クールなメイドさんとイチャイチャしたい話【胸糞】 (黒糖バス)
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クーデレメイドさんとイチャイチャしたい話【胸糞】
「勇者様、こんな時間にどこへ出掛けられるのですか?」
廊下で裕也を待っていたのは、この世界に於いて最も多く会話をしたメイドだった。銀髪碧眼の恐ろしく顔の整ったそのメイドは、ジーッと裕也の方を見つめている。元々冷たい印象を受ける彼女の目だが、この時の裕也には自分を非難している様に感じられた。
(くそっ…! なんでこの人は夜中に俺の部屋の前にいるんだよ…!)
内心で舌打ちしてしまう。彼は今まさに脱走の最中なのだ。誰にも見つからずに城を抜け出すつもりであったが、まさか部屋から出て早々に目撃されるとは思ってもみなかった。
──裕也が戦争の為に異世界に召喚されたのは一週間前だった。
何故かは知らないが、異世界人に比べて地球人は強くなりやすいらしく、彼がいる王国は大儀式を行なって地球人を召喚しているらしい。裕也はこの国の三人目の勇者として呼び出されたのだった。
召喚直後は非力な地球人も、数ヶ月に及ぶ訓練を経る事で一騎当千の人間兵器へと成長する。その為に、召喚されたその日から毎日10時間にも及ぶ訓練が行われた。その内容は過酷の一言である。裕也は7日も耐えた自分を褒めてやりたい程だった。
目の前のメイドに意識を戻す。彼女は裕也の世話係として身の回りの事をしてくれただけでなく、愚痴を聞いたり、身体のマッサージを行ってくれたりと何かと気にかけてくれた。
どちらかと言えば無愛想であり、お礼を言われても「仕事ですから」と返す彼女だが、頼る相手のいない裕也にとって心の支えとも言える存在だった。
「っ、…メイドさん。トイレに行こうかと思いまして…」
「外套を羽織ってバッグを抱えてですか? お忘れかもしれませんが御手洗いなら廊下の突き当たりに御座います。歩いて30秒の距離ですね」
「うっ…トイレの後に散歩でもしようかなって。ほら、ちょっと夜風にあたりたい時ってあるじゃないですか…」
「なるほど。明日も朝から訓練があると言うのに大した余裕ですね。教官にもう少しきつくしても問題ないとお伝えしておきましょう」
「やめてくださいお願いします!!」
さらっととんでもない事を口走るメイドに裕也は全力で頭を下げる。今でも限界を超えているのにこれ以上となったら間違いなく死んでしまう。いつもぶっ倒れる裕也を介抱してくれる彼女だってそれは分かっているだろうに……。
ふっ、とメイドは小さく笑った。どうやら彼女なりのジョークだったらしい。責める様な視線を向ける裕也に彼女は一転、真剣な表情をして言った。
「──城を脱走されるのですね?」
あっさりとした口調で訊ねるメイドだが、その内容は勇者にとって最大のタブーだった。
勇者とは一人で戦況を覆す力を持った兵器なのだ。地球で言う核兵器や弾道ミサイルの様な物だと考えたら良いだろうか。──つまり、勇者の脱走はそう言った兵器を持ち出す事と同様の大罪なのである。バレれば勿論死刑である。
裕也は顔を青くさせて、メイドに懇願した。
「っ、お願いします、メイドさん。どうか見逃して下さいっ」
「……それは出来ません。勇者様はここを出てどうやって生きて行くおつもりなのですか?」
「それは……まだよく考えていないけど、冒険者ギルドって言うのがあるんですよね? 取り敢えずそこで仕事を探したりするつもりです…!」
「冒険者ギルドの依頼はモンスター退治が主です。今の勇者様の実力で務まるとは思えません。きっとモンスターに殺されるのがオチです」
メイドは冷たい声で裕也の未来を予想する。それが単なる脅しとは思えず、裕也は顔を強張らせた。
この一週間で目に見えて身体能力が上昇した彼だが、城の騎士達相手には手も足も出ないでいる。もしモンスターの強さが騎士の半分でもあれば、メイドの言葉は現実となるだろう。
「それに勇者様はこちらの世界の常識を知りませんよね? そんな状態で追手に見つからず生きて行けると本当にお思いですか?」
「で、でも…、もう限界なんですよ…! 毎日毎日気を失うまで扱かれて、昨日なんて教官の蹴りで腕の骨を折られましたし…。治癒魔法があるからって全然容赦しないんですよ、あの人達…! それで、そんな地獄を耐えたら今度は戦場に送られて人を殺さなきゃいけないんですよね? ──そんなの、あんまりだ…! 戦争したいなら自分の国の人間だけでやってくれよ…!!」
唯のメイドでしかない目の前の女性に言ってもどうしようもない事はわかっている。しかし、裕也はどうしても言わずにはいられなかった。
(……王様や教官には何も言えないクセに、色々と良くしてくれるメイドさんにこんなこと言うなんて情けないな…俺…)
自分の吐いた言葉に嫌悪感が湧く。
メイドは裕也の言葉を受け止めると、僅かに表情を歪めた。
「それについては同情致します。この世界の者として謝罪もしましょう。──ですが、勇者様が数年後に生きている可能性が高いのはここに残る方だと断言させて頂きます。この国は脱走者を見逃す程優しくはありませんし、この世界は無知な方が生き残れる程甘くないのですから」
罪悪感や不安、憂いのこもったメイドの声。それを聞いて裕也はようやく理解する。彼女はただ、自分の身を案じてくれているのだと。裕也に向ける視線には、脱走すると話す彼を責める感情は一切含まれていなかった。
(そう言えば、この人だけがちゃんと俺を一人の人間として見てくれたな…)
何人もいるメイドの中でも彼女だけは特別だった。
最初の日。突然召喚され、不安に押し潰されそうな彼の話を彼女は静かに聞いてくれた。いつも時間を作って様子を見に来てくれたし、訓練が辛くて涙を流した時に優しく頭を撫でてくれたのも彼女だ。
「勇者様のせいで今日も残業です」とか「出世したら恩を十倍にして返して下さい」などと本気かどうか分からない事を度々口にするが、それでも碌に会話をしてくれない他のメイドと比べると遥かにありがたい存在だった。
「……メイドさん、俺どうしたらいいんでしょうか…?」
「それを私に聞きますか? ──当然、部屋に戻って休むべきだと思います。そして明日からも訓練を頑張ってください。それがこの城で働くメイドとしての私の答えです」
「そうですよね…。メイドさんは別に俺の味方って訳じゃないんですもんね…」
「その通りです。国から御給金を頂いている私は当然、国の味方です。勇者様とお話しているのも仕事の一環ですので、変な期待を抱かれても困りますね」
相変わらずの冷たい口調でメイドは言い切る。本当に仕事としか思っていないのなら、人を呼んで裕也が脱走を企んでいる事を伝えれば良いのに、それをする素振りはない。誰かに知られる前に彼を説得しようと言う彼女の優しさが伺えた。
「御給金って…。それじゃ、もし俺が今以上の給料を約束したら、俺に着いて来てくれたりします?」
メイドが自分を説得しようとしている事を悟った裕也は、逆に彼女を説得出来ないかとそう提案した。
普通に考えれば受け入れられる筈のない話だ。裕也自身も本気ではない。彼は呆れた顔で拒否するメイドの姿を予想しながら、返答を待った。
「構いませんよ」
──しかし、裕也の予想に反し、彼女の答えはまさかの了承だった。
「──え? い、良いんですか?」
「はい。私は隣国の出身ですのでこの国に思い入れなどもありませんから。月に金貨6枚を約束して頂けるのでしたら、勇者様の力になる事も吝かではありません」
「マジですか…! え、そんな軽い感じで決めて良いんですか?」
「勇者様をちゃんと鍛えていけば、いずれは最高位の冒険者になれる筈です。ふふっ、そうなれば大金持ちですね」
「…さっきモンスターに殺されるのがオチとか、この国は脱走者を許さないとか言ってませんでしたっけ?」
「アレは勇者様が一人の場合の話です。私が着いていれば何の問題もありません。それで、どうされますか? 私を雇って見ますか?」
