Re:ロクでなしに憑依した (山羊次郎)
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プロローグ
「えー、つまりだな。こっちの炎素の変換式は――」
ここはアルザーノ帝国魔術学院。
およそ四百年ほど前、当時の女王アリシア三世によって創立された国営魔術師育成専門学校。
大陸でアルザーノ帝国を魔導大国と轟かせる基盤となった学校であり、常に時代の最先端の魔術を学べる学び舎として、近隣諸国にも名高い。
「で、ここがこうなるワケ……おっ、時間だな。じゃ、今日の授業はここまで」
そういって、懐中時計を見ながら宣言するのは、黒い髪を少し伸ばし、後ろで括った黒目の男だ。
白いシャツに赤いネクタイ、黒のスラックス。背中には学院講師専用のローブを袖だけ通し、ボタンを留めないで着用している。
本来、講師用のローブは、自身がアルザーノ帝国魔術学院の講師であるということを示す、彼らにとっては誇りともなるもの。
だからこそ、それをまともに着用しない彼に怒りの目が向けられないのは些か不自然だが……。
「あっ、先生待って! まだ板書写せてないです!」
そういって、黒板を消そうとする男を止める、銀髪の少女。
「はぁ? ったく面倒くせぇ。じゃあこれお前が消せよなシスティーナ。俺は行くから」
「えっ? なんでそうなるんですか⁉ 少し待ってくれるだけでいいんです!」
「嫌だよ、俺は一分一秒時間を無駄にしない男なんだ」
「普段から授業遅刻したりしてる人が、こんな時だけまともなこと言わないでくださいよ!」
「あー何言ってんのか分かりませんー」
「なっ、ちょっと待ちな――」
システィーナと呼んだ少女の怒りの声を聞き流しながら、魔術講師は教室を出た。
「ったくもう……ホントロクでなしなんだからグレン先生……!」
「あ、はは……まぁ、落ち着いてシスティ……グレン先生の横暴は今に始まったことじゃないでしょ?」
「そう言うことじゃないでしょルミア!」
怒り心頭と言った様子で呻くシスティーナを、隣に座る金髪碧眼の少女、ルミアが曖昧に笑いながらズレたことを言って宥める。
グレン=レーダス。
アルザーノ帝国魔術学院にあるまじきロクでなし。それが、彼の学院全体の総評である。
およそ
だが、それ以上にとにかく生活態度が悪い。遅刻はする、魔術研究は適当。講師会議はサボる。上げれば、枚挙にいとまがない。
しかし、本当に……心底、癪ではあるが彼の授業は本当にレベルが高いのだ。だからこそ、彼は首を繋いでいる。
「……にしても、グレン先生が臨時の担任講師になって、結構経ったね」
「そう言えば、今朝の先生が言ったこと覚えてる?」
「えっと、確か……新しい非常勤の先生が来るんだっけ?」
ルミアが今朝のホームルームの状況を思い浮かべる。
『あー、突然だが、俺はもうすぐここの担任をやめる。これで俺はわざわざ早く来て準備しなくてよくなったわけだ。おめでとう!』
『いや何がおめでとうですか⁉ 何もめでたくないんですけど‼』
朝っぱらからよくそんな叫び声が出るなと内心感心するグレンは、先日の面接で知った事実を告げる。
『明日からは非常勤の講師がお前らの担任だ。よかったな、男子ども! 面接のときに顔見たが、美人の女の人だぞ!』
グレンが得意げに告げた瞬間、クラスの半分が歓声で埋まった。
そんな彼らを冷ややかな目で見つめる女子生徒。
『でも、非常勤でいきなり担任って、本当に大丈夫なんですか? 言っちゃなんっていうか、凄い癪に障るんですけど、グレン先生の授業って無駄に良いじゃないですか。余計ですけど』
『言い過ぎじゃね? 泣くぞこら?』
『で、実際のところどうなんです?』
『無視ですか……どうって言われてもなぁ……俺より位階は高いだろうなってことしか言えないな』
『先生未だに
『うっせ』
苦虫を嚙み潰したように言うグレン。
すると、懐から懐中時計を取り出し、満足げに頷いた。
『じゃ、そう言う訳だ。時間も時間だし、授業始めるぞー』
『……あ、授業時間ちょっと過ぎてる! これが狙いね!』
そのあと、またしてもひと悶着あった。
因みに、グレンとシスティーナの言い合いは、学院の名物にもなっている。
「……はぁ、でも、先生よりは性格マシな人なら何でもいいわ」
「あはは……」
憂鬱そうにする友人を前に、ルミアは曖昧に笑い続けた。
「はぁ、この生活ももう三年か……結構頑張ったね俺。褒めて」
誰にともなく独り、グレンは屋上で独り言つ。
夕日を背にする彼の手元には、配属される非常勤講師の資料があった。
「……セラ=シルヴァースねぇ……生きてたんだなこいつ。
雪も欺く白い肌、体に描かれた南原民族の独特の紋様に白い髪……だが、それすらも霞む特徴があった。
その女性は、システィーナと瓜二つだった。
「血縁関係はナシ……だってのに、無駄に似てるんだな……」
グレンは資料を懐に仕舞い、屋上を後にする。
「さて、アイツ等も二年。ヒューイの失踪……始まるのか」
何処か、覚悟を決めたような表情で、グレンは誰にともなく呟いた。
ちゃんと憑依モノです。次回でそこを説明します
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一話
……嘘です別に忘れないように保存していたデータが破損したとかじゃないんですホントもう勘弁してください
唐突だが、俺は転生者である。名前は忘れた。
……いや待ってくれ。ブラウザバックはしないでくれ。えっ、そこまでしない? いや、そうじゃなくて話を聞いてくれ。
俺はある時、記憶を失った状態で異世界に転生していた。しかも、二次元の世界だ。
なんでそんなことが分かるのかと言われれば、俺がその世界の原作をよく知っていたからだな。
『ロクでなし魔術講師と
最新刊で禁忌教典についてちょっと触れられたが、未だにその明確な正体は不明。
そんな中、主人公のグレン=レーダスがアルザーノ帝国魔術学院で女の子とキャッキャうふふしながらなんやかんやですげー授業してみんなからちやほやされる作品………などと! その気になっていたお前の姿はお笑いだったぜ!
この世界はそんなに甘くはない! 一巻からチート級の魔術師と対決し、二巻では帝国の英雄の爺と真っ向勝負(ほとんど戦ってないけど)。
三巻ではかつての同僚であり主人公の上位互換のような小娘と戦いを繰り広げ死にかけ、四巻で奇跡の復活&逆転!
五巻ではかつての思い人の仇(未来を数字で予測するイカレ野郎)と私闘(誤字ではない)を繰り広げ、六巻ではおとぎ話のボスキャラと対決。
どこぞのギリシャの英雄を思わせる能力に加えどこぞの幻想殺しを思わせる刀とか色々盛りまくりな野郎と死闘を繰り広げ、七巻ではかつてのブラッククソ上司(ツンデレ)にこき使われ、八巻では女体化して女子高潜入(裏山)。
九巻からはインフレが加速し、何故か復活を遂げた一巻のチート野郎どもが本気を出してきて、さらには公式チートな人も生死不明⁉ おまけにかつての英雄が敵として現れる⁉
十巻では世界一固い金属で肉体を覆うまたしても無敵なボスキャラとの戦闘。街全体を守る為に戦うとかやべー。
十一巻でインフレを緩和したいのか、そこまで危なく……いや、やばいわ。うん、霞むけど普通にこれもやばい。
十二巻ではドラゴン退治。十三巻ではかつての相棒との死闘。十四巻ではループする世界から脱出するために天使と戦闘。
……もうやめよう。これ以上考えると鬱になる。
……だって、俺はその主人公になっちゃったんだもん。
そう、俺はよりにもよってグレン=レーダス、主人公に憑依したのだ。
これは酷い。今までの惨状を知っているからこそ泣きそう。
とりあえず、グレン=レーダスとして目覚めた時は、丁度セリカに拾われる少し前だった。
セリカとは先ほど言った公式チートさんである。俺はこの人に魔術を習い、アルザーノ帝国魔術学院に入学し見事卒業。
本来なら、ここで魔導士に引き抜かれるはずだ。
だが! しかし‼
ありえない。
帝国宮廷魔導士団とかありえない。そんなの絶対やらない。死ぬし、殺すのも嫌だし。
という訳で、俺は少し早いがアルザーノ帝国魔術学院の講師になった。
ホント頑張ったよ俺。滅茶苦茶勉強難しいんだモン魔術って。魔術式には文法があるって言うけど、その文法すら危ういんだから。
覚えるだけなら大したことないんだよ。使うことも出来る。ただ、本当に即興改変とか、そういうのは魔術式の根本的な理解が必要になるんだ。
それが辛い。でも耐えられた。だって、これが出来ないとマジで終わる。世界が。
多分、俺が頑張らないと世界が終わる。だって俺、主人公だし? いやー辛いわー! 主人公辛いわー(涙目)。
「で? 何か用っスか学院長」
俺は何故か学院長に呼び出されていた。
えっ、別に何もしてないっスよ?()
「うむ、実はのう、二年次生二組のセラ君なんじゃが……かつて担任だった君には話しておこうと思う」
「臨時っすけど……何かあるんっスか?」
「実は彼女は……帝国宮廷魔導士団の人間なんじゃよ」
おっと、ここでそのことを俺に話すのか。
今言った通り、セラ=シルヴァースは帝国軍の人間で、しかも本来なら一年ほど前に死んでいるはずの人物である。
なぜ生きているのかはその場に立ち会ったわけではないので分からないが、死んでないならいないで利用させてもらおう。
正直先の展開が怖いけど、セラがいればきっと何とかなる(無責任な信頼)。
「帝国宮廷魔導士団? そんな人間が何で……」
「詳しい事は話せないんじゃが、帝国軍宛てに、犯行予告が届いたんじゃよ」
「……犯行予告?」
えっ、何それ知らない。どういうことマジで。
多分天の智慧研究会だと思うけど……えっ、知らないんだけどそんな展開。何が起きてんの?
