あらゆる封印を作ったり解いたりできる天才結界士と封印から解放された魔王様 ~追放された結果、人間が嫌いになったので、魔王の味方をする事にしました~ (運の命さん)
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プロローグ 追放される天才結界士

「クライン、今日でお前はクビだ」

 

 依頼中での野宿、そのキャンプ地で俺はパーティーリーダーであるファルスにそう告げられる。他の仲間たちも同じ態度を取ってこちらをにらみつける。

 

 あまりの唐突な出来事に、俺は固まってしまった。

 俺達はこれまで、色んな依頼をこなしてきた。それこそ数多くのA級クラスのモンスターを倒せという依頼、更には王族から直々に魔王の配下の一人を倒してこいという物もあった。

 俺は何時どんな時もずっとパーティの支えとして、封印や解除の支援をしてきたつもりだった。

 

 それなのに、いきなりクビとはどういう事なのだろうか?

 

「ちょ、ちょっとまってくれよ。俺たちは仲間だろ? それなのに突然クビって……どういうことだよ」

「あぁ、そうだな。だが考えてみれば、その必要もないと俺達は考えた」

 

 必要がない、どういうことだ? と俺は困惑すると、その表情を見てファルスはフフッと苦笑した。

 もしかしてドッキリとかそういうアレだったのか?

 

「一々封印するのなら、もういっその事倒してしまったほうが速いと思ってな。何せ俺達は凄い強くなった、今やこの世では最強パーティとして呼ばれる始末。故に、封印を得意とするお前はもう邪魔なんだ」

「そんな――」

 

 そういう訳ではなかった。ただの嘲笑だった。

 不要か、ふざけた事を。つい最近の魔王の配下討伐依頼だって、少し苦戦していたというのに。最強パーティという肩書を得て、調子に乗っていのだろう。

 と言っても、今以上に文句言われるに違いない、最悪口封じとして殺しにかかってくるかもしれないので、俺は黙るしかなかった。

 

「攻撃も回復もできなければ、ロクな攻撃魔法もない。結果として俺達が攻撃しているのを後ろから眺めるだけ。どうだ? 羅列しただけでも、邪魔だってわかるだろう?」

「……」

 

 俺の職業である結界士は、敵を封印したり、既に張られた封印を解析し解く事に長けただけの職業だ。故に、攻撃に関するスキルや魔法は殆ど持ち合わせない。攻撃自体は可能な職業ではあるが、大したダメ―ジは見込めないのだ。

 当時のこいつらは、そんな事を把握していなかったのだろう。もし知っていたら、あのとき封印を解いた時点で用済みとして見捨てようとする筈だからだ。

 

「大体な。俺達がお前を仲間に引き入れたのは、当時の依頼完遂の為に邪魔だった結界を壊すだけの手駒として使う為。一人だけだったお前は、誰にも心配されない最高の駒だったよ。だがその後は荷物運びやら時折の解除雑用しかできない駒にしかならなかった。これをいらない存在以外、何といえばいい?」

「いらない、存在……」

 

 俺は、ある魔術師の里に一人で住んでいた。そこは、様々な魔術師が住んでおり、生まれながらにして結界士の適正を持った俺に色々指導してくれた。俺も自分のこの力に誇りをもっていたのだが、里の外の者からはずっと雑魚呼ばわりされてきた、悔しかった俺はその後もどんどん力をつけ、結界士としては最強と呼ばれる程の実力を手にする事ができた。

 

 が、それでも結局雑魚呼ばわりなのには代わりなかった。里の人達も、次第に仕事の為に里を離れて行ってしまい、何時しか里に住むのは俺だけとなってしまった。だがそんなある日、俺の実力を知ったファルスたちは俺をパーティに勧誘してくれた。その時は、ようやく俺も誰かの役に立てる日が来たんだと喜びながら、その勧誘を受けた。

 こんな力でも仲間はできるんだなって思ったから。

 

 だけどそれも結局、ただの夢紛いにすぎなかったのだ。

 

「フォローするとしたら、一応当時は君には少し淡い期待はしていたんだ。何でも古代の高位封印術をも解析して解く事が出来ると言っていたからな、ひょっとしたら何かとんでもない事も出来るんじゃないか、ってな。そしたら結果は大外れ、その本領を見せる機会もない、挙句の果てには攻撃が弱い? さすがの俺も愕然としたね」

「……そうかよ」

「ここまで言えば、君もどうするべきか、わかるよな?」

 

 俺の心は、悉く打ちのめされた。

 結界士としての誇り、自信、それら全てが今この時をもって、容赦なく潰されたような感覚を覚える。

 

 悔しい――けれど、今この状況で結界士の俺に何が出来る?

 仕返しもできなければ、弁明する言葉も無い。

 ならば、ここは潔く去った方が、こいつらとしても自分としても、一番良い選択なんだろう。

 

「分かった、俺もこれ以上色々言われるのは辛い。アンタらがそういうのなら、こんなパーティ抜けてやる」

「はははっ、良い判断だ! その潔さは認めてやる」

「――っ!」

 

 俺は奴らの嘲笑い声を聞きながら、苦虫をかみつぶした様な表情をしながら、その野宿場所を立ち去った。

 

 これが俺、クラインがパーティを抜け、一人孤独となった理由である。

 だが、今となってはこの出来事もありがたい思い出となっていた。なぜならそれは……。

 

 後に俺は、最高の仲間を見つけたのだから。




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第1話 魔王と天才結界士

「また孤独に逆戻りか……」

 

 野宿場を立ち去り街へと戻った夜、ベンチに腰を掛け今後の事を考える。

 金に関しては奴らと一緒に冒険したこともあって、多少残ってはいた。ざっと計算して精々宿代2か月分か? 食費も加えると、目を覆いたくなってしまうレベルだが。

 

 しかし、今後の事とか言うが、ファルスの言う通り、結界士が出来る事なんかたかが知れている。他のパーティの仲間になろうとしても、その弱さから受け入れてもらえないだろうし、何より受け入れられた所でまた追放されるのがオチだろう。

 

 故にもう俺の人生は詰んでいた。孤独に逆戻りとは言ったが、もうそれすらもどうでも良くなる程の重症である。いっその事どこかで一人静かに死んでいった方がマシのような。

 

「良し、今日は少し刺激を求めてみようぜ。ほら、この帰らずの森の奥地にあるドラゴンマン狩りとかどうよ」

「ランクはC+か、へへっいいじゃねぇか。行こうぜ行こうぜ。しかも禁足地付近だろ? なんか面白い事の一つや二つありそうだしな」

 

 そんなゴミ同然の俺の視界を、二人の冒険者が通過していった。

 刺激、面白い事の一つや二つ、何だ人生薔薇色みたいな事を言うじゃないか。

 

「冒険者ねぇ」

 

 孤独や集団問わず世界様々を旅し、生きていく人達。死ぬのも生きるのも自由であり、何をしても自由な人達。勿論悪い事はご法度ではあるが、ね。

 

「……自由って点では、いいかもしれねぇな」

 

 最強パーティから追放されて、生きる理由すらも無い自分にとって、その自由という言葉はある意味救いのような物であった。

 冒険者になって、もし封印に関する依頼でもあれば、それを受諾し解決すれば多少ながらも感謝させる。

 心の穴埋めとしては十分じゃないか。

 死ぬのも勝手となれば、誰にも文句言われない。今の俺にとって最高の場所だと言えよう。

 

「行くか」

 

 俺はスクッと重い身体を起こし、冒険者の申請の為ギルドへと歩みだした。

 

 

 〇

 

 

「試験があるなんて初耳だったぜ」

 

 ギルドに行って『冒険者になりたい』と伝えたところ、受付嬢は俺にある一枚の紙を差し出した。

 誰でもなれる冒険者ではあるが、それはただ年齢制限という概念がないだけに過ぎないらしい。

 

 試験も無く無暗に冒険者になれてしまっては、人数が多くなってしまう上に、力不足の人がドンドン死んで行った結果、誰も依頼をしなくなってしまうという事が多発してしまうだろう。それは冒険者という存在のイメージダウンに他ならない。

 

 そういう意味では、この試験は理に叶っているだろう。最も、戦場においての知識はあれど、力がない俺にとっては迷惑以外の何物でもないのだが。

 

「帰らずの森に入ってすぐのベビータイガーを5体討伐、か」

 

 差し出された試験の紙にはそう書かれていた。

 

 ベビータイガーという名こそしているが、それなりの力量を持つ者ならば、雑魚同然のモンスターでしかない。

 しかし同時にタイガーの名が示す通り、身体能力が他の魔物よりは高く、雑魚同然と言われて舐めてかかれば、身体を噛まれ大怪我を負う事も少なくない危険なモンスターでもある。

 

 ただし、人体を噛みちぎる力はないため、死ぬ事は無いものの、大怪我こそすれば、数か月は歩く事の出来ない身体になるかもしれない為、試験には適した存在と言えよう。

 

『ガアァ』

「来たか、《封印(シール)》」

 

 俺が正々堂々と戦えば、その身体能力に負け大怪我ルート一直線だろう。が、それは正々堂々に戦えばの話である。

 俺の職業は結界士、封印を作ったり解除したりできる職業だ。故に、中からは壊せない結界を施し、こちら側から一方的に攻撃する事など造作の事でもない。

 相手の力量関係なく、封印を施す事は可能だ。欠点を上げるならば、複数相手には使用できないという一点だけ。片方の動きを封じる事が出来ても、もう片方が動けてしまっては意味がない。まさに、一長一短のスキルであった。

 

「はぁ……封印してグサグサをあと4回か。面倒だな」

 

 先ほどのベビータイガーが死んだ事を確認した俺は再び森を歩き出し、ベビータイガーを探す。入ってすぐとは言われたが、多くの人が冒険者になるからなのか、今では見つけるのすら難しい程にまで数を減らしていた。

 

「クソ、どこにいんだよ」

 

 気づけば俺は森の奥にまで進んでしまっていた。ここまで来るとB級クラスのモンスターも多くなってくるので、早く引き返さなければ俺みたいな火力不足の職業はすぐ死んでしまうかもしれない。

 だが近くを探して見つからなかったならば、奥を探すしかないだろう。俺はどんどん奥地へと進んだ。

 

「……ん? なんだこれ」

 

 そこで俺は、森に建てられたにしては不自然な遺跡を発見する。壁は草木やツタで覆われ、苔が生い茂り、扉には古めかしい結界魔術が施されていた。誰から見ても怪しすぎる。

 

「こんなものあるとか聞いてねぇぞ」

 

 扉の近くにまでやってきた俺はその結界をマジマジと見つめる。確かに古代の結界ではあるが、力業で壊せない程強い結界って訳ではなさそうだ。最も、壊すには強い冒険者でないといけないくらいではあるが。

 

「すげー宝でも眠ってんのか? 《解除(リベレーション)》」

 

 俺は結界に手を触れ詠唱すると、その結界は瞬く間に消え去った。

 実は俺、封印を作るよりも解除する方が得意である。封印の解除というのは、一つの絡まった糸を少しづつ解いていく感覚で魔力を正しき流れに繋いでいくという物であり、一種のパズル見たいな感じある。

 まぁ、ハマる人にはハマるといった奴だ。

 

 

 〇

 

 

 中を警戒しながら、そっと扉を開く。

 

 扉の奥は真っ暗だったが、足を踏み入れた瞬間、両脇にあった蝋燭に紫色の焔が灯り、少しずつ中を照らしていく。

 

 神聖な雰囲気を感じさせる石の床と壁。その奥には模様が描かれた金色の石が箱の形を形成し、静かに浮遊していた。

 その箱には何やら電流のような物が放たれており、それが箱を縛り付け、厳重にそれを護っていた。

 

「なんだよこれ。古代の高位封印術にも見えるが、この手の物は初めて見るぞ」

 

 俺はそっとそれに近づき、それに触れようとする。

 が、それは一つの声によって静止させられた。

 

「だれ?」

「うわっ!?」

 

 俺は周りを見渡す、が俺以外に人の姿は見えなかった。ともすれば、今の声は――。

 

「この箱の中か?」

「だれと聞いてるの……」

 

 その声は言動こそ威厳を感じられたが、弱っているのか知らないが良く聞かなければ全部聞き取れない程小さかった。

 

「封印されているのか?」

「そうか、私の事を笑いにきたんだ……」

 

 この石の箱の中には人がいる――その事実に俺は戸惑った。

 状況を整理しようと、俺は目を閉じ呼吸を整える。そして、静かに箱へ向かって言い放った。

 

「――お前は誰だ?」

 

 声は呆れるようにため息をついた。

 

「笑いに来た奴なんかに語る言葉なんてない」

「おいおい、誤解だっての」

 

 そもそも俺は、こんな遺跡がある事自体初めて知ったし、今喋っている存在が何かすらもわからない。

 

「笑いに来たんじゃないの?」

「お前は誰と聞いているんだ。存在も知らなきゃ、笑いも出来ねぇだろ」

「……」

 

 ようやく理解したのか、反論する声は聞こえなくなった。

 そこで俺はもう一度声をかける。

 

「3回目だぞ? お前は誰だ?」

「――魔族」

「魔族?」

「遥か昔に封印された、この地を統べてた魔族」

「え?」

 

 幻聴だっただろうか? 遥か昔にこの地を統べてた魔族?

