絶望への反逆!! 残照の爆発 (アカマムシ)
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プロローグ

S/プロローグ

 

 

 都会の町並みを目に失ってどれくらいの時間が経ったのか。それをトランクスは考えていた。

十年以上前に突如現れた人造人間の傷跡は、明確に人々の心の中に、鮮明に残っている。それは荒廃した都市の亡骸であったり、親しい人の死であった。トランクス自身、生まれて間もなく父を失い、その顔すら見る事は叶わなかった。兄と慕い、師と仰いだ孫悟飯は昔言っていた。お前は残された唯一の希望だ、と。トランクスは目の前で悟飯を失った。

しかしその瞬間が訪れるまで、悟飯の言葉の意味がよく理解出来ていなかった。死んでいく人々への悲しみと、殺戮を快楽として愉しむ冷酷な人造人間達に対する、悟飯の怒りを知る由もなかった事は、何も責められる事ではない。トランクスは幼かったのだ。

かつて父を失った孫悟飯がそうであったように、死の実感を上手く捉える事が幼いトランクスの時分には飲み込みきれなかった。聡明だった孫悟飯は嘆き悲しむ暇もなく、トランクスの父であるベジータが敵として一年後に訪れる事がわかっていたために、ピッコロという厳しい師に扱かれてその闘いの基板を創りあげた。しかしトランクスは違った。孫悟飯が憧れる戦士達が死んだ時は赤子同然、孫悟飯は厳しくもあったが、ピッコロと違って甘さがある。それは人造人間という敵が現れた後でもそうだった。愛する父は病没し、人造人間に唯一対抗出来たであろうベジータは弄ばれるように死んでいった。慕い、追ったピッコロの背中はまたしても悟飯を逃がす為に失われた。

失われたのはピッコロだけではない。天津飯も、ヤムチャも、クリリンも、孫悟飯という遺児に未来を託し、逝ったのだ。

孫悟飯は孫悟空以上の穏やかさ、或いは甘えが存在する。それまでの戦いの最中、敵にすら言われたこともある。しかしこの時の悟飯の憤りは、今のトランクスにも想像が付くものではない。かつて父と死闘を繰り広げ、母とは奇想天外で摩訶不思議な冒険を繰り広げた孫悟空の話を誇らしげに語る母の顔が印象的だった。世界を恐怖に陥れたピッコロ大魔王の生まれ変わりとして現れて、天下一武道会で世界の命運を争ったという孫悟空。

ベジータにより殺された者達を生き返せる為に旅だったナメック星でのフリーザという宇宙最悪の支配者を倒した孫悟空。

孫悟空という人物を語る誰もが、その名を口にする時、優しい笑顔になる。

不思議な人。トランクスは師である孫悟飯が本当に誇り、心の底から尊敬していた孫悟空に会ってみたいと思った。話がしてみたい。孫悟空ならば、きっとあいつならば、孫君ならば。数えきれない程聞いた夢の話だった。もし、もしも孫悟空が生きていたら。心臓病などというくだらない理由で死んだのでなかったのなら。

 

「孫君? きっと彼なら、今の地球を見たらすっごい怒ると思うわ。みんなを守れなかった事にじゃないわよ。『人造人間なんて強い奴と、闘えないなんて』って、そう怒ると思う。うん、きっとそう!」

 

母ブルマはそう言って笑っていた。それでいいのかと思う。人造人間が西の都を破壊したのはそのすぐ後だった。唯一残ったラジオの電波放送で知ったニュースだった。

誰が聞いても悪いニュース。それはブルマにも変わらない事だ。

だが、ブルマは悲しんでいなかった。怒ってもいなかった。希望を信じた光が、その目にしっかりと輝いていたのだ。胸を張って背筋を伸ばしたブルマはすぐに部屋を出て行った。トランクスはブルマを直ぐにでも追いかけたかったが、流れ続けるラジオの声をまだ聞いていたくもあった。悪い音質とノイズが鬱陶しかったが、しっかりと耳に残る音が孤独の怒りに心地いい。

ふと、その内容を理解していないで聞き逃している事に気づいた。なんども鳴る言葉は同じだった。耳をすまして、人死にのニュースであったのにブルマの表情で削がれた心の憤りを不思議に思いながら聞く。

 

「かつて、ピッコロ大魔王により世界中が終わりを覚悟しました。しかし、一人の少年が大魔王を倒し、文字通り世界を救ったのです! わたしは彼の勇士を忘れない。絶望は目を逸らしても、事実はそこにある事に変わりはない。ですが、希望を捨てないでください!」

 

すっかりしゃがれた声で。それは単なる老けではなく、なんども声を荒らげてしゃべり続け、枯れてしまいそうな声だったが。エイジ733年より地球を統治してきた国王である人間の声だった。トランクスの心はかき乱された。ブルマでも悟飯でもない、『国王』が言っているこの『少年』は、間違いなく孫悟空の事だ。確信めいたその考えは、須臾の疑いすら持たずに脳髄を駆け巡り、身体の芯までを熱い気持ちで焼き付かせた。もう三十年近く前にあった小さな救世主の存在を、国の王が覚えていた。いや、忘れられなかったに違いなかった。

トランクスは自分が拳を握りしめ、汗ばんでいる事に気付かなかったのに笑ってしまった。と、同時に、久々に笑った気がした。悟飯が亡くなってから、心の底から笑った覚えがない。そこまで張り詰めて、よく倒れたりしなかった物だ。こういう時、サイヤ人の血が混じっている事に恩恵を感じた。ブルマはこれを聞いたのだろうか。希望を、信じたのだろうか。

 

「お前は、残された唯一の希望だ」

 

孫悟飯はそう自分に言った。それは言い聞かせるような言葉であったろうか。それとも、未来を見据えた力ある言葉だったか。孫悟飯に直接尋ねる事はもう出来ない。だが、今でもはっきりと瞼の裏に刻まれているその時の孫悟飯の顔が、佇まいが、性格が。見た経験すらない孫悟空の姿を重ねさせた。

 

「会ってみたい。……俺も、孫悟空という人に」

 

 跡がつく程握りしめ、汗ばんだ拳を開いて震える。二度と願わないこの想いを、どこに向けていいのかトランクスには解らない。絶望する事すら忘れたあの瞬間を誰に話せばいいのか解らない。胸が締め付けられる様な感情の瀑流に身の毛がそばだつ。思い立ったトランクスの行動は早かった。今まで場当たり的にしかしていなかった感覚的な修行と孫悟飯――ひいてはピッコロ独特の瞑想や魔族に似た戦闘訓練を辞め、最高峰の知識と技術を誇る祖父ブリーフ博士、母ブルマの手を借りて少しづつだが科学開発を行い始めた。

長年人類の夢の一つであったタイムマシンの研究だ。かつての昔、神の宇宙船を改造し、サイヤ人の宇宙ポッドを流用した二人の偉大な先駆者の技もあり、思いの外早くタイムマシンは完成に漕ぎ着けた。一番停滞したのがブリーフを探し出す事だったのがなんともいえないとトランクスは思った。

海底深部へとコロニーを作成して多くのペットと人々を隠して密かに生活していた祖父母は久々にあったというのに相変わらずのマイペースだった。祖母はいきなり成長したトランクスをナンパし、祖父はやたらと自分のホイポイカプセルの在処をブルマに聞いていた。ブルマは呆れ顔で知らないそうにしていたが、大分昔に祖父はカプセルにポルノ雑誌を収納していた話を後で聞いて知った。あの天才にもやはり普通な部分があったのだと安心した。コロニーでの生活はまるで平和で、外の世界の地獄のような残酷さをどこかに置いてきた別世界だった。記憶にすら残らない祖父母との関係も良好で、何気ない一言や仕草で童心に帰る事ができた。しかし、人造人間との長い因縁に終止符を打たなければならない。誰も本当の幸せを取り戻す事が出来ないのだ。当初の予定にあった多人数搭乗可能の物は完成できなかったが、元々トランクス以外は過去にも未来にも興味がない為問題なかった。そして今日、初めての試行運転の日が来たのだ。トランクスの行脚も自ずと軽快さが満ちていた。人造人間19号、20号には生体エネルギー反応のサーチャーは搭載されていない。コロニー内部で安心した運行テストが行えた。祖父と母が居る部屋へと辿り着いた。祖母は興味がないのかペットの餌やりと庇護者への食事や生活用品を配給しに行っているそうだ。深海とは思えないライトの明るさを眩しく思いながら、ドアの暗号コードを入れた。ドアは間を置かずスムーズに開いた。中ではブルマがコーヒーを二人分手に持って立っていた。

 

「あらトランクス、もう来たの? コーヒー、いるかしら!」

 

ブルマは目が合うとそう言った。振り返った時に耳の赤いピアスがちらりと嬉しそうに光った。

 

「うん。ああ、自分でやるよ。母さんは座ってて」

 

トランクスはそう断って自分の分のコーヒーと、祖母手製の温かいクッキーが入ったおぼんを手に、部屋の真ん中で陣取った大きめのカプセルコーポレーション製ガラステーブルを囲むように置かれたふわふわのクッション椅子に座った。左隣では祖父ブリーフが茶と黒の色違いのクッキーをぽりぽりとゆっくり食べながら落ち着いている。既に席に着いていたブルマがポケットから一つのホイポイカプセルを取り出した。テーブルに立てて置き、人差し指の先でくるくると回すように遊ばせた。トランクスがコーヒーを、唇を濡らす程度含むと、示し合わせたようなタイミングでブルマは言った。

 

「で、タイムマシンは完成したけど? トランクスは今直ぐにでも行きたいのかしら」

 

ことりと音を立ててカプセルが横倒れる。

 

「はい。この瞬間にも人造人間の被害は拡大している事でしょうし」

「そんな事言っちゃって。本当は孫君に会いに行きたいだけでしょう?」

「母さん!」

 

それともベジータにかしら? とブルマは言って悪戯っぽく笑みを浮かべる。人造人間の猛威に晒されながらこうして笑えるブルマの奇特さは時に美徳とも言えた。

 

「……父さんには、会いたいですけれど。それと同じくらいに怖いです」

「ほお、怖いかね?」

「お祖父さん」

 

ポップな黒猫の小さい絵が入った白いマグカップを傾けて、音を立ててコーヒーを啜うブリーフが尋ねた。

 

「なに、トランクス。そう怖がることもないさね。君の父さんである事に変わりはない。例え会った事もない人でもね」

「そうよ、トランクス。ベジータなんてさっとコテンパンにして、デコッパチの一つでも二つでも撫でてやりなさい!」

「母さん……」

「ブルマ……」

「え、何? なんか違ったかしら?」

 

おほほと上品そうにごまかし笑いをして、直ぐにブルマの顔が引き締まる。微笑みは残っていたが。いつになく真剣そうな母の様相にトランクスも息を呑んだ。

 

「このタイムマシンのエネルギーは往復一回分。タイムマシンが一度壊れれば直すだけで相当な時間を要する事になる。トランクスも直せない事も無いでしょうが、人手と技術者が居ればその分早く修復出来る。ここまではいい?」

 

ブルマとトランクスの目があう。迷う事なくこくりとトランクスの筋張った首は動いていた。

 

「時間はフリーザ親子が宇宙船で地球に来た時。孫君達と皆が一緒に会えるタイミングはこれ以降無いわ。孫君が心臓病にかかった時以外はね。あ、ベジータは居なかったか」

 

ま、あいつはどうでもいいわ。と一言。

 

「その時に孫君に心臓病の薬を予め渡しておく事。そして人造人間についてよーく話して置く事。多分、無駄だと思うけれど。いざとなったらピッコロかクリリンにでも言っといて。で、トランクスの事はアタシとベジータに話さない事。あっちでトランクスが生まれない事になっちゃうかもしれないからね。そんで最後に」

 

昔のアタシに惚れない事――真顔でそう言ってのけるブルマの素っ頓狂さにトランクスもブリーフも汗を掻かされた。どうにも程々に締まらない母だ。悪い人ではないんだが。失礼ながら、そうトランクスの思考をよぎった。この母に礼を失するも何もないが、律儀な物である。ブリーフが喉を一つ鳴らして、トランクスに微笑んだ。

 

「そいじゃまあ、クッキーはおやつに持ってっていいから、さっさと行ってさっさと帰って来なさいな」

「そうそう。案外人造人間の事も直ぐに解決しちゃうかもねー。向こうはドラゴンボールあるし。ついでに孫君と手合わせでもしてきなさいよ!」

 

弄んでいた手からピンとカプセルを、トランクスの前にころころと転がした。大事なタイムマシンで遊ぶあたり、ブルマの考えにまだまだ理解が追いつかないトランクスだった。

 

 

