緋弾のアリア ifストーリー (やんかつ)
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キンジとレキとお掃除ロボット

主がレキ推しのため、レキに特化したお話となっています。原作で使用されている台詞回しなどを使用しているため、既視感があるかと思われます。また、主自身執筆・投稿は初めてですので、温かい目で読んでいただけると幸いです。


7月上旬。眠い目を擦りながらも体を起こし、部屋のカーテンを開けて洗面台に向かう。

アリアとのギクシャクした関係もなくなり、先の不安といえば不足している単位ぐらいのもの。それも人数集めを終え、後は当日を待つばかりである。

(今日はどうするかな…)

アリアのいちご味歯磨き粉と間違えないようにしつつ、歯磨きを始める。

アリアは何やら用事があるとか言って昨日からいない。白雪は白雪で任務に参加するとは言ったものの、直前までS研にかかりっきり。つまり今日はトラブルメーカーたる二人がおらず、超平和な日なのだ。といっても、やることは何もないのだが。

歯磨きを終えて自室に戻り、コーヒー用にティファールに水を入れてからパソコンを開く。メール…は案の定白雪からの心配メールが盛りだくさん。みなかったことにしつつ、ふとある記事に目が行った。

『これで部屋のお掃除いらず!ルンバ550!今なら2つ御購入で割引!』ルンバか…勝手に部屋をきれいにしてくれるってんで、理子がすごく推してた気がするな。見せてもらったルンバ、ものすごくデコレーションされてたけど。パチリと音が鳴り、沸いたお湯とコーヒー豆をマグカップに注ぐ。とそこで脇に置いてあったケータイから花のうちにのメロディーが流れた。

白雪だったらスルー…と考えてたが、アリア。即座に開いて応答する。

「もしもし?」

「キンジ?あんた台場の任務にレキも誘ったわね?」

「誘った…というより向こうからやるって言われたんだけどな」

「細かいことはともかく。アンタも一応武偵として貸し借りは早めに返しておきなさい。レキだからじゃなく、一武偵としての礼儀よ。分かったわね?」

ぶち。アリアが一方的に言うだけ言って切ってしまった。ちなみにアリアの電話にすぐ出るのは出なかった日にダブルバックドロップを決められたから。

(貸し借りか…)

武偵同士での貸し借りはあまりオススメされていない。こじれればどんどん孤立していくし、情報が異様に早く回る武偵高では、そう言った奴は周りからも信頼されなくなっていく。

(と言ってもレキだからなー…カロリーメイトじゃ割に合わないし、ハイマキの餌…お?)

思い当たるフシがあり、早速レキに電話をかける。

「…はい」

はいって。電話の一言目にはいって言うやつ初めてなんだが。知らない相手だったらどうするんだ。

「あー…レキ、今日暇か?ちょっと付き合ってほしい場所があるんだが」

「構いませんよ」

「良かった。そうだな…もうバスは走ってるし、10時にお台場駅でいいか?」

「分かりました。ではまた」

ぷち。最初の応答はともかく、まだレキの方がアリアより優しいぞ。時計を見ると9時。台場まではものの15分でつくが、あまりのんびりとはしていられない。半分残っていたコーヒーを飲み終えて、支度を始めた。

********************************

(レキはもう来てるのか…?)

約束の10時……の10分前。駅周辺を見回すが、レキらしき人影はない。曲がり角に差し掛かり、連絡をしようとケータイを取り出す。と同時にゴチ、と肘に何かが当たった。なんだ?

「キンジさん」

そこにいたのは武偵高のセーラー服を着たレキ。ドラグノフは持ってきてないらしく、レキがそこにいるだけだ。見れば、少し額を抑えている。ちょうど肘が当たったのか。

「すまん。ちょうど前をみてなかった」

「大丈夫ですよ」

と言ったきりレキは動かない。見上げて俺を見てるだけだ。

「えっーとだな。今日は、電器屋に行く」

「電器屋ですか」

「そうだ」

元々近くのビックカメラでセールをやっていることもあり、待ち合わせも台場駅にしたんだが…。

「このままいても暑いだけだから、歩くぞ」

「はい」

女子との距離感や会話なんて分からないし覚える気もないが、こういったやりとりをすること自体苦手である。その点、レキはありがたい。基本無口だから、無理に話をする必要もないからな。

「……っと。ここか」

時計を見ると、ちょうど10時を回ったところだった。ありがたい。早い時間なら人も少ないからな。

「レキ。行くぞ」

後ろにいたレキに声をかけ、店内へと入って行く。買うものは決まっているから迷うこともない……と思ったのだが。

「どこだ……?」

分からなくなってしまった。しかし焦る必要はない。こういう時のための店員だ。

近くにいた店員に声をかけ、目当ての掃除ロボットの場所を教えてもらう。

「……?レキがいないぞ……?」

買いに来たロボットは見つけたが、今度はこっちのロボットを見失ってしまった。まあいいさ。勝手に選んで渡すとするか。

「キンジさん」

うんうん唸りながら似たような丸型ロボットを見比べていたら、隣から声が掛かった。ぎょっとして横を見ると、しゃがんだレキがそこにいた。

「掃除ロボット…?」

「あ、ああ。カジノ警備を手伝ってくれるだろ?お返し……にしては釣り合わないかもだが、レキの部屋にと思ってな」

ちょうど今朝見た550型のルンバが目に入り、手に取る。さっきまで見てたやつよりも一回り小さく、軽い。消音効果なんてのもついてる。

広告通り二つ買うとお得!と書いてあったんで二つ買ったんだが、2個目はタダって採算どうなってんだ。

「これなら勝手に付けておけばいいし、楽だろ」

レキは無言でうなづく。そして心なしか、何だか嬉しそうな気さえする。

その後別段やることもなく、じゃあ帰ろうということになった。

電車を降りレキと別れてから帰路に着いたが、女子との買い物はこんな感じでよかったのだろうか?

良くても悪くても確認する方法なんてないのだが。家に着き、実際にルンバを起動してみる。シュイーンという音を上げ、床の掃除を始めた。自動ってものはいいもんだ。ぐうたらしてても機械が全部やってくれる。昼寝をして、起きてからもだらだらとネットサーフィンや携帯のミニゲームをやっていると…時刻は23時。風呂にでも入って寝ようかと思い立ち上がる。

pipipi…

俺の携帯から花のうちにのメロディーが流れる。発信者は……レキ?

「もしもし?」

「キンジさん。部屋に来てくれませんか」

「来いって…今もう23時だぞ?明日じゃダメなのか?」

「来てください」

「……分かったよ」

ぷち。レキにしてはなんだか強引だった。何かあったんだろうか?それにしても女子寮か。この前行ったばかりなのに。俺にとっちゃ死地も同然なんだぞ。

最低限の支度をして、部屋を出る。そんなに遠くもないから歩いて向かうんだが、誰かに見られたら面倒だ。少し小走りして時間短縮することにした。

玄関前に着いたが、レキの部屋にはインターホンがない。仕方なくドアをノックして、声をかける。

「レキ。来たぞ」

かちゃり、と玄関が開いてレキが現れた。なんだか落ち込んでいるような…?気のせいだろうか。

「どうしたんだよ?」

「とりあえず、中にどうぞ」

確かにずっと外にいるのは色んな意味で危ない。こんな時間なのもあるし、変な噂を立てられても困るしな。

「キンジさん、すみません」

中に入ると、レキがいきなり謝ってきた。言いながら出してきたのは、今日買ったロボット…?

「使おうとしたんですが、動かなくて」

「動かない…?」

今日買ったのは新品だし、壊れている可能性は無いとは言えないが、ほぼゼロだろう。となると、何かしらの原因があるはずなんだが…

「レキ。なんかいじったりしたか?」

「はい。動かなかったので、完全分解して戻しました」

オ、オーバーホール?構造はわからないが、よくやったな。しかもそれを完璧に戻すあたり、レキらしいが。

試しにボタンを押すが反応しない。確かにこれでは動かないと思っても仕方ない……のだが。

「レキ。これ充電したか?」

「……充電?」

ミリ単位で顔を動かし、わからないという顔をするレキに対し、箱の奥をガサゴソと探る。

やはりというか当たり前なんだが、触られていなさそうな充電器が出てきた。

「これは一回充電しないと使えないんだ。コンセントあるか?」

リビングの隅にあったコンセントに機械を差し込み、ルンバの本体をくっつける。ピポーという機械音が鳴り、数分もすると赤かった電源ランプが緑色に変わる。

「押してみな」

不思議そうにしながらもレキがボタンを押す。今度は短く機械音が鳴り、俺のルンバと同じくシュイーンという音を立てながら動き出した。近くにいたハイマキはルンバを見るなり警戒を始めたが、なんの害もないことに気づくと器用に上に乗っかった。大丈夫かな。ハイマキ、100キロくらいあった気がするんだけど。

「ありがとうございます。いただいたものを、壊してしまったのかと……」

レキの中では一大事だったのだろう。動いたルンバを見て、一安心しているようだった。

「これで一件落着だな。もう遅いし、俺は帰るぞ」

「はい」

玄関で靴を履き、レキの方に振り返る。

と同時にゴンっ、という鈍い音がした。

後でわかったが、ルンバがレキの踵にぶつかり、その上にいたハイマキがレキにぶつかった。その結果、レキがつんのめり、こちらに倒れてきた。

「ちょっ……!」

受け身を取ることもなく、座っている俺の顔にちょうど胸が当たってしまう。ふんにゅりと柔らかい感触がするも、どうすることもできず俺自身も後ろに倒れてしまう。咄嗟にレキが頭をぶつけないように手を出すが……

ごちんっ!

俺自身が、玄関の床に頭をぶつけてしまった。

「……うっ」

「っ!キンジさん」

レキはすぐに飛び起き、俺を起こそうとしてくれる。その表情はどこか心配するような…いや、ヒステリアモードだからしっかりと分かる。レキの困った表情が、今は愛らしい。

「レキ。心配してくれてありがとう」

ゆっくりと立ち上がり、レキの手を取る。

「俺はもう大丈夫だよ。心配なら俺の家にでも着いてくるかい?」

レキは数瞬止まったものの、ふるふる。顔を横に振った。レキらしい…とは思うが、少し寂しい気もするな。

「それなら、今日はもう帰るとするよ。こんな時間に男女が2人。レキにあらぬ噂が立てられたら困るだろうからね」

靴を履き直し、玄関に手をかける。

「キンジさん」

レキから声がかかり、顔半分だけ振り返る。

「あなたは、優しい。気づいてないかもしれませんが、あなたに助けられてる人はたくさんいる。…私も含めて」

あ、ちょっと照れた。

「俺が優しいのは俺がそうしようと思った人だけだよ。レキは特に放っておけないからね」

レキの方に完全に振り向き、頬に手を当てる。レキの肌は柔かく、今にも溶けてしまうような気がした。名残惜しくなり、近づいて額に軽くキスをする。

「今日はもうおやすみ。あまり長居するとハイマキに怒られそうだから帰るけど…今日は頼ってくれて、嬉しかったよ」

レキに向けてウィンクをし、玄関のドアを開ける。ガチャリとドアが閉まり、ゆっくりと家に帰ることにした。

********************************

何やってんだ…俺!

帰ってからヒステリアモードが解け、俺は机に突っ伏した。やばい発言をいくつもした気がする。しかも額にキスとかしてなかったか?新たな黒歴史を作ってしまったと自己嫌悪に陥りつつもベッドに向かう。こういう時は寝るに限る。ヒステリアモード特有の倦怠感を味わいながらもなんとか寝室のドアを開け、ベットに入る。みぎゃ!とか、ピンク色の髪が見えたり聞こえたりしたが知らん。俺はもう寝る…はずだったのだが。……ピンク色の、髪?

「……こっ、このっ!ヘンタイ!ドヘンターイ!!!」

ばきゅばきゅ!

至近距離から聞き覚えのありすぎる銃声を響かせたのは…アリア!

帰って!きてたのか!

「風穴!あんたに夜這いの趣味があるとは思ってなかったけど…もうキレた!風穴だらけにしてやるわ!」

アリアは顔を真っ赤にしつつ、ガバメントをこっちに向けてきた!

対する俺はただの寝間着。防弾制服ですらない。こういう時はもうできることが限られている。すなわち、逃走!

鬼の形相で追いかけてくるアリアを尻目に、俺は廊下を走る。どうにか銃弾を避けながら窓を開ける。窓の縁に足をかけるものの、頭ギリギリを狙った銃弾に感覚を狂わされ、頭から東京湾へと落ちてしまう。ふと見上げた先の女子寮の一角では、スコープらしき光が輝いていた。




ここまで読んでくださり、ありがとうございました!
主自身本の虫ではありますが、投稿をしてみようと思えたのはここで執筆をしてる方々に影響されたからです。文章力はあまりありませんが、
少しでも緋弾のアリアが好きな方々と知り合えたらなと思っております。
主のTwitter @kurozakurasu

緋弾のアリアクイズを毎日投稿しています。現在6巻進行中!