「……っ」
流石に彼女が言っている事が本気だと信じることは出来なかった。今、彼女はメリットしか語らなかったが、裕也に協力すれば大罪人として指名手配されるのだ。それはいくらお金が貰えたとしても割に合わないデメリットの筈である。
(勇者の将来性に投資した? 善意で俺を助けようとしているだけ? いや、どちらも理由としては弱い気がする)
彼にはメイドの考えが全く読めなかった。恐らく彼女には裕也には分からない目的があるのだろう。だが、この地獄から抜け出す選択肢を提示されては、それに乗る以外の答えはなかった。
「分かりました。どうか俺と来て下さい…!」
「かしこまりました」
即答するメイドの姿はとても頼もしく見えた。
★
それからメイドの行動は早かった。
自室から荷物を持って来た彼女は、裕也を先導して城からの脱出を始めた。何故か完璧に把握している警備の穴を縫い、遭遇した使用人を手慣れた様子で気絶させ、地下にあった抜け道を通って城の外へとまんまと逃げおおせる。
僅か30分と言う短時間でこの国で最も厳重な場所を脱出した裕也達はその足で王都からも発ち、森の中で野宿する事になった。
この短い間で裕也が分かった事がいくつかある。まず、このメイドは元々裕也の脱走に手を貸すつもりだったのだろうという事だ。
そうでなければあまりに準備が良すぎるのだ。時間が無かったにも関わらず今も彼女は二人分の夜営道具を用意している。
二つ目が、彼女がめちゃくちゃ強いと言う事だ。王都を出てから三度、モンスターと遭遇したが、彼女は華麗なナイフ捌きでそれらを討伐して見せた。どうしてそんなに強いのか訊ねると「これくらいメイドの嗜みです」と涼しい顔で言ってのける。裕也には彼女の動きが城の騎士達よりも洗練されている様に見えた。
「勇者様、夜間は冷えますのでこちらの服に着替えて下さい」
「俺の着替えまで用意してくれてたんですか…? いつの間に…」
「どんな状況にも備えていただけです。タオルもありますのでお身体をお拭きします」
「えっと、じゃあ背中だけ拭いて貰っていいですか?」
裕也がインナーを脱ぐとメイドが身体を拭いていく。蒸されたタオルは汚れと一緒に彼の疲れも取っていった。
「どこか痒い所はありませんか?」
「いえ、大丈夫です…っ」
美しいメイドに身体を拭かれる──その慣れない状況に裕也はおかしな気分になりそうだった。至近距離で彼女の息遣いを感じ、柔らかい手が背中に触れる。それだけで顔が熱くなってしまう。
身体の前側も拭こうとする彼女からタオルを受け取り、手早く全身を綺麗にした裕也は渡された厚手のシャツを着ていく。更に、彼女に背を向けてズボンも履き替えると全身黒尽くめの姿となった。何らかの魔法が込められているのだろう。寒さが一気に軽減する。
裕也は礼を言おうとメイドの方を振り返った。
「────っ!?」
そこで彼は思わぬ光景に一瞬だけフリーズする事となる。
彼の視線の先には服を脱いで肌を晒したメイドの姿があったのだ。メイド服のエプロンをほどき、黒いワンピースも腹の辺りまで下ろしている。その上半身には白いブラジャーだけが着けられているが、それも上方にズラされており、柔らかそうな乳房が露わになっていた。
(胸、思ってたより大きい…)
彼女はちょうどタオルで乳房を拭いているところだった。自分を見つめる裕也に気が付いている様であったが、一切気にする事なく手を動かしている。ふにふにと形を変える胸と、時々見える桜色の突起に視線を向けていた彼は我に返って彼女に背を向けた。
「す、すみません──っ」
「お気になさらず。減る物でもありませんし、興味がお有りでしたら見て下さっても構いませんが」
「あ、有難い申し出ですけど、俺には刺激が強すぎますっ!」
「そうですか。出来れば私の背中も拭いて頂きたかったのですけど…」
残念そうな声でそう呟くメイド。裕也は自分だけ背中を拭いて貰った事に後ろめたさを感じたが、とてもではないがそんな度胸は無かった。
背後で衣擦れの音がする。それだけでメイドがワンピースを完全に脱いだ事が分かった。裕也は彼女の下着姿を思い浮かべてしまい、頬を赤くする。
──その後メイドが着替え終わるまでの数分間、彼は背後を振り返りたい欲求と戦う羽目になったのだった。
彼女は裕也とお揃いの黒を基調とした服を着ていた。違いはズボンの代わりにスカートを履いている事くらいだろうか。服装が違うだけで随分と雰囲気が変わる。今の彼女はメイドではなく凄腕の戦士の様に見えた。
「さて、では勇者様に明日からの予定をお話しておきましょう」
「えっと、取り敢えず辺境の都市を目指すんでしたっけ?」
裕也が、城からの脱出の際に聞いた内容を思い出しながら言う。合っていたのかメイドは一つ頷いてから話し始めた。
「徒歩で5日掛かる距離ですが冒険者ギルドの影響力が強い都市があります。そこなら身分の不確かな者が多く出入りしますので隠れるには最適でしょう。そこで冒険者として依頼をこなし、国外への出入りが自由となる銀級までランクを上げる予定です」
「銀級ですか。それって、簡単になれる物なんですか?」
「いいえ。冒険者として一流の者でなければなる事ができません。私が勇者様を鍛えながらとなると半年くらい掛かるでしょうね。それでもとても早い方ですけど」
冒険者のランクは上から王、金、銀、銅、石とある。5年以内に銀級になれたら早い方であり、大多数の冒険者はその一個前の銅級で全盛期を終えてしまう。その知識がない裕也には分からなかったが、メイドの話はとんでもない内容だった。
「急いで国外に逃げた方が良くないですか?」
「その説明がまだでしたね。勇者様の黒髪はこの国では珍しくありませんが、他国では殆ど見かけない色なのです。なので、すぐに見つかって密入国者として捕らえられてしまうでしょうね。ですが銀級以上の冒険者になればどの国でも正式に出入国が出来る様になりますので、他国で堂々と生活出来ます」
「なるほど。なら半年間追手に見つからずランクを上げる必要があるんですね」
「そう言う事です。これから大変でしょうが一緒に頑張りましょう」
そう言ってメイドは微笑んだ。初めて見るその表情に、裕也は思わずドキリとさせられるのだった。
★
「──ユウ様。そろそろ起きて下さい」
裕也はメイドに身体を揺すられて目を覚ました。顔を覗き込む様にして声を掛けていた彼女は、彼の目が開いたのを確認するとベッドから降りて一歩下がった。
それを残念に思いながら、彼は布団をのけて起き上がる。隣のベッドを見ると布団が綺麗に整えられていた。メイドは既に黒い服に着替え、肘や膝に鎧を装備している。
そこで、今日依頼を受ける予定だったのを思い出し、裕也は慌てて身嗜みを整え始めた。
「すいません、サラさん。また寝坊してしまって…っ」
「問題ありません。隣で眠る私が気になって中々寝れなかった事は分かっていますので。隣で
含み笑いをして見せるメイド──サラ。彼女の言葉に裕也は顔が引きつるのを感じた。年頃の男女が同じ部屋で寝ているのだ。意識するなと言うのは無理な話である。
それでも最初の頃は我慢していた彼だが、すぐに限界を迎え、サラが寝入った後に性欲を発散させる事が増えていた。勘のいい彼女の事だからバレているだろうとは思っていたが、口に出されてしまうと後ろめたい気持ちが湧いてくる。
装備を整えた裕也は、それを誤魔化す様に元気に宿屋の部屋を出るのだった。
──裕也達が城を脱出してから3か月が経った。
無事に目的の都市に辿り着き、冒険者となった彼等は順調に依頼をこなし、早くも銅級へと昇進していた。サラによる指導のお陰で一人でモンスターを倒せるまでに成長した裕也と、既に戦士として一流であるサラのパーティーは期待の新鋭として注目されている。
この3か月の間に変化した事がいくつかあった。
一つ目が呼び方である。「勇者様」「メイドさん」では追手に自分から正体を教える様なモノである。その為、初日の内に下の名で呼び合う事を決め、現在では違和感なく呼び合えるまでになった。
