ギリギリまで頑張って ギリギリまで踏ん張って (三柱 努)
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超軍人ガイア

地球上の全人類石化から約3700年が経過した。

今は西暦5739年・・・といっても、その年の数え方に意味はない。

そんな今、人類は少しずつ復活している。

 

僕は西園寺羽京。潜水艦のソナーマン。元、ね。

人類が復活できるのは石化解除液のおかげ。少しずつしか作り出せないその液で、僕を復活させてくれたのは霊長類最強の高校生と呼ばれる男・獅子王司。最強というのはもちろん3700年前の話だけど、今でもそうだ。

そんな司は今、人類が共に助け合って生きるための国を作っている。

僕が優先的に復活させてもらえたのは、僕がソナーマンとして優れた聴覚の持ち主だったから。

そして、若いから。

 

人類石化から3700年。人類が作り上げてきた建物も文明も社会も全てが廃れ、原始時代のように自然のままの状態に戻っている。

旧世界。そう司が呼ぶ僕らの3700年前の世界は、僕らが生まれた時から人が人から搾取する社会構造になっていた。そこに異論はない。

だからこそ司は今、新しい社会を作ろうとしている。若者たちだけで新しい社会を。汚れた人類を排した彼の理想郷を。

 

それが危険なんだ。

 

司はこの理想郷のためには手を汚すことを厭わない。

復活液をかけても復活できないように、石化している人を砕いて回っている。若者じゃないという理由だけで。

 

復活液を生み出したのは司ではない。石神千空という科学に詳しい高校生だ。

その千空を司は殺している。科学文明が発展すれば、人殺しを容易にしてしまう化学兵器が生まれるかもしれない。ただそれだけの理由で。

 

理想に対して徹底的な司を、僕は止められない。

今日もまた石が壊される。人が殺されるのではなく。

 

 

そんな卑怯者の僕が自分に言い訳をしていたある日、偵察に出ていた氷月が持ち帰ってきた一報が事態を急変させた。

千空が生きている。石化を逃れた人類の子孫を率いて、強力な科学力を有している。

鉄の武器。最低でも銃を完成させてしまっている千空がこの国に攻め込んでくる。

これからの冬に備える僕らに対して、千空は先制攻撃を仕掛けてくる可能性が高い、と。

 

戦争になる。血が流れることになる。

 

でもそれだけじゃない。氷月は偵察の時に仲間を失っているが、それを「千空の謀略に殺された」と言っていた。

司はどう考えているか分からないけど、僕には嫌な予感がした。

それは嘘だ、と。

 

もし氷月が危険な思想の持ち主だったら。2人が相容れない存在だったら。

最強の力を持つ2人が衝突してしまえば、人類は今度こそ絶滅してしまう。

僕は今、この国のトップ3なんて呼ばれているけれど、抑止力には程遠い。

 

最悪の場合への備えがない・・・

 

 

 

ならば、用意するしかない。

 

僕には1つだけ、たった1つだけの当てがある。

 

 

自衛隊の先輩から教えてもらった伝説の自衛官。

基地で一度だけチラリと見たことがあるし、僕が石化した日にもたしか基地にいた。

その風貌は幼めで、背丈も中学生ほどでかなり小柄だから、おそらく司の排除基準には当たられない。

 

戦力として司・氷月に対抗するためにも、蘇ってもらおうと思っている。

 

超軍人と呼ばれる彼・・・

 

 

 

ガイアに

 



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大地の神降臨

司・氷月に対抗する戦力。自衛隊最強の男、ガイア。

その石像を掘り起こすことに成功した時、僕は歓喜の声を押し殺すことができなかった。

 

はじめましてですね、Mrガイア。

遠くで一度見たことがあるだけだったけど、背丈はかなり小柄だ。幼い顔つき、小さな目、髪の毛が一本も無い丸坊主。

 

一抹の不安がよぎる。本当にこの人がガイアなのか?

自信が無い。

 

司が選定している他の復活候補者の石像のほうがたくましい体つきをしている。

正直言って、そこらの中学生を間違えて掘り起こしてしまった可能性もある。

だからと言って全ての自衛官の石像を掘り起こしていたら何十年もかかる話。

 

賭けるしかない。

もし中学生だったらそれはそれで、石化から救ってあげることは正しいことだと割り切って考えよう。

 

 

 

こうして僕は『頼りになる新人自衛官』として司にガイアを紹介した。

「うん。たしかに千空の先制攻撃に備える警備をキミ1人に押し付けるのはよくないね」

司には警備兵の増員を理由に、石化解除の優先を交渉してみた。

 

司は話の通じない人間じゃない。

カリスマ性もあるし物腰も穏やかで、周りの意見をしっかりと採用してくれる。

上に立つ人間としてはかなり理想的だ。殺人に目をつむれば、このまま彼が王として居続けてくれる道が人類にとって最適なのかもしれない。

 

「では羽京、彼に復活液を」

交渉はスムーズに成立した。

僕がガイアだと願っている石像に服が着せられ、貴重な復活液が注がれる。

 

 

バリバリと表面の石の膜が剥がれ、中から人間が姿を現した。

 

「・・・ここは」

目を覚ました小柄な男は、オドオドとした様子で周りを見回し始めた。

僕は心臓に冷たい水を流し込まれたような感覚に襲われた。

 

人違いだ。こんな怯えた少年が、最強の軍人なわけがない。

 

「心配しなくていい。うん。詳しいことはキミの“上官”から聞くといいよ。そういえばキミの名は?」

優しく語りかける司に、少年はすこしビクビクしながらも“上官”という言葉に一切の疑問も見せずに小さく返事をした。

「・・・ノムラ、です」

 

やってしまった。ガイアではなかった。

僕は落胆の色をどうにか押し込め、ノムラと名乗る少年の元に向かった。

いや、“少年兵”として接しなければならない彼の元に、だ。

「ありがとう司。あとは僕に任せてくれないか。ノムラもここに馴染むのは大変だと思うけど、これからよろしくね」

僕の呼びかけに彼は「あ、ハイ」と頼りなさげに答えながらついてきてくれた。

 

本陣からトボトボと歩いて離れていく僕らの背に、司や彼の側近たち、氷月の視線が刺さる。

「あんなヒョロいガキに貴重な復活液を使っちまってよかったんですか?」

「正直僕も、これは失敗だと思うよ。見るからにちゃんとしてない」

「そう言わないであげてくれ。俺たちは助け合って生きていかなきゃいけないんだ」

 

 

 

居たたまれない気持ちで、持ち場にしている森に入っていく僕と少年。

すると少年は周りをキョロキョロと見回して、あるところでピタリと足を止めた。

「あ、あの。羽京さん?」

「なんだいノムラくん」

振り返って彼を見ると、その真っ直ぐと前を見た顔はどこか遠くを見ているような近くを見ているような不思議な表情をしていた。

そしてその丸い目を、まるで獲物を狙う猛獣のように細くして僕を睨み・・・

 

「気をつけい!!!」

 

空気がビリビリと震えた。

僕は反射的に背筋を伸ばし、今までの人生で一番に気を使った「気をつけ」の姿勢に入り、遅れてようやく彼が叫んだということを認識できた。

 

そして気付いた。

彼がガイアだ。

臆病で大人しい少年に擬態していたのだ。

 

「状況報告ッ! 部隊生存者は何名だ!」

ガイアの威圧に僕はますます背筋をピンと真っ直ぐに伸ばし、口早に報告を開始した。

「ハッ! 自分の他、全隊員および全国民は3700年前に石化。現時刻、石化より復活した人間による自治組織が形成されております!」

脳が自衛隊の頃の張りつめた空気を思い起こしながらフル回転している。

口が開くスピードよりも速く脳を開かなければ無礼が生じる。

それだけは何としても避けなければと、体中の血管が開いて走る。

 

僕はそれから報告を続けた。

人類復活の経緯、この国の構成、詳細不明の外組織の存在を。

「報告御苦労。休んでくれ」

「ハッ!」

足を開く位置、手の位置に手の形も決まった姿勢をとり、僕はガイアの次の言葉を待った。

ガイアはしばらく天を見上げ、それから静かに口を開いた。

「羽京隊員・・・いや、今となっては隊も階級も関係ないな。楽にしてくれ」

楽にしろと言われても恐縮せずにはいられない。

そんな僕を見かねたようにガイアは「いやホントに楽にしろって」とボヤいた。

 

「報告から察するにこの人類再興の最前線。ここに来て日和見ができぬと、この私を牽制のために呼び寄せたといったところか。キミは氷月に謀反の恐れありと推理している。違うか?」

「その通りであります」

僕は報告の中で客観的な事実だけしか話しておらず、氷月についての推理には一切触れていなかった。

それなのに、復活から1時間も経っていないこの状況でここまで意識が回るとは。状況判断能力に恐れ入る。さすが疑いようのない最強の軍人だ。

 

「そうか・・・ともあれキミはベストを尽くした。よくやってくれた」

ガイアは首を横に振りながら、腰に手を当てて僕を真っ直ぐに見据えた。

「強制はしない。私の指揮下に入ってくれ。そうすれば約束しよう」

「約束、ですか?」

恐る恐る聞いた僕の言葉に、ガイアは猛獣を彷彿とさせる鋭い笑みをニヤリと浮かべた。

 

 

「この私がいる限り、人類は二度と滅びない」

 

 

 

力強さのある笑みだった。

だけど、安心感というものを抱かせてはくれない野生的な笑みを浮かべる軍人を前に、僕は笑顔で返事をすることができなかった。

 

 

 

 

僕は本当に、蘇らせる人を間違えていなかったのだろうか?

 



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環境利用闘法

伝説の自衛隊員。最強の軍人と呼び声高い『超軍人ガイア』を石化から復活させた。

ガイアは現状のこの国の問題をすぐに察してくれて、解決を約束してくれた。

だけどその表情はまるで獲物を狙う野生の獣。

 

僕は失念していた。都合よく認識を忘れていたのかもしれない。

自衛隊員だからといって精励潔白の聖人ばかりとは限らないのは自分でもよく知っている。

最高の自衛隊員ではない。最強の軍人なのだ。

下手をすれば司や氷月よりも厄介な存在を・・・呼び起こしてしまったのかも・・・

 

 

「ところで羽京。例の人類救世主、科学少年の千空というのはどういう男か、キミは知っているのか?」

「いいえ自分は一度も会っていません。その千空の元に寝返った男なら分かりますが」

かつて氷月よりも先に偵察に出向き、千空生存を隠匿した上でこの国を裏切った男がいた。

「あさぎりゲン。テレビでも有名だったメンタリストです」

「知らんな」

キョトンとした顔を見せるガイア。一般人に対しては高い知名度を誇るゲンであるが、さすがに戦場に届くような名前ではない。ガイアが僕らとは違いすぎる世界に住んでいた証拠だろう。

「息をするように口から嘘を吐く蝙蝠男。そういう評価があります。自分としても掴みどころのない利己的な人間だという認識です」

「そういう人間が惹かれるか・・・」

ガイアは思考をまとめるようにウームと唸りはじめた。利己的な男が裏切ったという事実から何を推理するのだろうか。

 

「そういえば、公言はできませんが千空の友人が2人この国にいます」

「ん? どういうことだ? 裏切り者と一緒に亡命していないのか?」

そう疑問を口にしたガイアに、僕は経緯を説明した。

千空の友人であり、彼が2番目と4番目に復活させた人類(3番目は司)。

 

大樹と杠。

 

およそ1年前、司は千空を殺害した。はずだった。

千空を埋葬した2人は失意のままに司の元に戻って、この国の礎を築くのに尽力し、現在に至るというのが定説であった。

詳細は不明だが結果を見るに殺害は未遂に終わり、2人は千空を匿いながら内通者としてこの国に残っているということだ。

 

「会って話を聞きたいところだが、それも叶わないのだろう?」

「2人は泳がされています。連絡手段の無い以上、このまま千空生存を知らせずに監視だけ続けるべきだと司が判断しています。ですので、今日目覚めたばかりのノムラさんが2人と接触することは、今後の自分たちの身の振り方にも影響が出るかと」

「その通りだ。成程ただの肉ダルマではないということか司という王は。これは面白い」

面白がられると怖いんだけど・・・と言いたくなる口を僕はギュッと閉じた。

 

「ちなみにこの2人はまさに善良な高校生という印象です。大樹は誠実で単純な体力馬鹿で、体力仕事担当として重宝されています。杠は明るい女の子で手先が器用で・・・復活者用の服を作る仕事を任されています」

羽京は迷った。

ガイアには伝えていないが、杠に関しては内通者確定の情報がある。

 

杠は服を作り終えた残りの時間を利用し、司が破壊した石像を繋ぎ合わせて修復作業を行っているのだ。

無意味な作業をするほど愚かな少女ではないはずだ。

つまり彼女は国の方針に反して、この窮地においてなお・・・

人類全てを救うつもりでいる。

そしてその信念はおそらく千空も・・・こればかりは確証は無いが。

 

 

「状況は把握した。今後の身の振り方であるが、私はキミの部下・ノムラとして振舞う。目立った行動は・・・」

ガイアが口を止めたその時、僕の耳にその“音”が届いた。

激しい獣の息づかい。荒く木枝を荒らしながら突き進む音。そこから判断できる大きさと速度、その進行方向・・・

集落近くにある葡萄の群生地に大型動物が迫っている音。今の時間、復活液の材料を採りに何人かが行っているはずだ。

 

いち早く反応したのはガイアだった。

僕が駆け出すよりも早く、その身が木々の中へと飛び込んでいた。さすが反応が早い。

その背に感心してはいられないと、遅れながら僕も音の方へと走った。

 

 

「く、熊!」「まずい、逃げろ!」

人々の怯え惑う声が聞こえる。

間に合うか・・・

 

 

 

木々を払い、葉をかき分け、僕が見た光景は凄惨たるものであった。

 

熊は仰向けに倒れていた。その首の後ろに根本から折れた木の鋭利な先が突き刺さっている。

脚には植物の蔓が巻き付いていた。

鼻先には鋭利な切り傷が真一文字につけられ、近くには血の付いた尖った枝が落ちている。

「早かったじゃないか、羽京」

熊の死体の傍らに立つガイアには汗一つ、返り血一つ無い。

だが、その立ち姿が全てを物語っていた。

 

熊は彼に殺されたのだ。

僕の視界から外れたわずか数十秒の間に、使われたすべての凶器は用意されたのだろう。

土地勘も無い場所で、全て自然に自生する道具で。

 

 

「そして丁度良いところに来てくれた。貸してくれ」

そう言うとガイアは僕の背に手を伸ばし、背負った矢を1本取っておもむろに熊の右目に突き刺した。

「なっ何を!?」

熊の死体をいたぶる行為に、僕は血の気が引けた。

「決まっているだろう。私の上官であるキミがこの熊を射殺した。その事実を作っているのだ」

ガイアが平然と言ってのけている間に、僕らの背後から叫び声に気付いた仲間の増援の足音が聞こえてきた。

 

 

「羽京、もう来ていたのか。熊は何処だ!? 大丈夫か!」

物々しく粗い石武器を手に駆け付けてくれた仲間たちが、口々に僕らを心配してくれている。

そして誰もが熊の死体を見て大いに驚いた。

「羽京さん、怪我はない? ごめんなさい私たち、怖くて・・・羽京さんが熊をやっつけてくれたの?」

助けを呼びに逃げて行った子たちが僕の無事な姿に半泣きになっている。(この国は誰もが助け合い、人と人とが互いに親身だ。こういう所は旧世界と比べて圧倒的に良い所だと思う)

「ええその通りです。さすが羽京“先輩”です」

「マジか、すげぇぜさすが俺らの3トップ」

ガイアがわざとらしく(聞こえるのは僕だけ)僕を褒める。有無を言わさずに作られた既成事実に流されるしかないと僕は覚悟を決るしかなかった。

 

「で、ところでお前は誰だ?」

ふとガイアの存在に気づいた仲間の声に、ガイアはビシッと足を揃えて敬礼した。

「はい! 先ほど復活させていただき、本日より入隊させていただきますノムラです。よろしくお願いします!」

いかにも入隊したばかりの初々しさあふれる新人を演じるガイアに、仲間達は「ああ、これからよろしくな」と握手で応じた。

これが数秒前に熊を素手スタートで殺した男だとは誰も思うまい。

 

 

 

「大丈夫だったかい?」「見る限りはそのようですね」

大急ぎで駆け付けた司と氷月が、熊の死体を囲んだこの和やかな空気に足を止める。

「ハッハイ! 羽京先輩のおかげで。あとは運が良かっただけですけどね」

恐縮するように背筋を伸ばして報告するガイアに、僕は苦笑いしながら司に全員の無事を報告した。

 

 

 

 

この時、僕は気付いていなかった。

報告の間、氷月が熊の死体に近寄り、その傷痕を眺めていたことを・・・

 

『なんだ、ちゃんとしているじゃないですか・・・ノムラくんは』

 



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疑心と轟音

復活初日にして熊殺し。

曰く、拾った枝で鼻先を切り裂いて怯ませ、拾った蔓で足を絡めて、膝を蹴り折って後ろ向きに体勢を崩し、倒れ込む前に(太い)細木を蹴り、尖らせた切り株(蹴り株)に突き刺したらしい。

その手柄は全て僕が弓矢でやってのけたと口裏を合わせるよう命じられた。司や氷月に目を付けられないために。

そんな超軍人ガイアは今、僕の部下としてこの国の一員となった。

 

 

僕だけが知っているこの人の顔。

自衛隊の厳しい上官としての顔

的確な判断を下す戦略家の顔

そして、熊を瞬殺する最強の軍人の顔

 

「いやアレは小柄なツキノワグマだ。北海道のヒグマであればさすがに」

そう言って苦笑いしていたガイアに、僕も思わず釣られて笑った、が。

「ナイフが欲しくなっただろうな」

『必要だったと言わないんだ・・・無くても勝てるんだ・・・』

僕は開いた口が塞がらなかった。

司と氷月への対抗策として蘇らせた張本人が今更何を言っているのだという話だが、この人がもし万が一、敵に回ったとしたら・・・考えるだけ恐ろしい。

 

 

そもそも彼は掴みどころのない人だ。もちろん嘘つき男のゲンとは違う意味で。

何故なら超軍人ガイアは今、この国にしっかりと馴染んでいるからだ。

「ノムラくん、こっちを手伝ってくれるかい?」

「はい、わかりました」

気弱だけれど人当たりの良い少年。それがこの国のみんながガイアに抱いている印象だ。

積極的に手伝う彼を、その小柄な体格を心配してみんなが手を差し伸べる。その優しさにガイアも遠慮しながらも甘える。みんなに愛されるマスコット的な存在になっていた。

 

僕の推理だけれど、これは戦場で活動するときに彼が培った仮の姿なんじゃないか。

このくらいの愛想の良さが、例えば敵の陣地に潜入して情報収集をしたり、同じ軍の中で立ち回りやすいのだろう、と。

 

だけれど、そんなガイアと一緒に行動する僕としては気が休まらない。いつ元の上官モードに戻るかと思うと・・・

 

「それにしても3700年か」

ポツリとつぶやいたガイア。郷愁の想いに果てているのだろうか?

「ガイアさんもホームシックですか?」

「いや。私は元からジャングルでの活動も多かったからな。今のこの景色はむしろホームだ」

聞いた僕が馬鹿だった。そりゃ今いる人類の中で、この生活に一番適応できているのはガイアを除いたら、千空が潜伏しているという例の原始生活人類の集団くらいだろう。

「・・・いやはや改めて考えると、な」

そう言ったっきりガイアはそれ以上何も語らなかった。

 

 

そんなある日の夜、ガイアが一人で茂みの中に姿を消していくのが見えた。

だが僕は耳で聞いていた。その茂みに先に入っていった足音があるのを。

その独特な足運びは、氷月のものだ。

ガイアは前に、こちらからトップ2人に接近するつもりはないと言っていた。

氷月のほうから呼びつけたのか?

不穏な気配を覚えた僕は、息を殺しながら茂みに向けて聞き耳を立てた。

 

 

「こんばんはノムラくん」

氷月の声だ。森のざわめきの中に紛れているが、いつ聞いてもどこか冷たさを覚えるあの声は氷月のものに間違いない。

「あ、あの・・・どうしたんですか氷月さん。こんなところに呼び出して」

『司や氷月の前ではオドオドしている気弱なノムラ』を演じているガイアの声もしっかりと聞こえる。

「私の前でそんな“お芝居”は結構ですよ。あの熊の件。羽京くんが目を射抜いたところ、蔦に絡まって倒れたと皆が信じているようですが、私は工作の跡を見逃していません。熊を殺したのはキミですね」

!!??