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キンジとアリアと平和な日常

夜中の投稿となってしまいました。
お久しぶりです。やんかつです。

今回はキンジとアリアのお話。時系列としては3巻以降でしょうか。
途中で様々なキャラが出てきますが、特徴が掴めている心配です。特に武藤。
レキは可愛いポイントを少し振りました。どこの場所のことを言っているか分かった方はコメントいただければと思います。
原作をトレースしている部分が多いので、思い出しながら読んでください。
それでは本編をどうぞ٩( 'ω' )و


1週間の中で金曜日が一番という人は多いのではないだろうか。1日が終われば土曜日曜と自由な日々が手に入る。俺も例に漏れず、週末に何をしようかと想像を膨らませていた。

「キンジ!ラーメン食いに行くぞ!」

「今日はパス。他を当たってくれ」

ノリノリで声をかけてきたのは武藤。退屈な午前の授業が終わり、今日は特別午後の授業がない。昼には帰れるというのに、野郎と過ごすつもりはない。かといって女子と過ごす気もないけどな。早々に支度を済ませ、昇降口へと向かう。

「あれっ」

少し喉が渇き、自販機でコーラでもと思っていたんだが、財布がない。

ポケットじゃないなら鞄の中なのかと漁るが、見当たらない。どこかに落としたか?

「ツイてないな……」

落ち込んでいても仕方がない。さっさと見つけて帰るとするか。

「教室、屋上、更衣室……こんなところか?」

どこで落としたかわからない以上、今日行った場所をしらみ潰しに探すしかない。早速教室へと戻り、机の中や落としそうな所を探すが、財布らしきものは見当たらない。

「おーキンジ!ラーメン食いに行く気になったか?」

「そんな気は天地がひっくり返っても起きん。というか俺は今無一文なんだ。行こうにも金がない」

「大袈裟だな……俺の誘いを断るからバチが当たったんだろ。あてはあるのか?」

「まあ……手当たり次第に探すだけだ」

「どこにもなさそうなら職員室に行ってみろよ。落とし物として届いてるかもしれないしな」

「そうだな」

教室には無いことを確認し、屋上へと向かう。昼休みの時に来た限りだが、ここは有力候補だろう。

早速座っていた辺りを探すものの、見つかったのは空薬莢の数々。武偵高らしいものしか落ちてない。根気よく探すものの、屋上では見つけることができなかった。

(そうなると、後は更衣室か…?)

体育の授業前に使う更衣室だが、普段は鍵がかけてあるため職員室に鍵を取りに行かなければならない。

一階へと降り、ドアに手をかけたその瞬間。

バキバキッ!

「うおっ!」

開けようとしたドアの反対側が真ん中からへし折られ、中にいたであろう男子生徒が飛んできた。

「次違法改造なんぞしたらこんなモンで済むと思うなや!」

職員室の奥から聞こえてきたのは蘭豹の怒号。どうやらこの生徒は蘭豹に改造銃がバレて説教&蹴りというコンボを喰らったらしい。手が小刻みに動いているので死んではいないだろう。

「失礼します」

こんな状況な上、更衣室の管理をしているのは蘭豹。しかしここで財布を諦めるわけにはいかないのだ。

「蘭豹先生、更衣室の鍵を借りたいんですが……」

「鍵ぃ?そこら辺にあるから勝手に持っていけや」

蘭豹の対応はそっけないものの、鍵を見つければ更衣室に入ることができる。乱雑に置かれた書類の山をかき分けていると、更衣室以外の鍵が10以上一緒になっていた鍵束を見つけ、そそくさと職員室を出る。

あんな猛獣だらけの部屋にいたら命がいくつあっても足りないからな。足早に二階へと向かい、第二男子更衣室の鍵を開けて中に入る。

使ったロッカー、入ったら見つかりにくい隙間、その他にもありそうな場所を探したが、ここにも無い。

「もういっその事新しい財布を買った方が早いんじゃないか…?」

そうボヤきつつ更衣室の鍵を閉める。諦めきれない気持ちが強く、後はどこだったかと考えていると、後ろから声がかかった。

「キンジさん」

「レキ?」

どこからともなくレキが現れた。考え事をしていたとはいえ、足跡も気配もまるでしなかったぞ。

「レキ。俺の財布を知らないか?どこかに落としたみたいなんだが…」

「財布…?いえ、私は知りません」

ダメ元で聞いてみたが、やっぱりダメか。

「そういえば、アリアさんが財布らしきものを拾ったと言っていました。もしかしたらキンジさんのではないでしょうか」

アリアが…?当たってみる価値はありそうだ。

「ありがとう。ちょっと強襲科に寄ってみる」

足を踏み出そうとしたが、レキが俺の服の袖をつまんできた。なんだ?

「キンジさん。第六訓練準備室の鍵を持っていませんか?」

第六…訓練準備室?聞いたことはないが、もしかしたら鍵束にあるかもしれないと探してみる。ジャラジャラと見てみると第二調理室、第五計測室、第六…訓練準備室。みつけた。

「鍵束ごと渡すから、後で蘭豹に返してもらえるか?」

コクリとうなづくレキに鍵束を渡し、強襲科へと走る。大半の生徒が昼終わりということで学校外に出てしまっているため、急がないとアリアがいない可能性もあるのだ。

強襲科にはいくつかの施設があるが、アリアはよく射撃訓練場にいる。ピンク色のチビっ子を探せばいいので、背を除けば目立つアリアを探す。

アリア…アリア…いた!シャラシャラと髪の毛を揺らし、ちょうど射撃訓練を終えたところのようだった。

「アリア!」

「キンジ…?なんでアンタがここにいるのよ?」

「財布を無くしたんだが、レキからお前が財布を拾った話を聞いてな。今持ってたりしないか?」

「財布…?あたしが拾ったのは財布じゃなくてパスケースよ。誰のものかわからなかったから、蘭豹先生に預けたけど」

アリアもハズレか…。

露骨に落ち込んだ俺を見て、アリアが慌てふためく。確かにレキは財布らしきもの、と言っていた。過度な期待をした俺が悪い。

「他の場所は探したの?教室とか、アンタよく屋上にいくじゃない」

「他の場所も含めてどっちも探したさ。見つからなかったけどな」

「キンジのことだから割と近くにある気はするのよねぇ」

近く、と言われても鞄にもポケットにも入っていない。可能性がありそうな場所ももう探し尽くしてしまった。

「これだけ探して見つからないんだ。後は誰かが拾ってくれるのを期待するさ」

「なんだか楽観的ねぇ。しょうがないからももまんの一つでも奢ってあげるわ。少し待ってなさい」

ガチャガチャとアリアが片付けを始めたため、強襲科の外で待つことにした。その間特にやることもなく、携帯をいじっていたんだが……。

「キーくん!」

ぎゅっ!

ダッシュしてきた理子に不意に抱きつかれ、少しよろけてしまう。胸が当たってヒス的な血流が流れるものの、性的興奮より驚きが勝ち、なんとか血流を止めることができた。

「理子ぉ!」

「おっと」

ちょうど強襲科から出てきたアリアが理子の頭に足刀を入れようとしたが、それを俺の肩を支点にして前方バク転で理子が躱す……っておい!

これ、俺に当たるじゃねぇか!

ガスッ!

「いってぇ…」

アリアのミニあんよをモロに食らった俺はその場に蹲ってしまう。

財布は無くすわアリアに蹴られるわ…今日は厄日だ。

「というかなんで理子がここにいるんだよ……?」

「キーくんいる所に理子あり!…っていうのはウソだけど、強襲科にキーくんがいるのは珍しいじゃん?何かあったのかなーって」

「この馬鹿財布を無くしたのよ。誰かが拾ってくれるなんて考え方、楽観的過ぎだわ」

「財布?それホント?」

何やら理子が顔を顰めて考え始めた。

「多分、家の中じゃないかな……?」

「根拠はあるのか?」

「アリアなら分かってるんじゃない?」

アリアが?横を見るとアリアも顔を数秒顰(しか)めて……納得したような顔になった。

「勘ね」

「あのなぁ、勘で財布が見つかるなら苦労しないぞ」

「でも家はまだ確認してないんだよね?」

「それは……そうだが」

「なら一旦確認しにいきましょ。幸いまだ早い時間だから、無いならまた戻って来ればいいし」

他に財布が見つかる当てもないため、一度男子寮に戻ることになった。

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「いっちばーん!」

なぜか合鍵を持っていた理子が玄関を開け、靴を放って勢いよく家の中へと入っていく。

「せめて靴くらいは揃えていけよ……」

理子の靴を揃え、俺とアリアも家の中へと入る。朝の状態のままで、移動場所なんて限られるんだが本当にあるのだろうか。

「あっ!あったわよ」

後ろで靴を脱いでいたアリアが声を上げる。

「ちょうど隙間に落ちたみたいね。ポケットに入れてしゃがんだ時にでも落としたんじゃない?」

手渡された財布を手に取り、ポケット……はまた落としそうだからジャケットの内側にしまう。

「ありがとな」

「べっ、別に感謝なんてしなくていいわよ。どうしてもっていうならももまんで手を打ってあげるわ」

素直に礼を受け取らないアリアだが、こんなに早く財布が見つかるとも思わなかった。一つと言わず、後でたくさん買ってくるとしよう。

「そういえば理子はどこいったんだ?」

1番に家に入ったはずの理子の姿が見当たらない。廊下や寝室も見てみるが、理子の姿はない。トイレも今さっき腹痛を起こしたアリアが入っていったからいない…となるとリビングか?

「理子?」

理子の姿はないが、声をかけてみる。すると。

「キンジ!」

「うおっ?!」

後ろから理子…じゃなくてアリアが現れた。

「理子を見なかったか?リビングにもいないみたいなんだが……」

歩きながら探すものの、やはり見つからない。

「えいっ」

ちょうどソファがあるところで押されてしまい、受け身も取れずそのままソファに倒れ込んでしまう。

「キンジ?せっかく私が見つけたんだからご褒美があってもいいんじゃない?」

そう言いながらアリアが覆い被さってくる。なんだ。いつものアリアの感じがしない。

「キンジ。もっと私を見て欲しい。今だけでいい。ずっと見て欲しいだなんて贅沢言わない。だから……」

耳元でそう囁き、アリアは俺を優しく抱きしめてきた。服越しでも分かる柔らかい体の凹凸から、内側へと血流が流れてくるのが分かる。抜け出す方法もなく、なされるがまま。さらにいえば、今の俺には抜け出すという選択肢も無くなっていた。なってしまっていたから。そして、気づいてしまったから。

「どこでそんな早着替えをしたのかな。理子」

「やったやった!キーくんがヒスった!」

ウィッグを脱ぎ、ベリベリとフェイスペイントを剥がしてピョーンと跳ねた理子は口をω←こんな形にして目を輝かせている。

「女の子の悪戯を怒ったりはしないよ。でも、なんでこんなことをしたのか教えてもらえるかい?」

「くしししし。それは後ろを見てからのお楽しみ、だよ!」

何故か後ろへと下がっていく理子を不思議に思いつつ、振り向く。

「ア、ン、タねぇ……!」

元々吊り目気味な目をさらに吊り上げたアリアがそこにはいた。

「ちょっと目を離したらもうこれ?理子も理子でヘンな事するんじゃないわよ!」

正確にはアリアに押し倒されたんだがな。途中から見ていた(らしい)アリアからは理子が変装していたことは見えていなかったらしい。

「アリア。落ち着いてくれ。俺と理子は何もしていない」

「してたじゃない!ソファで!キスを!」

犬歯を剥き出しにし、顔を真っ赤にしながらアリアは叫ぶ。今にも襲いかかって来そうなムードだ。

「アリアー?これなーんだ」

ここで理子の助け舟。ありがたい、と思いつつ理子の方へと振り向くと、先程のウィッグとペラペラのフェイスペイント。

「キーくんはねぇ?アリアの格好をした理子に押し倒されてたの。しかもその後は無抵抗。愛されてるねー?アリアー?」

悪い顔をしながらアリアに事の顛末を話す理子。アリアは元々真っ赤な顔をさらに赤くして動かなくなってしまった。なんなら頭から湯気が出ていないか?