 ところ変わってコロニーの中心部。恐竜などの大型動物を保管しているエリアに、タマゴ型のタイムマシンを前にしてトランクスとブルマは居た。孫悟飯の友であったハイヤードラゴン達が遠目に二人を気にして注視している。残りのカプセルが入ったホイポイカプセル携帯パックをブルマはトランクスに手渡しながら言った。

 

「恐らく、過去をどんなに改変してもこの時代が変わる事はないかもしれない。可能性が一番高いのはそれだわ。でも、ダメで元々だし。最悪切っ掛けでも掴めれば問題ないわよ! 平和な時代に旅行しに行くつもりで頑張りなさいねー」

「ああ、わかった。俺も孫悟空さんや若い頃の悟飯さんに早く会ってみたいんだ!」

 

トランクスは、母の自慢気な笑顔で見送られながら、タイムマシンで旅立っていくのだった。

 

「孫君達によろしくね……」

 

母の意味ありげな陰気顔と、静かな呟きを残して。

 

 

 

 

M/プロローグ

 

 

 私が最初に目にした光景は、果たしてどんな景色だっただろうか。薄暗い研究室の中の、そのまた狭く暗いコクーンの中で、血みどろの怪しいライトグリーンが輝きを放つ液体の中で、私という個体は誕生した。親は居ない。既に人造人間と呼ばれる者達に殺されたらしい。らしいと言うのは、この目で見たわけでもなく、人づてに聞いたわけでもない。私が初めて声を聴いた相手に教えられたのだ。既にその相手は一部の欠片も、元の形を残していないが。

ボロ雑巾の様な糸くず塗れの汚れた白衣が、誕生した私のコクーンには掛かっていた。誰が掛けたのかはわからなかった。もしかしたら、記憶にある白衣を着ていた人間がそうしていたのかもしれない。まるで何かから隠すような形で残っていた事が理解出来た。その後、産まれたばかりの私は、隣の大きいポッドを目にした。コールドスリープのスイッチが起動しており、埃と蜘蛛の巣だらけの小汚いポッドだったが、成長したばかりの私と同じかそれ以上の大きさのポッドが気になった。

誕生して直ぐの私には、コールドスリープの装置を停止する方法がわからなかったが、ポッド自体に繋がった太い束になった様々なコードを切る事を思いついた。今思えば、もし仮にポッド内部に眠っていた者がエネルギーを要する類であった場合、私は一番の共を手に入れる事なく失う事になっていただろう。コードを切られたポッドは冷気と水蒸気と積年の埃を放出し、爆発する様に木端微塵に砕け散った。

多少の煙たさに視界が奪われる。ゆらり、と、煙の中を大きな影が揺らめいた。ふと、私の背中に羽が付いている事に気がついた。大きな羽だ。虫の様に羽をはためかせると、見事に煙が晴れた。深淵の中、死にかけの機械達が微かに魅せる光の交差の中に、黄緑色のダウンジャケットを着た、大男が現れた。そいつは名を人造人間16号と名乗った。

同時に役目があると。役目とは何か私は尋ねた。お前を補佐する事だと16号は言った。また、お前に知識を移植する事だとも。知識の混濁。それは確かにあった。

人という存在を私は知っていた。見たことも、そして人間について聞いた事もなかったというのに。それだけじゃない。私を作った人間を思い出せないのに、私はここが研究室である事も知っていた。後から考えてみても、私の頭脳は不安定だった。あのまま成長しても、私が一人で出来る事は少なかっただろう。16号は無口だった。無口だったが、知識はあった。奴に言われるまま、私は卵の形に戻った。なんでも、私に知恵を与える為だそうだ。ただ教えるだけでは駄目なのか私は尋ねた。可能だが、時間が掛かるらしい。私に時間の概念は余り関係がなさそうだったが、16号の様に、私にも役目があるのだそうだ。素直に卵になった私が次に意識を取り戻したのは、もう三年の月日が経って居たらしい。時間が掛かるのは同じ事だったなと16号に皮肉を言うと、16号も不気味に少しだけ笑った。既に記憶は取り戻していた。知識も出来た。しかしその分、私を作った相手の顔と名前が未だに思い出せないのが不思議でしょうがなかった。16号に尋ねても、無表情で何も答えが帰って来なかった。仕方なく私は改めて自己紹介をした。私の名前は、かつて存在した名だたる武闘家や、孫悟空達最強の戦士と、宇宙の帝王フリーザと父コルド、そして多種多様な動物の細胞と記憶情報で構成されたバイオ戦士――名をセルと言う。これから私の大進撃が始まると思うと心が躍動し、羽が生えた様だった。いや、羽は生えていたか。と、下らない冗談を頭の中で洒落こみ、16号に初めての命令を下す事にした。

 

 

 

 

 

私の役目の遂行の為に貴様には――魔人ブウの封印玉を調査して欲しい。

 

私の命令に、16号は無言で頷いた。



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第ニ話 静かな心音

2015,9,3 2:55
魔人ブウの封印玉は人気のない場所でひっそりと点在していた

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 16号からの連絡は早く来た。魔人ブウの封印玉は人気のない場所でひっそりと局在していた。ピンク色の筋肉質の、大きな塊が不気味に見える。封印されているからか、全く魔人ブウの気を感じない事も関係しているか。16号も隣で立っているが、変わらず無口のまま興味なさそうに目を閉じて小鳥と戯れている。恐ろしく似合わん。と、そんな事は大した問題ではない。私の自慢の尻尾には、相手の生体エネルギーを吸収する事で私自信を強化する力がある。私の新しい記憶の中には、魔人ブウの途轍もない能力と戦闘エネルギー、そして才能が隠されている事が詳細に埋め込まれている。

 

「恐らくだが、こいつのエネルギーを私が吸収すれば……」

 

尾の尖端を封印玉に突き刺した。その瞬間、感電したと錯覚する程、厖大なエネルギーが私の中に流れ込んできた。思わず刺した尻尾を離してしまう。エネルギーを吸収した私が、片膝を着く事になっている。無垢な邪念を宿した仄暗い気が、嘔吐感を喉元までこみ上げた。

 

「どうした、セル」

「いや……。問題ない」

 

胃液の灼けつく苦い味を感じながら封印玉を見ると、私が突き刺した傷が既に治っていた。再生能力はピッコロ含むナメック星を超えるか。成る程厄介な魔物だ。この私が完全体になったとしても、手も足も出ないだろう。無論、完全体になった『だけ』では、な。

 

「この力、必ずこのセルが卸してみせるぞ。ワハハハハハハ!」

 

高らかに、誇らしく、大声で笑う。小鳥が逃げたらしく16号には疎まし気に見られたが、私の輝かしい未来に笑いを抑える事など出来なかった。

 

「セル、お前の戦闘エネルギーが今大幅にアップした。この分だと、直ぐにでも第二形態に変化する事も可能だ」

「で、あろうな。私自信、驚いているよ。恐怖にも似た感情だ。この玉を吸収し終わった頃には、完全体の壁すら超える事だろう」

「目的を忘れるなよ、セル」

「解っている」

 

 理解しているとも。全ては私の悲願達成の為、この素晴らしい強化すら、パーフェクト・セルの序章に過ぎないのだ。私こそがナンバーワン。何者にも私の膝を折る事など、直ぐにでも出来なくなるのだ。

 

「魔人ブウ計画はこのまま私一人で進める。16号は当初の計画を進めろ」

「わかった。……しかし、お前がそこまで強くなるのならば、その計画も最早意味などないかも知れんがな」

 

そう言って、16号はゆっくりと舞空術で飛んでいった。方角は私に記憶を改めさせた研究室へと向かっている。なんでも、かつて存在した悪の科学者の根城だったらしい。人造人間19号、20号を作成したのもその科学者だと言われている。私の強化に本来使われる予定だった人造人間達を造ったのであれば、案外私を造り上げたのもその科学者なのかも知れない。

と、そんな事はどうだっていい。今やるべき事はこのブウを取り込む事のみ。私が目覚めた時には既に19号達は何者かに破壊されていた。恐らくトランクスがやったのだろう。そのトランクスも、今はどうやらこの時代には居ないらしく、気も感じられない。通常戦闘してなくてもある程度は一般人を超えている戦闘力も、全く反応しないのはおかしい。死んでいるか、この星から離れているか。一番可能性が高いのは、タイムマシンで過去の世界に行っている、だ。詰まるところ、今この地球という星で私の莫大な気を感じられる者は、亀仙人や鶴仙人と言った過去の栄冠だけなのだ。邪魔する者はなく、ただエネルギーを吸えばそれだけで強くなれる。全く、不条理なモノだな。思わず笑いが止められないわ。

 

「今のままでは魔人ブウの細胞を採取出来んのが口惜しいな。サンプルにでも取っておきたいが、こいつは細胞の一欠片でも残っていれば元に戻ってしまう。私が完全体になったとしても、その細胞に私自信が乗っ取られてしまうだろう。全く口惜しい」

 

最も、16号と私の頭脳があれば、この魔人ブウに似た魔人の細胞サンプルを造り出す事など造作も無いだろうが。封印玉に再度尻尾を刺しながら、そんな事ばかりを考えていた。

 

 魔人ブウの玉は大きな刺激を与えると封印が解ける恐れがある。今の私では到底太刀打ち出来はしない。故に慎重に当たらなければならない。と言っても、私の吸収能力は静かにゆっくりと、病魔の様に侵攻する。私自身の身体が大きい為に隠行には向かないが、それでも気をわざと落として襲いかかればまず気づかれる事もない代物だ。元より魔人ブウはエネルギーの塊の様な物。少しづつ、だが回数を多くしてエネルギーを吸収していけばいくらでもエネルギーを搾取出来る。私にとって最適な食事だ。魔導師だかなんだか知らないが、全く以てオイシイ物を造り出してくれたものだ。感謝しようではないか。こんな辺鄙な場所に捨て置いた事も併せて、な。

 

「フフフ、一回一回で戦闘力が大幅に上がる。一般人を一匹吸収する時間で、ベジータのエネルギーと同等のエネルギーが生まれるのだ。なんとも効率的だ」

 

魔人ブウはエネルギーを吸い取られる度に、新たに再生すると共にエネルギーを生み出す。人造人間19号、20号に備え付けられている永久エネルギー炉など目ではない。フリーザ以上の戦闘力を作り上げる科学者も凄いが、このブウを造り上げた魔導師は相当な技術者だと再認識した。と、ここで私に変化が起こった。

 

「な、なんと!」

 

驚きの声も勝手に飛び出す。まだほんの十回にも満たない回数しか吸収していないと言うのに、既に第二形態への変化が始まりだしたのだ。全身が美しく光りだし、醜い虫の様な身体が徐々にひび割れていく。表面がぱきりと乾いた音を立てると、ぼろぼろと崩れ落ち、第二形態の姿が顕になった。だが。

 

「駄目だ。この程度の戦闘力では、魔人ブウを見た私には到底満足出来ない。底の見えないブウのエネルギーを前にして、少しも強さが実感出来ていないのだ! クソッ……、だが、私は無限に強くなる。孫悟空の細胞があるのだからな! その為にも、魔人ブウ。貴様の生命、存分に摂らせて貰うぞ!」

 

幾分か短くなった尻尾をナメック星人の能力で伸ばし、また魔人のエネルギーを吸い出す。もう慣れたのか、それとも第二形態になった為か、魔人独特の気色悪さを感じなくなっていた。これで効率も更に上がるだろう。まさしく16号が言った通り、最早幾つもある計画の必要性すらなくなりそうだ。この姿も嫌いではないが、早めに完全体になろうと決めた。

 

 

 

 一方、研究所に向かった16号はと言うと。

 

「お前達……。俺は急いでいるのだ。俺から離れてくれないか?」

 

大きい熊と親子虎、そして子供のドラゴンに囲まれていた。じゃれつくように周りをうろつかれている。一見すれば凶暴な動物に襲われる大男という構図だが、誰も険悪な雰囲気を出していない。まるで大好きな親にちょっかいをかける子供の様だ。こうなったのは他でもない、16号の責任である。熊は鮭を取ろうと川に居たが、勢い余って水の流れに足を取られ滝壺に落ちそうになった所を助けたのが原因であり、虎は死にそうになっていた子虎に気を分け与え、親にはホイポイカプセルの中に入っていた食事を分け与えた事が原因だ。ドラゴンは大きさと凶暴そうな顔に似合わずただの好奇心で近づいてきた所を、巨大食人植物に襲われそうだった所を16号に助けられた為だ。巨体に囲まれ、歩きづらそう、というより飛びづらそうにしているのは、熊と虎が足元を掴んで離さないからだ。今飛んでしまえば先ず間違いなく怪我をする。根が優しい16号は突き放す事も出来ず、ただただ呆然としているしかなかった。

 

「……! セルの気が大きくなった。第二形態になったか。既に俺を超えている。なあ、お前達。本当に急がねばならんのだ。わかってくれ」

 