バレていた!?

 

まずい。そう直感した。

ガイアの強さを偽ったことが露呈したのが悪いのではない。

それを隠していたことが、僕らに企みがあるのではと勘付かれることが何より悪い。

「何を言っているんですか? たしかに僕も蔦で援護しようとしたけど、うまくいかなくて。うまく足に絡まってくれたのは運が良かっただけです」

ガイアは嘘で押し通そうとしていた。

でも、その応対ではダメなのではないか?

嘘だという前提で指摘してきている相手に、躱そうとする答えは悪手。

氷月の疑念が余計に膨らんで、下手をすれば今後の僕らの立場が危ぶまれる。

 

「まぁそんなことはどうでもでしょう。それよりキミに話しておきたいことがあります」

氷月はガイアの無言を咎めることなく話を続けた。どういうつもりだ?

「私はですね、この人類石化現象は人類の選別。間引きだったと考えているんです。それをキミにも知ってもらいたい」

氷月はそれだけ言い残し、茂みから去っていった。

間引き・・・それは前に僕も聞いている。司と氷月の共通認識だと。

 

氷月の意図が掴めない。

何故そんな話をガイアに? そして実力を偽ったことを不問に去っていった?

「羽京、聞こえているな?」

氷月が完全に去った頃、ガイアに呼ばれた僕は急いで彼の元に走った。

「ガイア・・・あなたは・・・僕たちは氷月に疑われているのでしょうか」

月明かりの下で尋ねた僕の方をガイアは向いてくれず、ただ闇夜の中で笑みを浮かべていた。

「何ということはない。我々はこのまま“何事もなかった”ように振舞い続けて問題ない」

ガイアはそれ以上、何も言ってくれなかった。

 

闇夜の中に消えていく彼の背を、僕は信じていいのだろうか?

 

 

 

 

そんな不安が僕の心臓に、まるで蛇が絡みついたような気持ち悪さを残したまま日々が過ぎていき・・・

 

 

ある月の綺麗な夜

墓の方から何かを叩く音が鳴り響いた

 



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ファーストコンタクト

夜、墓からの轟音。僕の耳に確かに届いたその音に、僕とガイアの決断は早かった。

「敵襲か?」

「わかりません・・・ですが、夜に出歩く人なんてこの国にはいません」

「射ろ。動物であれば土産になる」

威嚇のために放った弓矢から逃げていく何かの気配があった。

「足跡だな・・・向こうだ」

闇夜の中でも見落とすことなく、ガイアは音の主の行先を指さして僕に教えた。

「人なのですか?」

「最低で3人・・・だ」

何かを口を濁すようなガイアの物言いを追求する暇も権限も僕にはない。

今はその3人を逃がさぬように追いかけるしか。

 

「羽京、1時の方角を射ろ」「11時、撃て」「10時」

ガイアの指示は僕の策と合致していた。

辛うじて聞こえてくる逃走者の行く先に、絶好の狙撃ポイントがある。

岩壁に囲まれた枯れ木の茂み。その中に入った者は枝を折り、音を立てなければ動けない。

敵の動きを封じるにはうってつけの場所だ。

そこに逃げ込むように誘う牽制矢を放てという命令だ。

 

追いかけっこはしばらく続き、ついに終着点へとたどり着いた。

「楽しい追い込み漁だったな」

僕らの目論見通り、逃走者の足音は茂みの中に隠れ込んだ。

「最悪、1人でも捕らえられればいい。その意味はわかるな?」

ガイアの指示に、僕は沈黙で応えた。そうとしか答えることができなかった。

残る2人は殺してもかまわない、という意味であろう。

敵かもしれない相手を、人を殺したくない僕としては、残る2人を逃がしてもかまわないと解釈したいところだが、軍人の考えが分からない以上は僕にできる最善を尽くすしかない。

 

そう僕が悩んでいた、その時!

 

ボゴオオオッ!

「ヤベェエエエエエ」

「ムアアアアア」

 

沈黙の中に流れる風を切る音が、突然の爆音と叫び声に掻き消された。

これだけの音の中では、茂みの枝を折る音すら掻き消されてしまう。

なるほど、囮か。

3人のうち1人を逃がすために、2人が騒ぎを起こしているのだ。

しかも謎の爆音と共に発生した煙幕が、茂みを包んでしまっている。

1人の脱出を防ぐ手段は僕らには無い。

「なるほどな。“伝えろ”」

ガイアと僕の考えは一致していた。

 

ひとまず1人は見逃すしかない。それだけは僕らの負けだ。

今からはこの2人のうちのどちらか、もしくは両方を捕らえられるかの次の勝負に移った形だ。

だが僕の耳は今、残された2人の居場所を正確にとらえている。

当たらぬよう、威嚇するように射ることは可能。

ならば多方向から矢を放ち、“僕らはいつでもキミたちを殺せるけど、殺さず捕らえる意思がある”ということを伝えるのだ。

もし仮に2人のうち片方が直接攻撃に来たとしても、煙幕のおかげでこちらの居場所がバレることはない。敵に勝ち目は無い。

(というよりその片方、脳が筋肉でできているみたいに、煙幕の中で本当に馬鹿みたいに攻撃に来ている。しかも叫びながら。普通に戦っても負ける要素が無い)

 

 

バッ

 

意思は賢い方に伝わった。

矢から逃げずに留まっていた少年が白旗を挙げて降伏を伝えてきたのだ。(ちなみに白旗じゃない。白ふんどしだ)

「あの阿呆は無視していいだろう。連れて行くぞ」

ガイアは降参した少年を縛り上げると、脳筋を放置したまま連行を始めた。

「ガイア・・・」

「ああ、もう解いていい。歩かせにくくて手間だ」

ガイアの間合いに入ってしまえばこの少年がいくら抵抗しようが無駄。むしろ両腕を巻き付けて拘束したまま歩かせるほうが危険だし手間がかかる。

拘束を解かれた少年は、僕らがその判断力の高さを褒めると少し浮かれてはいたが、さすがに嬉しさに紛れてうっかり口を滑らせたり、彼らの情報を漏洩させてはくれなかった。

 

とはいえ大体の状況は判断できる。

おそらく彼は千空軍の斥候。先程の爆発を見るに、原始人離れした科学知識も持ち合わせている。

逃げた1人は敵軍で唯一、こちらの国の内情を知る裏切り者・ゲンに間違いあるまい。

脳筋と3人で、墓で何かをしていた。考えられるのは重量物の運搬。それが何かまでは想像できないが・・・

 

尋問は司の前で行うべきだろう。そうでなければこの少年からも不審がられてしまう。

ガイアと僕は目配せして同じ考えだと確かめ合い、少年を司の前に連行した。

 

 

 

「テメーがあの。いや、自己紹介はいらねえ。聞かなくても分かるぜオーラが違う。会いたかったぜ。よう、初めましてだな司! 俺の名はクロム。石神村の科学使いだ!」

 

本拠地にドシンと構える司。そしてその周りに控える屈強な男たち。

僕がもしこのクロムという少年の立場だったら、恐ろしくて膝が震えてしまうだろう。

だが、司を前にして怯むことなく啖呵を切った勇気ある少年クロム。

しかも科学を排除する司の意向を知りながら、科学者を名乗るとは・・・勇気があるのか馬鹿なのかよくわからない。

 

「おうよ司! 科学絶対殺すマンのテメーに、俺がガッツリ教えてやりに来たのよ! 科学がどんだけ面白ぇかをな! いいかよく聞け、まずは」

僕は少し期待した。クロムが窮地において何をここまで豪語するか。

だが、煽りに煽った科学の魅力発表の内容は・・・

 

「炎色反応!」

 

 

司も氷月も僕も、ガイアも目を丸くした。白けた目で、だ。

うん、たしかに面白かったよ。中学生の時の思い出がよみがえるね。

 

当然これでは、クロムが素直にこちらの尋問に応じてもらえる気配ではない。拷問でもしない限りは無理だ。

ここで僕は少し背筋に悪寒を覚えた。

拷問となれば・・・軍人であるガイアが何を言いだすか。どんな残酷な手段に出るか。

だがガイアは何も言わず、クロム追及の件を司と氷月に任せたまま黙って見ていた。

 

 

その後、司と氷月はクロムを尋問するため、滝つぼに吊るして恐喝を始めた。

だがクロムは屈することなく、「仲間を売るくらいなら」と死を受け入れ、滝つぼへの落下を選んだ。

司はそんな彼の命を奪うべきではないと考えた。

「これ以上責めても無意味だね。彼は飴でも鞭でも裏切らないよ」

「来た目的を推測するしかないですね。羽京クン、このクロムくんを発見した場所は?」

氷月の問いに僕は迷った。

ガイアの意向が掴みかねる以上、下手にクロムを庇うこともできない。

もしもクロムや千空が、杠と同じように人類を救う希望を胸に抱いているなら、その夢を僕の言葉が潰してしまうことになる。

だからといって沈黙するわけにも・・・

 

「羽京先輩とボクはこの子を。クロムを洞窟の前で見つけました。例の、硝酸の採れる洞窟です」

その時、口を挟んできたガイアの言葉は僕へのメッセージだった。

クロムを庇え。石神村の味方をしろ、と。

「そうなのですか? 羽京くん」

「ああ。クロムくん一人で偵察に来てたよ」

僕とガイアの話を司も氷月も信じてくれたのは良かった。

結果、クロムの身柄は牢屋に移されることとなった。

 

 

 

「ガイア、お話があります」

この一件が落ち着いた頃、僕はガイアに初めて本心を打ち明けることにした。

危うい司や氷月に今後の人類の未来を託すのではなく、敵である千空の真意を確かめた上で彼に未来を託してみたいと。

「うむ。人類の未来のために最善を尽くすことが重要だ。その舵取りを任せるのに、司や氷月ではリスクが高いのは私の目から見ても確実。ならば賭けは分の良い方にBETするべきであろう。そのためにも・・・私かキミのどちらかが、この国の誰よりも早く千空と接触するのだ。そして確かめなければならない。彼の本心をな」

そう言い放ったガイアに、僕は大きくうなずいた。

 

だがこの時、既に事態は動いていた。

例の内通者・大樹と杠を監視していた見張り役が、千空と接触し・・・向こう側に寝返っていたのだった。

 



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戦火の足音

人類石化から3700年、新たな人類史が始まってほんの1年目ではあるが。

この年、新世界最初の戦争が始まろうとしていた。

司陣営と千空陣営の戦い。後に司帝国と科学王国と呼ばれる2つの国の戦い。

その最初の捕虜となった科学王国の少年、クロムは今、帝国の牢屋に閉じ込められている。

閉じ込めたのは僕なんだけど。

 

 

この牢屋は特別で、遠くからでも見つかりやすい場所にある。

それは科学王国がクロムを助けに来るように。彼を撒き餌にして、その牢屋の手前に掘った落とし穴で一網打尽にするためだ。

司は王国の科学力を危惧していた。

おそらく千空は、蒸気機関の車両による突撃で先制攻撃を仕掛けてくるであろうと。

 

 

 

「・・・ですが、さすがに過大評価ですね。たしかにあれだけの落とし穴があれば車でも人でも突撃に対応できますが」

司は心配し過ぎだと苦笑いする僕に、ガイアは『それはどうかな』といった顔を見せた。

「銃に毒ガス。人類史の大量殺戮を合理的に進めてきた“兵器”と名乗れるものを千空は手にしている。たかだか戦火拡大に微々たる貢献しかしてこなかった車両への警戒なんてものは甘すぎると思え」

ガイアの叱咤に、僕の本能は直ちに姿勢を正すように命じた。

言われて見れば僕の考えは甘い。

これは戦争なのだ。冬が明ければ血で血を洗う惨状が始まる戦争。

 

「斥候が既にこちらの本陣に達している。となれば開戦は間近。であれば我々は何をするべきか」

そう言ってガイアが僕を連れだしたのは、クロムを捕らえた茂みのエリアだった。

「あの時、火を起こす時間も音も無く、彼は煙幕を発生させていた。その手段を知れば千空の戦力・科学力の最低限度を推測できる」

茂みの中に入っていったガイアは、焦げた草木の跡を念入りに観察して火元を探していった。

そして、その先にある小さな小物を発見し手に取って掲げた。

「何でしょうか、それは」

「・・・蓄電池だな。触ったらビリッと来た」

そう言うとガイアはニヤァと笑みを浮かべた。僕にはその顔が、小さな子供がイタズラを考えついた無邪気な、それでいて幼いがゆえに残虐性というものを理解できていない笑みに見えた。

そんな気がしたのは、僕の気のせいかもしれないが・・・

 

「司に報告しますか?」

「いいや。落とし物は持ち主に返してやるべきだ。これを手にした原始人のクロムくんがどう出るか。それを確かめたい」

どう出るか・・・ガイアが何を考えているのか僕には想像がつかなかった。

「嬉々として炎色反応を科学の面白さと豪語する純粋な少年が、電気というものをどう扱うかで、千空が彼らの村にどんな思想を浸透させているかが・・・」

「分かるんですか?」

まさか電池一つで千空の村の善悪を判断するというのか?

そんな僕の問いに、ガイアはケロッとした顔で「いや。分かればいいな」と願望程度の話だと語った。

 

 

 

そう言ってガイアが夜中の内にクロムの牢屋に忍び込み、電池を忍ばせた次の日。

事件が起きた。

 

クロムの脱走だ。

堂々と竹で編みこまれた牢を、編み込んだ縄を溶かすことで一気に脱出したのだ。

しかもそれを音も無く実行したことで、多くの看守がいたのにもかかわらず誰も察知することはできなかった。

それだけであれば何とも無いが、最悪な事に彼を追いかけた牢屋の責任者であり、元警官の復活者・陽が追跡中に滝つぼに転落し死亡したのだ。

 

「犠牲者が出るとは・・・」

その報告を聞いたガイアは表情こそ変えていなかったが、その声にはわずかな揺らぎがあった。

彼自身は隠しているつもりだろうが、耳の良い僕だけが彼の困惑の色に気付いた。

 

 

 

そしてそんな最中、僕の耳に信じられない声が聞こえてきた。

墓場のほうから、何人かの仲間たちが歌を歌っているのだ。しかも英語で。

彼らを侮蔑するわけではないが、司が起こしてきた復活者たちはどちらかと言えば体力自慢。ABCですらちゃんと歌いきれるかどうかの彼らが、日本語の歌ではなく英語で歌っている。

明らかに異常。

 

 

「ガイア・・・これは」

「気を付けろ。いよいよ戦争が動き始めるかもしれないぞ」

 

 



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戦況を決定づける共闘

石の世界で異常事態。英語の歌に呼ばれて来てみれば。

墓場には何人もの仲間たちと、大樹と杠の姿があった。

通常、唐突に新しい文化が芽生えることは無い。異文化との交流でも無い限りは。

 

つまりそれは科学王国。千空陣営との接触を意味する。

クロム以外に村の人間が訪れていない以上、考えられる可能性は通信手段。

電話が完成していたということだ。

クロムと共に潜入していた脳筋が持ってきたのだろう。そしてそれを大樹と杠が受け取った。

そして千空たちの村とのホットラインが完成し、すでに多くの仲間が向こう側に転がってしまっていたようだ。

悔しくないと言えば嘘になる。こちらから接触を計るものが、他事に気を取られているうちに出遅れていたのだから。

 

 

 

「みなさん楽しそうですね。僕らも混ぜて欲しいな。ですよね、羽京先輩」

「えっ? あ、ああ。是非とも聞かせて欲しいな、その電話」

僕とガイアの登場に、この裏切りの場に居合わせた仲間達に緊張が走る。

打ち合わせも無く唐突に割り込んだガイアの独断に、僕はとても緊張した。

 

[どちら様でしょうか? 私はリリアン・ワインバーグです]

電話口から聞こえてきたのは、元の世界での世界的有名女性歌手・リリアンの声。

に、聞こえるゲンの声だ。

なるほどさすがは嘘の達人。リリアンになりすまして、こちらの仲間を篭絡しようということか。

[なるほど、アメリカの復活を装い我らを篭絡しようとしているのか]

ガイアの推理に僕は頷いた。

だがそこで気付いた。仲間たちの前でガイアは“英語”でその推理を披露している。

千空とゲンにだけ伝わるように。

 

[クロムに電池差し入れたのはテメーか?]

向こうも英語で返してきた。周りの仲間たちはチンプンカンプンといった表情で僕とガイアの電話を見守っている。

これは好都合だ。

[勘違いしないでくれ。私たちはキミの味方というわけではない]

[あ゛―、だろうな。じゃなきゃ最初からクロムとっ捕まえねえよ。で、どうすんだ? 司先生に言いつけっか?]

千空という人間がどういう男か、今まで分からなかったが・・・なんとも冷静で頭の切れる男のようだ。

 

このままではガイアが彼らを見限り、司に報告してしまうだろう。その前に僕には確かめておきたいことがあった。彼らの、人類の希望を断つことにならないように。

ガイアに追及されるのを覚悟して、僕は急いで電話に口を挟んだ。

[聞いておきたいことがある。僕は見たんだ。杠が破壊された石像をパズルのように組み立てているのを。キミたちは救おうとしているのか、この状況において。科学の力で!]

僕の必死の問いかけに、ガイアの顔は確かに笑みを浮かべていた。素直な笑みだ。

[ククク。だったらどうする?]

千空は否定しなかった。けれどもそれは謙遜のような、肯定の意味に感じられた。互いの顔の見えない電話越しでありながら、僕の直感がそう告げていた。

千空を信じてもいいかもしれない、と。

 

[ならば条件次第だな。このことを司に内密にしてやる。もしくはキミたちに協力してやってもよい]

ガイアの提言に僕は安心した。ガイアもまた僕と同じ考えを持ってくれていると。

一つビックリしたのが、その交渉に千空が[探り合いは時間のムダだ。結論から言え。なんだ条件っつうのは]と下手すぎる手で即答してきたことだ。

これには僕もガイアも苦笑いするしかなかった。

なるほど千空は嘘つきというよりも効率厨なのだろう。

そして、その隣でゲンが頭を抱えている姿が目に浮かんだ。

 

[では言わせてもらおう。“これ以上、死者を出すな”だ]

ガイアの言葉に、僕は心の中でガッツポーズをした。彼を信じて正解だったと。

[何だテメェは超絶お優しい理想家か?]

[軍人だ。だからこそ“戦後処理”を見据えているだけだ。君らの言う司帝国を殲滅するつもりでない限り、この戦争が終わった後のことを考えれば死者が発生するような戦争であるべきではない。単純な話だ]

その通りだ。

司帝国と科学王国。人類最後の100余名の衝突に遺恨が残ってしまう形をとるつもりならば、僕らが千空に味方するわけにはいかない。

[なるほど問題ねえ。こちとら元から、あわよくば無血開城っつって目標にしてんだ。それが条件に代わっただけだろ]

千空の快諾に、僕は涙が出そうになった。

そして今わかった。『手下たちは千空の謀略で死んだ』という氷月の報告は嘘だ。

 

「ガイア、では我々は」

[そうだな。私が司と氷月を引きつけておく。その間に羽京、キミは千空の強襲に参加せよ]

強襲? 千空の狙いをガイアも僕も聞いていないが・・・

[奇跡の洞窟の奪取がキミたちの戦術目標なのは当然の話だ。復活液を押さえて司の戦力増強を防ぎ、同時に火薬の原料を手に入れることができるからな]

[ククク、さすが軍人様だ。そっちは任せたぜ]

 

 

 

こうして共闘の誓いは交わされた。

奇襲は20秒の勝負。人間が衝動的にパニックになって、抵抗ができなくなる間隙の電撃速攻。

それが最も、死者を出さずに作戦遂行できる可能性のある道だ。

 

 

それはあっという間の出来事であった。

千空が作った科学の戦車(ほとんどこけおどしだが)もさることながら、石神村の人々の戦闘力の高さも相まって、僕らは敵味方にほとんど血が流れることなく洞窟の奪取に成功した。

隠れて司に報告しようとした女性の足元を射て止めたりと、僕も貢献はしたけれど・・・他の仲間が結局は彼女を捕らえていたから、ほとんど不要だった。

うん、少しさみしい。僕いらなかった感が強い。

 

ともあれ奇跡の洞窟制圧をジャスト20秒で死者数ゼロにて達成。

僕らの大勝利だ。

「あ゛~、勝利のパーリーで楽しくウェーイしてえとこだがな、チンタラ遊んでるヒマもねえ。ソッコーで火薬作んぞ」

勝利の余韻に浸ることなく、千空は火薬づくりを開始。

それもそうだ。いくらガイアが足止めをしてくれるとはいえ、早く司や氷月を制する戦力を手に入れなければ・・・

 

「!!??」

その時、僕の耳に届いたその音は、僕の血を一気に凍り付かせた。

どうして―――

 

 

こちらに迫る司と氷月の足音と

もう1人の足音が聞こえてくる!?