 凄い信じられないような言葉が出たような気がするが……。

 まだいまいち理解が出来ないので、俺は整理のために確認をとる。

 

「お前、魔王だったのか?」

「この地、この大陸の魔王だった」

「マジかよ。そんで危険だったから封印されたと」

「そう、人と魔族の戦争の末にね」

「ウケる」

「笑わないで!」

 

 箱の中身が怒っているのだろう、それを包んでいるであろう箱が激しく回転する。

 可愛いなコイツ。

 

 人と魔族の戦争――と言われて真っ先に思い浮かぶのは、数千年前に起きたとされている『ラグナロク』という聖戦だろうか? 魔族が暴虐を尽くし支配していた時に、人と自由をつかさどる神が降臨し、人々を導いた末に、勝利をつかみ取ったという大戦争。百年も続いたとされており、この世界に生まれ落ちた者ならば一度は聞くお話だろう。

 まさか現実だったとは。

 

「悪い悪い。んで、封印された気持ちはどうだい?」

「やっぱバカにしてる。……最悪だよ、嫌いな人間たちに封印されたんだから。」

「……嫌いな人間、か」

 

 不思議と、俺を追放してきた奴らの事を思い出す。

 もう既に、俺を追放した奴らの事はどうでも良い物の筈だった。それなのに、コイツの嫌いな人間という言葉にピクリと反応してしまう。

 まだ忘れ切れていないという事なのだろうか?

 

 

「そうか、そうだろうな。んで? お前はどうしたいんだ?」

「どうしたいも何も、この状態で出来る事があるとでも?」

「出たいんだろ? 嫌いな人間たちに施されたその忌々しい封印から」

「当たり前でしょう? でも、それはできない。出来たら既にやっている」

 

 既にやっている――という事は、試すという事すらしなかったのだろう。

 悔しいという気持ちはありながら、それを晴らすという事が出来ないのだろう。

 俺は自然と、その魔王に同情心が芽生えると同時に、腹立たしさを募らせていた。

 

「俺がその封印から解放してやる、とでも言えば?」

「ふざけるもいい加減にしなよ。この封印は人間が張ったとはいえ神代の物、いくら上位の魔術師だからって、破壊できる代物じゃない。まぁ、外界からなら私程かそれ以上の力を使えば壊せない事もないだろうけど」

「と、思うじゃん? やってみなきゃわかんねぇだろ、最初から諦めてんじゃねえ!」

 

 俺は指を一噛みし、血で濡らす。その指を箱に纏わりつく紫色の電流にこすりつける。

 

「《高位解除(ハイ・リベレーション)》」

 

 そう詠唱した刹那、紫電が微かに揺れ暴走する。暴走した紫電は、俺の封印解除に抵抗するかのように、壁や床、そして俺に向かって迸る。保険として重ね掛けした結界でこれか、どれだけ厳重なんだって話だ。

 

「ち、着実に封印が……消えている?」

「ッチ、抵抗がいてぇな。だが諦めたら、負けた気分になるし、悔しいんだよ!」

 

 解除の魔力を更につぎ込み、気合を入れる。高位解除というのは、普通の解除と違い解除に使う魔力をありったけ結界にぶつけて、無理やり破壊して解除するという荒業である。先ほどの例えで言うならば、一つの絡まった糸を強い力で引きちぎって壊す感覚と同じである。

 

 だがまだ足りなかった。紫電の抵抗を耐え抜き、箱に触れられるようになるには、もっと多くの魔力が必要だった。もう少し……もうちょっと……。限界を迎え、吐血する位の魔力を解放する。

 

「まだか!? 足りねぇならもっとつぎ込むだけだ!」

 

 何も考えずに放ったならば、意識が保てなくなる程の魔力量にまで到達する。ここまで魔力を使うのはさすがに予想外で、俺も内心困惑していた。暴走していた紫電は少しずつ収まっていき、その動きがだんだん停止していく。箱の中にいるであろう存在も、その様子に驚いているのか何もしゃべらなくなった。

 

 『解放してやる』と言って『ふざけてるのもいい加減にしなよ』って返されただけだというのに、なんでここまでムキになっているんだ俺は、と内心ツッコムがもうここまで来たら引き返す事なんてできない。

 ぶっちゃけ、解除し始めた時からそう思ってはいたのだが、今となってはもうどうでもいい。

 

 やがて停止していた紫電も完全に消え去り、その手で箱に触れられるようになった。

 

「よおし、あと少しだな」

「……嘘」

 

 紫電の封印解除に放っていた魔力をそのまま箱にぶつけて、力任せに破壊する。

 石の方もそれなりの強度をしていたのか、一つ一つ壊すのにかなりの時間を要した。この時点で魔力量も限界に達していたが、そんな物もはや関係なかった。気合と根性で何とかするしかないのだから。

 

 段々と石がゴロゴロと崩れていき、中身の身体が露わになっていく。顔、胸部、手に足――箱の中で縛り付けられていたその四肢は、ようやく箱と完全に分離し、硬い石の床に向かって残った石と一緒に落下する、封印解除成功だ。

 

 それを確認した俺も座り込み、ゼーハーゼーハーと息を切らす。得意である解除魔術にここまで力を使うとは正直思ってすらいなかった。これぞ油断大敵という奴だろうか? 視界もボヤケて、出てきた奴がどんな奴かも確認できない。

 

 疲れ果て、天井を仰ぐ俺の震える手を、箱から現れたソイツが握った。こちらを驚いたようにマジマジと見つめる。ボヤけてはいるが、そういう顔をしているというのは予想がついた。

 

 そして、その手を握る力を強め、ソイツはゆっくりと告げた。

 

「――ありがとう、感謝する」

「ハハッ、やけに上から目線だな?」

「当然、魔王だからね?」

 

 ボヤける眼をゴシゴシと擦りながら、眼のピントを合わせる。ようやくソイツの全体像を拝む事が出来た。

 そして俺は一瞬目を疑った。長い銀色の髪に赤い瞳。そして片方だけ黒い翼の生えた恐ろしい容姿こそしていた物の――。

 

 見た目は、子供の女の子そのものだった。

 

「お前、子供だったのか?」

「な、私に向かってなんて非礼な!」

「だって、自分の身体見てみろよ」

「身体?」

 

 少女は下を向き、自分の身体を確認する。

 そして目を見開き、まるで信じられないような物に出くわしたかのような表情をした。

 

「な、な、なんだこれはぁぁああぁぁああぁぁあぁあぁぁああぁ!!!」




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第2話 人を嫌う天才結界士

「な、な、なんだこれはぁぁああぁぁああぁぁあぁあぁぁああぁ!!!」

 

 正気か? 真か? 夢じゃないよな? そんな言葉を何回も復唱しながら、魔王と名乗る少女は困惑する。

 まあ魔王と名乗るからには、封印される前はきっと大人でかつ美女だったんだろうな、と脳内でフォローを入れておく。言動と行動から全く想像がつかないが。

 

「うぅ……魔王としてこれは不覚! 惨めと見るなら殺してよ!」

「いや殺さねーし」

「生き恥を晒せって事!?」

「いや別に」

 

 本当に魔王なんだろうか?

 

「全身全霊込めて封印を解いたんだ、誰かを殺す力なんてない。それより、まずは名を名乗ってくれ」

「魔王となる者に名前なんてない」

「はあ? 不便だろそれ」

「不便じゃない。私達魔王はそれぞれ統べる地が違う。だから魔王と呼べば、自然にその地の魔王の事を指す。他にはそうだね……私は当時、魔術の力で右にでる者はいなかった。故に魔術王という異名でも呼ばれていたよ」

「へえ。見た目から想像が出来んが」

「うっ」

 

 見た目の事を指摘すると、言い返す事がないのか悔しそうな表情を見せる。

 これは良い弱みを握ったかもしれない。

 

「そ、そんなに言うなら力を少し見せてやろうか?」

「結構です」

「少しは興味を持て!」

 

 魔王は部屋の中心に移動する。

 両手を天高く掲げ、周囲に己の魔力を放出する。

 

「力が減っているなあ……だが、これくらいならまだ問題ない」

「結構なんだが」

「うるさい! これは私のプライドの問題なの!」

 

 何のだよ。

 

「氷の精よ。我はこれより、氷の扉を開ける。その凍える世界、凍結により時が止まる世界、その世の力を今、この地に顕現せん。《氷属性魔術 -終章-:氷河(アイスツベルク)》」

「は? 何節の詠唱だ……うおっ!?」

 

 魔王の周囲から蒼の魔法陣が展開され、そこから凍える大吹雪が吹き荒れる。

 

「身体が、凍えッ、クソッ! 《一時封印(ワンズ・シール)》!」

 

 その吹雪に皮膚が触れると、その部位が一瞬にして凍結した。こいつ、俺に対する私怨も交じってるだろ、と愚痴をこぼしながら、自分に対して一時的な封印を施す。

 これは箱状の魔力壁に自分又は相手を閉じ込める防御に特化した封印術であり、余程大きな攻撃でなければA級クラスのモンスターでさえも退ける事が可能だ。だが、こちらも単体のみの封印術、複数には使えないのが悲しい所だ。

 

 予想を超える詠唱量の氷魔術ではあったが、封印術のおかげで自分への被害は最小限にとどまった。が、魔力壁の表面が凍結するまでの力とは……これが魔術王の力という奴か。

 納得した俺は凍結した魔力壁を破壊し周囲を見渡す。さっきまで殺風景だった瓦礫だらけの遺跡が、一瞬にして氷の雪景色へと変貌していた、恐ろしい。

 

「ふう、腕訛ってなくてよかった」

「それは良かったな?」

「なっ、お前生きてたの?」

「やっぱ殺す気だったのか」

 

 図星だったのだろう、魔王様はうっ、と表情を歪ませる。

 

「まあいい、お前の力はわかった。色々いって悪かったな」

「うん、わかったならいい」

「それで、お前はこれからどうするんだ?」

「封印が解かれたから、また世界を統治するために動くだけだよ、でも……」

 

 表情を曇らせ、頭を抱えてため息をつく。

 

「どうした?」

「この力じゃまた封印される未来しか見えない。他の魔王の封印も解いて、再び手を取り合わないと」

「あんな力があるのにか?」

「嫌いな人間たちは、封印の力が魔族の弱点であるという知識をその戦争の時に得てしまった。認めたくはないけど、今の人間ならば、大勢で攻めれば私なんてそんな大した物じゃない」

「嫌いな人間たち、ねぇ。ふ~ん」

 

 まあ、よく考えたらそうか。例え森に現れたA級モンスターでも、一人じゃ勝てなくとも大勢のパーティでかかれば、案外楽に勝ててしまう。

 その理屈は、魔王にも通じてしまうのだろう。かつての戦争の時のように。

 

「とりあえず、私はもう行くね。解除してくれた礼は、いつか必ず返すから」

「……それじゃあ、今返してもらおうかな?」

「え?」

 

 俺はすくっと立ち上がり、魔王様に言う。

 

「アンタの魔王の封印を解く旅? とやらに、俺もつれていってくれよ」

「はい? ……別に良いよ、人間の力を借りる程に力は弱ってはいないし」

「へえ、確かに今の力は凄かったが、封印の力が弱点なんだろ? そんな魔王が封印を解除するなんて事、簡単にいくのか?」

「うっ」

 

 立ち去ろうとする魔王様は痛い所をつかれて立ち止まる。

 

「わ、私は魔術王だよ? しかも魔王なんだ、封印を解除する位、どうだって……」

「自信は、ないんだろ? 解除したときも、嘘って言って驚いてたじゃねぇか」

「……」

 

 何も言い返せないのか、それとも人間にそう言われて悔しいのか、黙り込んでしまった。

 いや、きっと悔しいんだろうな。支配されていた人間種に封印され、そして封印解除されたと思ったら、見た目も力も、そしてプライドも、なにもかも失われていた。

 その悔しさは、俺も知っている。

 

「お願いだ、俺はお前の力になりたい」

「わかってるの? これは実質、かつてのラグナロクを再び起こすような物だよ? お前は人間だ、本来なら私を封印する側だ。それなのに、魔王の味方をするというのか?」

「そんなのは関係ない。それに、もし味方をしないのなら、魔王だって聞いたときに封印を解除したりする真似なんかしない」

「それはそうだけど……でも、なんで」

 

 魔王がそう言うのも当然だろう――人間が魔王の味方をするなんて、普通じゃどうかしている。

 昔の俺なら、確かに封印の解除なんてしなかった。だが、今の俺はそれをした、何故か。

 

『最悪だよ、嫌いな人間たちに封印されたんだから』

 

 嫌いな人間たち……俺はその言葉に反応し、封印を解いた。

 結界士なんてクズな職業を、色んな人が馬鹿にし、手を差し伸べてくれたと思ったら、結局クビにされてお役御免。

 そんな経験をしたからだろうか、今の俺は、人間を心の底から嫌っていた。

 

 だから、俺は――。

 

「人間が嫌いだから、それだけで俺は手を貸す。それ以外に理由なんていらない」

「……」

「人間である俺の手を貸すのは悔しい、そうだろう」

「……」

「分かる、その気持ちは」

 

 魔王は『え?』と返す。

 