セルのパワーアップに気づき、16号は優しく動物にそう言い聞かせる。しかし全く伝わらない。16号は一つ小さなため息を吐くと、意を決した様に目を細めた。

 

「……わかった。お前達も連れて行こう」

 

セルは気にしないだろう。そう考えた末の行動だった。方に子虎を乗せ、両手で親虎と熊の首元を掴み空を飛ぶ。なるべく低空飛行をしながら、慎重に移動した。ドラゴンは元々飛べるので問題ない。しかし、どうも絵にならない滑稽な姿だった。この日、残り少ない人間達の内の、多くの人間が、空をと飛ぶ大男と凶暴な動物達の塊を目にしたのだった。

 

 16号の珍道中はその後も続いた。16号が空から景色を眺めながら飛んでいると、少し前を行った所に小さい峡谷があった。谷底が全て見える程の深さで、赤土色の乾いた土で出来た地面に、ごつごつとした岩が転がっていた。厳格な自然をまじまじと感じさせるこの大地に、似合わない集団が一つ。モヒカンヘアーのトゲ付きショルダーパッドを装備した、如何にも不良と言える男と、禿頭の髭面が乗った汚れだらけのキャタピラが、数人の女子供を襲っていた。16号はこうした光景を見て逃す事は出来ない性質だった。携えた動物達をそのままに、着の身着のままスムーズに不良の前に降り立つ。突然目の前に現れた大柄の男に思わず驚いた運転している不良がハンドルを大きく回し、キャタピラ全体がぐらりと揺れる。拍子に、勢いに任せてもう一人の不良が車上からすっぽりと見を投げ出す事になった。尚も止まらず、16号に向かってくるキャタピラ。どんなにハンドルを切っても、そう簡単に曲がる程軽くない重量車であるキャタピラは、棒立ち状態の16号にぶつかってしまった。……運悪く。ぐしゃりと、そして鉄が無理やり擦られ曲がる独特な悲鳴が上がる。ぎこりぎこりと捻じ曲がる、本来曲がってはいけない装甲も紙切れが如くひしゃげる。と共に、車の中の重要な心臓部まで16号はとうとう到達してしまった。ぷすぷすと煙を上げて動かなくなった車を気にも留めず、16号は首だけで被害にあっていた子供達の無事を確認した。一方子供達はいきなり現れたと思ったら人間離れした行動を取ってみせる謎の大男に当惑していた。当たり前だが、子供に責はない。しかし、なぜだか16号を見る視線には、間違いないが僅かと言えない程の恐れや疑念が含まれていた。無感情そうな16号の顔は子供達からは見えない。だが、16号の特徴的な頭や恰好が、どうしても今襲って来た不良と重なって見えるのだ。対する16号は、エンストでは起きない量の煙を心配していた。どうやら相当内部まで破壊してしまったらしい。このままでは今にでも爆発してしまうだろうと察した。16号はその太ましい剛腕で力任せに想いキャタピラを持ち上げる。指が、掌が、拳が、鉄で出来た石より硬い車の装甲に食い込んでいく様は奇妙と言える。それも大した苦労も見せずに行っているのだ。投げ出され身体中を打ち付けた不良の一人も、顎が外れそうな程大きく口を開け、目をひん剥かせて赤くしていた。16号は食い込ませた手でそのまま車を持ち上げる。ほぼ縦にまでなる程上げた所で、少しだけ動きを止めた。どうしたのかと周りの人間が皆喉を鳴らして見守っている。16号は眠たそうな目を少しだけ開き、そのタイミングで小さく叫んだ。同時に爆風と爆音が生まれる。油臭さと鉄が燃える煤の臭いが直ぐに狭い谷底の空気を汚した。子供達にも、そして16号の前で呆けた顔を見せたまま動かない、座席だけなったキャタピラに座ったまま半ばで折れたハンドルを握る、車の中に居た筈の男ですら、何が起こったのか理解が追いつかなかった。16号の真横で天高く煙を巻き上げ、無残な姿を晒す事になった一台のキャタピラを見るまでは。

 

「す、すす……、すごい」

 

誰もが驚きを隠せなかった。16号は、文字通りキャタピラを腕力だけで『引き裂いた』のだ。いや、元より身に纏わり付いている大きな虎と熊の存在が、この男が普通でない事を最初に証明していた。助けられておいて勝手に疑ったのは子供達だ。危機が去ったと胸を卸すと同時に、申し訳無さが子供の無垢な心に小さな傷跡をはっきりと残す。どうすれば許してもらえるのかを考えようにも、頭がまだまだ落ち着きを戻さず軽いパニックになっていたのだ。喉が渇く。声が出ない。それは子供達全員が感じていた事だった。知らずして、示し合わせた様に顔を会わせる子供同士。意を決して、少しだけ笑みも浮かべて、謝ろうと口を開けた。

――その時。

 

「動くなよ!」

 

子供の一人が投げ飛ばされた不良に捕らわれてしまったのだ。すっかり気を許してしまっていた。失念していたとも言えるし、現実から目を背けていたとも言える。まだ自分達の身が安全になったわけではないのだから。口を抑えられ、声を出す事も出来ずに居る捕まった子供を見やる。喉元には大きな刃を光らせた曲刀が睨みをきかしていた。大男は動く気配も無い。もう駄目なのか――そう思った事すら、意味がなかった。

 

「それは悪手だ。……俺がドコから来たのか、お前達は覚えておくべきだった」

 

大きな――と言ってもまだ幼生体だが――ドラゴンが、不良の肩を足で掴んで高くまで飛んだ。もう何度目か、呆気にとられる。掴まれた不良もなにがなんだが分からず慌てているのか、その手から曲刀も離れていた。

 

 

「どうもありがとう! おじさん凄く強いんだね!」

 

 すっかり元気を取り戻した子供達に16号は囲まれる。何故この辺境の地に子供だけで居たのか。そう16号が質問すると、子供達の中で一番大きい少年が答えた。

 

「俺たちの親はみんな人造人間に殺されたんだ。元居た村の生き残りともはぐれちゃったし、子供だけだと不安だから。こうして、人の来ない場所に隠れて住んでるのさ」

 

ほら、あそこに。そう少年が言って指で示した方向には小さい洞穴が見える。誰かが造った物でなく、自然と出来た物だと少年が言う。この峡谷には過去、細いなりの川が存在したらしく、その時にこの洞窟は一つの傍流だったらしい。その先には、もう既に廃された集落跡があるのだそうだ。子供達はそこを住居にして、時偶この洞窟を通り少しだけ遠出をして、人造人間の被害にあった人を探していると言う。16号の無反応も気にせず子供達は無邪気にはしゃいでそう捲し立てた。

 

「……悪いが、俺は今急ぎでな」

 

そう言って16号が場を去ろうと背中を向けると、子供達が待ったをかける。不安を孕んだ悲しそうな瞳で、どもり気味に呟く。

 

「お、おじさん強いんでしょ? 俺達の所に来てよ! お願い、い、一緒に暮らして!」

「そうだよ、そそ、そんなにご馳走もないけれど、一杯お菓子あげるから! 僕、僕の分を、本当は上げたくないけれど上げるからさ!」

 

16号は困った。急いでる時程問題が起こるのは万物異世界次元の壁を越えてあるらしい。人造人間である16号の超性能AIにも、泣いた子供への対処法は搭載されていない。目覚めて初めて体験する厄介に困惑する。表情には決して出ないが。無口も働いて、気がつけば子供達の殆どが目に涙を溜めて居る。しかし16号の用事は終わっていない。全くどうして、挙句を感じて機械の身体が疲れに反応しているのが理解出来た。

 

「この北エリアにある深い渓谷を見つけなければならない。お前達に構っている暇はない」

 

「そんな! って、渓谷? それってこの峡谷を少し行った所じゃないか。なあ?」

「そうそう! 俺達の隠れ家からは正反対だなぁ。でも助けて貰ったし、案内してやるよ!」

「その代わりアタシ達の事、ちゃんと守ってよね!」

 

「いや、おい……行ってしまった」

 

行き場所はマップ付きでインプットされている。機械にため息をつかせる子供こそ、世界で一番強いのかもしれない。高性能頭脳が導き出す答えの割にお気楽な考えだったのは、16号の温厚さ故だろう。我先にと小さい足で駆け出す子供達の背中を見る16号の眼差しは、終始緩やかだった。



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第三話 誤算

 トランクスは過去へと飛んだ。時代はフリーザ親子が地球へとやってきた、そして孫悟空がこの星へと帰ってきた日。超サイヤ人へとなり、サイボーグ化したフリーザと、それ以上の力を持っているコルド大王を彼が倒した。その英雄譚は何度も悟飯に聞いていた。体験者の言葉には重みがある。しかし未体験の者にはその言葉は大きいだけで、現実味が感じられない事が常だ。それはトランクスとて例外ではなかった。

 

「孫悟空さん。俺が超サイヤ人になってから既に十年以上経っている。だと言うのに、俺は人造人間には勝てなかった。悟空さんがこの力を手に入れてから人造人間が現れるまで、そう時間がない」

 

彼に未来を任せる事が出来るのか。それは見てから決めればいい。トランクスには遠くに大きな気が幾つも近づくのが感じられた。恐らく、フリーザ親子の凶悪な気を感じて集まったのだと予想した。そして同時に、悟空が帰ってくるのを心待ちにして居るのだろうとも。もう少しで孫悟空がやってくる。未来を知っているトランクスもまた、急いで皆の集まる荒野へ向かった。目まぐるしく変わっていく風景。トランクスの居た時代ではとうの昔に忘れ去られた平和な世。木々に実る果物を争う、飢えた子供が居ない。心まで貧相になって行く、大人の錆びた針の様な視線に刺される事もない。

 

「悟空さんが来る前にフリーザが来てしまいそうだ。これも俺がこの時代へと来た事で変化したのか」

 

フリーザ一味の気が随分近くにある。そう時間を経る前に地球に着いてしまいそうだ。

 

「この平和な地球を壊すマネはさせない。また未来が少しだけ変わってしまうが……。フリーザは、俺が殺す!」

 

トランクスは一気に飛行速度を遥かに上げた。この瞬間ではトランクスの舞空術は誰よりも早い。それは孫悟空のスピードよりも高みにある。目的地では既にクリリン、ヤムチャ、ベジータ、悟飯が到着している。ピッコロが少しだけ遅れているのは、一番遠い北の果ての大地で一人、修行していたからだ。ピッコロが目的地に到着すると直ぐに気が小さくなり、消える。フリーザに見つからない為だ。トランクスは飛行中気を探り探り調べていたが、素直にピッコロとベジータの気に驚いた。無論、ベジータやピッコロの気を直接感じた事は無い為に、明確に誰が誰とは探れない。気の大きさで予想を立てて判断している。その中でもベジータとピッコロの気が多きく、そして洗練されているのを覚る事が出来た。トランクス以上の早さで気の大小を操作しているのだ。歴戦の戦士が行える判断が余りにも自然過ぎて、その場にいないで気を探っているトランクスですら気が突然消えたと、一瞬でも錯覚している。素直に頼もしい。戦いは単純な戦闘力や気の差では決まらないとは、悟飯が良くトランクスに言い聞かせている言葉の一つだった。まさしくそうだろう。肌で経験の差を感じた。

 

「流石です。母さん、悟空さんだけじゃないよ。やっぱりこの人達は凄かったんだ!」

 

いつもはトランクスのクールな顔に、少しだけ笑みが零れる。早く会いたい。会って話したい。その想いだけが、今のトランクスの心を泡立てた。

 

 

 

 フリーザの宇宙船が地球へと降り立った。宇宙の支配者を自称するフリーザの一味にしては物静かだ。その静けさが、無言の余韻がより怪しい風となり、戦士達の頬を撫でる。まだベジータは超サイヤ人にはなれていない。ピッコロもまた、実力はフリーザ第三形態に敗北を喫した時からさほど上昇しておらず、況してや悟飯やクリリンでは太刀打ち出来ない。実力の差はまさしく別次元と言えるだろう。

 

「フン、この際はっきり言ってやろうか……これで地球は終わりだ」

「クリリン。お前達、こ、こんな奴と戦っていたのか!」

「冗談じゃないぜ……。俺、界王星で修行して強くなったのに。これじゃあベジータが可愛いレベルじゃないか。折角生き返ったばかりなのに、もう死ぬ事になるのかよ……」

 

