IS:ハサウェイの閃光 (凧の糸)
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その名はハサウェイ


 閃光のハサウェイの予告見て、書きました。スニーカー文庫でかなり前に読みましたが、ベルトーチカ・チルドレンの方は流石に見つからず、読んでないのでどうかご容赦を。


 

 

「……いつまでも友達だと思っている。忘れないぜ?」

 

 

「ああ、僕もだ。大佐……」

 

 

 足音は段々と遠ざかる。ハサウェイは気が狂いそうで、全身から絶叫を発しそうになるのを喉元で必死に堪えた。

 

 

 

「ケネスッ、急いでくれ!!」

 

 

 ケネス・スレッグ大佐は友人の意を汲んで、今直ぐに乗馬用の鞭を振り下ろす。

 

 

「射てーっ!」

 

 

 何発もの渇いた音が同時に響く。ハサウェイ・ノアは銃弾を受けて即死した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 宇宙世紀105年、マフティー・ナビーユ・エリン、本名ハサウェイ・ノアが銃殺刑に処される。

 

 

 

 

 ケネス大佐はこの時、アデレード基地にやって来たハサウェイの父親であるブライト・ノアに配慮してマフティーが彼の息子である事を必死に隠していた。

 

 しかし、とある理由からとある日の一面にはこう書かれた。

 

 

 

『マフティー・ナビーユ・エリンの正体はハサウェイ・ノアだった』

 

『南太平洋管区司令官のブライト・ノア大佐がその処刑を実行した』

 

 

 

 ハサウェイに些細な復讐心を抱いた連邦官僚のこの愚かしい行動が、結果的にマフティーの名を民衆に刻み込み、更に連邦軍への不信感を煽るという皮肉な顛末を辿る。

 

 

 

 

 

『マランビジー』

 

 ギギ・アンダルシアによって形容された、「枯れることの無い水道」の様に彼の名前は永遠に受け継がれていくだろう。

 

 

 

 

 

 たとえ、それが別世界であろうとも……

 

 

 

 

 

 

___________________________________________

 

 

 

 

 

「コイツが、新型ですか?」

 アナハイム社のテストパイロット、ハサウェイ・ノアは秘密ドッグへと招かれていた。

 

 

 ミーティングをするという用事で呼び出されたハサウェイは、新型との対面をミーティングルームで知らされて、情報秘匿の契約書を書いた後に三時間の車による移動をした。

 

 

 黒塗りで防弾仕様の厚いドアは重厚感がある。天下のアナハイム・エレクトロニクスが用意した高級車なだけあって、乗り心地も良く、うっかり居眠りをしてしまうほどだった。そこで妙な夢を見たが、今はすっかり忘れてしまっている。

 

 

 

 何処とも知らないドッグに案内されて、こうしてトリコロールの巨人と対面しているのである。

 

「ああ、そして、君の乗機にもなる。本来ならば貴重なISに乗れる男として実験なんかをする予定だったらしいが、上の政治取引なんかでね。うん……言いづらいが、君は数ヶ月後にIS学園に通ってもらう事になった」

 

 ハサウェイ・ノアは非公式ではあるが、世界で最初の男性操縦者である。

 

 

 

「分かりましたが、大丈夫でしょうか?」

 些かの不安は覚える。なんせ、学校生活など終えて久しい。

 

 

「そこら辺は何とかなるだろう。詳細は追って伝える」

 

「了解」

 

 

 

 

 

 

# # # # #

 

 

 

 

 

「さて、お前も乗ってみたいだろう。歩行までなら許可されている」

 

「よし」

 

 新型に駆け寄ると、装着する前に案内の男の方を向いて言った。

 

 

 

「この機体の名前は?」

 

 

「そうだった。そいつはΞ(クスィー)。14番目の機体という意味だ」

 

 

「なるほどね……」

 そう言いながらクスィーに触れて、装着し終える。ハサウェイにはこの新しい相棒が何故かとても懐かしく思えた。

 

 

 

 

「どうだ、センサー類は稼働しているか?」

 

 

「こいつは結構良い。新型は伊達じゃ無いって事だな」

 ハイパー・センサーは良好。ハサウェイがデータの開示を要請すると簡易なデータが送られてくる。移動中の車内で読んだカタログスペックよりもずっと上質なものだ。

 

 

 

 

「嘘だろ、マッハ2を易々出せるのか」

 フルスキン型で、かつ通常のISよりも巨大なクスィーは各部分のビームバリアーを展開する事で人形状態のまま、高機動戦闘を可能にする。

CGモデルによるサンプル映像では身体の前面にビーム膜が展開されていた。

 

 

 

 

「ああ、そうだそうだ。ビーム兵器の実験機でもあるからな、それ」

 補足する様に彼はそう言った。現時点でもISの武装にビーム兵器は存在する。最も有名で、始まりのインフィニット・ストラトスと呼ばれる白騎士にはそれまで実戦レベルに実現されなかったビーム兵器である荷電粒子砲が搭載されていたのはIS関係者でなくとも広く知られている。

 

 

 だが、実際の所、研究は芳しく無い。IS自体に謎が多すぎる上にどこの国も第四世代のIS開発に躍起になっているのでそちらに割く余裕が無い。そもそもの話、エネルギー効率があまり良くない荷電粒子砲よりもミサイルや近接兵装を使った方がコスト・パフォーマンスが良いのだ。

 

 

 では、何故クスィーはビーム兵器試験機なのか。大きな理由としてアナハイムはとある粒子のデータによってビーム兵器に止まらないジャンルの拡大の可能性を掴んだ。それによる落とし子達の一体がこのクスィーなのである。

 

 

 

 

 

「なあ、まだ研究者は来ないのか?」

 二人とも新型にはしゃぎ過ぎて、すっかり忘れていた。そろそろインカムで連絡辺りが来ても大丈夫な筈なのだが、不気味な沈黙が保たれている。

 

 

 その時であった。

 

 

 

 

「!」

 突然、硬い地面がぐわんと大きく揺れた。吊り下がっているライトが左右に大きく揺れ、ISを着ていても不意に転びそうになるほどだ。

 

 

 

 

「じ、地震か?」

 ISを装着したハサウェイは無傷であるが、男の方は尻餅をついて額に皺を寄せながら腰をさすっている。

 

 

 

「パイロット、マズイぞ……」

 案内の男の額に汗が滲む。険しい皺がより深くなった。ハイパー・センサーによって自分の心拍数や発汗がゆるやかに上昇しているのが手に取るように分かる。男の身体も危機に対しての反応を起こしている。大きく深呼吸をし、湿り気のある手を軽く叩くと幾ばくかいつもの状態に戻った。

 

 

 

「これを見てくれ」

 嵌め込み型のディスプレイを起動して、録画映像を見せる。何機かISと歩兵が侵入し、銃を乱射している。人間の喚く声で騒がしい。研究者は徹底的に殺すか、耐え難い苦痛を与える事で生捕にして歩兵が器具を使い、運び出していく。一方のISは様々なエリアを蹂躙。そうしている内に監視カメラの存在に気づいて破壊されてしまう。

 

 

 

 

「もしかして、コイツらが亡国企業(ファントム・タスク)か……」

 男性IS操縦者である事から、上層部の意思によってこの組織のさわりを聞いていた。まさか、こんな穴倉まで見つけ出すとは余程鼻が良いのだろう。

 

 

 

 曰く、先の大戦中に産声を上げた「裏の世界」で暗躍する秘密結社。

 

 曰く、その目的、構成員、規模など殆どの詳細が闇の中である事。

 

 

 兎にも角にも、この状況は危機的だ。脱出孔は既にスタンバイが完了している。

 

 

 

 ドン!

