僕の個性がうるさい (黒雪ゆきは)
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001 俺の“普通”が終わった日。

気分転換に書いた作品です。


 ───この日のことを、俺は多分死ぬまで忘れない。

 

 

「やめなよかっちゃん! こ、これ以上は僕が許さないぞ!」

 

「“没個性”のくせにヒーロー気取りかデク!!」

 

 初めてデクが俺に歯向かってきた。

 

「確かに、ぼ、僕の個性は弱いけど……か、かっちゃんに……勝つ! もう弱い者いじめはやめてよ!」

 

 待て。

 コイツ今なんて言った?

 

「……あぁ? 今なんて言ったんだクソデクッ!! 俺に勝てるって言ったのか!?」

 

「ひっ」

 

 ───俺は凄い。

 

 何をやっても一番だ。

 個性だって誰よりも凄い。

 『男』でさえ、俺に勝てるヤツはいないんだ。

 それは目の前のコイツだって変わらない。

 むしろコイツは誰よりも弱い。

 俺とは真逆の奴。

 何をやってもダメな出来損ないの“デク”。

 

 コイツの個性は物を引き離すって力だ。

 大したことはねェ。

 デクの個性は本当に軽い物にしか力を発揮できないんだ。

 俺の個性とは比べるまでもない、クソみたいな没個性。

 

 ……そのモブでしかない出来損ないのデクが、俺に勝てると言ってきやがった。

 しかもその目……本当に俺に勝つ気でいやがる。

 

 目障りで仕方がねェッ!!

 

「テメェの弱っちい個性でよォ……どうやって俺に勝つんだァ!?」

 

「かっちゃん、コイツ痛めつけてやろうぜ!」

 

「デクのくせに生意気なんだよ!」

 

「うるせェ!! お前らは黙ってろ!!」

 

「ご、ごめん……かっちゃん」

 

 俺の取り巻きのモブ2人がガヤガヤとうるさい。

 デクを見れば、ガクガクと足が震えている。

 なのに目だけは……涙を浮かべてるくせにその目だけは俺を真っ直ぐ見据えて離さない。

 ……どうしようもなくその目が鬱陶しい。

 

 鬱陶しくて仕方がねェんだよッ!!

 

 道端の石ころでしかないテメェが、どうして俺に勝てると思ったのかは知らねェ……。

 だがそのくだらない思い上がりを───完膚なきまでに叩きのめしてやらねぇと気がすまねェッ!!

 

「なら守ってみろよ。その没個性でよ!! ───オラァッ!!」

 

 ───BOOM!!

 

「うわぁ!」

 

 デクに爆破をくらわせてやる。

 かろうじて守ったようだが、かなり痛いのかその目には涙を浮かべている。

 

 やっぱりだ。

 やっぱり凄いのは俺だ。

 コイツはただ強がりを言っただけだったんだ。

 

「おいおいデク……やっぱお前は出来損ないのデクじゃねェかよ。それで俺に勝つだァ!? 笑わせんじゃねェ!!」

 

「やっぱかっちゃんの個性スゲェや!!」

 

「かっちゃんに逆らうとか馬鹿だよなー、デクも」

 

 デクは涙をぬぐう。

 その姿を見て俺の心は満たされた。

 自分が特別であることを再確認できて。

 やっぱり俺が1番だってことがわかって。

 

 ───だが、デクはまたあの目を俺に向ける。

 

 ……あぁ目障りだ。

 

 目障りで仕方がねェッ!!

 

「かっちゃん……今の僕じゃ……僕“だけ”じゃ勝てない……。でも───『シス』!! お願い!!」

 

 もう一発爆破をおみまいしてやろうと思い近づくと、デクは訳の分からないことを言い出した。

 

 ───そして、デクの目から光が消えた。

 

 ゾクッ。

 

 その瞬間、俺は気色の悪い寒気を感じた。

 

 ……コイツはデクじゃねェ。 

 

 その無機質な目は、同じ人間とはとても思えねェ……。

 

 なんだ……なんだコイツは!!

 

 初めて俺は……デクに恐怖した。

 

「───全制御システム起動。かしこまりました、イズク。この調子に乗っているクソガキ共を懲らしめてやります」

 

 そこから俺は───何も出来なかった。

 

 アイツの個性で俺の攻撃は全てずらされ、躱され、そして殴られた。

 デクの個性が強くなったわけじゃねェ。

 引き離す個性を使って、ほんの少しだけ攻撃をズラされるだけ。

 なのにそれが恐ろしく精密だった。

 機械みてぇに精密な動きをするデクに、俺は手も足も出なかったんだ。

 モブ2人も即効でやられた。

 ただただ、一方的に。

 それはもう喧嘩ではなかった。

 

 デクに馬乗りになられながら、俺は殴られる。

 

 

 何度も、何度も、何度も。

 

 何度も、何度も、何度も。

 

 

「アナタの戦闘における行動パターンはすでに解析済みです。今までイズクにしてきた分、存分に味わうがいい」

 

 

 屈辱を感じることもできないほどの、圧倒的な実力差がそこにはあった。

 

 薄れゆく意識のなか、俺は考えた。

 

 

 俺って───あんま強くなかったのか?

 

 

 特別じゃ……なかったのか?

 

 

 ……1番じゃ……なかったのかよ……。

 

 

 またデクが拳を振り上げる。

 殴られる。

 そう思い俺は思わず目をつぶる。

 だが、その拳が振り下ろされることはなかった。

 デク自身によって止められていたのだから。

 

「もうやめてよシスッ!! やりすぎだよ……かっちゃんが……かっちゃんが……」

 

 片目だけで、デクは泣いていた。

 

「───手を離して下さいイズク。このクソガキはイズクにたくさんヒドいことをしてきました。ワタシはそれが許せない。加えて、解析するまでもなくこのクソガキの自尊心は増長傾向にあります。ここでへし折っといた方が───でもこんなの……ヒーローじゃない!! ……オールマイトは……オールマイトはこんなことしないよ!! ……だからもうやめて……お願い……お願いだから……」

 

 わけがわからなかった。

 

 ただ、わかったこともある。

 

 俺は───デクより弱かったんだ。

 

 その思考を最後に、俺は意識を手放した。

 

 夜、デクが親と一緒に俺ん家に謝りに来た。

 

 だけど俺は、それがどうしようもなく情けなくて、悔しくて、デクの顔を見たくなかったから部屋から出ていかなかった。

 

 

 ───俺は1番じゃない。

 

 

 ───これが、齢4歳にして知った現実だった。

 

 

 そして、心がざわざわするよくわからない感情。

 これがなんなのかも俺には分からなかった。

 




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002 好感度。

 ───BOOM!! 

