GOD EATER BURST~旧型神機使いの日常と苦労~ (キョロ)
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GOD EATER~旧型神機使いの日常~
01、新米神機使い


どうも!
初めましての方は初めまして。お久しぶりの方はお久しぶり。いつも見ている方はありがとうございます!
作者のキョロと申します、どうぞよろしくお願いいたします。

この作品は『にじふぁん』で投稿していた『GOD EATER~旧型神機使いの〇〇~』シリーズをまた訂正しながら投稿してるものです。
前回のネタが迷子になってたりします。基本、勢いで書いてます。

前書きが長くて大変申し訳ありません。
それでは、短いですが一話目スタートです。


「はあ……。これのどこがアルコールパッチテスト程度なんだろうね?」

 

 神機使いになるための適合試験。それを執り行うフェンリルに招集された場合、食糧支援をしてもらっている俺たち一般人は拒否することが出来ない……。

 というわけでフェンリル極東支部に来た俺が通されたのは、非常に非常に広い部屋だった。俺が百人くらいいても埋まらないくらいなんじゃないだろうか。高さも十分にあるし……高さは俺何人分くらいだろう。十五人? 目分量はよく分からないな。

 

 さて自己紹介。俺の名前は日出 夏(ひので なつ)。よく“ひで”と言われるのだが俺の名字は決して“ひで”ではなく“ひので”だ。そこのところ、間違えないでほしい。

 確かに自分の字が非常に分かりにくいことは理解しているつもりだ。俺だって他人だったら漢字だけ見せられても間違うだろうな。でもやっぱり一回で分かってほしいんだよ。間違えられて、残念違いましたー! とか言った後の相手の「あっ……」って感じの微妙に気まずいリアクション経験してみろ、嫌になるぞ。

 

『ようこそ、フェンリルへ』

 

「ん?」

 

 俺がいる広い場所――結構傷とかたくさんあるから多分、訓練場とかの類いの場所だと思う――全体に男の人の声が放送で響き渡る。そういえばさっきから男の人、喋っていたような気がしなくもない。人の話聞く大事。重要なこととか聞き逃すと大変だし。

 というわけでもう一回言ってもらうのとか……無理ですよねー……。

 

『準備ができたら、その機械の正面に立ちたまえ』

 

 機械……。ああ、訓練場の中央らへんに機械っぽいのが置いてある。あれのことかな。

 というか準備ができたらって、何の準備だろう。機械に辿り着くには仕掛けられているトラップを回避するために準備運動しとけー、とか? ……さすがにないか。

 こういうのは心の準備ってやつだよな。深呼吸を数回して、いつの間にか速くなっていた同期を落ち着ける。どうやら緊張していたらしい。

 

(っげ……。フェンリル、趣味悪くない?)

 

 いざ機械の目の前に立ってみると、それは台座のように思えた。機械の上にでん、と神機が乗っていたからな。だがそれも一瞬で認識を塗り替えられた。その上に、蓋がある。これから降ってきますよ、蓋しますよ、と言わんばかりの存在感に思わず後退りしそうになる。俺の顔、きっと引き攣ってるんだろうなあ……。

 あ、よく見たら赤い窪みがある。ここに右手を置いて、ってことかな。そうすれば蓋されても圧迫されないよ、みたいなシステムだろうか。ちょうど右手を置いたら神機を掴めそうだ。適合試験中に触ってもいいのかな。……そもそも適合試験自体、あんまり分かってないけど。

 

 特に何も考えず、窪みの部分に右手を置く。窪みの赤い部分が手首の部分にきた。赤い部分ってここだけなんだよね。どうしてなんだろう。いっそのこと全部赤くしてもよかったのに。いや、やっぱりこのままでいいや。なんか血塗れたギロチンみたいになる。それは怖い。

 でも置いてみたけど、大して何も起こらないようです……? やっぱり蓋されちゃうんだろうか、誤って右手がぺしゃんこになるんじゃないだろうか、と思って目を瞑っちゃったんだけど杞憂だったんだろうか。もう適合試験終わったの?

 

 

 ガシャン

 

 

 そっと様子を覗うため目を開けた瞬間、蓋されました。

 

(ええええ!? このタイミングで!?)

 

 一先ず右手は痛くない、ぺしゃんこじゃない、セーフだっ!!

 そう思ったのもつかの間、右手首からじわじわと激痛が広がり始めた……って一体全体どういうことなんですかねー!? これってアルコールパッチテスト程度じゃないよねー!? そもそもあれって痛かったっけ!? 俺やったことないから分かんなけどさ!

 どうしよう、すごく帰りたい。絶対、今泣いてるに違いない。景色が歪んでる。辛い。これって訴訟すれば勝てるだろうか。説明不足って事で訴訟すれば勝てるだろうか。待て待て、勝ってどうなる。得られるものは何だ、俺の痛みが消えるわけでもないのに――。

 

 

 ガシャン

 

 

「……え?」

 

 音が聞こえたなー、なんて思っていたら、蓋が開いていた。蓋は何事もなかったかのように上がっていたのだ。次の獲物でも待ってるんですかね。

 くそう、それにしても右手首未だに痛いんだけどこれどういうことなの……。説明プリーズ……。こんなに痛い思いしたことない。まだ鳩尾殴られた方が痛くない。

 上がっていた息を整えて部屋を出て行こうとすると、台座の上に居座る神機に気が付いた。こんなものが、アラガミなんかがいるせいで俺は痛い目に遭ったのか……平和な世界に生まれたかったなあ。

 

「これが、神機、なのか」

 

 くっ、ちょっとカッコイイとか思っちゃったじゃないか。男の子にとって武器はロマンなんだぞ。卑怯だぞ。……少しくらい、触っても問題ないよね? お、俺の神機に、相棒になるんだから触っても問題ない……よね?

 そっと右手で束の部分を持ってみる。おお、大きさの割にはあんまり重くない。むしろ軽い。試しに二回ほど振ってみる。ヒュン、ヒュンなんて音が出た。か、カッコイイ……!!

 

「あれ、」

 

 俺の右手首に、赤い腕輪がくっついてる。ここに来るまでにこんなゴツいアイテムを装備した覚えはないんだけど。お洒落、なんて言い訳も通用しない程に迷惑な大きさしてるよ。

 もしやこの赤い腕輪、さっきの赤いやつでは。バッと台座に勢いよく目を向ければ、赤い色はなくなっていた。……なんてこった、最初から仕組まれていたのか。

 

『おめでとう。今日から君もゴッドイーターだ』

 

 また、男の人の声が反響した。声めっちゃイケメン。きっと容姿も整った人に違いない。大体世のイケメン美女は容姿がいいくせに他のことも優れているもんだ。全く、世の中不平等の塊だぜ。

 なんて浸っている場合ではない。今日から俺は神機使いになるのだ。ゴッドイーターになるのだ。神、アラガミを喰らう者になるのだ。それには相応の覚悟がなくてはならない。生半可な気持ちでは、命のやり取りなんてできないのだ。

 

「こうなりゃ、とことんだ」

 

 ふと俺を育ててくれたおばさんの言葉を思い出した。「夏の親も立派な神機使いだったんだよ」とかそんな感じの内容だったはずだ。なにせ何年も前のことだから正確には覚えていない。

 物心ついた時、もう親はいなかったけどそれを聞いただけで俺は神機使いカッケー! お父さんたちカッケー! となったものだ。俺にとって、それは一種のヒーローとして映っていたのだ。

 いやあ、無知って怖いね。

 

「……俺も、父さんたちみたいになれるかな」

 

 この先、どんなことが待ち受けているんだろう。

 やっぱり、意気投合出来たり頼もしい仲間? それとも身も震えるような強敵?

 

「よっし、頑張るぞー……!」

 

 

 俺の名前は日出 夏。

 極東支部の旧型近接式神機使い、日出 夏だ。




感想・アドバイスをお待ちしております。
特にアドバイスは首を長くして待っております。

これから、よろしくお願いいたします。


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02、新型

 風によって乱れた茶髪を手櫛で簡単に直す。フェンリルから支給され制服というよりもはや私服となっているF制式レッドは返り血のせいか所々黒ずんでしまっていた。そろそろ新しいのにするべきかなあ……。

 でも俺に合う服が無いせいで結局服を新しくしても、着てるものは変わらないんだけどね。

 

 さて、俺が神機使いになって、早一年が経った。

 ……え? いきなり一年も飛ばすんじゃないって? そこは見逃がしてほしい。

 

「いやー、働いた働いた!」

 

 今日も俺は贖罪の街へと出る。……オウガテイル五体狩りへと。

 なんでオウガテイルなんだろう。そろそろ大型アラガミに出させてもらってもいいと思うんだ。ああ、でもさすがに一人で大型アラガミに行くのは不安かもしれない。

 

 よし、唐突だが勉強嫌いな夏先生の神機使い何故何コーナーの時間だ。今回のテーマは神機使いの種類について。

 これまで神機使いは遠距離式(銃)か近接式(剣)しか使うことが出来なかった。本当はこれが一般的だったんだけど、近々ハイテクな神機使いが出てくるらしいので差別を付けるために、これを旧型、と呼ぶ。俺は旧型近接式な。

 そのハイテク神機使いだけど、新型って呼ばれるらしい。いかにもハイテクって感じするよね。その新型さんは遠距離と近距離、二つを兼ね備えた神機を使うことが出来るらしい。羨ましい。俺だって遠くの敵をバンバン……は無理そうだな。俺は黙って突っ込んでる方がよっぽど向いてる。

 

「たまには大型も行きたい……けどその前に誰かパートナーください」

 

 生涯のパートナーとか、そういう意味じゃないよ。依頼に一緒に来てくれる人が欲しいってこと。俺が属しているのが第四部隊、っていうところなんだけど、人がいないんだよね……! 悲しいくらいいないんだよね……! だから俺は大抵一人で依頼に来るしかないのだ。そしてそういう時は無理すると危ないから小型アラガミばっかりなのだ。

 たまーに、本当にたまーに大型アラガミも行くけど、それは他の部隊のお手伝いの時くらいだし、お手伝いするのは決まって俺じゃなくて他の人だったりするので、俺はこの一年ほとんど一人で過ごしてきた。ぼ、ぼっちじゃないぞ。一人だけどコミュニケーションはちゃんととってるんだからな!

 

「なあ、美味いか? 美味そうに見えないんだが」

 

 答えられないって分かってるけど、なんとなく神機にそう問いかけてみた。ぐっちゃぐっちゃと行儀悪くオウガテイルのコアを貪る俺の相棒は今日も元気そうだ。昨日は小型アラガミの群集と対決したから胃の調子が悪いかもしれないと思っていたんだけど、そんなことはなさそうで何よりだ。

 

「……帰るか」

 

 アナグラに帰還する旨の連絡をしている際、俺の神機がゲップしたような気がした。

 

 

――――――――――

 

 

 アナグラに帰ってみると、いつになくエントランスが活気であふれていた。何があったんだろう、と辺りを見回してみると第一部隊が集結していた。そして傍にはツバキさんと見慣れぬ少年少女が立っている。……ふむ、そういえば近々新人が来るって噂があったな。あの二人がそうなんだろう。

 ちょうどエントランスの中心を陣取るツバキさん。その横にいる銀髪を肩口で切り揃えた少女は白いブルゾンに薄黄土色の長ズボン、黒のブーツを履いている。更にその隣には癖のある茶髪を黄色いベースの帽子で隠した少年がいる。少年は袖なしヘソ出しの黄色いベストを羽織り、申し訳程度の茶色のマフラー、更に膝下程の長さのオレンジズボンを着ている。ぶっちゃけ軽装すぎてみてる俺が寒さを感じるレベルだ。

 

「本日から第一部隊に所属する二人だ。挨拶しろ」

 

「ほっ、本日よりお世話になります、藤木(ふじき) コウタです!」

 

「同じく本日よりお世話になります、白神(しらかみ) ゼルダと申します!」

 

「コウタは旧型遠距離式、ゼルダは待望の新型だ。皆、仲よくするように」

 

 藤木 コウタに白神 ゼルダ。よし、覚えた。

 それにしても二人とも第一部隊に所属するのか。いいなあ、俺も第一部隊に所属することはできなかったんだろうか。なんで第四部隊なんて過疎部隊に配属されたんだろう。

 そしてゼルダが件の新型さん、とね。これからバリバリ活躍していくんだろうな。これからの活躍に期待するとしよう。まあ俺関係ないけどね!!

 

 ……愚痴を言っても始まらないな。俺だって頑張ればなんとかなるかもしれないじゃない。旧型だからって二年目なんだし、数字だけ見たら新しいよ!

 よし、そうと決まればもう一回依頼に出るとしようか。俺にはまだまだ伸び代があるはずなんだ。もっと実戦経験を積めばきっと……!

 

「ヒバリちゃん、何か俺に出来る依頼あるかな?」

 

「ええと……。それではザイゴート五体の討伐をお願いできます」

 

 やっぱりそういうやつしかないか……。

 致し方ない。ザイゴート五体って言っても、ザイゴートは他のアラガミを呼び寄せる習性があるんだし、油断しないで行こう。油断、すなわちそれは死である! ってね。

 

 

 

 この時の俺はまだ知らなかった。

 

 関わらないと思っていた新型と、これから先関わっていくことになることを。

 

 そしてそれ以上の出来事に巻き込まれていくことも。




まだまだネタに走れないから文が短い。
いや、出てきても短いことがあるんですけど……。
態々作るのもアレかと思い、登場回に人物紹介を後書きで書くことにしました。
『真・ゼルガーの部屋』では作ってありますけど、ここには後書き機能がありますからね。

~人物紹介~

◇日出 夏 (18)
どこにでもいそうな旧型近接神機使い。
長所はフレンドリーなところ、短所は馬鹿。
彼曰く、「攻撃は俊敏にしたい」とのことでショートブレードを扱っている。
第四部隊に所属。
F制式レッドを着用している。
固有スキル……ヴェノム小

◇白神 ゼルダ (18)
極東支部初の期待の新型神機使い。
長所は真面目なところ、短所は自分の身より他人を優先すること。
先輩後輩に関わらず敬語を使う丁寧な子。
凄まじい腕力の持ち主でバスターブレードをショートブレードのように振り回す。
服を変えると何かが起こるとか。
クラウドブルゾンを着用している。
第一部隊に所属。
固有スキル……カリスマ
※ZE○DAの伝説とはなんの関連もありません。


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03、新人教育

少し強引なことしたな、と思ってます、ハイ。

文字数少なめです。


 ……どうしてか、疲れが取れない。起きたばかりなのにボーっとしてしまう。一応、顔洗ってきたんだけどなあ、なんでまだ眠いんだろう。

 寝ぼけ眼を擦りながらエントランスに出るといつもの騒がしい雰囲気が俺を盛大に出迎えてくれた。あ、眠気取れた。でもこのまま寝たかったって思う自分もいるのは何故だ。

 こうなれば依頼を早く終わらせて自室で寝よう。今日のノルマさえ達成すれば俺は存分に頭移民を取ることが出来るのだ。……まあ緊急性のある依頼がきたら駄目だけど。

 

「ヒバリちゃーん。今日の依頼は……って、たぶん雑魚三体衆だよね」

 

 説明しよう、雑魚三体衆とは!

 俺が考えた三体の小型アラガミの組み合わせのことを指す。ちなみにその三体とはザイゴート、オウガテイル、コクーンメイデンのことだ。こいつらが揃うと三方向から攻撃が来るから面倒なんだよね……。先にコクーンメイデンだけ倒そうとしたらザイゴート来ちゃって、オウガテイルも呼び寄せられたのは記憶に新しい。

 大型アラガミが来なかっただけマシだと思うべきなんだろうけどな。それでもオウガテイルたちだって馬鹿にできない。初心を舐めるものは初心に死ぬのだ。

 

「今日は……。あっ、ゼルダさんと同行ですね。新人教育ですか」

 

「やっぱり三体衆か。……ん? 今、なんて?」

 

「ですから、ゼルダさんとの任務です」

 

「え? なんで俺が新人と? リンドウさんは? サクヤさんは?」

 

「お二人とも緊急のヴァジュラ討伐任務を受けて出払っています」

 

 第一部隊のベテラン三人はそっちに回ってしまっているようだ。だが、だとしても、どうして俺なんだ。タツミさんとか……。あ、第二部隊はちょうど外部居住区の見回りの時間だからいないのか……。でも他にも俺よりすごい人たちはいる筈なんだけどなあ。

 なんにせよ、俺は正式な依頼なら俺は断ることが出来ないし、行くしかないんだけどね。こうなったら思考放棄だ。それに考えてみたら悪いことばかりじゃない。最先端の新型神機を見ることが出来るんだから、それで良しとしよう。

 

「じゃあ、受けるよ。ゼルダは?」

 

「ゼルダさんは先にヘリポートへ向かいました」

 

「りょーかい。いってっきまーす」

 

 依頼書に簡単にサインを済ませると、俺はヘリポートに行くために業務用エレベーターに乗り込んだ。ゼルダは遠くから見ただけだし、話したことも無い。ほとんど接点がないってところが果てしなく不安なんだけど、大丈夫だと信じよう。

 

 

――――――――――

 

 

 やってきました、贖罪の街。最初はこの贖罪っていう字が読めなくて何回もヒバリちゃんに名前を聞きかえしたものだ。

 

「というわけで、今回同行することになった、日出 夏だ」

 

「私は白神 ゼルダと申します。日出先輩、よろしくお願いいたします!」

 

 この間は見えなかった、凛とした強い想いを宿している黄色い瞳に俺の姿が反射している。綺麗な目してるなー……。名前と容姿からして、この子はハーフなのかな。

 ゼルダの第一印象は“真面目ちゃん”だった。同時に、肝が据わっているとも思った。まだそれほど戦場に出ていないだろうけど、もうオウガテイル一体くらいは狩っているはずだ。アラガミと言えど、あいつらも血が流れている。その血を見て、恐らく浴びているだろうに、目の前の少女は不気味なくらい落ち着いていた。

 俺は初陣の後、五日くらい寝込んだんだけど。いきなり斬ったところから血がドパァ、って結構トラウマだ。さすがに一年もこの仕事やってたら嫌でも慣れたけども。

 

「タメ語で構わないよ。俺もゼルダって呼ばせてもらうし、歳同じでしょ」

 

「いえ、それでは先輩の面目が立ちませんので」

 

「いやいや、俺としては普通に接してほしいし」

 

 あと、この子すごい頑固だ。一度決めたらとことん、って感じ。

 さっきから俺の呼び名が“日出先輩”止まりで困ってる。やめてええええ、俺はそんなにちゃんと先輩してないからああああ、なんかむず痒いからああああ。

 

「お願い、敬語抜かなくていいから、せめて呼び名だけもう少し緩くして?」

 

「…………では、夏さん、でどうでしょうか?」

 

「あ、それでいい。全然いい。さっきよりマシ」

 

 日出先輩から夏さんにランクアップしました。

 なんかこっちのほうが仲良くなった感じするよね。本当は夏、って呼んでほしかったんだけど……ゼルダの性格からしてそれは難しいのかもしれない。それはいずれ時間が解決してくれると信じるとして。

 仕事のほうもずっと放っておくわけにはいかないから。

 

「今回の依頼は雑魚三体衆、三体ずつの討伐だ」

 

「あの、雑魚三体衆とは?」

 

「俺がつけた総称。オウガテイル、ザイゴート、コクーンメイデンのことだよ」

 

「なるほど。立ち回りを考えないと厄介そうですね……」

 

 おお、ゼルダは頭良さそうだ。

 俺なんかはいつも適当に動いてるからな。とりあえず動いて、相手の出方を窺って行動しようみたいな感じ。回避スキルには自信があるぞ。

 

「あー、で、今回の作戦だけどぶっちゃけ適当に動いていいよ?」

 

「は?」

 

「俺、今まで単騎だったから複数人での立ち位置が分からなくて……。というわけで自由に動いてね」

 

「え、あ、は、えと」

 

「うん、これは新人の思考能力を鍛えるための訓練なのだ。……なーんで俺なのかなあ……」

 

 今更考えてみれば考えるほど、俺って適任じゃないね……! 今までほとんど単騎だったから他の人がいるときってどう動けばいいか分からないし、新型との連携の仕方なんて分からないし! そもそも俺が誰かに物を教えるって事に向いてない! 最悪だ!

 でも上は貴重な新型を失いたいとは思っていないはずだ。今回の依頼が比較的難易度の低い雑魚三体衆っていうのもあるけど、一応俺はこの三体相手なら交戦経験が神機使い二年目としては極めて高い。本当に危機的な状況にならない限りは対処できる……、と踏んでいるのだろうか? ちょっと評価高過ぎないか、それ。もっと他にいい人いますって。

 

「それじゃ、出撃するぞ」

 

「あっ、はい!」

 

 ゼルダは可哀想だけど、これは俺にとってはいい機会だ。新型の現段階での戦闘能力、そして集団戦においての立ち回り。一年一人でいた分、これからは集団戦のノウハウも知っていかないと。非常事態に陥った時、即席で集団戦が行われることになったら「え、俺はできないからパス」なんてことも言ってられない。うん、俺も学ばせてもらおう。

 

「目標を確認しました」

 

「知ってる、見えてるしさ」

 

「突入の許可を」

 

「俺は特にそういう権限ないよ」

 

 今回の依頼においてはリーダーかもしれないけど、俺にリーダーが務まるとは到底思えない。それでも最低限のことは頑張ろうと思うけど。

 ゼルダに合図を送り、同じタイミングで飛び出す。依頼の前に近くに大型アラガミがいないことは確認済みだ。それならザイゴートが周囲のアラガミを呼び寄せても、多少は問題ないはずだ。

 それに幸運なことに、今回の討伐対象は全てこの場に揃っている。

 

「まず、一体っ!」

 

 まあ揃っているからと言って、新手を呼び寄せられたら困るから先にザイゴートを落とすけど。地面を強く蹴りザイゴートの目玉に躊躇なく得物をぶっ刺す。重力と体重を利用してそのまま下に引き裂く。かなり強引だったけど、それで絶命してくれたらしい。

 着地から少し遅れて落ちてきたザイゴートの捕喰も忘れずに行う。

 

「次……。ぶおっ、げふっうえっ」

 

 視線をコクーンメイデンに向けたところで、俺に向かって放物線を描いて飛んでくる紫色の球体を視認。慌てて避けたものの、地面にぶつかり飛び散った気体を吸い込み咽込んでしまった。途端に、身体に怠惰感が襲いかかる。おおう、ヴェノムか……。

 俺は金欠だから、大してアイテムは持ってきていない。回復系アイテムの他には、戦況が不利になった際の離脱用として持っているスタングレネードとホールドトラップくらいだ。故に俺はヴェノムを直すアイテム、デトックス錠を用意していない。

 

 つまり俺が狙うのは時間経過による自然治癒だ。

 

「ザイゴートオオオオ!! いってええ!?」

 

 後々面倒なザイゴートを倒そうと思った俺をコクーンメイデンのレーザーが掠めた。掠めただけなのにすっごく痛いしすっごく熱い。

 いつの間に狙われていたんだろう、と内心舌打ちしつつコクーンメイデンを視界に入れたところで、ぞわりと悪寒が走り横っ飛びで回避すればオウガテイルの尻尾が虚空を薙いだ。ほっとしている俺の真上に、ザイゴートのヴェノム霧がもろに降り注がれた。……ええっと、何、この集中砲火。

 

「ふっざけんなー!」

 

「大丈夫ですか夏さん!」

 

「うん、大丈夫。実を言うといつもこうだから」

 

「そ、そうなんですか」

 

「ああ。そうなんだ」

 

 面倒くさいな、と思いながらも目をいっぱいに開いて全部のアラガミを視界に入れるように努力する。ダメージは負ったけど、失敗は経験の元だ、と思うことで精神を保つ。そんなことを考えている一方でしっかり回復錠を飲むことも忘れない。すごい苦い。

 

 と、情けない先輩が振り回されている間、ゼルダは無茶せずに確実に一体ずつ片していっていた。バスターブレードをまるでショートブレードの様に難なく振り回すゼルダは将来有望であると言えよう。……いや、待て待て待て。おかしいだろ、オイ。なんだその速さ。重さ無視ですか?

 

「これでっ、終わりです!!」

 

「……お疲れー」

 

 ポカンと間抜けに口を開けていた間に、ゼルダが最後の一体を片付けた。強い、素早さ抜きにしても普通に強い。バスターブレードがショートブレードよりも攻撃力が高いってのもあるけどな。ゼルダは一太刀で仕留めきれなかったアラガミに対してはなるべく同じ個所に攻撃するように努めているように見える。

 これを無自覚で行っているとしたら末恐ろしいぞ。

 

「お疲れ様でした」

 

「ゼルダ、強いな……。そのうちリンドウさん級になるんじゃないか?」

 

「え、えぇっ!? 私、そんなにすごくないです!」

 

「将来有望株か。なるほど、さすが新型、とも言うべきなのかな」

 

 俺と同じ歳なのに、本当にすごい。こうも違いを見せつけられるとちょっと落ち込む。勿論、俺だって何もできない訳じゃないし、極東はいつだって人手不足だから頭数くらいにはなれると思うけど。

 

「じゃあ……帰ろうか」

 

「ええ、そうしましょう」

 

 ゼルダとはいい友人になれるかもしれない。将来、すごい人になったら戦い方のノウハウでも教えてもらおうか、なーんて。同年齢だからこそ学べることってあるかもしれないよね。

 ヒバリちゃんに手短に依頼の完遂、帰還を伝えると俺は待機地点でヘリを待ちながらゼルダと共に暫しの談笑を楽しむのだった。



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04、山みたいなアイツ

うー、寝起きの頭にエントランスの騒音がガンガン響き渡るー……。たぶんいつも通りの騒がしさなんだろうけど、今日ばかりはちょっと勘弁してほしい。寝起きが悪いだけでこんなにも違う景色に見えるものなんだね……。

 昨日は帰って来てからもついついゼルダと話し込んじゃったからなあ。ゼルダは大丈夫かな、俺のせいで睡眠不足になってないかな。もし睡眠不足になっちゃったなら後で謝りに行かないと。

 

「ふあ……依頼行かないと……」

 

 正直に言えばもう一眠りしたいところだけど、そんなことは鬼教官ツバキさんが許してくれない。俺だって地獄の特訓はごめんだよ……。仕事は仕事、プライベートはプライベート。分別? というか、切り替えが大事なんだって言ってた。

 あ、今盗み聞きした情報によると、エントランスが騒がしいのはウロヴォロスのコアを回収できたかららしい。お前は山の進化系か、と言いたいくらいのあの巨体。俊敏かつ殺傷力の高い触手。そんなウロヴォロスは討伐できるなんてすごいなあ。俺はターミナルの画像でしか見たことないよ。

 

「それにしても、……第七部隊、ね」

 

 第七部隊。今回ウロヴォロスを討伐した部隊だ。だけど誰が討伐したかは少し考えればすぐに分かる。支部長から大きな仕事を任されるのはソーマかリンドウさんくらいだ。今回はリンドウさんかな、経験的な意味で。

 というかたぶん単騎……だよね。あのウロヴォロスを単騎でとか、リンドウさんの強さは半端じゃないなあ。カッコいい先輩がいるとやる気が上がるよね。

 まあ俺は今日も今日とて雑魚三体衆なんだろうけど。

 

「ヒバリちゃん。今日の俺の依頼は何?」

 

「今日は偵察任務ですね」

 

「……偵察……。いつもの雑用か」

 

「要するに残党探しですね」

 

 偵察はド級大型アラガミ(さっき言ってたウロヴォロスとか)の討伐後とか、大型アラガミの群集討伐後とかによく出される依頼だ。ド級大型アラガミの気配を感じて近くに来たアラガミの報告や、討ち損じた大型アラガミの討伐が目的だ。たまにアラガミ反応がしばらく見られていない地域を調査するための偵察もあったりする。

 今回はウロヴォロスが出現していた嘆きの平原での偵察らしい。アラガミを見つけた場合は出来る限り討伐してほしい、ということだった。簡単に言えば無理はしないで、とのこと。

 

「まあ、俺はいつも通りやるだけか」

 

 偵察なら何回か経験がある。半分くらいは逃げ帰った記憶があるから、もうプライドとかあんまりないよ。作戦は命大事に、だぞ。命あってこそのこの職業だしね。

 アイテムはいつもと同じで構わないな。特に持っていくものもないだろう。

 

「さてと、早速出発しようかね」

 

 

――――――――――

 

 

「……アイテム、何持ってたっけ」

 

 嘆きの平原に到着し、周囲警戒のためにうろつき始めて数十分後。

 俺はアラガミに見つからなさそうな崩壊寸前の家屋に隠れてアイテムポーチの中を確認していた。

スタングレネード、回復錠、回復錠改、回復球、回復柱、ホールドトラップ。うむ、いつも通りだ。やはり、ここはスタングレネードを上手く活用するべきか……。

 

「いやあ、それでももうちょっと持ってくるべきだったかなあ」

 

 あんまりアイテムの種類に詳しくないんだけどね、と自嘲した笑みをこぼしたとき、ズシンと地面が揺れた。驚いて身体を縮ませる。まだ死にたくない。

 ただの偵察だったはずなのに。俺の人生ここまでなんだろうか。こんなところでゲームオーバーなんて……俺の人生短かったな。そう思っていると、またズシンと揺れる。さっきより近い。もしかしてこっちの存在に気付いてるんじゃないかこれ。

 

「通り過ぎろ……、通り過ぎっ……!?」

 

 気のせいだろうか。今、メリメリッて、嫌な音が上から聞こえたような。

 

 

 ま さ か 。

 

 

 嫌な考えが頭をよぎり、いやいやまさかそんな、と否定しつつそっと頭上を窺った、次の瞬間。メリメリと音を立てて天井が崩落してきました。

 

「うわああああ!?」

 

 老朽化していようとさすがに頭にぶつかれば危ないので、頭を丸めて手で覆い必死にダメージがいかないようにする。その代わり背中に思いきり瓦礫がぶつかってくる。ぶつかる場所が変わろうと痛いものは痛いのだ。頑張って、俺の背骨。お前なら耐えられる、これくらいなら問題ない!

 そんな俺の事情なんか知らないとでも言うように壁が俺を押しつぶすように内側に向かって倒れてきた。ずさんな工事しすぎ! もうちょっと耐久力ないのかよ!

 

「いった……。これ、帰ってもいいよね……?」

 

 結構な量が俺の上に積もってしまった。俺一人なら通り抜けられそうな雰囲気ではあるけれど、神機は通れそうにないので頑張って俺の上にある瓦礫をどかすことにする。時間をかけて神機使いになることで得た力を惜しみなく使い、なんとか脱出に成功した。空気が美味しい。

 アラガミがいるってことは分かったし、ヒバリちゃんに連絡して帰ろう。あれは俺の手におえるようなアラガミじゃない。まともに立ち向かったら、それこそ死亡しそうだ。大型アラガミと戦いたいとは確かに思ったけど、あれはスケールが違う。

 

「よし、帰ろう」

 

 連絡は……後ででいいか。あのアラ髪がまだ周囲にいるかもしれないし、ひとまず待機地点まで逃げ切って安全を確保して、それから連絡しよう。

 

「っ、」

 

 何か、悪寒のようなものが背中を駆け抜けたのはその時だった。

 危ない、逃げなければならない。そういった漠然としたものだけが俺の頭の中に浮かび、ほとんど無意識のうちにステップを踏んでその場を離れる。

 そして一拍遅れて、仕組まれたかのように先程まで俺のいた場所にトゲのように尖った触手が地面から飛び出した。

 

「……マジかあ」

 

 日出 夏、人生最大のピンチかもしれません。

 俺はその場で振り返って後ろにいた巨大なアラガミ――ウロヴォロスを見上げた。

 

 

 なんでこんなところにウロヴォロスがいるんだ。

 ウロヴォロスはついさっき、この場所で第七部隊が討伐したばっかりのはずだろ。こんなに短い間隔でド級大型アラガミで出現して堪るか、ってんだ。ターミナルでしか見たことがないのに小津しろって言うんだよ。下手したら逃げる事すらもままならないっていうのに。

 

「見逃してくれたら嬉しいんだけど、なっと」

 

 俺を焼き尽くそうとウロヴォロスの複眼から放たれた高熱のビームを、地面を転がることで回避した。うわあ、地面が熱のせいで抉れたんだけど……。威力強すぎない?

 反撃の文字はとっくに選択肢から除外した。どれだけ無様になっても構わない。今は逃げることが大事だ。武勇伝を遺す必要なんかない。実力以上の相手に挑むことは勇気がある行動ではない、現状が見えていないだけの無謀な行為に過ぎないのだ。

 

「さて、どうやって逃げるか……。うおっ!?」

 

 俺の目の前で閃光が弾け、目に激痛が走った。

 ウロヴォロスってスタングレネードみたいな攻撃手段も持ってるのかよ……!? 痛みは引いたものの、目の前が真っ白に染まってしまいどこに何があるのかさっぱり掴めない。完全に目がいかれてしまったようだ。時間をかけて慣らしていくしかないが、生憎そんな時間もない。

 俺と対峙ているアラガミはあのウロヴォロス。格上の相手なのだから。

 

「いってえ!」

 

 とにかく集中してそれらしい気配をステップで回避することに専念していたのだが、右足に触手が当たってしまったらしい。深くはないが、切ったようだ。

 あまり傷付いて体力消耗はできない。特に足は逃げ切るためには傷付けたくない。これ以上、ダメージを受けるのは嫌だな。と、そこで薄らと景色が見え始めてきた。まだぼんやりしていることに変わりはないが、少しでも見ることが出来れば問題ない。

 

「スタングレネード……!」

 

 アイテムポーチにしまっていたスタングレネードをウロヴォロスに投げつけ、すぐさま自分の視界は潰されないように目を瞑り顔を逸らす。パッとスタングレネードが炸裂し、ウロヴォロスは視界を一時的に封じられたせいか触手をめちゃくちゃに振り回していた。こ、こわ……。

 っと、怖がっている時間もない。さっさとこの場から逃げることにしよう。念のためアイテムポーチの中に突っ込んだ右手を引き抜き、残り三個のスタングレネードを左手で掴んでおく。できればさっきの一階だけで逃げたいところだけど、果たしてどうなることやら。

 

 

――――――――――

 

 

「ヒバリちゃん、ただいま……」

 

「ご無事で何よりです……」

 

 服がボロボロだから無事ってわけでもないんだけど。それでも五体満足で帰ってこれただけ、いいんだろう。もしかしたら右足持っていかれてたかもしれないわけだしね。

 しかし報告書、どう書いたものか。まさかウロヴォロスと遭遇するなんて思ってもいなかったし。あそこで他のアラガミに会わなかったのは幸いだけど、あのウロヴォロスが食べちゃった可能性もあるのか……。

 

「ウロヴォロス発見、とだけ書くか」

 

 報告書を書く前にウロヴォロスの大きさについて調べてみたけど、考えたらメジャーとか持っていったわけじゃないからあのウロヴォロスが普通のサイズかどうか計測できていないんだな、と気付いた。いちいち計測して戦ってなんかいられないけどさ。たぶん普通のサイズだろ。大きかったけど、あれは普通サイズのはずだ、そうしよう。

 ウロヴォロスの詳細――と言っても、それほど書くことはないのだけれど――を報告書に記入し、最後に俺の名前を指定の欄に書いてからヒバリちゃんに提出する。ヒバリちゃんは素早く報告書に目を滑らせてから俺に微笑んでくれた。あっ、今ちょっとときめいた。

 

「お疲れ様でした。今回の報酬です」

 

「わあ、割に合わない」

 

「偵察任務ですからね。仕方ないですよ……」

 

 ヒバリちゃんに渡された報酬金を確認して、少しがっかりした。偵察だけどさ、こういう時くらいボーナスみたいなのないのかな。それは討伐しないとないって事なのかな。

 それにここで愚痴を言っても俺の報酬が変わるわけじゃないので、大人しく口を閉ざした。だけどこのままだとお金が少なすぎるのも事実なんだよな。服を着替えて、違う依頼に行こうかな。今日は雑魚三体衆でもいいよ。

 

「ヒバリちゃん、俺が行けそうな依頼探しといてくれる?」

 

「はい。分かりました」

 

 ため息をついてから俺は自分の部屋のある階に行くためにエレベーターに乗り込んだ。自室で着替えてくるのが先だ。この前新しくしたばっかりだったんだけどな、これ。一応、スペアはいくつか作ってあるから問題ないけどさ。

 目指せ金欠脱出。俺の明日はこれからだ。

 

 

 

 それから数時間後、エントランスのソファには疲れ果てた顔で眠る男がいたとか。



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05、新型の新人

 エントランスにて、情報収集レーダー発動! なんだかいつもよりエントランスの雰囲気が違うから情報収集(という名の盗み聞き)を開始する!

 ……なんて脳内でちょっと盛り上がること、数十分後、エントランスの雰囲気が違う理由を俺は突き止めることに成功した。どうやら、ロシア支部から新型の女の子が来たらしい。極東支部は激戦区だからってことで他支部から優秀な人材をスカウトしてるんだってさ。

 でもどこも人手不足だと思うんだけど、スカウトしてきてよかったんだろうか。これってロシア支部から恨みを買ってないだろうか。

 

「あ。……噂をすれば、君がロシアから来た子?」

 

 俺には関係ないだろう、と思いながらヒバリちゃんのもとへ向かうと、見知らぬ銀髪の女の子が立っていた。ヘソ出し、ミニスカ、ハイソックス。赤を基調としたその服装は極東名物“女性の過度な露出”の内の一人として加えられそうだ。

 

「はい。アリサ・イリーニチナ・アミエーラです。よろしくお願いします」

 

「俺は日出 夏! 部隊が違うから関わりないかもだけどよろしくな」

 

 随分、冷たい声色だ。俺とは話す気がないって言うか、なんか時間の無駄って言われているような。……いや、被害妄想か。こんな変なこと考えてないで、さっさと仕事しよう仕事。ごめんよ、アリサ。勝手に俺の中で株を下げるところだったよ……。

 心の中で土下座をしながら階段を下り、ヒバリちゃんのもとへ向かおうと歩を進めた。……が、いつ現れたというのか俺の周りを四人の男性神機使いが取り囲み、エントランスの隅に強制連行された。え、ちょ、どちら様……?

 

「チャレンジャーだな、お前!」

 

 ええと、どういう意味でしょう。

 しばらく言葉の意味を考えて、さっき会ったアリサのことだろうか、と思い至った。む、でもチャレンジャーってどういう意味だろう。

 

「やっぱアレか? 胸で狙いに行ったか!」

 

「あの気高さたまんねーよな!」

 

「あ、アリサさん! はぁはぁ」

 

 どうやら話しかけただけでチャレンジャーの称号を頂けるらしい。

 何はともあれ、俺はこの人たちから離れなければならない。この人たちは男の俺から見てもちょっと異常だ。こういうと失礼になるのかもしれないけど、俺まで仲間だと思われるのは嫌だ。それにアリサは可愛いと思うけど俺のタイプじゃない。

 

「俺まで巻き込まないでください。俺はただ挨拶を、」

 

「いやー、本当高嶺の花だわ。さすがチャレンジャー!」

 

「やっぱりアレかな? アレ、ブラなしなのかな?」

 

「あの下乳……。たまんねーよな!」

 

「あ、アリサさん! はぁはぁ」

 

 頭痛くなってきた。これ、アリサ本人が聞いたらどうなんだろう。大丈夫かな。

 まあそこらへんのことでトラブルが起きたとしても、第一部隊隊長であるリンドウさんに任せるとしよう。俺に対処できる問題じゃないしね。

 と、なんだか俺が話に参加しなくても四人で話が盛り上がっちゃってるよ。今のうちに四人から距離を取ってヒバリちゃんの元へと向かう。早く仕事して部屋に帰ろう。

 

「ヒバリちゃん、おはよう……」

 

「……大丈夫ですか?」

 

「あれは俺よりアリサの方が大変だろうな……」

 

「一応、ベテランの部類に入る方々なんですけどね」

 

「そうなの!?」

 

 世の中見た目じゃないんですね。

 普段はあんな風だけど実は仕事をする時は頼れる男! ってやつなんだろうか。それでも俺の中の好感度はまだマイナスで到底プラスにはならないんだけど。実際に仕事を一緒にしたら考えも変わるだろうか。

 

「とりあえず今日の依頼お願い」

 

「あ、ちょうど入ってますよ」

 

「んじゃ、それでお願い」

 

「了解しました! お気をつけて!」

 

 手持ちのアイテムは確認しない。よっぽどのことがない限り、俺はいつも同じアイテムしか持っていかないし補給はその日のうちにやってしまうのだ。

 それでもデトックス錠くらいは買おうかなあ、と思い始めてきた今日この頃だ。自然にヴェノムが抜けるのを待っていてもいいけど、やっぱり身体が怠くなるのは気になるんだよな。

 

「行ってきますかね……」

 

 ヴェノムのこと考えてたら身体が重くなってきてしまった。朝から嫌なことは考えるものじゃないね。

 

 

――――――――――

 

 

「ヒバリちゃん、酷いなあ……」

 

 現在俺のいる場所は鎮魂の廃寺。とっても寒い、極寒地帯の寺跡だ。

 不気味な廃寺で俺はやだひたすらに次々と向かってくる敵を斬りつける。一か所に留まって戦いつづけるのはよろしくない。ステップを踏んで位置を変えながら敵を斬り付け、相手を翻弄する。ショートブレードは多い手数が利点だからね。

 

「いくらなんでも多すぎだって」

 

 今回の討伐対象はオウガテイル。ただしただのオウガテイル討伐だと思うことなかれ。まさかの三十体討伐だ。……よくぞここまで群れたな。逆になんで今まで報告がなかったのか不思議だけど。こういうのって早めに討伐したほうが絶対いいのに。

 塵も積もれば山となる。オウガテイルだって舐めちゃいけないんだから。

 

「よーし、決めた。疲れたから早く帰るぞ」

 

 “帰りたい”という想いを力に変えてオウガテイルを斬りつける。今日の俺はちょっとばかり機嫌がよくないから八つ当たり気味だけど許してほしい。

 普段だったらこれにザイゴート討伐が加わったりして面倒くさいと思うけれど、今回ばかりはザイゴートも一体くらいいてほしい。時間差でオウガテイルが全体来てくれたら俺は捜索する手間が省けて楽になるんだしね。

 

 俺に群がって来ていたオウガテイルがすべて地に伏したところで、ふう、と一息つく。書類上で数を見るのと実際に戦場で数を見るのとはやっぱり違うな。ちょっと怖かった。それにしても、オウガテイルは仲間意識が強かったりするのだろうか。ここまで群れをつくるのもそうそうないぞ。

 神機でオウガテイルのコアを回収しながらオウガテイルの数を数える。これだけ数が多かったら討ち漏らしもあるかもしれない。仕事をするからにはちゃんとやらないと。

 

「……あれ、一体残ってる」

 

 俺の数え間違いでなければ、一体足りない。俺が倒した数は二十九体だった。数え直そうとしても数体が霧散しちゃったから、真相が分からなくなってしまった。

 仕方ない。俺の計算が合っていると仮定して最後の一体を探そう。

 

 

 そう意気込んだのはいいものの、なかなか見つからない。

 まさか最後の一体はステルススキル持ちだったりするんだろうか。弱った。そんなスキルを持っているんじゃ俺は背後からやられちゃうよ。……さすがにそんなスキルはないか。

 それはともあれ、これでは俺の数え間違いなのかそれとも任務が終わったのかどうかが判別できない。このまま帰ってもいいけど、討ち損じているのなら、帰れない。困った困った。今日の俺は朝の時点で既に疲れているというのに。

 

「いないな。……これは神が帰れと言っているのか」

 

 そうか、神がそう言っているのなら仕方ない。俺は特に宗教を信仰しているわけじゃないけど、都合よく神様に頼っても構わないよね。

 それならヘリの合流地点まで戻ろう。そう思って振り返った時、曲がり角からちょうどオウガテイルが現れて、俺を見つけ威嚇し始める。

 

「オゥ……」

 

 やっぱりこの世に神様はいないらしい。

 

 

――――――――――

 

 

「疲れたー」

 

 あのあとオウガテイルを無事討伐してアナグラに帰ってきた俺は自室で休憩していた。もふもふのベッドが俺を癒してくれる。だがしかし、俺を癒してくれるのはこのベッドだけではないのだ。

 左手で持っていたジャイアントトウモロコシをバクリ。一粒一粒が大きくて、質より量! って言葉を体現しているトウモロコシだが、俺はこれが大好きだ。このご時世、味なんて気にしていたら餓死しちゃうしね。

 更にジャイアントトウモロコシを流し込むように冷やしカレードリンクを飲む。この組み合わせがたまらないんだ。仕事終わりの食事は格段に美味しいです。

 

「今日はやっぱり、疲れすぎたか」

 

 食事中であるにもかかわらず眠気を感じてきてしまって、慌ててジャイアントトウモロコシを頬張る。食事中に寝落ちとか、ちょっと行儀が悪いからちゃんと食べきるよ。俺は食物を大事にできるいい子!

 ジャイアントトウモロコシを一気に食べてしまってから残っていた冷やしカレードリンクも飲み干す。それから缶をゴミ箱にシュートしてみる。力が弱かったのか缶はゴミ箱の手前で落ちてしまった。二度手間になっちゃったなあ。

 

「もう、寝ようかな」

 

 満腹になったら睡魔が俺をどんどんと誘い始めた……! も、もうこの誘惑に負けてしまおう。疲れたんだから、休んでいいはず。戦士に休息は不可欠なのだ。

 ぼんやりとしながらもしっかりと歯磨きを済ませた俺はベッドに移動すると倒れ込んで眠りについた。



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06、ボルグ・カムラン

「ヒバリちゃん、おはよー」

 

「おはようございます、夏さん」

 

 エントランスに出てヒバリちゃんに日課の挨拶をする。挨拶は大切だ。人には折角コミュニケーションのために言葉って言うものがあるんだから、使わないなんてもったいないよね。それに挨拶をすると時間帯が分かっていいよね!

 それからすかさず振り返る。……よし、今日はいないな。実はちょっと昨日の四人組がトラウマになっていたりする。ホッとしながらヒバリちゃんに向きなおると、ヒバリちゃんが苦笑いしながら俺を見ていた。俺が考えていることが分かったらしい。

 

「あの四人ならアリサさんを追って訓練場の方に行かれましたよ」

 

「まさかのストーカー!?」

 

「今頃ゼルダさんが追いついているかもしれませんね」

 

「何してるのゼルダ」

 

 “追いついているかも”ってことはゼルダはアリサを追って訓練場に向かった四人の姿を見ていることになる。ゼルダは一体何をしに四人を追ったんだ。

 ん? というか、その一連の顛末をヒバリちゃんは目撃していたのに止めなかったのか。喧嘩とかそういった問題を起こしたらツバキさんがすっ飛んでくるだろうからヒバリちゃんは止めそうなんだけどな。

 

「ヒバリちゃん、止めなかったんだね」

 

「私もその時、ちょうど忙しかったもので……」

 

 なるほど、それなら仕方ない。

 とにかくもう四人組のことは忘れよう。記憶のフォルダがあれだけでいっぱいになってしまいそうだ。俺の記憶のフォルダはこれから来る楽しい思い出のために取っておかねばならないのだから、そういったものは積極的に消去しなければっ。

 

「何故だ! チャレンジャーの真似をしたというのに何故駄目だった!」

 

「やっぱアレだろ、照れ隠しだろ!」

 

「あのツンデレ……。たまんねーよな!!」

 

「あ、アリサたん! はぁはぁ」

 

 区画用エレベーターからどっと飛び出してきた四人組が目に入る。四人とも頬に綺麗な赤い紅葉マークがくっきりとついているんだが、何があったんだろう。

 って、そうだ、早く行かないと見つかる!

 

「ヒバリちゃん、早く依頼お願い!」

 

「りょ、了解しました」

 

 ヒバリちゃんが俺の言いたいことを察してかすぐに端末を操作して俺用の依頼を出してくれた。素早くそれを受け、四人組が使っていない階段を使って上へと登る。どうやらうまく撒いたようだ! 捕まったらそれこそ地獄だったぜ……。

 見つからないように四人組の様子を覗い、隙を見て出撃用エレベーターまでダッシュ。あれ、なんで俺はこんなことをしているんだろう……。

 

「「「あっ、噂をすればチャレンジャー!」」」

 

「ひぃっ、見つかった!?」

 

 慌てて出撃エレベーターに駆け込み乗車。即座に扉を閉めるためのボタンを押し、俺を追おうとこちらに向かって走ってきた三人からシャットアウトした。どうして一人がこちらに来なかったのかは分からなかったが、どうにか助かったようだ。

 

「あ、アリサたんっ!!」

 

 とりあえずお前は一回黙ろうか。

 

 

――――――――――

 

 

「俺に大型くれるなんて、上も優しくなったなあ」

 

 目の前にいる大型アラガミ――ボルグ・カムランを斬りつけながら俺はそう呟いた。今日は何とも珍しいことに俺の依頼が大型アラガミだ。俺の実力が認められた、ということだろうか。上の心境の変化が俺には読めない。結局支部長も、あの適合試験の時に会った――というか声を聞いた――きりだしなあ。

 だが、大型アラガミは正直あまりやったことをないので立ち回りが上手くない。上手くないというか、初戦だしな。一応ボルグ・カムランの情報は移動中に支給されている端末で確認しておいたけど、さすが大型と言うべきか、やはり小型アラガミとは比べ物にならない程強い。

 素早く俺を串刺しにしようと繰り出される尾に付いた針を避けながら敵に傷を負わせるのは少々骨が折れる。これで仲間がいたら的が散っていてよかったのかもしれないけど、生憎俺は一人だ。そういったことは出来ない以上、俺自身が持つスピードに頼るしかない。

 この戦闘終わったら、俺の回避力がレベルアップしそうだなあ。

 

「最初はヴァジュラあたりがよかったな!」

 

 何事もステップって大事だと思うんだ。新人が初陣でオウガテイル討伐に行くようにさ。いきなりボルグ・カムランは、ちょっと酷いと思う。というか俺一人で大型討伐っておかしくない? 普通誰か一緒に来るよね? なんなの、フェンリルはブラックなの?

 俺の神機様に今付いている剣パーツだって、オウガテイルの素材を使ったものだしなあ。小型討伐の期間が長かったからやたら三匹衆の素材は持ってるよ。

 

「……そういえば、俺って他に神機パーツ持ってたっけ」

 

 なんせ材料が小型くらいだからな。それ以外は最初に配給されたパーツくらいか。でも小型アラガミの神機パーツじゃさすがにこの先危険だよな。強度とかもそれほどないだろうし。今もそれが怖くて針が避けきれないところに迫ってきても盾で受け止めないで剣で受け流しているわけだしね。

 それに小型アラガミの討伐だと、あんまりお金が入ってこないんだよね……。おばさんへの仕送りも考えたら、贅沢とかもできそうにないし。その分依頼先でアイテムを回収してやりくりするしかない。スタングレネードの素材とか、よろず屋で買うと結構な額になっちゃうんだよなあ……。もうちょっと安くしてくれてもいいのに、親父さん。アイテムの補充だけで手一杯だよ、まったく。

 

「まあ、これから頑張ってくしかないよね、っと!」

 

 針を避け、地面に突き刺さるのを横目で見た後ボルグ・カムランの後ろ脚を全力で斬り裂く。ただショートブレードと言う軽い剣では斬り裂くには限界があったらしく、傷をつける程度に終わる。

 今はまだこのままでいい、ダメージをつけていくだけで相手は倒れるんだから。部位破壊とか優先してたらその前に俺の身体が部位破壊します。

 

「黙って倒れてくれれば苦労はしないのにな!」

 

 先程傷を付けた場所を重点的に狙ってダメージをボルグ・カムランに蓄積させる。それによって痛みでバランスを崩したボルグ・カムランがそのまま地面にごっつんこ。すかさずバランスを支えるために地面に突き刺さった針を狙って傷を入れる。

 ショートブレードだから、砕くのは無理だけれど。何度も傷を入れればそれは使い物にならないまでに劣化する。連撃を叩き込んで強度を削る。そうすれば、あら不思議。あっという間に針は結合崩壊を起こす。なんて簡単。

 

「さ、まだまだ終わらないよな?」

 

 気分が高揚しているのは、戦いを楽しんでいるから……なんてことはない、はずだ。どうしてはっきりと否定しきれないのかは、たぶん、相手が大型アラガミだからなのかもしれない。

 

 

――――――――――

 

 

「つ、疲れたあ……」

 

「お疲れ様です」

 

 ヒバリちゃんのいるカウンターにべっとりとくっついてうなだれる俺。結局オウガテイルの神機パーツには限界があったのか、ダメージがなかなか蓄積されなくてそれなりに時間がかかってしまった。こうやって五体満足で帰ってこれたからよかったけれど、今度神機パーツを新しく作ったほうが良いかもしれない。

 それにしてもヒバリちゃんは天使だなあ。疲れた俺に笑顔で労いの言葉をかけるヒバリちゃん。なるほど、タツミさんが惚れる理由もなんとなくわかるかもしれない。

 

「……何をしているんですか貴方は」

 

「んー? よお、アリサ。見りゃわかるだろ、疲れてるんだよ」

 

 横から声をかけられそちらを見てみると、アリサが邪魔そうに俺を見ながら立っていた。そんな視線を向けなくてもいいじゃないか。もうちょっとフレンドリーにいこうよ。

 なんて、心の中で言っている様じゃ相手には届かないんだけどね。

 

「部屋で休んでくださいよ、邪魔です」

 

「邪魔にならないように端に寄ってるんだけどなー」

 

「そこだと階段を使用する人の邪魔になるんですよ」

 

「え? ……あ、そっか。でも今日だけ許してよ」

 

「思うんですけど、ここの人たちって神機使いとしての意識が足りませんよ。殉職しても知りませんから」

 

 意識が足りない……。そうだろうか。意識が足りていないなら、俺だってこんなところで一年も仕事を続けていないけど。そりゃ、神機使いに選ばれたら適合試験から訓練、それから初戦とあっさり通されるけどもね。強制だから、で片づけられる問題じゃない。最初は怖かったけれど、それでも俺は誇りをもってこの職場で働いているのだから。

 あ、そういえば、朝の件はどうなったんだろう。この話を続けていても不毛だし、話題転換にはちょうどいいかもしれない。俺も気になっていたことだしね。

 

「そうだ。朝、大丈夫だったか?」

 

「朝? ……ああ、あのことですか」

 

「そうそう。ストーカーされてたみたいだけど?」

 

「……助けてくれた方がいたので大丈夫でした」

 

「そうか、よかった」

 

 やっぱりゼルダがアリサを助けていたらしい。紅葉マークをつけたのもゼルダ、なんだろうな。アリサが名前を口にしなかったということは言いたくないということなのかもしれないから、これ以上の追及は止めておくか。

 そう思って別れの言葉を口にしようとしたとき。

 

「ぐうっ、なんでチャレンジャーは普通に話せてるんだ……!?」

 

「やっぱアレか、不細工受け付けませんってやつか……!」

 

「あっ、あいつだって普通の顔だろ!」

 

「日出、夏……。あ、アリサたんを汚す奴め……!!」

 

 なんで俺がこんなとばっちり受けなきゃいけないの。泣くぞ。

 顔まで貶されるなんて酷い。俺だってすんごいかっこいいとは思っていないけれども、親が産んでくれたからこの顔で生きているんだ。それを貶されるのはいただけない。

 さてどうしてくれようか、と考えていたら俺たちの横を見知った顔が通り過ぎようとしていたのでその腕を掴んで引きとめた。あの四人組のほうに歩いていこうとしていたようだけど、一体何をしに行くつもりなんだ。

 

「お前らしくないな、ゼルダ。どうした」

 

 四人組の方へと歩いていこうとしたのは朝にアリサを救ったと思われるゼルダである。いつもの優しげな雰囲気が無いような気がするんだけど、気のせい、だよな。ゼルダの表情に影が差して怖いとか、決してそんなことは思ってないんだからね!

 

「……放してください」

 

「いや、でもさ」

 

「ちょっと交渉に行きたいので放してくれませんか?」

 

 そりゃあ、もうにっこりと。にっこりと言われました。

 とても綺麗なはずなのに、おかしいな、どうして俺が気押されているんだろう。だって俺の視界の端にいるアリサも後退りしているよ、どういうことなの、これ。

 

「放していただけますよね?」

 

「……ハイ」

 

 素直にその手を離すと「ありがとうございます」と表情を変えぬまま言われました。ど、どういたしましてー! 俺なんかが役に立てたなら何よりです! あ、俺が進行を止めていたから全部おれが悪いんですねごめんなさーい! ……はは。

 

 

 ゼルダがいなくなった後、四人組はぼろぼろになっていた。

 何があったのかは知らない。明々後日の方向を向いてたから惨劇の様子は見ていないよ。見たら俺の中の優しいゼルダが消えちゃうよ。

 

「やべえよ、あの新人も超やべえよ!」

 

「友達のために駆けつける。アレって良い友情だよな!」

 

「女の友情とかたまんねーよな!」

 

「あ、アリサたんに、ゼルダたん……。ぐはっ、鼻血が……」

 

 あ、ちょっと殴りたい。

 指をぽきぽき鳴らしてみる。指を鳴らすのって、なんかよくないとかどこかで聞いたことあるけど、鳴らすと自分が強くなったような気がするよね。さあ殴りに行こう、喧嘩だ喧嘩ー!

 あれ、ツバキさんがいる。ツバキさん、なんでそんなに笑顔で俺の方に詰め寄って来るんでしょうか。あ、やめてくださいこれやったの俺じゃないんです信じて――!

 

 

 この後、どうにか弁解は出来たもののその場に居た他の傍観者の方々と一緒にどうして止めらなかったのか、とツバキさんに説教される羽目になりました。



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07、サリエル

今回の文字数が三千字いかないくらい。
文字数バラバラですみません。

では、スタートです。


「どっこだー、どっこだー、サーリエールどっこだー」

 

 たった今作った自作の歌を歌いながら鉄塔の森を探索する。自分の歌の完成度の低さと音痴さに思わず顔をしかめるしかなかった。

 歌で分かるとおり、今日の俺の依頼はサリエルの討伐。サリエルって言うのは……そうだな、ドレスを着ている女の人が超能力で浮いてるって感じのアラガミだ。

 

 うろうろ探し回ること3分。意外と短い時間だったな。

 真ん中の、一つしか出入り口が無い場所で、俺はサリエルを見つけた。

 

「みぃーつけた!」

 

 言ってみて気付いたけど、この言葉ってホラーに近いな。そして子供っぽい。最近歳と違う言葉をよく使ってる気がするぞ。

 まあそれはともかく、俺は結構なスピードでサリエルに近づいて、ジャンプ斬りを放つ。いやぁ、サリエルって浮上してるからジャンプしないと外れるんだよね。結構固くてカンカンっていう弾かれ音がすごく多いんだけどな。

 

「……これって、効いてるのかなー」

 

 さっきからカンカンカンカンと、斬るたびに、というか斬れてるのか疑わしい同音が聞こえてくる。俺の装備じゃ刃が通りにくいって言うのは理解済みなんだけどさ、やっぱり落ち込んでくるというか、気になるというか。

 それでも何回か同じ場所を斬っていた甲斐があったのか、しばらくして脆くなったサリエルの足が部位破壊を起こして落下してきた。

 

「チャンス到来っと!」

 

 これを逃さずにしっかりと捕喰。そして連撃を叩き込む。ジャンプ切りはスタミナ使ってかなり疲れるから、地面で何回も攻撃を繰り出せるのは楽だ。俺はサリエルと違って何分も滞空していられないしな。

 集中、集中。とにかく攻撃をサリエルに叩き込むことだけを考える。

 

「おわっと! ……ヴェノムか」

 

 空中に復帰したサリエルが一番最初に行った攻撃は、毒鱗粉をばらまくことだった。攻撃をすることだけを考えていた俺が、その攻撃を避けられるはずもなく、しっかりとヴェノム状態になった。

 だが、と俺はにやりと笑って見せた。

 

「パンパカパーン! 今回はちゃんと持ってきたぜ!」

 

 ポーチから取り出したデトックス錠を口に含んですぐに飲み込めば、息苦しい感覚がスッと抜けた。念には念を、っていうじゃないか。いつもはそんなに念を入れていなかったんだけど、今回はちょっとこれをやらないといけない理由があってねー。

 ……ええと、言いづらいんだけど、金欠なんだわ、今。ほら、回復錠ってお金かかるだろ、それなら倉庫に入れっぱなしだったデトックス錠を使えば、少しは経費削減できる、なーんて思ったわけだ。

 結果的に持ってきてよかったな、うん。

 

 連撃のおかげか、足に続いてスカートも破壊することに成功した。これでスカートの方も大分刃が通りやすくなったことだろう。刃が通らないときのカンカンって音はヘコむから嫌いだ。

 攻撃を受け続けて辛くなってきたのか、サリエルは俺にもう一度毒鱗粉を命中させてから、踵を返して逃げ出し始めた。

 

「あっ、逃げるんじゃんない!」

 

 さっきと同じようにデトックス錠ですぐに回復してから、お馴染みとなったスタングレネードを取り出して、サリエルの逃走方向に向かって投げつける。背中を向けていたせいで俺の行動に気付けなかったのか、サリエルは視界を奪われその場で動きを止めた。

 回復錠を投与してから、駆け足で近づき、今度は頭を中心的に狙っていく。俺が銃を使えるなら遠距離から狙うっていう方法もあるんだが、俺は近接だからその方法は取れない。スタン状態になった時に落下したので、そのまま直接頭をたたかせてもらった。が、破壊は出来なかった。……俺の神機がまだそんなに強くないってこともあるんだろうな。

 

「喰らえ!」

 

 あとはとにかく斬って、斬って、斬りまくるっ! もうちょっと他の攻撃方法もあったらいいんだけどな。ロングとかバスターとかもそういうのがあるんだし。ショートにできるのは素早く斬り刻むことくらいだ。……なんか料理みたいだな。

 

「よっ!」

 

 下から殴りつけるように斬り上げると、サリエルが咆哮のような、叫び声のようなものをあげる。

 驚いて俺が着地して待っていると、サリエルは落下してきた。どうやら力尽きたようだ。

 

「うおっ!?」

 

 待っている場所が悪かったのか、危うくサリエルの死体につぶされかけた。意外と重そうだからな、下手したらそれだけで死にそうだ。……コンゴウのプレスの方が危ないか、あっちは故意だし。

 捕喰をして素材を入手。もっしゃもっしゃ、と神機が肉を食らう音がする。最初は気味が悪かったけど、今はもう普通だな。慣れた。むしろ「よくお食べ」って感じ。……感じだからな? 本当に言ってるわけじゃないぞー。

 

「こちら夏ー。これから帰還しまーす」

 

『お疲れ様です。アナグラでお待ちしておりますね』

 

 手軽に連絡を済ませてから、俺はいつもの待機場所に向かった。

 

 

――――――――――

 

 

「おわー、サリエルの神機ってこんな感じなんだー……」

 

 報告も終えて、ただいま自室。今はターミナルで作れる神機を調べてるところ。

 俺が見ているのは『リゴレット』。サリエルの素材から出来る刀身パーツだ。……青くてきれいなんだよな。

 ちなみに俺の今の刀身パーツは『宝剣 西施』。説明には「可憐なる少女の護身用の宝剣」って書いてあるから、作った時にやっちまったな、って思ってたんだよな。俺は可憐でもないし少女でもない、そもそも護身用じゃない。

 

 それにしても本当にきれいな剣だな。……一式、集めてみようかな。剣なら何とか今の素材で作れるから、装甲は明日出没情報があったら行けばいいし……。

 

「作ろう」

 

 迷う時間なんてなかった。そのまま俺は神機を作ることにした。

 服と違ってすぐにもらえるわけじゃないけど、明日の依頼には間に合うだろう。素材は勝手に倉庫から引き出されてるだろうしな。

 装甲の方も確認してみる。すると素材が足りていたため、こちらも作ることができた。これで一応一式そろえたことになる。ちなみに装甲の名前は『オセロー』だ。

 

「何々? 『不運を招く偽りの悲甲』? ……これって大丈夫なのかな」

 

 神機のパーツには服と同様に一言説明のような、メッセージがついている。

 今俺が読んだのは装甲の方に表示されていたものだ。剣の方には『決して許される事の無い報いの悲剣』と書かれている。

 俺は作らない(作っても意味が無い)が『トスカ』という銃身の説明は『愛しき物の命を奪う別離の悲砲』。

 ……全部に悲しいっていう字がついてるけど、大丈夫、だよな。これ。

 

「ま、まあ、使ってみればわかるだろ!」

 

 どうせただの説明なんだし。半分自己暗示のようにちょっぴり不吉な一言を胸に押し込めた。たかが神機だ。そんな不吉な呪いみたいなもの、付いていたら開発とかそういうのしないだろ。第一この装備一式には全部ついてるわけじゃないしな。うん、きっとそうだ。

 

「明日の依頼が楽しみだなー」

 

 青く輝く剣と装甲を画面越しに、俺は明日の依頼を想い、心を躍らせた。



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08、リンドウさん

「はぁぁぁ……」

 

 目を閉じ、集中させ、深く息を吐く。

 俺はもともと集中力が持続しない方だ。だからこそこうやって何か動作的に集中を示すことで体も集中しやすいんだ。

 今、さすが馬鹿って思ったやつ出てこい。サリエルの毒鱗粉吹っかけてやる。

 

 まあともかく、俺が今いる場所は訓練場だ。

 別に戦績が悪いからしごかれてるわけじゃない。なんでもかんでもできないと思い込むなよ? できなかったら俺、とうに死んでるからね。

 俺が訓練場にいる理由は至って簡単なことだ。

 

「てやああああ!!」

 

 気合を入れるために大声を上げ、そのまま神機を縦横無尽に振るう。

 ん、なかなかいい感じかもしれない。前もショートだったから重さは変わらないけど、なんかこっちのほうがしっくりくる。

 

 俺がここにいる理由……、ズバリ、新しい神機の試し振りです。

 戦場でやって来いとか言わないで。俺、そっち気にしてたら確実に喰われるから。

 

 

 早く強くなりたいなあ、と思いながらため息を溢す。

 ショートブレード使いとして俺が尊敬している人はタツミさんだ。

 指揮能力にも優れているおかげでタツミさんは第二部隊の隊長も務めている。

 憧れだよ、かっこよすぎるよ、兄貴! ……いや、ノリだから。見逃して。

 

 それでも、剣の種類とかを無視して、強い、憧れる、と思うのが第一部隊隊長の雨宮 リンドウさんだ。

 リンドウさんは俺のショートより少し重いロング使いだ。

 だがそのリンドウさんについて依頼に行った人の生還率が半端ないそうだ。

 さすがツバキさんの弟だよなー。目の前で言ったら確実にツバキさんに怒られるけど。

 

 五分程試し振りをした後、俺は神機を一度預けて訓練場を後にした。

 向かった先はエントランス。依頼を受けるためだ。

 

「ヒバリちゃん、サリエルの討伐依頼ってあるかな?」

 

「ありますが……。珍しいですね、夏さんが任務を選ぶなんて」

 

「あっ……、選り好みできるほど偉くないか。ごめん」

 

「いえ、大丈夫ですよ。緊急性のあるものではないので夏さんに任せても大丈夫そうです」

 

「本当にごめんなさい! でもありがとう!」

 

 カタカタとヒバリちゃんが端末を叩いて依頼受注のための手続きをしてくれる。

 いつも迷惑かけっぱなしだな。今度何かお礼でもしてみようか。

 何がいいかな……。やっぱあれか、冷やしカレードリンクだな。あれ、美味いし。

 

「何か気に入った神機でも見つけたんですか?」

 

 ぼんやりと考え事していた俺にヒバリちゃんが声をかけてきた。

 え、神機? ……確かに、俺は昨日作ったあの神機を強化しようとしているけど。

 

「うん、サリエルの神機。強化したいなーと思ってね。でも、よく分かったね?」

 

「みなさん、神機のこととなると同じようなものですよ」

 

「……そういうものなのか……」

 

「?」

 

 今まで俺は神機をあまり強化するという選択肢を取ったことがない。

 というかそもそも神機をあまり変えたことがない。

 理由? 金け……。いや、悟ってくれ。俺の口から言わせないで。凹む。

 

 でも、あの神機パーツなら俺のちゃんとした愛機になってくれる気がした。

 だからこその今回のサリエル討伐だ。

 今までこんなこと思わなかったのに、なんで今頃……。

 まあ、あの神機パーツが俺にとっていい転機を与えてくれたのは確かだろう。

 

「それじゃ、行ってきまーす」

 

「お気をつけて!」

 

 

――――――――――

 

 

 カンカン、と鉄塔の森に音が鳴り響く。

 俺は無言で、無表情で空中に浮かぶサリエルに攻撃を続ける。

 グシャ、と音が聞こえてサリエルの足が結合崩壊を起こした。ラッキー。

 

 しかし相も変わらず攻撃は通りにくい。

 大して通らないのはやっぱり同族の神機だからだろうか……。

 シユウ種も通りにくいのに、これ以上通らないものが増えたら本気で泣きたいな。

 

「うぅー、つらい」

 

 こんなに手ごたえがなさすぎる相手と戦っても虚しさが増していくだけだ。

 だが俺は帰らない。なぜならこのサリエルの素材を集めないと俺の神機が強化できないからだ!

 あと逃げ帰ったらただでさえ低い俺の信頼が減るからね。帰れない。

 

「うーん、効率のいい攻め方ってなんなんだろう」

 

 たとえば、頭を狙ってみるとか?

 でも俺がいるのは鉄塔の森の中心部の建物の中だ。足場に出来そうなものはない。

 俺が銃も使えたら狙い撃ちできたんだろうけどな……。まあ、愚痴っても始まらない。

 

 ため息をついてまたサリエルに斬りかかる。

 あ、スカートが結合崩壊した。ということは落ちてくるな。

 予想通り落ちてきたサリエルにラッシュをお見舞いする。地上だと上手く動けるよね。

 

「けほっ。……毒鱗粉、かあ……」

 

 毒鱗粉が俺に振りかけられたが、毒になることは無い。ダメージは受けたけど。

 俺がこの神機にしたおかげでスキルとして『ヴェノム無効』が付いたんだよな。その恩恵です。

 このスキルが手に入った途端、毒鱗粉は俺にとってただのシャワーと化しました。

 ちょっと痛いシャワーだけどね! だから一応ガードはするけどね!

 ガードが間に合わなかった時とか役立ってくれそうだ。

 

「あ、逃げるなよ!」

 

 ある程度ダメージを負ってきたのか、サリエルが背中を向けて離脱を図ろうとしている。

 しかも俺にとって最悪なことに、サリエルは一本道を使わずに俺が通れない壁の穴を通って外に逃げて行った。

 ここでスタングレネードを使いたいのはやまやまだが、使ったら水に落ちてしまうかもしれない。そんなことはできない。

 

 仕方ないが、自分の足で探すしか他に方法はないだろう。

 遠回りとなってしまうが他に出る方法がないので一本道を使い外に出る。

 確かサリエルは外から見て右の穴から出て行ったから、俺は左に行けば良い訳か。

 ある程度簡単に行先を把握して、闇雲に走っていたらサリエルと遭遇した。

 

 ……既に、食事を終わらせて。

 

「お、おま……。そりゃあないぜ」

 

 全く、また面倒事が増えてしまった。

 これだと依頼の終了はもう少し先になるかもしれない。

 

 俺はため息をつきながらサリエルに駆け込んでいった。

 

 

――――――――――

 

 

「あ゛ー、疲れたー」

 

 いけない、声が掠れてしまっている。

 だが、許してほしい。結局あの後色々と手こずって五分も時間を取られたんだから。

 くそう、あのタイミングで抵抗するとか、本当ありえないよ……。

 

 今日何度目か分からないため息をついた後、不意にエントランスの空気がいつもと違うことに気付き首を傾げる。

 ざわざわとしている様はいつもと変わらない。でもそのざわつきの種類がいつもと違う気がするのだ。

 ……ざわつきに種類があるかどうかは定かじゃないけど。

 

 何がいつもと違うのか。さすがにそこまで俺はわからない。

 ただ、いつもと違ってみんなの表情が暗いような気がする。

 ここのエントランスって元気な騒がしさが売りじゃなかったっけ。いや、今考えたんだけど。

 

「んー……? あ、タツミさーん! ブレンダンさーん! 何かあったんですかー?」

 

 辺りをもう一度見まわしたとき、第二部隊の二人の姿が目に入ったので声をかけつつ駆け寄っていく。

 近寄った二人の表情もやはり暗いもの。タツミさん、いつも元気いっぱいなのになー。またヒバリちゃんに振られたんだろうか。

 ということはブレンダンさんはそんなタツミさんを慰めているのかな。仲良いですねー。

 

「よお、夏……。今帰ったのか」

 

「はい、そうです。で、何かあったんですか?」

 

「……良くない報せだ。冷静に聞いてほしい」

 

「良くない報せ……?」

 

 ブレンダンさんはいつもキリッとしてて真面目な顔してるけど、今日はいつにもましてキリッとしている。

 でも、やっぱりその表情には影がある。一体、どうしたって言うんだろう。

 タツミさんはつらそうに顔を歪めている。こんな顔、見たことない。

 

 本当に、何が起こっているんだ?

 いや、実際何が起こったかは薄々気づいていた。誰がまでは分からないが、気づいている。

 認めたくないだけ。目を逸らしていたいだけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リンドウさんが、行方不明だそうだ……」

 

 低かった周囲の温度が、更に低くなった気がした。



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09、一人消えれば一人来る

 ぼーっとしながら天井を見上げる。

 胸に抱えた枕がモフモフしていて気持ちいい。

 

 

 俺が今いる場所は自室。そしてベッドの上だ。寝転がってる。

 昨日、リンドウさんが行方不明になった。原因は分かっていないが、報告外のアラガミが多かったそうだ。

 第一部隊が帰ってきた後、リンドウさんを探すために人が派遣されたが見つからなかったらしい。

 まあ、捜索部隊なんて『人』よりも『神機』を探すからな。正直当てにできない。

 

 それに、行方不明になった神機使いの運命なんて、決まっているようなものだ。

 それは第一部隊で長いサクヤさんやソーマだって分かっていることだろう。

 分かっているからこそ、それを否定したくなるのだ。

 否定しないと、感情に潰されてしまいそうで。

 

「……うし、決めた」

 

 とりあえず俺がこんなところで落ち込んでいたって仕方ない。俺が落ち込んだらリンドウさんが戻ってくる、なんてことは現実に起こりえないんだ。

 なら、いつも通り行動するしかない。誰かが居ないまま始まる一日は悲しいけれど、それしか俺たちに選択肢はないのだ。

 悲しみに暮れたまま出撃すれば、次に死神の視界に入るのは自分かもしれないから。

 

「あの人、タフだもんな……。ひょっこり帰ってくるに違いない」

 

 それは俺が持っている認識であって思い込み。

 そう思い込んでないと、俺が潰れ……。

 

「いや、潰れてる場合じゃない」

 

 俺には捜索依頼は回ってこないから、気長に待っているしかない。それが、今俺に出来ること。

 ……こういう時いつも、自分が無力だと認識される。嫌な現実だ。

 

「とりあえず、エントランスかな」

 

 いつもより二倍の時間をかけてエントランスに着いた気がする。

 途中で考え事もしていたのだが、正直その内容はあまり覚えていなかった。

 ……ヤバイぞ、俺、老化進んでるぞ。

 

「ヒバリちゃん、依頼ある?」

 

「あ、夏さん。ツバキさんが呼んでいましたよ?」

 

「げげっ!? まさか減俸!? 俺なんかやらかしたっけ!?」

 

「なんですぐに消極的になるんですか……。支部長室に用があったようなので、役員区画にいると思いますよ」

 

「ありがとう。……行ってきます」

 

 朝からテンション下がった……。いや、朝はもともとテンションが低いものだ。これから上げてけ!

 でも、怖いな。俺何かしたっけ。何にも覚えがないって逆に怒られそうな気がする。何か悪いことしたかな……?

 

 考え事をしている間に役員区画に到着した。到着してしまった。でも、どこにもツバキさんの姿は見えない。まさかお説教なし!? やったね!

 ……と、思ったら支部長室から出てきました。何故支部長室からああああ!? 本当に俺が怒られる気がしてきたよ……。

 

「つ、ツバキさん。お話、とは……?」

 

 ツバキさんに声をかけてから気付く。ツバキさんの後ろに、女性がいる。女の子、と言うよりは女性と言ったほうが良い気がする。でも大人かと言われたら、大人じゃないと思う。

 多分、年齢は俺と同じくらい。それか上か下か。つまりよく分からない。年齢の目利きなんてしたことないよ。

 

「ちょうどよかった。新たに新入りが到着した。紹介する」

 

 ツバキさんは後ろに立っていた女性に前に出て自己紹介するように促す。

 前に出てきた女性は、全身黒ずくめだった。黒いコート黒いズボン。黒い短髪に黒縁の丸メガネ。そして黒(というより灰?)の丸目。

 残念ながら丸目は少しキツイものになってしまっているが。

 

「……本日からここでお世話になります。メリー・バーテンです。よろしくお願いいたします」

 

 あ、外国人なんだ。あまりにも黒だから日本人かと思った。珍しい。

 というかメリーさん、非常に機嫌が悪そうだ。声から分かるよ。なんでそんなに不機嫌なんだ?

 ……もしかして、腹痛? 腹痛なのか? 今すぐトイレ行ってきたほうが良いんじゃないか?

 

「彼女は別の支部にいた新型だが支部長に引き抜かれてきたそうだ」

 

「新型……、それはすごいですね」

 

 ということはこの支部には既に貴重な新型が三人いるわけか。

 ……贅沢だな! 極東支部って贅沢な場所だな! なんか特別な権利でも持ってったっけ。

 

「しばらくお前が彼女につくことになるから仲良くしておけ」

 

「……へ?」

 

「部屋はお前の部屋の正面の空部屋になった。後で案内するように」

 

 俺が、新型の、付添?

 ……普通だったら第一部隊とかだよね!? なんで俺なんだろう! すっごい気になってきた!

 というかこれを許可したのって最終的に支部長ですよね! 何考えてんだ支部長うううう!!

 

「それと、今日はお前と彼女とゼルダの三人で任務に出てもらう」

 

「……はい」

 

「お前は旧型だが、アドバイスできることもあるだろう。しっかりと補助するように」

 

「……はい」

 

 モウ、驚カナイヨ! 色々とはっちゃけた日だな。

 ツバキさんは「以上だ」と言って去っていきました。後ろ姿がかっこいいですね!

 

 俺たちはとりあえずエントランスへ向かうためにエレベーターに乗り込んだ。

 が、沈黙が、辛い。な、何か喋らないとアカン! 俺がこの空気に耐えられないよ!

 

「え、えーっと、メリー……さんっていくつなんですか?」

 

「十八。それと、あたしも呼び捨てにするから呼び捨てで構わないわ」

 

 ……ん? なんかさっきと違うような……。

 違和感を感じてメリーときちんと目線を合わせる。

 

「あたし、堅いの嫌いだから。……ま、あまり話す機会はないでしょうけど」

 

「うわ、ひでえ。あ、俺は日出 夏。俺も同じ十八だ。よろしく」

 

 この子初対面から酷い。明らかに距離を置かれてる。

 というか服の色と同じ空気だよ。暗いよ怖いよ黒いよ! いきなり前途多難の予感です……。

 そしてふと、メリーの髪型に目がいく。こちらから視線を外し扉と向き合うようになったメリーの髪型が、短髪でないことに気づかされたのだ。

 どうやら肩を少し越えるくらいの長さの髪を黒いピンを使って後ろで留めているらしい。髪の流れがU字型になっていて、毛先が振動でピョコピョコ揺れていた。

 

「うるさい場所よね、ここ」

 

「賑やかって言ってくれよ」

 

「……楽観的すぎるわ、ここ」

 

「そうかあ?」

 

 あんまり分からない。何が言いたいのかもわからないけどメリーの価値観もわからない。

 今日が初めてなんだから分からないことだらけは当然だ。これから分かっていけばいい。今はとにかく、メリーのことを知ることが大切なんだ。

 今日は既に用意されている依頼みたいだし、ヒバリちゃんに話したらすぐに出られるかもしれない。それとも俺が話す前にすべて知ってます、って感じで依頼書を出されるかも。

 色々考えながら、まずはヒバリちゃんのところに行こうと俺は開かれたエレベーターから一歩を踏み出した。

 

 

――――――――――

 

 

「あっちぃ……」

 

「なんなのよ、ここは……」

 

 そんなわけで依頼開始です。

 今日の依頼先は煉獄の地下街。もともとは地下鉄だった場所と聞いている。まあ、見る影もないが。

 今回のターゲットはシユウ堕天だ。……俺の神機、シユウ類に効きにくいのに……。

 

「え、普通の暑さじゃないですか?」

 

「あれー、一人感覚がおかしい子がいるー」

 

「ゼルダ、恐るべしね……」

 

 いつもと同じ格好なのになんで普通って言えるんだい、君は。

 というかここの温度が普通だったらエントランスは極寒になるよ。

 ここが暑いのはマグマがあるからだ。欲張ったアラガミがどうのこうのらしいけど、覚えていない。自分で確認してくれ。

 

 ゼルダとメリーは依頼前に軽い自己紹介をした。

 正反対の二人だから合わないかなー、と思ってたら以外に意気投合したからびっくりした。これなら時々ゼルダに頼っても問題なさそうだ。同じ新型だし、仲良くやってくれることだろう。

 

「さて、敵を探しますか、って二人ともいない!?」

 

「遅いですよー」

 

「ちんたらしてんじゃないわよ!」

 

「後輩に怒られた!!」

 

 メリーはエントランスの時と違って楽しげだ。アラガミを倒すのが大好きな人ですか、そうですか。

 既に二人の姿は目視できない。二人が向かった方向へ早く行ったほうがよさそうだ。

 ……戦闘の音も聞こえてきたし。

 

「早い! 俺を置いていくなよ!」

 

「馬鹿が悪い」

 

「会って数時間で貶された!」

 

 なんだ、なんなんだ。もしかして、メリーって意外にドS? ドSなの、あの子?

 ……一応言っておくが、俺はMじゃないからな、貶されたって心が傷つくだけです。

 

 ようやく二人のところへ辿りつけた。当たり前だが戦闘は始まっていた。

 さて、早く加勢しないとまた怒られてしまう。怒られるのヤダー。……俺、先輩だよね?

 

「面倒ねえ……」

 

「そりゃそんなにすぐ倒れたら大陸滅びないだろ」

 

「そうですね」

 

「あー、もう面倒くさい! 一気に行くわよ!!」

 

「「え?」」

 

 メリーがシユウ堕天を捕喰した。当然、オラクル細胞を取り込んだメリーはバーストするはずなのだが。

 確かに、バーストしたのだが。

 

「なんだ、あれ……」

 

「普通のバーストじゃ、ない……?」

 

 確かにメリーはバーストした。だが普通のバーストでない。

 どこか黒っぽい、禍々しいオーラがメリーを包み込んだ。神機はそれに呼応するように紅い光を放っている。

 そして、普通のバーストではありえない速さでシユウ堕天を斬り刻んでいくその姿は正しく鬼神。同じ仲間でも恐ろしさを感じる。

 ショートより速いって、どういうこと。

 

「っは――」

 

 瞬きをすればメリーの位置が全く別の場所に移動し、呼吸をすればシユウ堕天の傷が十以上増える。同じ神機使いとは思えない、この力は一体……。

 

 一瞬見えたメリーの瞳は、真っ赤に染まっていた。

 

 

 結局、俺たちはただ傍観しているだけだった。それだけで依頼は終わっていた。

 

「何ボーっとしてんのよ。仕事してないの、夏セ・ン・パ・イ、だけよ?」

 

 その言葉にイラッときて、反論しようとしたがそんな話はどうでもいいことに気付く。

 今俺が知るべきは、普通の神機使い離れしたあいつの力だ。あれは、普通じゃない。

 

「お前、その力なんだ? 普通じゃないように見えるんだが……」

 

「ええ、あたしは普通じゃないわ。『発作』もあるから、あまり近付かないことをお勧めするけど」

 

「発作? 発作って一体……」

 

「そんなことより、ここ暑いのよ! 早く帰投しましょ」

 

「あ、はい!」

 

 なんで俺はメリーにつくことになったんだろう。

 ますます上の考えていることがわからなくなってしまった。



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10、メリーの能力

「んぐっ、んぐっ、んぐっ……。ぷっはあ、美味い!」

 

 どうも、朝からテンションが高い夏です。

 別に殴られてるわけじゃないです。というか俺が変な声出してるとき=悪い時の想像は止めてください。

 どんだけ俺不憫なんだよ。普通に他の人と同じくらいだよ。

 俺の認識って、いったい……。

 

 今俺は自室のある階の自動販売機前にいる。

 最近買っていなかったけど、久しぶりに飲みたくなったので依頼前に一本飲み物を買いにきたんだ。結構ゴタゴタあったからねー。

 

「冷やしカレードリンク最強伝説!」

 

 俺が買いに来た飲み物はズバリ冷やしカレードリンク。簡単に言うと、冷やしたスープカレーみたいな感じ。美味いぞー。一回飲んだら癖になるから。絶対。

 ……あ、もう無いや。残念。

 

 二本目買おうかなー。どうしようかなー。

 ニコニコテンションで自動販売機の前に立っていると、俺に声がかかった。

 

「……何してんのよ」

 

 突然のことだったのでびくりと身体が震えた。

 誰かと思い振り向いてみると、メリーが呆れたと言うような表情で俺を見ている。

 

「い、いつ来たんだよ、メリー」

 

「今。何そのきっもち悪い笑い。ウザイ」

 

「なんで朝から貶されなきゃいけないんだ」

 

「それで何してんのよ」

 

「まさかのスルー!?」

 

 くっ、こやつできるな! なんて頭の中でむむむ、と呻っているとメリーは更に呆れたような表情を見せて手元を覗き込んでくる。

 俺の手元にある空になった冷やしカレードリンクの缶のラベルを確認したらしい。露骨に嫌な顔をされた。

 

「何それ不味そう」

 

「なんとお!? いや、美味いから! 飲んでみろって!」

 

「嫌よ、体調崩したくないもの」

 

「危険物前提!!」

 

 もし本当に危険物だったら今まで五十本以上飲んでる俺はすでに死んでるな。

 きっとそういう計算になるはず。死にたくないけどね!

 

「それにしてもさ」

 

「……何よ」

 

 お金を出して冷やしカレードリンクを買う。

 二本買ってメリーに差し出してみたら、渋ったものの受け取ってくれた。怖いもの見たさだろうか。ちょっと顔がわくわくしてる。冒険大好きっ娘?

 

「お前って本当暗いよな! もっと全開で行けよ、全開で!」

 

「……ばーか」

 

「今の俺の台詞に貶す要素はあったかね!?」

 

「十分あるわよ、この甘ちゃんが」

 

「甘……ちゃん? 俺甘くないよ? 美味くないよ?」

 

「ばーか!」

 

「ある意味オープンだな!!」

 

 うわあ、なんか朝からテンション下がった……。というかなぜ朝から貶されなきゃいかん。

 それもこれも昨日からここに来たこいつのせいか。まあだからといって出て行けというわけじゃないんだがな。

 

 ……そういえば、なんだかんだ言ってメリーって特殊なやつだよな。

 やたら強いし、普通の神機使いとは確実に違うし、何より雰囲気暗いし。

 ツバキさんに聞いたら何か知ってるかな? あとで聞きに言ってみよう。このままだと俺が居た堪れない。

 

「まっず……。でも飲めなくはないわね……」

 

「なんか言ったか?」

 

「不味い」

 

「そこは何でもないって言えよ! 傷つくだろうが!」

 

「傷つけ!」

 

「酷い!」

 

 まあ、昨日最初あった時と比べると少し馴染んでくれたようだが。

 いや、これで馴染まれてもちょっと困る。それって明らかに俺が玩具じゃんか。

 もういいや、早く依頼に出よう。んで、寝よう。

 

「ほら、依頼行くぞ」

 

「そこは任務って言いなさいよ」

 

「いいんだよ、こっちのほうが呼びやすい」

 

「どっちも三文字じゃない」

 

「いやそういうことじゃなくてだな」

 

 やっぱりこいつって、ちょっと変わってるなあ。

 そんなことを思いながら俺はメリーとエレベーターに乗り込んだ。

 

 

――――――――――

 

 

「偵察よろしく!」

 

「なんであんたの命令聞かなきゃいけないのよ。逆でしょ、逆」

 

「……俺って、先輩だよね?」

 

 鎮魂の廃寺に着いたとたんにこれとは。もう口からため息しか出ない。

 そのため息を聞きつけたらしく、メリーはそれはそれは神々しいまでの笑顔で、

 

「ひれ伏せ愚民よ!」

 

 と、のたまいました。

 

「お前は女王様かっつーの! ったく、黙ってりゃモテそうなのに」

 

「馬鹿しかいない支部でモテてもねえ……」

 

「そこで俺を見るな。なんだよ、馬鹿代表じゃないぞ、俺は」

 

「よっ、馬鹿夏!」

 

「変な名前で呼ぶな!!」

 

 そこまで言ってから気付く。昨日よりは会話が柔らかくなった、と。

 一方的に貶されているのは悲しいけど、それでも時々メリーの笑顔が見えるのは嬉しい。

 この調子なら暗い雰囲気が取れるのも遠い未来ではなさそうだ。

 

 そこまで考えて、なんで昨日会ったばかりの女性のことをここまで考えているんだろうと思い、急に顔が熱くなった。

 まさか、まさかまさか鯉!? 間違えた。恋? 故意なのか? 混乱しすぎて頭が訳分からんことになってます。

 

「あ、ちょっとお喋りが過ぎたようね」

 

「んあ? うおっ死ぬって!!」

 

「エアブロウをまともに食らってる人はじめて見た……」

 

 メリーに言われて辺りを見回すと脅威と化した風の塊が俺に命中した。

 ちなみにメリーは普通に避けてた。うっ、裏切者お!!

 どうやら俺たちの話し声がでかすぎて、聴力のいい本日の討伐対象のコンゴウ堕天が気付いたようだ。探す手間が省けたからいいけど。……ちょっと痛い。

 

「当たれ!!」

 

 ……今起こったことを簡単に言いましょう。

 後ろから火属性モルターが飛んできました。俺にぶつかって爆発しました。それこそ、ドォーンッ! という効果音が付きそうなくらい。

 

「のわあああ!! 巻き込むな馬鹿野郎!」

 

「うっさい、そこにいるのが悪い!」

 

「ざけんな、仲間なら周り見ろ馬鹿野郎!」

 

「馬鹿馬鹿言うんじゃないわよ!」

 

「今日俺三回は言われましたけどお!?」

 

 こいつ、自分本位か! ちくしょう、一番扱いにくい人種だぞ!

 あいつはモルターを外す気がなさそうだから、後ろに回ってコンゴウの尻尾を斬るしかないな。

 そう思って後ろに回ったら今度は首と胴体がサヨナラしそうになりました。

 

「なんで邪魔しかしないのさ君!」

 

「え、Mだからあたしの攻撃の前に態と割り込んでるんじゃないの?」

 

「死ぬ思いしてまで快感を得たくないよ! ていうかMじゃないから!」

 

「えぇー」

 

「何その残念そうな声。俺はお前の玩具じゃないんだよ?」

 

「ええぇー」

 

「なんでさらに残念そうになるのさ! というかさっきから何で尻尾しか斬らないの!?」

 

「あたしの剣には『剣の達人』ってスキルがあるのよ」

 

「ケンノタツジン?」

 

 スキル。神機使いを支える補助能力のような存在だ。

 これは性格によって変わったり、神機パーツに使うアラガミ素材によって習得が異なったりする。つまり全て同じスキルの人は滅多にいないってことだな。

 で、どうやらケンノタツジンというスキルはメリーの剣パーツに付与されたスキルらしい。どんなスキルなのか気になって尋ねてみるが、

 

「ターミナルに乗ってるからあとで調べなさい」

 

 と返ってきたので素直に後で調べてみることにする。

 そういえば昨日は言い忘れてたけど、メリーの神機はスサノオ装備から作られるらしい神機パーツ一式だ。らしい、というのは俺が見たのが初めてだからだ。スサノオなんてターミナルでしか見たことがない。

 

「もう面倒だし、暴走前提で使っても大丈夫かしら……?」

 

「ああ? なんか言ったかー?」

 

「喰われたくなかったら下がってなさい!」

 

「何故に仲間によって危機に陥らなきゃいかん!?」

 

「いいからもう、下がってなさい! ガチで死ぬわよ!」

 

 メリーの声が結構真剣だったから、俺も動きを止めて素直に下がる。ただ下がるのも嫌なので周囲を警戒しつつ、だ。

 何をするのかと思ったら、昨日と同じく捕喰をするようだ。なーんだ、捕喰か……。って、捕喰?

 確か、昨日メリーは捕喰したら異常なまでのパワーを手に入れていた。じゃあ、今日は……。

 

「いいわね、罪に溢れたこの力……。贖罪のために使わせてもらおうじゃないの」

 

 罪? 力? 贖罪?

 何を言っているのかさっぱり分からん。というか贖罪ってなんだ。出先の名前にもついてるけど意味が分からん。

 

 結果だけ言ってしまえば、コンゴウは昨日のシユウ堕天と同じ末路を辿った。南無阿弥陀仏。

 しっかし、かなり刻んでたなー。コンゴウの頭が原型留めてないってどんだけよ。

 恨みがある、ようには見えないんだよな。『贖罪』とか言ってたし。

 

「お疲れさん、メリー」

 

「お疲れ様、ちょっとすっきりした、か、な……」

 

「おおっと!」

 

 グラリと揺らいだメリーの身体を受け止める。ここって雪が降ってるから倒れたりしたら冷たいもんな。具合が悪いならなおさら冷たいだろうし。

 ……あ! もしかして、俺って今いいことしてる? やった、人の役に立ったよ! なんかそう言ってること自体が駄目な気がするけどね!

 

「おいおい、大丈夫かよ」

 

「……疲れはあるのに、『喰欲』が無い……? なんで……」

 

「食欲はないとマズイだろ。帰ったらジャイアントトウモロコシやるからちゃんと食えよな」

 

「え、ええ」

 

 メリーはまだ少しふらついている。これは帰るまで肩を貸さないといけなさそうだ。

 ……こんなところでアラガミにあったら洒落にならんな。辺りを警戒する。大丈夫そうだ。

 

 メリーが「そうだ」と何かを思いついたように話し始める。あのう、黙ってた方が体にいいんじゃ……。

 

「夏ってどのアラガミが好き?」

 

「いや、神機使いが敵を好きになってどうすんだよ……。特にないけど、メリーは?」

 

「あたしはウロヴォロスとかスサノオとか。コクーンメイデンが霧散する瞬間もいいわ」

 

「女としてどうなのかな、それ」

 

「神機使いになった時点で無理な要求よ」

 

「サクヤさんとか女らしいのに」

 

 俺たち神機使いは神機を扱うためにオラクル細胞を自らの意思で取り込んでいる。そのため、ある意味俺たちはアラガミ化しているのだ。

 まあ、一般人はあまりここら辺に詳しくないけど、知ってる人は酷い目で見てくるんだよね。

 一度小さい頃にお世話になった親戚の家に行ったときは酷かったな。思わず遠い目になる。良い人だったんだけどなあ。

 

「……迷惑かけて、悪いわね」

 

「ん、なんか言った?」

 

「……なんでもないわ」

 

 なんでもない、と言いつつメリーの顔には笑みが浮かんでいる。なんかいいことあったのかな。

 俺はメリーを庇いながら帰投した。

 

 

――――――――――

 

 

「お前、さっきからちょっと失礼すぎやしないか?」

 

「はあ? ちょっとも何も失礼なことはさっきから言ってるじゃない。なに、馬鹿?」

 

「~~~っ! なんでそんなに強気なんですかあ! 仲良くなるって選択肢は」

 

「無いわね。存在しない」

 

「三人とも、少し落ち着いて会話をしよう。話が進まない」

 

「すいません、ブレンダンさん……」

 

 ただいまエントランスにて。

 ええ、会話でお分かりになると思いますが、喧嘩です。メリーが突っかかりすぎで全く終わりません。

 喧嘩相手は第二部隊隊長のタツミさんと隊員のカノン。俺とブレンダンさんが双方を宥めているが全く効果なし。

 まあ、悪気なんてなかったんだよな。カノンが挨拶しようと思ってメリーに話しかけたら馬鹿にされて、それを聞きつけたタツミさんが参加しちゃったんだよな。

 ……あれ、どう見てもこれメリーが悪いぞ。でも謝る気なさそうだ、どうしよう。

 

「これはマズイですね」

 

「ああ、収拾がつかない」

 

「ご迷惑をおかけして、本当にすみません」

 

「いや、大丈夫だ……。この後、任務があるんだがな……」

 

 小声でブレンダンさんと会話。次いでため息。心労をかけて申し訳ありません。

 だけどよく相手を怒らせるなー、メリー。そんなにぽんぽんと相手を馬鹿にする言葉が出るってどんだけ悪い環境にいたのさ、あなた。

 

 カツン、と床に何かがぶつかるようないい音がする。

 ぶっちゃけ、俺にとっては恐怖の近付く音なのだが。なんか鳥肌立ってきた。

 

「そこまでにしておけ。見苦しいぞ」

 

「っ、ツバキさん……」

 

 メリーがバツの悪そうな顔をしてツバキさんを見、目線を逸らした。もしかしてメリーもツバキさんのことが苦手なのだろうか。なんか勝手だけど親近感を覚えた。

 

「トラブルは覚悟していたが、まさか二日目から起こるとは……」

 

「………」

 

「これから共に戦う仲間なんだ。そのすぐ突っかかる癖は直したほうが良い」

 

「……仲間、ね」

 

 メリーがぼそりとため息をつき、こちらに視線を向けてきた。

 なにかを試しているような、そんな視線。ただ目線を合わせるだけでも重苦しく思えて、俺は思わず目を逸らしてしまった。うああ、これ目を合わせて「俺はお前のこと信じてるぜ」みたいな視線を送るのが正解だよねきっと! 選択ミスした!

 

「もう疲れただろう、部屋に戻って休め」

 

「……了解です」

 

「第二部隊は先程任務を受けていただろう。すぐに出撃しろ」

 

「……分かりました」

 

 メリーはそのまま逃げるように区画移動用エレベーターに乗り込んでいってしまった。メリーの方へ目を向けても、また目線を合わせてくるようなことは無かった。

 第二部隊もそのまま出撃していった。ブレンダンさんが律儀に「すまなかった」と謝ってくれて泣きそうになった。それはこちらの台詞ですごめんなさい。

 

「夏は……、少しいいか?」

 

「あ、はい。ツバキさんに用がないなら問題ないです」

 

「そうか」

 

 区画移動用のエレベーターが来るのを待って、俺とツバキさんは乗り込む。

 ツバキさんは俺の住んでいる階を分かっているみたいで普通にボタンを押してくれていた。ありがとうございます。

 そしてもう一つ押したボタンの階はラボラトリだ。サカキ博士に用があるのかと一瞬思ったが、その階に病室があると思い出して納得した。

 現在アリサがあの事件以来入院中だ。面会できる時がなく、会えるのはツバキさんみたいな上官や上の位の人くらいだろう。

 

「……色々と、すまないな」

 

「何の話ですか?」

 

「あいつ……、メリーのことだ。お前も任務に同行しているからあいつの力の異様さには既に気付いていると思うが」

 

「……ああ、バーストの時の話ですか」

 

「やはりあれは気付きやすいものなのだな」

 

 深紅に染まった瞳、呼応するように同色に輝く神機。そして何より破壊性の強いあの力。尋常でないことは誰にだって分かるだろう。

 ツバキさんの言葉を聞いて、俺は苦笑しながら頷いた。ツバキさんもまた苦笑し、話を続ける。

 

「あいつの力はその神機によるものだ。世界に一つしかない、特殊なものだとしか聞いていないのだが……。お前は何か聞いているか?」

 

「いえ、全く何も聞いてないです」

 

「……元から自分から話しそうな性格ではなさそうだし、異動して日も浅いしな。それも当然か」

 

 ふう、とため息をつくツバキさん。

 何度か聞こうとトライしたことがあるのかもしれない。失敗に終わったっぽいけど。

 

「あいつの神機はアラガミを捕喰することにより真価を発揮する」

 

「みたいですね。バーストから違うから、湧き出る力も別格だろうし」

 

「だが副作用があるらしい。それが何なのかは聞いていないが……。使いすぎると暴走するだろう。お前から忠告しておけ」

 

 副作用。そういえば食欲がどうのこうの言ってたような……。

 美味しいものが美味しく感じられなくなるとか……!? それはかなり深刻だ、って俺は食いしん坊キャラじゃないからな! ジャイアントトウモロコシが好きなだけだ。

 ……ん? 今のツバキさんの言い方引っかかる。

 

「お、俺が!? 俺よりツバキさんのほうが良いんじゃ……」

 

「あいつの力は凶暴だ。それは分かっているな?」

 

「ええ。って、まさかツバキさん嫌ってるわけじゃ……!」

 

「そうじゃない。それは前の支部の話だ」

 

「前の支部、ですか。……もしかして人付き合いが悪いのは」

 

「恐らくそれが原因だろうな。自ら人を避けていたという話もあるが……」

 

 そこまで言うと、ツバキさんはふっと笑みを見せた。

 な、なんかカッコイイ。笑っただけなのにカッコイイ!! この一生ついていきたくなるような圧倒的カリスマ性……素敵です教官!

 

「お前には心を開いているようだし、任せても構わんな?」

 

「ん? ……え、ええええ!? 心を開いてるって、え!?」

 

「お前の階に着いたぞ。さっさと降りろ」

 

 半ば強制的にエレベーターから降ろされ、狼狽している俺を他所に扉は閉まった。

 ……なんだか、丸投げされた気がする。酷い。

 

「俺のこと、何だと思ってるんですか……」

 

 俺はただの旧型だ。そんな俺にいったい何ができるというのか。

 まあ、ここまで来たらやるしかないのだろうけど。

 

 ふとアリサの顔が浮かんできた。アリサもなんかメリーと似た雰囲気持ってたっけ。

 ……二の舞にさせるわけには、いかないよな。

 

「こうなったら、意地だ」

 

 何が何でもあいつを助けてやる。

 せっかく任されたんだ。それ相応の結果は出してやらないとな。もちろん俺のやり方で。

 なんかやる気出てきた。でも今の言葉恥ずかしいな!

 

 

 あれ、でもそれって毎日貶されなきゃいけないってこと?

 ……いきなり心が折れそうだ。誰か助けて。




「いいわね、罪に溢れたこの力……。贖罪のために使わせてもらおうじゃないの」
なんだこのかなりの伏線感溢れすぎの下手な台詞は←
自分で書いといてなんですが今見るとすごく恥ずかしい……!


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11、神機

ピピピッ  ピピピッ  ピピピッ

 

「う・()()・い・~」

 

 朝から絶不調だ。なんか俺の言葉が意味わかんないし。これが呂律が回らないってやつか!

 ベッドの近くにある棚の上で鳴り続ける目覚まし時計。止めるには俺が一度ベッドから出る必要がある。

 のろのろとした動きでベッドから這い出て乱暴に目覚まし時計を叩けばようやく部屋の中に静寂が戻ってきた。

 二度寝しない主義の俺が、いつもより早く起きるとやることがないな……。

 

「って誰が目覚まし時計をセットしたんだ?」

 

 俺の部屋には確かに目覚まし時計がある。確かに、あるにはあるのだが俺はそれを使わない。使わなくてもいつも大体同じ時間に起きることが出来るからだ。

 つまり俺の部屋に置いてある目覚まし時計はただの置物なのだ。それを俺がセットするはずがない。

 

「……一人心当たりがいる俺って、どうなんだよ……」

 

 ため息をついて暫く考え事をすることにする。考え事って結構時間使うんだよね。いい時間つぶしだ。

 

 俺は厄介ごとを持っているメリーの補佐をしなければならない。そしてその厄介ごとと関係があるであろう力を乱用しないように忠告しなければいけない。

 ……うわー、これだけでも相当面倒だぞ。どうするよ、俺。

 まあ、戦闘面ではあいつは強いから補佐することも何もないか。

 

「ん、あれ? 俺ってもしかして、」

 

「なーつー? 起きてるんでしょー? あーけーなーさーいーよー」

 

「……ナイスタイミングだな、おい」

 

 扉を乱暴に叩く音が聞こえてくる。いや、“叩く”んじゃなくて“蹴ってる”のかもしれない。どっちにしろ乱暴だな!

 あいつは、女なんだよな? 女装した、男じゃないんだよな?

 急に不安になってきた。

 

「開けてよー、壊すわよー?」

 

「それが女の口から出る言葉かよ!」

 

「そうですが何か!」

 

「開き直ったら終わりだろ……」

 

「てか起きてんなら早く開けなさいって」

 

 くっそー、あいつもう女の人生終わってるわー。

 とりあえず今後あいつが女と考えるのは止めよう。女扱いしても怒られるだけだろうし。

 俺は簡単に身支度を整えて仕方なく扉を開けた。

 が、

 

「うおぅふ!」

 

 俺が急に扉を開けて出てきたことに反応できなかったようで、俺の鳩尾にメリーの蹴りがかなりピンポイントで入った。

 依頼の時の反射神経はどうしたんだよ。こういう時で使う方が有意義だと俺は思うね! なんで仕事以外で使わなきゃいけないとかも思うけど!

 というかなんでお前下の方蹴らないの? なんで俺の鳩尾がある高さのところを蹴ってるの? おかしいよね、普通。

 

「おっはよー」

 

「なんで蹴ったこと無視するんだよ! しかもお前そういうキャラじゃないだろ」

 

「何? 笑ってほしかったの? やっぱMね、あんた」

 

「お前話逸らすの得意だな!」

 

 うあー、なんかまたどうでもいいような方向に捻じ曲がってるー。

 まだ三日目なのにこいつのことが大分わかってきてしまっている俺はどうなんだろう。

 いや、慣れてきているというべきか……。それもどうなんだろう。

 

「ああ、そうだ。お前俺の部屋の目覚まし時計勝手にセットしたろ」

 

「そうだけど何か?」

 

「人の部屋に侵入するんじゃねえよ! ていうか俺の寝る前は時計普通だったぞ、寝た後侵入したのかよ!」

 

「あんた顔まあまあいい方だから黙ってりゃモテるのにねー」

 

「それはこっちの台詞だ猛獣が」

 

「ええ、猛獣ですが何か!」

 

「そこは否定するところだろ!」

 

 くっそう、調子狂うわー。本当嫌だわー。朝からテンション低いわー。

 ……あれだ、早く依頼行こう。こうなったらアラガミでストレス発散してやるこの野郎。

 ツバキさんはメリーが俺に対して心を開いてるって言ってるけど、こりゃあれだな、詐欺だな。嘘だな、あれは。

 

「あたし先行ってるから。その上着直してから来なさい」

 

「あっ、おい、待てよ!」

 

 メリーはそのまま俺を無視してエレベーターに乗っていきました。ひでえ……。

 って、上着? 上着って何、どういうこと。自分の上着を見てみると表裏が逆になってる。き、気付かなかった……。これだけは感謝しなきゃな。

 俺は上着を着直してからエレベーターに乗り込んでエントランスへと向かった。

 

 

――――――――――

 

 

「ここは鉄塔の森だ」

 

「あたしが任務受けたんだから知ってるわよ。なるほど、本当に森みたいに乱立してるわね」

 

「だろ? で、今日の討伐対象何?」

 

「確認しないで来たの……? サリエルよ、あんたの大好きなサリエル。ここ最近討伐数多いみたいだけどあんた熟女好き?」

 

「ちげーよ! サリエルから出来る神機が好きなんだよ! 本体に興味はねーよ!」

 

「そんなに必死になって……、やっぱり」

 

「だから違うって言ってるだろ、面倒な誤解起こすんじゃないよ!」

 

 依頼先でもこんなに頭を悩まされなきゃいけないってどういうことだよ。

 しかも俺に変な誤解が生まれ始めてる。メリーの言ったこと全部嘘だからな! 真に受けるんじゃないぞ! 絶対だぞ!!

 とか言ってる間にもうメリーは俺の隣に居ませーん。って、なんだとおおおお!?

 

「はええええ!」

 

「あんたが遅いのよ。ほら早く来なさい、手柄消えるわよ」

 

「そっ、それは嫌だ!」

 

 慌ててメリーがいるらしき場所へと駆ける。

 まあ最初の場所を左に行けばサリエルとメリーがいたんですがね。探す必要なんてなかったわ。

 メリーがサリエルのスカートに一閃。見事にスカートが結合崩壊。はえー。

 

「俺の時だと四、五分かかるのに……」

 

「あんたって何もかも遅いのね。今度特訓つけてあげるわ」

 

「ありがと……」

 

 おれ は こうはい から いらないきづかい を もらった !

 いらねええええ!! ガチでいらねえ!

 確かに弱いって分かってるけど、なんで後輩に訓練相手してもらわなきゃならないんだよ。普通先輩につけてもらうだろ、立場逆だろ。

 あー、なんか今日はいつにもましてやる気が出ない……。相手がサリエルでよかったよ、本当。

 ぶわっと毒鱗粉がかかった。

 

「そんな簡単な攻撃何で受けてんのよ」

 

「いいんだ。どうせシャワーだし」

 

「きったないシャワーね。帰ってから浴びなさいよ、臭いわ」

 

「おまっ、臭いは失礼だろ!」

 

「加齢臭」

 

「余計酷い! まだ俺十八だぞ!」

 

「え、同い年だったの……?」

 

「心底不思議そうな顔するんじゃないよチックショー!!」

 

 ああっ、イライラを発散したいからサリエルを斬りつけるしかないのに同族の神機だから耳障りな音しかしない! 発散じゃなくて発生だよ!

 うおおおお、最近いいことが一つもない気がするのは気のせいじゃないよね! 誰か俺を幸せへ連れて行って。

 

「ハイ、これにて終了ー!!」

 

「最後にモルターとか悪意しか感じないね!」

 

「ええ、悪意しかないもの!」

 

「お前女辞めちまえ!」

 

「産まれたときから辞めてますが何か?」

 

「そこは反論しろよ!」

 

 本当にこいつはツッコみづらいなあ。

 あれか、心の中でツッコめよと言う指図か。それは無理だな。俺は空気が悪くない限りは口に出すタイプだぞ。

 これでも空気は読める方だとそこそこ思ってる。……あれ、自信なくなってきた。

 

 どうやらさっきのモルターが本当に止めだったらしく、サリエルはすでに動いていなかった。

 本当は生命活動が停止した、とか言いたいけどオラクル細胞がどうなのか俺には分かんない。

 とりあえず霧散する前に捕喰して素材の回収をしておいた。美味いのかなー?

 

「あんたって後輩より弱いわよねー」

 

「言うな! 今朝その結論に達して落ち込んだんだ!」

 

「そのまま地獄へ堕ちろ!」

 

「堕ちてたまるか!」

 

「じゃあ肉片と化せ!」

 

「ひいいいいっ!! てめ、神機を味方に振るうんじゃねえよ!」

 

「ミカター? どこにいるのかなそんなものー?」

 

「こいつひでえぞ!」

 

 くそう、昨日覚悟したけどもう根元に罅入ってきてるぞ……。

 耐えろ……、耐えるんだ俺……。じゃないと精神崩壊起こすぞ、それは嫌だろ、俺……。

 俺の目の前にスッとメリーが何かを乗せて手を伸ばしてきた。

 

「はい」

 

「ん? ……サリエルの素材じゃないか。くれるのか?」

 

「ええ、私にはいらないもの」

 

 こいつ、優しいのか酷いのかよく分からないな。

 まあツバキさんの話を聞いても根は優しいみたいだし……。どっちが本性なのかよく分からないな。

 くれるならありがたく受け取ろうと俺が手を伸ばすとメリーは手を引いた。

 え、なんで?

 

「ただし一個5000万fcで」

 

「こいつひでえぞ!」

 

 畜生、それボッタじゃないかよ。

 結局こいつは酷い奴。これで決まりだな。

 俺は肩を落としながらスタート位置に戻っていった。

 

 

 

 あれ、そういえばメリー、今日は捕喰してなかったな。

 ……捕喰しなくても強いとか、凹むわー……。




そういえばメリーさんの情報を登場回でやらなかったので↓

◇メリー・バーテン (18)
他支部から来た新型神機使い。スサノオの神機を装備している。
新型であるにも関わらず、銃を使うことはあまりない。夏いじめか受け渡しくらい。
長所はなんか強いところ、短所はドS(夏限定)
アラガミを捕喰をすると通常の神機使い以上の力を得ることが可能。
その訳は彼女が新型神機使いになったことと関係があるようだ。
メリー自信は支部長が直々に引き抜いてきたという噂がある。
第四部隊に所属。
スイーパーノワールを着用している。
固有スキル……特殊バースト

私の出すキャラの十八歳率(笑)
特殊バーストは私が勝手に作ったものなのでゲームには存在しません。
メリーさんの他とは異なるバーストのことを指します。


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12、錯乱

そういえばいつの間にかにじふぁん時代のお気に入り登録数をとっくに越えているんですよね。
やはりあれは駄文だったということか……。
あの時お気に入りをしてくれた皆さん、ありがとうございます。

では、スタートです。


 最近、よく思うことがある。

 

「あー、毎日仕事があるって怠いわねー」

 

 こいつは何故男の部屋に堂々と入ってくることが出来るのだろうか。

 ……いや、別に俺にやましいことがあるわけじゃない! 決して、ないの、だが……。

 一応、俺だって立派な男なのだ。そういうことに興味がないのか、と聞かれれば一応ある。

 別にメリーを襲ったりするわけじゃない! 絶対にないぞ! ないからな!

 ……それでも、俺以外の部屋だったらないとは言い切れないのだ。それを堂々と入ってくるから困る。

 一応異性って言う自覚を持ってほしい。

 

 でも、メリーだったら返り討ちに出来るのか。

 ならいいのかな。自分のみは自分で守れ。これ大事!

 

「さて、今日も任務に行くわけだけど」

 

「相変わらず強化できないよな」

 

「ええ。なかなか集めようと思うと集まらないものね」

 

 今はメリーに迷惑をかけることになっているが俺の神機パーツ強化のための依頼ばかり受けている。

 つまりサリエル討伐の依頼ばかり受けているのだ。選り好みしてごめんなさい。

 

「あたしは先に準備してヘリまで行ってるから」

 

「じゃあ依頼買っておいてくれ」

 

「……任務を受けないと向こうには行けないでしょう。馬鹿?」

 

「馬鹿でけっこー、こけこっこー」

 

「ばーか」

 

「捨て台詞が酷い!!」

 

 あいつ冗談通じねえぞ! 難敵だな。どう攻略してくれようか。

 ……攻略……。恋愛ゲームだとああいうのはツンデレっていうのか? デレという言葉が分からなくなるな。ツンしかない。

 

「俺も、行かないとな」

 

 今日は既に身支度をしてあったからそのまま部屋を出る。

 エレベーターの待ち時間で冷やしカレードリンクを購入。朝のエネルギー補給はこれが一番だ。美味い。

 

「あー、美味しいわー」

 

 エントランスに出たら先に出てると言っていたはずのメリーが堂々とソファでくつろいでいました。

 さっきの発言はどこへ消え失せたんでしょうねえ!?

 しかもめっちゃ飲んでる! ブラックコーヒー四本飲み終わってる!!

 ブラック飲むとか、ヤバイなお前。そして飲むスピード速すぎないか!? お腹たぷたぷになっても知らないぞ。

 

「遅い。早く行くわよ」

 

「え? あ、ハイ」

 

 あれ、これってもしかして流されちゃってる?

 今完全にツッコミのタイミングを奪われた? ……チックショー!

 

 俺は朝からテンションが低いまま出撃しました。

 最近テンション低いよな、俺……。

 

 

――――――――――

 

 

「どっせえいっ!」

 

「うりゃああああ!!」

 

 俺たちは最近では行きつけの場所となってしまった鉄塔の森にいた。

 うん、もうすっかり常連さんだよ! たまには他のところに行きたいものです……。

 まあメリーが「強くもないやつを連れて任務に出たくない」というから必死なわけですが。

 なんつー自己中なやつ……。いや、弱いのは事実なんだけどね。

 時々正論を使ってくるからなかなか言い返せないんだよなあ。

 

「これで……、終わりっ!!」

 

 メリーが力づくでサリエルを叩き落とした。

 地面に大きな音を立ててサリエルがぶつかる。まあそれくらいは大したことがないんだが、その前のメリーの攻撃が強かったようでその後はピクリとも動かなかった。

 かなり癪だが、メリーが俺の依頼に同行してくれるようになってからかなり仕事が楽になった。今だってそれはそうだ。

 

 バクバクと捕喰しながら考える。

 俺はこのまま神機使いでいていいのか。こんなに弱い俺なんかいても、ただの数合わせにしかならないんじゃないのか。

 時々ネガティブに考えてしまう自分がいて、それを振り払う。

 馬鹿なことを考えるんじゃない。そんなの、俺らしくないじゃないか。

 慌てて自分の中に浮かんだおかしな考えに蓋をする。こんなもの、俺には必要ない。

 二度と出てこないように、蓋をしてしまえ。偽の仮面で覆い隠してしまえ。

 

「なーに考えてんの?」

 

「えっ……。別に何でもなああああ!?」

 

「大当たり~」

 

「モルター放つとかお前は馬鹿か! 答えてるんだから最後まで聞けよ!!」

 

「なんでそんなに辛気臭い顔してんのか知らないけど、溜めてるものは吐きだしたほうが良いわよー」

 

 「まっ、あたしは人のこと言えないんだけどね」と悲しげな表情を見せて笑うメリー。……言えないなら、言うんじゃないよ。

 ううっ、それにしても体力削られないからって色々とダメージは受けてるんだからな……? ひどいよ、本当。

 

「さて、それじゃあ帰りましょ……」

 

 メリーがそういった瞬間、キィィィン……と何か金属を打ったような澄んだ音が聞こえてきた。

 どこから聞こえてきたんだろうと首を傾げて辺りを見回すが、アラガミが現れたような気配はない。

 ならあの耳鳴りはどこから……。そう思った時、視界に頭を押さえて苦悶の表情を浮かべているメリーが入った。

 

「くっ、ぅ……」

 

「え、ちょ、何があったんだ!? しっかりしろ!!」

 

 こういう時にほとんどアイテムを持っていない自分が悔やまれる。

 さっきのサリエルの攻撃は一つも食らっていなかったから体力の方は問題ないだろうけど、一応回復錠を投与しておく。

 なんでいきなりこんな状態になったかは分からないけど、とりあえず早く帰った方がよさそうだ。

 ズボンのポケットに入れておいた携帯を取り出して、手早く通信を繋ぐ。

 

「ヒバリちゃん、依頼終わったからすぐ帰る」

 

『な、何かありましたか? 随分焦っているように聞こえますが……』

 

「メリーの体調が悪くなった。すぐに帰投する」

 

『りょっ、了解しました!』

 

 ヒバリちゃんには悪いがそれだけ聞き終わると早々に通信を切る。

 こいつが来てから俺の問題は山積みだ。どうしてくれるんだよ、全く。

 

 メリーは相当具合が悪いのか、今は地面に座り込んでおりどう見てもひとりで歩けそうな状況ではない。

 ……こういう時って、女にはお姫様抱っこしてあげるべきなのかなあ。

 いや、そもそもこいつを女の分類に入れていいのだろうか。悩む。

 こうなりゃ無難におんぶだな。その方が俺もメリーもいいだろう。後から見た感じには。

 

「おい、立てるか? 大丈夫か?」

 

「っ、ぎ、ぁ……」

 

 苦しみを堪えるために唇を強く噛んでいるようで、俺の言葉に対する返事は帰ってこない。

 いや、耳を手で塞いでいるからそもそも俺の言葉など届いていないのかもしれない。

 あー、嫌だったけど実力行使で連れて帰るしかないかなー。後からなんか言われそうだけど、それはこの際放っておくか。

 

「よし、帰るぞ」

 

「………れ」

 

「ん、どうし、」

 

「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!!」

 

「うっ、わ!?」

 

 メリーが持っていた神機を横に振る。

 そばにいた俺はその斬撃をもろに食らいそうになって紙一重で回避した。

 一番距離的には離れていた腹に、横にピッと線が入った。……頭とか狙われてたら吹っ飛んでたな。

 だけど、何故今この状況で襲ってくる? それにメリーとはある程度信頼関係は築けていたはず……。

 

 

『だが副作用があるらしい。それが何なのかは聞いていないが……。使いすぎると暴走するだろう』

 

 

 ツバキさんの言っていた言葉が急に俺の脳裏に過ぎる。

 副、作用……。まさか、これが?

 いやいや、でも待てよ。最近あいつが捕喰しているところを俺は見た試しがない。

 そんな時に副作用が出るとはさすがに考えにくい所がある。

 だとしたら、理由はもっと別のところにあるはず……。

 

「のわあっ!」

 

 今度は縦に真っ二つにされそうになって横に飛んで避ける。

 近くにあった水に落ちそうになって踏みとどまる。あ、危ない……。

 

「っ、く!」

 

 捕喰をしていないにも関わらずロングではありえない斬撃を繰り出してくる。バケモノか、こいつは。

 回避が出来なくなり、盾を展開してガードする。

 だがメリーのほうが力が強い。段々と押され始めている。男と女の差はどこへ消えたのか……。

 

「違う、黙れ、消えろ、死ね、私に、話しかけるなあああああああああ!!」

 

「おっ!?」

 

 そのまま弾き飛ばされ、後方に飛ばされる。おいおい、力で負けちゃってるじゃないかよ、俺……。

 あと、今あいつ自分のこと『私』って言ったか? いつも自分のこと『あたし』って言ってるのに、もうなんなんだよ。

 

「消えろ……、全部、消えてしまえばいい……。悲しむ必要なんて、何も、ない……。だから、だから、だから、だから……」

 

「何寝ぼけたこと言ってんだよ!!」

 

 ボソボソと聞き取れないほどの小さな声で呟き続けているメリーに向かって斬りこむ。

 無論、仲間であるわけだから殺すつもりなどない。だけど今のメリーには全力で斬りこんでいかないと確実に俺が殺られる。

 今最優先すべきことは帰投だ。その帰投はふたりでしなければならない。

 なら、こいつを正気に戻さなきゃ、どうしようもないじゃないか。

 

「そんな面見せるんじゃねえよ!」

 

 メリーは回避という行動は取らずに剣で俺の斬撃を受け止めた。避ける気なんてないって事か。余裕だな。

 メリーと目線を合わせるといつの間にかメリーの目が紅く染まっていることに気付いた。捕喰してないのに、なんで……?

 

「お前は馬鹿にしてるような笑いを見せてる方がよっぽど似合ってるっつーの!!」

 

 渾身の力を振り絞って剣を振り切った。

 メリーはそのまま後方へ飛ぶ。まあメリーのことだからただ飛ばされるわけにはいかないだろうな。

 

 ……だから、追撃っていう素晴らしい言葉があるじゃないか。

 

「っは……、ガラ空きなんだよ!」

 

 ステップを使わずにメリーの懐に走り込む。

 飛ばされたばかりのメリーは上手く体勢が立て直っておらず、驚いたように目を丸くするばかりだ。

 そんな表情、見たことないや。

 

「今までの鬱憤、返させてもらうぞ!」

 

 俺はメリーの鳩尾――多分、鳩尾の場所で合ってるはず――に鉄拳を叩き込んだ。

 鉄拳制裁! ふはは、日ごろの恨みを思い知れ!

 ……あれ、まだ会って数日くらいしか経ってないはずなのに、なんで鬱憤溜まってるんだろう。

 

 もろに攻撃を食らったメリーはまた数メートルほど飛び、後ろにあった壁に叩き付けられていた。水とかなくてよかった……。

 メリーの目から光がなくなり、ずるずると壁から落ちて行った。

 せ、成功ー……。

 

「じゅ、寿命三十年は縮んだな……」

 

 長生きできないのは確実ですね、はい。

 いいもん。十年間神機使いとしての仕事やって官職に就くんだもん……。

 ……就けるのかな、官職。俺みたいなやつに。

 

「とりあえず、帰投するか」

 

 幸いなことに気絶していてもメリーはしっかりと神機を右手で掴んでいる。

 執念深いというかなんというか……。仕事道具だから手放す気がないのかな。

 

「さて、今回のことは上に報告するべきかなー」

 

 原因不明の錯乱。全く笑えない冗談だぜ。

 いや、現実で起こっている以上、冗談で済まされる事ではないのだけど……。

 まあ上は何か知ってるんだろうな。引き抜いてきたんだから、こいつの事情は知っているはずだ。

 話すべきか、話さないべきか。……帰ってから考えるとするか。今は余裕がない。

 

「今日は疲れたなあ……」

 

 俺はそのままメリーを背負って帰還した。

 今日の原因不明の錯乱状態にモヤモヤしたものを覚えながら。




そういえばお気付きの方もいるかもしれませんが、私のオリキャラは『声』で性格を決めています。
え、なんの声? ってお思いの方もいるかもしれません。
最初、ゲームを始める前に必ず自分の操作するキャラクターの詳細を決めますよね?
あの声で決めたんです、性格を。
ちょっとオリキャラ達のエディットを下に載せておきますね。BURSTをプレイしたことがある前提ですが。
別にいいや、という方はここでお戻りになって構いません。


~日出 夏  エディット~ ※エディットは全てBURST仕様です。
ヘアスタイル:9
ヘアカラー:2
フェイス:9
スキン:7
ボイス:12
普段着:F制式 レッド

~ZELDA  エディット~
ヘアスタイル:13
ヘアカラー:7
フェイス:19
スキン:7
ボイス:2
普段着:クラウドブルゾン・クラウドパンツ

~メリー・バーテン  エディット~
ヘアスタイル:2
ヘアカラー:1
フェイス:1
スキン:1
ボイス:3
普段着:スイーパーノワール


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13、不可解な食い違い

そういえば、メリーが出てきたあたりから『アンチ・ヘイト』タグを付けました。
あまりないですがメリーは人にぶつかるかな、というのを考えてが一つ。
あとこの先コウタがちょっと扱い酷い気がして……。
いや、あんまり触れませんけど。

では、スタートです。


「昨日、アリサのお見舞行ったんだろ? どうだったんだよ、ゼルダ」

 

「……会えませんでした」

 

 俺たちは今エントランスに設置されているソファにいる。

 邪魔にならないようにヒバリちゃんのいる階の隅っこのソファに座ってます。

 

 昨日、俺とメリーがなんやかんやあってる時にゼルダはアリサのお見舞いに行っていたらしい。

 アリサとはエントランスで時々話していた俺だから、ゼルダにアリサの状況を聞こうと朝の依頼前にちょっと捕まえました。ごめんなさい。

 だが、ゼルダは暗い顔で会えなかったと口にした。なんですと。

 

「何に謝ってるのか分かりませんでしたが、頻りにごめんなさいごめんなさいと口にしていました」

 

「……ホラーだな」

 

「ええ。オオグルマ先生曰く錯乱状態だったようですので、昨日は会えませんでした」

 

 オオグルマ……先生。誰だっけか、それ。

 思い出した、アリサと一緒に赴任してきた人だ。

 病室に滅多に行かない俺から見れば「へー。あっ、そう」な出来事だったから忘れてたわ。

 

「今日も会いに行く予定です……。また、錯乱していないといいのですが……」

 

 さっきも出てきた『錯乱』という言葉にピクリと俺は反応してしまった。

 思い出すのは突如暴走した昨日のメリーの姿。怖いよ、あいつ。

 

 結局、俺はあの出来事を“書面上”では報告しなかった。

 何かと気をかけていたツバキさんは上官でもあるし、一応報告しておいたけど。

 あの時のツバキさん、酷い顔してたな。すっごい疲れた顔。

 

 ツバキさんに話した時点で上に繋がる気がするけど、今はこれでいいと俺は思う。

 問題はメリーの暴走の原因。あれを突き止めない限り、他の神機使いとの同行は不可能だろうしな……。

 

「……さん、夏さん?」

 

「えっ、あ、な、何?」

 

「いえ、珍しく真剣な表情だったもので、つい……」

 

 おいおい、それじゃ俺がまるで楽観主義みたいじゃないかー。

 ごめんなさい、おっしゃる通りです。

 考え事なんて俺には似合わないことだよね! 一度止めとこ。

 あとは、誰も居ないところで――自室とか――また考えればいいんだし。

 

「あ、そういえば手伝っていただきたい任務が、」

 

「おっはよー!」

 

「あべしっ!?」

 

 突如俺の額に固い何かがぶつかる。ぜっ、全力投球、だと……?

 よくよく投げられたものを見てみれば、ブラックコーヒーの缶だった。

 どうりで硬いはずだよ! しかもブラックコーヒーは俺が飲めないのに嫌がらせですか?

 俺はブラックコーヒーの缶を投げてきたやつを睨み付けて――硬直した。

 

 

「め、メリー……」

 

「何よ、幽霊見てるみたいな目で見ちゃって。殺されたいの?」

 

「いきなりそこに辿り着くの!? いや、でも、休まなくていいのか?」

 

「はあ? なんであたしが休まなくちゃいけないのよ。身体はどこも悪くないわよー」

 

「えっ、だって昨日いきなり暴走して……」

 

「殴られたいわけ? 確かに昨日はちょっと疲れてたけど……、暴走って何よ」

 

 な ん だ こ の 食 い ち が い は 。

 いや、そもそもメリーは昨日の記憶自体が曖昧なのか?

 気になって昨日の依頼内容を聞いてみれば「サリエル」と返ってきた。うーん、判断しづらい。

 だけど、どうしてここまで食い違いが起こってるんだろうか……。

 ゼルダも不可解だと言う様に首を傾げている。

 

「何その真剣な顔。気持ち悪いから今すぐ止めなさい」

 

「……昨日もそれ言われたな」

 

「えっ! 嫌だ同じネタもう使ってたの!?」

 

「何故そこで殴る!?」

 

 殴られた後で、また会話がおかしいことに気付く。

 あれ、じゃあ依頼の詳しい内容までは覚えていないのかな。

 依頼内容がサリエルっていうのは受けた本人がよく覚えていてもおかしくないわけだし。

 ……もう少し、詳しく聞いてみるか。

 

「お前、昨日俺に何回モルター当てた?」

 

「はっ? ……六回、かしら」

 

「じゃあ、依頼終了後に当てた回数は?」

 

「え、当てたかしら?」

 

 あんまり数えてないからわからないけど、確か俺が昨日モルターにぶつかったのは五回。

 その内一回は俺が考え事をしているとき、つまり討伐後の出来事だ。

 

「サリエルに止めを刺したのは誰で何の攻撃?」

 

「えー、そんなのあたしに決まってるじゃない。串刺しよ、串刺し!!」

 

「……冗談で言ってるわけじゃないよね?」

 

「何度も言わせないでって。串刺しで倒したのよ」

 

 目を爛々と輝かせてにこやかに笑うメリー。

 あの……、すっごい怖いです。お願いですから殺戮をそこまで楽しむの止めてください。

 だが、多少ではあるがこれも違う。串刺しではなくて叩き落としたのだ。似ているようでこれは少し違う。

 

 これ以上は埒があかないな。そう思いため息をつく。

 あ、最後にもう一つだけ質問をしてみようか。

 

「じゃあ、最後。依頼後の耳鳴り覚えてるか?」

 

「耳、鳴りっ……?」

 

 それを聞いた瞬間、顔を歪ませるメリー。

 おおっと、地雷を踏んでしまったようです。

 

「覚えて、ない……。違う、知らない。そんなのなかった」

 

「あ、うん、なかった。ごめん、確かになかった」

 

 頑なに否定し続けるメリーを見ているうちに昨日の出来事を思い出してしまい、メリーの言葉に合わせる。

 これ以上追及することは無いけど、これ以上追及したら昨日と同じになりそうで怖い。

 殺されかけるのはごめんですからね!

 そう思ったところで。

 

 ――キィィィン、と元凶の音が響いた。

 エントランスで、か……!?

 

「うっ……」

 

「やっべえ!!」

 

 昨日と同様、苦しそうに呻くメリー。

 さ、さすがに昨日と同じことをエントランスでやられたら困るよ!

 神機が無い分良いけど、こいつ力強そうだから軽々ソファとか持ち上げるだろうし……。

 

「とっ、止まれーーーーー!!」

 

「きゃんっ!?」

 

 咄嗟に俺は近くにあったブラックコーヒーの缶を全力でメリーに投げつけていた。

 見事頭に命中し、普段の態度とはかけ離れた悲鳴を出すメリー。痛そうにぶつかった箇所を両手で押さえている。

 いつもそうだったらモテるのに……。よし、いつでも缶を投げてやろう。サービスだよ!

 

「なっ……」

 

「な?」

 

 地面にペタンと尻餅をついて未だに両手でぶつかった個所を押さえながらプルプルと震えるメリー。

 なんだかその震えが小動物的ぃ! ごめん、今のは俺が悪い。

 聞き取れなさそうでぎりぎり聞き取れるその声を拾い、俺は言葉を返した。え、今何て?

 

「何すんのよこの馬鹿夏があああああああ!!」

 

「うべっ、がっ、ぬおっ、ぎゅっ、しっ、ぬっ!!」

 

「メリーさん止めてください、夏さんが死んじゃいます!!」

 

 昔漫画で見かけた百烈拳のように殴り倒される俺。 

 あっ、今俺の正面に川が流れてるよ。向こう側に誰かいるなー。

 あまり記憶にないけど、茶色の髪色で二人で笑い合ってるあれは確かに俺の両親……。

 

 

 

 は? 親?

 

「母さん!? 父さん!?」

 

 ハッとして大声を出すと、ピタリと止まる俺に向かって振り出された拳。

 眼前で止まったよ、びっくりしたあ!

 

 ……それからエントランスが静かになっていることに気付いた。

 うわああああああ!! これはどう見ても俺のせいですねごめんなさいいいいいい!!

 

 にしても、馬鹿なこと口走ったな、俺。

 親なんて俺にはいないのに、な。

 

「親? 親がどうかしたの、夏?」

 

「あ、いや、なんでもないよ。もういないはずの親を見るなんて、俺本当に死にかけたのかもなー」

 

「大丈夫ですか!? 顔がボコボコになってますよ、夏さん!」

 

「え、何、そんなにひどく殴られてたの俺!?」

 

「これ、お薬どうぞ……」

 

「あ、ありがとう、ゼルダ」

 

 ゼルダから塗り薬の薬を貰い、それを顔に塗りつける。ううっ、沁みるっ……。

 一方元凶であるメリーは俺に向かって心底哀れそうな瞳を向けていた。お前のせいだろー!? そんな顔向けるんじゃないよ!

 

「あんたも、親、いないんだ……」

 

「ん? いないよ。って、メリーも?」

 

「ええ。どんな人だったのかも分からないわ」

 

「奇遇ですねっ! 私も父親がいないんです!」

 

「それ大きな声で言うことなのか?」

 

 やっぱりゼルダは少しずれているな、なんて思いながらゼルダに顔を向けて少し引っかかった。

 なんだか、ゼルダが無理に明るい声を出しているような、無理に笑顔を作っているような、そんなふうに見えてしまったからだ。

 人の観察をするのが結構好きだったりするから微妙な変化も見逃さないよ! ごめん、気持ち悪いね!

 

「そうだ、なんか手伝ってほしい仕事があるんじゃなかったか?」

 

「あっ、はい。そうでした、忘れてました……」

 

「仕事の放棄はよくないわよ、ゼルダ」

 

「お前は人のことを言えるような性格じゃないだろ」

 

「ナンニモ聞コエナーイ」

 

「こいつひでえぞ!」

 

 急に話題を転換させるとまた口喧嘩が始まる。

 ゼルダの笑顔も自然なものに戻った気がして、少し嬉しくなった。

 

「任務名『リターン』。ヴァジュラ1、シユウ2の討伐任務です」

 

「ごめん、腹痛くなったから今日は休むわ」

 

「逃げても無駄よ。睡眠薬使ってでも連れてくから」

 

「おまっ、それを拉致っていうんだぞ!!」

 

「お願いできますか?」

 

「頼むから話の流れを読んでくれ!」

 

 なかなか噛み合わない会話にズキズキと頭が痛くなるのを感じる。

 うわー、なんで俺は嫌な役回りしか回ってこないんだろう……。

 

 

 頭痛を感じながらも手伝ってやるべきだと思い、俺は了承のために口を開いたのだった。




この前晒した三人のエディット。
実はゼルダさんは目元がきつくて反対にメリーさんは目元が緩いんです。
本当、交換したほうが良いよね!
そう思って試したら全く似合わないんです……。慣れって恐ろしい。


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14、朝からの騒動

そういえばメリーと夏は少しだけ私の部分が入ってます。
メリーは趣味、夏は持ち物です。
この二つの部分にはもう触れたっけな?

では、スタートです。


「おーい、起きてるかー?」

 

 珍しく今日はメリーに叩き起こされなかった俺は今、逆の立場になっている。

 俺の部屋の正面にあるメリーの部屋の扉をコンコンコン、と三回ノックして返事を待ってからまたノックする。

 だが何回やってもメリーは起きてこようとしない。

 なんで、起きてこないんだろうな……。そろそろ疲れてきたよ、右腕。

 

「おっおーい、起きてるのかー?」

 

「あたしの部屋の前で何やってんのよ」

 

「そりゃあメリーを起こしに……、え?」

 

 俺の左側、エレベーター方向からメリーの声が聞こえてきて思わず顔を向ける。

 いきなりバッと顔を向けたことに驚いたのか、メリーは若干後退りしていた。別に逃げようとしなくても……。

 

「めめめ、メリー!? 寝てたんじゃないのか!?」

 

「バリバリ起きてるわよ。というかさっき起こしに行ったのに今起きたのね」

 

「……え、覚えてないんだけど」

 

「鳩尾に確かにヒットしたはずだったんだけどね……」

 

「ちょっ、起こし方雑だよ!!」

 

 その言葉を聞いて自分の鳩尾の部分をさっと両手で隠す。そ、そういえばちょっと痛い気が……。

 「今度から頭を鈍器で殴ろうかしら」お前それ殺人になるから止めてくれ。眠ったら二度目が覚めないとか洒落にならない。

 でも、鳩尾殴られてってことはまた部屋に侵入されたって事だよな。……鍵、かけてるのに。

 

「ほら、早く任務行くわよ」

 

「あ、ああ。そうだな」

 

 なんだろう、上手いこと話題の転化をさせられた気がする。

 まあ部屋への侵入とか鳩尾殴られるとかいつものことだし、この際気にするのはやめにしようか。

 ……なんだかとんでもないことが日常の一つに組み込まれてる気がする。

 自分の常識がすり替えられている気がするな、とため息をついてエレベーターにメリーと乗り込む。

 

「ふわあ……」

 

「あんなに寝てたのにまだ欠伸出るわけ?」

 

「寝すぎると逆に眠くなるんだよ」

 

「寝すぎの自覚はあるのね……」

 

 呆れたような顔のメリーは放っておく。

 今そのことについて何か言えばまた俺が最終的に貶される流れになる気がするからな。

 最近ちょっと学んできたよ。

 

 エントランスに着き、エレベーターから降りると入れ違いでサクヤさんがエレベーターに乗っていった。

 なんだろう、ちょっと泣いていたような気が……。

 

「……誰か、行方不明者でもいたの?」

 

「え、なんでそんなこと分かるんだ? 確かに一人いるけど」

 

「神機使いがあそこまで悲しみに包まれる機会はそうないわ。特にキャリアのある神機使いだと、ね」

 

「すげえな……」

 

 メリーはキリッとした顔のまま辺りを観察している。今、俺の目にはこいつが天才だと映っている。

 キョロキョロと辺りを見回して、最後にエントランスロビーに残っていたゼルダとコウタの顔を見て、メリーは一つの結論に至ったようだった。

 

「除隊、みたいね」

 

「エスパー……!」

 

「馬鹿ね。死んでたらこんなにいつも通りの喧騒は起きないわよ」

 

 「まあ、少しボリュームは落ちてるけど」とメリーは言った。

 確かにメリーの言うとおりエントランスの喧騒はいつもと大して変わりが無い。

 ここにいる神機使いでリンドウさんの名前を知らない人はいないと思うから、死亡だったらもっとひどいものになっているだろう。

 

 ……そういえば、メリーはリンドウさんがいなくなってすぐに来たからリンドウさんのことは知らないのか。

 それに気付いて、俺はメリーに説明をした。

 

「ふうん……。でもあんまり除隊って例はない気がするわよね」

 

「まあ、大体死んだ後に出るようなやつだからな」

 

「恐らく生死が確認できていないんでしょうね。……それにしたって除隊が早すぎるわね……」

 

 メリーがぶつぶつと呟いているが、俺には関係ない。

 横を通り過ぎてエレベーターに乗り込んでいったコウタを見送ってから、俺はゼルダに近付いた。

 

「リンドウさん、除隊か」

 

「っ、なんでそれを……」

 

「悪いけど盗み聞きしてたのよ。……大丈夫?」

 

 いきなりメリーが嘘を言うから俺は苦笑するしかなかった。

 あの時俺たちはあらかた話がついたであろう後にエントランスに来たのだ。話が聞けるわけが無い。

 というか盗み聞きが出来ていたらメリーの推理を聞く必要なんてなかった。

 

「私は、大丈夫ですよ。他の皆さんは私の倍苦しんでいるんです。そんな中で私まで崩れたら……。第一部隊の柱は崩しちゃいけないんです」

 

「……そうやって、全部一人で抱え込もうとするからあんたは馬鹿よね」

 

「え……」

 

 視線が地面に向きかけていたゼルダはメリーの言葉を聞いて顔をあげた。

 ……瞬間、

 

 

 パァァァンッ!

 

 

 メリーの平手打ちがゼルダの右頬に炸裂した。

 って、えええええ!? なんでだ。さっきの空気がどうやったらそんな状況になるんだ!

 

「辛気臭い面晒さないでよね」

 

「お前本当酷いな!」

 

「ゼルダは別よー。あんたは一生泣き寝入りしていればいいと思うわ!」

 

「俺は一生お前にいじられなきゃいかんのか!」

 

「跪け奴隷よ!」

 

「誰が奴隷じゃ、ボケェ!」

 

 ぎゃあぎゃあと言い争いへと発展。ここ最近慣れてしまったパターンです。

 もっとも騒いでいるのは俺だけで、メリーは俺の言葉に冷静に言い返しているだけなんだが。

 「クスッ」と誰かが笑ったような声が聞こえた気がして、俺は口を閉ざした。メリーも同様に。

 笑ったのはゼルダだった。メリーに叩かれた右頬が少し赤くなっているが、それを気にせずにクスクスと笑っている。

 それを見たメリーもわずかに微笑みを携える。

 

「それ。ゼルダは明るく笑ってた方が可愛いわ」

 

「あー、確かに……、ってそれで殴ることは無いだろ! ちゃんと謝れ」

 

「ごめんね、ゼルダ。痛かったでしょ?」

 

「いえ、大丈夫です。今は痛くありませんので」

 

「俺の時は謝らないのに……!」

 

 俺の呟いた声が聞こえたのか、メリーがハッと鼻で笑ってきた。マジむかつく、こいつ。

 とりあえずゼルダの右頬にポケットの中に入っていた湿布を貼ってやる。その後から取れないように紙テープを湿布の周りに貼った。

 

「きゃ!? ……夏さん、いつからそんなものを持ち合わせてるんですか?」

 

「メリーに殴られるようになってから。応急処置が上手くなったよ……」

 

「良い前進じゃない」

 

「よくねえよ! お前のせいで変なスキル増えたんだからな!」

 

「変なスキル……? サクヤさんも出来ますよ?」

 

「あの人衛生兵だから! 俺、関係ない一般兵だから!」

 

 もしかしたら俺は今日から衛生兵と名乗ったほうが良いのかもしれない……。

 いや、待て。でも俺が覚えてるスキルは殴られた時用だ。本当の怪我の時は慌てる他に出来ることがないぞ。

 ……せっかくだから、覚えようかなあ。

 

「じゃあこれも治せるんだ?」

 

「ぶふぅ! いきなり、鳩尾はないだろ……」

 

「ほら、治してみせなさいよ」

 

「人前で出来るかよ! 服脱がなきゃ無理なんだから!」

 

「きゃーへんたーい」

 

「お前が言い出したんだろ! そして棒読み止めろ!」

 

 早くも俺の喉と鳩尾がご臨終になりかけてるよ。

 誰かこの悪魔を止めてください……。俺の出来る範囲でのお礼をするんで。

 出来ること、あるかな。あると信じよう。

 

「ところで、お二人は任務に行かないんですか? 私はもうしばらく時間がありますが……」

 

「「あ、忘れてた」」

 

「……息ぴったりですね」

 

 呆れたような苦笑をするゼルダ。

 えー、なんでこいつと息が合わなきゃいけないんだよ。

 

「えー、なんでこいつと息が合わなきゃいけないのよ」

 

「おまっ、酷くないか!? 俺も思ったけど!」

 

「人のこと言えないじゃない」

 

「ほらほら。お二人とも早くヒバリさんのところに行ってください」

 

「おっ、押すなああああ!」

 

「わっ、とととと!」

 

 ゼルダが強引に階段の下にあるカウンターに連れて行こうとする。

 ちょ、ま、階段あるんだって! 階段の前で押されたら確実に事故が起こるんだって!

 ゼルダが常識人だと思ってたのに、意外と変なところで常識がなかったようです……。

 

 無論、階段の前で押され続けたら目に見えた結果が起こるわけで。

 

「のわあああああああ!!」

 

「い、ああああああ!?」

 

「きゃあああ! 夏さーん! メリーさーん!」

 

 俺たちは雪崩のように階段から転落した。

 そして気付いたら階段の下にいた。落ちたからだね、そうだね。……頭、痛い……。

 あとなんでか分からないけどすごく重い。うつ伏せになっている状況なんだけど、背中に重量を感じる。

 

「お、重い……」

 

「おっ、重い!? 失礼なこと言わないでよ! 一応女よ!」

 

 ボコボコとメリーは背中に乗ったまま頭を何回も殴ってきた。お前のパンチは結構効くから連続は勘弁してほしいな……。

 というか一応はないだろ。一応は。

 

「早く降りろ! 重いんだよ!」

 

「また言った! 半殺しにするまで降りないわ!」

 

「うっさい、女捨ててるくせに!」

 

「人に言われたら腹が立つのよ!」

 

「理不尽だ!」

 

 この後、俺はヒバリちゃんとゼルダに止められるまで頭を殴られていました。

 正直に言うと、依頼の時の記憶がありません。殴られ過ぎたよ……。




夏さんに似合う服がなかなか見つかりません。
なんででしょうかね、なんか似合わないんです。
色々組み合わせを探してみようかと思ってます、いいのあるといいな。


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15、メリーと俺、とコウタ

ぶっちゃけコウタは脇役みたいなもの。
じゃあなんでタイトルに入れたんだという話になりますがね。

では、スタートです。


 ピリリ ピリリ ピリリ ピリリ……

 

 俺の部屋の中に鳴るはずがない目覚まし時計の音が響き渡る。

 もういいや、このままにしておこう。なんか止めるのがとても面倒だ。俺はそう決め込んで包まっていた毛布の中にさらに潜り込んだ。

 えーっと、で、今何の夢見てたんだっけ。

 

 

――――――――――

 

 

「………」

 

 遅い。遅い。遅すぎる。

 そろそろ忍び込んでセットしておいた目覚まし時計が鳴る時間だ。いや、もう鳴っているかもしれない。

 だというのにあの馬鹿が一向にエントランスから起きてこないではないか。

 これはいくらなんでもおかしい。

 

「……まさか、ここ数日で耐性がついた?」

 

 思い付いて、すぐにそれを否定する。あの馬鹿に限ってそんなことは有り得ない。

 何もできないような、馬鹿馬鹿しい笑顔だけを振りかざしているあいつにそんなことなど……。

 

 あたしには分かる。あいつの笑顔は本物だろうが、時にそれは偽の仮面へと変わると。

 理由が何なのか知らないがそこに『偽』があるなら彼もある意味であたしと同じなのだろう。

 きっと、そこに潜んでいる闇にあたしは惹かれているんだろう、と心の中で決めつける。

 類は友を呼ぶ。つまりそういうことなのだと。

 

「……次からは忍び込んで鳩尾のほうが良いかしら」

 

 それに耐性がついても困るが目覚まし時計が駄目なら手段は限られてしまう。

 これは毎朝が面倒になりそうだとあたしはため息をつくしかなかった。

 

 そんなあたしを見て、目の前にいた人が苦笑する。

 

「大丈夫ですか、メリーさん。大分イライラしていますが……」

 

 目の前にいるのは極東支部のオペレーターである竹田 ヒバリだ。時々あたしが愚痴を溢したり、夏のいじめ談などを語っている相手でもある。

 あたしは基本的に人のことを呼び捨てにするのだが、彼女は『ヒバリさん』と呼ばせてもらっている。

 敬語は使っていないが。

 

「馬鹿夏が来ないのよ! 遅すぎるわよ、いくらなんでも!」

 

「……また目覚まし時計を忍び込んでセットしたんですか?」

 

「そうよ、なのにあいつ起きなくて……」

 

 そこまで言ってからあたしは口を閉じた。

 確かヒバリさんにはいじめ談は話しても、部屋に忍び込んだということは話していないはずだ。

 一体、どこからそんな情報をつかんだのか。やはり、オペレーターは情報が集まりやすい場所なのだろうか。

 

「誰から聞いたの、それ」

 

「本人からです。『あいつまた俺の部屋に勝手に入って目覚ましを~』とこの間愚痴を溢してましたから」

 

「……」

 

「? メリーさん?」

 

「ふふっ……、あとで八つ裂きにしてあげるわ……!」

 

「や、やめてください! そんなこと!」

 

 あたしの言葉を真に受けたのか、ヒバリさんが慌てた様子で制止をかける。なかなかに面白い人だ、この人は。

 あたしはヒバリさんの様子を暫し眺めてから笑った。

 

「嘘よ。そんな残酷なこと人間相手にさすがにしな……」

 

「っ、メリーさん!?」

 

 ドクリ、と胸が痛んだ。

 違う、違ウ、チガウ。その言葉は偽りだ。『アレ』は忘れちゃいけない。いや、『ソレ』はあたしの記憶じゃない。『ソレ』は、お前の……。

 痛みに耐えきれず、カウンターに手を置いたまま思わず膝をついてしまう。

 それを見てまたヒバリさんが慌てているようで、普段より大きめの声が頭上を通る。

 

「ヒバリちゃん、どした? ……って、大丈夫かお前」

 

「……なんだ、タツミか」

 

「呼び捨てにするなよ! というか心配してやったのにそりゃないだろ」

 

「出会い最悪なんだから不仲になっても仕方ないと思うけど。……よっと」

 

「ん、もう立っても平気なのか?」

 

「ただの眩暈だから大丈夫よ」

 

「突然の眩暈ってとてつもなくヤバイ気がするんだが……」

 

「ヒバリさん、暇つぶしになる任務あるかしら」

 

「無視するなよ」

 

 隣でタツミがため息をついていたがそれを無視する。まあタツミとそのまま喋って暇をつぶすのもいいのだが、それはそれで疲れるものがある。途中で本当の悪口に変わってしまいそうで怖い、というのもあるのだが。

 ヒバリさんがカタカタと端末を叩いて、手を止めた。

 どうしたんだろうと思い、ヒバリさんの顔を覗き込むと少しの驚きが顔に出ていた。

 

「メリーさんに特務が出ているようです。よって、本日は別任務ですね」

 

「特務? お前、支部長にいきなり目をつけられてたのか」

 

「まあ支部長に連れてこられたようなものだから」

 

 ここに来るにあたっての条件。それの一つが特務だった。

 向こうが来ないかと誘っておいて、更に向こうが条件を提示する。

 随分とおかしな話ではあるが退屈しのぎになることは違いないし、何よりあのころのあたしにそこまで情報整理の能力はなかっただろう。

 死人同然だったしね、と懐かしい思い出のように思い出してすぐにそれを振り払った。

 

「特務が出ているなら、それに行かないといけないわね。受けさせてもらうわ」

 

 なんであたしは待っていたのだろうと思わずため息をついてしまった。

 

 

――――――――――

 

 

「……いない」

 

 俺がエントランスに来てまず思ったことはそれだった。

 いつも居る筈のソファにその姿はなく、だからと言って部屋に籠っているわけでもなかった。

 おかしいな、おかしいな、と思いながらヒバリちゃんの元へ俺はゆっくりと歩いていった。

 え、目覚まし時計はどうなったのかって? そんなものあったっけ?

 

「おはよう、ヒバリちゃん。メリー見なかった?」

 

 そう、俺が先程から探しているのはメリーだった。

 いつも何故か俺と一緒に依頼へと向かってくれている、今やパートナー同等の存在の凶暴かつ冷酷な後輩であるはずの新型。

 ……なんか最後の方が愚痴になってるな。

 

 聞いてみてから気付く。

 いつもここに立っているヒバリちゃんにメリーの居場所が分かるわけが無いと。

 馬鹿すぎる質問しちゃったなあ、と頬を掻いているとヒバリちゃんはにっこりと笑った。

 

「メリーさんなら個別任務がありましたので、そちらに向かいましたよ」

 

「そっかー。って、えええええ!?」

 

 あまりにもヒバリちゃんが普通に言うものだから一瞬流しかけたぜ。危ない。

 まあ、期待の新型だもんね。いつまでもこんな旧型と同行させるわけにはいかないよね……。ちょっと悲しい。

 でもいきなり個別任務ってどういうことだろう。そういうのってなかなかないと思うんだけど。

 

「個別依頼ってどんな内容の?」

 

「私には分かりません」

 

「ヒバリちゃんが分からない? それってどんな依頼……」

 

 そこまで言ってみて少し考え込んでみる。

 むむ、こういうのなんか噂で聞いたことがあるぞ。

 依頼内容は極秘で、実力を持ったもので上からの信用がバッチリの人に与えられる特別任務。略して特務! ……うん、噂だよ。俺は受けたことないしね。

 

「いないものは仕方ないか……。じゃあ俺の依頼ってある?」

 

「はい、ありますよ。……愚者の空母でクアドリガの討伐ですね」

 

「ク、クッ……。クア、クアドリガ?」

 

「随分時間かかりましたね」

 

 仕方ないじゃないか。喉に痰が詰まってたんだよ。……うん、嘘だ、ごめん。

 初めて聞く名前だったからなかなかすぐに言えなくって……。

 

「そのー、クアドリアってどういうアラガミなの?」

 

「名前が間違ってますよ。それに関してはご自身で調べてください」

 

 うっ、ヒバリちゃんににっこりと言い捨てられましたよ!

 まあこの時間帯が人の利用が多い時間なんだろうな。俺の後ろに数人並んでるし。

 ちゃんと並んでる人がいるって律儀だよなー。メリーだったら絶対割り込むわ。

 

「分かった。自分で調べてみる」

 

「ではお気をつけて」

 

「んー」

 

 クアドリ……ガ。クアドリガねー。

 まあ俺はショートブレードで、サリエルの剣パーツだから特に属性とかないんだけどね。

 ヴェノムでどうにかなる相手だと祈ろうか。

 

「そういえば、最近ターミナルの神機欄開いてないな」

 

 ここ最近の依頼がサリエルばっかりだったからもしかしたら強化できる段階までいっているかもしれないな。

 帰ったら確認することにしよう。

 

「よしっ、頑張らないと」

 

 メリーがいなくたってやってみせる。

 俺は少し緊張していた。

 

 

――――――――――

 

 

 クアドリガ。

 人が造り出した戦車を喰らったのか戦車のような形をしているアラガミ。

 俺がちゃんと見てたのはそこの部分だけだった。というか記憶できたのがそこだけ。

 弱点属性、なんだっけな……。神属性だといいんだけど。

 

「にしても大きいな……」

 

 目の前にドンッと威厳ある姿で立っているクアドリガ。なるほど戦車だわ。

 なんかてっぺんあたりの両側に四角いのあるな。あれなんだろう。

 

「こいつって、やっぱりミサイルで攻撃するのかな」

 

 ぼんやりとクアドリガを観察しながらそう思う。

 うーん、メリーが今この場にいたら「早く攻撃しなさいよ!」って言ってモルターぶつけてくるんだろうな。

 現実で本当に起こりそうなことだから笑えないや。

 

「さて、どこが弱点の部位だろう」

 

 やっぱり正面にある胸みたいな場所かな……。

 考えているとさっきまで気になっていた四角い部分が開くのが見えた。お、あれって攻撃に使うところなのかな。あ、なんか出てきたー。

 って、

 

「ミサイル!?」

 

 シュンシュンと放たれるミサイル。片方で三個、二つ合わせれば六個のミサイルがクアドリガの周囲に放たれている。俺の真上にもミサイルが一個飛んできている。

 まだ着弾には時間があるからここは装甲よりも回避のほうが良いだろう。

 

「よっと」

 

 ステップを踏んで軽々と避けた後、クアドリガの正面に斬撃を与える。

 

「あ、あれっ?」

 

 カンカンと悲しげな音が響く。

 いつも通りの手ごたえの無さだったね! 気にしないで別の場所を狙うことにしよう。

 たとえば、なんか骸骨がついてる頭みたいなところとか、さっきのミサイルが出ていた四角とか。

 

 ……決めた、頭狙おう。なんか面白そうだし。

 そうと決まれば善は急げ、だ。さすがに普通に斬ってるだけじゃ届かない部分だからジャンプしないと。

 

「よい、しょっ!」

 

 一回のジャンプでも届くなんて、空中ジャンプのスキルが無い人にもお得だね! なんか良心的。

 頭を斬ればいい感じの手ごたえが返ってきた。俺はこれを待っていたっ!

 空中からの落下の前に空中ジャンプのスキルを活用して空中に留まる。

 そのまま斬り裂き、地面に着地……できずに右足首を挫いた。

 

「い゛っ!?」

 

 い、今のはヤバイ。アラガミの攻撃に引けを取らないくらい痛い。足を挫いたのはしばらくぶりだな……。

 新人の頃に一人なのに最初のところでカッコつけて降りようとして足を挫いたことが三回ある。

 あれは苦い思い出だよ、本当に。

 

「お、お前なかなかやるな!」

 

 決して空中でバランスを崩したとかじゃないんだぞ!