 

 

「逃げろ! みんな!」

 

僕の叫びが千空たちに届くよりも早く、電光石火の一撃が僕に襲い掛かった。

その衝撃で、千空の持っていた化学薬品が全て飛散し、火薬を作ることもできなくなってしまった。

そしてその脅威の登場に、その場にいた全ての人間が理解した。

科学王国の勝機が完全に潰えた・・・

 

 

 

 

倒れた僕を見下ろして立つ、たった1人の人間の裏切りによって

 

 

「ど・・・どうしてあなたが“そちら側”に立っているのです・・・・ガイア」

 

 

 

 



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裏切り者

奇跡の洞窟奇襲作戦は、僕が寝返った科学王国の勝利まであと一歩のところで完全敗北に至った。

僕が復活させた軍人・ガイアが火薬合成前に、敵の最強戦力である司と氷月、そして増援を引き連れて戻ってきてしまったことで。

そして、こともあろうに彼自身が司帝国側についてしまったことで・・・

 

「やあ皆。一つ残念なお知らせだけど・・・そのリリアンは偽物だよ。だよね、声真似上手のあさぎりゲンさん?」

ガイアの不敵な笑みにゲンも諦めて顔を出した。これにより科学王国側に寝返っていた他のメンバーの気力も潰えてしまった。

「紙一重だった。でもたった今、全ての勝負はついたんだ」

「キミたちの負けです。千空くん」

ここからは完全に司側が主導権を握った、一方的な戦後交渉の時間。

それを察することのできない千空ではない。

 

「あ゛―、いちいち言わねぇでいい。分かってる。こいつらの全員の安全保障と引き換えに、科学マンの俺一人に死ねっつんだろ?」

大樹は即座に反対していた。親友である千空一人が犠牲になる道を・・・

だがその実。千空とその仲間たちの決意は固まっていた。

 

「守るのだ! 奇跡の水の拠点を。これは籠城戦だ。我々が僅かにもちこたえさえすれば、必ず作り出す! 千空たち科学使いが、勝利の道を!」

科学王国は諦めていなかった。

たとえ自分が犠牲になろうと、千空の起こす奇跡を信じて戦う。

必ず科学で勝利を引き寄せてくれる、と。

「無駄に死ぬとは、所詮は脳の溶けた原始人たちでしたか」

氷月の皮肉が包む中、ついに最後のあがきが始まった。

 

 

だが、戦況は絶望的だった。

科学王国の戦士たちが司相手に3人がかり10人がかりで挑んでいるが歯が立たず、次々と一掃されていった。

女の子が相打ちの覚悟で氷月を食い止めようとしている。だがそれも一方的に殺されそうになっている。

大樹は奇跡の洞窟を守っているが、洞窟を襲うガイアを食い止めるだけで精一杯だ。

 

ふと僕の脳裏に違和感が走った。

 

あの軍人を食い止めるほどに、大樹という男は強いのか?

たしかに一撃一撃が鋭く大樹に突き刺さり、司や氷月も「洞窟はガイアに任せよう。あと少しで突破できるはずだ」と判断するような状況ではあるが。

自分の戦いに必死になっている2人は気付けていないようだが、僕には分かる。

時間がかかりすぎている、と。

 

 

そんな違和感に僕が困惑している間に、事態は着実に動いていた。

ついに千空が硝酸と、クロムが運んできた硫酸やらあり合わせの素材を合成し作り出していたのだ。

ニトログリセリンを

 

 

それを戦場に届けたのは、ゲンが折った紙飛行機であった。

木々をなぎ倒すほどの大爆発が起こり、その場にいた全ての戦闘員の手が止まった。

かろうじて立ち上がるまで回復した僕も、矢の先に爆液を浸してダイナマイト矢を作り、千空たちと並び、司帝国の皆に降伏を諭した。

「形勢逆転! 戦争終結! はい、おしまいおしまい~!」

そう手をパンパン叩くゲンに促され、誰もが武器を下ろした。

ガイアもまたその1人であったが・・・彼は警戒心を解いていない様子でもあった。

 

 

「受け止めても叩き落としても爆発する。広範囲の爆風をかわすのも無理だ。うん、確かに不可避だね。ただ、必ず皆が巻き込まれて大勢の死者が出る。千空、キミは人を見捨てられない。自らを犠牲にもしない」

司だけは状況と千空の性格を冷静に分析していた。

たしかにこれは僕らの勝利での決着ではない。お互いにこれ以上の犠牲を出すことができない膠着状態なのだ。

「つまり千空、キミの目的は」

「あ゛ぁ、取引だ。司」

千空もまた膠着状態であることを前提に考え、既に“戦いの終わらせ方”に考えを向けていた。

 

その交渉条件は・・・司の妹。

汚い大人の社会を嫌う司が、元の世界で金を稼ぐために格闘技の世界に身を投じていたという矛盾。それが彼の、死んだと言っていた妹の、植物状態の彼女の治療費を稼ぐためだったと千空は見抜いていた。

そして千空は提案した。石化からの復活にある治癒効果で、司の妹も意識を取り戻すのではないか、と。

それは司自身、今まで一度も考えたことのない科学的発想であった。

つまり取引内容は『千空が押さえている復活液による妹の復活』を条件に科学王国と司帝国の『停戦』を持ちかけるというものであった。

 

 

そして司はこの取引を飲んだ。

その顔はまるで胸のつかえがとれたような晴れやかな表情であった。

「うむ。なるほどな」

そんな司の顔を見たガイアの呟きが僕の耳に届いた。警戒心を未だに解いていない彼の思惑を、僕は理解できないが・・・

 

 

その後、司の妹は掘り起こされた。

石化と脳死は同じようなもの。そこからの復活で植物状態が修復されない道理はない。

その千空の読みは見事に的中した。

「未来・・・!?」

「兄・・・さん?」

妹を抱きしめる司の表情を、誰も見たことが無いだろう。おそらく彼自身もこんな顔をする日が来るなんて思ってもみなかったはずだ。そして、その瞬間をずっと待っていたのだろう。

 

 

 

だが、その瞬間を待っていたのは司だけではなかった。

 

彼の弱み。司が命がけで守ろうとする唯一の弱点。

彼を殺すために狙うべき人質の存在を待っていた男。

信頼できる部下に洞窟爆破を託して、皆が爆音に気を取られているその隙を伺っていた男。

 

氷月の槍が、司の妹を狙っ・・・

 

 

「ど、どういうことですか」

氷月の槍は、妹を守ろうとした司の体を貫く、

その寸前で叩き折られていた。

 

誰あろう、ガイアの手によって。

 

 

 

「裏切ったのですか、ノムラァ!」

「裏切ったのはキミのほうさ、氷月くん」

 



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終わりと始まり

氷月は司の殺害を目論んでいた。僕の危惧したように。

その氷月とガイアは組んでいたようだ。

だけど、司を殺す唯一のチャンスに。氷月が司を殺そうとしたその瞬間に。

ガイアは裏切った。いや、ガイアが司を守ったのだ。

 

 

「私がキミを裏切った? 何を意味の分からないことを!」

氷月は怒りに震えていた。

司は既に妹を背に守り、氷月への警戒態勢に入っている。

騒ぎを聞きつけた千空たちや僕も、この狂気の場に駆けつけた。

もうこれ以上、氷月が謀反を成功させることは不可能だ。

「キミとは話し合ったな。人類石化は選別の機会で、これからは優れた人間だけが生きるべきだと。そこが司と相容れない思想だと。キミも賛同したじゃないですか!」

この鬼気迫る氷月の熱弁に、ガイアは軽蔑の目を向けた。

 

「ああ。だからキミは裏切ったんだ。汚濁から再興した人類史をな。選別思想に何億の人間が殺された? 悪史を繰り返すキミは凡夫以下の無能だよ」

吐き捨てるように語るガイアの声には、怒りと呆れの色がこもっていた。

「知ったような口で与太話を。まさかキミも蝙蝠男だとは思いませんでしたよ」

「私の立場は一貫しているよ。極力、人を死なせない、という信念がブレたことはない」

氷月の言う通り、僕もガイアは自分の都合の良い立場にコロコロ代える軽薄な男に見えて仕方がなかった。

人を死なせない信念がブレていない? どの口が言うんだ? 裏切りまくっておいて。

 

「私はね、ずっと値踏みしていたんだよ。数年ともたない司帝国ではダメだと最初から見限っていた。現代っ子がいつまでも原始人生活を楽しんでくれると思うな馬鹿者。科学技術の発展が無ければこんな小さな集落、流行病1つで消し飛ぶぞ」

ガイアがビシッと指を向けると、司は白い目で呆然とした。

命の危機から1分も経たないうちに、何故か自分が説教されている。何この状況。

「科学王国には期待していたが、化学兵器による抑止力頼みの和平では同じく不合格・・・と思っていたが千空、キミは司の心を篭絡してみせた。これで両国は誰も恨みあうことなく、理想的な終戦の形を迎える。誰も大きな怪我を負うことなく。素晴らしいぞ」

大きな怪我・・・僕のこの腫れあがった顔はノーカウントのようだ。

「あ゛―。随分まどろっこしいことだが、お眼鏡にかなったっつうならおありがてぇ」

ガイアの賞賛に千空は耳掃除をしながら平然を装っているが、その口はニヤリと笑っていた。

「すまないね。悪の科学者に騙されて人類滅亡の片棒を担ぐなんてシャレにもならないだろう?」

「違ぇねぇ。こちとらハナから正義なんざ名乗っちゃいねぇからな」

気が合う何かを感じ合った千空と笑いあったガイアは、笑い終えると氷月をジロリと睨んだ。

 

 

「あとは最後の障害。汚濁を理解しないであろう氷月、キミの狂気を炙り出すだけ。そのために多少“約束を破った”かもしれないが、楽に解決できたよ」

悪びれた様子もなく語るガイアの言葉に、氷月は怒りを抑えられない様子だった。

「なるほどノムラくん、ちゃんとしているじゃないですか・・・四面楚歌の私には降参の道しか残されていないと、お膳立てして・・・ですが、全てを失った者がどういう決断に至るかまでは考えていないようですね」

氷月の殺気がビリビリと肌に突き刺さる感覚に僕は襲われた。

 

状況的に洞窟を爆破し、司を殺害しようとした氷月にはもうこの国に居場所は無い。

追い込まれた彼に残されたのは、管槍一本だけ。

国の誰もが知っていた。槍を持った氷月を止められるのは、武器を持った司だけ。

その司が素手の今、怒りで何をしでかすか分からない氷月を捕まえるまでに死者の山ができるだろう。

そのことを理解している僕らの手にジトッと嫌な汗が噴き出す。

だがそんな中、ガイアだけがしかと氷月の正面に立った。

 

「御託はいいから、来るならさっさと来い。ガキが」

睨みを利かせたガイアの言葉が発せられた瞬間、管槍の矛先が円を描きながら一瞬にしてガイアの体を貫いた。

槍の間合いに入ってしまえば、人間の反射神経ではどう足掻いても回避不可能の一撃。これ以上に無い一撃だと誰もが直感した。

 

だがそれを・・・ガイアはその身に受けながら・・・氷月の懐へと前進していた。

 

当たった、貫かれたとその場にいた誰もが感じた。槍の主である氷月自身もそうだろう。

だからこそ、まるで何事も無く槍の横を通り過ぎたガイアの姿に唖然となり、その手が一瞬止まっていた。

「なっ!? 透り抜けた!?」

「気にするな。キミの体が私の味方をしただけだ」

突拍子もない攪乱は、氷月をたじろがせるための心理戦だろう。

その言葉を氷月が理解するよりも早く、ガイアの掌底が氷月の腹を捉えた。

 

「ガハッ」

ズザザと地面を削りながら氷月の体が数m後ずさった。

腹にパンチをしたというより、突き飛ばした形だろう。ダメージはそこまで大きくなさそうだ。

しかも氷月の手には槍が残り、間合いもまた槍にとって理想の距離。

そこにガイアは右手を前に出し、氷月に向けてクイクイと手招きした。

『何度でも突いてこい。何度でも弾き返してやる』と言っているのだ。

そのあからさまな挑発が、ますます氷月をイラつかせた。

 

「くっ・・・そオァアアア!」

雄叫びを上げた氷月は再び槍を構えた。

だがその瞬間、ガイアが口を膨らませて氷月の顔目がけてブッと唾を吐きつけた。

いや、唾を吐くなんてもんじゃない。超人的な肺活量から、ジェット水流を噴射したようなものだ。

突然の顔面への水襲に、視界を奪われ怯む氷月。

「よかったな。今のが硫酸だったら失明していたぞ」

そう不敵に笑ったガイアの台詞が、僕らの背筋すら冷たく震わせた。

 

 

凄惨たる光景だった。

顔面への拳に始まり、貫き手が喉を突き、脇腹を鋭く蹴り抜き、逃げ腰な背中を踏みつけ、足払いで何度も地面と接吻させ。

執拗で冷酷な、徹底的な蹂躙が氷月を打ちのめした。

『もうやめてくれ』と懇願するように両手を前に突き出した腕の間から、氷月の顎は蹴り上げられ、そのまま後ろに倒れた。

「ガハッ」

血を吐き倒れた氷月を見下ろし、ガイアはビシッと足を揃えた。

 

 

「身をもって知ったな。選ばれた者だけが生きるべき世界で、選ばれなかった者が受ける苦痛はこんなものではないぞ」

 



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ガイアという男

氷月の謀反はガイアの手により阻止され、その共犯である彼の部下・ほむらも逮捕され、新世界最初のクーデターは未遂に終わった。

そして次の日、司は旧・司帝国の国民全員を広場に集めて宣言した。

 

「みんなも知っての通り、この国は科学王国と停戦協定を結んだ。うん。とはいえ実質的には科学王国に併合してもらう形になるだろう。科学の灯を絶やさぬよう、人類の汚濁の歴史を作らないよう皆で力を合わせていこう」

国民皆の歓声が全てを物語っていた。誰もが信頼できる科学文明への期待に胸を躍らせていた。

「だが俺はその科学王国に反逆した男だ、おめおめとその一員に加わるわけには」

司の言う通り、つい昨日まで対立していた両国の併合はこのまますんなりというわけにはいかない。流れた多少の血の分、後腐れが残るからだ。

その落とし前を誰がつけるべきか。その誰もが知り、誰もが口に出せないでいる答えを、司はハッキリと言い放とうとした。

「あ゛~そういう裁判やら面倒なのは興味ねぇわ」

が、そんなしんみりとした空気を気にしていない様子の僕らの新リーダーが耳掃除をしながら面倒くさそうに言い放った。

そして懐から復活液を取り出すと、杠が修復した石像にふりかけはじめた。

すると石像から石の膜がみるみる剥がれていき、中から漫画家さんがバリバリと復活したのだ。

「っつうことだ。しちめんどくせえことは後でハゲるほど考えりゃいい。それよか大事なのは全員の力で今度こそ一から作り上げることだ。この石の世界に科学王国をよ!」

千空の宣言に新生・科学王国の全国民が大歓声を上げた。敵味方の垣根を完全に取っ払った仲間達の大歓声が森を震わせた。

(ちなみに歓声に呼ばれて、死んだはずの陽がシレっと戻ってきていた。ガイアはそんな彼を「よく生きていてくれた」と両腕を広げて迎え入れ、「この洞窟爆破の共犯め」と一本背負いに投げ飛ばした)

 

 

「戦勝国は支配者であってはならない。倒した相手を新しい仲間として迎える寛容な姿勢こそ、平和を確実にするのだ。無血開城を成しただけはある」

「いやいや御大層な褒め言葉はいらないと思うよ~。千空ちゃんは約束してくれてるからね。世界のエンタメ全部復活させるって。面白いものを皆でジーマーで楽しめるようにしてただけ」

感心するガイアの横で、今回の終戦の立役者の1人であるゲンが軽薄そうに、それでいて誰もが納得する説明をしてくれた。

本当に良かった。これで人類は再び争うことなく復興への道を歩める。

 

と、僕はそう思っていた。

 

「ところでノムラ・・・いや、ガイアと呼ぶべきか。キミは一体何者なんだい?」

「そういやぁ軍人っつってたな。しかも国際機関みたく、やたらと戦況やら戦後処理やら気にして」

司と千空の問いに国民みんなが聞き耳を立てた。

気弱な少年ノムラの立場不相応、性格不相応、年齢不相応の異様な言動は誰もが目にして気にしていたことだ。

「自衛隊第一空挺団特殊部隊指揮官だ。日本唯一の軍事力だな。科学の兵器を使い、既得権益を争う世界に身を投じてきた者だ」

ガイアの答えにその場の空気が一気に凍り付いた。

考えを改めたとはいえ、司が最も排除するべきと考えていた存在であることをあっさりと告白したのだから戦々恐々とならざるを得ない。

そんなピリっとした空気の中でガイアは呑気にも「若く見えるとはよく言われる」と付け加えた。

「ちなみにノムラというのは私の二重人格のもう一つの顔だ。ガイアというのはそうだな、紛争や惨状を目にして、石の戦いを止める義務を負った顔だとでも思ってくれ」

この言葉に司も千空も納得のいった様子になった。

 

二重人格は壮絶なトラウマから生じる精神的な疾患だと聞いたことがある。

ガイアが渡り歩いたという戦場がどれほど悲惨なものだったか・・・だからこそ、彼はこの石の世界で人類が汚濁に浸ることを何として避けたかったのだろう。

そのことが悲しくも温かくも、皆の心に伝わった。

 

「ちなみにこのハゲた頭はウガンダの内戦で処刑されそうになった時のものだ」

それはひょっとしてギャグで言ってるのか? たまにこの人のことが分からなくなる。

「っつうかウガンダ内戦、何年前の話だと思ってやがる・・・ガキどころかオヤジじゃねえか。司の抹殺リストに一発で載るくれぇに」

千空の冷静な指摘に「そ、そうだね」と司が冷汗を流して頷いた・・・その横で石神村の人たちや、歴史知識ゼロレベルの司帝国民は頭に???を浮かべていた。

 



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しばらく羽京不在

司帝国が科学王国に併合されて、ガイアの正体を皆が受け入れたことで、ようやく科学王国が人類再興の第一歩を踏み出した。

 

その最初の一歩は人類絶滅の原因、人類石化現象の解明だ。

万が一、あれが何者かによる攻撃であった場合、もう一度使われたら人類は今度こそ全滅してしまう。

「だからその前に謎つきとめてゲットする。石化光線の新科学で、俺らは旧文明を超える。目指すは光の発生源。地球の裏側だ!」

いきなりのスケールの拡大に、多くの仲間が驚きを隠せなかった。

「そう、俺らはこれから全員で船を造る!」

と造船という大プロジェクトは問答無用で進み、ゲンがみんなから案を募る形をとりながらも、結局は千空の大型帆船案で満場一致となった。

労力が半端じゃないことを除けば、誰もが納得の解決だった。

 

 

とはいえ全員で造船を始めるわけじゃない。原始人である僕らのやることは多いのだ。

石像の修復や食料の調達。力の無いものにも出来る仕事を。

そして残る課題は・・・牢に入れられた囚人・氷月とほむらの扱いだ。

「それは私に一任してもらえないだろうか?」

誰もがやりたがらない囚人の監視役を買って出たのは意外にもガイアだった。

軍隊の指揮官ということもあり指揮能力の高さから引く手あまたのガイアを監視役に配置するのは、誰が見ても非効率な人員配置。

それでも千空の「あ゛あ。勝手にやってくれて問題ねぇ」の一声でこの意見は採用された。

 

2人を牢から出したガイアは、千空や僕らに説明を始めた。

「人=力のこの時世、無駄にするわけにいかない。貴重な労働力を確保しなければな」

刑務労働をさせようというのだろうか? それなら余計、枷があるわけでもないこの時世に氷月とほむらを働かせている間、ずっとガイアが監視する必要がある。

正直言って、この瘦せ型2人の労働力よりもガイア1人がフリーで働くほうが生産性が高い気もするのだが・・・

「その下準備が要る。1週間・・・だな。山籠もりをしてくる。“何が聞こえてきても気にしないように”」

囚人2人を連れて山に入っていったガイアが最後に残した言葉がこれだった。

 

 