「結界士として、優秀な力を持っていたのに、同じ人間たちに馬鹿にされて。クソくらえだと思ったよ」

「あんな力をもっておきながら、か?」

「ああ、酷い話だろ? だから俺は人間を嫌う。理由としては酷い位だが、プライドをズタズタにされたという意味では、同じだろ?」

「……」

 

 魔王はその言葉を聞き、静かにうなずく。

 

「悔しいけど、確かに同じだよ」

「だろ?」

「うん、同じ。人間に深い不信感と嫌悪感を持っている。そんな人間もいるんだね」

「魔王様の見てた世界が狭かっただけじゃないのか? 俺みたいなやつは結構いると思うけどな」

「好んで魔王の封印を解く程心汚れてる奴なんかいないでしょ。……でも、もしかしたら、そんなお前みたいな奴程、魔王の手駒、いや、家来としてふさわしい存在はないかもしれないね」

「家来、か」

「不満? もし本当に私の旅へついていく気があるなら、相応の覚悟してもらうよ? 勿論、君の身の安全も少しは保証してあげよう」

「……いや、手駒よりはマシか。うん、問題ない」

「良し。交渉成立、だね」

「ああ、ありがとう、魔王様」

「?……ふふ、はははっ!」

 

 何かおかしい事を言っただろうか? 俺の『魔王様』というセリフを聞いた瞬間、魔王様は突如爆笑する。

 

「お前みたいな奴が魔王様って呼ぶのは似合わないよ、ははは」

「そ、そうか?」

「うんうん、笑っちゃう位にね。それに、お前は私に『魔王様』なんて敬意を払う必要がない」

「え?」

「確かにお前は私の家来となった。だが、解放されるのを諦めていた私の封印を解いてくれたのはお前だよ。家来という物は、主を信頼していなければならない、主も、家来を信頼していなければならない。しかも家来がお前ひとりしかいないというのならば、これはもはや一種のパートナーみたいな物じゃないかな」

「パ、パートナー?」

 

 魔王様は頷き、俺の眼をしっかりと見つめる。

 

「うん。だから、聞いておかないといけないね。……お前の名は?」

「……クライン。クライン=フルグレッジ」

「クライン、クライン。うん、良い名前だ。そしてもう一つ……」

 

「是非とも私に、名前をつけてくれない、かな?」

「な、名前? なんでいきなり?」

「言ったでしょ? お前が魔王様って呼ぶのは似合わないし、名前で呼んでくれた方が、こっちとしてもしっくりくる」

 

 それは確かに一理ある。これから色んな町に行くだろうし、街中で『魔王様』って呼んだらそれこそ大騒ぎ間違いなしだ。

 だが、そんな大事な事をこちらが決めてもいいのだろうか?

 自分で言うのもなんだが、俺のネーミングセンスは壊滅的だ。決めた所で、お気に召さなかった場合の後が怖すぎる。

 

「ほ、本当に良いのか?」

「良い。私はどんな名前が来ても受け止めよう」

 

 それは悪い名前が飛んでくる事を前提に言ってないだろうか? 眼も何故か疑うように細めているし。

 クッソ、なんか悔しい。

 

「ん……そう、だな」

 

 名前つけるのも命がけだ……確かに、魔王の家来っていうのも一筋縄ではいかないな。といっても、今更やめる気は更々ないが。

 頭をカリカリと掻いて、悩むこと5分。悩みに悩みぬいた結果思いついた名前を告げる。

 

「〝マギア〟でどうだ? どっかの国じゃ〝魔術〟って意味愛もあるそうだ。詳しい事は知らんが」

「……」

 

 反応が返ってくるまでのこの間が一番怖い。

 

「……まあ、いいか」

「い、良いのか?」

「自分でつけた名くらい自信を持ってよ。もっとひどい物が来ると思ってたから。許容範囲って奴」

「それはそれで傷つくんだけど。まあ、それでいいのなら、それでいこう」

 

 俺は心の底からガッツポーズする。さすがに名前付けで死んでたら洒落になっていなかった。

 

「では、これから私はマギアだ。宜しくね、おま……こほん、クライン」

「無理に名前で呼ばなくていいぞ?」

「だ、ダメっ。家来というパートナー関係は信頼が大事なの。これさっきも言った!」

「はいはい」

 

 マギアは一々細かい事にこだわるタイプのようだ。プライドが高い魔王故なのだろうか?

 とてつもなく面倒くさい。

 ……まあ、これに関しては少しずつ慣れていくしかない。

 

「とにかく! こんなところに長居は無用っ! わかったらさっさと行くよ!」

「ああ。っと、その前に俺の用事を果たさせてくれ」

「え? そんな時間は」

「話は歩きながらする、今いっても無駄に時間をくうだけだ」

 

 マギアは何処か納得のいかないような表情をしつつも、渋々俺の後をついていった。

 

 

 〇

 

 

 遺跡を出た俺達は、当初の目的を果たす為、森の中をまた歩いていた。

 

「用事って一体何? くだらない事だったら、キツイ仕置きが必要だけど」

「くだらなくないからその殺意をやめてくれ。今の時代、他の大陸とかへ渡るには王の許可か冒険者の資格が必要でな」

「むっ、不便な世の中だね。資格なんかなくとも、強行突破で……」

「それこそ大惨事だろ、応援呼ばれて多数の冒険者がやってきたら、それこそ一巻の終わりだ。マギアが言ったんだぞ、大勢なら負けるって」

「う……」

 

 プライドが高い分、図星をつかれると悔しそうな表情をする。この時のマギアの表情はちょっと微笑ましい。これがギャップ萌えという奴なのだろうか?

 

「だからまずは、冒険者の資格を取る。そもそも俺が森に来たのもそれが目的でな。そのためにベビータイガーを狩りに来たんだが、あいつら全然見つからねぇんだ」

「ベビータイガー……あのクロウタイガーの幼体ね。当時は家畜として飼われていたけど、そんな出世していたとは」

 

 あのベビータイガーを家畜か、今の俺達には想像できやしないな。

 魔物を使役するビーストテイマーなる職業はいるが、タイガー系の使役には非常に苦労するらしい。

 野生の本能は伊達じゃないという事か。

 

「そんなの、気配で探ればいいじゃん――見てて」

「は? 気配?」

 

 マギアは森の真ん中で制止し、強く集中する。

 聴覚、嗅覚、触覚、視覚。関係ない味覚を除くこの4つの感覚を研ぎ澄まし、周囲の生命体の気配を感じ取る。

 聴覚は敵の動く音、嗅覚は対象の臭い、触覚は揺れる風の感覚、視覚は観察眼。狙いをベビータイガー一点に定め、周囲を注意深く探る。

 ――そして。

 

「そこね。《炎属性魔術 -二章-:炎弾(ファイアガント)》」

「は? そこ?」

 

 マギアは右方向の草むら目掛けて炎で出来た弾丸を無詠唱で放つ。

 炎弾(ファイアガント)》は二章と括られているように、炎属性の二節魔術だ。これはあのパーティにいた魔術師から聞いた話だが、無詠唱で唱えられない事もないらしい。しかし、それには相当の実力が必要みたいだが。

 それを自然に無詠唱で行使したマギアの放った弾丸は、草むらへ爆音を立てながら着弾する。刹那、ベビータイガーの情けない断末魔が森中に響き渡り、燃え尽きた亡骸が静かに横たわる。

 

「ほら、簡単でしょ?」

「すげえ、さすがは魔術王」

「これくらい当然。もっと褒めてくれてもいいんだよ?」

「はいはい、凄いね~」

「適当に褒めるな!」

 

 マギアの扱い方もわかってきたような気がする。とりあえず適当に褒めとけば、気分は良くなるみたいなので、今後も活用していくことにしよう。

 まあその後は、マギアの気配探し能力のおかげもあり、無事残りのベビーパンサーを狩る事に成功する。

 

「よし、あとは街へ行って、報告してライセンスをもらえばOKだな」

「こんな敵に苦戦するなんて、クラインは本当に封印バカなのね」

「一言余計だ」

「これまでの仕返しっ」

 

 そんな他愛も無い会話をしながら、俺達は帰路についた。

 

 

 〇

 

 

「はあ、一々確認なんて必要あるのかねえ」

 

 一人の王宮兵士が、禁足地の中へと入り、奥にある遺跡へと向かう。

 毎晩一人、禁足地の奥にある遺跡へと向かい、扉が封印されているのかを確認するという仕事だ。何でも俺達の代よりはるか昔から続いている仕事らしい。

 といっても、王からは『遺跡の中には危険な魔物がいるので、もし封印が解かれていたら至急報告しろ』としか伝えられていない。

 つまり、兵士は真相もわからず、この確認作業をやらされているのである。

 

「おっ、見えてきたな」

 

 視線の先には、壁が草木とツルに覆われた遺跡がポツリと建てられている。

 早く終わらせたいという一心で、兵士はその場所へと駆け出していく。

 

 ――そして。

 

「……え?」

 

 目の当たりにすることだろう。

 遺跡の扉が破壊され、中は誰もいない抜け殻となった空間と化していた。

 何も知らされていない兵士でさえ『これは不味い』とすぐに悟った。

 

「た、大変だ」




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第3話 天才結界士と魔王、そしてそのころ

 封印が解除されたのを王宮の兵士が見つけた事をいざ知らず、俺はマギアと共に街へと戻り、試験達成の報告をする。

 

「はい、確認しました。試験をクリアしたみたいですね。では、こちらの冒険者ライセンスをお渡しします。これで晴れて冒険者ですね、おめでとうございます」

「ああ、ありがとう。そうだ、連れがいた場合でも、リーダーが冒険者ライセンスを持っていれば、大陸移動とかは可能だよな?」

「はい、可能です。ただし、移動先での仲間の安否に関しましては、冒険者ギルドの管轄外となりますので、そこはご了承ください」

「わかった、助かる」

 

 まあ魔王なら安否の問題はいらないだろう、俺の方は気を引き締めないといけないレベルだろうが。

 何はともあれ、これで試験は終了。

 冒険者ライセンスを修得した為、他の大陸にも渡れるようになった。

 

 俺はギルドの外で待っているマギアの所へ急いで戻る。長く待たせすぎると機嫌を損ねてしまいかねないからだ。

 ちなみに魔族であることを隠す為、とりあえず背中の翼に関しては、魔力によって不可視にしてもらっている。隠せると聞いたときは『都合のいい羽だな』と笑ってしまった。

 

「待たせたな」

「遅い! どれ程待たせるの!?」

 

 大体5分しかたってないのだが。

 『短気すぎるだろ』と脳内で突っ込んでおく。

 

「まあいいよ、無事冒険者の資格は取れたみたいだね」

「ああ、これで大陸を渡れる。他の仲間探しに役立つだろう」

「良し、なら早速行こう! ……ところでクライン。この大陸の南の方に魔界港とやらはある?」

「この時代にそんな物騒な名前の港があったら消されるだろ。まあでも、大きな港町ならあるぞ、カステットっていう場所だ」

「うっ、私がつけたカッコいい名称なのになあ。そんなダサい名前になってしまって……」

 

 マギアのネーミングセンスも大変悪かったようだ。

 そう思えば、俺がマギアの名前を付けたのもある意味正解だったのかもしれない。

 

「港町に行きたいのか? ならこの街から馬車が出ている、そこから向かうぞ」

「うん、了解。今後については馬車の中で話そうか」

 

 

 〇

 

 

 入口で暇そうにしていた御者を頼り、港町へと向かう。

 ここから港町へは約1時間30分といった所か、結構かかる。

 出発した馬車の荷台へ入ったマギアは『さて』と言い腰をかけ、今後について語る。

 

「どこからの説明がいい? この世界の事から?」

「どんだけ長話をする気だ。歴史は簡単でいい、それと次行く予定の場所だ」

「つれないなあ、まあいいけど。それじゃあ、この世界について簡単に説明しよう」

 

 マギアがしてくれたのは、この世界の構造と成り立った経緯だった。

 この世界は『ヴィートリヒ大陸』『ソーディリア大陸』『フィリミア大陸』『ハイドランド大陸』『チャクラム大陸』の5大陸で構成されている。

 かつて魔族の中で大きな内乱が起きた際、その戦いに残った5体の魔族が何時までたっても決着をつける事が出来なかった為、それぞれが魔王となり今の5大陸を作り上げたという。

 

 マギアは昔、魔術王として今いるこのヴィートリヒ大陸を支配していたという。封印されて力を失った今は、その面影すら見えないが。

 

「そして私達が今から向かうのはソーディリア大陸。そこに封印されている筈の魔剣王と呼ばれた魔王に会いにいく予定ね」

「魔剣王――名前からして、剣を使う魔王か?」

「うん、ボーッとしてるような子だけど、プライドは私以上に高いの。気に入らないならすぐ殺すし、気に入れば気分よく接する。まさに両極端な子」

「すぐ殺す……か」

 

 聞いている限りでは、暴虐な性格をした正統派魔王といった所だろうか。

 一番問題なのは、俺は魔剣王に気に入られるのか否かという所だろう。いられなかったら即死だ、礼儀をわきまえなければならない。

 

「安心しなよ。クラインには私がいるでしょ? 身の安全は保障すると言った、襲ってきたのなら、死なれないように私が護るだけだよ」

「それは助かる。一時封印で動きが止まるかもわからんからな」

「ハッキリ言って無理だと思う、あの子の持つ魔剣の力はどれも計り知れないし。一つ一つが怪物並みだ」

 