 と、途中でクアドリガが俺に体当たりしてきて体勢が崩れたんだ。ほ、本当だぞ!

 

「お返し千倍な!」

 

 足を挫くのって予想以上に痛いんだからな。小さい時もたくさん挫いてたからちょっとは慣れたけど。

 足が違うクアドリガには別の痛みで分かってもらうからな。覚悟しろよ。

 

「ショウ、タイムだ!」

 

 英語って、難しいよね。

 

 

――――――――――

 

 

「くあっ、疲れたー」

 

 エントランスのソファで体を伸ばしてから置いておいた冷やしカレードリンクを飲む。今日も美味い。

 エントランスで俺がグダグダと過ごしている理由は一つだ。

 

「遅いな、メリー」

 

 メリーの帰りを待っているんだ。

 さすがに依頼の難度が違うだろう特務とやらは相当な内容の様で、メリーはまだ帰ってきていないのだ。

 ゴクリと最後の一滴を飲み干してから出撃用エレベーターの方をちらりと見る。開く気配のないエレベーターに期待ばかりしてしまう俺は馬鹿だと思う。

 ……一人での依頼離れていたはずなのに、いつの間にか俺は寂しがり屋になってしまったようだ。

 

「情けない話だよな」

 

 小さい頃は近所の子と公園で遊んだりしたけど、まだ寂しがり屋じゃなかったはずだ。

 ただ、あのころはあんまり楽しくなかったような気がするな……。

 昔の記憶なんてもうほとんど覚えてないことが多いけど。

 

 新しい冷やしカレードリンクでも買いに行こうかなと悩む。でも離れている間に帰ってきたら待ってた意味ないよな……。

 するとプシュッと音がして出撃用エレベーターが開く。俺は思わずソファから立ち上がった。

 

「疲れたー……。あれ、夏さん。どうしたんすか?」

 

 エレベーターから出てきたのはコウタだった。

 コウタとは時々話したりしている。お互いの愚痴なんだけどね。

 

「あー、なんだ、コウタか」

 

「酷い!!」

 

 おっといけない。ついついコウタに当たりそうになってしまった。って、どんだけイライラしてるんだよ、俺。いつの間にかメリーが近くにいるのが当たり前になってるな……。

 また座り込んでぼんやりとしているとコウタが何か気になったものがあるらしく俺に寄ってきた。

 うわっ、なんだ?

 

「それ、なんです?」

 

「それ? ……ああ、これか」

 

「そうそう。それ、飲み物ですか?」

 

「うん、飲み物だね」

 

 コウタが興味を持ったのは俺が飲み終わった冷やしカレードリンクの缶だった。

 メリーに指摘されてこの前人が分かれる飲み物って気付いたんだよね。

 極東支部でこれを好きな人って、俺とリッカさんの他にだれがいるんだろうな。ちょっと気になる人数だよ。

 

「冷やしカレードリンクって言ってな、俺が大好きな飲み物だ」

 

「へえ……、これが噂の」

 

 心なしかコウタの目が少し輝いているように見える。そんなに食いついてきた人は久しぶりだな。

 というか噂になってるんだ、冷やしカレードリンクって。どんな噂になっているのかが気になるな。

 「次のお土産に持って帰ろうかな……」誰のためかは聞かなくてもわかるけど、これはひょっとしたら止めたほうが良いのかもしれない。

 

「あー、コウタくん。これは人によって味覚が異なるものだから止めたほうがい、」

 

「ありがとうございました! いやー、いい参考になった」

 

「見事なスルー!?」

 

 そのままどこかへコウタくんは去っていきました。あー……。

 コウタは妹想いだから妹に買って帰るお土産なんだろうけど、これはやっぱり止めたほうがよかったのかな。

 ……フラグが立ったな。ドンマイ、コウタ。

 

「帰ってこないなー……」

 

 今日はおとなしく部屋に帰っていたほうが良いのかもしれないな。

 ふう、とため息を吐いた。俺って振り回されてばっかりだなー。

 

「退屈しなくていいけど」

 

 意外と俺はメリーが来たことで起こっている非日常を楽しんでるのかもしれないな。

 俺はそう思って苦笑した。




コウタにフラグが立ちました。
うん……。まあ、ドンマイ。

最近お気に入りが増えてきています。
あと向こうのゼルガーさんのほうでも閲覧数が増えてきています。
ありがたいことです……。いつも読んで下さってありがとうございます。
これからも頑張って参りますので、どうぞよろしくお願いいたします。


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16、最悪なメンバー

不憫な夏くんは今日も不憫へまっしぐら。
どうやら今日のお仕事にはいつもと違うところがあるようで……?

では、スタートです。


 今日の俺の朝からの流れ。メリーに叩き起こされる。依頼を受ける。今出先。これで合ってるはずだ。

 今日の依頼先は嘆きの平原だ。討伐対象はシユウ堕天。シユウ類は剣が通らないから苦手なんだけどな……。

 でも、今日は俺にとって初めての体験があるのです!

 

 ババーンッ、初めての四人での依頼だよ! 人が多い依頼って楽しいよね!

 ……うん、そう。本来なら楽しい依頼になるはずなんだ。いや、なるはずだったんだ。

 上層部に心から文句を言いたいよ。何を言いたいかって?

 決まってるだろ。出撃メンバーだよ。

 

「なんであんたと共闘しなきゃいけないわけ?」

 

「それはこっちが聞きたいぜ。昨日の態度はどこへ行ったんだかな」

 

「あ、あの落ち着いて下さい。メリーさん、タツミさん」

 

「……もうちょっといい組み合わせなかったのかな」

 

 今日の出撃メンバー。喋った順でいくとメリー、タツミさん、ゼルダ、俺。

 お分かりだと思うがメリーとタツミさんは異様に仲が悪い。まあ出会いが最悪だからこうなるのはある意味仕方がないことなんだと思うんだけど……。

 それにしたって仲悪すぎだよな。もうちょっと仲良くできないかなー。

 

「とっ、とりあえず依頼を終わらせよう。頑張ってこー!」

 

「おっ、おー!」

 

「「……」」

 

 わあ、メリーとタツミさんが酷いや!

 ちくしょう、場を盛り上げようとしただけなのになんで俺が痛い人みたいになってるんだよ……。ヘリの中もこんな空気でヤバかった。体育座りでじっとしているだけってのがまた辛かった。

 それにしてもどうやったらこの二人の仲を直せるのかな。依頼に支障をきたしそうだから直したい。まあそれは建て前で、本当はこの場に居づらいから直したいんだけど。

 

「ったく、もういい加減にしてくれよな、二人とも」

 

「そうですよ、さすがにこのままじゃマズイです。討伐目標だって目の前にいるんですから!」

 

 そう、実はこの場所、最初の場所ではない。既にその場から離れ探索をしている最中だ。

 にも関わらず喧嘩を続けている二人には色んな意味で心からの拍手を送りたい。

 なんというか……、すごい神経してますな。

 

「ゼルダは強いからいいけど俺の刃は通りにくいって忘れんなよな!」

 

「はぁぁぁ……、やああ!!」

 

 全く刃が通らない下半身は諦め、既に頭を斬り裂く作業に入った俺。

 ゼルダが溜めの姿勢に入ったのを確認し、スタングレネードを放ってからその場を離れる。

 見事チャージクラッシュはシユウ堕天の右腕を斬り落とす。苦しそうな咆哮を上げるシユウ堕天。そして続くお二人の喧嘩……。なんてシュール。

 

「いいわ! それなら今日の討伐対象、どっちが止め刺すか勝負しましょうよ!」

 

「いいぜ、その勝負受けて立つ!」

 

「あれぇ? 俺たちお邪魔虫みたいだよ?」

 

「でも攻撃の手を止めるのは仕事放棄になってしまいますし……。どうしましょう」

 

 ひとまず俺とゼルダは攻撃の手を止めて前線から離脱する。入れ替わるようにメリーとタツミさんが前線へと向かい、怒涛のラッシュを駆けはじめる。ちょっとアラガミが不憫だなって一瞬思ってしまった。

 

 ともかく前線から離れた俺たちは今更ながら作戦会議を開始する。これからどうするべきか。これは俺たちにとって重要な問題となる。

 命にかかわる問題だよ。真剣に考えないと首と胴がオサラバしちゃうからね。

 

「……どうする」

 

「どうするも何も、戦うしかないのでは……」

 

「だよなあ。じゃあ手抜きすればいいのかな」

 

「そこはほどほどと言ってください。でも、それしか道はなさそうですね」

 

「ああ。邪魔したら確実に殺られる」

 

 これは決して冗談ではない。本気だ。だからこその真剣さだよ。……なんで味方から怯えないといけないんだろう。

 二人でため息を吐きつつ、歩きながら前線へと向かう。

 

 だがその途中で気付いた。

 

「……これって、俺たちが入れるところある?」

 

「……ありませんね。銃を使えば誤射してしまいそうです」

 

 まあ、つまり勝負に本気になりすぎている二人がすごい勢いで攻撃しているわけだ。

 相手はシユウ堕天。ウロヴォロスとは違って大きさは小さい。攻撃できる面積は限られてくる。

 そこに既に二人が攻撃を仕掛けているのだ。どうやったらその二人の剣戟を潜り抜け、攻撃を当てられようか。

 これはもう、駄目かもしれない。

 

「無理だな」

 

「無理ですね」

 

 どうやらゼルダも同じ結論に辿り着いたようだ。

 俺はまたため息をついてその場に座り込んだ。いつだって俺は除け者になる。

 一般で、しかも旧型の俺には仕方ないことなんだけど。

 

 ……あれ、そしたらそんな俺にメリーがつくことになったってかなりおかしくないか?

 未知の可能性を秘めている新型。そんな期待の星を旧型、しかもどこぞの馬の骨とも知らぬ一般と同行させることがあるのだろうか。……ちょっと言ってて落ち込んだ。

 まだ数の少ない新型を一般に埋もれさせておくなんて馬鹿らしいし、何か考えでもあるのか……?

 

「っ、夏さん!」

 

「え? ……うおおおおおおおお!?」

 

 俺に向かってシユウ堕天の雷球が飛んできた。慌てて横っ飛びをすることで紙一重で回避に成功した。あ、あぶなー……。今確実に心臓止まりかけたわ。というか老化したわ。

 ダラダラと流れる冷や汗を強引に無視しつつ戦況を確かめるためにシユウ堕天に目を向ける。

 

「大分弱ってきてるな」

 

「ええ、猛攻が効果を出しているようです」

 

「なるほどね……」

 

 本人たちに言ったら否定されるだろうけど、あれはあれでいいコンビネーションって言えるんじゃないかな。ちょっと見てて面白くなってきた。

 シユウ堕天の攻撃を警戒しながらまた観察に移る。そろそろ観察だけってのも飽きてきた。

 んー、なにか手助けができるようなものないかな。それでいて敵自体に攻撃を与えることのない手助け……。

 

「だとしたらこれかな」

 

 俺のマストアイテムであるスタングレネードをアイテムポーチから取り出す。お決まりだよね。

 そのままシユウ堕天に向かって放り投げる。一瞬遅れて辺りを閃光が埋め尽くし、その後にスタン状態となったシユウ堕天が視界に入った。

 うん、いい感じにフォローできたみたいだ。

 

「死ねっ!」

 

「これで終わりだ!」

 

 そして、二人の剣がシユウ堕天を貫いたのでした。

 

 

――――――――――

 

 

「んで、誰が投げたのかしら」

 

「あのスタングレネードは誰の仕業だ?」

 

 現在、嘆きの平原の最初の場所にて。今ヘリを待っている状態です。

 あと、俺とゼルダが正座してます。な・ぜ・か、正座させられています。

 二人曰く「勝負の邪魔をされた」らしいです。……手助けとは取らないようです。

 

「い、いやー、でも手助けって大事だろ? 依頼はチームワークが大事なんだし」

 

「そ、そうですそうです! あれは結果的に見ればとてもいいこうどu」

 

「言い訳を聞いてるんじゃないの」

 

「誰がやったのか。ただそれだけだ」

 

 ふ、二人が怖いです……。笑顔に影があってもうそれはそれは素敵デス。

 にっこりと迫力の笑顔を向けてくる二人。思わず下を向いてしまう俺たち。これは人類の滅亡よりも重大な問題だよ! 明日が保証されないって何より怖い。

 ゼルダが隣で震えているのが分かる。……泣いてないよね?

 

「な、夏さんです……」

 

「売られたああああ!!」

 

 俺の方を見て「ごめんなさい」と小さく謝ってきたゼルダ。涙目で言われたら怒れないじゃないか。卑怯だ、卑怯だよ……。

 あとでゼルダに何か奢ってもらおうと思っていると俺の首根っこを誰かが掴んだ。手が小さいからメリーかも。

 

「そう、あなただったのね?」

 

「俺は犯人が分かればそれでいい」

 

「た、タツミさん……!」

 

 この人本当優しい人!

 どうやらタツミさんは素直に勝負に邪魔したことを謝ってほしかっただけみたいだ。ごめんなさい。

 だけど俺と同い年の女は許してくれなかったようです。

 

「ねえ、どうしてほしい? 丸焼き、粉々、サイコロステーキ……。色々とあるわよ?」

 

「全部嫌に決まってるだろおおおお!?」

 

「そう……、残念だわ」

 

 メリーはそれはそれは悲しそうな顔をしやがりました。お前はどこの拷問官だよ。というかもう一回確認するけど、お前は俺の味方で合ってるんだよな?

 するといきなりぱあっと顔を明るくしたメリー。なんか悪いことを思いついたようです。

 

「そうよ! ミンチがいいんじゃないかしら!」

 

「満面の笑顔で言われてもリアクションに困るわ!!」

 

 メリーの発した言葉に恐怖を感じて俺はそのまま後退りする。

 足なんてガクブルで役に立たないよ。しっかりしてくれよ、俺の足!

 

「それじゃあ、メインディッシュといきましょうか?」

 

「ひっ、ひいぃぃ……!!」

 

 嘆きの平原には俺の叫び声が木霊しました。




エディットを実際にやってみると、夏の顔は耳あてがくっついてくるんですよね。私はずっとヘッドフォンだと思っていたんですけれど。
まあそんなものをつけていたら会話するのに困るので普段は装着しないで肩にかけています。鎮魂の廃寺とかに行ったら装着するんじゃないですかね(適当)
ソーマ? あの子は耳が良いから……。

逆にゼルダの服にはヘッドフォンがついていますが、ゼルダは使っていません。夏みたいに肩にかけてもいません。
クラウドブルゾンのヘッドフォンなしバージョンです。ヘッドフォン無くても普通にかっこいいですよね、あの服。


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17、アリサの復帰

 本日の天気。多分快晴。外に出てないから分かりません。

 本日の気分。最悪です。鳩尾に朝から一発とか……。

 本日の後輩。絶好調。お前一回道徳を学んできたほうが良いと思うぞ。

 

「まさか夏から扉を開けて出てくるとは思わなくて……」

 

 顔の前で両手を合わせて「ごめんね」と言ってくるメリー。

 残念ながら俺から見てもそれは謝ってるように見えない。うん、謝る気なんてないんだろうね。

 ため息を一つ。きょとんとするメリー。お前のせいだよ。

 

「自分から出てこないと扉が壊れるからだよ。蹴るなって言ってるだろ」

 

「だって手で叩いたら痛いでしょう?」

 

「知ってるか? お前のせいで俺の部屋の扉ちょっと凹んでるんだぜ?」

 

「良かったじゃない。後でなんかお祝い持ってくわね」

 

「ちげーよ! そこは弁償しろよ!」

 

「完全に壊れたらね」

 

「ひでぇ……」

 

 こいつは俺の部屋の扉を完全に壊す気なのか。

 ……ああ、なんだか頭が痛くなってきたような気がする。

 いつだって頭痛の原因はこいつなんだから皮肉なもんだよな。

 

 俺たちは今、エントランスにいる。ヒバリちゃんが見える下の階の隅っこのソファだ。

 もうすっかりここが定位置になってるよなあ、としみじみ思う。

 前の俺なら、受注、依頼、帰投、部屋直行だったからな。ここでゆっくりと時間を過ごすなんてなかった気がする。

 

「――実戦にはいつ復帰するんですか?」

 

「……まだ、未定です……」

 

 ふと、聞こえてきた声に耳を傾ける。

 聞こえてきたのはゼルダとアリサの声だ。俺たちのいるところに見られないということは上の階ということか。

 ……そうか、ついにアリサが復帰したのか。前の会話を思い出してちょっと嬉しくなった。

 あいつも立派なこのエントランスの喧騒の一員だからなー。また騒がしくなるといいな。

 

 メリーはその方向――ちょうどメリーは背を向ける形になっているが――をちらりと見た後、ブラックコーヒーを一気飲みする。

 そういえばメリーはアリサに会ったことないんだよな。後で会わせてみようか。

 考え、俺も持っていた冷やしカレードリンクを一気飲みした。うむ、今日も美味いぞ。

 

「おい知ってるかよ。あの壊れた新人」

 

 ……あは、おかしいな。一気に不味くなっちゃった。

 こういうのは何て言えばいいんだろう。後味が悪いって言うのかな。

 俺がいる位置からはよく見える。二人組の男だ。名前は知らないし、話したことはないけどまあ第五部隊とかかな。そこらへんはあんまり詳しくないけど。

 

「知ってるに決まってるだろ。リンドウさんを閉じ込めて見殺しにしたヤローだろ」

 

「やっと復帰したんだってさ」

 

「マジかよ。俺は閉じ込められたくないねえ」

 

「違いねえな!」

 

「さあて、仕事行こうぜ」

 

 いるよな。こうやって陰口を叩くやつって。気に食わないなら正面から嫌なところを言ってやればいいのに。弱い人間だ。きっと勇気がないんだろうな。

 態々聞こえるように悪口言ってるくせに、正面からは言えないのか。

 身を乗り出して反論しようとするゼルダがみえた。

 

「わっ、悪口なんて――!」

 

「ぎゃっ?!」

 

「いでっ?!」

 

 二人組の頭に、それぞれ空の缶がヒットする。

 片方はブラックコーヒー。買ってからそれほど時間が経っていないからまだ温かさが残っているだろう。

 片方は冷やしカレードリンク。持っていた手が冷たいから冷気は残ってるだろうな。

 エントランスがシン、と急に静かになる。誰もが呆然と立ち尽くし、投げた方と投げられた方の顔を比べ見る。

 

「……あら、良い腕してるじゃない」

 

「褒め言葉と受け取っておくよ」

 

「しかも全力で投げてたでしょ」

 

「人のことは言えないんじゃないか?」

 

「ええ。でも本気じゃないわ」

 

 一切の感情を顔に出さずに、無表情でメリーは淡々と言葉を告げている。結構冷静にそれを返している俺も無表情なんだろうな、と思ってみる。

 ……なんだかんだ、影響されてるんだなあ、俺。

 

 メリーは急ににっこりとした笑みを浮かべ、二人組に顔を向けた。

 手に持っているのはまだ飲んでいない、開けたばかりの、熱々ブラックコーヒーが二本。

 

「これ、あなたたちにかけたらきっといい悲鳴が聴ける気がするの」

 

「……ばっ、ふ、ふざけんじゃねえよ!」

 

「なんでかけられなきゃならねえんだよ!」

 

 ギャラリーと同じように呆然としていた二人組は自分たちに何をされるか分かったらしく、慌てて声を荒げる。

 にっこり笑顔のメリーが止まる。笑顔も、止まった。

 

「黙れ。雑魚が叫ぶんじゃない。……腹立たしい」

 

「な、なんだよ、さっきの悪口のことか!? お前は庇うってのかよ! あいつのしたことを!」

 

「ゆ、ゆゆゆ許せるとでも思ってんのかよ!」

 

「残念。あたしはそれ知らないから庇うも何もないの」

 

 「ただ、イラついてね」そう告げるメリーの姿は正しく悪魔。

 こういうときばかりはこいつが黒のコートを着ていてよかったと思う。とてもドスがきいている。

 きっと彼らにはメリーの背後に死神を見ているだろう。

 

「屑共め。今からここで喰らってやろうか?」

 

「はっ!? 人間だぞ、俺は! そんなこと可能だと思ってんのか!?」

 

「この人外め! てめえは外道だよ!」

 

「ええ、あたしは既に人の道を踏み外しているわ。……だからこそ、これはただの脅しじゃなくなるのよ」

 

 冷え切った目で二人組を見据えるメリー。

 冷や汗を流してガチガチと歯を鳴らしている二人組。

 どちらが今優位に立っているかは誰が見てもわかるだろう。

 

「ほら、マグマのプレゼントよ」

 

「っ、ぎゃあああああああ!?」

 

「あっ、あちいいい!! てめっ、なにしやが」

 

「何をしている! 朝から騒々しい」

 

 ……うわあ、俺にとっての悪魔来たよ……。

 いつだってメリーの関わっている騒動を止めるのは上官の役目の様です。

 

 上官……、ツバキさんは対峙しているメリーと俺を見てため息を吐く。

 そして熱々のブラックコーヒーをぶっかけられた二人組を見て目を見開く。

 

「さっさと着替えてこい。だらしないぞ」

 

「くっ、……はい」

 

「ちっ、……覚えてろよ……」

 

 内心で「覚えるかよ」と反論しながら去っていく二人の後姿を眺める。

 それにしても酷い姿だ。もうあの服は臭いと色で使えないだろうな。

 ツバキさんは俺たちを見て、もう一度ため息をついた。

 

「またお前たちなのか……。どうしてこうなったんだ」

 

「はい。アリサの悪口を言ってたので腹が立って空の缶を頭にヒットさせました」

 

「空? だがあの二人はコーヒーを被っていたぞ」

 

「あたしがそれを引き継いで、脅した後にかけました」

 

「……お前ら……、少し行動を慎め。そろそろ減俸までいくぞ」

 

「えぇっ、それは困る!!」

 

「相変わらず金欠ねえ……」

 

 隣でメリーが呆れたように呟いているけど、俺にとってはとっても大事な問題なんだぞ。一番脅す方法として最適だよ。

 俺の心情を察したのかメリーがため息をついた。ひでぇ。

 「ところで、」と俺はさっきのメリーの発言を聞いて疑問に思ったことを聞いてみた。

 

「お前、『外道』って言われて肯定してたよな? それに『喰らう』って……、どういうことだ?」

 

「っ、」

 

 苦いものを噛んだかのようにメリーが顔を歪める。露骨に嫌そうだ。

 (多分)困り果てているメリーに助け舟を出したのは、階段から降りて来たゼルダだった。

 

「『外道』は夏さんいじめのことですよ。『喰らう』のは部屋に忍びこんで食物と金品を漁るから。そういうことですよね?」

 

「……ええ」

 

「なんか前半は肯定してほしくなかった!! しかも後半は犯罪だよね!?」

 

「あんたの部屋のジャイアントトウモロコシは頂いた!!」

 

「既に犯罪は起こってた!!」

 

 なんてこったい。最近ジャイアントトウモロコシの数が少ないと思ったら……。

 あれ、食べにくいけど結構美味しいんだぞ。俺は大好物だ。

 

「ともかく!!」

 

 ツバキさんが突然大声を出したので思わず体が縮こまる。

 弱い立場の人の反射神経だよ! ……はあ。

 

「派手な行動は控えろ。ただでさえ問題が多いんだ、お前たちは」

 

「分かりました」

 

(あれ、俺も含まれてんの?)

 

 心外だ。俺はメリーと一緒にいるだけなのに。

 確かにさっき一緒に缶投げたけどさ……。それだけで、っていうのは酷過ぎないか?

 え、まず缶を投げるな? いいだろ、別に。みんなもゴミ箱に向かってよく投げるじゃんか。それと一緒だよ。

 

「分かったなら仕事に戻れ」

 

「はーい……」

 

「はい」

 

 メリーの投げやりな返事に、ツバキさんはまたため息をついたがこれ以上いうことは無いらしく去っていきました。いつもご苦労様です。

 「さて、」と俺は意気込む。すっかり忘れてたけど依頼行かなきゃいけないよ。

 

「仕事行こうぜ、メリー」

 

「あら奇遇ね。あたしも今言おうとしてたの」

 

「いや、これで他のこと言ったら職務放棄だからね」

 

「ヒバリさん、何か任務あるかしら?」

 

「華麗なスルー!!」

 

 いや、考えろ俺。無視なんていつものことじゃないか。気にしてたら俺の精神が持たない……。ぐすん。

 ヒバリさんは落ち込んだ俺に対して苦笑しながらもカタカタと端末を操作する。

 そ、そうだ。ここは依頼でこの俺のストレスを解消っ!

 

「オウガテイル三十体の討伐ですね」

 

 えー。




そういえばこの小説ではメリーさんはかなり強い設定です。
そしてメリーさんは私の操作キャラです。
めちゃくちゃ弱くなります。私の腕が悪いからだねっ!
……ごめんね……。


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18、クアドリガ

「おはよう、ゼルダ!」

 

「おはようございます、夏さん、メリーさん」

 

「おはよ」

 

 相変わらずの朝のエントランスでの会話。

 こら、メリー。女の子なんだからゼルダのように礼儀正しく居なさい。じゃないとお嫁の貰い手がなくなるぞ。

 心の中で念じたはずだったのにメリーに平手打ちされた。あなたなんでわかるんですか?

 

「えーと、ヒバリさん、この任務をお願いできますか?」

 

「はい、分かりました。……今日もお二人ですか?」

 

「ええ、お願いできますか?」

 

「分かりました。手配しておきますね」

 

 カウンターの中にいるヒバリちゃんから任務を受けるゼルダ。

 今日も、かー。意外と根気強いんだな、ゼルダって。

 確か昨日は……、シユウに行ったって言ってたかな。

 

「あんた、よくやる気になれるわねー」

 

「アリサさんは可愛い妹のようなものですから」

 

 言いながら微笑するゼルダの姿は本当にお姉さんのように見える。

 冗談で「お姉さま!」って言ったら何故かメリーに鳩尾に一発入れられた。え、なんで?

 

 ゼルダは昨日からアリサと二人だけで任務に挑んでいる。

 と、言うのもアリサが昨日「特訓してほしい」とゼルダに頭まで下げて懇願したんだよね。

 もちろん心優しいゼルダが頭まで下げられたら断れるはずもなく、二つ返事で承諾してました。

 それで昨日はシユウに挑んだらしい、ってのはさっき言ったか。

 

「あたしだったらほっとくけどね」

 

「お前って本当最低だよな」

 

「何よ、戦いなんて基本我流でしょ。他人の見て学べるとは思えないわ」

 

「いや、立ち回りとかさ」

 

「普通のやりかたなんてあたしは出来ないわー」

 

「うわあ侮辱されてる」

 

 ちくしょう、確かにこいつが特殊だってのは聞いたけど、だからってこんなに侮辱されることは無いだろ……。

 特殊なのは神機のほうだー、とも言われてたけどさ。

 ……あれって何が特殊なんだろうな? 神機パーツは普通のものと同じみたいだし、やっぱり本体?

 

「ゼルダ、出撃しなくていいの?」

 

「いえ、まだ時間が……ってああ!! もう時間だ!」

 

 なんか前も見たことあるような気がするな、これ……。

 ゼルダってなんでこういうところが抜けてるんだろう。これさえなければ完璧なお姉さんなのに……。

 というか、時々ゼルダって男勝りになる気がするんだよね。危ないよ、あの人。

 ゼルダはバタバタと音を立てながら階段を上って行った。危なっかしー。

 

「じゃ、あたしたちも任務受けましょ」

 

「あ、そうそう。……そのことなんだけどさ」

 

「何よ、変に声潜めちゃって」

 

「……ヴァジュラの肉球って、どんなのだと思う?」

 

 これは俺が前から気になっていた話題だ。

 ヴァジュラって、一見したら猫みたいな部分もあるよね。

 だから猫みたいに肉球があるのかなー、って前から思ってたんだ。

 無論、本物の猫を見たことがないから比べることはできないんだけど、動画で見たときコメンテーターが「フニフニですねえ!」って言ってたから問題ない。

 つまりフニフニかどうかだけ調べればいい。

 

「……はあ?」

 

 そう思ってたら思いっきり馬鹿にした顔を向けてきやがりました。

 えぇー!? 気になるよね、気になることだよね!? なんで「何こいつ、頭湧いてんの」みたいな目線を向けられなきゃいけないんですか。

 しかも額に手まで当てて熱でもあるのかと調べてくれましたよ。いらない気遣いご苦労様!!

 

「とーにーかーくっ、俺が受けとくから準備しとけ」

 

「はいはい」

 

 メリーはとりあえず納得してくれたようで、カンカンと音を響かせながら階段を上って行った。

 さて、俺も依頼を受けて上に行くとするかな。

 

「ヒバリちゃん、ヴァジュラの依頼あるかな?」

 

 

――――――――――

 

 

「……ねえ」

 

「……なんだよ」

 

「愚者の空母に、ヴァジュラがいるわけ?」

 

 俺たちが今いるところはメリーが言った通り愚者の空母。

 うーん、今日も海が輝いているぜ……!

 明々後日の方向を向いていたら首根っこ掴まれてメリーの方に顔を向けさせられました。バキッ、って音が鳴った。

 ……なんか首からしちゃいけない音が響いた気がするんだけど。

 

「聞いてるの?」

 

「聞いてます聞いてます!! だから離してください!」

 

「駄目。言うのが先」

 

「痛い痛い痛い! 首掴む力増さないで!」

 

 あまりの痛さに手をメリーの手のところに置き、足をバタバタと暴れさせる。 

 あれ? もしかして今、俺浮いてるわけ? ……首もげるううううう!! いやあああ、離してえええええ!

 

「じ、実は、ヴァジュラの依頼は、なかった」

 

「……なんですって?」

 

「ぎゃあああああ、首が死ぬ!!」

 

 首をつかんでいるメリーサンの手の力がさらに増しました。

 いや、これ以上力が増えたら本当に……死……ぬ。

 すると唐突に首から手が離されて俺の身体は地面に落ちる。

 

「げほっ、おえぇぇ……」

 

「わっ、やだ、吐かないでよ?」

 

「誰のせいな、げほっ、んでしょうね?」

 

 ……なんで味方から殺されかけなきゃいけないんだろう。すごく悲しいよ。

 確か仲間って助け合ったりするものだよね。今の状況はそれからとてもかけ離れているよ。残念なことに。

 

「で、今日の任務は?」

 

「クアドリガだよ。それしかなかった。……あとは雑魚討伐」

 

「あんたって雑魚討伐の任務はいりやすいわよね」

 

「まだそれほど実績ないからねー」

 

 こいつといると大型のアラガミ討伐依頼を貰いやすいから忘れてたけど、俺ってまだそれほど大した実績を上げてないんだよね。

 昨日くらいのその事実を思い出したよ。忘れててすみません。

 

「さて、近くに来てるからそのまま攻めるわよ」

 

「りょーかい」

 

 俺たちは初めの場所から全く動いていないが、それでもクアドリガが見える位置に来ている。

 獲物がいないかどうか移動しているんだろうな。御足労ありがとうございます。

 ……あれ、もしかして俺、さっき移動もしないままに死にそうになってたの? 嫌だわー。

 

 横を見ればメリーはもういない。いつもこのとだからもう慣れてしまいました。

 俺って、慣れちゃいけないことになれるのが多い気がするんだけど、これって大丈夫だと思う?

 ため息をつきながら俺もとりあえずメリーを追いかけるためにその場から降りた。

 

「あいつ、血気盛んだよなあ。女のくせに」

 

 既に足の速いメリーはクアドリガの元に辿り着き、交戦を開始している。

 このまま歩いていったら多分クアドリガのところに着いた時には終わってるんだろうな。なんて考えながら歩く。

 クアドリガはもうあいつに任せるよ。どうせ今行ってもあいつからモルター食らったり、八つ裂きにされそうになったりするだけだし。

 ならここでゆっくり歩いていった方がマシ……。

 

「さて、ちょっと急ぎますかね」

 

 何にもしなかったら確実にどやされるだろうしな。

 俺は参戦するために少し歩を速めた。




メリーは私の第一操作キャラ、夏は私の第二操作キャラです。
最初のBURST編終えたときは泣きましたよ。……色んな意味で。
これを分かってくれる人はいるでしょうか?


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19、リンクバースト

どうも。投稿ですよ!
今回は今まで触れていなかったリンクバーストの件。
まあこの話の後、またしばらく触れないんですけどね……。
戦闘描写がうまく書けないことに定評のあるキョロです。
なんで書こうと思ったんだろうね、私。

では、スタートです。


「えー、今日もないの?」

 

「はい、すみませんが……」

 

「もう諦めなさいよ」

 

「いやっ、俺は絶対諦めないね!」

 

「あんたって時々面倒よね」

 

 メリーは俺の反応を見てかため息をついている。ひどいなあ、いいじゃんか。

 ヒバリちゃんも困ったように苦笑していた。あれー?

 

「もっと他の任務やる気が回ればいいのに……」

 

「だって気になるものは気になるだろー?」

 

「それならウロヴォロスの眼球を数えてた方がマシだわ」

 

「何それ地味!」

 

 俺たちの今日の議論は昨日と同じだ。

 ズバリ『ヴァジュラの肉球は柔らかいのかどうか』である。

 だが昨日は残念ながらヴァジュラの討伐依頼がなかったせいで確認できなかったんだ。

 なのに、なのにっ! 今日も討伐依頼がないそうです。えー。

 

「すみません、探してはいるんですが」

 

「見つからない方が治安的にはいいと思うんだけれどね」

 

「でも、どうしても見たいんだ……」

 

「今のあんたはそこらの五歳児と変わらないわよ」

 

「うるさいやい……」

 

 メリーがどう言おうと俺は確かめたいんだ。

 一度気になったら確かめるまでそれが頭から抜けない方です。迷惑でごめんね!

 

「とりあえず夏は強引に連れてくから、代わりの任務を頼めるかしら」

 

「分かりました。そうですね、そうすると……」

 

 ヒバリちゃんがしばらくカタカタと端末を操作して、一つの依頼を提示してくる。

 それを聞いたメリーは承諾していたけど……、正直に言えば何言ってんのかよく分かりません。

 だって頭の中は肉球のことでいっぱいですからね!

 

 

――――――――――

 

 

「あーあ、怠い」

 

 目の前にいるアラガミ、コンゴウをザクザクと斬っていく。正直怠いっす。

 あと、ちなみに言っておけば俺は今一人で戦っている形になっている。

 メリーがどこにいったか気になるよね。俺も気になる。現在位置が分からないよ。

 

 今回の依頼の名前は『物資救援計画』で、今いるのは煉獄の地下街だ。

 旧地下鉄の線路を使って物資の輸送経路にしたいんだけど、アラガミが邪魔で出来ないから片付けて来てって話らしい。

 ちなみにこの依頼、以前ゼルダたちもやっているそうだ。

 ……担当者、ちゃんと進めとけよ。なんで二度手間みたいになってんだ。

 

 っと、話が逸れちゃったな。

 討伐対象はコンゴウとシユウの二体討伐だ。

 そしたらメリーがいきなり「一人一つね」なんて言い出して、その結果が今の状況です。……一つって何?

 ちなみにもう分かると思うけど、メリーはシユウの方を倒しに行きました。シユウ、ご愁傷様です。

 

「うわっとお!」

 

 コンゴウが何か仕掛けてきそうだったので構えていたら、案の定倒れ込んでくるという攻撃行動を仕掛けてきました。

 

「……あぶねー」

 

 コンゴウがムクリと立ち上がると倒れ込んでいた場所は少し凹んでいました。プレス機じゃないんだからさ、もうちょっと穏便に行こうぜ。

 見かけ倒しじゃないんだな、と内心冷や汗をかきながらコンゴウに視線を送る。

 対するコンゴウはまだまだ余裕そうにこちらを見ている。その体力こえーわ。

 

「いっただきぃ!!」

 

 コンゴウの背後を取り、捕喰。もぐもぐがりがり、それ美味しいの? 永遠の疑問だよ。

 捕喰し終わった神機を無理やり引き寄せて、そのままステップを踏んでコンゴウから距離を取る。

 体勢を崩したりとかしてない時に捕喰したからね。結構危険だったよ、今の。

 危険って分かっといて捕喰しようとする俺も俺だけどね!

 

「きたきたぁ!」

 

 うーん、この力がみなぎってくる感じっていいよね! 最近やってなかった気がするけど。

 まあバーストしなくてもメリーがいつも片付けてくれるからなあ。

 ……これが普通のバーストで間違いないんだよな。メリーのはまた別のバーストなんだよな。

 思いながら数回神機を握り直して感覚を慣らす。久しぶりだから注意しないとうまく制御できないな。

 

「……よし、大体慣れたか」

 

 コンゴウの攻撃をギリギリで避けつつ、すれ違いざまに数回神機を振って傷をつける。うん、やっぱり神機のフル速さが少し早くなってる。

 手首を痛めないようにしないと、きついんだよな……。手首の返しには結構気を遣ってます。

 

 コンゴウの転がり攻撃を横に逸れて回避したところで、一気に連撃を仕掛ける。

 尻尾を集中的に狙い二十数回斬ると尻尾は結合崩壊を起こした。

 次に、顔。狙いを定めたところでコンゴウが事前の動作なしにがむしゃらに腕を振るった。

 

「ぅ、があっ!!」

 

 コンゴウの攻撃を食らわないように盾を展開するが衝撃を押さえきれずに後方に吹っ飛ぶ。狭い場所で戦っていたために俺の身体はすぐに壁にぶつかった。

 幸いなのは背後がマグマじゃなかったことだろう。

 

 事前の動作が無い分、いつも仕掛けてくる攻撃よりは一撃が軽い。

 軽いと言っても相手はコンゴウだ。確実に攻撃は衝撃となり身体にダメージを残す。

 正直、身体がさっきの数倍重い。動かすと身体の節々が痛いのは衝撃が身体全体に響いた証拠だろう。どんだけ軟弱なんだよ、俺。

 まあバーストしていたおかげでいくらか身体は楽だ。これが切れたら辛いだろう。

 

「っは! ……まだまだ、負けてやらないからな」

 

 勝負はこれからだ。終わってたまるかよ。

 持っていた神機に力を籠め、構え直す。

 力があるのはバーストのおかげだ。切れる前に、殺る。

 

 

「当たれっ!!」

 

「え、ちょ、うおおおおおお!?」

 

 と、覚悟を決めたところで背後から爆撃を食らった。

 コンゴウには何一つ当たっていないから恐らく俺に標準をつけて撃ったんだと思う。

 つくづく思う。俺って、仲間じゃないのかな、と。

 

「……よう、メリー」

 

「んー。まだ終わってなかったわけ? ださっ」

 

「煩い! こっちだって頑張ってたんだからなー!!」

 

「あー、見苦しい言い訳はどうでもいいから」

 

「言い訳!?」

 

 事実を述べただけなのに、何故か言い訳と解釈されてしまいました。

 結構、必死に戦ってたんだけどな……。

 

 それにしても、俺は少しメリーにばかり頼りすぎていたようだ。

 いい証拠として目の前にいるコンゴウが倒せていないわけだし。……本当、面目ないよ。

 改めて自分が弱いという事実に浸って落ち込んでいると、ぐいっと腕を引っ張られ地面を転がる。

 

「ボーっとすんじゃないわよ! 死にたいわけ!?」

 

「はあ!? どういう意味……」

 

 聞こうとしてすぐにさっきまで俺がいたところにコンゴウが転がっていった。

 ……もしかしてメリーはこの攻撃が来るのを見越して俺を引っ張ったのだろうか。

 うん、そうなんだろうな。事実としてコンゴウが転がったわけだし。

 

「あー、そのー、……ごめん」

 

「死ななけりゃ深手を負ってもあたしは構わないから」

 

「あっさり突き放された!!」

 

 フン、と鼻を鳴らしているメリーにもう一度心の中で謝っておく。

 なんだかんだ言ってこいつは優しいからな。一緒にいて分かったことだ。

 ……あくまで根が優しいだけだ。そしてその根にはドSという性質も潜んでいる。恐ろしい。

 

 はあ、とため息をつくと今まで感じたことがない大きな力が身体の底から湧きあがってくるのを感じた。

 バーストに似たような感覚だ。でもバーストよりも強大な力。これは一体……。

 困惑している俺に説明をくれたのは鬼畜な冷酷後輩でした。

 

「リンクバースト、またの名を神機連結解放モード……。あんたは使えないけどアラガミバレットを受け渡すことで強制的にバーストモードにすんのよ」

 

「へぇー……」

 

 感心している俺に「まあバーストよりも力は上だけどね」とメリーは付け加えた。

 要するにこのリンクバーストって言うのはバーストの強化バージョンみたいなものなのか。

 受け渡すことでってことは新型がいないとこれは出来ないみたいだな……。

 

「って、なんで今までやってくれなかったのさ!!」

 

「いや、地を這う虫の悪足掻きを見たくて……」

 

「何それ酷い!」

 

 相変わらず、こいつは俺に対して酷いよ。誰かいい精神科の先生を紹介してくださいよ。

 こんなにいいものがあるなら早く見させてくれればよかったのに。

 愚痴りつつも俺はコンゴウに向かって行き、

 

「わぶっ!」

 

 コンゴウの背後の壁に激突しました。

 やばい、これ力が強すぎて結構制御するのが大変だ。頑張って慣らさないと逆に自滅しかねないな……。

 これぞまさしく諸刃の剣、ってか。

 

「しばらく慣らしなさい! マグマに落ちかねないわよ!」

 

「お、おう!」

 

 よし、そうと決まれば素振りをしよう。

 コンゴウの攻撃をさっきと同じように避けながら、すれ違いざまに数回斬り裂く。

 この時、剣をきちんと握っていないとすっぽ抜けるから注意だ!

 

「止めよっ!」

 

「ええええ!? 終わらせちゃうの!?」

 

 これからこのリンクバーストとやらにもっと慣れようと思ってたのに、メリーがざっくりと止めを刺してしまいました。

 言葉通りコンゴウは地に伏しました。

 ……メリーがそれに慣れておけって言ったのに、これは酷いって。

 

「そろそろかしら?」

 

「何がそろそろなんだよっ!」

 

 少し遠くにいたメリーのところに行こうとしてまたスピードを出し過ぎ、ガツンとメリーの背後の壁に激突した。

 ふ、ふふっ、打たれ強くなったぜ! ……悲しい……。

 

「くっそー……、慣れない……」

 

「回数を積めば慣れるかしら。これからは積極的に渡すわね」

 

「ああ、そうしてくれ」

 

 これ以上壁にぶつかるのが嫌なので、壁に背を預けて座り込む。うわー、今日は結構疲れたよ。

 リンクバーストは予想以上に体力と精神力を使います。まあ精神力は壁にぶつかった時に減ったんだけど。

 ため息を吐くと、ガクンと急に体から力が抜けた。あ、あれっ?

 

「あ、切れたみたいね」

 

「……もしかして、そろそろっていうのは」

 

「そう、リンクバーストが切れるかなーって思って」

 

「やっぱり……」

 

 メリーが携帯を取り出して帰投のための連絡を入れているのが見えた。

 ああ、そっか。メリーがここにいるってことはシユウはもうとっくのとうに倒してあるって事か。じゃあもう帰れるって事か。

 

 俺は帰るために立ち上がろうとして……立ち上がれなかった。

 

「……え?」

 

「あら、立ち上がれないの? まあさっきコンゴウから重いの貰ってたからしょうがないか」

 

「えぇー……」

 

「肩貸してあげるから、さっさと帰るわよ」

 

「ありがとう……」

 

 ううっ、女子に肩を貸してもらうってなんか屈辱的だな。

 普通さ、こういうのってきっと逆だと思うんだよね。少なくとも俺の中では。

 

 俺は少しふらつきながら、メリーに体重を少し預けながら、帰投しました。

 早くリンクバーストになれないと足手まといになるだけだな。そんなことを思いながら。




ウロヴォロスのぬいぐるみが欲しいと思うのは私だけなんでしょうかね。
あー、でもディアウス・ピターのぬいぐるみもいいなあ。


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20、サカキ博士

 ピロリロリン  ピロリロリン  ピロリロ ピッ

 

「……もしもし」

 

 俺は今、とても機嫌が悪かった。

 なんでかって言われれば、それは携帯のせいとしか言いようがないんだけどな。

 今日はメリーに目覚まし時計がかけられることもなく、自分のペースで起きようと思ったんだけど、その代わりというかのように携帯が鳴った。

 

 目覚まし機能が使われたわけじゃない。普通に着信が来たんだ。

 新手の起こし方かと思い、イライラしながら携帯の向こうの人に問いかけたのだが、

 

『やあ、夏くん。おはよう』

 

 電話の相手はサカキ博士だった。

 思わず開いた口がふさがらない。二十秒ぐらいは開きっ放しだったと思う。口が渇きまくった。

 

「え、ぁ、おはようございます」

 

『うん? 寝起きだったみたいだね、すまない』

 

「いえ、全然大丈夫です!」

 

『そうかい? そうだ、とりあえず後で来てくれるかな』

 

 なんかいきなり話の方向性が変わったような気が……。さすがペイラー・サカキ。何を考えているのかさっぱりわからないぜ!

 なんで俺の周りの人たちは奇想天外な方が多いんでしょうか……。もうちょっと、まともな人……。ゼルダ、カノン、サクヤさん、コウタ……。あと、誰だ……。

 ……うん、もう考えるのを止めよう。悲しくなってきた。

 

 っと、で、あとで研究室に来てほしいって言うことだったっけ?

 特に俺には損はなさそうだしなー。行ってみても大丈夫かも。何を仕出かすか分からないから、頼み事はサカキ博士限定で利益を計ります。

 汚いとか言わないで!

 

「分かりました。後で行きます」

 

『うん、ぜひ頼むよ。できれば任務前に来てほしいね』

 

「はあ……」

 

 つまり今すぐ来いって事ですかね。酷いお方だ。

 俺の生返事の後に電話は唐突に切れた。酷いお方だ!!

 生返事にも似たため息を、切れた後に俺は大きく吐いた。どう考えても厄介事の臭いしかしないね。これからはサカキ博士の依頼は全部断ったほうが良いのかな?

 

「忙しくなりそうだ……」

 

 ぼんやりと呟きながら俺は部屋を出た。

 メリーは扉を叩いても出てこなかったからもうエントランスにいるんだと思う。俺にとってはちょうどいいことだ。

 メリーが本当に部屋にいないことを確認してから、俺はサカキ博士の研究室があるラボラトリへと向かった。

 

 

――――――――――

 

 

「やあ! よく来てくれたね」

 

「ど、どうも」

 

 俺は今、サカキ博士の研究室にいる。だが体勢がヤバイ。

 研究室に入って一歩進んだところ。そこで俺は歩を進めるのを止めていた。

 何故か。サカキ博士に進行方向を断たれていたからだ。

 

 サカキ博士は俺の目の前に立ち、何が面白いのかズイッと身をこっちに向かって乗り出してくる。

 当然俺が仰け反らなければ男同士でアレをしてしまうわけで。……いや、してないからな!?

 今現在、俺は大体二分は軽く仰け反った状態で固まってます。いい迷惑だよ!

 

「な、何の用ですか」

 

「ああ、そうそう。そのことなんだけどね」

 

 サカキ博士がようやく元の姿勢に戻してくれた。それと同じく俺の姿勢も元に戻る。

 うあー、腰が死にそうだ。いつも仰け反ったりしないからな……。いや、なかなかそんな機会に恵まれることはないし。恵まれたくないけど。

 右手で腰を擦りながらサカキ博士の話を聞く。腰が痛いので手短にお願いします。

 

「実はコアを採ってきて欲しいんだよね」

 

「……コア? コアって、アラガミの?」

 

「うん、そのコアだよ」

 

 俺たち神機使いはアラガミを倒したときに必ずコアを回収する。俺はいつもメリーにやってもらってるんだけどね。

 コアはアラガミを動かしている、俺たちで言えば脳と心臓が合わさったようなところだ。

 アラガミはコアを摘出される事で霧散する。いずれ集まるだろうけど。

 回収されたコアは外部居住区の対アラガミ装甲になったり、新しい神機になったりする。

 

「サカキ博士。そんなもの何に使う気ですか」

 

「近々研究で入用になりそうでね。夏くんにこれから集めてもらおうかと」

 

「……まさか、今回だけじゃないって事ですか?」

 

「うん、そのまさかだよ。頼めるよね?」

 

 またズイッと身を乗り出してくるサカキ博士。一瞬だけ反応が遅れた。は、鼻を何かがかすめた気がするけど、き、気にしない!!

 と言うかこれ、脅されてるわけとかじゃないよね? 脅されてるの、俺?

 ……つまり絶対協力してもらうってことだね。酷いお方だ……。

 

「分かりましたよ。受けますよ、それ」

 

「おお! やってくれるかい。嬉しいねえ」

 

「受けなきゃ帰さない気だったでしょう?」

 

「はて、何のことだい?」

 

 ごまかしやがったぞ、この博士。もうため息しか出ない。

 俺はその後一言二言会話を交わしてから部屋を後にした。あのまま残留してても疲れるだけだし。

 

 エントランスではやはりメリーが待ってくれていた。ありがたいです。

 俺がいなかった間、ずっとブラックコーヒーを飲んでいたみたいで、いつも座っている隅っこのソファテーブルの上には空になった缶が六個散乱していた。

 おまっ、さすがに飲みすぎにも程があるだろ!

 

「遅いわよ。何してたのよ、ばーか」

 

「開口一番に貶された!!」

 

「っは! 当然でしょうが、この間抜け!」

 

「何で今日はこんなに貶されなきゃならないんだよ!」

 

 掃除のおばちゃんからゴミ袋を貰い、転がっている缶を入れていく。

 とりあえずなんでメリーがこんなにも荒れているのかを本人に聞いてみた。

 曰く、先にエントランスに来ていたのだがなかなか起きてこないので、起こしに行ったら誰も居なかった。それがイライラの原因らしい。

 ……ん? なんでメリーは部屋に俺がいなかったって事が分かるんだ?

 

「ああ、鍵開けて入ったのよ」

 

「いつも思うけどなんで君は堂々と不法侵入が出来るのさ!!」

 

「そんなこと気にしない気にしない」

 

「すっごい気になるよ!」

 

 だ、駄目だ。これじゃ埒があかない。

 ツッコみ過ぎても俺の喉にダメージが蓄積されていくだけだからな。

 

 話題を転換して、俺はメリーにサカキ博士からの頼みごとを離した。

 話している間、メリーは真剣な顔をして聞いてくれた。いつもそうして黙ってりゃいいのに……。

 

「……ふーん、何に使うんだか」

 

「さあな、俺には分からない」

 

「ま、どうでもいいでしょ。あたしも手伝うわ」

 

「ありがとう……!!」

 

「かっ、勘違いしないでよね! あんたを出先で半殺しにしたいだけなんだから!」

 

「お前がそれをやってもツンデレより殺意を感じるよ!!」

 

 台詞はツンデレの子がいうものがベースのはずだ。

 なのに……、なんでだろう。冷や汗で服が凄いべとべとしているんだ。

 俺の日頃の行いは良いはずなのに。神様って酷いや。……あ、俺らが戦ってるのはアラ“神”だっけか。……はあ。

 

「よし、さっさと片付けようぜ」

 

「ええ、今日は読書したいし」

 

「読書? 本なんて読むのか?」

 

「割と読むわよ。今読んでるのは『世界の呪い大百科』ね」

 

「……」

 

 メリーは、なんであんなにも楽しそうに笑っているんだろう。非常に笑えない。冗談だとしてもだ。

 「全部覚えたらどれか試してあげるわねっ!」聞かなかったことにしよう。

 

 

――――――――――

 

 

 今、俺はサカキ博士の研究室の前にいます。

 は? 戦闘の描写はどこにいったんだって?

 ……頼む、聞かないでくれるか。本当にメリーの宣言通りになったんだよ……。

 あ、あいつはっ、悪魔だ! 悪魔の、化身だ……。

 

「おぉっ! 随分と速かったね……どうしたんだい、夏くん。その姿は」

 

「いえ、気にしないでください」

 

「だがボロボロ……。うん、気にしないことにするよ」

 

 ……悪魔の砲撃を食らいまくった結果がこれだよ!

 あいつがアラガミで、味方じゃなかったらきっと俺はとっくのとうにこの世からオサラバしているんじゃないかな。

 

「それでコアの方はどうだい?」

 

「バッチリです。グボロの極寒型ですが大丈夫ですか?」

 

 俺はグボロ・グボロ堕天のコアが入った袋をサカキ博士に手渡す。

 サカキ博士は手渡された後、一度紐を解いて中を確認していた。勇気ありますねー。

 

「全然大丈夫さ。……ちゃんとあるね、ありがとう」

 

「偽物を入れるとでも思ったんですか?」

 

「いや、君の友達が何か細工をしていないかと思ってさ」

 

「……恐らく大丈夫、だと思います」

 

「その間はなんだい?」

 

 すみません、サカキ博士。俺には百パーセントあいつが何もやっていないとは断言できません。

 現に俺はコアの摘出をメリーにやってもらっているし、何かを仕掛けるには十分隙はあっただろう。

 これはメリーを信じすぎた俺が悪いのだろうか……。ちょっと遠い目になってみる。

 

「今日はありがとう。また頼むよ」

 

「厄介ごとは嫌いなんですけどね」

 

「大丈夫。“君たち二人は”巻き込まないから」

 

 今のサカキ博士の言い方、ちょっと気になった。

 まるでこれから先、俺とメリー以外の誰かを巻き込むような言い方。

 いや、多分既にこの人の中では巻き込むことは決定しているのかもしれない。

 ……悪狐。

 

「じゃあ俺は失礼します」

 

 俺はサカキ博士に背を向けて研究室を出て行こうと歩を進める。

 そんな俺の背中にサカキ博士の声がかかった。

 

「ああ、近いうちに何回か頼むよ」

 

「いいですよ」

 

「おや、最初の反応よりは素直だね」

 

「ですが、」

 

 一度そこで言葉を切り、俺はサカキ博士のほうに向きなおった。

 相変わらずサカキ博士は目を細めている。この人の喜怒哀楽が分からないから、何考えているか読めないんだよなー……。

 

「あまり人を巻き込むの、よくないですよ?」

 

 俺の言葉に一瞬、サカキ博士が目を見開く。

 あんなに堂々と言葉の中に「巻き込みますよ」発言を入れていたら、さすがに俺だって気付く。

 それともまさか気付かないとでも思っていたのだろうか。失礼な。

 今度こそ俺は研究室を後にした。

 

 

 

「……普段の彼なら気付かないと思っていたのだが」

 

 研究室の中、一人残されたサカキは誰に言うわけでもなくポツリと呟く。

 彼……日出 夏は少し変わった青年だ。いつも馬鹿のような笑顔を辺りにふりまいている。

 第一部隊に所属している新型のゼルダ、そして夏と一緒にいるメリーとはまた違った性格の青年だ。

 だが、サカキは時々彼に会う時、その馬鹿らしさにちょっとした不自然さを感じてしまう時があった。

 

 だから今回、気付くかどうかを確かめるために態とらしい台詞を入れてみた。普段の自分なら絶対にやらないようなことだ。

 それを彼は当たり前のように気付いた。……ドヤ顔で言われた時にはさすがにちょっとイラッとくるものがあったが。

 しかしこれではっきりとした。

 

「夏くん、やはり君は態と……」

 

 サカキ博士の呟きは、誰にも聞こえない。




思わせぶりな台詞を入れてみた。
夏くんの過去話を近いうちに投稿します。
四話くらい先ですね。


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21、撃破数ランキング

二十一話目です。
今回は私が勝手に作ったものを出しました。
ちなみに独断での作成です。すみません。

では、スタートです。


「連日パシリはきついよなあ……」

 

「あんたみたいな害虫でも役に立てるんだからいいんじゃない?」

 

「何そのあっさりと虫以下発言! 傷つく!」

 

「傷つけ!」

 

「酷い!!」

 

 どーも。夏です。

 今日でサカキ博士に頼みごとをされて連続三日目になります。

 あと、今出先です。鎮魂の廃寺でコンゴウ堕天の討伐になっています。

 無論コアを回収してこいと言う依頼ですよ。正直そろそろめんどい。

 

「それにしても……、眠い」

 

「あら、寝不足なわけ?」

 

「どこかの誰かさんのおかげでね……」

 

 俺はメリーや働き者のゼルダと違って早起きが得意なタイプではない。だから遅めの時間に起きてきて依頼を受けてまた寝る……、という生活リズムだった。以前までは。

 メリーが来てから叩き起こされるようになり、今では強制早起きだ。

 この苦しみが、皆さんにはお分かりだろうか……?

 依頼中に欠伸をかみ殺すのは最近俺がよくやっていることだ。

 

「くぁ……。にしてもいないもんだなー」

 

「コンゴウ種は聴覚がよかったはずだけどね」

 

「そうなんだよなー。だから談話してるのに……」

 

 もう来ないならいっそのことここで寝たい。地面に雪積もってるけど。

 約一分間の戦闘の結果、睡魔に完全に押し負けていた俺の意識を覚醒させたのはガシャコンという妙な音だった。

 俺の隣……、つまりメリーからその音は聞こえてきた。

 

「……なにやってんの?」

 

「見りゃわかるでしょ。音でコンゴウ呼んでるのよ」

 

 ガシャコンガシャコンとうるさい音を立てているのはメリーの神機だ。

 銃形態、剣形態……というように神機の変形をして音を出しているようだ。まあ確かにこれくらいうるさい音だったらコンゴウ堕天も湧いて出そうな気もするけど……。

 ……湧く、って表現はおかしいか。怖いし。

 

「ったく、すぐに来るわけが無いだろ? 来るとは思うけど」

 

「いや、そうでもないみたいよ?」

 

「へ?」

 

 メリーが剣形態へと神機を変え、そのままステップを踏んで俺から距離を取る。

 いつも俺のことをいじめてくるな、とは思っていたけどなんで距離までとられなきゃいけないんだ。俺って、そんなに嫌われてるの?

 涙目になりながらメリーを睨み付ける。それを見てクスリとメリーは笑った後、呆れたように俺の足元を指差した。

 ……ん? なんか風が足元に集まってる? そういえば足が寒いような……。

 

「って、コンゴウ堕天の遠距離攻撃!?」

 

 気付いてすぐにステップを踏む。

 一瞬後に冷気は渦となり降っていた雪を斬り裂いた。俺も下手すればあの雪と同じ目に遭っていたのかな……。

 考えながら次いで飛んできた冷気の塊も避ける。おー、怖っ。

 

「お仕事の時間よ」

 

「ああ、そうだな……。面倒なことに、ね」

 

 肩に担いでいた神機を持ち直す。軽い剣って動きやすくていいよね。

 バスター持ってるゼルダが本当に恐ろしいと思う今日この頃だよ!

 そうそう、昨日のコア集めは偶然にもサリエルだったのでついでに素材も集めて強化しました。

 ヴェノム、ヴェノム。俺にも出来るお仕事だよー。

 

「さあてと。よっと……、当たれっ!!」

 

「うぐおっ!! いつも思うけどお前モルター置いて来いよ!!」

 

 俺の身体にメリーの火属性モルターが着弾!

 絶対コンゴウ堕天狙わないで俺を狙って撃ったよね。明らかに今のは俺狙いだったよね。

 君、本当に何でモルター持ってきてるんだよ。

 

「……」

 

「がっ!?」

 

 俺の身体を味方から放たれたレーザーが直撃した。通過していったレーザーはホーミングにより、見事コンゴウ堕天に直撃した。

 ……これは、どう解釈をすればいいんだろうか。

 

「あのな、種類変えればいいってもんじゃないから!」

 

「ほらほら、敵からも一発来たわよ」

 

「がはあ!!」

 

「……あんた、今日はことごとく駄目ね」

 

 コンゴウ堕天から放たれた冷気の塊にもあたってしまいました。なんでだろう。今日はすごく弾に当たる日だな。

 悲しみに暮れる暇もないまま、俺は空中で体勢を立て直してから着地した。

 体勢を立て直さないと着地の時に怪我するからね。着地時に骨折とか洒落にならないし。

 

「くっそう……。俺のヴェノムを受けてみろ!!」

 

「いいぞ、ヴェノム生成機!」

 

「何そのあだ名!? 果てしなくカッコ悪い!」

 

 しかし、ヴェノム生成機……。ヴェノム生成機か。……役立たずの自分にぴったりだと思ってしまう、自分が嫌だ。

 きっとそこも考慮して考えたんだろうな。また変なところで気遣いを……。

 

「とろいのよっ!」

 

「いっただきぃ!」

 

 スタングレネードで無理やり隙を作って二人で捕喰をする。同じ神機使いのはずなのに、お互い違うオーラを纏って俺たちはバーストする。

 ……うん、横目で確認しただけだけどやっぱりメリーの目は紅だった。

 

「一気に行くわよ!」

 

「おう、コアを壊さない程度にな」

 

「あ、夏、受け渡して!」

 

「それは旧型の俺に対する嫌がらせですか……!?」

 

「うん、そう!」

 

「言い切りやがった!」

 

 にぱーっと、笑顔で言われましたよ。ええ、とてもいい笑顔で。

 ……ちくしょう。

 

 

 結局、コンゴウ堕天はボッコボコのぼろ雑巾になってました。なんて悲惨な最期を迎えたのだろうか……。

 討伐に行った神機使いがメリーだったのが運の尽きだよ。

 

「あ、ねえねえこれ見てよ」

 

 帰り際、メリーが何かを思い出したように自らの携帯を取り出した。

 何らかの操作をした後、メリーは俺に形態の画面を見せてくれた。

 

「えーっと、なになに……? 『極東支部撃破数ランキング』?」

 

「そうっ! 一位から五位までがそのサイトに乗ってるのよ」

 

 嬉しそうに説明したメリーは、携帯を自分の方に向けてまた何かの操作をし始めた。多分、そのトップ五を見るための操作だろう。

 ……それにしても今まで聞かなかった名前だな。シュンとかカレルとかが一番食いつきそうな話題だから、噂的にもすぐに耳に入ると思うんだけど。

 もしかしたら最近できた新しいものなのかな。

 

「出たわよ」

 

 メリーから携帯を貸してもらい、読み進めていく。

 ……おお、なんと古参を抜かしてゼルダが一位だよ、恐ろしいね!

 二位がメリーで、三位がソーマだな。ようやく男子が出たよ。男子の期待の星!

 でもまさかメリーが乗ってるとは思わなかったな。前の支部のも入ってるのかな……?

 んで、四位がタツミさんで五位が俺かー。

 

 っ て お れ ー ! ?

 なんで俺が入ってるんだよ。なんで一般が入っちゃってるんだよっ!ブレンダンさんとかどこ行ったわけさ。他にも有能な神機使いさんはもっといるはず!

 俺ごときがこんなのに乗っても何の意味もないよ! 辞退したいな、これ……。

 

「あんたって意外にやるのねー」

 

「いや、きっとこれは何かの間違いに違いない」

 

「そうね、ブレンダンとかもっと狩ってるだろうし」

 

「仕事なんだから狩るとか言うなよ……」

 

「私にとってはゲームよ」

 

「人生をゲームとか言うんじゃねえよ! お前本当楽観主義だな!」

 

「……楽観主義はどっちなんでしょうねー?」

 

 うぐっ、言い返せない……!んでこういう時に限って正論を振りかざしてくるんだよ、こいつは。もっと他にその正論を使うべき時があるだろうに。

 完全に黙り込んだ俺を見て、メリーは何かをたくらんでいるような笑顔を見せた後、俺を残して去っていきました。

 おい、ちょっ、なんで置いてくんだよ!?



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22、冷やしカレードリンク

 ピリッ ピリリリ ピリリリ

 

「……くかー……」

 

 ピリ ピリ ピリ ピリ ピリ

 

「……んあ……?」

 

 ピピピピピピピピピピピピピピ

 

「……」

 

 ビビビビビビビビビビビビビビ

 

「うるさーい!」

 

 唐突に響き始めた目覚まし時計。ちくしょう、あいつ、また仕掛けたのか。

 というか、こうやって目覚まし時計を勝手にセットされて起きたのは久しぶりな気がするなー。

 いや、久しぶりと言うか二度と来なくていい体験なんだけどさ。

 

「って、多っ!!?」

 

 俺のベッドの周りにある目覚まし時計がまず二つ。ここの時点で既におかしい。

 普段使っているテーブルの上に所狭しと目覚まし時計。多分十五はあるな、あれ……。

 そして見事なバランスでピラミッドのようになっている目覚まし時計、が一人掛けの椅子に乗っていた。

 更に扉の前にも進行を塞ぐようにばら撒かれた目覚まし時計。あいつ、どうやって出て行った……。

 目覚まし時計の総勢、五十二個。なんだこの数。どこから持ってきやがった。

 というかそれ以前にこの音煩すぎる。こーまーくー切ーれーるー。

 

「うぅっ、地味だけど朝には辛いなこれは……」

 

 全ての目覚まし時計を止め、部屋の隅に寄せておく。あとで売りに行こうかな。

 ガンガンと頭に響いていた音がまだ響いてる。依頼に響かなきゃいいな、なんて。

 

 とりあえず適当に身だしなみを整えて部屋を出る。

 ぼんやりした頭のまま自分の部屋の扉にロックをかけようと振り返って……、

 

「うえええええええ!?!」

 

 自分の扉に藁人形が刺さっているのが見えた。しかも頭に極太の釘が刺さって留めてある。

 ……まさか、この頭の痛みはさっきの目覚まし時計だけじゃないというのか。

 って、いつ俺の身体の一部採った? 髪の毛なら取れなくはなさそうだけど。

 あの人、人の部屋に忍び込んでくるから、採取時間は夜かもな。

 

「あんの野郎……」

 

 扉に刺さっていた藁人形を力任せに抜く。また頭が痛んだ気がした。

 これ、どうやって廃棄処分すればいいんだろうな。身体の部分のを取ってから燃やせばいいか。

 藁人形に付着していた俺の髪の毛を回収。後で燃やすことに決定する。

 それにしても、俺の部屋の扉どうしよう。

 穴、空いちゃったよ……。後でガムテープでふさいでおこうかなー。

 

「まあ、まずは文句を言うのが先だよな」

 

 あそこまでしておいて、メリーが起こしに来なかったのは藁人形のせいだ。

 ということは恐らくメリーはいつもと同じく部屋にいない。エントランスだろう。

 

「メリー!!」

 

 エントランスに着くなり、大声を張り上げる俺。

 通りがかりの同業者の女の人がビクリと身体を震わせていた。あ、ごめんなさい。

 軽く頭を下げて謝った後、俺は階段を下りて端にあるソファテーブルに近寄っていった。

 そこにいるのはすでに見慣れた黒コートの女。

 

「あら。……なんだ、頭は凹んでないのね」

 

「凹むかよっ! 大体なんなんだよ、あの嫌がらせ。いつもの比じゃねえぞ!」

 

「おかしいわ。釘で藁人形の頭は凹んでたから対象も凹むと思ってたのに」

 

「聞けよ!! てか本当に凹んでたら藁人形での犯罪が多発するっての!」

 

「それもそうね」

 

 涼しい顔しやがって……。

 調子に乗るから絶対に言わないけど、実は結構頭が痛い。キリキリと。

 もしかしたら本当に凹むかもねー。はははは、洒落にならないわー。

 

「でもさ、さすがにあの目覚まし時計と藁人形のコンボは酷いぞ……」

 

「昨日任務中に思い付いたのよ。あたしって本当いいこと思いつくわよね」

 

「俺にとっては不吉すぎるわ」

 

 この女、相変わらずの酷さである。

 一体どんな教育を受けてきたんだか……。全く、親の顔が見てみたいもんだぜ。

 

「親、ね……」

 

「ん? ……あっ、漏れてたか!? すまん!」

 

「気にしなくていいわよー。そのままお返しするから」

 

「うわあ」

 

 うぅー、こいつに言われると随分傷つくぞ、この言葉。

 というか俺は親戚のおばさんに預けられて育ったからな。本当の親ではないんだよなー、あのおばさん。

 ……親、かあ。

 

「さて、今日の任務のことだけれど」

 

「ヴァジュラ行こうぜ!」

 

「昨日言わなかったから忘れたと思ってたのに……」

 

「絶対行くからな! 俺はまだ肉球を諦めたわけじゃないんだ!」

 

「もう勝手に逝きなさいよ」

 

「漢字!!」

 

 うお、頭痛が増した。

 今日はもう怒鳴るの止めるか……。あー、痛い。

 だがよくよくメリーの話を聞いてみると、ヴァジュラの依頼はないとのこと。

 なんだかんだ言って確かめてくれていたようだ。ありがとう。

 

「と、言うわけでコンゴウ行くわよ」

 

「何故にコンゴウ!?」

 

「そうね、ぺしゃんこ夏くんが見たいからかしら」

 

「死ぬ!!」

 

 そういえば前にも嫌にコンゴウに好かれて、ひたすら踏み潰し攻撃を仕掛けられたような気が……。

 「先、ヘリで待ってるわよ」カンカンと音を立ててメリーは階段を上って行った。うーん、俺も特に準備する必要ないしな。

 まあ、一応たかがコンゴウなわけだし。頑張れば、死ななくても済むだろ。そう祈ろう。

 俺はメリーと同じように階段を上って行った。

 

 

――――――――――

 

 

「うーあーあー」

 

「何よ、煩いわねえ。死ななかったんだからいいでしょ」

 

「その分身体を貫くものが二十はあった気がするね」

 

「ふーん、まあ外傷はなさそうだけど」

 

「外傷がない分、酷いいじめさ……」

 

 どうも、今依頼終わって俺の部屋です。

 え? 依頼中の描写が見たかったって? 君は俺がいじめられているところを見たいのか。とんだSだな!

 ちなみに今回の依頼でメリーはモルターは使ってませんでした。代わりに、レーザーが飛んできたような気がするんだよね。俺の内臓、壊れてないといいんだけど。

 

 味方による攻撃はなんの補正か、あまりダメージを負うことがない。まあだからと言って味方の剣戟は確実に死ぬだろうけどね。

 レーザーも無論、直接的に体力への影響はないわけだ。

 が、だからと言って貫かれたらそりゃ痛い。当たり前だけど、普通に痛い。

 

「あー、寿命を三年は使ったね」

 

「じゃああんたの余命はあと半日ね」

 

「短い! 俺の人生そんなに短いの!?」

 

「そうね、具体的に言うと今すぐ終わるわ」

 

「待て待て待て待て待て!! 殺る気満々じゃないか!」

 

 寄るな寄るな! 普通に怖いんだぞ!

 座っていた椅子から勢いよく立ち上がり、慌てて周りを見回して逃げ道を探す。

 えーっと、扉は……なんか朝の目覚まし時計で塞がれてる!? ちょ、いつの間に。

 あわわ、逃げ道ないじゃないかよー! くそ、用意周到すぎるだろ。

 俺はじりじりと後退りすることしかできない。ヤバイ、本気で俺の人生が終わる。

 

「っ、のわあ!?」

 

 後退りすることで後ろに置いてあった家具に気付かず足がぶつかり、バランスが不安定になる。

 後ろにある家具が何なのかは忘れたけど、これは、マズイ! 後ろのが机とかだったら頭ぶつけて俺の人生確実に終わる。

 

「う、お、おおおおおおお?!」

 

「……何やってんのよあんた」

 

 後ろに倒れないように慌ててバタバタと手を振り回す。

 メリーは一瞬呆れた顔をしていたが、すぐに獰猛な獣の笑みへと表情を変えた。いやあああああ!!

 俺の手の努力虚しく、ついに俺の姿勢は後ろへと倒れ込み始める。

 ヤバイぞ、まだ俺は死にたくないいいいい!

 慌てて姿勢を支えるものはないかと手を虚空に彷徨わせる。ん、今何か右手に当たった。

 この際支えられるなら何でもいいと、俺は右手に触れた何かを思い切り引っ張った。

 

「は? いやあああああああ!!」

 

「なんぞおおおおおおおおお!?」

 

 だが、残念ながら掴んだものは俺の姿勢を支えてくれることは無かった。

 俺が掴んだのはどうやらメリーの腕かコートだったようで、油断していたらしいメリーも前のめりに倒れ込んできた。二次災害いいいいいい!!

 うおぅ、ついに俺の命運も尽きたか……。最期をメリーに看取られるってのもいいかもしれん。

 さようなら、皆さん。またどこかでお会いしましょう……。

 

 ボフッ

 

「……え、柔らか」

 

「いやっ」

 

「ふぎゅっ!」

 

 倒れ込んだ俺の背中に触れたのは柔らかい何かだった。

 訝しげに思っている俺にメリーがダイレクトアタック! 俺の体力は三千減った!

 って、もしかして俺が今いるところはベッドか? そういえば部屋の構図はそんな感じだったような気も……。

 い、今思ったけどこの状況は少しマズイんじゃないか?

 何がマズイって俺とメリーのこの状況だよ。俺がベッドであおむけに倒れてて、メリーがかぶさるように俺の上に乗ってる、この状況……。

 誰かに見られたら、俺の人生が色んな意味で終わる。

 

「夏さーん! 聞いて下さいよもう、ノゾミのやつー……」

 

 まだ混乱しているせいで正常に働かない頭に入ってきたのは、コウタのそんな声だった。

 ノック無しでシュッと扉が開く。入ってきたコウタの手には大きめのダンボール箱。中々重そうだ。

 

「……ぇ」

 

 しかしコウタは俺たちを見るなり持っていたダンボールを手から落とす。

 ガンッ、といい音がしてコウタが(うずくま)ったところを見るとどうやら足にぶつかったらしい。

 

「す、すいません。お邪魔しましたー」

 

「待て待て! 誤解だ! すべて誤解だ!」

 

 空気を読もうと思ったのか、コウタは痛みに耐えながらもダンボールをもう一度手に持って部屋を出て行こうとする。

 コウタの気持ちは分からなくもない。俺だってこんな光景見てたら逃げ出す。ついでに「リア充が!」って捨て台詞も吐く。

 だけど、だけどだな。本当に誤解なんだ!!

 

 慌ててメリーを退かそうとするが、何を血迷ったのかこいつは寝ていた。

 おい……。あの状況でどうやったら睡眠に辿り着くんだよ。

 メリーをきちんと部屋に戻し、俺が水分補給をするまで暫し時間がかかり、コウタに弁解することになったのはその十分後のことだった。

 不本意ながらメリーの運搬は俺がお隙様抱っこですることになった。コウタにニヤニヤされてちょっとイラッとした。これ、予想以上に恥ずかしいんだぞ……!!

 

「で、何をしようとしてたんですかー?」

 

 部屋に招き入れ、椅子に俺とコウタが座った瞬間、彼はそういった。

 俺はそれに答えた。

 

「うーん、そうだね。コウタくんは明日俺の特別レッスンを受けようか」

 

「わーわー!! 嘘! 嘘ですって!」

 

 にこやか笑顔で告げてやったら一瞬にして顔を蒼白にしたコウタが腕を振って止めてきた。

 賢明な判断だね、お兄さんは嬉しいよ。

 

「コウタは何しに来たんだ? 俺の部屋に来るやつなんて、そうそういないぞ」

 

「ああ、過疎ってますね……。だからその貼り付いた笑顔怖いって!!」

 

 事実でも人に言われると腹立つことって、経験ないですかね?

 まさしくそれが今の状況ですとも。明日、本当に連れ回してやろうかな。

 「なんかメリーさんに似てきてる……」否定できないなー。

 

「これですよ、これ」

 

 コウタが頬杖をしながら右手で指示したのは先程持っていたダンボールだ。今は机の脇に置いてある。

 中身を見ても問題なさそうだったので俺が開けてしまう。

 するとなんと、中に入っていたのは俺にとっての宝物だった。

 

「ひ、冷やしカレードリンクがたくさん……!」

 

 ズラッと綺麗にダンボールの中に詰められている沢山の冷やしカレードリンクたち。

 うわ、ヤバイ。涎が堪らないぞ、これは。

 思わずごくりと唾を飲み込んだところでコウタは思いため息を吐いた。

 

「この前、妹の土産に持って帰ったんですけど、批判が……」

 

「つまり好みに合わず残ったわけか」

 

「俺自身、あとで飲んでこれは無理だって思ったんですけど……。さすがに腐らせるわけには」

 

「……それで俺のところに持ってきたと?」

 

 こくりと頷くコウタ。

 そういえば前にリッカさんが「冷やしカレードリンクが自販機から消えちゃった!」って騒いでたような気がする。

 買い占めたのは、こいつだったのか。ちょっとお前の財布どうなってるんだよ、羨ましい。

 

「ちなみに何本だ?」

 

「五十買って、俺とノゾミと母さんで飲んだから四十七、かな」

 

「お前、財布スゴイな」

 

「いつも土産のために頑張ってお金溜めてるんですよ」

 

 なるほど、さすがシスコンだな。

 兄妹がいるってやっぱりいいことなんだろうなー。遊び相手でもあるわけだし。

 ……よくよく考えたら、コウタはまだ遊びたい盛りの年頃だよな。早く、終わったらいいのに。

 

「引き取ってくれませんか、これ」

 

「何の問題もない。むしろありがとう!!」

 

 最近金欠が更に進行して冷やしカレードリンクのお金節約してたんだよな。これで勝つる! 主に人生に!

 内心舞い上がる俺とほっと息を吐くコウタ。受けなかったのは悲しいけど、仕方がない事実だ。

 一本はメリーにあげるとして、あとは二十三本ずつリッカさんと分けるか。後で持っていこう。

 

「あー、よかったあ……。処分できなかったらどうしようかと」

 

「まあ今度から好きそうなもの持ってけ。女の子なんだからアクセサリーとか」

 

「そうします」

 

 用件はそれだけだったようでコウタはその後帰っていった。

 俺は一本をメリーの部屋の前、二十三本を冷蔵庫にしまった後リッカさんのいる神機保管庫に向かった。

 喜んでくれるといいなあ。




最近ほのぼの生活に嵌まってしまったという罠。
ちくしょう、抜け出せねえ……!
でもよくよく考えたらそれの小説ない気がする。
まあネタ切れで終わりだよね、どう見ても。


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23、鍵

「あーあ、結局この任務なのね……」

 

「今から愚痴を言ったっておそーいっ! 俺はっ、これを待っていた!!」

 

「はいはい、馬鹿夏くんはここで待ってようねー」

 

「馬鹿とはなんだ馬鹿とは、がべえ!?」

 

「……うるさいわねー」

 

 どうも、夏です。ただいま出先の贖罪の街にいます。

 実は前からお願いしていたヴァジュラがついに見つかりましたっ!

 やったね、俺! 今日こそ肉球を確かめるチャンスだよ。

 ……なんだけど、何故かいきなりメリーが酷いです。怖いです。いつもの三割増しで。

 そして嘲りの目線もひどいです。俺が一体何をしたというのだ……。

 

「それにしても……、前のヒバリさんの『いない』がもう『行った』って意味だったとはねー」

 

「手ひどい裏切りを受けた気分です」

 

「確実に倒すには第一部隊のほうが実力あったもの。当然よ」

 

「ひでぇ……。まあアリサが完全復帰したみたいだからいいか」

 

 この間の事を覚えているだろうか? え、どの日か分からない?

 ……んー……、確かコウタから冷やしカレードリンク貰った日だった気がする。あれ、いつだったけ、それ。

 ああ、リッカさんはめっちゃ喜んでくれました。なんかはしゃぐ姿が微笑ましかった。

 

 んで、話を戻すけど、その日確かにヴァジュラは贖罪の街で観測されていたそうな。

 メリーがその依頼を受ける前に第一部隊が受けたので、ヒバリちゃんは『いない』と言うしかなかった、というわけだ。

 その時に何があったのかは分からないけど、後日大分吹っ切れた顔のアリサが見れました。復活おめでとう!

 あ、ちなみに俺たちはその日鎮魂の廃寺でした。最近サカキ博士のパシリで連日鎮魂の廃寺です。

 

「久しぶりだよな、鎮魂の廃寺以外の出先は」

 

「そうね、軽く二週間はあの周辺に通い詰めてたわね」

 

「うわー。考えただけでも嫌な数字だわー」

 

「もう凍死しちゃえばいいのに。サカキ博士と夏」

 

「さり気なく巻き添え!」

 

 うぅっ、俺の精神はもう崩壊寸前だよ……。って言ってる間は大丈夫か、そうですか。

 気を取り直して周りを見回す。実は今のところヴァジュラが全く見当たらない。

 というか倒したその数日後にもうヴァジュラ出るとか荒れすぎだろ。

 今回の依頼も同じくサカキ博士の依頼だ。つまりコア回収してこいと言う。もう飽きたよ。ツッコむ気力もない。

 

「コア回収、あんた上手くできたっけ?」

 

「自信はないが出来るぞ」

 

「……あんたに任せるのは止めるわ」

 

「……頼んだっ」

 

「なんかむかつく」

 

「そうか。……って、え? 何故?」

 

 メリーはそのまま探索のために先へと進んでいった。えぇー……。

 「コア回収の練習は雑魚とやって頂戴」これは邪魔だから雑魚と戯れてろということだろうか。

 最近メリーにないがしろにされる事が多いです。主に俺の部屋での一件以来。

 え、何が起こったか忘れた? ……俺の口からは、言わせないでくれ。

 あれは俺の人生最大の黒歴史だよ。あっ、今ちょっと眩暈が。

 

「あ、夏。後ろにヴァジュラ」

 

「あー、そう。……は?」

 

 メリーの声を拾い生返事を返してからもう一度言葉の意味を確かめる。

 「後ろにヴァジュラ」……え、これなんて死亡フラグ?

 

「あっぶねええええ!!」

 

 すかさずステップで回避。急にやったもんだから少しバランスを崩して回避先で膝をつく。

 そして元俺がいた場所に振るわれるヴァジュラの尖った爪。……死亡フラグ、壊したと見ていいんだよな?

 

「ちっ、斬死体はそう簡単には見れないか」

 

「俺仲間! あいつ敵! どっち優先するんだよ、お前は!」

 

「斬死体が見れるならどちらでも構わない!」

 

「お前神機使い辞めちまえ!!」

 

 くそぅ、連携なんてあったもんじゃねえぞ!

 きっとあいつにチームワークを問うたら即「死ね」って返される。言いきれる自信があるよ、俺。

 ……今更ながら俺がこいつと組むことになった理由が分からない。本当、これなんていじめ?

 

「とにかく今は倒すのが優先よね」

 

「ああ、とりあえず倒すのが先だな」

 

「じゃあさっさと始めるとしますか」

 

 メリーが神機を変形させて銃形態にする。狙いをばっちり見定めて、対象に銃口を向ける。

 ……うん、戦意があって何よりだ。何よりだけども。

 

「何故俺に銃口を向ける?」

 

「いやあ、斬死体と焼死体の二つが見たくなって」

 

「俺に焼死体になれと言ってるんですか……!!」

 

「正解。では……逝ってらっしゃい!」

 

「誰が逝くかーーーーー!!」

 

 その後、俺はこんがり丸焼きになりました。

 

 

――――――――――

 

 

「……悪夢を。いや、悪魔を見ました」

 

「すっかり君も常連だねえ」

 

「おばさん、俺は常連を望んでません」

 

 ただいまラボラトリ、の病室。依頼先での手当てを受けている最中です。

 実はメリーが俺と組むことになって以来俺はここに連日通ってたりする。不本意だ。

 なんで怪我をしているのか。それは察してほしい。

 ちなみに肉球は結局わからなかった。見る前に霧散していきやがった。とことん俺に酷い世界だと思う。

 俺は今、割と本気で転生を信じている。

 

「オ・バ・サ・ン・?」

 

「……オネエサン」

 

「君も大変な人生歩んでるわよねえ」

 

「ええ、全くです」

 

 そして今俺の前に座って丁寧に怪我の手当てをしてくれている四十代前半らしきおば……オネエサン。いつもの人です。

 俺の怪我の理由は話していないけど、エントランスでの俺とメリーの攻防は有名らしくなんとなく察してくれているようだ。

 それはそれでちょっと複雑なんだけど……、まあいいか。

 

「今日は随分とまあ火傷が多いねえ。服もボロボロだし」

 

「ちょっと、地獄のマグマを見てしまいまして」

 

「……大変だねえ」

 

 ちょっと遠い目でさっきの依頼を思い出す。

 あれは、地獄だ。火傷させたあいつは、マグマも同じだ。

 こんなに苦労してる俺の存在って、いったい……。

 

「あ、そういやこの後用事があるんだった」

 

「おや、また博士のところかい?」

 

「あれ知ってるんですか?」

 

「いつも病室の前をあわただしく通ってるからねえ、君は」

 

 そういえば病室をサカキ博士の研究室は同じ区画だったっけ。忘れてたよ。

 オネエサンの手当ての甲斐あり、さっきよりは大分痛みとか楽になった。

 ご迷惑をかけてしまって、本当申し訳ないよ。

 

「んじゃ、失礼します!」

 

「もう来ないようにねえ」

 

「ははっ、無理ですね!」

 

「だろうねえ」

 

 あはは、そこは否定してほしかったよおばさん。

 ……あっ、なんか知らないけどすっごい睨まれてる。もしかしてあなたも心を読める人種ですか。恐ろしい。

 病室を出てからそのまま回れ右。歩を進めればあっという間にサカキ博士の研究室ですよ!

 と、回れ右をしたところでソーマが俺の横を通り抜けて行った。華麗だね! あ、それはエリックだった。

 

「にしても怖い顔して……。どうしたんだ、あいつ?」

 

 一瞬だけだったから気のせいかもしれないけど、ものすごく怖い顔してた。あれはキレ顔と見ていいのだろうか。

 というか何があったんだろ。サカキ博士の研究室から出てきたから、多分サカキ博士と話が合ったんだろうけど……。

 まさか、サカキ博士、何か変な実験を……!? 基本、あの人は信じられない。これ鉄則!

 

「はぁー。全く、迷惑な人だぜ、サカキ博士……」

 

 大袈裟に肩を竦ませてやれやれと首を振る。

 そのまま俺は研究室の扉を開けて中へ、

 

「ぶほお!?」

 

 入れなかった。

 ……え? なんで? 俺の身に何が起こったって言うの?

 んーと、簡単に言えば扉にぶつかった。理由は扉が開かないのに俺が前進したから。

 いや、開かないって時点でおかしいよね。何だこれ、また俺に対するいじめ先が増えたぞ。

 

「博士ー、はーかーせー!? なんで閉まってるんですか、呼んでおいてそれは酷いですよー!?」

 

 おかしい、俺は確かに招かれたはずだ。招かれざる者ではないはずだ。

 ……本当にいじめられてるとか、そんなことは無いよな?

 俺の中でまたサカキ博士の好感度が下がったよ。

 ガンガンと扉を叩き続け開くのをただひたすらに待つ。

 

「のわ!」

 

 すると今度は唐突に扉が開き、前に重心をかけていた俺はそのまま前のめりに倒れて床とごっつんこした。

 うぅっ、今日は絶対厄日だ。なんでこんなことばっかり……。

 

「おや、どうしたんだい? 床が好きなのかい?」

 

 痛みに震えながら顔をあげた俺の視界に入ってきたのは、笑顔のサカキ博士だった。

 ……この人狐目だから、笑顔とかの判断付かねえ。多分笑顔のはずだ。

 

「そんなわけないでしょう!? なんで扉開かなかったんですか!」

 

「いやあ、ちょっと手違いがあってね」

 

「何の手違いで扉に鍵がかかるんですか!」

 

「それよりコアは持ってきてくれたかい?」

 

「唐突な話題の転換!!」

 

 駄目だ、この人のマイペースにはついていけない。

 俺は思いため息を一つ吐いた後、持っていた袋を渡した。

 いつもと同じ袋の中には今回の依頼の対象、ヴァジュラのコアが入っている。

 俺が精神的に戦闘不能だったので回収はメリーがやってくれました。

 その後にコアを譲り受けるのにまた小一時間時間を費やしたわけだが……。

 

「うん、ちゃんとあるね」

 

「いつも思うけど、よく確認できますね」

 

「興味があるならどんなものだって見れるものだよ」

 

「さいですか」

 

 サカキ博士の思考が分からない。それもまたいつものことだよ。

 多分この人は一生考えが読めないと思うんだ。ミステリアスすぎるよ。

 またため息を吐いてから俺は研究室から出て行こうとする。

 

「おや、今日は言わないんだね」

 

「何のことです?」

 

「巻き込むのはよくないことですよ、ってね」

 

「……ああ」

 

 そう言えばちょっと前にそんなこと言った気がする。ドヤ顔で。

 うわああああああ!! 俺、いつの間にか自分で黒歴史増やしてやがる! 何してんだよ過去の俺えええええ!!

 

「今日は、言いませんよ」

 

「ほう?」

 

「なんかもう手遅れな気がして」

 

「……それは君の第六感かい?」

 

「ええ、勿論」

 

「君の前世は獣だったのかもしれないね」

 

「Why!?」

 

 ちょ、びっくりして英語喋っちゃったよ。俺そんなキャラじゃないよ。キャラってなんだ。

 なんでいきなり前世の話が出てきたのかが分からない。そして何故に獣!? それはあれですか、俺の心を傷つけるために言ってるんですか。

 俺 は メリー の 同類 を 見つけた ! いらねえ。

 

「ったく、とにかく失礼します」

 

「また頼むよ」

 

「はいはい……」

 

 人遣い荒いくせに頼んでる相手をも貶すとは……。サカキ博士恐るべし。

 誰か俺に優しくしてくれないかなあ。

 

 

 

「――もう大丈夫だよ」

 

「よ、よかったあ」

 

 研究室に入って右奥にある扉……、そこから赤い帽子をかぶった銀の髪を持つ少女が出てきた。

 いや、一人だけではない。ソーマを除いた第一部隊と見知らぬ白い少女が、今この研究室にはいた。

 

「でも、なんで夏さんがここに?」

 

「ああ、彼はコアの提供者だよ。無論、事情は知らないがね」

 

「……そうですか」

 

 相変わらず不憫な立場にいる人だ。この場にいる少女とサカキ博士以外の全員がそう思った。

 一人楽しそうに笑っている少女は、今日第一部隊が保護してきたアラガミの少女だった。

 事情の説明が終わり、さてどうしようかというところで夏がやってきた、というわけだ。

 ちなみに鍵はアリサがかけた。当たり前の如くサカキ博士の指示であるわけだが。

 

「鍵をかけた瞬間にあれですから、驚きましたよ」

 

「なんか、可哀想だったな……」

 

「巻き込まれてるのに蚊帳の外って言うのは、確かに可哀想ね」

 

「この子可愛いですー」

 

「……リーダーは既に夏さんのこと忘れてますね」

 

 哀れ夏。三人が心の中で合掌を送る。

 既にゼルダは少女に懐柔されていた。それはもう一瞬で。

 鎮魂の廃寺に出会った時も皆が警戒していたと言うのに、一人「可愛い……」と言って抱きついていた。

 少女がお食事中だったのでちょっとグロイ光景だったのにも関わらず、だ。

 あれは素じゃないとできないことだが、素だとちょっと困る。

 

「むにゅーっ、可愛い……」

 

「んー?」

 

「ふわああああ……!!」

 

「リーダー。頼む、落ち着いて」

 

 これから先、まだまだ苦労事は多そうだ。

 これからのことを思い、ため息を吐くサクヤであった。



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24、笑顔の裏に

どうでもいいかもですけど、メリーさんのファミリーネームは「バーテンダー」から取りました。
ファミリーネーム決めが下手くそなキョロです。
どうしてもファンタジーと言うか奇妙と言うか厨二と言うか……。
そういう風に捻じ曲がって行ってしまうので既存のものから抜粋が一番だと思ってます。
一応、異世界じゃないもんね、この世界……。

では、スタートです。


「いやー、いつも悪いな」

 

「平気平気! 俺、聞き上手だし」

 

「そう言ってくれると助かるよ。じゃ、またな」

 

「ん、またなー」

 

 俺はそう言って去っていく男に笑顔で手を振った。

 エレベーターの中に男が入って行き扉が閉まるのを目に入れると、自然と笑顔が顔から消えるのが自分でも分かった。

 

「……はぁ」

 

 そんな自分に思わずため息。俺は仮面を着けていたって言うのか?

 今の今まで話していたのは俺の同期だ。ただ、名前は忘れちゃって仲良くなったから今更聞けないというかなりマズイ状況になっている。俺本当最低。

 最近は疎遠になりがちなんだけど、時々俺のところに愚痴りに来ている。別に俺的には問題ない。問題ないんだけども……。

 

「俺って、人との対応に仮面着けてたっけ?」

 

 気まずい状況の時に仮面を着けるならまだしも、なんでそうでもないときまで着ける必要があるんだよ。

 ゼルダとか、メリーとかに着けたことは無い。ないけども、なんで……。

 自分に嫌気がさす。もう今日の仕事休んで不貞寝してやろうかな。

 

「あんたにしては珍しく無表情ね」

 

「っ!?」

 

 背後から聞きなれた女の声。驚いて思わず体が強張るのを感じる。

 いつも突然の登場をしてくることはあるけども、なんでこんなに驚く必要があるんだ?

 さっきの状況を見られたくなかったから? 笑顔が仮面だと思われたくなかったから? ……ああもう、自分のことなのに分からない。

 

「な、なんだ。メリーか」

 

 とりあえず深呼吸をして気持ちを整えてから振り返る。

 そして、振り返ってから気付く。今の自分は、笑顔と言う仮面を着けているということに。

 俺の不自然な笑みに気付いたのか、メリーが顔を顰めているのが分かる。俺って本当最悪。

 

「……あんたにしては、汚い笑みね」

 

「貶されたことに関しては泣きたいけど、その通りだと俺も思うよ……」

 

 まさか仮面を汚いと言われるとは思ってなかった。え、そんなに俺の仮面は酷いの?

 まあ仮面だと見破られたならこれ以上着けている必要はないし、それに今は普通の笑顔を向けることが出来なさそうだから俺は表情を無に戻した。

 そのことに関して何故か驚くメリー。なんだよ、俺だって無表情の時もあるさ。

 

「あんたの無表情、初めて見たかも」

 

「そうか?」

 

「ええ、いつも笑ってる印象だったから。……無理して、笑ってるの?」

 

「そんなわけないだろ」

 

「じゃあ、さっきのアレは?」

 

「アレ、は……」

 

 思わず言葉に詰まる。そうだ、さっきのはあの状況をごまかそうとして着けたんだ。

 理由がある。着けたことに関しては理由がある。でも、言えない。

 なんで言えないんだろうか。分からずにそのまま下を向いてしまう。

 

「ああ、あたしに向けたやつじゃなくて、さっきの男に向けたほうよ」

 

「う……」

 

 更に言えなくなってしまった。あれこそぐうの音も出ない。俺にだって理由が分からないんだ。

 そもそも、人との付き合いに仮面を着けるようになったのはいつだったんだろう。

 友達ができないことを恐れて着けたんだったかな? 今では人付き合いがなかなかに上手くなったと思うけども、昔は俺もそれほどでもなかった。

 どうしよう、どう言えばいいんだろう。追い詰められているわけでもないのにどんどん焦ってしまっている俺がいる。ああ、情けない。

 

「言えないなら、別に構わないのよ? 所詮、あたしたちの仲はその程度ってことだし」

 

「……お前、さり気なく追い詰めてるよな」

 

「そうね。あんた、今全力で否定したいって目をしてるものね」

 

「ああ、その件に関しては全力で否定したいな。理由が言えないからどうしようもないけど」

 

 ため息をもう一度吐く。

 そういえばこいつはいつから見てたんだろう。多分言っても話してくれないだろうから諦めてるけど。

 

「で、前までの質問は忘れるとして。なんでそんな汚らしい笑みを着けるわけ?」

 

「……なんでだろうな。寂しいからじゃないかな」

 

「……寂しい?」

 

 メリーに疑問形で返されてハッとする。

 なんで俺はそんなことをメリーに話しているんだ? メリーは俺の事情と全く関係のない部外者のはずなのに。

 ただ仕事仲間で、部屋が近くて、少し仲がいいくらいで、なんで俺は話そうとしているんだろう。

 でも、一度口からこぼれ出した言葉が止まることは無い。

 

「多分、一人になるのが怖くて、媚売ってでも一人になりたくなくて、だからじゃないかな」

 

 きっと今の俺の言葉に嘘はないんだと思う。

 だとしたら、なんで俺はメリーとかには普通に接してるんだろう。ますます訳が分からなくっていって、頭の混乱は止まらなくて。

 

 

 気付いたら泣いていた。

 ああ、情けない、馬鹿馬鹿しい。なんでこれくらいのことで俺は泣いてるんだよ。豆腐メンタルかよ、馬鹿。

 弱い所を見られるのが嫌だったのかもしれない。だから涙で俺はごまかそうとしているのかもしれない。

 

「その顔も、初めて見たわ」

 

「見せたことないからな……。当たり前だ」

 

「……あんたにも、泣くようなことがあるのね」

 

「俺だって人間だから、当たり前だ」

 

「あたし、あんたには悩みとかないと思ってたわ」

 

「よく言われる。……周りから見たら、きっとそれも当たり前なんだ」

 

 「お前といるとなんだか悩みとか忘れられる気がする」さっき居た男によく言われる言葉だ。

 俺がいるだけで笑顔になってもらえるのは嬉しいし、それは別に構わない。

 それでも、心のどこかで「俺はそういう装置じゃない」って思ってる自分がいた。

 それに気付いた時は馬鹿らしいって一人で笑ったけども。

 

「は、はは……。人に話したの初めてだ。本当、お前って不思議だよ……」

 

「ふーん、なんか光栄なことなのかしら」

 

「人の悩み事って面倒だから、光栄とは言わないかもな」

 

「……そう。そうね」

 

 そうだ、人の悩みなんてろくなものがない。俺の悩みだってそうだ。

 でもそのろくでもない悩みに惑わされ続ける人だっているんだから、不思議なもんだよな。

 強引に袖で目元を拭う。これって絶対目が赤くなるよね。顔洗ってからエントランスに行こうかな。

 あー、恥ずかしい。恥ずかしくて今の俺の顔絶対赤いと思うんだよね。メリーにそんなところを見られたら茶化されそうだから、俺は背を向けた。

 

「俺、先にエントランス行くわ」

 

「……夏」

 

「なんか変な話につき合わせちゃってごめんな」

 

「夏」

 

「いやー、本当俺って何やってんだか」

 

「夏」

 

「あ、依頼はちゃんと滞りなくやるから。安心してくれよ」

 

「夏!」

 

 メリーに大声で言われた。まあ、今この階には俺とメリーしかいないから別にいいんだけど、さすがにそんなに言われると立ち止まらざるを得ない。

 うぅ、振り返りたくないんだけどなー。俺の顔と目は赤いこと間違いなしだから。本当に、かなりガチで見られたくないんだよ。

 誰か分かってくれる人いないかな。とにかくすごい恥ずかしいんだよ。

 

 ……で、俺って結局なんであんなにペラペラ喋っちゃったんだろう。場の勢いって恐ろしいな。

 今まで誰にも喋ってこなかったこと。メリーに今言った内容にも言ってないことはまだまだたくさんあるけれど、それでもそれに関する話を俺はした。

 これは、俺がメリーを信頼しているということなのだろうか。

 立ち止まったまま考え事をしていると、無理やりメリーに方向転換させられた。

 

「なんだよ」

 

「……まだ無理してないでしょうね」

 

「当たり前だろ。てか、何回言わせるんだよ『当たり前』って」

 

「『当たり前』で全部を片付けないで」

 

「は?」

 

「あんたも、時々ゼルダみたいになるわよね。苦労してるんでしょ? 無理してるんでしょ?」

 

 ゼルダみたいに……? それは俺が時々自分より他を優先しているということだろうか。敬語とか使わないから多分こういうことだと思う。

 でもそんなことしたことあったかな? 全く記憶が無いんだけど……。あ、周りならよく見てたりすることあるけど。

 

「愚痴ってもいいのよ。聞くだけじゃなくて、あんたも言っていいのよ」

 

「……悩み事まで言ってるのに、なんで愚痴まで聞かせる必要があるんだ?」

 

「たまには頼りなさいよ」

 

「コア摘出とか、頼ってるけど?」

 

「そういう頼るとかじゃなくて……。ああもう、面倒ね!」

 

 ふわっ、と。きっと音を言葉で表現するならそんな音だったと思う。

 気付いたらメリーに抱擁されてた。……は?

 なんでか分からないから、俺は戸惑うことしかできない。

 しかもこいつ、なかなかの腕力なのだ。離れようとしても離れることが出来ない。なんだこれ、新手の拘束か?

 

「我慢しなくてもいいのよ」

 

「我慢とか……」

 

「つーまーりっ! たまには泣けって言ってんのよ!」

 

「涙って命令されて流すものだったっけ?」

 

「こんな時まで話を逸らすの? ……見てないから、泣いてもいいのよ?」

 

「なんで、泣かなくちゃいけないんだよ」

 

「……一人が寂しいって、あたしも嫌と言うほど知ってるから」

 

 メリーにきつく抱きしめられているせいで体勢が変えられず、メリーの顔も見ることが出来ない。

 だけどその時のメリーの声だけは確かに震えていたと思う。こいつの過去話とかも、聞いたことなかったかもしれないな。

 

 そんなたまにしか見せないメリーの優しさを感じ取ってしまったからだろうか。

 情けないことに、俺はメリーに体重を預けてしまっていた。

 

「悪い。数分、いいか?」

 

「大丈夫よ。今回限り、お金はとらないから」

 

「……んじゃ、頼むわ」

 

 女に身体を預けて泣くとか、普通逆だろう俺。

 でも、それでも、今だけはこのままで……、このままでいてほしい。

 俺はそのまま目を閉じた。




次話は過去編を投稿します。


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25、能天気青年のお話(過去編)

どうも、キョロです。
今日、別の子の過去編書いてたんですが、どう見ても夏くんの二倍以上あるんです。
しかも夏くんの過去編、三千ちょいだし。……筆が乗らなかった? いや、まさかね。
もしや私の中で一番大したことがない過去編なんでしょうか……。
ごめんね、夏くん。まさか私が不憫な立場を作ってるとは。

では、スタートです。


「夏くん、夏くん」

 

「……」

 

「なーつくん」

 

「……あ」

 

 ぼんやりしていた意識が一人の声によって覚醒される。

 俺――日出 夏はきょろきょろと家の中を見回してから向かい合うようにして座っていた女性に視線を向けた。

 

「どうしたの、夏くん。なんだか最近やけにぼんやりしているねえ」

 

「ごめん、おばさん。ちょっと考え事してて」

 

 俺は、両親がいない。

 俺がここに来る少し前に父さんは亡くなり、追うようにして母さんも姿を消したようだ。

 最も、母さんは父さんを探しに行くと言って出て行ったそうだが……。音信不通のため、亡くなったのだと言われている。

 俺は母さんの方の親戚に預けられていた。ちなみに母さんの旧姓は藤堂というらしい。なんかありがちだ。

 

「浮かない顔ばかりしているけど……、お友達が出来ていないのかい?」

 

「そんなことないよ、おばさん」

 

 『その蒼い瞳……、あの人にそっくりね』母さんの口癖だったそうだ。

 俺は髪の色素(要するに茶髪)を母さんから引き継ぎ、蒼い瞳を父さんから受け継いだんだそうだ。

 容姿も何もかもを覚えていない俺はおばさんが母さんから聞いた言葉を聞いているだけなんだが。

 

 俺には悩みがあった。阿保らしいと言われるかもしれない悩み。

 それは『友達ができない』ことだった。

 最近はおばさんもそれに気付いてきているのか、やたらとその件に関して質問してくる。

 人付き合いが上手くない俺はおばさんに公園に出されても遠巻きに見ていることしかできない。ただ、ぼうっと。

 

 

「無理、してないかい?」

 

 心配そうに俺の顔を覗き込んでくるおばさん。

 まるで本当のお母さんのような態度でおばさんは俺に接してくれていた。

 それが俺にはとても嬉しくて、でも時々なんだか悲しくなって。

 

「大丈夫だって。俺はいつもみんなと楽しくしてるから」

 

 俺が初めて仮面を着けた瞬間が、この場面だった。

 

 

――――――――――

 

 

(……暇ー)

 

 公園の隅で俺はぽつんと立っていた。

 いつも何気なく公園に来ている俺だが、全くやることがない。これもいつものことだった。

 遠くで公園の遊具を使って遊んでいる俺と同年齢くらいの子供を見てみる。

 俺とあの子たち。一体どこが違うんだろう。

 無表情で公園の隅に佇む俺。笑顔で周りの子に接しているあの子たち。

 

(……笑顔……。そうか、笑顔か!)

 

 自分とあの子たちの違いはその表情であるに違いない。そう決めつけた俺は近くにあった水溜まりで早速練習してみる。

 むにー、と口の端を手で引っ張ってみる。なんとも歪な顔が出来上がった。

 その顔に不機嫌になり、その手を一度離してみる。なんだか自分のやってることが馬鹿馬鹿しくなってきた。

 

「何やってんだろ、俺……」

 

 はあ、とため息をついたところで頭の上に電球が浮かんだかのようにアイデアが出てきた。

 そういえばこの前おばさんに対して仮面を使った。あの時、おばさんはそれに気付くことがなかった。

 そのことに関してはすごく悲しかったけど……。もしかしたらこれは使えるかもしれない。

 水溜まりに向かって歪ながらも多少は使えそうな仮面を向ける。うん、いけるかも。

 

 そうっと忍び足で遊具の方に向かって行く。子供たちに近付くにつれてどきどきと心臓が高鳴る。

 ついに子供たちに急接近。だが心臓がばくばくと大きな音を立てて鳴り、思考がうまく回らない。こういう時にどういう風に言えばいいのか、俺には分からなかった。

 集団の一人が気付いたようで俺の方を怪訝そうに見てくる。周囲もそれに気付いて俺の方へ視線を向けてくる。

 

「あ、あの、あの……」

 

 上手く呂律が回らずに同じようなことを何度も繰り返す。

 えと、えと、えと……。なんて言えばいいんだろうな。分からない、分からない。どうしよう。

 しばらく沈黙が続き、一度顔を伏せて深呼吸をしてから俺は顔をあげた。

 

「お、俺も一緒に遊んでいいかな?」

 

 無論、仮面を着けてでのことだ。

 いや今回は意図的では無い。気付いたら着けていた。無意識に、だ。

 子供たちは少しきょとんとした後、笑顔で俺を受け入れてくれた。どうやらいつも一人の俺が気になっていたらしい。

 

 それからは順調だった。

 普通に周りの子供たちとも溶け込めていけたし、段々と人付き合いも学べていった。

 途中からまたそのグループを抜けて一人に絞って友好関係を築いていたんだけど……。

 その子を家に招いた時はおばさん号泣してたな。ビビった。あれはかなり驚いた。

 まあ今まで友達を連れて行ったことがなかったから義理の親としては嬉しかったんだろうけどさ。いきなり号泣されると、ちょっと困る。

 

「おーい、――」

 

「また来たのか、夏」

 

「俺たちは友達だろー? それにお前暇そうだし」

 

「暇つぶしに公園に来ているんだがな」

 

「意味ないよなー。ここでも暇そうにしてるんだから」

 

「意外とあいつらの動きを見てるというのは飽きないぞ」

 

 俺が絞った一人は少し変わったやつだった。でも一緒にいて飽きなかった。

 出会いが最悪だったんだけど……。これはまた別の機会に話そう。

 今更ながら、こいつには仮面を着けたことがなかった気がする。初対面の時には着けたような気がするけど、他では。

 ……今、なにしてんだろうな。

 

 

――――――――――

 

 

「で、夏」

 

「んー?」

 

「そろそろ離れてくれない? さすがに鬱陶しい」

 

「もうちょっと……、ぐはあ!?」

 

「キモイ馬鹿阿保愚図死ね」

 

「なんで!? なんで俺そんなに言われなきゃいけないの!?」

 

 突然身体を離されたかと思ったら鳩尾に鉄拳を叩き込まれました。しかも悪口付きで。そんなフルコースいらねえ。

 ごしごしと目元を拭った後、鳩尾を擦りながら立ち上がる。

 そろそろ行かないと依頼が遂行できない。そしたらツバキさんに怒られる。そして地獄の特訓メニューが……!

 よし、早く行こう。

 

「今日の依頼はなんだ?」

 

「まだエントランスに行ってないから知らないわよ」

 

「あ、そうなんだ。んじゃ急ごうぜ」

 

「そうそう。今日の任務、一回でも敵の攻撃食らったら特訓(リンチ)するから」

 

「待って!? 今何かおかしかった! そして難易度高っ!?」

 

「それくらいの気持ちじゃないとランクアップできないわよ」

 

 そうして俺たちはエレベーターに乗り込んでいった。

 ちなみに依頼はヴァジュラでした。特訓させられました。




文中の「おーい、――」の傍線は名前です。
オリキャラの名前なのでここでは伏せさせてもらいます。


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26、怪しげな第一部隊

「うまー」

 

 どうも、夏です。気持ち悪い始まりでごめんね! 自分で言ったのになんか落ち込んできた。

 今は着替えを終わらせて自分の部屋で冷やしカレードリンクを飲んでいるところだよ。

 言わずとも分かると思うけどコウタから貰いうけたやつです。冷やしカレードリンクは最強の嗜好品だよ。

 ちなみにそろそろ賞味期限が迫っているので飲むペースを速めようかと検討中。まああと何本かくらいだから問題ないかなー、とか思ってるけど。

 

「ご馳走様でした、と」

 

 飲み終わった缶はそのままゴミ箱に向けて放り投げる。

 あ、外れた。なんか今日はあんまりいいことないかもしれない。アンラッキデーってやつ。

 まだ少し残る眠気を身体を伸ばすことで解消し、俺はエントランスに出た。

 

「おはよう、メリー」

 

「おはよ、夏」

 

 いつものエントランス、いつものソファにメリーはいた。

 なんでエントランスって時間を問わず騒がしいんだろうね。まあ時々この喧騒がありがたかったりするんだけど。

 どうやらメリーも今来たようで、テーブルの上に開けていない珈琲が置かれていた。ちなみにブラック。なんでブラックなんて飲めるんだろうな。

 俺はメリーに向きなおるようにしてソファに座り、両手をぐでーとテーブルの上に投げ出す。なんか朝から怠いもので。

 

「……夏、あんたちゃんと睡眠取ってる? 隈、酷いわよ」

 

「熊? 飼ってないよ、物騒だろ」

 

「勝手に変換するんじゃない!」

 

「ぷぎゃっ!? 缶を投げるんじゃないよ、缶を!」

 

「うっさい! あんたも前投げてたでしょ!」

 

「あの時はメリーも投げてたろー!?」

 

「見苦しい責任転嫁は止めて頂戴!」

 

 ぎゃあぎゃあといつも通りすぎる喧嘩を繰り広げた後、俺は一度落ち着こうと深く息を吐く。

 うーん、メリーに喧嘩に持ち込まれちゃうとどうしてもあいつのペースになっちゃうな。ますます疲労感が溜まった。

 ため息をついてからとりあえず話題を変えようと俺は口を開く。

 

「で、今日の依頼はなんだ?」

 

「あたしの任務を手伝ってもらうわ。受注済みだから拒否権はないわよ」

 

「さすが用意周到だな」

 

「なんとでも言いなさい。……詳しいことは出先で話すわ」

 

「了解」

 

 そういえば今までメリーの依頼を手伝ったことは無い気がするな。

 メリー自身に依頼があったら大抵別行動が普通だった気がするし……。そういう時に限って俺は雑魚討伐だからなー。

 でもあれだよね、メリーにくる依頼って絶対難易度が高いやつだったりするよね。

 ……うーん、一気に自信が無くなってきた。簡単な依頼だといいな。

 メリーが珈琲を一気飲みした。熱々なのにすげえ。

 

 

――――――――――

 

 

 ただいま贖罪の街。まわりに建ち並ぶビル群が時々邪魔に思えるよ。

 メリー曰く、本日の依頼は支部長直々に発注した依頼だそうです。

 いやー、すごいね。支部長がここで出てくるとはねー。

 

「って、はああああ!? 俺がそんなのについて行っていいわけ!?」

 

「まあ駄目でしょうね」

 

「なんでそんなに普通に言えるわけさ! 連れてくるなよ!」

 

「夏が口外しなきゃ何にも問題ないわよ」

 

「軽い! 支部長の依頼ってそんなに軽いものなの!?」

 

「重いでしょうね」

 

「ぎゃああああ!!」

 

 こいつの神経は本当にわからない。なんで俺を連れてきたんだよー!

 もしこんなことが知れたとして……。減俸とか食らったら確実に俺が終わるよ。

 この前だってサリエルの剣パーツと装甲パーツを強化したら820fcだけになったのに……。あれは泣いた。

 

「今回から固定任務よ。特別なコア……『特異点』を無傷で摘出せよ」

 

「それが依頼?」

 

「そう。鬱憤溜まりまくりよ」

 

 つまらなさそうにメリーは呟いた。

 まあメリーはこういう探索よりも討伐の方が好きそうだもんな。事実周りにそう言ってるし。

 つまらない、つまらないと言いまくっているメリーだがその顔は殺気にあふれている。こいつ『特異点』を持つアラガミ見つけたら抹殺する気だ。依頼はどこにいった。

 

「その……『特異点』? ってどいつが持ってるんだ」

 

「分からないから探してるんでしょ」

 

「それもそうだね」

 

 確かにメリーの言うとおりだ。というわけで勝手に妄想してみることにする。

 とりあえず特別なコアっていうもんだからいつも討伐しているような大型、小型アラガミは除外だな。

 んで、特別と言うからにはそれ相応の特別さを持っているわけだから……。特別さってなんだ。

 サカキ博士が前に言ってた犬、とかかもしれない。猫とかハムスターとか。癒し系に走ってしまう自分がいるよ。

 果てには、

 

「人間とかだったら、面白そうだよな」

 

 なんて。馬鹿馬鹿しいことかもしれないけどさ。

 メリーはきょとんとしていたけど急に真面目な顔になり「そうね、それもあり得るわね……」と考え込み始めた。うわっ、似合わないな。

 それにしても、なんでここまでメリーは不満そうなんだろうな。

 

「報酬とかいいんだろ? なんで不満なんだよ」

 

「別にお金とか今そんなに必要じゃないし」

 

「貧乏人には聞き捨てならない台詞が!!」

 

 こいつ……。俺より金を持っていやがる! まさか後輩にまで負けるとは思っていなかったよ。悔しい。

 とりあえず冗談は置いておいてぐるぐると俺たちは一周したわけですが。

 

「何にもいなかったわね」

 

「そうだな、見事にいなかったな」

 

 それらしきアラガミは見当たりませんでした。

 どんどんと隣でメリーが不機嫌になっていくのが分かるよ。肌で感じることが出来るよ。

 このまま帰ろうか相談しているとオウガテイル三体と遭遇。即座にメリーに狩られました。コアはサカキ博士のお土産として俺が貰いました。

 

「足りない……、血が足りないわ……!」

 

「お前こえーよ! ちょっと落ち着け!」

 

「……」

 

「メリー?」

 

 急に押し黙ったので、どうしたのかと俺はメリーの顔を覗き込む。

 すると目をギラギラと光らせたメリーが悪魔のような笑みを俺に向けてきた。ちょっ、怖い!

 

「いい獲物がいたじゃない……。帰ったら特訓してやらないとね……」

 

「それ簡単に言っちゃうと八つ当たりだよね!?」

 

「八つ当たりして何が悪い!」

 

「俺はサンドバックかー!?」

 

「当然!」

 

「ひでえ!」

 

 帰還の最中には逃がさないとばかりに肩を掴まれて愚痴を聞く羽目になりました。

 

 

――――――――――

 

 

「博士ー。あ、今日は鍵かかってないや」

 

 良かった。またいじめられるかと思うとここまでの道のりがちょっと重かったんだよね。

 ん? 特訓はどうしたって? ……ついさっきまで受けてきたよ。メリーが剣の形態で斬りかかってきたときは死ぬかと思った。

 早速サカキ博士に今日手に入れたオウガテイルのコア三個が入った袋を渡そうとして……、俺はゼルダが傍らにいることに気付いた。

 

「あれ、ゼルダ? なんでいるんだ?」

 

「あー、えっと、その……」

 

「私がお願いして奥の部屋を掃除してもらってたんだよ」

 

「あ、それです。それでした」

 

 なんだか怪しげな雰囲気を感じるぞ。

 まあ俺は部外者なんであまり深く立ち入るつもりはないがな。

 俺はサカキ博士に袋を渡そうとして……、奥の部屋からアリサとコウタが出てきたのを目撃した。

 

「あれ、アリサにコウタまで。お前らも奥の部屋の掃除か?」

 

「え? いや、俺たちは……むぐっ」

 

「そうなんですよ。あの部屋、すごく汚くて綺麗にするのに苦労しました」

 

「アリサくん、少し失礼じゃないかい?」

 

 コウタが何か言おうとしていたがアリサに口を塞がれてしまったので何を言おうとしたのかは分からなかった。

 というか奥の部屋って汚かったのか。あそこを出入りしているサカキ博士は見たことがないけど、物置になってるのかもしれない。

 俺は今度こそサカキ博士に袋を渡して部屋を見回した。なんかすごい面子になっている気がするのは気のせいか?

 

「んじゃ、俺は眠いんでもう行きますね」

 

「また頼むよ」

 

「……あ、今金欠なんで今度何か貰ってもいいですか?」

 

「別に構わないが、今回からじゃなくていいのかい?」

 

「今日は眠いんでもう帰りたいんです」

 

「君らしいね。その件については考えておくよ」

 

 俺はサカキ博士に「ありがとうございます」と軽く頭を下げた後部屋から出て行った。

 サカキ博士の「また頼むよ」ってもう聞き飽きたな。いや、そんなこと言っちゃいけないけども。

 

 

――――――――――

 

 

「シオちゃーん」

 

「んー、ぜるだー?」

 

「きゃーーー!! 可愛いです!」

 

 夏が去った後の研究室。

 今回もソーマ以外の第一部隊全員がこの部屋に集結していた。

 ゼルダは相変わらずアラガミの少女……基シオに夢中となっておりいつもの頼りある姿は完全に消え失せている。

 そんな盛り上がる研究室の隅で一人意気消沈している少年がいた。

 

「なんでだ……。なんでノラミが採用されなかったんだ……」

 

 その少年、名を藤木 コウタと言う。

 実はつい先程まで少女の名前を決めようという話し合いが行われており、コウタは「ノラミ」という名前がいいのでは、と意見したのだ。

 しかし仲間の意見は冷たかった。誰もが「それはない」という目線や「うわあ……」という目線でコウタを見、受け入れなかったのだ。

 終いには少女自身に「イヤだ」とばっさりと斬り捨てられた。彼の精神は直に限界を迎えるだろうというところまで行っていた。

 

「コウタのネーミングセンスが最悪すぎるんですよ」

 

「はうっ!?」

 

 そしてまた精神的ダメージを負わせるこの少女、名をアリサ・イリーニチナ・アミエーラという。長いので皆アリサと呼んでいるが。

 「あの事件の後しばらくは可愛げがあったのに……」とはコウタ談である。復帰した後のアリサは周りと打ち解けやすくなったもののコウタに対してはとても厳しい。

 なんだこれ、新手のツンデレか? と一瞬疑ったコウタである。

 

「サクヤさんなら分かってくれますよね!?」

 

「うーん……。さすがに、あれはどうかと思うわ」

 

「うぅっ!?」

 

 またしてもダメージを負わせるこの女性、名を橘 サクヤという。第一部隊のお姉さん的存在である。

 皆のことを親身になって考えてくれ、相談事を持ち込まれるのが多いのだが……。さすがに今回ばかりは無理だったようだ。

 サカキ博士は取り合ってくれない。少女からは拒否られた。他に否定していないのは……。

 

「リーダー! ノラミって名前、いいと思うよな!?」

 

「ノラミなんて可愛くないです。シオちゃんのほうが可愛いです!」

 

「り、リーダーまで……」

 

 コウタの精神的体力はゼルダの一言で0……いやそれ以上のダメージを追い陥落したのだった。



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27、ゼルダの迷惑特性

「本当なんで固定なのかしらね滅びればいいのに主に全人類」

 

「お前、この前から溜まってるよなあ……」

 

 一息で不満事を言いきったメリーに俺は哀れみの目を向けた。幸いメリーは気付いていないようだ。

 ここ最近俺たちはとにかくメリーの固定された依頼である『特異点探し』をやっている。

 重要な依頼であるはずのこの依頼より彼女は討伐依頼に行きたいようで「ウロヴォロス行きたいウロヴォロス行きたい萌えたい」とよく分からない単語を並べてばかりだ。

 ……ウロヴォロスで萌える女子ってどうなんだろ。てかそれ以前に萌えるのか?

 

「本当嫌になるわー。今すぐ夏を肉片に変えたいわー」

 

「なんで!? なんでそこで矛先が俺に来るの!?」

 

「ねえ、やっていい? やっていい?」

 

「良い訳ないだろ!! そこで目を輝かせるんじゃないよ!」

 

 女、だよな? こいつの性別は女で合ってるんだよな? こういう発言は本当に困る。頻度が増えてきてるから困る。

 あー、ちなみにこの前の俺の羞恥事件についてはあれ以来触れていない。

 は? 羞恥事件ってなんだって? ……俺の過去話に触れたやつだよ。俺の口から言わせんな。

 今度メリーの過去話も聞いてみたいな。それでようやくお互い様だと思うんだ。

 

「でもなんでずっと無いもの探さなきゃいけないんだよ」

 

「いや、あるはずよ。無いものを探させるほど支部長は“馬鹿”じゃないもの」

 

「今なんで“馬鹿”にアクセント付けて俺の方を敵意の目で見たんだよ」

 

「あんたが馬鹿だからよ」

 

「ストレートォ!!」

 

 あとあれ以来割とメリーの口撃が辛い。仲良くなった証拠……とは思いたくない。

 暴力とかで友情が形成されてるとか考えたくないよ。多分事実なんだろうけどさ……。もう嫌だ。

 そういうわけで、一応今回の依頼についての説明をメリーから受けることに。いや、別に必要ないんだけどね。早くも要領掴めてきたし。

 

「あれ……」

 

「どうしたー?」

 

「今回の依頼はゼルダも参加するみたい」

 

「へえ、よく借りれたな」

 

 俺たちが支部長の依頼に振り回されるのと時を同じくして、ゼルダたち第一部隊は何かとサカキ博士に振り回されているようだ。ご愁傷様。

 まあ俺も並行作業としてコアを持っていってるわけだけどね。ある意味掛け持ちだ。

 それにしても本当、なんで来る気になったんだろうな。これ以上関係ない人を巻き込みたくないんだけど。

 ……ん、なんで表現が“巻き込む”かだって? いや、勘。ただの勘でそう思ってるだけだから特に気にしないでくれ。

 

「さて、じゃあ行くわよ」

 

「おう。……え? あれ?」

 

 おかしいな、まだ出撃時間に余裕はあるはず。なんで俺は今現在引きずられてるんだろうね?

 そのまま俺はエレベーターの中に引き込まれました。

 

 

――――――――――

 

 

 場所は所変わって訓練場。どうやら出撃時間まであいつはここに籠る気らしいのだが。

 

「ふっ、は、おうっ!?」

 

 俺めがけて次々と飛んでくるレーザーをひたすら避け続ける。一応今のところは当たってない。

 横に避けたり、後退して距離を取ってから複雑に避けたり、その場で体を曲げて避けたり……とまあ色々な感じで避けてる。

 本当は盾を展開したいんだけど、展開すると早々にモルターに切り替えてぶちかましてくるから使えない。あいつって本当鬼畜だよな。

 

「ははっ、当たれぇっ!!」

 

「俺は射的の的かよ!」

 

「ええ、そうよ。その通りよ! 潰れろお!」

 

「肯定すんな! 誰が潰れるかよ!」

 

 それにしてもこの特訓と言う名のリンチは相当こたえる。

 休む暇など一切与えられずにドンドンと打ち続けられるレーザー。それを回避するのは体力以外にもこの時間を耐えるための精神力も必要だろう。

 段々と体力と共に精神力が削られてきた。結構今辛い。ぜえぜえと口から漏れる息が煩い。

 

「おま、え。相、当ひでえ、よ」

 

「何とでも言うがいいわ! これが私なりの特訓よ!」

 

「私、情はさん、でるくせ、に」

 

「あらあら、随分とバテるのが速いわねえ」

 

「……」

 

 俺はもう喋らなかった。いや、だって、もう怠い。

 かれこれ何分経ったのか、それは俺には分からないけどまあまあの時間が経過した。

 ちなみにメリーはOアンプルを持っているようでそれでオラクルポイントを回復しつつレーザーを撃ってきている。鬼畜め。

 しかし俺にとっての救世主は突然訓練場に現れた。

 

「よう、居ねえと思ったらここにいたかー。……って、なんだこりゃ?」

 

「……失礼だけど、どちら様かしら?」

 

「んー? 毎日見てるだろうよ、普通間違えねえだろ」

 

「ええ、見た目は間違えないわ。でも誰よ」

 

 メリーの攻撃の手が止まり、レーザーが俺に向かって放たれることは無くなった。そして同時に俺は足の疲労により床に崩れ落ちる。

 体育座りすらできない。俺は体を預けるようにして床に倒れ込んだ。

 忘れてたけど、この後も依頼で歩くんだよな……。せめて依頼後がよかった。

 

「なーんだよ、俺の名前知ってるくせに」

 

「“彼女”は俺なんて言わないわ。憑依? 憑依してんの?」

 

「ああ? 失礼なことを言う(アマ)だな。殺られてえのか?」

 

「名前聞いてんのよ、答えなさい」

 

「はあ……、分かってねえなあ、お前。わーったよ、言うよ。言やあいいんだろ?」

 

 二人の会話が聞こえてくるのが分かる。今使える全神経を耳に集中させて、必死に声を拾い上げる。

 二人には背を向けていて会話している姿を見ることはできない。動く元気がない俺は聴力に頼って二人の動きをシュミレートしてみる。

 ……ん? メリーに対しているあの声は確か……。

 

「俺の名前は――」

 

 

――――――――――

 

 

 さて、というわけでやってきました贖罪の街。正直、ここにはもう何もないと思うんだよね、俺は。

 それではただいまの状況を今いる人数、つまり三人の会話で表現させていただこうか。

 

「腹立つ……、なんでこんなのと一緒にいなきゃいけないわけ?」

 

「あー、ウザってえ。さっさと帰って寝てえよ……。暇な任務だしな」

 

「……」

 

 やっぱり分かりにくいから一言で表現する。修羅場。

 ヘリの中からずっとこんな調子だ。おかげで俺は一言も喋れていない。なんだこれ。

 うーん、なんだか頭痛の元が増えた気がするのは俺だけか……? あ、腹痛も来た。

 

 

 ――俺の名前は、ゼルダだ――

 

 

 先程からメリーと口論をしている不良のまるで男のような口調の女性、その名をゼルダと言う。

 いつも綺麗なストレートになっている短髪はボサボサになっており、性格のお蔭で緩められている目元はいつもの数倍キツイ。おまけにふんわりとした表情も消え、正しく不良。

 一見して「え、ゼルダ? お兄さんとかじゃなくて?」という人物が俺の目の前にいた。いや、だって本当に男性に見えたんだよ。

 

 普段と違うところが他にどこかと聞かれたら、言えるのは服装だろう。

 ゼルダはいつも同じ服装――クラウドブルゾンというらしいのだが――をしているが、今ゼルダが着用しているのはスイーパーブランと呼ばれる白いコートだ。

 ……お気付きの方はいるだろうか。実はこれ、メリーの色違いである。メリーが普段着用しているのはスイーパーノワール。黒いコートである。

 

「なんであたしのコートでそれなわけ? 訳分かんないわ、滅べ」

 

「んなこた知るかよ。俺は“これ”で出てこれんだから。文句は表に言え」

 

「……」

 

 ちなみにヘリの中ではゼルダ、ここからは裏ゼルダとさせてもらうが説明を受けた。

 裏ゼルダ曰く、表の人格であるいつものゼルダは多重人格者とのこと。

 そして何故だかは裏ゼルダにも不明だが、その人格の発動は“服”によって変わるとのこと。

 裏ゼルダはこのコートで発動するようだ。二度と出てくんな。

 

「で、でも、なんで多重人格になったんだよ? ゼルダは表裏がないように見えるぞ?」

 

「馬鹿だな、夏。表裏が無い人間なんていねえんだよ。……こいつは人格が分かれてちと複雑だが」

 

「……人格が分かれたってどういうことかしら」

 

「残念だがここから先は言えねえ。こいつは表の過去、プライバシーに関わるからな」

 

「……そうか」

 

「俺だって、もう思い出したくない出来事だ。察しろ」

 

 ゼルダの清楚と真面目イメージをことごとくぶっ壊していく裏ゼルダであるが、意外と表ゼルダに対しては優しいようでプライバシーなんかも守ってる。意外ー。

 「聞きたいなら、表と友好関係を深めるんだな」裏ゼルダは言いたくないだろうに道を示した。辛そうな表情だ。

 

「さあて、無駄話はここまでにして。そろそろ行こうぜ、キリがねえや」

 

「そう、ね。さすがに長時間出先に居たくはないし」

 

「それなら手分けして探そう。俺とメリーは左半分、ゼルダは右半分を頼めるか」

 

「了解。こういう時は仕切りがいいなあ、夏は! そこの女とは格がちげえよ」

 

「なっ! 誰が夏以下よ! 失礼にも程があるわ!!」

 

「それ俺に失礼って気付いてる?」

 

 裏ゼルダは嫌そうな顔を隠そうともせずにメリーを睨み付けると、早々に地面を蹴って降りて行ってしまった。

 「十分後に集合なー」どうやら時間制限があるらしい。そんなに帰りたいか。

 

「……態々分けたのはまた口論にならないように?」

 

「当たり前だ。ずっと聞かされたら発狂する」

 

「しちゃえばいいのに」

 

「今日は初めから疲れてるからツッコまないからな」

 

 ため息を吐きながら俺はメリーと一緒にエリアへと降り立ち、そのまま左側へと歩を進めて行く。

 どうせいないと思うんだよ。ずっとここらで散策してたわけだしさ、いないって絶対。ぼんやりしながら警戒もせずに歩く。

 今日も空は雲と太陽の光により綺麗な絵を作り出していた。

 

 

――――――――――

 

 

 ただいま、エントランスのいつものソファ。メリーが俺の正面に座っていて、ゼルダは「疲れた」と言って部屋に帰った。

 今回の依頼、結果から言わせてもらうと駄目だった。とにかく駄目だった。これでもかってくらい駄目だった。

 もう本当いないって、贖罪の街。メリーにそう進言したら「さすがにそうよね。明日は場所変えようかしら」と返ってきた。終わりじゃないのかー……。

 

「それにしても、ゼルダのあれはなんなんだろうな?」

 

「原理が分からないわよね。多重人格はいいとして、服で変わるって言うのが」

 

「分からない。ゼルダは服に執着してるわけでもないしな」

 

「じゃあ服はただ単にスイッチの役割をしているだけなのかもしれないわね」

 

「気分転換の言葉が洒落にならないわけだな、恐ろしい」

 

 それよりも俺が気になるのは裏ゼルダの言っていた「人格が分かれた」という言葉だ。

 多重人格はあくまでも自分の一部が派生して出来たものだ。よってある意味で裏ゼルダの言ったことは正しいのだろう。

 ただあの言い方、それに服で変わる、というところからゼルダは他にもたくさんの感情を有しているのが予想できる。事実、裏ゼルダも多重人格と言っている。

 古くの例として確かに十を越える多重人格者は存在したが、分かれる、という言い方は少し何かが違う気がするのだ、俺的に。

 

 普通に見えるゼルダもなんか重いもの持ってるんだな、となんとなく同情にも似た親しみを覚えて俺は自分を諫めた。

 それじゃあゼルダに失礼だ。そんなところで親しみをもってどうするんだ。

 自分の馬鹿加減が嫌になって俺はため息をついた。

 

 

「あ、メリーさんに夏さん、今任務が終わったんですか? お疲れ様です」

 

 声が聞こえてきて、俺とメリーがほとんど同時に声の主へと顔を向ける。

 そこに立っていたのはゼルダだった。少し言い方を変えよう、いつものブルゾンを着ている主人格のゼルダが立っていた。

 一瞬、さっきとのギャップに飲まれそうになったがすぐに調子を取り戻して俺はゼルダに声をかけた。

 

「ああ、今帰ってきたんだ。……って、ん?」

 

 なんだか自分のしている会話に違和感を覚えて、俺は自分の膝とゼルダの顔へ視線をいったりきたりさせる。

 あれ、何がおかしいんだろう。自分でも分からなくなってきちゃってるよ。

 混乱している俺の代わりに答えを出してくれたのはメリーだった。

 

「お疲れ様って……。あんたもさっきまで一緒に任務に出ていたじゃないの」

 

「え? 私はさっきまで部屋で寝ていたんですよ?」

 

「……ぬん?」

 

「今ヒバリさんから任務を貰おうとしたら、今日はもういいですと言われてしまいまして……。何故でしょう?」

 

「何故って……」

 

 く、食い違いが起こってる。うーん、こういうもどかしいことが起こるなんて……。

 どうしようかな、なんて説明すればゼルダに上手く伝わってくれるだろうか。

 「あ、任務にメリーさんと夏さんと出ている夢を見ました」あ、もう説明どうでもいいや。



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28、悪臭注意報

 朝、いつも通りガヤガヤとうるさいエントランス。

 その一角に周囲の温度よりも五度くらい低い人たちがいました。

 

「あぁ……、眠い……」

 

「お前にしては珍しいこともあるもんだな……」

 

 はい、その人たちは俺とメリーです。どうもおはようございます。

 いつもよりテンションが低い俺らです。原因はどう見ても昨日の出来事です。疲れが溜まってんだよ。

 くあ、と欠伸をするメリーは本当に疲れていそう。ちょっと隈できてるし。

 

「あんなテンションの人に会ったのは久しぶりだわ」

 

「あのテンションじゃなくてもゼルダが豹変したら俺は怖いがな」

 

 昨日の出来事とは『ゼルダ豹変事件』である。

 服装を変えたら別人格になる特性を持っているということが昨日発覚した。

 説明してくれたのは白いコートを着ることで現れる裏ゼルダ。今度から裏ルダって呼んでもいいかもー。

 まあとにかくあの性格は厄介だった。しかも服を変えることで人格が変わるって事だからその人格の種類は未知数。めんどくせー。

 

「……そういえば、今日も同行してくれるんだっけ?」

 

「そうよ。あー、なんか朝から嫌な気分だわ」

 

「今度上に別の依頼を頼んだらどうだ?」

 

「その上からあたしはこの任務を請け負ってるんだけど」

 

「申し訳ありませんでした」

 

 疲れたようにメリーに言われて思わず謝ってしまった。なんか、ごめんな。

 なんとも煩い叫び声とか話し声の中に混じって聞こえる階段を下りる音が耳に入り、俺は階段のほうへ視線を向けた。オイ待て、誰だ叫び声上げたの。どうした。

 階段を下りて来たのはゼルダだった。辺りを見回して俺たちを見つけると嬉しそうに笑いながらこっちへ向かってきた。

 えーと、服装は……。いつもと同じブルゾンだね、やった!

 

「おはようございます。夏さん、メリーさん」

 

「おはよう、ゼルダ。よく眠れたか?」

 

「ええ、とっても。夏さんたちはどうですか?」

 

「あたしはあんたのせいで寝れな、うぷ」

 

「ああ、とーってもよく寝れたよ!」

 

 メリーの口を手で塞いで代わりに俺が喋る。愚痴らせて堪るか。

 恨めしそうにメリーが俺を睨んできていたけど気にしない。後で特訓がきつくなりそうだぜ……。

 ゼルダは不思議そうに首を傾げていたけど、急にスンスンと鼻を動かし始めた。犬か。

 

「うん……? 夏さん、なにか持っていますか?」

 

「あ……? うわ、本当だ臭い。何持ってんのよあんた」

 

「はい? え、何のこと?」

 

 とりあえず言われるがままに服のポケットとかを確認して、ようやく二人が言う異臭を放つ何かを見つけた。

 ズバリ、オウガテイルのコアだ。昨日の時に見つけたから回収しておいたんだよね。

 そういえば最近ヴァジュラテイルっていうオウガテイルの進化系みたいなやつが出てきてるらしいんだけど、俺は会ったことないんだよね。

 昨日オウガテイルよりもちょっといかつい奴なら、昨日三体遭遇したからコア取っておいた。それがこれなんだけどね。

 ……え、そいつがヴァジュラテイル? へー。

 

「何よ、それ」

 

「昨日回収したコア」

 

「何で昨日渡さないのよ、馬鹿」

 

「夏さんらしいですねー」

 

「どこら辺がだよ……」

 

 ゼルダの発言が少しと言わずにかなりずれている気がする。

 なんだ、その俺らしさって。渡し忘れのどこが俺らしさって言うんだよ。

 なんだかゼルダがちょっとずつ酷くなっていっているような気がするんだが、俺の気のせいか?

 

「ま、まあ、今日の依頼が終わったら持っていくさ」

 

「今行かないんですか?」

 

「二度寝と二度手間は嫌いなんだ」

 

「その馬鹿さに敬意を表して拍手を送りたいわ」

 

「おかしいな、俺には指差されながら笑われているように見える」

 

「いい観察眼ね」

 

「見間違いじゃなかった!」

 

 呆れ顔のメリーと特に気にしていなさそうなゼルダ。気にしてよ……。

 とにかく今日は早く帰ってこないとな。じゃないと更に面倒なことになりそうだ。主にコアの臭いが。

 

 

――――――――――

 

 

 やってきました鉄塔の森。さすがに贖罪の街にはなさそうだったから今日から場所を変えました。わーい。

 ちなみにヒバリちゃんから聞いた話だと今回は鉄塔の森にサリエル堕天がいるから気を付けて、だそうだ。

 その報告を聞いてメリーが喜んだのは言うまでもない。どんだけ鬱憤溜まってたんだよ、お前は。

 まあサリエル堕天は俺の神機の強化に使う素材が出るから俺としてもありがたかったりする。どんどん強化していかないとね。

 一番冠が出にくかったりするんだけど、頭をちゃんと破壊すればいけるだろ。信じる。

 

「結合崩壊、確認しました」

 

「こんなもんじゃすまさないわよ」

 

「いきなり出オチ状態!?」

 

 ちょっ、まるで二人で謀ったように頭を破壊してくれましたよ。酷過ぎやしませんか、あなたたち。

 そしてゼルダもそれに参加しているというのが酷いよね。もう俺はゼルダが分からないよ。

 いつも思うけどメリーとかって行動速いよね。それとも俺が遅いだけなの?

 まあ頭部を破壊されちゃったけど、まだスカートとか足とか残ってるわけだし。

 

「脆いわねえ」

 

「ええ、全くです」

 

「うわっ、痛そー……」

 

 メリーがスカートを破壊、ゼルダが足を破壊しました。なんだこのいじめ。

 でもいつも思うんだけど結合崩壊って見ているだけで痛々しいよね。かなりの激痛を伴うと思うんだよね。

 だって想像してみてよ。攻撃されたら俺の頭がパリーン……、って死ぬわ!!

 よく生きてるな、さすがオラクル細胞というべきか。

 とりあえずサリエル堕天が落ちてきたので俺も仕事をしようと近づく。

 

「ここからですっ!」

 

「隙だらけね!」

 

「ガブっとな!」

 

 三人そろって仲良く捕喰。お食事の時間はまだまだ続くよー。

 隣で異常なバーストをしている人がいるけど気にしないことにして俺は神機を手元に戻した。

 さて、こっから暴れ回ると行きましょうか? 神機が同族だからって気にしない!

 

「頼むぜ、相棒っ!」

 

 ダウンから回復し浮き上がったサリエル堕天を叩くために近くにあった段差の上に跳び乗ってサリエル堕天に向かって跳ぶ。

 数回サリエル堕天を斬り裂いて、重力に従って落下していく身体を空中ジャンプで体勢を立て直してまた斬り裂いた。

 素早さ命のショートブレードだからね、こうやった速度勝負では負けないよ。……ゼルダの腕力のおかげで少し自信が折れそうになってるけどね。

 

「砕け散りなさい!」

 

 メリーは地面に着地してはすぐに跳躍してサリエル堕天に確実にダメージを与えていっている。

 バースト状態のおかげで跳躍力も普段のものより増しているし、神機の振りも格段に速くなっている。

 どうやらことごとく新型たちは俺の自信を壊してくれるみたいだ。

 

「てやああああ!!」

 

 ゼルダは跳ばすにその場でチャージクラッシュをサリエル堕天にぶつけていた。

 ぐしゃりと嫌な音がして思わず耳をふさぎたくなった。あの音はヤバいって。確実に正常な神経を壊されるって。

 さすがにそんなに重たい攻撃を当てられて耐えられるサリエル堕天ではなかったようで、そのまま落下して息絶えた。

 落下する時に素早く避けたゼルダはさすがだと思う。俺は前に潰されたしな。

 

「楽勝楽勝っ!」

 

「被害は最小限。上出来ですね」

 

「……夏、なんかした?」

 

「んなっ!? ちゃんとやったよ! 見ててよ!」

 

「なんで好きであんたを見ていなきゃいけないのよ」

 

「毒舌が最近エスカレート!!」

 

 なんだか最近メリーに毒舌を吐かれてもイライラしなくなってきている自分がいるんだ。

 これはもしや慣れ? 慣れなのか? 俺はもうこれに慣れてきてしまっているのか? なんで俺慣れてきちゃってるんだよ。慣れちゃ駄目だろ。

 うおおおおおお、と頭を抱えてうずくまっているとちょんちょんとゼルダが俺の方をつついてきた。

 

「あの、捕喰しないんですか? 素材が必要なのでは……」

 

「ああ……。うん、そうだった。ありがとう」

 

 ゼルダに言われて神機を捕喰形態にしてサリエル堕天に食いつかせた。

 ……お、冠だ。ラッキー。今度の強化は意外と速く進みそうだな。

 「そういえば……」ゼルダが何かを思い出したように俺たちに声をかけてきた。

 

「今回の任務はサリエル堕天の討伐ではないんですよね? 任務の内容は何ですか?」

 

「え、聞いてないの?」

 

「はい、全く」

 

「……メーリー?」

 

「あたしは夏がやるもんだと」

 

「お前がリーダーだろっ! 説明しとけよ!」

 

 しばらくまたメリーとぎゃあぎゃあ喧嘩した後、一度気持ちを落ち着かせるために深く息を吐いた。

 はあ、結局なんだかんだでメリーが絡むといつもあいつのペースに持ってかれちゃうよな。

 こんなことじゃ駄目だって分かってるはずなのにな……。本当駄目だな、俺。

 

「特殊なコア探しだよ。俺はあると思えないけどな」

 

「特殊な、コア……ですか」

 

「その名も特異点。実に無さそうな名前だろ?」

 

「ちょっと、勝手に無い前提で話さないで頂戴。あんたとは違うんだから」

 

「なんだよ! こんなに探し回って無いんだから絶対無いって!」

 

「あるったらあるわよ!」

 

 またはじまっちゃったよ、喧嘩……。こうなったら俺も止められないよ。

 だから、忙しなく始まった喧嘩の対応をしていた俺は気付かなかった。

 

「……特異点……?」

 

 そんな俺たちを見ながら表情を凍りつかせて何かを考えているゼルダを。

 俺たちは気付けなかった。

 

 

――――――――――

 

 

「これは駄目だねえ」

 

「やっぱりですか……」

 

「腐敗が始まってしまっている。使い物にならないだろうね」

 

「……すみません」

 

 どうも、所変わってサカキ博士の研究室だよ。

 異臭を放つコアだったものをサカキ博士に渡したんだけど、実に嫌な顔をされて返されてしまったよ。

 どうやらきちんとした保存をしなかったせいでいろいろヤバいことになってしまっているらしい。

 うえぇぇ……、グロイものが更にグロくなっているわけか……。

 

「それにしても弱ったね。もう品切れか」

 

「品切れ? もうコアが無いんですか」

 

「最近の研究は消耗が早くてね」

 

 本当、何してるんですかサカキ博士。コアをそんなに大量に使う実験なんてそんなに無いと思うんだけどなー。

 ……ま、まさかサカキ博士が食べているとか……。いや、さすがにそれはないよね。疑ってごめんなさい、サカキ博士。

 兵器とか作ってないといいんだけどなー。

 

「……ああ、明日は持ってきてくれなくてもいいよ」

 

「え? いいんですか? 必要なんじゃないんですか?」

 

「頼んでいるのは君だけじゃない、ということだよ」

 

 俺以外にも利用している人いるんですか、サカキ博士。この人、想像以上に人使いが荒いな。

 それにしても誰だろう、その頼まれている人って。同類だし、会ってみたいな。

 

「そう、ですか。それならいいか……」

 

「また頼むと思うからいつでも出来るように準備しておいてくれたまえ」

 

「はいはい。それでは失礼しますね」

 

 そのまま俺はサカキ博士の研究室から退出した。

 でも、誰なんだろうな。その人……。

 この前いたゼルダとか、コウタとか、アリサとか。あれ、第一部隊の名前しか出てこないのはなんで?

 ……なんだかんだ、苦労しているのかもなあの部隊。第一部隊の忙しさを思って、俺は合掌した。頑張れー。



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29、病室の先生

前サイトにはいなかった新キャラです。
ぶっちゃけた話、2で使うやつなのであまり関係なかったり。
前にハロウィンのお話で出てきましたね。

では、スタートです。


(う、嘘。嘘よ、こんなの……)

 

 目の前一杯に広がる赤、赤、赤、赤、赤……。地面に飛び散った赤が、あたしに向かってもかかる。

 あたしの持っている神機に付着している、赤。

 何故こんな状況になったのか分からなくて、頭の中が混乱する。

 ぐちゃぐちゃに掻き回された思考回路では冷静な答えを出すことなど不可能。

 分かっていても、この状況を覆すような答えを探すために足掻く。

 

「嫌……、嫌……!」

 

 朱に染まる銀、泣き叫ぶ黒、立ち尽くす茶。どうして、こうなった?

 分からない分からない分からない分からない分からない。

 

「は、はは……。ははははははははは!!」

 

 こんな状況で笑っているのは誰なのか。

 もう、何も分からない。

 

 

 

(……なにしてたんだっけ)

 

 何か嫌なことを見ていたような気がする。でも肝心のその何かが分からない。

 まあ、いっか。どうせ大したことではない気がするし。

 勝手にそう結論付けて私をそのままぼんやりとする。

 

(不思議な場所だなあ)

 

 なんだか昇っていっているような、落ちていっているような、その場で静止しているような。不思議と言う言葉でしか表しようのない場所にあたしはいた。

 淡い黄色のどこまでも続いているような果てしない空間にあたしは浮いていた。

 得体のしれない空間であるはずなのに、あたしは心が落ち着いていた。

 誰が造った場所なんだろう。ずっと、ずっとここで過ごしていたくなる。

 

『……おー……、……かー……』

 

 ぼんやりとした意識の中聞こえてくる聞き覚えのある声。誰だっけ、覚えてない。

 意識も段々と朦朧としてきている。視界は狭まってきて脳は殆ど休眠状態に移行してきているのに、耳は情報を拾おうとしている。

 

『……い……のか……? ……かっ……は……ぞー……』

 

 放っておいて。言おうとして、あたしの意識は急に持ち上げられていった。

 

 

――――――――――

 

 

「……っ!」

 

 嫌な気配に駆られてあたし……メリー・バーテンは目を覚ました。

 

「なんだ、起きてるじゃんか。いや、今起きた感じか?」

 

 最初に見えた色は、白だった。そして割り込むようにして視界に入ってくる夏。非常にウザい。なんで目覚めてから一分経らずでこいつを見なきゃいけないのか。

 少しイライラしながら、不意にここがどこなのか気になる。

 あたしがいるのはベッドの上のようで、周りから隔てるように白いカーテンで囲まれている。

 

「朝行ったらエントランスにも部屋にもいないんだもんな。人に聞いてようやく見つけたよ」

 

「……」

 

 あれ、そういえばここはどこだっけ。……そうだ、確か病室だ。

 最近嫌な夢ばかり見てしまうせいかなかなか寝れなくて、睡眠薬でももらえればいいなと思って病室に来たはずだった。でも、なんでここで寝てる?

 何度考えても思い出せなくて、終いに何故か夏が憎くなってきた。どうしよう、半殺しまでに殴りつけたい。

 

「なんで、あたしここで……」

 

「ようやく起きたようですね?」

 

「あ、せんせ……。あれ、誰?」

 

 誰だろう、この緑。

 深緑の所々癖毛のある肩に触れるくらい伸びた髪、同じく深緑の穏やかな瞳。そして緑色のシャツの上に白衣を羽織った誰か。性別が分かりづらい。あとセンス悪い。

 一瞬夏が知っているような顔をしていたが、どうやら知らなかったらしい。不思議そうに首を傾げていた。知ったかすんな。そして首を傾げるな、気持ち悪い。

 「こんな人、いたっけ……」どうやら病室の常連らしい夏も本当に知らないようだ。

 

「日出 夏くん、ですね。貴方はいつも遠巻きから見ていたので私は知らないと思いますよ」

 

「遠巻き!?」

 

「ああ、夏くん。こちら、ちょい前からいる医療班の方ね。なかなか腕がいいのよー」

 

 あたしたちの喧騒に気付いたらしい医療班のおばさんが話に割って入ってきた。

 「確かメリーちゃんと同じ支部に前はいたはずだけどねえ」病室に行ったことがないからあたしには分からない。そしてメリーちゃんってなんだ。

 

「こちらに来てからオオグルマさんからも医療を教えてもらいましたので」

 

「あらヤダ謙遜しちゃってえ! あなたはなかなか筋が良いわよお」

 

「ありがとうございます」

 

 にっこりと笑っておばさんと話す男性。口調や態度からもなんだか穏やかそうな人に見える。

 それにしても本当に見たことがないな。あたしと同時期に来たのだろうか。

 いやでも、オオグルマとかいうやつはあたしが来る少し前か後くらいにいなくなったらしい。

 ということはもっと前か……。ヤバイ、本当誰だ。

 

「自己紹介が遅れましたね。私の名前は一条(いちじょう)と申します。よく間違われますが、男です」

 

「あ、よろしくお願いします、一条さん」

 

「よろしく、一条」

 

「フレンドリー!?」

 

 今日も夏は絶好調の様でぎゃあぎゃあと訳の分からないことを叫んでいる。あれは一体何なのか。

 そうだ、名前もようやく知れたことだしあたしがここにいる理由をそろそろ聞いてもいいんじゃないだろうか。

 正直、あたしは昨日の記憶がブツ切りになっていて曖昧だ。どこの馬鹿だ、あたしは。

 昨日は寝れなくてこの場所を訪れたことは覚えている。でも扉を開いてからその後がさっぱり分からない。

 

「メリーさんはお疲れの様でしたので強行手段を取らせていただきました」

 

「きょ、強行手段ってなんですか?」

 

「お出しした飲み物に睡眠薬を盛りました」

 

「案外普通ー」

 

 一体この馬鹿は何を期待しているのか。それで万が一あたしに何かあったらどうするつもりなんだ……。

 ため息をついてから身体の怠さを感じ取る。睡眠薬はこういうものなのだろうか。なかなかに嫌な効果だ。

 でもいつ飲み物なんて出されただろうか。……駄目だ、何度考えてもとてもじゃないが思い出せない。

 こういった出来事、最近多すぎるような気がする。任務中の記憶はある。でも帰ってからの記憶が時々曖昧になっている。

 頭が、痛い。

 

「大丈夫ですか? 今日は休んだほうが良いのではないでしょうか」

 

「そうそう、そうしろって。コアだって今日も見つからない気がするし」

 

「どうしよう、殴りたい」

 

「私何かしましたか!?」

 

「いや、一条さんは関係ないと思うよ」

 

 サッと顔色を青く変える一条。あ、この人夏と同じでリアクションがいいタイプかも。

 しばらく通って遊んでみようかと思案するが、夏の方がいいリアクションだと思い出してその案を却下した。

 しかしこの状況、やはり任務にはいかせてくれないだろうか。なんだか今なら夏に負けそうな気がする。なんでだろう。

 

「任務は行くわよ。あたしが支部長から受けたんだから」

 

「ざんねーん。今回は俺が受けましたー!」

 

「……は?」

 

「俺が手伝ってること、既に支部長に知れてるみたいで俺が連絡したらオッケーだった」

 

「そんなに簡単な任務だったかしら、あれ」

 

「メリーのおかげで俺も認められたのかなあ。ありがとな!」

 

 輝かしいほどの笑顔。うわ、殴りたい。ただの衝動だけど、殴りたい。

 でもまさか支部長が承諾するとは思ってなかった。これはあたしにとって予想外の出来事だ。なんか感謝されてるけど。

 支部長には何か魂胆があるのだろうか。なんとなくその線は読めてきているけどもまだ確証がない。八方塞がりだ。

 ならここで夏を巻き込むわけにはいかない。いや、もう巻き込んじゃってるけども。あれはただ単に軽い興味心だ。

 まさかその興味心からここまで巻き込むことになるとは想像もしていなかった。どうしよう。今更外すことはできない。

 

「……頑張って」

 

「おう! ……ってメリーがデレた!?」

 

「誰がいつデレたっていうのよ?」

 

「おうふっ!?」

 

 折角応援してやったのにあんまりな態度だったからついつい鳩尾に一発叩き込んでしまった。いけない、これはもう癖だ。

 夏は少しの間蹲ったら治ったようで、そのまま病室を出て行った。元気だ。

 そういえば夏と言えば元気が取り柄だが、あたしには何か取り柄があるだろうか。……ドS?

 

「前は根暗だった君があんなにポジティブな友達を……。私は感激していますよ」

 

「あたし、あんたに会ったことないんだけど」

 

「夏くん同様に遠巻きから見ていましたのでそれも当然かと」

 

「あんたストーカーね」

 

「はは、よく言われます」

 

「……言われていいの?」

 

「特に気にしない性質なので」

 

 うわ、この人予想以上に面倒そう。通うのは無しにしよう。

 思考していたところで一条が興味深そうにこちらを見ていることに気付く。ストーカーの視線って異常に怖い。

 じっと睨み返してやると縮み上がった。面白い。

 

「おかしいわね、あんたみたいなのいたらすぐ目につくはずなんだけど」

 

「貴女は前の支部で感覚を殺していたではないですか」

 

「あら、知っているのね」

 

「勿論です。今なら気付かれますが、あの頃なら気付けないと思いますよ」

 

「相当なストーカーね」

 

「お褒めの言葉ありがとうございます」

 

 こいつの性格は案外好きかもしれない。深入りする気はないけども。

 さて今日は一日暇になってしまった。どうやって過ごそうか。

 ……とりあえず眠たかったのでそのまま眠ることにした。これで一日過ごせるとありがたいんだけど。

 

 

――――――――――

 

 

 結局、いつも通りの依頼だった。

 探索してアラガミ倒して探索していないから帰る。いつも通りすぎた。

 今日はアラガミも雑魚だけだったし、俺一人で十分だった。なんで俺だけの時に限って小型……。嫌われてる?

 ゼルダも今日はサカキ博士から頼みごとがあるようでソーマとコウタと一緒に出撃してしまった。なんで三人なんだろうね。ちなみに場所は愚者の空母らしい。

 

「メリー大丈夫かー……、っと」

 

 カーテンを開けてみるとぐっすりと眠っているメリーを発見。危なっ、起こすところだった。

 とりあえず内に入ってからまたカーテンを閉め、置いてあった椅子に腰を掛けた。

 でもなんでこいつは夜中に病室に来たんだろうな。そんなに体調悪かったのかな。睡眠薬仕掛けたくらいだし。

 

「あ、誰かと思ったら夏くんでしたか」

 

「どうも、一条さん。メリー、どうですか?」

 

「明日は出撃できますよ。ただの疲労ですからね」

 

「そうですか……。良かった」

 

 時々メリーに嫌われているのかなと思ったりはするけど、メリーは俺にとって大切な存在だ。……あ、恋愛的な意味じゃないよ?

 男のくせに人に頼るなんて、と思われるかもしれないけど案外そういうのも気分が良い。必死に自分を隠してた自分が馬鹿みたいに見えてくる。

 それでもまだメリーが自分のことを話してくれないのは悲しいけど、いつか話してくれると信じている。

 

「夏くんは優しいんですね」

 

「どうですかね? まあ散々弄られてますけど」

 

「いいリアクションをしてくれそうな顔ですからね」

 

「顔で分かるものなんだ……」

 

 初めて知った。リアクションって顔なのか。

 でも俺は意識してリアクションしているわけじゃないんだよな。ただ単にいちいちくる執拗ないじめに対処しているだけで。

 いや、そもそも対処するからその続きが来るのか? うーん、分からない。

 

「……ん、それなんですか?」

 

 一条さんが持っていた紙の袋が目に留まり、気になって聞いてみる。

 きょろきょろと辺りを見回してから一条さんは俺の質問に答えてくれた。俺、一応ちゃんと袋指差しましたよ?

 

「ああ、これは睡眠薬です。メリーさんが眠れないと零していたので処方しました」

 

「へえ、あいつがそんなこと……。ありがとうございます」

 

「これも私の仕事の一つですから」

 

 メリーが眠れないとか想像つかないな。想像しなくても目の前で起こってるんだけどね。

 それにしてもこの人本当いい先生だな。ストーカー紛いのことをしなきゃもっといい先生に見えるんだけどな。

 色々ともったいない人だ。

 

「今日は泊まらせるので、夏くんは部屋に帰ったほうが良いですよ」

 

「分かりました。なんか本当、ありがとうございました」

 

「医者ですから、当然のことをしたまでですよ」

 

 久しぶりにこういう人に会えたような気がするな。

 ちょっと『私』っていう人は初めて見たから最初は何だろうって思ったけど。失礼なこと考えてごめんなさい。

 

「それじゃ、失礼します」

 

「夏くんもあまりここには来ないように気を付けてくださいね」

 

「無理なことを言ってくれますね」

 

「そういえば言うだけ無駄でしたね」

 

 なんだか前に同じような会話をしたような気がするのは気のせいだろうか。

 とにかく俺は病室を出て自室へと戻って行った。あー、眠い。




◇一条
メリーと同じ支部から赴任してきた病室の先生。
以前からメリーのことを気にかけていたようであるが、メリー自身は一条に見覚えが無いようだ。
オオグルマがいなくなる前は彼に指南してもらうこともしばしばあった。
おばちゃんに腕を評価されているくらいにはできるらしい。
甘いものが好き。


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30、良からぬ噂

 えー、どうもおはようございます。夏です。

 今俺はエントランスにいる。もちろん今日の依頼を受けにきたわけだ。

 それでいつも通りなら既にメリーがエントランスに来ていて、依頼を受けているか珈琲(無論ブラックだろう)を飲んで待っているかのどちらかだ。

 ……うん、そのどちらかのはずなんだ。

 

「くー……」

 

「マジかー」

 

 寝てます。いつものソファで寝てます、メリーさん。

 え、ちょ、昨日散々寝てたよね。なんでまだ寝れるわけさ。俺には無理だね。

 人間ってのは不思議なもので寝すぎるとその日はなかなか寝付けないという枷がつくものなんだよ。枷、ついてなくないか?