 

 

 頑丈な壁が吹き飛ばされた。警護隊も一緒に穴から吹き飛ばされて、壁に歪みを作る。

 

 

 

「へえ、これが噂の新型か」

 不気味な蜘蛛のIS。フルスキンに多脚を模したユニットというもの珍しいタイプだ。フェイスガードも蜘蛛の複眼で構成されている。

 

 

 小刻みな細切れのステップは金属の皮膚を食い破ろうと襲いかかる。脚は砲門として八つの光条が空を切った。

 

 

 

「ほう、避けるか」

 

 

「くっ、早く逃げろ!!ここを自爆させるっ」

 機密の塊であるクスィーを奪われる訳には行かない。それにみすみすここを奪われては後が恐ろしくて堪らない。

 

 

 

 

「あっ!」

 男が手元の緊急用レバーを勢い良く引くと、勢いよく壁が降りて防壁となる。緊急用で、数倍の硬さと多くの体勢を持っているが、あの砲撃にいつまでも耐えられる筈が無い。

 

 

 

「くっ……逃げるか」

 彼の献身を無駄にしないためにも、バーニアを暖めていく。

 

 

 

 

 

「あら、逃げるのかしら」

 堂々と仁王立ちする金色のISがいる。ゴツゴツとした見た目、尻尾を生やした奇妙なIS。ハサウェイは敵機をデータなどで全く見たことは無かった。

 

 

 

「チッ、待ち伏せか……」

 

 

「さて、味見させてもらうよ」

 尾付きのISは出会い頭で凄まじい温度の火球を放つ。生身で喰らえば炭化するほどの温度がセンサーを介して認識できる。見ているだけでも汗をかきそうだった。

 

 

 

「舐めないでもらおうか」

 パッケージから備え付けのアサルトライフルを取り出し、弾幕で牽制をしているが、やはり通じない。

 

 

「豆鉄砲では私は倒せないよ?」

 炎の鞭も厄介だ。単純に強力な上、高速回転させる事によって防御へと転用していた。ただの火の粉でさえもヘタな銃弾より威力を持っている。

 

 

 

「仕方ないな……」

 アサルトライフルとビームライフルを高速で入れ替える。エネルギーパックから逆算して、五発しか発射出来ない。

 

 

「そこ、当たれっ!!」

 脳内に生じた、痺れるような一瞬の光と同時に引き金を引く。

 

 

 

「だから豆ッ……!?」

 ピンク色のビームが圧倒的な速度で金色の装甲を吹き飛ばす。パイロットの生命保持の為に絶対防御が発動した兆候が見られた。

 

 

 

 

「レーザー、いやビームか……厄介だな」

 厄介だという割には十分に余裕があるようにハサウェイは思えた。黄金の輝きは決して霞んでいない。が、ダメージでよろけている。ハサウェイはこの技量を前にこれ以上は耐えられそうに無いし、第一もうじき施設が爆破されるだろう時間だ、と思った。

 

 

 

「悪いが、アンタとデュエットする気は無い」  

 漸く脱出孔への道が開ける。脱出には今しか無いと直感的にハサウェイは悟り、ぶっつけ本番のフライトフォーム使用へと躊躇いなく踏み切った。

 

 

 

(ビーム・バリアのスタンバイ確認。ミノフスキー・フライトユニット展開を確認。これよりフライト・フォームによる音速飛行に入る)

 

 自動的に調整されていく。フライトユニットが曲がり、頭部に対して垂直に近い角度を取る。そして、ビーム・バリアがフライトフォームのクスィーを覆う。エンジンはより一層の唸りを上げて加速度的に、音速の世界に駆けていく。

 

 

 ほんの短い間に音を通り越して、クスィーはマッハ2以上の速度を完璧に制御し、ソニックブームで周囲を吹き飛ばしながら月の明かりと出会った。

 

 

 

 

 

 

 

__________________________________________

 

 

 

 

 

「クスィー、聞こえるか、クスィーのパイロット!」

 

 フライトフォームもクスィーをもエネルギーの為に解除していた時だった。唐突に通信が届く。男性の声だった。

 

 

「はい、聞こえます。テストパイロット、ハサウェイ・ノアです」

 答えると、随分ほっとしたようで、深い溜息を吐いている。

 

 

 

「おお、良かった良かった。其方に集合地点のデータを送付する。疲れているだろうが、至急頼む」

 

 

「了解しました。ハサウェイ・ノア、ポイント1へ急行します」

 距離はあるが、今のクスィーでも十二分にたどり着ける位置だった。

 

 

 

 

 

 

「……クスィー、俺に力を貸してくれ」

 トリコロールカラーの腕輪は月明かりを反射して、まるで答える様に妖しく光った。ハサウェイは少なくともそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

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「では、次は……ノア君!!」

 俺は時折彼の方を見ていた。女の園の中、同じ男だからという理由もあるが、大人びた雰囲気の彼に密かに関心を持っていた。それは周囲の女子も同じ様だったが、中々険しいのか近寄れない。布音さんが昔からの知り合いのように話しかけていたのを見て、度胸があるなあ、とも思った。

 

 素人目ではあるが、剣道に励んでいたこともあり、彼がなんとなく強いことは理解出来ていた。

 

 

 

 

 彼は山田先生に一礼し、起立して前に立つ。名前からして外国人なのだろうが、やや日本人のような顔立ちをしている。少し親しみを抱く。ヒゲなんかも剃られており、清潔感がある。

 

 

 

「ハサウェイ・ノアです。アナハイム所属のパイロットです。皆さんより年上ですが、仲良くしたいと思っています。どうぞ、宜しくお願いします」

  

 

 やはり、悲鳴が上がった。しかし、千冬姉ほどでは無かったが。

 

 

 

 

 

 

 

 



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歪みと驕り



IS1話ほど、歪んだ話はないですよね。一夏がハンデで馬鹿にされるシーンとか、多くの生徒から面白半分で見られたりとか。


 

 

「決闘ですわッ!!!」

 セシリア・オルコットが捲し立てる様に言う。周囲の女たちは賛同する部分もあるようだが、あまりの無茶苦茶な言い分に困惑している者もいた。

 

 

 

 少し、顛末を話すと、こういう訳なのである……

 

 

 

「なあ、ノアさん。俺、織斑一夏!男同士って事で仲良くしたいんだが、いいかな?」

 躊躇うような、言葉尻がほんの少し震えている彼の声。大人として誠意を持って対応すべきだし、何より学友なのだ。良い関係を築くのも大切である。

 

 

「勿論だ、一夏君。俺もハサウェイで良い。堅苦しいのは無しだ」

 彼の顔は少しだけ緩む。ハサウェイからは好印象だった。

 

「ああ、分かった、ハサウェイ。よろしくな!」

 

「こちらこそ」

 固い握手をして、たわいない話をしていると気まずそうにこちらを見る女の子。確か、シノノノさん、だったか。

 

 

「なあ、話の途中で済まない、ノア。こいつ(一夏)を借りていいか?」

 

「いいよ、どうやら久々の再会のようだからね」

 

「済まない、ノア」

 

「あー、じゃあまたな、ハサウェイ」

 一夏と篠ノ之箒は廊下に出る。幼馴染みの再会とか漫画の中だけの話と思っていただけに、不思議な感動が心に生まれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな感動に、一滴の雫が落ちて来た。

 

 

「ちょっと、よろしくて?」

 

「オルコットさん……だったか。間違ってたらすまないな、まだ全員の名前を覚え切れてないんだ」

 形の整った眉が僅かに顰められる。

 

 

「まぁ、よしとしますわ。セシリア・オルコットですの、どうぞよしなに」

 貴族然とした立ち振る舞いに目を奪われる。一挙一挙が優雅であった。

 

 

 次の授業の予鈴が鳴る。

 

 

「オルコットさん、もうじき時間だ。席に着こう」

 

「そうですか。それではまた」

 

 

 

 授業が始まる。企業所属の俺はある程度が分かっても、小さい頃からISの教育を受けて来た彼女らには敵わない。なんとか着いていくのに精一杯だった。

 

 男はIS自体が使えないので、殆ど興味が無く、マニアかそれに深く携わる者でないと細かい知識は持ち合わせない。あの異常に分厚い、殺意すら感じる参考書は見るだけで気分が萎えてくる。

 

 

 一夏はどうやら古い電話帳と間違えて捨ててしまったらしい。酷い言い訳だと思ったが、彼の様子からすると素でアレのようだ。案の定、織斑先生の出席簿が振り下ろされて、大きな、痛い音が鳴った。

 

 

 まあ、無理もない事だが、周囲の女達は奇異の目で彼を見ていた。ISの事を学ぶ為にひたすら勉学に励んだ彼女らには理解が及ばないのだろう。

 

 

 

 爆弾が炸裂したのは、授業の終盤であった。

 

 

