大霊術-「一輪」】により【ドドレミコード・クーリア】の効果を無効にする!さらに【妖精伝姫-カグヤ】の効果でデッキから攻撃力1850の魔法使い族である【憑依装着―ウィン】を手札に。そして【大霊術‐「一輪」】の効果発動!手札の【憑依装着-アウス】を公開してデッキから同属性で攻撃力1500、守備力200のモンスター一体を手札に加える!俺は【デーモン・イーター】を手札に加える!【デーモン・イーター】はフィールド上に魔法使い族がいる場合、特殊召喚できる!」

「―――これは、いつもの展開パターン…!」

 

霊使のデッキは展開力の大半を魔法と罠に依存している。このデッキで自力で多面展開できるカードは【憑依覚醒―デーモン・リーパー】において他にない。

いつもの流れなら【I:Pマスカレーナ】に繋いで相手のターンに【閉ザサレシ世界ノ冥神(サロス=エレス・クルヌギアス)】のリンク召喚を狙う。だが、今この盤面で奇襲性が必要かといわれれば否だろう。今はどれだけ多くのモンスターを盤面から退かせることができるか、これに尽きる。

 

「俺は【妖精伝姫―カグヤ】と【デーモン・イーター】をリリースしてデッキから【憑依覚醒―デーモン・リーパー】を自身の効果で特殊召喚!【憑依覚醒―デーモン・リーパー】は自身の効果で特殊召喚された場合墓地からレベル4以下のモンスター一体を効果を無効にして特殊召喚できる!俺は効果を無効にして墓地から【憑依装着―エリア】を蘇生!」

「…【閉ザサレシ世界ノ冥神】の為の素材を確保するつもり?」

 

霊使が【閉ザサレシ世界ノ冥神】をリンク召喚する際、基本的にリンク2のモンスターを素材にしてリンク召喚を行う。それは、【閉ザサレシ世界ノ冥神】の召喚条件は効果モンスター4体以上といっそ異常といえる程度には重いからだ。

その代わりに相手一体をリンク素材としてあらゆる耐性をすり抜けて墓地に送ることができる。条件の重さゆえの救済処置といったところだろうか。

―――しかし咲姫は展開を行いきった盤面。故に、一体を素材にするだけではまだ足りない。

 

「妨害効果を吐き切ったことがあだになったな、咲姫!…現れろ、世界を拓くサーキット!アローヘッド確認…召喚条件は―――()()()()()()()()()!」

「そんな…【I:Pマスカレーナ】じゃ…ない!?」

 

咲姫は、霊使が召喚しようとしているモンスターの予想がつかなかった。霊使が普段使用している【I:Pマスカレーナ】のリンク召喚の条件「リンクモンスター以外のモンスター2体」だったはずだ。何度か確認したのだ、それは間違いない。

ならば、霊使が召喚しようとしているモンスターは一体なんだというのか。

 

「俺は【憑依覚醒―デーモン・リーパー】と【憑依装着―エリア】をリンクマーカーにセット。サーキットコンバイン!―――閉ざされた世界を照らすは天の月、一筋の光明をここに!リンク召喚―――LINK‐2【閉ザサレシ天ノ月(サロス=ナンナ)】!」

 

霊使 閉ザサレシ天ノ月をL召喚(リンク先:咲姫の③、④)

 

その姿は―――何といえば良いのか。

小さくなった【閉ザサレシ世界ノ冥神】とでもいえば良いのだろうか。元のクルヌギアスから幾分か小さくなったような少女は、しかしながら【閉ザサレシ世界ノ冥神】と同じ雰囲気を纏っていた。

 

(何か、妨害を―――)

 

咲姫は手札を見る。―――しかし手札にあるのは【ファドレミコード・ファンシア】一枚のみ。このカード一枚ではどうしようもないだろう。あのカードはサーチカードとしては優秀だが、だからといって一枚だけでこの状況をひっくり返せるカードでも無い筈だ。

だから、霊使はもう妨害はない、とはっきりと言いきることができる。

 

「自身の効果で特殊召喚した【憑依覚醒・デーモン・リーパー】が墓地に送られたとき、デッキから【憑依】魔法・罠か【地霊術】カード一枚を手札に加える。俺は【憑依連携】を手札に。そして―――」

「嫌な予感がするよぉ!」

「【閉ザサレシ天ノ月(サロス=ナンナ)】の効果発動!」

 

勝負は既に中盤戦。兄妹の激闘はまだまだ続くのだ。




登場人物紹介

・四遊霊使
ここにきてデッキに新カードを投入した。
マスカレーナが奇襲用のカードなのだとしたら、ナンナは捲りようのカード

・四道咲姫
覇王ドレミコードぶっぱする人。
トラップトリックなどを積んでいるので実は割と【覇王龍の魂】は簡単に発動できる。

長くなりましたが本命の個人戦、開幕です。
あと、基本的に左側から番号を振っています。

次回もお楽しみに


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一回戦:閉ざされし世界を照らすは天の月

霊使 手札4枚 LP8000

EXモンスターゾーン(左) 閉ザサレシ天ノ月(リンク先:咲姫の③、④)

モンスターゾーン    ①なし   

            ②なし

            ③憑依装着‐ヒータ

            ④なし

            ⑤なし

魔法・罠ゾーン     ①憑依覚醒 

            ②妖精の伝姫

            ③なし

            ④なし

            ⑤なし

フィールド魔法     大霊術―「一輪」

 

咲姫 LP8000 手札1枚

 

EXモンスターゾーン(左)グランドレミコード・クーリア(①、②、③がリンク先)

モンスターゾーン    ①ドドレミコード・クーリア

            ②ソドレミコード・グレーシア

            ③クリスタルクリアウィング・シンクロ・ドラゴン

            ④アストログラフ・マジシャン

            ⑤オッドアイズ・アークペンデュラム・ドラゴン

Pゾーン         右ドドレミコード・クーリア

            左ドドレミコード・キューティア

魔法・罠ゾーン     ①Pゾーン

            ②なし

            ③伏せカード

            ④なし

            ⑤Pゾーン

フィールド魔法     ドレミコード・ハルモニア 

 

フィールド上のモンスターの数は咲姫の方が多い。しかし、霊使いはそれを補って余りある手札を持っている。そして何より【閉ザサレシ天ノ月】というカードの恐るべき効果を咲姫はまだ知らない。

 

「俺は、【閉ザサレシ天ノ月(サロス=ナンナ)】のリンク先の【アストログラフ・マジシャン】を対象に【閉ザサレシ天ノ月(サロス=ナンナ)】の効果発動!このターン、俺がリンク5のモンスターをリンク召喚するとき、対象のモンスターもリンク素材にすることができる!」

「…は?…え?…え?」

 

恐るべき効果―――それは【閉ザサレシ天ノ月】のリンク先のモンスター一体をリンク素材にできるというもの。【クリスタルクリアウィング・シンクロ・ドラゴン】は厄介な耐性を持っているが、そもそも対象にしなければいいだけの話だ。

どうやら咲姫は上手く状況を飲み込めていないようで、頭の上に?を浮かべている。

 

「…現れろ!世界を拓くサーキット!アローヘッド確認…召喚条件は効果モンスター4体以上。ただしこのカードをリンク召喚する場合、相手のフィールド上のモンスター一体をリンク素材にできる!」

「それって【閉ザサレシ天ノ月】の効果と重複したりは―――」

 

咲姫は一縷の望みを賭けてリンク素材とすることでの除去は【閉ザサレシ天ノ月】の効果と重複して結局一体しかリンク素材にされないのでは―――と聞いてきた。

しかし咲姫も内心で答えは分かっているのだろう。それも聞いて来たという事はそれだけこの状況が呑み込めなかったと見える。

しかし現実というのはいつだって非情だ。

 

「しないんだなぁこれが!俺は【閉ザサレシ天ノ月】と【憑依装着―ヒータ】、【クリスタルクリアウィング・シンクロ・ドラゴン】【アストログラフ・マジシャン】をリンクマーカーにセット!サーキットコンバイン!」

「まさかの2:2交換!?ウソでしょ!?ウソだと言ってよクーリアぁ!」

 

咲姫は涙目になりながらクーリアに助けを求める。

しかし、いくらクーリアでもルールに逆らうことなどできはしない。

なので、クーリアもこの圧倒的なディスアドバンテージを受け入れるほかないのだ。

 

「閉ざされた世界を照らす天の光よ、昏き世界の淵よりその姿を見せ我らが敵を撃滅せよ!リンク召喚…!夜を照らせ―――【閉ザサレシ世界ノ冥神(サロス=エレス・クルヌギアス)】!」

「出たーッ!?」

 

そして霊使にとってのとっておきの切り札である【閉ザサレシ世界ノ冥神】がフィールド上に現れた。

彼女が腕を振るえば世界は影に包まれ、そこに居るもの全ては影によって縛り付けられる。それがどれだけ屈強な竜であっても、天に幸せの音色を届ける天使であっても、それが、天を掴みし覇王であったとしてもだ。

誰もクルヌギアスの世界から逃れられない。故に、霊使はこのカードが破壊されたとき、自分の負けに直結すると考えている。

 

「【閉ザサレシ世界ノ冥神】の第一の効果。…このカードがリンク召喚に成功した時に発動できる。相手フィールド上の表側表示のモンスターの効果は無効化される…!」

「…これで【グランドレミコード・クーリア】の攻撃力は2700に減少…!」

 

これで相手を無力化に成功した。

しかしそれでもまだ終わったわけでは無い。相手の場にモンスターが居る限り、いくらでも再展開される。

だから、霊使がやるべきことは、咲姫のフィールドのモンスターの数を減らす事だ。モンスターが残っている限り逆転の目は残る。相手に逆転を許すつもりが無いのであれば、そのままモンスターの数を減らすのが良いのだ。

 

「…魔法カード【天底の使徒】発動。効果でEXデッキから【灰燼竜バスタード】を墓地に送り、デッキから【灰燼竜バスタード】以下の攻撃力を持つ【ドラグマ】モンスター―――【教導(ドラグマ)の聖女エクレシア】を手札に。【教導(ドラグマ)の聖女エクレシア】はフィールドにEXデッキから特殊召喚されたモンスターが存在する場合手札から特殊召喚ができる。さらに【教導の聖女エクレシア】は召喚成功時にデッキから【ドラグマ】カード一枚を手札に加えることができる。俺はいつもの【ドラグマ・パニッシュメント】を手札に!」

 

守備力1500の魔法使い族である【教導の聖女エクレシア】は【憑依連携】のような【霊使い】をサポートするカードの恩恵に与ることができる。【妖精伝姫】と【霊使い】のシナジーが強いように【ドラグマ】と【霊使い】のシナジーも相応にある。

つまり―――霊使は相当に考えたうえでこのデッキを使用している。そして考え抜かれたデッキは―――咲姫のデッキも含めて―――強い。

 

「バトル!【閉ザサレシ世界ノ冥神】で【グランドレミコード・クーリア】を攻撃!」

「あっ…!」

 