二つ目がお互いの関係だ。サラは護衛の為に裕也の側を離れようとせず、宿の部屋まで同室にしてしまった。四六時中一緒に過ごせば当然打ち解けるもので、今の彼等の間には確かな信頼関係が構築されている。
特に裕也の方は美しい女性と過ごして情が湧かない筈もなく、サラを意識している事が周囲にはバレバレであった。そしてサラの方も満更でもない様子でそれを度々揶揄っている。
──そんな二人をギルドの面々は微笑ましく見守っているのだった。
「あら。《駆け落ち》の二人も今日は依頼を受けるのね」
冒険者ギルドに入った裕也達に声をかける者がいた。それは金髪の美しい剣士だった。彼女が良く知った顔であった為、裕也は挨拶をする。その後ろでサラも頭を下げた。
「こんにちは。リーフィアさんもモンスター退治ですか?」
「ええ、近くに強力な個体が出たらしくってね。被害が出る前に私達が討伐しておこうかと思って」
「そうなんですか。流石は"マーシャルの護り神"ですね。頑張って下さい」
彼女の名前はリーフィア。このマーシャル領最強のチームである《女神の寵愛》のリーダーをしている女性だ。彼女達は危険な依頼を率先して受けており、同じ冒険者だけでなく街の人達からも絶大な信頼を得ていた。裕也とサラは、この都市に来た時から何かと世話になっており、頭の上がらない相手でもある。
少し会話をすると彼女のチームはギルドを出て行った。それを見送った裕也は、サラを振り返って苦笑いする。
「また《駆け落ち》って呼ばれましたね…。なんか、すいません」
「ええ、全くです。ユウ様は嬉しいかも知れませんが、お陰でそういう目で見られてしまって迷惑です」
「べ、別に、嬉しくない………訳でもないですけど…。え、そんな嫌なんですか?」
「いえ、別に。ただ、《駆け落ち》と呼ばれる度に嬉しそうにするユウ様の顔が気に食わないだけです」
「うえっ? そんな顔してますか? えっと、すいません…」
落ち込んだ様に謝罪をする裕也。だが、サラの顔が微かに笑っている事に気が付いた為、すぐに冗談だと悟る。それを遠目に見る他の冒険者達は「またやってるぜ」と呆れた表情を浮かべていた。
──《駆け落ち》とは裕也達の通り名である。
常識知らずな上に子綺麗な格好をした裕也と、如何にも使用人といった雰囲気のサラは、駆け落ちした貴族とその使用人だと冒険者達から思われていた。宿屋では同じ部屋に泊まっている事も知られており、周囲は完全に二人をそういう関係だと認識しているのだ。
その為、いつの間にかその呼び名が広まっており、最速で銅級に昇格した際に通り名として完全に定着してしまった。
裕也はこれを内心で喜んでおり、サラの方も誤解させておいた方が城からの追手を欺けると考え、受け入れているのであった。
★
それから更に幾つか依頼をこなしていった裕也達は、僅か5カ月で銀級への昇格を認められ、後は証明書を交付されるのを待つだけとなった。実力も既にリーフィア達《女神の寵愛》に次ぐマーシャルNo.2となっており、都市の人々からも認知されている。このまま行けば来月にでも隣国へ渡ることが出来る所まで来ていた。
そんな時である。
──街に勇者が来訪したのは。
★
裕也の一回前の儀式で召喚された《黄金の勇者》。既に戦場にて数々の戦果を挙げており、地球人を見下している国王でさえあまりの功績に渋々ながら貴族位を与えた程の人物である。輝く様な美貌に勇者の中でも飛び抜けた実力を誇る英雄。そんな彼がマーシャルの街を訪れたのである。
それを裕也達が知ったのは冒険者ギルドに入り、中で行われている光景を目にした時だった。
そこで、いつも冒険者達に笑顔を向けている受付の少女が勇者に犯されているのを目撃した。ギルドの制服は無残に引き千切られ、床に散らばっている。昼間のギルド内で全裸にされた彼女は壁に手を着かされ、背後からペニスを挿入されていた。
ギルドのアイドルたる受付嬢が悲鳴をあげても、冒険者達はただその様子を見つめているだけだった。その表情は一様に歪められており、彼等が勇者の行いを苦々しく思っている事は間違いなかった。本当ならば力尽くでも少女を助けたい筈である。しかし、貴族位を持つ相手には平民は絶対服従というのがこの国のルールだった。
勇者は少女の中に欲望を吐き出すと、彼女を端の方へと突き飛ばした。彼女は悲鳴を上げて、そこにいた女性達の上に倒れ込んだ。──そこで。裕也は三人の女性達が床に倒れている事にようやく気付く。
「え……あれって…」
「…《女神の寵愛》の方々ですね」
少女と同様に服を剥ぎ取られた女性達は既に犯された後らしく、股の間から白い液体を流していた。ピクピクと小さく痙攣する彼女達の顔に裕也は見覚えがあった。茶髪の魔法使い、小柄な盗賊、優しげな神官。それはリーフィアを除いた《女神の寵愛》のメンバー達だった。
最高位である王級の冒険者達さえ弄ばれていたと知り、裕也の驚愕は一層強くなる。隣ではサラも同様に目を見開いていた。
辺境の護り神として活躍する《女神の寵愛》。その実力は下手な勇者を凌ぐ程である。圧倒的な強さと整った容姿から、男性冒険者に高嶺の花の様に思われていた彼女達は、たった一人の男によってその尊厳を踏みにじられていた。
三人とも意識が朦朧としているようで、大切な場所を隠す余裕もないみたいだ。その裸体には新しいアザがいくつもあり、それだけで乱暴を受けた事が分かった。
「田舎にしてはレベルが高かったな。特に冒険者は締まりが良くて最高だ。気が強いとこも屈服させがいがある」
勇者は倒れ伏す女性達を見下ろしながらそんな事を口にする。四人もの女性を犯した後だと言うのに疲れは一切感じさせなかった。
彼はズボンを整えながら、ギルド内に視線を巡らせた。そこで初めて彼の顔が目に入る。裕也と同じ黒髪黒眼。どう見ても日本人であった。
(めちゃくちゃイケメンだな。モデルとかしてたのか…?)
爽やかな王子様然とした容姿は非常に良く整っており、普段であれば女性達から熱い視線を向けられていただろう。しかし、彼の暴挙を見ていた女性冒険者達はただ怯えた様に身体を震えさせていた。
「んー。そこそこ可愛いのはいるけど王都に比べたらレベルが低いな。まあ、尻並べさせて味見だけしとくか────ん?」
女性達の顔を見比べていた勇者は、裕也の背後にいるサラを見て動きを止める。嫌な予感がした二人だが、蛇に睨まれたカエルの様にその場を動けなかった。
彼はゆっくりと裕也の横を通り過ぎてサラの前まで移動する。そして自然な動作で彼女の顎を持ち上げた。無理やり勇者と視線を合わす事となった彼女はいつもの澄まし顔を僅かに強張らせていた。常に余裕を感じさせる彼女のそんな姿は、初めてだった。
勇者は彼女の唇を指でなぞりながら、その顔を見下ろす。
「俺、銀髪のクールキャラとか大好物なんだよな。地球じゃ無い髪色だし」
「…何を言っているのか分かりませんが、手を離して頂けますか?」
「顔もこの世界で見た中じゃ最高だけど声もめちゃくちゃ好みだわ。アンタ名前なんて言うの? よかったら俺と付き合ってみないか?」
「…申し訳ありませんが、軽い男性は好みではありませんので」
「へぇ…この状況で良く拒否できるな。気の強いところも気に入ったわ」
「────っ!!」
──いきなり、勇者がサラに顔を近づける。突然の事に反応出来なかった彼女は、そのまま彼に唇を奪われてしまった。
必死に抵抗するが想像以上に強い勇者の力のせいで逃げることが出来ない。結局、彼は数秒に渡ってサラの唇を味わうと、糸を引かせながらその顔を離した。
息を乱し、頬を紅潮させた彼女はキッと勇者を睨み付ける。
「っ……なんて馬鹿力…」
「そう睨まないで欲しいな。立場分かってるか? 俺これでも子爵だからさ、平民が逆らったら不敬罪になるんだぜ?」
「……っ」
軽い調子でそう口にした勇者は、サラが固まるのを確認するといやらしい手付きで彼女の胸を揉み始めた。
「お、おい…! サラさんから手を除けろ…!」