俯いたまま動かないアリアだが、このままにしておくと本当にそのままな気がしたので、

「アリア。その…まあ、アリアが思うようなことはしていないから心配しなくていい」

的なことを言って誤魔化しておいた。

「何何!?もうキーくんとアリアはそんな仲だったの?」

「変な勘違いをするな、理子」

「気になるじゃーん!って、あれ?」

俺の周りをクルクル回っていた理子が時計を見た瞬間動きを止める。しばし時計を眺めて、何かを思い出したかのように慌て始めた。

「やばい!やばいよキーくん!大変だよ!」

「な、何が大変なんだ?」

「今日は駅前のカフェで限定ストロベリーいちごパフェが出る日なの!理子もう行くから!ばいばいきーん!」

と言い残し去っていった。というかストロベリーといちごって同じじゃないのか?などとどうでも良いことを考えるが、ヒステリアモードの掛かりが甘く、もう半分以上は普通に戻ってきている。

開けっ放しの玄関を閉めてリビングに戻るが、アリアは固まったまま。

「……アリア?」

チラ。少しだけこちらをみたが、目があった瞬間俯いてしまった。どうしたものか。

消えかけのヒステリアモードであることを思い出し、支度を始める。

「アリア。ちょっと出かけてくるから少し待っててくれ」

立ったままのアリアの肩を掴んでなんとかソファに座らせ、俺は部屋を後にした。

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午後5時。早めに帰ってこようとは思っていたが、目当てのものを見つけるのに時間がかかってしまった。アリアはまだ部屋にいるだろうか。

ピンポーン。

自宅のインターホンを鳴らし、アリアを驚かせないよう注意を払う。赤面→逆ギレコンボは幾度となく経験しているから細心の注意を払って部屋に入る。

リビングのドアを開けるが、ソファにアリアの姿はない。買ってきた荷物をテーブルに置いた瞬間、携帯の通知音が鳴った。

携帯を開き、メールボックスを確認する。

『おかえり』

アリアからのメールだが、姿はない。多分寝室がどこかにいるんだろう。

いることは分かったので手早く準備を始めた。買ってきたのは大量の桃まんと初めて買ったコーヒー。後は海外品を取り扱ってるお店で角砂糖を買ってきた。

「……桃まん?」

「それだけじゃないぞ」

やっぱり寝室にいたらしいアリアだが、警戒してるのか近づかない。

2人分のコーヒーをカップに注ぎ、買ってきた角砂糖を入れる。テーブルに置いたところでアリアがソファに座った。

「コーヒー?」

「飲んで良いぞ」

香りで気づいたのか怪訝そうな目で見ているが、両手でカップを持ち、縁に口をつけた。

「っこれ……!」

アリアが目を見開き、俺とコーヒーをニ度見する。

「エスプレッソ・ルンゴ・ドッピオ。砂糖は……カンナだったか?」

「覚えていたのね」

途端に上機嫌になり、横に置いてあった桃まんにも手をつけ始めた。

良かった。さっきの件はどうやら有耶無耶にできそうだな。

「アリア。改めて言うが、今日はありがとうな」

「別に私は何もしてないわ。たまたま見つけたのがあたしだっただけよ」

既に2つ目の桃まんを手に取りながら、アリアは続けた。

「むしろここでこのコーヒーが飲めると思ってなかったから、あたしが感謝したいくらい。ありがとね、キンジ」

屈託のない笑顔を向けられ、少しドキリとしてしまう。アリアにそんな気はないだろうから無意識なんだろうが、不意にやられると心臓悪い。

「……砂糖は大量にあるから、豆さえ買って来ればいつでも飲めるぞ」

「しょうがないから買ってきてあげるわ。買ってくるだけだけど」

「俺が淹れるのかよ……」

「たまになら良いでしょ。武偵はいつでも危険と隣り合わせなの。しっかりと休息を設けるのはむしろ当然よ」

まぁ……それもそうか。

「これからもよろしくね。キンジ」

「なんだよ改まって。らしくないぞ」

「初めてここにきた時を思い出してたのよ。色んなことがあったけど、いつも横にキンジがいてくれた。これからも……一緒に戦ってくれる?」

「期待に応えれるかは分からないが、やれるだけのことはやるさ」

「なんだか弱気ね。キンジらしいといえばらしいけど」

アリアはコーヒーを飲み干し、立ち上がる。

「もう夕方ね。あの日も今日みたいな綺麗な夕陽が見えてたわ」

「……そうだな」

アリアは俺の方に向き直し、あの時のようにアリアの体が夕陽に染まる。そして、

「パートナーとして……これからもよろしくね」

あの日とは少し違ったセリフを俺に言ってくるのだった。

 

 

 

 



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バスカービルと遊戯台

こんばんは。やんかつです。前回の投稿から半年くらいでしょうか。書き初めは早かったんですが、完結させるのに半年かかりました笑
今回のお話は前回の続きのような部分、色々と混ぜている部分も多いです。
サブタイトルでネタバレしてますが、パチンコをしてる方に伝われば嬉しいです。パチンコをしていない方、しない方にも軽く説明は入れていますが、分からない部分等あればコメントをください。
最後になりますが、読んでの感想などをいただければ次作を作るモチベにつながりますので、一言でもくださるとありがたいです。誤字脱字等の指摘ありましたらそちらもお願いします。それでは本編をどうぞ。


「午前はこれでおしまいや!午後はチーム別に特別訓練!遅れたらフルマラソン3回ノンストップの刑や!」

午前の授業が終わり、各々が食堂へと向かっていく。俺は朝コンビニで買ったパンを食べるだけだから行かないが。

「キンジ。あんた食堂行かないの?」

隣にいたアリアが不思議そうに俺を見てる。

「行かねーよ。今日はバイキング形式だかでいつもより混むんだ。わざわざ人が多いところに行きたくはない」

「ふぅん。じゃあたしも行かない」

「行かない……って飯どうするんだよ?言っとくがパンはやらないぞ」

「ももまん買ってあるからいらないわよ」

近くにあった椅子を持ってきて俺の前に座ったアリアだが……持ってる袋的に10個はあるぞ、これ。どれだけ食べる気なんだ。

「それより午後の授業の話よ。第六訓練準備室集合になってたけど、アタシあそこ使ったことないのよね」

「俺もないぞ。なんなら使ったことあるやつの方が少ないんじゃないか?」

武偵高には様々な設備や施設があるが、担当科目じゃなきければ使わないようなところが山のようにあり、使ったとしても一年に一回きり……なんてことがザラである。

「ウワサじゃ蘭豹の趣味部屋って聞いたことあるがな。詳しいことは知らん」

「理子にも聞いてみたんだけど、理子も知らないらしいのよ…これじゃ対策のしようが無いわ」

肩をすくめてももまんを頬張るアリアだが、俺も知らないから何もいえない。

焼きそばパンを食べつつ時間を見ると、12時30分。午後の訓練は13時からだからまだ時間があるが、何かしらの対策はしておいたほうがよさそうだ。

「やれることはないが、とりあえず理子達に声かけて早めに集まっておくとするか」

「そうね」

アリアはいつのまにか平らげていたももまんの袋を片付け、教室を出た。理子は大概、食堂にいるからな。

「キンジさん」

アリアと連れ立って教室を出ると、そこにはレキがいた。カロリーメイトの空箱を見るに、レキもどこかで食べてたっぽい。

「レキ。午後の第六の場所なんだが、分かるか?」

「はい。以前使用したことがありますから」

レキが知っていることに驚くが、そういえば財布探しの時に鍵ごと渡した気がする。

「どういう場所なの?」

「簡易的な武器庫のような場所です。立ち入り禁止区間もあって全部は知りませんが」

「武器庫…武器庫ねぇ」

アリアが顎に手を当てて顔を顰める。なんとなくだが、地下倉庫の時を思い出しているのだろう。階段を降りて食堂に向かうが、午後の授業まで後20分てところか。理子たちと合流することを考えても、あまりゆっくりしている時間はないな。

「どのみち行かないとわからないんだ。場所がわかるだけでも儲けもんだと思わないとな」

大多数の生徒が食べ終わったのか食堂にいる生徒はそれほど多くない。手分けして探すと、案の定食べすぎたのだろう、見事にダウンしている理子と、生徒会の面々と食事を終えた白雪と合流できた。まだデザートが、と動かなかった理子だが、アリアに強引に引きずられる形で第六訓練準備室に向かうことになった。人通りが多い本棟を抜け、何度か階段で降りていくうちにどんどん人気がなくなっていく。

「ねーレキュ。本当にこっちであってんのー?」

「はい」

心配になったのか理子がレキに声をかけるものの、レキはいつも通り。「それならいいけどさ」と理子は頬を膨らませながらも歩く。さっきアリアのせいでデザートを食べ損ねたことで、機嫌が悪いんだな。

「白雪。アンタは何か知らないの?第六訓練準備室のこと」

「第五の方ならS研で使ったことあるんだけど、第六の方はちょっと…あ、でも」

「でも?」

アリアが怪訝そうな表情で白雪を見る。

「昨日巫女せん札で占ってみたんだけど、理子ちゃんが得意…だと思う」

「どういうことー?」

不貞腐れていた理子の表情が少し明るくなる。

「結果で出たカードの中に天秤があってね、どちらに転ぶかわからない…いわばギャンブルのようなカードなの。運の良さだったり、精神力だったり…となると、一番は理子ちゃんかなって」

白雪はニコニコしながら理子の方を見る。白雪は白雪なりに色々調べてくれてたんだな…それに、周りもよく見てくれてる。ホント、大したヤツだよ。

「ギャンブルかー。たしかに理子得意だよ?でも、蘭豹先生が相手でしょ?それなら分かんないなぁ〜」

「珍しく弱気じゃないか?俺からしてみれば苦手分野だし、できれば頼りたいんだが」

「キーくん苦手だもんねぇ。この前のポッキーゲームでも理子に勝てなかったもんねぇ〜。くしししし」

「ポッキーゲーム…?ちょっとキンジ!詳しく教えなさい!」

階段でさらに奥まった場所に向かう中、理子の発言に驚いてつまづいてしまう。

「い、今そのことは関係ないだろ!理子も変な言い方をするんじゃない!」

こんな時のための白雪!再度助太刀を求めて白雪の方を見るが、目から光が消えている。こ、怖っ!

「キンちゃん…?後でゆっくりお話聞かせてね…?」

にっこり、とでも擬音がつきそうなものだが、目が笑っていない。むしろ獲物を逃すまいと瞬きすらしない。

「着きましたよ」

しかしここでレキからのアシスト。ありがたい。今この場から逃げたい一心でドアを開け、一番に入る。中は電気がついてないせいで暗く、辺りの状況も分からない。どうなってんだ?

「遅い」

ゴリ、という聞き慣れてしまった聞きたくない音が後方から、いや自分の頭に突きつけられたことで気がついた。

「1分遅刻や。1番に入ってくる度胸は認めんこともない。でもしっかり罰は受けてもらうからな」

「蘭豹…先生」

頭に突きつけたM500を外しながら、蘭豹はニカッと笑った。

「ま、ここはそうそうくる場所やないからな。訓練の結果次第では罰も免除したるわ」

なんという幸運。蘭豹の機嫌がいい時なんて彼氏候補ができた時か、それこそギャンブルで勝ってる時くらいなのに。

ゾロゾロと俺と蘭豹の後ろからきたバスカービルの面々は、部屋の暗さからかあまり動いていない。アリアが何かを見つけたように走ってきたが、俺自身よく見えてない機械の前で止まって振り返る。

「蘭豹先生。訓練って何をやるんですか?」

「それや。それ。今お前が手を置いているそれを使うんや」

「これ?」

段々と暗闇に目が慣れてきて、アリアの近くにあるものが何やら四角張った金属に液晶パネルがついている…ことまではわかった。

「このままじゃ見えんか。ちょっと待ってろや」

蘭豹はこの暗さの中でも普通に動けるらしい。趣味部屋っていうのも当たりなのかもな。

ぱち、とスイッチの乾いた音が鳴り、部屋の照明がついた。

「これは…!」

理子が目を見開いて走っていく。何やら理子の興味を惹くものがあったんだろう。

バスカービルの面々がそれぞれ進んでいき、蘭豹のいうこれの正体に気づいた。

「「遊戯台…?」」

レキと白雪がハモる。蘭豹のいうこれとは、遊戯台────平たくいえばパチンコ台のことだった。

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「なんでこんなものが…ここに?」

白雪が辺りをキョロキョロしつつ、物珍しそうに言う。

「蘭豹…先生の趣味だろ」

強襲科や探偵科、その他の科でもそうだが、こういった娯楽施設への潜入任務もある。店員になりすまして、な。やったことはないにしても大体のやり方は分かる。こういった店以外の場所でも遊戯ができるように調整される台があるのもわかるが、パッと見で10台はあるぞ。奥のスペースは何やらブルーシートがかかってて見えないし、まだ何かあるな、こりゃ。

「キーくん!しろくろっ!の台あった!理子あれやりたい!やーりーたーいー!」

「知るか!やりたいなら蘭豹先生に言えよ。まぁ多分やることになるんだろうが…」

「みての通り今日の訓練は運や。指揮官はワシが務める。玉はこっちで用意するが、条件がある」

「条件…?」

理子が顔を顰める。遊戯台、それも訓練となれば条件付きは当たり前だが、何せ蘭豹のことだ。無理強いをされるのは目に見えている。

「ここに二つの箱があるやろ。一つは自分の球の数。もう一つは倍率が書いてある。簡単に言えば、使える玉数と、倍率を見てどこまで増やせばいいかっちゅう話や」

「球数…?倍率…?」

アリアがうんうんと唸り始めたが、俺には理解できたぞ。1個目で引いた数×2個目で引いた倍率分増やせればOKってことだな。

「台はどれ使ってもいいのー?」

理子がキラキラした目で蘭豹に食いついた。お前、さっきの台やりたいだけだろ。

「全部使えるようにはしてあるで。その前にくじ引いてからやけどなァ」

蘭豹が不敵な笑みを浮かべる。嫌な感じをひしひしと感じ取った俺は一旦バスカービルだけで話をしたい、と蘭豹に申し出る。白雪もそれに応じてくれて、それなら、 と部屋の外で話をすることにした。

「全員ルールは分かっているな?この訓練は普通の訓練じゃないぞ」

「理子は大丈夫だよ〜?むしろテンション上がってきたし」

「はなからお前の心配はしてない。白雪の言った通りギャンブルだしな」

「アタシは…正直よく分かってないわ。何をどうしたらいいの?」

アリアが何やら歯切れが悪そうにしているが、それはそうだろう。みれば、白雪とレキも腑に落ちていないようだった。

「簡単に説明するぞ。あの台は玉を飛ばしてある場所──ヘソと呼ばれる真ん中を狙うんだ。そうすると1回転。液晶が動いて抽選が始まる。台にもよるが、これが確率でな。1/99とか、1/319で当たるようになってる。で、当たると玉が出てくる。そこからまた連荘だったりって言う話があるんだが…」

「とりあえずその当たりっていうものを目指せばいいのね?」

「そういうことだ」

これでアリアは大丈夫だろう。となると、問題はレキと白雪なんだが。

「白雪……はやったことないよな」

「うん……ごめんなさい。花札とか、麻雀とかならやったことあるんだけど。でも、大丈夫だよ。なんとなくルールは理解できたから」

流石白雪。理解が早くて助かる。機体によって複雑なものもあるが、極論玉を打てればどうにかなる部分はあるからな。

「……」

レキの方を見るが、なんの反応もない。大丈夫なんだろうか?