しかし、力量が同じだとしても決着は必ず起きることだ。

望んだ形であれどうであれ、戦いはいずれ終わる。いずれ終わってしまうのだ。

 

「【グランドレミコード・クーリア】撃破!」

 

咲姫LP8000→7400

 

咲姫は声に出さずとも苦悶の表情を浮かべていた。

救いは、霊使のモンスターがまだ二体しか居ず、その内の一体―――エクレシアに関しては攻撃力が低い。

まだライフポイントの多くを確保したままなのは咲姫にとってうれしい知らせであった事だろう。

 

「うう…キッツイなぁ。」

「俺はカードを二枚伏せてターンエンド。エンドフェイズ時墓地の【灰燼竜バスタード】の効果発動!デッキから【教導の騎士フルルドリス】を手札に加えてターンエンド。」

 

霊使 手札2枚 LP8000

EXモンスターゾーン(左) 閉ザサレシ世界ノ冥神(リンク先:②、③咲姫の③、④)

モンスターゾーン    ①なし   

            ②なし

            ③教導の聖女エクレシア

            ④なし

            ⑤なし

魔法・罠ゾーン     ①憑依覚醒 

            ②妖精の伝姫

            ③伏せ

            ④なし

            ⑤伏せ

フィールド魔法     大霊術―「一輪」

 

咲姫 LP8000 手札1枚

モンスターゾーン    ①ドドレミコード・クーリア

            ②ソドレミコード・グレーシア

            ③なし

            ④なし

            ⑤オッドアイズ・アークペンデュラム・ドラゴン

Pゾーン         右ドドレミコード・クーリア

            左ドドレミコード・キューティア

魔法・罠ゾーン     ①Pゾーン

            ②なし

            ③なし

            ④なし

            ⑤Pゾーン

フィールド魔法     ドレミコード・ハルモニア 

 

咲姫は効果を無効にされたとはいえ【グランドレミコード・クーリア】を失ってしまった。

一方の霊使は切り札である【閉ザサレシ世界ノ冥神】が居る。更に【ドラグマ・パニッシュメント】、【憑依連携】、【大霊術―「一輪」】といった妨害カードが咲姫の展開を阻んでくれる。

 

「…でもなぁ。」

 

それでも心配事が消えるわけでは無い。

いくら妨害札があろうと【ライトニング・ストーム】で消し飛ばされるのは変わらないし、何よりもペンデュラム主体のデッキにおいて破壊は大した意味を為さない。

 

「…私のターン。ドロー。」

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

カードが重い。デッキが妙に遠く感じる。

見えていた勝ちの目が一気に無くなったような気分だ。

兄はいつもこんな重圧に耐えていたのだろうか。確かに彼は勝ちを拾う事が多い。しかしそれは幾千の敗北の上に積み上げられた微かなものでしかない。

もし、いつもこんな気分になっているのだとしたら、自分は兄に追いついたと言えるのだろうか。

―――兄の背中が遠ざかっていく。追い付いたと思ったのにまた大きく離されてしまう。

自分が兄より劣っている―――それはそうだろう。それは間違いない筈だ。

だが、たとえそうであったとしてとしても―――

 

「…魔法カード【ドレミコード・エレガンス】発動!」

 

「負けたくない」というこの思いだけは誰よりも強い。

その想いにデッキはちゃんと答えてくれているのだ。ならば、劣っているだとかそんな変な事を考えている暇はない。

 

「【ドレミコード・エレガンス】でPゾーンの【ドドレミコード・クーリア】と【ドドレミコード・キューティア】をEXデッキに加えて二枚ドロー!…さらに【宣告者の巫女(デクレアラー・ディヴァイナー)】を召喚!【宣告者の巫女】の効果発動!」

「【大霊術―「一輪」】で強制的に無効化…無駄撃ちにさせられたか…!」

 

霊使の用いる【大霊術―「一輪」】は【増殖するG】や【灰流うらら】といった手札誘発も、【アクセスコード・トーカー】のようなチェーンを許さない効果も絶対に無効にできる。しかし、()()()1()5()0()0()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。従ってこのように一つの効果を囮にすることで、その他の効果を通す事が出来るのだ。

 

「さらにさらに【宣告者の巫女】をリリースして手札の【トリアス・ヒエラルキア】の効果発動!このカードを守備表示で特殊召喚!更に【宣告者の巫女】が墓地に送られた場合、デッキ、墓地から【宣告者の巫女】以外のレベル2以下の天使族モンスター一体を特殊召喚できる。…私は【ドドレミコード・キューティア】を召喚!【dpdpれ三コード・キューティア】の効果発動!」

「…その効果にチェーンし、【ドドレミコード・キューティア】を対象にして【ドラグマ・パニッシュメント】を発動!【旧神ヌトス】を墓地に送り【ドドレミコード・キューティア】を破壊する!」

 

【ドラグマ・パニッシュメント】はEXデッキからカードを墓地に送り、その墓地に送った攻撃力以下のモンスターを破壊できるカードだ。そして【旧神ヌトス】は墓地に送られた際に相手の場のカード一枚を破壊する効果を持つ。

しかしこれらは効果の発動自体を止めるわけではない。故に、【ドドレミコード・キューティア】の効果は未だに生きている。

 

「…【キューティア】の効果でデッキから【レドレミコード・ドリーミア】を手札に加えるよ。」

「墓地に送られた【旧神ヌトス】の効果発動。…ここは【ドレミコード・ハルモニア】を破壊する!」

 

従って、デッキから【ドレミコード】を手札に加えることができる。

しかし、まだだ。まだ―――終わってなるものか。

 

「【レドレミコード・ドリーミア】をPスケールにセッティング!…響け、響鳴のサーキット!私は【ドドレミコード・クーリア】、【ドドレミコード・キューティア】、【オッドアイズ・アークペンデュラム・ドラゴン】をリンクマーカーにセット!リンク召喚【グランドレミコード・クーリア】!」

「手札の【教導の騎士フルルドリス】の効果発動!」

「…【グランドレミコード・クーリア】の効果発動!PゾーンからPスケールが奇数である【レドレミコード・ドリーミア】を守備表示特殊召喚してその発動を無効に…!」

 

勝ち目がない―――そんなわけが無い。

まだ、まだどこかに勝ち目はある。そうだ、まだどこかに勝ち目が残っているはずだ。

 

「バトル!【グランドレミコード・クーリア】で【教導の聖女エクレシア】を攻撃!」

「…攻撃宣言時に罠発動!【憑依連携】…!墓地の【憑依装着―エリア】を特殊召喚。…フィールドに2属性あるため、【グランドレミコード・クーリア】を破壊する。その後、【憑依覚醒】の効果でデッキから一枚ドロー。」

「…【ソドレミコード・グレーシア】を守備表示にしてターンエンド。」

 

霊使 手札3枚 LP8000

EXモンスターゾーン(左) 閉ザサレシ世界ノ冥神(リンク先:②、③咲姫の③、④)

モンスターゾーン    ①なし   

            ②なし

            ③教導の聖女エクレシア

            ④なし

            ⑤憑依装着―エリア

魔法・罠ゾーン     ①憑依覚醒 

            ②妖精の伝姫

            ③なし

            ④なし

            ⑤なし

フィールド魔法     大霊術―「一輪」

 

咲姫 LP8000 手札1枚

モンスターゾーン    ①レドレミコード・ドリーミア

            ②ソドレミコード・グレーシア

            ③なし

            ④トリアス・ヒエラルキア

            ⑤なし

Pゾーン         右なし

            左なし

魔法・罠ゾーン     ①Pゾーン

            ②なし

            ③なし

            ④なし

            ⑤Pゾーン

フィールド魔法     なし 

 

グレーシアの攻撃力は2100。そして霊使のフィールドで最も低い攻撃力である【教導の聖女エクレシア】も攻撃力は2100。

それならば、守備表示にして少しでもダメージを軽減したほうが良い。

まだ、まだ戦えるはずだ。このターンを凌ぎきれば、まだ戦える。

 

「…俺のターン。ドロー。…俺は手札から【教導の騎士フルルドリス】を特殊召喚。さらに手札から【憑依装着―ウィン】を召喚。【憑依覚醒】の効果でデッキから一枚ドロー。…俺は手札から【貪欲な壺】を発動。墓地の【閉サレシ天ノ月】、【妖精伝姫―カグヤ】、【憑依覚醒―デーモン・リーパー】、【灰流うらら】、【デーモン・イーター】の五体をデッキに戻して、二枚ドロー。そして手札から二枚目の【デーモン・イーター】を特殊召喚。【教導の聖女エクレシア】と【デーモン・イーター】をリリースしてデッキから【憑依覚醒―デーモン・リーパー】召喚。効果で【憑依装着―ヒータ】を墓地から蘇生。…【フルルドリス】と【デーモン・リーパー】で【崔嵬の地霊使いアウス】をリンク召喚。効果で【憑依覚醒】を手札に。」

 

―――霊使は恐らくここで決着をつけるつもりだ。動きによどみがない―――しかも確実にこの三体の守備表示のモンスターを突破しようとしてくる。

フルルドリスをリンク素材にした理由は恐らく六属性を揃えたかったから。それが、きっと霊使いの私へ対する敬意なのだろう。

 

「そして俺は【妖精の伝姫】の効果でデッキから【憑依装着―ダルク】を召喚する。そして手札から【憑依覚醒】を発動して―――バトルだ。」

 

攻撃力の上昇幅は300×6×2で3600。そしてそれが6体。

総合的な攻撃力は21600上昇だ。しかも攻撃が通る3体だけでも10800の上昇。元のモンスターの攻撃力と合わせれば咲姫のライフを二回は軽く消し飛ばせる

 

(攻撃力5450×5という地獄よ…ばっかじゃないの!?)

「総攻撃だ。―――咲姫、またやろうぜ。」

 

霊使は、咲姫にそんな言葉を放った。

今度は負けない―――そう心に誓って、咲姫は霊使の一撃をその身に受け入れた。

 

咲姫LP0 ―――敗北

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「くやしぃぃいぃ!容赦なさすぎだってぇ!」

「…咲姫、落ち着きなさい?」

 

地団太を踏みたくなる。

折角並べると思ったのに、また大きく引き離されてしまった。

悔しい、だがそれと同時に清々しい。こんな完璧に負けたのは一体いつぶりだったかと思うくらいには完全な敗北だった。

 

「これが、今の私の位置…って事なのかな。」

 

今は兄には勝てない。

―――兄は本当に強いと思う。兄が一人居るだけで、あの時の場が変わってしまったように。

今の自分ではまだ追いつくことはできない。むしろ役立たずといっても過言ではないだろう。

命を賭けて生き抜いてきた兄の背中はそれほどまでに遠いものだった。

 

「それでも―――」

 

あの時に一瞬だけ近くにあった兄の背中。

間違いなく、あの時だけは兄と並べていた。それなのに、また遠くなった。

―――私が兄の所に追いつくのはもう少し時間がかかりそうだ。

 

「でも、いつかは…。」

 

背中は一度捉えた。二度目は逃がさない。

咲姫は空に手を翳して強く握りしめる。次は勝つ、その決意が鈍ることがないように。

 

「―――その時は、私も一緒に。」

 

まだまだ強くなれる。

私も、クーリアもまだ発展途上なのだから。

そうして、咲姫の全国大会は幕を閉じたのであった―――。




登場人物紹介

決着です


・咲姫
負けた。でもそれ以上に何かを手に入れる事が出来た。

・霊使
勝った。
次なる戦いに挑む。

というわけで咲姫戦決着です。


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準決勝:同担拒否だ!