 あまり過度な期待はしない方がよさそうだな。

 今の俺にできる事は、魔王の封印解除成功と自分の命の安全を祈る事だけだ。

 

「ん、大体の説明は以上。質問ある?」

「……や、無いな」

 

 有るって言ったら機嫌を損ねるだろうし、あとは脳内補完で補う事にしよう。

 

「じゃあ私は寝るね。到着まで起こさないように」

「わかったわかった」

 

 話疲れたマギアは荷台の床へ横になり、寝息をたてる。その時の姿はもう魔王ではなく、どこにでもいる可愛らしい村娘のような感じがして、微笑ましく感じる。

 

(ずっとこうやって大人しくしてくれればいいんだがな)

 

 俺もマギアの寝顔を暫く観察した後、飽きたのかそのまま目を閉じ横になった。

 

 

 〇

 

 

「昨日も今日も快勝! しかもこれから再び王から直々に依頼を受ける。まさか、荷物が一つ減るだけでこんな変わるとはな」

「ええ、立ち回りやすくなったのも大きいですね」

「荷物を持つ役がいなくなったのは少し残念だがな」

 

 パーティリーダーであるファルスと魔術師のシリア、そして武術家のクレイの3人は王からの依頼を受けるために王城へと足を運んでいた。

 クラインがいなくなった事で、その後の依頼も順調に事が運んだ。

 

「おいおい、言ってやるなよ。荷物が多くなったら、適当な御者でも見つけて運んでもらうだけさ!」

「ま、それもそうか」

 

 この言葉をクラインが聞いたら激怒するだろうが、今はそんなの関係なかった。

 何故なら、もうクラインはこのパーティにいないのだから。

 

 〇

 

「――失礼します!」

「うむ、来たか」

 

 玉座の間へと到着、王の許可を確認した上で、静かに入室する。

 王は待ちわびていたと言わんばかりの表情をしていた、その顔を見てファルスは思わずニヤけ顔を漏らしそうになる。

 理由は単純、王に頼られているからだ。ファルスの立場になったら、誰でもそんな顔するだろう。

 

「幸せそうな顔をしているな。何かあったのか?」

「ええ、少し、ですね」

「そうか。――ん? もう一人の姿が見えぬようだが?」

 

 ファルスはギクリとした。

 前回王と会ったときはクラインも当然同席していた。

 いなくなった後の弁論なんて考えていなかったのだ。

 

「どうした? 何かあったか?」

「い、いえ、クラインはその、やるべき事を見つけたと言って、俺らのパーティを抜けてしまいましてね。有用な者だったばかりに、残念な気持ちですが」

 

 苦虫を噛みながら、一先ず嘘の告白をする。

 弱いから追放した、なんて絶対に言えなかったからだ。

 

「そうか。今日頼む依頼は、高度な封印も少しばかり必要だと思ったのだがな。いなくなったのならば、仕方あるまい」

「え? それはどういう」

「うむ。説明しよう」

 

 王は玉座からスクッと立ち上がり、一枚の紙をファルスに渡す。

 それは、兵士からの報告書であった。

 

 報告。

 王の勅命により、遺跡に施されていた封印を確認しに行った結果、先刻の夜、その遺跡が荒らされているのを確認した。

 宣言によれば、中には危険な魔物がいるとの事であった為、緊急事態と判断し、報告する。

 至急、対抗策を講じる事を推する。

 

 報告書にはそう書かれていた。

 

「これは?」

「禁足地、お前たちも立ち入った事のない場所だな。隠してはいたが、その奥には危険な魔物を封印していたのだ」

「成程」

 

 危険な魔物。

 どんな奴らかは知らないが、封印されていたならば、相当恐ろしい力を持っているのだろう。

 場合によっては、今の俺達でも倒せるか怪しいかもしれない。

 

「その封印が、今回何者かによって破壊されていたのを確認してな。意図的に禁足地に入ったか、それとも気づかずに立ち入ったかは定かではないが、見過ごせる案件ではないのは確かだ」

 

 王の話によれば、禁足地付近には看板こそ立っているが、余程の事がない限り立ち入らないであろう獣道等では、看板に気づかない可能性もあったとの事。

 今までそういう報告は上がっておらず、見つけても封印を解ける者はそういないと判断された為、余り対策は講じていなかったらしいが。

 

「そこで、だ。今回君たちには、禁足地を調査し、封印を解いた犯人を突き止めてもらいたい。可能ならば、解き放たれた魔物を見つけ、討伐もしくは封印をしてもらいたいのだ」

「討伐もしくは封印、ですか」

「封印はクラインがいれば良かったですが、いない物は仕方ありませんね」

「良し、そうと決まれば魔物は討伐。の前に、犯人の調査が先決か?」

「……いや、その必要はない」

 

 ファルスは何かを悟ったかの様に言うと、王に向かって宣言する。

 

「犯人の目途は立っております。すぐに捕らえ、王の前に連れてきましょう。魔物の方も、可能ならば討伐してみましょう」

「そうか! それは一体何者だ」

 

 フッとファルスは笑い、指を鳴らし、その名を告げる。

 

「……クラインですよ」

「何? 例の結界士か?」

「クラインが?」

 

 振り返り、仲間に告げ口をする。

 

「考えてもみろ。王が解除できる人は早々いないと言うような封印だ。んな事が出来て、今一番自由の身である奴は誰か」

「成程な」

「確かに、ああ見えて一応は高位の結界士ですものね」

「それに、ここでアイツを捕らえておけば、俺達も安心して仕事を続けられるという物だろう? 愉快極まりないじゃないか」

「はっ、良い事考えるじゃねぇか」

「異論ないですね」

 

 3人はクスッと笑う。

 先ほど王に『クラインは自ら去ってしまった』と言った。これほど罪を着させる事の出来る奴はいないだろう。

 それに、ここで捕まってくれたならば、俺達が嘘をついて隠す必要もない。そんな危険な魔物を解き放ったのならば、永遠な投獄か処刑は免れないだろう。

 それを見物できるのだ、愉快じゃないか。

 

「――楽しみだよ、クライン」




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第4話 港町と天才結界士と魔王

「と、当時より大きくなっている……」

「そうなのか?」

「うん、あの時は本当に小さかったのに」

 

 どれくらいだったのかは知らないが、マギアが驚いた顔で言うのであれば、相当な物だったのだろう。

 

 港町カスタロット。

 東から、西から、南から、北から――世界全土の至る所から物資や商品が運ばれる世界一の規模を誇る港町だ。

 目的の物がこの港町から探しても見つからなければ世界には存在しない、とすら形容される程栄えている。

 

 実は俺も初めて来たのだが、これほど大きな物だとは想像していなかった。

 

「……」

 

 マギアは何かソワソワしていた。

 

「少し、見ていくか?」

「ば、馬鹿いわない! 私達の目的を忘れた訳じゃないでしょ?」

「声震えてるぞ」

 

 いつもの図星をつかれた表情。この時の顔は本当に可愛い。

 それはさておき、確かにマギアの言う事は一理ある。のんきに観光なんてしていたら、いつ解除がバレるか分かった物ではない。

 

「そ、それに! この程度の港街なら、今後いっぱい見る事になるでしょ? なら今ここで、立ち止まる必要もないよ」

「ここ、世界一の規模だぞ?」

「……と、とにかく! 私達には時間がないんだ。それに、見たいのはお前だけでしょ? 魔王の命令には素直に聞く! わかった?」

「はーい」

 

 見たいという顔をしているのはお前でしょうが、と言いたかったが心の中で止めておく。

 実際俺も少し見て回りたい気持ちはあったからである。

 マギアに図星をつかれ返されるとは思いもしなかった。

 

「じゃ、船着き場にいくか」

「ええ、さっさと行くよ!」

 

 眼を細め、ちょっと悔しそうな顔をする。『なんで食い下がらないのか、もし反抗してくれたら見て回っても良かったのに』みたいな顔をしている。バレバレだ。

 素直になればいいのになあ、と俺は思いつつ、船着き場へと向かった。

 

 

 〇

 

 

 船着き場に行くと、そこでは船員たちが世話しなく働いている。

 積まれた荷物を降ろし、商品になるかどうかの鑑定が繰り返し行われる。

 その様子は見てて楽しいのだろうか、周りには見物人が群がっていた。

 

 俺達には興味もないが。

 

「ちょっといいか?」

「あ? どうした兄ちゃん」

 

 カウンターの方で作業をしていた大男に声をかける。

 なんだか機嫌が悪そうな返事だったが、スルーして話を続ける。

 

「ソーディリア大陸の方に行きたいんだが、船は出ているか?」

「ソーディリア大陸……あぁ、南方の大陸か。出てはいるが、今日はもう船を出さねぇぞ」

「何?」

「ど、どういうこと!?」

 

 マギアも意味が分からなかったのか反応する。

 今の時刻はまだ昼頃、頻度は少なくとも、夜には必ず船を出している物だと思っていた。

 なのに出せない? どういうことなのか

 

「何か理由でも?」

「見ての通りだ、もしかして兄ちゃんら、港町(ここ)は初めてか? なら無理もねえか?」

「御託はいい、速く説明してくれない?」

「何だこいつは、一々口が悪いが」

「き、気にしないでくれ」

 

 魔王故なのだろうが、マギアはつい強く言ってしまう事が多い。

 俺はともかく、他人にはせめて言葉遣いには気を付けてほしい物だ。

 機嫌を損ねられてしまっては元も子もないというのに。

 

(少し黙ってな)

(魔王に向かってなんていい方を!)

(はいはい、説教は後で聞く)

 

 一先ずマギアを黙らせる。

 

「それで、出さないというのは?」

「ああ、今は船卸祭りの時期でな」

「船卸祭り?」

「ああ、周りを見れば色んな貿易船が停泊してるのが分かるだろ? 何時もより今日は沢山の品が運ばれる時期なんだ。作物はもちろん、めったに観れない宝石とかな!」

「成程」

 

 通りで騒がしいわけだ。人が多いのも、今日に限った事なのだろう。

 

「なら、仕方ないな」

「え!?」

「おう、悪いな。折角の祭りだ、ゆっくり見ていくといいぜ」

「助かる」

 

 何か反論したげな顔をしたマギアを引きずり、俺はカウンターを離れた。

 

 

 〇

 

 

「どうして諦めるの!? 無理にでも出してもらえばいいじゃない!」

「無理に言っても出してもらえないだろうし、強引に言い聞かせたとしても、それが騒動になったらどうするんだ?」

「そうは言っても、私達には時間が」

「なあ。少しは落ち着こうぜ? 散々言ってるが、俺達の旅は捕らえられたら終わりなんだ。俺は安全性を取りつつ急いでいるだけだ。今日がだめなら、明日一番にここを出る。それでいいだろ?」

「い、一理あるけれど」

 

 苦虫を噛みながら、どうも納得のいかないって言いたそうな顔をする。

 そりゃそうだろう、魔王なんだから。

 

「パートナーはお互いの信頼が大事、だろ?」

「……」

「お前は俺をパートナーに選んだんだ。選ばれた俺も当然お前を信用する。しないと殺されるからな」

 

 互いを疑い、ギスギスした関係を続ければ、当然何方かに何時か見限られる。

 その結果先に行動を起こすのはマギアに決まっている。魔法でもなんでも使って、俺を殺しにかかってくるだろう。

 

「だから、お前も俺を信用してくれ。これは、お前の安全を優先しての事だぜ?」

「私の?」

「ああ」

「……はあ、分かった。交渉事は任せる」

 

 反論できないのか、マギアは顔を後ろに向けながら、そう返事する。

 納得してくれたようで何よりだ。実際殺されるんじゃないかとヒヤヒヤした。

 

「ならいい。それじゃあ、船も出ない事だし、観光しながら時間でも潰しますか」

「しょうがないわね。少しぐらい付き合ってあげるわよ」

「本当はお前が一番回りたいくせに」

「う、うるさいわね! 燃やすよ!?」

「ごめんごめん」

 

 そう言ってはいるが、マギアの表情はちょっと嬉しそうであった。

 

 

 〇

 

 

「な、なにこれ……甘ッ! 口が何かに包まれて溶けていく感じの……罠か! 罠なのか!?」

「食べ物に罠ってどういうことだよ」

 

 作物や宝石、織物の露店を巡っていた俺達は、ふと見つけた店に入り、ケーキなる物を食していた。

 俺は何度も食べた事ある為左程反応はしないが、マギアの反応は尋常ではなかった。

 美味いのか不味いのかのどっちかで言ってほしい物だ。

 

「クライン……」

「どした?」

「これを7個程買い置きして! 毎日1個は食べるよ!」

「7日しかもたねぇじゃねぇか」

 

 ちょっと遠慮したな?