と、そこで裕也が動く。勇者のオーラに気押されていた彼だが、目の前で好きな人が無理やりキスをされるのを見て覚悟を決めたらしく、怒りを浮かべながら勇者の腕を掴んだ。
「あ? 誰だよお前」
「…彼女の仲間だ。勇者だろうが貴族だろうがそれ以上好き勝手するなら力尽くで止めさせてもらうぞ…!」
「ハッ、誰に口聞いてんだ雑魚が──」
「?! ────ガフッ!」
裕也には同じ勇者だという油断があった。城にいた頃よりずっと強くなっているという自負もそれを助長した。しかし、過酷な訓練を乗り切った者と、早々に逃げ出した者の間にある差は彼が想像するより遥かに大きい物だった。
一撃。
それだけで勝負は着いた。
無造作に放たれた勇者の拳は、裕也をギルドの壁まで吹き飛ばし戦闘不能に追いやった。意識こそあるものの身体に力が入らず立つ事もできない。そんな裕也の姿を周りの冒険者達は苦々しげに見つめていた。
ギルドで二番手の実力者が呆気なく敗れたのだ。僅かに希望を抱いていた彼等は人間兵器とまで呼ばれる勇者の実力を目の当たりにし、一層顔を青ざめさせた。
唯一この結末を予想していたサラは裕也に大きな外傷が無いことを確認し、安堵の息を吐く。
「ぐっ……く、くそ…っ」
「…ユウ様。私の事は良いですのでこの方に逆らわないで下さい…」
「っ…で、でも……」
「……黄金の勇者様。先程までの無礼な態度を謝罪します……もう私は抵抗致しませんので、どうかあの方を見逃して頂けないでしょうか…」
サラが必死な様子で勇者に懇願する。
護ろうとした女性に庇われる事となった裕也はそれを聞き、悔しげに表情を歪ませた。
「別に野朗の事なんてどうでもいいさ。アンタが大人しく俺に抱かれてくれるって言うならありがたい限りだ。────だが、それにしても情けないな、アンタの仲間は。同じ男としてああはなりたく無いぜ」
「…ユウ様はまだ成長途中なだけです。いずれ貴方様より強くなって下さると私は信じています…」
「へぇ、そうかよ。なら今は自分の女が他の男に抱かれる所を黙って見ててもらおうか」
多くの冒険者に見られる中、サラは勇者によって身体を
一緒に生活する裕也でさえ指一本触れた事のない彼女の身体を、勇者は自分の物の様に撫で回す。そして、ただ眺める事しかできない裕也の方に勝ち誇った様な視線を向けるのだった。
勇者はサラのシャツのボタンを外していく。あっという間に胸元をはだけさせると白い下着が顔を覗かせた。冒険者にしては可愛らしいフリルの付いたブラジャーだ。勇者はその上から彼女の乳房を揉みしだいていく。
「ッ──」
勇者は好き勝手に指を動かした。
その乱暴な行為にサラは胸の痛みを覚え、顔を曇らせる。それを彼は面白そうに眺めていた。
「胸も思ったよりあるな。本当に冒険者なんて底辺やるには勿体ない女だよ」
「──褒め言葉だと受け取っておきます」
「クククッ。それじゃ、そろそろ下の方も触ってやるよ」
胸を数十秒に渡って堪能すると、遂に彼の手はサラの下半身へと伸ばされた。そしてスカートの端を掴むとゆっくりと捲り上げていった。細い太ももが少しずつ露わになり、そしてその付け根にある逆三角形の布が冒険者達の目に触れる。
ブラジャーとお揃いの白いショーツ──勇者はその縁に指を掛けると、膝の辺りまで下ろしてしまった。
「へぇ…綺麗な色をしてるな」
冒険者達は悪いと思いながらも、美しい女性の下半身に目が吸い寄せられてしまう。
まず目に入ったのは銀髪の茂みだ。丁寧に処理された恥毛は清潔感があり、見惚れる程美しかった。その下にはピタリと閉じられたスリットがある。柔らかそうなワレメは男を受け入れた事がない事が一目でわかった。勇者はそこをなぞる様に指を這わせる。
「知り合いに大事な場所を見られるのはどんな気分だ?」
「少し恥ずかしいですね。女性を衆人の目に晒す趣味でもおありなのですか?」
「よく分かったな。女を辱しめるのが一番興奮するんだよ。宿の看板娘を店の前の往来でストリップさせたり、学校のマドンナをモテない男子達の前でめちゃくちゃに犯したり。──特に戦場で捕まえた女騎士をその場で犯した時は最高だったぜ。そいつの積み重ねてきた物やプライドを壊す感じがしてさあ!」
勇者は饒舌に語りながらワレメを弄る。表面上は平静を保っているサラは与えられる刺激に唇を固く結び直した。メイドとして城で働いていた彼女は、過去にも好色家の貴族にセクハラの様な事をされた事がある。しかし、秘部を剥き出しにされ、直接触られるのは当然初めての経験だった。裕也が見ている手前何でもないように装う彼女だが、内心では勇者に対し、恐怖を抱いていた。
「おっ、濡れてきたぜ。これだけの男達に恥ずかしい汁を見られちまったな」
サラのワレメから零れた蜜が勇者の指を濡らす。まだ微かに湿り気を帯びている程度だが、それは彼女が勇者の愛撫に快感を覚えている何よりの証拠だった。
(あのサラさんがあんな男に…)
いつもクールな表情で隙を見せないサラが、男の手で感じさせられる様子を目の当たりにし、裕也は複雑な感情を抱く。
彼はサラを完璧な超人の様に認識していた。豊富な知識に、どんな状況にも動じない胆力、そして《女神の寵愛》にも劣らない戦闘力。それらを併せ持つ彼女は例え勇者が相手だろうと難なく耐えてみせると思っていたのだ。しかし、実際には禄に抵抗も出来ず辱めを受けている。裕也はようやく彼女の澄ました顔が強がりである事を理解したのだ。
「…どんどん溢れてくる。気の強そうな顔しといて、ここは随分と素直じゃねーか」
「……生理的な反応──と言っても滑稽なだけでしょうね…。あまり苛めないで頂けますか……?」
「そう嫌そうな顔しないで楽しんだらどうだ? 彼氏よりも気持ち良くさせてやるからよ」
「ユウ様と私は別にそう言う関係では──ッ」
勇者の指が陰核のあたりに触れた瞬間、サラの身体が僅かに跳ね上がった。すっかり濡れそぼったワレメはその花弁を開き、奥から溢れさせた蜜を太ももまで垂らしている。その余りにも卑猥な姿に勇者は満足げに笑みを浮かべた。
周りの冒険者達は股間を膨らませ、バツが悪そうに手で隠している。相棒が弄ばれている裕也もまた、彼女の艶かしい姿に見惚れていた。サラはそれを咎める事なく逆に申し訳なさそうに顔を俯かせる。
「脚を開きな。
「……せめてスカートで隠させて下さい…」
「ダメだ。ちゃんとギルド中の男に見える様に脚を広げてろ。固くなってるクリトリスから、ふやけた女の部分までよく見て貰えよ」
しばらく躊躇した後サラは諦めた様に、閉じていた股を左右に開いていく。そして股間を差し出す様な格好を強制されてしまった。あまりの羞恥に彼女は目を瞑り、顔を横に逸らす。冒険者達の視線を股の間に感じながら彼女はただ、この屈辱の時間が過ぎるのを待った。
勇者は彼女の花弁に触れ、左右に広げる。暴かれた女の最も大切な場所は綺麗な紅色をしており、愛液でテラテラとした光沢を纏っていた。
──その下部にある濡れた小さな穴。そこへと勇者の指が伸ばされる。
(サラさん………!)
裕也は目を逸らす事も出来ず、最愛の人の膣穴へ他の男の指が挿入される光景を眺める事となった。
「ぁ………っ」
「濡れてるお陰ですんなり入ったな。──お、なんだ処女膜あるじゃねぇか。期待してなかったが嬉しい誤算だぜ」
第二関節まで入れられた指を一度抜き、付着した愛液を払った勇者は、サラの陰核を摘んで包皮を剥いていく。敏感な場所を露出させられた彼女は、腰を震えさせ、不本意な事に甘い声を漏らしてしまった。
慌てて口を閉じ、悔しげな表情をするサラ。その様子を見下ろしながら勇者は再び彼女のワレメへと指を侵入させた。同時にもう一方の手で剥き出しにした陰核をこねくり回す。
「んっ……、あッ……あ……」
秘部を内と外から執拗に攻められる。それまでに増して蜜を分泌させながらサラは身体を反応させた。口からは確かな嬌声を洩らし、ギュッと手を閉じて刺激に耐えようとしている。
(サラさん、感じてるのか…?)