絶望が戦士達の心を襲う。フリーザと対面し、その実を直接体感したクリリン達こそ、身を引き裂かれる様な緊張でどうにかなりそうだった。だが、クリリンは悟飯を見て、無理矢理にでも恐怖を飲み込む。昔から夢だった彼女も遂には出来なかったが、冷たい静寂の中で、孫悟空と出会った日を何故か思い出していた。小癪な手ばかりを使った自分と、それを苦にせず、気にも留めない親友の姿が、フラッシュを焚いた様な明暗で頭に流れる。悟空が結婚したと聞き驚いきに打ち震えた事もあった。嫉妬もあったが、それ以上に嬉しかったと記憶している。遡る記憶の中で、天下一武道会の最中見事ピッコロを倒し優勝したのは数年前だというのに、もう随分昔に思えた。今ではそのピッコロとは奇妙な関係を築いている自分が居る。悟飯が生まれた時は、悟空にそうさせたチチに何より驚いた。どんどんと実力も離れ、悟空を助けてやるどころか、補ってやる事すら出来なくなって行くのが理解出来る日が長く続いている。クリリンには大きな悩みだった。悟空に直接言えば、クリリンが悩むなんてらしくないと。笑って心の底から言いそうだ。

息子放っといて宇宙で修行旅行かよ! ヤムチャ達だって生き返ったのに顔見に来ないのか! ……言ってやりたい事は、上げれば枚挙に暇がない。それでも悟空なら、許してしまえる不思議な魅力がある。いつも包んでくれるような悟空の腕に支えられてクリリンは生きてきた。多林寺を抜けて亀仙人に師事してからの奇縁は、こうして今も太く長く続いている。時間は既に、クリリンにとっての悟空を家族に変えていた。

悟空はいつも大いなる敵を倒してくれる。あいつならなんとかしてくれる。そうやって、何度も悟空に任せてきた。それが悔しかった。隣に居る自分が、どんなにちっぽけな存在に感じられた事だろう。死にそうな目にも会った。実際死んだ事もある。クリリン程壮絶な人生を送っている人間は、地球中どこをどれだけ探しても居ないだろう。

だが、それが同時に誇らしかった。クリリンの人生が変わった日から、いつも悟空の笑顔があった。悟空が天下一武道会で優勝した時、まるで自分が優勝したかの様に嬉しかった。自分が殺されたと知り、優しい悟空が仇を取る為に激怒した事が、悲しさだけでは収まりきらない熱さが胸に響いた。

捨てたくなかったのかも知れない。拳を解きたくなかった事は確実だ。修行でほつれ、古びたボロボロの道着を何度も新しくして貰った経験がある。今この瞬間、悟空が着ていた道着と同じ道着を着ていられる自分が、どこまでも誇らし気に、クリリンの背中を熱く燃やした。

 

「悟飯」

「! はい、なんですかクリリンさん?」

 

フリーザ達の戦闘服を身につけた、親友の愛息子を呼び止める。いつもクリリンを兄か叔父の様に慕ってくれる悟飯が、クリリンは愛しかった。甘さは悟空以上。温厚で、争いを好まない、サイヤ人の血は引いても性は継がない善良な子。時折、そんな子供が悟空と同じ表情を見せる時がある。親しい者が危うい時だ。悟飯には、継いで欲しくない悟空の癖が、しっかりと刻まれていると思った。自分の危機に疎く、どこまでも深い優しさが周りを照らす。その光が、自らの足元に向かない所まで。

 

「どうだ。悟空は、まだ帰ってないんだよな?」

「っ。は、はい……。連絡もなくて」

 

悟空が居ない今、皆に愛される悟空に愛される息子を、守ってやれるのはクリリン達だけだ。気だけでは、正直悟飯の方がいくらも上である。それでも、まだ幼い悟飯には、大人が傍に付いていなければならない。恐々としながら付いてくるヤムチャと天津飯、チャオズを見て、クリリンは人知れず口端を上げた。

 

「やっこさん、とうとうお出でなすったぜ」

 

ベジータが小さく声を跳ね上げた。場に居る人間全てが嫌な汗をかく。ブルマでさえその異常性を感じ取り、目を閉じてじっとしていた。遠目に見えるフリーザは、以前ナメック星で見た時とは風貌が違っている事が分かった。その後ろでは、牛魔王ですら可愛く見える大きな背丈の、フリーザに似た怪物が椅子に座ってワインを仰いで居る。

 

「ベジータ。あのフリーザの隣に居る奴。あいつは誰なんだ!」

「俺が知るか! あの野郎、フリーザよりも遥かにデカイ気をしていやがる。恐ろしい程の強さだ」

 

あのフリーザよりも強い? クリリンは自分の耳を疑いたかった。あの恐ろしいフリーザが更にパワーアップしていると言うのに、それを超える存在が当然の様に現れた。現実という怪物が、冷たい舌で首を舐める。いつでも殺せると、邪悪な気が纏わり付いて鬱陶しい。今直ぐにでも、勝手に身体が翻りそうになる。頭がおかしくなりそうだ。クリリン達は逼迫感に襲われた。

 

 

 

「ここが地球と言う星か……。小さい星だ。今ここで破壊してしまえば、直ぐ終わるだろうに」

 

頬杖を突くコルド大王がワインを傾ける。その巨体を支える大きな椅子の直ぐ前で、フリーザの機械化した尻尾がパシリと鞭声をあげた。側近達が恐れて息を呑む声を我慢する。目を付けられたが最後、機嫌を損ね殺される。彼等にとって、日々の所作一つが死刑台への階段への一歩で、死んでいく同僚の濃煙が如き叫声が死への賛美歌だ。血煙と白昼夢に見える爆炎が気功弾の数だけ陽炎を産み、焦げ臭い影の香りが脳髄を溶かす。次はお前だと、死神の声が聞こえてくる様だ。鼓膜を破りたくなった回数は、それこそ日常の数だけあった。

 

「駄目だよパパ。それじゃああのサイヤ人の悔しがる顔が見れないじゃないか」

「ふん。それ程のものなのか、その超サイヤ人と言うのは。随分とやる気になっているな、フリーザ」

「それはそうさ。ワクワクしてしょうがないんだよ。今直ぐ我も忘れて駆けまわりたいくらいだ」

 

運良く今日はフリーザの機嫌が頗るいい。それは本人が言う通りだ。

 

「久々に辺境の星を旅するのも悪くない。いいかフリーザ、宇宙最強は、私達の一族でなければならんのだ。その為に、今回ここまでお前を直した後、私もこうして付き合ってやっているんだ。それに、わざわざ遠くに居た精鋭達も……」

「わかっているよ、パパ。最も、本当は僕だけでもよかったんだけれど」

 

青い地球が目に映る。掌一つで壊せる程度の脆い星だが、住み安そうな美しい星だ。

 

「破壊した時の美しさは、どんなに綺麗な物になるんだろうね。ソンゴクウ」

 

 

 

「さあ着いた。……手始めに、あの時僕を邪魔した奴等を炙り出そう。お前達、街の一つや二つ、壊してくるんだ」

「はっ!」

 

腕利きの各戦闘員が目にも止まらないスピードで空気の層を蹴り摺動した。限界まで引き絞った弦を急激に弾いた弓の様に、それらは解き放たれる。近くに居たベジータ達もそれに気づいた。

 

「ちっ、自分じゃ戦う価値もないってか!」

「なにを言ってる、ベジータ! ……一先ず、現時点で奴らに地球を破壊する気は無い様だ」

 

そうピッコロが言う。最も、それは気休め程度の時間しか与えてはくれないが。

 

「まだ気を高めるなよ悟飯、少し乱れている」

「は、はい」

 

ピッコロが悟飯に声をかける。緊張はあるが、大きな恐怖は感じられない。慣れ親しんだピッコロの声に、悟飯は少しだけ安心出来た。

 

「いいか悟飯、ぎりぎりまで気を抑えるんだ。奴らに気を察知する能力がないのは俺達が一番知ってる。まだ負けたわけじゃないぞ!」

 

クリリンもまた声を細め身をかがめて隠れる。気の操作では悟空が元気玉を繰り出す才を認める程、技を発揮するクリリンだ。悟飯はクリリンにも支えられている。それがわかった悟飯は嬉しかった。

 

(僕は一人じゃない。こんなにも凄い人が一緒に闘ってくれるんだ。お父さんが来るまで僕も頑張らなくっちゃ!)

 

少年がひた隠したこの小さな小さな覚悟が、いずれ波紋を呼ぶ時が来るのだろうか。それは未来を知るトランクスや、神や界王ですらわからない事だった。

 

「そ、それにしても、妙に静かだ」

「ヤムチャの言う通りだ。あのスピードならもうとっくのとうに近くまで来ている筈だぞ!」

 

ヤムチャと天津飯が言う。他の戦士も直ぐに異変に気づいた。

 

「どういう事だ? ザコ共の気がどんどん消えていく!」

「おいハゲ、この星に俺達以外戦える奴は居ない筈だろう!」

「ハ、ハゲ……クリリンって名前、知ってる筈だよな。って、いや。俺達以外じゃあんなのを倒せる奴が居ないのは確かだぜ」

「なになに、どうなってるのよ! あんた達だけで楽しんでんじゃないわ!」

「た、楽しんでるってブルマ、お前なぁ……」

 

こうしている間にも次々と減って行く戦闘員の気。神隠しにあった様に、すっかり居なくなってしまう。考えられる可能性は少なかった。

 

「どうやら誰かが闘っている様だな」

「わ! ピッコロさんわかるんですか?」

「ああ、どうやら俺達では気づきにくいレベルで瞬間的に気を上げ、たったの一発で素早く片付けている。最も、ベジータだけは直ぐ理解出来たようだが」

「ひゃー! ベジータさんって凄いんですね!」

「フン、お前達とはレベルが違うんだ。同じ物差しで物を語るんじゃない……。どうやらそのナメック星人も分かったらしいがな。癪に障る野郎だぜ」

 

睨み合うピッコロとベジータ。間に挟まれる悟飯が首を縮めて強張っていた。それに気づいたクリリンが止める。

 

「おいよせよ、今はそんな場合じゃないだろ! ったく、戦闘マニアはこれだから困るんだよな。大丈夫か、悟飯」

「ありがとうございますクリリンさん。……それにしても、闘っている人は誰なんでしょうね」

「全くだ。悟空の気は近くに感じないし」

 

疑問を覚えたのは戦士達だけではない。フリーザ達も遅れて異変に気がついた。向かった戦闘員の攻撃が少しも感じられないからだ。普段はフリーザに恐怖し従っているが、元々人殺しや破壊が好きで粗暴な者ばかりを集めたフリーザ一味だ。爆発の一つもない事は、明らかに異常だった。

 

「パパ、あいつら本当に指折りの精鋭なの? 星の悲鳴が少しも聞こえて来ないよ」

「むう、確かに精鋭の筈だが……。何をたらたらしているんだ」

「ああ、もうどうでもいいや。丁度僕もウォーミングアップがしたかったんだ」

 

スカウターを付けていないフリーザ達には気が感じられない事もあり、現状がわかっていなかった。クリリン達地球人の戦士達が些細な反抗を行っていると思っているからだ。もう既に、自分が狩られる側にある事が、フリーザには理解出来ていなかった。

 

「!」

 

 その時は直ぐに訪れた。骸の雨がフリーザを襲う。天から降り注ぐ死人の驟雨は、フリーザの尻尾で全て弾かれる。皆一様に、死骸は傷を負っていなかった。有るとすれば、堅く伸縮性に優れた戦闘服の胸部が、全て粉々になっている事くらいの微細な変化。胸を一突き。衝撃だけで、心臓が破裂していた。

 

「これはどういうパフォーマンスなんだい、パパ?」

「お前がやったデモンストレーションじゃないのか?」

 

親子は未だに気づかない。生命は限り有る事を。

 

――舞い降りるは青い剣。一筋の鋭い風と共に、希望が闇を切り拓く。果たして、絶望の未来から来た戦士、トランクスの初戦が幕を開けた。



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第四話 居た! もう一人の超サイヤ人!