「うむ。時期は丁度魔術学会の日じゃな。あるテロリストが学院を襲撃し、生徒を誘拐するという声明があった」
「……もう既に意味分かんないっスけど」
「気持ちは分かる……じゃが、帝国側としてもこれを見過ごすわけにはいかない」
「この学院の結界を破れるとは思えないっスがね……」
「それでも、じゃ。とにかく、軍は万が一に備えて、セラ君を配備した」
「なるほど……」
犯行声明については意味不明ではあるが、帝国軍側に増援の意図があるのはありがたい。
正直俺一人で天の智慧研究会と戦えるかと言われたら、まず無理だ。魔導士の経験がない俺じゃ、どう足掻いても抵抗できない。
だが、本場で活動するセラが居れば話は別だ。
「君には教師として不慣れのセラ君をなるべくサポートしてほしいんじゃ」
「……はぁ、給料上げてくださいよ?」
「では、頼むぞ」
あ、無視しやがった。
内心舌打ちしつつ、俺は学院長室を後にする。
「グレン=レーダス」
忌々しそうな声色で、背後から名を呼ばれる。
「おっ、ハーメルン先輩じゃないっスか。何か用っすか?」
「ハーレイだ、ハーレイ=アストレイ! 貴様わざとやっているだろう!」
「ええはいわざとっすね。それで先輩どんな御用っすか?」
「くっ、貴様と言う奴は……学院長から話は聞いたのだろう?」
「あれ? もしかして先輩も?」
「ふん、下らぬテロリスト共がこの由緒ある学院を襲撃など、甚だ図々しいが、この学院の結界をそう簡単に破れるはずがない。何も心配することはないだろう」
フラグ立てんなよと密かに思った。
「どうせ貴様のことだ。魔術学会には出席するつもりはないのだろう?」
「あ、そこまで分かっちゃいます?」
「……はぁ、とにかく、妙なことにならないようにしろ。私が言いたいのはそれだけだ」
「結局はこっちの心配してくれてるってことっすか? よっ、ツンデレ!」
「黙れ! 大体、貴様はいつもいつもいつもいつもいつもいつも――――」
先輩の御小言を軽く聞き流しながら、俺は二年次生二組の教室を窺いに行った。
なんかもう完全に別物だなコレ……。
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二話
セラ=シルヴァース。
帝国宮廷魔導士特務分室・執行官ナンバー3《女帝》の名を冠する女性だ。
通称『風使い』とも呼ばれるほど風の魔術への適性が高く、帝国軍随一と評されるほど。
そんな彼女は今、アルザーノ帝国魔術学院の門の前に立っていた。
「……よし!」
意気揚々と門をくぐる。
今の彼女は、この魔術学院の非常勤講師という立ち位置にある。彼女の前任の講師が突如失踪したことで急な替えを用意できず、非常勤を募集する形になったのだ。
だが、軍にとってはこれはむしろ僥倖だった。実は、軍にアルザーノ帝国魔術学院襲撃の予告状が届いたのだ。
なので、社交性のあるセラを非常勤講師として埋め込めば、怪しまれることなく潜入捜査ができる……。
……そういう思惑があったのだが――。
「先生、そこの部分間違ってません?」
「えっ、嘘⁉ ど、どこどこ⁉」
セラは講師という職に就くのは……というよりそもそも、人に魔術を教えるという経験がなかった。
おかげで彼女は自己紹介で舌を噛み、授業はガチガチに緊張して上手く進行できずにいる。
しかし、まだ一日目。非常勤講師としての活動期間は一ヶ月もあるのだ。
頑張らなければ! と。そう、セラは意気込む。実際、授業を重ねるたびに段々慣れてきたのか、細かなミスや緊張は最初の頃に比べなくなっており、ある程度スムーズになっていた。
「先生、ここの部分がちょっと分からないんですが……」
「ん? どれどれ……?」
セラが担当する二組の生徒、システィーナが質問に来た。
彼女は何故かセラと瓜二つの容姿をしている。血縁関係も何もないのに、だ。いっそセラの生き別れの妹と言われても信じられるほどにはクリソツであった。
初見の時は大変驚かれたし、驚いたのは記憶に新しい。
「よっ、頑張ってんな」
「あ、グレンさん!」
職員室へと向かうセラへと話しかけたのは、セラの前に臨時の担任をしていたグレン=レーダスという青年だ。
かつて受け持っていたということで、彼はセラの事情を知っている。しかし、それとは関係なくセラは彼に親しみを抱いていた。
彼への第一印象は、自堕落そうな人だなという感想があった。
面接の時点で面倒臭いという思いを隠そうともしない表情で、セラもあまりいい思いはしていなかった。
だが、学院に赴任して分かったのは、彼が意外と生徒想いな人間だったということだ。
態度こそ不真面目だが、生徒の質問には丁寧に答え、授業のほうも、帝国宮廷魔導士団として戦うセラですら、学ぶことが多いと思えるほどレベルの高いモノだった。
一体、どうしてそこまでして魔術を学ぼうとしたのだろうか。
丁度いい機会に、セラはその問いをグレンへと投げかけた。
「ん? なんで魔術を学ぼうとしたのか?」
「うん。グレンさんは、ここの講師になりたくて魔術を学んだの?」
「別に。セリカ……まあ、俺の育て親が魔術師でな。それで、魔術スゲー! って感じで、まあそう言う訳だ」
グレンは昔を懐かしむようにそう言った。
もしかしたら、もっと他に理由があるかもしれない。何故か分からないが、セラの頭にそういう考えが浮かんだ。
だが、それを聞くのは憚られた。きっと、そこから先は安易に踏み込んではいけない場所だ。
グレンに一礼し、セラは職員室へと向かった。
……ビビった。まさか魔術を学ぼうとしたきっかけなんて聞かれるなんてな。
そんなもん原作へ対抗するために決まってんじゃん。言っても分からんと思うけど、結構大変だったんだよ俺? 割とやばたにえんだったからね?
まあ、セラが原作グレンの代わりを務めてる感じっぽいし、俺の役目は殆どないだろうけどさ。
というか、なんでセラが生きてんだろ。ジャティスに殺されなかったのか?
じゃあ五巻とかどうなるんだ? いや、俺別にジャティスと知り合いでも何でもないし、突っかかれることはないだろ。つまり安心ってわけだな!
「……うん、大丈夫だ……大丈夫」
自分に言い聞かせるように、俺は言葉を繰り返し口にする。
いや、実際に言い聞かせたいのだろう。
自分の軽率な行動が最悪な結果を招いてしまった……そんな展開が来ないことを恐れているのだ。
だったらしっかり原作の道を辿ればよかったのに、そんな度胸もないからこうして魔術学院で平和を享受している。
欲張りで浅ましい自分に嫌気がさしてくる。
結局、全部都合のいい言い訳だ。自分が死ぬのが嫌だから。……ただ、それだけ。
原作のシスティーナは、そんな己の恐怖を乗り越えて成長していた。グレンも、恐怖を糧に戦い続けていた。
けど、俺は違う。ただ、逃げてるだけ。戦うことなど一切していない。
俺は、対抗なんてしていない。
「……やめよ」
考えても嫌な気分になるだけだ。
俺は頭を振って思考を無理やり切り替える。
自分のことを考えても仕方がないのだ。ならば、考えるべきなのは自分以外……生徒たちのことだ。
ルミアやシスティーナたちに危害を及ぼさせずに、天の智慧研究会を追い払う方法。
まずは、ヒューイ先生を探すべきだろう。どこの階層にいるかは分からないが、学院の地下迷宮にいることは確かのはず……。
いや、地下迷宮は許可取らないと入れないんだっけ? 普段使わないから忘れてるな……あとで確認するか。
「おうおう、どうしたどうした、珍しく難しい顔しちゃって」
軽快な声とともに、背後から抱き着かれた。
背中に押し当てられた弾力から、間違いなく女性であることを悟る……というか。
「おいバカ、やめろっての!」
「おっと……まったく、つれないじゃないかグレン。そんなんじゃ私、寂しくて泣いちゃうぞ?」
「うっせ、ほぼ毎日顔合わせてんだから問題ねーだろーが、セリカ」
輝く黄金のような長髪に、血のように鮮やかな赤を見せる瞳。黒いドレス。
セリカ=アルフォネア。俺の育ての親にして、公式チート。
「ったく、相変わらず毎日楽しそうだなお前は」
俺が頭を掻きながら悪態をつくと、セリカはやはり笑いながら、
「……ああ、楽しいさ」
……。
焦りか、はたまた自己嫌悪からか。
つい、心にもない事を口走ってしまったが、セリカは何も言わない。
彼女の人生が楽しいなんてこと、あるはずがない。セリカは常に、『内なる声』に苛まれている。
セリカに定められた使命を果たす為に、その声は収まるところを知らない。
「……そういや、あのセラってやつとはどうなんだ、グレン?」
「どうって……」
「お前にしちゃ珍しく気に掛けてるじゃないか。……惚れたか?」
「ば――ッ⁉ ンなわけねぇだろ⁉ つか、お前は事情知ってんじゃねえのかよ?」
「それにしたって、だ。お前は気づいてないかもだが、お前がガキの頃に気に掛けてた女の子くら――」
「お前なんでそれ知ってんの? 人の苦い青春思い出させないでくれない?」
多分、ニーナのことを言っているのだろう。
アイツのおかげで、今の俺があるからな。てか、セリカに知られてるとは思わなかったんですけど⁉
「俺も半分忘れてたのに……」
「はははっ……にしても、明日からだな」
「……ああ」
「気を付けろよ? お前に万が一のことがあったら……」
「……心配いらねーよ。どうせ悪戯だ。何もねーよ」
俺は努めて不安を見せないようにして、そう言う。
悪戯なんかではないことは、俺が一番わかっている。
怖い。
相手は本職のテロリストだ。その能力を知っていても、対面すればその殺意に、俺は耐えられるかどうか。
でも……。
「あ、ちゃんと俺の分の飯作り置きしておけよ? 俺料理とか出来ないからな? 厨房吹っ飛ばすぞ?」
「厚かましいんだよお前は、もういい大人なんだから自分で料理くらいやれっての……はぁ」
セリカは呆れたようにため息をつく。
こんな、危機なんて一つもない、当たり前の日常。
それがどれほどの価値があるのかは、きっと、それがない世界の人間にしか分からない。
だから俺は明日、知るだろう。
この、なんてことのない平和の、真の価値を。
セラがグレンをさん呼びするのは、彼が一応講師としては先輩に当たるからです
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三話
早朝。
フェジテの街の十字路にて。
一人の女性が立っていた。
白銀の如く白い髪。雪も欺く白い肌。魔術学院の制服を着こなし、服の隙間から見える場所には、赤い紋様が刻まれている。
セラ=シルヴァース。学院の非常勤講師として招かれた、帝国宮廷魔導士団特務分室、執行官ナンバー3、その人だ。
そんな彼女は、
(……おかしい)
今日は、アルザーノ帝国魔術学院の教授・講師陣は、帝国総合魔術学会に出席するため、皆席を外しており、唯一授業が遅れている二年次生二組だけが授業をすることになっている。
つまり今日は、警備や実力のある教授たちはおらず、警備が手薄なため、テロリストが襲撃するにはうってつけの日。
その上で。
(この時間帯なら、仕事で一般市民も行き交うはず……なのに……!)