それから半日も経たないうちに、その声は聞こえてきた。

「声が小さい!」」」」」」」」」」

こだまでしょうか? うん、こだまだ。

ガイアの声が何回も反響して山の奥の方から聞こえてきた。しかも凄まじい声量で。

まるで隣で大樹が大声で叫んでいるような爆音に、造船作業中の誰もが思わず手を止めた。

「おいおい、なんだ今の声」「ノムラくん、だよな」「氷月を叱ってんのか?」

みんな、ガイアのイメージに無い怒号のシチュエーションに驚いていた。いや、それよりも声の大きさに驚くべきだよ。

反響の回数や減少率から、音の発生源からの距離が算出できる。

とてもじゃないが人間の肺活量で起こせるレベルじゃない。まるで雷鳴だ。

そんな雷鳴に晒される氷月とほむらが一体どうなっているのか・・・それは誰にも分からないし想像もできない。

 

ある日、「ちょっと俺ら様子みてくるわ」って山に入って(サボりに)行った陽たちが、しばらくしてゲッソリして帰ってきたのが印象的だった。

「いや・・・あれは流石に・・・氷月、ほむらが哀れで哀れで。俺だったら『誰だよ、ノムラなんか復活させようって言った奴』って恨むだろうな」

半分涙目の陽の顔を、僕は忘れられないだろう。

 

 

そんなガイアの山籠もりの間に、僕らのほうでもいくつか動きがあった。

千空が『航海力100億の神腕船乗り』として復活させた船長・七海龍水が既得権益の申し子だったり。

そのことで司と対立しそうになったけど、「金は人の意思をまとめるただの道具」という信念が伝わって無事に和解したり。

で、その龍水と千空のリクエストで僕がクロムとコハクの3人で石油を探しにいくことになった。

 

 

しばらくは旧・司帝国跡地に戻れなかった。

滝に進路を阻まれて、気球が完成するまで石神村に滞在して、ロードマップを作って、小麦を発見して。

パン作りに大失敗して、復活させた龍水の執事・フランソワに美味しいパンを作ってもらって。

カメラで油田を探している間に、いつの間にか秋になっていた。

こうしてやっと見つけた石油を持って、僕は久しぶりに旧・司帝国跡地に帰ってきたんだ。

 

 

「久しぶりだな羽京。元気にしていたか」

「ハッ、只今帰還しました!」

僕は敬礼しながら、このガイアとだけ交わすことのできる自衛隊式の空気に懐かしさと嬉しさを覚えた。

久しぶりに会ったガイアは前と変わらない元気な姿だった。変わったところと言えば、杠に作ってもらったという薄緑色のバンダナを頭に巻いていたことくらいだ。

「石油と小麦発見の任、御苦労だったな。おかげで我らは時代を駆け足で上がっていくことができた。大義だったぞ」

小麦刈りの鎌を片手に笑っているガイアは本当にうれしそうだった。

飢えに苦しむ人たちを救うことは、おそらく彼が見てきた内戦の地でもトップクラスの課題だったんだろう。

 

「隊長。千空より羽京招集の命が届きました」

その時、少女の声が僕らの背に届いた。どこかで聞いたことのあるような、それでいてイマイチ記憶をくすぐらない声だった。

「うむ御苦労。その場で休め」

ガイアの指示に声の主は「ハッ」と即答してザッと足を広げて“休め”の姿勢になった。

その主の姿に、僕は目を疑った。

「ほ、ほむら!?」

ビシッと背筋を伸ばして立つその少女は囚人ほむらだった。

“淡”と言い表せるくらい感情の起伏が乏しく、ほとんど話をしたことのない彼女。氷月様超絶リスペクトだけの彼女。硝酸の洞窟を爆破した張本人でありA級戦犯の彼女が今、まるでガイアの忠実な部下のように軍人式の姿勢で立っていた。

「羽京・・・」

表情はいつものほむらだ。ただ、いつもなら呟くようにしか話さない声に張りがある。

「お帰りなさい。貴方のおかげで食べられるようになったパン、美味しいわ。ありがとう」

 

!!??

あのほむらが感謝を口にしている!?

僕は信じられなかった。

だけどその変化は彼女だけではなかった。

 

 

ほむらに案内されて千空の所に向かう途中、見かけた氷月にも異変があった。ありすぎた。

「お帰りなさい羽京くん。今日は空気が澄んでいるので、仕事に精が出ますね」

あの氷月が鍬を片手に畑仕事をしている。清々しい汗をかきながら。爽やかに。

ここに来るまでに耳にしていた妙な噂があった。

『きれいな氷月が気持ち悪い』と。なるほど、これのことか。

でも、僕はこれはこれでアリだと思う。どうやってガイアがここまで2人を更生させたのか分からないけど、今の2人のことなら過去の罪を許せそうな気もする。

 

すると僕の隣にいたガイアが突然「気を付けィ!」と叫んだ。

条件反射的に僕はビシッと背筋を伸ばして直立不動になった。体が勝手に動いた感じだ。

そしてそれは氷月とほむらもだった。

 

「ほむらッ。貴官の生は何のためにあるッ」

「日々の糧と人の温かみへの感謝であります。Sir!」

ガイアの雷のような叫びに、ほむらは直立不動のまま即答した。

「氷月ッ。貴官の生は何のためにあるッ」

「綺麗事上等。弱き者を守護るためであります。Sir!」

氷月も同じように早口で即答した。うん、僕の知っている氷月じゃない。

 

 

なるほどこれは更生じゃない。洗脳だ。

 



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謎の敵の脅威

氷月とほむらは洗脳されながらも、科学王国にしっかり溶け込んでいた。

「スイカ。小麦粉のラーメンもいいけど、捕虜だったときに差し入れてくれた“ねこじゃらしラーメン”も食べたい。懐かしい」

「わかったんだよ!」

「金狼くん、足りない薬草があったら言ってください。あとで採取に行ってきます」

「そうか。感謝する」

もはやWHYだよ。それにHOW。何をどう洗脳したらこんなきれいな氷月とほむらになるんですかガイア?

クーデターを起こした2人が国民のみんなと何気ない会話もそつなくこなしている。確かに陽たちは「おっおう」と2人の変化に慣れていない反応を見せているけれど、起きているのはすごい変化だ。

 

 

そんな2人に見送られて、僕はいよいよ出発する。大海原へと!

と、言っても旅立ちじゃない。モーターボートを使ったオイルテストだ。僕らが採掘した石油が燃料として使い物になるかどうかの。

そしてもう1つの大実験がアナログGPSだ。電波の強弱と方向から現在地を計算で割り出す。ソナーマンの僕の耳頼みの手作り感満載GPSだ。

 

だがそこで事件が起きた。

何処からともなく大容量の電波が放出されて、僕らの周波数の電波が観測できなくなってしまった。しかもモールス信号の要領で一定のリズムを刻みながら・・・

WHYWHYWHYWHYWHYWHYWHYWHYWHYWHYWHYWHY

と。

 

 

 

すぐさま戦略会議室が設けられ、その場にいた千空・クロム・僕・龍水・ゲン、そして司とガイアが集まった。

明らかに意図的に僕らの電波を妨害してきた人工的電波の発生。

こちらからの通信には応答も無く、信号が打ち切られたことから、少なくとも好意的な意図は感じられない、仮称:ホワイマンによる異常事態。

 

千空は人類石化の黒幕からのメッセージだと推理。

敵前提で考え、龍水はホワイマンは自身もまた石化させてこの石の時代に蘇ったのではないかと推測した。

「でだ。専門家先生のおありがてぇご意見を伺いたいわけだが・・・」

ホワイマンが何らかの敵対意思を以って人類を滅ぼし、今また僕らを滅ぼそうというのであればそれは明らかな戦争だ。

となれば唯一の実戦経験者、軍人ガイアの意見が重要になってくる。

 

だがガイアは苦い顔をしていた。

「一言で言えば、私にはわからん」

呆気ない完敗宣言に司やゲンは驚いた表情を見せた。

「プロから見て何も感じ取れないというのか?」

「その通りだ。自慢ではないが、私はかつて戦争において敵の策を読み取る術に長けていたと自負している。事実、イラク戦争においても部下を1人も失っていない」

「そんな自信マンでも分からねぇってのか?」

「ああ。定石から外れすぎているのだホワイマンという奴は。何故わざわざあからさまな攻撃を仕掛けてきた? 正体不明のアドバンテージをみすみす放棄するなど素人戦術にもほどがある」

吐き捨てるように語ったガイアに、司はウムと顎に手を置いて尋ねた。

「それでも強引にホワイマンの意図を読み取るとすれば。ノムラ、もしキミがホワイマンの立場であったらどうだい?」

「・・・3700年前、石化によって人類を滅ぼしたと満足して監視を怠った。それが今になって強い電波を発する文明を手にした人間が現れた。WHY、石化が通用しないのか。ならば今度こそ別の手段で滅ぼしてやろう」

ガイアの言葉に、ゲンが恐る恐る「別の手段?」と尋ねた。

「圧倒的火力だろうな。我々を侮りすぎて余りあるほどの圧倒的な威力だ。核兵器VS竹やりほどのレベル差で考えてみれくれ。我々でも油断くらいするだろう?」

不敵に笑うガイアに、僕は思わずゴクリと唾を飲み込んだ。

 

「っつうことは、次の攻撃に石化は使ってこねぇってことか?」

クロムの冷静な分析にガイアは「そういうことだな。良い読みだ」と平然とした様子で答えた。

「さすが軍人さん。こんだけ絶望的なのにジーマーで余裕だね~」

「私がホワイマンだったら“普通はこうする”の考察だ。そもそも普通じゃないと言っただろう? 前提が破綻しているから参考にはしないでくれ。だが1つだけ言えることは、しばらくはホワイマン侵攻の恐れは無いだろう。本当に石化を使うつもりなら、WHYも無しに発動しているはずだ。今こうして話し合いをする間も与えずに。私はそう思う」

「まぁ石化に準備がかかってますっつう可能性もあるが、どのみち俺らに手出しできねぇレベルなら諦めるしかねぇ。手出しできるレベルなら好都合。逆に考えりゃこちとら手がかりゼロだったとこに、向こうから絡んできてくださったんだ。少なくとも探す相手ができた。反撃猶予と石化の謎解明にジワ迫りできるチャンスだ」

「その通りだ」とガイアが合点した千空のポジティブな考え方に、僕は苦笑いしかできなかった。

窮地においても最後まであきらめない。細く残った勝機の意図を見逃さない。それこそが科学王国の強さであり、司帝国を破った最強の武器なんだろう。

 

ただそれでも戦況は大いにコチラ不利なのは変わらない。

「攻めて来ないにせよ最高にキツイですね。見えない敵が相手だと」

僕の呟きに千空は「それだ!」とテンションを上げたかと思うと、速攻でクラフトを開始した。

三角フラスコに閃亜鉛鉱をまぶしてブラウン管を作り、水晶の板を挟んで電波のアンテナと繋げれば・・・

「見えない敵が見える科学の眼。レーダーの爆誕だ」

しかもアンテナの代わりにマイクを取り付ければソナー化も可能の優れものだ。

いや、今までホワイマンという絶望的脅威の出現に戦々恐々とした雰囲気だったのに、我らがリーダーはわずかその日のうちに人類最大の武器である情報通信の新兵器を作ってしまった。

 

 

 

「とはいえホワイマンの火力っつうのが石化とは限らねぇ」

「うん。白兵戦の実力行使の可能性もあるってことだね」

その夜、ソナーで大量ゲットした魚の料理に舌鼓を打ちながら、僕らはたき火を囲んで作戦会議の再開をした。科学王国メンバー全員での話し合いだ。

(氷月やほむらは「囚人は檻に戻るべきです」と言って暗くなる前に牢にINだ)

「ハン。直接戦闘であるならば我々には司という霊長類最強の高校生がいるではないか。それに戦闘訓練を積めば私たちもまた軍隊と化すぞ」

腕まくりしてやる気を見せたコハクは、その横で「よっ。頼りにしてるぜゴリラチーム」と余計な一言を加えたクロムの頭にタンコブを増産していた。

「でもさ~、そもそもその時のホワイマンの戦力がどの程度か分からないよね~。いやジーマーで数の暴力で攻め込まれたら、戦闘員100人くらいしかいない俺らはバイヤーでしょ」

ゲンの言う通り。人=力は戦争においても言える話。

 

戦士が欲しい。司に並ぶくらいの強い男たちが。

「司先生にガイア先生。バトルチームの心当たりは無ぇのか?」

千空の問いに司やガイアだけでなく、復活者の多くを占める格闘技マニアがニヤリと笑みを浮かべた。

 

 

「みんなで選ぼう地球防衛軍というわけだな。話の肴に面白いじゃないか」

 

 

 




※次回、刃牙ネタ回になります。グラップラー刃牙シリーズ未履修の方は置いてけぼりになりますので、あらかじめご了承ください


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あなたが復活させるなら誰がオススメ?

たき火を囲んだ男たちの集い(女性もたくさんいるけれど)。

対ホワイマン白兵戦の戦士候補者の話題に身を乗り出したのは、復活者であり現代っ子にしてはバイタリティ強めの格闘技マニアたちだった。

 

 

「そりゃ司といやぁ霊長類最強の高校生さ。だけどな、高校生っつう括りやら総合格闘技っつう枠を飛び出しゃあ、最強候補の格闘技ってのがあるわけよ」

男というものは誰しもが最強という名に憧れる。

自分という存在がその座に就くことができなくても、誰が王者なのか、どの格闘技が一番強いのかを討論するのはこの上なく楽しい娯楽なのだ。

 

 

「やっぱ最強っつったらボクシングだろ。史上最強のボクサー、アイアン・マイケルなんかどうだ?」

「いやいやホワイマンがリングの中に来て戦ってくれるわけがねぇって」

シュッシュとシャドウボクシングをしながら陽気に語った人もいたが、隣の仲間に笑われた。

これはただの最強決定論ではない。ちゃんと今の石の世界で共に戦うことを想定した考えが必要だ。だからこそ普段の科学分野で口数の少ないメンバーにも議論に熱が入る。

「これだから素人は。最強の立ち技っつったら相撲だよ。横綱の零鵬を復活させようぜ」

「いやいや食糧問題。食わせるのにどんだけ大変だと思ってんだよ」

「みんな忘れてねぇか? 柔道だろ。警察だって逮捕の時に使うぜ」

「ニッキーちゃん、柔道で一番強い人って?」

「金メダリストの畑中さんか・・・でもね、私としてはもっと強い人が思い浮かぶんだ。もう引退しちゃったけど、アレクサンダー・ガーレンってレスリングの人」

「知ってる! あれでしょ、対戦相手ぶん投げて放物線描くんじゃなくて、ほとんど真横に投げ飛ばしたって」

ニッキーの言っているガーレンというロシア人は僕でも知っている。スポーツニュースで見たことがある。

僕でも知ってる最強候補なら納得だ。だけどガイアだけは少し苦い顔をしていた。

「ガーレンか・・・たしか彼は愛国心の塊だったと聞く。科学王国のために戦ってくれと説得するのが大変そうだな」

何か他にも言いたそうなガイアだったけど、とりあえずはその説明で皆は「そうか~」と残念がっていた。

 

 

「そういえば皆、忘れてないか? 一番簡単に結論にたどり着く方法。最強は最強を知るって奴だよ」

その言葉に皆の視線が司に集まった。最強の男が誰を指定するか、それが一番の近道だからだ。(ただ、「一流は一流を知る、ね。しかも微妙にニュアンス違うし」という指摘も入った)

「実際、司ちゃんがジーマーで戦ったら『この人には勝てないなぁ』って思ったこととかある?」

実際、今までの議論は我らが霊長類最強の高校生を無視した失礼な盛り上がりだった。

だけど司はそんなことで起こるような器の小さい男ではない。

しっかりとゲンの質問に腕を組んで考え込んで、「うん」と静かに頷いた。

 

「1人いるよ。アメリカのボクシングの選手だ。活動期間こそ短かったけど、彼の試合を見て鳥肌が立ったのをよく覚えている」

司が素直に認めるボクシング選手。その発表に誰もが「誰? 誰?」と聞き耳を立てて静まり返った。

「烈海王という選手さ。エキシビションマッチだが、あのボルトにも勝っている。しかも右足が義足でね」

「そんなすごい人が」

まるで自分の事のように誇らしげに言い放った司の言葉に、みんなが思わずため息を漏らした。

「日本で試合をすると言ったのを最後に表舞台に出て来なくなったから消息は分からないけど、たぶん日本のどこかで石化していると思うよ」

司の言葉に誰もが「よっしゃ! 次の復活者はその人だ!」と意気込んだ。

 

けどそんな中で、ガイアだけが小さく「死んだよ」とつぶやくように言った。

「えっ?」

「何年も昔に死んだよ。烈海王は。確かな情報さ」

「そ、そうだったのか。惜しい人を亡くした」

ガイアの言葉に司は空の星を見上げて目をつぶった。

 

 

すこししんみりした空気が漂い、たき火のパチパチという音が少し大きく聞こえる中、この空気をどうにか切り替えようと、仲間の一人が元気を振り絞って口を開いた。

「ちなみにノムラくんはどう? 誰か強い人、知ってる?」

「私か? そうだな、強さであれば数えきれないほど候補があるが、この石の世界に復活させるべきと問われれば・・・候補は3人ほどか」

指を折りながら候補を考え始めたガイアに、皆の注目が集まる。

最強の軍人が推す人物とは一体・・・

 

 

「1人は空手家。名を愚地克巳という」

聞いたことのない名前だった。だけど仲間の何人かは「あぁ、あの」と聞き知った様子を見せていた。

「日本一の空手道団体・神心会の二代目館長だ。無論、実力は折り紙付きだが、私としては彼の統率力を推したい。全国に100万人の門下生を持つ組織を背負って立つことのできる器は、今の我々にも必要になってくるリーダーシップだろう」

ガイアの説明に誰もが感嘆の息を漏らした。

戦力としてだけでなく、科学王国に必要な人材としての視点は皆に欠けていたものだった。

「だけど初代の息子なんでしょ? 親子経営者ってあんまり良いイメージないなぁ」

「いや、独歩氏の実子ではない。二代目継承後に門下生が減っていない事実を見るに、人望と実力ともに十分と理解できるだろう」

「ノムラくん、そんなすごい人と知り合いなの?」

「いや、直接の面識は無いな。一緒に夜這いをした仲だが・・・」

うん、ギャグで言ってるのか分からないけど・・・未来ちゃんやスイカがいるところでそういうこと言うのはセクハラだと思う。

「あと彼の尊敬する所といえば隻腕でありながら、新たなオリジナル闘法を追求するストイックさだな」

「隻腕ってなぁに?」と尋ねたスイカに、僕は「片手が無いってことだよ」と教えてあげた。

「ああ。彼は右腕を喰われてしまっていてな」

喰われて!? 事故で失ったとかじゃないんだ・・・と、僕らの誰もが口をポカンと開けてしまった。

「片腕を失ってもなお神心会の柱だ。私もかくありたいものだ。皆の命のために腕1本程度は惜しくない」

その言葉に皆の温かい目が集まった。その先にあるガイアは少し赤面しながら、口にしたお酒をズズと啜った。

 

 

「さて話を戻すか。2人目は医師だ。ドクター鎬紅葉という」

「お医者さん?」

2人目の候補者に誰もが耳を疑った。てっきり格闘家やら軍人が来ると思ったところに医者なものだから。たしかに石の世界に医師がいないのは心もとない。

「腕は超一流。日本トップクラスだが、それと同じくらいに超がつく肉体を有している。格闘技こそ得手ではないが、筋力だけでいけば司に並ぶくらいは保証できる。なんせ素手で虎の首を捻じ折ったことがあるくらいだからな」

「と、虎・・・か」

「司は石化から起きて秒でライオンを倒したぞ!」

大樹からの情報も驚きだけど、それ以上に旧世界の21世紀に虎と戦った人間がいることが驚きだ。

「ちなみに虎とライオンだったらどっちが強いんだ?」

「さぁ。ほとんど同じくらいじゃないか?」

「なら、司とガイアだったらどっちが強いんだ?」

その言葉に皆の視線が司とガイアに集まった。

2人とも口にしていた肉から手を離し、互いの顔を見合わせた。

「殺し合え、というのなら私が負ける要因は見当たらないが・・・皆を愉しませるような戦いをしろと言われると・・いやはや難しいだろう」

「うん。たしかに“何でもあり”の戦場ルールには染まらないと厳しいね。だが俺も妹やみんなの命が賭かっているとなれば、負けるつもりはないよ」

本人を前にした『どっちが強いか』論争なんて、下手すればバチバチにもなりかねない危うい話だったけど、喧嘩腰からほど遠い物腰の2人だったからこそ平穏に話を終えることができた。

 

 

「では最後の3人目だが、これは私が司のことを『霊長類最強の高校生』と呼ばない理由にもつながる男だ」

さっきのバチバチが意外にも後を引いてる? と思ったガイアの言葉だったけど、その言葉の意味を司はすぐに理解していた。

「いるのかい? そんな高校生が」

「ああ。根拠としては実に単純明快だ。彼はあの烈海王に勝っている。しかも両足が健在だった頃にね」

ガイアの言葉に誰もが驚きの声を上げた。

「ジーマーで? でもさ~そんな高校生が本当にいるならもっと有名になっても」

「表舞台では戦わない子だからな。文字通りの、な」

ガイアの含みのある言い方に僕はチンプンカンプンだったけど、司や何人かは「まさか、あの都市伝説の?」って顔をしていた。

「噂の地下闘技場さ。変則的ではあるが私もその場に立ったことがある。いやはや“面白い”場所だったよ」

ガイアの笑みが怖い。スゲー!って言ってる仲間もいるけど、絶対に面白い場所じゃないよね、そこ。

「なるほど噂の世界最上位の格闘大会経験者か。それは素晴らしい」

どうやら司すらも参加したことのない・・・参加資格を与えられていないほどの高次元の舞台に立った高校生ということか。

そんな僕らの驚きに割り込むようにガイアが言った言葉は、僕らをさらに驚かせた。

「チャンピオンだ」

・・・・・?