そこに裕也の知るクールなメイドの姿はなく、男の指に翻弄されるか弱い女性がいるだけだった。
何度も指を出し入れされ、膣内を擦られる。陰核は初めよりも膨らみ、彼女の快感を主張するように固くなっていた。気付けば膝は大開きにされている。その事にさえ気付かず、彼女はされるがままとなっていた。
「エロい声で鳴くじゃねーか。頑張って耐えてる顔も最高に唆るわ。自分で弄るより何倍も気持ちいいだろ?」
「あっ…、んッ……自分で触った事なんて……ありませんッ──」
「ハッ。カマトトぶってんじゃねーよ。そんな上手に快感を逃しといてオナニーした事ない訳ねぇだろ? ────ククッ。マジで無知な貴族のお嬢様とかは早々にイッてションベン漏らしたりするからな」
まるで実際にそういう事があったかの様に話す勇者。少なくとも彼はサラに自慰の経験がある事を確信しているらしかった。
観念した様子でサラは口を開く。
「……偶に、です…」
「へぇ。やっぱオナニーしてるんじゃないか。いつもはどうやってしてるんだ?」
「……陰核を触って、です…」
自分の自慰のやり方を白状させられるサラは恥ずかしそうに顔を紅潮させていた。美しい女性の性処理事情を聞き、冒険者達は更に股間を固くさせる。裕也はいつも側にいる彼女が気付かない所で自慰をしていた事を知り、驚愕した。
「クリイキか。なら、膣でイッた事はないのか?」
「…は、はい」
「──なら、今日は中と外で同時にイカせてやるよ」
手を緩めていた勇者が愛撫を再開させた。膣の浅い部分を小刻みに擦りながら、陰核を弄る。自慰をした事こそあれ人並みの経験しかなかったサラはその攻めに翻弄されるしかない。
なんとか数十秒の間耐え続けた彼女だが、すぐに限界を迎える。彼女はイヤイヤと首を振って勇者の手から逃れようとしたが、最後まで身体を高められてしまった。
「んっ…んんッ……あぁ……、あぁあぁぁッ………!」
サラの艶かしい声がギルド内に響く。
勇者の腕の中で小さく絶頂した彼女は、膝をガクガクと震えさせながら床に座り込んだ。そして何度も身体を跳ね上げさせた。ワレメからは次から次へと蜜が溢れ出し、床を汚していく。
(…ちくしょう……ちくしょう…!)
裕也の中で複雑な感情が渦巻く。目の前でサラが他の男にイかされた。それは男として受け入れ難い事実だった。只々自分が情けない。未だに動かない身体も、そこだけ反応した股間も、無様に涙を流す瞳も、全てが腹立たしかった。
今動かなければもっと取り返しがつかない事になると分かっているのに、見ている事しかできない。
(誰か……誰でもいいから、サラさんを助けてくれッ──!! 勇者を倒してくれ────ッ!)
眼だけを動かし、ギルド内の冒険者達に視線を送る。しかし、それに応えてくれる者はいなかった。
────ただ一人を除いて。
★
「────私の後輩に、何をしているのですか? 私の仲間に、何をしたのですか──!!!」
★
凄まじい轟音と共に勇者が吹き飛ばされる。代わりに、彼がいた場所に一人の女性が立っていた。
金色の髪を靡かせた美貌の剣士。
この街で知らない者のいない最強の守護神。
その顔を見た瞬間、ギルド中の冒険者達が大きな歓声を上げた。あのサラですら安心した様に表情を緩める。それだけ彼女の存在は心強かった。
王級冒険者チーム《女神の寵愛》のリーダー・"剣姫"リーフィア。
いつも微笑みを浮かべる優しい英雄は、その顔を怒りに染めて勇者を睨み付けていた。
「……イッテーな。チッ、口切った。誰だか知らねぇけど────死ぬ覚悟は出来てるよな?」
壁に叩き付けられた勇者は苛立たしげに立ち上がった。口から血を流しているが、その身体にダメージらしいダメージはない。いきなりの攻撃に相当キレているらしく、美しいリーフィアの顔を見ても何の反応も見せなかった。
「死ぬ覚悟? それはこちらの話だわ。よくも私の仲間達を玩んでくれたわね。勇者と言っても少し調子に乗り過ぎよ」
「あ? ──ああ、お前あの女達の仲間か。そこそこ楽しめたぜ? お前のオトモダチはよぉ!」
「──殺すわ」
────ドンッッ!!
再びの轟音。
裕也が気が付いた時にはリーフィアと勇者は別の場所に移動しており、いつの間にか握っていた剣で斬り結んでいた。あまりのスピードにその戦闘を目で追えた者は皆無だった。
テーブルが吹き飛び、床が陥没し、壁に穴が空く。
そんな破壊の跡だけを残しながら高速で移動する二人は、周囲の被害を考慮せず攻撃の応酬を続ける。動けない裕也とサラは他の冒険者の手で安全な場所へと移動させられた。
「ユウ様…ご無事ですか…!」
「…サラさんこそ。すみません、俺が弱いばかりに…」
自分が被害にあっていたにも関わらず裕也の事を心配するサラ。その姿に彼の罪悪感は一層増し、弱々しく頭を下げた。
「私の事は良いのです。無様な姿を見せてしまい申し訳ありません。────それより、流石は剣姫リーフィア。王国最強と言われるのも納得の強さですね。悪名高い黄金の勇者と互角とは…」
ショーツを履き直し、スカートを整えながらサラは呟いた。勇者と剣姫どちらが優勢であるのか分からないが、リーフィアの強さを良く知っている冒険者達は彼女の勝利を確信していた。
ギルドを半壊させた戦闘は意外にも早くに決着を迎える。
────勝者は勇者だった。
剣戟が止み、冒険者達が目にしたのはほぼ無傷で立つ勇者と、その足下に倒れ伏すリーフィアの姿であった。数分間に渡る死闘は勇者の繰り出した手刀によりリーフィアが意識を刈られる形で終わりを迎えたのである。
殺意を持って攻撃してくる相手を生かしたまま無力化する──それは彼我の実力差が大きく開いていなければ不可能な芸当だ。対人戦の経験が少なかったとは言え王国最強と呼ばれる冒険者を圧倒するだけの実力を勇者は有していたのである。
勝利した勇者は意識のないリーフィアを罵倒しながらその顔を何度も踏み付けた。そして幾らか苛立ちを発散させた後、彼女の髪を掴んでギルドから連れ出したのだった。去り際にサラの方へチラッと視線をやった彼は「続きはまた今度だ」とだけ告げて行った。
それから三日間、リーフィアの行方は誰にも分からなくなる。勇者の拠点に連れて行かれるのを見た者もいたが、誰も助けようとはせず、街の衛兵も勇者が貴族位を持つ事を知ると一切の対応を拒否した。
次に彼女の姿が目撃されたのは街の門の側だった。
そこで倒れているのを発見されたリーフィアは衣服を全て剥ぎ取られ、裸体を晒していた。全身に痣を浮かべ、切り傷や火傷の痕など拷問の形跡も見られた為、直ぐに治癒魔法の使い手の元へと運ばれた。どれほど乱暴に犯されたのか、秘部は赤く腫れ上がっており、陰核の皮は無残に切り取られていた。英雄の悲惨な姿に街の住人達は涙を浮かべ、その回復を祈った。
一方で、完全にハメが外れた勇者は傍若無人に振る舞い始める。街の最高戦力が敗れた以上、彼を止められる者は一人もいなかった。若い女性は片っ端から勇者の拠点へと連れ込まれ、抵抗した者はリーフィアと同じ苦痛を味わう事となる。領主さえも関わりを避け、勇者が目的を達成して街を去るのを待つ事に決めた。
★
裕也の視線の先では二人の男女が身体を重ねていた。二人共服を脱ぎ捨てて秘部を晒しており、男の方が下から女の穴を突き上げている。その度に彼女は嬌声を上げて男の身体にしがみ付いた。その光景を見ている事が出来ず、目を逸らした裕也の耳に彼等の会話が聞こえてくる。
「
「あッ…、んんっ、…は、はいっ、勇者様のお陰ですッ……♡」
「ハハハッ! 毎日抱いてやってるからな! マンコも完全に俺専用に開発済みだしなぁ…!」
「んぁあっ♡そ、そこっ…最高、ですッ♡…ァッ、ぁぁあ、勇者さま……ッ!」
サラが今日何度目か分からない絶頂を迎える。その表情は完全にとろけ切っており、勇者のペニスを咥えたワレメからは淫らな蜜を垂れ流していた。
彼女は先日勇者に教え込まれた通りに腰を振って秘部からいやらしい水音を響かせる。その姿は、数日前に身体を震えさせながら初めてを奪われていた女性と同一人物とはとても思えなかった。