 

「使えやあの力ッ!! なんで使わねぇんだよッ!!」

 

「うっ……もう使わないよかっちゃん……まだ、制御できないんだよ……」

 

「……チッ」

 

「ごめん……かっちゃん、僕、ひどいことを───」

 

「ア゛ァァァァァァッ!! 謝るんじゃねェ!!」

 

「ご、ごめん……あっ」

 

「だから……あぁクソが」

 

 かっちゃんのその痛々しい青アザのある目を見る度に、僕の心はズキズキと痛む。

 はぁ……僕はなんて酷いことをしてしまったんだろう。

 かっちゃんは女の子なのに……僕は……。

 

《もっとやったってよかったですよ》

 

 僕の頭の中で無感情な声が響く。

 ヒドいよシス。

 なんてことを言うんだ。

 

 これは僕のもうひとつの個性『自律型解析システム』。

 呼びづらいから『シス』って呼んでる。

 かっちゃんにあんな怪我を負わせた原因でもある……いや、使うって決めたのは僕なんだから、やっぱり僕が悪い。

 

 この個性は、僕が見たもののあらゆる情報を解析できるという能力がある。

 見た人がどんな個性をもってるのかもすぐに分かってしまう、すごく便利な個性。

 

《違いますよ、イズク。見たものだけではなく、認識したもの全てをワタシは解析できます。何も情報源は視覚だけではありません。加えて、思考加速、並列思考、イズクの身体制御、及び個性制御ができます。他にも───》

 

 もう分かったよ! 

 うるさいな! 

 

《……すみません、イズク。怒らないでください》

 

 そう、こんな感じでこの個性はうるさいんだ……。

 シスの力なんだろうけど、今もかっちゃんと喋りながら、僕は同時に頭のなかでシスとも喋ってる。

 

「……なぁ、デク」

 

 かっちゃんが僕の方を振り返った。

 そのとき、かっちゃんは今まで見たことない表情をしていた。

 

「お前、俺に勝ったのに……なんで嬉しそうにしねぇんだよ……」

 

「……え?」

 

 少しだけかっちゃんの言ってることが分からなかった。

 どういう意味だろう? 

 引き伸ばされた時間の中で僕は結構考えたけど、かっちゃんがなんでそんなことを言ったのか全く分からなかった。

 

《……イズク、とても不思議なことが起きました》

 

 シスの声が頭に響く。

 かっちゃんが喋り出すのも、ほとんど同時のことだった。

 

「なんでこんな……俺に勝ったのがテメェみたいな……弱っちそうなやつなんだよ……デク」

 

 そう言うと、かっちゃんはすぐに後ろを向いてしまった。

 かっちゃんの表情が見えない。

 だから僕はもっと分からなくなってしまった。

 

 ───でも、僕の頭の中でその答えは告げられた。

 

《解析した結果、爆豪勝妃の好感度が爆発的に上昇しています。なぜでしょう?》

 

 ……え? 

 

 えっと、好感度って何? 

 

《ようは、爆豪勝妃はイズクのことが『大好き』ということです》

 

 え。

 

 えぇえええええええッ!? 

 

 あのかっちゃんがッ!? 

 

 あああ、ああ、ありえないよそんなの!! 

 

 かか、か、かかか、かっちゃんが僕なんて───

 

《───それも生半可なものではありません。イズクへの爆豪勝妃の好感度:92/100。控えめに言って、イズクのことがめちゃくちゃ好きになっていますね。なぜでしょう? ボコったのに好きになるなんて理解できませんね》

 

 ぐうぇえええええっ!? 

 

 も、もう僕には、ななな、何がなんだか。

 

「……なんとか言えよ……デクゥ」

 

 今までとはまるで違うかっちゃんに、僕は戸惑うばかりで最後まで何も言えなかった。

 

 そしてこの日から、かっちゃんはめっきり変わってしまった。

 

 相変わらずむやみやたらに他人を見下す性格は直らないけど、僕にだけは少しだけ優しくなった。

 

 それから、注意するとガミガミと文句を言ったり怒鳴り散らしたりはするものの、なんだかんだあのかっちゃんが僕の言うことを聞いてくれるようになった……一番僕が信じられないよ。

 

 本当に……かっちゃんはなんで変わってしまったんだろう? 

 

 

 ───結局、かっちゃんの好感度はそれからも上がり続け、僕たちが中学3年生になる頃にはついに“カンスト”してしまった。

 




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003 ヘドロ事件。

 中学3年生になるまでずっと、本当に大変な日々が続いている。

 なぜこんなに大変なのかいうと、僕がオールマイトみたいなヒーローになりたいと『シス』に言ったからだ。

 シスはその願いを叶えるために『超効率個性及び身体強化プログラム』というものを僕に提案してきた。

 

 これは、要はめちゃくちゃキツい特訓……。

 やることは地味だけど本当にキツい。

 こんな過酷な日々がトップヒーローになるまで続くのかと思うと、時々弱音を吐きそうになってしまう。

 でも……僕はオールマイトに憧れた。

 僕も、どんなに困っている人でも笑顔で救える最高のヒーローになりたいんだ。

 だから、絶対に諦めない。

 

《ご心配なくとも大丈夫です、イズク。ワタシの考案したプログラムは、イズクの身体と個性を解析して作り出したもの。身体の成長も加味しているので、まさしく完璧です。加えて、イズクの睡眠時にもワタシが個性を発動し、緻密な操作や制御を“感覚”として身体に記憶させておりますので、常人の何倍もの練度の獲得に成功しております。イズクの個性制御が向上すればワタシの負荷が減り、“オーバーヒート”を防げますからね。他にも個性の訓練の際には───》

 

 ───あああああっ!! 

 

 もうわかったからシスっ!! 

 

《……ごめんなさい、イズク。怒らないで下さい》

 

 うん、僕も感謝してるよ。

 シスがいてくれたから今の僕があるわけだしね。

 最初は弱かったこの個性もおかげで強くなった。

 で、でも少しだけ、もう少しだけ静かにしてよ……。

 それと、朝起きたとき個性で身体が浮いてるの今でも慣れないからね……。

 

「みんな進路希望のアンケート出したか? まあみんな大体ヒーロー科だよね」

 

 と、考えていると担任の先生の声が聴こえ、僕の意識は現実へと戻る。

 その言葉にクラスメイトたちは個性を発動し盛り上がった。

 先生はやんわりと注意する。

 

 そして───

 

「そういえば、爆豪と緑谷は雄英志望だったな」

 

 思い出したようにそう呟いた。

 途端にザワザワと騒ぎ始める。

 

「雄英!? 偏差値79の名門校だぞ!!」

 

「まあでも、あの2人だからなぁー」

 

「確かに。あんま驚きはないわ」

 

 いろんな視線が突き刺さる。

 注目されるのは苦手だから辛い……。

 

 ───僕の幼馴染はそうじゃないんだけど。

 

「ハッ!! そのざわざわがモブたる所以だッ!! 俺とデクはこの学校でたった2人の雄英圏内!! あのオールマイトをも超えて俺たちはトップヒーローとなり!! 必ずや高額納税者ランキングに名を刻むのだッ!! なァ!! そうだろデクッ!!」

 

 クラスメイトに堂々と言い放つかっちゃん。

 そして巻き込まれる僕……。

 

「そ、そうだね……かっちゃん……」

 

「アァッ!? なんでテメェはそうウジウジしてんだァッ!? こんな奴らよりずっと強ェんだから堂々としてりゃあいいんだよッ!!」

 

「……うん」

 

「だからなァッ!!」

 

「爆豪ー、いい加減席つけー」

 

「───チッ」

 

 男勝りにも程があるよかっちゃん。

 その自信満々なところは今でもかっこいいって思うよ。

 何かと僕にはガミガミと怒鳴ってくるんだけど……。

 僕はかっちゃんの方をチラリと見る。

 

《爆豪勝妃の好感度:100/100。カンストおめでとうございます、イズク。あの態度、俗に言う『ツンデレ』というやつですね。ツン要素が極めて強いようですが》

 

 ねぇそれ本当なのっ!?!? 