 ソファの背凭れに寄りかかって熟睡かな? してる。なんか起こしづらいんだけど。

 

「……黙ってりゃ可愛いのにな」

 

 今俺の目の前で寝ているのはメリーじゃない。女の子だ。

 目は閉じられているから分からないけど、変に表情を作っているわけじゃないから普通の顔が見れる。

 うーん、勿体無いことしてるよなー。あの性格がとても惜しい。あれさえなければモテるのに。

 

「なんでこんな性格なんだろうな」

 

 反対側からじいっとメリーの顔を見続けて思う。

 昔はメリーだって良い子だったはずだ、多分。それがここまで歪むなんて何があったんだろうな。俺には分からないけど。

 ……いや、そもそもあいつにとっての『良い子』の定義が俺とは違う気がするな。そうか、そこからか。

 さてと、やっぱりそろそろ起こしたほうが良いかな。出撃の時間も気になるし、依頼を先に受けとくのもいいかもしれない。

 

「ねえ、あれ見てよ……」

 

「あ? ……一般の日出と生意気な新型のメリーがどうした?」

 

「そうじゃなくて! あの光景見てってば」

 

「は? ……あー。へー、喧嘩してるだけじゃないんだなあ」

 

 どうしようかなー、と考え事をしていると男と女、二人の話し声が俺の耳に入ってきた。え、俺たちの話題? なんで。

 というかそこ。いつも喧嘩しているわけじゃないし、今はメリーが寝てるから喧嘩なんてできるわけが無いだろ。察しろよ。

 ため息を吐いてからあいつらどうしようかな、と思っているとまた話し声が聞こえてきた。今度はなんだよ。

 

「へえー、日出ってああいうのタイプなんだあ」

 

「へえー、日出ってやっぱりドMなんだなあ」

 

「なんか可愛くない?」

 

「日出って女から見るとそうなるのか」

 

「なんか笑顔で後ろからついてきて欲しい感じー」

 

 おいおいおいおいおいおいおい!! お前たち本当に何の会話しているんだ!? 全く俺には分からないんだが。

 そして男、俺はドMじゃない! 決して違うからな。なんでそんな認識になるんだよ……。

 更に女よ、俺はペットかっ!? なんでみんなして俺の認識が酷いわけさ。俺泣くよ。泣いちゃうよ?

 

「ん……」

 

「あ、起きた。おはよう、メリー」

 

「え、あ、おはよう……?」

 

 ぼんやりとしながらメリーは応えてくれた。寝起きは嫌に素直だな。

 まだ眠いのか目は半開きになっている。そろそろシャキッとしてほしいのは俺だけだろうか。

 するとどうやらシャキッとしたらしくメリーは俺の顔面にグーパンチを叩き込んだ。

 

「なんでだ!?」

 

「あ、あんた、あたしが起きるまでそんな目で見てたわけ!?」

 

「そんな目……?」

 

「小動物を見るような目よっ!! 侮辱だわ!」

 

 どうしてそこで侮辱に繋がるのか。俺にはやはりメリーの思考を理解することが出来ない。

 顔を真っ赤に染めているメリーを見ると恥ずかしかったのがよく分かる。恥ずかしいことなのかな、あれ。

 「馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿!」でもだからってこんなに恨まれるとは思っていなかった。

 

「見た? 今の見た?」

 

「まさかの両想い……だと……?」

 

「ちょっと待てお前ら! 俺はメリーに対してそういう感情は一ミクロンも抱いていないぞ!?」

 

「何それ失礼」

 

 その後、メリーがその二人組をボコすことで解決しました。

 ちなみに俺もボコされた。なんで……。

 

 

――――――――――

 

 

 というわけで現在、鎮魂の廃寺です。

 久しぶりに雪を見た気がするな。雪っていいよね、なんか食べたくなる。

 一度身体を伸ばしてからメリーの方を見るとむすっとしている横顔が見えた。

 

「まだ不機嫌なのかよ。随分と根に持つな」

 

「……あんたのせいよ」

 

「はいはい、帰ったら珈琲奢ってやるから」

 

「睡眠時間が欲しいわ」

 

「それは奢れないなあ。ってまだ寝る気なのかよ!?」

 

「どれだけ寝ても物足りないのよ、最近」

 

 そう愚痴を溢すメリーは本当に眠そうだ。本当のことなのかよ。

 昨日は睡眠薬まで貰ったっていうのにな。こいつ、その内活動時間が十二時間になるんじゃないかな。

 とりあえず俺とメリーは手分けして探索することになった。いや、気付いたらメリーがいないだけだったんだけどね。置いてかれた。

 仕方なく一人で辺りをぶらついて、俺は一番奥の仏像のところまで行ってみた。

 

「さーて、誰かいますかー?」

 

 なんとなく呼びかけてみる。もちろんだけど応答はない。ちょっと寂しくなった。

 周囲を見回してから仏像に向きなおる。ここまでバックリ喰われてると見ていて痛々しいよな。

 昔はこういう像に縋って生きていた人たちもいたっていうのにな。

 

「いないよなー、いるわけないよなー、帰るしかないよなー」

 

 そもそも呼びかけてみたけど、その特異点やらが返事してくれるのかどうかも分からない。特異点っていうアラガミが声帯を持っていたとしても俺の呼びかけを理解するための脳が足りなかったら駄目なんだから。

 とりあえずここにはいなさそうだ。早くメリーと合流して帰るとするか。そう思い散策してみるが……いない。あいつ、かくれんぼ得意なんだろうか。

 

「はあ、どこに行ったんだよ……。ってメリー!?」

 

 月とエイジス島の二つがよく見える崖っぽいところに、メリーが倒れていました。

 えっ、なんで倒れてるの? 過労? 過労死? いやまだ死んでると決めつけるのは早いな。でも最近寝不足だとか言ってたしやっぱり過労死したんじゃ……!?

 

「メリー! おい、メリー大丈夫か!?」

 

「んあ? ……あ、夏」

 

 慌てて揺さぶったらメリーは気だるげに眼を開けた。な、なんだ寝てたのか……。

 全くお騒がせにも程があるってもんだ。こんなところで暢気に寝ていられるメリーの精神を疑うよ。ここは外なんだから、守ってくれる壁だってないんだ。いつアラガミが来てばっくりいかれるかもわからない。回ってみた所アラガミはいなさそうだけど、もうちょっと危機感持ってもらいたいよな。

 ため息を吐いてから、メリーに特異点どころかアラガミも見なかったことを報告する。俺の報告を聞いてメリーは頷く。メリーのほうも何かを見つけたわけではないらしい。

 

「ちょっと気になるから明日、ゼルダともう一回来るわよ」

 

「は? 何もないのにまた来るのか?」

 

「気になるものは気になるの。まあ目立った進展はないかもしれないけど」

 

 俺は特に気にならなかったんだけどな。新型にしか分からないものがあるのだろうか。だとしたら特異点探しに俺が参加してもあまり意味はないんじゃないだろうか。俺よりゼルダの方が細かい何かを探せる気がするし。

 未だに雪の上に腰を下ろしているメリーを助け起こす。そういえばお尻濡れてないだろうか。メリーのズボンはまさかの防水性なんだろうか。

 

「眠い。帰るわよ」

 

「よく寝れるよな……。まあ帰ることには同意だけど」

 

 時々、メリーが妙に子供っぽく見えるような気がするな。朝の件とか、今とか。

 

 

――――――――――

 

 

 突然だが、どうでもいい話をさせてもらおう。

 俺たちがいつも座っているエントランスのソファってすっごいモフモフでフッカフカなんだよね。座り心地がよすぎるんだよ。

 ある意味朝メリーがここで寝ちゃったのは仕方ないということを言わせてもらおうか。

 依頼後、俺も疲れを癒そうとしていつもメリーといる隅のソファに向かったわけですが。

 

「あのー、コウタ? それにタツミさん?」

 

「おかえり、夏さん」

 

「お前を待っていたんだぞ、夏」

 

「ああ、どうも。で、この状況説明してもらいたいんだけど」

 

 現在の状況。コウタに右腕を、タツミさんに左腕をがっつり掴まれてます。まるで連行されてるみたいだなー。

 って本当に連行されてるんだけど!? 俺何かしたかな? というかなんでタツミさんまで……。

 アワアワと慌てふためく俺を他所にほとんど強制といった感じで俺はいつものソファに連れて行かれた。メリーは相当眠かったようでソファにはいなかった。

 俺は出口のない壁際まで詰められて隣にコウタ、タツミさんと座る。そして正面にはアリサとリッカさん。ってあなたたちまで。

 

「ストレートに行かせてもらいますけど、メリーさんと恋仲って本当ですか?」

 

 早速、と言ったような感じでアリサがにっこりと良い笑顔でそんな言葉を口にしました。

 ……ハイ? 今何と? ちょっと俺には理解できない言葉が含まれていたよ?

 

「こ、恋仲……?」

 

 訳の分からない単語のせいで俺の頭がショートを起こす。こ、こいなか、コイナカ、恋仲……。

 駄目だ、全く分からない。というかどうしてそうなった。未だにこの状況が理解できないのはやっぱり俺だけなんだろうな。

 ポカンと口を間抜けに開けながら呆然としている俺を置いて話は進んでいく。

 

「あれ? 俺は夏さんの片想いって聞いたんだけどな」

 

「あ、私もそっちを聞いたよ」

 

「俺はアリサのほうだな」

 

「どっちでもいいでしょう。真相が分かれば問題ないんですから」

 

 四人が何かを期待しているように俺の顔を覗き込んでくる。え、何を期待しているんだろう。

 とりあえず恋仲のことは否定したほうが良いんじゃないかな。うん、とにかくまずそれから始めるとしようか。

 

「お、俺はメリーと恋仲じゃないですよ」

 

「じゃあやっぱり片想い? 頑張るねえ、夏くんは」

 

「だからそんな感情は持ってないですって!」

 

「その割にはお前の耳、赤くなってるぞ」

 

「んなっ……!?」

 

 にやにやと面白そうに笑うタツミさんの言葉を聞いて急いで耳を触ってみる。ほ、ほんとうだ。なんか耳熱い。

 ……耳が熱いってことは、顔も赤いってことにつながるのか? 慌てて頬も触って確認してみる。熱かった。

 み、みんなして面白そうに俺の方見て笑ってるんだけど! 見るなああああ!!

 

「夏くんも可愛いとこあるんだねー」

 

「可愛いとか言わないでください! 嬉しくないですっ」

 

「一般の人たちが言っていたこともなんだか分かる気がします」

 

 一般? 一般……。朝の二人組かああああああ!! 後で絶対叩きのめしてやる。これはもう決定事項だ!

 どうやってボッコボコにしてやろうかと現実逃避をしようとしても周りがそれを許さない。

 というか女子はなんでそういう恋バナ好きなんだろうね? いや、今回はコウタとかも参加しているから女子限定じゃないか。

 本当迷惑な話だな。それにいちいち反応する俺も俺なんだろうけどさあ……。

 とりあえず一人一人確実に黙らせていったほうが良いな。

 

「タツミさん、人の仮恋バナに首突っ込んでますけど、ヒバリちゃんはどうなんです?」

 

「うっ、痛いとこ突いてくるな……」

 

 とりあえずタツミさんを撃墜!

 タツミさんは下を向いて黙り込んだ後、顔を上げてそのままソファから離れて行った。ヒバリちゃん頑張ってくださーい。

 よし、あと三人……。というか揃いに揃って暇な人たちだな!

 

「リッカさん、整備の方はいいんですか? さっきゼルダが探してましたけど」

 

 もちろん嘘だ。ただ単にリッカさんにちょっとこの会話から外れてほしいだけだ。

 まあゼルダが探していたって言うのは本当なんだけどね。さっき神機預けに行ったときにいたから。

 

「え、本当? 残念だけど、それは行かないといけないね」

 

 リッカさん撃墜。よし、残るは二人だ。

 ……どうしよう、二人を撃墜する方法が分からないよ。バガラリーの時間ならとっくにコウタは外れてるだろうし、アリサとか全然分からない。

 あ、これは詰んだ。内心でだらだらと冷や汗を流す。これは質問攻めの洗礼を受けるしかないのか……?

 

「ちぇ、残念だなー。リッカさんもタツミさんも抜けちゃったよ」

 

「リッカさんは仕事だから仕方ないですよ。私たちが聞けばいい話です」

 

「それもそうだな」

 

 あっれー、おかしいなー。なんか二人が楽しそうに笑ってるなー。

 なんで笑っていられるんだろう。俺は今正直泣きたいくらいなんだけど。

 人の前で自分の恋バナを話すとか羞恥ものだよ。しかも俺、年齢=彼女いない歴だし。恋バナなんてあるか。

 

「それで、どこまでいったんです?」

 

「あっ、もしかしてもうチューとかしてたり?」

 

「ば、馬鹿言うなよ、コウタ! キスなんてしてないからな!」

 

 してない。確かに俺の記憶の中にそんなことをしたという記憶は存在しない。

 でも前にそれ以上のことになりかけたような気が……。いや、思い出すんじゃない!

 コウタの発言によって頬が熱を帯びていくのを感じる。だから反応するから駄目だって分かってるのに……。

 

「なんでそんなに反応してるんですか?」

 

「やっぱり、した?」

 

「違うっ、違うんだって!」

 

「赤い顔のままで言われても」

 

「説得力ないですって!」

 

「うぅっ……」

 

 それから俺は軽く二時間ほどアリサとコウタの二人に弄られる事となった。

 俺は玩具じゃないんだぞー!



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31、磨かれた真面目

「ヤバ……眠い……」

 

 思わず朝から目が半開きだよ。どうも、夏です。

 昨日はサクヤさんが止めに入るまでアリサとコウタから質問をされたよ。大体二時間くらい? 俺にとっちゃ悠久の時だったがな。

 あの勢いは凄まじかった。「結局チューはしたの?」「告白はしたの?」「思いは届いているの?」「というか既に経験済み?」などなど。

 俺から言わせてもらえばそんなことをしている暇があるなら訓練場にでも行ってろ、っていうね。死ぬかと思った。

 まあ現在地点で寝不足で死にそうなんだけど。

 

「あたしも眠いわ」

 

「お前、まだ言うか……」

 

 目の前で頭を机に乗せてぐだっとしているのはメリーだ。お前、睡眠時間教えてくれ。

 昨日も俺が質問責めを受けていたときはエントランスに来ていなかったから、すぐに自室で寝てたと思ったんだけど……。何時間寝てんだ。

 

「クマ、かなり酷いぞ」

 

「あたしは熊なんて飼ってないわ……」

 

「それはお前が前に否定したネタなんだが」

 

 いけない、寝不足でメリーがおかしくなってる。……寝不足って、言うのか?

 とりあえずこのままここにいてもぐだぐだとしているだけなので俺はメリーを引きずるようにしてエントランスを後にした。

 ……そういえば今日の特異点探し、ゼルダもいたような。嫌な予感がするのは俺だけだろうか。

 

 

――――――――――

 

 

 というわけで鎮魂の廃寺。

 今日は昨日調べられなかった、というか分からなかったところを専門家に見てもらおう的なノリでここを訪れている。

 無論、その専門家とはゼルダのことだ。この前同行した時もかなりいい役割をしてくれたからな。

 そう思って来たわけですが。

 

「それでは、手短に説明を頼む」

 

「お、おう」

 

「はぁ……、またなのね」

 

 メリーは「頭が痛い」と言うとそのまま座り込んで寝やがった。ちくしょう、丸投げする気か……!!

 俺も頭が痛いよ、とぼやきながら目の前にいるゼルダに視線を向ける。

 

 そう、また服が違うのだ。しかし、前のようなコートではない。

 今回ゼルダが着用している服はネクタルスーツ。ゼルダカラーである白のスーツである。

 そしておそらくその影響だと思うのだが、ゼルダがまた違う。

 

「どうした? 私は説明を求めているのだが……?」

 

「はいはいっ、分かりました!」

 

 すんごい真面目。うん、真面目になってる。

 どんな依頼でもしっかりきっちり遂行してくれそうな、真面目オーラを醸し出しているゼルダ。ご丁寧なことにメガネまで着用してくれている。なんで眼鏡ってかけただけで知的に見えるんだろう。メリーは全然知的に見えないけど。

 とにかくこんなことで何時間も待機していたら困るので、ゼルダの言った通り手短に話した。ゼルダは時折頷きながら説明を聞いてくれた。

 

「なるほど、特殊なコアか」

 

「一通りエリアを回ってみて、いるなら居場所を特定してほしいんだ」

 

「了解だ。さて、そうと決まればすぐに行くぞ。……準備はいいな、夏?」

 

「ラジャー!」

 

 はっ!? なんかノリでラジャーなんて言ってしまったよ。

 とにかく俺は先に行ってしまったコートゼルダの後を追っていった。

 

 

「……結論から言おう。ここにはいない」

 

「そうか……」

 

「しかし僅かに痕跡はある。以前はここで生活していた可能性は十分にある」

 

「へえ、そんなことまで分かるのか」

 

「あくまで推量の域だが」

 

 昨日、メリーが倒れていた場所に俺たちはいた。

 一通りここら一帯を一周し、話すならということで月がよく見えるここにやってきたというわけだ。

 まあアラガミが出てきたらやばいんだけどね。その時は全力で撤退させてもらいますよ。月の観察よりも命の方が俺は大事だからね。

 ちなみになんだかんだ言ってメリーは付いてきました。休んでればいいのにね。

 

「いないと分かった以上、ここには既に用が無いわけだがどうする?」

 

「そうだな……。特に用事はないし、俺は帰りたいかな」

 

「それもいいだろう。敵地に長居は無用だ」

 

 俺の意見に頷きながら同意をしてくれたゼルダ。

 いつもと違って口調こそ丁寧じゃないけど、こういう風に会話するのってなんか緊張する。いや、雰囲気が真面目なもんだから。

 軽くため息をついてから俺は後ろに視線を向ける。そこには今にも寝てしまいそうなほどぼんやりとしたメリーがいる。お前、もうアナグラにいろよ。

 というか見ていてハラハラするんだよ、今のメリー。なんか心臓に悪い。

 

「メリー、メリー。大丈夫か?」

 

「……ん、だいじょぶ……」

 

「お前は子供かよ」

 

 軽く手を上げながら俺に返事をくれたが半開きの目で言われても説得力がない。

 とにかくこいつを連れて帰るべきだよな、と考えているとふらりとメリーの身体が揺れた。バランス感覚も危ういのかと思っているとそのまま倒れるように傾いていく身体。……え?

 

「おっと、危ない」

 

 もう少しで頭を打つ。その寸前でゼルダがメリーを受け止めてくれた。

 こういう時は俺が動かないといけないのに。なんて思いながらもゼルダに感謝する。正直に言えば、今俺は体が動かせなかった。何故か。

 受け止められた方のメリーは動く気配を見せない。どうやら睡魔が完全にメリーの自由を奪い取ってしまったようだ。

 

「少し熱があるか? 睡眠を取れば治るだろうが……」

 

「ごめんな、ありがとう」

 

「気にすることは無い。お互いに仲間だからな」

 

 ゼルダの腕の中でスヤスヤと眠りについているメリーはとても心地よさそうだ。いい顔してるし。

 それにしてもここで眠る程寝不足ってわけでもないのに、なんでこいつは寝たんだろうな。ここ最近メリーは様子がおかしすぎる。

 

「……メリーは、普通の神機使いではないようだな」

 

「え? ツバキさんから聞いたのか?」

 

「今分かった。……こいつは、かなり……いや、なんでもない」

 

 何やら深刻そうに考えるゼルダ。俺には何のことだが全く分からないんだけど。

 いつも思うことなんだけどさ、俺を置いて話が進むことがとても多い気がするんだよね。これってもういじめだよ。

 しかしゼルダは急にはっとしたような表情になると固かった表情を少し緩めた。

 

「そういえば、私が考えても表への引き継ぎは困難だったな」

 

「引き継ぎ?」

 

「我々は表の記憶は共有できてもそれ以外の個々の記憶は共有できないのだよ」

 

「ああ……、だからゼルダはいつも服を戻したら覚えてないんだな」

 

「そういうことだ」

 

 全く面倒なことだ。というか俺が親しくなってる女の人ってゼルダとメリーが主だけど、まともな人がいないような気がするのは俺の気のせいか?

 ゼルダはびっくりするほど真面目だし、メリーはびっくりするほど鬼畜だし。まだゼルダのほうがいいや。

 俺って周りに恵まれてないのかなあ、と考えつつもゼルダからメリーを受け取り背負う。うん、ちょっと重い。

 

「時は金なり。早く帰るとしようか、夏」

 

「了解だ、上官殿」

 

 ちょっとノリで言ってみた。でもきっと階級的にはゼルダのほうが上官のはず。

 ……俺、先輩なのになあ。その事実が怪しくなってくるよ。

 

 

――――――――――

 

 

 病室に行ったときおば……おねえさんから「またお前か」と言わんばかりの笑顔を向けられました。メリーみたら普通の笑みに戻ったけど。差別反対。

 だけど出先で寝落ちしたことを伝えたら早々に追い出されました。酷過ぎにも程があるよ。

 で、今。

 

「うしっ、やっと着いた」

 

 結局メリーの部屋に戻ってきた。病室から追い出されたらここしかないよね。

 「お邪魔します」と誰が聞いているわけでもないのに言ってからメリーの部屋に入る。言わないと不法侵入な感じしない?

 メリーをベッドに横たえて布団を上からかぶせてやってから一息つく。疲れたー。

 それにしても相変わらず女とは思えない洒落っ気の無い部屋だ。

 散らかっていない、殺風景な部屋。唯一印象的なのはディスプレイに映るウロヴォロスだろう。なんでウロヴォロスにしたんだよ……。

 

「もうちょっと、こう、女の子らしくしてもいいのに」

 

 野郎が言ってもだからなんだ、って感じだけどさ。でも俺でも分かる。もうちょっと女の子らしい部屋にしてもいいんじゃないかと。

 ……あ、なんで俺がいちいちメリーの部屋のことに口を出さなきゃいけないんだ? 全然関係ないはずなのに。強いて言えばパートナーってだけで。

 恋愛とかそういう感情はないから、やっぱりパートナーというか仲間意識でってことかな。前まで一人だったから変な感じだな。

 

「全然変わったよなー、俺」

 

 少し前までは一人で依頼行って、一人で帰ってきて、一人で報告して、そのまま寝てたのに。良い意味で、変わったよな。

 一人でいるのは特に気にならなかったけど、こうやって他の人と行動しているってのもいいなってこいつのおかげで思えたんだよな。

 メリーに言ったら全力で否定してプラスで鳩尾に鉄拳を貰うだろうけど……。なにもかもこいつのおかげで俺はいい方向に行けた。それは事実だ。

 

「ありがとな、メリー」

 

 独り言のように呟いてからそっとメリーの黒髪を撫でた。本当、こうして見るといつもの凶暴性なんて分からない程女の子なのに。

 ……って、俺は何やってんだ!? 髪撫でるとか! 女の子の! 女の子の!! 何やってんだよ、俺~~~っ!

 あー、恥ずかしい。最近の俺はどうかしているよ。頭がきっとイカレてきてるんだな、馬鹿になってきてるんだな。

 

「あー、もう……。なんなんだよ……」

 

 昨日みたいに顔が熱くなって、それを隠すように両手で覆ってからその場に蹲る。うぅっ、なんだか馬鹿みたいじゃないかよお……。

 深い深呼吸を繰り返して何故か活動が増している心臓と熱を整えてから両手を外して、俺は立ち上がった。

 俺もメリーが眠たくなっているようになんかの病気にかかってるんじゃないかな。きっとそうに違いない。うん、それ以外は認めない。

 

「んじゃな、メリー。ゆっくり休めよー」

 

 出来るだけ自分を落ち着かせるために俺はいつもの調子を心がけて部屋を出た。

 とりあえず俺も一睡したら落ち着くだろ……。



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32、偵察任務

どうも、キョロです。
あの番外編を除いたら今年初めての投稿になります。

では、スタートです。


「はっ? 別行動?」

 

「ええ、本日は個別の任務となっていますね」

 

「ふーん」

 

 現在、エントランス。依頼を受けようとヒバリちゃんのいるところまで行っての会話。

 久しぶりにきた気がする。メリーと別行動の依頼。

 突然のことに俺は驚いたけどメリーはどうでもよさそうだ。うん、君強いからね。

 そうそう、昨日睡眠不足で倒れたメリーだけど一日寝たら治ったみたいだ。

 まだ寝不足なのは変わりないみたいだけど……。

 

「じゃああたしは一人で捜索か。面倒ねえ」

 

「俺は何の依頼だ?」

 

「偵察任務ですね。鎮魂の廃寺に向かってもらいます」

 

「うわ、俺の方が面倒そうだ」

 

 こういう依頼も久しぶりだなあ。最近は雑用なんてやってなかったからなんだか懐かしさすら感じてくるよ。

 ちょっと遠い目になってたらいつの間にか隣にメリーはいなかった。相変わらずの神出鬼没。もう尊敬の意すら抱いてくるよ。

 とりあえず俺に依頼を選ぶほどの位はないし、この依頼を受けるしかないか。

 俺は簡単にヒバリちゃんから依頼を受けると出撃するためにエレベーターに乗り込んでいった。今日は面倒な日になりそうだなあ。

 

 

――――――――――

 

 

 やってきました鎮魂の廃寺。

 いつだって止むことのない雪を視界に入れて、俺は目の前にいる三人に視線を向けた。

 

「あー、えっと、よろしくな?」

 

「……ふん」

 

「こちらこそよろしく頼むわね」

 

「ねーねー、早く行こうよー!」

 

 なんだかごちゃごちゃそうに見えるこの三人。実はいつも行動しているグループのメンバーなんだとか。意外だ。

 今日の偵察依頼は俺だけじゃないらしく、他に男一人女二人の計三人の旧型がついている。いつも新型が隣にいたから少し違和感を感じる光景ではあるな。

 それにしてもなんか男が俺に対して明らかな嫌悪を示しているんだけど。俺、初対面なんだけどな。いきなり嫌われちゃったよ。

 

「お、俺の名前は日出 n」

 

「名乗んなくてもいい。お前は有名だからな」

 

「……え、えーと、そっちの名前は?」

 

「はあ? なんでお前に名乗らなきゃならないんだよ」

 

 本当なんで俺はこんなに嫌われているのかな!? 心当たりの欠片もないんだけど。

 内心流れる冷や汗を感じつつ、俺は思った。

 ――今日は俺にとっての厄日だ、と。

 

 

 さて、いきなりだが早速と言った感じで俺は三人組とはぐれてしまいました。というか置いていかれたと言った方が正しいな。泣きそうだ。

 一人でトボトボと歩いているよ。ハハハ、なんだろう挫けそうだ。

 さすがにこの仕打ちは酷いよな? 持っている神機の盾の部分を撫でながら心の中で神機に向かって問いかける。

 来るんじゃなかったなー……。まだメリーにモルターをぶつけられる方がマシだ。あっちは慣れちゃったからもう今ではそうでもない。

 

「俺が何したって言うんだよ……」

 

 あれ、目の前がなんだか霞んできた。なんでだろうね、ハハハ。

 どうしようかな。もうこのまま最初の位置に戻って三人を待ってようかな。これ以上俺がここにいたらオウガテイルに殺される気がする。

 それほど今俺には集中力がないんだよ。誰か助けてよ。

 

 

『ガアアアアアァァァッッッ!!!』

 

 

「あっ?」

 

 ……俺の予想が正しかったらさ。今、とんでもないことが起こってる気がするんだ。

 今の咆哮ってどう聞いてもアラガミのものだよね。しかも結構ヤバイ奴だよね、絶対。

 聞いたことない声だったから新種なのかな。え、新種? それって俺の明日の保証あるの?

 しかもなんか激しい攻防の音がするしさあ。あの三人組絶対戦ってるよ。俺ら偵察部隊なんだからそのまま帰ろうよ、面倒くさいなー。

 まあ今やるべきことは一つだよね。

 

「加勢しなきゃだよな」

 

 ここで加勢しなかったらただの鬼畜だよね。仲間見捨てるとか、そういうことは俺にはできないよ。

 と言うわけで早速戦闘が行われている場所へ向かってみる。もちろん速足でね。歩いてる場合じゃないから。

 三人組が交戦していたのは、見たことがないアラガミだった。形はヴァジュラのような四足歩行。だけどその顔は女性の様であり、全体的な色は青系統だった。こんな寒い所にいるんだから、氷に特化している奴だろうか。

 とにかく、交戦するだけ無駄だ。こいつはどう見たって強い。あくまで俺たちは偵察だ。ここで起こった出来事、つまりこの新種のことを帰って報告しなければならない。アラガミの攻撃パターンなども見極められたらいいんだけど、そこまで欲張ってはいられない。

 

「おい、撤退するぞ!」

 

「誰が撤退なんざするかよ! レアなんだぞ!?」

 

「っざけんな! 命の方が大事だろ!」

 

 近接型の俺に酷い男――まあ仮にAとしておく――を説得する。

 とりあえず呼びづらいからここで呼び名を決めておこう。近接型のクール女をB、遠距離型の明るい女をCとしておこう。

 

「女は男連れて引けっ! ……いや、俺を引きずるんじゃなくて向こうな!」

 

 撤退命令出したら何故か俺が引きずられました。うん、確かに俺の言い方が悪かったよ。悪かったけど取り乱さないで! お願いだからさ!

 まあちょっとシリアス展開ぶち壊しなのもあったけどなんとかBとCにAを引きずって撤退してもらった。もちろんアラガミが三人組を追っていかないようにスタングレネードを使用するのも忘れない。うん、なんかいいことした気分だ。

 

「て訳で、俺の相手してくれるか?」

 

 問いかけたら咆哮で返してくれました。なんでか分からないけどちょっとうるっときた。返事、返事してくれたよ……! まあお礼は出来ないから戦わない? 流れがおかしいことは分かってるけどね。それ以外俺がやることは無いよ。

 今回の戦闘はあくまで撤退が目的だ。俺があのアラガミに勝てるとは思えないし、思わない。まあ退かせることが出来ればよし。

 んじゃま、さっさと始めますかね。

 

「それそれそれそれそれそれっ!!」

 

 必殺、影分身! ……は出来ないからとにかく高速で動いてアラガミを斬り裂いていく。ショートの最大の利点を生かした攻撃だよ。

 余所見しながら、ってわけじゃないけど。メリーの特訓なかなか生きてるんじゃないかな、これ。あの地獄のレーザー避け。今から考えればいい感じに動体視力とか瞬発力上がったんじゃないかな。俺には分からないけどさー。

 

「よっし、ヴェノムは効くな」

 

 さっきよりも行動が鈍ってきているから恐らくヴェノムになったと見ていいだろうな。なんかすごい達成感があるんだけど。ヴェノム小でもなかなかいけるもんだ。

 そのまま攻撃の手を止めずに斬り裂き続ける。ちょっと楽しくなってきた俺はメリーに感化されていると見ていいんだろうかね?

 

「……ん?」

 

 急にアラガミがピタリと動きを止めた。え、何? またなんか来るかもしれないの?

 気にしないことにして攻撃をし続けることにする。何か行動を起こして来たらどうしようか。今からビクビクだよ。

 と、考えていると突然アラガミが踵を返した。

 

「っ、マズイ!」

 

 慌ててスタングレネードを投げつけるも時すでに遅し。一瞬の閃光の後、俺の視界にアラガミはいなかった。おいおい、マジかよ……。

 急にアラガミが目の前の得物を無視してどこかへ行くなんてことはあり得ないことだけど……。まあ体力の回復なら敵前逃亡もあり得ることだ。

 でも今回は絶対それじゃない。アラガミが向かっていった先には間違いなく三人組がいる。本当、なんで急に……!?

 

「くっそ……、間に合え!!」

 

 今度、メリーに脚力の特訓もしてもらおう。今決めた。

 

 

 着いた時はもう遅かった。

 あともう少しで安全地帯に着くというところで三人組は先程のアラガミと戦闘していた。うっわ、最悪すぎるよ。

 囮を作ろうにも多分アラガミは動いてくれないだろうしな……。

 

「撤退! 撤退しろ!」

 

「さっきからてめえは何様だ! 命令ばっかすんじゃねえよ!」

 

「黙れ! 命を大事にしないやつなんて足手まといだっつーの!」

 

「喧嘩してる場合じゃないわ!」

 

「総員撤退です! 撤退しましょう!」

 

 女子の二人にメリーとゼルダを見てしまった俺は相当参っているのだろうか。

 一喝されてから普段あまり使うことのない頭をフルで回転させる。

 今俺がすべきことは味方の撤退だ。だが囮は使えないし、スタングレネードで稼げる距離でもないだろう。まあ使ったほうがいいだろうが。

 

「ちょっとの時間稼ぎにはなるよな、っと!」

 

 三個目のスタングレネード。残り一つだが、問題はないだろう。

 三人組と俺は間にアラガミを挟んで分断されている。一本の細道だから回り込んでいる時間はない。

 アラガミがスタンしている今のうちにあっちに行かないと……。

 

『ガアッ!』

 

「なっ!?」

 

 アラガミの横を通ろうとした瞬間、アラガミがジャンプする。えっ、なんで? と疑問に思ったのはほんの一秒程度に過ぎなかった。

 俺がアラガミの真横に来た時と丁度同じ時、アラガミが着地する。そして着地したアラガミを中心として地面から飛び出すように出現する氷柱。

 咄嗟の判断で盾を展開し氷柱の攻撃を受け止めるが氷柱が消えてくれない。の、残らないでもらいたい。壁と氷柱に挟まれて動けなくなったんだが。

 

「う、ぐっ! 抜けない!」

 

 絶妙な氷柱の配置だ。完全に囲まれてるよ。ジャンプを活用したら抜け出せるかな。抜け出せるといいんだけど……、というか抜け出さなかったら困る。

 氷柱が刺さらないように注意しながら手を置いて、勢いをつけて氷柱から脱出する。こんなこともあるんだな。

 気を取り直して三人組の方へと視線を向ける。

 

「ぐわああああ!?」

 

「しまった!」

 

 俺の邪魔をしてきた氷柱よりも小さい氷柱が五、六発連続してアラガミから発射される。狙いはAだ。

 着地してからそのまま前のめりになりそうになる姿勢を生かして前へ踏み出すも、氷柱の方がスピードが速かった。

 まるで引き寄せられていくようにAに突き刺さる氷柱。スローモーションのように崩れるAと舞う赤。

 

「ああああああ!!」

 

 こんなの絶対嘘だ。嘘に決まっている。

 目の前が真っ白になり、思考できなくなる。思考できなくとも身体は「生きたい」と生存本能のままに動いていく。

 本当に不注意ではあるが、アラガミなど既に眼中にはなかった。

 

 

――――――――――

 

 

 そこから先のことは覚えていない。

 ただ無我夢中に動いたんだろうな、ということは疲労具合から分かった。

 アイテムポーチに入っているスタングレネードが一つも残っていなかったから、多分残っていたものを使って逃げ切ったんだと思う。

 

 あの後、俺が担いで持って帰って来たらしいAは病室にいた。かなりの重傷らしい。

 そしてBとCも傷を負っていたようで同様に病室にいる。二人の傷はAと違い、軽めの傷なので生死に問題はないそうだ。

 

「……夏」

 

「……おう、メリーか」

 

「ちょっとトラブルがあったって聞いてね」

 

 病室の外、壁に凭れかかって目を閉じていた俺にメリーから声がかかった。今まで心を落ち着かせようと瞑想っぽいものをしていたわけだが、まあどうでもいいだろう。

 メリーに声をかけられて、少しほっとしている自分がいることに気付き自嘲した。本当、こんなんだから頼りないんだよな。

 

「で、容態の方は?」

 

「二人が軽め、一人がかなり危険だ」

 

「一応生きて帰ってきたわけね」

 

「……どうだろうな」

 

 目だけを動かして病室に向ける。さっきから心臓が煩すぎる。一秒が一時間にも感じる。こんなことは初めてだ。

 俺たちの間に会話が無くなり、また目を閉じて瞑想をしようかと考えたとき病室の扉が控えめな音を立てて開いた。出てきたのは最近会ったばかりの一条さんだった。なんだか見知った顔だと安心感がある。おばさんが出てきても安心感はなさそうだけど。

 

「あ、あのっ、あいつは!?」

 

「……」

 

「い、一条さん? どうしたんですか」

 

「……夏くん」

 

「なんで即答してくれないんですか、なんで大丈夫だって言ってくれないんですか」

 

「落ち着いて。……落ち着いて聞いて下さい」

 

 ゆっくりと、諭すように俺に告げてくる一条さんを見て俺の中に嫌な予感が過ぎる。すぐにその嫌な予感を否定する。そんなことがあってたまるか。絶対、絶対にそんなことはあっちゃいけないんだ。

 自分で見ている風景が遠くから見ている光景のように、夢を見ているかのようにぼんやりと霞んでくる。出先と違って泣いているわけじゃない。

 一条さんが少し迷ったように目を泳がせてから、口を開いた。

 

 

 

 

 

「刺さり所が悪かったようで。……お亡くなりに、なりました」

 

 足から力が抜け、目の前が真っ暗になった。

 そして不思議なことに、胸の奥が温かくなるのをどうしてか感じた。




▽夏 は 新しい 固有スキル を 手に入れた


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33、生死について

 どれくらいの時間が経ったのだろうか。

 あの後、意識せずとも身体は自然と自室へと向かっていた。習慣って怖い。

 部屋に着くなり、いつも着ている赤いジャケットを脱ぎ捨ててベッドに腰掛けた。今までの流れはただそれだけだ。

 多分あの出来事から一日は確実に跨いでいると思う。というか跨いだ。さっき時計の日付が違ってた。

 いつも着ていたF制式レッドを脱ぎ捨てたのは完全に無意識だった。思い出したくないんだと思う。血の色だから、赤は。

 

「……はあ……」

 

 俺は寝ていなかった。いや、でも記憶が所々途切れているから寝たのかもしれない。そこから既に曖昧だ。

 部屋から出る気など全くなかった。というか一生ここに引き籠っててもいいと思う。駄目人間だとか、馬鹿だとかなんとでも言えばいい。

 

 正直、俺は初めてこの神機使いという職業を辞めたいと思っていた。

 初めてアラガミを倒したときのあの感覚。あれは今でも忘れられない嫌なものだが、それよりも今回のものは酷い。

 アラガミを倒したときのことは直に手に残っている。昨日のことは直に記憶に残っている。

 影響力が強いのは本来前者のはずだが、俺にとってのトラウマは後者のほうだった。

 これは時間軸が後者の方が新しいものだからなのだろうか。俺のことのはずなのに俺自身が曖昧だ。

 

「……なーつー……」

 

「……」

 

「……開けてよー……」

 

 ドンドンと乱暴に扉を叩く音の間に聞こえる女の声。まあ十中八九メリーだろう。

 物に乱暴に当たられても困るのだが……。あいつはきっと女じゃないんだろう、それですべては解決する。

 とにかく今は人に会う気など更々ないので、そのまま無視を決め込んで俺はベッドに上半身を埋めた。

 寝れるかどうか試そうと思い瞼を閉じてみる。電気をつけていない部屋で普通瞼の裏に映る色は黒系統だが、今の俺の瞼の裏には赤以外の色はなかった。

 囚われすぎだろ。いつもは否定しているメリーの罵倒を今なら受け入れられる気がする。

 

「……なー」

 

 

 ズドンッッッ!!

 

 

「……はい?」

 

 今、どこからか鳴ってはいけない音がした。いや、この部屋の中ではどの場所でも鳴ってはいけない音だった。

 どこから鳴ったのだろうと確認するために上半身を起こした俺の目に入ったのは、もくもくと煙を上げている扉の跡だった。

 おかしい。扉は鍵をかけているから絶対に開くはずがないのだ。おまけにあの煙ときた。

 ……これは、もしや。嫌な予感が脳裏を掠めて、しかし否定する気が無い自分がいることに気付いてしまった。

 

「あっ……。ちょっ、ちょっと蹴ったら、……ねえ?」

 

 何故なら目の前に元凶であるであろう女……メリー・バーテンがバツが悪そうに立っていたのだ。どう否定しろと。

 いつもの堂々とした態度とは違い、気まずそうに視線を彷徨わせた後部屋に入ってきた。さすがに立ち去る気はなかったようだ。

 「……何これ」とメリーは俺の脱ぎ捨てたジャケットを拾い上げると、すぐにまた捨てた。何がしたかった。

 

「でー、引き籠り夏くんはどうしたのかなー?」

 

 机の近くに置いておいた貰い物の冷やしカレードリンクのダンボールを見つけたメリーは中身を出して扉へ向かった。あと二本だったらしい。

 勝手に持ち出したセロハンテープを使って器用にダンボールを扉に貼り付けている。扉の代わりにするようだ。

 作業の合間に聞いてきたメリーの問いに対して俺はだんまりを決め込んだ。言う必要なんてない。

 

「無視? 無視なの? ちょっと酷過ぎない?」

 

「うわっ」

 

 顔を上げたら目の前にメリーの顔があった。思わず声を上げて後ろに後退りしてしまう。

 扉にはきっちりダンボールが貼り付けてあった。こいつ、作業が早いな……。

 俺の反応をどう思ったのかメリーがにやにや笑いながらさらに詰め寄ってきた。こいつはまた勘違いされたいのだろうか。

 

「んー? 言葉で言ってくれないとあたしもさすがに分からないわよー?」

 

「……うぅっ」

 

 どうしてだろう。なんか泣けてきた。

 ちょっと涙目になりつつもメリーに視線を向ける。なんであいつは楽しそうなんだろう。

 

 

「……あれ……」

 

「……あら?」

 

 その時、というよりは一瞬で、だったと思う。

 不意に胸につかえていたものがスッと取れた。取れたというより消え去ったという感じが正しいのだろう。残ったのは空虚のみだ。

 それがメリーにも伝わったのかメリーも怪訝そうに眉を寄せている。何故か自分の手をまじまじと見つめているが、それはどうでもいいだろう。

 

「とにかく、早く帰ってくれ」

 

「嫌よ。帰らない」

 

「俺のプライバシーはどうなるんだ」

 

「安心して。もう無い」

 

「安心できないよ!?」

 

 思わずいつも通りツッコミをしてしまった。さっきまであんなに元気がなかったって言うのに。ちょっと拍子抜けだ。

 「いつもの夏ね」と満足そうに頷いているメリーを見てため息をついた。どうやら一本取られたようだ。

 メリーは移動して机の側にある二つの椅子を占領した。一つじゃ駄目なのかな。

 

「……んくっ、んくっ……。あー、やっぱ不味いわね」

 

 机の上に置いた冷やしカレードリンクの内一本を手に取り飲んだメリー。お前自由すぎるだろ。自室か。

 俺はもう一度ベッド身体を埋めた。動きが無い。

 

「で、何をそんなに悲観してるわけ? 三人中二人は助かったのよ?」

 

 不思議そうな声でメリーは三度目になる質問をしてきた。

 三人中二人、か。なんでそんなにも不思議でいられるのかが俺には分からない。

 俺から見れば三人中一人が死んだのだ。なんでメリーは俺のその反対を見ることが出来るんだろう。

 

「……俺、人が死ぬのを見たの初めてなんだよ」

 

「ダサいわねー。そんなのでへこんだわけ?」

 

「っ、普通の反応だろ!?」

 

「あたしの支部なんかゴロゴロ死んでたわよ。無能ばっかり集まるからね」

 

「それでもそれは人の命に変わりないじゃないか!」

 

「どうでもいいわよ。だって、あたし接点無いもの」

 

 本当に面倒そうにメリーはそう言い捨てた。俺にはそれが本心かどうかが分からないけど、ただその言葉に対して怒りを感じることはできた。

 上半身を先程と同じように起こし、メリーを睨み付ける。

 壁にあるディスプレイを見つめているメリーの表情はどこか退屈そうに見えた。

 

「俺は違う。俺はあいつと確かに依頼に行ったっていう接点がある」

 

「でも赤の他人には変わりがない。違うかしら?」

 

「だとしても! ……目の前でなんだ……!」

 

 自分の手がもう少しで届くんじゃないかと言う範囲。その範囲内にあいつは確かにいた。

 俺があいつの元へ走っていくのではなく、庇うとか途中に割って入って盾を展開してやれば良かったんじゃないかとか後悔が一気に押し寄せる。

 あの一瞬の光景がまるで写真のように頭の中で残っているのだ。

 視界の下の方に映る自分の伸ばした手。その先で崩れかけているあいつ。あいつの身体から噴き出す赤い、液体。

 まるでその場にずっといるかのような感覚になり、吐き気を感じる。胸のあたりを右手で強く押さえた。

 

「っ、さっきからブツブツブツブツ……。あんた何様よ!!」

 

 壊れるんじゃないかと言うくらい強く机を叩いてメリーは立ち上がった。

 俺自身が叩かれたかのようにビクリと体が大袈裟に震え、同時に吐き気もどこかへと引いていった。

 メリーが座っていた椅子は倒れていた。

 

「何? あんたは神様なわけ? なんでも助けられるわけ?」

 

「……」

 

「例えば今北極に死にそうな人がいるとして、あんたは助けに行けるの? 違うでしょ?」

 

「……俺は」

 

「あたしたちは人外な力を持っていても所詮人間なの。出来ることには限りがあるの」

 

「……俺は……!」

 

「だからこそ、手の届く範囲を護ろうと努力する。それが人よ。覚えなさい」

 

 倒れていた椅子を丁寧に元に戻し、飲み干した冷やしカレードリンクの缶を捨ててメリーは立ち去った。

 立ち去り際に「今日はいいから、明日はエントランスに来なさい」という言葉も残して。今のままじゃ使い物にならないということだろう。

 まさか“人”についてメリーから説かれるとは思ってもみなかった。それだけ今の俺は酷い状態なのだろうか。

 先程のメリーの話は理にかなっている。分かってる。自分だってそんなことは分かっているのだ。それでも認められない。

 

「分かってるよ……!」

 

 俺はいつからこんなにも子供だったのだろうか。

 膝を身体に引き寄せて顔を埋めた。さっきから目頭が熱い。止まらない。

 

「誰にもっ、死んでほしくないんだよ……!」

 

 とんだお人好しね。そんなメリーの声が聞こえた気がした。



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34、自己犠牲

投稿です。
今回は三十二話に関連のあるお話。

では、スタートです。


 なんとなく背凭れに寄りかかり頭を上に向ける。

 丁度俺の真上に照明があったようで眩しさを避けるために目を閉じた。当たり前だけどこういう時の瞼の裏は赤い。

 すぐに目を開けて照明から目線を逸らした。しばらく避けたい。

 

「あら、引き籠り君。元気かしら?」

 

 エントランスでいつものソファに座っていた俺。

 昨日はエントランスに出ていなかったことが分かっているようで、目線を戻した俺にジーナさんが声をかけてきた。

 

「ジーナさん、俺の名前は夏ですよ」

 

「ふふっ、でも変わりはないでしょう?」

 

「まあ、否定はしませんけど」

 

 まさか引き籠りと呼ばれるとは思っていなかった。いや、事実なんだけども。

 ジーナさんが何かに違和感があるようで口元に手を当てて首を傾げた。うん? どうしました? なんか俺しました?

 しかしその違和感に気付いたようで、俺を指差してきた。

 

「今日はいつもの服じゃないの?」

 

「え? ……ああ、はい。ちょっと変えてみました」

 

 今日の俺の服装はいつものF制式レッドではない。

 水色と灰色の使った服装、ハルシオン高校制服だ。水色は好きだし、落ち着く色だからこれを選んでみた。制服なんて着たことがないから、ちょっとむず痒いけど。

 単純に今は赤いものを避けていたいという気持ちから服を変えてみたんだけどね。

 まあたまには違う服でもいいと思うんだ。

 

「ジーナさん、俺に構ってていいんですか?」

 

「まだ大丈夫よ。それにいつも騒がしい人たちがいなくてつまんないの」

 

「……あ」

 

 ジーナさんに言われて初めて気がついた。エントランスに第一部隊がいない。今日は会ってすらいない。いつもならゼルダはよく会ったりするんだけどな。……もしかしてもう依頼に出ちゃった?

 

「第一部隊はあなたが会ったアラガミ、プリティヴィ・マータの討伐に行ったわ」

 

「あのアラガミ、そんな名前なんですね」

 

 青白くて顔が女性のような形をしている不気味なアラガミ。

 今でも思い出しただけでトラウマに引きずり込まれてしまいそうだ。

 頭の裏に浮かんだ情景を消し去るように俺は頭を振った。あれは思い出したくない。思い出しちゃいけない。

 

「そういえば、あなたの相棒から伝言よ。早くヘリに来なさい、って」

 

「……珍しく見ないと思ったらそういうことか」

 

 メリーを待っているつもりでぼんやりとエントランスにいた俺だが、どうやら逆に待たせてしまっていたようだ。なんてこったい。

 深めのため息を吐いてから俺はソファから立ち上がった。

 

「分かりました、ありがとうございます」

 

「いえいえ。じゃ、頑張ってきなさい」

 

「ええ、頑張ってきます」

 

 態々伝言を頼んでということは相当待っているということなんだと思う。これ以上待たせたら確実に怒られるな。

 それほど遠くない未来を思い浮かべて、俺は阻止するために走った。訓練量が増すのはごめんだ。

 

 

――――――――――

 

 

 ただいま出先。場所は嘆きの平原だ。中央で渦巻く竜巻が何とも禍々しい。

 でも俺自身あまり嘆きの平原へ赴くことが珍しい。大体ここは強力なアラガミが出る事が多いから、ゼルダとかメリーとかは来ることが多そうだけど。

 

「なんで俺が来なきゃいけないんだよっ!」

 

「夏の復活記念」

 

「知るか! てか完全に俺をいじめる気だろ、お前!」

 

 涙目になりながらメリーを睨むが、向こうは全く気にしていないというような感じだ。ちくしょう、舐められてやがる。

 俺とメリーが喧嘩になっている理由は他でもない、討伐対象だ。

 

「なんでよりにもよって俺のトラウマのウロヴォロスなんだよ!」

 

「あれがトラウマ? あんなに可愛いのに? 信じられない!」

 

「そんな思考を持つのは世界でお前一人だけだろうな!」

 

 そう、今回の討伐対象は他でもないウロヴォロスなのだ。マジで殺しに来てるとしか思えない。なんなんだよ、こいつ。メリーはただ単に見に来たかっただけなのかもしれないんだけどね。こいつ、ウロヴォロスラブだし。

 今もワクワクを押さえきれないと言った感じで辺りを散策している。本当に暢気すぎるにも程があるよ。何であれが好きになれるのかが分からない。

 

「っ、いたわ!」

 

 嬉しそうにメリーが声を上げた後、神機を変形させて銃形態にする。

 そしてレーザーをウロヴォロスに向かって放った。当然の如くそれが当たったウロヴォロスは俺たちの存在に気付いて振り向くわけで。

 ……もしかして、こいつ奇襲する気ない? 存在を気付かせるために撃った?

 

「ぎゃあああああ!! なんで気付かせてるんだよ!」

 

「見てっ! ウロヴォロスがあたしを見たわよ!」

 

「聞いてねえぞ、こいつ!」

 

 くそ、相変わらずメリーはブレないな。

 ともかくこのままじゃ吹き飛ばされる。データ上、ウロヴォロスに跳ね飛ばされた時ほど体力が削られることは無いそうだ。

 このままだともろに直撃する。それは避けないといけない。

 とりあえず一直線に走ってくるウロヴォロスを回避するために走る。緊急性がそれほどないからステップは使わない。

 

「ともかく迎撃するぞ! 今回はモルター使うなよ!」

 

「オーケー。ウロヴォロスはちゃんとした礼儀で相手しないといけないからね」

 

「そ、そうか」

 

 どうやら彼女の中にはウロヴォロスと対戦する時に限りルールが存在するようだ。俺には分からないが……。というかいつも思うけどメリーは近接式の旧型でもいい気がするんだよね。そうすれば俺に対する誤射もなくなるし、なにより剣戟が強いし。

 ウロヴォロスの突進を避けた後、上手く潜り込んでウロヴォロスの大きな足のところまで辿り着く。バランスを崩すにはやっぱりここだろ。

 

「いっただきぃ!」

 

「とろいのよっ!」

 

 ウロヴォロスを捕喰したら、メリーも同じ考えだったようで捕喰していた。最近メリーの捕喰の機会が増えてきている気がするけど、大丈夫かな? ちょっと不安だ。

 捕喰が無事終わり、ウロヴォロスから距離を取ったところで更に力が増すのを感じて、メリーの方へと視線を向けるとやはり銃形態になっていた。

 

「任務中、ちゃんと特訓したものね? さすがにもういけるでしょ」

 

「もちろんだ……!」

 

 メリーからアラガミバレットが俺に受け渡される。途端に俺の身体の底から湧きあがるように出てくる力。リンクバーストだ。何度か手を開いたり閉じたりを繰り返して力の加減を体に馴染ませる。うん、これなら……。

 足に力を入れて殺風景な平原を駆ける。この前と違ってちゃんと要領が分かっているから上手く走れている。攻撃を仕掛けてきた触手を隙のないように最小限の動きで避け、反撃として三回ほど剣で攻撃を加えながら本体に向かって走っていく。

 余裕を持った動きでウロヴォロスの正面へと走り込み、ジャンプをして剣で何回も容赦なくウロヴォロスの顔面を傷つける。体勢が不安定になりはじめれば空中ジャンプで立て直し斬り刻み、着地してジャンプし斬る空中ジャンプをして斬るを絶え間なく繰り返した。そのまま数十秒ほどウロヴォロスの攻撃を避けたり、時々距離を取ったりしつつ攻撃を加える。

 やがて頃合いを計って俺はウロヴォロスから距離を取った。リンクバーストがそろそろ切れそうだからだ。

 

「……ふう」

 

 俺の予想通り、離れてから数秒ほどでリンクバーストは切れた。

 急な脱力のせいで地面に座り込みそうになるのを押さえて、俺は始めと同じように手の開閉を繰り返したりして力の調整をした。

 ウロヴォロスを見据え、ステップを踏んで身体全体に元の力を馴染ませているとき、ウロヴォロスの目が一瞬キラリと光った気がした。

 ……はて。俺はあれを前に見たような気が。

 

「うおっ!?」

 

 次の瞬間、俺の目を焼き尽くすんじゃないかと言うくらい強い光が俺を襲った。慌てて目を庇うために腕を顔の前に持ってくるが対処が遅すぎた。

 光が引いた後も俺は上手く周りが見えず、ふらふらとした足取りで立っていた。な、なんか地面が頭の上にもあるような変な気分が……。というか前にもこれ食らってたよね。なんで俺学習しないわけさ。

 

「馬鹿夏が! 危ない!」

 

「え? のわあ!?」

 

 いきなり何かに力強く身体を押されて、俺は何メートルほどか吹っ飛んだ。多分、押したのはメリーだと思う。

 メリーはさっきのウロヴォロスの目つぶし攻撃を食らっていなかったみたいだ。うーん、さすがだね。

 やがて痛みが引いてきた眼球で辺りを確認しようと俺は目を開いた。

 そんな俺の視界に一番に入ってきたのは、

 

「うっ、く……!」

 

 ウロヴォロスの突進を避けきれずに盾を展開して必死に抑えようとしているメリーだった。

 ……いや、避けきれなかったんじゃない。俺のせいで避けられなかったんだ。

 俺がウロヴォロスの突進の軌道上にいて、それに気付いたメリーが俺を押し飛ばした。それがきっと事実なんだと思う。俺は目が仮死状態だったから明確には分からないけど。

 

「いやあ!!」

 

 さすがに人間の身体能力を超えている神機使いと言えど山のような巨体を誇るウロヴォロスには勝てなかったようで、ついにメリーはウロヴォロスに吹き飛ばされた。

 地面に落ちたメリーは起き上がる気配を見せない。まあ、あれで普通に起き上がられても俺が反応に困るんだけど。

 ウロヴォロスの標的が倒れたメリーにいく前に俺はスタングレネードを使用してメリーに駆け寄る。

 

「大丈夫……じゃないよな、ごめん」

 

「……一生の不覚。夏なんかに助けられる日が来るなんて……」

 

「……ありがとな」

 

 そんでもってこれで貸しはなしだ。リンクエイドをするために俺は自身の腕輪をメリーの腕輪に近付ける。

 説明しよう、リンクエイドとは。倒れた仲間に自らの体力を分けて立ち上がらせる行為、言わば究極の仲間との助け合いの姿である。俺は一人だったし、メリーが倒れたことなかったから一回しかやったことなかったんだよね、これ。

 あいつが死んだとき、一応やってみたんだよね。……効果はなかったんだけどさ。

 

「……よっと」

 

「ん……、ふう。悪かったわねえ」

 

 メリーは体力を受け渡した後、そのまま何事もなかったように立ち上がった。お礼らしいお礼されてないのは俺の気のせい?

 俺も一息ついて中腰だった姿勢を直すために立ち上がろうとしてあまり身体に力が入らず、少しふらつきながら立ち上がった。

 ……体力を受け渡すのって、こんなにも疲れるものなんだろうか。それとも体力が一気に移ったから、それへの反動に俺が慣れていないだけ?

 

「夏! 避けなさい!」

 

「え? っ!?」

 

 身体の違和感に首を傾げていると既に俺から離れてウロヴォロスに攻撃を仕掛けていたメリーから一喝された。何のことかと思った瞬間地面から俺を狙った棘が飛び出してきた。これも前に見せてもらったやつだね! 前のものに全部当たってるよ俺。

 咄嗟のことで避けられずにもろに頂戴しました。うーん、俺のヘタレ疑惑が浮上したね。

 地面に手をついてしまい、不利な体勢を直そうと偶然ついた手でもう一度立ち上がろうとして、

 

「……あ、れ」

 

 立ち上がれなかった。それどころか、そのまま倒れてしまった。大きなダメージではなかったはずだ。それなのにどうしてこうも手に力が入らないのかが分からない。呼吸するのにも疲れる。

 「この馬鹿夏が!」と遠くでメリーが怒鳴っているのが聞こえる。本当にごめんなさい。でも考えても俺が倒れる理由が見つからない。

 

「あんた、自己犠牲でもつけてた? あれだけで倒れるなんて、普通はないわよ」

 

 自己犠牲。確かスキルにそんな名前のものがあった気がする。ええと、リンクエイドの際に通常よりも多く相手に体力を受け渡す、だったかな。だけどそんなスキルを身に着けた覚えはない。もしかしたら元から持っていたのかもしれないけど。

 

「ちっくしょう……。絶対倒す! 絶対倒してやる!!」

 

「随分と殺る気ね」

 

「リベンジだよっ、リベンジしてやるんだあああああ!」

 

 俺とウロヴォロスの戦いはまだ、終わらない。




夏が得たのは、自己犠牲でした。


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35、コウタの覚悟

今回の題名はムービー名から拝借しました。
最後の方に別視点描写あり。
そろそろラストにも近いです。

では、スタートです。


「なあ、なんでいきなり出先なんだ?」

 

「夏がコウタの案に便乗したからじゃない?」

 

 俺とメリーは今、出先だった。ちなみに討伐対象はクアドリガ堕天。

 確かに俺はコウタの案に乗った。コウタの案とは外部居住区外周の対アラガミ装甲を強化するため新種のアラガミの偏食因子採って来ようぜ! というもの。

 俺も外部居住区にはお世話になった人とかがいたからすぐにその案に同意した。無論、手伝うということも。

 だが。

 

「俺、あの後の記憶がないんだけど」

 

「そりゃ、あたしが頭に鈍器ぶつけて連れてきたからね」

 

「お前はどこの殺人犯だよ!?」

 

 危うく俺は昇天しかけていたということか……。かなり危ないラインまで歩いてしまっていたようだ。戻ってこれてよかった。

 というかそもそもどこにも気絶させてまで連れてくる理由がないと思うんだが。

 俺はコウタの案に同意したんだから自分の足でくるという覚悟があった。

 更に言ってしまえば今回は特に俺がトラウマになりそうなアラガミというわけでもない。

 つまり俺が殴られる理由はどこにもないわけだ。

 

「……八つ当たりしたかっただけ?」

 

「寝不足なのよ」

 

「嘘つけ! 当て付けじゃないか!」

 

 そしてメリーは否定しなかったという。否定してよ! 俺が悲しくなるだろ!

 へこみながら歩いているとちょうどクアドリガ堕天登場。ちょうどいいや、八つ当たりさせてくれないか?

 ……うん、理不尽なのは俺が一番分かってるよ。でもね、どうしようもないんだ。人なんだから、そういうことがあって当然だろ?

 メリーは俺の方を見て悪い笑みを見せた後、クアドリガ堕天に突っ込んでいった。手が出るのが早いなあ。俺もメリーに続いて走り込む。俺に向かってミサイルが飛んでくるけど、そんなものに俺は当たらない。爆風に耐えつつなんとか走る。

 俺に構ってるのもいいけど俺よりお転婆な女の子がいること、忘れないでくれよ?

 

「死ねえ!」

 

「ヴェノム斬りっ!」

 

 素早い動きで前面装甲を傷つけるメリー。俺は勝手に技名をつけてミサイルポッドを結合崩壊させようと跳ぶ。技名あったほうがかっこいいだろ?

 毎回毎回ジャンプをするためさすがに足が疲れてくるがそんなのは気にしない。めりが前面崩壊させるまでここしか俺は斬れない。他の場所固すぎて。

 

「ははっ、脆いのよ!」

 

「うわっ、痛そう……」

 

 メリーの猛攻のおかげで前面装甲が結合崩壊。

 メリーの目が完全に悪魔になってる。狂気的なまでの高笑いしちゃってるし。お前はどこのホラーゲームの住人だよ。さすがに可哀想に見えてきたからクアドリガ堕天に合掌しておいた。ご愁傷様です。

 いつもと変わらない姿に安堵し、しかしその女性にふさわしくない行動にため息を吐きつつ俺はミサイルポッドに剣を立てた。

 目の前で良い音を立ててミサイルポッドが砕けた。結合崩壊のようだ。

 

「やるじゃない!」

 

「お褒めに預かり光栄です」

 

「夏は執事に向いてそうね」

 

 どこか他人行儀に返して地面に着地。うーん、色々と面倒そうだから執事は勘弁。

 既にメリーは壊れた前面装甲を斬り裂いてダメージを与えることに専念している。俺は何かやることあるかな。捕喰をしてから横からクアドリガ堕天を斬っていく。どうやら前はメリーのテリトリーみたいだからね。ここくらいしかないかなー、と。

 

「おりゃあ!!」

 

「ちょっと待って、それ女の子が出す声じゃないよメリー!?」

 

 こいつの暴走は俺には止められない。……身を持って止めてくれ、クアドリガ堕天よ。

 クアドリガ堕天の咆哮が泣き声に聞こえた気がした。

 

 

――――――――――

 

 

 エントランスにて。

 今ここには俺とメリーとゼルダとコウタとタツミさんとブレンダンさんが集まっていた。うーん、多いね。

 実は今回の依頼はそもそも外部居住区にアラガミが侵入したことから始まったんだよね。

 この場にタツミさんとブレンダンさんがいる理由はつまりそれ。さっきまで外部居住区で頑張っていたようだ。ご苦労様です。

 

「お疲れ様。そっちはどうだったの、タツミ」

 

「なんとか持ちこたえられたぜ」

 

「お前さんがたが持って帰ってきてくれた偏食因子のおかげでな」

 

「……まあ何人か犠牲が出ちまったんだがな」

 

 そのことを思いだしたのか暗い顔になったタツミさん。こ、ここは俺が盛り上げないと……! でもネタがない! 何もできないです、ごめんなさい。

 どうすればいいんだろうと悩んでいると「そっか……、ごめん」とコウタが自分が悪かったみたいな言葉を口にした。うわあああ、空気が暗い。

 

「仕方ないわよ。あたしたちだって出来ることとできないことがあるわ」

 

「ああ、気にするなよ。お前たちはよく頑張ったさ」

 

「E26エリア方面だったから家屋が集中していたという理由もあるしな」

 

「っ、E26!?」

 

 メリーが他人をフォローしている……! なんでだろう、俺はいますごく感動している。

 謎の感動をしていた俺はコウタの大声によって現実へと引き戻された。うおっ、ビックリした。

 タツミさんの発言を聞いたコウタは即座に行動を起こした。誰の言葉も聞き入れないという感じでエレベーターへと乗り込んでいった。

 どこに向かったかは分からないけど……。まあ行先なんて自室ぐらいしかないようなもんだけどさ。

 

「……そういえば、あいつの実家はE26だったか」

 

「あー、迂闊に言うべきじゃなかったな」

 

「全くよ。何してんのよ、タツミ」

 

「私、コウタさんの様子見てきますね!」

 

 タツミさんはメリーの言葉に言い返さずに頬を掻いていた。悪いことをしたと思っているんだと思う。

 ゼルダの行動は早かった。すぐに次のエレベーターに乗ってコウタの後を追っていった。リーダーって大変だなあ。

 

「夏はそこじゃないの?」

 

「ああ、またちょっと違うとこ」

 

「そう、良かったわね」

 

 メリーが心配して言ってくれたのはありがたいけど、正直俺は今そこに気が回らない。

 同じ外部居住区に家族を持つ者としてコウタのことが心配だった。

 ここと違って外部居住区はいつアラガミが侵入してくるか分からない。神機使いという仕事とは別の意味で死と隣り合わせだ。

 ……まあこのご時世、絶対安全な場所なんてどこにもないんだけどな。

 エイジス島はまた話が変わってくるんだろうけど。早く完成してくれないかな。

 

「大丈夫かな、コウタ」

 

「この職業をこなせてるんだから、そこまで柔じゃないさ」

 

「コウタだってただの馬鹿じゃないって事よ」

 

「そう、だな。信じることも大切だよな」

 

 ブレンダンさんとメリーの言葉を聞きながら、それでも不安が拭いきれず俺はただエレベーターを見つめていた。

 

 

――――――――――

 

 

 ゼルダはエレベーターの扉が開いた瞬間に飛び出し、コウタの部屋の前に立った。

 コンコンコン、と三回遠慮がちに叩けば「……どうぞ」とコウタのいつもより少し弱弱しい声が部屋の中から聞こえてきた。

 その言葉を聞いてゼルダは部屋の中に入った。

 

「……大丈夫ですか、コウタさん」

 

 コウタは入口に入ってすぐのソファに座っていた。

 どこか先程よりも緊張が取れた様子のコウタに内心で安堵しつつ、ゼルダは出来るだけ優しい口調で言葉を口にした。

 コウタはゆっくりと顔を上げるとどこか疲れたように顔を緩めた。

 

「母さんたちは、無事だったよ」

 

「本当ですか! 良かったです!」

 

 まるで自分のことのように喜ぶゼルダを見て、コウタはふっと笑いを溢す。

 こんな風に仲間である自分たちのことを親身になって考えてくれるゼルダのことがコウタは好きだった。

 それはあくまで仲間としての意味だということをコウタは理解していた。それはソーマやアリサ、サクヤだって同じだろうとも。

 時に仲間に気を配りすぎて自分の身を捨てるような行動に出るゼルダが堪らなく怖い、というのは第一部隊隊員の全員の心情であろう。

 

「早いとこエイジス島を完成させてもらわなくちゃな」

 

「そうですね……。あとどれくらいなんでしょうか」

 

 ゼルダは考える。ただひたすらに人類の未来を思い、目の前にいる仲間の心情を思い考える。

 だからゼルダは気付かなかった。気付くことができなかったのだ。

 

「……守れるなら、どんなことだってやってやるさ」

 

 顔を伏せて小さく呟いた、コウタのその覚悟を聞き取ることが出来なかったのだ。

 

「ん。コウタさん、何か言いましたか?」

 

「いや、なんでもない」

 

 ゼルダは知らない。この決意が、後にどのような結末へ導いていくのかも。

 そして覚悟を決めたコウタ自身でさえも、今は知らない。……今は。



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36、ディアウス・ピター

「ズルいわ、第一部隊」

 

 俺の目の前の席に座っているメリーは頬杖をついて不満そうに呟きを溢した。

 何が、と聞いてもいいのだがどうせロクでもないことだろうと無視することに決めた。変に首を突っ込んだら巻き込まれかねない。

 何も尋ねてこない俺の態度が更に不満を呼んだのか、こちらをキッと睨みつけたきた。いや、睨まれてもね……。

 

「……どうしたんだよ」

 

 結局俺の方が折れてメリーに聞く羽目になってしまった。はあ、どう考えても嫌な予感しかしないんだが。

 聞いてやればメリーは少しだけ不満を消したようで、しかしまだまだ不満だ! というような顔で俺の方を見てきた。

 

「ディアウス・ピターよ」

 

「ディアウス・ピター?」

 

「そう。あたしが討伐に行きたかったのに……」

 

 聞き覚えがある名前だな、と思い記憶の中を探し回ってようやくその名前の持ち主を見つけ出した。俺の記憶力がマズイ。

 ディアウス・ピターとはヴァジュラの進化系みたいなアラガミだったはずだ。俺は戦ったことがないからデータベースの受け売りなんだが。

 今日、そのアラガミの討伐に向かったのは第一部隊。強いアラガミと戦いたいと言っているメリーから見ればかなり羨ましいものに映るのだろう。

 だが当の第一部隊は苦しいはずだ。これは(かたき)討ちのようなものなのだから。

 

「お前じゃ行けないよ」

 

「なんでよ。実力は足りてると思うわよ?」

 

「あれはリンドウさんの(かたき)なんだ。お前はお呼びじゃない」

 

「……なるほど、深い事情があるなら話は別になるわね」

 

 どこか納得したような笑みを見せて、メリーは深い溜息を吐いた。

 「支部長も回してくれなかった訳が分かったわ」え、支部長に掛け合ってきたのかお前は。すげえな、俺は行く気になれないよ。

 というか、今のメリーの言葉に気になるところがあったんだけど。……もしかして、支部長帰ってきてるの?

 

「言ってなかったっけ? 支部長なら少し前に戻ってきたわよ」

 

「へえ、知らなかったな」

 

「……あんたって、情報に疎いわよね」

 

「耳に入る情報は噂話程度だしなあ」

 

 メリーの言う通り確かに俺は情報に疎い所がある。別になくたって困ることでもないしな。まああったほうがいいんだろうけど。

 「とりあえず、」と話題を変えようと俺は口を開いた。そういえば最近休暇取ってないな。いつ取ろうかな。

 

「今日の依頼はどうするんだ?」

 

「ああ、そうね。そろそろ行かないとマズイわよね」

 

「一日中こうしているわけにもいかないしな」

 

 俺の言葉にメリーは頷くと先に席を立ってヒバリちゃんのところへ向かっていった。

 指が階段の方向を指差しているから「先に行け」って事なんだと思う。

 メリーは足速いから先に行っても大丈夫かな。……まあエレベーター使うからそんなに関係ないんだけどね。

 

「さて、今日はどうなるのやら」

 

 俺はふっと息を吐き出してから立ち上がった。

 

 

――――――――――

 

 

 俺を殺すために飛び掛かってくるヴァジュラテイルを避けつつ、斬り裂く。とにかく数を減らしたい。

 メリーはヴァジュラテイルを斬らずにひたすら捕喰を続けている。そんなに喰らってばかりで大丈夫なのかと訊ねたいが生憎余裕がない。

 俺の周りに蔓延っていたヴァジュラテイルを粗方片付け終わってから俺は遠くに見える水色の物体を目に入れてため息を吐いた。

 ……またお前か、と。

 

「なんで二日連続でクアドリガ堕天に行かなきゃいけないんだ」

 

「文句言わないでよね。これくらいしかなかったのよ」

 

 いつの間にか神機を担いで隣に立っていたメリーを横目で見てからまたクアドリガ堕天に目を向ける。本当、連日とか勘弁……。

 メリーが神機の形態を変形させてレーザーを撃ちこんで気付かせる。ああ、こうやって奇襲が出来ないのもいつも通りだ。

 ため息をまた吐いてこちらへと向かってくるクアドリガ堕天を見据える。

 メリーは剣形態に戻す気がないようだ。さっきの捕喰はアラガミバレットの回収が目的だったのかもしれない。ちょうど弱点属性だし。

 

「さあ、今日も張り切ってお仕事タイムよ!」

 

「驚いたな。そんなやる気、ウロヴォロスのときくらいだと思ってた」

 

「……夏はあたしのことを誤解し過ぎよ」

 

「普段誤解させるような言動をしているお前が悪いんだよ」

 

 メリーからアラガミバレットを三発受け渡され、リンクバーストする。

 すっかり慣れてしまった感覚を馴染ませてから走り出す。

 湧き出る力と同じくして気分も高揚してくる。

 

「戦闘狂になったつもりはないんだけどなあ」

 

 愚痴を溢しながらまた昨日と同じように横へ回り込んでミサイルポッドを集中的に叩き続ける。

 本当は前面装甲を狙いたいところなんだが、メリーがアラガミバレットを撃ち込んでいるから近寄れない。近寄りたくない。

 今日はリンクバーストのおかげかメリーの前面装甲の結合崩壊と同時にミサイルポッドも結合崩壊させることが出来た。

 そろそろくるリンクバーストの限界を感じながらギリギリまで横からクアドリガ堕天を斬り続ける。

 

「あはははは!!」

 

「最早誰だよ……」

 

 クアドリガ堕天の正面で狂ったような笑い声を上げるメリー。なんで昨日と似たような感じのを聞かなきゃいけないんだよ!?

 俺はホラーとか苦手だっていうのに……。お化けは嫌いだから信じないタイプだ。

 メリーの戦闘狂ぶりを見て頭痛がするのを感じた。ああ、悩みの種がどんどん増えていく……。

 

「あー、怠い」

 

 リンクバーストが切れて一気に押し寄せた気怠さ。これだけは何度やっても慣れることがない。

 まだまだメリーから受ける特訓が終わることはなさそうだと思ったら頭痛が増した。俺の悩みの種を作るのはいつもこいつだ。

 気怠さと頭痛が上手い具合に重なって思わず立ち眩みしそうになる。でも立ち眩みしたら殺されそうだから気合で踏ん張ることにする。

 一度戦線を離脱して回復錠を摂取。体力なんて減っちゃいないが気分が回復することを祈っての摂取だ。

 

「よっし、頑張るか」

 

「終わりよ!」

 

「また持ってかれた!」

 

 いつも美味しい所だけ持っていく奴め。そんなに出番が欲しいのか、はたまたその手で止めを刺したいのか。まあどっちでもいいんだけど。

 倒れてこんで動かなくなったクアドリガ堕天の身体をちょんちょんと神機で突いて確かめてから捕喰した。いい素材喰えるといいな。

 

「お疲れ、上出来じゃない?」

 

「帰ってのんびりしたいねえ」

 

「あんたは爺さんじゃないでしょ。変なこと言わないで」

 

「いや、本当最近は特にのんびりした時間が欲しい」

 

「任務後にいくらでも寝ればいいじゃないの」

 

「のんびり=寝るに繋げるな。そしてその言葉をそっくりお前に返す」

 

 地面にそのまま寝転がって寝ようとしているメリーを制する。お前は自分の言った言葉をきちんと理解したほうが良いと思うぞ。

 俺はメリーの襟首をつかんでそのまま引きずってヘリの到着点まで歩きだす。

 「ちょっ、離しなさいよー!」と叫ぶメリーの声が聞こえるがそれを完全に無視して進む。

 後で特訓の量がまた増えそうだが……。この際無視だ。ここで寝られちゃ俺が困るしな。

 ため息の量も最近増えたよなあ、と思いながら俺はまた深いため息を吐いた。

 

 

――――――――――

 

 

 帰ってきた時エントランスは静かだった。

 まるであのときみたいだと思い出して、ふとある予感が浮かび上がってきて俺は開きかけた口を閉じた。

 そんな俺を不思議そうにメリーは見ていたが、辺りを見回してすぐに状況を確認し始めた。

 なんとなく皆の顔が暗い気がする。多分その暗い表情は悲しみからくるものだと思う。

 

「……腕輪、見つかったのかな」

 

「ん? 見つかってなかったわけ?」

 

「ああ、神機と腕輪が行方不明だったらしいぞ」

 

 これはゼルダから聞いたことだ。今日の依頼で見つかった可能性が高そうだから、アラガミの体内にでもあったのかもしれない。……本格的に死亡説が濃厚だ。

 諦めきれないけど否定できない何かがある気がして俺は考えを口に出さずにただ黙っていた。

 

「ほらほら、もっと明るい表情しなさいよ。似合わないから」

 

「煩い。俺だってそういう表情したくなる時もある」

 

「折角気分を盛り上げようとしてあげたのに、酷いわね」

 

「無理やり盛り上げようとしても意味ないよ」

 

「じゃあ殴って……」

 

「遠慮しておきます」

 

 メリーが割と本気な目で見ていたから慌てて離れた。やるって言ったら本当にやるから怖い。

 冷やしカレードリンクを買ってからいつものソファに向かい、座る。仕事後の一杯は美味しい。これって職を持ってる人ならわかってくれると思うよ。

 一気に缶の半分くらいまで飲み干してから辺りを見回してみる。

 

「……あれ、第一部隊いないな」

 

 いつもならゼルダが大体エントランスにいるんだよな。ゼルダがいないときはコウタとかアリサはいたりするんだけど。

 今日に限って第一部隊は全員いない。メリーが正直者になるくらい珍しいことが起こっている気がする。

 やっぱり凹んでいるんだろうか。だとしたら明日ゼルダに会った時に俺はなんて喋ればいいんだろうな……。

 

「はあ、憂鬱だな」

 

 立て続けに嫌なことばかり起こってる。

 こんな厄年には滅多に巡り会えないだろうと思って、俺は声を出さずに笑った。



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37、お財布事情と服事情

「おはようございます、夏さん」

 

「お、おう。おはよう、ゼルダ」

 

 昨日、寝る前に「明日ゼルダにどう会えばいいんだー!」と延々と考えていた俺なわけですが。

 エントランスに来たら即効でゼルダと鉢合わせしてしまいました。なんてこったー!

 しかも結局昨日はその答えが出ることは無く、寝落ちと言う結果で終わってしまっている。

 どうしよう、俺はなんて言えばいいんだ……。というわけでとりあえずいつもの挨拶してみた。

 ……俺の声、裏返ってないよな? 大丈夫だよな?

 

「今日は何の依頼に行くんだ?」

 

 とりあえず話題大事!

 ゼルダの後ろにアリサとサクヤさんが立っていたから多分これから依頼に行くんだろうな、と思って依頼を話題にしてみた。

 それにしても、何故女だけで……。

 

「今日はハガンコンゴウ、ですね」

 

「ハガンコンゴウ? なんだそれ」

 

「あなたはもうちょっと調べるということをしたほうが良いと思いますよ」

 

「なぬ!? 人に聞いたっていいじゃないか!」

 

「自分で調べるからこそ意味があるんですよ。だから夏さんは馬鹿なままなんです」

 

「アリサが俺に酷い!」

 

 ちくしょう、会話が久しぶりだっていうのになんで侮辱されてんだ!?

 俺はちょっとハガンコンゴウがどんなアラガミなのかをゼルダに聞いただけなのに……。そんなに聞いちゃ駄目か。

 アリサの言われ様に凹む俺。俺の心は繊細なんだぞ。最近は強制で鍛えられてるけどさ……。

 

「こら、アリサ。少し言い過ぎよ」

 

「コウタといい夏さんといい……。少し頭が回らない男子が多すぎなんですよ」

 

「アリサさん、言い過ぎですよ。それに夏さんとコウタさんは手遅れです」

 

「戻ってきてゼルダ! そっちの領域に行かないで!」

 

 今ゼルダが笑顔でさらっと酷いこと言った! 普段メリーのあれを見てるせいなの!? そうなの!?

 まさかゼルダがあんなに良い表情で毒舌を吐くとは思ってなかったから精神ダメージがでかいよ。ふふ、立ち直れない予感がするぜ……。

 ゼルダの言葉にぽかんと俺が棒立ちしていると「ごめんなさいね」とサクヤさんが謝ってきてくれた。いや、大丈夫です。サクヤさんが謝ることじゃないです。

 

「おっはよー」

 

「ふぐわっ!」

 

「おはようございます、メリーさん」

 

「スルーしないでゼルダ!」

 

 よく知った声が聞こえたな、と思ったら俺の身体は横に飛んでいた。いや、敢えて言おう。タックルされたのだと。

 朝の挨拶っていつからタックルに変わったんだっけ。俺は少なくとも初耳なんだけど。誰か知ってたら教えてください。

 そしてまたゼルダが当たり前の様にスルーしたよ……。いや、確かにこういうのはいつもの光景なんだけどね! 見慣れたら終わりだと思うよ!

 

「今日は何の任務なのかしら?」

 

「ハガンコンゴウをサカキ博士に頼まれまして」

 

「ふーん。……あ、三人で行くならあたしも連れてってよ」

 

「俺はどうなんの!?」

 

「あんた……。あんたは部屋で寝てればいいんじゃない?」

 

「いいわけあるか!!」

 

 今日は俺の精神力が特に削られる日のようだ。まあゼルダまで敵にまわっちゃったらもう救いはないよね。

 苦笑いをしつつも少し困ったような顔のゼルダ。どこの悪役だと言いたくなるくらいの笑顔のメリー。うー、反応しづらい。

 それにしてもなんでゼルダは困り顔なんだろうな? そのことが気になって小首をかしげていると「キモイ」とメリーから一言。うるせえやい。

 

「もう一人は既に決まってるんですよ」

 

「え? でもここにいないじゃないか」

 

「私達より早く準備を終わらせて待ってるってことですよ。それくらい気付いて下さい」

 

「ふーん、なんだかつまんない話ねえ」

 

「メリーの気持ちは嬉しいんだけど……。また今度お願いしてもいいかしら?」

 

「……サクヤさんがそう言うなら」

 

 サクヤさんに対してやけに素直だな、メリー。

 メリーはこの支部に来てから結構な人といざこざを持っているが、勿論すべての人に喧嘩を売っているとかそういう野蛮な娘ではない。

 きちんと認めている人はいるし、そういう人には誠意を示したりしているのだ。俺は貶されてるが。

 誰がメリーに認められているか、それに気付く方法は至って簡単。相手のことを「さん」付けするという点だ。

 例えばオペレータをやっているヒバリちゃんとか、目の前にいるサクヤさんとかがまさにそうだ。

 そしてそういう人に対してのみメリーはきちんとした会話を成立させることが出来る。ゼルダは少し例外みたいだが。

 

「じゃあ、行ってきますね」

 

「気をつけなさいよー」

 

「行ってらっしゃーい」

 

 そろそろ出撃時間だったようでゼルダたちとはここで別れることになった。

 サクヤさんがいる前ではきちんとした態度を取っていたメリーだったが、扉が閉まった瞬間メリーはニヤリと笑ってこっちを見た。え、何? 怖い。

 

「さて、あたしたちもお仕事に行きましょうか……?」

 

「とりあえず先に説明してほしいかな。すごく嫌な予感がする」

 

「分かった。現地でね」

 

「今ここでしろと俺は言ったんだがな?」

 

「あーあー、なーんも聞こえなーい」

 

「ふざけんな」

 

 メリーはあーあーと言いながら耳に手を当てている。あくまでも人の話を聞かないつもりか。

 はあ、と呆れのため息をついたところでガシッと誰かに右腕を掴まれた。今度は何だっていうんだ。

 俺の腕を掴んだのは言うまでもなくメリーだ。そのままにこやかな笑顔を見せたかと思うととてつもないスピードで引き摺られた。

 

「え、ちょっ、ぐえっ」

 

「一気にヘリポートまで行くわよー」

 

「自分で歩けるから! 離して!」

 

 ヘリポートに着くまでメリーが俺の腕を離すことは無かった。

 

 

――――――――――

 

 

 不思議と震えが止まらない。まあこの場所の気温のせいなんだろうな、と俺は頭の隅に考えを寄せた。

 俺たちが来たのは鎮魂の廃寺だった。道理で寒いわけだよ。でもいつもは少しくらいなら平気なんだよね。風邪ひいたのかな?

 

「寒い……」

 

「そんな薄着するからよ」

 

「それほど薄着じゃないけどな。……メリーは?」

 

「あたしは全然寒くないわよ」

 

「コートを着ているお前に聞いた俺が馬鹿だったな」

 

 いつもいつもコートばかり着ているメリーに聞いたって意味はない。だって厚着だもの。

 俺だって一応半袖で来ているわけじゃないんだけどな。コウタとか来たら「さみぃー!!」って言ってそこらへん走り回りそう。犬みたいに。

 

「……そういえばさ、メリーはその服以外になんかないのか?」

 

「え? あるっちゃあるけど」

 

「じゃあそっちも着ろよ」

 

 態々コートばかりを着る必要もないと思うんだ。この前すごいナイスバディだってことは分かったから他のも似合うと思う。

 そういう意味合いを含めて言ったんだが「大きなお世話よ」とあっさり突き放されてしまった。なんでだ。

 するとメリーはどこか悲しそうな表情を見せて俺の顔を見た。

 

「……あたし、父親から虐待受けてたのよ」

 

「それで?」

 

「その時の痣が、まだ取れてなくてね……。長袖じゃないと、見えちゃうでしょ?」

 

 どこか儚い笑みを見せるメリー。こんな表情を見たのは初めてかもしれない。

 そっと右腕の肘に左手を当て俺から視線を外したメリーの心情を、俺は知っていた。

 だから、言ってやった。

 

 

「嘘だな」

 

「あ、バレてた?」

 

「大嘘だ。嘘にも程があるぞ」

 

 てへっ、と悪戯がバレてしまった子供のような表情をしたメリー。そんな嘘はバレバレに決まっているんだ。少し考えれば分かる。

 何故なら俺はこの前、メリー自身が嫌がっていた露出度高めの小悪魔コスを見ているのだ。

 俺が見た限りでは痣なんてどこにもなかったし、どこかに打ったというような跡もないように思えた。

 ならば布があるところに隠れているのか? と問われればそれは否だ。

 あれは露出度が高過ぎた。隠れていたところと言えば胸とか……。まあ最低限のところしか隠してないんだよ。

 虐待の意味が性的なものならまだ疑うべきものはあったが、メリーは自分で「痣」と言ったことから暴力的なものを指している。

 つまり虐待の事実は存在していない。そう繋がるのだ。

 

「夏にしてはなかなかいい推理ね」

 

「見破れなかったらかなり重いものを背負うところだったよ……」

 

「ちっ、へこんだ夏を畳み掛けて虐めようとしたのに」

 

「良い性格してるよ、本当」

 

「でしょ?」

 

 なんで嬉しそうな顔をしているのかね、こいつは。ちょっと俺には理解できませんよ。

 ……そういえば、こいつは結局何着ぐらい服を持っているんだろうか。

 聞いてみたら「コートは十五着以上あるわね」と返ってきた。おま、そんなにいらねえだろ。なんでそんなに持ってるんだよ。

 というかどこにそんな素材と金があるっていうんだよ。俺には無理だ。

 

「金欠の俺への嫌がらせか」

 

「正解。今日は冴えてるわね」

 

「ちくしょう! 聞かなきゃよかった!!」

 

 なんでたってこんなに言われなくちゃいけないんだ。

 悪かったな、金と素材がなくて。主に金がなくて! どうして俺はいつも金に困ってばかりなんだろうね。そろそろお金が貯まってほしいよ。

 やれやれと首を振ったところで「オオオォォ……」と何かの咆哮が聞こえて、俺は思わず身を竦ませた。

 あの咆哮は、忘れちゃいない。いや、恐らく生涯忘れることのない咆哮。

 

「……おい、何の依頼を受けたんだ」

 

「プリティヴィ・マータ」

 

「っ、やっぱりか……!」

 

「を、二体」

 

「殺す気か!?」

 

 こいつは俺のトラウマを確かに知っているはずだ。まあ、知っていてこの前ウロヴォロスに連れかれたんだけど。

 再起不能になりかけたあの時、俺を外に出そうと声をかけてくれたのはメリーに他ならない。

 だからこそ今のメリーの行動が理解できなかった。こいつは、俺に何をさせたいのか。

 

「いや、夏のランクアップを目指して」

 

「だからって! 他のはなかったのかよ!?」

 

「いつまでもウジウジしてんじゃないわよ。そろそろ克服なさい」

 

「んな無茶な……」

 

 要するにあえてトラウマであるプリティヴィ・マータに連れてきたって事か。余計なお世話だよ。

 正直に言えば行ける自信がない。未だに服はF制式レッドに戻していないし、あいつの姿を見たら間違いなく身体は硬直するに違いない。

 

 ――次は、お前の番だ。

 

 そう言われているような気がしてならないのだ。

 俺の今の顔は青褪めているのだろうな、とどこか冷静な頭で考えつつ目の前に立つメリーに顔を向ける。

 

「大丈夫よ。あんたならできる」

 

「でも……」

 

「あんたは一体殺りなさい。あたしも特別に無料でサポートしてあげるわ」

 

「……」

 

「残りの一体はあたしが片付けるから。あんたは一体だけ」

 

 メリーの優しさに泣きそうになってしまった。うう、こいつには泣き顔見せてばかりだ。

 結局俺は討伐にきちんと参加することになった。なんだか流されたような雰囲気がなくもないが。

 待機地点から離れて五分ほどたった頃、俺のトラウマは唐突に現れた。

 

「ガアアアアアアッ!!」

 

「ぅ、あ……」

 

 さっきまでは遠くから聞いていたからよかったものの、いざ目の前となるとやはりその迫力は段違いだ。思わず後退りする。

 しかもその迫力ある咆哮に加えて容姿までもバッチリ見えてしまっているのだ。二十二重なって俺の身体は震えを止めない。

 あの時の光景が脳内でフラッシュバックし、完全に思考が飛ぶ。真っ白になって、呼吸以外の行動が停止する。

 気のせいかもしれないがプリティヴィ・マータの顔面についている女の顔がニヤリと嗤った。

 そしてプリティヴィ・マータは俺に向かって一歩その足を踏み出し――

 

「あたしを無視するなんていい度胸してるわね」

 

 メリーが踏み出した足を集中的に斬り裂いた。苦悶の声を上げてプリティヴィ・マータは後退した。

 俺の方を見たメリーの目は「早く攻撃しろ」と言わんばかりだ。お前は随分と俺のことを過大評価して見ているんだな。

 でも、少しだけやれる気がしてきた。硬直した身体も少し動かせるようになった。

 深く息を吐きながらアラガミを見据える。大丈夫だ、俺はまだ死なない。

 

「うあああああああああ!!」

 

 自分を奮い立たせるために態と喉がつぶれるくらい大声を出してプリティヴィ・マータに向かっていく。

 そのまま足を止めずに一閃。また走り込んで一閃とすれ違いざまのみに攻撃を集中して叩き込む。

 いつの間に捕喰したのか、メリーから受け渡しが来た。その高揚感もやる気のために注ぎ込んでまた攻撃へとまわる。

 メリーも同じように走り込み、顔のみに狙いをつけて斬り裂いていっている。

 

「死ねっ!」

 

「らあっ!」

 

 二人同時でプリティヴィ・マータへと斬りこむ。威嚇の咆哮を聞かなかったことにして眼前の敵に集中を決め込む。

 プリティヴィ・マータが焦って繰り出した狙いがむちゃくちゃな小さい氷柱を避けながらも攻撃は進む。……メリーは敵ごと斬っているが。

 リンクバーストの勢いを殺さぬように素早く移動してとにかく剣を振るう。

 

「はあっ、はあっ」

 

「何息切れしてんの! ダサいわよ!」

 

「うるっ、せ!」

 

 小さめだが力が少し落ち、それを予兆と受け取った俺は即座にプリティヴィ・マータから離脱した。メリーが追いかけないように猛攻を繰り出し足止めをする。

 そしてリンクバーストが切れる。いつもなら怠い怠い言っているところだが今回はそこまで余裕がない。

 休ませろと悲鳴を上げる身体に鞭を打ち前線へともう一度向かう。離脱した意味がなかったな、と心の中で思い口角を上げる。

 不意にこちらを見たメリーが俺を見て少し驚いたように目を開いたが、すぐに面白いと言う様に笑みを見せる。何があった。

 

「行きなさい、夏!」

 

「てやああああああ!!」

 

 そして俺の神機はぶっさりとプリティヴィ・マータの顔面に突き刺さったのだった。

 

 

――――――――――

 

 

 ぼんやりと、俺は月を見ていた。とても心が落ち着く。

 今日の依頼は俺にとっては大きな仕事だった。まだ抵抗はあるが……、少なくともトラウマは依頼前よりも軽くなっていた。

 あの後、捕喰を済ませた俺は待機地点へと戻りメリーは残りの一体を討伐しにどこかへ繰り出していった。

 それからかれこれ何十分経ったかは知らないが、とにかく俺はそれからずっとここで月を眺めているのだ。

 

「……綺麗だな」

 

「たまには月見もいいわね」

 

「おう。……って、メリー!? いつの間に……」

 

「今よ。あたしってそんなに影薄いかしら?」

 

 むしろ濃いと思います。その言葉を飲み込んで俺は苦笑で返した。

 どうやら言葉通り今戻ってきたところの様でメリーは「疲れたー」とおっさんのような声を出しながらその場に座り込んだ。お疲れ。

 メリーに視線をしばらく向けてからまた月を見た。心が洗われるって意味を理解できた気がする。メリーにも理解して欲しいんだがな。

 

「お疲れ様。今日のあんた、中々いい働きだったわよ」

 

「そりゃあどうも。でもメリーのほうがすごかったぞ」

 

「あたしとあんたを比べちゃいけないわよ。元から全部違うんだし」

 

「神機使いって点を抜かせばな」

 

「……そうね、そこは同じね」

 

「旧型と新型っていう変えられない事実があるけどな」

 

 なんだか自分で言ってて悲しくなってきた。せっかく静まった気持ちだったのに。ああ、自分で墓穴を掘るなんて。

 ため息を一つ吐いた俺を不思議そうな顔でメリーは見てから、月に視線を戻した。

 いつも、こんな月を見れたら俺の感情はここまで揺れないんだろうな。ぼんやり考えてそれは不可能だと考え直した。

 感情が揺れるからこそ人だ。それは人によっても異なるから、それが自分がここに在るということなんだ。

 それでも、と思ってしまう俺は欲張りなのか馬鹿なのか。

 

「綺麗ね」

 

「いつまでも、見ていたいよ」

 

 そうすればもっと前へ進める気がする……。

 今日、俺の中で一つトラウマが消えた。



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38、そして消える

いきなりシリアスゥ……。
いつもより文章おかしくなってるかもしれません。
シリアスだから(にっこり)

では、スタートです。


 暗い暗いここはどこだろう?

 

 どこか見覚えがあるようで全く見覚えのないこの場所はどこだろう?

 

 こうやって考えている頭は、もしかしたら錯覚なのかもしれない。

 

 私の、あたしの、僕の、俺の……。自分は、自分をなんと呼んでいた?

 

 覚えてない。何もかも。

 

 暗いよ。怖いよ。

 

 ……誰か、

 

 

 ――助けて……。

 

 

――――――――――

 

 

「マジかー……」

 

 ただいま、俺の部屋の前にて。

 普通なら扉のロックをしてすぐに通り過ぎてしまうんだが、今日ばかりは通り過ぎることが出来なかった。

 何故なら、いつかのあの日のように釘でメリーから手紙が届いていたからだ。

 ……メール使えよ。

 

『夏へ

 今日は朝から支部長に呼ばれたので行ってきます。

 ちなみに特異点らしき反応が愚者の空母らへんであったそうです。

 その捜索がゼルダとソーマのみらしいのでその抗議もついでにしてきます。

 とりあえずなんか任務やってこい。トラウマ克服したんだから大丈夫でしょ?

 じゃ、頑張って。

 メリーより』

 

「ははっ。……どーいうことだよ!」

 

 支部長に呼ばれたのはまだいいとしよう。あいつは支部長が直々に引き抜いてきた人材だ、用があってもおかしくはない。

 しかしだな、なんで俺はともかくメリーが特異点探しに行かないんだ!? ちょっとおかしいにも程があるでしょ。俺たちの今までの苦労は……。

 そしてそれを直接抗議しようとするメリーの精神も俺には理解できない。俺には無理だから心の中だけで抗議するよ。

 ……俺、一人で行くのかあ。嫌だな。いや、トラウマはもう大分消えたんだけどね?

 その証拠に今日の俺の服はF制式レッドだ。勇気を出して服装を戻してみました。

 

「うーん、と言ってもどうすればいいものか」

 

 とにかくエントランスへ来てみた。ブツブツ言っても始まらないからね。

 ちょうどゼルダとソーマが出撃時間だったようでついでに見送りもしておいた。行ってらっしゃい。吉報を待ってるよー。

 見送りを終えてから階段を下りてヒバリちゃんのところへと移動。今日は何の依頼受けようか。

 

「ヒバリちゃん、なんか適当に見繕って」

 

「メリーさんは……。ああ、特務ですか」

 

「多分そうだと思うよ。あー、いると邪魔だけどいないと暇だ」

 

「なんだかんだ信頼関係が築けているということではないでしょうか」

 

「あれは信頼関係と言えるのか?」

 

 ほぼ毎日殴られてる気がするよ。というか殴られてない日なんてあったっけ? ……駄目だ、とても大事なことなのに思い出せない。

 頭を抱え込みたくなる衝動を抑えてヒバリちゃんから依頼を受けた。とりあえずいつも通りの荷物でいけばなんとかなるだろ。

 

「んじゃ、行ってきます」

 

「お気をつけて」

 

 ヒバリちゃんの声を聞きながら俺は階段を上がって出撃用エレベーターへと乗り込んだ。

 あー、今日はいつもより時間使いそうだなあ。

 

 

――――――――――

 

 

 カンカンと辺りに鳴り響く神機が弾かれる音。久しぶりにこの音聞いた気がするよ。

 今更後悔する。ちゃんと選んでおけばよかったと。適当に、なんて言うんじゃなかったと。

 

「ヒバリちゃん、今度から自分選ばせて下さいお願いします」

 

 この場にはいないオペレーターを思い浮かべて俺はそう告げた。

 今回の討伐対象はシユウ堕天だ。……俺の天敵だよ。まったく嫌な依頼に来ちまったもんだ。

 一応ヴェノムがあるおかげで多少は何とかなっているんだが、剣自体の攻撃がほとんど効いていない。うああああ、来なきゃよかった。

 ……今度、違う神機パーツも作ろう。うん、じゃないとこの先やっていけない気がするよ。

 

「早く終われよ! 帰りたいんだよ!」

 

 こういう時にメリーがいてくれば俺のこと貶しつつもちゃんと手を貸してくれるんだけどな。

 今一番助っ人が欲しい瞬間だ。誰か来てくれないかな。

 足に力を入れて思い切り地面を蹴り、そのままシユウ堕天の頭に強引に神機を突き刺した。頼む、くたばってくれ。

 俺の願いは全く通じることなくそのまま動き出そうとするシユウ堕天。仕方なく俺はシユウ堕天を蹴って神機を引き抜いた。

 

「さて、これからどうしようかっ……!?」

 

 背後から寒気を感じて、咄嗟に横に飛んで回避した。体勢を崩してゴロゴロと地面を転がる形となったが、まあいい。

 俺がいた場所を貫いた剣のような形をしたものは勢いそのままにシユウ堕天を貫いた。……あ、依頼完了?

 でもなあ、

 

「こういう乱入の場合って、駆除しないと駄目かな?」

 

 俺を襲ってきたのは報告になかったボルグ・カムラン堕天だった。なんで原種じゃなくて堕天種が来るんだよ、面倒くさいな。

 まあシユウ堕天を倒してくれたことには感謝するけどな。ありがとー。

 ため息を一つ吐いて髪を左手で少し乱してから戦闘態勢に入る。連絡は事後でも構わないよな。

 

「かかって来いよ。トラウマ潜り抜けてちょっとはマシになったんだ」

 

 俺の声に呼応するかのようにボルグ・カムランが鳴いた。

 

 

――――――――――

 

 

 さすがに、二戦連続は身体に来るわ……。いつも運動と言う名の仕事をしているけどそれでも筋肉痛になりそうで怖い。身体バッキバキ。

 俺はエントランスのいつものソファで机に突っ伏していた。机の上には俺が飲み干した冷やしカレードリンクの缶が六本転がっている。

 簡単に言ってしまうと、俺はここでメリーの帰りを待っていた。

 ヒバリちゃんとか周りの人に聞いた感じでは帰ってきていないそうだからここで待ってれば見つけてくれると思う。

 ……と、二時間前の俺は思っていました。

 

「遅いっつーの……」

 

 ええ、二時間ずっとここで待ってます。座りすぎて尻が痛くなり始めてきた。

 一時間前に「もしかしたら既に自室か?」と考えて行ってみたけどもちろんいるわけが無かった。どこほっつき歩いてるんだよ。

 俺に一日中ここに居ろって言ってるのか? 昨日と言い今日と言い、本当にあいつはひどい奴だ。

 

「ちくしょう、こうなったら意地でも待っててやる」

 

 まだ居たの、と呆れられてもいい。どうせ俺は馬鹿だからな。開き直ってやるさ、事実だから。

 そんな俺を気遣ってヒバリちゃんが時折声をかけてくれたのはまた別の話。

 

 

――――――――――

 

 

「くっ、さすがに警備は厳重ね……」

 

 サクヤは今、エイジス島に侵入していた。

 と言うのもリンドウの腕輪を回収した際、彼の遺した置手紙に気になる部分がありそれを確かめるために来たのだ。

 置手紙の内容は『アーク計画』というものだった。表で発表されているエイジス計画とは一見無縁そうに見える計画だ。

 しかしこのアーク計画、エイジス島を隠れ蓑にしているのではないかというとんでもない推測があったのだ。

 リンドウ自身も確かめようとバグプログラムまで作成していた。サクヤはそれを使ってここまで来たのだ。

 

(もうそろそろ最奥のはずね)

 

 辺りの視界は暗く、前方が上手く見えない。慎重に慎重に一歩ずつ進んでいくが、それでもサクヤの不安は拭えなかった。

 不意に、サクヤは視界に何かが入った気がして足を止めた。前方ではない。上だ。

 

「なに、これ……」

 

 何かとても大きなものが見える。触手のような蔦のようなものが絡まったそれは視界が悪い今でははっきりと確認することが出来ない。

 しかしどう見たってこれは公表されているエイジス計画とは全く違うものだ。コウタが知ったらどんな顔をするのだろうとサクヤは顔を顰めた。

 

 

 ビー! ビー!

 

 

「っ!?」

 

 それは唐突な出来事だった。

 急に警報が鳴りだし、暗かったその場所は赤い光に包まれる。

 サクヤは慌てて状況分析のために周りをすぐに把握する。しかし、それはあまり得策ではなかった。

 前方からレーザーが飛んできた。前ではなく周囲に気を配っていたサクヤはその反応に遅れてしまった。

 駄目だ、避けられない。

 

「しまっ……」

 

「危ないっ!」

 

 当たる。そう覚悟したサクヤの目の前に飛び出たのは、赤い新型可変式の神機を手に持った一人の少女だった。

 少女はサクヤを庇うように立つと即座に盾を展開してレーザーの威力を吸収した。

 盾を解除して銃形態へと神機を切り替え、レーザーを撃ってきたと思われる場所に銃撃を放つ。着弾した場所で小規模な爆発が起こった。

 一連の動作を終えて神機を下ろし、「ふぅ」とほっとしたようにため息を吐くその少女をサクヤはよく知っていた。

 

 

「アリサ……! あなた、なんでここに?」

 

 その少女はアリサだった。

 しかしサクヤには何故ここにアリサがいるのかが本当にわからなかった。

 サクヤは誰にも言わずにアナグラを出、このエイジス島にやってきた。だからついて来る者など誰も居ない、そのはずだった。

 ……いや、一人話した人がいる。その人物を思い浮かべてサクヤは思わず苦笑した。

 

「勝手に置いていった挙句死んだりなんかしたら、笑い話にもなりませんよ!」

 

 多分、ゼルダに聞いてきたのだろうと思ったサクヤの推測は当たっていた。

 実はこっそりと抜け出すつもりが同じ階に住んでいるということもあり、今朝方ばったりと鉢合わせしてしまったのだ。

 ゼルダはすぐにサクヤがいつもと調子が違うことに気付いてその訳を聞くまで問い詰めた。ゼルダにしてはかなりしつこいものだったと思う。

 観念して話したサクヤの後を、やはりゼルダはついていくと意見した。しかしそれは駄目だと今度はサクヤがその理由を言い返せないほど並べ立てた。

 結局ゼルダはついていくことを断念し、仕方なく支部長に言われた特務の方へ出かけて行った。

 それで終わりだと思っていたのだが……。ゼルダもどうやら問い詰められると弱いタイプらしい。頭を下げられただけで承諾してしまう子だから。

 

「ようこそ、エイジスへ!」

 

 いつのまにか明るくなった視界。その視界に移ったのは高らかと二人にそう告げてきた極東支部支部長であるヨハネス・シックザールだった。

 その姿を見たサクヤは悪い予感が当たってしまったと苦虫をかみつぶしたような顔になる。

 そもそもリンドウの件からおかしかったのだ。更にエイジス計画の発案者はヨハネス。エイジス島を自由にできるのは最初から一人しかいなかった。

 

「思っていた楽園と違って落胆したかね? しかしこれが現実だ」

 

「支部長、やはりあなたが……。これは一体どういうことですか!?」

 

「……彼はここに侵入する手筈まで整えていたのかね、サクヤ君」

 

 確信が事実に変わった瞬間だった。あの置手紙で薄々気付いていたことが、ここに来て覆せないものとなってしまった。

 リンドウはただの事後ではなく意図的に殺された。その事実がサクヤには何よりつらかった。

 

「惜しい。実に惜しい人物を失ったものだ」

 

「戯言を! あなたがそう仕向けさせたのね!?」

 

「ああ、その通りだ」

 

 ヨハネスは否定しなかった。この場で否定することは何の意味もない。計画は達成目前だ。バレてしまっても問題は特に発生しない。

 しかし、あの時、リンドウが生きていた頃は違ったのだ。

 アーク計画のために必要となる『特異点』が見つかっていないあの頃は、まだその全貌を知られるわけにはいかなかった。知られてしまえば手を打たれる。更に言ってしまえばリンドウは別の人物と繋がっていた。あの状態のままではアーク計画が知られてしまうのは時間の問題だった。

 だから、先に手を打った。

 

「アラガミの引き起こす終末捕喰により、この星はいずれ完全なる破壊と再生を迎える」

 

 全ての種が一度完全に滅ぶ。しかしそれは悲しむべきことではない。何故ならその後に待っているのは再生なのだ。歴史も種と共にリセットされる。その後になら、アラガミに怯えることなくまた新たな歴史を歩んでいくことが出来る。

 だがそのまますべてが滅んでしまっては何の意味がない。そこでこのアーク計画だ。真に次世代へと生き残るべき人物を箱舟に乗せ、全てが終わった後にまた生まれ変わった地球へと舞い戻る。

 それこそがエイジス計画の裏で行われていたアーク計画の全貌だった。

 

「……しかし、残念なことに箱舟の席は限られている」

 

 そう。問題はそこだった。

 いくらアラガミの出現によって減ってしまった人口と言えど、その数はとても多い。極東支部周辺だけでも多いのに、それが全世界となったらどれほどの人が未だ生命活動を続けているのか。

 すべてを運ぶことなど不可能。だから、選ぶ。次世代に無能な者は要らないのだ。

 

「本当に、本当に残念なことに君たち二人はそのリストから外れてしまった」

 

 そして、これほど重要な情報を握った人物を返すほどヨハネスは甘くはない。

 

「申し訳ないが、ここで消えてもらおう」

 

 ヨハネスは合図のために手を上げる。それを見たサクヤは身構える。

 だが、それはいつまでたっても起こらなかった。怪訝そうに眉を潜めるヨハネスを尻目に、余裕そうにアリサは一歩前へ進み出た。

 

「あら? 残念ながら残りのセーフガードは私がすべて破壊しましたけど?」

 

「……そうか、それは困った。なら手伝ってもらうとしよう」

 

「えっ……!?」

 

 何をしても無駄だ、そう思っていたアリサは非常に驚いた。いや、アリサだけではなくサクヤも同様だった。ヨハネスがいる方向から一人の男が歩いてきた。それはアリサがよく知っている人物で、アリサをよく知っている人物だった。

 

「オオグルマ……」

 

 彼の名前はオオグルマ ダイゴ。かつてアリサの治療をしていた……というのは表向きで裏では洗脳を行っていた人物だ。その洗脳によりアリサはリンドウを殺した。いや、正確には殺しかけた。その手ではかけていないがその要因を作ってしまった。

 事件の後、オオグルマは別支部に異動となりその途中でアラガミに襲撃され死亡。サクヤがアリサの過去を聞いて調べられたのはそこまでだった。

 しかしその死んだはずの男が今、目の前に立っている。幽霊、と疑いたくなるアリサは既に混乱に陥っていた。

 

「なんで……、なんであなたがここに……」

 

 アリサが呆然とした中、“ソレ”は動き出した。

 サクヤたちの背後から一直線にアリサに向かっていたソレは、躊躇うことなくアリサの命を狩り取ろうとその刃を首元へと向け――

 

「っ、アリサァ!」

 

 サクヤがアリサを弾き飛ばすことにより事なきを得た。

 攻撃を失敗させたソレは悪態一つつくことなくユラリと身体を揺らして獲物へと視線を向けた。ソレはだらりと両腕をだらしなく下げ、大分猫背になっていた。しかしその足はしっかりと地面を踏み立っている。その瞳はまるで血のような紅に染まっており、光はない虚ろなものだった。虚ろな瞳は動揺することなくサクヤたちを捉えている。

 黒い短髪の髪に、黒のコート。更に黒い神機という組み合わせをした“少女”を二人は知っていた。

 

「メリー? そんな……、どうして」

 

「……」

 

 返事はなかった。しかし声はきちんと届いていたようで瞳が少し揺れたような気がした。

 返事の代わりと言う様にメリーは思い切り地面を蹴って前へと前進する。その速さは神機使いという枠を考えても異様なものだった。先程の出来事から頭を切り替えたアリサはただ盾を展開することしかできなかった。逃げるために背を向ければ、間違いなく殺される。そう確信があった。

 

「ぅ、っく……!」

 

「支部長っ! あなた、メリーに何をしたの!?」

 

「それは言わなくても分かると思うが?」

 

 特に、アリサは。その言葉を聞いたアリサは完全に押し黙った。

 そのままメリーはアリサを弾き飛ばすと追撃はせずに近くにいたサクヤに狙いを変更。凄まじい勢いで神機を振るう。旧型の遠距離式には盾と言う機能がついていなかった。だからサクヤにはひたすらそれを避け続けるという手だてしか残っていない。

 それが何十、何百と続けばいくら神機使いと言えど体力の限界が来る。

 

「やあ!」

 

「がっ!?」

 

 そこでノーマークだったアリサが背後からメリーにタックルを食らわせる。同じ神機使いだ、傷をつけるわけにはいかない。

 サクヤから狙いがアリサに変更。その間にサクヤはこの場から撤退する方法を考える。

 

(あれ……?)

 

 ふとメリーの動きがいつもとは鈍っているような気がしてサクヤは再度アリサと交戦中のメリーを見直す。

 神機を振るうスピードは普段の倍ではあるがその狙いはめちゃくちゃ。当たれば問題ないとばかりの攻撃だ。それに目の前のことにしか集中していない。そのいい証拠として先程のアリサのタックルの時にメリーは気付くことがなかった。彼女らしくない。

 

「メリーさん! 目を覚まして!」

 

「ああああ!!」

 

 突如大声を上げるメリー。そして今までで一番重く、速い攻撃をアリサに放つ。

 すぐにアリサは対処のために盾を展開。瞬間、メリーの神機が盾に接触してどんどん押してくる。……マズイかも知れない。アリサはそう思いながら冷や汗をかく。

 今もアリサの身体は段々と後退しており、神機からはミシミシと嫌な音が聞こえてきている。このままでは神機を壊され、その勢いで自分も斬られる。だからと言って抜け出すことは不可能だ。逸らそうにも縛りつけられたようにそれら行動が出来ない。

 

「メリーさんっ!!」

 

 

『メリー』

 

 

「っ、ぅ、あ……?」

 

 アリサの悲痛な叫び声が響き渡った時、メリーには別の声が聞こえていた。よく知った、青年の声。その声を聞いたメリーは急に目に光を持ち、力が抜け、地面に倒れ伏した。

 誰もがその訳が分からずに呆然とした。メリー以外にその声が届くことは無かったのだ。分かるわけが無い。

 

「っち、やはり長時間のコントロールは不可能か!」

 

「……なつ……」

 

 だから、焦ったような声をオオグルマがあげたことでその理由を作った人物の名を呟いたメリーの声を聞いたものは誰も居なかった。ただ一人、一番間近にいたアリサだけはかろうじて聞き取ることが出来たのだが。

 

「それならっ、お前も協力するんだ! アリサ!」

 

「アリサっ!」

 

 危険だ。直感で何をするのかを感じ取ったサクヤは声を上げる。

 アリサは釘づけと言った感じでこちらに意識を向けていない。ただオオグルマに目を向けていた。

 

один(アジン) два(ドゥヴァ) три(トゥリー)!!」

 

「――」

 

 その言葉は洗脳でいつも使っていた言わばキーワードのようなものだった。ロシア語で『3、2、1』という意味を持つ言葉である。それを聞いたアリサは言葉を失った。そして誰に言われるわけでもなくサクヤに神機の銃口を向ける。

 正確には言われたのではなく、その瞬間の中で頭の中で情報をすり替え指示されたことを忠実に実行しているだけである。

 

「アリサー!!」

 

 大声を出してもアリサには届かない。サクヤはそれを分かっていても叫ばずにはいられなかった。無我夢中でアリサの元へ走り出していく。

 アリサはそれを目にしても特に反応せずに曖昧な標準でサクヤに向かってレーザーを撃っていく。それらは一つもサクヤに当たることは無く、ただギリギリのところを通り過ぎていく。半ば脅しにも近いそれを目の当たりにしてもサクヤは歩みを止めることは無かった。

 サクヤには分かっていた。アリサはあの程度の洗脳を受けても負けることは無いと。理由は単純。あの日、リンドウをアリサが殺すはずだった時、アリサはその洗脳に逆らいリンドウを銃撃しなかったからだ。強固な洗脳を受けているのならそれは絶対にありえないこと。しかしアリサはそれに構わなかった。自我が洗脳に勝ったのだ。

 

 サクヤはそのままアリサに向かって跳び込む。次いで響く引き金を引く音。

 聞いたオオグルマは狂気的なまでの高笑いをする。洗脳にかかった今、アリサは自分のものなのだと。死に行くようなものなのだと。そう信じて疑わなかった。

 

「っなに!?」

 

「お生憎様、回復弾よ!」

 

 ぐったりとしたアリサを支えるように立ち、放った言葉を証明するような緑色の光に包まれたサクヤを見るまでは。しまった、とすぐに次の対策に移す前にサクヤは神機の引き金を引く。辺りは強い光によって白一面に覆い尽くされた。

 光が引いた時、その場に居たのは支部長、オオグルマ、メリーの三名だった。支部長は舌打ちをするが事が終わった今悪態をついても意味はない。

 オオグルマはオオグルマで苛立っていた。自分の洗脳が二人も不完全に終わったのだ。メリーは急ごしらえだからいいにしろ、あのアリサまでもだ。自分のプライドをへし折られたような気分だ。だが心のどこかでその事実を喜んでいる自分がいる。アリサは、自分の犬は強くなったのだと。

 

「こいつはどうしますか?」

 

 オオグルマはメリーに近寄ると苛立ちを隠そうともせず、右腕を掴んで強引に持ち上げた。

 痛みを伴うはずの行動にメリーは反応しなかった。まるで死人のようにされるがままだった。目は固く閉ざされているが呼吸はしているようだ。

 

「……どうせ彼女にとっては夢のようなものだ。戻しても構わないだろう」

 

「そうですか」

 

「それに“パートナー”が心配しているだろうしね」

 

 オオグルマは怪訝そうに支部長を見たが、すぐに納得したように「ああ」と声を漏らした。

 あれは馬鹿そうに見えて時に鋭い所を突いてくる。普段は放っておいても問題ないのだが、メリーに一番近い。戻さなくては危ないだろう。

 まあ、もう隠さずとも目前まで完成は迫っているのだが。支部長は笑みを深めた。

 

 ――人類の再生の時は近い。

 

 

――――――――――

 

 

 ゼルダの自室にて。今この部屋には主であるゼルダの他にソーマとコウタが集まっていた。その理由はエイジスに侵入したサクヤからの報告を聞くことだった。

 最初こそ真剣な顔で報告を聞いていたコウタだったが、話が進んでいくにつれてその顔からは色が消えていった。

 

『これが私が聞いた話の全て。そして、そこにあると思うけど箱舟に乗れる人のリストよ』

 

 リストはコウタが座っているソファの目の前に設置されている机の上に置かれていた。そしてそのリストには第一部隊の全員の名前や、夏、メリーなどの名前も載っている。しかし、今回のことによりそのリストからサクヤとアリサの名前は消えるだろう。

 更に収容者はリストに載っているものだけではなかった。その収容者の二等親以内の親族も一緒に箱舟に乗ることが許されていた。これはエイジス計画という希望を失ったコウタにとても良い誘惑となっていた。

 

『このままいけばあなたたちは「救われる」側ね』

 

『それどころか私たちはお尋ね者扱いでしょうけど』

 

「……エイジス計画が、嘘だって? そんな、そんなことが……」

 

「……コウタさん」

 

 コウタの悲しみをゼルダは分かっていた。ゼルダにも母と兄がいるからだ。

 どちらにせよゼルダは箱舟に乗る気はない。個人を救うのではなく、全体を。それがゼルダの信条だ。見殺しにして自分だけ生きることは出来なかった。

 

「俺はあいつに従う気なんてない。……それに俺の身体は半分アラガミだ」

 

『それでも支部長は……、あなたのお父様はあなたもリストに入れているわ』

 

「そんなの知ったことか」

 

 ソーマは素っ気なく返す。ソーマのいつもの態度にゼルダはどこか安心していた。

 サクヤ、アリサ両名は今この場にはいない。コウタも錯乱状態に近い。そんな中でどこか無意識に“いつも通り”を求めていたのだ。

 

『改めて言っておくけど、私はこの船を認めるつもりはないわ』

 

『私たちは支部長の凶行を止めようと思ってます』

 

『そのためにしばらく身を隠してエイジスの再侵入方法を探すわ』

 

 ゼルダは歯がゆい思いでいっぱいだった。

 自分が皆をまとめ、そして守っていかなければならないのにこれははなんだ。何もやるべき仕事をこなすことが出来ず、おまけに今回は未然に防げたかもしれない子の出来事。

 二人の働きのおかげで得ることが出来た情報も大きいが、それ以前に二人を危険に晒してしまった。これではリーダー失格だ。

 

『選択するのは皆の自由よ。向こうにつくもよし、留まるもよし』

 

『まあ、邪魔するようなら全力で排除しますけどね』

 

『こら、アリサ!』

 

『冗談ですってば。……でもできればそうならないよう祈ってます』

 

『……それじゃあ切るわね。皆、後悔しないようにしっかり考えるように』

 

 その言葉を最期に通信は途絶えた。部屋に残るのは静寂のみだ。

 誰一人その場から動くことなく、誰かが声を発するのを待っていた。

 

「……俺、アーク計画に乗るよ」

 

 最初に言葉を発したのはコウタだった。ゼルダとソーマはコウタに視線を向け、次の言葉を待つ。しかしその視線は咎めるようなものではなく先を促すものだ。

 何も責める必要はないのだ。ゼルダにはゼルダ自身の考えがあっても、それが他の人と同じ考えとは限らない。選択は二択でもその選択に至るまでの思考は人の数だけあると言っても過言ではないのだ。

 

「それがどういうことかってのも分かってる。でも、俺は母さんたちを守らなきゃいけないんだ」

 

 コウタはまた上げていた頭を下げ、視線を机に向けた。拳は膝の上に乗せられており、何かに耐えるように力強く握られていた。

 家族を持っている者ならそちらに考えがいっても仕方ないだろう。その考えにいかない自分は何なのだろうとゼルダは自問した。

 

「俺は……、どんなことをしてでも母さんたちを守るって決めたんだ」

 

 顔を上げたコウタの目には強い決意が宿っていた。それは揺らぐことは無いだろうし、それを態々揺らがすつもりもなかった。

 選択はあくまで自由。

 

「だから俺はアーク計画に乗るよ」

 

「……好きにしろ」

 

 ソーマはそれだけ言い残して部屋を後にした。

 コウタはまた俯いたが、ふと顔を上げてゼルダに視線を向けた。

 

「……リーダーはどうするの?」

 

「私は今の生活が楽しいので遠慮します。今のこの環境が好きなので」

 

「そっか……」

 

 コウタはしばらく立ち上がることは無かった。



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39、未来へのチケット

自分で書いておきながら、今回は強引感溢れる回です。
というか、シリアスって調子狂うわー。
いや、書こうと思ったのがGOD EATERだったから仕方ないんですが。

では、スタートです。


 いつも通りの朝だった。

 昨日なんで早く戻らなかったんだー、お前の顔が見たくなかったからだー。とかなり凹む会話もした。

 朝はいつも通り鳩尾にグーパンチを言う鬼畜な方法で起こされもした。

 

「……んで? 昨日はどこ行ってたわけさ」

 

「ウロヴォロス様とデートよ」

 

「おい、特務だろ。言っていいのか? いや、聞いたの俺だけど」

 

「ウロヴォロス様とのデートは特務であってプライベートなのよ」

 

「駄目だ、こいつの思考が分からない」

 

 昨日のことは案外すんなりと聞きだす事が出来た。なかなかにこいつらしい理由だった。

 そのことに呆れながら――内心で安堵しながら――俺たちはヒバリちゃんからいつも通り依頼を受けた。

 今日は珍しく小型のアラガミ討伐の依頼だった。「雑魚か」とメリーが落ち込んでいたのは無視する。

 相変わらずすぎて慣れ過ぎてしまった自分に嘆きながら階段を上がると、そこには第一部隊がいた。

 ただし、二名。ソーマとゼルダ、ただ二人である。

 俺はその理由を噂で知っていた。サクヤ、アリサ二名はエイジス侵入によりお尋ね者扱い、コウタは自主的な休みを取ったからだ。

 それは知っていた。そしてそれを俺よりもすごい情報を握っていることがあるメリーも知っていると思っていた。

 

「あー、二人だけだったか。俺たちもなんか手伝おうか?」

 

 それは単純に目の前にいた二人への好意から発した言葉だった。

 どこにもおかしなところはない、ただ普通の仕事仲間に対する言葉。

 ゼルダが「ありがとうございます」と発するよりも早く、メリーの口から「二人だけ……?」と疑問の声が漏れた。

 珍しいこともあるもんだ。そんな暢気なことを思っていたとき、俺は見てしまった。

 いつもの瞳に映ること自体珍しい、“困惑”“恐怖”“驚愕”の色を、俺は見てしまった。

 同時に理解が出来なかった。驚愕はまだ分かる。だが、他の二つが分からない。

 

「……メリー?」

 

「ぇ、あ、や……!」

 

 メリーの行動は早かった。すぐに走り出してその場を離脱、エレベーターの扉を開いて跳び込んだ。

 今のメリーの行先はある程度予想できた。一条さんのいる病室、あるいは自室。そのどちらかであるはず。

 

「メリーさん!?」

 

「おい、どこ行く気だよ! ……あー、もう、これから依頼なのに」

 

 止めることすら出来なかった。それだけあいつの行動は早かったのだ。

 なんてこった。こんなところであの逃げ足にやられるとは。

 どうすればいいんだと頭を抱え込むのを抑え込み重たいため息だけにとどめる。

 ゼルダたちのほうへ目を向けるとなにやら意味深な顔をしている。もしや部外者は俺だけなのか。

 

「……なんか、知ってるのか」

 

「その答えは“はい”であり“いいえ”ですね」

 

「うわ、半々ってことか。面倒だなあ」

 

「本当の答えを知っているのは俺たちじゃない」

 

「私たちは聞いただけですからね」

 

「いや、説明はいいから聞かせてくれよ!」

 

 なんでそんな遠まわしな説明で焦らされなきゃいけないんだ。

 俺の反応を見てゼルダは苦笑した後、言葉を発するため口を開き、

 

「任務の後でいいですか?」

 

「マジかよ」

 

 更に焦らしの言葉を俺に告げた。新手のいじめだわ、これ。

 両方の出撃時間も迫っていたので仕方なく俺たちはその場で別れることとなった。

 まあ俺は小型討伐だから向こうを待つことになるのだろう、そう思って俺は出撃した。

 

 

――――――――――

 

 

 エントランスに帰ってきたとき、何故か先にゼルダが待ってくれていた。

 あれ、確か二人は大型の討伐って聞いた気がしたんだけどな。……俺が弱いとか、そういうことじゃないはず。

 ゼルダ曰く「人に聞かれたらマズイ話」のようで、ゼルダの部屋にお邪魔することとなった。

 俺の部屋でも良かったのだが、なんかついでにお茶も誘われたからゼルダの部屋になった。

 こういう時にお茶って言えるゼルダの精神が凄いと思う。

 

「仕事後の一杯は美味しいですね」

 

「ゼルダが言うと何故だか優雅に感じる……。って、いやいや主旨がズレてる」

 

 完全に空気がお茶モードだった。危ない、目的を忘れかけた。

 こほん、とらしくない咳払いをして話を戻すことにした。ぶっちゃけ軽い咳払いだったのに痰が交じってごほん! になった。恥ずかしかった。

 

「そうですね。ええと、どこから話しましょうか」

 

「メリーが関わってるならどこからでもいいぞ」

 

「……サクヤさんとアリサさんのエイジス島侵入は聞いていますか?」

 

「ああ。……え、ナニ、そこと関わってんの?」

 

 衝撃だった。衝撃すぎて口からありとあらゆる臓器を出しそうだった。というか出せる気がした。

 喉まで胃の物が出かかった気がして口に手を当てて抑え込んだ。

 ヤバイ、この場に当人がいないのに頭痛がしてきた。しかも今日は超ウルトラハイパーフルコース。何言ってんのか分からないと思うけど俺も分からん。

 

「まあそれが普通の反応ですよね。実は……」

 

 ゼルダの説明が始まった。

 

 

 俺がゼルダの話を聞いた感想。マジかー……。

 俺はどうやらとんでもないものに知らぬ間に巻き込まれてしまっていたようだ。

 というかメリーがここに来てから既に巻き込まれてた。ツバキさんを恨むと怖いから飛ばして支部長を恨む。元凶だから問題ない、と信じる。

 だがゼルダは一つだけ、俺に隠し事をしているように見えた。

 普通に考えてサクヤさんたちがエイジス島に侵入する理由がない。その理由の部分がゼルダの説明から抜けていた。

 そこが一番大切な気がするのは俺だけだろうか。

 

「しっかし、どうしてそうなったんだ?」

 

「アリサさんが自分にかかっていた洗脳と似たようなものかも、と言っていました」

 

「うーん……。まあ、心当たりはそれくら、え、洗脳?」

 

「あ」

 

 ゼルダが明らかにやっちまったって顔をしていた。そんなことは聞いてないぞ。

 かなりごり押しをした結果、見事ゼルダからその洗脳と言うものを聞き出すことに成功した。

 まあチョコレートで釣ったんだけどね。ついでにプリンレーションも。よく食えるなあ……。

 簡単に言ってしまうと、アリサがリンドウさんを狙ったあれは洗脳によってのものだということが分かった。

 洗脳のスイッチとなる言葉は「один(アジン) два(ドゥヴァ) три(トゥリー)」というもの。ロシア語で順に「3、2、1」という意味だそうだ。

 なんとも危険なことをやらかしてるものだ。願わくば関わりたくないものだが実体験した人間が俺のパートナーだから多分それは無理なんだろう。

 

「……そういえばゼルダってハーフなの?」

 

 これ以上暗めな話をしてても意味はない、というかお茶できない。そう思った俺は話題を変えることにした。

 以前から気になっていた話題だ。タイミングが掴めなくて今まで聞けず仕舞いだった。

 ゼルダは少しきょとんとした表情を見せた後、すぐに笑顔に戻った。

 

「そうです。母がアメリカ人で父が日本人と聞いています」

 

「じゃあその髪色はお母さんのほうからか」

 

「ええ。ですが両親とも生粋の、というわけではないそうです」

 

 黄色い目は父親に似ていると言われます、とゼルダ。俺も目は父親譲りと聞いていたから勝手に親近感を覚えた。

 そういえばゼルダの家族の話は聞いたことないな。ここで聞いてみようか。

 いやいや待て待て。もしそれが地雷だったらどうするんだよ俺。

 確かこの前父親がいないとか話してたような気がするし。

 ……よし、この話題はもうやめよう! うん、決定。

 

「メリーさん、もしかして記憶があるんでしょうか?」

 

「え? ああ、その、サクヤさんたちを襲撃した時のか」

 

「はい。逃げたとき丁度話していた話題はそれですし」

 

「だとしたらかなり酷な話だな」

 

 メリーはサクヤさんを慕っていたんだから、当然だろう。

 サクヤさんはメリーにさん付けをされている人物の一人でもある。そんな人を自分で殺しかけたのだ。この事実は確実にメリーを傷つけている。

 それがたとえ操られていたとしても、だ。メリーはきっとそれだけでは納得しない。それは以前経験があったアリサも同じ気持ちだったんだろう。

 勝手に想像してみるけど、やっぱり体験がない俺にはあいつの気持ちをそっくりそのまま分かってやることはできない。

 今の言葉をメリーにただ伝えてもそれは“分かったふり”に過ぎないからだ。

 

「ん……?」

 

 完全に思考のために自分の世界に浸っていた俺は電子音によって現実へと引き戻された。

 どうやら携帯の着信音みたいだが確認してみたところ俺のものではないようだ。

 ゼルダが自分の携帯を手に取ると「あ」と声を漏らし、途端に嫌そうな顔になった。呼び出しか何かなのだろうか。

 

「すみません、用が出来てしまいました」

 

「そっか、分かった。ありがとうな」

 

 ゼルダとの話も済ましたし、俺がこの部屋に留まる意味はないだろう。

 俺もゼルダと一緒に部屋を出、そのまま別れることにした。

 ……これからどうしよう。もう一度メリーの部屋へ行ってみて外に出るよう説得しに行こうか。

 エレベーターで階を移動してメリーの部屋の前まで行ってみる。

 相変わらず部屋は閉ざされたままだった。うーん、俺はメリーと違って忍び込むという技術は持ち合わせていないからなあ。

 

「さて、どうするべきか」

 

「放っておいてくれないかしら?」

 

「そういうわけには……。って、うお!?」

 

 声はすぐ左隣から聞こえてきた。

 慌てて、というかそのまま逃げるように右に移動する。メリーは何もせずに気だるそうに半目だけ開けて立っていた。

 いつもより服装が雑に見える。コートは皺だらけだし、髪はボサボサ。朝はちゃんとしていたはずなのにな。

 

「今は、一人にさせて」

 

「……明日、出てくるならいいぞ」

 

「出てこないなら?」

 

「そうだな、休暇使ってでも一日中お前の部屋の扉蹴ってやるよ」

 

「乱暴ね」

 

「誰の影響なんだろうな?」

 

 誰かさんの真似をしてかなり酷い内容を口にしてやり、意地悪な笑みを向けてやる。いつも俺が受けているものを相手に返してやった。

 メリーは力なく笑った後一言「ありがとう」と口にして部屋に入って行った。

 あいつも色々と大変だよな。支部長に目をつけられた時点で終わってたって感じだけど。

 他に行く当てがなくなった俺は一度エントランスへ出る事にした。勿論冷やしカレードリンクは既に購入済みである。

 

「ふええええ……、どうしましょう、夏さん……」

 

「……カノン?」

 

 いつものソファに座ろうと思ったら先客がいた。カノンだ。

 今にも泣きそうな(というか泣いてる)顔をしてとてもとても困ったという顔をして座っていた。

 厄介ごとのにおいがする。まあ、困り果てた女の子を放っておくほど俺は鬼畜な性格をしているわけじゃない。

 ……あ、メリーなら話は色々と変わってきたりするんだけどね。

 

「どうしたんだよ。ほら、ティッシュ」

 

「あ、ありがとうございますぅ……」

 

 チーン、と鼻をかんでまたウルウルと目を潤ませるカノン。とりあえず話が全く進んでないということだけ分かった。

 一体何があったんだろうか。……好きになった男性が既に既婚者だったとか。いや、さすがにそれはないか。

 

「ま、周りの皆さんがどんどん支部長から呼び出しを受けてるそうなんです……」

 

「……ん? 話が見えないんだけど」

 

「戻ってきた皆さん、みんな複雑な表情してて……。クビ、じゃないですよね?」

 

 えーっと、つまり、カノンはクビにされるのを恐れているということだろうか。

 周りのみんなが呼ばれてる……。まさか一斉解雇!? うわああああ、それは俺にとってもかなり困るんだけど!

 パニックになりかけて、俺はさっきまでの事を思い出した。

 話の終わりのほうで「用が出来た」と言ったゼルダ、何回呼びかけても出てこなかったメリーの外出。

 確証はないがあの二人の共通点は“支部長に呼び出された”ことではないだろうか。

 だとしたらこれはクビのために呼んでいるんじゃない。なにか、もっと別のものが絡んでいるはず……。

 

「夏さん、支部長がお呼びですよ!」

 

 終わったああああ!! 俺の人生終わったああああ!

 うん、落ち着け俺。クビじゃない。クビじゃないってたった今辿り着いただろ!

 落ち着こうにも俺のマイナス思考がフルで活動中です。自分の身体が制御不能! 至急自室へと避難せよおおおお!

 だがこのまま自室に帰れば間違いなく嫌な目に遭う。そんな気がする。

 それに俺自身、なんで支部長が片っ端から人を呼んでいるのか知りたい。ちょっとは満足できるような回答が欲しい。

 

「わ、分かった。ありがとう、ヒバリちゃん」

 

 なるべく声がおかしくならないように注意しながら返事をした。パニック状態は何が起こるか分からない。

 冷静になるように自分に言い聞かせて俺は席を立った。不安そうにこちらを見つめているカノンに出来るだけ良い笑顔を向けてみる。引き攣ってないといいな。

 足がいつもの何倍も重いと感じながら、俺は支部長室へ向かうためにエレベーターへと向かった。

 

 

――――――――――

 

 

 役員区画に辿り着きエレベーターから降りたとき、ちょうどゼルダが支部長室から出てきた。

 その表情は床へと視線を向けているため分からないが、何か呟いているように見える。

 

「……すまない」

 

「いえ、ありがとうございました」

 

 かろうじて呟いている声を聞きとることが出来たのだが……。え、一人二役?

 何してんだろうと本気で思いながらゼルダの方へ歩き出す。

 ある程度距離を近づけたことで気配が分かったのかゼルダが顔を上げて俺を見た。

 

「あ……、夏さん」

 

「酷い顔してるぞ、大丈夫か?」

 

「大丈夫ですよ。……夏さんは、大丈夫でいてくださいね?」

 

 どういう意味だ、と聞く前にゼルダは俺の横を通り抜けてエレベーターへと乗って行ってしまった。

 なんかフラグを立てられた気がする! 俺の知らないところで俺が終わるフラグが立っている気がする! なにこれ酷い。

 またパニックになりかけた頭を落ち着かせ、大きく深呼吸を繰り返した後俺は支部長室の前に立った。

 ドアを三回ノックしてから扉を開ける。「失礼します」の言葉も忘れない。

 

「よく来てくれたね」

 

 威圧感半端ねえ。なんか分かんないけど威圧感半端ねええええ!

 よくよく考えたら俺ってあんまり支部長と対峙したことないんだよね。もう俺の精神の限界が来そうだ。

 内心で冷や汗をだらだらと流しながら支部長の言葉に軽く頭を下げる形で返す。顔では冷静さを装う。

 

「さて突然だが……。君はエイジス計画についてどこまで知っているかね」

 

「……へ? あ、いや、エイジス計画ですか」

 

 何故エイジス計画? と聞き返したくなったがそれを我慢し、自分の知っている限りの情報を羅列していく。

 大雑把に言ってしまうとエイジス計画とは巨大なアラガミ装甲を持つエイジス島に人類が避難する事である。

 アラガミの食べ残しとも言うべき人類を全て避難させ、終末捕喰から逃れるための計画。

 確かこんな感じでよかったはずだ。全員避難できるほどの大きさってどれくらいだ、と思っているのは秘密だが。

 とにかく今思い浮かべたことをそのまま支部長に伝える。支部長は全てを聞いて一つ頷いた後、また別の質問を口にした。

 

「では、君はアーク計画を知っているだろうか」

 

「は?」

 

 思わず間抜けな声が出てしまったが、俺の反応は当然と言えば当然だと思うのだ。

 あ、あーく計画? 聞いたことも無い計画だ。エイジス計画同様にカタカナで書いてアーク計画だろうか。うん、それであってるんだろうな。

 表に出たことがない計画には違いないだろう。だとしたら、その計画の内容は?

 考えても全く想像がつかない。想像できるのは全てエイジス計画の内容だ。

 

「一部の人間を地球外に避難させ人為的に終末捕喰を起こした後再び地球に戻す。それがアーク計画だ」

 

「ま、待ってください! それじゃあエイジス計画とまるで違う!」

 

「そう、違う。延命措置にしか過ぎないエイジス計画とアーク計画は違うのだよ」

 

 延命、措置? 訳が分からない。何が延命措置だというのか。

 第一このエイジス計画の要であるエイジス島は「終末捕喰にも耐えられる」と聞いている。それなら延命措置という言葉を使う必要はない。

 それに、この人は、今、なんて……。

 

「終末捕喰を、人為的にって、どういう、ことですか」

 

 言葉が詰まる。上手く口から出てこなくなりいちいち区切ってしまう。

 さっきまでの俺の調子はどうしたというのか。エントランスとは違うパニック状態に陥ってしまっている。

 落ち着かせようにも落ち着くことが出来ない。これ以上は聞くなと、離脱しろと警戒音が頭の中に鳴り響く。

 

「言葉通りの意味だ。君も探していただろう、特異点を」

 

「あれは、そういう目的で……?」

 

 支部長は答えを返してくれなかった。だがその無言が逆に肯定なのだと俺の頭は認識していた。

 夢のような楽園の裏に隠れた悪魔のような計画。全員が助かるものから一部の人が助かるものへと。

 これは一体なんの冗談だ。俺はこんなもの知らない。俺が今まで見てきたものはなんだったんだ……。

 

「君もその一部の生き残り組の一人として選ばれた」

 

「俺が、選ばれた?」

 

「そうだ。このチケットを持った者のみ、次世代へと送り出す箱舟に乗ることが出来る」

 

 支部長が持っていたチケットは一枚の銀色のカードだった。光の反射によって所々桃色にも緑色にも見える。CDの裏面みたいだ。

 頭の中にまず考えたことは、断るべき、というものだった。

 「二等親以内の収容も認められている」と支部長が目の前で説明を加えているが、おばさんに伝えたら頬が腫れるまで叩かれそうだ。

 俺も特に舟に乗る気なんてなかった。どうせ残ったって死ぬのは一緒だ。それが早いか、遅いか。ただそれだけの問題。

 それに神機使いとはオラクル細胞を取り込むことで出来た人型のアラガミだ。

 アラガミを抹殺するために終末捕喰を起こすのだとしたら、神機使いを次世代に残すのは俺には本末転倒に思えた。

 

 だから、断ろう。

 そう思い口を開いたところで、

 

「……?」

 

 支部長の机の上に置かれている真っ二つのカードが目に入った。

 誰がやったんだろうと心の中で思いながらも可能性があったのは俺の一番よく知る黒い少女だった。

 

「ああ、これは君のパートナーに渡したものだ。すぐに折られて返されたが」

 

 やっぱりメリーなのかよ……。ただ返すのではなく折ってから返すというところがあいつらしい。でもそんなことが出来るのなら明日復帰できそうだ。

 しかし、何故支部長はゴミへと変わってしまったカードをわざわざ机の上に置いておいたのだろうか。

 ゴミはすぐに捨てたほうが邪魔にならないし、メリーは少なくともゼルダの前にここを訪れているはず。すぐに捨てないということは理由があるのか?

 これではまるでわざと俺に見つけさせたようではないか……。

 

「っ、」

 

 支部長が先ほど言った言葉を思い出して、俺は息を呑んだ。

 まさか、まさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさか。

 この人は、俺を、強引に、味方にしようと、している?

 それなら理由が分かる。納得がいく。あの場所にカードの残骸を置く理由も。

 

「……君は、大切な人を失いたくないのだろう?」

 

 まるで夢の中にいるように視界に靄が入りはじめた。思考もだんだんとぼやけてくる。

 それでいいのだ、そのまま流されてしまえよとどこからか悪魔のような声がどこか楽しそうな声で囁いてくる。

 流されてしまえば、俺に罪はない。流されたのだから。どこか馬鹿みたいな理由だ。

 

 気付いてた。ちょっとずつメリーに惹かれている自分がいることに俺は気付いていた。

 でもそれは単純にあいつが強いからだ。そう決めつけていた。決めつけることで一定の距離を保っていた。

 俺が浮かれたって、意味はないのだ。だから、決めつけた。

 だというのに今ここでそれが足枷となってきてしまっている。こんなことなら、もっと早く決別をつけるべきだった。

 

「君は何を選ぶ」

 

「……俺、は……」

 

 流されろ。

 悪魔の声が大きくなった。

 

 

――――――――――

 

 

 夏が支部長室を訪れる少し前のこと。

 銀色の髪色を持つ少女が支部長室を訪れていた。

 彼女の名前は白神 ゼルダ。第一部隊の隊長を務めている勇敢な少女である。

 

「失礼します」

 

 いつもの優しげな雰囲気をもつ彼女からは想像できない冷たい声だった。

 支部長室に入り、支部長に向けるその視線もまた声と同じく冷たい。

 

「……随分と嫌われてしまったようだ」

 

「前置きなんてどうでもいいです。早く本題に入ってくれないでしょうか」

 

 ゼルダは今にも殴りかかりたいという衝動を必死に抑え込んでいた。

 当たり前だ。危うく仲間が殺されるところだったのだ。むしろ殴るだけで落ち着けるものではない。

 それに暴力だけでは解決しない。暴力で解決すると考えて大事になったのが戦争というものだ。

 だからゼルダは抑え込んでいた。

 

「では単刀直入に言おう。アーク計画に加わりたまえ」

 

「お断りします」

 

 即答だった。しかし支部長は「やはりそうか」と言ったような感じで深く説得しようとは思っていなかった。

 今日アーク計画をしたばかりの者たちは悩んだりする者も多いが、事前に事情をある程度知っている第一部隊はそれほど揺るがなかった。

 事前に知っていたことで自分たちなりに時間をかけて悩んだからだ。

 

「私は全体を救うのがポリシーです。救う側が他を見捨てて助かってどうするのです」

 

「全員を助けるなど、ただの屁理屈だ」

 

「ええ。生憎ですが私はその屁理屈で生きているんですよ」

 

 ゼルダは笑っていた。しかし目は笑っていなかった。冷酷な瞳で支部長を射るように見つめている。

 ゼルダは支部長の机の上に真っ二つになったカードを見たが、それを早々にメリーの仕業と断定し気にしないことにした。

 支部長はただこの優秀な人物を“惜しい”と思う。強く、優しさを持ち、思考もよく回る。よくできたこの人物を純粋に惜しいと思ったのだ。

 そして支部長は目の前にいるゼルダを別の人物と重ねていた。今は亡き優秀な神機使い。

 

「君を見ていると彼を思い出すよ」

 

「……」

 

「懐かしい。君はそっくりだ。周囲から信頼を得ていた白神(しらかみ) 明人(あきと)に」

 

「黙れっ!!」

 

 突然だった。突然ゼルダは大声を上げて支部長の言葉を制した。

 普段のゼルダが絶対に使わないような言葉使い。だから支部長もその反応を予想せず、驚いたように目を大きくしていた。

 だがその理由はすぐに分かった。“いつものゼルダではない”のだから。

 冷たい雰囲気を常にその身にまとい、どんな猛者にも臆しない。

 夏が言う「裏ゼルダ」がそこにいた。

 

「てめえみたいなやつがその名を口にすんじゃねえよ。穢れるだろうが!!」

 

 強い口調でただそれだけを言い放つと「失礼しました」の言葉もなしにゼルダは支部長室を出て行った。

 支部長は何が起こったのか分からなかった。以前に似たようなことを報告されたがその共通点は服が違うことだった。

 しかしゼルダはいつも通りの服装をしており、別の人格が出てくる可能性などどこにもないのだ。

 支部長は困惑するしかできなかった。

 

「……すまない」

 

 裏のゼルダは素直にそう謝罪した。

 勝手に出てきてしまい、あの言いぐさ。ゼルダの株は急激に下がるだろう。そう思ったからこその謝罪だった。

 本当はこうして口にする必要もないのだが……。そう思いながら裏は裏らしく内へと戻って行った。

 

「いえ、ありがとうございました」

 

 きつく吊り上った吊り目が少し緩められ、いつものゼルダが表に出てくる。

 ゼルダは急な人格の変更のためそれほど奥に行くことがなかった。よって夢と言う形ではなく実際にその場に居るような形で会話を聞いていたのだ。

 自分の代わりに怒ってくれた。それがゼルダには嬉しかった。だから、ありがとう。

 

「私、頑張りますからね」

 

 聞こえているかは分からないが、ゼルダは自分の内にそう言った。




次回はゼルダの過去編です。


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40、心優しい少女のお話(過去編)

今回はゼルダさんの過去編になります。
EATER編で公開する過去編はこれで最後。
残りのメリーさん、そして以後登場キャラはBURST編でかあるいはその後のストーリー上での公開です。

前回のお話で登場した白神 明人も出てきます。
リメイク前のお話では名前がなかった登場人物となっております。

では、スタートです。


「おーい、天下のパパ様のお帰りだぞー」

 

「「お帰り、馬鹿パパ!」」

 

「なんだ!? いつにも増して俺の子供たちが酷いぞ!?」

 

「うーん、だって、なあ?」

 

「お母さんに言われちゃ、ねえ?」

 

「ママ! 子供たちに何教えてんだ!?」

 

 私は四人家族の長女だった。兄が私より二つ上なのでよく頼っていた覚えがある。

 お母さんは優しかった。とっても朗らかで、でもお父さんには容赦なかった。

 ……お父さんは、馬鹿だった。ノリが良い、楽しいお父さんだった。何故だか時々夏さんと重ねてしまう自分がいる。

 

「だって、貴方が浮気するんですもの。これくらいは当然でしょう?」

 

「待て、ママ。誤解だ、浮気なんてしてないぞ。だからそのフライパン仕舞ってくださいお願いします」

 

 お父さんは神機使いだった。旧型近接式でバスター使いだったそうだ。

 昔は神機の性能がまだ低く、今よりも神機使いの死亡率が多かった時代でお父さんはトップクラスだった、と聞いている。

 

「んで、親父。今日はまた無断でサボりか?」

 

「はは、何を言っているんだ息子よ。俺は正々堂々サボりにきたんだぞ」

 

「何言ってるの、お父さん。ちょっと言葉が分からないんだけど」

 

「ママ! 純粋な娘に何を仕込んだんだ!?」

 

「相手をより傷つけるための毒舌技術よ」

 

「母親としてもっとやることがあるんじゃないか!?」

 

「貴方もね」

 

 何故かお父さんはサボり癖が酷かった。休みを取っていないにもかかわらず一週間に五回は帰ってくることがあった。

 最初は「お前のためだよ、ママ」「あらヤダ、パパったら」みたいな会話もあったけどそれがありすぎてお母さんは慣れてしまった。

 最終的にはお母さんが「パパは仕事のおサボりが多いからお給料大丈夫かしら?」と言う始末。さすがにお父さんも撃沈した。

 そして、お父さんがサボれば当然それを連れ戻しに来る人もいるわけで。

 

「明人!! お前はいい加減そのサボり癖を直せ!」

 

「おう、ツバキー。ようこそ、我が家へ」

 

「私は遊びに来たんじゃない!」

 

 その中でもよく連れ戻しにきたのはツバキさんだった。お父さんと同期らしい。

 ツバキさんもお父さんと同じく凄まじい才力を発揮し、トップクラスと言われた神機使いの一人だ。

 時々家に遊びに来ることもあったけど、その内九割はお父さんを連れ戻すことだった。

 

「おいおい、そうやって怒ってちゃ勿体無いぜ?」

 

「あらあらあら? 貴方、その人が浮気相手?」

 

「は? いや、私は……」

 

「可愛いだろ? 俺の同期なんだぜ!」

 

「貴様は何故修羅場になるような発言を!?」

 

 お父さんが前に「俺は明るい人になってほしいから明人らしい」と語っていたけど、本当にそうだと思う。

 お父さんの周りにはいつも誰かの笑顔(と時々修羅場)があった。毎日が楽しかった。

 

「そういえばツバキ。お前、今度弟とソーマとでどっか行くんだろ?」

 

「そういうお前にも声がかかったと聞いたが?」

 

「あー、俺行きたくないから断ろうとしたら減俸を盾にとられちゃってさ」

 

「泣く泣く承諾した、と言うわけか」

 

「いんや? 減俸を飲んで断った」

 

「貴様は何がしたいんだ!?」

 

「貴方、減俸ってどういうことかしら?」

 

「いやいや、冗談さ。冗談だからその右手に持った包丁降ろして!」

 

 この後お母さんが包丁を振り回したおかげで家の中がめちゃめちゃになったのは別の話だ。

 減俸は本当だったみたいだけど、その分お父さんはお仕事に励んでたからほとんど影響はなかった。やる時はやる人、それがお父さんだ。

 お父さんのモットーは「全てを護る」というヒーローのようなものだった。

 「誰かを見捨てたらそれはヒーローじゃない、偽善だ!」とはお父さんがよく言っていた言葉だ。

 

「なあツバキー。今度飯奢ってくれよー」

 

「なんでもいいからお前はさっさとアナグラに帰れ」

 

「面倒くせーんだよ。なんか俺ばっか無茶させられるし」

 

「支部長に呼ばれてるんだ。早く行け」

 

「男に呼ばれてもなー。むさ苦しいし」

 

「とっとと行くぞ!」

 

「あ、ちょ、ツバキ。そこ引っ張ったら俺の首が絞まぶぶぶぶ……」

 

 お父さんが引きずられて家から出るのを見たのは一体何回だっただろうか?

 確か五十六回を超えたあたりで面倒になって数えるのを止めた気がする。

 まあ普通の家庭とは少し離れているけど、それでも十分に楽しい日々が私達の間では続いていた。

 

 

 ――そんな平穏も、たった一日で覆された。

 

 

 ある日のことだ。

 いつも通りお父さんがサボって帰ってきて、「またツバキさんが来るんだろうなー」と思いながら過ごしていた。

 

「なあ、ママー。今度クッキー作ってくれよ」

 

「あなたに食べさせたら食材が勿体無いわ」

 

「え……、まだ前のこと恨んでるの?」

 

「お母さんクッキー頂戴!」

 

「はい、どうぞ」

 

「ああ、本当に俺の分ないんだ……」

 

 いつも通りの会話だった。でも何故かこの会話は覚えていた。

 それは事件の前の、最後のゆっくりとしていた時間だったからだろうか。

 その会話の後、家が、地面が、揺れた。

 

「っ、何!?」

 

「きゃあ!」

 

「お、親父、これなんだよ!?」

 

「いや、俺に聞かれてもなあ……。まあアラガミが侵入したんだろうけど」

 

 随分とあっけらかんと、まるで緊張感がないいつもの声でお父さんは言い放った。

 背筋が凍るかと思った。いつも戦っているお父さんとは違い、私たちはアラガミと対峙したことがなかった。

 その恐怖はお父さんの持っている倍以上だし、震えも止まらなかった。

 お父さんは携帯を取り出すと慣れた手つきで携帯を操作する。そのまま耳元へ持っていったところを見ると、電話のようだった。

 

「おお、ツバキ。……そうだ、俺ん家の近くっぽい。俺囮やってるから討伐よろしくー」

 

『なあっ!? おい、明人! お前、それがどういうことだか分かっ』

 

 ツバキさんの反論の声がそばにいる私達にも聞こえてきた。それはお父さんの言う囮がそれほど危険だということを表している。

 いつものお父さんならきっと倒せる相手なのだろう。でも、その時のお父さんは素手だった。それは無謀と言うものだ。

 ツバキさんの制止の声を途中で通信を切ることで遮断し、お父さんはこっちに向きなおった。

 きっとその時の私は涙目だったんだと思う。お父さんが笑顔で私の頭を撫でてくれたのが妙に心地よかった。

 

「よーし、お前らよく聞け。いますぐこっから逃げろ。……あー、でも闇雲に走るなよ?」

 

「お、親父はどうするんだよ」

 

「俺か? 俺は討伐部隊がくるまで囮になる。すごいだろ、父さんしかできないぞ、これは」

 

「そっ、そんなことしたらお父さんが危ないよ!」

 

「うわ、ここまで心配されたの初めてかも……。でも父さんの仕事は危険がつきものだからな!」

 

 お父さんが無理に笑っているような気がして、嗚咽が止まらなくなる。

 お父さんの姿を見なきゃいけないのに、目の前が段々と霞んでくる。

 困ったようにお父さんは頬を掻いた後、いつもは見せないような真剣な表情で私たちを見た。

 

「大丈夫だって。俺は天下のパパ様だぞ? 家族パワーがある限り父さんは死なん」

 

「その家族にいつも貶されてるのは親父だろ……!」

 

「うぐっ、痛いとこ突いてくるな、息子よ……」

 

 げんなりとしたお父さんは確かにお父さんだったけどお父さんじゃなかった。

 そもそもお父さんはいつも私たちに自分のことをいう時は「パパ」と言っていた。決して「父さん」と使うような人じゃなかった。

 雰囲気が違う理由はすぐにわかった。これもお父さんで、でも私達には普段絶対に見せることのない仕事中のお父さんなのだと。

 前に「仕事中ならもっと真剣になるのにな」「その時の俺ってモテるらしいな!」「ちょっとパパ、お話しましょうか?」という会話があったのを思い出す。

 

「人はな、支え合わないと生きていけない。だから、お前らは誰かの支えになれるように生きていけ。それが善人であろうと、悪者であろうと」

 

「な、なんで悪者まで支えなきゃいけないんだよ」

 

「それは悪者である前に“人”だからだ。どんな事をした人でも、お前らと同じ人だ。いいか、周りに惑わされるな。自分で情報を集めろ。翻弄されるな。自分で道を切り開け」

 

「……お父さん」

 

「今は分からなくても必ず分かる。聞いたこと全てが真実と思うなよ。世の中落とし穴だらけだ」

 

 いつもだったら冗談でしょ、なんて返せるのに今のお父さんにはそんな言葉を言ってはいけない気がした。遮ったらいけない気がした。

 いつも馬鹿みたいだったお父さんだったけど、私は大好きだった。だから、行ってほしくなかった。なのに、言葉が喉で突っかかってしまって。

 ただ泣きじゃくっていることしかできなかった私は、お父さんの言葉に頷くことしかできなかった。

 兄も私を見て、無言で頷いた。

 

「良い子だ。本当、母さんに似て賢く育ったみたいで良かったよ……」

 

「お父さんは獣ですからね」

 

「おう、野生の直感はいいぞ」

 

 くしゃくしゃにするように頭を撫でまわした後、お父さんは立ち上がった。

 「んじゃ、無事でなー」といつもの調子で家から出て行ったお父さんが私にはどこか遠く見えてしまった。

 そして、それは当たってしまった。

 

 

「……」

 

「あらー、ツバキさん。いやあねえ、そんな怖い顔してちゃ婚期逃がすわよ?」

 

「……大きなお世話です」

 

 アラガミを撃退した。その話を聞いて私たちが家に戻った後、やってきたのはお父さんではなくてツバキさんだった。

 浮気騒動が収まった後、ある程度の友好関係が築けていたお母さんはツバキさんとよく愚痴を言いあったりしていたのを私はよく見かけていた。

 その日のツバキさんの表情はどこか暗く、何かを迷っているように目を泳がせていた。

 

「……あらー? なんだか重大ニュースみたいね? 上がってく?」

 

「いえ、この場で結構です。……すぐに、帰ります」

 

 ツバキさんの様子を見て何かを察した様子のお母さんは私たちを奥に行かせた。

 でも私にはどうしてもツバキさんの話が気になって仕方なかった。それは兄も同じだったようで、私たちは揃って覗き見をしてしまった。

 今から思えばその行動は間違いだった。遅かれ早かれそのことが耳に入るとしても。

 

「――白神 明人が、亡くなりました」

 

 

 お父さんが亡くなってから何年か経った。何年経ったかなんて、私にはどうでもいいことだった。ただ年が重なっただけだったから。

 私は学校に通っていた。お母さんが勧め、兄が私に譲ってくれた学校だった。居心地はよく、ただぼんやりと過ごせるそこが好きだった。

 

「ねえねえ、白神さんってさ、お父さんいないって本当?」

 

「……本当だったら、何かあるのですか?」

 

「やだなあ、ただの質問だって。いないのー?」

 

「それをあなたが知ってどうするんですか? 私には意味のないように思えます」

 

 思えば随分とツンツンとしていた時期だったと思う。とにかく人に当たることが多かった。

 夏さんあたりに言ったら「想像できない」と言われそうだ。でも普段の行いで過去は判断できるものじゃない。

 

 そのうち、私にはあることないこと色々な噂が立つようになった。

 「援助交際をしている」「父親を殺した」「人間嫌い」などなど。今並べたのはこれでもまだいいほうだ。もっと過激なものもあるが放っておいた。

 そんなことを聞いていたものだから、私は人と接するのが嫌になり次第に心を閉ざした。

 裏にいる私はその時に出来たものだという。

 裏に一体私が何人いるのかは聞いたことは無い。でも、それは全て私なのだと裏のあの子は言っていた。

 あれは元は人格ではなく、可能性だそうだ。私が捨ててしまった可能性が消滅せずに残り、内で人格として勝手に形成した者。それが裏の正体だ。

 裏の黒いあの子……。あの子は私がツンツンしてた頃のあの子。お父さんが亡くなった頃から一番近くにいた私。

 だからあの子は私の裏の中で一番存在が大きい子なのだ。一番私といた時間が長く、一番私のことを考えてくれるあの子。

 

「良い子になったら、お父さんに会えるのかな……」

 

「会えると思うよ!」

 

「?」

 

 いつもと変わらない奇怪な目で見られた学校の下校中、ぼそりと呟いた独り言。誰にも聞こえていないと思っていたのに、誰かが私の独り言に答えた。

 辺りを見回して、小さい女の子がいることに気が付いた。深緑の綺麗な髪を持つ可愛らしい女の子だった。

 ちょうど、あの日の私くらいだろうか……。そう思いながら私は少し屈んで女の子と目線を合わせた。

 少し目に光がないように思えたが、きっとそれは私も同じだろう。お父さんのことを今でも忘れられず、今でもあの日のことを忘れられない私だから。

 

「なんでそう思うんですか?」

 

「あのね、祈ってるだけじゃね、神様はね、教えてくれないんだって!」

 

「……神様?」

 

「うん! 行動で示さないとね、お願いごと、叶えてくれないんだって!」

 

「そうなんですか」

 

「だからね、お姉さんがね、良い子になったらね、きっと叶うよ!」

 

 女の子が“神様”と言っていたのを聞いて、笑いたくなってしまった。

 この女の子は無知だ。今世界を蹂躙し続けているのは神の化身とも例えられている「アラ“神”」なのだ。そんな凶暴なものが願いを叶えてくれるわけが無い。

 それでも私が笑えなかったのは女の子が真剣な表情で私に語っていたからだった。きっと、この子はそれを信じている。それを私が否定する権利はない。

 それに、その言葉で勇気づけられた自分も確かにいるのだ。

 

「……そっか、そうなんだ」

 

「そうなんだよ!」

 

「うん、ありがとうね。……君、お名前は?」

 

「わたし? わたしはねー、くじょう やよいって言うんだよー。お姉ちゃんは?」

 

「私は白神 ゼルダです」

 

「ぜるだ……。ぜるだってかっこいいね!」

 

「っ、」

 

 ヤバイ、可愛い。撫でまわしたい。満面の笑みを浮かべて目の前で楽しそうにしている女の子を見て両手がうずうずしてきた。

 思わず頭をわしゃわしゃと撫でまわしてしまい「くすぐったいよー」と女の子に言われ理性が飛びかけたのはまた別の話だ。

 

 

『さて、ようこそ……。人類最後の砦『フェンリル』へ』

 

 それから数年の後、私はお父さんと同じ道を歩み始めることになった。

 本当は、今はまだ自分が誰かを救えるのかどうかが分からない。分かっていない。いや、一番的確な言葉は想像が出来ないという言葉だろう。

 でも、これで約束を果たせる気がして私は安堵していた。

 

『心の準備ができたら、中央のケースの前に立ってくれ』

 

 はっとして顔を上げる。その前に何か相手方が喋っていた気もするが、それらは思考中の頭にはまるで入ってこなかった。いけない、悪い癖だ。

 私はため息をついてからすぐにケースの前まで歩いていった。すると、何故か驚くような、息を呑むような声が聞こえた。何があったのかは生憎わからない。

 

『……ほとんど迷わずに歩き出したのは君が初めてだよ』

 

 なるほど、自分の心の準備が早かったのが意外ということか。

 だが、迷う必要なんてどこにある? 私の覚悟は既に決まっている。

 

「……これは、約束」

 

 私はお父さんを守ることが出来なかった。その力が皆無だった。

 なら、今はどうだ。これから私は力を得る。力があればなすべきことは一つだ。

 

 

――ゼルダ――

 

 

 お父さんが私の名を呼んでくれた気がして、思わず頬が緩む。そして私は躊躇せずにケースの中に右手を置いた。

 

 ねえ、いい子になるよ私。だから、またいつか会えるよね?