「クラス対抗戦の前に代表者を決めなくてはならない。クラス代表者というのはそのままの意味だ。対抗戦だけではなく、生徒会の開く会議や委員会への出席……所謂、クラス長だな。ちなみにクラス対抗戦は入学時点での各クラスの実力推移を測るものだ。今の時点で大した差は無いが、競争は向上心を生む。一度決まると一年間変更は無いからそのつもりで考えろ」

 

 ハサウェイはあまり乗り気ではない。こうした所で疲弊して、不覚を取る訳にはいかないからだ。しかし、いつだって好奇心と興味は要らぬものを連れてくる。

 

 

「自薦でも他薦でも構わない。誰かいるか?」

 織斑先生の言葉に、すっくと手を挙げる者がいた。

 

 

「はい! 私は織斑君が良いと思いますっ!!」

 

「私もそれが良いと思います」

 

「ちょっッ!!」

 まさか、と面食らっている。世界最強の弟だから、期待が大きいのだろうか。それとも、ただの冷やかしか。

 

 

 

「私はハサウェイ君かなあ……」

 

「たしかに。大人だから頼れそうだよね」

 

「うんうん」

 推薦されることに悪い気は起きなかった。だが、当人が蚊帳の外にされるのは困る。

 

 

 抗議の声を上げようとすると、一人、大変に文句のある様子で立ち上がった。

 

 

「納得がいきませんわ!!!」

 相当の怒りで、額には青筋が浮いている。ヒステリックな声が教室にカンカンと響く。

 

 

「そのような選出は認められませんわ!! 大体、男がクラス代表だなんていい恥晒しです! 私に、このセシリア・オルコットにそのような屈辱を一年間味わえとおっしゃるのですか!?」

 

 なんとまあ、過激な発言だ。セシリア・オルコットの怒声は続く。

 

 

 

「実力から行けば私がクラス代表になるのは必然。それを物珍しいからという理由で極東の猿にされては困ります! 私はこのような島国までIS技術の修練に来ているのであって、サーカスをする気は毛頭ございませんわ!! 大体、文化としても後進的な国で暮らさなくてはいけないこと自体、私にとっては耐え難い苦痛で―――」

 

 

 ハサウェイにとってはどうでもいい事であるし、彼自身は感情をコントロールする術を持っていた。しかし、つい先日まで普通の男子学生だった織斑一夏に、自分や国の事を馬鹿にされて黙っていろと言う方が酷だった。

 

 

「イギリスだって大してお国自慢ないだろ。世界一まずい料理で何年覇者だよ!」

 彼の堪忍袋の緒が予想通りプッツリと切れた。炎にガソリンを注ぐ様な真似。両者はますます感情を爆発させていく。

 

 

 

 

「決闘ですわッ!!!」

 怒りの頂点に達した彼女が一夏に決闘をふっかける。

 

 

「いいぜ、四の五の言うより分かりやすい」

 売り言葉に買い言葉。血気盛んに返答してみせる。

 

 

「わざと負けたら私の小間使い、いえ、奴隷にして差し上げますわ!!」

 

 

「ハンデはどのくらいつける?」

 一瞬、空気が止まる。セシリア・オルコットも、周囲の女生徒も二の句が継げない。

 

 

 

「早速、お願いですか?」

 煽る様に、明らかに見下してそう言った。

 

 

「いや、俺がどのくらいハンデを付ければいいのかなぁと」

 堰を切ったようにゲラゲラと笑い声が漏れる。失笑を買ったと気づくのも遅くは無かった。

 

 

 

「お、織斑くん、それ、本気で言ってるの?」

 

「男が女より強かったのってISが出来る前の話だよ?」

 

「もし、男と女が戦争したら3日も持たないって言われてるよ?」

 

 

 三度の追撃を受け、一夏は吃る。強ち嘘でもないのを体感しているからこそ、そうなった。街に出れば、男がこき使われるのを簡単に目にする事が出来る。買い物の金を強請る者もいるのだから、とんでもない。裁判で訴えてもそこら辺ではロクな裁判など無い。ありとあらゆる場所に女が進出して、男女のバランスが真逆になってしまった職業すらある。

 

  

 ただ、一つことわっておくが、代表候補生というエリートの彼女にハンデを貰ったところでずぶの素人である一夏が勝てる確率は限りなく低い。

 

 

 

「……」

 ハサウェイは黙って聞いていた。これは一夏自身で解決する事だし、学生と言えど大人に足を突っ込んでいる彼が口を出す問題では無かった。

 

 だが、この世界の歪みが噴出しているのを目にするのは気分が良くない。

 

 

 

「なあ、どうする気なんだ。二人は」

 成人男性の、よく通る低い声が響く。思わぬ人物に笑っていた有象無象は黙り、セシリア・オルコットはハサウェイを睨み、織斑一夏は救いの手が来たと安堵の表情を浮かべている。

 

 

 

「俺もクラス代表候補だ。どう決める?俺は若い二人に譲りたいと思っている。いつ本社に帰れと命令されるか判らんのもあるからな」

 静粛の後、織斑先生が話す。

 

 

「では、織斑とオルコット。勝負は次の月曜、第三アリーナだ。ノアもクラス代表候補戦の後に二人と模擬戦をしろ。それでいいな」

 

 クラスの帝王、織斑先生の鶴の一声で決定した。

 

 

 

 

 

 

__________________________________________

 

 

 

 

 

「ありがとう、ハサウェイ。俺、ちょっと冷静じゃなかった」

 

 

「いいさ、別に。俺にも思うところはあった。だが、今の一夏でオルコットにはほぼ勝ち目は無いぞ」

 キッパリ断言した。一夏は苦々しく眉を顰める。

 

 

「ッ!やってみなきゃ--」

 

 

「言いたい事は分かる。彼女が自分で言っていただろう、イギリスの代表候補生だと」

 

 

「あ……そうだ」

 彼女に言われた事が、頭の中を巡る。イギリスのエリートだと一夏は思い出した。

 

 

「日本風に言うなら、クロオビとシロオビだ。これで分かるだろ?」

 

 

「くっ、でも……」

 まだ、引き下がる。

 

 

「一応、俺も企業所属でそこそこ乗ってる。だから、手伝いはする。物にできるかは知らんが」

 

 よく言えば友人のよしみ、悪く言えば恩を売る。決してリターンがない事をハサウェイはほぼしない。

 

 

「おぉ……ありがとう。本当に」

 一夏は頭を下げて感謝した。ハサウェイには少々照れ臭く感じた。

 

 

 

 

 

「なあ、そこ。居るだろ」

 一夏が頭を上げたタイミングで、こちらの話をこっそり聞いている彼女を呼ぶことにした。

 

「ッ……バレていたか」

 篠ノ之箒は意外と素直に出てきた。軽くジャージを羽織っている。

 

 

「箒!?」

 とても驚いている。そして、篠ノ之さんの顔は紅色に染まっていく。これが若さか、と思った。

 

 

 

「二人で話し合うといい。俺はもう寝る」

 二人の世界に入ったみたいなので、おじゃま虫はそそくさと去る事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

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「こちら、ハサウェイ。聞こえますか」

 静まった夜。連絡端末で、とある場所とハサウェイは交信をしていた。

 

 

「ああ、届いている。聞くところによると、模擬戦があるそうだが……分かっているな」

 

「ええ、過剰戦力過ぎますから。こちらの状況も良好です」

 端末越しの声は調子が良かった。

 

 

「では、引き続きデータ収集を頼む」

 

「了解」

 

 

 

 

 

 

 

 

 






一夏、セシリア戦は戦闘は次回です。


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テイク・オフ



戦闘回です。描写難しい。頭の中で動きはするけど、文に出来ないぞ……


 

 

 

 

 

 

「ここまで君は良くやってた。自信を持っていい」

 一週間で随分とマシになったと思う。一夏の機体、白式は鈍い色を放っている。

 

 

「俺、オルコットに勝つよ」

 

「一夏、勝ってこい」

 

「ハハ、箒は気を張りすぎだ」

 固く、緊張した箒に一夏は笑みが溢れる。そして、戦いへの表情に切り替わる。カタパルトに足を乗せると、機体を一気に加速して射出する。

 

 

 

 

「……ノア。一夏は、勝てるか……?」

 