 今でも信じられないんだけど!! 

 というか、シスにそう言われたせいでかっちゃんと喋るとき妙に意識しちゃうし……。

 た、確かに幼稚園の時の“あの日”以来態度がすごく変わったし……よく絡んでくるようになったけどさ。

 そ、そんな、すすす、す、好き、とかそういうんじゃないと思うんだけど……。

 

《ワタシの解析に間違いはありません。実は、爆豪勝妃程とはいかなくともイズクに好感を持っている女性は割といます。やはり強さに惹かれるのでしょうね。必要ならば好感度の情報と共に視界に表示しますがいかがでしょう?》

 

 いらないよ!! 

 もう、静かにしてて!! 

 

《はい……ごめんなさいイズク。怒らないで下さい》

 

 はぁ……。

 むやみやたらに好感度なんて見えたら、ほんと誰とも喋れなくなっちゃうよ……。

 そして僕のことよく思ってくれてる女子なんていたのか……ちょっと嬉しい。

 

「じゃあ週明けには進路希望表提出だからなー、ホームルーム終わりー」

 

 先生がそう言って出ていった。

 妙に疲れた。

 いつものことだけど。

 

「おいデク、帰るぞ」

 

 かっちゃんがやってきた。

 これはいつもの光景で、僕の意見なんて全く聞かない強引なところもいつものこと。

 でも、かっちゃんのそういう自分を一切隠さず自信満々にさらけ出せるところは、密かに憧れちゃったりもする。

 

《───爆豪勝妃の好感度:100/100》

 

 ……シス、僕のことイジってる? 

 

《ごめんなさい、イズク》

 

 

 ++++++++++

 

 

「あぁー!! 将来の為のヒーロー分析ノートを学校に忘れてきちゃった!! ちょっと取ってくるから先に帰っててかっちゃん!!」

 

 突然叫んだと思ったら、デクは俺をおいて学校の方へと走っていく。

 

「おい待てクソデクッ!! そんなの明日でいいだろうがッ!!」

 

「ダメだよ!! あれは大切なものなんだ!! また明日ねかっちゃん!!」

 

 あっという間にデクは見えなくなってしまう。

 鍛えているせいでやたら足が速い。

 

「……チッ。……ノートがそんな大切かよ。……。───って、何テンション下がってんだ俺はッ!!」

 

 どうだっていいだろクソデクなんか!! 

 たまたま、そう、たまたま帰る方向が途中まで一緒ってだけだ。

 だけどクソムカつく。

 俺よりノートを優先したのがクソムカつく。

 明日学校でしめてやる。

 

 ……いや、明日まで待てねェな。

 今日アイツの家に行ってしめてやろう。

 そうじゃなきゃ俺の気が収まらないからな。

 仕方ねェ。

 これは仕方ねェことだ。

 

 …………。

 

 だから俺は誰に言い訳してんだァッ!?!? 

 

 ……クソッ……デクの野郎。

 

 俺はふと、ガキの頃アイツに負けた時のことを思い出した。

 目元を触ると、妙に鮮明に記憶が蘇る。

 アイツに負けたとき俺は、自分が本当は弱ェんじゃねえかと思っちまった。

 

 でも違った。

 

 俺は周りのどんな奴よりも強かった。

 

 ───デク以外、誰にも負けなかった。

 

 そんときからだ。

 

 やけにアイツのことが気になりだして…………。

 

 …………。

 

 …………。

 

「気になっとらんわァァァッ!!!!」

 

 

 ───BOOM!! 

 

 

 思わず爆破と声が出た。

 ふざけんな、なんで俺があんなクソナードをッ!! 

 クソが!! 

 あぁ、ウザってぇッ!! 

 なんでこんなザワザワすんだよ!! 

 

 

 別に俺はデクのことなんてどうでも────

 

 

 ───そう、余計なことを考えていたからだ。

 

 

「……良い“個性”の隠れミノ」

 

 足元から伸びた不定形の触手が足首、そして胴体へ絡んだ時にはすでに爆破は間に合わず、全身が水のような何かに包み込まれるまで大して時間はかからなかった。

 

 

 ++++++++++

 

 

 あんまり人に見られたくない大切なノートとはいえ、かっちゃんには悪いことしちゃったな。

 明日ちゃんと謝らないと。

 

《いつもいつも強引なんですよ彼女は。いくらイズクのことが死ぬほど好きとはいえ》

 

 ……ねぇ、いい加減わざとだよね。

 僕をイジるの楽しんでるよね最近。

 

《…………》

 

 シスを“制御”する訓練もプログラムに加えなきゃね。

 

 そんなことを思っているとき───

 

 

 ───BOOM!! 

 

 

 商店街から爆発音が聞こえた。

 見れば人集りができており、ヒーローたちもたくさんいる。

 よく聞きなれた爆発音。

 僕は嫌な予感がしてならなかった。

 

「───クソがッ!!」

 

 やっぱりかっちゃんだ!! 

 その声を聞いた瞬間、僕はいてもたってもいられなくなった。

 

「私二車線以上じゃなきゃムリ~~~!!」

 

「爆炎系は我の苦手とするところ…………! 今回は他に譲ってやろう!」

 

「そりゃサンキューッ! 消火で手いっぱいだよっ! 状況どーなってんの!?」

 

「ベトベトで掴めねーし! 良い個性の人質が抵抗してやがる! おかげで地雷原だ、三重で手ェ出し辛え状況!」

 

「ダメだ、これ以上解決できんのは今この場に居ねぇぞ! 誰か有利な奴が来るのを待つしかねぇ!」

 

 ヒーローがかっちゃんを助けてくれない。

 あんなに苦しんでるのに。

 あんなに助けを求めているのに。

 

 

 息ができず、もがき苦しんでいるかっちゃんの顔が見えたとき───

 

 

 ───僕の身体は勝手に動いていた。

 

 

 個性を使い、地面との間に角度をつけて斥力を発生させることで、最大出力で加速する。

 僕は子供のころからずっとシスと訓練しているおかげで、それが歩くことほど当たり前にできた。

 

《───解析完了。見た目通り、身体を流動性の物質に変える異形型個性。他者の身体に侵入することで乗っ取ることも可能》

 

 引き伸ばされた思考の中で僕はどうするべきか考える。

 思いついたのは小麦粉などによる固形化。

 そうすれば物理攻撃が効くと思う。

 でも、ダメだ。

 そんな時間ない。

 

「お、おい君!! 止まりなさい!!」

 

 制止の声が聞こえたけど、僕は止まらない。

 いや、止まれなかった。

 かっちゃんのあの苦しそうな顔を見てしまったから。

 

「うわあああああああ!!」

 

 僕は叫ぶ。

 自分を奮い立たせるために。

 怖い、すごく怖い。

 

 でも、かっちゃんを助けられない方が───何百倍も怖い!! 

 

「かっちゃん!!」

 

「デ……ク、てめぇ今ご……ガボっ」

 

 

 ───ヒーローノート、25ページ!! 