「さらに言えば彼が優勝したトーナメント。烈氏はベスト4、克己氏とガーレンはベスト8、ドクターは初戦敗退だったな」

虎殺しが初戦敗退のトーナメント。開いた口が塞がらなくて、しばらく閉じることができなかった。

「勿論、高校生故に特別なスキルは無い。だが単体最強で言えば間違いなく彼だ」

「単体最強ってのは要る?」

「あ゛あ、バトるフィールドがどうなるか分からねぇ以上は必須だな。少数精鋭で乗り込むっつうなら期待値デケぇ」

「でもさ、ノムラくんでもよくない? さっきから霊長類最強の”高校生”ってところに拘ってるんだから、ノムラくんの方が強いってことでしょ?」

仲間の言葉にガイアは鼻で笑うように答えた。

「私は彼がまだ中学生のころに殺し合っている。もちろん負けているさ」

余計に信じられない言葉だった。だけど彼が高校生という単語に縛られているのは、なるほどこの負い目があるからかと納得できた。

司にも勝つ自信のあるガイアにとっての殺し合いで。本当のことなんだろう。

 

そんな値100億金の最強高校生様は、いったいどんな人なんだろうかと、皆の興味がガイアの言葉に集まった。

 

 

「範馬刃牙。地上最強を名乗ることを“許可された”男だ」

 



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全選手入場ッ(完全ネタ回・読み飛ばし推奨)

※引き続き刃牙ネタ回。しかも只のお遊びです。本編の流れに一切関係ありません。
言ってしまえばDr.stoneの登場人物紹介。
スキップして問題ありません。



全人類石化から3700年。

人類は二度と再興しないと誰もが諦めた。

だが、そんな中でも諦めきれなかった男たち。

科学王国のメンバー登場ですッ!

 

 

 

人類のエンタメは生きていた!! 更なる展開を積み 漫画が甦った!!!

クールジャパン!! 基本徹夜だァ――――!!!

 

携帯電話はすでに我々が完成している!!

物作りの匠 カセキだァ――――!!!

 

イケメンと交際しだい結婚してやる!!

石神村の美人三姉妹 ルビィ、サファイア、ガーネットだァッ!!!

 

洞窟探検なら俺の歴史がものを言う!!

素材王 クロム!!!

 

犬じゃらしの魅力を知らしめたい!! 

石神村の家犬 チョークだァ!!!

 

村での立場は側近だが 熊が相手ならお手のものだ!!

パンって真っ黒だけどイイ臭い ターコイズだ!!!

 

来客対策は完璧だ!! 

おもてなしの達人 フランソワ!!!!

 

100の物語は私の中にある!!

石神の巫女が来たッ ルリ!!!

 

ルリ姉を守るためなら絶対に敗けん!!

ゴリラと呼んだ奴のタンコブ見せたる 特攻隊長 コハクだ!!!

 

心理戦ならこいつが怖い!!

裏切りの蝙蝠男 浅霧ゲンだ!!!

 

罪の向こうからお裁き待ちが上陸だ!! 

尾張貫流槍術 氷月!!!

 

ボヤボヤの無い景色が見たいから西瓜を被ったのだ!!

お役に立つところを見せてやる!! スイカ!!!

 

油田の土産にトリュフとはよく言ったもの!!

体に染みついた油の匂いが今 被・食糧の窮地を脱する!! 

静岡県の猪 相良だ―――!!!

 

妹を守ることこそが霊長類最強の使命だ!!

まさかこの男がホンのちょっとだけ冷静さを失うとはッッ 獅子王司!!!

 

思い出したいからここまできたッ キャリア一切不明!!!!

記憶力のモンスター 名無しだ!!!

 

ワシは盾の利用を拒否したのではない 娘に粘って欲しかったのだ!!

御存知 石神村前長 コクヨウ!!!

 

弓が得意の設定は今や不要の彼方にある!! ホワイマンは何処にいるのか!!

西園寺羽京だ!!!

 

声がデカァァァァァいッ説明不要!! 1m89!!! 95kg!!!

大木大樹だ!!!

 

手芸は根気があってナンボのモン!!! 超実用裁縫!!

広末高等学校手芸部から小川杠の登場だ!!!

 

世界は再びオレのもの 欲しいものは立ち止まらなければいいだけ!!

七海財閥の道楽息子 七海龍水

 

ルール違反を見逃さないために審判を担当したッ!!

御前試合 前回準優勝者 ジャスパー!!!

 

ブラコンに更なる磨きをかけ 植物状態から獅子王未来が帰ってきたァ!!!

 

今の自分に死角はないッッ!! 

石の世界最初の眼鏡男子 金狼!!!

 

リリアンのガチファンが今ベールを脱ぐ!! 柔道から 花田仁姫だ!!!

 

氷月の前でなら私はいつでも乙女だ!!

新体操選手 紅葉ほむら 初登場は泳いでから登場だ!!!

 

門番の仕事はどーしたッ 文字の文化 未だ覚えずッ!!

優勝も八百長も思いのまま!! 銀狼だ!!!

 

特に理由はないッ 記者が詳しいのは当たりまえ!!

復活液をガメたのは司にはないしょだ!!! NEWS!

北東西南がきてくれた―――!!!

 

自前で磨いた画力!!

科学王国の造幣担当 ナマリだ!!!

 

美味しいものだったらこの人を外せない!! 

ラーメン目当ての製鉄班 ガンエンだ!!!

 

超一流筋肉の超一流のパワーだ!! 生で拝んでオドロキやがれッ

いつかは俺に長の座を!! マグマ!!!

 

現代科学はこの液体が前進させた!!

科学の切り札!! リューさんだ!!!

 

若き四天王が帰ってきたッ

どこへ行っていたンだッ ポリスマンッッ

俺達は君を待っていたッッッ 

上井陽の登場だ――――――――ッ

 

 

加えて人類石化に備え超豪華な発明を御用意致しました!

大型機帆船 ペルセウス号!!

科学の目と耳 レーダー&ソナー!!

労働者の復活液! ビール!

 

……ッッ  どーやらホワイマンは到着が遅れている様ですが、到着次第ッ皆様にご紹介致しますッ

 

 




勢いだけでやりました。後悔はしていない。


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新武装

新たな脅威ホワイマン対策に追われることのない日々が続いていた。

あれだけWHYWHYと驚かせておいてそれっきり。再び石化させてくるわけでもなければ、武力で侵略しに来るわけでもなく、WHYと言ってくることもない。

呆気にとられた、とまでは言えないけれど、科学王国は十分平和に着実な発展の時間を過ごすことができていた。

 

一番の進歩は何と言っても“工業時代”の幕開けだ。

それはクロムの大功績。鉱山の発見にある。

そこから物流ルート確保のために石油の残りカスを再利用して作ったアスファルトで道路の舗装と。

つい今年の春になるまで原始人のサバイバルのストーンウォーだったのに、秋には町づくりの開拓時代なんだから、人類史の発展階段が一段飛ばしどころか十段飛ばしくらいで進んでいる。

でもそれは一種の危うさを秘めているようにも感じられた。

技術進化のスピードに社会構造が追い付いていないというか。

それを一番危惧していたのは司だった。

 

 

ある夜、僕と司、ガイアでたき火を囲んでいた時に彼がボソッと言い始めた。

「科学を血には染めさせない。だがホワイマンという驚異がある以上、科学の悪用への警戒の配分がそちらに割かれてしまう。少し不安なんだ。息巻いておきながら、人類が愚かな道に向かってしまうのを防げなかったという未来が来るんじゃないか、と」

司がその気になれば、そんな科学の悪用には力を以って制圧できるだろう。

だけどそのために流れてしまう血は望ましいものじゃない。

司だって妹の未来ちゃんを危険な目に遭わせてしまうことは絶対に避けたいはず。

 

「だから貴様は阿呆なのだ。獅子王司」

そんな司の不安を一喝したのはガイアだった。

「私はむしろ将来が楽しみだ。この先にどんな時代が来るか、な」

「楽しみ・・・ですか?」

僕はガイアの笑みを見て、背中にツーと汗が流れるのを感じた。

前に聞いたことがある。ガイアは“ミスターウォーズ”と呼ばれていたと。ホワイマンとの戦争を楽しみにしているというなら、それは不謹慎だし僕らや司の不安とは見当違いだ。

 

「どういうことだいノムラ?」

「戦争は発明の母。科学と戦争は互いに密接だったとは認めよう。サランラップに腕時計、インターネットに携帯電話。もし仮に石の時代から我々の時代の月面探査を可能にする科学力到達までに必要な戦争の数、流れる血の量はカスピ海を器に何百杯にもなるだろう」

見当違いというのは僕の早とちりだった。話が本質からは外れていない。

だけど、だからと言ってその説明のどこに楽しみという要素があるのか、僕には理解できなかった。

「血が流れる未来は避けられないということかい?」

「何を言っている。我々には近代科学の全てを脳に宿した千空がいる。つまり戦争を経験することなく、全ての人類史をスキップして科学を手に入れているのだ。戦争によって生み出される悪しき社会構造も構築される隙すら与えずに、科学という贅沢な武器を手に入れることができるのだ」

「そ、そういうことかぁ」

ガイアの明かりを宿した目に、司も僕も目の前の霧が晴れたような気分になった。

 

「キミが嫌悪する既得権益もそうだが、かつての世界は数千年にも及ぶ汚濁によって歪んだ社会基盤が構築されてしまっている。この国を善くしようと志した一年生議員が数か月で挫折するのが“普通”だ。簡単に言えば『良い事をしようとしてもできない』状態ということだ」

「・・・それなら、今のこの石の世界なら」

「その通り。社会基盤がゼロスタートだ。今はまだ政治家を復活させていないから目に見えないが、やる気に満ちた政治家からすれば理想の更地だろう。むしろキミや我々の監視の目が行き届く以上、『悪い事をしようとしてもできない』状態にある」

ガイアの言葉は理想論だ。だけど、現実的な理想論だ。かつての世界では夢想家と笑われてしまうくらい薄っぺらくも綺麗事にまみれた、皆が心の底で臨んでいる理想だ。

「なるほど。ノムラ、キミの言う通りだ。その未来を楽しみに、俺たちは今に専念すべきというわけだな」

肩の荷が下りたような顔になった司の笑顔に、ガイアは静かに頷いた。

 

「ということでだ。気負ってばかりの司くんに我らからプレゼントだ」

そう言ってガイアが両手を広げると、司の背後からカセキや未来ちゃん、南ちゃん、何人かの男メンバーがゾロゾロと現れた。

「兄さんこれ、みんなで用意したんよ」

それは大きな布だった。未来ちゃんの背丈ほどのサイズで、南ちゃんに手伝ってもらいながらその小さな体で一生懸命に支えている。

ラッピングなんて可愛らしいものじゃないけれど、おそらく杠が裁縫の余りに持っていた布をリボンにしてくれたんだろう。

 

サプライズプレゼント? しかもガイアが企画して? いかにもそんな流れだ。何も聞いてない僕は仲間外れにされた感があるけど。

「開けてもいいかい?」

司が尋ねると未来ちゃんが大きくうなずいた。

リボンをシュルシュルと外して現れた中身は・・・

「ほぉ、剣だね」

それはとても立派な剣だった。

僕は詳しくないけど、RPGのゲームに出てきそうなゴテゴテで派手派手で禍々しくて・・・見た目からして強そうだけど・・・振り回したりはしにくそうな、実用的かと言われると厳しい武器だった。

その剣を掲げた司の姿にガイアが拍手を送った。

「当初は未来の案だが、私も助言させてもらい、カセキの御老公に作っていただいたものだ。私や彼女は専門外だが、そういう造形に詳しい者たちを集めてアイディアを募った」

デザイン担当はゲーム好きの現代っ子たちなのだろう。なるほど。

「兄さんにカッコいいもん持っててほしくて」

未来ちゃんの言葉に、司は「ありがとう」と言って頭を撫でた。でも剣を眺めるその目は何とも微妙なものだった。『こんな武器、いつ使うんだよ』と言いたげだ。僕もそう思う。

「言いたいことは分かるぞ。だがその造形は敵を威圧するためのものだ。機能性などガン無視、『ヤベー武器だ!』と敵がビビッてくれればいいのだ。そういうデザインを採用したのだ」

ガイアの言葉に僕も司も首を傾げた。

敵を威圧? ホワイマンを相手に?

 

「我々の処女航海。行先は宝島に決まった。かつて千空の父君が地球に帰還した、新人類の発祥の地。石神村が分家であり、その本家である人類が住み続けている可能性のある島。異文化同士の初交流が戦闘から始まる可能性も捨てきれない島だ」

ガイアの言葉に誰もがゴクリと息を飲んだ。

 

石化の謎を解き明かすため、地球の裏側を目指すために製造中の船の最初の目的地は、復活液製造に欠かせない“プラチナ”が眠る島。

そこに人類が残っているかもしれない。そしてその人々が敵か味方か分からない。

という殺伐とした情報を、サプライズプレゼントと一緒に発表するところ、やはり軍人のセンスなのだろうか。

そんな苦笑いと冷汗ダラダラな僕らを前に、してやったり感の笑みを浮かべるガイア。

「ということじゃ。ほれガイア、お主にもサプライズプレゼント」

そんな空気乱し犯のガイアに、カセキからもサプライズプレゼントがあった。

それは司とお揃いのゴテゴテ剣。実用性皆無のド派手ソードだった。

「ん? いや、私は・・・」

そう言って断ろうとしていたガイアだったけど、『せっかく作ったのに』感を半分涙目で訴えているカセキを前に何も言う事ができなかった。

 

ああ。カセキが僕らの代わりに一矢報いてくれた形だ。

 

 

 

 

でもこの時の僕たちは知らなかった。

このド派手武器のせいで、まさかあんなことになろうとは・・・

 



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いざ宝島へ

ガイアと司は『ド派手ソード』を手に入れた。

攻撃力10 使いやすさ1 見た目のインパクト100 特殊効果:敵が怯む(かもしれない)

 

さらにガイアは鍛冶屋カセキにナイフを依頼した。

攻撃力7 使いやすさ30 見た目のインパクト2 特殊効果:なし

「やはりこの方が馴染む」

「なんじゃつまらんのぉ」

 

そして僕らの次なる目的地が判明した。

復活液製造の必須アイテム、プラチナが手に入る宝島だ。

 

 

と、全てがとんとん拍子に進行していたわけじゃない。

第1に船の製造が難しすぎた。大型の船の建造は僕らの時代でも高度な技術。

細かくて精巧な科学の発明品ならともかく、ダイナミックな造船には千空もカセキもお手上げだった。

辛うじて龍水が小型の模型を作る案を提示し、拡大機を使って正確に寸法を拡大することで解決への道が示された。

 

第2にエンジンだ。千空ですらアホほど地道なデスロードと名付けるほどの根気作業。

こればっかりは専門家の千空に一任するしかない。

 

 

とまぁ、大変なのはそのくらいで。

楽しい事もたくさんあった。勿論それはほとんどが科学王国のためのもの。ある意味人類発展の歴史の1ページ。

雪で造船作業ができない間はウィンタースポーツ。これで経済の活性だ。

バレンタインにはオゾン+月桂樹+赤エンドウの粉末+ナッツの代用チョコ。これも経済。

石神村の子供たちに教養をつけてもらうための青空教室も開校。講師は僕さ。

夏には虫取りでクワゴっていう蚕の原種をGET。

蚕があれば絹が作れる。つまり水着の完成だ。

 

そんな忙しくて楽しくて、大変な1年はあっという間に過ぎて行った。

 

 

いよいよその日が来た。西暦5741年9月10日。

僕らを大海原へ誘う機帆船ペルセウスの竣工だ。

 

そしてこの日から科学王国は2チームに分かれる。

石化の謎を解く世界冒険チームと、本土に残る人類発展チーム。

もちろん僕はソナー&レーダー係だから世界冒険チーム。

ガイアはパワーチーム指揮官 兼 同伴させる氷月とほむらの監視員だ。

あとは司をはじめとした復活者ほぼ全員。非力な未来ちゃん、南ちゃんや船酔いしやすいメンバーを除いた面々。石神村からもパワーチームが多く参加だ。

 

ただ1人、石神村のパワーチームから不参加だったメンバーがいる。

銀狼だ。

水の民である彼が船酔いを理由に拒否したのではない。単純に危険な旅が怖いからだ。

もちろん不参加は何も問題ない。発展チームの仕事も重要だからだ。むしろ気力が保たないと船旅は危険だ。

 

 

 

こうしてチーム分けの済んだ僕らは出航した。

はるか彼方・・・とまではいかなくて、実際は伊豆諸島あたりだから、全て上手くいけば数日で帰ってこられる宝島へと。

 

その時、僕の耳にそれは届かなかった。

「羽京、レーダーを岸の方へ向けておけ」

ガイアの指示に従ってレーダーを後方に向けると、そこに1つの反応が見られた。

誰かが岸からこの船に乗ろうと追いかけている。

 

 

「みんなァアアアアア! 行くよッ! 僕も行くッ! 行くんだよォ──────ッ!!僕に「来るな」と命令しないでくれ──────ッ!」

って言っていたかどうかはわからないけど。

ともあれ銀狼が必死に泳いで追いかけてきてくれた。

土壇場で勇気を振り絞って、兄・金狼と一緒に旅に来てくれたんだ。

「信じていたぞ。銀狼」

これには金狼もだけど、ガイアも感動していた。

「ガイア、こうなるって分かっていたんですか?」

「ああ。銀狼なら来てくれるはずだとな。どうも前から他人とは思えなかったからな、彼という男が」

ガイアがどうして銀狼に信頼を寄せているかは分からない。たしかにどことなく声が似ている感じはするけど。

 

 

何はともあれ仲間が揃った。

道中、石神村で唯一の名無しだった青年が自身が宝島出身だったことを思い出して更に仲間が盤石になって。

目的地が有人島であることも判明。

着実に物事が進んでいく。その足音が聞こえてくる。

 

 

そして嵐の中、僕たちはついに宝島にたどり着いた

 



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全滅の危機

嵐の中、宝島に到着したペルセウス号。

偵察隊は少数精鋭の4人組。プラチナを判別できる千空、その護衛&視力のコハク、現地人との交渉役ゲン、唯一の現地人の名無しことソユーズだ。

僕やガイアも同行しておきたかったけど、島に近づいた時に1つ気になることがあった。

それは島の岩礁を避けて船を進めた時にソナーが捉えた妙な反応。

この島特有の地形なのかもしれないが、それにしては自然な潮の流れが作った反響とは異質な感じがした。

 

「どういう異質さだ?」

「はい。通常であれば岩礁は潮に削られて丸くなります。ですがこの反響は極端な凹凸のある波形です。それが岸の周りにびっしりと」

「防衛用の逆茂木か? いや、海中に設置する意味がない。現に海岸線は手つかずか・・・誰かに確認に向かわせよう」

ガイアの指示に真っ先に飛び出したのは銀狼だった。

「やる気十分」と褒めていたガイアだったけど、あれは嵐のせいで汚れた甲板掃除が嫌で逃げ出したんだと思う。

 