「信じるものも信じなきゃあ勝てないさ」

 

「そうか……そう、だよな」

 曇り顔は幾分かマシになった。

 

 

 

 

 

 

 

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「一夏……あれは、な」

 ハサウェイは思わず一夏の顔を見て、苦笑いが漏れた。一夏の装備は近接ブレード一本でよく戦っていた。何とか追い詰めたが、一次移行(ファーストシフト)に移行したときに使用可能になった単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)、零落白夜でのエネルギー切れによる敗北だった。セシリア・オルコットの眼前での敗北に箒も残念がっていた。

 

 

 

「では、オルコット、ノア。準備をしろ」

 

 

「「はい!」」

 

 

 

 

「そういや、ハサウェイのISスーツ、結構変わってるよな。俺なんてヘソだしで布が少ないこと少ないこと。まあ、女子のもだけどさ。んで、ハサウェイは全身じゃない」

 ハサウェイのISスーツは頭部以外を覆う、珍しいタイプだった。全体像は灰色に、所々、ターコイズブルーやイエローのラインが入ったスーツに仕上がっている。

 

 

「アナハイムの特注さ。ISスーツとほぼ性能は同じ、九ミリくらいなら容易に防げる代物。ちょっと特別だがな」

 サイコミュの受信を促進させ、機体の機動性能など諸々を上げているとは口が裂けても言えない事実だった。

 

 

 

「へー、やっぱりかあ」

 呑気そうに一夏がうんうんと頷き、ハサウェイがクスィーを展開した後に山田先生の声が入った。

 

 

 

 

「ノア君のISはフルスキンなんですか!」

 山田先生は初めてクスィーを見たので、ひどく驚いた。これにも理由があり、フルスキンは第一世代に代表される機体で、その殆どが引退している為に大半のISを知る者は骨董品ほどの扱いをされていたからだ。アナハイムという会社自体がかなり大きな会社であるからこそ、第二、三世代のような機体を扱わないので山田先生は疑問に思ったと言う訳である。

 

 

 

「アナハイムはISの武装関連くらいしか、開発してないと思っていたがな」

 織斑先生は知っていたが、刹那の思案に耽った。

 

 

「そこは色々とあるんですよ、大人の事情ってやつが」

 

「ま、そうだな」

 織斑先生はパンパンと手を叩いて、面白みの無い話題を打ち切った。

 

 

 

「ノアのISはアナハイムって会社のだろう?」

 箒は新しい友人を少し心配してそう言った。

 

「そうだ」

 ハサウェイはそんな彼女の心配を取り払うために、自信満々に振る舞う。

 

「ハサウェイは強いぜ、練習のときに一回手合わせした俺が言うんだからな」

 一夏は一度だけ、借りた打鉄で対戦をしていた。

 

 

「勝てるのか?」

 

「これでも企業の名前を背負ってるから、そう簡単に負けられないよ」

 そう言いながら、ハサウェイはレールの上に足を乗せる。

 

 

 

「ハサウェイ・ノア、クスィー、出るぞ」

 加速を金属の装甲()で感じながら、舞台へと飛び出す。彼女は堂々と待ち構えていた。

 

 

 

 

「ノアさん、貴方には手加減も驕りもしませんわ」

 

「手加減もさらさらない、落とすさ」

 そして、ハサウェイは彼女の信頼を裏切るか裏切らないかのグレーゾーンに手を突っ込んだ。

 

(レギュレーション・モードB、起動)

 

 ISはこの世界の軍事バランスを崩す程の力を秘めている。だからこそ、アラスカ条約による軍事使用禁止などの厳しいルールを設けることで表面的にそれを誤魔化している。

 

 

 無論、それを守るのは建前で、裏ではどこもかしこもコソコソと蠢いているのが実情。ハサウェイのクスィーも他のISとは隔絶した強さを持ち、軍事的な方面の技術も使われている。だがしかし、それではハサウェイのIS学園生活に大変な支障をきたすため、急遽組み立てられたのがレギュレーション・モードである。

 

 

 単純にISのパワーを競技用程度にダウンさせるのがこのモードの特徴で、BランクはIS学園で使用する際の標準となっている。ISの絶対防御を発動させる程のビームライフルをセシリア・オルコットの使用するレーザーライフル程度に抑える等、適切な出力となっているのだ。

 

 

 

 

 

「どうか、ワルツにお付き合いを」

 

「激しいステップと行こう」

 ハサウェイとセシリアが会敵した。

 

 

 

 先攻はセシリア。待機しているブルー・ティアーズ(青い雫)を蜂起し、レーザー・ビームと共に雨霰と降り注ぐ。

 

 

 

「だが、弱点は割れている」

 先程の戦闘で見学者にもバレている。ビット操作に集中して動けないセシリア。ハサウェイのビームライフルが容赦なくシールドエネルギーを穿とうとする。

 

 

 

 

「くっ、速い……」

 セシリアはレーザーが殆ど当たらないことに思わず焦ったくなる。超音速でも戦うことを前提に生み出されたクスィーは制限を設けてもなお、驚異的なスピードを誇る。ハサウェイのパイロット練度やサイコミュの効果で、最小限の動きによって網の目を縫うように躱されてしまう。

 

 

 

「確かにビットは強力だ。であれど、当たらなければどうと言うことはない」

 近接用のナイフでビットを沈められ、残りは隠しているのも含めて四機。既に彗星のような動作で、二つを落とされた。セシリアは戦闘中に命取りになりかねない思考が浮上してきた。

 

 

 

 

(ノアさん……やけに手慣れている?)

 ビット兵器はセシリアの祖国イギリスが他の国を二歩三歩くらいリードしている状況だ。しかし、このビットの始末の仕方が流れるように行われている。何故?とオーダーされ続ける不要物を脳裏から排除して戦闘に戻る。

 

 

 

「言わせておけばッ!」

 クスィーから発射されたミサイルを、レーザーとビットで落としながら、回避に専念した。この時、平行してビット操作と回避を不完全ながらに達成した。レーザーがクスィーの装甲に当たって削れるのみ。決定打には至らない。そして、その動作で一瞬のタメが生まれたためにもう一つのビットはビームの直撃を受けて破壊された。

 

 

 

「これで、虎の子だけだな」

 もう一機もクスィーの蹴りで、地面にて沈黙した。

 

 

 

「インター・セプター」

 極めて冷静に、コールで近接装備を取り出す。

 

 

 

「行きます!!」

 

「っ!」

 死中に活を求めるとでも言わんばかりに、インター・セプターを構えて、残りのブルー・ティアーズもスラスターとして保持したままに上空から空を駆けるように突貫する。重力加速度とスラスターの速さを足されたセシリアを回避し、トドメを刺そうとすると、ニヤリと笑みがセシリアに浮かぶ。

 

 

「!」

 直感的に避けようとしたが、間に合わない。地面に刺さったティアドロップが一筋のレーザーを当てる。よろめきが背部の衝撃に生まれ、気を取られてしまった。

 

 

 

「今、ですわっ!!」

 燕返しもかくやという切り返しで、インター・セプターとほぼゼロ距離のミサイルがハサウェイの喉元に突き立てられようとする。

 

 

 

 

「それはどうかな」

 

 

 

 

 

『なっ!!』

 客席も刮目した。ハサウェイは神業の如く細かく動かし、背部のスラスターと脛側のスラスターを同程度ふかして、体の上下を逆さまに、回転する様にインター・セプターとミサイルを避け、そのまま前方へ一気に加速した際の交錯時にナイフでセシリアを深く切り裂いた。

 

 

 

 命に関わるダメージに、絶対防御はシールド・エネルギーを莫大に消費する。ダメージ蓄積に絶対防御の発生で、セシリアのシールド・エネルギーは空になった。

 

 

 

『試合終了、勝者ハサウェイ・ノア』

 

 

「……やりますわね」

 

「どうも。ビット、強いな」

 

「それについて……」

 

「後で話そう。今は交代だ」

 ハサウェイは無理矢理話を切り上げて、ピットへ戻っていく。仕方がないので、セシリアを同じく帰還した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、最後だ。ノア、織斑、準備しろ」

 二人は準備を終えて、空に飛んだ。

 

 

 

「ハサウェイ、お前は強い。俺は負けるだろうけど、全力を尽くす」

 