 

咲姫を下した霊使はそのままに開戦、三回戦と順当に勝ち上がっていった。

この様子だと決勝戦の相手は奈楽になりそうだ。―――相性の悪い相手が決勝に上がってきそうなものである。

 

「奈楽も奈楽で厄介なんだが…次の相手がびっくりだ。」

 

そんな折、霊使は次の対戦相手のデッキを確認することにしていた。そして、そのデッキ内容に驚愕していたのだ。

 

「ミラー…マッチ…!」

「つまり…どういうこと?」

「相手も…ウィン達を使っている!」

 

どうやら今回の相手は霊使と同じデッキを扱っているようだ。

EXデッキの中身も含めて見えている限り全く同じなデッキ。

戦術も展開方法も、互いに全く同じ。俗にいう「ミラーマッチ」というやつだ。

 

「…ううむ…。」

「こ、これは…なんていうか、その…。」

 

―――キツイよね―――と声に出すことは無かった。

霊使のデッキは同じデッキを使っている人間がほとんどいないタイプのデッキだ。今の環境では【神碑】やら【粛声】やら【スネークアイ】やら【ラビュリンス】やらそう言ったカード群が環境を牛耳っている。さらに最近では後攻ワンショットキルを容易く狙える【天盃

龍】というデッキも台頭しているらしい。

とにかく、以前エリアが言っていたように霊使の扱うデッキはカードパワーは低い。故に相手を妨害しながら戦うメタビートというデッキタイプになる。

 

「…メタは全部壊してきたからなぁ…。」

「咲姫とのデュエルの時のように除去カード連発とかしてね…。」

 

霊使がメタデッキを相手にするとき、大概その要因を壊すカードを引き込むか、増殖するGにものを言わせた手札の物量で無理矢理切り抜けるかのどちらかであった。

しかし今回の相手は色々と未知数―――誰も自分自身と対戦する機会なんてものはないからだ。

 

「―――やりにくい…かな。私達も、霊使自身も…。」

「うん…特に私達は…自分を破壊するわけだから…もう…ね?」

「ええ…。何というか気が滅入る、というやつですね。」

「ボクも同士討ちはちょっと…。」

「ライナも嫌だなぁ。何とかして避けられない?」

「しかもこれ絶対あれだ、僕らも割り喰うやつだ。変な会話はするんじゃないぞ、マスター。」

 

それに精霊を連れたミラーマッチというものほどやりにくいものはない。

彼女たちの反応は六者六様であるが―――その根底にあるのは「やりにくい」という感情だ。

それは彼女達を愛用している霊使も同じで、もしかしたら躊躇してしまうかもしれない。

 

「…お、お腹痛い…。せめて変な言いがかりをつけてきませんように…!」

「そればかりは…なんとも…。」

 

霊使の訴える腹痛はもはや日常茶飯事になりつつある。

世界を救う戦いの時は全く緊張していなかったというのに、なぜこういう場ではこんなガチガチに緊張するのか。そんな可愛いところも霊使の魅力なのだろう―――とウィンは愚考する。

 

「なるようにしかならないから…頑張ろう!ボク達も頑張るから!」

「ヒータぁ…ありがとう…。」

 

そんなやり取りがあって、霊使は痛むお腹をさすりながら準決勝の舞台へと飛び出していった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「…来た。」

 

そこに居たのは、普通の男。

髪を短く切りそろえて、中肉中背―――170㎝くらいの男がそこに立っていた。

彼の特徴は黒い髪から赤、青、茶、緑、白、紫の六本のメッシュを伸ばしているという事。

何とも特徴的な髪型だ。

 

「待たせた…みたいだな?」

「いや、それほど。君は緊張しいだろう?僕もそうだから良く分かるとも。」

「なんでそんなところまで同じなんだよ!?」

 

しかしそれ以外はほとんど霊使と変わらない、至って普通の少年だ。

いや、頭から伸びる六本のメッシュがある限り普通の少年とは扱われないような気もするが―――、それでもちょっと奇抜なファッション、くらいの物だろう。

そんな彼だが、まず霊使に一つ質問を投げかけて来た。

 

「ところで、だ。君も【霊使い】ちゃん達を使ってるんだろう?」

 

というものである。それに関しては、霊使いはちゃんとした回答を返す事が出来た。

 

「…ああ。生まれてこの方霊使い一本だよ。」

 

無論、嘘である。霊使が【霊使い】達と出会う前には風属性を主体としたデッキを扱っていた。

しかし、そのデッキは奪われ売りさばかれ―――この世にきっと存在さえしていないだろう。

そして今の霊使はもはや【霊使い】というデッキを手放すつもりは毛頭ない。

そんなわけもあって、霊使はもう【霊使い】以外のデッキを使う考えが存在していなかった。それだけ、彼女たちにほれ込んでいるからだ。

 

「…なるほど。そんな君に一つ聞きたいことがある。」

 

そんな霊使に対して相手は一つの問いを投げかけて来た。

霊使は「その前に!」と男に問いを投げかける。

 

「名前を聞いてもいいか?」

「…同志に名乗らないのは失礼だったね。僕の名前は六道遊樹(りくどうゆうき)。君の同類だよ。君も霊使いを推さないか?」

 

今回の対戦相手―――遊樹は自分を「同類」と呼ぶ。そこに邪な感情は一切ない。

―――故に霊使は、相手のノリに全力で乗っかることにした。こういうのは乗ってしまった方がコミュニケーションしやすいのだ。

 

「同類…だと?じゃあ、答えてもらおうか。―――彼女たちのどこに惹かれた?」

「そりゃあ、顔であり、体であり、表情であり―――全てさ!彼女を!彼女と共に戦う君を!あの時、あの予選で見たときからずっと!彼女たちの全てに惹かれていた!」

「思ったよりも思いが重い!」

 

霊使はさっそく悪乗りをしたことを後悔した。何か思ったよりもヤバい目をしていらっしゃる遊樹に霊使は少し引き気味になってしまう。

いや、本当に遊樹の情熱は伝わってくるのだが、いかんせんそれ以上に恐怖が勝ってしまうのだ。もしかしたら自分もあんな目をしているのかと思うと、余計に心に来る。

 

「…霊使の目はさすがにあそこまではイってないと思う…多分。」

「そこははっきり断言して?」

 

悪い人間ではないのだろうが―――何というか霊使は少し苦手なタイプだ。

 

「…というわけで、だ。改めて聞かせてもらうよ?君も霊使いを推さないか?」

「………何を……言っている………?」

 

霊使いの頭の中には神秘的な宇宙が渦巻いていた。

目の前の男が一体何を言っているのかが理解できない。理解できなさすぎる。言葉は通じるのに会話が通じないというのこういう意味だったのか―――と、霊使は一人で納得する。

霊使いが混乱しているのを見てか、遊樹は質問を分かりやすく言い換えてくれた。

 

「…分かりやすくしたほうが良いか。君は霊使いの中で誰が「好き」なんだ?」

「そりゃ全員だろ。今までも、これからもずっと俺はみんなに尽くすさ。」

 

今度の問なら即答できる。

霊使はあくまで全員が好きだ。―――弱冠一名には恋愛感情を抱いているが、まあそれはそれというやつだ。

霊使の回答に「尽くすなら付き合ってくれたって…」という声が混じった気がしたが、それに関して考えるのは止めておくべきだろう。―――ウィンからの視線が冷たくなりそうだから。

 

「…なるほど。なら君は全員を平等に「推す」と?」

「…手札や展開の兼ね合い上出番が無くなっちゃう子たちもいるけど…基本は、まぁ。」

 

「推し」というのとはまた別物なのかもしれないが、それでも霊使が彼女達を使わなくなるということはあり得ない。一度のデュエルでは展開ルートの関係上、属性がダブって召喚する機会が減るライナや、基本は【大霊術‐「一輪」】で【デーモン・イーター】を手札に加えるためにデッキに戻すことが多いアウスなどはちょっと不満がありそうではあるのだが―――そこは自分の不徳の致すところだ。

それは今後のデュエルで取り返していくことにすると決めた。

 

「上から目線でウィン達について語られるというのは何ともむかつくな…。」

 

それはそれとして、愛の深さだけで言うのなら霊使は遊樹に負けることは無いだろう。それ故に、遊樹にそれを深堀りされるというのは霊使にとっては何とも複雑な気持ちになる。そして、何より目の前に男にウィン達の魅力を語られるのが我慢できない。

彼女たちの魅力は自分だけが知っていればいいという独占欲が心の奥底から鎌首をもたげてくるのだ。

 

(…意外と俺って嫉妬深いタイプなんだな。)

 

認めてしまえば、それはもう霊使の中で揺らぎようのないものになっていく。

目の前の男に対して何とも言い難い感情が胸の底から湧いてくる。

 

「…悪いが俺は同担拒否系の人間のようだ。特に霊使いの皆に関してはな。」

「おっと…それは失礼した。君が同担拒否の人間だったとは。…だが、敢えて言わせてもらおうッ!霊使いちゃん達の魅力は世界に発信されるべきなんだ!」

「皆と一緒に居られる時間が減ってしまうだろーがッ!俺は!みんなとゆったり暮らしたいんだよ!」

 

霊使いの魅力は自分だけのものにしたい。

といってもそれはそれ、これはこれだ。今後もこういう大会に出る以上、彼女達も注目されていくことだろう。

ならば彼女達の「使い手」として、なにができるのか。

それは「霊使いというカード群を使わせたら霊使自身の隣に並び立つものなし」と周囲に認識させる事くらいだろう。

―――やることは至って単純で、今後も勝ち続けていけばいいだけだ。無論、全員で一緒に。

 

「―――だから、俺はお前をぶっ潰す!」

 

まずはこの相手を乗り越える。

同担拒否であるという事を示すため、自分自身の意志で遊樹を斃すのだ。

 

「俺が!俺達こそが!【霊使い】だ!」

「ちょっとまって霊使が壊れたーッ!?」

 

これが後世まで伝わる史上最強の同担拒否の決闘者の誕生の瞬間であった―――。




というわけで同担拒否の男が誕生しました。
少なくとも日本編はギャグ寄りなので頭の中でUnwelcome Schoolでも流しておいてください。

登場人物紹介

・霊使
同担拒否の男。
色々とあったが結局は同担拒否なのだ。

・遊樹
1.5部だったら選ばれない男としての悲哀を見せた筈だった。
今回はこっちに出たので愉快なおもしれー男に。

というわけで次回をお楽しみに!