見れば、周囲に人払いの結界が張られていた。
セラは猛烈に嫌な予感がして、今すぐにでも学院に向かいたくなった。
だが、《
「《ズドン》」
「――ッ⁉」
一節で唱えられた【ライトニング・ピアス】が、背後から空気を裂きながらセラを突き刺さんと向かってきた。
咄嗟に体を捻って紫電を躱し、空中に飛び上がって態勢を整える。
「……誰?」
「あ? 誰、だと? ……そうか、テメェ、この俺を忘れてやがったのか。そうかそうか」
声は、近くの建物の屋根から聞こえた。
セラが視線を向けると、いかにも都会のチンピラ風の男が、表情を憤怒に染めながらセラを凝視している。
その瞳は途轍もない殺意と憎悪で染まっており、並の人間なら睨まれるだけで卒倒するだろう。
だが、それだけの殺意を一身に受けてなお、セラは堂々と、チンピラを睨み返す。
「……今の高速詠唱……ジン=ガニス? だったかしら」
「ああ、そうだよ。てめぇにゃ借りがあるからな。ここでキッチリと、返礼させてもらうぞ‼」
ジンが屋根から飛び降り、風を纏いながらセラに肉薄しつつ左指を向ける。
「《ズドドドドドドドドドドン》‼」
黒魔【ライトニング・ピアス】の高速10連射。
信じられない速度で連発される極光の閃槍が、セラを蜂の巣にしようと襲い掛かる。
「《疾》――!」
「なっ、クソッ……!」
だが、無数の連射を、彼女はジンと同じく風を纏って躱し、路地裏に入り込み、ジンを誘う。
ジンは彼女の後を追うが、狭く、入り組んだ路地裏では、全力で飛ぶことが出来ない。
なのに、セラはそんなことお構いなしに、先へと進んでいく。
技術の違いを見せつけられる。
ジンの方が
だが、この入り組んだ地形が。
そして、セラの小回りの利く動きが。
ジンに姿すら見させない。
今彼は、セラが残す風の残滓を追っているにすぎないのだ。
「――っ⁉」
突如、ジンは曲がり角を曲がろうとして、悪寒に襲われた。
自分の直感に従い、咄嗟に壁を蹴って進行方向を強引に切り替えると。
ずがぁん‼ 先程まで自分の居た場所に、暴風の戦槌が打ち付けられた。
ジンが視線を向けると、先程まで自分の居た場所に頭上に、セラが左手を構えた状態で静止していた。
瞬時に彼は悟った。自分が誘い込まれていたことに。
小回りが利かないことを読み切って、ジンを先回りし、一番隙のできるタイミングで攻撃を仕掛けたのだ。
まるで、自分の全てを見透かされているかのような立ち回り。風を極め、次の一手が読めない得体の知れなさ。
思い出される、屈辱の記憶。以前対峙した時も、ジンは手も足も出ず、無様に逃げることしかできなかった。
その苦い記憶が、鮮明に掘り起こされ、ジンの心をドス黒い炎が焼き焦がす。
「ぶっ殺す……ッ‼」
呪詛を吐きながら、ジンは雷閃を無数に放つ。
だが、そのすべてが、躱され、弾かれ、防がれる。
敗北。
その二文字が頭に浮かび上がり――
「ふ……っざっけんなぁぁぁぁぁああああああああーーッ‼」
怒声とともに、放った一閃。
その一撃が、セラの頭部を捉えた。
セラの体が、まるで蜃気楼のように
「終わりよ」
「――ッ⁉」
声は、ジンの背後から聞こえた。
直後に、彼は悟った。
「……俺が、今まで追っていたのは……【イリュージョン・イメージ】の虚像……だってのか⁉」
「もう少し冷静さが残っていたら、見抜けたかもしれないよ」
背後を取られた。
それは、敗北を決定づけるサインとしては、十分すぎた。
「貴方、天の智慧研究会の人間ね? 一体、何が目的なの……って、聞きたいけど、みんなが心配だし、貴方は気絶させて軍で拘束するわ」
「……へっ」
「?」
突如、ジンがニヤついた笑みを浮かべる。
「残念だったな。てめぇが愛しの生徒ちゃんたちのとこに行くことはできねえ!」
「……どういう意味?」
すると、ジンは懐から札のようなものを取り出し、それを強引に破き去った。
不審な行動に、セラが眉をひそめる。
「何をしたの?」
「知りたいか? じゃあ教えてやる。この札はなぁ、今の学院の入るための鍵なんだよ!」
「……は?」
「既に学院の結界は
「何を……言ってるの⁉ 答えなさい!」
下卑た笑みを浮かべるジンに、セラが強い口調で問い詰める。
明確に焦りを抱いているその姿を見たジンは、ようやく一矢報いたことに歓喜した。
「残念だったなァ……!」
「くっ――!」
これ以上話すつもりはないらしい。
セラはジンを気絶させ、念入りに【スリープ・サウンド】を掛けて眠りを深くし、【マジック・ロープ】で拘束。【スペル・シール】で魔術を封じる。
そして、《
(……みんな、無事でいて……!)
アルザーノ帝国魔術学院の出入り口で。
二人の男が対峙していた。
「……何者だ、貴様?」
「グレン=レーダス、ただの魔術講師だ」
グレンは講師用のローブをがっちりと着こなしている。
対面するのは、ダークコートを着た、アタッシュケースを持った男。
明らかにグレンを警戒し、敵視している。
「……馬鹿な、一介の魔術講師に、キャレルが破れるはずがない」
「じゃあ、こいつが大したことなかったんじゃねえの? 知らねえけど」
キャレルと呼ばれる男は、既にグレンによって倒され、学院の外で眠らされている。
それを確認したからこその、レイクの警戒。
グレンはレイクに対し左手を向け、不敵な笑みを浮かべる。
「勝負、しようか?」
「……いいだろう」
ダークコートの男がアタッシュケースを開く。
中からは、五本の剣が収納されている。
「《目覚めよ刃―――」
「隙ありぃぃぃぃぃぃぃいいいいいいい―――――ッッッ!」
俺はレイクが呪文を唱えようとした瞬間、懐から
「《雷精よ・紫電の衝撃以て・打ち倒せ》‼」
呪文を唱えながら、俺はレイクに掌底を放つ。
ギョッとしながらも、レイクは冷静に
「何……⁉」
レイクの呪文は発動しない。正確には、
隙を見せたレイクの顎に、俺の掌底が直撃した。
その瞬間。
俺の掌で、発動が遅れていた【ショック・ボルト】が発動し、レイクに直撃する。
「がぁああああああーーッ⁉」
顔面で、一切の魔術防御を取らずに受けたせいか。
レイクは学生用の初等魔術で大ダメージを受けている(ように見える。というかそうであってほしい)。
俺は人を殺せない。原作のように、軍用魔術を人に向けて撃つとか不可能だ。
だから、こうやってトリッキーな方法で、学生用の術を使うしかない。
「……ぐっ、おのれぇ……! 《炎獅子》‼」
黒魔【ブレイズ・バースト】の一節詠唱。
普通ならこれで俺は黒焦げだろう。
だが、術は発動しない。魔方陣がレイクの掌に展開されたまま、一向に効果を発揮しないでいる。
立ち往生するレイクに対し、俺が蹴りを放つ。
それを躱して、レイクは冷徹に見解を口にした。
「……なるほど。
「あ、もう分かった?」
レイクの言葉通り、これが俺の【愚者の世界】。
本来なら起動を停止するはずのそれを、俺は敢えて完成させずにそのままにした。
だって、俺普通に殴り合うとか無理だもん。魔術使えるようにしとかないと怖いもん。
「ふん。だが、遅れると分かっているなら、それに対応するだけのこと」
レイクが足元の剣を拾い上げ、こちらに向ける。
……そういやこいつって、こいつ自身の剣技も冴えわたってるんだっけ? なんかそんな感じの設定あったような……。
「はっ――!」
「うおっ⁉」
振り下ろされる斬撃を、咄嗟に飛び退いて躱す。
危ない。とんでもない速さだったぞ、今の。これ、本当にヤバいんじゃないか? さっきの一撃で決められなかったのってもしかして相当まずいんじゃないのか?
一応身体能力強化の魔術は服に
「あぐっ⁉」
そうこうしていると、俺の脇腹を剣が掠める。
掠めただけ。たったそれだけで、脇腹に、熱した鉄パイプを押し付けたかのような熱さが発生した。
余りの激痛に悶えそうになるが、必死に堪える。
これが、痛み。
傷つけられる痛み。
――辛い。
「ぐっ……!」
だが、敵は休む暇を与えてはくれない。
レイクは座り込んだ俺に、容赦なく斬撃を浴びせる。
次々に体から血飛沫が舞い、全身から力が抜けていくのを感じた。
同時に。
「……む? どうやら、貴様の
「――ッ!」
見れば、レイクは呪文を唱え、剣を浮遊させていた。
「存外、楽しめた。だが、貴様には経験が、技術が、圧倒的に足りていない」
それだけ残し、レイクはこちらに左手を向ける。
既に立つことも出来ず寝そべる俺の目の前に来て、わざわざ魔術で殺そうってか。
(……くそっ、こうなったら……!)
最後の悪足掻きだ。
唱え切れるとは思わない。撃つ前に消されるのがオチだ。
だが、何かしなくては。このまま終わりたくない。死にたくない。抵抗しなければ。早く。早く。早く!
「《我は神を
懐から《
もう、他に出来ることが思いつかねえ。生半可な魔術じゃアイツに負けちまう。出血のせいか、思考が纏まらないせいで作戦が立てられない。
「……まさか、黒魔改【イクスティンクション・レイ】か……? そんな術まで使えるとは……些か、貴様を見くびっていたようだ」
「《五素より成りし物は五素に・
「させん。ここで貴様は終わりだ。《雷帝よ》――ッ!」
「《霧散せよ》――ッ!」
レイクが俺に向かって【ブレイズ・バースト】を唱えようとした……その瞬間。
外部から放たれた【トライ・バニッシュ】が、レイクの呪文を打ち消した。
突然の第三者の迎撃に、レイクが驚きながら、下手人へと視線を向ける。
「なっ、貴様は……!」
レイクの視線の先には、講師用のローブに袖を通す女性。
セラ=シルヴァースが、そこにいた。
「なぜ、貴様がここに……お前はジンが……ッ!」
「外の人が同じ符を持っていてくれて助かったわ。……それより、こっちを見ていて大丈夫なの?」
「――ッ⁉ しま――」
レイクの目の前に展開される、三つの魔方陣。
それらを見たレイクが、顔を青ざめさせ、左手をかざす。どうやら、浮遊剣を使って迎撃しようとしたのだろう。
だが、【ブレイズ・バースト】を使った影響で、今の奴のマナバイオリズムはカオス状態。ロウ状態に戻さなければ、剣を動かすことはできない。
つまり今この瞬間、レイクは無防備なのだ。
「《遥かな虚無の果てに》―――ッ‼」
文字通り、全身全霊。
降って湧いた奇跡。絶好のチャンス。――逃すわけにはいかない!
全開の魔力を以て、俺は【イクスティンクション・レイ】を発動。
魔方陣を貫くように発射される超特大の光の柱。その衝撃が、ほぼゼロ距離でレイクを飲み込み……。
寝そべったまま発動したからだろうか。衝撃波が空に向かって突き抜けて行き、その反動で俺は意識を失った。
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四話
「……あ?」
「あ、グレンさん起きました?」
「……セラ。ここは……?」
頭が痛い。体が怠い。マジで体起こすのもシンドイ。
周りを見渡すと、白一色の部屋。恐らく、医務室だろう。
「……えっと、俺は……」
「大丈夫ですか? 一応、傷は完璧に治癒しました」
「……ああ、そっか……助かった」
そうだ。
俺はあの時、レイクを……。
「……アイツは、どうなった?」
「そ、それは……」
「いや、その反応で十分だ」
「……あの、大丈夫ですか?」
「何がだ? 相手はテロリストだ。三流の俺に、手加減の余地はねえよ」
「いや、そうじゃなくて……」
「悪ぃ、少し外すわ」
「え、いや、でも……!」
セラの反対を押し切り、俺は無理やり医務室を出る。
懐から取り出した懐中時計を見る限り、俺が気絶してから三時間ほど経過している。
セラの様子や、学校の雰囲気から、テロリストの存在は生徒たちには知られてないと思う。
だとすれば、セラはまず俺を医務室に連れて行き、そこから生徒たちのもとへ向かったことになる。
この学院の結界は今、内部から外部への脱出は不可能になっているから、生徒たちが家に帰ったという展開はない。
だとすると、あの男もいるはずだ、あの場所に。
「……うっ」
込み上げてきた吐き気に、思わず口元を抑える。
人を殺した。
相手がいずれ復活する人間だとしても。
相手が何人も人を殺してきた殺人鬼だとしても。
相手が世界を脅かすテロ組織の人間だとしても。
人を殺した。
その事実は、俺の肩に重くのしかかった。
……だが、耐えなければ。
これからも、俺は戦わなければならないのだ。
もっとたくさんの外道たちと。もっとたくさんの死線を。
だから、こんなところで立ち止まるわけにはいかないんだ。
(……進め、止まるん、じゃねえ……!)
魔術師である以上、こういう闇と、血みどろの現実は常に隣りあわせだ。
だから、俺が止まるわけにはいかない。
俺は、教師だから……!
「……転送塔、警備用のゴーレムがいねえな。準備できてねえのか? まあ、そっちのほうが好都合だけどよ」
遠慮なく通らせてもらおう。
俺はずかずかと螺旋階段を上っていき、
「……よぉ」
「来ましたか」
いた。
全ての元凶、ヒューイ=ルイセン。
俺……いや、セラの前任の教師にして、学院を吹っ飛ばす人間爆弾。
「……やはり、貴方は分かっていたのですね」
「あ?」
「……覚えていますか?」
ヒューイが語ったのは、俺が教師になって間もない時の頃の話だ。
イマイチ教師というものが分からなくて苦戦していた俺に、何度も助言をくれて助けてくれた。
彼の授業は、授業内容こそ詰め込み教育ではあったが、それでも生徒に分かりやすく教えたいという気概は伝わってくるものだから、俺もそこは尊敬していたし、学ばせてもらっていた。
だが、それがどうした。
「あの時、私がかけた問いを、覚えていますか?」
「……問い?」
何かあったか?