 

「い、一週間も食べればさすがに飽きるし……」

「絶対嘘だ」

「わ、分かんないじゃない!」

 

 マギア程の性格だ。7日後には確実に『もっと寄越せ』と駄々こねてくるに違いない。

 魔王特権で、俺に対しては何しても許される、と言って財布をくすねた後、無断でケーキを買いに行くのがオチだろう。

 

 でも

 

「……精々3個だな」

「ケチ」

「懐が死ぬ」

「金を稼げばいいじゃない。それか盗むか」

「後者はアウトだ」

 

 一々発想が危ない。

 

「金を稼ぐ、か」

「方法はあるの?」

「ああ、面倒ではあるがな」

 

 冒険者ライセンスを開き、これをブンブンと左右に振る。

 マギアは頭にハテナを浮かべている。

 

「こういう町には大体中央に依頼ボードとかが置かれていてな。冒険者であるなら誰でも受けられる。そこから金になりそうな依頼を探して、達成する。そうすりゃ多少金にはなるが」

「人間たちの手助けをするって事? 気に入らないわね」

「なら、ケーキはお預けだぞ」

「そ、それは!」

 

 顔を少し赤らめながら、激しく動揺している。

 脳内で葛藤でもしているのだろうか?

 天使がココハシタガウベキヨーって言うのに対し悪魔がオマエハマオウダープライドヲマモレーとでも言っているのだろうか? よくあるテンプレだ。

 その様子はとても微笑ましい。

 

 ――そして数分の葛藤の末。

 

「……し、仕方ないわね! 特別だよ? 特別!」

「天使の勝利か」

「天使?」

「何でもない」

 

 背に腹は変えられない、とはよく言ったものだ。

 さすがの魔王も甘い物には勝てなかったようだ。

 

「んじゃ、依頼ボードに行くか、速く食えよ?」

「も、もう少し味わってから……」

「ガキか」

「なんて?」

「何も?」

 

 その後結局、俺達が店を去るのは1時間後であった。




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第5話 ダンジョンと天才結界士と魔王 ①

「《炎属性魔術 -二章-:炎弾(ファイアガント)》――ほらほら、どんどん走る!」

「だぁークソ! 背負って走れは鬼すぎるだろ!?」

「魔法使いながら走ると疲れるの。ほら~ファイト~」

「ッチ……今ガチの舌打ちしたわ」

 

 俺は今、無詠唱で炎弾(ファイアガント)を放つマギアを背負い、洞窟内を全力疾走している。

 洞窟といっても内部は一本道であり、迷う事は殆どない構造となってはいた。

 だが、そういう構造程罠を仕掛けやすい――故にパーティを組んでいた頃は、そんな物踏むまいと慎重に行動していたのだが。

 

『『『ガァゥァー!!!!』』』

 

 マギアがそんなのお構いなしに進んだ結果、気づけば全ての罠を踏んでしまっていた。

 背後には罠から出てきた魔物数十匹が、俺達という獲物目掛けて追いかけていた。

 

「お前が馬鹿正直に進むから、こうなるんだぞ!?」

「気配のない物の探知とか知らないよ。ましてや床に仕込むなんて」

「それっぽい言葉並べやがって」

 

 ことの発端はそう、数時間前に遡る。

 

 

 〇

 

 

「なるべく人との関わりが少ない奴を……」

「慎重だね」

「ったりまえだろ」

 

 マギアがケーキを食べ終わってすぐ俺達は、港町中央に設置された依頼ボードへとやってくる。

 冒険者となった者は基本的にここから依頼を受けて知名度を上げていく。勿論直々に依頼してくる事もあるだろうが、なったばかりの冒険者に依頼をするような馬鹿はいない。

 故にこの依頼ボードを一つ達成する事が、冒険者の登竜門ともいえるだろう。

 

 俺とマギアはボードを、端から端まで見渡す。

 魔物の討伐に物運び、人探し等様々な依頼が張り出されていた。

 

「マギア、何か希望はあるか?」

「任せると言ったでしょう? なら、退屈じゃない奴」

 

 そういうと思った。

 依頼に退屈じゃない物なんてあるのだろうか? マギアの性格から推測すると、戦闘がメインとなる奴か?

 

「魔物討伐とかどうだ?」

「却下。探して狩るの作業は退屈だよ」

「依頼の全部がそうなのだが?」

 

 だが今のでマギアの趣向はわかった。

 同じ事を繰り返す様な事が苦手なのだろう、つまりは見つけては倒すの魔物討伐や、見つけては確認をとる物探し等の系統をした依頼が好ましくないのだろう。

 

 ぶっちゃけるとそんな物は無いし、あったとしてもそれは希少な依頼だろう。

 

 呆れ困りながら依頼を探す俺の横で、他の冒険者二人組がある依頼を見ていた。

 

「おい見ろよ、ダンジョン制圧だってよ。目ぼしい宝とかあるんじゃねえか?」

「ん――はあ? おいおいこのダンジョン、先日挑んだ冒険者が怪我して逃げかえってきた場所じゃねえかよ、帰ってこなかった奴もいるって聞いたぜ?」

「あっ、本当じゃねえか、危ねえ」

 

 二人組は紙をボードに戻し、違う依頼を探し始めた。

 

「ふむふむ? ダンジョン制圧か~」

 

 どういう依頼なんだ、と、俺は興味を持ったが、それより速くマギアがそれに食いついていた。

 

 港町(ここ)から東にある緑道にある地下廃坑の制圧依頼。

 依頼人は存在せず、制圧の証となる物を役所に持ってこれば達成となるという、他とは少し特異な形式をとった内容である。

 

 紙の汚れ具合からか、随分と前に張り出された物なんだろうが、ボードにあるって事はまだ達成されていないのだろう。

 

「その地下廃坑、お前なら知ってるんじゃねえか?」

「ん? ああ――港町(ここ)から東方でしょ? んー……魔族の修練場があったような気がしなくもないけれど。作ってもいいって許可出したぐらいで、内装までは知らないけれど」

 

 ダンジョンは主に古くから存在していた遺跡や洞窟に魔物が住み着いてしまう事で誕生する事が多い。

 故に、マギアがいた時代の施設とかがダンジョンになっていると推測したのだが、やはりそうだったようだ。

 

「成程な。それはそうと、随分とその依頼に食いついているようだが?」

「行った事はないけれど、ちょっと懐かしい気分になるかもしれないじゃない? 私の時代にある物なら――」

「じゃあ、それにするか?」

「うん、決まりね」

 

 ボードから紙を剥がし、俺達は地下廃坑に向けて、ボードを後にした。

 

 

 〇

 

 

 そして今に至るというわけだ。

 

「お前の時代にあった奴じゃねえのかよ!? ここは!」

「当時の魔族どもが変態野郎ってのはわかったよ! 罠なんて仕込んで、正気とは思えないし!」

「敵陣の罠にどれだけ対処できるか――とかいう修行だったんじゃねえのか?」

「だとしてもやりすぎ!」

 

 背負われながらも炎弾(ファイアガント)を的確に魔物の脳天目掛けて放つその技量は、さすが魔術王といった所だろうか。

 敵の数が着実に減っていき、今では数える程にまでその量を減らしていた。

 それでもかなりの時間を要していたが。

 

「結構な時間走ったのに、まだ最奥つかないの!?」

「敵の強さも変わってきたからな、そろそろつくんじゃねえか?」

 

 今追いかけてきているのは、B級クラスの魔獣クロウタイガーに、巨人のビックフット。B+級クラスの長い身体をした毒蟲ヘブルコブラを合わせた3種の魔物である。

 どれも並みの冒険者では少し苦戦を強いる魔物である、それが罠踏んだだけで出てくるのだから、当時の魔族は相当な鍛錬馬鹿だったのだろう。

 

『シャー!』

「しつこい害虫ね! 《雷属性魔術 -二章-:雷槍(フングニル)》!」

 

 長い巨体を利用しマギアの目の前までやってきたヘブルコブラに向かって、マギアは手元に出現させた槍の形をとる雷を放ち、その巨体を見事に刺し貫く。

 

「そいやっさ!」

 

 そして、それをヘブルコブラごと後方に飛ばし、追いかけてきた他の魔物たちを一網打尽にする。巨体の反対側に突き出た槍は、他の魔物をも貫き、絶命させる。そのまま魔物たちは地響きを立てながら、ドミノ倒しに倒れて行き消滅する。

 

「これで全部?」

「……凄いな、本当に」

 

 今まででも感服だったマギアの力だが、改めてその凄さを見て黙り込んでしまう。

 

 無詠唱で二章クラスの魔術を放つ事もそうだが、それを連射したり、応用聞かせて先ほどのように一網打尽にしたりと、魔術一つ一つの扱い方が、本当にプロの域を超えていた。

 それこそ、人間に負けて封印されていたというのが、信じられないくらいに。

 

「でしょう? もっと褒めてくれてもいいんだよ?」

「凄すぎて言葉が出ないから褒めらんないわ」

「ちぇっ。ま、今はそれを誉め言葉としてもらっておくよ」

 

 マギアは呆れ顔で頷き、その先へと急ぐ。

 

「にしても、これだけの修練場を作っておいて、結局聖戦で負けるなんて、笑えるよね」

「それほど人間が、規格外の力を得ていたって事なんじゃないか?」

「規格外……か」

 

 俺の言葉を聞いて何か気にくわなかったのだろうか、少々顔を曇らせ、苦い表情を見せる。

 その手は少量の血が出る程強く握りしめていた、相当な怒りや憎しみがなけりゃ、握りで血なんか出ないだろう。

 

「……地雷、だったか?」

「ええ、嫌な記憶を思い浮かべちゃった」

「それは、すまなかった」

「いや、いいよ。だって殆ど、私のせいなんだから」

「マギアのせい?」

 

 先へ進みながら、マギアはうんと頷き、話を進める。

 

「クラインが言うには、聖戦は神々が人々を導いた末に勝利した、って話だったよね」

「あ、ああ……」

「それは、半分正解だけど、半分間違っている」

「何?」

 

 一体どういう事なのだろうか?

 今の内容をより詳しく語るならば、地に降臨した神々は、人々に知識を与え、戦いを先導した末に魔王達を打倒した。という物である。

 まあ結局は打倒したのではなく、封印されたっていうのが正解だったのだろうが、確かに今考えると、ちょっと違和感を感じる。

 神がいたとはいえ、これほどの力を持っている魔王を、どうやって封印したというのだろうか。寧ろ打倒の方が簡単な気がしなくもないというのに。

 

「封印された、という点か?」

「違う。神が人々を導いたって点だよ」

「神が人々を導いたことが間違いだと?」

「……」

 

 マギアはゆっくりと頷いた後、握りしめていた手を強く壁に叩きつける。

 

「神が与えたのは、勝利するための知識と技術だけ。戦争を先導し、魔王を打ち果たした、なんて歴史は私の記憶に存在しない」

「な、ちょ、ちょっと待ってくれ。じゃあ、なぜマギアは封印されてたんだ? 知識と技術があったとしても、易々と封印されるようなお前じゃねえだろ?」

「……そう。確かに、それだけだったら良かったのかもしれない。でも、奴らが行ったのは、ただの外道だ」

「げ、どう?」

 

 マギアは俺に見せない様に、顔を下に向ける。

 でも、俺にはバレバレだった。

 

 マギアの眼から、冷たい小さな雫が一つ零れ落ちた。

 

「マギア?」

「神が与えたのは、私の魔術を完全に封する術式、そして――私の友達を捕らえる術、その2つだけだった。きっと私がいる限り、武力では勝ち目がなかったから、こうするしかなかったんだろうね」

「……」

「そして人間どもは、私がこの世で一番大切だった物を人質にとった。魔術を封する術式を前にされたら、私には何もできなくなる。他の仲間たちも、戦いに精いっぱいで助ける事すら出来なかったんだ」

 

 マギアから語られた真実に、俺は息を飲んだ。

 それと同時に、激しい怒りと同情心が身体の底から湧き上がっていた。

 

「"生殺与奪の権は我らにある。大人しく降参するというのなら、人質を解放しよう"と、奴らは言った。他の魔王なら、そんなのお構いなしに戦っただろうけど、私は……私は、さ」

「マギア……」

 

 未熟だった。きっと、そう言いたかったのだろうけど、マギアは言いたくなかったのだろう。

 それは確かなる事実だ。だけど、言ってしまったら、残るのはただの後悔だけだろうから。

 

 もし、その時戦っていたら、どうなっていたのだろうか? もしかしたら、勝機があったのだろうか? それは、今となっては誰にも分からない。

 

「マギア、それ以上は言わなくていい。お前も言いたくないだろう」

「……」

 

 マギアはゆっくりと頷いた。

 

「なら良い。続きは話したくなった時でいい。今はとりあえず先へ行こう」

「う、うん……そうね」

 

 マギアの気持ちは痛い程分かる、腹が立ってしまう程に。

 勝ちだけにこだわり、相手の想いすらも踏みにじる外道な行為、同じ人間とは思いたくない。

 

 ――でも、もし俺が当時の立場だったとしたら、同じ事をしていたのかもしれない。

 この話は、一概に誰が悪いかなんて、分からないのだ。

 

 でも俺は、少なくともマギアの味方でいよう。だって今は、パートナーなんだから。

 

 

 〇

 

 

「う……」

 

 地下廃坑の最奥地、ボヤける視界を頼りに周りを見渡すが、既に自分以外の仲間はいなくなっていた。

 どこに行ったのだろうか? 微かに聞こえた会話を頼りに、当時の状況を思い出す。

 

『廃坑にこんな奴がいるなんて知らねえぞ!』

『ヒッ……俺は死にたくねえ……』

『うるせえ、死にたくねえなら逃げるぞ!』

 

 ……そうか、仲間たちはみんな逃げたんだ。でも、なんで私だけここに?