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準決勝:自分のことは自分が一番分かっている

ちなみにこの二人の準決勝はもう一つの準決勝の前座です。


 

自分の独占欲を満たすため―――もとい、自分が誰よりも深く霊使いの皆を愛しているという事を証明するためのデュエルが幕を開けた。

先攻は霊使からだ。

 

「先攻は俺だ!…俺は手札から魔法カード【妖精の伝姫】を発動!更に手札から【妖精伝姫‐カグヤ】を召喚!効果でデッキから【憑依装着‐アウス】を手札に!」

 

いつも通りにカードを回していく。

似たような構成ならば相手も妨害のほとんどはEXデッキに頼っているはずだ。

 

「…俺は速攻魔法【精霊術の使い手】を発動!今手札に加えた【憑依装着‐アウス】をコストにデッキから【憑依覚醒】を手札に加えて【憑依連携】をセット。…さらにカードをニ枚伏せ、【憑依覚醒】を発動してターンエンドだ。」

 

霊使 手札0枚

 

モンスターゾーン ①なし

         ②妖精伝姫‐カグヤ

         ③なし  

         ④なし

         ⑤なし

魔法・罠ゾーン  ①妖精の伝姫

         ②憑依覚醒  

         ③伏せ

         ④伏せ

         ⑤伏せ

 

霊使は自身のデッキの弱点を良く知っている。

弱点の一つは「攻撃力1850の魔法使い族」か、「守備力1500の魔法使い族」を展開の軸にしている事。【憑依】魔法・罠カードにおいて必ずこのどちらかが指定されている為、そのどちらも場になければ当然【憑依】魔法・罠カードは真価を発揮することは無い。

そしてもう一つの弱点が、展開力と火力の増強を魔法・罠カードに頼っているという事だ。

従って魔法・罠カードのいずれか―――あるいは両方を封じてしまえば、デッキの出力はガタ落ちしてしまう。だからできることなら相手の【ハーピィの羽箒】や【ライトニング・ストーム】といった伏せの除去カードを封じたいのだ。

霊使は今までそれを【魔法族の里】に頼ってきたが、それでは自分の場から魔法使い族が居なくなった時に魔法を使えず、自分が窮地に追いやられてしまう。

 

(―――もし俺が、魔法主体の魔法使い族デッキ―――【ブラック・マジシャン】やら【魔導】などと戦う事になった場合、今まで使用していた【魔法族の里】は意味を為さない。) 

          

さらに【魔法族の里】は相手に魔法使い族モンスターが存在すれば、何の意味もなさないカードだ。例えば手札誘発用のカードとして【エフェクト・ヴェーラー】があるが、これを普通に召喚されるだけで簡単に対処されてしまう。

そのカードから展開できるようなデッキであれば、それこそモンスター効果で【魔法族の里】を破壊されて同じような目にあうだろう。よしんば【スキルドレイン】を発動していたとしても魔法カードの効果で除去されたらたまったものではない。

だから、霊使は【魔封じの芳香】を使う事にした。以前ウィンが使っていたデッキから【魔封じの芳香】の身を拝借した形だ。

 

「僕のターンだ。ドロー。」

「【魔封じの芳香】を発動。これで互いに魔法はセットしなければ発動できなくなった。…さらについでに【スキルドレイン】も発動。これで互いのモンスター効果全てが無効になる。」

「…カードを4枚伏せて【妖精伝姫‐カグヤ】を召喚。バトル!」

「当然伏せカードの【憑依連携】を発動。墓地の【憑依装着‐アウス】を召喚してそのまま【妖精伝姫‐カグヤ】を破壊。【憑依覚醒】の効果で一枚ドロー。」

「何もできないじゃないか…。」

 

霊使と遊樹。二人のデッキは全く同じだ。それはこれまでのデュエルを見てたらわかるし、きっと相手もそれを分かっているだろう。

だが、後攻になるという事を予測して―――サイクロンだとかそう言った速攻魔法を捨てていたのがあだになった。

 

「俺は流星との戦いで気付いたんだ。相手に何もさせなけりゃ勝つのはこっちだってな!」

「酷い!?…何もできないからターンエンドするしかないじゃないかぁ!」

 

遊樹 手札1枚

 

モンスターゾーン ①なし

         ②なし

         ③なし  

         ④なし

         ⑤なし

魔法・罠ゾーン  ①なし

         ②伏せ  

         ③伏せ

         ④伏せ

         ⑤伏せ

 

霊使 手札1枚

 

モンスターゾーン ①なし

         ②妖精伝姫‐カグヤ

         ③なし  

         ④なし

         ⑤憑依装着‐アウス

魔法・罠ゾーン  ①妖精の伝姫

         ②憑依覚醒  

         ③魔封じの芳香

         ④スキルドレイン

         ⑤なし

 

なにもさせない。それこのゲームにおいて最大級の勝ち筋の一つだ。

攻撃力を上げて物理で殴るのを信条にしている霊使にとっては「何もさせない」という事が一つの前提条件になってくる。相手に何かされたらそれこそそこから一気に巻き返されない。

故に霊使の用いるデッキは常に相手からイニシアチブを奪い続けなければならないのだ。一つのミス、一つの予想外が霊使を窮地に追い立ててしまう。

 

(自分のデッキの弱点を明確に把握しているとミラーマッチでこんなにも役に立つんだなぁ。)

 

しかしそれは、ミラーマッチにおいては「弱点を熟知しているということ」に他ならない。

デッキの弱点を突くことが出来れば大きく優位に立てる。今回の結果はそれを如実に表していると言えるだろう。霊使は自身のデッキの弱点を熟知して、それを生かした立ち回りをすることができた。

 

「…俺のターン、ドロー。【憑依装着‐ウィン】を召喚!攻撃力1850のモンスターが召喚されたことにより【憑依覚醒】の効果発動。デッキから一枚ドローする。さらに【妖精の伝姫】の効果でデッキから【憑依装着―ダルク】を召喚。更に手札の【デーモン・イーター】の効果で自身を特殊召喚。【デーモン・イーター】と【妖精伝姫‐カグヤ】の二体で【照耀の光霊使いライナ】をリンク召喚!」

「…リンクの霊使いまで…!すごいや…!」

 

後はもうこのまま後を詰めるだけ。

相手が【聖なるバリア‐ミラーフォース】を伏せていたらシャレにならないし、もしかしたら【魔法の筒】や【波紋のバリア‐ウェーブ・フォース】のような霊使が採用していないカードを採用しているかもしれない。

基本的なデッキ構成は同じだが、細部まで全く同じであるという事はありえないはずだ。

 

「…バトルだ!」

 

―――遊樹は動きを見せることは無い。

そのまま4体のモンスターの一斉攻撃で霊使の準決勝はいとも簡単に幕を閉じた。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「負けた負けた」と遊樹は晴れやかに笑う。

どうやら、彼の想像していた以上の負けっぷりだったらしい。

 

「ははは、流石同志だよ。僕も彼女たちを勝たせるという一点では君に負けるつもりはなかったんだけどなぁ。」

「悪いな、俺はまだまだ負けるわけにはいかないんだ。」

 

遊樹はそう言いながら舞台から去っていった。

彼が去った後、霊使も舞台を去る。そこでウィンが姿を顕した。

 

「あと一つ、だね。」

「…ああ、そうだな。あと一つだ。」

 

あと一つ―――霊使はウィンの言っているが分からないほど馬鹿ではない。

これで霊使は日本選手権で決勝まで進んだことになる。

あと一つ勝てれば優勝―――世界を相手にして戦う事になるだろう。

そして、それはようやく克喜に並べるということでもある。といっても克喜と戦うためには今度は世界の強豪相手に勝ちあがっていかなければならない訳なのだが。

 

(はてさて―――決勝の相手は…誰になるかな。)

 

霊使はおおよそ奈楽がそのまま決勝まで上がってくるだろうと考えていた。

奈楽のデッキは【蟲惑魔】と【ラビュリンス】を掛け合わせたデッキだ。どちらも通常罠の扱いに長けていて、【ラビュリンス】側は【蟲惑魔】において足りない打点をカバーし、【蟲惑魔】側は通常罠である【ホール】、【落とし穴】系統のカードを用いてラビュリンスのカード効果を誘発させる。

何とも相性が良い組み合わせだ。そして霊使が最も苦手とするデッキタイプでもある。

 

(準決勝は―――鈴花さん!?え!?な…えぇえぇぇえええ…?)

 

本人は多分二回戦か三回戦あたりで負けるとと言っていた。

しかしどうやら彼女の用いる【罪宝スネークアイ】は相当に強力だったらしくなんやかんやで準決勝まで進んでしまったようだ。

本人があわあわしている様子が克明に思い浮かぶ。

 

「やっぱり弱いわけじゃあないんだよな、鈴花さんのデッキ。」

 

霊使は鈴花のデッキを思い浮かべながらそう呟いた。

炎属性レベル1のカードならなんでも採用できる程度にはあのデッキの裾野は広い。

 

「そうなの?」

 

だがそれがどういう事かよく分かっていないのだろう。ウィンはそうなの、と聞き返す事しかしなかった。

 

「二ターン目には【ヴァレルロード・S・ドラゴン】と【フルール・ド・バロネス】が並ぶんだぞ。そんなものにどうやったら勝てるっていうんだ?」

「…なんで勝ててたんだろうね」

 

具体例を説明したらウィンはなんで今まで自分達が勝てて来たのか心底不思議がっていたようだが。

彼女が何故かプレイングミスすることが多かったからだろう。

といってもこの大会において彼女は一度たりともプレイングミスをすることは無かった。

 

「どっちが勝っても強敵だぞ、これは…!」

「でも、楽しみなんでしょ?」

「まあ、な。」

 

奈楽と鈴花。どちらが勝って決勝に上がってきては霊使がやるべきことは変わらない。

ただ、勝つだけだ。

 

「楽しみだなぁ。」

「そうだね。…私も楽しみ。」

 

霊使の漏らした言葉にウィンもまた言葉を返す。

どちらが戦う相手になるのか――それはまだ、だれも知らない。




登場人物紹介

・霊使
勝った。
普通に考えてあんなえぐい先攻制圧したら勝てるやろ。

・遊樹
負けた

というわけで準決勝の前座戦は終了です。
個人的には準決勝は新旧霊使の仲間対決がメインなのです。


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準決勝②:僕が戦う、私が倒す

 

鈴花は、一人きりの控室でこれから対峙する相手のことを考えていた。

星神奈楽―――霊使の友人であり、かつての事件の立役者。

そして、この大会の優勝候補の一角と目されている凄腕の決闘者である。ちなみにもう一人は霊使だった。彼はどうやら無事に準決勝を突破した。羨ましい限りである。

 

「…勝てる…のかな。」

「弱気になってんのか?…鈴花らしくもねぇ…。」

「ここまでくると緊張するもんなんだよ。…ディアも少し硬いよ?」

「…オレの場合は…嫌な予感がプンプンしてるからなんだが…。」

 

ディアも相手の力のほどを正確に読み取っているようだ。

この勝負は自分の切り札を適切な場所で切れるかどうかが一番の鍵になりそうだ。

例えば相手の展開の要である【セラの蟲惑魔】の効果を何とかして無効にできればそれだけで脅威度はぐっと落ちるだろう。

逆に相手に先攻を取られてしまえば、それだけで壊滅的な被害を被る可能性も考えられる。

なんせ相手は妨害を行うという一点にかけては右に出る者はいないと言えるほどの力の持ち主だ。いくら警戒しても警戒しすぎということも無いだろう。

 

「私は…勝つんだ…!」

「…落ち着けよ、すげぇ怖い顔になってるぜ?」

「……ごめんごめん。…落ち着くよ、ディア。」

 

勝って、彼の隣に並びたい。

霊使の目に何が映っているのかは分からない。私が彼の目指している先に居るのかどうかすら分からない。

それはそれでいいだろう。

高い目標を持つことは何も悪い事じゃないはずだ。

 

(彼が見ている景色を見たい…と思ってしまうのは傲慢なのかな?)