必死に記憶を巡らせ……辿り着いた。
あれは、三年前くらいの話だ。
『……グレン君』
『ん? あ、ヒューイパイセン。ちっす』
『どうです? 教師としての生活には慣れましたか?』
『そりゃまあ、お陰様で』
『それはよかった』
その時だ。
この人はいきなり、俺に聞いてきたんだ。
『君は……どうして教師になったのですか?』
『えっ?』
窓から天空城を眺めるヒューイが、俺を見ることなく問いを掛けたんだ。
『正直、この学院に来た時の君からは、熱意を欠片も感じませんでした。そんな人物が、本当に講師としてやって行けるのか、僕は不安でした。それでも、君は苦言を漏らすことなくやり遂げた』
ヒューイがこちらに視線を戻す。
『何故です?』
とても、真剣な目をしてると思った。
だから俺は、偽りなく、自分の想いを語った。
『俺は……逃げてきた。受け入れるべきである運命から』
『……、』
『ソイツを受け入れるってのは、状況に流されてるだけなんじゃないかって、そう思った……いや、違うな。怖かったんだ。だから逃げた』
『……後悔は、ないのですか?』
『……ない、と言えばウソになるけど……でも、自分で選んだんだしな。でも、逃げるにせよ、結局は自分で進むべき道を選ぶことは間違ってないと思う。その結果がどうなろうとも……いや。自分で選んだ道なら、後悔する事だって許される気がするんだ』
『!』
『……って、何言ってんだろ、俺。はははっ、忘れてください』
照れくさくなって、俺はいそいそとその場を離れた。
「……私は、君から教わった」
現実のヒューイが俺に声を掛ける。
「……俺から? 何を?」
「一番大事なのは、運命を受け入れる事でも、流されて思考停止することでもない。例え間違った結果になろうとも、まずは自分の意志で道を選ぶべきなのだとね」
「そんな御大層なご高説垂れた覚えはねえんだがな」
「私が勝手に、そう解釈しただけです。お気になさらず」
「……送られてきた予告状も、アンタが?」
「ええ。僕はやはり、自分がどうこうよりも、生徒を守りたかった。例えそれで、教師を続けられなくなっても、僕は後悔はなかった」
「すげぇな、アンタ」
俺は偽りのない賞賛を述べた。
自分で選んだ道に後悔の無い人間なんてそうそういない。
でもこの人の言葉に、嘘はなかった。本気で、自分が教師を続けられなくなってもいいと思えているんだ。
この人は敵だ。天の智慧研究会の送り込んだ爆弾。
それでも、俺の教師としての師は、この人だ。
「だが、決心するのが遅すぎた。僕が決意した時には、既に組織は僕を使ったテロを実行する一歩手前まで来ていた。僕個人の力ではどうにもできない」
「だから帝国軍に頼った。普通に事情を話すんじゃ信用を得られないとでも思った、ってとこか」
「ええ。実際、脅迫文と僕の不自然な失踪のおかげで、都合よく軍は人材を派遣してくれた」
「全部アンタの思惑通りってわけだ。……こりゃ、完敗だな」
「そうでもありませんよ」
? 俺が首を傾げると、ヒューイはクスリと笑って言う。
「君がここに来ることは、僕にも予想できなかった」
「……、」
「……これは僕の勝手な思い込みなので、聞き流してくれて構いませんが」
なんだ、と聞き返す前に、ヒューイは言葉を紡ぐ。
「君はもう、逃げることなく、運命に立ち向かっているのではないですか?」
その後。
ヒューイを拘束し、事件は無事解決した。
幸い、生徒たちにテロリストの存在を知られないまま被害を抑えたので、隠蔽は容易だった。
敵の死亡者は一名。俺が殺した、レイク=フォーエンハイムのみ。勿論、相手が天の智慧研究会で、しかもテロを行っており、明確な目的があって襲撃を図った以上、俺の殺害は正当防衛とされている。
そして、ヒューイの口から語られた彼らの目的。
ルミア=ティンジェルの誘拐。
恐らくだが、ヒューイは自分が知り得る限りのことを話しているだろう。ルミアの異能のこと。組織がアイツを狙っていること。
だからこそ、今回の事件の功労者たる俺と、ルミアの同居人であるシスティーナに、彼女の秘密が明かされた。
「……よっ」
「あ、グレンさん」
「呼び捨てでいいよ。俺の方が年下だしな」
「……じゃあお言葉に甘えて。グレン君、見送り?」
グレン君……まあいいや。
「そんなとこだ。お別れ会、随分と派手だったじゃねえか」
「はははっ、ちょっと照れくさいな。ああいうの、あんまり慣れてなくて」
「そっか」
「……グレン君、大丈夫?」
多分、この大丈夫の意味は……。
「心配すんな。魔術師やってるなら、いつかは向き合わなきゃなんねえ現実だ」
「……、」
「俺は教師だ。そこは変わんねえし、逃げもしねえよ。だから、心配すんな」
「……うん、でも、辛かったら我慢しなくていいんだよ?」
「心配性だなお前も。気にすんな。……じゃあな」
「うん!」
目一杯の笑顔とともに、彼女は校門を抜ける。
その姿を見送りながら、俺は空高く聳える天空城を眺め、
「あ、先生! なにしてるんですか、もうすぐ授業が始まりますよ⁉」
「……ったく、面倒臭ぇな、教師ってのは」
再び担任となったクラスの喧しい優等生の叫び声を聞きながら。
うんざりしたように、でも、どこか楽しそうに。
俺は、自分の居場所へと足を運んだ。
第一章っ、完ッ‼
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五話
ようやく転生者複数タグが意味を成す時が来ましたよ
アルザーノ帝国。
首都、帝都オルランドにて。
一人の少女が、パンを片手に歩いていた。
薄青色の鮮やかな髪に、前髪に一部混ざった赤と黄色のメッシュ。
整った顔立ちと華奢な体躯は、彼女の幼さを醸し出し、だがしかし、身に纏う雰囲気はまるで人形のように透明で、何も感じない。
あまりの気配の無さ。それは、彼女がここに存在しないのではと思わせるほどだった。
事実、本来ならその思わず振り返って二度見してしまいそうな美しい容貌を、誰も気にも留めることはない。
「いて」
「あ?」
前方不注意。
それは、少女ではなく、少女とぶつかった男の方だ。
男は何にぶつかったのか怪訝そうにしていたが、相手が年端も行かぬ少女と知るや否や、口元をニヤつかせて、
「おいおい嬢ちゃん、どこ見てんだよオイ」
「……ぶつかったのはそっち。ちゃんと前見て」
「あ? 口答えすんのかテメェ、おい。誰に向かってそんな舐めた口利いてんだァ?」
「私はあなたと違って忙しいの。昼間っから遊んでる暇なんてないの」
「……調子乗ってんじゃねえぞガキ。テメェなんぞ俺にかかりゃ――」
そう凄んで、男が少女の胸ぐらを掴み上げた……その瞬間。
「……は?」
男は、空を見て居た。
見上げているわけではない。首は真っすぐになったままだ。
ならば、なぜ視線の先に空があるのか。先程から感じる、背中の冷たさは何なのか。
そこまでして、ようやく男は、自分が仰向けに転がされていることに気づいた。
「なっ、クソッ、あのガキは――ッ⁉」
男が立ち上がり、周囲を見渡そうとする……が。
ぐらり、と。
体が揺れ、男は倒れこんだ。
立てない。足に力が入らず、バランスが取れない。
「ど、どうなって……?」
男の疑問は、ついぞ晴れることはなかった。
「リィエル、やり過ぎだ」
路地裏に入っていった少女に呼びかける声があった。
声を掛けられたのは、先ほどガラの悪い男と言い合いになっていた少女だ。
どうやら、リィエル、というらしい。
リィエルは声を掛けてきたものに振り向き、淡々と答える。
「私が何か悪いことした? アルベルト」
「……、」
アルベルトと呼ばれた男は黙り込んだ。
不思議な沈黙が続く。
「……任務だ」
それを破るように、アルベルトがリィエルに羊皮紙を見せる。
「なに?」
「フェジテのアルザーノ帝国魔術学院は知っているな」
ぴくっ、と。
リィエルの肩が動いた。
アルベルトはそれに気づかず、話を続ける。
「ターゲットは二人。まずはルミア=ティンジェルだ。この少女は、かつて三年前に病死したとされる、第二王女、エルミアナ=イェル=ケル=アルザーノだという」
「……それは、
「
「……情報部でやればいい」
「言い分は尤もだ。だが、近々開催される魔術競技祭があるだろう? あれには女王陛下が来賓なさる。その護衛も含めてだ」
「王室親衛隊は?」
「奴らは一枚岩ではない。だからこそ、複数の見張りが必要となるのだ」
「ふぅーん。……それで、もう一人は?」
「グレン=レーダス」
アルベルトが名を口にした、その一瞬。
普段から人形のように無表情のリィエルの顔が、険しく歪んだ。
アルベルトは興味がないのか、それを無視して、
「この男は要注意ということだ」
「どうして? ただの魔術講師でしょ?」
「だから、だ。この男は、天の智慧研究会の
「じゃあ味方じゃないの?」
「断言できるのか?」
リィエルは答えなかった。
天の智慧研究会は、外道魔術師の集りである。そして、そのメンバー全員が『
そのための犠牲なら、何をしても許される。むしろ犠牲を積み上げるべきだ。そんなことを平気でのたまう異常者の集り。
だったら、敵を騙す為に味方を殺害するくらいのことをするのではないか?
実際、この手の手段で組織の人間が軍に入り込んでいたケースも過去にあった。
「……グレン=レーダスの調査と、確実な情報の入手。それが、俺達の任務だ」
「……分かった」
確認を終えた二人が、路地裏の先へと向かう。
一寸先の闇を見据えながら、リィエルは思案する。
(グレン=レーダス。とうとう尻尾を見せた)
リィエル=レイフォードは、ずっとグレン=レーダスを探していた。
それは、彼女の特殊な事情が関係している。
確かめなければならなかった。
どうして、あの男は軍にいなかったのか。どうして、その道を進まなかったのか。
その答えが、もうすぐわかる。
「はい、つぅわけで本日もやってきましたよ魔術競技祭。ほんっとなんで毎年こんな馬鹿なことするんですかねうちの学院は」
「ちょっと先生! 魔術競技祭は、学院に通う生徒の成果と――」
「はいはい長ったらしいご高説は省略省略。さっさとメンバー決めるぞー。去年はメンバー決めにクソほど手間取ってたからな」
毎年思うが、なんでこんなに面倒臭いんだろうな。
基本的に、この学院の魔術競技祭は成績上位者だけ出場させるという定石がある。
俺はぶっちゃけどうでもいいので、今まではクラスのメンバー決めは生徒たちに一任していた。それである程度優秀な成績を残せてたからそん時はどうにかなったが。
だが、今回の競技祭はそうはいかねえ。何しろ、掛かっているのは女王陛下の命だ。本気で勝ちに行き、助けなくては。
正直、俺がやらなくていいなら無視したいが、今回の事件は【愚者の世界】が―――
「……………………あ」
「? どうかしましたか、先生?」
「え、あ、いや、なんでもねえ。じゃあ、さっさと決めてくぞー」
俺はメンバーを選別していきながら、とんでもない失態を犯していることに気が付いてしまった。
俺の【愚者の世界】の効果は、自分を中心とした一定領域内にいる者の、魔術起動の低速化を引き起こす能力。
故に、遅れてくる魔術と言ったトリッキーな戦いが出来るが、魔術を完璧に止められないという欠点がある。
つまり、今回の本命である女王陛下の首に掛けられるネックレス型の呪殺具を止められない。
仮に【愚者の世界】を起動しても、一定時間経った後に呪殺具が呪いを発動して終いだ。
つまり、これから俺は、【愚者の世界】を完成させなければならないのだが……。
(そうなると、魔術競技祭が疎かになっちまう。それはまずい。そこを逃したら本末転倒だ。前回の結果から、他のクラスも出場のさせ方に変化がみられる。そんな大きく変わることはねえだろうが、ハードディスク先輩とかは俺の事嫌いだし、どんな指導させるか分かったもんじゃねえ。だから、指導には力を入れないといけないんだ)
となると。
俺は魔術競技祭からは目を離せない。
けど、【愚者の世界】は完成させないといけない。
……詰みでは?