彼女は裕也には決して向ける事のない熱の籠もった目で勇者を見つめ、その唇にキスをする。すると、上体を起こした勇者が互いの身体を入れ替え、覆い被さる様に彼女の唇をむさぼり始めた。
(……何で俺は好きな人が他の男とまぐわってる姿を見てる事しかできないんだ…っ)
裕也は部屋の隅に座り込み、自分の意思では動かない身体に歯噛みしていた。
──勇者が好き勝手に振る舞う様になって一週間が経った。
彼に目を付けられていたサラは早々にその餌食に合ってしまう。
夜、宿に忍び込んで来た勇者は、気付かずに眠る裕也の隣で彼女を襲い、その純潔を散らしてしまった。彼女のくぐもった悲鳴で目を覚ました裕也が目にしたのは、裸に剥かれて身体を震えさせるサラと、彼女を正常位で犯す勇者の姿だった。裕也は何らかの魔法によって身体の自由を奪われ、サラが弄ばれる様子を朝まで見せつけられる事になった。
それから勇者は毎日の様にサラを抱きに現れ、裕也の目の前で彼女の身体を味わっていった。腰の振り方から、口や胸でペニスを刺激する方法、キスの時の舌の使い方まで教え込まれるサラを裕也は毎回見せ付けられた。絶望する彼の顔を見るのが楽しいのか、勇者は一度も彼を退席させようとはしなかった。
勇者の被害には街中の女性が遭っており、この地に思い入れのない冒険者の中には他所の街へと拠点を移す者も多くいた。しかし、昇格の証明書を必要とする裕也達にはその選択肢は取れず、勇者の狼藉に耐えるしかなかった。
──何より裕也にショックを与えたのは、サラの勇者に対する態度の変化である。
最初は無理やり犯された事に怯え、屈辱に顔を歪めていた彼女だが、次第に甘い声で鳴く事が増えていき、最近では自分から勇者を誘う様な仕草を見せる事も多くなっていた。偶に、抱き合う二人を見て自分の方が邪魔者なのではないかと思ってしまう程である。
今もベッドの上では勇者がサラの乳首を刺激しながらキスを迫り、彼女も頬を染めてそれに応えていた。その姿はどう見ても愛し合う男女にしか見えなかった。
傍若無人とは言え勇者は容姿は整っており、武力では並ぶ者がおらず、国王からの覚えもいい優良株である。全てが平凡な自分と比べたらどちらが魅力的であるかは聞くまでもない。
裕也は胸の痛みに耐えながら、二人の情事を眺め続けるのだった。
★
部屋の隅で座っていた裕也は、窓から差し込む日の光で目を覚ました。立ち上がろうとして身体が動かない事に気付いた彼は、自分が置かれている状況を思い出し、ベッドの方に目を向ける。
そこには勇者に腕枕をされて眠るサラの姿があった。
布団などは床に落ちており、彼女の形の良い胸や銀色の陰毛が見えている。勇者の方は既に起きており、裕也が目覚めた事に気付くとニヤニヤと笑いながらサラの身体を撫で始めた。
ぷっくりとした乳首を摘み、ヘソの辺りを撫でた手は、その後銀髪の茂みを通って股の間へと移動する。そして裕也に見せ付ける様に彼女のスリットを指で弄った。
「お前、こんな上玉と同じ部屋に泊っておいて手も出さなかったのか。とんだヘタレ野朗だな。まあ、俺からしたらありがたい話だけどよ」
「…黙れよ…っ」
「こいつセックスの才能あるぜ? 教えた事はすぐに覚えるし、何より濡れやすいのがいい。──ほら、もうエロい汁を流してやがる」
愛液で濡れた指を裕也に見せながら彼は笑う。眠っているサラは昨晩と違い、裕也の良く知る涼しげな表情をしているが彼女の秘所は発情した様にいやらしい蜜を溢していた。
「今日はもう行くわ。コイツに手を出してもいいけど、そん時は死ぬ覚悟しておけよ」
「…俺がサラさんにそんな真似する筈がないだろ…!」
「そうだよなぁ! そんな度胸があれば俺にサラを寝取られる事もなかったわな。お前に出来る事なんてせいぜいコイツのマンコを見てシコる事くらいだろ? なあ、ヘタレ野朗」
裕也を見下しながら勇者は部屋を後にする。その侮蔑を含んだ目は彼がサラに何かする事は絶対にないと確信している様だった。勇者と距離が離れたからか身体の動きを阻害していた魔法の効果が消える。しばらく座り込んでいた彼はゆっくりとサラの方へと近付き、その様子を伺った。
僅かに紅潮させる彼女の顔は相変わらず綺麗で、他の男に穢された今でも変わらず魅力的だと裕也は思った。
視線を身体の方へ移すと先っぽを尖らせた白い乳房が目に入る。昨晩、勇者によって何度も揉まれ、吸われていた光景を思い出す。いつか野営した日には恥ずかしくて直視出来なかったその場所は、この数日ですっかりと見慣れてしまった。彼女はこの胸を使って勇者に奉仕し、甘い声を洩らすのだ。
更に下の方へ目を向けると、閉じられた太ももの間に薄っすら茂る銀色の陰毛と透明な液体で濡れそぼったワレメがあった。散々犯されたにも関わらずピタリと閉じたその場所はとてもいやらしく──そして美しかった。
吸い寄せられる様にその場所に手を伸ばした裕也は、触れる直前で正気に戻り、手を引っ込める。
「…何をやってるんだ、俺…」
彼は自嘲気味に呟くとサラに布団を掛けた。そして、自分は隣のベッドに腰掛け彼女の寝顔をボーッと眺めるのだった。
「ん………ユウ様…?」
昼前にサラは目を覚ました。まだぼんやりした様子で裕也の方を見た彼女は、安心した様に微笑んだ。
「…ユウ様、女性の寝顔をあまり凝視するものではありませんよ? お陰で嫌な夢を見てしまいました」
「っ、す、すいません…!」
「──冗談です。でも、恥ずかしいのであまり見ないで下さい」
悪戯っぽい笑みを浮かべたサラは、以前と変わらない様子で裕也を揶揄う。どんな顔をしても綺麗な彼女だが、やはり今の表情が一番好きだと裕也は思った。
サラはベッドから降りると下着を身に付ける。白いショーツに脚を通す彼女に見惚れていた裕也はすぐに我に返って彼女に背を向けた。
「別に見て下さっても構いませんよ? 散々恥ずかしい姿を見られているのですから今更です」
「…それとこれとは話が別です。サラさんも少しは気にして下さい…っ」
「……眠っている私の身体を凝視していた方の発言とは思えませんね」
「うぇっ!? 起きてたんですかっ?!」
「いえ、カマを掛けてみただけです。ユウ様が相変わらずのムッツリの様で安心しました」
背後から聞こえるクスクスと言う笑い声は何だか楽しげで、昨夜からずっと痛んでいた裕也の胸が暖かい気持ちで満たされていく。裕也は気付けば涙を流していた。失った物がどれほど大切な物だったのか再認識し、同時に、変わらず彼女とこの様なやり取りが出来ることが嬉しかった。
彼は涙をサラに見られない様に拭い、その幸せな時間を噛みしめるのだった。
★
あれから数週間。
裕也は街に留まり、勇者に抱かれて女の喜びを教え込まれるサラの姿を見続けた。彼の前ではクールに振る舞う彼女が勇者に対しては女の顔をして淫らに腰を振る。その光景は、何度見ても胸をえぐるようだった。
街からは女性の姿が減っていき、《女神の寵愛》のメンバーも先日遂にこの街を去った。相変わらず勇者の目的は不明なままで住人達は嵐が過ぎるのを待つ様にひっそりと生活している。幸か不幸か勇者がサラに夢中になっている事で他の女性が被害に遭う事は比較的少ない。それでも気紛れに襲われる事はしばしばあり、若い女性は皆勇者からの辱めを味わっていた。
この数週間は、女性にとっても男性にとっても辛い記憶として残り続ける事は間違いない。
そんな中、裕也の元に待ち望んでいた物がギルドより届けられた。
──銀級の冒険者を証明するドッグタグと、隣国への通行書である。
裕也は久しぶりに心の底から喜びの声を上げ、サラの元へと走った。部屋で休んでいた彼女は飛び込んで来た裕也に驚いていたが、その手に握る物を目にして納得した表情をする。
「サラさん! これ! 遂に届きましたよ…! やっとこの国を出られます…!」
「…おめでとうございます、ユウ様。これで冒険者としては一流。どの国にも拘束されない権利を手に入れた事になりますね」