 ねえ、優しくなるよ私。だから、また褒めてくれるよね?

 ねえ、言いつけを守るよ私。だから、また笑ってくれるよね?

 

 約束。絶対忘れない。

 その約束を果たすために、私はこの手で世界を荒らす(けだもの)を蹴散らしてみせよう。

 すべては人のために。そのためなら私は自分の身をも捨てても構わない。

 ……きっとお父さんは見ていてくれる。だから失望させないように頑張らないと。

 

 

――――――――――

 

 

「……ダ。どうした、ゼルダ」

 

「っ、あ。……ツバキさん」

 

 ぼうっとしてたらツバキさんに肩を叩かれていた。

 どうやらツバキさんがエレベーターに乗り込んだところ隅っこにずっと座り込んでいた私が気になり声をかけたようだ。

 なんで隅っこにいたのかは分からないけど、まあ多分さっきの支部長の件で錯乱していたんだと思う。

 裏のあの子が代弁してくれたから、いくらか気は収まったと思っていたのだけれど。

 

「ちょっと、昔のことを思い出しまして」

 

「明人のことか?」

 

「ええ、父のことです」

 

「……あいつのことを思い出すと今でも頭痛がしてくるよ」

 

 こめかみをぐりぐりと抑えるツバキさんは確かに苦労していたという顔だった。

 そういえばよくお父さんにいじられていた気がする。しかもサボっていたお父さんをいつも連れ戻しに来ていたし、相当厄介だっただろう。

 

「父がご迷惑をおかけしました」

 

「いや、いいんだ。あいつも任務になればきちんと働いてくれたしな」

 

「……あの父が、ですか」

 

「すごかったぞ。お前のようにバスターブレードを軽々と片手で使いこなしていた」

 

「片手!?」

 

 よく夏さんに「お前、ショートブレード使ってんじゃないよな?」と言われるから私も相当な速さで振り回しているのだろうなという自覚はあった。

 だが、片手……。私にはできない芸当だ。軽々とはまだ理解できるとしても、片手は論外だ。……鍛えれば、出来るだろうか?

 

「明人のことは、残念だったな」

 

「……でも、知ってますか、ツバキさん」

 

「? 何をだ?」

 

「神様は行動を示せば願いを叶えてくれるそうです」

 

「神?」

 

「まだまだ遠いですけど……。私、諦めるつもりはないんですよ!」

 

 きっとまたお父さんに会える機会はある。死んだという事実はあっても、いずれ会えることには変わりない。

 そこまでの道のりは程遠いが、それでもそれを追いかける必要が私にはある。

 そっちに行くにはちょっと未練たらたらだけど、それがなくなるように今を懸命に生きるべきだ。

 

「私、お父さんと約束したんです」

 

 みんなを守らなければいけない。なら、守るべき人が一番にここを出てはいけない。

 エイジス島のことを耳に入れたときはこれこそ求めるべき理想郷だと喜んだけど、今ではただの島としか思えなかった。

 結局、人に頼ってばかりではいけないのだ。自分で切り開かないと意味がない。

 

「だから私、頑張るんです!」

 

 私はあの時の女の子のように、満面の笑みでツバキさんに言った。




ゼルガーさんのほうで「お父さんって夏に似てない?」という意見がありました。
お父さんは夏くんより馬鹿です(断定)

シオちゃん大好きなゼルダさんですが、シオちゃん限定ではなく小さい子が好きなだけです。
……というか、あの女の子はまだ出す予定じゃなかったんだけどなあ。


白神(しらかみ) 明人(あきと)  (享年27)
白神 ゼルダの実の父親。
旧型近接式のバスターブレード使いで、片手でその巨大な刀身を軽々振り回したという。
サボり癖のある気楽な神機使い。アナグラではトップクラスの神機使いであったが、その性格のせいで後輩や同期から慕われはしたが敬われることは決してなかったようだ。同期の雨宮 ツバキが良い例である。
ムードメーカーでエントランスでよく騒ぎ、怒られたことが多々ある模様。
彼の死後しばらくエントランスには活気がなかったという。


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41、不穏

 ――吐き気が、する。

 

「う、ぇ……」

 

 胃から喉に向かって不快感が襲いかかる。だが幸いなことに俺の胃は現在空なので吐き出すようなことは無かった。

 どうにも昨日の夜から体調が悪い。だから昨日の夜から今までずっと俺は自室のベットで寝転んでいたわけだ。

 しかしここで一つの問題が発生する。

 

「……結局寝れなかったな」

 

 眠気が来ないのだ。

 いつもならベッドインして三十秒後には夢の世界に招待されているのだが、こういう時に限って招待されなかった。誰を恨めばいいと思う?

 そんなこんなでずっとベッドでゴロゴロしたまま朝を迎えてしまった。もちろん一睡もしていない。

 依頼に支障がないといいな、とどこか他人事のように思いながら俺は身体を起こした。

 

「あー、怠っ……」

 

 疲労感も寝ていないせいか身体から抜けていない。今日はメリーにあまりシバかれないことを祈るしかない。無理だろうけど。

 軽く伸びをして立ち上がり……、俺はテーブルの上に置かれた一枚のカードを視界に入れてしまった。

 銀色の光沢をもつそのカードは光の反射により時々その色を変えている。

 俺の悩みの種、支部長曰く「未来へのチケット」と呼ばれるカードがそこには置かれていた。

 

「……はあ……」

 

 そう、昨日俺は結局これを受け取ってしまっていたのだ。体調不良はこれなんだろうな、と思っていたりする。

 持ち帰った後「何をしているんだ俺は!」とメリーのように真っ二つにしようとしたのだが……、残念なことに折れなかった。

 別にカードの強度が高かったわけじゃないし、俺の筋力も今回ばかりは関係ない。

 単純に俺がカードを折る際に大した力を籠めなかったからだ。もう勇気がないというかなんというか……。

 

「さて、どうしたものか」

 

「夏ー、入るわよー」

 

「っ、」

 

 咄嗟にテーブルに近寄ってカードを回収、そのままズボンのポケットに隠すようにしまい込んだ。

 その一連の動作が終わった後開かれた扉。入ってきたのは予想通りメリーだった。

 とりあえずカードは見られていないみたいだから安心する。……よくよく考えたらメリーに折ってもらうって手段も……。いや、でも、それは。

 

「……隈酷いし、顔色悪いし。何? ついに変な薬でも使い始めた?」

 

「ついにってなんだよ。俺がそのうち使うと思ってたのかよ」

 

「うん。なんかそういう顔してるし」

 

「それって顔で分かるのか……」

 

 今日もメリーのよく分からない理論は爆発している。そうか、顔に書いてあるのか。

 そういえば、あの後支部長に何か言われたような気がするんだけど覚えてないんだよなー。うーん、なんだったかな。

 「病室行けば?」とメリーに勧められたがそんなことをしては依頼に行けなくなる。俺の金が消えていくだけだからそれは避けたい。

 

「お前こそ、大丈夫なのか? 昨日引き籠ってたろ」

 

「ノート一杯に支部長の悪口書いてたらスッキリしたわ」

 

「勿体ねえな……」

 

 今時ノートをそんなことで使用する輩は多分こいつしかいないと思う。というかそんなことに使うんじゃないよ。

 吐き気は一応収まったが頭痛がしてきた。……やっぱり後で病室行こう。頭痛に効く薬を貰ってこよう。

 

「じゃあ今日は小型の任務をやるわよー」

 

「へ? 大型じゃなくていいのかよ」

 

「あんたを死なせても困るし、あたしも一日とはいえブランクがあるわ」

 

「それってブランクって言うのか?」

 

「言うんじゃないかしら。まあ今日は軽めって事で」

 

 こいつのことだからスサノオに連れて行かれるとか思ってたんだけどそんなことはなさそうだ。良かった。

 ……まあよくよく考えたらそんなにほいほいスサノオが出るわけないな。

 ふう、と一つため息を吐いてから俺は自室を後にした。

 

 

――――――――――

 

 

 で、今病室だ。

 ……対象が小型アラガミだったために特にこれといって特別なことは無かった。

 特別なことは無かったが、しいて言えばメリーがアラガミをかなりぐちゃぐちゃになるまで攻撃し続けていた、というところだろうか。

 本人曰く「ブランクを取り戻すため」だそうだが、あの目は完全に楽しんでいた。いや訂正、愉しんでいた。

 

「……なるほど、頭痛薬が欲しいんですね?」

 

「ええ、最近特に酷くて」

 

「神機使いは大変な仕事ですからね。とりあえず軽めのを処方しますね」

 

「お願いします」

 

 久しぶりに一条さんと会った俺である。本当久々だ。いつぶりだろ。

 今日はぐっすり寝れるといいなー、とか思っていると俺の背後で扉の開閉音が聞こえた。

 誰だろうと振り向くとそこにいたのはゼルダだった。

 

「お、ゼルダ。どうした?」

 

「少し疲れが溜まったようで、んんっ、喉が……」

 

「ならこの飴の薬がお勧めですね」

 

「うわっ、一条さんいつの間に!?」

 

「今です」

 

 いつの間にか一条さんが背後に立っていた。怖いよ! 気配とか感じられなかったんですけどー!?

 って、背後ってことはゼルダは気付いてたのか? 言ってくれよ、俺の寿命が縮みそうで怖いよ……。

 一条さんが持っていたのは親指程の大きさの深緑色をした飴だった。なんか、色が受け入れがたい色をしているんだけど……。

 

「ただの飴に見えますが、なんと一粒舐めるだけで効果抜群なんですよ」

 

「へえ、ただの深緑色の飴にしか見えないんだけど……」

 

「じゃあいただきますね。……あむっ」

 

「その代わり味が凄いらしいんです。良薬口に苦し、が通用しない程」

 

「……これ、は……!」

 

「ちょっ、ゼルダーーー!?」

 

 飴を舐めはじめてから直ぐにゼルダの顔色が青いものへと変わり、華奢な体がふらりと揺れる。

 慌てて倒れる前に受け止めたがゼルダが洒落にならない顔色をしている。そして気絶している。……飴、だよね? 毒薬じゃないよね?

 一条さんその味の情報はもっと早く言ってくださいよ! 被害者出さないで!

 

「……やっぱり駄目でしたか。絶対に出さないよう止められていたんですが……」

 

「なんで止められてるのに出しちゃったんですか!?」

 

「いえ、効能を聞いていたのでそれを試したくて、つい」

 

「いやいやいや! ゼルダは実験台じゃないんですからね!?」

 

「すみません、好奇心を抑えられなくて……。では次からは夏くんにお願いしますね」

 

「実験台、駄目絶対!!」

 

 この人には実験台を止めようという考えはないのか。俺にはもう止めようがないんだが……。

 また頭痛がしてきたのは気のせいだろうか。いや、気のせいじゃないな。

 

「そういえば、夏くんはアーク計画に乗りますか?」

 

「……ええ。一応、ですが」

 

「そうですか! いやー、知り合いがいないものかと探していたんですよ!」

 

「一条さんは自分から言ったんですか?」

 

「いえ、支部長に誘われましてね。二つ返事で了承しましたよ」

 

 一条さんはアーク計画賛成派なのか……。まあ賛成派がいけない、とかそういうわけじゃないしな。これは個人が決めることで俺が口出しする事じゃない。

 というか、二つ返事で了承したのか、一条さん。正面から「断固反対です!」って言う一条さんしか俺には想像できないんだが。

 ちらりと一条さんに視線を向けると、じいっとゼルダを観察している一条さんがいた。え、どうしたんですか?

 

 

「それにしてもゼルダさんは本当に素晴らしいですね。神機の適合率も高いようですし」

 

「え、あ、はあ?」

 

「うーん、調べたいものですね」

 

「ちょ、何する気ですかあなた」

 

 なんだかここにゼルダを置いておいちゃいけない気がしてきたぞ!? 病室なのに病人を置いておいたら危険ってどういうこと。

 とりあえず俺はゼルダを背負い「失礼しましたー!」とそそくさと病室を後にした。

 なんだか一条さんが悪魔に見えた瞬間でした。

 

 

 

「おやおや、逃げられてしまいましたか」

 

 いつもぼけーっとしている、そんなイメージを一条に抱かせていた夏には想像もつかない速さだった。

 驚きにより少し呆けていた一条だったが、すぐにそれを笑みへと変えた。

 この支部は本当に面白いと一条は常々思っている。

 

「災厄の神機使い、希望の神機使い。それとおかしな神機使い、ですか」

 

 この三名の神機使いは一条がこの支部で最も興味を持っている神機使いである。

 もっとも、最後の神機使いはつい最近気になりはじめた程度であり、それほど情報収集をしていない。

 つまりこれからもっと掘り下げて調べていく必要がある……。そこまで考えて一条は笑みを深くした。

 この支部は本当に飽きさせてくれない。いつまでもいたいくらい興味が尽きないのだ。

 別にその三人の神機使いだけを一条は見ているわけではなかった。例えば誤射姫やバケモノも見ているし、金の亡者なども見ていた。

 しかしそれらを見た中で最も興味があるのが三名。それが前述した災厄の神機使い、希望の神機使い、おかしな神機使いと一条が命名した三名だ。

 

「ふふふ……。さて、仕事を頑張りましょうかね」

 

 一条は上機嫌なまま病室の奥へと消えて行った。

 

 

――――――――――

 

 

「話って何よ。あたしは乗らないって昨日行動で示したはずよ」

 

 メリーは現在支部長室に来ていた。

 任務が終わってすぐにタイミングを計ったかのように携帯に電話がかかり、呼び出されたのだ。

 よく電話越しに向かって「誰が行くか」と怒鳴らなかったなとメリーは心の中で思う。

 

「君はまだ計画には必要なんだよ。是非とも君の力を借りたくてね」

 

「断るわ。それにあたしは神機使いの中でも断トツで生き残っちゃいけない神機使いよ」

 

「それは違うな。君のその力は素晴らしいものだ。だから私もこうして頼んでいるのだよ」

 

「馬鹿にしてんの? くだらない、あたしは帰るわよ」

 

 今すぐここから立ち去るべきだ。居心地が悪すぎて気分が悪くなったメリーは支部長に背を向けて歩き出そうと足を一歩前に出した。

 

「……ああ、そうだ。君のパートナーは賛同してくれたよ」

 

「なんですって?」

 

 しかしその一歩より先にメリーが進むことは無かった。

 支部長の言った言葉が理解できずに振り返り、鬼のような形相で支部長を睨む。

 メリーが疑問に思うのも無理はない。夏はもともとゼルダと同じく誰かを犠牲にするということが出来ない人間だ。

 それを十二分に理解していたメリーは、だからこそその事実を信じることが出来なかった。

 

「彼には他を犠牲にしてでも守りたい大切な人がいるそうだ」

 

「へえ、あいつが、ねえ?」

 

「もう自分の目の前から人がいなくなるのは嫌だそうだよ」

 

「っ、まさかこの前のあの死亡事故、仕組んでないでしょうね!?」

 

「さあ、どうだろうね?」

 

 メリーは苦虫を潰したような顔をした。してやられた、そんな感じだろう。

 思えば今日の朝から夏の様子は明らかにおかしかったのだ。部屋に入った時の何かを隠すような動作、あれはカードを見られたくなかったのだろう。

 夏のことだから何か言われるかもとビクビクしていたのかもしれない。

 支部長の目的は夏じゃない。それを理解したからメリーは心底居心地が悪くなった。

 誰かに迷惑をかけるなら前の支部で死んでおけばよかった。そこまでメリーは思っている。

 

「人を巻き込むのが上手いのね」

 

「フ……。さて、それで君の返事は?」

 

「……悔しいけど、Yesね」

 

 見事に一本取られた。

 メリーは今のこの状況に軽い眩暈を覚えていた。




災厄の神機使い、希望の神機使い、おかしな神機使い。
みなさんはどれが誰だか分ったでしょうか?


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42、俺とメリーの箱舟会議

お久しぶりです。お待たせしてしまって申し訳ありません。


「ゼルダ、今日の依頼はなんだ?」

 

「ヴァジュラとマグマ適応型グボロ・グボロ、ですね」

 

「うわ、面倒くさい。俺パスで」

 

「そうは問屋が、基あたしが卸さないわよ」

 

「ぶべっ!」

 

 早朝から早速鳩尾にお見舞いされるなんて、俺も馬鹿なやつだぜ……。

 今日の依頼は第一部隊との合同だ。二人だけになった第一部隊は今他の部隊から借りられたりすることの方が多かった。

 その分第一部隊の依頼が他部隊に回される事もあったんだけどな。

 で、今回は俺とメリーが第一部隊に借りられる、という形で第一部隊の依頼を手伝うこととなった。

 今は三人でエントランスでブリーフィング中である。何故かソーマはこの場にいない。

 

「じゃあ夏にヴァジュラの気を引かせて先に三人でグボロ堕天を叩きましょう」

 

「え、なんで俺一人なの!?」

 

「囮、ですか。……夏さん、頼めますか?」

 

「なんでさり気なくゼルダは賛同しちゃってるわけ!?」

 

 こんなの絶対おかしいよ! というかメリーが提案した時点で俺の運命終わってるようなもんじゃねえか。

 そしてゼルダ。否定してくれよ! 俺の死亡フラグの建設を手伝わないでくれよ!

 この場にソーマがいてくれたら少しは否定してくれるかもしれないのに……。なんでいないんだよ、あいつはー!

 

「ソーマはどこにいるんだよ」

 

「サカキ博士の研究室ではないでしょうか」

 

「え? あんな変態の巣窟に何の用があるわけ?」

 

「知ってるか、メリー。それってかなり失礼だぞ」

 

「あたしは事実を述べただけじゃないの。……病室も同じようなもんね」

 

「ああ、一条さん……」

 

 すいません、一条さん。俺にはメリーの言葉を否定するための材料がありません……。でも遠巻きに見てたって言ってる時点でアウトだよ。

 心の中で一条さんに謝りつつも昨日は危なかったなと思い出してみる。うん、あれはゼルダが危なかった。……何したかったんだろ、一条さん。

 

「で、ソーマは何の用があって変態の巣窟に?」

 

「もうその呼び方止めようよ、メリー……」

 

「最近入り浸ってるんですよ。私もソーマさんも」

 

「悪いことは言わないわ、ゼルダ。今すぐ止めなさい」

 

「お前の中のサカキ博士に対する評価低すぎだろ!」

 

「気持ち悪いんだもの、あの目。……見透かされてるみたいで」

 

 メリーが心底嫌そうに呟く。最後の方は聞き取れなかったけど。そうか、目が嫌なのか。まあ、あの品定めするような目は俺もちょっとね……。

 前に頼みごとを頼まれた時、不本意ながらもドアップで顔を見たことを思い出した。あれは怖かった。トラウマものだよ。

 

「さ、とっとと行きましょ。もうすぐ出撃時間だから直にソーマも来るでしょ」

 

「そうですね、先に準備しましょう」

 

「あ、作戦はさっきので決まりなんだ……」

 

 二人は無言の肯定を残して去って行きました。

 ……ふふ……。俺、今日は生きて帰ってこれるかな……。いや、生きよう。生きてかないと意味ないじゃないか。

 

 

――――――――――

 

 

 俺に向かって一直線に飛んできた雷球をステップを使って軽く避ける。

 避けることは想定済みだったのか避けた俺に対して突っ込んできたヴァジュラをステップで避けつつ神機で斬りつける。苦しげなヴァジュラの声が漏れた。

 

「ちっくしょう、皆恨むからな、藁人形生成してやるからな」

 

 絶賛孤立中で対ヴァジュラ中の夏です。なんて理不尽。ちょっと洒落にならない状況が俺の身に起こっているんですが。

 結局ソーマもメリーの案に反対してくれなくてヴァジュラを引きつけることになったんだよ。向こうは三人でグボロ堕天を叩きに行ってる。

 はあ、早く来てくれないだろうかね。あの三人は実力者だからきっとすぐに終わるとは思うんだけどさ。

 

「まあ大型を相手に出来るってのはありがたいよ。でも、理不尽だ……」

 

 これがヴァジュラ単体で俺一人での依頼だったら仕方ない、ってことになる。

 でも今回は複数だ。しかも四人。その振り分けで一人になってしまった俺の悲しみを分かってくれる人は果たして何人いるだろうか。

 できれば一人でも多く俺の悲しみを理解してくれる人がいることを願うよ。……なんでだろう、泣きたくなってきた。

 

「これくらい一人で倒せってか?」

 

 確かに今までメリーにはたくさんしごいてきてもらいましたよ。ええ、そりゃ死にそうなくらいたくさん訓練と言う名のリンチを食らいましたよ。

 でもだからっていきなりこれはないだろ。狼の群れに放り投げられた羊の気分だよ、まったく。

 まあやるからには頑張るよ。頑張るけど不安しかないんだが。

 ため息を吐いてからヴァジュラを見据える。うー、怖え。ウロヴォロスも怖いけどアラガミってみんな怖いよ。

 

「っと」

 

 ヴァジュラの体当たりをステップで回避、後反撃。さっきから俺って攻めてないな。だから長引くんだね、うん。

 積極的に攻撃してみようか、と考えたところで悪寒が全身を駆け巡ったので全速力でヴァジュラから逃避。

 

「吹っ飛べ!!」

 

 瞬間、これでもかというくらいの弾丸がヴァジュラを襲いました。……あっぶねえ、逃げてなかったら確実に巻き込まれてたよ、あの軌道は。

 どうやらグボロ堕天のほうは片付いたらしく、メリーとゼルダが二人でヴァジュラに射撃していた。ちょ、ゼルダも共犯かよ。

 その後ろからソーマが神機を担いで歩いてきた。あれか、メリーに手出し禁止とか言われてんだな。いや、もしかしたらゼルダかもしれないな。

 

「ふふっ、ふふふふふ。肉片なんて残らないくらい撃ってあげるわ!」

 

「いや、さすがに残しましょうよ。捕喰が出来ませんよ?」

 

「別にいいでしょ。素材は要らないし、コアは破壊すればいいし」

 

「私たちの責務にはコア回収もあるんですが……」

 

「たまにはいいじゃない、たまには!」

 

「あいつ自分のことしか考えてねえぞ!」

 

 メリーの自己中心的な性格はどうにかならないのかね!? ああいうのがいるから神機使いのイメージが下がるんだよ……。

 そもそもコア回収は非常に大切なことだ。メリーから見れば下級かもしれないけど、ヴァジュラだって十分脅威。

 そのヴァジュラのコアがもしかしたら新しい神機使いのコアになるかもしれないとかいろいろあるのに。あー、もう本当に考えないやつだな!

 ヴァジュラはあまりにも乱射されたせいか既に倒れ伏している。途中で逃亡を試みたがゼルダのスタングレネードにことごとく邪魔されてた。怖い。

 

「あっはははは! 機嫌がいいわ!」

 

「ストーップ! お前、さすがにその辺にしとけ!」

 

「……何よ、夏のくせに生意気ね」

 

「くせにってなんだ、くせにって」

 

「あーあ、興ざめね。いいわ、今日は終わり」

 

 ん、珍しくメリーのほうから引いたな。抗議したら俺が撃たれるかなー、とか思ってたんだけど大丈夫だったか。

 いつもと違うメリーに首を傾げながらも俺は素材回収のためにヴァジュラを捕喰した。

 

 

――――――――――

 

 

 依頼後、エントランスにて。

 今日は大分疲れた。なんか、ソーマも疲れた顔してたしな。メリーと関わると疲れない日はない。これは俺の中ではすでに常識である。

 

「……夏って、箱舟、乗るの?」

 

「……え」

 

 冷やしカレードリンクの缶に手を伸ばした俺に向かって、正面に座っていたメリーはそう聞いてきた。

 なんでそう聞いてきたのかは分からなかったけど、驚いた。缶はもう開けていたから危うくそのまま倒して中身を溢すところだった。

 とりあえず平静を装う。メリー曰く「汚い笑み」を浮かべて。

 

「その笑顔浮かべてる時点で乗るって言ってるようなもんよ」

 

「あー、やっちまったか」

 

「やっちまってるわよ。あんたって嘘つけないタイプよねえ」

 

 してやったり、と言う様に悪戯っ子が浮かべるような笑顔を向けてくるメリー。

 俺は嘘をつけないんじゃなくてお前の前だと嘘がつけなくなるんだよ……。言おうとしたけどやめた。絶対調子に乗る。目に見えてる。

 代わりにため息を吐きだした。自分を落ち着ける意味もあるけど、単純に自分って馬鹿らしいなって意味の方が強い。

 

「そう言うお前は乗らないみたいだが?」

 

「ええ。あたしは死神がヒトの形をしているようなものだから」

 

「自分のことをそんな低評価するの、よくないと思うぞ?」

 

「低評価じゃないわよ。それに自意識過剰よりはマシ」

 

「……はあ」

 

 こいつの脳内を理解するのはやっぱりまだ無理だ。何を考えているのか考えてもさっぱり分からない。

 死神がヒトの形をしたのがメリーって……。いや、俺にとっちゃ死神も同然だけども、自分で言うのってどうなんだ?

 普通にしていればメリーだってそこらへんにいる女子となんら変わりがないんだ。そんなふうに言わなくたって別にいいと思うんだが。

 

「ていうか、それを言うなら神機使いがそういうもんだろ?」

 

「違う。あんたとあたしじゃ到底違うわ」

 

「あー、もう訳分かんねえ! 話変えよう! この話はやめだ!」

 

 俺には難しい話は基本的に無理なんだ! それを面白がってるのかゼルダも時々そういう系の話を振ってくるしさあ……。酷いよ、まったく。

 がしがしと頭を乱暴に掻いて悲鳴を上げるとメリーが驚いたように目を見開いたが、馬鹿馬鹿しいと言う様に俺を鼻で笑った。ええー?

 

「馬鹿夏って本当に馬鹿ね。だから馬鹿夏ってつけられるのよ」

 

「つけたのはお前だろうが。あと使ってるのもお前だけだから」

 

「ば・か・な・つ。四文字って語呂が良くない?」

 

「なに『あたしって天才じゃない?』みたいなドヤ顔してんだよ」

 

「えっ、なんで分かったの?」

 

「お前の今の顔にありありと書いてあったわ! 隠す気ねえだろ!」

 

 そう言って、ふと違和感を感じて俺は首を傾げた。俺の様子がおかしかったのかメリーもきょとんとしていた。

 「馬鹿夏」ってつけたの、メリーだったっけ? 確かに最近はメリーしか俺のことをそうやっては呼ばないけど。

 最初に俺のことを「馬鹿夏」って呼んだのはメリーじゃなかった気がする。……誰だったかな。うーん。

 

「……あ。で、箱舟の話だけどさ。お前、カード真っ二つにしなかった?」

 

「したわよ? なんでそんな当たり前の話するわけ?」

 

「え? お前の中でカードは真っ二つにするものになってるの?」

 

「さっきも言ったでしょ。あたしは乗らないって言った、でも渡された」

 

「えーっと、つまり」

 

「渡されたんだからあたしのもの。どうしようと勝手、でしょ?」

 

「んー、まあ……。はい」

 

 こいつの言ってることはどこまで本気なんだろうな。いや、カードの件は本気で言ってるんだろうけど。

 でもまさかこいつ、カードを真っ二つにするのが常識だと思ってるなんて……。

 少し前にはカードを鍵として利用している場所もあったって言うのにな。こいつに渡したら鍵が壊されそうだ。

 

「相変わらず無茶な理論振りかざすな、メリーは」

 

「それがあたしよ!」

 

「そんなことで胸を張られてもな」

 

「む。いいじゃないの、そんなことでも」

 

「へいへい……」

 

 とにかく、メリーは箱舟には乗らない、っと。こいつは決めたらそのまま突き通していくようなやつだからな。多分、変えないだろう。

 ……こうなったら、実行するしかないな。あいつが何を言おうと知ったことか。これはあくまで俺の我儘にすぎないんだから。

 俺は少し先のことを思って顔に影を落とした。



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43、覚悟

EATER編も残り二話ですよ!
ちなみにその残り二話はめちゃくちゃ長いです。


 不意に目が覚めた。いや、目は覚めたのだが目は開けていない。ただ思考ができる程度の意識があるだけだ。

 目を開けようと思ってスッと息を吸った時、とても甘い匂いが俺の鼻の中に入ってきた。

 吸った瞬間脳が上手く機能しなくなった。夢から覚めたばかりなのに夢見心地になる。ふわふわと身体が浮いているような錯覚を感じる。

 頭の片隅で早く起きろ今日はもう始まったぞと俺を急かす声が聞こえる。しかしもっとこの匂いを吸っていたいという欲求に勝てずそのまま俺は横たわっていた。

 深呼吸をすると、それに比例して匂いがたくさん入ってきた。俺の思考はその甘さが増すほどドロドロに溶かされぼんやりと意識すら霞んでいく。

 

「起きてますか? 勿論起きてますよね? 朝ですよ、起きてください」

 

 しかし俺の意識は一人の声によって完全に覚醒した。

 バンバンと身体を叩かれて反射的に俺は飛び起きた。俺の寝ていたベッドの横には一条さんがにっこりと笑顔で立っていた。

 ……あれ? なんで一条さんがいるんだろう。辺りを見回して、ようやく自分が病室にいるということに俺は気付いた。

 

「俺、どうしてここに……。ごほっ、うえっ」

 

「あ、すみません。今すぐ焚くのを止めますね」

 

 甘ったるい臭いが鼻を突きぬけた。なんという刺激臭。あまりの甘ったるさに気持ち悪ささえ感じてしまった。

 しばらくして甘ったるい臭いが段々と薄れ、俺の咳も止まった。パタパタとうちわで扇ぐ一条さんがその後で現れた。なんかすみません。

 

「さっきのアロマは疲れ切ってる人には効果覿面らしいです」

 

「じゃあ俺は今疲れてないって事ですか」

 

「オオグルマさんに貰った物ですが、すごい効果がありますね」

 

「オオグルマ先生が……」

 

「あの人がアロマとか想像できませんよね!」

 

「言っちゃったよ、この人」

 

 オオグルマ先生には俺も数回会ったことがある。メリーが来る前にも時々ここに来た事があるからだ。まあ手当ては全部オネエサンだったが。

 「昨日残業だったんですが私も寝てしまいましたよ」はははと笑う一条さんだが、それでいいのだろうか。

 そういえばさっきまで俺もあの甘い匂いの虜だったな、と思いながらもそんなに急に嫌な臭いに変わるものなのかと疑問に思った。

 

「私も今は良い匂いに感じません。不思議ですね、あれは」

 

「ええ。……ところで、俺、いつここに来たんですか?」

 

「えっ? 昨日自分の足でここに来たじゃないですか」

 

 一条さんが不思議そうに俺に言ってくるが、生憎俺はここに来たという記憶がない。いつ、どうやって、何のためにここに来たのかも、さっぱりである。

 俺は昨日の記憶を何度思い返しても依頼後にメリーと話した後、自室のベッドにダイブしたところまでしか記憶がないのだ。そこから先は霧の中である。どうした、俺。

 ついに認知症でも始まったのだろうかと遠目になったところで一条さんが遠慮がちに声をかけてきた。

 

「大丈夫ですか? 疲れてはいないようですが……」

 

「疲労の方はアロマのおかげで。ちょっと記憶が曖昧なだけですよ」

 

「だ、大丈夫ですか!? 今日は休んだ方が……」

 

「平気ですよ。俺、もう行きますね」

 

「あ、気を付けてくださいねー!」

 

 一条さんの声を背中に聞きながら、俺は病室から出た。

 なんだか朝から憂鬱だ。記憶がないとか一番大丈夫ですかって言われるよね。うん、何言ってんのか分かんないね。俺も分かんない。

 エントランスに出るとそこには既にメリー、ゼルダ、ソーマが待っていた。どうやら今日も第一部隊のお手伝いのようだ。

 

「遅いわよっ! 病室にいたからって許さないわ!」

 

「お部屋の鍵、開いていたそうですけど大丈夫ですか?」

 

「その様子を見ると体調に問題はなさそうだな」

 

 なんで俺が病室にいたってこと知ってるんですか、あなたたち。しかも部屋の鍵開いてたのかよ。なんて不用心なんだ俺は。

 だがなんとなく読めてきた。メリーがいつも通り朝に俺の部屋に忍び込んだが俺がいないことに気付き、どこを探してもいなかったため病室にいると見当をつけたってところか。

 すごい予想というか、なんというか。

 

「悪い。ちょっと疲れてて」

 

「ふん、今日はそれ相応の働きをしてもらうんだから」

 

「さすがに囮はしませんけど」

 

「お前ら、もう出撃時間を過ぎてるぞ」

 

「誰がお前らよ。え? 誰がお前らなのかしら、ソーマ?」

 

「朝から喧嘩売ってるんじゃないよ! それが俺の疲れの原因だよ!!」

 

 病室から出てきたばかりなのにいきなり頭が痛いってどういうことだ。Uターンして病室に戻りたいよ……。

 心なしか胃までキリキリと痛んできた気がして、俺は深いため息をついた。

 メリーとソーマが言い合いをしながら先にエレベーターの方に向かっていった。あの二人だけにしたら本気の喧嘩が起こりそうだな。

 二人の方へ向かおうとしたら、ゼルダがくんくんと鼻を動かしているのに気付いた。ん? どうしたんだろう。

 

「夏さんからすごく甘すぎる臭いがします」

 

「ああ……。それアロマの臭いだよ」

 

「アロマ、ですか? そんなものどこで……」

 

「なんか一条さんがオオグルマ先生から貰ったんだって」

 

「……オオグルマ……」

 

 気のせいかな、ゼルダが「オオグルマ」って言った気がする。ゼルダがさん付けを取るなんてこと、滅多にないんだけど。

 あ、そうか。この前聞いた洗脳の件か。やっぱり、そのことに関してはゼルダはまだ怒ってるんだな。隊員だから当然なのかもしれないなあ。

 ……あのアロマ、大丈夫、だよな?

 

 

――――――――――

 

 

 エントランス。俺は冷やしカレードリンクを片手に、メリーはブラックコーヒー片手にソファに座っている。

 ちなみにゼルダとソーマはサカキ博士に呼び出されたらしいので依頼後に研究室に直行した。なんでサカキ博士って第一部隊を扱き使うんだろうね。

 

「なあなあ、ボルグ・カムランって三種類いるけど、どれが一番美味しいと思う?」

 

「んー、そうねえ。……マグマ適応種かしら。あの赤が食欲を湧き立ててくれそう」

 

「……俺、冗談で振ったんだけど」

 

「あら、そうなの? ちなみに夏は?」

 

「俺はいいよ。アラガミなんて、どいつも不味そうだし」

 

「それもそうかもね」

 

 メリーに変な話を振った俺が馬鹿だった。メリーは頭のネジが五、六本吹っ飛んでるからおかしな質問も普通に考えちゃうみたいだ。もう振らねえ。

 しっかし、今日もいつもと同じように暇だな……。依頼後ってのは伸び伸びできていいけど逆に言えば何もないから何をすればいいか困る時間でもある。

 ぼんやりとこの後は早いけどベッドにダイブしに行っちゃおうかなー、と考えたとき身体が揺れた。

 いや、身体だけじゃなかった。メリーも、机も、エントランス全体も揺れていた。……え、地震!?

 唐突に、プツンと電気が消えて真っ暗になった。きゃあと女子の恐怖からの悲鳴が聞こえてきた。

 

「ヒバリちゃん、何が起こったの!?」

 

「今原因を調べています! 電気は中央管理の補助電源が復旧するはずなので問題ないですが……」

 

 ヒバリちゃんの言うとおり、それからしばらくして電気は元通りになった。ヒバリちゃんはカタカタと未だキーボードを叩いている。

 こんなこと今までになかった緊急事態だ。一体何があったんだよ。

 

「アラガミが侵入!? すぐに閉鎖しないと……!」

 

「はあ!? このアナグラにアラガミがどうして侵入できるのよ!」

 

「分かりません! 今はとにかくアラガミがいる階を閉鎖します!」

 

 閉鎖のための避難警告をヒバリちゃんが出しているとき、俺の携帯に電話がかかってきた。

 もともと連絡を取るような相手はいないのだが、今回ばかりは俺には電話の相手が分かっていた。

 携帯電話に表示される名前は『小川 シュン』。普段あまり話したことは無いが、メリーの来る前時々、来た後では喧嘩を止めるために時々あった。

 そして今回の件で俺はシュンと共同戦を張っていた。

 

『おっす、夏! ビッグニュースだぜ!』

 

「おう、シュン。随分と嬉しそうだな、何があったんだ?」

 

『特異点だよ、と・く・い・て・ん! 見つかったんだってさ!』

 

「……やっぱりか」

 

『ん、なんか言ったか?』

 

「いや、なんでもない」

 

 やけに嬉しそうにしているシュンは新時代に期待を抱いているからだろうか。

 残念ながら俺は全く興味がない。いや、全くではないが興味がない。

 

『俺、もう支度したいから! んじゃなー!』

 

「ありがとな」

 

 向こうからかかってきた電話は向こうから切られた。まあ教えてくれた情報は俺にとって大きかったからいいとしよう。

 俺がシュンと張っていた共同戦とは特異点のことだった。どちらかが見つけたら知らせようというもの。今回はシュンが見つけたようではないが。

 さて、これからどうしようかな。何をするかはもう決まっているんだけど。

 シュンは支度をするようだし、どうやら船の出航は近いようだ。時間もないっぽいし、始めるか。

 

「ちっ、なんか面倒になって来たわね……」

 

「急に立ち上がんなよ。コーヒー零すだろ」

 

「もう飲んだ」

 

「早いな、お前」

 

 俺もメリーと同じように立ち上がる。その際に冷やしカレードリンクを一気飲みする。味は、なかった。

 それがまるで今からやることに対して俺が緊張しているみたいで、思わず笑ってしまった。

 しかしそれはメリーの癪に障ったらしい。イライラした様子で睨み付けられた。怖い。

 

「何笑ってんのよ。半殺しにするわよ」

 

「怖いな。そんなの女が言う言葉じゃないぞ」

 

「今に始まったことじゃないでしょ。というか、なんでそんなに落ち着いてられるわけ?」

 

「慌てる必要が全くないからに決まってるだろ」

 

「……ついに頭が壊れた? ちゃんと置かれた状況を見なさいよ」

 

「見てるさ。見て、そう判断した」

 

 メリーが訝しげに俺を見てくる。いつもの俺らしくないってか。その通りだけど。

 呆れたようなため息を吐いた後、メリーはずかずかと俺に大股で近寄って俺の胸ぐらを掴んできた。え、なんで。

 

「何企んでるの。白状しなさい」

 

「ちょ、苦しい。苦しいから降ろして」

 

「白状が先よ」

 

「分かった、話す話す! ……最後までお前は変わんないな」

 

「……最後?」

 

 言っている意味が分からない。そんな顔でメリーは俺の顔を穴が開くほど見ていた。そんなに分からないか?

 メリーから解放してもらって服装を簡単に整える。こういう会話も、考えたら見納めなんだな。

 俺はメリーに微笑んだ後、そのまま抱きしめた。

 

「……は!? 何してんのあんた!?」

 

「ありがとう。さよなら」

 

「ちょっとどういうこと……っ!?」

 

 右手でメリーの腹部、つまり鳩尾に一撃。本当は峰打ちしたかったけど鳩尾パンチのほうが楽そうだったから変更した。

 気絶する保証はなかったけど案外上手くいったようだ。メリーの体重が一気に俺へとかかってきた。やっぱり重いな、お前。

 俺はポケットの中から箱舟に乗るためのカードを取り出してメリーの着ているコートのポケットへと入れておいた。

 さて、ここからこいつを運ばなければ。メリーを背負うと、唖然とした表情のヒバリちゃんと目があった。

 

「あ、エントランスでこんなことやってごめんね」

 

「え、あ、はあ……」

 

「こいつ起きるの早そうだから俺もう行くわ」

 

 説明するほどの時間は残されていない。立ち直りが早そうなメリーが長時間気絶するとも思えなかったからだ。

 さっさとエレベーターで移動し、箱舟に向かうための道までたどり着いた。ここで待ち合わせをしているんだけど……。あ、もう来てる。

 少し速足で俺はその人に近付いた。

 

「どうも、ブレンダンさん。厄介事押しつけてすみません」

 

「いや、俺は構わない。夏はこれでいいのか?」

 

「俺はそもそも話を持ちかけられた時に決めたんです。だから、これで」

 

「……そうか」

 

 俺が待ち合わせしていたのはブレンダンさんだった。本当、すみません。

 ブレンダンさんは何か言いたげに口を開いたがすぐに閉じた。俺は超能力者じゃないから何を言おうとしてたのかはよく分からない。

 俺は箱舟に乗るつもりなど初めからなかった。チケットは今は持ってないから行く資格もない。だからここからはブレンダンさんに運んでもらうことになっていた。

 これは少し前、俺がチケットを受け取った次の日くらいに電話で頼んだ。本当は直接会って頼んだ方がよかったんだろうけどね。

 ブレンダンさんにメリーを渡してチケットと重いことを伝えた。体重のことに入った時は苦笑していたが。

 

「じゃあ俺は行くぞ」

 

「お元気で」

 

 短い言葉で別れを済まし、ブレンダンさんはメリーを背負って歩いていった。

 姿が見えなくなるまで見送っていたかったが俺にはそういうわけにもいかなかった。

 と言うのも、なんとも空気の読めない携帯電話が鳴ってしまったからだ。

 

「こんな時に誰だよ……。げっ、支部長!?」

 

 俺は慌てて電話に出るために携帯のボタンを押した。

 

 

――――――――――

 

 

 時は少し経ち、ゼルダたち第一部隊は走っていた。

 先程極東支部でお尋ね者扱いになっていたアリサ、サクヤと合流。続いてコウタと合流した後、地下に移動してツバキにエイジスに行くための鍵を開けてもらったのだ。

 久しぶりに揃った第一部隊の気持ちは同じ、「支部長の凶行を止める」というものだった。

 シオが支部長に奪われた今、終末捕喰がいつ起こるか分からない。残された時間は数えるほどしかないかもしれないのだ。

 だから、エイジスまでの道のりを全力で走る必要があった。しかしそれを邪魔する者がいた。

 

(……甘ったるい臭い?)

 

 ふとゼルダは嗅いだことのある臭いを感じ、走るスピードを緩めた。それを疑問に思って他のメンバーもゼルダに合わせてスピードを緩める。

 この臭いはソーマも無論気付いていた。面倒くさそうにチッと舌打ちをする。臭いを感じていても分からないのはアリサ、サクヤ、コウタの三名だった。

 

「――支部長って、人遣い荒いよな? 俺遣ってどうすんのって言いたいよ」

 

 心底面倒だと言う様に目の前に立つ人物は言った。

 その人物は茶色の髪に蒼の瞳を持ち、F制式レッドを着用し耳あてを肩にかけている。

 蒼に輝くサリエルで作られたショートブレードと盾の組み合わせの神機を担ぎ、その様子はどこか気怠そうだ。

 ゼルダは大きく目を見開いた。彼がここにいる筈がないのである。第一部隊はその進行を止めざるを得なかった。

 

「なんでここにいるんですか、夏さん……!」

 

 その人物の名は日出 夏。第四部隊に所属している旧型神機使いである。

 名前を呼ばれた夏は相も変わらず面倒そうな態度を崩さない。夏がここまで面倒そうにすることは今までなかった。

 どうやら夏は厄介事を任されたようだった。

 

「いや、なんかここに立って時間稼げってさ。なんで俺なの?」

 

「そんなの、私たちに聞かないでくださいよ」

 

「俺たち今急いでるんだ、そこ退いて!」

 

「悪い。その頼みは聞けないんだよ、コウタ」

 

 コウタの頼みを夏は即断った。特に考えた様子もないところから見ると相当きつく言われているようだ。

 「断ったら減俸だよ? これ以上俺が金欠になったらそれこそ死んじゃうよ」これから地球が滅びるかもしれないというのに何故夏はここまで楽観的でいられるのだろうか。

 いつもと同じような態度を貫き通す夏にゼルダは少し違和感を感じていた。この緊急事態で混乱する人は山ほどいる。こうやっていつもと変わらない人のほうが少ないのだ。

 ほとんどこの件に関与していなかったはずの夏にそこまで冷静になる要素はあるのだろうか。

 

「俺は難しいことは分かんないよ。でも俺の目的は一つだ。箱舟を飛ばす」

 

「っどうして!」

 

「強引に押し込んでおいたやつがいるんだよ。俺は、何が何でもそいつを守る」

 

「だから邪魔させるわけにはいかない、と? ふざけんなよ」

 

「ここを塞いでるのが俺でよかったな。下手したら()が塞いでかもしれないぞ」

 

 “女”の部分を敢えて含みを持たせて夏が言う。ゼルダが思いつく限り、それは黒い少女しかいなかった。

 ソーマが睨み付けても尚夏の態度が崩れることは無い。過ぎる時間と比例して苛立ちも増していく。

 物理的に黙らせようかと本気でソーマが考え始めたとき、ゼルダが神機を置いて前に進み出た。

 

「……ごめんなさい、夏さん」

 

「え? うおっ!?」

 

 ゼルダが全力で夏に駆け寄り、右足で夏の左の脇腹を横に蹴りぬく。手加減無しの一撃だった。夏はそれに反応できずそのまま壁に激突していった。

 ゼルダの少々乱暴な手段に唖然とする第一部隊だが、すぐに夏の状態を遠くから確認した。

 夏は壁を背に座り込み、だらりと力なく頭を垂れていた。何も反応がない所を見ると気絶しているようだ。

 

「障害を排除、ですね」

 

「いや、アリサ。夏さんを障害って言っていいのか?」

 

「この場合は仕方ないとはいえ、ちょっとやりすぎじゃないかしら?」

 

「……時間がない。急ぐぞ」

 

『……ふふ、やっぱり駄目かあ』

 

 クスクスと、どこからか笑い声。第一部隊は一度は解きかけた警戒態勢を引き締め直す。

 声の発生源がどこからなのかはすぐに分かった。夏だった。

 だが夏はピクリとも動いていない、動いた様子がない。何かそういう機械がついているのだろうかとゼルダは首を傾げた。

 

『知り合い相手じゃてんで駄目だね。殺してもいいって言ったのに……、駄目かあ』

 

「誰ですか!?」

 

『んー、誰だろうね? 教えてあげなーい』

 

 相手をおちょくるような口調の誰かはクスクスと笑い続ける。無邪気な笑い声の中には残酷な響きもあった。

 声はボイスチェンジャーでも使っているのかまるでドラマの犯人が喋っているようなおかしな声だった。

 ただこれで支部長にオオグルマ以外に共犯がいる可能性が出た。ゼルダは気を引き締める。

 

『でも日出 夏にはもう少し活躍してもらわなきゃならないんだよね』

 

「まだ何かやらせるつもりなんですか? 第一、夏さんは意識がありません」

 

『あのさあ、意識のあるなしなんて関係ないんだって。正直いらないし』

 

「えっ、どういうこと?」

 

『さっき見たでしょ。日出 夏に意識があっても邪魔なだけじゃん。だから、俺が代わる』

 

「代わるって……。何を?」

 

You are under the control of me(君は私の支配下にある).……つまりはそういうことさ』

 

「ぐ……」

 

 声が言った途端、気絶しているはずの夏から苦悶の声が上がった。

 フルフルと頭を横へ振りながら何かを抑えるように両手を頭に強く押し当て、怯えるように身体を縮ませる。

 

「うぅ……!」

 

「夏さんに何をしたんですか!」

 

『ちょっと過去を思い出してもらってるだけだよ、大したことないって』

 

 けらけらと大したことがないように声は笑うが、夏は苦しげに蹲ったままだ。伏せられた顔には涙が流れている。

 夏は声の言うとおり、少し前のことを思いだしていた。

 それは夏の依頼の同行者が死んだときの記憶。氷柱に貫かれた同行者の身体と血が舞った様子が静止画として夏の脳裏に鮮明に浮かぶ。

 その同行者が一瞬でメリー・バーテンに、氷柱はゼルダの神機にすり替わった。

 

「……いや、だ……」

 

「……あ?」

 

「夏さん、大丈夫ですか!?」

 

「おい待て、行くな。何か様子がおかしい」

 

 夏の元へ駆け寄ろうとしたゼルダをソーマが制した。夏は動きを止めていた。

 くしゃりと髪を乱すように掴んでいた右手はいつのまにやら神機へ向かい、左手は地面につけていた。

 

「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だああああああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」

 

「っ、」

 

 絶叫。まさにその言葉が相応しかった。

 夏の行動は早かった。左手で体勢を立て直すと一気に駆け出し、ゼルダへと向かって剣戟を繰り出した。

 しかし第一部隊の隊長であるゼルダも負けてはいない。突然の行動に即座に反応。盾を展開して、そのまま弾き返した。

 弾き飛ばされた夏は空中で体勢を整えてなんなく着地した。普段の夏がやろうとしたら中途半端で落下しそうだ。

 

『あはははは!! ほおら、意識なんてない方が断然動きが良いじゃないか!』

 

「夏さん、どうして……!」

 

『そこにいる赤い女の子とか黒づくめの女の子と原理は一緒だよ』

 

「……夏さんを洗脳したと言うことですか!? いつ、どうやって!」

 

『それを教えたら意味ないでしょうが。で、どうする? 時間無いよ?』

 

 にこやかに余裕そうに告げてくる声と違いゼルダは必死だった。

 夏が仕掛けてくる鋭い攻撃をいなしたり防いだりしなければならなかったからだ。

 ゼルダは攻撃を防ぎつつ夏を観察していた。動きはいつもと違って格段にいい。今はそのおかげで立ち回りに悩まされているのだが。

 前にメリーが操られていたと聞いたときと違うのはその行動と瞳だろうか。

 現に夏は今のところゼルダしか狙っていないし、瞳は紅くない。おまけに言ってしまえば瞳には若干光があるようにも見える。

 ということは夏はメリーのときよりかは意識があるということだろうか。しかし先程夏は確かに意識を失ったはず。無理矢理呼び起こしたのか。

 疑問は尽きない。

 

『ほら、日出 夏。早く倒さないと、そいつ、メリー・バーテンを殺しちゃうよ?』

 

「……」

 

 一度距離をとった夏から送られる明確な殺意。しかしそれを受けてもゼルダは動じなかった。

 それよりも許せないことがあったからだ。

 

「……あなたは、夏さんの仲間意識を利用しているんですか?」

 

『うん、そうだよ。だって日出 夏は親いないし、メリー・バーテンと仲良かったし』

 

 まるで当たり前だというように『都合がよかったんだ』と言う声の主にゼルダは殺意を抱いた。

 その殺意は内に吸い込まれ、ゼルダのまとう雰囲気が一変する。

 

「選手交代だ。表には最終戦に備えてもらおう」

 

『おや、なんで裏の子が出てこれたの? ふっしぎー』

 

「黙れ。……しっかし、お前の声どっかで聞いたことあんな? あ?」

 

『……』

 

 今度こそ声は黙った。勘の鋭い裏のゼルダが出てきた今では喋ることは正体をバラすことと同じだ。

 ゼルダは怠そうに立っているが瞳には怒りが見えている。

 それは裏のゼルダも夏に対して仲間意識を持っていたという証拠だった。

 

『さすがに裏はなしだよー。……まあいい時間稼ぎにはなったし、もう切り捨てるか』

 

「切り捨てる、だと? おいてめえ、もういっぺん言ってみろ。殺すぞ」

 

『言ってろ。じゃあねー』

 

 ボンッ! と破裂音が響き渡った。夏が着ている上着の襟の右側が少し焦げていた。そこに機械が仕込んであったようだ。そこに近い夏の頬も火傷していた。

 夏はふらふらと前に数歩前進した後、糸が切れた操り人形のように崩れ落ちた。顔面を強く打ったようでとてもいい音が辺りに鳴り響いた。

 それを見届けて裏は表へとバトンを渡す。この間と同じくすべてを見ていた表側のゼルダは悲しそうに顔を歪めていた。

 

「夏さんっ、大丈夫ですか?」

 

「気絶しているみたい」

 

 サクヤが夏に近寄って容態を確認する。

 夏は先程のゼルダの蹴りとたった今打った額以外に外傷はないようだった。赤くなっている額が痛々しい。

 サクヤから夏の容態を聞いてゼルダは少しホッとした。

 

「……とりあえず、夏さんはここに置いて行きましょう」

 

「置いてっちゃうの?」

 

「連れて行くわけにもいきませんし……。帰り際に回収すれば問題ないはずです」

 

「回収って……」

 

 ゼルダは夏を壁際まで運び、壁に寄りかからせるようにして座らせた。

 夏はまだ呻っていたが小声のため何を言っているのかを聞き取ることは出来なかった。

 夏から離れてからもちらちらと様子を覗っていたゼルダだったが、やがて覚悟したように第一部隊に向きなおった。

 

「行きましょう、エイジスに」

 

 第一部隊のメンバーは無言で頷き、先を急ぐために通路を走って行った。

 ゼルダは夏が先程言っていた“守るべき人”はメリーであることを半ば確信していた。

 それは男が言っていたということもあるが、夏が一番親しかったのがメリーだったからというのもある。

 助けたいという気持ちは分かる。しかし、その方法では両者に後悔が残るだろう。

 二人の為にも、止めねばならない。ゼルダは神機に込める力を強めた。

 

 

「ふふ、ふふふふ」

 

 それからほどなくして、一人残された夏の元に一人の男が近寄った。

 男の右手には鋭利なナイフが力強く握られている。気絶している夏に男は歪んだ笑みを見せた。

 男は夏の近くにしゃがみ込み、狂気染みた瞳が夏を捉える。

 

「失敗だったなあ、面白くないなあ、殺しちゃおうかなあ」

 

 男の中では第一部隊は夏によって殺される、そんな筋書きがあったのだ。

 その筋書きが見事にガラガラと音を立てて崩された。折角目の上のたんこぶを皆殺しに出来、尚且つ再び夏の絶望した顔が見れるいい機会だったのに、全て台無しである。

 男はにこにこと嗤いながらナイフを夏の首元に寄せて皮を少し切った。切った箇所から血が滲み出、つうと首を伝う。それを見て男の歪んだ笑みが深まる。男は傷ついた夏を見て快楽を感じていた。とんだ性格の持ち主である。

 

「ふふふ、メリー・バーテンの歪んだ表情見てみたいなあ」

 

 強気な彼女が再び感情を失くす瞬間を思い浮かべ、男は歓喜にその身を震わせた。

 にやにやと気持ちの悪い笑みを浮かべ、今にも夏の首を斬ろうとしていた男が唐突に動きを止める。

 こつりこつりと誰かが男の方へ向かってくる足音を聞いたからだ。

 不愉快そうにその方向を睨み付けた後、男は軽い舌打ちをした。

 

「……あーあ、時間切れか。バイバイ、夏くん」

 

 殺すという手段も男にはあったが、筋書きがなくなった今男は今の現状に興味を失くしていた。

 男は親友に言うように優しく夏に言うと暗闇へと姿を消していった。

 

 

 次に現れたのは第一部隊から少し遅れてエイジスに向かうサカキだった。

 時間を確かめるように時計を見ながら速足で歩いていたサカキは不意に通路の隅にいる夏に気が付いた。

 サカキは首を傾げ、興味本位で夏に近寄った。

 

「おや? ……気絶しているようだね。しかし、なんでここに?」

 

 夏の首元に切り傷があることに気付き、怪訝そうに眉に皺を寄せた。

 とりあえず持っていたハンカチで雑ながらも血を拭い軽く消毒液をつけておく。

 ちなみに消毒液は夏の私物である。いつでも手当てができるように夏はいつも携帯している。

 ハンカチを仕舞った後、サカキは考え込むように顎に手を当てた。

 つまり夏をこのまま放置しておくか、どうするかということである。

 

「よっと……」

 

 考えた結果、サカキは夏を連れて行くことにした。

 夏を荷物担ぎし、再びサカキは速足でエイジスへと向かっていった。

 その場には夏の苦しそうな呻き声と足音だけが響いていた。

 

 

 

 

 

 ――役者がエイジスに揃った。ただし、プラス一名つきで。

 

 

 

 

 

「……ん……」

 

 

 

 

 

 ――いや、一名とは限らないかもしれない……。



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44、ゴッドイーター

EATER編最後のお話です。


 えーっと、状況説明。

 通路に立って時間稼ぎをしろと言う指令を受けて立ってたら第一部隊が来て、ゼルダに蹴られて意識が途絶えました。乱暴だ。

 それで、目を覚ましたら見たことのないアラガミと第一部隊が戦ってました。

 ……うん、なにこれ?

 

「おはよう、夏くん」

 

「あ、どうもサカキ博士……、ってなんで俺担がれてんの!?」

 

 何故かサカキ博士に荷物担ぎされてた。ええっ、なんで!?

 あ、もしかしたらここに連れてきてくれたのかも。俺が最後にいた場所って通路だったし。

 でもどうせだったらエントランスに連れて行ってほしかったなあ……。

 結局ここってどこなんだろう。あの通路の先、って考えたらエイジス島が正解なんだろうけど。

 

「あのー、サカキ博士。あそこにいるアラガミは?」

 

「ヨハンが造ったアラガミだよ」

 

「ヨハン? ……え、支部長!?」

 

 何やってんすか支部長。本当に何やってんすか。

 というかアラガミって人工的に造れるものなんだ……。いや、そもそも造ろうと思った人がおかしいよね! あ、イコール支部長がおかしいってことか。

 とりあえずサカキ博士に降ろしてもらってまた状況確認。

 第一部隊が戦っているアラガミの後ろの方に女の人の顔が逆さまになった何かを発見。何あれ怖い。

 

「あれはノヴァ。終末捕喰を起こすアラガミだ」

 

 俺の視線を確認して察してくれたのかサカキ博士が説明してくれた。

 うええええ!? なんでノヴァがいんの!? つまりこの世の終わりですか!?

 ……あ、そういえば支部長もそんな感じのことを言ってたような気がする。

 やっぱりメリーを箱舟に押し込んできたのは正解だったかなと思って、ふとその下に白い少女が横たわっていることに気が付いた。

 

「あれ? サカキ博士、あの子、なんであんなところにいるんですか?」

 

「……彼女の名前はシオ。特異点を持っていた人間の心を持つアラガミの少女だ」

 

 塩? 潮? ……うん、ごめん。そんなボケはいらないね。

 なんだろう。今、すごいたくさんの人から怒られた気がする。

 あと何故だかソーマからの視線が痛い。視線だけで殺されそう。

 特異点を持ってるからには特別なアラガミだとは思ってたけど、まさか人型とはね……。

 

 さっきから質問ばっかりしてる気がするな、と思いながらもとりあえず身構える。

 俺もあっちに参戦してもいいんだけど、サカキ博士の警護が必要だからね。

 サカキ博士が遠距離攻撃でうっかり死んじゃいました、とか洒落にならないし。

 俺の後ろにいてもらえれば盾で大体の攻撃は防げるだろ。

 というか戦闘始まってどれくらいか知らないけど今までよく無事だったな、サカキ博士。

 

「夏くん、今度は私から質問してもいいかな?」

 

「あ、はい。俺が答えられることなら」

 

「メリーくんはどうしたんだい?」

 

「……メリーなら箱舟にいますよ」

 

「おや、私は断ったと聞いたが」

 

「俺が人に頼んで連れて行ってもらったんですよ」

 

 そういえば今頃目が覚めているくらいかな。

 パニックになってるかな。案外冷静だったりして。

 あいつの反応を予想するのは難しいからなー。どうしてるかな。

 まあそろそろ箱舟も出発してるかもしれないけど。

 

「では、もう一つ。その首の傷はいつつけたものかな?」

 

「首? ……痛っ」

 

 サカキ博士の言葉を聞いて右手で首に触れてみると、確かにあった。

 血は出てないみたいだけど、触ったらまだ痛みが残る。

 こんな傷あったかな? ゼルダに蹴られたのは腹だから、関係ないし。

 ……左の横腹が急に痛くなってきた。

 

「んー、俺が第一部隊を通せん坊した時はなかったんですけどね」

 

「その少しの間で傷つけられた覚えは?」

 

「ないです」

 

「……ふむ」

 

 考えられるのは俺の記憶がない時、か。

 第一部隊はあの後すぐ通られちゃっただろうし、その後サカキ博士が来るまでの空白の時間。

 ……ん? そしたらどっちかが会ってないとおかしくないか?

 逃げ道なんてなかったと思うんだけど。

 

「サカキ博士が……」

 

「言っておくけど、私は違うからね」

 

 先に言われてしまった。

 ですよねー。お、俺は最初から分かってましたとも。ええ。

 だとしたら誰なんだろうな。狙われる心当たりもないし。

 

「……ん?」

 

「どうしたんだい?」

 

「いえ、……なんか、寒気が……」

 

 気のせいかな、すごい今寒気がしたんだよ。

 でも誰も俺のことを狙ってないし、まだアラガミからの攻撃はこっちにないし。

 アラガミからの攻撃の予兆、とは考えにくい。

 予兆だったら第一部隊も何かしらの動きを見せるはずだけど、そういう動きはない。

 

「何なんでしょうね?」

 

「さあ?」

 

 俺もアラガミだけじゃなくて周りを警戒しておいた方がよさそうだな。

 いつ何が来るか分からない場所だからな、ここは。

 

「何もないといいんですけど……っ!?」

 

 身体が咄嗟に反応。左側からきた剣戟を神機の刀身で防ぐ。突然すぎて盾は展開できなかった。

 言ってるそばから何かきたよ……。しかも力強っ! 鍔迫り合いで負けそうだ。

 しかも、襲ってきた人物のせいで思うように力が籠められない。

 ひょっとしたら向こうの方が俺より力が強いんじゃないかな。

 いや、今までの戦闘を見てとっくに気付いた。向こうのほうが断然強い。

 

「メリー、どうして……!」

 

「……」

 

 俺に攻撃をしてきたのはメリーだった。

 箱舟にいるはずのこいつがどうしてここに? いや、それよりもどうして攻撃を?

 色々と聞きたいことはあったけど、手元に集中しないと斬り捨てられそうだ。

 

 ただ、メリーはこの前ゼルダが聞いた洗脳された時の様子と違っていた。

 瞳の色は紅じゃなくていつも通りの黒だし、瞳に光もあるように見える。

 そこからなんとなく、意思が見えるような……。

 

「……えーと、メリーさん。もしかして正気で攻撃しに来てます?」

 

「……ふふ、当たり前じゃない。あたしを押し込むなんてよっぽど死にたいのね?」

 

「あ、ちょ、力込めないで……!」

 

 どうやら洗脳ではなかったようだ。そこは安心した。

 その後攻撃を中断する代わりに殴られるという条件でその場は収まった。理不尽だ。

 鳩尾に十四発と微妙な数入れられた。確かに一回とは言ってないけどさあ……。

 

「ぐふ……。と、ところでお前、どうやってここに?」

 

「決まってるじゃない。ブレンダンに吐かせた」

 

「ブレンダンさん……」

 

 それからメリーの長々しい説明が始まった。

 目が覚めたら知らない場所→近くにブレンダンさん→訳を聞く(強引)→エントランスへ→ツバキさんに聞く(お願い)→ここへ。

 簡単にまとめるとそんな感じらしい。

 ブレンダンさんとツバキさんとの対応の差が違い過ぎるだろう。

 俺が頼んだばっかりにすいません、ブレンダンさん……。

 

「何で出てきたんだよ! 箱舟にいれば助かったのに!」

 

「あのねえ。あんた、あたしが大人しくしてますなんて言うと思う?」

 

「……思わない」

 

「でしょ? 別にあたしは今ここで死んでもいいし」

 

「そんなこと……!」

 

「あたしの命よ。あたしが決めて何が悪いのよ」

 

 踏ん反り返ってメリーは言うが、そんなことを言われても困る。

 俺は誰にも死んでほしくないのに、目の前の人物は死んでも構わないという。

 ふざけるなよ。

 

「俺は誰にも死んでほしくない。もちろん、お前もだ」

 

「はあ? 何その綺麗事。……ま、どうでもいいや」

 

「どうでもいいとか……」

 

「堂々巡りになりそうだからこの話は終わり。また今度ね」

 

 ひらひらと手を振りながら面倒そうにメリーは言い放った。

 ……話を逸らされたような気がする。

 

「で、今度はあたしから質問。これどういう状況なわけ?」

 

「この星の存亡をかけた戦いかな」

 

「間違いではないね」

 

「ふうん。殺り応えありそうね」

 

「……参加するならしてくれば?」

 

 目を爛々と輝かせてアラガミを見据えるメリー。

 新種ってのは何してくるか分からないから怖いけど、こいつは情報なしでも突っ込むからなあ。

 女のくせして勇気は人一倍あるって言うかなんて言うか。

 見てるこっちとしてはもう慣れちゃったけど、少し危なっかしいよ。

 

「……ん、そうだ」

 

「どうしたの、夏」

 

「ちょっと必殺技を思いついた。で、それにはメリーの協力が必要だ」

 

「必殺技? 面白そうじゃない。何すればいいの?」

 

「こっちきて」

 

 たった今考え付いたものを即興でやるのは難しいかもしれないけど、やってみる価値はある。

 折角だし名前欲しいなー。……やっぱりいいや、俺にネーミングセンスはない。

 では手順を説明しよう。まず初めにメリーを呼び寄せる。近接神機使いなら誰でもいいぞ。

 次に、その神機使いの手をしっかりと掴む。これで準備完了だ。

 

「よーし、いくぞー」

 

 そしてぐるぐると神機使いを振り回す。

 ここで勢いをつけるために振り回されてる神機使いの足が浮くほど早く回す必要がある。

 最後に……、

 

「きゃあああああ!?」

 

 攻撃対象に神機使いを投げつければ終了だ。ハンマー投げならぬ神機使い投げ。

 俺の仕事終了ー。後は頑張れ、メリー。

 

「後で……、殺すっ!!」

 

 メリーは空中で神機を構え、そのままアラガミに突入していった。

 女の形のアラガミにメリーの神機がブッスリ突き刺さった。

 人間で言う心臓の位置か……。まあアラガミだから死なないんだけど。

 それでもいい感じのダメージにはなったんじゃないだろうか。

 

「うん、初めてながら上手くいった」

 

「君も大概乱暴だねえ」

 

「あっはっは。普段の仕返しですよ」

 

 これくらいは罰があたらないはずだ。

 俺だって普段、散々鳩尾に攻撃を食らってるんだから許されるだろう。

 ……そういや、俺、メリーと違ってよく気絶しないよな。割と全力でやられてると思うんだけど。

 

「いい感じに優勢になってきてますね」

 

「メリーくんのせいで優勢になりすぎている気がしなくもないがね」

 

「あいつが入るとアラガミが不憫に見えます」

 

「そうだね」

 

 先程まで多少の苦戦が見られた戦闘も、いまや完全に優勢に傾いていた。

 メリーが入るだけでこんなにも変わってくるものなのか……。

 なんだかアラガミが可哀想になってきたので黙祷をしておいた。ご愁傷様です。

 

 完全にやることがなく傍観していると女を模したアラガミが日輪を掲げるようなポーズをとる。

 むっ、何かくるな。メリーから寄越された視線に頷きを返して盾を展開した。

 案の定女のアラガミを中心にぐるりと遠距離攻撃のビームのようなものが発射された。

 盾でダメージを軽減させつつ、吹っ飛ばされないように足にありったけの力を込める。

 なんとか上手くいったようでサカキ博士にダメージなし、俺の体力も問題ないというすばらしい結果になった。

 ……俺が言うのもなんだけど、ちょっと緊張感なくないか? 地球の存亡がかかってるのに。

 

「あ、男のアラガミが落ちた」

 

「限界が来ていたのだろうね。もう半身も時間の問題だろう」

 

「これで……、終わりですっ!!」

 

 いつ終わるのだろうかとサカキ博士と話していたまさにその時。

 ゼルダが怯んだ女のアラガミにチャージクラッシュを叩き込んだ。

 それが合図。女のアラガミは地面へと倒れ伏した。

 

 

――――――――――

 

 

 二対の対になっていたアラガミが倒れてから一分も経たない頃だっただろうか。

 突然、あの時のエントランスのように地面が揺れ始めた。かなり大きい。

 しかし今回はなかなかその揺れが止まない。いや、止む気配すら見せない。

 これはさすがにおかしいのではないか?

 

「はあ、はあ……。ちくしょう! あのデカブツ、止まらないよ!」

 

 疲れきった様子のコウタが大声を上げる。揺れの原因は奥にある大きなアラガミのようだ。

 なんだかほとんど何もしなかったのが申し訳なくなって、コウタに回復錠を渡してあげた。役立たずですいません。

 メリーが睨んできた気がした。

 

「そんな、どうして……」

 

「全部捕喰したら案外止まるんじゃない?」

 

「そんな時間はないし、神機が悲鳴を上げるよ、メリー」

 

『ふ、ふふ……無駄だ。覚醒したノヴァは、止まらない……』

 

 各々が焦りの表情を浮かべる中、アラガミ、基支部長が残酷な現実を口にした。

 おいおい、嘘だろ? あんなに必死に戦ってたのに、その結果がこれかよ。いや、俺は戦ってないけど。

 努力は実を結ぶとか言うけど、あれって嘘なのかよ。

 

「この私が珍しく断言する……。不可能です」

 

「サカキ博士まで、なんてことを!」

 

「何とかならねえのか、博士!」

 

「残念だが支部長の言う通りだよ。溢れ出した泉は、ノヴァが止まることは……ない」

 

「そんな!」

 

 サカキ博士まで支部長の言葉に乗っかっちゃって取り付く島がない。

 ああもう! こういう時のための対処法みたいな本を誰かが書いてくれればよかったのに!

 俺の残念な頭じゃ解決策なんてとてもじゃないけど弾き出せない。

 

「アラガミの行き着く先、星の再生……。やはりこのシステムに抗うことはできないようだ……」

 

「ふざけるな! こんなの……、認めねえぞ!」

 

『そう、それでいいのだ。お前たちは……早く、箱舟に……』

 

「し、支部長……。あなた、もう!」

 

 支部長が苦しそうに咳き込んだ。もう話をするのもやっとと言う状況のようだ。

 アラガミのものとなった身体は所々霧散が始まっており、崩れかけている。

 これじゃ、まるで支部長が犠牲になったみたいな……。

 

『……余計な心配は無用だ。もとよりあの船に私の席は……、ない』

 

「なんですって……!?」

 

「おいおい、マジかよ……」

 

『ふふ、世界にこれだけの犠牲を強いた私だ……。次の世界を見る資格などない……』

 

 支部長の言葉に驚きを隠せない俺たち。

 だって、普通だったらこういう時は自らも逃げる道を選ぶものだ。

 それを支部長はあえて死の道を選んだ。普通は選ばない。

 ……でも、そうか。それならこんなところで第一部隊を待ったりしないよな。

 

『あとは、お前たちの、仕事だ……。ふふ、適任だろう……?』

 

「親父……」

 

 それが最期の言葉だったのか、支部長はその後一切喋ることはなかった。

 俺はそれを見て、ただ静かに黙祷を捧げた。

 揺れは尚も激しさを増していく。結局、終わりってのはこんなにも呆気ないものなのだろうか。

 悔しさが滲んだ言葉がみんなの口から零れていく。

 

「夏……」

 

「……メリー?」

 

 みんなの姿をただじっと眺めることしかできなかった俺の横に、いつの間にかメリーが立っていた。

 もう驚くことはない。だっていつものことだから。

 メリーも少し疲れているように見えたので回復錠を渡しておく。こいつには必要なさそうだけど。

 

「あたし、案外こっちに来れて楽しかったわよ」

 

「……」

 

「って、こんなこと言ってたら生に未練があるみたいじゃないの。馬鹿みたい」

 

「……馬鹿で、いいんじゃないか?」

 

 ふと口から零れた言葉を拾ったのか、メリーが怪訝そうに俺の顔を覗き込んだ。

 なんだか頭を心配されているような気もするが、それは放っておこう。

 

「人間って馬鹿なんだと思うよ。天才でも、たまにおかしなミスをしたりするし」

 

「ふうん」

 

「なら、馬鹿でいいじゃん。馬鹿なりに考えりゃいいじゃん」

 

「……ほんと、あんたって……。いいわ、止めとく」

 

 メリーが何か言いかけたが、すぐにそれを止めた。

 俺もそれを追求することはせずに「そっか」と返事だけ返しておいた。

 

 もう終末捕喰までどれくらいの時間が残されているのだろう。

 ただ、ただ叶うなら、もう一度エントランスで馬鹿みたいないつもの会話をしたかった。

 俺とメリーがいろいろと話して、暴力振るわれたりして、時々ゼルダも会話の輪に入ってきたりして。

 本当に、あれが一番楽しかった。暴力は勘弁だけど、俺の日常はいつだってあれだった。

 

 きっとあんな日には二度と戻れないんだ。

 なんだか悲しくなって、思わず目を閉じる。

 

『ありがとね』

 

 そんな俺の耳に入ってきたのは、聞いたことのない澄んだ少女の声だった。

 

 

――――――――――

 

 

『みんな、ありがと』

 

 何を、何が、ありがとうなの? 言いたくて口を開いても、音を紡げない。

 黄色の光が輝かしいほどの白い光へと変わる。

 ノヴァの額の部分にある水色の光は一段と輝いていて、泣きたくなった。

 揺れはいつの間にか引いていた。

 

「なんだ、これ……」

 

「シオ、なのか?」

 

「まさか……。ノヴァの特異点となっても、人の意識が残っているなんて……」

 

 サカキ博士の驚きの声が耳に入る。夏さんの声も入ってきたけど、どうやら状況を理解していないようだった。

 引いていた揺れが再び起こりだし、思わずまたカウントダウンが始まったのかと焦る。

 だけど、そうじゃなかった。ノヴァは、段々と上昇し始めていた。

 ……どうして?

 

「段々と、上昇しているわ……?」

 

「シオ、お前……」

 

『おそらの、むこう。あの、まあるいの』

 

 シオちゃんの言葉を聞いて僅かに見える隙間から空を見る。

 いつも見ている空に、嫌味なほどいつもと同じような綺麗な月が浮かんでいた。

 いつもと変わらない風景が私たちのことを嗤っているようで、唇を強く噛み締めた。

 

『へへ……、あっちのほうが、おもちみたいで、おいしそうだから』

 

 ……今、シオちゃんはなんて?

 シオちゃんは攫われる少し前のソーマさんの言葉のことを言っていたのだろうか。

 こんな星を食うやつの気が知れない、とか確かそんな感じだったはずだ。

 シオちゃんの声を聞いてコウタさんがサカキ博士に詰め寄るが、サカキ博士も予想だにしなかった出来事に混乱している。

 ノヴァを月に持っていくことで回避しようなんて、今まで誰も考えなかっただろう。

 涙が零れそうになって上を向いていると『わかるよ』とシオちゃんがゆっくりと言葉を口にした。

 

『いまなら、わかるよ』

 

 先程シオちゃんの身体から生えてきた黒い触手のようなものが更に殖え、地面にしっかりと根を張った。

 まるでその場から離れることを拒んでいるようだった。

 

『みんなにおしえてもらった、ほんとのにんげんのかたち』

 

「シオ……」

 

 誰がその名を呼んだのだろう。私だったかもしれないし、ソーマさんだったかもしれない。

 みんながみんなシオちゃんに注目していた。それこそ、夏さんやメリーさんも。

 

『たべることも』

 

 傍らに倒れている、私たちよりも遥かに大きいアラガミ。

 支部長を取り込んだアラガミは既に事切れているのか喋ることは無かった。

 支部長が夢見ていた世界はどんな世界だったのだろう。

 

『だれかのために、いきることも』

 

 コウタさんが呆然とした様子でシオちゃんを見つめている。

 先程は取り乱していたがそれも落ち着いていたようで、ただただ静かだった。

 

『だれかのために、しぬことも』

 

 サクヤさんが悲しそうに顔を歪めた。リンドウさんのことを思い出してしまったんだと思う。

 ……あの時の私は、無力過ぎた。みんなを守りたいのに、神機使いになって早々に尊敬していた人を失った。

 私はあの時よりも強くなれただろうか。

 

『だれかを、ゆるすことも』

 

 アリサさんが崩れるように座り込んでしまった。両手で隠すように顔を覆っている。

 肩が震え、嗚咽も漏れてきているところから泣いているのだろう。

 慰めてあげたいけれど、私にはどうすればいいのか分からない。

 

『それが、どんなかたちをしてても……』

 

 ソーマさんだけが、唯一シオちゃんから視線を逸らしていた。きっと辛いのだろう。

 いつものような口調で言っているのだから尚更かもしれない。

 シオちゃんが一番懐いていたのがソーマさんで、シオちゃんを一番可愛がっていたのはソーマさんだから。

 

『みんな、だれかとつながってる』

 

 私は泣いていた。さっきから、涙が止まってくれないのだ。

 グイグイと袖で力強く拭い取っても後から後からボロボロと零れてしまう。

 そんな私を見兼ねたのか、夏さんが白のハンカチをくれた。

 

「何言ってんだ……、戻って来いよ!」

 

 コウタさんがまた声を荒らげた。

 そろそろ見上げていると首が辛くなってくる高さまで上がってきた。

 焦っているのだと思う。でも、不思議と冷静に見守っている自分がいた。

 

『シオも、みんなといたいから。だから、きょうは、さよならするね』

 

 誰かが息を呑んだ。

 「さよなら」いつか来るかもしれないと心のどこかでは思っていた。その度に否定した。

 この毎日はずっと続くんだって。また明日、みんなで笑っているんだって。

 

『みんなのかたち、すきだから。……えらい?』

 

「全然っ、えらくなんか……ないわよ!!」

 

『へへへ、そっか。……ごめんなさい』

 

 アリサさんの絞り出した声に、シオちゃんが謝る。

 その声には感情が籠っていて最初に出会った時とは比べ物にならなかった。

 ちゃんと見守ってあげなきゃいけないのに、目を逸らしたい衝動に駆られる。

 

『もう……行かなきゃ』

 

 ノヴァの揺れが完全に停止した。

 シオちゃんの身体から黒い根がどんどん生えてきて地面にしがみつく。

 それが私には離れたくない、行かないでと訴えているように思えた。

 

『だから、おきにいりだったけど、そこの“おわかれしたがらない”、じぶんの“かたち”を、たべて』

 

「そんなこと……、できるわけないだろ……」

 

 誰しもが絶句した。反応することが出来たのはコウタさんだけだった。

 みんな、止めることはできないと分かっていた。分かっていても諦めきれない。これは、未練だろうか。

 

『ソーマ……。おいしくなかったら、ごめん』

 

「……一人で勝手に決めやがって」

 

『でも、おねがい。はなれてても、いっしょだから』

 

 もう泣くのは止めようと思って私は目元に強くハンカチを押さえつけた。

 ようやく涙が収まったことに少しだけ満足する。理性が涙をせき止めてくれたみたいだ。

 少しだけ鼻を啜ってからソーマさんに向きなおって、少しだけ頷く。

 言葉は使わない。使わないんじゃなくて、必要がないから。

 

 ソーマさんも私に頷きを返してから、シオちゃんの前まで歩いて行った。

 その後は何をしていたのかよく分からなかった。

 しばらくシオちゃんの前で立ち止まって、それから神機と捕喰形態へと移行させた。

 

 

 ――そのまま、ソーマさんはシオちゃんを、喰らった。

 

 

――――――――――

 

 

『みんな、ありがとう』

 

 シオちゃんの声が、エイジス島に響き渡った。

 黒かった触手は白い、しかし水色がかった色に変わった。

 周囲に蔓延っていた触手を強引に引き千切り、シオちゃんは空を飛んだ。

 大気圏を越え、宇宙に行ったノヴァはまるで花の様だった。

 白い花はその蕾を広げ、優しく月を包み込んだ。

 

 ふと、空から白い雪が降ってきたことに気付いた。

 そして、ソーマさんの神機の色が白に代わっていることにも気付いた。

 ……まるで、シオちゃんの色みたい。そう思った私は、自然に少し笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――その日から何らかの影響が受けて、月には地球と同じような緑が観えるようになったという。

 

 

 ――これもまた、彼女のおかげなのだろうか。

 

 

 ――既にその姿が見えなくなった空を、私たちはいつまでも見つめていた……。




次話からいよいよBURST編に突入です!
しかし、ゲームをプレイしたことがある人なら分かると思いますが、どう見たって介入できないことが最後にあります。
というわけで、BURST編はオリジナル展開を交えてやっていきたいと思います。
まあ前に番外編でやっていたのを引き延ばして強引にいれているだけです。なので見たことがある人は「ああ、これか」と生暖かい目で見ていてください。

次話からもよろしくお願いいたします。


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GOD EATER BUSRT~旧型神機使いの苦労~
44,5、裏たちの会談


アーク計画が終わってちょっと後の物語。
キャストは全部ゼルダさんです。


――あら、ゼルダ。おはよう――

 

――おはよう、ゼルダ!――

 

――おはようございます、メリーさん、夏さん――

 

 

 聞こえてくる会話、映像を羨ましいと思いながら見る。俺があの会話に加わることは生涯ない。あったとしても、俺はいつもの態度になってしまいあんな楽しい会話はできないのだろう。

 ふう、とため息をついた時、珍しく他から聞こえてくる声に気付いた。

 

 ……他、とは俺以外のゼルダの裏の人格たちのこと。

 もともと俺たちは個別の記憶・時間等は共有できない。それは表に対してもそうだし、裏に対してもそうだ。

 ただ、ただ時々ではあるが偶然の一致か何かで繋がる時がある。それは退屈なここでの暇つぶしになるし、話し相手になってくれる。

 そしてそれは同時に、

 

「やあ、№1。熱心に№0の今を見ているのか」

 

「よお、真面目スーツ野郎。俺はてめえが大嫌いだ」

 

「はあ。私も君じゃないか。だからこそ区別をつけるために番号があるのに」

 

「てめえを№2って言ったって分かりづれえだろうが。こっちがいいんだよ」

 

「相変わらず君はぶっきらぼうだ。本当に同じ派生人格なのか疑いたくなるよ」

 

 煩い奴らの登場のサインである。

 俺はネクタルスーツと呼ばれる服を身にまとったゼルダを睨み付けた。俺は真面目人間であるこいつが苦手である。表はまだいいのだ。しかし、限度と言う言葉がこの世には存在する。

 俺たちには個々に振られた番号がある。それは俺たちが“自我”を持った瞬間に勝手に割り当てられるもので、頭の中にふっと浮かんでくる。それは俺たちの名前の役割を果たしてくれる。

 ちなみに俺は№1。目の前にいる真面目スーツ野郎は№2だ。表に割り当てられた数字はないが、俺たちは敬意をもって数字の場合では№0と呼ぶことにしている。

 

「で、お前だけなのか?」

 

「そんなことはない。これから煩い奴らが来るぞ」

 

「……あぁ……。面倒くせえな」

 

 煩い奴らの事を考えると頭痛がするのか、№2は痛そうに片手で頭を押さえた。俺だって押さえたい。あいつらはどこか子供っぽい思考を持っている。それがやたらと面倒だ。

 俺は基本的に子供が嫌いである。あんなに我儘で煩いものはない。手がかかるやつなんざ、俺はごめんだ。もし表が子供を儲けたら俺は何が何でも奥に引っ込んでやる覚悟がある。

 

「やっほー! 元気?」

 

「お前のせいで元気ではねえな」

 

「私も№1に同感だ」

 

「え? 私はまだマシでしょ? ところでお菓子いるー?」

 

「うぜえ」

 

「ええ!?」

 

 三人目が現れた。№3、アンナミロワールを身にまとったゼルダである。つまりメイドのピンクバージョン。以前、料理の企画がどうとかで一度表と入れ替わった経験があるやつだ。その表に出たときの状況のせいかすっかりパティシエだ。

 今もどこから取り出したか分からないがクッキーを差し出してきた。俺は辛党だ。表に渡せ。

 まあ、まだこいつはマシなのである。こいつはこれでもまだマシなのである。……問題は、№4なのだ。

 

「じゃじゃーんっ! №4! 4ってちょっぴり不吉な予感! みんなのアイドルっ、ゼルダちゃんだよっ」

 

 キラッ、と語尾に星マークがつきそうな感じで登場した№4。なんだか墓穴を掘ってる気がしなくもない。

 俺が一番苦手な、というか嫌いな人格。№4、ヘブンリーゴシックを身にまとったゼルダ。何をどう間違えたのか「自分が一番可愛い!」と信じきっているアイドル(笑)である。

 しかしこうやって貶してはいけない。これはあくまでゼルダが捨てた可能性から生まれた一つの人格。つまり、表も一歩間違えばこうなる運命だったのかもしれないのだ。笑ってはいけない。そう、決してっ……ぷふ……。

 

「よお、№4。精神科の可能性の人格が早く生まれるといいな」

 

「ちょおっと、№1! それどういう意味よぅ」

 

「そのままの意味だ。……まさかお前、日本語も分からない程に……」

 

「何その哀れみの目。ゼルダちゃん怒っちゃうよ? ぷんぷん!」

 

「気持ちわりぃ」

 

「ふふん、世の男子諸君はアイドルであるゼルダちゃんに夢中なのだー!」

 

「何故だろう、殺意が湧いてきてしまうよ、№1……」

 

「№2ったら、照れ隠し可愛いぃ!」

 

「殺す」

 

 №2の目が殺る気に満ち溢れている。あいつは普段冷静であるが、一度キレると俺以上に手が付けられないという厄介な奴でもある。まあここにいるやつはみんな厄介であるのだが。そもそもここにいるやつは本体の№0が死なないと死ねないのだが。

 №2は意識から生み出した表が普段使っている神機を手に№4に襲いかかる。だがその掛け合いが何と滑稽なことか。「絶対殺す! №0に迷惑になるようなやつは存在してはいけない!」「ヤダ、自分で独占したいなんて考えちゃ駄目よ№2!」「ああもう死ね! さっさと成仏しろ!」「うふふ、捕まらないわよぅ」何がしたいんだ、こいつら。

 

「あ、あの、喧嘩、よくないです」

 

「ああん? てめえ誰だ?」

 

「ひぅ!? す、すみませんすみませんすみませんー!」

 

「え、ちょ、そこまで謝られると俺も困るんだが……」

 

「№1って低姿勢な子に対しては優しいよねー。はい、お菓子」

 

「№3は黙ってろ」

 

 俺は低姿勢な子に対して優しいんじゃない。ただ、ああいう子にはどう対応していいか分からないだけだ。何もしてないのにただ視線を向けただけでも怖がられたらさすがに俺だって困る。

 とりあえず、どう接したらいいんだろうか。どうにも居心地が悪くなり自分の髪をくしゃりと掻き乱した。今は俺に与えられた身体だし構わないだろう。表に出たときは迷惑がかかるからやらないが、実はこれは俺の癖だったりする。

 

「え、えと、僕、№5です」

 

「ほう? 番号が若い割に今まで見なかったな?」

 

「ぼ、僕が出ちゃったらシラケちゃうからいつも遠巻きで見てたんだ」

 

「つまり消極的なゼルダか。そんな心配いらねえよ」

 

「そうそう、ここの人たち優しいしねー。その中でも№1は特に」

 

「黙れよ、№3」

 

「痛い痛い。効果ないけど首絞められると普通に痛いんだよ?」

 

 かなり容赦なくギリギリと№3の首を絞め上げる。しかし№3は余裕らしくニッコリ笑顔で「ギブギブー」と言っている。ウザったい。ちくしょう、なんで死なないんだこいつ。

 しかしこのままでいても№5を怖がらせるだけかもしれないとふと気付き、仕方なく俺は№3を解放した。ちっ、№5のおかげで命拾いしたな。

 №5はオーシャンパーカーにコーラルスラックスを身にまとい、オーシャンパーカーと同じ色の少しブカブカの帽子を被っていた。服の組み合わせを変えている性格は珍しいが、表は服を大量に有している。それも可能なのだろう。

 

「とにかく、こういう機会は滅多にないからちゃんと他のと接しとけ」

 

「う、うん! ありがとう!」

 

「どーいたしまして」

 

「№1優しい子ー」

 

「てめえはマジで殺されてえのか?」

 

「私死なない子ー」

 

「ああ、うぜえ」

 

 №3に対して舌打ちをする。それを見てにこにこする№3。俺の苛立ちが増した。

 どうも№3は態と俺を怒らせているようにしか見えない。というか態とだ。

 この前訳を聞いた時に「№1はツンデレちゃんだから可愛いよね!」と言っていた。マジうぜえ。

 イライラしていると俺の背後に気配。即座に裏拳を放つ。俺の背後にいたのが運の尽きだ。

 

「おいおい、いきなり裏拳なんて物騒だねえ」

 

「……№6か。ちょうどいい、死ね」

 

「相変わらずの暴力精神だな。そこが大嫌いだよ」

 

「お褒めの言葉どうも!」

 

 目の前で怠そうにしている№6に問答無用で殴りかかりに行く。迷惑なんて知ったことか。

 №6は着物を着ているゼルダだ。きつそうな物を着ている割には素早い。うぜえ。

 俺がいるために生まれることは滅多にないはずの暴力的思考を持つ人格である。

 口調も多少俺と似ているために尚更腹が立つ。

 

「くっそ、吸収してやる。お前は生まれちゃならねえ人格だ」

 

「いきなり存在否定かい? あたしは生き抜いてやるよ」

 

 俺は他の人格と違って、特別な存在意義があった。

 それは暴力的思考や犯罪者になりかねない危険な思考を吸収すること。この役目は俺がゼルダの中に存在するだけで自然に実行される。まあ要するにいるだけでいいのだ。

 俺がいることによって普通そういう思考を持った人格は生まれることがないはずなのだ。

 だがどうしたことか、目の前に俺以外の暴力思考を持った奴が存在している。

 もし俺の能力を掻い潜る方法があるとしたら後々それは危険である。

 

「あんたの能力なんざ、あたしには効かねえよ」

 

「ああ、うぜえ。なんでこういう時に限って……」

 

 しかし一度人格として存在してしまった以上、本体が死なない限り人格が死ぬことは無いのだ。まあ何かしらの方法でその人格そのものを壊すことも可能なのだが、それは本体も傷つくだろう。

 要するに、こいつを滅することは不可能に近いのだ。それがまた癪に障る。

 

「落ち着け、№1。こいつも存在するからには意味がある」

 

「№2。お前、№4はどうした?」

 

「ああ、死なない程度に殴って来たよ」

 

「……お前も案外暴力的思考を持ってるよな」

 

「最高の貶し言葉をどうも」

 

 №2も俺の能力を掻い潜って存在したような気もしなくないが。

 多少なら問題ないのだろうか。本体に影響がなければ、俺としては問題ないのだが……。

 

「そういえば、№1。お前、また勝手に表に出たみたいだな」

 

「何度言ったら分かんだよ。あれは強制であって俺の意思じゃねえ」

 

「ずりぃなー。お前は別の登場手段があるなんてさー」

 

「あれは喜ぶようなことじゃねえ。表に負担が掛かんだよ」

 

 俺は先にも言った通り、暴力的思考等を吸収する能力がある。それは表も例外ではない。その能力通りに俺は表の感情すらも吸収することがあるのだ。

 例えば、殺意や爆発しそうなくらい大きな怒りなど。そういったものが対象に当たる。

 しかし、俺にも容量と言うものがあり、一度に吸収できる大きさは限られている。だがそう言った場合でも吸収はしなければならない。それが俺の役目だから。

 だから俺が表に出てしまうのだ。その際の暴力的思考をいっぺんに引き継ぎ、入れ替わる。

 表がそのままだった場合、恐らくその感情が重すぎて潰れてしまう。だから俺が吸収する必要があるのだ。

 

「というかさあ、何カリカリしてんのさ、№1?」

 

「……なんのことだ?」

 

「とぼけんなや。事件とやらも終わったんだろ?」

 

「ああ、終わったな」

 

「なのにあんたは浮かない顔つきだ。どうした、らしくねえぞ」

 

「……別に」

 

 こいつは、本当に嫌いだ。的確に人の弱みを突いてきやがった。

 俺は、表がどれだけシオのことを可愛がっていたか知っている。事件が終わった今、ゼルダの心には悲しみが溢れている。

 しかし悲しんでいるのはゼルダだけではないということもまた事実である。

 不用意な言葉は逆に傷つけることになりかねない。俺は何も行動できずにいた。

 

「あんたも優しい奴なんだなぁ?」

 

「うっさい、殺すぞ」

 

「へいへい。ま、無理すんなよ」

 

 着物ゼルダはビシッと片手を上げると暗かった背景に溶け込むように消えた。

 言うだけ言って帰りやがったぞ、あの野郎め……。

 なんだか今日は落ち着かない日である。事件も終わって万々歳なのに。

 きっと、そのはずなのに。

 

「あ、あの……」

 

「ん? おう、どうした、№5」

 

「な、なんだかよくない予感がするんだ……」

 

「……そりゃ、どういう意味だ?」

 

「僕、消極的でしょ? ある意味、負の感情だよね」

 

「そうだな」

 

 言われてみればそうである。消極的なやつは自ら負の感情を生成する。

 そんな奴も、本来なら生まれることがないはずなんだが……。

 最近は妙にイレギュラーが多い気がする。

 

「で、つまり何て言いたいんだ?」

 

「そのせいか、負の感情には敏感みたいで……」

 

「ほう?」

 

「最近、表も沈んだ雰囲気だから、更に鋭敏でね」

 

 そう言って苦笑する№5。

 さっきまでびくびくしていた割には、それほどとっつきにくい性格ではなさそうだ。

 曇った表情になった№5はスッと目を閉じて精神を集中しているようにも見える。

 それにしても鋭敏、と言ったか。それはつまりこいつも負の感情が取り込めるのだろうか。

 

「さっきから心臓が煩いんだ……、きっと良くないことが起こる」

 

「良くないこと……」

 

「良いこともあるかもしれない。でも、危険が多い」

 

「おい、そりゃどういうことだ?」

 

「一番危ないのは、あの人。そう、あの人の名前は……」

 

「おい、おいっ!」

 

 №5の姿が急にぼやけて、消えて行った。なんてこった。

 辺りを見回してみると他の人格も徐々にいなくなり始めている。

 まあもとから大して多いわけではないのだが……。

 最後に№2がこちらに手を振っていたが唾を吐いて返した。

 

 ……しかし、№5のやつ。とんでもないこと予言していきやがった。

 “あの人”と言ったからには、それは表ではないのだろう。さっき№5は「表」と言っていたから。

 だとすれば誰が狙われるのだろうか。皆目見当がつかない。

 

「ちくしょうめ……」

 

 これからのことを思うと、少し頭痛がしてきた。



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45、始まる日々

今回の話からBURST編スタートです。
章を変えるにあたって数字をリセットしようか悩みましたが、やめました。
多分BURST編はEATER編の半分くらいになりそうですからね。あ、理由になってない。

話の後半で残酷な描写が入ります。
苦手な方はご注意ください。

では、スタートです。


「あら、ゼルダ。おはよう」

 

「おはよう、ゼルダ!」

 

「おはようございます、夏さん、メリーさん」

 

 あの、『エイジス計画』もとい『アーク計画』が終わってから、早数日が経ちました。

 今日も元気に仲間に挨拶。というわけでこんにちは、日出(ひので) (なつ)です。

 前にも言ったと思うけど、大事なことだからもう一度言っとくぞ。俺の名前は「ひで」じゃなくて「ひので」だからな! 読み間違えるんじゃないぞ。

 

「今日は何の依頼におでかけだ? ゼルダ第一部隊隊長殿」

 

「そうですね、コンゴウ堕天でしょうか」

 

 今日も丁寧な口調で応じるクラウドブルゾンを身に着けた白銀の髪の少女。

 彼女の名前は白神(しらかみ) ゼルダ。まだ新型神機使いになってから日は浅いものの、功績は大きい。

 その功績を認められ、今では第一部隊隊長という位に就いている。

 ちなみに俺と同年齢の十八歳である。何この差。

 

「いいなー、あたしも連れてってよ」

 

「お前はこれからツバキさんのとこに行くんだから駄目だろ」

 

 若干グダりながら自分の意見を押し付けるスイーパーノワールを身に着けた黒髪の少女。

 彼女の名前はメリー・バーテン。新型神機使いであるが、それを抜きにしても異常な力を持ったやつだ。俺の後輩であるはずなのに、俺の先輩に見えてきてしまう。というかそれっぽい扱いを受けている。

 こいつも俺と同じ十八歳である。

 ……はあ、なんで俺だけ旧型なんだろうな。すごく悲しくなってくる。

 

「え? ツバキさんに……ですか」

 

「そうなの。ついでに夏も連れて行くけど」

 

「ふーん。って、え!? なんで!?」

 

「さあ? あたしは言われただけだし?」

 

 突然出現した新種のアラガミ、アルダノーヴァによってエイジス島は半壊。エイジス計画を強く推進していた極東支部支部長ヨハネス・フォン・シックザールがエイジス崩落事故で死亡。これがフェンリル本部が発表した“公式見解”だった。

 やっぱり一支部長があんなことをしたというのは体面的にマズイのだろう。まあ、人類を守るフェンリルの職員の一人が地球を滅ぼそうとしてました、なんて言えないよな。しかもアラガミを作りました、なんて事実も、マズイよなあ……。

 

 あ、そうそう。箱舟のことだが、飛ばなかったらしい。

 どこかの回路が切れてたり、燃料がなかったり、一部破損していたり……。とにかくさまざまな理由があって、船が地球から離れなかったそうだ。

 アーク計画に同意していた神機使いやフェンリル職員もすぐに復職できたってわけだ。とにかく人が足りないこのご時世、ありがたい話だよ。

 

「では、行ってまいりますね」

 

「気を付けてなー」

 

 ゼルダを見送ってから俺とメリーもエントランスから移動する。目指すは支部長室だ。

 シックザール支部長亡き今は代理としてツバキさんが支部長をやっている。前の支部長も威圧感半端なかったけど、ツバキさんはさらに半端ないよ……。なんといっても鬼教官だからな、おお怖っ。

 

「失礼します」

 

「よく来たな」

 

「いやあ、二人とも悪いねえ」

 

 支部長室に入ると、ツバキさんと一緒に何故かサカキ博士までいた。なんでいるんだろう。

 いつもは研究室からほとんど出ない引き籠り……ゲフンゲフン、研究者なのに。あ、でもよくよく考えたらアーク計画阻止の時に研究室から出てたっけ。

 その時に俺、荷物担ぎされてたっけ……。

 

「――つ。おい、夏。聞いているのか?」

 

「……はっ、聞いてませんでした!!」

 

「素直すぎるでしょ、あんた」

 

 やっべえ、ツバキさんの話を無視してた。

 あの荷物担ぎの件を思い出すとついつい遠目になっちゃうんだよな。

 

「ええと、何の話でしたっけ?」

 

「……もういい、結末だけ話すぞ」

 

「はい」

 

「本日をもってメリー・バーテンを第四部隊隊長、日出 夏を第四部隊副隊長に任命する」

 

「はい?」

 

「あ、辞退は不可能だと思っておいたほうがいいよ」

 

 んー? なんだかいきなり話が飛びすぎてわからなかったよー? まあ説明を聞いていなかったのは俺ですがね!

 というか、なんで俺が副隊長……? 俺ってなんかすごいことしたっけ。ゼルダはすごいたくさん功績あるし、メリーはそれ相応の実力がある。でも、俺ってなんかしたっけか。……なんかへこんできた。

 

「じゃあ、ツバキくん。私の話をしてもいいかな?」

 

「ええ、こちらの用事は済みましたので」

 

 なんかどんどん話が進行していってる!?

 うわああああ、こんなことならちゃんと話を聞いておけばよかったああああ。今更ながら馬鹿な自分を殴りたい。試しに殴ってみた。普通に痛かった。

 ……俺、なにやってんだろ。

 

「君たちに正式な任務として頼みたいことがあるんだよ。あ、長期のね」

 

「また、長期なの?」

 

「うん? そういえばメリーくんはヨハンの特異点探しをしていたんだったね」

 

「俺も巻き込まれるような形で参加しましたけどね」

 

「まあそれはさておき」

 

 さておいちゃうのか。おいちゃうのか。今の会話なんだったんだ。

 サカキ博士の話題展開に苦笑するが、そんなことをしてもサカキ博士が話すを止めることは無い。なんだかんだ俺って周りに振り回されやすいような気がする。

 

「最近、おかしなことが多いのは知ってるかい?」

 

「おかしなこと? ……月の緑化現象とか?」

 

「あとは、討伐アラガミが死んでたりとか、かしら?」

 

「うん、そうだね」

 

 俺とメリーの答えにサカキ博士は満足そうに頷いた。

 今上がった二点は最近騒がれている話題である。まあメリーのほうのはアナグラ内のみでだが。

 

 一点目、月の緑化現象。

 アーク計画を阻止したあの日以来、月に地球と似たような緑が観測されるようになった。原因は一切不明であり、今でも議論が繰り広げられているよく分からん現象だ。

 だがあの日あの場所に居た俺たちはあのシオという子が関係していると考えている。勿論それを口外するつもりはない。色々と面倒そうなことになるし、俺に難しいことは分からない。

 

 二点目、討伐アラガミの死亡。

 これはアーク計画が終わってしばらくしてから起こっている謎の事件だ。討伐任務を受注しても討伐すべきアラガミが既に殺されている……。そんな不思議な事件だ。

 当たり前であるがその任務の前に神機使いが行ったという形跡はない。その前の任務でもついでに討伐した等の報告はないそうだ。

 

 以上が最近のおかしなことだ。

 大雑把に説明したけど大体分かってくれただろうか。

 分かんなかったらググってくれ。結構有名だからすぐ出ると思う。

 ……え、出なかったら? なんとか頑張ってくれ。

 

「もう一つあるんだけど……、分かるかな?」

 

「もう一つ?」

 

「そんなの知ったこっちゃないわよ」

 

 早くもメリーは諦めたようだ。というか面倒なんだと思う。たまには頭を使ったほうが良いと思う。いや、人のこと言えないけど。

 でももう一つあるなんて聞いたことがないなあ。それに、俺よりもメリーの方がそういう話は耳に入ってきやすいし。メリーが知らないなら俺が知っているわけが無い。

 

「旧市街地で行方不明者が増えているそうだ」

 

「は? 行方不明者が増えてるからなんなのよ」

 

「実は、見つかってるんだよね。行方不明者らしき人」

 

「……あの、サカキ博士。らしき、ってどういう……」

 

「それはこの資料を見れば分かってくれると思うよ」

 

 半ば押し付けられるような形で二人分の資料を渡された。なかなかに分厚い。

 メリーにも一つ渡してから、早速中身を確認してみる。

 

「――っ!?」

 

 一枚捲って、一気に不快感が襲いかかる。朝食べたものが逆流しそうになり、慌てて口元を手で押さえて鎮めた。

 ちらりとメリーを見てみると珍しく険しい表情で資料を見ていた。さすがのメリーでもこの資料は思うところがあったのだろう。

 

「……見つかったって、そういう意味なの?」

 

「うん、そういう意味なんだよ」

 

 資料には、写真が載っていた。ただし、死体。

 血は地面にべっとりとこびり付き、しかしあるべきはずの身体は映っていない。そこにあるのはただ人間の“頭”と“内臓”だけだ。それ以外身体の一部はない。どの写真も同じものしか映っておらず、俺は見るのを止めた。破り捨てたい。

 

「……アラガミ、かしら。でもそれならこの残し方は妙ね」

 

「でも人間という線も薄いんだよ。喰らった跡があるからね」

 

「喰らって快感を得る人間? いえ、さすがに骨までは喰らわないわね」

 

「とにかく疑問が多すぎるんだよ」

 

「……あれっ? これって神機使い、ですか?」

 

 なんだか俺だけが蚊帳の外になっている気がして居た堪れなくなった。

 同じ資料ではあるがメリーの資料を覗き込むと、写真の一つに腕輪と神機が映っていたのが見えた。腕輪がついているべき部位である腕は写真に目を凝らしても見当たらない。

 やっぱり喰われてんのかな……。

 

「ああ、この件を数人の神機使いに調査させてみたんだけどね」

 

「まさか、帰投していない……?」

 

「そのまさかだよ。帰投者はゼロだ」

 

 何ですかそれすごく怖いんですけど。

 神機使いも喰われたってことは、相手は相当強いよなあ。というか、なんか話の流れ読めてきた。どうしよう、猛ダッシュで逃げたい。

 冷や汗が止まらないんだけどどうすれば止まると思う?

 

「……あの、依頼って」

 

「二人にこの事件の調査を頼みたい」

 

 ですよねー。そんな事だろうと思いましたー。

 って、はああああ!? なんですか死んで来いって言ってるんですかパワハラですか。副隊長になった瞬間死んで来いとか俺嫌われすぎでしょ。……あ、でもメリーもなのか。

 

「あたしは辞退したいわ」

 

「それは駄目だよ。神機使いも死亡してるんだから実力ある人物に任せないと」

 

「あれ、俺たち消耗品みたいな感じですか」

 

「いやいや、そんなことはないさ。ただ、第一部隊は忙しいからね」

 

 つまり厄介払いですね分かります。なんでいつも面倒なことばっかりが俺のとこにくるんだ……! 考えてみればメリーも面倒なことの一部みたいなもんだしさあ。

 俺って神様に嫌われてんのかな。あ、神様なんてそもそもいないか。

 

「辞退、したいんだけど」

 

「珍しく弱気だね? どうしたんだい、メリーくん」

 

「ちょっと気が乗らないのよ」

 

 ぼそりと呟くように言ったメリーはまた写真に目を戻した。写真を見ているメリーは真剣に見えるが不安そうにも見える。そんなメリーは見たことがなくて見ているこっちが不安になってくる。

 そう思ってしまうのは俺がいつも先陣を切って立つ彼女を見ていたからだろうか。

 

「……まあ、調査くらいならいいかもね」

 

「他の任務の間でもいいから、ぜひ頼むよ」

 

「分かりました」

 

 了承したはずのメリーはどこか浮かない。

 メリーを見て、俺はどこか引っ掛かりを覚えた。

 

 

――――――――――

 

 

「死にたくねえ! 俺ぁまだ死にたくねえよおおおお!!」

 ――旧市街地。

 辺りはすっかり暗くなり、月の光も雲によって遮られている場所で、男は叫んでいた。顔は涙やら鼻水やらでなんとも悲惨なことになっており、とてもじゃないが近寄ろうとは思えない。

 普通の人間なら、自身の顔がこんなにも汚いなら真っ先に拭い取ろうとするだろう。しかし、男はそれができなかった。何故なら、男にはそれを行うための腕がなかったからだ。いや、腕だけではなく脚もない。男は手足を斬り飛ばされていた。傷口からはとめどなく血が溢れ続けている。あと数分も放っておけば間違いなく男は血液の不足によりこの世に別れを告げることになるだろう。

 そんな男の前に人が一人。しかし、辺りが暗いためにその人物が男なのか女なのか特定することができない。

 その人物は黒い衣服でも纏っているのか、姿も曖昧に見えた。ただ一つ、はっきりと視認できるのは獰猛な獣に似た“紅”の瞳だった。

「来るなああああ、来ないでくれええええ!」

 目の前にちょうど人がいるのだから助けを求めれば良いのに、男は情けない声を上げて拒絶した。

 理由は至極簡単。その人物こそ、男を首と胴だけにした張本人であるからだ。

「……ごはん」

 その人物は嗤った。声を聞いて、ようやくその人物が女と分かる。

 男は身をよじって抵抗するが、手足がない状態でその行動はまったくの無意味であった。

「っああああああ!!!」

 激痛が男を襲い、口から絶叫が溢れる。激痛の原因は、腹にあった。

 信じがたいことに女は男の腹に自らの両手を“突き刺して”、両手はナイフであると主張するかのように腹を縦に“裂いた”のだ。女は男の苦悶の声を聞いてケタケタと壊れたように嗤う。

 男の声をBGMにし、女は尚も作業の手を止めない。腹から臓器を一つ一つ引きずりだし、勿体なさそうに付着した血を舐め取ってから投げ捨てる。淡々とそれを繰り返し、ついに男の臓器は肺と心臓だけになった。

「ひゅー……、ひゅー……」

 男は既に虫の息だった。白目を向き、しかし意識だけは飛ばすことができない最悪な状態。痛覚を「痛い」と感じず、だが身体だけは激痛に素直に反応して跳ねる。生き地獄もいいところだ。

 男が血を吐き、口元に伝う。唐突に男の全身から力が抜け、男はついに反応しなくなった。どうやら、解放されたようである。

「……ち」

 女は男が死んでも何とも思わず、男の口から伝った血に目を向けた。

 そして、まったく躊躇わずに、キスをした。

 いや、正しくはキスではない。男の口内に残る血を、文字通り貪った。しばらくして十分に堪能したのか、女は男の口から離れ、口元を拭った。

 ここでようやく女は男が旅立ったことに気付き、つまらなさそうに口を尖らせた。女は足元に落ちていた、斬り飛ばした男の右腕を拾い上げる。

「……」

 また、当たり前のように、それがさも当然のことであるように、女はそれに噛み付いた。

 噛み千切り、咀嚼し、飲み込む。それを機械的に繰り返す女は獣同然だった。右腕を残すことなく――無論、骨も――喰らった女は左腕を拾い上げ平らげた。

 そうやって喰らっていき……、残ったのは男がいた辺りに広がる血と頭(目玉と耳と舌はない)と、先程投げ捨てた臓器と残っていた肺と心臓だった。

 ぺろりと口の周りについた血を舐めとり、女はさっさとその場を後にしようとして、

「順風、成長、大成功。素晴らしいよ、君は」

 一つの人影によって行く手を妨げられた。

「はかせ」

 女はその人物を捕喰対象と見ていないようで、寧ろ親しげに「博士」と呼ばれた人物に抱き着いた。博士は穏やかな様子で女の頭を撫でる。女は目を細めて嬉しそうだ。

「はかせ、はらへった」

 

「おや、俺にはたった今、君は食事していたように見えたけど」

 

「たりない、はらへった」

 

「んんー、じゃあ俺の腕でも食べる?」

 

「いらない。はかせ、たべもの、ちがう」

 

「それは嬉しいなあ」

 微笑んだ博士を見て女も笑う。これだけ見たらただの親子にしか見えない。

 しかし女はその話し方の割に身長は高く、歳は確実に十五を越しているだろうと思われた。異常なその場所に、血の臭いが充満していた。

 博士はふと、血溜まりへと視線を向け顔をしかめた。

「また頭と内蔵だけ残して……。好き嫌いは良くないよ」

 

「まずい、くいたくない」

 

「そう言われてもねえ」

 困ったように呟く博士は、きっと本当に困っているのだろう。

 しかし、それは女が食べたものが人間であるというのは無視して、喰い残された内蔵の処理に困っているのだ。「煮込んだら食べるようになるかな」博士と呼ばれたこの男も、十分常識から逸脱していた。

「ああ、また神機を使ってないの?」

 博士は女が背負っているものを指差した。博士の言う通り、女は黒い神機を背負っている。しかし背負っているだけであまり傷などは見当たらず、使っているのかは疑問である。

 女は博士の指差した先を見て理解し、少し嫌そうに口を尖らせた。

「これ、しょくじ、つかわない。て、いい。にく、かんじ、わかる」

 

「例えば?」

 

「めりめり、ぶしゃあ、ぐちゅぐちゅ。あと、あと……」

 

「もういいよ」

 博士は嬉々として続きを言おうとした女の言葉を止めて、額に手を当てた。

 こうなるように育てたとはいえ、少し気分が悪くなった。

 まだ自分も少しは人の域にいるということかと博士は苦笑した。

「……そうだ、今日はお別れを言いに来たんだ」

 

「おわかれ……?」

 

「そう。しばらく、君に会えそうにないんだ」

 

「っやだ! いっしょ、いる!」

 

「仕方ないんだ。本業が忙しくてね……」

 いやだいやだと駄々をこねる女は今にも泣きそうである。

 男は悩むように顔を伏せ……懐から取り出した一本のナイフで、何を思ったか自らの左耳を切り落とした。突然の出来事に、彼を慕っていた女も呆然とする。左耳から流れる血をびくびくと見つめている。

「は、はかせ。みみ、みみ……」

 

「大丈夫。取っても聞こえない訳じゃないし、痛くないし、ここなら無くても髪が長いからバレない」

 

「でも、でも」

 

「食べなさい。これは、また会う約束みたいなものだよ」

 半ば強引に、博士は切り取ったばかりの左耳を女の手に握らせた。

 女は迷うように視線を博士と耳にさ迷わせていたが、やがて決心したように口の中へゆっくりと入れた。何度も何度も咀嚼し、三十回は過ぎたところでごくり。飲み込んだ。

 博士は満足そうに頷く。

「また会えるよ」

 

「……は、はかせ」

 

「ん、どうしたの?」

 

「そ、その……ち、もったいない……。もらって、いい?」

 

「……美味しかったの?」

 尋ねた博士にこくこくと首を縦に振る女。

 申し訳なさそうな顔をしながらも、喰欲故か口元に涎が見えている。そんな女にくすくすと笑いを返しながらも「構わないよ」と博士は了承の言葉を言った。

 顔を輝かせた女は博士に飛びつき、固まりかけてきた血をぺろぺろと舐めとりはじめた。博士は女の行動を気にすることなく、静かに頭を撫でた。

「しばらく会えないから、先に言っておくよ」

 

「なに?」

 

「君が“ホンモノ”になるために、喰べなくちゃいけない人間がいる」

 

「そうなの?」

 

「そう。……これがその人間の写真」

 博士は写真を取り出し、あくまでも舐める作業を中断する気はない様子の女にも見えるような位置に差し出した。

 女は写真を見て目を丸くし、食い入るように見つめる。博士は女の反応を見て僅かに口角を吊り上げた。



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46、不調

「ゼルダー。……おーい、ゼルダー!」

 

 エントランスでゼルダを見かけ、思わず呼んでしまった。

 しかしゼルダは止まらずに歩いていく。なにこれ、シカト?

 二回も呼んでいるのに止まってくれないなんて……。

 こうなったら三回目を呼ぶしかないかと思った時、

 

「はい、なんでしょうか?」

 

 ようやくゼルダが振り返ってくれた。

 良かった。メリーみたいに無視しているのかと思った。

 

「ゼルダの神機、不調って聞いたんだけど大丈夫か?」

 

 そう、俺がゼルダを引き留めた理由は正しくこれだった。

 昨日リッカさんが「最近ゼルダさんの神機、特に盾のジョイント部分がおかしいんだよね」とこぼしていたのを聞いたのだ。

 どうやら最近忙しさを理由にメンテナンスをろくにしていなかったらしいのだ。まああんな事件もあった後だしね、忙しいって言うのも分かるけど。

 

「リッカさんに注意されましたが、特に昨日の任務でも問題はありませんでしたよ?」

 

「本当か? 無理するなよ?」

 

「私は無理なんて、」

 

「してるよ。そうやって抱え込むのはゼルダの悪い癖だ」

 

 言って、軽くペシッと額を叩いてやる。

 ゼルダは周りに相談せずに危険に突っ込む癖があるからなあ……。いつのまにか重たいものを抱え込んでいた、なんて冗談じゃない。

 周りにはたくさん仲間ってものがあるんだから、相談してくれたっていいのにそれをしようとしない。相談したら迷惑になる、とでも思っているんだろうか。

 

「本当に大丈夫ですって」

 

「……本当か?」

 

「なんで今日はそんなにしつこいんですか?」

 

「俺はゼルダのためを思ってだな……」

 

「おはよう、夏。朝からストーカー?」

 

 そんな俺の言葉を遮る輩が一人。そこで遮るかよ。というか誰がストーカーだ、誰が。遮った人物は勿論、メリー。タイミングが悪い奴め。

 

「誰がストーカーだよ」

 

「夏」

 

「違うからねっ!?」

 

「え、夏さんストーカーなんですか? それが本当なら寄らないでください……」

 

「ゼルダ。メリーの言葉が嘘って分かってやってるでしょ」

 

「はい。それが何か?」

 

「お願いだからそういうの本当に止めて!」

 

 最近ゼルダがメリーの悪乗りに影響され始めたのが酷く悲しいです。

 俺の敵が段々と増えていくとか……。精神崩壊しそうだよ、したくないけど。

 結局俺に味方なんていなかったんだ……、と凹んでいると「そういえば、」とゼルダが話題を切り出す。

 あれ、俺は放置な感じですか。

 

「近々、新人さんが来るらしいですよ」

 

「へえ、新人、ねえ?」

 

「人手が増えるのはありがたいことじゃないか」

 

 メリーが面倒そうに呟いていたが、この際無視。

 メリーって自分以外は全部面倒くさいって思ってるんじゃないかな。

 ……本当にそう思ってそう。考えるのを止める。

 

「とりあえず、ゼルダ。今受けてる依頼は俺たちが消化しとくから休みなよ」

 

「えぇっ!? 駄目ですよ、そんな迷惑かけられませんし……」

 

「ゼルダの為ならあたしも賛成ね。サカキ博士の任務は面倒だし」

 

「一応長期だからそっちは大丈夫だろ」

 

 まあ内容を見る限り早期解決が好ましいけど、な。

 最近は出没率が減ったとかでしばらくは出てこないかもと言うのがサカキ博士の見解らしい。今行くとしたら痕跡を間近で見に行くくらいだろうな。

 一方のゼルダは視線をキョロキョロと泳がせていた。たまには頼ってくれてもいいのにな。

 

「あ、ゼルダさん。すみませんがこちらの任務をお願いできますか?」

 

 そんな時、ゼルダにヒバリちゃんの声がかかった。追加の依頼か?

 

「あ、はーい! ……すみません、お願いしますね」

 

 ゼルダは申し訳なさそうにそう言ってから依頼を受けるためにヒバリちゃんの元へ走って行った。……あれ、これって意味がないような。

 

 

――――――――――

 

 

「……ということがあったんだ」

 

「知ってるわよ、あたしだって隣で見てたんだから」

 

 煉獄の地下街にて。しばらく聞いていなかった、カンカンという虚しい音が広いそこに響き渡る。ああ、ちゃんと依頼の内容見ておけばよかったな、とは思うけどゼルダの力になりたかったし。

 音を聞けば何のアラガミと戦っているか分かると思うけど、シユウ種だ。セクメト、というアラガミらしい。

 

 このセクメトの攻撃がいちいち厭らしいんだよね。ちょっとでも攻撃を食らえばスタンになって追撃を食らうし、威力が大きいし。

 それに何よりシユウ種だからさ。俺の攻撃、全く通らないんだよね!今はヴェノム状態にするために攻撃をするしか俺に貢献できることは無いのですよ。

 

 あ、そういえば新しく剣パーツを作りました!

 トラヴィアータって言って、これまたサリエル系統のやつなんだけどね。スキルとしてヴェノム大がついてくるんだからとってもお得だと思うんだよ。

 

「もうちょっと内容は見なさいよね……」

 

「役に立ちたかったんだよ。最近のゼルダ、無理してるみたいだから」

 

「否定はしないし、その意見には賛成よ。でもでしゃばりすぎるとあんたが死ぬわよ」

 

「うん、この依頼もメリーがいなかったら死んでたと思う」

 

 シユウ種の依頼の時にメリーがいてくれると本当に助かる。

 現にセクメトに与えられたダメージの九割はメリーによる攻撃のものだ。……俺もなんか神機を作ったほうがいいかなあ。いつまでも迷惑かけてられないし。

 

「ま、あたしもこいつ相手は少し辛いかもね」

 

「ん? どうしてだ?」

 

「スキルのせいよ。“剣の達人”っていうね」

 

 剣の達人。確か、剣攻撃が通りやすい部位では威力を上げ、通りにくい部位では威力を下げるスキルか。持ち主の立ち回りが相当上手くないと使いこなせそうにないスキルだな。俺には無理だ。

 俺の神機で今役に立ってくれそうなスキルは“ヴェノム大”と“状態異常攻撃↑”くらいか。ヴェノム大のおかげでヴェノムになるのが早くなるのはありがたいな。

 

「ちっ、もう面倒くさい。一気に決めるわ!」

 

 メリーは吐き捨てるようにそう言うと、強引にセクメトを捕喰した。最近、副作用のこととか気にしなくなってきているような気がするな……。

 あれ、そう言えば副作用の効果を最近見ていないな。

 

「死になさいっ!」

 

「わあ、強引」

 

 かなり強引な方法だった。メリーがセクメトを真っ二つにしたのだ。ロングブレードなのに、よくもまあそんなことをしようと思うね……。どんだけ早く終わらせたかったんだよ、と心の中だけでツッコんでおく。

 神機で倒れたセクメトのコアを回収する。良かった、コアにダメージはないな。

 

「お疲れ、上出来じゃない?」

 

「あー、今日はなんか働いてない感じがする」

 

「相性が最悪だからでしょ。夏も役に立つときあるから大丈夫よ」

 

「メリーがフォローしてくれた……!?」

 

「何よ。だって最初に会った時と比べたら大分成長したじゃない?」

 

 メリーが俺を評価してくれた……!? 今日は地震でも起こるんだろうか。と思っていたら頭を叩かれた。なんで考えてること分かるんだよ。

 それにしても、俺って成長してるんだろうか? 自分のことって分からないな。メリーの攻撃を避けるために回避に関しては向上したかもしれないけど。

 メリーの攻撃にもアラガミの攻撃にも当たりにくくなってきた気がするしね。

 

「今まで言われたことなかったから素直に嬉しいな」

 

「その調子で一人でウロヴォロス倒せるようにして頂戴」

 

「は!? 無理無理! 無理に決まってんだろ!?」

 

「大丈夫、あんたなら軽くいけるわよ」

 

「“逝ける”の間違いじゃないのか!?」

 

「そうかもね」

 

「コラァ!」

 

 結局酷い所は変わらなかった。なんだ、いつも通りじゃないですか。驚き損だ。

 しばらく談笑してから俺たちはアナグラに帰還した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 と、それだけで終わりではなかった。

 

「はあ!? ゼルダの意識がない!?」

 

「どういうことよ、それ!」

 

「うぐ……。メ……さん、いぎ……でぎな……」

 

「あ、ああ。悪いわね」

 

 コウタの言葉を受けてメリーがコウタの首から手を放した。お前、いつの間に……。

 咳き込んでしまって喋れないコウタの代わりにアリサが口を開いた。

 

「一応、先程目は覚ましました」

 

「よ、よかった……」

 

「ったく、何したらそんなことが起こるのよ」

 

「「……」」

 

「なんで二人揃って黙るんだ?」

 

 特に気まずそうにコウタは俺たちから視線を逸らしていた。

 そのことにメリーは気付くと、コウタの胸ぐらをつかんでグイッと持ち上げた。どこにそんな力が。「タンマタンマ!」とコウタはストップをかけると素直に依頼でのことを話し始めた。

 

 どうやら第一部隊は新種のアラガミ、ハンニバルの討伐に赴いていたらしい。しかし討伐してコアを抜いたにも拘らずハンニバルは再び動き出したのだとか。それなんてバケモノ?

 今までそんな前例はなかったし誰も動くとは思っていなかったため、コウタもすっかり油断していたようだ。不意を突かれてハンニバルに攻撃されそうになったコウタをゼルダが盾を展開して庇った、ところまでは良かった。

 朝、リッカさんに聞いた通り、ゼルダの神機はメンテナンスをしていなかったために不調だった。しかもおかしいと言っていたのは“盾のジョイント部分”。そう、盾、なのだ。ハンニバルの攻撃に盾が耐え切れずゼルダは弾き飛ばされ、神機も故障。その際に意識を失ったとか。

 ……不運が重なったって事か。

 

「神機の修理もありますから、どちらにせよ安静らしいです」

 

「休む時間が出来たとは言えこんな形だとなあ……」

 

「仕方ないわね。第一部隊のリーダーがいない分、あたしたちが頑張らないと」

 

 ちなみに面会のことだが、俺とメリーは拒絶されました。まあ妥当な判断だと思うよ。

 今行ったらメリーのお説教だろうし、俺が行ったらメリーはついてくるだろうし。

 どうせ明日になったらメリーは強行突破するだろうがね! こいつは強引なやつですから。

 

「後でたっぷり説教しなきゃね……!」

 

「ほどほどにな」

 

 怒り状態のメリーを横目に、俺はゼルダに合掌した。



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47、ゼルダの暴挙

「ゼルダ、あんた自分のことをちゃんと考えてるの!?」

 

「もっ、勿論です」

 

「……嘘はつかない方が身のためよ……?」

 

「ひぃっ!」

 

「コラ、メリー。その手を下ろせ」

 

「あんたは黙ってなさい」

 

「ぎゃふん!」

 

 ただいま、ゼルダの部屋にて。

 安静は安静でも病室にいるほどじゃないからゼルダは部屋で休むことになった。そのせいでメリーに押しかけられてるんだけどね……。

 俺は不安になったから念のために同行した。メリー一人にはさせられない。それにしても今日も酷い奴だ。バキッ、って嫌な音が鳩尾から聞こえたんだけど。……俺の肋骨、無事だよな?

 

「神機使いは身体こそが資本なのよ、分かってるの!?」

 

「そ、それくらい分かってるに決まって、」

 

「嘘つくんじゃないっ」

 

「あいてっ」

 

 メリーがゼルダの頭に拳骨をお見舞いした。ただし、音はポカッという可愛らしいもの。あれ、俺の食らっているものと威力が違うような気がするんだけど。なんだこの差別。俺にだって優しくしてくれよ。

 最近メリーの拳に耐性がつき始めちゃったんだよ、俺の鳩尾……。

 いや、今はどうでもいいな。それよりも時間の方が問題だ。

 

「メリー」

 

「あ゛ぁ?」

 

「そっ、そろそろ依頼の時間……」

 

「……え? あ、本当ね」

 

 よかったああああ、メリーの怒りが収まったああああ。

 でも最初の返答の言葉が結構ドスが利いてて怖かったです。というか声が男みたいにかなり低音だったんだけど。知ってます? 女性って生態的に低音って出にくいんですよ。

 まあ出る人もいるにはいるけど……。あ、そういう類の人? そっか、そうだったか。

 

「いい、ゼルダ。今日は絶対安静にしてなさいよ」

 

「わ、分かってます!」

 

「何があってもこの部屋から出ないこと」

 

「はいっ、よっぽどのことがない限り出ません!」

 

「いや、マジで出るなよ?」

 

 不思議だ。ゼルダが言うとフラグにしか感じられねえ。……本物のフラグじゃないよな? 決してそういうのじゃないよな? 少し心配になりながらも、オレたちはゼルダの部屋を後にした。

 なんか見ておかないとすぐに無理しそうで怖いな。何もないことを祈るしかないか。

 

 

――――――――――

 

 

 いやあ、今日も蒸し暑いね! さすがにマグマは伊達じゃないね!

 暑いのに冷や汗を流しまくってる俺はなんなんだろうね!というか後ろが怖くて振り返れないんだけど誰か助けてください。

 

「……夏……?」

 

「ハイィ!」

 

 メリーの低音ボイスを聞いた俺は大袈裟に肩を跳ねた後、ぎこちないながらも振り返った。そこにいたのは街中ですれ違ったら(色んな意味で)百人中百人が振り返るのではないかと言う笑みを張り付けたメリーだった。

 あはは、笑顔って貼り付けるものじゃないと思うよ、メリーさん。怖いから止めてくれないかな。無理? そっか、残念。

 

「なんで今日もセクメトなのかしらねえ……?」

 

「いや、ヒバリちゃんに頼まれちゃって」

 

「よく言ったわね、今すぐマグマに放ってあげるわ」

 

「ちょっ、まっ! 足掴むな足、ってなんで持ち上げられるの!?」

 

 あと右足だけ掴んでるせいで俺の股関節が悲鳴を上げている! 折れる!

 必死になって説得をして五分。ようやく俺はメリーから解放された。ヤバイ。何がヤバイって右の股関節が運動してないのにヤバイ。折れてはないけど、運動したらバッキーンって逝っちゃいそうな雰囲気がある。

 このまま帰れたり……はしないですよねー。そうですよねー。ついでに今日の俺は遺体で帰らないことを願おうか! なりそうで怖いな、おい。

 

「まあいいわ、あたしは頭を狙えばいいんだし」

 

「俺の存在価値はヴェノムだけだな」

 

「そうね」

 

「ストレート!! ちょっとは否定してほしかった!」

 

「どこを否定しろって言うのよ?」

 

「ヒデェ……」

 

 俺は 精神的 ダメージ を 負った 。 効果 は 抜群 だ !

 ……ああ、もう。なんだかな。こんなことが日常に組み込まれてるから嫌になる。

 そのままボロクソ言われながら歩いているとセクメトに遭遇。ごめん、戦ってあげるほど気力が残ってない。戦闘に参加しないと味方から殺されるから参加するけどね。

 

「やっぱつらいな……」

 

「早くヴェノムにしなさいよ!」

 

「分かってるって」

 

 俺だってカンカンっていう弾かれ音に耐えながら必死に攻撃してるんだよ。俺の努力を是非とも察してくれ。スキルのおかげで最近は大分早くヴェノムになるようになってきたけどね。強化した甲斐があったよ。

 一方のメリーはと言うと……。おい、モルターの構えを取るんじゃないよ。慌てて離れると放たれる銃撃。怖い。というか、モルターってあんまり攻撃力がない気がするんだよね。銃身自体にはあるかもしれないけどさ。

 なんでそんな弾を持ってきてるんだろう。……俺を吹っ飛ばすためとか? あり得るな。

 

「所詮はアラガミね、弱いわ!」

 

「何でそんなに余裕そうに……」

 

「あたしは実力があるのよ」

 

「よく言うよ」

 

 俺への誤射率がめちゃくちゃ高いくせに。最近は俺が事前に察知して避けてるから低いけどね! それにしてもメリーがモルターを使ってるからセクメトに近付けない。俺はあの爆撃に巻き込まれたくはない。

 しかもメリーはoアンプルを持ってきているのか、割と長時間モルターを撃ち続けている。もうちょっと味方への被害とか考えてもらえませんかね?

 仕方ない。あのモルターが止んだら俺も加勢するか。それまで遠くから眺めてよっと。

 

「……ん?」

 

 ぼんやりとメリーとセクメトを眺めているとズボンのポケットが振動していることに気付いた。

 この位置に入っているのは……、携帯か。振動の長さからして電話か。依頼中だって言うのに誰からだ? 取り出して表示された名前を見てみると『オペレータ』の文字。……ヒバリちゃん?

 

「もしもし。どうしたの、ヒバリちゃん」

 

『あっ、夏さん! 今すぐアナグラへ帰投してください!』

 

「……どうしたの、そんなに焦って」

 

 いつもとは違う慌てた声のヒバリちゃん。何があったのかは分からないけど、なんかヤバそうだ。非常事態って言うのは分かるな。

 

『アナグラにアラガミが侵入しました! 今アナグラには非戦闘員しかいないんです!』

 

 俺の周囲の温度が下がった気がした。落としそうになった携帯に慌てて力を込めて握る。アラガミが侵入してきたって? あのアナグラに? どういうことだよ。

 ヒバリちゃんの言葉が嘘とは思えない。でも嘘であってほしい状況。……早く帰らないといけない。混乱した頭で出た答えはただそれだけだった。

 

「了解、すぐ帰る。……メリー! 一分で終わらせるぞ!」

 

「はあ? どうしてよ、馬鹿夏!」

 

「緊急事態だ。さっさと帰るぞ!」

 

「……何があったのよ?」

 

 俺が受け答えしている間、ずっと戦闘してくれていたメリーに心の中で感謝しながら状況を説明した。メリーは俺が説明している間もセクメトから一切目を離すことがなかった。

 説明が終わった時、メリーは「分かった」と頷いてセクメトを喰い千切った。

 ちらりとこちらに向けられたメリーの目は紅かった。

 

「すぐ終わらせるわ、手伝いなさい」

 

「言われなくともやってやるさ」

 

 猛攻を仕掛けはじめたメリーを手伝ってやるために、俺はセクメトに狙いをつけて走って行った。

 

 

――――――――――

 

 

 病室にて。

 

「本当に、懲りないのね」

 

「だ、だって、リッカさんが危なかったんですよ」

 

「ええ、人の命がかかっていたことは認めるわ。それを助けたゼルダは偉いわよ」

 

「だからって他人の神機を使うか!? 下手すりゃ死んでるぞ、馬鹿!」

 

 さすがに今回の説教には参戦させてもらうことにした。当然の権利だ、仲間が死にかけたんだからな。

 俺たちが戻った時にはすべてが終わっていた。ちなみに同じ頃にタツミさんたちも帰ってきた。いったいどういうことなのか。ヒバリちゃんに聞いてみたところリッカさんの方が詳しいらしいので、リッカさんに俺たちは事情を聞いた。

 

 結果、俺たち大憤慨。

 俺たちが怒るのは当たり前だろう。だって、アラガミを仕留めたのはゼルダだったんだから。

 しかしみなさんはお忘れではないだろうか。今現在ゼルダの神機は故障中のために使用不可能だという事実を。そう、本来ならゼルダがアラガミを倒せるはずがないのだ。得物である神機が使えないのだから。

 だがそこで終わるゼルダじゃなかった。ゼルダはなんと、他人の神機であるリンドウさんの神機を手に取って戦ったのだ。馬鹿げているにも程がある。普通だったらそこでオラクル細胞に捕喰されるのがオチだ。

 今ゼルダが生きているのは奇跡に近いのだ。

 

「で、でも私一人じゃなかったんですよ」

 

「幻覚でも見てたのか?」

 

「違いますっ、本当に……」

 

「さっさと休みなさい! あんたには休養が必要よ!」

 

「メリーの意見に賛成だ。今はゆっくり休め。な?」

 

「……はい……」

 

 しょんぼりとゼルダは項垂れた。今回ばかりはゼルダが悪い。

 まったく、ゼルダはどうして自分の身のことは考えないかね? 少しは考えてほしい。周りにいる俺たちはすごく見ていて怖いんだ。ここにいるやつらは仲間なんだ。その仲間が消えてしまうのは、俺は絶対に嫌だ。

 それにしても俺はただでさえメリーのことで悩まされているって言うのに、これ以上悩みの種を増やさないでくれ……。もういっぱいいっぱいだよ。頭が痛い。

 

「あたしたちは帰るわ」

 

「早く前線に戻りたいなら大人しく寝てろよ?」

 

「分かりました。休みます……」

 

「それでよし。帰るわよ、夏」

 

「はいよ。……じゃあな、ゼルダ」

 

 二度あることは三度あるって言うけど、仏の顔も三度までだ。次似たようなことがあったらメリーが暴走するに違いない。三度目がないんだけど、とため息を吐く俺の耳に「誰も話を聞いてくれないなんて、どうしたらいいんでしょう、レンさん……」とゼルダの声が聞こえた気がした。



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48、多忙

『力が欲しくはないか?』

 

 囁くは魔に憑りつかれし者。

 

 

――――――――――

 

 

「い、今ので何度目だ……?」

 

「多分、五か六……。さすがに疲れるわね」

 

 俺たちは今、エントランスのソファでぐったりとしていた。

 第一部隊のリーダー、ゼルダが抜けたところの埋め合わせを手伝っているのだ。

 埋め合わせをするのはいいけど、勿論俺たちにも元から入っている依頼もあるわけで。

 故に今日の仕事量はいつもの二倍なのだ。

 

 しかもその依頼内容が鬼畜なんだよな。

 セクメトとかのシユウ種がやたらといるんだよ。これって俺を殺しに来てるよね。

 あ、でもアイテールが出てきてくれたことが唯一の救いだったかもしれない。

 一応俺の神機を強化するための素材になるからね。

 

「夏さん、メリーさん! 次の任務をお願いできますか?」

 

「えぇー、面倒くさいわ……」

 

「ハンニバルのコア摘出の任務なんですけど……」

 

「行きましょう」

 

「切り替え早っ!?」

 

 さすがメリー。新種と戦闘するのがそんなに楽しみなのか、目を爛々と輝かせている。

 俺としてはもう勘弁してもらいたいんだけどね……。もう身体バッキバキだよ。

 まだ十八なんだけど、年寄りの気分だぜ。あぁー、口からため息しか出てこないよ。

 

「何ボサッとしてんのよ! さっさと行くわよ!」

 

「あ、俺もなの?」

 

「当たり前じゃない。今までパートナーとしてやってきたでしょ?」

 

「あー、うん。確かにやってきたけども」

 

「ならあんたが来るのも当然でしょ。技術も積みなさい」

 

「へいへい」

 

 でも正直に言ってしまえば、ハンニバルとは戦いたくないんだよなあ。

 だって、コアを抜きましたー、ハイ終了ー、ってできないんだよ? どうせやるならそこで終わりたい。

 上の見解だとハンニバルはコアを再生するらしいから、それも確かめに行くらしい。

 つまりできたらコアをたくさん取って来てねー、という依頼らしい。

 ……面倒くせええええ! とっても面倒くせええええ。

 最低でも五個だってー、やってられるかあ!

 

「ちくしょう、なんでこんなに鬼畜なことに……」

 

 ちょっと前まではアーク計画とアラガミ惨殺で仕事量が少し減ったって言うのに、いきなり増えやがった。

 そんなにいきなり増えたら身体がついていけなくて潰れちゃうよ。

 ふっ、下っ端はいつだって辛い世の中を生きているのさ……。

 

「……とりあえず、行くか」

 

 いつの間にかメリーはエレベーターに乗り込んで行ってしまった。

 俺? 置いてかれたに決まってるじゃないか。何を当たり前のことを。

 俺は今日何度目かのため息をついてエレベーターに乗り込んでいった。

 

 

――――――――――

 

 

 今、何戦目だろうな……。ちなみに数えるのは二戦目から止めた。

 早すぎる? ハンニバルが強いから二戦目から後は数え忘れたんだよ。

 まあコアの数を数えたら分かることだけどな。

 

「あぁー、疲れるっ!」

 

「メリーが行くって言ったんだろ。俺は反対したぞ」

 

「あら、夏の反対意見なんて聞いてないけど」

 

「いや言ったよ? 俺の心の中で」

 

「それじゃ聞けるわけないじゃない」

 

「いつものことを考えたら、てっきり読んでるかと」

 

 なんでこういう時に限って読んでくれないんだろう。いつもはプライバシー関係ないのに。

 ため息を吐きながら俺は手元の神機を見る。意思を持っているように見えるそれはもぐもぐと口を動かして捕喰中だ。一通り動き終わってから引き寄せて確認するときちんとコアがあることが分かった。うん、成功。

 

「どう? 捕喰、ちゃんとできた?」

 

「バッチリ。それにしても疲れたー」

 

「そうねえ。明日はボイコットしようかしら」

 

「さすがにそれは勘弁してくれ」

 

「冗談よ、安心して。明日もちゃんとアラガミを刺殺するから」

 

「せめて仕事って言ってくれよ。事実だけどさ」

 

 確かに剣で倒してるから語弊ではないのかもしれないけどさ。言い方ってものがあるじゃないか。あとやっぱり女が言う言葉じゃない気がするんだよ。もうちょっとオブラートに包めないかな。

 どうにかしてちゃんと女らしくならないもんかな。せめてお洒落とか……うん、余計なお世話だな。そういうのに目覚めるときは勝手に目覚めるだろ。

 

「なんかすごい怠いわ……」

 

「ん、珍しいな。お前がそこまで怠いなんて」

 

「最近身体にいらない力がかかりやすいのよね。無駄に体力を消費しちゃうわ」

 

「へえ。……そういえば、前の眠気はもういいのか?」

 

 少し前、アーク計画よりも前の時、やたらとメリーが眠りたがっていたことを思いだす。討伐依頼などの間は問題なかったけど、特異点捜索などのときは地面に横になって寝てしまうこともあった。

 メリーには似合わない、随分と無防備な行動は今でも覚えている。いまだに原因は分からないが。

 

「ええ、今ではちゃんと睡眠時間を採ってるおかげか問題ないわ」

 

「ならいいんだけど……」

 

「……あら、心配してくれたの?」

 

 メリーから向けられた、純粋な好意の笑顔。思わずさっと地面に顔を逸らしてしまう。

 だ、だだだって! ふ、不意打ちと変わりないじゃないか。その、すごく可愛かったんだから……。「ん?」とメリーが俺の様子に気付いて、顔を近付けてきた。うっ、分かっててやってるな!?

 

「何よ何よー。顔が赤いわよー?」

 

「う、煩いな。気のせいじゃないのか?」

 

「案外初心なのねー。そこそこ顔が良いからそこら辺の女子を落としてるかと思ってたわ」

 

「お前の中の俺の認識は何なの?」

 

 俺が女の子を落としてるとか、何をどう見たらそうなるんだよ。

 俺は年齢=彼女いない歴なんだからな。いい出会いがないんだよ。何故か俺の周りはトラブルメイカーばかり集まってくるんだ。メリーとかいい例だな。

 

「ふふ、いじり甲斐があるわね!」

 

「満面の笑みで言われましても」

 

「何? それともいつものように暴力で虐めてくださいって?」

 

「いやいやいや! 一言もそんなこと言ってないからね!?」

 

 何ですか、その不思議な解釈の仕方は。どうやったらできるんだよ。少なくとも俺にはできない。

 はー、メリーにいい雰囲気にされたのにメリーにいい雰囲気をぶち壊されたよ。さっきまでの俺の態度が凄く馬鹿みたいに感じるじゃないか。なんか損した気分。

 

「はあ、それにしても疲れたわ」

 

「確かに。今日は仕事しすぎたぜ」

 

 ちらりとメリーに視線を向ける。俺はこいつを頑張り屋だと思うんだ。

 メリーは確かに強い。俺以上の力を持っているが、それでも女という性別を変えることはできない。

 俺が弱いからというのもあるかもしれないけど、男の俺がへばっているのだから女であるメリーが疲れていないわけが無い、と思う。

 そうだな……、としばらくの間思考して、一つの考えを導き出す。

 

「今度、休暇でもとって旅行するか?」

 

「は?」

 

「バカンスだよ、バカンス。たまにはゆっくりのんびりしようぜ」

 

 あ、いやでも俺たちだとそれは難しいか? ということは日帰りか、依頼のついでに行くことになるな……。でも旅行とか言ってみたいよなあ。ちょっと前までは飛行機に乗って世界中行けたらしいし。今のこの世の中を考えてみたら信じられない光景だよな。

 

「んー、旅行……。そうねえ……」

 

「どっか行きたいところとかあるか?」

 

「……どうせなら、綺麗な夕日が観たいわね」

 

「……ぶっ、それなら贖罪の街だな! あそこ以外に夕日が綺麗な場所は知らないぞ!」

 

 依頼後に見るあの夕日以外、俺は綺麗に見られる場所を知らない。ある意味神機使いの特権だと思う。人が減り、明かりが消えた贖罪の街では夜もいい。アラガミは怖いけど、満天の星空を眺めることが出来るからだ。あー、そんなこと言ってたら行きたくなってきた。サカキ博士の件もあるし、今度行くか。

 

「とにかく帰りましょ」

 

「ああ、そうだな」

 

 連戦の後だったというのに、身体が少し軽かった。

 

 

――――――――――

 

 

 ただいまメリーの部屋。もう依頼はないらしいのでメリーの部屋にお邪魔してゆっくりしている。よく飲めるなあ、そう思いながらメリーの手元を見る。メリーが今飲んでいるのはコーヒー。もちろんブラックだ。

 なんで飲めるんだ、そんな苦いもの。俺には全く理解できない。ちなみに俺は冷やしカレードリンクを飲んでいます。

 

「よく飲めるわね、そんな摩訶不思議な飲み物」

 

「オイ待て、その言い方だと俺の舌も摩訶不思議に聞こえるぞ」

 

「違うの?」

 

「違うよ!」

 

 お前の舌もどうなんだ、と言いたかったが言うのは止めておいた。

 ただでさえ疲れているっていうのにこれ以上疲れさせられたら嫌だからな。あと言ったら絶対殴られる気がしたから。痛いの嫌い。

 それにメリーも疲れていると思うしな。俺のツッコむ気力もないし。

 

「明日、休暇取りたいな……」

 

「そうね、ちょっと給料が割に合わないわ」

 

「メリーが金について文句を言うなんて珍しいな」

 

「あら、夏程じゃないわよ」

 

「そうだろうね」

 

 こいつはまた痛い所を突いてきやがって……。

 俺の金欠問題は未だに解決していない。きっと一生解決しないんだ。お金を貯めておいてもいつの間にかなくなってるんだよね。そしたらいつの間にか知らない物が倉庫に入ってるんだよね……。

 ……俺、何してるんだろう。

 

「あたしはもう寝るわよー。ほら、出て行った出て行った」

 

「へいへい。明日もよろしくなー」

 

「明日も死なないようにねー」

 

「……頑張ります」

 

 あっけらかんと言い放ったメリーの言葉を背に、俺はメリーの部屋を後にした。



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49、ハンニバル

『これが神機だ。バケモノを……、アラガミを駆逐するための武器だ』

 

 どうして疑わなかったのか。

 

 

――――――――――

 

 

 現在、病室。

 目的は勿論ゼルダを見舞うためだ。

 

「体調に問題はありませんが、念のため今日は安静ですね」

 

「わっ、私は十分元気です!」

 

「そう言われましても……。もしかしたらアラガミ化が……」

 

「だーかーらーっ、もう元気なんですってば!」

 

「いえ、ですから安静が必要で……」

 

「むー、一条さんのケチ!」

 

「えぇっ!?」

 

 病室に入った途端すごいものを見た。ゼルダと一条さんが口論していたのだ。いや、口論って言ってもゼルダの一方的な意見の押しつけなんだけどね。

 あれー、一条さんが何故だかヘタレキャラに見えるよ。実際にヘタレキャラなのかどうかは疑問であるけど。

 

「あ、夏くん。お久しぶりですね」

 

「どうも。アーク計画があった日以来ですかね?」

 

「そうですね。またここでお世話になります」

 

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 舟は一隻も飛ばなかったとは言え、アーク計画に乗った人たちは乗らなかった人たちとぎくしゃくしてしまっているらしい。例えば、ブレンダンさんとか。いつも通りの人たちもいるんだけど、良心の呵責、というやつなのだろうか。負い目を感じているらしい。

 それと比べたら一条さんって結構いつもと変わらないな。

 

「たはは、同僚にど突かれちゃいましたよ。なに舟に乗ってんだー、って」

 

「ど突かれただけでよかったですね」

 

「はい。いつも通りに戻れるなら、と甘んじて受けました。……夏くんは?」

 

「俺ですか? メリーの特訓の内容が厳しくなりました」

 

「……相変わらず、大変そうですね」

 

「めちゃくちゃ大変ですよ」

 

 メリーの特訓ってリンチに近いからなー……。俺って嫌われてるのかな。

 ぼんやりと考えていると膨れっ面をしているゼルダと目線があった。

 

「むー、出撃したいです……」

 

「まだ今日は駄目ですって、何回言わせるんですか」

 

「だって身体が鈍っちゃいますよぅ」

 

「あなたなら大丈夫ですよ、希望の神機使いさん」

 

 一条さんが膨れっ面をしていたゼルダの頬を両手で押す。ぷぅ、とゼルダの口から空気が漏れた。なんだか微笑ましい光景だ。でも、一条さんの言葉に聞きなれない単語があったような。

 

「あの、一条さん。希望の神機使い、って?」

 

「ああ、私命名です!」

 

「そこで胸を張られても。いや、説明を求めているんですよ」

 

「ゼルダさんは期待の新型さんですから。それにアーク計画のことを考えると英雄です」

 

「あっ、あれは私だけじゃ……」

 

「結果的に第一部隊全体が一つになれたのは、あなたがいたからだと聞いていますよ」

 

 ニコニコと笑いかける一条さんを見てゼルダが少し身を縮ませた。

 ごにょごにょと「私は何もしてないですよ」と言っているところはゼルダらしいな、と思う。俺だったらちょっと調子に乗っちゃいそうで怖い。でもいつも謙遜しなくてもいいと思うんだ。

 

「ゼルダ、たまには謙遜しなくてもいいんじゃないか?」

 

「でもあれは私一人じゃ無理でした」

 

「ゼルダがいたからいい流れになったんだと俺は思うよ」

 

「で、ですから私はそんなに大層なことは……」

 

「……ん? 誰の携帯ですか?」

 

 一条さんが首を傾げているのを見て、ようやく俺の携帯が震えていることに気付いた。電話か? でもいったい誰から……。

 携帯を手に取って画面に表示されている名前を見て思わず俺の表情が引き攣るの感じた。げっ、メリーだ。慌ててボタンを押して通話ができるようにし、耳に携帯を押し当てる。

 

「どうした、メリー」

 

『おっそい! 早く来なさいよ、いつまで待たせる気!?』

 

「うっ……」

 

 馬鹿じゃないかと思うくらいのでかい声が俺の耳に入った。うぐ、痛い。

 少し耳を押さえながら咄嗟に耳から離してしまった携帯を再び耳に押し当てた。一条さんが苦笑しているのが視界の隅で見える。

 

「悪い悪い。でも今、病室なんだ。もう少し小さな声で……」

 

『知ったことじゃないわよ、そんなの! さっさと来なさいよね!!』

 

「……」

 

 反論しようと口を開いたところで俺の耳にブツリ、と通話を切る音が聞こえてきた。虚しく通話終了の『ツー、ツー、ツー』の音が耳に入る。

 開いた口から零れたのは言葉ではなくため息になってしまった。あの野郎……。

 

「本当に大変ですね」

 

「まったくです。はあ、今日も疲れそうだ」

 

「でもメリーさんと夏くんはいいパートナーだと思いますよ?」

 

「えぇー、何を言ってるんですか。その内俺、殺されますよ?」

 

「夏くんこそ何を言ってるんですか? あれはツンデレですよ」

 

「あんなツンデレがあってたまるか!!」

 

 俺が何回あいつの特訓(リンチ)で死にかけたと思っているんだろうかこの人は。

 味方に殺されそうになった俺の気持ちを考えたことも無いのにそんなこと言わないでほしい。目線だけで訴えかけたら気まずそうに一条さんから視線を逸らされた。

 

「……あ、あと夏くん。ここは病室なので静かにお願いします」

 

 忘れてた。

 

 

――――――――――

 

 

 嘆きの平原。今日も今日とてサカキ博士の依頼は無視である。いや、だってそれよりも重要な依頼を課されたものだから……。

 ズバリ、ハンニバルのコア回収。うん、つまりは連戦してこいっていう依頼だ。絶対死んで来いって言ってるよね。俺は何か悪いことでもしただろうか。

 

「これで、何体目だ?」

 

「七。そろそろ飽きてきたわ」

 

「疲れたんじゃなくて、飽きたのか……」

 

 傍らにハンニバル。ただしコアは抜かれたもの。まあそろそろ復活しそうだけどな。ハンニバルに対しての対策だけど、ハンニバルのコアを使えばちゃんと倒せるようになるらしい。

 俺たちの依頼はつまりそれ。ちなみに俺たちの順番は殆ど最後に回るらしい。酷いなー。結構貢献しているつもりなのに。

 

「そういえば、ゼルダって“希望の神機使い”なんだってさ」

 

「へえ? なんだかおもしろい名前ね、誰がつけたの?」

 

「一条さん。ちなみに俺は“おかしな神機使い”らしい」

 

「あら、随分と夏らしいものをつけてもらったわね」

 

「俺らしいのかよ……」

 

「あたしはなんか言ってた? 変なのだったら殺しに行くから教えて頂戴」

 

「怖っ!? 大丈夫だよ、何も言ってなかったから」

 

「……ふうん」

 

 言えない。絶対に言えない。一条さんは実は言ってたんだけど、とか言えなくなった。

 だって言っちゃったら一条さんが命の危機に立たされる。俺は仲間を売るような真似はしないんだ。でもどういう意味なのかは気になるよな。一条さんの言ってたこと。

 

「そうね、あたし……。つけるとしたら、あれしかないわね」

 

 

 

「『災厄の神機使い』」

 

 

 

 メリーの言葉を聞いて肩が跳ねた。幸いなことにメリーは気付いていないようだ。

 同じだ。一条さんが言っていたことと、メリーが言ったことはまるっきり同じなのだ。喉が緊張で引き攣るのを感じる。ここまで見事に一緒だなんて、二人の性格は全く違うのになんで。

 

「ど、して、そう思ったんだ?」

 

「どうして? そうね、あたしがバケモノだから、でいい?」

 

「それは果たして理由になるのか?」

 

「なるでしょ。あたしが言うんだから」

 

「相変わらずよく分からない自論を振りかざすな」

 

 よく分からないけどメリーが持っている事情故にそういうことを言っているって事か。

 やっぱり一条さんはメリーの事情を知っている可能性が高そうだな。前は同じ支部にいたって言ってたし。まあ聞いたところで曖昧に濁されて、話を逸らされて終わりだろうけど。

 

「さて、お喋りはここまでね」

 

「ん? ……ああ、そうだな」

 

「最終ラウンドを始めましょうか」

 

 起き上がったハンニバルを見据えるメリーの目が心なしか捕食者のように見える。まあ実際、神機使いはアラガミにとって捕食者みたいなものなんだけどな。

 よし、ちゃんとお仕事をしないとな。じゃないと俺の特訓の量が増える。今日はすごい疲れてるのにこれ以上増やされてたまるか。

 

「ははっ、脆いのよ!」

 

 と思っていたらメリーがいきなりハンニバルの逆鱗を結合崩壊させた。

 すごいね、いきなりだね。なんで最初にそこを結合崩壊させたんだ。いや、脆いのは確かだし銃撃に弱いんだけど。でもそこを結合崩壊させたら……ほら空飛んだ。

 

「ちくしょう、近寄れねえ!」

 

「ぷくく、旧型」

 

「今日のお前はとてもウザいな!!」

 

 火柱に包まれて空に浮かび上がったハンニバルは自身を中心にして火柱を周囲に飛ばして攻撃してきた。俺は盾を展開してやり過ごすことしかできないのだが、メリーは簡単に無駄な動きなくそれを避けながら銃撃で応戦している。

 あー、本当に新型が羨ましいな。なんであんなに便利なんだ。

 

「でえええいっ!」

 

 降り立ったハンニバルに高速で近寄って後ろに回り込み、尻尾を切断するメリー。

 なんで力任せなんだよ。普通に結合崩壊を狙えばいいじゃないかよ。

 

「最近のお前って強引だよな……」

 

「ストレス溜まるのよ。それとも夏が代わりに斬られてくれるの?」

 

「死ぬからね!?」

 

 なんか八つ当たりされている気がする。酷い。

 そう思っている間にもメリーはハンニバルに一撃一撃重い攻撃を加えていく。俺がアラガミだったら、メリーの姿を見ただけで逃げ出すなうん。さっさと逃げる。

 メリーが敵だったら俺って何があったとしても絶命すると思うんだ。……いつか越えてやるつもりだけど。いつまでもパートナー、それも女の後ろだなんてかっこ悪いだろ?

