Call of Hololive (アス夕)
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episode:01【先駆け】

・この小説は、バーチャルYouTuberグループ「ホロライブ」の二次創作小説です。
・この小説は、ホロライブプロダクション二次創作ガイドラインに則っています。
・話の都合上、男性キャラクターが登場する場合がございます。男性が苦手な方はご注意ください。


 とある快晴の夏の昼下り。ホロライブ事務所、窓を背にするように置かれたソファーに、所属アイドルである白上フブキと夏色まつりは隣り合って座っていた。

 

 事務所と言っても仕事のために訪れた訳ではない二人は、特に話す内容があるでもなく、ただ携帯端末をいじっていた。

 

「あ、そうだ」

 

 突然思い出したかのように、事実何かを思い出したであろうまつりが声を上げる。

 

「どうしたの、まつりちゃん?」

 

 フブキは手元の端末から目を離した。

 

「フブキはさ、あの噂知ってる?」

 

「噂?」

 

「そ。なんかね、〇〇砂浜公園に“半魚人”が出るらしいよ」

 

 半魚人。親友から飛び出した非日常ワードに、フブキは首をひねった。しかも、〇〇砂浜公園というのはこのホロライブ事務所からそこそこ近い場所にあるものだから、なおさらフブキの疑念は深かった。

 

「半魚人って、魚の頭に人のカラダの?」

 

「うん、その半魚人。何人かまつりすが呟いてるのを見たんだ」

 

「あっ、一人じゃないんだ」

 

「そうなんだよね。それで調べてみたら、結構いろんな人が話してて。どう? 気にならない?」

 

 うーん、と首をひねるフブキ。全く興味がないと言えば嘘になるが、どうにも嘘臭さが強い。日頃から頻発するUMAの目撃情報などと大差ないのである。

 

「ほら見て、写真もあるんだよ」

 

 そう言ってまつりが近づけてきた端末の画面を見ると、確かに〇〇砂浜公園の様子が写っていた。時間は深夜で、月の光で照らされた砂浜は美しいが、半魚人と形容できるほどのものが写っているようには見えなかった。

 

「……どこ?」

 

「えー! よく見て、ここだよここ!」

 

 まつりが指差した場所をじっくりと見てみると、確かに何か人のようなものが立っているように見えなくもない。しかし、如何せん小さすぎる。逆光と夜の闇で黒に染まっていることもあり、フブキにはこれが半魚人とは到底思えなかった。

 

「ねえまつりちゃん。これ、本当にそうなの?」

 

「ぜーったいそうだって! まつりこういうカン当たるもん!」

 

「本当かなぁ……?」

 

 むー、と頬を膨らませるまつり。いつの間にかヒートアップした友人に苦笑いするフブキだったが、天啓のように突如一つのアイデアが浮かんだのだった。友人の機嫌も直せて、自らの僅かな好奇心も満たせる素敵なアイデアが。

 

「じゃあさ、まつりちゃん」

 

「んー?」

 

「折角近いんだしさ──直接、見てみたくない?」

 

 

 

 

 その日の深夜、刻が日を跨いだ頃に、二人は例の砂浜公園に訪れた。公園とはいえほとんどが砂浜であるここに灯りは立っておらず、朧げな月が海に反射した淡い光だけが二人を照らしていた。

 

 まつりは、昼間とは一転して黒毛が靡く親友に声をかけた。

 

「今は(そっち)なんだ?」

 

「白色は目立つからな。無いとは思うが念の為、らしい。もっとも()は信じる気にはなれんがな、こんな馬鹿馬鹿しい」

 

「でも付き合ってくれてるじゃん」

 

「うるさい」

 

 それから二言三言ほど交わすうちに、夜の雰囲気と波の打ち返す音に呑まれ、二人は口を閉ざしじっと海を見つめていた。

 

 

 

 それから何も起きずに時間は流れ、時計が午前2時を指した頃。海風の中に不快なものが混じり始めた。

 

「うえっ生臭……なにこれ、最悪」

 

「魚……というより、ヘドロのような臭いだな……。ほら、使え」

 

 気休め程度だが、とフブキはマスクを差し出し、まつりはそれを素直に受け取り着用した。

 

 そのまま数分待つも、臭いは消えるどころか少しずつ強くなっていった。

 

「こんな臭い、街中だったら大事じゃ済まないぞ」

 

「まつりもう帰りたい……あっ、あれ」

 

 まつりが海の方を指差した。その方向では、海がごぼごぼと大きく泡立っている。

 

 二人はそばに生えていた太い樹の影に隠れた。可能な限り気配を殺し、ゆっくりと覗き込む。

 

「ね、ねぇ……あれって」

 

「この臭いと言い、信じたくはないが……そういうことだろ」

 

 ボコボコと鈍い音を発しながら、浮かんでは弾けを繰り返す。ただの海であるはずなのに、まるで泥が泡立っているかの如く、粘性があるように見えた。

 

 

 

 どれだけの時間が経っただろうか、まつりとフブキには、この数分が永遠のように感じられた。

 

 張り詰めた空気の中、唐突に泡が収まった。不愉快だった音も鳴りを潜め、再び場は静寂に包まれた。

 

「……収まった?」

 

「…………いや、まだだ」

 

 まつりは見えていないが、狐の夜目を持つフブキは、水面が不自然に揺れていることに気がついていた。

 

 ある一点から、輪を描くようにして弱い波が起きている。まるでそれは、水面に一滴のミルクを垂らした時のような、水中から何かがゆっくりとせり上がってくるかのような──。

 

 

 

「隠れろッ」

 

「え?」

 

 返答を聞く間もなく、フブキは海を覗いていたまつりの顔を素早く引き戻した。海から大きくザアアと音がしたのは、それとほぼ同時だった。

 