「レキ。ルールは理解できたか?とりあえずヘソの部分を狙うんだ。多分やったことないだろうし、誰かがやってるのを見てから始めればいい」

こくん。レキはレキなりに理解してくれたのか、うなづいてくれた。

「よし。じゃあ戻るぞ」

いつもの戦闘とは違うが、いつも以上の緊張があるな。遅刻の罰もそうだが、訓練で合格をもらわないとその分ペナルティを課せられることになる。さらにその罰はその時の教官が決めていいことになってる。何がなんでも合格しないとな。

「お。戻って来よったか。ほんならくじ引き…の前に簡単にルール用の動画作ってあるからそれ見てからや」

あんのかよ。それなら先に言って欲しかったぜ。

10分少々の動画が流れ、各々が理解できたところでくじ引きが始まった。一番手はアリア。

ここぞという時の勝負所に強いのは理子だけでなくアリアもだ。引き運に期待したい所なんだが。

「球数は…5000。倍率は…2。ということは、1万発になればいいのね?」

「そういうことだ。無難なところなんじゃないか?」

「あんまりわかんないけれど。台についての知識とかもないし、直感で決めてくるわ」

蘭豹から元々用意されていた玉の入ったカードを受け取って歩いて行くアリアを見送り、横で気合を入れている理子を見る。

「理子は打ちたい台があるんだったな。スペックは?」

「んーとね。確か399だったよ」

ガサゴソとくじ引きの箱に手を入れながら答える理子だが、399となると元手が多くないと当てるのは難しいだろう。ここの引きにかかっているぞ。

「球数は8000。倍率は…5!いってきまーす!」

くじを引くなり猛ダッシュで走って行く理子。よほどうちたかったのか、蘭豹の持っていたカードを引ったくる勢いでもらって台に向かってるよ。

「次は俺の番か…」

こういう時のくじ運悪いんだよな。大抵無謀な数字を引き当てるんだが……。

ガサゴソとくじ箱を漁り、奥に挟まっていた一枚を取る。と同時にもう一方のくじも引く。

「球数は…1000。倍率は……2!」

悪くないぞ。元手は少ないが、増やす量も少ない。今までの中じゃ一番だろう。後は白雪とレキだが、二人のを見てからでも打ち始めるのは遅くないだろう。

「キンちゃん流石だね。私も……頑張ります!」

すぅーはぁー、と深呼吸をしてからくじを引く白雪だが、片方の倍率用の紙だけ赤い。やっちまったか……?

「球数は…20000。倍率は……1?」

と、等倍。白雪のやつ、ここにきてとんでもない運を発揮しやがった。これだと白雪は打たずにクリアってことになる。しかも球数20000。

日頃の行いの差なんだろうか。

「ちなみに白雪が今引いた赤い紙は大当たりか大外れのどっちかなんや。ええ方引いたな」

「やったよキンちゃん!」

笑顔で抱きついてくる白雪。むんにゅりとした感覚が腕にくるからやめてほしいんだが、ここの引きはありがたい。リスクが一人分減るからな。

「……」

終始無言でいたレキだが、くじ箱に手を入れて中を探っているようだ。人数分以上に紙はあったし、レキも強運のイメージが強い。大外れを引くことはないだろう。

横で俺と白雪が見守る中、レキの引いたくじは両方が赤。これはさっきの白雪パターンか?と思ったが、四つ折りになっていたそれを見てレキは目を見開いた。

「球数……1。倍率……」

レキがそこでいうのをやめたので、横から紙を覗いてみる……のだが。蘭豹の手書きだろう、そこには一万倍の文字が書いてあった。

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白雪は安泰。アリアと理子もどうにかできるくらいのくじだったし、心配はない。問題はレキだが、蘭豹に何やら聞くとのこと。まずは自分のことに集中しないとな。たとえ二千発とはいえ、なくなってしまえばそこで終了。玉の貸し借りはクリア後の余剰分のみというルールのため、あまり勝負はかけたくない。399、199、と重めの確率機が並ぶが、俺の目当ては1/99だ。軽いところで当てて、サクッと増やして終わり。大量に玉が出ることはないが、その分当たりまでが軽い甘デジと呼ばれる機種だ。良さげな機体を見つけ、カードを入れて玉を上皿に流す。

「早めに当たってくれよ…?」

ジャラジャラと球が流れ、打った玉はヘソに入ったり入らなかったり。球数が半分を切ったところで、何も演出が入らないことに焦りを覚える。ダメか、と思ったその時。

キュインキュイーン。

何やら良さげな音が鳴り、あれよあれよと大当たり。後は当たりが続けば…と思ったが、そううまくはいかず、単発で終わってしまう。周りを見てみれば、勝ち誇ったように出玉を並べる理子と白雪が談笑してる。アリアは苦戦してるのか、難しい顔で台と睨めっこ。レキの姿が見えなかったんで、台を離れて探してみると……いた。何やら奥にあったブルーシートを蘭豹が外しており、横の椅子にレキが座っていた。

ガサガサと物を動かす蘭豹を横目に、レキに声をかける。

「レキ。なんかいい策でもあるのか」

「はい。蘭豹先生がいい台があるとのことだったので、準備をしてもらってます」

良い台。蘭豹の思う良い台がその通りなわけがないんだが。全体的にかなり大きく見える遊戯台もまだ黒い布で隠れてる。

「俺もまだクリアしたわけじゃないんでな。できれば余剰分まで出せるようにやるだけやってみるさ」

「はい」

レキの元を離れ、顔からしてイライラが最高潮になりそうなアリアのところへ向かう。後ろから少し覗いてみると、ボタンのポップアップ演出があり、しかも虹色。アリアもなんとなく良さげなことは分かったのだろう。台の反射で笑顔になったアリアが見えるが、ボタンを押したところで画面が暗転し、通常の画面に戻ってしまう。

パチンコでいう虹はほぼ当たるような物なんだが。

とここでアリアが俺に気づいたのか、振り返って鬼の形相で睨みつけてくる。

「キンジ!この台インチキよ!さっきから何回も当たりそうな雰囲気になっているのに当たんないし!もう玉だってないのよ!?」

ぎー!と怒るアリアだが、たしかにカード内の玉数は0。上皿に少し残っている程度。でも確かこれは……

キュイーンとさっきの俺が打っていた台と同じような音がして、数字が揃う。途端にアリアが台に向き直し、画面を食い入るように見つめてから、俺の方を見る。

「キンジ!これって……」

「復活演出ってやつだな。当たりが続けば巻き返せると思うぞ」

「なら勝負はここからね!そういえばあんたはどうなの?」

「まだクリアできてない…玉も後半分しかないんだよ。どうすっかな」

「武帝憲章10条。武偵は最後まで諦めるな。あたしだって諦めなかったから今当たってるのよ。あんたも諦めるのはまだ早いんじゃない?」

武帝憲章になぞらえていうアリアだが、パチンコにも適用されるんですかね。それ。破滅の道しか見えないんですが。とはいえ、俺自身まだ終わったわけでもない。レキだってまだ諦めてないんだし、リーダーの俺がここで諦めるのは違うよな。

「やるだけやってみるさ」

早速2連目に入ったアリアは台に集中し始めた。俺も元々打ってた台に戻り、半分より少し増えた玉を打ち始める。と数回転でキュインという音が鳴り、大当たりを引いた。台を変えようかとも思っていたんだが、変えなくて正解だったな。そこから何度か当たりを引き続け、ギリギリ目標の2千発に到達。横を見ればアリアも同じように達成してるらしく、笑顔でくるくる回ってるよ。これで俺、アリア、理子。そして不戦勝(?)扱いの白雪がクリア。となると残るはレキだな。終わった組で集まってレキのところに向かうが、見れば黒い布も外されており、レキが打とうとしていた台の電飾もついてる。準備が終わったのか、椅子に座ったレキは蘭豹から何か説明を受け終わったところのようだった。

「オマエらもよーく見とくんやなァ。これはレキの一世一代の大博打や」

蘭豹の説明によると、これは往年の博打映画で使われた台のレプリカだという。全てが透明になっているこの台は、発射された玉がクルーンに入り、1段目で7分の1の確率で次に行ける赤枠に入る。その後は2段目が5分の2、その後は2段目のどちらの赤枠に入るかで分岐するが、最後は3分の1で大当たり……という少し変わった台なんだそうだ。確率で見れば125分の1だが、よくよくみると各段の当たりの部分だけ心なしか狭い気がしなくもない。

心配になってレキの方を見るが、レキは右手に持った玉を見つめるだけだ。

「レキュ…大丈夫かなぁ〜」

不安げに見つめる理子だが、誰だってそうだろう。聞けば見返りは一万発とのことだが、その分俺たちが増やした余剰分も使えず、文字通り一発勝負とのことだった。

「レキは百発百中の狙撃手よ。絶対半径で考えれば1mもないじゃない。ドーンと構えて見てれば良いのよ」

アリアよ。たしかに打つのはレキだが、ドラグノフじゃなくてハンドルだし、打ち出した後はどうにもできない。根本的に違うんじゃないか?

「キンちゃんは、どう思う?レキさんなら大丈夫だと思いたいんだけど……」

「正直分からないな。でもレキも諦めてないだろうし、ここはレキの勝負強さに賭けるしかない」

しょんぼりとした表情の白雪と理子。対して、レキを信じてるであろうアリア。

この場にいる全員が固唾を飲む。

「ほんなら始めるで。勝負は一回。打ち出しのタイミングはレキが決めればええ」

「はい。ひとつだけ、先に聞いても良いですか」

「なんや」

今まさにスタートの合図をしようとしていた蘭豹だが、不意にレキに止められ、少し不機嫌になった。

「3回赤枠を通せばよいとのことでしたが、もし赤枠に入らず、ハズレにも落ちない場合はどうなりますか」

「そんなことは起こらんやろ。赤枠に入れば当たり、入らなければハズレや。もしそんなことになったら…そうやな。仕切り直しにでもするわ」

蘭豹がスタートの合図を切り、レキが上皿に玉を落とした。

「私は一発の銃弾───」

ハンドルに手をかけたところで、レキが狙撃の時の一文を誦じ始めた。

「銃弾は何も考えず、何も感じない」

レキのハンドルへの力の込め方が強くなる。

「ただ、目標に向かって飛ぶだけ」

ついに玉が発射され、1段目のクルーンへ入った。

カツンッ、カツンと玉がクルーンを回り、2周、3周とするうちに回る力が弱くなり始める。穴に引っかかるような形で球は不規則になるが、くるくる…すぽっ。どうにか1段目をクリアしたのが見える。

「やった…!」

白雪が小さく拳を握る。まだ1段目ではあるが、一番確率の低い1段目を超せたのは大きい。続く2段目でも同じ光景になるか…と見ていたのだが、玉が変な動きをしている。アリアも気づいたのか、台を横から見始めた。

「これ、クルーンの場所だけ斜めになってるわ!インチキよ!」

アリアが蘭豹に対し抗議を始めるが、蘭豹はどこ吹く風。抗議されるのすら手慣れてるような気もする。

「そういう仕様なんや。考えてもみィ。下手したら1発で1万発出るんや。しかも確率じゃなく、入ったら確定。綺麗な形をしてる方がおかしいやろ」ガハハ、と一笑に伏した蘭豹だが、確かにそうだ。確定で1万発と聞けばみんなこの台しか打たなくなっちゃうからな。ブルーシートとかをかけてるのもここに来た生徒に対し、最後の最後でやらせるためだろう。何も言えなくなってしまったアリアだが、この間にも玉は回り続けている。1段目より更に不規則に回ってはいるが、ハズレの穴に引っ掛かり、クルクルと回り出してしまう。

「これはやばいかも…」

理子が縋るような声を出すが、玉はハズレの穴に弾かれ、そのまま綺麗に右側の赤枠へと吸い込まれていった。

「やった!やったよレキュ!」

理子が手をあげて喜び、レキに抱きつく。外野同様、見てるだけの状態のレキだが、抱きつかれて心なしか嬉しそうな顔をしてるな。まだ油断はできないが。2段目とは違って規則的に回る玉だが、ここが正念場。3段目まで来たとあって、蘭豹も焦るだろう…と蘭豹の方を見るが、余裕の表情。まだなんか仕掛けがあるのだろうか?気になってアリアが見ている台の反対側に近付き、じっくりと玉が回るクルーンを見るが変に思えるところはないな。むしろじっくり見すぎたせいか、反対側にいるアリアと見つめるような形になってしまう。向こうも気づいたのか、台からパッと顔を離した。その間にも玉は回り続けていたが、回る力は弱まり、今にもどこかの穴に落ちてしまいそうな勢いだった。

「入って…!」

白雪が祈るように呟き、その祈りが届いたのか、赤枠のところで回り始めたぞ…!