「掛かってこい、撃ち落としてやる」

 ハサウェイは軽く一夏を煽る。

 

 

「行くぜっ!!」

 一夏は開始の合図と共に、加速する。一夏は遥か格上のハサウェイに勝つ為には、開始と同時に超スピードで、素早くクスィーを仕留めなければならないと考えた。故に、エネルギー消費が激しい代わりに絶大な攻撃力を得る単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)の零落白夜で、倒すしかない。

 

 

 

「おいおい、勘弁してくれよ」

 高等技術のはずである瞬時加速(イグニッションブースト)で雪片弐型を中段の構えのまま、突撃してくる。疾い。しかし、ハサウェイにとってはまだまだである。

 

 

 

「射撃で決めるさ」

 一夏は持ち得ている反射神経で、ハサウェイを喰らおうとするが、ハサウェイはのらりくらりと、零落白夜を避け、ライフルを撃つ。一夏の残りエネルギーは100。もう、明らかな敗北である。零落白夜を使っても、逃げたとしてもエネルギー切れに。打つ手はないと思われた。

 

 

 

 

「負けて……負けてられるかぁ!!!」

 最後の零落白夜を、雪片弐型に纏わせて、ISのアシストを使ってジャベリンのように投擲した。

 

 

 

「投げだと!?」

 一夏が姉を慕っているのは、少しの交流で分かっていた。だから、姉の使用していた暮桜の雪片の後継である弐型を決して離すとは考えづらかった。更に、白式は雪片弐型しか武装が無いので、みすみす攻撃手段を失う真似をすると思いもしなかった。

 

 

 

 

「くっ……」

 シールドエネルギーが尋常じゃない速度で低下する。これが零落白夜。織斑千冬を世界最強の女へと上り詰めさせた力。そして、最後の力を使い果たした白式は沈黙する。

 

 

 

『試合終了、勝者ハサウェイ・ノア』

 

 

 

 ハサウェイの二勝によって、この試合は終了を告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





wiki確認すると、ゲームに出てくる武装があるらしいですね。必要でしょうか?

でも、閃ハサ原作に沿わせたいからオミットかなぁ……


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転校生、もしくは幼馴染



鈴回。ゴーレムとも戦う、かも。


 

 

 

「と、言うことで、クラス代表は織斑君に決定です!」

 ぱちぱちと祝福の拍手が場に溢れる。

 

 

「へ?何で俺がクラス代表なんだよ?」

 状況を呑み込めていない一夏は頭に疑問符が氾濫しているようだった。

 

 

 

「おめでとう、応援してるぜ」

 

「ちょ、ちょっと待って。セシリアじゃないのか!?」

 周りの女子たちは一夏をヨイショしている。セシリアがまさか代表ではないことに一夏は焦っていた。

 

 

「私が辞退したのですわ。せっかくだし、一夏さんに訓練を積んで貰おうと」

 

 

「クラス代表戦や色々と戦うらしいからな。IS経験の少ない一夏には適していると俺は思う。織斑先生の……何だったかな?」

 

 

「くっ……卑怯だけど……ああ、やってやる、やってやるさ!!!」

 うおおおお!!と一夏はヤケクソながらも決意を固めていた。それはとても眩しくて、真夏の太陽のようだった。

 

 

 

 

 

 

__________________________________________

 

 

 

 

 

 

 朝の一年一組。とある話題で賑わいを見せていた。

 

 

 

「もうすぐクラス代表戦だね」

 

 

「そう言えば、二組のクラス代表変わったらしいよ」

 

「ああ、ナントカって転校生に変わったのよね」

 

 

「……転校生?今の時期に?」

 一夏はこんな学園にも転校があるのだと、意外と普通な面もあるなあと思った。しかし、こんな中途半端な時期に来る転校生とは誰なのだろう?

 

 

「うん、中国から来た子だって」

 

 

「でも、専用機を持ってるのは一組と四組だけだってーー」

 その言葉をツインテールで改造制服の少女が遮った。

 

 

「その情報古いよ!」

 一組に馴染みのない声が響く。

 

 

「二組も専用機持ちになったから、そう簡単に優勝出来ないわ!!」

 

 

「鈴?お前……鈴なのか?」

 

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

「ん?これ……何?」

 無駄に遠い男子トイレから帰ってきたハサウェイは見かけない女の子で、転校生だろうとは分かった。ただ、一夏の友人と判断するには早計であった。

 

 

 

「あ、ハサウェイ!紹介するぜ、幼馴染みの鳳鈴音(ファン・インリン)。中国からの転校生だ!」

 

 

「幼馴染み?」

 篠ノ之さんが幼馴染みでは無かったのだろうか。それならば、今の篠ノ之さんの様子が引っかかる。俺の様子を察して、直ぐに一夏は補足を入れた。

 

 

「ああ、そうだったそうだった。箒はファースト幼馴染み、箒が転校して、入れ替わるように来たのがセカンド幼馴染みの鈴なんだ。だから鈴と箒に面識はないよ」

 

 

「そう言うことか」

 その説明で皆が納得した。そして、彼女は俺の目の前に仁王立ちした。

 

 

 

「アンタがアナハイムのハサウェイね。噂は聞いてるわ、フルスキンの化け物がいるってこと」

 

  

 

「そりゃあどうも、僅か数年で代表候補生になった中国の天才の話はこっちにも入ってるよ」

 ほう、と感心と僅かな喜悦の感情が鈴の顔から溢れた。にしても、一夏の周りにはこんなにも女の子が集まるものかと、そんなどうでも良いことを思った。

 

 

「ハサウェイでいい、皆そう呼んでる」

 

「じゃあこっちも(リン)でいいわ。宜しくハサウェイ」

 

「こちらこそ」

 お互いの右手を差し出して握手した。この後は幾らかの世間話をして、織斑先生の怒りを振り下ろさせる前に彼女を帰らせた。

 

 

 

 

 

 

__________________________________________

 

 

 

 

 

 翌日、みんなの雰囲気は少し浮き足立っていた。ついに、クラス代表戦が始まる。ハサウェイは一夏が誰と初戦を迎えるのだろうと画面を確認すると、件の鳳鈴音との対決とが決定されていた。

 

 

「ノア、一夏は誰とだ?」

 

「おはよう、篠ノ之さん。一夏はほら、転校生の」

 

「あぁ、そうか……」

 

「心配か?」

 

「それはーー」

 

「まだ始まってすらないんだから、杞憂だよ。幼馴染みの声援でも受ければ一夏だって百万馬力だろうよ」

 わざと煽てるように言った。変な所で奥手な彼女にはこれくらいが丁度良いと思った。

 

 

「フッ……ありがとう、ノア。気分は少し、晴れた」

 

「ならよかった。さあ、代表の勇姿でも見に行くかな」

 二人してアリーナへと向かった。

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 (中国の第三世代IS、甲龍。一夏は()()砲台をどう破るのか、見ものだな)

 前回は同じ代表候補生のオルコットさんに一夏は勝ったが、ブルー・ティアーズが完全に射撃特化の機体で、かつ格闘戦を不得手とした事、一夏の伸び代がセシリアさんには予想外だった事、零落白夜というIS戦のジョーカーがあった事などが挙げられる。

 

 

 だが、甲龍は近接戦用。雄々しい青龍刀に当たれば一瞬でシールドエネルギーを狩られてしまうだろうし、恐らく浮遊砲台が一夏には一番の鬼門だろう。なにせ、見えない弾丸がノーアクションで飛んでくるのはハサウェイにもキツかった。

 

 

 

「あ、一夏だ」

 鈴が一人佇むアリーナに威勢よく飛び出した。

 

 

 

 試合開始と同時に何度か交錯した後、上空から青龍刀で斬りかかる。雪片弐型でつば競り合う。

 

 

 

「ふ〜ん、初撃を防ぐなんてやるじゃない!」

 青龍刀を拡張領域に戻して、双剣を取り出した。

 

 

 

「ぐっ……」

 一夏は零落白夜という切り札があれど、鈴の盤石の防御に攻めあぐねているようだった。何度も何度も斬り合っても、手数はあちらが多く、経験の差もある。双剣を連結させて、手慣れたように自由自在に振り回す。

 

 

 

 

「マズイな」

 一夏は仕切り直しに距離を取ろうとするが、勿論それを彼女が許す筈もなく、ピッタリとくっついて追撃が行われる。消耗戦に持ち込まれると圧倒的に不利なのは彼の方だった。

 

 

 

 そして、砲台から重い一撃が放たれる。

 

 

 

「ぐわっッ!!!」

 まともに喰らってしまい、一夏は体勢を大きく崩した。

 

 

 

 

もう一撃、不可視の衝撃砲が直撃して今度こそ墜落して地面へと叩きつけられる。予想だが、白式にはまともにエネルギーなんて残っていないだろう。なぶるように甲龍の衝撃砲を紙一重で回避し続けるが、じわじわとエネルギー残量は追い詰められてゆく。

 

 

 

「終わった、かはまだ分からんな」

 一夏の目にはまだ燃える闘志が残っている。策はあるーー何?