 まあここ(戦場)ではメリー(新型)が主役なんだけどね。

 

「はい終了、お疲れ様ー」

 

「早っ!?」

 

「あんたが駄弁ってるからよ」

 

「心の中! 心の中でのことだから駄弁っているとは言わない!」

 

「煩いわよ、言い訳しないで」

 

「言い訳じゃないよ!」

 

 この俺の扱いの酷さはいったいなんなんだ。

 確かにちょっと色々と考えたりしていたけどさ、それだけ終わるような相手じゃないと思うんだ。というかハンニバル倒れるの早すぎるだろ。もうちょっと頑張れよ新種。

 とりあえず少しくらいは仕事をしようとコアの回収を率先してやる。なんだろう、虚しい。

 

「帰るわよ、夏」

 

「はいはい……」

 

 すたすたと歩いて行ったメリーの後を慌てて追う。置いて行かれちゃたまらない。……え、いつも置いて行かれてるじゃないかって? ほっとけ。あれって結構傷つくんだからな。

 しかし最近は上も俺の扱いが酷いなあ、とか考えているとメリーが立ち止まっていることに気付いた。ん? 帰らないのか?

 

「はい、夏。これあげる」

 

「へ? ……冷やしカレードリンクか」

 

「出先で飲む好物は別格なのよ?」

 

 そういうメリーの手にはブラックコーヒー。なるほど、こいつにしては珍しい粋な計らいだな。拒む理由もなかったので手渡された、というより投げ渡されたそれを開け一気飲みする。

 ぷは、やっぱり美味いなこれ。確かにメリーの言う通り、エントランスで飲むのとはまた一味違う。

 

「たまにはいいでしょ?」

 

「そうだな、ハマりそうだ」

 

「……」

 

「メリー?」

 

 急に黙り込むメリー。なんだなんだ、何があったんだ。

 いつも俺に対して煩いからいきなり黙り込まれると少し怖いんだが。

 

「……ぷくく、夏の、間抜け顔っ……!」

 

「お前なあ……」

 

 心配させといてそれかよ、酷い奴め。

 というか間抜け顔じゃないから! これ、俺の普通の顔だから!

 なんで普通の顔を見たときに笑うんだ。それって失礼だろう。

 

 なんだか最後に拍子抜けしてしまった。



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50、ウロヴォロス堕天

『アッハハハハ!! 光栄に思えよ? お前は偉大なるこの俺の踏み台になれるのだからなあ!』

 

 そうして男と自分は、堕ちた。

 

 

――――――――――

 

 

 どうも、珍しくメリーに叩き起こされなかった夏です。

 なんかいつもやられていることをやられないと急に不安に感じるよね。……いや、あれが良いってわけじゃないけど。

 

「メリー。……ありゃ、開いてるよ」

 

 どういうことか、メリーの自室の鍵がかかっていない。

 あいつにしてはやけに不用心だなー。とりあえず中に入る。

 ……ん? メリーはまだ布団の中なのか。早起きのあいつにしては珍しい。

 しかもうなされてるしさあ。大丈夫か?

 

「うぅ、ぐ……」

 

「おいおい、大丈夫なのかよ、これ……」

 

 結構うなされてるみたいだ。額に汗が浮かんでいる。

 とりあえず持っていたハンカチでその汗を拭きとってやろうと近づける。

 

「っ、夏!」

 

「はいいいい!!」

 

 と、メリーがいきなり起き上がってきた。しかも俺の名前を呼んで。

 すみませんでしたああああ!! 俺って何か悪いことしたっけ!? あわあわと慌てる中、俺はじりじりと手を使って後ずさる。なんで手でかって? 腰が抜けたのさ。……そこ、かっこ悪いとか言うな。

 

「……夏?」

 

「お、おはよう、メリー! いい天気だね!」

 

「……たった今、ハンニバルに刺し殺されてなかった?」

 

「なんで勝手に俺を殺しちゃってるのかな!?」

 

 そうか、俺ってそんなにメリーに嫌われていたのか……。割とショック。

 なかなかいい感じのコンビだったと思ったんだけどなあ、嫌われていたのか。俺の心が結合崩壊! ……こんなこと言えるならまだ意外と平気かもしれないな。

 

「今日の任務、ハンニバルだったわよね?」

 

「え、あ、うん。昨日と同じ」

 

「じゃああたし一人で行くからあんたそこら辺にいなさいな」

 

「そこら辺って何!?」

 

「煩いわね。言外で邪魔だからついてくんなって言ってるのよ」

 

「おおぅ、マジですか……」

 

 

 というわけで、改めて、夏です!

 え? あの後どうなったって? いつも通り理不尽にボコボコにされたんだよ、言わせんな恥ずかしい。

 さて、エントランスに出たらようやく復帰したらしいゼルダを見かけました。

 

「なあ、悪くない話だろ?」

 

「はあ……」

 

 ただし他にもいましたがね。

 カレルじゃないか。なんか久しぶりに見た気がする。それにしてもこの光景を見て状況が理解できてしまう俺は何なんだ……。

 大方、カレルが金のいい依頼を見つけたんだけど一人じゃ辛いから近くにいたゼルダを捕まえたってとこだな。復帰したばっかりなのに無理させるんじゃないよ。

 

「俺もいれてくれよ、その依頼」

 

「あ? ……なんだ夏か」

 

「なんだってなんだよ」

 

「おはようございます、夏さん」

 

「おはよう。元気みたいで何よりだよ」

 

 人当たりの良い笑顔を浮かべるゼルダを見て少しホッとした元気そうだな。

 それからカレルの方へ視線を向けて……訝しげに俺の方を見ているカレルに気付いた。ん? なんだ、どうしたっていうんだ。

 

「お前、いつもメリーと一緒だろう? あいつはどうしたんだ」

 

「メリー? 置いてかれたよ」

 

 なんで置いて行かれたんだろうな? 二人の方が多少楽なのに。

 邪魔だからって、いつも一緒だったんだから俺を置いて行く理由にはならないんだけど……。俺を連れて行ってくれてもよかったのにな。

 

「んで、その依頼は何なんだ?」

 

 カレルが持っていた依頼書を見せてもらい、討伐対象の欄を確認する。

 特に文句を言ってこないところを見ると同行者は誰でもいいのかもしれない。まあゼルダを解放する気はなさそうだけどな。

 

「ウロヴォロス、堕天……だと……?」

 

「はい。私としては復帰にちょうどいい任務だと思いまして」

 

「よし、それなら五分後に出撃するぞ。準備しておけ」

 

 ちょっ、えぇ、マジですか!?

 ただのウロヴォロスでさえもつらいのに、その上位版ともいうべきウロヴォロス堕天が相手ですか!? どうしよう、これって絶対殺しに来てるよね。首突っ込むんじゃなかった。

 でもゼルダだけを同行させたら負担かかりそうだしなあ。……うう、俺が涙をのむか。

 

「……決定事項かー」

 

 気付けば周りにゼルダとカレルが見当たらない。準備しに行ったようだ。

 うーん、この場にメリーがいてくれたら少しは楽になりそうだったのになー。相手はウロヴォロス堕天だから絶対行くっていうだろうしな。

 はあ、なんでこういう時に限っていないんだあいつは。

 

「俺も支度しますかね」

 

 とりあえず死なないように頑張ろう、うん。

 

 

――――――――――

 

 

 さて、現在エイジス島。

 ……えっ、なんでエイジス島なのかって? 知らないよ、ウロヴォロス堕天がいたのがここだからでしょ。なんかノヴァの触手がどうたらって周りは言ってた気がするな。うろ覚えだけど。

 最近その触手のせいで色々と大変らしいよ。……うん、色々と。

 

「今思ったんだけど」

 

「あん?」

 

「ヴェノム要員って二人もいらなくないか?」

 

 あんまりカレルと依頼に行く機会がなかったから全然気づかなかったけど、ヴェノム要員としてダブってるんだよね!

 うーん、俺の唯一の特技がまさかかぶっていたとは。なんか悲しい。あと気のせいかウロヴォロス堕天がなんかあんまりヴェノムになってくれない気がするんだけど……、うん気のせいだよね。

 

「あとさ、もう一人連れてくるっていう考えはなかったの?」

 

「そうしたらもっと報酬減るだろう。お前で限界だ」

 

「何その俺がお荷物みたいな発言。結構聞き捨てならない」

 

「あぁ? 俺は本当のことを言ったんだろうが」

 

「あーもうっ! どっちもお荷物ですから早く加勢してくださいっ!」

 

「「酷い!!」」

 

 ゼルダってさ、メリーと違って本心から毒舌を吐くから殺傷力大きいんだよね。

 そっか、俺ってばお荷物なんだ。……ははは。おかしいな、目から汗が……。というかこんなのとばっちりだ! 俺が何でこんなに巻き込まれるみたいな形で弄られなきゃいかん。

 ゼルダに言われたから本当に俺の心が結合崩壊しそうなんだけど。俺の心に言葉と言う名の刃物が刺さってるぜ……。

 

「はぁ、面倒だ。あとどれくらいか、分かるか?」

 

「倒せばいいんだよ、倒せば」

 

「どうでしょうかねぇ……」

 

 ゼルダからの口撃を避けるために話題を上げる。ゼルダの口撃がやんだ。

 うんうん、疲れたときは手抜きが一番だよね! ……おかしいな、寒気がする。

 

「お前ら手ぇ緩めてないで攻撃しろよ!」

 

 結果、ウロヴォロス堕天に一番攻撃をしているのは遠距離のカレルというおかしなことになった。そんでもってカレルが一番ウロヴォロス堕天に狙われることになった。

 いつまでも長い間それを避け続けることが出来るわけではなく、ついに吹っ飛ばされカレルはダウンした。ゼルダは慌ててカレルにリンクエイドしに行く。

 とりあえず二人でリンクエイドしに行っても意味ないから俺は攻撃し続けるか。

 

「お前を無理にでも連れてきた意味がなくなったじゃねえか!!」

 

「意味って?」

 

「囮に決まってるだろう。チッ、こんなことなら連れてくるんじゃなかった……」

 

「俺は報酬目当てじゃないぞ。ゼルダに負担がありすぎたらまた病室送りだろう?」

 

「なら、お前の報酬はなしでも構わないんだろうな」

 

「それとこれは話が別だろ。俺だって金欠なんだし」

 

「それだと俺が金欠みたいに聞こえるだろう! 違うからな!」

 

「てーつーだーってー!!」

 

 あ、いけない、今度はゼルダに攻撃が!

 案の定、ゼルダがウロヴォロス堕天に撥ねられてダウンした。うあああ、ごめんよゼルダ!

 

「ご、ごめん、ゼルダ!!」

 

「……酷いです……」

 

「ああああ! ごめん! だから泣かないで!」

 

 ゼルダが泣き止んだのは、頑張ってカレルが一人でウロヴォロス堕天を討伐した頃だった。

 ……うん、なんかごめんよ。

 

 

――――――――――

 

 

「……あたしも行きたかった」

 

 エントランスのいつものソファにて。

 向かい合うようにして座っているメリーは頬をぷくっとさせてそう言った。

 本性を知らなかったら落ちてるな、俺。

 

「仕方ないだろー? お前が勝手に行っちゃったんだから」

 

「うぅー、夏だけズルいわよ」

 

「いや、そう言われてもな。……お前に置いてかれて俺も寂しかったんだからなー」

 

 俺もぷくっと頬を膨らませる。

 置いてかれるってさ、なんだか蔑ろにされてるみたいで嫌なんだよな。あの時の、友達がいなかった頃の寂しさを思い出しちゃうから、一人は嫌いだ。

 それでも時々一人になりたい時もあるんだから不思議なもんだよな。

 

「あんた、今のわざと?」

 

「頬のこと? 一応、メリーへの仕返しで」

 

「あたしじゃなかったら落ちてるわよ」

 

 にやにやとからかうような目線を送ってくるメリー。

 別にそういう目的があってやったわけじゃないんだけど。でも俺って基本的にモテないからそういうお世辞はいいよ。

 友達ができるようになって初めてのバレンタインデーは女子からミノムシ貰ったからね、俺。「好きでしょ?」だってさ。あの頃は虫が好きだったから素直に喜んだけどさ。

 ……今から思うと、俺って何をやっているんだろうなあ。

 

「あ、そう言えばヒバリさんからメールきたのよ」

 

「へえ? 珍しいこともあるもんだな」

 

「あんたにも届いてるはずよ。見てみたら?」

 

 メリーにそう促されて俺はターミナルまで移動し、メールボックスを開いた。

 えーっと、何々? ……サカキ博士からの依頼だと。何する気だあの人。明日の十五時から十八時までの三時間の間、断水します。トイレが使用不可になるので気を付けてください……。

 いや、本当に何をする気なんだよ、あの人……。

 

「どうせ碌でもないものなんだろうな」

 

「でも最近あの辺り、ちょっと甘い匂いがするのよね」

 

「えっ? ラボラトリ区画にお前が行くとは思えないんだけど」

 

「あたしも応急手当くらいは学ぼうと思ってね」

 

「ふーん」

 

 なんだ、意外と真面目なやつだな。

 しかし甘い匂いか……。甘い匂いに俺は良い記憶がないんだけど。まああれは甘ったるい臭いだったけどね。そのおかげで俺は甘いものがちょっと苦手になりました。

 代わりに冷やしカレードリンクがますます好きになったよ。美味いよね、あれ。

 

「……マジ何したいんだろうな、あの人」

 

「さあね。おかしなことだったらあたしが潰すから問題ないわよ」

 

「笑顔で言われると逆に怖いんですけど」

 

 まあ、とりあえずは様子見で行こうかな。

 サカキ博士の妙な行動に不思議に思いつつも、俺はそう結論付けた。



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51、シユウ堕天

『大丈夫か!? おいっ、しっかりしろ!』

 

 最後に聞こえた声は誰のものだっただろうか。

 

 

――――――――――

 

 

 今日も一日が始まりました、おはようございます。

 さて、ただいま俺はエントランスに来ております。

 

「なあ、カレルのも手伝ったんだろ?」

 

「そうですけど……」

 

「なら俺のだって手伝ってくれていいだろ」

 

 昨日と同じような光景を今日も見かけました。

 今日はシュンかあ。また第三部隊かあ。……面倒くさそうだなあ。

 遠巻きでその光景を眺めている俺をメリーが小突いた。行くよって事ですね。

 あ、今日はメリーも一緒だよ。今日は自分から起きてくれました。

 

「……あ、おはようございます、夏さん、メリーさん」

 

「「おはよう、ゼルダ」」

 

「何さり気なく無視してんだよ」

 

 おっと、さり気なく無視する形になってしまったらしい。

 悪い悪いと謝りつつシュンが持っていた依頼書を取りあげて内容を確認する。

 

「……シユウの残党探し?」

 

「そ。昨日大量発生した奴をなんとか殲滅したんだが、その居残りがいるかどうかを探して来いってやつ」

 

「実際にシユウ堕天が目撃されているそうです」

 

「へえ、面白そうね」

 

 なんで、なんで二日連続で俺の苦手なアラガミが来るんだ……!

 これってどう考えても俺に対する嫌がらせだ。誰の嫌がらせかは知らないけど。

 だって昨日は俺のトラウマ怪獣ウロヴォロスで、今日は俺の神機が通らないカンカン怪獣シユウだよ?

 このコンボは酷い。俺は天から死ねとでも言われているんだろうか。

 

「今日は俺パ……」

 

「あたしたちもそれを手伝わせてもらうわよ」

 

「なんで!? 俺は今断ろうとしたのに!」

 

「あたしは正直シュンはどうでもいいのよ。ゼルダが心配なの」

 

「正直だな……。気持ちは分かるけど俺は……」

 

「隊長命令よ、な・つ?」

 

「ちっくしょー!!」

 

 どうしてこんなやつが俺の隊長なんだー!?

 

 

――――――――――

 

 

 あー、そういうわけでただいま嘆きの平原。

 そんな場所でカンカンと虚しい音が響いている。言わずもがな俺の神機からである。

 あははー、なんかもうこのカンカン音よりも聞きなれてしまっている俺の耳が悲しいよ。

 

「なんだよ、結局こうなるのかよ……」

 

「やーくたーたずー!」

 

「そんなに俺を馬鹿にしたいのかお前は!?」

 

 妙に嬉しそうにメリーが俺を貶した。なんなんですかあなたは。

 俺って意外と傷付きやすいんだからな。いやまあ、これで大分精神鍛えられてるんだけど。

 でもだからといって感謝するつもりはない。というかこれで感謝したら俺本当のドMだから。

 なんか考えてたら悲しくなってきた。もう考えるの止めよう。

 

「というかヴェノム要員って二人も必要ないわよね」

 

「昨日も同じこと言われた気がする……」

 

 カレルの場合、ヴェノム効果のある弾を使っているだけだけどね。スキルとして持っているのは俺とシュンだ。

 でもヴェノム効果が二人いたっていいじゃない。その分ヴェノムが加算すると思ってくださればいいのですよ、はい。

 

「俺だって頑張ってるんだからね!」

 

「言い訳すんじゃねーぞ馬ー鹿」

 

「メリー、その言い方だと女性に聞こえないから止めて!」

 

「男性の物言いですね、完全に……」

 

 男化してどうすんだよ、メリー。というかまるでシュンが言っているようにしか聞こえないから。

 混同しちゃいそうで怖いんだよ。なんかご丁寧に声まで変えやがったから。

 ……あいつの性格が良かったら、モノマネを頼むんだけど。

 

「結合崩壊、確認しました」

 

「脆いのよ!」

 

 シユウ堕天の頭と翼が結合崩壊した。

 メリーのやつ……、いい笑顔を浮かべてるなー。

 相変わらず暴力的と言うかなんというか。

 

「お疲れ、上出来じゃない?」

 

「被害は最小限、上出来ですね」

 

「うっし、お疲れさん!」

 

「おう……は?」

 

 ちょ、え、あれ? 今、結合崩壊させたばっか……あれ?

 シユウ堕天倒れてる……メリーがコアを回収してる……二人は神機の様子を見てる……。

 ん? なんか展開が早すぎるような……。ん?

 というかまた俺が蚊帳の外になってる?

 

「何ぼけっとしてんのよ、さっさと帰るわよ」

 

「あ、うん。……分かってるから耳引っ張らないで!」

 

 メリーが思い切り俺の右耳を引っ張る。割と手加減なく引っ張ってる。

 やめてえ! まだ身体の一部を失くしたりしたくないんだよお!

 

「あんたがちゃんと歩かないのがいけないのよ」

 

「歩いてるから! 耳、ブリュっていっちゃうから!」

 

「煩いわねえ、もうちょっと静かにできないの?」

 

「外れるうううう!!」

 

「……普段一緒じゃねえから分かんねえんだけど、いつもああか?」

 

「ええ、いつもああです」

 

 そこの二人、普通に会話してないで俺を助けてくれよ!

 

 

――――――――――

 

 

「おー、痛……」

 

 痛みにジンジンする俺の右耳は、多分赤いんだと思う。

 俺はそっと右耳を押さえながら病室へと来た。くそ、メリーのやつめ……。

 

「一条さー……ん?」

 

「あ、夏くん」

 

「やあ、耳が赤く腫れ上がっているがどうしたんだい?」

 

 なんでサカキ博士が病室にいるのー!?

 しかも見た感じ、一条さんと二人で何かの話をしていたみたいだし。

 もしかしてサカキ博士も怪我……をした様子はなさそうだな。

 じゃあなんで?

 

「実は私、少し前まで技術屋だったんですよ」

 

「興味深かったから少しそのことで話をしていたんだよ」

 

「私はサカキ博士と違って二流も二流。机上の空論で実現には程遠かったんですけど」

 

「へえ、その資料って今でも残ってるんですか?」

 

「いえ、盗難に遭いまして。今はどこにあることやら……」

 

「大変ですね」

 

「まあ技術屋を辞めるいいきっかけにはなりましたよ」

 

 苦笑しつつもそう言う一条さんの言葉に後悔はなさそうだ。

 サカキ博士とはそこで別れ、一条さんに手当てをしてもらうことになった。

 あ、でも後でメリーと一緒に研究室に来るようにサカキ博士に言われた。

 なんでも例のことで話があるんだってさ。進展があったんだろうか。

 

「どうしたんですか、この耳……」

 

「メリーに思い切り引っ張られて、こうなりました」

 

「またメリーさんですか。大変ですねえ」

 

「最近あいつだから仕方ないって思うようになった自分が嫌です」

 

「あ、あはは……」

 

 一条さん、その曖昧の笑みは肯定も同じです。

 俺は一条さんから貰った氷を入れた袋で冷やすことになった。

 うー、冷たい……。冷たすぎて耳が痛い。

 

「メリーさんは乱暴で困りますね」

 

「誰が乱暴よ」

 

「え……うわあ!?」

 

「一条さん!?」

 

 一条さんの腰にメリーの回し蹴りが見事に入った。

 結構な音がしたんだけど……大丈夫かなこれ。

 痛そうに腰を押さえる一条さんは涙目だ。メリーがすみません……。

 

「イタタ……、手荒な挨拶ですね」

 

「随分ポジティブね、一応腰を砕こうと思ったんだけど」

 

「物騒だなオイ!! 大丈夫ですか、一条さん」

 

「な、なんとか……。湿布を貼って大人しくしてれば問題なさそうです」

 

 よろよろとよろけながらも近くにあった椅子に座って一息つく一条さん。

 「下手に動いたらぎっくり腰になりそうです」それ笑って言うことじゃないです。

 しかも隣にいるメリーはぎっくり腰にしてあげようかと言わんばかりの笑みを……。

 お願いだから、病室で暴れるのは止めてくれ。

 

「そ、そうだ! サカキ博士に呼ばれてるんだよ」

 

「あんたが?」

 

「俺もそうだけど、メリーも。一緒に来てくれって」

 

「えー、行きたくない。変態の巣窟だもの」

 

「まだそんなことを……とにかく行くぞ。一条さん、お大事に」

 

「あ、はい。また来てくださいねー」

 

 一条さん、それって病室の先生が言う言葉じゃないと思うんですけど。

 どことなく一条さんもズレているよなあ、と思いつつ俺たちはサカキ博士の研究室に来た。

 まだメリーは嫌そうに顔を顰めている。そんなに嫌か。

 

「やあ、よく来てくれたね。夏くんはさっきぶり」

 

「どうも。……それで、用というのは?」

 

「ああ、うん。依頼の件なんだけどね、……また被害者が出た」

 

「「っ!?」」

 

 思わず息を呑む俺たち。メリーが更に顔を顰める。

 サカキ博士曰く、一応そこら一帯は立ち入り禁止地域に指定して今は入る者がいないのだという。

 しかしアラガミはそんなもの知ったことではない。普通に徘徊する。

 それを神機使いが討伐しに行ったところ、やられたらしい。

 危険なのに出撃した理由だけど、今までの現場から考えた出没地域から相当離れていたため大丈夫だろうと判断したらしい。

 

「それで襲われた、と」

 

「嫌ねえ……」

 

「出撃した四人の内、一人は重傷ながらも帰還。今は様子見だそうだ」

 

「そう言えばお……ネエサンの姿が見えなかったな」

 

 もしかしたらそっちの方に回っていたのかもしれない。

 一条さんも回るかもしれないのに、腰やっちゃって大丈夫だったかな。

 メリーはどうも反省してなさそうだけどな。

 

「資料は?」

 

「まだ調査中さ。……しかし、帰還した一人が妙なことを呟いていてね」

 

「妙なことですか?」

 

「“悪魔を見た”と“仲間の脳が……”。この二つだね」

 

「……つまり今までのと違って脳もやられたわけね」

 

「どういう心境の変化は分からないけど、アラガミだとすれば情報収集だろうね」

 

「だったらどうして今までは食べなかったんです?」

 

「何にせよ、まだ分からないことだらけだよ」

 

 なんかどんどんグロテスクなことになってきてるな……。

 そんな相手といずれ衝突しなくちゃいけないんだろ? うぅ、俺の人生終わりかも。

 そこまで凶暴な相手とやりあえる自信がないよ。

 第一、メリーに特訓つけてもらっててもまだこいつには届きそうにないんだ。

 結局メリー頼りになっているところが情けないよなあ。

 

「今まで大人しくしていたと思ったら急にこれだよ」

 

「まるで人間みたいな心の変化ね」

 

「未知の相手とか、エンカウントしたくないな……」

 

「弱音吐くんじゃないわよ」

 

 バシッとメリーに頭を叩かれた。痛いから止めて!

 叩かれた場所を押さえて思わず蹲ると、メリーから呆れたため息が出た。

 なんで俺、呆れられなきゃいけないの?

 

「明日はあたしが調査に行くわ」

 

「おおっ! それはありがたいね!」

 

「じゃ、じゃあ俺も……」

 

「あんたはいると足手まといよ、ついてこないで」

 

「……」

 

「おやおや、フラれちゃったね」

 

 サカキ博士に殺意を抱いた瞬間だった。

 ……あ、俺はメリーと違って物騒なことはしなかったからな?



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52、ボルグ・カムラン堕天

『どこで、間違ったんだろう』

 

産まれたときからが正解かもしれない。

 

 

――――――――――

 

 

「つーわけで、頼む! 手伝ってくれ!」

 

「わ、分かりました!」

 

 おかしいなー、同じような光景を昨日も一昨日も見たような気がするなー。

 今日ゼルダに応援を要請したのはタツミさんだった。

 そう言えば最近は忙しくてあんまり話してなかったな。

 

「タツミさん、それ、俺も手伝っていいですか?」

 

「おっ、夏! そいつはありがたいぜ!」

 

「あれ、今日はメリーさんと一緒じゃないんですか? また置いてかれた?」

 

「うん、置いてかれた」

 

 実は朝、やっぱり不安だから俺も一緒について行くってメリーに言ったんだよね。

 そしたら笑顔で「お断りするわ」って言われて、鈍器で、殴られて……。

 簡単に言うと今の今まで俺は気絶していました。暴力反対。

 というか、今から考えたらよく生きてたな、俺。鈍器で殴られるとか普通死亡だろ。

 

「……大変だったな」

 

 ゼルダとタツミさんにそれを話すと心底気の毒そうに言われた。

 タツミさん、“だった”んじゃないんです、現在進行形なんです。

 俺ってなんでこうも面倒事に巻き込まれるかなー。すごい嫌になってくる。

 

「俺のことはいいんで。今日は何の依頼ですか?」

 

「ボルグ・カムラン堕天です」

 

「サカキ博士から頼まれちまってな。結構な量あるんだが……」

 

「……なんかアラガミの素材、多いですね」

 

「何に使うのか皆目さっぱり見当がつかねえが、頼まれたんならやり遂げねえとな」

 

 タツミさんって本当にいい人だな。

 多分タツミさんなら断らないって思ってサカキ博士も頼んだんだろうけど。

 でもこのリストを見る限り一人はちょっと辛そうだな……。

 だからこそゼルダに頼んでたっていうことかな。

 

「タツミさんって、ちょっと損してません?」

 

「そうか? 人から頼られるって事は信頼されてるって事だろ? その信頼に応えねえと」

 

「兄貴……!!」

 

「ちょ、どうした、夏」

 

 タツミさんからすごい兄貴のオーラが……!!

 なんだろうな、一生ついて行きたいって思えるオーラがあるんだよ。

 まあ多分本人の前で言ったら謙遜とかするだろうから言わないけど。

 俺の心の中にとどめておきます。

 

「メリーさんがいれば更に戦力アップだったんですけど」

 

「ゼルダ。お前、俺があいつと仲悪いの知ってるよな」

 

「……あ」

 

「ある意味今日俺を置いて行ってくれてよかったな……」

 

 でもやっぱり置いて行かれたのは寂しい。

 なんかメリーから信頼されていないみたいな感じがしてさ……。

 俺だって、弱いなりに役立てるように今まで頑張って来てたのに。

 もっと精進しろって事なのかなあ。

 

「よしっ、じゃあ各自で準備を整えて出撃するぞ」

 

「了解です」

 

「分かりました」

 

 俺はいつも依頼後にアイテムは補給してるから、待つとするか。

 

 

――――――――――

 

 

 というわけで愚者の空母です。なんかここに来たのも久しぶりな気がする。

 最近の俺の依頼先ってすごい偏ってるよね、どうしてだろう。

 しかもサカキ博士からの依頼があるからしばらくは贖罪の街に行くことが多くなりそうだし。

 あー、アーク計画が終わったっていうのに神機使いって忙しいな。

 

「斬っ!!」

 

「はあああ!!」

 

「いっただきぃ!!」

 

 はい、戦闘中です。暢気に心の中で愚痴ってたけど、戦闘中です。

 最近は俺の苦手なアラガミばかり行っていたせいかボルグ・カムラン堕天戦がちょっと楽に感じる。

 あくまでちょっとだから、大したことではないんだけど。

 ちなみに荷電性のボルグ・カムランだ。

 

「受け渡しますよ!」

 

「おっ、噂のリンクバーストだな!」

 

「サンキュー!」

 

 ゼルダからアラガミ弾を受け渡された。前衛しかいないから放てないがな!

 だからか、ゼルダは一つずつ受け渡して残った一つをボルグ・カムラン堕天に放っていた。

 ふー、それにしてもヴェノム大のおかげで俺の存在理由が出来ている気がするよなー。

 逆にこのスキルがなくなったら俺はお払い箱のような気もするんだけどね……。

 ……ん、この三日でそのこと語りすぎだろって? いいだろ、語っても。

 

「っ逃げる……!」

 

「させねえぜ!」

 

 逃亡のために俺たちに背を向けたボルグ・カムラン堕天。

 それをタツミさんがスタングレネードを使用することにより阻み、スタン状態にさせた。

 

「今だ!」

 

「感謝です!」

 

 身動きできないボルグ・カムラン堕天に対し、ゼルダは目一杯に力を溜めチャージクラッシュを叩き込んだ。

 そしてボルグ・カムラン堕天は地面に倒れ伏した。

 

 

――――――――――

 

 

「どうだった、贖罪の街は」

 

「特にこれと言って収穫は無しね」

 

「打って変わって身を潜めたな、オイ……」

 

 二人で今日の成果について話し合う。

 俺は特に変わったことがない普通の依頼だったと報告し。

 メリーも特に何もなかったと報告した。

 

「お茶を淹れましたよ」

 

「ありがと」

 

「ありがとうございます」

 

「というかなんで病室で話し合いしてるんですか、おかしいですよ普通」

 

 にこやかな笑顔で静かに一条さんがツッコんだ。

 一条さんの言うとおり俺たちは今、病室で話し合いをしているのだ。

 ……うん、まあ場違いだっていうのは俺が一番分かってるけど。

 

「いえ、あの昨日の被害者に会いたくて、みたいな……」

 

「ああ、彼。彼はまだ要安静なので面会拒絶中です」

 

「寝言を言ってるって聞いたけど?」

 

「……悪魔を見た、ですか?」

 

「それよ」

 

 ビシッとメリーが一条を指差した。失礼だから止めなさい。

 呆れつつも手を下ろさせるとメリーは不服そうにしながらも一条さんが淹れてくれたお茶を飲んだ。

 どうやら美味しかったらしい。少し機嫌が直った。

 

「一口に悪魔と言っても結構な種類があるよな?」

 

「そうですね、宗教によって悪魔の概念も異なりますし」

 

「そういう問題じゃないと思うわよ。第一想像上の生き物じゃないと思うわ」

 

「それもそうですね……」

 

「アラガミか、人か。問題はここよ。人の線は薄そうだけど」

 

 頬に手を当て考え込むメリー。

 うーん、でもアラガミの可能性も低いと思うんだよね、俺は。

 あまりにも死体が綺麗に食べ残され過ぎてるし、さすがにそこまで知識はないと思うんだ。

 それに人を食べ残すなんて聞いたことがない。大抵が一口でバックリだし。

 ……あー、考えたら気分悪くなってきた。

 

「怖いですよね。私は神機使いじゃなくてよかったですよ」

 

「あ、知ってるんですか」

 

「昨日、サカキ博士から少しだけお聞きしました。恐ろしい話ですよ」

 

 ぶるりと身を震わせる一条さん。

 分かる分かる。あれは聞いただけでもかなり怖いよね。

 俺なんて夢に出そうで怖くて怖くて……!

 

「ところで話を強引に変えますが、」

 

「強引ですか」

 

「強引です。メールはもう見ましたか?」

 

「……メール?」

 

「サカキ博士のでしょ?」

 

 メリーの答えに頷きを返す一条さん。ああ、あれか。

 えーっと確か内容は……、三日間電気の使用を控えてほしいってやつだったか。

 水道の次は電気かよっ! ってターミナルに向かってツッコんだのは記憶に新しいな。

 

 でも俺、この前本当に大変だったんだよ?

 トイレ行こうと思ったらちょうど使用禁止の時間帯で……。

 特に急じゃなかったから頑張って待ちましたよ、ええ。身体には悪いけど。

 でもあれは本当に迷惑だった。

 

「“構想十年、究極の嗜好品の完成が間近です”だったかしら? 何作ってんのかしら」

 

「断水したということは水を使いたいと見たほうが良いでしょうね」

 

「じゃあ、飲み物? 何作ってんのか全く分かんないな」

 

 今日タツミさんに頼んでたアラガミの素材とかも使うのかなあ。

 うわ、なんか考えたくない。この話題は一回やめよう。

 

「そういえば、あの研究室最近匂わない?」

 

「そうか? 俺には分からないけど」

 

「同じく、分かりませんね」

 

「あたしだけなの?」

 

「どんな匂いだよ」

 

「どんなって言われても……、表現しにくいわね」

 

 うーん、と黙り込んで言葉を探すメリーを見て、俺と一条さんは首を傾げた。

 ……後に俺たちはこの正体を知ることになる。



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53、疑惑のジュース

決して魅惑ではない。何故なら、あのジュースだから……。


『これじゃ、アラガミと変わらない……!』

 

 人がアラガミへと堕ちたようです。

 

 

――――――――――

 

 

 それは、必然的に起こる出来事であったんだと思う。だからこそ、どうして俺なんだ。

 あまりの苦しさに思わず涙目になり、目の前の景色がぼんやりとでしか見えなくなった。

 鼓動がどんどんと早くなり、それを落ち着けるために深呼吸しようとして、おれは咽込んだ。

 俺が一体、何をしたっていうんだ。

 

 場所はエントランス。一階の、つまりオペレーターのヒバリちゃんのいる階。そこで、“俺たち”は倒れていた。

 ゴホゴホ、と苦しげに咽るソーマ。蹲り続けるタツミさん。倒れている俺。それが今回の事件の被害者だ。

 どうしよう、冷や汗が止まらない。俺ってこのまま死ぬのかな。死んじゃうのかな。

 ちなみにゼルダはエントランスの隅のほうで引いていて、メリーは興味深そうに俺たちを観察している。

 

「ソーマ、タツミさん、夏さん。どうです、味は?」

 

 そして今回の事件の犯人……、コウタが俺たちの前で面白そうに笑っていた。

 いや、正確に言えば犯人はコウタだけじゃないんだ。もう一つ、俺たちを苦しめたことに直接関係があるものがある。

 ソーマはようやく落ち着いたのか、キッとコウタに睨みを利かせる。

 

「てめえ……、何しやがる!!」

 

「え? 何って、ジュースを勧めただけだろ? 美味しい美味しい初恋ジュースを」

 

 そう、俺たちがこうなった原因は足元に転がっている初恋ジュースが原因だった。

 これこそがサカキ博士が作っていた究極の嗜好品であると、コウタはそう言っているのだ。

 博士……、とんでもないもの作りやがって。なんだよこれ、激マズじゃないかよ!?

 数時間の断水と三日の節電の結果がこれとか、ありえなさすぎだろ……。

 

「コウタ、一つ聞くぞ。お前、この味だって知ってたろ?」

 

「はい、知ってましたけど?」

 

「歯ぁ食いしばれ」

 

「ちょっ、夏さん怖いんですけど!?」

 

 まだ少しくらいなら耐えられる味なんだ、こいつは。

 蹲るぐらいのダメージはあっても倒れまではしないだろう、普通なら。

 しかし俺たちがここまでダメージを受けたのは、当たり前ではあるが勿論理由がある。

 実は俺たち、コウタにこのジュースがすごい美味いと勧められて飲んだのだ。

 最初から三本持っていたところを見ると、完全にひっかける気満々だったんだろうが。

 

「大袈裟ね、あんたたち。普通に美味しいわよ、これ」

 

「メリー。お前って味覚も壊滅的だったんだな」

 

「はあ? あんたと一緒にしないでくれる、腹立たしい」

 

「最近お前すごい怖いよな」

 

 ピンク色の初恋ジュースの缶を手にしたメリーが俺を睨んできた。俺の舌は壊滅的じゃない。

 この壮絶な味を美味しいって言えるメリーの方がはるかに壊滅的だと俺は思うね。

 とりあえず、後でサカキ博士は殴り込みに行ってこよう。

 

「サカキ博士 への 好感度 が 少し 上がった」

 

「どうしたの、メリー。片言だけど」

 

「ちょっとした遊びよ」

 

「でもそんな飲み物くらいで好感度が上がるお前ってチョロいな」

 

「煩いわね。これは世紀の大発明よ」

 

 満足げに頷きながらそれを飲むメリーは本当に美味しそうだ。

 お前、不味いものが美味しく感じる薬でも開発したのか? 本当にそれがあるとしたら欲しい。

 ……あー、普通にメリーの味覚っぽいな。なんで飲めるんだよ……。

 

「で、お前はそれを本当に気に入ったのか?」

 

「ええ。明日から任務後に飲むわ」

 

「今日からじゃなくていいのか?」

 

「自販機からなくなっちゃうでしょ?」

 

「どんだけ飲む気なんだよ……」

 

 メリーの反応に思わずげんなりした。

 一方後ろではコウタとソーマとタツミさんがなんか色々揉めていた。もう俺はいいや。

 体調悪くならないといいな、とぼんやりと考えているとメリーが俺に何か差し出してきた。

 これは、ノートか? 結構古ぼけてんなー。しかも汚い字で“日出”って殴り書きされてるし。

 ……うん? 日出? 俺の名字じゃないか。

 

「どうしてお前がこれを?」

 

「ああ、さっきあんたのおばさんが来たのよ。それで渡してくれって」

 

「おばさんが……」

 

 パラ、と一ページ目を見てみると、俺の父さんの日記のようだ。汚い、実に汚い。

 内容はなんてことない、平和な内容だった。日付は面倒くさがったのか一つも書かれていない。

 なんか心の声みたいに父さんの気持ちが書かれてる……。なんだこれ、ギャグだろ。

 母さんに一目惚れしたこととか、結婚したこととか、俺が生まれたこととか。

 一回だけ母さんが書いたみたいだけど……。本当になんてことない、幸せそうな内容だ。

 

「ん、」

 

 しばらく空白が続いて、最後のページ。

 そこに一枚の写真と母さんが残したと思われる文があった。

 母さんがこのノートに文字を書いたのはこれをあわせて二回って事か。

 そこには父さんが亡くなったということ、それが信じられなくて母さんは探しに行くということが書いてあった。

 俺を残していってしまってごめんと、許してほしいとも書いてあった。

 

「どうしたの、涙目よ」

 

「……なんでもない」

 

 ノートを閉じて、写真を見てみる。

 そこには黒髪に蒼い目の男と、茶髪に焦げ茶の目の女が映っていた。

 女は生まれたばかりの赤ん坊を抱えており、赤ん坊は気持ちよさそうにすやすや眠っている。

 きっとこの男が父さんで、女が母さんなんだろうな。それで、赤ん坊が俺。

 全然覚えてなんかいないのに、なんでかこれを見るとすごく懐かしい。

 思わず目から涙がこぼれた。

 

「あら、泣いてるじゃない。そんなにあのジュース不味かった?」

 

「違う。……違うんだ」

 

 ぐっと涙を拭って、俺は写真をノートの最後にしまい込んだ。

 あれだけ幸せな家庭が、俺にはあったんだ。覚えてないのがすごい残念だ。

 ふと、もし父さんが亡くならなかったら俺には今でも両親がいたのではないかと思い……やめた。

 今更すぎたことを悩んでも、意味はない。

 

「父さんと母さんのことが少しでも分かったのが嬉しかったんだ」

 

「そう、良かったじゃないの」

 

「うん。良かった」

 

 俺はさっきコウタに騙されたことも忘れ、そっとノートの表紙を優しく撫でた。



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54、ある男の日記

前のお話で出てきた日記についてのお話。
夏くんのお父さんとゼルダさんのお父さんのキャラがかぶっているような気がしなくもない。


(ノートには日付を書く欄があるが記入されていない)

 

 

 

 

 

 昨日、誕生日プレゼントとして(みのり)からこのノートを貰った! な、なんて嬉しいことが起こったんだ……。

 俺、夢を見てるわけじゃないよな? 正真正銘実から渡されたノートだよな? 誰かが実に変装して俺をはめようとしたわけじゃないよな?

 ……やばい、嬉しすぎて鼻血出そう。

 

 と、言うわけで実のその好意を無駄にしないために、今日から俺はここに日記を書くことにした!

 なんか他の日記とちょっと表記が違う気がするけど、まあ構わないだろ。

 これは俺の日記なんだから、俺がどう書こうと俺の自由なんだ。

 

 おっといけない。気がついたら一時間も過ぎているじゃないか。

 この文書くだけでどんだけ時間かかってるんだよ、俺……。いや、書く前に昼寝したからか。

 上官の特別特訓サボって来てるからなあ。そろそろ戻らないと特訓がいつも以上にハードになりそうだ。

 さて、そろそろ行くとするか。

 

 

 

 

 

 あー、この前書いたのとだいぶ時間が空いちまったな。

 えーっと……、かれこれ一か月は放置してた計算になるのか? これじゃあ一日坊主だぜ……。

 でも決して実の好意を忘れていたわけじゃない! 仕事と実との交友をしてたらすっかり忘れ……。

 いや、違うんだ! 仕事が激ハードだったんだ!

 

 まあそれは置いておいて、ここで重大ニュースがあります!

 パンパカパーン! 俺、猛プロポーズしまして実と結婚することになりましたー!!

 実がこの支部に来たのが三年前か。初めて見たとき、俺は一目惚れって言う言葉の意味を理解したね。

 考えてみたら、その翌日から実にアタックを始めたんだったか。結構道のりは長かった……。

 このノートを貰えるまでの仲になったのがよかったな、うん!

 やばい、今俺幸せすぎて成仏しそうなんだけど。誰か俺を引き留めて。

 

 ……そういえば神機使い同士の結婚はかなり稀なものって実が言ってたな。

 何か分からないけど色々と面倒な手続きがあるとかも言ってたな。……よし、そこは実に任せよう!

 俺って旧時代だったら絶対詐欺られてると思うんだ。

 

 さて、そろそろ愛しのマイハニーに会いに行くとするか。

 待っていてくれ!!

 

 

 

 

 

 おおう、またしても一日坊主になってしまっていたか。怖い! 俺の才能が怖すぎるよ!

 今度実に自慢してみよう。どんな反応が返ってくるか楽しみだ。

 というか今回は一年も間が空いてるのか。マジで俺の才能怖すぎる! ……冗談だけど。

 

 よっしゃ、今回も重大発表いっきまーす!

 バババッバッババーン! 俺と実に子どもが出来ましたー!!

 昨日、昨日産まれたんだよ! 俺もう本気で成仏考えてもいいよ! ちなみに実曰く男の子らしい。

 初めて抱っこした時は可愛すぎて女の子かと思った。いやあ、目に入れてもいいくらいだよね!

 本当に入るくらい目に近付けたら実に全力で止められちゃった、あは。

 

 でもなあ、名前は実が決めるんだよなあ。

 俺も決めたいのに、「ネーミングセンスが最悪だから私に任せて」って言われちゃったんだよなあ。

 しかもそんなこと言っておいて、まだ全然決まってないんだと! 俺も混ぜてくれよ……。

 まあ実が考えた名前ならすっごいいい名前になるだろ。あー、早く考えてくれないかなー。

 じゃないと息子を名前で呼べないから「息子」って呼ばざるを得ないんだよなー。それは父親としてちょっと辛いものがある。

 

 ……ん? 誰か俺の扉叩いてるな? 誰だろ。

 じゃあ今回はここまでにしておくか。

 

 

 

 

 

 あーあ、なんだかんだ私に自慢しておいて全然書いてないじゃないの。

 しかも最初とその一か月後とその一年後の三回分しか書いてないじゃない。馬鹿ねえ。

 ……まあ、そこがあの人の良い所なんだけど。って、私も惚気ちゃったかな?

 

 まあ、いいや。今回は夫の駄目っぷりをこの盗み出してきたノートにたっぷり書き込みたいと思いまーす! しかも消せないようにボールペンで書きたいと思います。

 あの人の修正液は盗むときに使えないように壊したし、お店の人にもお金握らせてあの人が買えないようにしたし。

 これでここに夫の駄目駄目は永遠に残されるわ!

 え? やってることが腹黒い? そんなことはないゾ。

 

 ああ、そういえば息子の名前をようやく考えたわ。あの人にも言い忘れてたし、ここに書いておくのも一つの手段よね。

 て訳で息子の名前は〇〇(息子の名前の部分は擦れているため読むことが出来なくなっている)に決めたわ。

 あの人も気に入ってくれるといいんだけどなあ。さすがに今回は不安しかないのよね。

 あの人のネーミングセンス酷いから変な言いがかりつけられたらどうしようかしら。

 

 ……ん? 扉を誰かが叩いてるみたいね。まあ今は鍵かけてるから開けようがないんだけど……。

 この時間帯にこんなところに来る人と言えばあの人くらいかしら。……って、思った以上にばれるのが早かったわね。

 どうしましょうが……。あっ、ヤバ! 字、間違えた! うわあああ、修正液ないわよ、どうしましょう……!

 ……いいわ、かくなる上はこのまま放置を!

 

 さて、悪戯はここまでにしましょう。

 あ、結局大した駄目っぷり書いてないわね。

 

 

 

 

 

 酷い実! なんか俺を陥れようとしてるし!

 しかも俺の修正液がノートと一緒に消えたなー、って思ってたら実の仕業だったのか……。すぐにノートを取り返せてよかったぜ。

 ただ、それ以来誤字が怖くてボールペンが使えねえ……! くそう、これからは鉛筆にするか。

 

 実の日記らしきものは消えないけど、いい思い出になったからいいとするか。

 それにやっと俺に息子の名前を知ることが出来たしな。ああ、改めて日記に感謝する。

 ついでに盗んでくれてありがとう実。修正液の件は恨むけどな!

 

 ……あー、なんか腹減って来たなー。

 今回はこれまでにして、実のとこでレーション食べてこようかな。

 

 

 

 

 

 最近アラガミが活発化してきている気がする。

 俺の気のせいかもしれないけど警戒したほうが良いかもしれない。

 特に極東支部があれだよなあ。もともとレア、というか危険なアラガミの出没度が高かったけど、最近ウロヴォロスの観測も増えたとか聞くし。

 俺が行きたいのはやまやまだけど無理を言うわけにもいかないしな。

 とにかく、様子を見るとしよう。

 

 

 

 

 

 近々他の支部にお邪魔することになりそうだ。俺がいる支部はもともと寒かったらしいけど、最近はそうでもない。

 にも関わらず俺の行くことになる支部はかなり寒いらしい。ああ、嫌だなあ。

 でもこの前書いた件で何かわかることもあるかもしれない。極東じゃないけど。

 なんだかんだ言って俺の時代が来るかもしれない! 暴れてこよーっと。

 

 そういえば極東で思い出したけど、実もお邪魔に行くらしい。息子と一緒に、極東支部へと。

 ……これって虐めだと思わない? なんかすごいボッチ感が……。俺を一人にしないでくれよ、マイハニー。

 なんでも、極東支部には実の親戚もいるからしばらく息抜きも兼ねてお邪魔するらしい。

 そういえば実はここに来る前は極東支部にいたんだっけ。俺も日本人だけど、産まれはこっちだからなー。見てみたいなあ、極東。

 

 さて、マイハニーも息子もいなくなってしまうし、この日記はどうしようか。

 ……日記だから、持ってくか。

 

 

 

 

 

 今日、実が極東の地へと旅立っていった。俺? 大泣きしたよ。

 実に「大人げないから止めて」って言われるくらい泣いたよ。だって寂しかったんだもん!!

 

 ……とまあ、冗談はこの辺に置いておいて。俺も明日にはこの支部を出発しないといけないしな。

 今日はいつもと比べたらかなりの短文だけど、仕方がない。

 

 さて、新天地の準備をしようではないか。

 

 

 

 

 

 やってきました新天地! 俺が大活躍できそうな場所! ゴウゴウとうるさい吹雪が俺を呼んでるぜ!

 そして情報通りの寒さ。極寒ってこのことを言うんだと思う。出先には温かい飲み物でも持ってこうかなー。

 もちろん保温のポットに移し替えて。

 

 今頃、実たちは何してるんだろうな。息子は相変わらず育ち盛りでいるだろうか。

 俺と再会した時に俺の顔を忘れているという展開の回避を祈ろう。現実になったら死ぬよ俺。

 しかし息子には俺の馬鹿加減は受け継いでほしくないなー。前に実も相談したら「あ、自覚してたんだ」って真顔で言われた。

 それは酷いぞマイハニー……。

 

 さて、色々とやるべきことを終わらせて俺も極東に行けるように支部長を説得してみようかな。

 ここの支部長は前いた支部と違ってあんまり賢くなさそうだったから言葉でまくしたてればいけるだろ。

 悪知恵だけは働くよ、俺。

 

 さあ! いざ行かん、輝かしい未来へ!

 待っていてくれよ! ミノリ! 〇〇!(息子の名前はまた擦れていて読めない)

 

 

 

 

 

(ここから先数ページは空白となっている)

 

 

 

 

 

 今日、私の手元に懐かしいこのノートが届いた。

 なかなか前の支部に戻ることも出来なくて、あの人にも全然会えなくて困っていた矢先のことだった。

 

 何故これが私の手元に届いたか。それはこのノートがあの人の“遺品”だから。

 冗談じゃない。勝手に人の夫を死人扱いされては困るというものがある。

 あの人は馬鹿で、突拍子もないことをするような人だったけど、仲間思いで、ムードメーカーでとっても優しい、私の夫だ。そんな人が死人扱いなんて、馬鹿馬鹿しい。

 あの人だったらこうやって悲しませておいて、いきなりドアを開けて「ドッキリ大成功!」とか言って満面の笑顔で入ってくるに違いないのに。

 

 今、あの子はお昼寝の途中だ。天使のような可愛らしい笑顔を浮かべているこの子も早くも一歳となる。

 あの人の日記の通り、目に入れてもいいくらい可愛いわ。

 それなのに、この子はきっとあの人のことはほとんど覚えていないでしょうね。

 

 私は、あの人が行った支部に行こうと思っている。そこに何か手がかりがあるかもしれない。

 極寒の地、と言っていたから遭難しただけかもしれない。あの人、方向音痴だったから。

 息子には受け継がれてなさそうだけど。

 

 息子は親戚に預けて行こうと思う。

 あんまり小さいうちからいろんなところを行ったり来たりするのは疲れるだろうから、ここに置いていくのが一番いい判断だと思う。

 それはもしかしたら私の身勝手な考えかもしれないけど、今はそれが最善だと信じたい。

 その代わり私とあの人、つまり母親と父親と言う存在は確かに存在したという証拠として、この日記と写真を置いていこうと思っている。

 あの子には関係ないことが多いけど、これで「馬鹿だなあ」っていう程度でもいいから私達のことを思いだして笑ってくれたらうれしい。

 

 

 貴方を置いていく、身勝手な私を許して頂戴。

 愛する息子へ。  実

 

 

 

 

 

 ――俺は今、幸せでやってます。

 

 

 最後のページ、ある女性が残した文の下に、新たに一行足された。



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55、アルダノーヴァ

『誰か来てくれ! またやった!』

 

 そのまま、永久に眠りたかった。

 

 

――――――――――

 

 

「アルダノーヴァがエイジス島に現れた?」

 

 ゼルダの口から発せられたその言葉を、俺はそのまま復唱した。

 今俺たちがいるのはエントランス。ゼルダから今日の依頼についての話を聞いているところだ。

 ゼルダとメリーと俺……。実にいつも通りのメンバーだな。

 

「ええ。厄介なことに」

 

「随分早かったわね」

 

「確かになー。学習しているとは言え、こりゃないぜ」

 

 アルダノーヴァ。

 前支部長、ヨハネス・フォン・シックザールが造り出した人工アラガミ。

 この前は第一部隊全員、プラスでメリーも加わってフルボッコにして倒したんだよな。

 俺? 俺はその場に居たけど傍観に努めてたよ。ナレーションベースって大事だろ?

 

「で、この任務にご協力していただきたいのですが」

 

「あたしは構わないわよ。経験者がいたほうが良いしね」

 

「俺は経験者でもなんでもないんだけども」

 

 あのー、と言った感じで俺はゆっくりと挙手して発言した。

 さっきも言った通り、俺は傍観に努めてたから実際に戦ったわけじゃないんだよね。

 これを言うと言い訳にしか聞こえないんだけど、サカキ博士も護ってたし。

 しいて言えばみんなの戦闘を見てやっぱ強いなー、フルボッコ可哀想だなーとか思ってたくらい。

 

「あんたは……攻撃パターンくらい見てたから分かるでしょ?」

 

「何その微妙な間」

 

「いや、アルダノーヴァと接触した瞬間胸をビームで貫かれそうと思って」

 

「お前はそんなに俺を殺したいのか」

 

「まあ今日夢に見たんだけど」

 

「見ちゃったのかよ」

 

 どうもこの前から俺はメリーに嫌われてしまったらしい。前は……ハンニバルに殺される夢を見たんだっけか?

 なんでそんなにしょっちゅう俺が死ななきゃいけないんだろうか。まだ殉職する気はないぞ。

 というか、そもそもメリーに嫌われる心当たり自体が俺には無いんだが……。

 

「あ、そう言えば、お二人はサカキ博士から任務があると聞きました」

 

「任務? ……ああ、あの長期任務」

 

「最近贖罪の街付近で起こっている謎の事件のことですよね」

 

「良く知ってるな」

 

「聞きましたから」

 

 いつ聞く機会があったのかは別として、なんでサカキ博士に聞きに行ったんだろ。

 前だったら純粋に心配してくれたのかなって思うんだけど、今のゼルダは毒舌だからな……。

 とりあえずそこに触れるのは止めておこうか。

 

「大丈夫ですか? 相当危険な任務と聞いていますが……」

 

 心配してくれた!

 良かった、まだゼルダの良心は残っていたんだね。ちょっと安心した。

 

「大丈夫よ、いざとなったらこいつ囮にして逃げるから」

 

「え、ちょ、酷くないかそれ。俺は使い捨てかよ」

 

「いいじゃない。一生に一度の見せ場よ?」

 

「その見せ場で俺命落としそうなんだけど?」

 

 メリーの発言を聞いて、ゼルダが眉を潜めたのを視界の隅で捉える。

 幸いなことにそのことにメリーは気付いていないようだった。

 ゼルダが訝しげな態度を取ったのには意味があり、俺もその理由が分かっていた。

 

 

『だからこそいいじゃない?』

 

 

 適当に考えてみたけど、案外メリーが言いそうな言葉だ。

 メリーは基本的に俺が考えもしないような考えをすることがある。

 つまりで言う、常識から逸脱した考えってやつだ。

 

 例えば、メリーはウロヴォロス種が大好きだ。

 ここから既にメリー・バーテンという女が普通の人間ではないことが分かる。

 他にも最近発見された新種のアラガミ、ハンニバルの情報をほとんど効かずに出撃したり。

 ……まあ、普通に考えたら馬鹿じゃねえのみたいなこともするのがメリーだ。

 

 そのメリーが、あの好戦的なメリーが開口一番に“逃げ”の提案をするはずがないのだ。

 むしろそんな障害、どんと来いと言わんばかりの態度で迎え撃つのが俺の知っているメリーだ。

 それはゼルダも一緒なのだろう。だから怪訝そうにした。

 

「なによ、あんたたち。揃いに揃って変顔しちゃって」

 

「変顔じゃありませんけどお!?」

 

「ムキにならないでくれる? 腹立たしい」

 

「何故腹を立てられたのかが分からないんだが……」

 

「というか今回は私も巻き込まれてるんですね」

 

 メリーが俺たちの態度の意味に気付いてないってことは、無意識か。

 無意識のうちにメリーが恐れるものって、いったいなんなんだ?

 それが今回のサカキ博士の依頼と何か関係が……?

 

「聞いてんの、馬鹿夏?」

 

「てえっ!?」

 

 脳天に一発、とっておきの一撃ともいえるような拳骨が落とされた。

 今まで考えていたことがどこかへ飛んでいき、堪らず両手で患部を押さえた。

 う、ぐ、ぐ……。めちゃくちゃ痛いんだけどこれぇ……。

 

「うぅー、何すんだよお!?」

 

「人の話を聞かない夏が悪いのよ」

 

「だからって本気で頭叩くなよ!」

 

「本気? まだ二割よ」

 

「なん……だと……?」

 

 こいつはいったいどれだけの力を持ってるんだ……。

 って、俺は今まで何を考えていたんだっけか。確かメリーのことだった気が……。

 あー! すっかり忘れてるよ、俺! 俺の記憶力ザルだな。

 

「何そんな絶望的な顔してるの」

 

「今まで考えてたことを忘れた……」

 

「ぷぎゃー」

 

「まだ感情籠ってた方がマシだよ!」

 

 そんな棒読みで言われた方が余計に傷付くっつーの!

 いや、メリーの場合は俺が傷つくように言葉を選んでいるのか……。

 しくしくと机に突っ伏した俺を見てゼルダの苦笑する声が聞こえた。

 黙ってないで止めてくれよ……。

 

「あ、私、準備してきますね」

 

 ゼルダはそれだけ言うと俺たちから離れて階段を上って行った。

 今言った通り、依頼に行くための準備をするためだろう。

 ……でも。

 

「見事に見捨てられたわね、あんた」

 

「言うな。たった今同じ結論に辿り着いたんだ」

 

 俺だってそう思ったけどさ、言わない優しさってあると思うんだ。

 あ、そもそもこいつには優しさと言うものが欠落しているのかもしれないな。

 机に頭を乗せたまま視線を上げると、何もない所に向かって喋りかけているゼルダが見えた。

 笑っているところを見ると、相当いい雰囲気らしい。

 

「なんだろうな、あれ……」

 

「ん? ああ、最近エントランスや病室でよく見かけるそうよ」

 

「誰と話してるんだろ」

 

「幽霊でも見えるようになったんじゃない?」

 

 なんて怖いことを言ってくるんだ、この人は。

 楽しそうに俺たちが見えない何かと談笑しているゼルダから目を外す。

 

「やめてくれよ、幽霊なんて存在しないんだから!」

 

「……今度肝試しやろうかしら」

 

「あ、それは中身が人だから大丈夫」

 

「見事につまんないわねー」

 

 そんなことを言われてもなー。

 多少なら大丈夫なんだ、妖怪の本とかも読んだことあるし。

 でも、本当に半透明とかのアレが出たら多分失神すると思う。

 女々しい? 男がなんでもかんでも強いと思うなよ。

 

「それにこの支部に、レン、なんて名前の神機使いいたかしら?」

 

「誰それ」

 

「ゼルダが誰かさんと話しているときに出てくる個人名よ」

 

「ふーん……」

 

「レン、って名前の幽霊なのかしらね」

 

「幽霊って名前持ってんのか……」

 

 というかツッコみ損ねたけど、こいつ耳良すぎだろ。地獄耳か。

 レン、ねえ。俺はその名前を聞くと某歌を歌う機械を思い出すんだけど……まあいいか。

 今の会話で得たことは、遠くにメリーがいたとしても悪口は言っちゃいけないってとこか。

 ……あー、心も読めるんだったか、こいつ。マジエスパー。

 

「何見てんのよ、気持ち悪い」

 

「え、あ、いや。……俺の心安らげる場所なんてどこにもないんだって思って」

 

「今更ね。まあできたとしても破壊しに行くけど」

 

「嫌いか! そんなに俺のこと嫌いか!」

 

「リアクション的には好きね」

 

 うわあああ、妙なところで好かれてる……。

 それならむしろ嫌ってくれてる方が俺的には安心なんだけども。

 もう朝から嫌だなーと思ったところでゼルダが戻ってきた。

 誰かさんとのお話は終わったようだ。

 

「お待たせしましたー」

 

「よし、じゃあ神機取りに行くか」

 

「あー、なんか疲れたわー」

 

「俺の方が疲れてるって気付いてる?」

 

 ため息を吐きながら俺たちは神機の倉庫に移動した。

 あ、ちなみに今回の依頼は三人だけで行くそうだ。まだハンニバル対策は終わってないらしい。

 なんかその中で自由にやってる俺たちってなんなんだろうな。

 

「しっかし、相変わらず目を引くラインナップだな」

 

 神機の倉庫には、個人で所有している神機パーツもある。

 ここで目立つのはやはりゼルダが持っている神機パーツだろう。

 ゼルダは素材とお金に物を言わせて結構な量の神機パーツを所有している。

 おまけに新型だから、剣も銃もどっちも作る。そのおかげで量が多い。

 いやー、ここまでくると一種の博物館だよね!

 

「……ん、なんだこのパーツ」

 

 不意に一つの剣パーツが俺の目に入った。バスターか。

 真っ白な刀身を囲むようにして取り付けられた半透明の赤い結晶が淡く輝く剣パーツ。

 美しくも確かに強さが見えるその剣はとてもかっこよく見える。

 

「あ、それはハンニバルから作ったものです」

 

「え、ハンニバルから?」

 

「この前私の神機が壊れたときの素材です」

 

「ああ、あれね」

 

 そういえばその時の依頼はハンニバルだったか。

 いいなー、俺はバスター使いじゃないけどちょっと羨ましい。

 まあ俺はサリエルの神機が気に入ってるから別にいいんだけどね?

 

「今度機会があったらつけていきましょうか?」

 

「えー、今日がいい」

 

「今日は別の剣パーツで行きます。もうつけてもらったので」

 

「そっか、残念だな」

 

「無理言うもんじゃないわよ」

 

「はいはい」

 

 なんだか母親みたいなことをメリーから言われた。

 煩いな、俺だって断られたらちゃんと身を引いたじゃないか。

 さすがにそう何度もしつこく言い寄ったりはしない。迷惑になりたくないからな。

 

「よし、行こっか」

 

「今日もよろしくお願いしますね」

 

「さっさと終わらせるわよ!」

 

 メリーが張り切ってそう言い、神機を引っ掴むとさっさと倉庫から出て行った。

 俺はゼルダと揃って苦笑するとメリーの後を追って倉庫から出た。



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56、新人と幼馴染

何はともあれお久しぶりです。
ようやく新人さん登場です。
そしてオリキャラも登場です。


『いなくなりたい』

 

 本心は違うのに。

 

 

――――――――――

 

 

「……へいへい、もしもーし」

 

 俺は今、とても機嫌が悪かった。

 理由は簡単だ。携帯に起こされた。目覚まし時計じゃなくて、携帯だ。

 まだメリーに起こされたほうがマシだったような気がするぞ……。

 いや、痛いのは嫌だけどね?

 

『起きた? 死んでる? 死んでるならそのままでいいわよ』

 

「朝から酷いこと言ったな」

 

 繋がったのはメリーだった。お前かよ、ちくしょう。

 というか俺が電話に出た時点で起きてるって分かるよね? 態とか。

 なんなんだよ、まったく。

 

『今すぐエントランスに来なさい』

 

「はあ? なんでだよ」

 

『ツバキさんが呼んでるのよ。さっさと来なさい』

 

 おい待てや。理由を聞いているんであって誰が読んでるかを聞いてるんじゃないんだぞ。

 って、ツバキさんがですか……!? 俺はまた何かやらかしましたかね? 全く覚えがないんだが。

 あ、そうだ。通話を切られる前に場所を聞いておかないと。

 

「どこに行けばいいんだ?」

 

『エントランスよ』

 

「ああ、公開処刑か」

 

『は?』

 

 あれ、俺が何かをやらかしたわけじゃないっぽい?

 とりあえず着替えてすぐに行ったほうがよさそうだな。

 

「どうもー。日出 夏、ただいま参りましたー」

 

「遅い、何をしていた」

 

「え? 寝てました」

 

「……」

 

「夏、さすがに寝癖は直してきなさいよね……」

 

「えっ、どこ!?」

 

 早速ツバキさんとメリーに呆れられた。あれー?

 というか俺の寝癖どこなんだって! 教えてくれたっていいだろ!

 あ、ゼルダもいるじゃないか。なんで教えてくれないんだ!

 ……ん? 他にここらじゃ見ない顔が三人いるな。

 

「ツバキさん、これ何の集まりです?」

 

「馬ー鹿。最近の噂聞いてなかったの?」

 

「え?」

 

「新人ですよ、新人。ついに来たんですよ新人さんがー!」

 

 きゃー、と嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねるゼルダ。本当に嬉しそうだ。

 そういえばそんな話が前々からあったような気がしなくもない。

 ゼルダとかアリサが毎日わくわくしながら待ってたっけ。

 

「今日から新たに仲間になる神機使いを三人紹介する。全員、新型だ」

 

「……えっ、ツバキさん。失礼ですが、四人では?」

 

「……疲れているのか、ゼルダ?」

 

 どうやらゼルダには幻影が見えているようだ。どう見たって三人しかいませんが。

 あるいはツバキさんも入れて四に……。はい嘘です、冗談です。ツバキさん、視線で殺す気ですか。

 ツバキさんもゼルダに今日は休んだほうが良いではないのかと心配そうに聞いている。

 ゼルダは大丈夫です、と返事をしているがその表情はどこか浮かない。

 ゼルダの様子が気になりながらもツバキさんは新人三人に自己紹介を促した。

 

「本日付で第一部隊に配属となりました、ソロ・ワイバーンです」

 

「同じく第二部隊に配属となりました、アネット・ケーニッヒと申します!」

 

「同じく第三部隊に配属となりました、フェデルコ・カルーゾです」

 

「「「よろしくお願いします!」」」

 

 いいね、新人さん。なんだかゼルダとかアリサが来た頃が懐かしいよ。

 新人さんって初々しいからなんか羨ましいよねー。というかソロってやつが一番年上かな。

 ……ん、ソロ? ソロって、俺、聞いたことがあるんだけど。

 もっと具体的に言えば一年前まで話したりしていた……。

 

「お前、ソロ……なのか?」

 

「たった今自己紹介したのが聞こえなかったのか?」

 

「敬語が消え失せた!?」

 

「何故お前などに敬語を使わなければいけない。そもそも、何を敬えと」

 

「変わんねえよなお前は! 変わらな過ぎて悲しいぞ!?」

 

「煩い、馬鹿夏」

 

「お前がな!」

 

 うわああああ、俺を弄るやつが一人増えやがったああああ。

 何だこの新人全然可愛くないぞ。いや、そもそもで考えたら可愛いはずがないのだ。

 ソロ・ワイバーン。小さい頃に最悪の出会いをし、それ以来幼馴染となった男だ。

 うん、今から考えてもあれは最悪すぎる出会いだった。まあそれはまた今度話すとして。

 

「新型神機に関しては私よりお前たちの方が詳しい。出来る限りフォローしてやれ」

 

「「了解」」

 

 声を揃えた返事に満足そうにツバキさんは頷くと、以上、と言ってエレベーターに乗っていた。

 ツバキさんの後姿を見送ってから俺はソロに視線を向けた。

 

「それにしても、本当に神機使いになっていたとはな……」

 

「あー、まあ確かに突然だったし、神機使いになってから帰ってないからな」

 

「てっきり死んでるかと思っていた」

 

「うおいっ!? 何勝手に殺しちゃってんの!?」

 

「はあ、何故お前が絡むとこうも疲れるんだ」

 

「俺も疲れるんだぞ」

 

「ヤダ、面白いことになってきたじゃない」

 

「お前しか思わねえよ、そんなこと」

 

 何ニヤニヤしてるんだ、メリー。そんなに俺が困っているのが楽しいか。

 ジト目で見つめてやったらウザったそうな視線を返された。俺の心は傷ついた!

 ソロは俺のことを一度無視することに決めたようで、完全に視線から外してゼルダに向きなおった。

 あ、そういえばソロは第一部隊に所属になるからゼルダの部下になるのか。

 

「リーダー。足手まといになることもあるかもしれませんが、よろしくお願いいたします」

 

「は、はわわっ! こちらこそよろしくお願いしますっ!」

 

 ぺこりと深々と礼をしたソロに対してゼルダも慌てながら同じくらい礼をする。

 なんだこの図。どっちが上官なのか全く判断できないんだけど。

 というか、ゼルダに対してはちゃんと敬語使うんだね……。俺だって先輩なのに。

 

「俺も一応先輩だぞ?」

 

「先輩? 馬鹿言え、目の前にいるのは情けないほど間抜けな幼馴染だ」

 

「ちょっと言い過ぎじゃないですかねえ!?」

 

「どこがだ。丸々事実だろうが」

 

「くそっ、相変わらず大人びてる奴め……」

 

「お前はいつまでたっても子供だな。よく今まで生きてこれたな」

 

「……お前、さすがにそれは酷いぞ」

 

 冷ややかな目線をソロから送られる。俺が一体何をしたっていうんだ。

 あと、ゼルダ。苦笑してないで少しはフォローしてくれよ。

 

「この後、ゼルダはどうするんだ?」

 

「とりあえず任務ですね」

 

「そんな当たり前のことを聞いてどうするんだ」

 

「煩い。……ん、あれ? メリーどこ行った?」

 

「え? そういえば姿が見えませんね」

 

「黒髪の女ならオペレーターのところへ行ったぞ」

 

「なんだと!?」

 

 慌てて階段を駆け下りてヒバリちゃんのところへ向かう。

 慌てすぎたのか、ちょっとヒバリちゃんが引いていた。あ、ごめんなさい。

 

「ひ、ヒバリちゃん、少々お尋ねしたいことがあるんだけど。いいかなっ?」

 

「あ、はい。なんでしょうか」

 

「メリーがどこにいったか知らない?」

 

「メリーさんなら先程任務を受注してこっそりと出撃しましたよ」

 

「……あの野郎おおおおっ!!」

 

 ソロから「煩い」と腹パンを食らった。相も変わらず威力が高かったです……。




〇ソロ・ワイバーン (18)
夏の幼馴染であり、極東支部の新人新型神機使い。
クールなキャラであるが実は不器用(スキル的な意味ではない)で自分の感情・言葉を表すのが苦手。
神機との適合率は高いらしくこれからに期待されている。
ゼルダのことをよく気にかけていて会うたびに休養を取ることを勧めている。
F衛生上衣ブラック、F狙撃下衣ブラック着用。

~ソロ・ワイバーン エディット~
ヘアスタイル:1
ヘアカラー:15
フェイス:18
スキン:1
ボイス:2
普段着:F衛生上衣ブラック、F狙撃下衣ブラック


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57、セクメト

『何度夢見ても、手を伸ばしても、掴めない』

 

 希望と言うのはとても遠い所にあるようで。

 

 

――――――――――

 

 

「あ、おはようゼルダー」

 

「すみません、失礼しますっ!」

 

 朝、ゼルダに朝の挨拶をしたらあっさりと横を通り抜けられた。

 えー? なんだろうこの拒絶された感じ。すっごいショックなんだけど。

 それになんだか恥ずかしい。例えるなら、公衆の面前でサプライズでプロポーズしたのにフラれた、みたいな。

 

「なんであんなに急いでんだ?」

 

「さあね? まあ、これが原因でしょうけど」

 

「……ん、それって巷で噂の“仄暗い羽”か」

 

「みたいね。なんでこんなの持って急いでたかは分からないけど」

 

 隣にいたメリーが持っていたのは、最近よく見かける素材の一つである仄暗い羽。

 なかなかに高額で売れるとのことであり、金欠の俺も密かに集めようと奮闘している品だ。

 いや、まあ見つからないんだけどね!

 

「メリー、一応聞いていいか?」

 

「何かしら」

 

「その素材はゼルダが持っていたので間違いないよな」

 

「その通りよ」

 

「スったな!?」

 

「ええ、スったわ」

 

 こいつ人の目の前で当たり前のように犯罪を犯しやがった!?

 その度胸は一体どこから来るのか、全くもってわからないよ。

 しばらくするとゼルダが戻ってきて慌てて辺りを見回し、俺たちの元に来た。

 大方、何かに使おうと思ったんだけど数が足りないのに気付いて落としたかどうか確認しにきたってとこか。

 

「ああ! 拾ってくれたんですね、メリーさん!」

 

「ええ、少しは気をつけなさいよね」

 

「うぅ、すみません……」

 

 おい! 誰か警察を呼べ!

 こいつ今あっさりと誤魔化しやがったぞ。しかも笑顔で。

 気付こうよ、ゼルダ。こいつが良い笑顔の時は悪い時だからね?

 ゼルダはそのまま気付かずにメリーから素材を受け取ってまたどこかへ行った。

 

「お前、いつか悪人になれるぞ」

 

「どうもありがとう」

 

「褒めてねーし」

 

 駄目だ、こいつと会話すると時々話が噛み合わなくなる。

 もうこの会話するの止めよう……。そう思いながら頭を抱え込んだ。

 そしてまたゼルダがエントランスに戻ってきた。

 

「はあ、先程はご迷惑をおかけしてすみませんでした」

 

「全然大丈夫よ。で、今日は何の任務に行くの?」

 

「そうですね、今日は……」

 

 わー蚊帳の外だー。

 というかなんで俺仕事の話なのに蚊帳の外になってんだろう根本的におかしいよね。

 俺だって同じ職業なんだからさ、ちょっとは話に混ぜてもいいじゃない。

 ……お願いだから、混ぜて……。

 

「では同行をお願いしてもいいですか、夏さん」

 

「ん? ああ、うん」

 

 あれ? やべえ、話の展開が分からないのに返事しちゃった。

 今日の依頼の話だって聞いてないのに、なんで了承しちゃったの俺。

 どうしよう、久しぶりにすごく嫌な予感する。……いや久しぶりでもないか?

 

「じゃあちょっと準備してきますね」

 

「おー、待ってる」

 

「早めに頼むわよ」

 

「お前は……」

 

 パタパタとゼルダは準備のために駆けて行った。

 ゼルダを待っている間俺は暇だな。なんか今日はメリーも準備終わってるみたいだけど。

 何して過ごそうかな。冷やしカレードリンク……は帰ってきてからの方がいいか。

 ソファでぐだーっとしてれば適当に時間潰せるかな。

 

「あっ、メリー先輩! 少しお聞きしたいことが……」

 

「俺も! 神機の変形で聞きたいことが……」

 

「ちょちょっ、いっぺんには無理よ!?」

 

 人気だなあ……。あのメリーが、人気だなあ……。

 俺はこういうこと一回もないんだよな。どうせ頼りねえよ。

 

「リーダーの居場所教えろ、センパイ」

 

「こんな可愛くない後輩いらない!!」

 

 後輩っていうのは胸ぐら掴んで人の場所を聞くようなもんじゃないと思うよ!

 しかもセンパイって片言じゃねーか。メリーと同じようなことするんじゃない!

 俺の胸ぐらを掴んできているのはアネットとフェデリコの同期であるソロ。

 とりあえずあれだな、メリーは笑顔でやってくるのに対してソロは無表情だ。

 無表情でやられるとちょっと俺も精神的にくるんですけど……。

 

「早く教えろ、馬鹿夏」

 

「わー懐かしー。やっぱ最初にそれ言ったのお前だな」

 

「多分俺だな。なんだ、他にもいるのか」

 

「メリー」

 

「黒女か、気が合いそうだ」

 

「間違っても結託するんじゃないぞ、フリじゃないからな」

 

「場合による」

 

 なんだ、場合によるって。その場合を俺は知りたいぞ。

 あとやっぱり最初に俺を“馬鹿夏”って呼んだのはお前だったんだな。

 メリーに呼ばれ始めてから前にも呼ばれていたような気がしてたんだよ。

 でも、お前か……。くそぅ、俺の苦労が確実に増えた!

 

「準備できましたー!」

 

「ほっ……。じゃ、じゃあ帰ってきたら続きにしましょう」

 

「リーダー、俺もお供したいのですが……」

 

「ソロー、任務に行きますから支度してください」

 

 メリーがホッと一息つき、ソロが駄々をこねはじめたところでアリサが登場した。

 そういえばアリサも最初はすっごい上から目線だったんだよなあ……。

 多分ソロの上から目線は治らないだろうけどな!

 

「断ったら?」

 

「ソーマとコウタに頼んで実力行使します」

 

「お前も合わせて今日のメンバーか」

 

「事実ですけど私にはアリサという名前があります」

 

「お前」

 

「……なんでアネットやフェデリコじゃなくてあなたが同じ部隊に来たんでしょう」

 

「上に聞け」

 

 なんてこった、俺だけかと思ったらアリサにまであたってやがる。

 本当にゼルダに慕ってるな……。なんだか犬みたいだ、尻尾振ってる。

 あいつはチームワークが大事なこの職場で一人狼を貫き通すつもりだろうか。

 

「ちょっと夏さん、幼馴染なんでしょう? どうにかしてください」

 

「アリサ、アドバイスをやろう」

 

「是非教えてください!」

 

「頑張れ」

 

「……それ、アドバイスじゃなくて励ましですからね?」

 

 アリサにジト目で見られた。そんな目で見なくても……。

 だって事実だし! こいつ結構頑固者だし! 俺が口出したら鳩尾殴るやつだし!

 あれ、それってメリーと同じじゃね……?

 

「ソロさん、今日はアリサさんたちと頑張ってください」

 

「分かりました、リーダー」

 

「リーダーに懐きすぎですよ……全く」

 

「早く行くぞ。……えっと、」

 

「アリサです。覚えてください」

 

「気が向いたらな」

 

「名前はそう言うものじゃないと思うんですけど」

 

 うん、なんだか大変なことになりそうだな。

 それはともかくとして早く依頼行こうぜ、なんか疲れてきそうだ。

 

 

――――――――――

 

 

 足に力を籠め、一気に標的に向かって踏み込む。

 

「はああああ!!」

 

 気合を声と神機に乗せて標的に向かって一撃。

 渾身の一撃をアラガミを狙って俺は神機を振り抜いた。

 

 

 カキィン!

 

 

「……ですよねー」

 

 なんとも虚しい音がその場に響いて俺の神機は弾かれた。

 何回聞いても悲しい気持ちになる音だなあ、泣きたくなってきた。

 あ、ちなみに今俺が戦っているのはセクメトです。そして俺一人です。

 今回の依頼は鎮魂の廃寺でセクメトとクアドリガ堕天の討伐。

 何故か俺に囮を任せて二人はクアドリガ堕天の方に向かいました……。

 

「一人空きがあるならソロ連れてきてもよかっただろ絶対ちくしょう」

 

 こんな理不尽なことが果たしてあっていいのだろうか。

 というかあれかな、ゼルダもついに俺を虐め始めたのかな。

 俺の精神が磨り減って行く……誰か助けて。

 

「ああもうウザったい! 面倒くさいな、っと!」

 

 繰り出された火の玉をステップで回避してそのまま斬りこむ。

 頭部を狙っての一撃。ただそれで俺の神機が思い切りセクメトに食い込んだ。

 え、ちょ、抜けない!? おおおお、どうしようどうしよう!?

 考えることはせずに適当にグリッと捻って力任せに引き抜いた。

 なんだよ、意外とすぐ抜けたじゃないか……。

 

「っそうら!」

 

 引き抜いた勢いで頭に向かって突きの攻撃。

 今度は深い所にはハマらず、セクメトを蹴ることで容易に抜けた。

 丁度いいタイミングで炎を纏った腕を振るうセクメトの攻撃は盾を展開することで防ぐ。

 盾にセクメトの腕が当たり俺は後方に少し吹っ飛ぶ。

 

「よっと……」

 

 俺はそれをスキル『空中ジャンプ』で体勢を立て直し、なんとか地面に着地した。

 さり気なく俺も技能が向上してるんだぜ。なかなか見せ場がないだけでな。

 でもこのまま一人でセクメトに挑戦するのヤダナー。だって苦手だもの。

 

 距離を取った俺に向かって低空飛行でセクメトが迫ってきた。

 それを空中ジャンプも使用して難なく飛び越え、地面に着く前にスタングレネードを使用。

 すぐに破裂してスタンしたセクメトに連撃を叩き込んだ。卑怯? 倒せりゃなんだっていいんだよ。

 この前のアルダノーヴァだってメリーの提案でスタングレネード連発だったしな。

 あれは酷かった。スタンから解けたら誰かがまたスタンに……可哀想だった。

 

「さて、どうしようかね……っ!」

 

 “WARNING(警告)!”の文字が俺の頭の中に浮かび、咄嗟に俺は全速力でセクメトから離れた。

 瞬間セクメトを襲う水色系統の弾丸の数々。おいおい、最近こういう展開多いぞ……。

 あとやっぱりあの軌道は俺にも当たる弾丸あるんだけど。

 俺が避けるって分かっててやってるの、あれ?

 

「遅くなりました」

 

「もうちょっと遅くてもよかったんじゃない?」

 

「何がだ。新型二人でやってるんだからもっと早くこれないのか?」

 

「メリーさんとちょっと月見を……」

 

「頼むからそれは依頼後にやってくれ、マジで」

 

 見たことがない弾丸を放ち続ける二人。クアドリガ堕天のアラガミバレットだろう。

 だから遅くなったのかもしれない。今もやまない弾丸の雨を見るに、ずっと喰ってたんじゃないかな。

 いったいどんだけ喰ってたんだよ……。逆に尊敬するわ。

 

「後は任せてもよさそう……かな?」

 

 俺はさっきの防御の分の体力を回復するためにポーチから回復錠を取り出した。

 

 

――――――――――

 

 

 うぅ、疲れた。

 あの後俺は訓練も兼ねてメリーに鎮魂の廃寺を走りまわされた。

 いや……だって神機振り回されたら逃げないとやばいでしょ。

 あれは完全に狩人の目でした。死ぬかと思った。

 だって今エントランスだけど、俺すぐにソファに座ったからね。

 

「お疲れ、夏。はい、あげる」

 

「おー、メリーにしては珍しい……サンキュ」

 

 メリーから渡された缶ジュースの口を開け、ぐっと喉に流し込んだ。

 やっぱり依頼後の飲み物は渇いた喉にとてもいい……っ!?

 ちょ、うあ、喉が!! 痛い! なにこれどういうことだよ!

 慌てて缶を見るとピンク色が見えた。まさか。

 

「うえっ、あ、ぐ、喉……!!」

 

「初恋ジュースの差し入れよ」

 

「お前のことだからそんなことだと思ったよ!」

 

「思ってたのに飲んだのね」

 

 うあー、俺の喉が大変なことになってるー。

 軽く意識を飛ばすレベルのそれに少しクラクラしてきた。不意打ち反対。

 頭を落ち着かせるために机の上に頭を乗せた。ただのグダグダしている人だ。

 メリーはクスクスと笑いながら俺の前に冷やしカレードリンクを置いた。

 買って来てくれていたのか……ちょっと嬉しい。

 

「そーいえばさー、メリーってどうしてそんなに自分を過小評価するんだよ」

 

「どうしてって……ただの自己評価よ?」

 

「ただの自己評価の割には頑固すぎるだろ」

 

「ゼルダも一緒じゃない」

 

「ゼルダは、まあ、うん。でもメリーはゼルダみたいなタイプじゃないし」

 

 確かにゼルダは自分のことを過小評価しすぎているけど、メリーはゼルダと違う。

 ゼルダほど真面目ではないけれど役目はきちんとこなしている。

 正反対に見える二人は案外似た者同士だが……それは置いておいて。

 

「パートナーってもんをやってるわけだから、ちょっとは知りたいんだよ」

 

「それは遠まわしにあたしの過去を聞きたいってこと?」

 

「ん? まあそれに直結するなら聞きたいな」

 

「そうねえ……まあ少しは信頼できるようになってきたし……」

 

 どうしようかしら、と考え込むメリー。

 小首を傾げて考え込む姿は可愛いけど、片手に初恋ジュースがあるからマイナスで。

 初恋ジュースはそれだけ俺にダメージを与えたんだ。

 

「ま、その内話してあげるわよ」

 

「その内って……いつだよそれ」

 

「話すタイミングってのは何事にもあるものよ?」

 

「そういうもんか」

 

「……それに、案外それもすぐきそうだし」

 

「なんか言ったか?」

 

「何も」

 

 何かを誤魔化すように初恋ジュースを一気飲みしたメリーが、少し引っ掛かった。



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58、被害者

『特別なんて要らなかった』

 

 ただ普通に生きて普通に死ねれば、それで。

 

 

――――――――――

 

 

「……あれ、ゼルダ?」

 

 エントランスに出ると、慌てた様子でエレベーターに駆け込むゼルダとすれ違った。

 昨日も急いでいたような……第一部隊の隊長はやはり相当な苦労があるらしいな。ご苦労様だよ。

 でも最近またゼルダが無理をしているような気がしてならないんだよな。

 なんというか、抱え込んでいるみたいな、そんな感じ。

 

「おはよう、夏」

 

「おはよう、メリー。……朝から飲んでるなー」

 

「夏も飲んだら? 頭がシャキッとするわよ」

 

「混沌に沈むから止めとくわ」

 

 確かに一瞬シャキッとするかもしれないけどその後は味覚にダメージが来るからな。

 あ、無理をしていると言えばメリーもちょっと様子がおかしいよな。明らかにおかしすぎるよ。

 メリーの場合はサカキ博士からの長期依頼を受けてからって感じがするけど。

 それが何の関係があるのかはさっぱり分からない。

 

「今日は何の依頼に行くんだ?」

 

「そうね、ゼルダの任務を手伝いましょう」

 

「お、ナイスアイディア。じゃあそれで」

 

 そのままメリーと話し込んでいると噂のゼルダがエレベーターから降りて来た。

 さっきの焦った表情と違って心なしかなんだか嬉しそうな顔をしているような気がする。

 なんでかは気になるけど嬉しそうな表情をしているならそれに越したことは無いかな。

 

「ゼルダー、今日も手伝わせてくれ」

 

「あっ、はい! お願いします!」

 

 笑顔ながら俺の声に応答するとゼルダはヒバリちゃんのところに駆けて行った。

 なんていうか、元気だなあ……。いや、これを言うと俺がお爺ちゃんみたいだから止めよう。

 俺は最近元気じゃないんだよね、俺の苦手なアラガミばっかり来るから。

 

「お待たせしました! それでは行きましょう!」

 

 依頼を受け終わったらしいゼルダが明るく俺たちにそう告げた。

 

 

――――――――――

 

 

 泣いてもいいですか。

 

「だーかーらっ、なんで俺に押し付けるんだ!?」

 

「だ、大丈夫ですか、先輩……」

 

「大丈夫じゃないかも……」

 

 今日の依頼場所は嘆きの平原。討伐対象はマグマ適応型ボルグ・カムランと極寒適応型グボロ・グボロだ。

 俺はその内の一体、ボルグ・カムランのほうをゼルダから任されているのだが。

 刃の通りはあまりよくないが、今はそれも許容範囲だ。問題は……。

 

「なんで新人を俺に……」

 

「す、すみません……」

 

「アネットのせいじゃないからね!? お願いだから落ち込まないで!」

 

 そう、何故かメリーとゼルダはアネットを俺に押し付けてグボロ・グボロのほうへ行ってしまったのだ。

 別に嫌だと言うわけでもないし迷惑と言うわけでもない。そういうことじゃないんだ。

 ただ普通は新型の新米は新型がついてあげて指導するべきだと思うんだよな、俺は。

 ゼルダの時は新型がいなかったから仕方ないと言え、今は状況がまるで違うんだからついてあげればいいのに。

 うー、なんだか空気が居た堪れない……。

 

「とっ、とりあえずあれだ、なんか頑張ろう!」

 

「な、なんかですか?」

 

「うん、なんか! とにかくがむしゃらに頑張ろうぜ!」

 

 元気づけるために態と明るい声を出した。忘れそうになるけど、一応交戦中だ。

 ボルグ・カムランの足を中心的に狙い、ダウンしたところでアネットが渾身の一撃を叩き込む。

 どうでもいいかもしれないけど、女子がハンマーを持つってなんかすごく怖いよね。

 俺が普段女子から叩かれているせいなのか、その標的が俺に来そうですごく怖い。

 

「よし、ダウン取った! アネット!」

 

「了解です! そぉいやっ!!」

 

 グシャっとあまり聞きたくない音がアラガミから聞こえた。

 相手がアラガミじゃなかったら陥没とか出血とか相当グロイことになってるんだろうな。

 あと、俺的になんだかアネットはすごく遅く見える。鈍足じゃなくて、神機の振りが。

 普段ゼルダの異常な腕力を見せつけられたせいか、俺はあっちが普通といつの間にか脳にインプットされたらしい。

 これからちょっとずつ矯正させていく必要があるな、これは……。

 

「先輩って人気者ですよね?」

 

「そうか?」

 

「はいっ、自然と周りに人が集まってくると言いますか」

 

「俺を弄るやつばっかりがな」

 

「え? でもゼルダ先輩は……」

 

 俺たちの会話はそこで途切れることとなった。

 俺の行動は実に迅速だったとちょっと誰かに褒めてほしいくらい胸を張って言える。

 アネットの腕を掴んで全速力で退避した、ただそれだけなんだけどさ。

 そのすぐ後にボルグ・カムランを襲う弾丸の雨。ちょっとマンネリすぎない?

 

「二日連続でご苦労なこった」

 

「あら、憎まれ口を叩くくらいの余裕は残ってるのね?」

 

「それなら是非参戦してほしいですね」

 

「君たちの辞書に“無謀”の文字は存在しないのか」

 

「そうですね、ないです」

 

「そんなにいい笑顔で言わないでゼルダ!」

 

 ゼルダがどんどんメリーに汚染されていく……! これ以上は止めて!

 ボルグ・カムランの尾が、足が、盾が凄まじい勢いで結合崩壊を起こしていく。

 アネットは俺の隣でポカーンとしながらそれを見守っていた。

 これは怖いよねえ。俺も怖い。だから見守る。

 

「ビックリしたでしょ、二人の本性見ちゃって」

 

「え、あ、はあ……」

 

「メリーは元からだけど、ゼルダは最近からああだよ……」

 

「……強いですね、お二人」

 

「強いね、二人は。間違いなく強い。だからこそ怖いよ」

 

「ああ、あの威力は確かに怖いですね」

 

「違うんだ。二人は無茶しやすいから怖い。無茶できる力があるから、尚更」

 

 二人のストッパーがいればいいんだけど、俺だと役不足だからな。

 あ、ソロに頼むっていう方法もあるな……。でもあいつ俺の言うこと聞いてくれないし。

 ゼルダだけなら任せられるだろうけどメリーは無理だろうな。

 

「何駄弁ってんのよ」

 

 それは突然だった。

 俺とアネットの間を黒の神機が通過した。投擲された、だと……。

 あの神機はメリーのものだな、なんて危ないことをしてくるんだあいつは!?

 仮におれかアネットのどちらかに当たったらどうするつもりだったんだろうか。

 

「あっぶねー!? 何すんだよ馬鹿野郎!」

 

「あたしは野郎じゃないわよ」

 

「そうじゃなくて! あ・ぶ・な・いって言ってんだよ!」

 

「大丈夫よ、もうアラガミは討伐したし」

 

「あーもう、話が噛み合わねー!」

 

 ほら見ろー、お前のせいでアネットが会話についてこれなくてショート起こしてるぞ!!

 というかいつの間に討伐し終わったんだろうか。おかしいな、ちゃんと見ていたはずだったのに。

 

「帰ったら初恋ジュース奢りね」

 

「はっ!? なんで!?」

 

「命令よ、下僕」

 

「下僕になった覚えはない!」

 

「あ、あの先輩方……」

 

 ドスッと、その嫌な音だけが妙に響いた。

 俺とメリーの間を一つの神機が通過していき、壁に突き刺さった音だ。

 俺は神機を持っているし、それはメリーもアネットも一緒だ。

 ということはつまりである。残っているのはたった一人なのだ。

 

「――では、帰りましょうか?」

 

 とても神機を投擲するようには思えない笑顔で、ゼルダは俺たちを見ていた。

 視界の端で半泣きのアネットが見えた。

 

 

――――――――――

 

 

 現在、病室。

 今回も一条さんにお茶を淹れてもらった。本当にすみません……。

 というか前も思ったけど一条さんってお茶淹れるの上手いよな。

 

「今日はどうしたんですか? あっ、もしかして私に会いに……」

 

「何それ気持ち悪い。そんなわけないでしょ、馬ー鹿」

 

「……うぅっ、夏さーん!!」

 

「元気出してください一条さん。これがこいつのデフォルトです」

 

 ぱあっと顔を輝かせた一条さんは即座に地獄に落とされた。半泣きで俺に抱き着いてくる。

 可哀想っていう気は起こるんだけど、抱き着いてくるのはちょっとやめてほしいかな。

 結構ガチで抱き着いてきてるから重いんだよね……。

 

「そ、それで本当の用件は? あ、ハンカチありがとうございました」

 

「いえ、大丈夫ですよ」

 

「例の患者に合わせてくれないかしら」

 

「例の……。ああ、彼ですか」

 

 一条さんは俺にハンカチを返した後、急に真面目になった。なんだこの差。

 いつもの姿勢を見ているせいでそのきりっとした姿は妙に滑稽に見えた。

 

「彼は話せる状態ではあります。奇妙なことに彼は目と手足だけで済みましたので」

 

「目と手足だけ? 他の仲間は脳も取られたのに?」

 

「驚きですよね。生かした訳があるような気がしてなりません」

 

「口を潰してもいいし耳を潰してもいい。命を取ったって構わないんだから」

 

「警告。私はそんな意味があるような気がしてなりません」

 

 そこまで話して、ふうとため息をついた一条さん。

 「彼と会いますか?」と目線だけで俺たちにそう問うてきた。

 俺はメリーに視線を向けて判断を仰ぐ。メリーはすぐに俺の視線に気付いて頷いた。

 

「会います」

 

 俺がそう言うとやっぱりとでも言いたげな曖昧な笑みを一条さんは浮かべた。

 一条さんは病室の奥へと歩いて行き、俺たちもそれに誘われるようについていく。

 辿り着いたのは病室の本当に奥だった。いつも手前までだったからこっちまでは来たのは初めてかな。

 

「彼です。彼が、生き残りです……」

 

 閉ざされたカーテンを一条さんが遠慮がちに開いた。

 そこには目がある部分に包帯をぐるぐると巻き付けた手足の無い男が寝ていた。

 腕輪が無くなったことでオラクル細胞が供給できない彼は別の手段で供給しているらしい。

 その方法は俺には分からないが……まあ今はどうでもいいだろう。

 

「あの、少しお話、よろしいでしょうか」

 

 俺とメリーは一歩、そのカーテンの内側に入った。

 一条さんは入ってくる気が無いらしく、その場でじっと立っていた。

 俺の声に男はビクリと一度反応した後ブツブツと口を動かす。

 

「お、俺に、なんか、用、か」

 

「あの、あなたが襲われたことを聞きたいんです。辛い話でしょうけど……」

 

「いや、いい。俺で、話せること、ならっ……」

 

「無理しないで。あんた、汗の量ヤバいわよ」

 

 メリーが他人を心配しただと!?

 俺のことだって心配してくれたことあんまりないのに……。

 男はメリーの声に俺と同じようにビクリと反応した。しかし、それで終わりではなかった。

 

「はっ、はっ、はっ……!」

 

「だ、大丈夫なの?」

 

「くくく来るなああああ! 悪魔! 悪魔め! 出て行け! 今すぐに出て行け!!」

 

 急に声を荒らげたかと思うと、まるで抵抗するように身を捩りはじめた。

 まるで抵抗するかのようなその行動に俺もメリーも思わず棒立ちになった。

 ただ一人、一条さんだけが俺たちを押しのけるように男に近寄り慌てて抑え始める。

 

「また錯乱っ……! 大丈夫です、ここにはいませんから、落ち着いて下さい」

 

「嘘だ! そこに! そこに悪魔がいるんだ!!」

 

「落ち着いて。ここには人間しかいません、悪魔はいません」

 

「違うんだ! そこにいる! どうして分かってくれないんだ!」

 

「なんだ、これ……」

 

「時々思い出すのか、急に錯乱するんです。……すみませんが今日は帰ってください」

 

「悪魔め! 俺の仲間を返せええええ!!」

 

 男の悲痛な叫び声と必死にそれを宥める一条さんの声が病室に響く。

 俺とメリーは顔を青くさせながらも、黙ってその場を後にすることしかできなかった。



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59、捜索再開

『人なんてどうせ死ぬ生き物』

 

 分かっているのに、溢れてくるこの気持ちは……。

 

 

――――――――――

 

 

 気分最高潮、朝から俺のテンションはいつもより高いです。

 そんな俺の隣で興味がなさそうにツバキさんの話を聞いているメリー。

 メリーは多分、ここに集まっている人の中で一番やる気がないんじゃないかな。

 

 どうも、夏です。今日は朝からエントランスに神機使いが勢揃いです。

 何故かって? 気になるよね。実は、リンドウさんが生きているかもしれないんだって!!

 リンドウさんは前支部長に殺されたって聞いてたんだけど、生きているなんて感動ものだよ……。

 サクヤさんたち第一部隊の人たちは特に嬉しそうだしね。

 

「……以上、DNAパターン鑑定の照合結果から、対象をほぼ雨宮 リンドウ大尉と断定。本日一二〇〇をもって捜索任務を再開する!」

 

 エントランスのあちこちから歓声が上がった。これがリンドウさんの人気を表している。

 俺も狂喜乱舞したいところだけど、今はまだ我慢。喜ぶのはリンドウさんが見つかってからだ。

 そういうわけでツバキさんの話が終了。早速探しに行こうぜって話になったんだけど……そういうわけにもいかないらしい。

 捜索は第二部隊、第三部隊が中心で第一部隊は通常の依頼を前提としてじゃないと行動できないらしい。

 俺たち第四部隊は状況に応じて双方のフォローだって。なんか難しいけど、要は手助けすればいいんだろ?

 

「リンドウ、ねえ……」

 

「さっきからすごい興味なさそうだな」

 

「ないわよ。だって会ったことないもの」

 

 さらっとメリーがそう言って、そういえばメリーはあの事件の後に来たんだったと思い出した。

 なんだか時々その事実を忘れそうになる。最初から極東支部にいたような気がしてきちゃうんだよな。

 それだけ最初の頃と比べて仲良くなったって事なのかなあ……。

 

「リンドウさんはすっごい強いんだからな」

 

「じゃあ帰ってきたら不意打ちしかけてみようかしら」

 

「何故不意打ち!?」

 

「あたしが楽しいからよ!」

 

「すごいドヤ顔だ!!」

 

 いや、メリーさん。そこは別にドヤ顔するところじゃないっす。

 本当にメリーの思考は理解できないなー。理解できないからこそのメリーって感じだけども。

 ……というか、メリーって小さい頃からこんなに性格捻くれてたんだろうか。

 さすがに小さい頃は可愛い女の子だった、と信じたいけどあながち昔からこうだったという可能性も否定できない……!

 メリーの小さい頃の話、聞きたいなあ。いつか聞けないだろうか。

 

「何よ、見つめないでくれる?」

 

「言外に気持ち悪いから見るな、と聞こえた」

 

「エスパー……!?」

 

「え、冗談だったんだけど本当に言ってたの!?」

 

 ちょっとショックだ。俺って本当にメリーと仲良くなったのかな……。

 床に視線を落として肩を落としていたらメリーに肩を叩かれて視線を上げた。

 何事かと思ったらサムズアップされた。お前のせいだからね?

 

「きっとエントランスが今以上に賑やかになるんでしょうね」

 

「そりゃあリンドウさんは人気者だからな!」

 

「会ってみたいわね。……できれば、“人”として」

 

「……」

 

 自然と表情が顔から消えるのを感じた。

 俺たちはエントランスの端っこにいるから皆には気付かれていないはずだ。

 視界の端で新人に質問責めに遭っているゼルダが見えた。ゼルダはもう分かっているのだろうか。

 メリーとゼルダは大体同時期に神機使いになったはずだ。メリーが知っているならゼルダも知っているのだろう。

 

「腕輪を失くした状態で過ごす。それが何を意味するか、センパイなら分かるでしょう?」

 

「……勿論だ。みんな、それには気付いているはずだ」

 

「だからこそあたしにはこの活気が理解できないのよ。現実逃避しているようにしか見えないわ」

 

 俺たち神機使いはオラクル細胞を暴走させないように定期的にそれを供給している。

 供給させるために必要なものこそが腕輪だ。ちなみに神機を操作するのにも腕輪を介さなければいけない。

 結局のところ何が言いたいのかと言うと腕輪が無くなった今、リンドウさんはかなり危険ということだ。

 最悪の場合はアラガミ化、なんてことも考えられる。そうなったら帰還自体が絶望的だ。

 

「皆、明るい未来を望んでいるんだよ」

 

「望むのはいいけど、最悪の事態になった時その分絶望が大きいわ」

 

「違うな、メリー」

 

「何がよ」

 

「未来は望むだけじゃ手に入らない。だから俺たちは動くんだよ」

 

「へえ……」

 

 気のせいかメリーの顔に影が差したような気がした。

 観察するように俺の顔を見、薄く笑うメリーに身体が少し震える。

 震、える? なんでだ?

 

「……ふふっ」

 

「メリー?」

 

「本っ当にここはいいわねー。楽観的で、楽しいわ」

 

 クスクスと笑うメリー。それは褒めてるのか?

 メリーもゼルダみたいに結構コロコロ表情変わるよなあ……。

 でもゼルダ以上に何を考えてるのか読めないから……もういいか。

 ふぅ、メリーのせいで嫌な現実見そうになったな。暗いやつめ。

 

「あ、そうだ。病室に行きましょうよ」

 

「一条さんに何か用なのか?」

 

「違うわよ、昨日の患者。さすがに気になっちゃって……」

 

 バツが悪そうに頬を掻くメリーを見て俺は苦笑した。

 確かに昨日のあれは何が何だか分からない感じで曖昧になっちゃったからな。

 俺はメリーの言葉に頷き、一緒にエレベーターに乗り込んだ。

 

 

――――――――――

 

 

 病室に着いた。だが俺たちは入ってすぐに動かなかった。

 何故なら……、

 

「すー……、すー……」

 

 一条さんがテーブルに顔を突っ伏して寝ていたからだ。

 これって俗にいう寝落ちってやつなのかな。机の上に投げ出された右手にはペンが握られている。

 口元には少し涎が見えており「もう食べれません……」となんとも幸せそうな寝言が聞こえた。

 すごい幸せな夢だな。

 

「疲れてるみたいだな。また今度に……」

 

「起きなさい」

 

「うごっ」

 

「メリー!?」

 

 なんだか起こすのも可哀想だから今日は帰ろうかな。

 そう提案しようとしたとき、メリーが一条さんの脳天にチョップした。

 飛び起きた一条さんは頭を押さえて痛そうに蹲っている。

 

「あうぅ……、イチゴパフェが……!!」

 

「そしてあなたはまだ食べる気だったんですか」

 

「ええ。美味しかったですけど、同時に激太りするんですよね」

 

「それって良い夢なのか悪い夢なのか分かりませんね……」

 

「ドーナツ、クレープ、ケーキ、クッキー、マカロン、タルト……」

 

「……それは太って当然です」

 

 もしかして一条さんって甘党なのか? すごいスイーツの名前が出てきた。

 涙目ながらも口元の涎を拭き取った一条さんは「何か用ですか?」とにこやかに尋ねてきた。

 

「昨日の患者が気になってね」

 

「様子を見に来たんですよ」

 

 一条さんのにこやかな笑顔が固まった。

 予想外の反応を受けてメリーが少したじろいだのが見えた。

 少し顔が青くなっているような気がするのは多分気のせいのはずだ。

 

「昨日の患者さん、ですか」

 

「何があったの、言いなさい」

 

「……お亡くなりになりました」

 

 部屋の温度が少し下がったようだ。

 神妙な面持ちの一条さんはこういう時に限り確かに医者に見える。

 

「経過は順調だったはずなんです。何が原因なのかさっぱり分かりません」

 

「死因が不明ってこと、ですか」

 

「その通りです。私にはこれ以上調べようがありませんね」

 

 困りました、と両手を上げて肩を竦める一条さんはそう言えば元気がないようだ。

 その割にはさっきまで幸せそうな夢を見てましたね、とはツッコんじゃいけないんだろうか。

 医者っていう仕事についたからいくらか慣れているのだろうか。

 

「はあ……、面倒なことが山積みで困ります」

 

「大変ですね」

 

「医者だってある意味では戦っているんですよ」

 

 疲れた笑みを見せる一条さんはおや、と急に眉を潜めた。

 どうしたのだろうかと一条さんの視線を追ってみるとその先にいたのはメリーだった。

 顔を俯かせ視線を地面に落としたメリーからはいつもの強気な雰囲気が窺えない。

 

「死ん、だ? どうして……」

 

「おい、どうしたんだ、メリー」

 

「……ごめん、ちょっと部屋に籠るわ」

 

「あ、おい、待っ……!」

 

 制止する暇もなくメリーは病室から飛び出していってしまった。

 くそう、本当に足が速い奴め……。今から追いかけて行っても遅いだろう。

 なんなんだよもう、調子狂うな。

 

「弱い。やはり弱いですね」

 

「へ……」

 

「メリーさんは人の死が怖いんです。受け止めなければいけないことと分かっていても、ね」

 

「そりゃ俺だって怖いですよ」

 

「違います。“自分と関わることで人が死ぬ”ことが怖いんですよ」

 

「……もしかして一条さん、何か知ってます?」

 

「確かに私は彼女の秘密を知っています。ですが……ここから先は彼女から聞くべきです」

 

 いつも以上に真剣な表情の一条さんに俺は頷くことしかできなかった。



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60、アマテラス

『希望は絶望が在るからこそ在ると言うけれど』

 

 自分にとっての希望は生まれちゃくれない。

 

 

――――――――――

 

 

 現在、エイジス島。

 今日はゼルダの仕事の手伝いとして依頼に参加しました。

 メンバーはゼルダ、メリー、コウタ、俺である。あっ、ソロはまた置いてきた。

 また第一部隊の誰か(俺の予想ではアリサ)に愚痴ってるんだろうなー。

 まああいつは不器用だから、どんな形であれ他人と接するのはいいことだろう。

 ……あ、誤解がないように言っておくけど、スキル的な意味での不器用じゃないからな?

 

「すみません、今回の討伐対象は少々厄介に思えまして……」

 

「ああ、大丈夫だよ。借りられるのには慣れてるし」

 

「ていうか、メリーさんテンション低すぎない? 頭打った?」

 

「その口、二度と喋られないようにしてあげましょうか?」

 

「……なんか迫力ないっすね」

 

 いつもと違うメリーを見てコウタは首を傾げている。仲間の反応には敏感なやつだ。

 メリーは結局昨日からこの調子だ。アーク計画前のように引き籠らなかっただけマシか。

 今回の依頼も自分から志願してきたもので、一応仕事をしようと言う意思は窺える。

 俺から見ると何かを忘れたいからって印象が強いけどな。

 

「なんか悩んでるなら相談したほうが良いって!」

 

「そ、そうですよ! 私たち、仲間ですし」

 

「パートナーの俺にも言えないことかよ?」

 

「大丈夫よ、そのうち話すから。そのうち」

 

「ずっとそれだな、オイ」

 

 メリーは自分に言い聞かせるように呟くが、俺にはもはや飽きたセリフだ。

 そりゃ、俺は無理に聞きたくはないよ? だからと言ってこんなに隠されるのも嫌だけどさ。

 俺だって弱音を吐いたんだから、メリーのを聞いたっていいじゃない。それでお相子だ。

 暫く俯き加減だったメリーが急に顔を上げた。その目は爛々と輝いている。

 

「さあ、狩りの時間よ……!」

 

「あー、うん。君ならその反応すると思ったよ」

 

「ウロヴォロスじゃないのになんで……」

 

「似てるからでしょう。アマテラスですし」

 

 今回の討伐対象はアマテラス。ウロヴォロス級のでかさを誇るアラガミであり第一種接触禁忌アラガミ。

 まさかそんな怖いアラガミが相手だとはなあ。まあメリーは嬉しそうだが。嬉しがるポイントが女らしくない。

 それがメリーって女だな、うん。再認識。

 

「ひゃっはー!」

 

「お願いだからもうちょっと落ち着いてよ!」

 

「……なんか夏さんがメリーさんの保護者に見えてきた」

 

「奇遇ですね、私もです」

 

 ワクワクが抑えきれないと言う様にメリーは神機を片手にアマテラスに向かって駆けだした。

 慌てて俺もそれを制止しようと少し高所にあったその場から飛び降り、メリーを追うようにアマテラスに向かって駆ける。

 でも一つツッコませて。メリーの保護者になんかなってたまるか!! きっと心労のせいで一年でぽっくり逝くよ!?

 アマテラスの横に回り込み触手を斬りつける。が、あまり効いた様子はない。うぅ、俺もう帰りたい。

 

「んっ、触手が硬いわね……」

 

「頭を重点的に狙いましょう! コウタさん!」

 

「オッケー、リーダー!」

 

 ゼルダがコウタにアラガミ弾を送る。リンクバーストしたコウタは調子良くアマテラスの頭を確実に撃ち抜く。

 コウタって散々ふざけてるけど実力は本物だよな。時々かっこいいなー俺もあれくらいかっこよくならないかなーとか思ってる。

 きっとコウタはもうちょっと性格を落ち着けたら確実にモテると思うんだ。

 

「スタングレネードよ、畳みかけて!!」

 

 途端パッと閃光が破裂した。目を瞑っていても瞼の裏が赤く染まりちょっと痛い。

 というかまさかメリーがスタングレネードを使うとは予想できなかったな。普段の行いのせいでね……。

 俺、メリー、ゼルダが一斉にアマテラスに喰い付いて勢いよく引き千切った。ゼルダはまたコウタにアラガミ弾を送り、メリーはゼルダに送った。

 俺はただのバーストのまま勝負を挑む。リンクバーストよりは劣るけどバーストだって十分に強い。

 そのまま斬る斬る斬る斬る斬る! あ、いやそんなに調子には乗れないよ? だって向こうも無抵抗ってわけじゃないしね。

 

「地獄に落とす!」

 

「なんか今日のメリーさんはっちゃけてるなー」

 

「ならあんたにはっちゃけてあげましょうか?」

 

「謹んでお断りします!」

 

 コウタの銃撃が心なしか激しくなった気がする。そんなに嫌か。俺も確かに嫌だ。

 だってメリーのはっちゃけって絶対リンチだよね、ちょっと考えたらすぐに答えが出るって素晴らしいね。

 ああ、もうなんだかアマテラスが悲惨なことになってきてるんだけど……。

 メリーによって触手が斬り落とされ、ゼルダが脚にダメージを与え、コウタが顔を抉る。

 正直見てらんないわー……。あ、俺も触手斬り落としてますよ。ちゃんとお仕事してるよ。

 

「喰らって喰らって喰らって喰らって……」

 

「エンドレス!? お前何がしたいの!?」

 

「とりあえず神機のお腹を満た……あ、不味い?」

 

「ねえ成立してるの!? 神機との会話成立してるの!?」

 

 いきなりメリーが奇行に走りはじめた!

 これはあれか、最近様子がおかしいと思ったらついに壊れたってやつか。

 いやまさかメリーが壊れるとは思えないけど、でもメリーも人だからね! そういうことも……ぶべっ。

 

「何投げてんだよ!」

 

「スタングレネード」

 

「顔面は駄目だって! 痛いし破裂したら俺の顔大変なことになるから!」

 

「なってしまえ」

 

「俺が何をしたっていうんだー!」

 

 今出先だから! 目の前に敵いるから! ふざけてる場合じゃないからね!?

 とりあえず投げつけられたスタングレネードを使ってアマテラスの動きを封じる。

 その隙にみんなそれぞれの攻撃を仕掛けて確実にアマテラスの体力を削る。

 

「ゼルダ、コウタ、決めなさい!」

 

「了解です!」

 

「一気に行くぜ!」

 

「あれー、俺はー?」

 

 おかしいなメリーは結構喰らってたはずなのに俺にだけ送ってくれなかった。そんなに嫌いか。

 その後にリンクバーストさせてもらったけどね、舌打ち付きで。泣いてもいいかな。

 そうして俺たちはアマテラスに引導を渡したのだった。

 

 

――――――――――

 

 

 現在、病室。

 ゼルダとメリーはお互いで何やら話があるそうなのでその場で別れ、俺はさっきまでコウタといた。

 だけどコウタは突然「良いことを思いついた」と言い出してどこかへ駆けて行った。

 とってもいい笑顔をしていたよ。何を思いついたっていうんだ。なんだか嫌な予感がするなー。

 

「一条さん教えてくださいよー」

 

「駄目でーす。昨日言った通り本人から聞いて下さーい」

 

「そこをなんとか」

 

「個人情報なので」

 

 というわけで昨日のあれが気になったので一条さんのとこに来たわけだ。

 え? 本人から聞けって? だってはぐらかされるんだもの。これ以上の焦らしは辛いです。

 だからこそ一条さんに聞きにきたんだよ。

 

「板チョコ」

 

「っ」

 

「カノン特製クッキー」

 

「う、ううぅぅ……!」

 

 誘惑から耐えるように拳を握りしめてプルプルと震える一条さん。

 なんだろう、一条さんの方が俺よりも年上のはずなのにすごく可愛く見える。小動物的な。

 そういえば一条さんって何歳なんだろうね? 二十歳手前に見えるけど……結構歳いってるんだろうか。

 おっといけない、話が逸れた。でもまだ一条さんは耐えているようだ。

 

「ま、負けませんよ……。例え噂のカノンさんのクッキーと言えど……」

 

「そうだ、今度カノンが新しいクッキーを作るそうです」

 

「参りました!!」

 

 泣きそうな目で一条さんが敗北を俺に訴えた。

 どんだけ甘いもの好きなんだろうこの人。とりあえず板チョコとクッキーは渡しておく。

 約束だからね。渡さなかったら悪いでしょ? メリーだったら渡さないんだろうけど。

 

「うーん、でも本当に言える範囲は少ないですよ?」

 

「ヒントでいいんです」

 

「ヒント、ですか。うーん……そうですねえ……」

 

 もぐもぐと板チョコを頬張りながら首を傾げる一条さん。

 食べながら考えるって、そんなにお腹が減っていたんだろうか。それとも糖分が足りないんだろうか。

 というか食べるスピード早っ!? もう板チョコないんですけど。

 一条さん、太りますよ?

 

「メリーさんの神機は特殊です」

 

「ええ、知ってますよ」

 

「あの神機は、世界にたった一つしかない特殊なものです」

 

「え、そんなに特殊なんですか?」

 

「手作りですからね。あの性能は、きっと二つと作れません。異常ですよ」

 

「異常……。アラガミを喰らった時のバーストのことですか?」

 

 異常って言われれば思い付くのはそれくらいしかないな。

 俺たちとは違う、禍々しいオーラを纏うメリーのバースト状態。あれは異常の一言に尽きる。

 だというのに一条さんは静かに首を横に振った。あれ、違うの?

 

「その性能自体はメリーさんに聞くべきですね。これが彼女の悩みですから」

 

「そうなんですか……。じゃあ、バーストは?」

 

「それはその性能の副産物であると私は考えています」

 

「……なんでも知ってるんですね」

 

「私だって知らないことは山ほどあります。メリーさんの心を開いた夏くん、とか」

 

 えっ、俺? なんでそこで俺が出てきたんだろうか。

 一条さんの言葉に首を傾げていると面白そうに一条さんが笑う。

 なんでだろう、馬鹿にされているようにしか思えない。

 

「メリーさんは前の支部で心を閉ざしました。だからこそ私は彼女に知られずに見ることが出来たのですが」

 

「えっと、何を言いたいのかさっぱりなんですけど」

 

「メリーさんがあなたに何を見出したのか、それが私には分からないのです」

 

「信頼とか……」

 

「そうでしょうね、きっと。彼女が恋するようには見えませんし」

 

 クスクスと笑いを押さえている一条さんはいったい何が言いたいのか俺には分からない。

 んー、回りくどいような表現は好きじゃない。だって理解できないんだもんな。

 つまり何が言いたいのか俺にはさっぱり分からないんだ。

 

「ああ、ですからもっと友好的な関係になるといいということですよ」

 

「なるつもりですよ。じゃないと話してもらえそうにないですし」

 

「あっ、個人的には恋愛関係になってください! 面白そうなんで!」

 

「そんな生き生きと言われても……」

 

 楽しそうに笑いながら言う一条さんに、俺は苦笑いを返すのだった。

 

 

――――――――――

 

 

 ゼルダに呼びされた。まったく訳が分からないわ。

 話があるらしいけど……何を話すっていうのかしらね?

 それにしてもゼルダの部屋って可愛らしいわね。女子力が溢れてるわ。

 

「メリーさん、夏さんには話さないんですか?」

 

「何を」

 

「過去です」

 

「……時が来れば、ってゼルダにも言ってるわよね?」

 

 あら、何を言うのかと思ったらそんなこと。

 来るんじゃなかったわね。ゼルダは結構しぶといから、ちゃんとした答えを言わないと返してくれない。

 夏はぶつぶつ文句を言いながらも引き下がってくれるのに……。お節介を焼くのが好きねえ。

 

「メリーさんは、贖罪の街での事件の犯人に、心当たりがあるんでしょう?」

 

「どうしてそう思うのか三十文字以内でお願いするわ」

 

「メリーさんは最近様子がおかしいです。いちいち出来事に怯えているように思えます」

 

「オーバーよ、ゼルダ。もっと簡潔にまとめて頂戴」

 

「私は真剣に話をしています」

 

 やっぱり誤魔化しは利かない、か。ううん、面倒ね。

 それにしてもゼルダのここまで冷たい目は初めて見たかもしれないわね。

 そんなに聞きたいのかしら。

 

「私は以前、メリーさんと感応現象を起こし、過去を見ています」

 

「私も見たわ。父親のことをね」

 

「……私が見たのは、メリーさんが神機使いになる時からこの支部に来る前までの全てです」

 

「っ、」

 

 嘘でしょう? それって今私が隠したいことの全てじゃないの。

 はあ、なんでそういうことになっちゃったのよ……。運が悪いというか……ああもう。

 

「私はあなたを差別しません。仲間ですから」

 

「そうね、いきなり差別されたらあたし泣いちゃうわ」

 

「そしてバケモノだとも思っていません」

 

「……そう」

 

「夏さんに、話してあげてください」

 

 どこまでも真っ直ぐな、純粋な瞳。曇りないそれに、悲しみが滲んでいるように見える。

 同情、してくれているのかしら。ありがたいけど少し痛いわ。

 

「時は来る。今はその時じゃない、それだけよ」

 

「ですが……!」

 

「これはあたしの問題よ。話すも話さないもあたしの自由」

 

「…………」

 

「大丈夫よ、あたしは強いから」

 

 安心させるために笑いかけたつもりだったのに、ゼルダは悲しそうに眉を下げた。



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61、おびきよせ

『もう、放っておいてっ……』

 

 嫌だと返した貴方は誰でしたか。

 

 

――――――――――

 

 

「お? ソロじゃないか」

 

 エントランスに出たところで、ばったりソロと出くわした。

 ソロは手すりに座るようにしていて時々階下のソファにチラチラと視線を送っていた。

 腕を組みながら、しかし眉を寄せていて何だか悩んでいるみたいだ。

 

「……ああ、夏か」

 

「えっ、それだけ!? 久しぶりに真面に会話する機会できたのに最初の一言それ!?」

 

「煩いな、お前はもう少し声量を押さえろ。目の前にいる相手にそれはでかい」

 

「うぐぐ……!」

 

 なんで朝から駄目だしされなきゃいけないんだ俺は。

 というか俺の声ってそんなにでかいのか……? 今度から気を付けてみるとしよう。

 で、結局のところソロはなんでこんなところに一人でいるんだろうか。

 視線だけで訊ねれば視線だけで階下を見ろと伝えてきた。声使えや。

 

「あれっ? コウタにアリサ、ゼルダ、メリー、カノン、ジーナさん……女性ばっか」

 

「コウタのくだらない作戦のせいだ。サクヤさんは今、別の任務でいないがな」

 

「コウタは呼び捨てなんだな」

 

「あれのどこを敬えばいいんだ。第一、向こうの方が年下だ」

 

「コウタェ……」

 

「お前もだからな」

 

「そうだったちくしょう!!」

 

 まあもう気にしないがな、どうせ言ったところで敬うわけないし敬い出したら逆に怖い。

 幼馴染って事もあるしな……。もう呼び捨てでも構わないようん。

 

「あれ何やってんだ?」

 

「コウタ曰く、おびきよせ大作戦、だそうだ」

 

「おびきよせ? ……何を」

 

「リンドウさん」

 

「っは?」

 

「「リンドウさんって女の子大好きだろ!? それなら女の子連れて歩いたら……」らしい」

 

「ちょっ、声真似上手いな」

 

 あの低音が一瞬でコウタの声に変わっただと!? 初めて知ったわソロの特技。

 というか普段不器用なのになんでこういうのだけ器用なんだよ……。

 あ、スキル的な意味でじゃないからな!

 

「詳細は俺も知らないがな」

 

「ふーん」

 

「……」

 

 俺と話しながらもチラチラとソロはゼルダを見ている。そんなに心配か。

 そこまで心配するなら言葉に出せばいいだろ、とは言わない。これがこいつのデフォルトだ。

 要するにソロはこういうところが不器用なんだ。人と接することが苦手なやつ。

 それだけ見れば可愛いんだろうが、如何せん棘がありすぎる。

 おかげで俺がその棘に何回刺された事か……。

 

「コウター、あたし面倒だから降りていいわよね?」

 

「あ、メリーさんは構いませんよ。リンドウさんに会ったことないでしょ?」

 

「それは事実だけどそんなにあっさり言われるとなんかムカつく」

 

「え、ちょ、それ理不尽……。痛い痛い痛い! 髪引っ張らないでください!」

 

「相変わらずだなー」

 

 さすがメリー、朝から絶好調らしい。コウタ相手にも容赦ない。

 逆にメリーが容赦する相手って誰だろうか。想像がつかな……ゼルダか。

 ゼルダは色んな人から好かれてるよな。そういう特殊能力でも持ってるんだろうか。

 あ、駄目だ。今の俺痛い子だ。

 

「……最近、リーダーはどうだ?」

 

「ゼルダ? なんかバタバタと忙しくやってるよ」

 

「そうじゃない。無理をしていないかと聞いているんだ」

 

「無理はしているだろうな……。元からそういう奴だし」

 

「そうか。……」

 

「ゆっくり自分の言葉纏めときな」

 

「そうする」

 

 ソロから離れてコウタたちのところに向かう。

 随分盛り上がってるなー。コウタすごい痛そうにしてるけど。

 そういえば俺も前に引っ張られたっけー。あれ、それは耳だったかな。

 どうしよう記憶力曖昧になってきた。

 

「なんか面白いことやってるんだって?」

 

「あ、夏さん。違います、コウタの暴走です」

 

「ちょ、アリサ!? そんな言い方ないだろ!?」

 

「事実は受け止めないと駄目よ、コウタ」

 

「メリーさんまで!?」

 

「頑張って受け入れてくださいね!」

 

「リーダアアアア!!」

 

 めちゃくちゃ弄られてるよ、コウタ……。

 でも俺に矛先が来ないように頑張って! 毎日弄られるの疲れちゃってさ。

 たまには他の人も俺の苦労を知るべきだよ。結構疲れるんだからな。

 

「あー、じゃあこんなに人集まらないから夏が女装したら?」

 

「えっ!? どうやったらそうなったの!?」

 

「夏さん、元の顔がかわいい系ですから薄めのお化粧を施したら……」

 

「ねえなんでゼルダも乗り気なの!?」

 

「服なら任せてください、リーダー。提供します!」

 

「あれ、このメンツなんか嫌な予感しかしない!」

 

 俺このメンツで一回嫌な目に遭ってるよね!?

 これはやはりこの場から離脱するのが最良の手なんだろうか……。

 

「あのー、それで結局誰が一緒に行ってくれるの?」

 

「そもそもコウタ女じゃないよな」

 

「そ、そういうツッコミは無しの方向で!」

 

 慌ててコウタが付け加えた。そうかツッコんじゃいけないのか。

 こういうところではヤジを飛ばすくらいのことしかできない俺です。

 迷惑だっていうのは俺が一番よく知ってるよ!

 

「私で良かったら、ご一緒していいですか?」

 

「カノンさん……!」

 

「ふふ、そうね……。面白そうだし、私も同行させてもらうわ」

 

「ジーナさん……」

 

「私も隊長ですし、一緒に行きますね」

 

「リーダーも……ありがとうございまっす!!」

 

 コウタめちゃめちゃ嬉しそう。これが落としてあげる作戦かね。

 俺は大抵いつもこの反対だからな、羨ましい奴め。

 アリサとかにいろいろ言われてるコウタだけど普通にみんなから好かれてるよな。

 ……俺も好かれてるよな?

 

「じゃ、メンバー揃ったみたいだしあたしたちは別の任務行くわよ」

 

「あ、うん」

 

 後ろから肩を叩かれ振り返ると満面の笑みを浮かべたメリーがいた。

 君の笑顔って嫌な予感しかしないんだけどなんでだろうね?

 

 

――――――――――

 

 

 俺たちin贖罪の街。

 久々に贖罪の街に来た俺です。同行者はメリーただ一人。

 ソロも誘ってみたんだけど「アリサに勝手にアサインされた」と断られた。

 アリサも新人が来たから張り切ってるなー。ソロだからちょっと落ち込んでるけど。

 

「んで、この前来た時痕跡はなかったんだっけ?」

 

「今までの現場は全部回ってみたんだけど、何もなかったわ」

 

「ふーん、おかしなもんだな」

 

「しいて言うなら地面が血で赤黒くなってたわね」

 

「……うえ、マジかよ」

 

 あんまりそういうところは行きたくないなー。鎮魂の廃寺での一件を思い出しそうで怖い。

 克服できたとは言え人が死んだ跡とか見たくはない。というか誰でも見たくないだろ。

 見たいっていう人がいたらそれってただの……、いやなんでもない。

 

「ただ、人の足跡っぽい血の跡もあったわよ」

 

「それって血を踏んでもお構いなしだったって事じゃないか」

 

「まあ足跡と言うよりは靴跡ね」

 

「なんなの本当に……」

 

 ということは犯人は人間説っていうのが濃厚なんだろうか。

 メリーによると途中で靴跡は血が乾いたためか途切れていたため犯人は追えないらしい。

 全部の現場から離れている場所に潜伏しているってどういうことだよ。

 まあ旧市街地もそれなりに広いし複雑だから潜むには最適だろうけどな。

 

「俺にはいつもの贖罪の街にしか見えないけど」

 

「そうかしら」

 

「え?」

 

「あたしは禍々しい気配を感じるわよ」

 

「そう、か?」

 

 むむ、気配か。うーん……、駄目だ何も感じない。これも新型と旧型の違いなのかっ。

 でも本当に何も感じないよ? 俺は索敵には向いていないのかな。静かな荒廃した街にしか見えない。

 とりあえずウロウロしている際に見つけたコクーンメイデンを駆逐しておく。

 元々討伐依頼ではないんだけど見つけたら倒しておかないとね。

 

「……本当に何もないなー」

 

「証拠隠滅が上手いのかしら」

 

「あ、そういえば遺体は?」

 

「決死の覚悟で他の人が回収したんでしょ」

 

「無差別じゃないのか?」

 

「さあ、どうでしょう。犯人が何を基準に被害者を選んでいるのか、あたしには分からないわ」

 

 確かに死者もいるけど無事に帰ってこれた人も確かにいる。

 ここに来た人全員を見境なく喰らっているわけじゃないってことか。

 あー、くそ。こういう推理系は俺苦手なんだよ! 誰か探偵呼んでこい。

 

「ったく、癪に障るわね。さっさと正体見せなさいよ……!」

 

「メリー……?」

 

 焦った表情のメリーに違和感。ただそれが分からない。最近は分からないことだらけだ。メリーも、事件の犯人も。そろそろ俺の頭が容量越えてパーン! ってなるよ、絶対。

 さっさと解決できればいいんだけどな。でもゼルダも最近無理してそうだし……。なんで俺の周りってこんなに面倒事が起こりやすいんだろう。場所か? 場所が悪いのか?

 

「……ん?」

 

「どうしたの、夏。そんなとこで呆けてたら喰われるわよ」

 

「え、あ、いや……。今、誰かこっちを見てたような気がして」

 

「はあ? 頭壊れたの?」

 

「それは酷くないか?」

 

 メリーは気付いていない、か。それならただの気のせいの可能性が高いかもな。

 でもこんなところで視線を感じるなんて、とうとう俺は寂しさのあまり変な方向に目覚めたんだろうか。

 あるいはアラガミ……。大型の奴を見たって報告はないんだけどな。

 とにかくもう一周見回る必要があるかもな。

 

「アラガミかもしれないから、もう一周な」

 

「あたしは構わないわよ。その代わりアラガミいなかったら蹴らせてね」

 

「どうして!?」

 

「ストレス発散」

 

「だから俺はサンドバックじゃない!!」

 

 結局この後アラガミは見つからなかった。

 

 

――――――――――

 

 

 現在のメンバー。ゼルダ、ソーマ、ソロ、俺。

 メリーは疲れたと言って早々に自室に引き上げたのでこの場にはいない。

 

「おい……。コウタのやつ、本気で第二弾考えてるらしいぞ」

 

「それ本当かよ、ソーマ」

 

「俺が嘘をついてどうする」

 

「コウタさんは何を考えているんでしょうか」

 

「最近お前も毒舌になってきたな……」

 

「そうですか?」

 

 どうやらコウタのおびき寄せ大作戦は失敗に終わったらしい。

 ゼルダから報告を受けた俺たちはそりゃそうだとため息を吐いていた。

 そして更にソーマからの報告でため息を吐くことになった。懲りないなあ……。

 常識的に考えてみようよ、それでリンドウさんが現れたとき俺たちはどんなリアクションすればいいんだ。

 言ったところで取り合ってもらえないんだろうな。

 

「何でだ……、何が足りなかったんだ……」

 

 階下から聞こえてくるコウタの嘆きの声。

 自分で考えた作戦に相当な自信を持っていたらしく失敗が相当ショックみたいだ。

 それでもめげずに失敗の原因を追究しようとするコウタはすごいよね。

 でもその作戦全てがいけないってこの段階で気付いてほしいかな。

 

「……もう止めてやれよ、リーダー」

 

「面白そうだから放っておいてもいいと思うがな」

 

「あはは……、もう少し様子見しましょうか」

 

「あれは放っておいて大丈夫なのかね?」

 

 せめて悪化しないように願うとするか……。

 一先ずその話題は片付いたと解釈したらしい、ソロはゼルダに向きなおった。

 いつになく真剣な表情だが視線は少し泳いでいる。頑張れー。

 

「リーダー、最近きちんと休んでいますか?」

 

「え? 休んでいますよ?」

 

「無理はしていませんか?」

 

「しています」

 

「正直だな、ゼルダ」

 

「はわっ、していません! ええ、していませんとも!」

 

 今更ゼルダが否定し始めた。どうやら無意識だったらしい。

 その様子に俺は苦笑いしながらソロを見やる。次の言葉を考えているようでまた視線が泳いでいる。

 

「無理しないでください、あなたの代わりはいない」

 

「……そうだな、最近妙にこそこそしてるが一人で抱え込んでねえよな?」

 

「な、なんのことでしょう……?」

 

「無理するな。いざとなったら俺たちもいるってこと忘れんじゃねえぞ」

 

 ゼルダ(隊長)ソーマとソロ(隊員)に説教されてる……。

 なんか面白い光景だな。特にソーマは最近丸くなったから面白く見える。

 ……あれ、なんでソーマは俺を睨んでるの? エスパーなの?

 

「で、では失礼しますね……!」

 

「あ、逃げた」

 

「休んでくれるといいんだが……」

 

「お前はゼルダの親か」

 

「煩い、馬鹿」

 

「俺の名前は馬鹿じゃない!」

 

「騒がしいぞ、お前ら」

 

 人手も増えて少し楽になったけど、現状問題はまだまだ片付きそうにないな。



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62、闇色の大翼

『助けて。……なんて馬鹿らしい、か』

 

 乞うたところで、ヒーローは来てくれやしないのに。

 

 

――――――――――

 

 

 今日も仕事日和だ。いつもと変わらない天気の贖罪の街に心地よい風が吹いている。

 昨日の視線など嘘のように感じてしまうのは、あれが本当に気のせいかと思うほど小さい気配だったからだろうか。

 とりあえず出先からこんにちは、夏です。

 

 今日は第一部隊に借りられた俺とメリーです。

 依頼メンバーは他にゼルダとソロ。さりげなくソロとの依頼は初めてとなる。

 今まで他の第一部隊メンバーと依頼に言ってることが多かったからな、ソロは。

 これもアリサが新人指導を頑張ろうと必死になって動いたおかげだろうか。

 

「お二人とも、すみません」

 

「いや、いいんだ。ゼルダの役に立てるなら……とぉっ!?」

 

「馬鹿夏! 何攻撃受けてんのよ!」

 

「いやいやこの状況結構つらいって! 回避率上がってもきつい!」

 

「いいから無駄口叩いてないで働け!」

 

 討伐対象の攻撃を食らって俺のジャケットが少し斬り裂かれた。

 直前に回避行動を取っていたんだが、遅かったらしい。まあやらなかったら命も持っていかれてただろうからジャケットが破れただけで済んだのはありがたいと思うべきだな。

 背中に冷や汗が流れるのを感じながらも地面から俺を焼き尽くさんとばかりに吹き出そうとする炎を回避する。怖いわ……。

 チラッとみんなに目線を向けてみると、さすがに無傷と言うわけにはいかないらしい。所々に傷が見える。

 中でも一番傷を負っているのはソロだ。期待されている新型とは言え、新兵だ。むしろここまで喰い付いてきている方がすごい。

 

「……あはっ」

 

「ねえなんで笑っていられるの!? 俺たち今囲まれてるんだよ!?」

 

 ハンニバルの斬撃攻撃を紙一重で避け(しかし掠ったのか薄い切り傷がコートに着いた)反撃を加えているメリーに向かって俺は声を張り上げた。

 そうだ、言ってなかったな。今回の討伐対象はハンニバルとヴァジュラ。大型二体の組み合わせは大きな脅威だし討伐するこちらとしても疲れるから勘弁してほしい。

 そして今、俺たちは一本道で見事に二体に挟まれていた。一周しても見つからなかったのに計ったようなタイミングで現れた二体が憎たらしい。

 

「さすがにこのままじゃ死ぬって!」

 

「一度散開して各個撃破を狙いましょう! 夏さんとメリーさんは向こうに、ソロさんは私と一緒に!」

 

「「「了解!」」」

 

 結果的にハンニバルをゼルダとソロ、ヴァジュラを俺とメリーが引き受けることとなった。

 一本道を必死になって俺たちは駆け抜け、なんとか広い場所に出る。後ろから飛んできた雷球をステップを踏むことで躱し、更に突撃もステップで避ける。連続技はスタミナがガリガリ削られるから嫌いだ。そんな愚痴を吐いたって向こうが減らしてくれるわけでもないんだけど。

 

「向こうはゼルダがいるとはいえ、相手はハンニバル。早々に片付けて援護行くわよ!」

 

「分かってる! ソロのことも心配だしな!」

 

「あいつはどうでもいい」

 

「おいおい……」

 

「まあ死なれたら困るしね、急ぐわよ」

 

 直後メリーが尻尾を斬り落としたのが視界の端に入る。俺はそれを気に留めずに前足に確実に傷を与えていく。

 苦しげに呻いているヴァジュラの斬り裂く攻撃を盾でガードすることによって事なきを得て、再び前足を斬りつける。

 思えば俺も大分大型のアラガミと渡り合えるようになったもんだよなあ……。前まではほとんど小型アラガミだったわけだし。

 それでもオウガテイルだって舐めてかかれないしな。いろんな種類のアラガミに対応できるようになったっていう認識が一番正しいのかも。

 

「……って、やば!?」

 

 ピリピリと微弱な電気が肌を走るのを感じて慌ててヴァジュラから距離を取ろうと攻撃の手を止める。帯電してやがる。

 咄嗟にステップを踏むが行動が遅かった。ヴァジュラを中心としてドームのような形の雷がバリバリと放電され、十分に離れきれなかった俺も必然的に巻き込まれる。

 

「うああああ!?」

 

 オラクル細胞を取り込んでいるとはいえ無傷では済まされない。身体中を電撃が駆け巡り堪らず悲鳴をあげる。

 放電が終わり、膝から崩れ落ちる。う、なかなか体力持っていかれるなこれ……。挫けそうだけど引くわけにはいかない。

 とにかく体力を回復させないと……。回復錠を使用しようと手を伸ばそうとするが手がしびれているようで思うように動いてくれない。スタンかよ。

 と、急に地面が遠のいた。少し腹が痛い。

 

「世話が焼けるわね」

 

「あー、悪いな……」

 

 どうやらメリーが俺を担いでいるらしい。口の中に強引に回復錠が流し込まれ溢さないように喉に流す。

 考えてみればこうやってまともにフォローされたのは初めてかもしれないな……。ちょっと感動した。

 スタンから復帰した直後メリーに投げ飛ばされた。うおいっ!? とツッコみたくなったけどメリーがヴァジュラの突撃を避けているのを見て納得した。邪魔だったんですね。

 

「決めなさい!」

 

「サンキュー!」

 

 メリーが神機で捕喰し、俺に受け渡してくれた。

 途端全身に力が溢れてくる。リンクバーストっていうのはやっぱりいいな。

 瞬間的に力の変化を身体に慣らし、神機に力を込めてヴァジュラに突撃していく。

 

「でやあっ!」

 

 ヴァジュラの前足での攻撃を隙間をくぐって前進することで回避、後ろ足を勢いのまま切断する。

 体勢を崩したヴァジュラの顔を抉る勢いでメリーが凄まじい連撃を仕掛け……ヴァジュラは地に伏した。

 

「ナイスフォロー」

 

「最近浮かれてんじゃない? 気をつけなさいよ」

 

「その通りかもな……気をつけるよ」

 

 メリーのコア回収を確認し、俺たちはゼルダとソロの援護に向かうため走り出した。

 

 

――――――――――

 

 

 はあ……今日の依頼は疲れた。

 ハンニバルはやっぱり慣れないよ……、今のところの一番の新種だしなあ、疲れる。

 今日も無事に五体満足で帰ってこれたことに安心しながら冷やしカレードリンクを口に含む。美味しい。

 

「……あれー、そういやゼルダは?」

 

「リーダーならリッカに呼ばれてどこかへ行ってしまった」

 

「リッカさんも呼び捨てなのか……」

 

「何しに行ったのかしらね」

 

「さあな、俺には分からん」

 

 背凭れに寄りかかりブラックコーヒーを飲んでいるメリーと板チョコを頬張るソロ。

 ソロに至ってはなんだか不自然にも感じるだろうけどソロなりに寛いでいるということだろう。

 飲み終わったのかメリーが無言でカップを俺に差し出してくるので黙って受け取り、新しく淹れてやる。

 あ、ちなみに今は俺の部屋です。帰ってきたらお茶しようみたいな雰囲気になって勝手に俺の部屋で行う事になった。

 ここまで言えば分かるだろうけどソロが食べてる板チョコは俺の配給品だ。何も言わないけどね、どうせあげようかなとか考えてたし。

 

「そういえばソロ、あんた結構やるわねー」

 

「そうか? 俺からしてみればまだまだだが……」

 

「一回も体力切れにならなかったんだからすごいんじゃね?」

 

「それでも服がかなりのダメージを受けたがな」

 

 ふう、とため息をついたソロは自身の服にチラリと視線を向ける。

 ソロは確かに体力切れにはならなかったがその分ちまちま攻撃を受けていたようで終わった頃には服はぼろぼろになっていた。

 今着ている服は新しく作ったものだ。まああのボロボロ具合はヤバかったよ、うん。

 

「ま、新兵だしこれからの成長に期待ってとこかしら」

 

「……そうか」

 

「なかなかお前にしては評価が高いなあ」

 

「あたしだってちゃんと人は見てるのよ」

 

 ソロの方に視線を向けてみると少し照れているのが分かった。些細な変化だからメリーには気付けないだろうけどね。

 こいつは褒められ慣れてないからな、褒められると嬉しいんだと思う。無愛想なくせにちょっとした可愛い一面を持っている奴だ。

 ここでもソロのイメージは“クール”の文字で通っているみたいだからこれが女子にバレたらかなり騒がれるんじゃないかな。

 

「あら? ソロったら、照れてるの?」

 

「気付いた……だと……」

 

 まさかメリーが気付けるとは思わなかった。本当にちょっと雰囲気が柔らかくなっただけなんだけど。

 メリーに指摘されたことが恥ずかしかったのか、今度は誰にでも分かるほどソロの顔が真っ赤にに染まった。

 

「っな!? て、照れてなどいない!」

 

「あらあらあらー、可愛い反応しちゃってー」

 

「からかうな!」

 

「録音いただきましたー」

 

「貴様……!?」

 

 テープレコーダーを俺たちに見せるメリー。なんでそんなもの持っているんだ。

 ソロは今の会話が全て録音されていたことに驚いているようで愕然とした表情だ。

 反応を楽しんでニヤニヤと笑うメリーは本当に悪い顔してる。いつも通りだ。

 

「どうしようかしら、ゼルダに渡そうかしらね?」

 

「やめろ!」

 

「あるいは複製してあんたのファンに……」

 

「やめ……! …………ファン?」

 

「えっ? 気付いてないの? あんた相当人気よ?」

 

「なんのことだ?」

 

 あれ、もしかしてソロもゼルダと同じような鈍感系なのか?

 ソロは顔もかなり整っている方だから女性神機使いに人気なんだよな。

 結構露骨な反応をしてアピールしている人もいたはずなんだけど、気付いていないというのか。

 

「……はあ、なんか興ざめね」

 

 からかう気がなくなったらしくメリーはそのままゴミ箱にポイと投げ入れた。入った。すげえ。

 その後はゼルダを少し待とうということになりなんでもない世間話をして時間を過ごした。

 ところで、ソロの身体に見えた痣っぽいものは触れないほうが良いのかな?

 

 

――――――――――

 

 

「――失礼しました」

 

 ゼルダはサカキ博士の研究室から出て一つため息を吐いた。その表情は曇っている。

 実はゼルダはリッカから“闇色の大翼”を取ってきて欲しいという依頼を受けていた。

 なんでもリンドウの神機が調子が悪いそうで、それを直すのに必要らしいということだった。

 先程の任務で討伐した後、他の三人に少し待ってもらうことで回収してきたのだ。

 

「あ、あなたでしたか」

 

「レンさん……」

 

 ちょうど病室から出てきたレンと鉢合わせになった。

 少し硬い表情をしていたゼルダはレンの姿を見て少しだけ表情を和らげた。

 そしてふと、レンも体調が悪いとこぼしていたような気がすると思い出した。

 

「レンさん、体調の方はどうですか?」

 

「ああ、大丈夫です。そろそろ治りそうなので」

 

「そうですか。それはよかったです」

 

 お互いに微笑みあう。少し話が長くなりそうだと思いゼルダはコーヒーと初恋ジュースを購入した。

 初恋ジュースをレンに渡して、ゼルダ自身はコーヒーを開けて喉に流す。

 

「あなたこそ大丈夫ですか? 最近リンドウさんに関することで随分動いているようですが」

 

「私は大丈夫ですよ。まだまだやらなければいけないことがたくさんあります」

 

「……無理のしすぎはよくありません。神機使いはいつだって死の危険と隣り合わせなんですから」

 

「分かっています。私は無理をしているつもりはないですから」

 

「そうですか……」

 

 レンの表情に一瞬だけ影が差す。ゼルダはそれに気付かずにまた缶に口をつけていた。

 レンも同じように缶に口をつけ、初恋ジュースを飲み干した。残念そうに眉を下げたが、もう一本買おうという気はないらしい。

 仕方なさそうにレンは空になった缶をゴミ箱に捨てる。少し遅れて飲み干したゼルダもそれに倣った。

 

「あなたは仲間に危険が陥った場合、自分が犠牲になればいいと思っていますね」

 

「ええ、そうですが、何か?」

 

「あなたはもう第一部隊の隊長だ。悲しむ人が大勢いるということを、忘れないでください」

 

「忘れるつもりは……」

 

「自分の命を蔑ろにしている時点でそれは忘れているも同じです」

 

「……」

 

「少し喋りすぎましたね……。それでは、仕事があるので」

 

 そのままレンは病室へと戻って行った。それからしばらくして、入れ替わるように一条が出てくる。

 ぐーっと伸びをする一条は相当疲れているのか目の下に隈も見える。一条はゼルダを見つけると嬉々として近寄った。

 どうやら話し相手が欲しいらしい。

 

「あっ、ゼルダさん! お仕事お疲れ様です! 今日はどんなアラガミを――」

 

「……」

 

「……ゼルダさん? どこか具合でも悪いんですか?」

 

 浮かない表情をしているゼルダに気付き、小首を傾げる一条。

 先程の会話を聞いていなかった一条にはゼルダが悩んでいることがさっぱり分からない。

 

「一条さん」

 

「はい、なんでしょう?」

 

「私は、どうすればいいんでしょうか……」

 

「……はい?」

 

 だからゼルダの問いに答えを返すことが出来なかった。



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63、行方不明

『そんな……どうして……!』

 

 感情を殺す以外、どうしようもなかった。

 

 

――――――――――

 

 

 目を開けると、そこには何もなかった。

 ただただ真っ白な光景。自分が踏みしめている床も、天井も壁も何もかもが白い。

 ……いや、ここに天井と壁と言うものはあるのだろうか? なんだか無限に続いている気がする。

 終わりがなさそうなこの場所をぐるりと見回してから俺はその場に座り込んだ。

 まるで小説にありがちな天国みたいな場所だな、なんて思って苦笑いがこぼれた。

 俺はまだ死ぬわけにはいかないからな。

 

「そうかあ、これは夢か……」

 

 基本ノンレム睡眠の俺にとって夢っていうのはなんだか貴重なものに見えてくる。

 もしかしたら夢は見ているけど俺が認識してないだけかもしれないけどな。

 この夢だって、きっと起きてしまったら俺は忘れてしまうんだろう。

 

「何もないとか……暇だな」

 

 せめて何か娯楽とかがあればいいのに。夢なんだから突飛なことでも起こればいいのに。

 例えば地球がもうすぐ滅びます! とか、そういうインパクトがあるやつないかな。滅びても困るけど。

 この真っ白な空間にそんなことを求める方が酷ってもんか。

 

「……つ……なつ……」

 

「ん?」

 

 誰かに呼ばれた気がした。誰かは分からない。どこにいるのかも分からない。

 立ち上がって辺りを見回してみるけどやっぱりさっきと変わらない真っ白な部屋に変わりはなかった。

 でも聞いたことがある声だったんだけどなー? 誰だっけ……そう、仲間の声なんだけど……。

 

「夏」

 

「夏さん」

 

「何をしているんだ」

 

「あ!」

 

 いつ現れたのだろう。俺の目の前にメリーとゼルダ、それとソロが立っていた。

 それぞれ浮かべる笑みを見て、さっきまでの寂しさや退屈さが一気に吹っ飛んだ。

 俺も皆のところに行かないと。駆けだして、駆けて駆けて駆けて、辿り着けない。

 

「え? あれ?」

 

 なんで皆のところに行けないんだよ。全力で走ってみても全く意味がない。あまりのことに恐ろしくなる。

 そんな俺を嘲笑うようにメリーたちは踵を返してどこかへ歩いて行ってしまう。

 真っ白な空間に溶けるように消えて行った三人。後を追いかけてももうきっと追いつけないんだろう。

 足が限界を訴えて、俺は膝をついた。どうして三人のところに行けないんだよ……?

 白の空間が侵蝕されるようにじわじわと黒に染まっていく。独りぽつんと残る俺。

 

「嫌……嫌だよ、独りは……」

 

 俯きかけていた視線を上げると今度は目の前に茶髪の少年が一人立っていた。

 俺が見えるのは少年の背中だけだけど、背中越しでもその少年は泣いているのが分かった。

 気付いたら俺はその少年を抱きしめていた。きっと俺は少年を哀れんでいるんだろう。

 俺も独りは怖いから。

 

「大丈夫だよ……、俺がいるから」

 

「……駄目だよ。お兄さんじゃ、駄目なんだ」

 

「えっ?」

 

 泣いていた少年は着ていた古着の裾で目元に溜まっていたらしい涙を拭うと視線を上げて振り向き、俺を見た。

 俺は一瞬、呼吸と言うものを忘れて少年の瞳を見た。いや、少年の顔を見ていた。

 深い悲しみが感じられる蒼の瞳、癖がないはずの茶髪は少し乱れている。

 

「俺じゃ、駄目なんだよ――!」

 

 吐き捨てるようにそう言った少年は、俺だった。

 

 

――――――――――

 

 

「うわっ……!?」

 

 突然の覚醒。急に覚めた頭に身体が驚いたのか勢いよく俺は上半身を起こした。

 なんでこんなにも唐突に起きたのかは全く分からない。何か夢でも見たのか?

 でもそれらしいことは覚えてないし……気のせいかもしれない。

 

「あ、ようやく起きたのね」

 

「メリー?」

 

「そうよ、おはよう。あんまり(うな)されてたから起こすのが可哀想になっちゃった」

 

 俺が魘されていたって? じゃあ夢見てたって事なのかなあ……。

 というかこいつはまた忍び込んできたのか。もう慣れちゃったからいいけどさ。

 さっさとメリーを自室から追い出して着替え始める。汗で寝間着がべとべとだ。

 

「何の夢を見てたんだっけ?」

 

 考えてみるけどやっぱり思い出せそうにない。完全に忘れちゃってるな、もう無理か。

 乱れた髪を(くし)で整えてから自室を出て、律儀に部屋の外で待っていてくれたメリーとエントランスに出る。

 いつもと変わらないエントランスの雰囲気に少しホッとした気持ちになれた。

 

「夏さん、メリーさん、おはようございます」

 

「二人とも、おはよう」

 

「おはようゼルダ、ソロ。今日も頑張ろうな」

 

「おはよ」

 

 今日も二人は変わらないな。……あえて言うとするならゼルダがちょっと疲れが溜まってるな。

 またゼルダは一人で抱え込んでるのかなあ……。今度話を聞いてみるべきだな。

 

「メリーさん、アルダノーヴァ堕天討伐を手伝ってもらいたいのですが……」

 

「構わないわよ」

 

「俺は?」

 

「私、メリーさん、ソーマさん、コウタさんで行くつもりなんです。……すみません」

 

「その代わり今日は俺が付き合ってやろう」

 

「なんて上から目線だ」

 

 別に構わないけどさ。でも嫌な予感しかしないよな。

 そうだな……折角だから贖罪の街に行くか、調べたいことがあったし。

 ソロにとっては退屈な日になっちゃうかもな。あれ、じゃあソロを連れて行かなくてもいいんじゃ。

 

「俺、今日は贖罪の街で調査するんだけど」

 

「そうか、なら雑魚狩りで済むか。今は大型もいないらしいしな」

 

「……来てくれるの?」

 

「今日は付き合ってやると言っただろう」

 

 なんか分からないけどソロが優しい。こんな日もあるんだな……。

 その後俺とソロはメリーとゼルダと別れて互いに支度を始める。俺は終わってるんだけどな。

 それにしてもソロってそれなりに人気者だよな。イケメンめ。

 

「なんだ、俺の顔に何かついているのか?」

 

「何も」

 

 気付かない間にソロの顔を凝視してしまっていたようだ。とりあえずしらばっくれておく。

 それからしばらくしてソロの準備が完了、俺たちは出撃ゲートをくぐった。

 

 

――――――――――

 

 

 昼に来たせいか、日差しがちょっと眩しい。空を見上げたもののすぐに地面に視線を落とした。目がチカチカする。

 ソロも贖罪の街での一件は知っていたらしい。俺が簡単に説明するとすぐに頷いてくれた。

 手分けしたほうが見つけやすいかもしれないけど万が一遭遇した際に交戦することになったら一人では危ないから一緒に探すことにした。

 

「敵の容姿も分かっていないのか?」

 

「目撃者は全員亡くなってる。無理な話だよ」

 

「ふむ……なかなかに面倒だな」

 

「最近はまた被害もぱったり途絶えたしな」

 

 神出鬼没だしやることも性質が悪いとか、もう勘弁してほしい。

 色々なバケモノの姿を頭で想像してしまいちょっと泣きそうになる。

 あっ、でも人間の形はしているんだよな。……エイリアン、とか?

 

「しかし、何故犯人はここに潜伏しているんだろうな?」

 

「さあね……」

 

「なんで俺たちは狙われないんだ?」

 

「なんでだろう」

 

 言われてみれば確かにおかしいな。この前も俺とメリーは狙われなかったし。

 知らないところで何か狙われる人の規則があるのか? それとも……。

 ぐるりと教会の辺りを一周してみたが、結局何もいない。どこだよちくしょう。

 そう思っていたとき、スッと何かが前を横切って行った。

 

「……夏」

 

「ああ。今、何かいたよな!」

 

 教会の中へと入って行った何かを俺たちは警戒しながらも追いかける。

 だが教会の中に俺たちが入った時、そこには誰も居なかった。逃げ足速いな。

 壁に開いた横穴から逃げて行ったってところか。はあ、と落胆しているとソロはすぐに外に出て行った。

 どうやらまだ追いかける気らしいが……。はぐれたら逆に危険だって理解して! あと俺に一声かけてよ!

 

「先走るなよなー!」

 

 届かないと分かっているけど愚痴を大声で吐き捨てた。

 慌てて反対側まで行くと、遠くのほうで走っているソロが見えた。あいつも足速っ! と、急に立ち止まってキョロキョロと辺りを見回している。見失ったらしい。

 俺は小走りでソロのところへ向かって合流した。ソロはなんだか不満そうだ。

 

「見失った……」

 

「また今度って感じだな。で、どんな感じだった?」

 

「……黒」

 

「えっ?」

 

「黒かった」

 

「抽象的だな」

 

 まさか色を提示されるとは思わなかったよ……。他に印象はなかったのか?

 更にソロに聞いてみるが結局他は分からないということになった。うーん、残念。

 

「探そう。絶対いる」

 

「今日はもう無理だと思うのは俺だけか?」

 

「お前だけだ。探すぞ、夏」

 

「はあ……」

 

 結局その後、犯人らしき物は見つからなかった。

 ただ、ソロが新たに思い出してくれた情報では、犯人は神機を持っていたという。

 

 

――――――――――

 

 

 なんとなくいつもより活気がないエントランスのソファに座って、俺は考え事をしていた。

 

 犯人が神機を持ってるってどういうことだ?

 今日の依頼では俺とソロ以外に神機使いは贖罪の街に同時間は行っていないはずだ。

 ちょっと前に第一部隊同士が別々の依頼なのに遭遇したことがあるらしいけど、今回は陰謀もなさそうだ。

 第一陰謀的な何かなら俺たちから逃げることは無いはずだ。

 

「謎は深まるばかり、ってか」

 

「あら、第四の夏じゃない」

 

「え? ……あ、ジーナさん」

 

 ひょいと俺の目の前に顔をのぞかせたのは第三部隊のジーナさんだった。

 そういえばジーナさんと話したことってあんまりなかったかも。

 

「最近調子はどう?」

 

「まあまあってとこですね。ジーナさんは?」

 

「私もそれなりね。アラガミもいつも通り倒れていくし」

 

 どことなくジーナさんってメリーと似てるような……。戦いに貪欲なとことか。

 机の上に置いておいた冷やしカレードリンクの残りを一気飲みしてからまた机の上に戻す。

 もしかしたら飲むかもと思って買っておいた冷やしカレードリンクをジーナさんに勧める。やんわりと断られた。

 

「……そういえば、今日ってなんかいつもよりかは静かですね?」

 

「耳がいいのね?」

 

「毎日ずっとあの騒がしさを聞いているんですから、当然ですよ」

 

「そう」

 

 ジーナさんは苦笑いしてから視線を少しだけ伏せた。

 ふと俺の脳裏にあの日のことが蘇って慌ててそれをかき消した。

 あの日、つまりリンドウさんがいなくなった日のことだ。

 「アネットから聞いたことなんだけど……」とジーナさんは言いづらそうに切り出した。

 

「出先から、カノンとブレンダンが戻ってないらしいの……」

 

 言われた言葉を受け入れられず、しばらく俺は困惑したままだった。



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64、グボロ・グボロ堕天

「俺は日出 夏。俺も同じ十八だ。よろしく」

 

 きっとそれは運命でした。

 

 

――――――――――

 

 

 煉獄の地下街。そこは先日二名の神機使い……ブレンダンさんとカノンが失踪した場所だ。

 現在俺とゼルダとメリーとアネットでその二人を捜索中なわけだが……。まあこれがまた見つからない。

 

 

――先輩たちと任務に出たら……予定に無い見たことのないアラガミが現れて……――

 

 

 アネットの話によるとそういうことらしい。

 全く交戦経験もなく更に強敵、それを新兵と戦わせるのは酷だと判断したのか二人はアネットだけを逃がしたらしい。

 その代わりに二人は帰ってこない。アネットはそれに責任を感じて俺たちに捜索の手伝いを依頼した。一人で行くのはさすがに危険だと判断したようだ。

 というわけでオレたちはグボロ・グボロ堕天の討伐も兼ねて、煉獄の地下街に来ていた。ちなみに今は索敵中で、俺はアネットと一緒である。

 

「私のせいでみなさんにも迷惑をかけてしまって……すみません」

 

「アネットのせいじゃないよ。仕方ないことだって」

 

「でも……」

 

「あーもう! ならこれから頑張っていけばいいって! クヨクヨすんな!」

 

「わあっ!?」

 

 強引にアネットの頭をワシャワシャと撫でまわした。俺はしんみりした空気は苦手だ。なんかこう……むず痒いというか……とにかく苦手なんだ。それにさ、こんな世の中なんだから笑っていかないと楽しくないじゃん!