 突如現れた戦士、トランクス。彼を見てもフリーザの表情は変わらない。コルド大王は奇妙な物を見る目で訝しんでいた。既にフリーザ親子は、柳の下で陰に立っている。気が付かないのは幸運か。おくびにも出さないフリーザは、密かに驚いていた。ギニュー特選隊のギニューを除けば、今眼前で虫けらの様に殺された戦闘員達ですら、戦闘力はそこら辺の者よりも遥かに高い。コルド大王も少しだけ興味を持った。

 

「僕は今忙しいんだ。ザコに興味はないよ」

「こいつが超なんたらとかいう奴か?」

「いや、違うね。ソンゴクウはもっと腹が立つ、脳が足りない顔をしているよ。寧ろこいつの目つきは、あのベジータに似ているかな」

「どちらでも構わん。おい、こいつの戦闘力を測って見ろ」

 

親子の自信家振った会話は短く終わる。宇宙船内に居残った部下に指示を出すコルド大王。物臭、と言うよりも幾らか傲慢と言った方が正しいだろうか。当の本人はスカウターを使わない。宇宙船に備え付けた戦闘力計測器と、少ない人数の側近にのみ渡している。最新式のスカウターは、そう時間を掛けず数値を弾き出した。

 

「出ました。戦闘力は……、5? 5と出ました!」

 

戦闘力たったの5。幾らなんでも信じられない数値だ。殺された部下が油断していても、命を落とすレベルに居ない。コルド大王の頭に一瞬スカウターの故障が過る。が、今となっては使い古された言い訳にしかならない。フリーザは冷静だった。

 

「スカウターの故障じゃない。地球の奴らは戦闘力を自由に操作出来るらしいんだ。ナメック星では姑息な手にしてやられたよ」

「ほう、小賢しい手を使う」

 

弱者の戦い方だ。そう言うコルド大王に片手をひらりと揺らし、埃を払う仕草でフリーザは返す。多少はやりそうだと、やる気を出し始めているのがコルド大王には理解出来た。

 

「あーあ、こんなに散らかして。……それで、なんの用だい? 僕は今忙しいんだ。サインなら後にして欲しいな」

 

帝王の余裕か、強者の油断か。肩を竦めて冗談の一つを放つ。しかし、言うやいなや、フリーザは飛んでいた。正確には、『飛ばされた』と言うべきか。斬って返す様に、フリーザの言葉尻にトランクスは掌底を突き出した。それだけで、空波がフリーザの闘気を砕く。天高くに投げ出された身をフリーザが立て直し、視線をトランクスに向けた頃には、白昼夢の様に姿が消えていた。

 

「ど、どこだ! ちっ、また例のキを消すとかいう奴か。芸のない――ぐぁあっ!」

 

そこかしこを探り視線を巡らすフリーザであったが、そうしている間にも、またフリーザの小さい身体が弾かれる。弾丸の様な勢いで天上高く打ち上げられ、コルド大王の目からはもう離れてしまった。息子への信頼か、或いは一族の性質か。自分で動く気の無いコルド大王は、つまらなそうにため息をつく。居なくなったトランクスとフリーザに無聊をかこつ大王は、おもむろに椅子から立ち上がった。

 

「フン、フリーザめ。あれで怒るようではまだまだ子供だ……、まさか尻拭いを父である私がする事になるとは、思わなかったが」

 

黒衣が風に揺らめいた。コルド大王がその剛腕を曲げる様にして上げる。太くごつごつとした五指の先を、目の前に拡がる荒野に向けた。赤黒い気の塊が五つ、指先に収束していく。稲妻が、コルド大王を中心に地を裂き、石は砕けて塵に変わる。徐々に乱され、不安定になって行く足元に、宇宙船内部までその大気の震えが広まった。邪悪な気炎が手に集まりきる。クリリンからは、コルド大王を起点に地球が歪んで見えた。

 

「こっちの方が手っ取り早いと提案したのだ。まだまだフリーザは甘い」

 

手元から放たれるパワーの瀑流。一直線に進む巨大な光弾が空気を燃やしながら貫いていく。進行上には運悪く、戦士達も立っていた。

 

 

 

 まるで地震だ。そう皆は思った。気を抑えている場合ですらない。今すべき事は何か、些か未熟な悟飯は瞬時に判断出来なかった。

 

「おいおいヤバイぞ……! こっちに向かって来る!」

 

ヤムチャは咄嗟にブルマを庇う。プーアルがひしとヤムチャの肩にしがみついた。

 

「気を上げろォ! 技で相殺するしかないっ!」

 

ピッコロが叫んだ。天津飯やチャオズが即座に反応する。悟飯は声に一層慌てた。それに逸早く気がついたのはピッコロだったが、直接近くで見たクリリンが、悟飯に寄り添って肩を叩いた。

 

「悟飯落ち着け。冷静さを欠いちゃ生き残れん。なに、大丈夫さ。お前の師匠はすっかりやる気だぜ?」

「ク、クリリンさん……。ハイッ!」

 

気を取り直した悟飯も気を跳ね上げる。ベジータ、ピッコロの次に高い気を持つ悟飯だったが、それでも遅れが取り戻せない。目の前に迫るコルド大王の『ただの気弾』が、破壊のリズムを立てて近づいた。正しく、既に眼前だ。今直ぐにでも額を掠めそうだと錯覚してしまう程に。一番前に立っていたピッコロはもう気を解放し終わっていた。充実した気炎の殆どを両腕に込める。緑色の特殊な腕に、バチバチと雷光が走る。両腕を突き出し、腰を据えて技を放った。

 

「魔貫光殺砲ォォオ!!!!」

 

貫きの槍。螺旋を描く二つの蛇槍が、厖大な気の濁流に小さな穴を造り出す。ただの破壊ではない。面ではなく点を狙った集中に、ネジで刺すような抉り取る一直線の破壊だ。後追いで、直ぐに天津飯とチャオズも動いた。

 

「チャオズ! 久々のどどん波だ!」

「分かった天さん!」

 

どどん波はかつてかめはめ波を超える威力を放った。応用性には欠けるが、対亀仙人と言える程に相性の悪い鶴仙流の技。二人の冷酷な殺意で出来た技で、魔貫光殺砲によって出来た穴にさらに疵を付ける。

次いでクリリンだ。やはりクリリンと言えば亀仙流お得意のかめはめ波、ではない。練り上げた気を掌に集中し、幾つも出来る気円斬。気が低いながらも、操作が得意なクリリンらしい技だ。かつてフリーザの硬い尻尾を切り落とした技でもある。その斬れ味と言えば、相当な実力差でも切り開く技である。

 

「気円烈斬ッ!」

 

徐々に崩れていく光弾。それでも、余りにでかすぎる気を掻き消す事が出来ない。人よりも遅かった悟飯は、タイミングが測れていなかった。気も充分に溜まっていない。正直に言って、ブルマ達を抜いてしまえば、この場で一番の足手まといだ。幼く未熟だが、賢い悟飯にはよく知る事が出来た。

 

「ピ、ピッコロさんクリリンさんごめんなさい……。僕の気、全然溜められていないんです!」

「クッ、悟飯なんでもいい! 技を放つんだ! 放て!!! だあーっ、こんな時にベジータの野郎はなにやってんだよ!」

「まさかあいつ、逃げやがったのか!?」

 

 死の直面にクリリンは苛立ちを隠せない。名を出されたベジータは、一人だけ離れた場所に居た。コルド大王が光弾を集めている瞬間には、既に気を上げて移動していたのだ。無論、逃亡を図っているだけじゃない。フリーザを攻撃したトランクスが見せた気を感じ、正体が知りたくなったからだ。ベジータには、地球の命運もクリリン達の生命もどうでもよかった。一人だけ移動するベジータ。ベジータこそが、本当の足手まといだった。

 

「もう駄目だ! 少しは速度も威力も削れただろう! 身を護れ!」

「悟飯は俺の背に隠れてろ! 天津飯、チャオズ、二人はヤムチャさんを手伝って上げてくれ!」

「わかった!」

「うん!」

 

ピッコロが両腕で頭を護るように抱える。途端、ピッコロを気が襲った。腕の肉が焼け焦げ、嫌な匂いが漂う。次々に剥がれていく細胞組織。ピッコロは灼熱の太陽に浸かっている様な感覚に包まれ、思わず唸りを上げた。

 

「ピッコロ!」

 

クリリンが叫び、ピッコロの傍に向かう。ほとばしる熱の気流に汗が出る。クリリン程度では近づく事すら出来ない。もたつく足、思わず一歩引いてしまいそうになるが、膝を手で叩き抑えた。気を持ち直したクリリンが、ピッコロの背中側に回った。

 

「クリリン!」

「ああ!」

 

ピッコロの背中から腰を抑え、足に力を入れて地面に突き刺す。ずっぽりと埋まったクリリンを支柱に、残りの二人の気を解放した。少しだけ、押し返す。だがそれもすぐ終わった。威力が落ちた筈の光弾でさえ、簡単にピッコロとクリリン、実力者二人を圧し折りそうな重い一撃である。

 

「クリリンさん! ピッコロさん!」

「大丈夫だっ! お前の師匠を信じろよ! ついでに俺も!」

 

悟飯が悲鳴にも似た叫びを上げる。泣きそうな震える声だった。不安なのだ。またいつかの様に、大事なものを失ってしまう感覚に襲われていた。失いたくない、悟飯は目蓋を閉じて視線を逸らしたくなった。

だが、クリリンは歯を見せて笑っていた。火より熱い流れに、今も押しつぶされそうになりながら、クリリンは笑ったのだ。それをヤムチャは見ていた。危然、確信にも似た考えが浮かんだ。クリリンには何かしらの策がある。クリリンはいつだって、自分よりも遥かに高い実力者と戦ってきた。己の弱さを一番に理解して、嚥下してみせた男だった。弾け飛んだ小石がヤムチャの頬を掠める。もう何度ブルマ達に当たりそうになった事か。しかし、天津飯とヤムチャが共にかばっている。悟飯は圧で後ろに飛ばされそうになるのを抑えるのに必死だ。もう気を溜める事さえ出来ていない。だが、そんな状況下でさえ、ヤムチャに不安はなかった。

 

「へへっ……。なんだか知らねえが、クリリン。一思いにやっちまえよ!」

「くっ、おいヤムチャ、なにか言ったか!」

「いいや!」

 

 

 

 クリリンにまで気が強く当たる様になった。既に身体中が傷だらけになり、血で赤く染まっている。そんなクリリンは、ピッコロに話しかけていた。

 

「不思議なもんだぜ。こうしてお前と共に、悟空の子供を護ることになるなんてよ!」

「けっ、お前に守られなきゃならん程、俺は悟飯を弱く鍛えたつもりはないぜ」

「言ってくれるじゃないか!」

「悔しかったらこの状況をどうかしてみろ!」

「して見せるさ! なんてったって俺は……」

 

意気込んだ時、クリリンの気が大きく爆ぜた。既に腕はボロボロになってしまった。ピッコロを支えているのはクリリン自身の頭だ。首が折れそうな圧力を丸い頭で受け皿にして、砕けた両腕をピッコロの股ぐらから出す。ピッコロも思わず驚いた。

 

「腕が使えなくなるぞ!」

「……ああ!」

 

覚悟の上。

ピッコロはクリリンと初めて闘った時から、既に認めていた。例え悟空を殺しても、最強は簡単ではないだろうとピッコロに感じさせたのは、他でもないクリリンだからだ。今もまた、共闘していて手強さをひしと感じている。不快感は無かった。

爆ぜるクリリンの腕。高温に晒されている筈なのに、凍てつく様に冷たい感覚。過去に感じた事がある。ピッコロ大魔王の部下に殺された時だ。今回違うのは、感じる時間が長い事と、決して死ぬ気はないという所。腕が爆ぜたその瞬間、クリリンの気もまた移動していた。爆発させた気を全て腕に集中させ、地面の方向に力の限り放ったのだ。めり込む小さなサイズの気弾が、地中へと消えていった。

悟飯はそれを見て、何かに失敗したのだと思った。打開策が破綻した。それは絶望的な状況に置いて、絶対に犯してはならない愚行に変わる。疑いだ。悟飯は少しでも疑ってしまった。信じていたからこそ、一入の絶望に落とされた気がした。だが、ヤムチャとピッコロだけが真意に気がついた。クリリンは常日頃から気の操作の練習を怠らない。今日だって、こうしてフリーザ達が現れるまでは亀ハウスでかめはめ波の練習がてら、気のコントロールを鍛えていたのだ。

練度の高い基本と、目覚ましい応用の才能を秘めたクリリンに驚かされて来たヤムチャとピッコロには、微塵の疑いもない。毛細血管よりも細い、一筋の光る道が見えた。

地へと消えた小さな気弾が、コルド大王の光弾にかち当たる。それは奇縁にも、ヤムチャの繰気弾とそっくりな起動を描いて。下方から気流を蹴り上げる様に当たった気弾は、光弾の中へと消え――見事に光弾の軌道を、僅かだが上へと逸らす事に成功したのだった。

 

「なんたてったって俺は……。悟空の! 親友で、ライバルなんだからなっ!」

 

 

 

 

 雲の層を突き破り、白い糸を帯びたフリーザが上空へと飛び出した。宇宙の帝王ともあろうフリーザが、何度もトランクスの気合い砲で弾かれ、空隙に息する暇すら儘ならない。遊ばれている。宇宙最強の誇り。風の中、千鳥となるトランクスを視界の僅かに捉える度に、フリーザのそれをささくれ立たせた。フリーザは四肢を開き、勢いを殺しながら空中で滞空する。空気の薄い、低温の寒空に、怒るフリーザは湯気を立たせる。

 

「あまり調子に乗るなよ小僧! かぁッ!」

 