 思い出せない、それを聞く前に私は気絶してしまったんだろうな。まだ生きているのは不幸中の幸いといった所だろうか?

 

 最も。

 

「グルルル……」

「私も、もう死ぬんだろうな」

 

 死にたくない、けれどこんな場所に来る人なんて限られている。

 ましてや、逃げた仲間たちの状況を見た上で来る人なんて、余程の馬鹿か物好きだろう。

 

 捨てられた事に悔し涙を流し、静かに目を閉じる。

 これなら、何時死んでも自覚が出来ないから、怖くさも多少は和らぐだろう。

 

 それでも彼女は、最後に口から、微かな祈りをこぼした。

 

「……誰でもいい。誰でもいいから……」

 

 ――私を、助けてください。




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第6話 ダンジョンと天才結界士と魔王 ②

 マギアの記憶をたどりに奥へと進む、入る前に聞いたマギア情報によれば、この地下廃坑は恐らく全20階層であったとの事である。

 

 奥へと進んでいき、ようやく19階層へ降り立つと、景観がこれまでの物とガラリと変化した。

 通路状になっているのは、これまでと同じなのだが、等間隔に広い空間があり、狭い通路の両脇には、牢獄の檻が幾多もの数作られていた。

 その中には、B~B+級クラスの魔物たちがこちらを睨みながら、檻を破壊しようとしていた。

 

「当時の魔族たちが始末し忘れてたのか?」

 

「恐らくね。全く、管理が杜撰すぎるよ。出られても面倒だし、強行突破で行こうか」

 

 マギアを再び背負い、駆け抜ける。

 

 大柄なビックフットや、龍兵ドラコナイト等は、出てくるのに時間がかかる為、対処せずに済むのだが、魔蟲族のヘブルコブラや、シーザーリッパー等は、檻の隙間から簡単に抜け出せる為、一々対処しなければならなかった。

 

 特にシーザーリッパーは、鎌状の手を持った蜂系のモンスターなのだが、その手によって、マギアの炎弾(ファイアガント)を軽々と弾き返してくる為、非常に面倒くさかった。

 というより、炎弾(ファイアガント)等の魔術を含めた投擲系攻撃はほとんど通用しない。

 

「あの蟲ほんっと、しつこいんだけど!」

 

「ッチ、ラチが開かねえ」

 

 気づけば、シーザーリッパーだけ対処しきれずに、数体程連れてきてしまっていた。

 俺とマギアを獲物と断定したその鎌を唸らせながら、ジリジリと間合いを詰めてくる。

 

『『『シィィィ――』』』

 

「……はあ、クライン。お前は、一時封印(ワンズ・シール)で自分を護ってて」

 

「なに?」

 

「少し、飛ばす」

 

 ゲシッ、と俺を突き飛ばし、宙に浮いたマギアは両手を広げ、シーザーリッパーに向けて、魔術の詠唱を行う。

 その眼の赤色はまさに、苛立ちによって燃え盛っていた。

 

「炎の精よ。我はこれより、炎の扉を開ける。地獄の如く焼けつくその世界、魂をも滅し尽くす世界、その世の力を今、この地に顕現せん。《炎属性魔術 -終章-:紅炎(プロミネンス)》」

 

「おい馬鹿! ここ屋内だぞ!?」

 

 両手を中心に、巨大な紅の魔法陣が展開される。そこから眼に見える程に熱せられた風と大小様々な炎の球体が迸り、直線状に並んでいたシーザーリッパーを同時に焼き尽くした。

 

 終章の魔術であるがために、その威力は他の魔術に比べ規格外であった。それを示唆するかのように、マギアの前の通路は殆ど焼け落ち、檻に閉じ込められていた魔物すらも殺し尽くしていた。

 

 後、何より驚いたのは、直線状だけでなく、俺のいた後ろの方も、微かにだが焼け跡が残っていた事である。

 一体どれ程の熱い炎なんだ、と想像するだけで震えが止まらなくなる。

 

「……怖ッ」

 

「魔王だからね」

 

 もう突っ込む気すら起きなくなっていた。

 

 

 〇

 

 

 そんな感じで19階層を突破し、ようやく最奥地、20階層へと降り立った。

 

 驚いたのは、20階層はただ一つの空間があるだけだった。

 

 脇道には奥にある一つの扉へと誘うかのように、幾多の柱が突っ立っており、今にも壊れそうなボロボロの壁には紫色の蝋燭が淡く灯っていた。

 

 疑問に思った俺は周囲を見渡し、何か裏ルート的な物がないだろうかと探ったが、それらしい物は特に見つからなかった。もう間違いなく、この部屋はあの扉に誘導するためだけの物なのだろう。

 

「あの扉の奥――奇妙な気配ね」

 

「奇遇だな、俺もだ」

 

 ガッチガチに施錠されていたのであろう。その扉の下には、何者かの手によって斬られた鉄の鎖が散乱していた。恐らく、俺達の前に入ったとされる、命からがらに帰還した冒険者パーティがやったのだろう。

 

 という事はつまり、この先にとんでもなくやべえ敵がいるという事だ。

 

 これまでの事から、何か罠が仕掛けられているのかもしれない。と、周囲を警戒しながら、その扉へと近づく。

 ボロボロの壁こそあったが、何かが出てくるような気配はなく、壁の亀裂から、微かな風を感じるという事も無かった。

 

 そうして、何事もなく俺達は、扉の前へとたどり着く。

 改めて、その扉の異様さを実感する。上の方には何やら杖を持った女性の姿が描かれていた。

 恐らくマギアの事を書いたのだろうが、いまいちピンとは来なかった。

 

 ――コクリ、と顔を見合わせ、頷く。

 そして、その扉をゆっくりと、俺達は開く。

 ヒュゥとそよぐ風が、扉の隙間から吹き込み、足元をそっと撫でる。

 この先に待っている物の危険さを間接的に伝えているようだ。

 

 扉の先は果てのない様な暗闇が広がっていた。

 これまでのフロアの床や壁は、しっかり整備されていたのに対し、ここは殆ど岩壁を削っただけの構造をしており、あまり手入れはされていない状態であった。

 天井は高く作られており、肉眼からでは限界点は確認できなかった。

 

『――クルルルル』

 

 暗闇の中から、小さな唸り声が響く。

 魔物の知識は多少持ってはいたが、このような唸り声は聞いたことがなかった。獣とは違う、少し金切るような音が混じったような響き。

 

「何だ、一体だけか?」

 

「……ええ、魔物は1体しか気配がしないね。でも」

 

 マギアは何か気にかかるような声を出す。しかしそれは、直ぐにただの勘違いとして片づけられた。

 一歩、暗闇の中へと歩みだし、人差し指を向けて、魔術を一つ詠唱する。

 

「《補助魔術:陽光(ライト)

 

 ポゥ、と小さな魔法陣が展開される。

 どういう原理だろうか? 魔法陣が空間一体を覆い囲み、その全貌を明らかにさせる。

 

『――グルルゥゥウゥァアアァァアアアァァアアアアア!!!』

 

「「!?」」

 

 その瞬間、空間はその雄たけび一つで揺れ動かされた。

 

 そこに鎮座していたのは、A+級クラスの翼魔竜ブラックワイバーンだった。この辺りに出るような魔物ではなく、出現例も少ない珍しい魔物だ。

 しかし問題はなのはそこではない。A+級クラスと指定されている通り、その強さは折り紙付きである。実例を挙げるならば、腕の良い冒険者が運悪く遭遇した結果、幾度となくその命を散らしてきた程である。

 

 そんな魔物がなぜここに? ダンジョンの最奥地にいる定番のボスモンスターだから。と言えばそれまでだが、ここら辺で確認されていたダンジョンだと、普通B+~A級クラスの魔物が存在している筈だった。

 

 これは、事例のない出来事だった。

 

「おいマギア! これはどういう意味だ!?」

 

「私が知ってると思う!?」

 

 ブラックワイバーンは高く飛躍し、口から炎を俺達目掛けて放つ。

 

「お前は自衛に徹底しろ! クライン!」

 

「わあ~ってる! 《一時封印(ワンズ・シール)》!」

 

 壁際を走りつつ、タイミングの良い所で一時封印(ワンズ・シール)を展開する。

 強固な結界で護られてはいるものの、中からは普通に援護すること自体は可能である。

 

「《魔陣拘束(トラップ・シール)》!」

 

 飛行しているブラックワイバーンの周囲に、魔力文字が刻まれた輪を出現させ、縛り付ける。

 動きを停止させるのに特化した封印術の一つである。最もこれは、一時封印を敵に放つ事より強度が小さい為、あまり使う事はない技ではあるものの、自身に対して一時封印を使っている際は、割と役には立つ。

 

「おっ、ナイスナイス!」

 

「強度はないから、速いとこ倒してくれないと困る!」

 

「ハイハイ!」

 

 ガッ、と地面を蹴り、飛躍する。

 動きが縛られたブラックワイバーンの眼前に、マギアは片手をバッと開く。

 

「光の精よ。我はこれより、光の扉を開ける。眩い光が織りなす希望の世界、そこに宿りし闇を払う一斬りの刃を今、この地に顕現せん。《光属性魔術 -四章-:光激刃(ライトニング)》!」

 

 後ろに、幾多の魔法陣が展開される。

 その中心から、眩い光を放つ輝剣がスッと現れ、ブラックワイバーン目掛けて放たれる。

 

 刹那、光と共に大きな爆風が走る。

 ガガガガガッ、と聞いてられない凄惨な音が響き渡る。マギアは一仕事を終えたかの表情をしながら、俺のいる方へと飛ばされ、着地する。

 

「はい、終わり」

 

「……さすがだな」

 

「ふふん、魔王だからね」

 

 そんなやりとりをしている内に、背後の砂煙が晴れていく。

 

「ッ、マギア、あぶねえ!」

 

「はい?」

 

 そっと振り向いたマギアは、クラインが見た異変に気付き、右方向へ飛び跳ね、回避する。

 砂煙が晴れた先――そこには無傷のブラックワイバーンが、何事もなかったかのように、炎のブレスを口から発射させていた。

 

「え、ちょ、な、なんで? さっき、めった刺しにしてあげたじゃない!」

 

「……対、魔力?」

 

「はい?」

 

 ブラックワイバーンの身体には、微かに紫色の魔力文字が刻まれていた。眼を凝らさなければ分からない程の小ささだったため、咄嗟に気づく事が出来なかったのだろう。

 

 対魔力、それは神代に作られた術式の一つである。

 身体に、専用の文字を刻む事で、外部から発生した魔力による衝撃を吸収してくれるという代物だ。

 今ではとっくに失われた物であり、文献も殆ど残っていない為、再現するのは難しいとされいたのに。

 

「何で……。何で、こんな黒龍如きが、そんな贅沢な物を!!」

 

「確証はねえよ! でも、今はそれしか考えられねえ!」

 

 ブンッ、と俺達目掛けて尻尾が薙ぎ払われる。

 咄嗟にそれを回避し、傍にあった岩の背後に隠れ、ブラックワイバーンの様子を見る。

 

 マギアはその隙に、幾度と炎弾(ファイアガント)雷槍(フングニル)氷塊(アイシクル)等の2章魔術を発射するが、いくら撃とうとも、それら全て吸収されてしまい、通っている様子はなかった。

 

(魔物が対魔力を持つなんて実例なんてない……何がどうなってる?)

 

「……意味わかんない。魔族達は何の目的でこれを」

 

 困惑しながらも、俺達は次の策を練る。

 

「――あの」

 

 そんな時、微かに小さな声が耳に入る。

 

「何だ!? 声が小さいぞ、マギア!」

 

「え? 何もしゃべってないよ、私!」

 

 何?

 じゃあ、今の声はどこから?

 

「貴方の……下」

 

「下?」

 

 ゆっくりと視線を落とす。

 

「……は?」

 

「あの……お、お願いですっ、私を、助けてください!」

 

 そこにいたのは、ボロボロに破れたローブを着た、今にも死にそうな少女だった。




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第7話 黒竜と天才結界士と魔王

「お願いですっ、助けてください……」

 

「はあ?」

 

 その死にかけの少女は、俺の足の裾を掴みながら、必死に懇願する。

 その緑色の瞳は、俺以外の周囲の景観を映していなかった。まるで、俺以外の者全てを、この眼で見たくないと言っているかのように。

 

「お前、何者だよ。頼む前にまずなのッてほしいもんだが」

 

「……ティナって言います。この近辺で旅人をしていた者です」

 

「旅人ねえ」

 

 旅人とは、冒険者の劣化とも言われる地位の人達だ。冒険者になるためには、試験を越えなければいけないのだが、回復役や商人といった者は、その試験を超えるのですら、普通の人たちより厳しくなる。

 そういう人は自ら旅人と名乗り、冒険者の助っ人を担ったり、街人の小さな悩みを解決したりという活動を進んで行うのである。

 要約すれば便利屋みたいなものだろう。

 

「色々まあ疑問が残るが、一先ずそれは置いておこうか。……でだ、俺達がお前を助けた所で、俺達に何かメリットがあるのか? そこが一番の問題だ」

 

「……そ、それは……」

 

 押し黙る。

 

 しかし、俺はこれっぽっちもコイツを助けたいと思う気持ちなんてない。こいつが人間なら猶更だろう。

 あの追放された出来事以来、俺以外の人間は全く信用できなくなっている。こいつもきっと、俺達が気前よく助けたとしても、その後すぐに見捨ててどっか行ってしまうだろう。

 

 そんなのはもう御免だ。

 

「……私にできる事なら、何でもやりますっ。それでいいのなら!」

 

「じゃあ聞くが、お前は何が出来るんだ?」

 

「昔から、治癒魔術は得意で……後、世界知識も人並みにある……と思います」

 

「曖昧だなぁ、おい」

 

 治癒魔術ねえ、つまりこいつは回復役(ヒーラー)という事か。

 

 こんなボロボロに破れた服装でよくこんな所に来ようと思ったな。いや、さすがの馬鹿でも、死にたがりじゃなければこんな危険な所に来ようとはしない、か。

 

 ならなぜコイツはここにいる?