 いろいろと考えながら伝わってくれればいいなと思いながら撫でまわす。「髪が乱れるじゃないですか!!」怒られた。

 

「だって、落ち込んでるアネット見たくないし……」

 

「ふぅ……。その点に関してはありがとうございます、ちょっと元気出ました」

 

「本当? よかったー」

 

 悲しんでる顔を見るよりも笑っている顔を見ている方が俺も幸せになれるしな! 人生楽しく笑顔で行こう!

 アネットの調子が戻ったところで再び索敵に戻る。そういえばさっきから探し回っているのに全く見つかってないような気がするな……。

 すると腕輪が誰かからの信号をキャッチした。これは……ゼルダか。うーん、態々下に下りたものの外れだったみたいだ。

 

「よし、ゼルダのほうに合流するぞ」

 

「はい!」

 

 チラッと表情を窺ってみれば影も少しは晴れたように見えて安心した。

 新兵にとってはかなりきつい出来事だったからな、負い目を感じて責任を取ろうというのは立派だけどそれを気にしすぎて倒れても困る。

 anettは新型、俺は旧型。新型については俺自身もよく分からないから、精神的なサポートくらいしかできないけど。少しでも役に立てそうであれば、それだけで俺は嬉しい。

 ゼルダたちはドーナツ型のエリアにいた。ここって下手したらぐるぐる回ることになるからあんまり好きじゃないんだよね。

 

「加勢するぞ!」

 

「おっそいわね、どこほっつき歩いてたのよ!?」

 

「ほっつき歩いちゃいないっての! 索敵してたんだよ!」

 

 どうやらメリーは一足先にゼルダと合流していたようだ。

 新型、それもそれなりの実践を踏んでいる二人にとってグボロ・グボロ堕天は大した脅威ではないらしく、既に砲台など大体の部位が結合崩壊している。

 的確に狙ってたんだろうな、きっと……。なんだかグボロが哀れでならないよ、おかしいな、敵なのに。

 

「さあ、あんたたち、決めなさい!」

 

「了解です!」

 

「おー……久しぶりだな、これ」

 

「ありがとうございます!」

 

 メリーからそれぞれに一発ずつアラガミバレットが受け渡され、リンクバーストする。

 レベル3と比べたら軽いものだが、レベル1でも相当な力を発揮してくれるからリンクバーストってすごいよな。

 軽くその場で数回跳ねて身体を力に慣らしてやる。この分ならもうすぐ依頼も終わりそうだな。

 メリーは銃形態のまま後方支援に努めるつもりらしい。最近は誤射も減ってきたけど、なんか心配だな。

 

「っ――?」

 

「メリー? どうした、おい……おい!」

 

 一向に銃での攻撃がないことを不審に思っていると、突然メリーが踵を返してどこかへと走って行ってしまった。て、敵前逃亡!? あいつが!?

 いやいや、あいつのことだからきっと何かがあったんだろう、うん、きっと。今単独行動をするのは危険だ。それが原因でまた行方不明者が出ちゃたまらないしな。

 ゼルダに目配らせすればすべて合点したと言う様に頷かれた。アネットのことも心配だけど、ここは任せるしかないか……。俺の離脱を考えてかアネットがスタングレネードを放ってくれてちょっと嬉しかった。

 メリーの後を追いかけてみたが、いない……。いくらあいつの足が速くてもそんなことは無理だ、つまり階段を下りたな。

 簡単に予想してみて下りてみると、少し遠くに立ち尽くすメリーの姿が目に入った。思わず安堵の息が漏れ、小走りで俺は近寄って行った。

 

「いきなり走り出すなよー、ビックリしたろ?」

 

「……いた」

 

「は、はあ? 何がだよ」

 

 小さく呟いたメリーの表情は青い。見たことがない表情にぎょっとするものの、いつもと同じようになんてことのない態度で接する。

 酷い顔してるぞ、なんて茶化すように言うことすら出来ず困っていると、メリーは突然自分の両頬を両手でパン! と挟むように叩いて調子を取り戻していた。

 いくらか落ち着いたのかふう、とため息をつくメリー。どれだけ強く叩いたのかは知らないが、赤い紅葉が両頬にくっきり表れていて笑いをこらえるのが辛い。

 

「ソロの言ってた黒い奴よ、神機も持ってたわ。……逃がしたけど」

 

「え? いやいや、待てって。ここ、旧市街地じゃないだろ?」

 

「ここは元地下鉄よ? 上手く使えばどこにだって行けるわ」

 

「そ、そうか……」

 

 つまりいざとなったら向こうはここを使ってどっかに行けるって言うのか?

 俺たちにとってはあんまり使えそうにないけどな。大半がマグマで通れなくなってるし。

 未だに使えそうなところを探している調査の人をもいるんだよなー、実際調査によって使えそうな場所も見つかってるし。

 

「で、あたしの顔に何かついてるの? じろじろ見ないでよ」

 

「ついていると言うか、ついちゃったと言うか」

 

「え?」

 

「その、さっきの頬叩いたやつで……跡がくっきりと……」

 

「なっ……!?」

 

 かあっと一気にメリーの顔が赤くなり、両頬を押さえてその場にしゃがみ込んだ。そんなに見られたくないものなのか?

 普段女らしくなく、特にそういうことを気にしないと思っていただけに意外だな。そこに付け入るような真似はしないけどさ。

 でもそろそろゼルダのほうも終わっただろうから合流したい頃なんだけど。

 

「なあ、合流しに行かないか?」

 

「後で行くから先に行ってて!」

 

「そうは言ってもさ……」

 

「早く行きなさいよ」

 

「……はあ、分かったよ」

 

 これはどう見ても動きそうにないな……。仕方ない、自主的に動いてもらうのを待つとするか。

 ゼルダに連絡を入れた所、余った時間を使ってブレンダンさんたちの捜索をしているらしいので、俺もメリーが目に入る範囲内で捜索をすることにした。

 いつの間にかいなくなってた、なんて怖いことが起こったら嫌だしな。

 

「あいつら」

 

「ん?」

 

「今どこにいるのかしらね……」

 

「さあな……」

 

 角度的に丁度メリーの顔が見えないので表情を確認することはできないが、暗い顔をしているのは間違いないと思う。

 態度ではあまりよく分からないが、やっぱり仲間が心配なんだなと思うと、なんだか最初に会った時の突っ張った態度が嘘みたいだ。

 

「どこ行っちゃったのかしらねぇ……」

 

 寂しそうにそう呟いたメリーの言葉が、妙に俺の耳に残る。

 結局この日、二人を見つけることは出来なかった。

 

 

――――――――――

 

 

 ガタン! と大きな音がした。ソロが勢いよく立ちあがった音だが……、なんだかいつもと様子が違う。

 帰ってきて早々に俺たちを迎えたのはどこか表情が硬いソロだった。言葉を選んでいるのか、目線を泳がせている。

 

「その、リーダー……。俺たちに、何か隠してませんか?」

 

「隠し事、ですか? 特に何も、隠してはいませんよ?」

 

「でも最近のリーダー、すごい疲れてるじゃないですか」

 

「嫌ですね、いつものことじゃないですか」

 

「……俺たちに、言えないことなんですね」

 

 確信するように言葉を続けるソロに対して、ゼルダは不思議なくらい笑顔で対応し続ける。

 ゼルダが何かしているというのはなんとなくで俺も分かる。よく依頼に出たりするし、何よりサカキ博士の元に行くことが多い。なんとなく、前の時と似ていて不安だ。

 話してくれそうにないゼルダを見てソロが唇を噛む。目には不安が宿っているように見える。

 

「俺たちじゃ、頼りになりませんか」

 

「どうしてそんな話になるんですか?」

 

「だって、現にリーダーは悩んでいるじゃないですかっ……」

 

「……心配していただいて嬉しいですけど、私は大丈夫ですよ」

 

「……俺は、いつでも力になりますから」

 

 目に見えてしょんぼりとしたソロ、なんだか泣きそうな雰囲気があるのは気のせい……ではないはずだ。

 「失礼しました」とだけ告げてソロは区画移動用エレベーターに乗って行った。自室に帰ったらしい。

 

「いいのか、ゼルダ?」

 

「夏さんはいいご友人を持ちましたね」

 

「ああ、あいつはすごい優しい奴だよ」

 

「もうちょっとなんです。だから、話せません」

 

「そうか」

 

 そんなに一人で抱え込むなって言いたかったのにな、ソロは。

 どれくらい頼れないものなのか俺には分からないけど……、頑張りすぎなくてもいいのに。

 特務レベルのものだったら俺には厳しいかもしれないけどさ。

 

「みーんな、悩んでるのは同じって事ね」

 

「うわああああ、止めろよそういうこと言うの! 俺には耐えれない!」

 

「普段あまりにも楽観的すぎるのよ」

 

「大きなお世話だよ……」

 

 というか考えてみたら俺が今日一緒に依頼に行ってた三人はみんな悩んでるのか。

 もしかしなくても結構気まずい雰囲気だったんじゃないかな……。よく耐えたな俺。

 どうにかして全部解決できないかな。変に重たい雰囲気のエントランスは嫌いなんだよ。

 

「ま、直に解決するわよ」

 

「直にっていつだよ」

 

「もうすぐよ」

 

「分からねえ」

 

 意味ありげに悪戯っ子のように笑うメリーに、なんだか誤魔化されたような気がした。

 もうすぐとは言うものの、それはいつなんだろうか。結局のところ分かりゃしないくせに。

 ともかく面倒な悩み事が一刻も早く解決することを俺はただ願うしかなかったのだった。



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65、冷静な青年とチョコレート(過去編)

 エレベーターの扉が開くと同時に、俺は大股で出て自室のある方へと歩いていく。

 途中で名前も知らない男の神機使いを見かけたが、俺がチラリと視線を向けるとそそくさとどこかへ去ってしまった。

 はて……、俺は何かしただろうか? 特に不機嫌そうな表情をしているわけじゃないし、何かしらの暴言を吐いた覚えもない。

 そもそも彼は先輩だったはずだ。俺から逃げる道理など何一つないであろうに。

 

「……難しい」

 

 更に速度を速めて駆けこむように自室に入って、すぐに扉を背にしてへたり込んだ。

 人と接するのは、難しいな……。ちょっと情けなさすぎて涙出そうだ。まあ、出ないが。

 クールだなんだと言われている俺だが、そんなことはまったくない。普通に人と同じくらい考えたりしている。ただ、ちょっとそれを表しにくいだけだ。

 俺は顔に感情を出したり、言葉で気持ちを伝えたりするのが苦手だ。前に夏にそれを言ったら「コミュ障」と言われた。……そう、なのか? 少し違う気もするが。

 

「出しゃばりすぎたのかもしれないな……」

 

 ふと、先程のエントランスでの会話を思い出して顔を(しか)める。

 あの時のリーダーは明らかに困っていた。何か手助けをしようと思っていたのに、逆にリーダーを困らせるようなことをしてどうするんだ。

 空回りしてばかりじゃないか、まったく。このままでは新兵の域から脱せない。早く一人前になって、リーダーを支えられるようにならなければいけないのに。

 

 誰かに弱音を吐きたいところだが、そんなことをしては相手の迷惑になるかもしれないからな。ここはとりあえず我慢で押し通すのが一番だろう。

 結局のところ、俺が一番怖いのは誰かに嫌われる事だ。……こう考える人は、嫌われないことを前提で考えていると、どこかで聞いた覚えがある。その通りだな、的確過ぎて拍手を送りたい。

 

「おーい、邪魔するぞ……のわっ!?」

 

「っ、……なんだ、夏か」

 

「重い! よりかかってくるなよ!」

 

 扉に身体を預けていたので、扉が開くと自然に向こう側にいた人間に寄りかかる形になってしまったらしい。

 ちょうど俺の部屋を来訪した夏の足に思いきり寄りかかってしまった。愚痴を言いつつもしっかりと支えてくれるところは頼もしい。

 

「それで、何か用か?」

 

「んー、しいて言えばさっきのが気になって。……ん?」

 

「なんだ、俺の顔を凝視して。気持ち悪い」

 

「いや、あの……さ。ソロ、泣きそうな顔してる」

 

「俺が……?」

 

 夏に指摘されて思わず自らの顔をぺたぺたと触ってみる。ふむ、いつもと変わらず無表情だ。

 「いつも通りだぞ」と伝えれば、分かってないと言いたげな表情とジト目で見つめられる。な、なんだ気持ち悪い。俺は無表情がデフォルトだぞ。

 

「ソロは確かに表情読むの難しいけどさ、コツさえ掴めば簡単に分かるんだぜ?」

 

「俺をゲームの登場人物のように言ってくれるなよ」

 

「いやいや、事実としてソロの表情の変化って微妙なんだからな!」

 

「その些細な変化をお前はよく気づけるな……」

 

「ん? だって、小さい頃からの友達だろ? 気づいて当然だ」

 

 なんでもないことのようにさらりと言ってのける夏は、随分前向きだと思う。

 小さい頃から友達が欲しいと思っていた夏と俺。俺たちの違いはきっと愛想が良いか悪いか、そこなのだろう。

 夏は自ら率先して友達を作ろうと奮闘した。反対に俺は消極的でそれを眺めていることしかできなかった。

 結果は努力をした者の下についてくる、つまりはそういうことだ。

 

「ソロは無愛想すぎるんだって。もっと笑え!」

 

ほほほひっはふは(頬を引っ張るな)

 

「いいじゃんいいじゃん。笑えー」

 

 俺の頬を引っ張るのが楽しいらしく、夏はご機嫌な様子で引っ張るのをやめない。十八のくせして随分と無邪気だ。もう少し大人になってもいいだろうに。

 しかしまあ、こんな性格だからこそ救われることもあるんだがな。そんなことを思って、そういえばこいつとの出会いはいつだったかと俺は自分の過去を思い返し始めた。

 

 

――――――――――

 

 

 ソロ・ワイバーン。それが俺の名前。

 両親は物心つく前にアラガミの被害により死亡……、ということになっている。

 何故“なっている”という曖昧な表現で済ませたかというと、俺自身は捨て子なのではないかと思っているからだ。そう思う理由はもうひとつある。

 そのもうひとつとは、俺を引き取ったことになっているおばさんだ。なんでも俺は親戚に厄介者扱いをされ盥回(たらいまわ)しにされていたらしい。それをおばさんが嫌々引き取った、というのが現状だ。

 理由を重ねたが、何が言いたいのかというと、俺は引き取ってくれたおばさんを親族だと思っていない、ということだ。この世に俺の親族は誰一人として存在しない、俺はそう思うことにしている。

 

 なにしろ、親の話なんてまったく聞いたことがない。それにおばさんはといえば俺を前にして「なんで引き取ったんだろう」だとか「使えない」だとか「捨ててしまおうか」と散々愚痴や不満をぶつけてくる。

 俺はとりあえず衣食住を満たすためにおばさんのパシリとして活躍する毎日を送っていた。が、何年も続けていればしだいにそれも耐えられなくなってくる。むしろ十三歳までそれを続けていた俺を誰か褒めてくれ。

 耐え切れなくなった俺の行動はなんとも不良染みたものだ。家に必要以上いない、という行動を起こした。食事、睡眠などを取るとき以外は決して帰宅せず、ただずっと外でのらりくらりしている。特に目的もなく歩く俺は周りから見れば異端だったかもしれない。

 なんとなく悲しかったのは覚えている。だがこの不満を一体どこへぶつければいいというのだろう? アラガミか? それともなるべくしてなってしまった、理不尽な運命か、世界か。

 それこそ時間の無駄であり、まったく意味のない思考だ。

 

 俺はある日を境に、公園に通うようになった。

 特にたいした理由などは存在しない。が、恐らく俺は同世代の子供がどのように過ごしているのが見たかったのだと思う。それはそれは活発に活動していて驚いた覚えがある。

 公園に通うことを日課にした俺は、他の子供と遊ぶという選択肢をとらなかった。公園全体が見渡せる、隅っこに設置されていたベンチに座って眺める、それだけだった。

 何が楽しくてそんなことをしていたのか分からないし、そもそも俺は昼寝をしている時間のほうが多かったように感じる。

 

「――なあ、お前いつもここにいるけど、暇じゃないの?」

 

 夏と出会ったのは公園に通い始めて数ヶ月経ったときのことだった。

 いつもと同じように昼寝をしていた俺に対し、暇ではないのかと質問してきた夏は今の夏とさほど変わっていない。純粋、その言葉が相応しいほど夏は俺には眩しく映った。

 

「聞こえてる? それとも寝てるの? おーい、もしもーし」

 

「煩い」

 

「え、」

 

 昼寝を邪魔された苛立ち、そして羨望が組み合わさって、俺は八つ当たりで夏の腹に蹴りを入れた。勿論全力ではない。さすがにそこまでしてやるほど俺は心が荒んでいるわけではないのだ。

 しかし夏としては俺がそんな反応を返すとは思っていなかったのだろう。唖然とした表情で俺の蹴りを食らい、地面に膝をついた。少しすっきりしたのは秘密である。

 苦しそうに「うおおお……」と呻く夏を見て、俺は不安になった。そもそもが初対面、出会いとしては最悪だし相手はたぶん俺のことを思って話しかけてくれたはずだ。

 それを俺はぶち壊したわけだから俺は何倍返しされても仕方ないだろう。むしろ痛い目を見るべきだな、そう納得して腹を括る。

 

「ってーなあ! 初対面だぞ? 初対面! なんで俺蹴られたの!?」

 

 涙目ながらもこちらを見てくる夏。今でもエントランスで時々見かける表情と変わらない。

 痛い痛い、と片手で腹を押さえて片手で目尻にたまった涙を拭き取る夏は、よく痛みに耐えたなと賞賛を送りたいくらい強かった。加害者だという事実を完全に棚に上げてそう思っていた俺は馬鹿であるに違いない。

 なかなか痛みが治まらないのか不満そうにしている夏はごく自然に俺と同じベンチに腰を下ろした。あまりにも自然すぎて邪魔だとも言えない。

 

「なんだよ……、俺のどこがいけなかったんだよ……」

 

「……悪い、昼寝の邪魔をされて少し気が立っていた」

 

「おお、俺の価値は昼寝以下ってことか、結構悲しいぞ」

 

「俺とお前は初対面のはずだが?」

 

「ん? ……あ、そうだった。あと“お前”じゃなくて、夏。日出 夏、って言うんだ」

 

 一転して笑顔を浮かべた夏の表情は年相応であり、無邪気さを感じさせる。俺にはないもので羨ましく思う。だが不思議と嫉妬は感じなかった。

 初対面であるが、俺は夏のことを知っていたし、夏も俺のことを知っているようだった。俺は夏が他の子供と遊ぶところを見ていて、夏は俺がベンチにいるところを見ていたのだろう。

 心配か何かされたのだろうか。俺としては一人でここにいても誰かといても変わらない気がしたのだが。

 

「俺は、ソロ・ワイバーン」

 

「ソロ……さん? って、大人びてるけどいくつ?」

 

「十三」

 

「えっ、俺と同い年!? いやいや、サバ読んでるだろ、それ?」

 

「俺がそんなことをして何か利益はあるのか……?」

 

 しきりに俺の年齢を否定しにかかる夏は、どうやら俺と同い年らしかった。やはり俺は普通とは少しずれているのだと、このときまた思い知らされた。

 

「んじゃ、ソロって呼ばせてもらうから夏って呼んでくれよ」

 

「夏」

 

「よしっ。それでさ、ソロ。いつも見てたんだけど……お前悲しくないの?」

 

「悲しい? 何がどうしてそうなる」

 

「いつも一人でここいるから、寂しくないのかなーって」

 

 気遣いをしてくれたのも、夏が初めてだった。驚いてしばらく返事を返せずにいたが、少し経ってようやく悲しくないとだけ返しておいた。他にどうやって返せばいいのかも分からないため、無難すぎる答えしか返せない。

 悲しくないか。夏に言われるまで考えもしなかった。苦しいと思ったことは確かにあるが、思ったところで現状は変わりはしないのだから。嘆くよりは前を見なければならない、それが今の世の中だ。

 

「嘘つくなよ、死んだ魚みたいな目してるんだから」

 

「俺を殺すな。あと俺は魚じゃない」

 

「というわけで寂しいソロくんのために、俺たちは今日から友達決定って事で!」

 

「勝手に話を進めるな……まったく」

 

「そう言っちゃって、満更でもないくせにー」

 

「……殴るぞ?」

 

「ごめんなさい」

 

 何故付きまとってくるのかは分からない。でもなんとなく、これもまたいいだろうと思えた。

 夏は出会ったばかりだったが不快感を感じるわけでもなかったし、俺は実のところ“友達”という響きに魅入られていた。くすぐったいような嬉しいような、なんとも言えない気持ち。

 今までなかった気持ちに内心で首を傾げつつも俺は「また明日」と初めてする約束事を残してその日は帰った。

 

 

 

「ソーロー!」

 

「煩いぞ、馬鹿夏」

 

「ごめんって」

 

「……腹を守る意味はあったのか?」

 

「……反射かなー」

 

 それから俺と夏は毎日のように会っていた。待ち合わせ場所はベンチで、時間は特に決まっていない。何しろ俺はほとんど一日をそこで過ごしているから特に決めなくても問題なかったのだ。

 ニコニコと笑顔を浮かべる夏はいつだって楽しそうだし、前向きで明るい。そんな夏を見ていると俺も元気を貰える……ような気がした。勘違いかもしれない。

 

「今日はな、おばさんからビッグプレゼント貰ったんだ!」

 

「ビッグ? 大きいものを持っている様には見えないが」

 

「そうじゃなくてさ……。じゃーんっ、これなんだと思う?」

 

「茶色の板」

 

「チョコレートね」

 

 呆れたとでも言いたげな物言いにムッとする。知らないものは仕方ないだろう。

 夏のおばさんとは時々家にお邪魔することもあったので面識はあった。優しい人というイメージが強く、関係ないはずの俺もよくしてもらっていた。

 

「チョコレート。これが噂の……」

 

「なんだ、食べたことないのか? 確かに滅多に配給されないけど」

 

「も、貰っていいのか? お前のだろう?」

 

「二人で食べようと思って持ってきたからな。ほい、半分こ」

 

 甘くて茶色い板、チョコレート。名前しか聞いていなかったため、俺は味を知らない。

 チラチラと夏に視線を移せば苦笑いされる。俺の反応が面白いのだろうとは感じていたが、このときばかりはそれを指摘する気になれなかった。それだけチョコレートに興味を持っていたのだ。

 ドキドキしながら一口含めば、甘い味が口いっぱいに広がって溶けていく。幸せを感じさせるその甘さに表情が綻ぶのを自分でも感じる。

 

「っはー……、ソロのそんな表情初めて見たかも」

 

「すごく美味いな……。こんなものは食べたことがない」

 

「だろー? よし、ソロが幸せそうだし、俺の分もやるよ!」

 

「え゛。いや、さすがにそれは悪い」

 

「いいって! その代わり俺はソロの顔眺めてるから」

 

「やめろ、気持ち悪い」

 

 夏から半分になった片割れを貰い、口に入れる。やはり、甘い。甘い味が広がっていくのと同時に俺の疲れも消えていくようで、なんとなく不思議な気分になる。

 そんな俺を夏が横から眺めてニヤニヤと笑っていたが放っておくことにする。あまりにも鬱陶しかったら拳を構えれば自然に身を引いてくれるはずだ。

 鬱陶しい気持ちが芽生えるまでは許しておいてやろう。チョコレートに免じて。

 

「……そっかあ、そんなに美味しかったかあ」

 

「最高の気分だ」

 

「まさかソロの最高の笑顔を見るためにチョコが必要だなんて思わなかった」

 

「そんなに笑っているのか?」

 

「うん。年相応、って感じだよ」

 

「どうやら俺はお菓子が好きらしい」

 

 嫌な気分も溶けていく気がする。お菓子とはこの世の中で一番素晴らしいものなのではないだろうか。

 尚も俺の様子を観察するように見ている夏は「また今度持ってくる」と俺に言ってくれた。俺は黙って、数度その言葉に頷いた。

 

 

 

 俺が夏を見かけなくなったのは、果たしていつだったか。

 ある日突然、神隠しでもあったのではないかと疑いたくなるくらい突然に、夏は公園に来なくなった。

 全く勝手なやつだ。友達になろうだなんて押しかけておいて、しばらくしたら見向きもしない。

 大雑把な計算でもあれから四年は経っている訳か、随分長い時間ここに通っていたものだ。

 

「むぅ……、暇だぞ、馬鹿夏」

 

 呼びかけてみても返事は返ってこない。いないのだから当たり前なのだが。

 それから俺はいつもと同じように毎日公園に通ってみた。しかし、一週間経っても夏が俺の前に現れることは無かった。

 何故だろうと考えてみて、そういえばあの前日はアラガミが侵入してきて、それで別れたのだということを思いだす。もしや、あいつは喰われたのではないだろうか。

 そこまで考えてみるとなんだかとても悲しくなってきた。俺は夏に依存していたのではないだろうか、そうして寂しさを隠していたのではないだろうか。

 

「お前はもう、このベンチに来ることは無いのか?」

 

 まるで意味のない問いかけをして、それから俺は空を見上げてみる。腹立たしいくらいの快晴だ。

 ここに来るのはもうやめようか。俺もいつまでもここにいるわけにはいかないだろうし。ベンチから腰を上げて歩き出そうして、ふと近くに愛らしい花が一輪咲いているのが目に入る。

 確かこれは……“菜の花”だっただろうか。前に夏のおばさんが見せてくれた花の辞典に、そういった名前の花が乗っていたような気がする。花言葉は、……。

 

「俺も少しくらいなら、お前を見習うべきかもしれないな」

 

 菜の花を摘んで、ベンチの下に盛り土を作ってからそこにそっと置く。なんとなく、墓っぽいものを作ってみた。ただの気分だし、いずれ壊れてしまうだろう代物だ。

 それでも俺の心を整理させるには十分なもので、手早くその作業を済ませてしまってから俺は公園を後にした。これからは誰かに依存するのではなく、誰かに頼られる人になろう。

 俺に手を差し伸べてくれた、あいつのように……とまでは言わないが。

 

 

――――――――――

 

 

「……夏の墓は、今どうなっているだろうか」

 

「ファッ!?」

 

 ボソリと独り言のつもりで呟いたのだが、目の前にいた夏にはばっちり聞こえていたようだ。露骨に挙動不審になると、不安そうに目線を泳がせている。

 

「俺は、いつ死んだんだ……?」

 

「一年前に突然姿をくらましたのはお前だろう」

 

「そうだけど! 勘違いされたのは聞いたけど、墓まで作ってたとか……」

 

「なんてことはない、花を一輪置いた程度だ」

 

「さいですか」

 

 あの後、夏が生きている可能性があると思ったのは、アラガミが侵入してきた際に似たような姿を神機使いたちの中に見たような気がしたからだった。

 夏と会わなくなってから同じように夏のおばさんとも会わなくなっていたため、確かめることは出来なかったのだが……。まあここでその真偽ははっきりさせることが出来たわけだ。

 

「そりゃ悪かったと思ってるよ。後で謝りたくって公園行っても、ソロいなかったし」

 

「家に来るという手段は……無理か」

 

「ソロの家は一度だって教えてもらえなかったからなー」

 

 そういえば家に上げても何かをしてやれるわけではなかったから招かなかったんだった。大したおもてなしをしてやれないのなら最初から上げないほうが良いと判断した覚えがある。

 思えばあの時も何かをしてやる、ということは無かった気がする。いつも夏や夏のおばさんが何かしらしてくれていた。なにもお礼は出来ていないわけだ。今度おばさんには何か持っていくとしよう。

 

「……あ、俺の部屋にチョコあるけど、来る?」

 

「食べる。是非貰う」

 

「食い付くの早いな……」

 

「チョコレートは好物なんでな」

 

 あの病み付きになる甘い味を思い出して、ごくりと唾を飲む。

 俺にとっての幸せの味はきっとチョコレートだ。でも普段食べている味じゃない。勿論チョコレートは美味しいのだが、一番幸せだと感じたのは最初に食べた、貰ったチョコレートだ。

 あれはよっぽどのことでもない限り超えることがないと思う。

 

「夏」

 

「お? なんだー?」

 

「いつも、ありがとう」

 

「……え?」

 

 ポカンと間抜けに口を開ける夏。変な顔をするんじゃない。

 そんなに俺の言った言葉は変なことだっただろうか? 感謝するというのはとてもいいことであると思うし、いつも世話になっているからこそ出た言葉だったのに。

 変なやつ、そう思いながら俺はすいと夏の横を通って先にエレベーターへと向かう。

 

「……あっ、ちょ、ソロ! もう一回! 今のもう一回!」

 

「ありがとう?」

 

「何故疑問形」

 

「二回求められた理由が分からなかった」

 

 俺は感謝することが少ないのだろうか。だとしたら、改めていったほうが良いのだろうな。

 どうしたというのか妙に嬉しそうに笑う夏に少し違和感を覚え、なんとなく視界に入れないように気を付けながら俺たちはその場を移動した。



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66、蚊帳の外

「いつかは、話さなければならない」

 

 分かっていても、その時が恐ろしくて。

 

 

――――――――――

 

 

 最近皆の様子がおかしい。

 皆の範囲がどこまで大きいかは俺には分からないけど、俺の知らないところで何もかもが進展しているようで、なんだか気持ち悪い。

 この感じは前に……アーク計画の時も感じた。“無力”っていう、現状ではどうしようもない、もがいたところで何かが変わるわけじゃない悲しくも確かな現実だ。

 結局俺は、何かから逃げているんじゃないだろうか。だから何も進歩しないんじゃないだろうか。

 

「ああ、くそ……。気分悪い」

 

 呟いたところで、誰かがそれに応えてくれるわけではない。当然だ、独り言なんだから。

 俺が今現在いる場所は、鉄塔の森。目の前に倒れ伏せるはサリエル。ついさっき依頼を終了させたところだ。

 コアも既に抜き取って後はヘリが来るのを待つだけ。周囲を警戒しつつ霧散していくサリエルを眺めている時間は暇で仕方がない。

 今日はメリーもソロもいない。メリーはゼルダと共にアネットのお願いであるカノン及びブレンダンさんの捜索に向かった。ソロはアリサにまた呼び出し食らってた。舌打ちしてた。

 ちょうど休暇だった俺はゼルダが抜けた分を少しでも補おうと思って、適当な任務をヒバリちゃんに見繕ってもらってこうして出てきたってわけだ。

 俺の神機と同種だったから少し不安もあったが……まあこうしてなんとかなった。

 

「っ、あー……怪我してたのか」

 

 身体に走る鈍い痛みを感じて見下ろせば、所々に傷が見える。これ気にしないで戦ってたのか俺は……。自分の体力もろくに管理できないなんて、神機使い失格だな。

 自嘲気味に笑うのと同時にサリエルが完全に霧散していった。特に何も思わず、無言で回復錠を取り出して中身を口に含む。いつも飲んでいる苦い味が喉を通り抜け、少し顔を顰めた。

 良薬口に苦しって言うのは本当だな。もう神機使いになって一年経つけど、これだけはどうしても慣れない。怪我しなければいい話だが、生憎俺にはそんな芸当は無理だ。

 

「……お? ヒバリちゃんからだ」

 

 ポケットに入れていた携帯電話が主張するように震える。取り出して開いてみればオペレータの文字がそのディスプレイに浮かんでいることが分かる。

 前みたいに非常事態が発生したとか、そんな内容じゃないといいなと祈りながら通話ボタンを親指で押して耳元に持っていく。

 

『あ、夏さん。お疲れ様です』

 

「ヒバリちゃんもお疲れー。どうしたの? 何か緊急の用事?」

 

『実はそちらに新たなアラガミ反応が出現したので、追加任務として討伐をお願いしたいのです』

 

「オッケー、構わないよ。反応は一つ?」

 

『はい。すみませんがお願いします』

 

 プツリと通話が途絶え、さっさと携帯電話を元の位置に仕舞い込みながら辺りを見回す。ここらあたりにアラガミがいそうな感じはないし……、少し移動してみるか。

 移動し始めてから何だが、嫌な予感がする。なんだろうな、天敵、って言葉が一番ふさわしそうなあいつがいる気がする。いや、絶対あいつがいる。

 

「やっぱりお前だったか」

 

 口から思わずため息がこぼれた。俺から離れた位置に悠然と腕を組み、堂々とした振る舞いで立っているアラガミ……その名をシユウと言う。

 ショートブレードではなかなか刃が通りにくく、俺が苦戦するアラガミの一体に入る。実に厄介な相手であり、正直に言ってしまえば交戦を避けたい一体だ。

 今は一人きり、頼りになるパートナーはいない。でも、だからどうした。彼女が来る前までは一人でやっていたんだ、これくらいできなきゃならない。

 

「ドンパチやりますかねーっと」

 

 やるべきことは、どう目を背けようとも変わらない。

 面倒事が回って来たならそれを一つずつ片して前に進むしかないんだから。

 神機を構えて戦闘態勢を取った俺に気付いたシユウがけたたましい咆哮を上げた。

 

 

――――――――――

 

 

 帰還後、病室に寄った俺は一条さんに怒られる羽目になった。

 もう少し自分の身は大切にしてくださいとか、体力回復に気を遣えないとすぐに死んじゃいますよとか。

 ご尤もすぎて反論の言葉なんて一つも口から出てこなかったよね……。

 というわけで大人しく一条さんの治療を受けているわけだけど、これがまた結構痛い。

 

「痛い! 一条さんもっと丁寧にお願いしますって!」

 

「消毒液ですから。沁みるのは仕方ないと思ってください」

 

「いたたたた!? ちょ、ぐりぐり傷口に押し付けないで!」

 

 ちょっと怒り気味の一条さんは笑顔を顔に張り付けて黙々と作業を続ける。

 一種の地獄をありがたくないことに体験している俺はただぐっと堪えて耐えるのみ。

 うぅー、沁みる……! でもこれは俺が悪いんだから俺が耐えないといけないんだっ……!

 というか一条さん絶対楽しんでるよね、これ。

 

「消毒液と絆創膏を貰いたいんだが……。夏?」

 

「おー、ソロ。どうした、怪我か?」

 

「掠り傷だ。だが手当てをしておくに越したことは無いと思ってな」

 

 プラプラと振る右手の甲には切り傷が見える。アラガミにやられたものだろう。

 顰め面をするソロを見る限りそれなりに痛いらしい。分かっちゃいるけど、痛覚感じるんだな。

 

「それでは、夏くんの後にやりますので待っていてもらえますか?」

 

「了解した。って、お前ボロボロじゃないか……? 何をしているんだ、全く」

 

「サリエル討伐だよ。ちょっと気が散ってたのかな?」

 

「馬鹿が。よく今まで死ななかったな、任務には集中しろ」

 

 一条さんが俺の隣に用意してくれたもう一つの椅子に座ると俺の目をじっと見つめるソロ。な、なんだよー。そんなに心配した目をしないでくれよ。

 心配してくれるのはありがたいけど、ちょっと過保護すぎるような気がするぞ。俺はもう二年経てば成人するんだぞ? そこまで心配しなくても。

 まあ俺もさ、周りの人が無茶したりしたら心配するけど。ソロの心配は重いよ。

 

「分かってるって。今日だけだから」

 

「そう言って明日死ぬとも……」

 

「うっわ、やめろって! 縁起でもないなー!」

 

「ふ・た・り・と・も。お静かに願えますか、ここは病室です」

 

「す、すみません……」

 

「何故俺まで」

 

 拗ねたように少しだけ口を尖らせてみせたソロが滑稽に見える。

 会った時と比べたらソロも随分いろいろな表情を見せるようになったな、と思う。それは友人として嬉しいし、これからももっと表情豊かになってほしい。

 ソロは積極性に欠けるからな。あんまり友人を自分から作れるようなやつじゃないし。だからアリサみたいに、ああやって多少強引でも引っ張ってくれる人がいるのはありがたい。

 それをソロはあまり良いこととは思ってないみたいだけど。嫌がるソロを引っ張って出撃していく今朝のアリサの姿を思い出して、ちょっと笑えてきた。

 あれもアリサなりの先輩としての気遣いなのかな。

 

「そういや、ゼルダたちってもう帰ってきたのか?」

 

「ああ、既に帰投している。しかし思っていたような結果は出なかったようだ」

 

「……見つからなかったのか、二人」

 

「あの二人はかくれんぼが好きなのか?」

 

 的外れなソロの発言に苦笑いしていると俺の手当てが終わったらしくポンと頭に手を置かれた。ちょっ、一条さんまで俺を子ども扱い? 確かに一条さんから見たらまだ子供だけど。

 すぐにソロの手当てへと移った一条さんは実に手馴れている。

 

「はい、ソロさんも終わりっと。二人とも、怪我には気を付けてくださいね」

 

「気を付けはするが、また来ることになるかもしれないな」

 

「は? どうして?」

 

「リーダーに誘われてな。エイジス付近でカノンらしき人を見たらしく、ディアウス・ピター討伐ついでに行ってくる」

 

「えっ、それなら俺も!!」

 

「生憎既にメンバーは決まっている。お前はいないものと思われていたようだ」

 

「ちぇ、俺も探しに行きたかったのに」

 

 また俺だけ蚊帳の外かよ。俺だってみんなの役に立ちたいのに。

 ため息をついていると俺の頬に冷たい何かが押し当てられ、一気に背筋が伸びた。

 びっくりしてそれに触れてみるとどうやら缶らしい。俺に缶を押し付けてきたソロはにやっと不敵に笑って見せる。

 

「メリーからだ。見つけたら渡してくれと頼まれた」

 

「……冷やしカレードリンクじゃなくて初恋ジュースなとこに悪意を感じる」

 

「あいつから悪意を抜いてみろ、もはや別人になるぞ」

 

「そりゃそうだけど。……ま、気を付けてな?」

 

「ああ。お前は今日休日なのだろう? ゆっくり休んで待っていろ」

 

 そのままソロは、恐らくエントランスに向かうため病室を後にした。

 それにしてもこの初恋ジュースはどうしたものか……。俺はちょっと飲みたくない。

 

「あ、噂の初恋ジュースですか」

 

「ええ。……いります?」

 

「本当ですか? いやー、飲んでみたかったんですよねー」

 

「でもあんまりいい味とは言えないからおすすめしな……ってもう飲んでる!?」

 

 一条さんの思い切りが良すぎて惚れそうなんだけど。

 と、そんなこと考えてる場合じゃなかった。なんでそんなに戸惑いなく飲めるの。

 異常がないかどうか一条さんの様子を見守ってみるが、一条さんは微妙な表情のまま天井を睨んでいる。

 

「これ、すごく不思議な味しますね……。なんかよく分からなくて」

 

「そ、そうですよね!」

 

「それでいて、すごく、……吐きそう」

 

「え、えぇっ!? 勘弁してください!!」

 

 みるみる顔色が青白くなっていく一条さんにいすを勧めて慌てて座らせる。

 俺の時より症状が重いな。人によって味覚は違うから仕方がないことなのかもしれないけど。

 とにかく介抱してあげないとな。もう少しここにいることになりそうだ。

 

 

 

 そうして俺がカノンのみが帰還したという事実を知ったのは、それから数時間経過して衰弱したカノンを負ぶったソロたちが再び病室に現れたからだった。



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67、瓜二つ

 目を開けたとき最初にあたしの視界に飛び込んできたのは、深紅に染まってその身を傾けた白だった。

 初め、それがなんなのか分からずただボーっと突っ立っていただけだった。それが人であると気付けたのは、慌てた様子でその身体を受け止める夏の姿を視界に入れたからだろう。

 

「おい……。おい、しっかりしろ! ゼルダ!!」

 

 その白が、白神ゼルダと言う名の少女の身に着けているブルゾンであると気付いたのは、夏がその人の名前を叫んだから。

 何故彼女は固く目を閉ざしているのか? 何故彼女の顔色は白いのか? 何故彼女の服が赤く染まっているのか?

 彼女の傷を見れば分かる。彼女は斬られたのだ。それによる出血が彼女の白を汚しているのだ。

 では何故彼女は斬られたのか? 何者に斬られたのか? 周囲にあたしたち三人以外の姿はない。

 

「なあ、どうしちゃったんだよ……。なんでこんなことするんだよ……メリー」

 

「……は、」

 

 震えた口から、間抜けな擦れた声ともいえない音がポロリと零れた。

 今、何て? あたし? 今、あたしの名前を言ったの、夏は。

 

「ぁ、え……?」

 

 ふと自分の身体を見下ろせば、べったりと赤が浸み込みあたしの黒のコートの色を変色させているではないか。そして、あたしの持つスサノオの素材でできた黒の神機も。

 これは夢だ、夢に決まっている。だって、あたしは前にも同じものを見た。全く変わらない、悪夢を。

 あたしがゼルダを手にかけたなんて、そんなことは嘘に決まっているのだ。仲間を殺すだなんて、どうしてそんなことが出来ようか。あたしは、いつだって変われない臆病者で。

 しかしこの夢は前よりもリアルすぎる。今回はあたしが“やってしまった”という状況証拠がすべて揃っている。きっとこの夢に出てくる夏は斬る瞬間を見ていたのかもしれないけどあたしは知らない。

 ああ、なんであたしはこんなにも冷静なんだろう? あたしは薄情な人間なの?

 ゼルダの綺麗な銀髪を濡らす血がてらてらと輝いて現実を見せつける。

 

 朱に染まる(ゼルダ)、泣いている(あたし)、呆然とする()

 この前と同じようで少し違う夢は、笑い飛ばせない程にリアルだ。

 とくり、と胸の奥で何者かが叫ぶ。「喰べてしまえよ」と。

 

「なんかの、間違いだよな? なあ、違う、よな? なあ、なあ、なあ」

 

 何が間違いなのだろう。主語をつけてもらわないと会話は成り立たない。

 随分と錯乱しているらしい夏の表情は悲しいほど受け入れたくないと書いてあるように見える。

 あたしが目を覚ませばそこでこの夢はおしまい。なのに、なんで目が覚めないのか。

 まったくもって夢と言うのは恐ろしい。ここ最近見続けた人が死ぬ夢は、これの予兆であったのだろうか。

 

「そ、うだ。メリー、大丈夫か? お前、最近具合悪かったよな」

 

 話題がまるで関係ない所まで飛んでしまった。夏らしくない。

 第一、夏はいつも馬鹿みたいに明るい笑顔を浮かべているのがチャームポイントだ。笑顔がないせいで、今は夏の顔をして別の誰かに見えてしまう。

 ゼルダの身体をそっと横たえた夏はあたしに近寄って肩を掴む。あたしより数センチほど背の高い夏が傍まで来ると、必然的に少し上を見なければ視線が合わないのがムカつく。

 

「大丈夫よ、夏。きっと、もうすぐ終わるから」

 

「終わるって……、何がだよ? なんでそんなに冷静でいられるんだよ!?」

 

「冷静なわけ、ない。あたしだって悲しいのよ」

 

「……メリー。やっぱお前、おかしい。本当、どうし――」

 

 プツリと言葉が途切れ、自然に下がっていた視線を再び夏に向ける。

 目は大きく見開かれ焦点があっておらず震えた唇からはついに最後の一音は発せられなかった。

 まるで糸の切れた操り人形のように力を失くし倒れ込んでくる夏を慌てて支える。

 

「ちょっと。ねえ? 夏?」

 

 背中に回した手に生暖かい何かが触れた。恐る恐る見れば鮮血がべっとりとついている。

 見れば彼の赤いジャケットが更に濃い色に染まっていっている。ばっさりと背中を袈裟斬りに斬られているこの夢の夏は、もう助からない。

 何でこんなに人が亡くなっていく様子を見続けなければいけないの。夢だと分かっていても辛いものは辛いの。ねえ、もう、やめて。

 堪らずぎゅっと目を瞑れば目元に溜まっていた水が頬を伝った。

 

「っ、」

 

 急に抱きしめていた亡骸がふっと重みを失くした。

 でも何かが残っている。丸ではないけれど、丸に近い何か。目線を落として、叫びだしたい気持ちに駆られた。

 抱えていたのは頭だ。先程まで抱きしめていた夏の頭だったのだ。耳は削ぎ落とされ、半開きになった口には舌は見られず、眼球をくり抜かれた二つの黒い穴は赤い涙を流している。

 

「もう、やだ……。何なのよ……、あたしが死ねばいいの……?」

 

 周囲に転がる、夏と同じような頭たち。全部が全部見知った顔。極東の神機使い。

 知ってた。きっと自分のせいなんだって。でも受け入れたくなくて。

 サカキ博士は気付いているはずだ。この支部において支部長になった時、サカキ博士には自分の事情は全て話したのだから。

 馬鹿なものだ。自分のせいだと思ってはいても、どれだけ死にたいと吐いても、結局あたしは。

 

「ねーえー? そろそろ起きなさいよ、バケモノ。早く喰べたくって仕方ないわ」

 

「……ああ、お迎え?」

 

「そうね。ええ、そうよ」

 

 冥土まで送ってやる。

 三日月のように歪む笑顔からは狂気以外の感情を感じさせなかった。

 

 

――――――――――

 

 

 ……どうも、夏です。ただいま、贖罪の街です。

 レーダーに不思議なアラガミ反応が引っ掛かったからひょっとしたら今俺たちが追ってる例の事件の犯人かもしれない! ということで繰り出してきたわけだ。

 なんだけど……、今日はメリーの様子がおかしい。

 

「そういえば今日、いつもは持ってないアイテム持ってきてさー」

 

「……」

 

「おーい、メリーさんや?」

 

「っあ、え? なんか言った?」

 

「えぇー……」

 

 とまあ、こんな感じなわけでして。どこか上の空って言うか、ね。

 いつも強気なメリーばかり見ているもんだからこういうのはどうも調子が崩れる。

 はっ、まさかそれが目的で……ってそんなわけがないねそうだね、自重します。

 

「お前、顔色悪いぞ? 先に帰るか?」

 

「気にしないで。ただの過労よ」

 

「馬鹿。それで一回倒れてるんだから無理すんな」

 

「終わったらすぐ病室行けばいいでしょ。それで十分よ」

 

 変なところで頑固しやがって……。

 あ、そういえば今日ゼルダたちは再び捜索にエイジスに向かいました。

 なんだったかな、ツクヨミってアラガミの討伐も兼ねて、だった気がする。

 今回はソロもメンバーに入れてもらえたみたいで表情が柔らかかった。

 

「んー……、そんじゃ教会の周りぐるっと回って帰るか」

 

「了解。さっさと行きましょう」

 

 左奥の突き当たりまで来た俺たちはそのままUターン。教会の方に向かって戻り出す。

 なんかこう、メリーを元気づけられるものとかないのかな? むむむ、と頭を捻って考えてみたが初恋ジュースしか浮かばなかった。いや、確かに好きだけども。

 あれ、そういえば最近エントランスで飲んでる姿見かけてないような……? もしかしたら部屋で飲んでるのかもしれない。一日に十本飲みたいとか言うようなやつだし。

 教会が見える位置までくれば今日も夕日がきれいに輝いている。自然万歳。

 

「はあ、憂鬱」

 

「なんで今日に限ってそんなにネガティブなんだよ……」

 

「最近夢の内容が酷いのよ。夢で疲れるなんて思わなかったわ」

 

「そういえば俺も殺されてたっけ」

 

 ひょこっと教会の横に開けられた穴から教会の中を覗く。異常なし。再び出て時計回りに教会を添って歩き出す。

 と、角を曲がったところで向こうから同じように角を曲がってくる人影が見えた。……ん? あの姿って、見たことあるような気がするんだけど……気のせいじゃないな。

 ちらりと横を見て目を丸くして驚いているメリーの姿を確認する。

 

「メリーって、双子?」

 

「馬鹿言わないで……家族なんてこの世にもういないわ」

 

「んじゃ、あれ誰だよ」

 

 こちらに向かって歩いてくるその人は、メリーとまったく一緒の容姿だった。

 ただ容姿が一緒なだけじゃない。身に着けている服や眼鏡、果てには神機も一緒だ。

 極東支部にメリーと一緒の神機使いがいるなんて聞いていない。じゃあ誰だあれは。

 

「ん? あら、感動のご対面って感じねー。って、間抜け面しないでよ」

 

「えーっと……どちら様?」

 

「え? メリー・バーテンだけど?」

 

 なんでもないようにきょとんとした表情で目の前のメリーは告げる。

 一方の俺とメリーはというとまったく展開について行けず混乱するばかりだ。

 

「それじゃ、さよなら」

 

「は――」

 

 腹を蹴られた。理解した時にはすでに身体は後方に吹っ飛んでいた。

 

「がっ!?」

 

「夏!?」

 

 地面に強く身体が叩き付けられて肺の中の空気が一気に口から吐き出される。

 ぐ、おぉぉ……!! 手加減とかそんなもの一切感じられない。俺の内臓大丈夫かな。

 左手で腹を押さえ右手で神機を持って立ち上がろうとするも、上手く力が入らない。

 腹の痛みが思考を邪魔してきて腹立たしい。

 

「何よそ見してんのよぉ!」

 

「っ、メリー避けろ!!」

 

 メリーの背後、メリーが剣形態の神機を振りかぶっているのが見えてたまらず叫ぶ。

 俺の声で我に返ったのかメリーは横っ飛びでその攻撃を避け、反射するように自らの神機を振るい……って、えぇ!? 駄目だよ!? 何そんなに簡単に人を傷付けようとしてんの!? 向こうもだけど!

 反撃されるのは想定外だったのか、メリーは少し目を見開くと、しかし不敵に笑って左手を盾にするように突き出す。神機あるのに盾使わないの!? いや、使わなくてもいい、って感じか?

 案の定メリーの左腕が斬り飛ばされ、地面に落ちる。うわああああ、何してくれてんだ!!

 

「やるじゃないの。失敗作の癖に」

 

「失敗、作? あんた何言って……」

 

「知ってるくせにとぼけないでよ! 失敗作のくせに生意気ね!」

 

「な、何言ってんだお前ら?」

 

 どうにも俺だけが会話に置いて行かれているような気がして割り込む。

 ギロリとメリーが俺を睨み付けてきて思わず萎縮する。そ、そっくりだ……。

 

「知らないの? こいつは博士の失敗作。あたしはそれを改良して作られた二号ってとこ」

 

「……人造人間?」

 

「面白いこと言うわね! これは人間ベースよ。あたしはアラガミオンリーだけど」

 

 メリーは茫然としているようで地面に尻餅をついて動かない。現にメリーが近くにいてポンポンと頭を叩いても目立った反応を示さない。お、おいおい……大丈夫かあいつ。

 

「ベースとかオンリーって、何の話だよ?」

 

「これは博士の神機でバケモノになった。あたしは元からバケモノ。って言えば満足?」

 

 前にメリーが何回言っても自分をバケモノと言ってやめなかったことを思いだす。

 あの時は神機使いなんてみんなアラガミみたいなもんだ、と言っても頑なに否定していたんだったか。メリーの言うバケモノとはそれを指しているのだろうか。

 

「じゃあ、お前はアラガミってことでいいんだな」

 

「そうね。でもこれを壊しちゃえばあたしは人間になれるの! 博士が言ってたもの!」

 

 笑顔でそう言い切ったメリーに俺は突進していた。

 背中に走る何とも言えない寒気を強引に無視してアイテムポーチに手を突っ込む。

 どんなことをしたっていい。とにかく逃げなければならい。こいつは危険だ。

 更に言ってしまえばメリーの体調が悪化している。恐らく俺たちが追っている事件の犯人はこいつで間違いないし、アラガミならこのまま討伐すべきだろう。

 だが今の状況では無理だ。犠牲者の中には神機使いもいる。実力は未知数だし――たぶん、その容姿も利用したのだろうが――何にせよ狙われているメリー守りながら戦う自信がない。

 今は一度引いて帰投するのが一番だ。

 

「さっきのお返しだ!!」

 

 ポーチからお目当てのアイテムを引き出してそのカプセルをメリーに投げつけて強引に割り、腹を蹴り飛ばす。あんまり蹴り飛ばせてない! 俺の力不足め!!

 メリーから距離を取っているうちにさっさとメリーを担いでしまうと俺とメリーにアイテムを一つずつ使用。持てる限りのスタミナを使って全力で走り出す。

 普段鍛えられてるからな……! メリーほどじゃないけど足には自信あるんだよ。

 

「おい、聞こえるか、メリー」

 

「……」

 

「わー返事ない……。こりゃ帰投を急いだほうが良いな」

 

 息も少し荒くなってきてるし嗚咽も……。えっ、まさか泣いてるのメリー。

 さっきまで割といつも通りだったのに、そんなにさっきのやつが衝撃だったのか?

 疑問は残るものの、とりあえず余計な考えを頭の隅にやってその分足に集中を回した。

 

 

――――――――――

 

 

 ギリ、と苛立つ少女は周りに浮いているザイゴートを一太刀で斬り落とす。

 先程夏が使用したアイテムのおかげで、少女の周りには小型アラガミが湧いていた。

 その手に握り締められている神機にその苛立ちを乗せて、少女はただ処理する。

 とてもじゃないが夏たちを追える余裕はなく、終わった頃には少女は諦めていた。

 

「ムッカつく……!!」

 

『あーあー、逃がしちゃって。駄目な子だなあ、君は』

 

「博士! あいつムカつく!! あたしより劣ってる癖に!!」

 

『ちょ、ちょっと落ち着こうかー。俺の耳がキーンってなってるから……』

 

 少女の右耳には黒くて丸いものが着けられている。所謂、通信機というものだ。どうやらそれを同じものがこの場にはいない“博士”にもついているようで少々参ったような声を上げた。

 だが少女の怒りは収まらない。写真でしか見たことがない相手をようやく見つけたのに逃がしたのだ。しかも、失敗作より更に弱いと思い込んでいた旧型によって、だ。

 メリーの姿をしていてもそのプライドはメリーよりも高いらしい。完全に見下しているその態度が玉に傷であることは誰がどう見ても明白だった。

 

『自分の失敗を他のせいにするのはよくないねえ』

 

「だって! もうちょっとだったのに!」

 

『煩いなあ。……お前がしくじっただけだろ、認めろよ』

 

 肝が冷えるような低音のドスが聞いた声。

 サッと少女の顔が青くなり、言い訳がピタリとやんだ。

 暫く気まずい空気が流れ、急に男は明るい声に変わる。

 

『何にせよ、次はないと思ってね?』

 

「は、い。博士」

 

『うん、いい返事! じゃあ、またねー』

 

 プツッと通信の切れる音が少女の耳の奥に響いた。

 緊張していた空気も和らぎ、ふうとため息が吐かれる。

 ぼんやりと少女が空を見上げると、夕日も既に沈みかけていて辺りが暗くなり始めている。

 少しの間それを眺めてから、少女は地面に視線を落とす。影のせいで表情は不気味だ。

 

「絶対、殺してやる……!!」

 

 少女は鬼の形相で地面を睨み付けた。



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68、悲しみを背負う少女のお話(過去編)

 俺は今、何を見ているんだろう。……あ、そうか、メリーか。うん。

 頭がぼんやりしているのは不眠のせいだろうか。一条さんにも心配かけてそうだ。

 

 俺は病室に来ている。

 あの後メリーは異様なまでに取り乱してしまって、すぐに治療が必要になった。

 一条さん曰く「ここまで情緒不安定になったのは初めて」だそうだ。

 ほんわかしている一条さんには珍しく焦った様子で敬語口調は消え失せていた。

 

「……うん、黙ってた方が可愛いな」

 

 ちなみにメリーは鎮静剤の効果により眠っている。

 どう手を尽くしても暴れるばかりだったらしく仕方なかったらしい。

 お邪魔虫である俺はその時中に入れてもらえなかったけど悲鳴が痛かった。

 自分は悪くない、関係がない、殺してなんかいない……。まあ、俺には分からない。

 結局のところ俺はこいつのことを何も知らないんだなと思い知らされた。

 

「早く良くなれよー。お前いないと調子狂うから」

 

 静かに寝息を立てるメリーは、どこか辛そうに見えた。

 

 

――――――――――

 

 

 あたしはいつも逃げてばかりだ。事実から、自分から、何もかも。

 

 あたしの両親は神機使いだった、そして任務中に殉職した。

 ……外部居住区の人を守っての死と聞いているから、きっと名誉ある死なのだろう。

 外部居住区でそれなりに有名人だった両親の死をみんなは悼んでくれた。

 親戚がいない私は、元々親が家にいないので近くの孤児院に厄介になっていたあたしは必然的にそこで生活することになった。

 それなりに慣れ親しんでもいたし、周りも優しい人ばかり。比較的アラガミ孤児としては、あたしは恵まれていたと言うべきだろう。

 

 だがこの世の中、食い扶持を稼ぐということは難しい。

 大の大人、それも男でさえ時々出る工場の募集に群がるのだ。小娘がどうして稼げよう。

 あたしはその孤児院で働くことで衣食住を手に入れていた。

 孤児院にしては迷惑だったかもしれないと今でも思っている。

 

 

「――すみません。ここに、メリー・バーテンという子がいませんか?」

 

 人生が狂ったのは、あたしが十七になった年だった。

 最早日課となった子供戦争(つまりはじゃれ合い)をしているとき、それはきた。

 やってきたのは男性、どうやらフェンリルの研究員の一人らしく礼儀正しかった。

 当時井の中の蛙でしかなかったあたしは情報や知識などに乏しくフェンリルという物も両親が働いていたところ、としか認識していなかった。

 

「あたしがメリーだけど、何か用かしら」

 

 少しであるけれど、あたしは男に興味を持った。

 その時あたしの繋がりはこの孤児院の中くらいだ。あたしを訪ねてくる人はいない。

 初めての来訪者が研究員とはなんとも奇妙だったけど同時に面白くもあった。

 

「君は、力が欲しくはないか?」

 

「え? そりゃ、貰えるものなら貰っておきたいけど」

 

「おめでとう! 君は新型神機の適合者だ!」

 

「……はい?」

 

 頬を嫌な汗が伝ったのを今でも覚えている。

 何しろ両親は神機使い。適合試験の内容も今から思えば多少オーバーであるけれど聞いていたのだ。子供ながらにその話は一種のトラウマになっていた。

 適合、つまりは配給を受けているあたしは強制的に行かなければならない。今よりいい生活を貰う前に、最悪の試験が待っている。それはかなりの恐怖だ。

 

「いやー、親に続いて神機使いかー。君は偏食因子を受け継いでいるのかもね」

 

「はあ……」

 

「世にはゴッドイーターチルドレン、なんて言葉があるし。君はそれなのかなー」

 

 ぺらぺらと饒舌に話す研究員にあたしドン引き。周りの子、怖くて泣く。

 あたしたちの様子に気付いたらしく慌てて弁明をする研究員は面白かった。

 とりあえず話がこんがらがりそうなので子供たちを中に入れ二人きりで話すことにした。あたしだって知識があるわけじゃないけど、あの子たちはもっとわからないだろうから。

 

「それで、あたしは行かなきゃいけないのよね」

 

「配給を受けてるからね。こちらとしては申し訳ないけれど」

 

「構わないわよ。ここにもう迷惑かけてらんないし、仕送りもできるし」

 

 あたしは孤児院に長く居すぎた。子供たちに慕われてはいたが、それでもどこか心の隅で気まずさを感じていたのだ。この報せはあたしにとっては吉報のはずだった。

 ……そう、“はず”だった。

 

「ついた! ここが俺のラボ、ザ・研究室!」

 

「テンション高いわね……」

 

「そりゃあもうね! あ、神機の調整してくるから、ここで待ってて」

 

 そう言って研究員はあたしをそこにおいて奥の部屋に入っていった。

 辺りを見回すとどこもかしこも資料の山でほとんど床が見えていない。研究員は散らかすのが好きなのか、それとも散らかすのが仕事なのか本気で悩んだ。

 その中でも小ぢんまりとした机の上はそれなりに資料が綺麗に揃えられて置いてある。恐らくそれは成功したものなど価値のある資料で、乱雑なものは失敗例なのだろう。

 足元に落ちていた一枚を拾ってみるが、どうにも難しくて呑み込めそうにない。読み書きは親と孤児院で教わったので問題はないが、どうも専門用語が多すぎる。

 

「お待たせ。……ああ、見ても分からないだろう?」

 

「ええ、まったく理解できそうにないわ」

 

「そうだろうね。まあそんなものだと思うよ」

 

 自分の分からない技術が今も昔も世界を支えているのだな、ということしか分からない。研究者は人の分からないことを調べるのが仕事だがあたしはそうじゃない。よってその考えを忘れることにする。

 ぽいと資料を捨てたあたしを研究員は苦笑いして見ていた。そして奥に行くよう促される。

 

「これが神機だ。バケモノを……、アラガミを駆逐するための武器だ」

 

「……この台は?」

 

「これは神機に適合するための装置だ」

 

 もっとド派手な大掛かりな装置を想像していただけに少し拍子抜けだ。

 つんと鼻に鉄錆のような臭いが入ってきて、思わず覆いたくなる。不衛生だ。

 指示された場所に手を置けば、すぐに蓋をするように手が固定された。

 鈍い痛みが手首を通して全体に伝わり、奥歯を噛み締めてぐっと悲鳴を押し殺す。

 じわりじわりと身体を侵食される感覚と共に、ふと先程の臭いが思い起こされた。

 

(あれは……血?)

 

 一度意識してしまえば、その意識はなかなか離れない。

 更に精神を持っていかれそうになる程強い痛みが襲いかかる。

 これは異常だ、普通ではないぞと支配されつつある意識の片隅が訴える。

 

「――おや、まだ粘るのか」

 

 遠のきそうになる意識を必死に留めていると、妙にはっきりと男の声が聞こえた。

 研究員の声、それが分かると次第に怒りが心を支配し始める。

 彼はこうなることを知っていたのだ。そしてそうなるよう仕組んだのだ。

 敵だ、悪だ、倒さなければならない。不穏な言葉が脳内を飛び交う。

 

「全く早く喰われておくれよ。君は礎とならなければならないのだから」

 

「なん、で……!! そんな事故、もう起きる可能性、ほぼないはず……!」

 

「なんで? 喰われるようにしてるんだから、喰われてしかるべきだろ」

 

 冷たい視線を受けても、もはやそんなことは気にしなかった。

 どうしてあたしなのだ。どうして喰われねばならないのだ。

 理不尽に押し付けられた現実にくつくつと怒りが音を立てて湧き上がる。

 

「俺が造ったこの神機はな、世界に一つしかない、人を喰らって成長する神機なんだよ」

 

「非人道的よ……! 仮にもフェンリル局員が、そんなもの……」

 

「こいつは極一部の秘密なのさ。これが極限まで成長すれば、俺は一躍時の人だ」

 

「そんなの、上手くいきっこない!!」

 

「どうだかね。実際、こいつは既に数人喰ってんだ。てめえも早く喰われろ」

 

 救いようのない人間だ。

 世の中には優しい人たちばかりではないことはとうに知っていたはずなのに。

 それでもこうなったのはほいほいついていったあたしのせいでもある。

 ああ、自分は無力だ。どうしていつもいつも、こうも上手くいかないのだ。

 外への怒りは内へと向かい、あたしはただひたすらに“力”を求める。

 

「アッハハハハ!! 光栄に思えよ? お前は偉大なるこの俺の踏み台になれるのだからなあ!」

 

「……ふざけるな」

 

 今でも後悔しているのだ。ここで死ぬべきだったと。

 痛みが静まり蓋を強引に抉じ開け、じっと神機を見る。

 自分の一部であるように思えるのに、しかし関係のないもののようにも見える。

 不思議なそれをそっと撫でるとどことなく応えてくれるような気がして。

 

「ば……馬鹿な!? 適合など、ほぼあり得ない!」

 

「……そう、あり得ない? なら、教えてあげるわ」

 

 仄暗い狂気が心に灯る。これでもう二度と引き返せないのだ。

 振り上げた神機、恐怖に染まる研究員の顔。とても、愉快でならない。

 

 

「大丈夫か!? おいっ、しっかりしろ!」

 

 聞こえてきた声にぼんやりと目を開けると、男の顔が映りこんだ。

 今では全く思い出せないが、とにかく心配そうに顔を歪めていたような気がする。

 

「ここ、は……」

 

「君はここで倒れていたんだ! よかった、意識があって……」

 

 男の顔の後ろに見える天井は、きっとさっきまでいた研究所なのだろう。

 ふと顔を横に向けると固まりかけた赤の水溜まりが見えた。

 ぱっと男に顔の向きを変えられたせいで見えなかったが、あれは研究員なのだろう。

 

「見ちゃいけない……これは夢だ……忘れたほうが良い……」

 

「そう、なの?」

 

「ああ。忘れろ。二度と、思い出すな」

 

 強い口調を聞くのと同時にまた意識が遠のく。慣れない力に疲れたのだ。

 漠然と自分に置かれた状況を理解して、あたしはまた目を瞑った。

 

 

「どこで、間違ったんだろう」

 

 神機使いとして活動するようになったあたしの周りに人は寄らなかった。

 あたしの持つ不気味な神機のおかげだ。捕喰すれば他とは違うオーラを感じるし、なんなのか。

 世界に一つしかない、非人道的な凶器。なんでこんなものに適合してしまったのか。

 あの時あたしも喰われてしまえばよかったのに。そうすればこんな思いせずに済んだのに。

 どれだけ泣き言を言っても現実は変わらない。それでも思考は止まらないのだ。

 

「これじゃ、アラガミと変わらない……!」

 

 喰らうことで力を得るなんて、そんなものいらなかったのに。

 何なら旧型でも良かった。平凡な何かで良かったの。特別なものなんていらなかった。

 それならいっそのこと、死んでしまえばいいのではないだろうか。

 そう考えて、何度睡眠薬の瓶を手に取っただろうか。

 

「誰か来てくれ! またやった!」

 

 それでも眠りを妨げるのはやはりあの人だったのだ。

 善意とは時に悪意になりかねないと思う。あたしはもうここにいたくはなかったのに。

 いなくなりたい。ずっとずっとそう思っていても、心のどこかであたしはそれを否定していた。

 いなくならなきゃ、でもまだ生きていたい。矛盾した考えを押し黙らせた。

 

 

「騒がしいわねえ……」

 

 エントランスは、どこの支部でも騒がしいものなのだろう。

 どんなところでも大体いる人は決まっているようなものだ。普通いないのはサカキみたいな変人だ。

 何が言いたいかと言うと必ずムードメーカーはどこにでも一人はいるということだ。

 あたしがいた支部にも飛び切り煩い奴が一人いたのだ。

 

「またユータが上官サマと衝突しやがったぜ」

 

「うっせ! というか俺は優太だ!」

 

「発音しにくいんだからユータでいいだろってー」

 

 須崎(すざき) 優太(ゆうた)という名前の日本人。それがこの支部のムード―メーカー。

 あたしはあまり話したことはなかったけどよく任務で同行することはあった。

 彼はこの支部初の新型だった。それ故にあたしはこの煩いのに付き合う羽目になった。

 今から思えば気を遣ってくれたのだろうが彼はよくあたしに話しかけた。あたしは無視したけど。

 

「おめえ無愛想すぎるだろ、もうちょっと笑えよ」

 

「……」

 

「お決まりのだんまりかよ。へえへえ、俺も黙りゃあいいんだろー」

 

 とにかく、喋る。無駄口が多い。一見隙だらけに見えるのに、実力はある。

 全くもって理解できなかった。優しさはイコールとして強さにつながることはできないのだ。

 だとするならば優太には才能があったということだろう。そこだけは認めていた。

 

「今日の任務なんだっけ? いや、出先に来て言う言葉じゃねえけど」

 

「シユウ」

 

「んじゃ、とっとと終わらせて帰ろうぜー」

 

 バスターを気怠そうに担ぎ前を歩く優太はそれなりに頼もしくはあった。

 しかしまあ決まっている日常なんてものはなくて、いつかは消えてしまうものだ。

 簡単に言ってしまえば、彼は死んだ。あたしはその時別の任務に出ていて同行はしていなかった。

 

「人なんてどうせ死ぬ生き物」

 

 そんな当たり前のことは分かり切っていたはずだった。

 神機使いとして優秀だった優太は、他の神機使いを撤退させるため殿を申し出たそうだ。

 それで死んでしまうんだから、ツイていなかったというべきだろう。

 優太の死は皆から悲しまれそして英雄視された。誇り高い神機使いがいた、と。

 くだらない話だ。それでもあたしも彼の死は悲しいと思えたのだ。

 

「そんな……どうして……!」

 

 悲しみの喪失を感じたのは、そのすぐ後のことだった。

 何故、と疑うよりも先に神機、という言葉が浮かんだときは絶望すら感じた。

 そもそもあたしがなるべく人を避けるようにしたのは人を喰らいたいという喰欲を抑えるためだ。

 神機に振り回されてばかりで当初は任務すら受けられず訓練場に籠りきりだったのを覚えている。

 バーストも神機の暴走を抑えるためあまり使うことがなかった。

 それが不満だったのだろうか。神機はあたしの悲しみを喰らったのだ。

 人を悼むことすら、あたしには許されていなかった。

 

 その日以来、あたしは感情を閉ざすことにした。

 これ以上は危険すぎるのだ。あたし一人の犠牲で済むのなら喜んで犠牲になろう。

 黙々と任務をこなすあたしを周りは機械であると呼び始めた。まあ渾名なんてどうでもいい。

 

 

「君がメリー・バーテンか」

 

「……誰、あんた」

 

 極東支部支部長、ヨハネス・フォン・シックザール。彼はそう名乗った。

 どうやらここの支部長と話をつけて、私を異動させることになったらしい。

 何とも勝手な話だがあたしは構わなかった。場所が変わろうとやることは変わらない。

 向こうでは特務を任される。任務での神機のデータを取る。この二つが目的らしい。

 要するに駒になれ、ということだ。それもオプションとして加わっただけに過ぎないだろう。

 アラガミを倒す、それに変わりはないんだから。

 

「あたしが行かなきゃならない理由は」

 

「ない。しかし激戦区である極東は優秀な人材を求めている」

 

「あたしは優秀じゃない。優秀なのは……」

 

「優秀かそうでないかは君の実績が物語っている」

 

 何も変わらないはずなのに、あたしは何かを期待していた。

 新天地、その言葉に少し浮かれていたのかもしれないし、事実そうだったのかもしれない。

 

「面白いもの。そこに行く代わりに、面白いものが見たい」

 

「君の思う面白いもの、とはなんだね」

 

「分からない。あたしの知らないもの」

 

 ちょっとした好奇心が顔を出していた。

 思えばこの時からあたしは感情を開き始めていたんだと思う。

 何かを予感していた、わけではないけれど。何かを求めていたのだろう。

 

 

「……本日からここでお世話になります。メリー・バーテンです。よろしくお願いいたします」

 

 極東支部で最初に会った神機使いは旧型の男だった。

 茶髪、蒼の目、ヘッドフォン(後に耳あてと知るのだが)。……なんだかちゃらそうだった。

 上官である人物、ツバキを恐れながらも会話しこちらを窺う彼は少し面白かった。

 

「うわ、ひでえ。あ、俺は日出 夏。俺も同じ十八だ。よろしく」

 

 そう名乗った男もそうだが、極東支部は暖かい場所だった。

 温かく懐かしい場所。それはどこかあの孤児院を思い出すようで気付けば普通に接していた。

 なんというか……ここにいる人たちはあの子供たちみたいに純粋に思えたのだ。

 脆くなっていた心は、そう言った優しさを渇望していたのかもしれない。

 いつの間にか、その温かさが当たり前になってしまっていた。

 

 それと同時にあたしはどこかで恐れていたのだ。

 自分の神機の秘密が伝わってしまった時、彼らは自分から離れていってしまうんじゃないかと。

 いつかは話さなければならない。分かっていてもどうしてもその勇気が出なかった。

 だからいつもその質問から逃げ、話すことが出来なかった。

 あたしの弱さを受け入れてくれるかどうかが不安でならなかったのだ。

 

 

――――――――――

 

 

 白い天井が見える。……ああ、病室か。

 任務に行ってからの記憶が曖昧だ。自分そっくりの何かを見たのは覚えているけれど。

 とにかく起き上がろう、そう思って何かがあたしの身体に乗っていることに気付く。

 

「ぐぅ……」

 

「……何寝てんのよ、この馬鹿」

 

 ずっとここにいたのだろうか。睡魔に負けて椅子に座りながらもこちらに身体を預けた夏がいた。

 しょうがないやつだ、と心の中で笑いながら容赦なく頭をはたく。

 

「てえっ!? ……あ、メリー! 起きたんだ!」

 

「今ね」

 

「ごめんな。俺がもうちょっと早く気付いてあげたら……」

 

「あんたが謝ることじゃないでしょ、馬鹿」

 

「なんで貶されたの俺」

 

 いつもみたいに大きな声でツッコまないのは気遣ってくれているのだろうか。

 眉を顰めながら普通の音量でツッコむ夏にいつも通りを感じて、ちょっと笑う。

 怪訝そうに首を傾げる夏はそれだけで面白いと思える。

 

「安心しろよな。あいつは俺が倒してやるから」

 

「あんたじゃ頼りないわよ」

 

「酷い。これでもパートナーだぞ? 信用しろよ」

 

「何を信用しろと」

 

「ねえ、態とだよね? 態とだと言ってよ」

 

 ふと今朝見た夢を思い出す。やっぱり、あの中での夏は夏らしくなかった。

 

「……夏。遅くなったけど、あたしの話を聞かせてあげるわ」

 

「……おう」

 

 隠す必要なんてどこにもありはしなかった。あたしは全てを夏に打ち明けた。

 夏は夢の中の夏以上にらしくなかった。真剣に聞き逃さないようにあたしの話を聞いてくれた。

 時折頷いたりしてくれたくらいで口をはさむことすらない。将来いいカウンセラーになれそうだ。

 

「そうか……。分かった。話してくれて、ありがとうな」

 

「いいのよ、いずれ話そうと思ってたし、大したことないわ」

 

 夏はあたしが言っていたことをまとめようとしているのか少し首を傾げている。

 足りない知恵を必死に絞ってもいるんだろう。黙ってそれを見届けることにする。

 

「うーんと、つまり、失敗作はメリーじゃなくてあの神機ってことだな!」

 

「……は?」

 

 それは、ちょっと違うんじゃないだろうか。

 あいつは神機を上手く扱わない、その機能を生かそうとしないあたしのことを言ったはずだ。

 いい方向に捉えようと態と言っているのか、それとも天然なのか。夏の頭を本気で疑う。

 

「うん、なら簡単だ! 俺がメリーは強いんだぞって思い知らせればいい」

 

「ちょ、ちょっと、何言ってんの? というかあんたがどうやって?」

 

「ん? 俺はメリーに鍛えられたからな。俺が負かせば、メリーが勝ったことになる!」

 

「無茶苦茶なこと言わないでよ……」

 

「へへっ、俺は頭が回らないからな。自分が正しいって思ったもの、信じてみたいんだ」

 

 そこは自信を持って言うところじゃない。

 けど、自分が正しいと思ったものを信じてみたい、か……。

 あたしも自分でケリを付けないといけないんだと思う。

 

「あ、メリーさん! もう鎮静剤はいらなさそうですね」

 

「あら、一条。どうしたの、泣きそうな顔して。殴られたの?」

 

「……いつも通りのメリーさんですね! 私、安心しました!」

 

「ねえ聞いてる? 気持ち悪いわよ?」

 

 やっぱりここは暖かい。だから、ここを守りたい。

 旧市街地に潜むあの子のことを思い、あたしはそっと思考を巡らせた。



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69、終幕

「よお、ゼルダ」

 

「あ……、夏さん」

 

 神機格納庫にて、第一部隊隊長さんはっけーん。どうやら一人のようだ。

 まあやろうと思っていることは一緒、っていうところなんだろうか。

 

「昨日はすごかったみたいだな、お疲れさん」

 

「私は大したことをしてませんよ」

 

「ブレンダンさんは連れ帰るわ、タツミさんたち助けるわ……。ヒーローだろ」

 

「言い過ぎですよ」

 

 照れくさそうにそう微笑むゼルダは可愛らしい。

 こいつは本当にすごいよな。新人だった頃には想像もつかないことをいくつもいくつも。

 大した新型がこの極東支部を救ってくれてるって事か。それで無理しちゃ本末転倒だけど。

 

「ちゃんと仲間も頼ったらどうだ?」

 

「夏さんに言われたくありませんよ」

 

「ははっ、本当になあ。全くだよ」

 

 揃いに揃って馬鹿、ってことなのかもな。

 ただ馬鹿にだって出来ることはある。そこは理解して欲しいもんだ。

 

「そんじゃ、健闘を祈ってるぜ」

 

「夏さんも気を付けてくださいね」

 

 人知れず俺たちは互いを激励した。

 

 

――――――――――

 

 

 贖罪の街近くにて。

 もう少しで目的地かな、と思いながら車を走らせている。

 勿論俺は今一人である。メリーにはもう少し安静にしておいてほしいからな。

 あ、ゼルダはエイジスに行ったみたいだ。強敵なんだろうな。

 

「夏……」

 

「ひぃ!? びっくりしたあ!? なんでいるの!?」

 

 後部座席から亡霊みたいな女の声が聞こえてきた。ゾゾゾッと背中に寒気が走り、思わずハンドルを持つ手が揺れ車が蛇行する。慌てて戻し、建物への衝突を回避。

 ミラーで後部座席を確認すれば、病室にいるはずのメリーがいた。全然気付かなかったんだけどその空気スキルはどういうことなのか説明願います。

 ちゃっかり神機も持ってきてるみたいだしやる気満々だ!? 計画総崩れだ!?

 

「安静にしとけよ!? 一条さんはどうしたのさ!」

 

「あたしが持ってる全ての飴を献上したわ」

 

「飴で説得される医者ってどうなの」

 

 一条さん、ちょっと安過ぎやしませんか。

 それでも脳裏にメリーの要求と飴の二つで心が揺れている一条さんが簡単に浮かぶから不思議だ。一条さんに対する認識っていったい……。

 

「お前、車で待機な」

 

「やだ。一緒に行く」

 

「こんの駄々っ子!」

 

 面倒くせええええ、と頭を抱えていると目的としていた場所についてしまった。

 メリーは何を言ってもついてくる気のようだ。こんなことになるなら縛りつけてくればよかった。

 軽い頭痛を感じながらも神機を持って車から降り、もどきの捜索を開始する。

 辺りをしきりに気にしながらも俺と同じように車からメリーが降りてきた。

 

「不安なら待ってればいいだろ?」

 

「嫌よ。あたしは守られるタイプじゃないもの」

 

「へーへー、そうですか」

 

 ブラブラと捜索を続けていれば、もどきにはすぐに会うことが出来た。

 広い空き地でこちらを睨み付けているのが見えたからだ。おぉう、殺気が。

 

「よくのこのこやってこれたわねえ? 神経を疑うわ」

 

「その方がお前にとっては都合がいいだろ?」

 

「そうね。ま、来なかったら乗り込もうと思ってたわ」

 

 すごい笑顔でとんでもないこと言いやがった。

 アナグラ内にそう簡単に入れるとは思えないけど……ツテでもいるのか?

 とにかくどう倒してくれようか。コアを破壊するのが一番簡単なんだけど。

 ……回収? 馬鹿言え、脅威の排除の方が優先されるべきことだろ?

 

「大丈夫よ、あんたたちはあたしが殺してあげるから」

 

「させない。そんなこと、あたしがさせない!」

 

「おまっ、え、馬鹿!」

 

 抑えきれなくなったのかメリーがもどきに向かって突進を仕掛けた。

 そのまま始まる戦闘。……ああー、最悪の事態が発生しちゃったよ。

 どっちが本物か分からない。これ、駄目だ。だから来てほしくなかったんだ。

 俺は一体右と左、どっちのメリーを援護すればいいんですか!?

 マジックのトランプみたいに二人がすごい勢いで移動するからもう分からない。

 

「おい、メリー! コートの裾斬れ!」

 

「「命令するな!」」

 

「ハモるな! 面倒くさいなあもう!」

 

 だけども俺の言った意味が分かったのか、素直にコートの裾を斬るメリー。

 右は……コート修復した!? コートも身体の一部なのか、あいつは。

 左は……斬れたな。って、右も同じところ自分で斬ったああああ!?

 そしてまた分からなくなる。お前ら動きすぎ、止まれ。

 

「ああ、もうっ! 撤退するぞ! 車まで戻る!」

 

「今こいつを逃すわけにはいかない!」

 

「ここで倒さなくちゃいけないの!」

 

「双子か!!」

 

 俺だってこんな時にツッコみをしたいわけじゃないんだよ。

 でもツッコミをしなくちゃいけない気がするんだよ……これが宿命と言う奴か。

 っと、ボケまでする必要はないんだ、とにかく俺はどちらかの手助けをしなくちゃいけない。

 でもどうやって? スタングレネードは違うし、でも直接攻撃怖いし。

 

 そうやっておろおろとしているうちに、勝負にも段々と違いがでてきた。

 余裕そうなメリーと、少し青褪めた様子のメリー。どちらもメリーでややこしい。

 ふむ、つまりこれから味方を当てろと。間違えたら大変なことになるな。

 いつまでも傍観ばかりしているのは嫌だ。旧型は旧型なりの仕事せにゃならん!

 

「どっちが本物だ!!」

 

「「……」」

 

「あっ、無視ですかそうですか」

 

 どうやらあくまでも自分で判断しろということらしい。

 本物どっちだゲームって、現実に起こると相当プレッシャー来るね……。

 これ選ばないって選択肢はないですか! ごめんなさい真面目にやります!

 メリーがメリーを弾き飛ばし、弾き飛ばされたメリーは体勢を立て直してすかさず鍔迫り合いへと持ち込む。ぎりぎりと絶妙に保たれたとき弾き飛ばされた方がインパルスエッジを……めんどい!!

 そんなことが何合か続いて、また鍔迫り合いに戻ってきた。

 左が余裕なメリーで、右が余裕のないメリー。これどうやって見分けつければいいの。

 

「夏、あんたそのままそこにいなさい。あたしが終わらせる」

 

「今すぐ帰って!! それでサカキ博士と対策立てて!」

 

「お前ら俺にどうしろと」

 

 俺の身体は二つはないんですよ。どっちかの意見しか聞き入れることはできないんですよ。

 ……まあ、これでなんとなくどっちが本物かは分かったような気がする。

 俺は決めちゃえばさっさと行動を起こしたいほうだ。だから実行しよう。

 神機を構えて二人のメリーを見据える。間違えるなんてミスは、起こさない。

 

「やっぱり、夏はあたしの味方ね!」

 

「どうして!? 帰ってって、言ったじゃない!」

 

 駆けだした俺を見て嬉しそうに言う左と、愕然とする右。

 こうも反応が違うと少し面白いかもしれない。違いが分かった今、俺も結構心に余裕が持てたんだな、となんとなく思った。

 ああ、でも、それよりも面白いものがあるとしたら。

 

 

 

 

 

「なんで笑ってるんだよ、ばーか」

 

 俺の生涯で飛び切りの嘲笑を顔に張り付けて、左のメリーの神機のコアを貫く。

 呆然とする二人のメリーを見て更に笑えてくる。俺って案外悪役に向いてる?

 前会った時にもどきは自分はアラガミだと言っていた。つまり、神機もセットで。

 神機自体にはコアがついている。二つ以上コアを有しているアラガミは、今のところ俺は知らない。

 メリーが神機によりバケモノになったなら、もどきの本体は神機なのではないか。俺はそう推測して神器のコアに神機の刃を突き立てたのだ。

 かなーり危険な賭けだったけど、結果的にビンゴだったようだ。もどきの身体が力無く地面に仰向きに倒れる。

 それを見たメリーもふらっとその場に尻餅をついた。

 

「ど……して……」

 

「お前、見てろって言ったのに、なんで加勢したら喜ぶんだよ、矛盾してるぞ」

 

「……じゃあ突進するまでどっちか、分からなかったの?」

 

「いや? 泣いてる方がメリーだと思ってた」

 

「泣いてないから!!」

 

「まあ、男の勘ってやつだな!」

 

 あるぇー? ネタバラししたら何故か本物からすごく怒られたよ? おかしいな。

 どうしよう、土下座でもすれば許してくれるかな、と自尊心を投げ捨てているともどきが急にクスクスと笑いだした。

 

「結局、なれなかったのね。……記憶を貰った人形じゃ、駄目なのね」

 

「お前はお前だったんだよ。でもメリーじゃない」

 

「ふふっ、でも私、欲張りだから。アラガミだから」

 

 何もかもがどうでも良くなったのだろうか。もどきの一人称が私に変わった。

 どことなく雰囲気も優しくなったように感じるのは殺気をあてられることがなくなったからだろうと思う。記憶を貰ったことで、こいつ自身も限りなくメリーに近くはなったかもしれない。

 それでも記憶があったとしても、それはまた別人なのだ。その人になることはできない。

 

「わたしね、いいこにしてたんだよ、がんばってたんだよ」

 

「そうだろうなあ、あんなに必死に殺しに来てたからな」

 

「なんであんたは敵と普通に会話をしてるのよ」

 

「こいつはもう襲ってくる力もないよ。霧散し始めてるし」

 

 人を喰らったことで言葉を覚えたのだろうが、元の精神はそれなりに低いようだ。

 喋り方もゆっくりとしたあどけないものになってきて、アナグラに時々くる子供たちのことを思いだす。

 サラサラと神機、足、と霧散し始めた少女に恐怖の色は見えない。

 

「はかせのいいつけきいて、ひとたべて、がくしゅうして。たのしかったよ」

 

「お前は生まれてくるところを間違えちゃったんだな」

 

「……ちょっと待って、博士って、誰?」

 

 バッと身を乗り出して少女の顔を覗き込むメリー。

 メリーの様子を見てきょとんとした少女は「しらないの?」と不思議そうにしている。

 

「はかせははかせなんだよ。わたしのはかせなんだよ」

 

「あたしの神機を作ったやつは死んだわ! この世にいない!」

 

「はかせしんでない! いきてる!」

 

「だ、だって、すごい量の、出血も、見て」

 

 困惑してまたパニックになりそうになっているメリーを宥める。

 まだまだ精神は安定していないようだ、帰ったらたっぷり叱ってもらおう。

 そんな俺たちを置いて、少女はぼーっと空を見上げた。

 

「はかせのみみ、おいしかったなあ、またたべたかったなあ」

 

「耳!?」

 

「はかせがくれたの。またあうやくそくって」

 

 その博士ってやつ、躊躇なく耳を切断したんだろうか。

 もしその話が本当ならその博士ってやつは非常識で同じ人間とは考えられない。

 いや、元々こいつを作って人を襲わせるようなやつなんだし、常識なんてないか。

 そんなやつが俺の近くにいるって考えたら……なんだか寒気がしてきた。

 

「こうかいはないよ、たのしかった」

 

「お前……」

 

「そうだなあ、つぎはきみたちのそばにいたいなあ……」

 

 記憶の中の君たちは、楽しそうだったから。

 そう言って俺に笑顔を向けてきた少女は黒い霧となって空に溶けた。

 完全に霧散し切ったのか、もうどこにも少女はいない。

 

「……終わったなー」

 

「そうね、終わったわね」

 

「帰ったらお前、ツバキさんから説教な」

 

「断固押して拒否する」

 

「うるせえ、お前は要安静だったんだ。それくらい我慢しとけ」

 

 とにかく問答無用なのだ。

 今回はメリーのせいでややこしくなって疲れたんだからたまには俺に従え。

 ということでメリーをおぶってみましたー。重い。

 

「何してんのよ。歩けるんだから降ろしなさい」

 

「嫌だ。メリー疲れてるんだろ? たまには休め」

 

「筋力ないんだから無理しなくていいのよ」

 

「女に心配されるなんて、俺も終わりかもな」

 

 軽口を叩いてたらメリーに空いていた左手で頭を叩かれた。解せぬ。

 全く、いっつもいっつも我儘ばっかりで嫌になっちゃうよなー。

 こんな女に嫁の貰い手とかあるんだろうか。まともに接してるの俺くらいだぞ。

 いや、こんなことしている時点でまともじゃないか。

 

「……ありがとう、夏」

 

「おー? なんか言ったかー?」

 

「っ、人が珍しくお礼言ったのに!!」

 

「痛い痛い痛い!! 叩かないで! 蹴らないで! 落とす!!」

 

「落としたら後でお腹踏んであげるから」

 

「俺はドMじゃねええええ!!」

 

「えっ……?」

 

「ねえ、なんでそんなに不思議そうな声出すんですかメリーさん、ねえ」

 

「くくっ、あはは、あははは!!」

 

 笑い声も隠そうとしないメリーはご機嫌なようだ。

 まあ、こっちのほうがこいつらしいか。そんなことを思って俺は前を向いた。

 

 

――――――――――

 

 

「あはは、壊れちゃったよ、アレ」

 

 ある部屋で男は馬鹿馬鹿しそうに呟いた。

 その男はメリーもどきに「博士」と呼ばれていた人物で、左耳を与えた男だ。

 部屋に取り付けられた空調の風が直に当たり髪がサラリと揺れる。隠れていた左耳部分には、念のために未だガーゼがついている。

 

「ほんっと、……使えないゴミめ」

 

 忌々しげに吐き捨てると、男は手に持っていた無線機を壁に叩きつけて壊す。

 男は全ての会話をメリーもどきに取り付けた盗聴機で聞いていたのだ。故に展開が分かり、結末が分かり、苛立っていた。

 ただ死ぬなら別に構わない。使えないガラクタなどこっちから願い下げだ。問題は左耳の情報を流したことだ。探されたら即バレるじゃん。面倒そうに男はこぼした。

 

「ま、ゴミ処理はしなくていいみたいだからいいかな」

 

 何か自分にとっての利を考えたとき、男はそれくらいしか思い付かなかった。それだけ男は不機嫌であった。

 

「あーあ……、ちゃんと設計図通り作ったのになあ……」

 

 男の視線の先には分厚い書類がある。

 そこには何やら難しい計算式や、果てには挿し絵なんかもあった。

 

「やっぱり、一からアラガミとして作るんじゃなくて、途中で人にくっつけちゃったほうがいいのかな」

 

 言いながら一枚の写真を取り出す。

 メリーもどきに見せた、メリー・バーテン本人の写真だ。

 それを持っていたナイフでズタズタに切り裂き、ぽいと撒き散らす。

 ひらひらと紙吹雪のように舞い落ちる写真だったものを男はぼんやりと見守る。

 

「はあ、嫌になっちゃうな。ここら辺の人たち、全部殺しちゃおっかな」

 

 つまらげに吐き捨てる男の瞳には冷酷な狂気が宿っている。

 そうして持ち上げたナイフを、しかし下ろして懐にしまいなおした。

 

「今バレてもなあ。こっそり活動してた意味ないし」

 

 ここで暴れては結構な話題になるだろうし、警戒されて上手いように身動きできなくなるだろう。それは男にとって困ることだった。

 それに鋭く嗅ぎついてくる輩もいるかもしれない。現に男はたった一人、その心当たりがあった。その人物は男の狂気を知っていて、だが何も口出ししなかったからこそ生かしておいた人物だった。

 今はもう、その人物がどうしているかは分からない。男はその人物を捨てたからだ。その人物の現在は少し気になる。だが二度と会うことも関わることも無いだろう。男はそう結論付けてその考えを早々に頭の隅に追いやった。

 

「これからどうしよっかなー」

 

 近くにあった椅子を引き寄せて座り、男は腕組みをした。

 とりあえず、方針は決まった。あとは舞台と役者が足りないだけ。それと時間も必要だ。男の計画は一週間やそこらでできるほど簡単なものではなかった。

 

「一年。……いや、応用もするから、二年かなあ」

 

 三年、五年、十年、五十年。あ、お爺ちゃんになっちゃう。自分の発言にクスクスと笑ってから、男は新たに写真を二枚取り出した。

 白神 ゼルダと日出 夏の二名がそれぞれ写っている写真を男は頭上に掲げる。

 笑顔で写真に収まっている二人を見て、自然と男の口角も上がった。

 

「どっちから先に殺そっかなあ」

 

 やっぱり難しいかなあ。男はそうぼやくと床に捨て、二枚を力強く踏みつけた。

 アラガミに喰われて死んでくれないかな、一番自然だし。でも隊長と副隊長がうっかり喰われるとか笑える。

 色々と考えながらも、男は足を休めずにグリグリと磨り潰すように動かす。

 既に二枚の写真は汚くなってきていた。

 

「うーん、面倒だから先伸ばしにしちゃおっと」

 

 男はお腹減ったなー、と暢気に呟きながら部屋を後にした。

 

 

「――ああ、目的は未だ達せず、か」



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GOD EATER~旧型神機使いの色々~
季節行事企画番外編 「ハッピーハロウィン!」


どうも、お久しぶりです。番外編を投稿します。
最初に小説内での変更事項を少し。

・ZELDAさんの本名をゼルダに。ZELDAは今後コードネーム扱い。
・既存キャラも依頼中コードネーム化。tatsumiさん(笑)
 全ての反映は今週一週間を目標に頑張ります。

では長らくお待たせしました。
大体五千字といつもと同じくらいですが……、どうぞお楽しみください。
ちなみにメリーさんが少しいつもと違ったりするかも知れません。

では、スタートです。


「trick and treat!」

「いきなりおかしいよ!?」

 メリーに扉を開けるよう指図する声で起こされた俺は、扉を開けると早々にそんなことを言われた。

 確かに今日、十月三十一日はハロウィンだ。子供が近所の家を回ってお菓子を貰う日。

 でも明らかにメリーはいろいろと違うだろ。子供っていうような歳じゃないし、言葉も違うし。

 やたら英語の発音はいいけど“and”じゃなくて“or”な。お菓子持っていって更に悪戯とか悪質すぎるだろ。

「はいはいトリートな。悪戯はするなよ」

 部屋に一度戻って板チョコを持って来た。俺が持ってるお菓子ってのはこれくらいだ。

 二枚あったから後でゼルダにもあげよう。ゼルダは甘党だから絶対喜んでくれる。

 ほくほくした顔でメリーは板チョコを受け取ると早速銀紙をめくってパクついた。動画で見たウサギを思い出した。

「甘いー……」

「幸せそうだな」

 目を細めながら板チョコを頬張るメリーを見て右手がウズウズしてきた。どうしよう、頭撫でたい。

 そんな俺に気付かず黙々とメリーは食べ続け、ついに最後の一片欠を飲み込んだ。よく途中で気持ち悪くならなかったな。

「ご馳走様」

「お粗末様でした、と」

 いつもは見せない満面の笑みを浮かべるメリーを見て反応に困る。どう接すれば……。

 困り果てているところにゼルダがやってきてくれた。おっ! ナイスタイミング!

「はい、ゼルダ。トリート」

 

「え?……あ、ありがとうございます!」

 すかさず残っていた一枚を渡した。

 一瞬何のことか分からないように首を傾げたゼルダは板チョコを見ると顔を輝かせた。甘いもの好きだもんな。喜んでくれて良かった。

「板チョコ、後でゆっくりいただきますね」

 

「うん。ゼルダ、甘いもの好きだろ?」

 

「ええ、とっても。ありがとうございます」

 静かにお礼を告げるゼルダはおしとやかなお嬢様を想像させる。うーん、ドレス着てても違和感なさそう。

 するとゼルダが突然何かを思い出したように「あっ!」と声をあげた。どうしたんだろう。

「私、アリサさんたちがパーティーをするそうなので呼びに来たんですよ」

 

「ハロウィンパーティーってことか?」

 

「ええ、そうみたいです」

 

「楽しそうね」

 メリーもなかなか乗り気なようで興味深々だ。俺もそういうのはやったことがないからかなり興味がある。

 どうやらエントランスで大々的にやるようなのだがその前の準備として女子はアリサの部屋へ、男子はコウタの部屋に行かなければいけないそうだ。

 なんか荷物でも運ぶんだろうか。俺は楽観的に見ながらメリーたちと分かれ、コウタの部屋へと向かった。

 

――――――――――

 

「やっ、めろ! 放せコウタ!!」

 コウタの部屋に入った瞬間、俺は呼ばれた意味を即座に理解し撤退しようと身を翻したのだがコウタに捕まってしまった。その顔はにやにやと笑みを携え、いかにも楽しいと言った感じだ。

 コウタの部屋にあるのは大量の服だった。しかしただの服ではない。ハロウィンならではの服、仮装のための衣装があるのだ。

 多分女性陣が作ったんだろうなと予想してアリサとかを恨むことにする。

 ちなみにコウタは既にバガラリーの登場人物の誰かであるらしいウエスタン的な服を着ている。さっき説明してたけど忘れた。

「それは聞けないです。ソーマも夏さん押さえんの手伝って」

 

「……」

 

「ソーマアアアア!裏切り者おおおおお!!」

 同じく部屋にいたソーマがしばらくしてからコウタと一緒に俺を押さえはじめた。

 あれだろ!? どうせ手伝わないと変な服着せるぞとか脅されてるんだろ!? 仮装なんてみんなそういうのなんだよ、バカヤロー!

 さすがに女よりも力が無いのではと疑われている俺が年下とは言え男二人に勝てるはずが無く、そのまま上着から剥がされはじめる。

 変態め! お前らも恨んでやるからなー!

「……なんで俺がこんなこと」

 

「夏さんが自分から着てくれれば解決するんだけどな」

 

「着るわけないだろっ!」

 

「今なら選べますけど?」

 

「ロクなもんないじゃないかよ!」

 ソーマの愚痴から始まったコウタの言葉を全て拒否した俺は正論だったはずだ。

 にも関わらずコウタはやれやれと言った感じでため息を吐いて、また作業にとりかかった。

 うわあああああん!

 

――――――――――

 

 コウタがクイクイと座り込んでいる俺の服を無言で引っ張ってきた。

 どうやらエントランスに着いたようだが、俺はエレベーターから出るつもりなんて無かった。自分から死にに行く気かよ。

 結局、ウエスタンコウタと執事服を着たソーマに引きずられる形で俺はエレベーターから出た。

 ソーマだが、執事服に抵抗したもののそれ以外いいものがなかったので執事服で落ち着いている。ざまあ!

「なかなか似合ってますよ、夏さん」

 

「それは褒めてんのか? 貶してんのか?」

 

「褒めてます」

 コウタの言葉に「嘘つけ」と返しながら、俺はコウタに手を引かれて階段を下りた。

 階段を下りてすぐにあるフロントのところにはヒバリちゃんがいる。小さなジャック・オ・ランタンが置かれていたので恨んでおいた。今日は恨みデーだ。

「おはよう、ヒバリちゃん……」

 

「おはようございます。夏さん、その恰好似合ってますね」

 

「……俺は、黒歴史だと思ってる」

 ヒバリちゃんが元気づけてくれるが元気が出ない。末期だ。

 タキシードのようなぴっちりした上下の服。風に靡くは黒のマント。本来の俺のものより少し長い尖った爪。凝った造りの尖った二本の義歯。合わないという理由でコウタに乱された少し癖があるように見える髪。これが俺の今の恰好だ。

 ……俺が何に仮装したか分かってくれた人はいるだろうか。

 答えを言ってしまうと、俺はドラキュラになっていた。自分で鏡を見てそれっぽいと思ったときコウタに負けたと思う。

 涙目になりながら黄昏れて立っている俺は実にらしくないドラキュラだと思う。

 女性陣はまだ来ていないようで周りにそれらしい人影はない。俺、このままで放置は嫌なんだけど。

 あっ、今指差されてる気がする。泣きそう。

「夏さーん!」

 

「……ゼルダ?」

 ゼルダの声が聞こえ、背後にあるエレベーターのほうへ向き直ると仮装したゼルダがいた。

 足元がすっぽり隠れる白い無地のドレス。頭にちょこんと乗ったティアラ的なもの。雨避けにはならないであろう小さな丸っぽい傘。

 そう、ゼルダはお姫様に紛していた。扱いの差……。

「似合ってるぞ、ゼルダ」

 

「夏さんこそ」

 

「お世辞はいいから。……メリーは?」

 

「あ、そうでした。メリーさん、可愛いんですよ!」

 転ばないようにドレスを両手で摘んで持ち上げたゼルダはまたエレベーターに入って行った。

 しばらく攻防の声と音がしてようやく二人が出てきた。あまりにも攻防が長くて一回エレベーターが別の階へ行きそうになっていた。

「やーめーなーさーいー!」

 

「折角可愛いんですから、恥ずかしがってちゃ駄目ですよ」

 

「だって! この服を作った人に悪意を感じる露出度よ!?」

 

「はいはい」

 出てきたメリーを見て、俺は絶句した。

 胸の部分にのみ巻かれた一枚の黒い布。太股の半分も無い、腰に先が矢印のような形状の黒いしっぽが付いた黒いショートパンツ。踝ほどの高さの小さなブーツ。両の腕の付け根にまた黒い布が一巻き。頭にはしっぽと同じような角が二本。服やブーツの端には白いフリルが付いている。

 俺の予想が正しければ小悪魔をテーマに仮装したメリーがそこにいた。

「おお……」

 

「あたしは見世物じゃないのよ!!」

 白と黒の地味な色なのに惹かれるのはその大胆過ぎる露出ともう一つ理由があるからだろう。

 それはメリーが普段身につけている眼鏡を外しているからだ。「見えない……」と嘆いているところを見るとコンタクトはしていないようだが、素顔のままのメリーは完全に女の子だ。

 いつもは厚着をしているせいで分からなかったが露出が多いお陰で抜群のプロポーションであることも分かる。

 そして本人は完全に無意識であろうが涙目になっていることで不思議と保護欲が掻き立てられる。

 とにかく、ストーカーとか変態が湧きそうなくらい今のメリーは可愛かったのだ。

「……可愛い」

 

「なっ、ばっ!! 頭湧いてんじゃないの!?」

 

「本当に可愛いですよねー」

 

 ゼルダが並んでしまうと完全に俺のポジションが悪役に見えてくる。俺がゼルダをさらって子分のメリーに過ちを暴力で諭されてる感じだ。

 メリーは泣き止まそうとした全然名前も知らない神機使いからもお菓子を貰っていた。それで涙が引くからまた周囲で好感度が上がる。

 きっと今のメリーは可愛い妹みたいな立ち位置なんだろうな。

「煎餅欲しい……」

 

「はい、メリーちゃん」

 

「メリーちゃん言うな!」

 

「いつもの三億倍は可愛いですよ、メリーさん」

 

「一条後で殺すわよ!?」

 なんかもう微笑ましくなってきた。

 いつの間にか一条さんまでメリーの茶化しに参加してるし。これまた見事に茶化せている。

 ヒバリちゃんから慰めで貰った飴を口に含んで転がしながら俺はその光景を眺める。うわ、甘ったるいプリンのレーション味だ。

 数十分も経つと自力で囲みの輪を突破したメリーがこっちに歩いてきた。さっきまで無かった小さな籠を持っており、中にはお菓子が山盛り入っている。

 モテるんだなあ、やっぱり。

「や、やっと抜け出せたわ……」

 

「お疲れさん」

 飴を舐め終えた俺はまた一つ取り出して口の中に放り込む。ひっ、冷やしカレードリンク味……!

 メリーにも飴を勧めてみたが「十分よ」と断られ、代わりに硬そうなクッキーを貰った。カノン特製クッキーないかな。

「人気者だな、メリー。やっぱりモテる顔してんだよ」

 

「いい迷惑よ。後でアリサに文句つけてやるわ」

 

「その服はアリサ特製なのか」

 

「……引き籠りたい」

 

「勿体ないな、可愛いのに」

 かあっ、と顔を真っ赤にするメリー。さっきからやたらに「可愛い」という単語に反応するな。耐性ないのか?

 いつもの強気も砕け散ったようにないし……。これは俺が平等に接せるチャンスか?

 

「いつもお疲れさんっ!!」

 

「もがっ!?」

 メリーの口の中にさっき貰ったクッキーを押し込んでやった。

 慌てて抵抗するメリーだが口から出すのは汚いと思ったのか素直に口を動かしはじめた。小動物に餌付けしてる気分だ。

 ごくりと喉を鳴らして食べ終わったメリーは不機嫌そうに頬を少し膨らませながら籠を漁る。

「あんたもねっ!!」

 

「むぐっ!?」

 メリーがお返しと言うようにプチケーキを口に詰め込んできた。

 うん、美味しいんだけど……。口の中の水分が奪われまくってる。飲み物欲しい。

 なんとか食べ終え、メリーに顔を向けるとにやにやと笑っていた。まさに小悪魔。いや、悪魔。

「ははっ、まあいつもありがとな」

 

「じゃああたしも一応、ありがとう」

 

「一応、は余計だろ」

 

「あたしの性に合わないのよ」

 

「まあいきなり素直になられても引くけど」

 こつん、と拳をぶつけあう俺たち。メリーが全力でぶつけてこなくて安心した。

 きっと、こんな時代に生まれて来なければもっとゼルダとかメリーとかと遊べたんだろうな。そう思う傍ら、こんな時代じゃなかったら会わなかったんだろうなという、どこか確信にも似た思いがあるのに気付いてくすりと笑う。

 メリーは不思議そうに首を傾げていたけど、しばらくしてからつられたように小さく笑った。

「ハッピーハロウィン」

 

「ええ。Happy Halloween」

 なんだか、服装以外は穏やかな日だった。

 

 

 後日、いつ撮ったのか分からない俺やメリーの仮装姿が写真となって売りに出され、羞恥で顔から熱が取れなかったのはまた別の話。




「真・ゼルガーの部屋」では今回のメリーさんの服装を私が下手ながら描いてみました。
靴が描けなかったのは許してください。
最初の段階で足の角度を間違えたせいだ……。

今後ともよろしくお願いいたします。


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季節行事企画番外編 「メリークリスマス!」

どうも、キョロです。メリークリスマス!
……あ、「“メリー”クリスマス」ってメリーさんのことじゃないですからね。
言わなくてもわかりますね、すいません。

今回はクリスマス企画です。
また「真・ゼルガーの部屋」で挿絵を投稿しておいたのでよろしければ見に行ってください。
ちなみにハロウィンの時と比べるとランクダウンしてます。差し替えたのでハロウィン絵は見れませんが。

では、スタートです。


「メリークリスマースッ!」

 

 メリーの部屋に入って早々に俺は持っていたクラッカーをメリーに向けて使った。

 パアン、と良い音が鳴り中から色とりどりの綺麗な紙ふぶきが飛び出した。

 

「わっ!? ……なんだ、夏じゃないの。なにやってんのよ」

 

 クラッカーの大きな音に驚いたのかメリーはびくりと身体を震わせた。まさかクラッカーごときでメリーが驚くとは思ってなかったからこっちが驚いたわ。

 でも、何をやってるのかと聞きますか。今日が何の日かはメリーだって分かってるはずなんだけどな。

 

「いやぁ、クリスマスだし非番だったから」

 

「つまり暇なのね」

 

「そうだな」

 

「認めちゃったわよ」

 

 メリーが呆れたようにため息を吐いてきた。呆れるなよ。こういうイベントは俺にとっての大事な息抜きでもあるんだからな。

 必死に訴えたらメリーが「どうでもいい」と返してきた。本当酷いやつ。

 

「で?」

 

「は?」

 

「で、クリスマスって何?」

 

「えっ」

 

「え?」

 

 メリーはそれはそれは不思議そうな顔をして俺に質問してきました。えっ。

 ……なんか気まずいんだけど、この空間。お、俺はここらで失礼させてもらおうかなー……。

 この場から逃げようとしてくるりと百八十度方向を変えるとメリーが俺の右腕を思い切り掴んできた。

 

「何逃げようとしてんのよ」

 

「痛い痛い痛い!! 手、放して!」

 

 必死に懇願すること数分後、ようやくメリーは俺の右腕を解放してくれた。なんですぐ放さなかったんだろうね。楽しんでない、よね?

 未だにヒリヒリと痛む右腕を擦る俺に、メリーはさっきと同じ質問をしてきた。

 

「結局クリスマスってなんなのよ」

 

「本当に知らないのか?」

 

「そうだけど」

 

 落胆する俺。1人首をかしげるメリー。え、ちょ、それってマジ話ですか。それって結構な問題発言だと思いますよ?

 だって、クリスマスなんて誰でも知っているようなものだろう。クリスマスの日にサンタさんがやってきてプレゼントをくれる素敵な日だぞ?

 

「ええー、では。夏君のクリスマス教室ー」

 

「わーどんどんぱふぱふー」

 

 俺がノリでそんなことを言ってみたらメリーも棒読みではあるが乗ってくれた。まさか乗ってくれるとは思わなかった。

 

「クリスマスって言うのはサンタさんが一年間良い子にしてた子供にプレゼントをくれる日だ」

 

「え、まだサンタなんて信じてるの……?」

 

「え、いるだろ。サンタさん」

 

「うわあ」

 

「哀れみの目で見るな。あとサンタさん知ってるならクリスマス知ってるだろ!」

 

「うん」

 

 知ってるのかよ。なんでさっき俺に聞いてきたんだよ。

 でも、なんでサンタさんのこと言ったらそんな目で見られなきゃいけないんだ? サンタさんを信じない人なんてこの世にいるのか? 俺にはそれが信じられない。

 

「待て待て、立ち去ろうとするな。用事があるんだから」

 

「今度は何よ……」

 

「ゼルダからクリスマスパーティーのお誘いがある。というわけで行こう」

 

「何それ唐突」

 

「いやそんなに唐突でもないぞ? 話の流れでわかっただろ」

 

 メリーがまだ何か言いたげに口を開いたが俺はそれを気にせずにメリーの腕をつかんで歩き出した。

 向かったのはゼルダの部屋。ハロウィンの時と違って今回は三人だけでのパーティーだ。

 なんか、全体が絡んでくるとまた俺に悲劇が降りかかる気がしたんだ。クリスマスだからそんなことないかもしれないけどさ。

 

「ゼルダー、連れてきたぞ」

 

「ありがとうございます、夏さん」

 

「これくらいはどうってことないよ」

 

「いつもすみません。……あ、プレゼント持ってきましたか?」

 

「え、そんなもの必要なの?」

 

「持ってきてないなら今持ってきたほうが良いですよ、メリーさん」

 

 メリーはゼルダの言葉を聞くと少しだけ考え込んでそのまま部屋から出て行った。プレゼント取りに行ったのか。俺が言っても聞かないくせに……。

 しばらくしてメリーは大きめの袋を抱えて戻ってきた。一体何が入ってるんだよ。

 ゼルダの部屋にあるテーブルを中心として俺とメリーとゼルダは立った。なんか三人だけって言うのもちょっと寂しいね。

 

「では、プレゼント交換スタートですっ」

 

 ゼルダがテーブルの上に置いておいたラジカセの電源をかちりと入れた。しかしラジカセからは「ザザ、ザザザッ……」と妙な音を立てるだけで音楽は一向に鳴りそうにない。

 ……あんまり考えたくないけど、もしかしてこのラジカセ壊れてる?

 

「ゼルダ、鳴らないんだけど」

 

「おかしいですね……?」

 

「叩けば直るんじゃない?」

 

「拳を握りしめて大きく振りかぶってるけど、それで叩いたらスクラップになるぞ」

 

「むしろそのほうがあたしは楽しい」

 

「周りの人のこと考えようよ! あとそれゼルダのだからね!?」

 

 何を言っても聞かなかったにも関わらず、ゼルダの名前を出すとぴたりとメリーは動きを止めて素直に拳を下ろした。何この差。

 メリーがつまらなそうにため息を吐き、俺は悲しくなってため息を吐いた。

 

「えっと、もう一回やりましょう!」

 

 空気が悪くなったのにゼルダが気付いたらしく大きめの声で俺たちにそう言った。ああ、なんかごめん。

 ゼルダがまたかちりとラジカセの電源を入れると今度は曲が流れだした。あ、トナカイの曲だ。

 ……しかし今度は一体どうしたというのか一度もストップせずに一曲終わってしまった。

 

「これ、手動なの?」

 

「止まるタイミングはランダムなんです」

 

「もう叩いたほうが早いわよ」

 

「だから拳振り上げんな!!」

 

 もうメリーの中ではラジカセを叩くのが決まってるのか!? 待て待て、人の物を壊すのはよくないぞ。

 慌てて今度は俺がラジカセの電源を入れる。流れてきたのは洋楽だった。え、英語分からないんだけど……。

 しかし今度は一番の途中、つまり結構序盤くらいのところで曲は止まってしまった。

 

「何今の。もっと聞きたかった」

 

「洋楽ですね。いい曲です」

 

「あたしもなかなか好きな曲よ」

 

「へえ、メリーが……」

 

「何その目。あたしだって音楽を好きになったっていいじゃないの」

 

 まあプレゼント交換にはいい感じのタイミングで音楽が止まったので早速プレゼントを開けることにした。三人だけだから当たる人は決まってるようなものだけど。

 俺はゼルダのプレゼント、ゼルダはメリーのプレゼント、メリーは俺のプレゼントだった。

 ゼルダからのプレゼントって何が入ってるんだろう。意外と予想できない。

 

「えっと俺のは……、サンタか」

 

「ちょうど男性用だったので夏さんに当たってよかったです」

 

「もうプレゼントが俺前提じゃないか……。まあ嬉しいよ。嬉しいけど……」

 

「けど?」

 

「なんで緑色?」

 

 俺がもらったのはサンタ服だった。正式名称はホーリィサンタという緑色をしたサンタ服だ。

 ……なんで、赤じゃなくて緑? ポピュラーなのは赤だと思うんだけど。まさかゼルダの中では緑の方がポピュラーなのか?

 

「本物のサンタは赤ではなくて緑なんですよ?」

 

「初耳だ」

 

「昔学校で誰かが言ってました」

 

 へ、へえ……。緑よりは赤ー、ってイメージが強かったけど違うんだ……。というかその誰かって誰。気になるんだけど。

 とりあえず少しの間ゼルダの部屋から抜け出して早速着てみた。部屋に戻ったらメリーから「似合ってるわよ」と言われた。あのニヤけ顔は絶対からかってるな。

 メリーの言葉に「ありがと」と適当に返して俺はゼルダに視線を向ける。

 

「ゼルダは?」

 

「私も服みたいです。……電撃PS制式ですか。まだ持ってなかったので嬉しいです!」

 

「喜んでもらえて何よりだわ。あー、夏にいかなくてよかった」

 

「俺も来なくてよかったよ。てか二人とも服は止めろよ」

 

「なんでよ、別にいいじゃない」

 

「俺に女物の服とかきたら困るだろ!? 女子同士でやれよ!」

 

「その時は夏さんが見苦しい女装をすれば済む話だと思います」

 

「嫌だよ! てかゼルダ、見苦しいとか言わないで。事実だろうけど」

 

 ゼルダまでもが俺をいじめにくるという恐ろしい現実。問題です、この現実はどうやったら変えられるでしょうか。答え、不可能です。今日も俺は布団で泣くことにする。

 いつだって世界は理不尽で満ち溢れてるんだよ……。それを毎日体感しなきゃいけないとか、この世界は本当に酷いです。むしろ俺に対するいじめを嗤ってる気さえする。怖い。

 遠い目をしながら悲壮感に浸っている俺を他所に話は進んでいく。俺のことどうでもいいんだね……。

 

「メリーさんは夏さんのですよね? 中身は何ですか?」

 

「……ねえ、夏?」

 

「どうした、メリー。無駄に良い笑顔を浮かべて」

 

「あら、そんな笑顔してるかしら? 褒め言葉として受け取っても?」

 

「まさか。後ろには死神が見えるよ」

 

 メリーが俺を脅したりする時とかにそういう笑顔を浮かべたことはあったが、さすがに死神までは見えなかった気がする。俺の記憶が確かなら、という前提があるが。

 目の前にいるメリーはそれはそれは美しい笑顔を顔に貼り付け、背後に死神を浮かべてらっしゃいます。気のせいと思いたいけど、殺気をがんがんぶつけられてる。

 冷や汗が止まらないんだけど。この状況を打破できるものを生憎俺は持ち合わせていない。 

 

「プレゼントがジャイアントトウモロコシってどういうことかしら?」

 

「いやー、何をプレゼントにしていいか分からなかったから」

 

「ふうん。そんな馬鹿げた理論があたしに通るとは?」

 

「思ってないですすいませんでしたああああ!!」

 

 一息で言わなければならない言葉を言い切り、すぐさま土下座に移行。ここで「えっ、通ると思ってたんだけどなー」とか言った暁には俺がボロ雑巾へと大変身する羽目になる。

 なんでクリスマスの日にそんな目に遭わなくちゃいけないんだ。思わず涙目になった。苦笑するゼルダの声が頭の上から聞こえた。助けてよ。

 

「メリーさん、一応聖夜ですし」

 

「そうね。でもまだ夜じゃないわ」

 

「いや、その、確かにそうですけど」

 

「んー、でもゼルダの言うことはもっともだし……。そうだ」

 

 メリーが何かを閃いたような声を出した。いつも言っている気がするけど、メリーが良いことを閃いた時は俺にとっての悪いことを閃いた時だ。今回は何だろうな。

 すると何を思ったのかメリーは俺の髪を掴んで上に持ち上げた。痛いよっ! 禿るからそういうのだけは本当に勘弁してくれ。

 涙目のままメリーを睨み付けると悪人顔のメリーを目が合った。絶対前世でいいことしてねえよ、こいつ。

 

「ハロウィンの再来、なんてね」

 

「はろうぃん……? また仮装とかしろってか!?」

 

「それだけじゃないわよ。写真を撮って売り出す」

 

「はあ!? 俺は見世物じゃないんだぞ! 冗談はやめてくれ!」

 

「何を言ってるのよ、私は本気よ」

 

 何この人ものすごく怖い。俺から見ればメリーは具現化した悪魔だ。

 メリーは俺が記憶を振り返ってみても大抵言ったことはきちんと実行するやつだ。つまり、俺はこれから悪夢を見なければならない可能性がとても高い。99,9パーセントの確率でやるだろう。

 思わず逃げ出そうとすると背後からゼルダに羽交い絞めにされた。って、何故にゼルダ!?

 

「すいません。たった今無言で脅されました」

 

「え、ちょ……」

 

「もしもし、アリサ? この前のハロウィンの男性用衣装まだある?」

 

「俺の危機が確実に迫ってる!!」

 

 ゼルダを振りほどこうにもさすがバスター使いと言ったところか、なかなか振りほどくことが出来ない。女子に力で負けてる俺ってなんなの。

 メリーの使用している携帯電話の向こうから『ありますよ! 何に使うんですか?』と嬉々として問うているのが聞こえてきた。メリーが答えると『今すぐ届けに行きます』との声。観戦お断り。

 その電話から二分も経たない時間でアリサはやってきた。両腕にたくさんの衣装を抱えて。口元に浮かんでいる笑みはこれから起こることを予想してだろうか。ふざけんな。

 

「それ、どういうのがあるの?」

 

「えっと……。ドラキュラ、執事、剣士、ボーイ、悪魔、魔法使いなどですね」

 

「うわ、この前見なかったものもあるし」

 

「服の山に埋まってて見えなかっただけでしょう? それでどうしますか」

 

「一通り全部着せて全部写真という形で残す。そしてそれを売り出す」

 

「公開処刑とかやめてよ!!」

 

「それは楽しそうですね! 他の人も呼んできていいですか?」

 

「おい待て、アリサ。誰か呼んできたらそれこそ俺が死んでしまうぞ」

 

 今だって目の前にある大量の衣装を見て発狂しそうになってるのにそれ以上のことが起こってたまるか。

 ちなみに俺は今、ゼルダが羽交い絞めにするのが疲れたとかなんとかで両手足を縛られて部屋の隅に転がされています。俺は奴隷かなにかか?

 惨めでもいいからとにかくゼルダの部屋から逃げ出したくて芋虫みたいに動いてみるが全く効果なし。芋虫は一体どうやって進んでるんだ。

 

「ドラキュラ、はとりあえずこの前着てたからいいか」

 

「剣士なんてどうでしょうか。夏さんきっとかっこいいですよ」

 

「でも案外執事という選択も捨てられませんよ、リーダー」

 

 ふふ、俺の関与していないところで俺の死刑内容が決まっていくよ……。

 こうなればあれだ、意識を飛ばして現実逃避をしよう。できれば俺の意識がきちんとここに戻ってきたとき、全てが終わってるといいな……。

 

 

 

 

 

 

 

 数日後、夏の元には数十枚の仮装写真が届いた。

 それを一枚見たところで彼は他のものをすべて見ずにゴミ箱へ捨てたという。

 尚、この公開処刑に携わった者全てに写真は配られていたため、しばらく夏はその関係者から送られる視線に耐えられずに陰でこっそり泣いていたそうな。

 

「楽しかったわねー」

 

「楽しかったですね」

 

「楽しくないっ!!」




「真・ゼルガー部屋」で、この小説のEATER編は残り二話となっております。佳境です。
今年中の更新は正月の分があるので無理ですが、来年も楽しんでいただければ幸いです。

次回の更新は一月一日の予定です。
まだどっちも書いてません。これから頑張らんと。


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季節行事企画番外編 「ハッピーニューイヤー!」

あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。

さて、なんとか書ききれましたよ。昨日の夜に。
……うん、結構頑張った、のかな?
まあ普段の投稿と同じくらいの文字数です。
とりあえず今のうちに夏くんに合掌。

では、スタートです。


「きっついな……」

 

「似合っているよ、夏」

 

「動きづらいわ」

 

 今日は元旦。というわけでお正月っぽいことをしようということになった。ぽい、ってなんだ。

 ただ前回クリスマスでは酷い目にあったので今回はみんなでやろうということになった。二度あることは三度あるとかになったら俺が嫌だ。

 そして、それをするにあたり俺たちは着物と袴に着替えていた。

 

「ゼルダとメリーも似合ってるぞ。可愛い」

 

「あんがと」

 

「次言ったら刺殺するわよ」

 

 素直に褒め言葉を口にしたらそれぞれ違う反応が返ってきた。刺殺、ってまた具体的だな。

 ゼルダはグラデーションのかかった桃色の着物を着ていた。襟はオレンジ、帯は黄色で、所々に白い花が散らされている。

 メリーは真っ赤な着物を着ていた。怖い色にも思えるがそれを描かれた白い鳥や蝶がフォローしていた。なかなか細かく描かれている。

 どちらも二人によく似合っている。こういうのってなかなか見れるものじゃないよな。

 

「みなさん、あけましておめでとうございます」

 

「あっ、一条さん。今年もよろしくお願いします」

 

「いえ、こちらこそ」

 

「早くくたばればいいのに」

 

「そういうことは言うもんじゃないよ、メリー」

 

 新年早々、罵倒を吐きやがった。着物でお淑やかさが出てるのに台無しである。

 せめてそれを着ている間は大人しくしていればいいのに。

 ほら、ゼルダだって綺麗な笑顔を浮かべてるんだから、そういう悪い笑顔を浮かべないで。

 この二人を見ていると正反対だな、と思ってしまう俺は間違ってないはずだ。

 

「ゼルダさん、綺麗ですね。よく似合っていますよ」

 

「あんがと。……言われるとちょっと恥ずかしいな」

 

「メリーさんも可愛らしいですね。着物も心なしか喜んでいるようです」

 

「頭大丈夫? あんたが患者になったら?」

 

 頬を右手で掻いて照れたように笑うゼルダ。可愛らしい。

 口元を手で押さえ、心底哀れんでいる顔のメリー。何なのこの差は。

 一条さんはメリーの視線は無視して立ち振る舞う。この人……できる……!

 

「……と言うか、ゼルダ。もしかしなくても裏の方?」

 

「おーう。№6の着物ゼルダだ。裏では姉御って呼ばれてる」

 

 裏に№とかあったりするのか。初耳だわ。ちなみにコートゼルダは№1なんだとか。

 でも確かに姉御って呼びたくなる。なんだか頼もしさがあふれてる。

 これが姉御肌と言うものなのか。

 

「ふうん。なんだかコートと似てるわね」

 

「あ゛あ? 誰があんな奴と一緒だって?」

 

「もうそのまま一緒だよ」

 

「あたし、あいつ嫌いなんだよ。妙にクールぶりやがって」

 

 チッと舌打ちをしている着物ゼルダは明らかにイライラしている。

 最初に見たときお淑やかだと思った俺が馬鹿だった。お淑やかが投げ飛ばされてる。

 ……さっき俺が感じた綺麗な笑顔は、綺麗だったのに。

 

「あー、なんか身体動かしてえな」

 

「羽根つきなんてどうかしら?」

 

「板は?」

 

「神機の剣の側面で代用すればいいわ」

 

「また随分大きいな」

 

「羽はどうするんだい?」

 

「夏で」

 

「おいさすがにちょっと待て」

 

 ツッコミどころがいろいろと多すぎるんだが。

 そしてメリーよ。お前は今年も俺を困らせる気満々だな。

 新年早々頭痛がしてきた……。あとで薬飲もう。

 

「えー。じゃあ、叩いて被ってジャンケンポン」

 

「どうせ神機の剣がハンマーで盾が帽子だろ」

 

「えっ、なんで分かったの?」

 

「お前がやりそうなことなんて目に見えてる」

 

「いや、普通は分からないと思うのはあたしだけか?」

 

 もしかしてメリーは俺を殺したいだけなのかもしれない。

 目が殺る気に満ちていてとても怖い。

 殺気に当てられてふるりと震えていると一条さんが「あ」と何かを思い出したように手を叩いた。

 一条さんはポケットから何かを取り出して俺たちに渡す。……これは、ポチ袋?

 

「えっと、一条さん?」

 

「私から(ささ)やかではありますがお年玉です」

 

「あのー、俺たち十八なんですけど……」

 

「まだ子供じゃないですか。納めておいてください」

 

「ラッキー。……なんだ、一万fc? 安いわねー」

 

「何この子すごくムカつく」

 

 確かにまだ成人はしていないけど、十八歳って果たして子供と言うのだろうか。

 なんだか腑に落ちないところはあるけどありがたく貰っておくとしよう。

 メリーの発言を聞いたところポチ袋の中には一万fc入っているようだが……。

 くそう、金欠の俺にはありがたすぎるのにメリーのやつめ!

 どーせ俺は人よりも所持金少ないですよーっだ!

 

「おー、一万か。一人から貰うにしては高い方だな。サンキュー」

 

「いえいえ、どういたしまして」

 

「礼なんて言わないわよ」

 

「元から期待していませんので」

 

「今年もいろいろとすみません……」

 

「とっくに慣れてしまいましたよ」

 

 にこにこと笑いながら俺たちに対応する一条さん。一条さんマジいい人。

 メリーの扱いにも既に慣れているし、この人本当スゴイな。

 俺は今でも振り回されっぱなしだよ。尊敬しちゃうな。

 

「では私は病室に戻りますね」

 

「お仕事がんばってください」

 

 今年も病室にはお世話になりそうな予感だ。去年はメリーのせいでよく病室に寄ってたからなあ。

 治療の仕方を教えてもらうために病室に寄ることもしばしばあったし。

 絶対入り浸りになるんだろうな。ちょっと遠い目になりそうだ。

 

「さて、暇になったけどどうするの?」

 

「あん? 別にもう解散でも良くないか? 寝たいし」

 

「なんで出てきたのよ……」

 

「そりゃお前、表が着物を着たいって思ったからに決まってるだろ」

 

「もう決まってるんだ、それ」

 

「当ったり前よ。来年もまた来るかもな!」

 

「ああ、来年もこういう件をやるのか……」

 

 その内これが一年を始めるのに必要なことになってくるのかな。慣れって恐ろしいな、本当。

 おかしいな、来年のことなのに考えたら既に頭が痛いや。

 俺にもう少し休みをください。この環境じゃ俺の寿命が縮まります……。

 項垂れているとゼルダがくいくいと引っ張ってきたのでそのまま俺はその場を後にした。

 

 

――――――――――

 

 

 と言うわけでゼルダの部屋にやってきた。

 なんかゼルダの部屋って俺にとってはトラウマでしかないんだよな。

 しかもまたあの時と同じ三人のみって組み合わせだから更に不安になる。

 ……俺、今日は大丈夫だよね?

 

「酷いことはしねえよ。あたしとそいつでお節作ったんだ。あ、表がな」

 

「……えっ? メリーも作ったの?」

 

「何その心底不思議だっていう顔。あ、あたしだって出来るわよ!」

 

 いやいやいや。メリーが料理できないってことはとっくの昔に証明済みだよ。

 バレンタインデーのあの企画の時、すごい驚いたよなあ。

 いくら料理下手でもクッキーは消し炭にしないよ。さすがに火加減くらい分かるよ。

 あの時はさすがに呆然とするしかなかったな。

 時が経てば案外懐かしいけど、なんでまた作ろうと思ったんだよ。

 目の前の机の上に置いてある黒の三段ある重箱に目を向ける。……正直、嫌な予感しかしない。

 

「じゃじゃーん! どうだ! 表は器用だろう?」

 

「おお、一段目は綺麗だな」

 

「“は”って何よ、“は”って」

 

 一段目はゼルダが担当していたようだ。具が一つ一つ綺麗に詰め込まれていて美味しそうだ。

 残り二段。担当はメリー。なんでこいつに二段もやらせようと思ったのかが俺には分からない。

 ごくりと唾を飲み、思い切って一段とり二段とり、一気に中身を確認する。

 ……見る勇気がなくて思わず目を閉じた俺は女々しくない。うん、女々しくない。

 そのままでいるというのも駄目なので、恐る恐る目を開ける。怖い。

 

「……」

 

「な、何よ。リアクションしてくれたっていいじゃない」

 

「……あー、なんだ、その……。サクヤさんに教わったほうが良いぞ」

 

「ほう、こりゃまたメリーらしいな」

 

 メリーが担当した重箱に、食べ物は詰まっていなかった。

 なんだかよく分からない黒い物体がとにかく詰まっていた。

 ……これは多分、食材が消し炭になったものだよな?

 試しに箸でつまんでみたらボロリと跡形もなく崩れていった。

 ああ、なんだかデジャヴだ。

 

「どうやったらこんなものを生成できるんだよ」

 

「わっ、悪かったわね!」

 

「これはこれでメリーの才能じゃないかい?」

 

 うん、まあ才能……なのか? と言うかそれ褒めてねえ。

 ゼルダの言いようにメリーもちょっと涙目だ。なんで作ろうと思ったんだ、マジで。

 哀れみの目を向けたら手加減なく鳩尾にグーパンを叩き込まれた。

 これ、は……! かなり辛いぞ……!

 

「……!」

 

「ふんっ、いいザマよ」

 

「とんだ八つ当たりだな。もう少しお淑やかにいこうぜ?」

 

「あんたに言われたくないわよ」

 

「何を言うか。あたしは十分お淑やかだぞ?」

 

「どっちも、どっちだ……!」

 

「「黙らっしゃい」」

 

「ふぐっ!?」

 

 蹲っていた俺の腹と背中に二人の蹴りが入る。

 お前ら、着物を着てるくせに本性がとんでもなく凶暴だな。

 両方から同時にダメージが入ったのは初めてなのでさすがに立ち上がれない。

 思ってたよりもダメージの大きさは深刻だ。

 ……あれ、なんで俺は元旦からこんなに痛い目に遭わなきゃいけないんだ?

 

「あー、ちくしょう。イライラする」

 

「もうお節を全部押し込んじゃいましょうよ」

 

「じゃあ三段目からいくか」

 

「何その罰ゲーム」

 

 死亡フラグが建ってる気がするのは気のせいだと思いたい。

 メリーに両手を拘束されてゼルダが器用に箸で黒い物体を運ぶ。なんで運べるの。

 って、メリーさん、痛い痛い! 全力で手首掴まれたら鬱血しちゃうから!

 

「召・し・上・が・れ」

 

「天に召せ」

 

「なんでいつもこんなのばっかりいいいい!!」

 

 ゆっくりとゼルダの手に持った箸が近づいて来る。

 去年も今年も来年も。メリーがいる限り一生厄年だよ……。

 

 

 

 

 

 

 この後夏の意識はブラックアウト。

 しかし女子二名は尚も黒い物体を詰め込み、夏は泡を吹く羽目になった。

 ちなみにゼルダが作った重箱の一段目は女子二名が美味しくいただきました。




こんな小説ではありますが、今年もどうかよろしくお願いいたします。


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季節行事企画番外編 「ハッピーバレンタイン!」

お久しぶりです。長らくお待たせして申し訳ありません。
今回は本編から脱線して季節行事企画の番外編を書きました。

では、スタートです。


「パンパカパーン! 第二回、料理対決ー!」

 

「夏さん……、本気で二回目やるんですか……」

 

「ふふ、コウタよ。ここまできたら引き下がれないぜ」

 

「そうっすか……」

 

 と、いうわけでどうも! 夏です。

 今日はバレンタインである。女子が男子にチョコレートを贈るあの日である。

 

 ……さて、皆さんは覚えておられるだろうか。

 ちょうど一年前の、バレンタインデーの日のことを。

 そう、コウタの言うとおり、この料理対決は第二回目なのだ。

 去年はそれはそれはすごい結果が出たもんだ。

 あと、チョコレートの存在をみんなが忘れるというバレンタインデーらしからぬ出来事もあった。

 ……そうだな、もう一つ補足するとするならば、メリーの料理の腕はやばかった。うん、悪い意味で。

 

「さてさてさて! 今回は前回の失敗がないように行くよ、コウタ!」

 

「はいはい……。えー、今回のお題は……“チョコ関連”って、えー……」

 

 コウタが俺に呆れたような視線を向けてきた。

 だ、だって、チョコレートを使った料理なんていろいろとあるじゃないか!

 ケーキだったり、タルトだったり。まあ、とにかくたくさんあるんだよ。

 それなら各々に選ばせたほうがよくない? って話。

 そこのところは理解してくれたまえ。

 

「十分な食材は用意済みだ! 俺の財布が泣いてるぞ!」

 

「ただでさえ金欠なのに、よくやろうと思いましたね」

 

「一年に一回のイベントくらいいいじゃないか」

 

 是非とも俺の財布が報われるようなものを作ってほしいな。

 さて、そろそろ今回のメンバーを紹介するとしようか。

 俺は背後に立っていた女子たちのほうへと向き直った。

 

「今回のメンバーは、ゼルダ、メリー、アリサの三名だ」

 

「……あれ、減ってません?」

 

「前回優勝者のカノンは今回審査員に入ってもらった」

 

「よ、よろしくお願いします!」

 

「ちなみにサクヤさんからはまたNGが出ました」

 

 今回も一応オファーはしたんだけど、やっぱり断られた。

 絶対料理上手いのにね。そんなに断らなくてもいいと思うんだ。

 

「またあたしは強制参加なのね……」

 

「はいはーい! パティシエゼルダ、頑張りまーす!」

 

「わ、私も今回こそ優勝を狙います!」

 

 さて、今回の参加者の服装であるが、無論アンナミロワールだ。

 メリーは既に諦めたようなため息を吐いている。

 ゼルダは「早く始まらないかな~」とそわそわしている。裏の方、どうもです。

 アリサは若干緊張しているように見えるが、意気込んでいるのも分かる。

 また随分とばらばらなメンバーだなあ……。

 

「というわけでスタートっ! 頑張ってくれよ!」

 

 俺が開始の合図を出すと三人が一斉に食材の元へと向かう。

 今回はちゃんと食材の他にケーキの型とかも用意したぞ。

 道具類はサクヤさんとかカノンから提供してもらったものだ。本当にありがとうございます。

 みんなが食材や道具を持って各々の位置に着いたところで俺はインタビュー開始だっ!

 まずはゼルダからいってみようか。

 

「ゼルダー、今回は何を作るんだ?」

 

「チョコチップクッキーです。前回もクッキーで、バリエーションがないですが……」

 

「いや、構わないよ。何を作るかは自由だからね」

 

 ゼルダはさっさとレーションを砕いて生地づくりをしていた。

 なるほど、確かにこの前もクッキーだったから作るのは簡単だな。

 まあ覚えていれば、って話だけどこの分だと覚えているんだろうな。

 これ以上の邪魔をしてはいけないと思い、俺はその場を移動した。

 今度はアリサのところに行こうかな。

 

「アリサは何を作るんだ?」

 

「チョコチップを使ったカップケーキですね。お手軽ですから」

 

「へえ、そうなんだ?」

 

「焼く時間が短いので案外簡単なんですよ」

 

 良いこと聞いたな。今度俺も作ってみようかな?

 ……いや、止めとこう。包丁を使おうとしたら怪我をする俺だからな。

 で、最後にメリーなんだが……。ぶっちゃけ行きたくない。

 だって見てて悲しくなるんだよ? いつもの調子なんて存在しないんだよ?

 逆に俺の調子が狂うっつーの。

 

「メリーは、何を作るんだ?」

 

「……無難に、チョコを型に流して固めようかなって」

 

「ああ、それがいいな」

 

「これなら消し炭も作らないだろうし」

 

「……」

 

 さり気なく去年のこと、気にしてるんだな……。

 そう、去年は参加者全員がクッキーを作ったのだが、その中でメリーのみが消し炭を生成したのだ。

 まだ紫色の煙を放つ遺物の方が反応できた。でも、消し炭は……。

 あの後メリーはガチ凹みしてしばらく夜中に泣いてたんだよな。

 

「まず湯煎だぞ? 分かってるよな」

 

「そ、それくらい分かるわよ。ボウルにお湯を入れて……」

 

「ちょっと待て。お湯の中にチョコを入れるんじゃないぞ」

 

「えっ、違うの?」

 

「違うよ!? そんなことしたらただの水っぽいチョコだからね!?」

 

 まるでさも当たり前じゃないの? というように聞いてきたメリーの言葉を一刀両断する。

 確かに俺も昔にそんなことを思った時期があったけどさ、さすがにこの歳じゃ常識だよ。

 

「お湯を入れたボウルの上にボウルを重ねて、それに刻んだチョコを入れるんだ」

 

「なんで刻む必要があるの?」

 

「お前なあ……。そのほうが熱の通りが早くなって溶けやすくなるだろ」

 

「……なるほど」

 

 いつもと違って真剣に俺の話を聞くメリー。そんなに今年は失敗したくないのかな。

 俺の話を聞いてぎこちない動きながらも言われた通りにしているメリー。

 どうしよう、この場から動いたらいけない気がする。すごい不安だ。

 いや、でもここから先は間違えるようなことないよな? これ自体それほど難しくないし。

 不安ではあるけども、とりあえず俺はこの場から離れることに決めた。

 後は頑張れ、メリー。お前次第だ……。

 

「ただいま」

 

「どんな感じでした?」

 

「みんな頑張ってるよ。楽しみだ」

 

「ふうん。……カノンは誰のが楽しみ?」

 

「え、えぇっ!? 私ですか!? ……私は、全員楽しみですね」

 

 司会者側のところに戻って雑談開始。雑談してないとそわそわしてきそうだからな。

 それにしても、この時間が一番暇だ……。

 だってさ、特にまわることも無いじゃん。俺が説明受けたって分からないし。

 しかもその後にお菓子が待ってるとなると、ねえ?

 

「やっぱり今回もメリーさんは期待のダークホースっすね」

 

「ダークホースすぎるでしょ、あいつは」

 

「だ、大丈夫ですかね、メリーさん」

 

「湯煎から危なかったけど、大丈夫じゃない?」

 

「ゆっ、湯煎からですか!?」

 

 さすがに驚いたようにカノンが目を見開く。まあ、そうなるよね。

 「教えてきたらから大丈夫」と付け足すとカノンはホッとしたようにため息を漏らした。

 是非今度、あいつに料理ってものを教えてあげてください。

 多分今のメリーなら喜んで指導を受けると思うんだ。

 自分が下手だって自覚がある分、メリーは少しはマシだと思うんだよ。

 下手って分からずに毒物を生成する人よりは、多少。

 

「コウター。俺、また寝ていい?」

 

「ちゃんと見てるこっちの身にもなってくださいよ……」

 

「悪い悪い。じゃあ寝るわ」

 

「聞いてないっすよね!?」

 

 はてさて、何のことやら。

 

 

――――――――――

 

 

 うーん、よく寝たなー。

 やっぱり暇なときは寝るのが一番だよね! それで一回休みの日を消化しちゃったけど。

 他にやりたいことがあったから、あれは泣きそうになったなあ……。

 

「コウタ、どんな感じだ?」

 

「起きるのが遅いですよ。もうみんな完成しました」

 

 マジかよ。みんあ作業が早いな。ん? それとも俺が寝すぎただけ?

 ま、まあそんなことはどうだっていいんだよ。さっさと審査に入っちゃえばいいんだし。

 

「まずはゼルダからだな!」

 

「確かリーダーはチョコチップクッキーだっけ?」

 

「楽しみですっ」

 

 ゼルダがクッキーの乗った皿を俺たちの前に置いた。おお、良い匂いがする。

 焼き立てなのか、良い匂いが辺りに漂っている。

 そうっと一枚取ってパクつくと、チョコとクッキーの甘味が口に広がった。

 

「おお、美味いな……」

 

「さっすがリーダー。なんでもできちゃうなあ」

 

「とっても美味しいです! 私も今度作ろうかなあ……」

 

「み、みなさん、言い過ぎですよ!」

 

 ゼルダの顔が真っ赤に染まった。そんなに照れなくてもいいと思うんだが。

 美味しいって言われたら普通喜んで終わりじゃないかな。

 料理で褒められたことがないのかな? いや、それはないか。

 

「それにしても、腕あげたなー」

 

「そっ、そんなことはないですよ! 確かにあれから作るようになりましたけど……」

 

「わあっ、じゃあ今度一緒にお菓子作りしましょうよ!」

 

「ええ、喜んで!」

 

 女子の会話が盛り上がってきたところで、次の人いってみようか。

 そういう会話は全部終わってからやってください。なんか途中でごめんね!

 さて、次はアリサの番だ。

 

「アリサはなかなか料理上手いからな」

 

「俺からすれば、あのアリサが? って感じだけどなあ」

 

「コウタさん、そういうのは失礼ですよ」

 

 アリサが作ったのはさっき聞いた通りチョコチップのカップケーキ。

 これも焼き立てなのか甘い香りがしてくる。いいね、焼き立て万歳。

 早速フォークで少し切ってパクつく。あー、幸せだわ。すごい美味しい。

 甘いもの食べると元気が出てくると思わない?

 

「さすがアリサ、美味しいぞ」

 

「焼き加減もなかなかいいんじゃない?」

 

「ふんわりしてて美味しいですねー」

 

「なんでコウタが上から目線なんですか?」

 

「なんで俺だけ言及されるの!?」

 

 隣でコウタが傷付いてるがぶちゃっけどうでもいい。

 今日は俺が傷付かなくてもいい日だから態々傷付きに行きたくない。

 ……うん、こんなだからいつも俺は周りから助けてもらえないんだね!

 

「どうやったらこんなの作れるんだよ……」

 

「今度教えてあげましょうか?」

 

「いや、遠慮するよ。どうせできないし」

 

「そうやって最初から諦めてたらできるものもできませんよ?」

 

「うっ、そ、そうだけどさ……」

 

 アリサにどんどん詰め寄られながら説得された。

 だ、だって、そうやっておばさんと料理してもいい加減なものしかできないんだ!

 それに包丁の使い方が危ない、って途中からやらせてくれないしさ……。

 どっちにしろ俺は料理が出来ないんだよ。

 

「つっ、次! 次はメリーだ!」

 

「……きましたね、ダークホース」

 

「今回はどうなるんでしょうかね」

 

「何食べる前から危険人物扱いしてくれちゃってんの?」

 

 早速メリーがお怒りです。だって君は前例があるから。

 というわけでメリーは普通のチョコだ。丸い銀の型に入れて固めたチョコ。

 うん、今回は何事もなさそう……。

 

「……メリー?」

 

「な、何かしら?」

 

「お前、冷やす前に空気は抜いたか?」

 

「く、空気? 空気なんて抜かなくちゃいけないの?」

 

 おうふ、そこで詰まったかメリーよ。

 メリーのチョコの表面には丸い白っぽいものが無数に出て固まっていた。

 これは冷やしたときにチョコの中にあった空気が表面に出て固まったということだ。

 これが出ると見栄えが悪くなるから冷やす前に普通は空気を抜くように何かしらするんだが。

 生憎、メリーはそれを知らなかったようだ。

 

 ま、まあ、今回は味の方は大丈夫だろ!

 試しに一個口の中に放り込んでみる。

 

「……うん、味の方は問題ないな」

 

「表すなら普通、だな」

 

「初めてにしてはいいと思いますよ」

 

「よ、よかったわ」

 

「逆にこれで不味かったらお前すごいよ」

 

 見た目はあれだけど、味の方は全くなんにも問題なかった。

 こんな普通のもので暗黒物体を生成することが出来る人がいたら見てみたい。

 この調子なら案外メリーも上手くなるかも?

 

「メリーさんも今度一緒にお菓子作りしましょうよ!」

 

「あ、あたしでいいなら喜んで」

 

「ついでに私が料理のコツも教えてあげますから」

 

「……悔しいけど、お願いするわ」

 

 さすがにメリーも認めざるを得なかったようだ。ぺこりと頭を下げた。

 まさか頭まで下げるとは思ってなかったけど……。まあいいや。

 それよりも、今回の結果発表しないとな。

 

「というわけで、今回の優勝者だが……どうする?」

 

「割とみんないい感じでしたよね」

 

「私としては甲乙つけがたいです」

 

 うん、なかなかみんな健闘したからな。味もみんな美味しかったわけだし。

 見た目は、メリーのがちょっとあれだったけど。他は大丈夫。

 ……ということは。

 

「もう今回、みんな優勝でいいんじゃないか?」

 

「俺は異議なし」

 

「私も平和的解決でいいと思います」

 

「じゃあそれで決定」

 

「なにそれ適当」

 

 何事も平和っていいよね! って話。

 メリーも泣かないし、ゼルダやアリサも満足できるし。みんな笑顔でハッピー。

 うん、今回はこれにてお終い。

 ……え? 締め方が適当だって? いやいや、そんなことはないですよ。

 

 

――――――――――

 

 

「夏ー、ゼルダー」

 

 エントランスでゼルダと団欒しているとメリーから声がかかった。

 メリーの持っている皿の上にはチョコペンなどでデコレーションされた手作りチョコが並んでいる。

 

「改めて作り直してみたのよ。いかが?」

 

「ほー、また随分可愛くデコレーションできたな」

 

「僅かな女子力を掻き集めて頑張ったのよ」

 

「そうだな、お前には僅かしかないな……ぶほぉ!?」

 

 お、思い切り鳩尾叩かれた……。

 なんだよ、自分で最初に言ったんじゃないかよー!

 

「もういいわ、夏にはあげない」

 

「えぇー、美味しそうだから俺にもくれよ」

 

「ムカつくからやだ」

 

「そんな……!」

 

 なんでそんなことで俺だけ食べられない訳。俺だって食べたいのに酷い。

 ちょっと不機嫌になっているとゼルダがメリーのチョコを頬張った。

 いいなあ、美味しそう。

 

「あ、ブラックチョコで作ったんですか?」

 

「美味しいでしょ」

 

「……やっぱ俺、遠慮しとくわ」

 

 ある意味メリーの嫌がらせに感謝した日だった。




ちなみに第一回の料理対決は真・ゼルガーの部屋に「息抜き番外編 激闘!料理バトル」として掲載してあります。


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季節行事企画番外編 「トリックオアトリート!」

お久しぶりです。まったく更新ができなくて非常に申し訳ありません。
今回は季節行事企画番を投稿いたしました。くだらないギャグですが少しでも笑っていただければ幸いです。

では、スタートです。


「嫌だ! 俺は絶対やらない!」

 

「別に、恥ずかしがることの程でもないと思うが?」

 

「だってソーマも逃げたじゃん! なら俺だって逃げていいはず!」

 

 ソロに羽交い絞めにされて、俺は必死にもがいた。くっそ、力強いな本当!!

 そんな俺たちの前に悪魔三人。その三人とは、ゼルダ、メリー、アリサのことだ。覚えているだろうか、俺がこの三人のせいで去年のハロウィンなどで散々な目に遭ったことを。

 そしてその“散々な目”と言うのが、主に衣装の面だったことを。

 

「俺はっ、絶対にそんなの着ないんだからな!!」

 

「ただの狼コスだ。恥ずかしいことではないだろう」

 

「ただの!? 露出多すぎだよ馬鹿!」

 

 どうやら今回の衣装は大体が同じものらしい。最近忙しかったし、バリエーションが多く作れなかったんだろう。それはな、うん、仕方ないと思うよ?

 それでもその狼コスは本当ないって! 渡されたら二つ返事で承諾して戸惑いなく着るソロもどうなんだよ!? 多分ゼルダの力が大きいんだと思うけども。

 まず耳と尻尾がかなり作りこまれてる。なんか感情によって動くらしい。ゼルダを見ているときのソロの耳と尻尾は子犬さながらだ。ちなみにソロ本人は気付いていない。

 服のほうだが、サタンを考えてくれれば分かりやすいと思う。あれのズボンが太ももまでしかなく、しかもダメージ加工がしてある。ふざけるなよ、おい。

 まあ、つまり何が言いたいのかって言うと、だ。……上は殆ど裸に近いじゃねえか! 何が面白くて上裸にならなきゃいけないんだよ!!

 

「そー固いこと言ってさー、着ないってのはないんじゃなーい?」

 

「あたしだって着せられてんだから、あんたに拒否権なんてないのよ」

 

「女子組で頑張って作ったんですから、着てください」

 

 上から順番にゼルダ、メリー、アリサの台詞だ。そう、ゼルダはまた裏が出てきた。今回は色っぽいお姉さん的感じだ。なんかポージングとか諸々、色っぽいです。

 ちなみに女子は猫娘をイメージしたコスらしい。これは去年のメリーの小悪魔コスと似たような感じだ。オプションとして耳と尻尾の他に肉球手袋も装着しなければならないそうだ。

 目の前にいる三人は既にそれを装着済みでなんとも愛らしい。……のだが、俺としては近付きたくない。今すぐ逃げ出したい。何故なら三人が俺の分の衣装を持っているから。

 俺は遠慮します! 本当に、そういうのはいいから! みんなでやってて、俺は見てるから。

 

「大丈夫よー、夏は可愛いんだからさ、狼と言うよりは子犬に見えるって」

 

「それはそれで失礼だよゼルダ!?」

 

「だから拒否権はないのよ。早く着なさい」

 

「煩い! とにかく俺は嫌なの!」

 

「さすがに男性を剥くわけにもいかないですし、ソロ、お願いしますね」

 

「着替えさせるくらいなら構わないぞ」

 

「承諾しないでよおおおお!」

 

 ソロは俺を羽交い絞めにしたまま器用にメリーから服を受け取る。なんで承諾するんだ!

 その後女子三人は退室、どうやら後でエントランスで合流する算段らしい。よ、よし、今のうちに逃げればいいんだな!

 そう思っていると、唐突にソロが俺を解放した。突然のことで逆に今まで拘束されていた俺が困惑する。

 

「なあ、夏」

 

「な、なんだ?」

 

「俺がお前を全力で叩きのめしてから着させるのと、自分で着るのどっちがいい?」

 

「…………自分で、着ます」

 

 究極の選択を押し付けてきたソロは俺の答えに満足すると、服を渡してきた。今のは酷い。

 ソロも「態々着替えているところを見る必要はないだろう」と告げるとそのまま退室していった。

 これは羞恥心を捨てるしかないんだろうか。お腹ぽっちゃりとか、そういうわけじゃないんだけどさ? 鍛えてるわけでもないからさ……。うん、なんか恥ずかしい。

 ソロはいいよ、ちゃんと鍛えてるみたいだから筋肉ついててかっこいいから。でも俺はそうじゃないの!

 

「腹を括るしかないか……」

 

 グッバイ羞恥心。俺はしばらくお前を捨てるよ。

 別れを惜しんでいたらちょっと涙が出た。

 

 

――――――――――

 

 

 うぅ、恥ずかしい。やっぱり戻ろうかな……。戻ってしまおうかな。

 そうエレベーターの中で悩んでいたら隣にいたソロにつまみ出された。行くしかないんですね、はい。ええい、ままよ。こうなったらもうどうにでもなれ……!

 ひょいとエレベーターから飛び出し、蹲りたくなる衝動をどうにか抑えて、むしろ胸を張る。胸を張ったのはあれだ、羞恥心を捨てるためのおまじないであって決して露出協ってわけじゃないからな。

 

「ぉ、お待たせ……」

 

 うおおお、声が裏返ったよ。俺声が裏返ったの人生で初めてだよ。

 よし、ポジティブにいこう! 俺の上裸見たって喜ぶやついないしむしろ見てくるやつなんていない! 変に自意識過剰になってるんじゃない!

 ……少し気分が落ち着いたな。こうなったからには全力で楽しまないと。

 

「あら、似合ってるじゃない、夏」

 

「なんだかソロが夏さんの親みたいに見えます」

 

「誰がこんなやつの親になるか」

 

「辛辣!!」

 

 いや、別にそこまで言うことないじゃないか。そんなにばっさり言われたら俺傷つく。

 まあ今の俺の仮装が狼に見えないってのは分かるさ、俺だって今の俺の姿は犬にしか見えないさ。逆に狼に見えるソロが羨ましいったらないよね。

 俺がクールキャラになれば見えるようになるのかな。でも俺にはクールキャラなんて無理だしなあ。

 

「と、ところでゼルダは?」

 

「リーダーなら向こうに行きました」

 

「男誑かしてお菓子狩ってるわよ」

 

「ハロウィンってそんな行事だったっけ」

 

 俺の知ってるハロウィンじゃない。というか去年もハロウィンやったのにな。

 そういえば去年のお姫様ゼルダはいつもと同じような雰囲気だった気がするけど……一年前の記憶だから案外当てにできないかもしれない。

 というか、そもそもハロウィンっていうのはだな、「トリック、オア、トリート」って言ってお菓子をもらうことを言うんだよ。絶対言ってないだろ、ゼルダ。

 

「あたしもお菓子もらってくる」

 

「お、おう」

 

「……メリーさん、楽しそうですね」

 

「おお、耳と尻尾は動く仕組みになっているのか」

 

 メリーは少し表情を綻ばせてゼルダがいるあたりの群れに突撃して行った。その気持ちを表すように、耳と尻尾がピコピコと嬉しそうに動いている。

 なんだかんだ女子はお菓子が好きなのかな、そう思いながらお菓子をもらうメリーの姿を眺める。ちょっと分かりにくいけど頬も染まっている気がするな。

 というかソロは今更動くことに気づいたのか。……でも俺が気づけたのはソロのおかげだったからソロ自身は自分の姿が見えていないわけか。気づかなくて当然かもしれない。

 俺の尻尾と耳は動いてるんだろうか。俺も自分のは見えていないわけだからいつ動いているのかが分からないし。ど、どうせ動かないし、うん。

 

「夏、動いてるぞ」

 

「えっ、なんで!?」

 

「はい、冷やしカレードリンクですよ、夏さん」

 

「ありがとう、アリサ……!」

 

「とても動いているぞ」

 

「だからどうして!?」

 

 動く理由が一つも思いつかないんだけど。どうして動……冷やしカレードリンクか! むむむ、冷やしカレードリンク恐るべし。

 でも仕方ないじゃないか! 今だってにやけが止まらないんだもの! とにかくこれは飲んでしまおう。

 冷やしカレードリンクを飲み終わって一息ついているとアリサとソロがまだ俺の頭を見ていることに気づいた。まだ俺の耳に何か用なのかよ?