(軍の協力が得られないかもしれないってのも尾を引いてるな。クソッ、いらんとこで弊害が出やがる……!)
アルベルト=フレイザーとリィエル=レイフォード。
この二人が競技祭で協力してくれない可能性。これは、非常に大きい。しかも、リィエルに関しては、もしかしたら存在すらしていない可能性がある。
原作ではグレンが救出することで事なきを得ていたが、俺は軍に入っていないため誰が助けたか分からないし、もしかしたら誰も助けてなくてホルマリン漬けにでもされているかもしれない。
なにしろ、彼女は『Project:Revive Life』の成功例。被検体として欲しがる研究所などごまんとある。
クソッ、なんで軍に行かなかったんだよ過去の俺ェ‼
「はぁ……仕方ねえ、まずはアイツ等の指導だな」
放課後。
胃に穴が開きそうな思いで、俺は生徒たちの居る場所へと向かった。
その後、ハーモニー先輩とひと悶着ありつつも、何とかこれを退け、マジで頑張って、ハローワーク先輩のクラスにも負けないくらいに指導した。
その間に、【愚者の世界】を完成させられるか頑張ったが、余りにも時間がなかった。そんなことをするより、生徒たちの特訓メニューを考えるのが優先だ。
なので、ついぞ【愚者の世界】は完成しなかった。泣きたい。
最悪の展開が近づきつつあるが、まだ希望はある。
それは、呪殺具が効果を発揮する前に破壊することだ。勿論、呪殺具の破壊も条件起動の対象だろうが、それを認識させる前に木っ端みじんにして、術式を破壊すればギリ間に合う……はずだ。
「……さぁーて、頑張りますかね、魔術競技祭」
転生者一号、リィエル。
赤メッシュと黄メッシュは兄と姉、創造主の名残から。
一号というが、二号三号がでるかは分からない
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六話
魔術競技祭当日。
俺たち講師や生徒は、女王陛下来賓を歓待するために正門前に集まっていた。
……こんだけ人数いたら、バックレてもバレないんじゃね?
「いよっし。なんとか逃げ切ったな。流石俺、こういうのは天才的――」
「貴方、グレン=レーダス?」
あん? 誰だこんな時に。こっちは忙しいってのによぉ。
「……なんだお前……?」
背後から声を掛けてきたのは、奇妙な少女だった。
青い髪に赤と黄色のメッシュが入った小柄な少女。その表情は無機質で、一切の感情の色を映していない。
「私は、リィエル=レイフォード」
「は?」
「早速で悪いけど……ぶっ飛ばすから」
突如のことだった。
青髪女が殴りかかってきた。
その細腕から出てるとは思えない怪力で、俺は壁に叩きつけられる。
「ぐあっ⁉ ……り、リィエル……だと⁉」
「……やっぱり、知ってるのね。
「テメェ、どういう……」
俺が言葉を紡ぐ前に、リィエルの二撃目が放たれた。
迫りくる拳を、首を逸らすことで回避する。俺の頭蓋を砕くはずだった拳は、背後の壁に突き刺さり、まるで隕石でも衝突したかのような跡を作った。
やばい。こいつの怪力は相当イカれてる。どう考えても原作以上だ。しかも、霊的な視覚で視た感じじゃ、身体能力強化の魔術は使ってない。
その証拠に、壁を殴った手からは、反動からか血が出てる。
だが、こいつはそんなことお構いなしに三撃目を放ってきた。俺の頭を踏みつぶすかのような足蹴りを、咄嗟に右に転がって躱す。
というか、なんでこんなに暴れて誰も気づかないんだ?
「安心して。強力な人払いを貼ってる。魔術師でもそうそう気づけない」
「なにも安心できないんですけど⁉」
この野郎、いくらなんでも用意周到すぎるだろ。そんなに俺のこと殺したいのか? どんだけ俺のことが憎いの?
「《万象に希う・――」
「本気で殺しに来たーーーー⁉」
やばい、【
リィエルが呪文を唱えてる隙に、態勢を整えるために距離を取る。こいつに勝つには、接近戦は駄目だ。とにかく、魔術を使わないと。
「《我が腕に・鋭利なる刃を》」
「……ん?」
あれ、何か今呪文変じゃなかった?
そう思った矢先のことだ。
リィエルの手に、
「……え」
「死ぃぃぃぃぃぃぃいいいいいいいねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇええええええええッッッ‼‼‼」
「死ねって言ってるぅぅぅぅぅぅうううううう―――ッ⁉」
横一閃に振るわれる刃。
俺は咄嗟に身を屈め躱すが、俺の背後にあった壁が、文字通り横に裂けた。
危ない。頭を下げなきゃ死んでた。
「……(絶句)」
「次は……外さない」
「外してくださいお願いしますッ‼」
「いぃぃぃぃぃぃぃぃぃいいいいいいいいやぁぁぁぁあああああああああああ―――ッ‼」
「そんな返事あるぅぅぅぅぅぅうううううう―――ッ⁉」
もう無茶苦茶だった。
多分もう既に競技祭始まってるだろうけど、大丈夫だろうか。いや、中断してもいいからまずは俺を助けてくださいお願いします!
リィエルの連続攻撃は一向に止まない。むしろ、俺が逃げるたびに数が多くなって、早くなっている気がする。
「一か八かだ……《我・秘めたる力・解放せん》!」
白魔【フィジカル・ブースト】。身体能力強化の魔術が完成し、迫る一突きを目視して躱す。
それに一瞬驚いたリィエルが、今度は逃げ道を塞ぐように、
つか、テメェはどこの佐々木小次郎だよオイ。
俺は全力で地面を蹴って後方に飛ぶ。俺の体が完璧に射程外に出るのと、つい先ほどまで俺の居た場所をリィエルが切り裂いたのは、全くの同時だった。
「……よくやる。じゃあ、次は十パーセントの力で戦う」
(あれで十パー⁉ こいつバケモン過ぎじゃね⁉)
信じられない。身体能力を強化して、リィエルの一割程度の力しか出せていないとは。
今更だが、俺の動きはリィエルからしたらハエが止まって見えていたのかもしれない。俺が気づかないだけで、リィエルから見たら隙はたくさんあったのではないか。
だとするなら、それを
「おい待て。お前、何の為にこんな……!」
「自分の胸に聞いてみろ……!」
「いやそんなこと言われても――ッ⁉」
速い。今まででダントツに早い。しかも、こいつの剣技、冴えわたっている。素人目で見ても……いや、前に戦ったレイクよりも上かもしれない。
おかしい。リィエルは剣技を習ってなくて、すべて天性のセンス、野生の勘による邪道の剣技を扱っていたはずだ。
だが、目の前のこいつの剣技は、どこか型にはまっている、邪道とは言い難いものだ。
(だから、それがどうし……)
剣技を習う余裕があるのか、こいつには。
そもそも、こいつが俺を狙う理由は何だ? 俺はこいつに恨まれることは何もしてないし、そもそも出会ってすらいない。
「……なんで鍛えた?」
「生きるため」
「そんなことしなくても、てめぇにゃ十分――」
「才能何て、なかったら?」
俺は言葉に詰まった。
リィエルが僅かに語った一言。それだけで、彼女の想像を絶する努力を垣間見たからだ。
才能がない。リィエルが持ち得る天武の才を持たない。
それ故の剣技。正しく学んだ技術。
「なあ、お前ってさ……俺と同じなのか?」
「……それに答えるのは……」
ダンッ! と。
リィエルが地面を蹴り、大きく踏み込んでくる。
振り上げる刀。その一撃に込められていたのは、彼女の明確な憎悪だった。
「―――」
俺は、動けなかった。
否、動かなかった。
「……なんで?」
リィエルが囁くように呟く。
「なんで、避けなかったの?」
俺を一刀両断するはずだった刃は、俺の目と鼻の先で止まっていた。
「別に。お前は多分、俺を斬らないだろうなって」
「何の根拠もない」
「本気で俺を殺したい奴が、そんな辛そうな顔しねえよ」
「――ッ⁉」
自分では気づかなかったのだろう。
リィエルは俺と戦っている間、普段の無表情が崩れ、ずっとしかめっ面だった。
彼女は戦うことを嫌っている。人を殺すなどまっぴらだろう。
それでも、戦うしかなかった。戦わなきゃ、生き残れないから。
才能がない。その意味が、今ようやく理解できた……ような、気がする。
「お前、人殺しなんてしたくないんだろ? 俺と一緒で。本当はそんなことしたくなくて、それでもやらないと生きていけなくて」
「……周りの人はみんな、ちゃんと覚悟のある人ばっかり。私はいつも一人、あそこに私の居場所はなかった」
「……そんなことは」
「ないって言えるの? 貴方は逃げた癖に」
「――ッ!」
……なるほど。
俺に対する憎しみは、俺が軍にいなかったこと。逃げた事……か。
「途中退場なら納得できた。仕方ないって割り切れた。でも、貴方は最初っからいなかった。そんなの、ズルいよ。私には、選ぶことさえできなかったのに……!」
「お前……」
リィエルが俺に剣の切っ先を突きつける。
「私はあなたを許さない……絶対に」
リィエルの怒りに対し、俺は何も言えずに立ち尽くすことしかできない。
やがて、剣を消したリィエルが、踵を返す。
「あっ、おい……」
「また、会おう」
こちらを一度も振り返ることなく、リィエルは言う。
……駄目だ。俺には彼女を引き留める資格なんてない。
確かに、彼女と俺にはまったく繋がりなんてない。同類だとしても、根本的には赤の他人だ。だから、助ける理由なんてものはない。
それでも、リィエルとなったあの子は、助けを欲していた。少なくとも、自分と同じ境遇の人間を求めていた。
俺がいれば、何かが変わったかもしれないのに。
「……ままならねえなぁ」
俺は、ボロボロになった通路を見渡しながら、ため息をついた。
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七話
リィエルとの邂逅を終え。
俺はようやく会場へと向かっていた。途中の事後処理が大変で、結構時間を喰ってしまったが、アイツ等大丈夫か?
「おっ、『精神防御』って、もうそんなトコまでやってんのか」
「あ、先生! 今までどこ行ってたんですか⁉」
「悪ぃ悪ぃ、昔の知り合いとちょっとな。今どういう状況?」
「えっと、ルミアが『精神防御』で……【マインド・ブレイク】を耐えているところです」
会場に視線を向けると、若干息切れ気味のルミアと、仁王立ちで構えるヤの付く職業みたいな雰囲気の男が一騎打ちをしていた。
いや、どう考えてもアイツ学生じゃないよね。ナニモンなの? 未だに分かんないんだけど。
「っていうか、ルミアってこんなにすごかったんですね」
心底驚いたように、システィーナが言う。
ああ、そういや、事件にこいつら関わらせなかったから、気づいてないのか。
「まあ、アイツは妙に肝が据わってるからなぁ。正直、どんな波乱万丈な人生送りゃあ、あんな精神力が身に付くのか……下手すりゃ俺より上かも」
「そんなに……。……あの、もしかして、あの事と何か……?」
システィーナが心配気にそんなことを聞いてくる。
あの事……王族関係か? まあ、関係ないわけではないだろうな。つか、ルミアって結局誰が助けたんだ? リィエルか?