「何……?」

 

「海から何かが出てきたってことだけはわかる。あと、今覗いたらやばいってこともだ。私はこういうカンはよく当たる」

 

 二人は必死で息を殺した。背後の海から、ザクザクと砂浜を歩き回る音が聞こえる。何をするでもなく、ただうろうろと歩き回っているような音に聞こえた。

 

 ザクザク、ザクザクと、少しずつ大きくなっていく音に、二人の心拍数も高まっていく。

 

(────少しずつ、大きく)

 

 近づいてきている。フブキがそう判断するまでにさして時間はかからなかった。数瞬後にはまつりもそれに気が付き、不安そうにフブキを見つめた。

 

「……覗く。お前は逃げる準備でもしておけ」

 

「大丈夫なの……?」

 

「さァな」

 

 そんなことを言いながらも、フブキは何となく大丈夫なのではないかとも思っていた。夜の雰囲気と非日常な出来事に警戒しすぎているだけで、いざ対面してみれば大したことはないのではないか、と。

 

 狐の耳を寝かせ、足に尾を巻きつけ、ゆっくりと、ゆっくりと幹から顔を出した。

 

 

 

(────半魚人、か)

 

 二人が隠れている大きな木からおよそ20m程の所だろうか。そこに、“それ”はいた。

 

 ぬめぬめとした全身は、月光に照らされ緑に光っている。背中にはカサゴのようにトゲトゲとした鱗が生えており、そのすぐ下には尾びれのような尻尾が生えている。

 

 瞼の無い巨大な瞳、首と一体化したような顎に、大きく横に裂けた口。

 

 奇妙なほど細い手足を左右に振り、カエルのようにひょこひょこと跳ねながら歩いている。

 

 紛れもなく“半魚人”と呼ぶ他ない生物が、そこにはいたのだ。

 

(…………そうだ、写真)

 

 幸運にも、それはフブキにまだ気づいていない。フブキは懐から携帯端末を取り出し、カメラを起動した。

 

 ピントを合わせ、シャッターを切ろうとしたその瞬間──巨大な眼球がぎょろりとこちらを向いた。

 

(しまッ──)

 

 端末のカメラがその姿を鮮明に写した。

 

『Gggeeee……』

 

 唸るような、絞り出したような声を上げるそれに、二人は背筋に走る怖気を抑えきれなかった。

 

 物理的脅威ではない筈なのに、まるで虎と相対したような──いや、ゾンビや幽霊などと相対しているかのような恐怖をフブキは覚えていた。

 

 それから数秒間、フブキは動かずに、動けずにいた。半魚人とにらみ合うような構図になったフブキだったが、突如としてそれは破られる。

 

「フブキ……?」

 

 何も言わない親友が心配になったのか、はたまた何も見ないままでいるのが耐えられなかったのか、まつりが恐る恐るこちらを覗きこもうとしてきた。

 

「チッ」

 

 フブキは咄嗟に足元の砂を全力で蹴り上げた。ボン、と爆発音のような音が鳴り、舞い上がった大量の砂煙が半魚人の姿を隠す。

 

「目ぇ瞑って捕まってろ!」

 

「えっ? 何──うわあっ!?」

 

 フブキがまつりを無理やり抱き上げ、それから逃れるように全力で駆け出した。俗に言うお姫様抱っこの形になったが、互いにそれを意識する暇などない。フブキはただただ後ろの狂気から逃れるため、まつりはフブキが凄まじい速度で走っているために起きる風圧に耐えるために全力を尽くしていた。

 

 

 

 

 ガシャーン、と既に聞き慣れた音が響く。一足飛びでビルの高層まで飛び上がったフブキは、強化ガラスを物ともせずに窓から入室した。

 

「フブキさん、またガラス……あれ、黒上さん?」

 

 残業していた友人Aはいつものようにフブキを問い詰めようとしたが、どこか様子のおかしい、その上滅多に現れない黒上フブキの姿に口を閉ざした。

 

「ハァー、ハァー……もう無理だ疲れた死ぬ、白上に代わるぞ」

 

 まつりをゆっくりと床に降ろしたフブキはその場にぱたりと倒れ込んだ。すると、ゆっくりと毛の色が白く染まっていく。

 

 まつりはぎゅっと固く閉じていた目を開き、辺りをきょろきょろと見回した。

 

「……ついた、の?」

 

「お疲れ様ですまつりさん、どうしたんですかこんな時間に」

 

 まつりが時計を見ると、針は午前3時を刺していた。普段であればお前がどうしたと突っ込むところだが、生憎今のまつりにその余裕はなかった。

 

「……はあぁ、助かったんだまつり…………臭かったー……」

 

 まつりはフブキと並ぶようにして倒れ込み、付けていたマスクを投げ捨てた。それとほぼ同時に、真っ白になったフブキが隣で目を覚ました。

 

「あっ、まつりちゃん。おはよう」

 

「……フブキ、ありがとうね」

 

 互いの顔を見て、くすりと笑う二人。手を握り、再びゆっくりと意識を微睡みの中へ──。

 

「何だか良い雰囲気で締めようとしてますが、ちゃんと帰らないと駄目ですからね!こんな遅い時間に……それに、ちゃんと何をしていたかの説明もしてもらいますから」

 

「はぁーい……」

 

 二人は、当たり前だった平和が特別なように感じて、くすくすと笑った。




当小説内での主要キャラクターのステータス

白上フブキ
STR:8 DEX:13 CON:9 POW:14

黒上フブキ
STR:14 DEX:24 CON:8 POW:17

夏色まつり
STR:9 DEX:12 CON:12 POW:8


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