「っ…長かったですね…! 城からの追手に見つかる事なく、何とかここまで来れた…! 全て、サラさんが勇者の非道に耐えてくれたお陰です…! 本当に…本当に、すみません…でしたっ……」
「…それは気にしないで下さい。それより出発はいつにされますか? 準備もしなくてはいけませんね」
涙を浮かべる裕也にサラは苦笑する。その目はとても優しげで、手の掛かる弟を見る様な、そんな表情をしていた。
「はい。直ぐに支度しないと。食糧なんかは既に用意してますから、荷物を整理するくらいですけどね。サラさんが良ければ明日の朝にでもこの街を出ませんか?」
冷静なサラの姿に裕也は少し照れ臭そうにしながら、そう提案する。街を出る準備は常にしていた。ならば少しでも早い方が良いと彼は考えたのだ。それに彼女も同意する様に微笑んだ。
そして、何でもない事のように言う。
「そうですか。では──」
「──今日でお別れでございますね」
「……え?」
何を言われたのか理解出来なかった。彼女は変わらず微笑んでおり、一瞬自分が聞き間違えたのではないかと裕也は疑った。
一緒に隣国へと逃げるのである。これからも冒険者として活動を共にし、いつか約束した通り、月に金貨6枚で彼女を雇い続けるのだ。そこに彼等の邪魔をする城の追手も、勇者もいない。彼等は遂に自由を手に入れるのだ────その、筈である。
「お別れって……どういう事ですか…?」
「ちょうど昨日、勇者様から誘われたのです。『王都に一緒に来ないか?』──と。勇者様は既に三人の方とお付き合いされているそうですので四番目となってしまいますが、愛人として可愛がって下さると約束して頂きました」
「なっ…、え…? そ、それを受けたんですか……? なんで…、だってサラさんは、俺と一緒に…。…いや、そもそも王都に行くなんて危険です…!」
「ユウ様を裏切る事になってしまい、申し訳なく思います。ですが、銀級にまで登り詰めた今のユウ様にはもう私は必要ないでしょう。どうか隣国で新しい仲間を見つけて下さい。──それと、私に関しては心配は不要です。勇者様の仲間となれば多少の罪は不問にされる筈ですから」
「な、んですか、それ…。俺は、サラさんとが……っ」
「ユウ様は私の事を異性として意識して下さっているのですか?」
「ッ、そ、そうですっ…! 俺は貴女が好きなんだ…! だから、俺と来て欲しいんです…! …あんなクズ野郎のどこがいいんですか…!」
「…それには応えられません。私が愛しているのは勇者様なのですから。…あの方は他人には酷い事をしますが、身内には案外優しいんですよ?」
照れ臭そうにそう口にするサラを見た瞬間、裕也の中で何かが切れる音がした。彼の頭は一瞬で真っ白になり、気付けばサラをベッドに押し倒していた。小さく悲鳴を上げる彼女は、怯えた様に裕也を見る。その姿に彼の怒りは一層強くなる。
彼は乱暴に服の胸元を破いてサラの下着を露出させると、それすらも抜き取って彼女の乳房にむしゃぶりついた。初めて味わう柔らかな弾力とツンと勃つ乳首に彼は夢中になる。嫌がる彼女の両腕を拘束して執拗に舐め続けると、しばらくしてサラが甘い声を洩らし始めた。
いつの間にか二人の実力は逆転しており、サラがいくら抵抗しても裕也から逃れる事は出来なかった。気の強い彼女を組み敷いている事実に裕也は興奮を覚える。
彼は更に彼女の唇を奪うと、涙を流すサラを見下ろして薄暗い笑みを浮かべた。
「…最初から、こうしてればよかった…。あの勇者に奪われるくらいなら、俺が貴女の初めてを奪いたかった…!」
「ぁ…、ユウ様…やめて下さい…っ。こんなの、あんまりです……」
「うるさい…! さっきから気持ち良さそうなら声を出しておいて、何を言ってるんですか…! サラさんは本当は凄く淫乱な人だったんですね…! 勇者に無理やり犯されて簡単に落とされるし、今も俺に襲われて喘いでるんですから…!」
「んあっ、…違い、ます…。やめて…っ、ユウ様に、こんな事して欲しくないです…っ!」
「そう言って股を濡らしてるじゃないですか…!」
サラのスカートをまくり、下着を脱がした裕也は彼女のワレメを指でなぞった。そこは既にいやらしく濡れており、男を受け入れる準備が出来ていた。
彼はサラの脚を無理やり開かせるとその間に腰を入れる。痛いくらい勃起した裕也のペニスが彼女のワレメに触れた。
「…挿入しますね」
「だ、だめ…、正気に戻って下さい、ユウ様…」
「…それは俺のセリフですよ…!」
「勇者なんかに心を奪われておいてどの口が言うのか」と裕也は怒りを露わにする。彼はその怒りのままに彼女の中にペニスを挿入し、そして腰を振り始めるのだった。
★
裕也が目覚めた時、既にサラの姿は部屋の中になかった。あれから一晩中彼女を犯した裕也は悲痛な表情で涙を流す彼女を見ながら気を失う様に眠りについた。
ずっと惹かれていた女性を犯して、裕也が感じたのは虚しさだけだった。勇者と身体を重ねている時の甘えた様な表情は一度も向けられる事はなく、裏切り者に仕返しをしているつもりだった筈が、思い返してみれば何の罪もない無力な女性に苦痛を強いただけだという気分の悪い事実しかない。自分との行為で達するサラを見て、達成感を抱いていたのが馬鹿みたいだった。
(サラさんは、もう勇者と行ってしまったのかな…)
もう一度会いたい気持ちもあるが、あんな酷い事をしておいてどんな顔をして会えばいいのか分からなかった。
──トントン
と、その時。部屋の扉がノックされる。サラだろうかと思い、急いで扉を開いた。
「サラさん…! 昨日はゴメン──あ…」
「悪いね。嬢ちゃんじゃないよ」
そこにいたのは宿の受付をしているおばさんだった。半年間部屋を借りている裕也は勿論面識がある。
「えっと、何の用ですか…?」
「そんなあからさまにガッカリされると傷付くね。──ほら、これ嬢ちゃんからの預かり物だよ」
「……剣?」
彼女が差し出したのは一振りの剣だった。凝った意匠のその剣は裕也が使っている物より遥かに上等な物であると一目で分かった。
「朝、嬢ちゃんから渡されたんだよ。昨日、アンタと喧嘩しちまって渡せなかったから代わりに渡しといてくれってさ。銀級になったんだってね? そのお祝いにずっと前から用意してたみたいだよ」
「サラさん……。あの、他に何か言ってませんでしたか…?」
「他に? ああ、確か…自分の事は忘れて頑張って欲しいとか、体調には気を付けろって言ってたかなぁ」
「…そう、ですか…。態々ありがとうございます」
「いいよ。アンタも辛いだろうけど頑張りなよ」
それだけ言うと女性は受付へと戻って行った。残ったのは一振りの剣と、それを持って涙を流す裕也だけだった。
あれだけの事をされたにも関わらずサラは最後まで裕也を気に掛けてくれたのだ。その優しさが彼の罪悪感を刺激する。本当ならこの剣は彼女から直接渡されていた筈だ。複雑な感情はあれど、裕也が冷静さを失わなければお別れだって言えただろう。少なくとも彼女の方はそれを望んでいた筈だ。それを最低の行為で台無しにしてしまった。
裕也はしばらく涙を流した後、荷物を持って部屋を飛び出した。
どうしてもサラにもう一度会いたかったのだ。会って昨日の事を謝罪し、これまでのお礼を告げたかった。
そして、ついでに憎き糞勇者に一言言ってやるのだ。
『サラさんを幸せにしないとぶっ殺すぞ』──と。
★
久しぶりに戻って来た王都は半年前と何も変わっておらず、辺境とは比べ物にならない数の人が道を行き交っていた。裕也はローブを深く被って顔を隠すと、サラを探して歩き回る。
勇者は城の中に拠点が与えられている。彼に着いて行ったサラも同じくそこにいるだろう。しかし、追われる身である裕也は城まで会いに行く事が出来ない。その為、可能性が低い事を承知で街中を探すしかなかった。
露店などで聞き込みをし、人の多い場所をしらみつぶしに歩いて回る。
しかし、陽が傾き出す頃になっても見つける事は出来ないでいた。
(ん…? あっちは広場か? …何か催し物でもあるのか?)