 

「夏さんの耳と尻尾、常時動いてますけど」

 

「壊れているんじゃないか?」

 

「えー……、ずっと動いてんの?」

 

「そうだな、お前の心が浮かれているんだろう」

 

 酷い言い様だな、俺は確かにそんなに頭がいいわけじゃないけどさ、そういうこと言うのよくないと思う。

 アリサはその後サクヤさんの姿を見つけたらしく移動、同じくソロもチョコレートを貰うためにどこかへ行ってしまった。結果、俺ぼっち。

 俺も何か貰うためにみんなのところに行くべきかな。俺としては冷やしカレードリンクが貰えればいいわけだから……もはや俺もハロウィン関係なくなってきたな。

 近くにいた女子にトリックオアトリートで少しのお菓子を貰い、ソファに移動してもそもそと食べる。……また質が落ちたか? 文句を言える身分じゃないって、分かってるけども。

 

「あら、夏。子犬みたいに動きっぱなしね」

 

「煩いな、故障だ」

 

「そう。故障してよかったわね」

 

「何がだよ、いい迷惑だ」

 

 去年同様、大量のお菓子を腕に抱えたメリーが現れた。持ちすぎだよ、今にも零れ落ちそうじゃないか。

 っと、メリーを見て思い出したけどゼルダの姿が見当たらないな。さっきまでそっちでお菓子貰っていたからまだいると思ったんだけど……少なくともエントランスには見当たらないように見える。

 どこに行ったんだろう。依頼に行くならほかの誰かも出るはずだけど、そんな様子はどこにも見受けられないし。

 

「ゼルダさんなら、外部居住区のほうへ向かわれましたよ」

 

「あ、一条さん。ミイラ男ですか」

 

「包帯を頭に巻いただけですけどね」

 

 少しの、いかにも甘ったるそうなお菓子を手に持って、一条さんがにこやかにこちらに微笑みかけながら歩いてきた。どうやら業務のほうは今のところ問題ないらしい。

 もぐもぐとドーナツを頬張り幸せそうなオーラを周りに振りまく一条さんは、申し訳ないけどとても俺よりも長く生きているとは思えない。年長者って、なんだっけ。

 今の一条さんはどう見たって小動物と変わりない。なんだか前にも同じことを考えたな。

 

「それで、ゼルダが外部居住部にってどういうこと?」

 

「さすがって感じがしません? 最初から彼女は子供たちにお菓子を上げるつもりだったみたいです」

 

「どうりで持っていく数が多いと思ったわ」

 

「それいいな。メリー、俺たちもやろうか」

 

「構わないわよ。まだあるし、どうせいつか配給されるでしょ」

 

 とりあえずもう一回回収してくるわね、と告げるとメリーはまた群れの中に突撃していった。いいけど、回収って言い方はどうなんだろう。

 メリーのほうがたくさんのお菓子をもらえるだろうけど、俺も参戦してくるか! メリーは男子から貰って、俺は女子から貰う。きっと効率がいいはず。俺が相手にしてもらえれば。

 

「若いっていいですねー」

 

「一条さんもまだぜんぜん若いじゃないですか」

 

「こう見えて四十は確実に超えてます」

 

「……え?」

 

「あ、正確な歳はまた今度にしてください。記憶してないので逆算しないといけなくて」

 

「自分の年齢くらいちゃんと覚えててくださいよ」

 

「別に必要ないじゃないですか、死期に近づく数なんて寒気がします」

 

 面白い考え方をするんだな、一条さんって。確かに少し変わっているとは思っていたけども。

 俺の考えは顔に出ていたらしい。明らかに不機嫌そうに一条さんが頬をふくらます。子供っぽい。

 お菓子はメリーに任せることにして、俺は一条さんの相手をすることに決めた。一条さんの話に興味があったのと、向こうからちょっとした歓声が聞こえてきたからだ。メリーは予想以上に人気らしい。

 

「だって多分あと何年かしたら五十越えますよ!? 私おじいちゃんとか呼ばれたくないです!」

 

「一条さんって結婚してるんですか?」

 

「バツイチです」

 

「嘘だ……」

 

「いや、本当ですって。まあ妻も子供も死にましたが」

 

 さらっとなんでもないように言ってみせる一条さんの顔には寂しげな微笑みが浮かんでいる。

 何でそんなふうに言えるんですか、なんてことは言えない。きっと一条さんは自分の中で自分なりに折り合いを既につけている。だからこその表情だと思うから。

 少し空気が悪くなったのが居心地悪くて、俺は貰ったお菓子の中から甘そうなキャンディーを渡す。途端、嬉しそうな顔を見せるから単純すぎる。

 

「さーて、今日は食べますよーバンバン食べます!」

 

「太りますって」

 

「大丈夫です、私は太りにくいんです」

 

「そういう問題じゃ……」

 

「トリックオアトリートォー!」

 

「行っちゃったよ」

 

 元気に群れの中に突入していった一条さんはあまりにも突然すぎたのか避けられてた。ショックを受けていた。

 いつもあんな感じの調子だから、たぶん復活も早いだろうと思っていると「準備できたわよー」とメリーの声が耳に入る。

 満足そうな声は聞こえるものの、メリーの顔はこんもりと盛られたお菓子のおかげで見えない。さすがに持ってやれば「ありがとう」とさも持ってくれて当たり前のように言われた。うぜえ。

 

「そんじゃ、行きますか」

 

「ええ、行きましょう」

 

 お菓子の山と共に俺たちは外部居住区に繰り出した。



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季節行事企画番外編 「レッツパーティ」

クリスマスですね。ぶっちゃけた話やることが多くて楽しめそうにないです。
とりあえず、薄ら笑いでもいいので笑っていただけたらと思って書いてみました。
お楽しみくださいませ。


 メリークリスマス。どうも、夏です。

 今日は久しぶりにイベントというわけでみんな盛り上がっている。

 まあ年末年始なんてイベントの連続だし、こういうところで息抜きしないとな。

 そういうわけでサンタ服着用の俺である。何故か緑色のサンタ服着用である。

 ……なんで緑色、ってなってるかもしれないけど、これは去年貰った物だ。

 去年のクリスマスでメリーとゼルダとでプレゼント交換をしたときゼルダから貰ったんだ。

 今回のパーティではサンタ服着用が義務らしく、探したときにこれが見つかったのだ。

 確実に周りからは浮くことを覚悟してそれを着た……というのがいきさつである。

 

「ま、実際そうでもないけど」

 

 メリーやソロは黒いサンタ服を着用しているしな。あ、ちなみにソーマも渋々って感じて黒だ。

 後は大体赤いサンタ服か……。緑色は俺一人……ん? ゼルダも緑色みたいだな。

 机の上には女子陣の準備したクッキーなどのお菓子が並んでいてとても美味しそうだ。

 いいな、パーティって感じがしてすごくいいな。

 

「めりーくりすます! 夏さん、楽しんでますか?」

 

「お、おう……。ゼルダは?」

 

「わたしですかー? わたしはお菓子がたくさんあってうれしいのです!」

 

 にこにこと笑顔を振りまき、ひょいとお皿からクッキーを取ったゼルダは幸せそうだ。

 一部の人間に言わせるとするならば今のゼルダは天使、なのではないだろうか。

 

「リーダー! あまりうろうろしないでください」

 

「だって、お菓子いっぱい……」

 

「お菓子なら俺が持っていきます。今のあなたは不安要素しかありませんので」

 

「むぅ、ソロさんの意地悪ー」

 

「何とでも言ってください」

 

 今のソロはどう見たってゼルダの執事にしか見えないな。

 ……あれ、気のせいか黒のサンタ服が執事服に見えてきた……おかしいな。

 とりあえず今の状況は言うまでもないだろう。ゼルダの人格が入れ替わっています。

 説明するとすれば、そうだな……思考能力が著しく幼くなっている。

 まあつまり幼子ってことだな、簡単に言ってしまえば。

 

「ふう、リーダーのあれはどうにも厄介だな」

 

「仕方ないな。頑張れ保護者」

 

「誰が保護者だ。俺はリーダーが心配なだけだ」

 

「もういいよ、お前らくっついちゃえよ」

 

「俺ごときがリーダーを幸せにできるか。俺はサポートで十分だ」

 

「ソロさーん! ケーキ食べたいです!」

 

「分かりました、少し待っていてください。……お前も、変な事を言うなよ」

 

 ソロは俺を一瞥してからゼルダの希望に応えるためにケーキを取りに行った。

 なんだろうな、ソロはオカン体質でもあるんだろうか。すごく世話焼きって言うか。

 面倒見がいいんだろう。そのうち後輩ができたりしたらいい先輩になりそうだ。

 微笑ましい光景を見ながら俺ももう少しお菓子を取ってきてからどこらへんのソファで寛ぐか。

 と、そこで辺りを見回すアリサとコウタを見つけた。何してんだ。

 

「……あ、夏さん。ソーマ知りません?」

 

「ん? さっきそこの端っこに……いないな」

 

 言われてみれば黒サンタが一人エントランスから消えている。

 自室に帰ったんだろうか。

 

「えー、ソーマのやつ、逃げたのかよ? なかなか似合ってたのになー」

 

「本人はすごい嫌そうだったが」

 

「仕方ありませんね。参加してくれただけでもよしとしましょうか」

 

「ちぇー」

 

 少し残念そうなアリサととても残念そうなコウタ。コウタお前、後でからかう気だったろ。

 

「問題ないわ、あたしが写真撮っておいたから」

 

「うおっ!?」

 

 ひょこっと俺の背後から突如出現したメリー。

 び、びっくりしたー! いきなり後ろから来るのはよくないと思います!!

 にやにやと悪戯っ子の笑みを浮かべているメリーは片手でカメラを弄っている。

 どうやらこのお祭り騒ぎを写真として残しているらしい。……あ、ソーマも映ってる。

 

「静かだと思ったら、写真を撮っていたんですね」

 

「なあなあ、後で現像したの貰えません?」

 

「いいわよ、一枚500fcね」

 

「金とるのかよ……」

 

 ちゃっかりしているけど、恐らく冗談だろう。……冗談だと信じるよ。

 とりあえず商談をしているメリーとは後で合流しよう。今はお邪魔だろうから。

 冷やしカレードリンク片手にエントランスの端っこに避難する。

 ここから見るとみんなの様子が見えてちょっといい気分になれるな。

 なんだかんだいつも大変だからなー。こうやって騒いで疲れを取ってほしい。

 

「よお、夏! 楽しんでるか?」

 

「あ、タツミさん。赤いサンタ服似合ってますね」

 

「へへっ、ありがとよ。夏は……緑か? うん、いいと思うぞ」

 

「あはは……」

 

 いつもと同じくタツミさんはやっぱりかっこいいなー。

 俺もタツミさんみたいに頼りがいある男になりたいもんだけど。

 ……あれ、タツミさんちょっと頬が赤いな。酔ってるのかな?

 確かに机の上には缶ビールもいくつか置いてあったし、それもおかしくないか。

 

「ブレンダンさんたちは?」

 

「ブレ公は第三部隊の連中に煽られて酒飲み過ぎてダウン。カノンが介抱してるよ」

 

「何やってるんですか……」

 

「まあ折角のパーティだしなっ、ふざけたって罰は当たらねえよ」

 

 どうやらタツミさんもパーティを楽しんでいるようだ。

 兎にも角にも、ブレンダンさんの明日の仕事に支障がありませんように。

 後で医務室で二日酔いに効きそうな薬でも貰ってきてあげようかな。

 

「お二人とも、メリークリスマス! 楽しんでますかー?」

 

「おう、先生! 先生も楽しんでいるみたいだな」

 

「私はお菓子があるだけで楽しめますよー!」

 

「第一部隊の隊長さんと同じこと言うなあ」

 

 手に持ったバスケットに大量のお菓子を入れた一条さんが笑顔で現れた。

 俺と同色のサンタ服を着ているんだけど……なんでこの人は緑にこだわるんだ。

 髪も目も緑色だし、普段着ている白衣の下のシャツも緑だし。緑尽くしだ。

 この人、そのうち光合成でもするようになるんじゃないだろうか。

 

「そんなに甘いものとって、糖尿病にならないんですか?」

 

「これでも医者ですから! ちゃんと意識して制限してますよ……ヒック」

 

「先生も酔ってるのか?」

 

「あはは……。ちょっと飲みすぎたかもしれませんね……」

 

「無理しないほうが良いぜ。先生も仕事あるんだろ?」

 

「そうですねえ。お菓子持って、今日は帰りまーす」

 

 完全に酔っ払い化してるよ……。

 一条さんはいつもふわふわしているけど、今日はふらふらしてる。

 何か問題を起こさないうちに自室で休んでもらいた……って寝転がった!?

 

「一条さーん!? ここエントランスですよー!?」

 

「おやすみなさい……むにゃむにゃ」

 

「おやすみなさいじゃないですってええええ!!」

 

「世話が焼ける先生だな。……んじゃ、俺が部屋に帰してくるか」

 

「あ、俺がやりますよ?」

 

「いいっていいって。俺はもう十分楽しんだしな! 夏も楽しめよ?」

 

 タツミさんは一条さんに肩を貸すとそのままエレベーターに乗り込んでいった。

 タツミさんもお酒を飲んだはずだけど、足取りは安定している。そんなに飲まなかったのかな。

 冷やしカレードリンクを飲もうと煽ってみたが中身はもうなかったらしい。

 一滴二滴、と極少量が口の中に入ってきただけだった。買ってくるしかないか。

 

「Present for you」

 

「いってえ!?」

 

 後頭部にガツンと一撃。重たい衝撃のせいで首までもが痛くなり蹲る。

 足元に視線をやればコロコロと転がる冷やしカレードリンクの缶。投擲しやがった。

 投擲した張本人、メリーを睨み付ければご機嫌そうに笑っている。

 

「お前なあ、やっていいことと悪いことがあるんだぞ!?」

 

「いいじゃない、あんた頑丈だし」

 

「そういう問題じゃないからな」

 

「けち臭いわねえ、減るもんじゃないじゃない」

 

「俺の細胞が減るんだよ」

 

 自分さえ楽しめればいいってか。さすがメリーだな……。

 それにしてもメリーは色気のない恰好をしているな。男物着てるよ。

 他の女性陣はスカートなのに、こいつだけズボン。そんなにスカートが嫌か。

 

「何はともあれ、それはあたしの奢りだから」

 

「感謝の気持ちが半分くらい削がれた」

 

「今度初恋ジュース二十本ね」

 

「好きだな……」

 

 よく見たらメリーが持っている缶は初恋ジュースだ。

 なんでそんなものを飲めるんだろうな……。やっぱり味覚崩壊してるんじゃないかな。

 どこにあったというのか一口サイズの醤油煎餅を口に放り込むメリー。

 

「あ、夏もいる?」

 

「お、おう……。どこにあったんだよ、それ」

 

「持参したのよ。甘いものばっかで、塩気のあるもの食べたくて」

 

「それで醤油煎餅持ってくるお前がすごいよ」

 

 訂正。崩壊しているんじゃなくてお年寄り的な味覚を持っているんだな。

 メリーは俺の不審な態度をジト目で見つつ、特に何か言ってくることはなかった。

 

「あー、なんだかんだもうそんな季節なのねえ」

 

「一年ももうすぐ終わっちゃうんだな」

 

「肉体労働だから一日自体が短く感じるからかしら?」

 

 ため息を吐きつつ、ボーっと遠くを眺めるメリーはお疲れムードだ。

 一応、今日が休暇ってわけじゃないからな。呼び出されれば出撃しなきゃいけない。

 お酒を飲んでいるのは一応休暇の面子だ。

 

「でもお前、クリスマス楽しめてるか?」

 

「ん? 十分楽しめてるけど」

 

「醤油煎餅ぼりぼり食ってるとこ見るとクリスマスしてるように見えないんだよ」

 

「そうかしら……。平常運転してるだけだけど」

 

 こういうパーティでウキウキしているアリサやゼルダと違って反応が淡白だ。

 まあそんなタイプじゃないってことくらいとっくに知ってたけどさ。

 たまには羽目外すくらい楽しめばいいのにな。

 

「あたしは自分が盛り上がるより眺めている方が楽しめるのよ」

 

「そういうもんか?」

 

「そういうもんよ。ここの人たちは個性が濃いから楽しいわ」

 

 それは褒め言葉なんだろうか……。ちょっと微妙なところである。

 俺が微妙な顔をしている事に気付いたらしいメリーが俺の頬を思い切り引っ張った。

 

「いひゃい!!」

 

「なんつー変な顔してんのよ。あたしを腹筋崩壊させる気?」

 

「いってー……。その割には視線が冷たいんだけど」

 

 うぅ、腫れ上がってないよね? サンタ服の代わりに頬が赤くなりそう。

 ため息を溢すとケラケラと楽しそうにメリーが笑う。この悪魔め。

 恨めし気に睨み付けてもメリーは痛くも痒くもないようだ。

 

「ふふー、メリーさんのめがねとったりー!」

 

「えっ、あ、ゼルダ!?」

 

「コラ、リーダー! 悪戯して回るの止めてください!!」

 

 パッとゼルダが俺とメリーの間に割って入り、眼鏡を取り上げるとトンズラした。

 慌てた様子のソロがゼルダを追いかけるが素早いゼルダは捕まらない。

 ソロの言葉を受けてエントランスを見回すと、なかなかにカオスになっていた。

 ブレンダンさんの顔に落書きしたりアリサのスカートを捲ったり……。

 うん、実に子供っぽい悪戯を仕掛けまくっているようだ。

 

「ちょっと? 眼鏡ないと見えないんだけど」

 

「しばらく我慢してるしかないだろうな」

 

「……やられたらやり返す。ば、」

 

「アウトおおおお!!!」

 

 それ以上は駄目だからな! 言わせねえよ! まったく、油断も隙もない。

 結局、パーティはゼルダの悪ふざけでほとんど台無しになってしまった。

 その後は片付けに徹することになり、酔った人を帰したりゴミを集めたりと雑用になった。

 あ、ちなみにブレンダンさんの落書きは落とされなかったそうです。



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*01、新人さんは可愛らしい

お待たせしました。
今回のお話から番外編に突入したいと思います。
コメディ全開でにじふぁんでのお話消化に勤めていきますよー!

今回のお話は「GOD EATER~ノッキン・オン・ヘブンズドア~」の内容に多少触れますのでご注意を。


「……お嬢ちゃん、君、どこかで会ったことがあるかな?」

 

「知らないよー。だって、煙草はシケモクを吸ってる人しか知らないもん」

 

「……そうかい」

 

「おじさん、あれでしょ。噂の、プレゼントおじさんでしょ」

 

「プレゼントおじさん?」

 

「食べ物をくれるって、噂だよ! お仕事したら、くれるって!」

 

「それなら、話が早いね。君にひとつ、仕事を頼みたいんだ――」

 

 

――――――――――

 

 

 ある男がいた。その男は腕の良い医者だった。

 しかし男は世界に絶望してしまう。男は人を、世界を憎み復讐を決意した。

 暗い闇へと堕ちた男はただただその怨嗟を振り撒き、人を犠牲にした。

 他者を救うべきであるはずの男は、他者の不幸を快楽にしてしまったのだ。

 

「鬼さん向こうの手の鳴る方へええええ!! こっち来ないでええええ!!」

 

 ある少女がいた。その少女は純粋だった。

 男が差し伸べた慈愛に見せかけた血塗れの手を取り、それに加担してしまった。

 少女は運動も学校の成績も平均と、何ら変わらないモブ同然のステータスだった。

 そんな少女が願うのは一つ、母親に褒められたい。そう願った少女にとって男は神だった。

 ご飯を持って帰れば、母親も褒めてくれる。そう信じて疑わない少女は、絶賛鬼ごっこ中である。

 もっともただの鬼ごっこではない。捕まれば即死亡の壮絶なデスゲームだ。

 

「ヤダもうなんなのもうお母さーん!!」

 

 男から授けられたケースを持って全力疾走、且つお喋りと傍目から見れば結構余裕な少女である。

 極東支部外部居住区、人の心が暗く沈んだその場所で尚少女の心は明るく輝いていた。

 少女はただ駆ける。後ろから迫りくるでっぷりとしたアラガミ、グボロ・グボロから逃れるために。

 先程から攻撃をどうにか避けようと大袈裟な横っ飛びをしたりしたせいで既に古着はボロボロだ。

 なんとなく少女は逃げ切れないことを悟っていた。それでも足掻くのは人としての意地かもしれない。

 

「誰か助け……わぶっ」

 

 ズシャアッ、と少女が盛大に、それはそれは見事に転ぶ。多分少女の人生の中でも一番派手な転び方だ。

 それでもしっかりとケースを握って放さない少女は、砲台をこちらに向ける鬼を見て覚悟を決めた。

 何しろ走り疲れた。体力もそこそこな少女にしては頑張ったほうである。

 

(あー……、つまんない人生だったなあ)

 

 何か特別なことが出来たわけではない、平凡な少女は心のどこかで特別を願った。

 それはどこかありがちな願いだったのかもしれない。

 

 

「――痛い! 何このグボロさん威力強い! 俺の手痺れちゃう!!」

 

「……え」

 

 自然と目を瞑っていた少女が目を開けると、茶髪の男の背中が見えた。

 どうやら男は神機使いらしく、展開した盾でグボロ・グボロの砲撃を防いでいる。

 ちらりとこちらに心配そうに視線を向けた男の瞳は綺麗な蒼だった。

 

「メリー! あいつぶっ飛ばせ!」

 

「言われなくてももうやってる!」

 

「え? わ、本当だ」

 

 どれだけの勢いだったというのか、女が黒い神機を振るうと壁に叩き付けられるグボロ・グボロ。

 が、それも見栄を張っての行動だったらしい。女は痛そうに右手を包んで悶えていた。

 ポカン、と事態の中心だったはずなのに置いて行かれている少女の頭に手が置かれる。

 

「汗だくだな……。もう大丈夫だから、安心して」

 

「あ……、ありがとう、ございます」

 

「おう! メリー、俺はこの子避難させてくるからちょっと頼む!」

 

「三分間だけ待ってやる!」

 

「ちょっと無理ですごめんなさい」

 

 乱れた少女の緑色の髪を整えてから「失礼するぞ」と一声かけて、男はひょいと少女を背負った。

 「……軽い」とどこか哀愁を帯びた声に疑問符が浮かぶものの、少女は黙って背負われることにする。

 そのまま少女は男に身を任せ、安心感からか意識を手放した。

 

 

――――――――――

 

 

 どうも、夏である。メリーもどき事件も解決して、ちょっとしたいつも通りが戻ってきた。

 そんな矢先になんと! 新型の新人が発掘されたらしい。めでたいね!

 そしてその集まりに寝坊して遅刻した俺である。怒られるね!

 

「ツバキさーん、ただいま参りましたー」

 

「遅いっ! また寝坊か!」

 

 ツバキさんの怒号が飛び、思わず身を竦めた。

 さすがに前科(ソロやアネットやフェ……フェデリーのとき)があると勘も鋭くなるらしい。

 

「あ……。い、いえ! 考え事してて遅れました!」

 

「あんたそんなタイプじゃないでしょ。あと、寝癖」

 

「えっ! どこ!? 今度こそちゃんと整えてきたのに!?」

 

「嘘よ」

 

「なん……だと……」

 

 メリーに誘導されて思い切りボロを出してしまった。あ、これ怒られるヤツだ。

 ツバキさんはギロリとオレを見ていたが、やがてふうと息を吐きだした。あれ?

 

「新人もいる手前、今回は勘弁しておこう」

 

「ありがとうございまっす!!」

 

 九十度お辞儀をする。いやあ、これも普段の行いからくるものだよね! え、違う?

 周りを見れば他にゼルダ、タツミさんといった隊長クラスの面々がいる。

 第三部隊は隊長が定まっていないらしく、代表でジーナさんがいるようだ。

 そして見慣れぬ緑髪の女の子。誰だ。新人か。でも見たことある気がする。気のせいか。

 

「さて、遅くなったが、自己紹介をしろ」

 

「はっ、はい! 本日付で第四部隊に配属となりました、九城(くじょう) 弥生(やよい)と申しましゅっ!!」

 

「噛んじゃったな」

 

「噛んだわね」

 

「噛んじゃいましたね」

 

「噛んだな」

 

「随分可愛い新人さんね」

 

「ぴゃっ」

 

 クスクスとジーナさんが笑うとぼっと弥生の顔に火がついた。

 ふむ、それにしても第四部隊配属か。ということは俺たちと同じ部隊ってことか。

 なんだろう、不安しかない! 大丈夫かな、この子! 俺が言えたことじゃないな。

 

「第四部隊は長期任務の終了すぐで悪いが、新人の育成のほう、よろしく頼む」

 

「了解しました。……スパルタでいいんですか?」

 

「教育指導のほうはお前に一任する。出撃できなくなる、なんてことはお前に限ってないだろう?」

 

「ええ、勿論。ここに成功したモルモットがいます」

 

「なんで俺のほう見た!?」

 

「出撃できなくなるってなんですかーっ!?」

 

 俺は実験対象だったってわけなの? ……い、いや、まさかねー、そんなことがねー。

 だって、この前の事件でちょっと仲良くなれたと思ったのに、それはない……よね?

 ということは、これから大変になるのは、この弥生って子かな。

 メリーのことだから、殉職なんてことはさせないだろう。

 

「以上、解散だ。他の者もよくしてやるように」

 

「了解です」

 

 それからはバラバラに解散となり、それぞれが個別の依頼などに戻っていった。

 そして取り残される俺、メリー、弥生。ちなみに弥生はさっきの発言からずっと顔が青い。

 

「改めて、ようこそ。あたしは第四部隊隊長のメリー・バーテンよ」

 

「俺は第四部隊副隊長の日出 夏。よろしくな、弥生」

 

「隊長! 副隊長! これからよろしくお願いしますっ」

 

「……恐ろしいまでに真面目ね」

 

「せめて名前呼んでくれよー、もうちょいフレンドリーにいけないか?」

 

 メリーが困ったように眉の八の字にし、俺も苦笑いする。

 それを見た弥生が今度は困ったようにむむむ、と首を傾げて考え込んでしまった。

 それにしても、この子、どこかで見かけたことがあるような気がするんだけど……。

 緑の髪、この子の性格とは正反対の光のない灰の瞳、そして低身長。

 はて。どこで見たんだったか。

 

「では、メリー隊長、夏先輩、でどうでしょうか!」

 

「ああ、うん。もうなんでもいいわよ……」

 

「あーーーっ!! そうです、思い出しました! 弥生ちゃんだ!!」

 

「うわびっくりした!?」

 

 依頼を受けに先ほど階段を下りていったゼルダが大声をあげ、階段を駆け上ってきた。

 そのままゼルダは弥生に抱きつくと「むぎゅーっ」と幸せそうにしている。

 これこれ、ゼルダさんや。弥生が苦しそうなので解放してあげてくださいな。

 

「え? え? あ、あの?」

 

「覚えていませんか? 私は、白神 ゼルダと言います」

 

「……あっ、ゼルダお姉ちゃん!」

 

「お、お姉ちゃん……! それは破壊力が強いです……」

 

「きゃー!? ゼルダどうして鼻血出して倒れるのよー!?」

 

「誰か説明してくれ、カオスすぎるぞっ」

 

 それからどうにかゼルダの鼻血を止め、二人に事情聴取する。

 するとどうやら、以前(それもゼルダが神機使いになる前)に会っていた事があるらしい。

 そのときにゼルダは弥生から“いい言葉”を教えてもらい、救われたそうだ。

 かなり掻い摘んで話されたから途中めちゃくちゃだが、要するにそういうことである。

 うん、どういうこと。

 

「ま、まあ、知り合いだった、ってことで!」

 

「そうか。……ん、あ、やっぱり俺も弥生に会ってるかも」

 

「え? あたし知らないけど」

 

「お前はある意味無関係だよ。弥生はオオグルマ事件の被害者の一人だ」

 

「あ……、その、あの時グボロ・グボロから助けていただいてありがとうございました」

 

「覚えてないけど、どういたしまして?」

 

 今思い出した。グボロ・グボロと外部居住区で決死の鬼ごっこしてた女の子だ。

 あれは見つけたとき絶句したよなあ……。とにかくあれは間に合って本当によかった。

 弥生がケースを無傷の状態で保持していてくれたおかげで、成分の割り出しも早かったし。

 その点において、弥生はオオグルマ事件の功労者でもあるのだ。

 

「皆さんと同じ職場で働けて、光栄です!」

 

「そんなに畏まらなくてもいいのに」

 

「いえっ、後輩として尊敬の念を抱かねばっ」

 

「ここ、そこまでするほどぴちっとしてるわけじゃないし、平気よ?」

 

 そんな他愛もない会話をしていると、ゼルダが一枚の紙切れを笑顔で渡してきた。

 ええと、内容は……。今日の依頼についてか。弥生は訓練のほうは既に修了してるみたいだ。

 依頼場所は贖罪の街。討伐対象はオウガテイル、三体。初陣としては鉄板な内容かな。

 メンバーは第四部隊の三人、か。了承、とゼルダに頷き俺は二人の背中を押した。

 

「ほおら、依頼貰ったし、早速出かけるぞ!」

 

「わわっ、もう実践ですか?」

 

「丁度いいわね。どんなものか見せてもらうわよ?」

 

「新人にそれはプレッシャーでしかないだろ……」

 

「いってらっしゃーい! 気をつけてくださいねー!」

 

 ゼルダの声を背に受けて、俺たちはエントランスを後にした。

 

 

――――――――――

 

 

 贖罪の街は今日も穏やかな雲が流れている。

 優しい風が頬を撫で、ふわりと俺たちの間を駆けていった。

 

「あそこにオウガテイルがいるわ」

 

「三体全部いるな。……俺、どうすればいい?」

 

「あたしは後方支援、弥生は遊撃で、夏は待機」

 

「待機!?」

 

「煩い馬鹿騒ぐな馬鹿見つかる馬鹿」

 

「てえっ!」

 

 後頭部を殴られた。しかも腕輪の角で。あんまりである。お前な、本とかでも角って言うのは地味に殺傷力の高い所でな。つまり何が言いたいのかと言うととんでもなく痛いからやめていただきたいわけでな?

 

「わ、私、初陣なのに遊撃ですか……?」

 

「好きに動きなさいってことよ。好きにやりなさい」

 

「は、はいっ」

 

「ねえねえ、俺はー?」

 

「だから、た・い・き。正直、今回の依頼にいらない」

 

「グサっときた!」

 

 弥生の動きを見ておけってことですね、わかりました……。

 そんなこんなで完全にナレーションベースをするしか役目のなくなった俺である。寂しい。

 一方でゴクリ、と緊張したように唾を飲んだ弥生はギュッと神機を握り締める。

 弥生はバスター使いらしく、刀身は金剛仁王粉砕棒だ。あれで殴られたら痛そう。

 

「い、いきます!」

 

 緊張した面持ちながらも物陰から飛び出し、一直線にオウガテイルに突進する。

 オウガテイルは弥生の接近に気付くが、攻撃に移られる前に弥生は神機をぶつけた。

 その重量に振りかぶった際に発生した遠心力もプラスされて、オウガテイルが一体吹っ飛んでいく。

 ……さすがバスターブレードってとこか。破壊力は抜群のようだ。

 

「よおおおっとぉ!」

 

 グルグルと安定しない足取りながらも懸命に手元の神機を振り回す弥生。

 見事それらの攻撃はオウガテイルへとヒットしていき、三体はあっという間に倒れ伏した。

 もしかしたら弥生は運だけで生きているのかもしれない。不意にそんなこと思った。

 

「お疲れ様。うん、これなら問題ないんじゃない?」

 

「ちょっとやそっとじゃ死ねなくなるから、メリーの特訓は」

 

「はあ、はあ……。あ、ありがとうございます」

 

「神機に無駄な力を込め過ぎね。そこらへんも教えられたらいいんだけど」

 

「ま、ゼルダの力も借りたらいいだろ」

 

「そうね」

 

 よく頑張ったわね、とメリーが弥生の頭にぽんぽんと手を置いて撫でてやる。

 身長差もあって思わずそうしてしまったのかもしれない。お互いが、硬直した。

 

「あ。……これは、その、……ごめんなさいね」

 

「いえっ、むしろもう一回お願いします!」

 

「えっ」

 

「なんかお母さんに撫でられてるみたいで暖かいです!」

 

 嬉しそうに顔を綻ばせる弥生に対して、メリーはちょっと嫌そうだ。

 しばらく悶々と何事かを考えていたようだが、観念したのか「よしよし」と撫で始める。

 なんだか手馴れてるな、こいつ。……ああ、そういや、孤児院にいたんだっけか。孤児院でお姉さんをやっているメリー。まったく想像できそうにない。

 

「というか、さっさと帰りましょうよ。そうよ、あたし何やってんのかしら」

 

「えー? 終わりですか?」

 

「また今度、あたしの気分が乗ったらね」

 

「ぷぅ。隊長のケチンボー」

 

「はいはい。もう子供じゃないんだから」

 

「まだ成人してませんもん」

 

「そういう屁理屈はいいのっ」

 

 とにかく二人が仲良くなってくれたようでよかった。

 メリーもどきの後、妙にメリーは丸くなったような気がする。

 それだけあの事件はメリーにとって大きな意味があったということだろう。

 こうやって交流が増えるのはいいことだよなっ。

 

「俺も会話に混ぜろよー」

 

「失せろ」

 

「酷い!?」

 

「冗談よ、ほら帰るわよ」

 

「あはは、夏先輩って不憫なんですねっ」

 

「笑顔で言われても困る」

 

 第四部隊はこれから騒がしくなりそうな予感である。

 

 

――――――――――

 

 

 どこか怪我をしていたら困るので、念のため病室に弥生をつれてきた俺である。

 メリーには依頼の報告を頼んで、また後でエントランスで合流する予定だ。

 

「一条さーん、いますか?」

 

 控えめな声でそう呼びかけると、奥から穏やかな一条さんが顔を出した。

 そういえばメリーから過去の話を聞いた俺だけど、意外と一条さんが関わっていた事が後になって判明したんだよな。

 メリーが覚えていなかった乱暴な言葉遣いの人がなんと一条さんであったらしい。

 話の中でよく出てきた謎のその人が一条さんでメリーはとても驚いていた。まあ今は敬語を使っているわけだから当然だけど。

 話によると、敬語は医者のときの業務用の口癖らしい。昔は口が悪かったんだって。

 

「はいはい、一条ですよー……っと、その子は……」

 

「彼女、第四部隊に配属された新人さん。九城 弥生って言うんですよ」

 

「……」

 

「え、えと、私の顔に何かついていますか……?」

 

 妙に真剣な顔になって一条さんは弥生の顔をじいっと観察し始めた。

 あたふたと弥生は助けを求めるように俺に視線を合わせてきた。

 俺も何がなんだか分からないから助けようがないんだけどな……。

 

「……弥生さん、でしたか。以前、どこかでお会いしませんでした?」

 

「それ、プレゼントおじさん……じゃなくて。オオグルマさんにも聞かれました」

 

「つまり人違い、と。……ならいいんですけど」

 

 どこか腑に落ちない、と言ったように一条さんはどこか遠くに視線を向けてしまった。一体何があったのだろうか、と尋ねてみると、

 

「死んだ娘にそっくりだったんですよ」

 

 と少し寂しげに笑って見せた。慌てて謝れば、気にしてませんから、と返される。

 しかし、そう言われてみると二人はどこか似ているような気がしてならない。

 そうは言っても、髪色だけだけどな。どっちも緑色だ。

 

「生きていれば、あなたくらいの年じゃないですかね」

 

「じゃあ娘さんの分も頑張って生きます!」

 

「そんなものは背負い込まなくていいんですよ。……さて、ご用件は何ですか?」

 

 さっきまでの表情はなくなり、いつもどおりの笑顔を見せる一条さん。

 この人は本当によく笑う人だと思う。もうちょっとほかの感情も出せばいいのに。

 

「えっと、弥生が初陣で。それで怪我をしていないかを念のため――」

 

 俺が話し始めると一条さんは頷いて、弥生に怪我がないかを調べ始めてくれる。

 そんな様子を見ているとまた死なせたくない人が増えたなあ、とぼんやり思った。

 その分俺だって死ねないし、だからこそ俺は強くありたい。

 

 これからだってさまざまなことが起こるだろうけど、それら全部を乗り越えてみせる。

 自分の中で一つ、新しく誓いを立てて俺は思考を別のことに切り替えた。




九城(くじょう) 弥生(やよい) (16)
第四部隊に新しく配属された新型神機使い。
夏曰く「運で生きているような気がする」であり、事実誤射率は運で下げている。
自己紹介から噛んでしまったりと可愛らしい一面を持つ女の子。
一方でたまに誰もいない虚空の空間に話しかけていたりと、よく分からないこともしている(レンのような神機の意識などと会話をしているわけではない)。
元気はあるが、瞳にハイライトがないのが気がかり。幼少期の記憶が曖昧で、あまりうまく思い出せないことと関係があるようだ。
誰かから教えてもらった「神様は行動で示せば願いをかなえてくれる」という言葉がお気に入り。ゼルダに昔教えたことがある。


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*02、その色はジャスティス

何故かにじふぁん消化するはずが新しい話を書いていた。何故だ。本当に何故だ。
今回は明人さんのお話です。コメディあり、シリアスありです。
前にツイッターで名前だけ流したかな?


「まったく、あなたも夏くんと同じく怪我が多いのねえ」

 

「す、すみません……」

 

 病室にて。夏曰くオネエサンにゼルダは手当てをしてもらっていた。

 任務中に左手の甲をざっくり切ってしまったため、その手当てをしてもらっているのだ。

 バツが悪そうにオネエサンから視線を外すゼルダにオネエサンは苦笑いをする。

 

「明人と違って悪いことをしたって自覚があるんだねえ。結構結構」

 

「……へ?」

 

 思いもよらないところで父の名前が出てきた。

 バッと視線をオネエサンに戻したゼルダにびっくりするも、また笑顔に戻るオネエサン。

 

「こう見ても、ここでは長いのよ?」

 

「どう見えても?」

 

「こ・う・見・え・て・も」

 

「すみませんっ」

 

 威圧感あるオネエサンの笑顔にゼルダは屈した。レディは敵に回してはいけないのだ。

 再び普通の笑顔に戻ったオネエサンは懐かしむように目を細める。

 

「あんたと同じ白い服着ててね。毎回どっかを赤くしてくるんだよ!」

 

「怪我が多かったんですか?」

 

「あいつはとびきりさ! 治療するこっちの身にもなってほしいもんだよ」

 

 もしかしたら、お父さんもここに座っていたのかな。

 そんなことを思いながらゼルダは自分が座る椅子を撫でた。

 

 

――――――――――

 

 

「ぐぬぅ、何故バレたし」

 

 病室から出てきた、クラウドブルゾンを羽織った黒髪の男がそう溢す。

 彼の左腕、二の腕にはグルグルと丁寧に包帯が巻き付けられていた。

 そしてクラウドブルゾンにもざっくりと切れ口があり、その付近は赤に染まっている。

 男の名は白神 明人。第一部隊に所属するバスター使いである。

 

「だからいつも言っているだろう。無茶をするなと」

 

 明人に続く形で病室から出てきた女は毎度のことにため息を吐いた。

 女は明人の付添であり、ほぼ毎回病室に来ている明人に呆れていた。

 女の名は雨宮 ツバキ。同じく第一部隊に所属するアサルト使いである。

 

「いいじゃんよ。結果的にヴァジュラは倒せたし」

 

「死に急ぐなと言っているんだ」

 

「別に死ぬ気はないぞ? 俺には妻子がいるしな!」

 

 にっこりと笑顔で告げた明人に対し、ツバキは分かっていないと愚痴を溢した。

 どんな任務においても明人は予想以上の成果を出し、極東支部内では一躍有名人だ。

 しかしそれは明人がどんな小さな任務でも全力で取り組むからなのだ。

 明人は任務遂行の為ならばどんな無茶もする。だから怪我が人一倍多かった。

 

「でもさあ、なんでバレるんだ? 俺はバレないように隠してたのに」

 

「その服が白だからだ。血の赤は目立つからな。無茶がバレたくなければ変えることだ」

 

「それは無理な相談だな。俺はこの服に愛を感じている!」

 

「……愛?」

 

 きょとんとするツバキに対して、明人は渾身のドヤ顔を披露する。

 だがどうやら意味が分かっていないらしいと気付き、ぼっと赤面させた。

 一応羞恥心は持ち合わせている様である。

 

「このブルゾンは俺の妻のカラー! つまりジャスティスである!!」

 

 ババーン! という効果音がつきそうなくらいの大声。再びドヤ顔。

 一方で目が点になるツバキ。というのも、彼女は明人の妻と会ったことがあるのだ。

 外部居住区にある自宅からサボり魔明人を連れ戻すのがツバキの役割でもある。

 初めて会った時勘違いもあったが、今では明人の愚痴を互いに溢す仲だ。

 

「つまり、髪色か? あいつは銀色だったはずだが……」

 

「だってー、銀色なんてないじゃん。たまたま気に入ったのがこれだったし?」

 

「おい待て。つまりジャスティスは後から付けた理由か」

 

「うわああああ!? なんで分かったの!? さては超能力者か、ツバキっ」

 

「お前が自白したんだ」

 

「いつ!?」

 

 あたふたと慌てふためく明人に「落ち着け」とツバキが声をかける。

 呆れた表情のツバキと違って明人は本気の焦りを浮かべている。

 

「た、頼むから、家族には言うなよ?」

 

「ああ、家族にも言ったのか……」

 

「当たり前だ。……後付けでも、この服は俺のジャスティスであることに変わりないからな」

 

 愛おしそうに呟いてクラウドブルゾンを撫でる明人。

 それを見て笑みを漏らしつつ、ツバキは明人をエレベーターに押し込んだ。

 

「おー、姉上。明人さんも大丈夫っすかー?」

 

 エントランスに着くと、エレベーター近くのソファに座っていた男が二人に手を振る。

 男の名は雨宮 リンドウ。ツバキの弟であり、同じく第一部隊所属のロング使いだ。

 

「俺はピンピンしてるぞ。ありがとな、リンドウ」

 

「姉と呼ぶなといつも言ってるだろう」

 

「へいへい」

 

 リンドウの近くに二人は腰を下ろす。途端にグデーっとなる明人。

 明人の頭の中はクラウドブルゾンのしみ抜きのことでいっぱいいっぱいだ。

 

「明人、お前はしばらく休暇を取れ」

 

「えっ? どうしたんだよ、急に」

 

「お前は働くときは働くが、働きすぎだ。少しはこっちの心配も理解しろ」

 

「えぇ? 俺はそんな無茶してないってばー。なあ、リンドウ?」

 

「怪我はしすぎだと思いますケド」

 

「そうかあ? ……ああ、そうそう、有給ならとっくに消費しちまったから」

 

 ケラケラとなんでもないことの様に笑う明人にツバキは愕然とする。

 いつの間に、と呆然とするが今度は逆に明人がきょとんとする番だった。

 

「サボりのせいでさ、減らされちゃったんだよー。所謂、ツケ?」

 

「お前と言う奴は……!!」

 

「いてててて!! 首! 絞まっ! 助けてリンドウー!」

 

「いやあ、俺も姉上の逆鱗には触れたくないんで」

 

「薄情者ーっ!」

 

 ぎゃあぎゃあとエントランスで騒ぐ彼らを、周囲の人間はまたかと苦笑して見ていた。

 ムードメーカー兼トラブルメーカーな明人はよくツバキに説教される。それもエントランスで。

 そこで明人がくだらない言い訳などをするせいで白熱する。そんなのがここでは日常だ。

 ようやっと解放された明人はふう、と息を吐きながらどこかへと歩いていく。

 

「どうしたんすか? ……また任務なら付き合いますけど」

 

「いんや、家に帰る!! 恋しくなった!」

 

「ほう、それを私の目の前で発言するとはいい度胸だな」

 

「あっ……。が、外部居住区の見回りダヨー?」

 

「今更遅い!」

 

「ごめんなさーい!!」

 

 神機使いのその脚力を利用して明人は素早く逃げ去った。恐らく、行先は自室だろう。

 疲れた様子でそれを見送ったツバキは再びソファに腰を下ろした。

 

「まったく、明人も困ったものだ」

 

「明人さんのアレは態とだと思うぜ、俺は」

 

「態とであって堪るか。こっちは毎回毎回疲れるんだ」

 

 愚痴を溢す姉を見て、世話焼きだなとリンドウは苦笑いをするのだった。

 

 

――――――――――

 

 

 どーしてこーなった。

 現実逃避気味に伸ばし棒を連発してみた。てへ。……おっさんのてへ、とか誰得だ。

 一応俺は27だ。そろそろ三十路だ。ママもそろそろ三十路。どんどん色気出てくるぞ。

 

「慌てるなよ! ……こらそこ、押しあうな! 転倒したら危ないだろ!」

 

 というわけでアラガミが侵入してきたので外部居住区の住民の避難誘導なう。

 それにしても壁が脆くなったな。今度また集めに行かないと。

 更新したらママに会いに行ってー、今度こそクッキー作ってもらうんだ。

 心の中でほかほかとしてるけど、目の前は地獄絵図と言っていい。

 逃げ惑う人々の悲鳴が耳に痛い。目を瞑りたくなる気持ちを抑えて足に力を入れる。

 

「これ借りてきますよーっと」

 

 道端に詰まれていた廃材の中から丈夫そうな太い鉄柱を片手で拾い上げる。

 うん、なかなか重い。これくらいなら、足留めには十分だ。同じものを計四本拝借。

 ここで携帯電話を起動させる。さっきはツバキのコールが煩くて切ってたんだよなー。

 おう……、ツバキからめっちゃ電話かかってきてた。履歴がヤバイ。

 

「もっしもーし、聞こえるかツバキ」

 

『明人! 今どこにいる!?』

 

 開口一番それか。最初は「もしもし」が基本だぞ、と言えば「そんな状況か!」と返される。確かにツバキの言う通りかもしれない。

 そういえば、俺の家族は無事に避難できただろうか。不意に過った家族の笑顔を、頭を振ることで思考の片隅に追いやった。

 無事であればいいけど、今は任務に集中しなけりゃならない。

 

「うーん、どこだっけ? 逆探知いける?」

 

『ふざけてる場合か!』

 

 デスヨネー。でもほら、俺ってば“明るい人”って書いて明人だから。

 俺の取柄はこれくらいしかない訳で。……そんなこと言ってる場合でもないかー。

 目の前に迷子の迷子の子猫ちゃん。いやん、太りすぎ。ごめんな、その肉を削いでやれる武器が今の俺は持ち合わせてないんだよなー。タイミング悪い。

 でもまあ、その代わりと言っちゃあなんだけど、時間稼ぎの道具はあるんだ。

 

「とりあえず、ヴァジュラとエンカウントしちゃったからさ、応援頼むわ」

 

『はあ!? 明人お前、何する気だ!』

 

「あはは、俺の口から言わせる? 言わなくても分かるだろー?」

 

 明るく喋ることに勤めながらヴァジュラが放った雷球を素早く躱す。

 ……ん? あれ? 携帯電話が反応しない……。今ので壊れた!? 嘘っ!?

 

「正解は、囮でしたー。うーん、正解発表できてないな」

 

 これじゃあ逆探知できない? あ、でも電源は生きてる。

 もしかして、俺が通話切っただけか。うわー、ツバキには悪いことしちゃったな。

 よいしょ、と声を出して背中に背負っていた鉄柱の一本を右手に持ち、構える。

 

「そんじゃ暫くお相手願いまーす。前座だって頑張れる!」

 

 人生は気合いとやる気と家族の愛と仲間の絆と……予想以上に多かった!

 とにかく守りたいものの為なら人は頑張れる。それは日々の経験で実証済みだ。

 くるりと鉄柱を回し脇で抱え込むように持ち直して突進。隙をついて右前脚にぶっ刺す。

 

「ヴァジュラの串刺しー……はキツいから、脚全部縫いとめてやんよ!」

 

 こういうのは時間が勝負なんだ。さっさと動きを封じなくちゃ他のがとれちまう。

 二本目を同じように構えて、俺は突進していった。

 

 

 

 ツン、とあまり好ましくない鉄のような臭いが辺りに充満する。

 警戒しながらもツバキは速足で外部居住区を駆ける。

 馬鹿な同僚が囮をやっているだろうと思われる場所に駆けつけるためだ。

 神機使いはオラクル細胞を取り入れることで確かに人間離れした力を得ることが出来る。

 しかしアラガミの前では神機を持っていなければ例え神機使いでも無謀に近い。

 アラガミに対抗できるのは神機のみ。これが常識となっているからこそだ。

 

「っ、これは……」

 

 周囲の家が倒壊することによってできた開けた場所でツバキはヴァジュラを見つけた。

 ヴァジュラは四肢を鉄柱によって地面に縫いとめられており、身動きは取れない。

 と、いうよりも、ヴァジュラは既にその身に深い傷を受けて絶命していた。

 コアもろとも破壊されたのであろう。コア摘出の跡はないが、霧散していっている。

 

「……遅かったな、姉上」

 

「リンドウ? お前は他の場所に行ったんじゃ……」

 

「他のとこは終わらせて応援に駆け付けたんだよ」

 

 険しい表情でその場に立つリンドウの側に、シユウと血溜まり。

 シユウが無防備なヴァジュラを倒し、そのシユウをリンドウが倒したらしい。

 だがそうなってくると、この場にいなくてはならない人物がいないではないか。

 ツバキはスッと温度が下がったのを感じた。血溜まりは、シユウのものではない。

 シユウのその向こう側。霧散しかけている身体の向こうを覗き込み、ツバキは絶句した。

 

「俺がきたときには、もう、手遅れだった……」

 

 違う、とツバキは思わず否定したくなる。

 クラウドブルゾンは主人の血で真っ赤に染まっており、その肌をも染める勢いだ。

 どこか笑っている様に見えるその顔は今にも起き上がって喋り出しそうだ。

 

 白神 明人が、死んだ。

 それは家族だけでなく、関わっていた者に少なからず影響を与えた。

 

 

――――――――――

 

 

 自分がこの服を愛用しているのは父が着ていたものと同じだからだ。

 ゼルダはそれを思い出し、思わず笑ってしまった。

 目の前でオネエサンが不思議そうにゼルダを見ている。

 

「あ、すみません……。父を思い出しまして」

 

「そうかい? そういや、明人も同じ服だったっけ。色も同じとは……」

 

「自分からこの服を選んだんですよ」

 

「へえ。……それは、明人のことが忘れられないからかい?」

 

 眉を八の字にして様子を覗ってくるオネエサンに対し、ゼルダは頭を振った。

 確かにゼルダは、時折父が恋しくなる。それは事実であるし、否定することではない。

 だけども、これにはまったく違う理由があるのだ。

 

「違うんです。この服は、この色は、……私のジャスティスなんです」

 

「……え?」

 

 オネエサンはゼルダの発言がよく分からなかったのか、首を傾げる。

 「分からなくてもいいんです」とゼルダは苦笑いをした。

 明人はよく、この服を自慢げに見せてそう口にしていたのだ。

 それはゼルダにとって思い出であり、父を目指すための理由でもある。

 要するにゼルダは形から入るタイプなのだ。

 

「なんだか分からないけど、頑張ってね。……はい、終わり」

 

「ありがとうございました! 任務行ってきます!」

 

「えぇ? 休んだほうが良いと思うけれど……」

 

「いえ、父を目指したいので!」

 

「はあ……?」

 

 そのままゼルダはぺこりとお辞儀をして、去っていった。

 オネエサンは「不思議な子だねえ……?」と呆れたように呟く。

 

「ふわ……。あれ、誰か来てましたー?」

 

「……一条、あんたも若い子に負けてないで仕事をしなさいな」

 

「えっ? なんでそんな話になったんですか?」

 

 困惑する一条を他所にオネエサンはどこか嬉しげな様子で奥に引っ込んでいった。



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*03、一条、苦しむ

……ええと、消火したかったんですけどね?
とりあえず活動報告にでも書いておきますので、まずはコメディを楽しんでください。

今回は一条さんがメインのお話ですよ!
いずれこうなるだろうって、皆さんも予想していたのでは?


「な、なんということだ……っ」

 

 男にしては長い、肩にかかるほどの緑髪である一条はかろうじてその一言を絞り出した。

 無論、一条にはもっと他にも不平不満を並べ連ねたかったのだが、それらは全て喉で詰まってしまい、音に変わることはなかった。

 こんなことがあっていいはずがない。これは夢である。様々な思考が脳裏を過ぎる。だがしかし、現実というものはそんなに易しくはない。無情にもそれは一条を叩きのめす。

 

 普段は冷静で(お菓子が絡むこと以外は)慌てることのない一条は冷や汗を大量に流した。

 絶望に打ちのめされた身体はわなわなと小刻みに震え、一条の動揺を表している。

 目元には涙が浮かび、目の前の現実を否定するかのように一条の視界を歪ませる。

 

 何故一条はここまで絶望しているのか?

 それは至極単純な理由であり、単純であるからこそ一条にとっては問題だったのだ。

 世の人はくだらない、と一条を一蹴するかもしれない。女々しい、と一条を罵倒するかもしれない。だとしても、一条にとってこれはどうしても譲れない問題であったのだ。

 

 一条に絶望を与える物、それは床に置かれた正方形の板状の物体である。

 その上に一条は乗り、降りて、また乗り、やっぱり降りて、もう一回乗る。

 何回も何回も、これは故障であろうと思いやり直しているが、されど数字は変わらない。

 

「ふ、太った……だと……!!」

 

 冷酷にも事実を捻じ曲げることなく伝える物体――体重計。

 乗った者の体重を計測するその機械は、無慈悲にも無機質な数字を羅列した。

 

 

――――――――――

 

 

「――ということなんです」

 

 俺に相談を持ちかけ、その経緯を力説する一条さんは最後にそう締めくくった。

 だが俺としてはポカンと情けなく口を開きっぱなしにするわけしかないわけで。

 まあ、なんだ。とりあえずだな。

 

「どういうことなの」

 

 どうも、夏である。

 依頼で負った傷の治療に病室を訪れたら一条さんに捕まって相談を持ちかけられたんだ。

 一条さんからの相談なんて珍しいから、どんなものなのかと今まで聞いていたんだけど……。

 要するに一条さん、ダイエットしたいそうです。

 

「その一言で済ましますかっ!? 私には死活問題なんですっ!」

 

「俺としてはいつか太るだろうと思ってましたけど」

 

「な、何ですって……!?」

 

「だって一条さん、甘いもの好物だし、運動してないし」

 

「うぐぅ!」

 

 というかダイエットしたいなら俺を巻き込まなくてもいいだろうに。

 どこかで普通に運動をしていれば自然と痩せるんじゃないかな。

 そもそも俺はダイエット、という概念自体がよく分かってないんだよな。

 だって太ったことないし。痩せてる訳でもないけど、普通体型だ。

 よって俺にとってダイエットとは無縁の代物なのである。

 

「い、今までは運動しなくてもそれなりに体重を保ててたんですよ……」

 

「それが急激に太った理由は?」

 

「弥生さんです」

 

「ああ、弥生。……はあ?」

 

「もっと厳密に言えば、弥生さんとカノンさんです」

 

 まったく意味が分からない。いきなり何を言い出すんだこの医者。

 カノンだけなら、まだ分からなくもない。だってお菓子作り上手いし。

 カノンが作るお菓子は極東支部の人間に大人気だ。それは一条さんも例外でないらしい。

 でもなんでそこで弥生が出てくるんだ? 弥生はまだここにきて一週間ちょっとのはずだ。

 

「弥生さん、お菓子作りが趣味らしくて。カノンさんとタッグを組んだんですよ」

 

「あ、そうなんですか」

 

「その二人が作った新作クッキーが、すっごく美味しいんですよ!!」

 

「よかったですね」

 

「それで調子に乗って食べてたら太ったんですよ……」

 

「あー……」

 

 どうやら二人が作ったお菓子を差し入れてもらったらしい。

 だけども、それを貰いすぎてどんどん食べていたら太った、と……。

 

「一条さんが太る原因はその自制できない心じゃないですかね」

 

「ご、ご尤もです」

 

「じゃあ、我慢しないといけませんね」

 

「やっほー。一条、いる?」

 

 気楽な声とともに、メリーが入ってきた。

 その手にはなんだか彼女には似合わない小ぶりのバスケット。

 どうしたんだろう。これからピクニックにでも行くんだろうか。でもどこに?

 

「ほら、もどきの件で迷惑かけたから、そのお詫びよ」

 

「へえ、お前でも悪かったって意識はあるのか」

 

「そりゃあ、あるわよ。あの事件からあたしは変わるって決めたんだから」

 

 メリーがポジティブになったのはいいことだけど、俺としてはちょっと怖い。

 だってメリーが俺を殴ってくるラインが曖昧になっちゃったんだもの。

 もう一回慎重に見極めなおさなきゃいけないのは俺としてはつらい作業だ。

 

「それで、そのバスケットは何ですか?」

 

「一条、甘いの好きでしょ? だからあたしの部屋のお菓子みんな持ってきたの」

 

「えっ、えっ、いいんですか!?」

 

「いいのよ。あたしはどっちかって言うと辛いものの方が好きだから」

 

 煎餅好きなメリーらしい回答だ。

 それにしても結構いろんなものが入ってるな。食べないから溜まったのかもしれない。

 キラキラと瞳を輝かせる一条さんは幸せそうに頬を緩ませた。

 だけど、今はそれどころじゃないんじゃないかな。

 

「いーちーじょーうーさん?」

 

「……ハッ。な、なんでしょう、夏さん」

 

「……ダイエット」

 

「はうっ」

 

 一条さんから切ない声が漏れる。いや、涙目でこっち見られても。

 俺はあくまで一条さんのために忠告をしただけであって、悪いことはしていない。

 だからそんな目で見つめてこないでよなんか罪悪感湧いてくるから!!

 

「あら、ダイエット? それはタイミングが悪かったわね」

 

「メリーさんはそういうの、困ってなさそうですね……」

 

「太らないし。それに仕事で動いてるもの」

 

「羨ましい……」

 

 ジト目でメリーを見つめる一条さん。

 メリーにはまったく効果が無いみたいでジッとバスケットの中身を見つめる。

 

「じゃあ、今の一条にはこれは必要のないものなのね」

 

「一応、そうなりますね……。しばらくお菓子を断とうと思いまして」

 

「そうよね。また今度、別のものを持ってくるとするわ」

 

「ああああ!!」

 

 何を思ったのか、メリー、一条さんの前でお菓子を食べ始めた。

 すっごく美味しそうにドーナツを二つ、あっという間に平らげた。

 呆然と食べ終わったメリーを見つめる一条さん。魂が抜けそうな顔だ。

 メリーはそんな一条さんをお構いなしに、別のお菓子へと手を伸ばした。

 こいつ……鬼畜だ……っ!!

 

「お、おい、さすがにその辺にしとけよ……」

 

「楽しくなってきた」

 

「やめてくださいいいいい!!」

 

「嫌だ、一条。病室では静かにしないといけないんでしょう?」

 

「やめたげて!」

 

 人差し指を唇に当ててウインクしてみせるメリーは悪魔にしか見えない。

 実際、一条さんにとっては本当の悪魔に見えるんだと思う。

 「神は死んだ!!」と大声で嘆く一条さんは悲壮感を纏っている。

 

「馬鹿ね。あたしたちが戦ってるのは神じゃない」

 

「そこは問題点じゃないよ! もう可哀想だからさ……」

 

「ご馳走様でした」

 

「あの量を……一人で……!?」

 

 この短時間に食べるとか、尊敬すらしてくる。

 全てのお菓子が消え去ったことに一条さんは絶望し、その場に崩れ落ちた。

 誰かこの悪魔を俺と一緒に討伐してくれませんか。単騎では無理です。

 

「大丈夫よ、一条。あたしがダイエットに協力してあげる」

 

「……え゛」

 

 ビクリと身体を震わせ、怯えた目でメリーを見やる一条さん。

 その様はまるで小動物の様であり、メリーは捕食者だ。

 

「聞いたわよ。あんた、ヒバリさんと一緒で、神機待ちなんでしょ」

 

「え、あ、は」

 

「だから今の内から特訓してあげる……!」

 

「いいいいいいいです! だ、だってほら、どうやって!?」

 

「んー……。あたしが木刀を振るから、一条が避ける」

 

「死ぬ!!」

 

 ぴゃあああ、と怯えて病室の奥へと一条さんは引っ込んでいった。

 面白そうにケラケラと笑うメリーに正直ドン引きである。最初の感謝は何処へ。

 メリーの目を見るに、実際やる気だったんだろうけど、これは酷いな。

 

「何よ、運動こそダイエットに一番大事なことでしょ」

 

「いや、そうだけどさあ……」

 

「やるかやらないかはあいつ次第よ。あとは知ーらない」

 

 さすがのメリーと言えど、強制させる気はなかったらしい。

 下手すれば一条さんが危ないからな。そこらへんは弁えてるんだろう。

 それでも意地悪な笑みが消えないところはメリーらしいな……。

 その笑顔は最早一条さんにとって脅しに近かっただろう。

 

「ま、しばらく様子見ってとこかしら」

 

 それは何の様子見なんですかね。

 

 

――――――――――

 

 

 数週間後、病室にて。

 なんだか死にそうなくらいぐったりしている一条さんがそこにいた。

 

「……どうしたんですか」

 

「どうしたも何も、運動、したんですよ……」

 

「どんな運動したらそんな表情になれるんですか」

 

「……メリーさんの申し出を受けた以外に、良い答えは用意できません」

 

「やったんですか」

 

 まさか本当にやるなんて思っちゃいなかった。

 俺が思っていた以上に一条さんは根性のある人だったらしい。

 結果から言ってしまうと、一条さんのダイエットは成功したらしい。

 喜ばしいことに、前よりも体重が減ったとか。な、何よりです。

 

「いやあ、さすがメリーさんですよねえ……」

 

「もう喋らないでください。聞いてる俺が苦しくなってきます」

 

「ああ、すみません。今日は休んでろ、って言われる始末です。情けない」

 

「医者の不養生……」

 

「この場合は少し違いますけど。無理をしすぎたのは否めませんね」

 

 休日万歳、そう呟いて頭を机に置いた一条さんは疲れ切っている。

 こんな状態で患者さんを診せたらどんなミスするか分からないしね……。

 むしろ一条さんの方が患者になっている状態だ。

 

「何はともあれ、減量大成功ー。あはは」

 

「ちゃんと休んでいてください」

 

「ええ、そうします。明日には復帰したいですし」

 

「仕事頑張りますね」

 

「今の私に出来るのはこれしかないんですよ。暇で暇で、堪らないです」

 

 はふぅ、と一息ついた一条さんはぼんやりと目を細める。

 ボーっとしている一条さんは何だか珍しく、ミステリアスに見える。

 男性にしては長い髪が一条さんが頭をズラしたせいで顔に垂れ、表情が見えなくなる。

 

「ふわ……、眠い」

 

「部屋で寝てくださいよ」

 

「いいじゃん。面倒だし。……なんなら夏さんが連れてってくれるんですかー?」

 

 寝ぼけている一条さんはお仕事モードから通常モードに切り替わったらしい。

 なんだかとっても面倒くさいです。こんな悪乗りする人だったのか。

 時折混ざる敬語がちょっとイラッとくる。

 

「分かりました分かりました! 連れて行きますから!!」

 

「バンザーイ。夏くんって優しいなあ、モテますよね絶対モテますよね」

 

「分かってて言ってますよね」

 

「ふふー、そうじゃないと効果ないじゃないですかー」

 

 酔っ払いって、こんな感じなのかもしれない……。

 まあでも、たまにはいいか。こんなこと、滅多に起こることじゃないし。

 そう自分に言い聞かせて納得させ、俺は一条さんと一緒に病室を後にした。

 

 

――――――――――

 

 

 ――それから更に数日後。

 

「あの、夏さん」

 

「あ、一条さん。どうかしました?」

 

「……カノンさんに、しばらく差し入れはいいと、伝えてください……」

 

「もう駄目だこの人……」



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*04、ネコネコ大作戦

更新が遅くなり申し訳ありません。
今回はにじふぁんのときから個人的に気に入っていたネタをひとつ。



「可愛いと思いません? 可愛いと思いません? というわけで、お願いします!」

 

「……私を巻き込まないでくれるかい? ただでさえツバキくんが怖いんだ」

 

「むぅ。じゃあ、久しぶりに技術屋として動いてみますかー!」

 

 厄介者は動き出す。

 標的はただ一人。しかし、その一人が問題なのだ。

 どうなることやら。サカキは人知れずため息を吐いた。

 

 

――――――――――

 

 

 病室にやってきました。どうも、夏です。

 今日は別に怪我をしたわけじゃないよ? 電話で一条さんに呼び出されたの。

 何があったんだろうね? すぐに来てください、とだけ言われたんだけど。

 なんだかとっても嬉しそうな声だったんだよなあ。

 

「一条さー……メリー?」

 

「あら、あんたも一条に呼ばれたの?」

 

 病室に入ると、きょとんと不思議そうにこちらを見るメリーがいた。

 おかしいな、メリーが入るなんて話は聞いていなかったんだけど。

 それに肝心の一条さんがこの場にはいないんだよね。

 

「一条ったら、何をしているのかしら?」

 

「そんなに苛立たなくても」

 

「呼び出しておいて来ないなんて酷いわ」

 

 むっとした表情のメリーは確実に苛立ちを募らせていた。

 でも一条さんがそういった約束にルーズだとは思えないんだよね。

 そうしてふと、メリーが見かけないラベルの缶を手に取っていることに気付いた。

 

「その缶、なんだ? ……新作?」

 

「知らない。ここに置いてあったの。美味しいわよ」

 

「や、やめろよ。それ一条さんのだろ?」

 

「ふーんだ。約束守らない一条が悪いのよー」

 

 ツンとした態度を取りながら遠慮なく飲んでいくメリーは表情を綻ばせた。

 どうやら新作と思わしき飲み物はなかなか美味しかったらしい。

 ……冷やしカレードリンク飲みたくなってきた。

 

 しばらく待っていても一条さんは現れない。

 やがてメリーが飲み終わり、缶を再び机の上に戻した。

 顔色を見る限り、悪気は全くなさそうである。まったくこいつは。

 

「ん、あれ……?」

 

「今度は何だよ」

 

「なんか、調子が悪いような気がするの」

 

「えぇ? さっきのやつ、変なものでも入ってたんじゃないか?」

 

「一条……!」

 

 恨めしそうに一条さんの名前を呟くメリーだが余裕はなさそうだ。

 とにかく介抱してやらないと。とりあえずメリーを近くにある椅子に座らせよう。

 そう思って近くに置いてあった椅子に手をかけたとき。

 

「きゃうっ!?」

 

 メリーが、ボフンと煙に包まれて姿が見えなくなった。

 え? これどういう展開なの?

 

「め、メリー!? 大丈夫かー!」

 

「煩いです、病室では騒がないようにっ。……って、なんですこれ」

 

「あ、一条さん!」

 

 ここでようやく一条さんが奥から出てきた。って、いたんですか。

 そもそも一条さんがすぐに来てくれたらこんなことには……!!

 俺はざっくりとこうなった経緯を一条さんに説明した。すると満面の笑みで頷かれる。

 

「ああ、それ、私がやりました!」

 

「……は?」

 

「まさか煙が出るなんて思いませんでしたけど」

 

「いやいやっ、問題はそこじゃないですって!」

 

 一条さんは冷静に持っていたカルテを使って煙を晴らしていく。

 それにしても、一条さんが犯人とか、どういうことだ?

 状況がついていけずぼやっとその場に突っ立つしかない。

 

「ほら、いましたよ」

 

「えっ……」

 

 そう言ったにこやかな一条さんの視線の先。

 その黒い髪と同じ色の耳と尻尾を生やした、五歳ほどの少女がそこで寝ていた。

 

 

――――――――――

 

 

「散々ニャ!」

 

「メリー隊長、可愛らしいですっ」

 

「可愛くニャくてもいいニャ」

 

 俺とメリーはエントランスに移動していた。

 ちなみに一条さんは病室でダウンしているはずだ。

 

 はあ、とため息を吐いて俺は反対側に座っている弥生の隣、メリーを見た。

 今のメリーは平均的な五歳児ほどの身長でしかない。随分小さくなった。

 それに加えて、その頭部には猫耳、腰には尻尾がついている。

 まるで生えてきたもののようで、本人曰く感覚があるらしい。

 時々ピクピクと動く猫耳がなんとも愛らしいな。

 

「猫じゃらしとか、反応するんですか?」

 

「や、やめるニャ! あたしで遊ばニャいでニャー!」

 

「……もうただの癒しです」

 

「コラー! 頭(ニャ)でるの禁止ニャ!!」

 

 目の前の光景がとても微笑ましい。俺の頬も緩まるってもんです。

 あ、ちなみに今のメリーは背が小さくなったため、弥生の服を借りている。

 ただ100㎝ちょっとしかないから、ダボダボなんだよなあ。うん、可愛いです。

 

「――夏、リーダーを探しているのだが、知らないだろうか」

 

「おう、ソロ。俺は見てないぞー」

 

「そうか。……なんだ、そのガキは」

 

「ガキじゃニャいニャー!」

 

 目を見開くソロに対し、メリーは「しゃー!」と猛抗議をする。

 だが冗談が分からないソロには効果が無いらしい。はてなマークを浮かべているようだ。

 

「誰だ、部外者を入れたのは。さっさと外に出してこい」

 

「……えっ、まさかお前、気付いてないの?」

 

「はあ? 何がだ。……猫耳? 夏、お前そんな趣味が……!?」

 

「酷い勘違い!!」

 

 なんで俺にそんな冷たい視線を投げかけてくるんですか止めてください死んでしまいます。

 メリーのおかげでとんだとばっちりだよ! 早く戻ってくれー、戦力的な意味でも。

 

「あたしはメリーニャっ」

 

「冗談を言うなよ。ところでこの耳、動くのか。随分凝っているな」

 

「うニャー! 話聞けー!」

 

「ふむ、軽い」

 

「降ろすニャー!」

 

 軽々とメリーを抱き上げたソロはまるで飼い主のように見えなくもない。

 バタバタと暴れるメリーを安定して抱きかかえており、落とす心配もなさそうだ。

 俺だったらすぐ落としそうだなー。俺ってば女子にも腕力負けてるわけだし。

 あまりにも暴れ続けるメリーに苦笑いするソロは優しくメリーを降ろした。

 普段は見せない優しい笑顔を見るに、ソロは絆されているようだ。

 

「夏、責任もって家に帰すんだぞ」

 

「何で俺が連れてきたみたいになってるの」

 

「あたしはメリーだって、ニャんかい言えば分かるのニャ!?」

 

「メリーは確かに身長が低いが、こいつほどではない」

 

 さらっと言われた事実にショックを受けるメリー。それは仕方ないよ。

 身長は、小さい順に弥生、メリー、俺、ゼルダ、ソロ、と言った感じだ。

 ソロの奴が一番高いのだ。そして俺はゼルダより低い。ちょっとヘコむ。

 

「あ、おい。ゼルダが来たぞ」

 

「ああ、すまない。リーダー、次の任務についてなのだが……」

 

「……その可愛い女の子は、誰ですか?」

 

 ソロの話などそっちのけにして、ゼルダはその瞳をきらきらと輝かせる。

 そういえば、ゼルダって可愛いものに目がなかったんだったっけ。

 笑顔のゼルダ。笑顔を引きつらせるメリー。ゼルダの目が、怖い。

 

「可愛いー! 何ですかこの子すごく可愛いです!」

 

「むぎゃー!? あたしよゼルダ抱きつかニャいでー!」

 

 弥生の膝の上に座らされていたメリーがいつの間にかゼルダに抱き上げられた。

 ゼルダの動きが見えなかっただと……!? どういうことだ、何が起こっている!?

 力強く抱きしめられているのかメリーは苦しそうに呻っている。

 

「メリーさん!? か、可愛いです! 何があったんですかどうしたんですか!?」

 

「落ち着いてニャー! 落ち着くんだニャー!」

 

「ふああああ可愛すぎますよやめてください!!」

 

「誰かあの子止めてええええ!!」

 

 ゼルダが完全に暴走モードになってるよー!

 ストッパーになってくれそうなソロは完全に置いてかれて動作停止してるし!

 弥生はといえばゼルダに同意してメリーの頭撫でてるし!

 なあ、教えてくれ。俺はどこからツッコめばいいんだ。

 

「メリーさーん、その後調子はどうですかー。……わあ、カオスですね」

 

「一条さん!! メリーを戻してください!」

 

「えぇー? 面白いし可愛いじゃないですか」

 

「この状況で理解して!! それどころじゃなくなってきたんです!」

 

 必死に一条さんを説得すれば、仕方ないと言う様に重いため息を吐いた。

 何でそんな態度なのかは知らないけど、こっちは一条さんのせいで大変なんですよ!

 そろそろ周囲の目線が痛くなってきたから早く解決したいんです!

 

「でも、今回は試験用ですし」

 

「試験用!? まだ他にも作る気なんですか!?」

 

「まあ落ち着いて下さい。時間制限があるので、もうすぐ戻りますよ」

 

「……え?」

 

 こんな場所でメリーが元の姿に戻ったら、服的な意味でヤバいんじゃないか。

 まずい、それは駄目だ。下手すればメリーが表を歩けなくなる。嫁の貰い手が無くなる。

 パートナーとして、これは解決しなければいけない重要な問題だ!!

 

「ちょっとメリー貰ってくからな!!」

 

「うニャ!? もっと大事に扱いニャさいニャ!」

 

 ゼルダから素早くメリーを取り上げて区画用エレベーターに駆け込む。

 目指すはメリーの部屋。あそこで元の状態に戻るのが理想だ!

 なかなか階に着かなくてそわそわする俺は全く悪くない。

 

「……落ち着きがニャいわよ。ニャつらしくニャいわ」

 

「……俺の名前は?」

 

「ニャつ。……ニャっ!? ニャ、ニャつ。ニャつ!!」

 

「ご馳走様です」

 

 どうしよう、これだけで殺される。

 メリーは悔しかったのか「ニャつ! ニャつ!」と連呼し続けている。

 もうやめて。俺が鼻血出して出血多量で死ねるからもうやめてください。

 

 と、俺が悶絶している間にエレベーターが到着。ダッシュでメリーの部屋へ駆けこむ。

 ロックはメリーに外してもらい、お邪魔する。相変わらず殺風景である。

 ディスプレイに映るウロヴォロスと目が合った気がしてすかさず視線を逸らした。

 こ、こんにちは。如何お過ごしですか、ウロヴォロスさん。

 

「もうすぐ効果が切れるらしいから、そしたら着替えろよな」

 

「ニャつ! ……ん? 分かったニャ」

 

 まだ俺の名前を呼ぼうと奮闘していたらしい。可愛いからやめてください。

 さてそれじゃあメリーを下ろして俺は外で待つとしようか。そう思った時。

 

「……へっ?」

 

 なんだか見覚えのある煙にメリーが包まれた。あっ、なんだかすごく嫌な予感。

 今度は随分早く煙が腫れた。メリーを抱えていた俺は、お腹ら辺に手を添えている。

 重量感が無くなったのはメリーが自分の足で地面についているからだろう。

 つ、つまりだな。俺は下を向いちゃいけないんだ。ラッキースケベとかそんな問題じゃない。

 メリーの殺気が怖いんだよ!!

 

「夏……?」

 

「な、なんでしょうか、メリーさん……?」

 

「今すぐ出て行ってええええ!!」

 

「仰せのままにいいいい!!」

 

 殴られる前に部屋を出る。俺は空気を読めるいい子だから!

 数分後メリーはいつも通りの服装で出てきてくれたけど、しばらく口を聞いてくれなかった。

 どうやら未遂でも許してくれないそうです……見てないのに。



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*05、少女は悩む

このお話は「GOD EATER~ノッキン・オン・ヘブンズドア~」の内容に少し触れます。ご注意を。


 怒りを抑え込んでただただ周囲のアラガミを狩り尽くせば、物語は終盤だった。

 裏のあの子を出さないように、怒りをアラガミにぶつけて発散したおかげであの子は出てこない。

 あの子は私だけど、あの子ばかりに任せちゃいけない。これは私がしなければいけないから。

 

 アラガミテロを企み、散々外部居住区に被害を出したオオグルマが痛みに悲鳴を上げる。

 頭に過る父の言葉を一言一句間違えずに記憶から引きずり出せば、自然と身体は動いてくれた。

 もっともっと速く。自分の中で最高速度を出すも、その距離はなかなか縮まることがない。

 

 オオグルマが完全に身動きが出来なくなる。

 間に合わない……、いや、間に合わせなければいけない。

 どれだけ悪いことをしても、彼は人間。私たちと同じ人間。

 そして世界に見捨てられてしまった、悲しい人。

 

「その人を……放してええええ!!」

 

 助けるために振るった初撃。

 それが当たる寸前、虚しく肉が食い千切られる音を、私ははっきりと耳に入れた。

 

 

――――――――――

 

 

「……リーダー?」

 

 任務終了後、エントランスに帰還。いつも通りの変わらぬ温かさに包まれるその場所が、俺にとってはとても幸せであることのように感じる。

 そんな中、我らがリーダーは疲れ切ったようにフラフラとエレベーターに乗り込んでいった。

 あのままじゃあ自室に着く前に倒れるんじゃないだろうか。不安に思い、俺も乗り込む。

 

「ああ、ソロさん。先程の任務、お疲れ様でした」

 

「はい。……ええと、リーダー」

 

「なんですか?」

 

 優しさを含んだ純粋な黄の瞳が俺を真っ直ぐに見つめる。

 リーダーは優しさを体現したかのような可憐な女性であった。

 裏の人格を知った当時は驚いたものだが、それでも俺は彼女を尊敬している。

 しかし、リーダーは優しいからこそ酷く脆く、俺はそれが不安でならなかった。

 

「何か、悩んでいますか? 少し疲れているように見えて……」

 

「えぇ? だって、リンドウさんも帰ってきましたし、前ほど激務ではないですよ?」

 

「そうですが……」

 

 リンドウさんを連れ帰ったリーダーは、二人揃ってツバキさんに怒られていた。

 その内容までは知らないが、戻ってきたリーダーは涙目だったため大分効いたらしい。

 可哀想ではあるが、俺からもあまり無理をしないように少し説教をしたものだ。

 ツバキさん効果なのか、リーダーは子供のように何度も頷いていた。

 

「その、身体的疲労ではなく、精神的疲労です」

 

「……問題ないですよ?」

 

「嘘をつかないでください。俺で良ければ、話、聞きますから」

 

 リーダーは性格故なのか、無理をしやすい。そして無理を押し通しやすい。

 嘘をつけばなんとなく雰囲気で分かるものの、それでもリーダーは負担を抱えすぎだ。

 確かにリーダーの言うとおり、事件は終わったし今のアナグラは平常運転だ。

 それでもリーダーは何かを抱え込んでいる。共に仕事をする期間は未だ浅いが、俺でもそれは察せた。

 

「じゃあ、お言葉に甘えてしまいましょうかね」

 

 悪戯がバレた子供のように苦笑いを浮かべるリーダー。

 もしかしたら俺がしたことはリーダーにとって迷惑だったのかもしれない。

 

「あ、迷惑じゃないんです。私としても、ありがたいですよ」

 

 リーダーはエスパーなのだろうか。

 ……いや、夏もよく同じように俺の思考を読んでいた。

 あいつに思考を読めるとは思えないから、顔に出てしまっているのかもしれない。

 

「今ココア淹れますから、寛いでくださいー」

 

 リーダーの部屋に通されると、 リーダーがお茶を淹れてくれる。

 どうやら少し長い話になるようだ。俺としては別に構わないけれど。

 しばらく待ってみるものの、話が始まらない。仕方ないので出されたココアを啜る。

 

「ソロさんは、アラガミテロを知っていますか?」

 

「……俺が神機使いになる前の話ですね。後から事件の全容を聞きました」

 

「ではそのときの首謀者がどうなったか、知っていますか?」

 

「そこまでは……」

 

 アラガミテロ。

 一人の男が実行したアラガミを利用したテロのことだ。

 その時の外部居住区はとても不安定な場所だった。しょっちゅうアラガミがくるのだから仕方ない。

 俺が知っているのはそれだけであり、首謀者も興味がなかったため聞いていない。

 

「私はアリサさんとその首謀者を追い詰めたんですよ」

 

「そうなんですか」

 

「でも、……その人はもう、この世にはいません」

 

 悲しそうに笑うリーダーは、しんみりした空気を取り繕うようにココアを飲んだ。

 まさか首謀者が亡くなっていたとは思いもしなかった。病気、などではないのだろう。

 きっと目の前で、何か不意な事故か何かで亡くなってしまったのだと思う。

 

「人はな、支え合わないと生きていけない。だから、お前らは誰かの支えになれるように生きていけ。それが善人であろうと、悪者であろうと」

 

「へ……」

 

「私の父の言葉です。私は父の言葉を道標にして生きてきたんです」

 

「リーダーのお父さんは、とても立派な人なんですね」

 

 リーダーが引きずっている理由は、つまりそこにあるようだ。

 普段からいろんな人を守りたいと公言しているリーダーだ。

 例えその人物が首謀者であろうとも救えなかったことが、黒い染みとして心に残っているのだろう。

 最近まで慌しかったからこそ、その反動で一気に参ってしまっているのかもしれない。

 

「リーダー、話してくれてありがとうございます」

 

「え。……ちょっ、ちょっと、ソロさん!?」

 

「抱え込まないできちんと話してくれたことが、俺は嬉しいです」

 

 ココアのカップを机に戻して立ち上がり、リーダーに近寄る。

 俺がしたのは別になんてこともない。ただ単に頭をできるだけ優しく撫でただけだ。

 身長的に俺はどうしてもリーダーが妹のように思えてしまうときがあるのだ。

 頭を撫でてあげたいというのは俺の願望であったが、まあいいだろう。

 

「ええええ!? どうしてこうなったんですかー!?」

 

「いや、なんとなく」

 

「なんとなく!? だって、私真面目な話してたのに!」

 

 ぷぅ、と頬を膨らませるリーダーはどこか子供のようだ。

 きっと、リーダーは子供なのだろう。父親の言いつけをきちんと守る、手のかからない子供。

 そのまま大きくなってしまったせいで、頼るという選択肢を忘れてしまっているのだろう。

 だからこそリーダーには頼るということを覚えてもらわなければ困る。

 

「これからも、俺や、第一部隊の人たちを頼ってください」

 

「わ、分かりましたからー! この頭に乗せられた手の訳を!!」

 

「妹を持った気分です」

 

「それは理由じゃないです!」

 

 さすがにリーダーが拗ねてきたので頭を撫でるのを止める。

 仁王立ちで「私怒ってます」アピールをするリーダーが微笑ましい。本当に同い年だろうか。

 

「リーダーはもう少し、コウタを見習うべきです」

 

「えぇ……コウタさんですか?」

 

 あ、リーダーが微妙な顔をしている。

 

「コウタくらい明るく振舞うべきです」

 

「……確かにコウタさんの無邪気さは、尊敬します」

 

 脳内ではしゃぐコウタでも再生されたのか、クスリと笑みを漏らすリーダー。

 ひとまず、リーダーは元気になってくれたようで何よりである。

 

「そういうわけで、これからリーダーが何か隠し立てするたびに、俺は脳天にチョップします」

 

「酷い!? 暴力反対ですよー!」

 

「それくらいしないと、リーダーはまた無理をしそうですからね」

 

 再び頬を膨らませるリーダーに苦笑いしつつ、俺はまたその頭を撫でた。

 

 

――――――――――

 

 

「わあい、弥生さんだ! 今日はどんな差し入れですかー?」

 

「今日はロシアンクッキーですよ!」

 

「え……なんか全部真っ赤なんですけどこれ……」

 

 病室にいる一条さんに差し入れを持ってきた私です!

 最近はなんとなく病室に入り浸ることが多い気がします。

 あ、別に怪我をしたわけじゃないんですよ? なんとなく一条さんとお話したいんです。

 どうしてか、なんて聞かれたら私のほうが困っちゃいます。

 

「トマトとイチゴとハバネロですっ」

 

「最後の味が凶悪ですね……。じゃ、じゃあこれを」

 

「では私はこれを」

 

「いただきます!」

 

 お互いに一枚ずつ真っ赤なクッキーを手に取る。

 ちなみに私もどのクッキーがどの味かは分かりません。色は同じだしね。

 パクリ、と一条さんと同時にクッキーを口の中に運ぶ。

 すると一瞬後に、私の口内を激痛が走りました。

 

「か、からあい!!」

 

「わ、私もハズレです……っ!!」

 

 どうやら二人揃ってハズレのハバネロを引き当ててしまったようです。無念。

 一条さんの淹れてくれた美味しい美味しい紅茶を口に含んで痛みを癒します。

 私と一条さんはとっても仲良しなようです……あはは。

 

「そういえば、一条さんはいつからここにいるんですか?」

 

「いつからでしょう。年月を数えるのは苦手でして。メリーさんに聞いてください」

 

 そういえば一条さんはメリー隊長の少し前に赴任してきたんでしたっけ。

 一条さんはこうやって私がお菓子を持ってくると毎回いろんな話を聞かせてくれます。

 前は技術屋のときのお話しも聞いたんですけど、私にはちんぷんかんぷんでした。

 

「そうですねえ。では、今日は悲しい男の話をしましょう」

 

「悲しい男の人……?」

 

「ええ。彼は世界を恨んで、道を違えてしまいました」

 

 眉を八の字にしてみせた一条さんはどこか困り顔のようにも見えます。

 そして私は脳裏で目の前の一条さんのように困ったような誰かを見ました。

 

「その人はもういません。止めた人がいたからです」

 

「なんでその人は、世界を恨んだんですか?」

 

「さあ、そこまでは私にも分かりません。ただ、その男はとても哀れでした」

 

 まるでその悲しい男の人が本当にいたように話す一条さん。

 ううん。きっと、本当にその人はこの世に存在していたんだと思う。

 だって私は神機使いになる前、悲しい目をした男の人に会ったから。

 

「世の中って残酷だね。ねえ? ……、……?」

 

「どうかしましたか?」

 

「あ、いえ……。私の悪い癖です」

 

 たまに、誰もいないはずなのに、隣にいたはずの誰かに語りかけてしまう。

 世間知らずな幼子だったころからの癖。そのせいで私のあだ名は「幽霊ちゃん」になった。

 誰にも見えない隣の幽霊に語りかけているように見えるんだって。おかしいね。

 

「そうですか。……それにしても、面白いと思いませんか?」

 

「今の話に、面白い要素なんてありましたか?」

 

「彼は世界を憎んでいました。そして同じように人を憎んでいました」

 

 分かりませんか? と目線だけで問う一条さんに私を首を横に振ります。

 私には一条さんが最初に言った「悲しい男の人の話」としか受け取れませんでした。

 一条さんはそんな私を見て苦笑いしながらクッキーをひとつ摘んで口の中に放る。

 またしてもハバネロを引いたらしく、口を押さえてしばらく一条さんは悶えていました。

 

「だって、彼は人の身でありながら人を憎んだんですよ?」

 

「……旧世代でも、そういった事件はありましたよ?」

 

「まあ、そうなんですけど。……彼は“個人”ではなく、“人間”を恨んだんです」

 

「ええっと……?」

 

「“人間”を恨んだということは、彼は本来、自分も恨まなければいけなかったんです」

 

 ちょっと話が分かりそうにないです。

 私が首を傾げていることに気付いたらしい一条さんは「戯言です、忘れてください」と苦笑いしながら言いました。

 誤魔化すようにまたクッキーをつまんで口に放った一条さんは顔を輝かせました。どうやら、イチゴを引き当てることに成功したようです。

 

「えへへ、美味しい……」

 

「一条さんは幸せそうに食べてくれるから嬉しいです!」

 

 ふにゃっと優しく笑ってくれる一条さんが私は好きです。

 一条さん以外にも、ここにはお菓子を喜んでくれる人が大勢いて嬉しいです。

 きっとカノンさんという先駆者がいるからなのですね……! 感謝感謝なのです。

 

「っ、うわ、休憩時間過ぎちゃった……」

 

「あ、すみません……」

 

「いえ、私のミスです。……それじゃあ、明日のお菓子も楽しみにしていますね?」

 

「はいっ、期待していてください!」

 

「弥生さんのお菓子のおかげで、残りの仕事も頑張れそうです」

 

 ぺこりと一礼してから、私は病室を後にしました。

 明日は何を作りましょうか……。よろず屋さんのところに顔を出してみましょうか。

 カップケーキとか、いいかもしれませんね!

 

 

 

「……弥生さん、いいお嫁さんになりそうで何よりです」

 

 一方、一条はちょっと寂しそうに病室でそんなことを呟いたのだった。



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*06、少女は夢を見る

×ゼルダ   ○弥生
連続で少女つけたのは間違いだっただろうか


 温かな家庭。たった一人の家族。

 小さなハリボテ小屋が、少女の実家でありすべてだった。

 楽しそうに食事をする母と娘を、緑髪の少女は見ていた。

 

「……」

 

 笑顔で見守る少女に二人は気づいた様子はない。

 それもそのはず、これは少女の記憶であるからだ。

 少女とはつまり、今少女の目の前で食事をしている娘でもある。

 

(私、走馬灯でも見てるのかなあ)

 

 少女……、弥生はそんなことを考えながら記憶を見つめる。

 走馬灯など見たことがないから分からないけど、と一人ごちた後で否定する。

 きちんとベッドに入って眠ったことを思い出したからだ。

 

「あ……。うわあ、いやな記憶」

 

 景色が一瞬で切り替わり、思わず弥生は顔をしかめる。

 全力で外部居住区を駆ける自分、それを追っているグボロ・グボロ。

 この出来事のおかげで弥生はグボロ・グボロがトラウマになっていたりする。

 訓練でも対グボロ・グボロとのシミュレートではかなり苦労していた。

 それくらい弥生にとってグボロ・グボロは恐怖だった。

 

 だけど、弥生はトラウマばかりでもなかったと思う。

 転んだ弥生に飛んでくる遠距離攻撃を盾で防いだ神機使い。吹っ飛ぶグボロ・グボロ。

 呆然としている弥生をおぶってくれた男と、グボロ・グボロの相手をする女。

 神機使いとなった弥生にとって上司であり先輩となる人物だ。

 二人と出会えたことを弥生は今でも感謝しているのだ。

 

「私も素敵な神機使いにならなきゃ……」

 

 現在の弥生は、新人としてはそれなりに役に立つくらいの戦力だ。

 それでも何故だか、弥生は運で生きているような面があり、弥生もそれに納得していなかった。

 例えば何もないところで転んだと思ったらその真上をアラガミの攻撃が通過しただとか。

 誤射したと思ったら相手に当たる前に避けてくれたりだとか、そんな類いのもの。

 運だけで生きていてはいつか見放され死んでしまいかねない。だからこそ弥生は強くなりたいと願い、任務後には毎日訓練場に篭ってその日の復習をしていたりする。

 

「私は、まだまだなんですかね……」

 

 しょんぼりと落ち込む弥生を他所に景色がまた切り替わる。

 今度は適合試験のときの記憶だ。情けなくもびーびー泣いている弥生がいた。

 「情けないなあ」とちょっと笑いながら弥生はそれを眺める。

 

『や、やった……。私も神機使いになれたー!』

 

「大変なのはこれからなのに、私ってば明るすぎるなあ」

 

『先輩方のお役に立てるように頑張らないと!』

 

「全然上手くできてないのに、……私は駄目駄目だなあ」

 

 ここのところ、弥生は上手くいっていない。

 同行した神機使いからは嫌そうな眼で見られたり、といいこともない。

 毎回弥生との任務に付き合い、その度にフォローしてくれる二人の先輩にも、申し訳なかった。

 気づけば弥生の頬を涙が伝っていた。

 

「……泣いたからって、今の状態がどうにかなるわけじゃないのに」

 

 すぐに泣いてしまう自分が、弥生は嫌いでたまらなかった。

 どうでもいいことでもすぐに涙が出てきてしまうのだ。なんとも、情けない。

 我慢しなければ。そう思っていても意思とは関係なく流れる雫。

 感情のコントロールが上手くできない自分が、弥生は大嫌いだった。

 

 

『泣かないで、弥生』

 

 誇らしげに神機を見ていた過去の自分が消え、一気に真っ暗になった。

 恐怖さえ感じる黒の空間に響く、暖かい声に弥生は驚きながらも耳を傾ける。

 暖かい、懐かしさを感じさせる知らない声。矛盾した説明であるが、弥生はこれが正しいと思えた。

 

「誰? あなた、誰なの……?」

 

 弥生は恐る恐る尋ねる。

 怖い人だったらどうしよう。そんな感情がありありと見られる。

 

『……君の知ってる、知らない人だよ』

 

 それは弥生も感じていた、矛盾している正しい答えだった。

 

「わ、訳分かりません! 日本語でお願いします!」

 

『んー、日本語で喋ってるはずなんだけどなあ』

 

 困ったように笑う誰かに弥生も困り果ててしまう。

 知っているはずの知らない人は弥生を困らせたことに慌てる。

 弥生もまた誰かを困らせたことに慌てる。案外似ている二人であるようだ。

 

「私はあなたを知っているんですか?」

 

『うん。今は隠れちゃってるだけだけど、きっと思い出せるよ。弥生だもん』

 

「あなたを忘れちゃってるのも私なんですけどね……」

 

 どうやら誰かさんはマイペースらしい。

 弥生はすっかり誰かさんのペースに乗せられて困惑している。

 ふ、と弥生の周りにいくつものディスプレイが浮かび上がった。

 しかしそれらはすべて布に覆われて隠されており、映像を見ることは叶わない。

 それが誰かさんとの記憶であるのだな、と弥生はぼんやりと思う。

 

『弥生は忘れちゃったわけじゃないよ。だから、安心して』

 

「でも、現に私はあなたを覚えていないです」

 

『隠されちゃってるだけ。時が来れば、こんな布切れきっと吹き飛ぶ』

 

「ふ、吹き飛ぶって……」

 

『弥生なら盛大に吹っ飛ばしてくれるんだろうなあ』

 

 わくわくしている誰かさんにおいていかれる弥生。

 無邪気なその声に呆れ返っているとひとつのディスプレイから布が取れ、映像を映し出す。

 忘れてしまった、それでも記憶の片隅で微かに覚えていた誰かさんとの記憶。

 

「これは……」

 

『これは覚えてたんだ? 弥生らしいねえ』

 

 誰かさんを目の前にして泣きじゃくっている弥生がいる。

 誰かさんの姿は完全にぼやけてしまって確認することができないのが残念で仕方なかった。

 泣くことをやめない弥生を必死に宥める誰かさんはとても困っている。

 

『……弥生がいい子にしていたらまた会えるよ』

 

『本当? また会えるの? お別れじゃないの?』

 

『弥生がいい子にしてたらね、神様がお願い事叶えてくれるよ』

 

『神様が……?』

 

『ちゃんと行動で示さないと、神様は気づいてくれないから』

 

 誰かさんの様子を見るにそれは苦し紛れの一言だったのだろう。

 それでも幼い弥生はそれを信じた。だからこそ弥生はその言葉を覚え続けている。

 ようやく泣き止んで笑顔を見せたところで映像は途切れてしまった。

 それを合図にしたように周りのディスプレイも消えていった。

 

「誰かさん。あの、」

 

『ストップ。……その先は、また会ってからにしてほしいな』

 

「分かり、ました」

 

『ん。弥生は、いい子だね』

 

 暗かった空間が急に明るく光り輝く。

 白い光は弥生を包み込み、その意識を奪っていく。

 それが夢から覚める合図であろうことは弥生にも察することができた。

 それと同時に目が覚めたとき、自分はこの出来事を覚えていることができるのかと不安にもなっていた。

 

 

――――――――――

 

 

 このところ籠っているというのは、事実だったのか。

 訓練場に入ってすぐに見えた光景に少し後悔した。

 というよりも、先客がいるなら伝えてくれたらいいだろうに……。

 ニヤニヤしながら俺に意味ありげな視線を送ってきた男性職員を恨む。

 

「弥生」

 

「えっ? あ、ソロさ……わぶっ!?」

 

「馬鹿、余所見をするな」

 

「話しかけてきたのソロさんですよね!?」

 

 声をかけると先客である弥生が振り返り、そのせいで見事にオウガテイルからアイアンテールをお見舞いされていた。別に返事をもらいたかったわけじゃないんだが。

 持っていた神機を銃形態に変えるとオウガテイルに向かって射撃する。既にそれなりのダメージが蓄積されていたらしくたいした手間ではなかった。

 消えていく訓練用ターゲットを横目で見てから弥生を見ると座り込んでいた。

 

「鍛錬とは頭が下がるが、無理をしてまでやるものではないぞ」

 

「私は無理なんてしてませんよ」

 

「している。睡眠時間でも削っているのか? 隈ができているぞ」

 

「えっ?」

 

 慌てて自らの目元を手で擦る弥生。

 隈と言うのは擦ったら消えるものではないのだが……。

 

「嘘だ」

 

「ひ、酷いです!」

 

 ここまで素直だと誘導もしやすくていいな。

 訓練をしようと思っていたが、仕方がない。しばらくこいつの話し相手になってやるか。

 悩みの相談なんかは夏のほうが得意だから俺ごときが勤まるかどうかは分からんがな。

 話を聞くくらいならできるだろう。

 

「どうした、お前らしくもない」

 

「逆に私らしさって何なんですか」

 

「ドジ」

 

「……ソロさんに期待した私が馬鹿でした」

 

 何を期待していたって言うんだ、おかしなやつめ。

 だが弥生が弱っているのは確かだな。いつもなら夏ほどのツッコミをしてくれるのに。

 なんだかツッコミの度合いで元気具合を確認するのもおかしい気がするが、普段のこいつを見ているとそれくらいしか判断基準がないからな。

 

「あ、お菓子が上手く作れなかった、とかか?」

 

「私の悩み小さくないですか!? 違いますー!」

 

 違うのか。お菓子作りが好きだと聞いていたから正解だと思っていたんだがな。

 ……む、そうか。確かにお菓子作りならここに籠る理由がないな。うっかりしていた。

 

「とりあえず、チョコレートでもどうだ?」

 

「何でチョコレート……?」

 

 疑問に思いながらも受け取ってくれるところは弥生が良い奴だと分かるな。

 疲れ切っている身体を酷使したところで得られるものはない。

 十分な休息も鍛錬には欠かせないのだ。俺にとってチョコレートは休息の一部だ。

 

「無理をするな。休むのも大切なことだ」

 

「私、一刻も早く先輩たちの力になりたいんです!」

 

「焦ったところで現状が劇的に変わることはない」

 

「でも……!」

 

「落ち着け」

 

 脳天にチョップをかませば弥生は丸くなってしまった。

 む、それほど力を入れたつもりはなかったのだが……。夏はこれくらい普通に耐えるし。

 いや待て、夏が頑丈過ぎるという可能性もあるぞ。そもそも弥生は女子だ。

 

「すまん」

 

「女の子を叩いて謝罪がそれだけですか!?」

 

「ごめん、申し訳ありません、お許しください。……どれが望みだ?」

 

「“それだけ”ってそういう意味じゃないです!!」

 

 違うのか。よく分からないな。

 弥生の反応がよく分からず首を傾げると、弥生はおかしそうに笑い始めた。

 

「やっと笑ったな」

 

「えっ……」

 

「お前は馬鹿みたいに笑っていればいい。その方がお似合いだ」

 

「あれ!? なんか褒められてる気がしない! むしろ貶されてる気がする!!」

 

 弥生には日本語が伝わらないのか?

 俺らしくはないがきちんと褒めているというのに、酷い奴だ。

 しかし、弥生は笑っていたほうが可愛らしいな。

 やはりチョコレート様は偉大だな……! あっという間に人を笑顔にしてくれる。

 

「お前は努力しろ。そうすればきっと強くなれる」

 

「でも、私は今皆さんの役に立ちたくて……」

 

「出来ることが限られているなら、無理に範囲を広げることも無い。今できることをしろ」

 

「……ソロさん……」

 

「お前は料理をするのだろう? 最初から凝った料理を作れたか? 違うだろう」

 

 弥生は素直ないい子だ。

 きちんと話せばこちらの真意にもちゃんと気づいてくれる。

 だからこそ先程の憂いた表情から笑顔に変え、俺に頷いてみせる。

 

「幽霊さんとやらとは交信しないのか?」

 

「幽霊? 交信? ……ああ、あの噂ですか」

 

「やはり嘘か。非現実も甚だしいからな」

 

 弥生が虚空の誰かと話していることはアナグラ内では既に有名だ。

 以前、リーダーも虚空の誰かと話していたが、それにはきちんと理由があった。

 だがどうやら弥生のはリーダーとはまた別物であるらしい。

 

「私、幽霊とお話なんてしてません」

 

「だろうな。霊感があるようにも見えない」

 

「……私も気づかないうちに、誰かにお話を振っちゃうんですよ」

 

 無意識に話を振るとは、驚いたものだ。

 つまり弥生にとって傍にいた誰かがそこにはいるということか?

 ……やはり弥生は幽霊と交信しているのではなかろうか。

 

「忘れた誰かでもいるんじゃないか」

 

「忘れちゃった誰かさん……そうかもしれません」

 

「それならゆっくり考えておけ。お前は急に答えを出せるタイプには見えない」

 

「酷いです」

 

 遅いのは別に悪いことであるとは思わない。

 考えることはそれだけ人の様々なものをもたらしてくれるからな。

 何も早いことばかりが良いことであるというわけではない。

 

「まあ、頑張れということだ」

 

 ぽんぽんと弥生の頭に手をやってから俺は自分の神機を持って立ち上がり、出口へ向かう。

 今日は鍛錬ではなく、フリーの任務でもして過ごそう……。

 

「あ、行っちゃうんですか?」

 

「ああ、任務をいくつか見繕ってもらおうと思う」

 

「私も連れて行ってください!」

 

「……は? お前は今は休む時だと……」

 

「今休みました! なのでお願いします」

 

 何と言う屁理屈……。面倒なやつに捕まってしまったようだ。

 断ろうとして、リーダーに似た瞳を見てしまいたじろぐ。これは逃げられそうにないぞ……。

 

「分かった。だが無理をするようなら足手まといだ、すぐに撤退しろ」

 

「はいっ、ありがとうございます!」

 

 なんで嬉しそうにしているんだろうか。俺には分かりそうにない。



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*07、未来のための話をしよう

少し先の、近いようで遠いいつかのためのお話。


 平穏。

 それは誰しもが望むものである、と俺は信じている。

 断言ができないのは、歴史上、戦乱を好む者やそれ以外のものを第一としてきた者がいるからだ。

 だが少なくとも俺は一番大事であると考えている。

 

「あ、そうだ。あたし、明日元の支部に帰るから」

 

「……はい?」

 

 だから束の間の平穏が崩れるなんて、ちっとも予想しちゃいなかったんだ。

 なんでもないことのように言ってのけた女性、メリーは少し冷めたコーヒーを一気飲みする。

 空になったカップを机に戻しながらこちらを窺ったメリーはきょとんとしている。

 

「何、どうしたの?」

 

「い、いや……。随分いきなり言ってくれるなあ、と」

 

「いいじゃないの。墓参りとか、いろいろよ」

 

「いろいろって、そんな大雑把な」

 

「向こうの新型の育成とかね……。戻ってからも目的増えるかもだし、いろいろってこと」

 

 こっちはだいぶ落ち着いたから。そう告げたメリーはいつもと同じだ。

 確かにリンドウさんの件、そしてメリーもどきの件が片付いてから数ヶ月は経過している。

 弥生も最初の頃と比べれば幾分かマシになっているのも事実だ。

 しかし俺としてはメリーには極東から離れてほしくはないのだ。

 

「おいおい、今ちょっと極東大変そうだろ。落ち着いてなんかないじゃないか」

 

「ここの人たちなら大丈夫でしょ。みんなちょっとやそっとじゃへこたれないわ」

 

 今、極東は少しずつではあるが本来の形から変わろうとしている。

 そもそもトップが変わったのだから下の者が影響を受けるのは当然だ。

 それ以前に第一部隊も少しずつ別の方向へと目を向け始めている。

 それぞれが何を考えているかなんて、俺にはわからないけれど。

 みんなよりよい未来へと目を向けて歩き始めているのだ。

 

「アリサだって、里帰りしたじゃない。あたしだって許されるはずよ」

 

「そう、だけどさ」

 

 アリサはつい先日、ロシア支部へと発った。

 両親の墓参りや向こうでの新型が云々……、まあ大変だってことだな。

 でもここでアリサを引き合いに出してくることはないだろ。

 あ、ちなみにゼルダはアリサがいなくなって泣きそうだった。

 ソロは清々としてたっぽいけどな。何かと引きずり回されていたし。

 

「なあに? あたしが傍にいなくて寂しいの?」

 

「そんなこと思ってないし!」

 

「はいはい、泣き虫夏君はしょうがないわねえ」

 

「ちくしょう、すごいムカつく」

 

 態とらしく笑ってみせるメリーの笑顔がちょっとウザったい。

 まあ、本音を言えばメリーの言う通りでもある。

 ここしばらく、俺たちはパートナーとして一応やってきたんだ。

 いつも隣にいたはずのメリーが去ってしまうのは、不本意ながら寂しいと思えた。

 

「大丈夫よ。何も向こうにずっといることはないわ」

 

「そうなのか?」

 

「ええ。あたしが好きなのは、こっちだから」

 

「そっか……」

 

「戻ってこれないなら支部長脅してでも戻ってくるわ」

 

「何言ってんだやめろ!?」

 

 良くないことを企んでいるかのような笑い方。

 女性らしくないけれど、それがメリーなんだろうな、と思う。

 メリーはメリーだからな。性別なんてメリーを括っている一つの枠に過ぎない。

 ぶっちゃけこいつはほとんど男みたいなもんだし。

 

「あ、そうそう。一条も戻るそうよ」

 

「え? 一条さんも?」

 

「一条、あたしの監視役だったんですって。ま、そりゃそうよねえ」

 

 一条さんが話題に上がるとは思っていなかったのでちょっとびっくりだ。

 監視、か。恐らくメリーの神機についてのことだろうな。

 メリーの神機は特殊なものである。見張り役でもいないと上は不安だろうな。

 もし暴走でも起こしたりなんかしたらたまったもんじゃないだろうし。

 

「一条が進言してくれてね、もう監視の必要はないだろうって」

 

「へえ、一条さんが……」

 

「だから監視役の任も解かれたんだけど、一応支部に戻るところまでは一緒みたい」

 

 つまり一条さんは向こうの支部にとどまるということだろうか。

 極東の賑やかし要因がまた一人いなくなるんだなと思うとまた寂しくなる。

 仕方ないことだって、俺はわかっているはずなんだけどな。

 

「あとね、一条、また研究やるかもって」

 

「医者なのに?」

 

「やる気が出たそうよ。丁度よく本部のほうでプロジェクトが立ち上がるみたいだし」

 

「じゃあ一条さんは本部のほうに行くのか?」

 

「たぶんね。大きな企画らしくって、頑張るー、って意気込んでたわ」

 

 一条さんが研究者として活動しているところを俺は想像できそうにないんだけど。

 研究者って白衣着てるイメージしかない。今も一条さん着てるけど。

 ……ということは外見的なイメージは何も変わらないんだな。

 

「何辛気臭い面してんのよ。しゃきっとしなさい、しゃきっと」

 

「はいはい、分かりましたよー」

 

 メリーは言いたいことを言い終わったのか、自室へと戻っていった。

 なんでも支度をしなくちゃいけないんだそうだ。

 殺風景なあの部屋なら支度なんて三十分もあれば終わりそうだけどな。

 

「そうかあ、メリー、行っちゃうのかあ」

 

 なんとなくぽっかり空いた心の穴が、虚しかった。

 

 

――――――――――

 

 

 翌日、ヘリポートにて。

 ついさっき元の支部へと戻るためにメリーと一条さんは各々の荷物を運び込んだ。

 メリーも一条さんも随分と荷物が少ないのが気になったけどな。

 ただ一条さんはやはりこっちに戻る気がないのか、メリーよりは荷物が多い。

 

「夏くんともお別れですかあ。寂しいですね」

 

「俺も寂しいですよ」

 

「弥生、しっかりやんなさいよ」

 

「はいっ、メリー隊長も頑張ってください!」

 

 見送りにこれたのは俺と弥生だけだ。

 他の人はバタバタと忙しそうだったからな、仕方がない。

 弥生も俺と同じく昨日にこの話を聞いただろうに、カノンとクッキーを作ったようだ。

 可愛らしくラッピングされた二つの袋をそれぞれに渡していた。

 当のカノンは依頼にアサインされてしまったらしくこの場にはいない。

 

「考えたら、弥生さんとカノンさんのお菓子も、これが最後なんですね」

 

「最後なんて言わないでください! また会いましょう?」

 

「……その可能性を果たせる可能性はかなり低そうですけどね」

 

「えっ?」

 

「私はもう、この極東支部に戻ってくる気はないんですよ」

 

「そんな……」

 

「でもここでの生活はとても充実していました。本当に、ありがとうございました」

 

 弥生はじわりとその丸い瞳に涙をにじませる。

 慌てて一条さんが取り出したハンカチでそれを拭うが、拭いきれなかった涙が零れ落ちる。

 まさかそんな反応をされるとは夢にも思っていなかったんだろう。

 おろおろと慌てる一条さんは父親みたいだ。

 

「ど、どうして泣くんですか……?」

 

「だって、一条さんとまた会えないなんて、悲しすぎます……」

 

「困りましたね……。私は、弥生さんの笑った顔を最後に見たいんですけれど」

 

 弥生の一条さんに対する懐き方は見ているこっちが微笑ましいほどだった。

 まるで父親のように慕い、毎日話題を持ってくる弥生のことを一条さんも大切に思っていたはずだ。

 弥生は服の袖で強引にごしごしと涙を拭うと、にっこりと笑った。

 

「絶対、また会いましょう。……お元気で」

 

 それだけ言うと、弥生は走ってヘリポートから去ってしまった。

 辛かったんだろうな、と思うのと同時に後で宥めないと、とも考える。

 一条さんも悲しそうに弥生の背中を見てから、俺のほうに少し会釈してヘリに乗り込んだ。

 今はそっとしておいて上げるべき、かな。大切そうにお菓子の袋を両手で包んでいた一条さんを見て、俺は何も言わなかった。

 

「それじゃ、夏、またね。後のこと、よろしく」

 

「煩い。勝手に仕事放りやがって、帰ってきたら覚悟しとけ」

 

「あははっ! ぜんぜん怖くないわよーだ」

 

 実はメリー、第四部隊の隊長としての仕事を完全に丸投げしてきた。

 俺は副隊長から繰り上がりのような形で第四部隊隊長となった。

 そうは言っても、俺は代理だ。きちんと然るべき人が来た場合、俺は譲る予定である。

 俺に隊長なんてたいそうなものが務まるとは思えないしなー?

 俺は影から誰からを支えてやることのほうが得意なんだ。

 

「……あたし、絶対極東に戻ってくるから、死なないでよね?」

 

「俺はお前に鍛えられたんだ、死にはしないさ。メリーも元気でな」

 

「勿論。あたしを誰だと思ってんのよ」

 

 ニヤッと笑みを浮かべて、メリーは踵を返しヘリに乗り込んでいった。

 閉じた扉、小さな窓からメリーのものと思われる手がこちらに振られる。

 俺も見えていないんだろうと思いながら、同じように手を振る。

 そうして、ヘリが小さくなって見えなくなるまで、俺はずっとそうしていた。

 

 

――――――――――

 

 

 昨日も今日も明日も。きっと変わることのないはずの日常。

 だけどもそれはとても脆くて、儚くて。だから俺は日々を大切にしなければいけない。

 

「夏さーん! 任務行きませんかー?」

 

「おう、いいけど……。相手は?」

 

「セクメトとハガンコンゴウですね」

 

「俺なんだかお腹の調子が悪いなー」

 

 笑顔で依頼書を見せてきたゼルダに背を向けて、お腹を押さえながら後にしようとする。

 それなのに俺の腕をつかんでぐいっと引っ張り戻したのは、弥生だ。

 

「もうっ、何言ってるんですか! 行きましょうよ、隊長代理!」

 

「だからそれやめてってば! 面白がってるよね!?」

 

 弥生が素直から悪戯っ子にジョブチェンジして俺は悲しいです。

 昼ご飯を共にした弥生に仮病は通用しなかったらしい。強制連行ですね分かります。

 仕方なく依頼書のメンバーの欄に自分の名前と弥生の名前を書き込む。

 既にゼルダの名前とソロの名前が書き込まれているから、このメンバーか。

 

「お。ソロとの依頼は久しぶりかもな?」

 

「そうだな」

 

「うおうっ!? お前、いつから俺の後ろに!?」

 

「今だ」

 

 態々気配を消して俺に近づく意味が分からん。

 こいつは俺を暗殺する気があるのだろうか……、とくだらないことを考えてみる。

 ちょっとした現実逃避だ。セクメトさん大嫌い。

 

「新型三人の中に旧型一人の気分はどうだ?」

 

「接近戦を頑張ろうと思います」

 

「そうか」

 

「ジョークを投げたんならちょっとは反応返せよ!? 言葉のキャッチボールは!?」

 

「お前のボールはあらぬ方向に飛んでいったぞ」

 

「酷い! そんなことないだろ!?」

 

 まったく、ソロはもう少しノリがよくなってもいいと思う。

 そんなんだから友達増えないんだよー。……はい、ごめんなさい。

 俺が落ち込んでいるとゼルダが肩にそっと手を置いた。やめて、虚しい。

 

「あっ、ゼルダさん! もうすぐ時間ですよ!」

 

「え? あ、本当ですね」

 

「もうそんな時間か」

 

「それなら早く行こう。それで早く帰ってきてご飯食べるぞー!」

 

「夏さん、さっき食べたばっかりですよー」

 

「食いしん坊ですねえ」

 

「食い意地張ってると太るぞ」

 

 同僚が厳しい。

 ……こんな職場だけど、これからもめげずに頑張って生きたいです。

 切実に、生きたいです。絶対死なないんだからな!

 

「よっし、今日もお仕事頑張るぞ!」




番外編はここで一旦切ります。
次回、キャラ紹介を投稿してからGE2編に入る予定です。

これからもよろしくお願いいたします。


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GOD EATER2~旧型神機使いの成長~
70、キャラクター紹介 ※更新(3月12日)


三年後の彼らの説明。
変わった者もいれば相変わらずの者も。
人は皆、違うから面白い。


今回、友人の片岡さんの提供で挿し絵が入っております。
後々私の拙い絵でも上げていく予定です。
尚、彼らの容姿を見たい! という方は「プライベッター」で私のアカウントを探していただければゲームの写真を掲載していますのでそちらをどうぞ。
見つからない場合はTwitterのほうで直接言ってくださればお見せします。


~追記~

・夏の挿絵(片岡さん作)を追加しました。

・修正報告、ゼルダの身長を変更しました。(11月30日)

・それぞれのゲーム内での神機、衣服を追加(3月12日)


日出(ひので) (なつ) (21)

極東支部第四部隊に所属。

現在は副隊長の立場についている。

後輩からは接しやすい人物として慕われており、夏自身も後輩たちの悩み解決のために動くことがあるようだ。

第四部隊の癖のあるメンバーに翻弄されつつも神機使い歴四年目として頑張っている。

三年前と比べればだいぶ落ち着いているがツッコミ役としての立場は健在であるようだ。

時々喧騒を避けたりすることがある。

 

身 長:168cm

誕生日:3月1日

誕生花:ハハコグサ「いつも思う」

 

神機:ショートブレード(第一世代)

 

固有スキル:自己犠牲・ヴェノム小

 

衣服:ジャンティシャーク上・北辰高等学校制服下

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

服装は私服か何か。

 

 

 

○メリー・バーテン (21)

極東支部第四部隊に所属。

クレイドルへの所属の誘いがくるも断り、今でも第四部隊にいる。しかし夏とのパートナー関係は解消されており、現在は単騎で高難易度任務に赴くことのほうが多いようだ。

夏と同じく三年前と比べればおとなしくなったほうであるが、夏に言わせれば「今でもドS」であるそうだ。

成人してからはお酒を嗜み、しかもかなりの酒豪。フェンリルマークが彫られたスキットル(酒を入れて持ち歩く水筒のようなもの)を愛用している。

外部居住区にとある用事で週二回ほど赴いている。

 

最近になって無茶な戦い方が目立つため同行者は注意されたし。

 

身 長:164cm

誕生日:12月30日

誕生花:クリスマスローズ「明日の幸福」

 

神機:ロングブレード・ブラスト(第二世代)

 

固有スキル:特殊バースト(オリジナル)

 

衣服:スイーパーノワール上・スイーパーノワール下

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

※リボンの色は黒です。

 

 

 

白神(しらかみ) ゼルダ (21)

極東支部独立支援部隊クレイドル所属。

第一部隊隊長としての仕事を藤木 コウタに引き継ぎ、クレイドルとして第一線で活動中。現在はクレイドルの任務のために極東支部にはいないようだ。

雨宮 リンドウの影響か煙草を嗜んでいる。またお酒には酷く弱い模様。

 

身 長:172cm

誕生日:11月4日

誕生花:ハマギク「逆境に立ち向かう」

 

神機:バスターブレード・ブラスト/スナイパー(第二世代)

 

固有スキル:カリスマ

 

衣服:クラウドブルゾン・クラウドパンツ

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

○ソロ・ワイバーン (21)

極東支部第一部隊・独立支援部隊クレイドル所属。

第一部隊副隊長としてコウタを支えている。クレイドルのほうに異動したソーマたちの穴埋めをするかのように懸命に動いている。

クレイドル所属となっているが、クレイドルとしての活動は主に書類での仕事が多いようだ。

三年前よりも少し人当たりがよくなり、自ら他人と打ち解けようとするなど努力している様子。しかし空回りも多く、当人も気づかないうちに見当違いな勘違いをしていたなどということがあるらしい

チョコレート好きは健在であるようだ。

 

身 長:179cm

誕生日:1月31日

誕生花:シロタエギク「あなたを支える」

 

神機:ロングブレード・アサルト(第二世代)

 

固有スキル:器用

 

衣服:墨ノカザネ上・クリムゾンサタン下

 

 

 

九城(くじょう) 弥生(やよい) (19)

極東支部第四部隊所属。

神機使い歴三年であるがそれでもやはり運で生きている面があり、本人はそれが不満であるようだ。そのために訓練場に篭りきりになることがある。

料理が得意で、その中でも特にお菓子作りが得意。元第二部隊所属である台場 カノンが同じ部隊の所属となったときに一番喜んだのは彼女である。

前述の通り、お菓子作りで意気投合したカノンととても仲がよい。

十九になるも元気いっぱいな様子が微笑ましいが、瞳のハイライトがないことが気がかり。

最近になってぼんやりと幼少期の頃を思い出すことがあるようだ。

 

身 長:153cm

誕生日:9月21日

誕生花:クズ「芯の強さ」

 

神機:バスターブレード・ブラスト(第二世代)

 

固有スキル:レアものの女神

 

衣服:デコアタレット上・トロピカルライン下

 

 

 

一条(いちじょう) (45)

フェンリル局地化技術開発局移動要塞フライアにて、レア博士と共に有人神機兵の研究をしていた。

神機兵の試験機に搭乗しフィールドワークをしていたところ正体不明のアラガミと遭遇。試験機のコックピットは開かれており、一条は応援要請後耐えきれずに逃亡したと見られる。

試験機から離れた廃ビルにて一条が身に着けていたと思われる血に染まった白衣の布切れが発見されたため、KIAと判断され捜索を打ち切られた。

 

身 長:170cm

誕生日:6月15日

誕生花:タチアオイ「大きな志」

 

 

 

 

 

~ゴッドイーターチルドレン~

親に神機使いを持ち、生まれながらに一定の偏食因子を宿している人のこと。

ゴッドイーターチルドレンが神機使いになると偏食因子の濃度が濃いため不安定となり、定期的なメディカルチェックが必要となるらしい。

現在、極東支部が管理しているゴッドイーターチルドレンの神機使いは以下の三名。

 

 

・白神 ゼルダ

元第一部隊隊長、現クレイドル隊員である白神 ゼルダは神機の適合率が高く、その功績を以て才能を見せている。これがゴッドイーターチルドレンによるものか本人の元からの才能であるかは未だ判別がつかない。

しかし現在の彼女を見るに元の偏食因子の持ち主である白神 明人の実力を遥かに凌ぐ活躍を見せていることは明らかであろう。

 

・メリー・バーテン

前述した白神 ゼルダ同様神機の適合率が高い。

元よりオリジナリティの高い世界で一つの神機に適合・制御することができたのは、ゴッドイーターチルドレンによるものであると推測される。

(尚、彼女の神機については秘匿とする)

 

・日出 夏

神機の適合率は平均よりも高いとされるが先に述べた二人ほどでもなく、ゴッドイーターチルドレンではないが適合率の高い台場 カノンの適合率よりも下である。

今のところこれといった活躍も見られないが時折大胆な行動を起こす場面もある。

彼については今後の動向を注意深く見守る必要があると判断する。

 

 

未だ未知数な点も多く危険視する声も上がっているが、ゴッドイーターチルドレンが今後激化するであろうアラガミとの交戦においてどのような切り札となるのかも慎重に観察する必要がある。

(尚、この情報については外部への持ち出しを禁ずる)



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71、三年後、それぞれの始まり

しばらく別の人のターンも混じってくるんじゃよ。


「お、お腹減った……」

 

 ぐるる、と腹の虫が殺風景な場所に響いた。

 ごろりと赤茶色の土の上に寝転がった左耳のない男は今にも死んでしまうのではないか、と疑いたくなるくらい元気がない。

 男は別に断食をしているわけではない。むしろ一般的な成人男性よりもよく食べている方であると言えよう。それでも男は飢えを訴え続けていた。

 

「満たされないとか、あーりーえーなーいー! 俺はまだ死ねないよー!」

 

 ぎゃあぎゃあと喚く男は、ぱたりと動きを止めた。息を引き取ったわけではなく、こんなことをしては余計にエネルギーを消費して逆効果だと気づいたからだ。

 食料を探しに行く元気もなく、男は仰向けに寝転んだままぼんやりと時を過ごす。

 

「いたっ」

 

 空から一滴、滴が降ってきて男の目に入る。パチパチと瞬きをして、男は目を閉じた。

 降り注ぐ、普通でない赤色をした雨。まるで血のようで不気味なそれを男は甘んじて受けた。たとえ、それが巷で噂される黒蛛病の原因だとしても。

 むしろ男は飢えを少しでも満たすために口を開いてそれを飲み始めた。もし男の側に誰かいたのなら「自殺行為であるからやめたほうがいい」と忠告しただろう。

 だが男とて黒蛛病については知っていた。知っていても、それよりも飢餓を如何にして満たすことが今の男にとっての最優先事項なのだ。

 

「やっぱり雨は不味いなあ。ご飯……美味しいご飯……」

 

 切な気に呟いた男の周りをオウガテイルが囲った。その数、四体。

 男の様子を窺い、少しずつ距離を詰めるオウガテイルは捕喰者の名にに相応しい。

 

 

「――はあ、お腹減ったあ」

 

 だが、残念ながら相手が悪かった。数秒後にはオウガテイルは全滅しており、男はそのコアを貪っていた。なりふり構わず、と言った感じで必死に喰らいつく。

 四体のコアを喰らっても、男の飢餓はおさまらない。それでも行動できる程度には回復したらしい。面倒そうに「よいしょっ……と」と声を出して立ち上がり、辺りを見回す。

 

「なーんにもない。なんでここ来たんだろ。もっとご飯あるとこ来ればよかった……ん?」

 

 何かを見つけたのか、男はじいっと目を凝らす。

 その先にあったのは移動要塞……通称フライアが進行中であった。

 移動中のフライアをぼんやりと見つめ、男の口元が歪む。

 

「そっか。俺は、あの子たちを追いかけてたんだっけ」

 

 思い出した思い出した、と頭をコツンと男は叩いてみせる。

 それからまだ満たされていないらしいお腹を擦りながら男はフライアを追って歩き出す。

 ふらふらと今にも死にそうな足取りだが、その瞳には狂気が宿っている。

 

「神機兵……ブラッド……。ふふっ、どっちも美味しいんだろうなあ……」

 

 口の端の涎を拭った男はそう遠くないであろう会合の日を想って表情を緩ませた。

 

 

――――――――――

 

 

 過労で死にそう。主に同僚のせいで。

 どうも、夏です。あれから三年経ちました。え、早い? そんなこと言われても。

 第一部隊の主だった人はクレイドルに移行したり、ラウンジができたり……、とこの三年の間に極東支部もだいぶ様変わりしました。

 そうそう、防衛班も再編成されてな。カノンが同じ第四部隊所属になったんだよ。あと、他の支部から変態上司が来ました。本格的に上は俺を殺すつもりらしい。

 

「っとお! あっぶねえ!」

 

「射線上に入るなって、私いつも言ってるわよねえ!?」

 

「聞いてるから避けてんだろ!? カノンももう少し俺のこと考えてよ!」

 

「ほらっ、次行くわよ!」

 

「聞いて下さいカノンさあん!!」

 

 最近はカノンとペアを組むことが多いんだよね。

 確かに俺は誰かさんのスパルタ指導の甲斐あって危険には人一倍敏感だけどさ?

 ……まあ気にするまい。カノンだって日々頑張ってるわけだし、俺が避ければ問題ない。

 

「よし、今日の依頼は終わり、っと……」

 

「私、今日は誤射が少なかった気がします!」

 

「その調子で頑張ってね」

 

 三年前と比べ長くなった髪は後ろで結わえられ嬉しそうにふりふりと揺れていた。本人がこうやって嬉しそうにしているところを見ると、あんまりきついことも言えないよな。何もしていないわけじゃないし。

 そう思いながら手の甲で汗を拭っていると、通信が入った。件の上司、真壁ハルオミさん……通称ハルさんからだ。ハルさんは弥生と組んでいたはずだけど、向こうのほうも討伐終わったのかな。カノンに周囲警戒の指示を出して通信に出る。

 

「ハルさん? そっちは終わったんですか」

 

 さっきから変態上司とかボロクソ言ってるけど神機使い歴は結構長いんだよな。戦場では本当に助けられるし頼りになる人……なんだけどね。まあ少し変わった人って言うか……なんていうか。人生の先輩と言うか、大人の余裕がふんだんに入っている人だ。

 

『おー、何の問題もなく、な。そっちはどうだー?』

 

「こっちもいつも通りって感じですね。弥生はどうです?」

 

『……相変わらずだな。今日も五回ほど転んだ』

 

「弥生……」

 

 あいつも一応三年目なのに、どうしたもんかなー?

 ため息を吐きながらも迎えのヘリが来る地点で合流の約束をして通信を切って、合流地点まで移動し始める。

 第四部隊は個性豊かな人が多くてちょっと困りものである。変態上司に誤射姫、ラッキーガールなんて個性強すぎる。

 

「っと、今度は電話か……」

 

「夏さん人気者ですねえ」

 

「うーん、どうなんだか。……あ、メリーからだ」

 

 一年前に極東支部に戻ってきたメリーも引き続き第四部隊に所属している。三年前と違うことと言えば、俺たちと別行動、つまり単騎での行動が多い。

 隊長の座もハルさんに押し付けて今は高難易度依頼を受けているらしい。あいつも自分から大変になる理由を作っちゃって。随分お人好しになったもんだ。

 

「んー、どうしたー?」

 

『今日、向こうで泊まることにしたからそっちよろしく』

 

「……あれ? 泊まるのって明日じゃなかったっけ」

 

『捕まっちゃったのよ。ごねられちゃったらもう勝てないわ』

 

「甘いなあ……。了解」

 

『神機の持ち出し許可は貰ってるから、応援が必要ならいつでも呼んで』

 

 メリーの言葉に返事をしようとすると向こうから騒がしい声が聞こえてきた。

 いつものことながらその人気っぷりに苦笑いしつつ電話をる。

 俺より人気者なのはメリーのほうってわけだな。

 

「メリーさん、何て言ってたんですか?」

 

「今日は泊まるってさ。三年前からは想像もできない人気っぷりだ」

 

「むしろ逃げていきそうですよね。私も今度、お菓子作って持っていこうかな?」

 

「そうするといいよ。カノンのお菓子は好評だからな」

 

 お菓子作りは現在でも健在である。

 俺たち極東支部に務める連中はみんな差し入れが楽しみだったりする。

 甘いものが疲れに良いって言うのは、本当なんだなあ。

 

「あ、ハルさん、お疲れ様です」

 

 考えているうちに、無事にハルさんと弥生に合流できた。

 鶯色の癖っ毛に焦げ茶の不敵な目。襟元などに金のメタリックの装飾がついた黒のジャケットは肘までまくられていて、下に着込んでいる虎柄のシャツがチラリと見える。情熱的な赤いズボンにはチェーンがついていて、足元は白いブーツでさっぱりとしていると思いきや内側には虎柄。……まあ、つまり、ハルさんはちょっとチャラいのだ。

 

「そっちもな。怪我はしてないか?」

 

「大丈夫です! 弥生ちゃんは……?」

 

「私は膝を擦りむいただけです!」

 

「……後で手当てしてやる」

 

 タイミングよくヘリの地点でハルさんたちと合流することが出来た。

 暫くして俺たちを回収しに来たヘリに乗り込み、俺たちはアナグラに帰還した。

 

 

――――――――――

 

 

 フェンリル極東支部。

 三年前に起こったエイジス事件、そして激戦区として世界に知られている場所だ。ここ三年間の間は特に何も問題なく、いつも通りの日々が続いている。

 

 ただ、変わったことと言えば“赤い雨”と“感応種”の存在だろうな。

 赤い雨は突然起こるようになった謎の気象現象のことを指す。この雨に触れてしまうと“黒蛛病”っていう変な病気になっちゃうんだよな。

 今のところ治療法は発見されてなくて、サカキ博士も頑張ってる。

 

 感応種は新しく出現したアラガミの種類のことだ。

 詳しくは知らないけど、感応現象を使ってるアラガミのことを指すんだって。俺も前に一度だけエンカウントしたんだけど、神機使えなくて撤退したわ。

 感応現象の影響で使えなくなっちゃうんだって。面倒だよね。

 

「よお、ソロ。書類とにらめっこしてどうした?」

 

「ん……夏か。いつも通りだ」

 

「誤字チェックかよ……。しなくてもいいのに」

 

「暇だからな。これが終わればサカキ博士の書類整理だ」

 

「お前は本当に雑用ばっかりだな」

 

 俺の幼馴染は呆れるくらい雑用ばっかり請け負ってる。コウタと同じクレイドル服(前は閉められており、薄手の紺色の長袖が腕を隠している)をまとっているソロは、もう副隊長の職務を任されるほどの人物にまでなっていた。

 だがこいつ、他の連中が忙しくなったのに自分だけいつも通りだと思い込んで負い目を感じているらしい。自分から他の人がやらなさそうなことを探してるんだよな。物好きなこった。

 

「ま、身体壊さない程度に頑張れよ」

 

「俺が身体を壊すわけがない。そういう言葉はアリサにでもかけてやれ」

 

「……お前、段々とゼルダに似てきてないか? 俺は不安でならないぞ」

 

 頑張るのはいいけど、それで身体を壊されちゃ困るんだよな。友達としても同僚としても。あ、ゼルダだけど、大分前から極東支部にいない。クレイドルのお仕事でお出かけ中である。

 他にもクレイドルのメンバーではアリサ、ソーマ、リンドウさんが不在かな。みんな頑張ってるよね。

 

 てきぱきと書類の山を片付けてしまったソロはひょいとそれを抱えて去ろうとする。とと、手伝ってやんないと。さすがに量が多すぎるからな。ソロの顔が隠れてるくらいだし。

 

「半分手伝うぞ」

 

「非力なお前なぞお呼びでない」

 

「おまっ、ひっでえなあ……」

 

「冗談だ。……少し頼めるか?」

 

「任せとけ!」

 

 ソロから少し書類をとって抱え込む。むむっ、重いな! でも頼まれたからには頑張る!

 ソロと一緒にエレベーターに乗り込んで支部長室へと向かったのだった。

 

 

――――――――――

 

 

 き、きんちょーってやつを、僕は今、実感してます……!

 だってこれ怖いですって! 絶対アルコールパッチテスト程度じゃないです!

 どこの世の中に横になってアルコールパッチテストするやつがいるんですかー!?

 騙された。フェンリル訴えます。絶対訴えてやるんです。

 

『気を楽になさい……』

 

「できるかー! できませんってー! 何なのこれ怖いです帰らせてーーー!!」

 

 強制だってのは知ってますけど、怖いことはごめんですよー。僕は他にやりたいことがあるんですよ。……あ、でも移動要塞、でしたっけ。ふむ、移動できるなら早く見つけられるかも……ですかね? それにもしかしたら極東にも行けたりして。って、いやいやいや!

 僕、騙されない!

 

『あなたは既に選ばれてここにいるんですよ』

 

「選ばれたってなんです!? 僕はもう帰りたいんですよー! 帰らせてー!」

 

 腹を括らなきゃいけないって、分かってるんですケド。怖いものは仕方ないんですよ。怖くて涙が出ちゃう、だって男の子だもん! 男の子だって泣いてもいいじゃない!

 

『……これより、適合試験を執り行います』

 

 あっ、誰だか知らないけど、今この人僕のこと無視しましたねっ、無視しやがりましたねっ。酷いです。いたいけな男の子のSOSを無視するなんてありえないです! 断固抗議します!

 ……まあ、いいです。僕だって一応、覚悟を決めてここに来ているんです。もう大人しくしますよ。

 ええっと、どうやら僕はブラッドっていうのになるみたいです? 神機使いってことですよね、つまり。それはなんとなく分かっているんですけど……。

 

「あの、ギュルルって、ドリルみたいなの回ってるんですけど」

 

 なんですかあれ。何で回ってるんですか。回る意味は何処にあるんですか。本当に知りたい時に限って誰も答えてくれないんですね、無視なんて酷いです!!

 ぎゃあああ! 落ちてきた! 右手首! 僕の右手首! 痛い! 何なのすごい痛い! だってこれ間接的ですよね!? 腕輪に当たってるのに何で痛いんですかありえない!

 

「痛いいいい!! 痛い痛い痛い! 帰りたいよ帰らせてええええ!!」

 

 動いて! 僕の右腕動いて! 固定してるやつぶっ壊してでも動けええええ!

 思い切り右腕に力を入れて逃げ出すように引けば、案外簡単に自由になりました。力を入れ過ぎたせいで神機と一緒にベッドから落ちましたけど、この際気にしません。

 とにかくまだ右腕……というか手首ら辺が痛いのは問題です、大問題です。

 

「い・た・い! い・た・い!」

 

 ベシベシ右手首を叩きますけど、まったく痛みが緩和される様子が無いです。というか地味に腕輪が邪魔ですね……。仕方がないから手の甲を叩いてますよ。

 ……お。段々痛みが和らいできましたね。ふう、かなり焦っちゃったじゃないですかー。

 

「これが、神機、ですね」

 

 なんだ、軽いんですね……。というか、これって剣って言うより、槍ですね。

 僕が小さい時に外部居住区で見た神機使いは剣だったんですけど。進化でもしたんですかね。ま、なんでもいいです。これが僕の相棒に変わりはないんですからね。

 

「よろしくお願いします。僕の相棒」

 

 僕が神機使いになるなんて、思ってもいませんでしたけど。

 神機使いになった以上はとことん暴れ回ってやるんですから。

 “カミサマ”の好きになんて絶対にさせませんよ!



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72、出会いまでもう少し

名前は次話で出すんじゃよ。
……勘のいい方はなんとなく察してしまいそうですが。


 こんにちは、夏です。

 いやあ、とってもいい仕事日和でした。……うん、終わったよ、お仕事。

 仕事日和というか誤射日和というか。今日もすごい動いたね。

 

「どわっしょーい……。ムツミちゃーん、カレーライス大盛りでー……」

 

「夏さん、今日もお疲れですね。ちょっと待っててくださいね」

 

 ムツミちゃんのカレーライスが俺の唯一の癒しだよ……美味しいよ……。

 ぐだっとカウンター席で突っ伏しているとバシッと頭を叩かれた。メリーは今いないはずだけど。

 頭だけ振り返ってみると書類を持って呆れた表情をしたソロが立っていた。

 

「おう、ソロ。お前、依頼はいいのか?」

 

「今のところ緊急性のあるものはないな。そういうお前は、支度しなくていいのか?」

 

「ここで食事取ってからやる……」

 

 そうだ、サカキ博士のお願いでしばらくサテライトの周辺調査に行くんだった……。

 確か一週間くらいかかるんだっけ? それまでサテライトにお邪魔することになるんだよね。

 難しいことは分からないけど、とりあえずアラガミ出たら討伐ってやつだと思う。

 

 しかしサテライト計画はすごいよな。これで外部居住区外の人たちの住処が確保されるし。

 なんにせよちゃんと安全になるまでは俺たち神機使いが頑張らないといけないな。

 それにしてもこれに携わっているアリサもすごいよね……。大変そうだけど。

 

「さっさと荷造りしろ。お前のせいで遅れたりしたら仕方ないだろう」

 

「大丈夫。早食いは得意だぞ! ちゃんと味わっての早食いだぞ」

 

「……俺はツッコまないぞ」

 

「別にボケた覚えはないんだけど」

 

「そうか」

 

 頷かれても……。何を妙に納得しているのか分からないけど。

 ムツミちゃんに配膳してもらったカレーライスを一口。今日も美味しい。

 そんな俺の隣でソロはコーヒーを啜っていた。お、大人っぽい。

 あ、いや、俺たちはもうどっちも成人してるんだったか。

 最近ソロのほうが俺より年上に見えてしまう。そんなの昔からなんだけどね。

 

「そういえば、メリーとの約束はどうする気だ?」

 

 思い出したようにこちらに視線を送ってくるソロ。

 さっきも少し触れたが、現在メリーは極東支部にいないのだ。

 移動要塞のフライアってところに、第一部隊のエミールと応援に行ったんだ。

 そうなるとあの子たち寂しがるよな……。代わりに俺が行くわけにもいかないし。

 可哀想だけどしばらく我慢してもらうしかないよね。……とと、話が逸れた。

 

「……できるなら反故してもらいたい」

 

「酒を飲む約束くらいいいと思うが……」

 

「だってメリーのやつ、無理やり飲ませてくるんだもん」

 

「無理やり飲まされるお前もどうなんだ。お前、男だろう」

 

「あいつ強制力強いから」

 

 メリーは成人してから酒を飲むようになった。

 それだけならいいんだけど、お前の胃はザルかってくらいの酒豪だった。

 ちなみにメリーはリンドウさんとの酒飲み対決で引き分けた。あいつもう訳分かんない。

 メリーは配給ビールを何本だって飲めるけど俺はせいぜい五本で意識が終了だ。

 俺も酒は飲めなくはないけど、あんまり飲まないからほとんどメリー行きだ。

 

「ご馳走様ーっと。さて、荷造りせねば……」

 

「いってらっしゃい、だな。まあこっちは俺たちに任しておけ」

 

「第一部隊もエミールがいないけど、大丈夫なのか?」

 

「静かなのが寂しいくらいだ。気にするほどのことではない」

 

 そう言いながらコーヒーを飲み干したソロはチョコレートを食べ始めた。

 お前、どこからそれを取り出した……。なんてのは野暮な疑問なんだろうか。

 

「それじゃ、またな」

 

「ああ、気をつけてな」

 

「お前も無理しすぎるんじゃないぞー」

 

「無理をするほどの仕事量はない」

 

 果てしなく不安だ……。過労で倒れないといいけど。

 まあグダグダ説教しても俺が今の状況を変えることはできないんだろう。

 後ろ髪を引かれる思いがあったが、俺はラウンジを後にして自室へと戻った。

 必要なものはーっと……大してない気がするな。着替えを適当に詰めるか。

 

「さらば、冷やしカレードリンク……。お前ともしばしの別れだ」

 

 冷やしカレードリンクも持って行きたかったんだけど、ハルさんにやめとけって言われた。

 だから仕方なく部屋に備え付けの小さな冷蔵庫の中に封印しておくことにする。

 ちなみに俺の冷蔵庫の中には冷やしカレードリンクのほかにジャイアントトウモロコシがある。

 これもそろそろ賞味期限が危ないか……? でも今食べるのは、ちょっとな。

 さっきムツミちゃんのカレーライス食べちゃったからパンパンだよ。

 

「永遠の別れって訳でもないしな。死ななければの話だけど」

 

 俺としてはまだ死んでやる予定はこれっぽっちもないからな。

 いざとなればどんなに無様でも死から足掻いてやるさ。

 

 いろいろ考えた結果、そこまで荷物は必要ないだろうという結果になった。

 それでも着替えを入れたら旅行鞄一つ程度にはなったけど、これくらいならいいか。

 この前アリサの遠出の荷物見ちゃったから、随分少なく見える。……これが普通、だよな。

 

「今日も疲れたー!」

 

 ベッドに倒れこめば柔らかい布団が俺を歓迎してくれた。

 布団最高……。今度有給取れたら一日中眠っていたいなあ。

 もぞもぞと布団の中に潜り込むと、俺は意識を夢の中へと飛ばした。

 

 

――――――――――

 

 

「――ありがとうございます、ラケル博士」

 

「いいんですよ。私も、あなたの神機には興味があるから」

 

 フェンリル局地化技術開発局、移動要塞フライア。あたしが今いるのは、そこである。

 何でここにいるかって言うと、簡単に言えばあたしの神機の情報が欲しかったのよ。

 あたしは神機に詳しくないから、そういうのに詳しそうな人に見てもらうのが一番だと思ってね。

 あたしの大事な相棒だもの。ちゃんと理解してあげないと可哀想じゃない。

 

 それで、目の前にいる車いすに乗った女性。彼女こそ、今回あたしが会いたかった人。

 ここの副開発室長、ブラッドの創始者である彼女の名前はラケル・クラウディウス。

 人当たりのいい笑顔を浮かべてる彼女は、あたしにとってなんだか不気味に見えるわ。

 

「今までの戦闘データは用意したのだけれど……足りるかしら」

 

「後で拝見させていただきますわ。態々ごめんなさいね」

 

「あたしが不躾なお願いをしているんです。謝るのはむしろこっちです」

 

 とりあえず現在の戦闘データも渡したほうが良いかしらね。

 こっちで戦闘データを直接録ってもらって、それも参考にしてもらおうかしら。

 ここに来たのはそもそも応援だしね。アラガミ討伐のついでに、って感じで。

 

「そういえば、ブラッドの隊長さんに会いたいのだけれどどこにいるか分かりますか?」

 

「ジュリウスのことね。あの子なら今、庭園にいると思いますわ」

 

「庭園……?」

 

「あなたも行ってみるといいですわ。素敵なところですよ」

 

 庭に園って書いて、庭園よね? 別に間違ってないわよね?

 でもちょっと想像できないわね……。どんなところなのかしら。

 ラケル博士の言葉に内心首を傾げつつも、あたしは部屋を後にする。

 エレベーターに乗り込んで庭園があるらしい階のボタンを押して扉を閉めた。

 

「わあ……!?」

 

 再び扉が開かれた時、あたしの視界に入ったのは楽園だった。

 草花が咲き乱れ、暖かな日光が降り注ぎ、清らかな水のせせらぎが耳に心地よい。

 すごい。こんなに綺麗な場所、動画でしか見たことないわ。

 ふらふらと緑の中央まで歩いていき、ぼすっと仰向けに倒れ込む。

 こんなに素敵なところ、皆にも見せてあげたかったなあ……。

 

 

「――だ、大丈夫?」

 

「……えっ」

 

 ひょこっとあたしの視界に帽子を被った少年が入った。だ、誰!?

 というかもしかして、もしかしなくても、見られてた……? 油断した。

 そもそもジュリウスに会うために来たんだったわね! 人がいないとおかしいわね!

 

「ええと、あなたがジュリウス?」

 

「違うよ。俺はロミオ・レオーニって言うんだ。ジュリウスはあっち」

 

 ロミオの指した先、大きな木の下にいた男性がこちらに歩いてくる。

 へえ、随分整った顔してんのね。一瞬女性かと思っちゃったじゃない。

 でも身長高いとこがマイナスよ。上から見られるのはムカつくわ。

 

「初めまして。ジュリウス・ヴィスコンティと申します」

 

「こっちも初めましてね。メリー・バーテンよ。よろしく、二人とも」

 

 二人にはさっきのことは秘密にしてもらうようお願いしておく。

 一緒に来てるエミールにでも知れたら、あいつ極東で言いふらしかねないわ。

 あ、そうだ。後でここのお花で押し花でもひとつ作らせてもらいましょう。

 

 一先ずあたしたちはエレベーターに乗り込む。

 他のブラッドの人たちはロビーにいることが多いみたいだから、自己紹介しないとね。

 

「メリーさんは極東の方でしたか」

 

「ええ。もう一人、応援で一緒に来てるんだけど……」

 

「のわああああ!!」

 

「……もしかして、あいつ?」

 

 エレベーターの扉が開いた時、ちょうどエミールの悲鳴がロビーに響き渡った。

 ゴロゴロと階段から転げ落ちてくる様はちょっと滑稽ね。とっても無様だわ。でもどうやったらあんなに綺麗に転げ落ちることが出来るのかしら。

 付添で来たのは正解だったようね。変なところでミスされちゃ敵わないわ。

 

「エミール、何してんの?」

 

「な、何。少し転んだだけに過ぎない!」

 

「どう見ても少しじゃないわよ……」

 

「おいおい、大丈夫かよ」

 

 エミールの後を追って階段から降りて来た男性。……また身長が高いわね。

 なんで男って身長が高い奴が多いのかしらね。あたしも男に生まれたかった……。

 それかもう少し身長伸びないかしら。夏にも僅差で負けてて悔しいのよ。

 

「ふふ、安心したまえ! 僕は屈しない!」

 

「馬鹿。……初めましてね。あたしはメリー・バーテン。極東支部から来たの」

 

「極東から……。俺はギルバート・マクレイン、ギルでいい。よろしくな、メリー」

 

 ギル。どこかで聞いた名前だわ、と心の中で思い、後で調べておくことにする。

 それにしてもみんないい人そうじゃない。仕事しやすそうな人たちで良かったわ。

 性格噛み合わないと戦場でも息が合わないしね? 前に一回、やらかして思い知ったし。

 ……そういえばあの振られんボーイは今何してんのかしら。サテライト防衛任務に入ってから全然見かけてないわね。今度メールでもしてみようかしら。

 

「嫌ですねえ、ギル。ギルバードじゃないんですか?」

 

「俺はギルバー“ト”だ。ドじゃない」

 

「ギルバードはギルバードじゃないですか! 後ろだけにしたらバードですね鳥ですね! 空飛ぶんですか?」

 

「飛ばない!!」

 

 ギルと同じく、階段から降りてきた少年がニヤニヤと笑いながらギルをからかう。

 随分と子供っぽいわねー。まあそれはロミオに対しても言えるんだけど。どっちが年上でどっちが年下なのかちょっと気になるところよね。

 ロミオはさっき年齢を聞いたけど、この子は何歳かしら。

 

「おぉ? みーんな集まってどうしたのー?」

 

「ああ、ナナちゃん! 極東の人たちが来たそうですよー」

 

「あ、そうなんだ! はじめまして! 私は香月ナナって言うんだ!」

 

「あたしはメリー・バーテン。こっちはエミール。よろしくね」

 

 なんて布面積の低さ。羞恥心ってものはないのかしら。

 見てるこっちが恥ずかしくなっちゃうわよね、同性なのに。

 やっぱりこれ異常よね。アリサと一緒に衣装変えてくれないかしら。

 

「それで、あなたは?」

 

 気になっていた少年の名前を尋ねる。

 にこやかな笑顔を浮かべる少年の顔が、一瞬あの子の笑顔と重なる。

 まさか。そう思っていても一度意識してみると、ますます似ているように思える。

 もしかして。いやでも、あの子はそんなこと一度だって言ってないし……。

 

「僕ですか? 僕の名前は――」

 

 少年の名前を聞いて、あたしは目を見開く。疑問が確信に変わったのだ。

 あたしは差し出された手に応じながら、不思議な出会いにちょっとした運命を感じていた。



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73、その少年、家族につき

しかし誰の血を引いてしまったのでしょう?


「ここが、極東支部……!」

 

 今まで忘れてしまっていた活気。暖かさ。繋がり。

 様々なものを思い出してくれるそこは、僕にとってとても魅力的でした。

 フライアは人数が少なかったし、なんか豪華で……言い方を変えれば格式張った、とでも言うんでしょうか。厳格な雰囲気で、こんな感じじゃなかったです。だから新鮮ですね。

 

 それに僕たちブラッドのために歓迎会まで開いてくれて!

 極東支部の人たちは本当にいい人たちばかりなんだと思います。ここはいい職場ですね。

 それでも――、いえ、なんでもないです。

 

 

 歓迎会が開始されてから数時間経ちました。

 ジュリウスは色んな人からお話を聞いて、ロミオはコウタさんと何やら意気投合していて、ギルは離れた所でお酒の杯を傾けて、ナナちゃんは料理にがっついてます。

 みんなそれぞれらしいですけど、ナナちゃんの胃袋は無限大なんでしょうか。

 

「……どうかしましたか?」

 

「あ、シエルちゃん」

 

 不安そうに僕の顔を覗き込んできたのは、シエルちゃんでした。

 こっそりとエントランスに出てきたんですけど、シエルちゃんに気付かれちゃってたみたいです。さすが、気配には敏感なんでしょうか?

 それにしても、シエルちゃんを心配させてしまうなんて。そんなつもりはなかったのに。

 だから僕は安心させるためににっこりといつも通り笑顔を見せました。

 

「何でもありませんよー?」

 

「そういえば、君の実家はここでしたね」

 

「う゛。よく覚えてましたね……」

 

 この前、赤い雨で外に出れない時にちょこっと話したんでしたっけ。

 特に当たり障りもない話だったから覚えてないと思ったんですけどねー?

 シエルちゃん、記憶力高いんでしょうか。分けてほしいです。

 

「ご家族に会いには行かないんですか?」

 

「ちょっと、会いに行きづらい事情があるんですよねー」

 

 昔のことを思い出しかけて、慌てて頭を振り、それを心の奥に押し込める。

 過去のことはもうどうでもいいんです。会いたい人は勿論いるけど。

 それでも僕は、忘れようって決意したんです。……決意、したいんです。

 

「僕には会いに行く勇気がありませんから」

 

 上手く笑えたはずなのに、何故かシエルちゃんは困ったような表情でした。

 

 

――――――――――

 

 

 帰ってきました極東支部! 懐かしのエントランスよ、ただいま!

 いやあ、今回もだいぶ振り回されたなあ。しばらく休んでいたいもんだけど。

 とりあえずはサカキ博士に報告をするのが先だよね。コアもいくつかとれたし。

 

 疲れたなー、とハルさんの後ろでため息をついていると、どうしたのか急にハルさんが立ち止まり俺はその背中にぶつかってしまった。

 何があったんだろうと思っていると、ハルさんが誰かに親しげに声をかけながら階段を下っていった。誰だろう。また女性を口説こうとしているのかな。

 そう思いながら階下を見ると、そこにいたのは男性と少年だった。普段の様子を見るにそっちの気はないみたいだから、たぶん昔の知り合いか何かなんだと思う。

 ハルさん、結構いろんな支部を渡り歩いていたみたいだしね。

 

「ハル隊長、報告……」

 

「でも楽しそうですし、私たちだけで済ませちゃいましょうよ」

 

「ですが……。いえ、そうですね! ハル隊長、私たちで報告しちゃいますねー!」

 

「じゃあ俺は部屋に戻っても?」

 

「夏さん……」

 

 カノンよ、何故そんなに残念な目で俺を見る。

 弥生の声はちゃんと届いたらしく「おーう」と緩い返事が返ってきた。

 まったく俺の上司は困った人だなあ。そう思っていると誰かが階段を駆け上がってきた。

 緑髪の少年はどうやらハルさんが声をかけた男性と知り合いらしい。のだが、俺たちに何の用だろうか? 俺はこの少年と会ったことがないんだが。

 それにしても小さいな。弥生と同じくらいかな。……そういえば、髪の色も弥生と似てるな。

 

「あ、あのっ!」

 

「ひゃいっ!? な、ななな何でしょうか!?」

 

 どうやら少年は弥生に用があるらしい。

 だけどあまりにも突然に、それもまさか自分に話が振られるとは思っていなかったらしい。

 弥生はパニックになってちゃんと言葉を喋っていない。お、落ち着けよ……。

 

「……本物だ」

 

「……えっ?」

 

 少年の目が感激の涙で潤み、頬が興奮したのか赤く染まる。

 そして次の瞬間、彼は弥生に思いきり抱き着いていた。

 

「本物の弥生だ! 久しぶり! 元気にしてた? 僕の愛しのプリンセスーーー!!」

 

「え、えぇ!?」

 

 弥生に抱きついてわんわんと泣く少年にドン引きである。

 というか、なんでこいつは弥生のことを知っているんだ?

 アイコンタクトで弥生から助けを求められて、とりあえず少年を引き離す。

 

「あ、あなた誰なんですか!? い、いきなり、ハグなんてっ」

 

「え? ……嘘でしょ、弥生。僕のこと、覚えてないの……?」

 

「え!? どこかで会ってました!? すみません、覚えてません!」

 

 弥生のストレートな自白により、少年真っ白。

 力が抜けたらしくヘナヘナとその場に座り込んでしまった。

 まあ本当に知り合いなんだとしたら今の発言はかなり失礼だよなあ。ともかく少年の様子を見てまたしてもパニックになっている弥生を宥めてから、手を引いて少年を立ち上がらせる。

 

「大丈夫か?」

 

「弥生が……僕を忘れてる……ショックだ……死のう……」

 

「どうした副隊長!? 落ち着け!」

 

 こちらの様子が異常であることに気づいたらしい男性が階段を上ってくる。

 あ、この少年、副隊長なのか。……副隊長!? とても見えないぞ。

 ここで二人の腕輪の色が俺たちのものとは違う黒色であることに気付き、俺の頭に一つの考えが浮かぶ。もしかしたらこの人たちは巷で有名なブラッドじゃないだろうか?

 さっき神機を預けたときにリッカさんからブラッドが来て歓迎会を開いたって話を聞いたしな。俺も歓迎会出たかった。ユノさんも遊びに来ていたみたいだし。

 

「ああ、ギル。丈夫なロープを一本用意してください。僕の体重に耐えられるもので」

 

「いいから落ち着け! 何馬鹿なことを言ってんだ!」

 

「だ、だってギルぅ……」

 

 どうにも収拾がつかないな。

 ギルと呼ばれた男性が俺のほうに視線を向けてくるが、俺だって分からない。

 どうやら弥生と関係があるようだけど、とうの弥生は泣きそうで喋れそうにもない。

 

「とにかく、俺たちは用があるからそっちを済ませてからでいいか? 弥生も宥めたいし」

 

「それで構わない。その間に俺が副隊長を落ち着かせておこう」

 

「ギル!! もうやだ僕は生きている意味がないんですー!」

 

「だから落ち着けって……」

 

「妹に顔も名前も忘れられた気持ちが分かるって言うんですか!? 分かるわけがないです!!」

 

「……は?」

 

 どうやら相当面倒なことになりそうだ。

 

 

――――――――――

 

 

 ラウンジにて。

 さっきのブラッドの二人、俺、弥生、そして何故かハルさんが話し合いに参加している。

 ハルさんが来た理由はよく分からないけど……まあこの際いいか。

 

「改めて、俺はギルバート・マクレイン。ギルでいい。ブラッドに所属している」

 

「ギルは俺がグラスゴー支部にいたときの後輩でな。なかなか腕が立つんだぜ」

 

 誇らしげに語るハルさんにギルは恥ずかしそうに否定していた。

 つまりハルさんとギルは先輩後輩の仲だったってことだな。ギルさんが別支部にいたときの話は女性関連しか聞いていないから、ちょっと珍しい。今度詳しく当時の様子を聞いてみよう。

 久しぶりの再会みたいだし、話したいのも分かる。メリーが帰ってきたときの俺もそんな感じだったしな。よし、こっちの事情は理解した。

 問題はもう一人、少年のほうだ。

 

「僕は九城(くじょう) 飛鳥(あすか)。ブラッドの副隊長で……弥生の双子の兄です」

 

 拗ねたように口を尖らせながら自己紹介をした飛鳥に、弥生が首を傾げる。

 どうやら本当に覚えていないようだ。それを見て飛鳥が更に拗ねた。

 

「嘘、じゃないよな?」

 

「ならどうして僕が弥生の名前を知ってるんですか?」

 

「でも飛鳥の言葉を証明できるものが今のところ何もないんだよ」

 

 指摘してやると飛鳥はますます拗ねたらしくぶすっと頬を膨らませた。

 弥生と双子ってことは、飛鳥は十九歳のはずなんだけど……。とてもそうには見えない。

 むしろ弥生の弟って方が……弥生も年齢の割には幼いんだった。

 

「弥生、お前の家族構成は?」

 

「はいっ、私とお母さんの二人です!」

 

「え? 父さんも含まれてないの……?」

 

 飛鳥がきょとんと、純粋な疑問を口に出す。

 敬語口調は弥生に対しては抜け落ちるようだ。

 

「私はお父さんを見たことがありません」

 

 愕然。飛鳥はそんな感じだった。信じられないものを見るように弥生を見て、しばらくして「そっか、そうだよね」と何故か一人で納得していた。それでいいのか。

 つまり飛鳥の中では家族は四人で、弥生の中では二人ってことらしい。どうしてそうなった。

 

「それなら飛鳥が弥生の家に行って確認してくるとかはどうだ? 手っ取り早いぞー」

 

「ハルさんの言うとおりだ。副隊長、行ってきたらどうだ」

 

「ええと、僕、母さんには会いたくないんですよねー……」

 

「それだと振り出しに戻っちまうな。他に証明できるものはないのか?」

 

 ギルに言われてむむむ、と飛鳥は考え込んでしまった。

 必死に心当たりを探している飛鳥は、たぶん嘘をついていないんだと思う。

 弥生が覚えてないってところが引っかかるけど、一先ず認めてみても……。

 

「……神様は、行動で示せばお願いを叶えてくれるそうです」

 

「は? 副隊長、何言って……」

 

「な、何でそれを知ってるんですか!?」

 

 飛鳥の発言を聞いてガタッと弥生が勢いよく立ち上がる。びっくりしたあ!

 ちょっとのことで驚いちゃうよ、だって小心者だもの。……はい、自重します。

 そういえばあれって弥生がゼルダに教えた言葉だったっけ。弥生がここにきたときに、ゼルダがそんなことを言っていたような気がする。

 

「僕が弥生と離れるときに言った……約束みたいなものです」

 

「約束?」

 

「弥生ったら、行かないでー、って愚図ったもんですからねえ」

 

 たはは、と困ったように頬を掻く飛鳥。本当のことっぽいな。

 弥生もそれを聞いてどうやら本当のことであるらしいと思ったようである。

 

「なんで飛鳥は弥生と離れたんだ?」

 

「それは……今はシークレットです」

 

 言いたくないらしい。無理に聞きだす必要はないから、そこは飛鳥の意思を汲んでおく。

 弥生も懸命に頭を抑えて思い出そうと努力しているがどうやらそれは叶わなかったらしい。諦めたようにため息をつくと飛鳥をじっと見つめる。

 

「な、なんですか弥生ー。そんなに見られたら僕恥ずかしいですよー」

 

「じゃあ私は、お兄ちゃんって呼べばいいのかな?」

 

「……え」

 

「ごめんね、ショックだよね。でもなんて呼んでいたのかも覚えてないから……」

 

「お、お兄……ちゃん?」

 

「そう、お兄ちゃん。……駄目かな?」

 

 飛鳥はぶるぶると身体を震わせている。忘れられたことがショックだったのかな。

 そんな飛鳥を見て不安になったらしく、弥生は顔を覗き込んでいる。

 

「もう一回お願いします!!!」

 

 あ、この子馬鹿なんだ。咄嗟にそう思った。

 

「お兄ちゃん! なんていい響きなんでしょうそう思いませんか!?」

 

「副隊長……?」

 

「世のお兄さん方はいつもこの気持ちを……!? ああ僕も体験できて嬉しいです感激です!!」

 

 頬を赤く染めて息を乱した飛鳥は非常に興奮しているように見受けられる。

 副隊長さん、あなたのとこの隊員がドン引いてるんでその辺にしといてあげてください。

 弥生があわあわしながら止めに入ろうにも飛鳥は更にヒートアップしていく。

 こいつ……さてはコウタと同類か……っ!!