 

「それでももう、貴方達にしか頼めないんです。ついていった仲間にも囮として捨てられて、惨めに死ぬのだけは嫌なんですっ」

 

 涙で濡れまくった顔を、俺の足に引っ付けてくる。鬱陶しくはあるが、コイツの言う事は、多少同感する。

 

 雇った仲間。コイツが生き残れる時間等で推測するに、きっと俺達が入る直前に挑戦したパーティーだろう。

 ヒーラーとして連れられていたというのなら、俺なんかよりよっぽど信頼されていたのだろう。なのに結局捨てられた。それは精神的にたまったものではないだろう。

 

 よくよく思い出してみれば、帰ってこなかった奴もいるって他の奴も言っていた。きっとコイツの事なんだろうな。

 

 やはり、人間ってクズな生き物だな。改めて俺は、そう思った。

 

「……おいマギア、そっちの状況は!」

 

「見てわからないかな?」

 

 一度ティナを無視して、マギアの方に視線をやる。

 先ほどからマギアは、ブラックワイバーンの顔面目掛けて連射可能な魔術を放ち、時間を稼いでいた。

 

 炎の爆発や雷の電光で視界を遮らせる事で、俺のいる場所を分からなくしているのか。この状況でその判断が下せる辺り、さすがと行ってやるべきなのだろうか。

 

「対魔力、壊せる見込みはあるか?」

 

「今やってる連射だけじゃ無理だね。策は一応無くないけど、詠唱に時間かかる。そっちが時間を稼いでくれるなら、試してもいいけど……」

 

 攻撃力が皆無な俺に時間を稼ぐ、か。難しい事を言ってくれる。策が無いよりは幾分マシだが。

 魔陣拘束(トラップ・シール)をブラックワイバーンに展開して、動きを封じながら短剣でチクチク攻撃する感じで、気を逸らす方法ならあるにはあるのだが……

 

(俺が死ぬ可能性がでかい……)

 

 動きを停止させる方法で、こいつの右に出る物は殆どいない魔陣拘束(トラップ・シール)ではあるが、展開中は余り大胆な動きが出来なくなる。精々一時封印(ワンズ・シール)で自分を護る事ぐらいか? そうなったら、気を逸らすどころの話ではなくなる。

 つまり、この策をやるのであるならば、俺とマギア以外の誰かが攻撃をする役を担わなければならなくなる。俺は支援を、マギアはその策とやらの詠唱をしなければならないからな。

 

 ――。

 

 俺は再び、下のティナに視線を移す。

 

「おい」

 

「は、はい……」

 

「さっき、何でもやるって言ったよな」

 

 ティナは静かに頷く。

 

「ならその報酬、少し前倒しさせてもらうか」

 

「え?」

 

 俺の足を掴むティナの腕をグイッと持ち上げ、無理やり立たせる。

 そのまま腰につけていた短剣を渡し、ブラックワイバーンの前に勢いよく突き放す。

 

「え、えっ、えっ、なんで!!?!?!?」

 

「ん……誰、あの人間」

 

「話は後! マギアはその策とやらの詠唱! ティナ、てめぇは何でもやるって言ったんだから、その短剣でブラックワイバーンの相手をしろ、護りはこっちがやってやる!」

 

「そ、そんな!?」

 

「……ッチ、魔王使いが荒いよ、本当にね!」

 

 嫌々しい態度ではあるが、マギアは両手をゆっくり合わせ、何やら呪詛の様な物の詠唱を開始する。

 

『グルルァアァァア!!!』

 

 突き出されたティナを発見した奴は、獲物を見つけたかのようにギラリと瞳孔を光らせ、その大きな腕をそこ目掛けて振り下ろす。

 マギアよりも、一番狙いやすそうな奴を優先したのだろう。だがそれも、計算通りだった。

 

「ひっ……」

 

「何でもやるっつっただろ! 《一時封印(ワンズ・シール)》!」

 

 その腕に合わせて、ティナの周囲に簡易的な封印を施す。

 腕は勢いよく弾かれる。が、奴の知能が低いのか、その封印目掛けて何度も腕を振り下ろす。

 

「……っ、あ、あれ、攻撃、来てない?」

 

「ああ、来てねえよ! 足でいいから短剣でも振り回してろ!」

 

「は、はい!」

 

 俺がティナに渡した短剣は、あの憎きパーティーにいた頃、ファルスがせめてものという意味で、購入してくれた一品である。

 その刀身は、例え相手が硬い鱗で護られていたとしても、攻撃を重ねるごとで、砕く事すらも可能になる程威力は他の短剣に比べ高い。

 

 俺の封印の力を目の当たりにして自信がついたのか、ティナは渡された短剣を強く握りしめ、奴の足鱗目掛けて何度も斬りつける。

 

『グルゥゥァアァアー!』

 

「させるか! 《魔陣拘束(トラップ・シール)》」

 

 幾ら強固な封印であるとはいえ、何度も攻撃されると世話がない。

 その振り下ろす腕を魔力文字で縛り付ける。さすがに身体全部とまではいかないが、それでも五体満足の状態で攻撃されるよりかはマシだった。

 

「マギア、まだか!?」

 

「……闇の祖にして根源に至る……なればその道、悠久に閉ざされん……」

 

 魔術の事は余り知識がないため、今どういう状況なのかわからないが、凄い集中しているという事だけは理解できた。

 周囲に転がっていた石っころが、マギアの魔力に反応しているのか、コトコトを揺れ、ひとりでに浮遊する。

 こんな状態、普通の魔術師ではおろか、極めに極めた魔術師ですらも、絶対に見る事の出来ない光景だろう。一体どれ程の魔力使ってんだ。

 

『グルルァ!!』

 

「――ッチ、休む暇もねえな!」

 

 魔陣拘束の魔力文字に亀裂が入る。

 強度には結構自信があったのだが、やはりそこはA+級の魔物だ。何時も俺たちの想定を上回ってくる。

 

 亀裂が入ったことで多少の自由を手に入れた腕が再び、ティナの方へ振り下ろされる。

 

「大丈夫、なんですよね?」

 

「そろそろ不味い」

 

「え!?」

 

「冗談だ」

 

 ことある度に怯えた反応をするので、ついからかってしまう。俺もどうやら気づかぬうちに性格も悪くなってしまったようだ。

 

「……終わったよ」

 

 眼を開き、マギアが俺にそうつぶやく。

 

「良し。戻ってこいティナ!」

 

「は、はい!」

 

 合図を元に、ティナを俺の身体の方へと寄らせ、一時封印(ワンズ・シール)を施す。コイツの身体が小さいのが幸いし、ギリギリ俺とティナを収容することに成功する。

 

『グァアアァァァーー!!』

 

「遠慮すんな、やっちまえ! マギア!」

 

「――闇の祖よ。我はこれより、その道を歩まん。常世全てを闇の無へと帰し、我の存在のみをこの世に知らしめん。《闇属性魔術 -原初-:永夜(ミッドナイト)》」

 

 ブラックワイバーンの足下に巨大な紫の魔法陣が敷かれる。

 地鳴りを起こし、周囲に異様な雰囲気を漂わせる。

 

 ズズズッ。

 

 魔法陣から解放されるように、魔の霧を纏った腕が現れる。その腕はブラックワイバーンを強く掴み、そのまま対魔力の魔力文字ごと魔法陣の中に引きずりこもうとする。

 

『グァ――。グルァァアアァァア!!』

 

「その忌々しい陣ごと、虚無へと帰れ。ケダモノが」

 

 マギアの紅き瞳は、どこか怒りの感情を露わにしながら輝いていた。

 

『神が与えたのは、私の魔術を完全に封する術式、そして――私の友達を捕らえる術、その2つだけだった』

 

 俺はその時、道中で彼女が言った言葉を思い出す。

 魔術を完全に封ずる術式、それがもし対魔力の上位存在の物だとしたら。

 

 彼女が、そう思うのも納得だろう。

 

 この術もきっと――。

 

 

 やがてブラックワイバーンの持つその巨躯は、完全に魔法陣の中へと消え去っていった。

 

「――これが……」

 

 俺はその時初めて、心の底から、マギアに恐怖した。




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第8話 奴隷と天才結界士と魔王

「無様な最期だったね」

 

 ブラックワイバーンの終わりを見届けたマギアは、呆然とその光景を眺めていた俺とティナの下へと歩み寄る。

 その時の気迫は正真正銘の魔王のソレに他ならなかった。――が、その表情、口調は、今までのマギアと同じであり、なんとも複雑な心境であった。

 

「……今のは?」

 

「今のって?」

 

「さっきの魔術だよ! 原初と呼ばれる魔術なんて、聞いたこともない!」

 

「え? 何、伝わってないの、今の世には」

 

 マギアは本当に何を言っているのかわからないと言う表情をして、顔を小さく傾ける。

 

 どこかで説明したかもしれないが、普通魔術とは一章から四章、そして最後の終章の5つの型しか存在していない筈である。

 古来より闇属性の魔術こそ伝わっていた物の、その基本こそは変わっていないと記録には残されていた。最も、闇属性の魔術を行使できるのは、選ばれた人種と、魔族に限られているという話だが。

 

 そう、原初の魔術なんて、一切伝わっていなかったのだ。

 

「クライン達の言う一章から四章、そして終章の魔術っていうのはね? この原初の魔術の派生なの。それぞれの魔術は、この原初を原型にとり、それぞれの型を作り上げた。これが、魔術の始まりなの」

 

「そんな事実が? だが、何故今の今まで伝わってない? そんな壮大な話なら、伝わっていない筈が……」

 

「だってそもそも、原初の魔術が使えたのは、この世でたった一人――そう、私しかいなかったんだもの。本当の意味で行使したのも、実は今が最初」

 

「は、はあ!?」

 

 言っている事が無茶苦茶で、俺はあきれ果てた。

 

「何故今まで使わなかった? さっきの原初の闇属性魔術だって、対魔力関係なく敵を倒してたじゃないか! その力があれば、人質だって……あっ」

 

 そこまで言って、俺は気づいた。

 

 先ほどの闇属性魔術。あれは要約すれば、対魔力の力を持った存在ごと虚無へと引きずり込む魔術なんだろう。

 幾ら対魔力が効かないとしても、人質ごと引きずり込んでしまっては、助ける物も助けられなかった筈だ。

 

「……すまん」

 

「察したのなら、別に構わないよ。魔王様は懐が深いからねっ」

 

「ま、魔王様……っ!?」

 

 隣にいたティナが、その何気ないセリフを聞き取り、即座に驚愕した。

 

「あ、忘れてた」

 

「そうそう。さっきから気になってたの。何、こいつ?」

 

 想定よりも不味い事が起き、俺は頭を抱えた。

 その気はなかったが、ブラックワイバーンを倒した事によって、実質的にこいつを助けてしまった事になってしまった。

 

 それだけならまだ良かった。が、奴はマギアが魔王だってことを今知ってしまった。普通なら信用しないところだが、先ほどの魔術の力を見てしまった直後だ、易々と信じてしまっても不思議ではない。

 

「魔王様って……今、言いましたよね?」

 

「あぁ~、えっと……これは……その?」

 

「……すまない、クライン。口が滑った」

 

 マギアも同じく冷や汗をかいた。

 

 このまま追い返したとして、魔王が外に解き放たれた事、マギアが魔王である事、その他全てを洗いざらい晒されてしまっては、俺達の旅はその時点で詰み、終了である。

 

 何か、何か策はないか?

 

「ぁ~……もうっ。おい、ボロガキ」

 

「ボ、ボロガキ!?」

 

 悩む俺を横に、マギアはティナの眼前に片手をバッと広げた。

 

「マギア、何を!」

 

「ここであった事、全部忘れて口を閉ざせ。破れば……わかるよね?」

 

 出た、魔王式脅迫術だ(なんだよそれは)。

 

 だがセリフの内容はそこらへんにいる野盗のソレで、完成度は低かった。脅迫に慣れていないのが凄いバレバレであり、俺はつい笑いだしそうになってしまった。

 

 ボロガキってなんだ、ボロガキって。

 

「……そ、それはわかってますけど……」

 

「けど、何?」

 

 語尾の口調を強調して返し、ティナの次の返答を待つ。

 

 その時の顔はもっぱら、『返答次第ではすぐ殺すぞ』と言っているかのように、恐ろしい表情をしていた。

 

・魔王だという事を知っている。

・眼前に手を突きつけられ、魔術が発射する5秒前状態。

・顔が怖い。

 

 誰もが怯え竦む条件三銃士が揃っている。俺がティナの立場だったら、間違いなく泣き出してしまう所だろう。

 

 だがティナは、怖気づく事なく、次の言葉を口にした。

 

「助けてもらったお礼、私まだしてませんっ!」

 

「「……は?」」

 

 想定外の言葉に、俺達は言葉を失った。

 

「何か私にできる事、ありませんか?」

 

「じょ、冗談も休み休みに言え! というか、さっきので前倒しって言っただろ!」

 

「アレも護ってもらったのと同じです! ちゃんと、私にできる事で、恩返しがしたいんです!」

 

「……しつこいと、本当に殺すよ?」

 

「っ……いえ、構いません。元々私は、貴方達が来なければ、死ぬ覚悟していましたから」

 

 一瞬恐怖の顔をしたが、結局引き下がる事は無かった。

 

 苦手な性格だ、一度決めた事は決して引き下がらないタイプの女子供だな。どういう生き方してたら、魔王に脅迫されても尚引き下がらない程の胆力が鍛え上げられるんだ?