 

 

 

「シールドを貫通する程の威力。テロリストか?」

 良いところで水を差されるのは残念で腹立たしいが、それどころでは無くなった。アリーナは爆炎と煙が上っていく。

 

 

 

 

「試合中止!織斑、鳳退避しろ!!」

 女生徒たちは予測不能の事態にあたふたとし、扉に殺到する。

 

 

 

「開かないっ、どうして!!」

 ガンガンと柔らかい拳が頑丈な扉に叩きつけられる悲痛な音が響く。二人の様子も気がかりだが、封鎖された為に勝手な行動も取れない。

 

 

 

「まずは……」

 ハサウェイは扉の方を向いて、刺激しない程度の声で言う。

 

 

「そこを避けろ、今から開ける」

 

 

「はっ、はいっ……」

 ハサウェイの助けが必要と理解した賢い学生たちはハサウェイへ扉を譲る。助けるべく、クスィーの装備を一つだけ取り出した。

 

 

 

「全員、距離を取れ。いや、もっとだ。火花も出る」

 ビームサーベルの出力を出来るだけ弱め、扉に突き立てる。ジュウジュウと金属の溶ける音と火花が飛び散るが、ゆっくりと縁取られていく。

 

 

 

「あ、開いた……」

 歓喜の表情に満ちたが、まだ安心とは言えない。

 

 

「全員、落ち着いて列を組め。走らずに歩くんだ。『おはしも』を守れ」

 強引に突破した扉からゆっくりと、着実に生徒達は避難していく。

 

 

 

「全員避難したな」

 ハサウェイはアリーナ内部を一通り見て回り終え、通信機能で連絡をとってみた。

 

 

 

「山田先生、避難完了しました」

 

 

「の、ノア君!!え、わ、分かりました。貴方も早くッーー」

 

 

 

「「ノア(さん)二人を助けて!!」」

 箒さんとセシリアさんの声が飛び込んできた。何事かとハサウェイは驚いた。

 

 

「どういう状況ですか」

 

「遮断シールドレベル4だ。こちらからは入れん」

 織斑先生は簡潔にそれだけ述べた。

 

「分かりました。壊してもいいのなら、行きます。それとこの事はーー」

 

「内密にしておこう」

 

 

「感謝します」

 

 

「……ッ、ノアさん。私との試合は本気では無かったと?」

 

「いいや、本気だった。大人の事情って奴だ」

 

「そうですか……なら、今度こそ全力を出し尽くして下さい。約束です」

 

「承った」

 

「ノア、死ぬなよ……」

 

「当たり前だ。二人も助ける」

 

 

「では、ノア君。今回は織斑君と鳳さんを逃してください。突入後、教員部隊が制圧します」

 

「分かりました、山田先生」

 

 

 

 

 

 

(遮断シールドレベル4を突破可能な出力に調整、行けるな)

 ハサウェイはクスィーを展開し、ビームライフルを構え、引き金を引いた。圧倒的な熱量を持つメガ粒子のビームが堅固なシールドの表面を焼き、崩壊させていく。

 

 

 パリン、といとも簡単にシールドを破壊して大きな穴を造り、そこからハサウェイは侵入した。

 

 

 

「ハサウェイ、何で!?」

 二人は突然の乱入者に困惑していた。しかし、それは侵入者も同じようで、暫く動きが棒立ちで止まっていた。

 

 

 

「早く逃げろ、もうエネルギーが無いはずだ」

 試合からの続投では、特に白式こそが危ない。尤も、あのISのビームを喰らえば今来たばかりのクスィーもタダでは済まないのだが。

 

 

「でも、ハサウェイだけには任せられない。俺の零落白夜なら……」

 

「ハサウェイ、お願い。現状はこれが確実よ」

 頑として譲りそうにも無い二人だった。

 

 

「……分かった、援護する」

 

 

 

 

 

 

 

 

_______________________________________

 

 

 

 

「千冬さん、ノアは……アナハイムって、一体何なんですか?」

 

「先生、私もです。工業関連で国際的な企業とは知っていましたが、あれはどう考えてもーー」

 

    

 

「……凄まじい科学力で宇宙に進出したとの噂もある。だが……いや、今から教師として最低な事を言う。関わらない方が、身のためだ」

 重く、冷たい空気が流れる。

 

 

 

「私はそうは思いません」

 

「私、セシリア・オルコットは友人に無礼な振る舞いだけはしたくありません」

 

 この場では否定した二人。しかし、彼女たち、いや、世界そのものが織斑千冬の言ったあの言葉の意味を理解する日が来る。

 

 

 

 それはまだ、先の話……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








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あり得ない敵


しばらくこの作品を更新すると思います。


 

 

 

 

「なあ、二人とも。アイツの動きって機械じみてないか?」

 なんとか機会を伺おうとビームを回避している時に、一夏は鈴とハサウェイに一つの疑問を投げかけた。

 

 

「何言ってんの!ISは機械じゃない!!」

 呑気な一夏に鈴は心底呆れていた。それもそうだった。ISとはパワードスーツなのだから人間を乗せなければ本末転倒だ。無人機のISはもはやただのロボットなのだから。

 

 

「リン、そう言う事じゃないと思うぞ」

 

「そっ、そう思ってたわよ!!で、何なのハサウェイ!!」

 ハサウェイが一応訂正を入れておくと、頬を紅に染めてハサウェイに答えを振ってきた。ハサウェイは一瞬の思考の後、口を開く。

 

「一夏は人が乗ってるのか、疑問に思ってるんだろ?」

 浮かんだ可能性の中で一夏はこんな風に考えそうである。無人機自体、ロボットアニメやSFではお馴染みであるからだ。

 

 

 

「ああ、さっきも俺たちが攻撃しなかったら、アイツも動かなかったからな」

 

「はあ? 人が乗らないとISは動かないのよ?……あ、でも確かに。今の状況でこっちにあまり仕掛けてこないものね。まるで、興味があるかのように……」

 ビームの頻度が落ちて、三機が同じ地点に集まって話している時でさえ、黒煙の中で敵ISは動きを一切見せていない。ISの知識が欠けている一夏だからこそ出来る考えだろう。

 

 

「だろ?」

 しかし、鈴の顔はいまた釈然としていない。恐らく、可能性に上がってはいるが、今まで自分が得た知識や経験から大層外れているので受け入れられないのだろう。ハサウェイはアナハイム社の開発した極めて特殊な人工知能『ALICE』の存在を噂程度に耳にしていたのでリンよりは比較的に受け入れられた。

 

 

 

「ううん、でも、無人機なんてあり得ない。ISは人が乗らないと動かない。そういう物なのよ……」

 

「……もし、仮に、仮にだ。無人機だったらどうだ?あり得る話だろう?」

 

「成る程な……」

 

「何、無人機なら勝てるって言うの?」

 焦りからか、やや棘のある口調でそう鈴は言った。

 

 

 

「ああ、人が乗ってないなら容赦なく全力でイケる」

 アリーナに溜まった不安を吹き飛ばすように自信満々で、自分の得物である雪片弐式を固く握りしめた。

 

 

「全力でって……」

 白式の真の恐ろしさを知らない鈴は、緊張や敵と対峙する恐怖で一夏がおかしくなったのではないかと、不安げな顔を一夏に向けた。

 

 

「零落白夜。雪片弐式の全力攻撃だ。恐らく、コイツの威力は過剰なんだ。学内対戦で、全力を使う訳にはいかない。なんせ、人が乗ってるからな。でも、仮に無人機だとしたら……?」