くる…くる…と力なく回る玉を全員で見つめる。蘭豹の不敵な笑みが気になるが、これはもう大丈夫だろう。とここで予想にもしないことが起きる。くるくる…ぴた、と。赤枠の穴の上で玉が停止した。一瞬、何が起きたか分からなくなり、全員の動きが止まる。1番に声を発したのは蘭豹だった。

「レキ。惜しかったなァ。仕切り直しや」

「…」

レキは無言。周りで見てた俺たちでもわかる。

これはかなり厳しい。今回はなんとか仕切り直しにはなったが、実質2段目の赤枠は一つだけ。仮に突破できたとしても、今みたいに赤枠の上で止まったら仕切り直しになってしまう。

レキならばあるいは…という期待もあるが、それも完璧とは言えない。ひとつ誤算があるとすれば、蘭豹としては赤枠に止まる前にハズレ穴に落ちておしまい…という流れでいたことだろう。

「…蘭豹先生。玉がひとつなのは変わりませんが、別の台にしても良いでしょうか」

ここでレキが立ち上がり、蘭豹に対し提案をした。

「かまわんで。どの台にするんや?」

レキがそのまま通常の遊戯台の方に歩き、蘭豹もついていく。

「…無理ゲーじゃん」

後を追いたいが、ここで理子が諦めたように呟く。仕切り直しになったとはいえ、最後の最後でこれだったのだから気持ちは分かる。ので、

「逆にこの台で仕切り直しに持っていったレキがすごいと思うけどな。台を選ぶってことは、まだレキには勝算があるんだ…多分」

「多分、じゃなくて確定よ」

珍しく言い切ったアリアの方を向くと、自身ありげに腕を組み、勝ち誇ったような顔をしていた。

「確定?どういうことだ?」

「ちょっと考えればわかることよ。キンジも少しは考えてみなさい?白雪はわかってるみたいだけど」

いまいち理解ができず、考え込んでしまう。

「キンちゃん、レキさんが打つ前に言ってたの、覚えてない?」

横で白雪が助け舟を出してくれる。打つ前に言ってた事…そういえば。

「あたりもハズレもしなかった場合はどうするか…だったか?」

「そういう事。レキは当たらないことを分かってた。でも打つって言っちゃったから、仕切り直しに持ち込んだんじゃないかしら?」

「そういうことか」

「今反対側の3段目も見たけど、赤枠の大きさ変わらないよ。どっちに入っても止まるようにできてる」

打ち終わった後の台を見ていた理子がそんな報告をしてくれる。やっぱり続けなくて正解だったってことだな。

「後はレキに任せるしかないわね…どの台を選んだのかしら?」

先に歩いていったレキと蘭豹を追う。奥まった場所のレキが座っていた台は1/479の台だった。

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からんっ、と言う乾いた音が鳴り、レキがハンドルを握る。1/479とは、1発で大当たりを引く確率は約0.2%。更にヘソに入れることが大前提だから、確率はもっと低くなる。さっきとは違い確率台だから、もう打ったら先がわからないぞ。

「…」

レキは無言のまま、あっさりと玉を打ち出してしまう。カツン、カツンッと釘に弾かれていく玉が、吸い込まれるようにしてヘソに入っていった。上皿にはヘソからの賞球で玉が3つ払い出されてる。これでまた打ち出せる球数が増えたが、液晶では当たることはなく、バラバラの数字が映し出されてる。なんの躊躇いもなく更に打ち出すレキだが、カツン、カツン。と、さっきと同じような動きをして3球ともヘソに入った。上皿には3×3で9球。更にその9球も続けて打ち出し、その全てが磁石でもあるかのようにヘソに吸い込まれていく。

「レキュ…えぐいやり方するねぇ」

後ろで見ていた理子が何かに気づいたのか、口に手を当てた。

「なんだ、レキがなんかやってるのか?」

不思議に思って理子に聞いてみるが、理子は笑うだけ。

「後5分もすれば答えがわかるはずだよ。それより、キーくん玉を入れる箱用意しといてくれない?」

箱?これからレキが大当たりでもするのだろうか。訳のわからないまま箱を取りに行き、帰ってきたところでその異変に気がついた。当たりを引いてるわけではないが、レキの打つ玉が全てヘソに入り続けているのだろう、保留は溜まりっぱなし。それでも打ち続けるもんだから、ヘソ戻りの玉で下の箱が溢れかえってる。すぐに箱を変えて後ろから見守るが、なんだか異様な光景を見せられてるな。ヘソの賞球のみで玉を増やすという、レキにしかできない芸当だ。

約30分ほど打ったところで、レキが打つのをやめた。残っていた球を出し、ぱんぱんになったドル箱を一人ひとつ、玉を測ってくれる計算機械に持っていく。

「測ったるからそこ置いとけや」

負けを確信してるのか蘭豹の言葉遣いは荒い。

全ての球を計算機に入れ終え、球数のカウンターに表示されたのは…10002の数字。3の倍数で数えて、きっちり超えるところでレキは止めたんだな。

「合格や合格!お前らもうええ!これで訓練は終いや!」

蘭豹的に面白くなかったのか、やっつけになってるような気もするが…これにて一件落着だな。その場にずっといても怒られる気しかしなかったので、そそくさとその場を離れることにした。

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空がすっかりとオレンジ色に染まり、特にやることもない5人は初任務(訓練ではあるが)の打ち上げをするため、学園島唯一のファミレス、ロキシーに来ていた。

「いやー!レキュはさすがだねえ」

「本当。途中から入るのが当たり前に思えてきちゃった」

席についてすぐにウェイターが水を運んできて、そのまま注文を終えて訓練の話題に花を咲かせる。等の本人はと言うと、レジカウンターに置いてあったカロリーメイトを買って黙々と食べてる。ブレないよなぁ。

「レキ。クルーン台のカラクリには気づいていたのか?」

「はい」

「分かってて打つなんて。レキにしかできない芸当よね」

ドリンクバーから戻ってきたアリアが呆れたように言う。

「でもあのくじ引いたのがレキじゃなかったら今頃フルマラソンなんだぞ?」

「今回はレキュに助けられたよねぇ。そうだ!ここの会計もクジにしちゃおう!」

なんでそうなる。といいつつも言い出したら聞かないのが理子。ポケットの中から小さいサイコロを出してきた。

「…イカサイじゃないだろうな」

イカサイとは、イカサマがされてるサイコロのことだ。重心が違ったり、角が削ってあって良い目が出やすくなってたりするのがそうだ。

「なんなら確かめてみる?」

手に持って確かめてもみるが、特におかしいと思える点は…ないな。

「出目が大きい人が勝ち。一番小さい人の奢りって事で。ビリが二人だったらサドンデス!じゃあレキュから!」ちょうど来た料理を皆が食べつつ、一人

カロリーメイトを黙々と食べ進めていた手を止め、片手で受け取るとそのままサイコロを転がした。転がり方も違和感はない。ちょうどアリアのコップに当たるような形で止まったが、出目は…6。最高の手だ。その後も白雪、アリア、理子と周り、それぞれ4.2.3。3以上を引けば奢りではなくなるので、確率としては3分の2。

「じゃあ…投げるぞ」

変に気負いたくないので適当に投げたんだが、コロコロと転がるサイコロは今度はレキの水の入ったコップに当たる。しかし今度は勢いがあったのか弾かれてしまい、出た目が…1!

「キーくんビリ決定!」

理子がニコニコしながらサイコロを回収する。すぐに取ったあたり、何かしらのイカサイではあったとみるべきだが、そのカラクリが分からなければ普通のサイコロと変わらない。打つ手無しだ。

「分かったよ。でもそんなに金が有る訳じゃないんだ。ちょっとは遠慮してくれよ?」

諦めたようにそういうが、アリア達はこぞってデザートを頼み始めた。白桃アイス、デラックスストロベリーいちごパフェ、ももまんタワー、ヘルシークッキーの詰め合わせ…4者4様の注文で空恐ろしくなって伝票をチラ見したが…軽く五桁を超えてる。少し落ち着こうと椅子に深く座り直したところで、アリア達を見てあることに気づいた。単純なことだ。普通の高校生ってこんな感じじゃないんだろうか、ってな。学校が終わって、みんなで集まってご飯食べたりして…なんでもないような会話で盛り上がる。普通校に通ったことはないから分からないが、あんまり大きく違うところはないんじゃないだろうか。

「今度は違うゲームもやりたいねぇ。トランプとか、ビリヤードとか」

「トランプはあんまり良い思い出がないのよね…麻雀なら最近本を読んだからできるわよ?」

「イカ賽使ってチンチロとかも面白そう。後はルーレットとか?」

「わ、私もちょっとやってみたいかなぁ…」

「……」

…どうやらバスカービル内でまた新たな戦いが始まりそうだ。

アリアがこちらに向き直し、指をさしてくる。

「キンジも参加するのよ?もし参加しないって言うなら──」

どうせ強制参加なんだろう。拒否権ないんだろうし。

「風穴開けてやるんだから」

アリアは笑顔でそう告げてくるのだった。

 




今回の内容はいかがだったでしょうか。最後の終わり方が決まらず2日悩んだのは内緒です。次回作に関してですが、レキ回、ネモ回の二つを予定しています。それではまた次の投稿でお会いしましょう。 やんかつ


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4話

こっちに入れてやるつもりだったんです…再投稿\( 'ω')/


9月5日。8月も終わったというのに、暑さは衰えることを知らない。セミの鳴き声も相まってより一層暑さを増幅させている。

「どうするかな」

例によって自分の部屋には帰れず、未だレキによる狙撃拘禁状態。当の本人は何やら用事があるとのことで朝から出かける旨を昨日の夜の時点で聞いている。

ハイマキは連れていかなかったが、そこは俺への監視という意味も込められているのだろう。

正午を周り、部屋にできた日陰のところで丸まって寝ているが、時折目を開けてこちらをみているのがわかる。そんなに警戒しなくても逃げないっての。

休日ということもあり、いつもなら音楽を聴いたり映画を見たりするものだが、レキの部屋にはそれに類するものすら何もない。携帯で何かしら暇を潰そうにも、この1週間足らずで最近の話題はほぼ見尽くしてしまっている。

「出るか」

持っていくものは最低限。財布、携帯、拳銃。休日くらい銃なんて持ちたくないが、先日のココの件を考えるとそうもいかない。

弾倉を再度確認して帯銃する。ハイマキが動き出した俺に気づき、ノソノソと近づいてくるが無視。どうせ着いてくるんだろうし、気にしたら負けな気がするからな。

レキからもらったカードキーで施錠をし、周りを確認してから早足で女子寮を出る。見つかったらややこしいことになりかねん。もう手遅れな気もするけど。

足早に向かう先は武偵高、救護科。リマ症候群をいち早く達成して解放されるためにも、情報収集は欠かせない。レキの身近な人物を考えた時、アリア、理子、白雪を除くと次に上がってくるのは装備科の平賀さんと救護科の宗宮つぐみ。宗宮は一年だが、ハイマキの世話を時々してくれてる。俺の知らないレキの姿を知ってるかもしれないし、聞き込みをする価値はあるだろう。

ハイマキと共に救護棟のエスカレーターに乗り、応急室のある10階へと向かう。ここにくるのは白雪と来た時以来か。トラウマでしかないが。

ノックをして中に入ると、数人の生徒がいるものの、宗宮の姿は見えない。ハイマキは何度か来ているのか、迷うことなく奥に進んでいってしまう。ので、仕方なく後についていく。