 

それでも。

叶う事なら。

霊使の隣に立って、彼が望む景色を一目見てみたい。

よしんばその先に行きたいという気持ちもあるが―――それはさすがに高望みしすぎというものだろう。

 

「さて、行こうか、ディア!」

「ああ。」

 

鈴花とディアベルスターは二人で舞台へと向かう。

勝っても負けてももう一試合あるが―――一番の難敵は間違いなくこの先に居るのだから。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

奈楽は頭を抱えていた。

ただただ【スネークアイ】と【蟲惑魔】の相性の悪さをどうしようかと思索しているだけであるが―――相当に厄介な事だけが浮き彫りになるばかりだ。

 

「…【裏切りの罪宝‐シルウィア】の効果が厄介すぎるんだよなぁ…。」

 

EXデッキの【蟲惑魔】達に罠の効果は効かないとはいえ、それでも通常罠そのものに効果を当てられてしまう可能性がある。それに例え先攻を取ったとしても、炎属性レベル1のモンスターを主力にする以上、あのカードの効果に引っかかりかねない。

そうなってしまえば盤面はどうしようもなく壊滅だ。

 

「あのデッキの売りは柔軟性ですからね…。」

「あ、やっぱりそう思う?」

「はい。…なので基本は【墓穴ホール】や【煉獄の落とし穴】といったカードを中心に立ち回るのがいいでしょう。」

 

相性の悪さは分かっているせいか、フレシアもなるべく現実的で実用的なアドバイスを心掛ける。

どうやら彼女もこのデュエルに負けたくはないようだ。

 

「できれば最初のターンに【キノの蟲惑魔】を握っておきたいところだね。」

「そうですね。そうすればセラちゃんにスムーズに繋げられます。それに運が良ければそのまま【ラビュリンス】の子達で一気に制圧してしまってもいいでしょうし。」

 

いくら策を練った所で、結局は出たとこ勝負なのだ。

そしてその出たとこ勝負に勝てるかどうか―――それがデュエルだ。

戦略、運、そして運命を引き寄せる力―――全てが揃ったデュエリストが勝つ。

 

「行こうか、勝ちに!」

「―――はい。」

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

鈴花は通用口から二人歩いてくるのを見た。

一人は星神奈楽―――先攻特化のはずのデッキなのになぜか後攻でも戦えるという訳の分からない男。

もう一人は彼のエースであるフレシアの蟲惑魔だろう。基本的に捕食者側であるはずの彼女がなぜあんなに奈楽にべったりなのかは知る由もないのだが。

 

「初めまして、桜庭鈴花さん…でよかったっけ?」

「そう言うあなたは星神奈落…。良いデュエルにしましょう。」

 

いくら霊使の親友とはいえ、奈楽は初対面の人間だ。

友人の友人―――ほとんど他人のような関係でどういう風に接するのが正解なのか、人付き合いが苦手な鈴花にはさっぱり分からない。

お陰で何故か挑発しているようになってしまった。

言葉とは何ともおそろしいものである。

 

「…そう言うセリフっていうのは強い人が言うものだよ。…君も彼と戦いたいんだ?」

「もちろん。負けっぱなしは癪だから。」

「実感が籠ってるね…。実のところ言うと僕もなんだけど。」

 

一方でそういう所は気が合いそうだ。

といっても今は倒すべき相手。彼のデッキの愚痴はこのデュエルが終わってから漏らせばいい。

 

「どっちが勝つか…始めようか。…霊使君と戦うのは、僕だ。」

「勝つのは私だよ、私が彼を倒すんだ!」

 

先攻は―――奈楽。

使用するデッキは【蟲惑魔】―――先攻有利の妨害デッキだ。

 

「僕の先攻だね―――デュエル!」

「デュエル―――!」

 

最初の五枚の手札を見たとき、鈴花は何となく安堵した。

少なくとも、次のターンに「何もできない」という事はないだろうからだ。

 

(…手札を見る限り後攻でもなんとかなりそう…。如何に相手に効果を使わせるかが重要だね…!)

 

手札誘発の類は手札に1枚のみ。このカードの効果をどこで使うか―――それがこのデュエルにおいて最も重要な戦術の軸になるだろう。

 

「僕は手札から【プティカの蟲惑魔】を召喚!効果でデッキから【蠱惑の園】を手札に加えてそのまま発動。更に手札の【白銀の城の火吹炉(ラビュリンス・ストービー)】の効果発動。【狂惑の落とし穴】をコストにデッキから【ビッグウェルカム・ラビュリンス】をセット。【プティカの蟲惑魔】一体で【セラの蟲惑魔】をリンク召喚!」

「分かってはいたけど【ラビュリンス】混合型…!」

 

先攻ならばどれだけ展開されても大丈夫―――なんて余裕をこける相手ではない。

相手に展開を許せば許すほど後々に不利になってしまう。

 

()()()()()()()()使()()()()()()()…!)

 

だからこそ、敢えて自分を不利にする。

そうすればそうするほど「とっておき」による相手への被害は大きいものになるから。

 

「リンク召喚成功時に【パラレルエクシード】の効果発動!このカードをリンクモンスターのリンク先に特殊召喚召喚してさらにデッキからもう一体【パラレルエクシード】を特殊召喚!【パラレルエクシード】の効果で召喚した【パラレルエクシード】の攻撃力は半分になり、レベルも4となる!」

「…ちょっとまって?」

 

―――予想外が過ぎる。

いきなりそんな―――サーチ手段に乏しい【パラレルエクシード】を特殊召喚するのはおかしいのではないだろうか。

しかも【パラレルエクシード】の効果で特殊召喚された【パラレルエクシード】はレベル4として扱うらしい。そして、各【蟲惑魔】エクシーズモンスターの召喚条件は「レベル4モンスター」のみ。

強力な【蟲惑魔】エクシーズモンスターの頭数が一体増える。それだけで異常なまでに厄介だ。

 

「【パラレルエクシード】二体で【シトリスの蟲惑魔】をリンク召喚!【シトリスの蟲惑魔】のX(エクシーズ)素材を一つ取り除いて効果発動!そして―――」

「…うららが欲しいよぉ!」

 

【シトリスの蟲惑魔】―――攻撃力2500と高めな上に、X素材を消費することでデッキから【蟲惑魔】モンスターをサーチすることができるカード。

そしてこのカードは当然【蟲惑魔】の一種である。従って―――

 

「【シトリスの蟲惑魔】の効果が発動したため【セラの蟲惑魔】の効果発動!デッキから【ホールティアの蟲惑魔】をフィールドにセット!」

 

【セラの蟲惑魔】の効果が発動する。

その効果は蟲惑魔の先攻制圧を支えるサーチ効果だ。しかも直接フィールドにセットする為「デッキからカードを手札に加える効果」、「デッキから特殊召喚する効果」、「デッキからカードを墓地に送る効果」のみを阻害する【灰流うらら】によって妨害されないという優秀な効果だ。

 

「更に【シトリスの蟲惑魔】の効果でデッキから【キノの蟲惑魔】を手札に加える!そしてフィールドにセットされた【ホールティアの蟲惑魔】は手札の通常罠一枚を墓地に送ることで即座に発動できる!というわけで手札の【串刺しの落とし穴】を墓地に送って【ホールティアの蟲惑魔】を発動!」

 

追い打ちを掛けるように奈楽は【ホールティアの蟲惑魔】を発動。このカードは「罠モンスター」と呼ばれる一種で通常の罠のように伏せて置き、発動後はモンスターとなるカードだ。

しかも【ホールティアの蟲惑魔】は手札の通常罠一枚をコストに伏せて即発動できる。なによりも【ホール】通常罠である為か【セラの蟲惑魔】の効果を発動させることができるのだ。

 

「通常罠が発動したため【セラの蟲惑魔】の効果発動。デッキから【ティオの蟲惑魔】を特殊召喚!【ティオの蟲惑魔】の召喚成功時、墓地の【狂惑の落とし穴】をセット!そして、【ティオの蟲惑魔】と【ホールティアの蟲惑魔】で【フレシアの蟲惑魔】をエクシーズ召喚!…これでターンエンド。」

 

奈楽 手札一枚 LP8000

EXモンスターゾーン(右)  セラの蟲惑魔(リンク先:奈楽④)

モンスターゾーン     ①なし 

             ②なし

             ③なし 

             ④フレシアの蟲惑魔

             ⑤シトリスの蟲惑魔

 

フィールド魔法      蟲惑の園

 

魔法・罠ゾーン      ①伏せ

             ②伏せ

             ③なし

             ④なし

             ⑤なし

 

相手の盤面は何ともすさまじいものだ。生半可な展開はいとも容易く封じられてしまうだろう。

これから自分はこの蟲惑魔の牙城を崩さなくてはならない。

 

(神様は何とも高い壁を用意してくれたもんだねぇ…!)