 

 

「零落白夜だか何だかしらないけど、その攻撃自体が当たらないじゃない」

 

「だから、二人で一夏にダメージが極力入らないように支援して、奴までの道を導くしかない。一夏、やれるか?」

 

「次は、当てる」

 引き締まった、良い顔をしていた。これなら安心して任せられそうだった。

 

「ふぅ、仕方ないわね。じゃあ、アレが無人機だと仮定して行きましょうか!」

 

「じゃあ、合図したら鈴は衝撃砲、ハサウェイはビームライフルを撃ってくれ。最大出力で」

 

 

「「了解」」

 

 

「じゃあ早速っーー」

 その時だった。

 

 

『一夏!!!!』

 出鼻を大きく挫かれた。箒さんだろうか、シールドもない場所に拡大された声で叫んだのは勇気というか、ただの自殺行為だ。敵のISも目の部分を光らせながら、箒さんの方向へと虚な眼で彼女を視認する。

 

 

『男なら、……ッ、男ならそのくらいの敵に勝てなくてなんとする!!』

 取り敢えず、今はもっと自分の命を大切にして欲しいと思いながらも、ハサウェイの行動は誰よりも早かった。

 

 

「一夏、箒さんは俺に任せろ。お前たち二人でやってくれ」

 一瞬で箒の所へと飛んでいき、念のためのビームバリアー展開準備を行った。クスィーは、というよりもIS自体に武装としてのシールドがないのでシールドバリアーで守る他ないが、敵のビーム砲からして、受け止められるかはハサウェイでも不安であった。

 

 

 

「ッ、ぁあ!」

 

「分かったわ!」

 二人は直ぐに行動に移した。

 

 

「鈴、やれぇ!!」

 

「行くよッ!」

 甲龍の衝撃砲は敵へと最大の出力で放たれようとする。だが、その先に射線上へと一夏が背中を向けたまま現れる。まだ知らない鈴にとってはきっと意味不明な行為にしか映らないだろう。

 

 

「ちょ、ちょッ!何してんの!」

 

「いいから、やってくれ。鈴!」

 

「あー、もう分かったわよ!」

 鈴は衝撃砲を放ち、そのまま白式の背部に命中する。

 

 

「よし、来た!」

 白式により表示される目前の画面から、エネルギー転換率90%以上に到達して、零落白夜の使用が可能になる。

 

 

 

「うおおおおおお!!!」

 龍砲の威力もそのままに、凄まじい加速でISへと迫っていく。敵も拳で迎撃しようと試みているようだった。

 

 

 

 

「俺はーーみんなを、護る!」

 

 鋭く、白い一閃。直撃とは至らずに片腕を切り落としたが、そのまま一夏はぶん殴られる。初撃とビームライフルによって形成されたクレーターの内側に衝突し、危機的状況に陥った。

 

 

 

 

「くっ、ビームライフルは強すぎる……」

 ハサウェイの狙撃スキルはお世辞にも高いとは言えず、高火力のビームライフルを打ってしまえば、一夏も敵も無事には行かないだろう。

 

 

 

「「一夏!!」」

 乙女二人の悲鳴が上がるが、彼は諦めてはいなかった。

 

 

「狙いは?」

 そう不敵な笑みを見せる一夏。その視線は敵ISではなく、別の方向に向いていた。

 

 

『完璧ですわ』

 一夏を抹殺しようとした敵。その前に、上空から青いビームが乱れ撃たれた。

 

 

 

「なるほど、そうか!」

 アリーナの上にはセシリアがブルー・ティアーズを展開させていた。間一髪、どうにか間に合ったようだった。

 

 

「セシリア、行け!!」

 

「了解、ですわッ!」

 スターライトmk3の渾身の一撃が、銃口から敵を一心に貫く。そして、敵ISはすっかり沈黙した。先程までの剣戟や銃声は、気味悪いほどに綺麗さっぱり消え去った。

 

 

 

「ギリギリのタイミングでしたわ」

 浮遊し続けていたブルー・ティアーズは僅かの砂煙すら立てず、舞台へと降り立った。

 

 

 

「セシリアのおかけで助かった」

 和やかな会話が交わされる。だが、ハサウェイの緊張はまだまだ解かれてはいない。

 

 

「いいや、一夏。まだだ」

 機能停止したように見えるが、僅かに反応が残っている。その通りで、再起動のアラーム音が鳴り響いた。

 

 

 

「あ、おい!」

 ハサウェイのビームサーベルはコア部分を思しき場所、心臓部分を串刺しにしてから危険なビームの門である腕と、足の四肢をバラバラにして爆発させた。恐らく木っ端微塵になっただろう。

 

 

「詰めが甘い。足下を掬われるところだったぞ」

 

「あ、あぶねぇ……助かったぁ……」

 どっと疲れが噴き出したのか、一夏はだらりと体勢を崩してボコボコのアリーナに寝転がった。

 

 

 

 

 

 

__________________________________________

 

 

 

 

「アレがアナハイムのビームサーベルかぁ……ま、箒ちゃんには必要ないか!」

 とある部屋のパソコンに、カタカタとキーボードの音がかれこれ何時間もなり続けている。画面には『紅椿』とファンシーなフォントで付いており、IS専門家が見たら卒倒するようなデータの数々がそこにはあった。

 

 

 

「クスィーねぇ……そこに至る機体なんて聞いてないんだけどなあ」

 ギリシア文字で14番目のソレ。他にもあると考えるのが常道だ。

 

 

「デザインは、悪くないけど……どうしてフルスキンなの?意味がある?ない?」

 IS開発者にして、不世出の者の中でも一際異彩な天才ーー篠ノ之束の頭脳であってもその真意は分からない。

 

 

 

 もっとも、彼女の場合は他人との交流が欠け過ぎていて、凡人の思考を理解出来ないだけなのかも知れないが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






だれか、クスィーとペーネロペーをかってください。


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アンビバレントボーイ・アンド・ウォーダンガール



今回はいよいよファンネルミサイル装着回です。使うのはラウラ戦くらいかな?


 

 

 

「ここも、久々だな」

 外出許可が降り、ハサウェイはアナハイム・エレクトロニクス社の日本支部まで足を運んでいた。IS学園から列車を乗り継いで三時間ほどで到着するのは、だだっ広い敷地面積は国内屈指で、主に部品工場などの工業関連がメインの場所。ISの関連施設もいくつか併設はされていた。

 

 

「久しぶりだな、ハサウェイ。いつぶりだ?」

 

「四、五年振りです。フラナガンさん」

 フラナガン博士。父親はその筋では名の通った人物らしい。ハサウェイにとっては大学の一つ上の先輩で、アナハイムとの縁はこの人との間柄から始まった事だった。

 

 

「にしても災難だったな、未確認ISと出くわすなんてな」

 クスィーを通じてデータは既に転送済みだった。

 

「本当ですよ。かなり危なかったですからね。それで……今日呼び出されたのは?」

 

「ああそれなんだが、直接見てくれ。多分その方が良いはずだ」

 二人は応接室から研究室へと移動した。

 

 

 

 

「ミサイル、ですか」

 

「ああ。発射後はデッドウエイトになるから、パージか収納するかどちらかをしなくちゃいけないけどな」

 

「成る程……」 

 クスィーに予定されていた武装だ。大量のマイクロミサイルを発射出来るのは大助かりだが、どのみちこの過剰な戦力を学園で使うことが無いのを祈るばかりだ。

 

 

「それに、例の新兵器が開発出来たぜ」

 

「本当ですか!」

 

「ああ、『ファンネルミサイル』。搭載されたサイコミュで発射後の細かい動きもコントロールできるぞ」

 

「サイコミュはかなり良くなってますね。マシンの運動性能を上げてくれましたし」

 ハサウェイはパイロットスーツが何度か送られてくる度にレスポンスの上昇を肌で感じていた。人騎一体とまでは行かないにしても、素晴らしいのは本当の事だった。

 

 

「だが、危険性もまだある。慎重に使えよ」

 

「勿論です」

 

 

 

# # # # #

 

 

「どうだ、具合は」

 通信は良好。博士の言葉はよく聞こえた。

 