部屋の奥、パーテーションで仕切られたところには休憩中の札があり、側の椅子には待機用と思われる椅子が並んでる。ハイマキはノックのつもりなのか、ウォン、と一鳴きすると、頭でパーテーションを動かして中に入っていった。

「ハイマキ……?レキさんですか?」

聞こえてきたのは宗宮つぐみの声。どうやらあたりだったようだ。

「いや、違う。俺だ。遠山キンジだ」

「遠山さん?」

どうやらパソコンで何やら調べ物をしていたようで、回転椅子をこちらに向ける。宗宮はまだ状況が飲み込めてないのか、すり寄ってきたハイマキを撫でながら俺の方を見た。

「何かあったんですか?」

宗宮的には何か思うところがあるのか、どこか心配そうだ。レキが俺のこと(狙撃拘禁)を話すとは思えないが、そばにあった椅子を持ってきて座り、事の顛末を話した。

「なるほど……そんなことがあったんですね」

「ああ。何かレキ関連で知ってることとかないか?最近の変化とか」

「変化……ですか。ハイマキをここに連れてくるのは週に一度ですし、特に変化とかはないと思うんですが、一つだけ気になりなることがありまして」

「何があったんだ?」

これは期待できるのだろうか?ハイマキを犬のように手懐けつつ、横におすわりをさせた宗宮は難しそうな顔をして呟いた。

「午前中にレキさんここにきてるんですよ」

「そうなのか?」

「ハイマキも連れず、ただレキさんだけが来たんですが、声をかけたら何かを思い出したかのようにそのまま出て行ってしまいまして。追いかけることができれば良かったんですが……」

そこまでいって宗宮は俯いた。

俺はペットや武偵犬を飼っているわけじゃないのであまり詳しくは分からないが、本来休みである土曜も対応しているのだ。レキ一人に時間を割くことを求めるのは違うだろう。

「その話を聞けただけでもありがたいさ。レキがどこに向かうか、見当だけでもつけれないか?」

「又聞きにはなってしまうんですが、学園島のCD屋に時々レキさんがいるのをみている友達がいるんです。今日は休日ですし、もしかしたらそこじゃないでしょうか?」

「分かった。行ってみるよ」

宗宮にデレデレのハイマキだが、俺が椅子を立つと即座に立ち上がり、二歩後ろについてきた。さすが武偵犬(狼)というのもあるが、こいつもこいつでレキが心配なんだろう。

✳︎

救護科を出てCD屋へと向かうが、武偵高とは少し離れた場所にあるため、バスに乗ることにした。ハイマキはバスに慣れてるのか、邪魔にならない位置で座ってる。程なくして目的地につき、CD屋に入る。

「……ん?」

入ってすぐ、視聴コーナーにいるレキを見つけた。背中を向けているため、顔は見えないがあの髪色とオレンジのヘッドホンをしている人物など武偵高ではレキ以外いないだろう。

声をかけようと近づいたその時。

「……!?」

どんっ。

後ろから入ってきたハイマキが俺にぶつかりながら走り出し、レキの元へ駆けていく。何故、とも思ったがその答えは目の前にあった。

レキがその場で崩れ落ちたのだ。すんでのところでハイマキがクッションになった。

「レキっ!」

理解が追いつかないものの、レキに駆け寄る。

不自然な倒れ方だったこともあり、外傷がないか身体を見るが、そういったものではないようだった。

ハイマキの背中にレキの頭を乗せ、額に手を当ててみる。手から伝わってきたのは尋常じゃないほどの熱。ただの風邪だとは思いたいが、この場所じゃ判断のしようもない。

「ハイマキ。一旦武偵病院に行くぞ」

レキを抱えてCD屋を出ると、ちょうどバスが来ているところだった。急いで乗ろうとしたところで、ハイマキがズボンを噛んで止めてきた。

「……なんだ、どうしたってんだ」

抱え上げたレキの意識はなく、どんな状態なのかもわからない。一分一秒でも早く病院に連れて行きたいというのに。

バスがいってからズボンを離したハイマキは、バスがいった方向とは逆を向いていきなり吠え始めた。

「一旦なんだってんだ…!」

逆側を向くと、そこは女子寮。確かにここからなら、レキの家に戻ったほうが早い。

執拗に吠え続けるハイマキを見て、そのまま家に戻ることにした。

✳︎

部屋に戻り、すぐにレキを布団へと下ろす。表情が変わらずわかりにくい部分もあるが、顔が赤く、額に手を当てればまだ熱が引く様子はない。

「タオルくらいはあるよな……?」

人の部屋を詮索するのはいただけないが、今は緊急事態だ。四の五の言っている場合ではない。

洗面所に入り、タオルがありそうな場所を探す。そう時間をかけることもなく上段の物入れにあったタオルを見つけ、そのまま水で濡らしてレキの額にあてることにした。

ハイマキがレキから少し離れたところで、じっとレキを見つめ、何を思ったかいきなり吠え出した。

「お、おいっ!今は静かにしないと……」

そこまで言いかけたところで、レキが目を開けた。

「キンジさん……?」

起きたはいいが状況を読み込めていないのか、周りを見て頭に?マークを浮かべている。

「レキ。安静にしてろ。ほら」

起きた反動で落ちたタオルを拾いつつ、レキの肩を掴んで再度寝るように促す。

「自分がどんな状況だったか覚えているか?」

「CDショップに寄ったことまでは覚えていますが、その先は……うまく思い出せません。」

それはそうだろう。そのまま倒れているのだから。

「とりあえず、ハイマキの要望で病院じゃなくて寮に来たんだが、風邪薬とかおいてるか?」

レキはすり寄ってきたハイマキを撫でつつしばし考えて、

「昨日の夜に飲んだ分が最後……だったかと」

レキはゴホゴホと少しせき込むと、掛布団をより一層深くかぶる。

「女子寮の下にもコンビニはあったよな。ちょっと行ってくるから待っててくれ」

ハイマキにレキの看病を任せ、部屋を出る。この分だといろいろ買うことになりそうだ。

何が必要かと考えながらも足早にエレベーターへ向かい、一階につく。

ポカリや冷えピタをかごに入れつつ、小さいながらも薬コーナーを見つけ、風邪薬を探すが、見つからない。店員に話を聞くと、季節の変わり目、しかも女子寮全体で風邪が流行っているらしく、在庫もない。何なら男子寮のコンビニも同じ状況とのことだった。

情報が得られたのはいいが、それならばと期待していた男子寮にもないとなると、いよいよどうしようもなくなってくる。

とりあえず会計を済ませ、買ったものをレキに届けるべく再度エレベーターに乗る。

「風邪薬……風邪薬……おっ」

風邪薬で思い出した。そう、何を隠そう愛用の特濃葛根湯である。走って戻ってくれば30分ほどで戻ってこれるだろう。問題はアリアがいないかどうかだが、最近の動向を見るに、大丈夫だと信じたい。

玄関で出待ちしていたハイマキに荷物を渡し、男子寮に向かうことにした。

「誰もいない、はず!」

何が悲しくて自分の寮に入ることを躊躇わなければいけないのか。物音や人がいるような気配はなく、足早に台所へと向かって目当てのものを探す。記憶が正しければ5月頃、風邪を引いた時に使ったものが残っているはずだ。

「あったっ…」

思ったより使っていたのか量は少ないが、後2.3回分はあるだろう。

瓶なので割れないようにバッグに入れ、急いで部屋を出る。ハイマキがついてるしそんなに急ぐ必要もないのかもしれないが、急いでおいて悪いことはない。下手にアリアたちに見つかるのも怖いしな。

1階へと降り、買い足すものはないとコンビニを横目に走り出そうとして、その奥の駐輪場が目に入る。同じ向かうなら自転車のほうが早いだろう。

一呼吸おいてから自分の自転車を探し、荷物をかごに入れ、サドルの下もしっかりと確認しておく。不審物らしきものもないな。3度にわたる入念なチェックを終え、自転車にまたがって女子寮に向かうことにした。

 

行きよりも早く20分ほどで女子寮につく事ができ、空いてるスペースに自転車を止め、レキの部屋へと向かう。ハイマキは中に入っているのだろう。

ICキーで開錠し、部屋へと入っていく。

「レキ……?」

眠っているのか、レキは目をつむっている。そばにいるハイマキもくるまって近くにいるだけってことは、とりあえずは大丈夫そうだな。

俺が出て行ってからすぐにレキは眠ってしまったのか、ハイマキに渡したコンビニの袋は床に置かれたままだ。

バッグを下ろし、レキの額に乗せていたタオルを冷えピタに変え、洗面所で使ったタオルを水洗いし、洗濯機に入れておく。

これでひと段落と思って寝室に向かうと、レキが起き上がっていた。

「大丈夫か?薬持ってきたから、ほら」

買ってきていたポカリと特濃葛根湯を渡し、レキは受け取ると覚束ない手付きで薬を飲んだ。更に数口仰ぎ、落ち着いたのかこちらに向き直す。

「…ありがとうございます。頭痛はしますが、今はそこまで熱が高くないので、大丈夫かと」

自分で額を触りつつ、レキは立ち上がろうとする。

「あ、おい。まだ熱があるし、寝てたほうがいいんじゃないか?」

「汗をかいたので着替えるだけですよ。それとも……」

と、そこでレキがこちらをちらっと見てきた。

「キンジさんが着替えさせてくれますか?」

「え?」

一瞬、思考が止まる。俺がレキの着替えを?いや、そもそもレキが普段そんなことを言うはずがないんだが。

あたふたする俺を見て、レキの口角が微かに上がったような気がする。

「冗談ですよ」

レキはそういうとそばのハンガーにかけてあった制服の一つを手に取り、洗面所へと向かっていった。熱があり、いつも通りではないと思ったが、まさか着替えを頼まれるとは思わなかった。

ハイマキがレキの後ろについていき、洗面所のドアが閉まる。

することもないので床に座って携帯を開き、メールのチェックをする。武藤から1件、白雪から34件。元々登録している人も少ないのでこんなものだ。白雪に関しては二桁が当たり前になってきているので無視。武藤のメールもラーメン早食いという題で送られてきており、内容を見る気にもなれない。

ふとレキの向かった洗面所に目をやるが、物音がする様子はない。してもらっても困るが、いささか静かすぎないか?

意を決して確認に行こうと立ち上がったところで、扉の奥からゴンッ、という鈍い音が聞こえる。レキが転んだのかと思って向かうが、俺が開ける前にドアが開き、壁にもたれかかっているレキがいるにはいたのだが、その姿がよくなかった。

うまく着替えることができなかったのか、ブラウスのボタンはかけ違いで一か所しか止まっておらず、スカートのジッパーは途中で引っかかったのか半分も閉められていない。そこまでつぶさに確認してしまってから慌てて目を逸らすが、もはや遅かったのか若干体の芯に血流が集まっている気がする。

「すみません。少し……手を貸してもらってもいいですか」

「あ、ああ」

また熱がぶり返したのか、レキの頬はさっきよりも赤みを帯びている。壁にもたれかかっている方とは逆側のレキの腕を持ち、寄りかからせるようにして寝室へと向かった。体に触れすぎないようにしてはいるが、肩を持っている時点でほぼ密着しているため、耐え忍ぶしかない。

何とかレキを下ろし、布団をかける。

「……ありがとうございます」

「いいって。あまり長居するのも悪いし、俺は自分の部屋に戻るぞ」

思えば昼から付きっ切りで、時計を見れば18時をまわるかどうかというところだ。

「……俺は戻るからな?」

返事がなかったのでもう一度伝えるが、レキは俯いたままだ。体の中心に集まってきた血流が収まってきたことを確認し、レキの部屋を後にしようと立ち上がりかけたのだが。

「……っ!?」

レキが俺の服のすそを引っ張り、しかもそれが絶妙なタイミングだったため、レキのいる布団に倒れ込みそうになってしまう。間一髪手をつくことができたが、ちょうどレキの頭の横という大変よくない場所に手をついてしまった。

どうしたものかと背中に冷や汗をかきながら頭をフル回転させる。血流が集まったり収まったりで混乱しているが、今は強まって甘ヒスくらいになっている。といっても何も思いつけないのが現状なのだが。

「キンジさん」

「なんだい」

いつのまにか口調までヒスってる時のものになっている。思ったよりも早く血流が集まっており、通常時からヒステリアモードまでにメーターがあるとしたらもう8割は超えてきている。その原因となるのは目の前にいるレキだ。

「もう少しだけここにいてくれませんか?少しだけでいいんです」

そういうレキの目はまっすぐだ。本来レキは冗談を言わないし、今もそうだろう。ただ、いつもと違うのは自分の気持ちに正直になっていることだ。

それが風邪のせいかどうかは言及しないとしよう。この状況でそこまで考えれるのは、やっぱりヒステリアモードになってしまっているからなんだろうな。

「少しと言わず、ずっとそばにいるよ」

レキの赤みを帯びた頬に手を当てると、やはりまだ熱があるのか熱い。レキにとっては手が冷たかったのか、反射で目をつむる。

その様子がどうにも可愛らしく、そのまま頭を撫でる。レキは恥ずかしいのか布団を掴むと、顔半分を隠すように布団を被った。

そばにいたハイマキが俺とレキの間に割り込み、レキを隠すように陣取って座った。そのままハイマキを撫で始めると気持ちよさそうにすり寄ってくることから、どうやら怒っているわけではないらしい。

「キンジさん、手を……」

そういってレキは右手を伸ばしてくる。あまり意図が組めず、半ば反射で俺も左手を出すと、レキが指を絡めてきた。一瞬絡指かと思ったが、違う。この握り方は……いわゆる恋人つなぎという奴だろう。俺も初めてやったが、手から伝わってくるレキの体温も相まってドキッとしてしまう。

右に左に握った手を振っていると、ハイマキが手の上に顎を乗せてきた。これには思わず苦笑してしまい、レキもハイマキの行動に顔を綻ばせた。手を振るのも止まり、レキも安心したのか次第にうとうとし始めた。手がしっかりと握られているため、動くこともできない。かろうじて手首を動かし、時計を見ると19時前。

外が暗くなり始め、夕日が雲と雲の間から見え隠れするのがわかる。寝るには早いがこんな状況だし、ヒステリアモードの俺には手を離すという選択肢はない。そのままのんびりレキの寝顔を見ていると、今日動きまわった反動なのか眠気がやってくる。変に逆らうこともなく目を閉じ、そのまま意識を手放した。

床の硬さに違和感を覚えて目が覚める。うまく意識がはっきりしておらず、カーテンのない窓から差し込む日が直接目に入り反射的に左手で遮ろうとしたのだが、なぜか左手が動かない。

「キンジさん」

目の前にいたのはレキ。どうやら昨日はそのまま寝てしまったらしい。

昨日のことを思い出し、レキと手をつないだままの左手を見下ろす。

……どうしろと?