 

 

 僕は背負っていた鞄を投げつける。

 

「ヌ゛っ」

 

 目くらましに成功した。

 その隙に一気に加速して───そのままヴィランの中へと潜った。

 そして、かっちゃんを抱き寄せる。

 

「何がしたいんだ? この馬鹿が!!」

 

 ヴィランの声が聞こえる。

 でもそんなの関係ない。

 できるできないじゃないんだ。

 

 かっちゃんを助けるんだ!!!! 

 

 僕は、全方位に最大出力で斥力を発生させる。

 

 

 ───超反発『フルバースト』ッ!! 

 

 

「な、なにィィィィッ!!」

 

 パシャリという音と共に、ヴィランは弾けた。

 

 

 ++++++++++

 

 

 結局、あのあと散り散りになったヴィランはヒーロー達によって回収された。

 そして案の定僕はこっぴどく怒られ、改めてプロヒーローの世界は厳しいと思わされた。

 

 でも、僕はやっぱりヒーローになりたい。

 

 どんな困っている人も助けられる、そんなヒーローに。

 

「おい聞いてんのかデクッ!!」

 

 かっちゃんの元気な声が聞こえた。

 今、僕はかっちゃんを背負って歩いている。

 声とは裏腹に体力は限界に達しているのか、ぐったりとしている。

 

「俺は……テメェに助けを求めてねぇぞッ!! 1人でやれたんだッ!! その辺の女と俺を一緒にすんじゃねェッ!! 俺はお前に助けられるんじゃなくてなァ!! お前の隣に…………とな、……クソがァァァッ!!」

 

「何に怒ってるのかっちゃん!?」

 

 家に送り届けるまでかっちゃんはガミガミと怒鳴っていたけど、僕にはよく分からなかった。

 

 でも、かっちゃんを助けられて本当によかった。

 

 怒るかっちゃんの顔を見ながら、僕はそんなことを思った。

 

《爆豪勝妃の好感度:100/100。いや、もはや120/100くらいまでいってますねこれは》

 

 ……あぁ、僕の個性がうるさい。

 




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004 2月26日。

 時はあっという間に過ぎた。

 そして今日2月26日、雄英高校ヒーロー科一般入試本番。

 

「はぁ……緊張するなぁ……」

 

「どこがだよ。合格すんのは当たり前。気にすんならトップかそうじゃねぇかだろうが」

 

「かっちゃんは相変わらず凄いね……」

 

「アァン!? テメェの目線が低すぎんだよクソデクッ!!」

 

「でも今日さ、わざわざ迎えに来てくれてありがとうかっちゃん。おかげで少しだけ気が楽になったよ」

 

「は、はぁ!?!? そ、そんなん、たまたまだよクソがッ!! ちょっと早めに家出ちまったから寄っただけだ死ねッ!! これ以上この件に触れたら殺すッ!!」

 

「わ、分かったよかっちゃん」

 

 うわぁ、今日もかっちゃんはかっちゃんだ。

 すごいなー、緊張とかしないのかな。

 ……しないだろうなぁ、かっちゃんだし。

 かっちゃんは怒りながらズカズカと先に歩いていってしまう。

 

「なぁ、あれ爆豪じゃね? ヘドロん時の」

 

 僕もかっちゃんに着いて行こうとしたら、そんな声が聞こえてきた。

 

「後ろのやつは緑谷だ! 俺テレビで見たぜ、あいつがあのヴィランを吹き飛ばすとこ!」

 

「うわマジかよ、やっぱ雄英受けるのかぁ」

 

「こりゃ気合い入れねぇとな」

 

「でも、もじゃもじゃ頭だし……あんまり凄いって感じしないわね」

 

「ばっかお前知らないの!? あいつが───」

 

 いろんな視線が僕に突き刺さる。

 

 ……ちゅ、注目されてるぅぅぅ。

 

 ただでさえ緊張で心臓バクバクなのに、さらに変な汗まで出てきた。

 と、とりあえず受験会場に向かわないと。

 このくらいで動揺してどうする! 

 ヒーローへの第一歩を踏み出そう! 

 

 ロボットのような足取りでその一歩を───踏み外した。

 

 ……これだよ。

 

 僕は倒れながらそんなことを思った。

 

《問題ありません。ワタシが───おや、これは……》

 

 シスの声が聞こえた。

 たぶん、個性を発動しようとしてくれたんだと思う。

 そういう感覚があった。

 でも、発動していない。

 

 なのに───僕は浮いていた。

 

「大丈夫?」

 

 女の子の声が聞こえた。

 

「え? えぇぇええ!?」

 

 よく分からないふわふわとした状態に、僕は思わずバタバタとしてしまった。

 するとその女の子は、僕の身体をゆっくりと起こしてくれた。

 ようやく、僕の足は地面につく。

 いろんなことが一気に起こりすぎて、僕は放心してしまった。

 

「私の個性。ごめんね勝手に。でも、転んじゃったら縁起悪いもんね」

 

 両手を合わせながら、まだ名前も分からない女の子は麗らかに笑った。

 

「緊張するよね」

 

 そう言って笑う女の子は太陽のようで───。

 

 ま、まず、お礼を言わなきゃ! 

 

「あ、あぁの、ええと───」

 

 

 ───BOOM!! 

 

 

 聞き慣れすぎた爆発音が小さく響いた。

 

「え?」

 

 その音につられ、嫌な予感と共に僕が目を向けた次の瞬間には───

 

「何してんだ丸顔?」

 

「……へ?」

 

 なぜか、かっちゃんが僕を助けてくれた女の子の胸ぐらを掴んでいた。

 ただただ唖然とする麗らかな女の子。

 あまりにも突拍子のないことに、僕もすぐには何が起きたのか理解できなかった。

 

《彼女はすぐに手を出しますね。嫉妬、にしてもこれは度が過ぎています》

 

 そんな呑気なシスの声が聞こえて、ようやく僕は正気を取り戻した。

 

「何してんのかっちゃん!!」

 

 僕は慌ててかっちゃんの手を引き離した。

 

「アァッ!? テメェが居ねぇからッ!! わざわざ見に来てやったんだろうがッ!!」

 

「じゃあなんで胸ぐら掴んだの!?」

 

「そりゃあこの女が───」

 

「あのっ!」

 

 僕とかっちゃんが言い争っていると、麗らかな女の子が声を上げた。

 

「私なら大丈夫! うん! だからお互い頑張ろうね! じゃっ!」

 

 そう言って、まだ名前も知らない女の子は小走りで行ってしまう。

 だから僕は思わず呼び止めようとした。

 

「あ、まっ───」

 

「おいデクッ!! まだ俺との話は終わってねぇぞッ!!」

 

 僕の声はかっちゃんの怒鳴り声にかき消され、女の子は行ってしまった。

 

 ……はぁ。

 

 まだ、お礼も言えてないのに……。

 

 少しだけ嫌な視線をかっちゃんに向けてしまうけど、仕方ない。

 

「な、なんだよデク……お、俺が悪いっていうのか!?」

 

「……いつも僕言ってるよね。少しだけ、ほんの少しだけでもいいから他人を気遣ってよって……」

 