「かなり良いです。エンジンも快調ですし、ビームの出力も安定しています」

 

 

「よし、試験運転といこう!」

 クスィーは青空へと羽ばたいた。

 

 

「稼働率20%から始めてくれ」

 

「了解」

 まだまだ完成とは言い難いミノフスキー・フライトを丁寧に動かしていく。実の所、クスィーはISでは無かった。篠ノ之束博士の論理に、かつて学会を追放されたトレノフ・Y・ミノフスキー博士の理論を組み合わせた擬似IS開発計画、V計画の最新版がクスィー・ガンダムであった。

 

 

 

 

「稼働率20%を突破、そのまましばらく上に数メートル程度上昇してくれ」

 

「はい」

 そのまま五メートルで静止状態に入る。

 

 

 

「なら、稼働立50%までゆっくり上げて、上げ終わったらそこらを飛び回ってみてくれ」

 

 

「了解」

 目前の画面には、ミノフスキー・フライトユニットの稼働率が上昇し続けている。これもシノノノ・ミノフスキー型ハイブリッドジェネレーター*1により、ミノフスキー粒子とエネルギーの安定供給は十分といえた。

 

 

 

「凄いな、俺の予想以上だ」

 

「結構慣れましたよ」

 実際のところ、単体で浮遊して飛行することもできるISに、ただ浮かせるだけのミノフスキー・クラフトは下らないと一笑されるかも知れない代物だが、本来の目的自体は別の所にあるので特に問題はなかった。

 

 

 

 

「うん、推進剤の問題は以前よりも大分良くなってる。あの敵との戦闘データは素晴らしいね。よくぞ、やってくれたよ我が社のエース」

 

「褒めたって何も出ませんよ」

 

 

「なら、続きだ。そのまま70%まで稼働率を上げてくれ。そこが限界だろうから」

 

「いいんですか、前回よりも上げて?」

 

「何とかなる。データが欲しいから三分ほど飛行して、適当なデコイを撃ち落としてみてくれ」

 

「まあ……はい」

 

 

 

「それでは、射出するぞー」

 一斉に5体のデコイISが発射され、不規則に動き回る。

 

 

 

「武器は?」

 現在、クスィーには一切装備は搭載されていない。全兵装の点検が必要だったので、未だ整備の途中である。それには勿論、ビームサーベルなども含まれていた。

 

 

「あ、そうだったな。一般的なアサルトライフルを出すからそれで何とかしてくれ。弾はゴム弾だからな」

 地上から一つのパッケージが射出されて、クスィーがそれをキャッチすると、中からアサルトライフルが現れた。

 

 

 

「適当に打つか」

 軽く飛び、当たればラッキーくらいの調子でゴムの弾丸を撒き散らす。

 

 

 

 

「ふむ、予想外だな。ここまで叩き出せるとは……」

 稼働率70%のクスィーをここまで上手く扱えるとは正直予想だにもしなかった。サイコミュ関連をかなり有用に動かせるハサウェイ・ノアだからこそであった。

 

 

 

 

 

「よし、もう……終わってたか」

 

「はい、ちょうど良いところでした」

 

 

 

 

__________________________________________

 

 

 

 

「今日は転校生が二人来てます!!」

 山田先生はニコニコ顔でそう言った。他のクラスメイトも今来るのかと驚いているが、どの瞳も希望の色に満ちている。

 

 

 

「シャルル・デュノアって言います。僕と、同じ境遇の人たちがいると……」

 金髪で、女顔の男らしい。何でも一夏が発見された後にフランスで保護されたらしく、政治的、外交的なゴタゴタで入学が遅れたそうだ。

 

 

 

 

『キャアアアアア!!!!』

 ハサウェイと一夏は直感的に耳に栓をしたが、それは正しかった。シャルルはあまりの光景に目を白黒させ、言葉に詰まっている。誰だって突然の爆音には驚くものだ。そして、窓がブルブルと振動しているのが恐ろしかった。

 

 

「ま、まあ、よろしくお願いします……」

 変わった人たちだな、とシャルルは思いながら自分の席に着いた。

 

 

「それでは、ボーデヴィッヒさん。お願いします」

 

 

 

「……」

 

『……』

 銀色の髪をして、眼帯が特徴的な少女。非常に簡潔な自己紹介にクラス中が困惑していた。彼女自身は腕組みをして微動だにしない。自信満々そうな姿にこのクラスの女子達でさえボキャブラリーを失っている。

 

 

「あ、あの……」

 山田先生が話しかけても尚、無言のまま。山田先生からじんわりと涙が浮かんできていた。

 

 

 

「……ラウラ、自己紹介をしろ」

 耐えかねた織斑先生がそう指示する。すると、

 

「はっ、了解しました教官」

 軍人のように敬礼をして、返事をした。ハサウェイは指先の伸ばし方、足の角度、姿勢などから、どう見ても軍人だな。と確信した。意識の前に体に染み付かせている動作は美しいものがある。

 

 

「ここでは織斑先生と呼べ……」

 織斑先生は呆れたようにそう言うが、彼女は気にも留めていない。

 

 

「はっ」

 クラスの全員を見て、口を開いた。

 

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 彼女は本当にそれだけしか言わなかった。クラスの皆も「流石に何かしら言うだろうなぁ」とは思っていたが、その予想は裏切られた。

 

 

 

「っ、お前はーー」

 一夏の方を、敵意と憎しみに満ちた目で睨みつけると彼女は目前まで進軍した。織斑先生はそれを複雑気な眼差しでじっと見つめていた。

 

 

「あっ……」

 山田先生がすっかり困り顔になっているが、意味不明なこの少女にクラス中も何をしでかすのかと心拍数が加速していく。

 

 

「へ?」

 一夏は知り合いでは無いらしく、怒ったような転校生の女子に対して不思議そうにしている。

 

 

「っ!」

 パシン!と頬を勢いよくビンタする音が静かな教室によく響いた。ハサウェイは親父にぶたれた事があるから知っているが、スナップの効いた、物凄く痛いビンタだと解る。

 

ビンタをされた一夏は痛いに違いないが、何事も突然すぎて、ただ彼女の顔を呆然と見つめ、反射的に赤くて痛む頬に手を添えることしか出来なかった。

 

 

「私は認めない……お前があの人の弟だなどと……!」

 

 

 

 

 

 

 

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「にしても、災難だったね」

 

「ホントだよ……痛かったし」

 ハサウェイ、シャルル、一夏の男子三人組は交友を深めようとテーブルに三人だけで座り、昼食をとっていた。

 

 

「どうしてぶたれたんだ?」

 ハサウェイはそれが気になって仕方なかった。

 

「あー、俺さ、昔誘拐された事があって……」

 

「「誘拐!?」」

 

「あ、ああ。第二回モンド・グロッソあるだろ?」

 

「うん」

 ISの腕前を競う競技会だ。一回目では織斑先生が優勝している。彼女がブリュンヒルデと呼ばれるのはそこからだ。確か、第二回目の優勝はかなり変わった形と聞いた事がある。

 

 

 

「千冬姉の優勝を邪魔したい奴がいてさ、そいつらに誘拐されて解放の条件が『決勝に出ない』とからしくってさ。千冬姉は助けに来てくれたんだけど……そのせいで優勝を逃してて……」

 一夏の表情は曇る。

 

 

「でも、何でドイツが関係するんだ?」

 

「俺の居場所をドイツ軍が教えてくれたから、その恩を返す為にドイツに教官として赴任してた時があるんだ。あのラウラって奴もそこで教えられたんだと思う」

 

 

「そうか……」

 織斑先生のカリスマ性は今までしっかりと体感してきている。ラウラ・ボーデヴィッヒもそれに強く影響された一人で、だからこそ泥を塗った一夏が許せないのだろう。

 

 

 

「あ、ハサウェイ。ラーメン伸びてるぞ」

 

「やべ」

 

 この後からは和気藹々と時が流れた。ただ、伸びきったラーメンは悲しい味がした。

 

 

 

 

 

 

 

*1
ISの技術とミノフスキー物理学を混合させており、IS開発者の篠ノ之束博士とミノフスキー物理学提唱者のトレノフ・Y・ミノフスキー博士の名前から取られている。






劇場版のクスィーは白多めで、結構好きなデザインでした。トリコロールも良いけどね。



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