 

いるはずもない神に悪態を付きながら鈴花は目の前を見据える。

これを乗り越える事が出来なければ、彼の足下にさえ及ばないだろう。

彼が強さの破堤何を望んでいるのかは分からない―――しかし、彼と並び立つにはこの強大な壁―――もとい巨大な森を乗り越える必要がある。

 

「さてと……私のターン、ドロー!」

 

鈴花は自身の全てを込めて、デッキの上から一枚目を引き出した。




登場人物紹介

・奈楽
いつも通りのとんでもねぇ展開。

・鈴花
蟲惑の森を焼却処分できないものか考えている


というわけで準決勝第二戦開始です


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準決勝②:世界を見定める炎の童

 

相手の場には【シトリスの蟲惑魔】、【セラの蟲惑魔】、そして奈楽が自身のエースと信を置く【フレシアの蟲惑魔】の計三体のモンスター。更に場には【狂惑の落とし穴】と【ビッグウェルカム・ラビュリンス】が伏せてある。鈴花にとってのアドバンテージはこの二枚がそれぞれ奈楽の場のカードの効果によってセットされたという事知っている―――伏せカードの中身を理解しているという事だ。

そしてそのカードたちがどれほど厄介なのかを、鈴花は理解している。

だから真っ先に行うべきはそのカードを破壊する事である。

 

「…私のターン…ドロー!取り敢えず雑に【ハーピィの羽箒】!」

「うっそ!?手札の【キノの蟲惑魔】の効果発動!自分フィールド上に【蟲惑魔】モンスターが居るのならこのカードを特殊召喚する!【キノの蟲惑魔】が場にある限り自分フィールド上の罠・魔法ゾーンにセットされたカードは一ターンに一度だけ破壊されない!…【蟲惑の園】は破壊される…。でも蟲惑魔の効果が発動したから【セラの蟲惑魔】の効果発動だ。デッキから【ホールティアの蟲惑魔】をセットするよ。」

 

最初の除去は空振りに終わってしまったようだ。

あの伏せカードの内容は分かっている。―――だからこそ何か手はないかと考えているのだ。

直接的な除去を試してみたが対して効果は無かった。

―――であるならば相手が持ちうる妨害全てを吐きださっせる以外に方法はない。

 

「手札の…【スネークアイ・エクセル】を墓地に送って手札から【黒魔女ディアベルスター】を特殊召喚!特殊召喚成功時、【黒魔女ディアベルスター】の効果発動!」

「…【フレシアの蟲惑魔】の効果発動!デッキから【煉獄の落とし穴】を墓地へ送り【黒魔女ディアベルスター】の効果を無効にして破壊!さらに【シトリスの蟲惑魔】の効果発動!このカードは自分のカードの効果で場から離れた相手モンスターをX素材にすることができる!」

 

―――まずは、これで一つ使わせた。

これを吉と見るか凶と見るかは、まだ分からないが、状況は確かにこっちに傾いてきているはずだ。

 

(あの落とし穴は間違いなく【狂惑の落とし穴】…!ここは大人しく……するわけないよねぇ!)

 

【狂惑の落とし穴】―――このカードは攻撃力2000以上のモンスターを破壊するカード。発動条件も相手がモンスターの特殊召喚に成功した時、と非常に緩い。

ならば、攻撃力2000以上のモンスターを用意してやれば相手はそのカードに対して【狂惑の落とし穴】を使うという選択肢を取らざるを得なくなる。

 

「…私は手札の【スネークアイ・オーク】を召喚!【スネークアイ・オーク】の効果発動!効果で墓地から【スネークアイ・オーク】を召喚!【スネークアイ・オーク】は召喚成功時に墓地から炎属性レベル1モンスター一体を対象として発動できる効果がある!私は墓地の【スネークアイ・エクセル】を特殊召喚!【スネークアイ・エクセル】の特殊召喚成功時に【スネークアイ・エクセル】の効果発動!」

「…そうは行かないよ。罠発動―――【ビッグウェルカム・ラビュリンス】!効果でデッキから【白銀の城のラビュリンス】を召喚!その後【キノの蟲惑魔】を手札に戻す!」

 

奈楽は今後自身が出すカードにフィールドのカードを破壊する効果があると踏んだのかもしれない。

それなら多少アドバンテージを捨ててでも伏せカードを使用した方が奈楽自身にとってはいい判断なのだろう。

 

「【スネークアイ・エクセル】の効果で【蛇眼の炎燐】を手札に。そして、ドロー以外の方法で手札に加わったため【蛇眼の炎燐】の効果が発動。」

「…フィールドのモンスターが離れた為その効果にチェーンして【白銀の城のラビュリンス】の効果発動!更に通常罠が発動したから【セラの蟲惑魔】の効果発動!…効果で【アトラの蟲惑魔】を特殊召喚!」

 

【スネークアイ・オーク】も【スネークアイ・エクセル】もどちらも同じ効果を持っている。どちらが破壊されても鈴花はこのターンに行う動きに対して変化はつけないつもりでいた。

 

(…これで確実に【狂惑の落とし穴】を使わせる準備ができた…!)

 

ふう、鈴花は息を吐きだす。

今まで緊張していたせい過呼吸するのをすっかり忘れてしまっていたようだ。

 

「……参ったね。手札かフィールドか…これは中々に難しい選択だ。」

 

【白銀の城のラビュリンス】はフィールドからモンスターが離れたときに相手の手札・フィールドのカード一枚を破壊する効果を持つ。

そして【ビッグウェルカム・ラビュリンス】はデッキから【ラビュリンス】モンスターを召喚したうえで自分フィールドのモンスター一枚を手札に戻すことができるカードだ。

 

(しかも戻したのがよりにもよって【キノの蟲惑魔】なんだよねぇ…。)

 

【キノの蟲惑魔】は手札から特殊召喚できる蟲惑魔モンスターだ。特殊召喚のための条件は非常に緩く、その上セットされた魔法・罠を守る効果を持っている。

それを手札に戻されたのは痛手だった。

 

「僕は…【スネークアイ・エクセル】を破壊する!」

「【蛇眼の炎燐】を特殊召喚!効果で【スネークアイ追走撃】を手札に加える!」

 

手札は三枚。墓地にカードは十分。

後は思い切り動くだけだ。

 

「行くよ!私は【スネークアイ・オーク】の効果発動!このカードと【蛇眼の炎燐】を墓地に送りデッキから【スネークアイ・オーク】以外の【スネークアイ】モンスターを召喚することができる!おいで、【蛇眼の炎龍(スネークアイズ・フランベルジュ・ドラゴン)】!」

「召喚成功時に罠発動【狂惑の落とし穴】!【蛇眼の炎龍】を破壊してそのまま除外!」

 

鈴花は【狂惑の落とし穴】が伏せてあることを知っていた。知っていて、敢えて【蛇眼の炎龍】を場に出したのだ。そして【蛇眼の炎龍】に対して【狂惑の落とし穴】を使わせた。

―――これですべての仕掛けは整った。

相手は場のカードの効果全てを使い、自分のデッキを詰ませようとしてくれた。

お陰でこれ以上ない状況でこのカードを使える。

 

「…4…!」

「何のカウントだい?」

「貴方が私のターンに効果を使用したモンスターの数だよ。【セラの蟲惑魔】、【シトリスの蟲惑魔】、【白銀の城のラビュリンス】、そして―――【フレシアの蟲惑魔】。」

 

これは「確認」だ。このカードの効果を正しく使うための、そしてこのカードの餌食になるモンスターの。

 

「あっているね。僕が効果を発動したのは間違いなくその4枚だ。」

「そう。…ならその4体をリリース!」

「…なんだって?」

 

今から鈴花が使うカードはいざという時の「とっておき」。

このカードを使うという事は、それだけ今の状況が窮地である事の証左。

しかし、このカードは文字通り絶対絶命のピンチを最大級のチャンスに変えるカードだ。

 

「このカードは通常召喚出来ない。自分のターン中に相手フィールド上で効果を発動した自分、相手のモンスター全てをリリースすることでのみ特殊召喚できる!」

「まさか…最初から狙っていたとは。…読みを間違えたみたいだね…!」

 

鈴花の宣言と共に、奈楽のフィールド上からモンスターが消えた。

文字通り、【アトラの蟲惑魔】を遺して―――それ以外のモンスターは消え去った。

正確に言うのであれば供物にされたというべきなのだろう。

 

(…冗談じゃない…!)

 

4体のモンスターを喰らったのは赤き神龍。

赤き神龍は一本の銅剣に巻き付き、フィールドに鎮座する。

そして、その銅剣の前に炎が巻き上がった。

 

「大罪人の魂を喰らいて、今こそ世界を灰燼に帰せ。…裁定の時は今来る!炎と共に舞え―――【俱利伽羅天童】!!」

 

現れるのは角に炎を灯した白髪の少女。

世界を救済すべきか否かを見定めるある神が顕現した姿である。

 

『…久しぶり…じゃの、鈴花。良き戦い、良き縁に恵まれたようで何よりじゃ。』

『あの時以来だね…。…そっちも変わりないみたいで良かった。』

 

俱利伽羅天童は鈴花にだけ聞こえるようにそっと話しかける。

鈴花も天童の声に対して彼女にだけ聞こえるようにしてそっと言葉を返した。

 

『色々と積もる話はあるが―――今はこの戦いに備えようぞ!』

『分かってる!』

 

鈴花も天童も色々と話したいことはある。

だがまずは、このデュエルを終わらせてからだ。

 

「【俱利伽羅天童】の攻撃力はこのカードを特殊召喚する際にリリースしたモンスターの数×1500上昇する!従って【俱利伽羅天童】の攻撃力は7500に上昇するよ!」

 

俱利伽羅天童 ATK1500→7500

 

攻撃力7500。

他にモンスターが居ればいとも容易く残りのライフを消し飛ばせるであろう攻撃力。

 

「…バトル!【俱利伽羅天童】で【アトラの蟲惑魔】を攻撃!」

「攻撃宣言時墓地の【ホールティアの蟲惑魔】を除外して効果発動!」

「そうはいくか!【墓穴の指名者】!効果で墓地の【プティカの蟲惑魔】を除外!」

「…そうくるだろうね!【ティオの蟲惑魔】を守備表示で特殊召喚!【ティオの蟲惑魔】が特殊召喚に成功したため墓地の【狂惑の落とし穴】をセット!」

 

ここは何としても【俱利伽羅天童】の攻撃を通したい場面だ。本来の使い方ではないとはいえ、【プティカの蟲惑魔】の効果を発動する隙を与えるわけにはいかない。

万が一にでも【プティカの蟲惑魔】の特殊召喚を許せば【俱利伽羅天童】の攻撃力は1500に戻ってしまう。

というか、そもそも【俱利伽羅天童】は自身の効果でしか特殊召喚出来ないので、引きずり出されるのは強制的に【蛇眼の炎龍】となるのだ。

 

「バトル続行だよ!【アトラの蟲惑魔】を攻撃!」

 

少女がアトラの蟲惑魔に目を向ける。それと同時に少女の後ろに鎮座していた銅剣にそれに巻き付いた竜が同化する。

―――そして銅剣の刀身は激しく燃え上がった。

少女―――【俱利伽羅天童】はゆっくりと右腕を上げた。

それに連動するように燃える銅剣もゆっくりと動き出す。

鈴花も【俱利伽羅天童】に倣うようにして左腕を天に掲げる。

そして二人は掲げた腕を振り下ろした。

 

「一回叫んでみたかったんだ、これ!必殺!『ガルガンチュア――――』」

『まてまてまてまておぬしらは何故そんな危ない橋を渡りたがる!?』

「それはゲームが違うよ!?だからそれは叫んじゃダメぇ!」

『消される!消される!!』

 

その時に鈴花が叫んだ言葉は少しばかり危ないものであったせいで周囲からツッコミが殺到した。【俱利伽羅天童】が漏らしていた言葉から母も同じような事を叫んでいたらしい。

―――何とも締まらない形になったがバトルは続行。

鈴花の叫び声に呼応するように振り下ろされた銅剣はアトラの蟲惑魔の抵抗虚しく、全てを切り裂いた。

 

奈楽 LP8000→2300

 

アトラの蟲惑魔のささやか抵抗でほんの少しだけ勢いを落とした銅剣が奈楽のライフを大きく削る。

これが現実だったら今鈴花の目の前には肉塊に変わった奈楽がいることだろう。幻影であると分かっているのに、振り下ろされた剣から出る熱気が妙に生々しく感じられた。

 

「エンドフェイズ!【俱利伽羅天童】の第二の効果発動!貴方の墓地の【白銀の城のラビュリンス】を私の場に特殊召喚!」

「げぇ、NTR(コントロール奪取)!」

 

鈴花 手札1枚 LP8000

モンスターゾーン ①俱利伽羅天童

         ②白銀の城のラビュリンス

         ③なし

         ④なし

         ⑤なし

 

魔法・罠ゾーン  なし

 

今の鈴花の場には単純な高攻撃力を持つ【白銀の城のラビュリンス】と、全てをひっくり返してくれた【俱利伽羅天童】が居る。

いくら展開力が上昇した【蟲惑魔】といってもこのフィールドを簡単にひっくり返せるわけが無い。

 

「…私はこれでターンエンド!」

 

伏せカードがないというのと、たった一枚の手札が相手にすけているという事。

この二枚の事実が鈴花の心から余裕をなくす。

それは彼女自身の「勝ちたい」という気持ちの表れであり―――彼女の弱点でもあった。

 




登場人物紹介

・鈴花
黒魔女と炎の蛇と天童が搭載されたデッキ。
モンスターを用いて制圧盤面を作る事は彼女にとってはただの餌でしかない。

・奈楽
伏せカードや手札のカードが何なのか分からないからね、しょうがないね。
それはそれとしてこの状況を突破できる手段はあると確信しているようだが…?