だけど、そんな銀狼がもたらした報せに僕は戦慄した。

海底にあったのは大量の石像。

時系列が合わない。百物語に伝わる千空の父親の話では、この島は人類石化時に無人島だったはずだ。

「いや、まさか・・・な」

ガイアは冷汗を流しながら、司の元へ走った。

「どうしたんだいノムラ」

「皆、警戒態勢を取れ。司、例の威嚇用の剣を持ち、私の後方を見張れ。奇襲に備えよ」

ガイアがテキパキと指示をしていく中、彼はふと海岸の方を振り返った。

龍水もまたその存在に気付き、そのおかげで僕も辛うじて反応ができた。

 

いや、反応は十分に間に合ったとは言えなかった。

 

おそらく現地人であろうその少女は、何かロープを投げ込んできた。

形状から判断するに投擲武器・・・手榴弾の類か。

その時、ガイアがマストを駆け上る音が聞こえた。

例の牽制用の剣を手に、その投擲武器を迎え撃つつもりだろう。

通常であれば爆撃に対して退避を選択するべきだが、甲板の仲間達が命令に反応できる可能性は低い。犠牲を最も少なくできる方法をガイアは選んだのだと僕は理解した。

 

 

だけど、その剣の切っ先が武器に届く直前、その異変は起こっていた。

“何か”から突如として光が放たれたのだ。

見たことのない光に包まれたガイアは急に失速した。

「ガイア!?」

その光はガイアを捉えたまま僕らのほうにも迫った。

早いとは言えないが、走って逃げられるような速度ではない。

 

龍水は咄嗟にスイカを遠くに蹴り飛ばして避難させていた。

司はこの投擲のあった岸の対岸を警戒していた反応が遅れた。

僕もまた、この光に成す術がなかった。

 

 

そして光は全てを通り越していき・・・

 

僕らの意識は闇の中に消えていった。

 

まるで遥か昔、3700年前の、あの時の、人類が石化した時のように・・・

 

 

 

 

 

 

 

それからどれだけの時間が経過したかわからない。

だけど心の中で信じていた。

千空たちが助けてくれると。

確信していた。

そしてその確信は突如として現実になる。

 

 

「いやぁ安定と信頼の光景だね」

目覚めた場所は夜の洞窟だった。

千空もいる。ゲンもいる。ソユーズもいる。クロムもスイカも龍水も杠も。

詳しい話は聞けていないけど、どうやら現地人は厄介な敵のようだ。実際、人類石化の手段を持っているんだから間違いなく。

「そういえばガイアは? 敵がいるなら、僕なんかより早く起こすべきじゃないのかい?」

僕の問いに、みんな苦い顔をして石像の山を指さした。

そこに並んでいるのは僕らの仲間達。バラバラだったみたいだけど、もちろん杠の手で修復済みだ。

そんな中に、司とガイアの石像もあった。

が・・・

「な、なるほどね」

 

2人の石像は共に右手が無い状態だった。

どうやら敵は戦利品として、例のド派手ソードを回収していった。

その時に武器をしっかりと握っていた2人の手は丸ごと装飾品の一部と認識されてしまったらしい。武器はどうでもいいが、手が敵本陣にある状態なのだ。

 

「これって、もしかしてだけどこの状態で復活液かけたら・・・」

「ああ。右手部欠損で、手首に綺麗な断端形成された状態で復活だろうな」

まさか派手な武器が威嚇どころか魅力になってしまったなんて・・・完璧に狙いが裏目に出てしまった。

アチャーと頭を抱えるしかないこの現状だけど、後悔したって何が変わるわけでもない。

司とガイア抜きで戦うしかないんだ。

 

 

その直後、誰かが洞窟に泳いでくる音が聞こえた。

それは島民の中で唯一の協力者・アマリリスだった。

彼女がもたらしてくれた情報は、僕らの心を酷く動揺させた。

敵陣に潜入していったコハクと銀狼が、石化させられてしまったというのだ。

さらに島の頭首もまた石化させられており、その顔がソユーズの顔に似ていたということ。

 

 

でも考えようによっては、これは決して悪い情報じゃない。

コハクと銀狼は石化している以上、復活液で元に戻すことができる。現状、無事が確保されていると言ってもいい。

それに頭首の黙殺という島の状況は、情勢の不安定さを物語っている。これもまた僕らにとって敵に付け入るチャンスになる。

 

そして朗報もある。敵の石化武器は1つしかないことだ。

さらに石化武器を投げる担当のキリサメという少女は、島の実権のすり替わりを知らないということ・・・・

 

 

 

「ん~そうなんだけどさ。良く分かったね。なんで?」

 

僕の耳にも捉えることができなかったその者の声に、僕は戦慄を覚えた。

速攻、その声の主・敵の最強戦士・モズの一撃が大樹を吹き飛ばした。あの司の一撃すらも耐えきったと聞いている大樹を、だ。

最悪の状況だった。今いるメンバーにバトル要員はいない。

 

だけど、計略と篭絡のプロはいる。

現人類最強の口先ペラペラ男、あさぎりゲンだ。

僕らを皆殺しにするつもりだったモズの思惑を、口八丁手八丁で「手を組む条件の話」にすり替えてくれた。

 

月の綺麗な夜の、永遠にも感じるほどの長い戦いだった。

 

 

 

 

本当にギリギリの綱渡りだった。

科学王国再集結直後の全滅は避けられたわけだけど、それでも依然として危機的な状況にあることには変わりない。

 

人類石化と同じ現象を起こす石化装置。

それを敵から奪うために僕らと一時的な協力関係を結ぶことができたモズだけど、その魂胆を推し量れば、用済みになった瞬間に僕らを皆殺しにするだろう。

 

 

モズに対抗する武力が必要なのは明白。

どうするべきか・・・

僕の視線は、復活には腕一本の犠牲という代償の伴う、司とガイアに向いていた。

 



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たのしい石化戦争

プラチナを求め訪れた宝島は地獄の島だった。

石化装置の恐怖によって治める国家。その頭首もまた石化され、宰相が国民を騙して実権を握る独裁国家。

仲間達は石化され、石化を逃れた千空によって助け出された僕らも窮地に追いやられている。

石化王国最強の戦士モズとは共闘の形を取っているが、宰相たちから石化装置を奪ってしまえば彼の矛先は僕らに向かう。

おそらくモズの強さは司並み。だが司もガイアも腕をもがれて石像になっている。

僕らはどうすればいいんだ・・・

 

 

という僕の心配をよそに、千空とゲンはイキイキとしていた。

モズには石化装置を誘い出すために、石化王国で暴れまわってもらっている。

謀略となると、本当に頼りになる2人だ。悪役顔が見事に似合っている。

「っつうお楽しみはさておき。本格的にモズ対策を練らなきゃなんねぇわけだが」

千空には策があった。それは神と悪魔の発明品・拳銃だ。

「まぁ精度も威力も気休め程度の御守りみてぇなもんだ。確実性は欲しいとこだが、今は贅沢も言えねぇよ」

突貫工事で作ったこの拳銃は殺傷能力に乏しいもの。本格的にモズを迎え撃つわけではなく、足止め程度のものになってくる。

一番の頼みは敵から奪う石化装置になってくる。全てがトントン拍子に上手くいけばの話だけど・・・

 

 

「・・・やはり千空。モズとの直接戦闘に備えて復活させるべきだと思うんだ。こちらの戦闘力最強のメンバーを」

拳銃が完成した頃に出した僕の提案に、皆が手を止めた。

「あ゛あ。そりゃモンスターにゃスーパーモンスターをぶつけるのが理想論。だが、司もガイアも腕無しで復活させるわけにはいかねぇ」

「だけど僕らは最終的に石化装置を手に入れる。なら、腕を失った2人をもう一度石化させて、腕を付け直してからもう一度復活させれば・・・」

「大博打すぎる。たしかに石化の修復力に期待できるかもしれねぇが、そうじゃなきゃこの石の世界を一生隻腕のまま過ごさせる羽目になんだろ」

千空の言葉に僕は言い返すことができなかった。

「敵陣突破して腕奪還するしか道はねぇが、モズやら敵の監視の目を潜り抜けるのは、拳銃作戦以上のリスクが付きまとう。せめてもの安牌ルートはこれしかねぇんだ」

千空の言う通り、司とガイア抜きで戦うしかない。そこに勝機を見出すしかないんだ。

考え方を変えてみれば、科学王国は司とガイアのいる帝国にすら勝利したチームだ。

石化王国を相手にも負けないハズ・・・そう自分に言い聞かせるしかない・・

 

僕はガイアの石像を前に、手を胸に当てて誓った。

「ガイア・・・僕らは必ず勝ちます。勝たなきゃいけない・・・ん?」

僕はふとガイアの石像の胴の部分に目をやった。

そこには何やら文字が刻まれていた。痣や元からあった模様じゃない。何かを彫ったような、無理矢理傷つけたような形で。

“柱”と書かれていた。

「・・・まさか、石化される寸前に自分の体に刻んだ? あの一瞬で?」

指を自分の腹の皮膚に突き刺して、皮膚を裂いて彫ったとしか思えない傷だった。

石化の間際にガイアが遺したメッセージ。僕にはそうとしか思えなかった。

 

「柱・・・」

その文字から思い当たるメッセージは1つだけだ。

石化復活候補者を語り合ったあの夜、ガイアが語っていたあの言葉。

彼が尊敬するという愚地克巳。片腕を失ってもなお門下生たちの柱となった空手家。

『かくありたいものだ。皆の命のために腕1本程度は惜しくない』

 

ガイアはあの一瞬で考えたはずだ。石化であれば必ず千空が復活させてくれる。

だがもし・・・・その復活にどうしても腕の1本、体の一部の欠けがあったとしたら、それを理由に僕らが復活を躊躇するだろう、と。

そこまで予想していたのだろう。石像となったガイアの表情がそう僕に語りかけている気がしてならなかった。

「千空、僕は決めたよ」

「羽京、何をしている!?」

復活液を手にした僕は皆の警告に耳を傾けることなく、液をガイアにふりかけていた。

 

直感頼みの無謀な行為だったと、トクトクと流れる液を見ながら後悔の味を覚えた。

だけど誰から責められようが、この行動は正しいと・・・正しくあってくれと心が願っていた。

 

 

 

石化解除反応。それは3700年前に石化した人たちを復活させた時とは全然違う光景だった。

液をかけた側から体全体に広がっていくように、石の肌が人のものへと変化していった。

欠けた腕の先だけはツルリと肌が丸みを帯び、四肢を切断した人の断端のように形成され・・・

ガイアは右手を失ったまま復活を遂げた。

「羽京・・・てめぇ」

「すまない皆。勝手な独断の責は後で受ける。だけど・・・」

皆の方を振り返ることができなかった。そんな僕の肩に、ガイアはポンと手を置いた。

 

「羽京、状況報告」

涼しい顔でハッキリと尋ねたガイアに、僕は直立不動の姿勢を取って現状を報告した。

今置かれている状況と、復活は隻腕になるとわかっていながらも独断で決行したことを。

「理解した。成程、私の戦争力が必要な状況のようだ。その判断は正しい。それにしてもよく決断してくれた。そして司は起こす必要は無い」

ガイアは一切僕を責めなかった。それどころか失った右腕を眺めてニヤリと笑っていたくらいだ。

「ガイアてめぇ、問題ねぇっつう面だな」

「ああ千空。片腕で戦火をくぐるのは経験済みだ。無論、両腕では少し困ったかもしれないが・・・良い機会をもらった。一度みてみたかったんだよ、右腕を失ったまま決死の作戦に従事する死地において、このガイアがどう戦うかッ」

そう言うとガイアは足元の石を掴み上げて、手の上でクルリと転がして言い放った。

 

「さぁ、愉悦しい反撃開始といこうじゃないか」

 

 



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石化戦争必勝の策

「状況を整理しよう」

復活早々にガイアは軍法会議を取り仕切った。

今まで得られた情報の詳細を千空やゲン、アマリリスが1つ1つ細かく列挙していく。

初めのうちは嬉々とした様子だったガイアも、徐々に厳格な表情へと変わっていった。

 

「成程この戦争・・・勝ち筋が見えてきたな」

一通りの情報を聞き取ると、ガイアはニヤリと笑ってつぶやいた。

「えっ? こんなに多勢に無勢なのに?」

「さすがは現代のマジもんの戦争を勝ち抜いた世界最強の軍人様だな」

「いや現代戦の経験は無意味だ。考えてもみたまえ、私の職場は銃とミサイルが主力だ。それが石槍と防御不能の石化光線? 次元が違いすぎる。そんなものが主戦力の戦況分析なんぞ人類史初だ」

ガイアの断言に千空も「違ぇねぇ」と苦笑いしていた。

「だがそれでもガイア。貴様には見えているのだな勝機が。寡兵で居場所も捕まれ、武器も持たない俺たちに」

「ああ任せておけ。だがその前に1つ確認しておくことがある。最重要項目だ」

そう言うとガイアはキリッと鋭い目で皆を見回した。

 

「戦術目標だ。こちらもだが、敵側の“被害限度”を設定しておく」

聞き慣れない言葉に首を傾げる仲間も多かった。

「簡単に言えば、敵をどれだけ殺していいか? だ」

「・・・綺麗ごとだけど、僕は人を殺したくない」

「羽京、キミの意見は聞いていない」

僕の希望をピシャリと却下したガイアは、その目をソユーズに向けた。

「前の戦争でも言った通り、大事なのは戦後処理だ。この石化王国もまた戦後には科学王国に併合・・・いや、国交を結ぶこととなるだろう。殺した数はそのまま遺恨となる。その処理の先頭を仕切るのは次期頭首、つまりソユーズ、キミということになる」

「俺が・・・」

「ああ。決めるのはキミだ」

ガイアの言葉にソユーズは少し伏し目がちに、こう答えた。

「できれば誰も死なないで欲しい」

追い込まれた僕らの状況で、かなり欲張った希望だということはソユーズ自身も分かっていた。だけどそんな望み薄な希望にガイアは「わかった」と即答した。

 

 

「では軽く偵察に行ってくるとしよう」

ソユーズの希望に応えるや否や、ガイアはチャッチャと身支度をはじめた。

「ちょっと待ってガイアちゃん。一応モズちゃんがこの洞窟のこと遠目に見張らせてるって言ってたからジーマーで慎重にね」

ゲンの忠告にガイアは涼しい顔で「大丈夫だ」と答えた。本当に涼しい顔で。まるで玄関からちょっと散歩にでも行くような涼しい顔で。

「私を誰だと思っている? 隠密行動は得意科目さ。そもそもこの程度の小さな島で、殺せと命令さえあれば、私なら明日の朝までに“皆殺し”にできる」

絶対に本心から言っているんだろうね。ゲンも僕も千空も龍水も、誰もが目を白くさせるしかなかった。

 

 

 

それから数時間ほどしてから帰還したガイア。もちろん涼しい顔で。

「早速、作戦会議だ。各員集合せよ」

その自信のこもった声に、誰もがガイアに勝算ありというオーラを感じた。

「さすがは戦争を知らぬ辺境の島国。敵の急所がゾロゾロだ。勝てるぞこの戦争」

「こんなに早く弱点を見つけちゃうなんてすごいんだよ」

感心するスイカに、ガイアはポンと手を置いた。

「本作戦にはスイカ少女にも活躍してもらいたい。協力お願いできるか?」

「スイカがお役に!? もちろんなんだよ!」

スイカを戦力として投入するという話に、僕は少し抵抗感があった。だが今は四の五の言っていられる余裕はない。

 

「まず確認しておきたいが。モズのあの耳飾りは科学王国製のインカムか?」

「ああ。コハクの潜入捜査ん時に持たせたヤツと同じだ」

千空の回答にガイアはニヤリと笑みを浮かべた。

「つまり“モズの内通は敵にバレている”と考えていいだろう。だが、それでいい」

「え!?」

ガイアの言葉に誰もが驚いた。僕らが苦労して交渉したモズの裏切りが? それをどうしてガイアが断言できる?

「あ゛ぁ、そういやぁデザイン変えてねぇわ。イバラがめざとい野郎ならバレんわな」

ガイアの指摘で思い出したように苦笑いする千空に、ゲンは「え~それバイヤーすぎない?」と青ざめていた。

「だが、それでいいっつうなら、あんだろ? 逆転の策っつうのが」

「ああ。むしろ好都合だ。早々にモズくんには退席していただける」

そう言うとガイアは島の地図を広げて、石を駒に見立てて戦略を語り始めた。

 

「当初の作戦では海哭りの崖でドローンの音を誤魔化し、モズとの八百長の間に石化装置を投げさせて奪取する手筈だったな? だがモズの裏切りが悟られていれば、敵は石化装置の偽物を投擲してくるだろう。モズの動向を探るために」

「そうですね。ですが本物を投げてくる可能性もあるのでは?」

「その場合は作戦通りの綱引き&モズ迎撃だ。陽の射撃を援護に私が一騎討ちに持ち込む」

この展開を僕らが「行ける!」と確信している様子に、おそらくモズの実力を知るアマリリスは「大丈夫なの?」と心配していたが、ガイアは「大丈夫だろ」と涼しい顔だ。

「でも偽物だったらどうするんだよ?」

「んなもん逃げの一手だろ。俺らの標的は本物の石化装置様だ。そいつの所在を炙り出せねぇうちは全滅リスクしかねぇ」

「その通り。では我らを全滅させるにはどうすればいい? 一番簡単な方法だ。島を丸ごと石化光線で覆えばいい」

ガイアは微笑みながら地図に大きく円を描いた。もちろん僕らには絶望感が漂う。

「や、やべーだろそれ」

「落ち着けクロム。むしろ敵の作戦の兆候をつかむチャンスだ」

「そう。島を石化で包むなら当然、自分たちも避難する必要がある。それは何処か? 海しかない。全員で海に行くには? 船しかない。ペルセウス号に敵が乗船する準備をするだろう。この争奪戦の前に」

「ハッハー。つまり決戦前にペルセウスに島民が乗り込み始めていれば、敵がモズの裏切りを察している可能性が高いということか」

龍水の言う通り。その場合は隙のできやすいドローン綱引きを、最初から“しない”という選択ができる。かなりのロスを削減できるのは大きい。

 

「次に逃げた我々がどうするか。ここで5手に分かれる。モズ迎撃担当と囮チームと綱引きチーム、衛生兵チーム、そして頭首“偽装”チームだ」

綱引きチームと衛生兵チーム以外は意味不明だ。囮? それに偽装? モズ迎撃だけチームじゃないの?