お得意のサイコキネシスでトランクスの動きを止めようとする。指先が振れる度に、雲海が回穴して斑模様に霧消した。迫るサイコパワーを避け、粟散するトランクスの影。トランクスは毛程も気にせず、フリーザの土手っ腹へと頭から突撃する。フリーザは頭から向かってくるトランクスの動きを視認していた。だが無抵抗。地球人如きの戦闘力では己の堅牢な身体に傷を付ける事など出来ない。そう高を括って、無防備な腹に突き刺さった弾丸は、あろう事かフリーザの内臓を破壊し、筋を幾つも焼き切った。一撃に、俄に甦る憤激。ナメック星でサイヤ人のガキから受けた不意の屈辱を彷彿とさせる軌道と痛み。体を半分に断たれても生きていた生命力を誇るフリーザは、まだまだ余裕が隠されている。しかし、抱いた怒りは既に本気であった。

 

「いいだろう……。新生フリーザ様のフルパワーを見せてやろう!」

 

耳鳴りにも似た感覚と共に、頭が茹で上がる程に熱くなる。一瞬にしてフリーザの筋肉は膨れ上がり、それと同時に機械となった一部がミシミシと嫌な音を立てた。フリーザのフルパワー。それはかつて、ナメック星の闘いで悟空に初披露する羽目になったフリーザの本気。爆発的に身体能力を上昇させる代わり、対価として大きく気を消費する大技だ。もっとも、サイボーグ化されたフリーザには、既に気の大幅なダウンという欠点は消滅していた。

 

「この俺のパワーアップはこれ程の物ではないぞ! このサイボーグとなった身体のお陰で俺の気が減って行く事もない。この意味がわかるか地球人! これでお前は、死あるのみなのだ!」

 

 フリーザの逆巻く悪意に、トランクスとて内心驚いた。下で雲の層が渦を巻き、轟雷は、竜章を描いてこだまする。冷えきった薄い空気の中、トランクスのジャケットと薄紫の細い髮が翻る。フルパワーを揮うサイボーグフリーザの充実していく気に晒されて、地球全体が揺れていた。

 

「恐怖に竦んで声も出せんか? だがそれもここまでだ」

 

フリーザの両腕を天を向く。力を込めると、十メートル大の大きな球が二つ、天上に現れる。赤黒い太陽が怪しく揺れ、雲一つない寛闊とした上層の空を、暗色の血で染め上げる。それは正しくフリーザがナメック星の核を壊した技だったが、トランクスは知る事がなかった。

 

「お前は避けられん。例え避けたとしてもこの星が跡形もなく壊れてしまうだろう! くたばりやがれ!」

 

解き放たれる絶望の双子が、トランクスを食らおうと降り注ぐ。トランクスは逃げる仕草もせず、呆気無く二つとも直撃した。巻き起こる明光と衝撃、はっきりとした手応えにフリーザは勝利を確信した。それが最後の心の躍動だと、永遠に知らずに。

 

 

 硬い水が割れる様な激しい音を立て、世界に沈黙を齎した。フリーザが放った二つのスーパーノヴァは、トランクスに直撃し――いや、トランクスの持つ剣の鋭い鋒に触れ、二つに避けて零れ落ちる。灰白色の雲海に掠めて霧散する、己の力を込めた必殺技に、フリーザは現実を認める心を失していた。何が起こったのかがわからない。あの誇りだけは誰よりも高かったフリーザが、屈辱だとすら思わなかった。

 

「お前に、面白い物を見せてやろう……」

 

戦い始めてから、トランクスが初めて声を出した。静かで、穏やかで。視界が白む程に暗かった。喋っている筈なのに、何も言っていないのではないかと、フリーザは自分の五感を疑ってしまう。獣の叫びではない。どこか宇宙と言う大海で、誰にでも平等に照らし、燃やし続ける太陽を彷彿とさせる感情。フリーザは最近、肌でそれを味わった事がある。立つ筈のない全身の鳥肌が立つのが分かった。分かっただけで、その原因たる感情に気がつく事も無く。

 

「超サイヤ人は、ここにももう一人居たと言う事だ」

 

次の瞬間、フリーザの身体はバラバラに四散していた。フリーザが誇る宇宙一など、トランクスにとっては所詮虫の誇りだったのだ。かつて奴隷の様に扱い殺してきたサイヤ人の、世迷い言だと一笑いに捨て去った伝説の手によって、フリーザの長い長い栄光に、完全なる終止符が打たれた。



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第五話 凍えるコルド

界王「コルドが凍るど……なあーんちゃってwwwwwぷぷぷwwwww」


 サイヤ人の王子ベジータは、まざまざと見せられる景色を唖然と眺めている事しか出来なかった。大きな動揺が渦まき、やがて心の深い所へと沈んでいく。握った拳を無性に振るいたくなり、ベジータは今直ぐにでも地球を飛び出して何かを壊して回りたくなっていた。ベジータからして見れば、ただ何となくふと、生活の一部と言ってもいい程にこなれた舞空術で、揺蕩う様に上空を眺めただけだった。後悔はできない。金色の逆立つ髮、青色が斬れる様に鋭く光の線を造り出す。圧倒的なまでの冷酷さと破壊を秘めた、伝説の超戦士。ナメック星でベジータが終ぞ成る事が叶わなかったサイヤ人の真の姿が、上を向くベジータの視界を横切ったのだ。自らを生き残りの数少ないサイヤ人の中でも、特に数が限られるエリートと言って憚らないベジータの意識を、プライドを、戦闘意欲を逆撫でする。無力な自分がただただ悔しく、腹立たしかった。

トランクスの正体を明かそうと意気軒昂に飛び立ったベジータの前に、鰯雲のように砕け散ったフリーザの死骸があった。ベジータの頬を叩く血はまだ熱い。眼前に落ちて来る白と赤に、それがフリーザと分かったのは、目の前まで落ちてきた塊の中、血みどろに脳漿と眼球をぶち撒けながら落下して来た、柘榴色に染まるフリーザの顔を見た時だった。小さい歯と血色の悪い青紫の舌端、鼻先から続けて下顎、首にかけて四つ切られた一部が落ちてくるのを見て、咄嗟に探ったフリーザの気がなくなってしまった事に気がついたのだ。一体どうやって。ベジータが疑問を浮かべるのに時間は必要ない。肉塊となったフリーザの残骸をもう一度見れば須臾の間に氷解する事だろう。呆けたベジータが視界を下に向けると、とてつもなくでかい気の塊が自分の横下から上昇して行く。ベジータの動体視力を持ってすれば塊の中のフリーザの死体も見える程である。薄い空気の壁を灼きながら空を突き抜け、暗黒の宇宙空間へと遠のいて行くエネルギー弾を見送った。

あのフリーザが死んだ。ベジータが全速力で向かっても追いつけない程の早さで殺されている。それだけでも誇りは傷つけられたが、宇宙の帝王を自負するフリーザの終焉が、呆気なさにおぞましく、寒気を感じる。

 

「クソったれッ」

 

思わず悪態付いてしまうベジータに反応も当然と言えるだろう。スーパーエリートである自身が弱者である純然。圧倒的な敗北感。己が前を歩く者は孫悟空だけではなかったのだ。最強は遠く、儚く、絶対的な壁として聳え立つだろう。だが、ベジータの闘志が消える事はない。サイヤ人が闘いを辞める時。それは死ぬ時と決まっている。ベジータは急転直下の静かな怒りをそのままに、超サイヤ人となったトランクスの青い残影を追いかける。一際太い一筋の閃光を残して。

 

 

 

 トランクスは焦っていた。フリーザを殺す事に思いの外時間をかけた事に、ではない。無論それもあるが、何よりの驚きは、殺したフリーザを宇宙の塵にした大きな気弾の存在だった。トランクスの私見では、あれは間違いなくフリーザの父、コルド大王のエネルギー弾である。その場にトランクスが居らず、地球上に孫悟空の気は存在しない。どういう訳かベジータはトランクスを追ってきた様で近くにあり、地上の人々の対抗手段が、全くと言っていい程考え付かなかった。トランクスの背筋を走る白黒の恐怖。戦士達の死は、今のトランクスにとって最悪のシチュエーションだった。

 

「皆さんをみすみす死なすわけにはいかない。孫悟空さんが居ない今、俺が守らなくちゃならないんだ! 待っていて下さい!」

 

暴れる黄金の気炎が、新たに一層を生む。勢いは臨界点を突破し、世界の音さえ遅く刻まれる。ソニックウェーブが雲を切り、空を裂く程であった。垂直落下に近い飛行は暴力凄まじく、自ら創り出した風の流れすら過去へと追い越した。

 

 トランクスが地面に衝突すると、荒野が大きな破裂音と共にめくれ上がる。ただ地面に降り立っただけで、衝撃がフリーザの乗ってきた宇宙船を粉々にし、コルド大王の重厚な巨体を数百メートル以上吹き飛ばした。翻る外套をはためかせ徐ろに着地するコルド大王と、それを睨み、悟飯達を一瞥するトランクス。損耗し、消えかかっているクリリンの気を感じる。ドラゴンボールの為に不可欠なピッコロの気も大幅にダウンしている。遠くながらに見えた二人の腕は、見るに耐えない酷い物だった。ピッコロは肩まで焼かれ、ぼろぼろに黒く変色している。クリリンは手首などの関節が青く腫れ上がり、指は全てが腫れ上がって別の方向へと折れている。天津飯やチャオズ、悟飯とヤムチャには余裕があったが、それでも無傷のコルド大王には手も足も出ないだろう。取り敢えずの生命の安らかなる様を感じ取り、ほっとする反面、コルド大王への怒りがふっと湧いた。隙の間、トランクスの炯眼を目の前にコルド大王が現れる。巨躯の割に中々早いとトランクスは感心した。実際に対面して、コルド大王やフリーザといった者達の強さは感じる事ができる。それは戦士としての身構えが未熟なトランクスも同じこと。最も、トランクスの思考には微塵も敗北という文字は浮かんでこないが。フリーザが居ない事へ疑問を浮かべるコルド大王の視線に、珍しくトランクスが自発的に喋りかけた。

 

「フリーザが居ないのがそんなに不思議か、コルド大王」

 

ニヒルに笑うトランクスの声に、一瞬コルド大王の目が鋭い。コルド大王も薄々フリーザの敗北を覚っていたが、ようやく確信を得た様だ。

 

「おいお前達。フリーザの戦闘力を一応調べろ……。さて、私達の名前を知っていて戦いを挑んでくる地球人が居るとは。驚いたな、貴様の名前はなんと言う?」

「答える必要があるのか。もうすぐ死ぬ貴様に」

「私を殺す? ……フハハハハ、地球人はジョークが下手だな。フリーザ如きを倒したとてこの私と同じレベルに立っていると思ったか。付け上がるなよ、愚か者!」

 

思い切りの良い剛腕の一振りがトランクスの頭上に振り下ろされる。

 

「!」

 

が、トランクスは片腕で苦もなく弾いた。コルド大王も全力ではないが、弾き返されるとは思っていなかった。真逆。自分の手を開いたり閉じたりして目をぱちくりとさせる。思わず自分の力が地球という星に合っていないのではないかと疑い、近場に剥き出た岩盤を手に握り、半円600メートルはあるだろうか、大地の一部を持ち上げる。それだけでヤムチャ達には充分驚きだが、コルド大王はそれを一発の拳圧で砂になるまで砕いて見せた。

 

「パフォーマンスは終わりか。ウド野郎」

 

言うと、トランクスは肩に挿した剣を抜く。冷たい殺意を乗せた笑みを浮かべたままのトランクスをコルド大王が見つめる。煽風が二人の間を舞い、コルド大王の外套とトランクスのジャケットの襟がばたばたと打ちあける。風はやがて小さい渦となり、するりと通り過ぎていく。ふと、トランクスが地球の戦士達をまた一瞥する。釣られてコルド大王がそちらを見ようと視線を移すと、一迅の鋭い音が嘶き、コルド大王の耳をうるさく突いた。

何事か、コルド大王は確認する事も無かった。コルド大王の頭に生える立派な大角がすっと落ち、ごとごとと音を立て地面で跳ねたのだ。

トランクスがやったのか。そう疑ったコルド大王の目に映ったのは、先程となんら代わり映えしないシーンだった。飽く迄も、コルド大王から見た認識に限った話では、だが。クリリン達から見た荒野は、フリーザ達を連れてきた宇宙船を含めて波状に、断裂した地面の境が見て取れた。丁度、コルド大王の真後ろで。恐らく視界に入っていないのだ。コルド大王は腑に落ちないと言った顔で不満そうにトランクスを睨みつけた。トランクスが持つ剣がぬるりと濡れ、涎を垂らす獣の様にきらりと光った事など気付かずに。

 

「その玩具でフリーザを斬ったのか?」

「だったら」

 

――どうする?