 

「ギル、お前んとこの副隊長面白いなー」

 

「俺は頭が痛いです……」

 

 なんだかギルとは仲良くなれそうだ。主に苦労人的な意味で。

 今すぐギルを宥めてやりたいところだけど、まずは飛鳥を落ち着かせないとな。

 しかしどうしたものか……。盛り上がりすぎた飛鳥は弥生に抱き着く始末だ。

 誰かこの極東支部の中に救世主はいないのか。

 

「飛鳥。次の任務について相談が……飛鳥?」

 

 いた。銀髪の可愛らしい救世主がそこにいた。

 この人もブラッドの人らしい。黒い高貴そうな腕輪を身につけている。

 

「あっ、ブラッドの人だよな!? あいつ止めてくれない?」

 

「え? 飛鳥、どうどう」

 

「シエル。あいつは馬じゃないぞ……」

 

 シエルと呼ばれた少女はどうやら天然らしい。宥め方って果たしてそれしかないんですかね。

 ギルはシエルの登場で少し落ち着いたのか、強引に飛鳥を引き剥がして軽々と持ち上げる。

 ばたばたと暴れる飛鳥に対してギルの顔は涼しい。力持ちなんだなあ。

 

「あー! ギル何するんですかー、降ろしてください!!」

 

「煩い。少しは反省しろ、お前の妹も困ってるじゃねえか」

 

「だってだって、感動的な再会なんですよっ」

 

「シエル、ブリーフィングをするんだよな? 場所を移すぞ」

 

「あ、はい。分かりました」

 

「シエルちゃんもギルに何とか言ってくださいよー! ……あれ無視ですか? もしもーし」

 

 段々と遠くなっていく飛鳥を見て涙が出てきた。たぶん俺も経験があるからかな。

 頑張れ、飛鳥。強く生きろ……。前見て歩いてればいいことあると思うよ。

 

「いやあ、楽しくなりそうだなあ」

 

 ケラケラと笑いながら酒を煽るハルさんに俺も頭が痛くなる。

 飛鳥の様子を見る限り、悪乗りしてハルさんの話題に乗りかねない。そんなことをされたら見ている俺としては悲しくなってくる。

 これからまたアナグラは騒がしくなるんだろうなあ……。メリーがフライアから戻ってからすぐ、サカキ博士のお願いで遠出しているのが幸いだ。いつ帰ってくるのか分からないのが怖いが。

 頭に響く痛みを無視するように、俺は麦茶を喉に流し込んだ。




九城(くじょう) 飛鳥(あすか) (19)
フェンリル局地化技術開発局ブラッド所属。
早くも血の力“喚起”に目覚めており、その活躍などから副隊長に任命された。
ゼルダと同じく敬語を使っているがゼルダより固くはなく、むしろ親しみやすい。誰かを弄ることが大好きで悪戯っ子のような雰囲気をまとっている。

九城 弥生の双子の兄であり、弥生と離れていた期間が長かったためかシスコンを患っている。
弥生と離れてからしばらくして孤児院(マグノリア・コンパスではない)に入っていた経緯もあり、家族を大事にしている。ジュリウス・ラケル博士が言っていた「ブラッドは家族」である思想に感銘を受けていて、ブラッドのメンバーを家族のように慕っている。
本人曰く「愛の戦士を目指している」らしいが、その真意は不明。

身 長:156cm
誕生日:9月21日
誕生花:クズ「芯の強さ」

神機:チャージスピア・ブラスト(第三世代)

衣服:チアフルモンキー上・ワイルドチタナイト下

ボイス:10


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雑用(Episode1 ソロ)

お久しぶりです。
近況報告は活動報告にでも書いておくので興味がある方は覗いて下さい。


時系列は歓迎会後くらいまで戻って初キャラエピです。
他の方がどのようにやっているのかは分かりませんが、とりあえずこんな感じですよと。
原作キャラのキャラエピは改変する気がないので書く予定はありません。
ちなみにこの小説ではオリキャラが六人おります故、キャラエピが連続で投稿される場面もしばしばありますが、ご了承くださいませ。

では、少々前書きが長くなりましたが、スタートです。


「飛鳥」

 

「うっひゃあ!?」

 

 ラウンジでぼんやりとしながらジュースをストローで飲んでいると、突然背後から声をかけられました。気を抜きすぎていたせいか驚いて危うく椅子から落ちるところでした。声の人が僕を支えてくれたおかげでなんとか落ちずに済んだんですけどね。

 僕を支えてくれた人は体勢を立て直してくれると、僕に板チョコを差し出しました。

 

「驚かせてしまってすまない。詫びと言っては何だが、チョコレートでも食べるか」

 

 ええと、確か歓迎会の時に挨拶をしましたよね。そう、第一部隊副隊長で、クレイドルのソロさんでした。うん、あの日に出席していた人の名前はちゃんと憶えられているみたいで何よりです。

 だけど僕に何か用でしょうか。考えて……、そういえば今日はソロさんとの合同任務だったことを思い出しました。そうだそうだ、そういえばヒバリさんに言われてソロさんを待つためにここに来たんでしたっけ。僕としたことがボーっとしすぎて目的までも忘れてしまっていたようです。

 

「今日は付き合ってくれて感謝する。……ブラッドの仕事もあるだろうに」

 

「いえいえ! 最前線で戦う第一部隊の人と共闘できるなんて光栄ですー」

 

「世辞が上手いな。コウタにも同じことを言ったんじゃないか」

 

 世辞!? 世辞のつもりで言ったつもりはまったくなかったんですけど! 次いで「冗談だ」とソロさんが少し肩を竦めて言いました。……もしかして、からかわれたんでしょうか、僕。

 

「……? 冗談、だぞ?」

 

「あ、はあ。その、ちょっと冗談に聞こえなかったもので」

 

「そうか。場を和まそうとしたんだが……冗談は難しいな」

 

「たぶんそこまで考えて冗談を言う人っていないと思いますよ。むしろ考えないほうが良いです」

 

「考えないで発言するのか……!?」

 

 なんでそんなに驚いてるのかちょっと分からないですね。

 黙り込んでしまったソロさんに慌てて任務の話をすると、すぐに自分の世界から戻ってきてくれました。ソロさんはからかったりしないほうがよさそうですね。弄り倒して困ってる姿を見るのもいいですけど、考え込まれる事態になっちゃったら興醒めですし。

 

「今日の討伐対象だが……ヴァジュラだ。すぐに終わるだろう」

 

「え? ヴァジュラってそこそこ強いですよね」

 

 少なくとも二人だけで行く任務とは思えません。そもそも大型アラガミ自体が脅威に当たるんですから、もう少し人員を入れたりとかしてきちんと対策を立てないとこっちがやられてしまうんじゃないでしょうか。ブラッドでヴァジュラに出るときは四人のフルメンバーですし(どうしてもフルで入れない場合もありますが)、それにブリーフィングももっとしっかりしたものでした。

 別にここで戦い続けてきたソロさんの実力を疑っているわけじゃないんですけどね? ……でもそういえば、僕は既に他の第一部隊の人たちと二人きりで何度か任務に出ていたんでした。極東支部っておかしいですよ絶対。エリナちゃんとかエミールはまだ新兵らしいですし、それ以前に僕だってまだ神機使いになってから日も浅いのに! 新兵二人きりで任務とか馬鹿なんじゃないですかね、今更ですけど!

 

「ここは激戦区で人材不足だからな……。むしろ一人で倒すべきだ」

 

「えぇ……。じゃあどうして今日、僕が同行することになったんですか?」

 

「コウタがお前を気に入ったからだ」

 

 「厳密に言うとエリナとエミールが懐いたからでもある」懐いたって言い方には語弊があるような気がするんですが……どうなんでしょうね。エリナちゃんはむすっとしているしエミールは詰め寄ってきますし。どっちも懐いてきているというよりは……、ライバル、みたいな。対抗意識みたいなものを抱かれているような気がします、特にエリナちゃんに。

 僕としてはエリナちゃんとは仲良くなりたいんですけどねー。すぐプイってしちゃうんですよ。そんなところも可愛いんですけどね? ツンツンしてるならデレさせないといけないじゃないですか。なのにデレてくれないんですよ。難攻不落です。

 

「特にコウタは人を見る目がある。そのコウタの気に入りだ、俺も気になったということだ」

 

「はあ、そういうことですか」

 

「今日はよろしく頼む、飛鳥。期待しているぞ」

 

 先輩の期待が重いです。

 

 

――――――――――

 

 

 贖罪の街。黎明の亡都とはまた少し違う、かつて人が住んでいた場所。荒廃したそこに立ち並ぶビル群はまるで墓標のようです。首都、というものだったのでしょうか、ここは。随分とビルが密集しています。こんなところ、息苦しくなかったんですか。

 

「どうした、気が緩んでいるぞ」

 

 ソロさんに声をかけられてハッとなりました。神機使いになってからこうして壁の外に出る機会が増えましたが、その度に見かけるアラガミの爪痕にいつも目を奪われます。まだ神機使いがいなかった頃の惨劇。逃げ惑うしか術のなかった当時。その頃を想像してしまって、身震いしました。

 

「問題ないです」

 

「無理はするな。……ああ、そうだ。そういうときは空を見るといいらしい」

 

「空?」

 

「動物の形をした雲を探せ。そうすれば心が落ち着く。俺を新人の頃連れ回、……指導してくれた人の受け売りだが」

 

 視線を空に滑らせてみますが、生憎今日は快晴でした。からっと乾いた空は青一色に染まりきっていて、白は一点も見えません。「……雲がないときの対処法は聞いていない」残念そうに呟いたソロさんは前方を見据え、構えました。ヴァジュラの鼻先が見えます。鉢合わせですね。

 忘れていたオラクルリザーブを素早く済ませてからスピアに形態を戻し、そのままチャージ。僕のブラッドアーツはチャージグライド系のものではないですけど、先制攻撃としてはこれがちょうどいいでしょう。自分のスピードも相乗させてヴァジュラの右前足を貫きます。勢いが消えないうちに右後ろ足も薙いで重心を崩しました。

 

「やるな。……受けとれ」

 

 その隙に捕喰を済ませたソロさんがアラガミバレットを受け渡してくれました。レベル3のマックス状態。装着していた制御ユニットが展開し、少し身体が軽くなったように感じました。どれを使ったらいいか分からなくて今はジュリウスに勧められたレンジャーを装備していたはずです。スキルに関しては覚えていませんが。

 未だヴァジュラは体勢を立て直せていません。無防備なヴァジュラの顔面に突きを三連、一度引いて溜めて――ブラッドアーツ“残光のテスタメント”を発動し、突きの攻撃力にプラスしてヴァジュラの顔の内側からエネルギーが爆発しました。いい音ですねー、弾けましたよ。そのまま結合崩壊しましたよ。リンクバーストしている状態だと動きやすいし気分爽快だから助かります。

 

「ほう、それが噂の……っと」

 

 繰り出された雷撃をインパルスエッジを用いて相殺し、同時に距離を取ったソロさん。僕はロングブレードを使わないから分かりませんが、インパルスエッジってあんな使い方もできるんですね。

 「次はこちらから行かせてもらう」微笑んだソロさんはインパルスエッジを使用した際に生じる大きな反動をゼロスタンスによって消していました。ロングブレードで連撃を叩き込む際によく使用されるゼロスタンス。体勢を立て直し次の動作に移行するために有効なもの、だそうです。ジュリウスのブラッドアーツがこれから派生した物らしいので、ちょろっと聞いたくらいの知識しか知りません。

 一気に距離を詰めたソロさんの斬撃がヴァジュラを襲う。ソロさんのほうに意識が向いている隙に二度目のオラクルリザーブを済ませて、再び残光のテスタメントの構え。そーれ、お尻(穴はなかったけどたぶんお尻だと思う)にブスッとー。

 

「ガアアアア!!」

 

 体内から爆発したオラクルの輝きは、きっと僕が予想している以上に痛いんでしょう。ヴァジュラは叫び声をあげて体勢を崩しました。

 

「チャンスだ、畳み掛けろ!」

 

「了解でーす」

 

 がぶっと捕喰してソロさんに受け渡す。お互いにリンクバーストマックス状態の方がやりやすいですもんね。僕は後ろ足を、ソロさんは前足に有効打となる一撃を叩き込んでいく。足にダメージを入れておけばアラガミが逃亡を図った時に足のダメージのせいであまり速く離脱できないから有効だってシエルちゃんに教えてもらいました。シエルちゃん知識、ドヤァ。

 でもヴァジュラが体勢を崩すの、ちょっと早すぎじゃないですかね。と思っていると僕の視界の隅に何かが通過していきました。何だろうと思いそちらに少し視線を移してみると、ヴァジュラの前足でした。えっ、斬り飛ばしたって言うんですか、ソロさん。

 

「よし、叩くぞ。後ろ足もできそうなら飛ばせ。……いや、スピアじゃ無理か」

 

「こ、こんな無茶が通るって言うんですか極東は……!?」

 

「何が無茶だ。現に今できたのだから、無茶ではない」

 

「その理屈が既に無茶なんですよ!!」

 

 極東はやっぱり魔窟です。

 

 

――――――――――

 

 

 ヒバリさんに任務の報告が終わった後、ソロさんと少し話がしたいと思って周囲を見回してみましたが、ソロさんの姿はありませんでした。あれ、おかしいですね。だってたった今まで僕の隣で一緒に報告をしていたのに。そんなにすぐに姿を消さなくてもいいじゃないですか。

 

「ソロさんなら、ラウンジにいると思いますよ」

 

「え? ヒバリさん、分かるんですか?」

 

「ソロさんは任務以外の殆どの時間をあちらで過ごされていますので」

 

 さすがオペレータ、なんでも知っているんですね。

 ということでヒバリさんの助言に従ってラウンジに言ってみると、いました。入って右奥にある、テレビが設置されている区画。コーヒーカップを片手に書類とにらめっこをしているソロさんがいました。机に積まれたたくさんの書類を一枚一枚手に取ってじっと見つめ、時々何かを書き加えているようです。

 

「ソロさん」

 

「ん? ……ああ、飛鳥か。先の任務では助かった。ありがとう」

 

「僕のほうこそ。勉強になりました」

 

「勉強? 俺とお前では神機パーツが違うが……」

 

 首を傾げて考え込み始めたソロさんを慌てて止める。僕が勉強になったのは極東の神機使いの思考ですよ、とは言わないで。ここ最近第一部隊の人たちとご一緒したおかげで、本当に本当に、よぉーっく分かりました。極東はメチャクチャだってことが。

 しばらくここで働くということは僕も早くここの空気に溶け込まないといけませんからね。どんな無理難題でもやり遂げられるように頑張っていきませんと。それにしたってもうちょっと極東の支部長は任務の割り振りとか考えてもいいと思いますけどねー……。

 

「時に、例の……ブラッドアーツ、と言ったか?」

 

「ああ、はい。合っていますよ。それがどうかしましたか?」

 

「あれは俺も取得可能だろうか」

 

「う、うーん……? どうなんでしょうかー?」

 

 ブラッドアーツは僕たちブラッドが持つ“血の力”の発現形態の一つである。ラケル博士は確か、そう言っていたような気がします。ということはブラッド以外の神機使いは覚醒しないということではないでしょうか。

 「取得できるならば、俺もより強い力を以て戦闘に貢献したいと考えている」と続けるソロさんの言葉に、返答が詰まりました。できないかもしれません、なんて言えませんでした。でもその場合、僕はなんと返答したらいいんでしょうか。

 

「……僕には分かりません」

 

 結局、曖昧な言葉しか出てきませんでした。

 それでもソロさんは満足したようでした。

 

「そうか。困らせてしまってすまない。詫びに……」

 

「チョコレート、ですか?」

 

「そうだ。食べるか?」

 

 今朝のチョコレートは、そういえば受け取りそこなっていました。

 僕は苦笑いしつつ「ありがとうございます」とお礼を言ってから受け取り、ソロさんの横に座ってチョコレートに齧り付きました。ミルクチョコレートのようで、甘みが口いっぱいに広がって美味しいです。幸せだー、って感じがしますね。

 

「美味いか」

 

「はい、とても!」

 

 ソロさんは一つ頷くと、また書類と格闘し始めました。

 しばらく僕はその様子を眺めながらチョコレートを頬張っていたのでした。



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74、シプレ! シルブプレ?

書きあがってからこのムービーはギルとハルさんの再会前だったと気付きましたが書きたかったので後悔はしてないです。
次からは時系列気を付けて書くので堪忍してください。


「夏、またコウタに呼ばれた。お前も来い」

 

「えぇ……またぁ? 俺は人間に恋してるよ?」

 

 どこかワクワクした様子のソロに引き摺られるようにして俺はラウンジに連れてこられた。そのままラウンジの右側にあるテレビスペースまで行くと、そこには既にコウタがいた。そして何故かロミオと飛鳥までいる。コウタがいるのは分かるんだけど、どうして二人もいるんだろう。

 

「ロミオに飛鳥。お前らも好きなの?」

 

「勿論ですよ! 夏さんも好きなんですか?」

 

「好きって、何がですか? というか何が始まるんですか? 面白いもの?」

 

 どうやらご執心なのはロミオだけらしい。「俺はソロの付き添いだよ」と苦笑いを返しておく。付き添いと言ってもソロもコウタやロミオのように愛しているわけではないんだけどな。

 そうこうしているうちに、お目当てのものが始まったらしい。四人は大きな画面に写し出された黄色の髪の少女の歌と躍りを真剣に見始めた。

 今話題のアイドルはユノさんの他に、もう一人いる。それが今写し出されている彼女、シプレ。神機兵を従えてまるで人間のように歌って踊るシプレは、人が作り出したバーチャルアイドルだ。本当に良くできてるなあ、といつも感心してしまう。

 

『神機兵! シルブプレ?』

 

「「オゥ! メルシー!!」」

 

 そのシプレの恋の魔法にかかってしまったロミオとコウタのお目当てが、今流れていた音楽だった。どうやらこれはシプレの新曲らしい。よくあんなメロディや歌詞を考えられるよな、と思う反面、神機兵をこんなことに使ってもいいのかとも思う。まあ反響はいいみたいだからいいだろう。ただバックダンサーの神機兵は凄まじくシュールだと言っておこう。

 満足げに今回の曲について、シプレの魅力についてロミオと語り合っていたコウタは、「よし」とつぶやいた後、ソロのほうに顔を向けた。

 

「ソロ、いけるか?」

 

「……問題ないぞ。覚えた」

 

「え? 覚えた……って、何が?」

 

 ソロは目を瞑ってしばらく考え込むようにした後、目を開いてコウタの問いに力強く首肯した。そんなコウタとソロの会話にロミオが首を傾げる。まあ、分からないよな。

 

「まだ何かやるんですか? 僕、シプレの映像漁りに行きたいから帰りたいです」

 

「飛鳥、お前……。まあ、余興みたいなものさ」

 

「ロミオは目を瞑っておくといいよ。初心者に視覚的情報は酷だと思うし」

 

 飛鳥がシプレ信者に早変わりしたシプレ怖い。魔法の勢いは止まらないってか。

 コウタはそんな飛鳥の様子を特に気にした様子もなくロミオに目を閉じさせ、耳だけを集中させておくよう促す。ソロは俺たちから少し距離を取り、周囲に障害物がなく自由に動けることを確認して俺たちに「できるぞ」と声をかけた。

 

「じゃ、お願い!」

 

「分かった」

 

 そして、ソロが踊り始めた。音楽はないが、確かに聞こえる。ずっちゃずっちゃ、とリズム音が俺には聞こえるぞ……! 踊りだけではない。次の瞬間ソロの口から放たれた声、歌詞は先程ディスプレイの向こう側で新曲を披露していたシプレそのものだった。とても普段低音のソロから出る声色には思えない。

 CM用と言うことであまり長くなったせいか、それはすぐに終わった。やりきったソロは満足そうに少し頬を緩めている。そろそろお前はシプレのファンになるべきだ。

 

「す、すげえ! 今、今そこにシプレが!?」

 

「ロミオー、もう目を開けてもいいんだぞー」

 

「相変わらずキレのあるいい動きだったよ、さっすがソロ!」

 

「誉めるな、照れる」

 

 ある時コウタがシプレのミュージックビデオを見ながら「ソロだったらリアルシプレができるかもなー」なんて言ったのが事の発端だった。そういったものには興味がなさそうなソロが珍しく興味を持ったのでコウタが見せてみたところ、ソロは短いものならほとんど一発で覚えてやり遂げて見せた。これには言い出しっぺのコウタも幼馴染みの俺も開いた口が塞がらなかった。

 それからほぼ毎回(と言っても今回のこの新曲で三回目)、ソロはシプレのファンというわけではないのにコウタに連れ回され、その度にリアルシプレをやっている。連れ回されているソロは「楽しい」と本当に楽しそうに俺に話してくれるが、実際に見ている俺としては時々悲しくなる。幼馴染の無口クール系。小さい頃は憧れていたりもしたやつがそんなことしてみろ、イメージがぶっ壊れるぞ。本人が良いならいいけどさ。

 ちなみに「これで目が大きくて身長が低くて愛想がよくて……女だったらなあ」とはコウタ談である。もう少しでコスプレの域にまでソロが手を出すところだった。さすがのソロも条件にあっていたとしてもそこまではしないと信じたいけど、変なところで悪乗りが発揮されるときがあるから否定しきれない。

 

「いい運動をした……!」

 

「運動ではないけどな」

 

「ああ、なんだか目が覚めました。……ロミオ、任務行きますよ」

 

「えっ、シプレ漁りするんじゃないの!? 副隊長になら俺のコレクション見せるよ?」

 

「なんかもう、どうでもよくなりました。ほら、行きますよ」

 

 そう言ってソロの真顔でシプレによって魔法が解けたらしい飛鳥はロミオと一緒に任務を受けるためラウンジを後にした。初恋っていうのはいとも簡単に崩れ去るものなんだよ。そう、今は亡き初恋ジュースのようにな……! ああ、初恋ジュースは飽きられたので売り上げが無くなり、もう売っていない。唯一と言っていいくらいのファンだったメリーはそれを知った時にマジで引き籠りになりそうになって、説得が大変だった。

 ともあれシプレ会はお開きらしい。コウタとソロにこの後の予定を聞いてみると、訓練監督、書類整理と返ってきた。二人の忙しさは相変わらずのようだ。第一部隊メンバーは本当に倒れそうなくらい仕事大好き人間そろってるよな。ワーカーホリックかよ、休め。

 クレイドルに移ったアリサとかもそうだけど、みんな頑張りすぎだと思うんだ。神機使いは身体が資本なのに、もう頑張り屋が多すぎるよ。

 

「そういう夏さんはどうすんですか?」

 

「いつも通り、かな。任務で二人の矯正」

 

「無理はするな。何かあれば俺も手伝う」

 

「その言葉、そのままそっくり返すぜ、ソロ」

 

 むしろ俺はソロの方が心配だ。ここのところ何か思いつめたりすることが多くなったように思える。俺はソロの少しの表情も見分けることが出来るけれど、その表情が変わる理由までは分からない。きちんと事情を聞けば分かるがソロはいつも「やることがある」と俺とその件について話をしようとはしない。

 無理することはない。ソロが話してくれるその時まで待つとしよう。最近書類仕事ばっかりしてるみたいだし、たまには依頼に連れ出してやるのもいいかもしれない。身体を動かすとすっきりした気分になれるしな。

 

 

 ともかく俺はソロたちと別れて神機保管庫に向かう。丁度いいくらいに任務の時間になったからな。神機保管庫には先にカノンと弥生が来ていた。そして傍らにはリッカさん。神機のことで相談しているらしい。

 

「弥生ちゃん、神機変えたらどう? 棍棒、重いでしょ?」

 

「お、重いですけど、でもほら、任務に支障はないですよっ?」

 

「確かに被弾率も低いって聞いてるけど……私は弥生ちゃんの戦い方、心配だなあ」

 

 尚も「大丈夫」だと言い張る弥生にそう言うとリッカさんは仕事に戻って行った。

 弥生の戦闘は俺が見ていてもとても心臓に悪い。誤射とか味方に攻撃は当たったりしないし、迷惑はかけていないんだけど、ヒヤヒヤさせられる場面がとにかく多いんだ。バスターブレードはその大きさから火力も高いんだけど、その分隙も大きい。そのことを考えて立ち回ってもらいたいんだけどな。

 

「あ。夏先輩、遅いですよー」

 

「ん、ごめん。弥生、カノン」

 

「あの……ハルさんはいないんですか?」

 

 カノンが辺りを見回してハルさんが到着していないことを俺に告げる。それは当然だ。だってハルさんには今日、休暇を取ってもらったからな。

 ギルがハルさんと同じ支部にいたって事を聞いて、久しぶりなんだから積もる話もあるだろうと思い休暇を取ってもらった次第だ。極東支部は忙しい場所だけど、これくらいなら頑張れば俺たちでも行けるだろう。そのことを二人に話すと二人とも頷いて賛成してくれた。二人とも良い子だよなあ。

 ただ今日は依頼の他にも二人の戦闘についての指南もあったからな。俺一人では見きれない……、というか銃の扱いに関しては俺はさっぱり分からない。というわけで今回はなんと助っ人を呼んだのだ!

 

「というわけで、お願いします、ジュリウスさん!」

 

「こちらこそ、よろしく頼みます」

 

 ふっふっふ、今回はブラッド隊の隊長を務めているジュリウス・ヴィスコンティさんに同行を頼んだのだ! お願いしたらあっさりと引き受けてくれたよ。すごいいい人。

 隊長になるくらいだからジュリウスさんはすごい人なんだろうし、それに血の力? っていうのにも目覚めているらしい。そんな人なら俺よりも的確なアドバイスを頂けるだろうと思ってのことだ。

 ちなみにジュリウスさんは俺の一つ年下らしいんだけど、なんとなくさん付けしてる。なんだろう、さん付けしなくちゃいけないような気がしたんだ。カリスマが溢れているって言うか。……あ、別にギルがカリスマないとか、そういうことじゃないんだよ? ギルはほら、友達だから。

 

「お兄ちゃんがいつもお世話になっています!」

 

「俺は大したことはしていないさ。むしろ、あいつには助けられている」

 

「え、あのいかにも真面目じゃなさそうに見えるお兄ちゃんが……?」

 

「そうでなければ、副隊長は任せない」

 

 弥生の飛鳥に対するイメージが最初から悪いな。ムードメーカーすぎるところから、まあその評価も分からなくはないんだけどさ。飛鳥だってやる時はやると思うよ。

 ジュリウスさんに随分信頼されているところを見るに、ここに来るまでに飛鳥は相当な活躍をしたんだろうしな。今度飛鳥の武勇伝を是非とも聞きたいところだ。

 

「よっし、じゃあ四人揃ったところで出撃するか」

 

「私、今日こそ誤射ゼロで帰還してみせますから!」

 

「お、おう、頑張れ……」

 

 

――――――――――

 

 

 黎明の亡都。今回の依頼の場所だ。

 今回の依頼はオウガテイルなどの小型アラガミの討伐なのでそれほど大したことはない。むしろこの四人なら全然余裕、というレベルだ。だからって油断していいって訳じゃあないんだけどね?

 ともかく、何が言いたいかと言うと予定した時間より早く終わってしまったということだ。カノンは自慢の火力でドレッドパイクを吹き飛ばし、弥生はオウガテイルをホームランし、ジュリウスさんは確実に一刀のもとにコクーンメイデンを斬り捨てる。俺はザイゴートを斬り落としてたよ、ちゃんと仕事してたよ。

 そうして一段落して、周囲警戒をしつつヘリを待っていたときだった。

 

「まるでピクニックだな……」

 

 ぼそっと呟くように――というか多分独り言なんだと思う――そう言ったジュリウスさん。それを聞いてビクリと身体を震わせて硬直したのは弥生だった。ギギギ、と音が鳴りそうなくらいゆっくりとジュリウスさんのほうに振り返った弥生は何かやらかしてしまったというような顔をしている。俺もカノンも、そして発言をしたジュリウスさんも怪訝そうに弥生を見つめる。

 

「きょ、今日って、ピクニックだったんですか……!?」

 

「えっ」

 

 どうして弥生がそこまで焦っているのか分からない。ジュリウスさんも困惑してしまっている。

 しかしただ一人、カノンだけがその意味を理解することが出来たらしい。「あ……、あー!」と大声を上げて同じように慌てはじめた。男性陣、完璧に置いてけぼりである。というかジュリウスさんの発言でこうなったんだから、ジュリウスさんは理解してもいいと思うんだけど……。

 

「ピクニックなら早く言ってくださいよ! そうしたら私、弥生ちゃんと軽食作ったのに!」

 

「そうですよー! サンドイッチとか作って……。うー、ごめんなさーい!!」

 

 なるほど、今日の目的はピクニックだと勘違いしていたらしい。でも俺言ったよね、出撃する前にちゃんと特訓だって言ったよね。……言った、よね……? 今更ながら不安になってきたよ。

 しばらく放心してしまっていたものの、とにかくこのままでは良くないと思い「今日はただの任務だから!」と二人を宥める。こんなに危ない場所でピクニックなんてしようとは思わないよね、普通。それこそ前にメリーから写メで送られてきたフライアにあるらしい庭園とかならまだ理解できるけどもさ。

 

「じゅ、ジュリウスさん! 今日はただの依頼ですよね!」

 

「はい。……誤解させてしまってすまない。ピクニックというのは比喩だ」

 

「……ひゆ?」

 

「つまり例え話って事ですよ、弥生ちゃん。あー、よかったあ……」

 

 どうやら誤解が解けたらしい。

 今回の依頼の目的を思い出して……くれてはなさそうだけど、良かった。結局弥生もカノンも思い思いの戦闘だったしな。本当は大型アラガミに全員で取りかかったほうが二人の様子も見やすかったんだけど。致し方ない、大型アラガミの依頼がなかったのだ。

 

「それにしても……、話に聞いていたよりも誤射率が少なかった気がするのですが」

 

「え? あー……」

 

「そ、そういえば! 私、今日誤射ゼロじゃないですか!?」

 

 そうだ、ジュリウスさんには二人の戦闘面での短所を伝えておいたんだった。

 確かに今回、カノンはほとんど誤射がなかった。何度か危ない、と思える場面もあったがいつもと比べれば合格点だ。……と思ったけどこのメンバーだったら当然の結果なのかもしれない。運で被弾率どころか見方から誤射される確率をも下げる弥生、戦場全体の把握・立ち回りが得意なジュリウスさん。この二人はたとえ誤射されても素早く避けることが可能だ。

 あ、うん。危ないって思った場面は全部俺です。今回一番カノンの被害を被りそうになったのは俺です。俺の回避精度もまだまだってわけだな……。

 

「ん、この調子で頑張ろうな、カノン。あと周りをちゃんと見ような」

 

「はいっ、頑張ります!」

 

「あ、あのー……私は……?」

 

 嬉しそうに顔を輝かせるカノンとは正反対に、不安そうに俺たちの表情を窺うのは弥生だった。

 今日の弥生も変わらず被弾率が低かった。さすがの神回避と言うか……。転んだ時に頭上をオウガテイルが通り過ぎたりね。避けてるからいいけど、見ているこっちとしてはヒヤヒヤものだ。弥生は被弾率も低いし、味方への誤射も少ないものの、その危なっかしさが問題なのだ。今まで大きな怪我をしていないからいいが、このままでは本当に大きな怪我を負いかねないので特訓しているわけだ。

 

「クリティカル率が高く、被弾率は低い。……隙が多いのが唯一の難点、か」

 

「あ……、リッカさんにも似たようなことを言われました……」

 

「バスターブレードよりも、もう少し軽い……ショートブレードなどに変更したほうがいい」

 

「……変更しなくちゃいけませんかね」

 

 シュン、と頭垂れる弥生。弥生自身、自分の身が危険であることは理解しているはずであるし、それを補おうと日々訓練場に入り浸っていることも俺は知っている。それは全てバスターブレードを完全に使いこなそうとしているからだ。しかし、どうしてバスターブレードにこだわり続けるのかは俺にもわからないが。

 

「いや、無理に変える必要もない」

 

「え?」

 

「高いクリティカル率も活かせるし、要するに立ち回りさえ意識すればどうにかなる」

 

「た、立ち回り……ですか」

 

「素質はある。訓練すれば今よりもいい動きが出来る筈だ」

 

「はい……はい!! 私、頑張ります、頑張ってみせます!!」

 

 ジュリウスさんは味方を励ますのが上手いな。弥生も「頑張るぞー!」と張り切っていてとても微笑ましい。ブラッド隊長ってやっぱりすごいんだな。今日の依頼の同行を頼んで本当によかった。

 しかし俺も副隊長らしい仕事をしないとなー。その肝心の副隊長らしい仕事って言うのがいまいち分からないんだけどね。俺には先輩としての威厳もないわけだし、特にアドバイスが上手くできるわけでもないし。最近は旧型より新型が増えてきているから、その点においても俺がアドバイスできることは少ない。……いつの間にか俺も古参兵の位置づけにいるのにね。

 なんだかなー、と黄昏ていたらお迎えが到着したらしい。俺たちはヘリに乗り込んで極東支部に帰還した。




「シプレ! シルブプレ?」

「シプレとシルブプレってどういう意味だろう」

「シプレの魔法怖い」←今ココ


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昔の(Episode1 弥生)

二話連続投稿です。これは一話目です。
こんな感じで時間に余裕がある時はキャラエピはできるだけ同時間帯での投稿にしたいです(本編が進まないので)


 今日はどうやって過ごそうかと考えていると前方に愛しの妹の後姿を発見! むむ、しかも見た感じ、どうやらお困りの様ですね! これはチャンス! ここで頼れるかっこいいお兄ちゃんを見せて忘れてしまった僕の記憶を思い出してもらう……。ふふ、僕ってば天才ですね! 早速行動に移しましょう。

 

「弥生ーっ、何か悩んでるなら僕に任せて! ババンと解決するよ!」

 

「あ、お兄ちゃん」

 

 背後から飛び出したのにリアクションが皆無でした。解せぬ。もうちょっと驚いてくれてもいいと思うんですよ。折角やったのに反応が無いって寂しいんですよ。

 ぷー、と頬を膨らませていじけながら弥生が持っていた紙を覗き込みました。ふむふむ、オウガテイル三体の掃討任務ですね。これくらいなら別に弥生が悩むことでもない気がするんですけどねー? 新人一人で、なら難しいかもしれませんが、弥生はもう三年の経験がある神機使いなわけですし。

 しかし不安だと言うならその不安を取り除いてあげるのが兄としての仕事ですよね! 大丈夫、弥生に不安な思いなど僕がさせない許さない!

 

「僕も同行する」

 

「でも……」

 

「迷惑じゃないよ! オウガテイルを見たいんだ!」

 

 言い訳としては苦しすぎましたかね。思い付きでベラベラと喋るものじゃありませんね。でも弥生、迷っているように見えますし、ここはもう一押しすれば……。

 

「……じゃあ、お願いしていいかな」

 

「喜んで!!」

 

 もうひと押しなんて必要ありませんでした、万歳。

 申し訳なさそうに「ありがとう」と言う弥生が可愛すぎます。本当に同じ人間なんですかね僕の妹天使すぎてちょっと困るんですけど誰か語り合いませんか。ああああ、ちょっとティッシュが必要かもしれません。誰か、誰か僕にティッシュください、鼻に詰めるので。

 いきなり挙動不審になった僕を怪訝そうに弥生が見ていたけど、気にしない。「行くと決めたからには早く行こう!」と弥生の背中を押して僕たちは出撃用エレベーターに乗り込みました。

 

 

――――――――――

 

 

 やってきました、黎明の亡都。ここは本当に見晴らしが良くていいですね。

 崖の上から標的であるオウガテイルはすぐに見つけることが出来ました。なんとなくジュリウスに初めてブラッドアーツを見させてもらった日のことを思いだすような数と場所ですね。

 で、一方の弥生はと言うと、何故か萎縮していました。この三年間で大型アラガミにも何度か挑んだはずの弥生が、何故かオウガテイル三匹で。

 

「どうしたの、弥生。オウガテイル嫌い?」

 

「き、嫌いじゃないんだけど……ね」

 

『あー、あー。……弥生ちゃん、聞こえているかな?』

 

「あれ、リッカさん?」

 

 装着したインカムから流れてきた声に首を傾げる。オペレータはヒバリちゃんのはずです。そしてリッカさんは整備士であってオペレータではありません。その彼女がどうして通信をしているのでしょうか。

 リッカさんによると、弥生はどうも戦場を運で生き延びている節があるそうです。と言っても“運だけで生きている”と主張しているのは弥生だけみたいですが。リッカさんは弥生のその危ない戦闘は身の丈に合わないバスターブレードを使っているからだ、と見抜きました。だけど弥生は頑なに神機パーツの変更を拒絶している。仕方ないので今回テストとしてこういう形を取った、らしいです。

 ……うん。

 

「訓練場でやってください」

 

 何も実践でやること、ないじゃないですか。訓練場のダミーアラガミで十分ですよ。

 と思いましたがどうやら実戦でやりたいと言ったのは弥生自身だったようです。「実践だからこそ分かることがあると思うの」と僕に説明する弥生の言い分は屁理屈に聞こえてしまいます。弥生も年齢は僕と一緒でも神機使い歴は僕よりも長いですし、何か譲れないものがあるのかもしれません。全然見てないうちに弥生は僕の知らないところに行ってしまったんですね。

 

「あれ? じゃあ僕、来ないほうがよかったんじゃ……」

 

『いや一人くらいは誰かに監督してもらいたかったし、丁度いいと思うよ』

 

「お兄ちゃんには主に補佐をお願いしたいなって思って……」

 

 弥生は実戦で証明したいと志願したけれど、危機的状況に陥った場合一人で対処するのは難しいと判断された。そういうことでしょうか。でも僕、監督とかできないんですけど。なんで僕なんでしょうか。僕だってまだまだひよっこなんですよ。ピヨピヨなんですよ。

 ここまでくっついてきちゃった以上、やり遂げますけどね。それに僕の目的は弥生に“僕をお兄ちゃんだと認識してもらうこと”! ここでカッコイイお兄ちゃんを見せてあげないといけません。いや、補佐にカッコイイ場面なんて訪れるのかって話ですけど。とにかくナイスアシストを狙えばいいって事ですよね。

 

「ふふん、お兄ちゃんにまっかせなさい!」

 

 いつの世だってお兄ちゃんはすごいんだってことを教えてあげます。僕の方が後輩ですが!

 僕の言葉に弥生は不安そうな表情を崩すと、力強く一つ頷きました。そしてちょっと助走をつけてから待機地点である崖から飛び降りました。橙色のミニスカの中が見え……ない! 僕が先に降りていたら結果は変わっていたでしょうか……っとと、つい意識が逸れました。

 意識が逸れちゃったせいで僕は完全に出遅れていました。弥生は既に交戦を開始しています。バレットちゃんと持ってきておいてよかったなあ、なんて思いながらオラクルリザーブを済ませてOアンプルを数個口に放り込みました。今回は後ろから見守っているだけにしましょうかね。一応、攻撃用のバレットをセットして、いつでも回復用のバレットにも切り替えられるように気を配ります。

 

「そぉれっ!!」

 

 オウガテイルから放たれた針を払い落とし、そのままの勢いをオウガテイルにぶつける。ふらふらとおぼつかない足取りは確かに神機に振り回されている事実を僕に教えてくれましたが、そこには不思議と不安感はありませんでした。それは弥生の瞳に宿る、未だ僕にはない戦士としての闘志のせいでしょうか。

 さすがに自らを起点をしてぐるんぐるんと神機を振り回し薙ぎ払っているのを見たときは酔っちゃわないか心配になりましたが、問題ないようです。

 時々危なさそうな動作を見せるオウガテイルにはもれなく僕からバレットのプレゼントをしていますが、特に問題はなさそうに見えます。相手はオウガテイルですが、それでも無理な追撃はせず適度にステップを踏んで距離を取り直したりしています。今回はリッカさんに証明するということもあるから、尚更気を遣っているのかもしれまんけど。

 それにしても、やっぱりバスターブレードは強いんでしょうか。ブラッドだったらロミオが使っていますが……。質量こそ正義なんでしょうか。僕はどうも、重すぎる軽すぎるの両極端な神機パーツは苦手なようで、訓練でいくつか練習してみましたが、実践では結局チャージスピア以外は使っていません。

 

「弥生、回復!」

 

 弥生に飛びかかろうとしたオウガテイルを撃ち落とし、バレットを切り替えて念のために回復弾を撃ちます。回復弾は僕の前面に広範囲にぐるりと放射され、範囲内にいた弥生にも十分に届きました。こうやって後ろから見た感じ、ほとんど被弾していないですけど回復はしておくに越したことはないです。

 「ありがとう!」返答した弥生はそのまま棍棒を遠心力を使って強引に持ち上げ力を溜め……チャージクラッシュを先程僕が撃ち落としたオウガテイルの頭部に落とし、そのまま潰しました。今更ながら棍棒怖いです。

 チャージクラッシュが無事決まると、今度は僕が牽制していた二体のオウガテイルを豪快に横から打ち据え、飛ばします。……って、これ僕の方に飛ばされても。

 

「まあ弥生に任せられたからにはやるけどね」

 

 バレットを切り替え、空中に浮きなす術のない二体のオウガテイルの胴体に風穴を開ける。続いて弥生も銃形態に変えたらしく、オウガテイルの頭部が吹き飛びました。さっきから弥生は頭部にばかり攻撃していますがオウガテイルの頭が嫌いなのでしょうか。もしそうなら今度から積極的にオウガテイルの頭部をぐちゃぐちゃにしないといけなくなります。

 悲惨な姿となったオウガテイルは頭だった場所から地面に落ち、そのまま霧散をし始めました。どうやら終わりの様です。頭部が潰れたほうのオウガテイルのコア回収は弥生に任せるとして、僕はこっちの損傷が激しい二体の方のコア回収をすることにしましょうかね。神機を捕喰モードにして、そのままぱっくん。ごりごり噛み千切っていますけど、これって味わっているんでしょうかね。

 

「お疲れ弥生! かっこよかったよ!」

 

「そ、そんなことないよ! お兄ちゃんの補佐がよかったんだよ!」

 

 どうして謙遜するんでしょうか。今回の任務において僕は明らかに必要がありませんでした。むしろタダ働きごめんなさいと土下座したいところです。弥生は弥生なりにこの地で生きるための方法を身に付けてきたんだな、と思うとなんだかちょっと寂しくなりましたけど。

 分かっていたんですけどね。僕がいなくたって、家族に欠員が出たって弥生は生きていけるって。それなのにどうして僕は離れ離れになっていた間、ずっと弥生を心配し続けたんでしょうか。遠くにいるからこそ想いつづけるのが家族なんでしょうか。いや、それとも……。

 

『弥生ちゃん、飛鳥くん。お疲れ様!』

 

「あ、リッカさん。どうでしたでしょうか……?」

 

『まあ、及第点ってところかな。とりあえず帰ってきたらちょっと面談しよっか』

 

「分かりました」

 

 『それじゃあアナグラで待ってるね』リッカさんからの通信が切れて、弥生は安心したのかホッと息を吐きだしました。お疲れ様の意味を込めて背中を優しく撫でてあげると弥生は驚いたようにこちらを見てから、笑いました。

 

「なんだか、不思議だね。本当に飛鳥はお兄ちゃんなのかもしれない。すごく、安心する」

 

「わー、心外。僕はずっと昔から弥生のお兄ちゃんなのになあ」

 

 消えてしまった弥生の記憶。直接僕が弥生を傷付けるような、記憶を消したいくらいに追い詰めたようなことをした覚えはないから、僕は原因を“僕、または父さんが家を出たから”と踏んでいる。いや、父さんも原因に含めたくはないですけどね。腹立たしい。むしろ入れたくないですが、まあ可能性の一つとして。

 あくまでこれは推測に過ぎないけれど、そうであるなら少し嬉しい。だってそれは弥生にとって僕という存在がそれほどまでに大事だったということで。絶対に離れたくはないと思っていてくれたということで。

 ただその事実が、僕の寂しかった心をどれだけ癒してくれたことか。

 

「忘れちゃって、ごめんね」

 

 顔を曇らせて俯いてしまった弥生に僕は慌てざるを得ませんでした。だってこんな表情、望んでいません。弥生は僕にとって運命共同体であり片割れ、そして何よりこの世で最も大切な人物です。それに僕は弥生の兄。弥生の幸せな表情を見ることを願っている僕が、どうして弥生に悲しい表情をさせたことを喜べましょうか。弥生は絶対に幸せにならなければならない僕の天使なのに。それが与えられた期間の中で導き出した僕なりの贖罪なのに。

 

「いいんだ。僕はずっと待ってる。それに、仕方ないことなんだよ、きっと」

 

「……仕方ない? それってどういうことなの?」

 

「うーん。どういう、かあ。…………僕はね、弥生。君を――」

 

 夏さんたちに言っていませんけど、弥生には言っておくべきかもしれませんね。そう思って開いた口は、弥生の右手で塞がれていました。あれ、どうして塞がれちゃったんでしょうか。あるいはこれはもしや手を舐めろと言うプレイのサイン……すみません煩悩が過ぎました黙りますね。

 もしかして弥生を困らせてしまったんでしょうか。そう思って弥生の表情を盗み見てみますが、弥生はむしろ晴れやかな表情をしていました。はて、これはどういうことなんですかね。

 

「言わなくて大丈夫。私、全部思い出すから!」

 

 ああ、そういうことだったんですか。恐らく弥生は全く負わなくていい“僕を忘れてしまった罪悪感”が胸の内にあるのでしょう。だから記憶を思い出すことでその思いを晴らし、更に僕が悩んでいる原因を取り除こうとしてくれている。やっぱり弥生は昔と変わらない優しい子。そういうところが僕は大好きなんです。

 「早く帰ろう!」と僕の手を掴んで弥生は走り出しました。手を引かれるままに僕も走る。ああ、純粋で可愛い可愛い僕の弥生。ちょっと勘違いしちゃうドジなところもある弥生。

 

「――思い出しても、昔の僕が理由を話していたわけがないじゃないか」

 

 僕の呟きは幸か不幸か弥生の耳には入らず、そのまま溶けていきました。



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カレー&カレー(Episode1 夏)

二話連続投稿です。これは二話目です。

ブラッドアーツって主人公と心を交わせば取得できるそうですね。
何が言いたいかと言うとですね、なんかごめんなさい。


「改めて、ようこそ、極東支部へ! よろしくな、飛鳥!」

 

「はあ。よろしくお願いします」

 

 現在、嘆きの平原です。大きな竜巻が渦巻いています。うーん、今日も曇天ですね。

 今回はまったく事情が分かりません。今日はどうしようかな、と思っていたら先日出会った夏さんに会って、いきなり「ごめん飛鳥! 手伝って!」と言うがいなやそのまま連れてこられた次第です。何を手伝えばいいのかとか、まったく分かりません。でも夏さん、頻りに申し訳なさそうに謝ってくるからなんとなく聞きづらいんですよね……。そんなに謝らないでほしいんですけども。

 他の人の手伝いをするのは今に始まったことじゃないですし、別に気にしなくてもいいんですけどね? むしろ僕に出来る事ならどしどし言ってほしいです。何でも屋飛鳥、ってなんだかかっこいい響きじゃないですか?

 

「それで僕は何を手伝えばいいんですか?」

 

「あれ、言ってなかったかな。サリエルだよ」

 

「サリエルですか」

 

 確か空中をふわふわ飛んでるお姉さんみたいなアラガミですよね。データベースで何回か見ました。でもそれくらいで、僕自身はサリエルとは初戦闘になります。

 それに僕、いりますかね? 単騎での討伐は危険かもしれませんけど、夏さんの剣と盾はサリエルの素材でできているみたいですし。不慣れな僕を連れてくるより、よっぽどいいんじゃないでしょうか。

 

「サリエルって、氷属性が弱点ですよね? もう一つ神機パーツ持ってましたよね?」

 

 そう、僕が一番気になるのはそこでした。

 極東支部に来てすぐに保管されている取り付けられていない蒼い神機パーツを見つけたのでリッカさんに聞いてみたことがあったんですよね。それが夏さんの保有しているもう一つの神機パーツであり、アラガミ“カリギュラ”の素材でできているものだったんです。データベース曰く、氷属性を持つ、なんか素早い蒼いアラガミらしいです。

 夏さんは「ああ、あれかー」とちょっと照れくさそうに笑いました。

 

「あれ、メリーにもらったやつなんだよな。なんか、使うの勿体無くて……」

 

「神機パーツなんて使ってなんぼじゃないですか」

 

「メリーにも言われたよ。でもとっておきたくなっちゃうんだよな」

 

「爆発してください」

 

「ちょっと待って、どういうこと。待って待って銃口向けないで落ち着こう!?」

 

 問答無用です。そーれ、モルターどーん。ちゃんと狙って撃ったつもりだったんですけど、夏さんは素早く避けてしまいました。チッ、回避スキル高いですね。当たって吹っ飛んでくれればよかったのに。そのまま頭アフロみたいになっちゃえばよかったのに……。

 そういえば僕が使っている銃身って……カノンさん? っていう人と同じものらしいです。どうしてか夏さんが「なんでここでも誤射に気を付けなくちゃいけないんだよ……」と哀愁が漂っています。まあ、気にしない、気にしない。それに僕は普段、攻撃用のバレットを使う機会ってあんまりないので安心してもらっていいですよ。

 

「で、なんで僕と二人きりでサリエル討伐なんです?」

 

「しいて言えば近くに飛鳥がいたからかな」

 

「あっ、僕じゃなくてもよかった感じですか」

 

「うん。弥生の兄がどんな戦い方するのか気になったっていうのもあるけどな」

 

 そこは少しくらい否定してほしかったんですけど……。ちょっとショックです。

 サリエル討伐の経験がないことを伝えましたが、それでも夏さんは「大丈夫」と僕に言葉をかけ続けてくれます。いやもう大丈夫とかそういう問題じゃないんですよ夏さん。

 

「毒鱗粉にだけは特に気を付けてくれたらいいよ」

 

「他に注意する点は?」

 

「あとは目から出るレーザーとか……。まあ遠距離攻撃が多いし、その分隙も多いからなんとかなるよ」

 

 「最悪、本当に危なさそうだったら俺が指示出しするから」にこにこ笑顔の夏さんが頼りなく見えて信用できないのは果たして僕だけなんでしょうか。僕よりも先輩、ですよね。それは分かっているんですけど、ちょっとなよっちく見えるというか。僕が言うなよって話なんですけどね。

 いやいや僕。疑っちゃいけないです。人は見かけによらないって言うじゃないですか。それに失礼だからこういうことを思うのは止めたほうが良いですね。

 

「それにしても今日はいい天気だな」

 

「え? 馬鹿なんですか?」

 

「え、それは酷くない?」

 

 だって嘆きの平原ですよ。お日様なんて見えないですよ。この曇天のどこをどう見たらいい天気になんてなるんですか。目が腐ってるんですか。やっぱり夏さんって頼りない人なんじゃ……。

 ジト目で見ていると「ポカポカしないか!? 日向ぼっこしているみたいな!」と夏さんが訴えかけてきました。だからそもそもお日様なんて出ていないんだからポカポカなんてしているわけがないじゃないですか。

 

「飛鳥はポカポカしないのか? ……俺の気のせいなのかなあ」

 

「出先だから気分が高揚しているんじゃないですか?」

 

「でもこれはそういうのとは……。まあ、後ででいいか」

 

 夏さんの顔から急に笑顔が消えたのでびっくりしました。視線を辿ると、サリエル。といってもだいぶ距離があります。ふわふわと浮かび優雅にぼくたちに背を向けるサリエルをじっと見つめる夏さんは、やはり先輩にあたる人に違いないのだと認識を改めました。

 僕に目配らせすると夏さんはそのまま大きく踏み込み、サリエルに向かって駆けだしました。今日は既にオラクルリザーブを済ませていた僕はスピアの状態のままその後を追います。む、考えたらスピアだとやりづらいでしょうか。

 先にサリエルに追いついた夏さんが地面を蹴って飛びあがり、更に空気を蹴りより高い位置まで跳躍するとサリエルの頭に一撃を加えました。スキル“空中ジャンプ”の効果を差し引いたとしてもその跳躍力は並のものではありませんでした。

 

「先手取ったりー!」

 

 それから二回、三回と斬撃を負わせた夏さんは体勢が崩れると左手でサリエルのスカートを掴み、腕力だけで持ち上げて……それから今度はサリエルの首を背後から掴んで頭を斬りつけはじめました。

 

「え、あの、ちょ、何やってんですかあんた!?」

 

「斬ってる!」

 

「それは見れば分かりますよ!! ああもう、極東の人間は皆頭おかしい!!」

 

 見ていて危ないから勘弁してほしいんですけど!

 まさか掴まれるとは思っていなかったのかサリエルも身体を捩って夏さんを落とそうと抵抗していました。銃での支援も視野に入れていましたがこれじゃあできませんね。サリエルの意識が僕に向いていないうちに下からスカート部位の結合崩壊を狙うことにしましょう。

 しばらくしてから夏さんも維持できなくなったらしく、サリエルの身体に蹴りを入れて離れ、降り際にスカート部位を斬りつけて……。

 

「えっ」

 

 そこで唐突に夏さんが僕の視界から消え失せました。

 

「わああああ!?」

 

 次いで夏さんの悲鳴が、僕の上……正確にはサリエルの更に上から聞こえてきました。何が起こったのか分からなくて、でも放心してしまえば死にかねないから集中を欠かすこともできず、とりあえず一度銃形態に切り替えてサリエルから距離を取りました。サリエルの真下にいた僕はサリエルよりも上の視界を見ることが出来なかったので(ところでサリエルってパンツとかないんですね、残念です)離れないと状況が把握できなかったんです。

 

「あ、飛鳥っ! 今の何だ!? あれがブラッドの力なのか!?」

 

「……は?」

 

 先程夏さんが傷を入れていた頭に照準を合わせてバレットを撃ってみようかと思って砲身を向けると、そこには既に先客がいました。夏さんでした。今頃は地面に降り立ち、再び飛びあがっていたであろうその人はその間のステップを抜かして、サリエルの頭に再び攻撃を加えていたのです。

 ただし、サリエルの冠と頭を真っ二つに斬り裂いて、神機の刃がサリエルの胸部の位置で動かなくなっている状態でした。びくともしないのか、夏さんは神機の柄に手をかけてサリエルの身体を何度も蹴りつけ、神機を取り戻そうと躍起になっていました。

 なるほど。夏さんは地面に降りる直前、何かが起こってサリエルの真上に移動し気付かぬうちにサリエルを斬り裂き、しばらく訳が分からなくて神機にぶら下がっていたけどとにかく神機を取り戻して離れないと危ないことに気付いて今に至る……。そんなところでしょうか。

 帰ったらラケル博士に相談する必要があるかもしれませんね。そう思いながら僕はスピアに力を溜めていく。どうやら夏さんの今の攻撃はかなりサリエルに効いたみたいですし。

 

「夏さん、避けてくださいね」

 

「というかこれ取れない……! って、ん? 飛鳥何か言ったか?」

 

「いきますよー」

 

「ちょっと待て! 飛鳥落ち着け!!」

 

 やっぱり問答無用でした。僕はスピアに十分な力が溜まったことを確認してから、サリエルの腹部に向けて狙いを定めて……空を飛びました。チャージグライドによって僕は空を駆け、サリエルの腹部を貫きました。それから強引に身体の向きを変えてスカート部位に力強く一閃。部位破壊までには至りませんでした。

 ですが十分だったようです。サリエルはそのまま地面にべしゃりと落っこちると、それ以降身動きをしませんでした。ちょっとやりすぎたかなって思ってます、主に夏さんが。

 件の夏さんは僕が飛び出す前に危険を察知したのか神機を諦めてサリエルから離れていたらしいです。

 

「お前なあ……。俺の神機が傷付いたらどうしてくれるつもりだったんだよ」

 

「あ、自分の身体の心配はしてないんですね」

 

「そりゃ俺は逃げられたからな。次からは気を付けてくれよ?」

 

 霧散し始めたことによって抜けやすくなったらしく、夏さんの手には神機がありました。ついでに捕喰もしてくれたようです。仕事が早いですね。

 夏さんにごめんなさいしつつ、頭の中では先程の瞬間移動が気になっていました。それは夏さんも同じだったのでしょう。ヒバリさんに連絡を入れてから「あー」と気まずそうに夏さんはしばらく視線を泳がせていました。

 

「ま、なんだ。とりあえず、帰るか!」

 

 

――――――――――

 

 

 所変わって極東支部ラウンジにて。

 夏さんが「お腹減ったからラウンジで話そうぜ」と提案したので、ここにきました。今はムツミちゃん特製カレーライスを食べているところです。この前コウタさんにもムツミちゃんのカレーライスは美味しいって言われて一緒に食事をしましたっけ。僕もムツミちゃんのカレーライスがあれ以来大好きなので、嬉しいです。

 

「夏さん、あの時何か特殊なことをしましたか?」

 

 スプーンを持つ手を止めて夏さんを見ると、既に夏さんは食べ終わっていました。なんと。いくらなんでも食べるの早すぎやしないでしょうか。さっきまですごく美味しそうに食べていたから、味わっていないなんてことはないはずなんですけど。もう少しゆっくり食べてもいいような。

 僕の質問に夏さんは少し呻ってから、諦めたように首を横に振りました。

 

「特には何も。……サリエルから離れて、スカートを斬って、気付いたらサリエルの頭上だ」

 

「あの時の夏さんの悲鳴、とっても面白かったですよ」

 

「俺は死んだかと思ったよ」

 

 苦笑いをした夏さんは、なんだかそういった突発的なアクシデントに慣れていそうな感じがしました。疲れた笑い方が染みついている、様な気がします。気のせいでしょうか?

 お皿を下げてもらった夏さんがムツミちゃんから缶ジュースを受け取って喉を潤し始めた頃、ようやく僕もカレーライスを食べ終わりました。どうして水を貰わないんだろうと思いつつ、ムツミちゃんに同じものを頼んでみました。

 

「え……。飛鳥さん、やめたほうがいいですよ」

 

「ムツミちゃんがそんなに深刻な顔で止めるって、夏さんは毒物でも飲んでるんですか」

 

「毒物じゃないよ!? 全然、普通に飲み物だからね!」

 

 そう言って夏さんが差し出してきた缶のラベルを読んでみる。ええと、冷やしカレードリンク? ……カレーライスを食べた後に、飲み物のカレーを飲むってどうなんでしょうか。というか飲み物のカレーってなんでしょう。サラサラなんですかね。所謂スープカレーみたいなやつなんですかね。こんなの誰が考えたんですかね。

 ムツミちゃんが止めた理由が分かりました。一度試してみたくもありますがカレーにカレーはちょっと遠慮願いします。また今度機会があった時に飲んでみることにします。

 

「どうしてみんなこの味が分からないかなあ。リッカさんだけだよ……」

 

「ああ、リッカさんもそれ好きなんですか……」

 

 そういえば自販機にずっと売り切れ状態の初恋ジュースなるものがありましたけど、あれもコアな飲み物だったんでしょうか。一度飲んでみたかったものですが、まあたぶん無理でしょうね。

 美味しそうに冷やしカレードリンクを飲む夏さんを見て、なんだか胃がもたれてきました。僕は夏さんほどカレーが大好きってわけでもないんですよ……好きな料理の一つ程度に過ぎないんですよ……。

 

「……あ」

 

「どうかしましたか。ハトがスタングレネードでも食らったような顔して」

 

「それかなり危ないやつな。……あのさ、さっきの依頼の時のことなんだけど」

 

 冷やしカレードリンクを飲み終わったのか缶が机に当たり、カツンと乾いた音が鳴りました。夏さんは言葉を整理しているのか目を伏せていましたが、すぐに目を開きました。「信じてくれないかもしれないんだけどさ」と前置きする夏さんに「気にしないのでどうぞ」と促します。

 

「サリエルの頭上に行ければいいな、ってあの時思ったんだ」

 

「頭上に、ですか」

 

「頭は比較的剣戟が通りやすいからな。そこに行けたら有利だなって思った」

 

 それで気付いたら頭上に、という具合らしいです。夏さん自身もどうやってサリエルの頭上に移動できたのかよく分かっていないそう。……詳しく調べる必要があるのかもしれないですね。一応、帰還前にラケル博士に送った通信では夏さんを連れてくるように頼まれましたし、今日中に夏さんをフライアのほうに連れて行ったほうがよさそうですね。

 最近はなんだかギルがハルさんに会ってからそわそわと落ち着きがないですし、仮にも副隊長を任されたからにはしっかり見張っておかねばなのです。ジュリウスが今、フライアのほうに籠ってますからね。そういう意味でも僕の出番なのです! 長男(ジュリウス)の代わりに務めを果たしますよー。あ、そっか、夏さんをフライアに連れて行くということはジュリウスにも会えるかもしれませんね。時間に余裕がありそうだったらジュリウスを探してみましょうかね。

 さて、そうと決まれば夏さんとフライアに……と思ったら夏さんが二本目の冷やしカレードリンクを飲んでいました。……ああ、フライアにはまだ行けそうにありませんね。




【夏は???を取得した】


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75、ブラッドアーツ

ルビが楽しい


「ラケル博士ー! お久しぶりです!」

 

「お久しぶり、飛鳥。ですがお客さんがいますので……」

 

「……」

 

 飛鳥との任務後、ご飯を食べてから直ぐにフライアに連れてこられた。先の任務中に突然起こった謎の瞬間移動を調べるため……ということだったのだが。飛鳥はそのことを既に忘れているのか、ラケル博士と言う車いすに乗った女性に思いきり飛びついていた。ええと、俺の存在を忘れないでもらえるとありがたいな。

 不満そうに頬を膨らませた飛鳥は、だけども素直にラケル博士から距離を取って俺の隣に並んだ。

 

「夏さん。僕たちブラッドのお母さん的存在、ラケル博士です!」

 

「初めまして。極東支部第四部隊副隊長、日出 夏と申します」

 

「存じておりますわ。以前、メリーさんからあなたのことをお聞きしましたから」

 

 エミールと一緒にブラッドの支援をしに行ったときのことを言っているようだ。メリーはそれ以外にもフライアに行った目的があるって言っていたけど……、ラケル博士に用事があったのかもしれない。一体ラケル博士に何を吹き込んだのか皆目見当がつかないが、「その節はうちの隊員がお世話になりました」と返しておく。メリーが副隊長ではなく俺が副隊長というポジションにいるのは今でも何だか不釣り合いに見える。

 変なことでも吹き込まれていないといいな。と思っていたら、飛鳥はここで退場らしい。ラケル博士に挨拶を言ってから退室してしまった。えぇ、二人きりって何だか気まずいんだけど……。

 

「……飛鳥は随分あなたに懐いているんですね」

 

「あの子は私に本当の母親を重ねて見ているのでしょう。愛に貪欲な子ですから」

 

 そういえば飛鳥は妹である弥生に対してはあんなにくっつているしよく見ているのに、他の家族……母親や父親のことに関してはまるきり関心がないように見える。それなのにラケル博士には母親を重ねて見ているってどういうことなんだろうか。でもプライベートな話題だしな、俺が踏み込むわけにはいくまい。

 飛鳥の話はここまでにして、瞬間移動の話に移ることになった。どうやらラケル博士は心当たりがあるらしい。あとはその心当たりがあっているかどうかを確かめるだけであるらしいのだが……。今日は疲れているだろう、とのことで今日はフライアに泊めてもらって明日検証することになった。ということは明日は依頼に行けるかどうかも分からないな。後で連絡を入れておかなきゃ。

 フライアは広いからー、ということでラケル博士からあてがってもらった部屋の位置を教えてもらった後、俺はラケル博士の部屋を後にした。なんだか不思議な女性だったな。いちいちの言動に人を惹き込むような、そんな魅力があった。メリーは苦手だってメールに書いていたけど、そうでもない気がする。

 さて、寝るまでの時間、すっかり暇になってしまった。今から寝てもいいんだけど、少し早いような気もするし……。そう思って、メリーのメールを思い出した。“一度は行ってみたほうが良い場所”とメリーがえらく絶賛していた場所があったな。確か……庭園だったっけ。

 

「あー、これはメリーが好きそうな場所だな、うん」

 

 庭園に着いてみて、絶賛した理由に納得した。今や貴重といえる自然あふれるその場所は読んで字の如く正に庭園だった。穏やかな空気が流れるこの場所にいれば悲惨な現実など瞬く間に忘れてしまえるだろう、とても落ち着いた空間。これはメリーがあの子たちを連れて行きたくなるわけだ。見せられないからって何本か花を持ち帰らせてもらったそうだし。

 そんなことを考えていると、木の下で誰かが居眠りをしているのが見えた。って、誰かも何もあれはジュリウスさんじゃないか。そういえばフライアでの仕事があってここ数日は支部内では見かけていなかったな。一人だけの呼び出しで仕事って、何をしているんだろう。相当疲れているみたいだし、そっとしておこう。庭園を楽しむのはまた今度、ってことで。

 小さな声で「おやすみなさい」と声をかけ、俺は庭園を後にした。

 

 

――――――――――

 

 

 翌日、フライアの訓練場にて。

 やっぱりできて間もないからなのか、極東支部の訓練場よりも傷は少ない。うちの訓練場もそろそろ綺麗にしてくれないもんかなあ。見ていて痛々しいくらい傷がついてるんだよな。

 今は昨日と同じ状況を再現したいということでダミーサリエルと戦闘中。で、さっきまで昨日と全く同じことをしていたんだけど……瞬間移動は起こらなかった。どうしてだろう、ということでダミーサリエルから少し距離を取り、自分なりに考えてみている。

 昨日の俺と今の俺は何かが違うんだ。それは地理的な状況じゃなくて、もっと別のもの。今の俺に足りない要素は何なんだろうか。

 

『夏さん。私はあなたがブラッドアーツに覚醒したと思っています』

 

「ああ、はい。それは先程聞きました」

 

 俺はこの検証をする前にラケル博士から心当たりの内容を聞いていた。それがブラッドアーツの覚醒。ただブラッドアーツとはブラッドが血の力に目覚めたことによる副産物である、ということをジュリウスさんから既に聞いていた俺はこれに首を傾げていた。どうしてブラッドアーツに覚醒できたのか、という理由は検証の後で答え合わせということになってしまったけれど。

 

『ブラッドアーツはあくまで自らの内に眠る可能性。あなたの意思によって発動するのです』

 

「俺の、意思……」

 

 ラケル博士の声を聞き、ハッとした。そうだ、確かに昨日の俺とは違う点があった。

 神機を握り直して俺はサリエルに接近し、地面を蹴りつけて空に飛び出し、そして斬りつけた。ダミーサリエルが反撃の挙動を取ろうとしている。ここの挙動は少しずつ違ってくるが、大まかな動作を俺は記憶している。恐らくサリエルは後退しつつ俺に毒鱗粉を吹っかけてやろうとしているのだろう。まあ、かけられたって俺はヴェノムにはならないのだけど。

 だけどこれは俺にとってチャンスだ。俺は昨日の俺と同じ意思を見せる。

 

 

――サリエルの背後、いや頭上を取りたい。

 

 

 気持ちの悪い浮遊感が、一瞬だけ俺を襲った。

 一つ瞬きをした時、俺の視界はまったく別のものに変わっていた。下を見れば大まか昨日と同じような位置にいることが分かる。そのまま俺は神機を振るい、冠からサリエルを真っ二つに裂く。……はずだったのだが、やっぱり胸部辺りで止まってしまった。ぶらん、と神機を支えにしてぶら下がってしまう。

 あれだな、今の俺って最高にカッコ悪いな。

 

『お疲れ様でした』

 

 検証は今ので終わったらしい。俺を支えている神機が刺さっているサリエルが溶けて消えたことで、俺は尻餅をついてしまった。うぐぅ、微妙な高さだったから微妙な痛みが……。

 ジンジンと痛む尻を擦りながら訓練場を後にする。神機をフライアの神機格納庫に預けてから俺はラケル博士の部屋を訪れた。この部屋でさっきの訓練場での数値を調べるんだって。調べなくても、あれは明らかに普通のことじゃないと思うんだけど。ああ、でもあれが何か危険なことだったら困るから、調べてもらえるのはありがたいことなのかもしれない。その、ブラッドアーツとやらはサカキ博士じゃわからないことだろうしね。

 

「ジュリウスや飛鳥、シエルと同じ数値が出ました。ブラッドアーツと見て間違いないでしょう」

 

「ええと、それで、どうして俺はブラッドアーツに覚醒できたんでしょうか」

 

「飛鳥の血の力……“喚起”によるものだと私は考えています」

 

 シエルを血の力にまで至らせたっていうやつだっけか。いまいち詳しいものとかは知らないけど、なんかすごいものらしい、とだけは認識している。でも俺が飛鳥と出会ったのはつい先日だし、一緒に依頼に行ったのは昨日が初めてだ。そんなすぐホイホイ覚醒できたらブラッドの人たちとかもう全員血の力に目覚めてるんじゃないかな。

 その点はラケル博士も気になっていたらしい。そしてラケル博士はシエルが血の力に目覚めたのも二人が互いに心を交わしたからだ、ということを説明した。ほう、俺は日が浅すぎて心を交わすとかそういうステップ全然踏んでいないんですが。そりゃラケル博士も不思議に思いますよね。俺も不思議です。

 

「……そういえば、あなたはゴッドイーターチルドレンですね」

 

「ああ、調べたんですね」

 

 ゴッドイーターチルドレン。俺が神機使いになってから初めて知った単語だった。調べて分かったが、このゴッドイーターチルドレンが神機使いになると偏食因子が濃くなるらしく、そのせいで危険視されているらしい。だから定期的にメディカルチェックが必要、みたいだが俺はそれらしいことをされた記憶がない。最近になって定期的なメディカルチェックをするようになってきたが、最初の頃はあんまりなかった。普通逆じゃなかろうか。

 ということで俺自身ゴッドイーターチルドレンってなんのこっちゃ、なんだが今回はそれが関係しているらしい。いや全然話の流れ見えてないけどね。このままだとゴッドイーターチルドレンの神機使いってなんかすごいんだぜって認識で終わってしまう。

 

「ゴッドイーターチルドレンだから取得が早い。そういうことがあるんですか?」

 

「いえ、関係はあるかもしれませんが、違うと思います」

 

「そうなんですか」

 

「あなたは特別、外部の影響を受けやすいのかもしれません」

 

「外部からの影響……例えば飛鳥の血の力のような……?」

 

「ええ。ですがその分、脆い」

 

(「You are under the control of me」)

 

 またか。知らない声が聞こえた。どこかで聞いたことがあるような気がする言葉は、だけども聞き取ることは叶わない。ズキリと頭が痛み、目の前の光景が一瞬だけ別の光景に切り替わったような気がしたが、どんなものだったかはやはり分からなかった。最近、たまに俺に起こるこいつは一体なんなんだ。依頼中にきたらキレるぞこの野郎。

 ぼんやりと今自分に起こったことを考えていたけれど、ラケル博士の「どうかしましたか?」という言葉で我に返る。危ない危ない。今のままじゃ俺が変人確定されてしまう。些細なことだしこれは個人の問題だ。ラケル博士に言っても仕方ないことだろう。

 

「なんでもないです。すみません」

 

「構いませんよ。……私としてもあなたのことは心配です。これからは定期的にこちらでメディカルチェックを受けてもらえますか?」

 

「了解しました」

 

 ラケル博士いい人だ……。全然フライアと関係のない俺の体調を気遣ってくれるなんて。美人さんだしさぞかしモテるんだろうな。とと、調子に乗りすぎた。ラケル博士が俺のことを気遣っているのは研究対象だからって可能性もあるしな。うん、うぬぼれるのは止めておこう、そうしよう。

 それから俺はいくつかラケル博士と言葉を交わした後に別れた。用事が終わったし、極東支部に戻るとするかな。そう思いながらエレベーターに乗り込んだところで携帯電話に着信が入ったので慌ててエレベーターから降りる。エレベーターに乗ったら電話する人がいた、とか他の人から見たら迷惑だろうしね。

 電話してきたのはメリーだった。ここ最近直接面と向かって話した覚えがないことに気づいて少し悲しくなる。俺も彼女も極東の古参兵。そのキャリアのためにあちこち引っ張りだこになることもある。今回はたまたま互いに予定がいろいろと立て込んでしまっただけだ。だから仕方ないことなのに……。

 

「久しぶり」

 

『最初はもしもしが基本でしょ?』

 

「まさかメリーに常識を説かれる日がこようとは」

 

『喧嘩売ってるのかしら?』

 

「冗談だよ。……ところで、用件は? そっちは忙しいんだろ」

 

 サカキ博士に頼まれて遠出しているって聞いているし、たぶん特務をやってるんだと思う。三年前は俺も巻き込んでくれたのにどうしてか今回は俺を巻き込まないようにサカキ博士に言ったらしいのだ。そんなに頼りないかなあ、俺。これでも頑張っているのに。

 今日の分の用事が終わっている俺と違って、長期的な特務を受けているメリーの方が忙しいだろうに。たまにこういった連絡をしてくれるのは安心できるから嬉しいけどもね。

 

『暇になったから電話しただけ。そっちは?』

 

「ちょっと用事があってフライアに」

 

『フライア? なんでそんなところに夏が……。極東にフライアが来たのは聞いていたけど……』

 

 隠すことでないと思い、俺はメリーに昨日のことと今日のことを話した。メリーはフライアにお邪魔した際にジュリウスさんのブラッドアーツを目撃していたらしい。俺がブラッドアーツを覚醒させたことを話すとえらく驚いていた。

 

『そう、夏がブラッドアーツを……。どんな感じ?』

 

「瞬間移動系?」

 

『は?』

 

「説明するのが難しいんだよー。ま、今度一緒の依頼の時に見せるよ」

 

 メリーがいつ帰ってくるかは分からないけど、約束する。成果があがらないから近々帰ってくるみたいなことをさっきメリーが言っていたのもあるけどな。それまでにブラッドアーツのことをちゃんと理解し、使いこなせるようになっていなければならない。

 カッコつけたいっていうのもあるけど、単純に理解しきれていないものを使うのが怖いというのもある。それが原因で死んだりしたらたまったもんじゃないからな。上手い話には裏がある。俺はブラッドアーツに覚醒するのが専門家であるラケル博士の目から見ても早かった。何か変なことが起こるに違いないのだ。用心しておくに越したことはない。

 

「あ、そういえば、ラケル博士にブラッドアーツの名前つけてもらったんだ」

 

『名前?』

 

「必殺技にかっこいい名前はつきものだ。でも俺、名付けは苦手だからラケル博士に頼んでみた」

 

『ふーん……。それで? なんて名前をもらったの?』

 

 わりとどうでもよさそうなメリーの声が聞こえる。残念だ。メリーにはこの感覚がわからないなんて……。まあメリーは女だから分からないかもしれないな。飛鳥辺りだったら分かってくれそう。

 ラケル博士が名前なんて要らないわ、とかそういうことを言う人じゃなくてよかった。考えたら血の力の名前を考えているのってたぶんラケル博士だもんな。識別的な意味でも名付けることは大切で重要なことだと思ってくれているのだろう。きっと名付けることによって生まれるロマンの辺りは分かってないと思う。

 

「“ダンシングザッパー”……。それが俺のブラッドアーツの名前だ」



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76、無力

二話連続投稿です。これは一話目です。
この話が微妙なところで切れることになったので二話連続投稿にした次第です。


そういえば小説内でお知らせし損ねたのですが、この小説は1月15日付でマルチ投稿をやめました。これからはここでの投稿のみになります。
詳しいことは活動報告にあるので興味がある方はどうぞ。


 “赤い”カリギュラが出た。

 極東支部に戻ってきて真っ先に俺の耳に飛び込んできたのはそんな言葉だった。

 幸いにもその赤いカリギュラ……ルフス・カリギュラの被害は今のところなく、既に飛鳥・ギル・ハルさんの三名が討伐に向かったそうだ。精鋭のブラッド隊二人に各地を渡り歩いたベテランのハルさん。ルフス・カリギュラの実力は俺には分からないが、あの三人なら問題はないだろう。

 

「そっか、カリギュラか」

 

 随分前のことだけど、俺はメリーから貰ったカリギュラの神機パーツを一度使ったことがある。その時にハルさんから何を素材にした神機パーツか聞かれて、「カリギュラです」と答えたときに数秒表情が固まったのを見た。ああ、何かあったんだな。そう察するには十分な出来事だった。

 それ以来、大切な神機パーツであるということも相まって、俺はその神機パーツを使用していない。リッカさんたち技術班の人たちに頼んで、なるべく奥の方の人目につかないところに保管してもらっている。……はずだったんだが、どうして飛鳥は俺の神機パーツを見つけることが出来たんだか。

 

「ヒバリちゃん、弥生とカノンいる?」

 

「弥生さんとカノンさんは現在、シエルさんとの合同任務で出ていますね」

 

「そっか。ありがとう」

 

 ということは今の俺は暇ということになる。確かにどれくらいかかるか分からなくて、念のため今日は有給を取っておいたんだけど……。いざ暇になるとまったくやることがないな。困った。

 今日は筋トレでも……いや、ダンシングザッパーの練習をするべきだな。ダンシングザッパーの発動タイミングの見極め、突然変わる視点の慣れ。課題は多い。何しろブラッドアーツ自体がまだ未知の領域なんだ。誰かに聞くこともできそうにないからな。

 

「今訓練場って誰か使ってたりする?」

 

「ええと……ロミオさんが使用中みたいです」

 

「ロミオが?」

 

「あと、後ほどサカキ支部長が訓練場に来るそうです」

 

「……戻ってきたら俺が使うって分かってたんだな」

 

 ヒバリちゃんにお礼を言ってから区画移動用エレベーターに乗り込み、神機格納庫に向かう。今日は色んな所に神機を移動させてばかりだなあと思いつつ神機を受け取り、訓練場に移動した。訓練場の扉にある表示で現在の使用者・ダミーアラガミの表示を確認。使用者はロミオ・レオーニ、ダミーアラガミは……ヴァジュラ?

 極東支部は人員不足だし激戦区。だからヴァジュラを単騎で討伐してね、なんて無茶な依頼が来ることがないこともないが……。ブラッドの人たちまで無理をさせることはないだろう。こっちの空気に慣れようとしているのなら、そんなに無理をしなくてもいいんだけどな。俺らとしては感応種だけどうにかしてもらえればいいのだから。……なんて言い方は薄情すぎるか。

 訓練場に入ってみると、既にヴァジュラは前足や頭などいくつかの部位を結合崩壊させた状態になっていた。この狭い空間でたった一人、よくも動けたものだな。さすがブラッド隊の一人ということだろうか。ただ……動きが少々荒いように見えるのは俺の気のせいだろうか。ロミオは、何かを焦っている?

 

「ロミオー」

 

「あ、夏さん」

 

 ちょうどダウンしていたヴァジュラにチャージクラッシュを決めて止めを刺したところだった。ダミーとは言え、一人でここまでとは、ブラッドやりおる。第三世代と言うだけあって個々の能力も十分に高いようだ。今や旧型ではなく第一世代と呼ばれるようになった俺としてはちょっと羨ましい。適合できるなら第二世代の神機に乗り換えたいものだが、それも見つからないし。

 脇に置いてあったタオルで軽く汗を拭ったロミオの手にはマメが多い。適合によって本来の重量よりは軽く持てるとはいえ、やはりバスターは重いのだろう。自分よりも大きなものを振るう者の苦労か。……ゼルダや弥生の手にもこんなマメがよくできているのだろうか。そう考えると痛ましい。

 ともかく、こんなマメができたままじゃ満足に神機も振るえないだろ。手を取って簡単にテーピングを用いて手当てしてやる。俺の知識は聞きかじった程度だから、本当は病室に連れて行ってオネエサンあたりに任せた方がいいんだろうけどな。ま、応急処置ってやつだ。

 

「ありがとうございます」

 

「いいって。後でちゃんと病室行けよ。それと、力任せに神機を振るうのは止めとけ」

 

 力に任せて無理に振るうのであれば、マメが悪化しかねない。マメは靴擦れと一緒だ。悪化すると相当痛いし、依頼にも支障をきたすに違いない。こんなに頑張っているのに水を差すようで悪いが、その時になって困るのは努力を続けているロミオ自身なのだから。

 

「夏さんって、どうして応急処置を覚えたんですか? 衛生兵じゃないのに」

 

「俺が怪我しやすくてな。自然に身に付いちゃったんだよ」

 

 あの頃はがむしゃらに戦っていたな、なんて他人事のように思い出して笑ってしまった。三年前メリーと組んでいたころの俺と第四部隊の副隊長を任せられている俺、いったい何が変わったっていうんだろうか。俺的には場数と歳の違いくらいしか分からないが、もっと変わったことがあるだろうか。

 考えているうちに、いつの間にかぼーっとしてしまっていたらしい。心配そうなロミオに「夏さん? 夏さん?」と何度も呼びかけられているのに気付けなくて、ついに揺さぶられるまで分からなかった。うーむ、ついに老化が始まったんだろうか。二十歳までは早く年を取りたいと思うが二十歳を過ぎると年を取りたくないと思うようになる、なんて聞いたことがあるけど、まったく同感だ。

 

「ごめんごめん、それで何?」

 

「サカキ支部長が呼びかけてるのに反応がなかったから、心配したんですよ」

 

『ようやくお帰りかね、夏くん』

 

「どーも。ただいま帰ってきました」

 

 意外とサカキ博士来るの早かったな。でも嫌味は勘弁してください。

 サカキ博士に俺が覚醒したブラッドアーツの簡単な詳細を伝えて、その練習に相応しそうなダミーアラガミを相談する。まだ慣れていないこともあるから、ということでとりあえずダミーサリエルを使うことに決定した。先にブラッドアーツ自体に慣れてから他のアラガミでも通用するかどうか検証したほうが安全だろう、ということだ。

 そこまで話したところで、すっかりロミオを置いてきぼりにしてしまっていることに気付いた。俺も早くダンシングザッパーを実戦で使えるようになりたいということでついつい相談のほうに意識を注ぎすぎてしまった。ちょっと無神経すぎたかもしれないな。俺は先にロミオと話していたわけだから。

 

「夏さん、ブラッドアーツ取得したんですか……?」

 

「え? あ、うん。昨日ね。まだ制御とかは難しいけどさ」

 

 肩を竦めてからロミオには危ないので訓練場から出てもらう。見学したい、とのことだったので今はサカキ博士と同じく、上の強化ガラスで守られた場所からこちらを見ている。なんだか見世物小屋の動物になった気分だ。大した動物でもないんだけれど。

 軽くストレッチをして体を温めたところでサカキ博士にダミーサリエルを出してもらい、いざ検証開始した。まず俺が望めばいついかなるときでも発動できるのか。結果から言ってしまうと、それなりの過程が必要だということだった。

 まず、俺は空中にいなくてはならない。これはちょっと語弊があるのだが、今は置いておくとする。次に俺は何撃か相手に攻撃を叩き込んでいなくてはならない。これはマーキングのようなものか、ということで納得した。そしてこれが大事なのだが、ダンシングザッパーは一回の上限として三回までしか望むところに移動することが出来なかった。どうしてかは分からないけど、使っているうちに体力的にも精神的にも疲れてきたので身体が自動でセーブをしていると仮定した。これは使いどころを見極めないと面倒そうだ。

 と、ここまで大まかな内容を掴んだところで、実戦でどう使うか、という話題に移った。けれどサカキ博士はあくまで戦場の人間ではないので、やったほうが早いだろうという話になった。対サリエルでのダンシングザッパーの使い方か……。どうしようかな。

 

「よっし、始めますか」

 

 トントン、とその場で数回跳ねてから一気にダミーサリエルに肉薄した。ダミーサリエルの冠にある瞳が輝くのを確認し、素早くダミーサリエルの真下を通過した。直後、俺の背後で熱量を感じたが、大方ダミーサリエルが広範囲のビームを床に叩き付けたんだろうと思い、特に確認もしなかった。身体を翻して思いっきり飛びあがるとスカートを斬り裂く。あまり効いていない様子だったが特に気にせず、こちらに向き直ろうと時計回りにその場で回るダミーサリエルを見ながら思う。ダミーサリエルの右斜め後ろの地点に行きたい。

 少しの浮遊感後、俺の身体は正しく望んだ位置に浮いていた。内心でガッツポーズをしつつ剣戟を加え、左斜め後ろをとり、更に攻撃。望んだ場所は概ね期待通りで誤差などはなさそうだ。だがいつまでも死角ばかり狙っていてはアラガミの方に先手を取られる可能性もある。つまり視覚への移動とそうでない場所への移動を巧く組み合わせる必要がある。これは、俺が思っていたよりも難しそうだ。

 ダミーサリエルのスカートから鱗粉が零れたのを視界に入れ、警戒のためにダミーサリエルの身体を蹴り、一度距離を取った。離れた位置に着地した俺はいつでも行動を起こせるようにと姿勢を低くしてダミーサリエルの様子を覗う。

 

「っ、あ、ぇ……?」

 

 はずだった。

 途端、地面が地面でなくなり、底なし沼に引き摺りこまれるかのような感覚に陥る。身体が傾いた、ような気がする。地面に倒れたかどうかは分からなかった。名前が呼ばれたような感覚があったが、ぐわんぐわんと変に反響して正確に俺の名前であるのか判別もつかない。

 しまったな、ちょっと浮かれてたかもしれない。でもまだやれる。まだ疲れてない。まだ余裕がある。そうに違いないのに。どうして段々手足の先から感覚が無くなっていって――?



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77、倦怠感

二話連続投稿です。これは二話目です。


 気が付いた時、見慣れた病室の天井が目に入った。

 ……はて。どうして病室に来ることになったんだったか。全然記憶にないんだけど。病室のベッドに寝かされるようなこと、したっけなあ……。

 うーん、と唸っていると仕切られていたカーテンが開かれ、オネエサンが顔を覗かせた。あっ、これすごい怒ってる。口角は上がってるから一見笑顔のように見えるけどこれ怒ってるよ絶対……!

 

 それからベッドの上で正座させられて訳の分からぬまま大反省大会という名のお説教が始まった。どうやら俺は昨日訓練場でぶっ倒れて今までずっと寝ていたらしい。昨日はロミオにここまで連れてきてもらったらしい。ありがたやー、と思う前に次から次へとオネエサンからのお説教の言葉。「まったく最近の神機使いさんたちは本当に無茶が好きなんだから! 第一ねえ……」と最終的に俺が関係ない方向に話が進んでいったが、ここで口を挟むとお説教が伸びると俺は学んでいたのでお口にチャックして聞いていた。

 起きた時間を確認していなかったのでお説教が何時間続いたのかは分からなかった。もしかしたら数十分かもしれない。まあ俺にとっては長く、堪えた。なんだかオネエサンの説教って母さんに怒られてるような錯覚に陥るから、地味に落ち込むんだよなあ……。まあ物心ついたとき母さんはいなかったから、たぶんこんなものだろ、ってくらいの錯覚だけど。

 

「あの人、ほんとう過保護だよなあ……」

 

 病室を出て区画移動用エレベーターに乗り込み、そう一人ごちる。

 思えば俺が初陣で怪我を負ってからの縁である気がする。このアナグラで一番最初に仲良くなったのもあの人かもしれない。意外と長い縁なんだな。だけどこうやってふと自分の身の回りのことを振り返ってみると案外寂しいものである。なんかその、自分が老け込んだみたいで。……ええい、もう老化の話は止めよう。嫌になる。

 参ったなあ、と思って頬を掻いていると、ちょうどエレベーターが目的地であるエントランスに着いた。いつも通りの喧騒に、ああ、ここだけは変わらないな、なんて安心しながらその空気に触れる。だけど、なんだか寂しいな、なんていうのも……。うあああ、もう老化の話は止めだってば。

 

「あっ、夏さーん。おはようございますー、昨日倒れたそうですが大丈夫ですー?」

 

 呼ばれてそちらに目線を向けると飛鳥がいた。言葉にはからかいの色が含まれているが、その表情は本当にこちらを心配している優しいものだった。一瞬、ゼルダとかぶりドキリとさせられる。いやいや、あの真面目のゼルダと不真面目の飛鳥。外見的に似るなんて万が一にもありえない。でも、今の感じは……?

 そうやっていつもなら考えに耽っていたのだろうけど、今回ばかりはそうはいかなかった。飛鳥の隣にいた人物に、目を奪われる。白いシャツを中に着こみ、黒いコートに黒いズボン。黒いフレームの眼鏡の奥に見えるは黒の双眼。三年前より伸びた髪は後頭部に一つに結われて尻尾のように揺れている。俺の姿を捉えた瞳が細まり、口角は上がる。いつぶりだろう、彼女らしいそんな笑みを見たのは。

 

 

「メリー!!」

 

「やっほ。ただいま」

 

 気怠そうにひら、とこちらに手を振ってくるメリーにちょっとした懐かしさを感じてしまった。ほんの数週間くらい会っていないだけなのに、どうしてこんなにも心細かったのか分からない。ちょっと泣きそうになってしまったがからかわれる予感がしたのでぐっとこらえる。

 いつ帰ってきたんだとか、怪我してないかとか、いろんなことを聞きたくなって頭のなかがごった返してしまう。まず何を言ったらいいのか分からなくて「お帰り」とだけ口に出た。お疲れ様、とかも言いたいのだが他の言葉は頭の中に浮かんでもすぐに溶けていってしまう。

 

「……メリー、お前、昼間から飲んでるのか」

 

 代わりにメリーの頬に朱が差していることに気付いてしまって、そっちのほうが口に出てしまった。メリーはよっぽど疲れが溜まっていない限り、酔うことはない。だけど“飲んだかどうか”は一目見れば分かるのだ。こいつ……、たぶん今日は有給でもとっているんだろうけど昼間から酒飲みおって。

 俺の指摘は当たっていたのだろう。メリーが明々後日の方に目線を向ける。

 

「気のせいじゃない?」

 

「ほほーう? ならば俺に息を吹きかけてもらおうか。酒の臭いで判断する」

 

「変態!」

 

「おい待てそんな濡れ衣着せて逃げられると思うなよ!!」

 

 確かに大変だったのかもしれないけど久しぶりに見た仲間の顔が酔ってる顔ってどうなのよ。いや、メリーの場合これは酔ったのうちに入らないのかもしれないけど……。というかやっぱり酒臭い。

 メリーはそれから俺の言及が面倒になったのか「あ、あー! サカキに報告するの忘れてたわー! 戻って来たばっかりだものー! 報告いかなくちゃー!」とわざとらしいほど棒読みで言うとたったか区間用エレベーターに乗り込み、姿を消した。あいつめ、今度会ったら説教しておかなくちゃならんな。

 

「二人って随分と仲がいいんですねー?」

 

「ん? ああ……、いつも俺が振り回されてばかりだけどな」

 

「満更でもないって顔してますよ」

 

「あ、分かる? ま、三年もこんな関係だと、むしろないほうが寂しくなるさ」

 

 むしろこの掛け合いが日常になってくる。や、別に罵られたいわけじゃないんだけど。一種のコミュニケーションというか、戯れというか、挨拶みたいなもんだ。飛鳥もなんとなく俺とメリーの関係を理解したのか、はたまたメリーから既に俺との関係を聞いていたのか、ただ笑うだけだった。弄られるかなー、って思ってたんだがそうでもなくて安心した。

 と、そこへメリーと入れ違いでハルさんが現れた。俺と飛鳥を見つけると「おー」とこちらに近寄ってくる。そういえば、二人は昨日ルフス・カリギュラを倒しに行ったんだっけ。どことなくハルさんはスッキリしているように見える。憑き物が落ちた、みたいな感じだろうか。晴れやかな表情のハルさんを見てちょっと嬉しくなる。これも飛鳥のおかげだと考えると感謝してもしきれないし、同時に力になれなかった自分が悔しくもある。俺は結局、ハルさんの事情を知らない。

 

「夏、メリー見なかったか? ついさっき帰ってきたらしいんだが……」

 

「えー? 今までここで僕たちとお話してましたよ?」

 

「サカキ博士に報告するって言って行っちゃいましたけど。会ってないんですか?」

 

「……ふーん、ほーう? 隊長の俺にも会わず報告も後回しで最初に会うのがお前、ね……」

 

「ちょ、顔近い! そんなサカキ博士みたいにズイッと来なくていいですから……!」

 

 サカキ博士の真似とかいいからちゃんと距離を取ってほしい。この体勢久しぶりにしたけど結構腰が辛いんだからね! 本当、勘弁してほしい。あと意味分からないことを言わないでほしい。別に誰に会おうがメリーの自由だろうに。……最初に会いに来てくれて嬉しいけど。

 視線を逸らしていたらハルさんが体勢を戻してくれたけど、その代わりに飛鳥と二人揃ってニヤニヤし始めやがった。だから! なんで俺をからかい始めるの! 俺何もしてない!

 

「で? ハルさん、何の用なんですか?」

 

「ああ、そうだった。……副隊長さんよ、改めて昨日はありがとうな」

 

「へ? ……僕はただ赤いカリギュラを見に行っただけで何もしてないですけどー?」

 

「謙遜はいい。お前さんは十分によくやってくれた」

 

「だから何のことですか? 僕は世にも珍しい赤いカリギュラ見物に行っただけですー」

 

 ぷい、と俺からもハルさんからも顔を背けてしまった飛鳥の耳は赤い。俺はハルさんと顔を見合わせて……笑った。なんだ、ただの悪戯好きなトラブルメーカーかと思ったら。結構可愛いところあるじゃないか。

 

「え、えっと……失礼します!!」

 

「おっと、今日はもうちょっと付き合ってくれよ」

 

「えぇ!?」

 

「大人の話し合いってやつだ。よし、とりあえずラウンジに移動するとしようぜ」

 

「僕の話聞いて下さいよーーー!!」

 

 とてもいい笑顔で飛鳥の拒絶の言葉を無視したハルさんは強制的に飛鳥をラウンジに拉致していった。……なんだか嫌な予感がする。ハルさん、飛鳥に変なことを教え込まなきゃいいんだけど。飛鳥も意外と悪乗りしちゃう方だからハルさんにたぶらかされたら嬉々としてやらかしてくれそうなんだよなあ……。

 飛鳥のことが少々心配になりつつも、ヒバリちゃんのところに向かい今日の依頼を確認する。そういえば、今日もカノンと弥生を見ていないなあなんて思っているとヒバリちゃんから「今日は大事を取って休んでください」との一言。なんと、昨日倒れたことはとっくに知れ渡っていたそうなのだ! 倒れた場所が訓練場だったために今日は訓練所の出入りも禁止されてしまった。アウチ。別に訓練場に行ったら倒れるってわけじゃないのになあ。

 仕方ない、部屋に帰るか。旧世代の動画を漁ったりしていれば一日が終わるだろう。と思うことにする。うーむ、本当は置いていかれたくないから訓練場で身体を動かしたかったんだけどなあ……。出禁にしたの、サカキ博士だよな。恨む。

 

「まったく、俺の周りには過保護しかいないのか……」

 

 俺は全然大丈夫だっていうのに、どうしたもんだかね。

 

 

――――――――――

 

 

 しまった……本当にダラダラしていたら一日が終わってしまった……。

 こんなにダラダラしたの、久しぶりだなあ。ゆっくりした休日だったなあと思う反面、何もしなかったという罪悪感が半端ない。ぐぬう、やっぱり無理してでも訓練場に行くべきだっただろうか。でも神機持ち出せなさそう。神機格納庫あたりで誰かに捕まりそう。

 もうそれなりにいい時間だし、そのまま寝るしかないのか。明日は今日の分も合わせて頑張って働かないと大変だ……。古参兵だからって油断してるとバックリいかれちまうよ。そんなのはごめんだ。

 潔く布団の中に入って明日を迎えよう、そうしよう。パジャマに着替えて布団に入る。はあ、病室のベッドでもかなり睡眠はとったはずなのに、こうやって掛け布団をかぶると案外眠気って来るもんだな。段々とウトウトしてきて、もう寝ようと思っていたところでインターホンが鳴り、俺の意識は一気に現実に引き戻された。……こんな時間に、誰だろうか? もしや帰ったその日にメリーが悪戯しにきたとか? いやいや、まさかね。

 

「はいはい、どちら様ー……。って、なんだ、飛鳥か」

 

 ジャケットを羽織ってから自室の扉を開けると、そこには枕を抱きしめたパジャマ姿の飛鳥が立っていた。……どうして? パジャマって寝る恰好であって、出歩くための服じゃないと思うんだけど……。

 

「こんばんは! 一緒に寝てくれませんか!!」

 

「えっ、いいけど……」

 

「やった! 夏さんありがとうございます!!」

 

 別に断る理由もなかったので二つ返事で承諾する。飛鳥は嬉しそうに顔を綻ばせると「お邪魔しまーす」と言ってから自室に入り、俺のベッドにダイブした。何回もジャンプしてスプリングを楽しむのはいいけど、あんまり何度もやると壊れそうで怖いからやめてほしい。

 スプリングの具合を存分に楽しんで疲れたらしく、大人しくベッドの縁に座った飛鳥にココアを淹れてやる。これがかなり好評で今度また淹れてほしいと強請られた。材料が手元にあるならいつでも大歓迎である。

 

「飛鳥、どうして急に俺のとこ来たんだ? 怖い夢でも見たか?」

 

 言ってから、そういえば飛鳥は十九歳なんだから子ども扱いは失礼だったかな、と思う。だけど飛鳥は特に気にしなかったのか「あれ、知らないんですか?」と逆に俺に聞いてきた。

 どうやら飛鳥、自室では就寝せず、毎日誰かの部屋に泊まっているらしい。既にブラッド隊の部屋は極東支部に来るまでに制覇したのだとか。胸を張って教えてくれた。

 

「本当は今日、エリナちゃんの部屋に泊まろうと思ったんですけど……門前払いでした」

 

「今日の俺みたいにアポなしで突撃するからだろ」

 

「むむむ……明日は絶対に泊まらせてもらいますー」

 

「諦めないなあ……」

 

 まあエリナも年頃の女の子だし、一緒に男性と寝ることには抵抗があるんだろう。むしろブラッド隊の女性二人はよく飛鳥を招き入れてくれたものだ。飛鳥が何か過ちを犯すとは思えないけど、やっぱり男女二人きりで一緒に寝るっていうのは……なあ……? 飛鳥もそこらへんは分かっているらしく「拒否されたからこうやって夏さんのところに来たんですよ」と苦笑いしている。そこで食い下がっていたらドン引いてたよ。

 ズズっとココアをすすってほんわかしている飛鳥を見ると、なんだか弟が出来たような気持ちになる。そして出会って間もないのに意外と仲良くなるのが早いことに気付いた。飛鳥は人の懐に入るのが上手い……というより、他人に警戒心を与えさせない。柔らかい雰囲気を常に纏っていて、つい安心してしまう。そんなところもなんだか弥生と似ている。ただ弥生はもっとドジだけど。

 飛鳥はなんだか……どこか計算しているように見える。ただ計算高いというわけではなくて、他人の反応を窺って最善の態度を導き出し、振る舞っている。そんな印象を受ける。

 

「そういや、さっき“毎日”泊まってるって言ってたけど、どうしてだ?」

 

「僕ってば、十九歳なのに一人で眠れないんですよー。……笑いますか?」

 

「笑わないよ。……俺も最近、一人で寝るのが怖かったからちょうどいいさ」

 

「本当ですか! じゃあ僕たち仲間ですね! 仲良しこよしですね!」

 

 嘘はついていなかった。頻繁に、ではないけれど、俺はここのところ悪夢を見るようになっていた。……夢の内容は起きてしまうときれいさっぱり覚えていないが、起きると頬に涙の後が残っているので、たぶん悪夢なんだろうと仮定している。だがそれが怖いか、と聞かれたら俺は怖くないと応える筈だ。今のところ、夢を覚えていないから。

 それからしばらく話していてココアの暖かさもあったのか、飛鳥が微睡み始めた。飛鳥からココアの入っていたカップを受け取り、片付けてから戻ってくると飛鳥はベッドに倒れ込んで寝ていた。そんなに疲れていたんだろうか。話に付き合わせるべきじゃなかったかな……。

 とりあえず飛鳥を少しだけ動かし、俺も入れるようにする。添い寝とかしたことがないから分からなかったけど、思っていたより狭い……。俺だけ床に布団を敷いて寝ようか。そんなことを思っていたのが伝わったのか、飛鳥にパジャマを掴まれてベッドから出れなくなってしまっていた。これは、いったいどうすればいいんだろうか。判断に苦しむ。

 結局、飛鳥の手は外れそうになかったので、俺は飛鳥を抱き枕の要領で横抱きにし、寝ることにしたのだった。これ朝起きたときに飛鳥に嫌がられたらどうしよう。



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78、夢

更新停止してから「GE2編だからあんまり意味ないや」と気づいた。ので更新停止解除。


 ……ここはどこだろう。どこかの通路、だろうか。眠くなってしまいそうな、でも足元はちゃんと見える、そんなちょうどいい薄暗さだ。俺はどうやら壁に寄りかかって座っているらしい。いつまでも座っているわけにはいかないのでよっこいしょと立ち上がる。

 右手には神機がある。いつもと変わらない俺の相棒(強いて言えばちょっと傷が少ない気がする)を持っているのはいいとして、何をしたもんか……と思った時、俺の身体が勝手に動き出す。ちょっと待てって。俺は今考え事をしているんだ。考え事をしているときに動くとうっかり転んだりしかねない。

 

(俺は、何をしているんだ……?)

 

 どうして走り出しているのかは知らないけど、そっちにアラガミはいない。そっちにいるのは、人だ。知っているような気がするのだが、名前がどうしても出てこない。

 いやもうこの際名前なんてどうだっていい。俺が走り出した先に人がいる。それが問題なんだ。どうしてその人に向かって今にも神機で攻撃しそうなんだ。お願いだから、やめてくれ。こんなこと俺の仕事に反している。どうして俺が人に神機を振るわなきゃならないんだ。

 制止も虚しく、俺はその人を思い切り斬りつけていた。サアッと背中が冷えるのを感じるが、どうやら相手が神機でそれを受け止めてくれたらしい。今気付いたが、この人は同業者なのか。

 

 同業者と目が合った。泣きそうで、でも怒っている顔だ。至近距離で見るその人の顔は絶対に見たことがある顔で、そうして悶々としたままゆっくりと俺の意識は遠ざかっていった。

 

 

――――――――――

 

 

 鼻がくすぐったくて目が覚めた。

 パチリと目を開けると目の前にあるのは緑だった。……何これ、草? あ、違う違う、飛鳥だ。飛鳥の髪の毛だ。それが鼻に入って……入っ……は……。

 

「っはっくしょん!!」

 

 鼻の中をこしょこしょするのは反則だ!

 なんとか顔を逸らして飛鳥に唾をかけるのを阻止したが、危なかった……。

 さて、それで、どうやら俺はまた夢を見ていたようだ。頬が濡れているから分かる。で、肝心の内容は……さっきまで覚えていたんだがくしゃみと一緒にどこかに飛んでいってしまったようだ。残念。

 鼻をこすりながら枕元に置いておいた目覚まし時計を確認すると、いつも起きている時間より少し早く起床していた。なんとなくもったいなくてまだ布団の温もりに包まれていることにする。

 飛鳥はまだ熟睡しているらしく規則正しい寝息が聞こえる。寝る前は俺の服をつかんで離さなかった手はいつの間にか離されていた。それにしても猫みたいに丸くなっちゃって。本当に十九歳かってくらい、飛鳥は幼いように思える。実年齢と精神年齢が一致していない。

 俺が結婚して息子とかできたらこんな気分なのかなー、とか考えながら飛鳥の頭を撫でる。さらっさらだ。ただ癖が激しいな。寝る前はそうでもなかった気がするんだが……。もしかして飛鳥の普段の髪の毛の跳ね具合って寝癖を放置しているわけじゃないよな。

 

「……ぁ……」

 

「起きたのか、飛鳥。おはよう――」

 

「……父さん?」

 

 薄ら目を開けた飛鳥はまだ眠いのか、たどたどしい口調でぽつりとつぶやいた。

 飛鳥の口から父親の存在を聞いたのはこれが初めてでちょっと驚く。飛鳥と共に極東を離れることになったその人物は、やはり飛鳥にとって大切な人物であったのか。

 

「いや、俺は夏だ。残念だけど、飛鳥のお父さんじゃない」

 

「そうですか……。そうでしたね。おはようございます」

 

 そう言って飛鳥はまた目を閉じた。……え? 今、おはようございますって言ったよね? おはようございますってもう一回寝るときに使う言葉だったっけ。俺の認識だと起きるときに使う言葉だと思うんだけどな。まさか二度寝する気か?

 布団をはぎ取ろうか真剣に悩み始めたところで、今度はがばっと勢いよく起き上がる飛鳥。うわ、ビックリした。飛鳥の頭にまだ手を置いたままだったからそれなりに痛い。起き上がる時に弾かれた。

 

「夏さんって男性の割に身長低いのに、意外と手は大きいんですね。父さんを思い出しました」

 

「飛鳥だって俺のこと言えないだろ。……飛鳥のお父さんって、どんな人なんだ?」

 

 気になっていたことを思いきって訊ねてみる。てっきりまた「秘密です」と言われるかと予想していたが、それに反して飛鳥は「うーん……」と説明するための言葉を探し始めた。俺はベッドの上で胡坐をかいて整理が終わるのをじっと待つ。

 

「優しい人……でした。すごく甘やかしてくれて。一時期は父さんなしじゃいられませんでした」

 

「良い人だったんだな」

 

「はい。よく頭を撫でてくれました。……アラガミのせいで、死にましたけど」

 

「っ、」

 

 言葉が詰まる。飛鳥に対して返す言葉が見つからなかった。そして何より、飛鳥の目がどこかここではない遠くを見ているような虚無を宿していた。俺はこの目をよく知っている。弥生と同じ目だ。光が届かない、ただただ暗い孤独な目……。

 「ああ、すみません、湿っぽい話をして。忘れてくださーい」だが飛鳥はまるでさっきの目は気のせいであったかのようにパッと口調を明るくした。俺が瞬きをした時には既に飛鳥の目はいつも通りの明るい少年のものに戻っていた。それ以上は踏み込めない領域であることを理解して、俺は頷きだけを返した。

 なんとなく気まずくなってしまって、そろそろ支度をしようかなと思った時に自室の扉がシュッと音を立てて開かれる。……鍵はきちんとかけていた。ということは、入ってこれるのはただ一人だ。

 

「おはよう夏……って、あら? あんたたち、随分と仲が良いのね」

 

「わあ、おはようございます、メリーさん」

 

「おはよう。毎度のことだけどさ、勝手に鍵開けるの止めてくれ」

 

 見慣れた黒いコートに身を包んだメリーがそこに立っていた。飛鳥は俺が鍵をかけていなかったとでも思っているのか、メリーが俺の部屋に入ってきたことになんの疑問も感じていないようだ。

 メリーの俺の部屋の侵入は三年経った今も、ご覧の通り変わらない。ここ最近は被害が配給ビールだけになったので、俺も気にしないことにしている。ジャイアントトウモロコシが盗まれたらキレるけどな。

 とにかくこのままメリーがいたんじゃ着替えられないので一度追い出した。最近作ったばかりの真新しいジャンティシャーク上と北辰高等学校制服下を取り出す。結局ズボンは制服じゃないか、とかそういうことは言っちゃいけない。あのシリーズのズボンってなんかダボダボなんだよな……。ダボダボのズボンじゃ走りにくいだろ、ということで別の組み合わせにしているのだ。

 

「あ、そういえば僕と夏さんってお揃いですよねー」

 

「あー……。色違いだな」

 

「ペアルックですね!」

 

「それは違うと思う」

 

 俺は赤色を基調としているジャンティシャークだけど、飛鳥は灰色を基調としているチアフルモンキーってやつを着ている。所々に紫と黄緑が彩っていて、なんか俺のよりもちょっとお洒落だ。俺が着たら似合わないだろうけど。ただ飛鳥もやっぱり下もそろえる気はないのか、ワイルドチタナイトっていう、黒いズボンに薄茶のブーツを履いている。

 

「本当に、ありがとうございました!」

 

「おう、今日も頑張ってな」

 

「はい。それじゃ……ぐえっ」

 

「夏。飛鳥借りるから」

 

 着替え終わった飛鳥が俺の部屋を出た瞬間、メリーに首根っこを掴まれた。すごい苦しそうな声が聞こえたんだけど、大丈夫かな。そのままメリーが引き摺っていっちゃったけど……。

 それにしてもあんなに強引なメリーは久しぶりに見た。いったい何に巻き込むつもりなんだろう。もしかして例の特務とか。……それはないか。付き合いが長い俺に話していないんだから、出会って日の浅い飛鳥を巻き込んだりはしない、はずだ。三年前巻き込まれた俺としては強く否定できないけど。

 あんまり無理なことしないといいな。心の中で飛鳥に黙とうを捧げてからエントランスに出ると、近くのソファテーブルで第四部隊の面々が待っていた。む、みんな早いな……。なんだか待たせていたみたいで申し訳ない。

 

「遅いぞー、夏。重役出勤かぁ?」

 

「おはようございます、夏さん、今日も頑張りましょうね!」

 

「夏先輩、朝ご飯食べました?」

 

 やっぱりこの独特な雰囲気は落ち着くな。独特過ぎる気もしなくないが……そこは極東全体の特色でもあると思う。ほら、トップの人がまず独特過ぎるからさ……。

 今朝の悪夢(と仮定する)のことなんかすっかり忘れて和んでいると、ハルさんから今日の依頼はバラバラであることを明かされた。そう言うのは先に言ってほしいです。全員集まっていたからこのメンツで行くのかと思っていた。カノンも弥生も今聞いたらしく、俺と同じように驚いていた。

 

「俺とカノンは、まあいつも通りだ。弥生は第一部隊で、夏はブラッド隊から招集が来てる」

 

「私はハルさんの指導の続きですね……頑張ります!」

 

「エリナちゃんと一緒かあ、楽しくなりそう」

 

「俺はどうしてブラッドと?」

 

 感応種の目撃報告は来ていなかったはずだから、普通のアラガミ討伐だろうとは思うけれど。戦力的には第二世代で俺よりも戦績のあるハルさんのほうが適任でありそうな気はするがなあ。

 首を傾げていると「ブラッドアーツの件じゃあないのか?」と指摘された。つまり俺が訓練場で倒れたことを言っているようだ。その道のことはその道の人に聞けって事だな。正直、俺もまだブラッドアーツを使う気にはなれていない。倒れた場所が戦場だったら……と考えるとゾッとするからだ。

 でも今考えてみるとフライアで練習した時はなんともなかったんだよな。近いうちにラケル博士のところにお邪魔するべきなのか……。でも博士も忙しいだろうし……。何はともあれ、今日の仕事で様子をみるとしよう。違和感を感じたりしたらそのままジュリウスさんに掛け合ってフライアにお邪魔すればいい。うん、それがいい。

 

「その、ブラッドアーツ、ってすごいらしいですね。私はまだ見たことないですけど……」

 

「あれ、カノンはまだ飛鳥と同じ依頼になったことなかったっけ」

 

「面白い奴だぞー。ま、その内一緒になるさ。……そんじゃ解散!」

 

 パン、とハルさんが手を叩いたので、とりあえず移動を始める。ブラッドはエントランスには見当たらなかったのでラウンジの方に行ってみると、いた。ただし飛鳥とギルが見当たらない。飛鳥はメリーが引っ張っていったとして、ギルはどうしたんだろう。

 

「ギルはラケル博士のメディカルチェックを受けに、一時的にフライアに戻っています」

 

 キョロキョロと見回している俺を見て、シエルが教えてくれた。メディカルチェックとは、容態でも悪くなったのだろうか。ルフス・カリギュラとの戦闘で怪我を負ったことは知っているが、重症とは聞いていない。もしやどこか打ち所が悪かったりして……?

 

「先の戦いで血の力の発現を知覚したらしいので……。飛鳥、シエルに続き三人目となります」

 

「そうだったのか。あ、シエル、この前はうちのカノンと弥生をありがとうな」

 

「いえ、お構いなく。こちらもいい勉強をさせてもらいました」

 

 カノンと弥生は少々戦闘中に不安点は残るものの、既に極東ではそれなりの経験を積んでいる中堅の神機使いだ。そういう意味ではいい依頼になったということだろう。

 しかしギルが血の力を会得したのか。あと会得していないのは、と思ったところで先日のロミオの様子が頭に浮かんだ。あのことは、他のブラッド隊のみんなは知らないのだろうか。

 

「本日の任務はジュリウス隊長、私、そして夏さんとの合同任務となっています」

 

「はーい、質問! 私とロミオ先輩はどうすればいいの?」

 

 言うか言うまいか迷っている間に話が進んでしまった。言う必要があるなら自分から言うかな。

 シエルの説明に対して一人の少女が右手を挙げて意見する。確か彼女は……香月(こうづき) ナナ。ブラッド隊の中でも一番露出度が高……じゃなくて、元気いっぱいな子だ。前に彼女からおでんパンなるものをもらったけど、なかなか美味しかった。ちょっとずつ串を抜きながら食べるから結構コツが必要なんだよな。

 

「ナナさんとロミオは副隊長が帰投次第、別の任務に就いてもらいます」

 

「ちぇー、待機かあ」

 

「まあまあ、お節介焼きな副隊長だもん。頼まれちゃ断れないよー」

 

 暇そうに呟いたロミオにフォローを入れるナナ。仲がよさそうで何よりだ。

 でも個人的に飛鳥がお節介焼きと言うイメージは……あったな、うん。この前のハルさんとギルの件についてだ。あとこれはハルさんから聞いた話だが、どうやら飛鳥はトラブルに巻き込まれたシエルを救うために事前の検査も受けずに無断で神機兵に搭乗したらしい。ちなみに飛鳥本人に武勇伝はあるか、と訊ねると決まって「懲罰房に入ったことです。人生初でした!」と返って来るらしいがこの懲罰房に入るきっかけがそれなんだとか。指摘すると顔を真っ赤にして逃げるらしい。

 

「今回は主に夏さんの能力についての検証になります」

 

「俺の? ……前にラケル博士から言われた、影響を受けやすいってやつか」

 

「はい。併せて、ブラッドアーツの練習も行いましょう」

 

 練習か……先日の訓練場のことを考えるとどうなることやら……。若干の不安を感じるがブラッド隊のジュリウスさんとシエルがついてくれるならなんとかなるかな、と気分を明るい方向に持っていく。始まる前から落ち込んでいたんじゃどうにもならない。

 それから今回の討伐対象の説明を聞いて、俺たちは出撃するための準備を開始した。

 

 

――――――――――

 

 

「う、げぇ……」

 

 出すものは出したというのに気持ち悪さが拭いきれない。このまま内臓まで吐きだせとでも言うのだろうかと思いながら特に我慢することも無くえづく。朝食が勿体無いなあ、折角ムツミちゃんが作ってくれたものだったんだけれど。

 荒い息をゆっくりと整えてポーチに入れていた水筒の水で口をゆすぐ。みっともなくてやってられない。まさかここまでできないなんて、思ってもみなかった。雪の上にべったりとついてしまった吐しゃ物を見ていられなくて、ついでに水をまいてちょっと薄くしておいた。ここはマップから少し外れた場所ではあるがうっかり立ち入っちゃったときに吐しゃ物があったら気分を害するだろうし。……雪を掻き集めて隠滅したほうがよかったか?

 

 現在、俺がいるのは鎮魂の廃寺だ。今日の依頼はここにいるコンゴウ堕天一体の討伐だった。油断をしなければ問題ない相手。結論から言ってしまうと、依頼自体は無事に完遂することができた。だが主目的である血の力の影響が、良くなかった。

 シエルの血の力、アラガミの状況を感応現象によって仲間に伝える“直覚”に関しては何事もなかった。いつもと少々違う感覚が交じったことに関する戸惑いがあったが、想定の範囲内なのでなんとかなった。しかしジュリウスさんの血の力、周囲のオラクル細胞を操作し、それにより味方を強制的にバーストさせる“統率”が、俺には駄目だった。「発動前に合図お願いします」と頼んでおいて本当によかったと思う。身構えていなかったら、もっと酷かった……。

 

「体調はもう大丈夫ですか?」

 

 なんとかいつも通りの体裁を保てるようになってから二人のいるところに戻ってきた。ジュリウスさんの言葉にしっかりと頷きを返し、心配そうな表情をこちらに向けているシエルに笑顔を見せる。

 あの時、ジュリウスさんが血の力を発動した時……。なんとも言えない感覚に襲われて、その場で倒れそうになった。一瞬だけ、確かに全身から力が抜け、その反動と言う様に一気にリンクバーストレベル2まで引き上げられたのだ。ジュリウスさんは普段、同行者の負担にならないようにバーストをさせたとしても段階を一つ上げることしかしない。それに一人だけグン、と上げることもできないらしい。要するに俺の身体がなんかおかしいってことだな。

 それで、その時の無理を押し通してブラッドアーツを行使してたらこの有様、ってわけだからなんとも情けないよな。うちの部隊の女性陣に知られたら叱られそうだ……。

 

「ラケル博士に連絡しましたので、このままフライアに向かいます」 

 

「了解。……いや、なんか本当にごめんね、俺のせいで余計な仕事増やしちゃって」

 

「元から連絡するように言われていましたので余計な仕事ではありません」

 

 俺一人だけ送って二人で極東支部に帰るのかと思ったら、ちょうどいい時間なのでギルと合流してから極東支部に戻るそうだ。俺の件に関して連絡をしたときに聞いたところ、ギルの血の力は“鼓舞”という名前になったんだとか。どんな効果があるかどうかは本人に聞いてね、らしい。

 ただでさえ強い第三世代、ブラッドが更に強くなっていくのかと思うと恐ろしいな。でも羨ましい。俺は第一世代からどうも脱せなさそうだし。……ま、第二世代神機使いが段々増えてきたからと言って、そもそも神機自体が貴重なんだから、早々適合できる神機なんて見つからないよな。むしろ第一世代から第二世代への乗り換えってかなり運が良くないと無理なんじゃないだろうか。

 

 幸運なことに吐き気のぶり返しはなく、無事にヘリまでたどり着き、そのままフライアに来ることが出来た。だから極東支部の方に戻ります、なんて言うことはできないけどさ。

 そういえば原因は俺が突っ走りすぎた結果だけど、今回の件でジュリウスさんがちょっとへこんでるみたいなんだよな……。こういう時に限って上手いフォローができない。

 

「ジュリウスさんもすみません。俺、ちょっと焦りすぎました」

 

「いえ、私の鍛錬不足です」

 

 ずっとこんな調子なんだよなあ……。

 結局しょぼーんとしているジュリウスさんはそのままギルとシエルと一緒に極東支部に戻って行った。俺よりも能力があって優秀な人なんだから、そんなに気に留めないでほしい。まさか俺の無茶をそこまで気に病むなんて。人には迷惑をかけないようにしていたつもりだったんだけど、やっぱり焦りすぎていたのかもしれない。

 ラケル博士のメディカルチェックは俺の体調を考慮して明日行われることになった。今から何を言われるのかと考えると胃が痛いぜ……。




次はキャラエピを二つ投稿する予定です。


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誰が手を伸ばすのか(Episode1 メリー)

「こうやって戦うのはしぶりね、飛鳥」

 

 飛んでくる尾針を最小限の動きで回避するメリーさん。

 ピ、とコートの裾を少し擦った尾針はそのまま地面に刺さり、溶けました。その軌道を見守ることなくオウガテイルに肉薄したメリーさんは一太刀で斬り捨てます。素早く捕喰してコアを回収してしまうと、次、こちらへ先程から遠距離攻撃を仕掛けてくるコクーンメイデンを見据えて神機を銃形態へ切り替えました。

 

「はい。久しぶりですね」

 

「そうそう、出迎えに行けなくて本当に悪かったわ。……いろいろあってね」

 

 銃口から放たれた弾がコクーンメイデンに命中し、そのまま爆発しました。一般的にモルターと呼ばれるその弾は数発でコクーンメイデンの身体を抉り、死を贈ります。いやはや、味方への被害も高いから不人気なこの弾を積極的に使っている人がいるとは……。以前にも思いましたけど、メリーさんって味方を見ていないようで見ていますよね。

 背後から迫っていたオウガテイルを一突きして、ふうと少し息を吐く。先程からメリーさんの戦闘があんまり早いもんだからついていくのがやっとな状態の僕です。

 

「あのー……これ、僕必要ですか?」

 

「え? あたし一人でやれって言うの?」

 

「一人でとは言いませんけど、二人でとも言いませんね」

 

 僕はメリーさんに依頼されて、黎明の亡都へと赴いていました。

 で、依頼と言うのは、オウガテイルの掃討でした。夏さんの部屋から引きずられながらこの話を聞いた時、僕は特に急ぎの用事もなく、ブラッドとしての出撃ともかぶらないことが分かったので二つ返事で引き受けたのですが……、とても後悔しています。

 何しろこのオウガテイル、数が多かった。後から聞かされた僕は思わず抗議したのですが、まあ意味もなく。「ああ、ちょっと多いわよね」というメリーさんの言葉に項垂れるしかありませんでした。“ちょっと”で済まされる数じゃないです!

 

「大丈夫大丈夫。小型掃討任務の割に報酬良いし、問題ないわ」

 

「僕が気にしてるのはそこじゃないんですよ!」

 

 そう言うメリーさんのコートはそれなりに傷が目立ちます。最初は僕の方がアラガミの注意を妙にひきつけていたような気がするんですけど、縦横無尽に通路を駆けながら滑るように斬り伏せていくメリーさんが次第に注意を稼いでいました。ヒヤッとする場面であろうが余裕のある場面であろうが、メリーさんは無駄な動きを極力減らして動いているせいで服へダメージが入りやすいんですよね。そういう戦い方怖いから止めてもらいたいんですけど。

 ボコっと少し遠い位置に連なるようにして現れたコクーンメイデン。……が一の字にバッサリ斬られました。容赦なさ過ぎて震えるんですけど、あの、間違っても僕の方に来ないでくださいね。滑るように刈り取らないでくださいね。僕、味方ですから。

 

「……どうしたの、飛鳥。もしかして、体調悪い?」

 

「え、いや、そんなことは。……ある、かも?」

 

 聞かれて、今朝の夢のことを思い出してしまいました。最近は全く忘れていたんですけど、忘れるなって事でしょうか。性質が悪すぎて反吐が出そうです。まあ、甘んじて受けますけどね。

 「どっちなのよ」と吹きだしたメリーさんに「大丈夫ですー」と返しておきました。あんまり心配させたくもないですしね。それにちょっと一人になりたい気分になりました。ずくり、と胸が痛みます。

 

「僕、植物園の方にオウガテイルいないか、見てきますね?」

 

「分かったわ。でも無理しないで」

 

「その言葉、そっくりそのまま返します!」

 

 メリーさんの周囲にはまだ二、三体ほどオウガテイルが残っていましたが、あの様子ならすぐに片付けてくれそうです。目標の討伐数まで、メリーさんがかなり頑張ってくれたおかげで大分近付くことが出来ました。残党の数はもう現実的な数字になってきました。

 一人になることが出来たことにホッとしながら荒れ果てた植物園の方のエリアに入ると、やっぱりオウガテイルがいました。コクーンメイデンもいますが、足しても一人でやれない数じゃありません。大丈夫、これくらいできます。極東の人ほどじゃないですが僕だってそれなりに実力はあるんですから。

 

 

「――お待たせ、遅くなってごめん……って、酷いわねこれ……」

 

 しばらくして開けた地点でオウガテイル討伐に専念していたメリーさんが僕のところにやってきました。ちょうど最後のオウガテイルの身体にチャージスピアを突き立てていた僕は引き抜いて、コアを回収します。

 深呼吸を繰り返して冷静になったことで、改めて自分の現状を把握しました。

 

(……あー、どう言い訳しましょうかねー)

 

 僕の周りに転がっているアラガミだったものはほとんどが原形を留めていない程、ぐっちゃんぐっちゃんになっていました。たぶんコアも破壊しちゃってると思います。完全なオーバーキルです。神機使いの職務はアラガミを倒すことですが、その内に内包しているコアを回収することも重要な職務になっています。……上にバレたら大変ですねー。このオウガテイルのコアも、メリーさんがこのタイミングで来てなかったら壊しちゃっていたかもしれません。

 せめて霧散し切った後に来てくれたら良かったのに……。いえ、これはまだ途中に来なくてよかったと安堵するべきですね。それにメリーさんに非はありません。僕に非があるんです。

 

「あたし、前に新人の初陣に付き合ったことがあるけど……一人がこんな感じだったわね」

 

「はあ」

 

「でもあんたはパニックになってやったとは思えないわ。汚いけどこれ、結構狙ってるもの」

 

「……うーん、分かっちゃいます?」

 

 確かにオウガテイルは足、目、尾を狙って潰したような記憶があります。なんにもなくなって、まるで肉ダルマみたいだなあなんてぼんやり思ったような。コクーンメイデンは視覚と攻撃手段を奪う意味で頭をまず叩いたし、その後に身体の内側に仕舞っている針を使えなくするために抉りました。さしずめ見栄えの悪いカカシってとこでしょうか。……ああ、これオーバーキルどころじゃないですねー。大分やりすぎちゃってますね。

 

「リッカさんが嘆いてたわよ。あんた、時々神機の扱いが粗いそうね」

 

「うぐっ!? そ、それは……」

 

「スピアのその傷付き方……薙いだんじゃなくて叩いたわね? 鈍器じゃないのよ、それ」

 

 そういえば以前にリッカさんから「次無茶な扱いしたら怒るよ!?」って怒られたんでした。「今怒ってるのに怒るよって言い方面白いですね」って返したら拳骨落とされたんですよね。僕どうなっちゃうんでしょうか。スパナでボッコボコに殴られるんでしょうか。……いや、リッカさんはそんな人じゃない。ですが、何されるか分からないから怖いです……お説教コースですかね……。

 しどろもどろになった僕を見てメリーさんは一つ大きなため息を落としました。

 

「あと、この際だから聞くけど。あんたとあたしって面識ある?」

 

「は? いえ、ないですけど」

 

「そう? なんか飛鳥の態度が思わせぶりだったから、あたしったらつい勘違い……」

 

「――でも、メリーさんのことは、僕が神機使いになる前から知ってましたよ」

 

「え?」

 

 今度は僕が優位な立場に立ったようです。困惑した表情を見せるメリーさんに僕は微笑みを返しました。あ、メリーさんの目が胡散臭いものを見る目になってる。そりゃそうですよねえ、面識はないのに知ってるって、なんか変態臭いですもん。それともひょっとして、メリーさんは同じことを前にも経験したんでしょうか。メリーさんってそれなりに顔良いですからね、ストーカー? ……それは随分命知らずすぎますかね。

 だけど変な誤解を植え付けるわけにはいかないので僕は自分の前で両手を振って見せました。

 

「変な意味じゃないですよ。僕はメリーさんと同じ孤児院出身なんです」

 

「……ますます分かんないわ。これでもあたしはあそこの子、皆覚えてるのよ?」

 

「メリーさんが知らないのも無理ないです。僕はメリーさんと入れ違いで孤児院に入ったので」

 

 これは、事実。メリーさんが“新型神機”の適合者として孤児院を出て数日後に僕はその孤児院に入りました。メリーさんのことは、そこにいる子供たちや大人の人から聞いたということになります。最初は大分無口だったけど、出て行く直前は本当にいいお姉さんをやっていたとか。ちょっと信じられませんけどね。

 まだ信じてもらえないようなので何人か思い出せる子供の名前を出せば、やっとメリーさんの肩から力が抜けたようでした。そんなに信用を得ていなかったとは、随分と悲しいものですねえ。

 

「ああ、もう、やめてよね。変に勘ぐっちゃったじゃない」

 

「すみませんねえ。僕、からかい癖があるもので」

 

「困ったもんね。……ま、いいわ。任務は終わったんだし、帰りましょう」

 

 踵を返して僕に後姿を見せるメリーさん。これを機に信用してもらえたら嬉しいです。

 でも、ごめんなさい。僕、嘘はついてないけど、知っていること全部を口にしているわけじゃないんです。……これだから信用が築けないのかもしれませんね。まったく、メリーさんのおっしゃる通り、本当に困ったものですね、僕ってやつは。

 

 

――――――――――

 

 

 幸い、帰ってきたとき神機保管庫にリッカさんはいなかったので、神機を預けてさっさとエントランスに戻りました。後で呼び出される予感しかしませんが、今だけは自由を謳歌するとしましょう。

 メリーさんは自分の神機について少し技術班の人と話すことがあるのか、少しの間神機保管庫に残るようでした。いわく、謎が多い神機、だそうです。毎回戦闘の後に今日はどういう調子だったとか細かいところまで報告して分析して、少しでも理解しようと努めているんだとか。神機想いの良い使い手だと思います。神機も泣いて喜んでいるんじゃないでしょうか。

 

「あの! せんせー、まだかえってきませんか!」

 

「もう戻っているはずなんですが……」

 

「せんせー! まだ! ですか!」

 

 あれ、子供の声……? ひょいと階下のヒバリさんのほうを見てみると、ヒバリさんが五、六歳くらいの短い茶髪の少年と話していました。そういえば一般人が立ち入れるのってあそこまでなんですよね。その先、つまり階段の上は上がっちゃいけないことになっていた、はずです。

 どうやら子供は“せんせー”という知り合いを待っているようです。黄色いくりくりの丸い目は純粋そのものでこの世の穢れを一つも知らないと言っているようでした。

 

「やっぱり、帰ろう。アトス、ねえ……」

 

「ヤダ! ゆーきだって、あいたいからきたんでしょ!」

 

「そう、だけど。でも、迷惑はかけたくないよ」

 

 アトス、と呼ばれた茶髪の少年の後ろに更に少年。菜種油色の髪色をした少年――ゆーきって呼ばれていたから、ゆうきくんでしょうか――はアトスくんよりも年上のようですが、やっぱり子供であることに違いはありません。アトスくんと違ってゆうきくんの髪は長めで、目にちょろちょろとかかってしまっていて邪魔そうです。ちらっと赤い目が見えましたが、あれちゃんと前見えてるんでしょうか。

 

「飛鳥、さっきはありがとうね。で、そこで何してるの?」

 

「あ、メリーさん。なんか下に子供がいるんですよ」

 

「子供? へえ、何の用なのかしらね……っ!?」

 

 興味津々と言った感じで階下を覗いたメリーさんの顔が驚愕に染まり、勢いよく階段を下りていきました。え、ちょっと、いきなりどうしたんですか。

 

「……あっ!」

 

「せんせー! せんせーだ!」

 

 メリーさんの姿を視界に入れたらしい少年二人の顔が文字通り輝きました。か、可愛い……。

 ぎゅうっとメリーさんにしがみつく二人の幸せそうな顔はちょっと羨ましすぎるくらいです。でもメリーさんとどういう関係なのでしょうか。

 

「メリーさん……結婚してたんですか?」

 

「そんなわけないでしょう! そんなわけないでしょう!」

 

「大事なことだから二回言ったんです?」

 

「ちょっと今からかわないでくれる!? はっ倒すわよ!?」

 

「ごめんなさい」

 

 メリーさんの目が本気と書いてマジと読む目でした。触らぬ神に祟りなし、でも殺せるなら触ってもいいよね。今のメリーさんに対抗できるカードがないのでいい子な僕はおとなしくしておきますが。

 口を尖らせてぶーっといじけてますアピールをしている僕には目もくれず、メリーさんは少年二人に拳骨を落としました。神機使いが本気でやったら頭がカチ割れてスプラッタどころの騒ぎじゃないので、勿論手加減したようですがそれでも少年二人は痛そうに頭を押さえてしゃがみこんでしまいました。ゴツン、ってかなりいい音しましたしね。この間のリッカさんの拳骨を思い出して僕も思わず頭を押さえちゃいました。

 

「この……このお馬鹿! アトス! ここは来ちゃ駄目って何度も言ってるでしょう!?」

 

「だ、だっておれ、せんせーにあいたかったんだもん! しんぱいだったんだもん!」

 

「週二回は顔出してるでしょうに……。優希、あんたもなんで連れてきちゃったのよ」

 

「……僕だって、先生のこと心配で、会いたくなっちゃったんだ」

 

「あ、あんたたちねえ……」

 

 それ以上強く怒ることが出来ないのか、メリーさんは困った顔をしながらここまで二人きりで来るのがどれだけ危険なことかをくどくど説きはじめました。アトスくんとゆうきくんは下を向いていたので反省しているように見えますが、時々チラッと目配らせして笑っていました。会えた嬉しさの方が勝って説教が耳に入っていないようです。

 

「あの、ヒバリさん。あの子たちとメリーさんはどういう関係ですか?」

 

 メリーさんから直接事情が聴けそうにないので事情を知っていそうなヒバリさんに尋ねてみることにしました。ヒバリさんは少しだけ目を泳がせてからそっと僕に「アラガミ孤児は知っていますか?」と聞いてきました。アラガミ孤児……。アラガミによって両親を失ってしまった子供たちのことを指す言葉であったはずです。

 僕が知っていることを伝えるとヒバリさんは頷きました。

 

「メリーさんは外部居住区で孤児院を経営しているんですよ」

 

「……それ、経営っていいますか? 利益は……」

 

「出ません。慈善事業になりますね。でもメリーさん、とても生き生きとして……」

 

「律儀に説明してあげなくてもいいのよ?」

 

 メリーさんの声がして振り向くと、いつの間にか説教が終わっていたのかメリーさんは二人の頭を撫でて僕をジト目で見ていました。なんだかんだ甘やかし過ぎじゃないですか、メリーさん。

 

「ヒバリさん、外出許可お願い。送り届けるついでに、向こうで泊まっちゃうわ」

 

「了解しました」

 

「せんせーとまるの!? いっしょ!?」

 

「その代わり、明後日に行く約束の前倒しだから明後日は行かないわよ」

 

「えぇ~!?」

 

「先生のけちんぼ」

 

「なんとでもおっしゃい」

 

 二人の背をぐいと押して早く行くように促すメリーさん。ぶすっとしていた二人は渋々と言った感じでそれに従い、歩きはじめました。メリーさんもその後についていきます。

 なんというか、孤児院で聞いた情報は嘘じゃないってことが分かりました。あんなに優しい顔をしたメリーさんを見たのは初めてかもしれません。

 

「……メリーさんって、良い人なんですね」

 

「ええ。とっても、良い人ですよ」

 

 僕たちはメリーさんの後姿を暖かい視線で見送りました。




○優希 (11)
内気な少年。メリーの運営する孤児院にいる。

○アトス (6)
活発な少年。メリーの運営する孤児院にいる。


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幸せの(Episode2 弥生)

 弥生に「ごめん、お兄ちゃん。付き合ってくれるかな……?」と言われて、これは禁断のルート開拓かと二つ返事で引き受け、ただいま鉄塔の森です。うん、そんなことは起こり得ませんよね! でも見知らぬ自称お兄ちゃんから頼れる人レベルになったことは素直に嬉しいので心の中で第二第三の僕に胴上げされることにします。バンザーイ!

 はい、というわけで任務なんですよ。今回の討伐対象はグボロ・グボロ。魚みたいなアラガミですね。火力のあるブラストで背ビレを吹き飛ばし、スピアでお口をぐちゃぐちゃにすればおしまいです。とっても簡単ですね! いやあ、ますます弥生からの好感度が上がっちゃいますね! 困っちゃいますね!

 

「……で、行かないの?」

 

 待機地点に到着してから既に三十分は経過しています。あんまり長すぎると任務の制限時間が越えちゃうんですが。越えたからはい人生終了、みたいなことはないんですけど、僕らは人間ですので長時間すぎる任務には身体が耐えられないんですよね。そりゃ、一般人レベルは越えてますけど。

 任務に出る際、ヒバリさんから「くれぐれも、弥生さんのサポートをどうかお願いしますね」と言われていましたが、もしかしてこのことでしょうか。でもグボロ・グボロはそう強いアラガミではないと思います。今回の任務場所が鉄塔の森なので逃げられると少し面倒ではありますが。

 

「……あのね、お兄ちゃんに今回頼んだのには、理由があるんだ」

 

「え?」

 

「私……グボロ・グボロが怖いの」

 

 話によると、弥生は神機使いになる前に外部居住区に侵入してきたグボロ・グボロに追いかけ回されたことがあるそうです。その時の恐怖が未だに残っているようで、どうしてもグボロ・グボロが相手の時だけ身体がすくんでしまって満足に動けないのだとか。

 ハルさんや夏さんからは「無理をしなくていい」と言われているみたいですが、神機使いとしてそれは駄目だと思い、時間があれば訓練場に籠り特訓しているらしいです。だけどいっこうに慣れる気配がない、と。

 なるほど、理解しました。

 

「つまり僕はグボロ・グボロを原型が分からないほどボッコボコにすればいいわけだ」

 

 妹のトラウマなんて僕が吹っ飛ばしてあげればいいんじゃないですか! 最初に言っていたみたいに、背びれ吹き飛ばしてお口ぐちゃぐちゃなんてもんじゃ、物足りないです。グボロ・グボロなんて脅威じゃないって事を教えてあげるんです、えへん。……ああ、でも、それじゃ僕個人の気が晴れません。その時のグボロ・グボロはもういないですけど、今後グボロ・グボロに出会ったらそいつらも全部同じようにしてあげないと。

 

「そ、それはやりすぎ! コアに傷でもいれちゃったらどうするの!?」

 

「わあ、弥生は優しいなあ。天敵にお情けをかけなくてもいいんだよ?」

 

「お情けじゃなくて神機使いとしての職務だからね!?」

 

 半分は冗談なのにそこまで怒らなくてもいいじゃないですかー。しょぼーん。

 ぶすぅ、といじけ続けるにも時間が足りないので、とりあえず弥生とそこから動くことから始めました。うろうろ動き回っているグボロ・グボロを探さないと話になりませんからね。

 見つけ次第、ぶっ飛ば……したいところですが、考えてみたら僕一人が全部やっちゃったら意味ないですね。脅威でないことを教えるよりも、弥生が自分でも倒せると言う実感を持ったほうが良さそうです。それなら僕は前回同様、後方支援に回れば良いですね。今回はスタングレネードでの支援も考えつつ……といったところでしょうか。

 というわけで、軽く作戦会議。

 

「まず、ヒレを叩こう」

 

「ヒレ?」

 

「移動手段を断つためにね。僕が片方をめった刺しにするから、弥生はもう片方を殴り潰してね」

 

「……想像したくないなあ」

 

 それが終わってから僕は銃での支援、弥生はそのまま砲台を叩き折ってもらうことにしました。途中「容赦ない……」と弥生が呟いていましたが、敵相手に手加減するなんて、それこそ申し訳ないでしょう?

 ふふん、と脳内でドヤ顔をしていると、「あ」と弥生が小さく声をあげました。グボロ・グボロを見つけたのかと思いきや、視界には何もいません。

 

「あのね、後でお兄ちゃんに聞きたいことがあって」

 

「僕に? スリーサイズでもなんでも聞いて!」

 

「うん、それは聞かないからね。安心してね」

 

 喜ばれませんでした。スリーサイズを聞いて喜ぶのは男性くらいなんでしょうか。確かに僕は弥生のスリーサイズを聞いたら喜びますけど。……いや、逆に知らないからこその世界ってあるんじゃないでしょうか。それもありですね。

 想像の世界にトリップしていたら弥生に服の裾を引っ張られました。ああ、うん。目の前にグボロ・グボロがいるんですよね、知ってます知ってます。さすがの僕も完全に油断するなんて自殺行為しません。なんといっても極東はアラガミ動物園。油断してたらきっと想定外のアラガミにばっくりいかれちゃいます。

 

「ぐ、グボロ・グボロ、いる、いる、どうしよう」

 

「落ち着いて、深呼吸。……うん、背を向けてるから気づかれてないね」

 

「今なら簡単にヒレが潰せる……ってこと?」

 

「そうだね。すり潰して穴だらけにして、使い物にならなくしちゃおうか」

 

 どうせこの先使う予定なんてもうないわけですし、僕たちが壊しちゃえば未練なんてなくなって、きっといつもより早く絶命してくれるんじゃないでしょうか。

 弥生に目配らせすると、深呼吸をしながらしっかりとグボロ・グボロを見据えていました。少し手が震えているように見えますが、しっかり集中できていますし、これなら大丈夫でしょう。集中しすぎて僕が見えなくなっているような気がしますけど、今回は僕が上手く立ち回れば何も問題ないはずです。優しく背中を何度か撫でて余分な力を抜くよう促し、僕自身も集中します。

 ふっと息を吐いて、弥生とほぼ同時に一歩を踏み出し、前方へ飛ぶように駆けだしました。

 

「よいしょ……っと!!」

 

「そーれっ!」

 

 右ヒレを抉るように薙げばグボロ・グボロが怯んだように呻き、仰け反ります。反対側から鈍い打撃音が聞こえてきたので弥生が勢いよく左ヒレを叩いたんでしょう。躊躇もないようなのでほっとしながら、右ヒレを足で押さえつけてせっせと穴開け作業に移行します。刺す度に嫌悪感が募るのは何故でしょうか。

 なかなか満足のいく出来になったところで一度グボロ・グボロから距離を取ります。グボロ・グボロはバッと自らの身体を基点にして体ごとヒレを振り回し始めました。よくよく注視してみれば左ヒレも既に相当のダメージが入っているようです。順調に進んでいることを確認してから銃形態に切り替えて尾ビレを狙い撃ちしてみたら、ぐるぐるするのが飽きたのか僕に突っ込んできました。弥生を狙わないでくれるのは嬉しいですけど、僕ばっかり狙うのもどうなんでしょうか。恋でもされちゃったんでしょうか。ノーサンキューで。

 再び剣形態に戻してチャージすると、構わず背ビレに矛先を合わせて飛びます。向こうもそれなりの勢いで向かってきてくれていたので刺さるのは簡単でした。中途半端に刺さったせいで僕がブラブラしちゃってることだけが気に食わないですけど。次にやる機会があったらもう少し上手くやりましょう。

 

「目、瞑っててね!」

 

 グボロ・グボロにスタングレネードを叩き付けてスタンを誘発させ、スピアを引き抜いてグボロ・グボロの眼前から撤退します。今回そのポジションに収まるのは弥生ですからね。僕はその間……やっぱり銃形態だと邪魔そうなので、スピアで尾ビレ突っついてましょうかね。

 入れ替わるように眼前に立った弥生はバスターブレードを構え、ぐっと力を溜め……。

 

「どっ……せぇい!!」

 

 渾身のチャージクラッシュで砲台をボッキリ叩き折りました。

 ……提案したのは僕ですけど、こうやって見ると結構恐ろしいですね。

 

 

――――――――――

 

 

 「倒せた!」と喜んでいた弥生を眺めながら帰投したら待ち構えていたリッカさんにしこたま怒られました。先のメリーさんとの戦闘がついにバレてしまったのです。ロミオたちとの任務の時もうまく逃げることが出来たのに、うっかりしてました。「もう二度と乱暴しない」としっかり指切りげんまんさせられました。僕もあんまり乱暴しすぎて神機が使えなくなるのは嫌なのでお説教もちゃんと聞いていましたが……リッカさんはもう怒らせちゃ駄目ですね。身を以て実感しました。

 それで、僕はすっかり忘れていたわけですが、弥生から話があると言われて部屋に連れてこられました。弥生の部屋に入ったのはこれが初めてですね。あちこちに指南書らしき本が積まれて置かれています。他にもあみぐるみがいくつか置いてあったりしますが、そういった女子っぽいものより本の方が多めであるように思えます。

 

「それで、話ってなに?」

 

「お兄ちゃん、今日は私と寝よう!」

 

「……うん?」

 

 どうしてそうなったのか分からないんですが……。弥生なりの告白か何かでしょうか。

 事情が分からずに首を捻っていると、弥生もそこを話すに至る間の部分がすべて抜けていることに気付いたのか、説明してくれました。話が何回か飛んでいましたが、要約すると「他の人の部屋には泊まるのにどうして私の部屋には来てくれないの?」ということだそうです。「もしかして嫉妬? 嫉妬してくれたの?」と言ったら嫌そうな顔になったので大人しく口をつぐみました。

 しかし、そうでした。まだ弥生の部屋には泊まったことがありません。そもそも弥生の部屋に泊まるという選択肢が僕の頭の中に存在していませんでした。ああ、コンプリートするなんてこと、できるわけがなかったんだなあ、なんて今更なことに気付いてしまいました。

 

「お兄ちゃんが来てくれないから、その、嫌われちゃったのかな、って思って」

 

「そんなまさか! あるはずがないよ。嫌だなあ、弥生ったら」

 

 必死に弁明しても不安そうな顔を向けてくる弥生が愛おしくてたまらない。保護欲を誘う、っていうんでしょうか。ずっと守ってあげたくなります。ずっと昔、別れるときに誓ったんだもの。次に会う機会が訪れることがあったら、永遠に傍で守っていようって。

 

「一緒に寝てもいいけど……。僕、弥生の隣で寝たら何するか分からないなー」

 

「……お兄ちゃん、さすがにその発言はどうかと思う」

 

「わあ、ドン引き!? 待って待って、冗談だよ! チャンスをください!!」

 

 自分から弥生との溝を深めてしまいました。そんなことを言いたかったわけじゃないのに、おかしいですね? と言っても発言した後からどんなことを言っても信じてくれそうにないので、どうにかもっと聞き苦しくない言い訳を考えることにしました。……あ、でも言い訳ってどこまでいっても言い訳の域を出ませんね。やめましょう、この案はまったくの無意味です。

 こういうときは話を逸らしたほうが早いかもしれません。そうと決まれば何か他の話題は……なかった! しいて言うなら弥生を褒めまくる話ならありますが、前にこの話を別の人にしていたときに聞いていたらしい弥生に止められたので使えません。なんということでしょう。

 

「弥生の部屋はさ、一番最後に来ようと思って。デザートは最後にー、みたいな感じで」

 

 話は逸れてないけど、その代わりそのひとつ前の弁明もできる。これが正解ですね! ここから上手く話を繋いでいけば弥生の意識はそっちに逸れてくれるでしょう。

 

「そうなの?」

 

「うん。そうじゃないと僕、毎日でも弥生の部屋に泊まっちゃいそうだしねー」

 

 これはたぶん本当。というより、願望でしょうか。その頃に僕たちの関係がどうなっているかは分かりませんが、そうなっていたらいいと思います。言霊っていうものもありますし、こうやって言葉に出したから叶うかもしれません。これから毎日それを願ってアラガミを倒していたら叶えてくれるでしょうか?

 ともあれ、当初の意識を別の方向に向けることは成功したようで、それも今の理由に納得してくれるという最高の結末に辿り着くことができました。よかった、これにて一件落着ですね。安堵の息を吐いて弥生から視線を外すと、机の上に置いてある一冊の本が目に入りました。その本の上に乗っている物が気になったんですけどね。

 

「弥生、この植物、なあに?」

 

「あ、それはね、三つ葉のクローバー」

 

「これがクローバー……」

 

 見たことはありませんが、名前だけは知っていました。見つけると願いが叶う、四葉のクローバーっていうものがあるそうです。ただでさえ植物が少ないこの時代ですから、四葉のクローバーを探すのは昔よりも困難でしょうね。だからこそ見つけたときに喜びが大きいのだと思いますが。

 二つある三つ葉のクローバーは水分が抜けているのか、綺麗な緑色ではありませんがしっかりとその形を保っています。押し花とか、それと同等の処置をしたのでしょう。

 

「お兄ちゃんは三つ葉のクローバーの意味、知ってる?」

 

「え? 四葉は幸福……みたいな意味なのは分かるけど、三つ葉もあるの?」

 

「ふふ、お兄ちゃん、それが三つ葉の意味なんだよ」

 

 得意げに笑う弥生は三つ葉のクローバーを一つ、僕に渡して教えてくれました。

 四葉のクローバーの意味は“幸運”。そして三つ葉のクローバーの意味こそ“幸福”なんだそうです。「今でこそ三つ葉も珍しくなっちゃったけど、昔は四葉を追いかける人が多かったでしょ? だから、本当の幸せはいつも近くにあるんだよ、って事なんだと思うの」自分の分の三つ葉を胸にそっと抱いて話す弥生は、どうしてか僕にとって遠い人に見えました。

 

「私にとっての三つ葉はね、お兄ちゃんとかハル隊長とか……私の知ってる皆なんだ」

 

「弥生……」

 

「だからね、お兄ちゃん。私からもありがとう。ハル隊長、前よりすごくいい顔してるの」

 

 周りの人がいることが幸せだなんて、やっぱり弥生は天使だったんですね。すごくいい子に育ってお兄ちゃん泣きそうです。昔はあんなに泣き虫で僕から離れないような子だったのに……! 教育がよかったんですね。母さんは弥生を大切に想っていましたから、当然かもしれません。

 

「弥生は天使なんだね……っ」

 

「え、待って、どうして泣いてるの!?」

 

 涙が止まらなくて弥生に心配をかけてしまいましたが、この涙くらいは許してくれますよね。ああ、今日はハルさんの部屋に泊まりに行きましょう。こんなに可愛い弥生を見せてくれてありがとうございますってお礼も言わなきゃいけませんし。




昔、五枚以上葉がついているクローバーは不吉なものだと聞いたような記憶があるのですが、今調べてみるとそんなことはないみたいですね。今となってはその情報自体どこで聞いたものなのか全く思い出せませんが。


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79、現状

夏の現状について


 フライアに一泊した翌日、俺はフライアの最新の設備でラケル博士に検査をしてもらっていた。

 普段定期的に行われるメディカルチェックと同じようなものから、なんかよく分からないことまでいろいろ検査された。それぞれが何を調べるためのものなのか俺には分からない。

 一通りの検査が終わって、ラケル博士に呼ばれて研究室にやって来た。検査結果が出るまで今度は精神的なことを調べるらしい。問診ってやつだな。

 

「最近、ブラッドアーツや血の力での件を除いて、任務で体調を崩したことはありますか?」

 

「以前、感応種と遭遇したときに不調を感じたことがあります」

 

「……それは神機の不調ではなく、あなた自身の不調ですか?」

 

「はい」

 

 極東支部に感応種が出始め、対感応種用マニュアルが作られた頃のことだ。第四部隊として依頼に出たとき、俺は感応種に出会っている。もともと報告にあった神機の不調をその時初めて理解し、同時にしばらく動きたくなくなるほどの頭痛を感じた。ハルさんやカノン、弥生の手助けを借りてどうにか撤退できたが、俺一人での出撃だったらまず間違いなく死んでいただろう。それ以来、感応種が乱入してきたことを想定して俺は単騎での依頼に出ることを禁じられている。

 副隊長なんて肩書きを背負っているのに緊急事態を目の前にしてなにも行動できないなんて、情けないなあと休養するよう言い渡されながら思ったっけ。

 

「他には?」

 

「赤い雨の時……ですかね。感応種ほどじゃないですけど、鈍い頭痛を感じます」

 

 黒蛛病患者が赤い雨が近づくと体調を崩す、ということもあって、俺は一時期黒蛛病に感染しているのではないかと疑われたことがある。もちろんそんなことはなくて、今では疑いも晴れているのだけれど。

 ラケル博士は少しの間考え込むように目を伏せた後、コンソールを操作してひとつの画面を呼び出した。そこにあるのは先程まで受けていた検査の結果、らしきもの。ほとんどが数字で書かれていて理解できそうにない。

 

「夏さんの体内にある偏食因子を、少々調べさせていただきました」

 

「偏食因子……ですか」

 

「ええ。あなたの偏食因子はとても濃いです。これまで普通に過ごしてきたことに疑問を持つほど」

 

「……すみません、話が見えないんですが……」

 

「現在の夏さんは不自然なくらい一般的な神機使いと大差なさすぎるのです」

 

 “ゴッドイーターチルドレンが神機使いになると、体内に内包する偏食因子の濃度が濃くなりすぎる”。ふと前にもラケル博士と会話をしたときに思い出した文が再び脳裏に浮かんでくる。俺の思考が見えるのか、ラケル博士は「不思議ですね」と言葉をこぼした。

 本来であれば定期的に行われるはずのメディカルチェックを受けない俺。それを神機使いなりたての頃には他の神機使いと同じ頻度程度しか受けず、最近になってようやくゴッドイーターチルドレンとしてあるべき回数になった、というのは奇異にも程がある。そう言いたいのだろう。

 自分の知らない内に、自分の身体に異変が起こっている。その事実に背筋が冷える。

 

「恐らくあなたは、無意識に体内の偏食因子を制御しているのでしょう」

 

「制御? そんなまさか、俺がそんなことを……」

 

「それが近頃、偏食場パルスを浴びやすくなり、保っていた均衡が崩れつつある……と言ったところでしょうか」

 

 「感応現象は本来、第二世代以上の神機使いに関係のあることですから、これまではさして問題ではなかったのでしょう」それってもしかして俺が第二世代以上の神機使いだったら今までもかなり危なかったってことになるのだろうか。これは一生第一世代でいろってお達しかなあ。今の立場に不満はない。でも世代更新すれば今以上にできることは増えるのに。

 とりあえず、俺がブラッドの血の力で本来の能力以上の恩恵を受けてしまうのは、制御の反動である可能性が高いそうだ。この制御、どうやら俺が思うよりも厄介らしい。

 

「質問しても、いいですか」

 

「どうぞ。私の、及ぶ範囲であれば」

 

「俺は今後……ブラッドと出撃できないのでしょうか」

 

 恐る恐る尋ねてみると、ラケル博士は静かに否定した。

 むしろ俺はブラッド隊と出撃した方が良い刺激になるだろう、ということらしい。感応種が発する偏食パルスを浴びても身体の不調を感じないように、少しずつ慣らしていく。今後、増えるであろう感応種に備えて、せめて逃げの一手がとれるように。

 しかしそこにリスクがないわけではない。慣れる、というのはつまり身体にある程度の負荷をかけるということだ。当然、体調を崩すこともある。もちろん、酷使しないように調整などはするつもりだが。

 どうやらまだまだラケル博士にお世話になる必要があるらしい。

 

「あなたがブラッドアーツを多用できない原因も、体内の偏食因子の制御にあると思います」

 

「力を制御している、ということでしょうか?」

 

「ええ。ブラッドアーツは内に眠る力……。今の状態では無理に行使しないようにお願いします」

 

 前回倒れてしまったのは力を行使しすぎた結果、偏食因子の制御が不安定になり、身体が悲鳴をあげたから、らしい。俺は今のままだとなにもできないようだ。

 ラケル博士の言葉に頷く。ダンシングザッパーを多用すれば体調を崩すことは身を以て体験をしている。二度も倒れるのはごめんだ。だがあれはいい薬になった。俺でもまだ先にいけると、きっと浮き足立っていたのだと思う。あのまま何事もなければ俺はブラッドアーツに溺れて本来の戦い方を忘れてしまうような気がするから。

 

「このような状態になった心当たりはありますか?」

 

「心当たり、ですか?」

 

「これは推測ですが、夏さんは神機使いになる前から偏食因子を制御していたのではないでしょうか。そしてそれは必ず、何か“きっかけ”があるはずです」

 

 きっかけ。そんなことを突然言われても、特に何も思い付く事柄がない。今までの人生、それこそこうやって神機使いとして命のやり取りをする仕事をしている以外に、大きな出来事が起こったことなどない。しかも最低でも四年より前の出来事を遡らなければならないらしい。

 命の危機に瀕した覚えもない。外部居住区の防壁が破られたことはあったが、幸いなことにおばさんに促されて迅速な避難行動をとっていたため、アラガミに出くわしたことは一度もない。いわゆるありがちな“危機的状況での覚醒”などは起こり得ないわけだ。今回のは覚醒というほどのものじゃないけど。

 降参だ。首を横に降るしかない。

 

「……そうですか。それが分かれば、役に立つかと思ったのですが」

 

「本当に、何もないんです。自惚れかもしれませんが、他人より少々恵まれた環境にいるみたいで」

 

 特別なことはなかった。それと同様に挫けそうになる困難もなかった。小さい頃の悩みだった友達ができないことだって、他の人から見れば些細なことに過ぎないだろう。強いて言えば両親がいないことが悲しかったが、俺にはおばさんがいた。優しく接してくれる親類がいただけで俺は幸運なのだと大人になってから知った。それに、ほとんど寂しくなかったしな。

 それからしばらくラケル博士と問答し、俺はブラッド隊としての依頼がなければ、できる限り飛鳥と共に過ごすよう言い渡された。飛鳥の血の力は“喚起”というらしく、その特性によって慣らすと同時に少しずつ制御を外していくことが可能なのではないか、というのがラケル博士の見解であった。前例がいないから可能性にすぎないが、今のところそれに縋るしかなさそうだ。

 「これで問診は終了です」言い渡されて無意識に張っていた緊張をほっと息を吐いて解きほぐす。

 

「念のためですが、しばらくジュリウスとギルとの任務は控えてください」

 

「ジュリウスさんは分かりますが、ギルも……ですか」

 

「ええ。ギルの血の力は“鼓吹”……。ジュリウスと同じく周辺の仲間の肉体に干渉するタイプで、攻撃力を高める効果があります」

 

 勢い余ってあらぬ方向に飛んでいきそうで怖いな。

 シエルの血の力に関しても干渉タイプのものであるが、先の戦闘状況を考えるに出撃規制はしないらしい。ただし一度に複数の血の力を身に受けること自体が危険である可能性を考慮して、飛鳥と出撃する場合に限りしばらく規制されるらしい。すごい、この時点でブラッドメンバー半分と一緒に出撃できなくなってる。慣らしていない身体にいきなり多くの血の力の影響を受けるのは、きっといきなり冷水を頭からかぶるのと同じくらい危険なんだろうとは分かるけど。

 思っていたより大変な事態になっていることを思い知らされて頭が痛くなる。最近は分からないことが多々起きたりして疲れてばかりだ。クスクスと笑うラケル博士につられて俺も笑いがこぼれるが、それすらも疲れたものになってしまう。

 

「ゴッドイーターチルドレンに関する研究はまだ大きな進展もなく、不明瞭な点が多いです。何が起こるのか、分かりませんね」

 

「はは……。せめて戦場では堂々と立っていたいですね」

 

「なんにせよ、あなたのこの現象は巧く活用することができれば、とても強力です。少しずつ、様子を見ていきましょう」

 

 今回の検査結果、ならびに考察は俺が極東支部に戻る頃にはサカキ博士のもとへ送られているようにしてくれるらしい。極東支部に戻ってから俺の今後の仕事に関しての正式な通達もうけることだろう。このまま戻ったら出撃できるかな、とのんきなことを考えていたが、サカキ博士が離してくれなさそうな気がする。

 普段、お酒はあまり飲まないんだけど、今日くらいはちょっと飲みたいかもしれないな……。

 

「今回は以上になります。念のため頭痛薬を出しておきますので、もうしばらくフライアに留まってください」

 

「何から何まで、ありがとうございます」

 

 一礼してからラケル博士の研究室から退室する。ふと前回はいつもの声が聞こえたのに、今回は聞こえなかったな、なんてことを思うがそう何度も何度も出てこられたら俺が困る。処方された頭痛薬も前回のことがあったからだろうか。迷惑をかけてばかりで非常に申し訳ない。

 薬を待つ間、少しだけ休憩をしようと庭園に出向き、木を背にして座り込む。瞼を閉じていくにつれて眠気がやってくるようで、ここが落ち着く場所なのだなと再確認する。ああ、どれくらいの間待てばいいのか聞くのを忘れたな……。そんなことを完全に瞼を閉じた頃に思ったが、まあいいかと睡魔に従順に従う。

 

 

 

 この後、呼び出しの無線に応じなかった俺を探しにきたフライア職員の人に起こされた。

 ごめんなさい……。



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