「なんで俺がよく知らねぇモブに気ィつかわなきゃなんねぇんだよッ!」

 

「そうそれ! そういうとこだよ! とりあえず知らない人をモブって言うのやめなよ!」

 

「あぁゴタゴタうっせぇなッ!! ほら行くぞッ!!」

 

 かっちゃんが僕を引き摺るように会場へ連れていく。

 なんでかっちゃんはこうなんだろう……。

 ヒーローを目指すんだったら、こういう所を直さないといけないんじゃないかな……。

 せっかく才能に溢れてるのに、これじゃヒーローらしくないよ。

 

《でもイズクにだけは優しいですよね。なぜでしょうね》

 

 ……シスも大概だよ。

 

 

 ++++++++++

 

 

 筆記試験を終えて、僕はほっと一息をつく。

 

 一抹の罪悪感を抱えて───。

 

 はぁ……本当に良かったのかなぁ……。

 

《当然です。ワタシはイズクの個性。使って何が悪いのでしょう。確認した中には知性を向上させる個性を持っている者も幾人かいました。むしろ、ワタシを使わないことは全力を出さないことと同義ですので、他の受験生への侮辱です》

 

 ……そう、シスだ。

 

 シスのおかげと言うべきか、シスのせいというべきか……僕はたぶん───筆記満点だと思う。

 

《当然です。ワタシはイズクが今まで取得した情報を全てデータとして保管しており、必要に応じてイズクに提示できます。加えて、ケアレスミスも全て指摘しましたので満点以外ありえません。これで満点でなかったら雄英を訴えましょう》

 

 ……うん、ちょっと静かにしてて。

 

『今日は俺のライブにようこそー! エヴィバディセイヘイ!』

 

 僕がちょっと落ち込んでいたら、実技試験の説明が始まった。

 いや、あのヒーローは───

 

「ボイスヒーロー・プレゼントマイクだぁ!」

 

 すごい! 

 ラジオ毎週聴いてるんだよ僕! 

 雄英の講師はみんなプロのヒーローなんだ! 

 感激だなぁ! 

 

 その後も実技試験の説明はつつがなく行われた。

 途中で、眼鏡の真面目そうな人に怒られてしまったけど……。

 

『俺からは以上だ! 最後にリスナーへ我が校の校訓をプレゼントしよう。かの英雄ナポレオン・ボナパルトは言った! “真の英雄とは人生の不幸を乗り越えていく者”と! “Plus Ultra”! それでは皆、良い受難を!』

 

 プレゼントマイクの説明が終わる。

 いよいよ実技だ。

 はぁ、やっぱ緊張する。

 でも個性が発現してから今日まで、シスと一緒にずっと頑張ってきたんだ。

 だから絶対大丈夫。

 

 僕は緊張を紛らわすために、無理やりそう思い込んだ。

 

《えぇ、イズクは努力を続けてきました。何一つとして問題はないでしょう。加えて、どんな突発的な事象であろうとワタシが解析し、対処してみせます。安心して下さい》

 

 うるさくて夜なかなか眠れない時もあったシスの声が、この時だけはありがたかった。

 

 うん、ありがとシス。

 

 僕は会場に移動するために、静かに席を立つ。

 

「おいデク」

 

 その時、かっちゃんが僕を呼び止めた。

 

「手抜くんじゃねぇぞ。本気のお前に勝って一位になんのは、この俺だ」

 

 ……はは。

 

 かっちゃんはいつも変わらない。

 受かるかどうかを気にしてる僕なんかとは大違いだ。

 常にトップを見据えてるその姿勢は───本当にかっこいいよ。

 でも長い付き合いだから分かる。

 これは、かっちゃんなりの激励でもあるってことが。

 

「───うん。全力を尽くすよ」

 

「……分かりゃあいいんだよ」

 

 それだけ言うとかっちゃんは歩き出す。

 少しだけかっちゃんの背中を見送ってから、僕も歩き出した。

 

 僕は演習会場Bに向かう。

 しばらくドキドキしながら歩き、途中からバスに乗って移動すると広いビル群が見えてきた。

 

 大きな門にどうしても萎縮してしまう。

 

 うわぁ、みんな自信ありげだなぁ……。

 

 その時、校門前で助けてくれた麗らかな女の子が見えた。

 同じ会場だったんだ。

 

 お礼を言おう───と思ってやめた。

 

 今はダメだ。

 邪魔になるかもしれない。

 全て終わってからお礼を言おう。

 

 そう思って僕も心を落ち着けようと大きく深呼吸をして───

 

『ハイ、スタート!』

 

 唐突に賽は投げられる。

 困惑により静寂だけがこの場を支配する。

 

 そう、誰も反応できなかった。

 

 当然僕も。

 

 でも───シスは反応した。

 

《言ったでしょイズク。何一つとして、問題はないと》

 

 僕の意志を無視して発動される最大出力の斥力。

 

「うわぁぁあああ!!」

 

 情けない叫び声と共に実技試験が始まった。

 




お読みいただきありがとうございました。


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005 2人目の。

 僕の個性は、僕を中心とした約半径5mの範囲内に斥力を発生させるという能力。

 正確には、斥力のような力。

 自分で言うのもなんだけど、応用力のあるいい個性だと思う。

 でも、かっちゃんと違ってセンスなんてものが全くない僕は、この個性をある程度使えるようになるまでに相当の時間がかかってしまった。

 たぶん、シスがいなかったら今も使いこなせていなかったとすら思う。

 

 ───超反発『アクセル』

 

 例えばこの技。

 斥力を応用して高速移動を可能にするもの。

 でも、最初は本当に大変だった。

 言葉にしてしまえば、地面に対して斥力を発生させて移動するってだけなんだけど。

 これだけでも僕にとっては慣れるまで年単位の時間がかかった。

 地面に対して適切な向きや角度、バランスで斥力を発生させなければいけないから。

 

 シスに補助してもらいながら練習して、なんとか感覚を掴んだんだ。

 このくらい僕だけでできなくちゃ、シスの負荷が大きくなってオーバーヒートしちゃうからね。

 意外とシスはエネルギーを使う。

 

《ワタシの能力を考慮すれば、エネルギー効率は良すぎるくらいですよ。───前方の仮想ヴィラン、『ガントレット』で問題ありません》

 

 そうだねごめん、それと了解。

 僕の視界にはもう見慣れてしまった仮想ヴィランが映る。

 

 ───超反発『ガントレット』

 

 高出力の斥力を僕の腕に纏わせる。

 その状態で仮想ヴィランを殴れば、嘘のように吹き飛んでいく。

 

《これで現在66ポイントです。他人に構うことなく仮想ヴィランを倒していれば、後20ポイントは稼げていましたよ》

 

 いいんだよ! 

 困ってる人は助ける! 

 それがヒーローなんだから。

 どんなときだって、困ってる人がいたら僕は助けたいって思っちゃうんだ。

 

《……それでも、ワタシはイズクを最優先に考えます》

 

 うん、ありがとシス。

 シスがいるから僕は安心して人助けをすることができるよ。

 

 最初こそ緊張していたけれど、今までの訓練の甲斐があって僕の身体はちゃんと動いてくれた。

 その事実によって少しだけ心にゆとりが生まれる。

 残り時間はあんまりないだろうけど、最後まで気を抜かず───

 

 ───ズガガンッ!! 