というわけでこれがやりたかっただけだろシリーズです。次回で準決勝は決着です。


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準決勝②:「そこに行くのは―――」

 

奈楽 LP2300 手札一枚

フィールド   ①ティオの蟲惑魔

        ②~⑤なし

魔法・罠ゾーン ①伏せ

        ②伏せ

        ③~⑤なし

 

鈴花 手札1枚 LP8000

モンスターゾーン ①俱利伽羅天童

         ②白銀の城のラビュリンス

         ③なし

         ④なし

         ⑤なし

 

魔法・罠ゾーン  なし

 

 

奈楽は【俱利伽羅天童】によって壊滅状態に陥った自分のフィールドを眺めて考えていた。【俱利伽羅天童】は炎属性レベル1のモンスター。【スネークアイ・エクセル】でのサーチも容易く、どんなデッキでも一度は相手のターン中にモンスター効果を使うだろう。

相手ターン中にフィールド上のモンスターの効果を使わないデッキはそれこそ霊使の【霊使い】をはじめとしたデッキしか思いつかない。

 

(…結局の所【俱利伽羅天童】という選択肢を排除していた自分のせいだね…。)

 

レベル1、炎属性を主軸としたデッキであるならば当然【俱利伽羅天童】という選択肢は浮かんでくる。しかし、このカードはピーキーな性能をしているのだ。

まず、リリースするのは「自分のターン中に相手フィールド上で効果を発動したモンスター」のみ。例えば【灰流うらら】や【増殖するG】といった手札誘発には効果が無いし、「発動しない」モンスター効果には当然無力でしかない。

次に、「特殊召喚に対してカードを使える」ということ。このカードの召喚に成功した後に除去されてしまえば、フィールドががら空きかそれに近しい状態になる。

故に「決まれば強いが―――」という評価をされているカードが【俱利伽羅天童】なのだ。

 

(…基本は【ヴァンキッシュソウル】で使われることが多いから、…【スネークアイ・エクセル】のサーチ対象であることをすっかり失念していたから…!)

 

結局、奈楽は欠片たりとも【俱利伽羅天童】というカードを警戒していなかった。―――というより、警戒するのを忘れていたのだ。だから自身が展開していた盤面全てをたった一枚のカードでひっくり返されてしまった。後一手で勝ちと言うところから、あと一つ間違えれば負けといえるほどにまで。

それは言うまでもなく奈楽自身のミスだ。―――しかも、今回に至っては【フレシアの蟲惑魔】の効果を始めたとした蟲惑魔達の効果を利用される形で降臨を許したのだ。

 

(…油断、慢心…!一番やっちゃあいけないやつだ…!)

 

自分は絶対にしないと決めていた油断や慢心。―――手札誘発はあっても【原始生命態ニビル】くらいだろうという油断や、【蟲惑魔】達による制圧によってもうひっくり返しようがないだろうという確信のような慢心。

 

「…どうやら僕は君をどこかで見下していたらしい。僕と、フレシア達の方がずっと強いって…!反省しないとね、これは。」

 

そしてそれは心の何処かで鈴花たちを見くびっていたから起きたことに他ならない。

故に―――奈楽は自身の未熟を恥じ、鈴花に謝罪した。

 

「…そしてここからは僕もより貪欲に勝ちに行く…!ドロー。」

 

そしてより貪欲に勝ちに行くと誓った。

どんな手段を用いても最終的に勝つのは自分なのだと、そう言い切る。

 

「…魔法カード【貪欲な壺】発動!【パラレルエクシード】二枚と【セラの蟲惑魔】、【フレシアの蟲惑魔】、【シトリスの蟲惑魔】をデッキに戻して二枚ドロー!」

「うぐ…!」

 

まずはリソースを回復する。

【蟲惑魔】はそこまで積極的に墓地のカードを再使用するデッキではない。

だから墓地にあるカードはデッキに戻したほうが良いし、当然墓地にはカードを置いておく意味はない。

一部のカード―――【ホールティアの蟲惑魔】や【ティオの蟲惑魔】、【クラリアの蟲惑魔】は墓地にあるカードを特殊召喚することができるが、それは【蟲惑魔】モンスターだけだ。

 

「…そしてそのまま【ティオの蟲惑魔】一体で【セラの蟲惑魔】をリンク召喚!さらに伏せていた【ホールティアの蟲惑魔】を発動!【ホールティアの蟲惑魔】を特殊召喚!さらに通常罠が発動したため【セラの蟲惑魔】の効果が発動。…デッキから【リセの蟲惑魔】を特殊召喚!」

 

【蟲惑魔】は一体でも蟲惑魔が居れば、エンジンであり、デッキの要でもある【セラの蟲惑魔】につなげることができる。そして一度でも場を整えてしまえば連鎖的に【蟲惑魔】達はフィールドに現れる。

 

「いつも通りに【ホールティアの蟲惑魔】と【リセの蟲惑魔】で【フレシアの蟲惑魔】をエクシーズ召喚!さらに追加サービスだよ!手札から【ティオの蟲惑魔】を召喚!【ティオの蟲惑魔】の召喚成功時墓地から【アトラの蟲惑魔】を召喚!【蟲惑魔】の効果が発動したからデッキから【狂惑の落とし穴】をセット。【セラの蟲惑魔】、【アトラの蟲惑魔】、【ティオの蟲惑魔】の三体で【アティプスの蟲惑魔】をリンク召喚!」

 

【蟲惑魔】が【蟲惑魔】を呼び続けることで奈楽のフィールドは【俱利伽羅天童】によって壊滅状態にあった時から一転して、再び蟲惑魔軍団が姿を顕す。

そして、それは―――奈楽にとっては待ちに待った瞬間でもあった。

 

「【アティプスの蟲惑魔】の効果発動!このカードは自分フィールド上の昆虫族・植物族モンスターの数だけ相手の場のカードを対象にして発動できる効果を持つんだ。…そして対象となったモンスターは効果が無効にされ、その上で墓地の通常罠一枚を除外して対象カードの内の一枚を破壊できる…。」

「なんだって…!?そんな、まさか…!」

 

今の奈楽にとって一番厄介なのは【俱利伽羅天童】だ。このカードが場にある限り攻撃力7500の壁を越えなくてはならない。

しかし、【アティプスの蟲惑魔】がいれば話は変わってくる。【俱利伽羅天童】の攻撃力上昇効果は()()()()()()。そして一度無効にしてしまえば、攻撃力は1500へと戻る。

そうすれば戦闘が得意な【アティプスの蟲惑魔】によって何の苦もなく戦闘破壊ができる。

 

「【アティプスの蟲惑魔】の効果に対象とするのは【俱利伽羅天童】と【白銀の城のラビュリンス】。…さらに墓地の【ビッグウェルカム・ラビュリンス】を除外して【白銀の城のラビュリンス】を破壊するよ。」

「くぅッ…!」

「バトルフェイズだ!【アティプスの蟲惑魔】で【俱利伽羅天童】を攻撃!」

 

効果を無効にされた【俱利伽羅天童】は攻撃力1500のモンスターだ。

今のアティプスの攻撃力は2800。言うまでもなく【俱利伽羅天童】の攻撃力を上回っている。

 

鈴花LP8000→6700

 

「…またひっくり返された…ッ!」

「これで…逆転だ!僕はこれでターンエンドだ。エンドフェイズに【ティオの蟲惑魔】の効果でセットされた【狂惑の落とし穴】は除外されるよ。」

 

奈楽 手札1枚 LP2300

EXモンスターゾーン (右)アティプスの蟲惑魔(リンク先②)

モンスターゾーン   ① フレシアの蟲惑魔(守備表示/X素材×2)

           ②~⑤なし

魔法・罠ゾーン    ①伏せ

 

鈴花 手札1枚 LP6700

フィールド なし

 

鈴花の手札は残り一枚。

そしてそれは【スネークアイ追走劇】であると奈楽は知っている。

故に、このデュエルがどうなるかは鈴花の次のドローに全てかかっているだろう。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

追い込まれた。鈴花は互いのフィールドを見比べるまでもなくそう強く感じた。

あの状況から全てをひっくり返された。

しかも自分は【俱利伽羅天童】という一枚のカードにかけた大博打だったが、相手は展開していくうえで自然と立て直して見せた。

―――そしてこのドローで自分の全てが決まる。

そう考えてしまうと、少し怖い。

―――それと同時に今にも負けそうなこの状況を楽しんでいる自分が居る事にも驚いている。

 

「私のターン。…ドロー。500LP払って墓地の【ヴォルカニック・バレット】の効果発動。デッキから【ヴォルカニック・バレット】を手札に加える。…速攻魔法【スネークアイ追走劇】発動!デッキから【黒魔女ディアベルスター】を永続魔法扱いでフィールドに置く!…そして…!」

 

恐らくこの【黒魔女ディアベルスター】は【狂惑の落とし穴】か【フレシアの蟲惑魔】の効果で破壊されてしまうだろう。

それでも、勝ちたいと願う。

まだなにかあるはずだと考える。

この楽しい時間を終わらせたくはないから。

 

「…そして、魔法カード【貪欲な壺】発動!」

「…君もか!」

 

このデッキにおいて墓地は非常に重要だ。

特にレベル1、炎属性モンスターを墓地にためるという行動がそのまま自分のアドバンテージに繋がる。

しかしこの手札ではそもそもの展開さえ行う事が出来ない。

ならばいっそのこと全てリセットして一からやり直したほうが良いのだ。

 