「決戦場からラボカーで逃げればモズが追いかけてくるだろう。頃合いを見て私が降りて奴を迎え撃つ。そのあいだに囮チームはペルセウス号に向かえ」

「敵いっぱいの危険地帯に?」

皆の不安を杠が代弁してくれたが、ガイアが「ああ」とアッサリ言うものだからそれ以上の反論が咄嗟に出て来なかった。

「囮は例のフード戦士。敵は石化装置で潰しにくるだろう。そこで石化装置の所在が明らかになる。先に安全地帯の船に乗り込んだイバラか、我らを追って島に残っているキリサメか」

「ってことは・・・囮チームは石化確定だね」

僕の苦笑いに千空もガイアも「一番の安全地帯行きだ。問題ねぇ(あるまい)」と笑った。

「キリサメが持っていれば綱引きチームでドローン綱引き作戦の続きができる。イバラが持っていれば偽装チームの出番となる」

「それ。一番気になってたネーミングのやつ」

ゲンの言う通り。みんなが一番気になっていたネーミングのやつだ。

 

「頭首はイバラによって石像にされ、文字通りの傀儡政権となっている。だが島民の信仰は頭首に属している。頭首石化の事実を白日の下に晒せば、それだけでうまくいけば島民全員が一瞬で我々の味方となる」

ガイアの言葉に歓喜が上がった。

「なるほどね~。敵が全員ペルセウス号に乗ってくれるから本陣がやっともぬけの殻になるわけ」

「私がイバラであれば念のために頭首像を粉砕しておく。本物を見せつければ理想的だが最悪、修復不可能となれば偽装が必要だ。粘土や絵の具でな。面影のあるソユーズをベースに石像を偽装するしかない。倫理には反するがな」

「問題ねぇ。騙して勝つのは司帝国戦で前科一犯だ」

ケラケラ笑う千空とゲン。ガイアよりも笑顔が似合っている。悪だくみの。

 

「でもジーマーで一番大事なこと忘れてない? 島丸ごと石化。追い詰められたイバラちゃんがやらかしちゃうんじゃない?」

ゲンの指摘がこの作戦で一番の問題点だ。

逃げ場のない石化攻撃による全滅。圧倒的戦力差への対処が無ければすべてが無意味だ。

「広範囲石化光線。その対処法は3つほど考えてある。問題はない」

「3つも!? あるのそんなに」

思わず声が裏返った僕に、みんなの視線が集まった。少し恥ずかしい。

「1つは石化解除液を宙に投げ、石化してから浴びる方法。ちょうど自分の体にかかるように、更に光線で体が石化する前に投げ、光線が届く前に浴びないようにする絶妙なコントロールが必要となる。高難度の技だがな」

なるほど、と言いたいけれど・・・実現するのがとても大変そうだ。

 

 

「そして残り2つだが・・・・・」

 

 

 

 

その後語られたガイアの策に皆が納得を示した。

あとは準備と“練習”あるのみ。

皆が一丸となって自分の役割を果たせば勝てる戦争だ。

誰一人、勝手な行動さえとらなければ・・・

 

 

 

 

誰一人

 

勝手な行動さえ

 

とらなければ

 

・・・・

 



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VSメデューサ

・科学王国のチーム編成
モズ迎撃担当:ガイア
囮チーム:金狼、ゲン、カセキ、クロム、陽(あわよくばイバラ狙撃)
綱引きチーム:ニッキー、マグマ、龍水(ドローン担当)、千空(現場指揮担当)、羽京(索敵担当)
衛生兵チーム:スイカ
頭首偽装チーム:アマリリス(案内役)、杠(修復担当)、ソユーズ(任務終了後衛生兵チームへ編成)、大樹(石像運搬担当)



宝島最終決戦 VS石化装置がついに開幕した。

モズが偽装してくれたフード戦士集団の前に、石化王国の戦士たちが並ぶ。

「ミラクルパワーリベーンジ」

開幕速攻でつっこんできた石化王国のオオアラシ。モズがボコボコにして『フード戦士強ぇ』の広報役にしてくれた戦士だ。

だけどそこは僕らの金狼だって負けていない。他の戦士も千空の妖術のこけおどしが通用する相手だ。モズも今だけは八百長で負けてくれる。

「みんな目を閉じて! ここまで頭首様のお力が来る!」

キリサメの言葉に戦士たちが目を閉じた。モズも石化光線のエリア外に下がった。

だけど僕らは勘付いている。この石化装置が偽物だということを。

「全員全速力でラボに飛び込め!」

最後の一押し。石化装置がフェイクかどうかの判断は千空の計算に委ねられた。

角度や速度、距離から本当に石化を撒く投擲なのかを判断してもらう。本物であればその場でドローン作戦開始。

だが千空が偽物だと判断したのだから、僕らの行動は迅速に次の策に移った。

 

ラボカーとモズの追いかけっこ。

「そろそろか。あとでまた会おう」

頃合いを見て飛び出したガイア。

再会の誓いを無言で交わし、僕らは“全員で”次のポイントに向かった。

「ん?」

「マグマとゲンが乗ってないぞ!」

「いや、言われてみればだいぶ前から見てない気がする」

マグマとゲンの不在・・・いや、流れ的に考えればマグマが飛び出してゲンが強引に同行させられたのだろう。

しかもいつの間にか銃も無い。

そして聞こえてきてしまった銃声。しかも海の方から。

「あ゛ぁ、状況が読めちまった」

マグマが「銃でイバラを倒して一番の手柄を取ってやる」と勇み足で特攻。

そんな絵が容易に頭に浮かんだ。

 

絵の通りだった。

僕らが海に向かうと、マグマとゲンが敵の小船を奪ってペルセウス号に突撃中。

これはマズイ。ペルセウス号には敵も乗っている。何か武器でも投げつけられてしまえば、あんな小舟ではひとたまりもない。

「急いで助けに行かないと!」

「あの距離じゃ間に合わねぇ。しかもイバラが石化装置を投げて来ねぇ以上、キリサメを背後に回すのはマズイ。この距離から援護するしかねぇ」

そう言うと千空は科学グッズの中からマグネシウムを取り出して僕に手渡してきた。

「即席の打ち上げ花火だ。あとはゲンが何とかするだろ」

理解はすぐにできた。

僕は千空たちから離れて、木々の中からペルセウス号目がけて矢を放った。

「光の矢だね・・・ははっ、ゲームみたいだ」

中学生の時の授業以来だけど、マグネシウムの燃焼反応の光は本当に明るい。

こんな妖術を前に、あとはゲンのハッタリがあれば・・・

「さぁ、俺たち50人の妖術師たちが、光でキュイーンってしちゃうよ~」

一目散。蜘蛛の子を散らすとはまさにこのこと。ペルセウス号の戦士たちが次々と逃げ出してくれた。

しかもそこにキリサメが登場。ゲンたちを無事に石化してくれた。

 

この展開になって良かったことが1つ。僕の耳がキリサメの小さな声を拾うことができたこと。

石化装置の発動条件は距離と時間。英語でメートルと秒数を装置に向かって唱えることだ。

悪かったのは、キリサメがイバラたちを助けるために僕らが想定していた岸とは別の場所からペルセウス号に向かってしまったこと。

そのせいでドローンの範囲外から石化装置を投げられてしまった。

作戦が上手くいかない・・・そう思っていた。

 

だけどそこに頭首の石像を修復し終えた大樹が駆けつけてくれた。もちろん石像を持って。

「うおおおおおお。見ろみんなー! 頭首は石像だー!」

頼もしいくらいの大声が海に響き渡った。

もちろん、その時に泳いでいた敵の戦士たちには届いていないだろう。

だけどキリサメには届いたようだ。

その証拠に・・・彼女は石像にされてしまった。

イバラの手によって。

 

そしてその直後、距離が離れすぎていて聞こえなかったが、オオアラシがイバラの元からダッシュで離れていった。

一心不乱に泳いで、島の中央に続く道に向かっている。

逆にイバラは島から離れるように泳ぎ始めていた。

「来やがったな島丸ごと石化装置。想定通りじゃねぇか」

「ハッハーそうだな。プランB、始動だ!」

 

 

 

 

 

 

ちなみにこれは僕が後から聞いた話。

時は少しさかのぼり、僕らと別れたガイアは森の中でモズと対峙していた。

「ん~キミ、そこそこ強いでしょ。俺を足止めして、その間に千空とかいったっけ? お仲間が石化装置を手に入れに行ってるよね。俺を殺すために」

「だとしたら?」

ガイアは遊ぶように足元の砂地を蹴りながら不敵な笑みを浮かべていた。

それを虚勢だと感じたモズは手にした槍先を掴み、冷徹なまなざしでガイアを睨んだ。

 

「時間かけていられないよね。ジワジワいたぶらずに、すぐに殺してあげよう」

 

「ほぉ、なら私は時間をかけて・・・敗北を知ってもらうことにしよう」

 



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未知なる闘法

※ 本話は羽京視点ではなく第三者視点となります。


ガイアとモズが対峙する森の中。静かに磯風がそよいでいた。

モズ。生まれながらの天才型であり、努力というものとは無縁としながら圧倒的な強さを誇り、石化王国最強の戦士として君臨し続けている。生涯無敗の戦士であった。

 

天才の観察眼はガイアの戦闘力を分析していた。

物腰から計り知ることのできる戦闘能力は至って平凡なレベル。しかも生まれつきなのか事故なのか右手が無い。

他の妖術使いのように戦いとは無縁の無防備さこそ見えないが、生涯で何度も敗北を経験しているだろう。

小手先の妖術こそ隠し持っている気配はあるが、それ頼みに生きてきたニセモノの戦士。

 

負ける要素が見当たらない。

そう推理したモズは油断しきっていた。

 

 

「じゃあね、チビハゲ少年」

踏み込みは一瞬であった。居合の一振りでガイアの首を刈る確信がモズにはあった。

だが・・・ガイアの動きはモズより0.5秒ほど先んじていた。この一瞬先の出来事に、モズは反応が間に合わない。

ガイアの動きは非常にシンプルであった。

地面に手を突っ込み、後ろから前に向かって振り上げる。それだけがモズの目に捉えることができた数少ない情報。

『何をしている?』という疑問だけがモズの頭に辛うじて走った。

 

次の瞬間、モズの視界に数多の小さな粒が飛び込んできた。

「痛ッ、なんだこれは」

それは小さな砂の粒。小石がいくつか混ざったもの。ガイアの手によって巻き上げられたそれらが、凄まじい速度でモズの体に打ち付けられたのだ。

あまりの奇襲にモズの攻撃の手が止まる。

「もう少し石が粗いと、皮膚に突き刺さってくれるんだが・・・まぁこんなものか」

ガイアの呟きにモズは悪寒を覚えた。

そしてその予感がそのままに、ガイアは再び砂をすくい上げて振りかぶり・・・

バシャとかいう生易しい音ではない。ショットガンの弾がコンクリートに当たるような衝撃音が響き渡った。

「あぁぁぁあああああ」

休む間もなく次の散弾。たまらず身を守るモズであったが、むきだしの皮膚が全て急所に変わる。

悲鳴がモズの魂の底から湧き上がる。それでもガイアは手を止めない。

風を切るスイング音。それが聞こえれば直後に肌という肌に痛みが突き刺さる。

腕、顔、胴、脚、背。身をかがめて接触範囲を狭めるしか対処法がない。

ガイアが得意とする環境利用闘法。そのごく一部の技術が今、モズをこれでもかと苦しめていた。

 

 

実際には1分程度の出来事であったが、永遠とも思える痛みの中を耐えることしかできなかったモズには経過時間が把握できなかった。

「さて、いい汗をかいた」

ガイアの手が止まり、モズの心に小さな安堵が湧いた。

そして待ち望んだ反撃の時の到来に歓喜した。これほど悔しい思いをしたのは初めてであり、この憎き少年にどう仕返しをしてやろうかとモズはそれだけを考えていた。

「では、ここからが本番だ」

「なっ」

モズが顔を上げた時・・・そこにガイアの姿は無かった。

「に、逃げたのか?」

モズの中にホッとする気持ちが無かったと言えば嘘になる。“本番”という虚勢が本当だったことはありがたい、と。

 

だがそんなモズの期待は直後に裏切られた。

 

「アガッ」

それは突如、彼の顔面に叩き込まれた。

ガイアの拳であることは感触から明白。

だが、叩き込まれる直前までモズはその拳の存在どころか気配すら認識できなかった。

目を凝らしても見ることができない。

「何処だ、何処にいる!」

そう叫ぶモズであったが、戦いの最中に返事をしてくれる敵がいるわけがない。子供でも分かる常識は忘却の中にあった。

 

「ウガッ」

次は顎にアッパーが叩き上げられた。

身体がのけぞり、地面に仰向け倒れるモズ。

この無防備な状態で次の攻撃を喰らうのはマズイと、「ヒッ」と小さな悲鳴を上げながらモズは急いで起き上がった。

だが攻撃は直後には来なかった。少しの間隔が開き、数秒後に

「ウゲッ」

今度は脛を蹴りつけられた。弁慶の泣き所という比喩は石化王国には存在しないが、誰もが泣いて悶える急所であることはモズも知っている。

 

「卑怯だぞ! 隠れていないで出てこい!」

モズの悲痛な叫びに、森の中から笑い声が沸き上がった。

「何を言っているのだモズくん。我々はここで何をしている? 生き残りを賭けた闘争だぞ。卑怯もクソもあるまい」

相変わらずモズの視界にガイアの姿は捉えられなかった。

だが会話を挟むことでようやく、モズは手放していた槍に手を伸ばすことができた。

槍さえあれば怖くない。先程からの拳や蹴りの奇襲も、槍の間合いには敵わないからだ。

だがモズの淡い希望は脆くも崩れ、次に彼に襲い掛かってきたのは再び砂の弾丸であった。

「ああぁぁぁあああああ!」

モズは恐怖しはじめていた。どう足掻いても視認できないガイアと、数秒後に襲い掛かる次の攻撃に。

 

 

その実、ガイアの戦術は至ってシンプルであった。

ギリースーツ。偵察の時に枝や葉、蔓を集めて作っておいた迷彩服だ。

この場所が一騎討ちの舞台となると確信していたガイアは、ギリースーツをあらかじめ潜ませていたのだ。

それに加えてモズを精神的に追い詰めることで余裕を無くし、さらには先程の“砂かけ遊び”で舞い上がった砂ぼこりも手助けとなり、ガイアの身体は完全な透明化を成していた。

 

 

「気付いているかなモズくん。私の攻撃は10秒間隔だ」

トドメの心理攻撃がこれだ。

ガイアの攻撃は耐えず10秒ごとにモズに襲い掛かっていた。

「ウガッ」

モズの脇腹に鋭い蹴りが叩き込まれる。

「10,9,8,7・・・」

ガイアのカウントがモズの耳に届く。

『く、来る』

モズに反撃の気は起こらなかった。ただ待つことしかできなかった。

「ガァアア」

次に襲い掛かったのはソフトタッチ。ただ鼻を摘ままれただけ。

モズは完全に翻弄されていた。

攻撃に備えるには心の覚悟が必要。その覚悟が外れればダメージは大きくなり、またその覚悟を維持すること自体にもエネルギーが必要となる。

「・・・3,2,1」

ガイアのカウントはただただ恐怖でしかない。

今度は頭を踏みつけられた。全体重を乗せた重い一撃に、モズの体は地面に倒れた。

 

「10.9.8・・・」

「や、やめてくれぇ! 俺の、俺の負けだぁああ!」

モズの心は完全に折れていた。

 

確実に来る幸福を待つ時間にこそ幸福があるように、確実に来る恐怖を待つ時間にこそ恐怖がある。

 

「キミは知らないだろうが、石化した人には意識が残っている。キミたちがしてきた所業は“こういうこと”だ」

ガイアは軍人らしく待機するようにザッと足を揃えると、踵を返してモズに背を向けた。

石化王国最強の戦士が、もう立ち上がらない確信と事実がそこにはあった。

 

 

「さて我らが科学王国の作戦は順調だろうか? 先程の銃声、何か嫌な予感しかしないのだが・・・」

ギリースーツを脱ぎ、放置していた荷物を手にしたガイアは苦笑いしながら海の方を見上げた。

そして嫌な予感は的中した。

遠くから迫る怪しい光。

石化の直前に見たのと同じ色の光が、今まさにガイアの方に迫りつつある光景であった。

 

 

 

「なるほど・・・我々の勝利が確定したということか」

 

 



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科学王国大勝利 希望の未来へレディーゴー

「イヒヒヒヒヒ」

石化光線に覆われ、静寂に包まれた宝島にイバラの下卑た笑い声が響いていた。

「おじちゃんの一人勝ちじゃない? オオアラシちゃんが島の真ん中にたどり着けなかったみたいだから、一時はどうなるかと思ったけど」

余裕綽々の笑い声が島を突き進んでいる。

その足がオオアラシの石像にたどり着くと、そこで一旦止まった。

「オオアラシちゃん見っけ~・・・ん? 何この紐。足でも絡まった?」

石像に絡まる黒い紐。カーボンワイヤーを前にイバラは首を傾げる。

「まぁいいか。それよりありがとねオオアラシちゃん。でもってさよなら」

イバラは近くの岩を持ち上げると、石像を破壊して中から石化装置を取り出した。

「あとは復活の水を見つけるだけだね~。おじちゃん知ってるからね、妖術士の連中が持ってるって。じゃなきゃ石像になってたアホっぽい筋肉の子、ボートでつっこんできてないもんね~」

 

 

「なかなかどうして、イイ観察力の持ち主じゃないかイバラ様よぉ」

 

 

その声にイバラはバッと振り返った。

「えっ? な、なんで生きてる!? 貴様ァ!」

イバラの驚愕した表情が向いた先。

そこに立っていたのは誰あろう、携帯電話を背負った千空だった。

島丸ごと石化光線で覆い、生き残っているのは自分だけだと確信したイバラが受けるショックは尋常なものではないだろう。

「んなもん石化装置なんつぅ唆るもんが100億%欲しいからに決まってんだろ?」

千空の余裕の笑みに圧されたイバラだったけど、それがブラフだと勘付いてすぐに体勢を立て直した。

「でもさ~分かってるよね? その石化装置、今おじちゃんの手にあるって」

「ああ。だから今日は特別にゲストを連れてきてやったぜ。てめぇは運がいいな」

「ゲスト?」とイバラは首を傾げた。ゲストっていう言葉が百物語で伝わっているのかはわからないけど、サプライズとしては大成功だと思う。

 

なんせ、僕らが顔を出したんだから。

「は、はぁあああ!?」

弓を引きながら現れた僕とイバラは目が合った。

それだけじゃない。千空の他にクロムと、金の槍を持った金狼も姿を現した。その反対側にはトンファー様に曲がった木を手にした陽もいる。

「俺たちもいるぞ!」

大樹が大声と一緒に飛び出してきた。その隣からはニッキーも顔を出している。

「ククク、やっぱ復活してやがったか。ど~りでテメェらの石像がねぇと思ったぜ」

「ハァ!? なんでこんなにも生き残りが!?」

僕らの八方からの包囲網の中で、イバラは愕然としていた。

 

 

 

もちろん僕らは石化解除液で復活していた。

島丸ごとを覆う石化光線が迫る中、僕らは光に向かって一列に並んでそれぞれが解除液を手にしていた。

「1人でも成功すりゃ問題ねぇ。落ち着いてやりゃあな」

ガイアが提唱した石化光線への対処法。

1つは自分に浴びせる解除液を自分で投げる方法だ。

2つめはシンプルな話。石化した仲間に解除液を投げて浴びせればいい。

1人1人が5mくらいの間隔を開けて列を作って、先頭が石化したら2番目の仲間がその背に解除液を投げる。2人目が石化したら3人目が。

タイミングが早いと前の人が石化する前に液が浴びせられて不発。遅いと自分が石化して液を投げることができない。

とはいえ幸いにも石化光線の進む速度は時速36km程度。(この作戦の間に千空が律義に計算していてくれた)

前の人の石化を視認してからでも十分に間に合う

結果、この仕組みで助からない最後尾の仲間以外、全員が石化光線から即座に復活したのだ。

 

 

それだけじゃない。ガイアの提唱した3つ目の作戦も成功していた。

島丸ごと石化させる石化装置を運搬する係を止める方法だ。

勿論、今回のオオアラシのようにその役には石化王国最強のパワーの持ち主が選ばれることは想定済み。

だから今回、ニッキーと大樹がカーボンワイヤーを手に、オオアラシが通りそうな道で待ち構えていた。

そしてズレた。イバラが想定していた石化光線発生位置が、島の中心からズレた。

結果、島の反対側に安全地帯が生まれた。

そこに衛生兵チームが待機していたんだ。

「スイカもお役に立てたんだよ!」って声が聞こえてきそうだ。もちろん大樹とニッキーを復活させた彼女の声で、だ。

 

 

 

「みんな揃っているな」

その声が聞こえてきたことで、僕は自然と笑みをこぼしていた。

疑いもしなかったよ。ガイア降臨を。

「ククク。ガイアてめぇマジで復活液セルフサービス、一発成功させやがったのか?」

「ああ。プロに2度も同じ手は通用しないからね」

陽が小さく「3700年前はノーカウント? 都合良すぎじゃね?」とつぶやいていた。

そんな小言を無視して、ガイアはイバラの方へと静かに接近していった。

「さて宰相殿。装置をこちらに渡し、大人しく投降するか? それとも・・」

「そうだね~おじちゃん人を見る目だけはあるからね~」

そう言うとイバラは石化装置を手に小さな声でつぶやいた。

 

「3m 2秒」

 

ノーモーションで石化装置を投げた先はガイアの方向。

ガイアの両脇は千空とクロム。ガイアさえ排除できれば最も戦闘力の低い組み合わせとなる。イバラ包囲網の配置の穴を目ざとく見抜いていたのだ。

防御不可能な石化光線がガイアに照射されてしまう。

 

「ガイアが言ったとおりなんだよ!」

その声と共に、石化時間1秒程度でガイアは復活した。誰あろう、彼の背後を守っていた衛生兵スイカの復活液によって。

「さすが頼りになる子だ」

その言葉と共に、復活した瞬間のガイアが石化装置をガシッと空中キャッチした。

「なっ!?」

綱引き対決の装いをみせたガイアVSイバラ。

「さてイバラ殿、先に到着した私たちが何故、石像から装置を取り出さなかったか分かるか?」

引っ張り合いっこ中に始まった心理戦に、イバラは「さぁ、な~んでかな」と油断ない声を必死で装って尋ねた。

「こうして遊ぶためだよ。自分が賢いと思ってる奴をハメて勝つのは楽しいからね」

そう言ったガイアの不気味な笑みに、イバラは必死の形相で石化装置に繋げてある紐を引っ張った。

「そんなに欲しいならくれてやろう」

拍子抜けした声で、ガイアは石化装置から手を離してしまった。

このあまりにも唐突な展開に呆気にとられるイバラ。

だが当然、ガイアに策が無いわけがない。

 