言い切る前にコルド大王が消える。次に轟音を鳴らしてトランクス目掛けて拳を打ち付ける。だが、トランクスには初動から見えていた。トランクスと同じくらいの太さのコルド大王の腕に隠れ、腹部に潜り込んだトランクス。既に引いた剣を、一気に胴体へと突き出した。

 

「……案外素早いじゃないか」

 

手応えがない。トランクスは直ぐに悟った。鋒が空を切る感覚を尻目に、地面を蹴って後ろに宙返りした。直後、地面を粉砕する拳と共に、仄かに黒い光を纏ったコルド大王が現れる。身体を反り返す途中のトランクスと、コルド大王の大きな視線が交差する。傍観者から、今度は二人して見えなくなった。戦士の影は彩知らず、虚空の至る所で破壊音と雷撃、礫を弾かせる。クリリン達では察する事すら出来ない激闘が辺りを騒がせる。不思議な事に、攻撃が当たった音は一度もしなかった。

 

「遅い。そんなスピードじゃ私を斬る事はおろか、追いつく事すら出来んぞ!」

 

コルド大王が自慢のスピードで飛び回る。促音だけを残した。トランクスの目を誤魔化す様に擾擾と動くコルド大王を無視し、トランクスは目を閉じていた。項垂れる様にし避けるトランクスに引きも切らず猛攻をかけるコルド大王。項領(はっきりと目立っている首筋。急所)を狙う様にして一撃一撃が打たれるにも拘らず、いっそ羽虫をやかましげに思う様だ。索敵どころか気を読み動く事すら出来ないコルド大王の、愚鈍で蒙闇な襲撃は一髪に触れる事すら出来ない。トランクスはただの実力差だけでなく、綽然とくつろぐ様な自然体だ。宇宙最強を自負する一族の長であると余裕ぶっていたコルド大王だが、進化を続ける超戦士の棲む、世界という大海を知らない、井内無双に過ぎなかった。決して弱いわけではないのだ。それでも越えられない壁が、超サイヤ人であるトランクスという敵として現れただけに過ぎない。一撃で大陸を砕く攻めも、体力を消耗させるのも烏滸の沙汰であった。

 

「なぜだ! なぜ当たらん!」

「見え見えの拳だ。力をいくら込めようが素直過ぎて涼しい物さ」

「なにィ!」

「遅いと言っている!」

 

トランクスの少しばかり上音する声色と共に、戦いを始めて最初の打撃音が木霊した。慮外の一撃が中腹にぶち当たり、早さを失ったコルド大王が呻る。コルド大王の唾血を避け、背後へと移動するトランクス。睨みすらせず、コルド大王を横切った。トランクスと背向する形となったコルド大王に、長い一瞬が訪れる。先の一発は重い一撃だった。油断すらしていないコルド大王の筋肉という装甲を一蹴する様な拳撃は、内部を壊す様に波を立てた。

 

「もうすぐ孫悟空さんが帰ってくる。……一つだけ、聞きたかった事がある。本当はフリーザに訪ねたかったがな」

 

コルド大王は返事も出来ない。身体がマグマを浴びた様に熱く感じた。

 

「貴様ら一族の仕出かした事がこうして返ってきた。あのフリーザでさえも殺さなかった孫悟空という人に復讐心を懐き、結局は俺という半端者に滅ぼされる気分。それは、いったい、どんな気持ちなんだ?」

「ま……、待って、ぐれ。たす……けて、ぐれぇ゛っ」

 

命乞いにトランクスは舌打ちを打つ。両腕を組み、ハンマーの様にして振り下ろす。頭頂部を強打され、コルド大王の巨体が勢いづいて直下した。土煙の中で、蚊の鳴く様な声を出し、蛆虫が這う様にびくついた。トランクスはこれまた鈍い早さでコルド大王へと近づく。地に付け足音を立てた頃にはコルド大王の息は乱れに乱れていた。

虚ろな目で、ふとコルド大王がトランクスの右手を見る。そこには一度も振られていない剣が握りしめられていた。

 

「そ……その剣を、見せ、でくれ゛ない、が」

 

今にも死にそうな声で、コルド大王が提案する。トランクスは少しだけ思案すると、コルド大王の手元へ放った。コルド大王は剣を地に刺し、それを支えにして中腰の姿勢になった。コルド大王の表情は、トランクスには見えなかった。

 

「もし……、この剣が本当にフリーザを斬ったと言うならば……。私を斬る事も可能だろう」

 

ならば、トランクスはどうだろうか。コルド大王の霞む瞳に、棘々しい殺意が芽生える。ずずと脚を引きずり、態勢を整えるコルド大王。トランクスの沈黙を割く様に、最後の力を振り絞った斬撃が瞬いた。

 

 

 

「そうするだろうと思っていた。いつまでも変わり映えのしない奴だよ、貴様は」

 

 死に際のコルド大王、出せうる限りの力を込めた一撃は、トランクスに当たった。

 

「そ……、んな……!」

 

当たっただけだった。剣の鋒は、トランクスの掌に突き立つ形で留まる。止められていた。そして、トランクスは瞠目もせず、無表情のまま掌を勢い良く押し返す。接触部を押されたトランクスの剣の柄は、固まったコルド大王の腕を筋肉事安々と穿き、右肩を破り捨てた。トランクスの剣を持ってすれば――否、トランクスであれば、斬ることすら必要無かった。大男の低い悲鳴が鳴り止まない。いつの間にか、出した掌と反対の手に握ったコルド大王の角を、コルド大王の左肩に捻り込む。トランクスの表情に思いは出そうにない。既に虫の息であるコルド大王の、最後の抵抗すら無碍にされた。

すっかり暗くなったコルド大王の瞳の前に、ぽわりと光る玉があった。トランクスの気功波の類だろう。迫る死に、後ずさる事すら出来ない衰弱した身体と、そして今も昔も行ってきた先祖の廟に刻まれる覇業に。恐怖で震えて竦んでしまっていた。――トランクスの心に刻まれる事なく死ぬだろう。叫ばなければいけない気がして、急き立てた。

 

「チルド以降代々最強はこのコルド大王の一族であった! あの憎き金髪のサイヤ人に泥を塗られる前までは! 私は後悔せんぞ。サイヤ人、貴様らの最期は我々の報いで決まるだろう! 一族に泥を塗ったのだからな! フフハハハハハ、我が一族に、栄光あり――ぐぇっ!」

 

コルド大王、辞世の言葉は世迷い言か誤魔化しのそれであった。小物染みた下手な芝居は、蛙が潰れた様な声で締めをくくる。トランクスの瞳には、両腕を奪われ腹に風穴を開けられたコルド大王の亡骸と、どこまでも広い荒野が映っていた。

 

 

 

 クリリンは見るも無残な傷だらけになった自分の腕を見ていた。実力の差は歴然だった。象と蟻、大人と子供と自笑してしまえる程だろう。それでも打ち負けなかった事に、実感が湧いてこない。まるで自分の腕では無いのではないかと錯覚しそうになるが、痛みが確かな証左となって更に笑いがこみ上げた。

 

「大丈夫かクリリン!」

 

ヤムチャがブルマを肩に抱き、クリリンの元に飛んでくる。コルド大王が死んだ事にも気付かないクリリンの様子に疑問を感じたからだ。ヤムチャに叩かれた肩を抑え、ようやっと死闘が終演を迎えた事を悟った。

 

「あのデッカイの、本当に死んだのか?」

「らしいぜ。あの少年が倒したらしい」

 

俺には全く見えなかったがな、と、愛嬌のあるいたずらっぽい笑いを浮かべながら、ヤムチャが親指で、ある向こうへ指し示す。遠くの方で倒れたコルド大王を足元に、血で汚れた剣の柄部分をコルド大王のマントで拭いている所だった。一瞬訝しんだが、助かった事は間違いない。何より気を張った所でもう意気地が持ちそうも無い、というのもある。空を一目し、トランクスがクリリン達の居る方へと顔を向けたのが、遠くでも何となしにわかった。剣呑な雰囲気が感じられず、戦闘の匂いがしない。萎縮していた悟飯も、徐々に固さが無くなった。

 

「皆さん、ご無事ですかー! もうすぐ孫悟空さんがここから少し行った場所に到着しますのでー! 一緒に待ちませんかー!」

 

身振りを大きくしてトランクスが声を張る。

 

「……どうやら、闘う気はないみたいだな」

「ああ」

 

天津飯とピッコロが顔をあわせる。ボロボロになった両腕を気にしないピッコロを見て、ブルマとチャオズが顔を青くし気色悪がっている。ヤムチャがさり気なく目配せをすると、ピッコロは腕を組み首を縦に振るった。兎に角、戦いの終わった一時の安息を、戦士達はひっしと感じるのだった。

 




1年以上ぶりの更新でござる
やってることは原作の焼き直しで話は進まないでござるよ


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第六話 見えた!

実家のような安心感(ホームレス)


 

 存外被害は少なく、トランクスは密かに安堵していた。ピッコロとクリリンの怪我を見て少しだけ宙ぶらりんになった心持ちは隅に置いておく。未来での悟飯の腕の事もあり、トランクスにとっての腕の怪我は一際酷く気をささくれ立たせた。

 

「あの、ク、クリリンさんとピッコロさん! その傷……。気休め程度ですが、薬を持ってきました。直ぐに治療しましょう」

「俺はいい。ヤムチャ」

 

ピッコロは言うとヤムチャと対面し、両腕を差し出す様に出す。ヤムチャは少しだけ嫌そうな顔をしたが、直ぐに頷いた。

 

「行くぜ?」

「頼む」

 

ヤムチャは息を殺し、差し出したピッコロの腕に手刀を振り下ろした。黒焦げた肉を砕き、中の筋肉の繊維と骨を剪除する。ぶちぶちと、嫌に耳に残る音と共に、ピッコロの腕が吹き飛ぶ。小枝の様に軽々しかった。流石のトランクスもこれにはたじろいだ。ピッコロの特殊な能力は聞いた事があったが、目にするのは当然初めてだった。治す為に切り落とすなど、想像の範疇に無いだろう。舌なめずりする様な潰れた濡れ音と共に腕が生えてくる、グロテスクな映像に覚えた感情は、ひっそりと心の小棚にしまった。

 

「けっ、神経の繋がり伝わるこの感覚。何度感じてもイヤなもんだぜ」

 

掌を内外に転がしてピッコロが言う。

 

「それはこっちのセリフだ。人の腕を斬り落とすなんてよ。しかも俺自身の手でだぜ、少しもいい気分にゃなれやしないっての」

「うんうん」

 

クリリンが痛みに耐えへらへら笑いながら相槌を打つ。後追いでブルマが膝を抱えて座り込み小さく頷いた。それにしても、とクリリンは考える。最初は大魔王の子として現れた、謂わば復讐者であったピッコロとこうして共闘している事に満更じゃない自分が居る。寧ろ、今ではピッコロが仲間としか思えなかった。それでも、口には出さないが。

 

「やっぱ怒ると怖いもんな」

 

クリリンがぼそりと呟くと、元々耳の良いピッコロがクリリンを佇見する。クリリンから見れば怒りを含んでいるとしか思えないその表情に身体が自然とびくついた。一方ピッコロは怪訝な顔になり、クリリンが流汗する。と、突として風とともに影がクリリンの光る頭頂部に現れる。見上げると、いつの間にかベジータが戻ってきていた。それも少しだけ怒りが見え隠れする激情を孕んで。クリリンが言わずとも、ブルマがそこを突っついた。

 

「アンタね、一番強いのに真っ先に居なくなるってどういう事なの!」

「……俺には関係無い事だ」

 

そこはかと恬として恥じない様に思わず関心してしまいそうになる。それだけベジータの寄せ付けないオーラが燃えていた。いったいなにがそうさせるのか、それはピッコロの睨まんとする気の向きからしてトランクスに原因がある。無論、非戦闘員のブルマ以外はそれとなく全員気がついているが。会衆の視線を集めたトランクスはそれを気にも止めずに、ピッコロの腕をまじまじと見ている。無理もない、トランクスは初めて見たナメック星人の生再生に興味が出てしようがなかった。クリリンは自分が忘れられている事に焦った。

 

「おい、なあ君。俺は薬が欲しいんだけどなー……」

「えっ、あ、あああっハイ! 今出します」

 

事無げに取り繕うトランクスだったが、軽く染まった頬の赤みは隠し切れるものではない。

 

 ピッコロを中心に、戦士達は向顔した顔も知らない少年の顔を見遣る。クリリン達の記憶にない人物である筈だが、クリリンとピッコロの名を知っている。少年の表情に含まれる、どこか懐慕の情が見える事が余計に不自然さを思考に産んだ。

ピッコロもそれに疑問を憶えたが、それだけでは小さな物だ。明瞭さに欠ける少年の存在や発言もそうだが、何よりも氷解しないのは少年が見せた未知の実力である。ベジータが妙にいきり立っている原因が知りたかった。

 

「聴きたい事がある」

「答えられるかは分かりませんが」

「答えられる限りで構わん……。貴様、サイヤ人だろう」

 