「……まっ、変なこと気にしてもしょうがねえだろ。今はアイツを信じて待つだけだ」
「……はい!」
その後。
『精神防御』担当のツェスト男爵の精神攻撃の余波で、ジャイルが倒れたのを切っ掛けに、ルミアが既に勝負に勝っていたことが判明した。
……気絶して立ってるのってちょっとセコイな。
「……大丈夫かルミア?」
「……先生……はい。私、やりましたよ……!」
「ああ。よくやった」
「ルミア、辛くなったら我慢しなくてもいいのよ? でも、おめでとう!」
「……うん! ありがとうシスティ!」
よし、大体順調順調。この調子なら、多分問題なく優勝できそうだ。
だから、やばいのはこの後だ。俺が王室親衛隊を相手に逃げ切れるかどうか。
結局のところ、そこにすべてが掛かっている。
(頼むから妙な事にはならないでくれよ……)
先刻のリィエルとの邂逅を思い出し。
俺は切にそう願った。
リィエル=レイフォードは、腕を組んだ状態で瞑想していた。
周囲に人はおらず、静かな空間で石像のように停止している。
そんな彼女に、話しかける者が一人。
「何をしている?」
アルベルト=フレイザー。
リィエルの同僚であり、セラとともに彼女を匿った人間の一人だ。
呼びかけられたリィエルは瞼を半分だけ開き、鬱陶しそうな声色で応対する。
「何の用?」
「王室親衛隊の方で動きがあった。女王を拘束し、廃棄王女を殺害しようと目論んでいるようだ」
「……グレン=レーダスは?」
「王女を連れて逃亡を始めた。若干手際がいいように感じるから、疑念は晴れん」
「そう」
一言だけ言ったリィエルが、その場を去ろうとする。
それにアルベルトが待ったをかけた。
「待て。どこへ行く?」
「グレン=レーダスのところ」
「また殺す気か?」
どうやら、先刻のグレン=レーダスとの邂逅についてはバレているらしい。
リィエルは感情を感じさせない声色で、淡々と答える。
「違う」
「そうか。では、何をするつもりだ?」
「多分、今事態の中心にいるのはあの男。だから、そこへ向かうのが合理的」
「なるほど、確かに。……いいだろう」
アルベルトは顎に手を当て、僅かに思案したあと、リィエルの提案に乗った。
王室親衛隊を振り切って、街の路地裏へとやってきた。
というか。
「やってらんねえよ、まったくよぉ」
「ど、どうして私を庇ったりしたんですか⁉」
ルミアが珍しく目くじらを立てて怒鳴りたてるが、俺はそれらを全てスルーする。
さて。こっからどうするか。一応セリカに連絡は入れるとして、問題は宮廷魔導士団の協力を得られるかどうかってとこなんだよな。
そもそも、解決の手段が半分賭けになってる時点で色々まずいんだよなぁ。
「ちょっと、聞いてます先生⁉」
「聞いてます聞いてますー。あれだろ? システィーナの小説が文才ゼロだって話だろ?」
「誰もそんな話してませんよ⁉ っていうか、なんで先生がそんなこと知ってるん……って、そうじゃなくて!」
「忙しい奴だなお前も。もっと俺を見習って、堂々としてろよ」
「……先生、足が震えてますよ?」
「あれま」
見れば、俺の足が生まれたての小鹿のようにブルブルと震えていた。
やべぇ、止めようと思っても止めらんねえわ。
「……おい、どこ行くんだ?」
すると、ルミアがどこかへ行こうと歩き出した。
彼女はこちらを振り返るとことなく、静かに告げる。
「私が死ねばいいんです。先生まで同じ罪を背負う必要はありません」
「何がだよ。罪って何の話だ?」
「……私は、もとより存在することを許されていい人間じゃなかったんです。今までがおかしかった。私が死ぬのは正しい事なんです」
「なんだよ存在することが許されないって。そんなモンが罪になるなら、俺たちゃみんな犯罪者だ」
「――ッ! そういう、話じゃ……!」
ルミアの声は震えていた。
それは、間違いなく怒りによるものだろう。
俺の態度が気に入らないのか、それとも別に理由があるのか。
彼女が俺に対しこういう態度を取る理由も何となく分かっている。きっと、俺が魔導士じゃなかったから。要は、俺に対する信頼度の問題だろう。俺がどうにかしてやれると、欠片も信じていない。
だから、早々に自分を犠牲にしようとする。
「あのなぁ、もう全部遅いんだって。どっちにしろ、お前に手を貸した時点で、お前の命一つでどうこうできる問題じゃなくなってんの」
「――っ! じゃあ、どうしろって言うんですか⁉」
「だーかーらー。それを今考えてんの」
「……もういいです」
これ以上は無駄と判断したのか、ルミアは俺を無視して先へ行こうとし、
「止まって」
突如、ルミアの行く道を、一人の少女が塞いだ。
その手に握られているのは刀。その刀身がルミアの首筋に添えられ、一歩でも動けば彼女の首を落とさんと振るわれるだろう。
俺は思わず声を荒げ止めようとし、下手人を見て、絶句した。
それに対し、ルミアは一切の抵抗をせず、むしろ目をつぶって、覚悟を決めたように佇むだけだった。
「……どうぞ。私の首でよければ、いくらでも。その代わり、先生だけは――」
「それは出来ない」
「――ッ⁉ そんな、どうし……て……」
ルミアは少女に抗議しようと目を開け、徐々に言葉尻がしぼんでいく。
「貴女の首なんて、興味ないし、元から殺す気もない。ただ、貴女の覚悟が見たかった。うん、それだけ」
「そんな、貴女は……」
ルミアが心底驚いたような声を上げる。
まさか、リィエルと知り合いなのか、アイツ? でも、なんで……。
「おい、何をしているんだお前は」
「心配しないで。ちょっと揶揄っただけ」
後方からリィエルを呼ぶ声が響く。
それを聞いた彼女は錬成していた刀を崩して答えた。
路地裏の陰から現れたのは、長髪の、鋭い鷹のような目をした男だった。
「初めましてだ。俺はアルベルト=フレイザー。帝国軍の者だ」
「グレン=レーダス。……で? その帝国軍サマがどんな御用で?」
「事態は急を要する。お前たちが一番状況を把握していそうだと判断し、向かってきた次第だ」
「つっても、俺も全部分かってるワケじゃねえが……つか、国側だと信用は微妙なんだが、そこんとこ分かってる?」
「大丈夫です、先生」
意外なことに、二人を擁護したのは、二人自身ではなく、ルミアだった。
「この人たちは、信用できます」
「根拠は……って聞きたいが、
「先生……」
まあ、こいつらが味方であるのは分かってるけどな。
つっても、例外があったらマジで困る。アルベルトは原作通りみたいだけど、リィエルがマジで危険だ。何をしでかすか分からん。
けど、こいつらの力を借りないとやばいのも事実。あれ? なんでこんな綱渡りなんだ俺?
「……とりあえず、セリカに連絡させてくれ。話はそれからだ」
まったく。
俺は疲れたようにため息をつきながら、通信用魔道具に手を伸ばした。
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八話
まだ新刊買ってないんですよね……画集は金ないし。
全然投稿出来てなかったの申し訳ありません。しばらくデアラのssの方に集中していまして……。
それでは八話、どうぞ!
ファンリビ……琴里司令、全然でないよォ~~(嘆き)
セリカと連絡を取るために、俺は三人のもとから少し離れる。
通信用魔道具の金属音が数回木霊し、やがて停止して、声が聞こえた。
『……グレンか』
「よう。今の俺がどんな状況か分かってるか?」
『大体な』
「オッケー。そんじゃ、こっちからちょっと頼みたいことがあんだけどよ」
『私は何も出来ない』
……まあ、分かってるけどさ。
ここまではっきり言われると逆にムカついてくるんだが。
「ふざけてる場合じゃねえんだぞ?」
『私は何も言えない。もう一度言う、何も出来ないし、何も言えない』
この感じだと、今回は妙な事は起こってねえみたいだな。
なら、あとはもう少しだけ話を聞いて通信を切るだけ。
『そして、
「は?」
唐突に告げられた言葉に、俺は絶句する。
言葉を返さない俺に構わずセリカは、
『死なないでくれ。……今の私に言えるのは、これだけだ。じゃあな』
ぶつっ、と。
通信が切られる。
「……あ、そうか」
俺の【愚者の世界】が完成してないもんな。そりゃどうにもならないよな……そうなんだよな?
(変なフラグ立ってないといいけど)
「どうかした?」
「うおっ⁉」
急に話しかけられたので、ビックリして変な声が出てしまった。
慌てて振り返ると、不思議そうな表情で小首を傾げるリィエルがそこに居た。
「き、急に話しかけんな、ビビるだろうが……」
「? そうなの?」
「そうなの。ったく、面倒クセェ」
苛立ちから、思わず髪を掻きむしる。
どうしてこうも上手くいかないのだろう。いや、人生なんて上手く行くもんじゃないのは分かってるが、それでももうちょっとなんかあるだろう。
「ルミアたちはどうした?」
「向こうにいる。それより、何かあったの?」
「……実はな」
俺はセリカから話されたことを包み隠さずリィエルに話した。
リィエルは僅かに思案するように顎に手を当て、
「……【愚者の世界】が完成してないからじゃない?」
「だよなー。いっその事、ペンダントの呪いは封殺じゃなくて
「そんなことが出来るの?」
「分からん。実際にペンダントの術式が読み取れればどうにかできそうだが……条件起動式ってのがネックなんだよなぁ。
「まあ、そうじゃなかったらセリカがとっくに解除してる」
「だよなぁ。となると、やっぱ封殺……待てよ?」
どうやって起動の封殺を行おうか考えていたら、名案が浮かんだ。
「そうか、俺の【愚者の世界】は完成していない……けど、起動を遅らせればそれでいいんだ。その間に
「? どうやってそんなことを……? 貴方の【愚者の世界】は領域全体に効果を発揮する。同時になんてほぼ不可能だと思う」
「そうだな、ソイツはアルベルトたちにも伝える。だから、そっちで話すか」
俺とリィエルがアルベルトとルミアたちのもとへ向かう。
しかし、我ながら本当に名案だなこれは。よくこんなの考え付いたぜ。
「来たか」
「えっ? あ、先生!」
「よ、ルミア。状況は大体わかったぜ。多分、何とか出来る」
「えっ⁉」
「ほう。聞かせてもらおう」
「ああ。まずは―――」
俺はアルベルトたちにやってもらいたいことを伝える。
しかし、意外にも作戦を伝えた時、ルミアが難色を示した。
「でも、それじゃあ先生が危険な目に遭うってことですよね? そんなの……」
「アホか。どちらかと言うと危ねえのはお前だろーが。……はぁ、ったく、教師失格だな。生徒を放っぽりだして知らねえ男に預けるなんて」
「そう。グレンはもっと自分を危険に晒すべき」
「嫌だよ⁉ もっとこう、安全策を立てて、優雅に椅子にくつろぎながら、ワイン片手に余裕綽々な感じで過ごしたいんだよ俺は!」
「死亡フラグね。優雅たれの典型よ」
「ファック」
「……珍しいな」
俺とリィエルの言い合いを横目で眺めていたアルベルトが、そんなことを言い出した。
「は? 何がだよ……?」
「いや、こちらの話だ。気にするな」
「? あっそ。じゃあ、さっさと始めますかね」
「いたぞー!」
「追え、絶対に逃がすなァァァーー!」
王室親衛隊が大声で叫ぶ。
彼らの視線の先には、ルミア=ティンジェルとそれを抱えるグレン=レーダスの二人が映っていた。
(ああ、本当に珍しい事だ)
しかし、彼はグレン=レーダスではない。
実際はグレンに【セルフ・イリュージョン】で変身したアルベルトだ。
そんな彼は、建物の天井を駆けながら、つい先ほどのリィエルとグレンの様子を思い出していた。