 

 大地を揺らす轟音と共に暴風が吹き荒れる。

 そして次の瞬間、その巨体が姿を現す。

 

「い、いやいや雄英やりすぎじゃない!?」

 

 思わず声が出た。

 他の受験生たちがこちらに向かって逃げてくる。

 

『残り2分をきったぜッ!!』

 

 同時に聴こえてきたプレゼントマイクの声。

 

《イズク、あれが説明にあった0ポイントの巨大仮想ヴィランでしょう。対処する意味はありません》

 

 う、うん、そうだね───

 

「いっち……」

 

 消え入りそうな声が聞こえた。

 同時に視界に映ったのは試験前に僕に声をかけてくれた、まだお礼さえ言えていない女の子。

 

 その時、僕の頭には何も無くて。

 

 ───超反発『フルアクセル』

 

 許容限度を超えた斥力により、僕の身体は圧倒的速度で巨大仮想ヴィランに向かって飛び上がる。

 

 同時に、鋭い痛みが頭に走る。

 

 ……く、いたっ……でも、大丈夫。

 

 巨大仮想ヴィランとの距離が急激に縮まっていく。

 大きすぎる。

 間違いなく『ガントレット』では対応できない。

 

 だから───アレをやるしかない。

 

《分かりました。制御は任せてください》

 

 うん。

 僕だけじゃまだ制御出来ない。

 頼むよシス。

 

 僕は右手に斥力を発生させる。

 そして、斥力というエネルギーをどんどん溜めていく。

 シスがそれを制御し、留める。

 そしてさらに溜める。

 またしても頭に痛みが走る。

 それでも構わず溜めていく。

 

 

 限界まで溜め、そして───

 

 

 ───超反発『スマッシュ』ッ!!!! 

 

 

 一気に放出させた。

 その暴力的な一撃は、たやすく巨大仮想ヴィランを粉砕した。

 

 反動で頭がとてつもなく痛い。

 身体の倦怠感も凄い。

 僕は重力に従い落下していく。

 まずい、頭痛が酷すぎて斥力を制御できない。

 着地しないといけないのに。

 

《ワタシがいますので問題ありません、イズク》

 

 シスがいてくれて本当に良かったよ。

 僕は安心して身を任せる。

 オールマイトに憧れて作った技だけど、一発撃っただけで動けなくなっちゃう。

 

 まだまだ使いこなせてな───

 

 ───パチンッ!! 

 

 頬に走った痛み。

 ふわふわとした感覚。

 そして気づいた。

 

 ───また、助けられたんだと。

 

『終了ー!!!』

 

 プレゼントマイクの試験終了を告げる声が聞こえた。

 

 僕は霞んでいく意識のなか、最後にこう言った。

 

「あり……が、と」

 

 お礼を言えたこと。

 試験が終わったこと。

 それらによって緊張の糸が切れた僕の意識は、そこで途切れた。

 

 

 ++++++++++

 

 

 僕は保健室のような場所で目が覚めた。

 どうやらリカバリーガールが手当てをしてくれたようだ。

 しかも僕が目覚めるまでかっちゃんが待ってくれていた。

 僕はリカバリーガールにお礼を言ってから、かっちゃんと2人で雄英を後にした。

 

「なにやってんだよ馬鹿が」

 

「うん……ごめんかっちゃん」

 

 口は相変わらず悪いけど、かっちゃんは僕が目を覚ますまで待ってくれていた。

 文句なんて言えるはずない。

 むしろ感謝しなきゃだ。

 

「かっちゃん、待っててくれてありがとう」

 

「テメェが倒れたって聞かされたから仕方なくだよ」

 

 かっちゃんの表情はいつも通りで、どこまでも自信に満ちている。

 実技試験も上手くいったことが、聞かなくても伝わってきた。

 

「……それで、てめぇどうだったんだよ」

 

「え?」

 

「だからッ!! 試験は上手く言ったのかって聞いてんだよ分かれやッ!!」

 

「───ははっ」

 

「何笑ってやがんだクソデクッ!!」

 

 僕は思わず笑ってしまう。

 何でもできる僕の幼馴染は、僕と喋るときだけ少しだけ不器用になる。

 それがちょっとおかしかったんだ。

 

 でも分かる。

 かっちゃんは、僕のことを心配してくれてるってことが。

 

「大丈夫。やれるだけのことはやったから」

 

「───そうかよ。だが一位になんのは俺だけどな」

 

 そこからは他愛もない会話をしながら歩いた。

 やっと雄英の試験が終わった。

 そのおかげで、心が少しだけ軽くなったように感じる。

 疲れてるはずなのに、あまり足取りも重くなかった。

 

 そんなとき───

 

「───見つけた」

 

 突然、女の子が現れた。

 

 僕はすぐにその子が誰であるのか思い出せなかった。

 

 冷たい瞳。

 

 整った顔立ち。

 

 腰あたりまで伸びた綺麗で長くて───左右で色の違う髪。

 

 そして、左目の痣。

 

 そこでようやく、僕の脳裏に一人の女の子がよぎる。

 

《……驚きました。イズク、2人目です》

 

 その女の子が不意に僕に抱きついたのは、シスの声が聞こえるのと同時のことだった。

 

「ずっと……会いたかった、出久」

 

《2人目の───好感度カンスト者です》

 

 自然の摂理に従い放心してしまった僕を、誰が責められるだろうか。

 

 

 僕の幼馴染が爆発するまで残り───。

 




お読みいただきありがとうございました。


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006 泣いていた女の子。

 僕がまだ小さかった頃。

 斥力をつかって歩幅を大きくしつつランニング、というシスが考えたトレーニングで隣町まで行ったんだ。

 

 そして、僕は一人の女の子と出会った。

 

 左右で色の違う髪をした、左目に痣のある女の子だった。

 その子は公園で一人ぼっちで泣いていたんだ。

 僕はほっとけなくて声をかけた。

 

「大丈夫? なんで泣いているの?」

 

 すると、女の子は大粒の涙に潤んだ目で僕を見た。

 

「……誰?」

 

 今にも消え入りそうな声だった。

 だから僕は助けなきゃと思ったんだ。

 この泣いている女の子を笑顔にしてあげたい。

 こんなとき、オールマイトなら。

 

 そう考えて僕は───

 

「はっはっはっ! もう大丈夫! ぼくがきた!」

 

 笑顔でそんなことを言ったんだ。

 

「ぼくはヒーロー、緑谷出久!」

 

 家で練習していたポーズを決めながら。

 きっとオールマイトならこうすると思ったから。

 

「……ひーろー?」

 

 少しだけ、ほんの少しだけ女の子の悲しみが薄れたような気がして、僕も嬉しかった。

 

「……あんまり強くなさそうだけど」

 

「そ、そんなこと……! う、うぅ……今はまだあんまり強くないかもしれないけど……ぼくはいつか、オールマイトみたいなどんなに困ってる人でも助けるヒーローになるんだ!」

 

「……そうなの?」

 

「うん!」

 

「……なら、私のことも助けてくれる?」

 

「当たり前だよ!」

 

「……嘘つき」

 

「嘘じゃないよ!」

 