晤言するピッコロと少年。ヤムチャ達の目にも真剣さが出始める。少年は目を泳がしはしないが、視線はなぜか下を向く。黙秘は罷り通らない。ピッコロは更に追求した。

 

「言えんか? では質問を変えよう……。なれるのだろう、超サイヤ人に」

「それは……言えません」

「答えんでも分かる。あのフリーザを一瞬で殺したのだ、その一瞬に上がる貴様の潜在能力で判断できる」

「ごめんなさい。言えないんです……」

 

少年の肩が竦む。土の軋む音がした。まさに一触即発であった。

 

「貴様……!」

「まあ待てピッコロ、聴きたい事は山ほどあるんだ。それに、悪い奴じゃないみたいだしさ」

 

クリリンが荒れるピッコロの肩を掴み取り抑制する。どうにかピッコロは踏みとどまるが、忌々しげにクリリンの手を払い落とした。朗らかな苦笑を浮かべ、クリリンは少年を見た。少年の近くへ歩み寄ると、血で汚れた包帯を巻いた手で肩を叩いた。

 

「クリリンさん……」

「おお、俺の名前知ってんだ? そいやさっきピッコロの名前も呼んでたよな。昔どこかで会った事あったっけか」

「無い。と思います」

「ああそう。まあ俺もちょっと前まで天下一武道会で活躍してたから、知ってくれてても不思議じゃない。そう身構えんなよ!」

「ごめんなさい」

「だーっ、謝るなっての」

 

そう言ってつんつるてんの頭を掻くクリリンの態度で、少年も初めて安堵の息を吐く事が出来た。

 

「君、悟空が帰ってくるとか言ってたよな。あと少しってのは幾らでも言えるが、どうしてここじゃない、少し行った場所だと言い切れるんだよ?」

「それは……。知ったんですよ、たまたま。それよりどうです、今からそこに行って、悟空さんを待ちませんか? 飲み物もありますよ」

 

明らかに誤魔化そうとしている。見逃す程楽天家の人間は居ないが、危険を感じない以上追求は出来ない。少年に対する疑惑は逗まる事を知らずに山高く積もり続けた。

少年が言った通り、場所はそんなに遠く無く、程近い地続きの荒野に皆降り立った。時間にして三分も経っていないだろう。少年は頻りに腕に巻いた、洒落たメカメカしい腕時計を気にする。片足を抱いて小岩に腰掛け、仰ぎ見ては忙忙しく身嗜みを整える。その姿は何故か親戚の叔父叔母に初めて会いに来た子供の様な幼さがあり、武に励む前からあまり親類縁者と関わりがなかったヤムチャ達も流石に気になった。

逸早くそれに気がついたのがブルマだったのは、少年の与り知らぬ所ではあるが聞けば喜んだだろう。ブルマはいつもの高いテンションで、気さくに少年へと話しかける。

 

「ねえ、飲み物あるんでしょう? ビール無いの?」

「! そ、そうでした。色々ありますよ。ホイッ」

「へえ、ビールも入ってるんだ。悟飯くんにはジュースもあるわよ。って、あれ?」

 

独特の爆発音が鳴るカプセルが弾けると、中から小さな携帯冷蔵庫が飛び出る。ブルマの実家、カプセルコーポレーションの看板商品であるホイポイカプセルだ。しかし、ブルマはふと思い出す。こんな商品、開発した憶えがない。父が作っていたと言う話も聞いていなかった。そう言えば、少年が着用しているジャケットはカプセルコーポレーションの社員に配られる服だったとブルマは記憶の隅から掘り起こした。

 

「ねえ、その服うちのよね。あなたみたいなイケメンの社員、私知らないんだけどさ」

 

どこで手に入れたのか、それを聞こうとするが、少年の顔が曇るのを見て言い倦ねた。

クリリンと悟飯が出てきた冷蔵庫の中身を物色するのが見えて、ブルマは折と見て話を変える。

 

「ちょっと、あんた達それじゃ盗人かなんかよ! 逃げやしないんだからゆっくり選びなさいって」

「あ、えへへ。怒られちゃいましたね、クリリンさん」

「おーこわ。ブルマさんなんて逸早く冷蔵庫から飲み物取った張本人なのにな」

「なんか言ったかしら」

「いいえ!」

 

ブルマが拳に息をかけて言い、つい本音が口に出たクリリンが掴んだビール缶を取り零した。無言のまま、後ろで怯える悟飯の表情は誰にも見られていない。生真面目な天津飯の額にも大きな汗が流露している。ピッコロとベジータだけが朗らかな雰囲気から離れて、空ばかりを振り放け見みていた。

 

「で、あとどれくらいで悟空は来るんだ」

 

ごつごつした手を腰に当てて冷えたビールを飲むヤムチャが言う。少年は時計を見ながら、顎に手を当てて考える仕草をした。缶の滴露を人差し指で拭い、充分に喉越しを楽しんだ後の息を吐きながら少年の返事を待った。

 

「計算では、あと十五分程すれば着く筈です」

「十五分か。少しだけ待つ事になるなー。暇潰しに歌でも歌うか!」

「よっ、待ってました!」

「クリリンあんたもう酔ってるでしょ。ヤムチャの歌なんて聞いてどうするのよ!」

「あはは、クリリンさん茹でダコみたいですね!」

 

相変わらず空ばかりを見る二人の悪人を除き、すっかり宴会気分の戦士達なのだった。

 

 ベジータとピッコロは同じく天を仰ぎ見ているが、現実には二人の考えは違っていた。ピッコロ含め、ナメック星人は耳がいい。そして天界の神と同体であったピッコロは殊更に聞き分けと目が良かった。それでも神の察知能力に遥かに劣るが。そのピッコロは、ただ悟空と己の実力がどれだけの差なのかを想像し、胸を躍らせているのだ。遥か高みへと続く闘いの蜀道を。だがベジータは違う。サイヤ人の王子でありエリートである自負と誇りを携え、今は弱者を甘んじるベジータではあるが、その目は確かに何かを捉えている。その向こうにあるモノに気づいた者は誰一人として居ないが、クリリン達の元に現れてから今まで、じっと同じ方向を睨みつけていた姿に、ベジータの焦げ付くような瞳の色を悟ったヤムチャが気がついた。どこからか取り出した(ブルマが持っていたホイポイカプセルだろう)マイクと携帯ラジオを手に話しかけた。

 

「なんだ? 空になにかあんのかよ」

「……いちいちムカつくぜ。あの野郎……」

「はあ? 話が見えねえって」

 

空から目を逸らさないまま、ぼそりとベジータが呟く。自己完結する言葉はヤムチャに通じなかった。

 

「……雑魚が俺に話しかけるんじゃねえ」

「き、来ます! かなり早いですが、悟空さんの宇宙船の信号が近づいてきます!」

 

そう話を切られ、少しだけ腹立たし気になったヤムチャが文句を言おうと肉薄すると、少年が後ろから声を上げた。誰言うことなく悟空が来る筈の空を見上げる。自然と、ずっとベジータが憎々しげに睥睨していた方角に視線が集中する。耳を澄まさずとも、遠方から小さな音が近づいてくるのが分かった。騒音は雷鳴が如く、クリリンの酔いが覚める程の耳鳴りを伴って墜落した。もしあれが悟空が乗っている物と同じであれば、着実に近づいていた筈の宇宙船が、なぜか地に落ち爆発している事になる。クリリン達は皆一様に顎が外れんばかりに口を開けてアホ面を晒している。あのピッコロでさえ目をひん剥いた。

 

「こ……これ、悟空大丈夫なのか?」

「……って、そんなわけないでしょ、宇宙船なんだから大気圏も通ってるのよ! 勢いだけで隕石よりもパワーがあるっての! だいたいこれフリーザ達が使ってた宇宙船でしょ! 神様の宇宙船でさえ光速の何千倍なのよ!?」

「あわわわ」

「ひええええ」

 

ヤムチャが恐る恐る言うと、ブルマがはっとして鳴号するかの様に言う。悟飯が泡を食って蒼白した。急いでクリリンが宇宙船へと行こうとすると、つとめて自然にベジータが行く手を塞いだ。いきなり前に出たベジータに敵意は感じられなかったが、止められるいわれもないクリリンは声を荒げた。

 

「なんだよベジータ! 邪魔するなって……」

「――あれを見ろ」

 

差し迫った顔をして言い止むクリリン。忌々しげにベジータが腕を組みながら指で示す方向を見遣ると、豆粒ほどの大きさでしかないが、小さな人影が宙に浮いていた。意味が分からずベジータを一瞥すると、興味を無くしたのか外方を向いていた。

 

「はあ? ベジータの奴、あれがなんだってんだよ……、って、この気、まさか!」

 

クリリンも思わずたじろいだ。慣れ親しんだ暖かい太陽みたいな気。いつも皆を照らし続ける、笑顔にする気。一番の親友の気。――孫悟空がそこに居た。

 悟飯は今にも飛びつきたい衝動に駆られた。大きい純真無垢な黒い瞳には涙が溢れている。結局、ラディッツとの闘い以降は戦場でしかまともに会話を交わしていない、大好きな父が近くに居る。頬を伝い、靴を涙が濡らす。いてもたってもいられないと悟飯の小さな体が弾ける様に空を跳ねる。心の雨が横に流れては切れた。

 

「お゛っ……、お父さぁぁぁぁん!!」

 

悟空の胸元にひしとしがみつく。くしゃくしゃになった顔を摺り寄せる様に押し付けた。悟空の大きな腕が悟飯を包む。いつまでもいつまでも、愛する父に抱かれて、悟飯は喜色の叫声を上げ続けた。――その後ろで、一人だけ求める様な顔をした少年の心に、冷たい稲妻を奔らせて。

 

 

 

「よっ、皆元気してっか!」

 

 変わらないお気楽そうな悟空の挨拶に、皆肩の力が抜ける思いがした。どれだけ自分が皆を心配させているのか、恐らく悟空は全く知らない所だろう。だからこそ悟空だと言えるのだが。晴天に負けないのどかな人間性に呆れてものも言えなくなるのも何度目かさえ忘れてしまっている。

悟空に引っ付いて離さない悟飯を微笑ましく見る皆。悟空は悟飯の頭をかいぐり撫で回す。乱雑で粗暴だが、仕草は優しさで満ち溢れている。武張った指の節で悟飯の鼻先をくすぐった。

 

「元気にしてたかじゃないぜ悟空。ついさっきフリーザ達が襲ってきて、危うく死に掛けたんだぞ!」

 

クリリンが苦笑う、その手に巻かれた包帯の結び目が乾いた風に靡いて、白うさぎの耳の様に揺れた。どこか悟空の顔は硬く、赤黒く汚れた手を見つめている。すると、ベジータの黒い瞳が射抜くように悟空を刺した。

 

「貴様、もっと前から近くで見ていただろう」

「なんだ、ベジータは気がついてたのか?」

「ついさっきな。そこなガキがフリーザと一緒に来た野郎と戦い始めた頃だろう、カカロットの気が通常は悟られないレベルで突然現れやがった。ご丁寧に俺の真後ろにだ!」

「げ、気づいてたんか? オラ結構本気でダマす気だったのに」

 

意想外に瞠目する悟空の顔は明るい。楽しげに驚いていた。しかし、一方で聞き捨てならないクリリン達は驚いて、縋るようどもり気味に遮った。

 

「ま、待ってくれ、悟空がもっと前から見てたって?」

「お、おう。すまねえクリリン。実はフリーザ達が地球に向かってた事はわかってたんだ」

「それじゃあなんで……」

 

喉元に出かかった言葉が、ソフトボールサイズの氷でも詰まったかの様につっかえる。憤懣やるかたない気持ちで詰め寄ると、悟空はいつもの如く頭を掻きながら応えた。

 

「いやー、まいったまいった。本当はオラの乗った宇宙船を追い越したフリーザ達を見てすぐに駆けつけようとしたんだけどよ、なんだかどエライ強い奴が居るもんだから」

「……様子見しようと潜んでやがったのか、この馬鹿ヤロウ!」

「まったく冗談じゃないわ! 帰ったならさっさと言いなさいよ! あたしが死んだら世界の損失よ、宇宙の終わりよ!」

 

ピッコロの激とブルマのうぬぼれに耳をつんざかれ疎ましげな顔の悟空。全員が呆れを含んだ表情で悟空に突っかかる中、天津飯が振り返って気がついた。

 

「しかし悟空、どうやって宇宙船から出て地球に降り立ったんだ? 宇宙空間に出たら流石のお前も無事じゃいられんだろう」

「あっ、それ俺も気になる。ベジータの後ろにいつのまにか居たんだって?」

「ああ、それはな……」

 

 

 ――地球のみんなが待ちに待った孫悟空。帰ってきた悟空と仲間たちの姿を間近で見ながら、トランクスは複雑気に見ていることしか出来ずに居た。



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