(リィエルがあそこまで人と会話するというのも中々ない。奴はいつも、
だが。
あの時のリィエルは……ほんの僅かだが、グレンに対し心を開いている。少なくとも、アルベルトはそう感じた。
あんな風にジョークを言う彼女も珍しいので、つい思考が漏れてしまったほど。
それほど、アルベルトは驚いていた。
(グレン=レーダス、か)
不思議な男だ、とアルベルトは思った。
特別何かを為したわけではない、ただの三流魔術師。講師としてはそれなりの実力はあるらしいが、実戦経験は皆無だろう。
にも拘らず、全てを見透かしているかのような推察力。行動に迷いのない度胸。そして、発想の穴を突くような機転。
それらすべては、本来戦場にいてこそ身に付く物。しかし、彼は平穏な世界にいて、それらを取得している。
才能、と言えば聞こえはいいが、アルベルトは若干の薄気味悪さを感じた。
まるで、常に戦うことを視野に入れ、イメージをし、備えていたかのようだ。
(探り……は難しいだろうな。……奴については後回しにするとしよう)
「跳ぶぞ」
「……はい」
腕の中のルミアが小さく答える。
それを聞いたアルベルトが頷き、宣言通り十メトラほど跳躍する。
空中に跳んだことで発生する浮遊感に身を預けながら、落下に備え重力操作の魔術を行使した。
着地、と同時に振り返る、追手に対し指先を向ける。
「《
黒魔【ライトニング・ピアス】の即興改変。微弱にして鋭利な一閃が、アルベルトの指から放たれた。
そして、魔術競技祭会場にて。
二年次生二組のクラスに、二人の人物が顔を出していた。
「はーいそういうわけでー、このボク、アルベルトがこれから君たちを担当するよー」
「まったく似せる気が無いの草」
「えぇ……?」
アルベルトとリィエル。
そう名乗った二人の男女の申し出に、システィーナは内心頭を抱えた。
二人の言い分を要約するとつまり、グレンとルミアは所用で会場にはこれなくなったので、自分たちが監督をするということだ。
しかし。
そんな、あまりにも身勝手な言い分にはいそうですかと納得できるはずがない。
「……ここにいる以上、学院関係者として認めて貰えているんでしょうけど、流石に怪しいです」
「信用無いのね」
「泣きそう」
「?」
至極当然のことを言ったと思っていたシスティーナは、アルベルトが若干涙目になっていることに首を傾げる。
「……と、とにかく、お前たちには何が何でも優勝してもらう。というか優勝しろ、してくださいお願いします」
「ちょっ⁉」
九十度に曲がる直角。余りにも綺麗すぎるお辞儀に、システィーナは動揺を禁じ得ない。
それはそれとして。
優勝してくれ、とはどういうことだろうか。
確かに、優勝を目的に頑張っては来た。だが、アルベルトの言葉には、自分たちが考える優勝とは、何か、意味が違う……そんな、いまいち釈然としない重みがあった。
それこそまるで―――人の命でも掛けられているような、そんな迫力。
あと情けなさ。大の大人が子供にお辞儀して敬語使ってまで優勝乞うってどういう状況? と、システィーナは呆れ交じりに嘆息する。
こういう気の抜けた雰囲気は―――いかにもグレンの友人と言った感じだった。
呆れたようにため息をつき、額に手を当てやれやれと首を振ると、システィーナは動揺するクラスの方を振り返り、
「みんな、もうすぐ次の競技が始まるわ。次は確か――『変身』だったわね。リン、お願いできる?」
「えっ、そ、それは……っていうか、システィ、もしかして――」
「ええ。この人に―――私たちのクラスの指揮を任せるわ」
「「「――ッ⁉」」」
クラス中に驚愕が走った。
それはそうだろう。いくら怪しい者ではないと言っても、見ず知らずの他人に指揮官を任せるなんて前代未聞どころではない。
全員がシスティーナに困惑の視線を送ると、彼女は憮然と己の意見を述べる。
「私たちが誰の指揮下に入ろうと、目的は変わらないわ。”優勝”―――それは、みんなで決めた事でしょう?」
そのために、今日まで特訓してきたでしょう? と彼女は当然のように語る。
確かに。前年の競技祭で日の目を見ることのなかった生徒たちも、グレンの方針でクラス全員で競技に出ると決まってから。
全員が全員、努力を重ねた。グレンに教えを乞い、中には自主練をしたりと、意識を高く持って取り組むものも少なくなかった。
不安はあるはずだ。
それでも。
「大丈夫よ、あともう少しなんだから。先生結構席外すこと多かったけど、そんなにひどい負け方はしなかったじゃない!
――むしろここで優勝できなかったら、私たちは先生がいないと何もできないダメ魔術師呼ばわりされるわよ? みんなは、そんな魔術師になりたいの⁉」
「「「――っ!」」」
その、システィーナの問いかけに。
生徒たちが皆、顔を見合わせ――
「ああ、そうだよな……くそっ、何弱気になってたんだ俺!」
「まあ確かに、一人で何もできない子供呼ばわりされるのは我慢ならないしね」
一人、また一人と。
生徒たちが着実に士気を高めていく。
その様子を満足げに眺め、システィーナは改めてアルベルトに向き直る。
「じゃあ、私たちのこと、よろしくお願いします。アルベルトさん」
「……ったく、しゃーねえ。しっかり見といてやるよ」
得意げな顔で、アルベルトは答える。
そんな二人の様子を。
眠たげに目を細めるリィエルが、今だけは、眩しい光を見ているかのように、目を伏せるのだった。
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九話
……あの、運営さん……もう少し無課金者に優しくできないですかねぇ(震え声)
決闘戦、決勝。
魔術競技祭はいよいよ大詰めとなっていた。
ここに勝利できるか否かで、この先の展開に大きく関わる。
少なくとも、アルベルトはそう考えている。
『それでは大将戦――始め!』
審判の宣誓が響く。
相対する二人の選手――システィーナとハインケルが同時に左手を翳した。
「《雷精の紫電よ》――ッ!」
「《災禍霧散せよ》――ッ!」
ハインケルが最速で紡いだ呪文を、システィーナは容易く
マナ・バイオリズムの振れ幅が比較的少ないシスティーナが、反撃に黒魔【ファイア・ウォール】を唱えた。
放射状に爆発的に広がる炎の壁がハインケルに迫り――
「《守人の加護あれ》――ッ!」
「《大いなる風よ》――ッ!」
咄嗟に唱えた【トライ・レジスト】が炎の熱を防ごうとする。
しかし、なんとシスティーナは【ゲイル・ブロウ】で追撃。【ファイア・ウォール】の熱を巻き込んだ突風が、ハインケルに向かって突貫する。
予想だにしない一手に、反応の遅れたハインケルはその攻撃をもろに受けてしまった。
「ぐぅ……っ。ま、まだだッ、《天秤は右舷に傾く》――ッ!」
熱自体は【トライ・レジスト】を張っていたので問題はない。
が、【ゲイル・ブロウ】の風で体が浮いたのを察したハインケルは、場外に出される前に【グラビティ・コントロール】で重力を倍増。
浮いていた彼の身体が地に足を付ける。
続けてシスティーナが攻撃に出た。
「《光あれ》――ッ!」
「くっ――ッ! ならば《紅蓮の炎陣よ》――ッ!」
視界を塞ぐ【フラッシュ・ライト】の光。
狙いを付けられないのを悟ったハインケルは無差別範囲攻撃の【ファイア・ウォール】で反撃する。
炎の壁がハインケルを中心に広がり、彼を守る壁のように聳え立つ。
「《白き冬の嵐よ》――ッ!」
「なっ⁉」
システィーナはここで
その左手から放たれた冷気の衝撃が炎の壁に触れ、周囲に白い煙を噴き上げる。
魔術的なものではない視覚の封殺。
ハインケルは防戦一方である今の戦いに、歯噛みしていた。
技量が違いすぎる。咄嗟の判断力の速さが自分とは比べ物にならない。
今の攻防が特にそれを示している。
三属
だが、システィーナは防御ではなく、霧の目くらましをする為にハインケルの攻撃を利用した。
逆にそんな展開を全く想像していなかったハインケルは狼狽え、システィーナの行動を待つしかなくなっている。
「くそっ、どこに行った……⁉」
「《雷精の紫電よ》――ッ!」
「――っ⁉」
一喝と共に視界の端で閃く紫電。
ハインケルは慌てて身を引くのと、システィーナの放った紫電が彼の頬を掠めるのは全くの同時だった。
「くっ……《吹き荒れる風よ》――ッ!」
轟! ハインケルが【ゲイル・ブロウ】の即興改変を行い、地面に向けて突風を放つ。
地面に直撃した風は四方八方に割れ、周囲の霧を吹き飛ばした。
晴れていく視界から【エア・スクリーン】を張り風を防いでいるシスティーナが見えた。
(……強い)
システィーナは内心ハインケルに対し舌を巻いていた。
正直に言うと、彼女はこの戦い、容易に勝利できるものと思っていたのだ。
それなりに長い期間グレンの教えを受け、実戦的な魔術師の戦いを習ってきた。
無論、グレンの授業を受けているのが二組だけと言う訳ではない。ハインケルの行動も、グレンの授業あっての物だろう。
教科書通りの魔術戦を嫌う、三流魔術師。
学院内でのグレンの授業を端的に示す言葉だ。
グレンの行う授業はどこまでも実戦的。習得呪文数を競う学院の風潮を真っ向から押し返すその授業は、誰の目にも新鮮なものに映った。
誰が考えるのだろうか? 炎に冷気をぶつけ水蒸気を生み出し、目くらましを生み出すなんて。
そもそもそんなことをしなくても、霧を生み出す魔術自体は存在している。一見すれば無駄な行為。普通なら、グレンが教えていることは、”誰もが考えたがやらないだけの物”であるはずだ。
しかし、グレンはこれに否を突きつけた。
魔術で生み出した霧は魔術で対処される。だが自然現象で生まれた霧は、風でも吹かないと消えない。
彼はそう言って、炎の魔術に氷の魔術を使う有用性を説いた。
(本当に……無茶苦茶な人だったわ)
ハインケルの呪文をいなしながら、システィーナは思考する。
彼もグレンの授業を受けたことがある以上、一筋縄ではいかない。
だが、それでも有利なのはシスティーナだ。実際、ハインケルは防御だけに手間取られていて、ほとんど反撃が出来ていない。
これは、実戦的な戦いをどれだけの期間突き詰めたかの違いだ。
無論、本職の魔導師からすればたいした時間ではないだろう。だが彼女たちの勝負の命運を分けるのは、間違いなくそこだった。
「今――ッ!」
システィーナは好機を見つけ、即座に【マジック・ロープ】の呪文を唱える。
彼女の左腕から魔力の紐が生まれた。その紐に【サイ・テレキネシス】を使い、ハインケルの左足に巻き付ける。
「こ、これは……⁉」
文字通り、意図が読めない。
【マジック・ロープ】はその名の通り、魔力で紐を作り出す魔術だ。主に拘束用に用いられる魔術であり、一切の攻撃力が無い。
こんなモノを巻いたところで、ハインケルにはダメージ一つ通ることはない。
そして当然……システィーナもそこは理解している。
本番はここからだ。
「《雷精の紫電よ・縄を伝え》――ッ!」
黒魔【ショック・ボルト】に一節を加えた即興改変。
これにより、システィーナの左手から導線を伝うように紫電が流れる。
「――ッ⁉ しま――」
システィーナの行動の真意に気づいたハインケルが慌てて紐を切ろうとするが、時すでに遅し。
【マジック・ロープ】を伝って電撃がハインケルの体に流れる。【トライ・レジスト】の効果も若干薄れてきていたのか、彼の身体が一瞬麻痺し動きが止まった。
そして、その一瞬の隙は致命的過ぎた。
「これで決める! 《大いなる風よ》――ッ!」
渾身の一撃と言わんばかりの暴風。