「当然…!私は墓地の【俱利伽羅天童】、【スネークアイ・エクセル】、【蛇眼の炎燐】、【黒魔女ディアベルスター】、【ヴォルカニック・バレット】の五枚をデッキに戻して二枚ドロー!…魔法カード【ファイアー・バック】!手札の【ヴォルカニック・バレット】をコストに墓地の【スネークアイ・オーク】を召喚!そして【スネークアイ・オーク】の効果発動!」

 

ドローしたカードによってはまだいける。

まだ戦える。

そうして少しずつ、少しずつ差を詰めていけばいい。

だが、鈴花は一つ見落としていた。攻撃力1500以下のモンスターを対象に取る落とし穴が存在しているという事を―――。

 

「悪いけれど―――そこに行くのは僕だ!【フレシアの蟲惑魔】の効果発動!効果ででデッキから【断絶の落とし穴】を墓地に送って―――【スネークアイ・オーク】を裏側表示で除外する!」

「…あっ。」

 

奈楽が【フレシアの蟲惑魔】の効果でコピーした罠カードは【断絶の落とし穴】。攻撃力1500以下のモンスターを裏側表示で除外する罠カードだ。

当然、裏側守備表示で除外された【スネークアイ・オーク】はフィールド上に存在しない。従って後続のモンスターを呼ぶことは叶わない。

 

「…ここまでか、な。エンドフェイズ。エンドフェイズ時に墓地の【スネークアイ追走劇】を除外して効果発動。【黒魔女ディアベルスター】を特殊召喚するけど…」

「…当然無効化だね。」

 

故に鈴花にできるのはターンエンドを宣言する事のみだった。

そうすれば当然、奈楽のターンが回ってくる。

 

「僕の勝ちだね、桜庭さん。…いいデュエルだったよ。」

 

次のターン、奈楽は【蟲惑魔】を並べたててそのまま鈴花を総攻撃。

【アティプスの蟲惑魔】によって攻撃力が1000上昇していることもあり―――桜庭鈴花の日本大会はここで終わりを告げたのだった。




登場人物紹介

・桜庭鈴花
負けたけど楽しかった。
楽しければそれでいいじゃない

・星神奈楽
勝った。楽しかった。
油断や慢心は忘れたころに這い上がってくるのを実感していた。

というわけで鈴花対奈楽決着です。
次回は幕間で、鈴花と霊使と奈楽の意気込みです。


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幕間:それぞれの平穏

 

三位決定戦控室。

その一角の雰囲気は明らかに沈んだ物だった。その原因は言うまでもなく奈楽に負けた鈴花である。

彼女は控室の隅っこで蹲っていた。

 

「…負けた…。」

 

それが事実。

「負けた」という事のみが鈴花に重くのしかかる。

今までのデュエルの中で何よりも楽しかった。―――正直に言うならもっと続けていたかった。

だがもう終わってしまった。

楽しかったからこそ、虚しい。あの瞬間が終わってしまった事が。

 

「…もっと長く続けられたんだろうか…。」

「考えても仕方がねぇよ…。切り替えろ…ったってお前にゃ無理か。」

 

悶々と悩み続ける鈴花に対してディアベルスターはどう言葉を返せばいいのか分からなかった。

あれだけ熱望していたこれだけの大舞台での霊使との決闘。それを阻まれてしまったのだから、気が抜けてしまうのも仕方が無いような気がする。

ずっと気が抜けたままなのは張り合いがない―――が、ここまでコテンパンにされたのも久しぶりだ。

 

(オレもまだ慢心があったか…。)

 

鈴花はどうか分からないが―――ディアベルスターの中には確かに「勝てる」という慢心があった。

たかが植物と虫―――自身の力で簡単に御せると思っていた。

 

(…オレもまだまだだったか。)

「悔しいぃ!くーやーしーいー!」

(オレもあれだけ気楽になれりゃあ楽なんだろうがなぁ。)

 

といっても鈴花の中にも悔しいと思う気持ちはあるのだろう。

負ければ悔しい―――そんな当たり前のことも当たり前と思えなかった自分がどれだけ大きかったのか。

ここまで来たのに、頂に挑むことなく散っていった挑戦者たちは一体何を思っているのか。

どこまで行っても勝負は残酷だ。一度倒してしまえばそんな事を知る機会などはもうなくなってしまうのだから。

 

「今すぐカチコミかけてリベンジするー!」

「少しは落ち着けって!今それをやったら今後に迷惑がかかるだろうが!」

「終わるの待ってられないって!」

 

一方の鈴花はもう一戦やりたいとじたばたしている。いつの間にかいじけからは立ち直ったようだ。

ディアベルスターがいくら落ち着けと宥めても鈴花の癇癪は止まらなかった。―――それほど悔しかったのだろうが、だからといって控室でじたばたするのは如何なものなのだろうか。

本当に人がいなくてよかったと思う。

 

「絶対リベンジするからなぁーッ!」

 

いつかは必ずリベンジする。だが、今戦ったところでそれはもうさっきの戦いの二の舞を演じるだけだ。

とにかく、それはもう決定事項だ。変えるつもりはないし、一つ目標が出来たのもいい。

 

「うるせぇ!少しは落ち着けぇ!」

「悔しいだもん!」

「ああくそ…!凪!凪―ッ!当て身頼む!」

 

それはそれとして一度ぐずりだした鈴花はなかなか止まらない。

結果として、凪の当て身によって鈴花はその意識を刈り取られるのであった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

(あっぶなかった…!)

 

奈楽は内心ひやひやしていた。自分の自覚していない油断や慢心で負けたとあったらフレシアの機嫌は急降下するところだっただろう。きっと今晩は「お仕置き」があったに違いない。

普段は優しい人のようにふるまうフレシアだが、こういう所で彼女本来の性質が見え隠れしている。

 

「むぅ…。」

 

当のフレシア本人は頬を膨らませていた。

今回は自分の非に気付いて何とか修正することができた。だが彼女からすれば「お楽しみ」が一つなくなってしまったという事になる。

それが原因なのか、それとも【俱利伽羅天童】の効果でなすすべなくリリースされたことがよほど悔しいのか、彼女は控室に戻ってからずっと不機嫌なままだ。

 

「勝ったんだからいい…とはいえないんだよね…。」

 

【俱利伽羅天童】―――今後は常にこのカードの存在を頭に入れてプレイすることになるだろう。【原始生命態ニビル】と違って発動する効果ではない【俱利伽羅天童】は【墓穴ホール】で効果を無効にすることはできない。

今後は不倶戴天の仇という事になってくる。

しかし問題はそのカードを忘れていたことで、「相手は使わないだろう」という妄想からその確信をしてしまった事である。

 

「反省しなくちゃあね…。」

 

今回の一件で自分がどれだけ驕っていたかを知ることができた。

「フレシアと一緒なら負けない」―――それだけでは足りないのだ。

 

「むぅ…。」

「一体なんでフレシアは頬を膨らませてるのさ…。」

「むすー…。」

 

本人もそれを自覚しているのか知らないが頬を膨らませたりと忙しそうにしている。

―――どうにかして彼女の機嫌を取る方法はないものだろうか。

 

「なんでそんなに不機嫌なのさ…?」

「なんでもないですよー。」

「あからさまに不機嫌なんだよねぇ。」

「別に…無理矢理リリースされたとか活躍の場をあの雌猫に奪われたとか…そういう事で怒ってるんじゃないですもん。」

 

どうやら彼女は自分の活躍の場が奪われたことに相当ご立腹のようだった。特に【俱利伽羅天童】の効果での蘇生先に選ばれなかったことに腹を立てているらしい。

だがフレシアはX素材を持つことで初めて機能するモンスターだ。X素材をもっていないフレシアは正直に言ってちょっと硬いかなー?くらいの壁でしかない。

 

「…何か失礼なこと考えてませんか?」

「何も?…さて、決勝だよ?」

 

これ以上追及されたら変なことをうっかり漏らしてしまいそうなので話を無理矢理変えることにした。

 

「露骨に話を逸らしましたね…。でもまあ、はい。」

 

話を変えたのはさすがにバレバレだったようだ。内容が内容だったおかげで彼女にこれ以上追及されることもなさそうなのが幸いではあるのだが。

それに、彼女も決勝と聞いて相当興奮しているようだ。

 

「くす…ええ、楽しみですとも。」

「それは良かった。」

 

彼女の目には既に四遊霊使(次の獲物)しか映っていない。

フレシアの顔は何処まで行っても捕食者としてのそれだった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

時は少し戻って鈴花と奈楽のデュエルが決着したころ。

霊使は控室では無く、観客席の目立たないところで二人の戦いを観戦していた。

 

「…勝ったのは、やっぱり奈楽か。」

「分かってたの?」

 

結果を見て霊使は「やはり」と言葉を漏らす。ウィンはそれに対してまるで分っていたかのようだった、とびっくりしていた。

 

「簡単な話なんだよ。【スネークアイ】は単純に【蟲惑魔】と相性が悪いんだ。というか【蟲惑魔】と【ラビュリンス】の混合デッキに先攻を取られてまともに戦えるデッキの方が少ないと思う。どっちも先攻特化のデッキなわけだからな。」

「そっか。」

「あとはまあ…久しぶりだからかな。俺は…奈楽と戦いと思ったんだ。」

「うわぁ個人的な理由。」

 

いいだろ別に―――と霊使は恥ずかしそうに顔を逸らした。別に鈴花とデュエルしたくないわけでは無い。彼女にも勝ってほしかったとも思っている。

だが、それ以上に久しぶりに、奈楽とデュエルをしてみたいと強く思ったのだ。

 

「さて、行くか。」

「三位決定戦は?」

「鈴花さんが勝つ、絶対に。」

 

この後少しの休憩をはさんで、三位決定戦と―――クライマックスの決勝が行われる。

霊使いは心の底から楽しんでやると決めていた。

勝ち負けは問わない。まだ、人生には余裕があるのだから。

 

「行くか。」

「…ん。」

 

自然と距離が縮まる。

ウィンが傍にいるだけで心強いと思える。

そして、彼女とみんなと共に戦えることがこんなにも楽しい。

 

「さあ、決勝だ。」

 

口角が自然と上がっていく。

心臓が早鐘をうち、呼吸の感覚は少しずつ短くなっていく。どうやらこれからのデュエルの事を考えて少し興奮してしまったようだ。

 

「興奮してるね?」

「そりゃあ、まあ…そうだろ。強敵との戦いはいつだって血沸くものだろ?」

「少しも霊使は変わらないね。…楽しみなのは私も一緒だよ。だからね、霊使―――」

 

ウィンは少し走って霊使の前へと回り込む。

 

「今日も頑張ろうか?」

「ああ。いつも通りに勝利に導いてやるさ。」

「…ありがとう。」

 

そうして、霊使とウィンはいつもの通りに会場へと向かって行く。

これが二人のいつも通り。

そして―――決戦の舞台への扉は開かれたのであった。




登場人物紹介

・鈴花
じたばたしている

・ディアベルスター
心の何処かに慢心があったのかと疑っている。

・奈楽
フレシアの御機嫌を取っている

・フレシア
むくれている

・霊使
戦意ギラギラ

・ウィン
いつも通りに霊使のそばに


というわけで決勝戦、始まります


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