「……わたしより小さいのに?」

 

「こ、これから大きくなるよ……!」

 

「……ふふっ」

 

「あ、笑った! よかったー!」

 

 それから僕たちは色々なことを話した。

 好きなヒーローのこと。

 嫌いな食べ物のこと。

 将来はヒーローになりたいってこと。

 それから、その女の子は家を飛び出してきたってことを話してくれた。

 なんで家を飛び出してきたかは教えてくれなかったけど。

 

 友達が1人もいないって言うから僕が友達になるよって言ったら、本当に嬉しそうに笑ってくれた。

 

 2人で喋っているとあっという間に時間は過ぎていき、気づいたら夕方になっていた。

 

 その頃にはすっかり女の子の目に涙はなかった。

 

「……そろそろ帰る」

 

「うん、僕もそろそろ帰らないと」

 

「……また会える?」

 

「きっと会えるよ。だって僕たちはもう友達だから!」

 

「……わたし、頑張ってひーろーになる。だってイズクだけだと心配だから」

 

「だ、大丈夫だよぉ。僕も強くなるんだから」

 

「……ふふっ。またね、イズク」

 

 そう言って女の子は帰っていった。

 結局、この日以来女の子には会うことはなかった。

 でも、僕の大切な思い出だ。

 

 その女の子の名前は───

 

 

 ++++++++++

 

 

「───(とどろき)……凍火(とうか)……ちゃん?」

 

「そう。ずっと会いたかった、出久」

 

 轟さんが僕をより一層強く抱きしめる。

 

 あわわわわわっ! 

 

 お、女の子に抱きしめられれれれ、てるるる。

 

《良い思い出のように記憶を振り返っておりますが、事実はもっと残酷です。あのとき、理由までは分かりませんが轟凍火の精神はこれ以上ないほどに衰弱していました。そこに完璧なタイミングで現れたイズク。イズクの言葉は、轟凍火にとって麻薬のように甘いものだったことでしょう。結果、イズクに強烈に『依存』している現在の轟凍火がいるわけですね。───以上、解析結果です》

 

 な、なんなのそれええええ!? 

 

 えぇぇ、い、依存!? 

 依存って何!? 

 平然と何言ってんの!? 

 どうすればいいの助けてよシス!! 

 

《今のところ対策を講じる必要はないでしょう。イズクにとっての不利益は何一つありません》

 

 あるでしょ!! 

 どう考えてもあるでしょ!! 

 いや、不利益がなくても依存はマズ───

 

 

 ───BOOM!!!! 

 

 

 ……さ、最悪だぁぁぁ。

 

 あまりの出来事にすっかり忘れていた。

 

 この場にはもう1人いることを。

 

「今日は随分モテるなァ……えぇ? 気分いいかよデクッ!!」

 

 恐る恐る振り返る。

 

 分かっていたんだ。

 

 そこにいたのは、案の定どんな凶悪ヴィランも逃げ出しそうな鬼の形相をした僕の幼馴染で。

 

「あわわ、あのかっちゃん、こ、これはなんというか、その───」

 

「……だが、まずはテメェだ」

 

 というか、轟さんがまったく離れないんですけど!? 

 ずっと僕のことを抱きしめてる! 

 え、かっちゃんのこと見えてるよね!? 

 動じなさすぎじゃない!? 

 

「いい加減離れやがれッ!! 絶壁女ッ!!」

 

 ……絶壁? 

 

「……絶壁?」

 

 僕の心の声は、奇しくも轟さんの声と重なった。

 

 え、かっちゃん……? 

 

 かっちゃん、ど、どこを見て絶壁って言ったの……? 

 

 そのとき、轟さんの手がゆっくりと僕から離れていった。

 

 ……ゾクッ。

 

 背筋が凍る、という表現が生ぬるいほどの悪寒を感じた。

 

 ……ひっ。

 

 僕は轟さんの顔を見て、声にならない悲鳴を漏らした。

 かっちゃんとはまるで違う。

 怒りに顔を歪めている訳では無い。

 それどころかまったくの無表情。

 

 ただ……とてつもなく冷たい目をしている。

 

 間違いなくめちゃくちゃ怒ってるよぉ……。

 

 それがたまらなく怖い。

 恐ろしすぎて僕はただただ震えているしかなかった。

 どどどど、どうしようシス……。

 この状況で僕はどうすればいいのか教えてよ……。

 

《帰って休みましょう。イズクの疲労はかなり蓄積されています》

 

 できるか! 

 この状況でいきなり帰れるわけないでしょッ! 

 ……はぁ、シスってこういうとこあるんだよなぁ、もう……。

 空気が読めないんじゃなくて、全く読まないというか……。

 

「……私は絶壁じゃない」

 

「アァンッ!? どう見ても絶壁だろうがッ!!」

 

「……違う。私は絶壁じゃない」

 

「テメェの目は節穴か? クソ絶壁女がッ!!」

 

「…………」

 

 うわぁぁああああッ!! 

 

 ぼ、僕はどうすればいいんだぁぁあああッ!! 

 

《帰りましょう》

 

 オールマイト助けてぇぇえええッ!! 

 

 

 ───僕の心の叫びが届くことはなかった。

 




お読みいただきありがとうございました。

私のイメージ通りのTS爆豪とTS轟の画像を見つけたのですが……勝手に使うのはさすがにまずいですよね。
もし描いてあげてもいいよ?という慈愛に満ちた方がいましたらご連絡の程よろしくお願いします。


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007 なんも分かっちゃいねェ。

「……うるさい。そもそもあなたは何? 出久の何? 答えて。はやく」

 

「はァ? なんでンな事テメェに教える必要あるんだよッ!!」

 

「……そう、もういい」

 

 轟さんはそう言ったのを最後に黙ってしまい、しばらくかっちゃんをその冷たい瞳で睨んだ。

 かっちゃんもそれを迎え撃つ様に睨み返した。

 今にも戦争でも始まるんじゃないかという緊張感に、僕の居心地はさらに最悪なものとなる。

 

 そして、それは物理的な変化としても現れた。

 

 ……寒っ! 

 

 そう、寒いのだ。

 気のせいなんかじゃない。

 どう考えても気温が下がっている。

 そよぐ風がもはや冬のそれなのである。

 

 えぇぇぇ、何これ……。

 なんか絶対よくないことな気がするけど……。

 

《轟凍火の個性の影響ですね。右半身から氷を、左半身から炎を放出し操れる個性です。現在、轟凍火は右半身の氷を操る能力を爆豪勝妃に対して使用するつもりなのでしょう》

 

 な、なにその凄すぎる個性!? 

 むちゃくちゃだよ、強すぎる! 

 ほんと無敵なんじゃ……いや、ちょっと待って今シスなんて言った!? 

 轟さんがかっちゃんに個性を使おうとして───

 

《まったく問題ありません。遠距離は確かにあちらに分があるかもしれませんが、ワタシの解析と『斥力』があれば問題なく対処可能です。サンプルとしていくつか戦闘の際の攻略モデルを提示───》

 

 違う、そうじゃなくて! 

 

「ま、待ってよ二人とも!!」

 

 シスのズレた解説が始まるのを遮り、僕はたまらず声を張り上げた。

 二人の視線が僕に突き刺さる。

 

 うわぁ……。

 

 二人とも凄い怒ってる。

 嫌だなぁもう……帰りたい……。

 って違うだろ馬鹿か僕は! 