レキは微動だにせず、瞬きすらしない。試しに左右に振ってみるが、レキはなされるがまま。

「……」

無言で見つめてくるレキだが、ネクラと無言では何の変化もない。なぜかハイマキがしっぽを振っているが、何があるわけでもなく。

「……放してもいいか?」

沈黙に耐え切れなくなって左右に振っていた手を止めると、ぱ、と案外すんなりとレキは手を放してくれた。

長い間握っていたこともあり、自分の手がレキの手を握ったときの形で変に固まっているな。

何回か手を開けたり閉めたりして、いつもの感覚を取り戻していく。それをまじまじと見ているレキは少し寂しそうにしていた。

体を起こし、硬くなった体を解す。レキも同様に起き上がるが、熱はないのだろうか?

「…体は大丈夫か?」

「はい。薬が効いたのだと思います。その…」

レキはそこで言葉を区切ると、俺の方に体を向き直した。

「ありがとう、ございました」

その言葉、そして微かに笑っているかのような表情を見てギク、というヘンな音が心臓から聞こえた。朝からいかんでしょうこれは。

「い、いいって。困った時はお互い様だ」

「では、キンジさんが風邪をひいたら私が看病しに行きますね」

冗談ではなく、レキなら本当に来てくれるんだろう。

「風邪なんてそうそう引かないさ。それよりも、来週は修学旅行だ。どこを回るか決めとかないとな。なんかいい案ないか?」

基本的に自由に行動できるとはいえ、何箇所かは回らなければならない。レキも一緒だとなると、より人が来ないところを選ぶする必要がある。

レキは顎に手を当ててしばらく考えると、ふと思い出したかのように話し始めた。

「資料室に過去の先輩方のレポートがあったので、学校に行きませんか?」

「ヘタな観光雑誌よりも実際の声の方が参考になるな…よし、いくか」

テキパキと布団をたたみ、支度を始める。一緒に靴を履き、先にドアに手をかけたところでレキに服の裾をつままれた。

「……なんだ?」

レキの意図が分からず、顔だけ振り返るがレキは顔を伏せている。何事かと考えていたところで右手を握られる。しかも、いわゆる恋人繋ぎと言われるやつだ。

「なっ…おい!どういう…」

つもりだ、と言う前にレキは顔を上げ、微笑を浮かべた。

「ずっとそばにいてくれるのでしょう?」

そこでハッとして、気付く。昨日のヒスった俺が言ったセリフと、同じ。

レキから見たら俺の顔は赤くなっているんだろう。レキなりのリベンジってことなんだろうな。してやられたぜ。

「行きましょう」

満足したのか、レキが握った手を離して玄関を開ける。ハイマキも俺を笑うかのようにウォン、と一鳴きして横を通り過ぎていく。

レキのリマ症候群を考えれば、形はどうであれいい方向に向かっていってるとは思うんだが。どうにも別の問題が発生してるような気がするな。

落とした鞄を拾い、俺は先に行くレキを追いかけた。

 



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ネモ・リンカルン

このお話は35巻でキンジがネモを迎えに行き、本編ではそのまま家に向かいますが、少しお出かけをする、というifストーリーです。地理に詳しくないため、あやふやな部分があるかもしれませんが、暖かい目で見てください。
また、28巻、35巻読了前提でネタバレを多く含むため、まだ読んでない方は先に原作を読むことをお勧めします。
それでは本編をどうぞ!


「ようやく……キンジと話す時間ができたな」

あの島での、最後の夜。

ネモは言っていた。『もっと話す時間が欲しかった』、と。

「俺も、お前とはもっと話したいと思ってた。願いが叶ってよかったよ。ただ、話すのは島じゃ思いもよらなかったテーマになりそうだけどな」

「ああ、分かってる。ルシフェリアの所に連れて行ってくれ……と言いたいところだが」

と、ここでネモが俺の顔をまじまじと見つめ始めた。なんだ?

「久しぶりに会えたんだ。少し歩かないか?」

「まぁ……いきなり本題に行くのもなんだしな。どこか行きたいところはあるか?」

ネモが置いたままのトランクを持ちつつ、問いかける。

「この辺りの地理に詳しいわけではないから、キンジに任せるとしよう」

「俺もそこまで詳しいわけではないんだが……飯はもう食べたか?」

「む。そういえばまだ食べていないな。キンジに会うことばかり考えていた」

なんでそんなことを真顔で言えるのか。ネモからしたら、当たり前のことなのかもしれないが。

「夕飯前だからガッツリは食べないとして……近くに確か茶屋があったから、そこにいこう」

「茶屋か。日本では茶が有名だと聞く。楽しみだな」

丸の内仲通りを戻り、店に着いたところで少し中を見る。人気店なんで空いてないかとも思ったが、時間的にも大丈夫そうだ。

「ここだ。入るぞ」

「うむ」

中に入ると、店員さんが個室に通してくれた。ありがたい。ネモと話す内容は、場合によっては人に聴かれちゃ困るからな。

荷物を置いて注文を終えたところで、一息つく。対面のネモを見ると、周りが珍しいのかキョロキョロ見てるな。

「なんというか……落ち着く雰囲気だな」

「そういう店だからな」

ちなみに俺が頼んだのは抹茶。ネモはほうじ茶だ。

「島にいたときは、こうしてゆっくりすることもままならなかった。お互い必死になって生きることを考えてたからな」

「そうだな」

「今思えば大変なこともあったが、楽しいことも多かった。貴様は何が印象に残っている?」

机に肘をついてそう聞いてくるネモに対し、俺はしばし考え込む。

「2人でって考えると、家を建てた時だな。生き延びることじゃなくて、生きることを考えたのはあの時だった」

嵐で何もかも無くなって折れかけてた心が、家を作ることに没頭したおかげで気が紛れたし。

「家づくりか……確かにあれは楽しかった。なんなら2人の時はご主人様と呼んだほうがいいか?」

家を作っていた時のことを思い出したのか、ネモがそんなことを言ってくる。

「あの時は2人きりだったから問題なかったんだ。この場でそんな呼ばれ方したヘンな噂が立つからやめてくれ」

2人きりになったとして呼ばれても困るけどさ。

「冗談に決まってるだろう」

ネモの冗談は本当に冗談なのかどうかが分かりにくい。腕を組んで悩んでいると、店員さんがお茶を持ってきてくれていた。

まじまじとカップを見るネモに対し、俺はそのまま口に運ぶ。

ほうじ茶をホットで頼んだネモには熱かったのか、あち、と口をつけてすぐ離してしまった。

「ちょっと冷ました方がいいかもな」

カップを両手に持ってふーふーするネモを見ると、無人島の時や戦艦の時とは違う、年相応のネモになったような気がした。再度カップに口をつけたネモを見て、ふと、出会う場所が武偵高とかだったなら、こうして一緒に過ごす時間もあったのだろうかと考えてしまう。

「まだ少し熱いが、美味しいものだな。コーヒーのようなほろ苦さはないが、なんというか、癖になる味だ」

更に半分ほど飲み終えたのか、ネモがそんな感想を言ってくる。

「日本じゃ100種類以上のお茶がある。お前好みのお茶はまだまだたくさんあるだろうさ」

「そんなにあるのか。100種類飲むまで貴様にも手伝ってもらうとしよう」

「それは無理だろ」

「哿《エネイブル》の二つ名が泣くぞ?」

「ぐっ……」

自分は可能を不可能にする女《ディスエネイブル》のくせに。ずるくねーのかよ。

口論をしても国家学位《バカロレア》を出てるお嬢様には勝てないので、抹茶を飲んで文字通り溜飲を下げる。すると、タイミングよく店員さんが和菓子を運んできてくれた。

「……これは?」

「羊羹だ。くっついてる和菓子切りで切って、刺せばいい」

「ナイフに近いな」

そう言って羊羹を切り分けると、一口サイズとなったそれを俺の方に向けてきた。なんだ?

訳が分からずぽかんと口を開けていると、ネモが羊羹を口に押し込んできた。

「キンジにしては理解が早かったな。よろしい」

完全に偶然だったが、ネモの機嫌がよくなったのでそっとしておくことにしよう。

もぐもぐと羊羹を食べているとネモがこちらを見つめてきた。一瞬迷ったものの、これはアーン待ちをされている…気がする。

羊羹を切り分け、落ちたらことなので手を添えながらネモの口へと持っていく。

はむ、と羊羹を食べたネモだが、食感が独特なのもあり表情をコロコロ変えている。

食べ終えたネモはほうじ茶を飲んで一息ついたようで、

「羊羹とは甘味だったのだな。ほうじ茶にもよく合う」

「お茶に合わせて茶菓子を変えるくらいだからな」

残っていた羊羹をほおばり、抹茶を飲み切る。ネモも同様に食べ終えたようだった。

「さて、行くか」

席を立ちあがり、会計を済ませて外に出る。ここは私が、と言うネモだったが、せっかく日本に来てくれたのだ。これくらいのことはさせてほしい。

 

「すまない。私が誘ったのに……」

「いいって。美味そうにしてるネモが見れたし、大したことはしてない」

そういうとネモは顔を半分覆って、明後日の方向を向いてしまう。

……勝手に払ったから不機嫌になったんだろうか。次は逆に払ってもらうとしよう。

「暗くなっても困るし、家に戻ろう」

「あ、ああ。そうしよう」

振り返ったネモは一瞬名残り惜しそうにしたが、そのまま横についてきてくれた。

東京駅に戻り、山手線のある5番線を目指す。

方向音痴だと言っていたネモは人がごった返す東京駅は不安なようで、かなり俺にくっついて歩いてる。

見知った場所を歩き、後は階段を下りるだけなんだが、帰宅ピーク前だというのに人が多いので、仕方なく振り返りってネモの手を握った。

「俺が前に行くから。足元注意な」

「わ、分かった」

階段の隅の方を下り、手すりを使いながらなるべく人と接触しないようにしたんだが、途端にネモを握っていたはずの手が軽くなる。

「きゃっ」

慌てて振り返り、ぐい、とネモの手を引っ張る。俺の方に倒れ込んでくるネモだが、何とか腕にしがみついて事なきを得た。

「…とりあえず、大丈夫そうだな」

「す、すまない。後ろから押されてしまって」

俺の腕を離さないネモはどうやらぶつかられたらしい。そのまま階段を降り、ちょうど来ていた電車に乗り込んだ。

ネモはまだ腕をつかんでおり、ついでに手も握ってきた。指を絡めるように……いわゆる恋人繋ぎで。しかし当の本人は気づいていないらしく、俺だけがドギマギさせられてしまう。指摘したらしたで何か言われそうなのでそのままにしておく。とはいえ、こんな状況じゃなぁ。

「…電車乗るのにもこんなに苦労するなら陽位相跳躍《フェルミオンリープ》で来ればよかったんじゃないか?」

何とか話題を出そうとふとそんなことを聞いてみる。超々能力を使えば電車賃も浮くわけだし。

「陽位相跳躍《フェルミオンリープ》はおいそれと使えるものではないのだ。貴様も身をもってわかっているとは思うが、正確な座標や設定などしなくてはいけないし、何しろ知らない場所には行けない。視界内であればいけないこともないが……後は強い印象のある場所なら可能だ」