ハンマーのように重い一撃がハインケルの体を殴りつけ。
「ぐ、あああああああああ――ッ⁉」
痺れた体では
ハインケルの体は場外に吹き飛ばされるのだった。
同時に、会場が拍手と歓声に包まれる。
『き、決まった――――ッ! 場外ッ! 二年次生二組の優勝が決定したぁぁああああああああああああ――ッ!」』
二組の優勝。
その実況を聴き、控えていたアルベルトとリィエルはほっと胸を撫で下ろした。
二組は怒涛の快進撃を見せていた。
若干落ちつつあった勢いも完全に取り戻し、むしろさらに強風となって会場に吹き荒れる。
そんな生徒たちを。
来賓席にて、アリシア七世は複雑な視線で見降ろしていた。
「……、」
「……すまない、アリス。私の責任だ」
「セリカ……気に病まないで、貴女は何も悪くないわ」
「はっ……
キッ、とセリカが唇を噛む。
その様子を痛ましげに見つめるアリシアは、会場から溢れる声援に思わず目を瞑った。
どうやら今しがた、優勝が決まったらしい。
得点版を見るに―――優勝は、二年次生二組。
つまり、グレン=レーダスとルミア=ティンジェルのいるクラスだ。
「……行きましょう」
「……ああ」
アリシアが席から立ち上がり、後方の出口に向かい歩く。
対し、セリカは同意しながらも、中々立ち上がることはしない。
そんな二人の様子を、リックは端の席で黙って聞いていることしか出来ない。
「セリカ。いざという時、貴女にお願いがあります」
「……ああ」
二人は互いの顔を見合わせることなく。
「……どうか、私のことは放っておいて、あの子だけでも……ッ!」
アリシアは己の願いを口にし、
「……、」
セリカは、何も答えることが出来なかった。
――魔術競技祭閉会式は滞りなく進んだ。そこにある工程を機械的に消化していく。
そんな中一つだけ、生徒たちが動揺と困惑に包まれた場面があった。
それが今現在行われている、女王陛下による勲章授与式だ。
本来それを承る栄誉を得られるのは、担任講師であるグレン=レーダスと、彼が受け持つクラスの代表者だけだ。
だが。
表彰台に上がった人物は、そのどちらでもなかった。
「……貴方達は……アルベルトとリィエル……?」
「……何故来たんだ」
戸惑うアリシアを他所に、セリカが苦しげにそんなことを漏らす。
そんな二人の様子を訝しんだ、付き添いの王室親衛隊隊長、ゼーロスがアリシアに耳打ちする。
「(陛下……その男が、二組の担当講師グレン=レーダスとやらなのですか?)」
「いえ、違います……けど」
違うということは分かる。
アリシアはアルベルトとリィエルに面識があるのだ。目の前の長髪の男が『グレン=レーダス』でないことは確定している。
すると、アルベルトが厳めしい面構えに似合わない砕けた口調で言葉を発した。
「初めましてだ女王陛下。私……いや、俺はこのクラスの担任を任されている――」
「(《刮目せよ・我が幻想の戯曲・演者は我なり・我は彼の者の声で歌わん》)」
アルベルトとリィエルの姿が、一瞬光が屈折したかのように歪み――
そこから、まったく知らない別人と、見知った姿が現れたことに、アリシアは驚きを禁じ得なかった――
「グレン=レーダス。魔術講師だ」
「馬鹿な⁉ ルミア殿、貴女は今、魔術講師と共に街中にいるはず――!」
ゼーロスが狼狽しながら言う。
まあ、分かんねえだろうな。【セルフ・イリュ―ジョン】って実際目で見て見分けるのって難しいからな。
しかもこの様子だと……ゼーロスさん、ここにいるルミアが
半分くらい負け確定の賭けだったが、ギリギリで勝ったか。ここでルミア
それが俺の作戦の第一段階だ。
「俺の仲間と途中で入れ替わったのさ、ゼーロスサマ。【セルフ・イリュージョン】だ。今頃アンタが差し向けた追っ手も泡食ってるだろうぜ」
「くっ! 親衛隊、何をしているッ⁉ 賊共を捉えろッ!」
「やっべ」
考えてなかったわこれ。
そういや、セリカが必ず助けてくれる保障ってないんだよなぁ……一か八か頼んでみるか?
「セリカ、頼む――ッ!」
「ちっ、《この・馬鹿野郎が》ッ!」
俺への罵倒を呪文に即興改変しながら、セリカが俺達五人を閉じ込めるように断絶結界を形成する。
外に弾かれた親衛隊たちが何事かを叫んでいるが、音声も遮断されているからか何も聞こえない。
これなら内側の会話も聞かれないだろう。しかも、ダメ押しとばかりに中の様子が見えないようにまでしてくれている。
よしっ! 第二段階も突破だ! しかも考え得る限り最高の結果だぜ!
あとは最後の難関……!
「くっ、セリカ殿……この期に及んで裏切るのか⁉」
「セリカ……」
ゼーロスと陛下。二人の視線を浴びても、セリカは無言で腕を組み、俺を見据えている。
その瞳が雄弁に語っていた。『何かあるんだろう?』『お前を信じるぞ』と。
まったく、俺みたいなニセモンを簡単に信じやがって……でも、ありがとな、セリカ。今度酒でも奢るよ。
「さてさてさーて。脇役に舞台を降りてもらったところで、いきなりだが本題に入らせてもらうぜ」
俺は一歩前に踏み出し、女王陛下を真っすぐ見据えながら言った。
「そのネックレス。外して貰うぜ、女王陛下」
次回、魔術競技祭編最終回!
ふむ、縄で相手を縛って攻撃……波紋かな?
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十話
「な、何なんだお前は⁉」
王室親衛隊ベテラン騎士、クロス=ファールスは今にも泣きだしそうな顔で叫んだ。
彼がゼーロスより受けた勅命、とある少女を抹殺しろと言う任務。
後味の悪さを感じながらも必死に成し遂げようとしては、共にいる魔術講師に邪魔をされる。
そんなワンパターンな流れを断ち切り、ついに魔術講師を追い詰めた……そう、思っていたのに……!
「貴様らに名乗る名はない。……向こうも接触を終えたようだ。下がっていろ」
「は、はい……」
鷹のように鋭い双眸の男に従い、ルミアが壁際に立つ。
そんな彼女を守るように、男、アルベルト=フレイザーは人差し指を眼前の敵に向ける。
「警告する。それ以上近づけば、命の保証はできんぞ」
「くっ、王室親衛隊を舐めるなァ――! 行くぞお前た――」
ヒュン、という風を切る音と共に、クロスの頬を二つの雷槍が突き抜ける。
(……馬鹿な、呪文を唱える気配はなかった……まさか、
あまりにも常識を逸する隔絶した魔術技巧に、クロスは戦慄を覚えた。
同時に、目の前で棒立ちの男が、得体の知れない化け物にしか見えなかった。
クロスは無意識に、撤退の二文字を思い浮かべ……すぐさま払拭する。
誰とも知れない魔術師相手に逃げ帰るなど、王室親衛隊の名折れだ。
「い、行くぞォ――ッ!」
クロスは味方を鼓舞しながら、勝機の見えない敵との戦いに挑んだ。
「き、さま……たかが魔術講師の分際で、自分が何を言っているのか分かっているのか⁉」
「あっれ~? おっかしいなぁ~? 俺はただネックレスを外してくれって言っただけなんだけどなぁ~? そこまで不敬ではないはずなんだけどなぁ~?」
「ぐっ……! 陛下、あのような輩の戯言、決して受け入れないでくだされ!」
俺の煽りに青筋を立てながらも、あくまでアリシア女王の身を心配するゼーロス。
やっぱり忠義心半端ねえな。下手な挑発も通じねえし、これはマジでメンドクセェことになっかもな。
俺はいつでも愚者のアルカナを引き抜ける体制を取りつつ、
「(どうだ、行けそうか……?)」
「(ん。ギリギリだけど、隙を作ってくれれば)」
「オッケー。んじゃ、行くぜ!」
作戦は既に決まっている、後は確認だけだ。
そして、それを終えた俺たちは同時に、左右に分かれて動き出した。セリカとアリシアは俺たちの行動に理解が追い付いていないのか、動こうとしない。
だが、唯一女王を守る為に奮起するゼーロスは、一瞬どちらを狙うべきか迷ったようだが、俺を殺すよりもルミアの殺害を優先した。
この男の忠節は本当に尊敬する。ルミアを狙えば、俺に殺される可能性もあるのに、それでも女王を守り抜こうとしているのだ。
けど、そうはさせない。
俺は左手を突き出し、
「《原初の力よ――」
「遅いぞ魔術講師! そして……これですべて終わらせる‼」
ゼーロスの持つ二刀の
ここからでは【ライトニング・ピアス】であろうとゼーロスは止められない。
……けど、
「ふっ――」
「なに⁉」
カンッ! という甲高い金属音と共に、ゼーロスの右の
ゼーロスはルミア……の
「馬鹿な⁉ 刀だと……⁉ 貴殿はルミア嬢ではないのか‼」
「違う」
と、そう言った次の瞬間。
ルミアの姿がぐにゃりと歪み、そこから青い長髪に赤と黄色のメッシュを入れた、人形のように無表情の娘が姿を現した。
リィエル=レイフォード。
帝国宮廷魔導師団が一翼、執行官ナンバー07・『戦車』の名を持つ少女だ。
元々、リィエルは最初から変身などしていない。
これが俺の作戦だ。
「《――均衡保ちて・零に帰す光・剣に》――ッ!」
「――ッ⁉ しま――」
【ディスペル・フォース】の即興改変。
あらゆる魔術を無効化する魔術を
「待てグレン! そんなものを使えば――」
「黙って見てなッ!」
セリカの叫びを、俺は一蹴する。
俺は懐から愚者のアルカナを取り出し、【愚者の世界】を発動。
この瞬間、あらゆる魔術の起動が停滞する。
元々、女王を苦しめているのはネックレスに掛けられた条件起動式の
原作では魔術起動を封殺することで、条件起動しないまま呪いのネックレスを外して難を乗り越えていた。
だが、今の俺に完全版【愚者の世界】はない。だが、不完全版ならある。あらゆる魔術起動を一定時間停滞させる魔術がな。
これにより、
けれど、こうして【ディスペル・フォース】を使い、
「させるかぁああああああああああ――ッ!」
「させてもらう」
俺を射殺さんほどの殺気を放つゼーロスが、一足で俺に接近するも、それに追い縋ったリィエルが、ゼーロスの斬撃を受け流す。
「頼むぜェええええええええ――ッ‼」
正直術式を把握しているわけではないから賭けだ。
死んだらすまん、女王陛下。
内心で謝罪を送りながら、俺は
結論から言うと。
事態は見事に収束した。俺の推測は見事に的中し、女王陛下のネックレスは完璧に
ちなみに、【ディスペル・フォース】をわざわざ剣に
なので、予め発動し、【愚者の世界】の効果範囲内でも使えるようにしておく必要があったのだ。
リィエルの剣は錬金術でできているため【ディスペル・フォース】は施術できない。必然的に、ゼーロスの武器を使うしかなかったのだ。
あと、セリカには三発ぐらい殴られた。ちゃんと説明しろとか、本気で焦ったとか。いや、お前結界貼る以外何もしてないじゃん。頼んだの俺だけど。
とまあそんな感じで、魔術競技祭は無事終了。あとは原作通りの流れだ。
あ、勲章授与とかはナシだ。仕方ないとはいえ、女王陛下に刃を振るったからな。しかも確率の低い賭けで。
命を救ったってことでお咎めなしだ。まあ、それくらいが俺にはちょうどいい。
「さて、次は三巻か」
「大変ね、貴方も」
「まったくだ。つか、お前裏切んなよ?」
「善処する。まあそもそも、私が護衛に選ばれなければ成り立たない」
「……頼むぞマジで」
リィエルは片手を振って、俺の言葉に応える。
うーむ、大丈夫かこれ?
「……ま、なるようになるか」
そう呟き、俺は二組が開催する打ち上げ会場へと向かった。
ちょっと短い気がする……なんでだろう
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