人の流れに沿って歩いていた裕也は、広場の方に人が集まっている事に気が付いた。子供連れなどはそちらを避けているようだが、多くの大人達が脚を向けている。そこで、偶に王族や貴族達が広場で演説を行なっていた事を思い出した裕也は、最後に広場を探す事に決めた。
──彼はそこで最悪の光景を目にする事になる。
裕也の予想に反して広場は異様な空気に包まれていた。
そこに集まっていた100人を超える人々は広場のある一点へと視線を向けている。
──興奮、侮蔑、同情、怒り、嫌悪、情欲。
ありとあらゆる感情がそこへと向けられていた。舌打ちをする初老の男性、眉をひそめる婦人、笑い合う青年達。その反応は様々だが、皆一様に目を引きつけられている。
そんな見物人達の後ろで裕也は目を大きく見開き、唖然と佇んでいた。彼の視線の先、そこには街灯に吊るされる一人の女性の姿があった。
両腕を頭の上で縛られた彼女は、服を一切身に付けておらずその身体を余す事なく見物人達に見られている。まるで眠る様に目を閉じている彼女だが動く気配は全くない。その理由は一目瞭然だった。
明らかに血の気のない肌と白くなった唇。
艶を失った銀色の髪。
脱力した手足。
──彼女は既に死んでいた。
まだ死んでからそれほど時間が経っていないのだろう。彼女は生前の美しさを保っており、そのせいで男達の下衆な視線に晒されていた。
その首からは『私は大罪を犯した為ここに吊るされています』と書かれた板を下げている。
…この半年間ずっと側で過ごして来た彼女の事を裕也が見間違える筈がなかった。彼は掠れた声で彼女の名前を口にする。
「サラ……さん…………? …なん、で……?」
勇者と共にいると思っていた彼女は、何故かその死体を晒し物にされていたのだった。
女性が余りに惨い仕打ちを受けていると言うのに、集まった者は誰一人として彼女を助け下ろそうとせず、ただその亡骸を見上げている。これを行なったのが城の兵士である事を彼等が知っていたからだ。
『いくら罪人だからって女の子の服を剥いて晒すって、あんまりじゃないか…?』
『どうやら彼女は隣国の間者だったらしいよ。三番目の勇者を城から脱走させ、今回は二番目の勇者に取り入ろうとしてたって話だ。──見せしめだろうな』
『今は綺麗な身体をしてるけど、相当な拷問を受けたらしいぜ。城で働いてる兵士が言うには穴という穴を犯されて、爪や歯なんかも全部抜かれて酷い有様だったってさ。治癒魔法で治さなきゃ性別も分からないくらいだったらしい』
近くにいた見物人達の会話が裕也の耳に入る。そこから知ったサラのあまりに悲惨な最期に、裕也は込み上げてくる物を我慢出来ず、その場に吐き出してしまった。胃の中の物をぶちまけた裕也に、周囲の人々が悪態を吐き距離を取る。
それを気にする余裕は彼にはなかった。
(サラさんが隣国の間者…? いや、それよりなんで殺されてるんだよ…! 意味が…意味がわからない…)
胃の中が
「……立てる? ……辛いと思うけど、着いてきて。……話がある」
一人の少女が、蹲ったまま動かない裕也に近付き、声を掛ける。その特徴的な話し方に覚えがあった裕也は、彼女の肩を借りて何とか立ち上がり、広場を後にした。サラの遺体をそのままにして行く事に抵抗はあったが、今は少しでもその場を離れたかったのだ。
しばらく歩き、人気の無い路地に入った裕也は力が抜けた様にその場に膝を着いた。ここまで支えてくれた少女は、そんな彼を優しく介抱してくれた。
「……水、飲んで。……それから深呼吸」
「……あ、ありがとうございます。ユーリアさん……」
少女から水を受け取って彼は、そこで初めてまともに少女の姿を見る。そこにいたのは黒髪を後ろで一つに結んだ小柄な少女だった。裕也は予想した通りの見知った顔を見て安堵すると、小さく礼を言った。
裕也は彼女と何度か話をした事があった。マーシャルの街で冒険者になりたての頃に色々とアドバイスをしてくれた先輩冒険者だったからだ。
《女神の寵愛》に所属する凄腕の盗賊。それが彼女、ユーリアだ。最後に見たのは勇者によって仲間達と共にギルドで辱めを受けていた時だったが、どうやら元気にしていたらしい。
「…ユーリアさんはどうして王都に…? サラさんに何があったか知っていますか…?!」
「……知ってる。……私は彼女の依頼で貴方の護衛をしていた。……隣国まで見守るつもりだったけど、王都に来てしまったのは予定外」
「…護衛? …サラさん…そこまでしてくれたのか…」
予想外の答えに驚く裕也だが、すぐにサラの事を思い出し、その表情を暗くする。最悪の形で別れる事になったにも関わらず、彼女は最後まで裕也の事を気に掛けてくれていた様だ。
涙を流す裕也にユーリアは一通の手紙を差し出した。
「……読んで。……もし貴方が王都に来たら渡す様に言われていた」
彼女から手紙を受け取った裕也はその場でそれを読み始めた。
──ユウ様へ
この手紙を読んでいるという事は王都に来てしまったのですね。やはりあの別れ方は良くなかったでしょうか。ユウ様には薄情な女だと思い、忘れていただきたかったのですが…。──でも、来てしまったモノは仕方がありませんね。
きっと私は既に処刑されている事でしょう。首を晒されていたりするのでしょうか。それは少し嫌ですね。
私は間違いなく殺されてしまいます。勇者の逃亡を手引きしたのですから当然でしょう。黄金の勇者はその件を有耶無耶に出来ると思っていたみたいですが、不可能でしょうね。
さて、まず謝らなければいけない事があります。もう知ってしまわれたかも知れませんが私は隣国の間者だったのです。城で得た情報を国に流す事が主な任務でしたが、最重要人物である勇者の懐柔も命じられていました。
ユウ様の脱走を手伝ったのもその為です。隣国で冒険者として活躍して貰うだけでも良かったですし、軍人として戦争に参加して下さったなら最高の結果だと考えていました。
つまり私は下心を持って貴方様に近付いたと言う事です。もし私の事を「優しい人」だとユウ様が思っているのなら、それは間違いです。
──まあ、未熟な私はユウ様に情が湧いてしまい国の意に背いてしまったのですけどね。
実は隣国は銀級以上の冒険者へ、戦争参加を拒否する権利を与えています。モンスターに対抗する貴重な戦力ですので、人同士の戦いで失う訳にはいきませんからね。この制度のお陰で隣国には世界中から冒険者が集まるのです。
つまり、銀級のユウ様は隣国に行けば二度と戦争に関わらずに済むと言う事です。勇者を戦力として欲していた国の上層部はきっと頭を抱えるでしょう。それでも冒険者達の信頼を失う訳にいきませんのでユウ様の事を諦めるしかないのです。
こんな事で貴方様をずっと騙していた私を許して頂けるとは思っていませんが、せめてもの償いとさせて下さい。
…それと、私の名誉の為にお伝えしたい事がありました。
私はユウ様に「黄金の勇者の事を愛している」と言いましたね。あれは嘘でございます。普通に大嫌いです。あれはユウ様が私に未練を残さない為に言ったまでの事。とても不本意な発言でした。この手紙を貴方様が読んでいる以上、どうやら水の泡となったみたいですが。私は男性を見る目はそれなりにあると自負しております。
あの方は逃げ出した勇者──つまりユウ様を探しに辺境にいらした様で、ユウ様を見逃して欲しければ自分の女になる様に私を脅迫してきました。拒否しても力尽くで従わされる事は予想出来ましたので王都に着いて行く他なかったのです。
一か八か貴方様と一緒に隣国へ逃げる事も考えましたが、魔法で常に監視されていたのでそれも出来ませんでした。悔しい限りですが、私は処刑される筈ですので、あの勇者の物になる事は絶対にありません。その事だけは救いかもしれませんね。
ユウ様と過ごした半年間はとても幸せな物でございました。感謝してもし足りない程です。貴方様が私を異性として意識していると知った時は少し罪悪感もありましたが、悪くない気分でした。幼少期から王国に潜入する為の教育をされ、一生を城のメイドとして終える可能性もあった私には得難い経験でしたからね。ありがとうございました。
──本当はこの様な手紙は残すつもりはなかったのです。
私の死はユウ様を苦しめてしまうかも知れません。ですが、もう私にはどうする事もできませんので、何とか乗り越えて頂く他ないのです。
ユウ様のこれからについてですが、《女神の寵愛》の皆様が隣国で活動を始めたそうですので、一応ユウ様を仲間に迎えて頂けるようお願いはしてあります。最終的に決めるのはユウ様自身ですので、まだ仮の話なのですが、入って頂けたら私は安心出来ますかね。
彼女達は私と違って本当に優しい方ばかりですから、きっとユウ様の支えになって下さる筈です。
──長くなりましたがこれでお別れですね。
どうかお身体に気を付けて、幸せになって下さい。それが私からの最期の願いです。
それではお元気で。
────サラ。
──裕也はその場に泣き崩れた。
子供の様に大声で泣き、最期まで自分を思ってくれた最愛の女性の名前を呼び続ける。そのあまりに悲痛な叫びに、側にいたユーリアも釣られて涙を流してしまった。
裕也の心にポッカリと空いてしまった穴はきっと塞がる事はないだろう。何物にも変える事ができない大切な存在を、彼は永遠に
メイドさんとイチャイチャしたかったのに、早々にメイド呼びはやめ、メイド服も着なくなってしまった…。こんなのメイドじゃねぇ!と思った方はホントすいません。
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