 

 相当な修羅の道を歩んで、生きる事をあきらめたような奴にしか、不可能に決まっている筈なんだが。

 

「……はあ。《炎属性魔術 -二章- :炎弾(ファイアガント)》」

 

「ちょ、マギア! 待てよ!」

 

「しつこいと邪魔にしかならないでしょ? なら、殺した方が無難じゃないかな?」

 

 根っこは悪魔だ。殺生に躊躇いなんてないのだろう。

 

 だが、ここで殺してしまっては、幾ら人間が嫌いだとしても、少し気が引けてしまう。

 俺達が何度脅し付きで突き放そうとしても、尽くしたい、恩返しをしたい、と一点張りで、そこに悪意のかけらなんて微塵も感じられなかった。

 

 つまり本当の意味で、ただの優しい女の子なのだろう。

 

「……何か、出来ませんか?」

 

「ほんっとしつこい。もういいや、殺すよ」

 

「待て」

 

 俺はふと、一つの案を思いついた。

 

「もう……何なの? クライン!」

 

「ティナといったか?」

 

「……はい」

 

「……お前、そんなに俺達に奉仕したいのなら。一つ、奴隷紛いの事をしてみないか?」

 

「「奴隷!?」」

 

 そう、奴隷だ。

 

 殺すのも嫌、追い返すのも嫌、というか不可能。となったらば、俺に残された選択肢は一つ、コイツを俺達の旅に連れて行く事だけだった。

 しかし、普通に連れて行こうとするのは、俺も反対だし、マギアなんか俺以上に猛反対するだろう。

 

 そこで、奴隷だ。

 奴隷ならば、俺達の命令には絶対服従にできるし、いざとなったら捨て駒にだってする事が出来る。

 そう、絶対に裏切る事の出来ない立場である。俺にとっても、これ以上最高の駒が手に入るとなったら、それに越したことはない。

 

 何と言っても、魔王といったら奴隷という感じに、ピッタリな要素の一つだろう。あれ、言わないか? まあどっちでもいいが。

 

「……で、どうだ? マギアもそれなら文句ないだろ?」

 

「ど、奴隷って……ま、まあ、確かに気分はいいけど? こんなボロボロの奴に何が出来るって言うの? そもそも、奴隷になれって言われて、承諾する物好きなんか――」

 

「奴隷……良いじゃないですかっ」

 

「は、はあ!?」

 

 その間わずか10秒。悩む事なんてほぼせずに、ティナは奴隷になる事を承諾した。

 その眼は何故か、キラキラと輝いていた。

 

「貴方達恩人の助けになれるというのなら、奴隷でもなんでもします! 私は、それで構いません!」

 

「……お前、本当に良いのか? 半分、冗談のつもりでいったんだが……」

 

「そもそも、私に残された選択は、死ぬ事だけだったんです。今更奴隷なんて、全然気にしません」

 

 胆力もここまでくると、さすがに怖くなってくるな。

 本当にこいつ、どういう人生送ってきたんだ?

 

「と、コイツは言ってるが? どうだ、マギア」

 

「……う、うむむ……」

 

「……」

 

 中々、良いよとは言えない感じであった。

 仕方ない、ここは奥の手を使うか。

 

「承諾してくれたら、ケーキ2個追加だ」

 

「え!? ……ま、まあ? その条件なら……別に……」

 

 濃く赤面し、そっぽを向きながらマギアは、奴隷にすることを承諾してくれた。

 ケーキの力すげえな。魔王討伐への最強武器筆頭にでもなるんじゃないだろうか?

 

「……それじゃ、決まりだな」

 

「あ、ありがとうございます!!」

 

 今まで脅迫によって生まれた緊張がほどけたのか、ティナの身体はガクッと地べたに崩れた。

 

「……ただし、ただしよ! 私達の言う事には絶対聞く事! 特に私! 魔王様である私には、特に敬意を表しなさい! いいわね?」

 

「は、はい! 魔王様!!」

 

「やれやれ……やかましい奴が一人増えたか」

 

 表では嫌そうな顔をしたが、内面の俺はどこか、少し嬉しい気持ちを感じていた。




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第9話 旅立ちの前夜と天才結界士と魔王

遅くなって申し訳ありません!
お楽しみください!!


 散乱したブラックワイバーンの鱗を回収し、用済みとなったダンジョンを俺達3人はそそくさと後にした。

 どういう原理なのか不明だが、ブラックワイバーンを討伐したダンジョンというのはまるで見るも無残といった様に、魔獣のまの字も無く静かであった。

 マギア曰く『主がいなくなると、部下って意気消沈するでしょ? そういう感じ』と説明してくれた。そういう物なのか。

 

 港町の役所に制圧報告をした後報酬をいただく。ちょっと失敗だったのが、報告をした瞬間周りにした冒険者が俺達を英雄だの最強だのと言って騒ぎ立てた事だった。

 有名になってしまっては、足がついてしまって居場所がバレやすくなるために避けようと思ったのだが、ここまで制圧が高難易度の物と思われてるとは想像していなかった。最大の誤算だ。

 しかし崇められるという事に優越感を感じるのか、マギアはその間とても気分が良い様な表情を見せた。俺に『寛容である』とか聞いたことないセリフまで吐き捨てる始末だ。ここまでくると非常に扱いづらくなってくる。

 しかしおかげでケーキの件は無しにしてくれた。お金の節約になっただけまだマシと思うべきだろうか?

 

 報酬で懐が多少潤った為、速いうちに宿の部屋を取った。念のため二部屋予約しようとしたのだが、明日船の定期船が再開するという事もあり、残っている部屋は後一つだけだったらしい。

 みんな考える事は一緒というわけだ、そのために速く宿へ飛び込んだのだが、他の奴らが一歩上手だったという事だろう。

 

「今日は誤算続きだな……」

 

「ん? どうした? 部屋は取れたのでしょう?」

 

「女子二人と男一人だぞ、普通二部屋だろ、普通!」

 

「わ、私は別に大丈夫ですけれど……」

 

 おい、魔王はともかくお前は人間だろ。

 なぜ妥協する。

 

「……へぇ? 何? お前にも羞恥心という感情はあったのかなぁ?」

 

「寄るな寄るな!」

 

「……ふふっ」

 

「ティナも笑ってねぇで、止めろ!」

 

 俺の読まれたくもない心を悟られ、いじるようにグイグイと身体を寄せてくる。クソ、身体はガキの癖に。

 もうちょっと歳とってから出直してこい。と思ったが、そもそも歳はとってるんだったわ。身体が小さいだけで。

 

「――冗談。ま、何かするつもりなら返り撃ちにするだけだし、気にしない気にしない」

 

「するつもりはないから大丈夫だ。あっても死んで終わりだ」

 

「い、一応ここ宿ですからね? 派手な仕打ちは……」

 

「加減を考える必要はない。するつもりがないからな」

 

 何回言えばいいのだろうか? そんなに俺は信用ならないのか?

 ちょっとへこむ。

 

 〇

 

 街中に良い感じの飯屋を見つけた俺達は、店員に個室へと案内される。

 これは俺が指示した物で、個室ならば人目を気にせず会話をする事が出来るからだ。個室のある店は思った以上に少ないため、非常にありがたかった。

 さすがに声は響いてしまうため、バレたらまずい会話は小声で話さなければならないのだが。

 

 適当に定食を注文し、頬張りながら今後について再度話し合う。

 

「明日に定期船が再開する。朝一に乗り込んで、直ぐにここをたつ。それで異論はないな?」

 

「うん、問題ない。行先はソーディリア大陸、と。はぁ……魔剣王に会うのか、改めて気が乗らないんだよね」

 

 野鶏肉を口にしながら、マギアが苦い表情を見せる。

 

 馬車の中でも聞いたが、マギアはその魔剣王とやらには一応面識自体はあるらしい。だが、出会ってすぐギスギスしていた為、良い思い出はないとのことだが。

 

「それにしても……」

 

 白米を口にするティナが徐に声を上げる。

 

「魔王って、本当にいたんですね。アレを見た後ですが、未だに実感がわかなくて……」

 

「そりゃ仕方のない事だよ。一応伝承の中での存在みたいな物だったらしいし」

 

「……それはそうと、ティナの故郷にもそういう話は流れてきたりしてたのか?」

 

「は、はい。私の故郷は、フィミリア大陸にありまして……そこも、かつて魔王が支配していたとかなんとか」

 

「あー、魔薬王ね」

 

 大陸名を聞いた瞬間に、直ぐその名を言い当てる。

 魔剣王よりかはいたって普通の反応をした。

 

「知ってたのか?」

 

「顔は知ってる。話したことはないけど」

 

 どうやら魔王というのは、全員が全員面識があるという訳ではないらしい。当然魔王同士の集会という物もない。

 そもそも魔王同士が当時からギスギスした関係なのもあり、まともな交流ができなかった様である。

 

「その……私の故郷の魔王って、どういう人だったんですか?」

 

「ん~……? なーんだろうなぁ。話したことないからわかんないけど、まぁ魔王っぽい事はしてたよ。人間操って大地一つを呪われた地に変えたりとか……」

 

「あ、あの、呪われた大地、ですか!?」

 

 俺はフィミリア大陸に対する知識は全くと言っていいほど持ち合わせていなかった為、その会話には全然興味がわかなかった。

 だが、二人が会話しているを見て、案外悪い関係にはならなさそうだな、と一先ず安堵した。これでギスギスした関係だったら、今後が不安になる所だった。

 

 今後、ティナは奴隷としてどういう道を歩んでいくのだろうか?

 少し、楽しみではある。また一つ、面白い遊びが出来たような感覚だ。

 

「あ、クライン? ここにケーキはある?」

 

「無い」

 

「ッチ」

 

 本当はあるが、バレないように嘘をついておく。

 機嫌がいいときは、こういうほどよい嘘は通じるのだ。

 

 〇

 

「クライン様ですね。はい、今日の朝、冒険者登録をされました」

 

 王から創作命令を受けた俺達は、真っ先に冒険者ギルドを訪れる。

 クラインみたいな解雇をされた野良の旅人というのは、大体行き場を無くして野垂れ死ぬか、冒険者ギルドに入って新たな人生を送るか、の二択が大半である。

 今回の封印解除の事件、それの犯人がクラインとするのなら、野垂れ死ぬ選択肢は自然的に無くなる、故に俺達は残った冒険者の選択肢という望みにかけ、冒険者ギルドを訪れたというわけだ。

 

 ビンゴ、やはり俺の頭脳は天才のようだ。

 

「そうか。で、クラインはどこへ?」

 

「そうですね……依頼は受けずにそのまま旅立たれていきましたが」

 

「何でもいい、何か情報はないか?」

 

 クレイは真面目な表情で受付嬢に迫る。演技でその顔が出来るのは、一つの才能ではないだろうか?

 

「ん~……あ、そういえば、入口で女の子と話しているのを見かけましたね」

 

「女の子?」

 

「ええ。その子が指さしてた方角だと……港町、ですかね?」

 

「港町……カステットか。何か用事でもあったのか?」

 

「さあ、そこまでは」

 

 ファルスはフッと苦笑した。

 

 封印を解除した後は、別の大陸へ高飛びしようとしているのだろうか。

 高飛びしたところで、封印を施したり解除したりすることしかできないクライン如きが、俺達という追手から逃げる事ができるわけがない。

 今頃、余裕こきながら船にでも乗っているのだろう。

 ちょうどいい、面食らわせるチャンスじゃないか。

 

 予想とは反し、クラインは魔王の封印を解除し、それを仲間につけているという状況だった。現実はファルスたちにとっては絶望的だった。

 ティナという新たな仲間も得ている。

 

 予想なんてできるわけがないだろう。

 彼は、クラインをどうやって捕らえようか、などという余裕こいた妄想をしながら、冒険者ギルドを後にする。

 

「……いやぁ、有力な情報だったな」

 

「ええ。ですが、受付嬢のいってた女の子というのは、どういう事でしょうか?」

 

「気になるが……ま、そんな大したものじゃないだろう」

 

「ああそうだ。深く考えるな。一先ず、俺達もすぐに港町へ行く。船着き場で情報収集して、大陸移動していたらすぐに船に乗り込む! 完璧な作業だな」

 

「ええ、そうですね」

 

「異論はない」

 

 ただ当たり前の事を言って、ファルスたちは気分よく笑い、港町へと向かった。



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