うわ。藪蛇だった。確かに身をもってわかってはいるけども。

「てことはノーチラスとかになら一瞬で帰れるってわけか。俺もそんな能力ほしいもんだよ」

「メリットばかりではないのだがな。重宝はしている」

陽位相跳躍《フェルミオンリープ》を褒められたことで、ネモの顔が綻んだ。前半部分のトゲのある内容を無視し後半から話題を広げる。若干話題逸らし《スラッシュIII》っぽくなったが、こういうリスクは回避するに限る。

気づけば新橋駅についていたので、乗り換えでゆりかもめへと向かう。

ネモはゆりかもめに乗ったことがないらしく、強く手を握りながら落ちたりはしないのか、と聞いてきたので乗ればわかる、とだけ伝えて中に入っていく。

山手線に比べれば人が少なく…というよりちょうど誰もいなかったので、ドア付近の椅子に座ることにした。ほどなくして動き始めたが、揺れ方が怖いのかぴったりとくっついてくるネモ。

不意に手を握り返すとネモがこちらを見上げてきた。瑠璃紺《ガーターブルー》の眼を見開かせてわなわなと口を震わせている。握られた手と俺を交互に見やり、その顔はどんどん朱色に染まっていく。なんだ。なんで赤面しているんだ。

「なっ、なっ、なんで私が貴様と手をつないでいるのだ!いつからだ!そんなことまで許した覚えはないぞ!」

揺れる電車内だというのに立ち上がってぽかぽかと拳でミニハンマーを落としてくるネモ。超近距離のため、大したダメージこそないものの、身動きは取れない。

「か、階段降りるときにつないだだけだろ!指摘するタイミングもなかったんだよ!」

「そんなことは言い訳にならん!ええい、レーザーで───」

俺を見据えて前に倣えの形を取ると、瑠璃紺《ガーターブルー》の眼を光らせ始めた。このまま撃たれたらゆりかもめごと貫通しかねん。立ち上がって猫だましをしようとしたところで、電車が大きく揺れる。

「う、うおっ」

「きゃっ」

前につんのめるようにバランスを崩したものの、転倒するようなことはなかった。しかし咄嗟に伸ばした両手は何か柔らかいものを掴んでおり、何か嫌な予感がして顔を上げる。案の定、俺の両手はネモの両胸を掴んでいた。それも、割としっかり目に。

「……ネモ、さん?」

顔を伏せたままのネモに対し、恐る恐る声をかけて手を引こうとするが動かせない。両側から万力のような力で掴まれているからだ。

こんな時でもHSSの波を感じてしまう自分に嫌気が刺すが、この時ばかりは感謝の方が強いかもしれない。

非HSSの俺だったら目の前の修羅のようなオーラに対抗できる気がしなかったから。

伏せていた顔を上げ、一瞬で俺の腕を交差させると、ネモは変則一本背負いの形をとった。身長差があるこの状態では、背負い投げではなく――てこの原理で折るつもりらしい。よほど怒りを買ってしまったんだろうと反省すると共に、甘ヒスくらいになった頭で対処法を練る。瞬間、一息に折りに来たネモの力に逆らわず、その場でネモを飛び越えるようにして事なきを得る。

「電車内で起きた偶然の事故じゃないか。そんなに眉を寄せたら、かわいい顔が台無しだよ」

ネモに振り返りつつ、どうにか怒り心頭のネモを宥めようと試みる。

「どうしてそう貴様は何度も…!しかもそれはHSSだろう!」

がう!と威嚇するように犬歯を見せるネモ。怒りは収まってないらしい。が、ちょうど電車が目的地だった台場駅に止まる。

俺が降りるとネモも警戒したままではあったが降りてきてくれた。

一定の距離を保ってついてくるネモに対し、このままアリアの家に行ったら2丁拳銃のお世話になりつつショートソードでぐさぐさ刺される目に合う気がしたので、切れかけた甘ヒスの頭である店に行くことにした。

前に行ったのはアリアのためにエスプレッソを買いに行ったときだろうか?

「……どこに向かっているんだ?」

大通りを外れ、細道に入ると後ろにいたネモが声をかけてきた。

「コーヒーショップだ。お前が気にいると良いんだが」

「私が?」

コーヒーショップ、と言ったあたりから怪訝そうだったネモの顔が明るくなる。

目印にしていたさびれた看板を見つけ中に入ると、一人しかいない店員が会釈してきた。

「カフェオレに合うコーヒー豆もあるだろうよ」

「豆があっても挽くことができないだろう」

「ここなら試飲できるしアリアの家にはドリップメーカーがある」

「……探してこよう」

俺の先に行くネモの足取りは軽やかだ。自分がいつも飲んでいる豆があるかを探しにいったのだろう。

俺も俺でコーヒーは飲むので、周りを探していたんだが……なんだか視線を感じる。

ネモかと思って振り返ったが、どうやら違うようだ。視点を下に向けると俺を見上げていたのは猫だった。

人懐っこいのか、しゃがんで手を出すと顔を摺り寄せてきた。猫で思い出したが……世界には猫の糞をコーヒー豆にして挽くというのを聞いたことがある。この店にはないらしいが、猫の糞が原料ということもあってかなり高価らしい。変な雑学を思いだしつつ猫を撫でていると、棚の影からネモがひょっこりと顔を出してきた。

「お探しのものはあったのか?」

「ああ。名前は同じだが、中身はまだわからんな」

ネモが渡してきた袋にはchicoree、と書かれていた。

「チコレ、か?」

「惜しいな。シコレと言う。苦みが強いが独特の甘みもあるから、キンジも一度飲んでみるといい」

受け取った袋を店員に渡すと、試飲をさせてくれるとのことだった。

近くにあったカウンターに座り、ネモとともにいつの間にか2匹に増えていた猫とじゃれていると、店員さんがコーヒーを持ってきてくれた。

ネモがさっと受け取ると、スンと香りを確かめる。香りがあっていたのか、ネモは明るい笑みを浮かべてカップに口をつけた。

それを見ていた俺だったが、同じように出されたコーヒーの香りを確かめるとほのかにキャラメルのような香りがすることに気づく。独特の甘さってこれのことなのかな。かなめが好きそうだ。

試しにそのまま飲んでみるが、想像よりだいぶ苦い。

横でミルクを入れて優雅にたしなむネモに倣い、俺もミルクを入れて少し混ぜてから飲んでみる。

お、まろやかになった。

苦味が抜けて甘さが出てる。比較対象がさっきのコーヒーだから余計にそう感じるのかもな。

「目当てのものであってたのか」

「いつも飲んでるコーヒーだった。日本でこれが飲めるとは……感謝するよ。キンジ」

にっこりと笑うネモは年相応の可愛さで、不意にドキッとさせられてしまう。それに……珍しいな。名前呼びされるのは。いつも貴様、とかおい、とかって呼ばれるのに。

ネモの言葉に少し気分をよくした俺は膝上に乗っていた猫を床に下ろし、お手洗いだと言って席を立つ。場所はわかっていたのですぐ向かえるんだが、ちょうど近くに来ていた店員に声をかけ、ネモが選んだコーヒー豆を先に買っておくことにした。理由とするなら、ゆりかもめでの負い目が半分。後は、あの笑顔をまた見たいと思ってしまったから。お互い敵同士としての初対面だったが、無人島で一緒に過ごした時間や、境遇を知るようになって互いに共通する部分も少なくなかった。同情だというつもりはないが、ほっておけないというか。そそくさとお手洗いを済ませ、ネモの元に戻る。ネモはもうコーヒーを飲み終えたのか、さらに増えた三匹目の猫と戯れていた。俺を見つけるなり顔をあげ、同時に猫も持ち上げたりなんかして楽しそうだ。

「……そろそろ帰るか」

「そうだな。ルシフェリアのことも気になるし、これ以上はいい時間になってしまうだろう。キンジ、バックをくれないか?」

ネモは豆を購入するつもりだったのだろう。俺の席にあったバッグを要求してきたので渡したが、ここで店員さんが現れた。手には偶然にもネモの髪色に似た紙袋を持っている。合わせてくれたのかな。

「…?……!」

ネモが訝しんで店員と俺を見やるが、察し良く気付いたのだろう。店員から紙袋を受け取ってなぜか俺の方を睨んでくる。数瞬迷ったような顔をしてから、俺の方に体を向き直した。

「…ありがとう」

「俺もまた飲みたかったしな」

「キンジらしい答え方だ。ありがたく受け取っておく」

紙袋をバッグに入れたネモを見て、とりあえず荷物を持っておこうと手を伸ばす。

はしっ。

「え?」

「ん?」

ネモはバックを持っていない反対の手で握ってきた。お互いの思考が止まる。なんで手を握られてるんだ。

「俺はただ荷物を持とうと…」

「そっ、そうならそう言えばいいだろう!紛らわしいことをするな!」

べち!とネモ式のハイタッチビンタで叩かれ、更に追撃が来そうだったので回避しながら店員さんに会釈して外に逃げる。赤面したネモが追ってきたが、叩かれることはなく、横について歩いてきた。

「貴様はなんなのだ。上げたかと思えば落とすし、また落としたかと思えば上げてくる。何を企んでいる」

ジト目がちに俺を睨んでくるネモだが、企むのたの字もない俺にはどうすることもできない。

「何も企んじゃいねーよ。ただ……怒らせたのは謝る。すまん」

「そうか」

申し訳なさそうにネモを見ると、本気で怒っている、というわけでもなさそうだった。

「まあ、貴様のことだ。頭で考えるより先に体が動くのだろうさ。感覚派の性とでもいうのだろう」

持っていたバッグを俺に渡して隣を歩くネモだが、その表情は明るかった。

橋を渡って人工埠頭に入るとポツポツと街灯がついていたが、目の前に見える真っ赤な夕日のせいか暗さは感じない。ちょうどバスが行ってしまったので、仕方なく女子寮に続く一本道を歩くことになった。歩き始めて少したった頃、不意にネモが目の前に手を伸ばす。横を見ると、その手にはいつの日か俺が渡した青瑪瑙の石が握られていた。

「…懐かしいな」

「うむ。あの島で絶望していた私とは違い、同じ境遇でも必死に生きて、あまつさえ私を助けるようなお人好しがくれた…唯一の宝物だ」

聞いててこっぱずかしくなったが、それが誰かまでを言わないあたりがネモらしいな。言ってて恥ずかしくなったのかネモの頬も赤いけど。

「辺り一面の花畑。白のジャスミンだったな。夜には───360度、満天の星空だった。忘れないさ。あの景色を、俺と一緒に見てくれた人がいる」

まるで張り合うかのようにそういうと、ネモは驚いたように俺を見上げた。

「今はHSSではないのだろう?よくそんなセリフが出てくるものだ」

「思ったこと言っちゃ悪いのかよ。あの時は確かに大変だったけど、それだけじゃなかった。それをわかってくれるのは同じ体験をしたネモだけだからな」

でもよく考えると確かに恥ずかしい。むしろお互いわかってるなら言う必要もないんだし。若干気まずい雰囲気になり、周りは静寂に包まれ、俺がうんうん唸りながら一人で自己嫌悪に陥っていると、女子寮が見えてきた。指をさしてネモに伝えると、どこか名残惜しそうな顔をしてこちらを見上げてくる。

「もう、ついてしまうのだな」

ネモはポツリとそういうと、今度は顔を俯かせてしまう。顔は見えていないが、多分、無人島での別れが来た時と同じような表情をしているのだろう。俺もこうした時間を終わらせたくはないが、始まりがあれば終わりがあるわけで。でも、終わるのなら──また始めればいい。

「また出かければいいだろ。今日は確かに終わっちまうが、それで最後ってわけじゃない」

そういうと、ネモは確かにといったような顔でうん、うん、とうなずいた。

程なくして女子寮の門前についたところで、

「次の候補地だが、私にいい考えがある」

と、ネモが声をかけてきた。

何故か更に笑顔になっていたネモに対し、階段を上りつつ考えがつかない俺が場所を聞くと、その質問を待っていたとばかりに俺を見上げてきた。

「我々はお互い組織の前線維持のため日々激務をこなしている。それ相応の対価としてバカンスなどよいのでは、と思ってな」

目的の3階、階段を登り切る直前にネモが言おうとしている事に気づいた。

俺が足を止めたところで、逆にネモが階段を上りきる。

「…その場所は?」

答えがわかっていながらも、俺を追い越したネモの背中にそう問いかける。

「──南の島だ」

振り返ったネモの微笑みは、あの島で見たミステリアスな笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

 




キンジ×ネモ。
いかがだったでしょうか?
作中に登場した茶屋は実際にモデルにしたお店があり、コーヒーショップに関してはifストーリー2話で登場した架空のお店となります。大分悩みながら描いたのでよろしければ少しでも感想をいただけると嬉しいです。
また、原作オマージュもかなり入れてますので、気付けたいましたら感想かTwitterリプ等にて教えてください!


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