石化装置には、モズに渡したインカムが結び付けられていたのだ。

「トドメの一撃は我らが大将に譲るとしよう」

ガイアの笑みが向けられた先で、僕らの大将・千空が携帯電話のマイクを手にしていた。

「あ゛あ。5m 1sec」

モズの手に届いた石化装置に、千空の声が届く。

「イ ヤ イ゛ヤ゛アアア!」

問答無用の石化光線がイバラを包んだ。

 

「これだけ心を折っておけば、御仁も万一復活しても大人しくしているだろう」

ガイアは満足したように漏らすと、その左拳を天高くつき上げた。

「勝鬨だ皆。この戦争、我々の完全勝利だ!」

「ウォオオオオオ!」

「・・・加減しろやデカブツ」

 

 

 

こうして石化装置争奪戦は、僕ら科学王国の皆の歓声と共に幕を閉じた。

 



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VS人類石化犯

宝島の戦いは無事に終結を迎えることができた。

石化王国民は全員石化。科学王国も含めて誰1人として死んではいない。

あとは人海戦術でどんどん仲間を復活させていくだけだ。

そう。平和的に戦争が終わったのだから、これからは皆が仲間だ。

「いや、反乱の可能性には警戒すべきだ。優先的に復活させるべきは我ら科学王国民だろう」

ガイアに釘を刺されたけれど、まったくもってその通り。

右手を失ったガイアに負担をかけないためにも、まずは僕らの戦力が整わないうちには敵の戦士は復活させるべきではない。

「だな。こっからは詰め将棋ほどじゃねぇが単純な作業ゲーでもねぇ。全滅しねぇように仲間増やしてくぞ!」

 

メインの指揮は千空が担当。

復活者のための食糧確保も念頭に置きながら、人海戦術に適した人材から復活。

海中に沈んだゲンやマグマも回収して・・・

「キリサメはどうするよ? 敵だろ? 復活させるか、このまま放置か」

クロムの言うように彼女の扱いは判断に迷うところ・・・だけど迷いゼロの千空が僕らが気付く前にあっさり解除液を浴びせていた。

「イバラに騙されてただけだ。コイツはよ」

千空の言葉にガイアも頷いていた。

「無論、同情だけではない。キミは後宮について詳しいはずだ。案内を頼みたい」

 

ガイアの狙いとしては2つあった。

1つは後宮で石化させられたコハクと銀狼の復活。特に銀狼は石化前に重傷を負っていたこともあるから科学王国の皆としては気が気でないから作業に支障があるからだ。

そこは流石の復活液の修復力。銀狼はいつもの銀狼として復活した。問題なかった。

 

そしてもう1つの狙いは後宮に保管された戦利品だ。

その中に僕らから奪った武器と、一緒に持っていかれてしまっていた司とガイアの右手があるからだ。

「ようやくこれで2人とも復活なんだよ!」

ド派手武器ごと司に右手を接着させて、そのまま解除液を浴びせると、司もまた問題なく復活した。

「現状は?」

いつもの冷静な司が帰ってきてくれた。

起きて即座に状況確認。本当に頼りになるよ、僕らの元・リーダーは。

「全部終わった」

千空の言葉に、司はホンのちょっとだけ冷静さを失っていた。少し残念そうだった。

 

「あとはガイア先生の腕の方だが・・・」

千空は言葉を濁らせていた。僕もこの事態には気が重くなる。

果たして、石化した手と生身の腕を再接着できるのだろうか?

単純に考えればガイアを再石化して石像同士にしてから接着させればいいんだろうけど・・・

「私の腕の再生には問題が2つある。1つは千空、キミも察しているな? 石化装置の電池切れを」

僕らに動揺が走った。千空も言いにくそうに眼を背けて「ああ」と答えた。

「ああ。イバラを固めた時に俺が指定したのは5mだが、広がった石化光線はせいぜい半径1mちょいだった」

千空の言葉にキリサメも確信を口にした。

「サイズがブレたことは今までない。石化光線の光を広範囲に濫用してはならないという言い伝えもある。エネルギー切れは十分考えられるわね」

申し訳なさそうに告げたキリサメに対して、ガイアはサラリと「そういうことだ」とうなずいた。

「で、でもさぁ。充電切れのケータイとか髭剃りとか、ほんっっの一瞬だけビクッと動いたりとかしない? だから、さぁ」

「たしかに1回はチャンスがあるかもしれない。ならばなおさら、貴重な回復手段は奥の手として残しておけ。命に支障があるわけでもあるまい?」

ガイアはそう言うと石化装置を右腕の断端の上で器用にクルクルと回して見せた。

「気遣いおありがてぇこった。じゃあこの超絶オーバーテクノロジーの石化装置、解析ができた暁にゃあ、お客様第一号はガイア先生に決まりだな」

千空の返答にガイアはニヤリと笑って「治験でもいいぞ。なぁ羽京」と答えた。

これはガイアの気遣いなのだろう。彼の腕を奪ってしまった僕への。

「ガイア・・ありがとうございます」

「言いっこなしだ。我々にはまだ仕事が多いぞ」

 

 

ガイアの言う通り、気を取り直して復活祭の再開だ。

人手もだいぶ増えきたから、ここからは2チームに分かれることになる。

復活チームと修理チームだ。

何せイバラたちがペルセウス号の通信装置をズタボロ~ンに壊してしまっているからね。

決戦が終わった直後に本土からも心配の電話がかかってきいたけど、千空の携帯電話の電池が残り0に近くて僕らの無事を知らせることはできなかった。

早く返事をしないとルリたちにも悪い。

ということで、千空やカセキ、クロムと僕は通信装置の修理にとりかかることになった。

 

大変だった。夜までかかった。

「あ゛―聞こえてっかルリ?」

[千空! ああよかったようやく繋がりました!]

電話口からルリの声が聞こえてきた。修理は無事に大成功だ。

[千空、あなたが不思議な通信をーーーザザッザアア]

その時突然、通信に砂嵐が入った。何か強力な電波に電波が遮断されたようだ。

となれば話は1つ。ホワイマンしか考えられない。

だけど今度はモールス信号じゃなかった。

[12800000m 1second]

この声に僕らは戦慄した。

12800000mというのが地球の直径であり、おそらく通信を介して石化装置を発動させ、地球を丸ごと石化光線で包む意図があるのは明らかだけど・・・

それ以上に不気味なのが、この声が千空の声だったことだ。

 

 

それからもこの謎の千空の声の通信は一定周期で流れてきた。

最初は度肝を抜かれたから気付かなかったけど、何度も繰り返されれば僕には分かる。

この声はボーカロイドとかに近い声の『不気味の谷』、合成音声だ。

「WHYだな。何故、わざわざ合成音声で通信してきた?」

僕らの話題はホワイマン一色に染まった。

敵意があるのは確実だが、技術力と行動があまりにもチグハグだ。

「ガイア、アナタの意見は?」

「さっぱり分からん・・・が・・いや、まさか。しかし・・・」

イバラをも手玉に取ったガイアですらお手上げだった。何か言いたげな様子でもあったけど、それ以上彼が何かを発することはなかった。

残された唯一の手掛かりは僕らの手元にある石化装置だけ。

 

「この石化装置の形って」

ソユーズの一言で事態は大きく動いた。

装置とよく似た形の傷のある石像を彼が覚えていたのだ。

復活させた数百年前の武人・松風が教えてくれたのは、無数の石化装置が空から降り注いでこの島にたどり着いたという情報だった。

その情報さえあれば、我らが千空の行動は早い。

パラボナアンテナをちゃっちゃと作って空に向けて、ホワイマンからの電波を逆探知。

その計測結果、判明した衝撃の事実。

「ホワイマンは月面にいる」

手も足も出ない場所に所在する人類の敵。

と、なると悪い予感しかない。このストーンワールドで千空が言い出すことと言えば・・・

 

「俺らは月に行く」

 

分かっていたよ月面旅行プロジェクト。

労力と根気と壮絶すぎる量の材料が必要になるロケット作りが決定だ。

つい1年ちょっと前まで原始人だった僕らが21世紀ですら別世界の認識だった宇宙へ。

そんな別次元すら、むしろワクワクしちゃうのが科学王国だ。

とはいっても現実的な話、全員でロケットに乗ってというのは無理な話で、そこは21世紀の技術力を参考に乗務員はせいぜい数人になるだろう。

 

 

「少しいいか? 科学王国七知将を招集したい」

そんな話で盛り上がっている中、ガイアが僕たちに声をかけた。

ペルセウス号の一室に『会議中、お静かに』の看板を立て、ガイア・千空・僕・龍水・ゲン・クロム・司が机を囲む。

「ハッハー。ホワイマンについて何か分かったのか?」

「そんなわけねぇだろ。俺たちで頭抱えてたの昨日の今日だぞ」

龍水の指パッチンの隣でクロムが苦い顔をする中、ガイアはおもむろに口を開いた。

 

「集まってくれて感謝する。その通りホワイマンの件だ。あくまで私の推測の域を出ないが、集まった情報から分析するに・・・我々は新たにというべきか、石化装置を作った存在に備えなければならないようだ」

 



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ホワイマンと石化装置についての考察(原作に関するガチ考察回)

ガイア招集のホワイマン対策会議。そこで冒頭に語られたガイアの言葉に僕たちは衝撃を受けた。

「石化装置を作った存在? ガイア、まさかそんな・・・」

「ああ。私の推測ではあるが、石化装置を作ったのはホワイマンではない、ということだ」

「えええええ!? ジーマーでどゆこと?」

みんなの動揺が走る中、ガイアの説明が始まった。

 

「今ここにある石化装置は皆が知っての通り電池切れだ。それは島の言い伝えによると広範囲の濫用によるもの。つまり1個の装置につき放射できる石化光線には限界がある。充電満タンからでも、多く見積もって島数個分といったところが妥当だろう」

「島数個分、ん? どっから見積もったんだその情報?」

「松風情報だな」

クロムの問いに千空がニヤリと笑いながら話に割り込んだ。

「言い伝えが残るっつうことは、電池切れシーンは経験済みっつうことだ。ここにあるラス1の石化装置以外、そん時の頭首が破壊したっつうなら、装置悪用の賊と戦争が起きたはずだ。もしアホみてぇな範囲攻撃が連発したっつうなら宝島の人間は絶滅していてもおかしくねぇ」

千空の言う通り、僕らの手元にある最後の石化装置が使われた頻度は推測でしかないけれど、最終決戦の島丸ごと光線までにチマチマ使われていたとしてその合計と、かつての電池切れシーンの島民絶滅回避の範囲攻撃から推定すれば、1つの石化装置が放出できる石化光線の範囲は島数個分という見積りで正しいと思える。

 

「うん。それだとホワイマンの通信と矛盾するね」

「ああ。ホワイマン千空が唱えた12800000mは石化装置の許容量を超えた範囲だ。不適切な使用。となれば答えは1つ。ホワイマンは石化装置の使い方を知らないということだ」

「あれ? でも3700年前に地球中が石化光線に包まれたんじゃないの? それこそ矛盾しない?」

ガイアの説明にゲンは一瞬納得したような顔を見せたが、直後に根本的な矛盾に気付いて指摘した。

 

「んなもん別もんのデカイ石化装置があったか・・・もしくは複数の装置や光線に連鎖反応がありゃいい話だ。装置が2個ありゃ2倍、3個ありゃ3倍っつう具合にな」

千空はそう言うと石鹸を取り出してシャボン玉を膨らました。

2個のシャボン玉をくっつけて少し大きくし、更にシャボン玉を追加投入してどんどん大きくしていった。

「松風情報の通り、石化装置は大量に降ってきた。1個じゃねぇっつう前提があるから100億%地球人類石化ビームっつう演唱しやがったんだろうな」

「だが石化装置は松風の代に破壊されている。ホワイマンは気付いていないということか?」

「そうとも限らん。おそらくだが石化装置には通知機能がある。使用時にホワイマンの元に連絡が行くようにな」

ガイアは何処からそんな情報を得たのだろうか? 僕らが目を丸くする中、ガイアは構わずに話をつづけた。

「VSイバラ戦の直後だったな? ルリの元にホワイマン千空の声が届いたのは。それまではモールス信号だったものが。つまりホワイマンはあの戦いで初めて千空ボイスを使って石化装置を作動させることを思いついたのだろう」

「だろうな。ホワイマンの手元にゃ石化装置の使用歴確認画面があって、今までキリサメが使ってきた通知がバンバン入ってきてんのに『ボクも使いたいよぉ』状態だったんだろうな。そこに俺の声が電波で届いて、同時に通知が来たとなりゃ『この声で起動させられっかもしんねぇ』ってなるわな」

千空とガイアがニヤリと笑い合う中、話の展開に追いつくので精一杯のクロムが口を挟んだ。

「あんまよく分かんねぇだけどよぉ。『人間が石化装置を使ったぜ』っつう連絡がホワイマンのところに届くっつう話だろ? それが『ホワイマンが石化装置が壊されたことを知らねぇ』っつうのとどう繋がるんだ?」

「機能水準の話だ。これは我々現代人の感覚でないと難しいが・・・ここまで高いテクノロジーがあるのだから、使用通知の機能を搭載しておいて、使用不可通知の通知を搭載しないのは違和感があるのだ」

「『おかけになった電話は現在使用されておりません』ってヤツね」

ゲンのフォローがどのくらい伝わったか分からないけど、クロムは『なるほどな』って顔をしていた。知ったかぶりかもしれないけど。

 

「つまりホワイマンにとっても石化装置の使い方は手探りなのだろう。であるならばホワイマン自身は開発者ではなく、さらにはヤツは開発者側とのコネクションもない」

「なら、その第三勢力が人類を石化させた真犯人ということかい?」

「可能性はあるが、まだ全てを断定できる段階ではない。情報が断片的すぎるからな。これから新情報の入手次第で180度違った真実にたどり着く可能性も十分にある」

「それにホワイマン自身、自分の言葉使ってこなかったもんねぇ。宇宙人だったり機械生命体だったり正体不明すぎるから、人間の常識とは違う真相があったりするかもね。ジーマーでSFの世界」

まったくホワイマンのことになると、今の原始時代と比べてあまりにも異次元な話題すぎて脳がクラッとくる。

ゲンですら苦笑いするので精一杯だ。

 

「第三勢力。“装置マン”とでも名付けようか。そいつがホワイマンや我々にとって敵なのか味方なのか、生存しているのかも存在しているのかも不明だが、備えておくに越したことはない。皆、今まで以上に気を引き締めていけ」

 

 

会議はガイアのこの一言で閉幕となった。

ちなみにこの時の僕らの総意をゲンが代弁してくれた。

 

「装置マンって・・・・ガイアちゃんのネーミングセンス、バイヤーじゃない?」

 



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=最終回= 別行動

敵はホワイマンだけじゃないかもしれない。

未確定の第三勢力、装置マン(ガイア命名)にも備える必要が出てきた。

 

といっても今の僕らにできることは1つだけ。確定している敵に備えること。

ホワイマンのいる月に攻め込むことだけだ。

じゃあ月にどうやって行くかとなれば、ロケット・宇宙船を作るしかない。

科学王国お馴染みのビックリ原始時代の発想クラフトだ。

 

日本で100億%採れない素材は世界中からかき集めなければならない。

そして必要なのは素材だけじゃない。マンパワー、人手が必要だ。

ついに人類70億人を叩き起こす時が来た。

まずはそのために必要な復活液の材料となる大量のアルコール。最初の目的地はアルコール抽出の効率が最も良いイエローデントコーンの産地・アメリカだ。

 

思えば僕とガイアが最初に千空たち科学王国と交渉した時、彼らはアメリカが復活したと嘘をついて司帝国を篭絡しようとしていた。

でも今、それが嘘じゃなくなる。

僕らの手で本当にアメリカを復活させる日が来るんだ。

と言って余裕こいている暇は無い。なんせ冬になったらコーンは枯れてしまう。VSホワイマンの貴重な日々を越冬のために無駄にしてしまうのは非効率的だ。

だから僕らは宝島からの凱旋もそこそこに大忙しだ。

 

 

ちなみにこの処女航海からの帰還で、科学王国にいくつか変化が起きていた。

まず大きいのがソユーズの離脱だ。宝島の石化王国を本格的に復興させて、過去に石化させられた人たちを全員復活させて、頭首としての責任を取るためだ。

(復活液の作り方は見て覚えたらしい。記憶力がすごすぎる)

そのソユーズからの派遣でキリサメが僕らに同行してくれることになった。投擲に長けているし、コハクと互角に戦えるくらい強い戦士だから頼もしい。

そして復活者の松風も僕らに同行してくれることになった。経緯が少し妙だけど、仕えるべき頭首の面影のある銀狼の護衛の形らしい。(銀狼は調子こきレベル2に上っていた)

 

そしてもう1人。戦力増強があった。

それは僕らの敵だったモズだ。

「問題あるまい。氷月と同様に徹底的に折っておいた」

ガイアの一存で復活液を浴びることになったモズは、復活して1秒でガイアの顔を見て「うわぁああああ」と情けない悲鳴を上げて後ずさりした。

「ね~ガイアちゃん、いくら心入れ替え下ごしらえしたからってジーマーで大丈夫なの?」

「次の出航までに矯正しておく。問題ない」

僕らはみんなゲンと同じ意見だったけど、ガイアが「問題ない」と言っているから折れるしかなかった。2回言ったから。

でも酔狂でモズを戦力としてカウントさせたわけじゃないのは、ガイアのどこか遠くを見るような眼からなんとなく理解できた。

 

 

そしていざ出航のメンバー発表の日。

今回は宝島のような近海じゃない。ガッツリ数か月から数年単位の大冒険になる。

本土に残るメンバーにも前回以上に重要な役割があるし、長い航海だからこそパワーチームだけじゃなくて心の栄養・気分転換を提供するエンタメチームも加わることになる。

正確に言えば、石神村のコクヨウや何人かは本土の皆をまとめ上げる役割のために今回は不参加になる。

逆に記者の南ちゃんや漫画家の基本さん、あとはスイカが正式に参加メンバーの一員になった。

 

そんな中、誰もが認める戦闘総司令官・ガイアが静かに口を開いた。

「残念ながら私は今回の航海、不参加だ。諸君らの健闘を祈る」

「え、えぇ!? ノムラが!?」

「ガイア!? 本当ですか!」

突然の参加辞退の意向に僕らは酷く驚いた。

千空にはその旨が先に伝えられていたらしいけど、一番身近な存在だと思っていた僕にもその事実は伝わっていなかった。

「当たり前であろう? 隻腕の私では戦闘に役立ったとしても、採掘や船上の作業には足手まといだ。地球上に我々と敵対する人類が残っていない以上、次の戦闘機会はVSホワイマン・装置マン戦だけ。それまでお役御免の私は冒険チームではなく人類復興チームに配属されるべきだ」

ガイアの言葉に僕は胃の奥が重く感じられた。

彼を隻腕にしたのは僕だから。

「羽京、たしかに私が目覚めずとも科学王国は石化王国に勝利していたかもしれない。だがそんな仮定は無意味。そしてキミはベストを尽くした。その決定を私は今でも尊重している」

ガイアはそう言って僕の肩にコツンと拳をついてくれた。

「ありがとうございます」

気持ちが自然と漏れていた。

それに心か実感した。ガイアを蘇らせてよかった。

 

 

 

そしていよいよその日が来た。

 

いざアメリカ大陸へ、ペルセウス号の太平洋横断の出航日。

銀狼が意欲を見せながらも急な腹痛に襲われて乗船できないハプニングがあったけど、そこは松風が運んでくれたから前回同様に間に合った。本当によかった。

「ではガイア、行ってまいります」

「ああ。羽京、必ず帰ってこい。私はゴジラやキングギドラだろうが迎え撃てる地球防衛軍を叩き起こして諸君らを待つ」

いよいよ船が出航する。これで次に会えるのは何年後か・・・

 

「羽京!」

 

離岸したペルセウス号にガイアの声が響いた。帆までビリビリと震える大声だ。

その直後、甲板の僕に向かって岸から何かが投げられた。

それはガイアがいつも身につけていたバンダナだった。

「私の代わりに連れて行ってやってくれ」

映画で見たことがある光景だ。それが今、僕の元に。

使い古されたシーンなのに胸が高鳴る。

最高の自衛官が僕に託してくれている。

 

僕が無意識にとっていたのは敬礼だった。

 

 

 

こうして、石の世界で出会った僕らとガイアの旅はここで一旦の別行動となった。

これは別れじゃない。

それぞれが役割を果たす時間にたどり着いただけだ。

そして再集結の日を待ち侘びるだけ。

この先にどんな困難が待ち構えていようとも。

 

 

 

 







= 完 =


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