 この場を収めないといけないんだろ! 

 

《帰りましょう。イズクが構う必要はありません。やらせておけばいいのです》

 

 なんでこういう時にかぎってやる気なさげなの!? 

 さっきまですっごい生き生きしてたのに! 

 どうすればこの場が収まるのか2人を解析して分かったりしない!? 

 

《……できますけど、イズクは疲れています。具体的には『ブドウ糖』が規定値を下回りそうです。こんな意味のないことに個性を使うことはやめましょう》

 

 あぁぁぁぁ、もうッ!! 

 

「えぇと……かっちゃん! こちら轟凍火さん。轟さん、こちら爆豪勝妃。僕の幼馴染みだよ!」

 

 必死に頭を回転させても、僕には互いを紹介ぐらいしか思いつかなかった。

 怖すぎる2人のせいで僕の額には嫌な汗が垂れてしまうけど、少しでも和ませたくて必死に作り笑顔を浮かべる。

 やるしかないんだ! 

 今まで培った全てでこの場を収めてやる! 

 

「……幼馴染み」

 

 轟さんはとても小さな声でそう呟いた。

 

「おいデクッ!! コイツは一体なんなんだよッ!!」

 

「ダメだよかっちゃん、コイツなんて言っちゃ! 初対面だよ!?」

 

「アァ!? どうでもいいんだよンなことは。俺はコイツが気に食わねぇ」

 

「なんですぐそうやって人を蔑ろにするようなこと言うのさ!! それで傷つく人もいるっていつも言ってるじゃないか!!」

 

「だからなんで俺がモブでしかねぇこの絶壁女に、気ィつかわねェといけねぇんだよ!!」

 

「ぜ、絶壁って……、それもやめなよ!! 人の身体的特徴を蔑称にするの!! それにモブってのも───」

 

「───楽しそう」

 

「え……?」

 

「……出久、楽しそう」

 

 かっちゃんと言い争ってたはずなのに、轟さんのその小さな呟きはやたらと鮮明に聞こえた。

 思わず視線を向けると、轟さんの瞳が僕を真っ直ぐと見つめていた。

 

 その目は、さっきまでが温かいと思えるほど冷たくて───

 

「……いらないよ」

 

「え、あの……轟さん、それってどういう……」

 

「……幼馴染みなんていらない」

 

 有無を言わせぬ凍える威圧感。

 轟さんの瞳には光がなかった。

 底が見えないほど深い崖を覗き込んでいるかのような無限の闇。

 全て呑み込む虚ろだけがそこにはあり───

 

 ───ゾクッ

 

 ひっ……。

 僕は掠れた悲鳴を震わせた。

 言い表しようのない恐怖が全身を支配する。

 

 ……まて、僕はヒーローになるんだろ!! 

 

 折れそうになる心を何とか支え、奮い立たせる。

 僕はヒーローになるんだ! 

 こんなことで屈する奴が、どんなに困ってる人も笑顔で救える最高のヒーローになんかなれるはずないだろ!! 

 頑張れ!! 緑谷出久!! 

 

 意を決して、僕は轟さんを真っ直ぐ見つめ返し、

 

「と、轟さんは! どうしてここにいたの?」

 

 話題を逸らした。

 これが、僕が見つけた唯一の活路だった。

 

「やっぱり轟さんも雄英を受けたの? ヒーローになるって言ってたもんね!」

 

「……あ」

 

「え、ど、どうしたの、轟さん……?」

 

 轟さんが少しだけ言葉に詰まった。

 あの目を見てしまったからだろうか。

 たったそれだけの事なのに、僕はそれがとてつもなく怖かった。

 

「……覚えててくれた」

 

 轟さんのその小さな呟きを僕は聞き漏らしてしまった。

 

「今なんて───」

 

 聞き返そうとした次の瞬間には、再び轟さんが僕の胸に飛び込んできた。

 女の子の柔らかい感触に、僕の思考はまたしても真っ白になってしまう。

 

「……嬉しい。不安だった。出久が覚えててくれて、本当に嬉しい」

 

 あの冷たい瞳はなんだったのか。

 何が彼女の琴線に触れたのか僕にはわからなかったけど、とても嬉しそうに、とても柔らかに笑うその姿は見る者全ては魅了するようだった。

 

 思わず息を呑んじゃったんだけど───

 

 ───BOOM!! 

 

 我に返るには十分すぎる爆発音が響いた。

 

「いちいちひっつかねェと会話もろくに出来ねぇのかァッ!? 根暗女ッ!!」

 

 かっちゃんが僕と轟さんを乱暴に引き剥がす。

 僕は強烈なデジャブを感じた。

 そして僕がさっき注意したからか、何気に轟さんの呼び方が変わってるあたり、かっちゃんのみみっちさがでている。

 

 轟さんは一切気にすることなく言葉を続けた。

 

「……出久、一緒にこれから頑張ろう。2人でヒーローになろう」

 

「うん……と言いたいところだけど、まだ受かってるか分からないし……」

 

「……そっか。でも問題ない。私の家は金と権力だけはあるんだ。あのクソでドブ以下の父親を頼るのは嫌だが、出久の為なら───」

 

「───ざっけんじゃねェッ!!!!」

 

 今までで一番大きなかっちゃんの怒声が響いた。

 通行人が思わず足を止めてしまうほど。

 そして、僕は幼馴染みだからわかった。

 

 ───かっちゃんが本気で怒っている時の声であると。

 

 僕を跳ね除け、かっちゃんが轟さんの胸ぐらを掴みあげる。

 

「次、そんなふざけたこと言ってみろ。マジでぶっ殺すぞ? テメェはなんも分かっちゃいねェ。デクはなァ……強ェんだよ。他のモブ共とは違ェんだよ。知りもしねぇくせに、デクの力見くびるようなこと言ってんじゃねェぞッ!!!!」

 

 あまりの迫力。

 かっちゃんの本気の目。

 僕はもちろん、轟さんまでもが放心してしまうほどの凄みだった。

 

「……ちが、私は……」

 

 気圧されたのか、轟さんは俯いてしまった。

 

「ほら、いいかげん帰るぞデク」

 

 かっちゃんが僕の手を引いた。

 そこで僕はようやく意識を取り戻した。

 轟さんは俯いてしまっている。

 このままじゃいけないと思った。

 

 だから───

 

「轟さん! また雄英で会おうね!」

 

「……チッ」

 

 絶対受かってる、なんて断言できるほど自信に満ちているわけじゃなかったけど、今轟さんにはこの言葉をかけるのが一番いいと思った。

 かっちゃんが盛大に舌打ちしてたけど。

 

 僕の言葉に轟さんはゆっくり顔をあげて、

 

「……うん、さっきはごめん出久。また雄英でね」

 

 少しだけ涙を浮かべていた轟さんは、それでも笑顔で手を振ってくれた。

 こうして、波乱に満ちた僕の雄英受験当日は幕を閉じた。

 色んな意味でやたらと疲れてしまっていた僕は、家に着くなり倒れるように寝てしまうのだった。

 




お読みいただきありがとうございました。


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